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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012

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Posted by 八少女 夕

【小説】君との約束 — 北海道へ行こう

50000Hit記念リクエスト掌編の第三弾です。limeさんからいただいたお題は「北海道 」でした。そして、昨日、大好きな『NAGI』漫画を発表してくださいました。ありがとうございます。(題名が同じになったのは嬉しい偶然です)

 (おまけ漫画)『NAGI』-北海道ヘ行こう-

で、私の掌編ですが。北海道を舞台に、limeさんのお好きなミステリー仕立てにしたかったんですが……ダメでした。なんといってもトリックがね……。だから、すっぱりあきらめて、紀行ものにしました。途中で出てくる若干シリアスなエピソードは、知り合いの実話から着想を得て作ったフィクションです。でも、中身はどうしてか食いしん坊になるのが私のお約束。


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君との約束 — 北海道へ行こう

 北海道二泊三日旅行をしようと思ったのは、不純な動機だった。ラーメン、ジンギスカン鍋、カニ、イクラ、ウニ、ええと、それからなんだっけ。女なんか邪魔なだけ。友人の健児と男同士でがっつり食い倒れる……予定だった。

 それなのに、なんだよ、健児のヤツ。
「いやぁ、悪い。彼女がどうしても一緒に行きたいっていうからさ」
「はじめまして~。綾です。あーやって呼んでもいいよ。よろしくね」
縦ロールに赤いリボンのツインテール、白いミニスカートとピンクのブラウス、なんだよ、可愛いじゃないか。

「ついてくるのはいいけどさ。もともと予約してあったツインの部屋を明け渡すのはいいとして、何で俺が別途シングルを予約しなきゃいけないんだよ」
「悪い。それも出したいのは山々だけどさ。俺、マジ、金欠。こいつの航空券だけでもう今月ヤバくってさ。お前は、マンション持ちで金には余裕あるじゃん」

 くそう、お前がそうやって女にうつつを抜かしている分を、俺はローンにまわしているんだよっ。それに何が「あーやと呼んでもいい」だ。ふざけんな。ニコニコ笑ってもダメだぞ。

 でも、俺は押し切られて、ホテルの件もうやむやにされて、飛行機に乗ってしまった。ムカつくことに、俺があーやの短いスカートと、そこからにょっきりでている形のいい足を堪能できたのは千歳空港までだった。俺が見過ぎたのがいけなかったのか、俺がトイレに行っている間に二人でトンズラしてしまったからだ。

 千歳空港で、いきなり一人ぼっち。消えんなら、ツイン分の金を返してくれ! 俺はガッカリした。予約したホテルへ押し掛けて行って、文句を言ってもいいけれど、そこで争ったあと、楽しい旅行ができるような氣は全然しない。いいよ、計画変更。シングルもキャンセル。一人でだって旅は楽しめるんだ。

 札幌と函館観光の予定だった。でも、計画通りに行って、あの二人とバッタリなんていやだから、どこか他に行こう。到着ロビーを見回すと、目の前にレンタカーのカウンターがあった。免許証は、財布に入っているよな……。よし、こうなったら北海道をあてもなくドライブしてやる。

 カウンターの前は空いていた。先に着いた女がいたのだが、何かを迷っているかのごとく、ちゃんとカウンターの前に立たなかった。そして、俺を見ると黙って脇にどいた。

「いらっしゃいませ」
カウンターの美人がにこやかに笑った。

「ええと、三日間、借りたいんですが」
俺は言った。予約をしていないことがわかると、美人は車種と金額を調べて一番安いコンパクトタイプの在庫を調べてくれた。
「ああ、ありました。返却はここでいいですか。札幌市内にも出来ますが」
「いや、どこに行くか決めていないんだ。でも、その日に飛行機に乗るのは間違いないから……」

