オリキャラのオフ会 in 北海道の設定です
今回、うちから参加させていただくのは、
「君との約束 — 北海道へ行こう」から山口正志と白石千絵
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」からレオポルドとマックス
の四人です。
おそらく四人は一緒に行動しています。
8月9日 屈斜路湖(露天風呂・コタンの湯、丸木舟宿泊)→ 8月10日 美瑛(青い池)へ行き、その後、富良野で前作の登場人物久美子にお土産を渡します。青い池でたぶん撮影をしているTOM-Fさんのところの綾乃に絡ませていただこうと思います。
集合場所である牧場には8月10日の夜にレンタカーで行くと思います。
【随時更新 設定と予定の追加】
8月8日
(レオポルドとマックス)
数日ほど屈斜路湖のプチホテル「丸木舟」に滞在。ちなみに、途中まで一緒に来たヴェロニカ(高級娼館を経営するマダム・ベフロア)と国王護衛の責任者ヘルマン大尉は、体よく追っ払われて、札幌のススキノにヴェロニカ曰く「研修」に行っているらしい。
8月9日
(正志と千絵)
夕方に釧路空港からプチホテル「丸木舟」に直行する。事情により七人乗りのミニバンをレンタルしている。露天の「コタンの湯」でレオポルドたちと出会い、ホテルではサキさんのところのコトリとダンゴと出会う。夕食後一緒にアイヌライブを鑑賞。
(レオポルドとマックス)
美幌峠の展望台でサキさんのところのコトリたちと出会う。それぞれ、早速ちょっかいを出した模様。早い夕方にプチホテル「丸木舟」に帰って、「コタンの湯」入浴。夕食後、アイヌライブを鑑賞。
8月10日
(四人一緒)
正志のレンタカーで、朝一で出発。美幌町経由で、北見でlimeさんの所の双子を拾って美瑛の青い池に行き(ここまでが四時間半のドライブ)、TOM-Fさんのところの綾乃と出会う。彼女もレンタカーに同乗させて、一瞬だけ富良野の上田久美子宅(「君への約束 - 北海道へ行こう」のキャラ)に寄ってから浦河の牧場へ(占冠村と新冠町を経由し、国道237号線 と 浦河国道/国道235号線 を行くらしい。富良野から四時間ぐらいのドライブ)
牧場到着は、たぶん夕方の六時半か七時ぐらいが妥当かな。
お土産は正志「柳月 三方六セット」千絵「美瑛サイダー」レオポルド「マタンプシ(アイヌのハチマキ)」マックス「食われ熊」を予定しています。
8月の頭に集合場所に行く前の部分を発表し、8月12日頃に皆さんの様子を見て牧場で到着後のことを書こうかと思っています。
四人の設定です。
山口正志
29歳。身長170cm。黒い短めの髪。オリーブの綿シャツに黒いカーゴパンツ、黒いスニーカー。東京新宿区をメインに清涼飲料水の営業をやっている。三鷹のマンションに住む。普通に飲むがうわばみではない。好き嫌いはない。
【追記】牧場の労働(?)時は、ジーンズにポロシャツだと思います。
白石千絵
26歳。身長158cm。オーガニックコットンのピンクのキャミソールに白いコットン鍵編みボレロ、紺の膝下丈のフレアスカート。黒い小さな革のリュック。少し茶色がかった肩までの直毛を後ろで結んでいる。看護師。横浜在住。わりと控えめだが芯は強い。お酒はあまり強くない。ビールは嫌い。好き嫌いはないが、食は細い。
【追記】牧場の労働(?)時は、ジーンズにパステルカラーの半袖カットソーかな。
レオポルド II・フォン・グラウリンゲン(デュラン)
29歳。身長168cm。中世の架空の国、グランドロン国王。漆黒のストレートの長髪をオールバックにして後ろで一つにまとめている。太い眉に切れ長の黒い目。意志の強さを感じるがっちりとした体格。何でも食べる。お酒も大好き。

このイラストはユズキさんに描いていただきました。著作権はユズキさんにあります。
マクシミリアンIII・フォン・フルーヴルーウー(マックス)
25歳。身長160cm。グランドロン王国に属するフルーヴルーウー伯爵だが、ちょっと前まで遍歴の教師だった。明るめの茶色い髪。首の辺りまでの長さで自然なウェーブがかかっている。瞳は茶色。人当たりのいい優しい顔。きりっとした眉。何でも食べる。お酒も大好き。

このイラストはユズキさんに描いていただきました。著作権はユズキさんにあります。
なお、マックスとレオポルドは、アイヌの民族衣装で白布切抜文衣であるカパラミプ(木綿地を仕立て、切伏文様を施し刺繍した衣服)を着ています。「民族衣装ならば目立たないだろう」という理由で着たらしいですが、とある日本酒の効果で日本語ペラペラのガイジン二人が着ているので、悪目立ちしているはずです。
手元に瓢箪に入れた特殊な日本酒を持ち、醒める前に飲みます。これが日本語ペラペラの秘密です。

A Sakhalin mixed-blood Ainu-Russian man, photographed by Bronisław Piłsudski ca. 1905
【小説】君との約束 — あの湖の青さのように(1)
今回のオフ会では、基本的に正志視点で事が進みます。というわけで、正志が目撃していないサキさんの書いてくださったお話の続き部分は、後日に(どんな形かはまだ考え中)発表する事になります。
前回のオフ会(in 松江)での、素晴らしい設定に敬意を表して、例の日本酒が再登場します。cambrouseさん、勝手に設定を増やしました。お許しください。
オリキャラのオフ会 in 北海道の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定など
君との約束 — あの湖の青さのように(1)
- Featuring「森の詩 Cantum Silvae」
「あれ。間違えたかな。こんな簡単な道なのに」
正志は首を傾げた。もう屈斜路湖が見えてきていいはずなのに、その氣配がない。ナビゲーターが引き返すように騒ぎだした。
「曲がり角、見落としちゃったのかしら。そろそろ暗くなってきたから。本当にごめんね。正志くん」
「だから、謝らなくていいってば。もともとの到着時間と大して変わっていないって」
昼前には札幌千歳空港に着く便を予約していたので、ゆっくりと観光をしながら六時間以上かけて屈斜路湖までドライブするつもりだった。千絵が夜勤明けとは聞いていた。そんな疲れることをして大丈夫かと言ったら「飛行機で少し眠れば大丈夫」というので、そのスケジュールにしたのだ。ところが、急患でバタバタして、羽田発札幌行の搭乗時間に間に合わなくなってしまった。それで搭乗便を変更してもらい、夕方の釧路行になんとか乗り込むことが出来た。
釧路からのドライブ時間はたったの一時間半ほど、途中で曲がるところはたったの二カ所。ナビケーターもついているのに道を間違うなんてみっともないな。正志は思ったが、千絵は飛行機に乗り遅れたせいだと謝ってばかりだ。
「でも……千歳空港に行けていたら慣れているセダンだったのに、釧路には七人乗りのミニバンしか残っていなかったし……もし、午前の飛行機に間に合っていれば……」
「だから、もう氣にするなよ。そもそも、後輩のパニックを放っておけなかったなんて、本当にお前らしい理由での遅刻じゃないか。疲れているはずなのに、ドライブ中も全然寝ないで、ずっと謝っているしさ」
「羽田の待合室で少し寝させてもらったたじゃない。せっかくの旅行のスタートがこんななのに、運転してくれる正志君の横で私がぐうぐう寝るなんて悪いわ」
「だからさ。そうやっていつも人のことばかり……うわぁっっ!」
正志は、ブレーキを強く踏み、車は急停車した。目の前を黄色っぽい塊が横切ったのだ。それは、慌てて道際の木立へと消えていった。
「い、今の……き、キツネだったよな?」
「……尻尾、ふわふわだったわね」
「う、ビビった~。轢かなくてよかったよ」
「本当にいるのね、キタキツネ。初日に見られるなんて思わなかったわ」
「おう。こういうラッキーもあるってことさ」
二人は笑って、それから五月蝿いナビゲーターの言う事をきいて、もと来た道を戻りだした。それから、今度は間違えずに52号線に入り、屈斜路湖を目指した。
二人が出会った北海道へもう一度一緒に行こう、その約束を果たしに来た。一年ぶりの北海道。二人がつき合って一年が経ったということになる。看護師である千絵の休みは不規則だから、週末ごとに逢えるわけではない。都内で清涼飲料水の営業をしている正志は残業や接待が多くて平日の夜に逢えることもあまりない。それでも、二人とも可能な限り機会を作り、逢える時間を大切にしてきた。
人のことを氣遣うあまり、いつも自分のことを二の次にしている千絵のことを、正志は時々じれったく思い、もっと自分を優先しろと言うけれど、実のところ彼が千絵のことで一番氣にいっているのは、そういう多少過ぎたお人好しな部分だ。それと同時に、時おり心配になる部分でもある。看護師は彼女の天職であると同時に、患者も同僚もそのつもりはなくてもそんな彼女を消耗させてしまうだろうから。
