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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


ようこそ。このブログでは、オリジナルの小説と、スイスにいる異邦人の日常を綴っています。
【お報せ】 今日のひと言 (from PIYO)

scriviamo! 2021 受付は終了しました。ありがとうございました。

【小説まとめ読み】 - 目的別のおすすめ小説をリンクした記事
『Filigrana 金細工の心』を読む 『Usurpador 簒奪者』を読む 「Infante 323 黄金の枷」を読む 『心の黎明をめぐるあれこれ』を読む

Posted by 八少女 夕

チキンをめぐる挑戦

今日もまた食いしん坊の話題です。

チキン

最近、しつこく頑張っていることがあるんです。それはK○C風のチキンを作り出すこと。いや、近くにあったら、喜んで買いに行きますよ。でもないんですもの。

で、ネットに出ている「KF○風のチキンレシピ」をあれこれ試しているんですけれど、まだ道半ばです。

まあ、チキンのレシピとしては、かなりいいところまで行っているんですけれど、そもそもの野望がハイレベルすぎてぜんぜん到達しないのです。

まあ、それでも「セロリソルトを使う」も「セルフレイジングフラワーを使う」も、身近にぜんぜんないのに自分で作ってクリアしているんです。また、「この香辛料はほしい」もかなりいいところまで行っているように思います。

でも、ぜんぜん到達できない、あの美味しさはなんなのでしょうね。死ぬまでにもう一度食べたいなあ。近くにできないかなあ。無理っぽいなあ……。
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Category : 美味しい話

Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと重苦しい日々

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第8弾です。山西 左紀さんは、今年2回目、「物書きエスの気まぐれプロット」シリーズの掌編でご参加いただきました。ありがとうございます!


 左紀さんの書いてくださった「エスの夜遊び

ご存じの方も多いかと思いますが、サキさんの「物書きエスの気まぐれプロット」にときどき登場させていただいている「マリア」というハンドルネームの友人は、当方の作品『夜のサーカス』の登場人物です。本名アントネッラというドイツ&イタリア・ハーフの中年女性で、コモ湖畔のヴィラで一風変わった暮らし方をしている人物という設定です。

サキさんが、エス関連で「scriviamo!」にご参加くださるときは、アントネッラ系でお返しするのが半ばお約束になっていますので、今回もそのパターンでお送りします。また、メカメカのお得意なサキさんがボカロの曲をモチーフに書いてくださいましたので、こちらも1つ音楽をモチーフにして書くことにしました。イタリア語の歌ですので、追記に動画と意訳ですがだいたいの意味を載せておきました。この曲、コロナに合わせて作られた曲ではありません。が、妙に符合しているので使ってみました。

……で。例によって、オチもないんですけれど、すみません!


【参考】

「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物

夜のサーカス 外伝

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夜のサーカスと重苦しい日々
——Special thanks to Yamanishi Saki-san


 アントネッラは、受話器を置くと深いため息をついた。コモ湖を臨むアプリコット色のヴィラ。彼女は、その本来は屋根裏にあたるかつての物見塔を居室兼仕事場として使っている。

 古めかしいダイヤル式の黒電話が彼女の仕事道具だ。数年前に、アナログの電話はこれからは通じなくなるので、デジタルの電話を導入しろと電話会社に言われたのだが、この電話機でないとどうもうまく仕事ができないので、結局パルス信号をトーン信号にする変換器を取り付けてもらい、無理に使い続けている。

 アントネッラは電話相談員だ。かつては大きな電話相談協会で仕事をしていたが、どうしても彼女だけに相談したいという限られた顧客がいて、このヴィラに遷る時に独立したのだ。そう、回線費用は高い。つまり相談料は安くない。けれど、なによりも「誰にも知られない」ということに重きをおくVIPたちには費用はどうでもいいことだった。

 彼女の顧客の多くは、実のところ相談をしているのではなかった。アドバイスを必要としているわけでもなかった。彼らはとにかく抱えている秘密を口に出したいだけで、アントネッラは高い相談料と引き換えにひたすら耳を傾けるのだ。

 しかし、ここしばらくの相談は、滅入るものが多い。それまでは、人の悩みも秘密も千差万別だったのだが、今はそうではない。ドイツからの相談も、イタリア国内からの相談も、基本的には同じ内容だ。家から出られない。旅行に行けない。レストランにすら行けない。閉じ込められた家庭内で不協和音が響く。隠しておきたい秘密の趣味をパートナーに知られないように、もう何か月も密かなる趣味に時間を使うことができない。

 受話器を置いて、アントネッラはため息をつく。少なくとも彼女は、閉じ込められた家庭でパートナーとの不協和音に苦しむことはない。家族などいないのだから。

 彼女の趣味である小説書きも、ロックダウンで遮られることはない。彼女に必要なのは、狭い机の上にドンと置かれた古いブラウン管ディスプレイとキーボードを備えた、古いコンピュータのテキストエディタだけだ。イタリア有数の保養地の湖畔にあるだけあって、燦々と降り注ぐ陽光もきもちよく、彼女の状況はさほど悪くない。

 だが、それでも顧客たちの不平と、先行きの不安とが、彼女を滅入らせる。そして、もともと出かけることをさほど必要としていなかったにもかかわらず、禁じられた外出が彼女にも小さな苛立ちとして降り積もっていた。

 日々の感染者数や死者を確認することもやめた。医療行政としてはその数字は大切なことだろう。だが、アントネッラにとっては、数値がどうでも同じなのだ。人口十万人あたり何人が感染して亡くなるかは確率と統計という形で提示される。だが、アントネッラ本人にとっては、病にかかるか、かからないか、もしくは、外に出られるか、できないか、それぞれ二者択一の問題だ。そして、いま以上に氣の滅入る情報を得ても、人生はよくならない。

 人びとのバラエティーに飛んだ生き様を、アレンジして小説のプロットにすることを、彼女はずっと楽しんでいたが、ここ数ヶ月はそれもちっとも楽しくなかった。自分がうんざりするものを、読まされる方はもっとつらいだろう。この世界の多くの人々が同じことにうんざりしているなんて、アントネッラの始まったばかりとはとてもいえない人生でも、初めてのことだった。

 アントネッラは、窓を開けた。まだ春というには肌寒すぎるが、コモ湖に反射する陽光は少しずつ明るさを増している。マキネットがコポコポと音を立て、エスプレッソの深い香りがあたりを満たしてくるのを、アントネッラは大人しく待った。

 いま流行のプラスチックカプセルに収まったコーヒーを放り込んでボタンを押すマシンを購入すれば、あっという間に1杯分のエスプレッソを飲めることはわかっている。そういえばあのマシンを宣伝しているハリウッドスターは、やはりコモ湖に大邸宅を持っている。はじめは鼻で嗤っていた隣人たちの多くも、粉だらけのエスプレッソメーカーが不調をきたして、何度目かの修理をすることになったあげくに、結局あのタイプのマシンを使うようになったらしい。

 アントネッラは、揺るがなかった。赤と黒に光る合成樹脂のボディーを見るだけで虫唾が走るのだ。たとえ実際に口にするエスプレッソの味に毎回揺らぎがあろうとも、ふきこぼして本来する必要のない掃除をすることになっても、頑なに銀のマキネットを愛用していた。

 同様に、ずいぶんと昔から使っているラジオも、つまみを回してチューニングをするタイプのものだ。どちらにしろ送信側がデジタルになってしまっているのだから、受信側もボタンひとつで他局に変えられるデジタル式のラジオにする方がいいと、ここを訪れる多くの人が忠告する。だが、アントネッラは、まだそうするつもりになれなかった。

 ラジオのスイッチを入れると、やはりつまみが少しずれていた。わずかに調整をしていつもの放送局を選ぶ。早口で情報を伝えるDJが語り終えぬ間に、イントロが流れてきた。これは、誰の曲だったかしらと、ぼんやりと考えていた。だが、男性の声が聞こえてきて、すぐにわかった。ティツィアーノ・フェッロ。聞き間違えようのない声だ。

 とくに低音は、不思議なざらざらとしたノイズが入る。正確な音程と伸びやかなヴォーカルに纏わり付くざらつき。好きか嫌いかを超えて、決して忘れられない声は、幾億もの遺伝子の組み合わせから偶然誕生した彼だけが持つ声帯の恩寵だ。

 ああ、そうか。アントネッラは、ひとり頷いた。彼女の友人であるエスに聴かせてもらった、ボーカロイドの歌のことを思い出したのだ。日本語だったので、歌詞はわからなかった。エスは意訳してくれたが、その真意までははっきり伝えられないだろう。アップテンポのビートのきいた曲で、失恋しつつもいまだに2人の未来を紡ごうと語りかけているらしいのだが、その様な感情は歌詞なしには伝わってこなかった。「これは宇宙ステーションで昼食のメニューを読み上げている内容」と言われたとしても、言葉のわからないアントネッラには「そうなのか」としか思えない。

 どんな音楽を好むかは、人それぞれだ。アントネッラ本人は、あまり夢中にならなかったが、父親の故郷であるドイツでは、かつて電子音楽グループのKRAFTWERKが一世を風靡した。1960年代にシンセサイザーを用いた前衛的なロックは、現在とは比べものにならぬ大きな衝撃を音楽界に与えた。彼らの斬新さと主張を理解できないほどアントネッラは旧弊した人物でもなかった。

 エスが人間の声よりも、ボーカロイドを好む理由は知らない。アントネッラの若かった頃に友人のひとりがそうだったように「シンセサイザーの音が近未来的でときめく」というような理由ではないだろう。若い世代にとってコンピューターやボーカロイドは未来ではなく、既に現実なのだから。ボイストレーニングや息継ぎなどの肉体的な制限もなければ、スタジオやギャラなどの制約もない、自由と平等さが好きなのかもしれない。それとも彼女にとって歌は楽器の一種で人間の個性は邪魔なのかもしれない。

 アントネッラが聴きたい声は、機械や機械を模して感情を押し殺した発声ではなく、その反対のところにあるものだった。

 彼女が関心を持ち書き続けている小説は、空想世界で繰り広げられる超人的な展開や斬新なアイデアよりも、むしろありきたりの自分の生活ベースに近いものを題材にしている。

 音楽や詩も、やはり生活に近いものを好む。宇宙や深海よりも地上にあるものに関心が強い。悪魔的な破壊を叫ぶヘビーメタルや、環境問題を訴えるクラウトロックよりも、カップルの間に生じる感情を歌うイタリアンポップスに心地よさを感じるのだ。

 いま耳にしているティツィアーノ・フェッロの歌は、そうしたアントネッラが馴染んでいるジャンルの音楽だった。

 人類最高ではないが、機械はもちろん、他の誰かでも決して真似のできない特別な声。感情の理解できる抑揚は、時に揺らぎ歪む。それは決して高低や大小だけではなく、2度と再現できない毎回異なる波形の中で作り出すものだ。年齢によって深くなることもあれば、やがては衰えて再現できなくなる、一瞬の発露。

 ボタンひとつで、まったく同じ正しい味が再現されるエスプレッソマシンに失敗はないが、何年も使い込んだマキネッタから注がれる粉のざらつくエスプレッソのような、複雑な苦みや旨味もない。それは待たされる時間や、数々の試行錯誤や失敗がスパイスとなって作り出す味だから。

 それにしても、いま聞こえてきている曲の内容は、先ほどの電話相談の続きのようだ。閉じ込められた鬱屈が、本来ならば支え合うはずの2人を疲弊させている。この曲は、確か数年前に発表されたものだから、現状を意識して書かれたわけではない。人々の悩みは、結局、似たようなものだということだろうか。

 世界の未来を憂えるのでもなく、社会正義を歌うのでも、手に入らない儚い愛を夢見るのでもなく、うまく処理できない重苦しい現実を見つめている。病に苦しんでいるわけでもなく、大きな破局がきているわけでもないが、世界中の多くの家庭の中で立ちこめている暗雲そのもののようだ。
 
 彼女の見慣れていた世界は、いつ、もう少し朗らかになるのだろうか。あとどのくらい、仲間たちと笑い合ってワインを傾ける程度の楽しみすらも許されない日々が続くのだろうか。

 冬の真ん中で、「明日春になってほしい」と望んでもどうにもならぬように、人々も苛立ちや重苦しさをなだめつつ、状況が変わっていくのを待つしかないのかもしれない。ボタンひとつで新しい世界に入り込むことができない代わりに、忍耐強く苦難を乗り越えた先には、なんでもない安物のワインや、あくびが出そうな電話相談ですら最高に素晴らしく思える日々が来るのかもしれない。

(初出:2021年2月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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Tiziano Ferroは多くの歌手とこの曲を歌っているのですが、こちらの動画は、Giorgiaとのデュエットバージョン。
歌詞が動画に出てくるので選んでみました。

Giorgia - Il conforto (Lyric Video) ft. Tiziano Ferro

歌詞のだいたいの意味はこんな感じです。


もしこの街が眠らないなら
私たちは2人きり
逃げられないように
私はドアをロックして鍵をあなたに渡した。

いま、私ははっきりと感じている。
ぴったり寄り添うこととと、近くにいることの違いを
それはあなたの動き方にあらわれる
この砂漠の天幕の中で

たぶん7月からの雨のせい
あるいは世界が涙を爆発させているから
もしかしたら何ヶ月も外出してないから?
あなたは疲れているのか、単に笑顔を使い切っただけなのか
両手で心の重さを量るには勇気がいる
目隠しされた目で背を向けた空を見る
忍耐、我が家、繋がり、そして、あなたの安らぎ
それは私に関係があるはず
それはなにか私に関係のあるはずのこと

もしこの街が混乱しているなら
あなたたちは2人きり
逃げられないように
私の目を閉じて、あなたに鍵を渡した
今、私にははっきりとわかっている
空間としての距離と、よそよそしさの違いが

たぶん7月からの雨のせい
あるいは世界が涙を爆発させているから
何ヶ月も外出してないから?
疲れているのか、単に笑顔を使い切っただけなのか
両手で心の重さを量るには勇気がいる
目隠しされた目で背を向けた空を見る
忍耐、我が家、勇気、そして、あなたの安らぎ
それは私に関係があるはず
それはなにか私に関係のあるはずのこと

たぶん夏の雨のせい
それとも天から私たちを見下ろす神のみわざ
何ヶ月も外出してないから?
疲れているのか、単に息をするだけで精一杯なのか
両手で心の重さを量るには蜃気楼が必要
どれほどの安らぎが、あなたと関係あるのか
どれほどの安らぎが、あなたと関係あるのか
両手で心の重さを量るには勇気がいる
そして、多くの、多くの、多すぎる愛を量るのも



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Posted by 八少女 夕

Staub買ってしまった

また調理器具の話です。

Staub

実は、しばらく前からもらい物の大きい鋳物鍋を使った無水調理をしていたのですけれど、とても美味しいし我が家のライフスタイルに合うことがわかったので、もう少し使いやすいサイズの鋳物鍋を購入することにしました。

その手の製品の中では、評判のいいSatubのピコ・ココットの22センチにしました。

Staub

無水調理というのは、水などを加えずに、野菜や肉自身の水分のみを使い調理します。焦げないように火加減などを調整して行うのですけれど、この製品はほとんど焦げなくてとても優秀なのです。そして、他社の鋳物鍋にはないStaubの秘密と言われているのが、この蓋のピコと呼ばれるブツブツで、ここを伝わって食物から出た水分が雨のように降り注ぐということになっているようです。

水を加えていない分、味が薄まったりすることがなく、かなり短時間でまるで圧力鍋で仕上げたかのように仕上がります。圧力鍋と違うのは、すぐに蓋を開けて確認ができること、まだやっていないのですけれどそのままオーブンにも入れられることなどがあります。

さて、Staub、とてもおすすめな鍋ですが、お値段もかなりするのです。今回私が買ったのは、グレーっぽい白なのですけれど、実はこれが一番安かったからです。黒と赤が人氣色のようですが、私はこちらの色でも問題なかった、というか、真っ黒よりこちらの方がよかったので満足しています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】不思議の森の名付け親

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第7弾です。もぐらさんは、オリジナル作品の朗読で参加してくださいました。ありがとうございます!

