scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

栄光の残照

「Infante 323とポルトの世界」カテゴリーの記事です。オリジナル小説「Infante 323 黄金の枷」にはモデルとなったポルトの街が時々登場しますが、フィクションの部分と現実との混同を避けるためにあくまでも「Pの街」として書いています。そういうわけで、本文中には挿入できなかったポルトの写真をこのカテゴリーにてお見せしています。

今回、23とマイアの会話に出てくるサン・フランシスコ教会は、市庁舎のあるアリアドスから河岸のリベイラへと向かう途中にあります。大きくて目立つことは確かですが、外から見ると灰色のゴシック建築で特に豪華な聖堂のようには見えません。

でも、中に入るとびっくり。キンキラキンなのです。それも「秀吉の金の茶室か!」と突っ込みたくなる、なんというのか「やりすぎ」の金なのです。十三世紀に建築された当初は、そうではなかったらしいのですが、十五、六世紀にここを菩提寺(って変ないい方ですが)とした貴族たちが、競って自分たちの墓を金で装飾しだしてから、それがどんどんエスカレートしていき、ついにはこうなってしまったようです。

San Francisco Porto.JPG
"San Francisco Porto" by Asmodaeus - Own work. Licensed under Public Domain via Wikimedia Commons.
この教会は内部の撮影が禁止されているので、私の撮った写真はありません。



これだけの金は、ほとんどブラジルから運び込まれたものだそうです。向こうで友達になった日系ブラジル女性がそう教えてくれました。

大航海時代、植民地にしたブラジルから運び込まれた富が、当時のポルトガルを富ませました。やがて、一度はポルトガル王国そのものの一部となったブラジルは今や独立し、ポルトガルにとっての大航海時代の繁栄は、過去のものとなりました。

大航海時代は遅れを取っていたイギリスやフランスにいつの間にか追い抜かれて、言語も、国際社会での立ち位置も、どちらかというとマイナーになり、ユーロ圏でも主導的な役割を担う国ではありません。だから、ポルトに通いだすまでは私もあまり興味がなく、地理的にも言語的にも馴染みがありませんでした。

どちらかというと「ぱっとしない国」のイメージを持ったまま訪れて、最初のショックはポルトの街そのもの。美しくて、食べ物が美味しくて、人びとが柔らかくてつき合いやすいことへのいい意味での驚きでした。そして次のショックは、このサン・フランシスコ教会のような、大航海時代のとんでもない富の遺構が街のあちこち、中に入らないと目にすることの出来ない場所に隠れていることです。

この教会のすぐ横にあるボルサ宮殿にも、とても豪華なアラブ風大広間があります。

Porto - Palau de la borsa - Sala àrab.JPG
"Porto - Palau de la borsa - Sala àrab" by Josep Renalias - Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.



これらは美しく、観光資源として現在のポルトを潤してくれますが、どこかに物悲しさが漂います。平家物語の一節が口をついてくるような、そんな存在です。

この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……

「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物




【次回予告】「Infante 323 黄金の枷」 (13)秘密

 外は激しいにわか雨で稲妻が工房を青白く浮かび上がらせた。突然後ろから小さな声がした。
「マイア……」
 彼女が振り向くと、そこにはずぶ濡れになった23がいて、人差し指を口に当てた。マイアはそっと彼に近づくと「どうしたの」と訊いた。


掃除のために居住区に入ったマイアは、23が見当たらないことを不思議に思います。そして、偶然知ることになった彼の秘密。某Tさんや、某Lさんや、某Kさんお待ちかね(?)の、問題の入浴シーンも、どうぞお楽しみに。
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Category : 黄金の枷 とポルトの世界

Comment

says...
うわぁ!サン・フランシスコ教会、綺麗ですね。一瞬ミクとジョゼの待ち合わせをこの教会にしたら良かったかな、と思いました。
でも、あのイラストの色合いからすると、この黄金の光ではちょっとイメージが違ったかも、と思い直しました。
あの薄暗い感じのカテドラルでまぁ、よしということで・・・。
観光ではなくてただの待ち合わせですものね。
知らぬが仏ですよ、ほんと。
2015.01.24 14:13 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

あはははは。
いや、あの場合は、「セ」で正解だと思います。
だって、こっちの教会は入場料をとられますので、待ち合わせ目的でいく地元民はまずないかと(笑)
それに、ミクの爽やかなイメージと、このキンキラキンは、いまいち合わないかな〜、なんて。
ジョゼもキンキラキンに目が行っちゃって、ミクに見とれるあの時間は持てなかったかもしれないし!

セの裏側には、ポルトの街をパノラマで見渡せる素敵な場所があるのですよ。
あの大聖堂からガイアに渡るあの橋まで歩いていけるのです。いい所ですよ〜。

コメントありがとうございました。
2015.01.24 15:53 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
本当にキラキラですね。最近、リスボンの番組を結構やってて(何故かよく見てしまう……)、いつもジェロニモス修道院が出てきて、これも貿易で富を得た人々が競って寄贈したためこんなに豪華絢爛に、と解説されていました。
そのおかげで今、すごいものが見れるというのは有難いですね。
以前リスボンに行った時、ジェロニモス修道院は修復中で足場が結構悪かったのですが、それでもすごいなぁと思いました。こちらの教会も見てみたいなぁ。夕さんのこちらの記事のおかげで、またポルトガルに行きたいなぁと思うようになっています。チャンスがあればいいのだけれど(最近すっかり国内旅行に満足してしまって……)。
キンキンキラキラ……天国はこんな感じ、という表れなんでしょうね。もちろん、権力の誇示ということもあったのだろうけれど、天国はこんなにも類まれなる美しさだという憧れの気持ちが根底にあるような気がしました。
家の中がこんなんだと落ち着かないけれど^^;
また次の回も楽しみに待っています。
2015.01.24 16:10 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

ああ、リスボンにも同じようなものがあるんですね。
そうなんです。「神の威光」云々は後付けの理由で、実際は貴族同士の対抗意識みたいなものみたいだったような。お金持ちは今でもそうなんですけれど、壁の所にお墓を作るじゃないですか。で、「○○家」のところがキンキラキンになったので「じゃ、うちも」という具合に。そのうち天井まで全部……。

ヴァチカンやスイスのアインジーデルンや、その他の装飾の美しい大聖堂、どれもお金がとんでもなくかかっていることは確かなのですが、それをみる時には、美しさや芸術性、それに労力に感動することの方が多くて、この聖堂のように「なんだかなあ」とは思わないんです。どうもここだけは「う〜ん。すごいのはわかる。でも、これ以外の表現方法はなかったのかしら」って首を傾げてしまう。写真だとそんなに思いませんが、中に入るとやはり圧倒されるキンキラキンぶりだからなのかもしれません。金の扱いは難しいです。金閣寺などはとても上品に使えているなと改めて思ったくらいでした。

そう、このカテゴリーは写真でポルトの観光案内もどきができたらいいな、そしてあわよくば小説を読んでいただくきっかけに……なんて姑息な目論見も混ぜています。
そして、本編は本編で「五感で恋するポルト」という裏テーマなので、どうしても必要ではないけれど、あちこちにポルトの観光案内的な名詞が挟み込まれている、そのために前回のストーリーになったなんて面もあったりします。

ポルトガルは、多くの方がおっしゃるのですが、北へ行けば行くほど人びとが優しく素朴になるのですって。リスボンも素敵な都市のようです(まだ行けていない……)が、次回いらっしゃる時にはぜひ北の方へも足をお運びくださいませ。
2015.01.24 17:17 | URL | #9yMhI49k [edit]

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