復活、おめでとう

今日は、復活祭です。クリスマスと違って、さほど日本ではイベント化していないのは、毎年日にちが変わって、「この日に予約して彼女(彼)と過ごそう」という予定を立てにくいからか、もしくは春は日本では忙しいのでイベントどころではないからなのか。いずれにしてもクリスマスのように本来の目的とはかけ離れた商業イベントにはなっていません。
なぜ毎年日付が変わるのかというと、「春分の次の最初の満月の次の日曜日」と決まっているからです。その前の金曜日(聖金曜日)にナザレのイエスは磔刑で命を落としましたが、三日後の日曜日に甦ったと聖書に書かれており、その「キリストの復活を祝う日」というのが公式の理由付けとなっています。そういうわけで、もちろんキリスト教国にだけある祝日です。(ちなみに教会がグレゴリオ暦の使用を拒んでいる正教会の国ではユリウス暦をもとに算出するので、今年の復活祭は5月5日だそうで)
ただし、クリスマスがキリスト教以前から祝われていた冬至の祭りと縁が深いように、復活祭は春を祝うお祭りと解釈するのが妥当でしょう。春の訪れは、冬の間に死んだようになっていた大地から、次々と生命が甦る、まさに復活の時期です。この時期、生命の象徴である卵を食べて祝うです。
そして、偶然ですが、今日は三月最後の日曜日なので、ヨーロッパではサマータイムの始まりです。時刻が一時間早まります。仕事の後に日光を楽しむ時間が増えるのです。
サマータイムと通常時間の切換は三月と十月の最後の日曜日の夜中の二時に起るので、私たちが意識することはあまりありません。もちろんアナログの時計は自分で一時間進めたり戻したりしなくてはならないのですが、私の場合は、朝起きてiPhoneのエアプレーンモードを解除すれば、勝手に正しい時間に変わります。ただ、日曜日に仕事をしなくてはならない人や、この日に夜行電車に乗らなくてはならない人は注意が必要です。下手すると一時間の遅刻になってしまいますから。
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【小説】ロンドン便り — Featuring「Love Flavor」
東野恒樹くんの物語を読んでみたい気がしてるのです。できたらお願いします。お題は特に出しません。
東野恒樹と言われても、どんなキャラで誰に片想いしていて、という詳細までわかるのは紗那さんと私ぐらいかもしれませんね。ここでちょっと解説しておきます。
先日開催した当ブログの一周年企画「scriviamo!」で紗那さんのくださったイラストへお返事として書いたのは紗那さんの『小説未満(Love flavor)』という記事にインスパイアされて書いた『君をあきらめるために - 「Love flavor」二次創作』でした。その後、紗那さんは『Love Flavor』の連載を開始してくださいました。
『Love Flavor』には胡桃崎蓮君と白鷺刹那さんというキャラが出てきまして、当方のオリキャラ東野恒樹はこの二人と小学校以来の同級生で刹那さんに報われない片想いをしているという設定でございました。私の二次創作の勝手な作法「余計に増やしたキャラは原作者さまのご迷惑にならないように一掃する」に基づき、この男はロンドン島流しにして二人の前から姿を消したわけです。
でも、再びの登場をと言われれば喜んでしゃしゃり出てきますとも! で、一人では役不足なので、どこかで見たような出しゃばりももう一人登場。紗那さん、今回は、勝手に蓮さまのお名前をお借りしています。どうか、ご容赦を!
ロンドン便り
— Featuring「Love Flavor」
蓮。どうしてる? 俺はなんとかやっている。英語だってかなり慣れてきたんだぜ。こっちでも桜が咲いたよ。もっとも、その直後に雪が降っちまって、花冷えもいいところだったんだ。幸い、日曜日の今日はまた暖かくなったから、ロンドン探索を再開だ。
バッキンガム宮殿で行われる衛兵交代のハガキ。いかにもロンドンって感じだろ。しかも書いているボールペンはユニオンジャック柄だ。これで何枚目だろう。俺が目にしたものを書く。日本にいるあいつには珍しいに違いない、ロンドンの風物詩を書いているつもりだけれど、どうもくだらない観光案内みたいになっちまっている。
蓮の書いてくるハガキは、折り目正しい。新しい英語教師がヤマブキの野郎とえらく違って親切でわかりやすいことや、俺の後に生徒会長になった栄二が苦労している様子や、それに通学路にできた新しいコンビニの品揃えが実に独創的で評判になっていることなんかが手にとるようにわかる。
もっとも、俺が一番興味を持っている、あいつのことは全く触れてこない。俺がいつまでも片想いを引きずらないようにって心遣いだろう。頭に来るくらい、よくわかっているヤツだ。まったく。
「ねえ、あなた日本人?」
ハッキリとした、つまり英国人とは思えない英語の問いかけで顔を上げると、栗色の髪と瞳をもった妙にきれいな女の子が覗き込んでいた。日本でいったら即タレントクラスだろうが、この英国でもスカウトが来るんじゃないかと思うくらい。
「うん。そうだ。君も英国人じゃないだろう」
「ええ。スイス人よ。旅行中なの」
そういうと、その女はにかっと笑った。だめだ、これじゃスカウトされないだろう。なんなんだ、この口の大きさは。
「日本人なら、ラッキー。ねえ、ここ座っていい?」
口の大きい美少女は、俺の回答を待たずにもう座っていた。まあ、ここは俺の持ち物じゃないし。ナショナル・ギャラリーのセルフサービス・カフェ。相席するほどは混んでいないけれど、俺一人で四人座れる席を独り占めすべきってほどでもない。
「なんで日本人なら、ラッキーなんだ? 中国人や韓国人じゃなくてさ」
俺は、ハガキをジャケットのポケットに滑り込ませて、紅茶を一口飲んでからこの変な女に向き合った。
「ふふ。私、この夏から日本に交換留学する予定なの。日本の子と話せるチャンスって、うちの近くではまずないから。私、リナ・グレーディクっていうの。あなたは?」
俺は彼女の差し出した右手を握った。
「俺は、東野恒樹。よろしく」
「コーキは日本のどこから来たの?」
「東京だよ」
「やった。私も東京に行くの。メグロクってところよ」
「嘘だろう? 俺は目黒区の高校に通っていたんだぜ」
あまりの偶然に驚いた俺は、うっかりリナの馴れ馴れしさに対して釘を刺すのを忘れてしまった。まあ、いいか。
「君、一人でスイスから来たの?」
「違うわ。友だちと来たの。でも、その子ったら、こっちに秘密の彼氏がいたのよ。私を誘ったのは、両親を安心させる方便だったみたい。で、ロンドンに着いた途端、別行動ばっかり。好きな所に行けるのはいいけれど、ご飯を一人で食べるの、嫌になっちゃったわ。コーキも一人なら、この後ランチにつきあってよ」
ランチって、そのでかいケーキを食った後に、まだ食べるつもりか?
「ナショナル・ギャラリーはもう観たのか?」
「ええ。といっても、イタリア絵画だけ。全部みると疲れちゃうんだもの。無料だから、ほかのが観たければまた来ればいいし」
「じゃ、紅茶を飲み終わったら、外を歩くか。本当にすぐにランチが食えるのか?」
「もちろん。でも、アフタヌーン・ティーにしてもいいわよ。あれも一人だと侘しいし」
はあ、確かに。女ならともかく、俺が一人でアフタヌーン・ティーって論外だと思っていたので、まだ一度も試していない。こりゃいい機会だな。
「日本人ってコーキぐらいには英語話せる?」
「ううん、どうかな。みんな単語や文法はそこそこわかっているから、学校では俺より優秀な子も多いけれど、読み書きばっかりで会話ができないんだよな。俺も、こっちにきてしばらくはまともに話せなかった。今は慣れてきたから、ずいぶんついていけるようになったけれど。リナは普段は何語で話しているんだ?」
「ドイツ語。っていっても、スイスでしか通じない、スイス・ジャーマンって口語なの」
俺たちは、ビック・ベンを横目でみながら、トラファルガー・スクエアを通りすぎ、緑鮮やかなセント・ジェイムス・スクエアを横切っていく。
「英語はどこで?」
「学校でよ。まだ二年だけど、まあまあでしょ?」
おいっ。二年でそんなにペラペラになるのかよっ。どういう国なんだ。
「クラスでは、まず正規ドイツ語を習うの。それからイタリア語か英語。私はイタリア語を選んだから、英語は第三外国語ってわけ」
「スイスってたしかフランス語も公用語じゃなかった? 選択肢になかったのか?」
「ああ、あのね。私が住んでいるのはグラウビュンデン州で、州の公用語がドイツ語・イタリア語・ロマンシュ語なの。だから、学校で使う公用語はドイツ語で第一外国語の選択肢にフランス語がないわけ。これがフリブールみたいにドイツ語とフランス語の州になると、まずフランス語かドイツ語ってことになるわけ」
「ちょっと待て。州ごとに学校のカリキュラムが違うのか?」
「もちろんよ。義務教育は何年かや週ごとの授業時間もみんな州が決めるんだもの。スイスは連邦国家だから、州の自治が強いのよ。日本は全部同じなの?」
「そうだよ。どの教科書を使っていいかまで、ぜんぶ中央のお役所が決めるんだ」
「へぇ〜。よく文句が出ないわね」
そんな話をしている間に、俺たちは交通が激しくて騒がしいピカデリー・サーカスに辿りついた。フォートナム&メイソンは、日本にいた時はレストランだと思っていたが、実はデパートだった。しかし、なんなんだ。この豪華な感じは。ダイヤモンドなんとかティーサロン? これは何としてでも蓮に報告せねば。
ショックはその後に来た。たかだか茶とサンドイッチとケーキなのに、お一人さま、40ポンドだってぇ? 払えねぇよっ。俺が眼を剥いているとリナは片目をつぶった。
「心配しなくていいわよ。私をダシにした、ステファニーに訊かれたの。なんで埋め合わせすればいいかって。で、連れも含めて滞在中のすべてのランチを彼女が払うって取り決めをしたのよ。彼女は私をよくわかっているから、どれだけ高くつくか、覚悟しているってわけ」
俺はため息をついた。こんなひどい女をダシにして秘密旅行をしようなんて、その女、救いようがない間抜けだな。ま、いいや、二度とこんなことないだろうから、便乗することにしよう。
真っ黒なスーツを着た執事みたいなウェイターは、明らかに未成年な俺たちが二人でティーサロンに入ってきたことに戸惑っていたが、リナが威厳を持って堂々と命じたので恭しく中に通した。その時に氣がついたのだが、リナの服装はこんな場所でもまったく引け目を感じないものだった。白とシルバーのミニ丈のワンピースに、黒いジャケットを着ている。長い足で颯爽と歩く時にミニブーツの尖ったつま先も目に入った。ジャケットのロゴから推察するに、どうやら全部ヴェルサーチみたいだ。俺は、ブランドものには詳しくないから、自信はないけれど。俺の服装は、ノーブランド。でも、少なくともソフトジャケットとチノパンでよかった。出てくるまでジーンズにするか迷ったんだけど。
リナは優雅に紅茶を飲みながらにっこりとする。仏頂面だったウェイターが動揺しているのがわかる。待て、早まるな、オッサン。こいつが大口を開けて笑えば、あんたのほのかなときめときは全ておじゃんになるから。その隙に、俺はサンドイッチに手を伸ばす。ナショナル・ギャラリーで紅茶だけにしておいてよかった。アフタヌーン・ティーは侮れない。ただのお茶だと思ったら、こんな量があるとは。キュウリとサーモンのサンドイッチ。アスパラガスのタルト。それになんだこのしめ鯖みたいな魚は? 美味いな。
それから、スコーンにクロテッド・クリーム。いくつも並んだミニケーキ。ロンドン全体のレストランでの平均的に残念な味が嘘のように、どれもやけに美味い。とくに紅茶の美味さは異常だ。ただし、男の俺でも、もういいって量だ。たかだかお茶の時間に、女がこんなもんをぱくぱく食べるのってどうかと思う。もしくは何時間も、非生産的に食ってばかりなのか、こいつらは。
「ねえ、コーキ。今晩、なんか予定ある?」
「いや。なんで?」
「スイスで二人分の『Cats』のチケットを予約してきたんだけど、ステファニーはスコットランドに行っちゃったのよ。一人で行ってもいいんだけど、せっかくのチケットが無駄になっちゃうから」
へえ。まだ、一度もミュージカルには行っていないもんな。悪くないや。
それで、俺は家に電話をしてこのままリナとの半日デートもどきを続けることにした。母さんは晩ご飯はどうするんだと訊いてきたが、勘弁してくれ、もうひと口も入らないくらいお腹いっぱいだ。
「そう? 私はまだターキー・サンドイッチくらいなら楽に入ると思うけどなあ。劇場の売店で買おっかな」
化け物だ、この女。
俺は今まで一度もミュージカルを見たことがなかった。大げさな音楽劇だと思い込んでいた。 アンドリュー・ロイド=ウェーバーのロングラン作品である『Cats』は、たとえエリオットのウィットに富んだ詩の意味が聴き取れない俺みたいな英語初心者でも十分に楽しめる娯楽作品だ。舞台を所狭しと踊り走り回る猫に扮したダンサーたち。見事な歌の心を打つメロディと演技。時間があっという間に経った。ステファニー、ありがとう。スコットランドへ逐電してくれて。
不思議だった。日本から離れてからも、いつも彼女のことばかり考えていたのに、今日は全くあいつのことを思い出さなかった。もちろん、この大口女に惚れたわけじゃない。こんな女、絶対にごめんだ。でも、俺は、もしかしたら、自分自身であいつへの囚われた想いから出ていこうとしていなかったんじゃないかって、そんな氣がしてきたんだ。このとんでもない女に振り回されていたら、ナルシスティックに悩んでいる暇はなくて、それが必然でもないことを認識したってこと。蓮、どう思う? お前が、あいつのことを全く書いてよこさなかったのは、そのことを知っていたからなのかな。
舞台では、娼婦猫が心を打つあの有名なメロディを歌い上げている。この歌に、どれだけの人間が自分のことを重ねて勇氣づけられたんだろう。俺みたいに。蓮、俺、ここでがんばってみるよ。お前も頑張れ。俺たちはお互いに新しい人生を生きていくんだろう?
Daylight
I must wait for the sunrise
I must think of a new life
And I musn't give in
When the dawn comes
Tonight will be a memory too
And a new day will begin
陽の光
私は日の出を待たねばならない
新しい人生を思わねばならない
そして負けてはならない
夜が明ければ
今夜もまた思い出に変わる
そして新しい日が始まるAndrew Lloyd Webber - Memory (Cats) より
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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交流は楽しい

