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Posted by 八少女 夕

【キャラクター紹介】ジョルジア・カペッリ

久しぶりのキャラクター紹介の記事です。発表済みの作品や、まだ発表していない作品のキャラクターをちょこちょこっと紹介して、作品に親しみを持ってもらおうかな、という姑息な企画ですね。

今回は連載中の「霧の彼方から」のヒロイン、ジョルジアの紹介です。「なんで今さら?」と思われるかもしれませんが、なんとなく。なんせ、これまで何度も「これでこの話はおしまい」と言ってきた割に、ずるずると続編を発表してきたのが、おそらく今度こそ本当に、まもなく「さようなら」になりそうなので、今を逃すとこの人の紹介、もう出来ないかなと思いまして。


【基本情報】
 作品群: 「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」「霧の彼方から」
 名 前: ジョルジア・カペッリ(Giorgia Capelli)
 居住地: ニューヨーク または ケニア中部サバンナ《郷愁の丘》と呼ばれる地域
 年 齢: 初登場の「ファインダーの向こうに」では33歳
 職 業: 写真家

* * *


ジョルジアは、イタリア系移民である貧しい漁師の娘として生まれました。国籍はアメリカ。

生まれつきの肉体的コンプレックスと、それに起因するトラウマを抱えて、33歳にもなっているのに人付き合いを怖れている「こじれた」キャラクターとして登場しています。ティーンの頃から夢中だったカメラでなんとか身を立てています。小さな出版社《アルファ・フォト・プレス》の専属として働き、世界の子供の笑顔をテーマにした写真集で注目を集めました。

もともとは「マンハッタンの日本人」シリーズでご迷惑をおかけしたブログのお友達TOM−Fさんとそのキャラクタージョセフにお詫びをするために書いた作品の人身御供的ヒロインとして設定しました。なので、第一作では徹底して「ぼっち」のまま登場して、退場しました。

二作目「郷愁の丘」以降では、ケニアの動物学者グレッグとの交流、そして、彼と人生をともに歩むと確信を持つまでの過程が、読者のみなさまを呆れさせるほどのゆっくりペースで描かれました。

さて、これまで読んでくださっている方には、ここまでは特に新しい情報はないのですが、一つだけ特に記載したことがなかったのは、彼女のモデルとした人物のことです。

彼女の妹で、よく見るとよく似ている(印象があまりにも違うので、よく見ないとそこまで似ていると思ってもらえない)キャラクターとして登場したアレッサンドラ・ダンジェロのモデルは、スーパーモデルのジゼル・ブンチェンだと何度か書いたことがあるのですが、ジョルジアは実はアイルランドの歌手のエンヤ(アルバム「シェパード・ムーン」の頃かな)の容姿を頭に描いて記述しました。どこがそっくりな姉妹なんだか(笑)

ただし、エンヤはいつもエレガントな服装ですが、ジョルジアは身なりにかまわず、いつもTシャツとジーンズというスタイルで登場させました。彼女の心境が変わり、自分自身を肯定できるようになるにつれ、同じスタイルにも柔らかさとおしゃれがわずかに垣間見えるようになったと記述しています。

最終的には、おしゃれなんかしてもしかたのないサバンナのど真ん中に引っ越すことになりましたので、これ以上ファションセンスが磨かれることはなさそうです。作者同様。

【参考】
「ファインダーの向こうに」を読む「ファインダーの向こうに」を読む
あらすじと登場人物

郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物

霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物
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Category : 構想・テーマ・キャラクター
Tag : キャラクター紹介

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(9)新しい家族 - 2 -

「霧の彼方から」の最終章『新しい家族』、四回に分けた二回目です。本当は五回に分けたかったところを無理矢理四回に分けているので、シーンとしては途切れています。まあ、でも、内容から考えれば妥当なところで切ったかな。

登場したパブは、オックスフォードでご飯を食べにいった「Turf Tavern」をモデルにしています。美味しかったなあ。

今回、はじめてアンジェリカの養父となるルイス=ヴィルヘルムの性格の話が登場しています。別に無理して書くことなかったのですけれど、彼女の境遇を理解するには、あった方がいいかなと。本題とはまったく関係ありませんし、フラグでも何でもありません。あしからず。

アンジェリカは「できる子」なので、後半は邪魔せずに大人しく寝てますね(笑)


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(9)新しい家族 - 2 -

「この店、素敵ね」
ジョルジアは、古いパブを見回した。

 ニスの黒変した木のカウンターや傷のついた椅子。ビールマシンのピカピカに磨かれた真鍮の取っ手。それは、ニューヨークで時折みる、古いパプ風にあえて古い木材やアンティークの家具をそろえて作った「それらしい」インテリアではなく、本当に何百年もの間に多くの学生たちが学び巣立っていくのを見つめていた年老いた店なのだ。

 若かりしグレッグや、リチャード、それにアウレリオたちも、ここでビールを飲み、将来の夢について語り合ったのかもしれない。

「この店についての思い出を聞かせて」
微笑みながら訊く彼女に、グレッグは小さく笑った。

「大した思い出はないんだ。リチャードが、誘ってくれたのでやってきて座るんだけれど、彼はほとんど全ての客と友達で、挨拶しに別のテーブルへ行き話し込む。僕は、その間、ずっと黙って座っていたな。やることがなかったから、メニューを開いていて、暗記してしまったっけ」

「それと同じメニュー?」
アンジェリカがメニューを開いて訊いた。

「いや、新しくしたみたいだね。もっとも、書いてある内容はほとんど変わらないな。このソーセージ&マッシュは、オックスフォードのパブの定番料理だけれど、ここのは秘伝のグレービーソースを使っていて美味しいよ」

 豚肉と牛肉の合い挽きで作った粗挽きソーセージが、クリーム仕立てのマッシュポテトにどっかりと載り、上からグレービーソースがかかっている。グレッグはチキンとマッシュルームのパイ包みも頼み、三人でシェアすることを勧めた。アンジェリカは、嬉しそうに両方の味を楽しんだ。

「明日は屋台のフィッシュ&チップスを食べてもいい?」
アンジェリカは、ジョルジアの反応を見た。伯母は笑って頷いた。
「パパやママに禁止されているものを、ことごとく試そうって思っているでしょう」

「そういうわけじゃないけれど、ママはそんなものは食べないし、今はなおさらよ。貴族って、屋台で買ったものを立ち食いしたりしないんですって。そんなのつまらなくない? グレッグは貴族なんかじゃないわよね」

 彼は答えた。
「僕の知っている限り全部遡っても、貴族は一人もいないな。もっともサバンナには屋台はないから、立ち食いしたくても出来ないよ」
「じゃあ、明日はなんとしてでもフィッシュ&チップスを食べなくちゃね」
アンジェリカは嬉しそうだ。

「ルイス=ヴィルヘルムは、とてもいい人だけれど、ハンバーガーが食べたいとか、コークが飲みたいとか、言い出せないところがあるの」
「どうして? たしなめられるの?」

 ジョルジアは、意外に思って訊いた。二年前の妹の結婚式を含めてまだ数回しか逢っていないが、ヴァルテンアドラー候家当主ルイス=ヴィルヘルムは、アレッサンドラだけにではなく、連れ子のアンジェリカにもかなり甘く接しているように見えたのだ。

 アンジェリカは首を振った。
「そうじゃないの。その反対。何でも叶えようと、大騒ぎしちゃうの。通りすがりのファーストフードに寄ってくれればいいだけなのに、夕食のフルコースのメニューを変えてなんだかすごいハンバーガーを用意させようとしたりして、コックさんを困らせたみたいなの。それで、ママが慌てて、用意してあるご飯でいい、いちいち私の我が儘に耳を傾けるなって」

「まあ」
「私のはまだいい方よ。結婚してわりとすぐの頃だったけれど、ママと一緒に別の貴族のお城に招待されたんですって。それでママがお世辞でそのお城を褒めて、こういうところに住んだら素敵でしょうねって言ったら、そのお城を購入して喜ばせようと、本氣で交渉し始めかけたんだって。ママは、それに懲りて、慎重に発言するようになったって」


* * *


 続き部屋の扉をそっと閉めて、ジョルジアはもうベッドに入っているグレッグに微笑みかけた。

「アンジェリカは、今夜一人で寝られるのかい? 寂しがっていないかい?」
小さい声でグレッグは訊いた。

「いいえ、大丈夫よ。あの子、両親の間を行き来して、時にこうやってどちらもいないところで寝るのに慣れているのね。あっさりと寝息を立てだしたわ。彼女のませた口調にびっくりした?」
「いや。とてもいい子だね。君とやり取りしている様子、微笑ましいよ。君の家族、とても仲がよくて信頼し合っているのがよくわかる」

 彼の言葉にはほんの少し哀しみが混じっている。ジョルジアは言った。
「グレッグ。もうすぐあなたが私の家族になり、私の家族はあなたの家族になるのよ」

 彼は、瞳をあげて言った。
「そうだろうか。そうだとしたら……いや、そうなんだ。ずっと望んでいた、暖かい家庭を、君とすぐに僕は持つことができる。夢ではなくて、本当に。そして、君の素晴らしい家族は、もうすぐ僕の姻戚になるんだ。とても嬉しいよ」

 窓の外ではずっと風が木の枝をしならせている音がしていたが、いつの間にか雨音に変わっていた。心地のいい寝室で、その雨音を聴きながらどれほどロンドンやバースで聞いた雨音と違っていることだろうと、ジョルジアは思った。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

またラクレットの季節だよ

以前「ラクレットの季節だよ」という記事で書いたこともあるのですけれど、再びラクレットについて語ってみようと思います。

ラクレット

日本人にとってのスイスの食卓イメージは、暖炉で溶かしたチーズをパンにかけて食べているアニメ「アルプする少女ハイジ」の一シーンでしょう。夏も冬もやたらとチーズを食べるのはあたりで、それに基本的にスイスのチーズを食べています。もっというと「産地はそこら辺の山のチーズ」を食べているかもしれません。もちろんチェダーとか、ゴーダといった外国産のチーズも売っていますよ。売ってはいますが、やはり圧倒的にスイスチーズを食べる割合が多いです。

以前、関西のブログのお友達と話をしたのですけれど、あちらでは粉ものはほぼソウルフードで、全家庭ではないとはいえ、「かなりの家庭でたこ焼き器が標準装備」だとか。私は東京出身で、たこ焼きの作り方も知らなかった身の上です。どこ行ったらたこ焼き器を買えるんだろうと、妙な疑問すら持ちましたが、同じような話で「スイスではフォンデュ鍋とラクレットマシンを持っている家庭が多い」と断言できます。

というか、学生や単身出稼ぎのような「仮住まい」系の家庭を除き、この二つを持っていない家庭を私はまだ知りません。

それほどチーズフォンデュとラクレットは「しょっちゅうやるおもてなし料理」です。日本だと「とりあえず寿司出しとけ」というシチュエーションで、冬であればたいていフォンデュかラクレットになると考えていいかと思います。

私は客を招ぶときは「ここまでやった」とドヤ顔したい一心でフルコースを作りますが、それをやる人はわりと少ないのですね。それよりもおしゃべりしながら楽しむ方が好きみたい。

日本からのお客様が来ると、私もラクレットにすることがあります。なんせ日本人受けは抜群です。チーズとパンしか出てこない(スイスではそうなんです)チーズフォンデュと違って、いろいろな食材でおもてなしもできますし、そのわりに準備は簡単です。

ラクレットのジャガイモ

ジャガイモは「ラクレット用」と書かれているものを買ってきます。(スイスでは用途によって「ほくほく系」「しっかり系」のジャガイモを分けて買うのですが、「ラクレット用」は別にあります。つべこべ言わずにそれを買います)これを圧力鍋でふかします。

ラクレットのトッピング

ラクレットチーズは、スライスして売っているものを買ってきます。対面販売で、好みのものをスライスしてもらうこともできます。

ちなみにラクレットという料理は「ラクレットチーズ」だけしか使いません。つまりグリュイエールやエメンタールではラクレットにはならないのです。そこはいろいろなミックスのあるチーズフォンデュとは違いますね。

あとはトッピングの準備です。ベーコン(生食用の加熱してあるものか、そうでなければあらかじめ加熱しておきます)、コーニションとよばれるキュウリのピクルス、アーティチョークのオイル漬け、ヤングコーン、プチトマト、キノコ類、パプリカ、パイナップル、パセリやタイム、私は食べませんが、エシャロットの薄切りなど、あるものを適宜用意します。

ラクレットの準備

これをラクレット用のトレーに載せて、ラクレットマシンで温めて溶かすのです。我が家のは珍しく三角形なのでチーズを載せるときに形を整える必要がありますが、普通のトレーは四角なのでただ載せるだけです。で、とろとろに溶けたらジャガイモに載せで食べるのです。これが美味しい。自分のペーストと好みのトッピング、スパイスで、食べ進めます。

我が家では連れ合いと二人ラクレットも時々やりますよ。冬の楽しみですね。(日本の方がいらっしゃると夏にもやりますが)
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Category : 美味しい話

Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(9)新しい家族 - 1 -

「霧の彼方から」の最終章『新しい家族』です。本当は五回に分けたかったのですが、そうすると年内に「十二ヶ月の歌」を発表できなくなってしまうので、無理矢理四回に分けました。

今年どういうわけか妙にたくさん出してしまったキャラクターであるアンジェリカが登場します。別にラスボスではないです(笑)

前作を読んでいない方のために簡単に説明すると、アンジェリカは元スーパーモデルであるジョルジアの妹アレッサンドラ・ダンジェロと、ブラジル人サッカー選手レアンドロ・ダ・シウバの間の娘です。両親が離婚しているので、二人の間を行ったり来たりしています。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(9)新しい家族 - 1 -

 レアンドロ・ダ・シウバは、愛娘に何度もキスをして、抱きしめた。
「じゃあな、アンジェリカ。五月には会いにいくから、それまでのさよならだ。ああ、明日の試合がなかったら、あと三日は一緒にいられたのに。なあ、もう少し、こっちに居たくないか。パパと、またマンチェスターに戻ってもいいんだぞ」

「パパったら。そんな訳にはいかないのはわかっているでしょう。どっちにしても、来週には学校が始まるのよ。大丈夫よ、パパ。一ヶ月半なんてあっという間ですもの。ロサンゼルスで待っているわ」

 イースター休暇を利用して、マンチェスターの父親の元に滞在していたアンジェリカは、ジョルジアたちと共にアメリカへ帰ることになっていた。アレッサンドラからの連絡を受けたレアンドロは、愛娘を愛車に乗せてオックスフォードまで届けに来た。

 永遠に思われる「さようなら」の儀式を、ジョルジアとグレッグは顔を見合わせてから、何も言わずに辛抱強く待っていた。レアンドロの車は目立つし、そのオーナーはサッカーに興味がない人ですら記憶に残るほどの有名人だ。彼の娘がそこら辺にいるとわからないように、わざわざ五つ星ホテルのロビーで待ち合わせたのだ。

 それなのに、車寄せに見送りに行き、ドアマンだけでなくその場を通る一般人にも丸見えのところで二人は別れを惜しんでいる。

 やがて、レアンドロは、ジョルジアたちに簡単に別れを告げると、名残惜しそうに去って行った。

「三時間も乗っていたんですもの。車はもうたくさん」
車が見えなくなると、アンジェリカはぽつりと言った。レアンドロ自慢のスパイダー・ベローチェも彼女にとってはただの車にすぎない。娘が自分のようにドライブ好きだと疑わずに思っているレアンドロには氣の毒だが、マンチェスターからオックスフォードまでのドライブは、アンジェリカには退屈だったようだ。

 彼女は、くるりと振り向くと、父親と別れる寂しさで、真っ赤になった目元を伏せた。手元のビーズつきのハンドバッグからレースに縁取りされた薄桃色のハンカチを取り出して、目をぬぐい鼻をかみ、またバッグに投げ込んでパチンと閉じた。それから、にっこりと笑うと、グレッグに手を差し出した。
「初めまして。私、アンジェリカ・ダ・シウバよ」

「初めまして。僕は、ヘンリー・グレゴリー・スコットだよ。ああ、君はたしかにジョルジアの家族だね。とてもよく似ているよ」

 それを聞いて、ジョルジアは目を丸くした。アンジェリカも一瞬驚いたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「そう言ったのは、あなたが初めてよ。みんなアレッサンドラ・ダンジェロそっくりっていうのに」

「ってことは……」
グレッグが自信無さそうに二人の顔を代わる代わる見た。ジョルジアが答える前に、アンジェリカは言った。
「もちろん知っていると思うけれど、私のママよ」

