scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】桜のための鎮魂歌(レクイエム)

これも今年書いたもの。毎月、一本ずつ書いている小説「十二ヶ月の組曲」のうちの四月分です。




引きずっていたのは罪悪感だったのかもしれない。満開の桜はこれほど華やかなのに、咲く度に私は痛みを感じてきた。

この季節の東京はいつも意地の悪い風や雨が起こり、花冷えにもやきもきさせられる。近くの公園では、花見の席とりをしている幼さの抜けない青年が、ひとりスマートフォンを弄っていた。夜には、「早く終わらないかな」とぼんやりした表情のまま、ビールを傾けるのだろう。桜をまともに眺めたりなぞしないのだ、きっと。それでいい、桜に意味なんか持たせない方がいい。だらだらした青年が義務にかられてしかたなく座ったその桜は、見事なソメイヨシノの巨木だったが、その幹の下で誰かが和歌を詠もうが、ゲームに興じようが意に介していないようだった。

私にとって桜はもっと重い存在だ。父が亡くなってから、桜を見ることは常に追悼を意味した。それはずっと続くのだ。私が桜のない国に行くまで。


「ここしばらく、会っていないだろう。帰ってこないか」
父からの最後の電話は、こんな風だったと思う。私は、条件反射のごとく不快になった。

私は、両親は無条件に愛せるものだというナイーヴな同級生と一線を画していた。家庭を顧みなかった父、いつも家にいないのは仕事のためと言いながら、何度も不義を働き母親に憎まれていた男。自分にこの男の遺伝子が半分も含まれているのは許しがたい暴挙のように思われた。不潔で、小心な、やっかいもの。定年間近になって窓際に左遷され、最後の愛人に捨てられた。定年退職とともに母は離婚を申し出た。

「私がどんなに我慢していたか、あなたに思い知らせてやりたかった」
私は、そういった母親の味方をした。小さな背中を丸めて、アパートに引っ越した父親の後ろ姿を、あてつけがましい態度と軽蔑した。財産分与で買ったマンションに遷る母の引っ越しの手伝いをしながら、せいせいしたと言い放った。

「あら、ここから多摩川堤の桜並木が見えるのね」
母は、引っ越しの手を休めて言った。私はベランダに出て、春のそよ風を感じた。

「いいところねぇ。春にはお花見に来ようかな」
「桜ねぇ。お父さんが好きで、結婚前には季節になると花見デートしたのよね。結婚してからは一度もつれていってくれなかったけれど」
「へえ?桜の季節はいつも会社のお花見でお腹いっぱいって感じだったけどね」
「違うわよ。愛人を連れて行ってたのよ」
「あ~、やだ。だから、私は結婚したくないのよねぇ」

そう言ったけれど、愛人だけではないことを、私は知っていた。私には父親との花見の記憶が一度だけあったのだ。

まだ、私が小学生低学年の頃だった。どういう経緯で父と二人で散歩することになったのか憶えていいないが、私たちは当時住んでいた町の駅の裏の遊歩道を歩いていた。桜が満開の晴れた午後だった。

「見て、お父さん、すごい」
「ああ、綺麗だな。見てご覧、真っ青な空と桜だ。こんなに綺麗な景色は滅多にないよな」
「どうして、みんなは桜が咲くとお花見をするの?他の花の時にはしないのに」
「何故だろうな。桜は、こんなに綺麗だけれど、すぐに散ってしまうんだよ。いつなくなってしまうかわからないから、あるうちに眺めておきたいと思うんじゃないかな。父さんはそう思うよ」

しみじみと語った父親の手のひらは暖かかった。そうなんだと素直に思った幼い私は、まだ諸行無常の意味も盛者必衰の理もわかっていなかった。当時は素直に尊敬していた父親を数年も立たないうちに憎く、疎ましく思うようになることも知らなかった。


私は大学を出てから、広告代理店の総合職に就き、東京に引っ越し、休みもほとんどない忙しさの中で自己を確立していった。母のように我慢するだけの人生は送りたくない。だから、自分の食い扶持は稼いでみせる。結婚したくないわけではないが、どうしてもしたいわけではない、そう思って生きてきた。

二十代の頃は目が回るような忙しさだったが、ここ十年ほどは不況のせいもあり、また、マネージャ職に就いたこともあって、プライヴェートの時間も持てる程度には落ち着いてきた。対外的にはそれなりに成功し、都心に新築マンションを購入し、文化的にも経済的にも満足した生活をすることができるようになった。

ふとまわりを見回してみれば、友人はみな結婚して子供を持っていた。つき合った男たち、中には結婚を申し込んでくれた男もいたが、誰もがもう家庭を持っていた。最近は、既婚者にたまにちょっかいを出されるくらいしか浮いた話はないが、結局のところ私は結婚には向いていないのだと思う。母の苦労を見てきたせいだけではない。たぶん、私の中にある冷徹さが、家庭を持つには向かないのだと思った。


