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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012

Category:  - 連載小説は古い順に表示されます。小説を最初から読みたい方のための設定です。それ以外は新しい順です。


Posted by 八少女 夕

scriviamo! 2020のお報せ

お知らせです。今から当ブログの年間行事である参加型企画「scriviamo!」を開催します。既にご参加くださったことのある方、今まで様子を見ていた方、どなたでも大歓迎です。また、開催期間中であれば、何度でも参加できます。


scriviamo!


scriviamo! 2013の作品はこちら
scriviamo! 2014の作品はこちら
scriviamo! 2015の作品はこちら
scriviamo! 2016の作品はこちら
scriviamo! 2017の作品はこちら
scriviamo! 2018の作品はこちら
scriviamo! 2019の作品はこちら


scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。

私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。

では、参加要項です。(「プランC」以外は、例年と一緒です)


ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)

  • - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
  • - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
  • - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
  • - イラスト
  • - 写真
  • - エッセイ
  • - Youtubeによる音楽と記事
  • - 普通のテキストによる記事


このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。

記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩(短歌・俳句)」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)

参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返画像(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。

過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)

また、「プランB」または「プランC」を選ぶこともできます

「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。

「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。

「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)


今年の「プランC」は「何でもいいといわれると、何を書いていいかわからない」という方のための「課題方式」です。

以下の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いてください。また、イラストやマンガでの表現もOKです。
*ご自分の既出のオリキャラを一人以上登場させる
 メインキャラ or 脇役かは不問
 キャラクターであれば人どころか生命体でなくてもOK
*季節は「春」
*食べ物を一つ以上登場させる
*色に関する記述を一つ以上登場させる

(注・私のキャラなどが出てくる必要はありません)



期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2020年2月29日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも2月2日(日)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。

皆様のご参加を心よりお待ちしています。



【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから一週間ほどお時間をいただきます。

小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。

ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合はおよそ3,000字~10,000字で返させていただきますのでご了承ください。

当ブログには未成年の方もいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。

他の企画との同時参加も可能です。その場合は、それぞれの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。当ブログのの締め切っていない別の企画(神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の(ブログ等)企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません。ただし、過去の「scriviamo!」参加作品は不可です)

なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。

嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。
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Category : scriviamo! 2020

Posted by 八少女 夕

【小説】お菓子天国をゆく

scriviamo!


「scriviamo! 2020」の第一弾です。ユズキさんは、プランBでご参加くださいました。ありがとうございます! プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。

ユズキさんは、小説の一次創作やオリジナルのコミックを発表、それにイラストライターとしても活躍なさっているブロガーさんです。現在代表作であるファンタジー長編『片翼の召喚士-ReWork-』の続編『片翼の召喚士-sequel-』、そして『アストリッド様と「行くわよ愉快な下僕たち!」』などを連載中です。そして大変お忙しい中、私の小説にたくさんの素晴らしいイラストも描いてくださっています。

 今回はプランBで完全お任せということでしたので、どうしようかなあと悩みました。アスト様の世界も好きなのですけれど、まだ世界観をちゃんとわかっていないですし、(あ、アルケラの世界もちゃんと読み込めているかというとかなり不安ですけれど)、勝手にコラボはやはり何回かしていただいている皆さんにお願いしようかなと……。

今回メインでお借りしたのは、愛くるしいフロちゃんですが、仔犬ではなくて神様です。うちのレネが相変わらずぼーっとなっている【ALCHERA-片翼の召喚士-】世界のヒロイン、キュッリッキ嬢を護るために地上にいらしているのですけれど、おやつに目がないところがツボで、うちの甘い物好きと共演させたくなってしまったのです。ユズキさん、勝手なことを書きまして失礼しました。リッキーさんたちの活躍の舞台はこの惑星じゃないんですけれど、うちの連中のスペックが低過ぎてそちらに伺えないので、無理矢理ポルトガルに来ていただきました。


【参考】
「大道芸人たち Artistas callejeros」を読む「大道芸人たち Artistas callejeros」第一部(完結)
あらすじと登場人物

「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部
あらすじと登場人物



「scriviamo! 2020」について
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大道芸人たち・外伝
お菓子天国をゆく
——Special thanks to Yuzuki san


 春のポルトガルは雨が多い。大道芸にはあまり向かないのだが、大道芸の祭典『La fiesta de los artistas callejeros』の準備で来たので、今回の渡航目的のメインではない。余った時間に偶然晴れていて稼げたら儲けもの程度の心づもりでやって来た。

 思いのほか珍しくよく晴れて今日は十分稼げたので満足だった。マグノリアの紫の花が満開になっていて、青空によく映える。白と青のタイル、アズレージョで飾られた教会の前には、若葉が萌え立つ街路樹が楽しそうにそよいでいた。

 稔は、街中の楽器店を回って、ようやく目当ての弦を見つけた。ギターラと呼ばれるポルトガルギターの弦ではないので、ポルトガル以外でも買えるのだが、これからミュンヘンに戻るまでは大きな都市に滞在しないので、できれば入手しておきたかった。途上でもかなり激しく弾くから、また切れるなんて事もあるしな。それに、ずいぶん安かったのは、有難いよな。そんな独り言を呟きつつ坂を下った。

 さてと。ブラン・ベックたちを拾って行かなきゃ。稔は、通りの洋服屋や靴屋は存在を無視し、土産物屋を覗くこともせずに、ショーウィンドウに菓子がズラリと並んでいるパステラリアのみをチェックした。ポルトガルでコーヒーを飲もうとする地元民は、カフェまたはパステラリアに行く。違いはパンや菓子などを売っているかどうかだ。パステラリアは「お菓子の博覧会」状態で、ポルトガル人の愛する卵黄を使ったお菓子のために全体的に黄色く見える。

 三軒目の入り口近くに、ニコニコ笑いながら菓子を選んでいるレネがいた。稔がガラスの扉を開けて中に入ると、太った店員がレネの言葉に従い茶色の袋に次から次へと菓子を放り込んでいる。ブラン・ベック、どんだけ食うんだよ。それ一個でも、めちゃくちゃ甘いぞ。

