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Posted by 八少女 夕

【小説】恋のゆくえは大混戦

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第十一弾です。ダメ子さんは、昨年の「scriviamo!」で展開させていただい「後輩ちゃん」の話の続き作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

ダメ子さんのマンガ 『バレンタイン翌日』

ダメ子さんは、かわいらしい絵柄と様々な登場人物たち、それに短いセリフで胸のど真ん中を突くストーリーの、ネガティブな高校生ダメ子さんを中心に繰り広げられる日常を描く人氣マンガ「ダメ子の鬱」でおなじみです。

昨年、キャラの一人チャラくんに片想いを続けているのに相変わらず想いの伝わらない「後輩ちゃん」の話を、名前をつけたりして勝手に膨らませていただいたところ、その話を掘り下げてくださいました。そして、今年はその翌日の話でを描いてくださいました。

今年はついに「後輩ちゃん」(アーちゃん)の顔が明らかになり、可愛いことも判明しました。なのにチャラくんは誤解したまま別の女の子(つーちゃん)にちょっかい出したりしています。

というわけでさらにその続き。今年メインでお借りしたのは、チャラくんではありません。見かけによらず(失礼!)情報通だしリア充なあの方ですよ。


【参考】
昨年私が書いた「今年こそは〜バレンタイン大作戦」
昨年ダメ子さんの描いてくださった「チョコレート」

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恋のゆくえは大混戦 - Featuring「ダメ子の鬱」
——Special thanks to Dameko-san


 まったく、どういうこと?! あんなにけなげなアーちゃんの前で、よりにもよって付き添いの私に迫るなんて。だからチャラチャラした男の人って!

 何年も思いつめてようやくチョコを手渡せたバレンタインデーの翌日、アーちゃんは恥ずかしいからと部活に行くのを嫌がった。仕方ないので再び付き添って体育館の近くまで一緒に行ったところ、チャラ先輩がやってきた。ちゃんとお礼を言ってくれたから「めでたしめでたし」かと思いきや、モテ先輩にもっと積極的に迫れなどと言い出した。それだけでなく、この私に「モテのやつに興味が無いなら、俺なんてどうよ」なんて囁いたのだ。

「はあ。モテ先輩との仲を取り持とうとするなんて、遠回しの断わりだよね。彼女にしてもらえるなんて、そんな大それた事は思っていなかったけれど、ショックだなあ。つーちゃん、私、帰るね」
アーちゃんは、ポイントのずれたことを言いながら帰ってしまった。

 ってことは、モテ先輩の話が出た時点で泣きながら自分の世界に入ってしまって、あの問題発言は耳にしなかったってことかな。だったら、よかった。だって、こんな事で友情にヒビが入ったら嫌だもの。

 どうもチャラ先輩とアーちゃんは、お互いに話が噛み合っていないような氣がする。もちろん私の知った事じゃないけれど、またアーちゃんの前でチャラ先輩が変なことを言い出さないように、ここでちゃんと釘を刺しておくべきかもしれない。

 私は、一度離れた体育館の方へまた戻ることにした。バスケ部の練習時間にはまだ早いのか、練習している人影はない。あれ、どこに行っちゃったんだろう。

「あれ。君は、昨日の」
その声に振り向くと、別の先輩が立っていた。モテ先輩やチャラ先輩と同じクラスで、わりと仲のいい人だ。昨日も、アーちゃんがチョコをチャラ先輩に渡した時に一緒にいた。

「あ。こんにちは。さっき、チャラ先輩がここにいたんですけれど、えーと……」
「チャラのやつは、今すれ違ったけれど、今日の練習はなくなったからって帰っちゃったよ。急用なら連絡しようか」

 いや、そこまでしてもらうほどの用じゃないし、呼び出したりしたらさらに変な誤解されそう。困ったな。
「そういうわけじゃないんですけれど……。あの、昨日のアーちゃんのチョコレートの件、チャラ先輩、なんか誤解していませんでした?」

 先輩は、無言で少し考えてから言った。
「モテにあげるつもりのチョコだと思っていたようだね。あいつ、あの子がしょっちゅう見ていたのに氣がついていないみたいだし」

 知ってんなら、ちゃんと指摘してよ! 私は心の中で叫んだが、まあ、仕方ないだろう。アーちゃんのグダグダした告白方法がまずいんだし。

「あの子、カードにチャラ先輩へって書かなかったんですね」
「書いていなかったね。やっぱりチャラへのチョコだったんだ」

「先輩は、アーちゃんがチャラ先輩に憧れている事をご存知だったんですね」
「俺? まあね、なんとなく。確証はなかったけど」
「まったく、中学も同じだというのにチャラ先輩ったらどうして氣づいてあげないのかしら」
「あー、なんでかね」

 暖簾に腕押しな人だな。この人づてに、チャラ先輩に余計なちょっかいを出して私たちの友情に水をささないで的なお願いしたらと思ったけど……う~ん、なんかもっとやっかいなことになるかも?

「君は、バスケ部じゃないよね。あの子のためにまた来たの?」
先輩は訊いた。いや、一人で来たわけじゃないんですけれど!
「さっき、アーちゃんと来たんですけれど、チャラ先輩が思い切り誤解した発言をして、彼女泣いて帰っちゃいました」

 先輩は、「へえ」と言ってから、じゃあ何の用でお前はここにいるんだと訊きたそうな目をした。
「俺ももう帰るんだけど、よかったらその辺まで一緒に行く?」

 私は、このまま黙って帰ると更に誤解の連鎖が広がるような嫌な感じがしたので、もうこの先輩にちゃんと話をしちゃえと思った。
「じゃあ、そこまで」

 それから、私はその先輩としばらく歩きながら、お互いに名乗った。その人はムツリ先輩ということがわかった。

 駅までの道は商店街になっていて、ワゴンではチョコレートが半額になって売られていた。あ、あれは美味しいんだよなー。
「すみません、ちょっと待っていただけますか。あれ、ちょっと見過ごせないです」
「あ、あれはうまいよね。半額かあ。俺も買おっかな」

 ムツリ先輩もあのチョコが好きだったらしい。チョコなら昨日たくさんもらったんじゃないですかって訊くべきなのかもしれないけれど、地雷だったらまずいからその話題はやめておこう。

「バレンタインデーは、私には関係ないんですけれど、この祭りが終わった後の特典は見逃せないんですよね。でも、こういうのって傍から見たらイタいのかしら」

 そういいながらレジに向かおうとすると、まったく同じものを買おうとしていたムツリ先輩が言った。
「だったら、俺がこれを君にプレゼントするから、君がそっちを俺にくれるってのはどう?」

 私は、思わず笑った。確かに虚しくはないけれど、自分で買っているのと同じじゃない。
「じゃあ、これをどうぞ。一日遅れでしかも半額セールですけれど」
「で、これが一ヶ月早いホワイトデー? おなじもので、しかも半額だけど」

 バレンタインデーも、この程度のノリなら楽なのに。私は、アーちゃんの毎年の大騒ぎのことを思ってため息が出た。あ、チャラ先輩の話もしておかなくちゃ。

 私がチャラ先輩にはまったく興味が無いだけでなく、アーちゃんとの友情が大事なので辺な方向に話が行くと困るということもそれとなく話した。ムツリ先輩は「あはは」と笑った。あはは、じゃなくて!

「まあ、じゃ、チャラにはあのチョコの事は、それとなく言っておく。その、君の事も……適当に彼氏がいるとか言っておけばいい?」
ムツリ先輩は、ちらっとこちらを見ながら訊いた。

 私は必死に手を振った。
「やめてください。私に彼氏だなんて! 私は逸般人いっぱんじんですから」
「え? 一般人?」

「あー、わかりませんよね。腐女子って言えばわかりますか? それも、生もの、つまり実在する人物を題材にした作品を愛好しているんです」
「ええっ。じゃ、モテとか?」

「やめてください。そういう身近なところでは萌えません。M・ウォルシュとかA・ベッカーとか知っていますか。ドイツやロシアのモデルなんですけれど。実在するのが信じられないほど美しい人たちなんですよ」
ムツリ先輩は思いっきり首を振った。やっぱり。まあ、知らなくて当然よね。

「というわけで、チャラ先輩にはうまくいっておいてくださいいね。あ、チョコ買ってくださってありがとうございました」

 私はそう言って、角を曲がるときにおじぎをしてムツリ先輩を振り返った。

 先輩は手を振って去って行った。ちょっと、恥を忍んでカミングアウトしたのに、なんで無反応なの?! ムツリ先輩って、あっさりしすぎていない? っていうか、私、今までそんなこと氣にした事なかったのにな。

 私は、ムツリ先輩と交換した半額セールのチョコを、大切に鞄にしまって家路を急いだ。

(初出:2018年2月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説 コラボ

Posted by 八少女 夕

野性動物のいる生活

今日は田舎暮らしの話です。写真は、Wikimedia Commonsのものを。

RedDeerStag
By derivative work: Massimo Catarinella (talk) Red_deer_stag.jpg: Mehmet Karatay (Red_deer_stag.jpg) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

私は東京育ちなので、身近に野性動物はそれほどいなかったのですよ。まあ、鳥はいましたけれど、いわゆる動物は野良猫と、たまにドブネズミを見かけるくらいでしたっけ。

で、こちらに来てからは、さすがに田舎ですから、野性動物がものすごく身近にいるのですよ。狐、リス、ノスリ、鷹、ハリネズミ、イタチ、フクロウ、キツツキ、ヤマネ。この辺りは、東京でいう野良猫レベルでその辺に出没します。

謎の足跡

この足跡は先日見かけた謎の動物のもの。雪の朝の楽しみは、こうした動物の足跡を自宅で見かけたりすること。こんなところにいるのですね。

ここまで近くには寄ってこないのですけれど、冬によく見かけるのがカモシカと鹿です。

先日、会社の飲み会の後で、私は素面だったので割と近くに住む社長を自宅まで届けたのです。その村は鹿の通り道で有名らしく「ここは氣をつけて」といわれたのですが、帰りに本当に遭遇しました。目の前をいきなり横切ったんです。

いやー、鹿って、本当に大きいんですよ。立派な角もあるせいで、普段見慣れている馬が可愛く見えるほどの巨大さ。こちらの安全もありますけれど、鹿を殺したりするのは寝覚めが悪そうでいやですし、それに轢いたらそのまま立ち去ることはできないのでいつ帰れるかわかりません。夜中にそれは嫌です。二メートルも離れていないところに飛び出されましたが、警戒していたのでスピードが出ておらず、ちゃんと停まれました。いやはや肝を冷やしました。

と、こんなこともありますが、通勤途中にカモシカの群れと目があったりするのはなかなか嬉しいものです。それに、我が家はとても静かな一角で、夜中はフクロウの鳴き声しかしないなんてこともあるのですよ。そういうわけで田舎暮らしがかなり好きな私です。

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Posted by 八少女 夕

【小説】赤い糸

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第十弾です。夢月亭清修さんは、手紙をモチーフにした作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

夢月亭清修さんの掌編小説 『次の私へ』

清修さんは、小説とバス釣りのことを綴られているブロガーさんです。サラリーマン家業の傍ら小説家としてブログの他に幻創文庫と幻創文芸文庫でも作品を発表なさっていて、とても広いジャンルを書いていらっしゃいます。現在連載中の「移動城塞都市と涙の運河」も、とても面白い冒険譚ですよ!

今回書いてくださった小説は、「郷愁の丘」で多用している書簡形式にインスパイアされて手紙になっています。この手紙を料理しろと仰せなんですけれど、あのですね……。いったいどうしろと。

「こんなの簡単じゃん」と思われる方は、ぜひトライしていただきたいと思います。色々とわからないだけではなく、制約も多いし、どうやって続けていいのか、のたうちまわりましたよ。

お返しは、悩んだ末、まじめに「中二病テイスト」で書くことにしました。いや、ふざけて返そうと思ったんですけれど、そこはかとなく清修さんから「ちゃんとそれっぽく書け」というオーラが発せられているように思ったんです。ですから、こうなりました。ちょっと拾えていない部分もあるかもしれませんが、これが限界でした。これでも三度書き直したんですから。しくしく。


注意・まず先に清修さんのところでお題となっている作品を読んでください。読まないと、下の作品は意味不明です。

行けなかった方はこちら(クリックで開閉)

『次の私へ――』

 この手紙を発見した君は、きっとすごく驚いていることでしょう。それと同時に、この文面に対する激しい既視感と、ある予感を感じているはずです。
 私もそうでした。過去からの手紙こそが心の奥底に眠る記憶と、そして力の、最後の鍵。
 この手紙を読み終える頃には、君も私のように、固い覚悟が決まるはずです。

 世界と、君と、そして誰よりも、愛する彼の為に。

 これまでの人生には苦労が多かったことでしょう。様々な戦いの夢にうなされる夜が過ぎる度に、君は誰にも言えない苦しみを抱えることになりましたね。
 鮮明で、まるで痛みすら現実へ持ち帰るような夢は、君に眠ることへの恐怖さえ植え付けたかもしれません。
 時には漏れ出した力が周囲を傷つけてしまい、友達が離れていってしまったことだってあると思います。
 でも、夢は夢ではなく記憶、力は大切なものを守る為のギフトです。どうか、私達のすべてを、今を生きる君の為に役立てて下さい。

 鍵をお渡しする前に少しだけ、私のことをお話しましょう。
 今、嫌な予感でいっぱいになっているだろう君の、慰めになるなら幸いです。
 君と同じように、私も、彼を愛しています。苦しい人生の中で、彼だけが灯のように光り輝いて、私を暖かく、導いてくれましたから。
 彼と共にある将来、彼と共に育む未来を夢に見て、幸せを感じたこともまた、悪夢以上に数えきれませんでした。
 結局、心の扉を開け、運命を受け入れた私にその夢は叶えられませんでしたが、でも、だからこそ、君を信じてこの手紙を書いています。

 彼もまた、私達と同じ存在なのです。
 だからきっと、いつか、いつかの私と、いつかの彼に託したい。
 そう、強く願っています。

 お願いします。彼を止めて下さい。

 願わくば、最愛の人を殺めなくてはならない悪夢に、どうか終止符を。

 武運長久をお祈りし、最後に鍵を記します。

             ――前世の君より

『月下老人 赤い糸 韋固の血に染まれり』


上の作品の著作権は夢月亭清修さんにあります。夢月亭清修さんの許可のない利用は固くお断りします。


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赤い糸
——Special thanks to Mugetutei Seishu-san


 西の空には、霞んだ月が浮かんでいる。満月でもなければ半月ですらない。惨めに力を失っていく下弦の月は、骨まで染みる冷たい霧の向こうに寂しく沈んでいく。

 彼は、無事に逃げだせたのだろうか。リンは時計に目をやった。大変なことをしたのだと、胃が痛くなりそうだった。彼をそのままにしておけば、むしろ幸せなまま人生を終わらせてやれたかもしれない。逃げ出したことがわかれば、《モラレス》だけでなく連邦政府も必死で彼を追い、見つけ次第抹殺しようとするだろう。それは精子採取の終わった他の《優性種個体》たちに対する手続きとは違い、大きな苦痛を伴うはずだ。

 《優性種個体》の青年たちは二十回の採取が終わると別の施設に移される。勤めはじめの数カ月は、それが安楽死のための手続きだとは知らなかった。それを知ってからも、かわいそうだとは思っても、何かをしようとは思わなかった。連邦政府に戻るために良心など悪魔にでもくれてやるつもりだった。それなのに、なぜ彼のために私は人生を棒に振ったのだろう。彼女は訝った。

 C9861が、彼女を見る時、他の少年や青年たちとはまったく違う表情をしていた。彼らの外見は互いにとてもよく似ていた。当然だ。そうなるように純粋培養された品種なのだから。採取された精子は厳重に管理され人工受精に使われる。リンたち《中位人種ミッテルメンシュ》には絶対に手の届かない特権階級がこうやって生まれることを《モラレス》で彼女は知った。

 《モラレス》は民間企業だが、連邦政府の後ろ盾によって純血種の再生産を請け負っている。優生保護法に基づくあらゆる農産物の種の管理を委託されているのは一般にも知られているが、《優性人種ウーベルメンシュ》、つまりIDカードの認識番号の最初の文字がAからEのどれかである人々が、ここから提供される精子と卵子の人工受精によって独占的に生み出されていることはトップシークレットだ。

 この人間ブロイラーの存在を知る事になったのは、皮肉にもリンが優性ではないにもかかわらず優秀なだったからだ。

 彼女は、連邦政府で働くためにあらゆる努力をしてきた。高校まではクラスでもずば抜けて優秀で、大学での特別コースに入るための選抜試験でも、全問正解を書いた自信があった。にもかかわらず、彼女が進むことができたのは特進コースではなかった。その後も連邦政府の国法府に進むはずが、数カ月で民間企業である《モラレス》へと送られた。

 リンの認識番号はGではじまっていた。両親の結婚によって生まれた彼女は他の《中位人種》と同じように雑種なのだ。だが、少なくとも雑種にはそれなりの自由があった。もちろん特権階級にはなれないが、それでも卵子と精子を採取するためだけに存在し、品質劣化と流出を防ぐために早々に処分される存在よりはずっといい。

 彼女が配属されたセクションには、金髪碧眼のCタイプと赤毛で緑の瞳をしたDタイプの少年と青年たちがいた。C9861はその一人にすぎなかった。なのに、彼だけにリンはいつも注意を引かれた。彼も、リンが通る時にいつも振り向いた。目があって、一秒か二秒、時間が止まった。

 あの謎の手紙がどこからきたのかリンにはわからなかった。彼女のブースのデスクの中にあったのだ。どこからきたのかもわからず、具体的な事も書いていなかった。そのまま捨ててしまえばよかったのだ。それとも上司に見せて忠誠心を見せる選択もあったはずだ。

 リンがそうしなかったのは、彼の安楽死の期限が迫っていたからだ。C9861は十八回目の採取を終えていた。再来月には彼は「移される」はずだった。リン自身の手で、その手続きをしなくてはならなくなる。他の成長した《優性種個体》と同じように。

「彼もまた、私達と同じ存在なのです」
リンは、手紙のこの一文を何度も読み返した。

 手紙を彼女のブースに隠すことができたのは行方不明になったという前任者であるとしか考えられなかった。彼女の残した私物を上司の命で届ける手続きをした時、その家族の住所を控えてあった。実際に行ってみて、その地域には反政府組織のアジトがあることがわかった。そして、それから二週間がたった今、リンは落ち着かない心地でこの怪しげな部屋の中に座る事になった。

「心配のようだね」
地獄からの使者という表現がぴったりくる、皺くちゃで禍々しい顔をした老婆がヒッヒと笑った。忌々しい。この女の口車に乗せられて、私もC9861も《モラレス》と連邦政府から追われる立場になったのだ。

「本当に彼を無事に逃してくれるんでしょうね」
リンは老婆に詰め寄った。

「さあね。あんた次第だよ」
「私? 私が何かできると思っているんですか? メインシステムに侵入して彼のセクションの管理プログラムに手を加えたことは、すぐにわかってしまいます。私はもうあそこには戻れません。家族に迷惑がかかるから、実家に助けを求めることもできません。私自身が追われる立場なのに、どうやって一人で彼を助けられるというの」

 老婆はカラカラと笑った。
「一人でなんてことは言っていないさ。もちろん我々がバックアップする。だが、あのC型を本当の意味で解放することができるのは、組織の助けじゃないのさ。お前さん、あの手紙に書いてあった『鍵』の意味はわかったのかい」

 リンは首を振った。それどころか、手紙の最初から最後まで、意味がさっぱりわからなかったのだ。

「やれやれ。あそこに書いてあったのは、お前さんのご先祖が属していた民族の伝承の話じゃないか」
「なんですって?」
リンは身を乗り出した。

 老婆はやれやれと首を振った。
「その昔、いつか結ばれる男と女の足首は普通のものには見えぬ赤い糸で結ばれていて、その運命を変えることができないのだという伝説だよ。韋固というのは、そのことを信じまいとして運命の許嫁を殺そうとした男だ。最終的にはその娘と結婚することになったらしいがね」

 リンはため息をついた。
「そんな昔話がなんの役に立つのですか。まさかあなたも赤い糸の運命を信じているなんて言いだすんじゃないでしょうね」

 老婆はその狡猾そうな皺を更に深くして笑った。
「やれやれ。どうしてそうでないと言えるね。では、お前さんがわかるような言い方をしてやろう。私たちは誰でもヒト白血球抗原(HLA)複合体をもって生まれてくる。自分の細胞と不要なウィルスやバクテリアとを識別するのに必要なシステムだが、本来人間は自分とはまったく異なるHLA複合体を持つ相手を求めることがわかっているのさ」

