【小説】大道芸人たち 番外編 〜 港の見える街 〜 Featuring「絵夢の素敵な日常」
「scriviamo!」の第四弾です。(左紀さんの分と一緒に、またしてもStellaに出しちゃいます)
山西 左紀さんは、おなじみの〝空気の読めないお嬢様〟「絵夢の素敵な日常 」シリーズで、ほぼ私の好み100%の掌編を書いてくださいました。左紀さんのブログの5000HITを私がちゃっかり踏んだのですが、リクエストOKというお言葉をいいことに「(絵夢の執事の)黒磯」と「チョコレート」という無茶なお題でお願いしたのです。このわがままに、素晴らしい作品で答えてくださっただけでなく、なんと当方の「大道芸人たち Artistas callejeros」の四人も登場させて、「scriviamo!」にも快く参加してくださいました。本当にありがとうございます。
左紀さんの書いてくださった掌編 アルテミス達の午後
そういうわけで、絵夢さまをお借りして、「大道芸人たち Artistas callejeros」の番外編を書いてみました。
せっかくのコラボをどうしても並べたかったので、無茶を承知で、今月三本目のStella参加です。
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
「大道芸人たち」をご存じない方へ
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログでメインに連載していた小説です。偶然知り合った四人が大道芸をしながらヨーロッパを旅していくストーリーです。今回発表している物語は、この四人が日本に来日しているという設定のスピンオフ作品です。
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 港の見える街 〜
Featuring「絵夢の素敵な日常」
——Special thanks to SAKI-SAN
窓から見える港をじっと眺めている蝶子の横に、すっとレネが立った。
「パピヨンは海が好きなんですね」
稔がインターネットで目ざとく見つけた格安のビジネスホテルにはバイキング式の朝食がついていた。最上階にある展望式レストランからは神戸の港が一望のもとだった。
蝶子は、いつになく優しい笑顔を見せて答えた。
「この風景は特別好きなのよ。ブラン・ベックにとってのアヴィニヨンの橋みたいなものかしら」
「この神戸で育ったんですか?」
そんなことを蝶子は一度もいわなかったので、少しびっくりした。
「育ったってほどじゃないわ。でも、子供の頃、しばらく神戸に預けられていたの。祖父母が住んでいたから」
それを聞いて、稔とヴィルも寄ってきた。
「そいつは意外だな。お前は関西に縁ないのかと思っていたからさ」
蝶子は、黙ってフルートの箱を握りしめた。
どこにいこうかと稔が訊いた時に、蝶子は氣まぐれな態度で神戸に行かないかと提案した。といっても、行っても行かなくてもどちらでも構わない程度の口調だったので、まさか蝶子にとってここが大切な場所だとは夢にも思わなかったのだ。ガイジン二人は、神戸とはかつて大きな地震のあったところくらいの予備知識しかなくて、何があるのかも知らなかった。
蝶子はあいかわらず、日本の家族とまったく連絡を取ろうとしなかった。稔は蝶子の実家の住所を覚えていなかったし、彼女が家族に対する郷愁をまったく見せなかったので、余計なことは言わないできた。けれど、はじめて見せた一種のノスタルジーにつきあいたくなった。
「よし、今日は、お前の思い出深いところで稼ごうぜ」
「阪神の三宮だったかしら、それとも……」
蝶子は、心もとない感じで地図を眺めた。
「なんだよ。わかんないのかよ」
稔が覗き込む。ガイジン二人は黙って肩をすくめる。
「だって、私、幼稚園児だったのよ。ちゃんと憶えているわけないじゃない」
「じゃ、とにかくそこにいこうぜ。どっちにしても、人だかりはあるだろうし」
三宮駅に着いても、蝶子には、祖父母のマンションのあった場所をはっきりという事は出来なかった。
「何もかも変わっちゃったみたいだわ」
「あんたが大きくなって目線が変わったからかもしれないぞ」
ヴィルが指摘すると、蝶子は肩をすくめた。
繁華街に向けて表通りを少し歩いていくと、レネの眼が輝き出した。稔はレネの視線を追って、それからしたり顔で頷いた。
「ははん。そうか、二月だもんな」
どこもかしこもハートマークの看板のついた、ワゴンが道にせり出していた。その上には山盛りの綺麗に包装されたチョコレートの箱、箱、そしてまた箱。レネはその商品見本を見て、中身が何であるかわかったので、心惹かれているのだ。
「なぜこんなにたくさんチョコレートを売っているんだ? スイスみたいだな」
ヴィルが首を傾げる。
「日本のお菓子メーカーの戦略が当たって、毎年恒例のお祭りになってしまったのよ。聖ヴァレンタインデーに日本では女性が男性にチョコを贈るの」
レネとヴィルは首を傾げた。最愛の人に贈るにしては、一つひとつが小さすぎるし、大体なぜ「女性」だけが贈るのだろうか。
「これは、義理チョコ用だよ」
「ギリチョコ?」
蝶子は二人に手早く「義理」という概念と、日本では聖ヴァレンタインの日に、女性にとって最愛でもない上司や同僚にも大量のチョコレートが配布されている事実について説明した。ガイジン軍団はますます混乱したようだった。
「なあ。ところで、俺も日本男児なんだけど」
稔が、若干もの欲しそうな目つきで蝶子を見た。
「だ・か・ら?」
蝶子は冷たい一瞥をくれた。
「いやあ、せっかく二月に日本にいるんだぜ。義理チョコとは言え、フルート科の四条蝶子や、ヴィオラの園城真耶にチョコをもらうなんて僥倖、当時のクラスメートにうらやましがられると思うんだけどな~」
蝶子は、まあ、という顔をした。
「なぜ、そこで他のクラスメートの話になるんだ?」
理屈っぽいヴィルが突っ込む。
「ああ、ヴァレンタインのチョコの数は、男の人氣のバロメータなんだよ」
稔がそう説明すると、レネがだったら僕も欲しいと言いたげな顔で蝶子を見つめた。
「な、なによ。わかったわよ。チョコの代わりに、今夜は三人の素敵な男性に、私がごちそうするわよ、それでいいでしょう」
チョコレートよりも酒の好きなヴィルは露骨に嬉しそうな顔になり、レネは素敵な男性と言われて舞い上がり、稔も瓢箪から出た駒に、なんでも言ってみるものだなと喜んだ。
商店街をすぎてしばらく行くと、ちょっとした広場があった。四人の勘が「ここは稼げる」と告げたので、ここを仕事場にすることにした。警察がパフォーマンスの許可がどうのこうのと言い出す前に素早くはじめて、さくっと終える必要があった。
パントマイムを交えた音楽劇はあっという間に人だかりを作った。観客のスジを読むと、どちらかというコテコテのものの方がウケることがわかったので、レネは面白おかしい手品を、ヴィルもコミカルなパントマイムを演じた。それから稔と蝶子は「日本メドレー」を明るい調子で演奏した。知っている曲が続いたので、ギャラリーは喜んで小銭の投げ込まれる間隔が短くなった。
アンコールの拍手が続くので、稔はガイジン軍団に目配せをした。先日から用意しておいた「必殺ニホンゴ・ボーカル」。ノリのいい日本人向けのスペシャルだ。稔と蝶子が演奏する『早春賦』にヴィルとレネが加わる。
「ハ~ルノ~、ウラ~ラ~ノ~、スゥミィダガワ~」
観客はどっと笑う。その微妙な発音がおかしくてたまらないのだ。おお、ウケたぞ。『ソーラン節』もいってみよう。稔の悪のりに蝶子は苦笑したが、アンコールなのに、以前よりもたくさんコインが放り込まれている。悪くないわね。
大喝采の後、稔が出会った当時と同じ守銭奴の顔つきでコインを集めていると、フルートの手入れをしている蝶子の所に一人の女性が近づいてきた。きれいに手入れされて艶つやの黒髪が風になびいている。ニコニコしている。
「こんにちは。とても素晴らしい演奏でした」
蝶子は、軽く頭を下げると、その女性の瞳を見つめた。どこかで感じた雰囲氣だと思ったら、園城真耶と同じ空氣をまとっていた。たぶん同じ階層に属するのだろう。灰色のコートの上質さがその推理を裏付けていた。真耶に似ているのは、それだけではないだろう。穏やかで物静かに見えるけれど、瞳の輝きは、強烈な個性を内に秘めていることを物語る。自分のしたいことがきちんとわかっていて、自分の未来をしっかりと切りひらいていける、そういうタイプの女性だった。蝶子は、大学で真耶に会ってすぐに抱いたのとまったく同じに、この見ず知らずの女性にある種の敬意を抱いた。
「どうも、ありがとうございます」
「これで終わりになってしまうのは、残念です。もし、ご迷惑でなかったら、リクエストをしてもいいでしょうか」
女性はハキハキと頼んだ。
「何をお望みですか?」
蝶子は、心の中で付け加えた。あなたのリクエストなら。誰のリクエストでもきくわけじゃないのよ。
女性は戸惑い気味に言った。
「私、ドビュッシーが好きなんです。たとえば……」
「……『シランクス』とか?」
蝶子が即答すると、女性は眼を瞠って、それから頷いた。蝶子は、フルートを構えてゆっくりと吹き出した。
なんてめぐり合わせだろう! 蝶子の心は、三十年ちかく前に戻っていた。彼女は五歳になったばかりだった。二歳年下の妹、華代が入院することになり母親が付き添うことになったので、神戸の祖父母のもとに預けられることになったのだ。
蝶子はいつも両親のわずかな冷たさを感じていた。華代が生まれてからは、その感じは強くなった。母親も華代もいない状態で、祖父母のもとに滞在するのははじめてだった。そして、それは新しい幸福な経験だった。祖父母は孫を十分に甘やかしたから。うな重を一人分注文してくれた。バニラ・ビーンズの散っているおいしいプリンを買ってくれた。六甲山ホテルへ行き満天の星のように輝く神戸の夜景を見せてくれた。そして、港の見えるマンションで、優しくて美しい音楽をたくさん聴かせてくれた。
その曲をはじめて聴いたのは、ある朝だった。窓から見える神戸港。海の上に光がキラキラと反射していた。ゆっくりと大きな船が港を出て行く。そこにラジオから流れている不思議な美しい旋律。幼稚園で聴かされるような騒がしく単純な音ではない。繊細で、複雑な音。フルート奏者になった今ならば、半音階と全音階が複雑に組み合わされ、東洋の影響を色濃く受けた印象派特有の旋律であると説明することが出来る。ギリシャ神話、アルテミスの従者であったニンフの逸話にちなんで作曲された、フルート奏者にとっては避けて通れない大切な曲目であることも。けれど幼き日の蝶子には、ただその美しさだけが心に染み入った。
「これ、なんて音楽?」
そう訊いた孫に祖父母は笑って答えた。
「フルートの音楽だねぇ。ドビュッシーだと思うよ、なんて曲だろうね」
蝶子がフルートに魅せられたのは、それからだった。祖父母が早くに亡くなってしまったので、蝶子はそれから神戸には来なくなった。フルートを吹きたいと願う彼女を支持してくれる味方も一人もいなかった。ただ、フルートと音楽だけが、蝶子の原動力だった。それはミュンヘンにつながり、そして今、大切な仲間たちと生きている。その想い出の『シランクス』をここ、神戸で再び演ることになるなんて!
ヴィルは、もちろん何度も『シランクス』を演奏したことがあった。父親のエッシェンドルフ教授なら、この蝶子の演奏を即座に停めさせて、もっと東洋の影響を排除させた響きを要求することだろう。それに、テンポがすこし揺れている。しかし、ヴィルにはいまのこの蝶子の演奏が、どこか西洋的なこの東洋の街にじつによくマッチして聴こえた。心地のいい響き、強い郷愁。稔やレネも、それどころか先ほどまで笑い転げていた観客たちも、水彩画のような透明な響きに魅せられて、耳を傾けていた。
曲が終わると、再び大きな拍手がおこり、再びコインがチリンチリンと音を立てた。稔はあわてて、音の先を追って小銭を回収した。
「どうもありがとう。思った通り、素晴らしい演奏でしたわ」
「どういたしまして。私にとって神戸の思い出につながる大切な曲なんです。縁を感じますわ。リクエストをいただいて感謝しています」
「どちらからいらっしゃったんですか?」
女性は、ヴィルとレネに氣をつかって、英語に切り替えて質問した。
「僕たち、普段はヨーロッパで大道芸をしているグループなんです。神戸にははじめて来たんですよ」
レネがニコニコして答えた。女性はにっこり笑って言った。
「まあ、ようこそ神戸へ」
しばらく談笑して、名残惜しそうに別れを告げた後、女性は待っていた二人の連れの方へと帰っていった。蝶子は、去っていく三人の後ろ姿をじっと見ていた。私、やっぱり、神戸がとても好きだわ。
「さ。警察が嗅ぎ付ける前に、撤収しようぜ」
稔の声で我に返った蝶子は、フルートをしまうと三人に向かって笑いかけた。
「決めたわ。今晩は、六甲山ホテルで食事をしましょう。あそこからみる神戸の夜景は本当に素晴らしいのよ」
稔は眼を剥いた。
「おい。いいのかよ。忘れていないか? 今夜はお前のおごりだぜ」
蝶子はウィンクして言った。
「忘れていないわよ。でも、ヤスこそ忘れているんじゃないの? 来月のホワイトデーは、倍返しでよろしくね」
そして、キャッキャと騒ぎながら、四人は神戸の街を下っていった。
(初出:2013年1月 書き下ろし)
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左紀さんの書いてくださった掌編 アルテミス達の午後
そういうわけで、絵夢さまをお借りして、「大道芸人たち Artistas callejeros」の番外編を書いてみました。
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大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 港の見える街 〜
Featuring「絵夢の素敵な日常」
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窓から見える港をじっと眺めている蝶子の横に、すっとレネが立った。
「パピヨンは海が好きなんですね」
稔がインターネットで目ざとく見つけた格安のビジネスホテルにはバイキング式の朝食がついていた。最上階にある展望式レストランからは神戸の港が一望のもとだった。
蝶子は、いつになく優しい笑顔を見せて答えた。
「この風景は特別好きなのよ。ブラン・ベックにとってのアヴィニヨンの橋みたいなものかしら」
「この神戸で育ったんですか?」
そんなことを蝶子は一度もいわなかったので、少しびっくりした。
「育ったってほどじゃないわ。でも、子供の頃、しばらく神戸に預けられていたの。祖父母が住んでいたから」
それを聞いて、稔とヴィルも寄ってきた。
「そいつは意外だな。お前は関西に縁ないのかと思っていたからさ」
蝶子は、黙ってフルートの箱を握りしめた。
どこにいこうかと稔が訊いた時に、蝶子は氣まぐれな態度で神戸に行かないかと提案した。といっても、行っても行かなくてもどちらでも構わない程度の口調だったので、まさか蝶子にとってここが大切な場所だとは夢にも思わなかったのだ。ガイジン二人は、神戸とはかつて大きな地震のあったところくらいの予備知識しかなくて、何があるのかも知らなかった。
蝶子はあいかわらず、日本の家族とまったく連絡を取ろうとしなかった。稔は蝶子の実家の住所を覚えていなかったし、彼女が家族に対する郷愁をまったく見せなかったので、余計なことは言わないできた。けれど、はじめて見せた一種のノスタルジーにつきあいたくなった。
「よし、今日は、お前の思い出深いところで稼ごうぜ」
「阪神の三宮だったかしら、それとも……」
蝶子は、心もとない感じで地図を眺めた。
「なんだよ。わかんないのかよ」
稔が覗き込む。ガイジン二人は黙って肩をすくめる。
「だって、私、幼稚園児だったのよ。ちゃんと憶えているわけないじゃない」
「じゃ、とにかくそこにいこうぜ。どっちにしても、人だかりはあるだろうし」
三宮駅に着いても、蝶子には、祖父母のマンションのあった場所をはっきりという事は出来なかった。
「何もかも変わっちゃったみたいだわ」
「あんたが大きくなって目線が変わったからかもしれないぞ」
ヴィルが指摘すると、蝶子は肩をすくめた。
繁華街に向けて表通りを少し歩いていくと、レネの眼が輝き出した。稔はレネの視線を追って、それからしたり顔で頷いた。
「ははん。そうか、二月だもんな」
どこもかしこもハートマークの看板のついた、ワゴンが道にせり出していた。その上には山盛りの綺麗に包装されたチョコレートの箱、箱、そしてまた箱。レネはその商品見本を見て、中身が何であるかわかったので、心惹かれているのだ。
「なぜこんなにたくさんチョコレートを売っているんだ? スイスみたいだな」
ヴィルが首を傾げる。
「日本のお菓子メーカーの戦略が当たって、毎年恒例のお祭りになってしまったのよ。聖ヴァレンタインデーに日本では女性が男性にチョコを贈るの」
レネとヴィルは首を傾げた。最愛の人に贈るにしては、一つひとつが小さすぎるし、大体なぜ「女性」だけが贈るのだろうか。
「これは、義理チョコ用だよ」
「ギリチョコ?」
蝶子は二人に手早く「義理」という概念と、日本では聖ヴァレンタインの日に、女性にとって最愛でもない上司や同僚にも大量のチョコレートが配布されている事実について説明した。ガイジン軍団はますます混乱したようだった。
「なあ。ところで、俺も日本男児なんだけど」
稔が、若干もの欲しそうな目つきで蝶子を見た。
「だ・か・ら?」
蝶子は冷たい一瞥をくれた。
「いやあ、せっかく二月に日本にいるんだぜ。義理チョコとは言え、フルート科の四条蝶子や、ヴィオラの園城真耶にチョコをもらうなんて僥倖、当時のクラスメートにうらやましがられると思うんだけどな~」
蝶子は、まあ、という顔をした。
「なぜ、そこで他のクラスメートの話になるんだ?」
理屈っぽいヴィルが突っ込む。
「ああ、ヴァレンタインのチョコの数は、男の人氣のバロメータなんだよ」
稔がそう説明すると、レネがだったら僕も欲しいと言いたげな顔で蝶子を見つめた。
「な、なによ。わかったわよ。チョコの代わりに、今夜は三人の素敵な男性に、私がごちそうするわよ、それでいいでしょう」
チョコレートよりも酒の好きなヴィルは露骨に嬉しそうな顔になり、レネは素敵な男性と言われて舞い上がり、稔も瓢箪から出た駒に、なんでも言ってみるものだなと喜んだ。
商店街をすぎてしばらく行くと、ちょっとした広場があった。四人の勘が「ここは稼げる」と告げたので、ここを仕事場にすることにした。警察がパフォーマンスの許可がどうのこうのと言い出す前に素早くはじめて、さくっと終える必要があった。
パントマイムを交えた音楽劇はあっという間に人だかりを作った。観客のスジを読むと、どちらかというコテコテのものの方がウケることがわかったので、レネは面白おかしい手品を、ヴィルもコミカルなパントマイムを演じた。それから稔と蝶子は「日本メドレー」を明るい調子で演奏した。知っている曲が続いたので、ギャラリーは喜んで小銭の投げ込まれる間隔が短くなった。
アンコールの拍手が続くので、稔はガイジン軍団に目配せをした。先日から用意しておいた「必殺ニホンゴ・ボーカル」。ノリのいい日本人向けのスペシャルだ。稔と蝶子が演奏する『早春賦』にヴィルとレネが加わる。
「ハ~ルノ~、ウラ~ラ~ノ~、スゥミィダガワ~」
観客はどっと笑う。その微妙な発音がおかしくてたまらないのだ。おお、ウケたぞ。『ソーラン節』もいってみよう。稔の悪のりに蝶子は苦笑したが、アンコールなのに、以前よりもたくさんコインが放り込まれている。悪くないわね。
大喝采の後、稔が出会った当時と同じ守銭奴の顔つきでコインを集めていると、フルートの手入れをしている蝶子の所に一人の女性が近づいてきた。きれいに手入れされて艶つやの黒髪が風になびいている。ニコニコしている。
「こんにちは。とても素晴らしい演奏でした」
蝶子は、軽く頭を下げると、その女性の瞳を見つめた。どこかで感じた雰囲氣だと思ったら、園城真耶と同じ空氣をまとっていた。たぶん同じ階層に属するのだろう。灰色のコートの上質さがその推理を裏付けていた。真耶に似ているのは、それだけではないだろう。穏やかで物静かに見えるけれど、瞳の輝きは、強烈な個性を内に秘めていることを物語る。自分のしたいことがきちんとわかっていて、自分の未来をしっかりと切りひらいていける、そういうタイプの女性だった。蝶子は、大学で真耶に会ってすぐに抱いたのとまったく同じに、この見ず知らずの女性にある種の敬意を抱いた。
「どうも、ありがとうございます」
「これで終わりになってしまうのは、残念です。もし、ご迷惑でなかったら、リクエストをしてもいいでしょうか」
女性はハキハキと頼んだ。
「何をお望みですか?」
蝶子は、心の中で付け加えた。あなたのリクエストなら。誰のリクエストでもきくわけじゃないのよ。
女性は戸惑い気味に言った。
「私、ドビュッシーが好きなんです。たとえば……」
「……『シランクス』とか?」
蝶子が即答すると、女性は眼を瞠って、それから頷いた。蝶子は、フルートを構えてゆっくりと吹き出した。
なんてめぐり合わせだろう! 蝶子の心は、三十年ちかく前に戻っていた。彼女は五歳になったばかりだった。二歳年下の妹、華代が入院することになり母親が付き添うことになったので、神戸の祖父母のもとに預けられることになったのだ。
蝶子はいつも両親のわずかな冷たさを感じていた。華代が生まれてからは、その感じは強くなった。母親も華代もいない状態で、祖父母のもとに滞在するのははじめてだった。そして、それは新しい幸福な経験だった。祖父母は孫を十分に甘やかしたから。うな重を一人分注文してくれた。バニラ・ビーンズの散っているおいしいプリンを買ってくれた。六甲山ホテルへ行き満天の星のように輝く神戸の夜景を見せてくれた。そして、港の見えるマンションで、優しくて美しい音楽をたくさん聴かせてくれた。
その曲をはじめて聴いたのは、ある朝だった。窓から見える神戸港。海の上に光がキラキラと反射していた。ゆっくりと大きな船が港を出て行く。そこにラジオから流れている不思議な美しい旋律。幼稚園で聴かされるような騒がしく単純な音ではない。繊細で、複雑な音。フルート奏者になった今ならば、半音階と全音階が複雑に組み合わされ、東洋の影響を色濃く受けた印象派特有の旋律であると説明することが出来る。ギリシャ神話、アルテミスの従者であったニンフの逸話にちなんで作曲された、フルート奏者にとっては避けて通れない大切な曲目であることも。けれど幼き日の蝶子には、ただその美しさだけが心に染み入った。
「これ、なんて音楽?」
そう訊いた孫に祖父母は笑って答えた。
「フルートの音楽だねぇ。ドビュッシーだと思うよ、なんて曲だろうね」
蝶子がフルートに魅せられたのは、それからだった。祖父母が早くに亡くなってしまったので、蝶子はそれから神戸には来なくなった。フルートを吹きたいと願う彼女を支持してくれる味方も一人もいなかった。ただ、フルートと音楽だけが、蝶子の原動力だった。それはミュンヘンにつながり、そして今、大切な仲間たちと生きている。その想い出の『シランクス』をここ、神戸で再び演ることになるなんて!
ヴィルは、もちろん何度も『シランクス』を演奏したことがあった。父親のエッシェンドルフ教授なら、この蝶子の演奏を即座に停めさせて、もっと東洋の影響を排除させた響きを要求することだろう。それに、テンポがすこし揺れている。しかし、ヴィルにはいまのこの蝶子の演奏が、どこか西洋的なこの東洋の街にじつによくマッチして聴こえた。心地のいい響き、強い郷愁。稔やレネも、それどころか先ほどまで笑い転げていた観客たちも、水彩画のような透明な響きに魅せられて、耳を傾けていた。
曲が終わると、再び大きな拍手がおこり、再びコインがチリンチリンと音を立てた。稔はあわてて、音の先を追って小銭を回収した。
「どうもありがとう。思った通り、素晴らしい演奏でしたわ」
「どういたしまして。私にとって神戸の思い出につながる大切な曲なんです。縁を感じますわ。リクエストをいただいて感謝しています」
「どちらからいらっしゃったんですか?」
女性は、ヴィルとレネに氣をつかって、英語に切り替えて質問した。
「僕たち、普段はヨーロッパで大道芸をしているグループなんです。神戸にははじめて来たんですよ」
レネがニコニコして答えた。女性はにっこり笑って言った。
「まあ、ようこそ神戸へ」
しばらく談笑して、名残惜しそうに別れを告げた後、女性は待っていた二人の連れの方へと帰っていった。蝶子は、去っていく三人の後ろ姿をじっと見ていた。私、やっぱり、神戸がとても好きだわ。
「さ。警察が嗅ぎ付ける前に、撤収しようぜ」
稔の声で我に返った蝶子は、フルートをしまうと三人に向かって笑いかけた。
「決めたわ。今晩は、六甲山ホテルで食事をしましょう。あそこからみる神戸の夜景は本当に素晴らしいのよ」
稔は眼を剥いた。
「おい。いいのかよ。忘れていないか? 今夜はお前のおごりだぜ」
蝶子はウィンクして言った。
「忘れていないわよ。でも、ヤスこそ忘れているんじゃないの? 来月のホワイトデーは、倍返しでよろしくね」
そして、キャッキャと騒ぎながら、四人は神戸の街を下っていった。
(初出:2013年1月 書き下ろし)
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ヴィルを描いていただきました
「嘆きのシュメッタリング」という題の作品です。蝶子と出雲を思い出しながら、自分の心から絞り出す音を父親の前ではじめて正直に吹いてみせた、あそこのシーンです。