 稔に氣付いたレネは、すこし照れたように笑ったが、指示はまだ続いた。抱えるほどの大きさになったところで、ようやく会計するように頼んだ。

 稔は奥を覗いたが、他のメンバーは見当たらない。
「あれ。お蝶とテデスコは?」
「先に行って飲んでいるそうです」

 四人は小さなアパートを借りて滞在し、夜はいつも通り宴会をする予定だ。甘い物に興味があるのはレネだけなので、スイーツ選びに飽きて帰ってしまったのだろう。

「こんなにどうすんだよ。そんなに食えないだろ。酒に合わせるならタパスにすりゃあいいのに」

 レネは人差し指を振ってウィンクした。
「ヤスが教えてくれたんじゃないですか。お菓子は別腹です」

 お菓子は別腹という、謎の言い草は日本でしか市民権を得ていないのだが、レネの心にはヒットしたらしい。確かに彼はいくらご飯でお腹いっぱいになっても、スイーツは無限に食べられる特異な胃袋の持ち主だった。

 ポルトガルは、甘い物に目のないレネにとっては、天国のような国だ。パステラリアのショーケースは、彼にとって宝石箱のように見えるらしい。洗練されたディスプレイではない上、日本のケーキ屋のように見かけには凝っていないし、それぞれの名前も書いていない。店員も日本のケーキ屋の恭しい接客はしないが、ポルトガル語が堪能でなくても欲しいものを指さして手軽に買うことができる。

 マカオでエッグタルトとして有名になったパステル・デ・ナタはもちろん、シントラ名物のケイジャーダ、ライスケーキの一種ボロ・デ・アロース、ココナツで飾ったパン・デ・デウス、豆を使ったパステル・デ・フェイジャオン。ドイツで有名なベルリナーの黄味餡バージョンのボラ・デ・ベルリン。稔にわかるのはそのあたりだ。

 レネの知識は、さらにそれを凌駕していた。次々と未知の菓子を解説してくれる。
「名前がいいんですよ。ミモス・デ・フェイラは《修道女の甘やかし》。ケイジーニョス・ド・セウは《天国のミニチーズケーキ》、トラオン・レアルは《ロイヤルクッキー》、こっちは《黄味あん入りの宝箱》」

「お前、いつそんなにポルトガル語に詳しくなったんだよ」
「お菓子の名前しかわからないんですけれどね」

「俺もなんか買おうかな」
稔は、ショーケースを見回してから、甘みの少なそうな黒い菓子を一切れだけ買った。
「なんだろ、これ」

「《チョコレートのサラミ》って言うんですよ。ビスケットの欠片を少し柔らかめのダークチョコで固めてあるんですよね。美味しいですよ」
「ふ、ふーん」

 ようやく会計を終えて帰ることにした。レネは大量の菓子の入った袋を抱えているので、稔が扉を開けてやる。

 通りの向こうを白い長衣を着た男性と、空色のドレスを着たカップルが歩いて行くのが見えた。外国人を見慣れている稔でも凝視せずにいられないほど、美男美女だ。後ろを白い仔犬と黒い仔犬がとことこと付いていく。

 二人が仲睦まじく話している声が届いた。
「ねえ。メルヴィン。その教会の尖塔に昇ってみたいの」
「ああ、上からは街が隅々まで見渡せるでしょうね。エレベーターはないから、階段をかなり昇らなくてはなりませんが、大丈夫ですか?」

 レネは、ぼーっとその美少女に見とれていた。
「おい、ブラン・ベック。またかよ。めちゃくちゃ綺麗な子だけどさ。どう考えても、相思相愛のカップルだぜ」

 レネは抗議するように振り向いた。
「違いますよ。もちろん、綺麗だなあって見とれましたけど、それだけじゃないですよ。ほら、僕たち、あの女の子に一度逢ったことあるなって」

「どこで」
「モン・サン・ミッシェルで。ほら、見てくださいよ、二人の後ろにいるあの白い仔犬……ヴィルがしばらく連れていた迷い犬……」

 稔は首を振って遮った。
「おいおい。お前、大丈夫か? 飼い主の女の子までは憶えていないけど、あの白いのは、たしかにあの時の仔犬にそっくりだよ。だけどさ。あれから何年経っているんだよ。ずっと仔犬のままのはずないだろう」
「そうですよね。確かに……。それに、今度は二匹だし」

 そう言った後に、レネは首を傾げた。
「だったんですけれど……もう一匹、どこに行ったんだろう?」

 通りの向こう、目立つ美貌のカップルが教会の尖塔を見上げている足下には、かつてあのヴィルが珍しくかわいがった仔犬とそっくりな白い仔犬が座っている。だが、つい数秒前に一緒にいた黒い仔犬はいない。

 稔が、レネの肩を指でつんつんと叩いた。見るともう一つの指はレネの足下を示している。目で追うと、そこには……。
「ええっ!」

 飛び上がった、足下には青いつぶらな瞳を輝かせて、黒い仔犬が座っていた。親しみ深い口元を開けて、ちょこんと座る姿は実に愛らしい。かつてモン・サン・ミッシェルでヴィルが肩に載せていた白い仔犬と較べると、ずいぶんと丸々としているし、いかにも何かを期待している様子も大きく違う。

前足をレネのに置き、催促するように布地を引っ張った。
「え?」

 黒い仔犬が期待を込めて見つめる視線の先は、お菓子のあふれている紙袋のようだ。
「もしかして、お菓子が食べたいとか? まさかね」

「わざわざお前のところに来たって事は、そうかもしれないぞ。こんなに菓子買っているヤツ、他にはいないもんな」
そう言って、稔は自分の買った《チョコレートのサラミ》をパクパク食べた。

 黒い仔犬は「どうして僕にくれないの」とでも言いたげに、稔の足下に移動してぐるぐると動いた。
「お。悪い。でも、これはダメだよ。犬にはチョコは毒だろ?」

 仔犬は不満げに見上げていたが、さっさと切り替えてまたレネを見上げた。
「仕方ないですね。どれがいいかな」
レネがしゃがんで、お菓子の袋を開け、選ぼうとした。すると、黒い仔犬はまっすぐに袋に顔を突っ込んで食べ出した。

「ええっ! ちょっと、それは!」
ほんの一瞬のことだった。仔犬の頭は袋の中にすっぽりとハマり、躊躇せずに食べている音だけが聞こえる。

 二人ともあっけにとられていると、後ろから短い鳴き声がした。仔犬と言うよりは狼の遠吠えのようだ。いつの間にか白い方の仔犬が、レネたちの足下に来ている。

 黒い仔犬は、ぴたっと食べるのを止めた。白い仔犬は、黒い仔犬の尻尾を口にくわえて引っ張り、紙袋から頭を出させた。黒い仔犬の口元は、ありとあらゆるお菓子の破片がベッタリついている。黄味餡、アーモンド、ココナツラペ、ケーキの欠片。