最近、あちこちのブログで自分の名前を見るようになりました。すごく嬉しい。いや、有名になりたいとか、そういう意味ではなくて、単純に「名前出しても大丈夫」と思っていただけるほど、みなさんに仲良くしてもらえているんだなあと実感できることが。
それと、ブログのお友達同士が、交流しているのをみかけるのも、とても楽しいです。たぶん、以前は知らなかった方同士が、うちのブログや、もちろん、うち以外のお友だちのブログのコメント欄やら紹介記事を通して、新たに友達になって交流している。コメ欄で「はじめまして」とやっているのを見かけたりすると「あ、ここもお友だちになった」と嬉しくなってしまうのです。
お友だちのお友だちって、パターンは、私もよくあって、ご紹介いただいた記事から飛んできてくださった方と最近とても仲良くしていただいています。「scriviamo!」の予期せぬ効果がこんなところにも。
「scriviamo!」といえば、この企画で私が狂ったようにやっていた二次創作が、秘かに流行りつつあるのも嬉しい。こんなことで「ぐふふ」と楽しんでいるのは、もしかして私だけかしらと思っていたので。あ、うちには、山ほど妙なキャラがおりますので、よかったらどんどん遊んでくださいませ。
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「愛は惜しみなく奪」ってきちゃいました……
で、どちらもお願いして、持ち帰らせていただきました。というよりは、かなり強奪に近いです。どちらも、作品の方に挿絵として貼付けさせていただきました。持ち帰りと使用を快諾してくださったダメ子さんとスカイさん、本当にありがとうございました。
そういうわけで、ここで両方一緒にご紹介させていただきますね。
「うわさのあの人」
この小説は、「ダメ子の鬱」のキャラのひとりキョロ乃ちゃんをお借りして書いた半二次創作小説です。半というのは、ダメ子さんの許可なく勝手に名前をつけたり、大学に入学させたりしているので。
で、描いていただいたイラストはこちら。キョロ乃ちゃんは、現在「ダメ子の鬱」ブログの人気投票でトップを独走中のかわいい女の子です。当方のオリキャラ、浅野馨も、とってもかっこよく描いていただいています。

イラスト by ダメ子さん
このイラストの著作権はダメ子さんにあります。ダメ子さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
ダメ子さんのブログ「ダメ子の鬱」
「星売りとヒトデの娘」
この小説はスカイさんの代表作「星恋詩」の主役・星売りさまをお借りして書いた、二次創作小説です。
で、描いていただいたイラストはこちら。あまりの星売りさまのイケメンぶりに、ヒトデ娘は予定を変更して地上に残ってしまいそうです。

イラスト by スカイさん
このイラストの著作権はスカイさんにあります。スカイさんの許可のない二次利用は固くお断りします。
スカイさんのブログ「星たちの集うskyの星畑」
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【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (1)時過ぎて
![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(1)時過ぎて
今年の樋水の春はいつもより早かった。摩利子は樋水龍王神社のご神体である瀧のある池のほとりに立っていた。夫婦桜の花の時期にはまだ半月ほどはあるだろうが、レンギョウや寒桜が次々と花を咲かせ、雪柳の枝にも若葉が萌えだしていた。摩利子は、次郎を待っていた。確認しなくてはいけないことがあった。
「ねえ、お母さん。ヒメミコサマって何?」
その日の午後、早百合が訊いてきた。摩利子は答えた。
「神社に祀られている女神さまのことでしょ。どこで聞いたの?」
「ジローセンセ。るみにそう言ったの」
「瑠水に?」
摩利子は早百合から辛抱強く情報を引き出した。早百合と、瑠水と、早良彰とが三人で龍王神社の境内で遊んでいたときのことだったらしい。例によって、同い年で仲のいい早百合と彰は、幼い瑠水を持て余していた。だが、早百合は大好きなパパに妹から目を離すなと厳命されたので渋々龍王の池の横で遊んでいた。瑠水は龍王の池にさえいれば大人しかったのだ。二人は瑠水を好きにさせておいて、縄跳び遊びに興じていた。そこにやってきたのが次郎先生こと関大樹禰宜だった。
「これこれ。ここで遊ぶのは構わないけれど、境内で縄飛びはだめだよ。それに、さっき掃き集めた花びらがぜんぶまた広がっちゃったじゃないか」
「だって、僕たちはなわ跳びがしたいんだ。他にどこですればいいんだよ」
「駐車場とか、『たかはし』の後ろとか、あるだろう」
「あそこだと、るみを見てなきゃいけないじゃない」
「ちゃんと見てればいいだろう。とにかくここで縄跳びはダメだ」
「ジローセンセの意地悪」
「ここで続けるもんね」
なんてききわけのないくそガキだ。次郎は心の中で毒づいた。それが顔に出たのか、じっとこちらを見ていた小さな瑠水が言った。
「こどもがきらいなのよ」
それを聞いた途端、次郎の顔色が変わった。瑠水を見て震えながら言ったのだ。
「媛巫女さま……」
次郎がやってきた。
「お待たせしました」
「お忙しい所、お呼びだしてごめんなさいね、次郎先生。でも、ちょっと聞き捨てならないことを耳にしてしまったものだから」
「とおっしゃると……」
次郎は、摩利子には頭が上がらなかった。摩利子は次郎が見習いである出仕のときからよく知っていて、以前は「あんた、本当に頼りないわねぇ」と、しょっちゅう叱り飛ばしていたのである。しかし、次郎が資格を取って禰宜になってからは、摩利子も言葉には氣をつけるようになっていた。少なくとも対外的には。
「子供の言うことだから、100%信じているわけじゃないんだけどね。早百合がいうには、今日次郎先生が瑠水のことを媛巫女様って呼んだっていうから。どういうことなのかなと思って」
「はあ、申し訳ありません」
「いや、謝ってほしいんじゃなくて、どういう文脈でそうなったのか、知りたいわけ」
次郎は、落ち着きなく龍王の池を覗いた。摩利子はさらに畳み掛けた。
「媛巫女様って瑠璃媛とゆりさんのことでしょ」
「信じてもらっているかわかりませんが、僕には千年前の前世の記憶があるんです。新堂先生と同じように」
「それは信じているわよ」
「この神社の郎党だった千年前の僕が初めて瑠璃媛様にお目見えしたとき、僕は子供に仕えるのは嫌でした。宮司付きの郎党になりたかったので。不満たらたらでご挨拶をした時に数えで五つの媛巫女様はそれをお見抜きになりました」
「童は嫌いであろう。なにゆえ、このような童女にと思っておる」
それが、瑠璃媛が次郎にかけた最初の言葉であった。
「じゃあ、何? 瑠水が子供が嫌いなのよって言ったから、それを思い出しただけってこと?」
「わかりません。自分でも。でも、瑠水ちゃんは、以前から特別でした。幼かった媛巫女様にとてもよく似ているんです。氣も、行動も……」
「瑠水が瑠璃媛の生まれ変わりなんていったら、一に殺されるわよ。まだゆりさんと新堂さんがどこかで生きていると信じているんだから」
「わかっています。僕だって、新堂先生とゆりさんがご無事でいらっしゃることを願っているんです。でも、摩利子さん。瑠水ちゃんの『おうじさまとおひめさま』の話、ききませんでしたか」
摩利子はため息をついた。もちろん摩利子はその話を知っていた。
友人であった禰宜の新堂朗とその妻のゆりが花祭りの晩に突然姿を消してから二年して、高橋一と摩利子には初めての子供が生まれた。ゆりの弟の早良浩一が同じ年に生まれた息子に朗にちなんで同じ音の彰という名前をつけたのに影響されて、一と摩利子は長女に早百合という名前をつけた。二人はまだどこかで生きている、だからこれはあくまでちなんだ名前だというつもりだった。
ちなんだはいいものの、早百合はまったくゆりには似ていなくて、おてんばで活発な子供だった。摩利子にある『見える者』としての能力は早百合にはひきつがれなかった。摩利子はそれをむしろいいことだと思っていた。
四年後に摩利子は二人目の女の子を産んだ。それが瑠水だった。まったく予想していなかったことに、瑠水の方が多くの意味で、ゆりに似ていたのだった。ゆりのように大きくはなかったが瑠水のオーラはゆりのものに近い八重桜色だった。一方、早百合のオーラは摩利子のと似たような黄緑色だった。そして瑠水は『見える者』だった。見えるだけでなく、まだ赤ん坊の頃から、犬の機嫌を変えたりすることもできた。そして、もっとも摩利子を驚かせたのは龍王の池のメルヒェンだった。
新堂朗とゆりが姿を消して以来、摩利子と一は二人がこの樋水龍王神社から逃げて、どこかで幸せに生きていることを祈っていた。けれど、それと同時に摩利子はその特別な能力で、龍王の池と樋水川に異変が起こったことを感じていた。水辺に立つと心の中にどこからか風が吹いてくる。そして、その風にのって、何とも言えない幸福感が広がる。あまりの歓びに泣きたくなる。それが何なのか、摩利子はあまり考えないようにしていた。
瑠水は何もわからない赤ん坊の頃から、格別にこの池のまわりにくるのが好きだった。いまでも、放っておくと夏でも冬でも勝手にこの池に行っている。小さな村で危険はないのでそのままにさせている。ある日、またしてもわき起こった至福の風に涙ぐみかけている摩利子に瑠水は言った。
「みずのそこのおうじさまとおひめさま、きょうもしあわせだね」
龍でも蛇でもなかった。王子様とお姫様? それは摩利子がどうしても認めたくなかった恐ろしい可能性を示唆しているようで、ものすごいショックだった。新堂さんとゆりさんはもしかしてこの池の底にいるの? この幸福感は二人のものなの? 突然泣き出した摩利子に瑠水は驚いた。
摩利子も一も『水底の二人』の話を喜ばないので、瑠水は両親にその話はしないようになった。しかし、瑠水にはわからなかった。どうしてしあわせなおうじさまとおひめさまのはなしをするとパパとママがなくんだろう。瑠水にとって『水底の二人』は嘘でもおとぎ話でもなかった。底にいるのがわかるのだ。
「そうよ。瑠水はあそこに王子様とお姫様がいるって言っているわ。でも、私はそれでもまだ希望を失いたくないのよ。二人の遺体が見つかったわけじゃないんですもの」
「希望……」
「そうよ、何?」
「いや、思い出したんです。かつて新堂先生が僕に教えてくださった言葉を」
「なんていうの?」
「Dum spiro, spero. 生きている限り、私は希望を持つ……」
「そう。新堂さんが、そんな言葉を……。今の私たちにぴったりの言葉じゃない?」
「そうですね」
しかし、それ以来、摩利子は瑠水の言動に氣をつけるようになった。『見える者』であることが悪いわけではない。早百合と瑠水の違いが重要なわけでもない。しかし、瑠水は早百合に較べて危険な立場にあることに氣がついたのだ。樋水の『鬼』である武内宮司に目を付けられて、樋水龍王神社に終身仕える『妹神代』なんかにさせられたら困る。
次の『背神代』は次郎に決まったと聞いている。武内宮司は次郎の嫁に県外の何も知らない六白金星の女性を手配しているそうだ。二十一世紀にもなって神社の都合で政略結婚なんてかわいそうに。まさか先々代は自殺して、先代は人間じゃないものを妊娠したあげく行方不明なんて知らずに嫁いでくるんでしょうね、氣の毒に。そういうわけで、この村では我が娘を神社に差し出したいという親は一人もいないのだった。
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おすすめのお店、Abadia

私たちが毎日通っていたカフェで教えてもらった、美味しいレストラン「Abadia」。観光客にはちょっとみつけにくい奥まった所にあります。でも、探し出してでも行く価値は十分にあるお店です。
タコの料理はポルトにはいくらでもあるのですが、ここほど上手に扱える所はめったにないのではないでしょうか。魚料理と言ったら、やっぱり日本でしょうと思っていた私ですが、タコのグリルに関しては、ここほど柔らかく、美味しく調理されたものを食べたことはありません。ナイフがいらないほど柔らかいのですから。
ポルトガル料理は、食材も味付けもかなり日本人好みだと思います。それに、飲める方限定ですが、ドウロのワインの美味しさもぜひ楽しんでいただきたいですね。フランスやイタリアのワインと比較しても、はずれがない安定した高品質が魅力です。それに物価が安いので、ちょっと贅沢をしてもあまりお財布に響かないのが素晴らしい。
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ポルトで思った
春の休暇で行ったポルトは二回目です。私たち夫婦は氣にいった場所にはしつこくリピートするので、今後も何度も行くことでしょう。

ユーロ危機のど真ん中にいるポルトガル。街には覇氣がありません。かつての栄光を思わせる美しい建物がたくさん立ち並んでいるのですが、メンテナンスが足りなくて崩れかけている所も多いのです。
けれど、思うのです。この美しい街を破壊して直線だらけの現代建築にしてしまう意味なんてあるのでしょうか。スイスはポルトガルとは反対の立場にいます。ヨーロッパの中では経済的にはさほど低迷しておらず、世界中の富が集まってきます。多くの中央駅が建て直されて、機能的で便利な近代駅に生まれ変わりました。人びとはその駅を忙しく移動していきます。
大航海時代やその後のポルトの発展期の建物は豪奢でたくさん彫刻が施され、室内も美しいアーチや装飾で眼を楽しませてくれます。スイスで大流行りのモノトーンだけ、ステンレスだけ、鋭利な直線で切るような建築とは正反対です。メンテナンスが違うでしょう、建築家の現代的な創造性や作る方のコストの問題もあるでしょう。新たに建てるものは仕方ないと思いますが、いまある美しい建物をどんどん壊して効率的な建築を建てようとするスイスの動きにはうんざりしてしまうのです。
人びともそうです。忙しくて、お金があって、でも、冷たい感じで。なんていうのか、子供たちがニンテンドーかスマホしか見ていない。お父さんとお母さんがそっぽを向いている。物質的には何でも揃っているけれど、すれ違っていてギスギスしている。お金はなくても家族が笑って一緒にいるラテンの素朴な人びととあまりにも対照的な姿。幸せってなんだろうと考えてしまうのです。
ポルトの人びとは優しく親切です。彼らは、ゆったりと、静かに話します。攻撃的な所がほとんどなく、そのせいか、街自体も静かな印象です。潮風、豪華で美しい建物、透き通る青空、カモメの鳴き声、それにコーヒーをのんでゆったりと座る人たち。一ヶ月に200ユーロしかもらえない仕事で必死で生き抜いている人たちも多いとききます。1.2ユーロのコーヒーは彼らには高いことでしょう。でも、お金では語れない、特別な時間がそこには流れています。
経済危機のポルトガルに、スイスにはない豊かさを見るというのは、痛烈な皮肉だなと思いました。
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【小説】夜のサーカスと西日色のロウソク
![]() | 「夜のサーカス」をはじめから読む あらすじと登場人物 |