 手続きを済ませ、その場にあるソファに座って車の到着を待つように言われた。ふと横を見るとさっきの女が、まだそこにいた。ジーンズにベージュのカットソー、黒い小さな革のリュック。少し茶色がかった直毛を素っ気なく後ろで結んでいる。あまり地味なのでこれまで氣がつかなかったが、さっきのあーやと変わらないくらい若いようだ。

 俺に見られていることを悟った女は、その視線を避けるかと思ったのだが、反対に意を決したように話しかけてきた。
「あの……失礼ですけれど」

「はあ」
「先ほど、カウンターで行き先が決まっていないって、おっしゃっていましたが……」
「ああ、言いましたよ」
「では、レンタカー代をお支払いしますので、私を富良野に連れて行っていただけないでしょうか」

「はあ?」 
俺は女をまじまじと見つめた。彼女は冗談を言っているようには見えなかった。なんだ、なんだ?

「あのですね。若い女性が、そんな危険なことをするのはどうかと思いますよ。俺は見知らぬ人間で、とんでもない悪人かもしれないじゃないですか」
俺が説教を始めると、彼女は項垂れた。
「そう……ですよね。おっしゃる通りだと思います。ごめんなさい」

 おっしゃる通りって、俺は悪人じゃないぜ。ちょっと悔しくなった。
「一応、事情を伺ってもいいですか」

 彼女は顔を上げた。少し明るくなった表情を見て、ドキッとした。笑うと思いのほか可愛いじゃんか。
「どうしても今日、富良野に行きたくて、発作的に飛行機に乗ってきたんです。で、ここで免許証を忘れてきたことに氣がついて」

 俺は首を傾げた。
「でも、電車やバスもありますよ」
「わかっています。でも、私の行きたい所は普通の観光地じゃないので、レンタカーでないと行けないんです」

 カウンターの美人が、車のキーを持って近づいてきた。俺はちょっとだけ考えた。断ってもいいけれど、後味悪くなるよなあ。彼女は悲しそうに目を伏せた。う~ん、しょうがないなあ。
「わかりました。じゃあ、一緒に行きましょう、富良野へ」
「本当ですか?」

「ええ。レンタカー代は折半、それと、海鮮丼の大盛りを奢ってください」
俺がそういうと、彼女は満面の笑顔を見せた。
「ありがとうございます!」

 で、俺は見知らぬ地味子ちゃんと、ドライブすることになったというわけだ。レンタカーに乗り込み、慣れないコックピットやカーナビをひと通り確認してから、シートベルトを締めてとにかく富良野に向かって走り出した。

「ところで、俺は山口正志っていうんだけれど、君は?」
「あ、すみません、名乗り忘れていました。白石千絵といいます」

 道東自動車道に入るまでに、俺たちはお互いの素性を簡単に紹介した。俺は新宿区をメインに清涼飲料水の営業をやっていることや、三鷹に住んでいること、それから悪友の健児に逐電された情けない経過などを話した。

 千絵は横浜に住んでいて、職業は看護師だと言った。それから、黒い革リュックからそっと小さい箱を取り出した。
「悩んだんです。これを渡したら、ただ悲しませるだけかもしれないって」

 俺は、何がなんだかわからなかった。道は北海道のイメージ通り簡単そうで、64キロメートル直進だというので、彼女の話を詳しく聞くことにした。

「担当していた患者さんが二週間前に亡くなりました。ちょっと難しい手術を控えて入院なさったんですけれど、手術より前に容態が急変して」
「それは……。気の毒だったね」
「とっても痛くて苦しかったはずなのに、いつも明るくて、私たち看護師にも感謝の言葉を忘れない方でした。若い魅力的な男性なのに珍しいねって、同僚の中でもとても人氣があったんです」

 う……。そういう流れか。じゃあ、この親切でポイントを稼いで仲良くなる、なんてのはダメそう。俺は心の中で落胆した。
「で?」

「その方に頼まれたんです。ダイヤモンドつきの指輪を注文してほしいって」
「え? その、つまり……」
「ええ、プロポーズ用でしょうね。ある女性の誕生日に間に合わせてほしいって言われました。内側に日付と『with love』って入れてほしいと。富良野に送り届けたいから、それも手配してほしいって。そのことは私しか知りませんでした。驚かせたいから誰にも言うなって言われていたので」

