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ようこそ。このブログでは、オリジナルの小説と、スイスにいる異邦人の日常を綴っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】追憶の花を載せて

今日は「十二ヶ月の情景」十二月分をお送りします。毎月ある情景を切り取った形で掌編を作っています。三月から、100,000Hit記念企画として、みなさまからのリクエストに基づいた作品を発表しています。100,000Hit記念企画のラストになります。

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今日の小説は、ポール・ブリッツさんのリクエストにお応えして書きました。

12月、うちの鈴木くんと八少女さんのキャラクターを誰かコラボさせてください。いろいろと性格とか考えると、八少女さんの小説世界にからめられる人間が鈴木くんくらいしかいない(笑)

そろそろ鈴木くんも中学生なのでホームステイかなにかでヨーロッパへ旅行させてもいいでしょうしね(^^)


鈴木くんとは、こちらのポールさんの小説の主人公です。
恩田博士と生まれ変わりの機械たち

ヨーロッパへ来ていただく事も可能だったのですが、私のキャラが中学生がホームステイするような所にあまりいないなあ、ということで、日本を舞台にした掌編になりました。

ポール・ブリッツさんの元になった小説が、とてもいいお話なので、余計なことを書いてぶち壊したくないなと思い、もともとの設定を元に書きました。あー、と言うわけで、原作を未読の方はまずポールさんの作品を読んでから、こちらを読まれることを推奨いたします。

コラボさせたのは、昨年の「十二ヶ月のアクセサリー」シリーズの中で出てきた二人組です。


短編小説集「十二ヶ月の情景」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の情景」をまとめて読む



追憶の花を載せて

 加奈はウィンドゥ・ディスプレイ越しに灰色の空を見上げた。今朝はかなり冷え込んでいる。もしかしたら雪が降るのかもしれない。

 恋人たちがイルミネーションの輝くロマンティックな街を歩く。洒落たレストランで乾杯をする。そんなクリスマスの過ごし方を加奈はしたことがない。恋人が出来れば、その時には……というような期待もない。なぜならば、加奈には既に生活を共にするパートナーがいるのだ。

 その麗二と加奈にとって、クリスマス・イブはかき入れ時だ。二人は『フラワー・スタジオ 華』という花屋の共同経営者なのだ。

 クリスマスはパーティや花束の注文が多く、二十五日からは忘年会や送別会、それにお正月迎えの花の注文で、文字通り食事をする暇もなくなる。一日が終わるとくたくたで、とてもその後にデートをするつもりにはなれない。

 ハードなのはそれだけではない。花屋というのは冬には過酷な職場だ。しもやけやあかぎれは日常茶飯事だし、ひんやりした店をつらく感じることも多い。バイト時代とは違って、二人で店を持つようになってからは、防寒着で店に出るようにしたし、定期的に暖かい室内での仕事や作業を交代でするようにしているけれど、それでも、なぜこんなに寒い思いをする仕事を選んでしまったんだろうとため息をつくこともある。

 それでも加奈は、この仕事が好きだった。二人とも初めて持った店である『フラワー・スタジオ 華』は、生業であると同時に夢の実現でもあった。この世知辛い世の中、いくつもの花屋が生まれては消えていくが、店の経営はなんとか軌道に乗り、持ちこたえて八周年を迎えようとしている。

 花を贈る人々、花を自宅に用意する人たちにはそれぞれの物語がある。その人生の重要なシーンに、麗二とともに関われることは、とても素敵だ、そう加奈は思っている。

 それに、この時期の客たちから聞くストーリーは、なかなかドラマに満ちて、加奈の趣味である同人誌の題材になってくれることも多い。

 モデルになった人たちは、自分の容姿や言動に似ている登場人物が、同人誌の世界で華麗にパフォーマンスをしていることはもちろん知らない。モデルにした人たちについては、完全な架空の人物よりも敬意を払い、重要で好意的な役割を与えていたけれど、さすがに伝える勇氣はない。

 一方、キャラクターへの愛情が湧き、モデルとなった客に対しても、より好意的に熱心に接客に当たることになる。その本末転倒な熱意にもかかわらず、その顧客がある時から二度と店にやってきてくれないこともある。同人誌の件が明るみに出たからではなく、単純に他の店を好んで行くようになったり、引っ越したり、亡くなったり、とにかく様々な理由からだ。

 そうした店にとっては過去となった顧客の好んだ花の組み合わせや、特別な理由で作ったアレンジは、加奈の心の中でそのお客さんたちに捧げた花束として残っている。その人たちの顔を思い浮かべる時に、いつも花があるのだ。

 麗二にその話をしたら、彼はそれに同意した。
「ああ、俺も花を一緒に思い浮かべるよ。もっとも、今よく来てくれるお客さんでもそうだけどな」

 加奈は、意外に思った。想像の中で花を散らしているのは、件の趣味を持っているがための、少し妙な妄想だと思っていたのだ。そうではなくて、どうやらこれは、花屋の職業病みたいなものなのかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えつつ、レジの下に置いた小さなヒーターで手足を温めていたら、ドアが開いて、ベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」
そういいながら、入ってきた客を見て、加奈は「あら」と意外に思った。十代前半と思われる少年だったのだ。彼は、怖々と店の中をのぞき込み、「花くらい、毎週、買っています」というような風情はなかった。

 彼を見て、すぐに「対象外」と思った。同人誌のジャンルは、麗しい男性によるステージパフォーマンスで、ソフトなロマンスも含むが、加奈に言わせると「BL」ではない。少女マンガ以下のぬるい描写だからというのがその言い訳だが、そう言い張る加奈にも良心はある。モデルにするならやはり成年でないと。いくら妄想とはいえ、犯罪はいけない。ましてや相手はお客さんだ。

 そんな彼女の思惑を何も知らない少年は、店を一通り見回してから、助けを求めるようにこちらを見た。

「何かお探しですか」
加奈は少年が逃げ出したくならないように、できるだけさりげない調子で訊いた。

「ええと、花を」
それはそうだろう、ここは花屋だから。そう思ったけれど、そうは言えない。

「花束? アレンジ? それとも鉢植え? プレゼントですか?」
矢継ぎ早に質問を投げかける。目的がわかると、提案がしやすいのよね。

「お墓に供えようと思って。今は寒いから、すぐにダメになっちゃうのかな」
少年は、口ごもった。なんと。意外な目的だわ。

 ちょうどその時、バックヤードから麗二が出てきた。筋肉ムキムキな上に姿勢がいいので小柄な少年には威圧的なのかもしれないと一瞬心配したが、片手に持った小袋から裂きイカを取り出しては口に放り投げていて、威厳のカケラもない。っていうか、その接客態度は、ちょっと。

「あ、ちょうどいい所に。こちらのお客さん、お墓に供えるお花を探していらっしゃるんだけれど、切り花じゃない方がいいのかって、寒いから」

 麗二は、少し考えて頷いた。
「そうだな。菊などはわりと寒さに強いし、寒い方が暑いよりも持つとは思う。もっとも、ごく普通の仏花をここに買いに来たわけじゃないんだろう、きみ」

 そう訊くと、少年の顔はぱっと明るくなった。
「そうなんです。ぼくにとって、一番尊敬できる大切な人のお墓なので、お墓の近くで売っている、みんなと同じような花は、いやなんです。でも、みんなと違う花を供えて、ぼくのだけすぐにダメになったり、供えるべきでない常識はずれの花を持っていったなんて言われたりしたらよくないと思って」

 麗二は、少年に笑いかけた。
「そうか。基本的には、何を供えても構わない。でも、『常識がない』と後ろ指を指されるのが嫌なら、とげのある花と蔓のある花は、避けた方が無難だね。例えば薔薇なんかだよ」

「なるほど。そう言えば、お墓に薔薇が供えてあるのは、見たことがありません。ぼく、白い薔薇ならいいかなって思っていたんですけれど、それじゃダメですね」

「薔薇は寒さには弱いから、いずれにしても今はやめた方がいいだろうな。そういえば本物の薔薇じゃないけれど、クリスマスローズの鉢植えはどうかい? 寒さに強くて、この季節らしいし、文句を言われないような色のものが多いよ」
そう言って麗二は、薄いピンクや白の鉢植えを少年に見せた。 

 十二月に咲くクリスマスローズは、ヘレボルス属の中でもニゲルと呼ばれる植物だ。同じヘレボルス属のオリエンタリス も日本では「クリスマスローズ」の名前で売られているが、こちらの開花は春先になる。

 花びらに見える部分は、実は萼片がくへん なので、寒さの影響が少なく長持ちする。

「ああ、クリスマスローズは、花言葉もちょうどいいかもしれないわね」
加奈が言うと、少年はこちらを見た。
「なんていうんですか?」

「いろいろあるけれど、『慰め』や『追憶』って言葉が代表的かしら」
「それに、受験生や学者に贈る人もいるよな。『がく が落ちない』を『学が落ちない』って語呂合わせにしてさ」

「学者……。実は、供えたいお墓に眠っているのは、僕が一番尊敬している博士なんです」
「だったら、ちょうどいいな。多年草だから直植えして根付いたら、ずっと咲き続けるよ」
麗二は、咲きそろっている花の鉢をそっと揺らした。

「そうですか。じゃあ、それでお願いします」

「春先に咲くのがいいなら、ヘレボルス・オリエンタリスだけれど、今はまだ入荷していないな。今、欲しいなら、このニゲルだね。どんな色がいいのかな」
「その薄紫のをください。それから、春になったら咲くのも供えたいから、入荷したら教えてくれませんか」

「いいとも。じゃあ、ここに名前と連絡先を書いてくれるかい……ふむ、鈴木君っていうんだね。電話番号も……ああ、ありがとう」
麗二は、大人の自分よりもずっと上手な鈴木少年の字を感心して眺めた。

 大事に鉢植えを抱えて鈴木少年が出て行ってすぐに、また扉が開いて一人の老人が入ってきた。
「ああ、先生、こんにちは」
麗二は頭を下げた。

「今の男の子……」
先生と呼ばれた老人は、首をひねっていた。

「ご存じなんですか」
加奈が訊くと、はたと思い出したような表情をしてから、彼は笑顔を見せた。

「ああ、旧友の葬儀で遭った子だ。彼の最後の弟子といってもいいな。あの時は、確か小学生だったが、ずいぶん大きくなったな」

 ウィンドウから覗くと、少年は自転車の籠に鉢を大事そうに載せると、颯爽と漕いで去って行った。

「そうですか。一番尊敬している博士のお墓に供えるって言っていましたよ。その方のお墓じゃないでしょうか」
麗二は言った。

「だろうな。あいつを憶えていて、まだ慕ってくれることは、わたしは嬉しく思うよ。だが、あいつはどう言うかな。『追憶』なんてものは、老人に任せて、若者は前を向いて行けなんて、あまのじゃくなことを言うんじゃないかな。というのも、わたしもあいつの遺言に近いような言葉を聴いたんだ」

『ふり返っちゃだめだぞ、鈴木くん。ペダルをこげ、ひたすらこぐんだ!』

 加奈は、もう一度ウィンドウの外を見た。鈴木少年は、力いっぱいペダルを漕いで、寒空をものともせずに去って行った。籠の中のクリスマスローズも、寒さに負けずに花びらに見える白いがく をけなげに広げていた。

 たぶん彼は、追憶だけに生きたりはしていないだろう。恩師の願ったとおりに、未来に向かってひたすらペダルを漕いでいるのだ。でも、振り向かずに進むその先々に、きっと恩師がいる。彼は、繰り返し咲く冬にも強い花を、その恩師に見せるために植えるのだろう。

 『フラワー・スタジオ 華』で迎える八年目のクリスマス。私だって寒さに負けている場合じゃないよね.加奈は、麗二との夢であるこの店という花を何度でも咲かせるために、自分も未来に向かって力強くペダルを漕いでいこうと思った。

(初出:2018年12月 書き下ろし)
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Category : 短編小説集・十二ヶ月の情景
Tag : 小説 読み切り小説 100000Hit コラボ 月刊・Stella キリ番リクエスト

Posted by 八少女 夕

プラスチックを減らすために

さて。だんだん歳も押し迫ってまいりました。「早い」と言われるかもしれませんが、こちらはお正月ではなくクリスマスを基準に話が進むので、例えば買い出しやら、大掃除やらは24日までに終わらせる必要があるのです。幸い(?)とんでもない寒波が来て窓の外は氷点下なので、物理的に窓掃除が出来ません。ラッキー(じゃないだろ……)

野菜購入袋

で、本日の話題は、少しエコっぽいことを。

日本でも「レジ袋はいりません」意思表示などが定着しているようですが、あくまで「基本はレジ袋をつけて当然」で、あえて断ると「ご協力ありがとうございました」となる感じでしたね。ヨーロッパでは、かなり前からスーパーでは自分で袋を用意するのが基本、紙袋などは、必要な人はレジで購入する、というパターンです。たまに、レジ袋をただでくれるスーパーもあるし、高級デパートでは袋をつけてくれるスタイルですが。

もともと日本と比べると商品の包装は簡易ですので、日本ほど包装紙のゴミは出ないのですけれど、それでもやはりプラスチックゴミはけっこうあります。

たとえば、野菜の大半は、自分で量って値段シールをつけてレジにもっていくのですが、これを入れる袋が薄いプラスティックです。で、最近どこのスーパーでも売り出し始めたのが、この野菜量り売り用の袋。使い捨てはやめようという試みです。

これは、私が一番よく行くスーパーで購入したもの。もちろん、これを他のスーパーに持っていってもOKです。

よく考えると、昔はプラスチックの袋なんてなかったので、籠や瓶を使っていたのですよね。軽くてかさばらないし、割れることもないプラスチックはとても便利ですけれど、やはり使いすぎはよくないですよね。

普段使うプラスチック製品、たとえば冷凍につかうジップロックなどは可能な限り洗って再利用しますし、ラップの代わりにお皿で蓋をする、ペットボトル入り飲料は可能な限り買わないなど、意識的にプラスチックゴミを増やさない生活を試みています。

