【小説】タンスの上の俺様 - 「カボチャオトコのニチジョウ」シリーズ 二次創作
「scriviamo!」の第八弾です。
イマ乃イノマさんは、オリジナル小説で参加してくださいました。「月刊・Stella」をお読みの方にはおなじみの「カボチャオトコのニチジョウ」の中の一本です。本当にありがとうございます。
イマ乃イノマさんご指定の小説 「カボチャオトコのニチジョウ」(クリスマス編)
さらに使わせていただいた小説 新年に向けての「カボチャオトコのニチジョウ」
イマ乃イノマさんはStellaでお世話になっているブロガーさんです。たぶん、学生さん。別の記事で「カボチャオトコで書いてほしい」というご希望をちらっと目にしたので、こてこての二次創作にさせていただきました。たぶん、イマ乃イノマさんの設定の邪魔はしていないつもり。でも、していたら、笑ってスルーしてくださるとありがたいです。それから、まったく根拠もなく、威張って上から目線な「俺様」の存在も……。
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タンスの上の俺様 - 「カボチャオトコのニチジョウ」シリーズ 二次創作
——Special thanks to IMANOINOMA-SAN
俺様はタンスの上に鎮座している。カボチャオトコの野郎は、俺様をただの白い猫の置物だと思っているらしいが、もの知らずなのだから仕方ない。この右の前足をきちんと持ち上げて「幸福を招く」ところに俺様の本分がある。とある世界の、とある島国では、大層ありがたがられている縁起物なのだ。
「ねえ、カボチャオトコ~」
リリィが甘ったるい声を出す。
「なんだ?」
「何で、こんなところに猫を飾っているの?」
カボチャオトコは首を傾げた。
「それがどうも思い出せないんだよな。どこでそんな変な置物を買ったんだろう?」
なんて失敬な。変な置物とは何だ、変な置物とは。大体、お前が一人ほっちではなくなり、もったいないほどの美少女が入り浸るという幸福にひたれているのを、いったい誰のおかげだと思っているのだ。こんな失敬なヤツにも、いつも幸福を招き寄せる寛大な俺様なのだ。
俺様が、恐れ多くも、魔界のこんな辺鄙な片隅にある、寂れたあばら屋に来てやったのは、そう、クリスマスの少し前のことであった。といっても、去年のクリスマスではないぞ、もっと前だ。思えばそれはちょっとした偶然であった。
「いつもすまないな」
サンタクロースの御大は、申しわけなさそうにカボチャ頭の若者に謝った。毎年、プレゼント配布にとても手が回らないので、ボランティアとしてこの野郎に手伝いを頼んでいるのだ。
「当日だけでなくて、こうして下準備にも来てくれるから、本当に助かるよ、カボチャオトコ」
「いいえ、大したことじゃありませんから。一人で家にいてもつまらないし」
俺様はそのセリフを袋の中で聞いていた。こいつは、ひとりぼっちで、つまらない家なんかに住んでいるのか。ろくでもない野郎だ。
「どうだ、カボチャオトコ。お前さんには給料も払えないが、よかったら何かこの中からひとつ、プレゼントを持っていったら」
「えっ。いいんですか?」
カボチャオトコの野郎は、やけに嬉しそうな声になったっけ。サンタクロースの御大はニコニコと頷いている。
「じゃあ、この真っ白い肌が綺麗な女の子のお人形を」
カボチャオトコがそれに手を伸ばした時に、サンタクロースの御大の顔はさっと曇った。
「いや、それはだな。病で明日をも知れぬ女の子が、どうしてもと所望した……」
おい、カボチャオトコ。そんなものを欲しがってどうするんだ。いい歳してままごとでもするのか。俺様は怒りに震えて、カタカタと動いてやった。
「えっ。いや、そんな事情も知らずに、すんません。じゃ、これでいいです。これも白いし」
おいっ。俺様に氣安く触るんじゃない! それに「これでいい」とはなんだ、「これでいい」とは。
「ほう。それを選ぶとは、お前も眼が高いな。大切にしてやれ。いいことがあるかもしれないぞ」
サ、サンタクロースの御大……。「かもしれない」っていい方、ひどくないですか? ともかくそんなわけで、カボチャオトコの野郎は、もったいなくも、この俺様をあばら屋に連れ帰ったという訳だ。
「ネコかあ」