「忙しいのよ。磯子は遠いし、週末にしか行けないわ。何か用事があるの?」
電話をかけてきた父親に、私は冷たく答えた。

「いや、特に用事ってわけではないんだ。だが、母さんと別れて以来、お前とは十年近く会っていないし…」
「会って、どうしたいわけ?酒を酌み交わして、わかりあおうってわけじゃないでしょ?」

父親は多くは語らなかった。
「時間のある時に、会いにきておくれ。不意に来てもいいんだ。いつ来てもいいように、でかける時には、大家さんに伝言しておくからな」

声が前よりも弱々しく響いた。同情を買おうって戦略ね。何なのよ。私はイライラして電話を切った。もちろん行くつもりなど欠片もなかった。

それから、三ヶ月ほど経って、また桜の時期がめぐってきた。私は不意に父親の電話を思い出して、落ち着かなくなった。なぜ私が後ろめたさを感じなくちゃいけないわけ?寂しいなら今までの愛人たちに電話をして慰めてもらえばいいじゃない。そう思えば思うほど、いてもたってもいられなくなり、観念した私は、その土曜日に磯子行きの列車に乗った。

アパートに父親はいなかった。大家を探して訊いたら、中央病院に入院しているという。

「もう、あんまりよくないらしいんですよ。お嬢さんがいらしたんですね、よかった。何かあったらどなたにご連絡すればいいのかと、思案中でした」

私は驚いて病院に向かい、すっかり縮んでしまったような、顔の黄色い父親の姿に呆然とした。

「来てくれたのかい」
父親は、目を潤ませて言った。
「立派になったね…」

「いつから具合が悪かったの。言ってくれればよかったのに」
「忙しいって言っていたから…。三月は決算とかあるんだろう」

そんなに悪くなるのは、ひと月とかそう言う問題じゃないでしょう。私は言いかけたが、思い至った。そうだ、お父さんは会いにきてくれと言っていたじゃない。私が聴く耳を持たなかっただけだ。

「お前に謝りたかった。父親らしいことを、まったくしてやれなかった。結婚に対する夢も、父さんが壊してしまったんだろう?」

いまさら、そんなこと言わないでよ。急にそんないい父親面しないでよ。私は喉につっかえている物を必死で飲み込み、目をそらした。窓の下から桜の大樹が目に飛び込んできた。

「桜…」
「なんだ?」
「桜並木のことを思い出したの。それで、どうしているかなと思って」
私は、そっぽを向いたまま言った。父親の声が涙ぐんで聞こえた。
「憶えていたのか。まだ、小さい頃だったな。あの桜は、綺麗だったな…」

私は、また来ると言って、病室から早々に逃げ出した。

その年の桜は、当たり年だった。花がぎっしりと寄り添い、それぞれが生きる喜びを力の限りに謳った。一つひとつは白いのに、遠くから眺めるとうっすらとした桃色で、絹でできた輝く雲のようだった。そして桜を賛美するかのごとく、盛りの日々を紺碧の空が彩った。彼方に哀しみが透き通っていくような清浄な空だった。私は、病院に植えられた大樹の影から、父の病室を見上げてやり場のない感情をもてあました。私はお父さんを憎んでいたはずだ。ならば、この感情は何なのだろう。

彼はそれから半月も経たずに、この世を去った。私の中に大きな後悔だけを残して。それから、桜の季節がめぐってくる度に、私はあの時と同じ何かが喉にこみ上げてくるのを感じる。妻と愛人たちに見捨てられた、姑息でずるい小男。たった一人の実の娘に憎まれていた人生。けれど、彼を蔑むことができるほど、私は立派なのだろうか。一人で生きていけるようになること、都心のマンションに暮らすこと、男なんかに頼らない生き方。築き上げてきた全てが虚しく感じられる。


母は違った。失った二十五年を取り戻そうとするかのようにはじめた社交ダンスのサークルで、友人と、そして新しい伴侶まで見つけた。まじめで優しい人だそうだ。恥ずかしいから表立ったことはあまりしたくないけれど、親しい人を招待する披露の食事会には来てほしいと電話をしてきた。

「あなたも、いい加減にいい人探しなさいよ。仕事もいいけれどねぇ」
「私が一度も結婚していないのに、なんでお母さんは二度もするのよ」
私は呆れて、電話を切った。お祝い事の報告だったから、私の方の話はできなかった。

母が落ち着いてから、ゆっくりすればいいのだ。そのくらいの時間は残っているだろう。

私は、鏡を見る。黄色い顔。八年前に病院で見た父の病んだ顔とそっくりだ。三月は決算で忙しかったから、鏡をゆっくりと見ることもなかった。今日、ようやく予約が取れたので行ったというのに、医者はなぜもっと早く来なかったのかとなじった。

同じ病だった。医者は必ずしも死ぬわけではないということを回りくどく説明した。つまりチャンスがないわけではない、ということだ。若い分だけ進行が速いので予断は許さないとも言った。こんな時だけ若いと言われても嬉しくも何ともない。