夜のサーカスと西日色のロウソク
「まあ、きれいなロウソクね。西に沈む夕陽を思い出すわ」
ジュリアの声に、はっとしてロマーノは目の前に燃えるロウソクに目をやった。エミーリオがプリモ・ピアットの皿を運んでくるまでの間、つぎの興行の事を考えて意識が飛んでいたのだ。テーブルの上には、二日前にマルコに渡しておいたオレンジと黄色のグラデーションのかかったロウソクが静かに燃えていた。
「ああ、これか。近くで見つけたので買ったのだよ。あなたとの二人っきりの時間には、できるだけロマンティックにしたいからね、私の小鳥さん」
ロマーノがささやくと、ジュリアはにっこりと笑った。
「あなたはいつも私の事をとても大切にしてくれるのね。嬉しいわ」
繰り返される、お互いに心にもない甘い会話。これは必要な結婚だった。いまだに熱烈なファンを持つジュリアを連れてパーティに行く事で、ロマーノはたくさんの協賛金を集め、多くのチケットを売る事ができた。ジュリアは、肉体の衰える前に、どうしても身の保証をしてくれる存在が必要だった。
そう、私たちは人格者ではない。だが、さほど悪い事をしているわけでもない。税金も少しは払い、団員たちの面倒を見て、社会にも貢献している。キリスト教精神にのっとって。私の人生最大の失敗も、このキリスト教精神から起こしてしまったのだったな。
あれはミラノ興行のための設営の夜だった。ロマーノはくるんとした髭をしごきながら十一年前の初夏の夜の事を考えていた。
とても暑い夜だった。まだ六月だというのに湿めっぽく、どこからか湧いた蚊が耳元でうるさかった。こういう宵にはブルーノを相手にするとことさら憂鬱な顔を見せて、ことの後で妙な罪悪感に悩まされるので、むしろ外で商売男でも探すかと、彼はテント場を出て外を歩いた。
そこは、ミラノ中央駅から数駅は離れた小さな鉄道駅の側で、華やかで物価の高い中心地とは全く趣の違う、寂れてわびしい地区だった。そう、華やかなものと言ったら、チルクス・ノッテの色とりどりの電球ばかり。テントから離れれば、薄暗い道に所々悲しげなオレンジ色の街灯がようやく足元を照らした。ネオン灯の青白いバルには地元の男たちがたむろしている。もう少し明るそうな駅の方を目指せば、ほんのわずかに黄色い光を宿す窓がまばらに見え出した。
食事はもう済ませたからな。ダリオのコース料理は、今日も素晴らしかった。ロマーノはそうつぶやいて、リストランテの前を通り過ぎ、小さな駅舎の裏手へと歩いていった。男娼はこういうところで待っていることが多いというのが、長年の経験から育てた勘だった。
だが、それらしい男はどこにもいなかった。いるのは、なんだ、浮浪者のガキか。彼は子供とも若者ともつかぬ華奢な体の影が、壁にもたれかかってぐったりと座っているのを軽く無視して去ろうとした。けれど、暗闇の中で見たその姿がどこか普通でないと感じて、もう少しよく観るために踵を返して近寄った。
それは少年だった。ロマーノが近づくと瞳をあげて、黙ってその顔を見た。何も言わず、怖れた様子も、媚びた様相もなかった。ただ、まっすぐにロマーノが何をしにきたのかを訝るように見上げていた。ロマーノは奇妙に思った事が何だったか理解した。少年の服が濡れていたのだ。汗で湿ったというのではなく、一度完全にびしょぬれになったものが、時間とともにわずかに蒸発した、そのようなひどい濡れ方だった。
「しばらく雨は降っていなかったはずだが」
我ながら奇妙な挨拶だと思いながら、ロマーノは最初の言葉を口にした。少年は何も答えずに目を落とした。興味を失ったかのように。少し身をよじると、ぎゅるるという小さな音がした。少し苦しそうに息をつくと、少年はうつむいて膝を抱えた。腹の音はまた続き、ロマーノは三年前に拾ったブルーノの事を思い出した。
「来なさい。すぐそこにリストランテがある。何かの縁だ、食事をおごってやろう」
そういって少年に手を差し出した。少年は訝しそうに見上げたが、その時再び腹が鳴り、ため息をついて彼はゆっくりとロマーノの手を借りずに立ち上がった。そして小さな声で言った。
「ありがとうございます」
外国人だ。少年のイタリア語を聴いてロマーノは直感した。
小さなリストランテにはテーブルが五つほどしかなかった。焼けこげのできた赤いギンガムチェックのテーブルクロスの上には、オレンジから黄色へとグラデーションがかかった大きなロウソクが焔をくゆらせていた。目の前に座った少年の顔を、そのロウソクの光でロマーノははじめてはっきりと見た。暗い茶色の髪と瞳。意志の強そうな眉に整った鼻梁、これはこれは、なかなかの上玉だ。ロマーノは知らず知らずのうちに笑顔になっていた。
自分のためにはワインとチーズを、そして少年のためには、ミネラルウォーターにスープとサラダ、そしてパスタを注文した。スープとパンが少年の前に置かれた時、彼は目の前のびしょぬれの固まりが、どれほど長く食事を望んでいたのかを理解した。目がわずかに潤んでいた。けれど、初めて会った時にブルーノがそうしたように、ものも言わずにかぶりつくような事はしなかった。半ば震えるようにナフキンを膝の上に置き、わずかに頭を下げてロマーノに礼を言ってから、震える手でスプーンを手にした。
そのスプーンがスープをすくうのを片目で見ながら、ロマーノは単なる世間話のつもりで言った。
「ところで、どうしてそんな格好をして飢えているのか、訳を話してくれるかね? お前はどこから来たんだ?」
この少年は、ただの浮浪者などではない。こんなにきちんとした行儀を仕込まれた子供が、何故こんなところで飢え死にしかけているのか。
カチャンと音がした。ロマーノが目をやると、少年はスプーンをスープ皿に立てかけて手を膝の上に戻してうつむいた。そして、それほどまでに待っていた食事をしようとしなかった。
「おい、どうしたんだ。食べていいんだぞ」
ロマーノは言った。
少年の肩は震えていた。少し訛りのある妙にきちんとしたイタリア語がその口から漏れた。
「訳をいわなくてはいけないなら、食べるわけにはいきません」
「馬鹿な事を。そんな事を言っていたら、次に誰かが酔狂を起こす前に死んじまうぞ」
「覚悟していました。このまま、死んでもしかたありません」
ロマーノは震えた。ありえない事だった。拾ったときのブルーノとさほど変わらない年齢に見えるのに、勝手が全く違った。考えている事が手に取るようにわかった褐色の少年と違って、この年若い男は、ロマーノには全く理解できない精神構造をもっていた。完全な大人のような恐ろしい意志を体の中に秘めているのだった。いやなら適当な嘘でも言えばいいのに、食事を与えてくれたロマーノに対して欺瞞や裏切りをしようとしない、馬鹿正直でまっすぐなところも持っていた。そこが得体が知れなくて薄氣味悪かった。
「いや、そういうのは、やめてくれ。別にどうしても訊きたいってわけじゃないんだ。とにかく食えよ」
ロマーノがそう言っても、少年は潤んだ瞳をあげたまま、動かなかった。そこで仕方なく、ロマーノは続けた。
「いいか。これは純粋なキリスト教精神だ。うちは生粋のカトリックだからな。お前にはいかなる説明も、見返りももとめない。なんなら神に誓うよ。お前には、生涯、言いたくない事は言わせないし、何かの代償をもとめることは絶対にしない。父なる神と子なるキリスト、精霊の御名によって、アーメン。ほら。これで安心しただろう、食え」
そこまで言ってしまってから、ロマーノははっとした。しまった。なんて事を誓ってしまったんだ。この子があと五年も育ったらどんないい男になることか。こんなチャンスはめったにないのに!
少年はもう一度頭を下げると、ゆっくりとスプーンを持ってスープを口に運んだ。ロマーノはパンの籠を少年の近くに押してやった。再び頭を下げると、上品な手つきでそのパンを取るとちぎって口に運んだ。それからほうっと息をついた。
ロマーノはミネラルウォーターをグラスに注いでやりながら、少年に話しかけた。
「お前、今夜泊るところもないんだろう」
少年は素直に頷いた。
「こうなったら乗りかかった船だ。私のところに来て寝泊まりするといい。私はロマーノ・ペトルッチ。『チルクス・ノッテ』の団長だ。約束したから、代わりに何をしろとは言わないが、手伝いたければ手伝えばいいし、出て行きたい時には自由に出て行ってもいい。どうだ」
「いいんですか」
「神に誓うってのはそういうことだからな。言葉は守るさ。サーカスってのはだな。世の中からはみ出したような連中ばかりだ。必要なのは、自分のやるべき事をやること、それだけでいいんだ。完璧なイタリア語が話せなくても、社会のありがたがるような紙っ切れがなくても誰も氣にしない。お前みたいな訳あり小僧には悪くないところだと思うぞ」
少年は、スパゲティを食べ終えると、ナフキンで丁寧に口元を拭い、それから静かに答えた。
「僕にでもすぐにできる裏方作業などがあるでしょうか」
ロマーノは少し考えて言った。
「そうだな。例えば、興行後には毎晩舞台のナットが弛んでないか確認する作業がある。それくらいなら、お前でもできるだろう」
「はい。やらせてください」
ロマーノは笑った。
「よし。ところで、お前はなんていうんだ。あ、本名でなくてもいいんだぞ。なんと呼べばいいのか、それと年齢がいくつかぐらいは言えるだろう?」
「十五歳です。名前は……。」
少年は瞑想するような顔つきでしばらく口ごもった。それから、ロマーノを見てはっきりと答えた。
「ヨナタンと呼んでください」
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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「scriviamo!」に関するアンケートにご協力ください。
まだ手を挙げてくださった方で、いろいろと事情があってご連絡が遅れていらっしゃる方もあるのですが、とりあえず一区切りがついたということで、読者の皆さんに「scriviamo!」についてのご意見を伺わせてください。
「scriviamo!」は私にとってのはじめての参加型企画でした。たくさんの作品を読む楽しみと、どうお答えするかで脳みそを絞るゲーム感覚を十二分に味あわせていただいたのですが、参加者の方、読者の方としてはどうだったのだろうと氣になっています。
次回の開催をするかの判断材料にしたいので、大変お手数ですが、アンケートにお答えいただけると幸いです。また、この企画についてどう思われたか、細かいご要望などを、コメント欄の方に入れていただくと嬉しいです。
なお、この投票フォームは15分間だけ再投票を制限しています。他の選択肢にも投票したい場合は、後ほどお試しくださいませ。
(1) まずは、「scriviamo!」の開催に関してです。来年以降もやるかどうかについての参考にしたいのです。
(2) 次は、この企画で新登場したオリキャラについて。バラエティ豊かに出てきましたが、どんなのがウケたのか参考にしたいです。
ご協力ありがとうございます。
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ノスリが飛んだ
新しいカメラの一番のポイントは、ポケットに入る事です。シャッターチャンスはいつめぐってくるかわかりませんからね。

数週前の土曜日に、義母が半泣きになって、連れ合いの所に電話してきました。散歩の途中に野鳥が怪我をしているらしく飛べないというのです。で、彼と私が見に行った所、確かに飛ばずにウロウロしているノスリがいます。ただ、私たちはちょうど知り合いとレストランで待ち合わせをしていて、時間がありませんでした。で、専門家に電話して様子を見てもらうという事にしました。
知り合いと別れた後、義母に電話した所、「専門家が言うにはいなかった」ということで、連れ合いが暗闇の中、懐中電灯を持って見に行きましたが、やっぱりいなかったらしいです。
で、翌日、また義母が「同じ所にいる」と言うので、私たち夫婦と、再び呼び出された専門家が行くと、そこにはいませんでした。もう少し離れた所にじっと座っているのがいたので、連れ合いが近寄ってみると、それは普通に飛んでいきました。それが、この写真のノスリです。望遠を最大にしたので、若干ぼけていますが。
専門家曰く、ノスリは飛べるのに、ぼーっと座っている事も多いそうで、今回は義母が早とちりして騒ぎすぎたみたいです。まあ、ノスリが無事でよかったということで。
こういうふうに、この辺りの人びとは、野生生物に優しいですね。田舎なので、いろいろな野生生物がいます。鹿や山羊の仲間、狐、兎、イタチやリスやハリネズミなどはごく普通に目撃できますし、鷲や鷹、フクロウなど猛禽もよく見られます。
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樋水龍神縁起の世界 - 4 -

「樋水龍神縁起」本編と、これから連載する「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」で、大きな役割を果たしているのが川です。この作品の中では樋水川と名付けられた川を神格化したものが、樋水龍王神社の主神である龍王ということになっています。
この川は島根県の斐伊川をモデルにしていて、八岐大蛇がこの斐伊川のことだとも言われています。蛇、竜という水神と川の関係は深く、自然と人間、カミとヒトとの関わりを象徴しています。
で、なぜ川、龍に大きな役割を持たせる話を書いたのかというと、それは私が川の側に住み、日々関わって生きているからです。そう、ライン河です。
川は農作物を実らせ命を潤すと同時に、時に氾濫して恐ろしく暴れ回ります。生と死を共につかさどり、地を流れ海に流れ込み、そして空に帰ってから雲となりまた地に戻ってきます。すべてに満ち、それでいて同じところには留まらない。生を育み、そして死をも呼びます。どこにでも存在し、どこにも存在せず、循環している存在。そう、私の書きたかった「樋水龍神縁起」本編のテーマにぴったりの存在なのです。
「Dum Spiro Spero」の方では、その思想自体はあまり重要ではありません。ごく普通の物語になっています。それでも、同じ世界観の中で、ヒロインは常に樋水川とともに生きているのです。
官能的表現が一部含まれるため、成人の方に限られますが……「樋水龍神縁起」四部作(本編)は別館にPDFでご用意しています。

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潮風を感じて

スイスには海がないので、海を見ると必要以上に騒いでしまう私です。
これは大西洋。
まあ、太平洋も地中海もあまり変わらないと思いますが。
ポルトでは、タコが美味しいです(^-^)/
今日は去年教えてもらったお店に再び行ってきました。お腹いっぱいで死にそう…
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【小説】少し早い春の湘南を
「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。三月は小田和正の“ラブストーリーは突然に”を基にした作品です。YoutubeでPVを探したのですが、公式に使えるものはないようですね。ま、皆さんご存知でしょう。(古すぎて若い方は知らないかなあ)
ここで、ひと言、お礼をさせてください。私の妄想につき合って、ヤキダマのお名前を貸してくださった山西左紀さんに、心からの感謝を。

