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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


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「霧の彼方から」を読む 「郷愁の丘」 「リゼロッテと村の四季」を読む 「十二ヶ月の歌 2」」を読む

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた三回目です。

もと娼婦マデリン・アトキンスの家に招かれたジョルジア、本来の好奇心はどこへやら、フォトグラファー・モードに入ってしまいました。人生のパートナーと「関係」のあった女性を前にして、個人的な感慨をどこかへ置き去り瞬時に客観視してしまう姿勢は、本人がそうと意識していないだけで、重度の職業病なのかもしれません。それに、後先考えずに夢中になってしまうところ、もしかしたらかなり似た者夫婦なのかもしれませんね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -

 マデリンは、ジョルジアのカップに紅茶を入れた。
「あんたは、ケニアで何をしているんだい? 旅行関係?」

「私は写真家なんです。マサイ族の写真を撮る時にリチャードにアテンドしてもらいました」
「ああ、それでか」
「それでって?」

 マデリンは笑った。
「あんたは、自分では氣付いていないだろうが、いろいろな物をじっと見るんだよ。あたしの顔や、服装や、この部屋の様相、それにこの紅茶もね。最初は警官なのかと思ったくらいさ。それで、何かこの部屋に撮りたい被写体があるのかい? 娼婦の部屋らしい様子はもうないと思うけれどね」

 ジョルジアはチャンスだと思って頼んだ。
「私は、人生の陰影を感じるポートレートを撮りたいんです。あなたのお話を聴いていて、先ほどからずっと思っていました。沢山の人生を受け止めていらした深さや重みを感じるんです。フィルムに収めても構わないでしょうか」

「あたしをかい?」
「はい。あなたをです。もし、お嫌でなかったらですけれど」
「構わないさ。こんな婆さんを撮りたいっていうのはわからないけれど」

 ジョルジアは、当初の目的も忘れてマデリンを撮った。マデリンは面白がりながら、撮られている間もいろいろな昔話を続けた。

 とある著名な教授が部屋を出る時に、その学生と鉢合わせしてしまった話。三年も通ってくれた青年に恋をしてしまった話。ある客と事に及んでいる時に、スコットランドから出てきたという妻が乗り込んできたこと。いつも空腹でお腹を鳴らしながらも、貯めたわずかなお金で通おうとした貧しい青年を追い返した話。

「どうして追い返したんですか?」
「娼婦に通うなんて事は、精神的にも経済的にも余裕のない時にするべきではないんだよ。さもないと、取り返しのつかないところに堕落してしまうからね。学業がおろそかになり落伍しても、本人に別の道を見いだせる器用さがあったり、親が面倒を見てくれるような坊やならあたしも氣にしないさ。でも、その学生は学者にでもなるしか将来の可能性はなさそうだったしね」

 ジョルジアは、微笑んだ。この人は、暖かい心を持った素敵な人だ。はじめから娼婦だと聞かされていたら偏見を持ったかもしれない。そうでなかったことを、嬉しく思った。グレッグに写真を見せたらなんて言うだろうと考えた。

 マデリンのフラットを出ると、また雨が降っていた。ジョルジアは、折りたたみの傘を広げて路地を出た。石畳がしっとりと濡れている。雨は直に小降りになってきたが、先が霞んで昨日や先ほどとは全く違った光景に見えた。

 ジョルジアは、iPhoneを取りだして時間を確認した。約束の時間まであと十五分ほどだ。

 観光客たちが行き過ぎるバス乗り場を越えて、ホテルの近くまで来た時に、霧の向こうから見慣れたコートの後ろ姿が見えてきた。ゆったりとした歩きが停まり、彼は振り向いた。ジョルジアの足音に氣が付いたのだろう。

 彼女はいつもと変わりない彼に笑いかけた。
「ウォレスとは、心ゆくまで話せた?」
「ああ。学生時代から思っていたけれど、彼の頭の回転は、信じられないくらい早いんだ。昨日から今日の間に、もう三つも新しいアイデアをシミュレートしていて、それがまた僕の研究を新しい次元に導いてくれたんだ。ホテルに戻ったらレイチェルにメールをして、彼女の意見も聞こうと思うんだ」

* * *


 夕食までの時間、彼は真剣な面持ちでメールを打っていた。ジョルジアは、生き生きとしている彼の様子が嬉しくて、邪魔をしないようにカメラの手入れをしていた。

 夕食中やその後も、彼は普通に話をしながらも、時おり思い出したように内ポケットに入れた手帳に思いついたことを書き込んだり、ウォレスに電話をしたりしていた。その様な状態では、バーやティールームにいても仕方ないので、二人はすぐに部屋に戻った。彼は、研究の話に夢中になりすぎたことを謝り、ジョルジアは笑った。

 明日からニューヨークに着くまでは、姪のアンジェリカが隣の部屋にいるので、あまり甘い夜は過ごせないだろう。だから、今夜は彼に甘えてみようと、ジョルジアはシャワーを浴びるとさっさとベッドに向かって彼を待った。

 彼は、そのジョルジアの意図を理解したのかしないのか、背広を箪笥にしまい部屋のあちこちを適度に片付けてから、シャワーを浴びてバスローブ姿でベッドの近くまでやってきて、ベッドの端に腰掛けた。

「そういえば、僕のことばかり話して訊きそびれてしまったけれど、君はどんな一日だった?」
そう訊かれて、ジョルジアは微笑んだ。

「そうね。まず、セント・メアリー・チャーチの塔に登ったの。地理を理解する時に、いつも一番高いところに登るの。それから、カバード・マーケットに行ったの」

 グレッグは笑った。
「意外だな。君でも、いかにも観光客って周り方をするんだね」

 それを聞いて、ジョルジアはおどけて言った。
「その後は、さほど観光客って感じじゃなかったわ。あのね、昨日あなたと行ったあの小路に行ったのよ」

「あの小路って?」
彼の動きが止まった。不安そうな顔つきで彼女を見ている。その顔を見て、ジョルジアは不意に自分は何をしたんだろうと思った。
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Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 3 -

台風の被害に遭われたみなさまに心からのお見舞い申し上げます。こんな時にのんきにどうでもいい小説をアップしている場合ではないのかもしませんが、とはいえ数日自粛しても同じ事ですし、不快に思われる方は読まないと思いますので、予約投稿通り本日公開します。以下、予約投稿の文章です。

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第三回目です。

サラッと書いて終わらせるはずだったのに、なんか思いのほか文字数が……。はじめに謝っておきますが、真面目に豪華客船の謎に挑んだりはしません。能力も興味も皆無なキャラクターで出かけてきてしまったので。さらにいうと、妖狐の問題も全く解決する予定はありませんので、ストーリーに期待はなさらないでくださいね。

さて、今回の語り手は、京極髙志の方です。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定/この話をはじめから読む



目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 3 -


 僕は、ウェルカムパーティで何組かの知り合いと遇った。父が後援していた指揮者の令嬢で、かなり有名なヴィオリストである園城真耶。そして、彼女の又従兄弟で日本ではかなり有名なピアニストである結城拓人。この二人が乗船していたのは、嬉しい驚きだった。

「まあ、京極君じゃない! 久しぶりね。十年以上逢っていなかったんじゃないかしら」
彼女は、あいかわらず華やかだ。淡いオレンジのカクテルドレスがとてもよく似合っている。

「僕は、五年くらい前に舞台で演奏している君たちを見たけれどね。君たちもこの船に招待されたのか?」
シャンペングラスで乾杯をした。結城拓人はウィンクしながら答えた。
「いや、僕たちは君たち招待客を退屈させないために雇われたクチさ。変わらないな、京極。あいかわらず、あの会社に勤めているのかい? 先日、お父さんに遇ったけれど、そろそろ跡を継いで欲しいってぼやいていらしたぞ」

 僕は肩をすくめた。ぼんくらの二代目になるのが嫌で、自分の力を試すために父の仕事とは全く関係のないところに就職した。父はさっさとやめて自分を手伝えとうるさいが、責任のある仕事を任されるのが楽しくなってきたところだ。それに、何人もの社内若手の身体を乗っ取ったあげくに、山内の身体とパスポートを使い海外に逃げ出した妖狐捜索の件がある。自分も巻き込まれた立場とはいえ、いま放り出して会社去るのは、無責任にも程があるだろう。

「父は誰にでもそんなことを言うが、そこまで真剣に思っているわけじゃないんだ。ところで、君たちはこの船のオーナーと知り合いかい? もしそうなら、紹介してもらいたいんだが」
《ニセ山内》の件を相談するにも、まずはオーナーと知り合わないと話にならない。

「いや、僕たちはヴォルテラ氏と面識はないんだ。でも、あそこにいる二人なら確実に知り合いだと思う。ほら、イタリア系アメリカ人のマッテオ・ダンジェロ氏とヤマトタケル氏だ」
拓人は、二人の外国人を指さした。

 一人は海外のゴシップ誌でおなじみの顔だ。妹であるスーパーモデルアレッサンドラと一緒にしょっちゅうパーティに顔を出すので有名になったアメリカの富豪で、たしか妹の芸名に合わせてダンジェロと名乗っているとか。

 もう一人の金髪の男も見たことがある。雑誌だっただろうか。端整な顔立ちと優雅な立ち居振る舞いの青年だ。変わっているといえば、茶トラの子猫を肩に載せているとこだろうか。もちろんパーティで猫の籠を持ち歩くわけにはいかないし、この人混みでは足下にじゃれつかせていたらいつ誰かに踏まれるかわからないので、そうするしかなかったのかもしれない。

 僕は首を傾げた。
「ということは、彼があの有名なヤマト氏なのか? でも、噂では、彼の父親は……」

 園城真耶は謎めいた笑みで答えた。
「だから拓人が、確実に知り合いって言ったのよ。もっとも、紹介してくれるかはわからないけれどね。でも、マッテオは、この船のオーナーとも財界やイタリアの有力者とのパイプで繋がっているに違いないわよ。とにかく挨拶に行きましょうよ」

 僕は、二人に連れられて、ひときわ目立つ二人のところへと向かった。驚いたことに、日本に永く住み音楽への造詣も深いと噂のヤマト氏だけでなく、ダンジェロ氏までが結城や園城をよく知っている様子で、親しく挨拶を交わしていた。特に園城に対しては最高に嬉しそうに笑顔を向ける。

「ああ、真耶、東洋の大輪の薔薇、あなたに再会するこの日を、僕がどれほど待ち焦がれていたか想像できますか? 今日もまた誇り高く麗しい、あなたにぴったりの装いだ。先日ようやく手に入れた薔薇アンバー・クイーンの香り高く芯の強い氣高さそのままです」

 僕は、ダンジェロ氏が息もつかずに褒め称えるのを呆然と聞いていた。彼女は、この程度の褒め言葉なら毎週のように聞いているとでも言わんばかりに微笑んで受け流した。
「あいかわらずお上手ね。ところで、私たちの古くからの友達とそこで再会したの。ぜひ紹介させてくださいな。京極髙志さん、あなたもよくご存じ日本橋の京極高靖さんのご長男なの。ご近所だからタケルさんはご存じかもしれないわね」

「おお、あの京極氏の……。はじめまして、マッテオ・ダンジェロです。どうぞお見知りおきを」
「はじめまして。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 ヤマト氏もどうやら父のことをよく知っているらしい、ニコニコして握手を交わしてくれた。
「お噂はよく伺っています。お近づきになれて嬉しいです。今、マッテオと話をしていたのですが、あちらのバーにとてもいい出來のルイ・ロデレールがあるそうなんです。それで乾杯しませんか」

 それで、僕たちは広間の中央から、バーの方へと移動することにした。が、園城と結城は一緒に移動する氣配がない。
「失礼、私たち、これからリハーサルがあるのでここで失礼するわ」

「リハーサル? ああ、君たちが出演する、明日の演奏会のかい?」
ダンジェロ氏が訊くと結城は首を振った。

「いや、それとは別さ。実は、普段ヨーロッパにいる友達四人組も来ているんだ。それで急遽一緒に演奏することになってね。たぶん、夜にバーで軽く演奏すると思うから、時間があったら来てくれ」
「じゃあ、また、後で逢いましょう」
そう言って二人は、去って行った。それで、僕はダンジェロ氏とヤマト氏に連れられてバーの方へ行った。

 移動中に、ヤマト氏の愛猫が何か珍しいものを目にしたらしく、彼の肩から飛び降りてバーと反対の方に駈けていってしまった。ヤマト氏はこう言いながら後を急いで追った。
「失礼、マコトを掴まえて、そちらに行きます!」

 結局、僕はダンジェロ氏と二人で、笑いながらバーに向かった。

 がっしりとした樫の木材で作られたバーは後ろが大きな四角い鏡張りになっていた。そして、そこに目をやって僕はギョッとした。映った僕たちの他に、白い見慣れた顔が見えたのだ。思わず叫んでしまった。
「山内!」

 その声に驚き、ダンジェロ氏も鏡の中の妖狐に氣付いた。しまった……。

 よく見ると山内の様子がいつもと違う。立ち方がエレガントだし、それにいつも好んで選ぶ変な服と違い、上等のワンピースを着ている。サーモンピンクの光沢のある絹の上を白いレースで覆った趣味のいいカクテルドレスだ。そして、僕の横を見て嬉しそうに口を開き、鈴の鳴るような可愛らしい声で英語を口にした。
「マッテオ! 私よ」

「おや、その声は僕の愛しい天使さんだね。どういう仕掛けになっているのかな? アンジェリカ」
ダンジェロ氏が、その声に反応した。

 僕は、自分でも血の氣が引いていくのをはっきりと感じた。山内のヤツ、なんてことをしてくれたんだ!
「まさか、妖狐に身体を乗っ取られてしまったのかい、お嬢さん!」

 妖狐の姿をしたダンジェロ氏の連れと思われる少女は、首を振った。
「いいえ。違うの。さっきタクヤとしばらくのあいだ身体を交換する契約を結んだだけ。マッテオが社交で忙しい間、この船内のなかなか行けないところを冒険するつもりなの。明後日の十時までに戻るから心配しないで。マッテオに心配かけないように、あらかじめちゃんと説明しておこうと思って。でも、会場の真ん中には行けなくて困っていたの。この広間で四角い枠はこの鏡の他にはあまりないでしょう。この側に来てくれて本当に助かったわ」

「ダンジェロさん、この方は……」
僕が恐縮して訊くと、ダンジェロ氏は、大して困惑した様子もなく答えた。
「ああ、紹介するよ。僕の姪、アンジェリカだよ。普段は十歳の少女なんだ。アンジェリカ、こちらは京極髙志氏だ」

