FC2ブログ

scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


ようこそ。このブログでは、オリジナルの小説と、スイスにいる異邦人の日常を綴っています。
【お報せ】 今日のひと言 (from PIYO)

scriviamo! 2019 は無事終了しました。ご参加ありがとうございました。
月間ステルラ2,3月号 参加作品「郵便配達花嫁の子守歌」はこちら
月間ステルラ4,5月号 参加作品「今日は最高」はこちら
【小説まとめ読み】 - 目的別のおすすめ小説をリンクした記事
「霧の彼方から」を読む 「郷愁の丘」 「リゼロッテと村の四季」を読む 「十二ヶ月の歌 2」」を読む

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 3 -

「霧の彼方から」の続き、三回に分けたラストです。

ジョルジアが主人公である小説は「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」に続く三作目なのですが、少しずつ彼女の外側の鎧のような部分が外れてきたと同時に、その恋愛初心者ぶりが表面化してきています。コンプレックスのために本来ならばティーンエイジャーの頃に解決すべき問題をそのまま放置し、今ごろ直面せざるを得なくなってきているのです。この章では、イギリスへ行く前のジョルジアの問題が浮き彫りになり、次章ではグレッグの方の問題に焦点が移ります。

今回もR18的表現が入っていますが、例によって「だからどうした」程度の描写です。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 3 -

 確かにこれまで見た多くの婚約中のカップルは、街中であれ、仲間と一緒に楽しく飲んでいる時であれ、しょっちゅう見つめあったり、キスを交わしたりしていた。ジョルジアが彼の首に腕をかけてもたれかかれば、彼は嫌がりはしないだろうが、彼女はそういう姿を周りに見せたいと思うような性格ではなかった。グレッグも、かつてジョルジアに対する想いを隠していたときと変わらずに、人前でジョルジアに触れることはまずなかった。

 久しぶりの再会でも、彼の態度は控えめだった。ムティト・アンディの駅でホームに降り立ったジョルジアに飛びついてきたのは、愛犬ルーシーの方だった。ちぎれんばかりに尻尾を振った犬がようやく落ちついて離れた時には、グレッグはもう脇に置いた彼女の荷物を手に持って、穏やかに彼女に微笑みかけた。

「よく来たね。長旅で疲れただろう。車で少し休むといい」
ジョルジアは、なんて彼らしいんだろうと思った。そして、その彼の態度がとても心地よかった。彼の喜びは、瞳から読み取ることができた。そして、その情熱は、いつも誰も知らない二人だけの夜に示してくれるのだ。

 控えめな、確かめるようなキスから始まって、長くより官能的な口づけに移行する。ジョルジアの反応、彼の無言の問いかけに対する確かな答えを感じ取り、彼の行動は大胆に変わっていく。彼女は、彼の腕の中で、肌の暖かさの中で、同じように解放されて違う世界へと導かれていく。精神的な愛と本能に支配された原始的欲望が、違和感なく溶け合っていく不思議な時間を堪能する。躰の歓びは、手紙や会話を交わして築いた共感や魂の共鳴と相まって、二人の絆を更に強くした。

 それは恋人同士であるとか、婚約中であるとか、もしくは夫婦であるといった社会的なレッテルとはかけ離れた、もしくは、そのようなものとは関係ないつながりだった。服を着て、仕事をしたり生活をしたりする人間社会とは異なる浮遊した空間での出来事だった。たとえ世界中の全ての他のカップルが、同じように遺伝子に組み込まれたプログラムに従って同じ快楽を味わっているとしても、それはジョルジアには関わりのないことだった。彼女にとっては、グレッグとの関係だけが神聖で特別だったのだ。

 その一方で、彼女を捉えている、僅かな苦い想いも、やはりこの時間にくりかえし明滅してくるのだ。

 どうにかなりそうな激しい快楽に溺れて、ほとんどの思考力が停止している中で、どこかで冷たい声をした自分が彼女に疑問を投げかけていた。彼の過去について。彼と愛し合った他の女性の存在について。

 こんな歳になるまでまったく経験がなかった自分が特殊であることはよくわかっていた。ひっかかっているのは、彼に誰か恋人がいたことではなく、彼が「いままで誰もいなかった」と彼女に言ったことだ。

 彼の愛を疑っているわけではない。彼がどれほど優しく愛してくれているか、彼女はよくわかっている。その愛は、言葉だけの空虚なものではなく、彼女に関するあらゆる彼の行動から感じ取ることが出来た。

 今回、彼の家に着いて三日目の夜だった。シャワーを浴びてからベッドに向かう前に彼女は持ってきた荷物の中を探っていた。後から入ってきた彼は、訊いた。
「どうした?」

「ハンドクリーム、入れたと思ったんだけれど。ニューヨークに置いてきたみたい」
「ハンドクリーム?」
「ええ。台所洗剤が合わないみたい。手肌がザラザラなの」

 一人ならザラザラでもまったく構わないんだけれど。ジョルジアは心の中でつぶやいた。自分に触れられる相手がどう感じるかは、グレッグと愛し合うようになって初めて氣にするようになったことだ。荒れていない唇も、繊細な指先も、柔らかい頬も、肘や踵にいたるまで全身に滑らかな肌を持つことも、それまでの彼女は必要すら感じなかったことだった。しかし、今の彼女はそれがとても氣になる。その肌に彼が触れるのだから。

 グレッグは、彼女の横に座り、その手を取った。そして、彼の温かい大きな手で包み込むと、申し訳なさそうに言った。
「本当だ。かわいそうに。あの洗剤はきっと強すぎるんだな。考えたこともなかった。それに、日用品を売っている店まで一時間も車で走らなくてはいけなくて、そこまで行ったとしてもいろいろな種類のハンドクリームがあるわけじゃないんだ」

 その暖かい手のひらに包まれて、彼女の心は蕩けた。
「ブランドもののハンドクリームをあれこれ並べる必要なんてないわ。オリーブオイルを塗り込んでもいいんだし」
そう言いながらも、もう台所までオリーブオイルをとりに行って肌のケアをする氣は失せていた。二人はそのまますぐにベッドに潜り込んだ。

 彼の行動の一つ一つが、愛されていることを実感させてくれた。不器用ながらも彼の言葉はいつも真摯で誠実だと感じさせた。飾りは少なくとも選ばれた表現は、彼が正直であることの証だった。

 それなのに、彼が過去の恋人との経緯に関してだけを「なかった」ことにするのは、どうしてなんだろう。彼女の中のもう一人の彼女が厳かに答えを告げる。「お前が劣っていることを思い知らせたりするのは可哀想だと思っているからに違いない」と。
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

日本で買ってきた便利なモノ (4)バターカーラー

さて、今日は日本で買ってきた便利グッズを紹介するコーナーです。四回目の今回はバターカーラーです。

バターカーラー

バターカーラーといわれても「何それ?」という方、多いかもしれませんね。読んで字のごとく「バターをカールさせる道具」なのです。

バターの保存は当然ながら冷蔵ですけれど、出してきてすぐだとパンに塗る時に固い。もちろん使う量を早めに冷蔵庫から出してしばらく待てば柔らかくなるのですが、結局いつもギリギリに思い出して……という繰り返しですよね。

で、バターカーラーの出番なのです。写真のように「おっしゃれ〜」な状態にしてドヤ顔で客に出すために使うこともできるのですけれど、こうやって小分けにして置いておくと早く柔らかくなるのです。

バターカーラーには幾種類かあり、ホテルなどでよく見かける貝殻型のバターを作るには、ドイツ製のギザギザナイフを円形に丸めたようなものを使います。

このバターカーラーも買ったのですけれど、結局私が普段使うのは、写真のステンレス・バターピーラーナイフ。

ロール型のバターの形は、ドイツ式の方が素敵なんですけれど、洗ったりしまったりする時に、危険、洗いにくい、引き出しの中で場所をとるというような、取り扱い上の問題があって、使わなくなってしまったのですね。

写真の製品は、洗うのも、しまうのもぱっぱとできるし、場所もとりません。ホテルの厨房のように場所もたっぷりあるならともかく、普通の家庭では、この方が便利みたいです。
関連記事 (Category: 生活のあれこれ)
  0 trackback
Category : 生活のあれこれ

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。三回に分けた二回目ですけれど、ここも少し中途半端な区切りだなあ。まあ、いいか。

もしかすると、幻の風来坊男であるアウレリオ、初登場? ま、勿体ぶって出さなかったわけではなく、本当にいつもいないんだ、この人。

さて、これまで細かくは説明していないのですが、グレッグと腹違いの妹マディは十歳離れています。「郷愁の丘」本編と「最後の晩餐」という外伝で、十歳だった彼が両親の離婚に伴いイギリスに引っ越したという事情を書きました。(そんな詳細はどなたも憶えていらっしゃらないと思いますが)つまり、レイチェルの存在と妊娠が契機となって、別居中だったグレッグの両親は正式に離婚したのですね。もっとも、ジェームスはその後もマディのことを正式に認知しなかったようです。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 2 -

 買い物のためにヴォイへ出てくることを知ったマディは、ランチに招待してくれた。グレッグとマディの父親、故ジェームス・スコット博士の臨終と葬儀の時にしばらく一つ屋根の下で過ごして以来、ジョルジアはマディやその家族とすっかり仲良くなった。

 グレッグと父親は実の親子にもかかわらず、奇妙なほど他人行儀な関係しか築いてこなかったのだが、それを補うようにマディとその母親のレイチェルが、グレッグとジョルジアを新しい家族として受け入れてくれたのだ。

「やあ。ジョルジア、久しぶりだけれど、去年逢った時と変わらないね。ニューヨークからの長旅、お疲れ様。あのサバンナのど真ん中で、こいつと二人っきりだなんて、退屈していないかい」
立て続けにしゃべりながら、迎え出たマディの夫アウレリオが抱擁してきた。

「チャオ、アウレリオ。なかなか面白い冗談ね」
ジョルジアは、兄が持たせてくれた最高の出來のスーペル・トスカーナ・ワインを渡しながら苦笑した。

 グレッグとは学生時代からの付き合いであるアウレリオは、イタリア人らしい罪のないジョークをよく飛ばす。当の本人がそれを冗談とは受け止められず、軽口の返答も返ってこないことには無頓着だ。

 そうはいっても、ジョルジアも氣の利いた返しや、大げさな惚氣まじりの反論を口にすることが出来ない。

「アウレリオったら。この二人はこう見えても新婚ほやほやなんだから、くだらないことを言わないの」
キッチンから出てきたマディが、助け船を出してくれたので、彼女はほっとした。

「新婚ねえ。僕たちの蜜月はずっと濃いし、まだずっと続いているよね。愛しのマレーナ」
アウレリオは、マディを後ろからぎゅっと抱きしめて、豊かな栗色の髪に口づけをした。

「オックスフォードで始めて出会った時のことは生涯忘れないな。あの日、僕の人生は光り輝くようになったんだ」

 マディは夫の言葉に苦笑いした。
「ありがとう。アウレリオ。残念ながら、私はその日にあなたと会ったこと、全く憶えていないんだけれど」

 ジョルジアは、おもわず「え?」とつぶやいた。マディはウィンクをした。
「ママに初めてヘンリーと引き合わせてもらった日らしいんだけれど。一度も会ったことのない腹違いの兄にやっと会えるって緊張していたんだもの、他の人なんて目に入っていなかったわ」

 ジョルジアが確認するように見ると、グレッグはわずかに笑って頷いた。
「レイチェルが特別講義でオックスフォード滞在している時に、マディが訪ねてきたんだ」

「そうなの。夏休みに入ってすぐだったわ。どうしても行きたいって、ママに頼んだのよ。私だってヘンリーと知り合いたいってね。ヘンリーに会うのもドキドキだったけれど、あのベリオール・カレッジのディナーっていうのも嬉しくて、途中で逢って挨拶した人のことまで憶えていなかったの」

「ひどいな。運命の出会いよりもお皿の中のことを憶えているって訳かい?」
アウレリオは、妻のことしか見えないという風情で微笑みかけた。
「だって、観光客でも入場できるホールじゃなくて、オールド・コモンルームでのディナーだったんですもの。1200年代からの格式あるダイニング・ルームにケニアから来た十五歳の小娘が行けるなんて夢みたいでしょう」

「十五歳?」
ジョルジアが問うと、グレッグは頷いた。
「そうだったね。あれは、イギリスにいた最後の年だった。僕と母がケニアを離れて直に生まれたって話を祖父から聞いていたけれど、実際に逢ったらティーンエイジャーになっていたのでびっくりしたよ」