 ってことは、この子とのロマンスの話じゃないのか?
「それで?」
「彼の容態が急変して亡くなった時、私は休暇でアメリカにいたんです。戻ってきたらもうすべてが終わっていて、私はご遺族にも逢えなかったんです」

 彼女は白いリボンのかかった水色の小さな箱を取り出した。
「迷いました。事情を話してキャンセルすることもできましたし、上司に相談もできました。でも、そうなったら事務的に処理されるだけだと思ったんです。誕生日に好きな人にサプライズのプレゼントをすることが彼の最後の願いだったと思うと、どうしてもそれはできなくて……」

「で、これからそれを届けようとしている?」
「ええ、今日がその女性の誕生日なんです。ずっと悩んでいました。もともとのプランのように彼の名前で送りつけたら、オカルトかと驚くだろうなとか、私がそこまでするといろいろと勘ぐられるんじゃないかとか、これを届けてしまったらその女性は生涯この指輪の重さに縛り付けられてしまうんじゃないかとか。そして、今日になってしまったんです」

「それで、居ても立ってもいられなくなって飛行機に飛び乗っちゃったんだ」
「はい」

 お人好しにも程がある。それだけその亡くなった男がいいヤツだったのかもしれないけれど。
「俺なら、遺族に電話するか上司に言って、さっさと話を終わらせるだろうけれど、それはあくまで本人を知らないから言えることだよな。わかったよ。とにかく、一緒にそこに行こう。男連れで来たら、きっと相手は勘ぐることもないだろうから、ちょうどいいだろう?」
「どうもありがとう。本当に助かります」

 七月の北海道のドライブらしい光景がずっと続いていた。青い空、白い雲、まっすぐな道に、左右は豊かな若緑。二時間ぐらいで、富良野に着いた。
「どうする? すぐにその彼女の家を探す?」
俺が訊くと、千絵はそっと腕時計を見た。
「お昼時になっちゃいましたね。山口さん、運転してお疲れでしょう。先に休んでご飯を食べませんか?」

 俺はその心遣いにちょっと感動した。健児とあーやカップルのエゴイズムにムカついた後だったから余計そう感じたんだと思うけれど。せっかくだから、有名な『ファーム富田』の併設レストランに入ることにした。

 ラベンダーの香りが、風に乗ってふわりと漂ってくる。なんていうのか、高校の時、クラスの女の子の襟元から漂ってきた石鹸の香りにぐらりと来た、あの感覚だ。いかん、いかん。そうじゃなくて。千絵は不純な俺と違って、純粋に花畑ファームに感動していた。
「なんていい香り。あ、あちらに花畑があるんですね……」

 俺はほんの少し残念そうな千絵に言った。
「もう、ここまで来ているんだし、少し花畑を楽しんでから行ってもいいんじゃないか? 飯を食ったら、少し観て行こうよ」
彼女の顔にはぱっと笑顔が花ひらいた。
「ええ、そうですよね。七月の富良野に来るなんて、そんなにしょっちゅうあることじゃないですもの」

 フードメニューはたいしたことがなく見えた。パスタかカレーか。俺はカレーに男爵コロッケがトッピングされた一皿を選んだ。千絵は普通のカレーを頼んだ。
「げっ。このコロッケ、激ウマだよ!」
花畑併設のカフェなんて、全く期待していなかったのに、やるじゃないか、北海道。

 千絵はホッとしたように笑った。
「よかったです」
「なんで?」
「だって、山口さんの旅行を台無しにしちゃったかなって思っていたので。観光らしいこと、まだしていませんよね」