 ってことは、山内のヤツは十歳のアメリカ人少女のなりでこの船内を歩き回っているっていうわけか……。

「ああ、タクヤが言ってたタカシっていうのはあなたね。どうぞよろしく。マッテオ、詳しくはこの人に説明してもらってね」
妖狐の中の少女は朗らかに笑った。

 ダンジェロ氏は、鷹揚に笑った。
「オーケー、僕の愛しい雌狐ヴォルピーナ ちゃん。世界で一番賢いお前のことだ、何をするにしても僕は信用しているよ。危険なことだけはしないでおくれよ。それに、困ったことが起こりそうだったら、すぐに僕たちに相談すると約束してくれるね」

「サンクス、マッテオ。もちろんそうするわ。タカシも、心配しないでね」
妖狐姿のアンジェリカはウィンクした。

「ところで、アンジェリカ。そのカクテルドレスだけれど」
ダンジェロ氏が、鏡の奥へと去って行こうとする彼女を呼び止めた。彼女は振り返って「叱られるかな」という顔をした。

「私の服だと小さくて入らないから家に戻って、ママのワードローブから借りてきたの。だって、変な安っぽい服着ているのいやだったんだもの。ダメだった?」
ダンジェロ氏は、「仕方ないな」と愛情のこもった表情をして答えた。

「エレガントでとても素敵だよ。アレッサンドラに内緒にしておくが、汚さないないように頼むよ。来月ヴァルテンアドラー候国八百年式典の庭園パーティーで着る予定のはずだ。とくにそのレース、熟練職人の手編みで1ヤードあたり六千ドルする一点ものだから、引っかけたりしないようにしてくれよ、小さなおしゃれ上手さん」

 僕の常識を越えた世界だ。姪に甘いにも程がある。だが、よその家庭の話はどうでもいい、僕はアンジェリカ嬢の身体を借りて、何かを企んでいる山内を探して監視しなくては。まったく、どうしてことごとく邪魔ばかりするんだろう、あの男は。誰のために僕がこの船のオーナーと話をしたがっているのか、わかっているんだろうか。
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Tag : 小説 連載小説 コラボ オリキャラのオフ会

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた二回目です。

この小説で、実はグレッグの実母レベッカよりも私が書きたかった女性マデリン・アトキンスは、実はずっと昔に書きボツにした別の小説のキャラクターでした。こういう使い回しを私はよくやりますね。実は、「郷愁の丘」を書いたときには、この役割の女性を登場させる予定がまるでなかったので、ついマデリンという名前をレイチェルの娘にあげてしまったのですが、後から失敗したな、と思っていました。今回の女性を別の名前にすればいいだけの話でしたが、マデリンという名前で私の中にいること、すでに三十年近いキャラクターで、もう他の名前が馴染みません。

さて、マデリンと若かりし日のグレッグの関係を、鈍いジョルジアもようやくわかったようです。そりゃグレッグは細かく説明しませんよね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -

 彼女の部屋は少し暗かったが、きちんと片付いていて心地よかった。古い調度は、彼女の刻んできた歴史を強調しているようだった。小さいテーブル、二つの腰掛け、七十年代風テキスタイルのカーテンは、おそらく懐古主義で選んだ柄ではなく、その時代から掛け替えていないのだろうと想像できた。

 その佇まいは、モノクロームで映し出せば完璧だと思われた。それはつまり、カラーで表現するにはあまりにも色褪せていて大衆に訴えかける魅力に乏しい部屋だった。だが、結局のところ誰であっても大衆の好みに合わせて生活を変える必要などないのだ。

「アメリカ人のあんたは、コーヒーを好むかもしれないが、あいにくと長いことコーヒーを飲む客を迎えていないのでね。紅茶が苦手だとしたらハーブティーくらいしかない。何がいいかい?」
「紅茶をいただきます。アメリカに紅茶の美味しさを触れ回るロンドン出身の友人がいるんですが、こちらでミルクティーを飲んでようやく納得しました。本当に美味しいですもの」

 マデリンは「そうかい」と言うと、少し嬉しそうにティーセットを用意した。件の友人、骨董店《ウェリントン商会》のクライヴ・マクミランは、いつでも店の銀器や瀬戸物をピカピカに磨いているのだが、彼が見たら何か言わずにはいられない状態のポットだった。取っ手の一部は欠けているし、底の近くはひび割れていた。注ぎ口の近くにこびりついた茶渋が、彼女の決して裕福ではないだろう日常の積み重ねを暗示していた。

「アシュレイは、すぐにケニアに帰ってしまったと聞いたよ。いくつになったかね」
「四十を少し超えたくらいでしょうか」
以前、グレッグが、オックスフォード時代にリチャードやアウレリオと一緒に何年も過ごしたと話してくれた。つまり、リチャードはグレッグとあまり年が変わらないはずだ。

「なんていったかね、イタリア人の友達、ああ、ブラスだったか、あの青年といつも大騒ぎしていてね。二人とももう家庭でももって落ち着いただろうね」

「アウレリオは二人の子供の父親になりました。リチャードは、私の知る限り結婚の意思はないみたいです」
「そうかい。一人に絞るのは難しいかもしれないね」
マデリンはくすくす笑った。

 この人は、本当にあの時代のリチャードとアウレリオをよく知っていたのだ。アウレリオが、マディと知り合うきっかけが欲しくて話したこともなかったグレッグに仲介を頼んだという話をアフリカで耳にしたばかりだ。それは正にいまジョルジアの立つこの街だったのだ。その時代にグレッグもこの街で暮らしていたのだ。

「あの頃は、まるで昨日のようだ。だが、もはやすっかり様変わりしてしまった。あたしは老いぼれになり、学生たちはずっと大人しくなってしまった。この一画もあたしたちの同業者はほとんどいなくなり、観光客に部屋を貸す業者ばかりになってしまった。警察は喜んだみたいだが、外国人が部屋を買っては値段をつり上げたり、もっと物騒な犯罪に使ったりと、あまり芳しくない傾向に陥っている。懐古主義に陥っている警察官もいるよ」

「警察?」
ジョルジアは戸惑った。

「心配しなさんな。あたしはご覧の通り、この歳でもう仕事はしていないからね。五年前に六十五になったので、他の人と同じように年金暮らしになったのさ」
ジョルジアは、驚いた。八十過ぎかと思っていたのに、この人はまだ七十歳だったのだ。

 しかし、マデリン・アトキンスはジョルジアには構わずに続けた。
「ここにいるからって警察が踏み込んで逮捕するようなことはないよ。あたしは仕事に誇りをもっていたわけじゃないが、少なくとも恥じてはいなかった。ただ食っていかなくちゃいけなかった、それだけさ」

「リチャードやアウレリオもあなたのお客だったんですか?」
ジョルジアは、警察という言葉に不安を持って訊いた。そして、グレッグも……。本当に訊きたかったことはそれだ。そして、どんな犯罪に関係しているのだろう。

「いや、ブラスは若い子が好きだったからね。でも、アシュレイは時々ね。素人でない女を抱きたい時もあるとかなんとか妙な理屈を言ってきたものさ」
マデリンの言葉を聞いて、ジョルジアはようやく理解した。

 この女性は娼婦だったのだ。そして、おそらくグレッグもまた客の一人だったのだろう。ジョルジアはどこかほっとしていた。婚約者が娼婦のところに通っていたと聞いたら、普通は怒るかショックを受けるものだと思うが、警察という彼女の言葉で、グレッグが何か犯罪に巻き込まれたのではないかと想像した彼女には、娼婦に通うくらい全くの許容範囲に思われた。

「長く仕事をしていると、いろいろな客がいたものさ。アシュレイは一度ガールフレンドと手も握れない晩熟な学生を連れてきたよ。セックスのイロハを教えてやって欲しいってね」
それは、グレッグのことかもしれないとジョルジアは考えた。

「教えてあげたんですね」
「一通りのことはね。動物行動学を学んでいて、器官のことは専門用語であれこれ言っていたが、実際の男と女のことはまるっきりわかっていなかったね」
ジョルジアはクスッと笑った。
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Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 2 -

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第二回目です。

ようやく本題に入った。こんな感じでストーリーが進みます。というわけで、うちのキャラを書こうとしているみなさま、中身が入れ替わっておりますので、ご注意ください。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定/この話をはじめから読む



目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 2 -


 俺がお茶会に紛れ込んで美味いものを食うにはどうしたらいいかを考えていると、ドアの前に来ていたブルネットの少女が「ところで」と唐突に話しかけた。げっ。いつの間に。

「あなたは一体だれ? その耳と尻尾は仮装なの?」
どっかで見たような顔の少女だった。俺は、アイドルや二次元の方が好みだったのでガイジンには詳しくないが、この顔にそっくりな女は何度も見たことがある。スーパーモデルってやつ? 名前までは知らないけれど。が、この子は大人びてはいるけれど、絶対に本人じゃないだろう、若すぎる。

 俺がこの妖狐スタイルになって実にラッキーだと思うことの一つに、語学問題がある。学校に通っていたときから、勉強は苦手で英語なんて平均点以上採ったことがない俺だが、この狐耳から聞こえてくる言葉は、全部日本語と同様にわかるのだ。テレビの会話を理解していただけだから、俺が話す言葉もガイジンに通じるかどうかはわからないけれど。

「仮装じゃないさ。本当の耳と尻尾」
言ってみたら、少女は目を丸くした。
「触ってみてもいい?」

 ってことは、俺の言葉も通じているって事だ。へえ、びっくり。
「触ってもいいけどさ、あんた、怖くないのか? 俺が妖怪だったらどうするんだよ」

 少女は首を振った。
「全然怖くないわよ。だって、カーニバルで仮装の子供たちが着るみたいな、ペラペラの服着ているお化けなんているわけないもの。なぜセーラー服にミニスカートを合わせているの? 狐の世界での流行?」

 俺はがっかりした。日本でも放映が始まったばかりの『魔法少女♡ワルキューレ』をガイジンが知っているとは思わないけれど、アニメコスプレについては、海外でももっと市民権を得ていると思ったのにな。でも、確かにこの子が着ている服、めちゃくちゃ高価そうだもんな、化繊の安物コスチュームに憧れるわけないか。

「狐の流行じゃなくて『魔法少女♡ワルキューレ』のコスチュームだよ。あんた、ジャパニーズ・アニメは観ないのか。どこの国から来たんだ? 俺は、日本人で山内拓也って言うんだけどさ」
俺が訊くと、少女はにっこりと笑って握手の手を差し出した。

「はじめまして。私、アンジェリカ・ダ・シウバ。アメリカ人よ。マッテオ伯父さんと一緒に来たの。タクヤは、日本の狐なの? 招待されて一人で来たの?」
「いや。京極髙志っていうヤツが招待状をもらったんだ。俺は面白そうだから来ただけ。俺、どこにでも行けるんだぜ。四角い枠からは出られないんだけどさ」
「ふーん。便利なんだか不便なんだかわからないわね。ところで、どうして男の人みたいな声なの?」
「俺、もともとは男だったんだもの。身体をだれかに取られちゃってさ。まあ、この身体のままでも、そんなに悪くないけどね。お茶会に行けないのが、目下の悩み」

 アンジェリカは、少し思案をしていた。
「お茶会に行けなくて悩んでいるのって、みんなとお茶が飲みたいの?」

「いや、美味いものさえ食えれば、それでいいんだけどさ。でも、ビュッフェのところにいって好きなものを取りに行くとか、そういうことはできないんだ。京極の野郎は、社交で忙しくて、エビピラフとグラタンを取ってきてくれとか、言っても聞いていないと思うし」

 アンジェリカは、頷いた。
「せっかくどこにでも行けるのに、簡単じゃないのね。私はエビピラフなんか食べられなくてもいいから、ちょっとだけでもどこにでも行ける能力が欲しいな。この船の地下に、いろいろと秘密があるんですって。でも、どこにも通路がないんだもの」

 で、俺はひらめいた。
「まじか? だったら、しばらく身体を交換しないか?」
「交換? そんなことできるの?」
「ああ。俺がこの服を脱いで、あんたと目を合わせれば、入れ替わる」

「でも、それで元に戻れなくなったら困るもの」
「この身体になったら四角いところのどこへでも行けるんだぜ。つまり好きなときに俺の前に出てきて目を合わせれば戻れるんだ。もっとも俺、明後日の朝十時までにはどうしてもこの身体に戻って『魔法少女♡ワルキューレ』の第二回放送を観たいんだ。遅くともそれまでにしてくれよ」

 アンジェリカは、少し考えていたが頷いた。
「わかったわ。そうしましょう。でも、私の格好をして、品位の下がるようなことしないでよ」

 俺は、情けなくなった。京極にもいつも叱られっぱなしだけど、こんなガキにまで信用ないなんて。まあ、無理ないけど。

 そういうわけで、俺とアンジェリカは、身体を交換した。アンジェリカに教えてもらった彼女の船室に戻り、お茶会に相応しい服を選ぶことにする。いま着ているクリーム色のワンピースを見るだけで、大金持ちの娘なのは丸わかり。俺、ロリコン趣味はないけど、これだけの美少女の身体でコスプレ、もといファッションショーごっこをするのは悪くない。明後日の十時までの四十時間、楽しく遊ばせてもらうぜ。ついでに好きな食い物たらふく食べるぞ!
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Tag : 小説 連載小説 コラボ オリキャラのオフ会

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。

かなり短い話だからと、ちんたら連載してきましたが、氣が付いたら今年もあと三ヶ月じゃないですか。早く終わらせないと「scriviamo!」で中断になってしまう。というわけで、『オリキャラのオフ会』と同時に公開していきます。小説続きでうんざりの読者様、そういう大人の事情がありますのでご了承くださいませ。

とはいえ、12000字以上あるこの『もう一人のマデリン』、六回に分けます。もっとまとめて発表も出来るのですが、この十月が珍しく忙しく『十二ヶ月の歌』シリーズが用意できないのです。すみません。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 1 -

 ジョルジアは、カメラを持って出かけた。バースにいた時は、グレッグの様子が心配で写真を撮るような心持ちにはならなかったのだが、サザートン教授との再会で彼が笑顔に戻ったので、彼女の心も浮上したのだ。

 彼女は、まずセント・メアリー・チャーチに行った。十三世紀後半に建てられたオックスフォードを代表する教会だ。六十メートルを超す塔は展望台になっている。すぐ目の前にあるオックスフォードの象徴的建物ラドクリフ・カメラをはじめとしてオックスフォードの街が一望の下だ。

 彼女は、様々な方向を見て「あれがホテルね」「ベリオール・カレッジはあれかしら」「あの通りはかなり広い大通りなのね」と街の地理を確認した。

 若かりし日に、グレッグがウォレスに連れられて行ったであろう図書館や、おそらくリチャードやアウレリオが大騒ぎしていたであろうパブなどを想像して、微笑ましく思った。

 それから、昨日プレゼントを買うために通った一角にも目を向けた。石造りの建物、郵便受けを脳裏に描いた。マデリン。名前をつぶやく。マディと同じなのですぐに憶えてしまった。明るくて積極的な未来の義妹は、とても魅力的だ。もう一人のマデリンはどんな人だったのだろう。

