建国記念日ですよ

今日8月1日はスイスの建国記念日ですよ。スイスではどこでも花火をあげたり篝火をたいて盛大に祝います。
1291年のこの日に、ウリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンという三つの国が誓約同盟を結成したのが現在のスイスのもとになっているのです。「ウィリアム・テル」の伝説(この人は実在しませんけれど)にあるように「ハプスブルグ家の圧力に負けずに自治を守るためにお互い協力しようね」の約束ですね。
もう、国中、スイス国旗だらけですよ。どこかの国のように国旗を掲げるだけで悪いことをしているように騒ぐ国民はいませんね。純粋に「VIVA! 独立」という感じです。
私にとっても、この日はありがたい日。なんせこの国やけに勤勉で祝日がウルトラ少ないのです。日曜日に重なっても振替休日もないし(号泣)そういうわけで、今日の祝日を楽しみます。次の祝日は、クリスマスです(笑)
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【小説】赴任前日のこと
「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。八月はABBAの“The Day Before You Came”を基にした作品です。「あなたがやってきた前の日」。歌われている内容も、出会いの前の日を時系列で淡々と語る手法も、まるまる使わせていただきました。シチュエーションを読んで「あれ、どっかで読んだような」と、思われる方もあるかもしれません。先月分とリンクする作品になっています。
フラグを立てまくって続きを書かない手法をとっています。私の中ではこの先があるのですが、書かなくても十分に予想できると思います。

赴任前日のこと
Inspired from “The Day Before You Came” by ABBA
六時四十五分。静かに環境音楽が流れはじめる。セットしてある有線放送だ。木曜日。雨が降りそう。蝉の鳴き声に混じって、わずかに漂ってくる香り。いつもより涼しいのならありがたい。歩美は起き上がると、ベッドの端に布団を寄せた。サイドテーブルに置かれた白い本に目を留めて、ちょっと微笑んだ。昨夜、無事に読み終えたロマンス。いつも通りに大仰で陳腐なラブストーリー。今日は新刊を買ってこなくちゃ。
七時二十分。フルーツヨーグルトとトーストに自分で作ったマーマレード。自分の誕生日を祝うために買ったオレンジ色のマグカップでコーヒーを一杯飲む。慌ただしく後片付けを済ませ、冷蔵庫から用意しておいた弁当を取り出すと、スーツの上着は手に持ったままでアパートを出る。狭いし、オートロックなどの近代的な設備は何もないが、駅から徒歩八分なのが取り柄だ。「不用心だからおやめなさい。嫁入り前なんだし」と母親には言われたが、危険な目にはまだ遭った事がない。それにもう嫁入り前と威張って言えるような歳でもない。
七時三十分。ホームに到着。キヨスクの右端をざっと見る。あ、新刊が出ている。「カリブ、情熱の嵐」か。どこかで聞いたような題。手を伸ばしかけてやめる。もし、なにかの偶然で同僚に鞄の中を見られると……。買うのは帰りにしよう。到着した電車に乗り込む。
八時二十六分。オフィスに到着。今日も一番だった。吹き出していた汗を押さえて、髪を結わえ直してから、部屋を見回す。課長の席に置きっぱなしになっていた湯のみをもって給湯室に行く。今週の当番は佐竹美香だった。シンクに昨日の客が飲んだままの汚れたコーヒーカップがある。歩美はそれらを洗って棚にしまった。
八時五十五分。ほぼ全員の席が埋まる。二十代の華やかな同僚たちが、おしゃべりに興じている。話題は昨晩のドラマのことと、週末の予定。佐竹美香が「あ」と言って一度給湯室に行ったが、舌を出して帰って来た。「また忘れちゃったみたい」
