scriviamo! 2021のお報せ
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「scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。
私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。
では、参加要項です。(例年と一緒です)
ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)
- - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
- - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
- - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
- - イラスト
- - 写真
- - エッセイ
- - Youtubeによる音楽と記事
- - 普通のテキストによる記事
このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。
記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩(短歌・俳句)」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)
参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返画像(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。
過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)
また、「プランB」または「プランC」を選ぶこともできます。
「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。
「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。
「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)
「プランC」は「何でもいいといわれると、何を書いていいかわからない」という方のための「課題方式」です。
以下の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いてください。また、イラストやマンガでの表現もOKです。
*ご自分の既出のオリキャラを一人以上登場させる
メインキャラ or 脇役かは不問
キャラクターであれば人どころか生命体でなくてもOK
*季節は「夏」
*動物を1匹(1頭/1羽 etc)以上登場させる
*色に関する記述を1つ以上登場させる
(注・私のキャラなどが出てくる必要はありません)
期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2021年2月28日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも1月31日(日)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。
皆様のご参加を心よりお待ちしています。
【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから1週間ほどお時間をいただきます。
小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。
ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合はおよそ3,000字~10,000字で返させていただきますのでご了承ください。
当ブログには未成年の方もいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。
他の企画との同時参加も可能です。その場合は、それぞれの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。当ブログのの締め切っていない別の企画(神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の(ブログ等)企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません。ただし、過去の「scriviamo!」参加作品は不可です)
なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。
嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。
この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。
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【小説】つーちゃん、プレゼントに悩む
今年最初の小説は、「scriviamo! 2021」の第1弾です。ダメ子さんは、プランBでご参加くださいました。ありがとうございます! プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。お返しを考える時間も必要でしょうから、とりあえず早急にアップさせていただきました。
ダメ子さんは、かわいらしい絵柄と様々な登場人物たち、それに短いセリフで胸のど真ん中を突くストーリーの、ネガティブな高校生ダメ子さんを中心に繰り広げられる日常を描く人氣マンガ「ダメ子の鬱」でおなじみです。
さて、「scriviamo!」では恒例化しているこのシリーズ、もともとはダメ子さんのところに出てくる、「チャラくんにチョコレートを渡せない後輩ちゃん」をネタに書かせていただいたものです。後輩ちゃんを勝手に名付けてしまったアーちゃんだけでなく、付き添いで勝手に出したつーちゃんまでも、いつの間にかダメ子さんの「ダメ鬱」のキャラクターに昇格させていただいています。1年に24時間しか進まないのに、展開は早いこのシリーズ、今回、先行で書かせていただきましたが、実は24時間なんて進んでいません。合同デートのその夜の話です。どうなるんでしょうねぇ。っていうか、もともとのメインキャラ、アーちゃんを置き去りにしているかも……。
【参考】
私が書いた『今年こそは~バレンタイン大作戦』
ダメ子さんの描いてくださった『チョコレート』
ダメ子さんの描いてくださった『バレンタイン翌日』
私が書いた『恋のゆくえは大混戦』
ダメ子さんの「四角関係』
私が書いた『悩めるつーちゃん』
ダメ子さんの『お返し』
私が書いた『合同デート』
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つーちゃん、プレゼントに悩む - Featuring「ダメ子の鬱」
——Special thanks to Dameko-san
私は、帰宅してからずっとネットの前に陣取っている。それまでの検索履歴は、ずっと麗しい外国人モデルばかり、私のまったくお金のかからないパーフェクトな趣味に関するものだけだったのに。あ、「薄い本」つまり同人誌を作るための諸々のコストは別だけれど。
なのに、この私が現存する(そりゃ外国人モデルだって現存しているだろうけれど、2.5次元の世界にいるから現存しないも同然だ)日本人男子学生のために、ネットショップを巡回する羽目になるとは!
私は、ムツリ先輩が少しは喜びそうな、でも、仰々しくない、ついでにいうと動機を誤解されない程度のプレゼントを購入するというミッションを抱えている。
今日のデートは、いや、私のデートではなくて、アーちゃんとチャラ先輩のデートに私とムツリ先輩が同行しただけだけれど、私たちの思うような方向にはなかなか行かなかった。どういうわけか、私とムツリ先輩がゲームセンターに迷い込んでしまい、『時空の忠臣蔵』っていうシュールなゲームに興じていたので、映画を見そびれてしまったのだ。
で、その後、プリクラを撮ったり、他のゲームをしたりして、4人で色氣もへったくれもない午後を過ごした。
ふとみたら、クレーンゲーム・コーナーがあって、ぬいぐるみがこちらを見ていた。お。これって、アーちゃんを喜ばせるチャンスをでは? そう思った私は、中でも特にカワイイぬいぐるみが入っている台のところで騒いでみた。
「きゃー、アーちゃん、これかわいいよね。欲しくない?」
アーちゃんの部屋に、こういうファンシーなぬいぐるみがそこそこ置いてあるのはリサーチ済みだ。
「うん。かわいいね。あれ? つーちゃんも、これ欲しいの?」
怪訝な顔をするアーちゃん。それも当然。そもそも私はぬいぐるみには興味はない。ロシアのイケメンの方がずっといい。そこは、スルーして「きゃー、欲しい」とだけ言っていればいいものを。
チャラ先輩とムツリ先輩も近づいてきて、「ほお」という顔をした。
「よし。ムツリ、俺たちで取ってあげようぜ」
げ。私はいらないよ! とはいえ、言い出しっぺなので今更いらないとも言いにくい。ああ、チャラ先輩がクレーンゲーム上手で、ムツリ先輩は下手だといいなあ。
でも、現実はそんなに都合よくは運ばなかった。2人ともクレーンゲームはさほど得意とはなさそうだった。もちろん私がやったらもっと下手だったはず。問題は、2人ともけっこう課金しちゃったこと。もちろん、チャラ先輩の取ったピンクのウサギは、順当にアーちゃんが手にした。なんか空氣を読まないチャラ先輩は、最初私にくれようとしたんだけれど、私は急いでこう言ったのだ。
「わ。このウサギ、今日のアーちゃんの服とぴったり!」
まだ取れていないムツリ先輩に「もういいから他のことをしませんか」と言いそびれたのは、そのやり取りがあったからだ。アーちゃんは、チャラ先輩からもらったウサギを大事に抱きしめていた。結局、直にムツリ先輩が取った緑の亀をもらうことになったのは私だった。

ダメ子さんからイラストをいただいてきました。このイラストの著作権はダメ子さんにあります。
不要な課金をさせてしまった以上、なんかのお返しをしなくては、私の氣が済まない。ただでさえお茶代とかもお2人が出してくれたしなあ。っていうか、チャラ先輩とアーちゃん、そろそろ勝手にデキて、2人でデートしてくれないかなあ。
さて。私は、ムツリ先輩の好みなんて、全然知らない。まあ、どんなチョコが好きかは、安売りチョコの交換をしたので知っているけれど、さすがにアレってわけにはいかない。
こんな短い間に、何度もプレゼントのやり取りをしていると、周りだけでなくムツリ先輩にも誤解されそうだし、何か「これは儀礼的なお返しですから」って感じのするプレゼントってないかなあ。私は、3次元にはとことん縁のない女なので、こういうときにどうしたらいいのかがさっぱりわからない。
ネット巡回を繰り返していると、スマホがメッセージの到来を告げる。あ、アーちゃんだ。
「つーちゃん、今日はつきあってくれて、どうもありがとう。大好きなチャラ先輩と。お茶して、一緒にゲームして、夢のような午後でした。チャラ先輩に取ってもらったウサちゃん、宝物だよぅ」
って、その文面を、そのままチャラ先輩に送って、次につなげるのよ! って、3次元に縁のない私が、なんでこんなツッコミをしているんだか。私は、急いで返信を書く。
「それそれ。その文面をチャラ先輩に送って、ウサちゃんのお礼をさせてくださいって、1対1のデートにつなげるのよ!」
「ええっ。そんなの、無理! つーちゃんは、ムツリ先輩と、そうやってデートするの?!」
なんなのよ、この文面は。
「するわけないでしょ。私は、形だけのお礼の物品を渡して終わり。アーちゃんは、ちゃんとかわいく、先につなげてよ!」
「でも、でも! わ、私、デートなんてしたことないし、つーちゃんがいないと、どうしていいかわかんない!」
おいおい。私だってそんなことわかんないし、そもそも、そんなんじゃ生涯おつきあいなんてできないじゃない。
「大丈夫だって。今日だって、しばらくチャラ先輩と2人きりでお茶していたじゃない。アレの続きだと思えば……」
だいたい私は、パニクるアーちゃんにつきあっているヒマはないのだ。さくっとムツリ先輩へのプレゼントの件を片付けて、美形の2.5次元を眺める日常に復帰しなくちゃいけないんだから。
うーん、何がいいかなあ。ムツリ先輩はバスケ部だから、なにかバスケットボール関係のもの? タオルとかはどうかな。スポーツブランドの……わっ、けっこう高い。かといって、お風呂で使うみたいなもの贈るのも微妙。
バスケ関係の書籍は……。「上手くなるためのトレーニング100」かあ。これじゃ、バスケが下手だと宣言しているようなもんか。ダメだ、これは地雷。
面白グッズは……。バスケットボール柄のマウスパッドか。こういうのいらないよね。ほら、心にヒットして愛用されても困るし、反対にいらないモノをあげても迷惑なだけだし。
何か、消え物ないかなあ。引越のあいさつでいう、ティッシュみたいな。誰もが必要だけれど、でも、すぐに使い切って、なくなってくれるもの。
あっ、これは? Shoe Cleaning Wipesだって。靴のクリーナー? 携帯用の個別包装で12個セット。値段もまあまあお手頃で、クレーンゲームで使った分くらいだよね。これなら使ってなくなるし、色氣はゼロな感じだし、決定。
私は、商品をポチって、お母さんにクレジットカードの入力を頼んだ。
「なにこれ?」
「バスケットボールの靴をきれいにするお手拭きみたいなもん?」
「あなた、バスケットボール部に入ったの?」
「ううん、帰宅部のままだよ」
「ああ、じゃあ、アーちゃんへのプレゼント? にしては、可愛くない真っ黒な商品ね」
お母さんにいろいろ詮索されても面倒なので、この手の商品にファンシーなものはないのだとだけいって、金額分のお小遣いを渡し、なんとか購入にこぎ着けた。ああ、面倒くさい。やっぱり2.5次元を眺めている方がずっと楽だわ。
商品がうちについて、それをさりげなくラッピングして、さらに変な感じにならないようにサラッとムツリ先輩に渡すのかあ。なんだか、障害物競走をしているみたい、はあ。
私が、悩みまくっているのも知らず、その間もアーちゃんから、これからどうしたらいいのかを問い合わせるメッセージが、どんどんと貯まっていた。
(初出:2021年1月 書き下ろし)
【小説】酒場のピアニスト
「scriviamo! 2021」の第2弾です。大海彩洋さんは、当ブログの『黄金の枷』シリーズとのコラボ作品で参加してくださいました。ありがとうございます!