少し早い春の湘南を
Inspired from “ラブストーリーは突然に” by 小田和正
「YAMAHA DS250。お前が今さら。何で?」
ヤマグチが首を傾げた。
「いいだろう。たまには小回りのきく軽いのに乗ったってさ」
「そんな事、一度も言った事ないじゃないか」
十年間もツーリングを共にしてきたヤマグチが訝るも無理はない。でも、氣がついたら買っていたんだ。ヤマグチと違って、理由はわかっている。SUZUKI vanvan200のせいだ。我ながら頭痛がしてくる。
「来週、仲間で房総に行く予定だけれど、よかったら来る?」
そう訊いたら彼女は首を振った。
「私、三浦半島に行くの。それに、わたし集団で走るの苦手なの」
「どうして?」
「付いていかなくちゃと焦るから、景色を楽しめないんだもの。私が遅いから」
だから、初めて会ったときも一人で走っていたのだと透は思い出した。
はじめての海外ツーリング。レンタルしたSUZUKI GSX-R750で、ずっと憧れていたアルプスを見ながら走った。フルカ峠、オーバーアルプ峠、ハスリ谷や陽光の煌めくトゥーン湖の周りを。仕事を十日も放り出すのは心配だったけれど、その不安が吹き飛ぶほどの最高の走りだった。それから、グリムゼル峠へ。聞きしに勝る湖の美しい峠だったけれど、駐車しているバイクの数のあまりの多さに、力なく笑ってしまった。
そこに、例のすごい音を響かせて、ハーレーに乗った集団が到着したのだ。ハーレーの集団は珍しいとは言えなかったが、どうやらそれがすべて女性らしいので、透は思わず彼女たちを凝視した。鋲の打ってある黒い革ジャン、ヘルメットを脱ぐと鼻ピアスに赤い髪、首筋のタトゥー。完璧なハーレー装束だな。透は感心した。そこに、のろのろと遅れてもう一台バイクがやって来た。
vanvan125じゃないか。服装も普通の灰色のジャケットだ。何だ、ブラックシープか? 透が見ていると、彼女はヘルメットを脱いだ。日本人だ。それが翔子だった。
「君、あのハーレー軍団と走っているの?」
思わず訊いた透にきょとんとして彼女は笑った。
「まさか」
そして、その時も言っていた。彼女は集団で走るのが嫌いなのだ。
その日の残りを一緒に走って、透は翔子が横浜に住んでいる事を知った。透の住む武蔵小杉から20分も離れていない。だから、日本に帰ってからも時おり連絡して週末のツーリングに出かけるようになったのだ。
DS250を買ってしまった時には、自分で頭を抱えた。「待たせるのがいやなの」と言う彼女の言葉に反応してしまったって事だ。これを見たら警戒するかな。
「あら? そのバイク……」
翔子は透の姿を見るなり言った。透は空を見ながら、言った。
「手放さなくちゃいけないって、友達が言ったから、格安で譲り受けたんだ。たまにはもこういうのもいいかなと思って」
翔子は、菜の花を思わせる笑顔を見せた。透はほっとして言った。
「湘南は久しぶりなんだ。さあ、行こうか」
155cmの小柄な翔子は、vanvan200の上にまっすぐに座る。ヘルメットから垂れ下がっている少し茶色がかった三つ編みには乱れひとつない。灰色のジャケットと黒いモーターサイクルパンツ、黒い革の靴、すべてがきっちりとして隙がないのだが、柔らかくて悪戯っぽく煌めく瞳といつも口角の上がっている唇が優しくて、見ているととても心地よかった。透はずっと「女にはツーリングのよさはわからない」というヤマグチの意見に賛成だったのだが、翔子とアルプスを走って以来、どうやら密かに違う意見を持ってしまったようだった。
高速を飛ばすのが面白かった。目の前の車の走りにイライラして、危険な追い越しを繰り返した事もあった。ヤマグチや他の仲間との馬鹿げたツーリングが嫌になったわけでもなかった。だが、房総に行く仲間たちに不義を謝って横浜に向かう時、透は浮き浮きしてくるのを押さえられなかった。春がやってくる。風の中に樹々の目覚めの香りがする。菜の花のような笑顔が待っている。
「晴れてよかったよな」
透がヘルメットのバイザーを上げてそう言うと、翔子は眼を細めてにっこりと笑った。
「グリムゼル峠も、こんな晴天だったわよね」
同じ思い出を持っているということが嬉しかった。たとえ、彼女の心の中には他の男が住んでいることを知っていても。
翔子が行こうとしているのは、その男が行ったと彼女に語った湘南なのだ。
「そいつと一緒に行ったのか?」
透が訊くと、翔子は小さく首を振った。
「三厩さんとは大学でときどき話をするだけだもの」
自分は透君で、あっちは三厩さん。こっちは二人っきりでツーリングにも行けていて、あっちは話をするだけ。明らかに形勢はいいはずなのに、なぜか彼女の恋話の聴き役になってしまっている。ま、そのうちに、見ていろ。透は空を見上げて会ったこともない大学院生に宣戦布告した。
「三浦海岸に、見渡すかぎりの大根畑があるんですって。そこを、お友だちと走ったって……」
しおれた青菜みたいな顔をするところを見ると、そのお友だちとは件の大学院野郎のガールフレンドなのだろう。翔子はどうやら失恋ツーリングをするつもりだったらしい。だったらなおさら一人でなんか行かせられるか。絶壁から飛び込まれたりしたら困るし。
「よし、じゃあ、その大根畑を走ったら、海岸線をドライブして、美味い海の幸を堪能しようぜ」
そういって、ヘルメットのバイザーを下げた。翔子はこくんと頷いてヘルメットを被り、きっちりとベルトを締めて、手袋をはめてから、vanvanのスタンドを起こした。
第三京浜、横浜新道と走りながら、透は不思議な氣もちになっている。いつもなら周りの車にイライラして、どうしたら一刻も早く追い抜けるか、そんなことばかり考えていた。DS250は小回りが利く。だから追い越しもそんなに難しくはない。だが、今の透はそんな走り方はしない。ミラーで後ろのvanvanを確認し氣にしながら、教習所の教育用ビデオのような優等生の走りをしている。普段なら無視する休憩所にも寄って、二人でオイルやチェーンの状態をチェックしながら、缶コーヒーを飲んだ。
「いい陽氣とはいえ、走るとまだ肌寒いな。大丈夫か?」
「もちろん。透君、もっと速く走りたいんじゃないの? 私に合わせてくれているのよね」
透は笑って言った。
「速く走るのは、いくらでもやってきたし、いつでもできるんだ。こうやって走ると、今まで見ていなかったものや、感じていなかったものがどれだけ多いかってわかるよ。こいつで走るの、氣にいったよ」
翔子も嬉しそうに笑った。
横浜横須賀道路で三浦に向かう。大学院生野郎の目は確かだった。国道からそれて、丘陵地帯の小さな道を進んでいくと、大根やきゃべつの畑が一面に広がり冬の間には忘れていた緑が目に鮮やかだ。麦わら帽子を被った農夫たちが大根を引き抜いている牧歌的な風景。この温暖な三浦半島は、東京や横浜よりもさらに暖かく、さわさわと大根の葉を揺らす風すらも穏やかだ。
「こいつはいいや」
透はつぶやきながらゆっくりと走る。時おり翔子を先に走らせ、時には先を行き、のんびりと丘の上を堪能する。遠くに海が見えるポイントで、エンジンを止めると、翔子も停まって、ヘルメットを脱いだ。翔子は乱れが氣になったのか、三つ編みの髪を一度ほどいた。そよ風の中で、細くて柔らかい髪が大根の葉の海と同じようにそよいだ。潮風がここちいい。
「透君、ありがとう。一人で来たら、こんなには楽しめなかったと思うの」
「俺も楽しんでいるよ。つらいことを無理して忘れる必要はないさ。でも、軽くすることができるなら、その方がいいって」
「ええ、本当にそうね。私、前に踏み出せそう」
三浦海岸の鮮やかな青が目に眩しい。
「ああ、もっと海の近くに行きましょうよ」
透は頷いた。彼も青い海の輝きに近づきたかった。グリムゼル峠のきっちりとして冷たい輝き、透き通った空と湖、万年雪をいただくアルプス。隙がなく凍てついた世界は美しかった。けれど、ここはそれとは少し違う。雪が溶けて、春が近づいている。ざらつく潮風、風に揺らぐ野菜畑、そして、干した大根や干物にする魚が並ぶ、生活臭に満ちた空間。その春めいた光景の中を、走る。翔子の心の中が少しずつ動いている。
「漁師さんのところで、海の幸が食べれるのね」
大浦海岸の近くまで走り、素朴な漁師の宿が昼食の看板を出しているのを見て翔子が言った。
「ああ、新鮮だから美味いだろうな。おっ、キンメのしゃぶしゃぶだってさ。寄ってみるか?」
翔子が頷いた。
温泉の看板があちこちに立っている。ここは湯どころでもあるんだよなあ。次回来る時には、温泉宿にでも泊れる仲になっているといいんだけれどなあ。不謹慎なことをちらりと考えつつ、透はvanvanの隣にDSを並べた。これからの透のツーリングは、これにばかり乗ることになりそうだった。
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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お氣に入りのカフェにて

去年入り浸ったカフェにまた通ってます。
スタッフが憶えていてくれて親切にしてくれるんです。連れ合いが喋るからですが。^_^;
世界中の人たちと知り合うのもこういう所。日本にいたときはこんなに社交的じゃなかった私ですが、連れ合いの影響は大きい。
ちなみに写真のレアチーズケーキは絶品です。
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晴れました

初日が雨で、今日も雨のはずだったのですが、晴れてくれました。
去年も行った橋の上からポートワインの工場を眺めます。
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樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero あらすじと登場人物
この作品には縦書きPDFを用意しています。

【あらすじ】
奥出雲の樋水龍王神社のお膝元、樋水村で育った少女瑠水は、クラッシック音楽とバイクを愛する青年真樹と出会う。真樹に乗せてもらったバイクの風に、子供の頃から感じていた樋水の「皇子様とお媛様」の世界に通じるものを感じた瑠水は、歳が離れている真樹に心を開くようになる。
【登場人物】(年齢は第二話時点のもの)
![]() | 高橋瑠水(たかはし・るみ)16歳 本作のヒロイン。奥出雲の樋水村で育った少女。樋水の龍王をはじめ、眼に見えないものを見る力がある。 |
![]() | 生馬真樹(いくま・まさき、シン)25歳 出雲に住む消防士。バイクとクラッシック音楽が好きで、奥出雲樋水道で偶然瑠水に出会う。 |
この二枚のイラストは羽桜さんに描いていただきました。著作権は羽桜さんにあります。二次利用は固くお断りします。
◆高橋一 & 摩利子
瑠水の両親。「樋水龍神縁起」本編のサブメインキャラ。二十年ほど前に行方不明になった禰宜、新堂朗とゆり夫妻の親友。
◆高橋早百合(20歳)
瑠水の姉。摩利子や瑠水のような特殊能力はない。新堂ゆりの甥にあたる、幼なじみの早良彰に夢中。
◆関大樹(次郎)
樋水龍王神社の禰宜。
(年齢は登場時点のもの)
![]() | 結城拓人(ゆうき・たくと)28歳 著名なコンサートピアニスト。女たらしとしても有名。 |
![]() | 園城真耶(えんじょう・まや)27歳 著名な美人ヴィオラ奏者。 |
この二枚のイラストは羽桜さんに描いていただきました。著作権は羽桜さんにあります。二次利用は固くお断りします。
【特殊な用語】
◆樋水村(ひすいむら)
島根県奥出雲にある架空の村
◆樋水の龍王
樋水龍王神社の主神。樋水川(モデルは斐伊川)の神格化。樋水龍王神社にある龍王の池の深い瀧壺の底にとぐろを巻いているといわれている。また時おり姿を現すのを村の住人にはよく目撃されている。
◆媛巫女神瑠璃比売命・背神安達春昌命(ひめみこのかみるりひめのみこと・せのかみあだちはるあきのみこと)
樋水龍王神社に祀られている夫婦神。千年前に非業の死を遂げた著名な媛巫女瑠璃と陰陽師安達春昌の神格化。
◆背神代・妹神代(せかみしろ・いもかみしろ)
樋水龍王神社だけに設けられた終身の神職。夫婦で務める。媛巫女神と背神の憑り代であり、背神代は樋水龍王神社の宮司となる。二人のうちどちらかが欠けると空席となる。
◆龍の媾合(りゅうのみとあたい)
樋水龍王神社で九年に一度の満月の夜に起る怪異現象。ただし、背神代と妹神代が空位の場合は何も起こらない。樋水村の住人と許されたもの以外は、この宵には樋水村にいてはいけないことになっている。
◆蛟(みずち)
二十年ほど前から樋水に出現した青白い存在。新たに生まれた樋水川の支流である蛟川の神格化。龍王と一緒に泳ぐ姿が何度も目撃されている。
◆Dum Spiro Spero
ラテン語。キケロによる言葉で「生きている(息をする)限り、私は希望を持つ」という意味。
この作品はフィクションです。実在する地名、団体とは関係ありません。
この小説は既に完結している「樋水龍神縁起」四部作の続編です。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
官能的表現が一部含まれるため、成人の方に限られますが……「樋水龍神縁起」四部作(本編)は別館にPDFでご用意しています。