「scriviamo!」は、今週末に予定していますが、「どうしても欲しいんです」とお願いして持ち帰らせていただきましたので、まずはここでご紹介させていただきます。
canariaさんのブログ「「音速形而上少年」」では、マンガ、詩、イラスト、絵画、動画、そして小説からなる総合芸術「侵蝕恋愛」を展開しています。一度ハマったら逃れられないのは、「侵蝕恋愛」の登場人物と同じ! 心地よく溺れにいきましょう。
「大道芸人たち」を知らない方のために。「大道芸人たち Artistas callejeros」は昨年このブログで長期連載していたオリジナル小説です。まだご存じないという方、いくつかのまとめ読みの形態をご用意しています。よろしかったら、この機会に是非……。
あらすじと登場人物
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【小説】夜想曲 - 3- 再会
さて、今回は、サクサクと話が進みます。六回連載ですからね。
はじめからまとめて読む
夜想曲(ノクターン)
- 3 - 再会
マヤは右手にメモを握りしめて、ほこりっぽい小路を覗き込んだ。これで三回目だった。《黒髪のエステバン》の足取りを追って、教えられた住所を訪ねる。すると、確かに以前は彼はここにいたが、今はもういないと言われる。だが、その追跡は一人でやらなければいけなかった場合ほど困難ではなかった。《ふざけたエステバン》が話をしてくれ、時には改めて連絡してもらったりした。空港や観光案内は別として、リマでは英語だけで話を進めるのは難しかった。彼がいなかったら、ここまでは来れなかったはずだ。
教えられた住所は確かにこの通りのはずだ。カラフルな家々がぎっしりと寄り添う山間に張り付いた街。少なくとも、前回訪れた貧民街に比較すれば、ここはずっとましだ。あそこにいないでいてくれた事を、マヤは心から嬉しく思った。
「プエブロ・ホベンっていうんだよ。スイスなんかから来るとショックだろう」
《ふざけたエステバン》は言った。その貧民街にあったのは、家というよりは掘建小屋だった。スイスの中流家庭の庭の道具入れの方がまだまともだと思えるような造りだ。リマの中心部にある美しいコロニアル風の建物や、プール付きの豪邸に住む裕福な家庭が光だとしたら、貧民街は紛れもない影の部分だった。わずかの間でも、エステバンがこのような場所に住んでいたという事に、マヤは痛みを感じた。私との事がなくて、未だにスイスにいたならば、彼はあんな所に住む事はなかっただろう。
この日《ふざけたエステバン》の運転でやって来たのは、その貧民街から見上げることのできた郊外の山腹に張り付いた街だった。カラフルで美しいために、観光客も訪れるらしい。バスから降りて写真を撮る観光客たちが歓声を上げている。
こんなに小さな狭い通りに、配水管工事を請け負う店があるようには見えない。マヤは不安な面持ちで横を歩くエステバンを見上げた。彼はのんきに口笛を吹いている。
「お、あれじゃないか?」
指差す先に、小さな看板と排水トラップ管などの飾られた小さなショーウィンドウが見えた。マヤは身震いした。もう一週間だ。このまま永遠にエステバンに会えないのではないかと悲しく思うと同時に、会う事が怖くもあった。
十六歳の夏、わずか数時間で、マヤはエステバンと恋に落ちた。自分をわかってくれるたった一人の人間だと確信し、一度は二人で一緒に遠くへ行こうと約束したのだ。けれど、養父母の前でマヤはそれを決行する事ができなかった。まだ高校に通っている十六歳の小娘が、彼と二人で生きていく事など到底できないと思った。それ以来、マヤはエステバンに会っていない。彼が未成年のマヤを監禁した上に辱めたと冤罪をかけられた事も、それが遠因でスイスを去った事も彼女は長い事知らなかった。マヤはただ、自分の孤独に封印をして、他の人と同じように生きようと自分を偽ってきた。ようやくそれが間違いだと悟った。そんなことはできない。エステバンに会って、あの時の事を謝りたい。そして、自分が未だに想い続けている事を知ってもらいたい。
仕事を辞め、婚約破棄をして、マヤはペルーへと飛んだ。何もかもリセットして生きるつもりだった。だが、エステバン探しはそう簡単には運ばなかった。飛行機の中で知り合った《ふざけたエステバン》がこんなによく協力していてくれても。
戸惑っているマヤをちらっと見て、エステバンはその店に入って行った。何度も繰り返されたスペイン語のやり取りが聞こえる。店の戸口で振り向いて彼はマヤを呼んだ。
「いたぞ。本当にこいつならな」
マヤは戦慄した。《ふざけたエステバン》が、一歩引いて外に立つと、中から頭一つぶん背の低い男がゆっくりと出てきた。黒髪を後ろに束ねている。薄汚れた木綿のズボンに色あせた深緑のシャツを着ていた。忘れもしない、東洋人のような悲しげな顔。エステバンだった。
「マヤ……」
《黒髪のエステバン》は、突然の事に、それ以上の言葉を見つけられなかった。
「俺、あの観光バスの停まっていた前のコーヒー店にいるから」
そういうと、《ふざけたエステバン》は坂を登っていった。
それを見送った後で、エステバンはマヤに中に入るように言った。
「驚いたよ。よく来れたね」
「サン・ボルハの住所から始めて、一週間かかったわ。もう会えないんじゃないかって諦めかけていた…」
「大人になったな。マテ茶しかないけど、飲むか」
「ええ、いただくわ。エステバン、私……あの、あの時の事を……」
エステバンは目を細めてマヤを見た。
「何も言わなくていい。会いにきてくれて嬉しいよ」
「でも……」
「僕が愚かだった。ああなるのは当然だった、そうだろう。君に何ができる。何度も後悔して、あの時に戻ってやり直したいと思った。でも、諦めていたんだ。だから、君の勇氣と行動力に驚嘆している」
そう言って、マテ茶をテーブルの上に置いた。小さくてシンプルな台所。使い込まれた古いテーブル。ほこりっぽい家には、貧しい暮らしがにじみ出ていた。私がぬくぬくと過ごしていたこの十年間、どんな思いで過ごしてきたのだろう。マヤはたまらなくなって涙を一つこぼした。それを見たエステバンは、隣の椅子に座ると、浅黒い手をゆっくりと伸ばし、マヤの頬の涙をそっと拭った。ブレガリアの秘密の瀧のあの瞬間が戻ってきたかのようだった。彼の顔が静かに近づいてくる。マヤは瞳を閉じた。
「ふ~ん」
《ふざけたエステバン》は、コーヒー店で三杯目の冷たくなったコーヒーを飲み干すと、戸口に佇むマヤたちを見て立ち上がった。
「つまり、今夜は帰らないってことだろ? 明日は、警察に九時に行く予定だけど、その前に迎えにこなくちゃダメか?」
「僕が送っていく。八時半には必ず送り届ける」
「OK。じゃ、そういうことで」
この日、《ふざけたエステバン》のもとには、朗報が届いていた。十日ほど前に、大けがをして病院に搬送された若い青年が、警察に渡した写真に酷似しているというのだ。明日の朝、例の警官と一緒に病院に行くことにしてあった。少年と話をするためには、マヤがいてくれないと困る。スペイン語はおろか英語も話せないくせに、ペルーに来んなよ。《ふざけたエステバン》は舌打ちした。
翌朝、二人は約束の五分前に《ふざけたエステバン》の家の前にいた。
「さっすが、スイス育ち! ありえないよな、五分前って」
ペルー育ちの方は口笛を吹いた。
「警察に行くのに遅れたら迷惑がかかるじゃない」
マヤが言うと、エステバンはウィンクをした。
「警察だって定刻じゃないからへっちゃらさ」
黒髪の青年は伏し目がちに言った。
「よかったら、僕にも協力させてくれないか。君たちが帰国した後もその少年にはスイスドイツ語の通訳がいるんだろうし、警官と行くならスイスドイツ語からスペイン語に通訳する必要があるだろう?」
「そりゃ、願ったりだな。ま、これから会いにいくのが本人だった場合だけどね」
マヤは、昨夜のエステバンとの会話を思い出していた。《黒髪のエステバン》は、遠くを見るような悲しい黒い瞳で、マヤに問いかけたのだ。
「マヤ」
「なあに?」
「さっきの青年は、君の恋人なのか?」
なんて事をいうのかしら。マヤは激しく頭を振った。
「違うわ。スイスからたまたま同じ飛行機に乗ってきた人よ。彼も人探しをしているの。私はリマは始めてでスペイン語も話せないでしょう。彼の探している男の子はどうやらスイスドイツ語しかまともに話せないみたいなの。それで、お互いに協力する事にしたの。彼がいなかったら、私はあなたを見つけられなかったわ」
「そうだったんだ。じゃあ、僕も協力しよう」
実際に、病院にいたのは探していた家出少年だった。警官によると、空港の近くの路上で全裸で見つかった被害者だった。全身にたくさんの打撲と骨折をしていて、身元を確認するものは何もなかった。偶然夜中に近隣の人が通りかかったために病院に搬送されて一命を取り留めたらしいが、上手く言葉が通じないために調書などは後回しになっていたらしい。警察は、他にやる事がたくさんあるのだ。病院の方は、上手くいけば治療費の請求ができると、大変協力的だった。
警官と一緒に病室に入り、《ふざけたエステバン》は助かったと思った。包帯で覆われて、まったく動けない状態でベッドに横たわっていたが、確かに写真の少年で、同僚ともよく似ていた。マヤは、彼と顔を見合わせると、ゆっくりと話しかけた。
「シモン・マネッティ君ね」
少年は驚いてマヤを見た。スイスドイツ語を話す集団には見えなかったからだ。
「そうです。あなたは……」
「ここにいる、モントーヤさんはあなたのお兄さんの同僚で、私たち協力してあなたを捜していたの。何があったの?」
《黒髪のエステバン》は小声で二人の会話を警官に通訳していた。
「ぼ、僕、空港に来た迎えの車に乗ったんです。車の中で突然殴られて意識を失って、目が覚めたらここにいたんです。話しかける人たちに僕はスイス人で、家族に連絡してほしいっていったんだけど、言葉が通じないし、きっとパスポートとか見たらわかってその内に誰かが助けてくれるかなと思っていました」
甘い見解は自分と変わらないなとマヤは思った。
「あなたの所持品は全部なくなっているのよ。でも、命が助かって本当によかった。やっとご家族にいい報告ができるわ」
「マリアが心配しているかな。僕が来ないと泣いているんじゃないかな」
シモンは悲しそうに言った。それを聴いた《ふざけたエステバン》は天井を見あげた。
「心配していないよ。っていうか、あんたを呼び出したマリア・カサレスって女も住所もみんな架空だったよ。あんたはマフィアか詐欺集団に騙されて身ぐるみ剥がされたんだ。オヤジさんのクレジットカード、結構な金額を使われていたらしいぜ」
少年はようやく自分の愚かさを悟って泣き出した。
「それでも好運だったんだよ。命は助かったし、スイスドイツ語のしゃべれる通訳が助けにきたんだからな。これがエステバン・リベルタ君だ」
そういって《黒髪のエステバン》を紹介した。
手数料の好きな警官は、《黒髪のエステバン》の協力を得て、その場で調書を取った。マヤと《ふざけたエステバン》は、今後のことについて話し合った。
「まず、ご家族に連絡して、それからスイス大使館ね。パスポートを再発行してもらわないと」
「そうだな。これからマネッティに電話してくるよ」
マヤは再びチェロ・サン・クリストバルの《黒髪のエステバン》の小さな家にいた。マネッティ少年の両親との連絡や大使館での事務の代行、こちらに向かっているマネッティ氏のためにホテルを手配したり、少年のための買い物をしたりして、残りの一週間はあっという間に過ぎた。明日はもうスイスに帰国するのだ。
エステバンはワインのボトルを買って、マヤのために料理をした。
彼女は、小さな台所で、その背中をじっと見つめていた。再会した、それだけだった。そして明日にはまた遠く離れてしまう。会って強く感じたのは、やはり、この人は誰よりも自分に近いという事だった。そう思っているのは、私だけなんだろうか、マヤは言葉を見つけられないでいた。
「エステバン……」
「なんだい?」
「シモンの事、私、馬鹿にできないわ」
「どうして?」
「私も、スイスを発つ時には、ペルーで暮らすって選択肢もあるって思っていたの」
エステバンは、料理の手を止めて、マヤの方を向いた。マヤは震えた。
「この国は、君には厳しすぎるよ。スイスにいる方がいい」
これが答えなのだ。マヤは下を向いた。涙ぐんでいる姿を見られたくなかった。
エステバンは、テーブルをまわってきて、マヤの隣に座った。
「ペルーに引越す必要なんかない。僕の方がまたヨーロッパに行く」
マヤは弾かれたようにエステバンを見た。彼は優しい黒い瞳で微笑んでいた。ロウソクの光がゆらめく。エステバンは頷くと、再び料理を続けるために立った。生活は続いていく。マヤも微笑んでその背中を見た。
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パネトーネ

