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「霧の彼方から」を読む 「郷愁の丘」 「リゼロッテと村の四季」を読む 「十二ヶ月の歌 2」」を読む

Posted by 八少女 夕

甘いのと塩辛いのと

今年に入って、平均で一キロ増加したまま、どうやっても減らない私です。なぜだ。

TUC 塩味クラッカー

それなのに、太りそうなものがやめられないあたり。

ともあれ、今日の話題は、最強の組み合わせの話。日本人には馴染みやすい話だと思いますが、甘いものと塩辛いものって一緒になるとやたらと美味しくなりますよね。日本食には多い組み合わせで、たとえばみたらし団子のタレも、焼き鳥のタレも、配合は違うけれど塩辛い醤油と、みりんやお砂糖など甘みとの組み合わせです。また、スイカに塩をかけると甘く感じるなど、この二つの味覚は同時に食べるととても美味しい。

で、最近はまっている、バタースプレッドの類い(林檎バター、蜂蜜バター、イチゴバター、練乳バターなど)を作るときも、無塩バターで作るよりも有塩バターの方が美味しいように感じるのですよ。もっとも、私の住んでいるところでは無塩バターの方が手に入りやすくて安いので、無塩バターに塩を加えて作っています。

今は、TOM−Fさんおすすめの練乳バターがあるのですけれど、これまた滅茶苦茶美味しくて危険な味です。止まらないったらありゃしない。なぜ太るんだろうなんて、本当によく言うよなー。

そのままパンに塗っても美味しいのですけれど、思いついてこの塩味の効いたクラッカーに載せてみたら、いやー止まりませんよ。これは本当にまずい。

日本だと、昔は、某美人女優がCMでしょっちゅうパーティ開いていましたよね。あのパーティで使われていた円形クラッカー美味しかったなあ。写真のクラッカーは、まあ、似たような味です。

あのパーティって、本当にあのクラッカーを使ったカナッペだけしか出てこないんでしょうかね? いや、それだけでも、美味しいと思うけれど……。
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Category : 美味しい話

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 3 -

「霧の彼方から」の続き、「蜂蜜色の街」の四回に切った三回目です。

先週アップした分と同じく、二人は昼食代わりに入ったティールームで話をしています。

どこかで読んだようなエピソードが、と思われる方もあるかもしれません。前作「郷愁の丘」の連載中、クリスマスに合わせて発表した外伝「クリスマスの贈り物」という作品です。あの作品も今回と同じ、グレッグと実母レベッカの、実の親子なのに上手くいかない様子を描写していました。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 3 -

「もっと応援してもらいたかったと思うのは、当然だと思うわ。あなたは自分の道を行くことを選び、それでお母様との関係を壊してしまったと苦しんだのね」
「たぶんね。それに、僕は今日まで母のことを冷静に分析するのを避けていたんだと思う」

「分析?」
「母親は子供ために存在するわけではなくて、一人の別個の人間だ。でも、僕は自分のことで頭がいっぱいで、その視点で考えていなかった」

「お母様の視点……」
「離婚して、イギリスに戻ってきた母は、今の僕よりずっと若かった。一度結婚に失敗して、今度こそ自分に合う相手と巡りあい、新しい人生の舵取りをするのに精一杯だったのだと思う。なのに、我慢して面倒を見続けている息子が氣にいらない進路を選んだりするものだから、嫌みの一つも言いたくなったのかもしれない」

「でも、子供が母親は女や人間であると認識するのって難しいことじゃない?」
「小さい子供ならね。でも、僕はもう四十歳を超えているんだし」

 ジョルジアは、ふと初めて会ったときと今では、彼の印象がずいぶんと変わっていることを思った。彼の穏やかで感情を露わにしない態度は、口髭を生やしている彼の外見の影響もあり、初対面の人には実際の年齢よりも年上の印象を与える。少なくとも両親との関係で悩んでいるようには見えない。おそらく今から十年前でも、いや、二十年前でも同じ印象を与え続けてきただろう。

 けれども、今のジョルジアには、時折彼が小さな子供のように感じられるときがある。叱られて泣きながら、理由もわからずに両親の許しを請う幼い少年が彼の中に住んでいるのを感じる。まだ甘えたかった年頃に、寄宿学校の小さな部屋で孤独に耐えていた彼の話は、ジョルジアの心を締め付けた。

 漁師として働いていたジョルジアの両親も滅多に家に居なかったが、寂しいときには歳の離れた兄マッテオがいつもあふれんばかりの愛情で抱きしめてくれた。そして、しばらくぶりに会う両親も、ジョルジアと妹のアレッサンドラに十分すぎる愛を注いでくれた。その愛は、やがて確認しなくても信じられるようになり、今こうして離れていても家族の絆を感じることができる。

 けれど、グレッグは愛に飢えたまま独りで立ち続けてきたのだ。
 
 やがて、彼は少しやわらかい調子で話した。
「今日の彼女は、僕の記憶にある母そのものだった。それなのに、僕は違う母と会えるつもりでここに来たんだ」
「違うお母様?」

 彼は自分を嘲るような笑い方をした。
「僕が憶えている母の姿は、歪んだ記憶なんじゃないかと、会ってみたらもっとずっと快い歓待をしてもらえるんじゃないかと、期待していたのだろうね。でも、それは彼女に対しても失礼なことだった」
「どういうこと?」

「母を正しく理解するためにならともかく、僕はただ自分の心の安定のために、それにこだわっていたんだ。誰一人として僕のことを愛してくれる人がいないと認めたくなかったからだろう。自分が両親にすら愛されることのない存在であるということに、向き合うのが辛すぎたから。でも、やっとわかった」

「何が?」
「彼女は、彼女なりに母親として僕を愛しているのかもしれない。それが僕の望む形ではないことを彼女は知らないし、今後も知ろうとはしないだろう。そして、僕も、彼女が望むような息子には永久になれないだろうし、なりたいとも思わない。それは、彼女が悪いわけではなく、そして、僕がずっと思っていたように、僕が悪いからでもない。ただ、どうしようもないことなんだ」

「あなたは、それでいいの? つらくはないの?」
「ああ。それでいいと感じたし、今、少し驚いているんだが……母と上手くいかないことに、以前ほど傷ついてもいないんだ。不思議なくらいに」

 それから、彼はジョルジアの方をじっと見つめて言った。
「こんなに平常心でいられて、母との関係を冷静に分析できるのは、君と出会ったからだと思う」
「それは少し大袈裟じゃない?」

「いや、全く大袈裟じゃないよ。今から思うと、クリスマスにも、これまでと違うのを感じたんだ」
「クリスマス?」
突然話題が飛んだので、ジョルジアは戸惑った。

「ああ。君と親しくなって初めてのクリスマスに、プレゼントとカードを送ってくれただろう?」
「ええ。憶えているわ、あれが?」

 ジョルジアがニューヨークのデパートメントストアで見つけた、サバンナの動物たちを象ったクリスマスツリーのオーナメント。

「ずっと苦手だったクリスマスシーズンだが、あれから、待降節を他の人と同じように少し浮かれて過ごすようになったんだ。あのオーナメントと、君たちからのカードを眺めながらね」
彼は、思い出しながら微笑みを漏らした。

 ジョルジアは、その温かい想いに覚えがあった。彼女自身、それまでクリスマスシーズンは嫌いではなかったが、どこか場違いさを感じていた。兄のペントハウスの三メートルもあるクリスマスツリーの豪華な飾りや、妹の豪邸で姪を喜ばせるために飾られたオーナメントの数々には圧倒されたが、それは自分とはほど遠い祭りに感じていたのだ。

 けれど、彼へのプレゼントとしてサバンナの動物たちのオーナメントを買い込んだ後、わざわざ小さなニューヨークの小さな住まいでも同じオーナメントを飾るようになった。七千マイル離れた《郷愁の丘》で、同じオーナメントを飾ったツリーを眺める彼と、一緒にクリスマスを待つことが出来るように感じたから。

「君からの、それに君のお兄さんや、キャシーたちからのカードは、僕にとって初めてもらった義務ではなくて心のこもったクリスマスカードだったんだ。僕は、あれからクリスマスの期間を悲しく辛い想いで過ごすことがなくなった。たとえ独りでいても。世界中の人間に嫌われているから独りでいなくてはいけないわけじゃないんだと、思えるようになったんだね」

 彼女は、彼を見つめ返した。彼のいう意味が、彼の感じ方が、よくわかった。
「あなたは誰にも愛されない人なんかじゃないことを知ったのよね」
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Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

モブログ投稿用のショートカット作ってみた

突然ですが、ここでお知らせです。いつもお世話になっているもぐらさんが、「バッカスからの招待状 -5- サマー・デライト」を朗読してくださいました。

さとる文庫 「第488回 バッカスからの招待状 サマー・デライト」

いつものように、とても素敵に読んでくださっています。ぜひ聴いてみてくださいね!



今日は、「面倒なことをちょっと簡単にしたぞ」という話。

ところで、これまで「生活のあれこれ」にいつも入れていたMac、iPhoneなどのApple・プログラミング関係ですが、増えてきたので独立したカテゴリにしてみました。


自作ショートカット

カテゴリー名、「Apple信者」や「Apple布教」も考えたんですが、やっぱり恥ずかしいので普通の感じにしました(笑)

さて、本題。

普段、このブログを更新するときは、Macで管理画面を開いて、写真をアップロードし、記事にそれを挿入し、文章を書きます。ごく普通に。そうそう、その前に写真を小さくする作業もあります。

写真のサイズはいつも同じにしているので、「このフォルダに入れた画像のサイズをまとめて変更」するAppleスクリプトを用意してあり、ダブルクリックだけでサイズ変更します。

ところが、旅行中はMacが手元にないので、この一連のルーティンができないのです。iPhoneからも更新できるのですが、写真のサイズ変更や、アップロードなどを手持ちのいろいろなアプリを駆使してするのが少し煩雑でした。連れのいる旅行中にずっとそんなことばかり出来るわけではありませんし。

それで、FC2にもともとある「モブログ」というシステム(管理画面であらかじめ設定済み)を利用して、可能な限り少ないクリックで簡単な記事をアップロードできないか考えてみました。

iPhoneでは「ショートカット」というアプリが使えます。もともとは「Workflow」という他社のアプリだったのですが、Appleが買収して純正アプリになったのですね。そして、このアプリを使って、いろいろな動作を自動でひとまとめにやってくれる(レシピという)のです。