 俺は、この子はいつもこうやって他人のことばかり心配しているのかなと思った。
「そんなことないって。北海道ドライブだってしたし、富良野の花畑なんて超有名観光地に来ているんだぜ。それに、友達にトンズラされて、一人で旅していたって楽しいことないよ。こうして道連れができたのは、ありがたいと思っているよ」
「本当ですか」
「うん。だから、その、山口さんってのと、ですます調、そろそろやめてくれるとありがたいんだけれど……」

 千絵は、えっ、というように瞳を見開いたあと、少し赤くなって頷いた。

 食事の後、俺たちは花畑を散歩した。すごい光景だった。ラベンダーの明るい紫、白いかすみ草、赤いやオレンジのポピー、あと、俺は名前を知らないピンクや青い花でできた帯が、虹のように整列してはるか彼方まで続いている。ラベンダーの香りはとても強くて、くらくらしてきそうだ。真っ青な空、嬉しそうな千絵の笑顔。俺は思わず携帯を構えて、鮮やかな花畑をバックに彼女の横顔を撮った。彼女は微笑んだ。

「山口くんも、撮る?」
俺はちょっと考えてから、そこを歩いていた観光客を捕まえて、千絵とのツーショットを撮ってもらった。それでもう、旅行の元が取れたような氣がした。

 それから、車に戻って、ナビに千絵が訪ねようとしている女性の住所を登録して、しばらく走った。確かにその一帯は観光名所がなく、土地勘のない俺たちが公共交通機関だけを使って訪れるのは難しそうだった。千絵はタクシーを見て、「あれを使えばよかった」と言ったけれど、俺としては一緒に来れてよかったと思っていた。もし彼女が一人で来ていたら、行き方が難しくて立ち止まる度に、「行くべきなのだろうか」という想いに負けてしまったかもしれない。俺がそれを告げると彼女は「そうね」と頷いた。

 隣の家と一キロくらい離れている丘の上にその家はあった。樹々に囲まれたログハウス。俺は表札を確認した。上田久美子と小さく書いてあった。
「ここだろ?」

 千絵は黙って頷いた。彼女は迷っていた。俺にもわかる。誰だってこんな重いプレゼントを渡したくない。だが、俺には亡くなった男の最後の願いやまだ逢っていない女性の心情よりも、たまたまそこで働いていたためにそのすべてを抱え込んでしまったおせっかいな女の子の重荷の方が心配だった。
「行こうぜ。今行かなかったら、その指輪、お前が生涯抱えることになるんだぜ」

 俺は千絵の返事を待たずに呼び鈴を押してしまった。

「はい?」
中からきれいな女性が出てきた。俺たちを見て不思議な顔をした。そりゃそうだ、全く面識がないんだから。俺がつつくと、千絵はようやくぺこりと頭を下げた。

「はじめまして。私、横浜の○○総合病院で看護師をしている白石千絵と言います」
そう千絵が言った途端、彼女の顔はさっと曇った。千絵は早口に俺にしたのと同じ話をして、水色の箱を差し出した。久美子さんは震えながらその箱を受け取って、それから白いリボンを外した。輝くダイヤモンドと、銀色の指輪の裏側に彫られた文字を読んで、彼女の目には涙がいっぱいたまった。
「馬鹿……」

 俺は、こんな風に愛情のこもった暖かい罵倒の言葉を聞いたことがなかった。それから彼女は千絵に向かって深く深く頭を下げた。「ありがとうございました。あなたのご親切、生涯忘れません」

 俺たちは、富良野かどこかでホテルを探すと言ったのだけれど、彼女は泊めてくれると言って訊かなかった。久美子さんが富良野の名産である豚肉でステーキを焼いてくれた。とれたての野菜もやけに美味かった。俺たちは、彼女の誕生日を富良野ワインで祝った。ダイニングに笑顔の男性の写真がかかっていた。俺がそれに目をやると、千絵が頷いた。久美子さんは指輪の箱を、その写真の前に置いた。