九時十分。課長が立ち上がる。
「さて、朝礼をはじめるぞ。僕の最後の」
明日新しい課長が来ることは、半月ほど前から聞かされていた。その課長が、いま目の前で定年退職の挨拶している原田課長をはじめとする、このオンライン管理課の歴代の課長とはまったく違うタイプであることも、噂で耳にしていた。
「三十代の課長が、ここに? うそっ。何、何、左遷?」
半月前に若手女性たちが給湯室で騒いでいた。
「いや、違うらしいよ。横浜支社を成約率トップに押し上げた営業のエースだったんだって」
「えっ。それって、もしかして藤堂喬司さんじゃないの? 社内表彰常連の」
「なによ、美香ったら知っているわけ?」
「うん。横浜支社のさっちんが入社してすぐのころ狙っていた人だよ。社外の女とデキ婚しちゃったけど。切れ者だけど、性格も悪くない上物だったのにってものすごい悔しがっていたっけ」
「そんな若手のエースがなんでここに?」
「あ~、あれらしいよ。どうも奥さんが植物状態になっちゃって……」
「ええーっ。うそっ。もっとくわしく!」
歩美はそれ以上のことは耳にしなかった。仕事がたくさんあったし、いつまでも給湯室でうわさ話に耳を傾けているわけにはいかない。そもそも、同僚たちは歩美に話しかけているわけではなかった。
「明日、藤堂課長が着任したら、これまでの業務の説明は新田君がするから。今日中に資料をまとめておくように」
そういって課長は部下たちを見回した。余計な仕事をしたくないという顔つきで目を逸らす若手たちをひと通り見た後、彼はため息をついて歩美を見た。
「通常業務だけで、手一杯だと思うが、なんとかしてくれないか、早川君」
歩美は小さく頷いた。
十一時二十分。昨日新田に頼まれた会議資料を仕上げて、パワーポイント上の効果の説明をすませる。続けて、月末の定例業務に入る。女の子たちがまたしても給湯室に行って話しているのが聞こえる。
「月末って忙しくって、本当に嫌い」
十二時。原田課長から課内へ差し入れの手配を頼まれ、隣のデパートの地下で菓子類を購入し、ついでに簡単な買い物を済ませる。一階でランチの行列にならんでいる課の若い女の子たちを見る。
十二時二十八分。休憩室で窓の外を眺めながら弁当を食べる。その後、新聞に眼を通す。かつては同期の女性たちと一緒に弁当を食べていたが、同期は一人減り、二人減り、入社して八年めには誰もいなくなった。歩美が一人で昼食を食べるようになってすでに三年が経過していた。
二時十五分。システム障害についての苦情が入り、課長からの指示で歩美は出先の担当者に連絡を入れる。メールを転送し、関連資料をPDF化して添付する。対応を済ませてから、定例業務に戻る。
三時。課長からの差し入れで課内でお茶をする。華やかな女性社員たちが場を盛り上げて、勇退する原田課長は嬉しそうだ。佐竹美香は、以前から狙っている新田にかいがいしくお茶やお菓子を渡して楽しそうに話している。休憩時間が終わると、社員はみな自分のデスクに戻り業務を再開する。湯のみは給湯室に置かれているが、若い子たちは洗おうとはしていない。歩美はそれをちらっと見てから開けっ放しになって放置されていたお菓子の箱やゴミを片付けてから業務に戻る。
四時三十分。この時間になると、課の女の子たちの態度が変わる。電話を極力取らなくなる。歩美は、ようやく朝に頼まれた引き継ぎ資料の作成に入ったところだが、電話の対応までしなくてはならなくなる。新田が何かを女の子たちに頼もうとしてきっぱり断られている。
「今日、私たち女子会ですから。残業はできません」
五時。原田課長と女性社員が退社する。新田をはじめとする男性社員とたちと歩美は引き続き終わっていない仕事を片付けるためにデスクに戻る。