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【小説】教授の羨む優雅な午後
「scriviamo!」の第十七弾です。高橋月子さんは、『ニボシは空をとぶ』 シリーズの世界に、なんと私を登場させてくださいました。ありがとうございます!
高橋月子さんの書いてくださった小説『桜坂大学医学部付属薬学総合研究所 桜井研究室のある一日』
月子さんは、オリジナル小説をメインに、イラストや活動日記などを載せていらっしゃる星と猫とお花の大好きなブロガーさんです。月刊・Stellaでもおなじみの『ニボシは空をとぶ』 シリーズでは有能で個性的な研究者と優しい事務の女性が活躍するとても楽しくて素敵な小説です。
お返しの掌編小説は、月子さんの小説の設定そのまま、翌日の設定で作らせていただきました。せっかく小説家「ヤオトメユウ」(何故かプロの小説家になっていて、拙作「夜のサーカス」が書店で平積みになっているらしいです!)を登場させてくださったのに、結局こうなってしまうのは、私のお茶やお菓子に対する煩悩が……。
※まさか、本氣になさる方はいらっしゃらないとは思いますが、この話はフィクションです。私は小説家デビューはしていませんし、「夜のサーカス」が出版されている事実もありません。念のため。
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
教授の羨む優雅な午後 — 『ニボシは空をとぶ』二次創作
——Special thanks to TSUKIKO-SAN
「ところで、フラウ・ヤオトメ」
クリストフ・ヒルシュベルガー教授は、歩みを緩めて厳かに口を開いた。
「なんでしょうか、教授」
花が咲き乱れ彩りに満ちた桜坂大学の広い構内を、シンポジウムの会場間の移動中であった。開始時間が氣になっていた彼女は、片眉をちらりとあげて、教授の真剣な面持ちを見た。教授はツィードの仕立てのいい背広の襟をきちっと合わせ直し、まともに彼女を見据えて問いただした。
「あなたは、私に隠していることがあったのだね」
「おっしゃる意味が分かりませんが」
う~、今はやめてほしいな、と心の中で舌打をしながら、夕は教授の厳しい追及を逃れられないことを感じていた。
「まず第一に、『チルクス・ノッテ』とは、何かね?」
「なぜ、その単語を?」
夕は、訝しく思った。教授が日本語をひと言も解せないのは間違いない。昨日、桜井准教授の研究室で何名かが話題にしていた彼女の小説『夜のサーカス』のことがわかるはずはないのだ。
夕は国際結婚をしてスイスに住んで十三年になる。ようやく長年の夢が叶って日本で小説が出版されたが、それだけで食べていくことは到底無理で、秘書業務をしていた。ヒルシュベルガー教授の研究室に秘書として雇われ、週に四日は研究室に通っている。三日前より日本での国際医学シンポジウムに出席する教授の通訳を兼ねて、久しぶりに日本に帰って来ていた。本来ならば、勤めて半年で海外シンポジウムに同行することなどありえないのだが、行き先が日本だったことと、扱いの難しい教授の世話が上手だという評判で、大学側も喜んで旅費を計上してくれたのだった。
せっかく日本に帰って来たので、わずかな自由時間に書店に出向いた。わずかの間とはいえ、自分の本が書店に並んでいるのは嬉しくて思わず顔が弛む。ましてや、目の前で自分の本を買ってくれる人を見るなど、夢にも思っていなかった僥倖だった。それをしてくれたのが、偶然にも、昨日桜井研究室で紹介された今井桃主任だった。聡明で自信に満ちた優秀な研究者が、小説を褒めてくれたのだ。でも、日本語のわからないヒルシュベルガー教授がどうやってその話題に感づいたのだろう。
「フラウ・イマイと、フラウ・イヌイの手にしていた、同じ本の表紙に、その単語が書かれていた。あなたはあの本について、とても詳しそうに話していたね」
ちっ。確かに、装丁にはアルファベットで「Circus Notte」と書かれている。それを見られてしまったのか。夕は天を見上げた。面倒くさいことになってきたな。
「実は、あれは、私の書いた小説です。でも、日本でしか売られていない本ですし、教授があのような本に興味があるとは夢にも思いませんでしたので、申し上げなかっただけですわ」
「興味があるかどうかは、私が自分で判断する。あなたは、私の秘書なのだから、公式な活動のすべてをきちんと報告する義務があることを忘れないように。次回からは、本が出版されたら必ず報告しなさい。それから、帰りの飛行機の中で、その本を朗読してもらおうか」
「え。朗読しても、教授には日本語がおわかりにならないではないですか」
「もちろん、ドイツ語に翻訳しての朗読だ」
夕は、頭を抱えた。この教授付きの秘書になってまだ半年だが、彼女はここ数年で勤務暦が一番長い女性だと、周りから驚愕されていた。彼がことごとく型破りな要求をするので、なかなか秘書が居着かないのである。
「それだけではない」
続けて教授は畳み掛けた。
「なんでしょう」
「昨夜、テッパンヤキの店に行くことを断った、納得のいく理由をまだ聞いていない」
夕は毅然とした態度で言った。
「昨夜は歓迎パーティに出席なさると、二ヶ月も前からお返事なさっていたではないですか。パーティのお料理がそんなにお氣に召さなかったのですか」
「ふむ。あれは前菜みたいなもので、適当にぬけ出して、マツザカ・ビーフを食べようと来る前から思っていたのだ。それを、あっさりと却下したね。だいたい、あなたはパーティでもほとんど料理に手をつけていなかった。何か理由があるのではないか」
ううう。なんて鋭いのよ。夕はたじたじとなった。これだけは知られないようにしようと思っていたのに、仕方ない。
「すみません、パーティの前にちょっと食べ過ぎてしまいまして、ほとんど食欲がなかったのです」
「パーティの前とは、私が、あのつまらない学長にミュンヘンの思い出を語られていたときだね。グリーン・ティしか出てこなくて、私がひもじい思いをしていた時に、あなたがいったい何を食べていたのか、報告してもらおうか」
「はあ、実は、桜井先生の研究室で、美味しいお茶を……」
「お茶だけかね」
「いえ、その、三色さくらプリンや……」
「三色さくらプリンだと!」
はじまった……。夕は絶望的な心地がした。どうしてこの人は、こんなに甘いものに固執するんだか。
「あの学長と私が薄い茶を啜っている時に、あなたはフラウ・イマイやフラウ・イヌイと三色さくらプリンを食していたというのか? 断じて許せる行為ではない!」
「わかりました。この後、再びフラウ・イマイに連絡して、どこで入手できるか確認して調達しますので、とにかく今はシンポジウムの会場に行ってください。本当に、もう」
シンポジウムがはじまると、夕はそっと会場をぬけ出して、昨日楽しい時間を過ごした研究棟に向かい、入り口から今井桃主任に電話を入れた。
「主任~、入り口からお電話です」
今井桃は銀縁眼鏡の長身の青年から怪訝な顔で受話器を受け取る。
「誰かね」
「それが、昨日の、あのヤオトメユウさんですよ」
「なんだって」
研究室の桜井チームの面々は、電話で話す今井桃の様子を興味津々で伺っていた。最初は怪訝そうだった桃は、次第に笑顔になり、それから大声で笑ってから言った。
「心配ありません。今からうちの高木研究員をデパートに走らせます。ええ、シンポジウムが終わりましたら、どうぞ教授とご一緒にお越し下さい。昨日のミーティングの続きですな」
「デパート?」
高木研究員は、自分の名前が出たので首を傾げながら、受話器を置いた桃に訊いた。彼女は愉快そうに笑いながら言った。
「昨日の三色さくらプリンを、あるだけ買い占めてきておくれ。それと、君の偉大なセンスで、日本国最高のスイーツを厳選したまえ。どうやらヒルシュベルガー教授は我々の同志らしい。このあと、教授と桜井准教、それから夕さんもまぜて盛大なミーティングだ」
その午後に桜井研究室では再びミーティングという名のお茶会が催された。テーブルの上には、桜のフレーバーティに、イチゴのタルト、チョコレートブラウニーに、クリーム入りどら焼き、さくっと軽いパイ菓子、種類の豊富なクッキー、オレンジ・ティラミス、そして、もちろん三色さくらプリンが、所狭しと並べられていた。そのほぼ全種類に舌鼓を打ったヒルシュベルガー教授は、すっかり今井桃主任と意氣投合し、来年のチューリヒでのシンポジウムに桜井准教授と必ず一緒に来るように約束させた。
「我が家で、チョコレート・フォンデュを一緒にしましょう。日程の調節はまかせたよ、フラウ・ヤオトメ」
イチゴのタルトに夢中になっていた夕は、我に返ると急いで口元を拭いた。桜フレーバーティを飲んでから、取り繕ってにっこりした。
桜井研究室は今日も春らしい和やかな笑いに満ちていた。
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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高橋月子さんの書いてくださった小説『桜坂大学医学部付属薬学総合研究所 桜井研究室のある一日』
月子さんは、オリジナル小説をメインに、イラストや活動日記などを載せていらっしゃる星と猫とお花の大好きなブロガーさんです。月刊・Stellaでもおなじみの『ニボシは空をとぶ』 シリーズでは有能で個性的な研究者と優しい事務の女性が活躍するとても楽しくて素敵な小説です。
お返しの掌編小説は、月子さんの小説の設定そのまま、翌日の設定で作らせていただきました。せっかく小説家「ヤオトメユウ」(何故かプロの小説家になっていて、拙作「夜のサーカス」が書店で平積みになっているらしいです!)を登場させてくださったのに、結局こうなってしまうのは、私のお茶やお菓子に対する煩悩が……。
※まさか、本氣になさる方はいらっしゃらないとは思いますが、この話はフィクションです。私は小説家デビューはしていませんし、「夜のサーカス」が出版されている事実もありません。念のため。
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
教授の羨む優雅な午後 — 『ニボシは空をとぶ』二次創作
——Special thanks to TSUKIKO-SAN
「ところで、フラウ・ヤオトメ」
クリストフ・ヒルシュベルガー教授は、歩みを緩めて厳かに口を開いた。
「なんでしょうか、教授」
花が咲き乱れ彩りに満ちた桜坂大学の広い構内を、シンポジウムの会場間の移動中であった。開始時間が氣になっていた彼女は、片眉をちらりとあげて、教授の真剣な面持ちを見た。教授はツィードの仕立てのいい背広の襟をきちっと合わせ直し、まともに彼女を見据えて問いただした。
「あなたは、私に隠していることがあったのだね」
「おっしゃる意味が分かりませんが」
う~、今はやめてほしいな、と心の中で舌打をしながら、夕は教授の厳しい追及を逃れられないことを感じていた。
「まず第一に、『チルクス・ノッテ』とは、何かね?」
「なぜ、その単語を?」
夕は、訝しく思った。教授が日本語をひと言も解せないのは間違いない。昨日、桜井准教授の研究室で何名かが話題にしていた彼女の小説『夜のサーカス』のことがわかるはずはないのだ。
夕は国際結婚をしてスイスに住んで十三年になる。ようやく長年の夢が叶って日本で小説が出版されたが、それだけで食べていくことは到底無理で、秘書業務をしていた。ヒルシュベルガー教授の研究室に秘書として雇われ、週に四日は研究室に通っている。三日前より日本での国際医学シンポジウムに出席する教授の通訳を兼ねて、久しぶりに日本に帰って来ていた。本来ならば、勤めて半年で海外シンポジウムに同行することなどありえないのだが、行き先が日本だったことと、扱いの難しい教授の世話が上手だという評判で、大学側も喜んで旅費を計上してくれたのだった。
せっかく日本に帰って来たので、わずかな自由時間に書店に出向いた。わずかの間とはいえ、自分の本が書店に並んでいるのは嬉しくて思わず顔が弛む。ましてや、目の前で自分の本を買ってくれる人を見るなど、夢にも思っていなかった僥倖だった。それをしてくれたのが、偶然にも、昨日桜井研究室で紹介された今井桃主任だった。聡明で自信に満ちた優秀な研究者が、小説を褒めてくれたのだ。でも、日本語のわからないヒルシュベルガー教授がどうやってその話題に感づいたのだろう。
「フラウ・イマイと、フラウ・イヌイの手にしていた、同じ本の表紙に、その単語が書かれていた。あなたはあの本について、とても詳しそうに話していたね」
ちっ。確かに、装丁にはアルファベットで「Circus Notte」と書かれている。それを見られてしまったのか。夕は天を見上げた。面倒くさいことになってきたな。
「実は、あれは、私の書いた小説です。でも、日本でしか売られていない本ですし、教授があのような本に興味があるとは夢にも思いませんでしたので、申し上げなかっただけですわ」
「興味があるかどうかは、私が自分で判断する。あなたは、私の秘書なのだから、公式な活動のすべてをきちんと報告する義務があることを忘れないように。次回からは、本が出版されたら必ず報告しなさい。それから、帰りの飛行機の中で、その本を朗読してもらおうか」
「え。朗読しても、教授には日本語がおわかりにならないではないですか」
「もちろん、ドイツ語に翻訳しての朗読だ」
夕は、頭を抱えた。この教授付きの秘書になってまだ半年だが、彼女はここ数年で勤務暦が一番長い女性だと、周りから驚愕されていた。彼がことごとく型破りな要求をするので、なかなか秘書が居着かないのである。
「それだけではない」
続けて教授は畳み掛けた。
「なんでしょう」
「昨夜、テッパンヤキの店に行くことを断った、納得のいく理由をまだ聞いていない」
夕は毅然とした態度で言った。
「昨夜は歓迎パーティに出席なさると、二ヶ月も前からお返事なさっていたではないですか。パーティのお料理がそんなにお氣に召さなかったのですか」
「ふむ。あれは前菜みたいなもので、適当にぬけ出して、マツザカ・ビーフを食べようと来る前から思っていたのだ。それを、あっさりと却下したね。だいたい、あなたはパーティでもほとんど料理に手をつけていなかった。何か理由があるのではないか」
ううう。なんて鋭いのよ。夕はたじたじとなった。これだけは知られないようにしようと思っていたのに、仕方ない。
「すみません、パーティの前にちょっと食べ過ぎてしまいまして、ほとんど食欲がなかったのです」
「パーティの前とは、私が、あのつまらない学長にミュンヘンの思い出を語られていたときだね。グリーン・ティしか出てこなくて、私がひもじい思いをしていた時に、あなたがいったい何を食べていたのか、報告してもらおうか」
「はあ、実は、桜井先生の研究室で、美味しいお茶を……」
「お茶だけかね」
「いえ、その、三色さくらプリンや……」
「三色さくらプリンだと!」
はじまった……。夕は絶望的な心地がした。どうしてこの人は、こんなに甘いものに固執するんだか。
「あの学長と私が薄い茶を啜っている時に、あなたはフラウ・イマイやフラウ・イヌイと三色さくらプリンを食していたというのか? 断じて許せる行為ではない!」
「わかりました。この後、再びフラウ・イマイに連絡して、どこで入手できるか確認して調達しますので、とにかく今はシンポジウムの会場に行ってください。本当に、もう」
シンポジウムがはじまると、夕はそっと会場をぬけ出して、昨日楽しい時間を過ごした研究棟に向かい、入り口から今井桃主任に電話を入れた。
「主任~、入り口からお電話です」
今井桃は銀縁眼鏡の長身の青年から怪訝な顔で受話器を受け取る。
「誰かね」
「それが、昨日の、あのヤオトメユウさんですよ」
「なんだって」
研究室の桜井チームの面々は、電話で話す今井桃の様子を興味津々で伺っていた。最初は怪訝そうだった桃は、次第に笑顔になり、それから大声で笑ってから言った。
「心配ありません。今からうちの高木研究員をデパートに走らせます。ええ、シンポジウムが終わりましたら、どうぞ教授とご一緒にお越し下さい。昨日のミーティングの続きですな」
「デパート?」
高木研究員は、自分の名前が出たので首を傾げながら、受話器を置いた桃に訊いた。彼女は愉快そうに笑いながら言った。
「昨日の三色さくらプリンを、あるだけ買い占めてきておくれ。それと、君の偉大なセンスで、日本国最高のスイーツを厳選したまえ。どうやらヒルシュベルガー教授は我々の同志らしい。このあと、教授と桜井准教、それから夕さんもまぜて盛大なミーティングだ」
その午後に桜井研究室では再びミーティングという名のお茶会が催された。テーブルの上には、桜のフレーバーティに、イチゴのタルト、チョコレートブラウニーに、クリーム入りどら焼き、さくっと軽いパイ菓子、種類の豊富なクッキー、オレンジ・ティラミス、そして、もちろん三色さくらプリンが、所狭しと並べられていた。そのほぼ全種類に舌鼓を打ったヒルシュベルガー教授は、すっかり今井桃主任と意氣投合し、来年のチューリヒでのシンポジウムに桜井准教授と必ず一緒に来るように約束させた。
「我が家で、チョコレート・フォンデュを一緒にしましょう。日程の調節はまかせたよ、フラウ・ヤオトメ」
イチゴのタルトに夢中になっていた夕は、我に返ると急いで口元を拭いた。桜フレーバーティを飲んでから、取り繕ってにっこりした。
桜井研究室は今日も春らしい和やかな笑いに満ちていた。
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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旅が好き
旅行中も、しつこく毎日更新いたしますので、どうぞお見捨てなきよう。ブログをはじめたばかりの一年前と同じところに行くんですけれど……。

子供の頃から、旅が好きでした。どこかへ行くのが好きでした。思うんですけれど、自宅の居心地がとてもよくて、すべてに満たされている人はそんなに旅好きにならないのではないかと。
「大道芸人たち」の登場人物たちが、ドミトリーに泊まり街角で小銭を稼ぎながらも、旅をする暮らしを選んだのは、私にはとても自然なことでした。私もまた「どこか遠くへ行きたい」「ここではないどこかに行ってみたい」という想いを長いこと抱えていたからです。
実をいうと現在は、「どこかに行きたい」は切望ではなくなりました。現在の暮らしと同居人から逃げたいという想いがないからでしょう。それでも旅は好きです。
電車、バス、飛行機などの乗り物の窓から外を眺めるのが好きです。スーツケースに必要な衣類を詰めて、バスポートの有効期限を確認するのも好きです。ふらっと思いついて近場に行くのも好きですけれど。
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「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物

