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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012

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Posted by 八少女 夕

アペニンを駆けた一週間

アペニンの眺め

さて、二週間の休暇も本日でおしまい、明日からは出勤です。
(月曜日に一度呼び出されているので、ものすごく久しぶりというわけでもなく……)

ということはさておき、先週行ってきた北イタリアのことを少しだけ報告しますね。
夏の休暇は、連れ合いのバイクにタンデムで乗っかり、基本的には当日まで宿泊の予約は入れないタイプの旅をします。普通は二週間(前の土日も入れると16日くらい)でいって帰れる場所なので、イタリア、ドイツ、フランスあたりに行くことが多いです。

今回は二週目の火曜日にお客様があるので、有休をもう一日足して金曜日から出発し日曜日に帰る、10日間の旅になりました。行き先はもう何度も行っている北イタリアですね。

正確に言うと、まずアルプス山脈を越えて、マッジョーレ湖畔で国境を越えました。ストレーザに一泊、ここは週末旅行でも時々行く馴染みの街です。

それから、ノヴァラ平原を走ってアペニン山脈へ行きボッビオを目指しました。土曜日だったせいか街中にはもう空き室がなく、Booking.comで見つけたのが10キロほど山に登ったアルベルゴ(イタリアの旅籠ですね)です。ここを連れ合いがお氣に召し、まずは二泊、それから帰路にも三泊しました。

一応の目的地だったのはその先のバルディ。こちらは街中のホテルに空き室はあったのですが、バイクを外に停めておくのが嫌な連れ合いの意見をくんで、またしてもBooking.vomで探して10キロほど離れたアグリツーリズモ(農場滞在)で二泊。こちらもとても素敵な宿でした。

アンティパスト

どの土地に行ってもやることは特になく、要するに座って食べてばかり(笑)

肉体労働をするわけではないので、スイスではお腹がすかなければ無理して三食を食べないようにしている私たちなのですが、どういうわけか朝食も昼食も夕食も毎日ばっちり食べてしまうし、加えて一日に何度デザート食べているんだか。

大体、食事をする前に「軽く一杯」飲んじゃったりするのですけれど、自動的に立派なおつまみが出てきてしまうんですよ、イタリアって。(しかもタダで)

そして私たちはフルコースは食べきれないので、例えばプリモ・ピアット(パスタ類)だけとか、プリモ・ピアットとセコンド・ピアット(メイン料理)をそれぞれ一人分だけ注文して分け合ったりしてそれでも死にそうにお腹いっぱいになってしまいます。なのにイタリア人は、前菜からドルチェまでペロリと食べているんですよね。謎。

スイスでは滅多に食べられない美味しいドルチェの誘惑に負けて、けっこう食べてしまった私です。帰宅して恐る恐る体重計に載ったら、案の定1.5キロ増えていました。orz

バイクで行く道

食事に毎回二時間以上かけていた私たち。(地元の人たちも同様)

それ以外の時間は、山の中の小さな道を走っていました。一週間経って、山の上には雪が降るほど寒くなってしまったのですけれど、ちょうどその直前、夏の最後の輝きを堪能してきました。
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Posted by 八少女 夕

旅の終わり



一週間ちょっとの北イタリアの旅が、終わろうとしています。休暇はまだ一週間あるのですが、お客様があるので、今回は早く切り上げました。
今日中にはスイスに戻って片付けに入るはずです。報告はまた後ほど。
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Posted by 八少女 夕

イタリアにいます




久しぶりにバイクのタンデムでイタリアに来ています。去年は日本行きがあったので、バイクの旅は二年ぶり。

スイスはとっくに秋のように涼しいのですが、こちらはばっちり夏。一週間ほど、北イタリアの風景とグルメを堪能してきます。
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Posted by 八少女 夕

バースのティールームで

前日アップした「霧の彼方から」で、主人公たちはバースで軽食を食べていましたが、それは私がイギリスロケハンへ行ってから書き足したシーンです。

あのシーンの元になっていた記述にはずっと納得がいっていませんでした。もともとは、母親の家を出てから道を歩きながら話していたことだったのです。ストーリー上は、具体的な環境がどうしても必要というわけではなかったのですが、会話が長い分少しバランスが悪いなと、首をひねりながらのイギリス行きだったのです。

さて、オプショナルツアーで訪れたバースで何でもないティールームを見つけて、そこで軽く食べたのです。

バースのティールームで

いくつかある有名どころの店(たとえば「サリー・ラン」の店など)に入るという、お上りさん的な行動は、若干凹んでいる二人には似つかわしくないのですけれど、こんな何でもない店だったらあるかな……なんて思いました。

この作品、ニューヨークでよく舞台にしている《Sunrise Diner》という大衆食堂は、オレンジのネオンを使った看板やスチールの椅子のような、わりとチープなインテリアを想定しているのですが、イギリスで二人が入る店はどちらかというと自然素材を使った、もしくはかなりレトロな感じの、しかもあまり観光客でわらわらしていない店をイメージしています。

このティールームは、そんな私のイメージにぴったりの店でした。

主人公たちと違って、私はストーンヘンジで買ったサンドイッチを食べてしまったあとだったので、紅茶とクッキーのお茶タイムになりました。

バースのティールームで
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Posted by 八少女 夕

バースのあれこれ

ちょうど今月と来月に「霧の彼方から」で主人公たちがバースに滞在しているので、本文と関係ないバースの思い出について少し話してみようと思います。

サリー・バンズ

以前も少しだけ書きましたが、バースに行ったのは二度目。そして、一度目の時はローマン・バスを見る時間しかなかったので、今回はもっと街を見ようと滞在時間の長いツアーを探しました。

もちろん泊まったり、個人的に電車で訪れることも出来たのですけれど、そうなるとあと二日くらい長くイギリス滞在することになりますし、いろいろな情報を自力で仕入れなくてはならないので、ちょっともったいない。ここは、ツアーでさくっと行くことにしました。

バース三時間自由時間つきというツアーがあったのですけれど、それにストーンヘンジ観光もついていたので、もちろん喜んで観てきました。それはともかく。

実際にツアーには、いろいろな新情報があって、描写の中に(一部はおそらく探してもなかなか見つからないほどひっそりと)埋め込んであるのですけれど、面白かった割にはわざとらしくて使えなかった情報もけっこうありました。

その一つが、上の写真。名物の一つである「サリー・ラン」というお店で売っているバンズです。なんでも1680年頃にフランスからやってきた女性が作り始めたレシピに則って作っているパンということで(眉唾という噂もある)、大きくてミルクと卵がたっぷり。バースに来たら必ず買えというのですけれど、旅行中でこんなに大きなパンを持って帰っても困ること間違いなし。

向かいに「元祖バースバンズ」という似たようなパンを売っているお店があり、やはりソフトタイプの丸形パンらしいのです。「サリー・ラン」のバンズに比べると「買ってもいいかな」と思えるぐらいの大きさだったらしいのですが、サイズに大きな差があることを知ったのは帰国後(笑)結局こちらも買いませんでした。次回があったら、トライしようかな。

バースの家

さて、バース観光の(ローマン・バス以外の)もっとも大きな目玉というと、ジョージアン様式の優雅な建物の数々。もともとはローマ時代(伝統としてはその前のドルイド信仰の頃からの聖地だった)の有名湯治場だったバースですが、しばらくは忘れられていたそうです。ところが、ジェームス一世の(ちょっと困った)王妃が湯治でやってきて以来、なぜかイギリス貴族たちの一番イケてるリゾートになってしまい、貴族たちがこぞってやってきたそうです。そのお陰で、次々に立派な建物が作られ、この近くにあるバースストーン(コッツウォルズ・ストーンとだいたい同じもの)を使った、クリーム色の美しい町並みが作られました。

写真の建物を見ると、所々、窓が潰れているところがありますよね。こちらは、当時の税金と関係があるのだそうです。家を持つと税金を取られたそうなのですけれど、窓の数によってそれが増えたそうなのですね。だから、建てる方もそれに対抗するように、窓の数をできる限り少なくし、さらに必要のないところは潰してしまい税金をかけられないようにしたということなのです。こんな立派な家を建てる人でも、節税に励んでいたのですね。

さて、建物前の交差点。こちらは変わった信号。歩行者用の信号なのですけれど、なんと青である時間が八秒しかないんです。わかっている人間が、はじめから小走りでようやく渡りきる程短い時間です。なぜこんな設定にしたのか不思議です。

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Posted by 八少女 夕

休暇は終わった

この一週間は休暇だったのですけれど。連れ合いが風邪を引き、どこにも行けないという事態に。さらに会社にも呼び出されたし。普通なら「いけません」と言うのですけれど、どうせ家にいたので働いてきました。

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で、一人で買い物でも行こうかなと思ったら雪。ま、いいんですけれど。

で、ずっと遅れていた「霧の彼方から」を毎日書きまくりましたよ。お陰で終わりが見えてきました。

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で、最後の二日だけ、イタリア側スイスのルガーノへ行ってきました。向こうはまあまあ暖かくて、桜も満開でした。これ、たぶん関山って種類なのだろうな。これで桜の塩漬けや桜餅の葉っぱが作れると読んだばかりなのですが、さすがに旅先でそんなことはできず(笑) こちらでこの花が咲くのは五月ぐらいでしょうか。

というわけで休暇はあっさり終わったのでまた仕事にいそしみます。
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Posted by 八少女 夕

パブが美味しかった話

さて、たった四日間の英国旅行、続きです。

ロンドンのパブにて

これまで出来なかったことが、ある日突然出来るようになることって、ありませんか? 

たとえば、日本で最初にバーのカウンターで普通に注文できるようになったのは30歳になってからでした。金沢旅行中にホテルのバーで和服のママに接客してもらったんですが、あれが出来れば他のバーなんて楽勝だろうと、それから一人でバーに入って注文も出来るようになりました。よく考えたら、仕事でそれより前に銀座のバーにも行っていてそこでウーロン茶を飲んだりはしていたから、ビビる必要なんかなかったんですけれど。

ヨーロッパでも、スイスやイタリアのバーに入って、ワインを一杯頼み、つまみを食べるくらいのことは移住してわりとすぐに全然問題なく出来るようになっていましたが、なぜかイギリスのパブには怖くて入れなかったのですよね。

で、前回、頑張って入ってみたんですが、誰も注文を取ってくれないし、一人で場違いみたいだし、尻尾を巻いて退散した苦い思い出がありました。

でも、今回は、取材です。パブのシーンがあるんです。中の描写をするためにもやはり入りたいなあと思っていました。で、そう思って入ると、そんなに怖くないんですよ。変だな。

そして、ようやく理解しました。パブって、カウンターで注文しないといけないシステムなんですね。そりゃ席で待っていても注文取りに来ないわ……。

それに、イギリスのパブってビール以外を頼むと怒られそうなイメージがありましたが、もちろんそんなことはなく、ワインを普通に頼めました。あ、私、ビールが苦手なんですよ。

ロンドンのパブにて

さて、驚いたのは、パブの料理が美味しかったことです。イギリスでは美味しいものは食べられないと覚悟していった、なめきった観光客の私ですが、どうしてどうして、入った二つのパブ、料理が美味しいと評判の所ではあったのですが、本当に美味しかったです。

写真はどちらもロンドンのヴィクトリア駅の近くにある「The St George's Tavern」です。このトマトのパイ、本当に美味しかったんです。お腹すいていなかったので、前菜にあるこれだけ食べたんですけれど、もちろん嫌な顔もされず、感じのいいパブでしたよ。
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Posted by 八少女 夕

オックスフォードへ行きました

先日の四日間だけのイギリス旅行の続きです。

ベリオール・カレッジのホール

今回の旅行は、有休の消化のためだったのですが、以前からどうしても氣になっていたことをやるのは今しかないと思い立ったからでもあります。

「郷愁の丘」を書いていたとき、私はけっこう適当な設定をしていました。主にグレッグの背景についてです。生まれた所はけっこう真面目に考えていたのですけれど、十歳でイギリスに越してからの設定をかなりその場の思いつきで決めていたのですね。で、その後にどんどんグレッグにスポットライトが当たるにつれて、破綻まではしていないのですけれど、細かい書き込みに困るようになってきたのです。

この春から「郷愁の丘」の続編をアップする予定でいるのですが、その期日が近くなるにつれてどんどん不安になってきたんです。「これ、そうとう嘘っぱちを書いているのでは」と。

それで、とにかく一度現地に行ってみようと思ったのです。

たったの三泊で、中の二日にロンドンを離れていたのはそういう理由です。ロンドンの一泊目が明けて、最初に向かったのはパディントン駅、そして、あらかじめ予約してあった電車に乗って、オックスフォードへ行ってきました。

現地のシステムを知らないと非常にわかりにくいことですが、いわゆる「東京大学」とか「慶應義塾大学」というような一つの大学で「オックスフォード大学」というものがあるのではなくて、オックスフォードにある38のカレッジを総称して「オックスフォード大学」というのです。その辺は、もちろん行くまでに知っていたのですけれど、それぞれのカレッジがどんな風に違うのか、どのくらい離れているのか、学生はどんな生活をしているのか、など、どうもネットでは把握しにくいことが多かったのですね。

今回は、まずウォーキング・ツアーで現役の大学院生によるオックスフォードの街案内をしてもらい、有名な建物などに入りました。それから、伝統的なパブでお昼ご飯を食べ、その後にグレッグが学んだという設定のベリオール・カレッジを一人で見て回りました。

「ハリー・ポッター」が大ヒットしたため、映画で使われた建物などは、ファンが大挙して押し寄せていましたが、幸いベリオール・カレッジは、そうでなかったためか、かなり静かに見て回ることが出来て、「この図書室で勉強していたな」とか「ここでお茶していたのか」など、本文とは関係ないところにも感激していました。