六時三分。オンライン管理課の若手女性社員たちは、渋谷にある「多国籍料理・バー タマリンド」の入り口を騒がしくくぐる。
「予約しておいた佐竹です」
「六名様ですね。お待ちしていました」
「あ。お茶碗洗ってくるの、また忘れちゃった」
「美香ったら、今日二回目じゃない」
「ちょっとアンラッキーだったよ。普段はあんなに洗いものないけど、たまたま課長のラストデーと当番が重なったんだもん」
「アンラッキーって、結局、あんた一度も洗っていないじゃん。早川さん残っていたから、どうせ洗ってくれるでしょ」
「朝も早川さんが洗ってくれたんじゃないの?」
佐竹はつんとして答えた。
「嫌ならやらなければいいのよ。どうせデートの相手もいなくて時間はたっぷりあるんでしょ、あの人」
「でもさ、一応、先輩社員なんだしさ。お局って言ってもいい立場の人なんだからさ」
「お局ってほど、威厳もないけどね。三十二歳にもなって、彼氏もいなくて、会社で上司と私たちみたいな若手社員にいいように使われて、何が楽しくて生きているのかなあ」
「ちょっと、それは余計なお世話じゃん? 彼氏がいないってどうしてわかるの」
「だって、急な残業断ったことないし。地味な服ばかり着ているし」
「ああ、いやだ。ああはなりたくない。せっかくの人生、もっと楽しみたいもん」
その時、店員が近づいてきて、個室に案内した。大きな声で話していた六人が入ってドアが閉められると店内は再び静かな音楽が聞こえるようになった。店の奥のカウンター席に座っていた原田元課長ともう一人の男性が顔を見合わせた。
「あの子たち、明日からの君の部下だから」
藤堂喬司は小さく肩をすくめてあたりさわりのない感想をもらした。
「華やかな課のようですね」
それから、小さく頭を下げた。
「すみません。わざわざ渋谷まで来ていただいて。しかも、お越しいただいたのに、急いで失礼しなくてはいけなくて」
「わかっているよ。保育園の閉まる時間があるんだろう。安心するといい。うちの課は残業がないわけではないが、遅くとも七時にはみな出られるから」
「はい。女性社員もみな定時退社のようですね」
喬司は、六人が入っていった個室の方をちらりと見て言った。
「あの子たちは、全く残業をしたがらないね。男性は四人だが、彼らはまあ、普通に働いてくれるよ。特に主任の新田君は頼れる部下だ。それから、女性では先ほど話題に出ていた早川歩美君」
原田は声を顰めた。
「あの若い子たちは悪くない。開けっぴろげだが、そんなに悪い子たちでもない。眼の保養にもなる。だが、いざという時に、本当に頼りにするなら、早川君だ。どんな資料作成も、社内連絡も丁寧にやってくれる。たぶん、今も残って資料を作っていてくれるんだと思う」
「そうですか」
喬司は小さくつぶやいた。
七時四十分。資料を仕上げると、歩美は課の戸締まりをして電灯を消した。少し前に新田が帰ったので、歩美が最後になった。いつもは帰宅時にする買い物も昼に済ませているので、そんなに遅くならずに帰れるはずだった。
八時十分。渋谷での乗り換えの前に、キヨスクで「カリブ、情熱の嵐」を購入する。もちろん、まわりに知り合いがいないか事前に確認してから。
八時二十分。駅を出ると雨が降り出していた。だいぶ涼しくなる。歩美はため息をもらす。何も不満はない。住むところがあり、仕事がある。同僚ともつかず離れずの関係を持ち、これまでどの上司ともそこそこ上手くやってきた。この歳になると、友人たちはみな家庭をもち、定期的に逢えるような友は多くはなかったが、それを寂しいと思ったこともない。