東京やその他の日本の大きい都市にいらっしゃれば、パネトーネごときのどこが珍しいのかと思われるかもしれません。しかし、日本ほどなんでもあるわけではないこちらでは、パネトーネはイタリアの薫りのするお菓子なのです。
イタリア、もしくはイタリア語圏のスイス(ティツィーノ州と、グラウビュンデン州のアルプス以南)の特産品であるこのお菓子は実は、クリスマスの風物詩です。ドイツでシュトレーンを食べるのと同じように、イタリア語の地域では、この時期にパネトーネをプレゼントして食べる習慣があるのですね。我が家も毎年一つか二つはいただけて、美味しく食べています。また、日持ちのするお菓子ですが、年が明けると値段が下がるので、買って食べることもあります。
写真のパネトーネは、ヴィコソプラノという、とても小さい村にある、私たちのお氣に入りのお菓子屋さんゴンザレスさんが焼いたものです。今までに食べたどのパネトーネよりも美味しかったですよ。
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【小説】夜のサーカスとノンナのトマトスープ
実は、団長から新人のステラにいたるまで、チルクス・ノッテの面々は食いしん坊。また体を動かす仕事だからいつもお腹はぺこぺこです。ダリオは彼らをお腹いっぱいにして、幸せにして、さらに体調管理もする大事な役割を担っています。
ところで、「ノンナ」というのはご存知の方も多いかと思いますが、イタリア語で「おばあちゃん」のことです。イタリアの家族で一番頼りにされているのは「マンマ」と「ノンナ」。温かいご飯を作ってくれる人たちです。冷酷なマフィアですら、彼女たちに頭が上がらないといわれています。
あらすじと登場人物
「夜のサーカス」をはじめから読む

夜のサーカスとノンナのトマトスープ
「さっ。食べよう」
マルコが言うと、みな、ワインを注いだり、パンを回したりしだした。
ステラは一つ空いた席を見て戸惑いながら見回した。日替わりで団長夫妻の給仕をしているエミーリオとマルコのどちらかがいないのは別として、他のメンバーは必ず揃ってから食べるのが普通なのに。
「ブルーノがいないわよ」
ヨナタンとルイージは顔を見合わせて少し上の方を見上げた。サラダを口に運びながらマッダレーナがあっさりと言った。
「今晩は、待たなくていいの」
「どうして?」
「ポールに登っているんだ」
答えたのはマルコだった。ポールって、舞台のテントを支えている、あれのことかしら? だけど、どうして? 食事だって声を掛けてあげないのかな。
「大丈夫だよ。湯氣がポールの上まで届いたら、こらえきれずに降りてくるからさ」
そういってマルコは、ミネストローネの上で頭を揺すっていい香りを吸い込んだ。調理キャラバンでダリオが大鍋にたっぷり作るスープは、村の人間をも呼び寄せてしまうほどの香りの引力を持っていた。
しばらくすると、ものすごい音がして、ブルーノが駆け込んできた。戸口に立った彼を、全員が一瞬見た。ステラ以外はすぐに目を皿に戻して、食事を続けた。ステラの戸惑った顔に一瞬だけ氣まずそうな顔をした後、ブルーノは乱暴に自分の席に腰掛けると怒りながら食べだした。
「畜生。今度こそ、こんな所からおん出てやろうと思ったのに、何でこんなに美味いもん作るんだよ!」
共同キャラバンに隣接された調理キャラバンの対面の窓から、ダリオはじっとブルーノの様子を見ていた。うむ。今日もちゃんと食べているな、よかった。今日のデザートはレア・チーズケーキだ。ブルーノがパンナ・コッタと同じくらい好きなもので、ちょうど良かった。少しフルーツを足してやるか。
ダリオの心はペルージア郊外の小さな村の古びたキッチンに飛んでいた。柔らかい日差しが射し込む石造りの家はとても古くて、ガスなんてものは通っていなかった。しわくちゃの手が古ぼけたオーブンの扉を開けて、薪を中に入れたり、灰をかき出したりしている。オーブンの上には鉄の輪を同心円状にいくつも重ねたコンロがあって、その鉄の輪を取り退けたり、またもとのように置いたりして大まかに火力を調節するようになっていた。近くには、いつもしゅんしゅんと音を立てて黒い鉄製の窯にお湯が沸いていた。このオーブンのおかげで真冬でも台所とその背中合わせになった居間だけは暖かくて、学校から戻るとダリオは台所に直行して冷たくなった手足を温めた。
「今日ねぇ、ジャンニのやつと喧嘩したんだ」
そういうと、彼の祖母は、目を大きく見張ってどうしてと問いかけた。
「だって、あいつ、おいらのことをみなしごだって囃し立てたんだ。二度とそんなこと言えないように、徹底的に殴ってやるつもりだったんだけど」
「やめたのかい?」
「運悪く、先生が来ちゃったのさ。だけど、おいらはあいつのことを絶対に許さないんだ」
「ダリオや。そんなことで喧嘩をおしでないよ」
「そんなことじゃないやい。ノンナはあいつの方が正しいって言うの?」
「そうじゃないさね。ただ、喧嘩をするとお前も怪我をするじゃないか」
ダリオにとっては自分が怪我をするかどうかなど、大した問題ではなかった。ノンナはわかってくれないと拗ねた。けれど、ノンナは黙ってスープの鍋をかき回した。それから、顔を歪めて目の辺りをこすった。
ノンナはいつもそんな感じだった。記憶にもないほど昔、父親が出稼ぎに行った日から、ダリオはノンナと二人で暮らしてきた。ダリオはよく喧嘩をした。お前の母親は男を作って出て行ったと言われるのも、ニースで父親が死んでからみなしごだとからかわれるのも、自分だけ冷たい石造りの古ぼけた家に住んでいるのも何もかも腹立たしかった。
ジャンニの父親は町会議員で、セントラル・ヒーティングの効いた二階建ての家に住んでいた。彼の母親はダチョウの羽のついた仰々しい帽子を斜めにかぶって、フィアットで通り過ぎる。クリスマスや誕生日が過ぎると、ジャンニはピカピカの新しい靴や金のエンブレムのついたぱりっとした上着を着て学校に来る。その二日後はダリオの誕生日で、翌朝になると必ず訊くのだ。
「で、お前は何をもらったんだい?」
ダリオの誕生日には、ノンナがチョコレート・ケーキを焼いてくれた。甘いとろりとしたクリームが中からこぼれ出す特別な仕掛けになっていて、ダリオがこれを大好きだとノンナは知っているので誕生日とクリスマスには必ず用意してくれるのだ。時々焼き加減が違うと、ダリオは文句を言った。
「今日は火加減がうまくいかなかったんだね、ごめんよ、ダリオ」
ノンナは、古いオーブンをコンコンと叩いて謝った。ダリオは半日ほどふくれていた。他に何ももらえないのだ。ケーキくらい、美味しく焼いてくれてもいいのに。
ノンナは、絶対にヒステリーを起こしたり、泣きごとを言ったりしなかった。ダリオがふくれても、食事の時間になって帰ってこなかったために何度も温め直す羽目になっても、決して声を荒げたりしなかった。
「ダリオや。許しておくれ。次には上手く焼くからね」
「ダリオや。今度はもう少し早く帰ってきておくれ」
悲しそうにしわくちゃの顔を歪める。ダリオは、その時だけは、ちょっとだけ申し訳ないかなと思った。
ノンナの作るのパスタは絶品だった。いくつものスパイスを混ぜて、ことことと煮込んだソースが鼻腔をくすぐった。曲がった腰に手を当てて、小さな庭から掘り出してきたジャガイモやサラダがいつも食卓を賑わせた。トマトスープのおいしさは格別で、ダリオは何杯もおかわりをした。
「ダリオや。美味しいかい」
ノンナはしわくちゃの手で、ダリオの頭を何度も撫でた。
「かわいそうにねぇ。許しておくれよ。お前にもっと楽な暮らしをさせてあげることができなくってさ」
中等学校に入ってから、ダリオは古い石の家に寄り付かなくなった。友達の家を渡り歩いたり、まだ許されていないのにバルやディスコに行き、街のごろつきの下働きをしたりして遊ぶ金を稼いだ。たまに家に戻ると、歳を取ってさらに悲しい顔をするノンナに荒い言葉を投げかけては背を向けた。もっとも、トマト・スープが出て来れば、それだけは喜んで食べた。
ノンナが倒れたという報せをもらった時、ダリオはディスコで騒いでいた。慌てて家に戻ると、ストーブが冷えていた。子供の頃から一度だって絶えたことのない火が途絶えていた。暗くて寒い台所でダリオは呆然とした。病院に駆けつけると、白い病室の中にベッドがぽつんと見えた。真っ白いシーツの中に申しわけなさそうにノンナが横たわっていた。小さく縮んだようだった。ダリオを見ると弱々しく笑った。
「ごめんよ。ダリオ、心配かけて……」
ダリオは、はじめて自分が失おうとしているものが何であるかを知った。セントラル・ヒーティングがない、金のエンブレムのついた上着がない、顔も憶えていない両親がいないなんてことは、ダリオを本質的に不幸にしてはいなかった。それなのに彼はいつも不満をぶちまけていた。最も大切な優しい愛の前で。暖かい火の絶えないストーブの前に立って、ダリオのすべてを受け止めてくれた優しいノンナ。ダリオはまだノンナに恩返しをしていなかった。ちゃんとした仕事に就いて安心させてもいなかった。心からの感謝をを身をもって示してはいなかった。
彼女は石の家に戻ることもないまま、ゆっくりとこの世を去っていった。ダリオは二度とあの美味しいトマト・スープを食べることが出来なくなったのだ。
料理人になると言い出したダリオを悪い仲間たちも、いい学校に行ったジャンニたちも、誰もが笑った。だが、ダリオはもう笑われることで腹を立てたりしなかった。ノンナのように、おいしい料理を作るのだ。ノンナが作ってくれたような、暖かくて優しいスープを作るのだ。ノンナに伝えられなかった氣もちを一皿一皿に込めるのだ。
ダリオは、ペルージアのレストランで十年ほど修行した。そして、ローマに店を出すという金持ちに誘われて、そこの料理長にならないかと誘いを受けた。ちょうどその頃、体を壊した友人に、彼が働いていたチルクス・ノッテのまかないの仕事を引き受けてくれないかとも頼まれていた。ローマで高い給料を得て、名声を得るか、それとも仕事を続けられなくなった友人に代わって、しがないサーカスでまかないの食事を用意するか。ほかの料理人だったら迷うこともなかっただろう。けれどダリオは、世界から押し出されたようなはみ出しものの連中を空腹のまま放置して、ローマの金持ちのためにしゃれた料理を作る氣にはなれなかったのだ。
相方のトマが死んで食べられなくなったジュリアのために、リゾットをつくってやった。そのジュリアにきつくなじられて唇をかんでいた、入団したてのマッダレーナのためにとっておきのオーソ・ブッコをつくってやった。故郷の女房に間男ができて離婚することになったと泣いたルイージのために無花果を使った特製の前菜を作ってやった。そして、ロマーノと一緒の時間を過ごすことを強要されるごとにポールに登っていつまでも遠くを眺めるブルーノのために、ノンナの思い出のスープをつくってやる。
「くそっ。なんでこんなに美味いんだよっ」
ブルーノの罵り声が耳に入って、ダリオの心は調理キャラバンに戻ってきた。ダリオは冷蔵庫に手を伸ばし、用意しておいたレア・チーズケーキを型から取り出すと、人数分に手早く切り分けてデザート皿に取り分けていく。季節のフルーツをこんもりと飾ると、ラズベリーのソースを形よく掛けていく。ブルーノがポールに登った日には、仲間の誰かが自分のデザートをブルーノに譲ってやる。氣もちのいい連中だ。ローマのちょっと食べて残すような鼻持ちならない客のために働くよりずっといい。そうだろう、ノンナ? ダリオは頷くと、明日の昼食の仕込みのために野菜の皮をむき出した。
(初出:2013年1月 書き下ろし)
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jQueryにはまった
私がWEB制作というか、超簡単なホームページの作成の仕事にかかわっていたのは、二十世紀の終わりでした。当時はですね、HTMLをちょっと理解しているだけで、専門家としてなんらかの仕事がもらえたのです。で、その後にまったく違うプログラミングの世界に入ってしまったので、WEBのスクリプティングと言えば、自分のサイトをこちょこちょいじるくらい。PHPやASPも中途半端にかじってしまったので、JavaScriptは特別に必要なもの以外は触ってきませんでした。で、必要なときは、ふつうにJavaScriptをテキストエディタで書くという、力技できたわけです。
PHPとMySQLの入っている個人サイトのほうと違って、ブログではサーバサイドのスクリプトが使えません。かといって、テンプレートを手作りする時間はない。で、現在のテンプレートを使いつつ、使いやすさを追求して機能を増やすにはJavaScriptを書くしかないので、面倒だなと思っていたのです。
が、つい最近、会社で見習いをしている若者と話をしたら、どうもJavaScriptの世界に、超簡単に記述できるjQueryというライブラリがあるということがわかり、自分の使っているテンプレートのソースを眺めてみたら、ここにも使われているではないですか。
で、ちょろっと調べて、試しにいくつか書いてみたら、あら、ホント。モノの数分で簡単に複雑な動きが。
自分用に、このテンプレートをカスタマイズしたところをいくつか挙げてみましょう。
一番目立つのは、右上のページのめくれる効果ですかね。Page Peelというプラグインを利用しています。
それから、追記を個別ページに行かずに開けられるようにしたのも、jQueryを利用しました。お報せのところで使う「このボタンで開閉します」というのも同じライブラリを使って専用のfunctionを記述してみました。
付箋部分は、もとからテンプレートについていた「rss」や「twitter」といった私の使わないリンクのものを利用して、数が足りなかったので適当に足してつくりました。最新のメインの小説、リクエスト小説、コラボ小説やStella専用の記事に簡単に飛べるようにしてみました。
お報せ部分は、プラグイン3にお報せ専用コーナーを作って、旅行用テンプレートにしても同じように表示されるようにしています。
カスタマイズが簡単にできるので、ますますはまって楽しんでいますが、こんなことをやってしまうと、とてもテンプレートを変える氣にならなくなりますね。
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【小説】夜のサーカスと黒い鳥 Featuring「ワタリガラスの男」
scriviamo!の第三弾です。(ついでに、ウゾさんの分と一緒にStellaにも出しちゃいます)
ウゾさんは、人氣キャラ「ワタリガラスの男」シリーズと、当方の「夜のサーカス」のコラボの掌編を書いてくださいました。本当にありがとうございます。
ウゾさんの書いてくださった掌編 白い鳥 黒い鳥 そして 白い過去
そういうわけで、「ワタリガラスの男」シリーズの二人のメインキャラをお借りして、「夜のサーカス」の番外編を書いてみました。
本当は、読まされる方の苦痛も考えて、小説は週に二本を限度にしているのですが、今週は日曜日にStellaの発表もあります。で、こちらを来週にしようとも思ったのですが、私自身がそんなに待てません! で、イレギュラーで週三本になりますが、発表しちゃうことにしました。番外編とはいえ「夜のサーカス」シリーズなので、表紙付きです。ウゾさん、表紙にもワタリガラスの男さまをお借りしました。ありがとうございます!
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと黒い鳥 - Featuring「ワタリガラスの男」
——Special thanks to UZO-SAN

漆黒のマントが風に揺れている。風がいつもとは違う調子で唄う。ヒュルリ、カラン、トロンと。イタリアの平凡で何も起こらぬ小さな町は、その唄に驚き首をすくめる。オレンジの薫りがする。どこからするのかわからぬ香氣。いずこから来たのかわからぬ旅人。彼は、まっすぐに町の中心へと向かおうとする。いくつかのバル、小さな商店、午睡にまどろむ広場。人影はほとんどない。
旅人はわずかなすすり泣きを耳にする。小さな、かすれたしゃくり声は、広場の近くの樹々におおわれた公園から漏れてくる。見過ごしてしまうほど狭い遊び場。滑り台が一つと、背の高い鉄棒と、低いのが一つずつ、それから壊れたブランコに、砂場。鉄棒の下で、学校にもまだ入っていないほどの幼子が泣いている。
男は低い声でそっと問いかける。
「何がそんなに悲しいのだ?」
小さな少女が黄金の頭をゆっくりと持ち上げる。男に黄金の双眸が見える。涙に濡れ、砂が頬に張り付いている。
「どうしても、できないの。白い鳥のように飛んで、きれいに回りたいのに」
その答えが、旅人の興味を惹く。ワタリガラスの代理としてこの世を彷徨う男の。
「お前には空を飛ぶ白い翼が必要だというのか」
少女は首を振った。
「翼はなくても、ジュリアは空を飛んでいたわ。真っ白い、キラキラ光る、とてもきれいなブランコ乗りなの」
旅人は少女に微笑みかける。
「ジュリアに飛べるなら、お前も飛べるだろう。飛ぶ練習を怠らなければね」
「今日は飛べないの?」
「飛べない。たぶん明日も飛べないだろう。」
少女は、落胆して肩を落とした。
「明日には薔薇は枯れてしまうわ」
彼女の心には紅い薔薇を持って白く美しいブランコ乗りを追いかけていく哀しい道化師の少年の姿がよぎる。私の運命の人なのに、どうしても届かない。いつも美しいジュリアを追って、舞台の奥へと走っていってしまう。あなたの側にいさせて。ブランコ乗りになるから。ジュリアのように羽ばたいてみせるから。
旅人は幼い少女の頭を優しく撫でた。
「薔薇は次々と咲くのだ。お前が空を飛ぶ日まで、何輪でも。諦めてはいけないよ。飛ぼうとし続ける者だけが、いつか本当に空に向かえるのだ」
少女は、それを聞いて涙を拭い頷いた。そして両手をまっすぐに伸ばして、もう一度鉄棒に向かった。男は少女を助けて鉄棒の上に体を持ち上げてやりながら囁いた。
「お前がはじめて空を飛ぶ日に、私はそれを見届けに行こう」
リハーサルを何度も重ね、何度もやった演技だったが、初舞台の今日は何もかも違っていた。テントの中の人いきれ。青白い眩しいスポットライト。朗々と響く音楽の中、舞台の上を走る道化師ヨナタンの背中。ステラは、半ば震えながら天井のブランコの上で待っていた。大丈夫だろうか。もし、うまくいかなかったら、どうしよう。先月引退したジュリアのようになんて、できっこない。
その時、ステラはヨナタンが紅い薔薇を差し出すのを目にした。出番の合図だ。ゆっくりと下がっていくブランコの上で、ステラはすっと背中を伸ばした。どこからか、声が聞こえてくる。
「薔薇は次々と咲くのだ。お前が空を飛ぶ日まで、何輪も」
少年だったヨナタンは、立派な青年になった。大車輪ができないと泣いたステラは十六歳になっていた。そして、間違いなく薔薇は何輪も咲いた。ようやく、あなたは私を追ってきてくれる。あの人が予言した、そのままに。
ステラは、その人のもう一つの言葉を思い出した。
「お前がはじめて空を飛ぶ日に、私はそれを見届けに行こう」
まさかね。でも、ありがとう。私は、ちゃんと飛びます。白い鳥になって。
「お疲れさま!」
「よく頑張ったな!」
大喝采を背中にステラが袖に入ると、仲間たちが次々と寄ってきて肩を叩いた。演技はあっという間だった。わずかなミスはあったけれど、観客にはわからないくらいだった。いつもは厳しい教師のジュリアも、笑って褒めてくれた。嬉しくて、ステラは涙を拭った。本当に今日からブランコ乗りなのだ。
観客の爆笑とともに、ヨナタンが袖に飛び込んできた。そして、そこに立っているステラと目が合った。道化師は、もともと笑っているような化粧の下の、口元をほころばせて言った。
「よくやった」
そして、ステラの前髪をくしゃっと乱した。
「さあ、カーテンコールだ」
仲間たちが、次々と舞台に走っていく。ステラも、ヨナタンに手を引かれて光の中に戻っていく。
本日の出演者たち全員に、割れるような拍手が贈られる。仲間は、円形の舞台の端にそれぞれ立つ。一番真ん中に、今日デビューのステラ、その隣はヨナタン。眩しい光の中、出演者たちが何度もお辞儀をする。
ヨナタンは、いつものように、一つの客席に眼をやる。そう、かつてみなに嗤われている道化師を、幼いステラが泣きそうになって観ていた席。その悲しい表情にたまらなくなって、彼が紅い薔薇を差し出した、あの席だ。そこには、奇妙なことに白い大きめの人形が座っている。髪が長く、陶器のようなすべすべの肌で、透明な硝子の瞳をぱっちりと開いている。それは人形なのに、生き生きとしていて、今にも話しかけてきそうだった。
その人形の隣には、全身黒尽くめの男が座っていた。周りの他の観客たちが、滑稽なほどのさまざまな色を身にまとって、がやがと落ち着きなく騒いでいるのに、落ち着き払って座っている白い人形と黒い男の、モノトーンのコントラストがヨナタンの眼を惹いた。
ヨナタンは、その人形の、モノとしてはありえないほど恐ろしく生き生きとした様子に、自分がかつて本当に生きていたときのことを思う。この仮面の下に生命を押し込めて生きることになった忌々しい夜のことを思い出す。生きている人形と、生きていない道化師。奇妙な符号だ。意識が離れたがために、手の中にある薔薇の刺が彼の指を刺し、誰にも氣づかれないほどわずかの血が流れていく。ヨナタンは、人形がその痛みを感じている錯覚に陥った。短い、あいまいな幻想。
やがて人形に何かを囁きながら立ち上がり、男はめちゃくちゃに騒いでいる観客たちの間をすうっとすり抜けて、人形を連れて通路を歩いて行った。男は、出口で振り向くと、まだ己を視線で追っている道化師の方をまともに見た。それから、帽子をかぶり、口角をわずかにあげると再び人形に何かを語りかけた。
そのとき、ヨナタンの指の小さな傷口から、オレンジの香りがした。男が戸口に消えると同時に、テントの中には不思議な風が吹いた。ヒュルリ、カラン、トロンと。「あ」小さな声を出して、男の存在に氣がついたステラが、風とともに去ったマントを目で追う。美しく、生命に満ちた若いブランコ乗りの娘が。今日、予言の通り美しく羽ばたくことのできた白い鳥が。
「あの人……。まさか、ね」
ヨナタンはそっと彼女に語りかけた。
「不思議な人形を連れた、カラスのような男だったね」
ステラは無言で頷いた。鳥たちの神様なのかもしれない、ぼんやりと彼女は思った。
(初出:2013年1月 書き下ろし)
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scriviamo!の第三弾です。(ついでに、ウゾさんの分と一緒にStellaにも出しちゃいます)
ウゾさんは、人氣キャラ「ワタリガラスの男」シリーズと、当方の「夜のサーカス」のコラボの掌編を書いてくださいました。本当にありがとうございます。
ウゾさんの書いてくださった掌編 白い鳥 黒い鳥 そして 白い過去
そういうわけで、「ワタリガラスの男」シリーズの二人のメインキャラをお借りして、「夜のサーカス」の番外編を書いてみました。
本当は、読まされる方の苦痛も考えて、小説は週に二本を限度にしているのですが、今週は日曜日にStellaの発表もあります。で、こちらを来週にしようとも思ったのですが、私自身がそんなに待てません! で、イレギュラーで週三本になりますが、発表しちゃうことにしました。番外編とはいえ「夜のサーカス」シリーズなので、表紙付きです。ウゾさん、表紙にもワタリガラスの男さまをお借りしました。ありがとうございます!
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと黒い鳥 - Featuring「ワタリガラスの男」
——Special thanks to UZO-SAN