だから、「長い休みを取ると周りに迷惑をかける」という彼女を説得して、北海道旅行を企画したのだ。「約束だから」と強引に。ついでに、たまたま見つけた数日間牧場に滞在して働き、その仲間たちと帯広の花火大会を観に行くという企画にも申し込んだ。単純に観光して飲み食いしているだけより、二人で同じところで寝食を共にして働いたら、もっとお互いのことがわかるいいチャンスだと思ったから。千絵もそのアイデアを面白がってくれた。
札幌から牧場のある浦河まで直行してもよかったのだが、せっかく休みを取ったので、一度行ってみたかった屈斜路湖で屈斜路コタンの文化に触れることにした。本当は、札幌からのドライブの途中に去年の旅の目的だった、富良野在住の女性を訪ねてお土産を渡すつもりだったのだが、ルートを変更したので、明日、一日で北海道を半周する500km近いドライブになるが、美瑛、富良野を通って浦河まで行くことにしている。
半日遅れの北海道到着だったが、正志は半日無駄にしたとは思っていなかった。千絵が羽田に着いたらすぐに飛び立てるような都合のいい便には空きはなかったけれど、夕方のフライトを待つまでの間、二人でゆっくり食事をして、たくさん話もできた。待合室で椅子にもたれていたのが、いつの間にか彼の腕に額をもたれかけさせてきた千絵の寝顔を眺めたりしたのも、くすぐったいような嬉しい時間だった。そして、釧路からの一時間半のドライブも、青い空と目に鮮やかな沿道の緑、そして、どこまでも続く道を行くワクワクした心地が久しぶりでとても楽しかったのだ。
「お。あったぞ。あれが今晩の宿だ」
屈斜路湖畔に建てられた本物のアイヌ文化を楽しめるとうたっているプチホテルだ。アイヌ文様をインテリアに多用した客室や、アイヌの伝統に根ざす創作料理を出してくれたるだけでなく、ホテルのスタッフがアイヌ詞曲舞踊団に早変わりしてライブをしてくれることもあるらしい。
車を停めた時に、正志は、横に停めてあった赤いDUCATI696をちらりと見た。イタリア車か。へえ。綺麗に乗っているな。持ち主はどんな人だろう。そんな事を考えつつ、荷物を持ってホテルへと入っていった。
アイヌの民族衣装を身に着けた、笑顔の女性が迎え入れてくれた。チェックインがすむとやはりホッとする。なんだかんだいって長い一日だったからな。食事の前に風呂に入って、ゆっくりするか。
「屈斜路湖に面した混浴の露天風呂があるって聞いたんですけれど」
「コタンの湯ですね。ここからすぐのところです。もっとも今、やはりここにお泊りの外国の男性お二人が入っていますよ」
「あ~、俺たちは一緒に入ろうと思って水着を用意してきましたが、その二人は?」
「褌してますよ。外国の方は大抵そうなんですけれど、全裸は抵抗があるとおっしゃったので。さっき宿主が締めてあげました」
「そうですか」
正志は千絵の方をちらっと見たが、クスッと笑っていたので大丈夫だろうと思った。よく考えたら、若い女性であっても、千絵は看護師で男性患者の世話などもするのだから、褌を締めた男を見るのくらいどうということはないのであろう。それよりも、外国人か。言葉は通じるのかな。正志は戸惑った。
「ところでどこの国の方なんでしょうか。英語ですか?」
「さあ。それが、妙に流暢に日本語を話されるんですよ。ですから、会話には困らないと思います。もっとも、少し変わったところのあるお二人ですけれどね」
「そうなんですか?」
「ええ。どうも、大変コンサバティヴな伝統のある国からいらしたみたいで、テレビやエアコンのことなどをご存じないようなんです。でも、いい方々だと思いますよ。それと、アイヌのモシリライブをどうしても観たいとおっしゃるので、八時半から開催するんですよ。追加料金はお二人が払ってくださいましたので、必要ございません。よかったらそのお時間にシアターにお越し下さいね」
正志たちは部屋に荷物を置くと、宿の裏手の露天温泉風呂に向かった。
脱衣室は男女に分かれている。風呂の半分までは大きな岩で区切られているが、その先は混浴だ。
正志が入っていくと、確かに二人の先客がいた。一人は黒い長い髪をオールバックにしたがっちりとした男で、もう一人はもう少し背が低くて茶色くウェーブした肩までの髪の男だった。屈斜路湖の先に夕陽は沈んでしまったばかりのようで、わずかに残った薄紫の光が遠く対岸の稜線を浮かび上がらせていた。二人は、そちらを見ながら静かに外国語で話していた。
「おじゃまします」
正志が声を掛けると、二人は振り向いた。
「おお。遠慮はいらぬぞ。素晴らしい眺めが堪能できるいい湯だ」
髪の長い男が言った。妙に流暢だが、確かに変わった言葉遣いだ。正志は思った。
茶色い髪の男の目が、岩の向こうから表れた千絵に釘付けになった。彼女の水着は水色花柄のホルターネックタイプで、ブラの部分の下に大きいフリルがあるし、ボトムスも花柄のフリルがミニスカートのように覆っているので、ごく普通のビキニと比較すると大した露出ではないのだが、二人が顔を見合わせてやたらと嬉しそうな顔をしたので、正志はムッとする以前に先ほどの宿の女性の言っていた「コンサバティヴな伝統の国から来た」という言葉を思い出しておかしくなった。当の千絵の方は、そんな風に見られて居心地が悪かったのか、すぐに湯の中に入ってしまった。
「同じ宿に泊まっていると聞きました。俺は山口正志。彼女は白石千絵といいます。東京から来ました。日本語がとてもお上手ですが、日本にお住まいなんですか」
正志が言うと、二人とも首を振った。
「我々はグランドロン王国から来たのだ。余は国王のレオポルド、こちらはフルーヴルーウー伯爵マクシミリアンだ」
「こ、国王と伯爵?」
そんな国あったっけ、そう思いながら正志は二人の顔を見たが冗談を言っているようにも見えなかった。
「そ、そうなんですか。日本語はどちらで習われたんですか」
「習ったわけじゃないんです。これのおかげで聴き取ったり話したりが出来るというだけで」
マックスが手元の瓢箪を持ち上げてみせた。
「なんですか、それは」
「日本酒だ。知らないのか。出入り口で売っているが」
レオポルドが上機嫌で言った。
「出入り口って?」
「時代や空間を超えて旅をする時に通る道の出入り口だ。《シルヴァ》という大きい森と繋がっているのだ。この世界の入り口ではこの酒を買うように奨められているぞ」
「なんて銘柄の日本酒ですか?」
正志の勤める会社は酒類も扱っているが、そんな日本酒があることは知らなかった。聞き捨てならない。
「cambrouse酒造の『年代記』だ。『るじつきー』『ぴるに』『じーくふりーと』と三種類あって、我々は一番値の張る『るじつきー』を買って飲んでいるので、このように話が出来るのだ」
「他の二つだと、どうなるんですか?」
千絵も興味を持ったようで訊いてきた。
マックスがにこやかに答えた。
「相手の言っていることは、三つとも同じようにわかるのです。ただ、こちらの話す能力に差が出るらしいのです。『ぴるに』だと、どのようなことを話そうとしても、相手にはイーとしか聴こえないそうです」
なんだそりゃ。ショッカー仕様なのか? 正志は首を傾げた。
「もうひとつの『じーくふりーと』だと?」
「相手が返答に困るような爆弾発言を繰り返すそうだ」
レオポルドが答えた。正志と千絵は、顔を見合わせた。それは、まずい。
「それで、お二人は一番高いのを、お買いになったわけですね」
「そうだ。だが、『るじつきー』には現地の滞在費を十分まかなえる金額の小切手が一枚ついて来るのだ。だから結局はさほど高くないのさ」
「お国の通貨でお支払いになったんで?」
「通貨ではなくて、これで払いました」
マックスが、風呂の脇の岩の上に置いてある袋を開けてみせた。中には、大小様々の金塊が入っていた。
「! こ、これ、本物の金ですか?」
「ええ。かなり重いんですよ。あの小切手でもらえる紙幣が、あれほど軽くて価値があると知っていたら、こんなに持ってこなかったんですが」
「一体いくらの小切手だったんですか?」
「五百万円。適当な大きさの金塊がなかったので大きめので払ったら、おつり分も小切手に入れてくれたらしい。札幌に行った連れたちは歓楽街へ行くというので、三百万ほど渡して、残りを我々が持っているのだが、想定したよりも物価がずっと安くて、まだ全然使えていないのだ」
風呂から出て、食事の時に二人と再会することを約束して部屋に向かう途中、正志たちは二人連れの女性とすれ違った。一人は、黒い髪をきれいにボブカットに切り揃えているボーイッシュなイメージでおそらく千絵と同年代、もう一人はもう少し若そうで、艶やかな長い髪をポニーテールにして赤いリボンをつけているミニスカートの可愛い女性だった。