八時三十分。自宅に到着。玄関に傘を広げ、着替えて濡れた靴の手入れをする。洗濯機を回して、風呂にお湯を張る。食事の準備をする。ごはんに、豆腐とわかめのみそ汁。ほうれん草のおひたしに、筑前煮。有線放送でジャズを探す。お茶を淹れ、ランチョンマットと箸置きもセットして、食事をする。一人の食卓だからこそないがしろにならないようにしたいと常々思っている。誰かが見ているかどうかは関係ない。自分のやるべきことを黙々と続ける、それが人生なのだと思うから。
九時半。洗濯物を干し、後片付けと翌日の弁当の用意を済ませてから、風呂に入る。一日の疲れが全て流れ出るように、丁寧に体と髪を洗う。
九時五十分。ベッドに「カリブ、情熱の嵐」を持っていく。ゆっくりと一ページ目を開く。ロマンス小説を読むときだけ、歩美は全く違うように生きることができる。女主人公がエキゾティックな場所で、運命の出会いをする。その相手は精悍な顔つきでセクシーな声をもち、引き締まったからだをしている。歩美は出会いのシーンでヒロインと一緒にときめく。その男性は、彼女に興味を持ち、じっとみつめてくる。
こんなことは日常では起らない。少なくとも歩美の人生では起らない。高校生の頃、友達が一人一人と恋をして、告白されたりつき合いだしたりした頃から、歩美はいつも取り残されてきた。特別醜いわけでもなく、どこかに大きな欠陥があるとも思えないのに、歩美はいつも男性の恋愛対象から外されてきた。誰かを好きになり、少し親しくなると、実は相手は歩美の友人のことが好きで恋の橋渡しを頼まれるようなこともあった。
二十代のはじめに、歩美は既にあきらめてしまっていた。恋だけでなく、仕事でも、生活でも、歩美は問題を起こさないが、誰からも熱烈には求められない存在であることを受け入れてしまった。一人で暮らし、近所にも無害な隣人となった。
毎日が、判で押したようなルーティンとして過ぎていく。そして、一日の終わりに、誰にも知られないように、全く違う世界を生きるロマンス小説を読む。そして、そのときめきだけで平凡な日常を色づかせている。
十一時十分。雨が激しく窓に打ち付けていた。明日は、今日よりも少し過ごしやすいかもしれない。新しく藤堂課長が赴任してくる。原田課長は一年だった。前の課長は二年。新しい課長はどのくらいいるのだろうか。歩美はこの先も何一つ変わらないルーティン人生が再び続くのだろうとぼんやりと思いながら、ベッドサイドの灯りを消した。
(初出:2013年7月 書き下ろし)
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名前の話・キャラ編
短編を山のように書いているので、適当な名前がつきかけているのですよ。しかも、数の限られている欧米人の名前よりも、日本人キャラの名前に苦悩しています。とくに男性の名前。
ストーリーや中に何が書いてあるかも、もちろんこだわりますが、それと同じくらい私は人物の名前にもこだわってしまいます。たとえば、「ごく普通の何でもない人」を表すのに、いまはやりのキラキラネームは合わないじゃないですか。
私の頭の中にお話が降りてくる時、しばらくは名前がないことが多いのです。妄想を続けるうちに、キャラも増えてくるのでとりあえず名前を付けます。ところが、その名前がけっこう同じだったりするのですよね。
何故そうなるのかというと、知っている人の名前を付けるのに抵抗があるからなのです。ドロドロの恋愛を妄想するのに、それが元同僚の名前だったりしたら、「ちょっと待て」とそこでブレーキがかかってしまう感じです。で、なんとなくそういうしがらみのない名前がいくつか頭の中にストックされていて、とりあえずその名前で続きを考えると。だけれども、その妄想が長くなると、定着してしまってもう他の名前が付けられなくなってしまうのです。
自分一人で妄想しているだけなら、「またこの名前か」でもいいのですが、発表するとなるとそれでは困る。それで、かなり早い段階から別の名前を考えなくてはならないんですよね。困ったものです。