「僕は、君のママにはまだ会ったことがないんだ」
グレッグの言葉はアンジェリカには新鮮な驚きだった。
「ママを見たことないの? 雑誌でも?」

「アンジェリカ。グレッグは、ケニアの動物学者なの。アメリカの芸能雑誌は読まないし、スーパーモデルにはそんなに興味ないと思うわよ」
ジョルジアは少し慌てて言った。グレッグは、困ったように笑った。

 アンジェリカは、可笑しそうに笑った。ママの顔を知らないなんて人、はじめて。
「うふふ。そういう人もいるのね。最高。姻戚になる人の中で、絶対に仲良くなれそうと初日に思ったのはあなたが初めてよ。ねえ、私もグレッグって呼んでもいい?」

 それを聞いて、グレッグはほっとしたように笑った。
「もちろん」

「アンジェリカ、お腹は空いている?」
「そうね。そんなに空いてはいないけれど、何か美味しいものが食べたいなあ。ソニアの料理って、あまり美味しくないんだもの。パパのウェイトコントロールのためだと思うけれど」

 ジョルジアは、小さいアンジェリカが父親の新しい妻にあまり歓迎されていないことを知りながらも、角が立たないように騒がず、氣丈に振る舞ったのを感じてそっとその手を握った。彼女は、伯母の愛情を感じて嬉しそうに笑った。

「だから、今日からジョルジアと一緒だって聞いた時、実をいうと、ほっとしたの。ねえ、グレッグ、あなたはものすごくラッキーだって知っている? ジョルジアみたいに美味しいご飯を作れる奥さんって、そんなにいないわよ」

 彼は大きく頷いた。
「知っているよ。ご飯づくりだけじゃなくて、君のジョルジア伯母さんは、何もかも素晴らしい人だ。僕は本当にラッキーな男だよ」

 ジョルジアは、彼がそんなことを言うとは思いもしなかったので驚いた。

「でも、今晩は、ジョルジアのご飯は食べられないのよね。どこか美味しいお店、知っている?」
ませた口調でアンジェリカが訊いた。

 グレッグは、少し考えてからジョルジアに言った。
「僕は、学生時代にはあまり外食をしなかったから、そんなに詳しくないんだけれど、とても美味しい料理を出すパプがあったんだ。もし君が反対でなければ……」

 ジョルジアは肩をすくめた。十歳の子供を連れて行ってもいいのだろうか。アンジェリカは、急いで言った。
「ジョルジア、お願い。私一度でいいからパブに入ってみたいの。でも、ソニアがいつも反対するんだもの。子供がお酒を出す店に行くものじゃないって」

 アンジェリカの言葉に、ジョルジアは少し困ってグレッグに訊いた。
「子供が入っちゃだめなの?」
「いや。キッズメニューがあるパブもあるよ。そこにはないかもしれないけれど」

 彼が行こうと考えるからには、酔っ払いがひどく騒ぐような店ではないのだろう。
「じゃあ、あなたのお薦めのそのパブに行きましょうよ。アンジェリカ、パパにどんなお店に行ったか訊かれたら、パブじゃなくてレストランに行ったと言っておいてね。教育方針に反しているかもしれないから」
「もちろん、黙っているわ。やった!」
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

毎日少しずつ運動

さて。なぜカテゴリが「Apple / IT 関連」なんだというツッコミは置いておいて。今日は、最近頑張っていることについて書いてみましょう。


Apple Watchを買った動機の一つに、なまった身体をなんとかしたいというのがあったのです。そして、目論見通り、九月から毎日欠かさずに何らかの運動をしています。

といっても、平日はそれまでと変わらずに、朝晩自転車で通勤するか、昼休みに30分ほど散歩をするだけで、ほぼ一日に必要なワークアウトは完了するのです。

とはいえ、老後に備えてすこしブヨブヨしてきたお腹をなんとかしたかったので、加えて毎日わずかずつ筋トレ的なことをすることにしました。そして、Apple Watchのワークアウトのメニューで「これなんのこと?」と調べてわかったのが、「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」というトレーニング方法です。簡単に言うと「強い負荷の筋トレを20秒行っては10秒休む、パターンを4種目、2周分繰り返す」ことなんですけれど、だいたい四分間これをやると有酸素運動と無酸素運動の両方の効果があって、効率的に痩せやすい身体になるっていうんですよね。

で、いろいろとメニューはあるようなんですけれど、アプリに時間とメニューをお任せできないかなと思って調べてみました。

で、とりあえずこちらを使っています。「3分フィットネス」というアプリです。

3分フィットネス -簡単エクササイズ-

運動レベルは「 楽」「普通」「ハード」「めっちゃハード」、鍛える部位は「全身」「上半身」「下半身」と選べます。毎日少しずつ違うメニューを提案されるので、いろいろな部位の筋肉を鍛えられるんですよね。今は「普通」「全身」か「ハード」「下半身」のどちらかで毎日一セットだけやっています。

このアプリ自体はiPhoneアプリなのですけれど、ついでにApple Watchのワークアウトで「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」の計測もするので、ヘルスケアやアクティビティにも記録されています。

3分フィットネスとありますが、おそらく休憩を入れていないのか、一セット五分かかります。ま、大した違いはないですね。これを続けたお陰なのかわかりませんが、お腹周りに筋肉らしい手触りがはっきり感じられるようになってきましたし、春からどんなに頑張っても落ちなかった体重がようやく落ちてきました。

健康のためにしばらく続けてみようと思います。
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Posted by 八少女 夕

【小説】主よみもとに

「十二ヶ月の歌」の十一月分です。十月分に続いてですが、「霧の彼方から」の最終章をはじめてしまうと十二月になってしまうので。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。十一月はBYU Vocal Pointの “Nearer, My God, to Thee” にインスパイアされて書いた作品です。作品中に出てくる賛美歌は世界中で歌われていますが、この歌もその一つです。一番よく歌われるのはお葬式という特殊な賛美歌です。

歌詞はむしろ喜びに満ちているような歌なのですが、トーンはどちらかというと悲壮です。このギャップに私はいつも引っかかっていました。これが、この話で伝えたかったことと重なりました。これは「悲壮な幸福」の話です。

今回のストーリーは、名前だけを変えてありますが、私小説です。私の話ではないのですけれど。

追記に動画と、歌詞、そして意味がわかるように私のつたない訳を添えました。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



主よみもとに
Inspired from “Nearer, My God, to Thee” by BYU Vocal Point ft. BYU Men's Chorus

 私が海外に移住した時期と、シスター荻野が帰国したと母から聞いたのは、ほぼ同じ頃だったと思う。私の記憶の中のシスター荻野は、小柄なのにとてもエネルギッシュ、快活な女性だった。カトリックの小学校に通った私の身近には、白いくるぶしまである服を着て黒いベールを被ったシスターと呼ばれる修道女がたくさんいたので、彼女たちがどのような出来事をきっかけに修道の道に入ったのか、深く考えることがなかったように思う。

 純潔を保ち、神に仕える。ありとあらゆる私欲を、今の私にとっては決して罪ではない、例えば「欲しいものを好きなだけ所有する」「大笑いするためだけのエンターテーメントを観にいく」「誰かを好きになる」「同僚達と一緒にムカつく上司の噂を肴にして呑む」といったことのどれもができない生活に自ら志願して向かう、覚悟のある人たちの心持ちをほとんど考えていなかった。

 子供の頃の私にはわかっていなかった。たとえ善良な努力家であっても、世界に溢れる物質的または精神的な誘惑に抵抗し、世界とそこに生きる誰かのために己の人生を捧げることが、どれほど難しいことなのかを。

 シスター荻野は、そうした修道女の中でも格別で、驚くべき熱意と克己心を持ち、その人生を神に捧げる道を邁進し、行動に移した。ブラジルの貧民窟にある修道院に志願し赴任したのだ。

 子供の頃に考えていたほど、宗教の世界は徳と善良だけが支配する世界ではない。それは、他の宗教と同様にカトリックも例外とはならない。免罪符の販売に象徴された中世における腐敗とは違うかもしれないが、十三億もの信者を抱える大きな組織には、階級もあり、それに伴い莫大な資金の動きもある。権力争いもあれば、栄華もある。

 テレビに映り、みなに跪かれ、ジェット機で飛び回る有名な枢機卿もいれば、教会内での信者や他の聖職者を己の意のままにして満足する司祭もいる。また、オルガンの演奏者として名を成すもの、心ゆくまで学究にいそしむ学者型の聖職者もいる。学校の経営者として子供たちを厳しく導く修道女たちもいる。

 どの生き方が正しい、またはキリスト者として間違っていると、私が断じることはできない。真面目な信者とは口が裂けてもいえない俗物である私と違って、信仰と祈りによってその道に邁進している人たちは、それぞれに信念に従って正しいことをしているのだから。

 ただ、『選び取った苦難』の一点だけにこだわれば、現代においては、その道を選ぶキリスト者は少ない。

「狭い門を通って入りなさい。滅びに至る門は広く、その道は広々としており、そこを通って入る者は多いからだ。 命に至る門はなんと狭く、その道はなんと狭められていることか! それを見いだす者は少ない」(マタイによる福音7章13-14節)

 マタイの福音書で、有名な『山上の教え』の一つとしてイエス・キリストが語っている言葉を実践することは、非常に難しい。恵まれた世界に生を受けたにもかかわらず、自ら苦難に向かっていくことは非常な思い切りを必要とする。

 シスター荻野は、その道を選んだのだ。日本にいて、ごく普通の修道女として信仰に満ちた生活を送る事もできたのに、それでは自分にできる全てを差し出したことにはならないと、敢えて志願したのだ。

 彼女のことを思い出すとき、母が段ボールに詰めながら私に見せた古着やタオルのことが脳裏に蘇る。母は、シスターからの手紙を読み、支援物資を集め、教会を通してブラジルに送る担当を買って出た。
「こんなよれたバスタオルやTシャツは失礼かと思っていたんだけれど」

 私は目を丸くした。以前手伝った近所の教会バザーでは、新品に近い物以外は持ち寄ることはしない。売れないので結局主催者の邪魔になるからだ。その箱の中には、切って雑巾にでもした方がいいかと思うものもあった。
「色褪せた物どころか、穴の空いたものですら、有難いんですって」

 新品はおろか、こぎれいな中古品を買うことすらもできない人々が溢れているという事実は、どこか別の惑星の出来事のように、私の観念からシャットアウトされ続けてきた。けれど、その箱は、わずか一瞬ではあるが、その遠い世界のことを私に想起させた。貧しく誰かの支援なしには生きられない人たちの、出口のない苦しみをほんのわずかだけ想像して、氣の毒に思った。そして、その世界と日々向き合い、異国で神と人々に奉仕し続けるシスターについての尊敬の念を深くした。

 私にとっては、ほんのそれだけのことで、すぐに忘れ、いつもの飽食と怠惰な日々を過ごした。人生の全てを擲ち、貧しい異国の人々の救済のために捧げているシスター荻野のことは、それからしばらく忘れてしまっていた。

 そのシスター荻野が、帰国したと母から聞いたとき、はじめは休暇の帰国なのかと思った。
「まさか。自分の休暇のために使える飛行機代があったら、貧民街の方のために使ったでしょうね。上層部からほぼ命令に近い形で送り返されたんですって」
「どうして?」
「ずっと帰国していなかったし、健康状態がよくないので精密検査をしなさいってことだったみたい……」

「ご病氣なの?」
「ええ。検査の結果ドクター・ストップで、海外赴任は禁止されてしまったらしいわ。本来ならとっくに定年になってるお歳だし、あんなに尽くされたんだし、ゆっくり養生して楽に余生を送っていただきたいと思うけれど、ご本人はブラジルに戻りたいと本当に悔しそうで」

「それで、今どうしてらっしゃるの?」
私が訊くと母は「U市の祈りの家ですって」と答えた。それは、高齢の修道女だけが住んでいる家で、いわば修道女達の老人ホームのような位置づけの場所だった。

* * *


 次にシスター荻野の近況を耳にしたのは、週に一度していた母との国際電話でだった。鍼灸院に私の姉が行ったときに偶然出会ったというのだ。腰が曲がって歩くのもやっとだったらしい。

 それから、母は祈りの家にシスターを訪ね、歩くのもおぼつかないのに奉仕に加わろうとしていた様子を話してくれた。
「あんなに永いこと働きづめだったのだから、老後くらいはのんびりして欲しいと私たちは思うけれど、ご本人はまだ神様に尽くして働きたいのでしょうね」

「じゃあ、何か簡単な仕事をなさっているの?」
私が訊くと、母のトーンは暗くなった。今でも何かで奉仕したいと願うシスター荻野のことを、世話をしている若い修道女らが迷惑がってきつく当たっているようだと。

「意地悪をしているつもりではないんでしょうけれど、身体が動かないのに余計なことをするから仕事が増えると言わんばかりだったのよね。私たち古い信者や関係者は、シスターの素晴らしい働きのことを知っているけれど、若い人たちは昔のことなど知らないし、ご本人も謙遜して何もおっしゃらないみたいだったし」

 なんて悲しい老後なんだろうと私は思った。母もそう思ったらしく、時おり訪問して、話を聞いたり教えを受けていたようだ。次に私が日本に行くときは一緒に訪問しようかと話をしていたのだが、元氣だった母が急逝してしまい、その約束は果たされなかった。

* * *


 母の葬儀に際しては、急いで一週間だけ日本に帰国したので、シスター荻野の話題を姉としたのは、その次に日本に帰国したときだった。

「そういえば、お母さんと近いうちにシスター荻野の所に訪問したいって話したから、今から一人で行ってこようかしら」

 すると、姉は首を振った。
「行ってもわからないと思う。三ヶ月くらい前に、鍼灸院の先生に聞いたんだけれど、認知症が進んでしまって、誰のこともわからなくなってしまわれたんだって。それを聞いて私も訪問を諦めたの」

 どうして……。私は、シスター荻野の人生の苦難を思い、やりきれない心持ちになった。

 努力が必ず報われるわけではないことくらい知っている。でも、因果応報の法則から考えれば、あれほどまでに人のために尽くし、キリスト者としての理想的な生き方を続けてきた彼女には、笑顔と尊敬に囲まれた穏やかな老後が相応しいと思っていた。こんな人生の最終章は、あまりにも酷だ。

 亡くなった母の葬儀で聴いた「主よみもとに」の歌詞が心に響く。

主よ、みもとに 近づかん のぼるみちは 十字架に
ありともなど 悲しむべき  主よ、みもとに 近づかん

さすらうまに 日は暮れ   石のうえの かりねの
夢にもなおあめを望み 主よ、みもとに 近づかん

主のつかいは み空に  かようはし の うえより
招きぬれば いざ登りて  主よ、みもとに 近づかん

目覚めてのち まくらの  石をたてて めぐみを
いよよせつに 称えつつぞ  主よ、みもとに 近づかん

うつし世をば はなれて  あまがける日 きたらば
いよよちかく みもとにゆき  主のみかおを あおぎみん

(カトリック聖歌 658番 / 讃美歌 320番)


 葬儀では、たいてい歌うので、亡くなった人のための曲のように錯覚するが、これは生きている信者達がどのように生きて死を迎えるべきか思い新たにするための歌なのだ。

 キリスト教の、そしておそらくシスター荻野が考えていた幸福とは、おそらく私の感じる幸福とは違うのだと思う。現世での因果応報や、人々に認められて尊敬されることも、穏やかで健康な老後も、その他、私がそうだったらいいと願うよりよい人生の終わり方も、真のキリスト者の目指すべきものではないのだろう。

 幸福といえば、健康で衣食が満たされ、栄誉を授けられ、氣の合う仲間やお互いを大切に思う家族に恵まれるようなことをすぐに思い浮かべるが、キリスト教の教えではそれは真の幸福ではない。イエス・キリストが人類のために無実の罪で十字架の上で命を失ったように、使徒やそれに続く信者達が迫害に屈せず殉教したように、断固として教えの道に忠実に生きて命を捧げ、最後の審判で認められて天国に受け入れられることこそが幸福なのだ。

 もちろん過去から現在に至る多くの信者は、その様な生き方はできない。かなり善良な信者でも、良心に恥じない、つまり「盗まず」「殺さず」「姦淫せず」程度のさほど難しくない戒めを守り、時おり貧しい者を心にとめて慈善行為をしたり、時おり思い出したように祈りを唱えたりして、自らの至らなさに心を留めるのが精一杯だ。ついつい食べきれないほどの豪華な食事を食べてしまったり、恵まれた人たちを妬んでしまったり、嘘をついてしまったりと、小さな罪をも重ねつつ、それでもできることなら死んだら地獄には行きたくないと、都合のいい望みを抱く。