二人とも感じよく会釈をして、通り過ぎた。そして、向こうから歩いてくるレオポルドたちのことを見つけると、ポニーテールの女性が大きく手を振ってにこやかに訊いた。
「あ、デュランにマックス! お風呂はどうでしたか?」
マックスは妙に嬉しそうに答えた。
「ええ。とてもいいお湯でしたよ。こちらの奥方も一緒に入ったのですよ。お二人もお入りになればよかったのに」
ボブカットの女性は、素っけなく答えた。
「わたしたちは、宿の風呂に入りました。水着も持ってきていないし」
「そなたたちもフンドシを締めてもらえばいいではないか」
レオポルドが言うと、ポニーテールの女性だけでなく、会話を耳にしてしまった正志たちも吹き出した。
「そういうわけにはいきません。それにもうすぐに食事でしょう。ところで、その服、いつも着ているんですか?」
ボブカットの女性が指摘しているのは、レオポルドとマックスの着ている白い服のことだ。木綿でできたアイヌの民族衣装でカパラミプというのだと、当の二人に露天風呂を上がった後に更衣室で教えてもらった。切伏文様を施し刺繍もされている手のかかった服で、かなり高価だと思うが、なぜこの外国人二人が常に着ているのかわからない。
「我々の服装は目立つのでな。滞在国の民族衣装を着ていた方が少しは目立たぬであろう」
「いや、反対に、ものすごく目立ちますけれど」
正志が指摘したが、どうもこの二人は「目立つ」と言われると少し嬉しそうだった。結局、目立ちたいのか。
こうやって、正志たちも二人の女性と和やかに話をすることができたので、食事は宿のスタッフに頼んで六人一つのテーブルにしてもらった。
「自己紹介がまだでしたね。俺は、山口正志、東京で営業職に就いています。こちらは白石千絵、看護師です」
正志が改めて挨拶をすると、女性二人も笑顔で握手をした。
「はじめまして。私は
「ダンゴ? こんなにかわいいのに?」
千絵が驚くと、ダンゴはほんの少し顔を赤らめた。
「笹団子からの連想ですって。友達がつけてくれたんです」
そのいい方とはにかみ方がとても可愛らしかったので、正志と千絵は「なるほど」と、思った。ただの「友達」ではないらしい。
「ダンゴってなんですか?」
マックスが、ニコニコと訊いた。コトリは、わずかに微笑んで、目の前のきびで作られた「シト」という団子を指差した。
「これよ。こういう丸くて素朴なお菓子のこと」
「ほう。ということは、これもダンゴみたいなものだな。見かけは素朴だが、なかなか美味いもので、病みつきになってしまったのだ」
その言葉に横を見ると、レオポルドが部屋にあったジャガイモを発酵させたポッチェを持ち込んで食べていた。これから食事なのに、なぜそれをいま食べる……。正志は苦笑した。
「ところで、ダンゴさんたちは、なぜこの人の事をデュランって呼ぶんですか?」
正志はレオポルドを指差した。
「え? だって、そう自己紹介されましたよ。違うんですか?」
「違わないぞ。どちらも余の本当の名前だ。正式に全部名乗ると長いが、聴きたいか?」
「陛下、やめてください。聞き終わるまでに夜が明けます」
マックスがやんわりと制し、それからにこやかに続けた。
「城下に忍びで出かける時に、レオポルドと名乗られるとすぐに陛下だとわかっちゃうんですよ。それで、子供の頃から忍びのときはデュランと名乗られるのを常にしておられるのです。ちなみに、私はマックスという名前だと思って育ちましたので、親しい者の間では普段からマックスです」
「じゃあ、何故、我々には忍びのお名前をつかわなかったんですか?」
「先ほどまでデュランとマックスで通していたんだが、だんだんと民のフリをするのも面倒になってきてな。どっちにしても我々の事を知っている人間はここには居ない事がわかったしな」
「私も、陛下に対して敬語を使わず話すのに疲れてしまったんで、もう忍びはやめようかと、さっきお風呂の中で二人で話し合ったのですよ」
「ええ~。じゃ、私たちも陛下と伯爵って呼ばなくちゃダメ?」
ダンゴが可愛らしく口を尖らせる。
「そんな必要はありません。さっきまでと同じようにマックスと呼んでください」
「余の事もデュランでいいぞ」
「じゃ、そう呼びますね。コトリもそうするでしょ?」
「今さら変えるのも変だしね」
そのコトリの言葉を聞くと、レオポルドは若干嬉しそうだった。
料理が次々と運ばれてきた。エゾウグイ、アイヌ語名「パリモモ(口笛を吹く魚)」の活造りは、淡白だが甘味があり口の中でとろけるよう。それに凍らせた刺身「ルイペ(溶けた食べ物)」、ヒメマスの塩焼きなど屈斜路湖の幸が続く。行者ニンニクと豚を濃い味のたれでからめて作った「コタン丼」、おそらく肉と野菜のたっぷり入った味噌汁「カムオハウ」も美味しかった。菱の実「ペカンペ」を利用した和え物、味が濃くて美味しい舞茸、オオウバユリ「トゥレプ」を用いた粥「サヨ」など、日本人である正志たちもはじめてのアイヌ料理の美味さに六人ともしばし無言となった。
「ところで、お忍び旅の目的は?」
千絵が、酒をつぎながらマックスに訊いた。
「休暇です。しばらくきつい仕事をしていまして、それが無事に完了したので、打ち上げみたいなものでしょうか。みなさんは?」
マックスが訊き返すと、千絵はバックから一枚のチラシを取り出した。
「私たちはね、明日からここで働くのよ。たった数日間だけれど、自然と触れあいつつ、美味しいものを食べて、最後に花火を見せてくれるっていう、面白いツアーを見つけたの」

すると、コトリとダンゴがびっくりして立ち上がった。
「ええっ。千絵さんたちも? 私たちも、その牧場に行く予定になっているの」
「なんだって。そりゃ、面白い偶然だな。じゃあ、明日からもしばらく一緒だな」
正志が言い、四人はしばらく盛り上がった。
レオポルドはマックスと、しばらく何か異国の言葉で話していたが、やがて言った。
「面白そうなので、我々も同行してもいいだろうか」
「え? いらっしゃいます? だったら、申し込まないと。今、電話して訊いてみますね」
千絵が、電話するその横で、正志はコトリたちと明日のルートについて話していた。
「うん、わかっている。無謀なんだけれど、今日寄れなかった富良野に行かなくちゃいけないんで、朝一で国道39号線を通って一日ドライブすることになっているんだ」
「それは、ちょっと大変ですね。私たちは、バイクですし、そんな無理は利かないので、直行します。向こうでお逢いしましょう」
「あ。表のDUCATI、君のなんだ! すごいな。その華奢な体で、あれに乗っちゃうんだ」
「あ、でも車体は161キロで軽い方なんですよ。燃料やオイルを入れても200Kgいかないはずです。アルミフレームも使っていますしね。かなり扱いやすいです」
「へえ。たしか80馬力くらいあったよね」
「ええ。加速は胸がすくようですよ。正志さんもバイクに乗るんですか?」
「昔ね。最後のはKawasaki Ninja 650R。マンション買うときに手放した。でも、いずれまた乗るかもね」
千絵は電話を切ると、にっこりと笑った。
「アイヌ文化に興味のある外国のゲストって言ったら、大歓迎ですって。明日、一緒に行きましょうね」
六人は、明日以降も続く親交と共同作業を喜んで、再び乾杯をした。食事の後には、スタッフたちがエンターテーナーに早変わりして、モシリ・ライブを開催してくれた。心の触れあう、縄文の精神をテーマにしたアイヌの舞台は圧倒的だった。
その興奮が醒めやらぬまま、六人はレオポルドたちの泊っている豪華な特別室「アイヌルーム」へ移動し、夜更けまで楽しく飲んで親交を深めた。
(続く)
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【小説】君との約束 — あの湖の青さのように(2)
サキさんのところのコトリ&ダンゴとしばしの別れを告げて、四人はミニバンで富良野へと向かいます。北見でlimeさんのところの双子を、美瑛にてTOM-Fさんのところの綾乃を拾ってまいります。
なお、この後の話は、欠片も書いていません。皆さんの出方を見ながらのんびり一本だけ書こうと思っています。
オリキャラのオフ会 in 北海道の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定など
君との約束 — あの湖の青さのように(2)
- Featuring「森の詩 Cantum Silvae」
「あの先に、二人少年がいるだろう」
後の席に座っているレオポルドが、運転席の正志に話しかけた。
言われてみると、一キロほど先の反対車線の道路脇に、小さな影が二つ見えた。なんで少年ってわかるんだ?
