scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(17)貴婦人の面影

50000Hit記念作品と「Infante 323 黄金の枷」が挟まったため、前の更新からかなり経ってしまいましたが、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の続きです。

間が空いたからといって、話がどーんと進むわけでもなく、未だにもどかしい展開ですが、来週から大きく動いていきますので、もうすこし我慢して読んでくださると嬉しいです。


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(17)貴婦人の面影


「許して下さい」
その言葉に、ラウラはびくっと身を強ばらせて恐る恐る振り向いた。誰かがくるとは思わず、安心して泣いていたのに。薔薇園の片隅はラウラの秘密の隠れ場所だった。

「……先生」
探してきてくれたのだろう。マックスの顔は青ざめていた。ラウラは慌てて涙を拭った。

「知らなかったで済まされる事ではない。あなたが姫の罰を受けさせられる事は聞かされていたのだから罰の話などすべきではなかったのだ。本当にすっかり忘れていたのです。それに、まさか侯爵令嬢のあなたに、あんな罰を……」

 マックスは姫にグランドロンの物語を清書させるような罰を考えていた。だが、王女も周りの人間も、姫の罰は全てラウラが左腕を三十回鞭で打たれる事だと言った。マックスが罰を撤回すると言っても無駄だった。鞭を持った無表情の召使いは、まったく手加減せずにラウラの左腕、はじめて見た赤くただれている哀れな肌を鞭打った。まだ前の怪我が治りきっていない弱い肌は、既に一度目の鞭で切り裂かれ、《学友》は痛みに涙ぐみながら歯を食いしばった。

 罰が終わると、すぐに忠実な召使いアニーが用意していた布でラウラの傷口を抑え、よろめく彼女を支えながら手入れのために別室へと連れて行った。姫はうっすらと笑いすら浮かべていた。マックスはその様子にぞっとした。ひどい。こんな女性が次期女王だなんて、とんでもない国だ。しかし、彼女は彼の国の后にもなる予定の女性なのだ。国に戻って国王に仕えよと言った老師の言葉をマックスは完全に忘れる事に決めた。

 しかし、彼にはどうしても理解できなかった。ラウラは王女ではないが、少なくともバギュ・グリ侯爵令嬢ではないか。あんなにひどい事をどうして誰も止めないのだろう。

 授業が終わったので、彼は退出してもよかったのだが、どうしてもラウラに謝りたくて城の中を探した。アニーは「どこにいらっしゃるのか、存じ上げません」と言った。そっとしてあげたいという思いやりがにじんだ言葉だった。マックスは、それを無視して先日ラウラを見かけたここへとやってきたのだ。

 ラウラは何かきちんとした事を言おうとしたが、何も思いつかなかった。ため息をついて肩を落とし足元をじっと見つめた。
「先生。どこの国でも同じなのでしょうか。貴族に生まれてこなければ、どんな目にあっても耐えなくてはならないのでしょうか」
「バギュ・グリ殿?」

ラウラは首を振った。
「私は侯爵令嬢ではありません。城下の肉屋の娘として生を受けた者です。両親が流行病で亡くなった後、どの親戚からも引き取りを拒否された、みなし児です。ここに来るために形だけ侯爵さまの養女となったのです」

 彼は驚いて、うつむきつぶやくラウラの姿をじっと見た。
「知られたくありませんでした。教わる資格などない、取るに足らない存在とお思いでしょうね」

 彼は激しく頭を振った。
「出自が全てだと言うなら、僕こそ、あなたに教える資格などない。僕は鍛冶屋の次男だ」

 ラウラは面を上げた。
「我が師は、出自など氣にしなかった。何を学び、何を得たか、それが全てだった。あなたもそうだ。肉屋で生まれようが、先祖に一人も貴族がいまいが、この宮廷のほとんどの者がわかっているはずだ。――あなたがこの国でも有数の貴婦人である事を」

 彼はラウラの瞳を覗き込んだ。どうしてだかわからないが、言葉があふれてきた。
「僕は旅をしてきた。センヴリにも行った。ヴォワーズでも仕事をした。常に上流階級で、名家の子息や令嬢ばかりだった。だが、家柄だけが人を尊くするわけではない」

「貧しく生きるだけで精一杯の人びとが、天なる父の御心に叶う尊い生き方が出来ないのは確かだ。だが、それは生まれが低いからではない。それを証ししているのが、他ならぬあなたではありませんか」
彼の熱のこもった言葉に、ラウラは燃えるように痛む手首を一瞬忘れた。

「私はここに来るまで本当の貴婦人と呼ぶにふさわしい女性を一人しか知らなかった。僕の《黄金の貴婦人》に匹敵する方は一人もいなかったのだ」
「《黄金の貴婦人》……?」