で、今回私が作った「レシピ」は、こんな動作になります。小さなアプリみたいな感じですね。
(1)iPhoneに保存されている写真を選ぶように促す
(2)縦のサイズかそれとも横のサイズを600にするかを選ばせる
(3)メールの題名を訊く(記事のタイトルとなる)
(4)メールが開かれる。メールの宛先は「moblog+dn@fc2.us」(更新完了通知を受け取らずに下書き保存させる)

このメールには先ほどの写真がすでに添付されているので、記事の本文にあたる文章を書いてそのまま送信すると、題名と本文と写真が希望通りに配置されて、投稿記事が用意されるのですね。

私は、そのまま公開するのは心配なので、下書きになるようにして、FC2アプリで確認してから公開するようにしてみましたが、なんならそのまま公開することも可能です。

旅行中に写真を撮り、このショートカット(iPhoneのホームスクリーンに置いてある)で、メールまでをあっという間に用意するのです。そして、数行の簡単な本文を書いて送信すると一分くらいで下書きまでできてしまうというわけです。便利ですよね。

応用で、やはり写真を選ばせて、サイズは自分で決めさせ、さらにメールで送るか、友人や連れ合いにメッセージで送るか、それともただ保存するだけかを選ばせるショートカットも作ってみました。写真が大きいままだと、海外で不要にパケットを使ったりするじゃないですか。手間を省いて、パケットも節約できるのはちょっと嬉しいです。

【参考】
FC2のモブログ機能については……
FC2ブログ マニュアル 携帯電話で使う(モブログ)

iPhoneのショートカットについてのわかりやすい説明は……
【iPhone】最高に便利な純正アプリ『ショートカット』のおすすめレシピ。上手く使いこなし、快適な生活とSNS環境を手に入れよう!【iPad】
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 2 -

「霧の彼方から」の続き、「蜂蜜色の街」の四回に切った二回目です。

一つ前の記事でも書きましたけれど、この章は三月にイギリスに行き、バースを歩いてから書き足したところです。そんなわけで、ロケハンの成果がいろいろと顔を出すのですけれど、今回切ったところにはあまりないか。

「郷愁の丘」を書いていたときに私の脳内にすら存在しなかったこの世界の重要キャラクターが一人だけいて、それが今回名前の出てくる人です。そもそも私の小説はそんなキャラクターばかりですけどね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 2 -

「プラウマンズランチをいつも食べていたわけではないの?」
訊くと、彼は首を振った。
「パブなどで外食することはほとんどなかったから」

「主に自炊していたってこと?」
「いや、君も知っているように、僕の料理の腕は初心者以下だ。寄宿学校時代は学食以外で温かいものは食べなかった。オックスフォードでは二回ほど引っ越したけれど、住んでいたところのどこにも、ちゃんとした自炊の設備はなかったし。共有スペースのオーブントースターくらいは使ったけれど。リチャードたちやサザートン先生が残り物をくれたこともあったので、それを温めたりしてね」

「サザートン先生?」
「ああ、そうか、言っていなかったね。オックスフォードでの指導教員チューター だった人なんだ。今は教授になっている。議論が苦手だった僕は、グループでの指導チュートリアル で、はじめは意見も言えないでいたけれど、彼は他の指導教員よりも熱心に面倒を見てくれたんだ。いろいろな意味で彼には世話になったな」

「今は、交流はないの?」
「アフリカに戻る前に、挨拶に行ったのが最後だった。形式的なことが嫌いな人で、別れの挨拶になんか来るなって怒られたよ」

「今回、会いに行くつもりはないの?」
「お忙しいだろうし、それに、僕のことをよく憶えていないかもしれないし……」

 しばらく黙ってサンドイッチを食べていた彼は、紙ナフキンで口を拭うと言った。
「いや、憶えてはいるだろうな。どんなことにも抜群の記憶力を持つ人なんだ。でも、僕は彼の貴重な時間を奪っても歓迎されるような存在じゃないから」

 それから、ためらいがちに続けた。
「それは、母にとっても同じだったのかもしれないな。わざわざ来る必要なんてなかったのに、君にまで無駄足をさせてしまった」
彼は、彼の心を沈ませいてるトピックに戻り、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「私のことは氣にしないで。お母様と知り合って、ご挨拶はしたかったから、来てよかったと思うわ」
ジョルジアは、言葉を選びながら、ようやくそれだけ言った。「母親にとって息子が特別じゃないなんてことはありえない」と明確に否定したくても、先ほどレベッカとグレッグ親子が決裂に近い形で別れたのは事実なのだ。

「不愉快にさせたのは本当に申し訳なかった。ただ、君に母と僕との関係を見てもらえたことは、今後のためにはよかったかもしれないな」

「どうして?」
「僕はこれまで通りに、母とは最低限の関わりしか持たないだろうが、そのことを理解してもらえるだろうから。僕と母は、無理して付き合ってもお互いに愉快なことにはならないんだ」

 グレッグは、サンドイッチを食べ終えると紙ナフキンで口を拭い、皿の上にきちんと並べたフォークとナイフの下に置いた。テーブルに散らばったパンの粉を集めて、それも皿に置いた。ジョルジアはすっかり見慣れた、とても自然な動きだった。

「子供の頃の僕は、母に振る舞いや考えを否定される度に、どんな悪いことをしてしまったのだろうと悩んだ。反省して、できることなら自分を彼女の希望に合わせようとした」

 ジョルジアは慣れていたが、グレッグの几帳面で紳士的な振る舞いは、もしかするとレベッカ・マッケンジーの厳しい躾の結果なのかもしれないと思った。彼は、茶色い瞳をあげて少し強く言った。

「でも、途中から、僕はどうしても彼女の願うとおりには生きられないことを悟ったんだ」
「あなたにも、譲れないことがあったのね」

「ああ。動物行動学研究の道に進むことを決めたときも、アフリカへ戻ると決めたときも、彼女には愚かでくだらない決断だと言われた。思いとどまるように説得された」

「そんな……野生動物の研究やアフリカは、お母様には嫌な思い出でしかないみたいだけれど……」

「ああ。そして、それは理解できるし、僕は彼女にアフリカや僕の研究を好きになってもらおうとは思ったことはない」

 彼は、ため息をついた。
「学位を取った時に知らせに行った。博士号を取った時も手紙で知らせた。母は、『おめでとう』と言ってくれた。でも僕は、母が心から喜んでいないことを感じる。もし法科や経済学を修めて、イギリスの大学にでも職を得たら、ひどく喜んだだろう。もしくは、首席で卒業したら……。だから、辛辣なことを言われなかっただけでもマシと考えるべきかもしれない。いずれにしても、僕の心は沈んでしまう。それを避けようとして、僕は母に話すことがなくなってしまったんだ」

 ジョルジアは、学校に通っていた頃のことを思い出した。妹のアレッサンドラは、モデル養成学校でもトレーニングを積みながら、学校の試験でも優秀な成績を取った。出席日数がギリギリだと嫌みを言う教師たちを、試験の度に黙らせてきた。ジョルジアは、中の上程度の成績を取った時、家に帰るのが嫌だった。ずっと時間のある自分の努力不足を指摘されると思ったから。

 でも、兄のマッテオは、アレッサンドラを心から賞賛すると同時に、ジョルジアが美術で満点を取ったことを、言葉を尽くして褒め称えた。優秀で有能な兄妹二人に挟まれて、居たたまれない思いで生きてきたと思い込んでいたが、彼女は認められ、肯定され、愛されてきたのだ。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

バースのティールームで

前日アップした「霧の彼方から」で、主人公たちはバースで軽食を食べていましたが、それは私がイギリスロケハンへ行ってから書き足したシーンです。

あのシーンの元になっていた記述にはずっと納得がいっていませんでした。もともとは、母親の家を出てから道を歩きながら話していたことだったのです。ストーリー上は、具体的な環境がどうしても必要というわけではなかったのですが、会話が長い分少しバランスが悪いなと、首をひねりながらのイギリス行きだったのです。

さて、オプショナルツアーで訪れたバースで何でもないティールームを見つけて、そこで軽く食べたのです。

バースのティールームで

いくつかある有名どころの店(たとえば「サリー・ラン」の店など)に入るという、お上りさん的な行動は、若干凹んでいる二人には似つかわしくないのですけれど、こんな何でもない店だったらあるかな……なんて思いました。

この作品、ニューヨークでよく舞台にしている《Sunrise Diner》という大衆食堂は、オレンジのネオンを使った看板やスチールの椅子のような、わりとチープなインテリアを想定しているのですが、イギリスで二人が入る店はどちらかというと自然素材を使った、もしくはかなりレトロな感じの、しかもあまり観光客でわらわらしていない店をイメージしています。

このティールームは、そんな私のイメージにぴったりの店でした。

主人公たちと違って、私はストーンヘンジで買ったサンドイッチを食べてしまったあとだったので、紅茶とクッキーのお茶タイムになりました。

バースのティールームで
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 1 -

「霧の彼方から」の続き、二人は引き続きバースに滞在しています。

母親との関係改善のためにわざわざ予定を変更して来たはずなのに、グレッグは母親レベッカのジョルジアへの態度に我慢できずにさっさと退散してしまいました。その続きであるこの章も9000字以上あるので、四回に分けてお送りします。

さて、章のタイトル「蜂蜜色の街」、実はものすごく悩んだのです。「蜂蜜色」はイングランド中央部、数州にまたがって広がるコッツウォルズ地方で採れる「コッツウォルズ・ストーン」に対しての形容で、バースの街を彩っている「バースストーン」は、もう少し淡いクリーム色なのですよね。ただし、現地の人によると「同じものだよ」ということですし、題名として「クリーム色の街」より「蜂蜜色の街」の方がしっくりきたので、結局ここはそのままにしました。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 1 -

「不快な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」
家を出てすぐに彼は謝った。

「いいえ。私こそ、配慮が足りなかったと思うわ。ごめんなさい。せっかく、お母様に会いに来たのに。もっと話したかったでしょう」
ジョルジアが言うと、彼は首を振った。

「話すことなんて、何もないんだ。昔からそうだった。来なくてもよかったんだ」
彼は、吐き出すように言った。いつもの穏やかな物言いとは違う、少し激しい口調だった。

「大丈夫?」
ジョルジアの不安な表情を見て、彼は黙った。それからゆっくりと道を進みながら言葉を探していた。

 二人は、ホテルに近いバース中心部に戻った。母親に会いに行くのに、どうしてホテルを予約するのだろうとジョルジアは思っていたが、今になってみればあの家に泊まらずに済んでどこかほっとしていた。