 後ろから控えめな咳が聞こえて、ジョルジアは他の観光客の邪魔をしていたことに氣が付いた。想いにふけるにはこの展望台は狭すぎる。彼女は塔から降りて、彼女を沈思に至らせたあの通りと反対の方向へと歩いた。

 ハイストリートから、タールストリートへ抜けてしばらく歩き、カバード・マーケットに入った。屋根に覆われ天候に左右されずに買い物のできる市場だ。オレンジと白の明るい天井の下に、色とりどりの野菜や花、ソーセージなどの加工肉などを売る店が並ぶ。観光客向けの土産を売る店もあるし、金物屋もあった。額縁と芸術的な写真を扱っていると思われる店には学位を受けた学生が正装のマントを着ている写真が飾ってある。

 ジョルジアは、一度も写真を撮っていないことに氣が付いた。次は何を見ようと思っているわけでもない。心は、あの暗い路地にあるのだ。

 彼女は、立ち止まり、それから踵を返した。

* * *


「何か用かい」

 ジョルジアは、ドキッとして振り向いた。黒と紫のくたびれた服を身につけた老女が立っていた。深く刻まれた皺と曲がった腰、そして立っているのも難儀な様子だったが、目の光は強く、頭はしっかりとしているようだと思った。

 ジョルジアは、昨日グレッグと通った一角にわけなくたどり着いた。そこで何をするのか何も考えていなかったことに思い至り、郵便受けの古い表札をもう一度見てから立ち去ろうとしたところだった。声をかけられて初めて、マデリン・アトキンスという女性のことを訊いてみようかと思った。

「このフラットにお住まいの方でしょうか」
「そうだよ」
「ここに少なくとも二十年くらい前からアトキンスさんという方が、お住まいだと思うんですが……」

 老女は、じっと見つめてから言った。
「あたしがそうだけれど、あたしはあんたを知らないね」

 ジョルジアは驚いた。グレッグが探していた女性がこんなに高齢だとは思わなかったのだ。そうであってもおかしくないのに、どういう訳か、もっと若い女性だと思っていた。言葉の濁し方が、彼らしくなく曖昧だったからかもしれない。

「私はここにははじめて来たんです。かつて学生として住んでいた人が、あなたがまだここにいらっしゃるのか氣になっていたみたいだったので……。大変失礼しました」

 マデリン・アトキンスは、記憶をたどっているようだった。
「あんたの言葉から推測すると、アメリカ人だね。二十年前のアメリカ人の学生かい……」
「あ、私は確かにアメリカ人ですが、彼はケニア出身で……」

 そう言った途端、マデリンははっとした。
「アシュレイかい?」

 ジョルジアは、思いがけない名前に驚いた。
「リチャードをご存知なんですか?」
「知っているとも。あれは忘れられない学生だったからねぇ。顔が広くて、面倒見が良くて、あたしにも随分たくさんの客を紹介してくれたものさ。ガールフレンドに困っていたことはなさそうなのにね」

 客の紹介と、ガールフレンドになんの関係があるのか、ジョルジアにはわからなかった。が、マデリンは、ずっと親しみやすい表情になって、手招きした。
「こんなところで立ち話もなんだから、入りなさい。お茶でもどうだい」

 ジョルジアは、頷いた。リチャードと親しいなら、グレッグも学生時代に彼女の店かなにかを訪れたのかもしれない。どんな商売だかわからないけれど。

 それに、この女性にはどこか惹かれるところがあった。

 人々の人生の陰影を撮ることをテーマにして過ごしてきたこの二年半で、彼女は人生の喜びや悲しみを重ねてきたストーリーを表情に刻んでいる人を見出す職業的勘をいつの間にか磨いた。

 彼女の脳のどこかで「マデリン・アトキンスは、決定的瞬間を撮らせてくれる被写体である」と言うシグナルが、点滅していた。
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Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 1 -

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第一回目です。

すみません、まだウゾさんのところのキャラしか出てきていませんし、宿題の『旅の思い出』も出てきていません。次回以降にぼちぼち書きますので、今日は導入部のみで失礼します。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定など




目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 1 -


 ほう。さすがは、お坊ちゃま。

 京極は、ウェルカムパーティに遅れないように身支度をした。タキシード、俺には執事コスプレにしか思えない服装をしてもちゃんと絵になる。鏡を覗いて、俺がちゃっかり来ているのを知り、露骨に嫌な顔をした。

「来るなといったのに、どうしてここにいるんだ、山内」

 山内拓也、それが俺の名前だ。見かけは全然それっぽくない。かつては普通の男だったけれど、あれこれあって、今は狐の耳と尻尾を持つ美少女の姿をしている。四角い枠の中にしかいられないのはもどかしいが、反対に四角い枠の中であればどんなところにでも自由にいけるという、非常に便利な能力を持った異形なのだ。

 京極髙志は、俺が勤めていた会社の総務課長代理だ。イケメンで、お育ちもいい上に、仕事も出来るので女たちが群がるけっこうなご身分。ずっとムカついていたけれど、俺が本来の身体を乗っ取られてこの姿になってしまって以来、自宅にかくまってくれて面倒を看てくれている。そう、こいつは性格もいいヤツなんだ、腹立たしいことに。

「世界から金持ちがワラワラ集まる豪華客船パーティ、美味いものも、綺麗どころもたっぷりと聞いたら、そりゃ行きたくなるさ。お前だけ楽しむなんてずるいぞ」

 京極は、ますます嫌な顔をしてため息をついた。
「僕は、遊びに来たわけじゃない。乗っ取られた君の身体とパスポートで、イタリアに入ったという《ニセ山内》の情報をもらうために、この船のオーナーと話をする必要があるから来たんだ。君だって、早く身体を取り戻したいだろう」

 そう言われて、俺は少し考えた。まあ、確かに身体を取り返したいって思いはあるけれど……。
「そんなに急がなくても、いいかな。ほら、先週『魔法少女♡ワルキューレ』の放映が始まったばかりだし、その他にリアルタイムで追いたいシリーズがいくつかあるんだよな。ゲームもまだシリーズ3に着手しだしたところだし、コスプレの方も……」

 俺ののんびりライフのプランを聴いてイラッときたのか、京極はそれを遮った。
「そういえば、先週も着払いで何かを頼んだだろう」

「悪い。けど、しょうがないだろう。俺は休職中で収入ないしさ。お前のクレジットカードの家族カード作ってくれたら、着払いはやめるよ」
「冗談じゃない。カードなんか作ったら、とんでもないサイトで課金するに決まっている」

 よくおわかりで。
「まあね。でも、服は仕方ないよ、必要経費だろ? お前にとっても」

 これは京極にとっても痛いところをついたようだ。服の着用が、俺の持つもう一つの迷惑な能力を封印するからだ。

 俺は、誰かと目を合わせると、そいつと身体を交換することが出来る。まあ、そういうわけで俺自身の身体を誰かに持って行かれてしまったわけだ。で、もう一度目を合わせると再び元に戻る。同じ相手とは一度しか交換できない。つまり、俺は俺自身と目を合わせて身体を取り戻さなくちゃいけないわけだけれど、そいつがどこにいるのかわからない限り、話は簡単じゃない。

 で、事情をよく知っている京極ん家の露天風呂をメインの根城にさせてもらっているのだが、一応美少女の姿をしているので、独身の京極には目の毒らしく「服を着ろ」と言われた。で、着てみたらなんと誰と目を合わせても問題は起こらないということがわかったのだ。おかげで、京極は俺が服を脱いで人前に出ないようにますます心を砕く羽目になったというわけだ。

 俺にとっても悪い話ではなかった。もともと俺は猫耳のギャルが大好きなのだ。で、鏡に映せば自分の姿にはいくらでも萌えられる。コスプレもし放題。アニメとゲームの合間にコスプレ、こんな天国がどこにあるだろうか。身体が戻ってしまったら、またドヤされながら営業に回らなくっちゃいけない。だったら今のうちに存分楽しまなくちゃ。

 払わされる京極には悪いけど、俺の軍資金はとっくに底をついてしまったから……。ま、いいだろ、お坊ちゃまには働かなくても構わないくらい財産があるんだから、月に数着の服くらい。いや、数着じゃないな、小物も入れたらギリ二桁ってとこ?

 今日、選んでみたのはさっき届いたばかりの『魔法少女♡ワルキューレ』のシリーズもの。まずは『ファイヤー戦士ブリュンヒルド」を着てみた。白い肌に赤いミニスカって、滅茶苦茶合うよね。髪型もちゃんと高めのポニーテールにして再現したけど、京極のヤツ、わかってんのかな。

 京極はため息をつくと、袖口をカフスで留めた。
「しかたないな。観て歩くのは仕方ないが、あまりあちこちで迷惑をかけるなよ。大人しくそこでアニメでも観ていてくれ」

 そう言って京極のヤツは出て行った。ふふん、この船のテレビはオンデマンドだから、かじりついていなくても再放送を観られるんだよ。もちろん『魔法少女♡ワルキューレ』の放映は外せないけどさ。

 さ。せっかくたくさんの服を用意してきたし、あちこちで見せびらかしてこなくっちゃ。どこから行こうかな。

 テレビやスマホ、ドア、窓や鏡だけじゃない。プール、ビリヤード台、調理場の流し、ワゴンの下、段ボール箱、ポスター。四角いところならこの船のどこにでもある。

 試しに一つのドアへ行ってみたら、ちょうど二人の少女が挨拶をしているところだった。一人はクリーム色のボレロ付きワンピースを着たブルネットの少女で、もう一人は全身真っ白のビスクドールのように美しい少女。ブルネットの少女が一人であれこれ話しかけながら、もう一人の少女にガラスの煌めく髪飾りをプレゼントして去って行った。白い少女は、髪飾りを陽に透かし、それから少し離れたところで立っていた全身黒づくめの男にそれを見せた。

 俺は、もう一人の少女が語っていたことをちゃんと聞き取っていた。「甲板長主催の船に纏わる伝説とお茶会」そんなものがあるなら、顔を出してみようかな。いや、茶菓子を食べるのは、枠の中にいたらダメだよな。さて、どうしよう。
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Posted by 八少女 夕

【小説】あなたを海に沈めたい

「十二ヶ月の歌」の九月分です。なぜ一ヶ月がこんなに早いんだろう……。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。九月は加藤登紀子の”難破船”にインスパイアされて書いた作品です。中森明菜が歌ってヒットしましたよね。私にとってもそのイメーシが強いのです。こちらは日本ではとても有名な曲ですので、聴いてみたい方、歌詞を知りたい方はWEBで検索してくださいね。

さて、もちろん原曲は、純粋な失恋の歌なのですけれど、私の中でこんなイメージがいつもつきまとっていました。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



あなたを海に沈めたい
Inspired from "難破船" by 加藤登紀子

 おかしな降り方の雨だった。
「今日降るなんて聞いていないよ!」「傘、もってこなかった」
人々は口々に文句を言いながら通り過ぎた。ぽつりほつりと降っていたのはほんのわずかの間だけで、すぐに熱帯雨林のスコールのような土砂降りになり、庇や地下鉄へと駆け込もうとする人々で街は急に騒がしくなった。

 唯依だけが、恨めしげに天を仰いだだけで、そのまま重い足取りで進んだ。何もかもが上手くいかなくなり、全てが裏目に出た。雨にひどく濡れるくらい、大して違いはない。むしろ、惨めなのは自分だけではないと思えて有難かった。

* * *


 マストはゆっくりと揺れていた。ほとんど無風だ。眩しい光と、たくさんの白が、勝の眼を射た。白い帆、白い船体、白いリクライニングチェア、そして、その上で背中を焼く茉莉奈の白いビキニ。彼は、船内に入り冷えたヴーヴ・クリコの瓶を冷蔵庫から取りだした。ポンと心地のいい音をさせて、コルクは青い大西洋に吸い込まれていった。

 セントジョージを目指すプライヴェート・セーリング。真の勝者だけがエンジョイできる娯楽だ。残業禁止だ、営業成績不振だと締め付けられながら、代わり映えのしない日々をあくせくと働く奴らが、生涯手にすることのできない時間をこうして楽しんでいる。彼は、ジャンペンを冷えたグラスに注ぎ、この幸福を彼にもたらした新妻に渡した。

「ああ、美味しい。ヴーヴ・クリコの味が一番好き。屋内のパーティで飲むのも悪くないけれど、こうして太陽の下で飲むのが一番よね」
茉莉奈は、にっこりと笑った。

「社の飲み会では、乾杯以外ほとんど口をつけなかったから、君はアルコールに弱いんだと思っていたよ」
「私、あの手の安っぽいビール、嫌いなの。そもそも、会社の飲み会なんて全く行きたくなかったわ」
「勤めも社長と会長に言われて、仕方なくだったのかい?」
「まあね」

 茉莉奈が社長の娘であることは、ずっと秘密にされていた。もちろん、どこかのお嬢様に違いないとは、入社してすぐから噂になったけれど。勝は、次期社長の座を狙って茉莉奈に近づいたわけではない。彼を振り向かせようと躍起になったのは彼女の方だった。華のある美人で、スタイルも抜群、しかも将来の出世が約束されているとわかっているのに袖にするほど勝も天邪鬼ではない。

 同期の佐藤が結婚したときにもらった休暇は二週間だった。ハネムーンはハワイで、芋洗いのような混雑したビーチでのスナップ写真を見せられた。勝と茉莉奈は、一ヶ月のハネムーン旅行を大いに楽しむことが出来る。大型セーリングヨットを貸し切り太陽を自分たちだけのものにするのだ。もちろん、帆を張ったり、航路を決めて安全に走行するのは二人のクルーの役目だが。

「経理課や総務課なんて、死んでもごめんよ。あんな地味な制服を着て週の大半を過ごすなんて。あんなつまらない仕事は、地味に働くほかない人がするものよ。……鈴木唯依さんとか」

 勝は眉を寄せた。
「……彼女と知り合いなのか?」

 茉莉奈は意味ありげに笑った。
「知り合いってほどじゃないわ。でも、狙った相手にアタックする前に恋人がいるかリサーチぐらい、誰だってするわよ。もしかして、知られていないと思ってた?」

 勝は、少し慌てた。
「君と二股をかけていたわけじゃない。その……フェードアウトしていた時に、君と知り合ったんだ」

 茉莉奈は、シャンパングラスを傾けて、答えた。
「知ってるわよ。彼女の担当の仕事が忙しくて、ずっと逢えなかったんでしょう? だって、そうなるように板東のおじさまにお願いしたんだもの」
「経理部長に? まさか」

「柿本英子って知ってる? 私の同期。板東のおじさまとつきあっているの。それをパパに告げ口されたら大変だと思ったんじゃないかしら、ちょっと冗談っぽくお願いしただけで、何も訊かずにあの子を仕事漬けにしてくれたわ。でも、誓ってもいいけれど、それ以上のことは何もしていないわよ。だって、一緒にいる時間さえあれば、あなたが私を選んでくれることはわかっていたもの」