とはいえ、まだまだ依存が激しいなと、代替手段がないか、いろいろと考えている所です。
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Posted by 八少女 夕

【小説】リゼロッテと村の四季(5)ハイトマン氏、決断を迫られる

20世紀初頭のスイスの田舎カンポ・ルドゥンツ村を舞台にした不定期連載「リゼロッテと村の四季」を久しぶりに更新します。今年は二度更新しただけでもマシかも。あまり更新しないので、この話はすっかり忘れられていますよね。

今回は、前回の話のすぐ後になります。リゼロッテは、面倒を見てくれているカロリーネと愛犬とともに、散歩に行っていました。



「リゼロッテと村の四季」「リゼロッテと村の四季」をはじめから読む
あらすじと登場人物




リゼロッテと村の四季
(5)ハイトマン氏、決断を迫られる


 リゼロッテとカロリーネが散歩から戻ると、ロルフが、玄関先でじれったそうに待っていた。

「あら、あんた。どうしたの?」
カロリーネは、夫に問いかけた。

「ああ、ようやく帰ってきたか。何、お前たちが出かけてすぐに、ハイトマンの旦那様から電報がきたんだよ。今日の昼前にお見えになるって。正確な時間はわからんが、もうそろそろつくんじゃないかな。それに、牧師夫人にもお越しいただきたいそうで、そちらは連絡をしてきた。お嬢さん、今のうちにお召し替えをしてくだせえ。カロリーネ、悪いけれど、急いで用意をしてくれ。あっしは納屋につけてある馬車をうちの方に動かしてくる。旦那様の馬車を停める場所を作らねば」

 リゼロッテは、喜んで階段を駆け上がった。洋服の着替えは、カロリーネの手伝いなしに自分でほとんど出来る。家庭教師のヘーファーマイアー嬢がいないので、多少の服装の乱れを厳しく指摘する人はいない。

 彼女がスイスに静養に来てから、父親は二ヶ月に一度は会いに来てくれていたが、先月は急に来られなくなったと連絡があり、三ヶ月ほど会っていなかった。

 アナリース・チャルナー牧師夫人は、毎週日曜日の教会学校で聖書の話をしてくれる。リゼロッテのために方言の混じらないはっきりしたドイツ語で話してくれる優しい女性だ。ヘーファーマイアー嬢が、スイスの汚い方言がうつると困ると言って、可能な限りリゼロッテにスイス人と話をしないように制限していたため、彼女は未だに村の人たちの会話が上手く聞き取れなかった。

 毎週日曜日もヘーファーマイアー嬢と早朝ミサに出かけるだけで、同じような歳の子供たちと知り合うきっかけもなかったのをリゼロッテはとても残念に思っていたが、身内の病の報せでヘーファーマイアー嬢がドイツに戻って以来、彼女が戻るまでの期間限定で教会学校に連れいてってもらうことになった。

 教会学校では、既に友人だったジオンやその姉のドーラをはじめ、村のほとんど全ての子供たちと知り合うことが出来た。まだ馴染んだとは言いがたいが、少なくとも大人だけに囲まれてこの館で寂しくしていた頃より、日曜日がずっと待ち遠しくなっていた。

 チャルナー夫人は、それだけでなく週に三日ほど午前中にやってきて、ヘーファーマイアー嬢の代わりにリゼロッテの勉強を見てくれていた。

 いつもなら昼食が出る頃になっても、ドイツ人は到着しなかったので、カロリーネは昼食を始めようか、それともハイトマン氏を待つべきか、そわそわしながら考えていた。とにかく食器をきちんとテーブルに用意して、リゼロッテにテーブルにつくように話している所、表に馬の蹄と車輪の音が聞こえてきた。

 リゼロッテは、ぱっと席を立って玄関に向かって駆けだした。ロルフが、荷物を持って誰かを案内している。甲高い女性の声が聞こえた。
「氣を付けて持ってくださいな! まあ、考えられないわ。玄関まで車で着くと思ったのに、あんなほこりっぽい道で降ろされるなんて!」

 ドアが開くと、いつもの旅行着姿の父親が目に飛び込んできた。
「お父様!」
リゼロッテは、駆け寄った。
 
「おお、僕の可愛いお嬢さん! また背が伸びたかな」
父親は、リゼロッテを抱き上げて優しくキスをした。

 降ろされてから、リゼロッテは入ってきた女性を不思議そうに見た。今まで一度も見たことのなかった人だ。

「ふーん。じゃあ、この子があなたの娘なのね」
大きく膨らんだ袖と、腰のところがぐっとくびれた鮮やかな黄色のドレスを着ている。大きく傾げて被っている帽子にはリゼロッテの頭ほどある駝鳥の羽がついていて、半分しか顔が見えなかったが、ものすごく綺麗な人だということはすぐにわかった。

「ああ、そうだよ。リゼロッテだ。リゼロッテ、こちらは私の友人のドロレス・ラングさんだ。挨拶をしなさい」
ハイトマン氏は、リゼロッテを女性の前に移動させた。

「はじめまして、ラングさん。お目にかかれて嬉しいです」
リゼロッテは、はにかみながら言った。

「あら、本当に会えて嬉しいのかしら。私、お世辞はたくさんだわ」
「君は、讃辞を耳にしすぎているからね。でも、娘を困らせないでくれ。ほんの子供なんだから」
その言葉を聞くと、ドロレスは艶やかな笑顔をハイトマン氏に向けた。

 それから、リゼロッテをほとんど無視して、さっさと奥へと入っていった。
「ああ、本当に疲れたわ。今時、馬車なんて考えもしなかった。さあ、部屋に案内してちょうだい」

「そうだね。この州は一般の自動車の乗り入れが禁止されているんだ。でも、田舎の自然を満喫できただろう?」
ハイトマン氏は、ラング嬢の後にぴったりとついて、階段を上がっていった。

 重い荷物を持たされているロルフと、食事が冷えるのを心配していたカロリーネは、思わず顔を見合わせた。リゼロッテは、取り残されたような心持ちになって、少し俯いた。

 いつもよりも一時間近く遅れて始まった昼食で、リゼロッテはほとんど黙っていた。父親は、彼女を無視しているわけではないのだが、ドロレス・ラング嬢がドラマティックな様子であれこれ語るのに相づちを打つのが忙しく、三ヶ月分の娘の近況を訊きだす時間はほとんどなかったのだ。

「それで、プロデューサーにはこう言ったの。次の舞台は、もう少し悲劇を強調したものにして欲しいって。歌ったり踊ったりが嫌ってわけじゃないの。でも、コミカルな役がこれで三回も続いたんですもの、それしか出来ないって聴衆に思われたら困るわ」

 リゼロッテは、この派手な女性がどんな職業を持っているのか、ようやく理解した。女優なのだ。そういえば名前も耳にしたことがあった。

 それは、デュッセルドルフの屋敷でだった。リゼロッテが静養のためにこのカンポ・ルドゥンツ村へ連れてこられる少し前のこと、屋敷の召使いたちがこそこそと話しているのを聞いたのだ。

「じゃあ、あれは本当なんだね。……その旦那様が、一緒にお出かけになっているのは、あのアポロ座の看板女優だってのは」

「ええ、そうよ。私も始めは信じられなかったけれど、お花を届ける用事で名前を見たんだもの。間違いなくドロレス・ラングだったわ。あんな派手な女性と付き合うなんて、いつもの旦那様らしくないと思ったけれど、インテリな女性は奥様で懲りたのかしらね」

 医者であったリゼロッテの母親が、男性医師とアメリカへ駆け落ちしたのは、一年と少し前のことだった。その時は、妻の不貞と責任放棄を激しくなじり、リゼロッテにもう母親だと思うなとまで言っていた父親が、それからすぐに女優と付き合うなんて、全く馬鹿げたことのように響いた。召使いたちは、無責任に真偽のわからぬ噂話をしているのだと自分を納得させていた。

 けれども、その噂の女性が目の前に座り、父親と見つめ合っては意味ありげな微笑みを繰り返している。リゼロッテは、自分だけ一人取り残されていると感じた。

 食後はサロンに移動させられた。父親とラング嬢は、あいかわらずリゼロッテには何のことかわからない話題に夢中になりながら、コーヒーを飲んでいた。リゼロッテは、黙って座り、窓の外の庭を眺めていた。

 彼女の空想の友達、紫陽花の花の中に住む小さなオルタンスの姿が、ここから見えないだろうかと首を伸ばしている時に、カロリーネが入ってきて、声をかけた。

「旦那様。牧師館からチャルナー夫人がお見えになりました」

「ああ、リゼロッテの勉強を見てくれている先生だね。どうぞここにお通しして」
父親は、ラング嬢の側からぱっと立ち上がると、リゼロッテにも立つように目で示した。

 チャルナー夫人は、静かに入ってきた。ラング嬢は、入ってきた夫人を見た。後ろで慎ましく結った髪や、飾り全くない焦げ茶の服を上から下まで品定めすると、ほんの少し優越感を顔に見せてから興味なさそうに顔を背けた。

「ごきげんよう、チャルナー夫人。確か、この家を買う時に一度村役場でお目にかかりましたよね」
父親が、心を込めて挨拶をすると、チャルナー夫人はリゼロッテがほっとする優しい笑顔を見せてハキハキと答えた。
「はい、ハイトマンさん。お久しぶりでございます」

「家庭教師のヘーファーマイアー嬢がいない間の娘の教育のことで、お力添えをいただけて大変感謝しています。今日は、これまでの経過と、これからのことについてご相談に参った次第です」
「ヘーファーマイアーさんは、お母様のお見舞いでドイツに戻られたと伺いました。心配していましたが、その後どうなさったのでしょうか」

 父親は、眉を少しひそめて答えた。
「それがあまりよくないらしいのです。命に別状はないらしいのですが、どうやら寝たきりに近い状態でいるらしく、年の若い妹や弟の世話をする人が必要なようです。それで、彼女は退職を願い出ました。代わりの家庭教師を探しているのですが、急な上、場所がスイスの山の中というので、簡単には見つからないのです」
「まあ。そうですか」

「それで、今日は、もし可能ならば、あなたに正式に娘の家庭教師になっていただけないか、伺いたいと思ったのです。聞く所によると、あなたはチューリヒの教師セミナーを大変優秀な成績で卒業なさったということですし、ドイツ語の発音も素晴らしい。この州の全てを探してもあなた以上の教師は見つからないと思ったのです」

 ハイトマン氏は、たたみかけるように話した。チャルナー夫人は、わずかに目を見開いて、不安そうなリゼロッテに少し微笑みかけてから、ハイトマン氏にはっきりした声で答えた。

「私を教師として採用するかどうかという話の前に、お嬢さんの境遇について、今後どうなさるおつもりかお考えをお聞かせいただけませんか」
「というと?」

「お嬢さんは、ここにいらした始めの頃に比べると、ずっと健康になってきたように見えます。カロリーネとロルフ・エグリ夫妻は、何人も子供を育てた立派な夫婦ですが、家族とは違います。そろそろお嬢さんをデュッセルドルフのお屋敷に戻すことを、お医者さまに相談してみたらいかがでしょうか」

 リゼロッテは、息を飲んで父親の顔を見た。彼は、チャルナー夫人とリゼロッテ、それから、不服そうな顔でチャルナー夫人を見ているラング嬢を見てから、戸惑いつつ答えた。

「そうですね。もちろん、そうするのが一番いいように思います。ただ、私自身が商用で家を空けることが多く、側にほとんどいられない上、デュッセルドルフには現在、家政をきちんと取り仕切る歳のいった使用人がいないのです。また、近くに工場があって、その空氣がよくないと医者に言われてここに連れてきたわけでして……」

 その答えに、女優は、あからさまにほっとした顔をしていた。それを見てチャルナー夫人は、意を決して口を開いた。

「失礼を承知ではっきり申し上げます。お嬢さんに必要なのは、きれいな空氣だけではありません。それに、学ぶ必要があるのも、正確なドイツ語の発音や、文学や、算数などだけでもないのです。お嬢さんを、家族も友達もいない、社会のつながりのほとんどいない状態に置いておくのは感心しません。ハイトマンさん、私から一つ提案をさせていただいていいでしょうか」

 彼は、半ば怒ったような、そして半ば恥じた様子で、チャルナー夫人の方に向き直った。
「なんでしょうか」

「お嬢さんの教育と健康を、この土地と私に託したいというお考えならば、いっそのこと私たちの、このカンポ・ルドゥンツ村のやり方に完全に任せていただけないでしょうか」
「とおっしゃると?」
「この家に籠もって、家庭教師にだけ習い、誰とも付き合わないのでは、この土地にいる意味がありません。私は、お嬢さんをこの村の学校に通わせていただきたいと思います」

 ハイトマン氏は、ぎょっとして立ち上がった。
「なんですって。この村の学校? あの農家の子供たちと一緒にですか?」

「そうです。何か不都合がおありですか。粗野で、無学で、みにくい方言を話す子供たちと一緒に、とおっしゃりたいのですか?」
「いや、そこまでは言っていませんが……」

「この私も、この村の学校で勉強を始めました。バーゼル大学を卒業した夫のチャルナー牧師もです」
チャルナー夫人は静かだが凜とした表情で、リゼロッテとその父親の顔を見つめた。

 彼は、なおも言った。
「だが、この村の学校は、確か一年のうち半年ほどしか開いていないというではないですか。それでは、家庭教師についている他の子供たちに遅れをとってしまう」

「長い休みの間は、この三週間にしたように、私が見ましょう。上の学校を目指す生徒たちは、休みの期間も週に二回、指導を受けています。お嬢さんも、そちらで勉強を続ければいいのではないでしょうか」
チャルナー夫人は、静かに言った。

