【小説・定型詩】蒼い騎士のラメント
「scriviamo! 2015」の第二弾です。Sha-Laさんは、以前に書かれた詩に物語を付けた作品で参加してくださいました。
Sha-Laさんの詩と小説『単発! 吟遊詩人アルス (1話完結)』
Sha-Laさんはファンタジーを中心に現代物、架空世界物などを書かれるブロガーさんです。
今回参加してくださった作品は、もともとどなたかにリクエストなさったイラストと組み合わせてあって、吟遊詩人と王妃さまに関する小さなお話でした。
お返しのご希望が「定型詩+それに合わせた物語」ということでしたので、どうしようかなとしばらく考えました。で、結局、吟遊詩人という存在だけそのまま使わせていただき、いま連載中の「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の舞台の中に組み込む事にしました。というわけで、舞台は中世ヨーロッパ風異世界です。出てくるキャラは読んでくださっている方にはおなじみの傍観主人公で、今回も例に漏れずオブザーバー。Sha-Laさんご自身はこの作品はお読みになっていらっしゃらないと思いますが、特に読む必要もないと思います。
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蒼い騎士のラメント
——Special thanks to Sha-La san
ああ、降り出した。マックスは白い息を吐きながら空を見上げた。重く暗い灰色の空から、白い雪の欠片がひらりはらりと降りてくる。幸い森には切れ目が見えて、間もなく聞いていた街へと辿りつくようだ。早く暖炉の火で暖まりたい。
急に羽ばたきがして、彼のすぐ側の大きな樅から鳥が飛び立った。鷹がこんな所に? マックスはその樅の奥に目を凝らした。すると、そこに大きな灰色の塔があるのがわかった。道を見失わないようにそっと歩み寄ると、その塔には苔やツタが絡み、上部は崩れ落ちて天井がなくなっており、長い間忘れ去られていたものだということがわかった。
また、その位置からは森の出口までにあまりに距離があって、高い針葉樹に阻まれてとても物見の塔の役割は果たせなかったであろうと思われた。では、何のために。彼は不審に思ってその塔の周りを一周したが、何も見つけられなかった。興味を失って街へと向かう道へと戻ろうとした時に、先ほどの鷹が再び塔に戻り、上部の四角い窓から塔の中へと入って行った。鷹にとってはちょうどいい住まいなのかもしれぬ。彼は納得してその場を去った。
雪で白くなりかけている下草を踏み分けながら、森の出口にさしかかった。既に白く埋まった野原の向こうに見えてきた街は、そこそこの大きさで旅籠も少なくとも数軒はありそうだった。行商たちの声、鍛冶屋の鉄を叩く音、雪がひどくなる前に家路を急ぐ人びと、マックスはスープの香りを頼りに旅籠を探した。
《銅の秤》という旅籠を覗くと、中は料理と酒を待つ人びとで一杯だった。それでマックスはおいしい料理を期待して中に入って行った。
「今夜、泊めてもらえないか」
そう訊くと頑固そうな親爺が早口で宿賃を口にした。
「朝食は込みだが、夕食は別だ。ここ以外で夕食を食べる客は滅多にいないが」
マックスは「夕食も頼む」と言って、少ない荷物を椅子の上に置いた。
その席の前には彼よりもほんの少しだけ年上に見える銀髪の男が座っていて、マックスの座る場所を作るために彼の荷物をどけた。すると竪琴が目につき、彼が吟遊詩人である事がわかった。それに氣がついたのはマックスだけではなかったらしく、少し酔いの入った髭の男が大声を出した。
「吟遊詩人がいるぞ! 景氣のいい歌を歌ってもらおう」
竪琴を布で覆って、詩人は答えた。