 そうした何億人もの「正しい信者になりたくてもなれない人びと」、聖書のいうところの広き門から入り楽に暮らす人々を見つつも、一線を画して真のキリスト者を目指すことは、厳しく孤独な道行きだ。生きているうちに尊敬され報われるのではなく、一人狭き門と険しい道を選び続け、惨めな生の終わりすらも神の国へ至る途上だと喜ぶのはなんと難しいことだろう。

 身体がボロボロになるまで働き、邪険に扱われ、お荷物と見なされていることを肌で感じ、働きたくても身体が動かなくなったことを嘆くシスターには、忘却は一つの救いなのかもしれない。一足先に旅立った母は言っていた。あの方こそ、神の国に迎えられるのに相応しいと。
 
 他の誰かが天国に行くのかは知らない。惜しまれて立派な葬儀で送り出された人のことも。けれども、ゆっくりと旅立とうとしているシスター荻野の行く先については、私は亡き母と同じ意見を持っている。

(初出:2019年11月 書き下ろし)

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Nearer, My God, to Thee | BYU Vocal Point ft. BYU Men's Chorus

歌詞と意訳

Nearer My God to Thee
主よ御許に近づかん

【ラテン語】
In articulo mortis
(死の瞬間には)
Caelitus mihi vires
(私の強さは天からもたらされる)
Deo adjuvante non timendum
(神は助けたまい、なんの怖れもない)
In perpetuum
(永遠に)
Dirige nos domine
(我らが主よ、導きたまえ)
Ad augusta per angusta
(狭き小径より至る いと高きところへ)
Sic itur ad astra
(そは星々へ至る道のごとし)
Excelsior
(さらなる高みへの)

Nearer, my God, to Thee, nearer to Thee!
(もっと近くへ、我が神よ、もっとあなたの近くへ)
E'en though it be a cross that raiseth me,
(たとえそれが私を十字架に架けるとも)
There let the way appear, steps unto Heav'n;
(天へと続く道と階段を現してください)
All that Thou sendest me, in mercy giv'n;
(全ては私に下され、天から与えられたもの)
Excelsior excelsior excelsior excelsior
(もっと もっと もっと もっと 更に高く)
Still all my song shall be, nearer, my God, to Thee.
(それでも全ての我が歌は、我が神よ、あなたの御許に)
Nearer, my God, to Thee, nearer to Thee!
(あなたの御許に、我が神よ、あなたの御許に)
Though like the wanderer, the sun gone down.
(さすらい人のごとく太陽は沈もうとも)
Darkness be over me, my rest a stone;
(暗闇が私を覆い、石の枕で休むこととなろうとも)
Excelsior excelsior excelsior excelsior
(もっと もっと もっと もっと さらなる高みへ)
Angels to beckon me nearer, my God, to Thee.
(天の使いが私を誘う あなたの御許に、我が神よ、あなたの御許に)
Nearer, my God to Thee, nearer to Thee.
(あなたの御許に、我が神よ、あなたの御許に)
Excelsior excelsior excelsior excelsior excelsior excelsior excelsior excelsior
(もっと もっと もっと もっと さらなる高みへ)
Or, if on joyful wing cleaving the sky,
(さもなくば 歓びの翼に乗り空を駈けるなら)
Sun, moon, and stars forgot, upward I'll fly.
(太陽、月、そして星を後に残し、私はさらに上へと飛ぶだろう)
Excelsior!
(さらなる高みへ!)





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Posted by 八少女 夕

この花の名前は

今日は、最近ちょっとハマっているアプリについて書いてみます。

PlantNet

道ばたで花が咲いていて「これなんていう花だろう」って思うこと、ありませんか? 私はよくあるんです。更にいうと「日本でよくある●●に似ているけど、違うような」とうろ覚えの時もあります。で、以前は、手元に図鑑でも持っていなければ調べようもなかったのですけれど、最近は便利なものがあるのですね。

最近ダウンロードした「PlantNet」というアプリです。私はiOSのものですけれど、Android版もあります。とてもわかりやすいアプリで、「写真を撮り、その写真で検索する」ということに特化してあります。

写真を選び、それが花なのか、葉っぱなのか、幹なのかなどを選んで検索すると、いくつか候補が出てきます。で、他の写真と見比べて同定できるのですね。

フランスの「農業開発研究国際協力センター(CIRAD)」「国立情報学自動制御研究所(INRIA)」「農業研究所(INRA)」などの研究機関によって開発されたアプリなので、情報の信頼性も高いですし、それに位置情報つきで知らせることが出来るので、おそらく分布などを調べているであろう研究機関に協力することも出来るわけです。

まあ、日本語化はされていませんが、そもそも花アイコンや葉っぱアイコンをはじめ、基本的に視覚だけで全て済むアプリなので日本語でなくてもOKなのでは。また結果についても、学名はいずれにしても世界共通のラテン語ですから、そのラテン語を検索すれば簡単に和名もわかるかと思います。

また、私にとってラッキーなことには、ヨーロッパの情報はかなり多いので、「結局わからない」ということは皆無です。

スマホが当たり前になった時代にマッチした、自然科学の楽しみ方ですよね。
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Posted by 八少女 夕

【小説】走るその先には

「十二ヶ月の歌」の十月分です。十月はいろいろあって発表できなかったので、ここで。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。十月はホイットニー・ヒューストンの “Run To You” にインスパイアされて書いた作品です。これまた超有名な曲ですので、歌詞やその和訳はネットにたくさん出回っています。

歌詞を聴いて(読んで)いただくと、何にインスパイアされたのかがわかると思います。この話も実話をモデルにして書いています。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



走るその先には
Inspired from “Run To You” by Whitney Houston

 最初にヴェルダの存在を意識したのは、いつだっただろうか。レオニーが最初にヘルツェン野犬保護センターでのボランティアに参加したのが二年前だったので、その時にはもう出会っていたのかもしれない。

 最初の年、レオニーは実に軽い心構えでそのプログラムに参加した。好きな動物と触れ合いながら、エキゾティックなイスタンブールの街を楽しめる、パッケージ旅行のようなものだと。

 でも、その考えが甘ったれたものだと、初日に思い知らされた。センターはレオニーと同郷の獣医フライシュマン女史が自費で立ち上げた。彼女は定年後の人生をトルコの放置されて傷ついた野犬たちの保護活動に捧げている。色艶の悪い顔は表情に乏しく、痩せた筋肉質の肌は日焼けで荒れていた。ギスギスとしているのは外見だけでなく、口のきき方も同じだった。だが、あの地獄を毎日続けていたら誰だって朗らかで自分の容姿に氣を配ることなんてできなくなるだろう。

 荷物を奥に置いて一息つく余裕もなく、レオニーはフライシュマン女史が棘を抜こうとしている大きな犬を共に押さえつけるように言われた。それは、後からわかったのだが、アバクシュというトルコの固有種の成犬で、白く豊かな体毛が特徴なのだが、黒っぽい犬だと思い込むほどにひどい汚れにまみれていた。

 痩せこけ、疥癬にまみれて、所々の露出した肌にウジ虫がたかり、さらにどこかの有刺鉄線に引っかかったのだろうか、目の近くに鉄の棘が深く刺さり化膿しかかっていた。ひどい目に遭い続けてきたのだろう、人間不信がひどく、センターのメンバーたちが保護したときも、処置を受けているときも吠え続けていた。

 それから、少しは人なつこさを残している小さな犬たちの世話でくれた一週間は、レオニーに動物保護の現実を思い知らせた。それは愛情に満ちた崇高な旅などではなく、人間の身勝手さと己の無力さに向き合うだけの日々だった。

 同じプログラムに参加した同郷のメンバーで、翌年の休暇もヘルツェン野犬保護センターへ行くことを決めたのはレオニー一人だった。
「思っていたよりも、骨があるようね」
フライシュマン女史は、そう言って初めて笑顔を見せてくれた。

 二年目に担当するように言われたのが、身体が大きい犬たちの世話だった。ヴェルダは、そのうちの一頭だった。トルコ固有種カンガールの血を引くと思われる雑種犬で、身体の多くの部分は白い短毛で覆われ、くるんと撒いた尾と鼻の頭が黒い。保護されたときは生後三ヶ月だったというが、すでにそこら辺の成犬より大きかった。唸ったりはしなかったが、檻の奥に張り付くようにうずくまり疑い深くレオニーを眺めていた。

「ヴェルダって、どういう状態で保護されたんですか?」
フライシュマン女史は、顔を曇らせて答えた。
「ひどい状況だったわ。母犬と一緒に放り出されたみたい。母犬は打ち据えられてあの子を含む三匹の子犬を抱きかかえるようにして冷たくなっていた。生きて保護されたのは二匹だけで、生き残ったのはヴェルダだけ」

「そうだったんですか。人なんか信用できないって思うのも無理ないのかな。じゃあ、名前は先生がつけたんですか?」
彼女は、奥で作業している青年エミルを示して答えた。
「これだけたくさんいると、私が考えつく名前にも限りがあるのよ。だから、この子の名前はエミルが考えてくれたの。近所の雌犬と同じなんですって、薔薇って意味らしいわ」

 ヴェルダは、食事を入れて檻の扉を閉めると、そろそろと近づいてきて喉につかえるかと思うほど急いで平らげた。
「心配しなくても、だれもあなたのご飯を取ったりしないよ、ヴェルダ」

 レオニーは、前回と違い三週間滞在したので、以前よりも犬たちと信頼関係を築くことに成功した。一週間目の終わりには、食事の用意や散歩だけでなく、多くの犬たちのブラッシングやシャンプーもできるようになったし、ヴェルダも匂いを嗅いで身体を撫でさせてくれるまでになった。尻尾を振って黒い鼻先をすり寄せてくる様子が愛しくて、レオニーはたくさんの言葉をかけながら心を込めて撫でた。

 次に来るのはまた一年後のつもりだったが、フライシュマン女史が人手不足に悩んでいるとメールをよこしたので、レオニーは半年後のクリスマスにも一週間だけまたセンターへ行った。

 夏に馴染んだ大型犬たちのほとんどは姿を消していた。怪我が治りきらなかったアバクシュ犬のように亡くなってしまった犬もいたし、幸い新しい飼い主に引き取られてセンターを去った犬たちもいた。

 ヴェルダは、まだいた。レオニーの姿を見ると狂ったように尻尾を振った。
「あなたの後任の子とは合わなかったのよね。スタッフにも時間もなかったから、かわいがってもらうこともなかったし。だからあなたに会えて嬉しいのよ」
フライシュマン女史は頷いた。

 センターは深刻な人手と資金の不足に悩んでいた。一週間の滞在中、レオニーは以前の三倍の数の犬たちを担当し、ヴェルダと遊ぶ時間はほとんどなかった。けれど、大きくなった白い犬は、哲学的な面持ちで、食事や散歩のために近づいてくるレオニーをじっと見つめ嬉しそうに尻尾を振って見せた。

「レオニー、お願いがあるの」
フライシュマン女史が、クリスマスケーキの一切れを手に彼女の側に座ったのは、レオニーが発つ二日前だった。

「なんでしょうか」
「ヴェルダの引取先がチューリヒの老婦人に決まったことは話したでしょう。その輸出許可関連の書類が、今日届いてね。急だけれど、あなたが帰る時に付き添って欲しいの。こちらから付添人のために航空券を買う余裕がないから。空港に私の知人が引き取りに来て先方に届けるので、多くの手間は取らせないわ」

 レオニーは、ヴェルダに家ができることにほっとすると同時に寂しさも感じた。新しい飼い主に愛情を注がれて、幸せになったらきっと私の事なんて忘れちゃうんだろうな、そんな風に思ったから。

 イスタンブールで、ヴェルダを連れて車に乗り込んだ。尻尾を振るレオニーに「一緒に行くんだよ。新しいお家に行くんだよ」と語りかけた。ヴェルダは、まるで意味がわかっているかのようにことさら激しく尻尾を振り笑顔を見せた。特別貨物室へ向かうヴェルダは不安そうだったのでやはり声をかけた。
「大丈夫。同じ飛行機に乗るから。チューリヒでまた逢おうね」

 チューリヒのクローテン空港で、ヴェルダを受け取ったとき、疲れていたのかぐったりしていたのが、レオニーを見てまたちぎれんばかりに尻尾を振って立ち上がったのが愛しくて、思わず駆け寄った。税関と検疫の長く煩雑な手続きも無事に終えて、綱をつけたヴェルダと一緒に到着ゲートを越えた。

 フライシュマン女史の言った通り、そこには迎えが来ていてそこでヴェルダと別れることになった。不審げに幾度も振り返りつつ連れられていくヴェルダをレオニーは涙ぐんで見送った。

* * *


 三ヶ月後にフライシュマン女史からもらったメールを読んでレオニーは驚いた。ヴェルダを引き取った老婦人が老人ホームに入ることになり、大型犬を飼い続けることができなくなったというのだ。費用や検疫手続きを考えるとトルコに送り返すのは現実的ではないが、このままではチューリヒの動物保護施設に送られ場合によっては安楽死になることもある、できれば新しい引取先を見つける手伝いをして欲しいというのだ。

 だったらはじめからトルコから大きな犬を引き取ったりしなければいいのに。あの檻の奥で絶望的に眺めていたヴェルダの表情を思い出して、レオニーの心は痛んだ。虐待で母親や兄妹を失い、ようやく慣れたセンターから遠くスイスまでやって来たというのにまた別のセンターに逆戻りで、さらに生きられる保証もないなんて。レオニーは憤慨した。

 レオニーは、急いでチューリヒに向かい、老婦人の話を聞きに行った。もう誰か引き取り手を見つけたのか、どのくらい時間の余裕があるのか知りたかった。

 レオニーを見たヴェルダは、狂ったように尻尾を振って近づいてきた。老婦人は、驚いて言った。
「まあ、こんなに喜びを表現することもあるのね。大人しいけれど感情に乏しい犬だと思っていたの。今まで飼った犬みたいに、人なつこいと引き取り手も見つけやすいのだけれど、この子のように相手を選ぶとなかなかね。それにこんなに大きいし」

 成犬になったヴェルダは、85センチもの体高になっていた。それにトルコでは牧羊犬として狼や熊にも立ち向かうといわれる勇猛さ故、子供のいる家庭では敬遠されるだろう。でも、それもわかっていて引き取ったはずなのに。

 これからヴェルダは、どれだけ長く家族が見つからない不安な状態を過ごすのだろう。新しい飼い主が見つからなければ、邪魔者扱いされてこんな故郷から遠く離れたところで命を落としてしまうのだろうか。

「私が引き取ります」
ほとんど何も考えずにレオニーは口にしていた。老婦人は驚いた。自分でも驚いたが、もう後には引けない。

 フライシュマン女史に報告したところ「おすすめじゃないわね」と言われた。関わる犬を全て引き取ることはできない、割り切ることも大切だと言うのだ。それはわかっている。でも、そうやって割り切って、後からまた嫌なニュースを耳にすることには我慢がならない。

 それにヴェルダが茶色の瞳を輝かせて見ていたのだ。尻尾を振り、大きく口を開いて。
「おいで、ヴェルダ。はじめから私が飼えばよかったんだよね。私の住む村は、散歩するところもたくさんある。だから一緒に行こう」

 白い大きな犬が、体当たりするように駈けてきた。まだ20キロくらいしかなかった頃によくしてきたように。50キロ近くになり、大きくてがっしりとした彼女の身体は、責任感の重さそのもののようだった。でも、きっと上手くいく。こんなに喜んでくれるんだもの。

 レオニーは、思いがけず大型犬と過ごすことになる、大きな生活の変化に向けて、あれこれと思いを巡らせた。

(初出:2019年10月 書き下ろし)

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もともとは、恋愛の歌なんですけれど……。



Whitney Houston - Run To You (Official Music Video)
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Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 6 -

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の最終回です。

某参加者の方が、パニック状況を作り出したようですが、こちらは魔法はもちろん、世界平和に寄与したり市民の安全をどうにかできたりするようなスペックのない小市民の集団ですので、安全第一で問題の起こる前にさっさと下船することにしました。尻切れトンボだとの批判は一切受け付けませんのであしからず。「君子危うきに近寄らず」

いや、もともと何もしないで降りる予定だったんですよ。で、TOM−Fさんが作ってくださった状況をちゃっかり利用することにしました。そう、ワープしちゃったんですよ、かなり初っぱなから。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定/この話をはじめから読む