実際に書き直すシーンはさほど多くないのですけれど、やはり行ってみてよかったなと思いました。もちろん実際にいっても、入学したわけではないのでとんでもないことを書く可能性は大きいんですが、それでも台詞一つにしても具体性が変わってくるなと改めて思いました。
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イギリスに行っていました

リアルタイムで騒いでいたので、ご存じの方が大半だと思いますが、先週から週末に有休をくっつけて、イギリスへ行っていました。

ストーンヘンジ

語ることはいっぱいあるのですが、現在「scriviamo!」中で、ゆっくりと記事を書いている暇がないので、とりあえずお土産自慢だけアップしておきます。

どうしてこんなに買うんだ、私は。

ロンドン土産

今回のテーマの一つだったエコバッグ。狙っていたストーンヘンジの折りたたみ式のモノはもうなかったのですけれど、黒い大きなエコバッグはゲットしてきました。その隣の可愛い鳥のついたジュートのエコバッグは、向こうで二十年ぶりに再開した友人にいただいたもの。ほかに、王室御用達の美味しい紅茶と超美味しいショートブレッドもいただきました。

ストーンヘンジでは、前回も買って美味しかったレモンカードがなぜか半額になっていたので、二つ買ってきました。それと、小さくて見えにくいと思いますが、ブルーストーンのキーホルダー。これは、巨石愛好の師匠である大海彩洋さんに買ったものとお揃いの自分用です。

手前のはがきサイズの箱二つはお高いチョコで、これはバースの有名店のモノ。義母と義兄へのお土産。大英博物館で買ったネックレスとネクタイは、甥と姪へのプレゼントにいつも困るので、その準備です。

あとは、自分用の大量の紅茶。フォートナム&メーソンのアソートの他、マークス&スペンサーで大人買いしたカフェインレスの紅茶、なども見えます。ポルトガル語のCDと、私の地元ではなかなか買えないクミンパウダー、それにライスペーパーを戻すときに使おうと思って買ってきた刺繍用の丸いネット。日本で買い忘れた無印良品の泡になるポンプ、それから映っていないけれど、ユニクロでもちょっと買い物しました。

ティータオル

軽いし実用的なので、いつもイギリスに行くと買うティータオルです。でも、有名観光地のはけっこう高いのです。今回は途中で正氣に戻ったので、例えばリバティのティータオルなどは買ってきませんでした。皿拭くモノに14ポンドも出せるか……。

ポストカード

こちらはポストカードコレクション。誰かに送るときにも使いますが、一部は当面資料として。

あと、どうでもいいのですが、デイヴッド・ギャンディのカレンダーないかなと探したんですけれど、全然見つかりませんでした。なんで? 需要絶対にあるでしょ? っていうか、売り切れたのかもな……。ハリ・ポタグッズみたいにいっぱいあると思った私が愚かでした。

資料

こちらは完全に資料ですね。そうです、今回の主目的は取材だったのですから。行ってよかったです。でも、これから大幅に小説に手を入れなくてはいけなくて、いつ発表できるかな……。心配です。
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Posted by 八少女 夕

関西の旅 2018 (2)

秋の日本一時帰国の時のブロ友の皆さんにおんぶに抱っこの関西旅行の話をまたしようと思います。

前回の流れで、次はオフ会の話、だと思われた方が多いかと思うのですが、オフ会については多くの参加者の方が既にたくさん記事にしていてくださり、ここで改めて私が書くとなると繰り返しになるか、もしくは書くわけにはいかないプライヴェート情報が混じるので、この写真だけ。たこ焼きです。オフ会でいただいた食べ物は、レトロな喫茶店も含めて何でも楽しくて美味しかったのですが、とりわけこれが印象に残りました。

関西の方って、やはり粉ものがソウルフードなんでしょうね、皆さん詳しいし、こだわりもあるし、美味しい所もご存じです。一家に一台たこ焼き器があるという噂も、あながち大げさではないらしく、ちょうどスイスの家庭にチーズフォンデュ鍋とラクレットマシンがかなりの確率であるのに似ている状況のようです。

で、たこ焼きを道頓堀で食べたんですけれど、夕食の前に一人前は無理だということで、半分こして食べたのですよ。熱々のたこ焼きで、素人の私は案の定舌に火傷を食らいましたが、それもまたお約束で、みんなでハフハフは嬉しかったなあ。

たこ焼き

さて、がらりと話は変わりまして、こうやって皆さんにお世話になっている合間に、関西の交通機関に乗る機会がありました。大きな移動は彩洋さんの車に乗せていただいたのですけれど、それ以外に、彩洋さんと合流する前、オフ会に向かう時、彩洋さんがお仕事中に一人でふらついている時などです。

今回、いかに私が関西に土地勘がなかったがはっきりしました。とにかく、大阪ミナミに、オフ会メンバーの方々がどうやっていらっしゃるのかも全くわかっていなかったのです。(泊めていただいた彩洋さんをはじめ、大阪府在住でない方が結構たくさんいらっしゃいました。翌日お仕事なのに、遠くなのに、遅くまで遊んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!)

オフ会の前日に彩洋さんと豊中で待ち合わせだったのですけれど、その前に別の知り合いの和菓子の店に行こうと思って出かけていったのが西宮でした。あ、最初に新大阪について、JR大阪へ出たのですよ。そこが梅田というのだと、ようやく理解しました。そして西宮には阪神電車で、それから梅田に戻り、今度は阪急電車に乗るのだと判明。まるっきり無駄な動きをしていると行ってはじめてわかりました。

でも、どっちの路線も「阪」ってついているから、ごちゃごちゃになるんですよ。西宮も梅田も豊中も聞いたことがあるから、なんとなく近いのかと思ったり。ところが梅田から意外と遠かった西宮は、時間の関係で、ほぼとんぼ返りでした。

阪神電車

そして、ここからが、彩洋さんにも報告しそびれた間抜けな話なんですけれど、実は、オフ会の翌日、神戸で遊べるように車で連れて行っていただいたのですが、神戸観光を楽しむ前にまた梅田へ行ってきたのです。西宮行きで時間を食ってしまった関係で、梅田で予定していた用事が時間切れになってしまい、それでもいいかなと思っていたのですけれど、「あれ、今の自由時間があればいけるかも!」と思ってしまったのですね。

実際に梅田と西宮の往復をしたのとあまり変わらない時間で三宮と梅田の往復も出来てしまいました。用事も無事にこなしたし、その後神戸一人観光も楽しんだし、ほくほくしていました。が、関西の方が聞いたら呆れる動きだなあと、ちょっぴり恥じ入っていたのでした。

ちなみに私はノスタルジックな理由で、阪急電車の方に好んで乗っていました。●十年前と同じ色の車体なんですよね!
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Posted by 八少女 夕

関西の旅 2018 (1)

タイトル、何にしようかなと悩んだんですが、日本行きの主目的は旅ではなかったので「日本旅行」ではないんですよね。もっとも主目的の方は、このブログの読者にはあまり興味がないことかと思うので、オフ会も含めた関西旅行の話だけ少しずつピックアップしようかと思います。

富士山

今回の日本行きは、既に何度か書いているように、もともと今年の初めから予定していた旅行でした。五月末に母が急逝し、母と計画していた予定は全て変わってしまったのですが、11月11日のオフ会、それに京都での墓参り、そして、母がお世話になった神父さまに会いに宇治に行くことになっていたので、予定通り関西に向かいました。

最初はオフ会開催地に近いどこかに泊まろうかと思っていたのですけれど、大海彩洋さんと話しているうちに、なぜか三泊四日というやたら長い時間泊めていただき、さらにずっとご案内いただくことになってしまいました。

日本滞在中は、天候に恵まれた日が多かったのですが、この日も晴天。 ちょうど山側で窓際の指定席をとっていたので、新幹線からこんなにくっきりと富士山が見えました。

野菜のお寿司 by 彩洋さんのお母様

彩洋さんのお家に向かう前に、まずはご実家に連れて行っていただきました。というのは、その近くにある楽器屋兼音楽教室で、彩洋さんの津軽三味線とピアノのレッスンに文字通りお邪魔させていただいたからなのです。先生の模範演奏も素晴らしかったですが、彩洋さんも、さすが団体で出場した大会で優勝する腕前、素晴らしかったです。「大道芸人たち Artistas callejeros」シリーズで見てきたように書き散らしているんですけれど、実は私が津軽三味線の演奏を生で聴いたのはこれが初めて。すぐに記述に反映させるわけではないですが、取材的に目を皿にして、耳を澄まして聴いてきました。

そして、それから彩洋さんのご実家へ。ご両親、弟さんのご家族の皆さんがとても暖かく、突然登場した変なヤツを歓迎してくださいました。それにしても、皆さんのお宅って、なぜあんなにいつも綺麗になっているんだろう。(と、まだ片付かないでいる自宅を見回す)

野菜のお寿司、お好み焼き(オーブンで一度に焼くので、みんな一緒に「いただきます」ができるナイスアイデア)、煮付けなど、家庭的だけれど、ご馳走感が満載の素敵な夕ご飯でお腹いっぱいになり、楽しい時間を満喫させていただいた後に、彩洋さんの車でお宅にお邪魔しました。

パーティも出来る大きなお宅で、語りたいことはいっぱいあるけれど、個人情報なので書くのは我慢。あ、でも、お宝の「真シリーズ」のノートを見せていただいたことは書いておこう。

淡路島からのパノラマ

翌日の日曜日は、オフ会の当日でしたが、その前に早起きして淡路島まで連れて行っていただきました。

世界最長の吊り橋、明石海峡大橋を渡ってあっという間に淡路島です。観覧車があるサービスエリアで大橋を見ながらまったりとして、それに、売店でご当地の土産物を色々とチェックしてしまいました。淡路島は大きくて甘いタマネギが名産だそうで、私はタマネギがかなり苦手なんですが、このタマネギは食べられましたよ!

生石神社

そして、次に明石子午線を通って、彩洋さんのおすすめの生石神社へ。ご神体はこの大きな岩のようです。これ、近くで見るとものすごい迫力です。とても大きいんですが、まるで浮いているような目の錯覚をおこす不思議な建て方をしてあります。これ、クレーンなどのない時代に建てたのですよね。いつも思うんですけれど、こうした巨石遺構を建てた方たちはどうやってこの状態にしたのか、いや、そもそもこの状態にしようという発想はどこから来たんだろうと不思議になります。

この後、姫路までも見渡せるという、生石神社の上の丘で爽やかな風に吹かれつつ朝ご飯を食べ、それからいったん彩洋さんのお宅に戻り、公共交通機関でオフ会に向かったのでした。

(というわけで、続きます)
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Posted by 八少女 夕

関西遠征報告

長いようであっという間の日本滞在。いろいろな予定をこなし、そろそろ帰る準備に入っています。

ほかの方のブログの記事でご存じの方もおありかと思いますが、11月10日から15日まで関西に滞在し、いろいろな方にお目にかかりました。今日は、簡単な報告のみを。

日本で食べたもの

なんといっても一番お世話になったのは大海彩洋さんで、なんと三泊四日という長い間、泊めていただきさらにずーっと接待していただきました。彩洋さんと親しい方はご存じと思いますが、普段から地獄のスケジュールをこなしておられる公私ともにお忙しい方なのですよ。それを四日拘束、無銭飲食、しかもアッシー代わりと、とんでもないことをしてきてしまいました。

巨石訪問あり、三味線見学あり、ご実家での暖かいご接待あり、神戸京都の究極のグルメ探訪あり、ディープな京都の聖地巡礼ありと、これだけで半年くらいの連載ネタができそうですが、これはいずれぼちぼち。彩洋さんありがとうございました。

そして、その間にはオフ会がありました。私のわがままをかなえていただき、幹事のTOM−Fさんが超ディープな大阪を長時間にわたり見せてくださいました。翌日休みというのは私一人。なのに終電ギリギリまで集ってくださり、本当にありがとうございました。当日ようやくわかったのですけれど、大阪は遠かったのですよね。

そして、彩洋さんとお別れした翌日、京都で墓参りと買い物の合間に、オフ会にもいらしていただいたおだまきみまきさんにお目にかかりました。今度は一銭洋食という、こちらもディープな伝統食を教えていただき、さらに「まさか、あの?」と二度くらい訊いてしまった本能寺を参拝しました。新京極の商店街の中にあるって……。

オフ会ではオーストラリアのけいさんと、そして、14日はおだまきさんの相棒でいらっしゃる平あげはさんとお電話でお話ししました。人付き合いがグレッグ並みに苦手な私が、こんな風にいろいろな方と親しくお話しさせていただけるのも、やはり創作でつながる仲間意識が後押ししているのかなと、嬉しくなりました。

さて、新幹線に乗る日は、亡き母と二十年前にマドリッドへお訪ねした神父様にお目にかかりました。この日は晴れ渡り、紅葉に映える宇治の平等院と金閣寺の両方を見せていただきました。

金閣寺

お忙しい中、お時間を作っていただきましたブロ友の皆様、そして、ご紹介いただいた素敵な方々、本当にありがとうございました。中には台風の影響で大変苦労なさっていらっしゃる方もおられましたが、皆様一様に前向きで優しく、大きな感銘を受けました。

この場を借りまして御礼申し上げます。
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Posted by 八少女 夕

トラブル転じて福となった話

昨夜、無事にスイスに帰ってきました。今回は、いつもより暖かくなったらと期待して四月に行ったのに雨だらけで、『四月にした意味ないぞ』ということになりましたが、七回目のポルトで「見たかったのに見られなかった」というものもそんなにあるわけではなく、雨の時はカフェでまったりとして、したければ買い物でもしてという楽しみ方をしていました。

そしてですね。近いうちにまた別記事で書くと思いますが、今年は途中でシントラへ泊まりに行き、またポルトに戻ってきていつもの「Hotel Infante Sagres」ホテルで豪華に三泊を予定していたんですけれど、とんでもないことが起こっていました。