「子供の時に数回だけ会った方だ。我が師を訪ねてこられた時に、お茶をお持ちしてお言葉をかけていただいた。優しくて美しくて、天国にいる聖母とはこのような方かと思ったものだ。一度、師のお供で宮廷に上がり、現在の王太后である女王陛下にお目通りした事もあるが、あの方と較べたら陛下は女官とも変わらなかった」

 ラウラは遠い目で子供時代の思い出に浸るマックスをじっと見つめていた。彼は白いハンカチーフを取り出すと、包帯を通して血がにじみでてきたその左腕をそっと取ってゆっくりと傷にあてた。
「いけません。汚れますわ」
「氣の毒に。僕のせいで」

「先生のせいではありません。姫は、あれを見るのがお好きなのです。だから、先生でなければ他の方の前で、わざと罰しなくてはならないことをなさるでしょう」
「あなたは、こんな仕打ちにずっと一人で耐えてこられたのか」

 答えずに彼女は遠くを見ていた。彼がその視線を追えば、それはどこまでも続く深い森《シルヴァ》へと向かっていた。
「バギュ・グリ殿?」
「……もう少しです。長くても、あと一年。もし姫のお輿入れが決まれば、もっと早くに、私は自由になれるのです」
「自由に?」

 彼女はマックスの顔を見た。そして、自分が誰にも言わなかった望みをうかつにも口に出してしまった事を恥じてうつむいた。彼は答えを促さずに彼女の顔を見つめていた。その瞳は優しく自分は味方だと伝えているように思えた。鍛冶屋の息子だと言ったのもラウラを勇氣づけた。彼女は小さな声で続けた。

「姫がご結婚なさるか成人なされた時に、《学友》の役目は終わります。その時には、私はどの国に行っても通用する《正女官》のディプロマをこの手に頂ける事になっているのです。バギュ・グリ侯爵にご迷惑をかけることを怖れる必要もなく、姫からも離れて、自分以外の咎を責められる事もなく自由に生きられるのです――先生のように」
「私のように?」
「国から国へ、街から街へ、行きたい所へご自分の意志で旅をなさる。私もそんな風に生きたいのです」

 マックスは微笑んだ。哀れに思ったのは失礼な事だったのかもしれないと心の中でつぶやいた。たおやかに見えて強い人だ。
「あなたはきっと自分の道を見つけるでしょう。今まで苦しんだ分、誰よりも幸せになってほしい」
ラウラはさっと顔を赤らめた。それから、物言いたげに上目遣いで彼を見た。けれど、彼女は何も言わなかった。
関連記事 (Category: 小説・貴婦人の十字架)
  0 trackback
Category : 小説・貴婦人の十字架
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。
おお、マックス、いいこと言いますね。なんか、この人がこんなに熱く語るのって、はじめてだったような……。いろんな意味で、マックスにもショックなことが多かったみたいですからね。しかし、恩師の言葉を忘れることにしようとか、やはりくわせものではありますね。
ラウラの言葉は、彼女のような立場の人間の、やるせない本音でしょうね。どうしようもないとわかっているけど、聞いてくれる人がいたら言わずにいられない。もうちょっとだから頑張ってね、と応援したくなります。
これで、秘密を共有することになったマックスとラウラですが、こういう状況って、だいたい関係が発展しやすいんですよね。
次話からの、大きな動きを楽しみにしています。
2014.11.05 12:48 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
そうか、姫の罰はラウラが受けるというルールがあったのですね。(最低のルールですよね)
でもそんなこともみんな、この二人の絆を深めることになったようで。
誰が見ても、どこから見ても、この二人は本当に尊敬しあって惹かれあって、文句なしのベストカップルじゃないですか。
あとは時が経ってラウラが解放されれば・・・。
そんなとんとん拍子に話が進むのかは分からないのですが。
だけどラウラは盲目に恋に憧れてマックスの元へ行くようなタイプにも思えないし。
夕さんが描く恋の行方を、楽しんで行きたいと思います。
2014.11.05 13:31 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

そういえば、マックスって世間を斜めに見ているので、あまり熱く語らないんですよね。
でも、なんか必死になっちゃったみたいです。
この人はトンズラを決め込むつもり80%ぐらいだったのが100%になりました。
一生懸命育てた方は……。まあ、でも、こういう事を言っているということは、フラグとしては、ごにょごにょ……。

ラウラのもうちょっとも、ごにょごにょ……。

とにかくラウラは既に落っこちていますので、あとはマックスなんですが、このストーリーもいまいちもどかしいなあ。ま、来週以降、ちゃんと動きが出ますので、ご安心ください。準主役も登場するし。(やっとか!)