 翌日俺たちは、久美子さんの家を後にして、美瑛に足を伸ばした。「四季彩の丘」という7ヘクタールの花畑があって、これまた絶景だった。ヒマワリ、ケイトウ、ルピナス、金魚草、百日草、ラベンダー……。地平線まで続く広大な花畑を見ていたら、千歳空港でのむしゃくしゃした氣分はもうどこにも残っていなかった。
「こりゃ、すごいや」
「本当にきれいね。ふさわしい言葉が見つからないわ」

「そうだな。ここに連れてきてくれたことに、礼を言わなくちゃな」
「やだわ。お礼を言うのはこっちよ。久美子さんの涙を見て、来て本当によかったなって思ったの。山口君が後押ししてくれなかったら、きっと私、怖じけづいて帰っていたわ。本当にありがとう」

 今日の夕方の飛行機で帰るという千絵をもう一度千歳空港に送るために、俺はまたハンドルを握った。札幌で一人でもう一泊してもよかったけれど、健司たちとばったり会うのも嫌だったので、俺も予約を変更して、千絵と一緒に帰ることにした。搭乗手続きをしていると彼女は俺の顔を覗き込んだ。

「いいの? せっかくのお休みなのに」
「いいさ、あっ!」
俺は突然思いだして、ゲートの向こうの札幌を惜しげに振り返った。

「どうしたの?」
「カニとイクラを食べ損ねた」
そういうと、千絵ははっとした。
「ごめんなさい! 海鮮丼をごちそうするの、忘れていたわ!」

 それを聞いて、俺はにやりと笑った。
「約束は約束だから、また一緒に北海道に来て、ごちそうしてもらわなきゃな」

 千絵は、まあ、という顔をしたが、すぐにニッコリと笑って「そうするわね」と答えた。俺は腹の中でガッポーズをした。

(初出:2014年10月 書き下ろし)
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Category : 小説・君との約束
Tag : 50000Hit 小説 読み切り小説 リクエスト キリ番リクエスト 地名系お題

Posted by 八少女 夕

【小説】君との約束 ― まほろばの道

今年最初の小説は「150000Hit 記念掌編」の第2弾をお送りします。

今日の小説は、山西 サキさんのリクエストにお応えして書きました。


リクエスト内容
   テーマ: リフレッシュ
   私のオリキャラ、もしくは作品世界: 「君との約束」の世界
   コラボ希望キャラクター: コトリとヤキダマ
   使わなくてはならないキーワード、小物など: Ninja 650R



さて、『君との約束』シリーズは、もともと50000Hit記念リクエスト掌編から生まれ、後にオリキャラのオフ会でたくさんの皆さんとの共作でちょっとだけ名を知られたカップル正志と千絵の話です。(ま、オフ会では中世から参加した某2名が目立つ美味しいところをみんな持っていきましたが、それはさておき)

そのオフ会で知り合ったサキさんのところのコトリ、そしてそのお連れあいであるヤキダマを訪ねに東京から関西へと向かう、という粗筋を考えました。で、まっすぐ神戸に行けばいいものの、なぜか奈良で寄り道をすることに。こんな話になりました。

日本では新年早々の大きな災害で、亡くなられた方のご冥福を祈り、被災された方に対し心からお見舞い申し上げます。1日も早い復興を願い、この掌編で描いたような平和で美しい日本の風景を楽しむことのできる日が来ますよう祈念いたします。


【参考】
君との約束 — 北海道へ行こう
君との約束 — あの湖の青さのように




君との約束 ― まほろばの道

 あ、ここ、たしか修学旅行で来たよな。正志はひとり言を言った。朱色の屋根が幾重にも重なる塔に見覚えがあった。奈良県桜井市にある多武峯談山神社の十三重塔は定慧和尚が白鳳7年に父藤原鎌足の供養のために創建した塔婆で1532年に再建されているとはいえ、木造十三重塔としては現在世界唯一の貴重な建造物だ。

 東京を朝8時に出発して新東名高速、名阪国道を通り奈良に向かった。途中、清水のパーキングエリアで少し早めの昼食を取った。というのはここは天氣がよければ富士山が見えるPAで、今日のように晴れ渡った日には寄らない手はないと思ったからだ。