話はちょっと飛びますが、基本的に珍しい名前は、エキセントリックな人にしかつけません。例えば「蝶子」。基本的には、よくきく馴染みのある名前を考えます。同じ音でも漢字によってイメージが変わるので慎重につけます。本当はひらがなにしたかったけれど、地の文に紛れると読みにくくなるので漢字にしたということもけっこうあります。
一方で、ヨーロッパ人の方は、もう少し感覚的につけています。こちらは同じ名前の人がたくさんいるので、「この知り合いと同じ」でも、全く問題なく使っています。同じ名前でも国によって全く違ってくるので(「シャルル」と「カルロス」のように)国籍によっていろいろとバリエーションがつけられて便利です。
欧米の名前にも、ちょっと上流階級の人がつけたがる名前と、下々の名前というのもあるので、その辺も考慮しながら楽しんでつけています。
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赤い、赤いジェリー

とある土曜日に暇だったので、懸念事項を一つ片付けました。義母がくれた1kgもの赤スグリ。即冷凍したのですが、そのままにしておいても、いくら何でもそんなには食べないし。
それでですね。一度も作ったことのない赤スグリのジェリーに挑戦してみたのですよ。やってみたら何のことはない、「赤スグリ1kg + 砂糖1kg」→「混ぜる」→「火にかける」→「沸騰させて8分待つ」以上でした。ポイントは濁りが出ないように、実を潰さないようにすること、それだけで、他にはコツも何にもありやしない。
で、冷めて瓶詰めしたものは、少しゆるめですがちゃんとジェリーになっています。これをですね。パンに付けたり、デザートソースにしたり、まあいろいろと使い道があるのですよ。上の分量でできたジェリーは小さめの瓶が5つでした。天然の赤がとてもきれいなジェリー。手作り可能な夏の味覚が再び一つ増えました。
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方言の話
大海彩洋さんが取り上げていらっしゃった、「小説における方言」の記事、既に読まれた方も多いのでは。あ、ご心配なく、彩洋さんのブログに書いたコメントと同じことを書くわけじゃないですから。今日取り上げるのは、ヨーロッパ、ドイツ語圏における方言の話。そう、すでに話は明後日の方向に飛んでおります。
私の住む地域はドイツ語圏のスイス(他にフランス語、イタリア語、ロマンシュ語があります)です。そしてですね、わずかでもドイツ語を学んだことのある方が、このスイス方言のドイツ語に耳を傾けると、たぶん自信をなくされると思います。知り合いのドイツ人も言いました。「全然わからない」実をいうと、文法すら違いますしね。
で、このスイス方言には書き言葉がないので、新聞は正規ドイツ語で書かれています。でも、テレビのニュースはそれぞれのキャスターが自分の方言で話しているのですよ。連れ合いに訊きます。「え? いまなんて言った?」答え「わかんない」おいっ。ニュースなのにそれでいいわけ?
ドイツにもたくさん方言があります。たとえば「プラット・ドイチュ」といわれる北部の方言はスイス方言に負けないくらいなまっています。しかしですね。ドイツではどこの出身のキャスターであろうと完璧な正規ドイツ語で話すのですよ。これには訳があるのです。
ドイツの長い伝統として、(子供が大学に行くような)上流階級の家庭は、外でだけでなく家庭でも正規ドイツ語しか話さないのだそうです。つまり方言を話しているのは「シモジモ」の証なんですね。日本ではそんなことはありませんよね。お国言葉は上流下流とは関係がない、むしろ個性だとみなされています。スイスも日本と同じです。だから、大臣が方言丸出しで話しているのが普通な訳です。もっとも、ドイツのテレビでは、その発言の時、「翻訳されたドイツ語」がテロップでつきます。