「フローズヴィトニル! なにしてるの?!」
「申し訳ありません。もしかして、あなたのお菓子を食べてしまったのでは」
道の向こうにいた二人が、なにが起こったかを察して慌ててこちらに走ってきた。当の黒い仔犬は可愛い舌をペロリと見せて、愛くるしく一同を見上げる。

「いや、いいんです。それより、勝手にお菓子をあげてしまったりして、大丈夫でしょうか……」
レネがもじもじと、二人に答えている。

 稔は、またブラン・ベックのビョーキかよと呆れながら傍観することにした。黒い仔犬はどうやら白い仔犬に叱られているようだ。って、そんな風に見えるだけかもしれないけどさ。

「ごめんなさいなの。この子、ウチでいつもケーキとか食べさせてもらっているので、遠慮なく食べちゃって」
「弁償させていただきたいのですが、このくらいで足りますでしょうか」
背の高い青年もそつのない態度で頭を下げ、財布から何枚ものお札を取り出した。

「とんでもない。ポルトガルのお菓子はとてもリーズナブルですから、そんなにしません」
レネは、感謝して、20ユーロ札を一枚だけ受け取った。

 もう一度同じお菓子を買うために、レネがパステラリアへ足を向けると、黒い仔犬は当然のように自分も入ろうとしたので、二人と白い仔犬に止められた。稔は堪えきれなくなって爆笑した。なんなんだよ、この食い意地の張ったワンコは。

 でも、ブラン・ベックにとっても、この黒ちゃんにとっても、ここがお菓子天国なのは間違いないな。右も左もパステラリアだらけだし、十分楽しむがいいや。

 レネから譲り受けたかつてお菓子の入っていた袋にまた頭を突っ込んで残りのお菓子を平らげる黒い仔犬は、わかっているよと言いたげに、小さな尻尾を振って見せた。

(初出:2020年1月 書き下ろし)
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Category : scriviamo! 2020
Tag : 小説 読み切り小説 コラボ

Posted by 八少女 夕

【小説】アダムと私の散々な休暇

scriviamo!


「scriviamo! 2020」の第二弾です。ポール・ブリッツさんは掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 ポールブリッツさんの書いてくださった「わたしの五日間

皆勤してくださっているポール・ブリッツさんは、オリジナル小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書いていらっしゃる創作系ブロガーさんです。お名前の通り、電光石火で掌編を書かれるすごい方です。毎年ポールさんのくださるお題は手加減なしで難しいんですけれど、今年はオーソドックスな難しさですね。

書いてくださった作品、舞台はどこと明記されていませんので、私も「なんとなく」を匂わせつつ、明記はしませんでした。そして、次の舞台にした場所も読む方が読めば「そこでしょ」なのですが、敢えてどことは書きませんでした。すみません、ポールさん、「わたし」の居住地、そんなところにしてしまいました。

この掌編、軽く説明はしていますが、ポールさんの作品と続けて読んでいただくことを想定して書いてあります。


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アダムと私の散々な休暇
——Special thanks to Paul Blitz-san


 荷物を運び込んだポーターが、物欲しげな瞳で微笑んだので、仕方なく一番安い額面のお札を握らせた。自分で持ち運べば、払わずに済んだかもしれないけれど、鳥籠と荷物の両方をもって初めてのホテルで部屋を見つけて、カードキーを上手に使うのは難しい。

 もらうものをもらったので、さっさと踵を返したポーターにアダムがろくでもないことを叫び出す前に、急いで部屋の扉を閉めた。鳥籠を覆っていた布カバーを外すと、彼は「低脳ノ守銭奴メ!」と得意そうに叫んだ。

 私がこのオウムの世話を隣人や友人に頼めないのは、ひとえにアダムの口の悪さが尋常でないからだ。どうやっているのかわからないが、相手をもっともひどくこき下ろす言葉を選んで罵倒する芸当を、この鳥はいつの間にか身につけた。私が教え込んだことがないといくら言っても、きっと誰も信じてくれないだろう。

 アダムは、四年ほど前に当時の恋人に押しつけられた。特別養護施設で大往生した女性が飼っていたとかで、十一歳のオウムが残されたと。施設はその引取り先に困り、とある職員がその弟に泣きついた。「私が飼ってあげたいけれど、鳥アレルギーなんですもの」

 その弟こそが私のかつての恋人で、自宅に引き取ったけれど全く世話はしなかった。それどころか、まもなく他に女を作って逃げていった。残された私は、確かに彼のことを罵っていたけれど、その時に使ったのよりもずっとひどい罵声をアダムがどこで憶えたのか、どう考えてもわからない。

 とはいえ、たかが鳥だ。そんなに長い間のはずはないから、命あるうちは世話をしよう。そう高潔なる決意をして優しく微笑んだらコイツはバタバタと羽ばたきながら甲高く叫んだ。
「生憎ダナ! おうむノ寿命、五十年!」

 一人暮らしの女がペットを飼いだしたらお嫁に行けないと言うけれど、アダムみたいな鳥を飼っていたら、間違いなく恋人なんてできない。部屋まで送ってきてくれた優男が、甘い台詞を囁きいいムードになるとすかさず「ソイツノ腕時計、偽物! 金ナンテナイ!」などと叫ぶのだ。いや、私、金目当てでつきあっているわけじゃないってば。でも、相手は真っ赤になって震え、私の性格と思考回路がどのようなものかを勝手に結論づけて、連絡が途絶えるのだ。

 もしかして、コイツがいる限り、私は独り者ってこと?
「生憎ダナ! おうむノ寿命、五十年!」

 OK、当面ボーイフレンドのゲットは諦めよう。でも、休暇は諦めたくない。誰かにアダムの世話を頼むのは問題がありすぎるので、連れ歩くことになるけれど、それでも自宅にずっといるよりはマシだ。あんなところに冬の間中こもるなんて、死んでも嫌。っていうか、死んじゃう。