「全く違う相手?」
「そうさ。免疫システムの多様性が増すと環境の変化に強い子孫を残すことができるんだ。連邦政府の純血種政策はその自然の摂理に楯突いているのさ」

「ということは、政府が独占しているC型の遺伝子を手に入れることがあなたたちの目的?」
「ある意味ではそうだね。だが、我らはただ『月下老人』の役割を勤めようとしているだけさ。『赤い糸』はもう勝手に動き出しているらしいからね」

「意味がまったくわからないわ」
リンは挑むように老婆を見つめた。

 老婆はカラカラと笑った。
「お前さんの細胞全てにHLA複合体が組み込まれている。お前の赤い血がもっとも遠いパターンのHLA複合体を感知するんだよ。同じような見かけをしている者の中で一人だけどういう訳か目が行く。他の人間にはわからないようないい香りがする。その相手に対して性的関心が高まる」

 リンは、ひどい居心地の悪さを感じた。そんなつもりではないのに。
「あなたは、まさか、私と彼をくっつけようとしているの?」
「くっつけようとしているのは私じゃないよ。わかっているはずだ。頭を冷やして考えてごらん。お前さんのこれまでの行動の意味を」

* * *


 C9861は、走った。外の世界は暗くて寒く、救いがあるようには全く思えなかった。それでも、もはや元の世界に戻る事はできなかった。彼に残された時間は少なく、暖かく心地良い繭の中で幸せな夢にまどろんでいる時間はなかった。

 あの女を信用していいという証拠はなかった。彼にわかっているのは、次は彼の番だということだけだった。

 彼のいた場所には、彼と似た境遇の少年たちが集まっていた。少しずつ年齢の違う少年たちは、だが、決して老いることはなかった。青年となり、周りの「大人たち」と変わらなくなると、順番にいなくなるのだ。彼よりも歳上の最後の男は一年前に去った。そのC9823は、いなくなる一ヶ月ほど前に「大人たち」の目のない時を選んで彼に話をした。その前の少年たちがやはり口頭で伝えてきたであろう情報だった。

「用が済んだら、僕たちは始末されるらしい。それが嫌ならば、ここを逃げ出すしかないが、外の世界はここほど楽ではないそうだ。それに、どうすればここから出られ、どこへ行けば助かるのかも僕は知らない。どうすればいいのかも。でも、C9798が僕に伝えたことだけは、君に言っておかなくてはならない。君も必ずそうするんだ。次の少年たちのためにね」

 C9823が去ってから、彼はずっと落ち着かなかった。前いた少年たちがどこへ行ったのか、本当に「始末」されたのかも知らなかった。だが、彼は、義務として年下の少年に彼自身も受け取った情報を伝えた。彼が、こうして逃げ出したことを知らない彼は、おそらく「C9861は始末されたのだ」と思うだろう。もしかしたらそれは事実となるかもしれない。逃走したことがわかれば、「大人たち」は彼を間違いなく「始末」するだろう。

 彼の「用が済む」という意味はなんとなくわかる。彼の体格が変わり、それまで見ることのなかった生々しい夢を見るようになってから、彼は定期的にラボトラリーへ連れて行かれ、体液を採取された。それは非常に快感を伴う作業で、決して嫌いな体験ではなかった。

 彼は、いつもあの女のことを頭に描いた。彼と見かけの違う背の低い女。漆黒の艶やかな髪と切れ長の瞳。初めて見たときから、眼が離せなかった。他の女とは違う見かけだから。そう思ったが、それだけでは説明がつかなかった。あの女の前任者も彼とはまったく違う見かけだったように思う。彼は、そちらの女には、あまり注目したことがなかった。

 あの女だけはどういうわけかすぐに顔を憶えてしまった。ラボトラリーへ彼を誘導するときに、前を歩く後ろ姿が妙に氣になった。いい香りがするように思った。だがそのことを他の少年たちに話すと、みな首を傾げた。「あの黒髪の女? 特に他と違う匂いなんかしないぞ」

 あの女が、メッセージをこっそり渡した時、彼は別の期待をした。だが、それは彼と甘い秘密を持とうという誘いではなかった。もっと切羽詰まった内容だった。処分される前に彼を逃すと。

 他の人間からのメッセージだったら、信用しなかっただろう。「大人たち」にそれを告げて、話を終わりにしたに違いない。だが、それをしたらあの女が「処分」されると思った。だから、彼は「逃げる」方を選択した。

 少なくともこれまではあの女の言った通りにことが運んだ。彼は、生まれてから一度も離れたことのない建物を抜け出し、明け方の誰も彼もが眠った街を一人走っていた。

 どこへ行くのかはわからない。だが、新しい扉が開かれて、その戸口にあの女が立っているように思った。

(初出:2018年2月 書き下ろし)

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「大道芸人たち Artistas callejeros」の読者へのおまけ

「なんだ、この話は」
ヴィルは眉を顰めた。稔は笑って謝った。
「悪い悪い、テデスコ。あんたとトカゲ女にちょいと外見を貸してもらった」

「なんだか、どこがどうというのかわかりませんけれど、ぞわぞわする話ですね」
首を傾げるレネの後ろからディスプレイを覗き込んで、蝶子は笑った。
「中二病風って言うのよ」

「なんだそれは」
ヴィルとレネにはどうも通じないらしい。

「ところで、この手紙ですけれど……」
レネは、課題の手紙をじっと眺めた。稔は訊いた。
「なんだ? 他にいい上が浮かんだ?」

「ええ。ほら。私も愛している『彼』って言ったら……」
「あ。あれか!」

「何よ」
蝶子が皿を持って入ってきた。もちろんおやつとして自分が食べるために。

「それだよ!」
稔は蝶子が異様に大きく切り取った、バウムクーヘン(Kuchenは男性名詞)を指差した。

「止まらないのよね。やめないと太っちゃうのに」
蝶子がそういうとなくなると思ったのか、レネも急いでキッチンに行き、やはり大きなひと切れを切り出してきた。稔は焦った。
「ちょっ。なくなる前に俺も!」

 キッチンに走って行くその背中を見送りながら、ヴィルは嫌な顔をした。
「本場のミュンヘンにいるのになぜわざわざ日本のバウムクーヘンを空輸して食うんだ」

「だって、こっちの方がおいしいから。止まらないんですよね」
レネが幸せそうに頬張った。蝶子も唸いた。
「まさに、『お願いです。彼を止めてください』よね。ま、いっか。また麻耶に頼んで送ってもらおうっと」

 ヴィルは大きなため息をついた。

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Posted by 八少女 夕

いろいろと……

「scriviamo! 2018」も、期間の3/4過ぎて、ちょっとほっとしています。プランB(私が先に書いて、参加者の方がお返事作品などを書く参加方法)の募集は締め切りましたが、3名の方がすでにお返しを発表してくださっています。このブログ、小説が多くて、元々の記事が埋もれていますので、ここで改めて紹介させていただきますね。

私の書いた「夜のサーカスと漆黒の地底宮殿」
山西左紀さんからのお返し作品 「物書きエスの気まぐれプロット クリステラと暗黒の石2」


私の書いた「僕の少し贅沢な悩み」
たらこさんからのお返し作品「マジのプロポーズ」「マジのありえない」


私の書いた「それは、たぶん……」
ポール・ブリッツさんからのお返し「パイプ椅子とビデオモニターと」



それぞれ、私の無茶振りに素晴らしい作品で応えてくださっています。ほんとうにありがとうございます。

そして、いただきものの自慢もここでしちゃいますね。

ジョルジア by ダメ子さん

ダメ子さんが「郷愁の丘」のジョルジアを描いてくださいました。初ジョルジアなんですよ。うれしいなあ~。髪型や表情もそうなんですけれど、服装も彼女のチョイスとぴったりなんです。よく読んで下さっているなあと感心してしまいました。ありがとうございます!

姫子、マリッレ、里穂 by たらこさん

そして、たらこさんは去年と今年の二人のヒロイン、そしてネコのマリッレも一緒に描いてくださいました。たしかにこの人達、男運ないです(笑) 素敵なイラスト、ありがとうございます。
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Posted by 八少女 夕

【小説】君と過ごす素敵な朝

今日は「十二ヶ月の情景」二月分をお送りします。毎月ある情景を切り取った形で掌編を作っています。三月以降は、みなさまからのリクエストに基づき作品を書いていきます。まだリクエスト枠が三つ残っていますので、まだの方でご希望があればこちらからぞうぞ。


月刊・Stella ステルラ 2、3月号参加 連載小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


今日の小説は、ユズキさんの30000Hit記念キリ番リクエストに応募して描いていただいたイラストに合わせて書いてみました。

レネ&ヤスミン by ユズキさん
このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断転用は固くお断りします。

お願いしたのは「大道芸人たち Artistas callejeros」の主人公の一人レネとその恋人のヤスミンです。せっかくなので、この幸せな情景は幸せな日に合わせて発表したくなりました。

短編小説集「十二ヶ月の情景」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の情景」をまとめて読む



【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は当ブログで連載している長編小説です。第一部は完結済みで、第二部のチャプター1を公開しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ


「大道芸人たち 第一部」をはじめから読む「大道芸人たち 第一部」をはじめから読む
あらすじと登場人物

「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち・外伝
君と過ごす素敵な朝


 柔らかい光が窓から差し込むようになった。外を歩くにはまだ分厚いコートが必要だけれど、昼の長さは日に日に増えてきて、春が近づいていることを知らせてくれる。

 昨夜の狂騒が嘘のように静かな朝、いつもよりもゆったりとした時間を過ごすことができてヤスミンは嬉しかった。

 昨夜は、『肥えた火曜日マルディ・グラ』だった。ヤスミンはフランス語にはあまり造詣が深くないけれど、この言葉だけはフランス語でいうほうがしっくりくる。ましてや、彼女と一緒にその騒がしい宵を共に過ごしたレネはフランス人だ。

 今日は『灰の水曜日』。ヤスミンが子供の頃に行った教会の礼拝では、灰を信者の額につけて「人は灰から生まれて灰に帰る」と聖職者に言われた。この儀式はカトリックはどこでも、プロテスタントでもルター派などではやるらしいが、ティーンになってからは教会に全然通わなくなったヤスミンは、あまり儀式に興味はなかった。わかっていることは、キリスト教では本来、この日から復活祭前の四十日間の潔斎が始まることだ。「本来」というのは、今どき四十日間、肉をまったく口にしないドイツ人には滅多に会えないからだ。

 でも、「それだけ長い間、節制をしいられるならその前に飲んで食べて騒ごう」という趣旨で生まれた祝祭『謝肉祭ファスナハト』は、未だにしっかりと根付いていて、その最終日である昨夜は、街のあちこちでとんでもないどんちゃん騒ぎが繰り広げられたのだ。
 
 『謝肉祭ファスナハト』は、十一月に始まる。つまり、クリスマス前からだ。仮装をして社会風刺のコントや歌やバンド演奏の繰り広げられる舞台を観に行く人達がいる。ここ数週間は、あちこちで仮装したパレードがあった。沿道にはビールやグリューワインやカリーヴルストの屋台が立った。

 石畳を音を立てて歩き回り、飲んで食べて騒ぐ宵。冬の憂鬱を吹き飛ばすいつもの楽しみだけれど、今年は格別楽しかった。レネが来ていたから。

 レネは、以前よりはミュンヘンにいることが多くなったとはいえ、この時期にドイツにいることは少なかった。なんといってもドイツの冬は大道芸には厳しすぎるのだ。彼は、南フランスのブドウ農家の息子で、家業を手伝う時期以外は、仲間とヨーロッパ中を旅する生活をしている。

 レネと出会ったのは、一年ほど前だ。彼女は美容師として働く傍ら、劇団『カーター・マレーシュ』のボランティアをしていて、元団員のヴィルを父親の元から逃す協力を依頼してきた彼らと意氣投合したのだ。

 そのヴィルは結局亡くなった父親の跡を継いだので、大道芸人の仲間たち《Artistas callejeros》はミュンヘンの館に滞在することが多くなった。そういう時には、レネは必ずヤスミンの住むアウグスブルグに寄って一緒に時間を過ごしてくれる。二人が会える機会はたくさんないけれど、その分、密度の濃い実りある時間を過ごしていた。
 
 ヤスミンが目を覚ましたのは、よく通る犬の鳴き声が響いたからだ。夢の中で、彼女はそれをレネの歌声に似ていると思った。彼は大道芸やステージの時以外は、恥ずかしがって滅多に歌わないのだが、子供の時から教会の聖歌隊に加わっていたとかで、とても明るい素敵なテノールなのだ。

 起き上がって、ぼんやりと「ああ、あれはハチだ」と思った。この一週間、旅行に出かけた友人から預かっている飼い犬だ。それから、不意に思い出した。今朝はハチだけでなく、レネも一緒にいることを。あら、彼はどこ?

「しっ。静かに。ヤスミンが起きてしまうよ」
レネは、覚えたてのドイツ語で犬に語りかけていた。キッチンに入っていこうとしていたヤスミンは、彼の優しさと尻尾をふって応えるハチの愛らしさに嬉しくなって微笑んだ。
「おはよう、レネ。おはよう、ハチ」

 ハチは思い切り尻尾を振って見せたが、レネの顔もそれに劣らず喜びに満ちていた。残念ながらフランス人には振る尻尾がなかったのだが。
「おはよう。ヤスミン。すぐに朝ごはんができるよ」

「いい匂いね。朝食を作ってもらうなんてなん年ぶりかしら」
煎りたてのコーヒーと卵料理の湯氣、それに焼きたてのパンの香ばしさ。

「君の口に合うといいな。あ、コーヒーは熱いから、氣をつけて。君はブラックだったよね」
レネは二つのマグカップを持ってきた。自分の分は砂糖とミルクがたっぷり入っている。ヤスミンが不思議に思う事の一つに、レネは甘いものに目がないのだが、全く太らないのだ。どうなっているんだろう。

「あ、フォークが出てないね。ごめん、ちょっと待ってて」
そう言うレネに彼女は言った。
「フォークなんてなくて大丈夫よ。パンに挟んじゃうもの。それより冷めないうちに食べましょう」

 レネは「うん」と言ってちらっとあと一つしかない椅子を眺めた。その視線を追ってヤスミンは思わず吹き出した。いつの間にかハチが椅子に座っているのだ。

「ダメよ、ハチ。レネがいない時は、特別にそこに座ってもいけれど、今は遠慮して。そこはレネの特等席なんだから」
ヤスミンに言われて、ハチは大人しく降りた。レネは嬉しくなった。ヤスミンのホームの特等席に座れているのだ。

「ハチって、変わった名前だね」
彼は、犬を見つめた。賢しこそうな中型犬だ。

「日本の名前みたいよ。どういう意味なのかわからないけれど。飼い主は、しばらく日本で暮らしていて、去年こちらに帰ってきたの。それで、向こうで飼っていた犬と別れたくなかったから連れてきたんですって。とっても飼い主に忠実な賢い種類らしいわ」
「へえ。そうなんだ。パピヨンに意味を訊いておくよ。僕、犬は大好きなんだ。アビニヨンの両親の家でもずっと犬を飼っていたからね」

「自分で飼いたいと思う?」
ヤスミンは訊いた。
「飼えるものならね。今の生活だと難しいけれど」
彼は肩をすくめた。

「私も犬は好きよ。でも、こんな街中のアパートメントじゃダメよね。広い庭があって、犬が走り回れるような環境のところに住んでみたいなあ」

 レネの頭の中では、実家の葡萄園の広い敷地をヤスミンとハチが駆け回っている。完全なる希望的観測による光景だ。

 その妄想のために彼がしばらく黙っていたので、彼女はその間に窓際に目を移した。置かれた花瓶にピンクのチューリップの花束が活けられている。あれ? 昨日まではなかったのに、どこから来たの?
「これ、どうしたの?」

 レネは、我に返った。そして、彼女が花のことを言っているのがわかると、嬉しそうに笑った。
「さっきパンと一緒に買ってきたんだ。今日はどうしても君に贈りたかったから」

「今日?」
彼女は首をかしげた。昨夜が『肥えた火曜日マルディ・グラ』だから今日は四旬節の始まり。『灰の水曜日』に花? あっ!
「やだ。今日は二月十四日だったわ」

 ローマの時代にまでその起源を遡る恋人たちの誓いの日なのだ。ヤスミンはすっかり忘れていたけれど。
「その通り! 『聖ヴァレンタイン・デー』、おめでとう」
「ありがとう。レネ。この日にあなたといられるのって、本当にラッキーよね」

彼は、恥ずかしそうに言った。
「君に会える時は、いつも聖ヴァレンタイン・デーみたいな氣がするけれどね」

「そういう風に言ってくれるレネ、大好きよ!」
ヤスミンは、彼の頬にキスをした。

 真っ赤になっている彼をみて、ハチは「ワン!」と日本風に吠えて、尻尾を振った。

(初出:2018年2月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説 いただきもの

Posted by 八少女 夕

運動音痴

冬の光景

子供の頃から、スポーツが全て苦手だった私は、今でもほとんどスポーツをしません。で、家から十五分のところにスキー場がある環境にいるのですけれど、スイスに来てから一度もスキーをしたことがありません。

こちらは学校の冬休みと春休みの間に「スポーツ休み」というのがあるくらい、ウィンタースポーツが盛んなお国柄。子供は小学校に入るぐらいからみなスイスイ。少し大きくなると大抵スノーボード。大人の初心者など滅多に見ません。加えてリフトの一日パスが高いんですよ。滑れないのに行きたいと思うような金額ではありません。

地元の人達はどうしているのかというと、好きな人はみなシーズンパスを買っているようです。家族皆でひと冬、州内のどのスキー場もフリーバスというタイプのものみたいですが、○十万らしいです。ひえ〜。

健康のためにスキーをやりたい人達は、クロスカントリーをやっているみたいです。こちらはリフトには乗らないのでタダのようです。体力的にはキツそうですけれど……。

こういう人達は、夏は自転車ででかけるのですけれど、そこら辺の丘を走り回っているわけではないですよ。アルプス山脈を登っているです。ちょっとした坂でヒーヒー言っている私には、「一緒に行こう」という氣がまったく起こらないです。

というわけで、私は「運動音痴のままでいいや」と冬も夏もインドア派です。
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Posted by 八少女 夕

【小説】その色鮮やかなひと口を -6 - 

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第九弾です。今年もあさこさんが俳句で参加してくださいました。夏の二句です。ありがとうございます!