「アルプスの少女ハイジ」でロッテンマイヤーさんがハイジに「正規ドイツ語でお話しなさい!」と言っているのはこのことなんです。「地方から来た田舎者め」と蔑んでいじめていたわけでなくて、クララの家のような上流階級で方言なんてドイツではありえないわけです。
たまに、私の携帯にスイス人からの間違いメッセージが届きます。私信なので方言を音表記したものです。みごとにわからない。私はこの地方の方言は聴き取れるようになっていますが、このメッセージはわけがわからない。たったの140字でもこの苦悩ですから、スイス方言ドイツ語で書かれた小説など死んでも読む氣になりません。やっぱり、標準書き言葉ってのは、どの言語でも必要だと思いますね。
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夏の空

まだ、日本の夏が地獄のように暑くはなかった頃、私は夏の空をぼーっと眺めるのが好きでした。入道雲、どこからともなく聞こえる風鈴、うるさいくらいの蝉時雨。
夏休み、学校に行かなくていいのは嬉しかったですが、宿題が嫌いでした。案の定ちゃんと計画的にはやっていなくて、甲子園がはじまると「どうしよう」と強迫観念に駆られ、それでも八月の終わりまできちんと終わらず、絵日記も全く書いていなくて……。だから大人になってからも甲子園の高校野球が嫌いでした。(球児は悪くありません。宿題をやっていない私が悪いんです)
今でも夏は大好きで、しかも日本と較べてとても過ごしやすい素晴らしい夏ですが、光景はずいぶんと違っています。もっと穏やかな感じです。確かに陽射しは強烈だし、オゾンホールも大きいらしく紫外線も強いのですが、あの夏のやかましさがなくて、蝉の代わりに秋の虫が鳴いていたりします。甲子園とも関係ないので、夏の終わりに強迫観念に駆られることもありません。夜は涼しくてよく眠れるし。
そんな平和な夏を楽しみつつ、心のどこかでは、あの夏の日を探している私がいます。タンクトップと短パンでも蒸し暑い夏、入道雲、朝の涼しいうちに宿題をやらなかった後ろめたさ。遠い夏の日の想い出です。
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「あなたの初恋の相手」
小学校のクラスで隣になった男の子。ふつーの坊ちゃんでした。まだ初恋など、よくわかっていなかった小学一年生でしたから、なんでその子だけ特別なのか首を傾げていましたね。でも、特別だったんです。隣だったのにほとんど口もきかなかったけれど。
ずっと後になって、私が転校していなくなることになった時、友達が寄せ書きに「小学校一年の時、最初の日に、○○くんと夕ちゃんが二人並んで座っている姿がおひな様とお内裏様みたいって思ったのを今でも印象強くおぼえています」と書いてくれて、「なんと!」と驚愕しました。もちろん実は初恋だったとは、本人はもちろんのこと、誰にも言いませんでしたけれどね。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当藤本です今日のテーマは「あなたの初恋の相手」です。最近とある映画をみました初恋の内容でとても切なく、お気に入りの映画になりましたそこで今回は初恋に関する・・・みなさんのの初恋の相手をご紹介していただきたいと思います!私の初恋の方は、、今でも名前も顔も思い出せるのですが。。とても明るい方でサッカー少年でした!よく笑う方でいっしょにいてとても元気になれる...
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名前の話

唐突ですが、役所に届けられた正式な名前っていくつ持っていますか?