「申し訳ないが、私は悲しい唄しか歌えないんだ」
酔った男たちは「そんな吟遊詩人があるか」と一様に不満の声を上げたが、詩人が頑に歌うのを拒んだので、やがて白けて酒と猥雑な冗談へと戻っていった。
詩人は傷ついた瞳を落とし、冷たくなったスープにとりかかった。
マックスは、この詩人に興味をおぼえた。
「どうして楽しい唄は歌わないんだ? 何か事情があるのかい?」
そう訊くと詩人は、目を上げた。それからとても短くひと言で答えた。
「罰」
「罰? 誰からの? どんな罪に対しての?」
詩人は答えずにスープを食べ終えた。旅籠の主人がマックスの温かいスープと一緒に詩人に煮込み肉を持ってきた。それでマックスはスープに取りかかり、口をきこうとしない詩人の事を忘れる事にした。詩人は時おり考え込むようにしてひどく時間をかけて食べていたので、果物の甘煮は二人同時に出る事になった。
低い声で詩人は言った。
「旅人よ、悲しい唄は聴きたくないかい」
「いや、君が嫌でないならば、僕はぜひ聴いてみたい」
他の男たちは安い酒を飲みすぎて、疲れて眠りはじめている。うるさかった食堂は竪琴の音が聴こえるほどには静かになっていた。詩人は酒を飲み干すと、竪琴を取り出して弾き語り始めた。
かの
女は深夜に 白金 の髪を梳き
空眺めため息をつく籠の鳥
その塔は乙女を護る灰の檻
蒼ざめた肌を照らす暗き月
騎士の琴 甘き調べに心浮き
白き絹裂けて躯 踊りし深き森
哭き鳥が夜を切り裂き叫ぶ時
亡骸をつれなく覆う夜の雪
義なき騎士 罪は永劫赦されまい
こと切れし女主人を運ぶ黒い馬
都へと報せを運ぶは白き鷹
その女の 紅唇 は二度と開かない
消ゆるは蒼く冷たき水の砂氷華 哀しく咲くは冬の墓
続けて詩人はいくつもの哀切のラメントを歌いだした。どの唄にも蒼い甲冑を身に着けた騎士が、国王の隠し子である姫に甘い言葉を囁き、そのせいで彼女が塔から身を躍らせて亡くなってしまった悲劇を歌っていた。塔から降りるために使おうとした白い絹が裂ける絶望的な音、誠実ではない騎士に対する姫の嘆き。雪の上に沁みていった姫の赤い血潮。
「それはもしかして、あの森にある塔で起った事なのか?」
マックスは好奇心に耐えかねて、詩人の唄を遮った。
竪琴の弦が切れて、びいいいいいんと谺した。人びとは語るのをやめて押し黙り、重い静寂が部屋を覆った。だが、それも一瞬の事で、やがて他の客たちはマックスと詩人を忘れて酒と雑談に戻っていった。
マックスは、動かなくなった詩人を見つめて押し黙っていた。彼らの周りだけには、あの森の冷たく凍える灰色の塔と、雪の重さにしなった針葉樹が存在したままだった。
詩人の閉じられた目から、赫い涙が流れた。詩人を覆っていた白いケープが解け、その下からかなり昔のものと思われる蒼鈍色の騎士の甲冑が見えた。
「罰というのは……」
マックスの問いかけに答えず、蒼い騎士でもある詩人は竪琴を使わずに悲しい唄を繰り返した。歌われた白い雪が、森の灰色の塔に降り積もる。音もせず訪れる者もいない忘れ去られた墓標を静かに覆い尽くしていく。
女が待ち続けた永劫を、罰を受けた騎士が歩み続ける。この地に縛られ、誰も耳を傾けぬ悲しい唄を彼は一人歌い続ける。
その街を離れる時に、マックスは後方の塔を抱く森を見た。それは白い雪に覆われて、忌まわしい因縁すらも、幻の彼方へと消してしまっていた。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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【定型詩】愛の終わり
limeさんの記事 (イラスト)妄想らくがき・一コマに戯れる
で、掌編を書くと思ったでしょう?