なんと改装工事が私たちが泊まるまでに終わらなくなってしまったのです。さすがポルトガル(笑)

そこで路頭に迷ったら笑ってはいられませんでしたが、さすがにあそこまでのホテルともなるとそんなことはせず、同系列のホテルにそのまま泊まらせてくれてました。そのホテルというのが、私では到底泊まれっこない五つ星デラックスホテルだったのです。

The Yeatman

このホテルは、「The Yeatman」といって、ドウロ河を挟んだガイア側にありポルトを望むロケーションにあります。ワインツーリズムだのミシュランだのでたくさん「最高のホテル」評価や「ホテル・オブ・ザ・イヤー」などを受賞しまくっているだけのことはあって、綺麗なだけでなくサービスもいいし食事も美味しかったです。

で、「Hotel Infante Sagres」だけでも、私には少し背伸びをした金額なので、支払いまでドキドキしていたのですけれど、ちゃんと元の値段で泊まらせてくれました。「ごめんなさい」の意味もかねてなのか、部屋のアップグレードまでしてくれたんですけれど、それを普通に予約するとどのくらいかかるのか確認したら、三泊で1000ユーロ余計にかかる部屋でした……。

The Yeatman

「Hotel Infante Sagres」でも、毎年ウェルカムドリンクでポートワインはいただくんですけれど、こちらは部屋にボトル付き。ウェルカムドリンクは別にいただけるという徹底ぶりでした。ミネラルウォーターも毎日取り替えてくれるし、しかもこれは無料でした。

というわけで、天候の悪い時に美しいホテルの中でゴージャスな時間をのんびりと過ごすという、ものすごい贅沢をしてしまいました。

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Posted by 八少女 夕

ポルトにいます


例によって、春の旅先はポルトです。予報では雨でしたが、降る事もあれば、晴れもあって、楽しめています。
初日から買い物しまくりで、帰りの荷物が心配です。
七年も通っていると、変わる事も多くて、去年は少しガッカリもあったのですが、今年は嬉しい喜びが多いです。
その一つがカフェ・ブラジレイラが再び営業していたこと。綺麗なだけでなく、美味しかったです。
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Posted by 八少女 夕

ウィーン自然史博物館ふたたび

今日は、先日行ったウィーンの話です。今更ですけれど、やはり書いておきたいですし。初日にホテルに荷物を置いて速攻で行った「ウィーン自然史博物館」のことをご紹介します。

この博物館のことは、以前「ウィーン自然史博物館」という記事で書いたことがあるのですが、今回は連れ合いが「どうしても行きたい」はここだったので、初日からここへ行って来ました。じつは、ここから徒歩圏にわざわざ泊まったのですよ。

案の定、連れ合いは感動しまくり、興味持ちまくりで「いや、ここまだ第一室で、ここでそんなに停まっていたら夜中になっても二階に行けない……」というぐらいじっくりとみていました。

さて、二度目の私は「あれとあれはどうしてももう一度、それに……」といろいろと計画をたてながら回ったのですが、係員の人に教えてもらって探して行ったのが、前回うっかり見逃した「ヴィレンドルフのヴィーナス(Venus von Willendorf )」でした。

ヴィレンドルフのヴィーナス

オーストリアのヴィレンドルフで1908年に発見されたおよそ25,000年前の小像です。名前は知らなくとも、写真はどこかでみたことがあると思います。ヴィレンドルフがどこにあるかすら私は知らなかったのですが、実はウィーンから100kmくらいのドナウ川沿いの村でした。まあ、今回は行きませんでしたが。

この博物館、バージェス頁岩からドードーやステラー海牛の骨、それに天文学級のお値段と思われる宝石など、これでもかとあっさりと展示しているのですが、このヴィレンドルフのヴィーナスの扱いは別格で、これだけのために一室を用意してあるのです。11センチの石の像なんですけれど。このもったいぶりのおかげで、前回ついうっかり見逃してしまったのですが、もともと私は古代のロマンに夢中になるタイプで、「おお、これが!」と感動しつつゆっくりとみて来ました。そうなんです、他に誰も見ていなかったので、15分くらい独り占めしていました。

なんのための像なのかは、先史時代のもののためはっきりとはわからないらしいですが、豊饒と多産を祈るためのお守りではないかと考えられているそうです。そういわれるだけあって、出るところの出方がすごいですよね。しかも顔はこんなに幾何的にデフォルメして非写実的なのに、出産に関係のある器官は生々しく再現されています。似たような像が、他にも出土しているようですが、この「ヴィレンドルフのヴィーナス」の形やインパクトが一番大きいように思います。

シベリアの動物ミイラ

さて、今回は偶然ですが、ロシアから貸与されているシベリアで発見された動物のミイラの展示を見ることができました。赤ちゃんライオンのミイラが有名ですが、こちらに展示されていたのは2011年と2015年に発見されたオオカミ犬の仔のミイラだそうです。

この博物館には専門家が20人も常時働いていて、時には海外からの調査も請け負っているとのことです。そのお礼として、ロシアに返す前のわずかな期間だけ、現在行なっている「犬と猫展」で展示する許可をもらえたとの事。偶然この時期に行ってそれを見ることのできた私たちはラッキーでした。

ウィーン自然史博物館カフェ

この博物館の正面にある「ウィーン美術史美術館」のカフェはとても有名ですが、こちらにも美しいカフェがあります。あまり歩いて足が棒になったので、私たちは一階を見た後、二階を見た後と二度もカフェでまったりとくつろいでしまいました。

ケーキも美味しかったですよ。
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Posted by 八少女 夕

ウィーンに来ました

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二年ぶりにウィーンに来ました。
今、博物館にいます。
詳しくは後ほど。
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Posted by 八少女 夕

秋のスイスに来るのなら

今日はトラックバックテーマからの話題ですが、たぶんこっちのカテゴリーのほうが後で探しやすいので、「スイス・ヨーロッパ案内」に突っ込んでおきます。テーマは「おすすめの紅葉スポットは?」です。

カラマツ

日本の方は連休の時にまとめて休みが取りやすいせいなのか、ゴールデンウィーク、お盆の時期、年末、三月などに来たがる方が多いんですけれど、一年を通じて最もおすすめなのはいつかと訊かれたら、私は春と秋の終わりと答えます。ゴールデンウィークの時期に偶然、春の花の時期がぶつかればいいのですが、毎年外れているので「ああ、また残念」ということになったりします。ちょうど日本の桜の時期が毎年動いてしまうのと同じです。一方で秋の方はそこまでルーレットではないのでおすすめなんですけれど、この時季は休めないという方が多いんですよね。あ、シルバーウィークは、私のおすすめの光景には早すぎるんです。

何がおすすめかというと、グラウビュンデン州のあちこちで見られるカラマツの黄葉です。とくにエンガディン地方が有名です。ベルニナ急行や氷河急行に乗りたい方はサンモリッツにいらっしゃいますから、そこでご覧になれますよね。

年によって十月から十一月の始めと開きがあるのですが、今年は今がちょうど見頃です。月曜日に休みをとってエンガディンからブレがリアまで周ってきたのですが、ほんとうに綺麗でしたよ。

この時季、チューリヒやボーデン湖畔などでは、もう霧が発生したりして鬱々とした感じになってくるのですが、秋冬も晴れまくるグラウビュンデン州は紺碧の空、穏やかで暖かい日の光、そして鮮やかに色づいたカラマツを楽しめるのです。特に湖畔ではそのカラマツが湖面に映って本当に綺麗なんですよ。

カラマツ

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の神田です今日のテーマは「おすすめの紅葉スポットは?」です冬に向かって日に日に寒くなっていく時期になりますが、木々の葉が赤や黄に染まっていく景観は心が穏やかになり、しみじみと秋を感じます普段はインドア派の私なのですが、昨年の秋に行ったいろは坂の紅葉(栃木県日光市)は今でも印象強く残っています写真をたくさん撮りましたが、実際に見るのと写真で見るのはやはり違い...
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Posted by 八少女 夕

レマン湖へ

今年の夏休みは、一度六月にイタリアに行ったこともあり、初めからどこか遠くに行こうとの予定をしていませんでした。ここのところの天候が優れないことや、義母の体調が今ひとつ優れないこともあって、長期の旅行はせずに近場に数日行って終わりにすることにしました。

そして行ったのが、連れ合いの生まれ育ったフランス語圏の小さな村です。この村には、結婚してからしばらくはよく行ったのですが、私が働きだしてからは長期旅行は大抵海外なので、本当に久しぶりになりました。

ヌフェネン峠

私たちの住むグラウビュンデン州から、ジュネーヴ州やヴォー州に行く方法はいくつかあります。方向は西に一直線なんですけれど、アルプス山脈がそびえているので、北に遠回りをするか、もしくは幾つかの峠を越えていくか選ぶ必要があります。楽なのは北回りですが、バイク乗りは山道が好きですし、連れ合いは高速の渋滞が大嫌いなので、チューリヒ経由なんてことはありえません。

まっすぐ西に向かい、フルカ峠などを経由してウリ州からヴァリス州に入ることもできますが、今回は往きはヌフェネン峠から、復路はシンプロン峠経由で、つまりどちらもイタリア語圏を通ってきました。そのほうが暖かかったということもあります。

紺碧の空が美しいヌフェネン峠。とても綺麗でしたが、やはり風が冷たくて長居は無用。秋ですね。ここで、イタリア語から再びドイツ語に戻り、ヴァリス州の途中までドイツ語の標識が続きます。

葡萄畑が続く

スイスは、ご存知のように公用語が四つあり、私の住んでいる州はそのうちの三つまでが公用語になっていますが、フランス語はそのうちに入っていません。使う機会が少ないので、私もまじめに習う氣がありません。スイスの西側三分の一ほどは、フランス語が公用語で、途中から標識も広告もフランス語オンリーになります。

それと同時に、人々の振る舞い、ライフスタイルもドイツ語圏とは大きく異なってきます。

レマン湖に沿ってなだらかな丘陵を覆う葡萄畑。美味しい白ワインやロゼが作られています。こののどかで開放的な景色は人々の生活様式にも影響を及ぼすようで、彼らはのんびりとワインを傾けながら何て事のないおしゃべりを楽しむことがドイツ語圏の人たちよりも好きな模様。外で隣人に遭っても「こんにちは!」と立ち止まって長々とおしゃべりをすることが多いようです。ドイツ語圏でも立ち話はするのですが、いちいち頬にキスをして楽しそうに話すフランス語圏の人たちと、割と硬い感じで真面目に会話をするドイツ語圏の人たちでは、会話の内容も雰囲氣もぜんぜん違うし、さらにいうと長さも違うのです。

ドイツ語圏の人たちはもっと時間に厳格で、十二時十五分前に長話をしている人などほとんど見ません。が、フランス語圏では昼食が十二時に始まらなくても関係ないと言う感じで長々と会話をしています。よく知らない人と簡単に友達になるのも、フランス語圏の人のほうが得意な模様。連れ合いは、今回も新しい友達を作ったみたいです。

レマン湖でラクレット

で、私はフランス語の会話の大半はスルーしつつ、英語やドイツ語で話してくれる人とは会話を楽しみ、開放的な風景を楽しみ、のんびりと時間を過ごしました。夏は過ぎ去ってしまったようで、最高でも25度くらい。変な組み合わせですが、湖水浴場でラクレットを食べたりしましたよ。

本当は四泊するつもりで行ったのですが、土曜日から雨になるとの予報だったので一日早く帰宅しました。土曜日は本当に土砂降り。暖かい自宅でのんびりできてよかったです。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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コメントのご質問に関する追加写真です。

Celignyの湖畔カフェ

こちらがラクレットを食べたセリィニの湖畔のカフェ(売店)です。日本の海の売店に似ているでしょうか。ただし、貸切個室みたいな施設はありません。飲み物やアイスバーなどは、左にある売店で注文して料金を払い、自分でテーブルに持っていって飲食しますが、ラクレットはできたものを持ってきてくれました。写真の中心でくつろいで電話している人が、売子です。こういう勤務態度がフランス語圏だなあという所以(笑)

Celignyの湖畔カフェ

湖に向いたテラス席。泳がない人も普通にやってきて、ワインやコーヒーを飲みながら寛いでいました。湖水浴場が、普通の生活に当たり前のように息づいている感じです。

Nyonの湖畔カフェ

ちなみにこちらは隣街くらいのニヨンの湖水浴場のテラス。ずっと大きい街なので、湖水浴場の規模もカフェやそこで扱っているメニューも少し充実していました。もっともそのために少しプールの売店っぽい感じで、個人的には鄙びたセリィニの湖水浴場の方がいい感じだと思いました。
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Posted by 八少女 夕

マイリンゲン



イギリスから来ている叔母に会うためにマイリンゲンに来ました。

シャーロック・ホームズゆかりの街で、泊まったのもコナン・ドイルが滞在して構想を練ったところ。

今のように観光地化していなくて、雰囲氣があったのでしょうね。

雨のため電車で来たのでまったりとしていました。
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Posted by 八少女 夕

公爵のB&B

北イタリア旅行の話の続きですね。

私と連れ合いは、一度行って氣にいったところがあると、何度もリピートして訪問するのです。北イタリアのアペニン山脈やピアチェンツァの界隈も、そんなこんなで何度も行っています。

もともとは、コルシカ島へ行くための通り道だったのですが、このあたりをもっとよくドライブしたいということで、時々ここを訪ねて回っているのですね。

そんなこんなで、何度も訪れることになった街の一つが、カステッラルクアート(Castell'Arquato)。人口5,000人に満たない小さな中世の遺構です。八世紀からの古い歴史を持つお城を中心に、いい意味で観光地ずれしすぎていないほっとする場所なのです。