 勝は取ってつけたように笑った。
「まったく君には勝てないな。言うとおりさ。僕は君の魅力に抗えなかった」

 油断していたと思った。唯依とつきあっていたことを茉莉奈に知られていたなんて。茉莉奈との二度目のデートにこぎ着け、自分の人生に新たなチャンスが巡ってきたことを確信してすぐに、唯依にメールで別れを告げた。彼女が納得せず大騒ぎになることを怖れていたが、物わかりのいいことが一番の美点だと常々思っていた通り、一度会ってできるだけ誠実に見えるように振る舞ったら、なんとかこじれずに別れることが出来た。

* * *


 熱帯雨林のように不快な湿氣を恨めしく思った。纏わり付き、この身を雁字がらめに捕らえているのは、勝への妄執なのだと思った。忘れることも出来ず、憎むことも出来ず、まだ、どうしようもなく彼を望む心を持て余していた。
 
 だが、今さら何が出来るというのだろう。加藤勝に捨てられてからもう半年以上が経っていたし、彼は会社中の祝福の中で社長令嬢と華燭の宴をあげてしまった。唯依とつきあっていたことすら、会社ではほとんど誰も知らず、興味も持っていない。彼の心も未来も彼女のものなのだ。それを納得できないでいるのは唯依たった一人なのだ。

 二人の女を天秤にかけ自分を捨てていった勝への怒りは、どこかへと押し込められていた。それ以上に、ただ、彼の元へ行き、泣きすがり、抱き留めてもらいたいという願いに支配されていた。

 二人がセーリングヨットを貸し切りにしてハネムーンを過ごしていると聞いたフロリダの海を心に描いた。自分とのハネムーンだったらどんなに素晴らしいことだろう。空を駈け、彼を探して飛び回った。白い大きな帆船。三角の二つのマスト。シャンペングラスを持った勝の姿を目にしたように思った。

 突然立ちくらみがして、唯依はその場にしゃがみ込んだ。

* * *


 突然、バンっという大きな音が頭上から聞こえた。間髪入れずに「きゃっ!」と茉莉奈が叫んだ。リクライニングチェアのすぐ脇に、落ちてきた何かが大きな音を立てた。
「やだっ。何?」

 勝が近寄ると、それは白い鳥だった。わずかにオレンジがかった顔と黒い羽根の先、ピンクのくちばしでびっくりするほど大きい。カモメってこんなに大きかったんだと驚いた。マストにぶつかったのだろうか。片方の翼だけをはためかせて暴れている。茉莉奈が怯えるので、とにかく抑えようと側に寄った。鳥の方は、捕まらないように、もっと大きな音を立てた。

「どうしました」
機関室の裏側で作業をしていたクルー、ラモン・アルバが寄ってきた。

「落ちてきたんだ。マストにぶつかったんじゃないかな」
勝は肩をすくめた。

「あっ。そ、その鳥は……怪我をしているのでは?」
「ああ、片方の翼を動かせないみたいだね。折れちゃったんじゃないかな」

「嫌だわ。早くどけてよ」
茉莉奈は、眉をひそめた。東京でも感染症を引き起こす菌が多いからと鳩の側に行くのを異様に嫌がる彼女が、こんな近くで暴れる野鳥に我慢できるはずはない。

 勝は側にあったクッションを手に取ると、叩くようにしてカモメを船首の脇に追いやった。

「おい! 何をするんだ!」
水夫が怒鳴ったので、勝はむしろ驚いて振り向いた。その勢いで暴れていた哀れな鳥は柵を越えて海へと姿を消してしまった。

 駆け寄ってきたラモンと共に首を伸ばすと、ロープにかろうじて引っかかっていた鳥は次の瞬間に海へと落ちていった。勝は腹に苦い思いがしたが、あえて平静を保って言った。
「かわいそうだが、どっちにしても長くは生きられないさ」

「かわいそうで済むか! 不吉極まりないことをするな」
「なんだって?」

 この男は、やたらと迷信深くて困ると彼は腹の中で呟いた。茉莉奈が船内にバナナを持ち込もうとしたときも「不吉だ」と怒ったし、勝が口笛を吹いたときにもすぐにやめさせた。

「どうしたんですか?!」
機関室から船長デニス・ザルツマンが顔を出した。

「なんでもないよ。カモメが落っこちてきて暴れたから、どけただけさ。海に落っこちてしまったみたいだな。どっちにしても折れた翼じゃ長生きできないだろう」

 ラモン・アルバは青ざめて首を振った。
「違います、船長。あれはカモメなんかじゃない。俺はこの目で見たんだ。アルバロトロスだったんだ!」

 アルバロトロス? なんだ? どの鳥だって、この際どうでもいいだろうに。勝は首を傾げた。

 デニスは、眉をひそめた。
「落ち着くんだ、ラモン。そんなわけないだろう。北大西洋にアホウドリアルバロトロス は生息していない」

「だから、こっちも慌てているんですよ。この俺が、アホウドリがわからないとでも?」
「そうは思わないが……ミスター・カトウ。カモメっておっしゃいましたが、どんな鳥でした?」

「白くて、このくらいの大きさで、顔がオレンジっぽくって、くちばしは淡いピンクだったかな……わざと殺したわけじゃない」
勝が言うと、あきらかに船長の顔色が変わった。
「まさか。……よりにもよって、アホウドリを殺したっていうのか?」

 勝と茉莉奈には、何が何だかわからなかった。まるで死んだのがカモメなら問題ないみたいな言い方だ。まあ、この辺りに生息していない鳥が現れたのは奇妙かもしれないが、たまたま飛んできただけかもしれないのに。

 ラモン・アルバは、震えて今にも泣き出しそうだ。船長は、そんなスペイン人に「しっかりしろ」と言って船内の用事を言いつけた。

 それから小さな声で勝に言った。
「帆船時代、船乗りたちはアホウドリを海で死んだ仲間の生まれ変わりと考え、殺せば呪いがかかると信じていたんですよ。今でももちろんアホウドリを殺すのはタブーです」

 勝はため息をついた。
「時代錯誤な迷信だ。今は、二十一世紀だというのに。大体他にもあの男は、バナナがとうとか、口笛がどうとか……」

 船長は、厳しい目を向けていった。
「つまり、あなたは船に乗るときのタブーをことごとく破り続けているというわけですね。ご自分の国でもそんなことばかりなさっていらっしゃるんですか?」

 勝は、居心地悪そうに視線を落とした。茉莉奈との結婚式は、もちろん大安だったし、スタッフや会社からの参列者にも服装や忌み言葉に氣を付けるよう徹底させた。茉莉奈にとって最高のウェディングになるように心を配ったのだ。

 デニスは、苦々しそうに言った。
「ここバミューダ海域が、他の海よりも危険だという噂は事実ではありません。いわゆるバミューダ・トライアングルで忽然と消えたと喧伝されている幽霊船ストーリーの多くはねつ造です。だが、海そのものが100%安全なわけではありません。私たち船の上で働くものは、常に最善を尽くし安全に旅が終わるように心がけています。その姿勢を馬鹿にするような態度は改めていただきたい」

「ねえ、勝。鳥のことなんかよりも、私、きもち悪い。もっと静かに走るように言ってよ」
茉莉奈の不機嫌な声が聞こえた。船酔いしがちなのだ。

 心なしか先ほどよりも船が大きく揺れている。勝は手すりにつかまった。船長は厳しい顔をして機関室に向かおうとした。

「何か、おかしいのか?」
勝の問いに、彼は行き先を指さした。

 地平線の彼方に、恐ろしい勢いで黒雲が広がっているのが見えた。勝は思わず叫んだ。
「チクショウ! 嵐になりそうじゃないか」
「いい加減にしろ! 海で悪態をつくな! まだわからないのか?!」

「いい加減にするのはどっちだ。こっちは客だぞ。そんなことを言っているヒマがあったら、嵐になる前にセントジョージに到着してみろ」

 デニスは、勝をにらみつけ叫んだ。
「お前らみたいなとことん不吉な客だと知っていたら、載せなかったよ。まさか、この上、誰かの恨みでも買っているんじゃないだろうな。つべこべ言わずに、あの金のかかりそうな女と船室で震えていろ。どんなに立派な船だろうと、どれだけ技術があろうと、嵐が直撃したらこの程度の船はひとたまりもないんだ!」

 おかしな降り方の雨だった。ぽつりほつりと降っていたのはほんのわずかの間だけで、すぐに熱帯雨林のスコールのような土砂降りになった。波はひどく高くなり、80メートルもある船が、木の葉のように上下に揺れた。

 デニスと、船室から出てきて青ざめながら作業をはじめたラモンの様子から、近づいてくる嵐は生命の危険すらある深刻なものだと勝にもわかった。船の揺れはもう立っているのが精一杯になってきた。とにかく茉莉奈を落ち着かせなくては。不安で泣き叫ぶ新妻の腕を取り、這うような形で彼は船室を目指した。

* * *


「どうしました? 大丈夫ですか?」
遠くから声が聞こえる。唯依は、それが自分にかけられていることを認識した。瞼を開けると、数人の親切そうな人たちが囲んでいた。心配そうにのぞき込んでいる。

 唯依は、目を上げた。いつもの通勤路だ。先ほどの雨が嘘のように、雲が消え去り強い陽光が濡れた服をじりじりと温めた。

「なんでもありません。少し立ちくらみがしたんです」
彼女は立ち上がった。

 ここは東京だ。心だけでも大西洋にいる彼を追いかけていけるなんて、そんなことがあるはずはない。彼と一緒に二人でバミューダ海の底へ沈んでしまいたいだなんて、馬鹿げた願いだ。

 思い惑い、半年以上も進む道を見つけられない自分は、難破船のようだと思った。

 だれにも顧みられない、ひとりぼっちの自分でも、人生はまだ続いていく。経理課の仕事は、自分に向いている。彼と社長令嬢の幸せな話を聞くのはつらいけれど、生活のためには黙って働き続けるしかない。もしかしたら、その平凡な日常こそが、自分をどこかの岸辺に連れて行ってくれるのかもしれないと願った。

(初出:2019年9月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

2019 オリキャラのオフ会 豪華客船の旅の設定です

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で9月〜10月に開催される「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」に参加することになりました。(くわしくはリンクへどうぞ)

オリキャラのオフ会


今回、うちから参加させていただくのは、

ニューヨークの異邦人たち」シリーズからマッテオ・ダンジェロとアンジェリカ

目が合ったそのときには」シリーズから京極髙志と山内拓也

の四人です。

マッテオたちと京極たちは別行動の予定。っていうか、山内拓也は異形なので招待状もらっていません。密航です。すみません。

【随時更新 設定と予定の追加】
(彩洋さんの詳細を見てから書きますね)



四人のキャラクター設定です。
◆マッテオ・ダンジェロ(本名マッテオ・カペッリ)
40歳。身長178cm。ニューヨーク在住のイタリア系アメリカ人。主に健康食品を扱うヘルサンジェル社のCEO。明るい茶色の巻き毛で瞳は茶色い。上質のイタリアブランドのプレタポルテを着用。何でも食べる。お酒も大好き。二人の妹と姪のアンジェリカを溺愛している。一人称は「僕」二人称は「君」や「あなた」
この記事にも詳しく書いてあります。

マッテオを登場させる方は彼らしさ全開の「歯の浮くような台詞」を口にさせてください。誰に対してかなどはお任せします。

◆アンジェリカ・ダ・シウバ
10歳。身長130cm。濃い茶色い髪。背中の辺りまでの長さで自然なウェーブがかかっている。瞳は茶色。マッテオの姪。今のところロサンジェルスがメインの住まい。絶世の美女と言われる母親(元スーパーモデル)アレッサンドラ・ダンジェロにそっくりの顔立ち。父親であるブラジル出身サッカー選手レアンドロ・ダ・シウバ譲りの運動神経も持ち合わせている。年の割にしっかりしていて生意氣な口をきくが両親やマッテオおじさんは大好き。甘やかされているので洋服の好みなどはうるさい。ここを参照。一人称は「私」二人称は「あなた」

◆京極髙志
29歳。175cm。某大手企業総務課長補佐。切れ者で性格もよく、しかも超絶イケメンと呼ばれるのにふさわしい美形であるだけでなく、中央区に先祖代々伝わっているというとんでもなく広いお屋敷に住んでいる大金持ちのご令息。成り行きから、異形になってしまった営業部のお荷物社員山内拓也を自宅にかくまっている。一人称は「僕」二人称は「君」「貴女」など。

◆山内拓也
今のところ160cm前後。猫耳フェチのオタク男だったが、紆余曲折があって、狐の耳と白い尻尾を持った美少女に変身したまま戻れなくなっている。四角い枠の中にしかいられないが、四角い枠の中ならどこにでも行ける。普段は京極の家(主に露天風呂)に居候している。裸で人前に出るのを禁じられているので、自分好みのコスプレをとっかえひっかえする日々。一人称は「俺」二人称はたいてい「お前」または「おたく」

山内拓哉を登場させる方は、思いつく限り「しょーもないオタクコスプレ」を記述してください。スクール水着、アイドル衣装、アニメコスプレ、中途半端な和装、その他何でもありです。

『狐画』by limeさん
このイラストの著作権はlimeさんにあります。無断使用は固くお断りいたします。


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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(7)恩師 - 3 -

「霧の彼方から」の続き「恩師」のラストです。

前回、サザートン教授に遭い、心地よい歓迎を受けた二人。結局、ジョルジアにはちんぷんかんぷんの話で盛り上がっています。

私自身がこうした世界に疎いので、極力ぼろが出ないように最低限の記述しかしないのですけれど、あまりにも何も書かないと、まるでグレッグがニートみたいな感覚に陥ってしまう。悩ましいところです。それで、今回は少しは努力したんですよ。結局はジョルジア視点にして逃げましたけれど(笑)

オックスフォード大学の多くのカレッジにある「シニア・コモン・ルーム」(在籍する学生の入れる「ジュニア・コモン・ルーム」とはまた別の部屋)というのは、お茶を飲んだり、ディナーを取ったりすることの出来る部屋ですが、教授や名誉教授など、カレッジで教える資格のある人のみが入室許可証を持ち、一般人は入れません。ここに入る資格を持つことが、一つのステータスなのですね。招待されて入室すること自体、大変な栄誉……みたいです。ま、私には無縁の世界だな。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(7)恩師 - 3 -

 ウォレスは親しげに笑いかけ、思い出話を始めた。

「ジョルジア、ヘンリーから聞いているかもしれないけれど、もともと私は、あまり面倒見のいい方じゃなくてね。チュートリアルでは、最低限の指導しかしないのが常だったんだ。とくに口が立って調子がいい割に、言ったことをやってこないような学生たちにうんざりしていて、チューターをやめたくて仕方なかったんだ。で、このヘンリーたちを受け持った時期には、必要以上に課題を多くして、嫌われて評判を落とそうと画策していたんだけれどね。彼だけがどんなに大量の課題を出しても全部真面目にやってくるんだ。なのに討論させると、周りの勢いに負けて黙ってしまう。それが歯がゆくてね、とにかく言いたいことだけは言えるようにと、妙に熱心に指導してしまったんだ。そういう意味で、忘れられない学生だったんだよ」