書きませんでした。私にとってはもっと難しいソネットにしてみました。ソネットとは脚韻を踏んだ十四行定型詩のことです。(くわしくはこの辺やこのあたりをどうぞ)たった十四行ですが、小説の二倍のエネルギーが必要なんです。私が詩を書く時はいつもソネットです。散文詩ってどう書いていいのかわからないので……。今回の韻はabc-abc-defg-defgで踏んでいます。って、日本語だからわかりますよね。
きっと他の皆さんが作られる作品とは逆ベクトルになっているかと思います。救いのない作品になってしまいましたが、一番最初にイメージした世界で作ってみました。しかも、「イラストとソネット」だけの世界と、「題名とソネット」だけの世界では、語っているものが全く別になるように作りました。limeさん、お氣に障ったらごめんなさい!
愛の終わり
- Inspired from the illustration by lime-san

このイラストの著作権はlimeさんにあります。
星のかわりに雪が降る
もう動きはしないあなたの上に
悲しみ歌う詩人のように
二度とは明けない夜がくる
約束違えたわたしのために
天が冷たく裁いた通り
虚空の風がわたしを襲う
宙の彼方に記憶は消えた
かつての二人が夢みた未来
手を伸ばしもせずにあきらめた
夜の帳が世界を覆う
伝える言葉は心に埋めた
闇に消えゆく最後の願い
ぬくもり残るあなたに触れた
(2014年2月 書き下ろし)
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【定型詩】海の月と空の月 L'amore è il veleno mortale
「scriviamo!」の第五弾です。
canariaさんは、「大道芸人たち Artistas callejeros」のヴィルを描いてくださいました。本当にありがとうございます。

canariaさんが描いてくださったイラスト 嘆きのシュメッタリング
私の方からは、恐れ多くもcanariaさんの看板作品「侵蝕恋愛」のケイ様の心の中をイメージしたソネット(14行による定型詩)に、ヒロイン(っていっていいのかな?)のセイレンたんのイメージ画像を組み合わせてみました。
「侵蝕恋愛」は、イラスト、絵画、マンガ、動画、詩、そして小説からなる総合芸術です。生と死を繋ぐ二つの性、聖なるものと俗なるもの、対照的な二人の男性と、二つの性を兼ね備える太陽と月に象徴される二人、危険だけれど逃れられない狂おしき愛が、有無を言わさずに巻き込んでくれる強烈な世界です。
私はもちろんですが、多くの熱烈な読者を持つこの世界に、おこがましくも触れるのは、大変勇氣がいたのですが、canariaさんがOKしてくださったので、私の憧れの氣もちを表現させていただきました。なお、題名とイラスト中で使っているイタリア語は「この愛は猛毒(死にいたる毒)」という意味です。canariaさんの「侵蝕恋愛」のサブタイトル、「それは、恋愛。ヘビーシロップ漬けの猛毒の果実」を超訳のイタリア語にしてみたつもりで。(全然違うと怒られそうですが……ごめんなさい、ごめんなさい)
日本語ソネットとしての脚韻はa-b-c-d, a-b-c-d, e-f-g, e-f-gで踏みました。定型詩なので、使える言葉の数が限られて苦悩しましたが、今の私に出来る、最大の力を振り絞って書きました。妙な所についてはどうぞお許しください。(ソネットとはなんぞやについては、この記事を参照してください)
昨年末より、体調を崩されているcanariaさんが、一刻も早くお元氣になられますように。
「scriviamo!」について
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海の月と空の月 L'amore è il veleno mortale
Inspired from「侵蝕恋愛」
——Special thanks to canaria-SAN

重たげに憂いに満ちた頭をもたげ
億千の男を惑わす
溢れて襲う わが追憶の河
蒼蒼の墓場にとどく月の影
幾万の異形の影が砂地を
掴むは消えゆく水の泡
哭き叫ぶ魂 乗せた難破船
杭もなき儚き波止場に辿りつく
水底に薨ずる想いは夢の奥
海と空、二つの月結う茨の螺旋
深海へ揺れて消えゆく血の滴
愛、それは、この身を滅ぼす
(初出:2013年2月 書き下ろし)
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【定型詩】碧い星の円舞曲