カステッラルクアート

今回みつけた宿は、Booking.comで予約したB&Bなのですが、地図上ではどう見ても中心の広場のところにあります。でも、あのあたりにあった高いホテルの横にB&Bなんてあったっけ? 首をかしげながらも、便利な場所なのに安いので急いで予約しました。しかも、鍵のかかる門の内側の敷地にバイクを駐車できるという利点もありました。夜間外に置いておくのは心配なので、パーキングは予約の大事なポイントなのです。

B&B
B&Bテラス

そして、たどり着いてみたら、本当にお高いホテルの隣にあった、以前「ここってすごいお館みたいだね」と言っていた建物がB&Bだったのです。もともとはピアチェンツア公爵のお屋敷だったそうで、かなり立派な建物。それを現代的に改装してあるのでとても快適な空間になっていました。

実は、泊まった二晩は私たち二人だけしか宿泊客がいなくて、しかもオーナーは別のところに住んでいるので、お城みたいな館を占有することになってしまいました。

そして、豪華な朝食。

フォカッチャのサンドイッチ

イタリアの朝ごはんは、普通だと甘いジャムの入ったクロワッサン、パンとジャム、そしてコーヒーぐらいのことが多いので、そんなイメージでいたのです。でも、それらに加えて、毎朝違うタイプのお菓子と、フォカッチャのサンドイッチ、焼いたパイなどがこれでもかと並べられました。

オーナーの女性とおしゃべりしながらこれを二時間くらいかけて食べていました。このマリーナさん、イタリア人には珍しく(失礼)外国語が得意で、しかもものすごく歴史や文化にも詳しい方でした。連れ合いは、理解できる人だと突然フランス語で話しだしたりするので、会話はイタリア語とフランス語と英語が混在することに。ついていく私も、話すほうもコロコロ言語が変わるので大変だったかも。でも、いつもこうなんです。

手作りジャム

マリーナさんとご主人は近郊に農場を持っているのですが、手作りジャムも出してくださいました。イチゴ、サクランボ、かりんなど農園で採れたもの、それにびっくりしたのがバラの花びらで作ったジャム、とても香りが良くておいしかったです。

ちょっとした王侯氣分を楽しめた二日間でした。
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Posted by 八少女 夕

北イタリアの夏

短い休暇を満喫してきました。750ccのバイクにタンデムで北イタリアを数カ所巡ってきました。

最初にマッジョーレ湖のリゾート、ピエモンテ州のストレーザで二泊。かつてのボッロメオ家の栄華を今に物語るボッロメオ三島の玄関口になっている街です。ここにはすでに10回くらい行っていて、いつも泊まるホテルの一家とも仲良しになっています。

「夜のサーカス」や「ヴィラ・エミーリオの落日」などの小説のインスピレーションを得たのもここなのですね。

それから、アペニン山脈のドライブをするためにピアチェンツァへ移動しました。滞在したのは、やはりすでに滞在したことのあるカステル・アルクアトとボッビオというともに中世の街です。今回は両方ともB&Bに滞在したのですが、どちらも予想外に興味深い宿でした。Booking.comで見つけたんですけれど、どちらも大きなツアー会社経由では絶対に泊まれないような特別な体験でした。詳しくはいずれまた。

あ、ボッビオやバルディ、ビゴレーノなどのアペニン山脈の小さな町は「夜のサーカス」や「森の詩 Cantum Silvae」それに「ピアチェンツァ、古城の幽霊」などいろいろな小説のインスピレーションのもとになっています。

B&Bのわんこたち

こちらの二頭の犬は、ボッビオに近い方のB&Bのところで飼われていました。どういうわけだか好かれてしまって嬉しかったな。洋服は毛だらけになりましたが(笑)

マッジョーレ湖遠景

真っ青なマッジョーレ湖。とても印象的でもっと眺めていたかったのですが、この写真を撮ったあたりでバイクが急に不調になりました。エンジンがかからなくなると困るので、そのままスイスの我が家に直行することに。食事も休憩もせずにとばしてきたのでちょっと疲れましたが、予定より半日も早く家にたどり着き、夕方からはゆっくりとしています。

それにしても北イタリアは暑かったです。38度くらいありました。そして、夜も暑くて、さらに蚊にも悩まされました。今夜は涼しくて、蚊もいない、快適な夜を過ごせそうです。
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Posted by 八少女 夕

またしても旅の途上

今年から有給休暇が一週間増えました。社長が太っ腹になったのではなくて、法律でそう決まっているのです。私は今年の夏に大台に載るのですが、その年齢になると年間五週間の有給休暇を与えることが義務付けられているのです。

で、休暇が増えたはいいのですが、今しか取得できるチャンスがなかったので、取ってしまうことにしました。六月の休暇というのは初めてです。実はヨーロッパでは一番美しい時期。まだ夏休みが始まっていないので子供づれも少なくホテルも見つけやすいのです。

何も考えすにふらっと旅をしています。今回の旅では、やはり「森の詩 Cantum Silvae トリネアの真珠」関係の構想の助けと取材になったらいいな、などと考えております。



というわけで、現在イタリアのストレーザにいます(^^)
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Posted by 八少女 夕

ブレガリアの小さな村で

本日は四連休の最終日なのですが、初日と二日目に行ったドライブの話などを。

今年は五月にも雪が降るなど、とんでもない寒い春だったので、どこか出かけるにしてもずっと私の運転する車ででした。(連れ合いはバイクの免許だけ、私は自動車の免許しか持っていません)

それがようやく(春を通り越して)夏の様相になったので、バイクでぐるりと周ってきました。あいかわらず予定も何も立てなかったので適当に出かけて、雪に覆われたアルブラ峠を越えてエンガディン地方へ。(同じ州です)

それからブレガリアとポスキアーボどっちに向かいたいかと訊かれたので、「ブレガリア!」と即答しました。

ポスキアーボ谷もいいのですが、こちらは電車でも行けるので冬の間に何度か行っているのです。でも、ブレガリアは車かバイクでないと行けないのです。

ブレガリアと言えば「夜想曲」という中編小説の舞台にもした所で、私のお氣に入りの地域です。

画家のセガンティーニが愛した事でも有名で、とくにソーリオにはわざわざ訪ねてくる日本人もあるようですが、ブレガリア谷全体に素朴な美しさが漂っています。

カスタセーニャ

私たちが泊ったのはカスタセーニャというイタリアとの国境の村です。セガンティーニが目にしたのとおそらくあまり変わっていない状態の家並みも残っています。ブレガリア谷は良質の栗が穫れる事でも有名で、村の奥にはそれぞれの家族が所有している栗の樹の林が続いています。

現在は基本的には、夏のバカンス地になっているようですが、個人的には美しく過ごしやすいブレガリアの夏は、厳しく凍てついた冬、哀愁漂う秋、スーパーマーケットや大型量販店とは無縁の、素朴でどこか寂しい暮らしと対になってこそ意味を持つと思うのです。

ところで、日本の方がスイス旅行をするにあたって「どこが素敵か」と訊くので、例えばこのカスタセーニャなど、いくつか知っているスイスらしい村を答えると、その次に質問してくるのはたいてい「そこには何があるの」なのです。

ところがその手の村には、「ダ・ヴィンチのモナリザがあるよ」とか「王宮で衛兵交代をしているよ」というような具体的に見るべきものはないのです。セガンティーニが眺めたのと同じ山の光景は、天候さえよければ見えるかもしれません。でも、それだけです。アルプス山脈と、その麓にあるただの素朴な村ですから。

海外旅行では「エッフェル塔を見た」「コロッセウムを見た」というような史跡観光はつきものです。とくに団体旅行だとそうなりがちなのは、ヨーロッパの人でも同じなのですが、日本人の場合は個人旅行でもそういうタイプの計画を立てる方が多いです。分刻みの計画を立てて、スタンプラリーのように効率的に何カ所も回ろうと考える事が多いのですね。

大都会、たとえば、パリやロンドンやローマなどは、そういう旅に向いています。実際に史跡がたくさんありますし、計画しないと「見ておけばよかった!」と後悔するような場所や施設がてんこ盛りです。

でも、スイスをはじめとするヨーロッパの田舎というのは、そういう旅には全く向かないのです。「何時何分のバスで到着し、村は一時間もあれば見る事ができるので、次のバスでサン・モリッツに帰ろう」という計画的観光は、正直言ってお奨めできません。できないというのではありません。できますが、そんな忙しい間にちらっと立ち寄るなら来る意味はあまりないと思います。

ここは「ハイジ」をはじめとする有名文学作品や、旅行案内には一度も出てこない、つまり多くの日本人にとって訪れるに値しない「ただの村」です。ところが、その美しさと価値は、「何があるの」と訊かれて「何もないよ」「どこにも出てこないよ」と答えるしかない素朴さの中にあるのです。そして、スケジュール、次の予定などを考えないのんびりとした時間を過ごしてこそ、来る甲斐がある所なのです。

ブレガリアには、アルプスに横たわる谷の特徴でもあるフェーン現象によって、鮮烈なコントラストをみせる青空と山塊、四季折々の自然の姿、緑と清冽な川の水音と、そして、素朴な石造りの村が点在しています。どちらかというと貧しい、生活の厳しさを感じさせる地域で生きる方言のイタリア語を話す人びとが、メルヘンではない、現実の暮らしを営んでいます。

教科書には出てこない限られた歴史、現実の国境やEUの問題や日々の生活のあれこれを、カフェに座る異国からの旅人たちや村の人びとたちと各国語いり交えて語り合いつつ、ゆったりと時間を過しています。
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Posted by 八少女 夕

そんなに買うな

4週間にわたる日本滞在を終えて、金曜日に無事に帰国したことはすでにお伝えしましたが、日曜日に荷物が着くまでは落ち着きませんでした。

スーツケースと大きめのボストンバッグに入った荷物。私が乗った飛行機では23キロの荷物2つまで預けて持ってくることができます。というわけで普段は船便で別送する荷物も全て一緒に飛ぶことにしたのです。ただし、さすがにこんなものは持てないので、実家から成田空港までは宅急便で、成田空港からはスイス国鉄のサービスも利用して、直接最寄り駅まで送ってもらったのです。そのおかげで荷物を受け取るのが日曜日の朝になったわけなんですが。

日本戦利品

さて、無事に届いたウルトラ重い荷物を開けて、土産物を整理しました。

靴が増えています。今回はちょうど欲しかったショートブーツと「20キロ歩ける」というパンプスを購入してきました。こちらでも靴は買えるんですけれど、こういう至れり尽くせりな機能のある靴は、こちらでは見つけるのがちょっと難しいのです。

同様に文房具の類いで、こちらでは手に入らないようなもの、それに100円ショップの商品でこちらだとかなり高くつくものを買い込んでいます。洗濯ネットとか、小さめのトングなどですね。

日本戦利品

食品もたくさん持ちこみました。数でいうとお菓子が多いですね。子供の頃に一度に買えなかったお菓子を大人買いしています。かなりノスタルジーが入っています。あ、コーヒービートは、連れ合いからのお願いで買ったものです。

ふりかけに、サンショウの粉、粉醤油。レトルトカレーやミニインスタントラーメンも。普段はそういうものは食べない(カレーは手作りする)のですが、たまに無性に食べたくなるのです。仁多米と仁多米で作ったお餅は重かったな。でも、しばらくは楽しめそうです。ここには写っていませんが、冬菇椎茸のスライスなども買ってきました。

日本戦利品

今回は、器をたくさん買ってきてしまいました。九谷のミニ皿、蕎麦猪口ぐらいの大きさの器、それに茶器なのか盃なのかというサイズの器。これは、いくつか組み合わせてオードブルを盛る時に重宝するんですが、白磁のものと青い清水焼。無印良品では、お玉を立てておく器を。それにティファールの日本にしかない卵焼き器や、灰汁をとるお玉など日本のアイデア品をいろいろと。

買いすぎかなと思いますし、こうして並べるとすごいですが、日本には滅多に行かないし、金額も意外とささやかだし…いや、言い訳はやめよう。買いすぎです。orz
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Posted by 八少女 夕

またまたスイスです

いつもより長く滞在したはずなのに、あっという間に終わってしまった日本里帰り。

遊び食べまくった日々は終わり、静かな我が家に無事戻りました。

しばらくは、片付けと、不在の間に連れ合いがやらかしてくれた我が家をちゃんとした状態に戻すこと、買ってきたものの整理、洗濯、調理などに忙殺される予定です。

日本滞在中は、皆様にたくさん遊んでいただき感謝しています。

これに懲りずに、また、ブログでのおつきあい、よろしくお願いします。
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Posted by 八少女 夕

御朱印をいただいて来ました

御朱印

本当は流行りだからと始めるものではないのでしょうが、今回の旅で初めて御朱印をいただいてみました。

本当は写経をお納めした後でいただくものだったようですが、現在は寺社で幾らかお金をお納めすることで参拝の印である御朱印をいただけるようになっています。

義兄が仕事であちこち行くので集めているという話を聞き、最近よく訪問先の神社に参拝しているから、私もいただいてみようかなと思ったのです。

今回の旅で参拝した神社のうち、京都の神泉苑、金沢の尾山神社と金澤神社でいただいてきました。

似たような慣習はヨーロッパのサンチアゴ・デ・コンポステラ巡礼にもあって、スタンプラリーとは違いますが、いただいた印を眺めて、ああ、ここに巡礼したなと後に振り返るのですね。

今回は三つで終わりますが、次回またいただこうかなと思っています。
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Posted by 八少女 夕

日本国内旅行が終わりました



六甲、神戸、京都、金沢と、急ぎ足で巡った旅行が終わりました。

かなり歳をとってきた母の希望に応えるかたちで回ったのですが、母のノスタルジーだけでなく 私自身のそれとも重なりました。

金沢は以前一人で来たことがあるのですが、今回はお城と兼六園回りをメインに回って来ました。神社をいくつも参拝し、石垣などをじっくり観察して、人々の想いや匠や文化に注目してきました。