 リゼロッテは、意外な成り行きに、目を輝かせて話を聞いていた。学校に行く! そうしたら、ジオンやドーラたちと、一緒に登校したり授業をうけたり出来るのだ。

 女優のラング嬢が、すっと立ち上がると、ハイトマン氏の近くへ来て耳打ちするように言った。
「悪くない話だと思うわ。どちらにしても、今、家庭教師が見つからないんだから、しばらく学校でに通わせて様子を見たらいいんじゃない。ほら、この子も喜んでいるみたいだし」

 父親は、リゼロッテの顔をのぞき込んだ。
「お前、学校に行ってみたいのか?」
「ええ、お父様。私、他の子供たちと一緒に、学校に行きたいわ」
「知らない乱暴な男の子たちがいるかもしれないぞ。ほら、例の蛙を持ってきた子みたいに」

 リゼロッテはクスクス笑った。
「ジオンとは仲のいい友達になったのよ。心配しなくても大丈夫よ、お父様。だって、教会学校でもう知り合ったもの。乱暴だったり、意地悪な子なんていないわ」

 リゼロッテの心は、早くも学校に通う秋へと向かっていた。

(初出:2018年12月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

バランスクッション買った

今日は健康に関する話題を。

バランスクッション

半年以上前の話になりますが、突然背中から腰にかけて痛くなりました。原因はいろいろあったのでしょうが、たぶん加齢が一番大きかったのだと思います。要するに更年期障害でしょうか。

私は一日八時間以上を座ってコンピュータの前で過ごす仕事をしているのですが、座っていると背中が痛いのは本当に困ります。で、一番ひどい時は三十分に一度くらい立たないと本当に居ても立ってもいられないくらい痛かったのです。実際に定期的に立ってなんとかやり過ごしていました。

で、会社の同僚がいらなくなったバランスボールをくれたので、それを使うようになったらあのひどい痛みはなくなりましたが、自宅でずっとMacの前に座っているのも多少苦痛だったのです。とはいえ、自宅にバランスボールはかなり邪魔です。

そこで代用品を探していて見つけたのが、バランスクッションでした。エアーポンプで膨らませたゴムのクッションです。これは体幹トレーニングなどに使うもののようなのですが、単にクッションとして座っているだけでも良くて、それでもバランスボールと同じような効果があります。

スイスにはあまり選択肢がなかったので、一時帰国中に日本の通販で買いました。スイスに比べてびっくりするくらい安いのです。これならお試しで使ってみて、効果がなかったら諦めることもできます。私は、大満足でしたが。背中が痛くて困っていらっしゃる方は、一度試してみるといいですよ!
関連記事 (Category: 生活のあれこれ)
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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (14)ミュンヘン、もうひとつの婚約 -2-

前回の更新で「もうひとつの」ってどの婚約だろうと訝るコメントをいくつかいただきました。そもそももう一つではない方の婚約のほうを突っ込まれた方はいなかったなあ。そう、今回、二つの婚約が出てくるんですよ。

さて、何となくめでたい感じになったところで、チャプター2はおしまいです。っていうか、再び放置タイムに突入です。しばらく「大道芸人たち」から離れて、来年の連載は再び「ニューヨークの異邦人たち」シリーズに戻ります。例の某シマウマ研究者たちの話の続編ですね。でも、その前に毎年恒例の「scriviamo!」が入ります。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(14)ミュンヘン、もうひとつの婚約 -2-


 その後に蝶子が電話すると、カルロスは頭を抱えた。
「まさか私が行けと薦めたなんて思っていないでしょうね、マリポーサ」

「ちょっと変かなと思ったけれど、でも、何にも悪いことないのよ、カルちゃん。私たちだって散々あなたのお世話になったんですもの」

「私はね、彼女がミュンヘンに行きたいし、男爵邸にも泊まってみたいと言うので、絶対にやめてくれって言ったんですよ。月末まで四人は館には行かないから立ち寄った所で無駄だってね」

 それで、月末に四人が、というよりも、男爵様が館に戻るという情報を得て、狙ってやってきたってわけね。

「くれぐれもあなた達に迷惑をかけてくれるなって念を押したのに」
「そういうことを聴くタイプじゃないことは私たちもわかっているし、カルちゃんのせいじゃないこともわかっているわよ。それに、以前と較べて大人しいのよ。ヴィルを落とそうと頑張っているんだけど、あまり結果が芳しくなくて、ふてくされているみたいよ」

「おお、マリポーサ。私を許してください。あの女のことで、あなたを苦しめるなんて」
「あら、そんな不要な心配しないで。彼がどんなに唐変木か、カルちゃんも知っているでしょう? 私とヤスはブラン・ベックの方を心配していたんだけれど、そっちへの神通力も消滅しちゃったみたいよ」
「そうですか。まあ、レネ君はセニョリータ・ヤスミンに夢中ですからね」

 そのカルロスの言葉を裏付けられたのは、その夜のことだった。夕食の時にエスメラルダは面白がってレネの隣に陣取り、給仕をしているヤスミンの前でことさらレネに愛嬌を振りまいてみせた。

 蝶子が観た所、レネに対するエスメラルダの影響力は全くなくなっていた。それでもヤスミンには氣分が悪いだろうと思って、自分の所にスープを注いでいる時にこっそりと耳打ちをした。
「氣にしないでね」

 ヤスミンはにっこりと笑って言った。
「大丈夫。私、いま、幸せのど真ん中にいるから、細かいことは何も見えないの」

「へ?」
稔が横から聞きつけてヤスミンの顔を見た。

 ヤスミンはさっと左手を挙げて薬指を二人に見せた。紅いガーネットの指輪がシャンデリアの光を反射して輝いた。

 レネが、エスメラルダを完全に無視して立ち上がり、ヤスミンの所まで歩いてきて、その肩を抱いて言った。
「さっき、僕たち婚約したんです」

 蝶子は立ち上がり、ヤスミンの頬にキスをした。稔も飛び上がりレネに抱きついた。ヴィルもテーブルの向こうからやってきてカップルと交互に抱き合った。

「乾杯だ! フランスのワインあったっけ?」
稔がはしゃぐと、蝶子が戸口に向かいながら答えた。
「ロウレンヴィル家の赤がまだ残っていたはずよ。とって来るわね」

 ヴィルはミュラーにヴーヴ・クリコを用意するように言った。

 エスメラルダは幸せそうな一同を見て多少つまらなそうな顔をしていたが、ただの平日にヴーヴ・クリコのご相伴ができるのも悪くないと思ったので、水を差すのはやめることにした。

* * *


 二人の結婚式はミュンヘンで行われた。エッシェンドルフの領地にある聖ロレンツ礼拝堂で挙式をした後、パーティはもちろんエッシェンドルフの館で行われた。

 レネとヤスミンの両親や親族、カルロスやサンチェス夫妻、イネスとマリサ、例によってイタリアとスペインの雇い主たち、『La fiesta de los artistas callejeros』で知り合ったヘイノをはじめとする大道芸人の知り合いたち、それにもちろん劇団『カーター・マレーシュ』の一団が一同に会し、楽しいパーティが繰り広げられた。

 ヤスミンが祖母に直接習ったトルコ料理の数々、ラクーをはじめとするトルコの酒、それに劇団連中が楽しく堅苦しさもなく楽しめるドイツのインビスや山のようなビールが用意された。

 笑って、はしゃいでドレスの裾を翻しながらヤスミンがレネと踊り、団長とベルンが滑稽に踊って場を湧かせた後、全員が楽しくダンスに興じた。

 ヴィルと蝶子の結婚式で身に付けたつたないステップでマリサと踊りながら稔は苦笑いした。
「この程度ならいいけどさ。あの、最初に二人だけで踊るのは、俺はやりたくないんだよなあ」

 マリサは真剣な顔で答えた。
「必ずしもダンスをしなくてもいいんじゃないですか。その、ほら、相手の了解さえあれば……」

 それで、マリサの控えめな催促を感じた稔はさらに苦い笑いをして、マリサの額にキスをした。
「その、相手の了解があれば、日本で結婚するってのも、ありだと思うかい?」

 マリサは大きく目を見開いて、力強く頷いた。
「じゃあ、来年あたり、一緒に日本に行こう。もう、あまり待たせたくないしね」

 マリサが喜びで半泣きになりながら稔に抱きついているのは、大騒ぎのダンスフロアの中にまぎれてほとんど誰も氣がついていなかった。
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Posted by 八少女 夕

関西の旅 2018 (1)

タイトル、何にしようかなと悩んだんですが、日本行きの主目的は旅ではなかったので「日本旅行」ではないんですよね。もっとも主目的の方は、このブログの読者にはあまり興味がないことかと思うので、オフ会も含めた関西旅行の話だけ少しずつピックアップしようかと思います。

富士山

今回の日本行きは、既に何度か書いているように、もともと今年の初めから予定していた旅行でした。五月末に母が急逝し、母と計画していた予定は全て変わってしまったのですが、11月11日のオフ会、それに京都での墓参り、そして、母がお世話になった神父さまに会いに宇治に行くことになっていたので、予定通り関西に向かいました。

最初はオフ会開催地に近いどこかに泊まろうかと思っていたのですけれど、大海彩洋さんと話しているうちに、なぜか三泊四日というやたら長い時間泊めていただき、さらにずっとご案内いただくことになってしまいました。

日本滞在中は、天候に恵まれた日が多かったのですが、この日も晴天。 ちょうど山側で窓際の指定席をとっていたので、新幹線からこんなにくっきりと富士山が見えました。

野菜のお寿司 by 彩洋さんのお母様

彩洋さんのお家に向かう前に、まずはご実家に連れて行っていただきました。というのは、その近くにある楽器屋兼音楽教室で、彩洋さんの津軽三味線とピアノのレッスンに文字通りお邪魔させていただいたからなのです。先生の模範演奏も素晴らしかったですが、彩洋さんも、さすが団体で出場した大会で優勝する腕前、素晴らしかったです。「大道芸人たち Artistas callejeros」シリーズで見てきたように書き散らしているんですけれど、実は私が津軽三味線の演奏を生で聴いたのはこれが初めて。すぐに記述に反映させるわけではないですが、取材的に目を皿にして、耳を澄まして聴いてきました。

そして、それから彩洋さんのご実家へ。ご両親、弟さんのご家族の皆さんがとても暖かく、突然登場した変なヤツを歓迎してくださいました。それにしても、皆さんのお宅って、なぜあんなにいつも綺麗になっているんだろう。(と、まだ片付かないでいる自宅を見回す)

野菜のお寿司、お好み焼き(オーブンで一度に焼くので、みんな一緒に「いただきます」ができるナイスアイデア)、煮付けなど、家庭的だけれど、ご馳走感が満載の素敵な夕ご飯でお腹いっぱいになり、楽しい時間を満喫させていただいた後に、彩洋さんの車でお宅にお邪魔しました。

パーティも出来る大きなお宅で、語りたいことはいっぱいあるけれど、個人情報なので書くのは我慢。あ、でも、お宝の「真シリーズ」のノートを見せていただいたことは書いておこう。

淡路島からのパノラマ

翌日の日曜日は、オフ会の当日でしたが、その前に早起きして淡路島まで連れて行っていただきました。

世界最長の吊り橋、明石海峡大橋を渡ってあっという間に淡路島です。観覧車があるサービスエリアで大橋を見ながらまったりとして、それに、売店でご当地の土産物を色々とチェックしてしまいました。淡路島は大きくて甘いタマネギが名産だそうで、私はタマネギがかなり苦手なんですが、このタマネギは食べられましたよ!

生石神社

そして、次に明石子午線を通って、彩洋さんのおすすめの生石神社へ。ご神体はこの大きな岩のようです。これ、近くで見るとものすごい迫力です。とても大きいんですが、まるで浮いているような目の錯覚をおこす不思議な建て方をしてあります。これ、クレーンなどのない時代に建てたのですよね。いつも思うんですけれど、こうした巨石遺構を建てた方たちはどうやってこの状態にしたのか、いや、そもそもこの状態にしようという発想はどこから来たんだろうと不思議になります。

この後、姫路までも見渡せるという、生石神社の上の丘で爽やかな風に吹かれつつ朝ご飯を食べ、それからいったん彩洋さんのお宅に戻り、公共交通機関でオフ会に向かったのでした。

(というわけで、続きます)
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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (14)ミュンヘン、もうひとつの婚約 -1-

前回の更新で、カルロスの前妻エスメラルダがいつかまた登場するのかというようなコメントをいくつかいただきましたが、いつかどころではなく、もう登場してしまいました(笑)

このエスメラルダというキャラクターにはモデルがあります。A.クリスティの作品で一番好きな「●●殺人事件」に出てくる脇役です。どの作品のなんというキャラかすぐにわかった方はいらっしゃるでしょうか……。

この章でまた一段落するので、「大道芸人たち 2」の連載はこの後しばらくお休みになります。といっても、今回もまた二回に分けたので来週まで続きます。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(14)ミュンヘン、もうひとつの婚約 -1-


「お客様が先におつきです」
エッシェンドルフの館に着くと、ミュラーが厳かに報告した。そういわれても誰だかわからなかったので、ヴィルは誰かと訊いた。
「コルタドの奥様です」

 コルタドの旦那様とミュラーが呼ぶのはもちろんカルロスだ。ヴィルがエッシェンドルフを継いで以来、カルロスが商用でミュンヘンに来るときは、四人が居ようといまいとこのエッシェンドルフの館に滞在することになっていた。サンチェスだけが来るときも同様だった。だから、彼らが連絡してやって来れば、エッシェンドルフの使用人たちは、ヴィルや蝶子に一切連絡することもなく館に入れてもてなした。

 しかし、コルタドの奥様といわれる人間に心当たりはない。ヴィルが首を傾げていると、当の奥様が平然として階段を下りてきた。
「ブエノス・タルデス、みなさん。一足早く着いちゃったわ」