追記に今回のソネットの形式について、あいもかわらず言い訳めいたことが書いてあります。

碧い星の円舞曲(ロンド)
凍てついた星のきらめく窓の外
明るく照らす天の月
雪野に響く鐘の音
子供らが勇んで撒くは紙吹雪
あかあかと薪ストーブの火は爆ぜる
奥方はケーキの時間を見計らう
亭主はジョークを織り交ぜる
客は飲み食べ語り大いに笑う
我らを乗せた碧い星
太陽を眺めゆるりと周る
めぐりくるは新たな年
東より明けて日にちも変わる
重ねるグラスの泡に酔い
異国で寿ぐ春の宵
(初出:2012年12月 書き下ろし)
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【定型詩】魅惑のブログの一年に
リクエストですか 嬉しいですね。
僕のほうの ワタリガラスが夜ノサーカス見に行くとか
探偵もどき二人組が大道芸人のあの方たちの音楽を聴くとか
気象のシリーズの連中が ラスボスを語るとか 何かコラボ的なものか
それか 以前 ハロウィンの記事の時に 少し書かれていた 子供が鈴をもって…の
お祭りについての記事!!!!!
それか この前 書かれていた 定型詩で何か。
いくつかのリクエストの中で、いちばんプレゼントっぽく出来そうだったのがこれでしたので、まずはこの詩を捧げたいと思います。(コラボは、別に是非しましょう!)前回から苦心してトライしているソネット。今回は特別に日本語で書いてみました。
追記にもう少し説明(というか、またしてもいい訳)を書きます。
魅惑のブログの一年に
— ウゾさんのブログ一周年によせて —
雪のような猫姫が静かに時を数えれば
子猫らが戯れ遊ぶ書の
玉露の香りが三時の空氣に溢れれば
媼の優しき和菓子に舌鼓
いくつものフィルムの味わい深い写真
なつかしき人との異国の旅語り
小さな弟のゲーム画面は大躍進
重きは優しき兄の
はらはらと時が舞い散る夢の城
茹ですぎたパスタは小麦に舞い戻る
季節らが優しく染めるの空の色
アリスらは儚き宵にワルツを踊る
大好きなブログの一年みな祝おう
また
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【定型詩】孤独な少年のためのクリスマスソネット
ドイツ語の下には一応日本語の訳を載せました。単純に意味を知りたい方のためのものですので、定型詩にはなっていません。また、逐語訳ではありませんので、ご了承ください。
追記に私が理解しているソネットとその形式について、ならびにこの作品を書くに至った経緯など書いてあります。

Weihnachts-Sonett für das einsam Kind(孤独な少年のためのクリスマスソネット)
Warte, Kleine, bis morgen acht,
werden wahr alle deine Träume.
In weiche Gefühl von Seide,
traum, mein Schatz, den Zirkus der Nacht.
Einsamkeit hat die große Macht.
Spielzeuge haben keine Werte.
Komm Christkind hier auf die Erde.
Gib uns Liebe in deiner Pracht.
Sieh die Kerzen auf den Kranz,
Tannenbaum steht grün und dicht.
Flocken der Schnee fallen vom Himmel.
Die Stern leuchten in goldenen Glanz.
Deine Leben wird voll mit Licht.
Hier ertönt Trompete von Engel.
明日の八時までお待ちなさい。
あなたの夢は叶うでしょう。
柔らかい絹に包まれて
我が子よ、夜のサーカスを夢みなさい。
孤独には大きな威力があって
おもちゃもあなたを救えなかったわね。
赤ちゃんとなったキリスト様、この地においでください、
あなたの素晴らしい愛を与えてください。
リースの上の蝋燭をごらんなさい。
樅の木も緑に繁って立っているわね。
天からは雪片が降りてくる。
星は黄金に輝くわ。
人生は光で満ちるのよ。
ここに天使のトラッペットが鳴り響く。
(初出:2012年11月 書き下ろし)
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