もぐらさんの朗読してくださった作品「桜の福の神 いちょうの貧乏神

もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。お一人、もしくはお二人で作品を朗読なさり、当ブログの作品もいくつも読んでくださっています。いつもとても長くて本当にご迷惑をおかけしています。

今年もオリジナルの「貧乏神」シリーズでご参加くださいました。日本の民話をアレンジなさった素敵な作品です。貧乏神のシリーズとはいえ、毎年、とてもハートフルなエンディングでお正月にふさわしい素敵な作品ばかりです。とくに今年は、コロナ禍の時代に考えさせられるお話になっています。

お返しですが、今年は、平安時代の「樋水龍神縁起 東国放浪記』でも、もぐらさんのお好きな『Bacchus』関連でもなく、ヨーロッパの寓話風の作品を書いてみました。今年のもぐらさんの作品のテーマである「禍福は糾える縄の如し」を意識して、ヨーロッパの中世で多くの作品のモチーフとなった『死の舞踏』の思想を織り込んであります。また人ならぬ名付け親のおかげで赤ん坊の運命が変わるというストーリーはグリムの作品「死に神の名付け親」に着想したものです。

もぐらさん、なんと1月末に大きなお怪我をなされたとのこと、1日も早いご快癒をお祈りすると同時に、これが厄払いとなり、大きな福が舞い込んでくるように祈りながらこの作品を書きました。


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不思議の森の名付け親
——Special thanks to Mogura-san


 はるか昔のことです。どのくらい昔のことか、もう誰もわからないほど昔のことです。ある街で、同じ日に、3つの別々の家で子供が生まれました。両親は、我が子にそれぞれ立派な人物に名付け親になってもらおうと願いました。

 ところが、その地方では、1度に2人以上の名付け親になることは禁止されていて、ひとかどの人物で名付け親になってもらえる人が見つかりません。そこで親たちは、近くの森へと出かけました。この森には、不思議な力が満ちていてこの世のものでない存在が時おり姿を現すというのです。

 最初に森に着いた親子は、重い緞子どんす の赤い外套を着て狐の尻尾を首に巻いた人物にであいました。
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」

 赤い外套を着た男は重々しく頷きました。
「私は、《富裕》だ。私が名付け親になるこの子は大金持ちになるだろう」
両親は、もちろん大喜びで《富裕》に名付け親になってもらいました。

 次に森に着いた両親は、《富裕》が別の子供の名付け親になってしまったことを残念な思いで眺めました。そこに紫色の煌びやかな外套と仔羊を抱えた男が現れました。
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」

 紫の外套を着た男は重々しく頷きました。
「私は、《宗教権威》だ。私が名付け親になるこの子は尊敬される立派な大司教になるだろう」
両親は、もちろん大喜びで《宗教権威》に名付け親になってもらいました。

 最後に森にやって来たのは、一番森から遠い所に住む夫婦でした。他の家族が《富裕》や《宗教権威》とともに洗礼式の行われる教会へと急ぐのを残念な思いで眺め、他に立派な名付け親がいないかあちこちと探しました。

 すると、森の奥から、茶色のみすぼらしい外套を羽織り、馬の尻尾のように長い髪を後ろにまとめた男が現れました。
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」

 茶色い外套の男は、重々しく言いました。
「わたしは、《馬の守護》だ。《富裕》や《宗教権威》のような社会的栄華は約束できないし、私が名付け親になる子は馬飼うまかい になるだろう。それでもいいのかい」

 赤ん坊の両親は、すこしだけ落胆しましたが、名付け親がいなければ洗礼はできません。男にお願いして、洗礼堂へ向かいました。

 洗礼堂では、先に着いた2組の家族が待っていました。はじめの両親も、2番目の両親も、みすぼらしい《馬の守護》を見ると、侮るような顔をして笑いました。

 時は経ち、3人の赤ん坊は、みな大人になりました。そして、それぞれ名付け親の預言通りに育ちました。

 1人は国一番の商人となり都に屋敷を構えました。もう1人はこの街出身の者としてはじめて大司教に任命され、大司教領に住むようになりました。そして、もう1人がこの街にとどまる貧しい馬飼でした。

 馬飼の両親は、たまにこの街を訪れる商人や大司教の両親と出会うと決まってこう言われました。
「本当に、あなたは不運でしたね。あの不思議の森で立派な名付け親に会えたおかげで、うちの子は立派に出世し、私たちもこんなに幸せになりましたよ」

 子供の成功のおかげで、2組の両親の生活も以前とはまったく変わり、立派な屋敷に住み、裕福な暮らしをしていたのです。

 馬飼の両親は、悔しいと思いましたが、それをいっても始まりません。貧しい暮らしの中、親子3人で寄り添って暮らしていました。

 ある年、青年の飼っている馬たちが一斉に病にかかりました。青年は心を込めて看病をし、全ての馬が再び元氣になりました。続けて、青年と、それから両親までもが高熱を出しましたが、それもやがて治りました。

 青年と両親の家の近くに住む、多くの人も同じような病にかかりました。彼らは、おかしな病を持ち込んだと馬飼と両親に嫌みをいいましたが、家で寝ているだけで、みなまた健康になりました。

 みなが元氣になったことを喜んでいると、怖ろしい報せがやってきました。隣の国で発生した天然痘が、国境を跨いで襲ってきたのです。人々はバタバタと倒れて、多くの人が亡くなり、助かった者にも醜い痕が残りました。

 街の北側から襤褸らんるまと った《疫病》が鈍色にびいろ の竜に乗ってやってきました。骸骨の姿をしたおびただしい亡者たちが、鎌を振るいながらその後に続きました。鎌には白い布が結ばれていて、このように書かれていました。

Quod fuimus, estis; quod sumus, vos eritis
(我らはかつて汝が今あるところのものだった。
 そして汝はいずれ、我らが今あるところのものになる)


 商人とその両親は、《疫病》と亡者たちがやってくるのを目にすると、震え上がって名付け親である《富裕》に助けを求めました。

 けれど、《富裕》は首を振りました。
「この世のたいていのことは、お金を積めば何とかなるものだ。しかし、《疫病》だけは、お金で買収はできないのだよ」

 大司教とその両親も、神様に祈り、それでも《疫病》と亡者らが大司教領を避けて通ってくれないこと知ると、《宗教権威》に何とかしてもらえないかと頼みました。

 けれど、《宗教権威》も首を振りました。
「この国のたいていのことは、神の威光があれば何とかなるものだ。しかし、我らは神ご自身とは違う。《疫病》の進路を変えることはできないのだよ」

 馬飼は、《馬の守護》に何かを頼めるとは思わなかったのですが、自分や家族が天然痘で死んだら馬はどうなるかと心配になり、名付け親に相談しました。すると《馬の守護》はいいました。
「心配する必要はない。お前と、お前の両親は天然痘にはかからないから」

 さて、竜に乗って馬飼の住む街へやってきた《疫病》は、村はずれの馬飼たちのいる一角を見ると、嫌な顔をしていいました。
「なんてこった。こいつらには手を出せないじゃないか。しかたない、よそへ行こう」

 馬飼は、ひどく驚いて名付け親に訊きました。
「どういうことなのですか」

 名付け親である《馬の守護》は、答えました。
「お前たちは、《馬の病》にかかっただろう。あの病にかかり回復した者は、決して天然痘にかからないのだ」

 それを聞くと、馬飼と両親、そして、《馬の病》にかかった近所の人たちは大いに喜びました。そして、まだ《馬の病》が治っていない人のところに、健康な知り合いを連れてきて、次々と《馬の病》にかかるようにしました。

 天然痘の猛威が収まり、人々に平和が戻ってきた頃、その国も隣の国も人口が6割ほどに減ってしまいました。たくさんの貧しい人たちが亡くなりましたが、同じように王侯貴族も聖職者も亡くなりました。

 ただ、《馬の病》にかかった人たちは、みな無事でした。人々は、神と貧しい身なりの《馬の守護》に感謝して、貧しくても助け合いながら暮らしました。

(初出:2021年2月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

踊ってみて筋肉痛になっちゃいました

さて、今日は健康維持の話……かな?

私は日本のニュースはネットで見るのです。で、ときどき日本では既に常識になっていることを、初めて知って驚くことがあります。今回もそんな話題の1つです。


南中ソーラン節

たまたま目にした話題は、「ソーラン節を小学校の運動会などで踊る」というものでした。私のソーラン節のイメージは、演歌歌手の方が歌っていたようなわりとゆったりとした曲で、盆踊りでの炭坑節のように誰でも踊れるタイプの踊りなのかと思っていましたが、「キレッキレ」という表現に引っかかって動画検索し、はじめて「南中ソーラン節」というものを目にしました。

ええっ。今どきの小中学生って、こんなすごいダンスを踊っているんだ……。

念のため、一緒に動いてみましたが、3分半全力疾走しているみたいなものじゃないですか! それにポーズの1つ1つが難易度高いですよ。私は、いい歳をしているのでお腹などが出てきてしまうので、あまりつらくない程度の筋肉トレーニングなどをしているんですけれど、チョロすぎて筋肉痛になるようなことはほとんどありません。

でも、この踊りを練習してみたら、ええ、翌日はばっちり全身筋肉痛になりました。

これ、もしかして、健康維持にいいのかもしれません。もっとも、1人の時にこっそりやる必要がありますけれど。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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知らなかったのは私だけかもしれませんが、一応見つけてきた動画を貼り付けておきます。
もともとこの中学校が発祥のダンスなんですってね。



稚内南中学校文化活動発表会での【南中ソーラン】
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Posted by 八少女 夕

【小説】もち太とすあまと郵便屋さんとノビルのお話

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第6弾です。津路 志士朗さんはイラストと掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 志士朗さんの書いてくださった「もち太とすあま。

志士朗さんは、オリジナル小説と庭とご家族との微笑ましい日々を綴られる創作系ブロガーさんです。大海彩洋さん主催の「オリキャラのオフ会」でお友達になっていただき、昨年から、「scriviamo!」にもご参加いただいています。

書いてくださった作品は、可愛らしい2匹のハスキー犬に関するイラストで、一緒に発表してくださった掌編によると、こちらは志士朗さんがメインで執筆なさっていらっしゃる「子獅子さん」シリーズの作中作のキャラクターのようです。

そして、2匹のハスキー犬で思い出すのが、「オリキャラのオフ会」で登場した動けるし話せるぬいぐるみたち。そんなあれこれを考えながら、お返しを考えてみました。

志士朗さんの作品の中に、作中作『もち太とすあま。』の第2作の執筆が待たれているということでしたので、もし、これが書かれたとしたらどんな感じかな〜、と思ったのが今回の作品です。志士朗さん、もし、「こういうんじゃないんだよ」と思われたとしたら、ただの二次創作ということで、軽く無視していただければと思います。


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もち太とすあまと郵便屋さんとノビルのお話
——Special thanks to Shishiro-san


 お日様がぴかぴかとあたりを照らしました。ジメジメとした梅雨が終わったのです。春のはじめには怖々と辺りをうかがっていた木々の新しい葉っぱは、先を争うかのようにぐんぐんと伸びるようになりました。

 いくつかの道路を越えていくと、大きな草原と林が広がっています。優しい小川も太陽の光を反射して笑うように流れていきます。鳥たちも、すいすいと楽しそうに空を駆けていました。

 そんな心地よい午後に、2匹のハスキー犬が、ときに前を行き、ときに後ろになりながら、坂道を歩いていました。

 1匹は、青い首輪をして少し大きく、もう1匹は赤い首輪をした小さい仔。2匹とも、お餅のように白くてふっくらとしており、お揃いのアクアマリンのようにきれいな水色の瞳をしていました。

「すあま! そんなに急いで行くなよ。転んだりすると、危ないだろ」
大きい方の犬は、叫びました。このハスキー犬は、もち太という名前でした。

「もち兄が、グズグズしているんだよ。そんなんじゃ、夏が行っちゃうよ。ツバメみたいにぴゅーっと飛ばなくちゃ。ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねなくちゃ」
小さいすあまは、兄の言うことなどまったく聞こうとしません。

 もち太は、必死で走ってすあまに追いつくと、首の後ろをぱっと咥えました。突然、宙に浮いたすあまは、びっくりして足をバタバタ動かしました。

 すると目の前を、銀色の何かがシャーっと通り過ぎました。自転車です。あと1秒遅かったら、すあまはぺっちゃんこになっていたかもしれません。もち太は、すあまをそーっと地面に下ろしてから怖い顔を作って言いました。
「危ないだろう、すあま。道に飛び出したりしたら。自転車も急には止まれないんだ」

「ひとりでも、ちゃんと止まれたよ! すあまは赤ちゃんじゃないんだ! もち兄ったら」
すあまは、ちっとも反省していません。

 2匹は、それからは少し慎重にいくつかの道を渡り、草原を横切って林の入り口までやってきました。

「あ。郵便屋さんだ」
もち太は、1人で散歩をしている男性に目を留めて叫びました。

 郵便屋さんは、いつももち太の家に手紙や小包を届けてくれる優しいおじさんです。ときどき美味しいおやつもくれるので、すあまもおじさんを見ると喜んで駆けていきました。

 郵便屋さんは、山菜採りをしているようです。この辺りには、おいしい山菜がたくさん生えているのです。
「おお、こんなところにノビルが生えているよ。これは美味しそうだ」

 野蒜は今が花盛りのようです。白い星のような花びらの先は、紫がかったピンクで彩られています。中心の額は鮮やかな若緑です。すっくと立つ茎から、暗赤色のムカゴを突き抜けるように、可憐な花がいくつも飛び出して咲き誇っていました。

 郵便屋さんは、野蒜を摘み取って、持っている籠にポンポンと入れていました。
「どれどれ、1つ試してみるかな」
地下茎の皮をきれいに剥くと、真っ白い鱗茎が顔を出しました。郵便屋さんは、それを生のまま口に放り込んで、シャリシャリと食べてから、これは美味しいと微笑みました。

「すあまもたべたい」
それを見ていたすあまが、言いました。

 郵便屋さんは、ギョッとして大きく首を振りました。
「ダメだよ。絶対に食べちゃダメだ」

「ずるい、美味しいものを独り占めしようとしている」
「違うよ。君たちはこれは食べられないんだ」

 もち太は、あれ、でも、郵便屋さんはいま食べていたよね、そう思いましたが、すあまも同じことを思ったようです。

「食べられるもん。さっき、美味しいって言ったじゃない。すあま、草食べられる。おうちでエン麦も食べているもん。これは、きれいな花。お店で売っているすあまとおんなじ、白とピンク!」
そういうと、すあまは野蒜の花をぱくっと食べてしまいました。

「やめろ!」
「ダメだ!」
もち太と、郵便屋さんが同時に叫びましたが、間に合いませんでした。

 もぐもぐと口を動かしたすあま、顔をゆがめました。
「なんだこれ、ぜんぜん美味しくないや。エン麦のほうが100倍美味しいよ」
そういうと、口の中から、残った草をぺっと吐き出しました。

「まったく食べなかっただろうね。それとも少し飲み込んでしまったのかい?」
郵便屋さんは、真剣にすあまの顔をのぞき込みました。すあまは、急に世界が回り出したように感じで怖くなりました。それに、どういうわけかだんだんお腹が痛くなってきたのです。

 もち太は、すあまの具合が悪そうになってきたので心配してその顔をなめました。すあまは、先ほどまでの生意氣な態度はどこへやら、その場にうずくまってシクシク泣き出しました。でも、お腹はどんどん痛くなってくるのです。