 案の定、千絵は大きく見える富士山の姿を見て大感激していた。天氣ばかりは計画できないので、こうしたチャンスは大いに利用したい。また、立ち寄る場所を臨機応変に変更できるのは、バイクや車で旅する利点だ。

 基本的に季節にふさわしい天候の方が好きだが、これだけ長く風を切って走るとなると、やはり「異常気象」と呼ばれる暖かさはありがたい。泊まりが必要になるほどの遠出は久しぶりだ。

 きっかけは千絵がめずらしく正月明けに連休をもらったことだった。看護師である彼女は、年末の通常勤務の他に、どうしてもクリスマスに彼氏と過ごしたいという後輩のために休日とならない夜勤明け勤務をし、さらに病欠となった同僚の代わりに休日を代わったため、1月にまとまった休みが取れることになったのだ。

 正志は、すぐに休みを申請した。勤続10年のリフレッシュ休暇の取得期限は2月末に迫っていたし、千絵と一緒に旅行に行ける機会は逃したくない。

 1月だから、はじめは電車か飛行機でどこかに行くつもりだった。でも、千絵が言ったのだ。
「せっかくのKawasaki、磨いているだけでいいの?」

 そういわれると、なんとしてでもバイクで行きたくなってしまう。

 正志の愛車はKawasaki ER-6n、通称Ninja 650Rだ。かつて2006年版の黒に乗っていたのだが、マンションを購入するときに手放した。それから、千絵に出会い、結婚を考えるようになり、金銭的に再びバイクに乗るのはかなり先だと思っていたのだが、なんと結婚祝いとして再び同じバイクを受け取ることになった。

 同じといっても、2006年版ER-6fは手に入らず、2代目は2009年版ER-6nでNinja 650Rの名前を持つ最後の機種だ。カワサキ・グリーンが鮮やかで、正志は1代目に劣らず氣に入っている。

 とはいえ、かつてのように好き勝手にツーリングに行く時間と精神的な余裕はなくて、珍しく2人の休みがあったときに近場にでかける以外は、マンションの地下駐車場でピカピカに磨くばかりだった。

 行き先は関西に決めた。2人の思い出の土地は北海道だけれど、1月に北に向かうのはあり得ない。そして、せっかく3泊する時間があるならば、少し遠くへ行きたい。

「コトリさんのところに行って整備してもらうのはどう?」
千絵の提案は、実は正志も頭の片隅で考えていたアイデアだった。

 コトリこと三厩彩香みんやま さやかは、千絵と2度目に北海道にいったときに知り合った。神戸『コンステレーション』というバイクのショップの店長で、結婚祝いのNinja 650Rを手配して整備してくれたのもコトリだった。

「そうだな。直接会ってお礼も言いたかったし、行くか」
奈良経由で神戸に向かい、帰りに京都に寄って帰ることにした。

 東京でルートを見ているときに、千絵が「あ、多武峯……」と小さくつぶやいた。正志は訊いた。奈良市内からは少し離れている。
「この神社、何か特別な思い入れがあるのか?」

「ううん。修学旅行で行ったなあって……この神社の前のホテルに泊まったの」
「じゃあ、1日目はそこを予約するか」

 実際に来てみたら、正志も修学旅行で来ていたところだった。
「名前はすっかり忘れていたけど、来たら思い出した」

「一緒には来ていないけれど、思い出は共有しているのって、面白いわね」
千絵は微笑んだ。

 そして、翌日は神戸に移動する日だったが、千絵に誘われるままに早起きして彼女がやはり修学旅行で周ったという明日香村を走って周ることにした。

 石舞台古墳、酒船石、吉備姫王墓にある猿石など名前と場所は忘れていたものの正志自身も確かに1度は見た記憶がある。
「修学旅行で巡るところって、意外と同じなのかもなあ」