 街の中心にはたくさんの観光客がいて、蜂蜜色のジョージア調の建物を感嘆の眼差しで見つめている。中心には大聖堂と、ローマ時代の温泉施設があり、その周りに高級な商店やカフェなどが並んでいた。

 観光地特有の浮ついた雰囲氣を横目で見ながら、それらがほとんど眼に入らない様子で俯きながら歩くグレッグをどう慰めたらいいか、ジョルジアは途方に暮れた。

 イギリスに来た目的、母親との関係改善は完全な失敗に終わった。

 ジョルジアは、レベッカと実際に逢うまで、グレッグとその母親との関係を理解できなかった。喧嘩しているわけではないのというのに、彼の生活の中に実母の影がほとんど見られない。唯一の交流だというクリスマスカードには、整った美しい筆蹟ではあるが、まるで企業の印刷物のように紋切り型の短い挨拶だけが綴られていた。文字数が愛情のバロメーターとは思わないが、そのクリスマスカードからは、ほとんど何も感じ取れなかったのだ。

 そして、そのカードを書いた人物と対面して、ジョルジアは納得した。あのカードは、怒りや猜疑心などの何か表に出せない意図に基づいてわざわざ紋切り型に書かれたのではなく、レベッカ・マッケンジーという女性の嘘偽りのない感情が、あの文章に表れているのだと。彼女は、正しさにひどくこだわり、ユーモアを全く必要としない、ジョルジアの周りにはほとんどいなかったタイプの人間なのだと。

 レベッカがアフリカでの結婚生活を、ただの失敗と切り捨ててしまったことを、ジョルジアは感じた。その激しい否定は、サバンナへの強い想いを持て余していた幼かったグレッグをひどく孤独にしたに違いない。母親との溝はそんな風にして生まれていったのだろう。彼は、その修復をするためにここまで来たのだ。だが、それはおそらく無理なのだろうと、彼女は感じた。

 彼女は、黙ってグレッグの手を握った。彼は、はっとして彼女を見た。彼女の瞳を見つめ、同情と、それから、一人ではないのだと優しく肯定する光を見つけた。彼は、空を見上げ、ため息を漏らした。

 握る彼の掌に力が込められた。二人はそのまましばらく黙って歩いた。大聖堂の脇を通り過ぎ、陽の射さない細い路地を曲がる。灰色の石畳がコツコツと音を立てる。

「何か食べようか」
彼がぽつりと言った。それで、ジョルジアは遅い朝食の後、まだ何も食べてなかったことを思い出した。マッケンジー家のお茶ではいつもたくさんの茶菓子やサンドイッチが用意されるというので、あえてランチをとらなかったのだ。

「そうね。そんなにお腹はすいていないから、ティールームか何かでいいんじゃないかしら」
ジョルジアが言うと、彼も頷いた。

 辺りを見回すと、すぐ側に小さな店があった。黒板が出ていて「デリ / カフェ / 自然農法のワイン」とシンプルに書かれている。中に入ってみると、カントリー調のインテリアで古い木製の床がみしりと音を立てた。

 バーには年配の男が立っていて「いらっしゃい」と言った。カウンターの端には手作りクッキーやケーキが置かれていた。

「簡単なものを食べることができるだろうか」
グレッグが訊くと、男は頷き奥のテーブル席へ案内してくれた。

 ジョルジアはチェダーチーズとハムのサンドイッチを、グレッグは農夫風プラウマンズ サンドイッチを頼んだ。

「農夫風って、どんなサンドイッチ?」
ジョルジアは訊いた。

 パンとチーズやピクルス、ハム、サラダ、林檎、チャツネなどの冷たいものを盛り合わせた一皿をプラウマンズランチと呼び、イギリスではパブの定番料理であることは知っていた。農夫がお弁当として外で食べた伝統食らしい。ニューヨークでも、たまにプラウマンズランチを出すカフェはあるものの、サンドイッチになっているものは見たことがなかった。

 彼は前に置かれたサンドイッチの全粒粉のパンを開いて見せた。
「チーズにサラダ菜とチャツネだね。チャツネが入っていて酸っぱいと農夫風って言うのかな」
首を傾げながらかぶりつく彼の姿に、ジョルジアは微笑んだ。
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Posted by 八少女 夕

シンデレラ

今日は、純粋に音楽の話を。
Hermann Vogel (1854-1921) [Public domain], via Wikimedia Commons
Hermann Vogel (1854-1921) [Public domain]

私は子供の頃にバレエを習っていました。それも分不相応に、後に世界的バレリーナになった人たちと同じ先生に習っていたのです。超絶下手っぴいな上に、努力もしなかったので、もちろん大成しませんでしたし、習い事としても全くひどい踊りでした。いま考えると本当に先生に申し訳ないし、月謝を払ってくれた親にも申し訳ないことをしました。

そんなことはともあれ、そういう環境にいたので、観にいく方も世界のトップレベルをリアルタイムで観ていました。ジョルジュ・ドンの伝説の「ボレロ」も観ましたし、シルヴィ・ギエムがパリ・オペラ座バレエ学校の生徒として日本デビューした公演も観ています。そう、あの頃の話です。マーゴット・フォンティーンやマヤ・プリセツカヤ、それにノエラ・ポントワも素敵でした。

いや、今日は、そういう話ではなくて。

一度、東京バレエ団の「シンデレラ」に連れて行ってもらいました。そして、その世界に夢中になってしまったのです。お伽噺としての「シンデレラ」は、どちらかというと嫌いだったのに、です。その理由は、音楽だったのです。(ようやく本題だ)

「シンデレラ」は、ロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフの手によります。彼の作曲したバレエ音楽では「ロミオとジュリエット」の方がはるかに有名ですが、私はこの「シンデレラ」の音楽が大好きになり、以来好んでLPをかけていました。(だから、そういう時代なんですよ)

何十年も聴いていなかったのですが、不意に思い出して聴きたくなり、iTunesストアでアルバムを購入しました。Guennadi Rosdhestvenski指揮でMoscow RTV Large Symphony Orchestraのものです。

プロコフィエフの曲全般に言えることですけれど、普段私が好んで聴くロマン派の作曲家の音楽に比べて、不協和音をつかう、もしくは、リズムが不規則になることが多く、いわゆる「胎教にいいクラッシック」のような心地よさではありません。でも、いわゆる前衛的な現代音楽のような「奇天烈な感じ」ではなくて、実に叙情的で美しいメロディを織り込んであり、その切ない美しさが魅力なのです。

「シンデレラ」は「意地悪な継母とその娘たち」の出てくるシーンでは不協和音や攻撃的なリズムなどが特徴的ですが、それによって「仙女のテーマ」や「シンデレラと王子の踊り」などの美しさが際立っています。「ロミオとジュリエット」は悲劇なので、両家の諍いを象徴する不協和音や攻撃的なリズムの割合が多すぎて、ずっと聴いているのがつらいのですけれど、「シンデレラ」の方はずっと聴きやすいのです。

プロコフィエフらしい特徴的なメロディで、いつもどこかわずかに不安を感じるのですけれど、それが妙にクセになります。たぶん私は、こういう感情に慣れているのだと思います。ラフマニノフやベートーヴェンの音は、本当に好きでいつまでも聴いていたい強い憧れがあるのですけれど、それとは違う、かなり後ろ向きな叙情、たぶん私の本質的な考え方に近い、それ故に場合によっては少しつらい感情を呼び起こす音なのですよね。

少し説明が難しいので、興味を持たれた方はぜひ聴いてみてください。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

read more


この動画は、ちょうどいい具合に聴き所をまとめてありました。27分ありますけれど……。

Prokofiev - Cinderella - Suite №1
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Posted by 八少女 夕

【小説】ひなげしの姫君

「十二ヶ月の歌」の七月分です。もう七月も終わりに近づいているなんて!

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。七月はホセ・ラカジェの”アマポーラ”にインスパイアされて書いた作品です。夏になると、通勤路に野生のひなげしがたくさん咲くので、この曲を選んでみました。

そして、このストーリーは「アマポーラ」だけでなく、もう一つのひなげしに関するお伽噺も下敷きにしてあります。もともとはインドの民話のようです。「小さな子ネズミが魔法で美しい姫君に姿を変えてもらい王子様に見初められるのですが、正体がばれるのを怖れて慌て池に落ちて亡くなってしまう、その後美しいひなげしが池の周りに咲いた」というものです。

しかしながら、いつも通り私の話は、そこまでドラマティックには着地しません。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



ひなげしの姫君
Inspired from “Amapola” by Joseph Lacalle

 彼女は、桃色の頬と、ふっくらとした紅い唇を持った、魅力的な少女だった。同じ教室で机を並べていたときから、僕はいつだって彼女のことが大好きだった。ひなげしに喩えて謳ったあの曲のように、いつも心の中で「僕を愛しておくれよ」と語りかけていた。だから、クラスメートに知られないように、机の上にナイフで刻んだ名前、日記帳の中に綴った彼女の名前は、アマポーラだった。

 僕の求愛を、まるで相手にしてくれなかったアマポーラとは、卒業後に逢うチャンスもなくなってしまったけれど、僕の心の中には、いつも彼女がいたのだと思う。そりゃ、忘れていたことがなかったとは言えない。でも、たとえば、夏が来て赤いひなげしを目にすると、僕はいつも可憐なアマポーラのことを思い出して、そっと微笑んだのだ。

 彼女を、都で見かけたのは、本当に偶然だった。変わらずに綺麗だっただけでなく、びっくりするくらい垢抜けていて、その場で声をかけるのをためらってしまった。

 乗っていた黒塗りの馬車は、立派な紋章がついていて、横に乗っていた男は仰々しい山高帽を被っていた。そんなことってあるだろうか。あのアマポーラが、貴族と連れだって馬車に乗るなんて。どんなに綺麗だって、僕たちの階級の人間が、お高くとまった奴らとつきあうことなんてできないはずだ。でも、この僕が、アマポーラを見間違えたりなんかするものか。

 彼女とその立派な紳士が馬車を待たせ入った店に、僕も入った。それは、有名なコンディトライで、大理石の床、樫材の壁、シャンデリアや金飾りの鏡に囲まれたティールームで、濃厚なチョコレートを飲む奥方や葉巻をくゆらす紳士たちで賑わっていた。

 僕には、日給の半分もするようなコーヒーやケーキを楽しむ余裕はなかったが、売店で小さなチョコレートを注文しながら、世間話をした。
「それはそうと。表の馬車の紋章、つい最近見たはずなのにどこだか思い出せないんだ」