家につくと、カボチャオトコは俺様を興味もなさそうにちらっとみて、ポンとタンスの上に置いた。失礼なヤツめ。お前だって、カボチャの頭をしている、大して強そうでもない魔物ではないか。よいか、この俺様の実力を見せてやる。憶えていろ。その日から俺様はタンスの上に鎮座して、カボチャオトコのために福を呼び寄せているのだ。ヤツは憶えてもいないらしいが。
俺様がありがたがられている、とある世界の、とある島国では、俺様のような「福を招く」猫がたくさん作られている。ありがたがっている奴らは何も知らないが、実は、俺様たちにも天命というものがある。持ち帰ってくれた奴らが、いかに福の招きがいのない、つまらない野郎であろうとも、精魂込めて福を招くのだ。うまくいく場合と、いかない場合がある。俺様たちにも出来ないことだってあるのだ。俺様たちは、魔法を使うのではない。単に日々、夜な夜な、ひたすら「福よ来い」と招くだけだ。
無事に福がそいつの家にやって来て、そいつの幸福度がアップすることが三度重なると、俺様たちの天命は全うされる。その時には、俺様たちは自然と壊れて土に帰る。そして、面白おかしく楽しい生命に生まれ変わることが出来るといわれている。本当かどうかは知らない。なんせ俺様はまだ壊れていないからな。
だが少なくとも二つは変わったのだ。もちろん、俺様が思うには、だが。一つはリリィだ。俺様が、このタンスの上で渾身の力を振り絞り、福を招き出してから数日、この野郎はふたたび、サンタクロースの御大を手伝いに出かけていった。そして、帰ってきた時には、どういうわけか、肌の真っ白い美少女を連れてきていたのだ。
考えてもみろ。「行く所がない」なんて理由で、得体の知れぬ美少女がそこら辺をウロウロしたあげく、よりにもよってカボチャ頭の男のもとに入り浸るか? こやつらは「不思議な偶然」などと呼ぶのかもしれないが、この俺様の実力のほどがわかるというものだ。
そして二つ目がゲーム運だ。本日の今の話だぞ。俺様の目の前で、カボチャオトコはリリィとトランプをしている。年が明けようというのに、他にすることはないらしい。しかもこの野郎の弱さときたら眼を覆うばかりだ。こんなに弱いのに、なぜトランプなどをやろうと思うのだ。まったく理解に苦しむ。
「弱いわね、あなたって。」
10度目に勝って、リリィは鼻で笑った。
「……くっ、くそぉ! も、もう一回だあ!」
カボチャオトコはトランプをかき集めて、シャッフルする。やめておけ、無駄だって。そもそも、お前は腕力ですら常にリリィに負けているではないか。そっちこそ、なんとかしろ。俺様は、こっそりとため息をついた。
「いいけど……あなた勝てるの?」
リリィが心配そうにいうと、勢いよく立ち上がり、カボチャオトコの野郎は人差し指を美少女の鼻先に向けて宣言しやがった。
「ああ、今のカボチャオトコは今までのカボチャオトコではないッ!」
このあと、二人だけではなく俺様も驚いたことに、この時、カボチャオトコの方に運が向いてきたのである。
俺様が変えてやったとは言わない。実をいうと、どうやったら独り者の男がかわいい女の子に出会えるのかとか、へたくそで仕方ないゲームで勝てるようにしてあげられるのかとか、俺様はとんと知らないのだ。単に、俺様は福を招いているだけなのだ。しかし、これで二つと。三つ目の福が向いてきた時に、どうなるのか、俺様はドキドキしてきた。
そう。今までは、俺様には縁のないことだったので、よくは考えたことがなかったのだが、もし、天命が全うされたら、どんな生命に生まれ変われるのかなど、多少は考えておくのも悪くはあるまい。うむ、そうだな。カボチャ頭なんぞになるのはごめんだ。それから、いくら綺麗でも、こんな怪力少女もな……。ふむ。平凡かもしれないが、ネコは悪くあるまい。希望をいえるなら、チンチラ……、いや、ブリティッシュ・ショートヘア……、やめとけ、キャットフードの宣伝じゃあるまいし。やっぱり、図太く、雄々しい虎猫だろうな。そうなるといいが。
それまでは、俺様は、一刻も休まずに、このわりと恵まれた男に福を招き続けてやろう。よし、渾身の力を込めて……。う? なんか妙な音がしないか? この家の外だと思うが、風を切るような……。何かが近づいてくるよう……。
ドッガァァァァン!