漆黒のマントが風に揺れている。風がいつもとは違う調子で唄う。ヒュルリ、カラン、トロンと。イタリアの平凡で何も起こらぬ小さな町は、その唄に驚き首をすくめる。オレンジの薫りがする。どこからするのかわからぬ香氣。いずこから来たのかわからぬ旅人。彼は、まっすぐに町の中心へと向かおうとする。いくつかのバル、小さな商店、午睡にまどろむ広場。人影はほとんどない。
旅人はわずかなすすり泣きを耳にする。小さな、かすれたしゃくり声は、広場の近くの樹々におおわれた公園から漏れてくる。見過ごしてしまうほど狭い遊び場。滑り台が一つと、背の高い鉄棒と、低いのが一つずつ、それから壊れたブランコに、砂場。鉄棒の下で、学校にもまだ入っていないほどの幼子が泣いている。
男は低い声でそっと問いかける。
「何がそんなに悲しいのだ?」
小さな少女が黄金の頭をゆっくりと持ち上げる。男に黄金の双眸が見える。涙に濡れ、砂が頬に張り付いている。
「どうしても、できないの。白い鳥のように飛んで、きれいに回りたいのに」
その答えが、旅人の興味を惹く。ワタリガラスの代理としてこの世を彷徨う男の。
「お前には空を飛ぶ白い翼が必要だというのか」
少女は首を振った。
「翼はなくても、ジュリアは空を飛んでいたわ。真っ白い、キラキラ光る、とてもきれいなブランコ乗りなの」
旅人は少女に微笑みかける。
「ジュリアに飛べるなら、お前も飛べるだろう。飛ぶ練習を怠らなければね」
「今日は飛べないの?」
「飛べない。たぶん明日も飛べないだろう。」
少女は、落胆して肩を落とした。
「明日には薔薇は枯れてしまうわ」
彼女の心には紅い薔薇を持って白く美しいブランコ乗りを追いかけていく哀しい道化師の少年の姿がよぎる。私の運命の人なのに、どうしても届かない。いつも美しいジュリアを追って、舞台の奥へと走っていってしまう。あなたの側にいさせて。ブランコ乗りになるから。ジュリアのように羽ばたいてみせるから。
旅人は幼い少女の頭を優しく撫でた。
「薔薇は次々と咲くのだ。お前が空を飛ぶ日まで、何輪でも。諦めてはいけないよ。飛ぼうとし続ける者だけが、いつか本当に空に向かえるのだ」
少女は、それを聞いて涙を拭い頷いた。そして両手をまっすぐに伸ばして、もう一度鉄棒に向かった。男は少女を助けて鉄棒の上に体を持ち上げてやりながら囁いた。
「お前がはじめて空を飛ぶ日に、私はそれを見届けに行こう」
リハーサルを何度も重ね、何度もやった演技だったが、初舞台の今日は何もかも違っていた。テントの中の人いきれ。青白い眩しいスポットライト。朗々と響く音楽の中、舞台の上を走る道化師ヨナタンの背中。ステラは、半ば震えながら天井のブランコの上で待っていた。大丈夫だろうか。もし、うまくいかなかったら、どうしよう。先月引退したジュリアのようになんて、できっこない。
その時、ステラはヨナタンが紅い薔薇を差し出すのを目にした。出番の合図だ。ゆっくりと下がっていくブランコの上で、ステラはすっと背中を伸ばした。どこからか、声が聞こえてくる。
「薔薇は次々と咲くのだ。お前が空を飛ぶ日まで、何輪も」
少年だったヨナタンは、立派な青年になった。大車輪ができないと泣いたステラは十六歳になっていた。そして、間違いなく薔薇は何輪も咲いた。ようやく、あなたは私を追ってきてくれる。あの人が予言した、そのままに。
ステラは、その人のもう一つの言葉を思い出した。
「お前がはじめて空を飛ぶ日に、私はそれを見届けに行こう」
まさかね。でも、ありがとう。私は、ちゃんと飛びます。白い鳥になって。
「お疲れさま!」
「よく頑張ったな!」
大喝采を背中にステラが袖に入ると、仲間たちが次々と寄ってきて肩を叩いた。演技はあっという間だった。わずかなミスはあったけれど、観客にはわからないくらいだった。いつもは厳しい教師のジュリアも、笑って褒めてくれた。嬉しくて、ステラは涙を拭った。本当に今日からブランコ乗りなのだ。
観客の爆笑とともに、ヨナタンが袖に飛び込んできた。そして、そこに立っているステラと目が合った。道化師は、もともと笑っているような化粧の下の、口元をほころばせて言った。
「よくやった」
そして、ステラの前髪をくしゃっと乱した。
「さあ、カーテンコールだ」
仲間たちが、次々と舞台に走っていく。ステラも、ヨナタンに手を引かれて光の中に戻っていく。
本日の出演者たち全員に、割れるような拍手が贈られる。仲間は、円形の舞台の端にそれぞれ立つ。一番真ん中に、今日デビューのステラ、その隣はヨナタン。眩しい光の中、出演者たちが何度もお辞儀をする。
ヨナタンは、いつものように、一つの客席に眼をやる。そう、かつてみなに嗤われている道化師を、幼いステラが泣きそうになって観ていた席。その悲しい表情にたまらなくなって、彼が紅い薔薇を差し出した、あの席だ。そこには、奇妙なことに白い大きめの人形が座っている。髪が長く、陶器のようなすべすべの肌で、透明な硝子の瞳をぱっちりと開いている。それは人形なのに、生き生きとしていて、今にも話しかけてきそうだった。
その人形の隣には、全身黒尽くめの男が座っていた。周りの他の観客たちが、滑稽なほどのさまざまな色を身にまとって、がやがと落ち着きなく騒いでいるのに、落ち着き払って座っている白い人形と黒い男の、モノトーンのコントラストがヨナタンの眼を惹いた。
ヨナタンは、その人形の、モノとしてはありえないほど恐ろしく生き生きとした様子に、自分がかつて本当に生きていたときのことを思う。この仮面の下に生命を押し込めて生きることになった忌々しい夜のことを思い出す。生きている人形と、生きていない道化師。奇妙な符号だ。意識が離れたがために、手の中にある薔薇の刺が彼の指を刺し、誰にも氣づかれないほどわずかの血が流れていく。ヨナタンは、人形がその痛みを感じている錯覚に陥った。短い、あいまいな幻想。
やがて人形に何かを囁きながら立ち上がり、男はめちゃくちゃに騒いでいる観客たちの間をすうっとすり抜けて、人形を連れて通路を歩いて行った。男は、出口で振り向くと、まだ己を視線で追っている道化師の方をまともに見た。それから、帽子をかぶり、口角をわずかにあげると再び人形に何かを語りかけた。
そのとき、ヨナタンの指の小さな傷口から、オレンジの香りがした。男が戸口に消えると同時に、テントの中には不思議な風が吹いた。ヒュルリ、カラン、トロンと。「あ」小さな声を出して、男の存在に氣がついたステラが、風とともに去ったマントを目で追う。美しく、生命に満ちた若いブランコ乗りの娘が。今日、予言の通り美しく羽ばたくことのできた白い鳥が。
「あの人……。まさか、ね」
ヨナタンはそっと彼女に語りかけた。
「不思議な人形を連れた、カラスのような男だったね」
ステラは無言で頷いた。鳥たちの神様なのかもしれない、ぼんやりと彼女は思った。
(初出:2013年1月 書き下ろし)
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アイデンティティ・プロブレムについて
ダメ子さんは梨乃ちゃん&馨さんを描いてくださり、ウゾさんのところには、ヨナタンとステラが登場し、そしてTOM-Fさんの小説にはレネん家の有機ワイン、ドメイン・ロウレンヴィルが登場! 私、果報者でございます。みなさん、本当にありがとう。
「夜想曲」のテーマである「アイデンティティ・プロブレム」は、私にはとても身近な題材なのですが、もしかすると日本では少しわかりにくいことかもしれませんので、ここで別に語ってみることにしました。
アイデンティティー(identity)とは、「同一性」「個性」「特定のある人・ものであること」などを示す英語ですが、私が問題にしているのは広義で使われる「国・民族・組織などある特定集団への帰属意識」です。「私って何者なんだろう」という問いは、意識するにせよしないにせよ、誰もが持っているものだと思いますが、ある種の人にとっては、帰属する場所がないが故に、自分自身を肯定できない、もしくは「これではダメだ」と悩むきっかけになることがあります。
わかりやすくするために、この話の設定のモデルになったある女性のことをお話ししましょう。私はその人とスイスの電車のなかで知り合いました。ドイツ語学校のクラスメートである中国人と英語で話をしていたので、興味を持って話しかけてきたのです。その人は明らかに東洋人の顔をしていました。韓国で生まれたそうです。何らかの理由で彼女はスイス人の夫婦に引き取られてスイスで育ちました。そして、自分の存在に悩み苦しんで精神科に通うことになりました。彼女はスイスでは東洋人として扱われます。祖国のことは文化も歴史も何も知らない、ひと言の韓国語も話せないのにです。「私は何者なんだろう、私の血は何を意味しているのだろう」という根本的な問い以外に、「私は実の両親に必要とされなかった」「私は生まれてからずっと暮らしている国と家族のなかでも異形の存在だ」という自己否定が重なったことが彼女をひどく苦しめていました。
東京のど真ん中で、ごく普通の家庭に育ち、同じような顔と言語と風習を繰り返す同胞に囲まれていると、それがあたりまえすぎて、(少なくともこのような形で)自己の存在について疑問をもつことは少ないと思います。私自身も、日本にいた時とスイスに来てからと、どちらが自分が日本人なのだと強く意識するかと言えば、当然スイスの中でです。自分が異質だと外側で認識すれば、内側もその異質さゆえに自己のあり方に意識を向ける。これがアイデンティティの認識です。
私の小説には、多くの異文化交流、異質なもの同士の出会い、葛藤などが登場します。「夜想曲」のようにメインに据えて小説を書くことは稀ですが、たぶんかなりの小説の根底にこの「私とは何ものであるのか」「私のいるべき場所はどこにあるのか」「理解されることはあるのか」というテーマが流れています。
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【小説】夜想曲 - 2- 同じ名の男
はじめからまとめて読む
夜想曲(ノクターン)
- 2 - 同じ名の男
「おっ。お隣は君か!」
アトランタでリマ行きに乗り継いで、シートベルトを締めて一息ついていたら、隣の席にやって来た男が英語で嬉しそうに言った。誰よ、この人。マヤは首を傾げた。
「ほら。チューリヒから乗ってただろ。日本人がチューリヒからアトランタに行くなんて珍しいなと思って目についたんだ」
「日本人じゃないわ。スイス人なの。パスポート上は」
「ふうん? 遺伝子上は?」
「たぶん日本人」
「たぶん?」
「生まれたばかりの時に養女になったから、知らないの」
その男は、背が高くて明るい茶色の髪をしている、白人だったが、ゲルマン系の彫刻のような端正な顔ではなくて、あちこちの民族が交配を重ねてごっちゃになってしまったような顔つきだった。灰色がかった瞳をくるくると動かして愉快そうに話す。
「あなたは、どこの国の人?」
「俺? 半分ペルーで、半分アメリカ人」
なるほど。いろいろミックスされているわけね。
「スイスには旅行に行ったの?」
「いや、俺、半年前からグラウビュンデンに住んでいるんだ」
「ええ? 私もクールに住んでいるのよ」
「そりゃ、奇遇だ。俺の職場はクールだよ」
「休暇で里帰りなのね」
「まあね。そう言えない事もない」
歯切れの悪い返事だった。
「君は、休暇でペルー観光かい?」
今度は、マヤが口ごもる番だった。
「ええと、仕事は辞めたばかりだから、休暇じゃないわ。観光目的でもないわね」
「じゃ、何?」
詮索好きな男ね。
「……人探し」
男はぎょっとしたようにマヤを見た。
「嘘だろ? 俺も人探しに行くんだぜ?」
「誰を?」
「同僚の弟。インターネットで知り合った女と暮らすとかいって家出しちまったんだ。その女がペルー人。ちょうど休暇でリマに行くと決まっていたんで、探し出して、同僚に連絡するんだ。君は誰を捜すの?」
「……。昔、会った事のある人。スイスで育ったんだけど、今はペルーに帰っているの」
「ペルーのどこ?」
「五年前はリマにいたらしいって所までわかっているの」
「リマのどこ?」
マヤは知人がペルーのエステバンからもらったというクリスマスカードの封筒を取り出した。
「この住所、わかる?」
「どれどれ、サン・ボルハ……。ああ、大体わかるよ…。あれっ?」
「どうしたの?」
「エステバンっていうのかよ、そいつ」
「そうよ」
「奇遇だなあ。俺もエステバンなんだよ。エステバン・ペドロ・モントーヤ。ラッキーじゃん。君、もうペルー人のエステバンを見つけたんだよ!」
何ふざけた事言ってんのよ。マヤが白けた顔で睨みつけたのでエステバンは肩をすくめて続けた。
「冗談はさておきさ。ちょうどいいから、俺たち互いに協力しない?」
「どういうこと?」
「君は、リマの事に詳しくない。スペイン語も話せないみたいだし、このエステバン君を探すのも一苦労だろう?」
マヤはその通りだと頷いた。
「俺は地の利はあるし、ネイティヴだからそっちは問題ないが、ろくにドイツ語はしゃべれない。ところが家出した坊やはスペイン語はおろか英語もしゃべれないらしい。坊やを見つけて説得するのに、スイス人の通訳は願ってもないんだ。そこで、俺たちが協力し合えばいいんじゃないかな」
それは悪くない申し出だった。マヤは手を差し出した。
「よろしく。私はマヤ・カヴィエツェル」
エステバンはしっかりとその手を握りしめた。
エステバン・モントーヤは愉快でおしゃべりだった。半年前までイギリスで働いていたが、その時の同僚に引き抜かれてスイスにやって来たのだそうだ。
「何の仕事?」
「WEB制作さ。俺、こうみえてもデザイナーなんだ」
ラフなジーンズ姿はそれらしいが、デザイナーという感じではなかった。でも、わざわざ引き抜かれるくらいだから有能なんだろうなとマヤは思った。
「普段は英語だけで仕事をしているの?」
「わかった? そうなんだ。いい加減にドイツ語を覚えないとまずいんだけど、人前に出る事はほとんどないから英語だけで済んじゃってさ。ま、買い物くらいはできるようになったけど」
食事が運ばれてきた。飲み物を訊かれたのでマヤは赤ワインを頼んだ。エステバンはスチュワーデスと軽口で会話をしていたかと思うと、ちゃっかりワインを三本せしめた。マヤが目を丸くしていると彼はウィンクして一本をマヤのトレーにぽんと置いた。
「ほら、これはお前のお替わり用さ」
同じエステバンでも、なんという異なった個性だろう。マヤは十六歳の夏に数時間だけ共にいた青年の事に思いを馳せた。誠実で優しい南米先住民族で、遠くを見るような瞳をしていた。どこか世界に受け入れられるのを諦めたような哀しみを漂わせ、同じように孤独を持て余していたマヤには唯一の理解者のように思われた。彼はきっとワインを二本頼むなんて事は考えもしないであろう。
食事をしながら、マヤとエステバンは少しずつお互いの境遇の事を話した。彼は父親の故郷のアメリカで生まれたが、現在、両親はリマに住んでいる。中流家庭だと彼は言った。つまり、富裕層でもなければ、貧困層でもないという事だと補足した。マヤにはピンとこなかった。なぜわざわざそんなことを言うのだろう。
「実際に目にすればわかるよ」
エステバンは両親の家に泊まると言った。それはマヤのホテルの近くだった。
「なんなら、お前もうちに泊まれば?そもそもどのくらい滞在する予定なんだ?」
「二週間よ。ホテルは三日分だけ予約してあるの。エステバンがリマで見つからなかったら、たくさん予約してあっても無駄だろうと思って」
「OK。三日で見つからなくて、さらにリマにいるんだったら、うちに来い。ま、場合によっては他の都市に行かなくちゃいけないかもしれないよな、どっちのケースも」
リマは晴天だった。心地よい風を感じた。エステバンは笑った。
「いちおう、夏の始まり」
そう、ここは南半休だ。マヤは初めてそれを実感した。《黒髪のエステバン》の住む国に立っているのだ。
エステバンは、二人分の荷物をカートに載せて、ミラフローレス行きのバス乗り場へとさっさと向かった。マヤはこれだけでもこの人と協力して人探しをする事にしてよかったと思った。自分一人では、こう簡単には市内に辿り着けないであろう。
「とりあえず、ホテルにチェックインしてさ、それから徒歩で俺の生家に行こうぜ。母さんがなんか美味いものを用意してくれているはずなんだ」
「そんな、突然お邪魔するなんて」
「平氣だって。別に珍しい事でもないし」
人懐っこい笑顔を見ていて、マヤはおかしくなった。今まで何人の女の子をナンパして家に連れて行ったんだろう。次々違う女の子を連れてくるのをお母さんは呆れているんでしょうね。
エステバンの母親はスペイン人の面差しの優しい女性だった。マヤの突然の訪問にも嫌な顔一つせずたくさんの料理を並べてくれた。後から帰ってきた父親は荒っぽい動きの大男で、聴き取りにくいアメリカ英語をしゃべったが、やはりマヤを歓迎して、大声でアメリカ民謡を歌ってくれた。エステバンは頭を抱えていたが、マヤはなんて温かい家庭だろうと微笑んだ。
「じゃ、明日から早速、行動を開始しようぜ。まずはそっちの住所から当たってみよう。すぐに《黒髪のエステバン》と会えれば、あとはこっちの方を助けてもらえばいいし」
「同僚の弟さんの足取りはつかめているの?」
「いや、わかっているのは女のサイト上のプロフィールと、ネットでのやりとりだけ。待ち合わせはリマの空港だったから、いまどこにいるかはわからない」
「連絡を断ってからどのくらいなんだ?」
父親が訊くと、エステバンは荷物からプリントアウトの紙を取り出して眺めた。
「一週間だな。家出した翌日に、俺たちと同じルートでリマまで来た事はわかっている。その後すぐに携帯がつながらなくなった。父親はクレジットカードの家族カードをすぐに停止したけど、すでにけっこう大きな金額のものを購入されていて、それはリマでらしい」
「明日見つからなかったら、警察に連絡した方がいいな」
父親の言葉に、エステバンは頷いた。
食事の後、エステバンはマヤをホテルまで送っていき、ホテルのバーで一緒に飲んだ。
「お前さ。《黒髪のエステバン》に会ってどうするつもりなんだ?」
マヤは、少し考え込んだ。
「……あの時の事を謝りたいと思っている。でも、その後の事はわからないわ。だって、彼が私の事をどう思っているかも知らないんですもの」
「向こうが怒っていなかったら?」
「怒っていなくても、あれから十年も経ってしまっているのよ。彼の人生はその間も続いている……」
「じゃあ、ヤツに拒否されたらどうするつもり? お前の顔なんか見たくないとか、もう結婚していたとかさ。この旅行の後、どうしたい?」
マヤは、グラスをじっと見ていた。エステバンは答えを急がせなかった。マヤはやがてゆっくりと答えた。
「スイスに戻って、考えるわ」
エステバンは酒を一口飲むと言った。
「そしたら、俺とつき合えよ」
マヤは目を瞠った。
「どうして、そうなるのよ」
「どうせ、これが上手くいかなかったら死んじまおうとか、考えてんだろ」
「考えていないわよ! ……そりゃ、どうやって生きていっていいか、わからないとは思ったけど」
「だからさ。それを俺と一緒考えていけばいいじゃん。お前、婚約者と別れたって言ったし、俺もいまフリーだし、クールにいるんだし、悪くない話だろ? そんなに難しい事じゃないさ」
「悪いけれど、今はそんなこと考えられないわ」
「わかっているって。ま、今は、お互いに人探しを済ませないとな」
《黒髪のエステバン》は、簡単には見つからなかった。家出したスイスの少年も。サン・ボルハの小さなアパートメントの大家は、エステバンはかなり前に引っ越したと言った。《ふざけたエステバン》は、大家に食い下がって、当時の勤め先の住所を聞き出す事に成功した。それはさほど遠くない一角にあったが、エステバンは引っ越すと同時にそこを辞めていた。わりと親しかったという同僚なら、もしかしたら連絡先を知っているかもしれないが、いまはここにいないと言われた。エステバンは自分の携帯番号を教えて、連絡を待つ事にした。
午後に二人はネットに記載されていたペルー女の住んでいるはずの場所に行ってみたが、名前も住所もまったくの架空のものだった。
「つまり、坊やは騙されたって事だ。これはまずい事になってきたな」
「すぐに警察に行きましょう。スイス大使館にも連絡を取りましょう」
「そうだな」
警察の対応はあまり芳しくなかった。つまり、今の所スイス人の遺体はみつかっていないと言うだけだった。それが見つかっていて身元が割れていたら、今まで家族に連絡がないわけはないと言ったが、とりあえず家族による捜索願を出してほしいというだけだった。女と逃走するなんて話は日常茶飯事でしてね、そう言うのだった。
「身元のわからないその年頃の死体の照合は?」
そういって、エステバンは持ってきた写真を一枚と何枚かの紙幣を、担当の警官に押し付けた。
「係に回してみますけどね。この写真、もう一枚ありますか? 死体の担当と、被害者がまだ生きている犯罪の担当が別れているんでね」
エステバンは素直にもう一枚渡し、再び「手数料」を添えた。警官はいたく満足したようだった。
後でマヤは憤慨して文句を言ったが、エステバンは肩をすくめた。
「他の案件より優先してやってもらわないと困るだろ。ここはスイスじゃないんだ」
「手数料」を払わなかったら、チャンスはないということだ。
「初日には見つからないと思っていたよ。せめて、二人とも五体満足で生きて見つかってくれるといいんだが」
エステバンの言葉にマヤは身震いした。ペルーで生きていくのは大変なのだ。安全で大抵の事がきちんと機能するスイスで自分の道が見つからないと悩んでいたなんて、甘えもいいところだった。この旅に出るまでは、あそこに馴染めない自分を持て余していたのに、一歩外に出た途端に怯えている。そう、ここはスイスではない。
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ムパタ塾のこと - 6 -
これまでの話は、カテゴリー「アフリカの話」でまとめて読む事が出来ます。こちらからどうぞ。

