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Posted by 八少女 夕

【小説】マンハッタンの日本人

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
今年最初にアップするのは、読み切り小説です。三が日にアップするにしては、あまり明るくないのですが。昨年から自分に課している義務として、「毎月最低一本は短編を書く」というものがあります。実際には、これに「Stella」に提出する「夜のサーカス」や「貴婦人の十字架」または「大道芸人たち 第二部」の執筆などが加わるので、最低一本どころではないのですが、それでも義務は義務として、十二ヶ月で一つのまとまった作品になるような12本の短編集を設定しています。去年は「十二ヶ月の組曲」でしたが今年は「十二ヶ月の歌」です。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いていきます。最初はこれ、一月分としてNe-Yoの“One In A Million”を基にした作品です。追記にYoutubeでPVを貼付けてあります。




マンハッタンの日本人
Inspired from “One In A Million” by Ne-Yo

 ブーツのかかとががアスファルトを叩くときの冷たい響きが好きだ。こうして歩くと、いかにも闊歩という表現がふさわしく思える。なんと言っても、ここは故郷の吉田町なんかではない、東京でもない、そう、ニューヨークの五番街なのだ。
 
 自分を追い越した、背の高いビジネスマンはいかにも格好が良かった。黒いスーツにトレンチコートを着て、大股で歩いていく。すれ違ったのは赤いスーツとハイヒールに白いボアのついたショートコートを着た女性で、鞄からはニューヨークタイムズがのぞいていた。

 白人、黒人、ヒスパニックにアジア人。誰もが忙しそうに歩いているけれど、それぞれが生き生きとして見える。昨夜、深夜までネオンに輝く街でグラスを傾けていた人も、こうして朝には忙しくオフィスに向かう。眠らないエキサイティングな街、ニューヨーク。私もこのビッグアップルの一員なのだ。美穂は背筋を伸ばして歩いた。

 アパートを出て、地下鉄に乗る前に新しく開店した評判のデリに立ち寄ってきたので、ショルダーバッグの他に小粋なショッピングバックが肘にかかっている。17階のオフィスに着いたら、摩天楼を眺めながら朝食にするのだ。

 美穂は歩いたまま、分厚い封筒をバッグから取り出すと中を覗き込んだ。今朝日本から届いたばかりだった。中には十枚ほどの年賀状と、数枚の写真、そして青いしゃれた便箋に書き綴られたメッセージが入っていた。また新しい便箋を買ったのね、お母さん。

「明けましておめでとう。我が家に届いたあなた宛の年賀状を同封します。それと、正美のところで新年会をしたときの写真も。彩ちゃんと友喜くん、大きくなったでしょう。あなたに会いたがっていたわよ」

 美穂は立ち止まって、写真の方に目を移した。頬が弛んだ。確かに成長している。ふふん、サイズもぴったりだったわね。ブルーミングデールズで買ったカーディガンとトレーナー。姪と甥には甘いと自分でも思う。そうでなければ、この年齢の子供たちの写真なんか本当はどうでもいい。そう、この後に待っている年賀状の写真はそんなのばかりだろう。

「美穂、どうしてる? 日本に帰ってきたら、連絡してね」
そう手書きで綴られた葉書には友人の面影がほとんど見られない子供がピースをして写っている。しかもピンぼけだ。本職のモデルではないのだから、文句を言うこともないだろう。でも、私はこの子よりもあなたの今の写真が見たいんだけれどな。次。

「結婚式には美穂っちを招待したかったな。ようやく結婚生活にも慣れてきたところ。でも、すぐに母になります」
ウェディングドレス姿の友人がケーキカットをしながら微笑んでいる。ご主人の顔に光がちゃんと当たっていないので、どんな人だかわからない。これ、ご主人の会社にも送っているのかしら。余計な心配をしてしまう。ま、いっか。次。

「美穂ちゃん、また一年経ったね。世界を舞台に活躍する美穂ちゃんって、本当にすごいと思う。私は、何も出来ないから、専業主婦で、ママ友とのパーティに頭を悩ませるぐらいしかできないんだよね。日本に戻ってきたら、いろんな話を聞かせてね」

 美穂はため息をついた。母がこの年賀状の束を送りつけてきたのを裏読みすべきではないのかもしれない。でも、揃いも揃ってこうだと、いつもの小言を思い浮かべてしまう。いったい、いつになったら安心させてくれるの——。

 五年勤めた銀行をやめて留学すると言った時に母親はひどく反対した。そんな事をして何になるのかというのだ。留学をいい成績で終え、こちらで就職を決めたと言った時にはもっとずけずけと言った。
「いい加減にしなさい。あなたはもう28歳なのよ。ニューヨークで一人暮らしをしているなんて、生意氣で浮ついた女だと思われて良縁が遠のくわよ」

 お母さんの考えは古臭い。家庭を守って、三つ指ついて待っている女なんて、今どき流行んないわよ。友達はみな羨ましいって言ってくれたわ。

 職場の休憩ゾーンは、全面ガラスで、ニューヨークの摩天楼が一望の元だ。この景色が全部私のもの。アメリカで自立して生きているんだから、大したものだっていって欲しい。そう、そりゃあ、私はディーラーではない。世界を動かしているわけではない。……ただの事務員だけれど。家族や友達に嘘をついているわけではない。本当に、ニューヨークの銀行で働いているんだもの。