 さすがの蝶子ですら一瞬ぽかんとした顔をした。エスメラルダはすっかりリラックスしていた。格好もリラックスし過ぎで、真昼だというのにレースのガウン姿だった。

「あんた、イダルゴと再婚したのか?」
ヴィルは憮然として訊いた。

「いまのところ、まだだけれど、時間の問題だと思うの。過去と未来のコルタド夫人だもの、そう名乗っても悪くないかと思って」

「俺はまた、ギョロ目はマリア=ニエヴェスと再婚するんだと思ったよ」
稔はとことん馬鹿にした様子で言った。

 エスメラルダはきっとなって言った。
「あのジプシー女の名前をここで出さないでよ。腹が立つ!」

「あの……。申し訳ございません」
ミュラーが困った様子でヴィルを見た。招かれざる客を招き入れてもてなしてしまったのだろうかという戸惑いだった。

 ヴィルの交友関係をよく理解して、ふさわしい人間だけを招き入れるのはミュラーの責任だった。コルタドの旦那様に現在は奥様がいないことは、いつかアーデルベルト様の口から聞いたことがあるような氣がする。そうだとしたら完全に自分の落ち度だ、そう思ったのだ。

「いや、いいんだ。本人が言うように、そのうちに再びコルタド夫人になる可能性はゼロとは言い切れないし、俺たちもあっちで散々迷惑をかけた身だからね。イダルゴに免じて一日二日逗留させても構わないだろう」
ヴィルはミュラーの肩を叩いていった。

「だけど、俺たちの買ってきた酒は飲むなよ。そっちは別会計なんだから」
稔がせこい事を言うと、エスメラルダはつんと顔をそらし、それからヴィルに甘ったるい笑顔を見せた。相変わらず何の反応ももらえなかったが。

 蝶子は、周りを見回してヤスミンの姿を探した。女心に疎いヴィルはまったく考えていないようだが、レネとエスメラルダが同じ屋根の下にいるのは、ヤスミンにとって穏やかならない事態に思われたのだ。

「レネ!」
ヤスミンが駆けてきて、恋人に抱きついた。

 ミュラーはこほんと咳をして、ヤスミンに使用人の立場を思い出させようとしたが、ヤスミンは軽くそれを無視した。レネはヤスミンをぎゅっと抱きしめた後、彼女の手を取って、エスメラルダの横を通り過ぎ、二階へと去っていった。

 ヴィルはマイヤーホフと話をするためにさっさとその場を立ち去ったので、残った稔と蝶子は顔を見合わせた。

「ブラン・ベック、なんか変わったよな」
「そうね。いいことだと思うけど。イダルゴ夫人には残念なことかもね。礼賛者が減っちゃったから」

 そういうと蝶子はあてがはずれて居心地が悪そうにしているエスメラルダに声を掛けた。
「お茶が飲みたいなら、サロンに来なさいよ。でも、その寝間着みたいな格好は困るから着替えてよ」

 エスメラルダはヴィルにではなく蝶子に居心地の悪さを救ってもらったことが多少不服そうだったが、他にどうしようもないのであいかわらずつんとしたまま部屋に戻り、意外と素直に着替えてサロンにやってきた。

 ヤスミンがコーヒーや菓子類を持ってサロンに入ってきた。蝶子はコーヒーを受け取ると言った。
「もういいから、ここに座って一緒にお茶にしましょうよ、ヤスミン」

「いいえ。まだ勤務中ですから。明日は非番だから、お茶してもいいと思うけれど」
「勤務中でも、休憩はあるんだろ」
稔が言った。

 ヤスミンは稔にウインクした。
「休み時間は、たしかにこれからなんだけど、レネと台所で私の作ったケーキを食べるのよ。ちょっと甘めに作ってあるの」

 それで、二人は笑ってヤスミンが出て行くのを引き止めなかった。どうりでレネがサロンに来ないはずだった。

 エスメラルダは不服そうな顔をしていたが、ヤスミンがいなくなった後で口を開いた。
「ああ、つまらない。男爵は石みたいだし、この日本人はにやにやしているばかりだし、レネまでトルコ人にデレデレしているんだもの」

「ヤスミンはトルコ人じゃないわよ。正確に言うと四分の一だけトルコ人だけど、あとの四分の三はドイツ人よ」
蝶子が訂正した。

「どうでもいいわよ。あなたが中国人やベトナム人だって私には関係ないのと同じよ。悪いけれど、そのお菓子、こっちにまわしてくれない? ドイツってつまんない人ばっかりだけど、お菓子はおいしいのよね」

「ここの菓子は、他のドイツのカフェのものより美味いんだよ。もっとありがたがって食えよ」
稔が銀の高杯皿を差し出した。

「あなた、ドイツで何やってるの? コンスタンツにいた坊ちゃんはどうしたのよ」
蝶子が突っ込んだ。

 エスメラルダはつんとして背筋を伸ばしクッキーを口に運んだ。
「ああ、あの人、結婚してくれってうるさいから、逃げ出してきたの。フィア・ヤーレスツァイテンのスィートの滞在を途中で切り上げるのは残念だったけれどね。すぐにスペインに帰ってもよかったんだけれど、せっかく男爵様のお膝元じゃない? カルロスがいい所だっていっていたから、本当か確かめてもいいかなって思ったのよ」

「ギョロ目としょっちゅう逢っているのかよ」
「しょっちゅうって訳じゃないわ。でも、この間、バルセロナに行ったのよ。前は自宅だった館があるのに、わざわざホテルに泊まることもないじゃない?」

 蝶子と稔は目を見合わせた。カルロスが門前払いもしなければ、ここの話までしたということは、二人の関係はさほど悪くないらしい。未来のコルタド夫人という自己紹介を眉唾だと思っていたが、この調子では、二人が復縁してもおかしくないと思ったのだ。
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Posted by 八少女 夕

電子機器を持ち歩く話

この記事は予約投稿です。予定では公開時にはスイスに戻っているはずで、長い休暇の最終日となっているはずです。(追記:ちゃんと帰宅できました)

Mac Book Air

この旅行中に思ったことですが、以前にも増して電子機器への依存が増えました。

かつては旅行に行くときの必需品はほとんど充電コードのいらないものでした。それがいまや、アドレス帳も予定表もウォークマンもいらなくなった分、たくさんの電子機器と充電コードをスイスと日本の往復に携帯させていました。

iPhone 5Sは世間的には古いiPhoneだと思いますが、私は普段ほとんど電話をしませんし、できるだけリーズナブルな通信費のままでいたいので、本当に使うに耐えなくなるまでは使い倒すつもりでいます。今回、日本でバッテリー交換をしてもらったのですが、その作業中、たった一時間手元からなくなっただけで、いかに私の生活がこのマシンに依存しているか思い知らされました。

そして、実家にはもうWifiがないので、一ヶ月間レンタルしたモバイルルーター、仕事に必要なので持ってきたMac Book Air、Mac Mini, 外出先での充電用のモバイルバッテリー、Bluetooth接続キーボード、カメラとその充電器など、常にコードを抜いたり挿したりする日々で、空港で見せる必要のある機器も多すぎるなと。

仕事をしないのならばMacやキーボードは旅には持っていかないはずですが、そうするとメールを打ったりコメントを入れたりするのが少々やっかいだなと思います。若い人たちのようにスマホだけでタタタタっと文字をうまく打てないのですよ。また、目も見えにくくなってきているので、スマホの小さい画面で何もかもするのは少々つらいという事情もあります。悩ましいところです。

旅行中はいっそのこと、訪問もコメントなども一切しない、メールも一切控えるという風にすればいいのでしょうが、最近は待ち合わせなども一ヶ月前に済ますというようなことはほとんど不可能ですし、電話やSNSからも完全にフリーにはなれないなと思っています。

今後の方針としては、可能な限りこの「コード・スパゲッティ」からもう少しシンプルな状態に持っていきたいと思っています。実際に、本当にMac Miniが必要だったのは一ヶ月の間の数回だけでしたし。

世界一周旅行などをしてブログを書いていらっしゃる方などはどうしているんだろうなあ。私は、本来はシンプルライフに憧れているのですが、現在、周りを見回すと、全くシンプルじゃないなあと思います。
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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (13)コンスタンツ、夏の湖

話はArtistas callejerosの四人に戻ってきています。

今回再登場したキャラクター、お忘れかもしれませんが、カルロスの前妻です。年齢不詳の絶世の美女。私の設定では35歳くらい。カルロスはなんだかんだといって手強い美人に弱いのです。


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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(13)コンスタンツ、夏の湖


 セビリアからコンスタンツに動くとは、無駄な移動のし過ぎだとは四人とも思った。それでも車を走らせたのは、夏のアンダルシアの暑さを軽視していた事を認めざるを得なかったからだ。セビリアですごした最後の一週間は、外で稼ぐのは事実上不可能だった。電話で熱さを訴えたらカルロスは笑った。

「そこは La sartén de Andalucía アンダルシアのフライパン の近くですしね」
つまりスペインで最も暑い場所にいるのだ。

「こんなに暑い所をのろのろ移動しながらちびちび稼いだら、ガソリン代もなくなっちゃうわ」
蝶子が文句を言うとレネがワインの瓶を振りながら応じた。
「車だけじゃなくて僕たちのガソリン代も」

 南フランスやイタリアに行くのも暑さを避けるには中途半端だった。それに月末には再びミュンヘンに行かなくてはならない。それならばドイツに行ってしまおうと話がついた。

 スイスとの国境となっているボーデン湖に面したコンスタンツは中世の面影を残す明るい都市だ。

 湖にほど近い旧市街にはコンスタンツ公会議やヤン・フスの裁判が行われた頃と変わらぬ建物が残っているが、道往く人々はタンクトップ姿でアイスクリームに舌鼓を打っていて、当時の厳しさはまったく感じられない。

 四人は街をまわって、立地を確かめた後、大聖堂の前で稼ぐ事にした。夏のヨーロッパは東京などに較べればずっと過ごしやすい。けれど、その過ごしやすさに油断すると、強烈な日差しのダメージを受けてしまう。四人は適度な日陰を必要とした。もちろん観光客が足を止めてコインを置く氣になるほど立っていてくれなくてはならないので、自分たちだけが日陰になるわけにもいかない。しかし、観光客は陽光溢れるテラスなどを好むので、じめじめした裏道などには立てないのだ。

 大聖堂の前には、その難しい条件をクリアする素晴らしい空間があった。こういう立地を見つけられた時には、いい仕事ができることを四人は経験で知っていた。


「あら。どこかで見たような四人組じゃない」
スペインなまりの英語が聞こえてそちらをみた稔はぎょっとした。

 コブラ女登場! なんでこんなところに。

 それは、カルロスの前妻エスメラルダだった。三年近く見ていなかったが、相変わらず年齢不詳で、異様なほどに美しかった。人間の女というよりは、精巧な人形みたいだ。

 日本人ならまず試さないような大きな水玉のついた紺地のリボンをたっぷり使った白い麻のスーツ姿で、つば広の帽子を小粋に被り、八センチのヒールで優雅に闊歩している。以前と変わらずに若い男と連れ立っているのだが、この男というのがアルマーニのスーツに着られてしまっている、金はあっても脳みそはカケラもなさそうなボンボンだ。

 蝶子は完全に臨戦態勢に入り、満面の笑顔を見せて言った。
「まあ、なんて嬉しい偶然かしら。またあなたに会えるなんて夢にも思わなかったわ」

 エスメラルダは前回受けた屈辱などどこかに置き忘れたかのように傲慢に応戦した。
「すてきなヴァカンスを楽しんでいるみたいじゃない」
「おかげさまで」

 稔は亀のように首をすくめた。くわばらくわばら。空氣が歪んでいるぜ。

 それから、ちらっとレネの方を見た。レネは以前のときとは違って、平静に二人の女の静かな戦いをみつめていた。ってことは、本当にもう大丈夫なんだな。稔は多少意外な氣がした。

 エスメラルダはいつまでも蝶子に関わっているつもりはなかった。ヴィルの方を見ると、これまでとはうってかわった華やかで好意に満ちた笑顔を向けた。
「お久しぶりね。あなたには、逢いたかったわ」

 ヴィルは返事もしなければ表情も崩さなかった。エスメラルダは勝手に続けた。
「噂を聞いたのよ。大道芸人っぽくないと思っていたけれど、貴族なんですって? やっぱり、違いがでるのねぇ」

 稔は笑いをこらえながら言った。
「おい、そういう噂は届くけど、そのお貴族様が結婚したのは知らないのかよ」

 エスメラルダはつんとして答えた。
「知っているわよ。でも、そろそろレベルの低い女に飽きる頃じゃない?」
「あなたは、それで、カルちゃんに飽きられちゃった訳?」

 蝶子が馬鹿にしたように言うと、エスメラルダは大して怒りもせずに答えた。
「なんとでも言いなさいよ。そのうちにカルロスにも、その人にも追い出されるのはあなたの方なんだから」

 それから再びヴィルの方に満面の笑顔を向けると言った。
「じゃあ、また近いうちに逢いましょう。私はインゼルホテルに泊まっているの。よかったら連絡してね」

 インゼルホテルの宿泊料を払っているだろうに完全に蚊帳の外に置かれた男の腕をとると、女は颯爽と立ち去った。
「すげえな、あの現金ぶり。あんな女、本当にいるんだな」
稔は心から感心して言った。ヴィルは頭を振った。

「悪い氣はしなかったんじゃないの? 好みのタイプなんでしょ?」
蝶子はヴィルにケンカを売ったがヴィルは全く取り合わなかった。稔とレネはゲラゲラと笑った。

「お前、本当に大丈夫になったんだな。言葉を信用していなかった訳じゃないけどさ、ちょっと驚いた」
稔がそういうと、レネは頷いた。
「僕も、本当にこんなに大丈夫だとは思いませんでしたよ」

なぜあの女にあんなに惹かれたのか、レネは自分でもさっぱりわからないと思った。そして、ひとつの決意を持って、目についた宝飾店に入っていった。
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Posted by 八少女 夕