あさこさんの書いてくださった俳句

ストローは人待つ道具遠花火  あさこ
 
短夜の夢点々と置いて来し  あさこ


この二句の著作権はあさこさん(ココうささん)にあります。無断転載ならびに転用は固くお断りします。


あさこさんは、ココうささんというハンドルネームで、以前素晴らしい詩や俳句、揮毫を発表なさっていらっしゃいましたが、現在はブログをお持ちではありません。六年の間に交流のなくなってしまった方も多いネット上のお付き合いですが、この「scriviamo!」を通してこうしてあさこさんとおつきあいが続いていることは本当に嬉しいです。

今年寄せていただいた俳句は、夏の情景がぱあっと目の前に浮かぶ素敵な二句。私は夏生まれなので、夏にたいするノスタルジーがとても強いのです。こんなに言葉を尽くしてもうまく書き表せない私ですが、ああ、俳句って偉大だなあ……。

というわけで、一年間放置した例の二人をココうささんの俳句で動かさせていただきました。島根県松江市で和菓子職人になったイタリア人ルドヴィコと店でバイトをしている大学生怜子のストーリーです。去年の話で、婚約して怜子の卒業後も引き続き「石倉六角堂」で働くことまで決まりましたが、今回は舞台がいつもと全く違っています。


【参考】この話をご存じない方のために同シリーズへのリンクをつけておきます。
その色鮮やかなひと口を

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その色鮮やかなひと口を -6 - 
Inspired from 2 Haikus by Asako-San
——Special thanks to Kokousa san


 随分陽が高いなあと、怜子は見上げた。もう九時なのにまだ明るい。日本ではまだ梅雨が明けていないのに、一足早く夏を楽しんでいる。

 初めての海外旅行が、まさか婚約者の両親への挨拶になるとは思わなかった。イタリア語を完璧にしてから行こうと思っていたけれど、そんな事を言っていたら、永久に行けないということに氣がついた。

 こちらについてからも、ルドヴィコがネイティヴらしくなんでもやってくれるので、怜子は「ボンジョルノ(こんにちは)」と「グラツィエ(ありがとう)」くらいしか口にしていなかった。まだちゃんと答えられないけれど、でも、どんな話をしているかぐらいはなんとなくわかるようになったのだ。私ってすごい……じゃなくて、ルドヴィコの特訓がよかったってことかな。

 ここは北イタリア、トリノに近い小さな町だ。教会と、その前の広場を中心に、なんて事のないお店がいくつかあるだけ。今日は、六月二十四日、トリノ市の守護聖人サン・ジョバンニのお祭りで、日中にルドヴィコと一緒に屋台巡りなどをしたのだけれど、あまりの人手に二人とも疲れてしまったので、早々に退散して宿をとったこの町に戻ってきたのだ。

 見るもの全てが珍しかった。教会があって、石畳と石づくりの家があって、道行く人がみな外国人で、看板もメニューもみなアルファベット。お茶も、ご飯も、お蕎麦もない世界に自分がいるのが不思議だった。もっと不思議なのは、ルドヴィコがもともとこの世界に属していたということだった。

 明日は、いよいよルドヴィコの両親の住む村へ行く。氣に入ってもらえるかなあ。まともに会話もできない嫁ってありなのかな。飛行機の中でまだくよくよしている怜子にルドヴィコは言った。
「心配ありませんよ。僕は三人兄弟の末っ子ですが、二人の兄もイタリア語を話せない外国人と結婚していますから、彼らは慣れています」

 ええっ。一つの家族に三組も国際結婚があるの? 怜子は仰天した。そういえば、お兄さんたちの話はあまり訊いたことなかったな。
「お兄さん達にも会える?」
「残念ながら、今回は無理ですね。一人はシチリア、もう一人はカナダに住んでいますから」

「へえ。お母さん達、寂しがっているんじゃない? 息子が三人とも遠くで」
「そうですね。でも、もう諦めたんじゃないでしょうか。全然帰ってこないのに慣れていたので、婚約者を連れて会いに行くと言ったら驚いてとても喜んでいましたよ」

 よし、頑張ってイタリア語で話しかけるぞ! その時はそう思ったけれど、実際に着いて周りのイタリア人達の流れるようなイタリア語を聞いていたら、ちゃんと会話できる自信はまったくなくなった。まあ、いいか、努力だけ認めてもらえれば。

 それでも、馴染みの深い言葉もあった。エスプレッソ、ピッツァ、パスタ、ジェラート。あ、食べ物ばっかり。手許にある黒い缶に黄色と白い字で「レモンソーダ」と書いてある。わかりやすくて、なんだか安心する。これなら注文するときにも間違えっこないし。

 ルドヴィコが、レンタカーを受け取りに行く間、怜子は宿に備え付けのバルのテラスに座って待っていた。

 宿の太ったおばさんが「大丈夫?」という感じでこちらを氣にしてくれるので、大丈夫とジェスチャーで答えた。初めての海外だって、三十分くらい、一人でいられるよ。大ぶりのグラスに、自分で缶からレモンソーダを注ぐと、シャワシャワと音がする。缶はキンキンに冷えて汗をかいている。缶とお揃いなのか黒いストロー。日本のものより短くて太いんだね。

 怜子は、ストローをグラスの上の淵まで持ってきて、ソーダを伝わせる。透明で綺麗だな。ルドヴィコの見せてくれた光景は、彼女の想像していたイタリアとは少し違っていた。確かに人々は陽氣だけれど、別に常にハイテンションでいるわけではない。街並も赤や黄色や緑の壁がないわけではないけれど、どちらかというと落ち着いた肌色や煉瓦色で占められている。

 街の中心に教会と広場があって、人々が普通に生活している。ここはエンターテーメントの舞台ではなくて、人々が普通に生活する場なんだなと思った。

 ちょっといいなと思うのは、小脇に花を抱えて歩く帽子を被った男性や、女性と買い物をしながら当然のように重いものを持ったりドアをさっと開けてあげる男性の姿。どれもまったく嫌味なく、ごく普通の行為のようだった。

 ルドヴィコも前からそうだった。怜子に対してだけでなく、勤め先である「石倉六角堂」で石倉夫人をはじめとして女性従業員に対してとても自然にレディーファーストの振る舞いをする。見るからに外国人なので、皆そういうものだと思っているけれど、日本人男性だったら「キザな人だなあ」と感じるかもしれないと怜子は思っていた。こういうことを女の私でも思うから、日本では男性が女性に全部の荷物をもたせたまま手ぶらで歩いたりもするのかもしれないなと思った。別に男性に全部もたせたいとは思わないけれど、半分くらい持ってもらいたいこともあるものね。

 日本との違いは他にもある。例えば、日本でルドヴィコと二人で歩いていると、初めて会う人は皆少し慌てて英語で話さなくてはいけないのかとドキドキしたり、「どうして日本に来たんですか」と訊いたりする。でも、こちらでは明らかに外国人の怜子の存在に驚いたり、慌てたりする人はいない。まず発する言葉はイタリア語。つい先ほども、座っていると道を訊いてきた人がいた。どうやっても地元民には見えないはずなのに。

 見ていると、色の黒い人や、アジア人もたくさん歩いている。ここはトリノと違って観光客はそんなに来ない何もない町だから、歩いている人達はきっとここに住んでいるか仕事をしているのだろう。

 ルドヴィコとの旅は、怜子が考えていた海外旅行のあり方とも違っていた。昨日着いたばかりだけれど、ミラノにいたのに凱旋門もドゥオモも見ていないし、ショッピングもしなかった。名所の説明を聴きながらカメラのシャッターを切るような行動は何もしていなかった。

 そうではなくて、人と会って、話して、笑って、別れる。そんな旅なのだ。

 ミラノの空港には、ルドヴィコの親友ロメオとその恋人の珠理が迎えにきてくれた。この二人は、去年の梅の時期に松江にルドヴィコを訪ねてきて、その時に怜子も知り合ったのだ。

「いつか二人でミラノに遊びにきてね」
そう言われた時に、そんなことが実現するとは想像もしていなかった。それなのに、十六ヶ月経った今、怜子はルドヴィコの婚約者として再会したのだ。

 昨夜は、ロメオと珠理の住んでいるアパートメントに泊めてもらったのだが、昔ながらの建物を利用した天井の高い素敵な部屋だった。怜子が日本で馴染んでいるものよりも少し高いテーブル。どっしりとした木枠の大きな窓、年代もののオーブンや暖炉があることにも驚いた。照明デザイナーである珠理にふさわしく間接照明で構成された柔らかい明かりの部屋。まるでインテリア雑誌で見るような光景だなと思った。

 そういえば、蛍光灯は一つもなかった。ボタンひとつで水の出るトイレ、ワイヤレスの自動掃除機、電子レンジといった文明の利器もまったく見当たらなかった。トイレと簡単なシャワーのある洗面所にはボタン一つでお風呂が沸くシステムなんてない。そもそもバスタブがなかった。

 むしろ、そういうボタン一つで何かが整うシステムは無粋で必要としていないようだった。

 二人は、昼間のように明るい室内よりも、ろうそくの光で楽しむ夕べを大切にしていた。キッチンを箒で掃き一緒に掃除をしていた。三分で食事をしたいときはトマトやモツァレラとパンだけで食事をし、そうでないときはオーブンに入れた料理がじっくりと調理されるのを待つ間に色々な話をするのだと言った。

 それは、いま見ているこの町の佇まいに似ていた。特別なエンターテーメントは何もなく、観光客が押し寄せるような名所もなく、ただ、人々がゆったりと心地よく暮らしているように見える。知り合い同士が立ち寄っては、グラスワインと小さなおつまみだけを前に、おしゃべりと笑いで夏の長い一日の残りを楽しんでいる。特別なものが何もないことが、いや、敢えて持たないことが、このなんでもない町を詩的にしているようだ。

 ルドヴィコが、松江の古い民家を借りて住んでいることも、それと同じなのかもしれない。プラスチック製のものを使いたがらないこと、家では和服に着替えて墨書きをしたためたりすること、美しい日本語にこだわって話したがること、四季の移り変わりや日本の伝統を大切にして、不便さよりも筋の通った美しい暮らしを優先させること。それらが、この数日で怜子が印象づけられた物事と繋がっているように感じた。

 遠くで花火の音が聞こえ出した。トリノのお祭りで打ち上げているのだろう。まだ空が明るくて、花火大会を楽しむ感じではない。

 花火もトリノの街の観光も、怜子にとってもいつのまにか重要ではなくなっていた。だれでも知っている光景を、観光案内書と同じアングルで撮ることに時間を費やしても、ずっと拙い写真を持ち帰ることしかできない。昨日からルドヴィコと一緒にしたことは、観光案内の後追いではできない特別な経験だった。一つ一つをその場でじっくり楽しみたい。ミラノで、この町で、彼の両親の住む村で。

「怜子さん、お待たせしました」
声のした右側を見ると、ルドヴィコが歩いて来た。

「あれ。いつ来たの? 見ていたのに、全然わからなかった」
「裏側からパーキングに入りましたから」

 彼は、すっと彼女の横の席に座った。怜子が楽しそうに眺めている視界を遮らないように。とても心遣いの行き届いた人なのだと、彼女はいつも感心する。

「おや。花火がはじまりましたね」
彼が、顔をトリノの方向に向けて行った。
「うん。まだ明るいのにね。でも、ようやく暮れてきたね」
「サン・ジョバンニのお祭りは夏至祭のようなものですから。そろそろ九時半ですよ」

 もっとも日が長い季節であることに加えて、ヨーロッパではサマータイムを採用していて本来の時間から一時間ずれているので、日没がこんなに遅くなるのだ。日が暮れると急に寒くなるから、風邪を引かないようにしなくちゃ。怜子はカーディガンを着た。

「怜子さん、花火を見たかったんじゃありませんか? 車がありますから、今から行ってもいいのですよ」
ルドヴィコは、訊いた。人混みが苦手な彼のために、怜子が遠慮したのかと心配しているのだ。

「ううん。いいの。あのね。観光やお祭りみたいな特別なものじゃなくて、こうやって、なんでもない宵をのんびりと過ごすのがいいなあって、いま思っていたところだったの」

 怜子がそういうと、彼はにっこりと笑った。彼女は、この笑顔を生涯見続けるのだと嬉しくなった。これから向かう両親の住む村で、その次に見せてもらう北イタリアのどこかで、そして、日本に戻って二人の暮らす街で、一つ一つの思い出を作っていくのだと思った。

(初出:2012年2月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

鶏を丸ごと

またしても食いしん坊な話題ですみません。

チキンのモロッコ風

みなさんは、鶏肉を買う時ホールで買うことは多いでしょうか。

私の場合、日本では、あまり意識したことがなかったし、ホールを買っても一日では食べきれなかったので、挽肉になったものを買ったり、もも肉を買ったり、胸肉を買ったり、もしくはささみを買うなど普通に部位で買っていました。

現在、私はホールで買うことが多いです。要するに丸焼き用を購入して調理するのですね。二人ですし、ごちそうとしての丸焼きを食べているわけではないのです。調理してから解体していろいろな料理に使うのです。

何故そういうことをするのかというと、理由があります。一つはそうしたほうが全体として家計に優しいから。そして、部位で売られているものをそのまま使うと、どういう訳かあまり美味しくないのですが、ホールを解体すると日本の鶏肉ほどではないですが、そこそこの味になるからです。私がホールを調理する時は、一昼夜、塩麹または塩をまぶしておき、焼色をつけてから圧力鍋で蒸すようにするのです。そうやって調理すると味がしみて、さらに柔らかくなるのですね。ついでに美味しいチキンスープもできます。

チキン解体

それを解体します。胸肉、脚、それ以外の肉に分けます。今回は脚でモロッコ風オレンジ風味の煮込みのクスクス添え、胸肉でレモンクリームソースかけ、そして、残りの肉はサンドイッチに使いました。

親子サンドイッチ

なぜ可能な限り丸ごと使うのか、もう一つ理由があります。昔は、この地域の人達は、自分で飼っている鶏の首を締めて、羽を抜いて調理していたそうですが、このご時世、骨を外すのすら面倒くさくなっていて部位だけを買いたがる人が多いようです。そして、胸肉ともも肉以外の部分が大量に余るのだそうです。

その余った部分は、発展途上国、例えばアフリカにとても安い値段で売り払われ、そのためにアフリカの養鶏農家は、ヨーロッパから入ってくる安すぎる肉のために生活を脅かされているのだそうです。

私は、自分の怠惰のために誰かの生活苦を引き起こしたくありません。だから、多少面倒でも丸ごと調理して使い切る方を選択しているのです。ただし、この解体作業、かなり美しくないです(笑)できることなら、この作業中は誰にも見られたくないですね。骨の部分を捨てる前に勿体無いのでしゃぶったりもしていますから。
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Category : 美味しい話

Posted by 八少女 夕

【小説】とりあえず末代

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第八弾です。limeさんは、今年も素敵なイラストで参加してくださいました。

limeさんの描いてくださった(scriviamo!2018参加イラスト)『リュックにゃんこ』
『リュックにゃんこ』 by limeさん『リュックにゃんこ』 by limeさん
『リュックにゃんこ』 by limeさん
このイラストの著作権はlimeさんにあります。無断使用は固くお断りいたします。

limeさんは、このブログを定期的に訪問してくださっている方にはおなじみだと思いますが、繊細で哀しくも美しい描写の作品を発表なさっていて、各種大賞での常連受賞者でもある方です。そして、イラストもとても上手で本当に羨ましい限り。

毎年、「scriviamo!」には、イラストでご参加くださり、それも毎回、難しいんだ(笑)困っては、毎回、反則すれすれの作品でお返ししています。今年も、例に漏れず、ぱっと見には簡単そうに見えますけれど、いざ書くとなると結構難しいです。

今年は、背景を二パターンをご用意くださって、どちらも素敵で捨てがたかったので、両方使うことにしました。ちなみに、脇役は既出の人達を使っております。もちろん、知らなくてもまったく問題ありません。


【参考】
『ウィーンの森』シリーズ

「scriviamo! 2018」について
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とりあえず末代
——Special thanks to lime-san


 着替えとしてTシャツに下着、さらに洗面用具にフェイスタオルを詰めた。中学受験の季節で、僕ら在校生は金曜日が休みになったので、はじめての一人の遠出をする事にしたんだ。せっかくお小遣いも貯めたし、静岡に嫁いだ従姉妹に泊めてもらう約束もしたし、いざ二泊三日の冒険だ。問題は……。

「で。妾はどこに収めるつもりかい」
やっぱりついてくる氣、満々だったか。そうだよなあ。僕は、じっと見上げる緑の瞳を見つめた。

 一見、普通の白猫に見えるけれど、《雪のお方》は正真正銘の猫又だ。もちろん、簡単に信じてくれないのはわかる。でも、こいつは僕が生まれるどころか、とっくに死んじゃったひいじいさんが生まれる前からずっと我が家にいるし、そもそも、人間にわかる言葉でペラペラ喋る飼い猫なんていないことは、同意してくれるだろう?

 なぜこいつが我が家にいて、さらにいうと、僕にひっ付いてくるのか。証明しようがないけれど、これはどうも僕のご先祖様のせいらしい。

 幼稚園の頃、僕は同級生の家にいる普通の猫は喋れないということを知らなくて、「うちの《雪のお方》は喋れるよ」と自慢したために、しばらくありがたくない嘘つきの称号をもらった。友達の前ではただの猫のフリをしたのだ。そもそもなんで猫又が我が家にいるのか、僕は何度か質問をして、大体のことがわかるようになった。

「妾は、元禄のはじめに、この地にあった伊勢屋の伊藤源兵衛の飼い猫であったのじゃ。そして、もらわれて来たのとほぼ同じ頃に生まれた跡取りの長吉と共に育ったのじゃ。長吉は童の頃は妾をたいそう氣に入っておってな、大人になったら妾を嫁にすると申しておったのじゃ。そうこうするうちに二十年経ち、妾の尾は裂けて無事に猫又となったので、許嫁の長吉と祝言をあげるつもりでいたら、約束を反故にして松坂の商家から嫁をとるというではないか。それで妾は怒りに任せて、末代まで取り憑いてやると誓ってしまったのじゃ」
「で?」
「伊藤家はちっとも断絶しないので、妾もまだここにいるしかないのじゃ。お前の父親にも、くれぐれも嫁を取ってくれるなとあれほど頼んだのに……」

 父さんは、母さんと出会って思ったらしい。これだけ我慢したんだから、あと一代か二代くらい、我慢してもらってもいいかって。というわけで、今のところ僕は伊藤家の末代なので、《雪のお方》に取り憑かれているというわけ。

「修学旅行の時は、家で留守番していたじゃないか。どうして今回はついてくるんだよ」
「修学旅行にペットを連れて行くのは禁止であろう。わざわざ規則に違反をさせてまでついて行くほど面白そうな旅程ではなかったしな。今回はお前の初めての一人旅で面白そうではないか。お前とて困ったことがあった時に相談する相手がいる方が良いであろう」

 僕はため息をついた。まあ、いいや、話相手には事欠かないしさ。《雪のお方》は、猫ではなくて猫又なのでキャトフード等は食べない。肉や魚も本当は必要じゃない。猫又としての矜恃があるという理由で、一日に一回は油を舐める。パッキン付きで漏れないタッパーの中にプチプチで巻いた藍の染付の小皿を入れた。これは《雪のお方》の愛用品で、なんでもない醤油皿に見えるけれど一応元禄から伝わる我が家の家宝。割ったら父さんに怒られる。っていうか、《雪のお方》に祟られるんじゃないか。

 それに、小瓶にイタリア産の最高級エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを詰める。もし万が一、いい油がみつからなかったらうるさくいうに決まっているし。なぜこんな洋ものを舐めるのかって思うだろう? ヴァージンってのが氣に入ったんだって。ま、行灯の油と言われても困るけどさ。

 リュックサックの後ろのポケットを大きく開いて、《雪のお方》はそこに入ってもらうことにした。父さんと母さんは、少し心配そうに僕たちを見送った。
「本当に一人で大丈夫なの? 途中までお父さんに送ってもらう?」
「《雪のお方》、悠斗をよろしくお願いします」
「任せておけ。妾がしかと監視する故」

 猫又に監視されての一人旅かあ。まあ、いいや。僕は、初めての冒険に心踊った。
「駅まで歩くからね。なんか言いたいことがあったら、一応、猫っぽく呼んでよね」
「わかっておるわ。案じるな」

 って、日本語で言うんだもんなあ。郊外っていうのか、どちらかというとド田舎っていうべきなのか、とにかく我が家から駅までの半分以上は、道路沿いに空き地が広がっている。バスも来るけれど、一、二時間に一本だから歩いてしまった方が早い。二十分くらいだし。誰かとすれ違うこともあまりない。猫と会話している変な奴と思われる心配は少ないはず。もっとも、いつ誰が聴いているかわからないから氣をつけないと。

『リュックにゃんこ』 by limeさん

「さてと。そろそろ駅だ。ここからは、黙っててくれよ。それから落っこちないように、もう少しジッパー閉めるよ」
「挟んだら、化けて出るぞ」
「わかってるよ。しーっ!」

 僕は、電車を乗り継いで横浜まで行った。そこからは東海道線。リュックから覗いている子猫(本当は猫又だけど)は珍しいのか、隣に座ったおばさんがニコニコ笑って構おうとする。
「まあ、可愛い猫ちゃんねぇ。これだけ小さいということはまだ一歳になっていないかしらねぇ」

 いや、およそ三百四十歳だけど。そう答える訳にはいかないから、僕は、にっこりと笑ってごまかした。《雪のお方》は見事に子猫っぽく化けている。いつものドスの効いた物言いが信じられないくらいか弱い声で、みゃーみゃー言っている。

「本当に可愛いわね。ちょっと待って、いいものを持っているの。息子の家にもネコがいてね、行く時にはいつも玩具やおやつを持って行くのよ」
そう言いながら、ハンドバックを探って何かを取り出した。カリカリだったら激怒するんじゃないかと心配だったけれど、なんと本物タイプのおやつだった。おお、焼カツオ! すげぇ。これって猫のおやつなんだ。僕でも食べられそう。《雪のお方》は神妙な顔をしてハムハムと食べた。

「本当に可愛い猫ちゃんね。お名前は?」
「あ、えっと雪です」
《雪のお方》とは言えない。っていうか、きっと元禄時代にはただの雪だったんだと思うし。

「そう。坊やは、雪ちゃんとどこへ行くの」
「あ。静岡です。従姉妹のところに泊めてもらうことになっているんです」
「そう。この歳で一人旅ができるなんて偉いわね。氣をつけて行きなさいよ」