カボチャオトコの家は強い光に満たされた。どういう訳だか、いや、つまり、近づいていた飛行物体が衝突したその衝撃で屋根に穴が穿たれ、そのために飛行物体そのものが輝いているのが視界に入ったという訳だった。
「わっ! まぶしっ!」
その飛行物体は、次第に下降してきながら、光を弱めてきた。
「あれ、人間の子供じゃない?!」
リリィが叫び、カボチャオトコがあわてて、落ちてくるその子供を抱きとめた。
カボチャオトコとリリィは、落ちてきた子供と、完全に破壊された天井の損害に氣をとられていて、まったく意に介していなかったが、つい先ほどまでタンスの上に鎮座していた白い猫の置物は天井の破片があたり、粉々に破壊されていた。これまで、幾度もリリィがカボチャオトコに戦闘をしかけ、家具やカボチャオトコその人がこの家の中を飛んでいても、一度たりとも当たったことなどなかったのだが。
カボチャオトコとリリィが、派手に散乱した天井の破片とその他の壊れた品々を片付け、不思議な登場をしたばかりの子供が真っ青な瞳をぱっちりと開けてその二人を眺めているその時に、あらたな歳の到来を告げるチャイムが鳴った。
(初出:2013年2月 書き下ろし)
【小説】午睡から醒めて —「タンスの上の俺様 2014」
scriviamo!の第十四弾です。
篠原藍樹さんは、 Stellaでおなじみの異世界ファンタジー「アプリ・デイズ」の後日談を書いてくださいました。本当にありがとうございます。
篠原藍樹さんの書いてくださった掌編 『外伝アプリ企画参加用(?)』
篠原藍樹さんは、月間Stellaの発起人のお一人で、そちらでも大変お世話になっている高校生の小説書きブロガーさんです。いや、そろそろ高校卒業でしょうか。代表作の『アプリ・デイズ』は、ものすごい設定で唸りました。登場人物たちが高校などの日常世界を離れて戦うというところまでは他の小説でもあるでしょうが、未来小説らしくそれぞれの人間にアプリをインストールできる事になっていて、その世界観がワープロ時代に育った私には想像もできないデジタルな世界になっていまして。最近の高校生の脳みそはこんな風になっているのか! と、驚愕したものでした。
今回、書いてくださったのは、その「アプリ・デイズ」の後日談です。本編を離れて、ほのぼのとしたいい感じの主人公たちにほんわかさせていただきました。お返しをどうしようかと思いましたが、「アプリ・デイズ」の二次創作はどう考えても無理なので、トリビュート掌編にさせていただきました。藍樹さんの書いてくださった作品そのものがネタバレを含んでいますので、そのモチーフを使わせていただいています。本編をこれから読むおつもりの方はお氣をつけ下さい。登場するオリキャラがあまりにもパンチが弱いので、去年のscriviamo!の一番人氣キャラを配置しました。
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午睡から醒めて —「タンスの上の俺様 2014」
(Homage to『Appli Days』)
——Special thanks to Shinohara Aiki-SAN
日曜日の午後、僕はほんの少しだけソファに横になる。月曜日から金曜日までぎっしりと働き、土曜日は莉絵につきあって郊外のショッピングセンターまで買い出しにいく。様々な用事をしてくたくただ。のんびりと昼寝を楽しむこの時間だけは莉絵も文句は言わない。これはまずまず幸せと言ってもいいだろう。
夢の中では、白い長い髪の儚げな少女がそっと呼びかけていた。
「ごめんね……。わたし、どうしてもリュウ君ともう一度逢いたかった……」
オルナ……。僕は何度でも君の事を許すよ。大好きなんだ、君の事を……。美少女は僕の腕の中で震えている。その柔らかい髪は甘い香りとともに僕の鼻腔をくすぐり……。くすぐり……、く、くすぐったい……、あれ?