 ジョルジアは、納得した。グレッグは穏やかな性格にもかかわらず、ここぞという時にははっきりと意見を口にする。それは、オックスフォード時代にこのウォレスが熱心に指導した成果なのだ。

「こっちは、写真集ほど簡単には手に入らなかったけれどね。でも、手を尽くせばなんとかなるものさ」
そう言って、ウォレスが手にしたのは一冊の革表紙の本だった。

「あ、それは……」
グレッグが驚いた声を出す。「東アフリカにおけるサバンナシマウマの遺伝子的多様性の解析」という題名が見えた。渡されたジョルジアは、開いて著者の名前を見て納得した。共著になっているが、二番目の著者は「ヘンリー・G・スコット博士」だった。

「レイチェルと三回もEメールを交換して、ようやくこの本が出ているという情報をもらえたんだ。次にこういうのを出版したら、ちゃんと知らせてくれよ」
「すみません。興味があるとは思わなかったので。次回はお送りします」

 ウォレスは、破顔して言った。
「もちろん興味はあるさ。ここで君が書いているマサイマラのサバンナシマウマと、ツァボ周辺集団の遺伝子配列の分析だけれど、離れた地域での行動の類似と結びつけるあたり、面白いアプローチじゃないか。特に、この個体間の遺伝子配列差が少ないグレービーシマウマとの混血個体から、キーとなるアンドロゲン受容体の配列を仮定したやり方に感化されてね。同じ方法をウェールズやスコットランドの馬との比較考察に使ってみようと、関係省庁に申請を出した所なんだ。もしよかったら、改めて意見を交換できないかい?」
「はい、ぜひ」

 それからしばらくの会話は、ジョルジアにはほとんど意味がわからなかったが、ウォレスと生き生きと話すグレッグの様子が嬉しくて、微笑んで見ていた。

「いや、これはまずいな。君の婚約者を退屈させているぞ。ジョルジア、もうしわけない。喉も渇いただろう? そろそろお茶の用意ができているはずだから、シニア・コモン・ルームに行こう」

 樫のパネルに覆われ、深い臙脂の絨毯が重厚な雰囲氣を醸し出すシニア・コモン・ルームは、単なる休憩所ではなく、フェローと呼ばれる教員たちが自由にコーヒーなどを飲みながら意見を交換する大切な社交の場だ。ウォレスが二人を連れて行った時にも、中にいた何人かの教授たちが真剣に何かを語り合っていて、入ってきたウォレスとも親しく挨拶を交わした。

「ここのコーヒーは、アメリカから来た君には濃すぎるだろうか。むしろ紅茶の方がいいかい?」
ウォレスが訊いた。ジョルジアは首を振った。
「いえ、私はイタリア系の家庭だったので、コーヒーは濃い方がいいんです」

「もちろんだな! 君の苗字だけからわかって然るべきだったのに」
その日ウォレスには会議の予定があったので、面会は決して長い時間ではなかった。だが、グレッグもジョルジアも楽しく「ここに来てよかった」と心から思える時間を過ごすことができた。

 退出してから、二人はホテルの前にあるアシュモレアン美術・考古学博物館を見学した。世界最古の大学博物館には考古学資料、イスラムや日本など各国からの美術コレクション、ラファエル前派の絵画コレクション、ミケランジェロやダ・ヴィンチの線画、ターナーやピカソの油彩画、ヴァイオリンの名器メサイア・ストラディバリウス、英国の歴史に興味を持つものは見逃せないアルフレッド大王の宝石やガイ・フォークスが所持していたランタンなどが所狭しと陳列されている。

「公開はしていないけれど、貴重な動物標本なども所蔵しているんだよ。たとえば、ヨーロッパで見世物にされていた最後のドードーの剥製もあったんだ」
「どうして過去形なの?」
「傷みがひどくって、残念ながら十八世紀に頭部と爪を残して焼却されてしまったんだ」
野生も含めて永遠に失われてしまった生物への悼みの籠もった言葉だった。

 博物館の中をゆっくりと見て回り、イタリア・ルネッサンス絵画のコーナーへ行った。目を引いたのはピエロ・ディ・コジモの「森の火事」で、中心に配置された森の火災から逃げ惑う動物や人々の姿が描かれている。

「不思議な作品ね。とても写実的な動物の姿もあれば、ファンタジーのような動物もあるわ」
左の中心部にいる豚と鹿には人間の顔がついている。燃え盛る焰は、まるで本物のような印象を与える。グレッグがスケッチで見せるような写真に近い写実性ではないが、不思議なことにそれでも人の眼にはそれが火に見える。

 二人は、動物たちの特徴や、絵画から受ける印象などについてあれこれ語り合っていた。そこへ、グレッグの携帯電話が鳴った。
「失礼」

 彼が電話を受けるために部屋から出ていったので、ジョルジアはしばらく一人でその部屋の絵を眺めていた。戻ってきてから彼は言った。

「ウォレスからだった。もし明日時間があるなら、また少し研究のことについて話がしたいんだそうだ」
「今日、話をしたりなかったみたいだものね。行くんでしょう?」
「そうだね。君は、どうしたい? その、ウォレスは歓迎すると思うけれど、退屈なんじゃないかい?」

 ジョルジアは、少し考えた。
「そうね。動物行動学の話にはついていけないのははっきりしているし、どちらでもいいなら私は失礼していいかしら。せっかくだから、オックスフォードの街を観光しようと思うの」

 グレッグは頷いた。
「そうだね。きっとその方がいい。じゃあ、夕方にでも待ち合わせしよう」
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日本で買った便利なモノ (6)レインコート

さて、今日は日本で買った便利グッズを紹介するコーナーです。六回目の今回はレインコートです。

モンベル ランブラーレインコート

モンベルのレインコートを買っちゃいました。ランブラーレインコートっていう商品ですね。

えー、レインコートなんてもっと安いのがあるじゃん、と思った方、少し前の私とおなじです。

そもそもレインコートを買おうと思ったきっかけは、前回のポルト旅行でした。普段は雨が降ったらどこにも行かないんですけれど、例のサン・ジョアンの祭りの前日と当日の朝に雨が降っていたんですよ。で、雨だから何も見ないという選択肢はないし、かといってすごい人混みで傘はさせないし、ということで、3ユーロショップでプラスチックの雨合羽を買ったんですね。そしたら、瞬間で汗だくになってしまいました。雨は通さないけれど、熱がこもって蒸れるってこういうことなのですね。(二十年くらい日本の夏を経験していないので忘れていたあたり)

それで、帰国後まじめにレインコートのことをあれこれ調べていました。ちゃんと調べると、アウトドア装備に行き着くのですね。例えば有名なゴアテックス。なぜあの素材が素晴らしくて、更にいうとお値段もすごいことになるのか、ようやくわかりました。暴風雨でも濡れないし傘なんか目じゃないくらい雨は通さない(耐水圧)のに、身体から出る湿氣は通して外に出す(透湿性)という、魔法のような素材らしいです。この耐水圧や透湿性はちゃんと数値としてどのくらいかがわかるようになっていて、その数値が高いと機能が素晴らしくてお値段も張る、という仕組みになっているわけです。妙に安かったり、デザインのみで機能を謳っていないレインコートはこの数値が書いてありません。

で。マッターホルンに登る方とか、真冬にスイスの屋外で仕事をするなんて方は、ケチらずにゴアテックスを使った商品を買った方がいいとどこでも奨めてあるのですけれど、私はただのヘタレな旅行用なのでそこまでの機能は求めていません。

欲しいレインコートはこんな条件でした。(1)春から秋の旅行に持って行く。10℃から27℃くらいまでの外氣温で(2)邪魔なときはしまえるコンパクトさと軽さ(3)いくつもコートを持っていきたくないのでレインコートとしてだけでなく晴れているときも羽織れるデザインと蒸れない機能(4)朝晩や予想外に冷え込んだときはユニクロのウルトラダウンと重ね着で対処(耐水性が強いと防風にも強いので重ね着で防寒にもなる)

この条件で探したときに、全てを叶える商品で二万円を切っていたのが買ったモンベルのランブラーレインコートだったのですね。耐水圧20,000mm、つまり嵐でも耐えられて水たまりに座ってもお尻に水が染みてこない防水性に加えて、透湿性15,000g/平方メートル・24hrs、つまり軽い運動をして出る汗にも蒸れない透湿性です。私は登山をしに行くわけではないので、透湿性10,000g/平方メートル・24hrs以上を探していたのです。

おなじモンベルでゴアテックスを使ったトラベルレインコートは耐水圧50,000mm以上、透湿性44,000g/m²・24hrsを謳っているのですが、23,000円。私は台風の中を全力で走るわけではないし、一生ものというわけにはいかないでしょうから、15,300円のこちらでいいとしました。

旅の防寒防水セット

ものすごく軽いんですよ。3ユーロショップで買ったプラスチックと変わらないくらい。310グラムです。そして、こんなにコンパクトになるので、本当に暑くて邪魔なときは手荷物にも入ってしまうのです。これで旅行時の荷物問題が一つ解決しました。

色は、他にガーネットとアイボリーがありましたが、無難なインディゴにしました。去年一年、母のことがあって赤い服を着るつもりになれなかったのですけれど、そういう時に使えないのは困るなと思いガーネットは即却下。アイボリーは悪くなかったのですが、旅行中に汚れてそれが目立つと困るので、やはり紺かなと。この記事の写真やオンラインショッピングの写真(緑に近くインディゴには見えない)だと少しわかりにくいですが、実際はかなり落ち着いたはなだ 色に近い紺でとても氣に入りました。(バッグは普通のネイビー)

ちなみに。モンベル、日本の会社なんですけれどスイスにもお店出しているんですよ。とはいえ、あまりにも値段が違ったので、先日我が家にいらしてくださった方に日本から持ってきていただきました。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(7)恩師 - 2 -

「霧の彼方から」の続き「恩師」の二回目です。

前回、サザートン教授へのプレゼントを探して街を歩いているうちに、グレッグはどうやら思い出のある場所にたどり着いたようです。考え事をすると他のことに思いがいかなくなってしまう、若干ツメの甘い彼らしい行動がここでも見られます。

一方、ようやくタイトルの恩師登場。ケニアのレイチェルとほぼ年がおなじで仲良くしている模様。有能かつ社交的で順調に出世している教授が、グレッグによくしてくれる理由は……あ、次週更新分ですね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(7)恩師 - 2 -

 彼は、一度過ぎたところを、少し戻って奥の道を眺めた。ジョルジアも戻ってきた。
「確か、この角を……」
「何を探しているの?」

 すると彼ははっとして、ジョルジアを見た。
「あ、いや、その……知り合いがこの通りに住んでいたので、まだいるかなと思っただけなんだ」

 その通りの建物は、どれも古い時代の石造りだった。表通りのような華やかな煉瓦色ではなく、手入れが行き届いていない暗い佇まいだ。
「建物は憶えているの?」

「ああ、そうだ、その角を曲がった奥の……」
「じゃあ、行ってみましょうよ」

 細い路地だった。暗い色をした煉瓦には落書きが至る所にあり、足下にはスナックの残骸や濡れて丸まったプラスチック製の袋などが散逸している。ジョルジアは、ニューヨークのスラム街を思い出したが、そこにはスラム街のような危険な匂いはなかった。単純に貧しく手入れの行き届かない地域のようだ。

 彼は、ある家の階段の前に立った。郵便受けが八つ並んでいるのを見ていた。その表情に変化が表れ、ジョルジアは彼の知り合いがまだここにいることを知った。郵便受けには五軒分しか名前がついておらず、その中で明らかに古いものは一つだけだった。

 マデリン・アトキンス。女性だ。ジョルジアの胸が騒いだ。同時に、彼の母親の家で聞いた名前と違う女性であることに少しほっとしていた。彼がかつて愛した女性のファーストネームはジェーンというはずだった。そして、まさか、昔の恋人の家にジョルジアを連れて行ったりするはずはないだろうと、彼女は考えた。

「探しているのは、この方のお家?」
ジョルジアが訊くと、彼は頷いた。

「突然だけれど、訪問してみる? それとも、ホテルからアポイントメントを入れる?」
そういうと、彼はギョッとしたようにジョルジアを見て、それから慌てて首を振った。

「あ、別に訪問しなくても、いいんだ。きっと僕のことなど憶えてはいないだろうから。行こう、教授は時間にうるさいから、遅れないようにしないと」

* * *


 あらかじめ伝えられていたように、二人はサザートン教授の部屋に案内された。歴史を感じる部屋はまるで図書館の書庫の一角のようだった。作り付けの棚が全て本で埋まり、重厚なデスクの上にもたくさんの書類と本が載っていた。

 サザートン教授は、一見グレッグより歳下に見える。髭をしっかりと剃り、茶色い巻き毛はきれいに撫でつけてあるが、後ろに一つだけ寝癖のように立っている部分があった。べっ甲眼鏡の奥から悪戯っ子のような瞳が笑っている。実際にはグレッグよりも十歳以上年長で、現在は動物行動学を教える教授の中では重鎮だった。

 教員と学生たちが正装で晩餐に臨む有名なホールのすぐ脇に、喫茶とバーが一緒となった『バッテリー』があり、二人はそこで教授とお茶を飲むのだと思っていたが、彼は「とんでもない」と言って、格式高いシニア・コモン・ルームへ案内してくれると言った。普段は在籍生でも入ることを許されない部屋だ。

「でも、その前に少しここでおしゃべりをしよう。君ももう立派な学者になったことだし、今度こそファーストネームで呼び合っていいよね、ヘンリー。私はウォレスだ」
彼と握手をしながら、グレッグは「はい」とはにかんだ。

「そして、こちらが君の噂の婚約者だね。レイチェルから聞いているよ。本当におめでとう、ええと、ジョルジア・カペッリさんだったね」

 名乗る前に知られていたので、ジョルジアは仰天した。
「初めまして。ジョルジア・カペッリです。サザートン教授。お目にかかれて光栄です」

「いや、ヘンリーの奥さんになるんだから、もう少しラフに付き合ってくれないかな。君だけ敬語だと、ヘンリーが元の敬語に戻っちゃうだろう?」
そう言って彼はウィンクをした。

 ジョルジアは笑って言った。
「わかりました。どうぞジョルジアと呼んでください」

 チョコレートとポートワインの瓶を渡しながら、写真集はレベッカ・マッケンジーではなくこの人に渡したら喜んでもらえたかもしれないと考えた。そう思った途端、視界の端に見慣れたグレーの本が見えて、思わず凝視した。

 教授のデスクの上に、彼女の写真集『陰影』が載っていたのだ。見間違えようがない。真ん中に兄であるマッテオ、そのすぐ下にグレッグの横顔が見えている表紙だ。
「まさか!」