目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 6 -


 甲板に出てみたら、本当にそこはドイツ風の街並みが見える湖だった。僕は、スマートフォンの電源を入れてしばらく待った。程なくしてメッセージが届く。「ようこそドイツへ。電話をかける場合の通信料は……」ここは、間違いなくドイツらしい。地図アプリで位置情報を確認し、目眩がした。

 困惑して船内に戻った。甲板近くにいて電話をしているのは、マッテオ・ダンジェロ氏だ。姪のアンジェリカ嬢もすぐ側にいる。ガラス窓を挟んで向こう側には、黒ずくめの衣装を纏った男性と全身白い衣装を身につけた綺麗な少女が向かい合ってお茶を飲んでいる。アンジェリカ嬢は、その少女のことを知っているらしく、嬉しそうに窓に駆け寄り手を振った。白い少女は、ビスクドールのように白い顔を向けて首を傾けた。白い頬がうっすらと鴇色に染まったように思った。

「わかっているよ。セレスティン、世界一有能な秘書さん。君が次から次へとかかってくる電話を上手に捌いてくれるお陰で僕がこうして数日羽を伸ばせるって事もね。でも、いつの間にかボーデン湖に来てしまっているのは、僕の予想を超えているんだよ。まあ、ある意味で好都合かもしれないな。もともとこの旅の後にアンジェリカをアレッサンドラの所に届けるつもりだったんだし、かなり早く着いてしまったって事でね。ああ、緊急事態なのはわかるとも。幸い妹は、ここからさほど遠くないところに居るから、こちらも明日にはオフィスに戻れるとも。僕に会えないのがそんなに寂しいとは嬉しいね。おや、そういう意味じゃないなんてつれないね、青空の瞳を持つお嬢さん。じゃあ、航空券の手配を頼むよ、できれば午後の便をね」

 ダンジェロ氏は、電話を切ると僕に笑いかけた。
「やあ、タカシ、どうでした? 本当にここはボーデン湖だったでしょう?」

 僕は、困惑して答えた。
「ええ。どういうことになっているのか理解できませんが、間違いなくここはドイツのようです。飛行機だってこんなに速く移動できないはずなのに、一体どうしたんでしょう」

「なに、枠の中をどこにでも移動できる狐のお嬢さんと暮らしているあなたが、この程度のことに驚くことはないでしょう。ところで、かの狐さんはどうしたんですか?」

 アンジェリカ嬢との身体の交換は、本当に一日以内で、朝確認したときには、山内はもう妖狐姿に戻っていた。そして、意氣揚々としてテレビのチャンネルをつけてから、パニックに陥ったのだ。それが予想外の場所にいることに氣が付いた最初のきっかけだった。

「それが、どうしても観たい番組の電波が入らないことがわかり、日本の我が家に戻ってしまいました。その節は、姪御さんにもいろいろとご迷惑をおかけしました。大丈夫でしょうか」
僕の質問にダンジェロ氏は笑って、窓から少女に手を振り続けているアンジェリカ嬢を呼んだ。

「僕の愛しいカッサータちゃん。タカシが君の心配をしているよ」

 アンジェリカ嬢は、振り向き笑顔でこちらに歩いてきた。
「こんにちは、タカシ。心配してくれてありがとう。それに、服をクリーニングしてくれてありがとう。大きな問題はないわ。少しスカートがきつくなっちゃったけれど」

 僕は、彼女に謝った。
「そんなに食べるなって、散々言ったんだけれど。もっと強く止めるべきだったな。申し訳ない」

 彼女は、朗らかに笑った。
「明日からママと一緒にトレーニングするから大丈夫。それに、いろいろと面白いものを観ることができて楽しかったの。ステゴザウルス、一番好きな恐竜なんだけれど、生きているのを観ることができてとても嬉しかったのよ。ところで、タクヤはどこに行ったの?」

「彼は、どうしても観たいアニメがあるから、先に日本に帰ったんだ。僕も、仕事があるので次の寄港地で降りなくてはならなくなったんだ。まさか、一晩でドイツに来るとは思わなかったのでね」

「そう。じゃあ、私たちと一緒ね。短かったけれど楽しかったわ。あのね」
そういうとアンジェリカ嬢は、肩から提げたビーズのハンドバッグをパチンと開けて、中から可愛らしい包みを大切に取り出した。

「あそこに座っている女の子がいるでしょう? これ、あの子から、タクヤへのプレゼントなの。美味しいワッフルなんですって。タクヤはワッフルが好きなの?」

 可愛らしいリボンのついた綺麗な包みは、がさつな山内にはもったいないような氣もするが、二人の少女の優しい思いが籠もったプレゼントだ。壊さないようにそっと受け取った。
「好きだろうな、きっと。ありがとう。必ず山内に渡すよ」

 僕は、ガラス窓の向こうの少女にも、その包みを見せて会釈をした。少女の瞳が優しく輝いたように思った。

「ところで、船のオーナーとは会えたのかい?」
ダンジェロ氏は、僕の話を憶えていてくれたようだ。

「いえ。残念ながら。それに、たとえ知り合えたとしても、こんな突拍子もない話を信じてもらって助力をお願いするには、十分な時間が必要です。慌てて話をしてそのまま立ち去るような無礼はできないでしょう」

 僕が肩を落として語ると、ダンジェロ氏は肩を叩いた。
「そうだね。彼は、とても忙しいし、多くの陳情者に悩まされている。今日知り合って、明日何かを解決してもらうと期待するのは難しいだろう。だが、僕は今回君とかなり親しくなった。この船のオーナーほどの情報ネットワークと権能はないけれども、イタリアにも少しはコネがある。ヤマウチタクヤという名の日本人の足取りについて、調べてみよう」

 僕は、深く頭を下げた。大切な姪にあれほど迷惑をかけたというのに、山内のために親身になって助力を申し出てくれるなんて、なんと心の広い人なんだろう。

 寄港地のコンスタンツが近づいてきた。ダンジェロ氏とアンジェリカ嬢、そして僕もスーツケースを持って待っている。

 ここを降りたら、すぐにチューリヒに向かい、それから日本に向けて発つ。《ニセ山内》のいるイタリアにこれほど近いのに、尻尾を巻いて退散するのは悔しいが、会社員の僕が勝手に有休を延ばして長く休むなんて事は許されない。

 子供の頃には、長い休みを取ってくれない父のことをどうしてだろうと思っていたものだが、今の僕も似たようなものだ。豪華客船で何ヶ月ものんびりと楽しむような旅をいつかしてみたいものだが、ダンジェロ氏のような大富豪ですら早々に切り上げなくてはならないというなら、僕のようなしがない会社員にそんな贅沢が可能な日は来ないのだろう。

 スマートフォンが震えた。観ると我が家からだ。
「もしもし?」
受信すると、四角い枠の中に見慣れた狐耳の美少女が浮かび上がった。

「よう。もう降りたのか?」
楽しみにしていたアニメ『魔法少女♡ワルキューレ』、今日は、黄金戦士フレイヤの活躍回とか言っていたが、 それに合わせてなのかスカートとセーラーカラーは黄色いものになっている。色が違うだけの服を何着買ったんだ、この男は。

「ああ、君が場所が違うと言いだしたときには信じられなかったけれど、本当に一晩でヨーロッパ、それもドイツのボーデン湖に来ていたんだ。次にどこに行くかわからないし、三日後には社の会議に出なくちゃ行けないから、急いで降りたよ」
説明をしたが、彼には休職中の会社のことなど、どうでもいい様子だった。

「そうか。じゃあ、また船に戻っても仕方ないな、お前の家で待っているから、寄り道しないで帰って来いよ。お家に着くまでが遠足です、なんちゃって」
いいたいことだけ言うと、彼はさっさと消えた。お土産を預かっていると伝え損ねた。

 あの瞬間移動能力は少し羨ましい。それに、やりたい放題のできる彼の性格も。いや、何を言っているんだ。僕は、頭を振った。港を振り返るとあの素晴らしい船が優雅な巨体を横たえていた。さようなら、また、いつか。日常に戻るべく、僕はコンスタンツの街を歩いて行った。

(初出:2019年11月 書き下ろし)

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そういえばうちの音楽家達六人ほど、置いてきてしまいましたが、あいつらも負けずに事なかれ主義なので、きっとさっさと逃げだしているかと思います。

彩洋さんが用意してくださった恐竜はステゴザウルスじゃなかったのですが、個人的にステゴザウルスが好きなので、いることにしちゃいました。大人しい恐竜だし、いてもいいですよね? ところで、マコトはどこに行ってしまったのだろう? 船底の秘密に迫っている頃でしょうか。

あと、ウゾさんのところのワタリガラスの男、お茶を飲んだりするのかわからなかったのですが、人形がお茶会に行くぐらいだし、人形は飲むと思ったんです。ワタリガラスの男は、人形のお付き合いぐらいはするかな、と思ったのですけれど、どうでしょう。

というわけで、本当にあっさりとしていますが、これで私の話はおしまいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。幹事の大海彩洋さん、とりまとめ(とカオスの尻拭い)お疲れ様です。お忙しい中、感謝でいっぱいです。そして絡んでくださった参加者の皆さん、どうもありがとうございました。

また次回のオフ会でも楽しく遊びましょう!

あ、その前に、もうじき年末。恒例の「scriviamo!」始まりますよ~。ここで宣伝するのもなんですが、たくさんの方のご参加をお待ちしています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 6 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた最後です。ようやくこの章も最後、長かったですね。

この連載の開始前に公開したPR動画での台詞、氣になさっていらした方もあるようですが、たぶんこの回のアレじゃないかしら。予想通りの意味合いでの台詞か、それとも全然違う意味合いを想像なさっていらしたのか、ちょっと興味があったりします。

さて、少しだけ別小説を挟んだ後、この小説もついに最終章に入ります。今年ももうすぐ終わり。妙に早いなあ。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 6 -

 グレッグは、瞳を閉じてうなだれた。
「僕のために……僕はなにも知らずに、誰にも受け入れてもらえないといじけていたのか」

 ジョルジアは、彼の髪を梳き、そのまま顎髭に指を絡めて優しく撫でた。
「でも、あなたは、彼女の期待に応えたわ。ちゃんと卒業して、立派な学者になった。そして《郷愁の丘》で、望む仕事ができるようになった。アトキンスさんは、それを知ったらとても喜ぶと思うわ」

「そして、ケニアでシマウマの研究をすることができたから、君と出会うこともできたんだ」
瞳を上げて、彼はジョルジアを見つめた。

「僕は、こんな歳だけれど、今までこんな密接な関係を誰かと持ったことがない。愛想を尽かされて去られることを怖れて、ちゃんとした関係を築く努力をしてこなかったんだ。君と上手くやっていきたいし、不快な思いはさせたくないけれど、おそらく僕はまた失敗をたくさんすると思う。嫌だと思ったことは言って欲しい。そして、僕に自分を変えるチャンスをくれないか」

「グレッグ。それはそのまま、私の言葉よ。私たち、お互いにそうやって一緒に歩いて行ける、そう思わない?」

「ありがとう。ジョルジア」
「それに……」

「それに?」
彼女は、彼を愛おしいと思うと同時に、心からの憐憫を感じた。この旅で知ったのは、彼女が想像していたようなノスタルジックで甘い過去ではなく、彼のあまりにも寂しい半生だった。

「あなたはもう一人じゃないわ。私では代わりにはならないのはわかっているけれど、でも、これからは、私があなたを抱きしめて暖めるから。お祖父さまやご両親の代わりに。ジェーンの代わりに。アトキンスさんの代わりに……」

 彼は雷に打たれたように、ビクッと震えた。そして、彼女の言葉を遮った。
「君は誰かの代わりなんかじゃない」
彼の少し強い調子に、ジョルジアは驚いた。彼は、じっと彼女を見つめて言った。

「そうじゃない。君を、誰かの代わりに仕方なく抱きしめるなんてことはない。絶対に」
「グレッグ」

「そうじゃないよ。反対なんだ。僕はこれまでの人生、ずっと君を探し続けていたんだ。まだ君を知らなかったから、その代わりにあちこちで、違う人に間違った期待をかけて、断られて、困惑していたんだ」

 ジョルジアは、再びそっと彼の頬に触れた。彼はその手を暖かい手のひらで包んだ。
「長老の言葉を、僕は間違って解釈していたみたいだ」

 彼女は首を傾げた。彼は笑って続けた。
「『答えはお前とともにある』と言われたのを、僕は答えを自分で知っていると言われたと思っていた。でも、そうじゃなかった」
「そうじゃなくて……?」

「僕が人生をかけてずっと探していた問いの答えが君なんだ。そして、君は本当に今、僕の側にいてくれる。ここまで来る必要なんかなかったんだ。僕の求めていた愛情も、探していた温もりも、見続けていた夢も、理想の女神の形をとってここにいるんだから。愛されなかった過去に苦しむ必要なんかもうないんだ。君が愛してくれたから」

 ジョルジアは、彼の胸に顔を埋めて呟いた。
「私は、ここに来て良かったと思っているわ。あなたのことを知りたかったの。知り合うまでのあなたの人生を理解したかったの」

「僕は、知られることに不安を持っていた。いつも、何か上手く行きかけると、後からやはりダメだったと落胆することばかりで、今度もそうなるんじゃないかと怖れていた」

 ジョルジアは、彼の瞳を見上げた。
「私も怖れていたわ。あなたが、私が理想の女神じゃないと知ったら、きっと離れていってしまうって。でも、あなたは、私の肉体や精神の欠点を知っても変わらずに愛してくれた」

 グレッグは、ジョルジアの頬に優しく触れて答えた。
「それは君の欠点なんかじゃないよ。確かに君は他の人とは違う外見を持ち、別の行動をするだろうけれど、それは単なる違いなんだ。僕は模様のないロバの毛皮もいいと思うけれど、シマウマの縞模様のことをとても美しいと思う。君の服の下に隠れている肌も、僕にできないことを瞬時にやってみせる好奇心も、君が君である全てを僕は愛しく思う。そして、君が情けない僕のことも、こんな風に愛してくれるのも同じ理由なんじゃないかと思うんだ」

 ジョルジアは、彼の言葉をその通りだと感じた。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 5 -

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第五回目です。

お目付役の京極に見つかってしまったので、仕方なく一緒に船内を回ることにした山内拓也。現在は『不思議の国のアリス』コスチュームをしたアンジェリカの外見です。ただし、中身と声は拓也そのものです。

今回は、中途半端な『旅の思い出』と参加者のみなさまとのコラボ系を少し書いてみました。それとレストラン名などは、数学パラドックス系で遊んでみただけです。次回、最終回にできるかなあ、頑張ります。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定/この話をはじめから読む



目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 5 -


「すげーな、豪華客船って。プールもある、カジノもある、レストランやバーもいっぱいある、船室だっていくつあるんだか」
アメリカ人少女、アンジェリカの外見に成り代わった俺は、執事コス、もといタキシードをビシッと着こなした京極に付き添われて船内を歩いた。

「客船に乗るのは初めてか?」
京極が訊いた。

「もちろん。お前は、初めてじゃないのかよ」
「子供の頃に、何回か乗ったことがある。もっとも世界一周するような客船ではなくて、三日くらいの国内クルーズだったけれど」

「へえ? 海外のクルーズだっていくらでも行けるだろうに、なんで?」
「父は仕事人間でね。三日以上の休みを取ったことがないんだ。家族旅行そのものも滅多に行かなかったけれど、行くとしても最長三日。それも、お盆や年末などの会社の閉まる時期だけだから。どこへ行っても混むのがわかりきっている。だから、定員以上にはならないし、渋滞もないクルーズ旅行をしたんじゃないかな」

 そうなんだ。
「で、この船と較べてどうだった?」
「僕は子供だったからね。何もかもが大きくて、夢のように見えた。もっとも、実際には、この船の方がずっと大きいし、豪華だし、スケールも桁違いなんだけれどね。オーナーはもちろん、招待客にしろ、用意されている食事やアトラクション、エンターテーメントにしろ」

 そうなんだっけ? エビフライやスパゲッテイは、けっこう馴染みっぽい味だったけどな。

「どこがそんなにすごいんだ?」
俺が首を傾げると、京極は壁に掛かっているポスターを示した。

「例えば、ほら。メインダイニングでは、今夜は相川慎一とテオドール・ニーチェがベートーヴェンのソナタを聴かせてくれる。明日は、新星ディーヴァとの呼び名も高いミク・エストレーラによるディナーコンサートだ」