「少年?」
「ああ、少年二人。一人は親指を上に向けている」
「親指?」
「そうだ。そして、もう一人の少年が、昨夜、そなたたちが見せた例の牧場の紙を見ているぞ」
「ええっ?!」
正志と千絵はぎょっとした。正志と千絵、それに昨日知り合って一緒に浦河の牧場でのワーキングホリデーに同行することになった謎の外国人、レオポルドとマックスは、レンタカーの七人乗りのミニバンで北上していた。本来だったら、昨日行くはずだった富良野へ寄る用事があったからだ。
朝食後、やはり浦河へと行くことになっているバイクでの女性旅行者たち、コトリとダンゴに夜までの別れを告げて屈斜路湖畔を北上し、北見までやってきたところだった。
普段なら、反対車線のヒッチハイカーになど氣を留めたりしないのだが、そんな手前から予言のようなことを言われたので、スピードを緩めつつ近づくと、本当に二人の少年で、背の低くてフワフワとした髪の少年が「浦河」と書かれた紙を掲げ親指を突き出していて、もう一人がオロオロと見ている紙は、紛れもなくあの浦河の牧場のチラシだった。
正志が車を停めて窓を開けた。
「本当だ。あのチラシを持っている。お~い、君たち、ここで何をしているんだ?」
「ヒッチハイクです。残念ながら、みなさんは、反対方向みたいですね」
きれいな顔をした少年だった。凊やかな表情でキッパリと答えた。
背の高い方の少年が、後から小さな声で言った。
「なあ、ナギ、やっぱりヒッチハイクは無謀だよ。なんかあったらどうするんだよ。電車やバスを使った方がいいって」
千絵は、鞄から例のチラシを取り出して二人に見せた。
「ねえ、あなたたちもここヘ行こうとしているの?」
二人は、驚いたようだった。それから頷いて、こちらの車線へと移動してきた。
「嘘みたいだ。さっきから二十台くらい、車が通ったんですが、みんな無視するか、全然違うところにしか行かないみたいで」
「そりゃ、そうだよ」
正志は頷いた。電車を乗り継ぐより、相当効率悪いだろう。
「俺たちは、今日、富良野経由で浦河へ行く。レンタカーにスペースはたっぷりある。君たちが、北海道を半周する遠回りが嫌じゃなかったら、乗ってもいいぞ。そこの二人も乗りかかった船で道連れになったんだ」
二人の少年は、顔を見合わせた。
「遠回りかもしれないけれど、座っているだけで目的地に確実に辿りつける。こんな偶然は二度と起こらないよね、ミツル」
「そうだな、ナギ。この人もこのチラシを持っているからには、人さらいってこともなさそうだし」
二人は小さく話し合い、それから、こくんと頷いた。
「お願いします。ガソリン代とか、必要だったら言ってください。僕たち、お小遣いも持ってきていますから」
ナギの言葉に、正志は笑って手を振った。
「君たちのお小遣いをぶんどるほど悪どくないよ。それに、レンタカー代とガソリン代だけでなく、昨日の宿泊費用まで全部そっちの二人が払ってくれちゃったんだ。国王さまと伯爵殿らしいから、失礼がないように頼むよ」
その言葉を聞いて、二人の少年は揃って目を見開いた。国王と伯爵? そのアイヌのコスプレをしたウルトラ奇妙な二人が?
釧路から屈斜路湖までずっと平坦な道だったので、層雲峡を通るコースは変化が出るだろうと思っていた。確かに少しは変化があったが、それでも単調な道という印象は拭えない。東京の信号機だらけでイライラする道と較べれば天国のようなのだが、こうも直線コースだけだと少し眠たくなってくる。昨夜は楽しくて騒ぎすぎたし。
その正志の疲れを察知したのか、層雲峡の手前で、千絵が運転を代わると言ってくれた。レオポルドも運転したがったが、無免許に決まっているので、もちろん断った。千絵の運転は、多少もたつくがひたすら直線コースでは特に問題はなかったし、第一ブレーキなどが丁寧で、ナギとミツルはむしろこっちの運転の方が嬉しいようだった。
助手席に座った正志は、振り返ってレオポルドに話しかけた。
「ところで、陛下。さっき、ミツル君があのチラシを持っているって、なんでわかったんですか?」
「なんだって。そなたには見えていなかったのか?」
「えっ。あの距離で見えるわけないでしょう」
「そんな視力では、狩りの時に獲物が見えないではないか」
「か、狩り?」
マックスが、にこやかに言った。
「あまり遠くを見ない生活をしている者たちは、視力が落ちるものなのですよ。例えば街の職人たちは、とても細かい作業は得意ですが、100フィート先の麦の数を正確に数えられなかったりします」
「そういうものなのか」
正志は、マックスの方を向いて訊いた。
「ってことは、あなたもあの距離のチラシが見えたんですか?」
「ええ、もちろんです。私は、遍歴の教師でしたから、遠くを見る事が多かったのです。なるほど、ここの皆さんたちの視力は、街の職人たちのようなものなのですね」
「あの、お二人はどこから来たんですか?」
ミツルがおずおずと訊いた。
「先ほど、我々はグランドロン王国から来たと言わなかったか」
「ええと、聞きましたけれど……それ、どこですか?」
「知らぬのか。《シルヴア》の森に面している国だが」
「ごめんなさい。僕たち、世界地理はまだ中国までしか終わっていないんだ。二学期になったらヨーロッパの地理もやると思うけれど」
正志は、俺はヨーロッパの地理も歴史もやったけれど、そんな国の事は憶えていないぞと心の中でつっこんだ。
ミツルが、大人たちの会話に加わっている間、ナギの方は、少し熱っぽい様子で、会話には加わらずにじっとレオポルドの事を見つめていた。
「おお。千絵殿も『本氣』を出されたか」
突然、レオポルドが楽しそうに言った。
「なんですって?」
千絵と正志は、意味が分からずに同時に訊き返した。
「余は昨日、無理を言ってコトリの機械馬に乗せてもらったのだが、彼女が『本氣だしますよ』と加速した時にな、兜が浮いたような感じになったのだ。今は、全身がわずかに……」
「冗談はやめてください。私は法定速度を遵守しています」
千絵が困ったように言う。正志は、F1じゃないんだから、体が浮くほどスピードを日本国内で出せるかと頭を振った。
「ナギ!」
ミツルが咎めるような声を出したので、運転している千絵以外はナギを見た。彼は、はっとして、それから窓の外を眺めた。大人たちは、それからミツルの方を見たが、こちらは曖昧に笑って誤摩化した。わけがわからなかったが、正志は宣言した。
「とにかく、少なくともみんなちゃんとシートベルトを締めてくれ」
そういっている間に、車は層雲峡を過ぎ、大雪高原へと入っていった。今朝ダメもとで電話してみたら運良く予約が取れたガーデンレストラン「フラテッロ・ディ・ミクニ」に到着したのだ。「大雪高原旭が丘」の施設の一つで、隣には大きなガーデンがいくつもあるが、今日は食事だけなので入園はしない。
といっても、目の前に雄大な大雪山を眺める広く開放的なレストランでのランチコース。三方向に大きな窓があり、オープンキッチンで料理される宝石のように美しい料理の数々が運ばれてくる。北海道出身のオーナーシェフ三國氏が監修した、産地最高の食材を使った本格イタリアンだ。
甘エビのカルパッチョにはグレープフルーツのピュレと、食べられる色鮮やかな花が踊るように添えられている。パスタは、黄色トマト、モツァレラチーズ、そして薫り高いバジル使ったオレキエッテ。メインの肉料理は道産牛のフィレンツェ風ステーキ。そしてドルチェがマンゴーソルベとアマレット酒のパンナコッタで甘いザバイオーネソースがかかっている黄金のような一品。
「どの料理も本当に美味しいですね。しかも色鮮やかで美しいときている」
マックスが幸せな笑顔を見せる。
「そなたたちは、毎日このように美味い物を食べているのか。不公平だ」
レオポルドがブツブツ言っているので、千絵と少年たちはくすくすと笑った。
「いや、毎日ここまで美味い物を食べているわけじゃありませんよ。東京じゃこうは行きません。北海道は海の幸も山の幸も新鮮で美味しい場所として有名なんです。ま、北海道以外にもそういうところはありますけれど」
正志がそういうと、マックスはため息をもらした。
「私たちのいるところは、どこへ行っても、それに最高の食材を集めても、ここまで美味しいものは食べられません。皆さんが羨ましい」
食事が終わり、エスプレッソを飲んだ後、先を急ぐためにレストランを出る事になった。会計の時に、マックスが全て払おうとしたので千絵が抗議した。
「そんなに何もかも払っていただくわけにはいきません」