「ああ、これかい? 驚くには値しないよ。私は必要な本はインターネットですぐに注文するんだ。だから、どこもかしこも、この部屋みたいになっちゃうんだけれどね。とにかく、レイチェルに訊いてすぐに、調べてこれを見つけたよ」
そう言ってウォレスは、グレッグの姿を映した作品のある最後の数ページを開いた。

「本当にいい写真だね。彼らしさが、この数枚に詰まっているし、それを見つめる君の愛情を感じるよ。これを見て、これはいいパートナーを見つけたなと確信したんだ」

 真剣な面持ちで文献に向かうグレッグの姿、ルーシーにブラッシングをしている時に反対に顔をなめられて破顔しているシーン、あえて彼よりも手前のワイングラスを持つ手にピントを合わせた一枚、そして、最終ページに置いた食べられたシマウマを前に悲しみながらその死を受け入れているサバンナでのショット。

 ジョルジアにとっては、当たり前に目の前で繰り広げられた彼の自然な日常光景だったし、グレッグも自分自身もこの写真を撮った時には後に結婚することになるとは夢にも思っていなかったのだが、言われてみればあの時と今と、彼に対する根本的な感情、言葉にならない深い絆に対する実感は、全く変わっていないのだと思う。撮るとしたらやはり同じシーンを切り取ろうとするに違いない。
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Posted by 八少女 夕

アペニンを駆けた一週間

アペニンの眺め

さて、二週間の休暇も本日でおしまい、明日からは出勤です。
(月曜日に一度呼び出されているので、ものすごく久しぶりというわけでもなく……)

ということはさておき、先週行ってきた北イタリアのことを少しだけ報告しますね。
夏の休暇は、連れ合いのバイクにタンデムで乗っかり、基本的には当日まで宿泊の予約は入れないタイプの旅をします。普通は二週間(前の土日も入れると16日くらい)でいって帰れる場所なので、イタリア、ドイツ、フランスあたりに行くことが多いです。

今回は二週目の火曜日にお客様があるので、有休をもう一日足して金曜日から出発し日曜日に帰る、10日間の旅になりました。行き先はもう何度も行っている北イタリアですね。

正確に言うと、まずアルプス山脈を越えて、マッジョーレ湖畔で国境を越えました。ストレーザに一泊、ここは週末旅行でも時々行く馴染みの街です。

それから、ノヴァラ平原を走ってアペニン山脈へ行きボッビオを目指しました。土曜日だったせいか街中にはもう空き室がなく、Booking.comで見つけたのが10キロほど山に登ったアルベルゴ(イタリアの旅籠ですね)です。ここを連れ合いがお氣に召し、まずは二泊、それから帰路にも三泊しました。

一応の目的地だったのはその先のバルディ。こちらは街中のホテルに空き室はあったのですが、バイクを外に停めておくのが嫌な連れ合いの意見をくんで、またしてもBooking.vomで探して10キロほど離れたアグリツーリズモ(農場滞在)で二泊。こちらもとても素敵な宿でした。

アンティパスト

どの土地に行ってもやることは特になく、要するに座って食べてばかり(笑)

肉体労働をするわけではないので、スイスではお腹がすかなければ無理して三食を食べないようにしている私たちなのですが、どういうわけか朝食も昼食も夕食も毎日ばっちり食べてしまうし、加えて一日に何度デザート食べているんだか。

大体、食事をする前に「軽く一杯」飲んじゃったりするのですけれど、自動的に立派なおつまみが出てきてしまうんですよ、イタリアって。(しかもタダで)

そして私たちはフルコースは食べきれないので、例えばプリモ・ピアット(パスタ類)だけとか、プリモ・ピアットとセコンド・ピアット(メイン料理)をそれぞれ一人分だけ注文して分け合ったりしてそれでも死にそうにお腹いっぱいになってしまいます。なのにイタリア人は、前菜からドルチェまでペロリと食べているんですよね。謎。

スイスでは滅多に食べられない美味しいドルチェの誘惑に負けて、けっこう食べてしまった私です。帰宅して恐る恐る体重計に載ったら、案の定1.5キロ増えていました。orz

バイクで行く道

食事に毎回二時間以上かけていた私たち。(地元の人たちも同様)

それ以外の時間は、山の中の小さな道を走っていました。一週間経って、山の上には雪が降るほど寒くなってしまったのですけれど、ちょうどその直前、夏の最後の輝きを堪能してきました。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(7)恩師 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。

母親レベッカ・マッケンジーと短く言葉を交わしたのみで、グレッグは母親との関係改善をすることもなく、バースを後にしました。大学時代の恩師から「イギリスにいるのならぜひ会いたい」との連絡を受け、ジョルジアを連れて学生時代を過ごしたオックスフォードへと向かいます。

この作品を書き出した時点で、私はオックスフォードに足を踏み入れたことがなかったので、かなり「これでいいのか」と首を傾げながら書いていました。三月に縁あって無事ロケハンにいけたので、その頃よりは「まあ、こんな感じかな」と思いながらの発表です。でも、とんでもないこと書いているかも……。

この章も三回に分けます。恩師、出てきていないじゃん orz


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(7)恩師 - 1 -

 バースから乗り換えを含めて一時間半ほど電車に揺られ、オックスフォードについたのは昼に近い時間だった。駅を出たところは、ごく普通のビルが建ち並んでいたが、橋を渡った辺りからは赤茶色と白の煉瓦で覆われた、歴史ある町並みが現れた。マグノリアが咲き乱れ、街をさらに華やかにしている。

 まずは、ホテルに向かい荷物を預けることにした。ホテルの名前を告げたところ、グレッグは困惑した表情を見せた。かなり有名な五つ星ホテルだったからだ。
「その……部屋の料金は確認したのかい?」

 ジョルジアは肩をすくめた。
「昨日、私が予約したホテルはもっとリーズナブルだったんだけれど、それじゃダメだって、アレッサンドラが、このホテルを指定してきたの」

 ニューヨーク到着を遅らせて、イギリスに滞在することを兄マッテオから聞いた妹アレッサンドラから懇願の電話がかかって来たのは、ケニアを発つ二日前だった。

 イースター休暇を利用して、マンチェスターの父親の元に滞在する娘アンジェリカを当初はアレッサンドラが迎えにくる予定だったが、夫の生家で不幸があり彼女はドイツで伝統に基づく葬儀に参列しなくてはいけなくなったのだ。レアンドロは、試合があってアメリカまで娘に付き添うことは不可能だった。そんな時に、ジョルジアが偶然イギリスに行くというのは神からの救いの手に思えたのだろう。

 予定では二日後に、バースにレアンドロが連れてくることになっていたが、もしかしたらマッケンジー家に滞在することになるかもしれないと考えていたジョルジアは、滞在先を着いてから連絡する取り決めをしていた。オックスフォードに移動することになったので、同時に予約したホテルを知らせたところ、アレッサンドラがあっという間に予約変更をして連絡してきたのだ。

「だったらアンジェリカの来る前の二日間だけ、安いホテルに泊まるって言ったんだけれど、有無を言わさずにホテルを変えられちゃったわ。前のホテルのキャンセルも終わっているって。また全額払われてしまったわ、困っちゃうわね」
「そうか、姪御さんの安全問題かな……。そのくらい自分で払うと言えないのは歯がゆいけれど、そういうことなら贅沢させてもらうか」

 金モールのついた外套を着用したドアマンに丁重に迎えられるような経験は、二人とも滅多にしたことがなかった。そのホテルは灰緑のどっしりとした石造りの外観で、中心地に位置するにもかかわらず、中に入ると静かで落ち着いていた。

 早い時間だったにもかかわらず、すぐに部屋に案内された。天蓋のついたベッドのある広い部屋で、二人は思わず顔を見合わせた。
「こちらのドアで、続いているお隣の部屋へと直接入ることができます」

 どうやらアンジェリカが泊まる予定の部屋は、二日も到着しないにもかかわらずすでに押さえられているらしかった。

 サザートン教授にはお茶の時間に招かれていた。ジョルジアは、グレッグの母親を訪問したときと同じスーツに着替えた。ホテルのレストランで食べるほどはお腹がすいていなかったので、二人は街を歩いて、書店に入り、その二階のティールームで軽食を食べた。

 それから、サザートン教授に花かチョコレートを買うために少し街を歩いた。

「ワインか何かの方がいいのかしら?」
ジョルジアが訊くと、グレッグは首を傾げた。
「ワインを飲んでいる姿は見たことがないな。もっとも、僕がカレッジのバーにも寄りつかなかったからでもあるけれど」

「カレッジにもバーがあるの?」
ジョルジアは驚いた。

 オックスフォード大学では、学生は街に散らばる38のカレッジのどれかに所属し、大学の学部とカレッジの両方で指導を受けるというシステムを取っている。

 カレッジが、それぞれの講堂や教室、図書館などの他に、礼拝堂や食堂などを持っていることはグレッグの説明でジョルジアも知っていたが、酒を出すところまで揃っているとは思ってもみなかった。

「ああ、C.S.キャロルとJ.R.R.トールキンが一緒に通っていたことで有名な『The Eagle and Child』みたいに、普通のパブを大学が経営している場合もあるんだけれど、それとは別に大学の学生食堂のような感じで校内にバーがあることもあるんだ。普通は、外のパブよりも安く酒を飲めるので、通う学生は多いよ」

 結局、二人はチョコレートとポートワインを買った。彼の母校であるベリオール・カレッジのある街の中心部に戻ろうとしている時、不意に彼が「ここは……」と言って立ち止まった。

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Posted by 八少女 夕

旅の終わり



一週間ちょっとの北イタリアの旅が、終わろうとしています。休暇はまだ一週間あるのですが、お客様があるので、今回は早く切り上げました。
今日中にはスイスに戻って片付けに入るはずです。報告はまた後ほど。
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Posted by 八少女 夕

【小説】《ザンジバル》

「十二ヶ月の歌」の八月分です。今年も三分の二も終わりって……嘘だ。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。八月はフランスのシンガーソングライター、ディディエ・シュストラックの”ザンジバル”という歌にインスパイアされて書いた作品です。

私がこの曲を知った経緯はそのままこの小説に書いてあります。そして、1996年のアフリカ一人旅でも、本当にザンジバル島を訪れています。そして、ここを訪れたことが、現在、アフリカとは全く関係のないこの国に移住することになった小さなきっかけの一つになっているのです。だから、私の中でこの島は今でもものすごく特別な場所です。

観念的でこれといったオチのない話です。よかったら、先に(または同時に)曲を聴いてお読みください。なお、小説を飛ばして動画だけご覧になるのもいいかと思います。素晴らしい光景ですけれど、これ、いいところだけを上手に切り取った系の風景ではなく、本当にこういう島です。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



《ザンジバル》
Inspired from "Zanzibar" by Didier Sustrac

 明るいエメラルドグリーンの海がどこまでも広がっていた。白い砂浜には陽光が反射している。こんなに完璧なビーチだというのに、観光客の姿が少ない。いないわけではない。だが、八月と言えば世界中から夏の休暇で観光客が押し寄せるハイシーズンのはずだ。例えば、カナリア諸島やギリシャの島ではパラソルやビーチタオルが隙なく広げられて、砂浜も見えないほどだ。それなのにここでは、背景に自分たち以外は映っていない、まるで無人島のような写真を撮ることも簡単なほどわずかな観光客しかいないのだ。

 ようやくここにやって来た。初めてこの島のことを知ってから八年が経っていた。渋谷のCDショップで何げなく試聴したフランス語のアルバム。ディディエ・シュストラック。聞いたこともないアーティストだったけれど、心地よい声とリズムに心惹かれて、歌詞の意味もわからずに買い求めた。その最後に入っていた曲がアルバムのタイトルにもなっていた「Zanzibar」だった。

 日本語対訳を読みながら、この歌が実在のザンジバル島のことを歌いながら、同時に遠い憧れを語っていることを知った。でも、よく理解できない言葉がいくつかあった。「貿易風はささやく、”ランボー”と……」「わずかなアビシニアの魅力と、”アルチュール”の言葉」。何のことだろう? フランスの詩人ランボーのこと?

 それで、調べてみた。ザンジバルと関係のあるランボーのことを。それは本当に詩人アルチュール・ランボーの事だった。彼は、なくなる前年までの十年間を、アラビアのアデンと、アビシニア(現在のエチオピア)のハラルを往復して過ごした。そこからフランスの家族にあてた手紙で「ザンジバルへ行くつもりだ」と告げていたのだ。けれど、彼は実際には一度もザンジバル島に足を踏み入れなかった。

 彼は、アデンでフランス商人に雇われ、やがてハラールで武器商人となって暮らした。骨肉腫で右足を切断することになり、フランスに戻り亡くなった。

「あなたは、中国人?」
私は、驚いて手に持っていたカメラを取り落とすところだった。

 振り向くと、褐色肌のすらりとした女性が立っていた。アーモンド形の綺麗な瞳、化粧ではなくて自然のままに見えるのにまるで二日目の月のごとく完璧な形の眉。すらりとした鼻筋と口角の上がった厚めの唇。低めにまとめたストレートの黒髪は、とても長いのだろう大きなシニヨンとして艶やかに首の後ろを飾っている。鮮やかなセルリアンブルーの布を巻き付けたように見えるワンピースドレスが褐色の肌の美しさを引き立てていた。

 ここまで彫りが深くて目鼻立ちの整った女性は、『アフリカの角』の出身だろう。かの『シバの女王』やランボーの愛した《アビシニアの女》と同じく。

 ランボーは、アデンに住んでいた一時、アビシニア出身の恋人と住んでいた。手紙で金を無心していたフランスの母親にはひた隠しにしていたその女の存在は、雇い主の家政婦であったフランス人女性によってある程度詳しく証言されている。美しいキリスト教徒の娘と彼は睦まじく過ごしていたと。

「あなたは、中国人なの? それとも?」
現実の方の女性は、英語の質問を繰り返した。

「いいえ、私は日本人です」
私は、答えた。

「まあ、そうなの。日本にはいずれ行ってみたいと思っているのよ、素敵な国だって聞いているわ」
彼女は、微笑んだ。真っ白い歯ののぞく肉感的な唇には、女である私すらもドキドキする。

 私は自分の服装を見下ろして、情けなくなった。近所のコンビニに行くのすらもはばかられる格好だ。大学生時代からの習慣で、バックパックで安宿を泊まり歩くスタイル。捨てて帰る予定のヨレヨレのTシャツと、色のあせたジーンズ、それに履き古したスニーカーと折りたためるのが利点のベージュの帽子。タンザニアの空港では、さほど場違いだとは思わなかったし、スリや置き引きなどに狙われないためには、貧乏に見えた方がいいと思っていたが、この美しい海浜には全くそぐわない。

