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Posted by 八少女 夕

【小説】One In A Million

この記事はカテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


「scriviamo! 2015」の第七弾です。ポール・ブリッツさんは、「マンハッタンの日本人」を更に進めた作品を書いてくださいました。ありがとうございます。

ポール・ブリッツさんの書いてくださった『待つ男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説: 
『歩く男』
『食べる男』
『夢を買う男』


ものすごい挑戦状をいただきました(笑)なんて暴球を投げてくるんだか。すでにポールさんの分をお読みになった方は、興味津々だと思います。

「マンハッタンの日本人」シリーズ、ポールさんのストーリーにあわせると、もしかすると今日が最終回になっちゃうんですが、そうなってもそうならなくてもいいようになっています。ポールさん、「ぬらりひょん」な返答でごめんなさい。

なお、この作品でもポールさんの書かれた内容をざっとおさらいはしてありますが、できれば先にポールさんの作品をお読みください。ポールのメール、この小説ではほんの一部を引用しただけです。とても哲学的でかつ甘い告白の全文は、ぜひあちらで。


【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ

「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



「マンハッタンの日本人」シリーズ 9
One In A Million
——Special thanks to Paul Blitz-san


 今度こそ。キャシーは背中に力を込めた。このタイミング! でも、しっかりと踏ん張るはずの足が少しぐらついた。あ、高さが足りない。着地はなんとかなったものの、満足はいかなかった。

 もうそろそろウォールマン・リンクのスケート場シーズンはおしまい。日に日に春めいてきている。キャシーは、リハビリも兼ねてさっさとスケートを始めた。ジャンプが出来るようになっただけでも大した進歩だと思う。次のシーズンには、またダブル・サルコウが飛べるようになるといいな。

 しゃっと音をさせて、キャシーはベンチの方へ向かった。
「ね。ミホ、どうだった? 二回転にはならなかったけど、マシになった?」
美穂は、その声でようやくキャシーが近くに戻ってきたことに氣がついたようだった。

「あ~あ、まったく。またあいつのことを考えていたの?」
キャシーが言うと、美穂はあわてて首を振ったが、誤摩化しても無駄だと思ったのか、そのまま無言で下を向いた。

 キャシーはベンチにどかっと座ると、優しく美穂の顔を覗き込んだ。
「とんでもない騒ぎに巻き込まれちゃったよね。あの詩人が生きていたら、ミホになんてことをしてくれたんだって殴ってやりたいよ」
そういうと、美穂は顔を上げて、わずかに口角をあげた。
「キャシーだって、泣いていたじゃない」

 そうよ。不覚にもあの詩には、号泣しちゃったのよ。あんないい詩を書くもんだから、だから、あんなことになっちゃったんだわ。キャシーは腕を組んで口を尖らせた。

 ポールとその同居人がアップロードした、反戦詩の動画は、とんでもないセンセーションを引き起こした。亡くなった詩人が自分で読んだ分だけじゃなく、ポールに頼まれて美穂が朗読した分のせいで、彼女は一時的に有名人になってしまった。

 《Star’s Diner》にはマスコミや野次馬が押し掛けた。オーナーは大いに喜んで、従業員を増やした。しかしそれだけでは済まず、たいして時間もかからぬうちに美穂のアパートメントも見つかってしまった。ただの一般人だった美穂は、そうやって追いかけられることに本当に弱ってしまった。もちろん当事者のポールもそのまま《Star’s Diner》で働けるような状況ではなく、マスコミやの大金のなる木を狙うハイエナのような連中が追いかけてこないホテルに逃げ込んだ。

 それから、ポールとその同居人のイヴォは、秘かに詩の著作権を売却して、そのほとんどを反戦運動基金管理団体へと寄付し、残りの一部を持ってそれぞれニューヨークから去った。美穂は、ポールからメールをもらった。

……そしてわたしだが、あの店長のいとこがサンフランシスコで店を開こうとしているとかで、優秀な経営パートナーを欲しがっているそうだ。
きみも来ないか。

……三日後、グレイハウンドの最終バスでサンフランシスコに向かおうと思う。
そこで、きみと思い切り話し合いたいんだ。
今までのことと、これからのことを。
バス停で待っている


 プリントアウトしたメールは、今でも鞄に入っている。何度も、何度も読んだので、ボロボロになっている。一緒に働いた数ヶ月のこと、理不尽さや不公平に落ち込んでいた時に明るく救い上げてくれたこと、ブラウン・ポテトをつまみ食いする時の楽しそうな様子、動画を録画する時に真剣な目で見つめていたこと、今でも鮮やかに思いだす。

 前のように失敗することが嫌で、拒否されることが怖くて、好きだとついに言えなかった。でも、「一緒に行こう」と言ってくれた。返事は決まっていた。美穂はサンフランシスコに、ポールについて行くつもりだった。

 でも、夜逃げの経験なんかなかったから、三日できちんと退職と引越の全てを準備することがどんなに難しいかわからなかった。それに、アパートメントの外には例によって、怪しい人やマスコミがいっぱいだった。美穂は、ポールと話をするためだけにバス停に行こうとした。でも、出るのが遅すぎたのだ。いなくなったと思っていたおかしな人たちは、まだ何人も外にいた。美穂よりもポールやイヴォを探しているのがわかっていたから、連れて行くわけにはいかなかった。彼らを巻こうとして時間がかかりすぎた。