「いいではないか。この金は、我々の世界にはもって帰れないのだから、運転してくれているそなたたちのために遣って何が悪い」
レオポルドが言った。
千絵は、少し躊躇したが、また口を開いた。
「正志君に、ここ北海道で食事をごちそうする一年前からの約束があるんです。一年前に、私の無理をきいて助けてくれたお礼なんです。ここで払わなかったら、また約束が果たせないわ」
正志は、一年前の約束をすっかり忘れていたので驚いた。彼らが札幌の空港で出会い、なりゆきで富良野まで一緒にレンタカーで行くことになったあの二日間のあと、「北海道に再び行って海鮮丼をおごる事」を約束させたのだ。また逢ってもらう口実のつもりだった。
「あの約束は……」
千絵に言おうとした時に、レオポルドがそれを制した。
「では、なおさら、ここは余が払おう。二人でもう一度ここへ来る約束をするがいい。いや、何度でもここに来て、正志殿が助けてくれた事を想うがいい。正志殿も、その方が金を払ってもらうよりずっと嬉しいだろう」
千絵は目を見開いた。その彼女に、ニコニコ笑ってマックスは、伝票を係員に渡した。彼女は、それから、ゆっくりと正志の方を振り返った。正志は、何も言わずに大きく頷いた。千絵も無言で微笑んだ。
「想い合うというのは、いいものだな、マックス」
レオポルドが話しかけると、マックスは「本当に」と答えた。
「なぜ余だけいつもチャンスがないのだ。昨日、コトリにほのめかした時にも、結婚したばかりだとあっさり袖にされた」
レオポルドが呟くと、マックスが大袈裟に振り向いた。
「陛下! ご結婚相手はきちんと選んでくださらないと困ります。貴賤結婚だけはやめてください」
「マックスさん、それは時代遅れだわ。コトリさんがとても素敵な方だってあなたも知っているじゃない。貴賤結婚だなんて」
千絵が憤慨した。正志は、憤慨まではしないが、マックスがそういう事を言うタイプだとは思わなかったので、少し驚いた。
マックスは、少し慌てて弁明するように言った。
「千絵さん、違うのです。私は、世界のあらゆる人たちが、身分の差のある人と愛し合っても構わないし、心から応援するのです。ただお一人、この方を除いて。この方にそれをやられると、私に実害が及ぶんです」
「どういうことですか?」
千絵が少し表情を緩めて訊くと、レオポルドが笑いながら代わりに答えた。
「我々の慣例では、貴賤結婚をすると位の高いものはその地位を失うのだ。そして、余が国王でいられなくなると、現在のところ次期国王にされるのは、わが従弟であるこのフルーヴルーウー伯なのだ」
「伯爵になるのだって、不自由で嫌だったのに、国王なんてまっぴらですよ。絶対にやめてください」
マックスが真剣に抗議しているのがおかしくて、正志たちも双子の少年たちもくすくす笑った。
コバルトブルーの水が、鏡のように静まり返っていた。美瑛の青い池。去年、富良野に行った時には存在を知らなかった。千絵がiPhoneの待ち受け画面として使っている画像が、この池の写真だと教えてくれたのは正志だった。
「じゃあ、次に北海道に行く時にはここに行ってみたいわ」
そんな風に話したのは、去年のクリスマスの少し前の事だっただろうか。
今回の旅行を計画した時、正志に富良野の上田久美子に何かプレゼントを持っていきたいと提案したのは千絵だった。二人がつき合うきっかけになったのは、千絵が亡くなった患者から受け取った指輪のプレゼントを久美子に届けることがきっかけだった。けれど、そのついでに美瑛の青い池にも行きたいとは、千絵には言えなかった。
札幌から、屈斜路湖へ行く。そして、ずっと南の浦河へも行く。楽しそうに計画を進めている正志に、寄り道をして富良野へ行ってもらう事だけでも、大きすぎる頼み事のように感じていた。
ましてや、自分の遅刻が原因で、屈斜路湖から富良野経由で浦河へ行くなどという殺人的スケジュールになってしまった後は、「青い池」なんて口にするのも憚られた。けれども正志は、何も言わずに車を白金温泉の方へと向け、青い池の駐車場で停まった。
「わざわざ、ここに来てくれたのね」
「そりゃそうだよ。ほとんど通り道じゃないか。行きたいって言っていただろう?」
「ありがとう、正志君。なんてきれいな色なのかしら。信じられないわ」
しばらく雨も降っていない晴天の夏の日。青い池を訪れるには最高のコンディションだった。次回また北海道に来るとしても、この素晴らしいブルーが見られるとは限らない。どれほど疲れていても、まるで何でもないかのように笑顔で、この瞬間をプレゼントしてくれた正志の優しさを、千絵は瞳に焼き付けようと思った。
「そなたは何をしているのだ」
正志と千絵は、レオポルドの声のする方を見た。そこには黒い服を着た若い女性がいて、かなり本格的な一眼レフカメラを構えて池を撮っていた。邪魔をされて振り向いた女性の顔に一瞬驚きが表れた。それはそうだろう。アイヌの民族衣装を身に着けた外国人が二人立っていたのだから。
「あらら。ちょっと助けにいってくるか……」
正志は苦笑いして、そちらへと向かった。千絵は、双子はどこにいるのかと周りを見回した。少し離れたところでやはり写真を撮っていたので、安心して正志の後を追った。
女性は、想像した年齢よりもずっと若そうだった。遠目では、黒いスキニージーンズに、黒いカーディガン、そしてショートカットがボーイッシュなイメージを作っているのだが、大きな瞳とふっくらとした柔らかそうな頬はずっと少女のような可愛らしい印象を作る。大人の女性というよりは、滅多にいない美少女という感じが強い。だが、その唇から出た言葉は、正志たちをさらに驚かせた。
「May I help you?」
かなりネイティヴに近いアメリカ英語の発音だった。外国人相手だと思ったので、わざわざ英語にしたのだろう。だが、レオポルドたちはお互いの顔を見た。
「どこの言葉だ?」
「アルビオン(ブリテン島の古名)から来た遍歴職人たちの言葉に似ていますね。若干、訛っているようですが」
以前は、二人で話す時には彼らの言葉だったのに、日本語に慣れすぎたのか、いまでは二人の間の雑談まで日本語だ。
「我々に話しかけるのに、そんな辺境の言葉を遣うのか? ラテン語かギリシア語で返してみるか」
「どうでしょうか。遍歴職人たちはそのような言語は話せませんでしたが……」
「では、面倒を省くには、この酒を飲ませるのが一番早いかもしれんな」
それを訊いて、正志は吹き出した。
「いや、たぶんその方は、お酒を飲まなくても日本語が話せると思いますよ、ちがいますか?」
女性は、頷くと改めて言った。
「ええ。日本人ですから。でも、あの……日本語がわかるのに、英語、ご存じないんですか?」
千絵は、にっこりと笑って言った。
「ちょっと特殊なところからいらしたお二人なんです。それで、現代文明のことなどはあまりご存じないみたいで。カメラも初めて見たんだと思います」
思えば、いつの間にかこの妙な二人の事をいて当然みたいに受け入れてしまったけれど、よく考えたらありえないよなあ。正志は、考えた。でも、間違いなく昨日からずっと一緒にいるし、酒飲んで騒いだし、それにいっぱいおごってもらったもんな。こうやって、二人にはじめて出会う人が驚く度に、正志は自分がいかにこの二人に馴染んでしまっているかを思い知らされるのだった。おそらく千絵もそうなんだろう。
「これは、カメラと言って、いま観ている景色を記録する機械です。絵を描くのと違って、一瞬でできるんです。見てみますか?」
女性は、レオポルドとマックスの写真を一枚撮ると、ディスプレイを切り替えていま撮った画像を二人に見せた。
「なんと! これはすごい。今の一瞬で、この絵を?」
「なるほど、あちらこちらに置かれている絵が妙に写実的だと思っていたのですが、この機械で作成したのですね」
「あたし、春日綾乃って言います。アメリカのニューヨークに住んでいて、いま一時帰国中なんです。あなた方はどちらからいらしたのですか?」
「俺は、山口正志、こちらは白石千絵。東京から来ました。この二人とは屈斜路湖で知り合ったんですが……」
「我々はグランドロン王国から来たのだ。余は国王のレオポルド、こちらは従弟のフルーヴルーウー伯マクシミリアンだ」
綾乃は、それはどこと言いたげに正志たちを見たが、カップルの肩のすくめ方と曖昧な笑顔を見て何かを理解したのか「そうですか」とだけ言った。
「綾乃さんはもしかして写真家? なんだかすごい機材を持っているわね」