大海彩洋さんの書いてくださった『【ピアニスト慎一シリーズ】Voltaste~あなたが帰ってきてくれて~ 』
大海彩洋さんは、ライフワークである「真シリーズ」をはじめとして、精密かつ重厚な小説を書かれるブロガーさんです。いろいろなことに造詣が深いのは、みなさんご存じだと思いますが、ピアノもその一つで、実際にご自分でも演奏なさるのです。今回は大河小説「真シリーズ」のメインキャラの1人、ピアニストでもある相川慎一がPの街にお越しくださいました。そして、23がちゃっかりそのピアノを聴かせていただいたり、誰かさんに至っては、慎一御大にお遊び用のカラオケを用意させるというような申し訳ない事態になっています。ひえ〜。
お返し、どうしようか悩んだのですけれど、インファンテやインファンタが直接慎一たちに絡むのは、かなり難しいこともあり(とくに慎一、ただの日本人じゃなくてヴォルテラ家絡みですしねえ)、ちらっと名前だけ出てきた方を使わせていただくことにしました。時系列では、ちょうど連載中の『Filigrana 金細工の心』とだいたい同じ頃、つまり彩洋さんの書いてくださった作品の「8年前」から1、2年経ったくらいの頃でしょうか。
そして、それだけでなく、彩洋さんの作品へのオマージュの意味を込めて、ショパンの曲をあえて使ってみました。そのキャラ、彩洋さんの作品にサラッと書いてあった感じではショパン・コンクールを目指したかった……みたいな感じだったので。
さて。もう1人のキャラは、連載中の『Filigrana 金細工の心』の未登場重要キャラです。またやっちゃった。どうして私は、隠しておけないんだろう……。ま、いっか、別にものすごい秘密ってわけじゃないし。
![]() | 「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
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酒場のピアニスト
——Special thanks to Oomi Sayo-san
電話を終えると、チコはゆっくりと歩き出した。Pの街は久しぶりだ。以前来たときよりも観光客向けの洒落た店が多くなっている。そうなると途端に値段がチコ向きではなくなる。彼は、裏通りに入って、見かけは単純だが、そこそこ美味しくて彼の財布に優しい類いの店を探した。
どこからかファドが聞こえてくる。観光客向けのショーらしい。看板が目に入った。ファドとメニューのセットの値段が、派手な黄色で走っている。それを眺めながら通り過ぎようとして、もう少しで誰かとぶつかりそうになった。
「失礼」
チコが謝ると、青年は「いいえ、こちらこそ」とブツブツ言いながら、ファドのレストランに入っていった。扉を押すときに左手首に金の細い腕輪が光った。
金メッキの腕輪など珍しくもなんともないが、チコはとっさに彼の《悲しみの姫君》のことを思い出した。チコは、厳密には彼女が金の腕輪をしているのを見たことはない。彼女が腕輪の話をしたことも、1度もない。腕輪の話をしたのは、彼女の妹、チコたちの仲間から《陽氣な姫君》とあだ名をつけられたマリアだ。
「みて、ライサの左手首」
潮風に髪をなびかせながら、マリアはそっとチコに囁いた。オケの同僚であるオットーやジュリアたちと、姉妹の特別船室に招かれて、小さなパーティーのようなことを繰り返していたある夕暮れのことだった。
一介のクラリネット吹きであるチコが、特別船室に足を踏み入れることなど、本来なら考えられないのだが、華やかな社交に尻込みして部屋から出たがらないライサのために、姉の唯一興味を持った楽団のメンバーたちをオフの晩にマリアが招き入れるようになったのだ。
女性の装身具などには全く詳しくないチコは、言われるまでまったく目に留めたこともなかったのだが、ライサの左手首には何かで線を引いたような細い痕があった。
「あれね。腕輪の痕なの。日焼けせずに残った肌の色」
おかしなことを言うなと思った。腕時計をしなくなった人に、そういう痕が残ることは知っているけれど、しばらくすればそこもまた日に焼けて目立たなくなるものだろう。マリアはそんなチコの考えを見過ごしたかのように微かに笑ってから続けた。
「私の記憶にある限り、常にライサには金の腕輪がつけられていたの。子供の頃からずっと」
「つけられていた? つけていたじゃなくて?」
マリアは、じっとチコを見て、区切るようにはっきりと言った。
「つけられていたの。金具もないし、自分では、絶対に取れない腕輪よ。ねえ、チコ。どうして私たちがこんな豪華客船で旅をできるのか、知りたいって言ったわね。私も知らないけれど、でも、1つだけはっきりしていることがあるの。それは、あの腕輪をつけたり外したりできる人たちが、払ってくれたのよ」
「ライサは、それが誰だか知っているんじゃないかい? 自分の事だろうし」
「もちろん、知っていると思うわ。でも、あの子は絶対に言わない。言わせたところで、あの子が救われるわけでもないの。でもね、チコ」
「うん?」
「外してもらった腕輪は、まだあの子を縛っているんじゃないかなって」
「それは、つまり?」
「あの子は、はじめてパスポートをもらったの。クレジットカードも。こんな豪華客船の特別船室で、世界中の珍しいものを見て回って、美味しいものを食べて、好きなものを買える立場にいるの。でも、彼女の心は、Pの街の、私の知らないどこかに置き去りになっているみたい」
「彼女が、とても淋しそうなのは、わかるよ。僕に、『グラン・パルティータ』を吹いてほしいって頼んだとき、たぶん彼女は何かを思い出して、その場所を懐かしんでいるんだろうなと思ったし」
その場所は、おそらくこのPの街にあるのだろう。3か月の船旅の後、姉妹はこの街に戻った。マリアは元働いていた銀行でバリバリと活躍しているらしい。ライサが今どうしているかは……。チコは、そこまで考えてわずかに微笑んだ。明日、彼女と会える。その時に、いろいろな話をしよう。
豪華客船の楽団メンバーの仕事は、本来旅の好きだったチコには合っている。もちろん、学校を出たばかりの頃は、室内楽や交響曲だけでなく、ビッグバンドの真似事やジャズまでもまとめてやることになるとは思わなかったけれど、最近は、それもさほど嫌だとは思わなくなっている。
長い航海が嫌だと思ったことはこれまではなかったけれど、今回だけは別だった。この国から遠く離れているうちに、ライサが新しい人生をはじめて、彼のことなど記憶の果てに押し流してしまうんじゃないかと思っていたから。でも、マリアのあの口ぶりでは、ライサはいまだに引っ込み思案で、友だちらしい友だちも作らずにいるらしい。僕にももしかしたらチャンスがあるかもしれない。
近くに寄ったついでというのは、口実だときっとマリアにはバレているんだろう。でも、そんなこと構うものか。
彼は、そんなことを考えながら、数軒先に見つけた手頃そうな店で食事をすることにした。テーブルワインと前菜の
「よう。ダリオ。今日は出番の日かい」
奥からオヤジが声をかけた。
「ああ。ファド・ショーが中止になったから、急遽弾いてほしいって。おじさん、僕にもメニュー、おねがいします」
そう答えると、ダリオと呼ばれた青年は、狭い店内のチコの斜め前に座り、軽く会釈をした。
「ああ、同業者でしたか。僕、クラリネットなんです。あなたは、ええと」
チコが、声をかけると青年は「ピアノを弾きます」と小さく答えた。
「あそこ、ちょっと高そうでしたが、飲み物だけで入るのって、無理かな」
そう訊くと、青年は首を振った。
「ファドの日じゃないし、文句は言われないですよ。そもそも、セットメニューは、英語しか読めない観光客用ですし」
それから、肉の煮豆添えが出てくるまでの間、2人は軽く話をした。
「じゃあ、以前はあの交響楽団にいたんですね。子供の頃テレビでチャイコフスキーの協奏曲第一番を見ましたよ。大人になったら、ああいう舞台で弾きたいって、弟に大言壮語していたっけ」
ダリオは、少し遠くを見るように言った。
観光客や酔客相手に演奏する、日銭稼ぎのピアニストであることを恥じているんだろうか。大きな交響楽団をバックにソリストとして活躍するほどのピアニストになるのは、大変な努力の他に大きな才能も必要だ。才能と幸運の女神は、誰にでも微笑むわけではないことを、チコ自身もよく知っている。
「子供の頃は、僕もずいぶん大きな口を叩いていましたよ」
ダリオは、多くを語らずに食事を終えた。チコは、ダリオと一緒に、先ほどの店にいった。暗い店内は、ファドでないせいかさほど観光客がおらず、かなり空いていた。チコは、セルベッサを頼んで、ピアノの近くに座った。
ダリオは、センチメンタルな典型的なバーのジャズピアノ曲を弾いていた。客たちは聴いているのかいないのかわからない態度で、ピアニストの存在は忘れられている。チコは、ダリオが手首を動かす度に、ライトを受けて腕輪が光るのをぼんやりと眺めていた。
彼が夢見ていた音楽と、これは大きな違いがあるのかもしれない。誰もが夢中になって聴くソリストと、存在すらも忘れられる心地よいムード音楽。主役は、食べて飲んでいる客たちの時間。目の前に揺れて暗闇に浮かび上がるロウソクの焰。セルベッサのグラスに走る水滴。
チコの仕事も、あまりそれと変わらないときもある。それでも、船の上のシアターで行う演奏会の時は、熱心に聴いてくれる客がいる。ライサのように、彼らの音色が聴きたくて通ってくれた人がいる。ダリオは、どんなことを思いながらこの仕事を続けているんだろう。
しばらく、ムードジャズを弾いていた彼は、ちらっとチコを見ると、ゆっくりと短調の曲を弾き出した。あ、ショパンだ。なんだっけ、これは。あ、ノクターンの6番か。映画『ディア・ハンター』で演奏されていたから、強引に映画に出てきた音楽ですと言い張ることもできるけれど、きっとこれは僕がいるからクラシック音楽を弾いてくれたんだろうな。
彼の感情を抑えた指使いが、静かに旋律を奏でる。装飾音も少なく、単純な右手の響きが繰り返される。数あるノクターンの中でも演奏される機会が少ないのは、演奏会などで弾くには華やかさが足りないからなのかもしれない。暗闇の中で焰を揺らすのに、これほど似合うことを、チコは初めて知った。
氣がつくと、騒いでいた客たちは黙って、ダリオの演奏に耳を傾けていた。ダリオは、後半でわずかに強い想いを込めて何かを訴えかけたが、転調してからはまるで諦めるかのようにコーラル風の旋律を波のように繰り返しながら引いていった。焰も惑うのをやめた。
曲が終わった後の休止。チコは、手を叩いた。それに他の客たちもわずかに続いたが、ダリオがわずかに頷いてすぐに再びムードジャズに戻ると、また忘れたようにおしゃべりに興じた。
彼が、ピアノの譜面台を倒して立ち上がったときも、それに目を留める客は多くなかった。チコは、再び手を叩くと、ダリオを彼の前に座らせた。
「素晴らしかったよ。とくに、ショパン。君、さっきはずいぶん謙遜していたんじゃないかい?」
ダリオは、はにかんだ笑いを見せると答えた。
「そんなことはないよ。でも、ありがとう。聴いてくれる人がいるっていうのは、嬉しいものだな」
「今からでも遅くないから、就職活動をしたらどうかな? 少なくとも僕の乗っている船でだったら、ソリストとして活躍できると思うよ。他にも……」
チコの言葉を、ダリオは遮った。
「いいんだ。ちょっと事情があって、僕はこの街を離れられないし、ここの仕事も、わりと氣に入っているんだ。次に、この街に来るときには、また聴きに来ておくれよ」
チコは、「そうか」と頷いた。明日逢うことになっているライサの、《悲しみの姫君》の微笑みを思い出した。何かを諦めたかのような瞳。揺れる焰の向こうでダリオはセルベッサを飲み干した。金の腕輪がまた煌めいた。
(初出:2021年1月 書き下ろし)
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【小説】償物の呪
「scriviamo! 2021」の第3弾です。ポール・ブリッツさんは掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!