「はいはい。起きてよ~」
眼を開けると、顔のすぐ側に茶色い毛玉があった。僕はぎょっとしてソファーの背に飛び乗った。そして、その毛の塊をよく見た。仔猫だ。茶色のトラだ。しかも形相が悪い。ガンを付けている、というのが正しい表現かもしれない。オルナちゃんじゃない!
僕は高校生の時にあの名作「アプリ・デイズ」に出会った。篠原藍樹さんという高校生がブログで連載していた小説だ。高校生が書いたとは思えないほど完成された世界観、手に汗を握るストーリー、そして、永遠のヒロイン、オルナ・テトラ……。読みながら、僕は主人公の遠雁隆永に入り込み、そして主人公がしていないのにオルナに恋をした。儚くて壊れそうな白い美少女。
そして、僕は大学に進み、就職してから直に僕自身のオルナと出会った……はずだった。それがいま僕の目の前で、目つきの悪い仔猫を差し出している血色のいい莉絵だ。出会った時は、オルナちゃんの再来かと思うほど色が白く、はかなげで明日の命すら知れないと思われた。それが今は見る影も無い。病院に行かないでもいいのは、悪い事じゃないが。
「かわいいでしょ?」
莉絵はにっこりと微笑む。か、かわいい? 僕はその仔猫に睨まれているんだが……。
「連れて帰ってください、って箱に入っていたの。とてもそのままにしておけなくって」
要するに捨て猫か!
「ニコラって名前にしたから」
世帯主で、一家の大黒柱である僕の意見も聞かずに、この猫を飼う事だけでなく名前まで決定したらしい。しかも、ニコラなんてかわいい名前を付けてどうするんだ! こんなふてぶてしい猫、見た事ないぞ。まだ手のひらサイズなのに、みゃあと可愛く鳴きもせずに、ひたすらこれからお世話になる家の主人を睨みつけている。
莉絵にはこの猫がとても可愛く見えるらしかった。僕がかなり氣にいっていた、パンのおまけでついてきたシリアルボウルをさっと取り出すと、ミルクを入れてやり仔猫に飲ませてやっていた。小さい生きものに優しい所は、莉絵の利点だ。
莉絵が現われた時、僕は運命だと思った。ある時、アパートの郵便受けの前でウロウロしている美少女がいたのだ。そして、僕が郵便受けを開けようとすると「あ」と言った。
「え?」
「あ、あの……。私の指輪が、そこに入ってしまったんです」
「え?」
その時は、どうやったら見ず知らずの人間の郵便受けに指輪が入るシチュエーションになるのか、疑問を持って良さそうなものだったが、僕にはオルナちゃんが突然現れたようにしか思えなかった。実際に、莉絵は身体が弱く、そのために痩せ細り透き通るように白い肌をしていた。もちろん髪は黒かったけれど。僕は指輪を渡して、それから、自己紹介をして、デートにこぎ着けた。
莉絵が入院して、手術をしないと助からないという話を聞いた時には、彼女の命を助けるためには何でもすると叫んだ。莉絵にはいくつもの臓器疾患があって、特にその時は至急腎臓の移植をしなくては助からないと言われていた。そして、奇跡が起こった、と皆が思った。つき合っていたこの僕が、20万人に一人しかいないといわれている適合タイプだったからだ。もちろん僕は愛する莉絵、僕のオルナちゃんのために腎臓を一つ提供し、手術は成功した。彼女はすっかり健康になり、僕たちは結婚した。
莉絵がはじめから腎臓のために僕に近づいたことを知ったのは、結婚してからだった。彼女はスポーツもできないし、塾にも行かせてもらえない、ずっと自分の部屋にこもった生活をしてきた。コンピュータを操るスキルがそれで上がってしまい、ハッカーのような事までしていたらしい。僕の朝食を作ってくれる氣はさらさらない彼女だけれど、国の中央セクションにある健康診断データを閲覧するなんて高校生の頃から朝飯前だったらしい。そして、最適合の僕の存在を知ると、わざわざアパートにやってきて指輪を郵便受けに入れて僕を待っていたのだ。