関西遠征報告

長いようであっという間の日本滞在。いろいろな予定をこなし、そろそろ帰る準備に入っています。

ほかの方のブログの記事でご存じの方もおありかと思いますが、11月10日から15日まで関西に滞在し、いろいろな方にお目にかかりました。今日は、簡単な報告のみを。

日本で食べたもの

なんといっても一番お世話になったのは大海彩洋さんで、なんと三泊四日という長い間、泊めていただきさらにずーっと接待していただきました。彩洋さんと親しい方はご存じと思いますが、普段から地獄のスケジュールをこなしておられる公私ともにお忙しい方なのですよ。それを四日拘束、無銭飲食、しかもアッシー代わりと、とんでもないことをしてきてしまいました。

巨石訪問あり、三味線見学あり、ご実家での暖かいご接待あり、神戸京都の究極のグルメ探訪あり、ディープな京都の聖地巡礼ありと、これだけで半年くらいの連載ネタができそうですが、これはいずれぼちぼち。彩洋さんありがとうございました。

そして、その間にはオフ会がありました。私のわがままをかなえていただき、幹事のTOM−Fさんが超ディープな大阪を長時間にわたり見せてくださいました。翌日休みというのは私一人。なのに終電ギリギリまで集ってくださり、本当にありがとうございました。当日ようやくわかったのですけれど、大阪は遠かったのですよね。

そして、彩洋さんとお別れした翌日、京都で墓参りと買い物の合間に、オフ会にもいらしていただいたおだまきみまきさんにお目にかかりました。今度は一銭洋食という、こちらもディープな伝統食を教えていただき、さらに「まさか、あの?」と二度くらい訊いてしまった本能寺を参拝しました。新京極の商店街の中にあるって……。

オフ会ではオーストラリアのけいさんと、そして、14日はおだまきさんの相棒でいらっしゃる平あげはさんとお電話でお話ししました。人付き合いがグレッグ並みに苦手な私が、こんな風にいろいろな方と親しくお話しさせていただけるのも、やはり創作でつながる仲間意識が後押ししているのかなと、嬉しくなりました。

さて、新幹線に乗る日は、亡き母と二十年前にマドリッドへお訪ねした神父様にお目にかかりました。この日は晴れ渡り、紅葉に映える宇治の平等院と金閣寺の両方を見せていただきました。

金閣寺

お忙しい中、お時間を作っていただきましたブロ友の皆様、そして、ご紹介いただいた素敵な方々、本当にありがとうございました。中には台風の影響で大変苦労なさっていらっしゃる方もおられましたが、皆様一様に前向きで優しく、大きな感銘を受けました。

この場を借りまして御礼申し上げます。
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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (12)東京、羊は安らかに -2-

二回に分けた後半です。

蝶子は、きつい性格のため在学中はかなり孤立していたようです。稔はもちろん、今では親友となっている真耶とも、ほとんど口をきいたことがなかった状態で、一人でレッスンに明け暮れていました。

陽子から見た稔の話から、いつの間にか拓人や真耶から見た蝶子のことに飛んでいますが、あとから陽子の回想に戻ってきます。こういう書き方、セオリー破りなんだろうなあ……。すみません。


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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(12)東京、羊は安らかに -2-


 蝶子はしばらく黙った。それから頷いた。
「ええ。具体的な問題があって平和に草を食むって心持ちじゃないんです」

「その問題、これからお茶でもしながら、打ち明けてみない?」
女たらしの顔に早変わりした拓人を見て、蝶子は失望したようにため息をついた。

「申し訳ありませんが、その時間はないんです。この後はバイトに行かなくちゃいけないんで」
「そうかい。明日は?」
「明日は授業の後はレッスンで、その後にバイトです。バイトのない時は練習したいし、どちらにしても結城さんの氣まぐれにおつき合いする時間はありませんわ。残念ながら」

「バイトとレッスンだけに明け暮れているって噂は本当なんだな。じゃあ、いまここで君の問題とやらを言ってみろよ。僕に出来る事があれば協力するからさ」

 蝶子は拓人の意を測りかね、細い目をさらに細めた。けれど、失うものは何もないと思ったので、素直に口を開いた。

「どなたか、勉強になるからとこの曲の伴奏を引き受けてくださるようなピアノ科の方をご存知ありませんか? 来月の前期発表会の出演者に選ばれたんですが、頼んであった同級生にやめられてしまって」

「伴奏者が投げ出したのか?」
「あんまり練習してこないんで文句を言ったんですが、ちょっと強く言い過ぎてしまったみたいで……」

 拓人はカラカラと笑った。蝶子がきつく言い放つ様子が目に見えるようだった。

「他の同級生は誰も空いていないんだ?」
「やめた子と仲がいいんです。もともと、私はあまりよく思われていないようで一年生ではだれも引き受けてくれる人がいません。でも、上級生に伴奏を頼むなんて、氣を悪くされるんじゃないかと思って。お礼を払えればいいんですけれど、そんな余裕はありませんし」

 蝶子は悔しさに顔を赤らめながら言った。拓人は笑って言った。
「前期発表会は、僕も出演するんだ。こっちは午前の部だけど、君は一年生だから午後だろう?空いているから、僕が弾くよ」

 蝶子は目を瞠って言った。
「結城さんが発表会でフルートの伴奏? 氣は確かですか? 結城さんは既にデビューしているコンサートピアニストじゃないですか!」

「でも、勉強は続けないとね。スケジュールをすり合わせよう。君も忙しいみたいだからね。リハする時間はあまりないぞ。授業の合間にもやったほうがいいだろう」

「本当にいいんですか?」
「もちろん。お茶するよりもお互いの事が早くわかるしさ。僕には一石二鳥だ。そのかわり学芸会レベルの演奏をするなよ」

 蝶子ははじめてにっこりと笑った。艶やかで魅力的な笑顔だった。本当に美人だよな、拓人は思った。

* * *


「あら。カンタータ二百八番。珍しいものを弾いているのね」
園城の家を訪れて真耶の父親を待っている間に拓人がピアノに向かっていると、帰ってきた真耶がサロンに入ってきた。

「前期発表会で急遽弾く事になってね」
拓人が答えると真耶は面白そうに近寄ってきた。

「もしかして四条さんの伴奏? 彼女、拓人に頼んできたの?」
「どっちかというと、僕の方が押し掛けで引き受けたんだ」

 それを聞いて真耶はケラケラと笑った。
「いいことをしたわ。ちょっと氣の毒だったのよね。四条さんが怒るのも無理がないほどひどい伴奏だったのに、あの子たちって本当に感じ悪いんだもの。拓人が伴奏するって聞いたら死ぬほど悔しがるわよ」

 拓人はふと顔を上げて真耶を見た。
「お前、四条蝶子と仲がいいのか?」

「仲がいいとか悪いとかいうほど親しくしていないの。でも、うちの学年でまともな音を出すのって彼女の他には数人しかいないのよ。彼女が氣にいったの?」

「ああ、美人だし。だけど、デートする時間はないんだそうだ。レッスンとバイトで手一杯なんだってさ」

「たしかお家に反対されていて、学費もレッスン代も生活費もみな自力でなんとかしなくちゃいけないらしいわ。才能があるだけじゃなくて、その逆境だからよけい頑張るのかもしれないわね。きっといい音楽家になると思うわ。私も負けないように頑張らなくちゃ」

* * *


 真耶は、リハーサルのために車で上野に向かっていた。カーラジオからは、バッハのカンタータ二百八番が流れていた。もう十五年近く前になる、大学一年の秋の事を懐かしく思い出しながら微笑んだ。あの頃は、蝶子のことはほとんど知らなかった。こんなに後になって、遠く離れていながら自分にとって唯一といえるほど近い存在になるなど、どうして予想できただろう。

 あの発表会の日、蝶子は拓人の伴奏でカンタータを見事に吹き、聴衆の喝采を浴びた。それにも関わらず、蝶子のたたずまいは寂しげだった。

 心の休まらぬ終わりのない戦いの日々、心を預けられる友人も仲間もなく、恵まれて怠惰な同級生たちに対するいらだちを隠す事も出来ず、孤立していた。真耶はそんな蝶子に対して、氣の毒に思いつつもどうすることもできなかった。

 けれど、今ではまったく違っている。ヴィル、レネ、そして安田稔。あの三人が周りで彼女の平和を形作っている。その平和に真耶は心から感謝したい氣持ちだった。

* * *


 ラジオからのカンタータ二百八番を聴きながら、陽子の心は乱れていた。

 あの時、私は四条蝶子を哀れに思った。あの人には友達もなく、音楽を続ける事への応援もなく、未来もないように見えた。

 あの時、私の未来はバラ色に見えていた。お父さんは私が三味線に精進する事をとても喜んだ。私の側にはいつも稔がいた。つまらない女の子たちを追い回す事の虚しさに氣づけは、稔は必ず私と生きる事を選んでくれると信じていた。

 けれど、十五年経ってみたら、私はここで一人で三味線を弾いている。稔が帰ってきてくれるのをひたすら待ちながら。

 稔。私は、あなたが帰って来るのが苦にならないように、ありとあらゆる環境を整えているの。だから、帰ってきて。お願い、帰ってきて。
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Posted by 八少女 夕

近況報告

日本行きの旅に出ます、と言ってブログを旅先モードにして以来、ほとんどまともに報告をしてこなかったのですが、予定では、本日は大阪でオフ会に参加しているはずです。(この記事は予約投稿です)

で、それ以外は何をしていたんだという話を少し。

今回は、かなりの時間を使って、亡き母の家を片付けたり相続関係の事務を姉と行っていたりしたのですが、その合間に日本に来る度にいつもやることもこなしていました。すなわち、お買い物とグルメ三昧と、それから日本の家族親戚や友人に会うといったことですね。

はじめの一週間は仕事もしました。ま、仕事の話はどうでもいいんです。

その後は休暇であり、帰国でもあるんですけれど、せっかく日本にいるのだからとスイスにいるとできないことや食べられないものを、と走り回ってしまうのですね。

普段の私は、スケジュール表が真っ白なタイプです。月に一回か、二回、予定が入りますが、どれも予定表に書かなくても憶えられる程度の予定です。それが、この一ヶ月は、パズルのようにいろいろと組み合わせることになり、「あそこにも行かなくては」「これも問い合わせなくては」「この日は夜からなら会える」という具合に妙にたくさんの予定が詰まるのです。それに、ネットで買ったお買い物や、発送するものを引き取りに来てもらうなど、運送系の方との約束もたくさんあり、自分でも何が何だかわからない状況でした。

そんなわけで、ネットの環境はあるにもかかわらず、ずっとまともにブログの交流もできない状態が続いています。

きっと、これがほかの皆さんの生活に近いんでしょうね。普段どれだけ暇なんだ、私。

さて、年内に書かなくてはいけない、レギュラーではない作品が二つあるのですが、まだ構想すら立っていません。あ、頑張ってなんとかする予定です。ただ、それもあり、スイス帰国後も通常運転に戻るまでは二週間ほどかかるかもしれません。

ご理解いただけると嬉しいです。

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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (12)東京、羊は安らかに -1-

前回は稔視点で陽子との関係などが語られましたが、今回はArtistas callejerosの四人以外の同窓生を通して、稔と蝶子の事が語られます。といっても、稔と蝶子は大学時代はほとんど接点がなかったのですが。

今回でてきている結城拓人というのは、園城真耶のはとこで、私の小説群ではよく登場するピアニストです。学生時代の蝶子とのエピソードは、もしかして初公開かもしれません。誰かさんが偉そうとか、学生の分際で上から目線だとか、その辺の文句は受け付けません(笑)自分でもそう思いますけれど。

今回も二回に分けています。使った曲は、下に動画を貼り付けておきますね。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(12)東京、羊は安らかに -1-


 ゆっくりとバチをあてる。力強い音が稽古場に響く。子供の頃に通い、今は自宅になった安田家の一番大きい稽古場だ。

 陽子は、子供のクラスの稽古を終えて、みなが去った後の稽古場に一人座っていた。ここで子供たちを教えるのは、稔だったはずだ。

 彼女は昨日の午後の稔からの電話を思い出していた。ずっと稔に逢いたかった。せめて声だけでも聞きたかった。彼の失踪以来、それは不可能だと、呪文のごとく自分に言い聞かせてきたのだ。こんなにあっさりと会話が実現してしまうなんて考えもしなかった。

それなのに、どうしてあんなつまらない会話にしてしまったのだろう。自己嫌悪でいっぱいになった。フルート科の四条蝶子に嫉妬の炎を燃やしたなんて、馬鹿馬鹿しい。

 陽子はため息をつくと、稽古場を離れ自室に戻った。窓辺に置かれたレトロなラジオに目を留めてゆっくりと手を触れた。

 これはもともと稔のものだったラジオだ。稔がよく聴いていたFM局に周波数が合ったままになっている。陽子はそれを変えたくなかった。稔が帰ってきた時に、そのままであったら喜ぶだろうと思うからだ。

 しばらく撫でていたが、やがてスイッチを入れた。室内楽の演奏でバロック音楽が流れる。なんてこと、よりにもよってこの曲! バッハのカンタータ第二百八番。心は大学一年の秋に戻っていた。

* * *


「ねえ。稔。これってなんて曲か知ってる?」
陽子は、大学で耳にしたメロディを口ずさんだ。

「バッハだよ。カンタータ二百八。『羊は安らかに草を食み』ってやつだ。お前がバロックに興味を持つなんて珍しいな」
稔は、三味線を手に取ると器用に弾き始めた。

「放課後に、誰かがフルートで練習していたの。どこかで聴いたメロディだなって思って」
陽子は、稔の音色を心地良さそうに聴きながら答えた。稔は手を休めずに言った。
「ああ、それはきっと四条蝶子だな。いつも一人で練習しているらしいから」

「誰それ?」
「フルート科の子だよ」

 陽子はきっとなって正座し直した。
「なぜ知っているの? 稔と親しいの?」

「親しくないよ。ソルフェージュのクラスが同じだから知っているだけだ。いつも熱心に学校で練習しているんで有名なんだよ。親に反対されているから家では練習できないって噂だ」 