ポール・ブリッツさんの書いてくださった『陶芸家からのラブレター 』
ポール・ブリッツさんは、オリジナル小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書いていらっしゃる創作系ブロガーさんです。お名前の通り、電光石火で掌編を書かれるすごい方です。毎年ポールさんのくださるお題は手加減なしで難しいんですけれど、今年も例に漏れず。
ポールさんが書いてくださったのは、陶芸家の作品を、本来とは違う目的で愛好している人が主人公のお話です。正面から挑んでも、力量が違い負け犬の遠吠えみたいになりますので、またしても若干ずらした感じでお答えすることにしました。あちらのちょっと変わった用途に対して、制作者が本来的な意味での憤怒を持つのではなく、ずれた慌て方をする作品を書いてみました。
この掌編、一応の起承転結はありますが、ポールさんの作品と続けて読んでいただくことを想定して書いてあります。
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——Special thanks to Paul Blitz-san
彼女は、発送伝票を印刷し終わると、それぞれの荷物に貼り付けた。さて。これを発送すれば今週の業務はおしまいだ。瀬戸物の入った荷物は重い。この作業を彼女はことさら嫌った。
彼女が、この工房を開き、絵皿を販売するようになってから数年が経っていた。そもそも彼女は陶磁器を作ったり、絵付けをしたりすることなどまったく好きではない。彼女の作品には、それなりのファンがいて、この工房の賃貸料をまかなえる程度の収入を約束してくれていた。しかし、もし誰も買ってくれないとしても、彼女が食べるに困るということはない。
彼女は台車に発送する荷物を載せると、工房の外へ出た。戸締まりをすると、そのままワゴン車まで進み、荷物と台車を積み込む。運送会社に頼めば、引き取りに来てくれるのはわかっているが、この国の運送会社は、仕事が丁寧すぎて途中で破損する可能性はほとんどゼロになってしまう。彼女の粗雑な持ち運びと運転ならば、もしかしたら少しは割れてくれるかもしれない。
運送会社でカウンターに向かうと、いつもの受付の女性が「また来たわね」という顔をした。「そんな粗雑な扱いをしない方がいいですよ」と忠告をすることももうない。黙って、受け取った荷物に「割れ物注意」のステッカーをベタベタ貼り、壊れないように丁寧にカウンター裏に運ぶと、営業用のスマイルを見せた。
「確かに承りました。破損の苦情が来た場合は、いつものようにそちらの工房に連絡させていただきますね」
「おねがいします」
それから受付の女性は、カウンターの下から紙袋を2つ取りだした。中には、開封された梱包材に包まれている絵皿の破片がのぞいている。
「それから、こちらは、破損していたということで先方に引き取りに行った分です。受け取りのサインと……」
女性は、納得のいっていない顔つきで言いよどんだ。
彼女は、用意してあった紙幣をカウンターに置いた。
「あ、はい。引き取り送料2回分の代金でしょう、いつも通り領収書を出してください」
「はい。いつも、すみません」
配送中の事故での破損は普通ならクレームの来る案件だが、この客だけは、なぜか嬉々として破損品を受け取り、さらにはかかった費用まで肩代わりしてくれるのだ。変な客だ。だが、上得意には違いないので、言われたとおりに領収書を用意して、紙袋と一緒に手渡した。
「じゃあ、今度の配送もどうぞよろしくね」
彼女は、そう答えるとワゴン車に戻り、工房と反対側の街の端を目指して運転した。家が途絶え、しばらく林の中を走った後に、再び開けた場所に出た。そこには林と後方の山を借景に、立派に佇まいの屋敷が建っていた。
彼女は裏手に車を停めると、2つの紙袋を下げて、玄関に向かった。呼び鈴を押し待つと、すぐに使用人が出てきて屋敷の中に招き入れられた。
時を経た梁や床が黒光りしている邸内は、いつもひんやりとしている。彼女は、いつものように、客間に通された。骨董品の皿、それに土偶や鏡などが、きちんと飾られている。彼女は、一番入り口に近い場所に飾られている柿右衛門は新しいものだなと、ぼんやりと思った。一見どこも壊れたようには見えないが、斜めにヒビが走っており、1時の方向に爪の大きさくらいの欠けがある。
「待たせたね、
そういって入ってきたのは、彼女のスポンサーだ。黒地に白と灰色の竹の描かれた着物は、ちょっと見ただけでは小紋に思えるが、肩の縫い目の柄合わせを見れば訪問着なのだとわかる。暗い臙脂の帯を低い位置で締めている。
「いえ。ご無沙汰しました、
倉稲という名前が、本名なのかどうか、彼女は知らない。本来自分がウケモチなんて名前ではないのと同様に、この女もまた全く違う名前なのだろうと、彼女は考えている。そんなことはどうでもいいのだ。彼女が関心を持っているのは、口座に振り込んでもらう金だけだ。それも、割れた絵皿と引き換えに。
配送途中で割れていたとクレームを受け取り替えた絵皿2枚。紙袋から取りだしてローテーブルの上に置くと、
「これはいい具合に割れていいるね。素晴らしい。もちろんこちらで引き取らせてもらうよ」
「いつもありがとうございます」
割れた皿を欲しがる理由に興味がないといったら嘘になる。だが、余計な好奇心を警戒されて、こんなに割のいい収入源を失うような愚行は避けたい。
「ふふ。ところで、以前も同じことを訊いたと思うが」
「なんでしょうか」
「此方の工房で作っている作品のうち、割れた物は全て私の所に持ち込んでできているんだろうね」
「全てかどうかは……」
「なんだって」
「配送途中で壊れた物は、クレームが来ますから間違いなく回収してこちらにお持ちしますが、例えば、購入者が何年も経ってから割ったものなどは、わざわざ知らせてはきませんから……」
「ああ、そういうものはいいのだ。1年も経てば、掛けた
彼女は、好奇心を抑えきれなかった。なんの進行状況?
「知りたそうだな。まあ、いいだろう。此方の作品に
「え? あ、古墳などから出てくるアレですか? 知ってますけど」
「ふ。では、土偶の90パーセント以上が、故意に壊されていることは?」
「そうなんですか? 知りませんでした」
「現在でも地方によって行われている葬儀での『茶碗割り』と同じで、故人にとってこの世での生活や権威の象徴だった物を壊して埋めることで、故人とこの世とを分かつための
「はあ」
それと、うちの工房の壊れた作品とにどんな関係があるんだろう。彼女は、首を傾げた。
「実は、分かつことができるのは、死人とこの世だけではなくてな」
「え?」
「
「いいえ」
話が飛んで見えない。彼女は首を傾げる。
「
彼女は、
「ハイヌウェレ神話は、古い記憶なのだよ。かつて我々が行ったこの惑星の環境操作のね。この星には人類が増えすぎた。ただの食糧対策ではもう対応できないほどにね。だから、我々はもう1度大変革を行うことに決めたのさ。今、世界中で我々の仲間が、同じように準備を始めている。
彼女は、目を丸くした。この人は、なんかおかしなことを言っている。お米もパンもなくなって、野菜もなくなるってこと?
「で、でも、どうしてわざわざ私なんかの店でそれをやる必要が? あなたたちが皿を作って割ればずっと簡単なのに」
「この手の変更は、ちょっと法的に繊細でね。いくら粗野な原住民の飼料とはいっても、銀河系間発展途上文明保護法に抵触すると後で面倒なのだよ。だから、製作と破壊はその星の住人にやってもらう必要があるのさ」
彼女は、ガタガタと震えだした。
「あ、あの……。もし、それが本当だとして……」
「本当だとも。これを此方に告げたのは、そろそろ準備が整うからさ。必要な絵皿の破壊は、まあ、全世界であと200枚というところか……。此方も食べたい料理があるなら早く食べておくのだな。新システムに移行した後は、稲だの小麦だのは2度と育たなくなるし、野菜もあっという間に店から消えるからな」
私は、それまで、そんなことに協力していたの? 彼女は、顔面蒼白となったまま
彼女は、自分の作品をしょっちゅう買ってくれるお得意様の青年を思い出した。つい2日ほど前にも、その客は皿を買って帰った。でも、いつも大事に手で持ち帰るものだから、お得意様サービスのフリをして、粗雑に包んだあれを何か美辞麗句を連ねた手紙と共に送りつけたはずだ。
あのお皿と、ここ1年ほどの間に毎週のように買ってもらったお皿を、なんとしてでも取り戻さなくちゃ! 万が一にでも、あの人がお皿を割ったりしないように!
(初出:2021年1月 書き下ろし)
【小説】ショーワのジュンコ
「scriviamo! 2021」の第4弾です。つぶあんさんは今年も、プランBでご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。
つぶあんさん(たらこさん)は、四コママンガでひまわりシティーという架空の世界で起きる壮大な事件をいろいろと表現なさっていらっしゃる創作ブロガーさんで、「ひまわりシティーへようこそ!」を連載中です。しばらくさまざまな事情でブログをお休みでしたが、つい前日復帰なさいました。
「scriviamo!」ではいつもBプランをご希望です。1月末ということで、締め切りまで1か月しかないので、他の方の作品より一足早く発表させていただきます。サキさん、志士朗さん、ごめんなさい!
さて、今回はたらこさんの「ひまわりシティーへようこそ!」からお2人の大事なキャラクターと共演させていただきました。殺し屋デスと茶々じいのお2人です。設定やキャラなどを壊さないように氣をつけたつもりですが、何か問題があったらおっしゃってくださいね。そして、この後は全くのお任せです。任務は遂行しないでいただいて全く構いません(笑)
さて、今回の作品、もし書いてある意味が全てわかったら、あなたも「昭和」です。そういう小説にしてみました。
【27.03.2021 追記】
たらこさんが お返し作品を書いてくださいました。そして、素敵なジュンコのイラストも!
ありがとうございました。
たらこさんの書いてくださった 「ショーワのジュンコ」

このイラストの著作権はつぶあんさん(たらこさん)にあります。許可のない使用は固くお断りします。
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ショーワのジュンコ
——Special thanks to Tsubuan-san
郵便配達夫が、2度ベルを鳴らして、電報を持ってきた。父は、何度言っても携帯電話も電子メールも持とうとしない。なので、急ぎの用事は電報を使う。
シンダイシャキボウ アスアサカラルスバンニコイ イリグチデハキモノヌゲ
なんとまあ、物騒な。電報で殺人依頼。死んだ医者ってことは、あの隣のいけすかない医院のジジイをついにやっちゃえってことなのね。でも、もう少し計画的にできないのかしら。普通、明日の晩に、完全犯罪をしろと電報で娘に命じる?
アタシはジュンコ。「ひまわりシティー」郊外の、名もない村に住んでいるの。父は、少し変わった人で、通っていた純喫茶の看板を見てアタシの名前を決めたんですって。純喫茶って、知っている? エッチなことはしない喫茶店のことで、シャガールっぽい絵が掛かっていて、シャンデリアのぶら下がっている店内に、レコードでヴィヴァルデイの『春』がかかっている系統と思ってくれればいいわ。ナウなヤングはあまり行かないタイプの店よね。
そんなことは、どうでもいいのよ。ジジイといっても、相手は男性。抵抗でもされたら私に押さえつけるのは難しい。ってことは、殺し屋でも雇わないとダメよね。
アタシは、『ひまわりシティー・イエローページ』をめくった。殺し屋の電話番号なんて載っているかしら? あった。インド人もびっくり。探してみるものね。
早速、ダイヤルしようとして、やめた。自宅からかけたら、足ついちゃうかもしれないし。とりあえず、駅まで行き、公衆電話からテレカででかける。
「もしもし 殺し屋のデスさんのお宅ですか?」
相手が、電話の向こうで渋い声を出している。もしかするとゴルゴ13みたいな、いい男なのかもしれない。
「ちょっと、明日の晩におねがいしたいことがあるんです」
殺し屋に電話をするのは、さすがのアタシでも初めてだ。そこをしっかりと強調しておかないと。
「え〜っと、ジュンコといいます。うら若い乙女です。初体験なので、どうおねがいしたらいいのか、いろいろと教えていただきたいんですけれど」
「そうですか。そういうことでしたら、もちろん喜んで。待ち合わせはどうしましょうか」
ランデブーするみたいな言い方ね。でも、電報の情報を伝えなくちゃいけないし、ちょっと変装して行きましょうか。
実年齢より若く見えるように、普段はあまり着ない服をチョイスした。膝小僧が出るくらいのキュロットに、赤いとっくりのセーター、それから、緑色の光るジャンパー。余裕のヨッちゃんで、高校生くらいには見えるでしょ。
デスが指定してきたのは「ひまわりシティー」の『茶々』。渋いお爺さんマスターがひとりで切り盛りしている。殺し屋っぽい人は、まだ来ていないようだ。アタシは、マスターに待ち合わせであることを告げてから、窓際の目立たない席に腰掛けた。
入ってきたのは、アイスホッケーのマスクをつけている、めちゃんこ怪しい男だ。店内をぐるっと見回して、アタシと一瞬目が合ったのにマスターに言った。
「待ち合わせなんだ。待たせてもらう」
「あちらのお客様が、先ほどからお待ちですが」
「いや、若い女の子と約束したから」
何その言い草! アタシが若くないっていうの?! 激おこぷんぷん丸。
「あの、デスさんですよね。お仕事の依頼をしたジュンコです」
「え。あなたがジュンコさん? しかも、仕事? 初体験なんていうから、てっきり……」
「なんですって?」
「いや、なんでもないです」
アタシは、ジジイ医者の家を教え、依頼人が隣人である父とわからないように言葉を選びながら明日の晩に実行すべきであることを告げた。
「なぜ明日の晩限定なんですか?」
この殺し屋、シュールな格好の割には常識的な質問をしてくる。
「それは、依頼人からの電報にそうあるからなんです。明日朝から留守、晩に来いって。それから、入り口では着物を脱ぐって注意書きがあります。罠に氣をつけてください」
「着物を脱ぐ? ストリップをしろと?」
「ええ」
デスは、首を傾げた。
「とりあえず、前金として、報酬の半分をいただきましょうか。ま、氣の乗らないときは遂行しないこともあるんですけれどね」
「え? その場合、前金はどうなるんですか?」
「お返ししたくてもね……。住所氏名、口座などを教えてくだされば、払い込みますけれどね〜」
デスはせせら笑っている。こちらが身元を明かさないことを知っているからだ。トサカにくる。
「そんなひどい。お金を持ってドロンされても、泣き寝入りなんて、涙がちょちょぎれちゃう」
ハンケチをとりだして泣く真似をした。
2人分のコーヒーを運んできたマスターが言った。
「どうなさいましたか。あなたのように美しい人を泣かせるなんて、こちらのお客さんは罪な方ですね」
まあ、なんて胸キュンのナイスガイなのかしら。「君の瞳に乾杯」なんてセリフを言うのはこういうタイプの人なのね。ウブなアタシはイチコロだわ。
少し浮上したアタシは、暑くなったのでジャンパーを脱いだ。するとデスの目がアタシのボインな胸元に釘付けになった。ふふん、着痩せするタイプのアタシ、けっこうグラマーなのよ、これでも。
「じゃ、こちらの氣が乗らずに任務を遂行しない場合は、来週またここで待ち合わせるってのはどうでしょう」
デスの声色がずいぶんと変わっている。おかげでこちらもツンとした態度で喫茶店を後にすることができた。
「おねがいしますね」
さて、ちゃんと殺しの依頼が済んだことを、父に報告するためにアタシは実家に向かった。
「おう来たか」
土間の奥で盆栽をいじっていた父は、アタシの顔を見ると、まず嬉しそうな顔をしたが、すぐに険しい顔になって続けた。
「わざわざ書いたのに、なぜ外で履き物を脱がないんだ」
「なんですって?」
「書いただろう、電報に。入り口で履き物を脱げって。先週からここは土間じゃなくしたんだ。土足は困るんだよ」
「履き物を脱げ? お隣の医者宅で着物を脱ぐんじゃなくて?」
「なんの話だ。隣の藪医者の話なんか誰もしておらん。それより、切符はどこだ。駅の窓口は混んでいたか?」
「切符? 駅? なんの話?」
アタシは呆然とした。
「ちゃんと電報に書いただろう、寝台車希望って。明日からの旅行の話に決まっているだろう」
ちょっとタンマ。何それ? 話がピーマン。
アタシは、もう1度、父の送ってきた電報を取りだした。
シンダイシャキボウ アスアサカラルスバンニコイ イリグチデハキモノヌゲ
父は、それを取りあげて音読する。
「寝台車希望。明日、朝から留守番に来い。入り口で履き物脱げ。火を見るより明らかだろう。何が問題なんだ」
なるへそ。考えてみれば、電報で明晩に隣人を殺せなんて、書くわけないか。とほほ。さて、殺し屋どうしよう。今から、あの男をキャンセルするの? あんな高ビーな態度で、出てこなければよかった。チョベリバ。
(初出:2021年1月 書き下ろし)
【小説】忘れられた運び屋
「scriviamo! 2021」の第5弾です。山西 左紀さんは、「プランC」の小説でご参加くださいました。ありがとうございます!