まあ、でも、そんなに悪い事じゃなかった。彼女のいなかった僕が、夢にまで見たオルナちゃんの再来かと思うばかりの儚げな美少女の命を救い、結婚する事になったんだから。それに、「アプリ・デイズ」の主人公と違って、命を狙われたってわけじゃないからな。許すとか許さないとかいうほど悪い事をされたわけじゃないよな。
その後はめでたしめでたしと言っていいのかわからない。片方の腎臓を摘出して以来、どうも無理がきかなくなって痩せる一方の僕とは対照的に、莉絵は血色が良くなり、どんどんふくよかになった。毎日、昼ドラを見ながら五食は食べているらしい。まだ、心臓には問題があるらしいのに、いいのか? もっとも心臓ばかりは脳死の提供者がないかぎり手術できないから、莉絵は手術をあきらめているみたいだ。僕は彼女が不憫なので、パートに行かせたりしないで家でゆっくりできるようにしている。
どんどん食べて体重を増やしているのは莉絵だけではなかった。そのまま我が家に居着いたネコは、僕の大事なボウルを二つも占領して着実に大きくなってきている。莉絵はニコラと呼び続けているが、その名前に反応したことは一度もない。なんともまあ、態度のでかい仔猫で、いつもガンをつけているような目つきをしている。仔猫ならかわいらしく身体をくねらせたりすればいいものをそれもしない。たまに前足で顔を洗っている様子などはさすがに可愛いと思うが、それに見とれていると「何を見ているんだ」とでもいいたげにキッととこちらを睨む。

エサが欲しい時もかわいらしくにゃあにゃあ言ったりはしない。きちっと前足を揃えてボウルの前に座り、僕の顔を見る。その様子を見ると、急に悪い事をしたような氣になる。
「す、すみません。氣がつきませんで」
俺はあわててキッチンの戸棚に向かい、エサを用意するのだった。
「ニコラって感じじゃ絶対にないよなあ。なんでお前はそんなに高飛車なんだ。俺様って感じだぞ」
そういうと、ネコはこちらを向いた。今まで何度ニコラと呼んでも無視されていたので、その反応にはびっくりした。
「なんだよ。俺様っていわれて氣分を害したのか?」
やはり俺様というと反応する。変な猫だ。それ以来、僕はこいつを俺様ネコと秘かに呼ぶようになった。
そんな日曜日の午後だ。僕はつかの間の午睡を楽しみ、莉絵はリビングでこたつに寝そべりながらテレビを観ている。そして、俺様ネコは……、やべっ。コンピュータの前で遊んでいる。データでも消されたら大変だ。
「おいおい、そこはまずいから降りてくれよ」
画面には30近いブラウザの窓が開いていて、一番手前の入力フォームには意味不明の文字が大量に入力されていた。やっとの事で俺様ネコをキーボードの上から追い払うと、僕は椅子に座ってデスクトップを片付けだした。危ない、危ない。次に昼寝する前にはPCの電源を落とさないとダメだな。だから動物なんか飼うのは……。
開いていたブラウザは、どうやら僕や莉絵のブラウザ閲覧履歴が表示されているようだった。莉絵のヤツ、またこんなギャル服の通販を。げっ、エッチなサイトの履歴が残ってた! 莉絵に発見されなくてよかった。僕はあわてて一つひとつウィンドウを閉じていった。そして、あるページで手が止まった。
脳死時における臓器提供意思表示? 表示されているのは、僕が脳死になったら全ての臓器を提供するって申請をした確認画面。
(そ、そんな……。いつの間に)
臓器提供意思表示は生体認証キーによる本人確認が大前提だ。つまり、僕自身が入力するか、もしくはこのコンピュータに僕としてログインし、保存されている生体認証キーを使って入力しない限りこのデータベースに僕の名前が登録される事はないはずだ。それができるのは……。僕は、ちらっと開け放たれたドアからリビングの方に顔を向けた。馬鹿馬鹿しいコントに大笑いする、僕のオルナちゃんの声が聞こえてきた。