 彼女の装いは対照的だ。波のきらめきのように様々なトーンの青が混じり合う薄物のドレスは、ファッション誌の巻頭グラビアか、それともリゾートのパンフレットを飾るモデルのように、ビーチを完璧に変えている。もともとの美貌を選び抜いた服装で神々しいまでに昇華しているのだ。美を保つとは、どれほどの努力を必要とするのだろう。そして、それを厭わなかったわずかな人が、こうして「美こそが究極の善である」印象を世界に誇示することが出来るのだ。

「ザンジバルは、初めて?」
「はい。こんなに綺麗な海なのに、ほぼ独り占めってすごいことだなって感心していたところなんです」
「そうね。確かに観光客が押し寄せることは少ないわね。イエローカードが必要だからかしら」

 ザンジバル島は、タンザニアの一部だ。そしてタンザニアに入国するためには黄熱病の予防接種が必須だ。一週間程度のバカンスを頼むのに、わざわざ保健所を訪れて予防接種をしたがる観光客はあまりいないかもしれない。

「あの注射、死ぬほど痛かった。私も予約する前に知っていたら、来るのを考え直したかも。……あなたも予防接種をしてきたんですか?」
私が訊くと彼女は笑った。
「ここに来るためにする必要はないわ、もともとしているもの。私はエチオピアから来たのよ」
ああ、この女性は、本当に『アビシニアからきた麗人』だったのだ。

「あなたは、ここに来たのは初めてなのね。どうして来ようと思ったの?」
その質問に、私ははっとした。言われてみれば、それは少し珍しい選択だったのかもしれない。

 会社を辞めて、次の就職活動をするまでの一ヶ月に旅をしようと思ったのは、それほど珍しくはないだろう。学生時代にはユーレイルパスを利用して、ヨーロッパ横断の旅をしたし、オーストラリアにワーキングホリデーに行った友人もいる。サラリーマンの短い有休では決して行けない旅先でよく聞くのは、マチュピチュなどインカの遺跡を巡る旅、イースター島やナスカの地上絵やウユニ湖など少し遠いけれど有名なところだ。もしくは中国やアジアの多くの国を巡ったり、アメリカ横断、さらには資金問題はあるとはいえ世界一周も悪くない。

 ザンジバルに行くと言って、親や友人たちに口を揃えたように言われたのは「それはどこにある国?」だった。熱帯の島と答えれば、どうしてハワイやグアムではないのか、もしくは新婚旅行で有名なセイシェルやニューカレドニアならツアーがあると逆に提案もされた。

 この島に行きたいという思いを、日本の家族や友人に理解してもらえなかったのは、知名度から言って当然だと受け止めていたけれど、アフリカ出身のこの女性から見ても、極東からここを訪れるのは不思議なことらしい。

 私にとっては、いつの日かこの島を訪れるのは、当たり前のことだった。あの曲が、私の人生に囁きかけてからずっと。《ザンジバル》という名は、私にとって《シャングリラ》《ガンダーラ》《エルドラド》などと同じどこかにある理想郷になっていた。

「ある歌で、ここへの憧れを歌っていたんです。それに、詩人のアルチュール・ランボーも憧れていたと聞いて、一度来てみたいと思っていました」

 ランボーの名前を口にしたときに、彼女の表情にわずかな変化があった。あのエピソードを知っているのだろうと感じた。彼女から、かの《アビシニアの女》の子孫だと告白されるとしても、私は驚かないだろう。もちろん、彼女はそんなことを言い出したりはしなかった。

 その代わりに私の心が、アルチュール・ランボーがマルセイユで短い一生を終えた十九世紀末、まだ私自身が影も形もなかった頃に飛んでいた。ちょうどこの美しい女性のように、かの《アビシニアの女》が、この場に佇んでいたという幻覚、勝手な想像に心を遊ばせた。こんな風に。

「ザンジバル島に行きたいんだ。それから、船に乗って、もっと東へね。とにかく、何よりも大切なのは行くって意思だよ」

 でも、ザンジバルにこうして立っているのは、彼ではなくて私。
「どこでも、好きなところへ行ってしまえ。もう、僕はお前とは関係ないからな」
そう言われて、旅の半ばで放り出された、この私。

 彼は、「はみ出しもの」だとよく自嘲していた。若き日に、恩師との恋愛沙汰と発砲事件がスキャンダルになり、国での出世の見込みは絶たれたと言っていた。母親が心から望んだ、国内のきちんとした職場でコツコツと働くことが出来ず、ギリシャやカイロへ出稼ぎに行ってしまうのだと。

 アデンで一緒に暮らしていた頃、彼は時おりこんなことを口にした。
「フランスにお前を連れ帰ることはできないよ。結婚許可証をもらえる見込みはないしね」
「うちの母親や彼女の住んでいる村は、びっくりするほど旧弊で、お前を連れ帰ったりしたら大変なスキャンダルになるだろうよ」

 なぜそんなことを口にするのだろうと、私はいつも不思議に思った。遠く帰る必要もない国の許可証なんて、何の意味があるのだろう。ましてや、私は彼の国に行くつもりなんてこれっぽっちもなかったのに。

 今ならば、少しだけわかる。

 彼自身が、まっぴらだと言っていた彼の国と、その「常識的な生き方」から自由になっていなかったのだと。彼は、どこかで「まともな女と」「ちゃんとした家庭をもち」「いずれは国に帰る」と思っていたのだろう。

 ザンジバルへ行き、それから、どこだかよくわからない東の国へと向かうことなど、本当は「できない」と思っていたのだろう。

「お前は女だから」
「お前は教育も受けていないから」
「お前は海の風土に耐えられないだろうから」

 彼が、私をザンジバルにも、彼の故郷にも連れて行けない言い訳のように使った全てのフレーズは、彼自身が海の果ての未知の国へと行けないと思い込んだ理由だったのだ。彼は、十分に勇猛でなく、知識や経験が足りず、湿度や高温に耐えられない貧弱な身体であると、恥じていたのかもしれない。

 私は肌の色や、話す言葉の違いなどにはこだわらない。行きたいところにどんな風土病があるかや、そこの人々が自分を受け入れてくれるだろうかなどを怖れたりなどはしない。どこにいても病にかかることはあるし、生まれ故郷でいつも歓迎されていたわけではない。

 小さな舟を乗りついで、私はこの島へやって来た。鮮やかな花と、珍しい果物の溢れる島。遠浅の美しい海が守る島。ほんの少し前まで、かのムスリム商人たちが、大陸から欺して連れてきた人々を、遠い国に奴隷として売り払っていた港。

 私は「ヒッパロスの風」に乗り、アラビアへ、そしてもっと東へと進むだろう。私は風のように自由だ。何よりも彼と違うのは……私は生きているのだ。



「あなたは、アルチュールの夢見たユートピアを探しにここへ来たのね」
青いドレスの麗人が優しく囁いた。私は、現実に引き戻され、はっとしながら彼女を見た。謎めいた瞳には、どこか哀れみに似た光が灯っていた。

 突然、私は悟った。たどり着いたこの地について、はっきりと認識したのだ。

 遠浅の白い砂浜。エメラルドグリーンの海。バニラ、カルダモン、胡椒、グローブ、コーヒー、カカオ、オクラ。島の中程に南国のスパイスを宝物のごとく栽培する島。イランイランやブーゲンビリアの花が咲き乱れ、イスラム世界を思わせる装飾の扉で迎えるエキゾティックな家並み。夕日に映える椰子の林や、枝を天に広げるバオバブの大木。想像していた以上に美しく、観光客ずれもしていない、奇跡のような美しい島。

 けれど、ここは私の《ザンジバル》ではなかった。アルチュール・ランボーが生涯足を踏み入れなかった憧憬の島でもなかったし、ディディエ・シュストラックが誘い願った「物語の終わり」の地でもなかった。

 それは、この島が期待はずれであったからではなく、単純に、私がこんなに簡単にたどり着いてしまったからだ。飛行機を予約し、わずかな金額を振り込み、たった二度の乗り換えで二十四時間もかけずにこの地に降り立ってしまった。悩みも、苦しみも、別離も、挫折も経ずに、なんとなく心惹かれるという理由で、ここに来てしまったから。ユートピア、憧憬の島は、そんな形ではたどり着くことはできないのだ。

「確かにこの島に一度は来たかったし、それにとても素晴らしい島ですけれど……。でも、ユートピアではないですよね」

 彼女は、私の答えに共感したようだった。
「ユートピアは、辿りつくところではなくて、夢見て旅を続けるために存在する場所なのかもしれないわね」

 それから、私の後ろの方を見て、続けた。
「夫が来たわ。私たち、午後の便で帰るの。そろそろ空港に行かなくては。島を楽しんでね」

 会釈をして別れた彼女が向かう先には、レンタカーで待つ白人男性の姿があった。たぶん、移動の手段も、人種の違う二人の結婚も、アルチュール・ランボーの時代とは何もかも違うのだろう。愛の意味も、夢のあり方も。

 この美しい島は、もしかしたら私の想像したように《アビシニアの女》を目撃したかもしれない。そして、私を目撃し、何世紀も後に同じように夢の島を探して彷徨う誰かを目撃するだろう。

 私の《ザンジバル》を求める旅も続く。物語に終わりはないのだ。

(初出:2019年8月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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Didier Sustrac "Zanzibar"

この曲についてはあった方がいいかなと思うので歌詞と意訳をしばらく掲載します。
ただし、歌詞カードにあったものを丸写しは出来ないので、私自身が訳したものです。

Zanzibar
(D.Sustrac)

Il y a
L'azalée au mur
Et l'azur indigo
L'alizé qui murmure
Rimbaud

Rien qu'un zeste
D'Abyssinie
Et d'Arthur les mots
Ces voyelles à lire
Incognito

Viens, allons-nous-en
Au Zanzibar
Viens on a tous laissé quelque part
Un rêve, une île
Le bout d' histoire

Parfois
Ces parfums d'épices
A fleur de peau
Nous laissent le mystère d'une miss Afro

Allez, viens, allons-nous-en
Au Zanzibar
Viens on a tous laissé quelque part
Un rêve, une île
Le bout d' histoire

Allez, viens, allons-nous-en
Au Zanzibar
Viens on a tous laissé au hassard
Un bonheur qui ressemble
Au Zanzibar

ザンジバル

アザレアの生け垣と紺碧
貿易風は囁く
詩人ランボーの名前を

わずかなアビシニアの魅力と
アルチュールの言葉
そっと読むべき母音

行こう、ザンジバルへ
行こう、人はみな
夢や島や物語の終わりを
どこかに置き去っている

時にはスパイスの香りがする
肌の華は
僕たちにミス・アフロの謎を残していく

さあ行こう、ザンジバルへ
行こう、人はみな
夢や島や物語の終わりを
どこかに置き去っていく

さあ行こう、ザンジバルへ
一緒に行こう、誰でもザンジバルみたいな
幸福を置き忘れているんだ

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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

イタリアにいます




久しぶりにバイクのタンデムでイタリアに来ています。去年は日本行きがあったので、バイクの旅は二年ぶり。

スイスはとっくに秋のように涼しいのですが、こちらはばっちり夏。一週間ほど、北イタリアの風景とグルメを堪能してきます。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 4 -

「霧の彼方から」の続き、「蜂蜜色の街」の四回に切ったラストです。

バースの「観光案内」的描写、ローマンバスでもなく、バルトニー橋やロイヤルクレセントでもなく、ましてや「サリー・ラン」でもなく、一番さりげないここを選びました。このくらいなら「いかにも観光名所を入れてみました」的な記述にはならないかなと思って……。

さして、こんな形で二人はバースを去ることになります。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 4 -

 表に出ると石畳が濡れていたが、柔らかい陽の光が射していた。
「あら、いつの間にか雨が降っていたみたいね」
ジョルジアは、空を見上げた。噂に聞く英国の天候、一日の間に全ての天氣を体験できるというのは、冗談でも大袈裟でもなく、普段傘を持ち歩かないジョルジアでも今回は毎日折りたたみ傘をバッグに入れることを覚えた。

「傘を広げずに済んでラッキーだったわね。ホテルに帰る前に、また少し散策しない?」
そういうと、グレッグは頷いた。

 彼は、しばらく歩いて向かいの道を指さした。
「あそこに女性の人形があるだろう?」

 オブジェが眼に入った。昔のファッションをしたマネキン人形のように見えるが、全身チョコレート色で艶やかな仕上がりと相まってまるで巨大なチョコレートのように見える。
「ええ。あれ、チョコレート屋かしら?」
「そうだ。バースでは一番有名なチョコレート専門店だろうな。十八世紀にシャ―ロッテ・ブランズウィックという女性が始めた伝統のある店なんだ」

 彼は、店に歩み寄ると、窓から色とりどりのパッケージの並ぶ店内をのぞき込んだ。
「思い出があるの?」

 彼は頷いた。
「ケニアからここにつき、母とマッケンジー氏が正式に結婚するまでの間、僕たちは市内の小さなアパートメントに住んだんだ。僕は、こんな風にショーウィンドウにいろいろな物が並べられている街に住むのは初めてだったし、驚きと憧れでいつもキョロキョロしていた。母は、いつも叱りながら僕を引っ張っていたよ。でも、一度だけ、ここでチョコレートを買ってくれたことがあったんだ」

 それは、彼の誕生日の一ヶ月ほど前だった。二週間後に寄宿学校に入る彼のために、必要な買い物をしながら、二人はバースの街を歩いていた。当日やその直後の週末に、自宅に戻り彼の誕生日を祝うという計画はなかった。母親はマッケンジー氏と結婚し、マッケンジー氏の二人の子供や使用人たちの面倒を見る主婦としての新しい仕事に全力を傾けるつもりだった。

 彼自身は、誕生日を祝ってもらった記憶もなかったので、特別に悲しいとは思っていなかった。歩きながらチョコレート店のウィンドウをのぞき込んだのも、買ってもらえるという期待があったわけではない。彼は、アフリカにいた時から、生存に必要な物か、もしくは教育に役立つ物以外は頼んでも絶対に買ってもらえないことに慣れていたので、物欲しそうな顔すらしなかった。ただ、ひたすらに眩しかったのだ。華やかで楽しそうな箱に詰められた、宝石のようなチョコレートの数々が。

 また歩みが遅れている息子を振り返り、いつものように小言を言おうとしたレベッカは、留まり息子を見た。母親に叱られると悟ったのだろう、少年は黙ってウィンドウから離れて、彼女の元にやってきた。レベッカは、「欲しいの?」と訊いた。

「きれいだと思ったんだ。前におじいちゃんがくれた、キスチョコみたいに美味しいのかな」
そう言うと、母親は呆れた顔をした。

「アメリカの大量生産チョコレートとは全く違うのよ。ずっと美味しいに決まっています。いらっしゃい、入りましょう」
彼女の息子は、目を丸くした。

 中にいた感じのいい店員は、少年に試食用のチョコレートの欠片を二つ三つくれた。高級チョコレートを始めて口にした少年にはどう表現していいのかわからなかったが、その滑らかで香り高い口溶けは彼を天にも昇る心地にした。彼は、その経験だけでも十分に幸せだったが、母親はプラリネが四つ入った小さな箱を買い求めた。