「僕が、あの綺麗なお嬢さんに紹介してくれって頼んだのに、渋ったことは忘れないぞ」
アウレリオが笑って言った。グレッグは苦笑いした。
「もちろん。マディの見かけは大人びていたけれど、まだ子供だと思ったし、軽く恋愛ゲームをする対象にされたら困ると思ったんだ。それに妹といっても、会ったばかりで、それほど親しいって訳じゃなかったし」

「でも、橋渡ししたの?」
ジョルジアが訊くと、マディが笑って答えた。
「ヘンリーは紹介するつもりがないのに、私と会うどこにでも勝手についてきたのよね」

「そうさ。紹介せざるを得なくしたんだよ。でも、お陰で僕たちはこうしてここにいるんだからね」
アウレリオは胸を張った。笑いながら、ジョルジアはいかにもアウレリオらしいと思った。全く躊躇せずに、自分の道を切り拓いていける。それはこの人の才能の一つだ。

「もちろんアウレリオは特別だと思うけれど。でも、あなたたちを見ていると、婚約中ってなかなか信じられないわよ」
マディの言葉にジョルジアは笑った。
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

おじさま好きのはずが……

今日は、本当にどうでもいい記事です。あらかじめ断っておきます。

昨年のオフ会で話題になったのですけれど、「どんな対象に萌える」みたいな質問に私は速攻で「おじさま!」と答えたんです。昔からの傾向なんですけれど、お目々キラキラ、お肌つやつやの美少年にはあまり興味がなく、いや、可愛いなあとは思いますけれど、恋愛対象としては「特に何も感じない」だったのです。(あ、私は誰がどんな方を恋愛対象にしていてもいっこうに問題ないのですけれど、本人としては異性以外には恋愛感情を持たないタイプです)

で、学生のころから、周りがアイドルなどにキャーキャー言っている時におじさま好みを口にしてドン引きされていました。

最近、「ああ、この人、追っかけたいぞ」(リアルじゃないですよ! あくまで心のアイドルとして)と思った芸能人は、英国のスーパーモデルのデイヴィッド・ギャンディです。服着てもこの通りダンディですが、脱いでも素晴らしい。眼福です。

David Gandy by Conor Clinch (2013) - cropped
David Gandy by Conor Clinch (2013) - cropped.jpg
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

で、あいかわらず「なんてオヤジ趣味なんだ、私」と思っていたのですけれど、実はこの方、1980年生まれです。えっと……ずっと歳下だわ。それを認識した時に、自分がものすごく痛い存在だとがっくりきました。

あ、でも、ファンは辞めませんけれど。
関連記事 (Category: 思うこと)
  0 trackback
Category : 思うこと

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。プロローグのイギリスシーン(三月末)に戻るまでにはもう少しかかりますが、二月の時点に移っています。前作のラストの章で、「君が二月に来るのが待ち遠しい」とグレッグの手紙にあった、その二月ですね。

半分に切るか、三回に分けるか迷った末、やはり三回にしました。で、今回は少し短いです。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 1 -

 それからまた半年近くが経った。一ヶ月の休暇が終わるとジョルジアは、ひとまず帰らなくてはならなかった。婚約はしたが、その時点ではまだ具体的なことは何も決まっていなかった。ニューヨークに戻ってから、以前のように手紙と電子メール、それから時々は電話で交流を持ちながら、実際の手続きについて相談した。

 結婚後の二人の住まいは《郷愁の丘》になったが、ジョルジアの会社との契約や取り組んでいる撮影スケジュールを考えると、実際にケニアに住むのは年に半分ほどになりそうだった。ジョルジアはニューヨークでは少し小さめのフラットに遷り、家財を整理した。《郷愁の丘》に置くもの、ニューヨークに残すもの、それに処分するものがあった。

 新しい勤務態勢を整えるために《アルファ・フォト・プレス》での打ち合わせもこれまでよりもずっと多かった。半年はあっという間だった。

 それに、家族の問題があった。ジョルジアの新しい門出を家族はみな心から喜んだが、ケニアがメインの住居になるとわかると、特に兄のマッテオが盛大な結婚式で送り出したいときかなかった。派手なことが苦手だと難色を示すジョルジアとの押し問答の末に、ニューヨークでの結婚式と、家族や同僚、それに親しい友人たちを集めて行きつけの《Sunrise Diner》でパーティをすること、日を改めてスイスのサンモリッツでヨーロッパの親族を集めた食事会を開催することになった。

 ケニアでは結婚式はしないが、どちらにも招待することのできないケニアの同僚や知人もいるので、グレッグの家族といっていいレイチェルやマディを中心に、ケニアでもパーティをすることになった。マディの夫のアウレリオとその親友であるリチャード・アシュレイは、ニューヨークでマッテオがそうしたように、いつの間にか話をどんどん大きくしている。グレッグもジョルジアもパーティが苦手なのだが、こればっかりは仕方ないと諦めた。

 彼らには《郷愁の丘》があった。リチャードに言わせると「地の果て」、よほどの意思と必要性がなければたどり着けない不便な立地に、孤高に立つ家。目の前に広がる広大なサバンナと、音も立てずに輝きのオーケストラで一斉に語りかける満天の星空を備えた隠れ家。

 そこは文字通り、隠れ家だった。他の人間社会から、切り離されているのだ。ここにいる時は、誰一人として「ちょっと飲んでいるから出ておいでよ」と電話をかけてきたりはしない。「遠いので」と告げるだけで、パーティにも行かずに済む。誰とも上手く話せずに人々の間に一人で立ちすくむ、居たたまれない想いから解き放たれるのだ。

 《郷愁の丘》には、ジョルジアの求める全てがあった。グレッグの人となりを知り、輝かしい朝焼けに共に言葉を失い、星空の下で自分でも信じられないほど沢山のことを語り合う、その歓びの舞台になった場所だ。彼女はある時、彼との結婚によってそこが我が家となることを改めて認識し、震えが起こるほど喜びを感じた。

 ジョルジアは、二月の終わりに《郷愁の丘》へ戻ってきた。アメリカでの結婚式のために三月末にまたニューヨークへ行かなくてはならないが、仕事のスケジュールを鑑みると新生活を始めるのはこのタイミングが一番よかった。
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

ヴィーノ・モスカート

今日はお酒の話ですね。

ヴィーノ・モスカート

一人でふらっとバーに立ち寄る時、何を頼むか決めている方ってどのくらいいるのでしょう。日本の方で多いのは「とりあえずビール」かしら。大抵のドイツ人やスイスでも若い方はビールを頼む傾向があるように思います。

私はビールの味があまり好きではないので、ビールを頼むことはありません。そもそも飲み会でビールかソフトドリンクしかないというような時は迷わずソフトドリンクを飲んでいました。今は、ビールを飲まなくてはならないというようなアルハラならぬビールハラ(私にとってだけですけれど)の存在しない世界に住んでいるので、もう●十年ビールを飲んでいないかも。

で、その日に一杯しか飲めない、それもちゃんとしたディナーというようなときには、食事にワインを飲むのですが、そうでない時の一杯目に選ぶ確率が高いのが、ヴィーノ・モスカートです。(ようやく本題だ)

これデザートワインの仲間なんですかね、非常に甘口の白ワインで、とても口当たりがいいのです。日本の懐石料理などで食前酒に甘い果実酒が出てくることありますよね。あの感覚で私は頼みます。もちろん量がずっと多いのですけれど。

お氣に入りのカクテルを頼むのもかっこいいなあと思いますが、私の好きなカクテルは、スイスやよく行くイタリアではあまり知られていないことが多く、注文が面倒くさい。それにあまり強いカクテルだと、私の飲むスピードではいつまで経ってもご飯を食べにいけません。

その点、このヴィーノ・モスカートは、簡単に注文できて、飲むのもあまり苦にならず、しかも、いつどこで頼んでも味に当たり外れがほとんどないのです。

写真は、クリスマス前に一人でイタリア側スイスのルガーノに行った時のものです。一人だったので食事に行くのが面倒だなあと思ったので、馴染みのバーに行きました。ここ、お酒を頼むとただでたくさんおつまみを出してくれるのです。だから、ヴィーノ・モスカートの後に、赤ワインを一杯頼み、ついてきたおつまみでもう夕ご飯だということにしてしまいました。
関連記事 (Category: 美味しい話)
  0 trackback
Category : 美味しい話

Posted by 八少女 夕

【小説】君は僕にとって

「十二ヶ月の歌」の五月分です。もう五月ですものね。日本は、令和だし……。

月刊・Stella ステルラ 4、5月号参加 オムニバス小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。五月はJoe Cocker の”You are so beautiful”にインスパイアされて書いた作品です。

この曲も歌詞は特に書きません。というか、おそらく聴けば大体わかりますよね。

この曲は、というか、下に貼り付けたベビーフェイスによるカバーバージョンは、「ファインダーの向こうに」の頃からずっと、主人公ジョルジアを見守る兄マッテオ(および一部の男性キャラ)の想いのテーマソングでした。

今回は、現在連載中の(「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」の続編)「霧の彼方から」でもカバーしなかったジョルジアの結婚式のことを後日譚として紹介する試みです。そんな外伝ばかりいらんというお叱りもあるかと思いますが、今月はこれでお許しください。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む

【参考】
「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」

霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




君は僕にとって
Inspired from “You are so beautiful” by Joe Cocker

 つい先日までは、いつ雪が降ってもおかしくないほど寒い日もあったのに、五月に入った途端これほど暑くなるなんて。マッテオは、セントラルパークの樹木の青々とした若葉を眩しそうに見上げた。

 満開だった木蓮は、役目を終えたと判断したのか、はらはらとその花びらを散らしている。ここ数ヶ月は忙しくて、いつもは誰かとデートついでに必ず見る、日本から寄贈されたという格別華やかな桜の花も見そびれてしまったらしい。

「それでね、マッテオ。グレッグが説明してくれたんだけれど、英国で雨が降ったり止んだり忙しいのは、ブリテン島の位置と暖流のせいなんだって」
横を歩くアンジェリカが、一生懸命に覚えたての知識を披露してくれる。彼は、にっこりと笑って答えた。

「なるほど。まったく知らなかったよ。さすが彼は博士だね。それに、世界一きれいな知りたがり屋さん、教えてもらったことをちゃんと憶えて僕にも教えてくれるお前は、なんて賢いんだ。こんなにパーフェクトな姪を持って、僕は誰よりも幸せな男だな」

 アンジェリカは、少し考えてから言った。
「でも、マッテオ。この間からずいぶんと寂しそうよ。ジョルジアが、お嫁に行っちゃったのがショックなんでしょう?」

 マッテオは、かがみ込むと姪を強く抱きしめて答えた。
「それは寂しいよ。それに、今日、お前がアレッサンドラとロサンジェルスに帰ってしまうのも、泣きたくなるくらい寂しいさ。でも、ショックなんてことはないよ。どんな遠くに行ってしまっても、お前や、アレッサンドラや、ジョルジアが、それぞれに幸せであることが、僕の心からの願いなんだ」

 まだ九歳の姪が生まれるよりも前、妹のジョルジアが絶望の底にいた時のことを、マッテオは思った。子供の頃から見守り愛してきた大切な妹は、はじめて付き合った男に言葉の暴力で傷つけられ、しばらくクリニックに入院しなくてはならないほどのトラウマを負った。

 彼女を傷つけた男は、彼女の生まれつきの痣を目にして、こう言ったという。
「こんな醜い化け物を愛せる男などいるものか」

 その痣は、そして、それを目立たなくしようとして失敗した手術の痕は、一般的に言えば「美しい」と形容するようなものではない。それはマッテオも知っている。

 だが、彼女にトラウマを与えたその酷い言葉の全ては完全な間違いだ。世界中のメディアや一般のファンたち、それに評論家たちも「美の女神」と認めるスーパーモデル、もう一人の妹アレッサンドラに劣らず、マッテオにとってジョルジアは、例えようもなく美しく、彼女に対する愛は尽きることがない。

 母親に紹介された生まれたばかりのジョルジアを目にした六歳のあの日から、マッテオの想いは一度たりとも変わったことがない。……なんて可愛くて、美しくて、愛しい子なんだろう。

 生まれつきの痣や、その他の要因が重なり、次第にひどく内向的になったジョルジアを、マッテオは常に心にかけ、愛情を注いだ。少なくとも家族の前では、幸せに楽しくしていた妹の日常と人生の歓びを、一人の男の心ない振る舞いが滅茶苦茶にした。

 若くして成功し経済界に絶大な影響力を持つマッテオが、私怨で誰かの事業に口出しをしたのは、人生でたった一度だけだ。彼は、妹を捨て苦しめておきながら、平然としてマッテオと同じクラブに他の女を連れて出入りしていたその男の経済基盤と社会的信用を奪い、ニューヨークにいられなくした。おそらくジョルジアはそのことを、絶望の底にいた当時はもちろん今でも知らないだろう。