「ふ~ん」
陽子は教室の戸口からかいま見た彼女の怜悧な美貌の事を考えた。稔のソルフェージュのクラスには美人ばかりいるのね。かの有名なヴィオラの園城真耶と同じクラスになったっていうだけだって心穏やかじゃなかったのに。

 その次の火曜日に、陽子は再びあのメロディを耳にした。四条蝶子が吹いているんだ。そう思って、陽子は必要もないのに階段を上がり、フルートの聴こえる教室の方に向かった。

 すると、向こうから会いたくない人間がやってくるのが見えた。先日からこっちの顔を見ると口説いて来るピアノ科の上級生、結城拓人だ。
「おや、陽子ちゃん。こんな所で会うとは奇遇だね。運命を感じるな」

 陽子は冷たく拓人を一瞥した。
「私は何も感じませんが」

「相変わらず冷たいねぇ。今日の授業は終わったんだろ? どう、これから一緒にお茶でも?」
「あなたとお茶をするつもりなんか、まったくありませんから。いつもの取り巻き連中と、お茶でも何でも勝手に飲めばいいでしょう」

「そうやって無碍にされると、燃えちゃうんだよね。ま、いいよ。そのうちに君の考えを変えてみせるからさ」

 陽子はすっかり腹を立てて踵を返した。
「待てよ。こっちに用があったんじゃないの?」

「いいんです。フルートが聴こえたから来てみただけ。あなたに会うなんて、本当にゲンが悪い」
振り向きもせずに陽子は足早に立ち去った。もう。なんでクラスメート達はあんなナンパ男に夢中なのかしら。ちょっとばかり顔がよくて有名だからって、ただの女たらしじゃない。

 結城拓人は振られて、わずかに肩をすくめたが、陽子の言っていたフルートの音色に耳を傾け、教室の方に行った。いい音色だった。教室の窓から中を見ると、四条蝶子だった。へえ。一年生がこんな音を出すとは、大したものだな。

 蝶子は、ドアが開いた音を耳にして、吹くのをやめた。 

「いいから、続けて。僕の事は氣にせずに」
拓人は笑って言った。

 蝶子は軽く会釈をすると、改めてカンタータをはじめから吹き出した。拓人は戸口にもたれかかったままそのメロディを聴いていた。女たちを口説く時のニヤついた顔ではなく、真剣な面持ちだった。

 しばらくすると蝶子は音を止めて、困ったように拓人を見た。
「なぜ止める?」
拓人は目を閉じたまま言った。

 蝶子はフルートを握りしめて答えた。
「この教室をお使いになるんじゃないかと思って。私、今日は特別許可を取っていないんです」

「その心配はない。いい音だと思ったから、好奇心で聴いているだけだよ」
「でも……」

 拓人は目を開けて蝶子を見た。
「きれいな音だ。メロディやテンポは申し分ない。ただ……」
「ただ……?」
「平和に草を食みっていうよりは、狼がどこかで狙っているのを氣にしている、そんな緊張感があるな」

 蝶子は眉をひそめた。
「最悪じゃないですか」

「ふん。ただの学生には違いはわからないさ。教員でもわからないヤツがいる可能性は多い」
「でも、あなたにはわかるんですね」
「それは君の心の問題だろう」

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

read more



J.S. Bach: Adagios- Sheep may safely graze

フルートとチェンバロの編曲のものを貼り付けたかったのですが、テンポが趣味ではなかったので、こっちにしました。
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Posted by 八少女 夕

お知らせ/例のチキンを食べた

まず最初に、お知らせです。
もぐらさんが、私の小説「バッカスからの招待状 -11- ラグリマ」を朗読してくださいました。

 第447回 バッカスからの招待状 ラグリマ

いつもながら、情感を込めて、キャラクターを語り分けて素敵に朗読してくださっています。ぜひいらしてみてくださいね。

* * *


さて、久しぶりの日本で食を満喫しています。

KFC

姉の作ってくれる和食やら、マイブームのチーズトーストやら語りたいことはたくさんあるのですけれど、今日はこれだけ。

某ファーストフードです。って、ケンタッキーフライドチキンですけれど。

スイスにもあるのですが、私の知っている唯一の店舗は片道六時間のジュネーヴ。スイスでは食べられないものと諦めています。

で、普段は実家から二十分くらい先の店舗まで歩いて食べに行くのですが、今回は免許更新の帰りにその最寄り駅で見つけてしまったので即入りました。食べたいものだけ単品で頼んだので、ファーストフードとしては高くつきましたけれどまた数年間食べられないと思うと、いいかと思って。

チキンはどんな調理法でも大好きですけれど、このKFCの皮の味はちょっと別物として大好物なんです。
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Posted by 八少女 夕

【小説】その色鮮やかなひと口を -7 - 

今日は「十二ヶ月の情景」十一月分をお送りします。毎月ある情景を切り取った形で掌編を作っています。三月から、100,000Hit記念企画として、みなさまからのリクエストに基づいた作品を発表しています。今日は、まだ十月ですが、来週にすると、Stellaの締め切りに間に合わなくなるので、今日の発表です。

月刊・Stella ステルラ 10、11月号参加 オムニバス小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


今日の小説は、大海彩洋さんのリクエストにお応えして書きました。

11月17日、真の誕生日なんですよね~。テーマは「蠍座の女」、コラボ希望はバッカスの田中氏と思ったけれど、すでにlimeさんちの水色ちゃんとコラボ予定のようなので、出雲の石倉六角堂で。出雲なので、別の誰かさんたちが出没してもいいなぁ~(はじめちゃんとか。まりこさまとか。)


「真」とはご存じ彩洋さんの大河小説「相川真シリーズ」の主人公です。翌日11月18日は、実は今連載中の「大道芸人たち Artistas callejeros」のヒロイン蝶子の誕生日ですが、今回は絡めませんでした。「さそり座の女」ですけれど、あいつはヨーロッパにいるんですよ。「石倉六角堂」は松江ですし、蝶子はそんなにしょっちゅう日本には来ないので、無理がありすぎました。

で、はじめに謝っておきます。たくさんご要望があるんですけれど、全部はとてもカバーできませんでした。五千字ですよ! 出すだけなら出せますけれど、まとまった話にならなくなるし。というわけで、「石倉六角堂」までをカバーしました。そして、かなり無理矢理ですが彩洋さんの大事な真のお誕生日を絡ませました。でも、ご本人は出てきません。その代わり、以前この話で少しかすらせていただいた、あの方が登場です。


短編小説集「十二ヶ月の情景」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の情景」をまとめて読む

【参考】
「その色鮮やかなひと口を」



その色鮮やかなひと口を -7 - 

 うわ、可愛い。怜子は思わずつぶやいた。ルドヴィコの作る和菓子は、いつも色鮮やかで、かつ、日本情緒にあふれるトーン、動物を象った練り切りなどは愛らしいのだが、今回はいつもにましてキュートだと思った。

 それは金魚を象っていた。単なる金魚ではなく、島根県の天然記念物にも指定されている『出雲なんきん』だ。土佐錦、地金とともに三大地金のうちの一つに数えられている、島根ゆかりの金魚だ。小さな頭部と背びれがないこと、それに四つ尾の特徴がある。

 既に江戸時代には、出雲地方で大切に飼育され、大名諸侯が愛でていた、歴史ある品種なのだ。不昧公の呼び名でおなじみの松江藩七代藩主松平治郷は、江戸時代の代表的な茶人でもあり、彼の作法流儀は不昧流として、現在に伝わっている風流人だが、彼もまた『出雲なんきん』をこよなく愛し「部屋の天井にガラスを張って泳がせて、月光で眺めた」という伝説すら残っている。

 今年はその不昧公の没後二百年であるため、島根県の多くで不昧公二百年祭として縁の催しが行われている。ルドヴィコの勤める『石倉六角堂』でも、不昧公ゆかりの伝統的な和菓子に加えて、二百年祭にふさわしい創作菓子を毎月発表していた。

 十二月の分を任されたルドヴィコは、怜子にアイデアがないか相談した。彼女が勧めたのが『出雲なんきん』を象ったお菓子だった。

 求肥は、上品な白で、所々朱色で美しく彩色してある。透けている餡は橙色の黄味餡。狭い目幅の特徴をよく捉えた丸い目がこちらを見ている。凝り性のルドヴィコは、試食用の『出雲なんきん』の柄を全て変えていた。

「おお、これは綺麗だ」
「ルドさんらしいわねぇ」
集まってきた職人たちや、販売員たちが口々に褒めて、手に取った。

「あ、奥様。お一つどうぞ」
怜子は、石倉夫人に朱色の部分の多い一つを手渡した。

 夫人は、一瞬その和菓子を眺めてから、わずかに不機嫌に思える口調で言った。
「いいえ、そちらのもっと白い方を頂戴」

「え。あ。はい」
怜子は素直に渡した。どうしたんだろう、そんなことをこれまで言ったことないのに。

「ルドちゃん。味は満点だけれど、つくる時はできるだけ白い部分を多くしなさいね。『出雲なんきん』は、他の金魚と違って白い部分が多い白勝ち更紗の体色が好まれるので、わざわざ梅酢を使ってより白くなるようにして育てるのよ」
穏やかに語る様子は、いつもの夫人だった。

 彼女が事務室に戻って言った後、義家が言った。
「あちゃー。サソリ女を思い出したんだな。桑原くわばら」

 怜子は、はっとした。

 それは、先週のある晩のことで、時間は遅く閉店間際だった。お店に、かなり酔っている女性が入ってきたのだ。大きめのサングラスと、真っ赤な口紅が少し蓮っ葉な印象を強めていた。
「ふふーん、ここなのね。来ちゃったわ」

 販売員は、和菓子に用はなさそうだと思っても一応「いらっしゃいませ」と言った。女性はハスキーな声で言い放った。
「あんたには用はないわ。せっちゃんを出してよ」

「……石倉のことでしょうか」
せっちゃんという名前で思い当たるのは、社長の石倉節夫以外にはいなかった。

「そうよ。あの人を出して。あたしの大事な人なの」
それを聞いていた店の人間は固まった。石倉夫人が厨房から出てきたからだ。

「申し訳ありませんが、主人は不在ですが、何のご用でしょうか」
石倉夫人が訊くと、女はゆっくりとサングラスを外して、そちらを見た。厚化粧だが、目の下の隈や目尻の皺は隠せていなかった。

「主人……ね。なんとなくわかっていたわ。やっぱり、そうだったのね。昨夜は、あたしの誕生日だったのよ。一緒に過ごす約束だったのに、いつまで経っても来ない。電話にも出ない。約束したのに、ひどいわ」
その年齢には鮮やかすぎる朱色のワンピースの開いた襟元に見える鎖骨が少し痛々しかった。

「奥さんがいる人ってわかったからって、はいそうですかって、忘れられるようなものじゃないわ。あたし、大人しく引き下がったりしないから。地獄までついていくつもりだって、せっちゃんに伝えてちょうだい。……あたし、こう見えても一途なの。ほら、歌にもさそりは一途な星座っていうじゃない、ははははは」

 その翌日、出てきた石倉社長は、いつもの朗らかな様子はどこへ行ったのか、すっかり消沈していた。数日ほどは夫人に口もきいてもらえなかったらしいが、ようやく元の朗らかな様子に戻った所を見ると、今回は許してもらえたらしいというのが、職人たちの一致した意見だった。

 その女性が来店した時は、怜子はその場にいなかったので、『出雲なんきん』の菓子から連想するとはまったく想像できなかった。でも、奥さま氣の毒だもの……。私だって、ルドヴィコが他の人にフリーだといって言い寄ったりしたら嫌。

「怜子さん。どうしたんですか? 怖い顔していますよ」
ルドヴィコにいわれてはっとした。

「ごめんなさい。あれ? それ、どうするの?」
彼は、店内試食用とは別にしてあった『出雲なんきん』を箱に詰めていた。それは販売を想定していたものよりも躍動感あるデザインで大きめに作ってあった。

「特注です。驚かないでください。怜子さんも知っているイタリア人が今から取りに来ます」

 怜子は首を傾げた。ルドヴィコを除けば、怜子の知っているイタリア人は、ルドヴィコの家族と、ミラノ在住の親友ロメオくらいだ。誰が日本に来たんだろう?