 店員は、にっこりと笑って答えた。
「エンセナーダ侯爵さまですよ。婚約なさったばかりで、よくこの店にいらしてくださるんです。ここで出会われたんですよ。誉れです」

「婚約者って、あの娘……?」
「お美しい方でしょう? 東方の王家の血を引くお嬢様で、ポストマニ様とおっしゃるんですよ」

 まさか! アマポーラに王家の血なんか一滴も入っていないどころか、東方の出身なんかじゃないことも、僕が誰よりも知っている。アマポーラの父方の爺さんは村のくず拾いだったし、母さんは皮剥ぎ職人の妹だった。

 僕は、礼を言ってチョコレートを受け取ると、氣取った包みを開けて、一つ口に含んだ。ゆっくりと滑らかに溶けるプラリネは、僕らが普段食べ慣れている混ぜ物入りのざらざらした板チョコとは別の食べ物のようだった。

 この店にしょっちゅう通っている、金持ちの奴らは僕とは関係のない雲の上の存在だ、いつもなんとなくそんなことを考えていた。アマポーラは、上手く混じっている。すごい玉の輿だな。僕はただの機械工だけれど、じきに侯爵夫人となるあの別嬪の幼なじみなんだって思うと、妙に誇らしかった。昔話をして、可憐なひなげしを捧げた話を憶えているだろうと笑い合いたかった。

 エンセナーダ侯爵ときたら、まるで世界に他の女がいないみたいに、じっとアマポーラのことばかり見つめて、その手を握りしめたりキスしたりばかりしているんだ。

 でも、彼女自身は、そこまで婚約者に夢中という風情ではなかった。店内を見回したり、ハンドバッグから取り出した小さな手鏡で自分の顔を確認したりしていた。カウンターで、見つめている僕には氣付いたんだろうか。笑いかけてくれることも、手を振ってくれることもなかったから、よくわからない。

 僕は、彼女が化粧室に向かうのを確認して、急いで後を追った。

 幸い、周りには誰もいなくて、僕は化粧室から出てきた彼女を小声で呼んだ。
「アマポーラ! 僕を憶えているかい?」

 彼女は、ひどくびっくりして周りを見回した。僕の姿を見て、ものすごく嫌な顔をした。それから、まるで聞こえなかったかのように反応もしないで去って行こうとしたので、僕は後を追いもう一度呼ぼうとした。

「しっ。やめてよ。どういうつもり?!」
彼女は、動きを止めると小さな声で言った。

 僕はつられてもっと小さな声になった。
「どうって、久しぶりだから。綺麗になったねって、言おうと思ったんだ」

「あんたなんかと知り合いだとわかったら大変なのよ、ペッピーノ、少しは遠慮しなさいよ。それとも私を強請ろうってわけ?」
「まさか!」
「だったら、あっちへ行ってちょうだい。私につきまとわないで。私は、ポストマニ姫ってことになっているんだから」

 僕が名付けたのと同じ、可憐でひなげしを思わせる真っ赤なワンピースを着た彼女は、僕を邪魔者みたいに追いやろうとした。それどころか、小さなビーズのハンドバッグから、僕の週給にもあたるような紙幣を三枚も取りだして、さも嫌そうに僕に押しつけたのだ。

「何のつもりだよ。僕は、金なんか……」
そう言いつのろうとしたとき、角から店の支配人が歩いてきた。
「どうなさいましたか、お嬢様。何か問題でも……」

「いいえ、何でもありません。馬車まで送ってくださいます?」
アマポーラは、外国人が話すみたいに、変な発音で支配人に言った。支配人は、僕の汚れた服装をじろりと見回すと、彼女につきまとうなと言いたげに僕をにらみつけると、彼女をガードするように侯爵の待つ馬車まで送っていった。

 彼女たちが去ると、支配人は戻ってきて、僕に慇懃無礼な様子で言った。
「申し訳ございませんが、お引き取りいただけませんか。チョコレートを購入なさりたいのなら、街のはずれに露店もございますし……」

 僕は、すっかり腹を立ててコンディトライを後にした。お前なんかに何がわかるんだって言うんだ。追い出したこの僕と姫君みたいに扱ったアマポーラは、同じ村の同じ学校で机を並べていたんだぞ。

 乞食に恵むみたいに、こんな金を渡すなんて、ひどいや。僕は、アマポーラにも腹を立た。このまま、この金を受け取ったら、僕は強請り野郎になってしまう。このまま黙って引き下がれるものか。

 僕は、駅前のバーのカウンターでエスプレッソを頼み、会計のついでにエンセナーダ侯爵とやらがどこに住んでいるのかを訊きだした。

「あんた都にはしばらく来なかったのかい? あの小高い丘の上、都のどこからでも見える『雲上城』を、侯爵が買って引っ越してきたときの騒ぎを知らないなんて」
「へえ? もともとは都にいなかったお貴族様なんだ」

「ああ、この国の方じゃないからね。海の向こうの大陸に、この国の三倍くらいある領地を持っていて、何でも持っている人なんだそうだ。引越の時には、たくさんのお宝や綺麗な調度を積んだ船が港にずらっと並び、それをお城に運び込むために二週間くらい毎日パレードみたいな行列が街道を進んだ。足りないのは、相応しい奥方様だけだと、みなが噂していたのだけれど、ついにお姫様と知り合ったらしいね」

 外国人なら、アマポーラがこの国の生まれか、東方の国の育ちか見破れなくても不思議はない。でも、街の奴らはわからないのだろうか。

 ふうふう言いながら、『雲上城』を目指して、急勾配の道を進んだ。丘と言うよりは小さな山みたいだ。都のど真ん中にあるのに緑豊かで、街の喧騒からは切り離されている。ほぼ毎日、馬車に揺られてあのコンディトライに通って、ホットチョコレートを飲むなんて、優雅な身分だなと思った。実家に戻れば、酒癖の悪い親父に怒鳴られながら鶏や豚の世話をしなくちゃならないだろうに。

 ようやく見えてきた門は、背丈の倍以上ある立派なものだった。真ん中に大きな黒い金属板で紋章が打ち出されている。先ほど見た馬車についていたのと同じだ。内側に守衛所があって黒い服を着た門番がやたらと胸を張って立っていた。

 僕は、そっと門に近づいた。門番は怪訝な顔で「何か用かね」と言った。
「友達がここにいるって聞いたんだ」
僕が言うと、門番は話にならないという顔つきをした。

 こいつも、あの支配人と同じだ。僕を見下して追い払おうとしている。
「僕が機械工だからって、馬鹿にするんだな。僕は、話があってきたんだ。悪いこともしていないし、嘘も言っていない。なのに、服装だけで僕のことを誰も真面目に受け取ってくれないなんてフェアじゃないよ!」

「だったら、ちゃんとした紹介状か、お屋敷のその人にここに来てあんたが友達だ言ってもらうんだな。こっちだって仕事なんだ、誰だかわからないヤツを入れるわけにはいかんよ」
門番の主張はもっともだった。僕は途方に暮れた。

「私の知人よ、入れてあげて」
声がしたので、門番も僕も驚いて顔を向けた。ひなげしの花そっくりの、ドレープのある朱色のスカートを着たアマポーラが立っていた。門番は、すぐに頭を下げて門を開けて僕を招き入れた。

 僕は、急いで中に入り、彼女に挨拶しようとした。けれど彼女は急いでその場を離れた。門番に会話を聞かれたくないんだろうと思って、僕は黙ってついていった。

 門からは全く見えなかったが、森林の小径を抜けると城の前に広がる大きな庭園に出た。丸い池にからくりの噴水が涼しげな水煙をほとばしっている。その池の周りにたくさんの大きなひなげしが植えられていて、優しく風に花びらをそよがせていた。

「あれじゃ、足りないって言うわけ?」
アマポーラは、低い声で言った。僕は、カッとなった。

「僕は、強請りに来たわけじゃない! それにこんなもの!」
コンディトライで渡された紙幣を取り出すと、彼女めがけて投げつけた。

「何するのよ」
「嘘で塗り固められたお姫様からの、汚い金なんて受け取れない」

 アマポーラは、下唇を噛みしめてから言った。
「やっと巡ってきたチャンスなのよ。洗濯女なんて死ぬまで働いても指輪一つ買うことが出来ないんだわ。あんな生活に戻りたくないの。邪魔をしないで」

 僕は言った。
「邪魔なんてしないさ。僕はそんなつもりで声をかけたんじゃない。久しぶりだったから、話をしたかっただけなんだ。物乞いか強請みたいに扱われて、そのまま立ち去れなかっただけだ。それで幸せになれるっていうなら、するがいいさ。僕には関係のないことだ」

 そう言って、僕は彼女の返事も待たずにまた門の方へ向かった。門番は、慇懃に頭を下げて僕を出してくれた。

* * *


 支配人に疎まれてコンディトライに行けなくなってしまったので、エンセナーダ侯爵に関するニュースを耳にしたのは半年以上後だった。あれから三ヶ月も経たないうちに、海の向こうの領地で大きな飢饉があり、不満を抱いた領民たちが革命騒ぎを起こしたのだそうだ。

 侯爵は、財産の大半を失い、『雲上城』を二束三文で売り払って海の向こうへ帰って行ったそうだ。最愛のポストマニ姫と華燭の宴をあげたのか、そして彼女が不運の侯爵に付き添ってかの国に向かったのか、誰も知らない。僕は、彼女はついていったりしなかったのではないかと思う。

 魔法の解けてしまった偽物の姫は、今どこにいるのだろう。少なくとも洗濯女に戻ったりはしていないだろう。馬鹿馬鹿しく高いホットチョコレートを優雅に飲むけっこうな生活を知ってしまったんだから。

 彼女は、またどこかの姫君のフリをして別の貴族や富豪の奥様におさまろうと、性懲りもなく計画を練っているだろう。可愛いアマポーラ。ちっぽけな少年に見向きもしなかったように、きっと君は貧乏な機械工を愛してくれたりなんかしない。でも、僕は、それでも君とまた再会することを願っているんだ。

(初出:2019年7月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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「アマポーラ」はいろいろな歌手が歌っていますが、私はこのポルトガルのカウンターテナーのバージョンが好きです。この方、「男」ですよ。



Nuno Guerreiro “Amapola”
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Posted by 八少女 夕