【登場人物】
◆早良(新堂)ゆり
普通の者には見えないものが「見える者」。自分の異質さと夢に見る記憶を隠して生きてきたが、朗に会い運命に導かれて奥出雲にある樋水龍王神社で奉職する事になる。平安時代の媛巫女瑠璃の生まれ変わり。
◆新堂朗
「見える者」であり、かつ「祓える者」。瑠璃媛を盗み出しその死の原因を作った陰陽師安達春昌の生まれ変わり。千年にわたり何度生まれ変わっても記憶を失う事がなく、瑠璃媛の生まれ変わりに会う事を切望していた。後に禰宜となって神社に奉職し、樋水へと導かれていく。
◆高橋一
樋水村の出身者で、ゆりの元婚約者だった。二人が樋水龍王神社に奉職する事になったのと時を同じくして、樋水村に戻る。二人の親友として陰に日向に力となる。「見えぬ者」
◆広瀬(高橋)摩利子
高橋一と結婚して樋水村にやってくる。都会的で前向きな女性。「見える者」であり、人が強い感情を持つと「ヴィジョン」としてそれが見えるという特殊能力を持つ。一とともに親友として二人のために尽力する。
◆関大樹
樋水龍王神社の出仕(見習い)。瑠璃の郎党だった次郎の生まれ変わり。
◆武内信二
樋水龍王神社の宮司
◆新堂沢永
朗の父親。千葉の寺の住職。
◆媛巫女瑠璃
平安時代に生きた有名な覡(かんなぎ)。樋水龍王神社で龍王の神聖な巫女として神託を受けていたが、安達春昌と恋に落ちて命を落とす。
◆安達春昌
陰陽師。京から奥出雲を訪れて媛巫女と恋に落ちた。瑠璃を盗み出し、その死の原因を作ってしまう。
◆次郎
瑠璃媛の忠実な郎党。盗まれた媛を取り返すために春昌に矢を射て、盾となった媛を射殺してしまう。瑠璃媛の遺言に従い、春昌が死ぬまで忠実に従った。
◆龍王
樋水龍王神社のご神体。樋水川(モデルは斐伊川)ならびに樋水龍王神社にある瀧がその実態。
※ここに出てくる固有名詞、地名、神社などはすべてフィクションです。(おわかりだとは思いますが、念のため)
【あらすじ】
以下は、時間がなくて本編を読まない方、もしくは官能的表現が苦手、または未成年で読めない方用の「10分でわかる『樋水龍神縁起』(本編)」です。あらすじですので、中に流れる思想などには一切触れていません。100%ネタバレですので、いちおう隠してあります。
「第一部 夏、朱雀」
あらすじを表示する クリックで開閉します
「第二部 冬、玄武」
あらすじを表示する クリックで開閉します
「第三部 秋、白虎」
あらすじを表示する クリックで開閉します
「第四部 春、青龍」
第四部には、R18要素は、一切ありません。未成年の方がお読みになっても問題はありません。
あらすじを表示する クリックで開閉します
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創作に関するバトン、ですって
さて、ブログのお友だちのTOM-Fさんと山西左紀さんがほぼ同時にやっていらっしゃっていたんで、急遽、私もやることにしちゃいました。
1、小説を書く際、資料などは使いますか?
使いますねぇ。普段はネットが基本ですが、大きな小説の場合は日本から資料となる本を取り寄せることもあります。
2、プロットやフローを用意しますか?
長編はね。でも、主要シーンから突然書いて間を埋めるなんて事もします。作品によりけりです。「樋水龍神縁起」は詳細にわたって用意しましたが、「大道芸人たち」は、かなり適当に……。
3、小説をどこかに投稿したことはありますか?
昔は同人誌、今は商業誌である「Seasons」、それからWEB月刊誌の「Stella」に出しています。
4、あなたの小説(文章)で一番影響を受けている作家様は誰ですか?
ヘルマン・ヘッセでしょうね。
5、あなたの書いた情景描写。そのなかで一番好きなものを一つ。(ネタバレなどは伏せ字でかまいません)
空は燃えていた。丘の上に立ち、初めてみるこの広大な朝焼けに立ちすくむ。樋水の東にはいつも山が控えていた。瑠璃媛は朝焼けを見た事がなかった。これほど広い地平線も見た事がなかった。向こうに遠く村が見える。今まで一度も行ったことのない村。一度も会ったことのない人たち。そしてもっと遠くには春昌の帰りたがる京がある。瑠璃媛にとって京とは極楽や涅槃と同じくらいに遠いところだった。そこに誰かが住んでいることは聞いた事があっても自分とは縁のないところであった。瑠璃媛にとって世界とは樋水の神域の内と外、奥出雲の森林の中だけであった。そこは瑠璃媛にとって安全で幸福に満ちた場所だった。
安達春昌に遭い、瑠璃媛はまず心の神域を失った。龍王とのつながりを失った。場としての神域と奥出雲を出ることで、氣の神域を失った。そして、安達春昌にすべてを与えたことで肉体の神域も失った。瑠璃媛は今、あらゆる意味での神域から無力にさまよい出た一人の女に過ぎなかった。その類い稀なる能力をすべて持ったまま、それをまったく使うことのできない裸の女に変貌していた。その心もちで、朱、茜、蘇芳、ゆるし色、深緋、ざくろ色、紫紺、浅縹、鈍色と色を変えて広がる鮮やかな空と雲を眺めて立ち尽くした。「樋水龍神縁起 第一部 夏、朱雀」より
6、上記の心理描写verをお願いします。
ゆりの魂が夢に見て、朗が感じ取ることができるのは悦びとともに受ける風だった。馬の上での、Kawasakiの後ろでの。苦しみや不安が押し寄せる前の、至福の時間だった。それは当時の朗の魂も同じように共鳴した悦びでもあった。肉体が消え去り、言葉や概念が届かなくなっても、まだ残る輝かしい想い。二人の体は乳白色に輝いていた。
そして朗の心には次々と忘れられない光景が去来していった。蝉時雨の降り注ぐ丘の上の抱擁、泡雪の降りかかる満面の笑顔、十二単姿で翡翠の勾玉を差し出す真剣な表情、魂がもどり開かれたアーモンド型の双眸、菩提樹の黄葉が降りしきる下のはにかんだ微笑み。朗と一緒に紡いで来たゆりの時間だった。
蜻蛉の薄羽色の被衣を持ち上げてこちらを見る女は、もはや瑠璃媛ではなかった。それは今のゆりでも過去のゆりでもなかった。肉体が代わり変わろうとも全く変わらない魂の顔をしていた。月夜に浮かび上がる濡れた白いからだもゆりの肉体ではなかった。体の奥に潜む、薔薇色の輝きを放つ魂そのものだった。
常に側にいられる郎党の次郎に、一緒に笑い転げている高橋一に、当たり前のように共に泳ぐ龍王に対して燃やした激しい嫉妬の炎がようやく鎮まっていった。奪っても、力の限り抱いても決して満たされることのなかった渇きもようやく癒されていった。
それはお互いの肉体の中にはなかった。共に過ごした短い時間の中にもなかった。けれど二人の内に常に存在していた。太古、二つの魂は一つだった。そして、二つに別れた一つの魂は、再び一つになることを熱望していた。その願いは叶い、いまようやく一つになれたのだ。風は悦びを載せて走っていく。
部屋の奥まで差し込む明るい月の光に照らされて、みじんも動いていない二人の周りを、至福の風が通り過ぎていく。広縁の向こうでは、春の訪れを報せるレンギョウの葩が緩やかに舞っていた。動くものはそれだけだった。「樋水龍神縁起 第四部 春、青龍」より
情景描写と心理描写が全然書き分けられていないぞ……。
7、あなたが書いた小説で登場した台詞。好きなのを三つどうぞ。
「ねえ。新堂さん」
「なんだ?」
「ちょっと、見直しちゃった。今回はゆりさんのために遠慮するけど、次に生まれ変わったら、猛アタックするから覚悟しておいてね」
「光栄だな」「樋水龍神縁起 第四部 春、青龍」より
「聖ヴァレンタインの夜のディナーはあんたと一緒に食べたかったの」
それからちらっと壁時計を見てから付け加えた。
「あと40分しか残っていないから、早くして」(出典はまだ内緒)
電車は動き出した。ヴィルは蝶子の傍らに立った。そのヴィルを鬼のごとく睨みつけると騒音に負けないように蝶子は叫んだ。
「本氣の恋なんてまっぴらよ。それなのに、なんでよりにもよってあんたなのよ!」
ヴィルは起こった奇跡を信じられないまま、列車が完全に過ぎ去るまで蝶子の泣きそうな美しい顔を見つめていた。それから、風に踊る蝶子の髪と頬の間にそっと手のひらを滑り込ませ、感無量の声にはまったくそぐわない、いつもの無表情で答えた。
「それはこっちの台詞だ」「大道芸人たち Artistas callejeros」より
このバトン、傍目から見たら、そうとう痛いんじゃないかしら……。ええい、なんでもいいやい。本人は氣にいっているんです! (開き直り)
8、あなたが書いている小説の先の展開で、これは! と言う台詞をどうぞ。
どこで、誰が、誰に言うかは、内緒。(って、なんとなく、わかるか)
「じゃあ、今夜くらいは、お互いにその忌々しい運命に休日をあげない?」
(出典はまだ内緒)
9、執筆中音楽の類いは聴きますか?
執筆中というか、構想(妄想)段階で聴きまくります。好きな音楽で、作品ができます。
10、日々の生活で、「あのキャラならここはこうするだろう」「あのキャラならこれを選ぶだろう」といった妄想が展開されることはありますか?
ありますかって、私の脳内は、ほぼそれだけで占領されております。
11、これから小説を書かれる方などに、アドバイスなどがあれば。
まだ一度も書いたことのない方で、書いてみたいと思われていらっしゃる方がいたら。ええとですね。名作を書こうとしないで、とにかく完結させるのが第一だと思います。完結した後で、自分の作品が大好きだったら、もう、あなたもお仲間です。一緒に書いていきましょう!
12、バトンをよければ五人程に回していただければ……。
まわすんですか? やってくれる人いるかなあ。よかったらやってみてくださいね。
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【小説】星売りとヒトデの娘 — 『星恋詩』二次創作
「scriviamo!」の第十六弾です。スカイさんは、「大道芸人たち」の蝶子と、そのフルートに耳を傾ける私のイメージイラストを描いてくださいました。ありがとうございます!

スカイさんの描いてくださったイラスト「Dedicate to 『scribo ergo sum』」
スカイさんは、おなじみ「月刊・Stella ステルラ」の主宰者さんのお一人で、とてもお世話になっている方です。学生さんで、星と空をモチーフにした素晴らしい小説やイラスト、私の大好きなノート生まれのキャラたちなどを次々と生み出されています。
さて、お返しは掌編小説にさせていただきました。スカイさんの代表作「星恋詩」から主役の星売りさまをお借りして、二次創作をさせていただくことにしました。
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
星売りとヒトデの娘 — 『星恋詩』二次創作
——Special thanks to sky-SAN
祭は終わった。年老いた賢人の瞳と、獣の尾をもち、過去の記憶を持たない少年が、暗闇の中を一人歩いていた。彼を祭に連れてきた鬼の子は、姫君の生み出した星に乗り、天上へと帰っていった。だから、彼は一人、祭に背を向けて、夜の暗闇へと潜り込もうとした。
けれど、彼は星売りだったので、歩き動く度に、頭から金粉が舞落ちた。それが一つひとつ星となり、あたりを輝かせるので、完全な暗闇に沈むことは出来なかった。
ザワザワンと打ち寄せる波を、遠くに聞いた。その繰り返す波にのせて、わずかなすすり泣きが届いたので、彼は足をそちらへと向けた。
海だった。そこには、ぐっしょりと濡れた、赤い娘がいた。両手で瞳を覆い、ヒュクヒュクと震えて泣いていた。
「いったい、どうしたというのだ」
星売りは尾を振るわせて訊ねた。赤い娘は振り向いて星売りを見た。そして、彼の頭からキラキラキラと、星が舞落ちるのを見て、一層悲しげに泣き出した。
星売りは困って、頭を傾げた。するともっとたくさんの星がこぼれ落ちてシヤンシヤンと音を立てた。そこで娘は泣くのをやめて小さく答えた。
「私は、海の底のヒトデでございます。海星と言われているのに、私は全く光ることが出来ません。それを申し上げたら、海神さまがお前はくだらないことを考えて本業をおろそかにしているとお怒りになられました」
星売りはつと考えた。ヒトデならば、海の底の珊瑚の林で合唱をしているはずであった。確かに娘の声は鈴が鳴るように美しかった。
「海神さまは正しい。お前の美は体にではなく、その声にあるのだから」
「でも、私はあなたのように美しく光りたいのです。どうあっても、光ることは出来ないのでしょうか。たとえば、あの祭の火吹き男に松明をわけてもらうことはできないのでしょうか」
祭の火吹き男は、アルデバランの赤蠍の一人息子であった。本当ならば真っ赤な玉座の上で、紅玉でできた盃から蠍酒を傾けている結構な身分なのだが、周り中が赤くてかなわんと言って、放浪の旅に出た王子だった。星売りはかつて赤蠍王からの使者に頼まれて、火吹き男に一瓶の蠍酒を届けた縁でこの男をよく知っていた。火吹き男の舌にはいつもチラチラと焔が燃えていて、蠍酒やその他の強い酒を飲もうとすると、大氣に酸素が多く含まれているこの星では、口から劫火が生まれてしまう。だから火吹き男は常に息を吹き出して焔が軀の他の部分に燃え移らないようにしていた。それがいつの間にか松明に火をつけて人びとを魅了する芸人のようになってしまったのだった。
星売りは頭を振った。大好きな強い酒を飲む度に、焔を吐き出さなくてはならない火吹き男はヒトデの娘が思うほど幸せに燃えているわけではない。一方、この娘が同じような焔を口の中に持ったとしても、水の中では火は消えてしまう。それを避けようと焔を飲み込めば、その熱は娘の美しい声を生み出す黄金の喉を焼いてしまうだろう。
「だめだ。お前の大切な声を失わずに、その舌で火を安全に燃やすことは出来ないから」
「それでは、天上に輝く月の柔らかい光を、ぎゃまんの瓶に閉じ込めて、私の額にとりつけることはできませんか?」
星売りは、そのアイデアについて考えた。天の川にいくらでも落ちいてる天のぎゃまんの瓶にならば、満月の冷たく明るい光を閉じ込めることができる。けれどその光は地上にいる時にだけ光り、海の底へ行くとぎゃまんの瓶をすり抜けて、泡となって消えてしまうのだった。
「お前が、ずっと海の上にいるならいいけれど、そうでないと月の光は一晩と持たないのだよ」
それを聞くと、娘は絶望して、再び泣きはじめた。これではいけないと思った星売りは、尾を振ってもう一度考えた。考えて、考えて、考え抜いた。けれど、何も思いつかなかったので、残念だと頭を振った。すると星がふたたびシャラランと音を立てて、波間に落ちた。その星は、すぐに海の夜光虫になって、優しく輝きながら海の底へと泳いでいった。これだ。星売りは思った。美しく光る海の生きものもいる。それと協力すればいいと。
「いいことを思いついた」
「なんでしょう」
娘は涙を拭いて、星売りを見て首を傾げた。シャラララと麗しき音がした。

イラスト by スカイさん
このイラストの著作権はスカイさんにあります。スカイさんの許可のない二次利用は固くお断りいたします。
「美しく光るがためにいつも魚たちに追われている海の夜光虫と友達になりなさい。そして、彼らをその胸の中に隠してあげなさい。そうすれば、歌って息を吸い込む度に、夜光虫がお前の体を照らし輝かすだろう。美しく歌えば歌うほど、お前は輝くだろう」
その助言を聞いて、海星の娘は大喜びになり、本来の姿を現した。それは、海神の美しき七人の娘の末っ子で、つやつやと滑らかな赤い腕の一つひとつに、ぎっしりと真珠がついていた。
「ありがとう、星売りさん。あなたに海のすべての幸運が授かりますように」
そう言って、娘は海の底の珊瑚の宮殿へと戻っていき、姫君を待ち望んでいた合唱団の真ん中におさまり、コロラトゥーラソプラノで深海のあらゆる賛美を歌った。
ザワザワンと打ち寄せる波の間に、その麗しき旋律を聴いた星売りは、満足して頭を振った。するとたくさんの星がシャラシャランとこぼれ落ちて、波の合間消えながら幾万もの海の夜光虫に変わった。小さな光る虫たちは、姫と合唱団のコーラスに惹かれて、ぐんぐんと海神の宮殿に向かった。それぞれが姫や合唱ヒトデたちの胸の中に飛び込んで、その歌を子守唄に眠った。
夜光虫たちの夢みる輝きは、合唱団を光らせ、喜んだ姫たちはますます美しい歌を海神に捧げた。星売りは、ぼうっと光る海の底を眺めて、いたく満足し、シャランと音をたて、それからまた、尻尾を振りつつ、暗闇の中を星を振りまきながら歩いていった。
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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Stellaに参加しませんか