 それから十年近く、ごく普通に暮らしているかのように傍目には見えても、他人と関わることを怖れ、心を半分閉ざしたままの妹を見守り続けるのはたやすくはなかった。

 退院してしばらくは精神不安定な状態が続き、一年近く彼のペントハウスで暮らさせた。話しかけても反応しなかったり、突然泣き出したり、もしくは無意識に同じところを歩き回るなど奇妙な行動をすることもあった。

 異常行動がなくなり、パニック障害の発作もなくなってから、専属で働いている《アルファ・フォト・プレス》のスタジオで静物撮影の仕事から復帰した。少しずつ笑顔も見せるようになり、本人の希望するように一人暮らしをさせても大丈夫と思えるようになった。

 そして、マッテオが懇意にしている知り合いが大家であるフラットに住むことになったものの、どうしているか心配で毎週のように訪ねていったものだ。

 二度と傷つきたくないと怖れる想いと、それでも愛されたいとにじみ出る願い。何も言わなくても手に取るようにわかるが、兄としてのあふれる愛をどれほど注いでも、彼自身にはどうしてやることもできなかった。

 そのジョルジアが見つけたのは、彼にとっては地球の果てであるケニアでの幸せだった。

 努力家で真面目とはいえ、決して成功しているとは言えない動物学者。マッテオからの援助がなければ、経済的にも食べていくのがやっとらしい。ジョルジアのこれまで築いてきたキャリアを考えてもサバンナの真ん中へ行くことはプラスになるとは思えない。

 そんな相手との結婚ではあり、マッテオにとっては大切な妹がそんな地の果てに行ってしまうことは寂しくてならないことだが、それでも、彼は心からの祝福を添えて妹を送り出した。

 誰かを躊躇せずに愛する歓び、人生の片翼が存在することへの安堵、締め付けられていた孤独の枷からの解放、その全てを言葉では語らない妹の瞳の光や振る舞いから感じることができた。それ故マッテオは、彼女の決断が正しいものだと納得し、心から祝福することができたのだ。

 長い冬だった。樹木の枝に見える蕾は固く閉ざされ、まるで死んでしまって二度と開かれないのではないかとすら疑われた。それが、どうだろう。眩しいほどの新緑、わずか数日で、いや、数時間で、刻一刻と姿を変えながら晴れ渡った紺碧の空へとその瑞々しい若葉を伸ばしていく。

「そうかなあ。私ね。お嫁に行くとどうして旦那さんの国に引っ越さなくちゃ行けないのか納得いかないって、ジョルジアに言ったの」
アンジェリカが、真面目な顔つきで言った。マッテオは、面白く思った。

「ジョルジアは、なんて答えたんだい?」
「必ずしも旦那さんに合わせる必要はないって、言ったわ。でも、ジョルジアは旦那さんに合わせたんでしょ、って言ったの」
「それで?」

「グレッグは、ジョルジアがニューヨークで暮らしたいんじゃないかって、言ってくれたんだって。だから必要なら彼も引っ越しても構わないって。でも、それは無理だって、彼女が説得したんだって」
アンジェリカは、ジョルジアそっくりの口ぶりで説明した。

「グレッグ。写真はどこでも撮れるけれど、私の知る限り、ニューヨークには野生のシマウマはいないわよ」
ジョルジアらしいユーモアと愛情のこもった台詞を聞いて、マッテオは笑った。

 新居はケニア中部の《郷愁の丘》になったものの、《アルファ・フォト・プレス》との契約があるので、しばらくジョルジアは年に数ヶ月ニューヨークで過ごす。また、助成金の契約でグレッグが年に一度は必ずニューヨークに来ることになっているので、その時にはジョルジアの分の航空券も送るつもりだ。永久に会えなくなるわけではない。

 もう一人の妹、アンジェリカの母親であるアレッサンドラが、ロサンジェルスに家を買いニューヨークを離れた時も、また、三度目の結婚に伴い、年の半分以上をヨーロッパで暮らすことにした時も、寂しさはあったがその幸福な旅立ちを喜んで送りだしてきた。今度それができないはずはなかった。

「結婚パーティ素敵だったわよね。どうしてジョルジアはママみたいなウェデングドレスを着なかったの?」
アンジェリカは、マッテオの手に掌を滑り込ませて訊いた。マッテオは、微笑んで小さな掌を壊さないように優しく力を込めた。

 先月、ニューヨークのロングアイランドにある教会で行われた結婚式で、ジョルジアはアイボリーのシンプルなタイトワンピースを着た。

「派手なウェディングドレスを着るのは嫌だって言われたんだ。アレッサンドラに頼んで彼女の希望に合うようなワンピースを用意してもらったんだよ。その代わりに、彼女のリクエストにはなかった最高級の絹とレースを使ったけどね。きれいだっただろう? でも、パーティでは、どういうわけか直前に一度着たドレスに変更すると押し切られてしまったよ」

 結婚式の後に、彼女のフラットや職場に近い馴染みの大衆食堂《Sunrise Diner》で、家族の他に同僚や親しい友人たちを集めて披露パーティが行われた。その時に彼女は緑のシンプルなドレスを着た。

「ああ、その理由は知っているわ。ニューヨークに来る飛行機、私あの二人と一緒だったでしょ? あの中で、グレッグがあのドレスの話をしたの」
「ほう? どんな話?」

「あのね。グレッグは、ジョルジアがあれを着るんだと思い込んでいたんだって。どうしてあのドレスがいいのかって彼女が訊いたの。そしたら、こう答えたの。前にあのドレスを着た時に、本当は一緒にダンスをしたかったのにチャンスを逃したんだって。どうしてその時に言わなかったのかしらね。言えば、ジョルジアが断るはずはないのに。あの二人、あんなに仲がいいんだもの」

 マッテオは、なるほどと思った。それは、助成金の推薦をしてくれたレイチェル・ムーア博士がグレッグをマッテオに紹介するため連れてきたWWFのパーティだった。口添えするためにジョルジアもその緑のドレスを着てやってきたのだ。

 どういうわけだか、グレッグはパーティの序盤で退席してしまい、それを追ってジョルジアも帰ってしまった。だから、もちろんダンスをすることなどなかっただろう。あの時、レイチェルは言っていた。
「彼はジョルジアに夢中なの。残念ながら友達の枠は超えられていないみたいだけれど」

 つまり、彼はジョルジアに遠慮して肩や髪などに触れることもなかったのだろう。あの夜にあの美しい彼女の姿を見て、皆がダンスをする機会を生かして彼女をその腕に抱きたかったんだろうな。

「私なら、ドレスを着たら申し込まれなくても一人で踊っちゃうな。毎日着られるものじゃないし」
アンジェリカは、マッテオの思惑などお構いなしにおしゃまな発言をした。

 マッテオは、再び姪の目の高さにかがんで、その瞳をのぞき込んだ。
「心配しなくても、お前が大きくなったら、たくさんの男たちがダンスを申し込もうと行列を作るよ。その時には、僕にも一度くらい一緒に踊るチャンスをくれるだろう? 僕の大事な踊り子さん」

 アンジェリカは、とても嬉しそうに抱きついて答えた。
「もちろんよ。マッテオとは他の人の倍以上の曲を一緒に踊るわね」

 マッテオは、愛する姪を抱きしめた。もちろんその口約束が守られることはないだろうことは知っている。彼女が大きくなり、恋をしたら、一晩中でも好きな男と踊り続けたいと願うだろう。その時には、彼はただの「親しいマッテオ伯父さん」に変わってしまうのだと。そして、そう思わせる相手の存在を疎ましく思う権利は、彼にはないのだと。

 派手なことの嫌いなジョルジアと、同じように内氣なグレッグは、自身の結婚披露パーティだというのに、ほとんどの時間を店の片隅で過ごした。皆が楽しげ踊っている時もそうだった。だが花婿は、幾度も深い愛情を込めて花嫁を見つめていた。

 ずっとマッテオが思い続けていた言葉を、彼が心に思い浮かべていることを疑う余地はなかった。
「君は、誰よりも美しい。君は、僕にとって他の誰よりも素晴らしい」


 今日の新緑は、風に舞いながら萌え立っている。まるで歓びに震えているように。同じ色のドレスを纏った愛しい妹が、ようやく安心して身を委ねられる相手を見つけ、その腕の中で祝いのダンスを踊っていたほんのわずかの時間を思い出しながら、マッテオは姪と一緒にゆっくりと歩いて行った。

(初出:2019年5月 書き下ろし) 

新緑の森林 by マレーナさん
こちらはマレーナさんによるイラストACからのイラストで著作権はマレーナさんにあります。無断使用はお断りします。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

read more



Babyface You Are so Beautiful

関連記事 (Category: 短編小説集・十二ヶ月の歌 2)
  0 trackback
Category : 短編小説集・十二ヶ月の歌 2
Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

【もの書きブログテーマ】創作者と読者と男と女

久々に【もの書きブログテーマ】を書くつもりになりました。【もの書きブログテーマ】は、ブログのお友達であるlimeさんの発案なんですけれど、創作ブログの方で同じテーマで書きたい方がありましたら、どうぞご自由に、です。今回のテーマは、「男女の考え方や感じ方の違い」です。

つい先日、とある男性創作者の方と交流する機会がありまして、「女性のことも普通に書いているけれど、女性から見てどうか」という話になったのです。これって、私にも悩ましいテーマでして、好き勝手書き散らしていますが、たとえば男性読者からは「こんな男いるか」とか「わかっていないなー」って感想を持たれているんじゃないかな、と思うんですよね。

昔(大昔です。元号がまもなく二つ前になるくらいの)は、一人で書いていましたし、リアルは全く充実していなかったので、とんでもない男性像を書いていまして、その当時よりはマシになったかと思いますが、それでもいまだに「結局オンナの書く絵空事だよな」的な小説であるのでしょうね。

ちなみに昭和時代にどんな話を書いていたかといいますと、女主人公の相手役は常に優男でした。(長髪率高し)

で、その優男は、何があってもどんなときでも、女主人公のピンチにはどこからともなく現れるんですが(仕事はしていないのか、っていうか、エスパーなのか、どこから湧いて出るのか)、ピンチを助けるだけで特に他の要求もせず、せいぜい手を握るだけ。

結婚して現実に男性と生活を共にすると、そんな優男はあり得ないことがはっきりします。で、現在連載しているような「手を出さない男性」を書く時には、「なぜ出さなかったのか」無理にでも納得できるような理由を考えるわけです。

書く方としては、もちろん「自分の書きたいもの」を書くわけですから、「そうあってほしい」方向に寄るのは仕方ないかなと思います。たとえば、私が別の男性のペンネームで、男性のフリをして男性読者を対象に、男性の喜びそうな小説を書いても、結局どこかに「これ女じゃないか?」とバレる要素が出てくると思うんですよね。それは、やはり今風の言葉で言う「萌え要素」が違うからだと思うのです。

女性作家は必ずそうだと言うつもりはありません。あくまで平均的な傾向です。私自身も普段は「女っぽさが足りない」といわれる性格・振る舞いであるにもかかわらず、どこか平均的な女性的感性を持っているように思います。

たとえば、恋愛でいえば、結果よりも途中が重要なんですね。どこへ行った、どんな台詞を言われたまたは言った、何を見た、何を共感してどこで泣いた、みたいなことの方が、実際に付き合った、服脱いだ、やることやった、などの結果より重要なわけです。

極端なことを言うと、たぶん同じ映画を観ていても、男性の多くが早送りしたい部分と、女性の多くが早送りしたい部分って違うと思うんですよ。

それで、滅多にないけれども私の小説で官能シーンを書くとなると、肝心なシーンは数行(しかもすぐに朝チュン)なのにその前がやけに長くなるわけです。盛り上がらせようという書き手としての「萌えポイント」が、その前の情景だの、台詞だの、実際の行為よりも前の部分に置かれているから。

さて、私が(全ての女が、ではないですよ。個人的な意見です)、プロの男性作家の小説で「ここ映画のDVDなら早送りしたい」とよく思うのは、例えば(戦闘能力が高くてかっこいい)主人公が、本筋から考えると必要もないのに、いい女の品定めをするシーン。たとえば、胸の谷間がどうとか、腰の位置がどうとか、その手のシーンです。それにそのセクシーな女となぜか秒速でベッドインする。これ、セクハラがどうとかいう理由ではないのです。口説きが全然ロマンチックじゃないんですもの、それだけ。