 おばさんは、熱海で降りて行った。僕は乗り換えて静岡へ。各駅で静岡へ行こうというひとは少ないのか、ホームはガランとしていた。《雪のお方》は小さな声で言った。
「あの鰹はなかなかであった。お前は何も食べなくていいのか。駅弁やお茶なぞも売っているではないか」
「あ、そうだね。おにぎりとお茶でも買っておこうかな」

 しゃけ入りおにぎりを一つと、お茶を買った。電車の中で食べていると、《雪のお方》が前足で催促したので、しゃけを少しだけ食べさせてあげた。

 そうこうしているうちに、僕たちは目的の小さな駅に着いた。駅からあまり離れていないところにカフェがあって、従姉妹は結婚相手とそのカフェを経営しているのだ。
「えっと。『ウィーンの森』。あれかな。こんな辺鄙な駅だとは思わなかったな」
「お前の住んでいるところと、大して変わらぬではないか」
《雪のお方》がぼそっと突っ込んだ。まあ、そうだけどさ。

 従姉妹は、僕と違って都心からここに引っ越したので、馴染めているんだとびっくりした。

『リュックにゃんこ』 by limeさん

「うん、間違いない。ここだ。入るからね、頼むよ」
《雪のお方》にまた猫のフリを頼んで、僕はカフェの入り口のドアを押した。

「いらっしゃいませ」
こげ茶のぱりっとしたエプロンをしている男性がいた。あ、この人が従姉妹の旦那さんかな。

「こんにちは。僕、伊藤悠斗です」
「ああ、君が悠斗くんか。よく来たね。はじめまして、僕が吉崎護だ。真美はご馳走を作るって張り切っているよ、ちょっと待ってて」

 感じのいい人でよかった。それに、かっこいい人だ、マミ姉、やったじゃん。僕は、護さんが二階にいる従姉妹を呼びに行く間にリックサックを下ろして、《雪のお方》を抱き上げた。

「いらっしゃい、悠ちゃん、迷ったりしなかった? あ、おユキ様も連れてきたのね」
マミ姉が、降りてきてまっすぐに《雪のお方》を抱き上げた。

 実は、マミ姉は《雪のお方》が猫じゃないことを知っている。そりゃそうだ。全然歳とらないいまま二十年以上この姿のままなのを、ウチに来る度に見ていたし、僕は子供の頃わかっていなかったから本当のことをペラペラ喋ってしまったんだもん。僕よりもずっと歳上で、これは喋ったらヤバいということをわかったマミ姉は、外には漏らさなかったけれど。

「おユキ様?」
護さんは、少し驚いた顔をした。まあ、子猫の名前っぽくはないよね。《雪のお方》はマミ姉の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らして見せた。さすが、元猫。たいした演技力だ。

「可愛いでしょう? まあ、静岡で会えるなんて思わなかったわ。悠ちゃんもゆっくりしていってね。今晩は、シチューにしたの。でも、その前におやつ食べたくない? 護さんご自慢のクーゲルホフとホットチョコレートのセット、食べない? 私がご馳走するわよ」

「真美、代金はいいよ。悠斗くん、荷物を上に置いておいで。おユキ様……には、ミルクでいいのかな?」
護さんは、猫としては変わっている呼び名にまだ慣れていないようだった。《雪のお方》は、子猫っぽく愛らしい仕草でミルクを飲んだ。あとでオリーブオイルをあげなくちゃ。

 再び降りてきた僕に、護さんは訊いた。
「今日はこれからまたどこかへ行くのかい? それとも冒険は明日からにして今日はこのままゆっくりする?」

 僕は、少し考えた。ここに来るだけで冒険は十分したし、この街はほとんど何もなさそうだから、ここで護さんのお店を見学するほうが面白そうだ。《雪のお方》も、ここが氣に入ったみたいだし。
「もし邪魔でなかったら、ここにいてもいいですか。皿洗いくらいします」
「それは嬉しいね。でも、先におやつをどうぞ」

 他のお客さんが入ってきて、護さんは忙しくなった。僕は、お手伝いをするために急いでおやつを食べ出した。うわ。美味しいよ、このケーキ。こんな洒落たカフェがなんでこんな田舎にあるんだろう。

 マミ姉が、バターやジャムを入れる小さいガラスのシャーレに、黒い油を入れて持ってきた。そして小さい声で言った。
「オーストリアの最高級パンプキンシードオイルよ。アンチエイジングにいいっていうから、私も取り入れているんだけれど、おユキ様の口に合うかしら」

 《雪のお方》は嬉しそうに舐めていた。ミルクの時と目の色が違う。やっぱり猫又なんだな。こうして見ていると、パンプキンシードオイルって、ちょっと行灯の油っぽくない?
 
 僕はその日の閉店まで、護さんのお店でウェイターのまねごとをして過ごした。ホイップクリームのたっぷり載ったコーヒーのように、運ぶのが大変なものもあったけれど、大きな失敗はしないで、ついでに女性のお客さんたちに「きゃー、かわいい」などと言われて悦に入っていた。

 もっとも、一番「かわいいー」と言ってもらっていたのは、文字通り猫をかぶっていた《雪のお方》だけれど。

 店じまいまでちゃんと手伝って、マミ姉の美味しいシチューで晩御飯にして、それから僕の寝室にしてくれた小部屋で布団にくるまった。小さなカゴにマミ姉がタオルを敷いてくれた簡易ベッドで《雪のお方》が寛いでいる。

「一人旅、ここまでバッチリ上手く行ったよね」
「さよう。ちゃんと手伝いもしていたし、見直したぞ。カツオをくれたご婦人への礼はもっとちゃんと言って欲しかったが、それ以外は概ね合格点をやってもいいだろう」
「あ。そうだね。言い忘れちゃった。あ、マミ姉の出してくれた油はどうだった?」
「あれは、なかなか美味であったぞ。香ばしいのじゃ。明日もまた出してくれるといいのだが」
「あ、ちゃんと頼んでおく」

 それから僕はほうっと息をついた。
「でも、マミ姉、いい人と結婚したね。ものすごく幸せそうだったね。ずっと仕事一筋だったから、まさか結婚して静岡に行くなんて思いもしなかったけれど、護さんみたいな人とずっと一緒にいられるなら思い切ってもいいよね。僕も、いつかさ……」

 それを聞いて、《雪のお方》はヒゲをピクリと震わせた。
「お前、もう結婚を夢見ているのか。まったく、伊藤家の奴等ときたら、どうして揃いも揃って……。妾は、跡取りが生まれるたびに、今度こそ末代と思っているのだが……」

 そう言いながら、《雪のお方》はあまり迷惑そうな顔はしていなかった。あまりにも長く伊藤家に取り憑きすぎて、もう半分うちの守護神みたいになってしまっているのかもしれない。

 僕は、明日も《雪のお方》をリュックに背負って、一緒にあちこちを見るのが楽しみだ。猫又に取り憑かれていない人生なんて、ちょっと考えられない。伊勢屋長吉、よくやってくれた! そんなことを考えながら、眠りについた。

(初出:2018年2月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

好きな犬の種類は?

つい先日、犬に関する小説を発表したところで、トラックバックテーマに犬の話があったので、これで記事を書いてみる事にしました。

スイスの犬たち


ブログをやっていると圧倒的にネコ派の皆さんが多いように感じるんですけれど(もしくは私の眼に触れるのが猫ブログばっかりなのかな?)、猫派か犬派かは永遠のテーマのような氣がします。私自身は、ペットを飼わないので外で会う犬や猫と無責任に触れ合っているだけの範囲ですけれど、どちらも好きで、でもどっちか一つと言われたら犬かな、という感じです。

ただし、猫の方は種類による好き嫌いはあまりなくて、どの猫も大抵好きなんですけれど、犬の方は大好きな種類と、そうでもない犬とにきっかりと分かれるのです。基本的に愛玩犬と言われるタイプの犬よりも中型犬や大型犬の方が好きなのです。具体的に言うとチワワやトイプードルなどよりも、ゴルデンレトリバーや秋田犬などの方が好きなんですね。

もちろん、飼っていらっしゃる方にとったら、「うちの子」が一番だろうと思いますし、それに、犬種での好き嫌いは大雑把すぎる意見だとは思っています。

ということを承知でいうと、ようするにしょっちゅう「キャンキャン」言っている犬よりも、どっしりと構えているタイプの方が好きなんですよ。

日本の飼い犬とヨーロッパの飼い犬の大きな違いとして、しつけがあります。あ、私の「日本の飼い犬」というのは二十年前はそうだったということで、現在はわかりませんが、とにかくスイスで普通に見かける犬は、非常によく躾けられていて、放し飼いにしても問題がないほどなのです。日本だと盲導犬などの特別な犬は別として、公共の場に犬は連れていけないじゃないですか。例えば電車に犬を乗せて好きなところまで行くということはまずできませんよね。スイスではそれは普通のことなのです。レストランも普通に犬をつれて入っていくことができます。そして、その犬たちは、氣づかないほど静かに座っているのです。

通勤途中にも時々散歩中の犬とすれ違います。一応、飼い主がリードで繋いでいないといけないはずだと思うんですが、田舎のせいか外してしまっている人が多く、すれ違いざまに犬が興味をもって近づいてくることもあります。手を差し出して匂いを嗅がせて挨拶しますが、皆感じのいい犬ばかりです。

で、こういう国でも愛玩犬の多くは、繋いでおかないと何をするかわからないようです。他の飼い犬や通りがかりの人にキャンキャン吠えたり、来いと飼い主が行っても反対方向に行ってしまったり、ちょっと目を離せないんですね。

狩猟犬は体は小さくてもちょっと行動が違うようです。そりゃそうですよね。獲物を前にしてキャンキャン吠えたら、獲物は逃げてしまいますから。日本だと狩猟犬も愛玩犬もあまり変らないでしょうが、この辺りでは牧羊犬や狩猟犬は元来の目的に近い形で使われているのです。

さて、スイスの犬と言ったら皆さん思い浮かべるのはセント・バーナードではないでしょうか。この犬は、今でもフランス語圏スイスとイタリアの国境にある大サン・ベルナール峠の修道院で繁殖されています。でも、この辺で見かけることは少ないですね。

他にスイスらしい犬というと、Appenzeller Sennenhund(アッペンツェラー・キャトル・ドッグ)やBerner Sennenhund(バーニーズ・マウンテン・ドッグ)でどちらも牧牛犬・牧山羊犬として活躍した働く犬たちです。この二種は、この辺りでも大変良く見かけます。

ちなみに、小説で使っているローデシアン・リッジバックはアフリカ産の犬。番犬としてとても有能な上、ライオンにも立ち向かうと言われるほど勇猛な犬です。

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当の一之瀬です今日のテーマは「2018年は戌(いぬ)年!あなたの好きな犬の種類は?」です。現在の最新国際畜犬連盟(FCI)により公認された犬種は、現在344種類あるそうです!こんなにたくさんの種類の犬がいるなんて驚きですね個人的にはあのふわふわした毛と、真ん丸な顔に小さな三角耳の持ち主柴犬がたまらなく可愛いなと思いますみなさんは何犬が好きですかたくさん...
FC2 トラックバックテーマ:「今年は戌(いぬ)年!あなたの好きな犬の種類は?」

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Posted by 八少女 夕

【小説】小さな家族

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第七弾です。けいさんは、毎年恒例の目撃シリーズで書いてくださいました。ありがとうございます!

けいさんの書いてくださった『サファリの一コマ (scriviamo! 2018) (「郷愁の丘」より)』

けいさんは、私と同じく海外移住者なのですが、お住まいはスイスから見て地球の反対側のオーストラリア。とてもパワフルで暖かくて前向きなけいさんには、ぴったり国だなとつくづく思います。そして、けいさんはとても努力家で、お仕事のことだけでなく小説に対してもエンジン全開で勉強に取り組まれます。スタミナが弱いというのか、それともただの怠け者なのか、ぬるま湯にどっぷりと浸かっている私とは対照的……。いつもすごいなあと思って拝見しています。

さて、この「scriviamo!」で恒例となった「目撃シリーズ」、今年は現在連載中の「郷愁の丘」のあの子とあっちの皆さんがガン見してくださいましたね。こうきたか……。で、お返しはどうしようかと悩みましたが、あの子が「家族だもん」と胸を張っていましたので、その経緯を書いてみることにしました。というわけで、外伝をお送りします。本編の開始する二年前、主人公たちにとって少し特別な日に話は始まります。


【参考】
郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物



「scriviamo! 2018」について
「scriviamo! 2018」の作品を全部読む
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



郷愁の丘・外伝
小さな家族
——Special thanks to Kei-san


 撮影を終えたアメリカ人フォトグラファーと一緒にナイロビへ帰るリチャード・アシュレイと別れて、動物学者ヘンリー・グレゴリー・スコットはマサイマラを後にした。まっすぐ《郷愁の丘》にある自宅へ帰りたかったが、寄らなくてはならないところがあった。

 彼がマサイマラへ行くことは、リチャードがアウレリオに告げたのだろう。大学はイースターのために休みで、断る口実を見出せなかったので、彼は渋々出かけてきた。世界中の子供の写真を撮っているというそのアメリカ人は、女性だった。

 人付き合いの苦手な彼は、特に初対面の女性が苦手だった。何を話していいのかわからなくて間が持たないし、大抵の女性はそんな彼のことを退屈でつまらない人間だと思っていることをあからさまに態度で示す。それでいつもいたたまれなくなるのだ。だから、女性が来ると知っていたらあらゆる口実を作って断っただろう。リチャードも心得ているので、到着するまで詳細を言わなかった。

 アメリカ人写真家が撮りたかったのはマサイ族の子供の写真で、どうしても長老の許可が必要だった。その交渉をスムースにするために日頃からシマウマの調査のために通い信頼関係を築いている彼の協力が必要だったのだ。そのために女性のアテンドだということを隠し通したらしい。

 幸い、今日のアメリカ人女性は、例外的に感じがよかった。ショートヘアにデニム姿とまるで少年のように飾りけのない出で立ちで、押し付けがましさのない静かな人だった。彼との会話もスムースで、興味深い話題について穏やかに話し、お互いに退屈しなかった。リチャードに引っ張り出されて、うんざりしなかったことは本当に珍しかった。こんな遠くまで日帰り往復するはめになったにもかかわらず。

 彼が帰りに寄り道をしなくてはならないことになったのは、リチャードの親友であるアウレリオ・ブラスが昨夜遅く電話してきたからだ。
「マサイマラに行くんだって。頼むよ、僕の代わりに行って欲しいところがあるんだ。帰り道だからさ」

 アウレリオは、リチャードとともにオックスフォード時代から交流のある数少ない知人の一人だ。腹違いの妹ハーフシスターであるマディの夫なので、姻戚と言えないこともない。生まれ故郷であるイタリアと家庭のあるケニアをしょっちゅう往復する実業家だ。

 予定どおりにきちんと行動するという事のできない人で、肝心な時にはいつもいなくなってしまう。そうなると周りの人間がその尻拭いのために走り回ることになる。独り者で特に予定のない彼が、妹やその母親であるレイチェルに懇願されて車を走らせることも多かった。もっとも本当の家族のように頼りにされるのは悪いことではない。父親とほとんど交流がない彼の事に心を砕き、家族の集いに招んでくれるのは、いつもレイチェルとマディだった。

 アウレリオが今日向うはずで、彼が代わりに行くことになったのは、あるバンガローだった。ローデシアン・リッジバックの仔犬が四匹いて、引き取り手を探している。マディとアウレリオは、ここ二ヶ月ほど新しい仔犬を迎えようとあちこち探していた。番犬として優秀なローデシアン・リッジバックは、欲しい人も多いので、オファーがあればすぐに引き取りに行く必要があった。

 彼自身は、ここ数年は犬を飼っていなかった。祖父が亡くなりケニアへ戻ってきた時、受け取ったわずかな遺産の中に一頭の犬が含まれていた。正確にいうと引き取り手がいなかったので、彼が移住して来るまでは父とレイチェルのところにいたが、彼が《郷愁の丘》を買い引っ越して来るとそのままトビアスの面倒を見る事になった。

 亡くなった祖父が恋しいのか、なかなか懐かず、面倒を見るのも大変だったので、トビアスが老衰で亡くなると、それきりになり、もう犬を飼いたいとは思わなかった。そもそも《郷愁の丘》は人里離れ過ぎている上に盗むに値するようなものもないので、番犬の必要もなかったのだ。

「どうぞ、お入りください」
そう言われてバンガローに入ると、やはり犬を見にきている夫婦がいて、どの仔犬がいいか真剣に話し合っていた。みると既に一匹はもらわれて行った後らしく、三匹が残っていた。

「こちらか、こっちよね。どちらも愛想が良くて賢そうだから」
夫婦は、母犬の側でじゃれあっている二匹のどちらがいいかでああだこうだと言っていた。

 家の主人は、彼にこの二人が選び終わるのを待つか、それとも残りの一匹にするかと訊いた。

 見ると残っているのは、一番体の小さいメスで、母犬からも離れて後ろを向いてうずくまっていた。彼は、夫婦に選択の対象にもしてもらえない仔犬を氣の毒に思った。それにいつまでもこの夫婦の優柔不断に付き合って帰る時間が遅くなるのも嫌だった。
「差し支えなかったら、そのメスにしたいと思います。ミスター・ブラスから一任されていますし」

 誰も欲しがらなかった犬の引き取り手が決まって、バンガローの持ち主は大いに満足したようだった。彼は小さなリードとそれまで仔犬がねぐらに使っていた小さなカゴをプレゼントしてくれた。彼は、小さな茶色い塊をそっと抱き上げた。

「近くに仔犬用の餌を簡単に買える店はありますか」
「ミスター・ブラスの住むヴォイにはある程度大きいスーパーマーケットもあるので、買えると思いますが、確証はないです」
「じゃあ、この一袋をお譲りしましょう」

 彼は頷いた。他に氣にかかることがあった。母犬は二匹の兄弟犬の方にかかりっきりで、娘との別れを惜む様子を見せなかった。雌の仔犬は、その母犬をちらりと見たけれど、特に甘えることもしなかった。こんなに小さいのに、独りでいる事に慣れているのだろうか。

 黒い瞳がじっと彼を見上げた。そして、その鼻を彼の襟元にこすりつけた。
「おや。こんなに大人しく抱かれているのは珍しい。この仔犬は少し難しくて、初対面の人をひどく警戒するのに」
バンガローの主人は驚いて言った。

 彼は、肩をすくめた。これまで特に犬に好かれた記憶はなかった。このままマディのところでも大人しくしていてくれるといいのにと思った。

 アウレリオに言われて立て替えた金額を払うと、カゴを助手席の足許に置き、そこに仔犬を寝かせた。小さく丸まると、あっという間に寝息をたて出した。警戒心が強いようには思えないな。でも、届ける間中吠えられているよりずっといい。早く届けてしまおう。一路、ヴォイまでの長い道を運転した。

 あと三十分ほどでヴォイに着くというところまで来たところで、携帯電話が鳴った。彼は、車を道の脇に停めて電話に出た。マディだった。

「ヘンリー? 今、どこなの?」
「もうすぐ着くところだ。ちゃんと引き取ってきたよ」

 マディの声が戸惑ったように小さくなった。
「まあ。そうなの。困ったわ」
「困ったって?」

「あのね。あなたに代わりに行ってもらったって、今アウレリオから聞いたのよ。実は、朝からずっと彼に電話していたんだけれど、例の通り全然捕まらなくて。あなたに頼んだって知っていたなら、もっと早く電話できたのに」
「何が問題なんだ?」

「実はね。昨日の晩に近所の方が、うちにダックスフントの仔犬を持ってきてくださったの。メグがとても氣に入ってしまって、返したくないっていうの。さすがに新しい犬を二匹は無理だから、ローデシアン・リッジバックはもう引き取りにいかなくていいと言うために、アウレリオを探していたんだけれど……アウレリオにようやく電話が通じたと思ったら、あなたに頼んだなんていうんだもの!」

「つまり、この犬はいらないってことかい?」
「そういうこと。心配しないで。私から事情を話して、アウレリオが帰ってきたら連れ帰ってもらうから。でもね……」

「でも?」
「うん。もし、その犬をメグが見ちゃって、両方欲しいと言い出されたら困っちゃうのよ。どうしようかしら。今、ヴォイなら、申し訳ないけれどマニャニまで行ってもらってママのところに届けてもらっても構わない? それとも、アウレリオが戻って来るまで、あなたのところに預けていい?」