「もち兄~っ!! お腹が痛いよう。助けてよう」
転がって苦しむすあまをみて、真っ青になったもち太は、グルグルと周囲を回りました。でも、どうしたらいいのかわかりません。もち太はお医者様ではないのです。

「ああ、食べてしまったんだな。これはよくない、何とかしなくちゃいけないな」
郵便屋さんは、しゃがみ込んですあまのお腹に手を当てようとしました。

 もち太は、自分で身を守ることもできないすあまを守ろうと、郵便屋さんとの間に入り込んで唸りました。

 郵便屋さんは、優しく言いました。
「ひどいことはしないよ。でも、一刻も早くノビルをこの子の体から取り出さないといけない。いい子だから信用してそこを退いておくれ」

「なんで?」
もち太は、唸るのをやめて郵便屋さんの顔を見ました。

「君たち、犬にとってネギの仲間は毒なんだよ」
「それは知っているよ。すあまは、ネギは食べていないよ」
「うん。でも、ノビルはネギの仲間なんだ」

 もち太は、真っ青になりました。すあまが苦しがっているのは、毒を食べてしまったからなのです。

「大丈夫。俺がここにいたのは、この子にとってラッキーだったんだよ」
郵便屋さんは、そういうと痛がっているすあまのお腹のあたりを優しくさすりました。するとどうしたことでしょう、すあまの真っ白なお腹に銀杏ほどの小さな盛り上がりがいくつも見えてきたかと思ったら、それが小さな5ミリほどの暗赤色をした粒に変わり、ポンポンとはじけて郵便屋さんの掌におさまりました。

 すあまのお腹の痛みは、すうっと消えていき、ハスキーは思わず咳き込みました。

「すあま!」
心配するもち太の声に、すあまは瞼をあけました。アクアマリンのように透き通った瞳がもち太を見て微笑みました。
「もち兄、お腹痛いの、治った!」

「やあ、これは立派なムカゴだな。無事に全部取れたようだね。じゃあ、これはもらっていくよ」

 すあまは、ぴょんと横に飛び退きました。先ほどの痛みはすっかり消えていました。もち太は、元氣になったすあまを見て、尻尾がちぎれんばかりに振って喜びました。

「すあま! 郵便屋さんにお礼を言いなさい。治してくれたんだよ」
もち太は言いましたが、その時にはすあまはもう先まで駆けだしていました。飛び回れるようになったのが嬉しくて仕方ないようです。

 もち太は、郵便屋さんにぺこりとお辞儀をすると、いそいですあまを追いかけました。1人で行かせておくと、また何かやらかすかもしれないからです。

 郵便屋さんは、「夏を楽しみなさい」と手を振って見送ってくれました。

 もち太は、すあまを追って駆けていきました。草原には、白、黄色、紫と、色とりどりの小さな花がたくさん咲いています。

 自分も、すあまも、健康で走り回れることは、なんて素晴らしいのでしょう。ことしの夏も、去年のように美しくて楽しいものになりそうです。

 でも、どうして。あんなに苦しんでいたすあまが、郵便屋さんがお腹にちょっと触れただけで、簡単に治っちゃったんだろう。もち太は、走りながらチラッと考えました。あれは、なにかの魔法なのかも。でも、そうだとしたら、どうしてあの人は郵便屋さんなんて、しているんだろうなあ。僕なら、魔法が使えたら世界旅行をして、美味しいものを食べ歩くけれどなあ。

 もち太は、すあまよりも大きくて賢いハスキー犬でしたが、どう考えても答えを見つけることはできませんでした。でも、答えがみつからなくても不都合はなかったので、じきに忘れてしまいました。

 すあまといると、もっと急いで考えなくてはいけないことがたくさんありました。いまも、見つけたばかりのヒキガエルに飛びかかろうとしているすあまを止めるために、もち太はふたたび全力疾走をしなくてはなりませんでした。

(初出:2021年2月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

日本で買った便利なモノ (9)水切りボウル

今日は日本で買った便利グッズを紹介するコーナーです。9回目の今回は、愛用しているボウルの話です。

米とぎボウル

このボウル、別に新しい商品ではなく、購入したのは10年前なんです。でも、いまだにずっと愛用しているので、それだけ便利なのだと思います。

藤井器物製作所という日本の会社が作った製品ですが、洗う、浸ける、水切りの機能を1つにした3Way仕様なのです。

普段、よく使うのはお米をとぐときと、パスタの水切りをするときです。

写真を見ていただくとわかると思いますが、底の部分に傾斜がついています。そして、どちら側に傾けるかで浸けるか水切りをするかが選べるのですね。パスタでいうと、ゆで時間が残りの1、2分になった時点でこのボウルに移して浸けておき、空いたお鍋に具材などを入れて炒めはじめます。そして、時間になったら水を切り、そのままお鍋に投入できるのです。

お米も、研ぐのと水を切るのがストレスなく行えます。あ、ただし、日本のお米ならまったく問題ないのですが、タイ米などの長米をとぐと、穴に詰まることがあります。穴から出て行ってしまうことはまずないので、私は問題だとは思っていませんが、念のため。

本当に便利なので、私にはなくてはならない製品なのですけれど、実は、かなり大きいです。これを購入してスイスに送ってもらうときに、当時受け取って転送してくれた母が「ヘルメットみたいなボウルが来たわよ」と呆れていたのを思い出します。
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Posted by 八少女 夕

【小説】忘れられた運び屋

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第5弾です。山西 左紀さんは、「プランC」の小説でご参加くださいました。ありがとうございます!

プランCは、「課題方式」で、指定の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いていただくものです。くわしくはこちら
をご確認ください。

 左紀さんの書いてくださった「BLUE HOLE

山西左紀さんは、SFを得意としていらっしゃる創作ブロガーさん。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。

今年書いてくださった作品は、「新世界から」シリーズの新作です。

サキさんによると2人のヒロインが活躍するお話ということですが、今回登場した方がたがおそらくその2人だと思います。もっとも、まだ全体像が見えていないので読み違いかもしれません。

サキさんは、作品から人物を使ってほしかったようなのですが、ご参加くださった作品は本編ですし、下手に触ると大切な設定などをおかしくしてしまう可能性もありますので、障らない方がいいと判断しました。というわけで、お返しの作品は、サキさんの作品とはまったく関係のない話です。ただし、サキさんの『BLUE HOLE』をトレースして、組み立てました。そして、いろいろな部分を対照的にしています。

思わせぶりに出てくる「ファナ・デ・クェスタと関係のあった人々」というのは、ときどき使っているそれらしい人々です。わざわざ読む必要はありませんが、氣になった方用に一応リンクも張っておきます。(そろそろ専用カテゴリーが必要かしら……)

それと、今回はサキさんに合わせて「プランC」の要件を満たした作品にし、加えてサキさんへのお返しなので、頑張って苦手なメカ系の記述にもトライしました。全然わからないことなので、その辺は笑ってスルーしてくださると嬉しいです。


【参考】
ヴァルキュリアの恋人たち
ヨコハマの奇妙な午後
紅い羽根を持つ青い鳥

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忘れられた運び屋
——Special thanks to Yamanishi Saki-san


 帰りに『ハングリーライオン』に寄ろう。久しぶりに首都に足を踏み入れたんだし。あそこのチキンサンドは好きだ。ティーネは、目の前の男が思考を読んだら怒りそうなことを考えた。

「聞いているのかね、エルネスティーネ・クラインベック。君の名誉回復に関する大切な話なんだが」
ムワゼ司令官はもとから苦い薬草を奥歯ですりつぶしているような奇妙な顔つきをしているが、ことさら苛ついた様相でたたみかけた。

「詳しく聞く必要はないかと思いますが。私をクビにできて大喜びだった、反白人派のみなさんを敵に回してまで何を今さら」
「反対勢力を説得して君を取り立ててやったこの私の顔に泥を塗ったのは君だろう」

 それは、間違いとも言えなかった。白人でしかも女のティーネが空軍のパイロットに抜擢されたとき、誰もが驚いた。独立してから30年、分離差別政策時代を知る世代は、今でも白人の起用には反対する。ティーネがその地位に就いたのは、ムワゼ司令官の推薦と説得工作があってこそだった。もちろん、彼女はそれに応える働きもした。

「別に軍規に背いたわけでもないのに」
「海外で、傷害未遂。しかも、低俗な雑誌にばっちり写真まで撮られて。庇いようもないだろう」

 それも、その通り。私は、あの時、あの2人に復讐できればあとはどうでもいいと思っていた。私を捨てて、あの女に走ったイザーク・ベルンシュタイン。なのに、かすり傷さえ負わせることができなかった。それどころかあの男は、今では世界有数の大富豪だ。おそらく、この近辺の数カ国の国家資産を軽く超えるほどに。

 そして、あの女は、たった3年でイザークのもとを去った。ファナ・デ・クェスタ。男を栄光に導く女神と持ち上げられて、好き勝手なことをしていたが、数年後に同棲していた女に殺されたと聞いた。私が、地位とイザークを失う復讐を企てる必要なんて全くなかったのだ。

「仕事は、どうだね」
ムワゼは、意地の悪い微笑を浮かべた。
「順調です」 
「ペンギンの糞を輸送することがかね」

 現在ティーネは、堆積グアノの採掘と販売をする会社に雇われている。顧客への輸送や散布を請け負うのだ。
「グアノは最高の肥料ですよ」

「19世紀のね。化学肥料に地位を譲って久しいだろう」
「いいえ。天然肥料ブームで価値が見いだされているんですよ」

 もちろん、これはかつて彼女の描いていた未来図にはない生計の立て方だ。空軍初の白人女性パイロットとしてのキャリア。もしくは、大富豪の妻としての生活。かつてはその選択に揺れた。どちらも今では遠い過去の話だ。

「君を呼んだのはほかでもない。君に運んでほしいものがあるのだ。貨物輸送に見せかけてね」
「空軍機でできない闇の仕事ですか。お断りします。そんな義理もないですし」
「人聞きの悪い言い方はやめてもらおう。この仕事を引き受けてくれれば、君の書類上の退役理由を書き換える用意もあるのだぞ」
「でも、元の地位に戻してくれるわけじゃないんでしょう」
「それは無理だ。が、少なくとも今後の再就職は大いに楽になると思うが?」
「そんな程度の旨みで、危険はおかせません」
ティーネは、踵を返すと出口に向かった。

「ファナ・デ・クェスタを出し抜くためだと言っても?」
彼女の動きが止まった。

 振り向くと、ムワゼはヒキガエルのような嫌な笑顔を浮かべている。ほら、食いついた、とでもいいたげだ。

「失礼します」
ティーネは、怒鳴ると走って退出した。チキンサンドを食べたらさっさと帰ろう。

 チキンを扱う『ハングリーライオン』は、ティーネの好きなファーストフードチェーンだが、いま住んでいるリューデリッツにはない。彼女は、バーガーにフライドポテトとコールスロー、それにチキンウィングもオーダーした。

 席に着いた途端、失敗したと思った。斜め前に、ロベルト・クレイが座ったのだ。
「やあ、ミス・クラインベック。久しぶりだね」

「あなたに会うと知っていたら、ここには入らなかったわ」
「どこに入っても同じだよ。そこに入ったからね」

 ティーネは、憎々しげにジャーナリストを睨んだ。
「つけていたの」
「まあね。とある情報筋からのネタで、ムワゼを張っていたら、君がやって来たんでね」

「おあいにく様。私は何のネタも持っていないわよ。何か頼まれる前に断ってきたから」
「そう言いなさんなって。こっちは、君が来たことで確信を持ったよ。なんせ君がファナ・デ・クェスタやイザーク・ベルンシュタインに私怨を持っているのは誰でも知っていることだしね」

「あなたにも私怨を持っているわよ」
ティーネが失職した直接の原因は、この男がドイツでの事件を写真入りで大きく報じた記事だ。

 クレイは、ぐっと身を寄せて囁いた。
「じゃあ、お詫びに教えるよ。ムワゼが出し抜こうとしているのは、そのイザーク・ベルンシュタインと一緒に世界の鉱山を買い占めている奴らなんだぜ」

 ティーネは、鼻で笑いながらバーガーにかぶりついた。
「ねえ。訊いてもいないのに、こんな公の場でそんな話をするなんて、頭がおかしいんじゃないの?」

「まあね。しかたないな。手の内を晒すよ。俺が追っているのはムワゼじゃない」
クレイは、ふてぶてしい様相を引っ込めて、真剣な顔つきで言った。ティーネは、まともにジャーナリストの顔を見た。

「イザーク・ベルンシュタインとその仲間たちだ。つまり、数年前から例のファナ・デ・クェスタと関係のあった奴らがつるんで何かをやっているんだ。俺がこの国に来たのも、実は君を探しに来たんだ。ベルンシュタインと親しい仲だった君の協力がいるんだ。その代わり、君は恨みを晴らすチャンスを手にする。悪い話じゃないだろう?」

「ムワゼもあなたも、なぜ私がいまだに復讐したがっていると思うのかしら」
「だって、君は未来も地位も失っただろう? 追放後の君の足取りがつかめなくて苦労したよ。つまり、まともな仕事に就けなくなったってことだろう?」
「失礼ね。ちゃんと働いているわよ。乗っているのはセスナ172Bだけど」
「でも、この国初の空軍女性バイロットとは比べものにならない、そうじゃないか?」
「うるさい」

 ティーネは、腹を立てながらチキンバーガーを食べ終えた。コーラは小さいのにしておけばよかった。一刻も早く、ここから去りたい。

 ムワゼやこの男に言われるまでもない。オンボロセスナでペンギンの糞を運ぶ仕事をするためにパイロットになったわけじゃない。

* * *


 岩沙漠は、時間によって違う顔つきをする。今は氣難しい老いた賢者のようだ。暗い橙色の地面は、水を吸い尽くしあざ笑う。ぽつんと転がる岩の一面に強烈な日差しが照りつけ、その反対側には影が恨みを抱くようにうずくまる。

 かつての沼地を通り過ぎるときにティーネは、やるせない心持ちになる。そこには、何百年も前に枯れ果てた木がカラカラに乾燥したまま立ちすくんでいる。セスナ172Bは、ひどい騒音をまき散らしながらその上を過ぎていく。

 慣れて眉をひそめることはなくなったが、今日の音はことさらひどい。目視できるからいいものの、姿勢指示器もまともに作動しない。

 今朝、2つある点火マグネトーのうち1つしか点灯しないと文句を言ったときも、整備士のカボベは露骨に嫌な顔をした。戻ったら、「まともに整備をする氣がないなら、給料も払わせない」と言ってやろう。もっとも彼女の訴えを、雇い主が支持してくれるか心許なかった。

 海が近くなってきた。眼下ではウェルウィッチアが緑灰色の奇妙な葉をくねらせているはずだ。1年に10センチほど、たった2枚の葉を延ばし、1000年以上も生き続けると言われる。中には2000歳にもなる個体もある。

 この沙漠を飛ぶとき、ティーネにはどこでどんな生活や仕事をするかなど、どうでもいいことに思える。ウェルウィッチアにとっての成功とは、ただ生き延びること。灼熱の太陽をあざ笑うかのように、栄光を極めた文明が廃れて忘却の彼方に追いやられるのを横目で眺めながら、それは美しさも儚さも切り捨てて、葉を伸ばしていく。

 空港に着陸すると、カボベはまだ来ていなかった。彼に定刻という概念がないのはもう諦めた。それに今は夏だ。遅刻が増えるのはしかたない。だが、整備くらいはまともにやってもらわなくてはならない。メッセージを書いてコックピットに貼り付けることにした。

「間に合った。今度もついていたな」
カボベのとは違うイントネーションに、顔をあげて眺めると、ロベルト・クレイが機体の脇に立っていた。風に煽られてカールしたブルネットの髪がひどく乱れている。

「どうやって、ここを……」
ティーネは、サングラスを外してまじまじとジャーナリストを眺めた。

「セスナ172Bって言っていただろう。現役で飛んでいる機を調べた。辿ったら君の現在の雇用主がわかったよ。ムワゼ氏に訊く方が早かったかもしれないが、君とのつながりは後々切り札になるかもしれないので、軍には隠しておきたくてね」

 ボストンバッグとジャケットを肩にかけて立ち去ろうとするティーネを、クレイは追い並んで歩き出した。
「私に纏わり付いても時間の無駄よ」
「まあまあ。そんなにカッカするなよ」

 駐車場に着いたら、今度は車がなかった。誰よ、あんなオンボロ車を盗んだヤツは!