アガベの花が咲きだした

この夏のトピック。田舎なので、あまり事件もそんなにないんです。

アガベの花

我が家は日本でいう所の二階に部屋を借りているんですけれど、階下の住人のアガベに異変が起きたのはこの春の終わりのことでした。 

アガベというのは、リュウゼツランとも言われる中南米原産の植物で、アロエに似た多肉質の葉と、その先に尖った棘がある特徴的な単子葉植物です。

もともと沙漠のようなところに生えるので、水やりもほとんどいらない手のかからない植物なのですけれど、この五月末に突然大きな茎が伸び始めたのです。

三十年から五十年に一度と言われる開花の時期が来たのですね。

アガベ

毎日茎はぐんぐん伸びて、二週間ほどでこんなに高くなってしまいました。そして、一ヶ月半ほどしてついに花が咲き出したのです。

花が咲くのはとても珍しいことなので、見ることが出来るのは本当に僥倖。おそらく生涯で一度の経験だと思います。それが毎日自宅で見られるってすごいなあ。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(5)花咲く家 - 3 -

「霧の彼方から」の続き三つに切った「花咲く家」のラストです。

今回のストーリーは日本の話ではないので、嫁と姑との関わり方を日本のそれとは違う前提で書いています。すなわち「●●家の嫁になるのだから」的な発想はないのです。けれど、「嫁と姑の関係は時に面倒くさい」は世界共通です。

レベッカには、「国際結婚などしたのが間違いだった。だから、息子は出来ることなら英国で、英国人と結婚し、まともな人生を送るのが幸せなのに」という思いが根底にあるようです。で、連れてきた嫁は、よりにもよってイタリア系アメリカ人だった……。むしろ、《Sunrise Diner》の常連であるクレアを連れてきたら大喜びしたでしょうね。継子のマッケンジー兄妹の方は、もちろん有名人の家族の方が嬉しそう。ミーハーです。

実母レベッカの登場、実はこれでおしまいです。話はまだ続きますけれど。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(5)花咲く家 - 3 -

 ジョンも、妹とそっくりの笑い方をした。
「おい、やめろよ。誰だって昔の失恋の話なんか触れて欲しくないさ。とりわけ婚約者の前ではね。しかし、意外だな。君がこんな洗練された人と……」

 レベッカは、先ほど受け取った二冊の写真集を義理の息子と娘に見せた。
「カペッリさんは、写真家でこのような写真集を出版しているそうです」

 二人は、珍しそうに写真集を見たが、『陰影』の表紙を見て叫んだ。
「やあ、これはマッテオ・ダンジェロじゃないか。あのアレッサンドラ・ダンジェロの兄の」
「まあ、そうよ。なんてこと、マッテオ・ダンジェロのすぐ側に、ヘンリーがレイアウトしてあるわ。こんなことって信じられる?」

「すごいな。あんな有名人を撮るって大変じゃないですか」
そう言われて、ジョルジアとグレッグは困ったように顔を見合わせた。が、隠しても仕方ないと思いジョルジアは口を開いた。
「実は、マッテオは私の兄でもあるんです」

「ええ! ってことは、ヘンリーがあのアレッサンドラ・ダンジェロの義兄になるってこと!」
ナンシーが大きな声を上げたので、レベッカは露骨に嫌な顔をした。

「僕は、スーパーモデルの姉である誰かと結婚するんじゃない。この人と結婚するんだ」
グレッグは、はっきりと言った。

 ジョルジアは、意外に思った。あまりにも長くアレッサンドラ・ダンジェロの姉というレッテルを貼られ続けてきたので、反抗心を持つことも忘れていた。ましてや、誰かがそれを強く打ち消すための言葉を言ってくれるなど期待したこともなかったのだ。

 だが、当の兄妹は、その抗議に大して反応せずに、あいかわらずマッテオの写真を見ながらあれこれ言っていた。ついにはスーパーモデルや浮ついた億万長者などには批判的な継母に軽薄だとぴしゃりと言われて、応接間から体よく追い出されてしまった。

「本当に嘆かわしい反応だこと。真っ当な生き方よりも札束を好む人たちを羨むような口ぶりで」
ダンジェロ兄妹など、ろくでもない社会の膿だとでも言い出しかねない口調で、そもそもその二人がジョルジアの愛する家族なのだと言うことは、全く意に介さない様子だった。

 それどころか、それで未来の義理の娘が嘆かわしい風情である理由が腑に落ちたと言わんばかりにため息をついた。

「アメリカという国では、スカートは流行遅れなのでしょうね。イギリスのある程度の階級で育った娘さんならば、婚約者の母親に会いに行くためのワンピースを買いに行く手間を惜しんだりすることは考えられないでしょうけれど、なんせ全然違う文化の国から来た人ですもの。マナーをあれこれいうのは無意味なことでしょう」

 ジョルジアはとまどった。普段デニムとTシャツばかり着ているのでスカートという選択肢をまったく考えなかったのだが、どうやら未来の義母にとってこの服装は常識外れだったらしい。少なくとも今日は滅多に着ないエレガントなパンツスーツを着てきた。グレーの柔らかめのドレープ生地のパンツとそれに近いストールが、パンツスーツの尖った感じを和らげている。

「母さん。失礼な上に非論理的なことをいうのはやめてくれ」
自分から非礼を詫びる前に、グレッグがそう言ったので、ジョルジアは驚いた。

「なんですって」
「女性はスカートを穿くべきだなんて、一世紀前の価値観だ。アメリカもイギリスもケニアも関係ない」

「ケニア。私はあそこに住みましたからね。どれだけ野蛮な土地なのか、身を以て知っていますとも。あそこならば、マナーなんかどうでもいいという価値観になるでしょうよ。私は少なくとも祖国に戻ってきて生き返りましたとも。それに、お前がまともな教育を受けてよりよい生活ができるように連れ帰ったのに、わざわざあんな国に戻るなんて」

 ジョルジアは思わず言った。
「彼が住んでいるのは素晴らしいところですわ」

 レベッカは優雅な動作で、ティーカップをテーブルに置いた。
「まあ。それでは、あなたは本当にヘンリーにお似合いね。それだけは安心しました。結婚したはいいものの、あの国が嫌で数日で取りやめたなんて話は聞きたくありませんもの」

 ジョルジアは、ここに来る前にもう《郷愁の丘》での同居を始めていたことは、口にしないほうがいいのかもしれないと思った。結婚前に何年も同居することは彼女にはごく普通のことだったが、レベッカ・マッケンジーにとっては恥ずべき非道徳行為なのかもしれないから。

 彼女のとげのある言い方が不快でないと言ったら嘘になる。でも、彼女は黙ってやり過ごそうと思った。口論をしたらグレッグが困るだろう。親子の団らんに水を差すようなことはしたくない。

 そう思っていたところ、グレッグは突然立ち上がった。
「そろそろ失礼するよ。母さん、もてなしをありがとう」

 ジョルジアは驚いた。十五年以上会わなかった母親との再会を、こんなにあっさりと打ち切るとは思っていなかったからだ。もしかして、自分のせいなのかと不安に思った。

 ところが、レベッカの方はさほど驚いた様子は見せなかった。
「どういたしまして。プレゼントをありがとう。私としては、お前が健康で、そして、立派にやってくれればそれでいいのよ。普通よりも遅いけれど、少なくとも家庭を持つつもりになったことは、いいことだと思いますよ。どうぞお幸せに。次はもっと繁く母親を訪れるつもりになってくれるといいわね」
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Posted by 八少女 夕

バースのあれこれ

ちょうど今月と来月に「霧の彼方から」で主人公たちがバースに滞在しているので、本文と関係ないバースの思い出について少し話してみようと思います。

サリー・バンズ

以前も少しだけ書きましたが、バースに行ったのは二度目。そして、一度目の時はローマン・バスを見る時間しかなかったので、今回はもっと街を見ようと滞在時間の長いツアーを探しました。

もちろん泊まったり、個人的に電車で訪れることも出来たのですけれど、そうなるとあと二日くらい長くイギリス滞在することになりますし、いろいろな情報を自力で仕入れなくてはならないので、ちょっともったいない。ここは、ツアーでさくっと行くことにしました。

バース三時間自由時間つきというツアーがあったのですけれど、それにストーンヘンジ観光もついていたので、もちろん喜んで観てきました。それはともかく。

実際にツアーには、いろいろな新情報があって、描写の中に(一部はおそらく探してもなかなか見つからないほどひっそりと)埋め込んであるのですけれど、面白かった割にはわざとらしくて使えなかった情報もけっこうありました。

その一つが、上の写真。名物の一つである「サリー・ラン」というお店で売っているバンズです。なんでも1680年頃にフランスからやってきた女性が作り始めたレシピに則って作っているパンということで(眉唾という噂もある)、大きくてミルクと卵がたっぷり。バースに来たら必ず買えというのですけれど、旅行中でこんなに大きなパンを持って帰っても困ること間違いなし。

向かいに「元祖バースバンズ」という似たようなパンを売っているお店があり、やはりソフトタイプの丸形パンらしいのです。「サリー・ラン」のバンズに比べると「買ってもいいかな」と思えるぐらいの大きさだったらしいのですが、サイズに大きな差があることを知ったのは帰国後(笑)結局こちらも買いませんでした。次回があったら、トライしようかな。

バースの家

さて、バース観光の(ローマン・バス以外の)もっとも大きな目玉というと、ジョージアン様式の優雅な建物の数々。もともとはローマ時代(伝統としてはその前のドルイド信仰の頃からの聖地だった)の有名湯治場だったバースですが、しばらくは忘れられていたそうです。ところが、ジェームス一世の(ちょっと困った)王妃が湯治でやってきて以来、なぜかイギリス貴族たちの一番イケてるリゾートになってしまい、貴族たちがこぞってやってきたそうです。そのお陰で、次々に立派な建物が作られ、この近くにあるバースストーン(コッツウォルズ・ストーンとだいたい同じもの)を使った、クリーム色の美しい町並みが作られました。

写真の建物を見ると、所々、窓が潰れているところがありますよね。こちらは、当時の税金と関係があるのだそうです。家を持つと税金を取られたそうなのですけれど、窓の数によってそれが増えたそうなのですね。だから、建てる方もそれに対抗するように、窓の数をできる限り少なくし、さらに必要のないところは潰してしまい税金をかけられないようにしたということなのです。こんな立派な家を建てる人でも、節税に励んでいたのですね。

さて、建物前の交差点。こちらは変わった信号。歩行者用の信号なのですけれど、なんと青である時間が八秒しかないんです。わかっている人間が、はじめから小走りでようやく渡りきる程短い時間です。なぜこんな設定にしたのか不思議です。

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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(5)花咲く家 - 2 -