 彼は、しばらく考えた。眼を醒ました仔犬がキョロキョロと辺りを見回してから、彼を見上げるとまた安心したように丸まった。彼は、犬と自分と両方にとって疲れる長いドライブであったことを思って、これからマニャニまで行くことにうんざりした。

「それなら《郷愁の丘》に連れて行くよ。トビアスの使っていた食器や毛布もまだあるし、数日分の餌も譲ってもらったから」
「本当に? そうしてもらえたら助かるわ。明日にはあの風来坊がケニアに戻っているはずだから、午前中には連絡できると思うわ。ごめんなさいね、ヘンリー」
「わかった。じゃあ、今日はこれで」

 彼は、そのまま《郷愁の丘》まで走った。門の中に入り助手席側のドアを開けると、仔犬はつぶらな瞳を向けて尻尾を振った。
「ここは、僕の家なんだ。今晩は僕と二人だけれど我慢してくれるね」

 小さな体を持ち上げた。柔らかくて暖かい。くすぐったそうに後ろ足をパタパタ動かす様がユーモラスで、彼は思わず微笑んだ。どういう訳か、出会ったばかりの彼を信頼して鼻先や目の当たりを擦り付けて来る。

 彼は、玄関の脇の戸棚の中をゴソゴソと探って、もう二度と使うことがないと思っていた祖父の愛犬の使った毛布やステンレスの椀などを取り出した。仔犬はクンクンと匂いを嗅いで何かを考えていたが、彼がその毛布を整えてポンと叩くと、ゆっくりとその上に載って寝心地を確かめるようにうずくまった。

 それから、また立ち上がって、台所へ行こうとする彼に着いてきた。彼は、椀に水を入れて置いてやった。喉が乾いていたのかゴクゴクと飲む。
「そうか。ごめんな。餌も四回だったな。今、用意してやるから少し待っててくれ」

 歯の発達に必要なので、固いものをちゃんと食べさせるようにと言われた。マディに渡してそれっきりだと思っていたので、あまり細かく訊いてこなかったけれど、アウレリオが引き取りに来るのはいつなんだろう。餌を食べさせてから、彼は自分用に少しのパンと冷蔵庫にあったチーズを切って皿に盛ると、サバンナを見渡す月に照らされたテラスに行った。仔犬は嬉しそうについて来た。

「今日は、お前にとって大変な日だったよな。初めてお母さんのもとを離れて、こんなところに来て。それも、また戻されるなんて……」
彼の心に、子供時代の居たたまれない思いが蘇った。仲の悪かった父親と母親が離婚して、サバンナから遠いイギリスへ引っ越したこと。けれど母親とは長く暮らすことはなく寄宿学校に入れられたこと。すぐに再婚した母親のもとには行きづらくて、居場所がないと感じた事。

 足元に蹲った仔犬は、彼の靴に頭を載せてきた。まるで彼が主人であるかのように信頼して眠っていた。

 明日か明後日には、アウレリオがやってきて、この犬を連れて行くのだろう。そして、「必要無くなったのです」と、あのバンガローの持ち主に返すのだ。「やっぱりいらないって言われたんだな」そうため息をつかれるのだろうか。

 いらない存在なんかじゃない。お前は、こんなにも柔らかい。僕をこんなに暖かいきもちにしてくれる。

 彼は、満天の星空を見上げた。今日出会ったアメリカ人フォトグラファーのことを考えた。まったく緊張せずにいられる人だったなと思った。ああいう人とだったら、友人になれるのかもしれない。もちろん、彼女とはもう二度と会うことはないだろう。でも、世界のどこかにああいう人がいるのだったら、いつかは僕の日常にも本当の意味で友人と言えるような人が現れるのかもしれない。

 足下で寝息を立てている小さな犬を見た。お前にも、その価値をわかって大切にしてくれる家族がどこかにいるはずだ。僕が、そう思うように。

 
 翌朝、夜明けの散歩をするためにテラスに出ると、小さな茶色い塊がものすごい勢いで寄ってきた。
「やあ。そうだったな。お前がいたんだった。おはよう。よく眠れたか」

 仔犬は全身で喜びを表していた。朝焼けを浴びて、艶やかな毛並が輝いている。
「素晴らしい光景だろう? 僕は、ここが世界で一番素晴らしいところだと思うけれど、お前はどうだい? みてごらん、ほら、あそこをシマウマの群れが通って行くよ」

 彼は、仔犬と一緒に散歩をし、朝食を食べた。彼が論文を書いている時間、仔犬は彼の書斎でおとなしく丸まった。彼が立ち上がると、さっと寄ってきて嬉しそうに尻尾を振った。犬に好かれていることは、心地よかった。トビアスの面倒を見ていたときは、仕方ないから一緒にいてやるという風情だったので、こんな喜びを感じたことはなかった。

 携帯電話が鳴った。マディからだった。
「ハロー、ヘンリー。犬があなたを悩ませていないか心配で。問題ない?」
「まったく問題ないよ。アウレリオは帰ってきたのかい」
彼は仔犬があちこちを駆け回るのを眺めて微笑んだ。

「ええ、今マリンディですって。夕方には戻って来るみたい。多分明日にはその犬を引き取りに行ってもらえると思うの。もう一日、頼んでも大丈夫?」

「構わないけれど……。マディ、その、先方はなんて言っていた?」
「ちょっと失望していたみたいだけれど、仕方ないから引き取るって言ってくれたわ。その犬、難しい性格なんですって?」

 彼は少しムキになった。
「そんなことないよ。聞きわけもいいし、可愛いよ」
「まあ。ヘンリー、あなたがそんなこというなんて珍しいわね」

 彼は、このまま戻したら、この犬は誰にも大切に扱ってもらえないのではないかと思った。そんなのは嫌だ。

「マディ。考えたんだけれど、この犬、このまま僕が引き取ったら、アウレリオは返しに行かなくてもいいんじゃないかい?」

「なんですって。ヘンリー、あなた、犬はもういらないって言っていなかった?」
「そのつもりだったけれど……でも、この犬、とても嬉しそうに尻尾を振っているし、あちこち探検して満足しているんだ。ここをうちだと思っているみたいに。僕のことも嫌がっていないし、ここには十分なスペースもあるから……」

「まあ。愛着が湧いてしまったのね。もちろんいいと思うわ。先方もきっと喜ぶわ。すぐに連絡しなくちゃ。ヘンリー、本当にありがとう」

 電話を切ってから、小さな犬を抱き上げた。
「さて、聴いていたかい? ここがお前の新しい家だよ」

 仔犬はとても嬉しそうに尻尾を振った。彼は、自分といるのを喜んでくれるその犬をようやく手にした家族のように感じた。
 
「まず、名前を決めなくちゃいけないな。僕は、ヘンリー……」
そう言いかけてから、口ごもった。

 誰もが彼をファーストネームのヘンリーで呼んでいるけれど、彼にはあまり親しみがなかった。子供の頃、祖父からは『小さいグレッグ』と呼ばれていた。当時、愛情を感じたのは、祖父と一緒にいる時だけだった。何と名乗ろうと、犬は僕の名前なんか呼ばないだろうけれど、それでも……。

「僕の名前は、グレッグだ。お前の名前は……そうだ、アフリカの女の子らしくルーシーはどうかな」

(初出:2018年1月 書き下ろし)

ローデシアン・リッジバックの仔犬

註・ルーシー (Lucy) は、1974年にエチオピア北東部で発見された318万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの通称
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

ひじき入り煮物を食べた

今日は、少し息抜きの話題。小説ばかりだと飽きるかもしれないので。で、すみません、変なタイトルですけれど、「和食の話」とやるよりは、本文に近いかなと思って。

時々、訊かれるのですよ。「日本の代表的な料理は何?」って。まあ、「スシ、サシミ、テンプラ、スキヤキ、テッパンヤキ」と答えておけば安心なんだろうなと思いつつも、なんかそうじゃないなと思うことがあるんですよ。そんな、五つポッキリで表現できるか!と。

でも、一汁三菜や懐石料理の詳細を説明しようにも、おそらくそこまでは期待していないというか、話が長くなりすぎるのですよね。

日本人がスイス料理というとチーズフォンデュとラクレットしか思いつかないように、まあ、スイス人もスシくらいしか知らないのは当然なんですけれど、実をいうと、私はスシがソウルフードというほどの思い入れはないのです。

外国人に説明するという目的は、もうここで忘れて、単に私にとっての和食って何かなと考えると、ご飯と、それから和風の味付けだと思うのです。

私の母は本格的な和食というものはあまり作らない人でした。その環境で育ったので、私は和食らしきものを数カ月食べなくても特に問題がないのです。国際結婚をした人で、食生活の違いが原因で破綻したという話を時々耳にしますけれど、やはり三食和食でないと死ぬという方は、日本人と結婚した方がいいかもしれません。

パンやチーズといった洋風の食事をしていて、とくに問題はない私ですが、最近意識的にお昼のお弁当に、いわゆる日本風のお弁当を持って行くようにしています。どうしても食べたいからというより、お米を食べたほうが胃腸の調子がいいのですよ。たぶん味覚は洋風だけでも問題なくても、腸のサイズや腸内環境のようなものが、日本用にカスタマイズされて生まれてきたんじゃないでしょうか。

朝や夜、それに休日に連れ合いと食べるときは、普通の欧米風に食べています。彼が和食を好きならまだしも、あまり好きじゃないので、強制するつもりにはなれませんから。

そういうわけで、お弁当用におかずをちょこちょこと用意するのですけれど、せっかくなのでこちらでは滅多に食べないものを意識して作るわけです。根菜の煮物だとか、海藻だとか、だし巻き卵だとか。和食の伝統の食材が、栄養素として日本人として生まれてきた体をキープするには必要なんじゃないかなと思って。もちろん、ソーセージや、ハンバーグの残りや、付け合わせの残りなども普通に詰めますよ。

で、この間、ヒジキのたくさん入った煮物を作ったんですね。ご存知のように、ヒジキには有機ヒ素が含まれているので、海外ではフグのように「日本人は、なんでそんなものを」と言われてしまう食品ではあるのですが、フグと違ってそのまま食べても死ぬほどの毒ではないですし、その毒素も三十分水に浸しておいて取り除くことができるので、危険な食べ物とは思っていません。まあ、レンチンして数分で作る食べ物、というわけにはいきませんが、ちょっと手間をかければいいわけです。

で、煮て、普通に食べたわけです。これがなんというか、口に入れた途端に「うわ。おいしい」と、妙に感動するんですよ。日本にいた時には、ヒジキには特に思い入れはありませんでした。わざわざ買ってきて自分で煮ることもなかったです。別に食べなくてもいい食品の一つでした。今でも、「明日死ぬならこれだけは食べたいリスト」には入っていません。

それなのに、パクッと食べるたびに妙に感動するんです。それはたぶん、ものすごく典型的な、日本の惣菜の味がするからだと思うんです。海藻類に含まれる旨味成分だと分析すればそれまでですが、それだけではなく、一種のノスタルジーとも関連していると思います。私にとって和食っていうのは、こういう味なんだよなあ。まあ、これが結論かな……。
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Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 東国放浪記 望粥の鍋

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第六弾です。もぐらさんは、オリジナル作品の朗読で参加してくださいました。ありがとうございます!

もぐらさんの朗読してくださった作品『割れた土鍋』

もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。お一人、もしくはお二人で作品を朗読なさるのですが、会話文や地の文を見事に読み分けていらっしゃるのには、いつも感心しています。

今年もオリジナルの「貧乏神」シリーズでご参加くださいました。日本の民話をアレンジなさった素敵な作品です。聴き終わるとほっこりするとてもいいお話です。

で、お返しですけれど、去年と同じく「樋水龍神縁起 東国放浪記」の話で行くことにしました。他のものにしても良かったのですが、せっかくの土鍋と小豆粥の話を使いたくて。ただし、貧乏神の話を続けるのは無理があったので、今回は窮鬼(貧乏神)の話題は出して居ません。そのかわりに、前回の窮鬼の件を受けて、春昌が少し特別な神様のことについて語るシーンを挟みました。で、ちょっと暗いです。すみません。

それに、こんどこそ短くしようと思ったんですけれど……。千字くらいは減っていますが、もぐらさん、本当にごめんなさい!


【参考】
「樋水龍神縁起 東国放浪記」をまとめて読む 「樋水龍神縁起 東国放浪記」
樋水の媛巫女

「scriviamo! 2018」について
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「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
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樋水龍神縁起 東国放浪記 望粥の鍋
——Special thanks to Mogura-san


 歳が明けた。出雲国いずものくにを離れてから幾度めの年越しであったことか。次郎はもう数えるのをやめていた。どこで年越しをしても、人は新しい年の安寧と幸を願う。それが叶えられることもあるし、そうでないこともある。それでも、新年にはやはり同じ願いを持つ。次郎も同じであった。だが、彼の主人がそれを願っているのか、彼にはわからなかった。

 この旅には行く末がなかった。主人は出雲国とみやこから落ちてゆくのみ、彼を待つ地はない。彷徨う運命さだめに終わりもなかった。

 谷は雪が深く出立がかなわぬので、数日逗留している百姓の家に今宵も引き続き泊めてもらう他はないようだった。今日は十五日「もちの日」で小さな祠のある井戸の傍で村人たちが大きな焚き火を用意して望粥もちがゆを炊くのだと聞いていた。

「春昌様」
「どうした、次郎」
「村の衆が困っているようでございます。望粥を炊くのに使っている大きな土鍋が水漏れするとか、このまま炊いたら割れてしまうのではないかと……小正月に鍋が割れるようなことがあってはならないと」

 春昌は、次郎と共に井戸の側へ行った。村の衆がガヤガヤと騒いでいたが、百姓の家に都の陰陽師が逗留していることは伝わっていたので、だれもが敬意を表して道を開けた。

 彼は村長の息子に言った。
「こちらに見せてごらんなさい」

 男は素直にその非常に大きな土鍋を持って来た。見れば底にわずかにひびが入っているが、さほど大きくはなかった。

 春昌は薄紙に不思議な文様の霊符を一筆で書き鍋底に置くと、小さな声でまじないを呟いた。それから霊符を取り、焚き火で燃やした。
「これでよい。次にここではなく誰ぞかの家の竃で、少しずつでよいので二度ほど米を炊きなさい。火にかける前に外側の底が濡れていないかだけをよく確かめるように」

 二人が逗留している家の娘が言われたままに二回ほど米を炊くと、誠に鍋の水漏れはしなくなった。次郎はたいそう驚いた。

 そうしている間に、夕刻が迫って大鍋は再び祠のところへ運ばれ、村の若衆たちが大量の粥を炊き出した。

 この村には僧もいなければ修験者もいない。例年は祠に粥を供えて新年の祈念を行う村長が、今年は安達様にしていただきたいと伏して願ったので、大祓詞おおはらえのことばを奏上して新年の村の安寧と福を祈念した。

 こうして清められ神に供えられた後に、望粥は村人たちに配られた。赤く色づいた小豆粥を春昌と次郎も受け取った。

 次郎は、小豆と米だけであることに驚いた。正月の望の日には小豆だけではなく粟、黍、胡麻など七種の穀物を入れて炊くものだと思っていたから。彼が郎等として仕えていたのは奥出雲の由緒ある神社であったので、仕える者たちも当然のごとく延喜式に則った望粥を口にしていたのだ。七種の入っていない望粥は食べたことがなかったので、彼は少し不安になった。

「小豆と米だけでよろしいのでしょうか」
次郎が小声で訊くと、春昌はやはり小声で答えた。
「この村人たちを見るがよい。おそらく何十年も小豆と米だけで無病息災を祈ってきたのだ。それでも神はその願いを叶えているではないか。大切なのは祈る心だ。形式ではない」

 次郎は、その言葉に安堵して、粥を口にした。彼は樋水龍王神社で彼が日々食していたものが贅沢だと思ったことはなかった。だが、春昌との旅で、多くの民の生活を目の当たりにし、それまでの生活が恵まれていたのだと知った。延喜式に則った生活など、多くの民はできない。それでも、民は風雪や飢饉や疫病に耐え、安寧と福を願い、生き続けている。それは多くの人々に踏まれつつも道に育つ野の花のような強さだった。

 やがて、村の若い男衆たちの一人が、土鍋のところに置いてあった粥かき棒を手に取った。そして、固まって粥を食べつつ話している娘たちのうちの一人の後に回り、パンと粥かき棒で腰を打った。

「きゃあ!」
娘は飛び上がり、それを見て若いものたちは笑った。それから、粥かき棒は他の若い衆の手に渡り、また別の娘の腰が狙われた。娘たちは痛いので打たれないように、後ろを氣にしているが、その隙をついて娘の腰を打つことに若い衆たちは夢中になっていた。

「あれは何をしているのでございますか」
次郎が百姓に問うと、老いた男は楽しそうに答えた。
「望粥を炊いた粥かき棒で、娘の後を打つとよい子が生まれるのですよ」

 次郎はそのような話は今迄聞いたこともなかった。地方によっておのおの信じられていることは違うものだ。なるほどと見ていると、その内に娘の腰だけではなく若い衆同士でも打ち合っている。正月の終わりの楽しい遊びでもあるのだろう。

 その夜、次郎は春昌に祠で行った神事について訊いた。春昌が旅の途上で民に請われて行う神事や祓いは、樋水龍王神社の御巫みかんなぎ瑠璃媛のしていた清祓きよはらえや神事と同じこともあったが、まったく違うものもあった。

「今日のは、媛の行ったものと変わりなかったであろう」
「さようでございますね。大祓詞を久しぶりに耳にいたしました」
それから、少し言葉を切った。訊いていいのか戸惑った。

「春昌様」
「なんだ、次郎」
「大祓詞のあとに宣われたのは、なんでございますか」

 春昌は、次郎を頼もしそうに眺めた。
「氣がついたのか。さすが媛巫女に長らくお仕えしていた郎等だな」
「ありがとう存じます」
「媛巫女が宣われたのを聞いたことはないか」
「一度だけございます。重く患われた皇子様をお癒しになられた時に」

 春昌は頷いた。
「あれは天津祝詞太祝詞事あまつのりとのふとのりとごとだ。格式の高い神社と禁裏にのみ伝わる秘儀」
「そのような特別な秘儀を、このような村で」
次郎は腰を抜かさんばかりに驚いた。

「彼らには普通の祝詞との違いはわかるまい。そなたもそうであろうが、一度や二度耳にしただけでは憶えられぬのだ」
「さほどにこの村には穢れがあったのでこざいますか」

 春昌は僅かの間、答えずに瞼を閉じた。
「禊を必要としているのは、この地や村人ではない」
次郎は、はっとした。

 春昌は瞼を開けた。その瞳は優しい光を宿していた。
「次郎。禍津日神まがついのかみとはどのような神であるか知っているか」
「黄泉から戻られた伊邪那岐尊が禊を行って穢れを祓ったときに、その穢れから生まれた神様だと伺いました。また、この神がもたらす禍を直すために生まれたのが直毘神なおびのかみであると」

 春昌は頷いた。
「それでは、なぜそのように災いをもたらす存在が神として崇められているのか」
次郎は首を傾げた。そのような疑問を持ったことがなかった。

「禍津日神そのものが悪や穢れをもたらすではない。我々が日々の暮らしの中で、災いや穢れに接すると、怒り、憎しみ、それに対して荒ぶる心が起きる。この心の動きこそ禍津日神の分霊によるものなのだ。そして、心の安寧のために、荒ぶった心を鎮めるのに直毘神の助けが必要なのだ。禊や祓いは、その直毘神の役割を助ける。民は直毘神を必要としつづけているから、祓えや禊が必要になる。媛のように穢れなく、鎮め清める力をお持ちのお方も」

「春昌様」
「己の荒魂あらみたまをすら鎮めることのできぬ私が、民や大地の禊をするとは笑止の極みだが、世話になった民の無病息災を願い、豊饒を願うことくらいは龍王さまもお許しくださるであろう」

 次郎は、遠くを眺める主人の横顔をじっと見つめた。自分は、稀代の御巫にお仕えしていたが多くを学ばなかった。そして、旅の途上で同じものを見ても、この主人の半分もこの世やかの世の理りを感じてはいないのだと。だが、だからこそ、彼の心は主人のそれほど痛まずにいるのだ。同様に神の国の深淵など何も知らずに、娘の腰を打って笑ったり、鍋のひび割れを心配している民の一人である方が、生きやすいのかもしれない。

