scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】花見をしたら

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


「scriviamo! 2014」の第八弾です。ウゾさんが、もともとこの企画のために書いてくださったという掌編にお返しを書いてみました。ウゾさん、ありがとうございます!

ウゾさんの書いてくださった掌編『其のシチューは 殊更に甘かった 』

ウゾさんはその年齢とは思えないものを書くことで定評のある中学生ブロガーさんです。書いてくださった作品も隅の老人視点ですよ。そして書いてくださったのは何故か今年やたらと注目を浴びている「マンハッタンの日本人」の美穂の話。はい、続きを書きました。あまり進んでいませんが。

特に読まなくても話は通じるかとは思いますが、このシリーズへのリンクです。(そろそろ新カテゴリーにしようかな)
 マンハッタンの日本人
 それでもまだここで - 続・マンハッタンの日本人

ええと、今年の参加一度目の方が全部終わってからにしようと思ったのですが、二度目参加の方がお二人になりましたので、来た順でガンガン発表しちゃうことにしました。はい、そうです。scriviamo! 2014は何度も参加してもかまいません。あ、締切は変わりませんので、二度目にトライしたい方はお急ぎくださいませ。


「scriviamo! 2014」について
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



花見をしたら 
 〜 続々・マンハッタンの日本人
——Special thanks to Uzo-san


 最悪。美穂は口を尖らせながら歩いた。五番街を通ったら、トレイシーとすれ違っちゃった。正真正銘のキャリアウーマンで、八ヶ月前まで同じオフィスで仕事をしていた。美穂は彼女に憧れて、いつもにこやかに挨拶をしていたのだが、ある時彼女が仏頂面で言ったのだ。
「用もないのにヘラヘラしないで」

 ムシの居所が悪かったのかもしれないし、失恋でもしていたのかもしれない。でも、そのいい方に美穂はひどく傷ついたし、それからしばらくして銀行をクビになり、五番街のオフィスから追い出されてしまってからはより一層逢いたくない女になった。トレイシーはそんな美穂の想いを全く無視して「ハロー!」と笑いかけてきた。

「久しぶりね。今、どこでどうしているの?」
「仕事を見つけて働いています。小さなダイナーですが」
「この辺りなの? 私の知っているお店かしら」
「いいえ、普段勤めているのはユニオン・スクエアのあたりです。それに、あなたが行くような洒落たお店じゃないんです」

 トレイシーは、あら、と氣まずそうな顔をしたが、すぐに何ともないように言った。
「今日はオフなの? 買い物かしら」

 安食堂に勤めている私が五番街でショッピングをするわけないじゃない、そう思ったが怒ってもしかたない。そうだった、トレイシーってこういう無神経なことをいう人だったわね。
「いえ、今日も仕事です。ときどき、オーナーが経営しているもう一つの店にヘルプで行かされるんです。メトロポリタン美術館の近くにあります。こっちのほうが少しはマシだけれど、それでもあなたの行くような洒落たお店じゃないですね。《Cherry & Cherry》っていいます」

 あまり来たくもなさそうなのに愛想笑いをするトレイシーとハグをかわして、美穂は先を急いだ。好きでもないのにハグしたり、キスしたり、愛想笑いよりずっと偽善的じゃない。数年前はこんなことは考えなかった。アメリカは全てにおいて日本より優れていると思っていたし、日本にいるのは井の中の蛙で偏狭な人たちだと思っていた。

 でも今はそんな風には考えていない。日本の方がいいとは思っていないけれど、アメリカの方が優れている、マンハッタンにいる自分が素晴らしいとも、全く思えない。どちらの国にもいろいろな人がいる。いろいろなことがある。その中で、精一杯生きていく、それだけだ。

 ダウンタウンにある《Star's Diner》に勤めるようになったのは、もとはといえばアパートから遠くなかったからだが、もとの勤務先のある五番街や華やかな地域から離れられてほっとしていた。クビを言い渡した上司や、未だに肩で風を切って通勤している同僚たちに遭うのはつらかったし、今まで親しかった街に拒否されているようで悲しく思っただろうから。だから、二ヶ月ほど前にオーナーから《Cherry & Cherry》のヘルプに行ってくれと言われた時にはどきっとした。

 《Cherry & Cherry》と目と鼻の先にあるメトロポリタン美術館は、五番街に勤めている時の美穂のお氣にいりスポットだった。100ドルの年間パスを購入して、何度も訪れたものだ。今はとても払えないので、年間パスは買わないし、行くとしても美術館側の一回入場の希望額25ドルも高すぎる。でも、たとえば5ドルで入ることにも抵抗がある。だから、行かない。五番街を通って、メトロポリタン美術館を目にするようなところで働くのが不安だった。古傷をえぐられるみたいで。

 でも、ズキッとしたのは最初の日だけで、後はごく普通の日常になった。五番街は違って見えた。最初に海外旅行で来た時の憧れ、働くようになって「これが私の住む街なの」と誇りに思っていたこと、そのどちらの五番街とも違って見えた。それはアスファルトと石畳に覆われた道だった。憧れや誇りではなくて、通過する場所だった。トレイシーだって、他のもと同僚たちだって、きっと何ともなくなっていくに違いない。