 私の住んでいる村は、そびえる雪山の麓にある。夏は涼しく爽やかで、早番の仕事が終わった後にテラスのリクライニングチェアでのんびり日光を楽しむことができる。自転車で森をめぐり辺りの村にいったり、緩やかな山を越えるハイキングも楽しい。肩に載せたアダムが、放牧されている牛や羊、それにリスやイタチに喧嘩を売るのを見るのも微笑ましい。夏は、村そのものがリゾートみたいなものだと思い込むこともできる。

 でも、冬は最悪。日は短いし、暗いし、寒いし、道はツルツルに凍るし。子供の頃に事故を起こしてから、ウィンタースポーツを禁じられてしまった私には、いい事なんて何もない。田舎過ぎてショッピングも楽しめないし。

 スキーリフトもない谷なので、冬は閑古鳥の村で、夜になると通りはゴーストタウンみたいに誰もいなくなる。そんな寒村だから、村で唯一のちゃんとしたホテルは、二ヶ月の長期休暇にして閉めてしまう。私が勤めている安宿は、隙間で稼ぐいい機会だからと開けているけれど、光熱費の無駄だと思う。

 でも、そんな宿にも常連がいる。その一人が、毎年この時期にやってくる外国人で、五泊して行く。村に店はないし、隣村にもスーパーや衣料品店、ガソリンスタンドくらいしかない。面白いものなんて何もないけれど、その客ときたら外出することもなく、部屋でパンとチーズをプランデーで流しこんでいるらしい。ワインじゃないのはなんだと思うけれど、その辺は好き好きだから別にいい。

 ルームサービスで、追加のパンとチーズを持って行くと、とろんとした目で顔を上げる。ブツブツ言っていて、妻がどうとか、終末期医療の看護がこうとか、論文がああとか、私には理解できないことばかり。

 私なら、こんな村、寒くて暗い冬の安宿なんて、一度来れば十分だと思うけれど、なぜかこの客は十五年も通っているらしい。私は去年の夏から雇われているので、この客に逢ったのは初めてだけど。

 十五年って、アダムと一緒、私がアダムと暮らした日々の三倍だ。そんなに長く冬のこんな村に通うなんて、本当にどうかしている。どうかしているといえば、我が家のアダムもその客がいた五日間は、いつもにましてけたたましかった。

 ドクターのくせに教授職に就かないのはいかがなものかとか、著作が一冊もないなんて恥ずかしいとか、意味不明なことをギャーギャーと騒ぐのだ。

「うるさいわね。私は博士号なんて持っていないし、持つつもりもないわよ! 本を書くとしたらイケメン俳優と結婚して、離婚して回想録を書くくらいでしょ。アンタがいたらどうせイケメン俳優と結婚なんてできないんだから、黙りなさいよ!」
仕事から帰って疲れているのに、オウムに理不尽なことで責められるのは勘弁ならない。

「これ以上、意味不明なことをいうと、フライドチキンにしちゃうわよ!」
そういうとアダムはキッと睨み言った。
「オレサマ、鶏ジャナイ!  フライドパロット!」
仰有るとおり。って、オウムに言い負かされてどうする。

 そんなこともあり、イライラと、冬由来の欲求不満が積み重なっていたが、その客がようやく帰ったので、私は休暇を取ることができた。

 もちろん、太陽を求めて南へと旅立つのだ。青い海、白い建物、地中海料理が私を待っている。あ、私とアダムを。

 荷物を解いて、一息ついてから、私はバーでウェルカムドリンクを飲むことにした。ほら、映画ではそういう所にハンサムな御曹司かなんかがいて、恋が始まったりするし。部屋に放置するのもなんなので、アダムの入った鳥籠をもって私はバーに向かった。

 鳥籠を置けるカウンターの一番端に陣取ると、バーテンダーにダイキリを頼んでバーの中を見回した。イチャイチャするハネムーンカップルや、ケチそうな観光客はいるものの、御曹司タイプはみかけない。そうはいかないか。がっかりしていると、アダムがバタバタと羽を動かした。
「犯罪者メ! かくてるニでーとどらっぐ入レタナ!」

 振り向くと、バーテンダーがダイキリのグラスを差し出そうとしているところだった。
「ちょっと! そんな言いがかりをつけるのは止めなさいよ!」

 そして、バーテンダーに「ごめんなさい」と謝って、グラス手を伸ばそうとすると、バーテンダーは少し慌ててグラスを引っ込めた。
「申し訳ありません。今、ハエが飛び込んでしまって、取り替えます」

 私の方からは、ハエは見えなかったけれど、親切な申し出に感謝した。これ以上アダムがろくでもないことを言わないことを祈りつつ。新しく作ってもらったダイキリは美味しかったけれど、周りの観光客に見られているのが恥ずかしくて、まだ見ぬ御曹司の登場を待つこともなくレストランに移動した。

 レストランでは、鳥を連れていることに難色を示されたけれど、交渉してテラス席ならいてもいいと許可をもらった。海に沈む夕陽の見える素晴らしい席で、ラッキーだと思った。ここまで来たんだから、地中海料理を堪能しないと。

 前菜は魚卵をペーストにしたタラモサラダ。羊の内臓などを煮込んだスープ、パツァス。スパイスのきいたミートボールのケフテデス。もうお腹いっぱいだけれど、どうしても食べ高かったブドウの葉っぱでご飯と挽肉を巻いたドルマデス。デザートは胡麻や果物を固めたハルヴァ。アシルティコの白ワインも美味しかったし、ヴィンサントのデザートワインもいい感じ!