プランCは、「課題方式」で、指定の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いていただくものです。くわしくはこちらをご確認ください。
左紀さんの書いてくださった「BLUE HOLE」
山西左紀さんは、SFを得意としていらっしゃる創作ブロガーさん。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。
今年書いてくださった作品は、「新世界から」シリーズの新作です。
サキさんによると2人のヒロインが活躍するお話ということですが、今回登場した方がたがおそらくその2人だと思います。もっとも、まだ全体像が見えていないので読み違いかもしれません。
サキさんは、作品から人物を使ってほしかったようなのですが、ご参加くださった作品は本編ですし、下手に触ると大切な設定などをおかしくしてしまう可能性もありますので、障らない方がいいと判断しました。というわけで、お返しの作品は、サキさんの作品とはまったく関係のない話です。ただし、サキさんの『BLUE HOLE』をトレースして、組み立てました。そして、いろいろな部分を対照的にしています。
思わせぶりに出てくる「ファナ・デ・クェスタと関係のあった人々」というのは、ときどき使っているそれらしい人々です。わざわざ読む必要はありませんが、氣になった方用に一応リンクも張っておきます。(そろそろ専用カテゴリーが必要かしら……)
それと、今回はサキさんに合わせて「プランC」の要件を満たした作品にし、加えてサキさんへのお返しなので、頑張って苦手なメカ系の記述にもトライしました。全然わからないことなので、その辺は笑ってスルーしてくださると嬉しいです。
【参考】
ヴァルキュリアの恋人たち
ヨコハマの奇妙な午後
紅い羽根を持つ青い鳥
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忘れられた運び屋
——Special thanks to Yamanishi Saki-san
帰りに『ハングリーライオン』に寄ろう。久しぶりに首都に足を踏み入れたんだし。あそこのチキンサンドは好きだ。ティーネは、目の前の男が思考を読んだら怒りそうなことを考えた。
「聞いているのかね、エルネスティーネ・クラインベック。君の名誉回復に関する大切な話なんだが」
ムワゼ司令官はもとから苦い薬草を奥歯ですりつぶしているような奇妙な顔つきをしているが、ことさら苛ついた様相でたたみかけた。
「詳しく聞く必要はないかと思いますが。私をクビにできて大喜びだった、反白人派のみなさんを敵に回してまで何を今さら」
「反対勢力を説得して君を取り立ててやったこの私の顔に泥を塗ったのは君だろう」
それは、間違いとも言えなかった。白人でしかも女のティーネが空軍のパイロットに抜擢されたとき、誰もが驚いた。独立してから30年、分離差別政策時代を知る世代は、今でも白人の起用には反対する。ティーネがその地位に就いたのは、ムワゼ司令官の推薦と説得工作があってこそだった。もちろん、彼女はそれに応える働きもした。
「別に軍規に背いたわけでもないのに」
「海外で、傷害未遂。しかも、低俗な雑誌にばっちり写真まで撮られて。庇いようもないだろう」
それも、その通り。私は、あの時、あの2人に復讐できればあとはどうでもいいと思っていた。私を捨てて、あの女に走ったイザーク・ベルンシュタイン。なのに、かすり傷さえ負わせることができなかった。それどころかあの男は、今では世界有数の大富豪だ。おそらく、この近辺の数カ国の国家資産を軽く超えるほどに。
そして、あの女は、たった3年でイザークのもとを去った。ファナ・デ・クェスタ。男を栄光に導く女神と持ち上げられて、好き勝手なことをしていたが、数年後に同棲していた女に殺されたと聞いた。私が、地位とイザークを失う復讐を企てる必要なんて全くなかったのだ。
「仕事は、どうだね」
ムワゼは、意地の悪い微笑を浮かべた。
「順調です」
「ペンギンの糞を輸送することがかね」
現在ティーネは、堆積グアノの採掘と販売をする会社に雇われている。顧客への輸送や散布を請け負うのだ。
「グアノは最高の肥料ですよ」
「19世紀のね。化学肥料に地位を譲って久しいだろう」
「いいえ。天然肥料ブームで価値が見いだされているんですよ」
もちろん、これはかつて彼女の描いていた未来図にはない生計の立て方だ。空軍初の白人女性パイロットとしてのキャリア。もしくは、大富豪の妻としての生活。かつてはその選択に揺れた。どちらも今では遠い過去の話だ。
「君を呼んだのはほかでもない。君に運んでほしいものがあるのだ。貨物輸送に見せかけてね」
「空軍機でできない闇の仕事ですか。お断りします。そんな義理もないですし」
「人聞きの悪い言い方はやめてもらおう。この仕事を引き受けてくれれば、君の書類上の退役理由を書き換える用意もあるのだぞ」
「でも、元の地位に戻してくれるわけじゃないんでしょう」
「それは無理だ。が、少なくとも今後の再就職は大いに楽になると思うが?」
「そんな程度の旨みで、危険はおかせません」
ティーネは、踵を返すと出口に向かった。
「ファナ・デ・クェスタを出し抜くためだと言っても?」
彼女の動きが止まった。
振り向くと、ムワゼはヒキガエルのような嫌な笑顔を浮かべている。ほら、食いついた、とでもいいたげだ。
「失礼します」
ティーネは、怒鳴ると走って退出した。チキンサンドを食べたらさっさと帰ろう。
チキンを扱う『ハングリーライオン』は、ティーネの好きなファーストフードチェーンだが、いま住んでいるリューデリッツにはない。彼女は、バーガーにフライドポテトとコールスロー、それにチキンウィングもオーダーした。
席に着いた途端、失敗したと思った。斜め前に、ロベルト・クレイが座ったのだ。
「やあ、ミス・クラインベック。久しぶりだね」
「あなたに会うと知っていたら、ここには入らなかったわ」
「どこに入っても同じだよ。そこに入ったからね」
ティーネは、憎々しげにジャーナリストを睨んだ。
「つけていたの」
「まあね。とある情報筋からのネタで、ムワゼを張っていたら、君がやって来たんでね」
「おあいにく様。私は何のネタも持っていないわよ。何か頼まれる前に断ってきたから」
「そう言いなさんなって。こっちは、君が来たことで確信を持ったよ。なんせ君がファナ・デ・クェスタやイザーク・ベルンシュタインに私怨を持っているのは誰でも知っていることだしね」
「あなたにも私怨を持っているわよ」
ティーネが失職した直接の原因は、この男がドイツでの事件を写真入りで大きく報じた記事だ。
クレイは、ぐっと身を寄せて囁いた。
「じゃあ、お詫びに教えるよ。ムワゼが出し抜こうとしているのは、そのイザーク・ベルンシュタインと一緒に世界の鉱山を買い占めている奴らなんだぜ」
ティーネは、鼻で笑いながらバーガーにかぶりついた。
「ねえ。訊いてもいないのに、こんな公の場でそんな話をするなんて、頭がおかしいんじゃないの?」
「まあね。しかたないな。手の内を晒すよ。俺が追っているのはムワゼじゃない」
クレイは、ふてぶてしい様相を引っ込めて、真剣な顔つきで言った。ティーネは、まともにジャーナリストの顔を見た。
「イザーク・ベルンシュタインとその仲間たちだ。つまり、数年前から例のファナ・デ・クェスタと関係のあった奴らがつるんで何かをやっているんだ。俺がこの国に来たのも、実は君を探しに来たんだ。ベルンシュタインと親しい仲だった君の協力がいるんだ。その代わり、君は恨みを晴らすチャンスを手にする。悪い話じゃないだろう?」
「ムワゼもあなたも、なぜ私がいまだに復讐したがっていると思うのかしら」
「だって、君は未来も地位も失っただろう? 追放後の君の足取りがつかめなくて苦労したよ。つまり、まともな仕事に就けなくなったってことだろう?」
「失礼ね。ちゃんと働いているわよ。乗っているのはセスナ172Bだけど」
「でも、この国初の空軍女性バイロットとは比べものにならない、そうじゃないか?」
「うるさい」
ティーネは、腹を立てながらチキンバーガーを食べ終えた。コーラは小さいのにしておけばよかった。一刻も早く、ここから去りたい。
ムワゼやこの男に言われるまでもない。オンボロセスナでペンギンの糞を運ぶ仕事をするためにパイロットになったわけじゃない。
岩沙漠は、時間によって違う顔つきをする。今は氣難しい老いた賢者のようだ。暗い橙色の地面は、水を吸い尽くしあざ笑う。ぽつんと転がる岩の一面に強烈な日差しが照りつけ、その反対側には影が恨みを抱くようにうずくまる。
かつての沼地を通り過ぎるときにティーネは、やるせない心持ちになる。そこには、何百年も前に枯れ果てた木がカラカラに乾燥したまま立ちすくんでいる。セスナ172Bは、ひどい騒音をまき散らしながらその上を過ぎていく。
慣れて眉をひそめることはなくなったが、今日の音はことさらひどい。目視できるからいいものの、姿勢指示器もまともに作動しない。
今朝、2つある点火マグネトーのうち1つしか点灯しないと文句を言ったときも、整備士のカボベは露骨に嫌な顔をした。戻ったら、「まともに整備をする氣がないなら、給料も払わせない」と言ってやろう。もっとも彼女の訴えを、雇い主が支持してくれるか心許なかった。
海が近くなってきた。眼下ではウェルウィッチアが緑灰色の奇妙な葉をくねらせているはずだ。1年に10センチほど、たった2枚の葉を延ばし、1000年以上も生き続けると言われる。中には2000歳にもなる個体もある。
この沙漠を飛ぶとき、ティーネにはどこでどんな生活や仕事をするかなど、どうでもいいことに思える。ウェルウィッチアにとっての成功とは、ただ生き延びること。灼熱の太陽をあざ笑うかのように、栄光を極めた文明が廃れて忘却の彼方に追いやられるのを横目で眺めながら、それは美しさも儚さも切り捨てて、葉を伸ばしていく。
空港に着陸すると、カボベはまだ来ていなかった。彼に定刻という概念がないのはもう諦めた。それに今は夏だ。遅刻が増えるのはしかたない。だが、整備くらいはまともにやってもらわなくてはならない。メッセージを書いてコックピットに貼り付けることにした。
「間に合った。今度もついていたな」
カボベのとは違うイントネーションに、顔をあげて眺めると、ロベルト・クレイが機体の脇に立っていた。風に煽られてカールしたブルネットの髪がひどく乱れている。
「どうやって、ここを……」
ティーネは、サングラスを外してまじまじとジャーナリストを眺めた。
「セスナ172Bって言っていただろう。現役で飛んでいる機を調べた。辿ったら君の現在の雇用主がわかったよ。ムワゼ氏に訊く方が早かったかもしれないが、君とのつながりは後々切り札になるかもしれないので、軍には隠しておきたくてね」
ボストンバッグとジャケットを肩にかけて立ち去ろうとするティーネを、クレイは追い並んで歩き出した。
「私に纏わり付いても時間の無駄よ」
「まあまあ。そんなにカッカするなよ」
駐車場に着いたら、今度は車がなかった。誰よ、あんなオンボロ車を盗んだヤツは!