「霧の彼方から」の続き三つに切った「花咲く家」の二回目です。この「郷愁の丘」そのものは完結した作品で続編が必要とは思っていなかったのですが、要望を受けて前作では飛ばしたシーンを書いたときに、「むしろこっちの話の方が重要かもなあ」と頭に引っかかっていたのが、グレッグのイギリス時代の話でした。

実母レベッカとの邂逅は、ある意味では「郷愁の丘」で描いた実父ジェイムス・スコット博士との邂逅の繰り返しでしかないのですけれど、グレッグが幼少期を乗り越えて前に進むためには必要なステップでした。と、同時に、この後の流れにつなげるための「あり得る唯一のきっかけ」でもあります。

「レベッカは実母なのに我が子にこんなに冷たいはずがない」とお思いの方もあるかもしれません。でも、実はこの外から見るとものすごく変わった親子関係、ちゃんとモデルがあります。しかも、私自身の●親等の世界です。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(5)花咲く家 - 2 -

「ようこそ、カペッリさん。私がレベッカ・マッケンジーです」
彼女は、ジョルジアに手を差し出したが、ハグをしようとする様子は全く見せなかった。そして、ジョルジアが会釈をしてその手を握ったが、乾いた手のひらは全く力を込めてこなかった。それは、握手よりも、扉を開けるためにドアのノブに触れている時のように無機質な感触だった。

 それから、レベッカは、ようやくグレッグの方を見て言った。
「久しぶりね、ヘンリー。よく来てくれました」

 握手もなければ、ハグもキスもなかった。久しぶりに会った母と息子は、全く触れ合うことすらなかったのだ。

 レベッカはソファに座るよう勧めた。ゴールドベルベッドのチェスターフィールドソファで、座り心地は抜群だ。

 用意された銀のティーポットは磨き抜かれ、触ると壊れるのではないかと思われるほど薄い花柄のティーカップがその隣に行儀よく置かれていた。

 ジョルジアは少し硬くなり、ソファに浅く腰掛けた。目を向けると、グレッグも寛がない様子で座っていた。

「イギリスやケニアの方ではないようね」
レベッカは、紅茶を勧めながら言った。

「アメリカ人です。祖父母は北イタリアの出身ですが、両親の代からニューヨークに住んでいます」
「まあ。ニューヨークの方が、サバンナで世捨て人のように暮らすヘンリーとどうやって知り合ったの」

 ジョルジアは、鞄から二冊の写真集を取り出した。グレッグと知り合うきっかけとなった『太陽の子供たち』と、彼も被写体として入っている『陰影』だ。
「私は写真家なのですが、この作品の撮影の時にお世話になったのがきっかけです」

 二冊を受け取りながら、レベッカは驚いた表情を見せた。
「写真家ですって? まあ、驚いた。そのような仕事をする女性がいるのは知っていましたが、実際に逢うのははじめてです」

 グレッグは言った。
「母さん。彼女はとても才能のある人で、その帯にあるように、『フォトグラフ・オブ・ザ・イヤー』という権威ある賞で入賞したんだ」

「あなたのお陰でね」
ジョルジアは、付け加えて微笑んだが、レベッカはその話題には、さほど興味がないようだった。

 モノクロームで人物を撮った『陰影』は、心の中で最も重要な位置を占める存在として、グレッグの写真がラストページに入っている。表紙には彼の横顔も写っているのだが、レベッカはどちらの写真集も開こうとせず、少し離れたサイドテーブルに置いた。

 その時、玄関から大きな音がして、誰かが邸内に入ってきたのがわかった。男女が大きな声で話しながら廊下を進んできた。

「ああ、わかっているよ。客間にいるんだろう」
「あのヘンリーが、結婚相手を連れて来たって、本当かしら」

 ノックと同時に、応接室の扉が開かれ、明らかに兄妹だとわかるよく似た二人が入ってきた。

「やあ。本当にヘンリーだ。何十年ぶりだろう。僕たちのことを憶えているだろうか」
「そりゃあ、憶えているでしょうよ。ねえ、ヘンリー。結婚するって本当?」

 グレッグが立ち上がったので、ジョルジアもそれに倣った。
「ごきげんよう。ジョン、ナンシー。こちらは婚約者のジョルジア・カペッリだ。ジョルジア、ジョン・マッケンジーとナンシー・エイムズ兄妹だ」

「はじめまして」
ジョルジアが手を差し伸べると、二人は感じよく笑いながら手を握った。

「ヘンリーが、結婚するって聞いて驚いたのよ」
「全くびっくりさせるよな。独身主義者じゃなかったのか」

 グレッグは、困ったように言った。
「主義じゃない。これまで相手が居なかっただけだ」

 ナンシーが意味ありげに笑った。
「ジェーンが結婚したので世をはかなんで、サバンナに籠もったって聞いたわよ」

 ジョルジアは、心の中でジェーンとつぶやいた。その人なのかしら、彼が心の奥にしまっている特別な女性は……。グレッグを見ると、わずかに眉をひそめていた。
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Posted by 八少女 夕

日本で買ってきた便利なモノ (5)ファスナー圧縮バッグ

さて、今日は日本で買った便利グッズを紹介するコーナーです。五回目の今回はファスナー圧縮バッグです。

ファスナー圧縮バッグ

正確に言うと、これは帰国時に買ったものではなくて、最近姉に頼んで送ってもらったものです。

ヨーロッパ旅行に出かけるときは機内持ち込みサイズギリギリのスーツケースを持って行くようにしています。もちろん、もっと大きいものも許可されているのですけれど、やはり街中を快適に動き回るには、荷物は小さい方が便利なのです。このサイズなら、電車に乗り込むのも楽ですし、座席の下や後ろに収納できるので目を離さずに済みます。(このスーツケースの話はいずれまた語ります)

もともと私は女としては必要な持ち物が少ない方なのですけれど、それにしても一週間の旅行に行くのですから、衣類がスーツケースに占める割合のことは氣になります。往きはいいのですけれど、帰りはお土産を入れるスペースもあるじゃないですか!

それでこれまでは、ビニール製の圧縮袋なども使っていたのですけれど、いくつか不満がありました。一つは、ビニール製の圧縮袋は、小さくはなるのですけれど形が不揃いでスーツケースの中で今ひとつ収まりが悪いこと。それに、中のエアーを抜くのが少し難しいこと。そして、圧縮しすぎでしわになるのですよね。

それで、最近の旅行トレンドに乗っかって、こちらを購入してみました。こちらはファスナーを三カ所閉めていくと40〜50%圧縮されるタイプなのですね。

実際に、私がポルトに持って行った着替えはこんな感じの量でした。下に下着類などが、上にはTシャツや軽いボトムス、それにシャツや寝間着まで突っ込みました。溢れて見えますが、実際にはじめは溢れていました。これらを畳んでまず上下のファスナーを閉めます。容量は意外とあって、入るんですよ、これでも。

ファスナー圧縮バッグファスナー圧縮バッグ


それだけでもけっこう量が減った感じがして満足、実際に往きは、ここまでの状態で持って行きました。なにしろ四角いのでスーツケースの底に綺麗に収まりました。

帰りは、更に真ん中のファスナーも閉めました。それがこの記事の最初の写真ですが、本当に圧縮されているでしょう? すごいんですよ。

この手の商品、通販大手などではいろいろと販売されているのですけれど、値段よりもファスナーがYKK製であると明記してある商品を購入しました。ファスナーの耐久度と品質が命の商品ですから。買った当人としては、大満足のお買い物でした。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(5)花咲く家 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。ようやく本題、というかそもそもの舞台であるイギリスに戻ってきました。ロンドン到着などはすっ飛ばして、二人は既にバースにいます。バースはローマ時代の温泉施設が残る街で、イングランド西部サマセット州にあります。十八世紀のジョージアン時代に王侯や富裕層の保養地として有名になり、その時代の優美な建造物が美しい町並みを作っています。

バースに初めて行ったのは、大学生時代でした。その時は「ストーンヘンジとバース、ウィンザー城観光」というありがち一日観光の一つとして訪れ、時間もなかったのでローマン・バスしか観なかったという記憶があるのですけれど、今年の三月は取材という目的意識を持って行ったので、ずいぶんと違った印象になりました。

もっとも、その町並みの話が出てくるのは次の章。今回は,グレッグの母親レベッカとの対面がメインとなります。この章も三回に切ります。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(5)花咲く家 - 1 -

 その家に着いた時、ジョルジアは思わず歓声を上げた。かつて素材写真集の撮影で『イギリス的邸宅』を扱ったことがある。そして、編集部がアメリカ中を探し回って探してきた『イギリスマニア』の家を撮影しながら、イギリスにもこんな家はもうないに違いないと思っていた。だが、グレッグが連れてきた彼の母親の住む家は、それを軽く上回る完成度だったのだ。

 それは城のように大きいものではなかったが、バースストーンと言われる蜂蜜色の石を用い、優美な柱やアーチで飾り付けをした大きな窓が印象的な典型的なジョージ王朝様式の邸宅だった。

 おそらく何世紀もの時が作り出した壁の石材の色褪せ方は、グレッグの母親やその夫のマッケンジー氏の意思とは関係ないのであろうが、その前に広がる英国風庭園のきめ細やかな手入れを見れば、この夫婦がこの館の維持にどれほどの情熱を傾けているかを瞬時に見て取ることができる。

 三月末はまだ肌寒い日もあり、どこの家でも時折冬の名残である枯れた草や、新緑が隠すのを待っている木々の隙間などを見ることがあったが、この庭の飛び石は綺麗に掃き清められ、枯れ草などは取り払われていた。しかし、フランスでよく見るような無理に形を整えられた木々はなく、あくまで自然な形であるように配置されていた。

 だがよく見ると、黄色い水仙の花には、色褪せたものや枯れ始めたものは一つもなく、スノードロップやデイジーも行儀よく並んでいた。チューリップは、無造作に違う色の球根が植えられたかのように見えて、その配置をよく見るとパレットに置かれた絵の具のように計算され、しかもバッキンガム宮殿の衛兵のごとく完膚なき振る舞いで立ちすくんでいた。森の自由な妖精を思わせるブルーベルですら傷みのない個体だけが、春の陽光の中でその透き通るように薄い花びらを慎ましく開いていた。

