『郷愁の丘』を一部翻訳していただきました
そして、その記念リクエストを募集してくださったのです。このリクエスト、ブログで発表している小説の一部を英訳してくださるという、英語の堪能なけいさんらしいすごいプロジェクトなんですけれど、こんな機会は滅多にないと、虎視眈々と狙ってしまいました。そして、無事にゲットしてお願いしました。
金曜日に発表してくださったので、小躍りして拝見してきました。とても繊細に正確に、かつ、私の伝えきれていない所もちゃんと英語にしてくださっているんですよ。けいさん、本当にありがとうございました!
けいさんの 翻訳のある記事 「The Nostalgic Hill」英語翻訳 (60000HIT・2)
ちなみにお願いしたのは、『郷愁の丘』からの一節です。
読んでくださった方は憶えていらっしゃるかな。グレッグの援助に口添えするためやってきたパーティでジョルジアが、久しぶりに逢った兄マッテオ・ダンジェロに小っ恥ずかしいほどの絶賛をされてしまうシーンです。
「え? あなたたちが兄妹?」
「そう。僕の本名は、マッテオ・カペッリなんだ。僕には自慢の妹が二人いるんだよ」
満面の笑顔でそういうと、再び愛しそうにジョルジアを見つめて賞賛の言葉を発した。
「ああ。僕の愛しい妖精さん! 今宵はまた一段と美しいね! この緑はエル・グレコの絵で聖母が纏っていた色だね。本当にお前によく似合っているよ。もし天国に森があるとしたら、お前のように輝かしく優美な天使が待っているに違いないよ。それに、僕の贈った真珠を使ってくれているんだね。とても嬉しいよ」
ジョルジアは、先ほどグレッグがドレスの同じ色についてたったひと言で済ませたことを思い出して、思わず笑った。『郷愁の丘』(11)君に起こる奇跡 より
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紹介作品、書いていただきました
ブログのお友達けいさんが、当ブログの100,000Hitと私の誕生日へのプレゼントで素敵な紹介作品を書いてくださいました。
けいさんの書いてくださった 「ほんの気の迷い企画 5」
この「ほんの気の迷い企画」は、けいさんのところのお話のキャラがそれぞれのブログを突撃訪問し、お話の一部を覗き見または朗読してくださる企画なのですが、いつも作品の心髄とも言えるシーンを上手にピックアップなさっていて「けいさん、本当に丁寧に作品をお読みになる方だなあ」と感心していました。そうそうたる小説ブロガーさんたちを訪問紹介なさったこれまでのシリーズのどちらも、作品愛にあふれているだけでなく、ところどころで垣間見えるけいさん流の暖かいユーモアがたまらなくかわいいのですよ。
そして、今回も例に漏れず、私の作品やブログの記事で紹介した内容をとても素敵に組合わせてくださって、うちのブログがおそらく実際よりもずーーーっと素晴らしく思える、ありがたい内容になっています。感謝感激です。
本当は、感動をもっと語りたいんですけれど、書けば書くほど、書いてくださった作品と乖離していくので、やめておきます。どうぞあちらで読んでくださいませ。あ、紹介してくださるのは、先日私が図々しくお借りしたキャラ「阿倍先生と要くん」です!
けいさん、どうもありがとうございました。
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【小説】大道芸人たち 2 (8)リオマッジョーレ、少女 -1-
今回の登場する少女のエピソードは、実は2014年の「scriviamo!」で発表した外伝として生まれました。そして、第二部が書き終わっていなかったので、彼女が本編にも組み込まれることになったのです。この外伝が生まれたきっかけは、limeさんにいただいた一枚のイラストでした。
交流からストーリーが大きく変わることは本当に珍しいのですが、こんな風にたまに起こります。もしこの外伝をご存じなかったら、ぜひこちらからどうぞ。

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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(8)リオマッジョーレ、少女 -1-
ジェノヴァ滞在中に海の見える店で食事をしようと言い出したのは蝶子だった。
「この間みたいな、ぼったくりはごめんだぜ」
稔は疑わしげに言った。
「わかっているわよ。でも、せっかく海の街にいるんだから、今日くらいいいでしょう?」
蝶子は言った。だが、ジェノヴァのような大きい街で、海岸沿いのリストランテなどに行くと割高になるのは必至で、さらに外国人だと見るとメニューを隠して通常よりも高い値段を吹っかけてくるのは、その手の観光エリアに多い。
「少し観光エリアから離れていて汚いエリアですけれど、地元民が通う店を一つ知っていますよ」
レネが言った。
「マジか? そこ行こうぜ」
稔が身を乗り出し、蝶子やヴィルももちろん反対などするはずがなかった。レネが随分昔に行ったトラットリアは、海が見えるといっても、いくつもの家の壁の間からわずかに覗いている程度で、外装はもとより内装も全く観光客を惹き付けようとする意欲は感じられなかったが、本当に地元民で溢れかえっていた。看板の代わりに漂ってくる魚を焼く匂いに四人の足は速まった。
白ワインはいくつか選択肢があったが、メニューは二種類くらいしか選べなかった。
「今日は、シーフードリゾットか、カジキマグロだね」
太った親父が言い、蝶子とレネはカジキマグロを、残りの二人はリゾットを選んだ。
脂の載ったカジキマグロと、完璧なアルデンテのリゾットは、四人をしばし沈黙させた。もちろんすぐにワインをお替わりして、いつものごとく楽しく騒いでいたが、不意に蝶子がカジキマグロを見ながら黙った。
「あの女の子、どうしたでしょうね」
蝶子の代わりに、レネが言った。何の話をしているのか他の二人もすぐにわかった。
もう半年以上前になる。四人がはじめてチンクェ・テッレに行った時のことだ。リオマッジョーレという街に一日だけ滞在した。そして、四人はパオラに遭ったのだ。
少女は八歳だったが、それよりもずっと小さく見えた。栄養が足りていないのだろう。海辺の街で母親と暮らしているといえば聞こえはいいが、母親は家事を放棄してまともに帰っていなかった。食べるものがなくなると母親の勤めるバーへ顔を出しては菓子パンなどをもらうのが常だったが、そんな食生活でも栄養失調になっていなかったのはバーの隣でリストランテを経営するジュゼッペおじさんが見かねて残りものを包んでやっていたからだ。
そんな生活の中でも生き抜いている少女は、大きくなったら自分の力でこの街を出て行きたいと言っていた。蝶子はそんな少女に自分の子供の頃を重ねていた。彼らにとってあっという間の半年も、子供にとっては氣が遠くなるほど長いこともよく憶えていた。あの子は半年前にカジキマグロをおごってくれた彼らのことを思い出しつつ、大人になるまでの長い辛抱の日々を堪えているんだろうか。
「そんなに遠くないし、行くか、リオマッジョーレ?」
稔がワインを注ぎながら言うと、レネは即座に指を立てて賛成の意を示した。
「ジュゼッペおじさんの所は間違いなく飯も酒もうまいしな」
ヴィルが続ける。
「いいの? そろそろミュンヘンに行かないと」
蝶子が訊くと、ヴィルは首を振った。
「マイヤーホフが連絡して来たよ。明後日のアポイントメントは延期になったそうだ。二日くらい予定を延ばしても問題ない」
チンクェ・テッレはユネスコ世界遺産にも登録されている。色鮮やかな家々が可愛らしい五つの漁村。車の乗り入れは禁止されているので、ラ・スペツィアから電車に乗って訪れる。リオマッジョーレは、もっとも五つの中では大きい村だが、それでも見るべき所と言ったら広場が一つあるぐらいだ。
その広場にジュゼッペおじさんのリストランテはある。小さいアパートメントホテルも経営していることを前回訊いたので、電話をしてみると幸い一部屋空いていた。駅から直行すると、ジュゼッペは太った体を揺するように笑って言った。
「ああ、あなたたちでしたか。よく憶えていますよ。ようこそ。今夜はいいカジキマグロが入ったんですよ」
蝶子は、苦笑いすると訊いた。
「パオラはどうしていますか?」
「相変わらずですよ。先月、あの子の母親が男と失踪騒ぎを起こしましてね。振られて帰ってきてから二週間くらいはあの子と一緒にいたようですが、ここ数日はまた放置しているようですね」
「ここに来るんですか?」
「お腹がすいてしかたない時はあそこの低い塀の上に座ってこちらを見てますんでね。何かを見つくろって持っていってやります。いっその事引き取った方がいいのかとも思いますが、母親が隣の店にいますからねえ」
蝶子は、鞄を開けて財布を取り出そうとした。ヴィルが手を置いてそれを止めた。訝しげに見つめる彼女を短く見つめてから彼はジュゼッペに言った。
「差し出がましいとは思うが、毎月、代金を送るので彼女に毎日一回は暖かい食事を食べさせてやってくれないだろうか」
「旦那がですかい?」
「ああ、口座でも小切手でも都合のいい方法を指定してほしい。それに、他にも援助が必要そうだったら報せてほしいんだ」
「でも、それだったら母親に……」
蝶子は首を振った。
「そんなことをしたら、あの母親はそのお金を男に貢いでしまうわ」
「あんたの言う通りだね、スィニョーラ。わかりました。引き受けましょう。おや、ちょうど来たぞ」
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マリッレ

「アプリコット色の猫」は去年の「scriviamo!」で発表した小説。マリッレはそこに出てくる猫なんです。人生踏んだり蹴ったりだった女性が、一匹の猫との出会いを機にオーストリアのザルツカンマーグートでちょっと幸せになるという、メルヒェンがかった話なんですけれど、どうやら姫子は恩人であるマリッレに猫まんまを作っていない模様。だめじゃん(笑)
たらこさんの描く、ほのぼのとした感じいいですねぇ。大好きです。

ちなみに、マリッレの名前はこのアプリコットジャムからきています。オーストリアではどういうわけかアプリコットのことをマリッレというのですね。かなり濃いオレンジ色のジャム。濃厚で美味しいんですよ。あ、手前はオレンジマーマレードですけれど。
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【小説】In Zeit und Ewigkeit!
「scriviamo! 2018」の第十三弾です。ユズキさんは、『大道芸人たち Artistas callejeros』のイラストで参加してくださいました。ありがとうございます!

このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない二次使用は固くお断りします。
ユズキさんのブログの記事『イラスト:scriviamo! 2018参加作 』
ユズキさんは、小説の一次創作や、オリジナルまたは二次創作としてのイラストも描かれるブロガーさんです。現在代表作であるファンタジー長編『ALCHERA-片翼の召喚士-』の、リライト版『片翼の召喚士-ReWork-』を集中連載中です。
そしてご自身の作品、その他の活動、そしてもちろんご自分の生活もあって大変お忙しい中、私の小説にたくさんの素晴らしいイラストを描いてくださっています。中でも、『大道芸人たち Artistas callejeros』は主役四人を全員描いてくださり、さらには動画にもご協力いただいていて、本当に頭が上がりません。
今回描いてくださったのは、蝶子とヴィルの結婚記念のイラストです。ヴィルは、感情表現に大きな問題のあるやつで、プロポーズですら喧嘩ごしというしょーもない男ですが、ユズキさんはこんなに素敵な一シーンを作り出してくださいました。というわけで、今回は、このイラストにインスピレーションを受けた外伝を書かせていただきました。第二部の第一章、結婚祭りのドタバタの途中の一シーンです。
【参考】
![]() | 「大道芸人たち Artistas callejeros」第一部(完結) あらすじと登場人物 |
![]() | 「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部 あらすじと登場人物 |
「scriviamo! 2018」について
「scriviamo! 2018」の作品を全部読む
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
大道芸人たち・外伝
In Zeit und Ewigkeit!
——Special thanks to Yuzuki san
いつの間にか、ここも秋らしくなったな。ヴィルは、バルセロナ近郊にあるコルタドの館で、アラベスク風の柵の使われたテラスから外を見やった。ドイツほどではないが、広葉樹の葉の色が変わりだしている。
九月の終わりにエッシェンドルフの館を抜け出してから、慌ただしく時は過ぎた。主に、彼と蝶子の結婚の件で。先週、ドイツのアウグスブルグで役所での結婚式を済ませたので、社会的身分として彼はすでに蝶子の夫だった。が、彼にその実感はなかった。
一年前に想いが通じた時、彼と蝶子との関係は大きく変わり、その絆は離れ離れになった七ヶ月を挟んでも変わらずに続いている。一方で、社会的な名称、ましてや結婚式などという儀式は、彼にとってはどうでもいいことだった。彼が急いで結婚を進めたのは、未だに彼女を諦めていない彼自身の父親の策略への対抗手段でしかなかった。
しかし、当の蝶子と外野は、彼と同じ意見ではなく、終えたばかりの役所での結婚で済ませてはもらえない。今も、花婿が窓の外を眺めてやる氣なく参加しているのは、三週間後に予定されている大聖堂での結婚式とその後のパーティの準備に関するミーティングだった。
「おい、テデスコ。聞いてんのかよ」
見ると、稔とレネが若干非難めいた眼差しでこちらをみていた。招待客からの返事や、当日の席順、それにパーティに準備に関する希望など、ある程度の内容を固めてカルロスや秘書のサンチェスに依頼しなくてはならない。
カルロスは大司教に面会に行ってしまったし、蝶子はドレスの仮縫いに行っている。この地域では滅多にない大掛かりな結婚式になりそうだというのに、まったくやる氣のみられない新郎に、証人の二人は呆れていた。
「すまない。もう一度言ってくれ」
それぞれのワイングラスにリオハのティントを注ぐと、ヴィルは自分のグラスにも注いで飲んだ。
「パーティの話だよ。トカゲ女やギョロ目の話を総合すると、着席の会食のあとに、真夜中までダンスパーティをすることになりそうなんだが……ケーキカットとか、手紙朗読とか、スライド上映とか、そういうのはないんだっけ?」
稔は、海外の結婚式には出席したことがないので、いまひとつ勝手がわからない。
「なんですか、手紙朗読って」
レネは首を傾げた。
「ああ、両親に読み聞かせるんだ。これまで育ててくれてありがとうとか。大抵、どっちかが泣くんだな」
今度は稔が二人の白い眼を受ける事になった。そりゃそうだよな。あのカイザー髭の親父にテデスコがそんな手紙を読むわけないよな。
「日本って、結婚式も特殊そうですよね」
レネが言った。うん、まあ、そうかな。稔は少し悪ノリをした。
「うん、ほら白鳥に乗って登場ってのもあるぞ」
「なんですって?」
「え、新郎と新婦が、でっかい白鳥に乗ってさ、運河みたいな感じに仕立てた舞台の奥から入場するんだ」
「なんだそれは。ローエングリンか」
ヴィルは呆れて呟く。
「それはともかく、少し派手に登場するのは悪くないですよね。一生に一度のことですし。スポットライトを浴びて華やかに……ほら、パピヨンを抱き上げて登場するのはどうですか?」
「おお。そうだよな。金銀の花吹雪でも散らしながらってのはどう?」
「いい加減にしてくれ」
一言の元にヴィルは却下した。
やっぱりダメか。そんな顔をしながら、稔とレネは顔を見合わせると、日本から来てくれる友人拓人と真耶とオーケストラとの練習準備について真面目に語り出した。
その間にも、ヴィルの脳内には日本の結婚式に対する想像が展開されていた。紫色の明るいホールに金銀の紙吹雪が舞っている。輝く青い水が流れているその様は、生まれ育ったアウグスブルグの旧市街に縦横に張り巡らされた運河を思わせた。橋の上には白いスーツを身につけた彼がいて、美しいウェディングドレスを纏った蝶子を抱きかかえている。
……いや、いったい何を考えているんだ、俺は。
「おい。今度こそちゃんと聴いているんだろうな」
稔の声で我に返った。
「ああ、すまない」
ヴィルはワインを飲み干した。
「なんの話?」
戸口を見ると、蝶子が帰ってきていた。両手に何やら沢山の紙包みを抱えている。また何か買ってきたのか。
「今度は洋服や靴じゃないわよ、安心して。ほら、今夜も話し込むと思って、少しボトルを仕入れてきたの」
蝶子はウィンクした。レネはさっと立ち上がって荷物を受け取り、稔とヴィルもグラスや栓抜きを用意するために立った。
「話し合いは進んだ?」
蝶子が訊くと、稔は「まあね」といいながら肩をすくめた。相変わらずのヴィルの様子を想像できた彼女は笑った。
「とにかく、どうしても真耶たちに演奏して欲しい曲だけ、連絡すれば、あとはなんとかなるわよ。考えてみるとものすごく贅沢な演奏会とグルメ堪能会が同時に開催されるようなものじゃない? 結婚するのも悪くないわよね」
稔とレネは大きく頷いた。ヴィルも僅かに口角をあげた。嫌々同意するとき彼はこういう表情をするのだ。蝶子は勝ち誇ったように彼のそばに来るとワイングラスを重ねた。
「ねえ。そういえば、結婚記念のプレゼント、まだもらっていないわよ」
「俺もあんたから、何ももらっていないぞ」
憮然とするヴィルに怯むような蝶子ではない。
「あら。あなたは、生涯この私と一緒にいる権利を獲得したのよ。これ以上何が欲しいっていうの」
ヴィルは、ちらりと蝶子を見た。稔とレネは、ここから舌戦が始まるのかと興味津々で二人を眺めた。ヴィルは、蝶子の言葉に何か言いたそうにしたが、言わなかった。その代わりに立ち上がると「じゃあ、記念に」と言ってピアノに向かった。稔はひどく拍子抜けした。
ヴィルは、ゆっくりと構えるととても短い曲を弾いた。静かで、ちょうど秋がやってきている今のこの季節に合っていた。優しくて静かな曲だった。
稔は、微笑んで満足そうに耳を傾けている蝶子を不思議そうに見た。それまでの挑発的な様相はすっかり引っ込んでしまった。なんだなんだ? そりゃ、いい曲だけれど、なんでこれだけでトカゲ女を大人しくさせることができたんだ?
横を見ると、レネまでが眼を輝かせてうっとりと聴いている。稔は、そっと肘で小突いた。レネは小さくウィンクをして小声で囁いた。
「グリーグが自ら作曲した歌曲をピアノ用に書き直した作品の一つです。もともとの歌曲は童話で有名なアンデルセンの詩に曲をつけたんですよ。僕、歌ったことがあるんです。『四つのデンマーク語の歌 心のメロディ』の三曲目です。あとでネットで検索するといいですよ」
なんだよ、そのもったいぶりは。稔は首を傾げた。氣になったので、夕食の前に言われた作品をネットで探した。すぐに出てきた。三曲目ってことは……これか。デンマーク語で「Jeg elsker dig」、ドイツ語では「Ich liebe dich」、日本語では「君を愛す」。
E.グリーグが妻となったニーナと婚約した時に捧げた曲で、デンマーク語やドイツ語の歌詞もすぐに見つかった。テデスコはドイツ人だから、このドイツ語の歌詞を念頭に置いて弾いているのかな。どれどれ。
Du mein Gedanke, du mein Sein und Werden!
君は僕の心、僕の現在、僕の未来
Du meines Herzens erste Seligkeit!
僕の心のはじめての至福
Ich liebe dich wie nichts auf dieser Erden,
地上の何よりも君を愛す
Ich liebe dich in Zeit und Ewigkeit!
いま、そして永遠に君を愛す
Ich denke dein, kann stets nur deine denken,
君のことだけをひたすら想う
Nur deinem Glück ist dieses Herz geweiht,
君の幸福のみを祈り、心を捧げる
Wie Gott auch mag des Lebens Schicksal lenken,
どのように神が人生に試練を課そうとも
Ich liebe dich in Zeit und Ewigkeit!
いま、そして永遠に君を愛す
……ひえっ。なんだよ、このコテコテな歌詞は。これを知っていたら、そりゃあのトカゲ女も黙るはずだ。
稔は、普段はぶっきらぼうなヴィルもやはりガイジンで、ヤマト民族である自分とは違う表現方法を使うことを理解して茫然とディスプレイを眺めた。
(初出:2018年2月 書き下ろし)
註・引用した歌詞は下記のドイツ語版、意訳は八少女 夕
Ich liebe dich (Jeg elsker dig)
Music by Edvard Grieg
Original Lyrics by Hans Christian Andersen
German lyrics by F. von Holstein
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いろいろと……
私の書いた「夜のサーカスと漆黒の地底宮殿」
山西左紀さんからのお返し作品 「物書きエスの気まぐれプロット クリステラと暗黒の石2」
私の書いた「僕の少し贅沢な悩み」
たらこさんからのお返し作品「マジのプロポーズ」「マジのありえない」
私の書いた「それは、たぶん……」
ポール・ブリッツさんからのお返し「パイプ椅子とビデオモニターと」
それぞれ、私の無茶振りに素晴らしい作品で応えてくださっています。ほんとうにありがとうございます。
そして、いただきものの自慢もここでしちゃいますね。

このイラストの著作権はダメ子さんにあります。無断使用は固くお断りします。
ダメ子さんが「郷愁の丘」のジョルジアを描いてくださいました。初ジョルジアなんですよ。うれしいなあ~。髪型や表情もそうなんですけれど、服装も彼女のチョイスとぴったりなんです。よく読んで下さっているなあと感心してしまいました。ありがとうございます!

このイラストの著作権はたらこさんにあります。無断使用は固くお断りします。
そして、たらこさんは去年と今年の二人のヒロイン、そしてネコのマリッレも一緒に描いてくださいました。たしかにこの人達、男運ないです(笑) 素敵なイラスト、ありがとうございます。
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【小説】君と過ごす素敵な朝
今日の小説は、ユズキさんの30000Hit記念キリ番リクエストに応募して描いていただいたイラストに合わせて書いてみました。

このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断転用は固くお断りします。
お願いしたのは「大道芸人たち Artistas callejeros」の主人公の一人レネとその恋人のヤスミンです。せっかくなので、この幸せな情景は幸せな日に合わせて発表したくなりました。