「俺、そういう高尚なのは、よくわかんないからな。こっちのほうが面白そうじゃね? 高級クラブ『サンクトペテルブルク』でワンドリンク付きショウってだってさ。おい、見ろよ、このシスカって歌手の姉ちゃん、銀髪にオッドアイだぜ。戦闘服系のコスプレさせたら、メチャクチャ似合いそう」

 京極がため息をついた。なんだよ、思うのは自由だろ。
「お。こっちも、いいじゃん」
俺の指したポスターを見て、京極は「ほう」という顔をした。

「君もスクランプシャスのファンなのか」
俺はムッとした。俺だってアニソンの専門じゃないんだよ。スクランプシャスは若者の思いを代弁してくれる名バンド。ま、俺も若者っていっていいのか、若干怪しい年齢にさしかかっているけどさ。

 しかし、まさか生スクランプシャスがここに来るとは。ライブはいつなんだろう。お願いだから『魔法少女♡ワルキューレ』放映時間とだけは重ならないでくれよ。

 そんな話題を花咲かせながら、俺たちは豪華客船の中を歩いて行った。

 目立つメインダイニングに行くことを京極が渋るので、俺たちはカジノを横切り、わりと目立たないカフェテリア『アキレスと亀』を目指した。

 カジノでは、アラブの王族みたいな服を着た男と、小柄の中年のおっさん、それに胡散臭いオヤジが、目も醒めるようなタイコーズブルーのドレスを着た女と勝負をしていた。はじめはけっこう余裕をかましていた男たちだが、みるみるうちにチップが女の方に移動していく。へえ。すげえ。

「なあ、京極、俺も少し賭けていい? あの赤い髪のねーちゃんみたく賭ければ、少し儲かるかも。そしたらコスプレも、自分の金で買えるようになるし」
そういうと、京極は首を振った。
「君は今、十歳のアンジェリカ嬢なんだ。カジノで賭け事するなんて言語道断だ。行くぞ」

 ちぇっ。本当にお堅いんだから。少しぐらいいいじゃん。

 カジノを横切って再び廊下に出ると、小脇に二頭のハスキー犬ぬいぐるみを抱えたとても幼い少女とぶつかりそうになった。おっと。

 少女はぽかんとしているだけだが、抱えたぬいぐるみ達が眉間を釣り上げて吠えかけたような氣がした。
「なんだよ、怖えな。わざとじゃないって」

 少女を氣遣っていた京極が振り向いて「なんだって?」と訊いた。
「いや、そのぬいぐるみが、怒ってしかもちょっと火を噴いたような……」
俺が言うと、京極は今日何度目になるかわからないため息を漏らした。

「ハスキー犬が怒っているように見えるのは普通だろう。模様だよ」
ま、そうだよな。よく見てもやはりぬいぐるみだし。京極の女に対する神通力は、幼児から老婆まで変わらないらしく、小さな女の子は俺なんか見もせずにヤツににっこりと笑いかけて手を振った。

 まあいいや、とにかくメシ食おう。カフェテリア『アキレスと亀』は、その廊下の突き当たりにあった。黒をメインにしたインテリアに、ギリシャ風の壺などがあちこち置いてある。

 俺は、メニューを開いて「うーん」と唸った。なんだよ、ここ、ギリシャ料理の店じゃん。俺は、普通の洋食が……。あれ、このムサカってのは美味そうだな。茄子のグラタンみたいなもんじゃん? それにほうれん草のパイか。それももらおう。それにえっと、飲み物は、おおっ。ウゾか、結構強そうだな。

「それはダメだ。君は十歳なんだから」
京極がすぐにダメだしする。ちっ。ま、いいか、このヨーグルトドリンクみたいなヤツで。

 選んでいると、奥の方のステージに灯がついた。ミュージシャン登場かな? でも、この店、まだ開店休業状態じゃん。俺たちの他にいる客といったら……、あ、白っぽいキャミソールドレスを着た女が一人か。お、すげー美人だ。それにあのスタイル。ポン、キュッ、ポンてな具合だよな。今のドレスもいいけど、コミケで着せるとしたらやっぱりピッタリとした戦闘スーツかなあ。別に戦闘系にだけ萌えるわけじゃなんいだけどさ。

 ともかく、客より従業員の方が多そうな状態だけれど、何かショーが始まるらしい。

 見ると、奥にわずかに他の床よりも高い場所があり、大広間にあったのとは比べものにならない古ぼけた感じのするピアノが置いてある。そこに着崩した麻のジャケットを着た金髪の男が座った。フルートを持った女や、ギターを抱えた男もステージに上がってきた。この二人はアジア人だ。それから、ひょろひょろとしたもじゃもじゃ頭の眼鏡男がピアノの前に立った。

 最初に弾きだしたのは、ギターを持った日本人。流れてきたメロディは、ギリシャ風の曲だ。あ、これ聴いたことがあるような。ギリシャ観光局って感じ? 別にどうということのない曲なので、メシを食うのに邪魔になることはなさそう。もじゃもじゃ頭の眼鏡男はなぜかトランプ手品を繰り広げている。

 俺は目の前に置かれたムサカに取りかかることにした。あっちっち。茄子と挽肉のグラタンみたいなもん? 美味っ。
「上品に食べてくれよ」
京極がささやく。うるせえな。お前は食わないのかよ。

 ヤツは、舞台の方に集中している。金髪男がピアノで先ほどより上品そうな曲を弾き出して、手品男もトランプをしまって歌い出した。意外にも上手いのでびっくり。

「モーリス・ラヴェルの『五つのギリシャ民謡』だな」
京極が頷く。
「なんだよ、お前、知ってんのか」
「ああ。ギリシャの民謡に素晴らしい和声のアレンジを加えて作った作品だ。この店に合わせてこの曲目を用意するなんて、洒落たアイデアだと思わないか?」

 俺は「うん」とは答えてみたものの、いまいちピンときていない。飯が美味ければ、何でもいいんだけど。京極はレチーナワインを飲んでいるだけで、全然食わないので俺がどんどん片付ける。舞台の曲は、アジア女のフルートや、ギター男が演奏に加わり、なかなか華やかな演奏になってきた。

 その『五つのなんとやら』が終わったらしく、客席から拍手が起こった。京極、白いドレスの綺麗な姉ちゃんや、いつの間に入ってきたのか他の観客も拍手を送っている。

 舞台のギター男がさっと立ち上がり手を伸ばした。その先にいたペパーミントグリーンのドレスを着たショートカットの女が、舞台に上がった。あ、この顔は知っている。さっき京極がポスター見ながら褒めてた歌手じゃん。初音ミクみたいな名前の、ええと、なんだっけ。

 一層大きな拍手に迎えられ、彼女は優雅にお辞儀をした。もじゃもじゃ男は舞台から降りて、アジアの二人と金髪男が伴奏をはじめた。

 おお、この曲はよく知っているぞ。なんて曲か知らないけれど。
「映画『日曜日はダメよ』のテーマ曲『Ta Pedia Tou Pirea』だな」
京極が解説してくれる。

「何それ?」
「ギリシャを舞台にした名作映画だよ。曲名は『ピレアの男たち』って意味じゃないかな。アカデミー音楽賞も取ったはずだ」

 澄んだ歌声は心地よい。さすがメインダイニングで歌う予定のディーヴァ。見るとキャミソールドレスの別嬪姉ちゃんも、さっきのもじゃもじゃ眼鏡男の時とは全く違う熱心さで舞台に見入っていた。

 俺は、とりあえずほうれん草のパイを片付けるのにメチャクチャ忙しい。京極、悪いけど全部片付けちゃうぞ。美味いし。

「ところで、君はいつまでアンジェリカ嬢の身体を乗っ取っているつもりなんだ」
京極は声を潜めて訊いた。

「ほんのちょっとだよ。うまいもん食って満足すればそれでいいんだ。最長で明日の『魔法少女♡ワルキューレ』放映時間までには戻してくれって頼んである。あの子が、船のあちこちを見るのに飽きちゃったら、すぐにでも終わりだろ。ほら、そこにも四角い額縁があるしさ」
俺は、ガツガツとフェタチーズとオリーブ入りのサラダをかき込んだ。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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忘れてた……。ミク嬢が歌ったのをイメージしたのはこちらです。

Ta Pedia Tou Pirea - NANA MOUSKOURI


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Posted by 八少女 夕

シエナ&フィレンツェに行っていました

さて、今週の旅についてごく簡単な報告です。

「また休暇かよ」と言われそうですが、今年は特別一週間休暇が多かったのです。勤続十五周年でもらったので。(本当は去年だったのですが、去年はそれどころではなかったので、今年取得しました)

最初は、またイギリスに行こうかと思ったのですが、計画すればするほど接続などが上手くいかなかったので、これは今回は縁がないのだなと判断して、以前から行ってみたかったシエナに、フィレンツェでラファエロの絵を観るという計画を合わせて行ってきました。

シエナ大聖堂

シエナは、「イタリアでもっとも美しい中世都市」と言う人もいるくらい、素敵な街です。夏のシーズンほどではなかったのでしょうが、普段人のいないところに慣れている私には「こんなに混んでいるの!」とびっくりするほどの人出でした。

今回は初めてだということもあって、大聖堂に並ぶのもどうかと思い、チケットを予約していきました。大聖堂、ピッコロミニライブラリー、ミュージアム、洗礼堂、納骨堂など、大聖堂の見所をまとめて見ることができて、その豪華絢爛さにいちいちため息をついていました。

それから、連れ合い(一緒に行ったのです)が観るというので、なぜか拷問博物館も。中世ヨーロッパで実際に使われていた拷問器具を展示していて、うんざりするほどの数々なのですけれど、途中から私はすっかり取材モードに。森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」を書くときに役に立つかと……。

シエナの夕暮れ

今回泊まった宿は、どちらも「街の中心地に近く、しかもお値頃」なB&B(ただし朝食別料金)でした。部屋そのものは素晴らしかったのですが、その値段には理由があり、シエナは実質七階、フィレンツェは四階、どちらもエレベーターなしでした。

ふうふう言って登っただけのことはあり、シエナではこのように美しい夕景を楽しむことができました。

シエナのカンポ広場

シエナと言えば、このカンポ広場。一度観たら忘れられない広場で、老若男女ここで座って時間を過ごしていました。わたしたちもちょっと(笑)

この周りのカフェの値段は、殺人的なので一休みにはあまり向かないのですけれど、それでも二回ほどコーヒーやワインを楽しみました。

そして、この広場の中心にそびえる市庁舎には、私がとても観たかったものがありました。これについては、そのうちに別記事で。

ボーボリ庭園からドォーモを臨む

人手と殺人的な値段は、フィレンツェに移動してからも相変わらずでした。これでもヴェネチアよりはマシだとか(笑)

さて、フィレンツェの目的はラファエロ絵画で、いつまでも並ぶのは嫌だったので、チケットを買っていきました。一つのチケットでウフィッツィ美術館、ピッティ宮殿、ボーボリ公園を回れるものです。

これまでは、行きそびれていたボーボリ公園に行くことにして、その分ドォーモやショッピングをほとんどしないスタイルにしてみましたが、心地よかったです。

シエナでは嘘のような好天に恵まれていて、フィレンツェに移ってからは雨続きと言われていたのですけれど、意外にも降られたのはほんのわずかで、心配していたボーボリ公園行きも、わずかに青空が覗く程度の心地よい条件で回ることができました。

ボーボリ公園、とても広いので、いらっしゃるならばたくさん歩く覚悟を……。私たちは、疲れたのでパラティーナ美術館に行く前にカフェで一休みしました。

ラファエロの絵画

ウフィッツィ美術館、パラティーナ美術館ともに、ラファエロの絵が充実しています。私はヨーロッパの大都市(ロンドン、ウィーン、ドレスデンなど)に行くたびにラファエロの絵の前でボーッとするのを常にしているのですけれど、フィレンツェは特に名作がたくさんあって、行ったり来たり大変なのです。

日本だと、名画の前に何十分も陣取ったりできないのですけれど、それができるのが嬉しい。ウフィッツィ美術館が混みまくりといっても、日本の「観客の頭しか見えない」というような混み方ではないですし、一度行ってから戻ってくる事も可能でした。それどころか、パラティーナ美術館では、「大公の聖母」と「小椅子の聖母」のある部屋にかなり長いこと座っていたのですが、数分間ですが私しかいない時間もあったのです。なんて贅沢。

ラファエロ三昧、堪能してきました。

フィレンツェでのディナー

さて、食いしん坊の私たち、朝食からデザートまであれこれ楽しみました。今回の一番のヒットは、フィレンツェで見つけた小さなリストランテ。お料理も美味しかったですが、ウエイターさんたちが親切でしたし、さらに変な時間(午後三時〜)に食べたがった私たちに、文句も言わずに臨機応変に対応してくれました。

しかも、あまりお腹がすいていなかったので、前菜もメインもシェアできるか訊いたらOK。最終的にドルチェまでばっちり食べて幸せでした。で、結局翌日もリピートしました。

写真は、トスカナ・ワイン、ポルチーニ茸のフェットチーネ、イノシシのラグーポレンタ添え、ほうれん草のオリーブオイルソテーですね。そうそう、デザートに食べたカントゥッチ・ビスコッティとデザートワインも美味しかったなあ。二晩通ったのでリモンチェッロもサービスしてくれましたよ。

以上、簡単ですけれど、旅の報告でした。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 5 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた五回目です。

グレッグから二十年前の出来事を聞いたジョルジア。ようやく全てのことが腑に落ちたようです。グレッグは、嘘を言っていたわけではないと。そして、彼の青春時代が、彼女が想像していたものよりもずっと暗かったことを理解するのでした。

この「もう一人のマデリン」の章が長くなってしまったのは、この作品でこの章が要だったからなのです。しかし、それにしても全体的に地味なトーンになりましたね。ま、私の作品はいつもそうか。

さて、私自身は、グレッグがジョルジアとの旅をドタキャンしてしまったイタリアでルネッサンス絵画を満喫している予定。今回も予約投稿でお送りしています。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 5 -

 ジョルジアは、首を振った。
「私はティーンエイジャーじゃないもの。そういうこともあったのねって、思えるわ。もちろん、今からそういうところに通うと言われたら納得できないけれど」

「まさか! 誓ってもいい、僕は……」
「わかっているわ。私ね、婚約者としては変かもしれないけれど、あなたがアトキンスさんの客になったことは全然氣にしていないの。むしろ安心したの。そうじゃないことを心配してずっと不安だったから」

「何に?」
「あなたが愛してくれた女性はいなかったって言ったこと。その言葉は、私を傷つけないための優しい嘘だと思っていたの」
「嘘?」

「だって、あの私にとって初めての夜、あなたはとても上手にリードしてくれたもの。あれが初めてのはずはないって思ったの」
「あ……」

「どんな人だったんだろう。あなたはその人とどんな幸せな時間を過ごしたんだろうって考えていたの。見えないあなたの昔の恋人の影に怯えていたのね。きっとあなたはその人と私を比較して、がっかりしている。でも、言わないでいてくれるんだと。でも、今夜あなたが話してくれて、救われたわ」

 グレッグは、彼女を引き寄せて抱きしめた。
「参ったな」
「何が?」

「君を、その、例の行為のことで不安にさせたなんて。それも下手じゃなかったからだなんて……」
「あの人は、とてもいい先生だったのね」
ジョルジアは彼に抱きついたまま言った。少し冗談めかして言えば、彼のいたたまれなさが和らぐと思ったのだ。

 だが、彼はそれすらも真面目に受け取って答えた。
「彼女は、一般的な手順を手ほどきしてくれたけれど、たぶん、それ以上に大切なことを教えてくれたよ」
「それは?」

「何をどうすべきかの正解はないんだと。どこをどうしてもらうと感じるのかをすべての女性に当てはめて語ることはできないと。だから、手順や情報や過去の成功例にこだわらずに、相手の反応を感じ、しっかりと意思伝達をし、お互いにとって一番心地いい愛し方を築いていくべきなんだと。僕は、君が来てくれたあの夜からいつだって、幸福と快感で溺れてしまいそうな一方で、どうやって君を悦ばせてあげられるだろうかと考えている。そう言う意味では、おそらく、マデリンの指導が功を奏しているんだろうね」

 彼の瞳には、哀しみが漂っていた。ジョルジアは、彼がマデリン・アトキンスに対して持つ想いがわかるような氣がした。ジョルジアが一度も失ったことのない温かい肉親の抱擁を、彼は探して彷徨ったのだ。どんな自分であっても、力強く肯定してくれる家族の存在があったから、彼女は苦しみや哀しみを乗り越えることができた。それを初恋の相手や、性の指南をしてくれた娼婦にまで求めて、結局誰からも否定されたことは、彼を深く傷つけただろう。