日本酒も忘れずに飲んで来ました。

詳しくはスイスに帰宅してからゆっくり語りますね。
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Posted by 八少女 夕

六甲山にいます

母と日本国内旅行に出ました。最初の目的地は兵庫県の六甲です。子供の頃祖父母が六甲に住んでいて、母は私や姉を連れて来ていました。母は両親がここに住んでいた年齢を越え、ここに来るのも最後かもしれないと言っていて、せっかくなのでノスタルジー旅行をする事に。

阪急は、もちろん当時とは違う車両なのですが、色が同じで「懐かしい」と心が暖かくなりました。街も同じで、当時を知る母が言うにも当時馴染んだものはほとんど何も残っていないようですが、それでも来られてよかったようです。


六甲山 に泊まったのですが、夜景だけは当時のように綺麗で、大満足でした。明日は神戸。とても大切な約束があります。



その報告は少し後で(^^)
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Posted by 八少女 夕

日本を満喫中

うなぎ

一ヶ月も来ているというと、ものすごく長いように思えますが、あっという間に半分が終わってしまいました。

今回の帰国は、いつもの三週間の休暇の間に一週間の労働が挟まっていました。今週がその週だったのですが、スイスの会社のPCにネット接続して働いたのです。

時差がありますし、機器が手元にないので全く同じではないですが、とにかく時間の上ではきちんと勤務しました。

またこれをやりたいかと訊かれると微妙なところですが、少なくともその間は日本にいるので、日本でしかできないことをいろいろと楽しみました。

水曜日の朝は、渋谷に行って、映画をみました。TOM-Fさんに薦められた「君の名は。」を。素直に楽しくて美しくて心の動くいい映画でしたね。日本のアニメと一口に言っても、いろいろあるんでしょうけれど、これは本当に子供が見ても大人が見てもそれぞれが楽しめて、感動して、好きになれるいい意味で日本らしい映画でした。レビューを書くほど映画を見ているわけではないので、ここではこれ以上は語りません。TOM-Fさんの記事は色々と納得でしたから、気になる方はそちらをどうぞ。あ、東映の映画館、設備よすぎです。

月曜日は年金をどうするか相談に行きました。火曜日は母親と買い物。先週の日曜日は姪の、今週は甥の文化祭。その合間に大学やアフリカで知り合った友人にも会い、かなりのハードスケジュールですね。

カステラ

月曜日から、国内旅行に出かけます。日本の秋を堪能するつもりです。
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Posted by 八少女 夕

ブログのお友だちとお会いしました

日本についてすぐ、今帰国のハイライトのひとつがありました。けいさんにお会いしたんです。

ご存知の方も多いですが、けいさんも私も海外移住組。オリジナルの小説を書き、かつ海外に永住という二つのファクターが揃った知り合いは実はけいさんお一人なんです。もちろんそれがどうというわけではないのですが、やはり格別の親しみがあります。

そしてあっさりお会いできたことも嬉しかったです。

けいさんのライフスタイルと帰国なさるタイミング、そして私のそれらを考えると、私たちが同じ場所にいるのって奇跡のようなことなのです。だから、「会えるものなら会っていただこう」って真剣さが違ったのですよね。

日本にいた頃は、「これが最後のチャンスかも」と思うことはまれでした。まだ若かったし、時間は永遠にあると思っていましたから。

けいさんのお土産

けいさんは、書かれる文章そのままのステキな方でした。個人的なことも含まれるので、詳細は書きませんが、しゃべりまくることなんと6時間以上! その上別れ際の駅でもまだ話のタネは尽きず。創作の話も、人生のお話も面白くて、こういう引き出しから、あのハートフルな作品が生まれてくるんだと納得です。

日本に着いたばかりでまだ新しいステキな店などのリサーチが済んでいなくて、ここぞといういいお店にご案内できなかったのが心残りですが、私はとっても楽しい1日を過ごさせていただきました。けいさん、ありがとうございました。お土産もありがとうございました。あ、チョコは独り占めしませんのでご安心を!

そして。実はlimeさんともお電話でお話ししちゃいました。「おおお、生limeさんだ〜」と妙に感動してしまった私です。どんなステキな方だったかもここで語りたいところですが、内緒。
お仕事から戻られてお忙しいお時間に、すみませんでした。
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Posted by 八少女 夕

日本にいます

成田空港

久しぶりの日本、別に大したことはしていないんですが、楽しんでいます。

買い物をして、ご飯を食べて、親や姉や姪や甥といっぱい話して。

あ、ちょっとはポケモンGOもやったっけ。うちの実家の近く、恐ろしいほどポケストップはあるんですが、出るポケモン自体は大したことなくて、バッグは常にいっぱいです。(知らない方、すみません。大した話題ではないです)

若鶏の和風ソース

昨日は買い物が長引いたので母と外食しました。なんてことのない洋食を食べたんですが、日本のお肉が美味しいので堪能しましたよ。

買い物は、靴と靴の中敷、それに念願の眼鏡。眼鏡は結局二つ買いました。JINSというお店で。遠近両用と中近両用です。前者が外や休日用で、後者は仕事用。ブルーライトカットの割合も変えてもらいました。一週間後にできるそうです。氣になっていた件を二つ終えたのでホッとしました。
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Posted by 八少女 夕

鳴らしちゃダメ

レストランのベル

他の国はよくわかりませんが。

もしスイスのレストランで、こういうベルを見かけたら、不用意に鳴らすのはやめましよう。

これを鳴らした人は、その場にいる客の分の全ての代金を払うという伝統があるんだそうです。

あ、もちろん払いたければどうぞご自由に。かなりの確率でクレジットカードの限度額を超えてしまうと思いますけれど。
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Posted by 八少女 夕

ウィーン自然史博物館

まだまだ続くウィーン週末旅行の話。あ、でも、少しマニアックですので。(それはいつものことか)

ウィーン自然史博物館

私がウィーンを訪れるのはこれで四回目でしたが、それでも当然ながら行けていない所というのがあるのですよ。これが最後ではないと思うので、無理をせずに優先順位の高い所から一つひとつ見て回っています。

今回ようやく行けたのは、「ウィーン自然史博物館」です。目の前に「ウィーン美術史美術館」があって、ここにラファエロがあるので行く度に足を運んでいるのですが、そちらに時間がかかるため足が棒になって、いつもこちらは「また今度」になっていたのですね。

とくに前回は歳をとった母と一緒だったので、無理はさせられずここは諦めましたが、今回はもともと自然の好きな友人と一緒だったので、はじめから「ここには行きたい」と約束してありました。で、恐竜などがすごいだろうなとは思っていたのですが、期待を超えた凄さでした。ずーっと心が躍りっぱなしでした。

ここの素晴らしさは、かつての宮殿を利用した豪華な建物の中に3000万点を超える膨大な自然科学の収蔵品が収められていることです。皇帝のコレクションというのはこういうものかというスケールの品々に、さらに後々加えられた収蔵品の充実っぷりに、さすが世界有数の博物館と言われるだけのことはあると感服しました。

(実は、もっとも有名な「ヴィレンドルフのヴィーナス」を見逃してきちゃったのですが、これは次回のお楽しみということにします)

私は鉱物の類いが好きだったので、まずは鉱物のコーナーから見てきました。あるあるあるある。なんなんだこの豊富なコレクションは。世界のありとあらゆる石、半貴石、貴石がびっしりと並んでいます。宝石の展示ではないのでカットされたようなものは少ないですが、巨大なアメジストや石英の結晶、金塊などこりゃすごいお宝だろうと思うものも無造作に展示されていました。

バージェス頁岩

恐竜コーナーの手前で見つけてしまったのが、古生代約5億年前の生物の化石バージェス頁岩です。「なんでこんなものまであるの!」と狂喜乱舞。本物をスミソニアンに行かずに見られたなんて信じられませんよ。あ、バージェス頁岩について詳しく知りたい方は、NETでググるか、スティーヴン・J・グールド「ワンダフルライフ」を読んでくださいね。これ以上ここで語ると長くなってしまうので。

そして、もちろんそこからアンモナイトなどの化石もあって堪能しました。昆虫のコレクションも、巨大な恐竜コーナーもすごかったのですが、現生生物コーナーの、ステラーカイギュウの剥製にも度肝を抜かれました。ゾウより大きい! ステラーカイギュウは、残念なことに発見されてから30年も経たないうちに乱獲で絶滅してしまいました。来訪者を残らず驚愕させるこの剥製はもういない生き物の悲しい記録なのです。

この他にも絶滅したドードーなどの鳥類もありましたが、カカポの剥製もけっこうあって「お願い絶滅しないで!」と念を送って来ました。

ウィーン自然史博物館

そして、鳥類コーナーで私が必死に探しまわった剥製がありました。これだけあるなら、どこかに絶対あると思ったんですね。そう、私のアフリカ好きに拍車をかけたきっかけのひとつ、「マシアノケ」こと「ハマーコップ(シュモクドリ)」です。足を棒にして何度も探しましたが、「あれ、あんなところにいま流行のハシビロコウがいるぞ」と歩いていったその真上にいました。

このシュモクドリ、アフリカのバードパークで、生きているのも見たことがあるのです。でも、いつかは野生の姿を見てみたいなあと思っていたりします。

そんなこんなで、あれもこれも大興奮の感動の博物館でした。次回もきっと行くと思います。
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Posted by 八少女 夕

ウィーンでポケモンGOした

呆れられるかとは思いますが、ポケモンGOしているんです。まあ、もちろん適度に、ですけれど。

もともと私はゲームの類いは全然やらない人で、ポケモンもピカチュウがなんだかは知っていましたけれどそれ以上の知識はなかったぐらいなのです。でも、いつもいる道にポケモンが出るなんて楽しいじゃないですか。で、ダウンロードしてはじめました。

とはいえ、ご存知の通りのド田舎ですから、見渡す限りポケストップがないなんてことも普通で、通勤途中に一か所、会社の側に一か所あるのを訪問してポケボールをゲットしている、そんな状態です。あ、全くなさらない方のために説明すると、このゲームはポケモンが出たらボールをぶつけて捕まえることができるのですが、そのボールは課金しなくてもポケストップという所に行って補給できる仕組みになっているんです。

で、出てくるポケモンも、田舎ですからそんなに珍しいものがうじゃうじゃ出るわけはなく、のんびりとプレイするしかないんですけれど。

で、この間のウィーン旅行です。都会だし、ポケストップもたくさんあるし珍しいポケモンも沢山出るだろうということで半分は球補給のつもりで向こうでも立ち上げたりしたんです。

もちろん観光中にポケモンGOをやるほどは狂っていないので(ウィーンにはポケモンよりも見たいものがたくさんありますからね)やったのは主に早朝とホテルに帰る前。ホテルの目の前に公園があって、そこは常に桜吹雪が舞っていた(誰かがルアーモジュールなるものを設置してポケモン出現しっぱなしになっている状態)んですね。道でやるより安全だし、みんなやっていたので恥ずかしくなかったので、ちょっと嬉しかったです。

ポケモンGO in Wien

ただの公園だと思ってウロウロして、みつけたポケストップをよく見たらあの「黄金のシュトラウス像」だったので心底びっくりしたなんていう、全く本末転倒なこともやっていました。

で、いろいろと捕まえましたよ。上の写真はうちの方ではどうやっても出てこないミニリュウ。まあ、何十匹も集めることはできないですけれど、記念に。近くにピカチュウの影も見たんですけれど、これは捕まえられませんでしたね。

でも、いいんです。いかにも強そうなのや、今ひとつキモチ悪いのも捕まりましたし、すっと欲しかったゼニガメも待っていてくれましたし。かわいいキツネみたいなロコン、動作がかわいすぎるカモノハシみたいなコダックも図鑑に載りました。

何よりも沢山ポケボールをもらえましたから。

ポケモン・ウィーク?