 自動ドアが開き、のれんの向こうから背の高い金髪の男性が入ってきた。女性店員たちがどよめいた。

 あ。雑誌の人だ! ヴォルなんとか家の御曹司で、同居人にすごい和食を作っているって人。かつて、この人の特集の載っている雑誌に、店のみんなでキャーキャー騒ぎ、男性陣の白い目を浴びたことを思い出した。なーんだ。そういう意味の知っている人か。

「こんにちは、いらっしゃいませ」
怜子は、使える数少ないイタリア語で言ってみた。他のアルバイトたちが羨ましそうにこちらを見ている。

 男性は、魅力的に微笑んだ。
「松江でイタリア語の歓待を受けるとは思いませんでした。嬉しいですね。お電話した大和です。マセットさんは、いらっしゃいますか」
「はい。厨房にいるので、呼んできますね」

 怜子が声をかけると、ルドヴィコは先ほどの箱を持って出てきた。
「こんにちは、大和さま」

 イタリア人同士なのに、何も日本語で会話しなくてもいいのに。どちらも、日本人と遜色のない完璧な発音だ。怜子は、つたないイタリア語で話したことを少しだけ後悔した。

「特注品で、四つでしたよね。こちらでよろしいでしょうか」
ルドヴィコは『出雲なんきん』が四匹、頭を突き合わせているように箱に詰めたものを大和氏に見せた。

「おお、これは綺麗だ。大使館でお目にかかったファルネーゼ特使が、松江に行くなら是非マセットさんの和菓子を食べてくださいと勧められた理由がわかりましたよ。これは、金魚ですよね……蠍ではなくて」

 その一言に、場の空氣は凍り付いた。幸いそこには、石倉夫人はいなかったが、石倉節夫社長が来ていた。先ほどの会話があったので、誰もがあの酔った女性のことを思い浮かべて彼の方を見ないように不自然な動きをした。もちろん、大和氏は何も氣付いていないであろう。

「ええ、これは『出雲なんきん』という島根特産の金魚を象りました。もしかして蠍に見えましたか?」
ルドヴィコが訊くと、大和氏は首を振った。

「いえ、もちろん蠍には見えません。ただ、たまたま今日、これを食べさせようとしている相手が、さそり座の生まれなのですよ。蠍にちなむものを探した関係で、朱いものを見ると何もかも蠍かもしれないと考えてしまって」

「そうでしたか。さそり座ということは、もしかして今日がお誕生日ですか?」
「ええ。そうです。彼とは、この後に出雲で待ち合わせ、誕生日を祝うつもりなのです。本人には内緒ですが、ちょっとした懐石料理の準備をしてありまして、その締めにこちらを出そうと思っています」

 例の雑誌のインタビューでも、同居人に凄い和食を作っているって話していたけれど、この人、懐石料理まで作っちゃうんだ。怜子は目を白黒させた。

「そうでしたか。蠍モチーフを探しておられたのですね。では、少々お待ちください」
そう言うと、ルドヴィコは箱から『出雲なんきん』を一つだけ取り出して厨房へ入っていった。そして、十分ほど経って出てきた時には、別の和菓子を手にしていた。

「あ、蠍……」
怜子は、思わずつぶやいた。『出雲なんきん』は透明度の高い求肥で包んでいたが、蠍の方はマットでどっしりとした練り切りだ。鋏と尾が躍り、今にも動き出しそうだ。

「一般には、あまり売れるモチーフではないですが、せっかく特注でいらしたのですから」
そうルドヴィコがいうと、大和氏は楽しそうに笑った。

「ああ、これは素晴らしい。松江中を探した蠍をこんな形で手に入れられるなんて。ありがとうございます。彼がどう反応するか楽しみです」
「どうぞ素敵なお誕生日を、とお伝えください」

 大和氏は、礼を言って代金を払うと、大事に『出雲なんきん』と『蠍』の入った箱を抱えて帰って行った。

「ルド公。ありがとうな。お前さん、機転が利くな」
「ありがとうございます、社長。蠍は朱一色ですし、形もさほど難しくなかったので」
「イタリア人っていうのは、大人になっても誕生日を盛大に祝うものなのか」

 ルドヴィコは、節夫ににっこりと笑いかけた。
「誕生日は、習慣になっているから祝うものではありませんよ」

 節夫は、わからない、という顔をした。ルドヴィコは、ニコニコしていた。
「義務や形式じゃないんです。その人のことを氣にかけている、誕生日も忘れていない、これからも仲良くしていきたい、その想いの表れなんです」

「そうか。どうも、そういうのは慣れなくてな。いつも一緒にいる相手だと、余計やりにくいんだよな」
「ストレートな表現は、一般的な日本人男性よりも一般的なイタリア人男性の方が得意かもしれません。そういう形がよりよいとは言いませんが、行動に出すと想いは伝わりやすいと思います」

 節夫は「そうか」と言って、何か考えていたが、閉店時間になると早々に帰って行った。普段のように店の若い連中を飲みに誘うこともなく。

* * *


「ただいま、帰った」
玄関の扉を開けると、節夫は少し大きな声で言った。奥の台所から妻の柚子が出てきた。

「お帰りなさい、どうしたの、こんなに早いなんて珍しい」
「まあな」
そう言うと、下げていたショッパーを持ち上げて渡した。

「あら、なあに?」
「そ、その、夕方、今日が誕生日で祝うっていうお客さんが来たんだ。それでちょっと思い出して」

 柚子がのぞき込むと、小さめのホールケーキが入っていた。和菓子屋の社長夫人として、ほとんど口には出さないが、柚子はチョコレートケーキが好きなのだ。節夫が買ってきたのは、チョコレートスポンジに、ガナッシュクリームを挟み、更にダークチョコレートでコーティングしたチョコレート尽くしのケーキだった。

「まあ。よく憶えていてくださったわね」
「誕生日だってことか」
「ええ。それに、ここのチョコレートケーキが好きなことも」
「まあな。お前は、あれが好きとか、これが欲しいとか滅多に言わないから、憶えやすいさ」
「他の女性と違って」

 きつい一刺しも忘れない。節夫は、思ったが口には出さなかった。さそり座の女は一人ではないのだ。

 柚子は、チョコレートケーキを冷蔵庫にしまい、手早く節夫の晩酌の用意をすると一緒に座った。彼女の態度は、まだ若干冷ややかだが、絶対に許さないと思っているならば、こんな風に一緒に座ってくれることはないだろう。

 四十年近い結婚生活、節夫は浮氣が発覚する度に謝り、関係を修復してきた。彼女は、どんなに怒り狂っていても「石倉六角堂」の営業に支障が出るような騒ぎを起こしたことはない。妻としてだけでなく、共同経営者として節夫にとって柚子以上の存在がいないことは、二人ともよくわかっているのだ。

 柚子は、しばらくするとチョコレートケーキをテーブルに運び、紅茶を淹れた。
「せっかくですもの。いただきましょう」
「おう」

 節夫は、ティーカップに口をつけた。ふと、柚子の視線を感じて「ん?」と訊いた。彼女は、楽しそうに笑って、『さそり座の女』の一節を口ずさんだ。
「紅茶がさめるわ さあどうぞ それには毒など入れないわ」

 むせそうになったが、節夫はなんとか飲み込んだ。まいったな。ご機嫌を直してもらう方法を、もう少しルド公に習わなくっちゃな。


(初出:2018年11月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

日本にいます

この記事を書いているのは、まだスイスにいる時なので(予約投稿です)、「たぶん」日本にいますと書くべきでしょうね。(追記 11/27 無事に到着しています)

私は週に五日(正確には四日半)働いているので、本当は金曜日もお仕事だったのですが、有休を更に一日余分に取得して、日本行きの飛行機に乗りました。

2018年の新年早々に予約した便に乗って、休暇です。予約時は、母の誕生日を祝って翌日にスイスに戻るスケジュールでした。五月末に母の訃報を聞いた時に、この便の予約を変更して行くことも考えたのですが、後ほどやることが大量にあることを見越して、別に航空チケットを購入しました。最近ようやく知ったのですが、航空会社によってはお葬式のために飛ぶための特別運賃があることもあるんですって。知らずに普通の運賃で二人分買ってしまいました。やれやれ。

さて、そんなことはさておき、予約したときとは全く違う境遇と想いと予定で、一ヶ月の日本滞在をすることになりました。あ、一ヶ月の有休ではありませんよ。そのうち一週間は働くのです。三週間の有休です。

私は普段は二週間ずつしかまとめての休暇は取りませんが、日本に行く時だけはこうした長い休みを取ります。なぜか。日本が遠すぎるんですよ。若い時には、十二時間のフライトや八時間の時差なんて大したことはありませんでしたが、寄る年波には勝てず。本当に体力的にきついのです。私はフライトでは熟睡できないので、往き帰りの旅は一日が32時間になり夜が来るまで泥のように疲れる、ということを繰り返します。それでも、かつては母がいるからできるだけ繁く帰ろうとしていましたが、その意欲はそがれました。次はきっと五年後以降でしょう。

そして、今回は、私が記憶にある日本生活のほとんどを過ごした家に滞在する最後の機会になります。片付けて、放置していたもののうち必要なものはスイスに送らなくてはいけません。それに、今まで中途半端に残していた各種制度の登録を全て変更しなくてはなりません。

本当に完全に引き上げると困ることもあるので、例えば銀行口座や国民年金などは残しますが、色々なことを変更し、登録を抹消して捨てていく作業を繰り返すうちに、かつては「私がいて当然だった場所」「何かあったら帰る場所」がなくなっていくのを感じます。たぶん、他家に嫁いだ姉は、その作業をもっと早くにしたのかもしれません。私だけがまだ、実家と母の元に心の半分を置きっぱなしにしていたのかと改めて思っています。

次に日本に来る時は、私は完全な異邦人になっていると思います。宿泊場所を予約し、身の回りのものを全てスーツケースに入れて持ち運び、知らない街に行く。そして、今は「帰国」という言葉を日本とスイスの両方に使っているのですが、スイスだけになっていくんだなと感じています。かといって、未だにスイスに100%馴染んでいるわけではない私は、どこに行っても、なんとなく身の置き所がない存在として生きるのではないかと思っています。

さて、今回の帰国は、いつもよりも大切な事務手続きや、待ったなしの片付けに追われています。本来ならば六月末に書き終えていたかった小説が、まだ三割ほどしか進んでいないし、来年からの連載の小説もまだめどが立っていません。でも、これは仕方ないことと諦めて帰国後にダッシュを掛けようと思っています。

日本滞在中は、まだ、みなさまのところにゆっくりと通える状態にないため、またしてもコメント等がご無沙汰になってしまうことをお許しください。

来年の活動について、考えていることを少しだけ触れておきます。七回目になる「scriviamo!」は、懲りずに開催予定です。2019年一月と二月は、それに明け暮れます。また、来年も「十二ヶ月の●●」シリーズは続ける予定です。「大道芸人たち Artistas callejeros」の第二部は、チャプター2が間もなく終わりますので、そこで一端止めて、可能ならば「郷愁の丘」の続編を連載したいと思っています。

少し落ち着いたら、腰を据えて「森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」を書いていきたいと思っていますが、どうなるでしょうね。っていうか、まだ続きを期待してくださっている方はいるんだろうか……。早く書かねば。

そんなこんなで、ここ一ヶ月ほどは最低でも週に一度は更新しますが、若干不定期になることをお許しください。
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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (11)セビリア、弦の響き -3-

三回に分けたラストです。

テレビ番組に映ったことがきっかけで、幼なじみで元婚約者である陽子と電話で話をすることになった稔。以前のように居所がわからないように隠れる必要はなくなっていますが、逃げてきた手前、帰ることは考えられないようです。

陽子と稔の結びつきについては、これまでほとんど記述してきませんでした。「好みじゃないのに追われていて迷惑」というような単純な存在ではなく、彼にとっては、たくさん付き合ったカワイ子ちゃんよりもずっと大切な人であったと言ってもよかったのです。それでいながら、彼は主に陽子から逃げるために失踪してしまったのですね。この辺りにも彼の分裂した自我の問題が表れているのかもしれません。


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あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(11)セビリア、弦の響き -3-


 蝶子はそろそろいいだろうと思って、小声でヴィルとレネに状況を説明した。二人は黙って目を見合わせた。稔は別れの言葉を言うと受話器を置いた。

 振り向くと、蝶子が妙な笑顔で手を振ったので、むっとした顔のまま椅子につき、コーヒーカップを差し出した。ヴィルはコーヒーを注いでやった。

「で、彼女は納得したのか?」
「まあな。誤解は解けたらしい。また園城にガンガン電話したりしないでほしいんだよな」

 蝶子は訝しげに首を傾げた。
「なぜ真耶の電話番号を知っていたのかしら? ヤスのお母様は簡単に教えたりなさらないでしょう?」
それを聞いた稔は呆れたように蝶子を見て、それからため息をついた。

「大学時代の名簿があるからだよ。まったく記憶にないらしいが、陽子も俺たちの大学の同窓生なんだぜ? あっちはお前をしっかり憶えていて、それでテレビで見て激怒してんじゃないか。俺たちが当時からこっそりつき合っていて、一緒にヨーロッパに逃げたと思い込んでさ」

 蝶子は天井を見上げた。あらあら。遠藤陽子? 邦楽の学生の事なんかまったく記憶にないのよねぇ。
「それは、すみませんねぇ。でも、結婚したんなら、もうヤスにつきまとう事はないんじゃないの?」
「それは間違いないけれど、どうも安田流に俺を戻したいらしい。断った」

 稔は、パン・コン・トマテにかぶりついた。レネが塩を稔の前にそっと置いた。塩をふり忘れているのにようやく氣がついた稔は、ムッとしながら塩をかけた。そうとう動揺しているらしい。

 何か言いたげだが、あえて何も言わない蝶子の顔を見て、しばらく黙っていた稔は、やがて言った。

「陽子は、俺の弟の優と結婚したんだ。優はいいヤツだが、どう考えても家元の器じゃない。たぶん陽子が安田流の家元になるだろう。あいつは、それが可能な才能を持っている。俺がそれを示唆したら、あいつは俺が帰って来るべきだと言ったんだ。俺は帰らない、わかるだろう?」

 三人は目を丸くして、黙って頷いた。

* * *


「そうじゃない、その音じゃない」
ミゲルが繰り返す。

 el sonidoとは音、響きを意味するスペイン語だ。弦の響きの違いを聴き分ける耳を稔は持っていた。

 それを全ての音楽を目指すものが持っている訳ではない事を知ったのは、小学生の時だった。

 三味線の稽古の後で、氣になって爪弾いてみた音。音色が変わる。では、こう弾くと? わずかな音色の違いを確かめるように、ゆっくりと弾く。同じような箇所を馬鹿みたいに繰り返してみる。やはり違って聴こえる。では、これは? そんな風に長い時間をかけていると、同じ小学生の生徒たちは、馬鹿にしたような顔をして、さっさと帰り支度をした。

 稔は、住まいと稽古場が同じだったので、帰り支度の必要はなかったが、同じ立場の弟の優は、稽古が終わると同時にアニメを観るために二階に駆け上がっていった。稔だけがその場に残り、我を忘れて弦を爪弾いていた。

 不意に、違う響きが重なった。はっと振り返ると、稽古場の反対側の角に座った陽子が、稔の音に合わせて弦を響かせていた。陽子にはわかったのだ、稔が何を試しているのか。そして彼女も彼女なりの響きを返しているのだ。稔は、もう一つ別の響きを返した。陽子がついてきた。掛け合った音は、稽古場に響いた。

「うるさいなあ。何をやっているんだよ」
戸口で、優の声がするまで、二人は単純な音の掛合を続けていた。どうやらそれは半時間ほど続いていたらしい。アニメの放送が終わったので優が降りてきたのだ。その声で、二人は我に返った。