日本でも自然の豊かなところにお住まいの方には笑止千万な話ですが、当時の私が同定できる鳥というのは両手で数えられるくらい、足の指は必要ない程度でした。実際に、東京でごく普通に見ることのできる鳥といったら、鳩、カラス、雀、ヒヨドリぐらいだったのです。こういう自然とは切り離された暮らしをしている人間が、マサイマラ国立公園内で暮らすとなると、その無知っぷりが大いにクローズアップされるわけです。
ムパタ塾の参加者の大半は「ゲームサファリが大好き」でネイチャーウォッチングの授業は「まあ、一回ならいいかな」ぐらいの興味しかなかったのですが、私はサファリ以上に興味がありました。
最初の日は、ホテルの庭のなかを一時間程度散歩しながら見た鳥の名前を羅列していく授業がありました。この時間は、もちろん講師に名前を教えてもらいそれをメモするだけだったのです。最初の週末(授業がなくて自由時間)に、ホテルの図書室にある鳥類事典を借りて、メモした鳥の絵を持っていった水彩色鉛筆で描いたのが上の写真です。とてもきれいな鳥がどんどん飛んでくるのですよ。
下の写真は、別の日にホテルの庭(といっても、周りに自生している植物と同じものがあるだけ)で、主にマサイ族が現在でも使っている植物についてのレクチャーで採取した植物や写真です。これらはみな私の「ムパタ塾スケッチブック」に貼付けてあって、いい思い出になっています。

たとえば、「マサイの石けん」といわれる葉はもんでいると泡がでてきます。これで手を洗うので他に石けんはいりません。「マサイのトイレットペーパー」といわれる葉もあります。用途は、おわかりですね。「マサイの歯ブラシ」といわれる木の枝は先の薄皮を剥ぐと繊維がブラシのようになっていて、しかも殺菌効果もあるのだそうです。アガベの葉先の針になっている部分を折ると、繊維質がついていきて、それはまるで針と糸が一体になったようです。彼らはこれらで本当に繕い物をします。私の指にトゲが刺さってとれなくなった時、実際にこのアガベの針を使って刺を抜きました。
こうして人びとは、自然と一体化した暮らしをしています。もともとそこに生えている植物ですから、使い終わったあとにそのままぽいと放り投げてもそのまま自然に還っていきます。つまりゴミ問題も発生しません。
こうした暮らしを何十万年も続けてきた人たちが、プラスチックを突然手にしてしまったりすると、問題が発生します。アフリカ人がゴミ箱にゴミを捨てない、道に何もかも捨てていき問題になっていることには、こういう背景もあるようです。その一方で、毎日何十万トンというゴミを排出する私たち先進国の人間の当たり前の生活についても考えるきっかけができました。
スイスに来てから、ゴミ問題については、続けて意識して暮らしています。ゴミ箱に入れるからそれでいいのではなく、はじめから可能なかぎりゴミを出さないくらしを心がけるようになったのはこのムパタ塾での体験がベースになっているのです。
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バターの話
スイスは酪農大国なので、チーズは豊富です。悩みが「スイスのチーズが多すぎて、買える他の国のチーズが限られる」なのですから。(たとえばイギリスのチェダーチーズは、まず買えません)
さて、本日は同じ乳製品でもバターのお話。実は、私はバターをこよなく愛する女なのです。かつてはどの料理にもバターを入れまくっていたほど。連れ合いの関節炎発症以来、食生活を変えたので、前ほどではありませんが、それでもバターの消費量はごく普通の日本家庭より明らかに多いと思います。
で、スイスのバターは美味しいとみんながいいます。日本から遊びにきた友人はパンに5ミリの厚さでのせて食べたくらいです。私もそのくらいヘッチャラでやります。ビュンデナー・ブロートと呼ばれる、2ミリくらいの薄いパン生地のなかに、ぎっしりと洋梨などを煮詰めて作った甘いフィリングの入った冬のお菓子があるのですが、それにバターをたっぷりのせて食べるのは極上の歓びです。

私は実は日本では普通の塩入バターが好きなので、こちらではデフォルトの塩なしバターと一緒に塩入も常備しています。
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【小説】哀雪
scriviamo!の第二弾です。仙石童半さんは、この企画にショートシナリオで参加してくださいました。本当にありがとうございます。
童半さんの書いてくださったショートシナリオ 哀傘
今回は、丸々設定をお借りして、過去にとらわれているヒロインについて、童半さんの作品の続きを掌編の形で書いてみました。
「scriviamo!」について
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哀雪
——Special thanks to DOUHAN-SAN
雪は溶けて旅行鞄を伝いブーツに落ちた。結衣は立ち止まって傘と鞄から残った雪を払った。この鞄には、結衣の全財産が入っている。他のすべてを処分し、マンションを解約して、仕事を辞め、身の回りを整理した。引き止める者もなく、結衣は二十七年暮らした故郷を去ろうとしていた。
十年前のこんな雪の日に、この同じ鷺室駅で、結衣は尚哉を見送った。東京へ行く、もう戻らない、そう決意した尚哉にどうか連絡を絶たないでくれと懇願したのだ。けれど、尚哉はもう思い出したくないのだと言った。振り返らずに去った尚哉が見えなくなると、結衣は最後のメールを書いた。たったひと言だけ。
「バイバイ」
返事をくれることを、時間はかかっても、尚哉から再び連絡が来ることを、結衣はいつも待っていた。けれど、もう終わりにするのだ。この町に留まって、悲しく待つだけの人生はやめるのだ。
中央口の改札からほんの少し行ったところで、足元に落ちている灰色の固まりに氣がついた。こんなに古い携帯はもう滅多にみないので思わず目が釘付けになった。尚哉が使っていたのと同じ。
結衣は、その古い二つ折れの携帯電話をそっと手に取った。誰かが落としたのだろう。拾得物の窓口に行かなくては。そう思ってから考えた。――ありがとうございます。では拾得者のお名前とご住所を。そう言われたら、なんと書く? 一人で、あてもなくどこかへ行こうとしているので住所はないと? ああ、窓口にはいけない。一瞬、元あった場所に置きなおそうとして、ふとストラップの位置に目がいった。
嘘よ。そんなはずはない。結衣はポケットから自分の携帯電話を取り出した。ストラップの紐を見る。全く同じ、すり切れて、汚れている組紐。
「ねえ。いいでしょう。せっかくここまで来たんだもの。お揃いのストラップ買ってつけよう」
修学旅行の太宰府天満宮で結衣は上目遣いで甘く頼み込んだ。尚哉は露骨に嫌そうな顔をしていたが、それでもお揃いで買うことに同意してくれた。
「ほら、ちゃんとつけようよ」
結衣がいうと、彼はすっと携帯を渡し、つけてくれと頼んだ。
結衣はあれから二度は機種変更をした。でも、ストラップはずっと変えなかった。色が変になってきても。スマホにしなかったのは、ストラップをつける場所がなかったからだ。
拾った携帯電話についているのは組紐だけで、梅の形のマスコットはちぎれてなくなっていた。でも、組紐は同じ。色の薄れ具合は少なくてずっと使っていない、そう、あの十年前から時間が止まってしまったような状態だった。嘘よ、そんなはずはないわ。あれから十年間も、これがここに落ちていたはずはない。これは単なる偶然、誰か他の人の携帯、そうでしょう? それとも尚哉、またこの町に帰ってきたの? よりにもよってこの晩に、私の前にこの携帯を落っことして?
尚哉がいってしまった時、結衣にはどうしてもわからなかった。複雑な家庭に生まれたのは私も尚哉も一緒でしょう? でも、どうして尚哉は私ごと切り捨てて東京に行ってしまったの? 私との三年間もゴミ箱に入れたいものだったの?
「もう、思い出したくないんだ……」
尚哉の氣まずそうな目が結衣の心を射る。どうしてなの。どうして私だけ忘れられないの?
高校卒業後に結衣はいくつかの仕事を経験した。長く続いたのは、スナック『パンテオン』での仕事だけだった。……私が水商売に向いていたからじゃない、ママが私を見捨てられなくて面倒を見続けてくれたから。でも、私はママの優しさだけじゃ心の隙間を埋められなくて、告白されたのをいいことに里志と暮らしはじめた。でも、そんなんじゃ、上手くいくはずなかったよね。
「何でお前は俺のことをいつもそうやって見下すんだ。誰と較べているんだよっ」
里志が憤る時、結衣の心の中にいつも尚哉が浮かんできた。尚哉は叩いたりしなかった。尚哉は私の財布からお金を抜いたりなんかしなかった。でも、尚哉は私と一緒にはいてくれなかった……。
里志も出て行った。隠れてつき合っていたほかの女の子を妊娠させたからではなかった。それはただのきっかけだった。里志は結衣が憤り、哀しみ、引き止めたなら、やり直したいとすら思っていたのだ。でも、結衣は簡単に諦めてしまった。
「そうだよね。赤ちゃんのためには、里志が行ってあげるのが一番だよね」
「例の男も、そうやって、『しかたないよね』って送り出したのかよ。お前は、結局自分が傷つきたくないだけだろう。そして、自分だけがかわいそうな子だって、悲劇に酔っているだけなんだよ。反吐が出る」
里志の捨て台詞が耳に残る。手の中には、十年前のフラッシュバック、こすれて傷ついた携帯電話がある。
「すみません、どいてください」
後ろから来た学生たちが声をかける。結衣はまだ改札の近くに立ちすくんだままだったことを思い出す。行かなくては、夜行に遅れてしまう。携帯を改札に渡そうか、それとも、中を開けて尚哉の携帯かどうか確認するか、結衣は再び逡巡した。
これまでと一緒だわ。里志のいう通りよね。
「お前は、何もしない。世界が都合よく変わってくれるのを待っているだけで。ぐずぐず泣いて人に罪悪感を植え付けるだけで」
このまま、何もしないままでいるの? 結衣は、意を決して、そっと携帯電話を開いた。
連絡先、メール。「2002/1/26」。差出人、ユイ。「バイバイ」。涙があふれてくる。……尚哉。どうして、今日なの? あなたを忘れるためにこの町からでていこうと行動に移した日なんだよ? 夜行に乗ったからといって、明日の予定があるわけではない。もし、もし、今夜、彼にもう一度逢えるなら……。結衣は踵を返すと改札を出て、赤い傘をさし、かつて尚哉が母親と住んでいたアパートの方へと歩いていった。
この道を往くのは十年ぶりだった。かつては駅周辺と尚哉のアパートのある地区の間には、草原と畑があって、数分間は街灯すらもないところを尚哉の自転車のライトだけを頼りに移動したものだった。が、今は途切れなく家が建ち、真新しい街灯が規則正しく立っている。夏に自転車の二人乗りをしたこと、秋に香る金木犀を探したこと、雪玉を投げあって駆けたことを思い出す。逢いたいよ、尚哉。十年経っても、全然変わらないよ。
けれど、結衣の目的地には、もうアパートはなかった。新築のマンションが建っていた。
結衣は、尚哉の携帯電話を胸の位置に抱きしめて、立ち尽くした。これが、現実なのだ。尚哉は十年前の過去には存在していない。現実の尚哉は、どこか別のところにいる。たぶん、だれか他の女の人がそばにいて、私のことなど、戯れにしか思い出さないのだろう。この携帯電話をあの駅に落としていったのは、もういらないからなのかもしれない。
里志、ごめんね。あなたの言う通りだった。私はただ待っているだけだった。尚哉のお母さんや、親戚の叔父さんに連絡をとろうともせず、ただ、尚哉から連絡が来るのだけを待っていた。その間、側にいて、一緒に暮らしていたあなたの存在を大事にしなかったよね。
この町は、居心地のいい牢獄だった。自分が変わっていけないのは、すべて寂れたこの町のせいにしておけばよかった。尚哉に拒否されたという哀しみは、結衣の周りに鉄格子を築いた。そしてその哀しみに白く清らかな雪が降り積もることで、結衣の心を冬眠させていた。結衣は十年間にわたり自分の人生を生きてこなかった。
尚哉の携帯電話をコートのポケットに滑り込ませると、旅行鞄をもう一度持ち直して、結衣は駅の方に引き返していった。もう、今夜の夜行には間に合わない。でも、とにかく駅に行こう。もうこの町には私のいる場所はないのだもの。赤い傘、旅行鞄、そして結衣のコートには、次から次へと雪が降り積った。新築マンションの前に残された足跡も、直に雪に覆われて見えなくなってしまった。
(初出:2013年1月 書き下ろし)
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ブログのトーンについて
色にたとえると、ほんわりとピンクなものから、漆黒のものまでさまざまだ。そのことはそれでいいのだと思う。訪問者に媚びる必要はないのだし、反対に自分の意志に反してまで全てをさらけ出す必要もないと思うから。ブログの訪問者というのは、とてもシビアだと思う。だから、そのトーンが合わないと思えば自然と来なくなる。寂しかろうと、悲しかろうと、結局は自分の書きたいことを犠牲にしてまで引き止める存在でもないはずだ。
で、本題。私のブログにも当然トーンがある。どちらかというと前向き系だ。これは私の人生と関係がある。私は後ろを向いていられない性格なのだ。諦めも早い。十五年前に鬼籍にはいった父とは対照的だ。粘りがないために私はひとかどの人物にはなれない。日本の、世界のトップになるような野心やそれを可能にする日々の努力などかけらもない。けれど、そのちゃらんぽらんさが私を幸福にしている。そう、私は自分の人生に満足している。もちろん市井レベルのたんなる自己満足だ。
私は確かに恵まれている。かといって何もかも努力をせずに手に入れてきたのではないし、諦めてきたものも多い。連れ合いと熱愛状態のように思われるかもしれないが、家族なんだから当たり前のように喧嘩だってするし、本当に大丈夫かと思うことだってある(そもそも言葉の通じないガイジン同士だし、みんなが驚く変わり者同士なんだから、平穏そのものの訳はない)。仕事でもそうだし、日常生活のなかでもいろいろな浮き沈みがある。
私のブログにその負のカラーが薄いのは、意識して「ラッキー」色を出そうとしているからではない。単純に負のときはそれを冷静に書く自信がなく、時が経って冷静になると負の感情がどこかへ消え去っていってしまっているからだ。まるで鶏である。三歩歩くと忘れるのだ。
ここが私を幸福たらしめている一番の財産なのだと思う。一時的に固執したもの、心に去来したつらく悲しい感情を、あっさりと捨て去ることができる。私は自分の欲しいものがわかっている。そうでないものを完全に捨てることができる。後ろではなくて、現在と未来に向けてだけを見つめながら、他でもない自分とその生み出す作品を愛することができる。このブログに能天氣なトーンが強いとしたら、それはまさに私そのもの、私の利点であり欠点でもある生来の能天氣さが現われているのだと思う。
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「お正月に買ったものは?」
お正月にというわけではないのですが、この一月に買い物をしましたよ。セールがはじまったのです。私は日本人特有の短い足なので、こちらで売っている衣類はどれでも合うというわけではないのです。で、いつも行く店には、短いサイズもあり、さらに私の苦手なローライズではないものも置いているのです。で、私はセールを狙って、その数少ない私に合う衣類を安くゲットしにいくわけです。
以前は、日本に行く度に衣類を新しく買ったりしていたのですが、最近は可能な限り日本に頼らずに、こちらで生活必需品を揃える努力をしています。それでも、どうしても日本でしか見つからないものも多いんですけれどね。
こんにちは!トラックバックテーマ担当の木村です。今日のテーマは「お正月に買ったものは?」です。あけましておめでとうございます本年もFC2ならびにFC2トラックバックテーマをどうぞよろしくお願い致します!というわけで2013年最初のトラックバックテーマでございますみなさんはお正月どこかでかけましたか?寝正月、もしくはひたすら食べて飲んでた方も大勢いらっしゃるとは思いますが、今日のテーマはお正月に買っ...
トラックバックテーマ 第1583回「お正月に買ったものは?」
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瀧をみて思いついた話

