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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(19)孤独な二人

間が空きましたが、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の続き。グランドロン国王レオポルド二世はまだルーヴの王宮にいます。

マックスは旅籠「カササギの尾」でぐっすり眠っている頃ですが、ラウラは王女の衣装とヴェールを脱ぎ誰もいないはずの広間にやってきました。電灯などはなく月明かりだけが頼りの中世の夜。この舞台ならもっと萌え萌えシーンになってもいいはずなのに、ホントに地味だな、このヒロイン。


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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(19)孤独な二人


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図

 風がわずかに吹く夜だった。寝付かれずに、そっと部屋を抜け出してガランとした城の中を歩いた。誰にも邪魔されない深夜は、ラウラの時間だった。影としての勤めから抜け出して、本当の自分の顔に戻ることの出来る、数少ない瞬間だった。彼女はグランドロン王訪問の緊張がまもなく終わることを心から喜んでいた。

 先程、王と踊った広間にも誰もいなかった。影としての生活は間もなく終わる。どこかの国王と踊るなどということはもう二度とないであろう。それは不思議な感覚だった。ずっと怖れていたグランドロン国王という怪物が、自分の手を取り腰に手を回し、広間を旋回した。きちんとしたリードであったが、決して強引ではなかった。

 ラウラは混乱していた。マックス・ティオフィロスに対するような、純粋な信頼や思慕の氣持ちとは異なっていた。冷たく頭脳優秀な宰相ザッカに対する敬意とも違っていた。娼館の女たちといかがわしい遊びをする低俗な王と思っていたのに、その礼儀正しく理知的な会話に驚かされた。ラウラの国にとっては憎むべき敵、岩山のごとく征服すべき相手は、力強く自信に満ちているだけではなく、優しく暖かい手をしていた。

 彼女はもう少し風にあたりたくて、バルコニーに向かった。戸はしっかりと閉まっていなかった。召使いが戸締まりを忘れたのか、いずれにしてもここは地上からはどうやっても届かない自然の要塞の上に浮かぶ広間なので、怖れずに外に出た。

 半月の浮かぶのみの暗闇の中、誰かがそこに立っていた。それは先程の豪華な衣装ではないが、背格好からここにいるはずのない賓客その人だとすぐにわかった。レオポルド二世も、現われた女にすぐに氣づいた。

「……陛下」
その声で、グランドロン国王は、自分の花嫁候補が突然現われたことを知り、やはり驚いたようだった。
「そなたを呼んだつもりはなかったのだが」
「呼んだ?」

 国王は、月の方に顔を向けてしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと言葉を探しながら再び口を開いた。
「国王というものは、不便な身分だと考えていたのだ。自分の花嫁候補とゆっくり話をしたくとも、周りに何十人もの廷臣や召使いが控えている。数回の食事での会話やダンスの合間に、何を知ることが出来るのだろうとね。そなたもそう思ったことはないか」

 ラウラは、ゆっくりと言葉を選んで答えなければならなかった。王女の回答に聞こえるように。しかし、嘘はつきたくなかった。
「私が生まれて以来、自分の思うように行動できたことはありませんでした。誰もが生まれ持った役目を全うせねばならぬのなら、多少の不便は諦めるしかないのではないでしょうか」

 暗闇の中で、王が笑うのが聞こえた。
「不思議だ。悪く思わないでいただきたい。余はそなたが聡明な女性だという期待はまったく持ってこなかったのだ。美しいという評判はもちろん聞いたが、いずれ女王になる身としては、容姿ばかりが評判になるのは悔しくはないか?」

「美しいと言われることは、女にとって何よりもの喜びなのです。それがたとえ身分を慮って水増しされた讃辞であろうとも」
そういうラウラの口調には、反対に美への関心はほとんどないような響きがあった。レオポルドはよく見えないのに、暗闇の中にうっすらと浮かび上がる女の表情をじっと見つめた。

 マリア=フェリシア姫は美しい。ラウラはそれを誰よりもわかっていた。どんなドレスを着ても、はじめて見るときは女のラウラでもはっとするほどだった。けれど彼女はその美しさを羨ましいと思ったことはなかった。たとえ、もし姫の半分の美しさでもあれば、マックスの視線をわずかでもとどめておくことが出来ると知っていても。

 彼女は王女にはなりたくなかった。ただ、ほんの少しでも敬意を払われ、世界を自分の思い通りにすることの出来る力がこの手に欲しいと思ったことはあった。ザッカに連れられて目にした城下の貧民街で饐えた臭いを放ちながら死を待っている男の目を見た時、塔から騎馬に蹴られている下働きの少年の姿を目にした時、姫の代わりに打ち据えられて流れ出る深紅の血が白薔薇の茂みを穢していった時、ラウラは本当の侯爵令嬢であったらどんなによかっただろうかと思った。