「ソンナニ食ウナンテ正氣ノ沙汰ジャナイ!」
アダムの毒舌に「失礼ね、このくらい普通でしょ」と言おうとしたのだけれど、言えなかった。食べ過ぎのせいか、お腹が痛い。っていうか、激痛……。えー、なんで。あまりの痛さに汗が出てきて目の前が暗くなった。

* * *


 目が覚めたら、ベッドの上にいた、白衣の人たちが歩き回っている。首から提げた聴診器を見て、ああ、病院にいるのかと思った。記憶を辿って、あのレストランでお腹が痛くなり、そのまま倒れてしまったのかと思う。

 ここは旅先だったっけと思うと同時に、アダムはどうしたんだろうと考えたが、長く思案する必要はなかった。視界にはいないがけたたましい声が聞こえたからだ。
「イツマデ寝テイルンダ!」

「大丈夫ですか? わたしがわかりますか?」
視線を声のする方に向けると、男がのぞき込んでいた。服装から見ると看護師のようだ。どこかで聴いたような声だ、どこでだったかしら。

「どくたーナラ、本ヲ沢山出版シナサイヨ! 教授二ナリナサイヨ!」
ちょっと待って。またあの戯言が始まった。

「私は博士号なんて持っていないと、言ったでしょう、アダム!」
私が叫び返すと、目の前の看護師は静かに答えた。
「わたしは持っていますよ。あなたは宿屋でも同じ事を訊きましたよね」

 私は、ぼーっとした頭の奥で脳細胞に仕事をしろと叱咤激励し、ようやくこの男が数日前に職場の宿に滞在していたあのブランデーを飲んだくれていた男であることを思い出した。

 それから、別の事も思い出した。専門は終末医療だって答えたよね、この人!
「えええええっ。私、死ぬんですか?」

「人生百年時代! デモ、必ズ百歳ニナルトハ限ラナイ!」
アダム、黙って!

「ご心配なく。人間は例外なくみな死にますから」
淡々と男が答える横から、聴診器をつけた別の男性が遮った。
「こらこら、そんな答え方をしないように。心配しないでください。ここは救急病棟です。氣分はいかがですか」

 どうやら、救急病棟の当番でこの看護師がここにいるらしいとわかったので、ずいぶんと氣分がよくなった。もちろん、すぐには死なないと太鼓判を押してもらったわけではないのだけれど。

「古イおりーぶおいるニアタッタ、間抜ケ。寝テテモ治ルケレド、ココデハ高イ医療費フンダクラレル!」
アダムが、期待を裏切らぬ無礼さで騒ぎ出すと、親切そうな医者の額がひくついた。

「私たちは、医療はビジネスではなく、尊い仕事だと思っていますので、ご心配なく」
そう断言する隣で、看護師の顔が奇妙な具合に歪んだ。

 忙しそうに、医者が退室すると、看護師はかがみ込んで小さな声で言った。
「命拾いしたかもしれないな。ああ言われても不必要な処置をして高額請求できるような、肝っ玉は据わっていないんだ、あのセンセイは」

 私は、ギョッとしてつい数日前まで客だった看護師の顔を見た。
「本当……だったの?」

 彼はウィンクした。
「旅行健康保険は入っている?」
「ええ。っていうか、クレジットカードに付いているの」
「ならいい。確実に払えってもらえると確認できない旅行者は退院させてもらえないしね。ところで……」

 彼は、鳥籠の中のアダムを見て訊いた。
「この鳥は、エスパーかなにかかい?」

 私は、首を傾げた。
「ひどく口の悪いオウムですけれど、エスパーなんてことはないかと……」

 彼は、首を傾げたままだ。
「さっきの言葉、とても偶然と思えなくてね」
「さっきのって、ドクターや教授がどうのこうのって、アレですか?」
「ああ」

 それで思い出した。
「そういえば、我が家で同じようなことを言っていたのは、あなたの滞在中でしたね。でも、勤務先には連れて行きませんでしたから、あなたの言葉をおぼえたってことはあり得ないと思いますけれど」
「それじゃあ、ますます……不思議だな」

 無事に食あたりもおさまり、救急搬送や深夜医療の代金を保険が払うことを確約してくれたので、私とアダムは翌朝にはホテルに戻ってもいいと許可をもらえた。

 私の休暇は一晩を無駄にしただけで済んだし、親切な看護師……不思議な縁もあるお客さんでもある人と知り合えたし、そんなに悪い経験じゃなかったかも。

 私は、鳥籠をもって終末医療セクションに向かい、彼に美辞麗句を尽くしてお礼の言葉を述べた。こういう時に印象をよくしておくと、次に繋がるはずでしょう。毎年あの宿に泊まるくらいだから、私の住む村のことは結構好きなはずだし、これって運命かも。

 そう思っているのに、アダムはあいもかわらず看護師に向かって謎の非難を繰り返している。ちょっと、なんなのよ!

「十五年も聴かずに済んだのに、またこれを繰り返されるのはたまらないな」
小さな声で、看護師は呟いた。

 それで、私は納得した。これって、私のボーイフレンド未満の男性陣を追い払った罵声と同じなんだ。なんなのよ、こんなところに来てまで邪魔するとは。これじゃ、いつになったらボーイフレンドができるやら。

 アダムは、得意げに宣言した。
「生憎ダナ! おうむノ寿命、五十年!」

(初出:2020年2月 書き下ろし)
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Category : scriviamo! 2020
Tag : 小説 読み切り小説 コラボ

Posted by 八少女 夕

【小説】あべこべの饗宴

scriviamo!


「scriviamo! 2020」の第三弾です。津路 志士朗さんは掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 志士朗さんの書いてくださった「桃の咲く季節に。

志士朗さんは、オリジナル小説と庭とご家族との微笑ましい日々を綴られる創作系ブロガーさんです。大海彩洋さん主催の「オリキャラのオフ会」でお友達になっていただき、今年、「scriviamo!」にも初参加してくださいました。

書いてくださった作品は、お嬢さんをモデルにしたメインキャラきいこさんの登場する、素敵なひな祭りのお話です。魔法のひな壇、かなり羨ましい。欲しいです。

あちらのお話は、綺麗に完結しているので、無理にコラボする余地はなさそうでしたので、こちらも春のお祭りをモチーフに書いてみました。そして、どうもプランCが氣になっていらしたようなので、あえてプランC仕様で書いてみました。5000字以内ギリギリです。

参加するキャラは、うちのやたら沢山いるキャラからイタリアにいそうなキャラを考えたのですけれど、志士朗さんがアンジェリカ以外ではまだご存じないだろうなと思ったので、「クリストフ・ヒルシュベルガー教授とヤオトメ・ユウ」という掌編にしか出てこない「食いしん坊コンビ」を出してみました。名前は同じですが、このヤオトメ・ユウは私とは別人です(笑)

中に一瞬だけ志士朗さんの作品を意識した文を紛れ込ませてあります。


【参考】「ヒルシュベルガー教授」シリーズ

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あべこべの饗宴
——Special thanks to Shishiro-san