『パセリ、セージ、ローズマリー、タイム……とある人によろしく言って欲しい……』
「スカボロ・フェア」の憂いがジョルジアの胸の奥にくぐもっている。逢いたい想いと、直接は逢えない哀しみ。

 ジョルジアは、彼の人生に影を落としていた女性は、一人ではなく三人なのだと理解した。《郷愁の丘》で想像していたのは、上手くいかない親子関係をこじらせた実母レベッカの影だけだった。

 母親からは得られなかった優しさとぬくもりを探して惑った彼は、ジェーンと、マデリン・アトキンスにそれを求め、失望し、苦い思い出だけが降り積もっていったのだろう。勝手に想像していたような幸せな関係を築いた恋人の存在はなく、彼は今でも見つからなかった何かを探し続けているのかもしれない。

 彼は、呟くように続けた。
「僕は、彼女に感謝している。僕に人生のことを教えてくれた数少ない人だ。どうやら恩を仇で返してしまったようだけれど。愚かな貧乏学生と思っただろうな」

 その時、ジョルジアは、不意にマデリンの話を思い出して愕然とした。
「グレッグ。違うわ」
「え?」

「違うの。アトキンスさんは、払ってくれる金額が不満であなたを追い返したんじゃないわ」
「ジョルジア?」
「グレッグ、あなた、食べるものも食べずに、なけなしのお金で彼女のところに行ったんでしょう?」

「どうして、それを?」
「アトキンスさんが話してくれたのは、あなたのことだったのよ。来るたびにお腹が鳴っている貧しい学生。そんなにしてまで来なくてはならない状態を憂慮してくれたんだわ。このままでは、学業も手につかなくなり、きっと卒業できなくなる。未来は潰れ、光の見えない暗闇の中に留まることになってしまう。アトキンスさんは、あなたをご自分のような、どこに行くこともできない貧しさの沼に引き込みたくなかったのよ。あなたの学者としての未来を考えて、心を鬼にしてくれたんだわ」
「まさか」

 ジョルジアは、早くあの写真を現像したいと思った。彼女の表情、瞳の光を見れば、彼にもわかるはずだ。あの女性の、おそらく当時の彼女にとっては、氣まぐれとかわりない程度のわずかな思いやり。それでも確かに彼女が抱いた、弱くて苦しむ青年に対する同情心は、きっとフィルムに映っているはずだ。

「きっとアトキンスさんは、私の知り合いはあなただって氣がついていたんだわ。でも、わかっていないフリをして、他のいろいろなエピソードに混ぜてその話をしてくれたんだと思うわ」
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Posted by 八少女 夕

Apple Watchとの一ヶ月

今日は、久しぶりに小説以外の話題です。っていうか、試験とその直後の旅行につき、「オリキャラのオフ会」の続きができていないだけ、という話でもあります。


Apple Watch

先月、発売とほぼ同時に手に入れたApple Watch Series 5。

写真、傷が見えますが、幸いこれはカバーの傷です。カバー、そろそろ変えようかな。でも、またすぐに傷つくんだろうな。

そもそもApple Watchを買う決意は、三ヶ月くらい前に固まっていました。で、Series 4を買うか迷っていたんですけれど、すぐに新製品が出そうだし待っていたのですね。
結論から言うと、正直言ってSeries 4買ってもよかったんですけれど、ほぼ同じ値段だし、電池持ちが少しでもいいならと思っています。Always on、やはり使わないよりバッテリーが減るので使っていないし。

お使いの方や、購入を検討なさっている方には、分かりきった話を書きますが、Apple WatchはiPhoneと一緒に使う時計型デバイスです。結論から言うと、私にとってはもう手放せないくらい便利です。

この一ヶ月の使用感を兼ねて、現在よく使っている機能をまとめてみました。(いずれ、個別の記事で詳しく説明しますね)

(1) アラーム
アラームが一番便利! アラームは自分が氣づかなくちゃ困るけれど、いちいち音が出るのも困ります。Apple Watchは、手首の振動だけで教えてくれるので、まず「氣付かなかった!」がないです。私は忘れっぽいので、起床だけでなく、休憩時間や昼休み、ギターやポルトガル語の練習、就寝準備の時間などもアラームに設定しています。

(2) Apple Pay
買い物の時にクレジットカード決済をするのが簡単です。カードの実物をかざすのと変わりないのですけれど、いちいちお財布を取り出さなくても、ポイントカードも支払いも腕だけで済んでしまうのが嬉しい。日本だとSuicaでしょうか。次に日本に行ったら試すつもりですけれど。

(3) ワークアウトや呼吸、スタンドでの健康管理
ここしばらく健康管理に真剣に取り組もうと思うようになりました。仕事に熱中していると数時間座りっぱなしということも多くて、命を縮めているなあと思ったのがApple Watchを買おうと思ったきっかけの一つです。で、結果的に「やったか、やらなかったか」がビジュアル化されて、やらずにいられなくなります。ものぐさの人にも、負けず嫌いの人にもおすすめです。

(4) リマインダー
アラームと同じですが、地味に便利です。おすすめの使い方としてはSiriに「買い物リストに卵を追加して」という具合に頼む方法。冷蔵庫を開いてあと二個しかないと氣付いたときに、頼むわけです。で、お店では「買い物リストを見せて」というと、手元に買うべきものが見えるという寸法。本当に便利です。まあ、iPhoneでもできますが。

(5) タイマー
これもiPhoneでもできることですけれど、水仕事中や調理中などの手が離せないときにもすぐに設定できるのはApple Watchに軍配が上がります。Siriに「タイマー10分」というだけ。

(6) 音楽のリモコン操作
ものすごく自分限定の「便利」かもしれません。タンデム中に長いプレイリストの一曲を飛ばしたいときなどにiPhone取り出せなくても手元でできます。自転車停めて、ちょっと操作も可能。iPhone落とす危険性が減りました。ま、それでも落としてますけれど。

(7) メッセージやLINEなどの通知
私のiPhoneは、基本的にサイレント状態なので、メッセージやLINEなどはいつも見逃していました。iPhoneよりも少ない通知をさせることも可能なので、うるさくない程度に大事なものだけブルッとさせています。

(8)Macの画面ロックを自動で解除
これが地味にウルトラ便利。しばらく席を立ってロックされたMac。私が前に座るとパスワードを入れないで自動でロック解除してくれるのです。

(9) ギターのチューニング
これもマイナーな「便利」だな。でも、ギターの練習をする度にチューニングマシンを探す手間がいらなくなりました。少し前まではiPhoneでやっていましたが、Apple Watchは腕についているのでもっと便利。

(10) マップでの道案内
こちらもiPhoneをいちいち見ないで済んで便利なのですが、まだ道案内してもらうようなところに行ったことがなく、使用感は不明。旅の後に改めて報告します。

(11) 心拍数と心電図
これが私がアップ買おうと思った直接のきっかけです。私は両親ともに心臓発作で失っています。で、心拍数が十分間にわたって高すぎるときや、異常が発見されたときに教えてくれるというのが魅力的だったのです。それにSeries 4からは転倒検知機能も搭載されたというので、これから歳取ったら便利だなと思いました。

ちなみに日本ではまだ搭載されていないという心電図、スイスのApple Watchはばっちりついていて、既に何回か計っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 4 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた四回目です。

もと娼婦マデリン・アトキンスの家に行ったことをグレッグに話したジョルジア、彼の固まった様子に「マズいことをしたかしら」とようやく思い至った様子です。そりゃ、そんなことしちゃ波風立ちますとも。まあ、相手はヘタレなグレッグだからよかったものの、もっと強氣な人なら口論になるかもしれませんね。

ようやくグレッグの口から、ジョルジアが興味を持っていた若かりし日の一連の出来事が語られます。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 4 -

「あの……。プレゼントを探している時に寄った……」
「あそこに、行った?」

 彼の許可も得ずに、マデリン・アトキンスを探して話を聞き出したことが大きなプライバシーの侵害だと、この時点になってようやくジョルジアは思い当たった。

「ええ。あの……たまたま、アトキンスさんに逢ったの。それで、お茶をご馳走してくださったの。いろいろな話をして、写真を撮らせていただいて……」

 彼の表情は強ばり、息を呑んだ。
「彼女と話をした? 君が?」
「ええ。あの……私……」

 彼は立ち上がって、後ずさった。まるで、四年前に戻ってしまったかのようなぎこちない動きだ。
「僕は、もう一つの部屋で寝た方がいいだろうか。それとも、そのソファで……」

「グレッグ」
彼女は震えを抑えられなかった。

「ごめんなさい。私のやったことを許せないかもしれないけれど、申し訳なかったと思っていることは知って欲しいの」
ジョルジアが絞り出すようにそう告げると、彼は驚いて首を振った。

「僕は、君の方が不快に思っているのだと……」
「どうして? そのつもりはなかったけれど、結果的にあなたの過去のことを嗅ぎ回ったのは、私でしょう?」

 彼は、ほうっと息をついた。
「また、同じことになると思ったんだ」
「同じこと?」

 彼は、戻ってくると、またベッドの横に腰掛けてうなだれた。
「ジェーンは、言った。『穢らわしい。近づかないで』って。言い訳もさせてもらえなかった」

「ジェーンっていうのは、お母さまのところで話題になっていた人?」
「そうだ。彼女はマッケンジー氏の遠縁の女性で、オックスフォードで学ぶことになったので面倒を見て欲しいと頼まれた。僕は、女性と親しく話をしたこともなかったし、しばらく一緒に時間を過ごすうちに好きになって、うまく行くことを夢見るようになったんだ」

 ほとんどバースに帰っていなかったグレッグの恋愛事情があの感じの悪いマッケンジー兄妹にも知れ渡ってしまったのは、ジェーンがそもそもマッケンジー家の親戚だったからだ。彼らは、グレッグが手酷い失恋をしたと面白おかしく口にした。

 その失恋の事情はどうやらマデリン・アトキンスと関係しているらしい。マデリンが「ガールフレンドと手も握れない晩熟な学生」と言っていたのがグレッグのことだとしたら、いや、文脈からおそらく間違いなくグレッグのことだと思うが、彼はジェーンとの関係を慎重に真摯に進めようとしていたに違いない。彼が自分との関係を四年もかけて紳士的に育んだように。

「マデリンのもとに行くことにしたのも、彼女の件があったからだ。僕は、生物学や動物行動学の知識はあっても、いわゆるガールフレンドがいたことがなくて、女性と付き合うのはどうしたらいいのかもわからなかった。だから、恥を忍んでリチャードに相談したんだ。そうしたら、口で説明するよりも実習をしろと言われたんだ」
「実習っていうのは、言い得て妙ね。それがアトキンスさんのところへ行くことだったのね」

 彼は頷いた。
「ああ、彼は僕がどうしようか悩む間もなくすぐに話をつけてきてくれて、僕は彼の言葉にも理があると思ってマデリンの所に行ったんだ。それがとんでもない間違いだったとわかったのは、噂でそれがジェーンの耳に届いてしまったことを知った後だった」

 十代の終わりの若い娘がそれをおぞましく思ったことをジョルジアも当然だと思った。彼女は、彼の瞳を見つめた。
「おせっかいな人が告げ口をしてしまったのね」
「男が娼婦のところにいくということを、女性はそう感じるものだと、あの時僕は初めて学んだ」

 ジョルジアは、彼のうなだれた表情を優しく見つめた。いたずらを見つかって縮こまっている子供のような瞳だ。
「彼女も若かったのよ、きっと」

「そうなのかな。おそらく彼女なら僕を理解して受け入れてくれると、僕は勝手な期待していたんだと思う。だから、あんな形で関係が終わって、全世界にまた拒否されたと感じた。それから、やはり僕が誰かに愛されることはないんだと思うようになった。でも、それだけじゃなかったんだ」

「というのは?」
ジョルジアは、言うかどうかをためらっている彼の硬い表情を見つめた。彼は、口に出すことを怖れるように時間をかけていたが、やがて諦めたように口を開いた。

「僕は、それからまたマデリンのところに行った。軽蔑するかもしれないけれど、たとえ仕事だとしても、彼女の肌は温かかったし、僕は性的高揚を知ったばかりだった。彼女はのろのろとした客を嗤ったり冷たくあしらったりしなかったから、僕は甘えたかったんだと思う。失恋の苦しみを薄れさせるために、彼女の優しさに逃げ込めると期待したんだ。少なくとも一度は彼女は優しくしてくれた。でも、彼女にとっても僕は迷惑な存在でしかなかったんだ」

「迷惑?」
「リチャードが取り決めてくれた金額は、一回限りの特別料金だったんだろうね。なのに、世間知らずの僕はその値段で彼女のところに通おうとしていたんだ。それっぽっちしか払えないならもう来ないでほしいとはっきり言われてしまった。でも、僕には急いで差額を払えるだけの余裕もなくて、謝って退散するしかなかったんだ」

 彼は、自虐的な笑みを漏らした。
「今回、マデリンがまだ居るか知ろうとしたのは、彼女とまた関係を持ちたかったからじゃない。今更だけれど、差額を払ったほうがいいのかと思ったんだ。でも……」
「でも?」

「君に知られたらおしまいだと思った。ジェーンに拒絶された時みたいになるって」
彼は、肩を落とした。
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Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 4 -

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第四回目です。

アンジェリカと四十時間だけ身体を交換した山内拓也。四角の中でなくてもどこにでも行ける自由を満喫中です。今回は、よTOM−Fさんのところのあの方と遭遇した模様。

旅の思い出は、えーと、次回かなあ。すみません。

それと、申し訳ありませんが、これから私に余裕がなくなりますので、おそらくハロウィンまでには完結できません。(この後を全然書いていませんし)さすがにクリスマスということはないですけれど、発表が遅れることをご了承ください。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
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目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 4 -


 ピザ、カントリーポテト、ミニカツ丼、餃子、バッファローチキン、ハンバーグのホワイトソース煮、唐揚げ、エビチリソース。これこれ、こういうの。俺は、ビュッフェの端にある庶民的なコーナーの前でほくそ笑んだ。

 妖狐に身体を乗っ取られて、京極の屋敷に世話になるようになってから、俺の食生活は激変した。ヤツの屋敷の露天風呂がメインの根城で、そこに京極家で長年家政婦として働いているサエさんというおばちゃんが飯を運んでくれる。で、美味いんだけど、上品なんだこれが。鯛のすり身団子入りのお吸い物とか、おぼろ豆腐とか、金目鯛の煮付けとかさ。ああいうのを食べているから京極はああいう醤油系お坊ちゃんに育ったんだろう。

 タダ飯を食わせてもらっている以上、文句はいわないけれど、俺はジャンクフードで育ったクチ。たまにはコテコテのものが食いたいんだよ。

 アメリカから来たという少女アンジェリカと四十時間だけ身体を交換した俺は、まず彼女の船室で服をとっかえひっかえして楽しんだ。美少女ライフ、楽しいな。

 アンジェリカのワードローブには、高そうな服がズラリと並んでいたけれど、とりあえずスモーキーピンクのフリルいっぱいの服を選んで着た。これ絶対に何十万もする高級子供服だ。タグを見たらイタリア語だった。ブランドものだろうな。一人ファッションショーもそこそこにして、美味いもんを食うため船内を歩き回ることにした。

 まずお茶会ってヤツに行ってみたら、綺麗に着飾ったガキどもが、すましてスコーンやらキュウリのサンドイッチを食っていた。しかも、アンジェリカの友達らしき美少女が、俺が彼女じゃないことを速攻で見抜きやがった。こいつはマズいと思ったので、俺はさっさと逃げ出し、こっちの大会場の方へと向かった。お嬢様の集まりそうなとこは、行っちゃダメだな。

 恭しく招き入れてくれたウェイターからでっかい皿を受け取り、俺は食いたかった飯を片っ端から載せていく。やっぱりハンバーグがあったらスパゲティミートソースもつけたいよな。エビフライにはタルタルソースを載せて、おっと。欲張って載せすぎたか、ヤバいな、バベルの塔みたいになってきた。

 バランスを取りながら後ずさっていたら、後ろにいた誰かとぶつかってしまった。
「きゃっ」
「わあっ」

 スパゲティミートソースが、俺の着ているワンピースの前面にベッタリとついちまった。ありゃりゃ。お、もったいねーな。俺はまだ服に引っかかっているスパゲティをごっそり掴んでそのまま口に放り込んだ。