我が家から、アルプスを越えてイタリア語圏に向かう時には、たいていサン・ベルナルディーノ峠を越えるのです。そして、メゾッコを過ぎたあたりに、この瀧があるのですね。瀧と針葉樹をぼ〜っと見ていて、不意に思いついた話があるのですよ。「瀧を見て、突然南米の旅行中にあった、終わった話を思い出す」っていうものでした。
で、その話は、見事に没になったのですが、十月分を書く時に、不意にそのアイデアが戻ってきたのですね。で、水曜日に公開したような形で、再び没アイデアが陽の目を見たというわけです。
そういうわけで、「夜想曲」の生みの親は、この瀧です。
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【小説】夜想曲 - 1 - 瀧の慟哭
夜想曲(ノクターン)
- 1 - 瀧の慟哭
バスがカーブを曲がった時に、瀧が目に入った。凍り付く前に最後の激しさで勢いよくほとばしる水の流れ。悲鳴を上げているようだった。突然マヤは心が同じように叫んでいるのを感じた。黒い瞳を思い出す。蓋をしていた想いが、瀧の流れと同じように溢れ出す。チェロの響きのように泣いている。私は彼の心を殺した。勇氣を持たなかったがために。
バスはサン・ベルナルディーノ峠を越えて、南へと走っていた。秋のグラウビュンデンは透明な青い空と柔らかい樹木の黄色に彩られる。日は短くなっているので、ベリンツォーナに着く頃にはもうあたりは暗くなり始めるだろう。電車に乗り換えてルガーノに着けば街灯が坂の多い街を照らしているだろう。
マヤがクールでバスに乗り込む時に、運転手はつたない英語で乗り換えのことを説明しようとした。マヤはスイス方言でそれを制して、自分はこの地で育ったということを報せなくてはならなかった。日本人観光客に間違えられるのは慣れていた。東洋人の顔をしているのだからしかたない。
マヤは赤ん坊の時に養子としてスイス人の両親に引き取られた。二人の兄も学校の友人も東洋人の顔をしていなかったので、子供の頃は鏡を見る度にドキッとした。いてはならない異形のものに遭遇したようだった。その奇妙な姿が映し出される度に、スイス方言を話しても、友達と同じような服装をして、同じような文房具で学校の授業を受けても、どこか自分は皆と違う、そんな違和感を抱えた。
クラスにはコソボ出身の子がいた。タミールの子もいた。自分だけが異形なのではない、自分にそう言い聞かせた。だが、彼らはマヤのように一人ではなかった。家族、一族郎党が集まり住んでいる。自分たちの言語・風習を家で踏襲しつつ、学校ではスイスの社会に馴染んでいる。マヤはそうではなかった。スイスの普通の家庭のことしか知らない。生まれ故郷で話されていた言葉は挨拶すらも知らない。なぜ自分が養子に出されたのかも養父母は教えようとしなかった。スイス人ではない、けれどそれ以外のどの国の人間でもない、マヤは孤独を抱えて生きてきた。
「それはちょっとしたアイデンティティ・プロブレムさ。よくある事だ。君は頭がよくって、綺麗で、健康なんだ。意志と努力で簡単に克服できるよ」
オリバーは言った。バイタリティ溢れた有能な婚約者。ルガーノで医院を開業した彼は、早い結婚を望んでいる。マヤに早く退職してルガーノに遷ってくれるように頼んでいる。この週末は二人で家具を見る予定だ。結婚式はブリザゴ島のレストランでしよう、花の溢れた初夏に、クジャクの歩く庭でシャンパンを開けよう。どんどんと決められていく未来に、マヤは不安になった。そんな晴れがましい花嫁が自分と重ならない。かつて鏡を見る度におののいた、あの違和感が戻ってくる。
たった一度だけ、もう、怯える必要はないのだと思った事があった。心から安らげる場所を見つけたと。
十六歳の夏、マヤは家族とブレガリア谷の近くにキャンプに行った。自転車に乗ったり、川辺でソーセージを焼いたりするいつもの夏の過ごし方。どんなことでマヤが兄とケンカをはじめたのか、もう誰も憶えていない。どちらの兄だったかも。もう一人の兄とも口論になり、マヤは激しく泣き、父親も母親もその時は兄たちの方が正しいと言った。マヤはそれは自分が実の子供でないからだと言って、さらに両親を怒らせた。頭を冷やせとキャンピングカーに閉じ込められたマヤは、家族が車で買い物に行っている間に、窓から家族を罵って泣き叫んだ。その日は他に誰もいないはずだったから、両親は娘が泣き叫んでいても氣にしなかった。
「どうしたの」
声がした方へ首を伸ばすと、下の兄くらいの歳の青年が立っていた。マヤは驚いて、泣くのをやめた。東洋人に見えた。ただ、肌の色はずいぶん濃い。黒い髪、黒い瞳。たぶん、その容貌のせいでマヤは即座にその青年を信頼した。
「閉じ込められたの。誰も私をわかってくれないの。私はひとりぼっちなの」
青年はキャンピングカーの扉にまわると、つっかえ棒を外してマヤを外に出してくれた。青年はエステバンというペルー人だった。東洋人に見えたが、南米の原住民の出身だったのだ。両親についてスイスに来たが、彼らはもうペルーに帰り一人でここで配水管工として働いている、仕事を終えて帰る所だと説明した。
「なぜドイツ語がしゃべれるの?」
マヤは訊いた。ブレガリア谷はイタリア語圏だ。エステバンの話しているドイツ語は東スイスの方言でこの辺りで身につけられるものではなかった。
「ずっとメルスに住んでいたんだ」
「どうして、ここに越してきたの?」
「ドイツ系より、イタリア語圏の方が肌に合うんだよ」
理路整然として、人との関係に間を置くドイツ系スイス人の社会に馴染めなかったのだ。黒い眉毛を少ししかめて話すエステバンは、どこか悲しそうに見えた。マヤは鏡の向こうにいる人だと思った。彼女自身の閉じ込められている鏡。
二人は小さなカフェに行って話をした。エステバンが引越す前に行ったことがある場所は、マヤの行動圏と重なっていた。共通の知合いもいた。今までお互いに知り合っていなかったのは不思議だった。話題は多岐に亘った。お互いの家族のこと、学校のこと、スイスのこと。二人が普段感じていることには、驚くほどの共通点があった。
マヤの孤独をエステバンはすぐに理解する事ができた。彼もまた、理路整然とした社会の中で、不自然な感情を持て余して生きてきたからだ。違和感に怯えて傷つくのは自分一人だけで、だれもそんなことは意に留めないと苦しんできたのだ。
自然の中にいると慰められるとマヤがいうと、エステバンは笑って彼女を連れ出した。彼が一人になりたい時にいつも行く小さな瀧。緑したたるブレガリアの秘密に満ちた聖所だった。
足を冷たい水に浸して、風の流れを肌に感じた。二人は先程の饒舌が嘘のように黙って瀧音に耳を傾けて座った。瀧が叫んでいる。マヤは感じた。それは悲鳴のようだった。
「私たちの代わりに泣き叫んでくれているみたい」
マヤは長い沈黙のあとに、ぽつりと言った。
エステバンはためらいがちに前髪を介してマヤの額に口づけをした。マヤはそれに応えて、彼の首筋に顔を埋めた。それを合図に彼は少女を強く抱きしめた。
それはマヤの友達がニヤニヤと語っていたような淫靡な行為ではなかった。プロテスタントの養父母の説くような崇高な目的のための正しさを伴う行為とも違っていた。愛という言葉で括れば甘すぎて納得できない。血を流し続ける二つの心が、お互いを癒したくて触れ合うことは、やはり愛なのだろうか?
肉体は傷つきやすい魂を入れた箱だった。二つの魂は互いに慰め合いたくて近寄ろうとする。実際には魂同士は触れあうことができない。だから入れ物の一番感じやすい部分を近づけている。エステバンの呼吸がわずかに響く。マヤの中には瀧の流れのような悲鳴が続いている。チェロの旋律のように泣いている。どこかの極東から来た魂と、南の果てから流れてきた魂が奏でる夜の嘆きだ。
「二人で、一緒に遠くへ行こう」
エステバンの言葉は、マヤにはごく自然に響いた。そうするのが当然だと感じた。
二人は何も考えていなかった。数時間の間に小さなブレガリアの谷でどれほど大きな騒ぎが起こっているかを。二人の言葉や概念を越えた結びつきを、社会がまったく理解しないことも。
マヤは家族に別れを告げる目的で、エステバンとともにキャンプ場に向かった。両親は泣いてマヤを迎えた。警察が今、お前を捜している。無事だったと連絡しなくては。その言葉を聞いてマヤは戦慄した。エステバンから引きはがされ、罵ろうとする家族を慌てて止めたマヤは、それでも、これから二人で生きていくので放してほしいとは言えなかった。
それは突然に夢の世界から現実に戻ってきたかのようだった。マヤは高校に通う少女で、数時間前に出会ったばかりの見知らぬ青年と誰にも邪魔されない所に行くなどということは、自分でも正氣の沙汰とは思えなかった。家族に別れを告げないマヤの態度を見たエステバンは、家族の非難を黙って聴いていたが、彼らに情けをかけてやるからとっとと消えるようにと言われると、一層悲しそうな瞳でじっとマヤを見つめてから、黙って去っていった。
それからエステバンに起こったことを長いことマヤは知らなかった。マヤは婦人科に連れて行かれ、診察を受けさせられた。エステバンは未成年の少女を誘拐監禁して辱めたと一方的に決めつけられ、職を失った。結局、スイスを去り、ペルーに帰ったと何年も経ってからクールの共通の知人から聞いた。
マヤは夏休みが終わったあと、学校に戻った。以前のように、整然とした暮らしを続け、秘書の学校に通い、就職した。両親に抵抗することはほとんどなくなった。だが、心を開くこともなくなった。肉体と精神は、そのままドイツ系スイスの理路整然とした人生を歩み続けた。仕事をする。友人と会う。買い物をする。男性と出会う。感情の赴くままではなく、理性的に行動する。昨年オリバーと出会い交際を始めた。結婚を申し込まれ、それを受けた。鏡の向こうの二つの分ちがたい魂は、忘れ去られたままだった。それはあれ以来、存在しないことになっていた。
バスがカーブを曲がった時に、瀧が目に入った。勢いよくほとばしる水の流れが悲鳴を上げている。黒い瞳が心を射る。その光はチェロの響きのように泣いている。私は彼の心を殺した。彼を弁護しなかったからではなく、あの時に二人が共有した想いを、ただの幻影として切り捨ててしまったから。私は二人の魂が閉じ込められたままの鏡を壊してしまったのだ。マヤの瞳からは涙が溢れ出した。蓋をしていた想いだった。それは止まらない。存在しなかったはずの魂は、まだそこにあったのだ。
ルガーノ駅前に白いポルシェが停まっていた。オリバーは暗闇の中でもマヤの様子が違うのにすぐに氣がついた。
「どうしたんだ。具合が悪いのか?」
マヤは、下を向いて、しばらく言葉を探した。それから、顔を上げて、はっきりと言った。
「ごめんね。オリバー。私、間違ったの」
「何を?」
「あなたの前にいるのは、間違った存在なの。全然違う所にいるはずの人間なの。私は間違いを訂正しなくちゃいけないの」
「何を言っているのか、わからないな。荷物を渡しなさい、うちで話を聴こう」
「ごめんなさい。行けないわ。私は戻らなくてはいけないの」
「どこに?」
「十六歳の夏に。あそこで間違えてレンガを積んだの。その上に、どんどんと積み重ねてしまって、まったく違う所にきてしまったの。だから、もう一度レンガを全部取り払って、あそこからやり直さなくてはいけないの」
「もう少し、具体的に言ってくれないか?」
「あなたと結婚することができないの。ごめんなさい」
それはとても具体的だったので、オリバーにもはっきりと伝わった。オリバーはショックを受けていたが、それでもマヤのためにホテルを手配してくれた。
湖面に美しい街の灯が反射している。肌寒い十月の夜、恋人たちが寄り添いながら散歩する、葉を落とし始めたプラタナスの並木道をマヤは一人で歩いた。明日、飛行機を予約するために旅行会社に行こう。オリバーと別れ、仕事を辞め、スイスの家族とぎくしゃくしてまで、エステバンに逢いにいくなんて、誰もが狂っていると思うだろう。エステバンが既に別の人生のレンガを積んでいることもわかっていた。今さら十六歳の夏には戻れはしない。それでもマヤは、行こうと思っていた。あの時の事を謝り、彼の大切にしていたのと同じものを大切にしてこれから生きていく事を伝えたい。それだけでいい。何も変わらずとも、人生が崩壊してしまっても、かまわない。
鏡の向こう側にも居場所がなくなってしまっていたならば、戻ってきて、もう一度ブレガリアの、あの秘密の瀧に行けばいい。冬になり氷の奥に閉じ込められた水流が、行き場のない魂の代わりに泣いてくれるに違いない。
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やることは多いのだけれど
しばらく「貴婦人の十字架」の執筆をやめていました。どうも背景や政治の部分が嘘っぽいので、中世ヨーロッパに関する本を取り寄せて、もう少し勉強しようというのがその理由です。で、取り寄せた本がそろそろ全部手元に来るので、読んで勉強しなくちゃいけないんですよね。
「Seasons」の春号の原稿と、もう一つの執筆の仕事の原稿も書かないといけない。「夜のサーカス」は常に二ヶ月分くらい先のものを書いているのですが、これもうかうかしていると追いつかれてしまいます。
「十二ヶ月の歌」の二月分はまだ書き終わっていないし、これに「scriviamo!」が加わります。おお、やること目白押し。でも、イタリア語もやるんだものね。かわいそうなのは連れ合いですね。ま、三月の旅行で家族サービスをたっぷりすればいいかな……。
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ラクレットの季節だよ


で、とろけるチーズのスイス料理と言ったら、「チーズ・フォンデュ」か「ラクレット」なのです。個人的には私はラクレットの方が好きなのです。理由は三つあります。
その一、味に変化が付けられる。フォンデュは、パンとチーズだけですが(日本ではソーセージだのブロッコリーだのを入れている方もいますが、あれは邪道みたいです。本場はパンだけ)、ラクレットはふかしたジャガイモの上に温めて溶かしたチーズの他に、自分の好きなトッピングを載せることができます。
その二、フォンデュは必ず誰かが鍋をかき回していなくてはいけないので、忙しない。自分の食べたい量をゆっくり作って食べるのは、やっぱりラクレットです。
その三、後片付けが楽。フォンデュ鍋にこびりついたチーズを取るのはもちろん私の仕事です。あれが嫌でフォンデュと言われる度に抵抗していたりします。
本当のラクレットというのは、大きな固まりのチーズを暖炉の火で溶かして、そぎながらジャガイモにかけるのだそうですが、それはたぶん本場のレストランだけでしか食べられないでしょう。一般家庭には、ラクレットオーブンのような電氣であたためる機械があって、それぞれが薄く切ったチーズを載せて溶かすのです。
スイスの冬のグルメ、スイスにいらしたら、是非トライしてみてくださいね。
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【小説】うわさのあの人
scriviamo!の第一弾です。ダメ子さんに「大道芸人たち」の蝶子を描いていただきました。そして、そのお返事として、短編を書くことにいたしました。こんなご要望をいただきました。