 せっかく明日香村まで来たのだから、展望スポットとして有名な甘樫丘に昇ることにした。南東側は明日香村を、北から南西は奈良盆地を一望できる。

 小さめの駐車場には、数台の車の他に、バイクとスクーターが並んで駐車してあった。HONDA PCX150もスクーターとしては大きめのだが、Ducatiと並ぶと小ぶりに見える。2台とも神戸ナンバーなので、一緒に来ているのかもしれない。

 正志は首を傾げた。
「このDucatiさ……コトリさんのと同じだよな」

 千絵は首を傾げた。北海道で見たのは確かに大きな赤いバイクだったが、車種まで覚えてはいなかった。正志は数年前とはいえコトリが乗っていたのがDucati Monster 696であることは忘れていなかった。

「おや。コトリのことをご存じですか?」
後ろから声が聞こえて、正志と千絵はぎょっとして振り向いた。

 階段で降りてきた背の高い姿勢のいい青年が立っていた。感じのいい理知的な顔立ちで、まっすぐにスクーターに近づいてきて、シートを開けて中から小さな双眼鏡を取りだした。
「あった。やっぱり持ってきていたんだ」

「あの……。コトリさんも、ここに?」
正志が訊くと、青年はそばに停めたNinja 650Rを見て「あ」と言った。

「そうか。東京からコトリを訪ねに来るといっていた……」
それを聞いて正志は頭を下げて言った。
「そうです。俺は山口正志、こっちは妻の千絵です。……ということはあなたは……」

 青年もわずかに笑って頭を下げた。
「僕は三厩幸樹みんまや こうき、コトリこと彩香さやかの夫です」

「そうですか! はじめまして。お目にかかれるのは今晩、神戸でだと思っていましたが」
正志が言うと、千絵も目を丸くした。
「なんて偶然でしょう」

 幸樹はすこし目を泳がせた。
「偶然って言うか……。まあ、行きましょう。上にコトリがいますから、彼女が説明するでしょう」

 彼に誘われて、2人は丘を登っていった。歩道はコンクリートになっていて迷うこともなく登っていける。道の左右にはたくさんの木々が植わっている。広葉樹なのでこの時期は葉を落としていて青空と太陽の光が直接3人の上に広がり、登り坂であることもあってぽかぽかとして心地よい。

「ここが蘇我蝦夷の屋敷があったところらしいですよ」
「へえ。礎石が残っているんですね」
そんな話をしながら川原展望台と看板が示す方向に5分ほど登ると、開けた場が見えてきた。

「ヤキダマ! ずいぶんかかったけど、どうしたの? あれ?」
声のする方を見ると、コトリこと彩香がいた。幸樹だけでなく正志と千絵が一緒に登ってきたので目を丸くしている。

「本当にコトリさんがいる! 驚きましたよ」
正志も手を振って話しかけた。

「双眼鏡だけじゃなく、山口さんたちも見つけたからね。お連れしたよ」
幸樹は少し得意そうに言った。

 彩香はおかっぱの髪を揺らしながら少し降りてきた。それから嬉しそうにまず千絵と、それから正志と握手した。
「北海道以来だものね。懐かしい」

 それから幸樹の方を見ながら少し勝ち誇ったように言った。
「ほらね。やっぱり遭えたじゃないか」

「まあね。偶然とは言え、君が正しかったよ」
幸樹は答えた。

「っていうと?」
正志が訊くと、彩香はにっこり笑った。
「今日、多武峯から明日香村経由で神戸まで来るって言っていたでしょう。ルートは限られているから、わたしたちもこっちに向かったら途中で遭えるかもしれないって言ったら、ヤキダマはスケジュールも知らないのにそんなの無理だって言ったんだ」