「なんて素晴らしい庭なのかしら。精魂込めてお世話なさっているのね」
思わず彼女がつぶやくと、グレッグは振り向いて口角を上げた。
「そうだね」

 ジョルジアは、その反応を少し意外に思った。彼の態度には母親の自慢の庭について誇らしく思う喜びが欠けていた。普段、自然を愛し、その美しさを素直に賞賛する彼の態度を見慣れていた。だが、今日の彼は、子供の頃から多感な時期を過ごした家に対する愛着が全く感じられず、それどころかなんとも言えない哀しさすら漂わせていたのだ。

 玄関の脇には、料理用のハーブが植えられていた。ローズマリーの鉢は冬を室内で越したものだろう。北の氣候には合わないにもかかわらず、凍えた様子もなくピンと細い針のような葉のついた枝を広げていた。地植えで越冬させたセージの葉は、ようやく芽が出てきたところで、若い緑が瑞々しい。側を通る時に服に触れて香りが立った。

 ジョルジアは、再び「スカボロ・フェア」の歌詞のことを考えた。『パセリ、セージ、ローズマリー、タイム……』

 桜の花びらがはらりと舞い落ちる。その根元は今朝丁寧に掃いた跡があり、その上にわずかな花びらがゆっくりと着地していった。グレッグはその横を通り過ぎると、ジョルジアに手を差し伸べて一緒にステップを上がり、玄関のベルを鳴らした。

 しばらくすると、ガチャリと厳かな音がして、内側に扉が開かれた。黒っぽい服を着た中年の女性が立って重々しく言った。
「ようこそ、スコット様。奥様が応接室でお待ちです。ご案内いたします」

 ジョルジアは、そっと彼の顔を眺めた。この格式張った応対は、彼女にはあまり馴染みがないものだった。

 ニューヨーク随一の好立地にあるペントハウスに住む兄マッテオの所を訪ねる時も執事がまず出てくる。けれど、ジョルジアが来たとわかると兄は走って飛んできてキスの雨を降らせる。両親は、兄と妹アレッサンドラの成功に伴い、早めに引退してロングアイランドの高級住宅街に住んでいるのだが、貧しい漁師だった頃と生活を変えるのが嫌で、常時の使用人を置いたりしない。だから、訪ねていく時はもちろん自らが出てきて喜んで歓待してくれる。

 グレッグは、ほとんど何も言わずに女性に従って応接室に向かった。暗い廊下から応接室に入った時、その明るさにジョルジアは眼を細めた。窓辺にはサテンを織り込んだカーテンが揺れていて、壁紙もクリーム系のダマスク柄、リネンフォールド多用した重厚なアンティーク家具が置かれ、壁の一面がほとんど暖炉となっていた。

 その暖炉の近くに座っていた女性が重々しい様子で立ち上がった。とても小柄な女性で、くるぶし近くまであるモスグリーンのワンピースを身に纏い、古風なシニヨンに髪を結っていた。銀縁の眼鏡が鈍く光った。
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Posted by 八少女 夕

サン・ジョアンの祭り

サン・ジョアンの祭り

昨夜、無事に自宅に帰宅しました。いつもは春に行くのに、六月にポルトへ行ったのは、ひとえにサン・ジョアンの祭り(正確には前夜祭)を体験してみたかったからです。着いた翌日の日曜日なのですけれど、22日の土曜日にはもうパレードがあったり、すぐに楽しむことができました。

作品では、それなりに調べて書いたのですけれど、実際に体験して「ちょっと違ったかな」と思ったこともいくつかありました。でも、まあ、許容範囲かな。

夏至の直後なので、この写真くらい暗くなるのは夜の十時過ぎです。

空に星のように煌めいて見えるのは、紙風船です。禁止されているらしいのですが、構っちゃいないという感じで、みんなどんどんと飛ばしていました。

左手前に少しだけ映っている丸いもの、わかりますか? ニンニクの花です。ピコピコハンマーよりも、少し入手が難しいのですけれど、かなり早めにゲットしたのですよ。なぜこれを私が欲しがったのかは……おわかりですよね?

(……わかるわけないですよね。作品に出てくる重要アイテムだからです)


「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物

小説・黄金の枷 外伝
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Posted by 八少女 夕

【キャラクター紹介】萱

普段、水曜日は小説を発表しているのですが、現在旅行中につき、一週お休みすることにしました。で、久しぶりのキャラクター紹介の記事です。発表済みの作品や、まだ発表していない作品のキャラクターをちょこちょこっと紹介して、作品に親しみを持ってもらおうかな、という姑息な企画ですね。

今回は「scriviamo! 2019」でフライイングで一瞬出てきた「樋水龍神縁起 東国放浪記」の重要女性キャラ、萱をご紹介します。


【基本情報】
 作品群: 「樋水龍神縁起 東国放浪記」
 名 前: 萱 (かや)
 居住地: 若狭国小浜
 年 齢: 二十代後半
 職 業: 濱醤醢(はまひしお)造りの元締め

* * *


すでに外伝「能登の海」で、登場していますが、本来は「樋水龍神縁起 東国放浪記」のメインキャラです。

萱は濱醤醢の元締めの娘として生まれました。

濱醤醢とは、ニョクマクなどと同じタイプの、魚で作った発酵食品で魚醤です。この話の設定では、朝廷への献上品にもなる極上の濱醤醢づくりの秘伝を受け継ぐ特殊な職人の家系があることになっています。

父親は萱に優秀な若衆の一人を婿に取るつもりでいましたが、その青年は海難で亡くなっています。そして、萱自身には恋仲になっていた商家の男がいて、恋と家業の間で悩んでいた時期がありました。

若衆の事故死に続き、元締めであった父親も数年後に亡くなってしまったため、萱は女の身で元締めになり、家業か自分かの選択を迫った恋人とは別れを選びました。

まだ父親が生きていた頃、その名代として奥出雲の樋水龍王神社へ赴いたことがあり、当時「当代きっての御巫」として名を知られていた媛巫女瑠璃と知り合い親交を深めたことがあります。瑠璃媛の郎党であった次郎とも顔見知りでした。その縁で、若狭国にたどり着いた安達春昌と次郎を自宅に滞在させしばらく養生させることになります。

萱の従姉妹で大領の渡辺氏の落胤である夏と共に、この後、寄る辺なき春昌たちの唯一の湊のような役割を果たすことになる女性です。

* * *


こちらは、私が「大道芸人たち Artistas callejeros」の稔の脳内イメージによくしている上妻宏光の一曲ですが、このイメージでお月見シーンを書く予定。素敵ですよね、この曲。

上妻宏光 風林火山~月冴ゆ夜~

そして、なぜフランス語なんだとツッコミ必至の妄想テーマ曲はこちら。しかも、書こうとしているシーンには、この曲を題材にしたとは到底思えない、日本的メンタリティの筆致で書こうと画策中です。きっと誰にもわからないだろうなあ。

Lara Fabian - Je t'aime


【参考】
「樋水龍神縁起 東国放浪記」をまとめて読む 「樋水龍神縁起 東国放浪記」
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Tag : キャラクター紹介 BGM

Posted by 八少女 夕

サン・ジョアンの祭り!

さて。「黄金の枷」シリーズを書き始めて幾年。ようやく念願叶って,サン・ジョアンの祭りのポルトに来ることができました。なんと、今年は日曜日なのですよ。

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ポルトガルの守護聖人である洗礼者ヨハネの祝日は、6月24日。その前夜祭が、とんでもないお祭り騒ぎなのですが、この日はもともと夏至祭が転じたものでもあるのですよね。私は,この手の古い信仰と新しい宗教が融合した「とにかく祭りなの!」がすきなんですよ。

バジルの香りとイワシの塩焼き、それにピコピコハンマーに,踊りの行列と花火。自作小説に書き込んだ、あれこれ。

「Infante 323 黄金の枷」で、マイアと23がこっそりデートしたあちこちを楽しんでこようと思います。
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Posted by 八少女 夕

【小説】燃える雨

「十二ヶ月の歌」の六月分です。うかうかしていたら七月になってしまいますね。

月刊・Stella ステルラ 9月号参加 オムニバス小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。六月はAdeleの”Set Fire to the Rain”にインスパイアされて書いた作品です。

この曲も歌詞は特に書きません。ものすごく有名な曲ですし、ネットには日本語和訳が山のように転がっていますので。Adeleといったら、やはり失恋ソング……なので、オマージュして、そのまんまの失恋ストーリーを作ってみました。オチはないので、悪しからず。

六月といったら梅雨、といったら雨、という単純な思考で選んだ曲ですが、日本ではなく三月に遊びに行ったロンドンを舞台にしてみました。一年中、雨の降っている印象のある国ですね。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



燃える雨
Inspired from “Set Fire to the Rain” by Adele

 しばらく待って、やはり出て行くことを決めた。座っていたティールームの入り口には、濡れる前にと駆け込んできた客たちが、早く出て行って欲しいという視線を投げつけてくる。こんな時に、「それがどうした」と跳ね返して、粘れるような強い精神力をリサは持っていなかった。

 次々と入ってくる客たちの対応に追われている店員はなかなか勘定を済ませてくれなかった。ようやく戸口から出た時には、雨は更にひどくなっていて、冷たい風が吹き付けてくる。

「ちゃんと閉めてよ。隙間風が寒いじゃない!」
出てきたばかりの店から、不機嫌な注意を浴びせられ、リサはこの店には二度と来たくないと思った。かつては、あんなに好きだったのに。

 彼と大英博物館で数時間を過ごすと、いつも足が棒になった。世界中から訪れた観光客でごった返す博物館内のカフェではなく、少し歩いてこの店で休んだ。手作りのタルトやスコーン、丁寧に淹れた上質の紅茶、それらを楽しみながら見てきたばかりの博物館の展示に関する話題で盛り上がった。

 ある日は、古代アッシリアやエジプトの展示を中心に観て当時の王権の強大さや発掘品がイギリスに運ばれた経緯について語ったし、また別の日にはジャパニズム・ブームで集められた浮世絵や鎧などについて、リサの方が熱弁を振るった。

 違う日に別の展示の前で、この前と同じ人と偶然であった、そんなきっかけで始まった付き合いは、やがてティールームからパブへ、それから送ってもらったリサの部屋へと移動した。はじめから誘われたわけでもなければ、彼女がを狙って近づいたわけでもなかった。ごく普通に恋に落ちただけだ。彼は、自分のことを多く語らず、友人にもまだ紹介してもらっていなかったけれど、そうなるのにはまだ時間が掛かるのだと思っていた。

 一日で全てを経験できると教えられた天候の変わりやすさは同じでも、希望に満ちてこの街に遷ってきた十年前には、濡れるほどの雨が降ることは珍しいと言われていた。けれどここ数年は、傘を持っていないと憂鬱になるような降り方をすることが多い。