これは罰なのだろうか。実の父親を憎み続けたことへの。願いを冷たくはねつけたことの。同じように孤独の中で、この世を去っていくことを、私は天の正義のように感じる。私に伴侶も子供もいないことや、母に新しい伴侶ができたことは、天からの配慮なのかもしれない。いや、もしかすると、これは父からの生前にできなかった娘への贈り物、つまり警告だったのかもしれない。同じ黄色い顔がなければ、私はずっと病院には行かなかっただろうから。

青く青い空にソメイヨシノが映えて、泣きたくなるほど美しい。こんなに華やかで、かつ、はかなげな花はない。今ある生を謳歌している。たとえ、心なき風にすぐに散らされてしまう身だとしても。

「きれいねぇ」
「今年も立派に咲いたよなあ」
人々のため息が耳に入る。

今年の桜を、私は安らかな氣持ちで眺めることができる。来年の桜を、もしかしたらあの時の父のように、私は見ることができないのかもしれない。それはあの医者にだってわからないだろう。けれど、私はだからこそ短い桜の季節を大切にすることができる。父が教えてくれたように。私は、ここで最後の追悼の花見をしよう。父と、いつ逝くかはわからないけれど、必ずいつかはこの世を去る私のための。

(初出 2012年3月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
男って、多かれ少なかれこういうところがあるんだと思います。
ただ。そういうところがでやすい人と、そうでない人の差があるだけなんでしょう。
男ってどうしようもないです。
女がどうしようもあるかっていうと、そんなこともないんでしょうが……。
“私”が父親を許さなかったのは良く解ります。
そして許さないまま1人の人間として受け入れたんだろうなと山西は思いました。
“諦め”もあるのでしょうか?
“私”は安らかな気持ちで桜を眺めることが出来るようになったのですが、山西にはまだ“私”に付いていけないところもあるのでした。
運命の悪戯に少し悶々としています。
2012.07.28 11:24 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
私の亡くなった父親は、こういう形ではなかったですが、それでも私たちの間には別の確執がありました。
子供が父親もしくは母親に求めてしまう「完璧な大人像」と、「親」ではあるけれど一人の人間である誰か。
このギャップを受け入れられる事が出来るようになるのが大人になるってことなのかなあと思っています。

「私」は父親とその生き方を否定して生きてきたのですが、否定するだけでなく理解する事を天に求められたのかなあと、勝手に想像しています。(自分で書いたくせに、すみません)

「十二ヶ月の組曲」には、わかりにくい答えのない話ばかりを書いています。日常に転がっている小さな喜びや憂いや出来事の中に、それぞれのかけがえのない人生がある、全体像としてそれが浮かんでくるといいなと思っています。

いつも深く読んでくださって、素晴らしいコメントをいただき、本当に嬉しいです。
ありがとうございました。
2012.07.28 12:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
うちの環境に少し似てます。(まだ父は健在ですが…笑)
ただ母は離婚の道は選ばず
このまま添い遂げるのだと思います。

父は躁鬱病を患い
それがきっかけで愛人には愛想を尽かされたようです。
父の病気から、もぅ20年以上が経ちます。
そんな父も、年をとったせいか
今はもぅ最悪な事は考えなくなりましたが^^;
もぅ治ることはないようです。
母はホントに苦労ばかりしてきたはずで
それでも、そんな父を献身的に看護してきたのに
父からは感謝の言葉どころか
悪態をつかれるばかりです。

私も母に苦労をかけてきた一人なのだろうけど
自分のことを棚にあげ
私は心のどこかで
やっぱりそんな父を許せずにいるんだと思います。

許さずして父を受け入れる。
そんなカタチもあるのかもなって。。

個人的にとても考えさせられる小説でした。
ありがとうございます。
2013.02.28 16:03 | URL | #- [edit]
says...
そうでしたか。

これ、自分の感情を元にして作った話なんですよ。
愛人云々と病氣の所は完全なフィクションなのですが、実は私の父親もひどい躁鬱病で、私と言い争って私がプチ家出をしている時に、心臓発作で急逝したのです。
自分がこの歳になり、彼がもう故人で嫌な事が全くなくなったいまだからこそ、父親レベルの苦しみと、彼を許せなかった自分の稚拙さを冷静に小説に書けるようになりました。何を書いてももう遅いんですが。

まだ、まっただ中にいらっしゃるakoさんには辛い事を思い出させてしまう小説だったかもしれません。

ご感想ありがとうございました。
2013.02.28 18:41 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
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2014.02.20 14:11 | | # [edit]
says...
ありがとうございます。

桜づいていますが、どんな痛い話でも、どんなに悲しい話でも、反対に嬉しくて楽しい話でも、桜は一緒に咲いてくれ、美しく散ってくれる、そんな花ですよね。
彼女のために祈っていただいて感謝です。

続編の方も読んでいただきありがとうございました。
2014.02.20 20:57 | URL | #9yMhI49k [edit]

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