確かに僕は「アプリ・デイズ」の大ファンだよ。だけれど、ここまで一緒じゃなくてもいいんだけれどな……。
呆然とする僕に同情のスキンシップをするでもなく、俺様ネコは軽やかにコンピュータ・デスクから飛び降りると、ぴんと尻尾を立ててエサ用食器の前へと歩いていった。僕は、その姿を目で追った。
俺様ネコはしっかりと頭をもたげて、じっとこっちを見た。何もかも放り出して最優先で行かなくてはならない氣にさせる、あの高飛車な目つきで。僕は、臓器提供確認ページを閉じると、いそいそとキッチンに向かい戸棚からキャットフードを出してきて彼が待つ猫用食器の中に恭しく満たした。礼を言う氣配もなく食べる俺様ネコを見ながら、僕はこれからもこの家でのヒエラルヒーの最底辺に居続けるだろう事を理解した。
(初出:2014年3月 書き下ろし)
【小説】ホワイトデーのご相伴
「scriviamo! 2015」の最後、第十八弾です。栗栖紗那さんは、ラノベのショートショートで参加してくださいました。ありがとうございます!
栗栖紗那さんの書いてくださった作品 『創作料理店のバレンタイン』
栗栖紗那さんの関連する作品 『創作料理店のとある一日』
栗栖紗那さんはラノベらしいラノベを書かれるブロガーさんです。ブログでの小説交流をはじめたもっとも古いお友だちの一人です。人氣作品「グランベル魔法街へようこそ」や「まおー」、わたしがよく絡ませていただく「Love Flavor」などたくさんの連載作品を安定のクオリティで書かれていらっしゃいます。最近はお忙しいようですが、それにもかかわらず、「scriviamo!」皆勤してくださいました。本当に感謝します。
さて、今回はとある料理店のデキるシェフと思われる青年と、看板娘でどうやら青年が夢中らしい少女が出てくる作品のバレンタインデーバージョンを書いてくださいました。ということで、このお二人をお借りして、このお話の後日譚、ホワイトデーのことをちょっと書いてみたくなりました。うちから登場させたキャラは、年に一度しか出てこない上から目線のあやつです。紗那さん、勝手にお二人をお借りしました。ありがとうございました。
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ホワイトデーのご相伴
「タンスの上の俺様」 2015 - Featuring『創作料理店の……』
——Special thanks to Kurisu Shana san

俺様は、食にはうるさい。そもそもニンゲンというのは、量や種類で言えば、とんでもないバリエーションを食べているのだが、その大半は屑だ。たとえば俺様のエサ係は、プラスチックのカップに入ったインスタントラーメンや、時間が経って冷えてしまった宅配ピザ、スーパーの特売で半額で手に入れた色の変わりはじめた果物など、見るからにおぞましいものを嬉々として口にしている。全くもって、なげかわしい。
エサ係には、でっぷりと肥えてテレビの前のこたつに横たわっている「嫁」がいる。この女はエサ係よりはいいものを食べている。ただ、そのバランスが最悪だ。二時間並ばないと買えないなんとか屋のケーキをコーラで流し込むというのはいかがなものか。
そんな二人の家庭では、俺様に提供される食事もあまり期待できないのはやむを得まい。添加物にまみれた安っぽく劣悪なものばかり食べているくせに、「キャットフードなんてどれでもいいじゃない、どうせ猫に味なんかわからないわよ」などという、とんでもないセリフが出てくるヤツらなのだ。
俺様は、雨露をしのげ、体調を崩した時に医者に連れて行ってくれるヤツらへの最低限の礼儀だと心得ているので、週に四日ほどは、朝晩ともに大してうまくないキャットフードを食してやっている。だが、たまにはまともなものが食べたくなるので、いくつかの隠れ家を用意し、グルメとしての矜持を保っているのだ。