「送りましょうか、姫君」
ニヤニヤ笑うクレイの顔に、グアノを塗りたくる想像で氣を紛らわせながら、ティーネは彼の車に乗った。別に高級車ではないが、エアーコンディショナーもカーナビも搭載されているまともな車だ。盗るんなら、こっちにすればいいのに。
大西洋沿いに道はリューデリッツへ向かう。いつもの場所に通りかかる。ペンギンたちがひしめいているのが見える。彼女は勝手に窓を開けた。クレイは、嫌な顔をしたが、そのままにさせておいた。潮風が海藻とグアノになる前の排泄物の不快な香りを運んでくる。ゴツゴツと岩だらけの黒く醜い海岸線。
「ねえ、知っている? なぜあの海岸が、あんな真っ黒の醜い岩に覆われていてまともなビーチがないのか」
「さあ。このあたりに火山でもあったかな?」
「違うわ。もともとはちゃんとしたビーチだったんですって。でも19世紀のはじめにダイヤモンドが見つかって、それを掘り出すのに砂浜が邪魔になったの。取り除いた後、ダイヤモンドは枯渇し、グアノ採掘も下火になり、この町には基幹産業がなくなってしまった。今では近隣のゴーストタウンを観光名所にして、生き延びるほかはないのよ。なんて皮肉なのかしら」
「それは、一時の怒りにとらわれて栄光から滑り落ちた君自身への皮肉かい」
「それが人に協力を頼む態度なの?」
「まあ、いいから見ろよ」
クレイは、ジャケットの内ポケットから写真を出して、ティーネに渡した。望遠で撮ったらしい男女が映っている。ラフなミリタリージャケットとジーンズ姿のたくましい男と、女優のように美しく艶やかな装いの女。
「誰、これ?」
「イザーク・ベルンシュタインの手足となって動いている2人だ。どちらもファナ・デ・クェスタと関係があった。マイケル・ハーストは米国人で傭兵上がり。そして、ファナ殺害を噂されているハンガリー人エトヴェシュ・アレクサンドラ」
「この女が? どうして、捕まりもせずにイザークとつるんでいるのよ」
「死体がないし、被害届もない。犯罪が起こった証拠がないんだ、捕まえようがないさ。だが、その女は今でも日の当たるところで贅沢に生きながら、君を捨てたベルンシュタインと何かを企んでいるんだぜ。君は、本当に何の興味もないのか」
ティーネは、下唇を噛んだ。グアノの運び屋。盗まれた車。不快な香りを送り続ける海風。動かない点火マグネトー。壊れた姿勢指示器。あざ笑う司令官の口元。ダイヤモンドが採り尽くされ忘れられた街。絶滅を待つばかりのペンギンたち。
「わかったわ。話を聞く」
答えながら、微かな記憶に残るウェルウィッチアを思い浮かべた。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
【小説】もち太とすあまと郵便屋さんとノビルのお話
「scriviamo! 2021」の第6弾です。津路 志士朗さんはイラストと掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!
志士朗さんの書いてくださった「もち太とすあま。」
志士朗さんは、オリジナル小説と庭とご家族との微笑ましい日々を綴られる創作系ブロガーさんです。大海彩洋さん主催の「オリキャラのオフ会」でお友達になっていただき、昨年から、「scriviamo!」にもご参加いただいています。
書いてくださった作品は、可愛らしい2匹のハスキー犬に関するイラストで、一緒に発表してくださった掌編によると、こちらは志士朗さんがメインで執筆なさっていらっしゃる「子獅子さん」シリーズの作中作のキャラクターのようです。
そして、2匹のハスキー犬で思い出すのが、「オリキャラのオフ会」で登場した動けるし話せるぬいぐるみたち。そんなあれこれを考えながら、お返しを考えてみました。
志士朗さんの作品の中に、作中作『もち太とすあま。』の第2作の執筆が待たれているということでしたので、もし、これが書かれたとしたらどんな感じかな〜、と思ったのが今回の作品です。志士朗さん、もし、「こういうんじゃないんだよ」と思われたとしたら、ただの二次創作ということで、軽く無視していただければと思います。
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もち太とすあまと郵便屋さんとノビルのお話
——Special thanks to Shishiro-san
お日様がぴかぴかとあたりを照らしました。ジメジメとした梅雨が終わったのです。春のはじめには怖々と辺りをうかがっていた木々の新しい葉っぱは、先を争うかのようにぐんぐんと伸びるようになりました。
いくつかの道路を越えていくと、大きな草原と林が広がっています。優しい小川も太陽の光を反射して笑うように流れていきます。鳥たちも、すいすいと楽しそうに空を駆けていました。
そんな心地よい午後に、2匹のハスキー犬が、ときに前を行き、ときに後ろになりながら、坂道を歩いていました。
1匹は、青い首輪をして少し大きく、もう1匹は赤い首輪をした小さい仔。2匹とも、お餅のように白くてふっくらとしており、お揃いのアクアマリンのようにきれいな水色の瞳をしていました。
「すあま! そんなに急いで行くなよ。転んだりすると、危ないだろ」
大きい方の犬は、叫びました。このハスキー犬は、もち太という名前でした。
「もち兄が、グズグズしているんだよ。そんなんじゃ、夏が行っちゃうよ。ツバメみたいにぴゅーっと飛ばなくちゃ。ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねなくちゃ」
小さいすあまは、兄の言うことなどまったく聞こうとしません。
もち太は、必死で走ってすあまに追いつくと、首の後ろをぱっと咥えました。突然、宙に浮いたすあまは、びっくりして足をバタバタ動かしました。
すると目の前を、銀色の何かがシャーっと通り過ぎました。自転車です。あと1秒遅かったら、すあまはぺっちゃんこになっていたかもしれません。もち太は、すあまをそーっと地面に下ろしてから怖い顔を作って言いました。
「危ないだろう、すあま。道に飛び出したりしたら。自転車も急には止まれないんだ」
「ひとりでも、ちゃんと止まれたよ! すあまは赤ちゃんじゃないんだ! もち兄ったら」
すあまは、ちっとも反省していません。
2匹は、それからは少し慎重にいくつかの道を渡り、草原を横切って林の入り口までやってきました。
「あ。郵便屋さんだ」
もち太は、1人で散歩をしている男性に目を留めて叫びました。
郵便屋さんは、いつももち太の家に手紙や小包を届けてくれる優しいおじさんです。ときどき美味しいおやつもくれるので、すあまもおじさんを見ると喜んで駆けていきました。
郵便屋さんは、山菜採りをしているようです。この辺りには、おいしい山菜がたくさん生えているのです。
「おお、こんなところにノビルが生えているよ。これは美味しそうだ」
野蒜は今が花盛りのようです。白い星のような花びらの先は、紫がかったピンクで彩られています。中心の額は鮮やかな若緑です。すっくと立つ茎から、暗赤色のムカゴを突き抜けるように、可憐な花がいくつも飛び出して咲き誇っていました。
郵便屋さんは、野蒜を摘み取って、持っている籠にポンポンと入れていました。
「どれどれ、1つ試してみるかな」
地下茎の皮をきれいに剥くと、真っ白い鱗茎が顔を出しました。郵便屋さんは、それを生のまま口に放り込んで、シャリシャリと食べてから、これは美味しいと微笑みました。
「すあまもたべたい」
それを見ていたすあまが、言いました。
郵便屋さんは、ギョッとして大きく首を振りました。
「ダメだよ。絶対に食べちゃダメだ」
「ずるい、美味しいものを独り占めしようとしている」
「違うよ。君たちはこれは食べられないんだ」
もち太は、あれ、でも、郵便屋さんはいま食べていたよね、そう思いましたが、すあまも同じことを思ったようです。
「食べられるもん。さっき、美味しいって言ったじゃない。すあま、草食べられる。おうちでエン麦も食べているもん。これは、きれいな花。お店で売っているすあまとおんなじ、白とピンク!」
そういうと、すあまは野蒜の花をぱくっと食べてしまいました。
「やめろ!」
「ダメだ!」
もち太と、郵便屋さんが同時に叫びましたが、間に合いませんでした。
もぐもぐと口を動かしたすあま、顔をゆがめました。
「なんだこれ、ぜんぜん美味しくないや。エン麦のほうが100倍美味しいよ」
そういうと、口の中から、残った草をぺっと吐き出しました。
「まったく食べなかっただろうね。それとも少し飲み込んでしまったのかい?」
郵便屋さんは、真剣にすあまの顔をのぞき込みました。すあまは、急に世界が回り出したように感じで怖くなりました。それに、どういうわけかだんだんお腹が痛くなってきたのです。
もち太は、すあまの具合が悪そうになってきたので心配してその顔をなめました。すあまは、先ほどまでの生意氣な態度はどこへやら、その場にうずくまってシクシク泣き出しました。でも、お腹はどんどん痛くなってくるのです。
「もち兄~っ!! お腹が痛いよう。助けてよう」
転がって苦しむすあまをみて、真っ青になったもち太は、グルグルと周囲を回りました。でも、どうしたらいいのかわかりません。もち太はお医者様ではないのです。
「ああ、食べてしまったんだな。これはよくない、何とかしなくちゃいけないな」
郵便屋さんは、しゃがみ込んですあまのお腹に手を当てようとしました。
もち太は、自分で身を守ることもできないすあまを守ろうと、郵便屋さんとの間に入り込んで唸りました。
郵便屋さんは、優しく言いました。
「ひどいことはしないよ。でも、一刻も早くノビルをこの子の体から取り出さないといけない。いい子だから信用してそこを退いておくれ」
「なんで?」
もち太は、唸るのをやめて郵便屋さんの顔を見ました。
「君たち、犬にとってネギの仲間は毒なんだよ」
「それは知っているよ。すあまは、ネギは食べていないよ」
「うん。でも、ノビルはネギの仲間なんだ」
もち太は、真っ青になりました。すあまが苦しがっているのは、毒を食べてしまったからなのです。
「大丈夫。俺がここにいたのは、この子にとってラッキーだったんだよ」
郵便屋さんは、そういうと痛がっているすあまのお腹のあたりを優しくさすりました。するとどうしたことでしょう、すあまの真っ白なお腹に銀杏ほどの小さな盛り上がりがいくつも見えてきたかと思ったら、それが小さな5ミリほどの暗赤色をした粒に変わり、ポンポンとはじけて郵便屋さんの掌におさまりました。
すあまのお腹の痛みは、すうっと消えていき、ハスキーは思わず咳き込みました。
「すあま!」
心配するもち太の声に、すあまは瞼をあけました。アクアマリンのように透き通った瞳がもち太を見て微笑みました。
「もち兄、お腹痛いの、治った!」
「やあ、これは立派なムカゴだな。無事に全部取れたようだね。じゃあ、これはもらっていくよ」
すあまは、ぴょんと横に飛び退きました。先ほどの痛みはすっかり消えていました。もち太は、元氣になったすあまを見て、尻尾がちぎれんばかりに振って喜びました。
「すあま! 郵便屋さんにお礼を言いなさい。治してくれたんだよ」
もち太は言いましたが、その時にはすあまはもう先まで駆けだしていました。飛び回れるようになったのが嬉しくて仕方ないようです。
もち太は、郵便屋さんにぺこりとお辞儀をすると、いそいですあまを追いかけました。1人で行かせておくと、また何かやらかすかもしれないからです。
郵便屋さんは、「夏を楽しみなさい」と手を振って見送ってくれました。
もち太は、すあまを追って駆けていきました。草原には、白、黄色、紫と、色とりどりの小さな花がたくさん咲いています。
自分も、すあまも、健康で走り回れることは、なんて素晴らしいのでしょう。ことしの夏も、去年のように美しくて楽しいものになりそうです。
でも、どうして。あんなに苦しんでいたすあまが、郵便屋さんがお腹にちょっと触れただけで、簡単に治っちゃったんだろう。もち太は、走りながらチラッと考えました。あれは、なにかの魔法なのかも。でも、そうだとしたら、どうしてあの人は郵便屋さんなんて、しているんだろうなあ。僕なら、魔法が使えたら世界旅行をして、美味しいものを食べ歩くけれどなあ。
もち太は、すあまよりも大きくて賢いハスキー犬でしたが、どう考えても答えを見つけることはできませんでした。でも、答えがみつからなくても不都合はなかったので、じきに忘れてしまいました。
すあまといると、もっと急いで考えなくてはいけないことがたくさんありました。いまも、見つけたばかりのヒキガエルに飛びかかろうとしているすあまを止めるために、もち太はふたたび全力疾走をしなくてはなりませんでした。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
【小説】不思議の森の名付け親
「scriviamo! 2021」の第7弾です。もぐらさんは、オリジナル作品の朗読で参加してくださいました。ありがとうございます!