それに、武器の手入れをするとかいって、技術的な記述が一ページ以上も書いてあったりすると、読まずにめくっちゃいます。だって、どうせ理解できませんから。これは乗り物も同様です。私は乗り物で移動するのは好きなんですけれど、乗り物そのものにはまったく興味がない人なんです。SLでも新幹線でも、アルファロメオでも耕運機でも、あまり関係ないのです。

その一方で、花や宝石(鉱物含む)の記述なら一ページ続いても大丈夫です。勝手だ……。

そういう意味では、全ての読者を同様に夢中にさせる作品など、存在しないのかもしれませんね。その一方で、「女性読者をもっと増やしたい」とか「男性にも呆れられない作品を書きたい」という意思を持っているならば、まずは、異性作者の作品をたくさん読んで「なんでここがこんなにたくさん記述あるんだろう」というところを意識的に自分の作品に取り入れるといいのかもしれないとも思います。

それをできるのがプロなのかもしれませんね。(といって、またアマチュアを隠れ蓑に逃げようとする私……)
関連記事 (Category: もの書きブログテーマ)
  0 trackback
Category : もの書きブログテーマ

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 3 -

「霧の彼方から」の続きです。三回に切った「はじめての夜と朝」のラストです。

しつこく予告してきましたが、今回は一応R指定です。性的描写が苦手な方はお氣を付けください。といっても、大した描写ではありませんが。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 3 -

 それからしばらく時間が経ったらしい。安堵してリラックスしたのか、ウトウトしたようだった。再びドアの開く音がして意識が戻った。ジョルジアは瞼を開けて、彼が入ってくるのを見た。電灯はいつのまにか消えていて、ロウソクの光がサイドテーブルのあたりだけを浮かび上がらせていた。

 彼はそこにそっと水の入ったグラスを置いた。彼女の不安で強張った表情を見ると、ベッドの端に腰掛けて微笑んだ。
「ただ眠りたい?」

 彼女は、首を振ると彼に向かって手を伸ばした。彼は頷いてバスローブを脱いで椅子にかけると、サイドテーブルに置いたロウソクを吹き消した。その時に、ジョルジアには彼の何も身につけていない肉体が見えた。初めて見る彼の下半身も。同情でも憐憫でもなく、彼の肉体が彼女を欲しがっている証を見て、ようやく彼女は愛されなかった記憶の呪縛から解放された。

 蝋の香りが満ちて消えた。その灯りが消えても暗黒にはならなかった。窓から月の光が差し込み、寝室は青く照らされた。シーツに彼が滑り込んできて、熱を持った腕と胸に抱きしめられた。彼はもう一度貪るように口を吸うと、彼女がまだ纏っていたバスローブを脱がせて、抱きしめた。肌と肌が触れ合った時は、電流が流れたようだった。静かな部屋に自分のものとは思えぬため息が響いた。

 彼の温かい大きな掌が、彼女の肩を通り、滑るように左の乳房を包んだ。僅かに乳首の近くに指が触れただけで、反応するのがわかり彼女は頬を赤らめた。その指はそこに止まらずに、乳房の下に向かい、普通の女性のそれとは違いザラザラとした痣の始まりの部分に触れた。

「痛みや不快感はないかい?」
彼の囁きに、彼女は首を振った。
「いいえ。触覚は普通の肌と変わらないの」

 青白い光の中に浮かび上がる優しい瞳が輝いた。
「そうか」

 それから、彼は、彼女を苦しめ続けてきたその肌に口づけをした。甘美な悦びを、そこから教えられるとは夢にも思わなかったジョルジアは、愛されるということがどれほど幸せなのかを知り、もう一度、涙を流した。

* * *


 目が覚めた時、最初に躰の間に疼く痛みを感じた。それから、昨夜に初めて知った肉体の悦びの事を思い出して微笑みながら横を見た。そして、グレッグと目があった。

「おはよう」
彼は穏やかで優しい。

 ジョルジアは、はっとした。もうずいぶんと陽が高い。いつも朝焼けの中をルーシーと散歩している彼には遅すぎる時間だ。
「ごめんなさい。もうこんな時間! ルーシーが怒っているかも」

 彼は笑った。
「僕が、人生で一番幸せな朝を過ごしている間くらい我慢して待ってくれると思う。今までの夢と違って、朝目が覚めても君は消えないんだ」

 ジョルジアは、彼の胸に顔を埋めて呟いた。
「あなたはとても優しいのね」
「どうして」

 彼の質問にどう答えていいのかわからなかった。以前、彼と愛しあった女性はどんな人なのだろう。年甲斐もなく初めての痛みに呻いて興ざめさせたりしなかっただろうし、リードしてもらうだけではなく彼を悦ばせることもできただろう。彼はその人と満ち足りた夜と幸福な朝を経験したはずだ。

「またチャンスをちょうだい。あなたが満足できるように、努力するから」
ジョルジアは自信なさげにつぶやいた。彼は、意味がわからないという顔をしていたが、はっとして、顔を赤らめた。

「僕こそ……。あまり幸せで、その……いろいろと見失ってしまって、すまない」
  
 ジョルジアは、彼の顔をじっと見つめて微笑みながら首を振った。昨夜の彼は、まるで別人のようだった。いつものように思いやりがあり優しかったが、映画の中のヒーローのように、能動的で、躊躇することなく彼女をリードした。

 今朝の彼は、少し自信がないような、いつもの彼に近い振る舞いだ。ジョルジアは、どちらの彼のことも、それぞれに心地よく愛しいと思った。

「私もよ」
彼女は、しがみついた。彼は笑顔になり、彼女を抱きしめてキスをした。そのまま二人でまたシーツの中に潜り込もうとしたところ、ドアの外でルーシーが吠えた。二人は笑った。
「さすがに、これ以上待つのは嫌らしい」
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

キャラクターバトン【恋愛編】

今日は、バトン大臣ことTOM−Fさんがやっていた創作系バトンをやってみようと思います。(山西左紀さんも回答しておられましたね!)TOM−Fさんにどの作品でやって欲しいかリクエストを訊いたところ、なんと予想外の「森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」というお答えでした。あれって、「自作品」というより「書く書く詐欺」の筆頭なんですけど(笑)

というわけで、この記事を読んでくださる方を完全に置いてきぼりにして、全く書き上がっていない作品の脳内妄想全開でお送りします。しかもこの二人、たぶん、TOM−Fさんの知りたいとおっしゃったキャラたちじゃないと思うんだよなあ。でも、あの人たち、深刻で面白くないんだもの……。それに、この二人なら既出なので、ギリギリ「自作品のキャラ」と言い切れますし。




◆キャラクターバトン【恋愛編】

1、このバトンは作者が指名された自作品のキャラクターになりきり、質問に答えるバトンです。

作品名『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』
(まずは、キャラの自己紹介から)

ア:こんにちは。アニーです。ルーヴラン生まれですが、今はフルーヴルーウー伯爵夫人ラウラ様の侍女として、主にグランドロンの王都ヴェルドンに在住です。ラウラ様が旅をなさる時には、同行します。来るなと言われても!

フ:私は、グランドロン国王レオポルド二世陛下の護衛の責任者を務めているフリッツ・ヘルマン大尉です。陛下がお忍びで旅をする時には、もちろん同行させていただきます。ところで、陛下。なぜ私がこんなバトンに回答しなくてはならないのか、合点がいきません。

レオポルド:やかましい。余はいろいろと忙しいのだ。旅の準備や、馴染みの女たちとの別れなどもあるしな。この程度のことはそなたが適当に処理しておけ。


2、今好きな人、または恋人はいますか?教えて下さい。

ア:好きな人も、恋人もいません。あ、でも、兄から聞いたんですけれど、ルーヴランの紋章伝令副長官のエマニュエル・ギース様が、私の贈ったスダリウム(作者注・ハンカチのような布。貴婦人から騎士へ贈り安全を祈る風習がある)を大切にしてくださっているって。ロマンチックでドキドキしてしまいました。

フ:(憮然として)インゲという妻がいます。いたんです。いや、まだ離縁はしていないんですが、出て行ってしまい愛人ドライス伯爵と派手に付き合っているようです。こっちは真面目に仕事に励んでいるのに、まったく。


3、その人のチャームポイント(見た目)はどんなところだと思う?

ア:ギース様は、おしゃれな貴公子が多いルーヴの宮廷でも、どなたにも見劣りのしない素敵なお方です。まっすぐな淡い栗色の髪を後ろで一つに縛っておられ、緞子の上着は松葉色をお好みになるようです。レースの使い方は多すぎず少なすぎず、非常にセンスがおありになります。

フ:ふん。レースをひらひらさせて陛下を守れるか。お前も、私の妻と同じで外見にしか興味がないんだな。

ア:グランドロンの方(特にここにいらっしゃるヘルマン大尉など!)は、流行の衣装に身を包んだ素敵なルーヴランの騎士様をバカになさる傾向がありますけれど、ギース様は、見かけが素敵なだけでなく、とても有能な方でもあるんです。それをおっしゃるなら、あなた様だって外見でお選びになって失敗なさったのでしょう、ヘルマン大尉。

フ:外見で選んだわけじゃない。恥ずかしくない程度の家柄で、家政をそこそこ切り盛りできそうな性格に見えたから、申し込んだだけだ。お前のように、文句が多い女ではなかったしな。しかし、何も言わないから、満足しているのかと思ったのが、間違いだったらしい。


4、では性格はどんなところが好きですか?

ア:ギース様ですか? えっと、優しいです。大人です。(ぼそっと)誰かさんとは大違い。

フ:聞こえているぞ。腹立たしい女だ。インゲは、好きなところ……。あったかな。ああ、きれい好きなところ。それに整理整頓が得意だったな。ま、公平を期するために言うが、この侍女も整理整頓はちゃんとしているがな。


5、嬉しかったエピソードありますか?本編以外のことでも良いですよ(*´ω`*)

ア:いつだったか、ギース様に砂糖菓子をいただいたことがあるんです。ギース様とはたまたま同郷なんですけれど、お戻りになった後に懐かしいだろうからっても、わざわざ届けてくださったんです。あ、そういえばヘルマン大尉、あなた様にも栗をいただきましたね。

フ:落ちていた栗を焚き火に入れて焼いたのだったな。お前は本当に食い意地が張っているな。もっとも、自分の分を我慢して、伯爵夫人に差し上げようとしていたのは殊勝な心がけだと思ったので、たくさん拾ってやったのだ。あ、インゲの話をしろだと? 嬉しかったエピソード……特にないな


6、逆に嫌なところは?

ア:ヘルマン大尉、そういう女性に優しくない態度でいらっしゃるから、奥様に逃げられるんですよ。少しはフルーヴルーウー伯爵に、女性への接し方をご教授願った方がいいんじゃないですか!

フ:お前こそ、誰彼構わずにポンポン言うな。伯爵夫人に憧れている割には、しとやかに振る舞おうという努力が見られないぞ。あ、インゲの嫌なところ? もちろんあの詐欺師みたいなドライス伯爵ごときにうつつを抜かしたことに決まっているだろう!


7、その人としたいことはありますか?

ア:ギース様と? いえ、もうお目にかかることもないでしょうし、特にないです。

フ:インゲと? 離縁だな。


8、ではその人に愛を叫んでください!

ア:ですから、そういうのは、いいですからって。今忙しいんです。(しつこい司会者ね!)ヘルマン大尉。今はまだこんなですけれど、私、絶対にラウラ様みたいに素敵な貴婦人になって見せますから! その時に「あの時の無礼を許してくれ」っておっしゃる羽目になりますよ!