「苗字と名前の組み合わせ一つに決まっているじゃないか」と思われるでしょう。そう、それが普通なんですが。実は私には正式な名前が二組あるのです。
私が結婚した時、それはスイスの役所に届けられました。私は連れ合いの苗字とその後ろに旧姓をくっつける形の苗字を選びました。話をわかりやすくするためにMeierという苗字の男と八少女 夕が結婚したと仮定すると、Yu Meier-Yaotome(正確にはYu Meier geb. Yaotome)という名前になったということです。(ちなみに、これはあくまで説明のための例です。連れ合いはMeier姓じゃありません)
で、その後、日本人の私は結婚したことを日本に届け出る義務があり、新しい戸籍を作ることになったのですが、その戸籍には私一人しかいないのですよ。たとえば山田一郎さんと結婚した八少女さんは、山田という戸籍か八少女という戸籍かどちらかを作って二人で戸籍に入るのですが、外国人は日本の戸籍には入れないんです。
で、どんな姓にするかと訊かれましてね。でも、二つの姓は登録できない、一つだけだと言われてしまったのです。そうしたら連れ合いの姓だけってのがひっかかりました。自分一人しかいないのに「マイヤー 夕」って感じの間抜けな表記になるのがとても嫌だったのです。縦書きのカタカナのスカスカな感じが。それで「八少女 夕」にあたる戸籍を作ったわけなのです。つまり旧姓のまんま。
だから私はスイスと日本とで正式な名前が違うのです。しかもパスポートはまた別の表記。外国人配偶者の姓を表記したいときは()で囲んで後ろにつけろと決まっているらしく、「Yu Yaotome (Meier)」みたいな書き方になってしまっている。
なぜ突然こんな話を書き出したかというと、実はとあるスイスに関連する本に協力者として名前を載せてもらうことになったのですが、どんな表記にしましょうかと訊かれてしまって悩んでしまったのです。
載せてもらった名前は「マイヤー八少女 夕」形式の名前でした。スイスでの正式名称をカタカナと漢字で表記したタイプ。なんだか中途半端だなあと思ってしまっている私です。
ちなみに上の写真は、その本に協力した「アルプスの花」に関連して選んでみました。
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【小説】夜のサーカスと黄色い幸せ
このお話を最初から読んでくださっている皆さんは「いい加減、どっちなの? ヨナタン、はっきりしろよ」と思われているんじゃないかと思います。冷たいんだか優しいんだかわからない「のらりくらり野郎」は、今回珍しくメッセージ性のあることをやっています。ま、それでも「のらりくらり」ですけれど。
ようやく半分過ぎましたね。今日の分を入れて、あと十回で完結ですよ。もう少々、おつき合いくださいませ。
![]() | 「夜のサーカス」をはじめから読む あらすじと登場人物 |

夜のサーカスと黄色い幸せ
マッテオの力強い腕が鉄棒をしっかりとつかむ。風を切るようにして、スピードを上げ、揺れるブランコの上で鮮やかな大車輪を繰り返す。スペクタクルあふれる演技は好評だった。彼の若い肢体は多くの女性ファンを作った。大胆で躍動感あふれた動きは、ロマーノはもちろん、生徒には厳しいジュリアをも満足させた。自信を持ったマッテオは演目の事についても進んで意見を言うようになった。
「え。デュエット?」
ステラはとまどった。子供の頃からずっとイメージしていたのは、一人でブランコに乗る事だった。そして、その孤高なブランコ乗りを憧れに満ちた演技で道化師が追ってきてくれる、その事ばかりだった。
「そうよ。幸いあなたとマッテオは昔からの知り合いで、体操の教室でもずっと一緒だったって言うじゃない。普通よりも早くデュエットのコツもつかめると思うのよ」
ジュリアはにっこりと笑った。彼女の愛したたった一人の男、相方であったトマがブランコから落ちる事故で亡くなってから、彼女は一人でブランコに乗ってきたが、ジュリアにとって一人ブランコはあるべき姿ではなかった。
「ねえ、ヨナタン。どう思う?」
舞台の端で黙々とジャグリングの練習をしている青年に、ジュリアはにこやかに問いかけた。大成功をおさめたマッダレーナの演目へのアドバイス以来、ジュリアは演目のアイデアについてはヨナタンの意見を尊重するようになっていた。ステラは不安な面持ちでヨナタンの答えを待った。