「送りましょうか、姫君」
ニヤニヤ笑うクレイの顔に、グアノを塗りたくる想像で氣を紛らわせながら、ティーネは彼の車に乗った。別に高級車ではないが、エアーコンディショナーもカーナビも搭載されているまともな車だ。盗るんなら、こっちにすればいいのに。

 大西洋沿いに道はリューデリッツへ向かう。いつもの場所に通りかかる。ペンギンたちがひしめいているのが見える。彼女は勝手に窓を開けた。クレイは、嫌な顔をしたが、そのままにさせておいた。潮風が海藻とグアノになる前の排泄物の不快な香りを運んでくる。ゴツゴツと岩だらけの黒く醜い海岸線。

「ねえ、知っている? なぜあの海岸が、あんな真っ黒の醜い岩に覆われていてまともなビーチがないのか」
「さあ。このあたりに火山でもあったかな?」

「違うわ。もともとはちゃんとしたビーチだったんですって。でも19世紀のはじめにダイヤモンドが見つかって、それを掘り出すのに砂浜が邪魔になったの。取り除いた後、ダイヤモンドは枯渇し、グアノ採掘も下火になり、この町には基幹産業がなくなってしまった。今では近隣のゴーストタウンを観光名所にして、生き延びるほかはないのよ。なんて皮肉なのかしら」

「それは、一時の怒りにとらわれて栄光から滑り落ちた君自身への皮肉かい」
「それが人に協力を頼む態度なの?」
「まあ、いいから見ろよ」

 クレイは、ジャケットの内ポケットから写真を出して、ティーネに渡した。望遠で撮ったらしい男女が映っている。ラフなミリタリージャケットとジーンズ姿のたくましい男と、女優のように美しく艶やかな装いの女。

「誰、これ?」
「イザーク・ベルンシュタインの手足となって動いている2人だ。どちらもファナ・デ・クェスタと関係があった。マイケル・ハーストは米国人で傭兵上がり。そして、ファナ殺害を噂されているハンガリー人エトヴェシュ・アレクサンドラ」

「この女が? どうして、捕まりもせずにイザークとつるんでいるのよ」
「死体がないし、被害届もない。犯罪が起こった証拠がないんだ、捕まえようがないさ。だが、その女は今でも日の当たるところで贅沢に生きながら、君を捨てたベルンシュタインと何かを企んでいるんだぜ。君は、本当に何の興味もないのか」

 ティーネは、下唇を噛んだ。グアノの運び屋。盗まれた車。不快な香りを送り続ける海風。動かない点火マグネトー。壊れた姿勢指示器。あざ笑う司令官の口元。ダイヤモンドが採り尽くされ忘れられた街。絶滅を待つばかりのペンギンたち。
「わかったわ。話を聞く」

 答えながら、微かな記憶に残るウェルウィッチアを思い浮かべた。

(初出:2021年2月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

【小説】ショーワのジュンコ

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第4弾です。つぶあんさんは今年も、プランBでご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。

つぶあんさん(たらこさん)は、四コママンガでひまわりシティーという架空の世界で起きる壮大な事件をいろいろと表現なさっていらっしゃる創作ブロガーさんで、「ひまわりシティーへようこそ!」を連載中です。しばらくさまざまな事情でブログをお休みでしたが、つい前日復帰なさいました。

「scriviamo!」ではいつもBプランをご希望です。1月末ということで、締め切りまで1か月しかないので、他の方の作品より一足早く発表させていただきます。サキさん、志士朗さん、ごめんなさい!

さて、今回はたらこさんの「ひまわりシティーへようこそ!」からお2人の大事なキャラクターと共演させていただきました。殺し屋デスと茶々じいのお2人です。設定やキャラなどを壊さないように氣をつけたつもりですが、何か問題があったらおっしゃってくださいね。そして、この後は全くのお任せです。任務は遂行しないでいただいて全く構いません(笑)

さて、今回の作品、もし書いてある意味が全てわかったら、あなたも「昭和」です。そういう小説にしてみました。


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ショーワのジュンコ
——Special thanks to Tsubuan-san


 郵便配達夫が、2度ベルを鳴らして、電報を持ってきた。父は、何度言っても携帯電話も電子メールも持とうとしない。なので、急ぎの用事は電報を使う。

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 なんとまあ、物騒な。電報で殺人依頼。死んだ医者ってことは、あの隣のいけすかない医院のジジイをついにやっちゃえってことなのね。でも、もう少し計画的にできないのかしら。普通、明日の晩に、完全犯罪をしろと電報で娘に命じる?

 アタシはジュンコ。「ひまわりシティー」郊外の、名もない村に住んでいるの。父は、少し変わった人で、通っていた純喫茶の看板を見てアタシの名前を決めたんですって。純喫茶って、知っている? エッチなことはしない喫茶店のことで、シャガールっぽい絵が掛かっていて、シャンデリアのぶら下がっている店内に、レコードでヴィヴァルデイの『春』がかかっている系統と思ってくれればいいわ。ナウなヤングはあまり行かないタイプの店よね。

 そんなことは、どうでもいいのよ。ジジイといっても、相手は男性。抵抗でもされたら私に押さえつけるのは難しい。ってことは、殺し屋でも雇わないとダメよね。

 アタシは、『ひまわりシティー・イエローページ』をめくった。殺し屋の電話番号なんて載っているかしら? あった。インド人もびっくり。探してみるものね。

 早速、ダイヤルしようとして、やめた。自宅からかけたら、足ついちゃうかもしれないし。とりあえず、駅まで行き、公衆電話からテレカででかける。
「もしもし 殺し屋のデスさんのお宅ですか?」

 相手が、電話の向こうで渋い声を出している。もしかするとゴルゴ13みたいな、いい男なのかもしれない。
「ちょっと、明日の晩におねがいしたいことがあるんです」

 殺し屋に電話をするのは、さすがのアタシでも初めてだ。そこをしっかりと強調しておかないと。
「え〜っと、ジュンコといいます。うら若い乙女です。初体験なので、どうおねがいしたらいいのか、いろいろと教えていただきたいんですけれど」
「そうですか。そういうことでしたら、もちろん喜んで。待ち合わせはどうしましょうか」

 ランデブーするみたいな言い方ね。でも、電報の情報を伝えなくちゃいけないし、ちょっと変装して行きましょうか。

 実年齢より若く見えるように、普段はあまり着ない服をチョイスした。膝小僧が出るくらいのキュロットに、赤いとっくりのセーター、それから、緑色の光るジャンパー。余裕のヨッちゃんで、高校生くらいには見えるでしょ。

 デスが指定してきたのは「ひまわりシティー」の『茶々』。渋いお爺さんマスターがひとりで切り盛りしている。殺し屋っぽい人は、まだ来ていないようだ。アタシは、マスターに待ち合わせであることを告げてから、窓際の目立たない席に腰掛けた。

 入ってきたのは、アイスホッケーのマスクをつけている、めちゃんこ怪しい男だ。店内をぐるっと見回して、アタシと一瞬目が合ったのにマスターに言った。
「待ち合わせなんだ。待たせてもらう」

「あちらのお客様が、先ほどからお待ちですが」
「いや、若い女の子と約束したから」
何その言い草! アタシが若くないっていうの?! 激おこぷんぷん丸。

「あの、デスさんですよね。お仕事の依頼をしたジュンコです」
「え。あなたがジュンコさん? しかも、仕事? 初体験なんていうから、てっきり……」
「なんですって?」
「いや、なんでもないです」

 アタシは、ジジイ医者の家を教え、依頼人が隣人である父とわからないように言葉を選びながら明日の晩に実行すべきであることを告げた。

「なぜ明日の晩限定なんですか?」
この殺し屋、シュールな格好の割には常識的な質問をしてくる。

「それは、依頼人からの電報にそうあるからなんです。明日朝から留守、晩に来いって。それから、入り口では着物を脱ぐって注意書きがあります。罠に氣をつけてください」
「着物を脱ぐ? ストリップをしろと?」
「ええ」

 デスは、首を傾げた。
「とりあえず、前金として、報酬の半分をいただきましょうか。ま、氣の乗らないときは遂行しないこともあるんですけれどね」
「え? その場合、前金はどうなるんですか?」
「お返ししたくてもね……。住所氏名、口座などを教えてくだされば、払い込みますけれどね〜」
デスはせせら笑っている。こちらが身元を明かさないことを知っているからだ。トサカにくる。
 
「そんなひどい。お金を持ってドロンされても、泣き寝入りなんて、涙がちょちょぎれちゃう」
ハンケチをとりだして泣く真似をした。

 2人分のコーヒーを運んできたマスターが言った。
「どうなさいましたか。あなたのように美しい人を泣かせるなんて、こちらのお客さんは罪な方ですね」

 まあ、なんて胸キュンのナイスガイなのかしら。「君の瞳に乾杯」なんてセリフを言うのはこういうタイプの人なのね。ウブなアタシはイチコロだわ。

 少し浮上したアタシは、暑くなったのでジャンパーを脱いだ。するとデスの目がアタシのボインな胸元に釘付けになった。ふふん、着痩せするタイプのアタシ、けっこうグラマーなのよ、これでも。

「じゃ、こちらの氣が乗らずに任務を遂行しない場合は、来週またここで待ち合わせるってのはどうでしょう」
デスの声色がずいぶんと変わっている。おかげでこちらもツンとした態度で喫茶店を後にすることができた。
「おねがいしますね」

 さて、ちゃんと殺しの依頼が済んだことを、父に報告するためにアタシは実家に向かった。

「おう来たか」
土間の奥で盆栽をいじっていた父は、アタシの顔を見ると、まず嬉しそうな顔をしたが、すぐに険しい顔になって続けた。
「わざわざ書いたのに、なぜ外で履き物を脱がないんだ」

「なんですって?」
「書いただろう、電報に。入り口で履き物を脱げって。先週からここは土間じゃなくしたんだ。土足は困るんだよ」

「履き物を脱げ? お隣の医者宅で着物を脱ぐんじゃなくて?」
「なんの話だ。隣の藪医者の話なんか誰もしておらん。それより、切符はどこだ。駅の窓口は混んでいたか?」

「切符? 駅? なんの話?」
アタシは呆然とした。

「ちゃんと電報に書いただろう、寝台車希望って。明日からの旅行の話に決まっているだろう」
ちょっとタンマ。何それ? 話がピーマン。

 アタシは、もう1度、父の送ってきた電報を取りだした。

シンダイシャキボウ アスアサカラルスバンニコイ イリグチデハキモノヌゲ


父は、それを取りあげて音読する。
「寝台車希望。明日、朝から留守番に来い。入り口で履き物脱げ。火を見るより明らかだろう。何が問題なんだ」

 なるへそ。考えてみれば、電報で明晩に隣人を殺せなんて、書くわけないか。とほほ。さて、殺し屋どうしよう。今から、あの男をキャンセルするの? あんな高ビーな態度で、出てこなければよかった。チョベリバ。

(初出:2021年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

雪が止むと

半ロックダウン中につき、紹介するようなことは何もないのですけれど、まあ、普通の日常を。

雪が止むと

1月の半ばにがっつりと雪が降りました。30年くらい前は、冬といったら1メートル程度の雪はいつものことだったらしいのですけれど、地球温暖化の影響か、私はそんな冬はあまり経験したことがありません。もちろん雪はしょっちゅう降りますけれど、ふくらはぎくらいまでの雪を搔き分けるのが「普通」です。

何年に1度か、たくさん降って「これ、大丈夫か?」というような積もり方をします。今回はそんな降り方で、2日2晩降り止まず。もちろん通路や階段は何度も雪かきをしているので通れるようになってありますが、庭など雪かきのしていないところは胸のあたりまで積もっていました。

そんな雪も、「屋根からの落下は大丈夫?」「氷柱が危険なことに!」という心配を経て、やがて溶けていきます。とくに私の住むあたりはフェーン現象で急に暖かくなったりするので(この時期にプラス10℃になったりするのです)、それでガンガン溶けていきます。

足跡

現在ほぼ100%が自宅勤務なので、健康のため(Apple Watchのアクテビティの輪を閉じるため、が正解かも)毎日外を歩くようにしています。一度ビタミンD不足と診断されたことがあるので、ちゃんと日光のあたる時間を選んで歩きます。

雪原を見ながらの散歩はきもちよくて、とくに青空の日はワクワクしながら歩いています。

そして、雪原にはいろいろな足跡が見えます。人間や飼い犬のものもあるのですけれど、上の写真はなにか野生動物のものだと思います。人間社会は、1年以上続く大混乱のさなかですが、動物たちは例年通りに普通に生きているようですね。

ほぼずっと自宅にいるようになって間もなく1年です。自宅周りの散歩も季節がめぐり、そうか、この辺りの四季ってこうなっていたんだと、今さらながらに納得しています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】赤いドアの向こう

今日の小説は『12か月の○○』シリーズの新作『12か月の店』1月分です。

今年は、このブログで登場するさまざまな飲食店を舞台に小さなストーリーを散りばめていくつもりです。

トップバッターは、2019年の『十二ヶ月の歌 2』の12月の掌編『新しい年に希望を』で登場したチームです。今回出てくる志伸とリカに何があったのかは、今回は全く出てきませんが、氣になる方は前作をどうぞ。


短編小説集『12か月の店』をまとめて読む 短編小説集『12か月の店』をまとめて読む



赤いドアの向こう

 店の名前は合っている。赤い看板には先の尖った猫耳みたいな絵とともに『Bar カラカル』と書いてある。なんだか想像していた店とは違うみたいだ。亮太は首を傾げた。

 彼の直属の上司が、本省に寄ってから直帰したのだが、終業間際に起こった案件で明日の朝に再び本省に出向くことになった。それで、家の近い亮太が書類を届けることになった。自宅まで行くのかと思ったら、用事があるからとこの店を指定してくれたので、途中下車で済んだのだ。

 亮太は、周りを見回した。駅から直通の、アーケードになった商店街は、乾物屋だの、瀬戸物屋だの、あまりおしゃれじゃない靴ばかり売っている店だの、下町の風情に満ちていた。少なくとも、あの濱野さんが下車するような駅には思えない。あの人なら、霞ヶ関の近辺か、六本木か、じゃなかったらご自宅に近い品川駅あたりか。

 亮太は、濱野志伸に憧れていた。本省では同期の中で一番に課長補佐になったというし、今年から出先機関としてきている県庁でも見かけよし、将来性よし、そして性格よしと、近年にないスーパーエリートとして女子職員の人氣を一身に集めている。彼女たちにいわせると唯一の欠点は、妻子持ちだということぐらいだそうだ。亮太には、その辺りのことはどうでもいいのだが、彼と一緒に仕事をしてきたこの8か月、仕事にやり甲斐を感じていた。

 亮太は、地元でこの駅前商店街のようなロケーションにはむしろなじみがあった。東京にもこういう場所があるんだなと、思った。新年の飾りは、松の内を過ぎて最初の瑞々しさと華やかさを失い、なんなとく惰性でそこに存在している。

 普段は特に感じないけれど、彼はその疲れた日常を苦々しく思う。年末のように疲弊することに理があるときは感じないのだが、つい1週間ほど前に新調されたばかりのはずの世界がこうだと、彼はわずかな失望を感じるのだ。それは、彼の周りの世界が全くリセットされておらず、彼もやはり以前と同じく3流の人生を歩き続けることを認識させられるからだ。いわゆる「ガラスの天井」の存在も、彼の思いを沈ませる。