 誰かへのプレゼントにするのだろうと彼は思っていたが、料金を払って受け取ったそれを、彼女は息子に手渡した。
「少し早いけれど、誕生日祝いです。しばらく帰って来られないけれど、しっかり勉強しなさい」

 彼は衝撃を受けた。まさか自分がそのリボンのかかった美しい箱の持ち主になるなんて。嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

「そうだったの。それはお母様との美しい思い出ね」
ジョルジアは、窓の向こうのプラリネの山を見ながら語るグレッグに微笑みかけた。

「この話にはまだ続きがあるんだ。僕はそのチョコレートを大切にしすぎて、クリスマスの前まで開けなかったんだ。愚かなことに、暖房ラジエーターの近くに飾っておいたせいで、溶けてしまってね。食べられなくはないけれど、大して美味しくなってしまっていた。それを母に手紙で書いて叱られた。今にして思えば、母にしてみたらせっかくのプレゼントを粗末にされて悲しかったのかもしれないな」

 ジョルジアは、初めてもらった美しいチョコレートをいつまでも取っておこうとした寂しいグレッグ少年を抱きしめたかった。もし彼が喜ぶのならば、この店中のチョコレートを買い占めて、彼の寄宿舎の部屋に飛んでいきたかった。けれど、彼が待っていたのはチョコレートではなく、きっと暖かな楽しい家庭だったのだ。

 レベッカが、息子に普段は買い与えないチョコレートを贈ったのは、もしかしたら厄介払いをするように寄宿学校に送ることへの後ろめたさだったのかもしれない。でも、そのことを口にしたら、彼にとって数少ない母親との美しい思い出にケチをつけることになる。同様にここで彼にこの店のチョコレートを贈ることも、やはり彼の母親に対するノスタルジーを傷つけることになる。

 テレビでのドキュメンタリーのように、母と子が愛を確かめ合う感動の再会にならなかったことは、しかたがない。けれど、そうであっても、グレッグにとってレベッカは母親で、彼女に対する子供としての想いはこれからも続いていくのだろう。そして、レベッカにとってもそれは同じなのだろう。

 振り返ると、彼はもうチョコレート店を覗いてはいなかった。ジョルジアは、彼に近づいた。彼は、スマートフォンを見ながら何かを思案していた。
「何かあったの?」
ジョルジアが訊くと、彼はメールの画面を見せた。

「いま例の恩師、サザートン教授からメールが来た。教授は、レイチェルとも親しいんだ。僕がイギリスにいるって彼女から聞いたんだろうね、会いに来いと言っている」

 ジョルジアは言った。
「まあ、素敵じゃない。あなたは逢いたくないの?」
「いや、久しぶりだし、可能なら逢いたい。母のところの用事は終わったから、バースに長居をする必要はなくなったんだし。その……また予定を変更してオックスフォードへ行ってもいいだろうか」
「もちろんよ。あなたが学んだ街を見てみたいわ」
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Posted by 八少女 夕

甘いのと塩辛いのと

今年に入って、平均で一キロ増加したまま、どうやっても減らない私です。なぜだ。

TUC 塩味クラッカー

それなのに、太りそうなものがやめられないあたり。

ともあれ、今日の話題は、最強の組み合わせの話。日本人には馴染みやすい話だと思いますが、甘いものと塩辛いものって一緒になるとやたらと美味しくなりますよね。日本食には多い組み合わせで、たとえばみたらし団子のタレも、焼き鳥のタレも、配合は違うけれど塩辛い醤油と、みりんやお砂糖など甘みとの組み合わせです。また、スイカに塩をかけると甘く感じるなど、この二つの味覚は同時に食べるととても美味しい。

で、最近はまっている、バタースプレッドの類い(林檎バター、蜂蜜バター、イチゴバター、練乳バターなど)を作るときも、無塩バターで作るよりも有塩バターの方が美味しいように感じるのですよ。もっとも、私の住んでいるところでは無塩バターの方が手に入りやすくて安いので、無塩バターに塩を加えて作っています。

今は、TOM−Fさんおすすめの練乳バターがあるのですけれど、これまた滅茶苦茶美味しくて危険な味です。止まらないったらありゃしない。なぜ太るんだろうなんて、本当によく言うよなー。

そのままパンに塗っても美味しいのですけれど、思いついてこの塩味の効いたクラッカーに載せてみたら、いやー止まりませんよ。これは本当にまずい。

日本だと、昔は、某美人女優がCMでしょっちゅうパーティ開いていましたよね。あのパーティで使われていた円形クラッカー美味しかったなあ。写真のクラッカーは、まあ、似たような味です。

あのパーティって、本当にあのクラッカーを使ったカナッペだけしか出てこないんでしょうかね? いや、それだけでも、美味しいと思うけれど……。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 3 -

「霧の彼方から」の続き、「蜂蜜色の街」の四回に切った三回目です。

先週アップした分と同じく、二人は昼食代わりに入ったティールームで話をしています。

どこかで読んだようなエピソードが、と思われる方もあるかもしれません。前作「郷愁の丘」の連載中、クリスマスに合わせて発表した外伝「クリスマスの贈り物」という作品です。あの作品も今回と同じ、グレッグと実母レベッカの、実の親子なのに上手くいかない様子を描写していました。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 3 -

「もっと応援してもらいたかったと思うのは、当然だと思うわ。あなたは自分の道を行くことを選び、それでお母様との関係を壊してしまったと苦しんだのね」
「たぶんね。それに、僕は今日まで母のことを冷静に分析するのを避けていたんだと思う」

「分析?」
「母親は子供ために存在するわけではなくて、一人の別個の人間だ。でも、僕は自分のことで頭がいっぱいで、その視点で考えていなかった」

「お母様の視点……」
「離婚して、イギリスに戻ってきた母は、今の僕よりずっと若かった。一度結婚に失敗して、今度こそ自分に合う相手と巡りあい、新しい人生の舵取りをするのに精一杯だったのだと思う。なのに、我慢して面倒を見続けている息子が氣にいらない進路を選んだりするものだから、嫌みの一つも言いたくなったのかもしれない」

「でも、子供が母親は女や人間であると認識するのって難しいことじゃない?」
「小さい子供ならね。でも、僕はもう四十歳を超えているんだし」

 ジョルジアは、ふと初めて会ったときと今では、彼の印象がずいぶんと変わっていることを思った。彼の穏やかで感情を露わにしない態度は、口髭を生やしている彼の外見の影響もあり、初対面の人には実際の年齢よりも年上の印象を与える。少なくとも両親との関係で悩んでいるようには見えない。おそらく今から十年前でも、いや、二十年前でも同じ印象を与え続けてきただろう。

 けれども、今のジョルジアには、時折彼が小さな子供のように感じられるときがある。叱られて泣きながら、理由もわからずに両親の許しを請う幼い少年が彼の中に住んでいるのを感じる。まだ甘えたかった年頃に、寄宿学校の小さな部屋で孤独に耐えていた彼の話は、ジョルジアの心を締め付けた。

 漁師として働いていたジョルジアの両親も滅多に家に居なかったが、寂しいときには歳の離れた兄マッテオがいつもあふれんばかりの愛情で抱きしめてくれた。そして、しばらくぶりに会う両親も、ジョルジアと妹のアレッサンドラに十分すぎる愛を注いでくれた。その愛は、やがて確認しなくても信じられるようになり、今こうして離れていても家族の絆を感じることができる。

 けれど、グレッグは愛に飢えたまま独りで立ち続けてきたのだ。
 
 やがて、彼は少しやわらかい調子で話した。
「今日の彼女は、僕の記憶にある母そのものだった。それなのに、僕は違う母と会えるつもりでここに来たんだ」
「違うお母様?」

 彼は自分を嘲るような笑い方をした。
「僕が憶えている母の姿は、歪んだ記憶なんじゃないかと、会ってみたらもっとずっと快い歓待をしてもらえるんじゃないかと、期待していたのだろうね。でも、それは彼女に対しても失礼なことだった」
「どういうこと?」

「母を正しく理解するためにならともかく、僕はただ自分の心の安定のために、それにこだわっていたんだ。誰一人として僕のことを愛してくれる人がいないと認めたくなかったからだろう。自分が両親にすら愛されることのない存在であるということに、向き合うのが辛すぎたから。でも、やっとわかった」

「何が?」
「彼女は、彼女なりに母親として僕を愛しているのかもしれない。それが僕の望む形ではないことを彼女は知らないし、今後も知ろうとはしないだろう。そして、僕も、彼女が望むような息子には永久になれないだろうし、なりたいとも思わない。それは、彼女が悪いわけではなく、そして、僕がずっと思っていたように、僕が悪いからでもない。ただ、どうしようもないことなんだ」

「あなたは、それでいいの? つらくはないの?」
「ああ。それでいいと感じたし、今、少し驚いているんだが……母と上手くいかないことに、以前ほど傷ついてもいないんだ。不思議なくらいに」

 それから、彼はジョルジアの方をじっと見つめて言った。
「こんなに平常心でいられて、母との関係を冷静に分析できるのは、君と出会ったからだと思う」
「それは少し大袈裟じゃない?」

「いや、全く大袈裟じゃないよ。今から思うと、クリスマスにも、これまでと違うのを感じたんだ」
「クリスマス?」
突然話題が飛んだので、ジョルジアは戸惑った。

「ああ。君と親しくなって初めてのクリスマスに、プレゼントとカードを送ってくれただろう?」
「ええ。憶えているわ、あれが?」

 ジョルジアがニューヨークのデパートメントストアで見つけた、サバンナの動物たちを象ったクリスマスツリーのオーナメント。

「ずっと苦手だったクリスマスシーズンだが、あれから、待降節を他の人と同じように少し浮かれて過ごすようになったんだ。あのオーナメントと、君たちからのカードを眺めながらね」
彼は、思い出しながら微笑みを漏らした。

 ジョルジアは、その温かい想いに覚えがあった。彼女自身、それまでクリスマスシーズンは嫌いではなかったが、どこか場違いさを感じていた。兄のペントハウスの三メートルもあるクリスマスツリーの豪華な飾りや、妹の豪邸で姪を喜ばせるために飾られたオーナメントの数々には圧倒されたが、それは自分とはほど遠い祭りに感じていたのだ。

 けれど、彼へのプレゼントとしてサバンナの動物たちのオーナメントを買い込んだ後、わざわざ小さなニューヨークの小さな住まいでも同じオーナメントを飾るようになった。七千マイル離れた《郷愁の丘》で、同じオーナメントを飾ったツリーを眺める彼と、一緒にクリスマスを待つことが出来るように感じたから。

「君からの、それに君のお兄さんや、キャシーたちからのカードは、僕にとって初めてもらった義務ではなくて心のこもったクリスマスカードだったんだ。僕は、あれからクリスマスの期間を悲しく辛い想いで過ごすことがなくなった。たとえ独りでいても。世界中の人間に嫌われているから独りでいなくてはいけないわけじゃないんだと、思えるようになったんだね」

 彼女は、彼を見つめ返した。彼のいう意味が、彼の感じ方が、よくわかった。
「あなたは誰にも愛されない人なんかじゃないことを知ったのよね」
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Posted by 八少女 夕

モブログ投稿用のショートカット作ってみた

突然ですが、ここでお知らせです。いつもお世話になっているもぐらさんが、「バッカスからの招待状 -5- サマー・デライト」を朗読してくださいました。

さとる文庫 「第488回 バッカスからの招待状 サマー・デライト」

いつものように、とても素敵に読んでくださっています。ぜひ聴いてみてくださいね!



今日は、「面倒なことをちょっと簡単にしたぞ」という話。

ところで、これまで「生活のあれこれ」にいつも入れていたMac、iPhoneなどのApple・プログラミング関係ですが、増えてきたので独立したカテゴリにしてみました。


自作ショートカット

カテゴリー名、「Apple信者」や「Apple布教」も考えたんですが、やっぱり恥ずかしいので普通の感じにしました(笑)

さて、本題。

普段、このブログを更新するときは、Macで管理画面を開いて、写真をアップロードし、記事にそれを挿入し、文章を書きます。ごく普通に。そうそう、その前に写真を小さくする作業もあります。

写真のサイズはいつも同じにしているので、「このフォルダに入れた画像のサイズをまとめて変更」するAppleスクリプトを用意してあり、ダブルクリックだけでサイズ変更します。

ところが、旅行中はMacが手元にないので、この一連のルーティンができないのです。iPhoneからも更新できるのですが、写真のサイズ変更や、アップロードなどを手持ちのいろいろなアプリを駆使してするのが少し煩雑でした。連れのいる旅行中にずっとそんなことばかり出来るわけではありませんし。

それで、FC2にもともとある「モブログ」というシステム(管理画面であらかじめ設定済み)を利用して、可能な限り少ないクリックで簡単な記事をアップロードできないか考えてみました。

iPhoneでは「ショートカット」というアプリが使えます。もともとは「Workflow」という他社のアプリだったのですが、Appleが買収して純正アプリになったのですね。そして、このアプリを使って、いろいろな動作を自動でひとまとめにやってくれる(レシピという)のです。

で、今回私が作った「レシピ」は、こんな動作になります。小さなアプリみたいな感じですね。
(1)iPhoneに保存されている写真を選ぶように促す
(2)縦のサイズかそれとも横のサイズを600にするかを選ばせる
(3)メールの題名を訊く(記事のタイトルとなる)
(4)メールが開かれる。メールの宛先は「moblog+dn@fc2.us」(更新完了通知を受け取らずに下書き保存させる)

このメールには先ほどの写真がすでに添付されているので、記事の本文にあたる文章を書いてそのまま送信すると、題名と本文と写真が希望通りに配置されて、投稿記事が用意されるのですね。

私は、そのまま公開するのは心配なので、下書きになるようにして、FC2アプリで確認してから公開するようにしてみましたが、なんならそのまま公開することも可能です。

旅行中に写真を撮り、このショートカット(iPhoneのホームスクリーンに置いてある)で、メールまでをあっという間に用意するのです。そして、数行の簡単な本文を書いて送信すると一分くらいで下書きまでできてしまうというわけです。便利ですよね。

応用で、やはり写真を選ばせて、サイズは自分で決めさせ、さらにメールで送るか、友人や連れ合いにメッセージで送るか、それともただ保存するだけかを選ばせるショートカットも作ってみました。写真が大きいままだと、海外で不要にパケットを使ったりするじゃないですか。手間を省いて、パケットも節約できるのはちょっと嬉しいです。

【参考】
FC2のモブログ機能については……
FC2ブログ マニュアル 携帯電話で使う(モブログ)

iPhoneのショートカットについてのわかりやすい説明は……
【iPhone】最高に便利な純正アプリ『ショートカット』のおすすめレシピ。上手く使いこなし、快適な生活とSNS環境を手に入れよう!【iPad】
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