「大丈夫?」
優しい女性の声に振り向くと、青い着物姿の女が心配そうにのぞき込んでいる。お、超マブい女の子にぶつかったな、ラッキー。

 俺は、できるだけ外国人の女の子の声に聞こえるように甲高く答えた。
「ノープロブレム! ちょっと汚れちゃったアルね」

 ガイジンの美少女の口から、こんな台詞が出てきたのを聴いて、着物の娘はわずかに変な顔をしたが、すぐに微笑んで懐紙を取りだし、俺の服にこびりついているスパゲティやエビフライのパン粉を取り除いてくれた。

 おお、カワイ子ちゃんはいい匂いがするなあ。おしとやかで親切、超美人だし、コスプレさせたら何でも似合いそう、いいじゃん、上手いこと連絡先を聞き出せないかな、俺の身体を取り戻したらカノジョになってもらったりしてさ。

「いた! こんなところに」
げ。この声は、京極? なんでもう見つかったんだ? 俺がアンジェリカの格好していること、どうしてわかったんだろう。

 京極は、いつもになく厳しい顔をして仁王立ちになった。
「なんてことをしてくれたんだ! あれだけ迷惑をかけるなと言ったのに!」

 ちょっと待ってくれよ、まだエビフライもハンバーグも食っていないのに、お楽しみはもう終わりかよ。
「ごめんなさい、叱らないで。汚すつもりじゃなかったの、わーん」
渾身の泣き真似でこの場を乗り切る作戦遂行中。

「泣いた振りしてもダメだ。ちょっと来い」
断固として言う京極と俺の間に、すっと着物のカノジョが割って入った。

「失礼ですけれど、少し厳しすぎませんか。汚してしまったのは、このお嬢さんが悪いわけではなくて、私とぶつかってしまったからなんです。理由も訊かずに頭ごなしに叱るのはかわいそうですわ」

 うはっ。この別嬪さんは、イケメン京極じゃなくて、この俺の味方だ! 生まれて初めての勝利じゃん? ひゃっひゃっひゃ。

「いや、服を汚したことではなく、こいつが、その……」
京極は、着物姿の美女に凜と意見されて、しどろもどろになった。そうだよなあ、まさか少女を妖狐姿に変えて、代わりにうまいもん食い散らかしているのを叱ったなんて、言えっこないよなあ。

「……その、お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。ほら、山内、お礼を言って。行くぞ」
京極は、アンジェリカ姿の俺に強引に頭を下げさせると、まだ不審げに眉を寄せている別嬪さんの目を避けるように俺を強引に会場から連れ出した。

「どこ行くんだよ」
俺は、小さな声で京極に囁いた。

「とにかく、その服をなんとかしないと。ブティックに服を買いに行く」
「なんで?」
「君が身体を乗っ取っているのは、あのマッテオ・ダンジェロ氏の姪だぞ。そんなみっともない姿のままにしておけるか」

 ブティックで鏡を見て、我ながらこれはないなと思った。スプラッタ映画じゃあるまいし。服にベッタリとミートソース、しかも口の周りも真っ赤だ。

 京極がなんでもいいから服を選べと言ったので、俺はとにかく手と顔を綺麗にしてから、服を選んだ。アンジェリカの服みたいにメチヤクチャ高そうではないけれど、俺が普段買っていた服と比べたら十倍くらいはする服ばかり。京極がカードで払ってくれた、悪いね。

 ちょうちん袖の青いワンピースにしてみた。浦安のネズミ~ランドでたまに見る「不思議の国のアリス」コスに見えるように、白いエプロンとタイツ、それに黒い靴を合わせてみた、ひっひっひ。飯食うにはちょうどいいだろう?

 俺がそれに着替えると、京極はアンジェリカのワンピースをすぐにクリーニング店に持って行った。
「代金は今このカードで支払います。仕上がったら、マッテオ・ダンジェロ氏の船室に届けていただけますか」

 京極はテキパキと俺の尻拭いを進める。すまん。悪氣はなかったんだ。
「それよりさ、さっきの着物ムスメ、超マブかったよな。お前が邪魔しなかったら、連絡先を訊けたのにな。俺が元の身体に戻ったらきっと滅茶苦茶喜んで、つきあってくださいって言われちゃったりして……」

 京極は、厳しい目を向けた。
「お家元が君にそんなことを言うはずないだろう」
「お家元?」
「あの方は、花心流という華道の三代目家元だ。少しは敬意を持って話せ。だいたい先ほどは、君のせいで僕が不興を買ってしまった、参ったよ」

 あれ、悪いことしちまったかな。こいつ、モテモテだからフラれ慣れていないんだろうな。

「ともかく、今度はエプロン付きだから安心だよな。ちょっくら、二回戦に行ってくる」
そう言って飛び出そうとした俺を、京極はエプロンの紐を引っ張って引き留めた。

「ダメだ。君一人だと、何をやるかわかったもんじゃない。いま一緒に行くから少し待て」
「え。でも、お前、忙しいんじゃないの?」

 京極は、珍しく鬼の形相になって答えた。
「ダンジェロ氏にこの船のオーナーを紹介してもらうつもりなのに、君が大切な姪御さんの評判を下げるのを放置できると思うのか!」

 えーと、オーナーに紹介してもらうって、なんでだっけ?
「別に無理してオーナーと知り合わなくてもいいんじゃないの?」

 つい、そう言ってしまってから、ヤバいと思った。すっかり忘れていたけれど、俺の身体を取り戻す件だった。このままじゃ温厚な京極を逆上させそうだ。トンズラしたいのをぐっと堪えて、仕方なくお目付役つきでグルメツアーを続行することにした。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた三回目です。

もと娼婦マデリン・アトキンスの家に招かれたジョルジア、本来の好奇心はどこへやら、フォトグラファー・モードに入ってしまいました。人生のパートナーと「関係」のあった女性を前にして、個人的な感慨をどこかへ置き去り瞬時に客観視してしまう姿勢は、本人がそうと意識していないだけで、重度の職業病なのかもしれません。それに、後先考えずに夢中になってしまうところ、もしかしたらかなり似た者夫婦なのかもしれませんね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -

 マデリンは、ジョルジアのカップに紅茶を入れた。
「あんたは、ケニアで何をしているんだい? 旅行関係?」

「私は写真家なんです。マサイ族の写真を撮る時にリチャードにアテンドしてもらいました」
「ああ、それでか」
「それでって?」

 マデリンは笑った。
「あんたは、自分では氣付いていないだろうが、いろいろな物をじっと見るんだよ。あたしの顔や、服装や、この部屋の様相、それにこの紅茶もね。最初は警官なのかと思ったくらいさ。それで、何かこの部屋に撮りたい被写体があるのかい? 娼婦の部屋らしい様子はもうないと思うけれどね」

 ジョルジアはチャンスだと思って頼んだ。
「私は、人生の陰影を感じるポートレートを撮りたいんです。あなたのお話を聴いていて、先ほどからずっと思っていました。沢山の人生を受け止めていらした深さや重みを感じるんです。フィルムに収めても構わないでしょうか」

「あたしをかい?」
「はい。あなたをです。もし、お嫌でなかったらですけれど」
「構わないさ。こんな婆さんを撮りたいっていうのはわからないけれど」

 ジョルジアは、当初の目的も忘れてマデリンを撮った。マデリンは面白がりながら、撮られている間もいろいろな昔話を続けた。

 とある著名な教授が部屋を出る時に、その学生と鉢合わせしてしまった話。三年も通ってくれた青年に恋をしてしまった話。ある客と事に及んでいる時に、スコットランドから出てきたという妻が乗り込んできたこと。いつも空腹でお腹を鳴らしながらも、貯めたわずかなお金で通おうとした貧しい青年を追い返した話。

「どうして追い返したんですか?」
「娼婦に通うなんて事は、精神的にも経済的にも余裕のない時にするべきではないんだよ。さもないと、取り返しのつかないところに堕落してしまうからね。学業がおろそかになり落伍しても、本人に別の道を見いだせる器用さがあったり、親が面倒を見てくれるような坊やならあたしも氣にしないさ。でも、その学生は学者にでもなるしか将来の可能性はなさそうだったしね」

 ジョルジアは、微笑んだ。この人は、暖かい心を持った素敵な人だ。はじめから娼婦だと聞かされていたら偏見を持ったかもしれない。そうでなかったことを、嬉しく思った。グレッグに写真を見せたらなんて言うだろうと考えた。

 マデリンのフラットを出ると、また雨が降っていた。ジョルジアは、折りたたみの傘を広げて路地を出た。石畳がしっとりと濡れている。雨は直に小降りになってきたが、先が霞んで昨日や先ほどとは全く違った光景に見えた。

 ジョルジアは、iPhoneを取りだして時間を確認した。約束の時間まであと十五分ほどだ。

 観光客たちが行き過ぎるバス乗り場を越えて、ホテルの近くまで来た時に、霧の向こうから見慣れたコートの後ろ姿が見えてきた。ゆったりとした歩きが停まり、彼は振り向いた。ジョルジアの足音に氣が付いたのだろう。

 彼女はいつもと変わりない彼に笑いかけた。
「ウォレスとは、心ゆくまで話せた?」
「ああ。学生時代から思っていたけれど、彼の頭の回転は、信じられないくらい早いんだ。昨日から今日の間に、もう三つも新しいアイデアをシミュレートしていて、それがまた僕の研究を新しい次元に導いてくれたんだ。ホテルに戻ったらレイチェルにメールをして、彼女の意見も聞こうと思うんだ」

* * *


 夕食までの時間、彼は真剣な面持ちでメールを打っていた。ジョルジアは、生き生きとしている彼の様子が嬉しくて、邪魔をしないようにカメラの手入れをしていた。

 夕食中やその後も、彼は普通に話をしながらも、時おり思い出したように内ポケットに入れた手帳に思いついたことを書き込んだり、ウォレスに電話をしたりしていた。その様な状態では、バーやティールームにいても仕方ないので、二人はすぐに部屋に戻った。彼は、研究の話に夢中になりすぎたことを謝り、ジョルジアは笑った。

 明日からニューヨークに着くまでは、姪のアンジェリカが隣の部屋にいるので、あまり甘い夜は過ごせないだろう。だから、今夜は彼に甘えてみようと、ジョルジアはシャワーを浴びるとさっさとベッドに向かって彼を待った。

 彼は、そのジョルジアの意図を理解したのかしないのか、背広を箪笥にしまい部屋のあちこちを適度に片付けてから、シャワーを浴びてバスローブ姿でベッドの近くまでやってきて、ベッドの端に腰掛けた。

「そういえば、僕のことばかり話して訊きそびれてしまったけれど、君はどんな一日だった?」
そう訊かれて、ジョルジアは微笑んだ。

「そうね。まず、セント・メアリー・チャーチの塔に登ったの。地理を理解する時に、いつも一番高いところに登るの。それから、カバード・マーケットに行ったの」

 グレッグは笑った。
「意外だな。君でも、いかにも観光客って周り方をするんだね」

 それを聞いて、ジョルジアはおどけて言った。
「その後は、さほど観光客って感じじゃなかったわ。あのね、昨日あなたと行ったあの小路に行ったのよ」

「あの小路って?」
彼の動きが止まった。不安そうな顔つきで彼女を見ている。その顔を見て、ジョルジアは不意に自分は何をしたんだろうと思った。
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Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 3 -

台風の被害に遭われたみなさまに心からのお見舞い申し上げます。こんな時にのんきにどうでもいい小説をアップしている場合ではないのかもしませんが、とはいえ数日自粛しても同じ事ですし、不快に思われる方は読まないと思いますので、予約投稿通り本日公開します。以下、予約投稿の文章です。

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第三回目です。

サラッと書いて終わらせるはずだったのに、なんか思いのほか文字数が……。はじめに謝っておきますが、真面目に豪華客船の謎に挑んだりはしません。能力も興味も皆無なキャラクターで出かけてきてしまったので。さらにいうと、妖狐の問題も全く解決する予定はありませんので、ストーリーに期待はなさらないでくださいね。

さて、今回の語り手は、京極髙志の方です。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
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目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 3 -


 僕は、ウェルカムパーティで何組かの知り合いと遇った。父が後援していた指揮者の令嬢で、かなり有名なヴィオリストである園城真耶。そして、彼女の又従兄弟で日本ではかなり有名なピアニストである結城拓人。この二人が乗船していたのは、嬉しい驚きだった。

「まあ、京極君じゃない! 久しぶりね。十年以上逢っていなかったんじゃないかしら」
彼女は、あいかわらず華やかだ。淡いオレンジのカクテルドレスがとてもよく似合っている。

「僕は、五年くらい前に舞台で演奏している君たちを見たけれどね。君たちもこの船に招待されたのか?」
シャンペングラスで乾杯をした。結城拓人はウィンクしながら答えた。
「いや、僕たちは君たち招待客を退屈させないために雇われたクチさ。変わらないな、京極。あいかわらず、あの会社に勤めているのかい? 先日、お父さんに遇ったけれど、そろそろ跡を継いで欲しいってぼやいていらしたぞ」

 僕は肩をすくめた。ぼんくらの二代目になるのが嫌で、自分の力を試すために父の仕事とは全く関係のないところに就職した。父はさっさとやめて自分を手伝えとうるさいが、責任のある仕事を任されるのが楽しくなってきたところだ。それに、何人もの社内若手の身体を乗っ取ったあげくに、山内の身体とパスポートを使い海外に逃げ出した妖狐捜索の件がある。自分も巻き込まれた立場とはいえ、いま放り出して会社去るのは、無責任にも程があるだろう。

「父は誰にでもそんなことを言うが、そこまで真剣に思っているわけじゃないんだ。ところで、君たちはこの船のオーナーと知り合いかい? もしそうなら、紹介してもらいたいんだが」
《ニセ山内》の件を相談するにも、まずはオーナーと知り合わないと話にならない。

「いや、僕たちはヴォルテラ氏と面識はないんだ。でも、あそこにいる二人なら確実に知り合いだと思う。ほら、イタリア系アメリカ人のマッテオ・ダンジェロ氏とヤマトタケル氏だ」
拓人は、二人の外国人を指さした。

 一人は海外のゴシップ誌でおなじみの顔だ。スーパーモデルである妹アレッサンドラと一緒にしょっちゅうパーティに顔を出すので有名になったアメリカの富豪で、たしか妹の芸名に合わせてダンジェロと名乗っているとか。

 もう一人の金髪の男も見たことがある。雑誌だっただろうか。端整な顔立ちと優雅な立ち居振る舞いの青年だ。変わっているといえば、茶トラの子猫を肩に載せているとこだろうか。もちろんパーティで猫の籠を持ち歩くわけにはいかないし、この人混みでは足下にじゃれつかせていたらいつ誰かに踏まれるかわからないので、そうするしかなかったのかもしれない。

 僕は首を傾げた。
「ということは、彼があの有名なヤマト氏なのか? でも、噂では、彼の父親は……」

 園城真耶は謎めいた笑みで答えた。
「だから拓人が、確実に知り合いって言ったのよ。もっとも、紹介してくれるかはわからないけれどね。でも、マッテオは、この船のオーナーとも財界やイタリアの有力者とのパイプで繋がっているに違いないわよ。とにかく挨拶に行きましょうよ」

 僕は、二人に連れられて、ひときわ目立つ二人のところへと向かった。驚いたことに、日本に永く住み音楽への造詣も深いと噂のヤマト氏だけでなく、ダンジェロ氏までが結城や園城をよく知っている様子で、親しく挨拶を交わしていた。特に園城に対しては最高に嬉しそうに笑顔を向ける。

「ああ、真耶、東洋の大輪の薔薇、あなたに再会するこの日を、僕がどれほど待ち焦がれていたか想像できますか? 今日もまた誇り高く麗しい、あなたにぴったりの装いだ。先日ようやく手に入れた薔薇アンバー・クイーンの香り高く芯の強い氣高さそのままです」

 僕は、ダンジェロ氏が息もつかずに褒め称えるのを呆然と聞いていた。彼女は、この程度の褒め言葉なら毎週のように聞いているとでも言わんばかりに微笑んで受け流した。
「あいかわらずお上手ね。ところで、私たちの古くからの友達とそこで再会したの。ぜひ紹介させてくださいな。京極髙志さん、あなたもよくご存じ日本橋の京極高靖さんのご長男なの。ご近所だからタケルさんはご存じかもしれないわね」