 努力はしたけれど、希望した大学には入れなかった。卒業後、就職難のこのご時世で、それでも県庁に勤められることになったのはラッキーだけれど、有能でもなく、要領もよくないので、同期の中でも出世が早いとはいいがたい。つまり、濱野志伸とは正逆の存在だ。志伸は、それ以前の本省から来た課長とちがって、亮太を軽んじたり、人前で叱責したりすることはなく、たとえ数年の仮の職場でも熱心に仕事に取り組むだけでなく、部下の亮太が少しでも要領よく仕事ができるように時間をかけて教えてくれた。憧れたり感謝こそすれ、妬むような理由は何もない。

 それでも、ときどき、亮太は滅入るのだ。人間がみな同じなんて嘘だ。出来の違う人もいるし、世界の違う人だっている。志伸は、銀座や六本木などが似つかわしく、亮太は地元商店街が似合う、そんな人間なのだと。

 ともかく、この書類を渡さなくては。亮太は入り口を探した。

 階段を降りていくと、ドアの向こうはずいぶんと盛況のようだった。ドアの両脇に、たくさんのフラワーアレンジメントが飾ってある。亮太は『Bar カラカル』と書かれた真っ赤な扉をぐっと押す。

 中は、風船や紙テープで飾り立てられていて『祝・一周年』の横断幕が見えた。さほど広くない店内とはいえ、この早い時間なのにそこそこ混んでいる。

「いらっしゃーい」
派手な装いをした野太い声の男たちが、一斉に声をかけた。亮太は、再びギョッとした。なんだよ、ここ。

 亮太の戸惑った様子に目を留めた、客と思われる女性と並んで座っていた手前の男が立ち上がり近づいてきた。フルメイクをして、紫色のスパンコールのトップスを着こなしている。
「ウチは、初めてかしら」

「あ、あの……。今日、上司に言われて、書類を届けに……濱野志伸さんは……」
奥を覗くが、まだ来ていないようだ。男は、大きな口を開けて笑った。
「ああ、志伸ね。まだ来ていないわ。そこに座ってちょうだいよ」

「あら、佑輝。志伸が来るの?」
男と一緒に座っていた女性が訊いた。
「みたいね。1周年パーティーをすると言ったときには、来るとも来ないとも言っていなかったけれど。リカ、志伸とは久しぶりでしょ?」

 リカと呼ばれた女性は、鼻で笑ってから言った。
「そうね。感動の再会。じゃあ、このペースじゃダメだわ。もっと今のうちにガンガン飲んでおかなきゃ」

 亮太は、彼女がシャンパングラスを持ち上げてあっという間に空にしてしまったので驚いた。佑輝は、リカのグラスを満たした。リカは、亮太を手招きした。
「ここ、まだ座れるわよ。どうぞ」

 ゲイバー……なのかな、ここ。ほとんど男性客ばかりみたいだけれど、こんな風に馴染んでいる女性ってすごいな。怖々店内を見回している様子に、佑輝とリカは顔を見合わせて笑った。

「濱野さん……よくいらっしゃるんですか」
ゲイバー通いかあ。憧れの人のイメージがずいぶんと変わりそうだ。濱野志伸は、忘年会や新年会でも羽目を外さず、早く帰る。まだ乳飲み子のお子さんがいて、奥さんに負担をかけないように不必要な飲み会は避けているという噂を聞いていたのだ。

 そのトーンに氣がついたのか、佑輝はきれいに描いた眉を上げた。
「よく来るっていったら、ここにいるリカの方が常連よね。アタシたち、大学の同期なの」

 亮太は、はっとして色眼鏡で物事を決めつけかけた自分を恥じた。そうか、お友達なんだ。じゃあ、らしくない所でも行くよね。

 ドアが開いた。向こうに立っていたのは、濱野志伸だった。
「あ、濱野さん。お疲れ様です」

 だが、彼は亮太ではなくて、その横を見て硬直していた。
「リカ……」

 リカは、シャンパングラスを持ち上げた。
「久しぶり。元氣そうね」

 佑輝が、さっと近くに寄って「いらっしゃい」とコートを脱がせた。
「リカと、ここで遇うのは初めてだったわね。最近、2人ともよく来てくれているのに、今日まで遇わなかった方がびっくりよ」

 はっとしたように、志伸は佑輝に視線を戻し、持っていたショッパーを渡した。
「1周年、おめでとう」

「あら。クリュッグ、グランキュヴェ。どうもありがとう、嬉しいわ」
クリュッグのシャンパンは、『シャンパンの帝王』とも呼ばれ、豊かで芳醇な香りが特徴だが、値段も高い。亮太は、聞いたことはあるが、実物を見るのは生まれて初めてだった。さすが濱野さん。贈り物もゴージャスなんだなあ。

 佑輝は、押し戴くと、ちらっとリカを見て微笑んだ。

 リカは、ふっと笑った。
「まさか、被るとはねぇ。他の子たちもみんなこれだったりして」

「そんなわけないでしょ。他の子たちは、ドン・ペリ以外の銘柄を知っているかどうかも怪しいじゃない」
「ふふふ。そうかも。私も、志伸に教わって知ったの。でも、佑輝が、これを好きだって知ったのは、このお店に通い出してからよね。1年ってあっという間よね」

 それからリカは、戸惑ったように立ちすくむ志伸に声をかけた。
「この席にいらっしゃいよ。こちら、あなたをお待ちよ」

 それで、志伸ははっとして、亮太に軽く会釈をした。
「牧くん、すまなかったね。わざわざ寄ってくれてありがとう」

 亮太は、急いで書類を志伸に渡して頭を下げた。
「いえ。この駅は沿線なので、僕も助かりました」

「あら。じゃあ、これからどうぞごひいきに」
早速の営業に、亮太は戸惑いながら頷いた。

「さ、牧さんっていうの? これ、どうぞ」
佑輝がシャンパングラスを亮太に渡した。わあ、これって、さっきのめっちゃ高いシャンパンだったりして……。

 志伸は、硬い表情のまま、リカに会釈をした。
「元氣か」

 リカは、わずかにツンとしたさまを見せて「おかげさまで」と言った。その後で、ほんの少しだけ親しみやすい笑顔に切り替えて言った。
「日常が戻ってきている感じ。もうずいぶん経つし。そっちは、どう?」
「うん、それなりに忙しくしている。この店に来るのも久しぶりになってしまったし」

「そうよね。今晩、来てくれなかったら、どうしてやろうって思っていたわよ」
佑輝は笑った。

「他の子たちも、そろそろ来るんじゃない?」
リカが訊くと、佑輝は「たぶんね」と笑った。

 リカは、佑輝に顔を近づけて、楽しそうに笑う。志伸は、硬い表情をしたまま、グラスの泡を見ていた。亮太は、そんな志伸の様子をじっと眺めた。

 濱野志伸は、県庁での飲み会でもそういうところがあった。本省と違って、一時的にいるだけだから、距離をもって接しているのかと思っていたが、私的な集まりでもそうなのかと、少し驚いた。リカさんと、この女装の佑輝さんは、めちゃくちゃ砕けた付き合いをしているみたいなのに。

 リカさん、濱野さんと訳ありっぽいけれど、どうなんだろう。いや、さっき、決めつけはマズいって学習したばかりじゃないか。でも、なんかあまり長居しない方がよさそう。

「えっと、そろそろ失礼します。ごちそうさまでした。このお代は……」
亮太がいうと、志伸が手で制した。
「それは、僕が。今晩は、本当にありがとう」
 
「またのお越しをお待ちしていまぁす」
佑輝が、コートを着せてくれた。

「あの人、家に連れてきたことないわよね。新しい部下なの?」
リカが訊いている。ふうん。亮太は、まだちゃっかりと聞き耳を立てている。家に連れてきたことないって……ことは元カノかなんかなんだろうなあ。

 志伸は、淡々と答えた。
「ああ。4月から、僕は県庁に出向しているんだ」
「あら、そうなの。今のおうち天王洲でしょう? 遠いんじゃない?」
「1時間弱ぐらいかな。まあ、引っ越すほどは遠くないし……」

 それに、きっと2、3年くらいで本省に帰るんだろうし。亮太は心の中で先を続けた。

「じゃ、牧さん。またのお越しをお待ちしているわね〜」
佑輝の野太いのにやけに色っぽい声に送られて、亮太は店の外に出て階段を昇った。

 新年早々、なんかすごいところに来ちゃったなあ。亮太は、先ほど通り過ぎた鄙びた商店街を通り過ぎながら、ずいぶん時間が過ぎて何もかもが変わってしまったかのように感じた。実際には30分も経っていないのに。

 濱野志伸も、30分前に亮太が憧れていた超エリートとは少し違っている。ドラァグクイーンみたいな人と仲良くして鄙びた町のゲイバーに通っていたり、居心地悪そうに元カノみたいな人に押されている姿は、それまでの本省から来た世界の違うスーパー上司像と相容れない。

 何があったかなんて訊くのは無粋だろうなあ。もっとも、ここに通ったら、そのうちにわかったりするのかも。いやいや、何を考えているんだ、僕は。

 亮太は、志伸が意外とこの鄙びた商店街とマッチしているのかもしれないと思いながら、わずかにウキウキしたまま、駅に向かった。

(初出:2021年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

書く書く詐欺のおさらい

「scriviamo!」の最中で、他のものを書く余裕はあまりない中ですけれど、ま、レギュラーのことも忘れたわけじゃないのよ、という話でも。

執筆イメージ

私以外にそんなことに興味がある方がいるのか、という話はさておき、あまりにも長いあいだ「書く書く詐欺」を続けてきているので、ここら辺で少し整理をしておこうかなと思いまして。

私がブログで発表する小説群は、(所々で繋がっていたりはしますけれど)基本的にいくつかのワールドに分かれています。右側のメニューバーの所を見ていただくと全体像がわかるかも。

そのうち、本編がちゃんと完結したものもありまして(当たり前のことで威張るな……)、『夜のサーカス』と『ニューヨークの異邦人たち』シリーズがそれに当たります。

『ニューヨークの異邦人たち』シリーズの最終作品『霧の彼方から』は去年ようやく完結したんですけれど。このシリーズが勝手にガンガン伸び出したときは、どうしようかと自分でも思いました。

それに、永久に終わりそうもなく思われた『黄金の枷』三部作も、現在ラストの『Filigrana 金細工の心』を発表中ですので、それももうあまり心配していません。たぶん年内に終わるのでは……。

その次に何とかしなくちゃいけないのは『森の詩 Cantum Silvae』シリーズです。これ、実は続編1つだけで終わらせるつもりでぶち上げたのですが、構想をちゃんと練り始めたらどうやっても1つの作品としてまとまらず、しかたなく続編を2つに分けて『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』と『森の詩 Cantum Silvae - 柘榴の影(仮題)』ということになりそうです。トリネアの方が例の残念男装姫が中心の話で、柘榴の方が例の陰険野郎がメインになる話です。(ご存じない方、ごめんなさい)トリネアの方が構想まではそこそこ固めているのだけれど、そこまで。次の執筆は、これかなあ。柘榴の方は、もしかすると永久にできないかも。こちらは限りなく幻に近い書く書く詐欺だと思っていてください。

そして、『大道芸人たち Artistas callejeros』の第2部。これねぇ、ラストシーン書いてから、間もなく9年ですよ。さすがに書かないと。もう10周年に間に合わないじゃん……。善処します。でも、いつになることやら。

最近、わりとよく書いているくせに、一向に進んでいないのが『樋水龍神縁起 東国放浪記』です。なにスピンオフで、書く書く詐欺しているんだか。でも、こちらは、他の作品と違ってときどき無性に書きたくなるので、意外と進むかもしれません。

そして、みなさん、もうすっかりお忘れかと思いますが『リゼロッテと村の四季』って作品も絶賛放置中。この作品は、自分の存在意義として、完成させたいんだけれど、なかなか手が回りません。

同じカンポ・ルドゥンツ村関係のストーリーでは、このブログではまだ一度も口にしたことがない作品も裏で書いているんですけれど、これは完成する日が来るんだろうか。

この世の中が不安なままで、しかも自分の個人的な見通しもまだはっきりしていない状態なので、いつ何をどう書くということをはっきり言えないのですけれど、まあ、1つ1つ順に書いていくしかないんでしょうね。

書く書く詐欺仲間のブログのお友達のみなさま。お互いに励まし合いつつ、楽しく創作いたしましょう。
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Posted by 八少女 夕

【小説】償物の呪

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第3弾です。ポール・ブリッツさんは掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 ポール・ブリッツさんの書いてくださった『陶芸家からのラブレター 』

ポール・ブリッツさんは、オリジナル小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書いていらっしゃる創作系ブロガーさんです。お名前の通り、電光石火で掌編を書かれるすごい方です。毎年ポールさんのくださるお題は手加減なしで難しいんですけれど、今年も例に漏れず。

ポールさんが書いてくださったのは、陶芸家の作品を、本来とは違う目的で愛好している人が主人公のお話です。正面から挑んでも、力量が違い負け犬の遠吠えみたいになりますので、またしても若干ずらした感じでお答えすることにしました。あちらのちょっと変わった用途に対して、制作者が本来的な意味での憤怒を持つのではなく、ずれた慌て方をする作品を書いてみました。

この掌編、一応の起承転結はありますが、ポールさんの作品と続けて読んでいただくことを想定して書いてあります。


「scriviamo! 2021」について
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償物あがもの の呪
——Special thanks to Paul Blitz-san


 彼女は、発送伝票を印刷し終わると、それぞれの荷物に貼り付けた。さて。これを発送すれば今週の業務はおしまいだ。瀬戸物の入った荷物は重い。この作業を彼女はことさら嫌った。

 彼女が、この工房を開き、絵皿を販売するようになってから数年が経っていた。そもそも彼女は陶磁器を作ったり、絵付けをしたりすることなどまったく好きではない。彼女の作品には、それなりのファンがいて、この工房の賃貸料をまかなえる程度の収入を約束してくれていた。しかし、もし誰も買ってくれないとしても、彼女が食べるに困るということはない。

 彼女は台車に発送する荷物を載せると、工房の外へ出た。戸締まりをすると、そのままワゴン車まで進み、荷物と台車を積み込む。運送会社に頼めば、引き取りに来てくれるのはわかっているが、この国の運送会社は、仕事が丁寧すぎて途中で破損する可能性はほとんどゼロになってしまう。彼女の粗雑な持ち運びと運転ならば、もしかしたら少しは割れてくれるかもしれない。

 運送会社でカウンターに向かうと、いつもの受付の女性が「また来たわね」という顔をした。「そんな粗雑な扱いをしない方がいいですよ」と忠告をすることももうない。黙って、受け取った荷物に「割れ物注意」のステッカーをベタベタ貼り、壊れないように丁寧にカウンター裏に運ぶと、営業用のスマイルを見せた。
「確かに承りました。破損の苦情が来た場合は、いつものようにそちらの工房に連絡させていただきますね」

「おねがいします」

 それから受付の女性は、カウンターの下から紙袋を2つ取りだした。中には、開封された梱包材に包まれている絵皿の破片がのぞいている。
「それから、こちらは、破損していたということで先方に引き取りに行った分です。受け取りのサインと……」
女性は、納得のいっていない顔つきで言いよどんだ。

 彼女は、用意してあった紙幣をカウンターに置いた。
「あ、はい。引き取り送料2回分の代金でしょう、いつも通り領収書を出してください」
「はい。いつも、すみません」

 配送中の事故での破損は普通ならクレームの来る案件だが、この客だけは、なぜか嬉々として破損品を受け取り、さらにはかかった費用まで肩代わりしてくれるのだ。変な客だ。だが、上得意には違いないので、言われたとおりに領収書を用意して、紙袋と一緒に手渡した。