もぐらさんの朗読してくださった作品「桜の福の神 いちょうの貧乏神」
もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。お一人、もしくはお二人で作品を朗読なさり、当ブログの作品もいくつも読んでくださっています。いつもとても長くて本当にご迷惑をおかけしています。
今年もオリジナルの「貧乏神」シリーズでご参加くださいました。日本の民話をアレンジなさった素敵な作品です。貧乏神のシリーズとはいえ、毎年、とてもハートフルなエンディングでお正月にふさわしい素敵な作品ばかりです。とくに今年は、コロナ禍の時代に考えさせられるお話になっています。
お返しですが、今年は、平安時代の「樋水龍神縁起 東国放浪記』でも、もぐらさんのお好きな『Bacchus』関連でもなく、ヨーロッパの寓話風の作品を書いてみました。今年のもぐらさんの作品のテーマである「禍福は糾える縄の如し」を意識して、ヨーロッパの中世で多くの作品のモチーフとなった『死の舞踏』の思想を織り込んであります。また人ならぬ名付け親のおかげで赤ん坊の運命が変わるというストーリーはグリムの作品「死に神の名付け親」に着想したものです。
もぐらさん、なんと1月末に大きなお怪我をなされたとのこと、1日も早いご快癒をお祈りすると同時に、これが厄払いとなり、大きな福が舞い込んでくるように祈りながらこの作品を書きました。
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不思議の森の名付け親
——Special thanks to Mogura-san
はるか昔のことです。どのくらい昔のことか、もう誰もわからないほど昔のことです。ある街で、同じ日に、3つの別々の家で子供が生まれました。両親は、我が子にそれぞれ立派な人物に名付け親になってもらおうと願いました。
ところが、その地方では、1度に2人以上の名付け親になることは禁止されていて、ひとかどの人物で名付け親になってもらえる人が見つかりません。そこで親たちは、近くの森へと出かけました。この森には、不思議な力が満ちていてこの世のものでない存在が時おり姿を現すというのです。
最初に森に着いた親子は、重い
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」
赤い外套を着た男は重々しく頷きました。
「私は、《富裕》だ。私が名付け親になるこの子は大金持ちになるだろう」
両親は、もちろん大喜びで《富裕》に名付け親になってもらいました。
次に森に着いた両親は、《富裕》が別の子供の名付け親になってしまったことを残念な思いで眺めました。そこに紫色の煌びやかな外套と仔羊を抱えた男が現れました。
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」
紫の外套を着た男は重々しく頷きました。
「私は、《宗教権威》だ。私が名付け親になるこの子は尊敬される立派な大司教になるだろう」
両親は、もちろん大喜びで《宗教権威》に名付け親になってもらいました。
最後に森にやって来たのは、一番森から遠い所に住む夫婦でした。他の家族が《富裕》や《宗教権威》とともに洗礼式の行われる教会へと急ぐのを残念な思いで眺め、他に立派な名付け親がいないかあちこちと探しました。
すると、森の奥から、茶色のみすぼらしい外套を羽織り、馬の尻尾のように長い髪を後ろにまとめた男が現れました。
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」
茶色い外套の男は、重々しく言いました。
「わたしは、《馬の守護》だ。《富裕》や《宗教権威》のような社会的栄華は約束できないし、私が名付け親になる子は
赤ん坊の両親は、すこしだけ落胆しましたが、名付け親がいなければ洗礼はできません。男にお願いして、洗礼堂へ向かいました。
洗礼堂では、先に着いた2組の家族が待っていました。はじめの両親も、2番目の両親も、みすぼらしい《馬の守護》を見ると、侮るような顔をして笑いました。
時は経ち、3人の赤ん坊は、みな大人になりました。そして、それぞれ名付け親の預言通りに育ちました。
1人は国一番の商人となり都に屋敷を構えました。もう1人はこの街出身の者としてはじめて大司教に任命され、大司教領に住むようになりました。そして、もう1人がこの街にとどまる貧しい馬飼でした。
馬飼の両親は、たまにこの街を訪れる商人や大司教の両親と出会うと決まってこう言われました。
「本当に、あなたは不運でしたね。あの不思議の森で立派な名付け親に会えたおかげで、うちの子は立派に出世し、私たちもこんなに幸せになりましたよ」
子供の成功のおかげで、2組の両親の生活も以前とはまったく変わり、立派な屋敷に住み、裕福な暮らしをしていたのです。
馬飼の両親は、悔しいと思いましたが、それをいっても始まりません。貧しい暮らしの中、親子3人で寄り添って暮らしていました。
ある年、青年の飼っている馬たちが一斉に病にかかりました。青年は心を込めて看病をし、全ての馬が再び元氣になりました。続けて、青年と、それから両親までもが高熱を出しましたが、それもやがて治りました。
青年と両親の家の近くに住む、多くの人も同じような病にかかりました。彼らは、おかしな病を持ち込んだと馬飼と両親に嫌みをいいましたが、家で寝ているだけで、みなまた健康になりました。
みなが元氣になったことを喜んでいると、怖ろしい報せがやってきました。隣の国で発生した天然痘が、国境を跨いで襲ってきたのです。人々はバタバタと倒れて、多くの人が亡くなり、助かった者にも醜い痕が残りました。
街の北側から
Quod fuimus, estis; quod sumus, vos eritis
(我らはかつて汝が今あるところのものだった。
そして汝はいずれ、我らが今あるところのものになる)
商人とその両親は、《疫病》と亡者たちがやってくるのを目にすると、震え上がって名付け親である《富裕》に助けを求めました。
けれど、《富裕》は首を振りました。
「この世のたいていのことは、お金を積めば何とかなるものだ。しかし、《疫病》だけは、お金で買収はできないのだよ」
大司教とその両親も、神様に祈り、それでも《疫病》と亡者らが大司教領を避けて通ってくれないこと知ると、《宗教権威》に何とかしてもらえないかと頼みました。
けれど、《宗教権威》も首を振りました。
「この国のたいていのことは、神の威光があれば何とかなるものだ。しかし、我らは神ご自身とは違う。《疫病》の進路を変えることはできないのだよ」
馬飼は、《馬の守護》に何かを頼めるとは思わなかったのですが、自分や家族が天然痘で死んだら馬はどうなるかと心配になり、名付け親に相談しました。すると《馬の守護》はいいました。
「心配する必要はない。お前と、お前の両親は天然痘にはかからないから」
さて、竜に乗って馬飼の住む街へやってきた《疫病》は、村はずれの馬飼たちのいる一角を見ると、嫌な顔をしていいました。
「なんてこった。こいつらには手を出せないじゃないか。しかたない、よそへ行こう」
馬飼は、ひどく驚いて名付け親に訊きました。
「どういうことなのですか」
名付け親である《馬の守護》は、答えました。
「お前たちは、《馬の病》にかかっただろう。あの病にかかり回復した者は、決して天然痘にかからないのだ」
それを聞くと、馬飼と両親、そして、《馬の病》にかかった近所の人たちは大いに喜びました。そして、まだ《馬の病》が治っていない人のところに、健康な知り合いを連れてきて、次々と《馬の病》にかかるようにしました。
天然痘の猛威が収まり、人々に平和が戻ってきた頃、その国も隣の国も人口が6割ほどに減ってしまいました。たくさんの貧しい人たちが亡くなりましたが、同じように王侯貴族も聖職者も亡くなりました。
ただ、《馬の病》にかかった人たちは、みな無事でした。人々は、神と貧しい身なりの《馬の守護》に感謝して、貧しくても助け合いながら暮らしました。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
【小説】夜のサーカスと重苦しい日々
「scriviamo! 2021」の第8弾です。山西 左紀さんは、今年2回目、「物書きエスの気まぐれプロット」シリーズの掌編でご参加いただきました。ありがとうございます!
左紀さんの書いてくださった「エスの夜遊び」
ご存じの方も多いかと思いますが、サキさんの「物書きエスの気まぐれプロット」にときどき登場させていただいている「マリア」というハンドルネームの友人は、当方の作品『夜のサーカス』の登場人物です。本名アントネッラというドイツ&イタリア・ハーフの中年女性で、コモ湖畔のヴィラで一風変わった暮らし方をしている人物という設定です。
サキさんが、エス関連で「scriviamo!」にご参加くださるときは、アントネッラ系でお返しするのが半ばお約束になっていますので、今回もそのパターンでお送りします。また、メカメカのお得意なサキさんがボカロの曲をモチーフに書いてくださいましたので、こちらも1つ音楽をモチーフにして書くことにしました。イタリア語の歌ですので、追記に動画と意訳ですがだいたいの意味を載せておきました。この曲、コロナに合わせて作られた曲ではありません。が、妙に符合しているので使ってみました。
……で。例によって、オチもないんですけれど、すみません!