 不意に思い出した。
「ところで、あの土鍋の水漏れを塞いだのは、なんという呪法なのでございますか」

 春昌は笑った。
「あれは呪法ではない。ただの繕いだ。土鍋のわずかなひびは、米を炊くことで塞がるのだ」

(初出:2018年1月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

歳のはじめに思ったいくつかのこと

新年になってから、小説の更新が続いていたため、通常の記事はしばらくぶりになりました。

年末の忙しい時期、クリスマスの前に風邪をひいて以來、三週間以上の不調が続き、また急ぎの執筆も続けていたのでネット上でおつきあいのある皆様には、ご無沙汰が続いてしまいました。風邪が治ったと思ったら、突然の眩暈と嘔吐という、本当に執筆すらもできずに寝ているしかない状態にもなったのですが、今はまたとても健康になり、その間に溜まってしまった家事や事務や仕事の遅れも取り戻して、ようやく心の余裕が出て来ました。

というわけで、こんな風に通常の記事も書く余裕が出て来たというわけです。

で、いくつかのお報せやお礼をこの記事でまとめてさせていただきたいと思います。

一つ目は、今年も「scriviamo!」を開催中ですが、さっそく皆様から続々と素晴らしい作品を寄せていただきありがとうございます。とてもありがたいのは、速効で申し込んでくださった方、少し遅れてくださる方、手は上げてくださっているけれど作品はまだ先という方が上手にばらけていて、私にとってはスケジュールを考える上でも、また、小さな脳みそを振り絞る余裕から言っても、本当に理想的な状況になっていることです。

去年から導入したプランBがかなりうまく機能していて、年明けの最初の二週間に作品を発表できました。現在、次のお二方の作品まで書きあがっているのですが、これまでよりも少しペースを緩めて週一回くらいの間隔で発表していくつもりです。

なお、プランBで「難しいお題を」と希望なさったので容赦なく超難解のお題を出させていただいたポール・ブリッツさんのお返し作品は、もう既に発表されています。あいかわらず楽々と(?)こなされていますよ。

さて、金曜日に当「scribo ergo sum」のカウンターは、100,000を回りました。ブログを開設してからちょうど2150日でした。最初の頃は何を書いても反応がなくて寂しかったこともあります。また三年くらい前と比較すると、一緒に訪問しあっていたブログ同期のような方たちがぐっと減り、その頃からあまり新しい方との交流も増えていないこともあって、一時期「そのうちにフェードアウトかな」と思っていたこともありました。でも、少なくとも「書きます」と言ったものだけは、発表できるようにしようと思いつつ今日までやって来ました。

これからも「無理はしない」「他の方にしつこくしない」「ペースを保つ」「書きたいものを書く」という自分ルールに則り、褒めていただいても慢心はせず、寂しいことがあってもいちいち凹まず、「かまって」光線を出すとすぐに反応して遊んでくださる皆さんに感謝しつつ、健康と状況の許す限り、このブログを続けていけたらいいなと思っています。

100,000Hitという私にとってとても大きな数字は、このブログと私の小説に興味をもってくださり、さらに日々足を運んでくださった親切で優しい皆様の軌跡です。心からの感謝を込めて、これからも真摯に更新していきます。

さて、記念リクエストですが、まだまだ枠が残っています。もしまだの方で、興味がある方は以下のリンク先記事からどうぞ。リクエスト内容に沿って、今年一年、私が作品を書いていく予定です。

 100,000Hit記念リクエスト受け付け記事



最後に少し蛇足になりますが、今日、知り合いの方のお葬式に行って来ました。故人はバイリンガルとして育ち、後に外国語の教師として活躍したので「コリント人への第一の手紙」第十四章から以下の数節が朗読されました。

世界にはおそらく非常に多くの種類のことばがあるでしょうが、意味のないことばなど一つもありません。 それで、もし私がそのことばの意味を知らないなら、私はそれを話す人にとって異国人であり、それを話す人も私にとって異国人です。


この言葉を異国で、それもドイツ語で理解しながら聴いていた私には、深く思うところがありました。

私は、もともと外国語が得意だったわけではありませんが、偶然なのか宿命なのかわからない何かに導かれて、現在この地で生きています。まったく違う文化と言語を共に生き、考えています。その体験や見聞したものは、その両方の文化的背景、そして言語を理解する事のできる立場にいるからこそ生まれ出てくるもので、それを伝えたいと感じています。

私の書く小説やエッセイ的な文章は、おそらく日本に存在する多くの読者たちが「こういうものが読みたい」と期待するものとは違うことはよく理解しています。だから、これからも飛躍的に熱狂的に受け入れられることはないであろうと予想しています。それでも、私はこうやって生きてきて、今ここにいる私にだけしか書けないものを書き続けようと思っています。そして、需要が多かろうと少なかろうと、それを書くことに意義があると思っています。

「言葉にして伝えることにこそ、私の存在意義がある」そういう意味で名づけたこのブログ「scribo ergo sum」、これからも私が書くのに得意な日本語で、ゆるゆると更新していくつもりです。これからもどうぞ宜しくお願いします。
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Posted by 八少女 夕

【小説】彼女の望んでいることは

scriviamo!


scriviamo!の第五弾です。canariaさんは、楽しいマンガで参加してくださいました。ありがとうございます!

canariaさんの『scriviamo! 2018 参加作品 』

可愛いクレーマーさん by canariaさん
この漫画の著作権はcanariaさんにあります。無断転用は固くお断りします。

canariaさんは、Nympheさんというもう一つのお名前で独特の世界観と研ぎすまされた美意識の結晶を小説・イラスト・動画などで総合芸術を創作なさるブロガーさんです。現在ブログでは、「千年相姦」を絶賛連載中で、同時に「侵蝕恋愛」も続々刊行していらっしゃいます。創作に対する妥協のない姿勢は、いつも見習いたいと思うんですが……思うだけで真似はできませんね。

さて、今回のマンガは、私の「ファインダーの向こうに」という作品の中の、一通の投書から膨らませてくださった楽しい作品です。現在連載中の「郷愁の丘」にも登場して、一人だけぶっ飛んだ濃いキャラクターで読者の皆さまを呆れさせている、ヒロインの兄マッテオ・ダンジェロのファンのお嬢さんが登場です。

事の起こりは、ヒロインの写真家ジョルジアが、自分の殻を打ち破るためにモノクロームの人物画に挑戦し、セレブである兄マッテオをいつもとまったく違う服装と雰囲氣で撮ったことです。セレブっぽくないマッテオの姿にお嬢さんは激怒、雑誌の発行元に乗り込んでくるそうで(笑)

というわけで、外伝として乗り込んできたお嬢さんを書かせていただきました。ちなみに、この作品は時系列でいうと「ファインダーの向こうに」の最終章と重なる時期です。「郷愁の丘」の始まる三ヶ月くらい前ですね。ジョルジアは二年前にグレッグと出会っていますが、すっかり忘れていたようです。まだTOM-Fさんのところの某キャラに秘めた恋心を抱えている時点ですね。


【参考】
ファインダーの向こうに「ファインダーの向こうに」を読む

郷愁の丘「郷愁の丘」を読む

「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」


「scriviamo! 2018」について
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彼女の望んでいることは
——Special thanks to canaria-san


 ジェシーは「勘弁してくれ」と言いたいところをこらえた。普段ならこの受付に座っているのはリディアであって、売店が持ち場の彼ではないのだ。

 それなのに、娘が学校で問題を起こしたとかでリディアが早退してしまったので、今日はジェシーが売店と受付といっぺんに面倒を見ることになっていた。歳が代わったばかりで今週は大きな催しもないせいか、これまでは特に問題もなくのんびりとしていられた。

 今、目の前でヒステリックに騒いでいる女が入ってくるまでは。

 《アルファ・フォト・プレス》は、ニューヨーク、ロングアイランドにある出版社だ。現在の社長がクイーンズ州で始めた小さな写真印刷事務所が前身で、おもに芸術的な写真をメインとした出版物や定期刊行物を扱っている。固定社員も三十人前後で、契約社員や専属写真家などを含めても数がしれていて、お互いに顔と名前が一致するアットホームな社風だ。弱小出版社といってもいい。

 その分、マスコミに注目されるようなことはあまりない。昨年末に、写真集『太陽の子供たち』と専属写真家のジョルジア・カペッリが『フォトグラフ・オブ・ザ・イヤー』の一般投票部門で六位を取ったのは例外中の例外で、その直後は『太陽の子供たち』の注文が殺到し、ジェシーもしばし誇らしい繁忙期を過ごしたものだ。

 それと前後して『クォリティ』誌で発表したマンハッタンのセレブを特集シリーズも評判になった。専属・フリーを問わず新進のフォトグラファーに印象的な写真を依頼するコンセプトが受けて部数を伸ばしている。だが、一方で、これまでジェシーがほとんど経験したことのないクレームも持ち込まれることになった。

 たとえば、オスカーをとった日本人俳優トダ・ユキヒコを特集した号が発表された時には、二日目には在庫が綺麗になくなったのだが、その後にテキサスからやってきたとかいう女がもう手に入らないなどといって暴れた。

 そして、今度はこの女だ。十二月号で発表されたのは、健康食品会社のCEOマッテオ・ダンジェロの特集だった。この男は、ヘルサンジェル社を一代で大企業にしたアメリカン・ドリームの具現者で、妹でトップモデルのアレッサンドラ・ダンジェロと共にゴシップ誌の誌面を賑わせる事の多いセレブ。独身の大金持ちなので派手な女性関係でも有名で、芸能人でもないのに熱狂的ファンがいる。ちょうどジェシーの目の前で騒いでいるこの女のように。

 特集のインタビューには満足しているようだったが、写真に激怒していた。それもそのはず、大きな反響を呼んだその写真は、いつもとはまったく違うラフな服装の彼を、色を廃しモノクロームで撮ったものだったからだ。

 でも。ジェシーは頭を振った。世間ではほとんど知られていないけれど、この写真を撮った例のジョルジア・カペッリは、マッテオ・ダンジェロの実妹なのだ。妹が兄の姿を撮ったものに「こんなの本当のダンジェロ様じゃない」と言われてもねぇ。

「とにかく、責任者を出してください! ダンジェロ様のイメージを回復するために、謝罪文の掲載を約束してくださるまで、ここを動きませんから!」

 面倒臭いなあ。まさか、こんなくだらないことで社長に取り継ぐ訳に行かないしな。編集長はいないし、編集長代理のミスター・ハドソンは、今日はいたよな。呼びだしたら怒るかな。……あ、まずい。ミズ・カペッリと打ち合わせ中だ。撮った本人がいたら、話がこじれるかも。

「そうですね。申し訳ないんですが、みな出払っていまして……」
そう言いながら、彼女の肩越しにガラス張りのドアの向こうを見た。そして、横付けされたマセラッティから出てきて社内に入ってこようとする人物を見てギョッとした。

 マッテオ・ダンジェロ! なんだ、なんだ? なぜこのタイミングで入ってくる?

「やあ、ジェシー。今日の受付は、君かい? リディアは休みかな?」
彼はこの会社を訪れることはあまりないが、毎回受付のリディアにゾワゾワするような甘い褒め言葉を浴びせる。相変わらず、ウルトラ高そうな黒いコート。被っているフェドーラ帽も黒いがリボンがコートからわずかに見えているマフラーと同じ真紅。伊達者だ。

「ええ。早退しました。ところで、今日は……?」
そう訊くと、彼はジェシーの前に立っている女性の方を見た。彼女は、夢にまで見た憧れの人物の登場で、先程までの激怒はどこへ行ったのか、ぽかんと口を開けて突っ立っていた。

 マッテオは、雑誌などでおなじみの魅力的な笑顔を彼女に向けてからジェシーに答えた。
「いや、君はこちらのかわいいお嬢さんのお相手をしているんだろう? 僕は、ちゃんと順番を待つとも」

 女は「かっ、かわ……」と戦慄き呟いた。顔は真っ赤だ。今にも卒倒しそうだぞ。ジェシーはちらっと眺めた。

「こちらは、例のあなたを特集した『クォリティ』誌の件で、わざわざ社までいらしたんですよ」
ジェシーは、言ってみた。この流れでいけば、謝罪文がどうのこうのというクレームは、取り下げてくれるかもしれないし。マッテオは、ほうという顔になって、それから更に嬉しそうに笑いかけた。

「あなたも氣に入ってくださったんですね、素敵なお嬢さん。あなたのそのサファイアのように澄んだ瞳の前には、どんなまがい物も存在を許されないでしょうが、あの写真の価値だけは認めてくださりますよね。僕は、あの素晴らしい写真のおかげで、随分と名誉挽回をしたのですよ」

 ジェシーは、彼女をちらっとみた。サファイアのように澄んだ瞳ねぇ。確かに青いけどさ。口をパクパクさせて、先程までの勢いは何処へやら、あの写真に対する不満をぶち上げるつもりはなくなったみたいだ。持ち込んだ『クォリティ』誌を握りしめている手がわなわなと震えている。

「ここに掲載された写真が、とても大きな評判を呼んで、僕はとても嬉しいんです。何よりもモノクロームによる表現が素晴らしいと思いませんか? 色を排除する事で、こんなに眩しい光を表現できるなんて、我が妹ながら、彼女の才能には眼を見張るばかりです」
「い、妹?!」
女性は、赤くなったり青くなったり忙しい。マッテオは、誇らしげに笑いかけた。
「そうです。ジョルジア・カペッリは、僕の実妹なんです」

「ええ。素晴らしいと思います! あっ、あのっ、もしお嫌でなかったら、さ、サインを……」
彼女はそう言いながら、ダンジェロ氏の映っている特集ページをなんとか広げようとしていた。

 マッテオは、ニコニコ笑いながら続けた。
「ああ、大丈夫ですとも。もうじきフォトグラファーは降りて来ますから。そうだ、写真集『太陽の子供たち』は持っていますか? 受賞作品だから、あれにサインしてもらうのがベストですよ。持っていないんだったら、僕がプレゼントしましょう。ジェシー、増刷したんだから在庫はあるんだろう?」

 ジェシーは、笑いをこらえながら頷いた。急いで売店から『太陽の子供たち』を持って来て手渡しながら付け加えた。
「ええ。でも、そのお客さんは、あなたのサインも欲しいんだと思いますよ」

 女性は、ものすごい勢いで頷いている。マッテオは太陽のように笑うと、彼女から雑誌を受け取った。
「それは嬉しいね。僕のサインは『クォリティ』にしましょう。このページがいいかな。この服装もいいと思いませんか。実をいうとね、僕がジョルジアに提案したんですよ。ここは、僕たち兄妹が育った懐かしい海岸なんです。せっかくあの海で撮るなら、ぜひラフな格好にさせてくれってね。一度、こういうスタイルの服を着てみたかったんだけれど、思ったよりも知人の受けがよくて喜んでいるところなんです。あなたも似合うと言ってくださいますか、ハニー」

 女性は、無言で大きく頷く。うそつけ。ジェシーはそっと天井を見上げた。あんな庶民臭いコーデがどうのこうのと言っていたくせに。

 マッテオは、ジェシーから受け取ったサインペンで大きくサインをすると、「青い瞳のお嬢さんへ 心からのキスを」と書き添えた。彼女が声にならない悲鳴をあげた。おいおい、こんなところで氣絶しないでくれよ。ジェシーは笑いをこらえながら考えた。

 その時、奥のリフトが到着して開き、中から噂のジョルジア・カペッリが出て来た。
「あ、ミズ・カペッリ」
ジェシーが、声をかけると同時に、マッテオはもう妹の方に大股に歩み寄っていた。

「ジョルジア! 僕の大切なジャンドゥーヤ! 逢いたくてたまらなかったよ」
「兄さん! こんな所でいったい何をしているの? 六時にアパートメントに来るって言わなかった?」
「早く着いたので迎えに来たのさ。何ヶ月ぶりかに妹の作った絶品カネロニを食べられるのだからね。仕事なんかいつまでもしていられるものか」

「まあ。そんなに早く逃げ出したりして、セレスティンが怒ったんじゃないの?」
「まあね。有能な秘書どのには、別に埋め合わせするからいいんだ。ところで、こちらのお嬢さんは、君のファンらしいよ。わざわざこここまで来てくれたんだ。サインをしてあげておくれよ」

 ジョルジアは、女性に軽く会釈をした。それからマッテオに渡された『太陽の子供たち』とサインペンを持ったまま、戸惑ったように立ちすくんだ。
「私、サイン、ほとんどしたことないの」

「ああ、僕の大事なスプモーネちゃん。なんて初々くて可愛らしいんだろう。でも、これからお前はサインをねだられて身動きできなくなるようになるんだ。慣れていかなくちゃ。なに、簡単さ。心を込めて名前を書けばいいんだ。どこがいいかな? やはり見返しかな。青い目のかわい子ちゃん、どこがいいですか?」

 本来クレームを言うためにこの会社にやって来た女性は、ポーとなったまま「どこか、写真のページに」と呟いた。

「写真のページか。じゃあ、あの一番評判になった女の子のページがいいんじゃないかい」
マッテオがページを繰る。やがて、雑誌などで何度か取り上げられた、マサイ族の少女の笑顔のページが開かれた。

 ジョルジアは、言われるままにそのページの余白部分にサインペンで名前を書き込んだ。それから、ほんのわずかの間、微笑みながら写真の少女を見つめた。

「かわいい子だよね」
マッテオが言うと、彼女ははっとして、とってつけたように「そうね」と言った。

 それから、不思議そうな顔をするマッテオを見て仕方なく呟いた。
「ちょっと、この写真を撮るときにお世話になった人のことを思い出したの」
「マサイ族かい?」
「いいえ。アテンドしてくださったイギリス系の方。とても知的な男性で話していて楽しかったなと思ったの。不思議ね、ずっと忘れていたんだけれど」
「へえ。人付き合いの苦手なお前がそんなことを言うなんて、珍しいね。恋でもしたのかな」
「なんてことをいうの。あちらに失礼でしょ。大学の先生よ」

 それから、関係のない話をしている場合では無いと思ったのか、女性に向けてはにかんだ笑顔を見せて写真集を手渡した。
「これでいいでしょうか。わざわざ来てくださってありがとう」

 女性は先程までの怒りはどこへやったのか、妙な笑顔を見せながら何度も頷いた。持ってきたときにはかなり雑に扱っていた『クォリティ』誌と一緒に、愛しのマッテオが彼女のために購入してくれてその手に持った写真集(撮影者のサインはこの際どうでもよかったが)を大切に抱きしめた。

 それから、スマートフォンを取り出すとマッテオに向かってこう頼んだ。
「あの、あの、一緒に写真を撮っていただいてもいいでしょうか」

 マッテオは大きく頷くと、ジェシーのほうを向いた。
「じゃ、ジェシー、撮ってくれよ。僕たち三人の記念写真をね」

 心得たジェシーは、スマートフォンを構え、まるで恋人と記念撮影するように女性の肩に手を回しているマッテオと、困ったように少し離れているジョルジアをフレームに収めた。

「あ、もう一枚撮りますから」
そういうと、そっとズームをしてジョルジアをフレームから外し、女性とマッテオのツーショットも撮った。彼女が望んでいるのはこれに決まっているんだしさ。

 これさえやっておけば、きっとこの女はクレームを二度としなくなるだろう。こういうのをめでたしめでたしっていうんだ。

(初出:2018年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

100,000Hitのリクエストを承ります

当ブログの100,000Hitが近づいてきました。普段なら「scriviamo!」中はキリ番をスルーするのですが、ここまで大きいキリ番は、滅多にないので今回はやります。

いつものように、カウンターが100,000を過ぎてからの先着順10名でこの記事のコメント欄にてリクエストをお受けします。
フライング、別記事へのコメント、そして鍵コメは無効とさせていただきます。また、この記事には鍵コメは一切入れないでください。ご理解のほどよろしくお願いします。

「リクエスト内容は後から考えるから、とりあえずリクエスト権と月だけ確保」というのはありです。(追記:月だけはすぐに決めてくださいね!)コメント欄にその旨お書きください。

※三月から十二月の任意の月(早いもの順です。既に他の方が希望した月は希望しないでください)
※月の第二希望(リクエストがほぼ同時にコメント投稿された時のため)
※リクエスト内容(フリー)
  テーマ
  私のオリキャラ、もしくは作品世界の指定
  コラボ希望キャラクター(ご自分の、又は作者の了解をもらえる場合のみ)
  時代
  使わなくてはならないキーワード、小物など
  その他 ご自由に



いただいたリクエストに基づき、今年の読み切り短編集「十二か月の情景」を書いていきます。この作品は「月刊Stella」に参加しますので、極端な性的描写ならびに暴力描写の必要なリクエストはお受けできませんのでご理解のほどよろしくお願いします。

皆様からのリクエストをお待ちしています。

お名前リクエスト
1月--(八少女 夕 決定枠) 発表済み
2月--(八少女 夕 決定枠)
3月サキさんミクとジョゼの結婚式
コラボキャラ:ミク
4月GTさん「夜のサーカス」
5月canariaさん「マッテオ&セレ in 千年森」
キーワード:「セレスティンの金の腕時計」「幻のキノコ」「健康食品」 「アマゾンの奥地」「猫パンチ」
コラボキャラ:クルルー&レフィナ
6月彩洋さん (未定)
7月limeさん「バッカスからの招待状」
コラボキャラ:水色ネコ
8月けいさんけいさんのキャラの誰かとコラボ
9月(未定)(未定)
10月TOM-Fさん テーマは、『秋の東京』。コラボキャラ:詩織
11月(未定)(未定)
12月(未定)(未定)
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Posted by 八少女 夕

【小説】それは、たぶん……

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第四弾です。ポール・ブリッツさんは、プランBでもご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。

ついでにプランBでもお願いします。最近自分でもエネルギーが抜け気味で、ショック療法のためにもきついの一発頼む(笑)


さて、他の方はあまり難しくならないように、いろいろと余地を残してご用意するのですが、ポールさんのご希望がこうなので困りました(笑)

何を用意しても「こんな簡単なの、やってられねえ」と思われると思うし、私ごときの頭脳では博識なポールさんを唸らせるお題なんか出せそうも無いので、単純にものすごく限定して自由のないお題を出させていただくことにしました。まず、私が時々やる小説の書き方をポールさんに強制します。

ここに貼り付けた動画は、スティングの「It's Probably Me」です。某映画のサントラにもなったようですが、この際映画のことは忘れてください。純粋に歌詞に沿った作品を書いてください。しかも、下に発表する作品を受ける形でお願いします。可能なら、対象読者は男性ではなく女性が「萌え〜」となる作品に仕上げてくださることを望みます。

なお、歌詞は、ここには書きません。ポールさんなら聴けばわかるでしょう。っていうか、著作権的に載せていいのかわからなかったので。まあ、ネットにいっぱい転がっていますからいいですよね。



Sting - It's Probably Me (Official Music Video)
Music video by Sting Feat. Eric Clapton performing It's Probably Me . © A&M Records. From Lethal Weapon III Soundtrack.