千絵が訊く。綾乃はニッコリと笑った。
「カメラは趣味です。いずれ職業にする可能性もありますけれど。あたし、学生なんです。専攻は天体物理学で、ジャーナリズム・スクールにも通っています」
「て、天体物理学? アメリカで? す、すげっ」
正志が狼狽える。少女みたいだなんてとんでもない……。
「天体物理学とはなんだ」
レオポルドが正志の方を見て訊いた。
「あ~、星を見て研究する学問で……」
「ああ、占星術の事か。なかなか優秀なようだな」
絶対に占星術じゃない! 正志はそう思ったが、自分で説明するのは難しそうだったので、本人が訂正するのを待つ事にした。
「写真撮影が趣味なら、今日ここに来たのはラッキーだったわね」
千絵が言った。綾乃は、大きく頷いた。
「そうなんです。本当は、できるだけ早く札幌へ行って、夜行バスに乗らなくちゃいけないんですけれど、ここ数日のこの池の状態が最高のコンディションだって聴いたら、浦河に行くのが一日遅れてもしかたないって思えてしまって」
「浦河?!」
正志と千絵は同時に叫んだ。
「ええ、浦河です。ある牧場で働く事になっているんです。どうして?」
千絵は、バックから例のチラシを取り出した。
「これのことじゃない? 私たち、実は、これから浦河へ行くの。あそこにいる二人の中学生も、今朝、やっぱり牧場に行くってわかって、一緒に連れて行くところなのよ」
綾乃は、千絵の指す方向を見た。二人の少年が、こちらへと歩いてきていた。
「それは……すごい偶然ですね。みなさんは、どうやっていらっしゃるんですか?」
「俺たちは、レンタカーだ。でも、ミニバンだから、もう一人ならまだ乗れるよ。富良野で、一か所だけ寄るところはあるけれど、その後は浦河に直行する。札幌から夜行バスに乗るよりずっと楽だと思うけれど、よかったら、一緒に行くかい?」
綾乃は、すぐに決断したようだった。
「ええ、ぜひお願いします!」
正志は、レオポルドとマックスが嬉しそうな顔をするのを、目の端でとらえた。一方、千絵は、正志とミツル少年も嬉しそうな顔をしたのを見逃さなかった。おかしくてクスクス笑った。
綾乃がレンタルスクーターを美瑛で返却するのを待ってから、満席になった七人乗りのミニバンは、目的地へ向かって出発した。
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【小説】君との約束 — あの湖の青さのように(3)
浦河に到着するところなどは全てすっ飛ばして、盆踊り大会の日から始まっています。若干の回想は入っていますが。うちの二組のキャラのストーリーを畳む事だけに専念していますし、さらにお許しもなく勝手にコラボっています。該当キャラの持ち主の皆さん、すみません。ありがとうございました。
オリキャラのオフ会 in 北海道の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定など
君との約束 — あの湖の青さのように(3)
- Featuring「森の詩 Cantum Silvae」
正志は焦っていた。浦河の相川牧場に来て二日が経っていた。到着した十日の夜のウェルカムパーティでもずいぶん飲んだが、その前夜の屈斜路湖から、もうペースが崩れていた。昨晩も働いた後にソーラン節の練習をしてから宴会で、思っていた以上に酔ってしまった。そして、今晩は盆踊り大会。ソーラン節を踊りつつ、北海道の海の幸を堪能する結構な待遇だが、これまた飲みまくる事になるだろう。
自分で酒はそこそこ強いと思い込んでいた。営業という仕事柄、接待で飲み慣れている。だが、この場にいるメンバーの飲み方は、その彼の「そこそこ」をはるかに凌駕していた。
全員が飲んでいるわけではない。高校生トリオや、中学生の双子、それに見事な太鼓のバチさばきを見せてくれる成太郎は19歳なので、当然一滴も飲まない。二十歳だから飲んでも構わない綾乃も敢えて飲もうとしなかった。牧場の女性陣、それに手伝いにきているかじぺたさんと呼ばれている女性は、お酌をする事はあっても自分たちが飲みまくる事はない。むしろ忙しく台所と宴会場を行き来をしていた。
異国風の三人のうち、詩人と呼ばれている部屋の中でも全身を覆う見るからに暑い服を纏った不思議な人物は、カニをつつきながら合うとは思えない甘いジュースを飲んでいた。一方、その連れであるオッドアイの青年レイモンドと、大柄な女性リーザは、どれほど飲ませてもまるで水を飲んでいるかのように、全く変わらない。
それは、コトリも同じだった。屈斜路湖でもそうだったが、もの静かな彼女は飲んでも口数が多くなる事はない。いつもと同じように落ち着いているが、氣がつくと盃が空になっている。ダンゴの方は、賑やかに飲む。量は多くないが、楽しい酒のみだ。そして、屈斜路湖から親しんでいるマックスたちと楽しく話している事が多かった。
ホストファミリーの相川家は遺伝なのか、誰もがとんでもないうわばみだ。とくに家長の長一郎は、その歳でそんなに飲んで大丈夫なのかと、余計な心配をするほどだが、京都から来た旧知の友、鏡一太郎の方も同じペースで飲み、しかも赤くなって声は大きくなっても、酔って乱れた様子は全く見せない。
結局、飲んでいるメンバーの中で、一番酒に飲まれかけているのは、悔しい事だが正志なのだった。そして、部屋に行くとふらついたまますぐに寝てしまうので、千絵とまともに話すらできないのだった。
こんなはずじゃなかった。
この旅行を計画した時、彼は千絵と、もう少し別の形の旅行をするつもりでいた。屈斜路湖での混浴の露天にゆったりと浸かり、アイヌの文化に触れた後で、二人でじっくりと語り合う。そして、力を合わせて働いた後、部屋で今後の事も話そうなどと、勝手に思っていたのだ。
今後の事。二人の未来の事。そう、もう少し具体的にいえば、次に旅行するときは新婚旅行だね、という話に持っていければ上等だと思っていた。花火大会もあるから、ムードは満点だと。
屈斜路湖から見ず知らずのメンバーたちと意氣投合して、毎晩宴会になる事は考えてもいなかった。豪華で美味しい朝食にも舌鼓を打ち、仲間たちと朝から笑い合った。それは嬉しい誤算でとても楽しい事だったが、千絵にプロポーズをする段取りからはどんどん離れていくようだった。
宴会で千絵と並んで飲みながら話そうと思っても、忙しく働き回る牧場の女性陣を見ると、いつもの放っておけない性格がうずくのか、立ち上がって手伝いに行ってしまう。彼も立って一緒に台所に行こうとすると、他のメンバーが正志を呼び止め、盃に酒をついで話しかけてきた。
それに、昨日のソーラン節練習直後、宴会の始まりに起こった件があった。
ソーラン節の振り付けと、厳しい指導、それにめげないメンバーたちのふざけた楽しい騒ぎ。そういうムードが苦手な人もいる。どうやらコトリはそのタイプだったようで、そっと席を外した。たまたま入口の側にいてそれを見ていた正志は、宴会時間になっても帰ってこないので、どうしたのかとトイレに行くついでに建物から出て周りを見回したのだ。
コトリは愛車DUCATI696のところにいて、オイルをチェックしていた。一日で300キロ近くを走ったのだ。ベストなコンディションにするために、少し整備をしていたのだろう。
「思いっきり飛ばせた?」
正志が訊くと、少し驚いたようだったが、微笑んで頷いた。
「神戸では、ほとんど信号のない直線コースなんてないから」
それから、しばらくモーターサイクル談義に花が咲いた。正志は、Kawasaki Ninja 650Rに乗っていた時に、逆輸入車だったので、合うキャリア&トップケースを見つけるのに苦労し、バイクを処分したときもそのケースだけは手元に置いてしまったと話した。
「マンションを買うと決めた時に、バイクに乗る事自体をもうやめようと思ったくせにね。まだ未練があるんだろうな」
「ER-6fはまだ市場にでているから、そのうちにまた買えばいいでしょう」
「そのうちにか……」
その時に、コトリが建物の入口の方を見たので、正志もその視線を追った。そこにはゴミ袋を持っている千絵がいて、DUCATIの前で話し込んでいる二人を見ていた。二人の視線に氣づくと、彼女は小さく手を振って、ゴミ置き場の方へ急いで行ってしまった。
「あ……」
どことなくこれはマズい状況ではないかと思った。後ろめたい事をしていたわけではないし、千絵は、いままでやきもちを焼いたりすることはなかったので、わざわざ追って行って何かをいうのも、よけいに事をこじらせるように思い、しばらく立ちすくんでいた。