【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は当ブログで連載している長編小説です。第一部は完結済みで、第二部のチャプター1を公開しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ
![]() | 「大道芸人たち 第一部」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
![]() | 「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
大道芸人たち・外伝
君と過ごす素敵な朝
柔らかい光が窓から差し込むようになった。外を歩くにはまだ分厚いコートが必要だけれど、昼の長さは日に日に増えてきて、春が近づいていることを知らせてくれる。
昨夜の狂騒が嘘のように静かな朝、いつもよりもゆったりとした時間を過ごすことができてヤスミンは嬉しかった。
昨夜は、『
今日は『灰の水曜日』。ヤスミンが子供の頃に行った教会の礼拝では、灰を信者の額につけて「人は灰から生まれて灰に帰る」と聖職者に言われた。この儀式はカトリックはどこでも、プロテスタントでもルター派などではやるらしいが、ティーンになってからは教会に全然通わなくなったヤスミンは、あまり儀式に興味はなかった。わかっていることは、キリスト教では本来、この日から復活祭前の四十日間の潔斎が始まることだ。「本来」というのは、今どき四十日間、肉をまったく口にしないドイツ人には滅多に会えないからだ。
でも、「それだけ長い間、節制をしいられるならその前に飲んで食べて騒ごう」という趣旨で生まれた祝祭『
『
石畳を音を立てて歩き回り、飲んで食べて騒ぐ宵。冬の憂鬱を吹き飛ばすいつもの楽しみだけれど、今年は格別楽しかった。レネが来ていたから。
レネは、以前よりはミュンヘンにいることが多くなったとはいえ、この時期にドイツにいることは少なかった。なんといってもドイツの冬は大道芸には厳しすぎるのだ。彼は、南フランスのブドウ農家の息子で、家業を手伝う時期以外は、仲間とヨーロッパ中を旅する生活をしている。
レネと出会ったのは、一年ほど前だ。彼女は美容師として働く傍ら、劇団『カーター・マレーシュ』のボランティアをしていて、元団員のヴィルを父親の元から逃す協力を依頼してきた彼らと意氣投合したのだ。
そのヴィルは結局亡くなった父親の跡を継いだので、大道芸人の仲間たち《Artistas callejeros》はミュンヘンの館に滞在することが多くなった。そういう時には、レネは必ずヤスミンの住むアウグスブルグに寄って一緒に時間を過ごしてくれる。二人が会える機会はたくさんないけれど、その分、密度の濃い実りある時間を過ごしていた。
ヤスミンが目を覚ましたのは、よく通る犬の鳴き声が響いたからだ。夢の中で、彼女はそれをレネの歌声に似ていると思った。彼は大道芸やステージの時以外は、恥ずかしがって滅多に歌わないのだが、子供の時から教会の聖歌隊に加わっていたとかで、とても明るい素敵なテノールなのだ。
起き上がって、ぼんやりと「ああ、あれはハチだ」と思った。この一週間、旅行に出かけた友人から預かっている飼い犬だ。それから、不意に思い出した。今朝はハチだけでなく、レネも一緒にいることを。あら、彼はどこ?
「しっ。静かに。ヤスミンが起きてしまうよ」
レネは、覚えたてのドイツ語で犬に語りかけていた。キッチンに入っていこうとしていたヤスミンは、彼の優しさと尻尾をふって応えるハチの愛らしさに嬉しくなって微笑んだ。
「おはよう、レネ。おはよう、ハチ」
ハチは思い切り尻尾を振って見せたが、レネの顔もそれに劣らず喜びに満ちていた。残念ながらフランス人には振る尻尾がなかったのだが。
「おはよう。ヤスミン。すぐに朝ごはんができるよ」
「いい匂いね。朝食を作ってもらうなんてなん年ぶりかしら」
煎りたてのコーヒーと卵料理の湯氣、それに焼きたてのパンの香ばしさ。
「君の口に合うといいな。あ、コーヒーは熱いから、氣をつけて。君はブラックだったよね」
レネは二つのマグカップを持ってきた。自分の分は砂糖とミルクがたっぷり入っている。ヤスミンが不思議に思う事の一つに、レネは甘いものに目がないのだが、全く太らないのだ。どうなっているんだろう。
「あ、フォークが出てないね。ごめん、ちょっと待ってて」
そう言うレネに彼女は言った。
「フォークなんてなくて大丈夫よ。パンに挟んじゃうもの。それより冷めないうちに食べましょう」
レネは「うん」と言ってちらっとあと一つしかない椅子を眺めた。その視線を追ってヤスミンは思わず吹き出した。いつの間にかハチが椅子に座っているのだ。
「ダメよ、ハチ。レネがいない時は、特別にそこに座ってもいけれど、今は遠慮して。そこはレネの特等席なんだから」
ヤスミンに言われて、ハチは大人しく降りた。レネは嬉しくなった。ヤスミンのホームの特等席に座れているのだ。
「ハチって、変わった名前だね」
彼は、犬を見つめた。賢しこそうな中型犬だ。
「日本の名前みたいよ。どういう意味なのかわからないけれど。飼い主は、しばらく日本で暮らしていて、去年こちらに帰ってきたの。それで、向こうで飼っていた犬と別れたくなかったから連れてきたんですって。とっても飼い主に忠実な賢い種類らしいわ」
「へえ。そうなんだ。パピヨンに意味を訊いておくよ。僕、犬は大好きなんだ。アビニヨンの両親の家でもずっと犬を飼っていたからね」
「自分で飼いたいと思う?」
ヤスミンは訊いた。
「飼えるものならね。今の生活だと難しいけれど」
彼は肩をすくめた。
「私も犬は好きよ。でも、こんな街中のアパートメントじゃダメよね。広い庭があって、犬が走り回れるような環境のところに住んでみたいなあ」
レネの頭の中では、実家の葡萄園の広い敷地をヤスミンとハチが駆け回っている。完全なる希望的観測による光景だ。
その妄想のために彼がしばらく黙っていたので、彼女はその間に窓際に目を移した。置かれた花瓶にピンクのチューリップの花束が活けられている。あれ? 昨日まではなかったのに、どこから来たの?
「これ、どうしたの?」
レネは、我に返った。そして、彼女が花のことを言っているのがわかると、嬉しそうに笑った。
「さっきパンと一緒に買ってきたんだ。今日はどうしても君に贈りたかったから」
「今日?」
彼女は首をかしげた。昨夜が『
「やだ。今日は二月十四日だったわ」
ローマの時代にまでその起源を遡る恋人たちの誓いの日なのだ。ヤスミンはすっかり忘れていたけれど。
「その通り! 『聖ヴァレンタイン・デー』、おめでとう」
「ありがとう。レネ。この日にあなたといられるのって、本当にラッキーよね」
彼は、恥ずかしそうに言った。
「君に会える時は、いつも聖ヴァレンタイン・デーみたいな氣がするけれどね」
「そういう風に言ってくれるレネ、大好きよ!」
ヤスミンは、彼の頬にキスをした。
真っ赤になっている彼をみて、ハチは「ワン!」と日本風に吠えて、尻尾を振った。
(初出:2018年2月 書き下ろし)
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【小説】とりあえず末代
「scriviamo! 2018」の第八弾です。limeさんは、今年も素敵なイラストで参加してくださいました。
limeさんの描いてくださった(scriviamo!2018参加イラスト)『リュックにゃんこ』
limeさんは、このブログを定期的に訪問してくださっている方にはおなじみだと思いますが、繊細で哀しくも美しい描写の作品を発表なさっていて、各種大賞での常連受賞者でもある方です。そして、イラストもとても上手で本当に羨ましい限り。
毎年、「scriviamo!」には、イラストでご参加くださり、それも毎回、難しいんだ(笑)困っては、毎回、反則すれすれの作品でお返ししています。今年も、例に漏れず、ぱっと見には簡単そうに見えますけれど、いざ書くとなると結構難しいです。
今年は、背景を二パターンをご用意くださって、どちらも素敵で捨てがたかったので、両方使うことにしました。ちなみに、脇役は既出の人達を使っております。もちろん、知らなくてもまったく問題ありません。
【参考】
『ウィーンの森』シリーズ
「scriviamo! 2018」について
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「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
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とりあえず末代
——Special thanks to lime-san
着替えとしてTシャツに下着、さらに洗面用具にフェイスタオルを詰めた。中学受験の季節で、僕ら在校生は金曜日が休みになったので、はじめての一人の遠出をする事にしたんだ。せっかくお小遣いも貯めたし、静岡に嫁いだ従姉妹に泊めてもらう約束もしたし、いざ二泊三日の冒険だ。問題は……。
「で。妾はどこに収めるつもりかい」
やっぱりついてくる氣、満々だったか。そうだよなあ。僕は、じっと見上げる緑の瞳を見つめた。
一見、普通の白猫に見えるけれど、《雪のお方》は正真正銘の猫又だ。もちろん、簡単に信じてくれないのはわかる。でも、こいつは僕が生まれるどころか、とっくに死んじゃったひいじいさんが生まれる前からずっと我が家にいるし、そもそも、人間にわかる言葉でペラペラ喋る飼い猫なんていないことは、同意してくれるだろう?
なぜこいつが我が家にいて、さらにいうと、僕にひっ付いてくるのか。証明しようがないけれど、これはどうも僕のご先祖様のせいらしい。
幼稚園の頃、僕は同級生の家にいる普通の猫は喋れないということを知らなくて、「うちの《雪のお方》は喋れるよ」と自慢したために、しばらくありがたくない嘘つきの称号をもらった。友達の前ではただの猫のフリをしたのだ。そもそもなんで猫又が我が家にいるのか、僕は何度か質問をして、大体のことがわかるようになった。
「妾は、元禄のはじめに、この地にあった伊勢屋の伊藤源兵衛の飼い猫であったのじゃ。そして、もらわれて来たのとほぼ同じ頃に生まれた跡取りの長吉と共に育ったのじゃ。長吉は童の頃は妾をたいそう氣に入っておってな、大人になったら妾を嫁にすると申しておったのじゃ。そうこうするうちに二十年経ち、妾の尾は裂けて無事に猫又となったので、許嫁の長吉と祝言をあげるつもりでいたら、約束を反故にして松坂の商家から嫁をとるというではないか。それで妾は怒りに任せて、末代まで取り憑いてやると誓ってしまったのじゃ」
「で?」
「伊藤家はちっとも断絶しないので、妾もまだここにいるしかないのじゃ。お前の父親にも、くれぐれも嫁を取ってくれるなとあれほど頼んだのに……」
父さんは、母さんと出会って思ったらしい。これだけ我慢したんだから、あと一代か二代くらい、我慢してもらってもいいかって。というわけで、今のところ僕は伊藤家の末代なので、《雪のお方》に取り憑かれているというわけ。
「修学旅行の時は、家で留守番していたじゃないか。どうして今回はついてくるんだよ」
「修学旅行にペットを連れて行くのは禁止であろう。わざわざ規則に違反をさせてまでついて行くほど面白そうな旅程ではなかったしな。今回はお前の初めての一人旅で面白そうではないか。お前とて困ったことがあった時に相談する相手がいる方が良いであろう」
僕はため息をついた。まあ、いいや、話相手には事欠かないしさ。《雪のお方》は、猫ではなくて猫又なのでキャトフード等は食べない。肉や魚も本当は必要じゃない。猫又としての矜恃があるという理由で、一日に一回は油を舐める。パッキン付きで漏れないタッパーの中にプチプチで巻いた藍の染付の小皿を入れた。これは《雪のお方》の愛用品で、なんでもない醤油皿に見えるけれど一応元禄から伝わる我が家の家宝。割ったら父さんに怒られる。っていうか、《雪のお方》に祟られるんじゃないか。
それに、小瓶にイタリア産の最高級エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを詰める。もし万が一、いい油がみつからなかったらうるさくいうに決まっているし。なぜこんな洋ものを舐めるのかって思うだろう? ヴァージンってのが氣に入ったんだって。ま、行灯の油と言われても困るけどさ。
リュックサックの後ろのポケットを大きく開いて、《雪のお方》はそこに入ってもらうことにした。父さんと母さんは、少し心配そうに僕たちを見送った。
「本当に一人で大丈夫なの? 途中までお父さんに送ってもらう?」
「《雪のお方》、悠斗をよろしくお願いします」
「任せておけ。妾がしかと監視する故」
猫又に監視されての一人旅かあ。まあ、いいや。僕は、初めての冒険に心踊った。
「駅まで歩くからね。なんか言いたいことがあったら、一応、猫っぽく呼んでよね」
「わかっておるわ。案じるな」
って、日本語で言うんだもんなあ。郊外っていうのか、どちらかというとド田舎っていうべきなのか、とにかく我が家から駅までの半分以上は、道路沿いに空き地が広がっている。バスも来るけれど、一、二時間に一本だから歩いてしまった方が早い。二十分くらいだし。誰かとすれ違うこともあまりない。猫と会話している変な奴と思われる心配は少ないはず。もっとも、いつ誰が聴いているかわからないから氣をつけないと。

「さてと。そろそろ駅だ。ここからは、黙っててくれよ。それから落っこちないように、もう少しジッパー閉めるよ」
「挟んだら、化けて出るぞ」
「わかってるよ。しーっ!」
僕は、電車を乗り継いで横浜まで行った。そこからは東海道線。リュックから覗いている子猫(本当は猫又だけど)は珍しいのか、隣に座ったおばさんがニコニコ笑って構おうとする。
「まあ、可愛い猫ちゃんねぇ。これだけ小さいということはまだ一歳になっていないかしらねぇ」
いや、およそ三百四十歳だけど。そう答える訳にはいかないから、僕は、にっこりと笑ってごまかした。《雪のお方》は見事に子猫っぽく化けている。いつものドスの効いた物言いが信じられないくらいか弱い声で、みゃーみゃー言っている。
「本当に可愛いわね。ちょっと待って、いいものを持っているの。息子の家にもネコがいてね、行く時にはいつも玩具やおやつを持って行くのよ」
そう言いながら、ハンドバックを探って何かを取り出した。カリカリだったら激怒するんじゃないかと心配だったけれど、なんと本物タイプのおやつだった。おお、焼カツオ! すげぇ。これって猫のおやつなんだ。僕でも食べられそう。《雪のお方》は神妙な顔をしてハムハムと食べた。
「本当に可愛い猫ちゃんね。お名前は?」
「あ、えっと雪です」
《雪のお方》とは言えない。っていうか、きっと元禄時代にはただの雪だったんだと思うし。
「そう。坊やは、雪ちゃんとどこへ行くの」
「あ。静岡です。従姉妹のところに泊めてもらうことになっているんです」
「そう。この歳で一人旅ができるなんて偉いわね。氣をつけて行きなさいよ」
おばさんは、熱海で降りて行った。僕は乗り換えて静岡へ。各駅で静岡へ行こうというひとは少ないのか、ホームはガランとしていた。《雪のお方》は小さな声で言った。
「あの鰹はなかなかであった。お前は何も食べなくていいのか。駅弁やお茶なぞも売っているではないか」
「あ、そうだね。おにぎりとお茶でも買っておこうかな」
しゃけ入りおにぎりを一つと、お茶を買った。電車の中で食べていると、《雪のお方》が前足で催促したので、しゃけを少しだけ食べさせてあげた。
そうこうしているうちに、僕たちは目的の小さな駅に着いた。駅からあまり離れていないところにカフェがあって、従姉妹は結婚相手とそのカフェを経営しているのだ。
「えっと。『ウィーンの森』。あれかな。こんな辺鄙な駅だとは思わなかったな」
「お前の住んでいるところと、大して変わらぬではないか」
《雪のお方》がぼそっと突っ込んだ。まあ、そうだけどさ。
従姉妹は、僕と違って都心からここに引っ越したので、馴染めているんだとびっくりした。

「うん、間違いない。ここだ。入るからね、頼むよ」
《雪のお方》にまた猫のフリを頼んで、僕はカフェの入り口のドアを押した。
「いらっしゃいませ」
こげ茶のぱりっとしたエプロンをしている男性がいた。あ、この人が従姉妹の旦那さんかな。
「こんにちは。僕、伊藤悠斗です」
「ああ、君が悠斗くんか。よく来たね。はじめまして、僕が吉崎護だ。真美はご馳走を作るって張り切っているよ、ちょっと待ってて」
感じのいい人でよかった。それに、かっこいい人だ、マミ姉、やったじゃん。僕は、護さんが二階にいる従姉妹を呼びに行く間にリックサックを下ろして、《雪のお方》を抱き上げた。
「いらっしゃい、悠ちゃん、迷ったりしなかった? あ、おユキ様も連れてきたのね」
マミ姉が、降りてきてまっすぐに《雪のお方》を抱き上げた。
実は、マミ姉は《雪のお方》が猫じゃないことを知っている。そりゃそうだ。全然歳とらないいまま二十年以上この姿のままなのを、ウチに来る度に見ていたし、僕は子供の頃わかっていなかったから本当のことをペラペラ喋ってしまったんだもん。僕よりもずっと歳上で、これは喋ったらヤバいということをわかったマミ姉は、外には漏らさなかったけれど。
「おユキ様?」
護さんは、少し驚いた顔をした。まあ、子猫の名前っぽくはないよね。《雪のお方》はマミ姉の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らして見せた。さすが、元猫。たいした演技力だ。
「可愛いでしょう? まあ、静岡で会えるなんて思わなかったわ。悠ちゃんもゆっくりしていってね。今晩は、シチューにしたの。でも、その前におやつ食べたくない? 護さんご自慢のクーゲルホフとホットチョコレートのセット、食べない? 私がご馳走するわよ」
「真美、代金はいいよ。悠斗くん、荷物を上に置いておいで。おユキ様……には、ミルクでいいのかな?」
護さんは、猫としては変わっている呼び名にまだ慣れていないようだった。《雪のお方》は、子猫っぽく愛らしい仕草でミルクを飲んだ。あとでオリーブオイルをあげなくちゃ。
再び降りてきた僕に、護さんは訊いた。
「今日はこれからまたどこかへ行くのかい? それとも冒険は明日からにして今日はこのままゆっくりする?」
僕は、少し考えた。ここに来るだけで冒険は十分したし、この街はほとんど何もなさそうだから、ここで護さんのお店を見学するほうが面白そうだ。《雪のお方》も、ここが氣に入ったみたいだし。
「もし邪魔でなかったら、ここにいてもいいですか。皿洗いくらいします」
「それは嬉しいね。でも、先におやつをどうぞ」
他のお客さんが入ってきて、護さんは忙しくなった。僕は、お手伝いをするために急いでおやつを食べ出した。うわ。美味しいよ、このケーキ。こんな洒落たカフェがなんでこんな田舎にあるんだろう。
マミ姉が、バターやジャムを入れる小さいガラスのシャーレに、黒い油を入れて持ってきた。そして小さい声で言った。
「オーストリアの最高級パンプキンシードオイルよ。アンチエイジングにいいっていうから、私も取り入れているんだけれど、おユキ様の口に合うかしら」
《雪のお方》は嬉しそうに舐めていた。ミルクの時と目の色が違う。やっぱり猫又なんだな。こうして見ていると、パンプキンシードオイルって、ちょっと行灯の油っぽくない?
僕はその日の閉店まで、護さんのお店でウェイターのまねごとをして過ごした。ホイップクリームのたっぷり載ったコーヒーのように、運ぶのが大変なものもあったけれど、大きな失敗はしないで、ついでに女性のお客さんたちに「きゃー、かわいい」などと言われて悦に入っていた。
もっとも、一番「かわいいー」と言ってもらっていたのは、文字通り猫をかぶっていた《雪のお方》だけれど。
店じまいまでちゃんと手伝って、マミ姉の美味しいシチューで晩御飯にして、それから僕の寝室にしてくれた小部屋で布団にくるまった。小さなカゴにマミ姉がタオルを敷いてくれた簡易ベッドで《雪のお方》が寛いでいる。
「一人旅、ここまでバッチリ上手く行ったよね」
「さよう。ちゃんと手伝いもしていたし、見直したぞ。カツオをくれたご婦人への礼はもっとちゃんと言って欲しかったが、それ以外は概ね合格点をやってもいいだろう」
「あ。そうだね。言い忘れちゃった。あ、マミ姉の出してくれた油はどうだった?」
「あれは、なかなか美味であったぞ。香ばしいのじゃ。明日もまた出してくれるといいのだが」
「あ、ちゃんと頼んでおく」
それから僕はほうっと息をついた。
「でも、マミ姉、いい人と結婚したね。ものすごく幸せそうだったね。ずっと仕事一筋だったから、まさか結婚して静岡に行くなんて思いもしなかったけれど、護さんみたいな人とずっと一緒にいられるなら思い切ってもいいよね。僕も、いつかさ……」
それを聞いて、《雪のお方》はヒゲをピクリと震わせた。
「お前、もう結婚を夢見ているのか。まったく、伊藤家の奴等ときたら、どうして揃いも揃って……。妾は、跡取りが生まれるたびに、今度こそ末代と思っているのだが……」
そう言いながら、《雪のお方》はあまり迷惑そうな顔はしていなかった。あまりにも長く伊藤家に取り憑きすぎて、もう半分うちの守護神みたいになってしまっているのかもしれない。
僕は、明日も《雪のお方》をリュックに背負って、一緒にあちこちを見るのが楽しみだ。猫又に取り憑かれていない人生なんて、ちょっと考えられない。伊勢屋長吉、よくやってくれた! そんなことを考えながら、眠りについた。
(初出:2018年2月 書き下ろし)
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レネ&ヤスミンのイラスト、いただきました
ご自身のブログの記事

このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断転用は固くお断りします。
描いていただいたのは、当方の作品「大道芸人たち Artistas callejeros」のメインキャラ、レネとその恋人のヤスミンです。
既に完結している第一部ではヤスミンはそんなに重要な役割ではないのですが、第二部ではかなり重要なサブキャラです。そして、これが初イラストなのですよ!
そして、この二人の力関係が「どうしてわかったの」というくらいよく現れていますね! そうなんですよ。朝ごはんをせっせと用意するレネ(笑)
そして、このワンちゃんがもう! 私、柴犬大好きなんです。こちらではあまり見かけませんが(あたりまえ)もし飼うとしたら柴犬がいいなあと思うくらい好きです。現在scriviamo!が始まってしまって、他の作品書いている余裕ないんですが、それでもなんか書きたくなってしまいましたよ。う〜、なんとか近い内に。
ユズキさん、本当にありがとうございます! 大切にします。
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は当ブログで連載している長編小説です。第一部は完結済みで、第二部のチャプター1を公開しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ
![]() | 「大道芸人たち 第一部」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
![]() | 「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
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「バッカスからの招待状 ブラッディ・マリー」を朗読していただきました
いつも御世話になっているもぐらさんが、当ブログで不定期連載をしている「バッカスからの招待状」の第一作「ブラッディ・マリー」を朗読してくださいました。
さとる文庫 「第393回 バッカスからの招待状 ブラッディ・マリー」
もぐらさんは、「さとる文庫」というサイトで、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。
「scriviamo!」にご参加くださり、すでに何回か素敵な朗読を寄せてくださっているのですが、今回は「バッカスからの招待状」の記念すべき第一作を読んでくださいました。短く書けないせいで十七分にわたる朗読をさせてしまいましたが、地の文、登場人物のセリフを見事に読み分けてくださって感激しています。
それに、もぐらさん、下戸なんですって。なのに『Bacchus』と田中を氣に入ってくださっているし、それよりも雫石鉄也さんのところの名店「海神」とマスターの鏑木さんの大ファンでもあられるのですよね。あ、うちの『Bacchus』は下戸も大歓迎、というか主要キャラに妙に下戸の多い変なバー小説です。
バーテンダー兼店主の田中祐二は、「樋水龍神縁起」という作品で主人公が一人で黄昏ていたバーとして初登場していますが、この作品ではじめて容姿や動作が描写されたのですよね。今では役者も揃って独自の世界観を築き始めている『Bacchus』ワールドですが、その原点ともなっているこの作品を取り上げていただき嬉しいです。
ちなみに、この作品に登場する広瀬摩利子と高橋一は、やはり「樋水龍神縁起」の重要サブキャラです。でも、それとは関係なく読める話になっています。「バッカスからの招待状」はほぼ毎回読み切りに近い形での連載になっていますので、まだお読みでない方は是非この機会に。
そして、たくさんの素敵な作品を紹介なさっている「さとる文庫」にもぜひいらしてみてください。
もぐらさん、どうもありがとうございました。
![]() | 「バッカスからの招待状」をはじめからまとめて読む |
![]() | 「いつかは寄ってね」をはじめからまとめて読む |
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【小説】異教の影
「scriviamo! 2017」の第十五弾です。TOM-Fさんは、代表作『フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス』とうちの「森の詩 Cantum Silvae」のコラボ作品で参加してくださいました。ありがとうございます!
TOM-Fさんの書いてくださった小説『ヴェーザーマルシュの好日』
TOM-Fさんは、胸キュンのツイッター小説、日本古代史からハイファンタジーまで 幅広く書かれるブログのお友だちです。音楽や趣味などで興味対象がいくつか重なっていて、それぞれの知識の豊富さに日頃から感心しまくっているのです。で、私は較べちゃうとあれこれとても浅くて恐縮なんですが、フィールドが近いとコラボがしやすく、これまでにたくさん遊んでいただいています。
今回コラボで書いていただいたのは、現実の某ドイツの都市の歴史と、某古代伝説、そしてTOM-Fさんのところの『フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス』の登場人物の出てくるお話の舞台に、当方の『森の詩 Cantum Silvae』の外伝エピソード(『王と白狼 Rex et Lupus albis』)を絡めたウルトラC小説でした。
いやあ、すごいんですよ。よく全部違和感なくまとめたなと感心してしまうんですけれど、それもすごくいい話になって完結しているんです。素晴らしいです。
でも、毎年のことながら「こ、これにどうお返ししろと……」とバッタリ倒れておりました。なんか、あちらの姫君が「森の詩 Cantum Silvae」の世界を旅していらっしゃるらしいので、なんとなく全然違う話は禁じられたみたいだし……。七転八倒。
で、すみません。天の邪鬼な作品になっちゃいました。TOM-Fさんのストーリーが愛と自由と正義の讃歌のような「いいお話」で、しかも綺麗にまとまっているのに、全部反対にしちゃいました。愛と正義を否定する、言っていることは意味不明、ゲストにとんでもない態度。なんというか全くもってアレです。
まあ、「森の詩 Cantum Silvae」らしいと言っちゃえば、らしいです。この世界の人たちは、その時代の枠を越えることはできないので。(象徴的に言えば、トマトどころか、フォークすらありません! 手づかみでお食事です)
TOM-Fさんの作品と揃えたのは、「ある実在する都市の観光案内」が入っていることです。この都市のモデルを知りたい方は「ムデハル様式 世界遺産」または「スペインのロメオとジュリエット」で検索してください。
そして、すみません。あちらの登場人物の従兄ということでご指名いただいた某兄ちゃんは完璧に役不足なので無視しました。せっかくなので、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の続編で登場する最重要新キャラをデビューさせていただきます。登場人物を知らないと思われた方、ご安心ください。知っている人はいません(笑)
で、TOM-Fさんのところの姫君(エミリーじゃなくてセシル系? このバージョンもそういう仕様なのかしら?)も、グランドロン王国ではなくずっと南までご足労願っています。舞台は、中世スペインをモデルにした架空の国、カンタリア王国です。
![]() | 「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む あらすじと登場人物 |
「scriviamo! 2017」について
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
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森の詩 Cantum Silvae 外伝
異教の影 - Featuring「フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス」
——Special thanks to TOM-F-san
その高級旅籠は、三階建でムデハル様式の豪奢な装飾が印象的だった。もし異国からこのカンタリアの地に足を踏み入れたばかりの者ならば、ここはいったいキリスト教の国なのか、それともサラセン人に支配されたタイファ諸国に紛れ込んでしまったのかと訝るところだ。
これはサラセン人たちの技術を取り入れたカンタリア独特の建築様式で、その担い手の名を冠してムデハル様式と呼ばれていた。ムデハルとは、
今でこそ
その旅籠に本日逗到着した一行は、ムデハル様式の建築が盛んなこの街サン・ペドロ・エル・トリーコに初めて逗留したので、豪奢に隙間なく飾られた壁や柱を珍しそうに見回した。その旅籠は、彼らの暮らす王宮よりも美しく彩られているようにさえ見えた。
「なんというところだ」
ぽかんと口を開けて、周りを見回す太った青年とは対照的に、影のように控えている男は顔色一つ変えなかった。そして低い声で言った。
「殿下。お部屋の用意が済んだようでございます。どうぞあちらへ」
「ヴィダル。お前には、この光景は珍しくも何ともないのであろうが……」
ヴィダルと呼ばれた黒髪で浅黒い顔の男は、嫌な顔をした。彼もこの街に来るのは初めてなのだ。「異教徒だ」「モロ(黒人)だ」と陰口を叩かれるのを毛嫌いしている彼は、母親の出身を示唆する王子の言葉に苛立ちを感じた。
その様子を離れたところから眺めていた客が「くすっ」と笑った。ヴィダルは、そちらを鋭く一瞥した。宿屋の中だというのに灰色の外套を身につけたままで、そのフードを目深に被っている。声から女だと知ったが、それ以上のことはわからなかった。
王子の安全を氣するヴィダルに宿屋の主人は「ヴェーザーマルシュのヘルマン商会の方です。正式な書き付けをお持ちですから物騒なお方ではないと思います」と耳打ちした。
カンタリアの第二王子エルナンドとその一行は、旅をしていた。表向きは物見遊山ということになっていたが、彼らには別の目的があった。そのために、センヴリ王国に属するトリネア侯国、偉大なる山脈《ケールム・アルバ》を越えた北にあるグランドロン王国の王都ヴェルドン、そしてその西にあるルーヴラン王国の王都ルーヴにそれぞれ嫁いだカンタリア王家出身の女性たちを訪れるつもりであった。
王都アルカンタラを出て以来、グアルディア、タラコンなど縁者の城に逗留してきたのだが、この一帯には逗留できる城はなく、山がちながらも比較的安全で王子の逗留にふさわしい旅籠のあるこの街に立ち寄ったのだ。
この旅籠は決して小さくはないのだが、王家の紋章の入った華やかな鞍や馬鎧を施された馬に乗ったエルナンド王子、やはりそれぞれの紋章で馬や武具を飾り立てて付き従う十数名の騎士たち、そして護衛の従卒や小姓たちが入るとそれなりにいっぱいになったので、先客たちは早めに旅籠についておいてよかったと安堵した。
食事は二階の大食堂で行われた。従卒や小姓などの身分の低い者は別だが、エルナンド王子と騎士たちは食堂の中心にある大きいテーブルに座った。物事を一人で決めるのが不得意な王子に常に付き従う《黒騎士》ヴィダルはいつものように、宿屋の者とすぐに話が出来るように一番端に座った。
彼の斜め前には、先ほどの外套を着たままの商人が一人で座り、食事をしていた。ナイフを扱ったりフィンガーボールで洗う時に見える白く美しい手から、ヴィダルはこの女は意外と位の高い貴族なのではないだろうかと思った。
だが、到着してからすでに浴びるほどの酒を飲み続けていた騎士たちは、その外套姿の方にしか目がいかなかったらしい。
「変わった女だ。なぜいつまでもその外套をとらぬのだ」
騎士の一人が言うと、その女は短く答えた。
「あまり人に見せたくない容姿だから。それに女の一人旅は、用心に越したことがないでしょう」
「女というのは氣の毒な生き物だな。己の醜さに囚われて旅籠ですら寛げぬとは」
「そんなに醜いなら、一人旅でもとくに問題はないであろう」
既に酔い始めた騎士たちは、口々に女を馬鹿にする言葉を吐き、ひどく笑い始めた。
そして、ある者は、ヴィダルの方をちらりと見ながら言った。
「醜いというのならまだましさ。この世には恐ろしい魔女もいる。その美しさで男を籠絡し理性を奪う。外見が変わることもなく、この世の者ならぬ力でいつまでも男を支配し続ける悪魔がな」
それまで騎士たちの嘲りに反応を見せなかった女が、低い声で呟きながら立ち上がった。
「黙って聴いておれば、このわたしを悪魔扱いして愚弄するつもりか。ずいぶんと勇氣のあることだな」
ヴィダルは、女の口調にぎょっとして、その動きを遮るように立ち上がった。
「あの男が言っているのは、この私の母のことだ」
「お前の?」
その時飲み過ぎた別の騎士が椅子から落ちて、地面に倒れ込んだ。騎士たちがどっと笑い、小姓たちが駆け寄って介抱する間、食堂にいた者たちの目はそちらに集中した。だが、ヴィダルは未だに自分を見ているらしい女に目を戻した。
「そうだ。カンタリア国王の愛妾だ。もちろん魔女でも悪魔でもなく普通に歳もとっている。だが、愚か者は自分と見かけの違う者を極端に怖れ、冷静に観察することも出来ぬのだ」
彼の苛立ちを隠さぬ口調に、女は興味を持ったようだった。
「なるほど。お前のその肌の色は母親譲りというわけか。そうか。港街で商人たちがお前の噂をしていたぞ。カンタリアの王子に付き添うサラセンの《黒騎士》がいるとな」
「サラセンでもモロでもない。かといって、正式に呼ばれる名前にも意味はない」
「意味がないのか」
「私がもらった名前は、私の欲しかったものではない。だが、構うものか。名前は自ら獲得してみせるのだから」
女が顔をもっと上げ、ヴィダルをしっかりと見つめた。そのためにヴィダルの方からも初めてその女のフードに隠れていた顔が見えてぎょっとした。その手と同じように白い肌に、先ほど醜いとあざけった騎士ならば腰を抜かさんばかりの美貌を持った女だった。が、それよりもわずかに見えている髪が白銀であることと、赤と青の色の違う瞳の方に驚かされた。なるほど、この容姿ならば人に無防備に見せたくはないだろう。
女はわずかに笑うと、座ってまたもとのように食事を取り出した。おそらくこの女の顔を見たのは彼一人だったのだろう。周りは彼らの会話に氣をとめていなかった。女はヴィダルの方を見もせずに低い声で続けた。
「その氣にいらぬ名前を名乗ってみろ」
ヴィダルはわずかに苛つき答えた。
「それを知りたければ自分から名乗れ」
「ツヴァイ」
「それは人の子の名か。その立ち居振る舞いに言葉遣い、商人などではないな」
「名前に意味はないと自分で言わなかったか。が、知りたければ聴かせてやろう。セシル・ディ・エーデルワイス・エリザベート=ツヴァイ・ブリュンヒルデ・フォン・フランク。これで満足か。名乗れ」
「ヴィダル・デ・アルボケルケ・セニョーリオ・デ・ゴディア」
ヴィダルは苦虫を噛み潰したように言った。
「インファンテ・デ・カンタリアと名乗りたいということか」
嫡出子ではないヴィダルは国王の血を受け継いでいてもカンタリア王家の一員として名乗ることは許されない。愛妾ムニラを溺愛するギジェルモ一世が、せめて貴族となれるようにアルボケルケ伯の養子にしてゴディア領主としたが、彼はその名に満足してはいなかった。だが、彼は女の問いに答えなかった。ひどく酔っぱらって狂騒のなかにいるとはいえ、その場にはあまりに多くの騎士たちがいたから。
「言いたくはないか。ところで、お前は、これも食べられるのか」
女が示しているのは、この地方の名産
「もちろん、食べるさ。禁忌などに縛られるのはごめんだ」
彼はそう言ったが、宿の主人は彼の前に無難な川魚料理を出した。彼は塩漬け豚を彼にも出すように改めて頼まなくてはならなかった。女がクスリと笑う声を耳にして、彼は忌々しそうに見た。
「キリスト教徒に見えぬお前はこの地では生きにくいだろうが、異教徒の心は持たぬのだから、かの地に行ってもやはり生きにくいのかもしれんな」
「生きにくい? この世に生きやすいところなどあるものか。そういうお前はどうなのだ。商人のフリをしているのは、何かから逃げているのか」
すると女は鈴のような笑い声を響かせた。
「わたしか。逃げる必要などない。ただ自由でいたいだけだ。この旅も大いに楽しんでいる。カンタリアの酒と食事は美味い」
強い太陽の光を浴びた葡萄から作られたワインは、グランドロンやルーヴランで出来るものよりもずっと美味で、香辛料漬けにする必要がなかった。オリーブから絞られた油は、玉ねぎやニンニクを用いた料理の味を引き立てていた。山がちのこの地域は、清流で穫れる川魚、山岳地方の厳しい冬と涼しい夏が生み出す鮮やかな桃色の塩漬け豚も有名だった。さらに、残留者ムデハルが多いため、《ケールム・アルバ》以北ではほとんど食べられていない米、ヒヨコ豆やレンズ豆、アーモンド、ナツメヤシ、シナモンなど、特にアラブ由来の食材をたくさん使う料理が発達した。それらの珍しい食材が古来の食材と融合して、独特の食文化を築き上げていた。
翌朝、王子たちの朝食は遅かった。深夜まで酒を飲んでいた騎士たちと王子がなかなか起きなかったからだ。ヴィダルはまた端の席に座って静かに朝食をとった。昨夜見た女は、とっくに朝食をとったのだろう、その場にはいなかった。
「ヴィダル。今日は一日この街でゆっくりするのだから、街の名所を案内してくれるよう、宿の主人に頼んでくれぬか」
王子の言葉に頷き、彼は宿の主人に街を見せてくれる人間を推薦してほしいと頼んだ。主人は二つ返事で、彼の舅が案内をすると言った。
それはかなり歳のいった老人だったが、貴人たちに街を案内するのは慣れているらしく、よどみのない話し方で街の名所を手際よく説明してくれた。ムデハル様式の築物は街の至る所にあり、中でもサンタ・マリア大聖堂の塔、サン・マルティン教会とその塔の美しい装飾を技法の説明も交えて要領よく説明していった。そして、彼は次にサン・ペドロ教会に一行を案内した。
「この教会もムデハル様式の装飾で有名ですが、もっと有名なのは、ここに埋葬されているある恋人たちの悲しい物語なのです」
彼がもったいぶって説明すると、王子と騎士たちは一様に深い興味を示した。彼は一行を教会内部の二つの墓標が並んでいる一画へと案内した。
「いまから百年ほど前のことでした。この街に住んでいたイザベルという貴族の娘と、アラブの血を引く貧しいファンが恋仲になったのです。イザベルの父は二人の結婚を認めず、目障りなファンを厄介払いするために、法外な結納金を設定し五年以内にそれを用意できれば娘と結婚させると約束しました。ファンは唯一のチャンスにかけて、聖地奪回の戦いに身を投じ、五年後に莫大な戦利品を得て凱旋することが出来たました。ところが、イザベルは父親にファンが戦死したと言われたのを信じて既に他の男に嫁いでしまっていました。やっとの思いでイザベルのもとに忍び込んだファンのことを彼女は結婚した身だからと拒絶せざるを得なかったのです。彼は絶望によりその場で亡くなってしまいました。そして、彼を愛し続けていたイザベルもまた埋葬を待つ彼の遺体に口づけしたまま悲しみのあまり死んでしまったのです。その姿を発見した父親と街の人びとは、深く後悔して二人を哀れみ、この教会に共に埋葬しました」
王子エルナンドは、懐から白いスダリウムを取り出し涙を拭いた。
「なんという悲しくも美しい話であろうか」
騎士たちもまた、それぞれが想い人たちから贈られた愛の徴であるスダリウムを手にし、悲しい死んだ恋人たちのために涙を流した。だが、ヴィダルだけは醒めた目つきで墓標を見ているだけで何の感情も見せなかった。エルナンドは、ヴィダルのその様子をみると言った。
「お前はこの話に心動かされぬのか」
「心を動かされる? なぜ、私が」
「お前と同じ、サラセン人の血を引く男が、愛する女と引き裂かれたのだ。あの娘のことを思い出しただろう」
そう王子が言うと、《黒騎士》は笑った。
「あの娘とは、どの娘のことです。私は、女のために命を投げ出し、戦い、せっかく得た名声もそのままに悲しみ死んでしまうような愚かな男ではありません」
エルナンドは首を振った。
「すくなくとも、何といったか……あのルシタニア出身の娘のことだけは愛していたのだと思っていたのだが。他の者のようにお前が悪魔のごとく血も涙もないモロだとは思わんが、時々疑問に思うぞ。神はそもそも、お前に魂を授けたのか?」
ヴィダルは「さあ。私もそれを疑問に思っております」と答えて、教会の内部装飾の説明をする老人とそれに続く騎士たちの側を離れた。
老人は、奥の聖壇の豪奢な装飾について滔々と説明をしていた。
「ご覧ください。神の意に適う者たちが命の危険を省みずに聖地を奪回するために戦った勇氣、次々とヴァンダルシアを我々キリスト教徒の手に取り戻したその偉業、神の意思が実現された歓びをこの聖壇の美しさは表現しているのです」
彼は、幾何学文様と草花のモチーフの繰り返された鮮やかな壁面装飾を見上げた。明り取りの窓から入った光は、その見事な装飾にくっきりと陰影を作っていた。
「神の意ときたか」
女の声にぎょっとして横を見ると、いつの間にか昨夜の謎の女ツヴァイが立っていた。
「お前もここにいたのか」
「この街は面白い。神の栄光を賛美するのに、敵の様式をわざわざ用いるのだから」
女はおかしそうに笑う。
ヴィダルは首を振った。
「大昔は知らんが、今のこの国で奴らが口にする、残忍な異教徒の追放だの、神の意だの、聖地奪回だのは、本音を覆い隠す言い訳だ。実際は領土拡大と経済的な動機で戦争をしているだけだ。そこでありがたがられている死んだ男も、そうやって手っ取り早く名声を得、大金を稼いだのだ。それなのに女に拒否されたくらいで死ぬとは何と愚かな」
女は声を立てて笑った。
「それには違いない。だが、たった一人の相手ためにすべてを投げ打つほどの想いの強さがあったのだ。真の愛が人びとの心を打つからみな涙してここに集まるのだろう」
「他人の涙を絞るだけで本人には破滅でしかない愛など何になる。欲しいものを手にすることが出来ないならば、氣高い心や善良な魂なども無用の長物だ」
ヴィダルは拳を握りしめた。女は朗らかにいった。
「では、わたしは、お前がその手で何を掴むのか楽しみにしていよう、《黒騎士》よ」
ヴィダルはその言葉に眉をひそめて、灰色の外套を纏った女の見えていない瞳を探した。
「ツヴァイ。お前は、一体何者なのだ」
女は笑った。
「わたしが誰であれ、お前にとって意味はない、そうだろう?」
それを聞くと、ヴィダルはやはり声を上げて笑った。
「その通りだ。たとえお前が商人であれ、高位の貴族であれ変わりはない。神の使いや、悪魔の化身であっても、同じことだ。この出会いで、私は己のしようとすることを変えたりはせぬ」
彼は、射し込んだ光に照らされた祭壇の輝きを見ながら頷いた。
(初出:2017年3月 書き下ろし)

このイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断使用は固くお断りします。

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蝶子のイラスト、いただきました
ご自身のブログの記事でその素敵なイラストも発表なさっていたので、お願いして無理やりいただいて参りました!

このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断転用は固くお断りします。
完成品(下にまたしても動画を貼付けました)も素敵でしたが、試作とおっしゃりつつ、こちらも実にいいですよね。彼女らしい表情がいいなあと、何度もニヤニヤと眺めてしまいます。それにドレスの色が、蝶子のテーマカラー。よく読み込んでくださっているなあと、いつも感心しています。
ユズキさん、本当にありがとうございます!
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は当ブログで連載している長編小説です。第一部は完結済みで、第二部のチャプター1を現在連載しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ
![]() | 「大道芸人たち 第一部」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
![]() | 「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
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【キャラクター紹介】エレオノーラ・デ・トリネア
今回はまだ作品に登場したことのない女性です。でも、近いうちに(って今週ですが)スピンオフの中でフライング的に登場するので、特別に描いていただいたイラストのお披露目を兼ねての紹介します。
【基本情報】
作品群: 「森の詩 Cantum Silvae」シリーズ
名前: エレオノーラ・デ・トリネア (Eleonora de Trinea)
居住地: トリネア侯国の港町トリネア
年齢: 「森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」(未発表)では19歳。
身分: トリネア侯国第一候女
エレオノーラは、センヴリ王国(モデルはイタリア)に属するトリネア侯国の第一候女です。本来ならば深窓のお姫様でしかるべきなのですが、事情があってとても残念なことになってしまっているじゃじゃ馬姫です。
彼女は、伝説の

このイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断転用は固くお断りします。
彼女は一年前に兄をなくしています。侯国を担うにふさわしい跡継ぎと誰からも敬愛されていた兄が突如死去したことで、ただのじゃじゃ馬姫は、トリネア侯国の世継ぎとなってしまいました。
彼女は数年前にグランドロン国王レオポルド二世との縁談がありましたが、話が出たばかりの時に、あっさりと断られています。本来ならばトリネア候が激怒してもおかしくない扱いでしたが、エレオノーラはとても候女として人前に出せる振舞いができないので、候はほっとして話を大きくしませんでした。
上の麗しいイラストは、わたしのリアルの友人でもあるうたかたまほろさんが描きおろしてくれた男装姿のエレオノーラです。ああ、なんて素敵なのかしら。嬉しい~。
そして、この下のプロモーション動画で使われているたくさんのイラストも、まほろさんによります。本編の方は、え~と、もう少しお待ちくださいね。(全然書けていません)
【参考】
![]() | 森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架 あらすじと登場人物 |
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「大道芸人たち」の四コマ、いただきました

この四コマ漫画の著作権はたらこさんにあります。たらこさんの許可のない二次利用は固くお断りします。
これは第一話「コルシカ〜リボルノ、結成」のワンシーンをちょっぴりギャグにしてくださっていますね。うふふ、こういう風に遊んでいただけるのは嬉しいですね。
自由に面白おかしく変えているように見えて、キャラたちの性格、服装などは設定に忠実に再現してくださっている芸の細かさ、頭が下がります(笑)
たらこさんも、最近お友だちになっていただいたブロガーさんで、明るくもかわいい女の子トオルっちを中心としたちょっぴりシュールな四コマ漫画「ひまわりシティーにようこそ!」をはじめとする素敵な作品を描いていらっしゃいます。
たらこさん、素敵なプレゼントをありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします!
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説で、現在その第二部を連載しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ

![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
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ステラを描いていただきました
GTさん(GT4948872さん)が「夜のサーカス」のヒロイン、ステラを描いてくださいました。
ステラ by GTさん

【2016年7月16日 追記】
GTさんが新たにもう一枚ステラを描いてくださいました。
記事「ステラちゃんのサーカスでの衣装」

この二枚のイラストの著作権はGTさんにあります。無断転用は固くお断りします。
GTさんは、わりと最近ブログのお友だちになってくださったブロガーさんで、熱愛なさっている名作劇場に特化した主に二次創作の掌編小説を書いていらっしゃいます。オリジナルも時々お書きになります。
大変ありがたいことに、このブログに置いている小説を沢山読んでくださっていて、もったいないほどのご感想もいただいています。中でも、「夜のサーカス」のステラをお氣に召していただき、この作品では初めてイラストを描いてくださいました。GTさん、本当にありがとうございます。
「夜のサーカス Circus notte」は2012年から2014年の4月までこのブログで連載していました。
謎に満ちた道化師ヨナタンと、彼のことを大好きなブランコ乗りステラを中心にイタリアの小さなサーカスでの人間模様を描いた小説です。
ステラは、優しいのか冷たいのか、のらりくらりとかわし続けるつかみ所のない主人公ヨナタンに、これでもかとアタックする火の玉娘です。私はあまりこの手のキャラクターを書いたことはなかったのですが、連載中はお陰様で沢山の方に馴染んでいただき、応援していただきました。
まだ未読で、興味をお持ちになられた方がいらっしゃったら、下のリンクからどうぞ!

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【動画】「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部のプロモーション & いただきもの
なぜ全部連載しないのかというと、真ん中がまだ書けていないからです。というわけで書き終わっているチャプター1だけ。
でも、せっかくなので、ここでプロモーションをしようと思い立ち、再び動画を作ってみました。まずはこちらをご覧ください。
この動画を作成するにあたっては、ユズキさんに多大なるご協力をいただきました。既に描いていただいてあるイラストを使わせていただきたいと恐る恐るお願いしたらですね。ご快諾いただけただけでなく、なんと新たに4人分描きおろしてくださったのですよ!
私とこの小説のために貴重な週末をまるまる使って描いてくださったこの4枚、当ブログの新しい宝物になりました。
こちらにご紹介するにあたって、縮小して少しトリミングさせていただきましたが、動画に使いやすいようにと大きいサイズでの透過PNG形式でくださったのです。至れり尽くせりなお心遣い、本当にありがとうございました。
![]() | ![]() | ![]() | ![]() |
このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断使用は固くお断りします。
そして、森の中の4人のイラストもですね。わざわざこの動画のために塗り直してくださっています。ユズキさん、何から何まで、本当に感謝です!
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


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【小説】目が合ったそのときには
ものすごく巻いていますが、そうなんです、今、いっぱいたまっているんですよ。というわけで、scriviamo!の第六弾です。limeさんは、「妄想らくがき」シリーズの最新作で参加してくださいました。
limeさんの描いてくださった『狐画』
limeさんは、登場人物たちの心の機微を繊細かつ鮮やかに描くミステリーで人氣のブロガーさんです。昨年も携帯投稿サイトの小説家を養成する公募企画で大賞を受賞されたすごい方です。穏やかで優しいお人柄に加えて、さらにこんなに絵も上手い。まあ、みなさんよくご存知ですよね。
今回、scriviamo!参加用に出してくださったのは、ちょっと妖艶な感じの狐の化けたような少女の登場するイラストです。これ、私には七転八倒するほどの難問だったのですが、どうもそれは私だけだったようで、あちこちのブログで素晴らしいお話が発表されています。
で、お返しなんですが、最初にイメージした妖狐を使う話は避けました。他の方と重なることが予想されたし、さらにscriviamo!は基本的に受付順でお返しするので、思いついた話を即日発表できるような状況になかったので。で、普段は書かないようなストーリーにしましたが、なんだか私の性格の悪さを露呈しただけのような……。他の方の書かれる素敵なお話と毛色の違う妙なストーリーになりました。
そもそもありえない状況を書いていますので、「なぜこれがこうなるんだ」というような辻褄にこだわるとハマります。辻褄は、全く考えていませんので、あしからず。
「scriviamo! 2016」について
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
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「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
目が合ったそのときには
——Special thanks to lime san
「お願い。まずは友達になってくれるだけでもいいから」
佳子の必死な声に、俺は背を向けた。悪い。二次元じゃなきゃ嫌だっていうほどこっちも病んではいないけれど、君はまったく趣味じゃないんだ。
佳子は、三流の女子校を上から十番目くらいの成績で卒業して、推薦で短大に進み、親のすすめで入った会社で経理をやっているというタイプの女だ。本当のところは知らないけれど、とにかくそういうイメージ。きっと得意料理は肉じゃがとかマカロニグラタンとか、その手の無難なヤツだろう。
そういうのが好きな男はいっぱいいるから、悪いけれどそっちへ行ってくれ。俺が小悪魔タイプがいいのは知っているだろ。
「悪いけれど、三次元だったら、猫耳のコスプレしてミニスカートでお出迎えしてくれるような子じゃないとイヤなんだ。君にはまったくチャンスはないよ」
いくら俺でも、本当にそんなタイプじゃないと彼女にできないなんて、そこまで怪しくはない。もちろん、妄想ではいつもその手の子だけれど、現実はそんなに俺に都合良くできていないことくらいわかっている。そもそも上から目線で選べるほどこっちの条件がいいわけじゃない。でも、ここまでいえばこの子は諦めてくれるだろう。
泣きながら佳子は去っていった。俺は、少しホッとした。秋葉原へ行くつもりだったけれど、氣をそがれて中央通りを銀座方面へと歩いていった。何か用事があった訳ではないけれど、こんな俺でも少し後ろめたいときだってあるんだ。まあ、俺に振られたくらいで世を儚むこともないだろうから、罪悪感を持つこともないんだけれど。
京橋にたどり着く少し前に、洒落た画廊の前を通り、ガラスウィンドウから見慣れた後ろ姿を目に留めた。総務の京極だ。
同期で一番の出世頭なだけじゃない。女が群がる超絶イケメンで、生家は江戸時代から中央区に屋敷を構え、子供の頃から一流品だけを身につけている品のいい金持ちで、会長が惚れ込んで孫娘との縁談を進めようとしている。
そのスペックのたった一つでいいから、神様が俺にわけてくれたらよかったのに。
京極は、草原の上で白い狐が日向ぼっこをしている絵を見ていた。御坊ちゃまらしい品のいい趣味だ。俺だったら、ただの狐じゃなくて猫耳もとい狐耳をした女の子に日向ぼっこしてもらいたいけれどな。あいつ、あの絵を買うんだろうか。優雅なこった。
俺は、そのまま銀座まで歩くと、日比谷線に乗って我が家に帰った。ガラのあまりよくない繁華街を通らないといけないせいで、東京二十三区の中にあるというのに家賃は格安だ。部屋に戻って最初にするのはPCの電源を入れること。そして、今日も好みのコスプレちゃんを探してネットサーフィンに興じるのだ。
冷蔵庫に向かい、缶ビールを取り出した。プシュと開けて、そのままPCの前に戻る。いつもは「猫耳」「制服」で検索するのだが、今夜は趣向を変えてみたくなった。
少し考えた。「狐」「コスプレ」「小悪魔」。よし、これで行こう。
いつもとあまり変わらない検索結果が表示されたが、そのページの一番最後に、著しく心惹かれる顔があった。真っ白い肌、髪も白い。ほっそりとした顔立ちに、簡単には落ちないと言いたげな反抗的な目つき。俺の好みにど真ん中。へえ。こんな子がいるんだ。
俺は、その子の写真をクリックした。表示されたページで、何とその子とチャットもできることが判明。俺の方はカメラはないけれど、あちらはライブで映してくれるらしい。ほんとかよ。
俺は、恐る恐る「チャット希望」ボタンを押してみた。ボタンが「呼び出し中」に変わり「接続しています」に変わった。それから、パッと画面が暗くなったと思ったら、全面に紛れもないその子の姿が映し出された。
「こんばんは」
聞き覚えのある声だ。もちろんこんなかわいい子に逢ったら絶対に忘れないから、知っているはずはないのだけれど。
「こんばんは。僕の名前は……」
「名前なんて言わなくていいわ。私、知っているもの」
「え?」
「わからない? さっきまで一緒にいたのに」
俺は、ぎょっとした。聞き覚えのある声の持ち主が、それでわかったからだ。
「佳子? まさか!」
「そうよ。ここで逢うとは思わなかったでしょう? さあ、私の目を見て」
「え?」
狐の耳をした美少女の金色に光る瞳が、こちらを向いて光った。その時に、俺の周りは急に金色の光に包まれて何も見えなくなった。
「はい、終了。私はあなたを手に入れたから」
俺の声がした。
なんだって? 俺は、恐る恐る瞼を開けた。
すると、画面の向こうに見慣れた俺の部屋があって、俺の服装をした男が立ち上がっているところだった。
「PCの電源を落とす前に教えてあげる。その狐は、四角い枠の中なら何処へでも行けるの。PCでも、テレビでも、スマホでも自由に。そして、目の合った最初の人と入れ替わることができる。私は、もうあなたを離したくないから、二度と狐と目なんか合わさないけれど、あなたは自由になりたかったら、好きなところヘ行って誰かの体をもらうといいわ。もっとも、あなたも好きでたまらない耳のある美少女を手に入れたんだから、ずっとそのままでもいいかもね」
そう言うと、彼女はぷちっと電源を落とし、俺は暗闇の中に取り残された。
これは、夢だ。こんな馬鹿なことが! 俺は、大声をだし、頬をつねり、ジタバタ走り回った。でも、どうにもならなかった。俺は、狐の耳を持ち、白い髪の毛とふさふさの尻尾を持った、ロリータ系美少女の体つきになっていた。冗談じゃない。俺は鑑賞する方がいい、自分が美少女になって何が楽しいものか。
とにかく、なんとかしなくちゃいけない。佳子が言っていたことが本当だとすると、また俺みたいに狐耳の美少女を求めて検索してきたヤツと交代すればいいんだろうか。
まてよ、それは嫌だ。自分ならいいけれど、俺みたいな嗜好をもった他のむさ苦しい男になるなんて勘弁だ。どうせ違う人間になるなら、もっと恵まれた存在になりたい。例えば京極みたいな。
そして俺は思い出した。京極のヤツ、あの画廊で絵を眺めていたな。まてよ、あれも四角い枠じゃないか。もし、あいつが明日もあの画廊に行くなら……。俺にもチャンスが向いてきた。
そして、俺は、あの画廊の、あの絵の中にいる。絵の中にいた白い狐は蹴散らしてやった。あの狐が日向ぼっこしていた場所に座って、あいつが来るのを待っている。座っているのに飽きたので、横たわって昼寝をすることにした。
日中にヤツがやってこなかったのは、やむを得ない。総務のヤツらは五時までは上がれないからな。ようやく営業時間が終わった。待ちくたびれたぞ、早く来い。早く来い。
ふっ。本当に来たぞ。画廊の店番が大喜びで出迎えていやがる。さあ、こっちにこい。お前と目が合ったその時には、俺の恵まれた人生が始まるんだからな。
(初出:2016年1月 書き下ろし)
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【動画】「森の詩 Cantum Silvae」続編のPVです
まずは動画をどうぞ。
この動画に使わせていただいたイラストは、リアルの友人であり、私の作品にたくさんのイラストを描いてくださっている創作の友でもあるうたかたまほろさんが描きおろしてくださいました。そう、この間のロンドンは、彼女に逢いに行ったのです。ロンドンでの一番のお土産が、実はこのイラストでした。まほろさん、本当にありがとうございます!
素晴らしいでしょう? ザッカやマリア=フェリシアまで描いてくださったんですよ。そして、ラウラは結婚後の水色バージョンで描いていただきました。伯爵夫人になって、少し薄幸さが減っています。

このイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断転用は固くお断りします。
動画を見ていただくとおわかりかと思いますが、ここにはいないキャラクターをもう一人描いていただいています。このイラストにいるキャラクターは「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」に出てきたおなじみのキャラクターだけですが、実は続編の主要キャラクターとあらすじは彼女に話していて、続編にしか出てこない三名のことも彼女は知っているのです。動画にはそのうちの一人が登場しています。
PVをご覧になると、三人の大体の立ち位置はおわかりかと思います。
さて、PVの最後に「coming soon」とか書いていますが、これはほとんど嘘です。まだ導入部しか書いていません。今、また中世の本を再び読んでいる状態で、書くのは来年以降です。おそらく再来年。「書く書く詐欺」のまま、ブログを去ったら、このままになっちゃうかも。でも、この動画を見て読みたいと思ってくださる方の声が多ければ、予定より早く書いて早めに公表しようかと思っています。
この記事を読んで「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読みたくなった方へ
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ハギ副将軍ご一家です

このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断使用は固くお断りします
いつも仲良くしてくださるブログのお友だちユズキさんの「夢の時間(とき)」が八月に20,000Hitを迎えられたのですが、その記念リクエスト権を滑り込みでゲットしまして、描いていただいたのですよ。
って、「ユズキさんには他の方も描いていただきたいと思っているのに、しょっちゅう描いてもらってるお前がリクエストすんな!」って、怒られそうです。すみません。そうなんです。キリ番リク以外にもいっぱい描いていただいているのです。「大道芸人たち Artistas callejeros」や、「森の詩 Cantum Silvae」系で、本当にたくさん描いていただいているのです。でも、どうしてもリクエストしたかったんです。
お願いしたのは、ユズキさんのメイン連載小説「ALCHERA-片翼の召喚士-」から、大好きなサブキャラの一人であるハギ副将軍の一家団欒です。
私は、ファンタジー小説というジャンルにとても疎くて、間違ってしまっているかもしれませんけれど、このハギさんは、パンダに見える、でもパンダそのものではなくて「トゥーリ族」という種族なのだそうです。だから、人間のように見える種族のヒロインたちと、普通に会話も出来ますし、お仕事もするというわけです。
で、ハギさんは、ブルーベル将軍(シロクマさんに見えるお方)の副官を務めている偉い軍人です。だから副将軍ですよね。世が世なら印籠を持てちゃうくらい偉いんです。(全然違う!)
そんな彼には、奥さんと三人のお子さんがいる、というお話をコメントだったかどこかで聞いて以来、「ああ、見てみたい、ハギたんご一家!」といつも思っていたのですよ。
そして、今回、その願いがやっと叶いました。季節に合わせて、ハロウィン仕様になっていますよ! 徹夜明けに無理して描いてくださったユズキさん、本当にありがとうございました。 あまり可愛いので、お願いしていただいてきました。という訳で自慢を兼ねて、お披露目です。
詳しい設定や、制作秘話などは、下のリンクから。今なら大きなトップ絵になっていますよ。
第二回キリ番リクエストイラスト:八少女さんへ
ご存知の方や熱烈なファンの方には、よけいな説明ですけれど、ユズキさんの「ALCHERA-片翼の召喚士-」は、世界観やストーリーはもちろんのこと、キャラクター設定まで緻密に設定された本格的ファンタジーで、現在物語が佳境にさしかかっています。
ユズキさんのブログと「ALCHERA-片翼の召喚士-」のますますのご発展をお祈りしています!
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【小説】大道芸人たち 番外編 - 松江旅情(4)さくら咲く宵に
アメリカ組は八重垣神社に行き、Artistas callejerosは、昼から夕方まで宴会をしていました。そして、夕方。四人は宍道湖で夕陽を眺め、そして玉造温泉で打ち上げします。なお、私が書くのはここまでですので、話を上手く納める方、さらに混乱させたい方はどうぞご自由に!
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編
~ 松江旅情(4)さくら咲く宵に
「何やるの?」
キャシーは、八重垣神社の参詣がすんだ後に、奥の院にある「鏡の池」の前で、美穂に問いかけた。そこには、四人の女性がいて、池の水を覗き込んでいた。正確には、池に浮かべた紫色の紙のようなものとその上にのせられた硬貨を覗いていたのだった。
「で?」
「ほら、見て。さっき買ってきたこの占い用の和紙の上にね、ああやって硬貨を載せて浮かべるの。すぐ近くに沈んだ場合は身近な所に結婚に至るご縁があって、遠くに沈んだ時は遠方に、それにすぐに沈んだ場合は、すぐに……」
「でも、ご縁もヘったくれもあたしたち……」
「わかっているわよ。私たちは既婚だけれど」
美穂はそういってから、黙って写真を撮るのに夢中になっているジョルジアの方を見た。ああ、なるほど。キャシーはそういう顔をしたが、美穂がジョルジアを誘いにいったので、池を眺めている四人の女性の方を見た。
一人の女性が格別目立つ。顔は見えていないが、ボブカットの髪の毛はまるで真珠のように白く輝いていた。その横に二人の女性がいて、あれこれ話していたが待つのに疲れたのか、あたりを散策に行ってしまった。屈んでコインを見ていた女性は、顔を上げて白く輝くボブカットの女性の方を見た。その女性は、何かを考えているかのように、奥の院の緑深い樹々の方を見つめていた。風が通って髪の毛がサラサラと泳いでいた。かがんでいる女性は、深いため息を一つつくと、決心したかのように人差し指を伸ばしてコインをつついた。
「あ」
キャシーが言うと、二人の女性は同時にこちらを見たかと思うと、キャシーの視線を追って沈んでいくコインと、まだ濡れている女性の人差し指に視線を合わせた。
「だからね、ジョルジア、この和紙にコインを載せてね……」
ジョルジアを連れて、美穂がやってくると同時に、他の二人も池の周りに戻ってきた。
「あ。ついに沈んだの?」
そういうと、屈んでいた女性は首を振った。
「もう待っていられないもの。神様の手伝いしちゃった」
そう言って指を見せた。「やだあ」二人の女性の笑い声が響いた。
「お待ちどうさま。さ、次に行こう。ほら、敷香も」
そう言って、屈んでいた女性は、先頭に立って歩き出した。そして、キャシーの横を通る時に、少し切ない微笑みを見せてから会釈して通り過ぎた。
「キャシー、どうしたの?」
美穂が訊くと、キャシーはぽつりと答えた。
「あなたたちの神様って、容赦なく真実を語るんだ……」
「え?」
キャシーは、ジョルジアの方に向き直った。
「やってみる?」
ジョルジアは、首を振った。
「そんなことをする必要はないわ。神様に訊かなくたって知っているもの」
そういって、カメラを持って去っていってしまった。
美穂は、紫の紙を持ったまま、困って立っていたが「もったいないもの」と言って自分の財布から五円玉を取り出すとそっと紙の上に載せて水面に浮かせた。どういうわけだか、五円玉と紙は数秒も経たないうちに、手からほとんど離れない場所に沈んでしまった。
「わかりきったことをしなくてもいいのに」
キャシーが肩をすくめて、ジョルジアを追い、美穂も急いでそれに続いた。
夕方、Artistas callejerosの四人と茶虎の感じの悪い仔猫は、宍道湖夕日スポット(とるぱ)にいた。
「夕陽を見るためだけに、こんななんにもない所に来たのか?」
ヴィルは、例によって身も蓋もないことをいうが、蝶子と稔は無視した。レネは、既にセンチな心持ちになっている。『スズランの君』に貰ったハンカチを取り出して、泣く準備も完了だ。
直に、人びとが集まってきた。すぐ近くに、五十代くらいのとても品のいい金髪の女性が立って、その後ろからやってきたもっと年上の、しかし女性とよく似た風貌の男性が彼女のためにハンカチを広げて座るように促した。小声の静かな会話は東欧系の言葉のように聞こえた。それから女性がふざけてフランス語で「レマン湖に行ったときのことを思い出すわ」と言ったので。レネがびくっと振り向いた。
「あら、フランスの方?」
婦人は優しくレネに笑いかけた。
「はい。ご旅行ですか」
「ええ、そうね。そうと言えないこともないのだけれど……」
困ったように、連れの男性を見た。
「どうやら、紛れ込んでしまったようだが、あたふたしてもしかたないので、美しいと言われる城の桜を見学してから、もともと突然現れたこの湖畔に来てみたのだよ」
豊かな人生経験があって、たいがいのことでは慌てたりしない人のようだと、レネは感じた。会話の内容を英語に訳して三人に話した。すると、次からは二人も英語で話しだした。見事な発音で、二人ともひとかどの人物に違いないと思わされた。
「夜桜でしたら、私たちこの後、タクシーで千手院という所へ行くつもりなんですよ。よかったらご一緒しませんか。その後、私たちは玉造温泉へ行く予定ですが、その前にまたここへお連れしますけれど」
蝶子が言うと、二人は顔を見合わせてから頷いた。
「私は蝶子、こちらはレネ、稔、そしてヴィルです。お近づきになれて嬉しいです」
蝶子が手を伸ばすと、紳士は古風にその手にそっと口づけをした。
「私はカロル・ルジツキー、これは妹のへレナです。どうぞよろしく」
「ルジツキー?」
ヴィルが少し驚いた顔をしたので、ルジツキー氏は少しだけ笑って「ご存知ですかな」と言った。
「父が取引をしていた有名な財閥の名前と一緒だったので」
「ほう、失礼だが、お名前は?」
「エッシェンドルフといいます」
「というと、ミュンヘンの?」
「はい。やはり、あのルジツキーさんなのですか?」
「どうだろうな。お父様の名前は、ルドルフ・フライヘル・フォン・エッシェンドルフではないだろう? おかしく響くかもしれないが、ルドルフとはただの知り合いではなく友人なのだよ。彼は典型的なバイエルン人でね、非常にドイツ的なものと徹底的に反ドイツ的なものを同時に持っている。その分、我々の間にも傍目には理解できないであろう強い愛憎がある」
「……。六代前はルドルフでした。彼は十九世紀の生まれです」
「そうか。我が家もエッシェンドルフ家も、長く安泰のようで何よりだ」
他の三人は、ただ黙って何も聴かなかったことにした。
宍道湖はオレンジに染まっていた。嫁ヶ島のむこうに夕陽が静かに沈んでいく。湖面は静かに波立ち、平和な一日が暮れていく。あたり前のようでいて、全くあたり前ではない一日。平和であることの美しさに、彼らはしばし言葉を失った。
千手院で、多くの人びとと一緒にしだれ桜、枝華桜を見た時にも彼らは同じように無口になった。樹齢250余年の花は、オレンジ色のライトアップで妖しくも美しく咲いている。その間に起こってきた、人間たちの傲慢さや愚かさに満ちた行動も、それぞれの市井の人びとの歓びや哀しみにも、何も言わず、ただ黙々と毎年この美しい花を咲かせ続けてきたのだろう。
「ねえ、ルドヴィコ。あの人たち、今朝来たお客さんだよ」
その声に振り向くと、「石倉六角堂」で接客してくれた女性がそこにいた。レネがあまりに大量に買うので、稔と蝶子が大笑いしたので憶えていたのだろう。
「毎度ありがとうございます。お氣に召していただけましたか」
一緒に立っていた外国人が、あまりにもよどみない日本語で話したので、四人はびっくりした。
「ええ。とても綺麗な練りきりで、それに繊細な味付けでした。あなたもお店の方なんですか?」
蝶子が訊くと彼は頷いた。
「ええ。今朝の練りきりは僕が作りました。和菓子職人なんです」
「ええっ。こちらで生まれ育ったんですか?」
「いいえ、ミラノの近くです。こちらに来て、修行を始めて、そろそろ十年になります」
「げっ。なのに、俺よりも流暢な日本語」
稔がブツブツと言った。英訳を聴いて、レネ、ヴィル、ルジツキー兄妹も驚いて頷いている。
「十年勉強なさったのですか。では、ニホンシュとやらを飲んだわけではないんですね」
ヘレナがそっと訊いた。
「?」
流暢な日本語と日本酒とのつながりのわからないArtistas callejerosの四人とルドヴィコに、ルジツキー氏が説明した。
「先ほど、ここに来たばかりの時は、日本語がまるでわからなかったんですよ。でも、あるお店でニホンシュなるものを飲まされたら、二人とも突然日本語がわかって、話せるようになりましてね。残念ながら、それが醒めてしまったら、また全くわからなくなってしまったんだが」
「え? それは普通の日本酒ではないです。僕たち散々飲んでいますけれど、一度も日本語がわかったことないですよ」
レネは哀しそうに答えた。ルドヴィコもおかしそうに笑って肯定した。
「ここ島根は日本の神々の集まる、特別な場所なんです。建国神話にも深い関わりがありましてね。不思議な話もたくさん伝わっているのですよ。だから、そういう不思議な力のある日本酒があっても驚きませんよ。そうですよね、怜子さん?」
ルドヴィコに突然振られても、英語がわかっていない怜子は首を傾げた。彼が素早く日本語に訳したので、笑って頷いた。
「さてと、この二人は時空を迷子になっているらしいんだけれど、どこに連れて行ったら一番簡単に帰れそうかな。怜子さん、そういう場所のことを聞いたことがありますか」
稔がルジツキー兄妹を示しながら訊くと、怜子は少しだけ首を傾げた。
「さあ、どこでそういうことが起こっても不思議はないと思いますけれど」
「いま、一番行きたい所に行くのが一番じゃないですか? たぶんお二人が心惹かれる所が、そのスポットなんじゃないかな」
ルドヴィコが言葉を継いだ。
皆の注目を浴びて、兄妹は顔を見合わせた。それから、ヘレナが静かに言った。
「実は、こちらの四人が温泉に行くとおっしゃるのを聞いて、私も行ってみたいと思っていたんです」
「君もか。私も、できることならその温泉に行って、月見酒とやらを嗜んでみたいと思っていたのだよ」
「じゃ、決まりですね。行きましょうか。ところで、怜子さん、あなたたちもご一緒にどうですか? 私たち今日たくさんの方と知り合ったんですが、みなさん、玉造温泉に行くみたいなの。こんな不思議なことって、滅多にないでしょう?」
蝶子が言うと、ルドヴィコと怜子は顔を見合わせた。怜子が少し赤くなって下を見たけれど、ほぼ二人同時に頷いた。
「そうと決まったら、早速、移動しよう」
稔が言って、全員は笑いながら大型のタクシーに乗り込んだ。
桜の散りかけている花びらが吹雪のように湯面を覆っている。月が煌煌と明るい。奥出雲の方では、突然の嵐になって、樋水川は急に水量を増したと聞く。だが、玉造温泉は絶好の好天のままだった。
「さっきの宴会飯、上手かったよな」
ぴちゃんと湯を跳ねさせながら、稔は腹をさすった。昨夜入ったときは、蝶子しかいなかった大露天風呂に、今日はずいぶん沢山の人びとがいる。
特筆すべきは、もちろん昨日から目を付けていたかわいい姉妹三人組だが、その他にも、綺麗めの女性四人組もいる。びっくりしたのは、その中の一人がまたしてもオッドアイだったことだ。いったいどうなっているんだろう? それに、不思議な額飾りをした男もオッドアイだったな。
「あとでまた、宴会場に戻るんでしたっけ。また、別のご馳走がでるんでしょうか」
レネは、月を見るか、女性を見るか、それとも日本酒を飲むか、どれをしていいのかわからず混乱しながら言った。
「なぜ俺たちが余興を用意することになったんだ?」
ヴィルが当面の問題について話しだした。もちろん盃を傾ける速度は変わらない。
「一番ヒマそうに見えたのか、それとも大道芸人だから? なんか案はあるか?」
稔は、さりげなくカワイ子ちゃんたちを観察できるポジションをとりながら答えた。
「あ、あれはどうですか? このあいだ憶えさせられた、あの踊り」
レネが恐る恐る訊くと、稔は腕を組んだ。
「ハイヒールを履いて、ビヨンセの音楽で踊るやつか? ウケるのは間違いないけれど、あの時とメンバーが違うからな」
「今度のメンバーの男と言うと……満沢はバッチリだろうな。あれは役者だから」
「あの和菓子職人もイタリア人ですからね、ノリでは問題ないでしょう」
「高校生は?」
「『級長』って方は、ノリノリだろう。オッドアイの方は……」
「冷静に、何やっているんだと見つめられそうです」
「額飾りをつけた、オッドアイの男は?」
「風呂に入るのですら恥ずかしがっているのに、無理だろう」
ヴィルは盃を飲み干した。
「さっきの挙動不審男は?」
稔が言及しているのは、アメリカから来たという四人のうちの一人で、風呂の水に飛び込んだかと思ったら、急に妻にキスの雨を降らせた謎の男だ。いたたまれなくなった妻に引きずられるようにして風呂から出て行った。
「あれか。妻を人質に取れば何でもやりそうだな。だが踊りが上手そうには見えん」
ヴィルが切り捨てている。
「あそこの二人は?」
「猫に睨まれていた玉城とかいう男の方は、『義務だ』とか言えば、やってくれそうだ。美形の方は……」
「あの人にそんなことをやらせたら、僕たち、あの偉丈夫なお姐さんに首の骨折られそうです」
「それに、あのスイスの教授にも踊ってもらうんですか?」
レネがおずおずと訊く。稔は、手酌をしているヴィルから徳利を奪って、自分の盃を満たしながら言った。
「あのおっさんは、食べ物で釣れば、大抵のことはやりそうだ。もっとも見たいヤツがいるかな? それに、お前のご先祖様の友達は?」
ヴィルは眉をしかめた。
「やめた方がいい。あの人は、怒らせると怖いと思う」
「『スズランの君』と同行しているブロンドの長髪の人は……」
レネが訊くと、稔とヴィルは顔を見合わせ、それから同時に言った。
「命が惜しい。他の余興にしよう」
稔たちが、熱心に語り合っている時に、噂になっているとも知らず、セシルとアーサーは並んで大浴場の上にひろがる星空を見て語り合っていた。
「こんなにゆっくりとできるのは、本当に久しぶりだな、セシル」
「そうだな、アーサー。ここでもロンドンと同じ星が見えるんだな」
だが、湯氣が立ちのぼり、空にもヴェールがかかったようになっていた。
「ち。少し、晴れるようにするか」
セシルは、右手をすっと浴場の中心に向かって動かした。はっとして、アーサーが言った。
「やめろ。忘れたのか、今日ここには『ドラゴン』のエアー・ポケットが多数開いているんだ、下手なことをすると空間が予測不能に歪むぞ!」
その二人の動きが、わずかに空間を歪めた。一瞬だけ湯氣が完全に晴れ、おかしな渦が露天風呂の中を走った。
その少し前に、キャシーは、洋子と並んで日本酒を飲んでいた。先ほど八重垣神社の池に指でコインを沈めた女性だ。
美穂が、夫ポールの奇妙な行動に真っ赤になって、彼を引きずるように浴場から連れ出して消えると、それを面白くなさそうに見ていたキャシーの隣にいつの間にか来て、日本酒をついでくれたのだ。
「私、あなたとはいい友達になれそうって予感がしたわ」
洋子はそれだけ言うと、盃を合わせた。キャシーはニヤッと笑って言った。
「さっき、私もそう思った」
それから、日本酒を立て続けに何杯か煽ってすっかりほろ酔いになったキャシーは、「スタンド・バイ・ミー」を歌いながら、上機嫌で風呂の真ん中まで移動していた。両手を挙げて踊りながら。そこを、先ほどの渦が通り過ぎたのだ。
キャシーを覆っていた布が、ハラッとほどけた。途端につんざくような叫びをあげて、彼女はお湯の中に座り込んだ。事態を察知した洋子が、速攻で近くに寄り、布を拾って彼女の周りに巻き付けてやった。一秒後には、再び湯氣が辺りを覆った。
セシルの手を見ていたアーサーをはじめ、それぞれ誰かと話をしていた人物は、場面を見ていなかったが、二人だけ偶然キャシーの裸の上半身を見た人物がいた。一人が『級長』こと享志で、目撃した物をラッキーと判断していいのか、自分の良心に問い合わせていた。
それと、ちょうど対角線上にいて、キャシーの見事な胸を目撃した稔は、享志を見てぐっと親指を突き出した。「超ラッキー」という意味だ。それを見とがめたキャシーがすぐにやってきて、稔は散々お湯を引っ掛けられたので、享志はこの幸運については、自分の胸三寸におさめておくべきだと若くして学んだ。
俺様は、宴会場で風呂チームが戻るのを待っている。ここには、俺様をはじめとして四匹の猫がいる。猫と風呂は相いれないから、これでいいのだ。ニンゲンのくせに、風呂に入りたがらないヤツらも二人ばかりここにいる。イタリア系アメリカ人の女と、国籍不明の、額に飾りをした男だ。それぞれ事情があるのかもしれん。いずれにしても、他の彼奴らが食い散らかした残りのサシミや松葉ガニなどをほぐして俺様たちに食わせる係として使ってやっている。
俺様以外の三匹は、どれも甘え上手だ。白いヘブンは控えめなヤツで、俺様にも挨拶をした。「空氣を読む」猫の典型だ。世界的に有名な『半にゃライダー』ナオキは、スターの傲慢さが全くない。他の二匹にサインをせがまれて、背中に醤油に浸した肉球を押し付けていたが、どうせ価値のわからぬニンゲンどもが、数日でシャンプーしてしまうに違いない。
左右の目の色の違うマコトとやらは、やたらとアメリカ女に対して質問が多いが、ニンゲンが愚かでその言葉を理解していないことには氣がついていないらしい。だが、そのことを指摘してやるほど親切な俺様ではない。猫たるもの、ニンゲンが愚かであることは、自ら悟るべきなのだ。
さて、風呂組も、順番に宴会場に戻ってきている。最初にやってきたのが、やたらと妻に謝ってばかりいるアメリカ人とその日本人妻。妻は「もう、恥ずかしかったんだから」とか言って批難しているが、夫の方は謝りながらも妙に嬉しそうだ。言動が破綻しているぞ。
次にやってきたのは、ああ、この二人は彼奴らの中ではもっとも賢そうな兄妹。
「カロル、本当に楽しかったですね。これでいつ帰っても悔いはないわ」
「そうだな。いい経験だった」
なかなか品のいい二人だ。この二人の所になら、飼われてやってもいいかなと少し思う。毎日美味しいものも食えそうだしな。と思ったら、突然二人は姿を消した。なんと。『根の道』が再び開きだしているらしい。
それを見ていた、額に飾りをつけた男も、はっとしてその閉じかけている『根の道』に飛び込んだ。なんだ、こやつも帰るのか。だが、アメリカ女よ。お前はもう少しここにいて、俺様たちにその白身魚をほぐすがよい。そこのしじみもな。
「じゃあ、やっぱり『半にゃライダー』ごっこでもするか。ちょうど満沢とナオキもいるし」
「俺はまたあのアバンギャルドな髪型をしなくちゃいけないのか」
「テデスコ。サムライ役は格が上なんですよ。ところで、そうなると入浴シーンは?」
「お蝶が、まだ入っているだろ。お色氣シーンは、あいつの独断場だ」
「ああ~、いい湯だった」
「よし。続きでここで飲むぞ!」
そう言って、ぞろぞろとうるさいヤツらが戻ってきた。ちっ。俺様たちの食べ放題はこれでおしまいか。うむ。早く次のオフ会をしてくれないかな。俺様としては、次回は北海道辺りで開催してもらいたいものだ。なんせ、うまい海の幸には事欠かないからな。
(初出:2015年4月 書き下ろし)
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「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」のイラストをいただきました

このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断使用は固くお断りいたします。
この小説は、昨年から連載していたのですが、今年に入ってから企画のために連載を中断していました。日曜日から連載再開、チャプター3が始まります。このタイミングで、ブログの誕生日お祝いも兼ねて描いてくださったのですが、ああ、どうしよう、感激を表す言葉が見つからないです。本当に、素敵ですよね!
この小説のメインキャラ三名をまさに私がイメージしている通りの姿と立ち位置で配置してくださったのです。下方左がヒロイン、ラウラ。私の小説にはあまりいない「耐えるヒロイン」です。そして、その右にいる青い服を着ているのが、主人公マックスです。ヒーローなのに残念ながら戦闘スペックはゼロ。どうやって絶体絶命のヒロインを救う氣なのか……。対照的にちょっと頼もしいのが、サブキャラなのに存在感を半端なく描いていただいた真ん中にいるレオポルド二世。王様です。ええ、正にこういう話なんです。
ラウラとマックスのアングルがさすがだなあと思います。ラウラの追いつめられている様子や、マックスも全然余裕がない状態で危険に飛び込んでいく様子がこれだけでわかりますよね。ああ、素晴らしい。
書いている本人は、頭の中にこういう姿形でというのがあるんですが、いくら頑張って描写してもやはり読者にはなかなか伝わりませんよね。この三人は、まさに私の頭の中とそっくりです。ですから、これからは皆様にも三人のイメージが定着するかな〜と、一人で喜んでいます。
これだけの詳細なイメージを再現してくださるのは、とても大変なことだったと思います。ユズキさん、本当にありがとうございました!
うって変わって、下でご紹介するのは、先日の「scriviamo! 2015」でユズキさんが書いてくださった、お伽噺風(?)掌編のイラスト。マックスがヴァルト画伯(@ユズキさん)のほのぼの画風によってファンシーイラストになりました。広大な森《シルヴァ》をずんずんと行く、「旅する傍観者」マックスの面目躍如です。あんまり嬉しかったので、こちらもいただいてきてしまいました。


この二枚のイラストの著作権はユズキさんにあります。無断使用は固くお断りいたします。
ユズキさん、本当にありがとうございました! 大切にします!
この記事を読んで「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読みたくなった方へ
![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
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【小説】願い
「scriviamo! 2015」の第五弾です。limeさんは、「Infante 323 黄金の枷」のヒロイン、マイアを描いてくださいました。
limeさんの書いてくださった『(イラスト)黄昏の窓辺…黄金の枷のマイア』
limeさんは、登場人物たちの心の機微を繊細かつ鮮やかに描くミステリーで人氣のブロガーさん。昨年はアルファポリスで大賞も受賞されたすごいもの書きさんです。穏やかで優しいお人柄も魅力ですが、さらになぜこんなに絵も上手い、という天も二物も三物も与えちゃうんだな〜、というお方です。
昨年の蝶子に続き、今年描いてくださったのは、初マイア! いやあ、嬉しいですね。この世界はじめてのイラストですから。で、もともとこの企画用に描いてくださったこのイラスト、トリミングして本編でも使わせていただきました。マイアが夕陽を見ているシーンだったので。limeさん、本当にありがとうございました。
そして、お返しは、このイラストのシーンを丸々使わせていただいて、外伝を書きました。イラストのマイアが夕陽を見ているというのが、私には何よりもツボでして、こうなったら隠れ設定をあれこれ出して、この話を書くしかない! と、思ってしまいました。つい先日発表した外伝「再会」の数日後という設定なので、やはり現在発表している本編の時系列では四ヶ月後くらい先の話です。マイアはまだ休暇中で館の外にいます。
なお、この作品に関しては、本編を読まないと意味の分からないことが多いかもしれません。下のリンクはカテゴリー表示ですが、一番上は「あらすじと登場人物」ならびに用語の紹介になっていますので、手っ取り早く知りたい方はそちらへどうぞ。
【参考】
![]() | Infante 323 黄金の枷 |
「scriviamo! 2015」について
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願い
——Special thanks to lime san
その部屋は柔らかい光に包まれていた。ボルサ宮殿からほど遠くない、街の中心と言ってもいい立地にあるのに、居間に通されて扉が閉められると、今通ってきた喧噪が嘘のように静かになった。
「今、奥様がお見えになります。少々お待ちください」
マイアよりももっと若く見える使用人の女性が言った。
ドン・アルフォンソの主治医であるジョアキン・サントス医師の自宅にはこれまでなんどか来たことがあった。マイアが子供の頃からの家庭医で、マイアの母親の病にあたっても彼が力を尽くしてくれた。
母親が亡くなって以来、身内に《星のある子供たち》が一人もいなくなったマイアには、サントス医師は問題が起こった時に頼ることの出来る唯一の存在だった。
二度目の休暇が終わりに近づいた九月。マイアはサントス夫人から自宅に来ないかと誘いを受けた。ドラガォンの館に勤めるにあたって、マイアの推薦状を書いてくれたのは他ならぬサントス医師だったし、ドラガォンの館に出入りしているサントス夫妻の前では、沈黙の誓約に縛られて何も言えないということはなかったので、マイアは夕食の誘いを受けることにした。
マイアは心地のいいソファに緊張して座っていた。丁寧に使い込まれた、品のいい木製のテーブル、明るく夕方の光に溢れた室内。ドラガォンの館の重厚な家具は、時に重苦しさを感じることがあるが、この部屋の家具は優しく女性的だった。サントス夫人の穏やかで優しい笑顔を思いだして、マイアは微笑んだ。
部屋の奥に、黒い大理石の大きな板がかかっていた。同じようなものをどこかで見たと思った。ああ、ドラガォンの館の食堂に掲げられている系図と同じ色だ。代々の当主の名前が刻まれ、金色に彩色されたその大理石板にはマイアはあまり興味を持てなかったが、この部屋にかかっている大理石には、文字ではなくレトロな世界地図が彫られていた。この国、この街が中心となっていた。大航海時代、この国にとって世界が征服すべき驚異で満ちていた頃。マイアは、同じように船に乗って海の向こうへと行ってみたいと思っていた子供の頃を思いだした。
今のマイアにとっては、その世界地図よりもずっと心惹かれるものがあった。ソファに立てかけられたギターラ。彼の奏でる音色が、彼女の中に響いた。明後日にはまた逢える。一日でも早く休暇が終わればいいと思っていた。今、何をしているのだろう。私がこんなに逢いたがっているなんて、きっとあなたは思いもしないんだろうな。
彼女は、立ち上がってギターラのそばへ行くと、そっと弦に触れた。澄んだ音がした。震える弦は空氣を研ぎすましていく。ギターラはどこにでもあった。子供の頃からたくさんこの音を聞いてきた。けれど一度だってこれほど特別な楽器ではなかった。あなたがこれを特別にしちゃったんだね。マイアは心の中で23に話しかけた。
手首の腕輪に光が反射して、マイアは窓を見た。太陽が西に傾き、D河にゆっくりと降りて行こうとしていた。彼女は、窓辺に立った。いつも惹き付けられた夕陽。彼との出会いの記憶。きっと私は生きている限り、こんな風に夕陽を見続けるんだろうな。
静かにドアが開いて、イザベル・サントス夫人が入ってきた。彼女は窓辺ですっかり夕陽に魅せられているマイアの姿を認めて、立ちすくんだ。マイアの髪は赤銅色に輝いていた。瞳は輝き、わずかに微笑んでいた。イザベルは感慨にひたって、しばらくマイアと夕陽に染まっていくギターラを見つめていた。
マイアがそれに氣がついて、振り向き頭を下げた。
「すみません、つい見とれてしまって」
イザベルは笑った。
「いいのよ。私の方こそ、つい想いに浸ってしまって」
マイアはわからないというように首を傾げた。イザベルはメガネの奥の目を細めて微笑んだ。
「ドン・カルルシュが、今のあなたを見たら、どんなに喜んだことでしょう」
「ドン・カルルシュ……?」
マイアもその名前は知っていた。23の亡くなった父親、ドラガォンの前当主のことに違いない。だが、マイアは当然のことながら、全く面識がなかった。
「今日は、よく来てくださったわね。どうぞ座って。以前、ドンナ・マヌエラのお手紙を届けてくださったときは、すぐに帰ってしまったから、いつかはゆっくり話をしたいと思っていたのよ」
ドンナ・マヌエラの使いで久しぶりに逢った時、夫人の髪が銀色に変わっていることや、ずいぶんふくよかになったことで時間の流れを感じたが、その穏やかで優しい人柄には前と同じようにほっとさせられた。
「本日は、お招きいただきましてありがとうございます」
マイアははにかみながら言った。
「ジョアキンはいま診療所を出た所ですって。もうしばらくしたら戻るでしょう。今日はゆっくりしていってね。今、軽い飲み物を持たせるわ。ジンジャは好きかしら?」
スパイスの利いたさくらんぼリキュールのジンジャはアルコール度数が高いので、マイアがあまり強くないことを知っているイザベルは氷を入れて出してくれた。
「あの……」
イザベルは、マイアの戸惑いを感じ取ったようだった。
「ジョアキンが帰ってくる前に言った方がいいかしらね。今日はね、実はあなたのお父様に頼まれたの」
「父が……?」
「ええ。フェレイラさんは、あなたのことを心配していらっしゃるの。何か悩みがあるみたいだけれど、誓約があるから聞いてやることが出来ない、代わりに力になってくれないかって」
マイアは、うつむいた。
「父が、そんなことを。ダメですね、いくつになっても心配ばかりかけて……」
「ドラガォンの館はどう? 困っていることはない?」
マイアは顔を上げてはっきりと言った。
「とてもよくしていただいています。ご主人様たちはみな親切で、メネゼスさんや、ジョアナには、失敗をたくさん許してもらっているし、それから他の人たちにも、親切にしてもらっています」
「そう。フェレイラさんの思い過ごしかしら」
「いいえ。でも、それは個人的なことなんです。誰にもどうすることもできない……私が、見ちゃいけない夢を見ているだけなんです」
マイアがそう言うと、何か思い当たることがあるのか、イザベルは控えめに微笑んだ。
「そう。あなたが想うのを、禁じることが出来る人はどこにもいないわね。あなたの夢と願いを大切にしなさい。きっとそれがあなたの人生を実りあるものにしてくれるでしょうから」
「……はい」
イザベルは、手を伸ばしてマイアの視線の先にあるギターラを手にとり、そっと弦に触れた。明るく澄んだ音がした。マイアは、また心が23に向かうのを感じた。
「先ほど、ドン・カルルシュの話をしたでしょう」
その言葉に、マイアははっとして想いを夫人に戻した。
「セニョール323が、十四歳くらいの時だったかしら。ドン・カルルシュがここでこのギターラをご覧になってね。だれかギターラのレッスンをつけられる《監視人たち》か《星のある子供たち》を知らないかっておっしゃったの。それで、私の長くついている先生をご紹介して……。もともと才能がおありになったのでしょうね。あっという間に私を追い越して……。もう長く拝聴していないけれど、とてもお上手でしょう?」
「はい。上手い下手という枠組みをはるかに超えて、素晴らしい音楽です。聴く度に心が締め付けられるようになります」
イザベルは、マイアの想いに沈んだ様子を、優しく眺めて続けた。
「たった二つ、それしか望んでくれなかった……。ドン・カルルシュはそうおっしゃったわ」
「?」
「ずいぶん昔の話よ。まだ、セニョール323が子供の頃、ドン・カルルシュは意図せずに取り返しがつかないほど深くその心を傷つけてしまったんですって。彼が閉じこめられてすぐにそのことがわかって、心から後悔して、許しを請いにいかれたそうなの。その時のことを、氣づくのが遅かった、遅すぎたと泣きながらジョアキンに打ち明けられたの」
「23は、いえ、セニョール323は、お父上を許さなかったのですか?」
マイアが意外そうに訊くと、イザベルは首を振った。
「怒った様子も、批難する様子もお見せにならなかった。でも、それと心を開くということは違うわよね。あの方がほとんど誰とも関わろうとしなくなってしまったのは、ご自分のせいだとドン・カルルシュは生涯悔やまれていらしたわ」
「それで……?」
「ドン・カルルシュは、ご自分に可能なことなら、どんな願いでも叶える、わがままを言ってほしいとセニョール323におっしゃったそうよ。もし、彼が望むなら《監視人たち》の中枢と戦ってでも、格子から出してもいいとまで思っていらした」
「彼は、それを望まなかったんですか」
「望んでいらしたでしょうね。でも、おっしゃらなかったそうよ。館の外に出てみたいとも、学校に行ってみたいとも、その他のありとあらゆる望みがあったでしょうに、ドラガォンにとって難しいことは何一つおっしゃらなかったそうよ。たった二つの小さい望みを叶えてもらうために、我慢したのだと思うわ」
マイアは、ジンジャの中の氷が全て溶けてしまっていることに氣がついた。グラスが汗をかいている。
「彼の望みって……」
「一つは、ギターラを習いたいということ。そんな時に言うまでもない望みよね。そんな小さなことまで、自分からは言えないでいたなんてと、ドン・カルルシュはショックだったみたい。そして、もう一つが、あなたのことだったのよ」
「私のこと?」
「セニョール323は、自分が話しかけたために、あなたとあなたの家族がナウ・ヴィトーリア通りに強制的に引っ越しさせられてしまったことをずっと氣になさっていらしてね。あの子が前のように河で夕焼けを見られるように、どうかあの一家を元通りにしてほしいと、そうおっしゃったんですって」
マイアは大きく目を見開いて、イザベルの言葉を聞いていた。
「すぐに元に戻してあげたくても、フェレイラさんはもう新しい職場で働いていた。あなたたちはもう新しい学校に通っていた。フェレイラさんのもとの職場には新しい人が働いていて、その人にも家族がいて生活があった。だから、ドン・カルルシュにもすぐに彼の望みを叶えてあげることは出来なかったの。セニョール323は二度と、その願いを口になさらなかったし、あれからどうなったかとお訊きにもならなかった。だからこそ、ドン・カルルシュはなんとしてでもあなたたちを元に戻して、セニョール323の願いを叶えてさしあげたかったのでしょうね。それから、何年間も働きかけ続けたのよ」
「知りませんでした……」
「大きな書店を買い取って、その店長の職をさりげなくオファーしたり、元の店の同僚をもっといいポジションに引き抜いて場所を作ったり……。でも、フェレイラさんは、長いことチャンスをことごとく断り続けたの」
「父が?」
「ええ。フェレイラさんは、何度もドラガォンに抵抗して、大切なものを失い続けてきたから、これ以上大切なものを失いたくなかったんだと思うの」
「抵抗?」
「あなたのお母様と結婚したくて、映画みたいな逃避行を繰り返して。その度に《監視人たち》に止められて。仕事を失ったり、財産を失ったり、家族に縁を切られたりと散々な目に遭ったのよ。最終的にあなたのお母様はこれ以上フェレイラさんを苦しめたくないからと、人工授精であなたを産むことで、《監視人たち》とフェレイラさんの闘いに終止符を打ったの」
「まさか」
「そうなの。だから、あなたのお母様が亡くなられた時に、《監視人たち》の中枢部は、虐待される可能性があると、あなたを引き取ろうとしたの。そうしたらフェレイラさんは、もう一度大騒ぎを起こしたのよ。世界中を敵に回しても、絶対にマイアは渡さないって」
イザベルは、面白おかしい話のように語ったが、マイアには全てはじめて聞くことだった。
「そう言う事情があったので、どんなにうまい話が来ても、不安だったんじゃないかしら。うかつに戻ったりしたら、今度こそあなたを取り上げられるんじゃないかって。ドン・カルルシュの意向だと始めから言えばよかったのかもしれないけれど、それを言ったらドラガォン嫌いのフェレイラさんに断られるかもしれないので、中枢部はあくまで偶然を装ったの。だからいつまで経ってもフェレイラさんは不安を拭えなかったのよ。あなたが十分に大きくなるまで」
「知りませんでした。父は、何も言ってくれなかったから……」
「そう、言ったらあなたが《星のある子供たち》としての存在に苦しむと思ったんでしょうね。血は繋がっていなくても、フェレイラさんはあなたのことを娘として深く愛しているから。お母様とのなれ初めも、それに伴うドラガォンとの確執も、それから、お母様との短かったけれど幸福だった結婚生活についても口に出来ないのよ」
マイアの瞳に涙が溢れ出した。一人だけ腕輪を嵌められて、つらいことばかりだと思い続けてきた自分はなんて勝手だったのだろう。
「フェレイラさんが、ようやくセウタ通りの書店に勤められることが決まって、レプーブリカ通りにまた住むことが決まったのは、四年前だったわよね。ドン・カルルシュが亡くなる少し前のことで、もう大層お悪かったんだけれど、ジョアキンがそのことをお知らせしたら泣いて喜んでいらっしゃったんですって。セニョール323とその話をなさったかまではわからないけれど」
窓辺はすっかり暗くなっていた。河に沈む夕陽を眺めれば、悲しいことを忘れられる。それは自分しか知らない小さな楽しみのつもりだった。マイアはずっと知らなかった。23は自分の自由を犠牲にしてマイアの小さな幸せを願い、ドン・カルルシュが生涯にわたって氣にかけ、サントス医師夫妻や、多くの《監視人たち》がその願いを実現しようと骨を折り続けていた。そして、父親は血のつながっていない自分のために苦労して心を砕きつづけてきた。
いまマイアは、ドラガォンの館の夕陽のもっとも美しく見える部屋から、河と、それから鉄格子の向こうの優しい人の影を見ることができる。私は不幸でもなければ、一人ぼっちでもなかったんだ。ずっと、十二年も、いえ、生まれたときから。関わった全ての人たちの、優しさと、願いと、想いの助けを得て、大人になり、一番いたい場所にきて、いつまでも存在を感じ続けていたい人の近くで、夕陽をみていられる。
サントス医師が帰って来た。イザベルは食堂へ行くようにと誘った。マイアは、涙を拭いて頷いた。話を聴けてよかったと思った。休暇が終わる前にお父さんとワインを飲んで話をしよう、それに、明後日、館に戻ったら、23に今日の話をしてみよう。お互いの父親の子供を思う愛について、彼はなんて言うんだろう。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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【小説】大道芸人たち 番外編 白い仔犬 - Featuring「ALCHERA-片翼の召喚士」
フェンリルは、ユズキさんが連載中の異世界ファンタジー「ALCHERA-片翼の召喚士-」に出てくる白い狼の姿をした神様です。本当の姿を現わすと一つの街がつぶれちゃうくらい大きいので、普段は白い仔犬の姿に変わって常にヒロインの側にいます。本文の描写の中でも可愛いのですが、ユズキさんご本人の描かれる挿絵の仔犬モードフェンリルも、とってもキュート!
大好きなフェンリルを貸していただいたので、どうしようかなと悩みましたが、こんな感じでわずかな時間だけ四人につき合っていただくことにしました。舞台は、フランスのモン・サン・ミッシェルです。どなたもお氣になさっていないかと思いますが、「大道芸人たち Artistas callejeros」は2045年前後の近未来小説なので、モン・サン・ミッシェルに関する記述の一部もそれを意識したものになっています。
【追記】なんとユズキさんがご紹介記事を書いてくださり、その中にフェンリルを隠しているヴィルを描いてくださりました!嬉しい! ものすごく男前(だけど笑える)なのです。みなさま、いますぐユズキさんのブログにGO!
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編
白い仔犬 - Featuring「ALCHERA-片翼の召喚士」
潮が引いた。朝もやの中に城塞のように浮かび上がるのは大天使ミカエルを戴いた島だ。その優雅な佇まいを見て稔は感慨深くつぶやいた。
「これがモン・サン・ミッシェルか……」
天使の砦を覆っていた霧が晴れ四人を誘うように隠れていた橋が浮かび上がった。かつては常にこの島へと渡れるように道が造られていた。ところがこの道のせいで堆積物が押し寄せ、海に浮かんでいた幻想的な島はただの陸続きの土地となってしまった。再び工事をして道を取り除き海流が堆積物を押し流すまでかなりの時間がかかったが、今では潮の満ち引きで完全に島となる時間がある。
「行くぞ」
荷物を肩に掛けた。蝶子もベンチから優雅に立ち上がった。残りの二人が後ろから続いてくる様子がないので振り向くと、レネがぽうっとした様相でバス停の方を見ている。
「何よ。また美人でもみかけたの?」
「ええ、パピヨン。いまそこに、本当に素敵な女性がいたんですよ。長い金髪で青空のような澄んだブルーのワンピースを着ていて……」
「はいはい、わかったから。ここにいたなら、その女性も間違いなくあの島に行くだろうから、早く行きましょ。ところでヴィルはどこに行っちゃったのかしら」
「え。さっきまでここにいたのに。あれ?」
レネはキョロキョロとドイツ人を探した。二人は同時に少し離れたところでかがんでいるヴィルを見つけた。
「何してるの? 早く行きましょうよ」
蝶子が覗き込むと、ヴィルは顔を上げた。それで、彼の足元にいた白い仔犬が見えた。
「ひゃっ。可愛い!」
レネが叫ぶ。つぶらな目をまっすぐに向けたその仔犬は、ヴィルが背中を撫でるままにさせていたが、レネの賞賛に嬉しそうにするわけでもなく、蝶子の「あら」という冷静な反応に反発するようでもなかった。つまり、尻尾も振らなければ、唸りもしなかった。
「ここにいたんだ。親犬か飼い主とはぐれたのかもしれない」
ヴィルが無表情のまま言った。レネと蝶子は顔を見合わせた。人間の赤ん坊が泣き叫んでいても、いつものヴィルなら無視して横を通り過ぎるだろう。その彼が、仔犬の心配をしている。びっくりだ。
「おい、お前ら、いったいいつ来るんだよ」
先を歩いていた稔も戻ってきた。そして、ヴィルが仔犬から離れられないでいるのを見て目を丸くした。
「意外でしょ? 犬の方は、そんなに困っているようには見えないんだけれどね」
蝶子がささやいた。稔は宣言した。
「いいから犬ごと来い。早くしないといつまでも島に行けないぞ」
その言葉がわかったかのように、白い仔犬はすっと立ち上がり、稔の側まですたすたと歩いてからヴィルの顔を見上げて「早く行こう」と言わんばかりに頷いた。ヴィルが呆然としているので蝶子とレネはくっくと笑った。
カトリックの聖地として、サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼地の一つにもなっているモン・サン・ミッシェルだが、もともとここはケルト人たちが「墓の山」と呼ぶ聖地だった。ここから遠くないブルターニュ地方では、今でも人びとはケルト系の言語を話している。
遠くから見るとまるで一つの建物のように見えるが、実際には頂上に戴くゴシック様式の尖塔を持つ修道院へと旋回して登っていく門前町だ。路地は狭く、そこに観光客がひしめくので曜日と時間帯によってはラッシュアワーのパリの地下鉄のような混雑になってしまう。幸いまだ朝も早いので、それほどの混雑ではなかった。
四人と一匹は朝靄が晴れたばかりの清冽な時間をゆっくりと進んでいった。島内のホテルに宿泊した観光客たちはまだ朝食にも降りてきておらず、普段は観光客でごった返す名物のスフレリーヌを提供する「la Mère Poulard」の店の前にも誰もいなかった。とはいえ、そんなに朝早く食べる類いのオムレツでもなく、それに観光客が大挙して押し寄せるところを毛嫌いするヴィルとレネに配慮して、蝶子と稔は目を見合わせて肩をすくめるだけで前を素通りした。
人出の少ない石造りの道は、どこか中世を思わせ、サン・マロ湾から吹く潮風が時の流れすらも吹き飛ばしていくようだった。一番前を行くヴィルの足元を時には追い越し、時には後ろになりトコトコと歩いていく白い仔犬は静かだった。
「ねぇ、妙な組み合わせじゃない?」
蝶子が囁くと、レネは頷いた。
「犬好きだなんて今まで一度も聞いたことなかったですよね」
それが聞こえたのかヴィルは立ち止まって三人を見た。それから仔犬を抱き上げて頭を撫でながら言った。
「子供の時に唯一の友達だった犬に似ているんだ」
「うわっ。やめてくれ。何だよその暗いシチュエーションは」
稔がびびった。ヴィルは肩をすくめた。
「なんて名前だったの、そのお友だちは?」
蝶子が訊いた。
「クヌート。シロクマの子供みたいだったからな」
「じゃ、この子もシロクマですかね」
レネが仔犬を覗き込んだ。わずかに馬鹿にしたような顔をされたように感じたが、氣のせいだろうと思った。
「シロクマじゃないだろう。どっちかって言うと、白い狼って感じだぜ。それにしても小さくて可愛いのに変わった目してんな」
稔が首を傾げる。
「変わっている?」
犬に詳しくない、というよりもほとんど興味がないために近寄ったことのない蝶子が訊き返した。
「うん。なんかさ、目だけ何もかもわかっている老犬みたいだ。今もテデスコに甘えているっていうよりは、撫でさせてやってる、苦しうないって風情だろ」
「ふ~ん。あれじゃないの。大天使ミカエルが化けているのかも」
「パピヨン、妬けますか?」
「ふふん。そんなわけないでしょう」
そういいつつ、蝶子は仔犬を肩に乗せて歩いていくヴィルをちらりと見てから、ぷいっと別の方向を見た。
修道院についた。中を見学しようと入口に行くと、ペット持ち込み禁止のサインがついていた。三人は黙ってヴィルを見た。ヴィルはまったくの無表情のまま白い仔犬をつまみあげると自分の上着の中に入れてファスナーを閉じた。蝶子はしょうもないという顔をして頭を振った。仔犬はまったく抵抗していない。稔とレネは肩をすくめて何も見なかったことにした。
修道院の中はゴシック式のアーチの連なりが美しく、天井に近い窓からこぼれる光が射し込んで荘厳な雰囲氣を創り出していた。今のように観光客のアトラクションとなる前は、多くの人びとが祈りを捧げてきたのだろう。その前は、ケルトの民が海に浮かぶ特別な山に祈りを捧げてきたはずだ。信仰や歴史のことはわからなくても、特別な場所に立っていることだけはわかる。
「天使か……」
蝶子はぽつんとつぶやいた。
「多くの人たちが祈りを捧げてきたんでしょうね」
レネが並んで上を見上げた。
「後で、外で奉納演奏していくか、いつものように」
稔が言うと、ヴィルも横に並んで黙って頷いた。
外に出ると、ヴィルは上着を脱いで、白い仔犬を外に出してやった。仔犬は黙って四人を見つめていた。稔はギターを、蝶子とヴィルはフルートを取り出して、モンの頂上に立つ剣と秤を持った大天使ミカエルを見上げてから息のあったタイミングでフランクの「パニス・アンジェリクス」の伴奏をはじめた。レネが澄んだテノールで朗々と歌い上げる。
白い仔犬は体を伏せて両前足の上に頭を載せ、目を閉じて四人の奏でる楽の音にじっと耳を傾けていた。
「敬愛する神よ、どうか私たちを訪れてください。あなたの道へ私たちを導いてください。あなたの住みたもう光の許へ私たちが行き着くために」
いつの間にか、彼らの周りには人垣ができていた。人びとは天使の砦に捧げられた「天使の糧」のメロディに心とらわれて立ちすくんでいた。レネが最後の繰り返しを歌い終え、三人が静かに演奏を終えると、しばらくの静寂の後に拍手がおこった。
四人はお辞儀をした。人びとがアンコールを期待して拍手を続けるので顔を見合わせた。
「どうしましょうか」
レネが稔をつついた。
「さあな。その仔犬も期待しているらしいな。しっぽ振ってるぞ」
蝶子は片眉を上げてヴィルに言った。
「ですって。あなた、『こいぬのワルツ』でも吹けば?」
それを聞いて、レネと稔も笑いながらヴィルを見た。ヴィルは肩をすくめてからフルートを持ち上げると、ショパンの「こいぬのワルツ」を吹いた。
仔犬はじっとヴィルの顔を眺めながら流れるような調べに耳を傾けていた。
その曲が終わると、人びとが再び拍手をした。ヴィルは仔犬に手を伸ばしたが、仔犬は観客の後ろかに聞こえてくる別の声に耳を傾けていた。
「フェンリル? どこ?」
白い仔犬はさっと立ち上がるとその声のする方に猛スピードで走り出した。びっくりした観客がさっと道をあけた。すると道の向こうに青空色のワンピースを身に着けたほっそりとした美しい女性が見えた。
レネが「あっ、あのひと」と言った。稔と蝶子は顔を見合わせた。ブラン・ベックのいつものビョーキが始まった、と無言で確認したのだ。
女性めがけて一目散に走り、途中まで行ったところでフェンリルは振り向いた。手を伸ばしたままで無表情に見つめているヴィルのところに戻ってくると、その手をそっと舐めた。それから再び全力で女性の許に走っていき、その細い腕の中に飛び込んだ。
去っていく女性に見とれているレネと寂しそうに立っているヴィルを、稔がぐいっと引っ張った。
「ほら。飯食いにいくぞ」
「お腹空いた。わたし、ブルターニュ風のそば粉のクレープが食べたい。シードルつきで」
蝶子の声で我に返った二人は顔を見合わせて頷くと、荷物を肩に掛けて、女性とフェンリルが去っていったのと反対側にあるレストランに向かって歩き出した。
尖塔のてっぺんのミカエル像は微笑んでいるようだった。
(初出:2014年6月 書き下ろし)
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【断片小説】森の詩 Cantum Silvae I - 姫君遁走より

このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない使用は固くお断りします。
ユズキさんの記事 「ジュリア姫」
先日開示した時は、さらにその一部だったので、もうちょっとお見せしたら驚かれました。ええ、とんでもないお姫様なんですよ、この人。そして、ユズキさんはわざわざ描き直してくださったのです。おわかりでしょうか、人物のタッチも違いますが、森も前とは違っているのです。ええ、現代の森ではなくて中世のもっと深くてミステリアスで時には残酷な世界にしてくださっているのです。(ぜひ大きくして細部をご覧になってくださいね)
このまま、皆さまにお見せしないで私一人だけのお宝にしておくのはもったいなさすぎる! そういうわけでユズキさんのイラストに大いに助けていただいて、「森の詩 Cantum Silvae」の世界にもう少しみなさまをお連れしたいと思います。
森の詩 Cantum Silvae I - 姫君遁走より
教皇ペテロ=ウルバヌス二世の御代、跡継のないクラウディオ三世の崩御によりルーヴラン王国には後継者争いが起こった。一人は姪のイザベラ王女の夫バギュ・グリ侯爵ハインリヒで、もう一人はクラウディオ三世の従兄弟にあたるストラス公オイゲンだった。二ヶ月に亘るいくつかの戦の後、ルーヴランはストラス公の支配する所となり、公はオイゲン一世として戴冠した。バギュ・グリ侯爵が憤死したために侯爵領を継ぐことになったのは、ハインリヒの腹違い弟のテオドールであった。「ひょうたんから駒」で侯爵の座が転がり込んで来たテオドールは、その豪胆で奇天烈な振舞から《型破り候》と呼ばれることとなった。
さて、この《型破り候》には跡継ぎのマクシミリアンの他に、その姉にあたる娘が居た。粗野な父親が若い日にストラス公オイゲンの従姉妹にあたるマリア姫に懸想して産ませた姫君だった。バギュ・グリの厄介者テオドールの妻などに成り下がったと両親に嘆かれたが、マリアは氣丈にテオドールに従い、従兄弟が国王となるにあたって上手く立ち回って侯爵夫人の座を手に入れた。娘のジュリアはこの母親から美貌、そして父親からは粗野で型破りな性格を受け継いでいた。
ジュリアは父親のバギュ・グリ侯爵が大嫌いだった。母親の侯爵夫人のことはもっと嫌いだった。うるさい乳母のメルヒルダは少しはマシだったが、これも好きとは言いがたかった。庭師や家庭教師は大して重要な輩ではなかったのでどうでもよかった。夕食の給仕をするアルベルトは巻き毛がかわいらしく氣にいらない訳ではなかった。もっとも十歳も年上の男をかわいらいしいという言い方があたっているかどうかは微妙だったが。
誰よりも嫌いなのは彼女の馬丁、ハンス=レギナルドだった。父侯爵のことは女の尻ばかり追い回しているから嫌いで、母侯爵夫人のことは冷たく高慢だから嫌いだった。メルヒルダにはやかましく小言ばかり言うという、これまたれっきとした理由があったが、この馬丁に対しては嫌う理由になんらかの説得力があるわけではなかった。
「馬丁のくせに名前を二つも持っているんだ」
「あたしよりも高い柵を越えてみせたんだ」
ジュリアはいかにも氣にいらないというように顔をしかめる。
以前、馬丁長が侯爵に伺いを立てたことがある。
「姫の馬丁をお変えになりますか」
侯爵はつまらなさそうに言った。
「あれは誰にも満足せんのだ。これ以上、わがままの相手を増やせというのか」
それからは誰も同じ提案をしなかった。
「ハンス=レギナルド!」
ジュリアは、つかつかと厩舎に踏み入ると怒鳴った。藁の影からハンス=レギナルドと召使いのクリスティーンが身を起こした。姫は冷たく一瞥すると
「ばからしい」
と、言った。
おろおろするクリスティーンを無視してジュリアは愛馬にまたがり、馬丁に言った。
「城下に行くわよ。供をおし」
「ですが、ジュリア様。母君のお許しが出ないでしょう」
「母上のお許しはもう永遠に出ないわよ。亡くなられたんだから」
クリスティーンはわっと泣き出した。看病の枕元を抜け出してハンス=レギナルドにキスをもらっている間に奥方様は亡くなられたのだ。
ジュリアはうんざりして召使い女を見ると、馬に鞭をくれて厩舎から飛び出した。馬丁は慌てて彼の馬に飛び乗り、わがままな姫君を追った。
「お待ちください」
ジュリアは待たず、柵を越え、森に入りどんどん走らせていく。ハンス=レギナルドの馬は次第に追いつき、やがて二頭の馬は並んだ。
「お前には負けないわよ」
「ジュリア様。私は競争をしたいのではありません」
「いつもそうなんだ」
「何故そういうお言葉をお遣いになるのです。何故そのような恰好をなさるのです」
ジュリアの男物の出立ちは城下にも知れ渡っていた。
「馬にドレスで乗ってどうするのよ」
「乗る姫君もおられるではないですか」
「あたしは散歩をしたいんじゃない」
「ジュリア様。どこまで行かれるのですか。奥方様のお側にいてさしあげなくてはならないとはお思いにならないのですか」
「いてどうするのさ。誰ももう側には居られないんだよ。母上は亡くなられた。マクシミリアンの名を呼んでね……」
ジュリアは急に馬を停めると方向を変えて走り出した。ハンス=レギナルドは後を追う。しばらくは無言のまま馬を走らせ、馬丁が追いつくと方向を変え、しばらくは追いかけっこが続いた。ついに、綱さばきのミスからジュリアは草むらに落ちた。
「ジュリア様!」
ハンス=レギナルドは馬から飛び降りて、姫君を助け起こした。痛みでしばらく動けなかった彼女は、それが薄らいでくると顔を上げ、じろりと馬丁を見た。
「本当に頭に来るわね。うちの女中と料理人の全てに愛を語ったその口で、偽りの心配の言葉を述べるんだから」
「偽りの心配などどうしてできましょう。それに、私はあなた様のお家の全ての使用人と恋をした訳ではありませんよ」
「この食わせ者。その整った顔と声で、君だけだとかなんとか迫るんだね。マリアの里帰りもお前が原因に違いないよ」
「とんでもない。私じゃありません。侯爵様です」
「ええ、父上だって。あの恥知らず。お前といい勝負だよ。誰をも本氣で愛したことなんかないんだ」
ハンス=レギナルドはジュリアの足や腕が折れていないか調べていたが、その言葉を聞くと顔を上げて主人の目を見た。
「では、あなた様はどうなのです。誰かを本氣で愛されたことがおありなのですか」
「反撃にでたわけ。いいえ、ないわ。あたしは愛なんか信じていない。父上は滑稽だし、クリスティーンたちも愚かにしか見えない。お前、その顔は何?」
「私に何を言わせたいのです」
「ええい、そうやるんだね、いつも。騙されないよ。他の女と一緒にするんでないよ」
風が森を通り抜け、木漏れ日はキラキラと輝いていた。ひんやりとした草むらに腰掛けてジュリアは馬丁が腕を自分の体に回して支えていることに氣づいた。ハンス=レギナルドの顔はすぐ近くにあった。
「もちろん、あなた様は違います」
「女中と一緒におしでないよ」
「いえ。身分に関係なく、そう、どこの姫君とだってあなた様は違います」
ジュリアはキラキラと光る若葉を見ながらうっすらと微笑んだが、すぐに厳しい顔をして馬丁に言いつけた。
「馬を探しておいで」
ハンス=レギナルドは木の幹にジュリアの背をもたれかけさせながら言った。
「私はかつて一人の女に恋をしました。日も夜もなくその女を愛しました。眠れぬ夜が続き、氣が狂うかと思いました。皮肉なことに、想いを遂げたどの女たちをも、あれほどに恋いこがれることはなかったですね」
そう言うと、二頭の馬の去った方向へと歩き出した。
ジュリアはきつい調子のまま問いかけた。
「お待ち。それはあたしの知っている娘なの?」
「あなた様ですよ」
ハンス=レギナルドは木の間に消えた。
ジュリアは少しの間ハンス=レギナルドの消えた方向を見ていたが、立ち上がるとその場を離れた。馬丁が二頭の馬と戻って来た時には探しようもなかった。
ジュリアは森を歩いていった。侯爵夫人の訃報が届けば、今日の祭りは中止になるだろうが、酒場一軒くらいは開いているだろう。
(やっと母上から自由になったのよ、これを祝わなくてどうするのよ)
侯爵夫人がジュリアを束縛するようになったのは、父親が候爵位を継いだ六年前のことだった。ジュリアはそのとき十二歳だった。ジュリアには父親が侯爵家の厄介者であろうと、侯爵様であろうとまったく関係なかったのだが、母は娘を以前のような野放図にしておくつもりはなかった。
加えてアルベルトのことがあった。ジュリアはアルベルトにキスをさせ、かわいそうな給仕は姫君に夢中になってしまった。無理もない。ジュリアは美しい。漆黒のまっすぐな髪。挑みかける瞳。血のように紅い唇。何ひとつ知らない故に、何ひとつ恐れなかった。ジュリアはキスをしてみたかったし、アルベルトならいいと思ったのだ。
侯爵夫人はちっともいいと思わず、父親の淫らな血がと騒ぎ立てた。そして、男の汚さや恋の愚かしさを説き続けた。ジュリアの美しさを懸念して、常に見張り、女らしく装うことを許さなかった。ジュリアはそれを受け入れ、母親の望む通りに育ったがその束縛を憎んでもいた。
ジュリアは行く手の樹木の間から煙を見た。ジプシー。聖アグネスの祭りだ。彼らは侯爵夫人の喪になんか服さないだろう。
森の空き地に数台の幌馬車が停まり、炎の周りでジプシーたちは踊っていた。ジュリアには誰も氣に留めずに、めいめいで歌ったり踊ったりしているので、少しずつ中に入っていった。やがて一人の老女がじっと見つめているのに氣がついた。
「バギュ・グリの姫さんが何の用かね?」
老女は言った。
「あたし、お前に会ったことないけれど」
「私らは何でも知っているよ」
「嘘ばっかり。私がなぜここに来たかわからないくせに」
「知っているともさ。お前は別れに来たんだよ」
「誰とさ」
「全てとね。まず、その男物の服をなんとかしよう。それでは踊っても楽しくないだろう」
「そうね。でも、こうしていないと男どもが寄ってくるのよ」
「悪いことじゃあるまい。寄ってくる男どもをあしらうのは、女の楽しい仕事さ。それともダンスもできない方がいいのかね」
「わかったわ。この服とはお別れしよう。私を変身させて」
老婆はジュリアを幌馬車に連れて行った。再びジュリアが出て来た時ジプシーたちはもはや彼女に無関心ではいられなかった。薄物を纏い、しなやかに歩み出る彼女は深夜の月のようだった。彼女は踊り始めた。その悩ましさは例えようもない。ジュリアにとってもこの夜は麻薬だった。踊りの恍惚。自分が誰かも忘れ、夢の中にいるように狂った。
深夜に老婆は緑色に透き通る液体を差し出した。
「これをお飲み。聖アグネス祭の今宵、お前さんは愛する男を夢に見るだろう」
ジュリアは口の端をゆがめて言った。
「あたしは誰も愛していないわよ。嫌いな男ばっかり」
「だからこそ、この薬が必要なんじゃ」
ジュリアは受け取って一息で飲んだ。強い酒だった。
翌朝、ジュリアは幌馬車から出て老婆を見つけるとひっぱたいた。
「何よ、あれ。あたしの体が動かないのをいいことに」
老婆はにやりと笑った。
「孫はお前さんに一目惚れしたのさ。だが、お前さんのためにもなっただろう。お前さんを抱いた男は孫じゃなかったはずだよ。愛している男は誰だったかね?」
「想像していた通りの男だったよ」
ジュリアは冷たく言い放った。
「よかったじゃないか」
「あんたの孫に言っておいて。二度とあんな真似はできないって」
「わかっているとも。昨晩、お前さんを抱きたかったのはあの子だけじゃないからね。あの子は幸運な方さね」
「ふん」
ジュリアは空き地から離れて森に入り、昨日ハンス=レギナルドと別れた所に行った。馬丁はジュリアをもたれかけさせたあの木の根元で眠っていた。彼女はハンス=レギナルドを叩いた。彼は目を醒ますと信じられないという顔で、薄物をまとい輝くように美しい主人を見つめた。
「お前、あたしを捜してたの?」
「ご無事だったんですね」
「お前だけなの、捜していたのは」
「私も命が惜しいので、お館には帰っていませんから」
馬が二頭近くの木に繋がれていた。
「そう。お前、あたしを好きだったと言ったね」
「はい」
「今はどうなの」
「今でも。誰と愛を語っても、いつも最後にその女はあなた様になってしまいます」
「ふうん。あたし、昨晩、ジプシーに抱かれたの」
「ジュリア様!」
ジュリアは楽しそうにハンス=レギナルドを見た。まったく見たことのない表情を彼はしていた。いや、かつて一度見たことがあったかもしれない。
「アルベルトとキスをした時にも、お前、あたしを好きだったのかい」
「あなた様にお会いした日からずっとです」
「そう。じゃあ、アルベルトの時から始めよう。私にキスをおし」
ジュリアは命令した。ハンス=レギナルドはぽかんとその主人を見ていた。
「ハンス=レギナルド。聞こえないの?」
ジュリアは自分からキスをした。
捜索の疲れと幸せな安堵でハンス=レギナルドが眠ってしまうと、ジュリアはそっと恋人の側を離れた。そして、愛馬を連れてジプシーの集団のもとに戻り、そのまま、国を出てしまった。
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【小説】大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 森の詩 Cantum silvae
「scriviamo! 2014」の第十二弾です。ユズキさんは、「大道芸人たち Artistas callejeros」の四人を描いてくださいました。ありがとうございます。

このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない使用は固くお断りします。
ユズキさんの描いてくださったイラスト scriviamo! 2014参加作品
ユズキさんは、素晴らしいイラストと、ワクワクする小説を書かれるブロガーさんです。私はユズキさんの書かれるキャラのたった女性や、トップ絵に描かれるクールな女性が大好きなのですが、版権ブログの方でお見かけする突き抜けたおじさんキャラやデフォルメした動物キャラも素晴らしくて、自由自在な筆のタッチにいつも感心しているのです。すごいですよ、本当に。
そして、そのユズキさんが、どういうわけだかうちの「大道芸人たち」と氣にいってくださいましてファンアートをどんどん描いてくださるのです。もう、これはモノを書いている人ならきっとわかってくださるかと思いますが、夢のまた夢ですよ。ああ、生きていてよかった。恥を忍んで公開して本当によかったと思います。
そのユズキさんが今回のために描いてくださったのは、なんと森の中で演奏する四人。この深い森のタッチをどうぞご覧ください。ええ、これは私、はまりました。ユズキさんはご存じなかったのですが、「scriviamo! 2014」が終わり次第連載をはじめようとしている新作「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」にどっぷりはまっている私には、これはその新作の森《シルヴァ》にしか思えなくなってしまい……。そして、新作宣伝モードに……。ユズキさん、わけがわからないことになりましたが、どうぞお許しください。
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
「scriviamo! 2014」について
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
大道芸人たち 番外編
森の詩 Cantum silvae
——Special thanks to Yuzuki-san
「何それ」
蝶子はレネが持っているというよりは、バラバラにならないように支えている、古い革表紙の小さな手帳のように見えるものを指した。
「昨日、街の古い書店で見つけたんです。ずいぶん長い時間を生き延びてきたんだなと思ったら、素通りできなくて。嘘みたいに安かったんですよ」
「お前、それ読めるのか? ずいぶん古めかしい字体だし、何語なんだろう」
稔が覗き込んだ。
「大体の意味はわかりますよ。ここは、ラテン語です」
「ラ、ラテン語?」
レネがドイツ語やイタリア語、はてはスペイン語の詩も読んで頭に入れているのは知っていたが、会話の方は大したことがなかったので、まさかラテン語ができるほど学があるとは夢にも思っていなかった稔は心底驚いた。
「いや、フランス語はラテン語から進化したので、ヤスが思うほど難しくないんですよ。それに、この本の中でラテン語なのは詩だけで、残りの部分は古いフランス語なんです。しかも僕はこの詩を前から知っているんですよ」
そういうと、すうっと息を吸ってから朗々と歌いだした。
O, Musa magnam, concinite cantum silvae.
Ut Sibylla propheta, a hic vita expandam.
Rubrum phoenix fert lucem solis omnes supra.
Album unicornis tradere silentio ad terram.
Cum virgines data somnia in silvam,
pacatumque reget patriis virtutibus orbem.
「ああ、それか」という顔をして、ヴィルがハミングで下のパートに加わった。蝶子と稔は顔を見合わせた。全然聴いたことがなかったからだ。それはサラバンドに近い古いメロディだった。
「あなたも知っているの?」
蝶子はヴィルの顔を覗き込んだ。
「ああ、今から十五年くらい前かな。とある修道院から、四線譜に書かれたこの歌の羊皮紙が発見されて、ヨーロッパ中でセンセーショナルに取り上げられたんだ」
「なんでセンセーショナル?」
稔が首を傾げると、レネが説明をしてくれた。
「だれもが知っている古いおとぎ話に関連するものだったからですよ。『Cantum Silvae - 森の詩』というサーガで、ヨーロッパの中央にあった、おそらくは黒い森を中心とした荒唐無稽な数世代にわたるストーリーなんです」
ヴィルが続ける。
「その話は、口承の形では断片的に残っていて、15世紀の文献にも言及があったんだが、それまでは17世紀以降の伝聞による作品しか現存していなかったんだ。で、南フランスの修道院で出てきた羊皮紙はもっとも古い、オリジナルに近い文献だということで大騒ぎになったんだ」
「僕たちは子供の頃から親しんでいた物語だから、興奮しましたよね」
「ああ、で、学校の催し物でも生徒にこの曲を歌わせるのが流行ったな」
蝶子と稔は再び顔を見合わせた。
「有名なのね。いったいどんな話なの?」
「馬丁から出世したフルーヴルーウー辺境伯の冒険……」
「麗しきブランシュルーヴ王女と虹色に輝く極楽鳥の扇……」
「
「ああ、一角獣に乗った黄金の姫の話もありましたよね!」
ヴィルとレネが懐かしそうに次々と語るその話は、日本人の二人には初耳だった。
「う~ん、ありえない度で言うと、古事記みたいなもんか?」
「そうね。聞いた事もない国の名前に、変わった姫君たち。ファンタジーかしらね」
ヴィルがレネの古本を覗き込んだ。
「で、古フランス語の本文は何が書いてあるんだ?」
レネは嬉しそうにめくりながら語った。
「《一の巻 姫君遁走》か。ああ、これは
ジュリアは行く手の樹木の間から煙を見た。ジプシー。聖アグネスの祭りだ。彼らは侯爵夫人の喪になんか服さないだろう。
森の空き地に数台の幌馬車が停まり、炎の周りでジプシーたちは踊っていた。ジュリアには誰も氣に留めずに、めいめいで歌ったり踊ったりしているので、少しずつ中に入っていった。やがて一人の老女がじっと見つめているのに氣がついた。
「バギュ・グリの姫さんが何の用かね?」
老女は言った。
「あたし、お前に会ったことないけれど」
「私らは何でも知っているよ」
「嘘ばっかり。私がなぜここに来たかわからないくせに」
「知っているともさ。お前は別れに来たんだよ」
「誰とさ」
「全てとね。まず、その男物の服をなんとかしよう。それでは踊っても楽しくないだろう」
「そうね。でも、こうしていないと男どもが寄ってくるのよ」
「悪いことじゃあるまい。寄ってくる男どもをあしらうのは、女の楽しい仕事さ。それともダンスもできない方がいいのかね」
「わかったわ。この服とはお別れしよう。私を変身させて」
老婆はジュリアを幌馬車に連れて行った。再びジュリアが出て来た時ジプシーたちはもはや彼女に無関心ではいられなかった。薄物を纏い、しなやかに歩み出る彼女は深夜の月のようだった。彼女は踊り始めた。その悩ましさは例えようもない。ジュリアにとってもこの夜は麻薬だった。踊りの恍惚。自分が誰かも忘れ、夢の中にいるように狂った。
深夜に老婆は緑色に透き通る液体を差し出した。
「これをお飲み。聖アグネス祭の今宵、お前さんは愛する男を夢に見るだろう」
ジュリアは口の端をゆがめて言った。
「あたしは誰も愛していないわよ。嫌いな男ばっかり」
「だからこそ、この薬が必要なんじゃ」
ジュリアは受け取って一息で飲んだ。強い酒だった。
「へえ。こういう話なんだ」
「そう。この後、ジュリアは世にも美しい馬丁と結ばれるんですが、そのままジプシーに加わっていなくなってしまうんです。姫と別れた馬丁のハンス=レギナルドは、森を彷徨ってからグランドロン王国にたどり着き、そこでレオポルド一世に仕えることになるんですよ」
「何世代か後に、レオポルド二世とルーヴラン王女の婚姻話が持ち上がるんだったな」
「そうです。《学友》ラウラがその王女に仕えていて……」
「わかった、わかった。思い出話が長くなりそうだ。それってこういう森を舞台に話が進むんだ?」
四人は、森の中をゆっくりと進んでいた。黒い森ではなくて、アルザスにほど近い村はずれの森で『森の詩』に謳われている《シルヴァ》に較べると林に近いものだったが、浅草出身の稔にとっては十分に深い森だった。
木漏れ陽がキラキラと揺れている。四人が下草を踏みしめながら進んでいくと、よそ者の訪問に驚いたリスや小鳥が、大急ぎで移動していくのがわかる。時おり、松やにのような香りが、時には甘い花の芳香も漂ってくる。
「そうですね。《二の巻》の主人公、マックスは森を旅していましたよね」
「人里にいる時の方が多かったぞ」
「ああ、それにラウラはお城で育っていましたよね」
「でも、『森の詩』なの?」
「そうなんです。森は話の中心ではないけれど、いつもそこにあって、人びとの生活と心の中に大事な位置を占めているってことだと思うんですよね」
「当時は、今ほど文明が自然と切り離されていなかったってことなんだろう」
ヴィルが言うと、レネは深く頷いた。
「この歌そのものが『Cantum Silvae - 森の詩』といって、グランドロン王国で祝い事がある時には、必ず歌って踊ったと伝えられている寿ぎの曲なんです」
「じゃ、せっかくだからそのメロディを演奏してみましょうよ。そんなに難しくなさそうだし」
蝶子が鞄を開けて青い天鵞絨の箱からフルートを取り出した。ヴィルも自分のフルートを組立てる。
「サラバンド風か。ちょっと風変わりに、三味線で行くか」
稔がいうと、レネは嬉しそうに頷いて、本をそっと太陽に向けて掲げ、伴奏に合わせて歌いだした。それはこんな意味の歌だった。
おお、偉大なるミューズよ、森の詩を歌おう。
シヴィラの預言のごとく、ここに生命は広がる。
赤き不死鳥が陽の光を隅々まで届け、
白き一角獣は沈黙を大地に広げる。
乙女たちが森にて夢を紡ぐ時
平和が王国を支配する。
(初出:2014年2月 書き下ろし)
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【小説】樋水龍神縁起 外伝 — 麒麟珠奇譚 — 競艶「奇跡を売る店」
「scriviamo! 2014」の第七弾です。大海彩洋さんは、人氣作品「奇跡を売る店」にうちの作品「樋水龍神縁起」のモチーフを埋め込んだ作品を書いてくださいました。ありがとうございます!
彩洋さんの描いてくださったイラストと小説『【scriviamo!参加作品】 【奇跡を売る店】 龍王の翡翠』