 バス停には、もう誰もいなかった。バスも一台もいなくて、人っ子一人いなかった。

 メロドラマだと、こういう時には、物陰から「バスには乗らなかったんだ」と恋人が出てくるのが定石なんだけれどな……。でも、ポールは行ってしまったのだ。美穂に拒否されたと思って、一人でニューヨークから、美穂の前から去ってしまったのだ。それでも彼女はまだその時には楽天的だった。連絡をすればいいと思っていたから。

 ポールのメールアカウントはあのメールを最後に削除されていた。追いかけてくる人間から痕跡を消したかったんだろう。携帯の電話番号もなくなっていた。ポールをサンフランシスコに誘った前店長の連絡先すら誰も知らなかった。連絡をする手段が何もないとわかった時、はじめて美穂は泣いた。

 それから、美穂の生活は少しだけ変わった。辞めたポールの代わりに《Star's Diner》の店長代理に立候補したのはジョニーだった。彼の料理に問題があることは、周知の事実になっていたので、オーナーはそれをあっさりと認めて、《Cherry & Cherry》の料理担当だったジョンを《Star's Diner》へと異動させた。その代わりに美穂を《Cherry & Cherry》へ異動させ、客から見えないの軽食調理担当にしてくれた。キャシーはそれをとても喜んだ。美穂とキャシーは二人で工夫を重ね、《Cherry & Cherry》を少しずつ居心地のいい店にしていった。

 それに、アパートメントを出ることになっていて行くあてのなかった美穂にキャシーはこう言ったのだ。
「私とルームシェアしよう! 私も足が元通りになるまで、誰かが一緒に暮らしてくれた方がいいし、ミホとなら問題なく暮らせると思うもの」

 新しい職場、新しい住まい、日常が始まった。それにあの詩が、超大物シンガーによって歌われて空前のヒットとなると、美穂を患わせていたしつこい人びとは波が引くように消えて行った。彼女は再び何でもないどこにでもいる日本人となり、平和な日常が戻ってきた。

 キャシーはスケート靴を脱ぎながら、ここ数ヶ月いつもかけてくれた明るい励ましを続ける。
「氣持ちはわかるけど、そんな悲しそうなミホを見ていたくないな」

 美穂は黙って頷いた。キャシーの優しさが心にしみ込んでくる。涙が止まらない。

 もうどうにもならないのだということはわかっている。今まで連絡がないのに、これからあるはずはないだろう。ポールの瞳と、それにメールではじめて教えてくれた彼の想いは、いつまでも美穂の心から出て行ってくれなかった。

 美穂はいつだったか五番街の真ん中で泣きたくなったことを思いだした。ラジオから流れてきたNe-Yoの“One In A Million”。世界中の人に愛されたいなんて願っていない。だけど、だけどせめて一人くらいは言ってほしい。君は百万人の中でたった一人の大切な人だと。そして、美穂はそういってくれる人に出会って、彼を愛したのだ。とても短かったけれど。自分の想いすら告げなかったけれど。

……きみはいつまでも、マンハッタンの日本人でいたいのか。この、非人間的なマンハッタンの、孤独な日本人でいることに満足していたいのか。


 思っていないよ。マンハッタンにこだわっているわけじゃない。でも、私はどこにも行けない。サンフランシスコ中を歩いても、あなたを見つけられるわけじゃないでしょう。もう、待っても無駄だってわかっている。忘れて生きていかなくちゃ。仕事と住むところがあるここで。たまたまマンハッタンで。

「ねえ、ミホ。あいつの代わりにはならないと思うけれど」
キャシーが、美穂の肩を優しく抱いて言葉を続けた。
「いつか美穂と私で、小さいお店をやろうよ。いつまでもあのケチオーナーに搾取されるんじゃなくってさ」

「キャシーったら。そういう夢は彼氏と語るものでしょ」
「見損なわないでよ。私、彼氏を作ってミホの側でいちゃいちゃしたりしないよ。……少なくともあいつが戻ってくるか、それともミホに新しい彼が出来るまで」
「やだ、じゃあ、私、猛スピードで新しい彼を作らないといけないじゃない」
「そうだよ。その調子」

 美穂は鞄からハンカチを取り出した。鞄が膝の上にずっと置かれていたせいか、彼のメールを印刷した紙は温かくなっていた。逢いたいよ。日本語で呟いた。

 鞄を閉めると、涙を拭ってウォールマン・リンクを眺めた。楽しそうな家族が一緒に滑っている。恋人に滑り方を習っている女性もいる。キャシーの褐色の肌は、綺麗に輝いている。陽射しは柔らかくて暖かい。冬は終わりに近づいて、もうじき春が来る。美穂は、明日も頑張って働こうと思った。

(初出:2015年1月 書き下ろし)

追記


そういうわけで、話は「ふりだし」に戻りました。ポールが迎えにくるもよし、他のキャラが現れるもよし、美穂がもっと強くなるのもよし、このままずっと同じ繰り返しをするもよし。後からどの設定が投入されても、それどころか、このまま終わってもいいようになっています。(要するに人まかせ?)

美穂の独白じゃありませんが、私も「マンハッタン」にこだわっているわけではありません。バスに間に合わせなかったのは、マンハッタンにいさせるためではないです。カリフォルニアだろうと、アラスカだろうと、「日本の日本人(これは……)」だろうが、なんでもいいのです。

でも、この流れであっさり数百字でハッピーエンドはないでしょう? 読者のみなさんも期待していないでしょう? 「恋愛モノはこじれてナンボ」ですよね? (そんなの私だけ?)

さて、この作品の中に出てくるNe-Yoによるヒット曲 “One In A Million” です。「マンハッタンの日本人」シリーズの第一作目につけたのと同じ動画をくっつけておきます。
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