「行ってあげたら」
コトリがぽつりと言った。
「え?」
「ダンゴが言ってくれなかったら、私もわからなかったけれど、車種や整備の話、走りの話題についていけない女の子たちは、置いてきぼりになったようでずいぶんと寂しい思いをするみたい。それはそれ、これはこれでどちらも大切なんだって、安心させてあげた方がいいと思う」
正志は、コトリをじっと見つめた。よくみている人だなと思った。ぶっきらぼうに感じることもあるけれど、とても心の温かい人なのだとも感じた。
「ありがとう。いってくる」
ゴミ袋を持って小走りにゴミ捨て場に向かっていた千絵は、悲しいきもちを振り払おうと頭を振った。その時にちゃんと前を向いていなかったので、角を曲がって走ってきた小さなものに氣がつかなかった。
足元に暖かいものがポンと当たった。それは茶虎柄の小さい猫だった。
「みゃ~!」
「あ。マコト! ごめんなさい!」
千絵は、あわてて屈んでその仔猫を抱き上げた。左右で色の違うきれいな瞳が、千絵を見ていた。いきなりぶつかったにもかかわらず、マコトは嫌がる事もなく、千絵の顔を覗き込んでかわいらしく鳴いた。千絵は、その頭を撫でてやりながら、そっと立ちすくんで、大きなため息を一つ漏らした。
「ずいぶんと大きいため息だな」
その声にはっとして振り向くと、建物の影にいた赤毛の大柄な女性が、千絵の方を見ていた。泉の縁に腰掛けて、何か貴金属のようなものを洗っているところのようだった。
「リーザさん」
「いつも男どもが食い散らかしたものの後始末に走り回っているようだが、それに疲れたんじゃないのか」
千絵は驚いた。褒めてもらいたかったわけではないし、自分も他の参加者たちのように普通に座って食べているだけでもいいのに勝手に手伝っている事もわかっていたけれど、それでも誰かがそれをしっかり見ていてくれる事が、嬉しかったから。
「いいえ。そうじゃないんです。動き回るのは、私のクセみたいなものですし、嫌じゃないんです。そうじゃなくて……。たぶん、自分の中にはないと思っていたつまらない感情があったので、がっかりしてしまったんだと思います」
「ふ~ん? そういうこともあるさ。それが人間ってもんだろう?」
千絵は、マコトの毛並みを優しく梳きながら、リーザの方に近づいて行った。見ると彼女が泉の水で洗っているのは小さな真鍮の指輪だった。
「それは?」
「これか? わたしが子供の時に、恩人がくれた指輪さ。ウニがついてしまったんで、洗いにきたんだ」
「とても綺麗。水を反射して光っていますね」
リーザは、笑って指輪についた水分を丁寧に拭きながら言った。
「高価な宝石付きと違って、どこにでもある類いの指輪かもしれない。だが、わたしにとっては剣とともに一番大切な持ち物だ。モノってのは、どのような形で自分のものとなったか、もしくは失ってしまったか、その歴史で価値が決まるんだと思う。そうやって特別になったものは、他のヤツらがなんと言おうと関係なく大切な存在になるんだ」
千絵は、リーザが愛おしそうに指輪を嵌めるのを見ながら考えた。私の知らない、バイクに乗っていた頃の正志君。バイクショップの店長であるコトリさんとその話をしている彼がとても生き生きとしていたのは、当時の彼がそのバイクで走る時間を大切にしていたからなのよね。入っていけない世界を感じて悲しくなってしまったけれど、そんな姿を見せたりしちゃダメなのかもしれない。
マコトが、千絵の腕からぱっと離れて、リーザの膝の上にすとんと遷った。リーザは、千絵の後を見て笑った。
「ああ、邪魔者は消えた方がいいな」
千絵が振り向くと、そこには戸惑った顔をした正志が立っていた。リーザはマコトを抱いたまま、「がんばんな」とでも言うように正志の肩をポンと叩くと、また続きの酒を飲むために宴会場に戻っていった。それが昨日の事だ。
盆踊り大会が始まっていた。正志は、「踊っている場合じゃないんだけれどな」と、半ば涙目になりながらソーラン節を踊っていた。昨日の件の誤解はなんとか解けたようだし、千絵は怒ってはいなかったのだが、その後もポイントを稼ぐチャンスがあまりなく、プロポーズどころではなかった。
踊りながら千絵を探すと、つまだけになった刺身の盛り皿を抱えて台所へと向かっているところだった。
櫓の上は、盛り上がっていた。レオポルドは、特別に用意してもらった金色の浴衣を身に着けて、ソーラン節を踊った。せっかく用意してくれたお揃いの浴衣もあったのだが、目立たないものは嫌だとゴネたのだ。縫わされる女性陣はムッとしていたようだが、彼らがアイヌの衣装を着、アイヌのハチマキをお土産に持ってきた事を喜んだ弘志夫人が大人の対応で用意してくれた。
「陛下。もうそのぐらいにしておいていただけないでしょうか」
妙に冷静な男の声に振り向くと、見慣れぬ外国人が二人立っていた。一人は、くすんだ赤の袖の膨らんだ上着に灰色の胸当てをし、この暑いのにマントまで身につけた男で、もう一人は大きくデコルテは開いているが、裾までしっかりと覆われたアプリコット色のドレスを着た妙に色っぽい女性だった。
「なんだフリッツか。よくここがわかったな」
レオポルドは、悪びれずに言った。
「あれは誰ですか」
長一郎が、小さい声でマックスに訊ねた。彼はにニコニコ笑って答えた。
「陛下の護衛の責任者を務めているフリッツ・ヘルマン大尉と、高級娼館の女主人マダム・ベフロアです。我々と別れて札幌の歓楽街へ行っていたのです」
「この世界の出口でお待ちしていましたが、いっこうにお見えにならないので、お迎えに参りました」
「もう少しいいではないか。そなたもここに来て飲め。伏見の酒はまだ飲んだ事がないのだろう? それにソーラン節を踊るのも滅多にない経験だぞ」
「陛下。いい加減にしてください。向こうでどれだけの政務がたまっているとお思いなんですか。臣下の皆様のお小言をいただくのは、この私なのですよ」
「じゃあ、お前だけ先に帰って、じじいどもに『よきにはからえ』と伝えろ。余とマックスは、疲れを癒すためにもう一ヶ月ほど滞在する」
レオポルドは、抵抗を試みた。
ヘルマン大尉は、腕を組み軽蔑した目つきで、女性陣に囲まれて楽しそうなレオポルドとマックスを眺めた。
「では、お二人のご様子を、宮廷奥取締業務の引き継ぎで休む暇もないフルーヴルーウー伯爵夫人に詳細にお伝えする事にします」
レオポルドとマックスは、ぎょっとして慌てて櫓から降りてきた。
「ちょっと、待ってください、ヘルマン大尉。私はすぐに帰りますので……」
「フリッツ、余が悪かった。明日、花火とやらを見たらすぐに帰るので、ラウラに告げ口するのだけは勘弁してくれ」
「フルーヴルーウー伯爵夫人?」
「ええっ。マックスったら、結婚していたってこと?!」
女性陣から、次々と批判的な声が上がる。特に、馴れ馴れしくされていたダンゴはおかんむりだ。
「ええ。陛下のおぼえもめでたいバギュ・グリ侯爵令嬢で、大恋愛の末の新婚なのよ」
ヴェロニカが、とどめを刺す。皆の冷たい視線に耐えかねて、マックスは、無理やり話題を変えた。
「ところで、ヘルマン大尉。お預けしたお金は全て遣い切ったでしょうか」
現地通貨を持ち帰ってはいけないことになっているので、彼らに渡した三百万円のことを訊ねているのだ。
ヘルマン大尉の顔は曇った。
「そ、それが……」
大尉の視線を追うと、二人の後には大量のジェラルミンケースが置かれている。
「私は、歓楽街であるススキノでなんとか遣い切ろうと努力したのですが」
「どうやって遣ったのだ、フリッツ」
「はあ、『そーぷらんど』というご婦人と一緒に入る公共浴場のようなところへ行きまして、値段が張るところでしたので、かなり減らす事には貢献できたと思うのですが……」
「なんだ。そんな大金は払わずとも、女と風呂に入りたいなら、ここの岩風呂を使えばいいのに。いい湯だぞ」
「えっ」
ヘルマン大尉は真っ赤になって、女性陣を見回した。正志は、それは違う! と、心の中でつっこんだが、レオポルドたちに余計な知識は付けない方がいいだろうと思い、そのまま黙っている事にした。
「ソープ……ランドって、何?」
後方で、高校生トリオの一人である萌衣が大きな声で享志に訊いている。正志は、なんて質問をするんだと苦笑いし、享志がどう答えるのかにも興味津々となった。
「聞いたことないな。真、知ってる?」
「いや。知らない。お風呂だって言っていたから、そうなんじゃないのか」