フ:よくもそんな妄言が言えるな、アニー。そういう口ばっかりなところが、一番貴婦人から遠いんだというのに、わからぬ女だ。あ、インゲに愛を叫べだと? どこからそんな発想が出てくるんだ、愚かな司会者め。


9、最後に次にバトンを渡したいキャラクターを作品名、作者名と共に指名してください。(※アンカー可、何人でも可)

(作者です)
というわけで、思いっきりフラグの立っている二人でお送りしました(笑)

バトンの渡し先ですが、例によって、具体的には指定しません。せっかくなので創作者みなさんの「今、この子たちが一押し!」という子たちを、ご紹介いただけると嬉しいですねぇ。






ちなみに、TOM−Fさんが氣になっているとおっしゃっていたのは、おそらく「《黒騎士》ヴィダル」と「ルシタニアの娘アナマリア」か、「《トリネアの黒真珠》ことペネロペ」と「人狼と怖れられている男トゥリオ」のどちらかではないかと思うのですが、リードでも書いたように、この四人は超深刻キャラなので、このバトン向けではありません。というわけで、この二人で我慢していただこうと思います。まあ、そのうちにまた我慢できなくて外伝を先に書いてしまうかも……。

【参考】


プロモーション動画です。(「Coming soon」詐欺ともいう)
上手く再生されない時は、動画画面内右上の「別タブで開く」アイコンで大きくして再生するといいみたいです。
関連記事 (Category: 構想・テーマ・キャラクター)
  0 trackback
Category : 構想・テーマ・キャラクター
Tag : キャラクター紹介

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。三回に切った「はじめての夜と朝」の二回目です。

R指定と書いたものの、そうでない部分に記述が集中しているので、結局今回も出てこない……。出てきても大したことはないので、来週にあまり期待されると困るのですが。きっかり三等分できず、今回は少し長いです。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 2 -

 息ができない。苦しい。助けて。

 シャワールームのドアノブをつかもうとしている時に、扉の向こうに走ってくる音が聞こえた。グレッグだ。

「ジョルジア、ジョルジア。どうしたんだ。大丈夫なのか。問題があるなら、ここを開けてくれ」

 彼女はなんとか半分立ち上がると、ドアノブを必死で回し、自分でドアを開けた。彼は、助けを求めて倒れかかってきた彼女を受け止めた。

 彼女の呼吸困難で硬直した様相と同時に、脇腹の広範囲な痣に彼はショックを受けた。

「どうした。火傷をしたのか」
シャワーが熱すぎたと思ったらしい。もちろん温度は特に熱すぎはしなかった。

 その痣の色は強烈で、その大半にボコボコとした丘のような部分があるためにグロテスクではあるが、出血したり爛れて炎症を起こしているような類いのものではない。

 彼女の明らかにおかしい様相がその肌のせいでないことを彼はすぐに理解した。それはもっと内的な苦痛のようで、息苦しさに怯え、筋肉を硬直させて、彼にしがみついていた。

 彼は直に、彼女が過呼吸の状態に陥っていることを見て取った。息ができなくて苦しいので死ぬかもしれないと恐怖からパニックに陥りとにかく吸おうとしている。そのために浅く引きつけるように呼吸することになり余計に吸えなくなる。

「落ち着いて。ゆっくり息をすれば大丈夫だから」
彼は、座り込んだ彼女をしっかりと抱えて、彼女が不安を消せるように力強く言った。

 彼女は、頷いた。過呼吸になったのは初めてではないので、どうすべきかは頭ではわかっているのだ。

 彼は、手を伸ばしてシャワーを止めると、彼女の背中をさすりながら一緒にゆっくり息を吐くリズムをとった。彼女は、それに合わせようとした。初めは難しかったが、やがて同じリズムになってきた。

 数分後には彼女の発作は治まった。彼女はまだひどく震え、グレッグのびしょ濡れになったシャツにしがみついている。

 彼は彼女を助け起こし、浴室から出る時にバスタオルで彼女を包んで、まずリビングのソファに座らせた。それからバスローブを持ってくるとそれを着せて、バスタオルで濡れた髪や顔を優しく拭いてから、抱き上げて客間のベッドに連れて行き、寝かせてシーツをかけた。

* * *


 彼女はぐったりとして、瞳を閉じた。

 彼が連れてきたのは、一年半前に初めて《郷愁の丘》に来た時にずっと滞在した、見慣れた部屋だった。あの時、この部屋のドアは、彼の想いを知っていたジョルジアにとって、彼の存在を遮断し身の安全を保障したが、今度はその反対だと感じた。

 きっとこれでおしまいだ。彼は、私を今迄と同じようにただの友人として滞在させ、何もなかったことにするのだろう。泣いてはいけないと自分に言いきかせた。彼に罪悪感を植え付けることになり、フェアではないから。

 彼に痣の事を黙ったまま愛してもらおうと企んだ報いだ。あんな形で、電灯の下で肌を彼に見せることになるなんて。あの発作は十年以上起こさなかったのに。

「落ち着いたかい」
「ええ」

 瞼を開けると彼は、濡れたシャツの上から、タオルで上半身を拭いていた。心配そうに覗き込む瞳が見えた。

「パニック障害の呼吸困難なの。もう治ったと思っていたのに」
ジョルジアは告げた。

「苦しかっただろう。寄宿学校時代の同級生が同じ発作を何回か起こした。それですぐに過呼吸の症状だとわかった。彼の件がなかったら対処方法がわからずにオロオロしただけだったろうな」
「自分でも、ゆっくり呼吸しなくてはいけないと知っているんだけれど、パニックに陥っているとできなくなるの。助けてくれて、本当にありがとう」

 彼の優しいいたわりは、苦しみと絶望でささくれ立った彼女の神経を落ち着かせていった。かつて彼女を罵倒して追い出した男と同じものを目にしたのに、グレッグの表情や声色には恐怖や怒りは全く感じられなかった。
「もし君が一人で眠るのが怖いならば、今晩はずっとここに控えていてもいい」

「無理しないで。大丈夫だと思うから。うんざりさせてしまって、ごめんなさい」
「何の事を言っている?」

 また不安と悲しみが押し寄せてきた。シーツに顔を埋めてようやく答えた。
「何度も話そうと思ったんだけれど、勇氣がなかったの。ごめんなさい。初めからちゃんと醜い化け物だと言っていたら、あなたは私なんか好きにならなかったでしょうし、こんなに長く苦しむこともなかったのよね」

 グレッグは、心底驚いた様子ですぐ近くに座ると、とても真剣な顔で訊いた。
「あの肌のことか? まさか。誰がそんな事を?」

 ジョルジアは、顔を上げることができた。これまでと変わらない優しい瞳が見つめていた。彼女は小さい声で答えた。
「十年以上前に、初めて付き合った人と夜を過ごすことになって……。その人は悲鳴をあげたわ。そして、こんな化け物を愛せる男なんかいないって」

「そんなひどい事を」
「私は、自分では子供の頃から見慣れていたから、そこまでおぞましく見えるとは思わなかったの」

 彼は首を振った。
「痛々しいとは思ったけれど、醜いとは思わなかったよ。本当だ」

「でも、そう言われて嫌われて、どうしていいかわからなくなってしまったの。その事を思い出す度にさっきみたいに息が出来なくなって、しばらくクリニックに入院したわ。退院してからもずっと人前に出られなかった。ずいぶんよくなって、今は仕事もできているし、普通の生活はできるようになったの。でも、もう誰かにこれを見せることは二度とないと思っていた。恋もしないはずだったのに」

 彼は、ようやく理解した。パニック症候群の引き金となったのは受けた心の傷で、素肌を見せる不安から今夜再びフラッシュバックを起こしたのだと。彼は、そっとジョルジアの頬に手を添えた。
「今でもその男が恋しい? その男に愛してもらえないと君は救われないのかい」

 彼女は、首を振った。涙が頬を伝わった。
「いいえ。ジョンのことは、もう何も。嫌われていたって、構わないの。ただ、好きな人に、あなたに、こんな体でも愛してもらえたらいいのにと願っていた。でも、生理的に受け付けないものはどうしようもないって、わかっているの。冷めてしまっても当然だと思うわ」
「そうじゃない。僕は、体調の悪い君に無理をさせたくないだけだ。君が望むなら、もちろんすぐにでも……」

 そういうと、顔を近づけてきて先程よりも情熱的に口づけした。ジョルジアは、恐る恐る彼の髪と顎髭に指を絡ませてそれに応えた。彼はベッドに上がってこようとして、動きを止めた。服から水が滴っていた。

 ジョルジアが不安な様子で見つめると、それを打ち消すように口角を上げて言った。
「僕もシャワーを浴びてくる。待っていてくれ」

 彼女は、ホッとしたまま瞳を閉じると、彼が部屋から出て行く音を聴いた。
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

Macをアップデートした

Mac Mini

私のMac Mini。ずっと迷っていたのですけれど、結局最新OS、Mojaveにアップデートしてしまいました。

これまではHigh Sierraだったのです。いちおうちゃんと動いていましたし、特に不満があったわけではなかったのですけれど、セキュリティアップデートや、最新のiOSにアップデートし続けるにあたって「どうしようかな」とずっと考えていて、同時に「これがAdobe CS」の動く最後と言われ続け、動く最新のモノに可能な限りアップデートしておきたいという想いはありました。

で、休暇前の週末に無事アップデート。今のところ動かないアプリなどもなく、ひと安心という所でしょうか。あ、iTunesでBooksとの同期が時々おかしいんですけれど、まあ、何回かやるとちゃんと同期されますし。

しばらくは様子を見続けようと思います。
関連記事 (Category: 生活のあれこれ)
  0 trackback
Category : 生活のあれこれ

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。

私の小説ではかなり珍しいのですけれど、この「はじめての夜と朝」には明確に性的描写があります。近年の中学生が読んでいるマンガに比べても大したことのない描写ですが、それでも、苦手な方はいらっしゃると思うので、氣を付けてください。なお、この回を飛ばしても読めないことはないのですが、どうでしょうね。先を読む意味はないかもしれませんね。

三回にわけます。今日の部分は前作で一番盛り上がった部分のおさらいですね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 1 -

 それは、二人の関係が変わった、あの夜に始まった想いだ。二人のつながりが決定的になり、人生をともに生きる事も現実的になった夜。抽象的な感情が、肉体的なつながりと統合された特別な夜と朝。彼女のコンプレックスが、霧や塵のように彼によって拭われて消えていった。

 ジョルジアは、旅先のイタリアから彼の住むケニア《郷愁の丘》へと向かった。そして、その行動によって二人のあいだの楔は取り除かれ、新しい扉が開かれた。もうとっくに不自然になっていた「ただの友達」という覆いを取り去って、お互いの中にある強い思慕を表明することになった。

 キスをして、抱き合い、笑い合うところまでは、あっけないほどに簡単に進んだ。ジョルジアが来るとは知らずに午睡をしていたグレッグは、目の前に突然現れた彼女を夢と間違えて、ずっと隠していた情熱を形にしてしまったから。

 そんな形で、関係が急激に進んでしまい、恋の歓びにただ浮かれていたので、夜が来てジョルジアは現実的な問題を認識して青ざめた。そもそも、彼に愛されている事を知りながらずっとはぐらかしていたのは、彼女の肉体問題に触れずに済むからだった。その問題はあまりにも深く彼女を傷つけていたので、口にすることすらできなかった。

 彼女の左の脇から臍にかけての広範囲に生まれながらにしてある、赤褐色の痣。十代の終わりに施した手術の後、それはゴツゴツと立体的になり、それまでよりももっとグロテスクな様相を示していた。十年以上前に、恋愛関係になりかけていた男にひどく傷つけられて捨てられて以来、彼女は肌を誰かに見せることも、恋愛関係を持つこともできないでいた。

 夜の帳が降りて、満天の星空が《郷愁の丘》を包んでいた。以前のように二人はテラスでワインを飲んだ。以前ジョルジアが滞在した時と違ったのは、二人の座る位置だった。テーブルを間に挟むことなく並んで座り、彼はそれまでの遠慮を取り払い彼女の手に彼の掌を重ねた。彼女は、時折、彼の肩に頭をもたせかけ、サバンナが月の光に照らされて秘密めいて輝くのをともに眺めた。

 ワインが空になり、二人の会話はわずかの間、途切れた。彼は、微かに躊躇いながら言った。
「すっかり遅くなったね。疲れているだろう」

 二人共、どこで眠るのか、その話題をその時点まで延ばして触れないようにしていた。ジョルジアは、うつむいた。突然、ジョンに素肌を見せることになった、あの苦しい思い出が脳内に蘇った。浴びせられた罵倒と、心底嫌がっている歪んだ表情の残像が十年以上の時を飛び越えて襲ってきた。彼女は震えた。

 それでいながら、すぐ横にいる傷つきやすい繊細で善良な恋人の願いのことも考えた。彼女のために三年間も想いを抑えつけ続けてきた彼に、いま再び拒絶することの残酷さをも考えた。彼女が拒否してはならないと、魂が訴えていた。拒絶するのは彼の方でなければフェアではないのだと。

「明日も早いのよね。もうベッドに行かなくちゃ……」
彼は、彼女の言葉にぴくっと震えた。

 彼女は、グレッグを見あげて硬く無理に微笑んだ。
「シャワー、使っていい?」

「もちろん。タオルやバスローブを用意するよ」
まだどちらも、どの部屋で、一人で、または二人で一緒に眠るのかという話題には触れなかった。

 彼女は、シャワーを浴びながら、考えた。恥ずかしいと言って、電灯を全部消してもらえば、少なくとも今夜はあれを見せずに済むかもしれない。

 それから、自分の掌が脇腹に触れて、そのゴツゴツとした肌触りを感じて絶望した。ダメだわ、隠せるはずなんかない。こんなものに触れたら、ぎょっとして何ごとかと思うはずだもの。