もうひとつ、ポケモンGOが流行っている恩恵がありました。

ベルヴェデーレ上宮という美術館は、クリムトがたくさんあることで有名なんですけれど、ここにいったらなぜか「ポケモンウィーク」をうたっていたんですね。

この美術館、普段は一切写真不可なんですが、「この週末だけはスマートフォンでの撮影許可」って書いてあるんです。速攻でスマートフォンを取り出しましたよ。帰って来てから氣がつきましたが、この「スマートフォンでの撮影許可」ってドイツ語だけで書いてあるんですよね。ドイツ語を知らなかったら撮れなかったのかも。

クリムト

そう、みんなスマートフォンで撮影していました。でも、ポケモンGOをしている人は皆無だったんじゃないかしら。一人も見かけませんでした。本物のクリムトをバチバチ撮れるチャンスですよ、それどころじゃないです。

私はここでもいろいろと撮ってきました。ホーフブルグで撮影禁止だった有名なシシィの肖像画(のひとつ)もばっちりと撮影できましたし。

ポケモンGOの流行に大感謝です。
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Posted by 八少女 夕

ウィーンは真夏です


夜行列車でウィーンに来ました。電車で行ける距離とはいえ往復で休みを2日使うのはもったいないから。
22時半にスイスを発って朝にはもうウィーンです。
日本から来た友人と待ち合わせて、昨日はシェーンブルンなどに行ってきました。
たくさん話し過ぎて乗り過ごしたり、方向を間違えて歩き過ぎたり、若干の失敗もしましたが、滞在を楽しんでいます。
暑い夏は、久しぶり!
詳しくは帰国後の記事にしますね。
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Posted by 八少女 夕

夏の午後だから

日曜日、久しぶりに晴れ渡って、しかも夏らしくなったので、アイスクリームを食べに高地のレストランへ行ってきました。

Wergensteinパノラマ

今年は本当に惨めと言っていいほど天候に恵まれず、先週は盛夏のはずの7月半ばにアローザで雪が降るという珍事が起こる始末です。私の住んでいる所は標高700m前後なのですが、さすがにそこまで雪は降らなかったけれど、昼休みに8℃だったという(笑)

そんなショックの後だったので、きもちよく晴れ渡った日曜日、「どっかにいかなきゃ!」と、連れ合いと二人ヴェルゲンシュタインという小さな山の上の村に行ってきました。この日は、うちの近くで30℃ちかくまで氣温が上がったのですよ。

ここは、アイベックスが生息している場所で、アイベックス観察センターみたいな位置づけになっているレストラン。

Steinbock

アイベックスというのはドイツ語では「Steinbock」と言って、グラウビュンデン州のワッペンにも描かれているアルプス高地の代表的な野生動物。山羊の仲間です。乱獲によってスイスでは一度絶滅してしまったのですが、イタリア領地にいた個体をもらって保護した結果、現在はずいぶんと増えています。もっとも、絶滅危機にあることは間違いないので勝手に撃つことは出来ません。

そんなアイベックスの観察できるような場所ですから、もちろん山の上。

この村からはアンデールからヒンターラインへ、そしていずれはイタリアへと向かう谷が一望のもとに見渡せる素晴らしいパノラマが楽しめるのです。そして、スイスにしてはご飯がおいしいのも嬉しいレストラン。こんな夏の一日にはハイキングを楽しむ人たち、ドライブに来た人たちで賑わっていました。

Wergenstein

レストランの裏手にひっそりと立つ教会。あたり前だけれど、野良猫のようにアイベックスが登場するわけではないので私は生きている本物を見たことはないんですが。剥製や、オブジェなどが村おこしに貢献しているのを微笑ましく眺めました。この青空! これがグラウビュンデン州がヨーロッパ中から観光客を集める秘密です。
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Posted by 八少女 夕

エーヴベリーの話

すっかり忘れていましたが、十月に行ったイギリス旅行のメインイベントの報告が残っていました。なぜ思い出したかというと、今月の終わりにウィーンに行くのですが、その前に前の旅行のことを書いた方が……という流れです。はい。

エーヴベリー(Avebury)はヨーロッパ最大のストーンサークルを含む新石器時代のヘンジです。ヨーロッパにおけるもっとも完成された先史時代遺跡の一つです。有名なストーンヘンジの北、およそ30キロの所に位置するエーヴベリー村近郊にあります。……って、これは近郊って言うのかなあ。村が遺跡の一部を貫いている感じといえばいいんでしょうか。

Avebury
(エーヴベリー遠景 by Bob Croxford)

この遺跡は紀元前2600年頃に建造されてその後千年くらい使われたとのことです。ヘンジ、長方形古墳群、ストーンサークル、アヴェニュー、土手道で結ばれ、同心円上の堀に囲まれた集落エンクロージャーなどから成っています。サイズとしてはかのストーンヘンジ14倍もあるにも関わらず、あちらのように有名ではありません。

1990年に始めてストーンヘンジとフランスのカルナックを訪れ、その時から行きたいと思っていたのがグラストンベリーとこのエーヴベリーでした。でも、当時もマイナーではなかったでしょうがストーンヘンジほど観光客が行きたがらないので、余りやすいツアーのようなものはなかったのですよ。

今回行ってみて思ったのは、以前より観光用にバリバリ整備されたストーンヘンジとの差でした。いや、こういうのもいいんですよ。黄昏れた写真を撮っても他の観光客も映らないし、柵もなくて触り放題だったし。

お仕着せのツアーではまず行かないので「あそこにいく!」という強い意志がない限りは生涯見られない遺跡の一つだと思います。その分、今回行けたことは大感激でした。

Avebury
出典:File:Avebury, Stensättningen i ursprungligt skick, Nordisk familjebok.png

もともとはこのイラストのような形をしていたらしいのですが、今では多くの石が取り除かれてしまっています。現在はナショナル・トラストによって保護されていますが、何世紀にもわたり「おお、ここにちょうどいい石材があるぞ」と近隣の人たちが家を造るのに使っていたというのですね。

この遺跡がストーンヘンジよりもかなり雑な扱いを受けているのは、おそらくその巨大さが原因なのではないかと私は思いました。

エーヴベリー
「さあ着きましたよ」といわれて見ると、確かに巨石がいっぱいあります。でも、どこがサークルなのかさっぱりわかりません。

どうなっているんだろう、と歩いていたら見事に羊の糞を踏んでしまいました(笑)羊をそこで放牧しているんですね。

よくみると大きな土手のようなものが見えて、あれがエンクロージャーかとわかります。その上までかなり歩いて登ってみると、ようやくサークルに成っている全体像が見えてくるというわけです。つまり、大きすぎて何が何だかわからないんですよ。

エーヴベリー

この巨石のほとんどはこの地域で採れるものだそうです。そして、かのストーンヘンジの大きい方の石もここから運んでいたのだそうです。

石の形はストーンヘンジのように成形してありません。もともとの形を残すようにしてあるようです。でも、サークルになるように並べたのですから、大変な労力だったことは間違いないでしょう。当時はクレーンもなかったですし。

村と公道がサークルやエンクロージャーを分断するように発展してしまっているせいで、それぞれの巨石を見るためには、それらを越えて行かなくてはなりません。なかなか不思議な感覚でした。なんせ他の巨石遺跡は、たいてい囲まれて公園のようになっているので、それを見学するときは何となくタイムスリップした感じがするか、もしくは公園を見学しているように感じるのですが、ここは現実の村の生活と遺跡が分断されていないのです。
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Posted by 八少女 夕

旅の自撮り

今日はちょっとふざけた画像付き。

最近のSNS全盛、自分も決して人ごとではないんですけれど、「何だかなあ」と思うことがあります。例えば、わざわざ逢っているのに、例えば食事の間にもスマホを氣にしている人がいるなんて話を聞くこと。まあ、でも、仕事でどうしてもメールを読まなくちゃいけないこともあるでしょうし、Lineは何分以内に返さないと関係にひびが入るなんて話も聞くので、一概に「それはNG」とは言えませんけれど。

私がやっているSNSはfacebookだけです。これは日本の友達や知り合いに逢う度にいつも同じ事(「スイスにいるんだ。何しているの」「どんな暮らし?」)を訊かれるので、実名での付き合いの方に「百聞は一見に如かず」のつもりで個人的な写真を見せています。が、あまり熱心な方でもなく、休暇旅行など、どっかに行ったときの写真がメインでしょうか。あ、あと、Swissinfoでのスイス生活を紹介する記事(このブログではトップのお知らせにリンクのある記事ですね)をシェアしています。

反対に、これはどうしてもやりたくないなと思うのは、自撮り写真をSNSにアップすることです。私の個人的な知り合いではあまりいないんですけれどね。

Jidori_yu.png
天水 清太さんの描いてくださったアイコン画像、勝手にコラージュしました。すみません。

先日、写真を整理していて氣がついたのですが、自分の写真が異様に少ないのですよ。旅行に行くと連れ合いが一枚か二枚撮ってくれるのですが、「これ見て〜」と一般に公開したくなるような写真はあまりありません。写真は絵画と違ってそのままだから「それが自分なんだ、諦めろ」といわれたらその通りです。でも、ねぇ。

これをわざわざ自分で撮ってアップロードしたくなるなんてことは、まったくないんですよ。私がスマホに笑いかけている写真なんて、とくに他の人が見たいと思うとは思えないし、さらにいうと、どうやって撮影していたかが、何となく想像できる、その絵柄に自分で我慢がならないのですね。

もっと拒否反応があるのは自撮り棒で写真を撮ること。

jidori2.png
うたかたまほろさんの描いてくださった「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」のディミトリオス、ふざけてコラージュしました。すみません。

自撮り棒、有名観光地に行くと必ず売っているんですけれど、あれで撮るのは死んでも嫌です。美意識からも許せないし、そうやって撮った写真をSNSにアップするのも嫌。だって、観た人全員に「あの間抜けな自撮り棒をかざしてあの美しい光景の中にいたんだ」と告白しているようなものじゃないですか。

素晴らしい光景をバックに写真を撮って思い出にしたいということ自体は私も思います。写真を撮ってくれる同行者がいない場合もあります。同行者と一緒にフレームにおさまりたいと思うこともあるでしょう。でもねぇ。その場にいる他の人に「すみません、一枚撮っていただけないでしょうか」もしくは「そちらもお撮りしましょうか」とコミュニケーション一つできないというのはどうかと思うんですよ。

私は、観光バスから降りて、自撮り棒で写真を撮って、五分後にはまたバスに乗っていなくなってしまう、そういう旅のスタイルは嫌なんですね。出会った他の旅人や、現地の人と拙くてもコミュニケーションをとり、カフェでまったりと街を眺め、カメラだけでなく心の中にも思い出を積もらせたいんです。

というわけで、毎回自撮り棒を売りつけたい怪しいおじさんにまとわりつかれても、にべもなく断る私なのでした。
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Posted by 八少女 夕

メメント・モリ

お陰様で火曜日に当ブログは77777Hitを達成しました。いつもお越し下さる皆様のお陰です。本当にありがとうございます。いただいたリクエストは順番に執筆していきます。それぞれお待たせすることになりますが、納得のいくものを書きたいと思いますのでお待ちいただけると嬉しいです。

さて今日は、先日発表した『夜のサーカスと黄色い羽 - Featuring「物書きエスの気まぐれプロット」』で出てきた少々ブキミな納骨堂について解説してみます。

この記事、一度予約投稿していたんですが、シャレにならないことが起こったので、しばらく公表を見合わせていました。というわけで小説の発表からは大分時間が経っています。


納骨堂

モデルにしたのは、コモ湖畔ではなく、イタリア語圏スイスのポスキアーボという街にある納骨堂です。街のど真ん中にこういうものがあるのですね。

中にある頭蓋骨はすべて本物です。もちろん最近亡くなった方の頭蓋骨はありません。

ヨーロッパには、遺体の一部が誰でも見える状態でずっと置いてあることがわりと多いように思います。よくあるのが聖遺物という形で、教会に置いてある骨などですけれど、その他に教会の地下に行くと、壁にぎっしり頭蓋骨などというのも。

でも、日本にいるときほど「怖い」「びっくり」という感覚はないように思います。夜にこの納骨堂の前を通っても、そんなに怖くないんです。不思議な事に。風土の違いかなあと思います。

絵画にも、花やフルーツの静物画に混じって、ぽんと頭蓋骨が置かれている事があります。「メメント・モリ(死を想え)」というラテン語で表現されるように、「自分もいつか死ぬ事を忘れるな」と現世の享楽を戒めたり、貧富の差など死の前では意味がない事などを我々に意識させるようにする伝統があるようです。

華やかな街の広場にこういうものがポンと置かれ、ドアには大鎌をもった死神やら髑髏の絵が書いてあるのは、明らかに生活をする人びとに「メメント・モリ」と告げているんだなと思います。それでも、人びとはパスタやピッツァとともに美味しいワインを飲んで楽しんでいます。

そして、私もかなり慣れっこになっています。この写真、全く躊躇せずに撮ってサイズ縮小してアップしてしまいましたし。



関連して一つ音楽を。サン・サーンスの「動物の謝肉祭」です。このテーマだと普通は同じ作曲家の「死の舞踏」をイメージすると思うんですけれど、私のイメージはそれをさらに元ネタとしたこの「動物の謝肉祭」の第12曲「化石」(15:15あたり)のおちゃらけたイメージなのです。シロフォンで骨がカタカタ言うあたりの軽さが、アントネッラの作品でパレードに使った骸骨たちのイメージです。
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Posted by 八少女 夕

旅の荷物の話

この間、旅のバトンを持ってきたら、とても多くの方に拾ってもらえて意外で嬉しかった私です。(一応、小説ブログだけれど)旅の好きな方が多いんだな、ということで、ちょっと掘り下げてしまおう、というのが今日の記事です。

「旅の必需品は何ですか」という質問で、「パスポートと、現金と、iPhoneと、歯ブラシと……」というような身も蓋もない回答をしましたけれど、実は旅の荷物というのは永遠の課題です。

もともと日本人というのは海外旅行に行くときの荷物が多い謎の国民として、私の周りのガイジンたちの間では有名だったりします。たった一週間の旅行に大の男でも簡単には持ち上げられない荷物を持ち、しかも毎日違うホテルにチェックイン、つまり旅のほとんどをその重い荷物を引きずっているのは何故なんだと……。

例えばヨーロッパの鉄道で旅をするとわかると思いますが、車両に乗り込むにはかなり段差があったり、ドアが手動だったりするので慣れないと昇降が大変なのです。これを20キロもの大きい荷物を持ってやるとなるとかなりストレスですよね。

私が旅行するときは、(お土産&スイスに持って帰るものが多い)日本に行く時を除いて、片手で持ち上げられるサイズの荷物で行くようにしています。機内持ち込みギリギリくらいのサイズですね。これはその荷物を持って階段を下りるときに足にぶつけたりしないし、片手で手すりにしっかりつかまれることが大事だから。

そのサイズにお土産も詰め込むことも想定して、往きは4割くらいガラガラ(重量も、往きが8キロ以内、帰りが多くて15キロってところでしょうか)にしていきます。つまり衣類はとても少ないです。

一週間くらいの旅行で下着もTシャツも三組程度、ボトムスは着ているものの他に着替えが一つ、上着の類いは着た切り雀です。もっとも、ヨーロッパは寒暖の差が激しいので、ブラウスやカーディガン、ジャケット、大判ストールなどを重ね着して調節するので、組み合わせで変化も出ます。たたむと小さくなるウルトラライトダウンジャケットやウィンドブレーカーなど、旅用の衣料もかなり厳選しています。