【参考】
![]() | 「夜のサーカス」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
夜のサーカス 外伝
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夜のサーカスと重苦しい日々
——Special thanks to Yamanishi Saki-san
アントネッラは、受話器を置くと深いため息をついた。コモ湖を臨むアプリコット色のヴィラ。彼女は、その本来は屋根裏にあたるかつての物見塔を居室兼仕事場として使っている。
古めかしいダイヤル式の黒電話が彼女の仕事道具だ。数年前に、アナログの電話はこれからは通じなくなるので、デジタルの電話を導入しろと電話会社に言われたのだが、この電話機でないとどうもうまく仕事ができないので、結局パルス信号をトーン信号にする変換器を取り付けてもらい、無理に使い続けている。
アントネッラは電話相談員だ。かつては大きな電話相談協会で仕事をしていたが、どうしても彼女だけに相談したいという限られた顧客がいて、このヴィラに遷る時に独立したのだ。そう、回線費用は高い。つまり相談料は安くない。けれど、なによりも「誰にも知られない」ということに重きをおくVIPたちには費用はどうでもいいことだった。
彼女の顧客の多くは、実のところ相談をしているのではなかった。アドバイスを必要としているわけでもなかった。彼らはとにかく抱えている秘密を口に出したいだけで、アントネッラは高い相談料と引き換えにひたすら耳を傾けるのだ。
しかし、ここしばらくの相談は、滅入るものが多い。それまでは、人の悩みも秘密も千差万別だったのだが、今はそうではない。ドイツからの相談も、イタリア国内からの相談も、基本的には同じ内容だ。家から出られない。旅行に行けない。レストランにすら行けない。閉じ込められた家庭内で不協和音が響く。隠しておきたい秘密の趣味をパートナーに知られないように、もう何か月も密かなる趣味に時間を使うことができない。
受話器を置いて、アントネッラはため息をつく。少なくとも彼女は、閉じ込められた家庭でパートナーとの不協和音に苦しむことはない。家族などいないのだから。
彼女の趣味である小説書きも、ロックダウンで遮られることはない。彼女に必要なのは、狭い机の上にドンと置かれた古いブラウン管ディスプレイとキーボードを備えた、古いコンピュータのテキストエディタだけだ。イタリア有数の保養地の湖畔にあるだけあって、燦々と降り注ぐ陽光もきもちよく、彼女の状況はさほど悪くない。
だが、それでも顧客たちの不平と、先行きの不安とが、彼女を滅入らせる。そして、もともと出かけることをさほど必要としていなかったにもかかわらず、禁じられた外出が彼女にも小さな苛立ちとして降り積もっていた。
日々の感染者数や死者を確認することもやめた。医療行政としてはその数字は大切なことだろう。だが、アントネッラにとっては、数値がどうでも同じなのだ。人口十万人あたり何人が感染して亡くなるかは確率と統計という形で提示される。だが、アントネッラ本人にとっては、病にかかるか、かからないか、もしくは、外に出られるか、できないか、それぞれ二者択一の問題だ。そして、いま以上に氣の滅入る情報を得ても、人生はよくならない。
人びとのバラエティーに飛んだ生き様を、アレンジして小説のプロットにすることを、彼女はずっと楽しんでいたが、ここ数ヶ月はそれもちっとも楽しくなかった。自分がうんざりするものを、読まされる方はもっとつらいだろう。この世界の多くの人々が同じことにうんざりしているなんて、アントネッラの始まったばかりとはとてもいえない人生でも、初めてのことだった。
アントネッラは、窓を開けた。まだ春というには肌寒すぎるが、コモ湖に反射する陽光は少しずつ明るさを増している。マキネットがコポコポと音を立て、エスプレッソの深い香りがあたりを満たしてくるのを、アントネッラは大人しく待った。
いま流行のプラスチックカプセルに収まったコーヒーを放り込んでボタンを押すマシンを購入すれば、あっという間に1杯分のエスプレッソを飲めることはわかっている。そういえばあのマシンを宣伝しているハリウッドスターは、やはりコモ湖に大邸宅を持っている。はじめは鼻で嗤っていた隣人たちの多くも、粉だらけのエスプレッソメーカーが不調をきたして、何度目かの修理をすることになったあげくに、結局あのタイプのマシンを使うようになったらしい。
アントネッラは、揺るがなかった。赤と黒に光る合成樹脂のボディーを見るだけで虫唾が走るのだ。たとえ実際に口にするエスプレッソの味に毎回揺らぎがあろうとも、ふきこぼして本来する必要のない掃除をすることになっても、頑なに銀のマキネットを愛用していた。
同様に、ずいぶんと昔から使っているラジオも、つまみを回してチューニングをするタイプのものだ。どちらにしろ送信側がデジタルになってしまっているのだから、受信側もボタンひとつで他局に変えられるデジタル式のラジオにする方がいいと、ここを訪れる多くの人が忠告する。だが、アントネッラは、まだそうするつもりになれなかった。
ラジオのスイッチを入れると、やはりつまみが少しずれていた。わずかに調整をしていつもの放送局を選ぶ。早口で情報を伝えるDJが語り終えぬ間に、イントロが流れてきた。これは、誰の曲だったかしらと、ぼんやりと考えていた。だが、男性の声が聞こえてきて、すぐにわかった。ティツィアーノ・フェッロ。聞き間違えようのない声だ。
とくに低音は、不思議なざらざらとしたノイズが入る。正確な音程と伸びやかなヴォーカルに纏わり付くざらつき。好きか嫌いかを超えて、決して忘れられない声は、幾億もの遺伝子の組み合わせから偶然誕生した彼だけが持つ声帯の恩寵だ。
ああ、そうか。アントネッラは、ひとり頷いた。彼女の友人であるエスに聴かせてもらった、ボーカロイドの歌のことを思い出したのだ。日本語だったので、歌詞はわからなかった。エスは意訳してくれたが、その真意までははっきり伝えられないだろう。アップテンポのビートのきいた曲で、失恋しつつもいまだに2人の未来を紡ごうと語りかけているらしいのだが、その様な感情は歌詞なしには伝わってこなかった。「これは宇宙ステーションで昼食のメニューを読み上げている内容」と言われたとしても、言葉のわからないアントネッラには「そうなのか」としか思えない。
どんな音楽を好むかは、人それぞれだ。アントネッラ本人は、あまり夢中にならなかったが、父親の故郷であるドイツでは、かつて電子音楽グループのKRAFTWERKが一世を風靡した。1960年代にシンセサイザーを用いた前衛的なロックは、現在とは比べものにならぬ大きな衝撃を音楽界に与えた。彼らの斬新さと主張を理解できないほどアントネッラは旧弊した人物でもなかった。
エスが人間の声よりも、ボーカロイドを好む理由は知らない。アントネッラの若かった頃に友人のひとりがそうだったように「シンセサイザーの音が近未来的でときめく」というような理由ではないだろう。若い世代にとってコンピューターやボーカロイドは未来ではなく、既に現実なのだから。ボイストレーニングや息継ぎなどの肉体的な制限もなければ、スタジオやギャラなどの制約もない、自由と平等さが好きなのかもしれない。それとも彼女にとって歌は楽器の一種で人間の個性は邪魔なのかもしれない。
アントネッラが聴きたい声は、機械や機械を模して感情を押し殺した発声ではなく、その反対のところにあるものだった。
彼女が関心を持ち書き続けている小説は、空想世界で繰り広げられる超人的な展開や斬新なアイデアよりも、むしろありきたりの自分の生活ベースに近いものを題材にしている。
音楽や詩も、やはり生活に近いものを好む。宇宙や深海よりも地上にあるものに関心が強い。悪魔的な破壊を叫ぶヘビーメタルや、環境問題を訴えるクラウトロックよりも、カップルの間に生じる感情を歌うイタリアンポップスに心地よさを感じるのだ。
いま耳にしているティツィアーノ・フェッロの歌は、そうしたアントネッラが馴染んでいるジャンルの音楽だった。
人類最高ではないが、機械はもちろん、他の誰かでも決して真似のできない特別な声。感情の理解できる抑揚は、時に揺らぎ歪む。それは決して高低や大小だけではなく、2度と再現できない毎回異なる波形の中で作り出すものだ。年齢によって深くなることもあれば、やがては衰えて再現できなくなる、一瞬の発露。
ボタンひとつで、まったく同じ正しい味が再現されるエスプレッソマシンに失敗はないが、何年も使い込んだマキネッタから注がれる粉のざらつくエスプレッソのような、複雑な苦みや旨味もない。それは待たされる時間や、数々の試行錯誤や失敗がスパイスとなって作り出す味だから。
それにしても、いま聞こえてきている曲の内容は、先ほどの電話相談の続きのようだ。閉じ込められた鬱屈が、本来ならば支え合うはずの2人を疲弊させている。この曲は、確か数年前に発表されたものだから、現状を意識して書かれたわけではない。人々の悩みは、結局、似たようなものだということだろうか。
世界の未来を憂えるのでもなく、社会正義を歌うのでも、手に入らない儚い愛を夢見るのでもなく、うまく処理できない重苦しい現実を見つめている。病に苦しんでいるわけでもなく、大きな破局がきているわけでもないが、世界中の多くの家庭の中で立ちこめている暗雲そのもののようだ。
彼女の見慣れていた世界は、いつ、もう少し朗らかになるのだろうか。あとどのくらい、仲間たちと笑い合ってワインを傾ける程度の楽しみすらも許されない日々が続くのだろうか。
冬の真ん中で、「明日春になってほしい」と望んでもどうにもならぬように、人々も苛立ちや重苦しさをなだめつつ、状況が変わっていくのを待つしかないのかもしれない。ボタンひとつで新しい世界に入り込むことができない代わりに、忍耐強く苦難を乗り越えた先には、なんでもない安物のワインや、あくびが出そうな電話相談ですら最高に素晴らしく思える日々が来るのかもしれない。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
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【小説】樋水龍神縁起 東国放浪記 約定
「scriviamo! 2021」の第9弾、ラストの作品です。TOM-Fさんは、「天文部シリーズ」シリーズの掌編でご参加いただきました。ありがとうございます!
TOM−Fさんの書いてくださった「この星空の向こうに Sign04.ライラ・アークライト オブ ザ スカイ」
TOM-Fさんは、胸キュンのツイッター小説、日本古代史からハイファンタジーまで 幅広い小説を書かれるブログのお友だちです。フィジックス・エンターテイメント『エヴェレットの世界』は、無事完結、現在は次の長編に向けて、準備中とのこと楽しみですね。
「scriviamo!」には皆勤してくださり、毎回趣向を凝らした名作でご参加くださっています。そして、毎回めちゃくちゃ難しいのですけれど、今年の難しさは例年と違うところにありまして……。最愛のキャラの渾身のエピソードでご参加なのですよ。いや、他にも大切なキャラでご参加くださったことは多々あるのですけれど、今回の作品は最愛のキャラをここまで痛めつけるかという、TOM−FさんのドSぶりを遺憾なく発揮されていて、いや、これに適当なキャラでお茶を濁すお返しはナシでしょう……みたいな。
それで、こちらも最愛キャラ(の前世だけど)を持ってくることにしました。しかも、同じくらい虐めている……ええと、いや、そうでもないか。しかし、TOM−Fさんがご自分の作品について「イタい」とおっしゃっている以上に、めっちゃイタい仕上がりになっています。あと、男が病で死んじゃうのと、男が死んだ女に囚われているのもあちらの作品と同じ。
いや、合わせてそう書いたのではなく、もともとそういう構想でして。今回のこれ、バリバリの本編で、しかも終わりから2番目くらいのところにあるべき話をいきなり書いてしまいました。ええ、TOM−Fさんのお話を読んでから「いきなり(ほぼ)最終回」を書くことにしたんです。
最終回の手前ですから、主要キャラたちの行く末が全バレです。ここまでとんでもないネタバレはさすがに普段はしませんが、この話に限ってははじめから主人公が野垂れ死にすることを公表しているので、これでいいかなと。この話、いずれ途中を書いたら、記事の順番を調整してこれがちゃんとおしまいの方に来るようにしたいと思っています。でも、ほら、もう書かないかも知れませんしね〜。(根の国のシーンが大変そうで筆が進まないという説も)

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樋水龍神縁起 東国放浪記
約定
——Special thanks to TOM−F-san
開け放たれた鳥居障子の向こうに垂れ込めた雲が見えた。萱は、平伏する次郎から眼をそらし、その雲間より逃れた一条の光が、若狭の海に差して煌めくのを眺めた。