今日は、さてと、どこにいこうかな。そうだ、あの店がいい。なかなか腕のいいシェフと、見かけは悪くないが、料理店の従業員としては致命的な欠点を持つ変わった娘がいる料理店だ。
あの店にはじめて行ってやったのは、三ヶ月ほど前のことであった。いつもの冒険の帰りに雨が降ってきたので、濡れるのが苦手な俺様はとりあえず一番近くの軒先に入ったのだ。
「あれ。仔猫が来たぞ」
白い調理師の服を着た男が言った。俺様は、追い出されるのかと思ったので、「お前の勝手にはさせないぞ」光線を発しながら睨んでやった。
「なんか怒っているみたいだぞ。野良じゃなさそうだな。どこの家の猫なんだろう」
「ああ、これ、三丁目の莉絵さんちの俺様ネコだよ」
建物の中から出てきた娘が言うと、男は首を傾げた。
「俺様ネコ?」
「うん。本当は、なんだっけな、ええと、あ、そうそう、ニコラとかいう名前がついているんだけれど、あそこのご主人が俺様ネコって呼ぶと振り向くんだって」
俺様は、しっかりと頭をもたげて、じっと見てやった。男は、俺様を追い出すつもりはないらしく、面白そうに腕を組んだ。娘は言った。
「お腹空いているのかもよ。ねこまんまかなんか、作ろうか」
「……お前が作るのか?」
「え? いくら私でも、ねこまんまくらいは完璧に作れるよ。ご飯でしょ、みそ汁でしょ、ソースに、わさびにケチャップ……あとなんだっけ?」
お、おい。それは、エサ係の残りものよりもまずそうじゃないか! 俺様が好きなのは、サーモン・ムースとか、ストラスブルグ・パイとか、鯛のお造りとか、その手の高級食材なんだが。
「へえ。お前のねこまんまがロクでもない味だということは分ったらしいぞ。露骨に嫌な顔をしたからな。おい、俺様ネコさんとやら、氣にいったよ。こっちにおいで」
そういうと、男はレストランの中に俺様を招き入れて、かなり新鮮な白身魚の骨、それもまだかなりたくさんの身がついている状態で出してくれたのだ。
それ以来、この店は俺様のお氣にいりとなったのだ。
「あれ、俺様ネコ、また来たのか? 今日は散歩か?」
散歩ではない。美味いものを適当に見つくろってくれ。ん? なぜ、菓子なんか作っているんだ。お前は製菓は守備外だと言っていなかったか?
「お。いつもの料理と違うのがわかるのか? そう、これはミニケーキだ。今日は、あいつがいないんで、ちょっと練習をしてみようかと思ったんだ。お前、ホワイトデーって知っているか?」
バカにするな。知っているとも。エサ係が、嫁から「欲しいものはここに書いておいたから」とリストを渡されていた、あれだろう。エサ係は、何でも俺様に相談するからな。俺様はその度にきちんとしたアドバイスをしてやるのだが、あいつは頭が弱いらしくそれがわからない。大抵はアドバイスと違うことを実行して嫁に怒られるのだ。
だが、この料理店の男の所では、リストは配られていないらしい。
「あいつがバレンタインデーに作ってくれた『あれ』は、そもそも人間の食えるような代物じゃなかったんだが、そうであっても心がこもっていたのは間違いないと思うんだ。だから、お返しもちゃんとした方がいいと思ってさ。慣れないケーキなんて作っているわけだ」
男は、砂糖を水に溶かして白いアイシングを作った。それをケーキの上にかけていく。それが大半固まると金平糖とマジパンの葉っぱを手早くのせて飾り付けていく。ふむ。確かに綺麗だ。だが、俺様の腹は、それでは膨らまないんだ。
男は俺様の興味のない様子を察したらしい。
「ケーキに興味あるわけないか。待ってくれ、ほら、これ。スモークサーモンがあるんだ。塩分がお前にはよくないかもしれないから、ほんの少しだぞ」
おお、ノルウェー産のスモークサーモン。よくわかっているではないか。俺様は、慌てて全て食べてしまい、多少はしたなかったかなと思いつつも、丁寧に顔を洗った。それを見ていた男は、腕を組んで少し考えていた。