「じゃあ、今度の配送もどうぞよろしくね」
彼女は、そう答えるとワゴン車に戻り、工房と反対側の街の端を目指して運転した。家が途絶え、しばらく林の中を走った後に、再び開けた場所に出た。そこには林と後方の山を借景に、立派に佇まいの屋敷が建っていた。

 彼女は裏手に車を停めると、2つの紙袋を下げて、玄関に向かった。呼び鈴を押し待つと、すぐに使用人が出てきて屋敷の中に招き入れられた。

 時を経た梁や床が黒光りしている邸内は、いつもひんやりとしている。彼女は、いつものように、客間に通された。骨董品の皿、それに土偶や鏡などが、きちんと飾られている。彼女は、一番入り口に近い場所に飾られている柿右衛門は新しいものだなと、ぼんやりと思った。一見どこも壊れたようには見えないが、斜めにヒビが走っており、1時の方向に爪の大きさくらいの欠けがある。

「待たせたね、保食うけもち
そういって入ってきたのは、彼女のスポンサーだ。黒地に白と灰色の竹の描かれた着物は、ちょっと見ただけでは小紋に思えるが、肩の縫い目の柄合わせを見れば訪問着なのだとわかる。暗い臙脂の帯を低い位置で締めている。

「いえ。ご無沙汰しました、倉稲うかの 様。また、いくつか持って参りました」

 倉稲という名前が、本名なのかどうか、彼女は知らない。本来自分がウケモチなんて名前ではないのと同様に、この女もまた全く違う名前なのだろうと、彼女は考えている。そんなことはどうでもいいのだ。彼女が関心を持っているのは、口座に振り込んでもらう金だけだ。それも、割れた絵皿と引き換えに。

 配送途中で割れていたとクレームを受け取り替えた絵皿2枚。紙袋から取りだしてローテーブルの上に置くと、倉稲うかの は「ほう」といいながら微笑んだ。

「これはいい具合に割れていいるね。素晴らしい。もちろんこちらで引き取らせてもらうよ」
「いつもありがとうございます」

 割れた皿を欲しがる理由に興味がないといったら嘘になる。だが、余計な好奇心を警戒されて、こんなに割のいい収入源を失うような愚行は避けたい。

「ふふ。ところで、以前も同じことを訊いたと思うが」
「なんでしょうか」
「此方の工房で作っている作品のうち、割れた物は全て私の所に持ち込んでできているんだろうね」

「全てかどうかは……」
「なんだって」
「配送途中で壊れた物は、クレームが来ますから間違いなく回収してこちらにお持ちしますが、例えば、購入者が何年も経ってから割ったものなどは、わざわざ知らせてはきませんから……」

「ああ、そういうものはいいのだ。1年も経てば、掛けたしゅ は解ける。それに、こちらは、進行状況の確認と此方への支払いのために回収しているだけで、此方の知らぬところで誤差程度の枚数が割れていたとしても、不都合はない」
彼女は、好奇心を抑えきれなかった。なんの進行状況?

 倉稲うかの は謎めいた微笑をみせて言った。
「知りたそうだな。まあ、いいだろう。此方の作品に償物あがもの の呪をかけさせてもらっているのだからな。少しは知る権利もあるだろう。此方、土偶は知っておるか?」

「え? あ、古墳などから出てくるアレですか? 知ってますけど」
「ふ。では、土偶の90パーセント以上が、故意に壊されていることは?」
「そうなんですか? 知りませんでした」
「現在でも地方によって行われている葬儀での『茶碗割り』と同じで、故人にとってこの世での生活や権威の象徴だった物を壊して埋めることで、故人とこの世とを分かつための呪いまじない をかけるのだよ」
「はあ」

 それと、うちの工房の壊れた作品とにどんな関係があるんだろう。彼女は、首を傾げた。倉稲うかの は薄い笑いを浮かべて続けた。

「実は、分かつことができるのは、死人とこの世だけではなくてな」
「え?」
保食うけもちとは、どこから来た名前かしっておるか?」
「いいえ」
話が飛んで見えない。彼女は首を傾げる。

保食神うけもちのかみ は、『日本書紀』に登場する食物の女神だ。月読尊を口から吐き出した海の幸と山の幸でもてなしていたが、それを盗み見て汚いと怒った月読尊に殺されてしまった。そのバラバラになった体から、牛馬、粟、蚕、稲などの穀物が生まれた。日本だけでなく、世界中に見られるハイヌウェレ型と呼ばれる食物起源神話だな」

 彼女は、倉稲うかの の顔を、まじまじと眺めた。顔をじっくりと眺めたことなどなかったように思う。美しいが年齢不詳で、口元以外はほとんど動かない、奇妙な顔だ。彼女を見つめる瞳孔は、まるで爬虫類のように縦長だ。彼女は捕食者に狙われた小さなネズミのように硬直し、女主人の言葉の続きを待った。

「ハイヌウェレ神話は、古い記憶なのだよ。かつて我々が行ったこの惑星の環境操作のね。この星には人類が増えすぎた。ただの食糧対策ではもう対応できないほどにね。だから、我々はもう1度大変革を行うことに決めたのさ。今、世界中で我々の仲間が、同じように準備を始めている。償物あがもの の呪をかけた絵皿を一定数割った時に、異次元の扉が一斉に開き、全ての穀物や豆類、野菜など以前我々の用意した植物の成長エネルギーが回収される。そして、代わりに我々の星で家畜を養うのに使われる高カロリー飼料を生産する菌が大地にばらまかれるのさ」

 彼女は、目を丸くした。この人は、なんかおかしなことを言っている。お米もパンもなくなって、野菜もなくなるってこと?

「で、でも、どうしてわざわざ私なんかの店でそれをやる必要が? あなたたちが皿を作って割ればずっと簡単なのに」
「この手の変更は、ちょっと法的に繊細でね。いくら粗野な原住民の飼料とはいっても、銀河系間発展途上文明保護法に抵触すると後で面倒なのだよ。だから、製作と破壊はその星の住人にやってもらう必要があるのさ」

 彼女は、ガタガタと震えだした。
「あ、あの……。もし、それが本当だとして……」

「本当だとも。これを此方に告げたのは、そろそろ準備が整うからさ。必要な絵皿の破壊は、まあ、全世界であと200枚というところか……。此方も食べたい料理があるなら早く食べておくのだな。新システムに移行した後は、稲だの小麦だのは2度と育たなくなるし、野菜もあっという間に店から消えるからな」

 私は、それまで、そんなことに協力していたの? 彼女は、顔面蒼白となったまま倉稲うかの の屋敷を退出した。これ以上、うちの店の皿を割らせたりしてはいけない。1枚だって。

 彼女は、自分の作品をしょっちゅう買ってくれるお得意様の青年を思い出した。つい2日ほど前にも、その客は皿を買って帰った。でも、いつも大事に手で持ち帰るものだから、お得意様サービスのフリをして、粗雑に包んだあれを何か美辞麗句を連ねた手紙と共に送りつけたはずだ。

 あのお皿と、ここ1年ほどの間に毎週のように買ってもらったお皿を、なんとしてでも取り戻さなくちゃ! 万が一にでも、あの人がお皿を割ったりしないように!

(初出:2021年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

買ってしまった

突然ですけれど、先日うっかり買ってしまったアルバムの話。

THE刑事 ☆ 究極の刑事ドラマ・テーマ集

若い人は、ピンとこないと思うんですけれど、たぶん同年代の人はわかってくれるような……。

先日、なんとなくYoutubeめぐりをしていたのですよ。それもお侍さん関係で。わかる方はわかると思いますけれど「成敗!(上様のあれです)」とか「お奉行!(♪うーうーうううううー)」とか北町奉行の奥方が紫頭巾とか、まあ、その他あれこれ。懐かしくて。

今って、時代劇がどんどん終了しているのですってね。残念。時代が違うといったらそうなんでしょうけれど、あれって、今みてもメチャクチャ面白いし、数年で古くさくもならないし(最新の機械がギャグになることもないという意味で)、それにテーマ曲も素晴らしいものが多いので、盛り上がるシーンでやけに心躍るんだけどなあ。

で、結局iTunesストアを巡回することになったんです。時代劇のテーマ曲を求めて。でも、あまりないんですよね。「暴れん坊将軍」と「必殺」関係はそこそこあるのですけれど。私はオムニバスでみんな欲しかったんだけれどなあ。まあ、いろいろと大人の事情があるのでしょうかね。

そんな中で見つけたのが、このシエナ・ウインド・オーケストラの「THE刑事 ☆ 究極の刑事ドラマ・テーマ集」というアルバムだったのです。全然お侍じゃないというツッコミはちょっと待って。その通りですけれど。

いや、最後だけ、「必殺」と「大江戸捜査網」が入っているんですよ。それで単品で買おうかなと思ったんですけれど、なんか試聴していたらまるごと欲しくなってしまいました。「ルパン三世 '80」「西部警察」「太陽にほえろ!」「Gメン'75」「はぐれ刑事純情派」全部いるもん。「刑事コロンボ」はオリジナルのパーシー・フェイスのCDも持っているけど、それでもいるもん。

同世代の方は、試聴してみたら私のいわんとすることがわかると思います。どの曲も「おお、これは、懐かしすぎる!」なんですよ。で、今のところは必要ないけれど、長い車通勤がまた必要になったときに、これ聴いて運転したいなーと思ってしまったんですね。

昭和のちょうどこれらの番組がリアルタイムだった頃、実は私は自分の周りに存在する世界があまり好きじゃなくて、早く未来になって、ここじゃないところに行きたいと思っていたものですが、実際にそうなってみたら、当時を懐かしんで聴いている。あの頃は、まだ大切な人たちもこの世にいたし、今は手の届かない大切な物がすぐ側にあったのですよね。

そんなわけで、お侍さんのことでも、刑事ドラマのことでも、誰とも盛り上がれない、刑事コロンボがドイツ語を話している(小池朝雄じゃないとイヤ!)そんな世界でひとり、ニヤニヤしそうになるのを堪えながらこのアルバムを聴いております。
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Posted by 八少女 夕

【小説】酒場のピアニスト

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第2弾です。大海彩洋さんは、当ブログの『黄金の枷』シリーズとのコラボ作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

 大海彩洋さんの書いてくださった『【ピアニスト慎一シリーズ】Voltaste~あなたが帰ってきてくれて~ 』

大海彩洋さんは、ライフワークである「真シリーズ」をはじめとして、精密かつ重厚な小説を書かれるブロガーさんです。いろいろなことに造詣が深いのは、みなさんご存じだと思いますが、ピアノもその一つで、実際にご自分でも演奏なさるのです。今回は大河小説「真シリーズ」のメインキャラの1人、ピアニストでもある相川慎一がPの街にお越しくださいました。そして、23がちゃっかりそのピアノを聴かせていただいたり、誰かさんに至っては、慎一御大にお遊び用のカラオケを用意させるというような申し訳ない事態になっています。ひえ〜。

お返し、どうしようか悩んだのですけれど、インファンテやインファンタが直接慎一たちに絡むのは、かなり難しいこともあり(とくに慎一、ただの日本人じゃなくてヴォルテラ家絡みですしねえ)、ちらっと名前だけ出てきた方を使わせていただくことにしました。時系列では、ちょうど連載中の『Filigrana 金細工の心』とだいたい同じ頃、つまり彩洋さんの書いてくださった作品の「8年前」から1、2年経ったくらいの頃でしょうか。

そして、それだけでなく、彩洋さんの作品へのオマージュの意味を込めて、ショパンの曲をあえて使ってみました。そのキャラ、彩洋さんの作品にサラッと書いてあった感じではショパン・コンクールを目指したかった……みたいな感じだったので。

さて。もう1人のキャラは、連載中の『Filigrana 金細工の心』の未登場重要キャラです。またやっちゃった。どうして私は、隠しておけないんだろう……。ま、いっか、別にものすごい秘密ってわけじゃないし。



『Filigrana 金細工の心』を読む「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む
あらすじと登場人物


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酒場のピアニスト
——Special thanks to Oomi Sayo-san


 電話を終えると、チコはゆっくりと歩き出した。Pの街は久しぶりだ。以前来たときよりも観光客向けの洒落た店が多くなっている。そうなると途端に値段がチコ向きではなくなる。彼は、裏通りに入って、見かけは単純だが、そこそこ美味しくて彼の財布に優しい類いの店を探した。

 どこからかファドが聞こえてくる。観光客向けのショーらしい。看板が目に入った。ファドとメニューのセットの値段が、派手な黄色で走っている。それを眺めながら通り過ぎようとして、もう少しで誰かとぶつかりそうになった。

「失礼」
チコが謝ると、青年は「いいえ、こちらこそ」とブツブツ言いながら、ファドのレストランに入っていった。扉を押すときに左手首に金の細い腕輪が光った。

 金メッキの腕輪など珍しくもなんともないが、チコはとっさに彼の《悲しみの姫君》のことを思い出した。チコは、厳密には彼女が金の腕輪をしているのを見たことはない。彼女が腕輪の話をしたことも、1度もない。腕輪の話をしたのは、彼女の妹、チコたちの仲間から《陽氣な姫君》とあだ名をつけられたマリアだ。

「みて、ライサの左手首」
潮風に髪をなびかせながら、マリアはそっとチコに囁いた。オケの同僚であるオットーやジュリアたちと、姉妹の特別船室に招かれて、小さなパーティーのようなことを繰り返していたある夕暮れのことだった。

 一介のクラリネット吹きであるチコが、特別船室に足を踏み入れることなど、本来なら考えられないのだが、華やかな社交に尻込みして部屋から出たがらないライサのために、姉の唯一興味を持った楽団のメンバーたちをオフの晩にマリアが招き入れるようになったのだ。

 女性の装身具などには全く詳しくないチコは、言われるまでまったく目に留めたこともなかったのだが、ライサの左手首には何かで線を引いたような細い痕があった。
「あれね。腕輪の痕なの。日焼けせずに残った肌の色」

 おかしなことを言うなと思った。腕時計をしなくなった人に、そういう痕が残ることは知っているけれど、しばらくすればそこもまた日に焼けて目立たなくなるものだろう。マリアはそんなチコの考えを見過ごしたかのように微かに笑ってから続けた。
「私の記憶にある限り、常にライサには金の腕輪がつけられていたの。子供の頃からずっと」
「つけられていた? つけていたじゃなくて?」

 マリアは、じっとチコを見て、区切るようにはっきりと言った。
「つけられていたの。金具もないし、自分では、絶対に取れない腕輪よ。ねえ、チコ。どうして私たちがこんな豪華客船で旅をできるのか、知りたいって言ったわね。私も知らないけれど、でも、1つだけはっきりしていることがあるの。それは、あの腕輪をつけたり外したりできる人たちが、払ってくれたのよ」

「ライサは、それが誰だか知っているんじゃないかい? 自分の事だろうし」
「もちろん、知っていると思うわ。でも、あの子は絶対に言わない。言わせたところで、あの子が救われるわけでもないの。でもね、チコ」
「うん?」
「外してもらった腕輪は、まだあの子を縛っているんじゃないかなって」
「それは、つまり?」
「あの子は、はじめてパスポートをもらったの。クレジットカードも。こんな豪華客船の特別船室で、世界中の珍しいものを見て回って、美味しいものを食べて、好きなものを買える立場にいるの。でも、彼女の心は、Pの街の、私の知らないどこかに置き去りになっているみたい」

「彼女が、とても淋しそうなのは、わかるよ。僕に、『グラン・パルティータ』を吹いてほしいって頼んだとき、たぶん彼女は何かを思い出して、その場所を懐かしんでいるんだろうなと思ったし」