このイラストの著作権は大海彩洋さんにあります。彩洋さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
彩洋さんは、主に小説を書かれるブロガーさんです。主にと申し上げたのは、発表しているのが主に小説だからで、今回いただいたイラストもそうですが美術にも造詣が深く、さらに三味線もなさる多才なお方。どうもお仕事もとてもお忙しいようなのですが、その間にとても重厚かつ深いお話を綴られています。「奇跡を売る店」は「巨石紀行」シリーズの記事にも見られる天然石への造詣の深さを上手に使われたシリーズ。彩洋さんの代表作である「真と竹流」大河小説(こういうまとめかたはまずいのかしら。詳しくは彩洋さんのブログで!)の並行世界のような別の世界です。
今回彩洋さんが取り上げてくださった「樋水龍神縁起」は、「大道芸人たち」と並ぶ代表作的位置づけの長編なのですがブログではなく別館での発表となっているために、ご存じない方も多いかと思います。昨年連載していた長編「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」とも共通の世界観となっています。この掌編だけ読んでも話は通じるかと思いますが、若干特殊な世界ですのでもう少し知りたいと思われる方もおられると思います。さすがにこの企画のために全部を読めというわけにも行きませんので、この下に「これだけ読んでおけばだいたいわかる」リンクを並べました。(ただし、『龍の媾合』については、本編と切り離した単純な説明はできませんので、興味のある方は本編をお読みくださいませ)
この小説に関連する断片小説「樋水龍神縁起 第一部 夏、朱雀」より「樋水の媛巫女」」
この小説に関連する記事「愛の話」
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」 あらすじと登場人物
お返しをどうしようか、ちょっと悩みましたが、ごくストレートに「(『奇跡を売る店』の)お二人がここのものだと思われる石を持ってきた」で進めることにしました。もっともその前に登場するエピソードは平安時代のものです。はい、今回のためにまた創りました。彩洋さんが拾ってくださった「龍の媾合」の話は、ここでは思いっきりスルーしています。五千字前後でコラボ入れて、あの話まで突っ込み、かつ読んでいない方にまで納得させる話は無理。そのかわりに「龍の媾合」現象も含めた「樋水龍神縁起」でメインとなっている世界観について詰め込みました。
お時間があって読みたいと思ってくださった方はこちらへ
官能的表現が一部含まれるため、成人の方に限られますが……「樋水龍神縁起」四部作(本編)は別館にPDFでご用意しています。続編「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」のPDFもあります。

【長編】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero は、このブログでも読めます。
「scriviamo! 2014」について
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
樋水龍神縁起 外伝 — 麒麟珠奇譚 — 競艶「奇跡を売る店」
——Special thanks to Oomi Sayo-san
深い森だった。男は鬱蒼とした下草を掻き分けるようにして進んでいた。逃げるあてはない。ここ数日、ほとんど眠っていない。検非違使からも追捕からも逃げ果せる自信があった。世話になった宮司からも。だが、彼女からは逃れられないのだ。逃亡の旅で疲れ果てた身体を横たえて目を瞑り眠りに落ちようとすると、すぐに現れる。
「牛丸。麒麟の勾玉を戻しなさい。そなたは自分が何をしたのかわかっていないのです。あれは単なる社宝ではありませぬ。神宝なのです」
「お許しくださいませ、媛巫女さま!」
牛丸は身を起こすとさめざめと泣いた。誠にあれはただの勾玉ではなかった。あの方もただの巫女ではなかった。次郎は正しかったのだ。
「よう次郎。俺もついに郎党になった。しかも、そなたのなりたがっていた宮司さま付きだ。これでようくわかったであろう。俺はそなたに劣る者ではない」
「牛丸。俺はそなたを劣っているなどと言ったことはないぞ」
「口に出さずとも、そなたも、母者も、いつも俺を見下している。本来仕えるべき神社の方々に逆らっている」
「逆らってなどいない。俺を媛巫女さま付き郎党にしたのも、そなたの母上を媛巫女さまのお世話をするように決めたのも、宮司さまだ。我々は、仕えるべき方にお仕えする本分をわきまえているだけだ」
「媛巫女さま、媛巫女さまって、まだ十二になったばかりの小娘ではないか。神のようにあがめおって」
「媛巫女さまはただの娘とは違う。言葉を慎め」
母も、次郎も同じ事を言った。彼は神に選ばれた巫女なんて信じなかった。幼なじみの次郎が多くの雑役を免除されて媛巫女の用事しかしないのも、母がめったに帰って来ないのもあの女がまやかしをするせいだと、忌々しく思うだけだった。宮司つきの郎党になっても、自らの扱いはさほど変わらず、美味い物も食えなければ、面白おかしいこともなかった。このままこの神社に縛られてこき使われるだけかと思うとぞっとした。
俺らの生まれた身分では神職にはなれぬ。いずれは村の娘と結婚し、父者や母者のようにお社にこき使われ、さらに同じ定めの子孫をつくるだけだ。心を尽くして勤めても未来永劫報われることなどない。だから、彼奴らの言った通りにお宝を持っていった。先日の祭礼で宝物殿を開ける所に立ち会った俺は、奴らにとっては願ってもいない内通者だった。あの勾玉一つで一生遊んで暮らせる金をくれると約束してくれた。
勾玉はあいつらに渡してしまった。受け取った金で楽しく遊んで暮らせたのは半月ほどだった。賭場で多くを失った。金を狙う奴らに襲われ、お社に捕まるのを怖れて村にも戻れず、いつ追っ手が来るかもわからず怯え、そして夜は媛巫女が悲しそうにじっと見つめて話しかけてくる。次郎は正しかった。宮司さまは俺が逃げだそうが盗もうが何もできない。だが、媛巫女さま、あの方は何もかもご存知なのだ。勾玉が宝物殿からなくなっていることも、他ならぬこの俺が盗ったことも。
牛丸はよろめきながら、暗い森の中を彷徨い歩いた。ガサガサっという音にぎょっとして振り返ると、暗闇に二つの目が浮かび上がった。狼だ! 怯えて逃げようと思ったが、下草に足を取られて倒れた。
几帳の向こうで微かな叫び声がした。次郎は瑠璃媛が起き上がるのを感じた。
「いかがなさいましたか、媛巫女さま」
瑠璃媛は声を震わせて答えた。
「次郎……。もうどうすることもできません」
「いったい何が……」
「牛丸はもうこの世におりません」
「なっ……!」
「媛巫女さま。こうなったら宮司さまにお知らせした方が……」
「それはなりませぬ。もし牛丸が単に失踪しただけでなく、あれを持ち去ったことがわかったらツタに類が及びます。それどころか、息子があんなことをしでかしたとわかったらツタは命を持って償おうとするでしょう」
「しかし、いつまでも麒麟の勾玉がなくなっていることを隠してははおけませぬ」
「次にあの勾玉が祭司に必要になるのは四十六年後。それまでは誰もあの桐箱を開けないでしょう。それまで隠し通せば、あれが牛丸の仕業とは知れないでしょう」
「しかし、勾玉が盗まれたままでいいのですか」
瑠璃媛は立ち上がると几帳の陰より出てきて、龍王の池に面して座った。爪のような有明の月が東の空に上りはじめていた。空はゆっくりと白みはじめている。
「龍王様におまかせしましょう」
「媛巫女さま! 龍王様がお怒りになるのではありませぬか」
瑠璃は宝物殿の奥に納めてある桐の箱の中に想いを馳せた。奴奈川比売が出雲に持ってきたとされる神宝、本来ならば五つの翡翠勾玉が絹に包まれて収まっているはずだった。だが、今は玄武、朱雀、白虎の三つしか入っていない。青龍の勾玉は遥か上代に朝廷に献上された。そして、麒麟の勾玉は牛丸に盗み出されて失われてしまった。
「ツタを守るための隠匿を龍王様がお怒りならば、その責めは私が受けましょう。よいか。宮司さまをはじめ、誰にも口外してはならぬ」
「お待ち申し上げておりました。私は当神社の宮司、武内信二と申します。この者は禰宜の関大樹、当社の社宝や故事に詳しいので連れて参りました。同席をお許しくださいませ」
二人の訪問者は軽く頭を下げた。ひとりは外国人で、もう一人は日本人青年だった。彼らは今朝、新幹線で京都を発ち、岡山発の特急やくも号に乗ってやってきた。松江からさらにバスで一時間ほど、ここが樋水村だった。過疎の寒村なのに、妙に立派な神社があった。それが彼らの目的、樋水龍王神社だった。本殿の奥に見事な瀧のある大きな池があり、その脇に小さな庵があった。
金髪に青灰色の瞳をした背の高い男は大和凌雲という名で、その見かけによらず流暢な日本語を話し、しかも黒い法衣に黄土の折五条を着けていた。京都の大原に庵を結ぶ仏師で仏像の修復師だと言う。同行者は友人の釈迦堂蓮だと紹介した。
「突拍子もない話にお時間を割いていただき、感謝しています。これが、お電話でお話した石なのですが……」
凌雲は桐の小さい箱をそっと開けた。中から黄の強いひわ色をした透明な勾玉が姿を現した。武内宮司と関禰宜は思わず息を飲んだ。他の者に見えぬものを見る事の出来る二人は、その勾玉が並ならぬ氣を纏って輝いているのを見ることができた。
「次郎。宝物殿に行って、あの箱を持ってきなさい」
関禰宜は黙って頷き、静かに退出した。
「あの方は……」
蓮が首を傾げた。宮司は笑った。
「氣がつかれましたか。そうです。我々は彼を本名ではなくて、別の名前で呼んでおります。彼のたっての希望なのです」
蓮は落ち着かなかった。ここはどこか恐ろしい。空氣は澄み、池の水面は鏡のようなのに、心が騒ぐ。鳥居でも感じたが、奥に行けば行くほど落ち着かなくなる。この宮司もどこか妙だ。こちらを見透かすような目つきをしている。そして、変な名前で呼ばれたがる禰宜の様子はもっと変だ。勾玉を見た時の動揺はただ事ではなかった。
関禰宜は無言で再び入ってきた。少し大きい桐箱を捧げ持っている。浅葱色の袴をさっとはらって座ると、ゆっくりと桐箱を開けた。今度は蓮と凌雲が息を飲んだ。
中には白い絹に抱かれて四つの勾玉があった。
「これは……」
宮司は低い声で言った。
「奴奈川比売が大国主命に輿入れをした時に糸魚川より出雲に贈られたと伝えられている神宝でございます。もともとは大社に納められていたのではないかと思われますが、すでに平安時代には当社に納められるようになっておりました。このうち三珠は、記録されているかぎり、少なくとも千百年はこの村の外に出たことはございません。こちらの玄武の勾玉は黒翡翠、白虎の勾玉は白翡翠、朱雀の勾玉はかなり赤みが強いラベンダー翡翠です」
「こちらは青翡翠ですか」
蓮が訊いた。彼は貴石を扱う店と縁が深く、天然石の知識がある。糸魚川で青翡翠が産出するのは知っていたが、これほど透明でひびもシミもないものは見た事がなかった。
「ええ。この青龍の勾玉は、上代にその貴重さから一度朝廷に献上されたのです。今から千年ほど前に、現在当社でお祀り申し上げている御覡の瑠璃媛が親王の命をお救い申し上げた功で下賜されました。瑠璃媛の死後、もう一柱お祀り申し上げている背の君、安達春昌の手に渡り、以来、千年以上この神社を離れていましたが、四年前、千年祭の歳にこの神社に戻って参りました。四神相応の勾玉が揃ったのは実に千年ぶり、私どもの歓びはお察しいただけるでしょう。
「じゃあ、今日持ってきたこっちの翡翠は……」
蓮が凌雲を見た。仏師は宮司の方に向き直った。
「この翡翠はある木彫り像の中から発見された物です。言い伝えや資料によると、こちらの神社と縁があるということだったのですが」
「そう、当社にも、もう一つの翡翠の言い伝えがございます。四神は東西南北に対応いたしますが、その中心に麒麟を配した五神は陰陽五行と繋がります。当社にあったとされているもう一つの翡翠は麒麟の勾玉と申します。千年近く行方がわからず、青龍の勾玉と違ってなくなった経緯も不明でございまして、存在そのものが疑問視されておりました。黄色い翡翠ではないかと先代の宮司は申しておりましたが、なるほど、色・形・透明度どれ一つをとっても、四神相応の勾玉に引けを取りませぬな。失礼して……」
宮司は凌雲の持ってきたひわ色の勾玉を大きな桐箱の中央、四つの勾玉に囲まれた場所にそっと置いた。それと同時に宮司と次郎は、これまでの五つの勾玉から発せられていた氣が激しく増幅されて室内に虹色に輝く光が満ちたのを見た。
「えっ」
蓮は急に熱風のようなものに襲われた氣がして、思わず後ろに下がった。宮司と次郎はその蓮を見て頷いた。
「釈迦堂さんとおっしゃいましたね。あなたは怖れていらっしゃる、そうではありませんか」
濃い紫の袴をつと進めて言った宮司の言葉に蓮ははっと息を飲んだ。それから、凌雲の興味深そうな目を避けるようにしてそっぽを向いたが、やがて小さく頷いた。
「どういうわけかわかりませんが、この神社、そしてその勾玉、この勾玉の入っていた像の側で見た夢、すべてが心を乱し落ち着かなくするのです。厳しいこと、正しいことが待っているようでもありますが、正しくないこと、後ろめたいことが増幅される氣もします。神宝と言われるもの、格式の高い神社に対して失礼だとはわかっていますが」
「蓮……」
凌雲が何かを言おうとするのを押しとどめて宮司は言った。
「いいのです。この方がおっしゃっていることは、この神社の本質を指しています。あなたは正しくないこと、後ろめたいこととおっしゃったが、正しいことと正しくないこととを分けたのは神ではなくて人です。龍王神を奉じる我が社では、全てが同じだと説きます。あなたが怖れるのはそれがよくないものだと断じているからです。けれどそれは良いのでもなく悪いのでもない。生と死も、生命と物質も、男と女も、そして善と悪も、概念によって分けられていますがそれは人が理解するため、社会のために便宜上分けたものです。この神域ではその境目がなくなります。あなたは感受性が鋭く、それを感じ取られて不安に思われるのでしょう」
「是諸法空相不生不滅不垢不淨不増不減……」
凌雲が般若心経に通ずるものを感じて口にした。
「そう。その先には『心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃』とありますな。真に理とは、仏法も神道もなく、どの形をとりましてもひとつでございます。あなたが日本においでになり、不思議なめぐり合わせでこの翡翠をこちらにお運びくださったのも、実に尊いご縁です。次郎。どうだ、この勾玉は本物であると思わぬか」
次郎は両手で顔をおおい震えて頷いた。
「間違いございません……。媛巫女さま……」
千年前、老女ツタがもはやこの世にはいなくなっていた息子に再び会えるのを切望しつつ世を去ったとき、次郎は瑠璃媛に手をついて伺ったのだ。
「媛巫女さま。麒麟の勾玉が失われていること、今こそ宮司さまに打ち明けた方がよろしいのではないですか。時が経てば経つほど取り戻すのが困難になるかと思われますが」
瑠璃媛は忠実な郎党次郎をじっと見て低い声で答えた。
「そなたは私の言葉を忘れたのですか。私は龍王様におまかせすると言ったではありませんか」
「もちろん覚えております。でも、あれから五年も経っております。龍王様がそのおつもりなら翌日にでも戻ってくると思っておりましたが……」
媛巫女はそれを遮った。
「いつ取り戻してくださるかはそなたや私の知ったことではない。明日でも、千年後でも。龍王様におまかせするといったらおまかせするのです。人の時の流れを基にしたこらえ性でものを申してはなりませぬ」
あれから次郎の時もめぐった。彼自身の放った矢が、誰よりも大切だった媛巫女の命を奪い、青龍の勾玉と春昌も彼の前から姿を消した。再びこの世に生まれ、安達春昌と瑠璃媛の再来と同じ時を過ごした。だが、次郎には理解できなかったことに、大切な媛巫女の生まれ変わりも苦しみぬいて姿を消した。次郎は幾度も逡巡した。龍王様はなぜ媛巫女さまを幸せにしてくださらなかった。
だが、いま次郎の前には答えが、麒麟の勾玉があった。悠久の時を経て、何事もなかったかのように五珠の勾玉が虹色の氣を発している。千年前に目にした神宝だ。媛巫女さまはついに一度も五珠揃ったのをご覧にならなかったのに、この私が見届けることになるとは……。
「龍王様におまかせするのです」
「神域には善も悪もありません」
おっしゃる通りです。媛巫女さま。私はいまだに何もわかっていない卑しい郎党でした。お約束したように、私は牛丸のことを、この翡翠が失われた経緯を、誰にも語らずに墓場まで持って参ります。人ごときの短絡的な考えで、あなたを幸せにしてくれなかったことを恨むのではなく、あなたがそうなさったように龍王様に仕えて参ります。媛巫女さま、媛巫女さま、媛巫女さま……。
次郎が勾玉を前に哭き続ける姿を、三人の男たちは無言で眺めていた。
(初出:2014年2月 書き下ろし)
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Artistas callejeros、描いていただきました
ユズキさんは、比較的最近お友だちになっていただいたイラストを描かれるブロガーさんです。二つブログをお持ちになっていて、版権(ONE PIECE & NARUTOメイン)扱っている『ぽてぽてぽとふ』と、オリジナル作品を発表なさっている『夢の時間(とき)』。どちらのクオリティもすばらしいのですが、どういうわけか「大道芸人たち Artistas callejeros」を氣にいってくださって、素敵なイラストを描いてくださったのです。
![]() | ◆『大道芸人たち Artistas callejeros』の感想っぽいもの で描いていただいた蝶子 | |
![]() | ◆イラスト:稔とヴィル |
この二枚のイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない二次利用は固くお断りします。
書いてくださった感想もとてもありがたいですし、インスパイアされて描いてくださったイラスト、嬉しくて泣きそうです。ブログの世界にはたくさんの素晴らしい小説があって、その中で最後まで読んでいただけた、氣にいっていただけたということだけでも嬉しくてしょうがないんですが、こうして何度もイラストを描いてくださるほど好きになっていただけたなんて夢みたいです。
ユズキさん、本当にありがとうございました。外伝や第二部も頑張って書きますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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【小説】大道芸人たち 番外編 〜 アンダルーサ - 祈り
「scriviamo! 2014」の第五弾です。limeさんは、うちのオリキャラ四条蝶子を描いてくださいました。ありがとうございます!
limeさんの描いてくださったイラスト『(雑記)scriviamo! 参加イラスト』