 ジョンに見られた時のあのカタストロフィを避けられないことがわかり、彼女は全身から力が抜けて、ひどく震えてくるのを感じた。それから、突然、もう何年も起きなかった、眩暈と悪寒が起き、世界がぐにゃりと歪んでいった。

 シャワーの水滴が針のように彼女を襲った。タイルの壁は冷たく非情な監獄になり、彼女は息ができなくなった。彼女は、何かにつかまろうとして、反対にあらゆるものを倒しながら床に崩れ落ちていった。大きな音をさせて落ちたシャワーヘッドは蛇のようにうごめいた。
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

休暇は終わった

この一週間は休暇だったのですけれど。連れ合いが風邪を引き、どこにも行けないという事態に。さらに会社にも呼び出されたし。普通なら「いけません」と言うのですけれど、どうせ家にいたので働いてきました。

fc2blog_20190407035430414.jpg

で、一人で買い物でも行こうかなと思ったら雪。ま、いいんですけれど。

で、ずっと遅れていた「霧の彼方から」を毎日書きまくりましたよ。お陰で終わりが見えてきました。

fc2blog_201904070355358cd.jpg

で、最後の二日だけ、イタリア側スイスのルガーノへ行ってきました。向こうはまあまあ暖かくて、桜も満開でした。これ、たぶん関山って種類なのだろうな。これで桜の塩漬けや桜餅の葉っぱが作れると読んだばかりなのですが、さすがに旅先でそんなことはできず(笑) こちらでこの花が咲くのは五月ぐらいでしょうか。

というわけで休暇はあっさり終わったのでまた仕事にいそしみます。
関連記事 (Category: 旅の話 / スイス・ヨーロッパ案内)
  0 trackback
Category : 旅の話 / スイス・ヨーロッパ案内

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(1)プロローグ

本日からまた小説の連載をします。本当は、今週は休暇中で、お返事ができないので「あらすじと登場人物」だけで逃げるつもりでしたが、連れ合いが風邪を引いてどこにも行けなくなったので、自宅でこの小説を書いています。で、せっかくなので、もう連載を開始してしまうことにしました。

この小説は、「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」に続く作品という位置づけになっています。「ファインダーの向こうに」を読まなくても「郷愁の丘」は問題なく読めるように書いたつもりですが、この作品に関しては先に「郷愁の丘」をお読みになることをおすすめします。少なくとも「郷愁の丘」のネタバレ対策は一切していませんのでご了承ください。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(1)プロローグ

Are you going to Scarborough Fair?
Parsley, sage, rosemary and thyme,
Remember me to one who lives there,
For she once was a true love of mine.

スカーバラの市場へ行くのかい
パセリ、セージ、ローズマリー、そしてタイム
あそこに住んでいるとある人によろしく言って欲しい
彼女はかつて僕の恋人だったから

Scarborough Fairより



 わずかに色を変えていく雲の裏側を見ながら、ジョルジアは落ち着かない心持になった。写真家としてあちこちを旅し、世界各地の夜明けの風景を目にした回数は一般的なアメリカ女性よりずっと多い。いま目にしている朝焼けは、おそらく平凡な方だ。《郷愁の丘》で見た人生を変えるほどの光景はもとより、おそらく先日ニューヨークのフラットのそばで見た夜明けよりも印象に残らない色合いだった。

 けれど、どこかたまらなく感じるのは、彼女の心が騒いでいるからだ。マリッジ・ブルーとは違う。違うと思う。彼女はこれまで婚約をしたことはなかったので、マリッジ・ブルーに対する経験が豊富というわけではない。だが、少なくとも隣に黙って座っているグレッグと人生をともにする事に対して疑問を持ったり不安に思ったりしているのではないことだけは確かだ。

 彼は、黙って広がる雲を眺めている。その下には彼が多感な時期を過ごしたイングランドの平原が広がっているはずだ。彼の心にはどんな想いがよぎっているのだろう。学会などのためではなく、本当に久しぶりに、彼は「帰る」ためにこの国を訪れるのだ。

 当初の予定では、二週間後に控えた結婚式のために、《郷愁の丘》からニューヨークへと直行するはずだった。その予定を変更して一週間ほど彼の育ったイギリスへ行く事を直前に決めた。彼が、それを必要だと思ったから。そして、ジョルジアもそれは正しいと思ったから。

 そして、それだけではなかった。彼女の心の奥に沈んでいる想いがあった。

 目の前のスクリーンでは、イギリスの観光地を案内するショートムービーがかかっていた。感情を抑えた男性の声で歌う「スカボロ・フェア」に合わせてイングランドやスコットランドの観光名所が次々と映し出される。

『パセリ、セージ、ローズマリー、タイム……』
愁いを帯びた有名なメロディが響く。
『とある人によろしく言って欲しい……彼女はかつて僕の恋人だったから』

 ジョルジアは、その歌詞に心乱された。自分の想いがくっきりと浮かび上がってきたから。

 彼の過去に対するわずかな好奇心。不安。この国にいた時に、彼がずっと若かった頃、その繊細な心を震わせた出来事。重石で蓋をしてしまわねばならなかったほどに苦しみ迷った若い青年の心の軌跡。知らないままでいた方がいいのだろうか、それとも、知りたくてたまらないのだろうか。

 昨夜ナイロビを発った機体は、地上よりも少し早く朝を迎えようとしていた。ジョルジアは刻一刻と色を変えていく窓の外の光景を眺めながら、飛行機がゆっくりと降下を始めた事を感じた。

 雲の中に入った途端、輝かしい朝の光は消え去り、灰色の暗く憂鬱な霧が窓の外に広がった。窓は斜めに軌跡を描く雨に覆われていく。機内は揺れ、ジョルジアは不安な面持ちで窓の外を見た。

 やがて揺れは収まり、新緑の絨毯がどこまでも広がるイングランドの平原が眼に入った。それは濃い霧に包まれてひどく秘密めいていた。

 彼女は、この旅の始まりについて想いを馳せた。
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

霧の彼方から あらすじと登場人物

この作品は、主にアフリカのケニア中部を舞台に、動物学者と写真家の心の交流を描いた中編小説「郷愁の丘」の続編です。

【あらすじ】
グレッグと婚約しケニアに戻ってきたジョルジアは、結婚する前に彼が青春を過ごしたイギリスを訪れる。前作でお互いが必要な存在であることを確信した二人が、婚約中に更にお互いに対する理解を深めていく。

【登場人物】

◆ジョルジア・カペッリ(Giorgia Capelli)
 ニューヨーク生まれの写真家。イタリア系移民の子。人付き合いは苦手だが、最近作風を変えて人物写真に挑戦している。

◆ヘンリー・グレゴリー(グレッグ)・スコット(Dr. Henry Gregory Scott)
 ケニア在住の動物学者。専門はシマウマの研究。撮影でケニアに来たジョルジアと出会った。ジョルジアと婚約中。

◆レベッカ・マッケンジー(Rebecca Mackenzie)
 グレッグの実母。ケニアの動物学者ジェームス・スコット博士と離婚後、グレッグを連れてイギリスに戻りマッケンジー氏と再婚した。バース在住。

◆マデリン・アトキンス(Madelyn Atkins)
 オックスフォードに住む女性。

◆レイチェル・ムーア(Dr. Rachell Moore)
 ツァボ国立公園内のマニャニに住む動物学者で象の権威。

◆マデリン(マディ)・ブラス(Madelyn Brass-Moore)
 レイチェルの娘。夫はイタリア人のアウレリオ・ブラスで娘メグと息子エンリコの二児がいる。

◆アンジェリカ・ダ・シウバ
 ジョルジアの妹アレッサンドラと、サッカー選手レアンドロ・ダ・シウバの娘。

◆マッテオ・ダンジェロ
 本名 マッテオ・カペッリ。ジョルジアの兄。健康食品の販売で成功した実業家。

◆リチャード・アシュレイ
 ナイロビの旅行エージェント。アウレリオ・ブラスの親友。グレッグとはオックスフォード大学時代からの知り合い。

◆ウォレス・サザートン(Dr. Prof. Wallace Zachary Sotherton)
 グレッグの大学時代の指導教員チューター 。現在は、教授。

【用語解説】

◆《郷愁の丘》
 ケニア、ツァボ国立公園の近く、グレッグの住んでいる地域の名称。


この作品はフィクションです。アメリカ合衆国、グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国、ケニアの実在の人物、大学、飲食店ほかいかなる団体や歴史などとも関係ありません。

【プロモーション動画】

使用環境によって、何回か再生ボタンを押すか、全画面にしないと再生できない場合があるようです。

【関連作品】

郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物

「ファインダーの向こうに」を読む「ファインダーの向こうに」を読む
あらすじと登場人物

「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」
関連記事 (Category: 小節・霧の彼方から)
  0 trackback
Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

【小説】君は僕にとって

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

「十二ヶ月の歌」の五月分です。もう五月ですものね。日本は、令和だし……。

月刊・Stella ステルラ 4、5月号参加 オムニバス小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。五月はJoe Cocker の”You are so beautiful”にインスパイアされて書いた作品です。

この曲も歌詞は特に書きません。というか、おそらく聴けば大体わかりますよね。

この曲は、というか、下に貼り付けたベビーフェイスによるカバーバージョンは、「ファインダーの向こうに」の頃からずっと、主人公ジョルジアを見守る兄マッテオ(および一部の男性キャラ)の想いのテーマソングでした。

今回は、現在連載中の(「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」の続編)「霧の彼方から」でもカバーしなかったジョルジアの結婚式のことを後日譚として紹介する試みです。そんな外伝ばかりいらんというお叱りもあるかと思いますが、今月はこれでお許しください。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む

【参考】
「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」

霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




君は僕にとって
Inspired from “You are so beautiful” by Joe Cocker

 つい先日までは、いつ雪が降ってもおかしくないほど寒い日もあったのに、五月に入った途端これほど暑くなるなんて。マッテオは、セントラルパークの樹木の青々とした若葉を眩しそうに見上げた。

 満開だった木蓮は、役目を終えたと判断したのか、はらはらとその花びらを散らしている。ここ数ヶ月は忙しくて、いつもは誰かとデートついでに必ず見る、日本から寄贈されたという格別華やかな桜の花も見そびれてしまったらしい。

「それでね、マッテオ。グレッグが説明してくれたんだけれど、英国で雨が降ったり止んだり忙しいのは、ブリテン島の位置と暖流のせいなんだって」
横を歩くアンジェリカが、一生懸命に覚えたての知識を披露してくれる。彼は、にっこりと笑って答えた。

「なるほど。まったく知らなかったよ。さすが彼は博士だね。それに、世界一きれいな知りたがり屋さん、教えてもらったことをちゃんと憶えて僕にも教えてくれるお前は、なんて賢いんだ。こんなにパーフェクトな姪を持って、僕は誰よりも幸せな男だな」

 アンジェリカは、少し考えてから言った。
「でも、マッテオ。この間からずいぶんと寂しそうよ。ジョルジアが、お嫁に行っちゃったのがショックなんでしょう?」

 マッテオは、かがみ込むと姪を強く抱きしめて答えた。
「それは寂しいよ。それに、今日、お前がアレッサンドラとロサンジェルスに帰ってしまうのも、泣きたくなるくらい寂しいさ。でも、ショックなんてことはないよ。どんな遠くに行ってしまっても、お前や、アレッサンドラや、ジョルジアが、それぞれに幸せであることが、僕の心からの願いなんだ」

 まだ九歳の姪が生まれるよりも前、妹のジョルジアが絶望の底にいた時のことを、マッテオは思った。子供の頃から見守り愛してきた大切な妹は、はじめて付き合った男に言葉の暴力で傷つけられ、しばらくクリニックに入院しなくてはならないほどのトラウマを負った。

 彼女を傷つけた男は、彼女の生まれつきの痣を目にして、こう言ったという。
「こんな醜い化け物を愛せる男などいるものか」

 その痣は、そして、それを目立たなくしようとして失敗した手術の痕は、一般的に言えば「美しい」と形容するようなものではない。それはマッテオも知っている。

 だが、彼女にトラウマを与えたその酷い言葉の全ては完全な間違いだ。世界中のメディアや一般のファンたち、それに評論家たちも「美の女神」と認めるスーパーモデル、もう一人の妹アレッサンドラに劣らず、マッテオにとってジョルジアは、例えようもなく美しく、彼女に対する愛は尽きることがない。

 母親に紹介された生まれたばかりのジョルジアを目にした六歳のあの日から、マッテオの想いは一度たりとも変わったことがない。……なんて可愛くて、美しくて、愛しい子なんだろう。