コメントありがとうございました。
2014.11.05 22:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。《学友》、そういうお役目なんですね。
でも、本来は、王族の代わりに書き取りをするみたいな、大して大変じゃない罰をする制度だったのです。このお姫様、とんでもないSでして。

あはは。
時が経って、解放されてトントン拍子にハッピーエンドかぁ。limeさんの小説のようなハラハラはないんですけれど、さすがにそこまで順風満帆にはいかせません(笑)

ラウラは本当はマックスについていきたいみたいですが、マックスは「こんなお嬢さんには無理無理」ってところでしょう。さて、次回の動きが小さな転機になります。また、お読みいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.11.05 22:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
・・・・。
・・・・・一番罪づくりなのがマックスなような。
まあ、それを言っても仕方なしか。。。
どのみち罪は罪か。
2014.11.06 10:59 | URL | #- [edit]
says...
ラウラとマックスの関係に大きな動きがありましたね。
お互いがお互いの人となりをのぞき見たという所でしょうか。
この事件で、姫の性悪さも際だってマックスに伝わったでしょうし、ラウラがここにいる事情や、一般的な貴婦人と違っている理由などがはっきりしましたね。
マックスがラウラを見る目はガラリと変わったでしょう。
ラウラにもマックスの出身の事情などが伝わって、ラウラからの見方も大きく変化したのでしょう。
ラウラが打ち明けた自由になれるという契約、そして自由に生きたいという希望、それがいい形で叶うことを祈ってしまいます。
マックスがそれを助けてやって欲しいと思いました。
でもサキが思っているようにはなかなかいかないんだろうなぁ。
2014.11.06 12:21 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

ええ、十分罪作りかも。
まあ、「こいつ惚れているな」とわかっていても据え膳食っちゃわないのが武士の情けかもしれません。
(なんだ、そりゃ)

コメントありがとうございました。
2014.11.06 17:17 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

マックスは普段は傍観者に徹していて、とくに上流社会で出会う人たちとは個人的に関わらないようにしているんでしょうが、ラウラはもともとの身分も、ひどい目に遭ったという共通点もあってちょっと親身になりかかっています。

このあと、無事に姫が消えてくれて、めでたしめでたしって……なるわけないんですよね。でも、マックスはサキさんの期待を裏切らない動きを……してくれるかなあ。頑張ってもらいたいものです。

コメントありがとうございました。
2014.11.06 17:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
おはようございます(^ω^)

何度読んでも今回のお話すごく好きです。
とくにラウラの心の一部と、つい打ち明けてしまった諸々など、本音が語られてとてもよかったです。いまいちつかみにくいキャラだな~と思っていたのですラウラ。

マックスは黄金の貴婦人のくだりが以前ありましたよね、そのときに思い浮かべた想像とあまり差がなかったかもです(笑) そこまで鈍感じゃないし色んな視点を兼ね備えているんでしょうけど、でも気づくのに時間がかかりそうなひとですね。

ラウラが地味に見えてしまうのは、きっと何もかも耐えて抑えているせいなんですね。役目を終えて自由を手に入れたとき、内面からパッと輝いて目が離せない女性になりそうです(*'-')

二人の展開が楽しみですw
2014.11.09 20:29 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
こんばんは。

ええ、ラウラってつかみにくいと思います。蝶子みたいに強烈な自己主張もないし、ほかのヒロインたちのようなヘタレ部分や、ダメだから構ってやりたくなる部分もなくて、それで今まで誰からも放置されてきた部分ってあると思います。

出身がシモジモであること、そのために貴族たちに利用されたという共通点は、確かに二人をつなぐ絆になるでしょうね。

マックスにとって《黄金の貴婦人》は、教会の聖母像とほとんど変わりません。実際に雲の上の人で、マックスは大人になってからあれはあの人に違いないとあたりをつけていて、ますます「自分には関係のない遠い人」になっています。ラウラはずっと仕事上の「お客さん」でしたが、そこからようやくそれ以上になったのでしょうね。

メルヴィンと違って、ラウラの自分に対する想いには氣がついていますが、自分の方は何ともないと思っています。で、来週あたりからその辺が動き出します。

ユズキさん、鋭い。ラウラがラウラらしく動き出すのは、実はこの話が終わった後です。続きというか、次回から出てくる準主役がメインのお話があって、そこではかなりのびのびと活躍する予定です。でも、それはいつ発表できるのか……。

次回からは、もう少し話が動きますので、もう少し我慢して読んでくださるとありがたいです。

コメントありがとうございました。
2014.11.09 21:33 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/924-67a9474b