 赤と青の菱の組み合わせで彩られたダボダボの服を着た男がフラフラ歩いていた。灰色のフェルト帽を被り、その上に紙でできた金の安っぽい王冠を巻いている。

 街は、おかしな服装をした人々がたくさんいたので、誰も彼の様子に目を留めなかった。ミモザの黄色い花が街を明るくしている。潮風がわずかに香るが、人々の心はやがて食べられなくなる肉の塊にある。グラッソ、グラッソ、グラッソ。マンマの手作りサルシッチャがあるんだ。マケロニも手打ちだぜ。浮かれた会話が聞こえる。

「ところで、フラウ・ヤオトメ。グラッソとは、何のことか知っているかね?」
仮装をしている集団の中で、それに加わる意思のないことを暗示した、茶色い上質なツイード上着を着た男が、連れの女性に問いかけた。彼は立派な口髭を蓄えた、知性漂う風貌を持っている。

 一方、話しかけられた女性はもう少し若いアジア人で、旅行中の歩きやすさを最優先したスニーカー風のウォーキングシューズと身につけている春用コートが今ひとつ合わない、垢抜けないタイプである。彼女は、首を傾げながら答えた。
「たしか脂肪のことじゃなかったでしょうか、ヒルシュベルガー教授」

「その通りだ。それに加えて、脂肪分の多い物事、もしくは脂肪の多い人物の形容にも用いられる。イタリア語に限ったことではないがね」
「ああ、『Weihnachtsspeck(クリスマスの脂身=ドイツ語で年末のご馳走続きで増えてしまった腹回りの肉のこと)』の『Speck(脂身、ベーコン)』みたいな使い方ですね」
「その通り。そして、この狂騒に満ちた祭りのあいだ、彼らはベトベト、ギトギトを敢えて求めるというわけだ。たとえ、復活祭のための潔斎は適度に省略してしまうとしても」

 カルネヴァーレ(謝肉祭)は、「脂の木曜日ジョベディ グラッソ 」に始まり「脂の火曜日マルテディ グラッソ 」に終わる。復活祭のための潔斎期間、四十日間の肉断ちの前に食べて食べて食べまくろうとしているのだ。

 ユウは、「それはあなたも同じですね」という言葉を飲み込んだ。教授は、カトリック教徒でもないし、教会に繁く通うタイプでもない。すでに何年も彼の秘書を勤めている彼女は、彼が食べ物に異常な執着を見せることを指摘できなくもないが、ひと言に対して十倍辛辣な返答が返ってくるのを知っている。せっかくのシチリア旅行を憂鬱にはしたくなかった。

 寒く日の短いスイスの冬に飽き飽きしていた彼女は、出張で訪れた南イタリアの一足早い春を満喫していた。街中にあふれるミモザの花は、黄色い金平糖のよう。

 白く可憐なアーモンドの花も盛りだ。暖かい日差しが降り注ぐので、コートのボタンを外して歩いていた。スイスでは、この下にウルトラライトダウンジャケットを着ていても寒かったんだけどな。

 市場の屋台のアーティチョークを眺めて、教授は満足そうに頷いた。
「そうだ。旬のアーティチョークも、ぜひ食べなくては」

 どうやら、頭の中は相変わらず、次に入るリストランテのことでいっぱいらしい。ユウは、市場の賑わいを眺めた。そして、フラフラと向こうから歩いてくる、派手な服装の男に目を留めた。足下がおぼつかない様子で、しかもきちんと前を見ていなかった。酔っているのか、それとも具合が悪いのかわからないが、このままでは歩いているユウたちとぶつかってしまいそうだ。

 子供たちが笑いながら走り、市場の屋台にぶつかった。山積みにされたレモンやオレンジが転げ落ち、フラフラと歩く《愚者の王》の足下に散らばった。

 小さくちぎられた、紫、緑、黄色、白、桃色の紙吹雪をここぞとばかりまき散らす子供たち。オレンジとレモンに足を取られてふらつく男は、視界も失いついにどぉと倒れた。

「王様が倒れたぞ!」
そばかすだらけの少年が甲高く叫ぶと、少年たちもどっと囃し立てた。

 ユウはすかさず近寄り、倒れた男に「大丈夫ですかAre you all right? 」と英語で訊いた。イタリア語がさっと出てくるようだといいんだけれど。そう考えながら。

「いや、正しく(right=右) はないね。凶星とはむしろ邪悪(sinister=左) なもの。招ばれていないあべこべの王に、居場所はない。来るのが遅くなれば歓迎もされないさ」
「なんですって?」

 ユウは、男の台詞がまったく飲み込めなかった。もしかしたら、本当に呑んだくれなのかしら?
困って、顔を上げると、嬉しそうに髭をしごいているヒルシュベルガー教授と目が合った。ちょっと、突っ立っていないで、助けてよ!

「なるほど。十億㎞の彼方からこの星を訪問するにはしばらくかかるというわけだね」
教授の言葉に、紙の王冠を抱いた男は、ニヤリと笑った。
「おや。通じる者もいるというわけだ」

「遅いとは言えない。これだけ暖かければ、サトゥルナリア祭で終えた農作業も間もなく始まる。出番はすぐだろう。それに、あなたの祭りに源流があるとされるエイプリルフールもまた、今では春の祭りだ」
ユウにはさっぱりわからない。教授の言葉も、男の右だの左だのの回答の意味も。まあいいかと立ち上がった。

 倒れた男も自力で立ち上がると、三人を囲んで囃し立てているうるさい子供たちに、「ぐわぁ!」と吠え立てた。子供たちは驚いて一斉に逃げ散った。

「親切なお嬢さんに、奴隷の王から花を」
そう言うと、男は転がっているアーティチョークの花穂を拾って、ユウに恭しく捧げた。泥だらけの顔、道化のような佇まい。けれど、どこかがただの酔っ払いとは違う。ああ、そうか、目が酔っていない。

「これ、もらっちゃったけれど、いいんでしょうか。屋台のお店のものでは?」
しばらく歩いてから、ユウは教授に問いかけた。

 教授は、片眉を上げて、何を今さらという顔をした。
「問題があれば、あの時点で店主が何か言っただろう」

 ま、そうよね。
「ところで。あの人、ご存じだったんですか?」

 教授は、勝ち誇ったように言った。
「君の教養では、あの男の身につけていたあらゆる象徴を読み取れなかったと見える」

 はあ、すみませんねぇ。
「ヒントをあげよう。あのフェルトでできた帽子はピレウス帽と呼ばれ、ローマでは奴隷が被るとされたものだ。そして彼は自ら凶星と名乗った。これでわかるかね?」
「いいえ、全然」