 生まれつきの痣や、その他の要因が重なり、次第にひどく内向的になったジョルジアを、マッテオは常に心にかけ、愛情を注いだ。少なくとも家族の前では、幸せに楽しくしていた妹の日常と人生の歓びを、一人の男の心ない振る舞いが滅茶苦茶にした。

 若くして成功し経済界に絶大な影響力を持つマッテオが、私怨で誰かの事業に口出しをしたのは、人生でたった一度だけだ。彼は、妹を捨て苦しめておきながら、平然としてマッテオと同じクラブに他の女を連れて出入りしていたその男の経済基盤と社会的信用を奪い、ニューヨークにいられなくした。おそらくジョルジアはそのことを、絶望の底にいた当時はもちろん今でも知らないだろう。

 それから十年近く、ごく普通に暮らしているかのように傍目には見えても、他人と関わることを怖れ、心を半分閉ざしたままの妹を見守り続けるのはたやすくはなかった。

 退院してしばらくは精神不安定な状態が続き、一年近く彼のペントハウスで暮らさせた。話しかけても反応しなかったり、突然泣き出したり、もしくは無意識に同じところを歩き回るなど奇妙な行動をすることもあった。

 異常行動がなくなり、パニック障害の発作もなくなってから、専属で働いている《アルファ・フォト・プレス》のスタジオで静物撮影の仕事から復帰した。少しずつ笑顔も見せるようになり、本人の希望するように一人暮らしをさせても大丈夫と思えるようになった。

 そして、マッテオが懇意にしている知り合いが大家であるフラットに住むことになったものの、どうしているか心配で毎週のように訪ねていったものだ。

 二度と傷つきたくないと怖れる想いと、それでも愛されたいとにじみ出る願い。何も言わなくても手に取るようにわかるが、兄としてのあふれる愛をどれほど注いでも、彼自身にはどうしてやることもできなかった。

 そのジョルジアが見つけたのは、彼にとっては地球の果てであるケニアでの幸せだった。

 努力家で真面目とはいえ、決して成功しているとは言えない動物学者。マッテオからの援助がなければ、経済的にも食べていくのがやっとらしい。ジョルジアのこれまで築いてきたキャリアを考えてもサバンナの真ん中へ行くことはプラスになるとは思えない。

 そんな相手との結婚ではあり、マッテオにとっては大切な妹がそんな地の果てに行ってしまうことは寂しくてならないことだが、それでも、彼は心からの祝福を添えて妹を送り出した。

 誰かを躊躇せずに愛する歓び、人生の片翼が存在することへの安堵、締め付けられていた孤独の枷からの解放、その全てを言葉では語らない妹の瞳の光や振る舞いから感じることができた。それ故マッテオは、彼女の決断が正しいものだと納得し、心から祝福することができたのだ。

 長い冬だった。樹木の枝に見える蕾は固く閉ざされ、まるで死んでしまって二度と開かれないのではないかとすら疑われた。それが、どうだろう。眩しいほどの新緑、わずか数日で、いや、数時間で、刻一刻と姿を変えながら晴れ渡った紺碧の空へとその瑞々しい若葉を伸ばしていく。

「そうかなあ。私ね。お嫁に行くとどうして旦那さんの国に引っ越さなくちゃ行けないのか納得いかないって、ジョルジアに言ったの」
アンジェリカが、真面目な顔つきで言った。マッテオは、面白く思った。

「ジョルジアは、なんて答えたんだい?」
「必ずしも旦那さんに合わせる必要はないって、言ったわ。でも、ジョルジアは旦那さんに合わせたんでしょ、って言ったの」
「それで?」

「グレッグは、ジョルジアがニューヨークで暮らしたいんじゃないかって、言ってくれたんだって。だから必要なら彼も引っ越しても構わないって。でも、それは無理だって、彼女が説得したんだって」
アンジェリカは、ジョルジアそっくりの口ぶりで説明した。

「グレッグ。写真はどこでも撮れるけれど、私の知る限り、ニューヨークには野生のシマウマはいないわよ」
ジョルジアらしいユーモアと愛情のこもった台詞を聞いて、マッテオは笑った。

 新居はケニア中部の《郷愁の丘》になったものの、《アルファ・フォト・プレス》との契約があるので、しばらくジョルジアは年に数ヶ月ニューヨークで過ごす。また、助成金の契約でグレッグが年に一度は必ずニューヨークに来ることになっているので、その時にはジョルジアの分の航空券も送るつもりだ。永久に会えなくなるわけではない。

 もう一人の妹、アンジェリカの母親であるアレッサンドラが、ロサンジェルスに家を買いニューヨークを離れた時も、また、三度目の結婚に伴い、年の半分以上をヨーロッパで暮らすことにした時も、寂しさはあったがその幸福な旅立ちを喜んで送りだしてきた。今度それができないはずはなかった。

「結婚パーティ素敵だったわよね。どうしてジョルジアはママみたいなウェデングドレスを着なかったの?」
アンジェリカは、マッテオの手に掌を滑り込ませて訊いた。マッテオは、微笑んで小さな掌を壊さないように優しく力を込めた。

 先月、ニューヨークのロングアイランドにある教会で行われた結婚式で、ジョルジアはアイボリーのシンプルなタイトワンピースを着た。

「派手なウェディングドレスを着るのは嫌だって言われたんだ。アレッサンドラに頼んで彼女の希望に合うようなワンピースを用意してもらったんだよ。その代わりに、彼女のリクエストにはなかった最高級の絹とレースを使ったけどね。きれいだっただろう? でも、パーティでは、どういうわけか直前に一度着たドレスに変更すると押し切られてしまったよ」

 結婚式の後に、彼女のフラットや職場に近い馴染みの大衆食堂《Sunrise Diner》で、家族の他に同僚や親しい友人たちを集めて披露パーティが行われた。その時に彼女は緑のシンプルなドレスを着た。

「ああ、その理由は知っているわ。ニューヨークに来る飛行機、私あの二人と一緒だったでしょ? あの中で、グレッグがあのドレスの話をしたの」
「ほう? どんな話?」

「あのね。グレッグは、ジョルジアがあれを着るんだと思い込んでいたんだって。どうしてあのドレスがいいのかって彼女が訊いたの。そしたら、こう答えたの。前にあのドレスを着た時に、本当は一緒にダンスをしたかったのにチャンスを逃したんだって。どうしてその時に言わなかったのかしらね。言えば、ジョルジアが断るはずはないのに。あの二人、あんなに仲がいいんだもの」

 マッテオは、なるほどと思った。それは、助成金の推薦をしてくれたレイチェル・ムーア博士がグレッグをマッテオに紹介するため連れてきたWWFのパーティだった。口添えするためにジョルジアもその緑のドレスを着てやってきたのだ。

 どういうわけだか、グレッグはパーティの序盤で退席してしまい、それを追ってジョルジアも帰ってしまった。だから、もちろんダンスをすることなどなかっただろう。あの時、レイチェルは言っていた。
「彼はジョルジアに夢中なの。残念ながら友達の枠は超えられていないみたいだけれど」

 つまり、彼はジョルジアに遠慮して肩や髪などに触れることもなかったのだろう。あの夜にあの美しい彼女の姿を見て、皆がダンスをする機会を生かして彼女をその腕に抱きたかったんだろうな。

「私なら、ドレスを着たら申し込まれなくても一人で踊っちゃうな。毎日着られるものじゃないし」
アンジェリカは、マッテオの思惑などお構いなしにおしゃまな発言をした。

 マッテオは、再び姪の目の高さにかがんで、その瞳をのぞき込んだ。
「心配しなくても、お前が大きくなったら、たくさんの男たちがダンスを申し込もうと行列を作るよ。その時には、僕にも一度くらい一緒に踊るチャンスをくれるだろう? 僕の大事な踊り子さん」

 アンジェリカは、とても嬉しそうに抱きついて答えた。
「もちろんよ。マッテオとは他の人の倍以上の曲を一緒に踊るわね」

 マッテオは、愛する姪を抱きしめた。もちろんその口約束が守られることはないだろうことは知っている。彼女が大きくなり、恋をしたら、一晩中でも好きな男と踊り続けたいと願うだろう。その時には、彼はただの「親しいマッテオ伯父さん」に変わってしまうのだと。そして、そう思わせる相手の存在を疎ましく思う権利は、彼にはないのだと。

 派手なことの嫌いなジョルジアと、同じように内氣なグレッグは、自身の結婚披露パーティだというのに、ほとんどの時間を店の片隅で過ごした。皆が楽しげ踊っている時もそうだった。だが花婿は、幾度も深い愛情を込めて花嫁を見つめていた。

 ずっとマッテオが思い続けていた言葉を、彼が心に思い浮かべていることを疑う余地はなかった。
「君は、誰よりも美しい。君は、僕にとって他の誰よりも素晴らしい」


 今日の新緑は、風に舞いながら萌え立っている。まるで歓びに震えているように。同じ色のドレスを纏った愛しい妹が、ようやく安心して身を委ねられる相手を見つけ、その腕の中で祝いのダンスを踊っていたほんのわずかの時間を思い出しながら、マッテオは姪と一緒にゆっくりと歩いて行った。

(初出:2019年5月 書き下ろし) 

新緑の森林 by マレーナさん
こちらはマレーナさんによるイラストACからのイラストで著作権はマレーナさんにあります。無断使用はお断りします。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

read more



Babyface You Are so Beautiful
関連記事 (Category: 小説・NYの異邦人たち 外伝)
  0 trackback
Category : 小説・NYの異邦人たち 外伝

Posted by 八少女 夕

まるで夏のよう

これは2019年のエイプリルフール記事です。

夏の湖

つい一週間ほど前には雪が降っていたというのに、突然暖かくなってここ数日はまるで真夏のようです。

真夏のようといっても日本のように入道雲や、蚊や、熱帯夜などはなくて、ひたすら爽やかなのです。

35℃くらいあるのでは。この数字は例年だと七月の夏休みくらいでしょうか。

夏の花壇

というわけで、本来なら七月から八月に咲く花がこんな風に満開になっています。これも氣候変動の一環なのかなあ。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

read more


そんなわけはありませんよ。まだまだ寒いんです。朝は五℃で日中は20℃くらいかな。でも、こんな常夏も悪くないかなーって。
本日はエイプリルフールだし。

あ、でも、昨日から本当に「サマータイム(時間を1時間ずらす夏時間)」は実施されていますけれど。
関連記事 (Category: 写真)
  0 trackback
Category : 写真
Tag : エイプリルフール

Posted by 八少女 夕

【小説】ジャカランダの並木道

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo! 2019」の第十五弾、最後の作品です。けいさんは、英語の詩で参加してくださいました。ありがとうございます!

けいさんの書いてくださった『Solitaly walk 』

けいさんは、スイスから見て地球の反対側のオーストラリアにお住まいのブロガーさんです。同じ海外在住者として、勝手に親しみを持っている私です。私と同じように小説もお書きになるのですが、ここしばらくはお仕事に集中なさるそうです。そういう時期も大切です。でも、詩作の方はお続けになるとのこと、今回の作品もそのお一つですね。

さて、今回の書いてくださった作品の情景は、おそらくオーストラリアのものだと思うのですが、私の頭の中にはやはりアフリカで見た景色が広がったので、また「郷愁の丘」関係の外伝を書かせていただきました。けいさんの詩からインスパイアされたエピソードです。「郷愁の丘」の一番盛り上がっているラストシーンの辺りの時期の話ですが、主人公たちとはほとんど関係ありません。登場する女性は初登場です。この人のことも、ずっと書きたかったんですよね。



【参考】
郷愁の丘「郷愁の丘」を読む

「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」


「scriviamo! 2019」について
「scriviamo! 2019」の作品を全部読む
「scriviamo! 2018」の作品を全部読む
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



ジャカランダの並木道
——Special thanks to Kei-san


 その並木道は、妖精の国に迷い込んだのかと錯覚させるほど美しかった。藤色の鈴なりになった花が雲のように咲き乱れ、落ちた花びらは薄紫の絨毯となった。ほのかにアンバーのような、それとも蜂蜜のような香りが漂い、むせかえる。十月の風物詩、ジャカランダの開花だ。

 リンファは、日本には行ったことがないが、噂に聞く満開の桜に列島が湧く春というのはこんな感じなのではないかと考えた。

 乾期は終わったのだ。季節は動いていく。

 標高1500メートル、赤道直下のナイロビに暮らして十二年になるリンファは、また一年経ったのだなと思った。リンファがこのケニアの地に降り立ったのもやはり十月だった。