「もしかしたらいるかもしれない」と思ったものは心を鬼にして切り捨てます。これだけ旅をしていると本当になくて困ったものが何かくらいはわかるので、それは入れます。たとえば、充電ケーブルの類いは現地では簡単に手に入りません。また、歯ブラシを備えてあるホテルはほとんどないので、絶対に忘れられません。日本と違って日曜日には何も買えないなんてことも多いので、1日でも無しではいられないものは、忘れずに。そして、私はホテルでは靴を脱ぎたい人なので、ぺったんこに出来るスリッパもいつも持っていきます。バイクの旅のときは、スリッパの代わりにローマ風のサンダル。

ミニオシボリ

これは、ちょっとした工夫です。ハンカチタオルを無印良品の歯磨きセット用ケースに入れています。そして、必要なときに濡らしてオシボリとして使うのです。このケースに入れればバックの中が濡れることもないですし、シャワーのときに使うタオルにもします。ウェットティシュー、浴用タオル、ハンカチを一つで済ませているわけです。

一つで済ませるといえば、iPhoneを持つようになって以来、旅の必需品が減ってとてもありがたいです。前は、音楽を聴くための機械、アドレス帳、予定表のある手帳、航空券のコピー、文庫本、携帯電話、地図、ガイドブックなどを個別に持っていましたからね。便利な時代になりましたね。
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Posted by 八少女 夕

旅の効率

今日の話題、カテゴリーで迷ったのですが、「旅行」と新カテゴリーを作るのもなんだなあと思ったので、「スイス・ヨーロッパ案内」というカテゴリーを「旅の話 / スイス・ヨーロッパ案内」と変えて対応する事にしました。下手にカテゴリー増やすと過去記事の整理でハマりそうだから。

ひとり旅はずっと好きでした。高校一年生くらいだったか、祖母の当時住んでいた熱海に東海道線の鈍行で一人で出かけていったのも含めて、日常を離れて遠くに一人で行くのが好きでした。なぜ一人が好きだったかというと、会話をしなくて済み、窓の外の風景を見ながら妄想を自由に走らせる事が出来たからだと思います。そう、私はそれよりもずっと前から頭の中は勝手な創作のお話でいっぱいだったのです。

で、修学旅行や団体旅行などは苦手でした。いまでも苦手ですけれど。そういえば子供の頃デートの定番だった「かっこいい車に乗せてもらって海岸をデートドライブ」みたいなシチュエーションの事を羨ましいと思った事もありません。運転席の相手とずっと会話しなくちゃいけないというところが、逃げ腰の理由。そんなことはどうでもいいんだった。

で、ようやく本題です。こういう事を繰り返しているうちに「個人の旅が好き」→「現地で団体に混じらない旅行こそ正しい旅」みたいな変な思い込みに落ちていったようで、私は長くツアーや手配旅行を避けていたのです。1990年に3ヶ月かけてエジプトからロンドンまでユーレイルパスをつかって廻った旅などでも、自分だけが行きたいと思っていたフランスのカルナックや、イギリスの湖水地方を訪れるのに普通路線を使ってパリやロンドンから日帰りをしています。確かに安くは済んでいるんですが、現地滞在時間が30分しかとれなかったというようなものすごく非効率な滞在でした。それでも当時はものすごく満足したんですけれど。

いまでも個人の旅がメインなのは同じですが、必要に応じてオプショナルツアーや市内観光バスなどを使うようになりました。

市内観光バスから見たポルトのフォス(大西洋海岸)

ヨーロッパの大きな都市では、二階建ての市内観光バスが走っていますよね。昔は一切使わずに、公共交通機関をつかって名所にたどり着く事を誇りにすら思っていました。でも、初めて行く街は地理は頭に入っていないし、乗り換えは不便、それにどこで降りたら何が見られるのかなどが頭にはなかなか入らず、非効率この上なかったのです。

いつだったか、マラガで連れ合いと一緒に試しにこの手の二階建て観光バスに乗ってみたら、ものすごく便利だという事がわかったのです。一周すると街の地理が頭に入りますし、外からみたいだけで別に中に入るまでもない名所は座ったまま素通りできます。たいていイヤホンをもらえて、回っている場所の解説(ほとんどの場合日本語も選べます)や街の歴史について面白い話が聴けるのも、乗ってみるまで知らなかった大きな魅力でした。事前に知らなかったけれど「へえ」と興味を持った所は、二周目以降に降りて訪れてもいいのです。

これに味をしめて、私は都市を訪れるときにはこの手の市内観光バスをほとんどと言っていいほどよく利用するようになりました。「黄金の枷」シリーズのモデルであるポルトでも、この手のバスで仕入れて興味を持って調べた事が豆知識となって作品にたくさん生かされています。

昨年10月に、週末に有休を一日くっつけて3泊4日でロンドンへ行ったときにも、たった4日では到底回れないけれど「まだ見た事がないから見たいなあ」と思っていたザ・シャードなどを夜のロンドン市内観光ツアーというのに参加する事で効率よく見てくる事が出来ました。これ、18ポンドでした。ロンドン中の美しくライトアップされた観光名所をただ回るだけでなく、ガイドが面白おかしく説明してくれるのですよね。公共交通機関で行くとしたら、一か所くらいしか回れず、ライトアップも見られないし、知っている以上の事はなにもわからず、足が棒になるだけだったのですが、このツアーに参加したおかげで大満足の観光が出来ました。しかも夜のツアーだったのでお買い物したい時間とかぶらなかったのも嬉しかったです。

それから、一日観光にも近年は積極的に参加しています。先日ポルトから行ったコインブラ&アヴェイロ一日観光もよかったですが、なんといってもここ数年最大のヒットだったと思うのが、やはり去年のロンドン行きで一日使ったストーンヘンジ、グラストンベリー、エーヴベリー一日観光でしょう。

グラストンベリー・トール

先日もブログのお友だちと「田舎の電車って」という話になったんですけれど、1時間に1本来るというのはまだいい方で、英国やフランスやポルトガルのちょっと田舎の観光地に行こうとすると、一日に2本とか4本しかないなんて事は普通です。しかも接続が悪い。以前、無理してロンドンからコッツウォルズまで日帰りした事がありますが、ほんとうに現地に30分くらいしかいられなくて、「私何やっているんだろう」という状態でした。

で、一日観光ツアーです。グラストンベリーに個人で行って何かを見ようとすると、電車の関係で二泊くらいしないとまともに見られないのです。そうなると英国に5泊くらいしないといけない勘定になります。さらにエーヴベリーも行きたいなんてなったらそれこそ一週間くらい必要。つまり有休が5日&殺人的に高い英国の宿泊費が7日分も必要になるのです。それをガイド付きでたった一日で3か所回れるというのです。ストーンヘンジも行けて、重い荷物を持って移動することもないし、ただ座ってガイドの説明を聞いているだけで到着できる、それで129ポンドならずっと安くつくのですね。

学生の頃は、時間だけはたっぷりあったので、ユースホステルなどのドミトリーに泊まって、食事もひたすら安くあげて、無駄なエネルギーを使いつつ自分の足で回るということに魅力を感じていましたが、今は、もう少し体力を温存しつつ、短くてもいいから少し楽をして楽しみたい、貴重な有休の無駄遣いせず、さらに「これまで頑張って働いた分のプチご褒美」と思えるような体験をしたい。さらに、歴史や民俗についての新しい知識も入手できるなら、そっちの方がずっといいと思うようになったのですね。
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Posted by 八少女 夕

コインブラ、ポルトガル最初の首都で大学の街

ポルトガル発祥の地はギマレインスですが、最初の首都はコインブラです。これは1139年にスペインから独立を勝ち得た国王アフォンソ・エンリケスが、王国の首都をコインブラに定めたからです。

コインブラはポルトの南120㎞のところにあります。というわけで、ポルト旅行中のオプショナルツアーでちょいと足を伸ばしてきました。

以前も書いたことがあるのですが「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、ブラガは祈る」というように、それぞれの都市の人たちの氣質を表す言葉があります。コインブラは大学の街として有名なのです。他の都市にも大学はあるのですが、大学が街の中心になっているのはコインブラだけのようです。

街の小高い丘を登っていくと、てっぺんにコインブラ大学の校舎があります。ただの大学ではなくて、ヨーロッパ最古の大学でユネスコ世界遺産にも登録されています。そのうちの一部は、観光客に公開されていて見学する事が出来ます。

コインブラ大学にて

こちらは実際に使われている講堂だそうで。アズレージョが美しい教室ですね。こんな所で学ぶんだ……と感心してしまいました。

コインブラ大学にて

セレモニーホールも豪華です。

コインブラ大学にて

この見学の要であり、圧巻なのはやはりジョアニナ図書館でしょう。内部の写真撮影は禁止だったので内部の様子をご覧になりたい方はこちらで。

そして、見逃してはならないのが、学生たちの服装です。お金持ちも、貧乏人も全く同じ物を着る伝統からこの黒いローブ姿なのですが、どこかで見たようだと思いませんか? そう、ハリー・ポッターっぽい。

コインブラ大学にて

「ハリー・ポッター」シリーズの作者J.K.ローリングはポルトに在住していた事があり、コインブラ大学は作品のモデルになった場所や事柄がたくさんあるそうです。

この制服もその一つですが、マントは1年ごとに巻いて短くしていくんだそうで、長く居ればいるほどマントが短いそう。それに、恋人が出来ると一部を裂くなどの伝統もあるそうで、確かに一部が裂かれたマントを着ている人もいました。ガイドは別れると縫うなんて言っていました。本当かな?
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Posted by 八少女 夕

新年のお祭り

本日2月29日でもってscriviamo! 2016の新規受付を終了させていただきます。あっという間でしたね。いつもドッキドキの二ヶ月なんですが、今年は量は例年より少なかったんですけれど、本当に容赦のない難題揃いで、挑戦し甲斐がありました。渾身の作品でご参加くださった創作者の皆様、本当にありがとうございます。

そして、明日は3月1日。古代ローマのお正月です。

チャランダ・マルツ

子供の頃、月の名前の語源を知って「?」となったことを思い出します。例えば英語での10月。「オクトーバー(October)」 って、なんでオクト? 「オクトパス(Octopus)」は8本足のタコを意味するようにこの英語の元になったラテン語(綴りは同じ)は「第8の月」なんですが、「第10の月じゃないの?」って。

3月から始まるとすると、これも納得です。

そして、ローマ帝国の属州であったスイスも、かつては3月1日が新年だったのです。途中から、今と同じように1月1日が新年になったんですけれど、山の中にはかつての新年のお祭りが残って現在に至っています。それが、絵本「ウルスリのすず」で有名になったチャランダ・マルツ(Chalanda Marz)です。そもそもこの「チャランダ・マルツ」という言葉自体が「3月朔日」を意味するのです。私の住むグラウビュンデン州の主にエンガディン地方に残っている風習で、子供たちが赤い帽子と青い服を着て、カウベルを鳴らしながら意地悪な冬の精を蹴散らすというお祭りなのですね。

チャランダ・マルツ

なお、私の住む地域は、3月朔日には特に何もしないのですが、大晦日の早朝に子供たちが同じようにカウベルを鳴らしながら行進する風習があります。おそらく昔はこの風習、年末年始にいろいろなところでやっていたのでしょうね。キリスト教化が進むとクリスマスなどキリストや聖人に関する祭がメインになっていきますが、それ以前の祝祭がまだどこかに残っている。私はこういうものがとても好きなのです。

ともあれ、チャランダ・マルツが来ると春です。本当の春はまだ少し先ですが、その希望が見えてきます。日も高くなってきましたね。
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Posted by 八少女 夕

ブルーストーンをめぐるロマン

本日は、10月に行ったストーンヘンジの話を。

ストーンヘンジの戦利品

ブログのお友だち大海彩洋さんほどではありませんが、私もかなり巨石の類いが好きで、世界の各地で巨石を見て歩いたりしています。といっても日本の巨石はほとんど存在すらも知らなかったりするので、巨石ファンと名乗るのはちょっと恥ずかしい程度です。

ストーンヘンジを訪れたのは、この秋で二回目です。最初の訪問は1990年の三月。びっくりするような昔です。ういういしい大学生でした。(年がバレる!)