「なにやってんだよ。さっきから同じ音ばっかり出してさ」
「全然同じじゃないでしょ」
「同じじゃんか」

 稔は陽子と優の噛み合ない会話を聞いて、響きの違いを聴き分けられる人間とそうでない人間がいる事を知ったのだ。たぶん、陽子も同じだった。その日から、陽子と稔は、単なる幼なじみや同じ稽古場の生徒という関係を越えた、心の絆を持ったのだ。

 el sonido。違う、その音ではない。

 ジプシーの心を表すには、スペインでギターを泣かせるには、日本人でいてはならない。フラメンコギターを弾くには、ジプシーの心を持たなくてはならない。ヒターノの音を響かせなくてはならないのだ。

 稔が目を上げると、マリア=ニエヴェスの老獪にして妖艶な顔つきが目に入った。どこかで見たような目だった。とてもよく知っている目だ。冷たくて、残酷なのに、青白く燃え立つヒターナの目。それはフラメンコの魂そのものだった。

 el sonido。俺は戻れない、陽子。お前の属している場所は、もう、俺の居場所ではないんだ。俺は安田流の三味線弾きではなくなってしまったんだ。俺は、このタブラオにいる事を、バンを運転してヨーロッパをまわる事を、そして、三人の仲間と生きる事を選んだんだ。

「そうだ。ハポネス。その響きだ」
ミゲルがついに言った。それを耳にした蝶子がそっと微笑んだ。妖艶で残酷な目に強い光を宿して。


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Posted by 八少女 夕

バターの話 2

ずいぶん前に、バターについて書いたことがあったので、今回は『2』としておきます。

日本は健康について、ものすごく敏感なところもあるのですが、「なぜ、そんなのが放置されているの?」というような好ましくない食品が幅をきかせていたりすることもあります。

そのうちの一つが、トランス脂肪酸なのですが、この物質に対する温度差が欧米と日本でものすごく違うのです。実際にどれほど危険なのかということは、ここでは問題にしません。タバコやお酒、それにドラッグも、体によくないのはわかっていても、摂る人は摂りますし。

で、トランス脂肪酸を含むバターの代用品ですが、日本と比較すると少なくともスイスでは全く市民権が得られていない感じなのです。売っていますよ、もちろん。ということは買っている方もいるはずなんですけれど、実を言うと「それが出てきたので食べた」という経験が皆無なんですよ。

私も迷うことなくバターを買います。私、バターが好きなんですよ。家計が傾こうが、太ろうが「だからなんなの」と言い切れるくらいに。

日本だと「バターが高くてとても買えない」という話を聞きますよね。で、どうするかというと、バターの代用品を買うか、それとも何も買わないかの二択があるかと思うんですが、スイスの多くの人たちは、そもそも「代用品を買うべきか」と迷うこともなく、多くの人がバターを買っている感じなんですよね。

日本にはバターというとどこか高級品というイメージがあって、実際に高いものだと千円を超すような凄いバターも売っています。値段を比べると、スイスのバターは決してものすごく安いというわけではないのですが、それでも「高いから買わない」という話は聞いたことがありません。

昔はそうではなかったようです。義父母が子供の頃は、よほど裕福な家庭でない限り、バターは来客があるなど特別な時にしかテーブルに上がらなかったそうです。

今では、どの家庭でも朝食にはとりあえずバターとジャムが出てきます。そのバターの種類はあまり多くなくて、生活保護を受けている人でも、夫婦合わせて150万円くらい月収がある人でも、大体同じバターを食べています。それに、私が味音痴なのかもしれませんが、スイスのバターにはあまり味の差がないように思います。料理用でない普通のバターはどれも美味しいと思います。

スイス人の食事はお昼ご飯がメインで、朝と夜は驚くくらいあっさりしています。それでも、美味しいパンとバター、それにジャムや蜂蜜、もしくはチーズとハムなどが出てきて、楽しく会話をしていると食事のことを質素だとは思わないのですよね。

そこまで生活に根付いている食品だから、そもそも代用品を使って安くあげよう、というような発想がないのかもしれません。それにですね。スイスの食品会社は、日本企業ほど研究熱心じゃないのですよ。つまり「バターに遜色のないほど、そこそこの味の代用品」なんて作れないんじゃないかしら……。
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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (11)セビリア、弦の響き -2-

三回に分けた二回目です。

今回登場するキャラクターのことは、第一部を読んでいないとわからないかもしれません。安田(旧姓遠藤)陽子は、稔の幼なじみです。そして、稔失踪の直接の原因となった女性といっても構いません。稔は、彼女と結婚したくなくて逃げ出してしまったのです。その後、彼女は稔の弟、優と結婚して三味線安田流を支えていくことになります。

しかし、陽子の稔への執着はあっさりと消えたわけではなかったようです。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(11)セビリア、弦の響き -2-


 カルロスの別荘に帰り着いたのは午前二時だった。
「じゃあ、明日は少しゆっくりめに、九時にここを出られるようにしましょう」
蝶子があくびをしながら言うと、レネも頷いて階段を上がりだした。

 ドアに鍵を掛けて、ヴィルも蝶子の入っていった部屋に向かおうとした時に、電話が鳴った。カルロスだった。
「マリア=ニエヴェスが十五分前に出たと言ったから、今ならまだ寝ていないと思ってね」

「何かあったのか? こんな時間に」
「ドンナ・真耶がヤスくんに早急に連絡を取りたいそうです。時差の問題があるから、明日の晩まで待たない方がいいかと思ってね。電話をするように伝えてください」
「わかった。礼を言うよ」

 ヴィルは電話を切ると、まだ上の空の稔を呼び止めた。
「真耶があんたに早急に連絡を取りたいそうだ。これが携帯電話の番号だと」

「俺に? なんだろう」
稔はメモの電話番号を見つめて首を傾げた。

「義理の妹さんが、私の不在中に、ものすごい剣幕で電話をかけてきたらしいの。佐和さんが出て、どうしても安田くんに連絡したいからと伝言を受けたらしいんだけど、なんて言っていいのかわからないでしょ。それでドン・カルロスのところにかけたら、みんなはセビリアに行っちゃったっていうから、本当にどうしようかと思ったわ」

「陽子のやつ、お前の密着取材番組、観たのか……。ごめん、迷惑かけて。明日にでも、安田の家にかけるよ。もし、またかけてきたら、俺から連絡するって言ってくれ」

「わかったわ、こちらこそ、ごめんね。あの番組のせいで見つかっちゃったのね」
「いいんだ。そろそろ、潮時だったんだろ」

 電話を切ると、複雑な心境で稔は部屋に戻った。連絡して何を話せばいいんだろう。今さら、なんで大騒ぎするんだよ。義理の妹。つまり、優と首尾よく結婚したんだな。

 翌朝、稔が他のメンバーが朝食を用意している間に電話をかけると、他の三人は目を見合わせて黙った。蝶子の真ん前でかけるということは、秘密にしたい訳ではないらしい。

「あ、俺だ、稔」
そういうとしばらく稔は沈黙した。電話の向こうで誰かが騒いでいるらしい。

「そうだ。ヨーロッパからかけている。陽子と話したいんだ」
稔の言葉に、蝶子は仰天した。遠藤陽子! 噂の元婚約者じゃないの。

 しばらく待たされた後に、稔の耳に陽子の声が飛び込んできた。
「稔? 本当に稔なの?」

「そうだよ。俺と連絡を取りたいと園城真耶にかみついたのはお前だろ」
「……。かみついたって、ひどい言いようじゃない。あなた何やっているのよ。いつの間にかスペインの大道芸人のお祭の事務局長なんかになっちゃって」

「それが言いたくて、園城に電話したのかよ」
「違うわ。全然違うわ」
陽子は激しく言った。

 稔は不思議な氣持ちでいた。遠藤陽子の声だった。かつては自分の家族ほどに近かった幼なじみの、何でも話し合い、ケンカをし、三味線を合わせては競い合った陽子の声だった。二つの受話器は一万キロメートルも離れている。それは今の二人の境遇の遠さをも意味していた。

「園城真耶の番組で稔を見たと家元に、いえ、お義母様に言ったらちっとも驚かなかったのよ。理由を訊いたら、園城真耶を通して弦を稔に送った事があるって、平氣な顔でおっしゃるじゃない。あんまりだわ。なぜ、私に隠すの」

「隠していた訳じゃないだろう。単に言うほどの事じゃなかっただけだ。それより、今さらだけど、おめでとう。優と結婚したんだってな」
聞き耳を立てていた蝶子は目を丸くした。

 稔は陽子が息を飲む音をはっきりと耳にした。
「そうよ。ありがとう。私、もう遠藤陽子じゃないの。安田陽子よ。稔の義理の妹なの。だから、稔が逃げている理由はもうないのよ。なぜいつまでもそっちにいるのよ、しかも……」

 含みのある陽子の震えた声に、稔は心穏やかでなく答えた。
「しかも、なんだよ」

「何故なの? フルート科の四条蝶子とつき合っていたなんて! 私は少なくともいつも稔に対して正直だったわ。稔が誰と恋愛しようと邪魔した事なんて一度もなかったじゃない! それなのに、私を十年以上も騙していたなんて、信じられない!」

 稔は陽子の論理展開に呆れて、しばらく返事も出来なかった。
「俺がいつお蝶とつき合ったんだよ! わけのわかんない事言うなよ」

 蝶子は、椅子の上でずっこけた。会話のまったくわかっていないレネとヴィルは困ったように顔を見合わせた。

「いいか、俺はお前に隠れてこそこそ誰かとつき合った事なんかない。大学時代にはお蝶とはほとんど話した事もないよっ。その証拠にあのトカゲ女、コルシカであった時に俺の顔を覚えていなかったんだぜ!」

 ずいぶん根に持つじゃない。蝶子はどっちらけという顔をした。

 陽子は、稔の剣幕を聴いて、どうやら自分の怒りが誤解だったと悟ったらしかった。
「……。ごめんなさい。だって、ショックだったんだもの。私と婚約していたのに、四条蝶子と逃避行したんだと思ったから」

「ったく、お前なあ、あの番組観たんなら、わかってんだろ。お蝶は仲間の別の男と結婚してんだよっ。俺がその前にお蝶と恋仲だったら、そんな複雑なメンバーの中にいつまでもいる訳ないだろう。第一、お蝶は俺のタイプの女じゃない。俺の事、もう少しわかってると思っていたよ」

「わかっていると思っていたのよ。だけど、全部違ったんだと思ったら、黙っていられなくって。それで氣がついたら園城真耶の家に電話していたの」
陽子は悲しそうに言った。

「なら、もういいだろう。切るぞ。優やお袋によろしくな。お前も、元氣で頑張れよ。安田流をしょって立つんだからな」
「稔! 何言っているのよ。安田流の家元になるのはあなたでしょう。いつ帰ってくるのよ」
「俺は帰らない。俺はもう安田流の人間じゃないんだ」
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Posted by 八少女 夕

卵焼き器を使う

今日の話、『美味しい話』カテゴリーにしようかとも思ったんですけれど、中身から鑑みてとりあえず『生活のあれこれ』の方につっこんでおきます。

つい先日、挽肉がお買い得になっていました。それに、挽肉を買うとちょうどポイントが二十倍になるという時で、つい買ってしまいました。私は買い物は1週間に一度しか行かないのですけれど、挽肉はアシが速いので、買ってきたらわりとすぐに調理して冷凍か冷蔵し、使う日に温めてソースにからめるということが多いです。

で、「やらなきゃ」と思いつつも「うーん、面倒くさい」と一瞬躊躇したんですよ。何が面倒くさいかというと、ポロポロに炒めるのは大して面倒ではないのですけれど、よくやるので今回はハンバーグか、肉詰めか、その手の塊になるものを作りたかったのです。その一つ一つ丸める手間が面倒だと思ってしまったのですね。

それで、タネを作る所までやってから、卵焼きパンに詰めてオーブンで焼いてみました。(注・卵焼きパンとは、取っ手のとれるティファールの卵焼き器の形をしたものです。これって、日本にしか売っていないんですよ)

出来上がったものを適当にカットしたら、それでOKでした。

ミートローフ風

この卵焼き器を使う料理はいろいろとバージョンがあって、例えばたこ焼きや餃子などのレシピをネット上でよく見かけます。丸いたこ焼きはたこ焼き器がなければできないですし、餃子は一つ一つ包む手間があります。それを省略して、味だけオリジナルのままにするレシピです。フラットに長方形の形で焼いたものを切るんですね。

もちろん、作る本人が「どうしても丸いたこ焼きを作りたい」「餃子を包む作業をするのが大好き」という方は、オリジナルの作り方をすればいいと思いますが、同じ味であれば楽をして、その代わりもう少しちょくちょく作ってみたいと思うのであれば、それでいいように思うんですよね。

料理をなさらない方は、ピンとこないかもしれませんが、仕事が終わって疲れ切った時や、ぐずった子供の世話をしてようやく料理が出来るようになった時、その他のいろいろなシチュエーションで、「肉をダンゴにする」「皮で包む」もしくは「素揚げをしてから更に煮る」といったほんの少しの手間を考えてうんざりしてしまうことってあるんですよ。それでも、家事は毎日待ったなしで、やらざるを得ない。だから、つい楽をするためにスーパー惣菜に頼ってしまったり、外食で済ませたいと思うこともありますよね。

そんな時に、「この方法なら、見慣れている見かけとは違うけれど、味はほとんど一緒」で済む調理法があれば普通に使っていけばいいんじゃないかなと思います。少なくとも私はそうします。それで連れ合いが見かけがどうこう言っても無視。もっとも、彼は、料理の見かけにはほとんど文句を言いません。

卵焼きパン、このほかにもスペイン風オムレツ、トルティーリャを使うのによく使います。一口サイズに切って楊枝で刺すと、タパスとして出す時に好評です。
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