 角を曲がり、コロニアル風の建物がなくなって、高層ビルのある地区に入った。リンファは、背筋を伸ばして歩いて行く。東洋人の自分は、この街にはどうしてもそぐわないように感じてしまうから。リチャードのように、どこにいようと常に自分の街にいるという確信を持てたらどんなにいいだろう。

 リンファはナイロビにあるエージェントのスタッフとして働いている。世界各国からやってくる観光客のための個人旅行の手配もするし、ビジネスにおける行政との橋渡しなどもする。要は何でも屋だ。異様に顔の広いボスと、秘書兼会計兼スタッフのリンファの二人だけの小さな事務所だ。

 オフィスは三階にある。リフトはないので歩く。ここまで汗をかかずにやってきたとしても、必ずこの階段で汗をかいてしまうのが難だった。

「ただいま」
粗く息をつきながら言うと、受話器を置いたばかりのリチャードが明るく「お帰り」と言った。
「それで、君の同胞たちは、喜んで帰ったのかい?」

 リンファは、雇い主であり私生活においては恋人でもある、デリカシーのない赤毛の男を軽く睨んだ。リンファが空港まで送っていった相手は、彼女の同国人ではなかったのだ。
「同胞って、アジアってだけじゃない。あなたをドイツ人と一緒にするようなものだわ」

 リチャード・アシュレイは、「それがどうした」というように肩をすくめただけだった。彼には、少なくともオランダ人と、アメリカ人の血が四分の一ずつは混じっている。残りはイギリス系のケニア人と、ジンバブエからの移民の他に、もしかしたら本当にドイツ人の血も混じっているのかも知れない。彼は、自分のルーツに細かくこだわったりはしないのだ。

「とにかく、そこそこ満足して搭乗ゲートに向かってくれたわ。これからタンザニアにも行くらしいけれど、あっちでメチャクチャな目に遭えば、私たちへの感謝も少しは増加するかもしれないわね」
リンファは、冷蔵庫から冷やしておいた紅茶のポットを取り出すと、グラスに注いで一氣に飲んだ。

 それから、思い出したように言った。
「そういえば、空港で意外な人を見かけたわよ」
「誰?」
「ほら、例のアメリカの女流写真家。あなたとアウレリオが、わりと最近、あれこれ噂していたでしょ」

 リチャードは、関心を示してリンファの方に向き直った。
「ミズ・ジョルジア・カペッリかい? 空港で?」
「ええ。ついたばかりみたいだったわ。なんだか急いで鉄道駅に向かっていたわよ」

「そうか。今回は来るって知らせてくれなかったな。どうしてだろう。また撮影かな。とにかく、ヘンリーのやつに知らせてやろう。知っているか、あいつ、もう何年も彼女を追い回しているクセに、晩熟でいっこうに先に進めないんだぜ」

 リンファはリチャードの面白くてしかたないという顔を見て憤慨した。
「忘れたの? 今は、彼のお父様スコット博士がかなり危険な状態だってこと。ドクター・スコット・ジュニアを今からかうなんて最低だわ」

 誰もが、リチャードやその親友のアウレリオのように、器用に立ち回れるわけではない。前回、そのアメリカ人写真家がこの事務所を訪問した時、普段なら可能な限りナイロビに来たがらないヘンリー・スコットは電話でも済む用事なのにわざわざやってきた。リチャードがミズ・カペッリに馴れ馴れしく話しかけている間、辛抱強く話しかける機会を待っていたコミュニケーション下手な男を、リンファは部屋の隅から密かに応援していた。なんとか彼が再会の約束を取り付けたのを耳にした時には心の中でガッツポーズをしたのだが、それから一年半経っている。あまりの不器用さにリンファもため息がでるが、それでもリチャードに面白おかしく笑いの対象にされるのは氣の毒だ。

 リチャードは、彼女の剣幕に肩をすくめて言った。
「からかっているわけじゃないさ。ただの親切心だよ。でも、まあ、そうだな。後でアウレリオに電話して、義父殿の容態を訊いてからにするか」

 それから十日後に、リチャードは事務所の留守番をリンファに任せ、ツァボへと出かけていった。噂のスコット博士が亡くなり、葬儀に参列することになったためだ。アウレリオ・ブラスの義父というだけでなく、動物学の権威であるスコット博士とは、公私ともに様々な関わりがあったのだ。
 
 リンファはその二日間は一人で業務をこなした。珍しくトラブルが少なかったため、なんとか一人でもこなせたのは、天が自分に味方したのかもしれないと思った。もちろん、午前中の停電と、十一時からの水道のストップには辟易したが、少なくともクライアントが苦情の電話をしても通じなかったのだからラッキーの内に入るだろう。

 ようやくPCに電源を入れられる状態になったので、急いでいくつかの用事をこなした。一番大切だったのは今日中に発送しなくてはならない宛名ラベルの印刷だった。リンファの祖国あての小包に貼るためのラベルだ。かの国の郵便配達夫にはアルファベットを読めない者も多いので送り状には漢字のラベルをつけて欲しいと依頼されているのだ。

 次の停電が起こる前に、なんとしてでも印刷を終えてしまわないと。リンファは調子のあまりよくないプリンターをなだめながら、作業を続けた。なんとか予定していた枚数を印刷できそうだと胸をなで下ろした。

 国を離れて、遠い異国でこうして数々のトラブルと闘いながら日々を過ごす意味を考えることがある。何をしているのだろうと。両親は、もうリンファのことは諦めたという態度を見せた。他の娘たちのように結婚して孫の顔を見せてくれるわけでもなく、異国の成功者として故郷に錦を飾ってくれるわけでもない。リンファ自身、自分の中途半端さに、腹立つこともある。

 リチャードとの関係も同じように中途半端だ。共同経営者というほどに中心的な役割を果たしているとは思っていないが、それでも、こうして二日間でもなんとか彼の代理を務めることの出来る存在までになっている。でも、それを思うのは自分一人なのではないか。プライヴェートにおける関係も、八年以上も恋人という立場でいるにも関わらず、それ以上に進む氣配はない。

 それでも、リンファは昨日と変わらぬ日常を歩き続ける。他の道があるわけではない。

 階段を上ってくるよく知るリズムの足音に続き、鍵を回す音がして、リチャードが入ってきた。彼は、どさっと荷物をソファーに投げていつものように明るく「ただいま」と言った。

「お帰りなさい。ちょっと待って。このラベルの印刷、そろそろ終わるから」
プリンターの横に立ってそうリンファが告げると、リチャードは「いいよ」と手振りで示してソファーに座り寛いだ。

「携帯に電話が入って、そのラベルのことを訊かれたよ。グッドタイミングだったな」
「停電さえなければ、もうとっくに出来ていたのに」
「あっちのパッキング作業も停電で遅れているから問題ないだろ」

「バカみたいよね。なぜ水牛の角なんか輸入するのかしら。向こうにいくらだっているのに」
そうリンファが憤慨するとリチャードは笑った。
「ケニアから届いたってことが重要なんだよ。水牛の角ってことになっているけれど、本当はそうじゃないって信じてもらうためにね」

「え? 水牛の角じゃないって、まさか犀角や象牙じゃないでしょうね。見つかったらこっちも逮捕されるわよ」
「されっこないよ。本当に水牛の角だから。箱に書いてある通りさ。それをこの商品表示はカモフラージュのためですと、嘘ついて売るつもりなんだろう。どうするつもりかなんて、こっちは関係ないから、売ってくれと言われたら素直に手配するけれどね」

「そう」
リンファは、少し嫌な氣持になったが、いちいち角を立てたくなかった。リチャードは、まったく意に介さずに朗らかに言った。
「悪いけれど、終わったらそれ発送してきてくれるかい?」

「わかったわ。ところで、お葬式はどうだった? ムーア博士やマディたち、大丈夫だった?」
話題を変えたくて、リンファは訊いた。
「マディはけっこう泣いていたけれど、レイチェルは氣丈にしていたな。まあ、表向きには、ヘンリーが全部仕切っていたしね」

 レイチェル・ムーア博士は、表向きは亡きスコット博士の親しい友人ということになっていたが、実際には内縁の妻と言ってもいい間柄で、マディがスコット博士の愛娘であることは親しい者には周知の事実だった。ジェームス・スコット博士は最初の結婚に失敗してから二度と家庭を持とうとしなかったが、息子のヘンリー・スコット博士との距離のある付き合いは、部外者のリンファにも異常に思えるほどだった。おそらく葬儀に行ってはじめて彼に息子がいることを知った人も多いだろう。

「ドクター・スコット・ジュニアも、お氣の毒ね。こういう時だけ息子として矢面に立たされて。この間、意地悪くからかったりしなくてよかったわね」
リンファがそう言うと、リチャードは意味ありげに笑って首を振った。
「ふん。からかうまでもなかったよ。件のジョルジア・カペッリはヘンリーと一緒にいたんだ」

 郵便局へ行こうと、戸口に向かっていたリンファは、思わず足を止めた。
「え?」
「驚くだろ? こっちも仰天したのなんのって。アウレリオからあの二人は婚約したって聞いて、腰を抜かすかと思ったよ。まったくいつの間に」

 リンファは、階段を降りて表に出た。わずかに乱れた想いを封印するかのように、足早に通りを歩いた。

 何に動揺しているのか、自分でもよくわからなかった。よかったじゃない。ドクター・スコット・ジュニアがようやく幸せをつかんだんだもの。

 今日は、風が強い。後れ毛が舞っている。

 風に心揺らされても、やはり独り歩いて行くほかはない。ドクター・スコット・ジュニアが、彼の道を一歩一歩進めて、彼の幸福な停留所にたどり着いたように。リチャードが、リンファだけでなく氣の遠くなるほど多くの人びとと関わり合い、必要ないほど多くの言葉を用いながら、彼の人生を進めているように。

 この道を、異国の、決して楽ではない道を歩いて行く先に、何が待っているのかは、誰にもわからない。でも、歩いて行かなければ、どこにもたどり着けないのだ。

 強い日差しが、肌を突き刺すようだ。リンファは、額に手をやり、空を見上げた。ジャカランダの並木道は、鮮やかな新緑が育ちだしている。間もなくこの道を歩く時は直射日光のきつさを感じずに済むようになるだろう。

 花の時期は終わり、育った羽毛のような葉が季節が変わったことを宣言するように覆っていた。

(初出:2019年3月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

read more


ジャカランダ

ジャカランダJacaranda mimosifoliaはノウゼンカズラ科キリモドキ属の高木。和名は「紫雲木」。中米原産だが、熱帯や亜熱帯の多くの国で栽培される。南アフリカ共和国プレトリアは春の十月に満開になるジャカランダで有名。
関連記事 (Category: 小説・NYの異邦人たち 外伝)
  0 trackback
Category : 小説・NYの異邦人たち 外伝

Posted by 八少女 夕

雑多なあれこれ 2019 その2

さて、あっという間に今年も四分の一が過ぎてしまったという驚愕の事実は置いておき、いくつかのお知らせをまとめて記事にしますね。

空見の日の空

まずは、「scriviamo!」ですが、今年も無事に終了しました。多くのみなさんのご参加くださり、さらには読んでコメントをくださり盛り上げていただき、本当に感謝しています。

今ごろになりましたが、「プランB」でご参加くださった夢月亭清修さんのお返し作品をここでご紹介しますね。(「プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです)

 夢月亭清修さんの書いてくださった『scriviamo! 2019 参加作 『探訪の入り口』

私の無茶なサーブに、がっつりと打ち返してくださった、清修さんワールドどっぷりの作品です。どうもありがとうございました。

また、もぐらさんへのお返し作品、「樋水龍神縁起 東国放浪記 世吉と鵺」を、もぐらさんがさっそく朗読してくださいました。

 もぐらさんが朗読してくださった「第464回 樋水龍神縁起 東国放浪記 世吉と鵺」

ついでの報告で恐縮ですが、3月18日に、もぐらさんが主催なさっている「空見の日」に参加しました。「空見の日」は毎年決まった日にみなで空を見上げて、東日本大震災をはじめ災害で犠牲になった方に想いを馳せようというイベントで、私も毎年参加させていただいています。ただし、毎年日本では日付が変わった頃の更新になってしまうのですけれど。とにかくスイス時間の当日中にはPIYOだけでご報告したのですけれど、今日は改めてその写真を貼り付けてみました。

* * *


さて、今後のブログ活動ですけれど、四月から「郷愁の丘」の続編である「霧の彼方から」を連載します。書き終わっていないのに、見切り発車。まあ、なんとかなるでしょう。

その前に、今月末から一週間だけまた休暇です。しばらく音信不通になりますが、すみません。
関連記事 (Category: このブログのこと)
  0 trackback
Category : このブログのこと