でも、今回の方がずっとたくさんのことに感銘を受けたように思います。

はじめて「かのストーンヘンジの実物が目の前に!」というインパクトは大きかったです。それに、柵があって「入らないでください」状態になってしまった現在と違って、もっと素朴なストーンヘンジを体験できたのです。にもかかわらず一度目よりも今回の方がずっと強い感銘を受けた原因はひとつです。今回は案内してくれている人の言っていることが全部わかったということ。

大学生の時の私の英語力は思えば酷いもので、とにかく質問したその答えがイエスかノーかはわかったけれどそれ以上ではなかったように思います。あれでよく無事に帰国できたものです。(もっとも今だってボキャブラリーなどで言えば英検三級のレベルを超えていないと思うんですが)

ここ数年、ポルトなどで英語でコミュニケーションすることが増えてそういう外国では全く問題なく英語でコミュニケーションできることはわかっていたのですが、本場のイギリスに行ったらネイティヴの英語なのでまた全然聴き取れなくなると思っていました。ところがどっこい、全部わかるじゃないですか(笑)

どれだけ酷いヒアリング力だったんだ、大学生の私。

で、日帰りオプショナルツアーで、ストーンヘンジを観にいった時も、ひたすら話してくれるガイドさんの説明が全部聴き取れたんです。

少しだけほかの話題と違うとすれば、考古学や地質学の語彙って、少し特殊なんですよね。ギリシャ語源の単語などが入っていたり。だから、普通の会話よりも少しだけ難しいように思います。でも、とにかくわかったんですね。これは私自身にヨーロッパの歴史や考古学に関する知識が少し増えていたこととも関係があると思います。

そして、ここからが今日の本題です。(前置き長くてすみません)

ストーンヘンジというと注目を浴びるのは、サークルの内側に堂々とそびえるグレート・トリリトン(三石塔)でしょう。二本の石柱の上に横棒のように石がわたされているあれです。この巨石は一つ35トンにもなる立派なもので、これがストーンヘンジのメインのように見えています。

でも、古代の人々にとって本当に大切だったのは、そっちではなくて、外側のサーセン石による環状列石と内側のトリリトン馬丁型配列の間にサークルとなって配列されたもっと小さい石群だったらしいのです。写真で私が赤く印を付けたのがそれ、ブルーストーンと呼ばれる石です。

ストーンヘンジ

トリリトンに使われているのはサーセン石と呼ばれる砂岩の一種で、大きいものでもこのストーンヘンジの北30キロ、私が今回言ったもう一つの巨石群エイヴベリーの近くで採れるそうですが、ブルーストーンは240キロ以上西北にあるプレセリ山脈でしか採れないそうです。

トラックもクレーンもない、さらにいうと掘建て小屋に住んでいた人たちが、なぜそんな遠くからわざわざ石を運んでこなくてはならなかったのかということを考えるとき、それが「冬至と夏至を示すカレンダー」と私が聴かされていた俗説は論理的な回答のように思えません。

ストーンヘンジのかなり近くには、木でできたウッドヘンジという建築物が発掘されていますが、夏至に太陽の昇る方向を示すだけならそれでもいいわけです。240キロも先から苦労して石を運んでくる必要はありません。

最近の調査では、ストーンヘンジは一度建てられてそれっきりだった訳ではなく、一度作られたものを取り除いて改めて今のような形に組み直したことがわかっているそうです。

ブルーストーンをより効果的に配置するために、わざわざ建設し直し、サーセン石の巨石をあの印象的なスタイルに組み直したのでしょうか。周りに次々と建設された古墳群から、古代の人々にとってストーンヘンジはこの世とあの世をつなぐとても大切な聖地と考えられていたようです。

ストーンヘンジ

この復元モデルを見ると、サーセン石のトリリトンのサークルと馬蹄形のトリリトン配列の間に二重になったブルーストーンのサークルが綺麗に並んでいます。

スイスに戻ってから、ZDFの番組でたまたまストーンヘンジに関する最近の調査のことを特集していたのですが、当時の人びとはおそらくブルーストーンに特別な治癒力があると信じていたのではないかということでした。そして、ここに来ることでその特別な魔力の恩恵を得ることができると信じていたのではないかというのです。

2008年の発掘で見つかった大量の小石サイズのブルーストーン。もしかしたら霊験あらたかな石としてここで取引されていたのかもしれないそうです。

2002年に発掘された人骨、「エイムズベリーの射手」といわれる男性は、歯の組成を調べてみたところなんとスイスなどのアルプスで生まれた人だということがわかったそうです。この人の周りには当時は貴重品であった金属などたくさんの副葬品があったそう。なんらかの理由で、わざわざここに来て亡くなり、この特別な場所に葬られたのでしょう。

本当のことは何一つわからないですが、この場所が彼らにとって特別であったことだけはわかります。そして、考古学を通していろいろなドラマがわき上がってきます。地球にはまだまだロマンに溢れる場所がたくさんあるのですね。
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Posted by 八少女 夕

グラストンベリー、アーサー王伝説の聖地

先日、少し長めの週末旅行で英国に行ったときの話です。

ファンタジー好きの方ならアーサー王伝説はよくご存知だと思いますが、グラストンベリーのことも常識でしょうか?

少なくとも、私が日本にいた二十世紀のときは、そこまで知られた場所ではありませんでした。ここは、アーサー王が瀕死の状態で運ばれて行った、アヴァロンではないかと言われている場所です。そしてアーサー王の墓が発見された場所としても有名です。

グラストンベリーはロンドンの西、およそ200kmのところにあります。車だとおよそ三時間でしょうか。電車を乗り継いでも行けるんですが、さほど便も良くなく、短い旅行の間に荷物を持って移動するのも大変なので、私は日帰りツアーを利用して行ってきました。ストーンヘンジ、エイヴベリーという二つの巨石遺構と一緒にグラストンベリーまで見てしまおうという欲張りなツアーですね。

Glastonbury Tor

グラストンベリーと言ったら、まず忘れてはならないのが、このグラストンベリー・トールという塔です。聖ミカエル教会というのが正式な名称のようです。この小高い丘は、干拓される前は湿地であったこの土地で、湖に浮かぶ島のようであったということです。瀕死のアーサー王は船でアヴァロンに運ばれたということになっていますが、ここがそのアヴァロンではないかという説の根拠となっているのが、この教会からアーサー王の遺体が発掘されて、グラストンベリーの街にある修道院に埋葬されたという修道院縁起からなのですね。

アーサー王の実在や、その遺体の真偽は別として、ラテン語で書かれた十字架や発掘された遺体を収めた教会は、アリマタヤのヨセフがキリストの血を受けたと言う聖杯や茨の冠を持ってきてここに埋めたと言う伝説と相まって、英国でも有数の巡礼地となりました。が、1539年に自身の離婚をめぐる争いからカトリック教会との決別を望んだヘンリー八世に打ち壊されて以来、完全な廃墟になってしまっています。

現在では、アーサー王伝説に惹かれてくる巡礼者だけでなく、セント・マイケルズ・レイラインと呼ばれるヨーロッパでも最も強いと言われるパワースポットにある場所として、多くの人びとが訪れているようです。

実際に、霊感にあたるようなものが全くない私でも、クリアで澄み渡った空氣を感じました。こういう感覚は、出雲大社や伊勢神宮を訪れた時にも感じたものに近いので、おそらくパワースポットというものはあるのではないかなと思います。そこにアーサー王が眠っているかどうかではなく、もともとこういう特別な場所に神社仏閣や教会などが建てられる傾向があり、そこから長い歴史の間でいろいろな伝説を集めるのではないかと思うのです。

The Chalice Well

この丘の麓にはチャリス・ウェルという庭園があります。アリマタヤのヨセフが聖杯をトールに埋めたという伝説から、ここで湧き出る水は聖なる力を持っているといわれていますが、この庭園では、その水を汲むことが出来るのです。私も飲んできましたが、鉄分のある、温泉水のような味でした。

子供の頃に較べると、アーサー王伝説や聖杯伝説などに対して、「キリストの血を受けた聖杯や茨の冠があったとしても、イスラエルから、わざわざここに持ってくるかな」などと考えてしまうかわいげのない大人になってしまいました。伝説もかつてはいろいろと暗記していたのにずいぶん忘れてしまっていたことも、少しショックでした。ツアーに同行した日本からの青年が泣き出さんばかりに感激をしているのを見て、二十五年前には、私も彼と同じような想いでここに来たがっていたっけと思い出しました。

今は、ちょっとお金を払えば簡単に行ける場所で、まるで普通の観光の一環のように感じていた自分に氣がついて、純粋だった自分はどこに行ってしまったのかなと、思いながら風に吹かれていました。

グラストンベリーのお土産

とはいえ、子供の頃に夢中になったケルトやアーサー王伝説の聖地にいるのですから、やっぱりそれにふさわしいお土産を買わなくっちゃ! そう、大人買いです。

イギリスのお土産の定番と言ったらティータオルですが、今回は三枚買いました。一枚は義母へのプレゼント用ですが、残りの二枚は私用。そのうちの一枚が、この写真の下に敷いてあるもの。たくさんの紋章がついていて素敵だなと思って、グラストンベリーで買ったのですが、よく見たらこの黄色い丸は円卓で、アーサー王と円卓の騎士の紋章でした。「湖のランスロット」とか「ギャラハット」とか書いてあるのは、妙に嬉しいです。やっぱりミーハーな私。

そして、プラスティックの瓶は、チャリス・ウェルで汲んできた聖水。隣は修道院時代からの製法を守り続けている蜂蜜酒「グラストンベリー・アベイ・ミード」です。瓶もなかなかお洒落でサイズもお土産にぴったりでした。

Chalice Wellデザインのペンダント

さて、こちらの写真は、ロンドンの大英博物館で買ってきた銀のネックレス。ケルト文様の物を買いたいなと思って見ていたのですが、ふと見つけてしまったのがこれ。チャリス・ウェルの泉の蓋の模様のものなんです。この旅の思い出としては、こっちのほうがいい! そう思って買ってきました。
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Posted by 八少女 夕

イギリスにいます

66666Hit、皆様からのお祝いとリクエストありがとうございます。詳細についてはもう少しお待ちください。

木曜日の夜から、イギリスに来ています。リアル友で、小説友達でもあるうたかたまほろさんが、二年間だけロンドン暮らしをしているのです。そして、来年には帰ってしまうというので、遊びに来たという訳です。

せっかくここまでくるのだからと、いつかは行ってみたかったこんなツアーにも参加してみました。

Small-Group Day Trip to Stonehenge, Glastonbury and Avebury from London

アーサー王伝説ゆかりのグラストンベリー、ヨーロッパ最大のストーンサークルであるエーヴベリー、それにいわずもがなのストーンヘンジをまとめて一日で見てしまおうという欲張りな一日ツアーです。

最初は電車で行こうかと思っていたんですけれど、そうするとあと三泊ぐらいしないと見られないんです。二週間くらいの旅ならいいんですけれど、今回は有休一日つけただけの長めの週末で来ているので、手っ取り早く日帰りツアーにしてみました。まほろさんも一緒に参加してくれました。



これは誰でもご存知のストーンヘンジ。某Tさんの小説では吹っ飛んでいるはずですが、無事に復元(?)されていました。

この他、色々と興味深いところを巡ったのですが、それはまた帰ってから。

あと2日、楽しんできます。
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Posted by 八少女 夕

女の運転は……

本日は、先日見かけた面白いものを。

Frauen Parkplatz

これ、先日ドイツのコンスタンツのとある駐車場で見かけた標識です。女性専用パーキング。あるっていうのは聞いたことがありましたが、目にしたのははじめてです。ドイツだけではなく、スイスにもあるらしいです。

普通のパーキングよりも広くなっています。「女は車の操作が下手だから狭いと上手く停められない」という発想のもとに作られているんです。

よくみると「男の運転者は使用禁止」「男の同乗者がいる場合も使用禁止」マークがついています。つまり「男がいれば、まともに停められるはず」ということらしいです。

感心しちゃいました。いやあ、運転や駐車の下手な女性がいるのは間違いないです。たぶん、数で言ったら、下手な男より下手な女の方が多いように思います。私だって下手ですから。でも、こんなにあからさまに制度化して、フェミニストからよく文句が来ないな~って。

私は、怒りませんよ。もし、うちの近くにこういうスペースがあったら、進んでそこに停めます。東京に住んでいたときよりずっと上手くなって、あまり切り返さないで縦列駐車もできるようになりましたし、普通の駐車場にも停めますけれどね。でも、下手なのは間違いないし、広い駐車スペースが空いていたら嬉しいんですもの。
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Posted by 八少女 夕

「私」と「彼」のルーツの交差点

今日は、前回のアルザス旅行の間に一日だけ訪れたドイツの街のお話。

Ettlingen

この旅の半分くらいの目的は、私の祖先の事をもう少し知りたいという事でした。それでドイツ人である彼女(曾々祖母)が住んでいたストラスブール(現在はフランス)で、古文書館へ行って調べたり、単純に博物館でアルザスの事を知ったりと、肌で土地の事を感じてきたのです。

でも、具体的な事はあまりよくわかりませんでした。はっきりと確認できたのは、彼女の父親の死亡届だけでした。それで彼(曾々々祖父)の出身地へも行ってみたのです。それがエットリンゲンでした。ライン河を挟んで東側はもうドイツです。そして、カールスルーエの少し手前にこの街はあります。

行ってみたら、中世の面影の強く残る素敵な街でした。それもそのはず、カールスルーエそのものよりもずっと古い街だったのです。カールスルーエはまだ建立300年ほどだそうですが、エットリンゲンは、バーデン辺境伯の領主未亡人の居城のある由緒ある城下町だったのです。

Ettlingen

そして、連れ合いは知らない事ですが、この「バーデン辺境伯」という言葉に、私は大きく反応してしまったのです。実は、去年連載が終了した「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の元のストーリーになった「森の詩 Cantum Silvae」三部作で何よりも大切だった深い森《シルヴァ》は黒い森がモデルですし、三作にわたって大きな役割を果たすフルーヴルーウー辺境伯は、バーデン辺境伯がモデルだからです。

ということは、マックスの治めていた土地のモデルの街で、私の先祖が生まれたってこと?! もう、先祖の調査なんてそっちのけで大興奮ですよ。といっても、こんなことを語れるのはここしかないんですけれど(笑)

というわけで、連れ合いが「この街、氣にいったよ。また来よう」と言ったのを、横でブキミなほどにニヤニヤと喜んでいた私でした。でも、いずれは辺境伯ゆかりの街、バーデン・バーデンとラットシュタットにも行かなきゃ!
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Posted by 八少女 夕

ストラスブール散策



旅行に関する記事の二つめ。

ストラスブールに数日滞在しました。運河に囲まれた旧市街はさすがに見事で大いに楽しみました。

街の中心は大聖堂。近くで見ると圧巻です。



曾々祖母に関することはあまりわからなかったのですが、遠い先祖や親戚たちがこの光景を見ていたのだなと思ってしみじみ佇んでいました。

詳しくは後日。
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Posted by 八少女 夕

アルザスをドライブ



旅先からの更新です。

フランスのアルザスをタンデムで北上しました。

特徴的なカラフルな家が並ぶおとぎ話のような光景を楽しみました。

例えばコルマールはジブリ映画で有名ですが、そこに行かずとも幾らでも素敵な街並を見る事が出来ます。

天候に恵まれたので、これ以上望むべくもないドライブが出来ました。

昨日からストラスブール滞在を楽しんでいます。この件はまた別の記事で。
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