私のブログを定期的に訪問してくださっていらっしゃる方はご存知だと思いますが、月に一度、「月刊・Stella ステルラ」という企画に小説を出しています。この企画はふたりの学生さんブロガー、スカイさんと篠原藍樹さんが、学業の合間に毎月編集してくださるWEB月刊誌で、小説・詩・イラストなどで参加が可能です。
月刊・Stellaの紹介記事はこちら
月刊・Stellaに関する質問のまとめ記事はこちら
毎月参加しなくてはならないという義務はありませんし、もちろん無料です。
Stellaの参加といっても、そんなに大変なことではないのです。私と交流をもつさまざまなブロガーさんは、小説や詩、それにイラストを定期的に発表なさっていらっしゃいますよね。月末の、新しい作品のひとつにStellaのタグ(この記事にもついている、黒いタグです)をつけて普通に発表し、運営さんに報告するだけでOKなのです。もちろん、Stella専用の連載をしてもOKです。私は「夜のサーカス」をStellaで定期連載しています。
もし、ご自分の作品を他の方に見ていただきたいと思われていらっしゃる方がいらしたら、ぜひ参加なさってみたらいかがでしょうか、というお誘いの記事です。
月刊・Stellaの運営のお二人と常連のみなさんはとてもいい方で、交流もとても楽しいです。また、参加すると、確実に作品を「ちゃんと読んでくださる」方が増えます。緩やかなルールですが、発表された作品は全員が読みに(観に)いって感想を残すことになっているからです。創作ブログの孤独を経験した私としては、交流の嬉しさをいろいろな方に知っていただきたいなと思うのです。
「参加してみたいけれど、知らない方に、突然申し出るのは……」と思っていらっしゃる方、どうぞご遠慮なく、「scribo ergo sum」の記事を見ましたと、こちらにご連絡くださいませ。また、この記事へのコメでおっしゃっていただければ、私からスカイさんたちに橋渡しもしますよ。
新たな方のご参加を心よりお待ちしています。
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あれから二年
あの日の事を昨日のように思い出す。最初に会社で「日本で地震があったんだって」と聞いた時、「よくあることなので」と反射的に答えていた。それは、午前八時ぐらいだったので、日本時間では午後四時。それが全然「よくあることではない」とわかったのは三十分後ぐらいだった。普段、仕事中に他のことをすることを許さない社長が、わざわざ呼び出してニュースの動画を見せてくれた。一番早い津波のニュースだったと思う。
日本の実家に電話しても誰もでなかった。姉のところも。携帯電話はもちろん通じなくて、それが一日中続いた。夕方になってやっと、全員無事だったことがわかった。全員が外にいて、帰れなくなり歩いていたために真夜中まで自宅に戻れなかったのだ、だが、東京の私の家族は皆無事だった。
翌日、ずっと自宅でテレビを観ていた。次々と新しい映像が映し出される。「こんなばかな」とショックで他に何もできなかった。それから、数日して地震や津波を吹き飛ばすほどのひどいことが起った。
その後におきたことは、私には信じられないことだった。原発事故が起ったことではなくて、その起ったことに対する日本の動きだ。嘘としか言いようのない報道隠蔽、人びとの無関心、諦観。
私は、恥ずかしいことに、日本にあれほど原発があることを知らなかった。日本がまともに放射能性廃棄物を処理する能力がないことも、直下型地震にまともに対応できない程度の安全性を「絶対に安全です」という事で金儲けが優先される仕組みも知らなかった。一度事故が起れば、二年経っても沈静化すらできないことも知らなかった。
それは起ってしまったことですべて明らかになったから、いまや小学生でも知っている。それなのに、日本でも有数の大学を卒業した私の友人たちが「電気は必要だし、経済が停滞するのも困る」などと言って原発擁護をしている。その感覚が信じられなかった。数世代後に地球に人が住めなくなるかもしれない瀬戸際にいるのに、まだ経済ですか。
二年経ち、いまだに被災地の方々にはごく普通の日常が戻ってきていない。大切な人や、住む場所や、貴重なものを失った悲しみが癒されていないだけでなく、先の見えない不安に苦しんでおられる方も多いと思う。何か力になってあげたいが、金銭的な援助の他にはほぼ何もできない自分がはがゆい。
具体的な支援に積極的に関わっていらっしゃる方には頭が下がる。被災者の方々は、生きていくのに必死で、それ以外のことは考えられないのは当然だと思う。昨日の官邸前のデモはスイスでも報道されて、日本では七割の人が原発再稼働に反対だという調査結果も報告されていた。
その一方で、私の周りの多くの人は、その話をしない。関心もない。自分たちの生活とは無縁のことだと思っているようだ。もしそうだとしたら、とても残念だ。今、日本が「大丈夫ではない」国であることを自覚してほしいと願っている。
日本は三つのプレートの上に立っている、自然災害からは逃れられない国だ。だからこそ、それ以外の災害は起きないように心を配るべきだと思う。地震は起こる。火山も噴火する。水力発電ならば、その災害で電力供給が止まることはあっても何十年も続く二次災害は起こさない。だが、原発はそれを起こしている。何万もの人を現に苦しめている。見ないふりをする問題ではない。核分裂や核融合は人類が触れてはならない域に属する世界だと認めるべきではないのか。経済大国であること、不必要なまでに便利であることなどに固執するよりも大切なことがあると思う。
どうか国民に主権がある民主主義の国であることを、思い出してほしいと思う。この状況が普通であるのか、選挙権のある人全員によく考えてほしいと思う。自分たちの子供の世代に国があるかどうかもあやしいほどの瀬戸際の危機的状況で行われた総選挙で投票率が過去最低になった無関心な有権者の跋扈する国であることを考えてほしいと思う。
本当は、亡くなった方のご冥福を祈り、喪失感に苦しむ方のことを想う、そういう日でありたいのに、私にとっての311は、「大丈夫でない」日本を思う日になってしまっている。
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不穏な話

近頃、氣になっていることを。
お友だちのブログで、なりすましのヒトが付き合いのあるブロガーさんのふりをして悪意のあるコメントを残したって話題がありました。そういう話、時おり聞くので、なんだか怖くなりましてね。
うちには、まだ来ていません。でも、よく考えるとトライしたのかもしれません。でも、うちのブログ、FC2のおまかせNGキーワードを設定してあるので、ブロックされちゃったのかもしれません。先日、お友だちのコメに返信を書いていて、「(小説の)処女作、楽しみにしていますね」と書いたら、自分のブログのコメ欄なのに「禁止ワードが含まれています」とブロックされてしまいました。そういうわけで、悪意のあるヒトもコメができないのかもと思ったり。
でも、なんかいや〜な予感がするのですよ。周りの親しくしていたブロガーさんが、まったく予告も何もなく広告が出るようになってしまったり、ブロとも以外のヒトは見られない記事を書いてぴったりと更新をやめてしまわれたり、なんか普通じゃない感じがあちらこちらに。
で、毎日のようにいらしていたのに、訪問がぴったりと止まってしまったりとか。いや、お忙しいとか、当ブログよりも大事なことが他にたくさんあるというような、当たり前の事情なら、それでいいのですよ。問題ありません、本当に。定期的に更新すべきなんてことや、毎日来るべきだなんてこれっぽっちも思っていませんし、ブログはそういうものだろうと思います。
でも、何よりも嫌なのは、悪意のあるヒトが私のフリをして他の方のブログにコメントをしていて、それを私本人だと思って私に対して怒っているなんて状況です。
はっきり申し上げます。私は、悪意のあるコメントはいたしません。聖人君子ではありませんから、何かにムッとすることはあるでしょうが、悪意コメは私ではないです。他の方のブログの内容が氣にいらなかった場合は、全くコメントをしないだけです。ケンカを売るほど暇じゃないですから。一度売られたケンカを買ってひどい目に遭いましたので、それ以来親しくない方のところには冗談も書き込みませんし。
それとですね。これは私の信条なのですが、人に対して負のエネルギーを送ると倍返しで負が戻ってくると思っていて、そういうものを浴びたくないのですよ。基本的に嫌なものには関わらないようにします。だから、訪問しなければ関わらないで済む、見ず知らずの方のブログに行って、怒りを買うようなことをするはずはないのです。
ブログをやっているのは、みなさんと楽しく交流したいからです。ほとんどの方もそういうスタンスで訪問されたりコメントを残されたりしていると思います。何が問題でなりすましのヒトが邪悪な行為に出るのかよくわかりませんが、本当にやめてほしいと思います。こういう話は、シェアして、迷惑なヒトをうまくブロックできるようにしたいですよね。
ちなみに、私のブログはブロともとなっている方以外は承認制です。本当はリンクをしている方は即公開をしたいのですが、変なコメントが来た場合に対処できないので、この状態を続けています。日本と時差があるために、コメントをいただいてから承認までに時間がかかることがありますが、単純に寝ているときと仕事中は承認できないだけですので。ただし、悪意のあるコメをいただいた場合は、私も無慈悲に削除しますので、ご了承ください。(小説への批判のことではありません。ご批判は真摯に受け止めますとも)
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挿絵を描いていただきました

瑠水と真樹の二人です。これから連載するので「誰それ?」だと思いますが、実は、一度このブログの小説に出てきています。このイラストの場面は、それよりも七年くらい前ですね。
瑠水は真樹のiPodを借りて、生まれてはじめてクラッシック音楽を聴いています。ドボルザークの「新世界から」です。そして「あ、これは知っている。『遠き山に日は落ちて』でしょう」なんて言っています。羽桜さんは、このシーンにぴったり言わせて、この素晴らしい夕陽の色をつけてくださったのです。
羽桜さんは、素敵なイラストを描いたり、ノベルゲーム制作もなさっているブロガーさんです。今回のイラストを作ってくださるその制作過程がとても丁寧で、本当に感激してしまいました。私の小説って描写があまり細かくないので、ご迷惑をおかけしたみたいですが、先回りしていろいろなところを考えてくださったのです。
出来上がったカラーのイラストを見て、「うそ〜」っと叫びたいほどでした。瑠水と真樹が本当にイラストになっている。それも本当に奥出雲樋水道の(私しか知らない)あの木の下にいる!
羽桜さん、本当にありがとうございました。大切にさせていただきます。
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樋水龍神縁起の世界 - 3 -

和室の魅力ってあると思うのですよ。古くなればなるほど趣を増す、木の柱。畳の陰影。
「木と紙の家をなぜ建てるのだ」と欧米人に訊かれるのです。「三匹の子豚」の童話ではありませんが、スイスの外壁の厚みが一メートルもあるどっしりとした家と較べて、日本の家はいかにもぺらぺらな建築に思えるようなのです。
日本の、スイスほど寒くならない地域の建物に限るでしょうが、障子一枚+雨戸のような建物には、外界からの遮断は家の目的ではないように思えるのです。そうではなくて目に入る景色(借景も含めて)、風や音を家の中でも共に楽しむ、そういう作りになっているのではないでしょうか。
「大道芸人たち」の出雲の章にもちらっと出てきましたが、「樋水龍神縁起」のメインの舞台である樋水龍王神社の境内には、龍王の池に面して離れが建っていることになっています。この場所は平安時代に既に家が立っていてそこに媛巫女瑠璃が住んでいたのでした。それから何度か建て直されていますが、イメージとしてはやはりこういう日本建築です。ここで、月の光や龍王の池とともに神社の日常が紡がれた、そんな舞台です。
官能的表現が一部含まれるため、成人の方に限られますが……「樋水龍神縁起」四部作(本編)は別館にPDFでご用意しています。