私の場合は好きなキャラを好きに使ってもらえれば
いいかなあなんて
で、本当は、ダメ子さんの「ダメ子の鬱」に登場する主人公ダメ子ちゃんのクラスメート、キョロ充という設定のキョロ乃ちゃんをお借りして、彼女とその脳内彼氏のお話を書くつもりだったのですが。
そもそも「キョロ充ってなに?」はい。そうです。私はこの言葉を知りませんでした。で、ネットで調べているうちに、「キョロ充」と「ソロ充」のお話が勝手にできてしまいました。完全に「ダメ鬱」のキョロ乃ちゃんとは別人です。お名前だけ借りた、もしくは、丸ごと、誰かの妄想だった、という設定で、お許しくださいませ。
うわさのあの人
キョロ充 meets ソロ充
——Special thanks to DAMEKO-SAN
その教室はほぼ埋まっていた。あたしは必死だった。オリエンテーションの日に目をつけた、優しそうな女の子たちが自然とグループになっていて、そこにうまく入り込まなくちゃと氣を張っていたのだ。
オリエンテーションの日は失敗した。似たようなグループが三つほどできそうになっていて、あたしは上手いことその一つにするっと入ったつもりだったのだけれど、そのグループがふとした瞬間に他の二つに分裂合流してしまったのだ。あたしは、なかでも一番キツそうな子の行かなかった方に入ろうとしたのだけれど、たまたまそっちに椅子が一つ足りなくて、列をはさんで隣に座った。そのせいで上手く自己紹介とか、メアド交換までいかなかった。だから、今日こそ、あの子たちと一緒に座って、それからさりげなく、もう友達だねってふうに会話に加わらなくてはいけない。そうじゃないと、あたしの大学生活、「ぼっち」になってしまう。
なんとか廊下の先で、みんなに加わり、さりげなく一緒に歩いていた。リーダー格のさおりちゃんがスマホをいじりながら言った。
「あ、待って。彼にメールひとつ送らせて」
それでみんなは足を止めた。他の子たちがどんどん教室に入っていく。そして、さおりちゃんが歩き出してみんなが教室に入った時、まとめて空いている席は六つしかなかった。座らなきゃ。
でも、最後の席に座ろうとしたときさおりちゃんがマキちゃんを手招きして言った。
「ほら、マキ。はやく座って」
だから、あたしの席はなくなってしまった。
「あれ。梨乃ちゃん。ほら、あそこが空いているよ」
さおりちゃんはちよっと前の席を示して、それから「あ」と小さく言った。マキちゃんがくすっと笑った。
「馨サマのお隣だあ」
あたしは、その空いている席に行って、怖々訊ねた。
「ここ、いいですか?」
その人はすっと、こっちをみて黙って頷いた。マキちゃんが「サマ」をつけるだけのことがあって、貫禄のある学生だった。といっても体型ではない。小柄で痩せている、真っ黒の髪の毛を短くなびかせている。黒いジャケットに細身のパンツ。スカイブルーのシャツの衿がきりっと立っていて、なんていうのかすごく格好いい。切れ長の目に、わりと太めでしっかりとした眉。化粧もしていないのに、異様に肌がきれいで唇はうっすらと赤い。こんな中性的なきれいな人がいるんだ。
馨さんかあ。あたしみたいに、誰と仲良くできるかとか、悩んだことなさそう。関心もなさそうだった。授業に真剣に身を入れて聴いている。あたしの携帯が震えて、それを見ていたら、ちらっとあたしを見た。ちょっと軽蔑されたみたいに感じたので、慌てて鞄にしまった。メールが来るなんて滅多にないことだから、本当はすぐに返事をしたかったのだけれど。
あとで、そのメールはやっとメアド交換が済んだばかりのマキちゃんからだったとわかった。授業が終わってから、みんなに置いていかれないかと氣が氣でなくて振り向いたら、マキちゃんとさおりちゃんがちゃんと待っていて、それどころか小さく手招きしている。
「梨乃ちゃん、ねえねえ、どうだった? 馨サマの隣」
それで、あたしは、さっきの子がこのグループの女の子たちの憧れの存在なのだとようやくわかった。あたしは馨さんとたくさん話をしたわけじゃなかったので、どうといわれてもあまり話すことがなくて困ってしまった。みんなは、それで、あたしへの関心を失ってしまったらしい。でも、少なくともランチで「ぼっち」にはならなかったのでほっとした。
でも、学食でまたあたしに災難が。カレーなら早いと思ったからそこに並んだのに、みんなが氣まぐれなさおりちゃんと一緒に瞬時に総菜パンの方に行ってしまったので、また出遅れてしまったのだ。あたしがトレーを持ってみんなに合流したら、また席が一つ足りなくて、あたしは通路をはさんだ隣に座ることになった。前には誰もいなくて、話もとどかないし。
そう思っていたら、前からあの人が歩いてきた。馨さんだ。トレーにはラーメンが載っている。そんな難易度の高いものを食べられるんだ。あたしには絶対無理。だって、みんなの食べるスピードに合わせて、でも、飛び散ったりしないように、音がしないように食べることなんてできないもの。
そう思っていたら、空いた席のほとんど見当たらない学食を見回してから馨さんはあたしを見て肩をすくめた。
「相席していい?」
あたしはもちろん大きく頷いた。だって、みんながまた羨ましそうにこっちを見ているし。
馨さんは、豪快にラーメンを食べた。この人、周りの目を氣にしたりすることってないんだろうな。かっこいいなあ。あたしが女子高の一年生だった時、全校のアイドルだった生徒会長のミチル様、この人に較べると子供っぽくて大してきれいでもなかったなあと思う。この人がうちの高校にいたら、バレンタインデー、大変だったろうなあ。
「あの……」
あたしは、勇氣を振り絞って馨さんに話しかけた。だって、ここでこの人と仲良くなることだけが、遅れを取っているあたしの大学生活を、まともにしてくれそうな予感がしたんだもの。
「ん?」
「あたし、早川梨乃っていうんです」
ラーメンをほぼ食べ終えていた馨さんは、ああ、と思い出したようににっこりと笑うと言った。
「ボクは浅野馨。よろしく」
中性的だと思ったら、一人称も中性的なんだなあ。って、もっと会話を続けなきゃ。なにか、あたりさわりのない、え~と。
「馨さん、履修授業、もう決めましたか?」
隣の聴き耳軍団がちょっと落胆したみたいな顔をしたけれど、馨さんは普通に笑って答えてくれた。
「うん、そろそろ決定かな。どうして? 決められないの?」
もちろん、決められないよ。さおりちゃんたちが何を受講するのか聞き出していないし。
「馨さんのを教えてくださいよ。参考にしたいから」
横からマキちゃんがぱっと会話に加わった。
「う~ん。参考になるかなあ。ボクの履修授業、とりとめもないよ。興味があちこちにあるし、一年のうちにできるだけたくさん単位をとっておきたいしね」
馨さんは、手帳からメモを出して、それをマキちゃんにみせた。みんな目を丸くして一巡して帰ってきた。あたしもその量にびっくりしたけれど、見せてもらってメモをした。みんながこの授業を履修するなら……。
そして、あたしは氣がついたのだ。あたしからみんなを追うと、みんなは逃げるのに、馨さんといるだけで、みんなが寄ってくるし、馨さんは逃げない。ってことは、馨さんの側にいればいいんじゃない?
「ええっ。本氣で、あれ全部登録しちゃったの?」
次の授業で、隣に座った時に馨さんは目を見開いた。
「ええ。でも、他の子たちは、しなかったみたい……」
馨さんはゲラゲラ笑った。
「そりゃそうだよ。楽勝科目ないし」
あたしは、仰天した。馨さんは目の縁から涙を拭って言った。
「君って、噂どおりのキョロ充さんなんだね。面白いからこれからは、キョロ乃って呼ぶよ。そんなにまわりに合わせてばかりいると、息苦しくない?」
ドキリとした。
「馨さんは、心配にならないんですか。友達できなかったらどうしようとか、学食で一人で食事をするのが怖いとか」
「まさか。ボクは子供の頃から一人でいるのに慣れているんだ。いつも誰かと一緒にいたら本も読めないじゃないか」
「本、ですか……」
「そうだよ。予習もしなきゃいけないし。 今日、やっと生協に教科書が届いたみたいだね。ボク、放課後は図書館で予習するけど、キョロ乃も来る?」
キョロ乃と定着してしまったことには納得いかなかったけれど、馨さんに誘われたのが嬉しくてあたしは大きく頷いた。
生協で一緒にずっしりと重い教科書の束を受け取ったあと、あたしは馨さんに引っ付いてはじめて図書館に足を踏み入れた。馨さんは、慣れた足取りで三階へ行った。一階や二階と違って、ほとんど学生がいない。それもそのはず、その階は洋書が置いてあるのだ。
「あった、あった」
馨さんは、一つの棚から大判の本を取り出して眺めている。
「なんですか、それ?」
「ラファエロ前派のちょっと有名な画集の初版。日本ではここと、あと二、三の図書館しか所蔵してないんだ。この大学に決めたのは、図書館の充実度が一番だったんだよね」
えっと。あたしは受けたところの中で一番偏差値が高い本命だったから入ったんだけど……。
そんなにまでして、読みたい本って……。ちょっと横から覗いてみる。画集っていうだけあって、確かに大きな絵も入っているけれど、やたらとたくさん英語も書いてある本で、それを嬉しそうに眺める馨さんにあたしは感心した。英語はわからないから、絵しか見ないあたし。
「ほら、これ、バン=ジョーンズだよ」
「馨さん、絵が好きなんですか?」
「うん。美学を専攻するつもりなんだ。」
うわ。ぴったり。あたしは、何を専攻するかなんて考えてもいなかった。外国語は苦手だから国文にしようかなって思ったぐらいかな。
馨さんの好きなその画家は、とても繊細で柔らかい女性を描いている。肌が透き通るようで、やはり少し中性的。
「この絵の女性、馨さんに似てますね」
あたしがそういうと、馨さんはこっちをみて、ちょっと怪訝な顔をした。でも、何も言わなかった。
その後、あたしは馨さんと一緒にどういうわけかラテン語の予習をすることになった。まだ授業もはじまっていないのに、何でこんなに勉強するんだろう。それに、ラテン語って全然わからない。あ~あ、前途多難だなあ。
それから、あたしと馨さんは一緒に行動することが多くなった。当たり前だ。ほとんど全部同じ授業を履修しているのだもの。食事も一緒にすることがあったし、そうでないときはさおりちゃんたちが興味津々で寄ってきた。
「ねえねえ。ついにつき合うことになったの?」
その言い方に、あたしはびっくりした。
「だって、放課後一緒に図書館にいたって、誰かが言っていたよ」
あたしは、いくら女子校出身でもそのケはないのだと慌てて説明した。そうしたら、みんなはものすごくびっくりした顔をして、しばらく何も言わなかった。それからマキちゃんが、ためらいがちに口を切った。
「ねえ、梨乃ちゃん、もしかして、馨サマのこと女だと思っている?」
あたしは、マキちゃんの言っていることがしばらくわからなかった。それからみんなの顔を見て、それから、言葉の意味が脳みそに到達して……。
えええええええええええええええええええええええええええええええっ?!

イラスト by ダメ子さん
このイラストの著作権はダメ子さんにあります。ダメ子さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
そ、そりゃ、低めの声で男前な女性だと思っていたけど、男だったの? うそ~っ。あたしの驚きっぷりを見て、みんなは呆れながらも笑ってくれた。あたしが素早く抜け駆けしたのだと思っていたらしい。
それより、これからどうしよう。男の人と話なんてしたこともないのに。
「したこともないって、もう一週間もずっと馨サマと一緒じゃない」
誰も助けてくれるつもりはないらしい。
動揺したまま、あたしは英語の教室に連れて行かれた。みんなはあいかわらずまとめて後ろに座ってしまって、また馨さんの隣だけが空いている。っていうか、みんな既にあたしの席だと思っている。
平静を装って、席に着く。そう思ってみると、確かに男性なのかも。ボクって普通の一人称だったんだ。でも、文学部だし、後ろの方に座っている数少ない男の人たちと話もしていなかったし、だいたい何でこんなに肌がきれいなのよ!
馨さんは、あたしの妙な様子に氣がついたらしい。こっちを見た。途端にあたしは、自分でもはっきりとわかるほど真っ赤になってしまった。ど、どうしよう。馨さんはにやっと笑った。
「ようやく氣がついたのか。キョロ乃ってキョロキョロしているだけで肝心なこと何も見ていないんだね。おかしい」
それから、授業に集中して、その間、全くこっちを見なかった。あたしは、英語どころじゃなかった。でも、そのうちに氣もちも静まってきた。あたしひとりが意識しても、意味ないんだ。女だとまったく思われていないみたいだし。
授業が終わると、馨さんはすっと立ち上がった。あたしは我に返ってノートや教科書を鞄にしまった。ふと横を見ると、まだ馨さんがそこに立っている。なんだろう?
「行くよ」
「行くって、どこに?」
「忘れたの? ギリシャ語初級。ボクら二人と、大学院生しか履修していないんだから、さぼったらすぐにわかるよ。だいたい予習してきたの?」
あたしは大きく首を振った。なんでそんな大層な授業履修しちゃったんだろう。馨さんに引っ付いて予習を手伝ってもらわないと、留年になっちゃう。泣きそうな顔でついていくあたしを見てさおりちゃんたちが頑張れと親指を立てた。たぶん、全然別の意味で頑張れと言っているんだろうけれど。
……あたしの大学生活、すごいことになっちゃったみたい。
(初出:2013年1月 書き下ろし )
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『SEASONS-plus-』2012 冬号

2008年夏に創刊された、詩・短編小説・イラスト・フォトで綴る季刊誌『SEASONS-plus-』。
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私の参加はこれで四回目となります。短編小説と写真、それにショートエッセイも投稿しています。前回は小説を大トリに掲載していただき、恐れ多いやら、もったいないやらでした。今回も、リアル友でもあるうたかたまほろさんが小説に素敵なイラストをつけてくださっています。上はそのうちの一枚。この挿絵をつけいただいた小説は「樹氷に鳴り響く聖譚曲(オラトリオ)」といいます。
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「scriviamo!」の前書き
この歓びと感謝の氣もちをお伝えするために、一周年企画として立ち上げたのが「scriviamo!」です。当ブログのタイトル「scribo ergo sum」は「書くからこそ私は存在する」という意味のラテン語ですが、それから派生して「(あなたと私とで)一緒に書きましょう」という意味のイタリア語「scriviamo!」を企画の名前にしました。(ラテン語だとちょっと硬かったので……)
このカテゴリーでお送りする作品は、すべてこの企画に賛同してくださった方々からの素晴らしい作品へのお礼・返事という形を取っています。イラストを描いてくださった方、選び抜いた言葉で詩を書いてくださった方、プロ視点でのショートシナリオで参加してくださった方、看板小説を貸してくださった方、この企画のためにわざわざ新作を書いてくださった方、大切な作品のキャラたちと当ブログのキャラたちとをコラボさせてくださった方。読み返す度に、皆さんの暖かい氣持ちの詰まった一周年記念のプレゼントに、胸が熱くなります。本当に私は幸せ者です。
お返しさせていただいた作品は、かなりの二次創作が含まれています。どなたの作品に対しても私なりの最大の敬意を払って書いたつもりですが、もし、お氣に障る事がありましたらお許しください。
また、こちらをお読みくださる皆様にお願いいたします。すべての作品の頭に、オリジナル作品へのリンクがあります。私の拙い二次創作でイメージが歪められぬよう、ぜひオリジナルの方のブログをお訪ねください。
それでは、どうぞ「scriviamo!」作品群をお楽しみくださいませ。
八少女 夕
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「お気に入りのぬいぐるみ」
私は、一人遊びの好きなタイプ、もっとはっきりいうと外で遊ぶ友達がいなかったので、子供時代はぬいぐるみとともに過ごす時間がとても多かったのです。
母が子供の頃から持っていたという二匹のクマは、三代目の持ち主として甥に渡りました。その二匹の名前は、当たり前ですが、すぐにでてきます。
ところがですね。私が一番かわいがっていた大きなクマのぬいぐるみ、今でも実家にあるはずのあれの名前がどうしても思い出せないのですよ。何十年も人間の友達よりもずっと親しくつき合っていたのに、名前がわからないなんて、自分でもものすごいショックなのですが。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当藤本です今日のテーマは「お気に入りのぬいぐるみ」です。最近は小さいぬいぐるみストラップなどがよくガチャガチャなどで見かけますし、どれだけデジタル化が進んでもゲームセンターにぬいぐるみは常に溢れていますねそんな中みなさんのお気に入りのぬいぐるみありますか?わたしは大好きな先輩がくださった羊のぬいぐるみがとても気に入ってます自分だとネタのあるおもしろいぬ...
トラックバックテーマ 第1581回「お気に入りのぬいぐるみ」
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オリキャラ比較バトン、やってみました
「大道芸人たち」のメイン四人でやろうかとも考えたのですが、もう、あの四人は語り尽くしている氣もするので、趣向を変えて、「おじさま四天王」(なんだそりゃ)にしました。
オリキャラ比例バトン(30問)
オリキャラを比較する30の質問
この質問は、オリキャラの中から好きなキャラクターを選び出 し、身長、年齢、美形度などを比較するものです。
複数の作品から一人ずつ(あるいは数人ずつ)選んでも、一つ の作品から複数選んでもかまいません。
オリキャラたちを比較 して遊んでみて下さい(笑)
1.この質問で比較するオリキャラの名前、出演作品を教えて 下さい(何人、何個 でも可)
- ★カルロス・M・G・コルタド(カルちゃん、ギョロ目)from「大道芸人たち」…スペインの下級貴族で実業家。主役四人のパトロン
- ★ハインリヒ・R・F・フォン・エッシェンドルフ(カイザー髭、教授)from「大道芸人たち」…ドイツの大金持ちでヒロインの元恋人
- ★ホルヘ・フエンテス from「夢から醒めるための子守唄」…カンポ・ルドゥンツ村で古木の加工をする職人。この中では唯一の主役
- ★ロマーノ・ペトルッチ(団長)from 「夜のサーカス」…サーカス団チルクス・ノッテの団長。胡散臭さNo.1
2.それでは質問です。一番つき合いの長いキャラクターは誰 ですか?
この中では教授。
3.そのキャラクターが生まれたのは何年前ですか?
二年ですかね。
4.キャラクターたちの年齢を教えて下さい。
- -カルちゃん 50歳
- -教授 57歳
- -ホルヘ 46歳
- -ロマーノ団長 58歳
5.キャラクターたちの身長を教えて下さい。
- -カルちゃん 165cm
- -教授 175cm
- -ホルヘ 170cm
- -ロマーノ団長 180cm
6.一番美形なのは誰ですか? よろしければどんな容姿か教 えて下さい。
強いていえば教授。ドイツ皇帝ウィルヘルム二世みたいな感じ。
7.身体的に一番強いのは誰ですか?
ホルヘかな。肉体労働者だから。ロマーノも強いだろうな。
8.では、一番弱いのは?
僅差で教授かな。カルちゃんは、シエスタ(お昼寝)してるから健康そう。
9.精神的に一番強いのは誰ですか?
団長ロマーノ。へらへらして、何があってもへこたれないタイプ。
10.同じく一番弱いのは?
教授だろうな。ボンボンだったし、あまりユーモアなさそうだし、挫折も知らなそうだし。
11.一番性格が良いのは誰ですか?
カルちゃん。次がホルヘ。
12.では、一番性格が悪いのは?
教授。たぶん。
13.一番頭が良いのは誰ですか?
カイザー髭でしょ。ミュンヘンで教授しているし。でも、賢く事業をしているのはカルちゃん。
14.では、一番頭が悪いのは?(単に学がない、空気が読めない、普通に馬鹿等なんでも可)
ホルヘ。アンドラの義務教育で終了だから。
15.一番生活力があるのは誰ですか?
ロマーノ。裏世界に詳しいみたいだし。
16.一番路頭に迷いそうなのは誰ですか?
ホルヘ。貧乏だし。クビになったらおしまい。
17.一番真っ当な恋をしそう(あるいはしてる)のは誰ですか ?
ホルヘ。主役だし。真剣に相手と向き合うところは、好感度高し。
18.では、普通の恋と縁遠そうなのは?
もちろん団長ロマーノ。恋愛に関しては裏があり過ぎ。
19.一番人づき合いが良いのは誰ですか?
カルちゃん。ダントツでしょう。友だちの数も一番多いはず。
20.まともな人間関係が作れないのは誰ですか?
教授。真の友だちはゼロでしょう、きっと。
21.一番守銭奴なのは誰ですか?
ううん。ロマーノかな。
22.一番苦労性なのは誰ですか?
ホルヘ。しなくてもいい苦労もしているはず。そこが、嫌なことからはすたこら逃げられるロマーノとはちがうな。
23.一番ヘビーな過去を持っているのは誰ですか?
ロマーノだと思う。詳しくはわからないけれど。この人は、謎です。
24.一番良い思いをしている(あるいはする予定)なのは誰ですか?
カルちゃん。なんだかんだ言って、この人の人生は順風満帆でしょう。嫁選びには失敗したみたいだけど。
25.一番辛い目に遭っている(あるいは遭う予定)なのは誰ですか?
教授。○○と○○者ができちゃって、踏んだり蹴ったり。
26.一番多くの謎を持っているのは誰ですか?
ロマーノ!
27.これから最も活躍するのは誰ですか?
今のところ、続いているのは「夜のサーカス」だからロマーノってことになるかな。
28.最終的に一番成功するのは誰ですか?(出世する、お金持ちになる等)
カルちゃん。もともとお金持ちで、失わないし。
29.一番愛着のあるキャラクターは誰ですか? よろしければ 理由もどうぞ(全員でも構いません)
カルちゃん。この人みたいなパトロン兼お友だちが欲しいです。
30.お疲れ様でした! 最後に一言お願いします。
面白かったです。オリキャラをお持ちの他の方のも読んでみたいなあ。やってくれると嬉しいなあ。
--------------------------
このバトンのURL:
http://www.baton-land.com/baton/1303
バトン置場の『バトンランド』:
http://www.baton-land.com/
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【小説】狩人たちの田園曲(パストラル)
狩人たちの田園曲(パストラル)