「遭えるわけはないと思ったけれど、飛鳥路をドライブするのもいいと思ったから一緒に来たんだよね。まさか本当に遭うとはな」
幸樹は頭をかいた。

「この辺りにはよく来るんですか?」
千絵が訊くと、彩香は幸樹は顔を見合わせてから答えた。
「いや……明日香村に2人で来たのは初めてだよね」

 4人は話しながら頂上を目指して歩いた。
「ER-6nの具合はどう? 東京から奈良までは、けっこうあったから疲れた?」
彩香が訊くと、正志は首を振った。
「いや。パワーがあって氣持ちよく走れたよ。都内だと止まってばかりだけど、足つきもいいので楽だし。あと、カウルに防風効果があるんだな」

「千絵さんは? 長くて大変だった?」
訊かれて千絵は首を振った。
「もちろんちょっとお尻は痛くなったけれど、正志くんがよく休憩入れてくれたから。それに、後ろに座っていても風景が見えるのは嬉しかったわ」

 彩香は頷いた
「後部座席が少し高くなっているからね」

 よく整備された道なので難なく登っていけるが、10分ほどして頂上に着いたときには体が温まっていた。

「大丈夫?」
正志は小さい声で千絵に訊いた。普段、清涼飲料水の営業で坂道の多い道なども歩き回る正志にとっては大したことはないが、いちおう女性なので千絵にはきついかなと思ったのだ。

「大丈夫よ。病院ではけっこう歩き回るし、体も使うから、意外と丈夫なの」
千絵は、息を整えてから、笑った。

 見ると彩香はさほど息も上がっていない。どちらかというと幸樹の方が大変そうだ。
「ヤキダマったら、もう疲れたの?」
「疲れたってほどじゃないけど……僕はデスクワークだし……」
4人は笑った。
 
 それでも頂上の絶景には皆が見とれた。
「すばらしい眺めね!」

 西側には葛城山系が、よく見えている。
「あのラクダのこぶみたいな山は、どこなのかしら」
千絵が訊き、正志は案内板と見比べる。
「えーっと……」

「あれは二上山」
彩香が答えた。

「お、さすがに詳しいな。じゃ、その手前の台形の山は?」
幸樹が訊くと、彩香は即答した。
「あれは畝傍山。あっちが耳成山、それから天香久山」
指先は右に向かう。

「大和三山が一望の下だな」
幸樹が言うと、彩香が言った。
「大和三山っていうんだ?」
「うん。僕は山の名前は知っていても、この辺は全然走っていないし実際にどれだかは知らないんだよな」

「あれがかの天香久山かあ」
正志が大きな声を出した。

 千絵は考え深げに答えた。
「『大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山……』」

 正志が目を丸くした。
「何それ?」

 幸樹が答えた。
「舒明天皇の歌だね。『……登り立ち 国見をすれば 国原は 煙り立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国ぞ あきづ島 大和の国は』って続くんだ。ちょうどこんな感じで見ていたのかもしれないね」

「おお、2人とも教養あるな。俺もこれなら覚えているぞ〜。『春過ぎて 夏来たるらし 白たへの 衣干したり 天香具山』」

 幸樹は頷いた。
「持統天皇か。百人一首、そういえばしばらくやっていないな」

 彩香は言った。
「じゃあ、今晩、やる? お正月らしいしね」

 そう言われて、正志は思い出した。
「そういえば、新年の挨拶していなかった。あけましておめでとう。今年もどうぞよろしく」
「「「どうぞよろしく」」」

 4人は笑った。素晴らしい大和路の景色を堪能したあと、3台のマシン、Ducati Monster 696、HONDA PCX150、そしてKawasaki Ninja 650Rは一路、神戸を目指して「国のまほろば」たる大和路を駆け抜け、新春のドライブを楽しんだ。

 かつて、修学旅行でバラバラに思い出を作った大和路が、この『まほろばの道』を共に走ることで1つの思い出の地になっていく。そんな考えを正志は我ながら「いいな」と思った。

大和は 国のまほろば たたなづく 青がき 山ごもれる 大和し うるわし

古事記・中巻 倭建命



(初出:2024年1月 書き下ろし)
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Tag : 150000Hit 読み切り小説 コラボ キリ番リクエスト