「美しいと賛美されることがそなたの望む全てなのか」
想いに沈んでいる時にその言葉を聞いたので、彼女は自分が姫の代わりを務めていることを一瞬忘れてしまった。
「いいえ! いいえ。私は美よりも力が欲しいのです」

「力?」
「貧しい人々は医者や食べ物を待っている。家畜は水場を求めている。それなのに私はこれほどまでに無力で……」

 レオポルドはそっと手を伸ばして女の頬に触れた。彼女ははっとして、我を忘れたことを恥じた。
「そなたは余に似ている。余も王太子の時代に同じいらだちを感じていた。今も、したいことが全て出来るわけではないが、志は忘れていない。心配するな。そなたはいずれ女王になり無力ではなくなる」

 彼女は言葉を見つけられずにいた。
「そなたは、もう一人ではない。人々はグランドロンとルーヴランは不倶戴天の敵だという。だが、そなたと余は同じ志を持つ友だ。そうではないか?」

 ラウラは、ショックを受けて震えた。
「陛下……」
「余は、この話を九割がた断るつもりでここに来た。だが、断る前に一度、そなたのことをよく知りたかった。結婚しようと、敵味方に分かれようと、グランドロンとルーヴランは無関係でいられぬ。そなたと余は生涯関わり続ける存在だ。余は、神に感謝したい。ルーヴランを担う世襲王女がそなたであったことを」

 ラウラは心の中で叫んだ。
(違うのです! 私は姫ではありません)
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Comment

says...
更新、お疲れ様です。

ホールではヴェールで顔が見えなかったし、思わぬ再会もかなり暗い夜ということで、誤解のまま進んじゃってますね。
レオポルド陛下、ルーヴランの王女(次期女王)は見所あり、と誤解したまま帰国しちゃうんでしょうか。ラウラ、大変なことをしでかしちゃいましたね。さすがはヒロインです(笑)
陛下はともかく、ラウラはいろいろと勉強になっているみたいですね。陛下との受け答えはさすがに見事なものでしたが、彼に対する偏見がなくなったことで、またひとつ成長したように思います。
陛下の『そなたと余は生涯関わり続ける存在だ』という台詞、いろんな意味で、将来を予言してるような気がします。これは、次話も楽しみだなぁ。
2014.11.26 10:36 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

ええ、明るい所で顔を見たら一発で疑われます。
全然「絶世の美女ではない」というのもそうなんですが、伝聞で知っている瞳の色や髪の色とあまりに違いますし。

ラウラも「この程度そつなくするが、氣にいられないようにてきとーに」というような余裕はなく、つい(笑)
実はこの時に二人が逢っていることは、ザッカたちも永久に知らず、あまりよろしくないのですが、ラウラは小説の読者さまと同程度にしか知らされていないのです。

> 陛下の『そなたと余は生涯関わり続ける存在だ』という台詞、いろんな意味で、将来を予言してるような気がします。

あはははは。もう、TOM-Fさんったら(ドッキドキ)
ラウラは「もう一生関わりませんが」と心の中でつっこんでいるかな。そうは問屋が……(以下自粛)

コメントありがとうございました。
2014.11.26 19:36 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
国王にはラウラの顔がはっきりとは見えなかったんですね。
声だけで、というのがひそやかで、ドラマならけっこうドキドキのシーンです。
でもラウラ、ちょっと国王にもドキドキしている様子。
きっと男性に免疫が無いので、接近されるとときめいてしまうのでしょうか。
いや、国王のオーラが「男」だったのかな。(妙な言い方w)

国王はすっかりラウラが気に入ってしまったような印象ですが。さて、どうなるのか。
ラウラって、きっと自分が思うよりも可愛らしい子だと思うんですよ。
きっとなにかいい事、起こりますよね。
(自分のは棚に上げ、よそ様のキャラたちにはとびきりの幸せを願う・・・)
2014.11.28 00:10 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

ええ、作者都合で、ここでは正体がばれると困るのです(笑)
顔がよく見えない、というのはドキドキですよね。
国際問題に発展するということがなければ、このあたりはお互いにもっとロマンス発生でもいいのですが、そうするとこんどは宿屋でぐーすか眠っている主人公の立場がなくなりますね。

そう、ラウラは「最悪のヤツ」から一氣に「ぷちドキドキ」まで変わっていますから、そうとう印象が強かった様子。これまでどんな男性にも相手にされていなかったのに、突然深夜の密会ですからちょっとぐらりですかね。

実をいうと、高校生のときの原作ではこういう話はなかったのですが、これは女心が当時よりもわかっているのと、私の男の趣味が変わったことにあるのかも。

この話はおとぎ話みたいなものなので、予定調和に着地します。ただ、その前に若干のすったもんだはありますけれど。limeさんちのみなさんにも幸せを! まだ諦めていませんから……

コメントありがとうございました。
2014.11.28 21:02 | URL | #9yMhI49k [edit]

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