なんだ、なんだ? どこのお坊ちゃま、お嬢様なんだ、この三人? まあ、こちらに振られるよりは、これで納得してくれれば、その方がいいけれど。なんせ今、千絵の前で、その手の店の詳細を知っているようなそぶりは見せたくないから。
「でも、この人がチンタラ楽しんでいる間に、私がそれ以上に稼いでしまったみたいなのよね」
ヴェロニカが、妖艶な口元をほころばせて言った。
「何をやったのだ」
「ススキノの研修先の高級クラブで、お客さんに氣にいられて。一緒に仕手株というのをやったら、なんだか増えに増えてしまって、このケースの中、全部一万円札がぎっしりなの。どうしたらいいかしら、陛下」
「それでは、それを遣い切るまでは帰れないではないか。なんとか明晩までに使わねばならぬな」
レオポルドは、真剣な面持ちをしたが、金色の浴衣を着ているとどうやっても真面目に考えているようには見えなかった。
翌朝、襟裳岬経由で花火大会に行く前に、レオポルドとマックスは、ヘルマン大尉によって強制的に着替えさせられた。きちんとした中世の服装をすると、二人ともこれまでのおちゃらけようが嘘のようにサマになった。これまで、彼らの事を少しねじの外れたただの外国人なのではないかと思いかけていた一同も、やはり彼らは異世界から来た王侯貴族なのだと納得した。
帯広の夜空を、大きな花が彩った。東京よりも広がっている空がずっと広い。そこを腹の底に響く轟音とともに、赤や緑や金色の色鮮やかな花火が次々と花ひらいた。
この数日間をともに過ごしたメンバーが座って同じ花火を眺めている。いつも飲んでいたメンバーも、忙しく働いていた女性陣も、バチを話さなかった成太郎も、熊の置物の謎に挑んでいた高校生たちも、宴会を抜け出してバイクの整備をしていたコトリも、今は、全て同じ方向を見て、花火を楽しんでいる。
隣に座る千絵の白い横顔が、花火の光に彩られている。正志は、今なら話ができると思い当たった。
「千絵」
「なあに、正志君?」
「俺……本当は、もっとお前に休んでもらうつもりで来たんだけれど……いろいろと氣が回らなくて、一人で飲んでいるばっかりで、ごめんな」
千絵は、微笑んで首を振った。
「そんなことない、正志君。私の事を氣にして、何度も声を掛けようとしていてくれたわよね。それがわかっただけで、十分だったの。あのね、私、この旅、とても楽しかったの。来れてよかったって何度も思ったわ。本当よ」
千絵は、嫌味でも、諦めでもなく、本当にそう思っているようだった。この旅に来る前と変わらずに、曇りのない澄んだ瞳で正志の事を見つめていた。ちょうど屈斜路湖や美瑛の青い池の水のように。正志の怖れは、すっとほどけていった。
「陛下の提案じゃないけれど……」
「?」
「また、一緒にここ北海道に来ような」
その言葉を聞くと、千絵は正志を見て、とても嬉しそうに笑った。
「ええ。そうしましょう」
「すぐに来ような。それも……」
「それも?」
「その、できたら……新婚旅行で」
千絵が、驚いた様子で正志を見た。彼は、意を決して、千絵の方に向き直り、はっきりと言いかけた。
「つまり、その、俺と結婚してくださ……」
その時、正志は視線に氣がついた。
中世組四人が遠慮なく注視していた。それに、双子と高校生三人も、生まれてはじめて目にするライブのプロポーズを見逃すまいと、しっかりと目をこちらに向けている。異国風の三人組も会話をやめて止まっていた。そしてそれ以外の若者や大人たちも、あえて見ないようにしながら、全員が固唾をのんで成り行きに注目していた。
千絵も、その異様な注目に氣がついて赤くなった。正志は、くらくらした。轟音と花火の華麗さを隠れ蓑にして、こっそりプロポーズのはずだったのに、こんな見せ物みたいな状態になってしまった。控えめな千絵が、こんな状態でうんと言ってくれるはずは……ないよな。怒っても、当然だ。ちくしょう、失敗した……。
がっくりと肩を落として下を見る正志を見て、千絵には、彼の心の内がわかったらしい。皆の視線をものともせずにその手を取ってから、はっきりした声で答えた。
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
正四尺の特大花火が、帯広の空に炸裂した。その一つひとつの光は流星のように尾を引いて、仲間たちの上で輝いた。だが、彼らはその花火を見ていなかった。たった今婚約した二人の周りに集まって、思い思いの歓声を上げた。正志は、ガッツポーズをして、飛び上がった。
「なんとめでたいことだ。余からも祝わせてもらおう」
レオポルドが言った。
「いや、陛下からはすでにいろいろと……」
「それはそれ、これはこれだ。結婚祝いだからな。ふさわしい贈り物をせねば。そうだな、馬百頭を贈ろう」
「えっ?」
正志と千絵は、固まった。
「い、いや、陛下。うちはしがないマンション暮らしで、馬百頭もらっても……」
第一、馬の値段をわかっていないような氣がする。それに馬の維持費も……。
「余が贈ると言ったら、贈るのだ。足りないと言うなら羊も……」
「いや、そうじゃなくて!」
その時、コトリがすっと立って、こちらにやってきた。
「デュラン、ちょっといいかしら」
正志が何か言おうとすると、コトリは「私にまかせて」という顔をした。正志は、千絵と顔を見合わせてから、コトリに頷いた。彼女は続けた。
「この世界では、馬をたくさん贈るのは、あなたの世界ほど現実的ではないの。だから、代わりにたくさんの馬に匹敵する機械馬をプレゼントしてあげるといいわ。たとえば、私のDUCATIは馬80頭に匹敵するの。正志君は、数年前に、Kawasaki Ninja 650Rという機械馬を手放さざるを得なくて、とても残念がっていたの。だからそれをプレゼントしてあげて」
「おお、それはいい案だ。そうしよう」
正志は、その展開に小躍りして、もう一度ガッツポーズをした。やった! またNinja 650Rに乗れるんだ! 今度は、千絵とタンデムするぞ。
「ところで、そのNinjaとやらは馬100頭分か?」
レオポルドはコトリに訊いた。
「いいえ。72頭よ」
「では28頭分は、どうするのだ」
100頭にこだわるな。誰もが苦笑いした。真が立ち上がって言った。
「では、こうしたらどうでしょうか。残りの28頭は、この牧場から買って、そのままここに預けるというのは」
「そうね。維持費の代わりに、ここで観光用に使ってもらえばいいと思うわ」
綾乃もにこやかに提案した。
相川長一郎と弘志は、突然28頭も馬が売れる事になって驚いたが、やがて頷き合って笑い、それから言った。
「名前はどうしましょうか」
「ここに集まった仲間全員と同じ名前を付けたらどうですか」
成太郎が提案した。皆がそれに同意したので、相川牧場では、このワーキングホリデーに参加した仲間全員の名前をそれぞれに持つ馬が飼われる事になった。
一つだけ問題があって、マコト号がダブるので、一頭をアイカワマコト号、もう一頭をチャトラマコト号と名付けることで決着した。当然ながらエドワード1世号、アーサー号、ポチ号もいるし、ハゾルカドス号やコクイノオンナ号もいる。
相川牧場に積まれたジェラルミンケースの中の一万円札の内、一部はコトリの店に送られ、Ninja 650RことKawasaki ER-6fを仕入れてきちんと整備してから正志たちに送る手はずとなった。そして、残りは相川牧場にて28頭の馬の代金と維持費に充てられる事になった。
正志たちが、もう一度礼を言おうとレオポルドの方を振り返ると、中世の服装をした奇妙な四人はもうそこにはいなかった。始めからいなかったかのように、消え去っていた。だが、マックスとレオポルドの持ってきた土産や、ずっと着ていたアイヌの衣装は相川牧場に残されていたし、ジェラルミンケースの山もちゃんとそこにあった。
「なんとなく、これからもずっと一緒にいるんだと思っていたわ」
千絵がぽつりと言った。正志も、同じ事を思っていた事に氣がついて驚いた。
「いつかまた逢えるよな。ここ北海道で」
「そうね。ここに集まったみんなとも、またいつか逢えるわよね」
一つの約束が、次の約束に繋がっていく。北海道で始まった絆が深まると、次の縁を呼び寄せる。正志と千絵は、とても幸福になって、青く深い北の大空を見上げた。
(初出:2015年8月 書き下ろし)
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