「やれやれ。ローマ時代、年末には全ての農作業を終え、サトゥルナリア祭を祝ったのだ。この祭りでは地位が入れ替わり、奴隷に貴族が奉仕したり、貴族がトーガの代わりに身分の低い者の衣装を身につけたりしたものだ。この謝肉祭の伝統にも繋がる無礼講の祭りだったのだ。君の国の祭りで言えば、ひな祭りのひな壇で、三人官女がお内裏様の場所に座ったり、お雛様が最下段に座ったようなものかな」

 変なたとえ。でも、言い得て妙だ。
「で、あの人が、その祭りの関係者なんですか?」
「そうだとも。奴隷の帽子の上に、王冠を被っていただろう。そして、サトゥルヌス神は、英語で言うとサターン(土星)だ。当時知られていた惑星の中ではもっとも遠くにあり、時おり逆行することもあるあべこべの星だ。タロットなどでは、凶星とされているのだよ」

「そうか。あれはサトゥルヌス神の仮装だったわけですね」
わかりにくすぎるわよ。スターウォーズとか、スパイダーマンの仮装なんかと違って、これだけ説明を聞かないとわからないなんて。

 教授は、意味ありげに口角を上げた。
「仮装かもしれないし、そうではないかもしれん。どちらでも構わないさ。さあ、その角だ。このリストランテには、何が何でも入らなくては」

 リストランテの中も、ミモザで華やかに飾りつけてあった。鮮やかな黄色は心まで温かくする。教授は、太った店主とあれこれ話し、奥の席に案内してもらった。

 ブラッドオレンジのリキュール、アマラが運ばれてくる。前菜はアーティチョークのパン粉詰め、綺麗に洗って広げたアーティチョークの花芯にニンニクやチーズ、ハーブを混ぜたパン粉をたっぷり詰めて焼いたもの。
「うわ。美味しい。昔、ニューヨークで頼んだとき、なんか緑の葉の根元をかじりながら食べろと言われて食べにくいし美味しくないなと思っていたんですけれど……」

「普通は、外側の緑は全て取り去って心臓と呼ばれるクリーム色の柔らかい部分のみを食べるんだよ。だが、こうやって全体を調理して、普段は捨ててしまう所も美味しくするんだね。このリストランテは、たんなるアーティチョークCarciofiではなくて、若くて柔らかい小さなアーティチョークCarciofiniだけを使うので、こんなに美味しいのだよ。高いけれどね」

 さすが、美味しさの追求は半端ないなあ。ユウは感心しながら食べた。これ前菜なのに、こんなに食べていいのかなあ。

「この後は、パスタに、肉料理ですか?」
ユウが訊くと、教授は首を振った。例の「そんなわけはないだろう、この愚か者が」とでも言いたげに皮肉な微笑をたたえている。

「ここに来たら、特製ティンバッロを食べなくては」
「なんですか、それは?」
「フランスのブルボン家がシチリア王国を支配していた時代にできたシチリア料理だよ。茹でたパスタをラグーであえ、揚げたナスとパスタ・ブリゼという生地で包み、オーブンで焼きあげた料理でね。ほら、きた」

 わ。なんて大きな……。これ、二人前ですか? む、無理。ユウはたじたじとなる。これはシナモンの香りかな? ウェイターが恭しくナイフを入れると、中から湯氣があふれ出した。中の様々な肉の薫りが立ちこめる。焼けた小麦粉や茄子の香りも食欲をそそる。

 取り分けられたティンバッロに、ウェイターは艶やかで濃厚なソースをかけて、ユウの前に置いた。これは、プロシュット、牛肉に鶏肉、マカロニも入っているみたい、茄子との組み合わせが美味しい!

ヒルシュベルガー教授は、どうやっているのか全くわからないが、髭に付かないように上手に食べているのに、ウエイターと話し、ユウに説明しつつも、その三倍の速さで皿を空にしていった。

 ワインは、DOCベスヴィオのラクリマ・クリスティの赤。
「ラクリマ・クリスティって白だけだと思っていました」
「ピエディロッソ種の赤も美味しいだろう? ティンバッロに合わせるならやはりこれだね」

 美味しいけれど、もうお腹いっぱい……。
「まだ、ドルチェがあるぞ。なんせできたてのリコッタチーズの旬だしね」
……絶対に無理。でも、食べたい。後悔したくない。

「安心なさい。この時期に無茶をやるのはサトゥルヌスの祝福を受けたものに相応しいからね」
「そういえば、エイプリルフールもサトゥルナリア祭と関連があるっておっしゃっていましたけれど、そうなんですか?」

 教授は、ユウが会話に関心を持っていたことに満足して頷いた。
「そう、もともとは愚か者の饗宴(festum fatuorum)というのだよ。偽の王様ならぬ、偽の教皇が登場し、偉いものは仕え、普段一番下に見られているものが上になる。文句などは言わせない、十字架に掛けられる前に、神の子である救い主イエスも自ら弟子たちの足を洗ったのだから。だから、フラウ・ヤオトメ。君も女王様のように食べなさい」

 それって、私が普段は奴隷だってこと? ま、いっか。この美味しい饗宴のご相伴にあずかれたし。ユウは、ティンバッロをまた一口、じんわりと噛みしめた。

(初出:2020年2月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

【小説】愛の駆け引き

scriviamo!