「そうだよな。何も世間に迎合して、甘いもので返さなくたっていいんだ。自分らしい味が一番なんだよな。ここは創作料理店なんだから、もう少しオリジナリティのある……」
それから、思いついたように「ああ、サーモンを使って……そうしよう」と勝手に頷いた。
今日はこれ以上何も出てこないようなので、俺様は興味を失って戸口に向かった。
「なんだ。もう帰るのか。もし憶えていたら明後日、14日もここに来いよ。アイデアをくれたお礼だ。一緒にホワイトデーを祝おう」
俺様の日常には、カレンダーなどというものはない。晴れているか雨が降っているか、それとも暑いか寒いか、それだけだ。だから、14日に来いなどと言いさえすれば、こちらが指折り数えて待つと思っては困る。それに俺様の指は折っても肉球までは届かないのだ。
しかし、俺様が考えるまでもなく、エサ係が今日はホワイトデーだと教えてくれた。嫁に頼まれていた、タレントのなんとかがプロデュースしたバッグが手に入らなかったんだそうだ。どうせリストには十以上の希望が載っているんだ、一つくらい足りないからといって騒ぐこともないと思うが。
俺様は、エサ係の悩みを無視して外に出た。今日は乾いたエサなど食うことはないだろう。あのレストランへ行ったら、なんかまともなものが用意されているはずだから。
角を曲がると、戸口にいた娘が「あ! 本当に来た!」と手を振った。俺様を待っていたのか?
「へえ。本当にわかったんだ。猫に日付がわかるとは思わなかったな」
何を言う。俺様をただの猫だと思っているならそれは全くの見当違いというものだ。俺様は、そんじょそこらの猫とは違うのだ。どこがどう違うのかと訊かれても困るが。
俺様は、当然のごとく店内に入って、中を見回した。俺様のエサはどこだ。
「ほら、見てみて。これ、わたしのために作ってくれたんだって」
テーブルの上に、ケーキのように見える物体が載っていた。しかし、それからはケーキよりもはるかに魅惑的な匂いがしていた。
スモークサーモンが薔薇の花びらのようにデコレーションされている。俺様は、もうすこし良く見るためにテーブルの上に載った。葉のようにカットされているのはキュウリ、これには興味はない。ケーキ台のように見えたのは、わずかに穀粒の混じった円形の食パンを薄くカットしてさらに六等分して作ったサンドイッチを三段に重ねたものだった。それぞれ、サーモン、ターキー、それにチーズが挟まっている。
俺様が毒味をしてやるために、前足を薔薇の形をしたスモークサーモンに伸ばすと、男はあわてて俺様を抱き上げた。
「これはこの娘の分だから。お前さんのはこっち」
そういうと、テーブルの下に俺様を置いた。そこには、ずっと小さいサイズのやはりケーキに見える物体が置いてあった。パンやキュウリなど俺様の興味のないものを取り除いた、ずっと美味そうなバージョンだった。
ううむ。このまろやかなクリーム。最高級のバターに生クリームを混ぜて練ったに違いない。ターキーは、塩竈にしたのかな。ふっくらジューシーに仕上がっている。それにこのチーズは幻の最高級グリュイエール……。そして、もちろんノルウェー産サーモンたっぷり。
「お、おいっ! 何をするんだ」
その声に、ふとテーブルの上を見上げてみると、娘が彼女のサンドイッチにケチャップとソースをたっぷりかけていた。……なんてこった。この繊細な味付けを一瞬にしてめちゃくちゃにしたらしい。
「だって、こうしたほうが、味にメリハリがつくよ。俺様ネコもケチャップとソース、いる?」
いるか! 俺様は、余計なことをされるまえに急いで大事なご飯をかきこんだ。男は、少なくとも俺様までが味音痴ではなくてホッとしたらしい。
だが、男よ。こんな味音痴にべた惚れなお前も、人のことは言えないぞ。そう思ったが、猫らしく余計なことはいわずに、顔を洗った。
(初出:2015年3月 書き下ろし)