 その場所は、おそらくこのPの街にあるのだろう。3か月の船旅の後、姉妹はこの街に戻った。マリアは元働いていた銀行でバリバリと活躍しているらしい。ライサが今どうしているかは……。チコは、そこまで考えてわずかに微笑んだ。明日、彼女と会える。その時に、いろいろな話をしよう。

 豪華客船の楽団メンバーの仕事は、本来旅の好きだったチコには合っている。もちろん、学校を出たばかりの頃は、室内楽や交響曲だけでなく、ビッグバンドの真似事やジャズまでもまとめてやることになるとは思わなかったけれど、最近は、それもさほど嫌だとは思わなくなっている。

 長い航海が嫌だと思ったことはこれまではなかったけれど、今回だけは別だった。この国から遠く離れているうちに、ライサが新しい人生をはじめて、彼のことなど記憶の果てに押し流してしまうんじゃないかと思っていたから。でも、マリアのあの口ぶりでは、ライサはいまだに引っ込み思案で、友だちらしい友だちも作らずにいるらしい。僕にももしかしたらチャンスがあるかもしれない。

 近くに寄ったついでというのは、口実だときっとマリアにはバレているんだろう。でも、そんなこと構うものか。

 彼は、そんなことを考えながら、数軒先に見つけた手頃そうな店で食事をすることにした。テーブルワインと前菜の干し鱈のコロッケパステイス・デ・バカリャウを食べているとドアが開いて、誰かが入ってきた。チコは、はっとした。それは先ほどぶつかった青年だったからだ。

「よう。ダリオ。今日は出番の日かい」
奥からオヤジが声をかけた。

「ああ。ファド・ショーが中止になったから、急遽弾いてほしいって。おじさん、僕にもメニュー、おねがいします」
そう答えると、ダリオと呼ばれた青年は、狭い店内のチコの斜め前に座り、軽く会釈をした。

「ああ、同業者でしたか。僕、クラリネットなんです。あなたは、ええと」
チコが、声をかけると青年は「ピアノを弾きます」と小さく答えた。

「あそこ、ちょっと高そうでしたが、飲み物だけで入るのって、無理かな」
そう訊くと、青年は首を振った。
「ファドの日じゃないし、文句は言われないですよ。そもそも、セットメニューは、英語しか読めない観光客用ですし」

 それから、肉の煮豆添えが出てくるまでの間、2人は軽く話をした。
「じゃあ、以前はあの交響楽団にいたんですね。子供の頃テレビでチャイコフスキーの協奏曲第一番を見ましたよ。大人になったら、ああいう舞台で弾きたいって、弟に大言壮語していたっけ」
ダリオは、少し遠くを見るように言った。

 観光客や酔客相手に演奏する、日銭稼ぎのピアニストであることを恥じているんだろうか。大きな交響楽団をバックにソリストとして活躍するほどのピアニストになるのは、大変な努力の他に大きな才能も必要だ。才能と幸運の女神は、誰にでも微笑むわけではないことを、チコ自身もよく知っている。
「子供の頃は、僕もずいぶん大きな口を叩いていましたよ」

 ダリオは、多くを語らずに食事を終えた。チコは、ダリオと一緒に、先ほどの店にいった。暗い店内は、ファドでないせいかさほど観光客がおらず、かなり空いていた。チコは、セルベッサを頼んで、ピアノの近くに座った。

 ダリオは、センチメンタルな典型的なバーのジャズピアノ曲を弾いていた。客たちは聴いているのかいないのかわからない態度で、ピアニストの存在は忘れられている。チコは、ダリオが手首を動かす度に、ライトを受けて腕輪が光るのをぼんやりと眺めていた。

 彼が夢見ていた音楽と、これは大きな違いがあるのかもしれない。誰もが夢中になって聴くソリストと、存在すらも忘れられる心地よいムード音楽。主役は、食べて飲んでいる客たちの時間。目の前に揺れて暗闇に浮かび上がるロウソクの焰。セルベッサのグラスに走る水滴。

 チコの仕事も、あまりそれと変わらないときもある。それでも、船の上のシアターで行う演奏会の時は、熱心に聴いてくれる客がいる。ライサのように、彼らの音色が聴きたくて通ってくれた人がいる。ダリオは、どんなことを思いながらこの仕事を続けているんだろう。

 しばらく、ムードジャズを弾いていた彼は、ちらっとチコを見ると、ゆっくりと短調の曲を弾き出した。あ、ショパンだ。なんだっけ、これは。あ、ノクターンの6番か。映画『ディア・ハンター』で演奏されていたから、強引に映画に出てきた音楽ですと言い張ることもできるけれど、きっとこれは僕がいるからクラシック音楽を弾いてくれたんだろうな。

 彼の感情を抑えた指使いが、静かに旋律を奏でる。装飾音も少なく、単純な右手の響きが繰り返される。数あるノクターンの中でも演奏される機会が少ないのは、演奏会などで弾くには華やかさが足りないからなのかもしれない。暗闇の中で焰を揺らすのに、これほど似合うことを、チコは初めて知った。

 氣がつくと、騒いでいた客たちは黙って、ダリオの演奏に耳を傾けていた。ダリオは、後半でわずかに強い想いを込めて何かを訴えかけたが、転調してからはまるで諦めるかのようにコーラル風の旋律を波のように繰り返しながら引いていった。焰も惑うのをやめた。

 曲が終わった後の休止。チコは、手を叩いた。それに他の客たちもわずかに続いたが、ダリオがわずかに頷いてすぐに再びムードジャズに戻ると、また忘れたようにおしゃべりに興じた。

 彼が、ピアノの譜面台を倒して立ち上がったときも、それに目を留める客は多くなかった。チコは、再び手を叩くと、ダリオを彼の前に座らせた。
「素晴らしかったよ。とくに、ショパン。君、さっきはずいぶん謙遜していたんじゃないかい?」

 ダリオは、はにかんだ笑いを見せると答えた。
「そんなことはないよ。でも、ありがとう。聴いてくれる人がいるっていうのは、嬉しいものだな」
「今からでも遅くないから、就職活動をしたらどうかな? 少なくとも僕の乗っている船でだったら、ソリストとして活躍できると思うよ。他にも……」

 チコの言葉を、ダリオは遮った。
「いいんだ。ちょっと事情があって、僕はこの街を離れられないし、ここの仕事も、わりと氣に入っているんだ。次に、この街に来るときには、また聴きに来ておくれよ」

 チコは、「そうか」と頷いた。明日逢うことになっているライサの、《悲しみの姫君》の微笑みを思い出した。何かを諦めたかのような瞳。揺れる焰の向こうでダリオはセルベッサを飲み干した。金の腕輪がまた煌めいた。


(初出:2021年1月 書き下ろし)

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さて、これが出てきたショパンのノクターン6番です。


Frederic Chopin- Nocturne no. 6 op. 15 no. 3 in G Minor

そういえば、彩洋さんの作品には、以前書かせていただいた某チャラ男も登場しているのですけれど、今度こやつでも遊びたいなあ。ま、大道芸人たちのほうが馴染みがいいのでそっちにしたいのだけれど、実はちょっとタイムトリップなので、(ヴィルはいままだ幼児)いずれまた別の機会に!
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Posted by 八少女 夕

ここのところ

お正月のゆったりな日々も終わり、忙しい日常が戻ってきました。

冬の散歩道

といっても、基本は自宅でフリーランサーとして働くか、オンラインで日本語教師をしているので、ずーっとうちにいます。コロナ禍の影響もあり、用がなければ街には出ないという生活をすでに1年近くしていることになります。

街に出ても、レストランは営業禁止だし、どこへ行っても距離がどうのこうの、マスクがどうのこうのと規制が厳しくて楽しめる感じはしません。週に1度の買い物を急いで済ますだけですね。

昨年は、あれこれあって「休暇なんて行っている場合じゃない」だったのですが、今年は休暇を予定しています。ただ、どこかに行けるかどうかはかなり怪しく、単に「仕事はしない日々」になるのかも。

普段の毎日も、家にこもっていると体に悪いので、毎日30分以上は外で歩くようにしています。夏は、仕事を5時で終わらせてから歩いていたのですけれど、現在それをやると真っ暗な上、凍死しそうな寒さになるので、お昼ご飯を食べた後にまず外で歩くようにしています。

散歩中は、ほとんど誰にも会いません。雪原を宮沢賢治の「雪渡り」のように「キックキックキックキック」と踏みながら歩いて行くのが楽しい。足下の足跡は、人間や犬のものだけでなく、「これはウサギかな」とか「この小ささはイタチかなんかかな」と思うようなものもあって、つくづく田舎だなあと思います。時おりカモシカなども見るんですよ。

さて、「scriviamo!」立て続けに3つの宿題をいただきましたが、既に発表した分も含めて全部一通り書き終わったので、ちょっと余裕をかましています。今のうちに、2月発表分の作品でも書いておこうかなと思っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】つーちゃん、プレゼントに悩む

scriviamo!


今年最初の小説は、「scriviamo! 2021」の第1弾です。ダメ子さんは、プランBでご参加くださいました。ありがとうございます! プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。お返しを考える時間も必要でしょうから、とりあえず早急にアップさせていただきました。

ダメ子さんは、かわいらしい絵柄と様々な登場人物たち、それに短いセリフで胸のど真ん中を突くストーリーの、ネガティブな高校生ダメ子さんを中心に繰り広げられる日常を描く人氣マンガ「ダメ子の鬱」でおなじみです。

さて、「scriviamo!」では恒例化しているこのシリーズ、もともとはダメ子さんのところに出てくる、「チャラくんにチョコレートを渡せない後輩ちゃん」をネタに書かせていただいたものです。後輩ちゃんを勝手に名付けてしまったアーちゃんだけでなく、付き添いで勝手に出したつーちゃんまでも、いつの間にかダメ子さんの「ダメ鬱」のキャラクターに昇格させていただいています。1年に24時間しか進まないのに、展開は早いこのシリーズ、今回、先行で書かせていただきましたが、実は24時間なんて進んでいません。合同デートのその夜の話です。どうなるんでしょうねぇ。っていうか、もともとのメインキャラ、アーちゃんを置き去りにしているかも……。


【参考】
私が書いた『今年こそは~バレンタイン大作戦』
ダメ子さんの描いてくださった『チョコレート』
ダメ子さんの描いてくださった『バレンタイン翌日』
私が書いた『恋のゆくえは大混戦』
ダメ子さんの「四角関係』
私が書いた『悩めるつーちゃん』
ダメ子さんの『お返し』
私が書いた『合同デート』

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つーちゃん、プレゼントに悩む - Featuring「ダメ子の鬱」
——Special thanks to Dameko-san


 私は、帰宅してからずっとネットの前に陣取っている。それまでの検索履歴は、ずっと麗しい外国人モデルばかり、私のまったくお金のかからないパーフェクトな趣味に関するものだけだったのに。あ、「薄い本」つまり同人誌を作るための諸々のコストは別だけれど。

 なのに、この私が現存する(そりゃ外国人モデルだって現存しているだろうけれど、2.5次元の世界にいるから現存しないも同然だ)日本人男子学生のために、ネットショップを巡回する羽目になるとは!

 私は、ムツリ先輩が少しは喜びそうな、でも、仰々しくない、ついでにいうと動機を誤解されない程度のプレゼントを購入するというミッションを抱えている。

 今日のデートは、いや、私のデートではなくて、アーちゃんとチャラ先輩のデートに私とムツリ先輩が同行しただけだけれど、私たちの思うような方向にはなかなか行かなかった。どういうわけか、私とムツリ先輩がゲームセンターに迷い込んでしまい、『時空の忠臣蔵』っていうシュールなゲームに興じていたので、映画を見そびれてしまったのだ。

 で、その後、プリクラを撮ったり、他のゲームをしたりして、4人で色氣もへったくれもない午後を過ごした。

 ふとみたら、クレーンゲーム・コーナーがあって、ぬいぐるみがこちらを見ていた。お。これって、アーちゃんを喜ばせるチャンスをでは? そう思った私は、中でも特にカワイイぬいぐるみが入っている台のところで騒いでみた。
「きゃー、アーちゃん、これかわいいよね。欲しくない?」
アーちゃんの部屋に、こういうファンシーなぬいぐるみがそこそこ置いてあるのはリサーチ済みだ。

「うん。かわいいね。あれ? つーちゃんも、これ欲しいの?」
怪訝な顔をするアーちゃん。それも当然。そもそも私はぬいぐるみには興味はない。ロシアのイケメンの方がずっといい。そこは、スルーして「きゃー、欲しい」とだけ言っていればいいものを。

 チャラ先輩とムツリ先輩も近づいてきて、「ほお」という顔をした。
「よし。ムツリ、俺たちで取ってあげようぜ」

 げ。私はいらないよ! とはいえ、言い出しっぺなので今更いらないとも言いにくい。ああ、チャラ先輩がクレーンゲーム上手で、ムツリ先輩は下手だといいなあ。

 でも、現実はそんなに都合よくは運ばなかった。2人ともクレーンゲームはさほど得意とはなさそうだった。もちろん私がやったらもっと下手だったはず。問題は、2人ともけっこう課金しちゃったこと。もちろん、チャラ先輩の取ったピンクのウサギは、順当にアーちゃんが手にした。なんか空氣を読まないチャラ先輩は、最初私にくれようとしたんだけれど、私は急いでこう言ったのだ。
「わ。このウサギ、今日のアーちゃんの服とぴったり!」

 まだ取れていないムツリ先輩に「もういいから他のことをしませんか」と言いそびれたのは、そのやり取りがあったからだ。アーちゃんは、チャラ先輩からもらったウサギを大事に抱きしめていた。結局、直にムツリ先輩が取った緑の亀をもらうことになったのは私だった。

アーちゃんとつーちゃん by ダメ子さん
ダメ子さんからイラストをいただいてきました。このイラストの著作権はダメ子さんにあります。

 不要な課金をさせてしまった以上、なんかのお返しをしなくては、私の氣が済まない。ただでさえお茶代とかもお2人が出してくれたしなあ。っていうか、チャラ先輩とアーちゃん、そろそろ勝手にデキて、2人でデートしてくれないかなあ。

 さて。私は、ムツリ先輩の好みなんて、全然知らない。まあ、どんなチョコが好きかは、安売りチョコの交換をしたので知っているけれど、さすがにアレってわけにはいかない。

 こんな短い間に、何度もプレゼントのやり取りをしていると、周りだけでなくムツリ先輩にも誤解されそうだし、何か「これは儀礼的なお返しですから」って感じのするプレゼントってないかなあ。私は、3次元にはとことん縁のない女なので、こういうときにどうしたらいいのかがさっぱりわからない。

 ネット巡回を繰り返していると、スマホがメッセージの到来を告げる。あ、アーちゃんだ。

「つーちゃん、今日はつきあってくれて、どうもありがとう。大好きなチャラ先輩と。お茶して、一緒にゲームして、夢のような午後でした。チャラ先輩に取ってもらったウサちゃん、宝物だよぅ」

 って、その文面を、そのままチャラ先輩に送って、次につなげるのよ! って、3次元に縁のない私が、なんでこんなツッコミをしているんだか。私は、急いで返信を書く。
「それそれ。その文面をチャラ先輩に送って、ウサちゃんのお礼をさせてくださいって、1対1のデートにつなげるのよ!」

「ええっ。そんなの、無理! つーちゃんは、ムツリ先輩と、そうやってデートするの?!」
なんなのよ、この文面は。
「するわけないでしょ。私は、形だけのお礼の物品を渡して終わり。アーちゃんは、ちゃんとかわいく、先につなげてよ!」

「でも、でも! わ、私、デートなんてしたことないし、つーちゃんがいないと、どうしていいかわかんない!」
おいおい。私だってそんなことわかんないし、そもそも、そんなんじゃ生涯おつきあいなんてできないじゃない。
「大丈夫だって。今日だって、しばらくチャラ先輩と2人きりでお茶していたじゃない。アレの続きだと思えば……」