下にご用意した作品のアイリーンというキャラクターは、2016年の「scriviamo!」で発表した「ニューヨークの英国人」で名前だけ登場した女性です。この人は、今後もストーリー上では使う予定はありませんので、ご自由に料理してくださって結構です。申し訳ありませんが、それ以外のこのシリーズで名前のあるキャラたちは、発表していない設定がありますので重要な設定変更(くっつけたり、殺したりという意味です)をしないでいただけると有り難いです。あ、ポールの嫁に差し上げた美穂は、例外です。もうそちらのキャラですので、修羅場なり出戻りなり葬式なりどうぞご自由に。(もちろんポールと美穂は無理して使わなくていいですよ)

【1月17日 追記】
ポール・ブリッツさんが早くもお返しを書いてくださいました。

 ポールさんの作品 「パイプ椅子とビデオモニターと」

すごいですよ。あれだけむちゃを言ったのに、易々と書いていらっしゃいます。アイリーン、そうとうな波乱万丈になっていますが、これだけいい男に当たれば、文句はないでしょう。ポールさん、どうもありがとうございました!

【参考】
郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物

「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」




「scriviamo! 2018」について
「scriviamo! 2018」の作品を全部読む
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



それは、たぶん……
——Special thanks to Paul Blitz-san


 さっき転んだ時に笑った全ての男の頭に、シャンペンボトルを叩きつけたい氣分だった。いや、それよりも裸足の時を狙ってこの10センチの尖ったヒールで容赦なく踏みつけてやりたい。そうすれば、こんな拷問具みたいなものを身につけながら優雅に歩く女の努力と克己心にもう少し敬意が芽生えるだろうから。

 絶対に泣くものかと思った。マスカラが流れちゃうもの。アイリーン・ダルトンはショー・ウィンドウに映った自分の姿をちらっと眺めた。きちんとセットした髪が更に魅力的に見える様に完璧な角度に被った鐔の広い帽子、コチニール色のスーツは実際の彼女のサイズよりも一回り小さく、彼女の豊かな胸が下品にならない程度に強調される様になっている。この難しい色のスーツに同系統のハイヒールを合わせる勇氣はないので安全な黒、しかも磨き抜かれたエナメル。

 10センチのヒールに少し窮屈なスーツの組み合わせだと、体のあちこちが悲鳴をあげるので、自然と小さなことにも苛立つことになる。なぜ体のあちこちが痛むのかすぐに理解できないと言う人は、おそらくこの手の服装をしたことがないのだろう。従って大抵の男は、セクシーな服装をした女性とその氣まぐれとも言える振る舞いの相関関係には無頓着で、それが彼女を更に激怒させることになる。

 こういう場合に、絶対に言ってはならない最悪のセリフはこうだ。
「だからいっただろう。人間、大切なのは中身だ、外見なんかじゃないよ」

 アイリーンがニューヨークに渡ってきてから一年が経つ。彼女は、ロンドンでそれなりの仕事と社交を満喫していた……と言うわけでもないけれど、冒険がしたくてアメリカに渡ってきた。ロンドン郊外に一緒に住んでいた両親がウェールズの田舎に引っ越してしまったのを風の便りに聞き、もう帰るところはないと覚悟を決めてこの街に残った。

 アイリーンの容姿は、本人が自負しているほど突出しているとは言いがたい。10人の男たちにアンケートをとったらおそらく「美人だ」と判断するのは6人がいいところだろう。いつも流行のメイクアップとヘアセットを怠らず、決して安くはない服飾費に給料の大半をつぎ込んでいるにもかかわらずだ。服装を農家の娘と取り替えたら、その内の3人は意見を変えるかもしれない。一方で「美人ではない」と判断した4人のうち2人は「少なくとも足は綺麗だ」という意見には同意するだろう。

 彼女は、少し扱いにくい性格をしていた。そこが、服と化粧を取り除くとほぼ同じ外見の双子の妹と、大きく違うところだった。つまり、妹のクレア・ダルトンはとても現実的で、たとえば「偶然すれ違ったレオナルド・ディカプリオやジョージ・クルーニーが自分に一目惚れしたようだ」というような確信は一度も持たなかった。実際にそうしたスターたちは、間違いなく一度もクレア・ダルトンに夢中になったことはなかったし、そのことでクレアが不幸だと感じたこともなかった。

 でも、アイリーンにとっては、それはどうでもいいことではなかった。彼女の魅力に一度は屈したはずの男たちが「ところで、あなたはどちらさまですか」などと言い出すことが繰り返されたら誰だって弄ばれたのではないかと悲しい心持になるだろう。しかも、セレブの横に立つのにふさわしくなるために、快適とは言えない窮屈な服装で出かけていったあとにそう言うことを言われるのは嬉しくない。

 ところで、今日「ところで、僕たちどこかでお会いしたことがありましたっけ?」というセリフを口にしたのは、有名なハリウッドスターではなかった。先日知り合ったどっかの男が「君は有名人なら誰でもいいんだろう」と言ったけれど、それは全く失礼なもの言いでしかなかった。アイリーンの(あくまで自ら認識している)美にノックアウトされるのは、有名人も一般人も関係あるはずないではないか。

 アイリーンは、うずくまりそうになる前の最後の力を振り絞って、角を曲がり、妹の勤めている骨董店《ウェリントン商会》のガラスドアを押し開けて中に入っていった。

「アイリーン! 久しぶりね、どうしたの」
クレアはヴィクトリア調の椅子から立ち上がって、双子の姉を迎えた。非常にコンサバティヴな服装を好む妹は、このままデボン州かなにかのの小さい骨董品店にテレポートした方がいいんじゃないかと思うような服装をしている。灰色の長いスカートに黒い細いリボンをあしらった白いブラウス。ニューヨークとはいえ、ここも骨董店なのだからそれでもいいのかもしれない。

 クレアは、そもそもアイリーンを探しにニューヨークにやってきたのだが、そのままこの骨董店で働くことになりアメリカに残っている。この店の三階に、広くて心地のいい部屋を借り、近くのダイナーに行きつけてはたくさんの仲間を作り、アイリーンよりもずっとここに順応していた。それに、そもそもアイリーンに夢中だったはずの、ここの店長であるクライヴ・マクミランはどういうわけか今ではクレアを崇拝しているらしい。自分以外は、誰も彼も世界とうまく折り合いをつけているようで、アイリーンはほんの少し居たたまれなく思うのだった。

「足が痛くなってしまったの。今日は、わざわざミートパッキング・ディストリクトまで出かけていったのよ。とあるDJと会う予定があったから。それなのに、彼ったら私なんて見たこともなければ話したこともないなんて見え透いた言い方で私を厄介払いしたのよ。ひどいわ」

「ミートパッキング・ディストリクトって、マンハッタンの、クラブがたくさん集中しているところね。まあ、アイリーン。あなたったらまたよく知らない人と恋に落ちてしまったの?」
「よく知っている人と、突然恋に落ちるわけないでしょう」

「そうね。あなたの言う通りだわ。でも、そろそろわかってもいい頃よ、10センチヒールを履かないと実りそうにもない恋に時間をかけるのはやめた方がいいってことに。マンハッタンからの帰りにここによらずには帰れないほどあなたの足を痛めつけちゃダメだと思うの」
クレアは言った。

 アイリーンはため息をついた。
「そうはいっても、3センチヒールは、あなたみたいなコンサバティヴな服装ならいいけれど、私の服には合わないもの。それはともかくお茶を頂戴。あなたとマクミランさんのところには、少なくともまともなティーセットとショートブレッドがあるもの。少しだけお茶の時間をとって、私の悲しくも辛い話に耳を傾けてちょうだい」

 クレアは、仕事中だからダメというつもりで厳しい顔をして見せたが、奥から店長のクライヴが「もちろんいいですよ。ちょうど僕も、クレアと一緒に一息いれたかったところなんです」と声をかけたので「まったく」といいたげに天井を見上げた。

 お茶を飲み終わる頃には、ハイヒールによる足の痛みは少し薄らいでいるに違いない。でも、それは根本的な解決ではないのに。でも、彼女に必要なのは、私のような平穏で波風の少ない人生じゃないんだわ、きっと。静かにボーンチャイナのティーセットを用意しながら、クレアはため息をついた。

(初出:2018年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

【小説】僕の少し贅沢な悩み

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第三弾です。たらこさんも、プランBでご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。

たらこさんは、四コママンガでひまわりシティーという架空の世界で起きる壮大な事件をいろいろと表現なさっていらっしゃる創作ブロガーさんで、「ひまわりシティーへようこそ!」を絶賛連載中です。

「scriviamo!」へのご参加は二回目、今年もBプランをご希望です。前回のお返しのイメージが強いのか、なんとなくこんな作品になりました。実は、私もけっこう競馬は好き。スイスでも競馬に行ってちょっとだけ当てたこともあるのですよ。

お返しは、これに絡めてもいいし、ぜんぜん関係のない作品でも構いませんよ。


【追記】
たらこさんがお返しの漫画を描いてくださいました。去年の作品にもつながるカ作ですよ!
 たらこさんの作品の記事 『scriviamo! 2018』
姫子、マリッレ、里穂 by たらこさん

「scriviamo! 2018」について
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僕の少し贅沢な悩み
——Special thanks to Tarako-san


 町は、少しだけ忙しさを取り戻したように見えた。松飾りは取り外され、電車は通勤する人たちで再び満杯になった。ごく普通の日常が町には戻って来た。

 でも、僕には、どうかな。これから向かおうとしているところは、いや、人生の向かう先は、どう考えてもこれまでの日常からはかけ離れて思える。

 僕の身に起こった非日常を説明する前に、まずは僕の日常を説明しなくてはならない。

 僕は、東京生まれの東京育ち。あ、残念ながら二十三区じゃないけれど、それはさほど重要じゃない。始発駅から座って一時間半の通勤時間を使って、読書をする。本当は日経新聞を読むべきなんだろうけれど、あれを読むとどういうわけだかすぐに寝てしまうので、最近はそれ以外の新聞や軽めの小説を読んでいる。あ、皐月賞や有馬記念などの前になると、ちょっと別の種類の新聞を読む。

 ほぼ終点に近い都心の駅で乗り換えて数駅、満員電車でボロボロになりつつ人の波に紛れて出勤。昼休みの時間は平均二十分で働く。おもに電話に向かってペコペコしながらアポを取り、出かけて行ってからもひたすら頭を下げるのが仕事だ。

 パートのおばちゃんたちに仕事を頼もうとすると押しが弱くて反対に別の仕事を押し付けられる。彼女たちがさっさと帰ってから自分の仕事をようやく形にして、また一時間半かけて帰る。少しだけ残業をすれば朝ほどの殺人的混雑にはならないが、遅くなりすぎると酔っ払いたちに挟まれて帰ることになる。まさに「なんだかなあ」という日常だ。給料は大したことはないが、簡単にやめるのはリスクが大きすぎるのでとりあえず我慢しているところだった。

 先週のことだった。母ちゃんが見合い写真を持って、僕の1Kアパートに乗り込んできた。 
「お前、彼女いないと言っていたのは、ホントだよね。この話、どう?」

 僕には、確かに彼女は数年来いないし、絶賛募集中なのも間違いないが、いきなり見合いはないだろう。しかも母ちゃん経由ってどうかと思う。

「つべこべいわないで、見てごらんなさいよ。お前にこんな可愛い女の子の話が来るのは、どう考えても最初で最後よ。ほらほら」

 そういわれて、僕は好奇心を起こして母ちゃんが振り回している写真をちらりと見た。そして眉を顰めた。可愛いっていうのが間違っているわけではない。まあ、世間的に言ったらかなり可愛い部類に入るだろう。大きな瞳はキラキラしているし、ふっくらとした唇はツヤツヤだし、鼻筋も通っていて、まあ、そこらへんの何十人ひとまとめで売っているアイドルグループだったら速攻センターを張れる容姿だ。全体写真を見たら、おやおや、出るところはちゃんと出ているし、でも足は綺麗。うむ。すごいな。

 釣り書きをみると、まだ二十代の半ば、学歴も家柄も問題ないようだし、見合い市場ではどう考えても売り手市場っていうか、高嶺の花。っていうか、見合いする必要なんかなくモテモテなんじゃないの? 怪しい。なぜこの手の子を母ちゃんが僕に薦めるんだ?

「なんで僕にこの話がきたの?」
「なんでって、誰かいい人探してくれと頼まれたんだけれど、そもそもお前にいいんじゃないかと思って」
「おい。その人が僕レベルを期待しているわけないだろう」
「なによ、俊平、お前ノリ氣じゃないの?」
「う~ん」

 僕には、非常に大きい問題があった。女のコの好みが世間一般とかけ離れているのだ。
「僕は、どっちかっていうと、もう少し平安時代の美女みたいなのが……。体型もすこし寸胴タイプが……」

 平安の絶世の美女みたいな下膨れで糸目をした母ちゃんは「おやおや」という顔をした。
「お前ね。女は子供を産んで、生活の維持に髪を振り乱して、それからしばらく歳をとれば、だいたいお前好みの方向に近づくのよ。問題は容姿じゃなくて度胸とユーモアよ。とにかく他に回す前に一度あってみなさいよ」

 僕は、まったくノリ氣ではなかった。この子が見合いだなんて、なんかの詐欺か新たな美人局かもしれないし。母ちゃんは、人を疑うってことのない人だが、僕はもう少し世間ってものを知っているからな。
「なんでこの子が見合いすんのか、訊いたのか」

「知っているわよ。なんかね、数年前にご両親を亡くされて、後を継いだ牧場の経営で困っているんですって。で、一緒にやってくれる結婚相手を探しているんですって。お前、馬は好きでしょ」

 え。馬? 僕は、改めて釣書書をもう一度眺めた。確かに真風野牧場と書いてある。聞いたことねぇ。しかもG県か。ちと田舎だな。
「マカゼノさんっていうの? 変わった名前だね」

 母ちゃんは冷たい目をして言った。
「マカゼノじゃないわよ。真風野まじのさんよ。当日間違えないようにしてよ、恥ずかしい」

 マジノ? どっかで聞いたような……。って、それより!
「当日ってなんだよ!」

「今度の日曜日に、駅前の『サクレ・クール』を予約しておいてあげたから。私が行ったりするとお前も言いにくいこともあるだろうから、若いもの同士でフルコース食べながら馬の話で盛り上がっておいで」

 ちょっ。なんでそんなことに氣を遣うんだよ。普段は繊細さのカケラもないくせに。

 ともかく、そういうわけで僕はこうしてキラキラお目目とぷっくり唇の真風野さんとフルコースを食すためにうちの近くで一番洒落ていて高いフランス料理店に向かっているのだった。

 母ちゃんからの忠告通り、五分前に店に入り案内された窓際の明るい席から入口の方を眺めていると、測ったみたいに十二時きっかりに彼女は入ってきた。あまり飾り氣のない品のいいキャメルのコートを係員に渡す仕草を見ていたが、いかにもお嬢様という感じでどう考えても僕なんかと結婚したがるはずはなさそう。まあ、いいや、飯食って馬の話だけして帰ろう。

 コートの下から現れたのは少し華やかな柔らかいワンピースだが、どこがどうというのかわからないけれど、野暮ったい、いや、違う、古風と言わなくちゃいけないのかな。これ、本人のワンピースなのか? それともお下がりかな。

 ウエイターが案内してきたので、僕は急いで立った。
「お待たせしました」
鈴のような声が響く。
「いえ。僕も来たばかりです。はじめまして木南俊平です」

「はじめまして。真風野里穂です」
目の前に座った里穂を見て、僕はぶったまげた。あの写真、修正してあったんじゃないんだ。顔だけじゃなくて目視によるスリーサイズは95・58・89ってとこ。なんでこんな子が見合いなんかするの。牧場の経営状況が悪くても、命かけてくれる男はいくらでも見つかるだろうに。

 僕はまず頭を下げた。
「はじめに謝っておきます。そちらはおそらく僕みたいなのではなく、もっとずっといい方を探していらっしゃると思うんですが、たまたま里穂さんのお話を聞きつけた母がダメ元で逢っていただきたいと勝手に……」

 すると里穂はあわてて手を振った。
「え。そんなことありません。私の方こそ、こんな条件の悪い話に無理してお時間を作っていただきましてすみません。その……仲介をしてくださった中田さんが、俊平さんなら馬のことにも興味を持ってくださるかもしれないっておっしゃってくださったので……」

 僕は、あの中田のおばちゃんめ! と、思った。僕が好きなのは、牧場経営じゃなくて、競馬だっつーの!
 
「す、すみません。確かに僕は馬は好きですけれど、その、時々競馬に行くっていうだけでして」
「そうなんですか?」
「本当に申し訳ありません」
これで見合いは打切りかな。しまった、まだ食っていない。でも、もともと僕は牛丼タイプの男だしなあ。牛丼屋には、もしかしたら好みの平安美女みたいなお多福姉ちゃんがいるかもしれないしさ。

 ところが、里穂は怒り出すどころか、ますますキラキラのお目目を輝かせて、すがるように僕の方を見つめて言った。
「なんて偶然なんでしょう。実は、私が守らなくちゃいけないのは、種牡馬なんです。お恥ずかしいことに一頭しかいないんですけれど、この馬が私の命綱なんです」

 は?