「scriviamo! 2020」の第四弾です。山西 左紀さんは、掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 左紀さんの書いてくださった「砂漠のバラ

山西左紀さんは、SFを得意としていらっしゃる創作ブロガーさん。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。

今年書いてくださった作品は、「アリスシンドローム」シリーズの新作で、サキさん曰く「思い切って夕さんの作風には全く合いそうも無い作品」だそうです。サキさんらしさ全開の近未来SFの戦闘機パイロットのお話でした。

二人の超優秀な女性パイロットが、淡々と敵機を打ち落としていく様子、そのどちらかというとゲームと現実の境目がなくなっているような特別な感覚が、なんともいえない感情を呼び起こす作品です。

お返しの作品は、サキさんの作品とはまったく関係のない話です。ただし、サキさんの『砂漠のバラ』に触発されて書いた作品です。どこがどの部分に触発されたのかについては、読み手の自由な感想を左右したくないのでここでは触れません。


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愛の駆け引き
——Special thanks to Yamanishi Saki-san


 しつこく降り続けていた雨がおさまり、十日ぶりに太陽が輝いた。木漏れ日がキラキラと揺れている。彼女がここに住むようになってしばらくが経つ。生まれ故郷は岩沙漠だったので、揺れる木漏れ日の心地よさなどとは無縁だった。

 故郷が嫌いだったわけではない。単純に統計上の問題だ。彼女がよく口にする《狩り》の、もっと上品な言い方をするなら《生きるため必要なあれこれを得ること》や《愛の駆け引き》のチャンスを増やすには、この土地の方が向いているのだ。

 ミラは、生活を支える手段も、本能から来る快楽も、ロマンティックな感情も、全て一緒くたにしてしまうタイプの女だ。楽しくて、キモチよくて、さらに生活に必要なあれこれが手に入るならば、それにこしたことはない。上品さや貞節、それに誇りなとどいう言葉は彼女にとって大した重みを持っていない。

 《愛の駆け引き》は、なによりも好きだ。

 たとえば、あの角にいる若い男。若い子は大好き。柔らかい巻き毛を優しく撫でて、甘い吐息を吹きかけてあげたいの。

 ミラは、相手がどんな行動に出るのか注意深く観察した。経験豊かで魅力的な彼女を狙っているのはわかっている。小麦色の長い足、黒い瞳。積極的で美しいミラは、危険な魅力をたたえている。

 相手の容姿などには頓着しない。もっと重要なことがある。彼女を満足させることができる男を慎重に選ぶのだ。快楽を与えてくれる相手を。脳天がクラクラするほどの快感。

 沙漠にいたときの、記憶が蘇る。夕方の最後の光が突き刺した忘れられない瞬間に、ミラは最初の恋人と愛を交わしたのだ。たくましい男が、彼女を組み伏せた。抵抗する彼女を彼は縛り付けた。手の自由を奪われて、屈辱と怒りに我を忘れ、彼女は足を蹴り上げた。彼は笑いながら足を絡めて彼女を征服した。彼女の心に決して消えない焼き印を押しつけ、笑いながら消え去った。

 ひどい人、縛られた私を放置して、笑いながら逃げていった、ひどい人。絶対に許さない、死ぬほどの快楽を、私に教えたあの人。

 ミラは、ずっと一人だ。友だちと呼べる人はいない。誰かとなれ合ったり、つるんだりするのは性に合わない。誰かと一緒に食事をするのも嫌い。

 世のためになる仕事をするほど高尚ではない。子供の世話に心を尽くすような女がいるのも知っているけれど、ミラはさほど母性にあふれているタイプではない。純粋に、男と寝るのが好きなのだ。私の獲物、若い男に縛られて組み敷かれる、倒錯した愛の時間が欲しい。

 若い男が近づいてくる。嫌われないように、恥をかかされないように、慎重に、スマートに誘おうとしている。すべてわかっているのよ。

 愛の手練手管を知り尽くしているミラは、ゆっくりと振り向き、黒い瞳を潤ませた。そして、唇を突き出した。彼女の身につけた香水が、彼を惹きつける。フェロモンに満ちた薫り。さあ、いらっしゃい、私の可愛い坊や。少しだけ、隙を見せてあげる。あなたから行動を起こしたと、思わせてあげる。

 木漏れ日がキラキラと輝いた。

「あなたのことばかり考えてしまうの。どうしてかしら」
ミラは彼の柔らかい巻き毛をそっと撫でる。
「本当に? その……君みたいに綺麗で、もてそうな女性が、僕を選んでくれるなんて」

「私が怖いの?」
「うん……少し。僕、実は初めてなんだ」

 ミラは、優しく笑って彼の足に彼女の長い足を絡ませた。
「心配しないで。あなたの好きにしていいのよ。私の自由を奪って、アドバンテージを取るといいわ。それなら怖くないでしょう?」
「いいのかい? 君がそういうなら……」

 彼は、痛くしないように優しくミラの両腕を縛った。柔らかい絹のタッチで、縛られていく感覚にミラは恍惚となる。瞳の奥には沙漠の夕暮れが蘇る。おずおずとミラを抱きしめる男は、ああ幸せだと呟いた。

 ミラにも、絶頂の瞬間が訪れる。ああ、なんて素敵なの。いい子ね、私の坊や。可愛くて、柔らかくて、食べちゃいたいくらい。

 愛の昂揚で、相手の動きの止まった瞬間を、ミラは逃さなかった。躊躇せずに鋭い歯を彼の喉に突き立てた。驚き逃げようとする男を彼女は渾身の力で押さえつけた。弱々しく巻き付けてあった両腕の枷は、あっという間に断ち切った。

 ミラの身体の半分ほどしかない男は、力では彼女には敵わない。両腕にうまく糸を巻き付けなければ、彼女の動きを封じることはできないのだ。彼が生き延びるチャンスは、糸をきちんと巻き付けられなかったあの時に消えていた。

 彼は、まだひくついている。頭はもうミラの喉を通って胃の中に向かっているのに。可愛い子ね。とても美味しい、可愛い子。私の産む子蜘蛛たちの一部となって、世界に旅立っていきなさい。

 木漏れ日がキラキラと揺れている。今日は最高に美しい日だ。《狩り》が成功すると、とても氣分がいい。

 《愛の駆け引き》と食事を終えたミラは、彼女を縛ったまま逃げていった沙漠の恋人のことを考えた。彼に会いたいと願っているわけではない。彼を探して彷徨うような時間はない。子供たちが卵嚢から出て、世界へと拡散していくその後に、彼女に多くの時間がのこされているわけではないから。

 ただ、可能な限り幾度でも《愛の駆け引き》を繰り返し、恍惚の中で男を抱き寄せる、たくさんのミラたちで世界をいっぱいにするのだ。沙漠の突き刺すような夕陽に。優しい木漏れ日の輝く昼下がりに。

(初出:2020年2月 書き下ろし)

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ナーサリー・ウェブ・スパイダー(Pisaurina mira)は、北米およびカナダに生息するキシダグモ科の蜘蛛。オスはメスに捕食されないよう、メスを縛ってから交尾を行う習性がある。
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Tag : 小説 読み切り小説