 だいたい私は、パニクるアーちゃんにつきあっているヒマはないのだ。さくっとムツリ先輩へのプレゼントの件を片付けて、美形の2.5次元を眺める日常に復帰しなくちゃいけないんだから。

 うーん、何がいいかなあ。ムツリ先輩はバスケ部だから、なにかバスケットボール関係のもの? タオルとかはどうかな。スポーツブランドの……わっ、けっこう高い。かといって、お風呂で使うみたいなもの贈るのも微妙。

 バスケ関係の書籍は……。「上手くなるためのトレーニング100」かあ。これじゃ、バスケが下手だと宣言しているようなもんか。ダメだ、これは地雷。

 面白グッズは……。バスケットボール柄のマウスパッドか。こういうのいらないよね。ほら、心にヒットして愛用されても困るし、反対にいらないモノをあげても迷惑なだけだし。

 何か、消え物ないかなあ。引越のあいさつでいう、ティッシュみたいな。誰もが必要だけれど、でも、すぐに使い切って、なくなってくれるもの。

 あっ、これは? Shoe Cleaning Wipesだって。靴のクリーナー? 携帯用の個別包装で12個セット。値段もまあまあお手頃で、クレーンゲームで使った分くらいだよね。これなら使ってなくなるし、色氣はゼロな感じだし、決定。

 私は、商品をポチって、お母さんにクレジットカードの入力を頼んだ。

「なにこれ?」
「バスケットボールの靴をきれいにするお手拭きみたいなもん?」
「あなた、バスケットボール部に入ったの?」
「ううん、帰宅部のままだよ」
「ああ、じゃあ、アーちゃんへのプレゼント? にしては、可愛くない真っ黒な商品ね」

 お母さんにいろいろ詮索されても面倒なので、この手の商品にファンシーなものはないのだとだけいって、金額分のお小遣いを渡し、なんとか購入にこぎ着けた。ああ、面倒くさい。やっぱり2.5次元を眺めている方がずっと楽だわ。

 商品がうちについて、それをさりげなくラッピングして、さらに変な感じにならないようにサラッとムツリ先輩に渡すのかあ。なんだか、障害物競走をしているみたい、はあ。

 私が、悩みまくっているのも知らず、その間もアーちゃんから、これからどうしたらいいのかを問い合わせるメッセージが、どんどんと貯まっていた。

(初出:2021年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

ご挨拶

さて、いよいよ年末も押し迫ってきました。1年、やけに早いですよね。今年も年末と年始のご挨拶は分けずに、2020年の振り返りと2021年のご挨拶をまとめて記事にさせていただきます。

夜明け

【創作とブログの活動】
2020年は下記のような作品を発表しました。

中編・『Usurpador 簒奪者』 (完結)
長編・『Filigrana 金細工の心』 (連載中)
エッセイ集・『心の黎明をめぐるあれこれ』(完結)
企画もの・scriviamo! 2020の作品群
企画もの・123456Hitの作品群

「書く書く詐欺」がストレスになっていた作品群のうち、『ニューヨークの異邦人たち』シリーズはなんとか昨年完結に持ち込みましたし、『黄金の枷』シリーズも、突っかかっていた『Usurpador 簒奪者』を完結に持ち込めたのは、今年の個人的な一番の成果でした。(それと、意外と苦しんだエッセイ集も)長々と書いてきた『黄金の枷』は、ようやく3部作の最終小説に取りかかりましたので、あとは『森の詩 Cantum Silvae』と『大道芸人たち Artistas callejeros』だけ! しかし!何とかなりそうなのから片付けたせいで、その2つは結局全く進んでいないしなあ。来年以降の課題ですね。

さて、2021年の活動ですが、既に始まっている「scriviamo! 2021」(皆様のご参加をお待ちしています)、それと並行して「黄金の枷」シリーズの『Filigrana 金細工の心』の連載を続けたいと思います。『12か月の○○』シリーズは、普通の掌編集に戻して、続行予定です。

【実生活】
・休暇旅行に行けず
ご存じコロナ禍のため、今年はこちらに移住して初めて旅行に行かない年でした。夏にはみなさんわーっとバカンスに行っていましたが、それに、日本ではGoToキャンペーンやっていましたが、私たちの行こうとするところはポルトガルと、イタリア。ポルトガルは3月にロックダウン直前でキャンセル。10月に代わりに行く予定でしたが第2波で再キャンセル。代わりにバイクで行きたくても、イタリアはコロナの嵐で危なくていけやしません。結局どこにも行きませんでしたが、おかげで第2波の要因にはならずに済んだようです。

・仕事関連
今年の3月、17年働いた会社を退職することになりました。部門の整理によるレイオフ。日本と違って悪いことをしていなくても普通にこういうことがあるんですけれど、それにコロナ禍が重なって「これはどうなるんだ」という1年の始まりになりました。

で、7月から、ひょんなことから日本語教師の仕事をしています。パートタイム的ですけれど。それに加えて、前の会社からの仕事をフリーランスという形でもらうことになり、それで生活しています。ただ、日本語教師の勉強と準備にものすごく時間が取られる日々で、前よりもやたらと忙しい生活になってしまいました。来年は少し落ち着いて小説も書けるといいんですけれど、おそらく自転車操業になるだろうなあ。そういうわけですので、もし、週1の更新を落としたとしてもお許しください。


・家庭
家庭の方は、大きな動きもない1年でした。幸いというのか、1人暮らしをしていた義母は2019年の秋に施設に入ったので、コロナ禍の中でもある程度安心して任せられたのですが、ついにその施設でも感染がでたということで、病魔は人ごとではないところまできています。ただ、幸いみな健康で年の瀬を迎えられました。実は、コロナ騒ぎが始まってから、誰も病にかかっていないのです。手洗いの威力ってすごいのでは?

というわけで、短くて忙しかった2020年、最後はにわかでベートーヴェン三昧をしつつ、2021年もこのまま突入する予定です。

2020年にこのブログを訪れ小説や記事に関心を持ち励ましてくださった皆様に、心から御礼申し上げます。2021年もさらなるご指導をお願いすると共に、また皆様との楽しい交流があることを心から祈っています。引き続き「scribo ergo sum」を、どうぞよろしくお願いいたします。
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Posted by 八少女 夕

scriviamo! 2021のお報せ

お知らせです。今から当ブログの年間行事である参加型企画「scriviamo!」を開催します。既にご参加くださったことのある方、今まで様子を見ていた方、どなたでも大歓迎です。また、開催期間中であれば、何度でも参加できます。


scriviamo!


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scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。

私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。

では、参加要項です。(例年と一緒です)


ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)

  • - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
  • - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
  • - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
  • - イラスト
  • - 写真
  • - エッセイ
  • - Youtubeによる音楽と記事
  • - 普通のテキストによる記事


このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。

記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩(短歌・俳句)」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)

参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返画像(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。

過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)

また、「プランB」または「プランC」を選ぶこともできます

「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。

「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。

「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)


「プランC」は「何でもいいといわれると、何を書いていいかわからない」という方のための「課題方式」です。

以下の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いてください。また、イラストやマンガでの表現もOKです。
*ご自分の既出のオリキャラを一人以上登場させる
 メインキャラ or 脇役かは不問
 キャラクターであれば人どころか生命体でなくてもOK
*季節は「夏」
*動物を1匹(1頭/1羽 etc)以上登場させる
*色に関する記述を1つ以上登場させる

(注・私のキャラなどが出てくる必要はありません)



期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2021年2月28日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも1月31日(日)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。

皆様のご参加を心よりお待ちしています。



【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから1週間ほどお時間をいただきます。

小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。

ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合はおよそ3,000字~10,000字で返させていただきますのでご了承ください。

当ブログには未成年の方もいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。

他の企画との同時参加も可能です。その場合は、それぞれの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。当ブログのの締め切っていない別の企画(神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の(ブログ等)企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません。ただし、過去の「scriviamo!」参加作品は不可です)

なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。

嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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締め切り日を過ぎましたので、「scriviamo! 2021」への参加申し込みを停止させていただきます。この記事へのコメント書き込みはできませんが、すでに参加表明していらっしゃる方のご連絡は、他の記事のコメ欄をお使いくださいませ。
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Posted by 八少女 夕

【小説】Filigrana 金細工の心(9)哭くアルペジオ -3-

『Filigrana 金細工の心』の9回目「哭くアルペジオ」の最後です。

このエピソード、最初はハノンの音階だけを使って書いたのですけれど、後にツェルニー50番の最終曲が一番イメージに合ったので、変更しました。ピアノ曲としての難易度はものすごく難しいというわけではないようですが、それでも簡単じゃなさそうですよね。あ、音大受験レベルだそうです。ということは、アントニアのレベルもそのくらいってことかな?

さて、今年の小説更新は、これが最後です。今年も最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました!



『Filigrana 金細工の心』を読む「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Filigrana 金細工の心(9)哭くアルペジオ -3-

 頭が重い。最後の記憶をたぐり寄せ、暗くなるまで眠り続けていたことを理解した。彼は、ゆっくりと身を起こし、服装を整えた。なんてことだ。もう9時過ぎだ。そんなに寝てしまったのか。だが、あのツェルニーは?

 部屋を出ると、すぐにモラエスが上がってきた。
「メウ・セニョール。お目覚めですか」

「アントニアはまだいるのか」
「はい」
「まさか、あれからずっと弾き続けているのか」
「はい」
「なぜ止めなかった」
「お止めいたしました。それに、あなた様がお休みになっていらっしゃることも申し上げましたが……」

 頑としてやめなかった。そういうことか。
「食事はどうしたんだ」
「いらないとおっしゃいました。ドロレスはまだおりますので、すぐに用意させますが」

 彼は、立ち止まり、この屋敷のすべての使用人が振り回されていたことに思い至った。
「すまない。アントニアに何か簡単なものを頼む」

 それから、彼はサロンに向かい、扉を開けた。アルペジオは、一瞬やんだが、すぐに続けられた。長時間弾き続けたせいで、彼女の姿勢は崩れ、震えていた。しかし、それはもう彼女が「たかが練習曲」と名付けていたものとはかけ離れ、苦しみや慟哭を表現する音色になっていた。彼女の顔は泣いていなかったが、音色は哭き叫んでいた。囚われ決して出て行くことのできない絶望を載せて弾いた彼自身の音色に負けないほど強く想いを訴えかけていた。

「もういい。アントニア。十分だ」
彼女は、ゆっくりと手を動かすのをやめた。彼はピアノに近づいた。青ざめた少女の顔を見た。頬に涙の筋が見える。先ほどまでの我の強さは引き、表情には哀しみだけが強く表れていた。

 彼は、初めてきちんとこの少女の顔を見たと思った。カルルシュとマヌエラからそれぞれ受け継いだ形質ではなく。彼らへの怒りと憎しみゆえに目を背け続けてきた、2人とは同一ではない1人の人間の顔を初めて見つめた。もう4年も近くで見てきたのに、まったく氣がついていなかったのだが、この娘はとても美しいのだと初めて認識した。

「……よくなった。次回から『月光』をはじめよう。今日は、もう十分だ」
「はい」
予想に反して素直に返事をしたので、彼は内心ほっとした。

「もうこんな時間だ。ドロレスが、簡単なものを用意してくれるから食べなさい。その間に『ドラガォンの館』から運転手に迎えに来てもらうように手配しよう」
彼がそう言うと、アントニアは困ったように言った。

「今晩は、カヴァコは非番なの。明日早朝になんとかって司教を空港へ迎えに行くから」
入ってきたモラエスは、食堂の準備が整ったことを告げ、アントニアの言葉を引き継いだ。
「至急、他の者を手配させます。この時間ですから、非番の者はもう酒を飲んでしまっているかもしれません。少々お時間をいただきます」

「別に、地下鉄に乗って帰ってもいいのよ」
「とんでもありません。そういうわけには」
 
 彼は、モラエスとアントニアのやり取りを聴いて嘆息した。この館や『ドラガォンの館』の敷地内に入る許可のある者は限られている。現在ここにいる者で運転免許証を取得できるのは《監視人たち》の黒服であるモラエス1人だ。しかし、モラエスにはインファンテである彼を監視する義務がありすぐにここから離れることはできない。インファンタであるアントニアを1人地下鉄で帰すわけにもいかないので、使用人の誰かが同行し、またここに戻ることになるのだろう。彼の午睡のせいで、どんどん話が複雑になっている。

「アントニア。お前は、今晩帰宅しなくては困るのか」
彼は訊いた。

「いいえ。明日の午後に戻れば十分だけれど……」
アントニアは意外そうに答えた。

「では、モラエス。今夜はこの館に泊める手配をしてくれ。部屋ならいくらでも余っているのだから」
彼がそう告げると、モラエスは安堵の表情を見せ、アントニアは先ほどの様子が嘘のように喜びを見せた。

 食堂には、2人分の食事が用意された。2人は向かい合って座った。モラエスがヴィーニョ・ヴェルデの瓶を持って近づいてきたとき、彼はいつものように頷き、グラスに注いでもらうのを待った。それから、自分1人ではないことを思いだし戸惑ったように訊いた。
「酒はもう許されているのか」

 アントニアは、首を振った。
麦酒セルベッサ は許されたけれど、ワインは16歳になるまでダメなの。あと半年待たなくちゃ」

 彼は、モラエスに顔で指図した。モラエスは、彼女に好みの飲み物を訊いた。

 すべてのやり取りが、彼にとっては初めての経験だった。カルルシュがマヌエラに宣告してから、彼はずっと1人で食事をしてきた。召使いたちの形式的な質問に答えることはあっても、共に食事をしたり館に滞在したりする者のために、彼が判断をする必要は1度もなかった。

 詳細はすべて使用人たちがよくわかっている。どのような料理を出すか、どの部屋を準備しどう必要なものを揃えるか、彼が考える必要はない。アントニアの滞在を『ドラガォンの館』に報告することも言うまでもなくモラエスがやってくれる。だが、それでも、現在この館の主人に当たる存在が自分なのだと、彼は初めて認識した。それは、囚われ人でしかなかった2週間前とどれほど違った立場だろうか。

 アントニアの全身から喜びがあふれていた。先ほどの絶望的な音色との強烈な対比だった。どれほど冷たくあしらわれても、彼女は諦めなかった。『ドラガォンの館』では居住区に押しかけ、この館にも押しかけた。しかし、彼女に入り込めるのは、ピアノの前に座るときだけで、レッスンやスケジュール以外の話題をしたこともなかった。

 また、両親やなくなった祖父がどれほど辛抱強く待ち、正餐に出てくるように頼んでも決して同席することのなかった叔父が、はじめて一緒に食事をした相手が自分なのだという誇りも感じ取れた。

 それからアントニアは、時おり『ボアヴィスタ通りの館』に泊まるようになった。たとえば、近くのカーサ・デ・ムジカで演奏会があったのでという理由で、今日は泊まるというような連絡があった。『ドラガォンの館』も遠くないのだからそんな必要は全くないのだが、この館は彼の持ち物ではないので、とくに異は唱えなかった。

 そのような時には、当然のように一緒に食事をするようになった。当主夫妻は、彼らと完全な断絶状態にある彼とごく普通の関係を保てる存在に娘がなったことを歓迎し、彼女の『ボアヴィスタ通りの館』滞在を決して止めなかった。

 18歳になり、Pの街にある6つの屋敷のうちのどこに住むか選択の自由を与えられたインファンタ・アントニアが、この屋敷に住むことを選んだときも、誰1人として驚かなかったし反対もしなかった。それは、彼自身も同じだった。

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そういえば、紹介していなかったですね。下の動画がツェルニー50番作品740です。
一応、最終曲から再生するようにしてありますが、興味のある方ははじめから聞くことも可能。


Czerny Carl - The Art of Finger Dexterity 50 Studies for Piano op. 740 complete
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