 里穂は、ゆっくりと説明を始めた。
「うちはちゃんとした厩舎ではなくて、基本的には養豚の方をメインにやっているんです。だから、私はその馬だけでなく、豚の世話をしなくちゃいけないんですけれど、その、両親が亡くなってから手が回らなくて、困ったことに……」
「つまり?」
「マジノリニエが三回も脱走しそうになったんです」

 マジノリニエだって?! 僕はたまげた。競馬場に通っていると言える程度にウマが好きな奴ならその名前はどこかでみたことがあるはずだ。

 スポーツ新聞の競馬欄には、いや、最近ではネットでもあるけれど、馬柱というのがあって、該当するレースの出場馬についてたくさんの情報が載っている。性別や年齢、それに過去のどのレースで誰が騎手で、どんな成績を残したか、それに両親の名前など。

 そして、最近やたらと目に付く謎の名前が「マジノリニエ」なのだ。例えばそれまで一度もレースで見たことがなかったのに宝塚記念で突然三位に躍り出たホープダイヤ。母親は桜花賞で連続優勝したアマゾンツウハンだとはいえ、聞いたこともない父親に僕は本氣で首をかしげた。それに、天皇賞で二位につくあの大番狂わせを演じたブラックキギョウ。あれも父親は「マジノリニエ」。

 もちろん、あまり賭ける氣にならない競走馬も生まれている。出るたびに後ろから数えるほうが早い成績しか残さないシャケチャヅケや、レースになるとロバのように動かなくなるユアアイズオンリーの父親も「マジノリニエ」だ。

「マジノリニエって、本当にあの、ホープダイヤやブラックキギョウの父親の?」
僕がそう訊くと、里穂の顔はぱっと明るくなった。

「ご存知なんですか? そうなんです。実は競走馬時代は一勝もできなかったのですが、両親と兄弟の成績が良かったせいで種牡馬として登録してもらえたんです。うちはもともと競走馬とはまったく関係なかったのですけれど、大叔父の持っていたマジノリニエとその弟のマジノアンドレと引き換えに資金繰りに協力したことがあって、その後マジノアンドレは大叔父の元に戻ったんですが、マジノリニエは父に懐いてしまった上さほど価値もないので我が家に残ることになりました。とても安いとはいえ、種付け料も手に入りますし。でも……」

「一人じゃ手が回らないと。それで急いで結婚相手を探すことに。でも、もしかして、きみに必要なのは牧場で一緒に働いてくれる人? だったら無理して結婚しなくてもいいんじゃ?」

 すると里穂は困ったように顔を上げた。
「そうなんですけれど、うちにはちゃんとしたお給料を払えるほどの余裕はないんです。バイトを雇うと、どの方も仕事はそこそこにセクハラみたいな事を始めたりするので、お断りしなくちゃいけないし、だったらちゃんと結婚してその方と牧場経営をしたほうがいいかなと」

 里穂はキラキラお目目で僕をじっと見つめた。普通のかわい子ちゃん好きな男なら即ノックダウンするだろう。僕もぐらついている。いや、もちろんこの子の容姿にではない。マジノリニエの馬主になるっていう誘惑だ。かのマジノアンドレの兄弟馬だったとは。

 この子と結婚したら、全然関係ないけれど研究とか言って競馬場に通っても許してくれそうだし。

 でも、G県の養豚場か。僕の体力でつとまるかな。それに、結婚しようと決めた途端、理想の糸目下膨れのおねえちゃんと出会ったりしたら辛いな。どうしようかな。結婚すべきか、しないべきか、それが問題だ。ま、いいか。とにかくこのフルコースを全部食べてから考えよう。

 僕は、適当に相槌を打ちつつ、リーズナブルな値段の割に美味くて食べ応えのあるフランス料理をガツガツ食べた。里穂も牧場の娘らしく、豪快な食べっぷりだ。食べながらの会話も弾み、興味対象もそんなに違わないことがわかった。おかげでますますどうすべきかわからなくなってしまった。

 僕の脳裏にはどこからともなく『人間万事塞翁が馬』という格言がぐるぐる回り始めた。そうかね。用法かなり違うかもしれないけれど。この子がOKしたら、そういう人生に踏み出すのもありかなあ。


(初出:2018年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと漆黒の地底宮殿

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第二弾です。山西 左紀さんは、今年もプランBでご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。

山西左紀さんは、SFを得意としていらっしゃる創作ブロガーさんで、こだわった描写にはいつも唸らされています。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。

既に多くの作品でコラボさせていただいていますが、もっとも多いのが、「夜のサーカス」のキャラクターの一人であるアントネッラと、そのブログ友達になっていただいたサキさんの「物書きエスの気まぐれプロット」のエスというキャラクターとの競演です。

で、お任せということですので、去年の「ファンタジー企画で七転八倒しているアントネッラの話」の続きを書かせていただきました。まあ、相変わらずアントネッラの作中作はやけっぱちですが、お許しください(笑)


【追記】
サキさんがお返し作品を書いてくださいました! エスと友人コハクの話も、苦手とおっしゃりつつとても面白いファンタジーも二重に楽しめる作品になっています。
夜のサーカスと漆黒の地底宮殿


「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物

「夜のサーカス」外伝


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夜のサーカスと漆黒の地底宮殿
——Special thanks to Yamanishi Saki-san



 磨かれた黒い大理石は、よく目を凝らすと細かい銀の粒で満ちていた。それはまるで永遠へと続く星空のようで、見つめ続ければ吸い込まれ二度とは戻れないのではないかと思わせる。

 ロジェスティラは、可能な限り音を立てないようにゆっくりと歩いたが、それはほとんど不可能だった。彼女の鋼の甲冑は無粋な音を立てた。これではモルガントに見つかるのは時間の問題だ。

「そのような物々しい為りで現れるとはな。お前が《天翔けるロジェスティラ》か」

 ギョッとして振り向くと、いつの間にかそこには小柄な少女が立っていた。流れるような長い金髪、輝く黄金の瞳、白い襞の多いローブ、穢れなく無邪氣な様子をしているが、この口調からすると万物への愛に満ちているとは考え難かった。

「そうよ。あなたは何者なの」
「妾か。何とでも呼ぶがよい。かつてこの地で妾を崇めていた人の子は《冬に暖める母》とも《焼き尽くす者》とも呼んだがな」

 それではここにいるのは火を吹く山の女神、ヘロサなのか! ロジェスティラは身震いした。かの天空のヘロス大聖殿で起こった突然の炎柱が皇孫オルヴィエートのローブに火を点けた時、彼女は皇孫将軍が信じていたほどの高潔な精神の持ち主でない事を知った。彼女が《光の子たち》の騎士としての役割に初めて疑問を持ったのはあの時だった。

「あなたは、モルガントに協力しているのですね、《炎の女神》よ」
わずかに膝をついて敬意を示すロジェスティラを見つめて、少女は甲高く笑った。

「協力だと、妾が? 《天翔けるロジェスティラ》よ。お前は、稀有の戦士で運にも恵まれている。だが、救いようもないほど愚かだ。まずはあの愚鈍な白いサルに忠誠を誓い、我が聖なる神殿を血で穢したかと思えば、今度はあの田舎者に懸想してこの地底宮殿まで追ってくる。お前は一体何がしたいのだ」

 ロジェスティラは、びくっと肩を震わせた。それは、彼女自身が知りたい事だった。



「なんだかどんどん混沌の極みに陥っているような氣がするわ」
アントネッラはため息をつくと、エスプレッソをこくんと飲み干した。もういい加減にコーヒーの休憩はやめなくてはならない。いくら話が行き詰まっているからと言って。

「まさかあのエセファンタジーの続きを書かなくちゃいけないことになるなんてねぇ」

 小説を書くブログを運営している仲間たちでファンタジー作品を書き、その中で二作品を選んで仲間の意見を取り入れた上で完成させる企画だった。アントネッラはやけっぱちでメチャクチャな作品の書き出しを提出した。ファンタジーは書いたことがないどころか、まともに読んだこともなかったのだ。

 そもそも一度作品が消えてしまった時点でギブアップしようと思っていたぐらいなのだ。ところが、その作品の一つ前のバージョンを読んで意見をもらっていたエスが保存しておいてくれたおかげで、少なくともギブアップだけは免れた。つまり体裁だけ整えて提出すればすぐにこの話から逃れられると思っていた。

 器用になんでも書くエスの『クリステラと暗黒の石』が満場一致で選ばれたのは当然だと思ったが、驚いたことに自分の『天空の大聖殿』までが選ばれてしまった。どうやら仲間たちは、エスの作品のように独創的できちんと考えられている作品を二つ選ぶと、どちらにも口を出しづらいが、こんな稚拙なファンタジーになら何を言っても大丈夫だと思ったらしい。

 実際に、仲間たちがワイワイと意見を言ってきて大幅な改稿を繰り返すうちに、当初のコンセプトはもはやどこかに吹っ飛んでしまった。

 正統派ヒーローのはずだった皇孫オルヴィエートは、仲間の人氣が著しく低く二章目であっけなく醜態を晒して退場した。エスの強い勧めで新たなヒーローの座に着いたのはヒロインの幼馴染、悪の象徴からレジスタンス組織に変わってしまった《闇の子たち》の首領モルガントだ。

 アントネッラは、かつてとある地方巡業サーカスの団員たちと知り合いになり、彼らの物語を小説にしようとしていたが、警察も巻き込む大きな事件と上流階級のスキャンダルに関わってしまい、その小説を闇に葬らなくなってしまったことがある。せっかくの個性的なメンバーのことを世に出せなくなったのが残念で、今回の小説では既に二人の容姿を借りてロジェスティラとモルガントを設定している。

「エスは、どうせマッダレーナやヨナタンをモデルにしたキャラクターを主役にするならステラがモデルの可憐な妖精みたいなのも出せって言うんだけれど、あの容姿で妖精にしてもそのまますぎておもしろくないし。もっとも、この活火山の擬人化みたいなキャラにしてみたけれど、これはこれでどうなのかしらね。ま、いいか。あとは光と闇の調停をする大神官としてブルーノ、最高神の化身としてあの胡散臭い団長でも配置しておこう。そこまでセオリーから外したら、きっとみんなも呆れてこれ以上この話に興味を持たなくなるだろうし」

 書けば書くほど、どんどんおかしな設定になって行くが、奇妙なことにアントネッラはこの話が以前ほど嫌いではなくなっていた。ファンタジー専門で書いていこうとは思わないけれど、きっと完結したらこの話のことが誇らしくなるだろうと感じていた。おそらくファンタジーとしてはメチャクチャになるだろうけれど。

「そういえば『クリステラと暗黒の石』の方は、どうなったんだろう」
コーヒーを飲む以外に、行き詰まった小説から逃れる理由を思い出したアントネッラは、ニコニコして古風なブラウン管式ディスプレイ画面に向かった。

「現在改訂版の執筆中……か。『ドラゴンの結石が大量に必要なら、イラつくキャラでも派遣してドラゴンにストレスをかけてやれ』って冗談で書き込んだのは、まずかったかなあ。怒ってブロックされているんじゃないといいけれど」

 エスの改訂版を読むことができなかったので、本当に自分の作品に向かうしかやることがなかった。それに時間もそれほど残っていない。

 アントネッラはブラウザを閉じると、ロジェスティラとヘロサの緊迫した対決の場面の書かれたテキストを開いて大人しくキーボードを叩き始めた。暗黒宮殿のシーンにはまったくふさわしくない、ダフネの甘い香りが漂っていた。北イタリアが少しずつ春めいてきたことを彼女は知った。

(初出:2018年1月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

【小説】大事なのは

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第一弾です。ポール・ブリッツさんは、私の小説群に出てくる架空の村、カンポ・ルドゥンツ近辺で起こった事件の小説で参加してくださいました。

ポール・ブリッツさんの書いてくださった『命綱』

ポールさんは、オリジナル小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書いていらっしゃる創作系ブロガーさんです。毎年待ち構えたように難しい暴球を投げていらっしゃるので、私は「はははは」と力無く笑うしかないんですが。

参加します。今年はいつものような暴球すれすれの変化球ではなくど真ん中のストレートを投げたと自分では思っているw


さて、いつもはどういう観点で暴球で、今回はどうストレートなのかよくわからない私ですが、とにかく、私の世界で話を書いてくださっているのに、関係ない話を返すわけには行きませんから、結局続き(?)を書くことに。

読んでくださる方のために解説しておきますと、私の小説に出てくるカンポ・ルドゥンツ村は、私が実際に住んでいる村がモデルの架空の村で、ライン河をはさんだ向かい側には少し大きくて外国人が地図を頼りに向かうようなサリスブリュッケという村があります。鉄道駅、スーパーマーケット、それに病院などのある比較的大きい村です。対してカンポ・ルドゥンツにはそんなものはありませんし、外国人が「あそこまで行ってみよう」と思うようなところでもありません。というわけで、ポールさんのところのキャラはサリスブリュッケの病院にいて、我らが村人はカンポ・ルドゥンツのバー『dangerous liaison』で好き勝手なことを喋っているという設定です。

あ、ポールさん、もう一つのは第四弾までお待ちください。すみません。


【参考】
「リナ姉ちゃんのいた頃」シリーズ

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大事なのは
——Special thanks to Paul Blitz-san


 ドアを開けて入ってきたアンリを見て、『dangerous liaison』の常連たちは独特の表情を見せた。水浴びしているところにたまたま現れた鮭を見かけた熊たちか、裏口からこっそり出てきたスーパースターを先回りして捕まえた熱狂的ファンか、追い越し禁止の道で時速200キロで追い越して角を曲がると待っていたパトカー内の警官、その手のニヤッとした笑いだ。

 アンリがこのように迎えられることはあまりない。つまり、彼は珍しくこの村の話題の中心にいるのだ。常連たちは、彼を待ち構えて話を聞き出そうとしている。

「よう、アンリ。通訳の仕事は首尾良く終わったのか」

 アンリは牧場で働く青年だ。数年前に生まれ育ったフランス語圏のスイスから引っ越してきた上に、この地域出身の両親に育てられたおかげでスイス方言ドイツ語とのバイリンガルなのだ。もちろん警察や役所では立派なディプロマを持った通訳が使われる。けれども、そうした通訳というのは時給が非常に高い。ついうっかり一日ぐらい側にいられると、バイアスロンで使うトレーニング用のバイクが買えるほどの金額の請求書が送られてくるので心臓に悪い。スイスというのはそういう国だ。

 アンリがもっと心臓に悪くない金額で一種のボランティアとして通訳をしたフランス人は、どうやらレマン湖畔に城みたいな家を持っているタイプとは違ったようで、アスリートとはいえ大して膨らんでいない財布しか持っていなかった。

「まあね。通訳そのものは大して難しくなかったんだけれどさ」

 アンリは頭を掻きながら、常連たちの席シュタムティッシュに恐々と腰掛けた。『dangerous liaison』では、まあまあ受け入れられているとは言え、村の中心の旅籠では未だによそ者扱いの彼は、普段ならそんなところに腰掛ける勇氣はなかった。でも、今日は、別だ。話の中心にいるんだから。

 そもそもゲイのカップル、トミーとステッフィの経営する『dangerous liaison』は、伝統的なムラ社会の閉鎖性に溶け込めないはみ出し者が集ってくるバーで、常連たちの席シュタムティッシュなどを設けることはしなかった。つまり、空いていれば誰でもその席に座っていいのだ。

 だが、習慣というものは恐ろしいもので、村の常連たちはいつの間にかいつもの同じ席に陣取ってしまう。要するにこの村に滅多にこない人が入ってきてもこの席が空いている確率はせいぜい2%くらいだった。だから、この席は常連からみての常連たちの席シュタムティッシュであって、『dangerous liaison』の常連たちの席シュタムティッシュではない。つまり、アンリがびくつく必要はまったくない。

 バーの持ち主のトミーは、ひらひらとしたオーガンジーのブラウスを揺らしながら、彼の席にパナシェを置いた。あまりアルコールに強くないアンリは、運転する時にはこれしか飲まない。ビールとレモンソーダが半々のドリンクだ。
「何が難しかったのよ」

「相変わらず人生の目標がとか、生き甲斐がとか、その手のことで絶望しているみたいで、今そんなことを言っている場合じゃないということをわからせなくっちゃいけなかったんだ」

 常連の一人、マルコは身を乗り出した。
「つまり、今日の通訳はなんだったんだ?」

 一昨日は、外国人にはなかなか理解しがたい事情をしつこく説明しなくてはならなかった。被疑者が麻薬中毒からのリハビリテーション中に起こった事件のため、その担当弁護士が法的責任の追求を一時停止しリハビリテーションに専念させることを要求し、それが裁判所に認められた事。つまり、被害者が誰の責任により怪我をすることになったのかの判断は少なくとも数年後まで認められず、とりあえず事故として処理するしかないと警察と病院の事務室と弁護士から冷たく言われた事を被害者に説明しなくてはならなかったのだ。

 本人を刺激するといけないので言わなかったが、被疑者は再び快適なリハビリ施設に戻り、三食昼寝プラス最新鋭のテレビ付き個室で彼女も呼び放題という、非常に恵まれた環境を楽しみつつ、次の脱走という冒険に向けて着々と計画を立て始めたことも耳にしていた。

 もっともそれを口にしても、大して反応はなかったかもしれない。フランス人はあいもかわらず「勝つ事しかなかったわたしには、なにが残されているのだ」などとぶつぶついうばかりで、アンリは適当に相槌を打ちつつ、ようやく旅行障害保険の申請をしないといけないことを納得させたのだった。

 その経緯は、もちろんこの『dangerous liaison』で再現されて、おおいに常連たちを沸かせたものだ。だからこそ、エンターテーメントに飢えている常連たちは今日もアンリを待っていたのだ。

 アンリは肩をすくめた。
「保険会社からの返事だよ。まあ、いつものあの文面さ」

『残念ながら、ご申請の件は約款で定める免責事由に該当するためお支払いすることはできません。ご理解のほどよろしくお願いします』

 全員が声を揃えて復唱した。保険会社というものは勧誘するときはどんなケースでもカバーされて安心のように思わせるのだが、いざ支払う段階となると全力を尽くして「払わずに済む」理由をどこからか見つけてくるものだ。

「どこにケチをつけてきたんだ?」
「今回はいいがかりじゃないのか? なんせあの男は肩を撃たれたんだぞ。どう考えても責任は無いだろう?」

 アンリはため息をついた。
「それがさ。それを確実にするために警察の調書のコピーをわざわざ入手して添付したのがまずかったみたいなんだ」
「なんで」

「犯人は、自転車か車を奪おうと人里離れたサリス渓谷のキャンプ場の近くにひそんでいたらしい。で、あのフランス人が通りかかって立ち小便をしたので、これはいいチャンスだと思ったんだけれど、僅かの差で襲うところまでいかなかったそうなんだ。ライフルを持って追いかけていたら警官と話していて、これはもう一刻の猶予もならないと思い、警官が去ってすぐに襲ったそうだ」

 トミーと常連たちは首をかしげた。
「それのどこがまずかったんだ?」

 アンリは肩をすくめた。
「立ちションだよ」

「はあ?」
皆は一様に声をあげた。確かにスイスではトイレ以外の公共の場で排泄することは禁じられている。だが、それと保険となんの関係があるというのだろうか。

「保険会社の理屈によると、これは『自らの犯罪行為がその損害との因果関係を持つ場合は損害補填はしない』と決めた免責条項にあたるんだそうで」
「ははあ。なるほど」

 それがこじつけだろうとなんだろうと関係ない。とにかく保険会社はびた一文払わないと固く決めているということだ。

「で、フランス人はどうするって?」
マルコは訊いた。

 アンリは日本人のような曖昧な笑顔を見せた。
「この後に及んで『勝つことができなくなった今、わたしはこれからどうすればいいんだ』とか寝ぼけたことを言っていて……」

 それを聞いて常連たちは思わず吹き出した。
「笑い事じゃないでしょ」
トミーが釘を刺した。

 マルコは言った。
「その御託を言っている時間ですら、どんどんメーターが上がっていることは指摘してやったのかい」

「もちろん。この手紙をもらったってことは、とにかく一刻も早く退院しないと破産するんだよって小学生でも理解できるフランス語で説明してやったよ」

「で?」
「ようやくどのくらいかかるのかということに興味が湧いたみたいだ」

「なんていってやったんだ」
「フランスの田舎なら家が買えるくらいの手術代は別にして、こうしているだけで日々パリのちょっとしたホテルのスイートに泊り続けるくらい高くつくって言った」

 一同はまたゲラゲラ笑ってトミーに睨まれた。
「で?」

「一刻も早く退院する方法を教えて欲しいって」
「ほう。さすがに少しは現実的になったんだろうな。で、このあと、もしかして退院のための送迎か?」

 アンリは、それからため息をついて、トミーに言った。
「トミー。もう一杯くれる? 今日はもう行かなくていいんだ」

「ええ? 退院しないことになったのか」
一同は驚きの声をあげた。

 アンリは大きなため息をついた。
「看護婦が入ってきてさ。手を握って『そんなに急いで出て行かなくても』みたいなことを言ったら……簡単に意見を変えちゃって」

 一同は、頭を抱えた。
「だめだ、こりゃ。フランス人っていうのは、これだから」

(初出:2018年1月 書き下ろし)
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