安達春昌の忠実な従者である次郎が、ひとりでこの若狭を訪れるということが意味することは一つだった。久しぶりに次郎の顔を見て喜んだ三根もまた、その意を解して泣きながら萱に伝えに来た。
訊けば、春昌はここ数年東国を彷徨い、伊勢の近くで流行り病で亡くなったという。廃寺の境内に主人を埋め、次郎は生まれ故郷の奥出雲へ戻る途上であった。
かつて春昌は、いま次郎が座る位置のすぐ後ろの廂板間に座っていた。あれは何年前のことだろう。昨日のことのように鮮やかに脳裏をよぎるが、昔語りになってしまった。
「わざわざ報せにきてくれたこと、礼を申します。春昌様は、何かおっしゃられたのか」
萱は、頭を上げるように言ってから問うた。次郎は、わざわざ人払いを願い出た。何か伝えることがあるのだろう。
「お隠れになる二日ほど前のことでございました。こちらでお世話になったことを語られたとき、こうおっしゃいました。『誓いは果たしたと、萱どのに伝えてほしい』と」
萱は、こみ上げるものを押さえつけた。神罰に全てを捨てて彷徨うかつての陰陽師を、それまで以上に苦しめることになった約定を、萱もまた忘れたことはなかった。これからも生き続ける限り忘れないだろう。
それは、あの月夜のことだった。春昌は廂の板間に座り、若狭の海に揺れる月影を眺めていた。次郎は三根のもとに行き、佐代や岩次も下がり、萱はひとり春昌の杯を満たしていた。
献上品となる濱醤醢を造る『室菱』の元締めとして、女だてらに重責を担う萱は、長らくふさわしき婿取りを期待され続けてきた。父に婿になることを所望された若衆が海難に遭い、間もなく父も急死したため、図らずも若くして元締めになった萱には、これまで婿探しをしている時間などなかった。
何年か前より子細ありげな貧しい貴人、安達春昌とその従者次郎が滞在するようになって以来、古くからの使用人たちはこの貴人と萱との縁組みを期待するようになった。特に、萱の従妹である夏姫を巻き込んだ怪異を、春昌がみごとに祓い、かつて殿上すら許されていた陰陽師であったことが知れると、彼らの期待はさらに強くなった。それどころか若狭小浜の商い人たちも、もはやそれが決まったことのように噂するようになっていた。
ところが、当人同士が話を進める兆しを全く見せないので、業を煮やした使用人たちがあえて場を離れ、次郎を主人から引き離して、春昌と萱がふたりきりになるよう骨を折っていたのである。
萱は、彼らの願いは十分に承知していたものの、そのようなことは到底あるまいと心を定めていた。他の者らは、春昌と樋水龍王神社の御巫瑠璃媛の死にまつわる因果を知らなかったし、萱と播州屋惣太との深い因縁を春昌が承知していることも氣づいていなかったのである。
萱と春昌はもはや、釣り合う似合いの男女、もしくは惚れた腫れたの始まりを探り合うがごとき浅い仲ではなかった。影患いの果てに生成りとなった惣太の妻に萱代わりに祟られた夏を救うため、萱は春昌と共に、根の国を訪れることとなった。ふたりはそこでこの世ならぬものと対峙した。そして、そこで不本意ながら、もっとも知られたくない心の一番奥にある悼みを晒すことになってしまった。
十六夜の月は穏やかに輝き、若狭の海はいつになく凪いでいた。微かな風が、春昌の鬢からこぼれた髪をそよがせている。根の国で亡者に囲まれ二度と現し世に戻れぬことを覚悟したとき、彼は萱を守らんと全霊を尽くし半ば鬼と化した。その彼の姿は夢のように遠く想われた。
彼は、萱が生涯をかけて愛し求めた男ではない。そして、彼にとってたったひとりの宿命の女は萱などではない。彼が奥出雲の地で禁忌を犯し、そのために名聞はなれ彷徨い生きていることも知っている。けれども、そうした全ての情状は現し世にのみ存り、根の国の在り様とは何ひとつ関わりなきことであった。萱は、神意も天罰も愛欲も恩讐も全て手放し、ただ彼と共に、かの黄金に輝く七色の光の中に溶け込んで消えていきたかった。
こうして現し世に舞い戻り、またそれぞれの情状を抱えた者に分かれて座っていることに、違和感が拭えない。夢の続きのごとく、合うさきるよそ事に思える。春昌様も、同じように感じておられるのであろうか。萱は、穏やかな彼の横顔を見ながら考えた。それとも、この方にとって、あのような神事象の見聞は、明暮のことなのやもしれぬ。
誰よりも近く、誰よりも頼りになると感じられた男が、現し世ではこれほどに遠く感じられる。身分と立場が、そして、お互いの持つ深い業と過去が、ふたりの間に大きな楔を打ち込んでいる。『室菱』の者らにも、おそらく春昌を知り尽くした次郎にも見えてはいない、まがう事なき隔たりを萱は感じている。この男とひとつになれるのは、あの七色の光の中でだけなのだと。
ふたりとも、言葉にしてその様な語りは何もしない。ただ、周りの期待には応えられないことを、お互いが誰よりもわかっていた。怖ろしいほどに穏やかな月夜だった。
「そういえば、弥栄丸から便りがございました。来月、夏と共にこちらに参るそうでございます。ふたりとも一日も早く春昌様にお目にかかって御礼を申し上げたいと、心はやっている様子でした」
萱は、丹後の屋敷に戻っている夏の様子を知らせた。あのふたりが夫婦になることを夏の父親もついに許したらしい。
春昌は、夏の話をするときにいつも見せる幼子を愛おしむような微笑みを見せて答えた。
「夏どのがこちらに戻られる頃には、私はもう居りませぬ。よろしくお伝えください」
「どうしてですか」
「月が明ける前に、出立する心づもりでおります」
これから冬になるというのに、なぜいま苦しい旅に出ようとするのだろう。
「春昌様。春をお待ちください。これからの山越えはおつらいでしょう」
彼は、顔を向けて萱に冷たい一瞥を与えた。ひどい冷氣が下りたかと思うほど空氣が変わった。春昌の全身が例の青紫の氣焰に覆われていた。
「だから行くのだ。ここで心地よい冬を過ごしたりせぬように」
はじめてその氣焰を感じたとき、萱は何か禍々しきものに触れたのかと、ひどく怖れたものだ。だが、彼女はもうそれに恐れを感じることはなかった。それは、癒やされることのない痛みと己れすらを許さぬ怒りが生み出す彼の業そのものだからだ。彼女は、彼の心の痛みに耐えかねて、思わずその掌を彼に向けた。
すると、不思議なことが起こった。あの根の国で見たのと同じ、彼女自身の黄色い氣焰が掌で暖かい色に輝きぶつかった彼の氣焰の色を変えたのだ。
萱は長いこと、自らの氣焰も含めて、この世ではないものを見ることをやめていた。自分にはその様なことはできないのだと思っていた。かつて媛巫女瑠璃に、樋水龍王神の御前に連れて行かれたときも、偉大なる巫女の権能が彼女に特別なものを見せたのだと思い込んでいた。
だが、それは、萱自身の『見える者』としての力だった。春昌と共に訪れた根の国で、彼女は再び樋水龍王神の御姿を拝し、禍つ神を浄める媛巫女に比肩する伎倆を手にしたのだ。
全ては収まるべきところに収まった。萱は現し世に戻り、商いには不要なその特別な力はもう使うこともないと思っていた。
それなのに、なんということであろう。かつて己をあれほど怖れおののかせたあの氣焰を、自ら触れるだけで消している。
掌はまだ服の上にも達していないが、萱の掌から溢れる暖黄色の光は、春昌の外側に纏いつく青紫の氣焰を、触れたところから次々と春の若萌え草のような明るく心地よい氣に変えていった。
だが春昌は、萱がしようとしていることを見て取ると、身を引き、苦しそうに顔をゆがめて言った。
「やめてくれ、浄めるな。頼む」
萱は、動きを止め、わずかに後方へ下がった。青紫の氣の焰はまだ春昌の周りに燃えていた。若緑に変わりだしていた氣も、やがて再びその青紫に打ち消されて消えていった。
「すまぬ」
春昌は、絞り出すように言った。
「無駄なのだ。一刻、すべてを浄めても、またこの業が勝る。奥田の秘め蓮の池も、権現の瀧も、若狭姫大神の神水も、どうすることもできなかった。私が生き続ける限り、これは消えはせぬ」
「春昌様」
「夏どのを救うためには、そなたの力を借りる他はなかった。だが、そなたの眠れる力をあのような形で目覚めさせたのは、忌むべき咎だ。ましてや、そなたをこの呪われた業に巻き込むわけにはいかぬ。呪われ黄泉へ引きずり込まれるべきはこの身だったのだ。媛巫女ではない。憐れな次郎でもない。そして、そなたでもないのだ」
「想ってはならぬ方を想うことが呪われた業ならば、この身はとうに奈落に落ちております」
萱は、わずかに震えながらも、はっきりと口にした。
惣太の妻を恨みの鬼にし、影患いに追い込んでしまったのは、他でもない自らの業だ。たとえ全てが終わった今となっても、神罰を受けることはなくとも、その事実を変えることはできない。
春昌は、わずかに顔の険しさを緩めた。否定しないことが、彼が萱の言い分を認めていることを示している。
「春昌様。苦しまれるあなた様を、同じ浄めの力を持つ私の元へと導かれたのは、媛巫女様だとお思いになりませぬか」
夏のように、三根のように、すべてを投げ打ち想いのままに慕う相手の胸に飛び込むことは、萱にはできない。自らが媛巫女に立ち替わる存在だとうぬぼれているわけでもない。だが、せめて一刻でもかまわない。私にできることをさせてくださいませ。萱は祈るように春昌を見つめた。
「媛巫女の真似事はそなたの本分ではない。その様なことを度々すれば、すぐに周りにこの世ならぬものが集い、身動きが取れなくなる。心を煩わさずに、そなたの定めを生きよ」
「そして、あなた様おひとりで、全ての苦しみを背負われるおつもりですか。せめて、ここにおられる間だけでも、重荷を下ろして楽におなりくださいませ」
春昌は、月から視線を移し萱を見た。
「楽になどならなくていいのだ。ここで安らぎを得るのも過ちだ。私は赦しの道を探しているわけではないのだから」
揺るぎのない強い光を放つ瞳を見て、彼女はこの男が彷徨いながら探しているものが何かを理解してしまった。嘆きせめぐその魂は、もはやなんの希望をも持っていなかった。
萱は彼を救うことができない。彼の願いはひとつだけなのだ。呪われた身を横たえ二度と目覚めぬこと。罪に穢れた屍を受け入れてくれる土地神を探すこと。
「そのようなことを、おっしゃらないでくださいませ」
絶望に打ちひしがれて、萱は伏した。
彼は女の涙には揺るがなかった。一刻も早くここを去ろうとするのは、大きくなりすぎた萱との縁を断ち切るためなのだ。
「萱どの。そなたは、私と次郎に善く尽くしてくれた。その恩に報いることのできるものを私は何ひとつ持たぬ。だが、もし、私の力でそなたの恩に報いることができるのならば、どんなことでも願い出てほしい」
萱はたったひとつの願い事をした。それが、春昌が果たしたという約定だった。
萱は、紙に包まれた一房の髪を手に取った。別れ際に見た彼の髪にこれほど白いものは目立っていなかった。伊勢にたどり着くまでに、どれほどの新たな苦しみを抱いたのであろう。目の前の次郎もまた、少し歳をとった。だが、故郷へ戻る彼の氣焔には、以前よりも朗らかで暖かいものがにじみ出ている。
「次郎どの。春昌様のお言葉をお伝えくださり、誠にありがとう存じます。また、大切なご遺髪をお譲りいただき、謝するにふさわしき言葉もございません」
次郎は、声を詰まらせながら、萱の心を慮った言葉を綴った。この春昌と媛巫女に忠実な侍者が、わざわざ伝えに来たのだから、春昌が我が身を忘れなかったのもまことであろうと思った。次郎や、他の者が思っているのとは違うとはいえ、確かに彼と萱は特別な縁で結ばれていた。
そして、次郎もまた、この若狭で、長く苦しい旅に値する縁を見いだしたのだろう。
「次郎どの。あなた様と三根のこと、私に一切遠慮をなさらぬように。三根の恩義はもう十分に返してもらいました。どこへ行こうとあの者の心のままです」
次郎は、萱に許しを願い出る時機を迷っていたのであろう。顔を真っ赤にして、また畳に何度も頭をこすりつけた。
遠からず、次郎は新しい旅の道連れと、奥出雲への旅路に出るであろう。たち止まり根を張ることも、赦され安らかに生きることもない、終わりの見えなかった旅は終わろうとしている。誤って大切な媛巫女を死なせた苦しみは、彼の主人が全て背負い、伊勢の弔うものもない廃寺で朽ちていこうとしている。
次郎が下がった後、萱はかの板間に座り、春昌の遺髪を今ひとたび見つめた。それはすでに魂なき物であった。青紫の氣焔も、若緑のそれも、もはや感じることはなかった。彼の願い、せめぎ苦しんでいた魂の渇望は、ようやく成就したのだ。萱が言霊で縛り付けた、長い苦しみの果てに。
萱が彼に願ったのはたった一つだった。
「生き続けてくださいませ。決して自尽はなさらないでくださいませ」
彼は、萱の残酷な願いを了承した。流行り病で命を落とすまで、彷徨い生き続けた。そして、いま萱は、彼のいない現し世に虚しくひとり立っている。
忙しく働く使用人たちの声が耳に入る。萱は、遺髪の包まれた紙をそっと胸元にしまうと、立ち上がり表へと向かう。もう一度若狭の海を振り仰いでから襖戸を閉めた。
(初出:2021年3月 書き下ろし)
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