 迷いもせずに《Cherry & Cherry》に辿りつき、ドアをあけようとした時、風に飛ばされてきた白い花びらが手の甲に載った。あ、桜! そうか、もう四月も終わりだものね。故郷の吉田町では一ヶ月も前に終わったであろう桜。ふいに子供の頃の春の光景が浮かんできて、美穂はぐっと涙を飲み込んだ。泣いている場合じゃないし。仕事、仕事。

 ドアを開けた。品の悪いフューシャ・ピンクのソファーが目に入る。ウェイトレスのキャシーが露骨に嬉しそうな顔をした。遅番である美穂が来たら帰ってもいいことになっているのだ。相変わらずぽつりぽつりとしか客がいない。後から他のウェイトレスたちも来るだろうし、18時にもなれば息をつく間もなくなるのだろうが、しばらくはのんびりできるだろう。エプロンをしてカウンターに立った。

 カウンターの一番奥に、茶色い鳥打ち帽を被った老人が座っていた。美穂は帰ろうとするキャシーをつかまえて訊いた。
「あの人の注文は?」
「ああ、まだよ。さっき入ってきたとき、息があがっていたので、あとでまた注文に来ますって言ったんだ」
手をヒラヒラさせながら、キャシーは出て行った。

「こんにちは。ご注文を伺います」
美穂は老人の前に立った。

 老人は、ゆっくりと視線を上げた。
「見ない子だね。新入りかい?」
「ええ、まあ。普段はユニオン・スクエアの店にいるんです」
「外国人だね」
「はい。日本人ですよ」

 なるほどとつぶやいたようだった。なにがなるほどなのだかわからないけれど。

「桜は見たかね。今日は満開だったよ」
「いいえ、今年はまだ。さっき花びら一枚だけ見ました。普段は思いだしもしないのに、軽いホームシックにかかりましたよ」
「ああ、日本の桜は有名だからね。華やかで綺麗な花だな」

「華やか……ですか。まあ、そうですね。私たちはそんな風に表現しないかな」
「では、なんと」

 美穂は言葉に詰まった。言われてみれば満開の桜は間違いなく華やかだった。だが、桜にはそれとは別のファクターが常に付いて回っている。儚い、幽玄な、それとも潔い……う~ん、なんだろう。ぴったりくる言葉がみつからない。というよりも、それを言葉で説明しようとしたことがなかった。

「ごめんなさい。ぴったりくる表現がみつからないわ」
「英語にはない概念かい?」
「そうじゃないの。私が感じているものを理論的に言葉にして考えたことがないのを、今ようやくわかったの」
老人はびっくりしたようだった。
「感じているのに考えたことがないって?」

 美穂は肩をすくめた。不意に自分は完膚なきまでに日本人なのだと思った。

 老人はそれ以上追求してこなかった。メニューを見もせずにスペシャル、つまり格安の定食を頼んだ。昨日残った肉や野菜を詰め込んで煮たシチュー。少し固くなったパン。アメリカらしく半リットルもある飲み物だけは太っ腹だが、それ以外はケチなメニューだ。だが、老人はスペシャル以外は頼まないと心に決めているようだった。

「アメリカに来てどのくらいだね」
他に客もいなくて、手持ち無沙汰の美穂は素直に老人の話し相手になることにした。どうせよく聞かれる質問だ。

「五年ちょっとです」
「ニューヨークにずっと?」
「ええ。最初は留学、それから五番街の銀行で一年半。失業三ヶ月、それから今の仕事です」
「日本に帰りたくないのかね?」

「ふるさとは遠きにありておもふもの」
美穂は思わずつぶやいた。

「なんだって?」
日本語を知らない老人には呪文のように聞こえたことだろう。美穂は英語に切り替えて言った。
「室生犀星という日本の詩人による詩の一節です。故郷というものは遠く離れた所で懐かしがっているのが一番いい。帰ったから天国ってわけじゃないんです」

「この世に天国はないからね」
やはり天国には住んでいない老人はそうつぶやくと具の少ないシチューを口に運んだ。

「桜を見に行ってきなさい。日本のと同じかどうかは知らないが、あんな綺麗なものを見過ごすのはよくないよ。あれは金持ちも貧乏人も関係なく平等に得られる幸福の一つだ」
「そうね、そして時が過ぎると、金持ちも貧乏人も関係なく見られなくなってしまうものだものね」

 ふさぎ込んでいても、傷ついていても、人生は前には進んでいかない。どこにも天国がないのはわかっている。だったら、それなりに楽しくやっていかなくちゃ。

 そう考えたら銀行をクビになって以来感じなかったほどにすっきりとした心持ちになってきた。そうだ、花見に行こう。日本とかニューヨークとか、こだわるのではなくて、ただ花を楽しもう。美穂は笑って老人の皿にお替わりのシチューを入れてやった。

(初出:2014年2月 書き下ろし)

関連記事 (Category: 小説・マンハッタンの日本人)
  0 trackback
Category : 小説・マンハッタンの日本人
Tag : 小説 読み切り小説

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/962-c5b88d16