 彼女は、軒下から軒下へと小走りに伝いながら、ニュー・オックスフォード・ストリートを目指した。屋根つきのバス停に駆け込んで一息ついていると、目の前を一台のメルセデスが派手に水をかけていった。

 助手席に座っていたのは、あの令嬢だ。財閥の跡取りを父親に持ち、高級デパートのはしごをして時間を潰していると評判だった。料金を全く考えずに毎晩携帯電話で国際電話をかけまくっているという噂を伝えたら、彼は「金があるだけが取り柄の人間もいるさ。いちいちやっかむ必要はないよ」と笑った。

 でも、今は、やっかむ正当な理由ができたじゃない。彼女は、俯いて唇を噛んだ。メルセデスのボルドーがかったブラウンは、発売当時に人氣がなかったために非常に台数が少ない稀少カラーだ。彼が自慢にするだけあって、同じ車を見たことはまだ一度もない。だから、車を見ただけで運転席に彼が乗っていることをすぐに予想できた。通り過ぎる瞬間に彼の姿を目に留めて、リサは水たまりに注意して身を引くのを忘れた。

「忙しくてしばらく会えない」
その言葉と共に連絡が途絶えたのを、信じようとしていた。飽きられて捨てられたなんて、認めるのが苦しかった。

 電話をかけても出てもらえないことも、メールに返事がないことも、疑惑を大きくしたけれど、それでも決定的な言葉を投げつけられたわけではないと、自分を納得させ続けてきた。

 彼の言葉が、真実ではなかったと知るのも嫌だった。知らなければ、まだ夢を見て彼の誠実さを大人しく待ち続けることができたのだから。

 彼は知的だったし態度も優しかった。氣後れするほどの一流レストランに連れて行ってくれたわけではないけれど、食事をする時には決して吝嗇ではなかった。将来に関する約束などをしたわけではないから、欺されたということもできないだろう。

 どうしようもなく惹かれ、期待して、夢を見たのは彼女の方だった。令嬢などではないだけでなく、誇れる学歴も、輝かしいキャリアも、何一つ手にしたことがない。日々の生活に追われるだけの生活。

 彼を愛するようになり、何かを期待していなかったかといえば嘘になる。磨き抜かれた、一目で高価だとわかる内装のメルセデス。言葉遣いや服装からも、彼女よりもずっと上の社会に属している人だと感じていた。愛と未来の両方を彼が授けてくれることを願っていた。

 その虚しい期待は裏切られ、すげなく水たまりの飛沫を跳ねかけられた。助手席には、美しく彼のビジネスや人生にもっと有用な助けもできるあの令嬢が座り、リサは一人でここで濡れている。

 雨は、どんどん激しくなった。ドラムを叩くようにアスファルトを打つ。濡れている表面は、雨と風で凍るように冷たくなっている。けれど、彼女の内部は、ひどく熱くなっていった。もはや呼ぶことを許されない彼の名前を叫び、惨めな嘆きが届くように願っている。

 美しくない自分、富豪の娘ではない自分、愛されていない自分、顧みられずにびしょ濡れになった自分。そんな自分を戯れに弄び心を奪っていった男に向けていいはずの、怒りや憎しみはそこにはなかった。未だに抱擁を求めて、リサの心は美貌の令嬢を乗せた彼の車を追っている。

 雨と涙でにじむニュー・オックスフォード・ストリートの街灯を、もう見えなくなった車を探しながらリサは立ちすくんでいた。赤い二階建てバスが、静かに停まり、ドアが開いた。待っていた他の客を乗せると、動かない彼女に運転手が声をかけることなく、ドアは再び閉まった。

 バスが行ってしまうと彼女は、深いため息を一つだけついた。冷たく燃える雨に濡れたまま、トッテナムコートロード駅までの道のりを歩き出した。


(初出:2019年6月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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Adele - Set Fire To The Rain (Live at The Royal Albert Hall)
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Posted by 八少女 夕

サルサ・ディ・ピッツァ

今日の記事は、ちょっと備忘録っぽいですね。

私の住んでいる地域は、アルプス以北のドイツ語圏ではあるのですけれど、イタリアからあまり離れていないこともあって、イタリアの影響もそこそこあるのです。イタリア人もけっこう住んでいて、彼らを満足させるようなちゃんとしたピッツァを出すレストランもあります。

日本みたいに30分で確実にお届け、みたいなチェーンのピザ屋はないのですけれど、届けてくれる店もあります。まあ、ちゃんとしたお店との味の差が激しいので,私は配達してもらおうとは思いませんけれど。

で、我が家で食べるときは、自分で作ります。もちろん、ピッツァ窯の味とは違いますけれど、家庭の味としてはOKレベル。どのスーパーでも売っているピッツァ用生地を買ってくれば、さほど難しくはないです。

ピッツア用ソースを作る

具は何でもいいんですけれど、大切なのはサルサ(ソース)です。これさえ手を抜かなければ、かなりちゃんとしたピッツァに近い味になります。

量はいつも適当なのですが、トマトピュレ、アンチョビー(ともにチューブ状のものを常備)、オリーブオイル、塩、ニンニク、胡椒、オレガノを混ぜ合わせるのです。

天板に生地を広げて,このソースを塗り、適当な具を載せ(なくてもいい)、薄く切ったモツァレラチーズ(なければそこら辺にあるチーズ)を散らして230℃程度のオーブンで10分ぐらい焼けばできあがり。私は薄いピツツァが好きなので「極薄」の生地があればそれで作ります。

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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(4)彼の問題 - 3 -

「彼の問題」の続き、三回に切ったラストです。

前回、予定を変更しアメリカへ行く前にイギリスを訪ねたいと提案したグレッグ。この小説では、彼が今まであまり語りたがらなかった子供時代や青年時代の話などを、口にしているのですが、今回はその最初です。既に前作を含めていろいろな方から、ご感想をいただいているのですけれど、実の親子にしては距離のありすぎる奇妙な関係です。ただ、親に虐待されていたというような形ではなく、あくまでかみ合っていない関係だったというのがスタンスです。

上手くいっている親子関係はもとより、親に虐待されている子供も、現実にこの世界にはありますが、そうした親子関係ではなく、この特殊な親子関係を選んだのは、関係そのものよりも結果としての彼の存在のあり方が私の小説テーマに上手くはまったからなのですね。

次章はようやくプロローグで着いたイギリスに話が戻ります。あ。もっとも来週は、別の小説を発表します。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(4)彼の問題 - 3 -

 彼は、すまなそうな顔をして彼女を見た。
「母は、正直言って僕のことにはほとんど関心がないから、そんなトピックに触れられるほど長く話ができるかわからない。だから、行く甲斐があるかも疑問なんだ。それに、アフリカだけでなくアメリカに対しても偏見があるので、もしかしたら君に失礼な態度をとるかもしれない」

 ジョルジアは首を振った。
「構わないわ。どうってことないわ。それに、お母様と話す時に、私が行かないほうがいいなら、一人で観光していてもいいし。あなたの育った街を見るのも楽しみだもの」

 彼は、チェストに置かれた写真立てを眺めた。以前《郷愁の丘》に滞在した時にはなかったもの。それは亡くなった父親スコット博士の生前の姿だ。

「本当は、母と話すのが必要なことか、よくわからないんだ。でも、父との関係を何とかしようとしたこと、あの行動を起こしたことは、僕の人生を大きく変えたんだと思っている。その、想いだけが空回りしていて、結局一人では彼と上手く話せなかったけれど。でもあの時、君が側に来てくれて、レイチェルも骨を折ってくれて、最後には彼に嫌われていたわけではないことを知ることができた。あの数日間に、『僕は誰からも嫌われる存在』ではないのだと始めて思えたんだ」

 ジョルジアは、思いやりを込めた瞳で頷いた。
「あなたもお父様のことを慕っていたんでしょう」

「わからない。ケニアに戻ってくるまで、僕にとって父は肉親というよりも養育費を払ってくれる他人みたいな存在だったんだ。どんな感情を持っていいのか、わからなかった。手紙もなかったし電話もしなかったから、銀行の振込金額でしか存在が確認できなかった。ずいぶん前にレイチェルが、僕と父の顔は似ているって言って、ドキッとしたよ。その時にようやく肉親として意識した感じなんだ。君は父に実際に会って僕と似てると思った?」

 ジョルジアは病床のスコット博士を思い出そうとした。
「ご病氣でとても痩せて、それに瞼を閉じていらしたから、確かじゃないけれど、マディとあなたの目元の辺りはとてもよく似ているから、それはお父様から受け継いだんじゃない?」

「いわれてみるとそうかもしれないな。母からは、父は僕には自分に似た所が全くないと、我が子かどうか疑っていたって言われてたから、レイチェルの言葉を聴いて、嬉しかったんだ。本当のところは、わからないけれどね。もっとも、母は僕によく言ったよ。『お前は本当に父親とそっくりだ』ってね」

「大きくなって似ているところが際だってきたのかしら」
「多分違うな。外見よりも、振る舞いが彼女の氣に入らないと、そう言ったんだ。こんな振る舞いをするのはあの男の血のせいだって言いたかったんだろうね」
「……」

「僕は、父の記憶がなかったから、そうなのかと思っていたけれど、成人してから再会した父は、僕みたいにぐずぐず考えてばかりではなくて、有言実行の人だったよ。だから、僕は少しがっかりしたんだ。本当に父から受け継いだところがあって欲しかったって」

「あるわ。あなたもお父様と同じように立派な動物学者じゃない」
「父は確かに一流の学者だったけれど、僕は違う。でも、怒り任せだった母の言葉は、僕に根拠のない自信を抱かせたのかもしれない。父に似ているのならば僕も立派な動物学者になれるだろうと、大学を卒業するまでなんとなく思っていた。そうじゃなかったら、もっと早くに諦めてしまったただろうね」

「お父様は、あなたが自分と同じ動物学者になってくれて、嬉しかったんじゃないかしら」
「どうだろうね。でも、彼が祖父のトマス・スコットを心から尊敬し誇りを持って同じ職業についたいたことは知っている。だから、僕が同じ道に進むのを嫌がらないでくれてありがたかったよ」

「あなたはお母様にも似ている?」
ジョルジアが訊くと、彼はわずかに間を空けてから口を開いた。
「似ている所はいくつかある。髪の色が同じだし、あまり背が高くないのも母の方からもらったかな」

 だが、彼は氣質の相似点については、全く口にしなかった。


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