デリで買った南瓜のサラダをつつきながら美穂は遠くの海を見つめた。あのあたりに自由の女神が立っているはずだけれど、よく見えた試しはない。ワールドトレードセンターは、私が来た時にはもうグラウンドゼロに変わっていたし、そういえばまだエンパイア・ステートビルディングにも昇ったことはない。

クリスマスに、あのビルに昇りたいのと言ったら、マイクは鼻で笑った。
「クリスマスの夜は、僕はオハイオだよ」
「ええ〜。一緒に過ごしてくれないの? ひとりぼっちのクリスマスなんて寂しいなあ」
そう甘えた声を出したら、彼は軽蔑するように答えた。
「何か勘違いしていないか? 僕たち別につき合っている訳でもないだろう」

 何度も一緒の夜を過ごしているのって、つきあっているうちに入らないの? 美穂が下を向いて言葉を探していると、マイクはさっさと服を着て、いそいそと出て行った。
「面倒がない子だと思っていたんだけどな」

 面倒がないって、何? イエロー・キャブ。マイクははっきりとは口にしなかったけれど、美穂はニューヨークに来てから何度もその言葉を耳にしていた。日本人って簡単なんだぜ。こっちが白人だと、簡単にOKしてくれるんだ。そういう女の子が多いのは知っている。でも、私は白人なら誰でもよかった訳じゃない。でも、マイクにとって私はそういう存在だったんだね。

 マイクから連絡が来なくなってもう三週間だ。思い出すと仕事中でも悲しくて目の前がかすんでくる。それから頭を振って、書類を揃え、面倒な計算を続ける。たぶん教えてもらえば誰にでもできる仕事だ。給料だってそんなにいいわけではない。決まりきったルーティンワークに、きっちり五時で終わる仕事。美穂はハイヒールに履き替えると、再び五番街に出て歩いていく。

 歩いていると、どこからかラジオの音楽が流れてくる。Ne-Yoの“One In A Million”だ。
それを耳にして、目の前のカップルの男が口パクで歌いながら彼女の周りを歩きだした。彼女の方は嬉しそうに笑いながらその様子を見ている。

 周りを見回すと、五番街にはカップルがたくさんいた。冷たい冬を身を寄せあって共に歩く人たち。ベビーカーを押して歩いていく恰幅のいい男性と早口でまくしたてるその妻。たぶん旅行者だろう、ガイドブックを見ながらキョロキョロとしている若い日本人たち。

 ラジオからの歌は、サビを繰り返す。たくさんの女の子たちとつき合ったあとで、運命の女性にあったと熱烈に歌いかけてくる。

 美穂はため息をついた。
「ベイビー、君は百万人の中でたったひとり、か……」

 美穂は日本での生活を思い出した。熱烈だったとは言えないけれど、関心を示してくれた男性がいなかったわけではない。ごく普通の、何もできない女性にはもったいないような好青年だったのに、「こんな風に小さくまとまるのは嫌」と思っていた。「これは本当の私じゃない。私はもっとすごいはずだもの、相手だって、吉田町の信用金庫に勤める人じゃね」

 ——世界を舞台に活躍する美穂ちゃんって、本当にすごい。友達がなんといってくれても、私はひとりで、中途半端だ。ニューヨークにいたって、吉田町にいたって同じだ。誰も世界でたった一人の大切な存在だとは言ってくれない。できることだって、全然大したことはない。ニューヨークの五番街を闊歩。馬鹿みたい。

 お金なんかいらない。有名になりたいのでもない。でも、特別になりたかった。世界中の人に愛されたいなんて願っていない。だけど、だけどせめて一人くらいは言ってほしい。
「ベイビー、僕には君しかいない」

 美穂は鞄の中から、再び母親からの封筒を取り出した。どの手紙にも、どこにも書いていない「いったい何をしているの」という問いかけ。でも、美穂は自分の中の卑屈さがどんどん育つのを感じていた。どうしてこんなところに来てしまったんだろう。このハガキを書いてきた人たちの誰よりも努力したとは言わない。でも、私はいつも自分なりに頑張ってきたのに。

 美穂は五番街の真ん中で突然悟った。吉田町にいても、ニューヨークにいても、私は結局私なのだ。英語が話せて、物理的に遠いアメリカに住んでいる。違いはそれだけだ。「もっとすごい本当の私」なんてどこにもいなかった。ニューヨークにいけばスーパービジネスマンのすてきな王子様がみつかるわけでもなかった。

 仕方ないよね。友達の幸せそうな写真に焦る必要なんてない。これからのことはまだわからない。だから、諦めずに、毎日また頑張っていくしかないよね。今いるここで。そう、たまたまマンハッタンで。

 封筒を鞄に戻すと今度は携帯電話を取り出した。しばらく連絡帳をいじっていたが、やっとマイクの連絡先を消した。未練はおしまい。さあ、未来に向けて歩かなくちゃ。この週末は、ひとりでエンパイア・ステートビルディングに行こう。

(初出:2013年1月 書き下ろし)


追記

この作品の中に出てくるのはNe-Yoによるヒット曲 “One In A Million” です。私は自分からアメリカンPOPを聴くことはあまりないのですが、ラジオから流れてきたこの曲は印象が強かったですね。東日本大震災のチャリティで売り出されたので購入した「Songs for Japan」にも収録されていました。

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