limeさんは、主にサスペンス小説を書かれるブロガーさんです。緻密な設定、魅力的な人物、丁寧でわかりやすい描写で発表される作品群はとても人氣が高くて、その二次創作専門ブログが存在するほどです。お知り合いになったのは比較的最近なのですが、あちこちのブログのコメント欄では既におなじみで、その優しくて的確なコメントから素敵な方だなあとずっと思っていました。いただくコメントで感じられる誠実なお人柄にも頭が下がります。そしてですね、それだけではなく、ご覧の通りイラストもセミプロ級。その才能の豊かさにはいつも驚かされてばかりの方なのです。
さて、描いていただいたのは、当ブログの一応看板小説となっている「大道芸人たち Artistas callejeros」のヒロインです。黄昏の中で少女と出会ったシーンからはすぐに物語が生まれて来ますよね。で、これにインスパイアされた掌編を書きました。舞台はどこでもいいということでしたので、私の好きなチンクェ・テッレにしてみました。例によって、出てきた音楽の方は、追記にて。
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
「scriviamo! 2014」について
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scrivianm! 2013」の作品を全部読む
大道芸人たち 番外編 〜 アンダルーサ - 祈り
——Special thanks to lime-san
お母さんは帰って来ない。陽射しが強いから。空氣が重いから。この街は小さな迷宮だ。お店とアパートを結ぶ細い路地をまっすぐ帰ることはしない。できるだけ回り道をするのだ。この新しい道は新しいひみつ。でも、きっと誰も興味を持たないだろう。
「パオラ。ここは子供の来る所じゃないよ」
そう言ったお母さんは、また違う人の首に腕を絡ませていた。お店は昼でも暗い。外にはキビキビと歩く観光客や、ランニングシャツ姿で魚を運ぶおじさんがいて、リンゴの値段をめぐって誰かが怒鳴りあっている。海に反射する光が眩しいし、カラフルな壁が明るくて、生き生きとしている。なのに、お母さんのいるお店だけは、みんなノロノロと動き、光から顔を背けていた。
お母さんは菓子パンを二つ手渡した。遅いお昼ご飯、もしくは晩ご飯を作ってくれるためにアパートに帰るつもりはないんだなと思った。角を曲がるまでにひとつ食べて、波止場で舟を見ながら二つ目を食べ終えた。あたしは海に手を浸して、ベトベトを洗った。おしまい。スカートで手を拭うと、冒険に出かけた。こっちの道はアパートに少しでも遠いかな。
ぐちゃぐちゃの部屋は湿っていて居心地が悪い。冷蔵庫の牛乳は腐っていたし、わずかなパンはひからびて崩れてしまった。それに、ワインの瓶が倒れていたせいであたしのお人形は紫色になってしまった。あの部屋に、いつもひとり。永遠に思える退屈な時間。あたしが神様にお願いするのはたったひとつ。早く大人になれますように。そうすればあそこに帰らなくていいもの。
一日はゆっくりと終わりに向かっていて、壁の色は少しずつ暖かい色に染まりだしている。その路地は少し寂しかった。騒がしい街から切り離されたようにぽつんと存在していて、奥に階段が見えた。甲高い楽器の音がしている。あ、あの人だ。階段に腰掛けて、フルートを吹いている女の人。速くて少し切ない曲だ。
目を閉じて、一心不乱に吹いている。黒い髪が音色に合わせて、ゆらゆらと揺れた。あたしが近づいてじっと見ていると、その人はふと目を上げた。それから、口から楽器を離してちらっとこちらを見た。彼女もあたしもしばらく何も言わなかった。少し困ったので訊いてみた。
「もう吹かないの?」
「あなたが私に何か用があるのかと思ったのよ」
「それ、なんていう曲なの?」
「エンリケ・グラナドスの『十二の舞曲』から『アンダルーサ』またの名を『祈り』」
その人は、どこか東洋から来たみたいだった。少しつり上がった目。ビー玉のように透明だった。上手に話しているけれど発音が外国人だ。
「あなたの国の音楽なの?」
「まさか。私は日本から来たの。これはスペイン人の曲よ」
「スペインも日本も外国ってことしかわからない。この街の外は知らないの」
女の人は、そっと乗り出して地面に指で地図を描いた。
「これがイタリア。あなたがいるのはここ、リオマッジョーレ。そして、これがスペイン。アンダルシアはこのへん」
あたしは身を乗り出した。そしたら、彼女はふっと笑って、少し優しい表情になった。
「遠くに行ってみたい?」
あたしは小さく頷いた。
「うん。行ってみたい。あなたはいろいろな国に行ったことがあるの?」
「ええ。旅して暮らしているの」
「本当に? どうやって?」
「これを吹いて。私は大道芸人なの」
「どうして誰もいない所で吹いているの?」
彼女は少しムッとしたように口をゆがめ、それから一度上の方を見てからあたしに視線を戻して白状した。
「練習しているの。上手く吹けなくて仲間に指摘されて悔しかったの。絶対に今日中にものにするんだから」
そういって、もう一度フルートを構えた。あたしは頷いて、階段に腰掛けた。先ほどのメロディーが、もう一度始めから流れてきた。どこがダメなのかなあ。こんなに綺麗なのに。
「あ、いたいた。パピヨン、探しましたよ」
声に振り向くと、もじゃもじゃ頭で眼鏡をかけた男の人が階段から降りて来た。彼女は返事もしないでフルートを吹き続けた。この人と喧嘩したの? 男の人はまいったな、というようにあたしの方を見て肩をすくめた。優しいお兄さんみたい。
キリのいいところにきたら、パピヨンと呼ばれた女の人はフルートを離してお兄さんの方を振り向いた。
「探して来いって言われたの、ブラン・ベック」
「いいえ。テデスコはヤスと楽譜の解釈でやりあっていて、僕ヒマだったんで」
「そう。私、このお嬢さんと一緒に広場に行って、ちょっと稼ぐ所を見せてあげようと思うんだけれど、あなたも来る? 道具持っている?」
「え、はい。カードだけですけれどね」
あたしはすっかり嬉しくなった。二人を連れて駅前の通りに連れて行った。このリオマッジョーレがチンクェ・テッレで一番大きい町といっても、人通りが多いのはここしかないから。
「パピヨン、ブラン・ベック、こっちにきて。あ、あたしの名前はパオラよ」
彼が戸惑った顔をした。一瞬、目を丸くさせた彼女はすぐに笑い出した。
「どうしたの?」
そう訊くと、彼が頭をかきながら説明してくれた。
「それ、僕の名前じゃないんだ。たよりないヤツっていう意味のあだ名なんだよ。僕はレネ。それから、この人は蝶子」
ふ~ん。本当に頼りない感じだけれどなあ。蝶子お姉さんよりもたどたどしいイタリア語だし。でも、レネお兄さんって呼ぶ方がいいんだね。
駅前通りにはギターを弾いている東洋人とパントマイムをしている金髪の人がいた。レネお兄さんが「あ」と言って、蝶子お姉さんはぷいっと横を向いた。でも、ギターを弾いていた人が、来い来いと手招きしたら、二人ともまっすぐそちらに歩いていった。
ギターが伴奏を始めると、蝶子お姉さんは躊躇せずにフルートを構え、あの曲を吹いた。海の香りがする。太陽の光がキラキラしている。この海の向こうにスペインがあって、アンダルシアもある。心が逸る。まだ行ったことのない所。お母さんの顔色を見ながら、この迷路みたいな町で生きなくてもいいのなら、あたしも旅をする人生を送りたいな。
人びとは足を止めて四人の演技を見ていた。ギターとフルート、カードの手品に、銅像のように佇むパントマイム、誰と喧嘩したのかわからないし、蝶子お姉さんのフルートのどこがまずかったのかもわからない。あたしには何もかも素敵に見える。周りの観光客たちや、町のおじさんたちもそう思ったみたいで、みな次々とお金を入れていった。
その曲が終わると、みんなは大きな拍手をした。コインもたくさん投げられた。
「よくなったじゃないか」
座ってポーズをとったままの金髪の男の人がぼそっと言ったら、蝶子お姉さんは、つかつかと歩み寄ると、その人の頭をばしっと叩いた。ギターのお兄さんとレネお兄さんはゲラゲラ笑った。
暗くなったので、観光客はひとりまた一人と減った。ギターのお兄さんが立ってお金の入ったギターの箱をバタンと閉じると、他の三人も芸を披露するのをやめた。残っていた観客は最後に拍手をしてからバラバラと立ち去った。
「どうやったら大道芸人になれるの?」
あたしはペットボトルから水を飲んでいる蝶子お姉さんに訊いた。彼女はもう少しで水を吹き出す所だった。げんこつで胸元を叩いてから答えた。
「なるのはそんなに難しくないけれど、憧れの職業としてはちょっと志が低くない?」
「あたし、自由になりたいの。いつ帰ってくるかわからないお母さんに頼って生きる生活、こりごりなの」
叫ぶみたいに、一氣に言葉が出てしまった。
それを聞いて、蝶子お姉さんはじっとあたしを見た。それからしゃがんで、あたしと同じ目の高さになって、あたしの頭を撫でながら言った。
「大丈夫よ。大人になるまではあっという間だから。それまでに、一人で生きられるだけの力を身につけなくちゃね。学校で勉強したり、スポーツを頑張ったり、いろいろな可能性を試してご覧なさい。どうやったら一番早く独り立ちできるか、何を人生の職業にしたいか、真剣に考えるのよ」
「お前、やけに熱入ってんだな」
ギターを弾いていたお兄さんが言った。蝶子お姉さんは振り向いて言った。
「だって、私の小さいときと同じなんだもの」
あたしは大きく頷いた。蝶子お姉さんがあたしと同じようだったと言うなら、あたしも大きくなったらこんな風に強くて素敵になれるのかもしれない。お姉さんはあの曲は『祈り』ともいうんだって言った。だったら、あたしは新しい祈りを加えることにした。早く強くて素敵な女性になれますように。
「それはそうと、そろそろ飯を食いにいくか」
ギターのお兄さんが言った。
「パオラ、お家は遠いの?」
蝶子お姉さんが訊いた。あたしは首を振って、それから下を向いた。
「どうしたのかい?」
レネお兄さんがかがんで訊いた。
「誰も帰って来ないし、食べるものもないもの」
四人は顔を見合わせた。
「お家の人、いないの?」
あたしはその通りの外れにある、お母さんがいるお店を指差した。
「お母さん、男の人と一緒だから、帰りたくないんだと思う」
蝶子お姉さんは黙って、お店に入っていったが、しばらくすると出てきた。
「この隣のお店で食べましょう。パオラ、一緒にいらっしゃい」
隣は、ジュゼッペおじさんの食堂だ。美味しい魚を食べられる。ときどき残りものを包んでくれる優しいおじさんだ。お母さんは、お店の扉からちらっと顔を出して、ジュゼッペおじさんとあたしをちらっと見た。
「遅くならずに帰るのよ」
それだけ言うと、またお店に入ってしまった。
ギターのお兄さんが言った。
「パオラ、好きなものを頼みな。腹一杯食っていいんだぞ。それから、俺は稔って言うんだけどな。こっちはヴィル」
そういって、水をコップに汲んでくれている金髪のお兄さんを指差した。
あたしは嬉しくなってカジキマグロを注文した。蝶子お姉さんが大笑いした。
「好物まで一緒なのね。私にもそれをお願い、それとリグーリア産のワイン」
「ヴェルメンティーノの白があるぞ。これにするか」
ヴィルお兄さんが言うと蝶子お姉さんはとても素敵に笑った。あれ、仲が悪いんじゃないんだぁ。
四人はグラスを合わせる時にあたしの顔を見て「サルーテ(君の健康に)!」と言ってくれた。あたしはカジキマグロを食べながら、こんなに楽しいことがあるなら、大人になるまで頑張って生きるのも悪くないなと思った。
(初出:2014年1月 書き下ろし)
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最後は二人で

イラスト by 羽桜さん
このイラストの著作権は羽桜さんにあります。羽桜さんの許可のない二次利用は固くお断りします
最初に羽桜さんにイラストをお願いした時には、本当に最初の「百花繚乱の風」のシーン、瑠水が真樹と音楽を聴いているシーンだけのつもりだったのです。有名なアニメなどの二次創作ならまだしも、見ず知らずの人間のオリジナル小説でいきなりイラストを描けと言われても面食らいますよね。羽桜さんはとてもそんな私の申し出に快く応えてくださいました。そして、最初にお渡しした設定のわかる一文だけでなくて、「Dum Spiro Spero」全部を読んでくださったのです。
どんな服にするか、どんな背景でどんな時間帯の光にするか、髪の長さは、表情はと、本文を書いた私でも意識していなかった部分まで丁寧に読み込んで下絵を作ってくださったのです。
この最終回のシーンは、最初に出てきたシーンと共通する点がいくつかあります。二人が一緒にして、時間帯が夕方です。でも、この小説を通して二人が変わってきたその違いも丁寧に描き込まれています。
私が感心したのは、二人の周りに散っている黄金の光です。少女マンガ的な「キラキラ」と思ってもいいんでしょうけれど、これは私にとっては「龍の媾合」というシーンで二人の間に特別な絆がある事を示唆した記述があるのですが、そこで「見える者」にだけは見える不思議な光として登場したものなんですよ。
そりゃ、私は「樋水龍神縁起」オタクですが(作者だからあたりまえ)、この光をみてひとりで「よっしゃ!」と叫んでいる図は、さすがにアブナイものがありました。
そういうわけで、羽桜さんには連載の開始前から、最後まで、本当に驚かされっぱなしでした。体調が良くないときや、とてもお忙しい時にも、連載に穴があかないようにと無理をしてくださった事、心から申し訳なく思っています。
羽桜さん、本当にありがとうございました。そして、また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。
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小説にちなんだ詩を書いていただきました
akoさんの書いてくださった詩 「宇宙(そら)のまばたき 」

この詩の著作権はakoさんにあります。無断引用は固くお断りします。携帯待ち受画面など個人でご使用なさることはOKのようです。くわしくはakoさんのブログで
この詩は、先日発表した私の「終焉の予感」にインスパイアされて書いてくださったのだそうです。
いやはや、なんとももったいない。小説を発表するときに、「もしかしてこの話、読者に呆れられるかなあ」とちょっと心配だった私です。「なんなんだこの設定は」なんて。でも、思いのほか反響をいただき、感情移入してくださった方がいて、私としてはとても嬉しかったのです。そして、作品にインスパイアされてこれほど透明で優しくて美しい言葉を書いていただけるなんて、夢にも思っていませんでした。ああ、書いてよかったな、発表してよかったなと、一人で飛び上がりたくなっておりました。
そういうわけで、akoさんにお願いして(強奪したともいう)持ち帰らせていただき、ご紹介させていただくことにしました。
akoさん、本当にありがとうございました! 大切にさせていただきます。
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アニメ風にしていただきました!

それでですね。なんと今回はカラーを四枚も描いてくださったのです。続けて表示すると表情が変わるようになっているんです。それで、JQuery使ってアニメ風に表示してみたのです。ちなみに、表示されている間にクリックすると、それぞれの大きいイラストが表示されるようにしてありますので、ぜひぜひ四枚とも大きくご覧になってくださいませ。
イラスト by 羽桜さん
この記事のイラストの著作権は羽桜さんにあります。羽桜さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
それにしても、お願いする度にパワーアップして、新しいアイデアで素晴らしい挿絵にしてくださる羽桜さんの熱意には本当に感謝です。本当に本当にありがとうございます。
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細部に宿るすべてへの想い

イラスト by 羽桜さん
このイラストの著作権は羽桜さんにあります。羽桜さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
「即興曲」で瑠水が拓人のピアノを聴いているシーン。お願いしたのはこんな内容。そう、つまり丸投げ状態です。羽桜さんは「Dum Spiro Spero」の全部を通して読んでくださっているのですが、昨日のシーンを読んでいただいてもわかるように小説では絵を描くのに必要な情報の多くが欠けています。それを一つひとつ読んだ文章の中から想像して作者の私が驚くような細部に再現してくださるのです。
高校生時代の瑠水の制服、水の中に入った時の肌着もそうでしたが、今回の瑠水の服装に関しても完全に羽桜さんにおまかせでした。でも、見てくださいよ。色も、表情に現れている不安を表したかのような模様も、あまりにぴったりになるように考えられていて、唸ってしまいました。そして細かいレース、影に至るまで本当に丁寧に描き込まれているのです。
そして拓人の方も、私は「拓人の部屋にはグランドピアノが置かれていた」で済むのですが、羽桜さんはそれを描かなくてはならない。そして、情感を込めてそれを弾いている拓人を合わせなくてはいけない。絵の精彩さと人物と感情のドラマが見事に調和しています。ピアノに、鍵盤と拓人の指が映っているのですよ。わかります?
私は自分ではイラストを描けないのですが、一目見ただけでどれほどの時間をかけて、丁寧に仕事をしてくださっているかがわかります。
こんな風に挿絵を描いていただけるのが当たり前だとは思っていません。小説を読み、どんなイラストにするか構図やポーズを考え、資料をあたって、そして本当に丁寧に描き込む、大切な時間をたくさん私の小説のために割いてくださっている。本当に感謝してもしきれません。
そして、これだけでは足りずにまだお願いしているとんでもない私です。羽桜さん、本当にありがとうございます。
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もう一度、自慢(笑)

イラスト by 羽桜さん
このイラストの著作権は羽桜さんにあります。羽桜さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
「もしよかったら、また別のシーンも」って、物欲しげに書いてみたんですよ、ダメ元で。そうしたら、とても氣さくにOKしてくださったのです。時間もあまりなかったのに、しかも、水の中という難しいシーンだというのに、文句一つおっしゃらずに、こんなに素敵なイラストを!
しかもですね。何も注文つけなかったのに、私のイメージ通りの、(セクシー系ではなく)「お子様肌着」で描いてくださったんですよ。瑠水は18歳とはいえ、精神的にはお子様なので、こういうの着ているだろうなあと思っていましたが、羽桜さんもそう思っていらしたみたいです(笑)
瑠水の後ろに見える光は、『龍の媾合』の宵の異様な満月の光でもあるし、樋水川の化身であるご神体、樋水龍王神や瑠水が惹かれて止まない青白い蛟の放つ光のようでもあります。いやあ、こんな風に描けるんですねぇ。小説の方は、ものすごく簡単なんですが、絵師さまは本当にすごいといつも思います。
羽桜さん、素敵なイラスト、本当にありがとうございました。
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詩を書いていただきました
akoさんの書いてくださった詩 「宵の明星」

この詩の著作権はakoさんにあります。無断引用は固くお断りします。携帯待ち受画面など個人でご使用なさることはOKのようです。くわしくはakoさんのブログで
この詩は、ちょうど今akoさんが読んでくださっている、私の「樋水龍神縁起」(本編)にインスパイアされて書いてくださった詩だそうで、ううう、なんてもったいない。透明な言葉が胸に染み入ります。この話の主人公の一人新堂朗は、私が作者として惚れ込んだ数少ないキャラでして、思い入れはとても強いのです。こんな風に素敵に表現していただけるのは涙が出るほど嬉しいです。
akoさん、本当にありがとうございました! 大切にさせていただきます。
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「愛は惜しみなく奪」ってきちゃいました……
で、どちらもお願いして、持ち帰らせていただきました。というよりは、かなり強奪に近いです。どちらも、作品の方に挿絵として貼付けさせていただきました。持ち帰りと使用を快諾してくださったダメ子さんとスカイさん、本当にありがとうございました。
そういうわけで、ここで両方一緒にご紹介させていただきますね。
「うわさのあの人」
この小説は、「ダメ子の鬱」のキャラのひとりキョロ乃ちゃんをお借りして書いた半二次創作小説です。半というのは、ダメ子さんの許可なく勝手に名前をつけたり、大学に入学させたりしているので。
で、描いていただいたイラストはこちら。キョロ乃ちゃんは、現在「ダメ子の鬱」ブログの人気投票でトップを独走中のかわいい女の子です。当方のオリキャラ、浅野馨も、とってもかっこよく描いていただいています。

イラスト by ダメ子さん
このイラストの著作権はダメ子さんにあります。ダメ子さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
ダメ子さんのブログ「ダメ子の鬱」
「星売りとヒトデの娘」
この小説はスカイさんの代表作「星恋詩」の主役・星売りさまをお借りして書いた、二次創作小説です。
で、描いていただいたイラストはこちら。あまりの星売りさまのイケメンぶりに、ヒトデ娘は予定を変更して地上に残ってしまいそうです。

イラスト by スカイさん
このイラストの著作権はスカイさんにあります。スカイさんの許可のない二次利用は固くお断りします。
スカイさんのブログ「星たちの集うskyの星畑」
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挿絵を描いていただきました

瑠水と真樹の二人です。これから連載するので「誰それ?」だと思いますが、実は、一度このブログの小説に出てきています。このイラストの場面は、それよりも七年くらい前ですね。
瑠水は真樹のiPodを借りて、生まれてはじめてクラッシック音楽を聴いています。ドボルザークの「新世界から」です。そして「あ、これは知っている。『遠き山に日は落ちて』でしょう」なんて言っています。羽桜さんは、このシーンにぴったり言わせて、この素晴らしい夕陽の色をつけてくださったのです。
羽桜さんは、素敵なイラストを描いたり、ノベルゲーム制作もなさっているブロガーさんです。今回のイラストを作ってくださるその制作過程がとても丁寧で、本当に感激してしまいました。私の小説って描写があまり細かくないので、ご迷惑をおかけしたみたいですが、先回りしていろいろなところを考えてくださったのです。
出来上がったカラーのイラストを見て、「うそ〜」っと叫びたいほどでした。瑠水と真樹が本当にイラストになっている。それも本当に奥出雲樋水道の(私しか知らない)あの木の下にいる!
羽桜さん、本当にありがとうございました。大切にさせていただきます。
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入り込ませていただきました

スカイさんは、小説とイラストの両方を創作なさる学生さんです。そして、私がお世話になっている「月刊・ステルラ Stella」の二人の主宰者さんのお一人です。ひと口でイラストといっても、いろいろなテイストのものを描かれるのです。代表作である「星恋詩」には切り絵のようなハッキリとした線と色遣いのイラストが、そしてよく「ノートの落書きから生まれた」とおっしゃるキャラクターたちはほわっとしたかわいいイメージで、そして、今回いただいたイラストのように優しい水彩画のごとき絵。まさに変幻自在ですよね。それでいて、どのイラストにもスカイさんらしさが溢れています。
このイラストには献辞も入れていただきましたので、大喜びでお持ち帰りさせていただきました。早速皆さんにお披露目したいと思います。
このお礼に、「scriviamo!」として、お返しの掌編を作るつもりです。発表は来週になるでしょうか。もう少々、お待ちくださいませ。
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フェリーの上の蝶子をいただきました!
登場のシーンですので、海の上で、髪は腰まであって、しかも泣いています。性格きついヒロイン蝶子が泣くシーンは、後にも先にもここだけです。かつては私の脳内にしかなかったこのシーンが、イラストになりました。
お友だちにイラストをプレゼントしてもらっている、いろいろな方のブログで「いいなあ、でも、うちはイラストどころか、そもそも読者がいないし」と指をくわえていたのは昨日の事のようなのに。

「scriviamo!」では、来週の頭にキャラをお借りしての返掌編発表を予定していますが、このイラストはお願いして持ち帰らせていただきましたので、まずはここでご紹介させていただきます。
紗那さんのブログ「「グランベル魔法街のきまぐれ掲示板」」は、ライトノベルとイラストの一次創作、それに学生さんの日常を綴っていらっしゃいます。タイトルにもある「グランベル魔法街へようこそ 」、Stellaでもおなじみの「まおー」など、ラノベ好きの方にはたまらないブログでしょう。
「大道芸人たち」を知らない方のために。「大道芸人たち Artistas callejeros」は昨年このブログで長期連載していたオリジナル小説です。まだご存じないという方、いくつかのまとめ読みの形態をご用意しています。よろしかったら、この機会に是非……。
あらすじと登場人物
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ヴィルを描いていただきました
「嘆きのシュメッタリング」という題の作品です。蝶子と出雲を思い出しながら、自分の心から絞り出す音を父親の前ではじめて正直に吹いてみせた、あそこのシーンです。

「scriviamo!」は、今週末に予定していますが、「どうしても欲しいんです」とお願いして持ち帰らせていただきましたので、まずはここでご紹介させていただきます。
canariaさんのブログ「「音速形而上少年」」では、マンガ、詩、イラスト、絵画、動画、そして小説からなる総合芸術「侵蝕恋愛」を展開しています。一度ハマったら逃れられないのは、「侵蝕恋愛」の登場人物と同じ! 心地よく溺れにいきましょう。
「大道芸人たち」を知らない方のために。「大道芸人たち Artistas callejeros」は昨年このブログで長期連載していたオリジナル小説です。まだご存じないという方、いくつかのまとめ読みの形態をご用意しています。よろしかったら、この機会に是非……。
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- プロフィール画像、描いていただきました! (04.10.2012)
お年玉、いただきました!


超感激です。本当に蝶子ですよ。そうそう、こういう姿なんです。うひゃ~。自分の頭の中にしかなかった子が、イラストになることがこんなに嬉しいものだとは全く知りませんでした。ダメ子さん、本当にありがとうございました! 宝物にさせていただきます。
ダメ子さんのブログ「ダメ子の鬱」はちょっぴり後ろ向きな高校生の主人公を中心に、愛すべき個性豊かな面々が、時には身につまされ、時にはシュールな日常を送るようすを綴るオールカラーのマンガが掲載されています。私も大ファンなのです。
「大道芸人たち」を知らない方のために。「大道芸人たち Artistas callejeros」は昨年このブログで長期連載していたオリジナル小説です。つい先日、最終回をアップしたばかりで、いくつかのまとめ読みの形態をご用意しています。よろしかったら、この機会に是非……。
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イラスト描いていただきました



今回書いた小説「狩人たちのパストラル」は、二人の老人の秋の一日。二人のなれそめである、60年前のそり祭りの思い出も含めて、本当に素敵なイラストを描いていただきました。
今回は、もう一人、主宰者のお一人落合朱美さんの源氏物語をテーマにした詩に幽玄なイラストも描かれています。さらに、まほろさんは小説も書かれる、本当に多才な方なのです。
そのまほろさんの作品、それから私が書いた小説・エッセイなどの載った「Seasons 2012年秋号」。興味のある方は、こちらからどうぞ。
うたかたまほろさんのブログ 「泡沫楽園」
ポエトリーカフェ武甲書店
Seasons 専用ブログ
太陽書房
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プロフィール画像、描いていただきました!
で、昨日、訪問したら、ええええええええええ〜。こ、こんなにかわいいイラストになっている。

観てくださいよ。実物はこんなに可愛くないですが、これが私だという事にしておいてください。そして、山も空も、光すらもほんとうにイメージ通りなんです。すごすぎです。
キルケさん、本当にありがとうございました。宝物にします。
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いつか……
結婚記念日の記事にたくさんのコメントをいただいた事を、とても嬉しく思っていました。それだけでも十分に嬉しかったのですが、ウゾさんのところでこんな素敵なお祝いの掌編をいただいてしまいました。嬉しい、嬉しい、生まれてはじめての献辞つきです!
何時か 一緒に 言葉になろう。
scribo ergo sum の 主催者 八少女 夕 さん へ 捧ぐ
わたし達って 七夕の様だねと 笑いあった事がある。
確固たる 自身を持ち 曲げることが出来ない 遠く離れ 偶に 折を見つけては会う。
自身も そして 自身の仕事も大切 其の上で 貴方に会いたいと思う。
其れは 貴方も 同じだろう 我侭なのだろうか。
御互いに 遠く離れている為に 会う場所は 何時も中間地点の小都市。
何かあるわけではない 寧ろ 何も無い 小都市。
何かを 求める頃は 過ぎ去り 蒼い柔らかな頬は 既に失くした。
唯 小さな 静かな時に 身を委ねる。
駅前の 何の変哲も無い喫茶店で 唯 お茶を嗜む。
観光や 買い物 その様なモノを求める様な 幼い 感覚は 遠く過ぎ去った。
唯 沈黙が 緩やかに流れ…
… 元気にしていたか。
… ええ 少し 風邪をひいてしまった。
… そうか。
沈黙に 身を委ねる 心地よさ。
… 人の死は 終わりではない 人は 最後は言葉になる。
其の人の表面的な 顔立ちや 声音は やがて 掠れ ぼやけ…
やがて 思い出せなくなるだろう。
でも その人は 優しかった 厳しかったと 言葉になり 思いとなる。
緩やかに 穏やかに 何時か 何時か 言葉になるまで 共に時を刻まないか。
そして わたしは 其の手を握り締める けっして 離さないと。
何時か 一緒に 言葉になろう。 - 百鬼夜行に遅刻しました
私はかつて鳥になりたかったのです。オペラシティの14階、新宿のビル街を見通すガラス張りの休憩室で、遠くに住むその人のことを想っていました。自由に飛んでいく鳥を眺めながら、もし、仕事や国境やその他の自分を縛り付ける因習を振り払えるなら、力の限りに西を目指すのにと思っていました。
ようやく休みをとって、七日でスイスとの往復をして翌日から出勤して働いたので、体が悲鳴を上げて高熱を出しました。もうだめなのかな、と諦めかけました。距離と社会的な壁と銀行預金とに負けるのかと思いました。
さよならを決意したその時に軽やかに飛んできたその人が、あっさりと引き取ってくれて私は今ここにいます。
鳥になりたかった私をあのビルの中に残したまま、バイクの後ろで感じた風をアフリカに置き去ったまま、たくさんの想いをこの谷にこぼしながら。
彼はこんな風に言葉にします。
「お前は最初の女じゃないけど、多分これで打ち止めだから」
いつかは言葉だけになる日が来るでしょう。私か、彼か、そしてその両方がどこにもいなくなって。でも、ウゾさんがくださった美しい掌編が予言だった事がわかるその時まで、私の想いはずっと空を舞っているのです。
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