「ほら、みなさいよ。私の言った通りでしょ」
フレーニーはいつものごとく不満をぶちまけた。
「茸なんか、全然残ってやしないわ。あの忌々しいイタリア人どもが、ハイエナみたいに持っていくんだから。五時前に起きて、朝一番で来ないからよ。何よ、ゆっくりコーヒーを飲んでからだなんて」
アントニオは口答えをしなかった。ブレガリア谷の九月は眩しいほどの光に満ちている。枯れ葉の覆った山道をサクサクと音を立てながら登る、うららかな秋の昼前は、もっと穏やかであってもいいはずだった。
イタリア語圏の暖かい谷に茸狩りに行きたいと言い出したのは、アントニオだったが、どうしても茸がたくさん欲しかったわけではない。ただ、秋の山に行ってみたかっただけだ。茸なら買ってもいいじゃないか。
フレーニーと結婚したいと思った事はなかった。そんな事を言ったら大変なことになるから一度も口にした事はない。六十年も一緒にいれば、もうどうでもいい事だ。
あれは単なる成り行きだった。アントニオは十七歳の時、若者同盟に加入した。といっても当時はソリスブリュッケの男が義務教育を終えて職業訓練に入ると全員そうしたものだ。若者同盟は結婚して一人前になるまでの数年の通過儀礼のようなものだった。
もっとも重要だったのは二月に行われる《そり祭り》だった。当時は冬には道の雪は取り退かれず、車の代わりに馬に引かせるそりが村の交通を担うものだった。ソリスブリュッケの若者同盟の《そり祭り》は長い伝統があった。若者同盟の全メンバーが一斉にそりで行進する。村をパレードした後に谷を走り、ホーヘンテオドールで大昼食会を催す。
行列の先頭は、婚約したカップルたち、そして後ろに年齢、誕生日順にメンバーが続く。各自は、馬とそり、そしてエスコートする女の子を用意しなくてはならない。つき合っている娘がいる若者はいい。だが、当時のアントニオのように娘と話した事もないような奥手の青年には大きな問題だった。
《そり祭り》が近づき、アントニオは焦った。ハンスもゲオルクもいつのまにか村の娘を誘っていた。この子なら断らないかもと期待していたマリアは、突然ゲルトとの婚約を発表した。彼女は行列の三番目の晴れの位置を獲得したのだ。
フレーニーは論外だった。口やかましく、ずけずけものを言う、痩せぎすの娘を、村の若者はみな苦手に思っていた。あの娘とそりに乗るなんて、末代までの恥になる。みんながそう言っているのをアントニオは知っていた。だったら、ホテル・アデレールのウェイトレス、クラウディアを誘いたい。彼は思った。
「なんだって? あれはドイツ人じゃないか。しかも、カトリックだぞ」
アントニオの叔父は大反対した。それを聞きつけてきた隣人たちも、この世の終わりのように騒いだ。村の娘がもういないならまだしも、ドイツ人ウェイトレスとそりに乗るなんて許されない、そういうのだった。話は次第に大事になった。みな、アントニオに村の娘とそりに乗る事を期待した。だが、それはフレーニーと、という事ではないか。
フレーニーは誰にも誘われていない事に、面目を失いかけていた。もし、アントニオが彼女を誘わなかったら、彼女は世をはかなんで死んでしまうかもしれない。そういう輩まで現われた。
「来年は、もっと早くから探して、かわいい子を誘おう」
アントニオは、そう決心して、死刑に赴くような心持ちでフレーニーの家に行ったのだ。
「お二人のなれそめは?」
金婚式のパーティで、司会者が訊いた時に、フレーニーはペラペラとしゃべった。
「あれは、最後の《そり祭り》だったわね。ほら、道の雪を次の年から取り除くようになって、馬に引かせるそりってものがなくなっちゃったじゃない。最後の祭りの年にね、この人、若者同盟に加入してね。女性にまともに口もきけない引っ込み思案だったのに、同乗するパートナーが必要になったのよ。それで、私の家にきて、どうか僕と一緒にそりに乗ってください、祭りに一緒に参加してください、ってねぇ」
まあ、嘘ではないな、と思いながら、アントニオは黙ってワインを口に運んだものだ。その金婚式からも、もう十年が経った。
ソリスブリュッケで家庭を持って四十年。アントニオは村の公証事務を勤めあげた。三人の子供、八人の孫、そして四人のひ孫が産まれた。フレーニーは初めから変わらなかった。口やかましく、痩せぎすで、ありとあらゆる事に文句ばかり言った。大抵の事は、彼女に分があった。子供が言う事をきかない時に叱り飛ばし、村のどこかで不条理な事が起こった時に憤慨するフレーニーは、どこも悪くなかった。単に極端に口数が多いというだけだった。自分に矛先が向かっているときでさえ、半分は彼女の言う事に一理あるとアントニオは思った。それに、フレーニーは邪悪な女ではなかった。
ハンスは村一番の器量よしのマルグリットと結婚したが、二人目の子供が産まれる頃にはかつての美女は河馬と見分けがつかないほどにふくよかになってしまった。医者の娘、リゼロッテと結婚したアロイースは、妻の浪費と浮氣に怒って殴打し、義父に訴えられた。家事のできないマリアに愛想を尽かしたゲルトはウェイトレスのクラウディアと駆け落ちをして再婚したが、結局離婚した。
アントニオとフレーニーはソリスブリュッケで金婚式を迎えた数少ない夫婦だった。途中で死んだもの、別れたもの、理由は様々だったが、健康に夫婦で五十年を過ごすという事は、それほどに稀な事なのだ。
まさかこの女と六十年も添い遂げる事になるとはなあ。結婚式で「健やかなときも、病めるときも」と神に誓ったにしては、心もとない見通しで始まった関係をアントニオは思い返している。彼は彼女の口やかましさにうんざりしていたが、別れようと能動的に思う事はなかった。
祭りのそりの上で、アントニオを見ないまま、フレーニーは言った。
「誘ってくれて、ありがとう」
アントニオは、彼女からそんな素直な言葉が出てくるとは思わなかったので、びっくりした。頑固で思っていない事は口に出せない性格のために無口なアントニオは、なんと答えていいのかわからなかった。
「他の人には誘ってもらっても嬉しくないけれど、あなたに誘ってもらうのは特別よね」
彼は自分が村の娘には大して評価が高くないのを知っていたから、彼女がそんな事を言うのが意外だった。
「どうして?」
「だって、あなたは頑固で正直だもの。誘いたくない女の子を誘うくらいなら一人でそりに乗るでしょう。でも、誘ってくれた。私、お情けや間に合わせで祭りに参加するくらいなら、一人で家に居ようって思っていたの」
アントニオはその時に、フレーニーにも心があるのだという事にはじめて氣がついた。彼はフレーニーが言うほど正直だとは言いがたかった。クラウディアを誘えなかった事情も打ち明けられなかった。だが、言わない方がいい事もある。彼女は彼を誤解する事で、絶望を免れたのだ。
「昼食会の後、ソリスブリュッケに戻ってから、みなはダンスに行くんだそうだ。僕はあまりダンスが上手くない……」
「無理して行く事はないわ。私とダンスを踊ったりしたら、みんなにからかわれるでしょう」
「そんなこと、氣にしない」
「いいの、代わりにソリス峠までドライブしてよ。冬には一度も行ったことがないんですもの」
それは悪くない提案だった。
人の滅多に行かない冬のソリス峠への道は、育った樹氷がお化けのように迎える凍えた世界だった。馬が鼻息荒く通り過ぎると、振り落とされた粗目雪が二人に降り掛かった。静かな白い世界を着飾った若い二人は進んでいく。フレーニーがずっとしゃべり続け、アントニオは黙々と馬を走らせた。知らない間に村中のどの青年よりもフレーニーの事に詳しくなってしまっていた。祭りさえ終われば、再びよく知らない二人に戻るつもりだった彼は、それが不可能である事を悟った。

「ほら、ご覧なさい。ここに落ちているのはレモン・ソーダの缶よ。こんなものを落としていくのはイタリア人に決まっています」
杖代わりにしているスキーのストックで、フレーニーは枯れ葉の間を探って、だらしなく液体が出ている缶を示した。どっこいしょとその缶を拾った彼女は本来は茸を入れようとしていた袋に放り込んだ。すでにいくつもの空き缶、イタリア語の書かれた菓子パンの袋、キャンディの包み紙などがその中にたまっていた。アントニオは黙ってその袋を引き取って持った。
空は濃い青で、黄色やオレンジの葉の間から、柔らかい光を差し込んでいる。足下はサクサクと音を立てる。急勾配の道は、まもなく八十になるアントニオには少々きつく、曲がり角に設置されたベンチに腰掛けて息を整えなくてはならなかった。
彼女は拾ってきたゴミを備え付けのくずかごに捨て、リュックサックからてきぱきとポットを取り出して、カップに熱いお茶を注いで彼に渡した。
「今朝は、ちゃんとお薬を飲んだんでしょうね」
「たぶんね」
「たぶん? たぶんってどういうことです?」
「忘れていなければってことだ」
彼女は大きくため息をつくと、なぜいつも言う通りにチェック表に書き込まないのだと小言を言った。書き込んだかどうかを覚えていないのだからしようがないだろうと心の中で思ったが、アントニオは大して氣に留めなかった。一日薬を飲まなかったからって、何が違うというのだ。明日はまたフレーニーがチェック表を手にもって、飲んだか飲まないか大騒ぎするに決まっているのだ。
「おや、そこにあるのは、茸じゃないか?」
アントニオは低い位置から見ないと死角になっている岩陰に、少し大きなポルチーニ茸のように見えるものを見つけて話しかけた。
「……。そうね。そうみえるけれど」
どっこいしょと立ち上がって、フレーニーはその岩陰を覗いた。
「あらまあ、どういう事かしら。これは生えている茸じゃないわよ」
それを聞いて、アントニオも様子を見にいった。それは隠してある籠入りの茸だった。全てポルチーニ茸だ。十五キロはあるだろう。一人の人間が持ち出せる最大の茸は一日あたり二キロと制限されている。国境では厳重な検査がされているので、たぶんイタリア人が仲間を連れて再び持ち帰るために隠したに違いない。
「これ、どうしましょう」
「持っていって、村役場に届けるしかないだろう。このまま黙って密猟者にくれてやる事はないよ」
「でも、重いじゃありませんか」
アントニオは黙って、自分のリュックサックに茸を詰めた。持ってきた手提げ袋にも入る限りの茸を詰め込んだ。フレーニーはそれを見て、残りを自分のリュックサックに入れ、二人の老人は重さによろめきながら麓の村役場まで向かった。
二人の老人の無謀な運搬と正義感に満ちた行動は、称賛を浴びた。村役場はお礼とともに二人に四キロ分の茸を郵送すると約束した。残りの茸は調理して地元の老人ホームで提供するという事だった。
「私たちが自分で探したらとても四キロなんて見つからないし、持って帰るのも不可能でしたからね」
フレーニーは嬉しそうに帰りのバスの中で言った。
アントニオは無謀な運搬のせいで腰が痛くてたまらなかったのだが、その事は話題にしたくなかった。それで思いつきを口にした。
「前に作ったミラノ風のリゾットを作ってくれんかね? あれはお迎えが来る前にもう一度食べてみたくてね」
「まあ。それで茸狩りに行きたいなんて言い出したんですの?」
彼女は料理の腕を褒められたと思って嬉しそうだった。皺のよったフレーニーの顔を見ながらアントニオはふと考えた。この女を《そり祭り》に誘わなかったら、どんな六十年間だったことだろう。それはとても考えられない状況だった。
彼女は美しくなかった。口やかましく、小言が多かった。だが、春も、夏も、秋も、冬も常にこうして共にいた。アントニオが座れば、横からすっとポットのお茶が出てくる。薬を忘れれば、チェック表を見て追いかけてくる。きちんと掃除されて片付いた住居と、手作りのパンやジャム、口にあった食事の数々。そんなに悪い人生ではなかったな、彼は窓の外の暖かい秋の夕陽を眺めながら一人ごとを言った。

(初出:2012年10月 Seasons 2012年秋号)
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ムパタ塾のこと - 5 -
自分でも忘れかけていましたが、再びムパタ塾の話を。
これまでの話は、カテゴリー「アフリカの話」でまとめて読む事が出来ます。こちらからどうぞ。

マサイマラ・国立公園についた翌日から始まったのが「野生動物の生態を学びながら、プロの写真家に習うフォト・シューティング」という名目の、要するに普通のゲームサファリでした。参加者が期待しているのも、まあ、こういう軽い学習であって、本当に研究者のように生態を学ぶなんて事は一ヶ月程度じゃ無理なわけですよ。
私はアフリカも、一眼レフカメラもはじめて。生きたライオンやキリンを動物園の外でみるのもはじめてでした。大きなジープに乗って、国立公園に出かけていくのですが、野生動物というのは人間がいてほしい時に都合良くいてくれるものではないのですよ。で、必ずいる動物というのは何万匹もいる食物連鎖ピラミッドの底辺の動物たちで、シマウマ、トムソン・ガゼル、トピ、水牛などです。もうすこし少ないけれどたいていみられるのが、カバ、ワニ、キリン、象、ダチョウ、それからライオン。もうちょっと少ないのがチーター、夜行性のためほとんど見られないのがヒョウ、単純に絶滅危機にあり絶対数が少なくてなかなかみられないのがサイ。
だもので、そのうちに、旅行者たちはライオンやチーターや象だとシャッターを切り、シマウマなんかには目もくれなくなるわけです。
なんですけれどね。どうも私はこの旅行でシマウマに妙に心惹かれてしまいまして。特にどこがどうというのではないのですが、なんでしょうね。自分のトーテムを選んでいいと言われたら、確実にシマウマを選ぶでしょうね。
さて、私たちに同行してくださったケニア在住の写真家の清水先生。写真もド素人ならば、アフリカのことも自然のことも何も知らない私のような参加者に、丁寧にいろいろなことを教えてくださいました。
しばらくサファリをしていればわかることですが、野生動物は動物園に飼われている生き物とは全く違う顔つきをしています。体には傷があるし、生きるために闘っていて人間の相手をしている時間はありません。そこに暮らす人間たちも、動物園の飼育員とは全く違った立場で動物たちと対峙しているわけです。車から離れる時には必ず銃を持ったレンジャーと一緒です。動物たちも人間もいつも死が近いところにいるわけです。かといって、勝手にバンバン殺すというのではなく、お互いにどうしても必要な時しかそういう事態は起こさない、一種の尊厳があります。
キクユ族、マサイ族など人々の暮らす衛生条件は悪く、成人になれる割合は日本よりもずっと低いのです。子供の頃から生き延びるのに必死の人々は、面白半分に命をもてあそんだりはしません。そういう意味で、非常に死の近い場所、それがアフリカでした。
そして、その時は、まだまだお若くて元氣だと思っていた清水先生が、数年後にマラリアで命を落とされたときにも、私は再びアフリカの「死の近さ」を思い出したのです。
次回は、ホテルの敷地内でのネイチャー・ウォッチングについて書きますね。
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七草リゾット

日本にいた時よりも、日本の伝統行事に敏感になった私です。ただ、私はあまり上手に和食を作れません。だいたい材料もあまり揃いません。そういうわけで、勝手にアレンジして伝統行事に参加したつもりになる、というパターンがすごく多いです。
七草粥もそのひとつ。もちろんスーパーで手軽に七草セットが買えるわけじゃないのですよ。だから、自分で適当に七草見繕うのです。大根、セリ科の植物、という具合に。そして、リゾットにしてしまうのです。これは去年作ったもので、大根、チャイブ、イタリアン・パセリ、ルッコラ、フェンネル、蕪、ほうれん草で七つにしました。
パルミジアーノ・レッジャーノを薄く削って出したところ、普段和食を食べたがらない連れ合いも喜んでぱくぱく食べていました。ま、イタリア料理になっちゃってますからね、これ。
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scriviamo! のお報せ
scriviamo! の作品はこちら
当ブログは2012年3月2日に誕生しました。3月2日の一周年まではまだ二ヶ月近くあるのですが、自分だけではなくて、参加してくださる方にも時間が必要なので、このタイミングで募集をかける事にします。(予定では15日に立ち上げるつもりでしたが、ちょっと前倒しにします)題して「scriviamo!」。「scriviamo」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。そう、書いて(描いて)くださることを期待しての企画でございます。
私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、一年間、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという、やっぱり無茶な企画でございます。あ、「私はもの書きでも絵師でもないもん」と思われたそこのあなたも、そうおっしゃらずに、ぜひぜひご参加ください。コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。
では、参加要項でございます。
当ブログとこの企画に賛同してくださる方は、ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。
- - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
- - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
- - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
- - イラスト
- - 写真
- - エッセイ
- - Youtubeによる音楽と記事
- - 普通のテキストによる記事
このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。
記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)
参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返イラスト(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「マンハッタンの日本人」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。なお、嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。
ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット、小説の場合は5000字以内で返させていただきますのでご了承ください。
当ブログには未成年の方も多くいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。
同時にStella参加作品にしていただいても構いません。その場合は、Stellaの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。もちろん、私の参加していない他の企画に提出するのもOKです。
過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。
期間:作品のアップと報告は本日以降2013年2月28日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。
皆様のご参加を心よりお待ちしています。
【補足情報です】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから一週間ほどお時間をいただきます。
小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。
なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。
締切をすぎましたので、新規受付を止めるためにコメ受付を中止させていただきます。すでに申し出てくださってくださっていらっしゃる方からのご連絡は、メッセージの方でいただければ幸いです。
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修行は必要だけど

この間、アウグスブルグに行った時にも、もちろん持っていきました。実をいうと、頼んだ32MBのSDカードがまだ到着していなくて、とりあえず4MBのものを買うはめに。そう、それまではずっと内蔵のHDだけで何とかしていたのです。一度に27枚しか撮れないけれど、自宅との往復なら問題なかったので。
はじめての旅行で心配だったのはバッテリーのもち(予備バッテリーもまだ到着していないので)。タッチパネルがついているし、異様に液晶も広いので、もしかしてガンガンなくなるのではと心配していたのですよ。これは杞憂で、旅行中、一度もチャージしなくてOKでした。スマホとは違うのよね。前のOLYMPUS SP-565UZ(二週間の旅行中替える必要なし)ほどはもたないだろうけれど、長い旅行でも替えのバッテリーさえあればチャージャーはいらないのかもなと思いました。
今回実感したのは、やはり前のカメラは本当に重かったのだという事。光学倍率のためには仕方ないと諦めていましたが、もっとズームできるのにずっとコンパクトな新しいカメラを持って、違いに呆然としてしまいました。軽いこと、ポケットに入ることが、こんなに旅行での撮影を楽しいものにするとは思いませんでしたね。48倍まできれいに撮れるというSP-565UZの上位機種とどっちを買うかで悩んだのですが、私にはこちらで正解だったようです。
カメラとは重みがあってこそ、という本格的な方は一眼レフを買われるだろうし、望まれる機能も全く違うのだと思うのですよ。でも、旅先でいろいろなもの(教会の上のガーゴイルとか、きれいな景色のパノラマとか)をとりあえずそこそこきれいに撮れればいい、私のようなオンナコドモには、このカメラは本当におすすめです。いや、他の会社からもいいのがでているとおもいますけれどね。
で、今回の写真は、満月がきれいだったのでちょっとズームしてみました。簡単そうに聞こえるけれど、これは例の手持ち夜景モードで撮ったのです。そうでなかったらぶれぶれですよ。もっときれいに撮れる人もいるだろうけれど、ここは「あ、月だ! 撮っちゃお」の氣軽さでできた一枚ということで。
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