「おお、あの京極氏の……。はじめまして、マッテオ・ダンジェロです。どうぞお見知りおきを」
「はじめまして。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 ヤマト氏もどうやら父のことをよく知っているらしい、ニコニコして握手を交わしてくれた。
「お噂はよく伺っています。お近づきになれて嬉しいです。今、マッテオと話をしていたのですが、あちらのバーにとてもいい出來のルイ・ロデレールがあるそうなんです。それで乾杯しませんか」

 それで、僕たちは広間の中央から、バーの方へと移動することにした。が、園城と結城は一緒に移動する氣配がない。
「失礼、私たち、これからリハーサルがあるのでここで失礼するわ」

「リハーサル? ああ、君たちが出演する、明日の演奏会のかい?」
ダンジェロ氏が訊くと結城は首を振った。

「いや、それとは別さ。実は、普段ヨーロッパにいる友達四人組も来ているんだ。それで急遽一緒に演奏することになってね。たぶん、夜にバーで軽く演奏すると思うから、時間があったら来てくれ」
「じゃあ、また、後で逢いましょう」
そう言って二人は、去って行った。それで、僕はダンジェロ氏とヤマト氏に連れられてバーの方へ行った。

 移動中に、ヤマト氏の愛猫が何か珍しいものを目にしたらしく、彼の肩から飛び降りてバーと反対の方に駈けていってしまった。ヤマト氏はこう言いながら後を急いで追った。
「失礼、マコトを掴まえて、そちらに行きます!」

 結局、僕はダンジェロ氏と二人で、笑いながらバーに向かった。

 がっしりとした樫の木材で作られたバーは後ろが大きな四角い鏡張りになっていた。そして、そこに目をやって僕はギョッとした。映った僕たちの他に、白い見慣れた顔が見えたのだ。思わず叫んでしまった。
「山内!」

 その声に驚き、ダンジェロ氏も鏡の中の妖狐に氣付いた。しまった……。

 よく見ると山内の様子がいつもと違う。立ち方がエレガントだし、それにいつも好んで選ぶ変な服と違い、上等のワンピースを着ている。サーモンピンクの光沢のある絹の上を白いレースで覆った趣味のいいカクテルドレスだ。そして、僕の横を見て嬉しそうに口を開き、鈴の鳴るような可愛らしい声で英語を口にした。
「マッテオ! 私よ」

「おや、その声は僕の愛しい天使さんだね。どういう仕掛けになっているのかな? アンジェリカ」
ダンジェロ氏が、その声に反応した。

 僕は、自分でも血の氣が引いていくのをはっきりと感じた。山内のヤツ、なんてことをしてくれたんだ!
「まさか、妖狐に身体を乗っ取られてしまったのかい、お嬢さん!」

 妖狐の姿をしたダンジェロ氏の連れと思われる少女は、首を振った。
「いいえ。違うの。さっきタクヤとしばらくのあいだ身体を交換する契約を結んだだけ。マッテオが社交で忙しい間、この船内のなかなか行けないところを冒険するつもりなの。明後日の十時までに戻るから心配しないで。マッテオに心配かけないように、あらかじめちゃんと説明しておこうと思って。でも、会場の真ん中には行けなくて困っていたの。この広間で四角い枠はこの鏡の他にはあまりないでしょう。この側に来てくれて本当に助かったわ」

「ダンジェロさん、この方は……」
僕が恐縮して訊くと、ダンジェロ氏は、大して困惑した様子もなく答えた。
「ああ、紹介するよ。僕の姪、アンジェリカだよ。普段は十歳の少女なんだ。アンジェリカ、こちらは京極髙志氏だ」

 ってことは、山内のヤツは十歳のアメリカ人少女のなりでこの船内を歩き回っているっていうわけか……。

「ああ、タクヤが言ってたタカシっていうのはあなたね。どうぞよろしく。マッテオ、詳しくはこの人に説明してもらってね」
妖狐の中の少女は朗らかに笑った。

 ダンジェロ氏は、鷹揚に笑った。
「オーケー、僕の愛しい雌狐ヴォルピーナ ちゃん。世界で一番賢いお前のことだ、何をするにしても僕は信用しているよ。危険なことだけはしないでおくれよ。それに、困ったことが起こりそうだったら、すぐに僕たちに相談すると約束してくれるね」

「サンクス、マッテオ。もちろんそうするわ。タカシも、心配しないでね」
妖狐姿のアンジェリカはウィンクした。

「ところで、アンジェリカ。そのカクテルドレスだけれど」
ダンジェロ氏が、鏡の奥へと去って行こうとする彼女を呼び止めた。彼女は振り返って「叱られるかな」という顔をした。

「私の服だと小さくて入らないから家に戻って、ママのワードローブから借りてきたの。だって、変な安っぽい服着ているのいやだったんだもの。ダメだった?」
ダンジェロ氏は、「仕方ないな」と愛情のこもった表情をして答えた。

「エレガントでとても素敵だよ。アレッサンドラに内緒にしておくが、汚さないないように頼むよ。来月ヴァルテンアドラー候国八百年式典の庭園パーティーで着る予定のはずだ。とくにそのレース、熟練職人の手編みで1ヤードあたり六千ドルする一点ものだから、引っかけたりしないようにしてくれよ、小さなおしゃれ上手さん」

 僕の常識を越えた世界だ。姪に甘いにも程がある。だが、よその家庭の話はどうでもいい、僕はアンジェリカ嬢の身体を借りて、何かを企んでいる山内を探して監視しなくては。まったく、どうしてことごとく邪魔ばかりするんだろう、あの男は。誰のために僕がこの船のオーナーと話をしたがっているのか、わかっているんだろうか。
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【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた二回目です。

この小説で、実はグレッグの実母レベッカよりも私が書きたかった女性マデリン・アトキンスは、実はずっと昔に書きボツにした別の小説のキャラクターでした。こういう使い回しを私はよくやりますね。実は、「郷愁の丘」を書いたときには、この役割の女性を登場させる予定がまるでなかったので、ついマデリンという名前をレイチェルの娘にあげてしまったのですが、後から失敗したな、と思っていました。今回の女性を別の名前にすればいいだけの話でしたが、マデリンという名前で私の中にいること、すでに三十年近いキャラクターで、もう他の名前が馴染みません。

さて、マデリンと若かりし日のグレッグの関係を、鈍いジョルジアもようやくわかったようです。そりゃグレッグは細かく説明しませんよね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -

 彼女の部屋は少し暗かったが、きちんと片付いていて心地よかった。古い調度は、彼女の刻んできた歴史を強調しているようだった。小さいテーブル、二つの腰掛け、七十年代風テキスタイルのカーテンは、おそらく懐古主義で選んだ柄ではなく、その時代から掛け替えていないのだろうと想像できた。

 その佇まいは、モノクロームで映し出せば完璧だと思われた。それはつまり、カラーで表現するにはあまりにも色褪せていて大衆に訴えかける魅力に乏しい部屋だった。だが、結局のところ誰であっても大衆の好みに合わせて生活を変える必要などないのだ。

「アメリカ人のあんたは、コーヒーを好むかもしれないが、あいにくと長いことコーヒーを飲む客を迎えていないのでね。紅茶が苦手だとしたらハーブティーくらいしかない。何がいいかい?」
「紅茶をいただきます。アメリカに紅茶の美味しさを触れ回るロンドン出身の友人がいるんですが、こちらでミルクティーを飲んでようやく納得しました。本当に美味しいですもの」

 マデリンは「そうかい」と言うと、少し嬉しそうにティーセットを用意した。件の友人、骨董店《ウェリントン商会》のクライヴ・マクミランは、いつでも店の銀器や瀬戸物をピカピカに磨いているのだが、彼が見たら何か言わずにはいられない状態のポットだった。取っ手の一部は欠けているし、底の近くはひび割れていた。注ぎ口の近くにこびりついた茶渋が、彼女の決して裕福ではないだろう日常の積み重ねを暗示していた。

「アシュレイは、すぐにケニアに帰ってしまったと聞いたよ。いくつになったかね」
「四十を少し超えたくらいでしょうか」
以前、グレッグが、オックスフォード時代にリチャードやアウレリオと一緒に何年も過ごしたと話してくれた。つまり、リチャードはグレッグとあまり年が変わらないはずだ。

「なんていったかね、イタリア人の友達、ああ、ブラスだったか、あの青年といつも大騒ぎしていてね。二人とももう家庭でももって落ち着いただろうね」

「アウレリオは二人の子供の父親になりました。リチャードは、私の知る限り結婚の意思はないみたいです」
「そうかい。一人に絞るのは難しいかもしれないね」
マデリンはくすくす笑った。

 この人は、本当にあの時代のリチャードとアウレリオをよく知っていたのだ。アウレリオが、マディと知り合うきっかけが欲しくて話したこともなかったグレッグに仲介を頼んだという話をアフリカで耳にしたばかりだ。それは正にいまジョルジアの立つこの街だったのだ。その時代にグレッグもこの街で暮らしていたのだ。

「あの頃は、まるで昨日のようだ。だが、もはやすっかり様変わりしてしまった。あたしは老いぼれになり、学生たちはずっと大人しくなってしまった。この一画もあたしたちの同業者はほとんどいなくなり、観光客に部屋を貸す業者ばかりになってしまった。警察は喜んだみたいだが、外国人が部屋を買っては値段をつり上げたり、もっと物騒な犯罪に使ったりと、あまり芳しくない傾向に陥っている。懐古主義に陥っている警察官もいるよ」

「警察?」
ジョルジアは戸惑った。

「心配しなさんな。あたしはご覧の通り、この歳でもう仕事はしていないからね。五年前に六十五になったので、他の人と同じように年金暮らしになったのさ」
ジョルジアは、驚いた。八十過ぎかと思っていたのに、この人はまだ七十歳だったのだ。

 しかし、マデリン・アトキンスはジョルジアには構わずに続けた。
「ここにいるからって警察が踏み込んで逮捕するようなことはないよ。あたしは仕事に誇りをもっていたわけじゃないが、少なくとも恥じてはいなかった。ただ食っていかなくちゃいけなかった、それだけさ」

「リチャードやアウレリオもあなたのお客だったんですか?」
ジョルジアは、警察という言葉に不安を持って訊いた。そして、グレッグも……。本当に訊きたかったことはそれだ。そして、どんな犯罪に関係しているのだろう。

「いや、ブラスは若い子が好きだったからね。でも、アシュレイは時々ね。素人でない女を抱きたい時もあるとかなんとか妙な理屈を言ってきたものさ」
マデリンの言葉を聞いて、ジョルジアはようやく理解した。

 この女性は娼婦だったのだ。そして、おそらくグレッグもまた客の一人だったのだろう。ジョルジアはどこかほっとしていた。婚約者が娼婦のところに通っていたと聞いたら、普通は怒るかショックを受けるものだと思うが、警察という彼女の言葉で、グレッグが何か犯罪に巻き込まれたのではないかと想像した彼女には、娼婦に通うくらい全くの許容範囲に思われた。

「長く仕事をしていると、いろいろな客がいたものさ。アシュレイは一度ガールフレンドと手も握れない晩熟な学生を連れてきたよ。セックスのイロハを教えてやって欲しいってね」
それは、グレッグのことかもしれないとジョルジアは考えた。

「教えてあげたんですね」
「一通りのことはね。動物行動学を学んでいて、器官のことは専門用語であれこれ言っていたが、実際の男と女のことはまるっきりわかっていなかったね」
ジョルジアはクスッと笑った。
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【小説】豪華客船やりたい放題 - 2 -

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第二回目です。

ようやく本題に入った。こんな感じでストーリーが進みます。というわけで、うちのキャラを書こうとしているみなさま、中身が入れ替わっておりますので、ご注意ください。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
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目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 2 -


 俺がお茶会に紛れ込んで美味いものを食うにはどうしたらいいかを考えていると、ドアの前に来ていたブルネットの少女が「ところで」と唐突に話しかけた。げっ。いつの間に。

「あなたは一体だれ? その耳と尻尾は仮装なの?」
どっかで見たような顔の少女だった。俺は、アイドルや二次元の方が好みだったのでガイジンには詳しくないが、この顔にそっくりな女は何度も見たことがある。スーパーモデルってやつ? 名前までは知らないけれど。が、この子は大人びてはいるけれど、絶対に本人じゃないだろう、若すぎる。

 俺がこの妖狐スタイルになって実にラッキーだと思うことの一つに、語学問題がある。学校に通っていたときから、勉強は苦手で英語なんて平均点以上採ったことがない俺だが、この狐耳から聞こえてくる言葉は、全部日本語と同様にわかるのだ。テレビの会話を理解していただけだから、俺が話す言葉もガイジンに通じるかどうかはわからないけれど。

「仮装じゃないさ。本当の耳と尻尾」
言ってみたら、少女は目を丸くした。
「触ってみてもいい?」

 ってことは、俺の言葉も通じているって事だ。へえ、びっくり。
「触ってもいいけどさ、あんた、怖くないのか? 俺が妖怪だったらどうするんだよ」

 少女は首を振った。
「全然怖くないわよ。だって、カーニバルで仮装の子供たちが着るみたいな、ペラペラの服着ているお化けなんているわけないもの。なぜセーラー服にミニスカートを合わせているの? 狐の世界での流行?」

 俺はがっかりした。日本でも放映が始まったばかりの『魔法少女♡ワルキューレ』をガイジンが知っているとは思わないけれど、アニメコスプレについては、海外でももっと市民権を得ていると思ったのにな。でも、確かにこの子が着ている服、めちゃくちゃ高価そうだもんな、化繊の安物コスチュームに憧れるわけないか。

「狐の流行じゃなくて『魔法少女♡ワルキューレ』のコスチュームだよ。あんた、ジャパニーズ・アニメは観ないのか。どこの国から来たんだ? 俺は、日本人で山内拓也って言うんだけどさ」
俺が訊くと、少女はにっこりと笑って握手の手を差し出した。

「はじめまして。私、アンジェリカ・ダ・シウバ。アメリカ人よ。マッテオ伯父さんと一緒に来たの。タクヤは、日本の狐なの? 招待されて一人で来たの?」
「いや。京極髙志っていうヤツが招待状をもらったんだ。俺は面白そうだから来ただけ。俺、どこにでも行けるんだぜ。四角い枠からは出られないんだけどさ」
「ふーん。便利なんだか不便なんだかわからないわね。ところで、どうして男の人みたいな声なの?」
「俺、もともとは男だったんだもの。身体をだれかに取られちゃってさ。まあ、この身体のままでも、そんなに悪くないけどね。お茶会に行けないのが、目下の悩み」

 アンジェリカは、少し思案をしていた。
「お茶会に行けなくて悩んでいるのって、みんなとお茶が飲みたいの?」

「いや、美味いものさえ食えれば、それでいいんだけどさ。でも、ビュッフェのところにいって好きなものを取りに行くとか、そういうことはできないんだ。京極の野郎は、社交で忙しくて、エビピラフとグラタンを取ってきてくれとか、言っても聞いていないと思うし」

 アンジェリカは、頷いた。
「せっかくどこにでも行けるのに、簡単じゃないのね。私はエビピラフなんか食べられなくてもいいから、ちょっとだけでもどこにでも行ける能力が欲しいな。この船の地下に、いろいろと秘密があるんですって。でも、どこにも通路がないんだもの」

 で、俺はひらめいた。
「まじか? だったら、しばらく身体を交換しないか?」
「交換? そんなことできるの?」
「ああ。俺がこの服を脱いで、あんたと目を合わせれば、入れ替わる」

「でも、それで元に戻れなくなったら困るもの」
「この身体になったら四角いところのどこへでも行けるんだぜ。つまり好きなときに俺の前に出てきて目を合わせれば戻れるんだ。もっとも俺、明後日の朝十時までにはどうしてもこの身体に戻って『魔法少女♡ワルキューレ』の第二回放送を観たいんだ。遅くともそれまでにしてくれよ」

 アンジェリカは、少し考えていたが頷いた。
「わかったわ。そうしましょう。でも、私の格好をして、品位の下がるようなことしないでよ」

 俺は、情けなくなった。京極にもいつも叱られっぱなしだけど、こんなガキにまで信用ないなんて。まあ、無理ないけど。

 そういうわけで、俺とアンジェリカは、身体を交換した。アンジェリカに教えてもらった彼女の船室に戻り、お茶会に相応しい服を選ぶことにする。いま着ているクリーム色のワンピースを見るだけで、大金持ちの娘なのは丸わかり。俺、ロリコン趣味はないけど、これだけの美少女の身体でコスプレ、もといファッションショーごっこをするのは悪くない。明後日の十時までの四十時間、楽しく遊ばせてもらうぜ。ついでに好きな食い物たらふく食べるぞ!
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