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【小説】彼岸の月影
「scriviamo!」の第十五弾です。tomtom.iさんは、ご覧になった夢をもとにした幻想的な詩で参加してくださいました。ありがとうございます!
tomtom.iさんの書いてくださった詩『慟哭』
『慟哭』
白濁色の夢を見た
二つの月と曼珠沙華
僕等夢中で貪った
ぶつかり合うのは肉と骨
朧気な記憶は滴り落ちて
背徳の白昼夢ハイライト
白けた指で弄くり合った
影に隠れた通り雨
僕の焦燥を呑み込んで
疼く傷を舐め回して
月の隙間を這う蛇の名は
只の欲望と知っていたのか
お返しは掌編小説にさせていただきました。ご覧のように成人向けの内容です。小説にするのにあたって、R18を書くわけにはいかなかったのですが、この雰囲氣は壊したくありませんでした。そこで曼珠沙華に助けてもらい、ホンのちょっぴりオカルトテイストを混ぜる事にしました。あ、テイストだけで、全くオカルトではありません。
tomtom.iさんは、音楽のこと、サッカーや日常のことなどを丁寧に書き綴っていらっしゃる、大分のブロガーさんです。特筆すべきは、この方、作詩作曲をなさるのです。この幻想曲な詩がいずれは音楽になるのかと思うと、ドキドキしますね。
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
彼岸の月影 Inspired from 『慟哭』
——Special thanks to tomtom.i-SAN
晃太郎の故郷の村は、名産もなければ有名人の一人も出ない、小さな寒村であった。人口は数百人。閉鎖的で現代社会から取り残されていた。東京に住む晃太郎は、一年ぶりにこの寂れた村に戻ってきた。
「知っておるか、晃太郎よ。地獄沼のいわれを」
彼が祖父の酒の相手をしていると、徳利を持つ手を止めて、芳蔵じいさんは突然言った。
村はずれには、何の変哲もない沼がある。しかし、このつまらない水たまりは、地獄沼と呼ばれている。秋になるとどういうわけかこの沼の北側にびっしりと、この辺りでは地獄花と呼ばれている彼岸花が開くからだった。
「あそこで地獄花が一斉に咲くからだろう?」
「そうだが、何ゆえにあそこにあんなに咲くかって言い伝えをじゃよ」
晃太郎は知らなかったので首を振った。
ほろ酔いになった芳蔵じいさんは、声を顰めて語り出した。
「昔な、とあるお侍様が国への旅路の途中で、この村に一晩泊まったのよ。ここは今と変わらずシケていたらしく、美味いものもなければ、芸者もいない。つまらなく思ったお侍様は、酔狂な心を起こして、暗くなってから例の沼の方へ一人で遊びにいった。どういうわけか、そこにいたのが、村一番の器量よしで、隣村への輿入れが決まっていたお壱。お侍様は沼の裏手の阿弥陀堂にてこの娘を自由にし、翌朝に村を発って二度と戻らなかったそうじゃ」
晃太郎は、わずかに顔を青ざめさせたが、じいさんはそれに氣を止めた様子もなかった。
「輿入れの前に孕んだお壱の縁談は流れ、父なし児を生んだ後、半ば狂乱してこの世を去ったそうじゃ。ある者は葬式を出せずに困った親が屍を沼に投げ込んだといい、またある者はお壱自身が沼に身を投げたともいう。いずれにしても、それ以来、あの阿弥陀堂の前には毎年紅蓮のごとき地獄花が開くようになったという事じゃ」
盃を持つ手が震えた。地獄沼。廃堂となった阿弥陀堂。紅蓮の花。月の光が畳の上を走る。漆黒の髪がその淡い光に浮かび上がる。
「どうした」
「いや、なんでもない。少し酔ったようだ。風にあたってくる」
晃太郎は一年前の帰郷の記憶にとらわれている。今日まで思い出しもしなかった、しかし、常に脳の遥か奥で燃え続けていた赤い焔が、恐るべき不安となって胸をかきむしる。
地獄沼には月が映っていた。十六夜の晩だった。そのお侍と変わらぬ酔狂で村はずれを散歩していた彼は廃堂の前に佇む女を見たのだ。一度も見たことのない若い女だった。黒字に赤い極細の縦縞が入った小紋。無造作にアップにした髪。多めに抜かれた衣紋から白いうなじが月光に浮かび上がっている。そう、村で女給をするような田舎娘とは違う。深川辺りの玄人筋のような幽玄な佇まいであった。月の光に惑わされたか、それともむせ返る曼珠沙華の薫りにやられたか、その後の記憶は所々途切れている。
名前も知らなかった。人となりをも知ろうとしなかった。ただ、むさぼるような時間を過ごした。途切れた記憶に浮かび上がるのは、廃堂の縁側に射し込んでいた月の光が、次の記憶では女の乱れた黒髪と肌を浮かび上がらせた事。そして、次はもう朝だった。側には誰もいなかった。夢かと思ったが、手に絡まった数本の長い黒髪と背中の爪痕の痛みが、幾ばくかの事実を示唆していた。
僕は、お壱の霊に化かされたのだろうか。晃太郎は、祖父の語った伝説に身震いをした。今宵も月が明るい。一年前のあの夜のようだ。地獄花は、また燃え盛るように咲いているのだろうか。そして、女は……。
「晃太郎」
家の奥から母親が呼んでいる。
「あ、ここだけど、何?」
「今、村長さんから電話があってね。お祖父ちゃんったら、これから行くって言うの。けっこう酔っているみたいだし、暗いから、悪いけれどあんたも一緒に行ってくれない?」
村長の北村は芳蔵の竹馬の友で、しょっちゅう行き来しているようだったが、晃太郎はいつも彼岸の墓参りだけでとんぼ返りだったので、もう十年以上会っていなかった。
「わかった。あそこは美味い肴がでてくるんだよな」
「肴はいいけれど、お祖父ちゃんのお目付役なんだから、あんたは酔いつぶれないでね」
「わかっているって」
村長の家に着いたのはもう八時で、北村も晩酌で十分にでき上がっていた。
「晃太郎か。久しぶりじゃないか」
「ご無沙汰しまして」
「硬いことを言わないで、さあ、上がれや」
通された座敷には、お膳が三つ用意されていて、芳蔵はさっさと座って北村と飲みはじめた。昔から変わらぬお手伝いのお佳さんが、肴を運んできて、つぎつぎとお膳に置いていく。軽く頭を下げて、盃を差し出し、酒を注いでもらっている時に、上の階からか赤子の泣き声が聞こえた。この家に赤ん坊が?
「お孫さんですか?」
晃太郎がそういうと、老人二人は顔を見合わせて、それからどっと笑い出した。何がおかしいのかわからず戸惑う晃太郎を見て芳蔵が言った。
「お前は知らなかったんだったな。こいつが孫ほどの歳の嫁をもらった時の、去年の村の大騒動を。しかも、ひ孫が出来てもおかしくないのに息子が生まれたんだから、またひと騒動だったんじゃよ」
北村は苦笑いをして、それからお佳さんに言った。
「翔が寝付いたら、お客様にご挨拶をするように燁子に言っておくれ」
お佳さんは頷くと黙って出て行った。
晃太郎は、予感に身を震わせて、その若い後添いが現われるのを待った。やがて、シャッという衣擦れの音がして、襖がすっと開いた。そこにいたのは、紛れもないあの女だった。白い大島紬に芥子色の名古屋帯を低い位置で締めている。帯に描かれているのは和服の図案としては珍しいアガパンサスの白花だ。
「お客様とは、佐竹さまでしたか。ご挨拶が遅くなりまして申しわけございませんでした」
曼珠沙華と月の光が妖しげに浮かび上がらせていたあの黒い小紋姿と違い、清楚で明るい若妻には見えるが、晃太郎の周りにいくらでもいる同年代の女にはどうやっても太刀打ちできない色氣がある。初対面だと信じて紹介をする北村の言葉に儀礼的に硬い返答をする。
「佐竹晃太郎です。はじめまして」
「燁子です。どうぞお見知りおきを」
酒をつぐ白い手に憶えがある。大島紬の擦れるシャッという音、老人たちの冗談に笑う紅い口元。結い上げた黒髪とうなじの白さ。まるで何もなかったのように振る舞う女の態度に晃太郎はわずかに傷つき静かに盃の酒を飲み干した。燁子の手は銚子に伸びる。
「いえ、これ以上は……。祖父を無事に家に届けるためについてきたのですから」
それから、いつまでも昔語りをしたがるのを切り上げさせて、ようやく家まで送り届けた祖父が寝付いたのは日付の変わる頃であった。家人が寝静まった生家の小さな客間には、月の光が射し込み冴え渡る。
晃太郎はいつまでも寝付けず、再び外套をまとい、ひとり地獄沼へと向かう。凝り固まった想い。あの女が、いや、北村燁子が地獄花のもとに立っているのではないかと。
たった一晩の、酔狂のはずではなかったか。お互いに何かを望んだわけでもなかったはずだ。あの女はお壱ではない。違うのだ。だが……。
廃堂の前には、例年のごとく燃え盛るように曼珠沙華が満ちていた。冷たい月の光が沼の中にもう一つの月を揺らめかせていた。風がわずかに吹き冷たいが、そこには誰もいなかった。晃太郎以外には。
廃堂の屋根は一部が崩れ、中に入るのはためらわれた。一年前に二人が過ごした時間も、もはやお壱の伝説と同じように過去の残照に属していた。月と沼と花だけが、変わらずに妖しげに、彼を惑わし揺らめいていた。
路の辺の 壱師の花の 灼然く 人皆知りぬ 我が恋妻を 柿本人麻呂
(意訳:道のあたりの壱師[彼岸花が有力と言われているが不明]の花のようにはっきりと、人びとは私の愛する女のことを知ってしまった)
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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【小説】彼岸の月影
「scriviamo!」の第十五弾です。tomtom.iさんは、ご覧になった夢をもとにした幻想的な詩で参加してくださいました。ありがとうございます!
tomtom.iさんの書いてくださった詩『慟哭』
『慟哭』
白濁色の夢を見た
二つの月と曼珠沙華
僕等夢中で貪った
ぶつかり合うのは肉と骨
朧気な記憶は滴り落ちて
背徳の白昼夢ハイライト
白けた指で弄くり合った
影に隠れた通り雨
僕の焦燥を呑み込んで
疼く傷を舐め回して
月の隙間を這う蛇の名は
只の欲望と知っていたのか
お返しは掌編小説にさせていただきました。ご覧のように成人向けの内容です。小説にするのにあたって、R18を書くわけにはいかなかったのですが、この雰囲氣は壊したくありませんでした。そこで曼珠沙華に助けてもらい、ホンのちょっぴりオカルトテイストを混ぜる事にしました。あ、テイストだけで、全くオカルトではありません。
tomtom.iさんは、音楽のこと、サッカーや日常のことなどを丁寧に書き綴っていらっしゃる、大分のブロガーさんです。特筆すべきは、この方、作詩作曲をなさるのです。この幻想曲な詩がいずれは音楽になるのかと思うと、ドキドキしますね。
「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む
彼岸の月影 Inspired from 『慟哭』
——Special thanks to tomtom.i-SAN
晃太郎の故郷の村は、名産もなければ有名人の一人も出ない、小さな寒村であった。人口は数百人。閉鎖的で現代社会から取り残されていた。東京に住む晃太郎は、一年ぶりにこの寂れた村に戻ってきた。
「知っておるか、晃太郎よ。地獄沼のいわれを」
彼が祖父の酒の相手をしていると、徳利を持つ手を止めて、芳蔵じいさんは突然言った。
村はずれには、何の変哲もない沼がある。しかし、このつまらない水たまりは、地獄沼と呼ばれている。秋になるとどういうわけかこの沼の北側にびっしりと、この辺りでは地獄花と呼ばれている彼岸花が開くからだった。
「あそこで地獄花が一斉に咲くからだろう?」
「そうだが、何ゆえにあそこにあんなに咲くかって言い伝えをじゃよ」
晃太郎は知らなかったので首を振った。
ほろ酔いになった芳蔵じいさんは、声を顰めて語り出した。
「昔な、とあるお侍様が国への旅路の途中で、この村に一晩泊まったのよ。ここは今と変わらずシケていたらしく、美味いものもなければ、芸者もいない。つまらなく思ったお侍様は、酔狂な心を起こして、暗くなってから例の沼の方へ一人で遊びにいった。どういうわけか、そこにいたのが、村一番の器量よしで、隣村への輿入れが決まっていたお壱。お侍様は沼の裏手の阿弥陀堂にてこの娘を自由にし、翌朝に村を発って二度と戻らなかったそうじゃ」
晃太郎は、わずかに顔を青ざめさせたが、じいさんはそれに氣を止めた様子もなかった。
「輿入れの前に孕んだお壱の縁談は流れ、父なし児を生んだ後、半ば狂乱してこの世を去ったそうじゃ。ある者は葬式を出せずに困った親が屍を沼に投げ込んだといい、またある者はお壱自身が沼に身を投げたともいう。いずれにしても、それ以来、あの阿弥陀堂の前には毎年紅蓮のごとき地獄花が開くようになったという事じゃ」
盃を持つ手が震えた。地獄沼。廃堂となった阿弥陀堂。紅蓮の花。月の光が畳の上を走る。漆黒の髪がその淡い光に浮かび上がる。
「どうした」
「いや、なんでもない。少し酔ったようだ。風にあたってくる」
晃太郎は一年前の帰郷の記憶にとらわれている。今日まで思い出しもしなかった、しかし、常に脳の遥か奥で燃え続けていた赤い焔が、恐るべき不安となって胸をかきむしる。
地獄沼には月が映っていた。十六夜の晩だった。そのお侍と変わらぬ酔狂で村はずれを散歩していた彼は廃堂の前に佇む女を見たのだ。一度も見たことのない若い女だった。黒字に赤い極細の縦縞が入った小紋。無造作にアップにした髪。多めに抜かれた衣紋から白いうなじが月光に浮かび上がっている。そう、村で女給をするような田舎娘とは違う。深川辺りの玄人筋のような幽玄な佇まいであった。月の光に惑わされたか、それともむせ返る曼珠沙華の薫りにやられたか、その後の記憶は所々途切れている。
名前も知らなかった。人となりをも知ろうとしなかった。ただ、むさぼるような時間を過ごした。途切れた記憶に浮かび上がるのは、廃堂の縁側に射し込んでいた月の光が、次の記憶では女の乱れた黒髪と肌を浮かび上がらせた事。そして、次はもう朝だった。側には誰もいなかった。夢かと思ったが、手に絡まった数本の長い黒髪と背中の爪痕の痛みが、幾ばくかの事実を示唆していた。
僕は、お壱の霊に化かされたのだろうか。晃太郎は、祖父の語った伝説に身震いをした。今宵も月が明るい。一年前のあの夜のようだ。地獄花は、また燃え盛るように咲いているのだろうか。そして、女は……。
「晃太郎」
家の奥から母親が呼んでいる。
「あ、ここだけど、何?」
「今、村長さんから電話があってね。お祖父ちゃんったら、これから行くって言うの。けっこう酔っているみたいだし、暗いから、悪いけれどあんたも一緒に行ってくれない?」
村長の北村は芳蔵の竹馬の友で、しょっちゅう行き来しているようだったが、晃太郎はいつも彼岸の墓参りだけでとんぼ返りだったので、もう十年以上会っていなかった。
「わかった。あそこは美味い肴がでてくるんだよな」
「肴はいいけれど、お祖父ちゃんのお目付役なんだから、あんたは酔いつぶれないでね」
「わかっているって」
村長の家に着いたのはもう八時で、北村も晩酌で十分にでき上がっていた。
「晃太郎か。久しぶりじゃないか」
「ご無沙汰しまして」
「硬いことを言わないで、さあ、上がれや」
通された座敷には、お膳が三つ用意されていて、芳蔵はさっさと座って北村と飲みはじめた。昔から変わらぬお手伝いのお佳さんが、肴を運んできて、つぎつぎとお膳に置いていく。軽く頭を下げて、盃を差し出し、酒を注いでもらっている時に、上の階からか赤子の泣き声が聞こえた。この家に赤ん坊が?
「お孫さんですか?」
晃太郎がそういうと、老人二人は顔を見合わせて、それからどっと笑い出した。何がおかしいのかわからず戸惑う晃太郎を見て芳蔵が言った。
「お前は知らなかったんだったな。こいつが孫ほどの歳の嫁をもらった時の、去年の村の大騒動を。しかも、ひ孫が出来てもおかしくないのに息子が生まれたんだから、またひと騒動だったんじゃよ」
北村は苦笑いをして、それからお佳さんに言った。
「翔が寝付いたら、お客様にご挨拶をするように燁子に言っておくれ」
お佳さんは頷くと黙って出て行った。
晃太郎は、予感に身を震わせて、その若い後添いが現われるのを待った。やがて、シャッという衣擦れの音がして、襖がすっと開いた。そこにいたのは、紛れもないあの女だった。白い大島紬に芥子色の名古屋帯を低い位置で締めている。帯に描かれているのは和服の図案としては珍しいアガパンサスの白花だ。
「お客様とは、佐竹さまでしたか。ご挨拶が遅くなりまして申しわけございませんでした」
曼珠沙華と月の光が妖しげに浮かび上がらせていたあの黒い小紋姿と違い、清楚で明るい若妻には見えるが、晃太郎の周りにいくらでもいる同年代の女にはどうやっても太刀打ちできない色氣がある。初対面だと信じて紹介をする北村の言葉に儀礼的に硬い返答をする。
「佐竹晃太郎です。はじめまして」
「燁子です。どうぞお見知りおきを」
酒をつぐ白い手に憶えがある。大島紬の擦れるシャッという音、老人たちの冗談に笑う紅い口元。結い上げた黒髪とうなじの白さ。まるで何もなかったのように振る舞う女の態度に晃太郎はわずかに傷つき静かに盃の酒を飲み干した。燁子の手は銚子に伸びる。
「いえ、これ以上は……。祖父を無事に家に届けるためについてきたのですから」
それから、いつまでも昔語りをしたがるのを切り上げさせて、ようやく家まで送り届けた祖父が寝付いたのは日付の変わる頃であった。家人が寝静まった生家の小さな客間には、月の光が射し込み冴え渡る。
晃太郎はいつまでも寝付けず、再び外套をまとい、ひとり地獄沼へと向かう。凝り固まった想い。あの女が、いや、北村燁子が地獄花のもとに立っているのではないかと。
たった一晩の、酔狂のはずではなかったか。お互いに何かを望んだわけでもなかったはずだ。あの女はお壱ではない。違うのだ。だが……。
廃堂の前には、例年のごとく燃え盛るように曼珠沙華が満ちていた。冷たい月の光が沼の中にもう一つの月を揺らめかせていた。風がわずかに吹き冷たいが、そこには誰もいなかった。晃太郎以外には。
廃堂の屋根は一部が崩れ、中に入るのはためらわれた。一年前に二人が過ごした時間も、もはやお壱の伝説と同じように過去の残照に属していた。月と沼と花だけが、変わらずに妖しげに、彼を惑わし揺らめいていた。
路の辺の 壱師の花の 灼然く 人皆知りぬ 我が恋妻を 柿本人麻呂
(意訳:道のあたりの壱師[彼岸花が有力と言われているが不明]の花のようにはっきりと、人びとは私の愛する女のことを知ってしまった)
(初出:2013年3月 書き下ろし)
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「今住んでいる家の魅力」
いま住んでいるフラットは、日本のいい方でいうと1LDKなんですが、私たち夫婦には十分の広さがあるのです。

この写真は、ずいぶん昔のものです。当時よりは家具が増えてしまっているのですが、それでもまだ、たくさんの無駄な空間があります。屋根の下にあるので立てない空間もありますが、単なる真四角ではなくて表情のある壁や天井がとても好きです。
部屋の中は、日本のマンションのようには明るくありません。基本は間接照明ですべて暖かい白熱灯です。昼も夜も雰囲氣のあるインテリアです。
もう一つの魅力は、本当に静かな事。夜は狐やフクロウの鳴き声がするくらいで、車が通ったりしません。田舎らしい自然に囲まれた環境が大好きです。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当藤本です今日のテーマは「今住んでいる家の魅力」です。住めば都と自分の家はどうしても愛着わいてきますよね。友達の家に遊びに行ったら「~がいいなぁ」なんて思うこともありますが今住んでいる家のアピールポイントはありますか?私は何より駅が本当に近いです!さらに駅も3つもあり非常に便利です誰かが遊びに来てくれる際もその人が乗りやすい電車で来れるので友達からも行...
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