「そうですね。確かにデュエットはシングルより華やかでしょうね。マッテオなら投げ技も早くマスターできそうですし」
ヨナタンが反対してくれる事を願っていたステラはがっかりした顔を見られないようにうつむいた。やっぱり、薔薇を持って追いかけてきてくれるのは、仕事だからなのね……。
デュエットが決まり、ジュリアによるブランコのレッスンはマッテオとの合同になった。そして安全確認のために控えるのは、エミーリオの役割となった。その代わりに、ヨナタンはマッダレーナの新しい演目に出演する事になった。マッダレーナにちょっかいを出し彼女を守ろうとするライオンに怯えて逃げ回る役回りだ。もちろん、デュエットを公演に出せるようになるまでは、現在の一人ブランコと薔薇を持った道化師の演目は続き、マッテオは大車輪の演技を続ける。マッダレーナも人氣のレカミエソファに寝そべるセクシーな演技を続行する。でも、いつかは薔薇はなくなってしまう。ステラは泣きたくなった。
「そうじゃないでしょう。もっと勢いをつけて飛ばないと、マッテオだって受け止められないでしょう?」
ジュリアの厳しい叱咤が飛ぶ。マッテオの腕の中に飛び込むのがどうのこうの言っている場合ではないのはわかっている。命綱がついているとはいえ、落ちたら大けがをする事だってあるのだ。練習ではネットが常に広げられている。でも、本番では危険を感じたエミーリオが広げるのが少しでも遅れたら……。
「なあ、ステラ。お前はそんなに怖がりじゃなかったじゃないか。三年前のイタリア選手権での跳馬の演技を思い出せよ」
マッテオが語りかける。怖がっているわけじゃないわ。それに、あの時はチルクス・ノッテに入るって夢のために飛んでいたんだもの。ステラは涙を拭った。
ステラは首を伸ばして、ヨナタンの姿を探した。彼はちょうど舞台の反対側でロマーノの指導でマッダレーナとの演目の練習をしているところだった。
「そうだ、そこで嫌がるマッダレーナに抱きつこうとする」
ロマーノが模範演技で抱きつくと、マッダレーナは片眉を上げて腰にまわされた団長の手をはたいた。団長は笑って、ヨナタンに同じ演技をするように言った。
ヨナタンは肩をすくめて、マッダレーナに馴れ馴れしく抱きつこうとする。マッダレーナは団長にしたような嫌悪感は示さずにほんのわずか体をよじってみせた。まるで本当の恋人同士がじゃれあっているように見えたので、ステラは心臓をフォークでぎりっと傷つけられたように感じた。
「ステラ! 何をよそ見しているの」
ジュリアの声にはっとすると、マッテオが既に勢いをつけてブランコの上で逆さまになっていた。タイミングを間違えて飛び立ったステラはなんとか三回転をこなしたがマッテオの手に届かず、ネットへと落下した。
「ステラ!」
ステラはしゃくり上げながら泣き出した。ジュリアは頭を振って、今日のレッスンを打ち切ると言った。こんなに集中できないのでは、レッスンにならない。同時にロマーノも二人に今日の練習はここまでと言って、怒り狂うジュリアをなだめるために出て行った。
「なあ、ステラ。あんなにタイミングがズレてちゃ俺にだって、どうにもできないぜ。飛ぶ前にこっちを見てくれよ」
ネットを片付けながらマッテオが言う。ステラは泣きながら、つぶやいた。
「だって……」
「だってじゃないだろう」
厳しい声がするのでマッテオとステラが同時に顔を上げると、ヨナタンが近くに歩いてきていた。
「ヨナタン……」
「ステラ。サーカスはお遊びじゃない。一瞬一瞬が命に関わる危険をはらんでいる事ぐらいわかるだろう」
「ごめんなさい。ちゃんとやろうとしたの、でも、今日は……」
「何があっても演技の時は集中する事、それが出来ないヤツは、この職業に向いていない。だったら、大怪我をする前にやめたほうがいい」
その厳しい言葉にショックを受けたステラは、もっと激しく泣きながら大テントから走って出て行ってしまった。
「ステラっ」
慌てて追おうとするマッテオの襟首をはっしとマッダレーナがつかんだ。
「な、なんだよっ。離せよ。あんな状態にしておいたら、今夜の演目にも差し支えるだろっ」
マッダレーナは首を振った。
「あんたが行っても、大して役には立たないわよ」
それからヨナタンに向かって言った。
「ねえ、あんたの言った事は完膚なきまでに正論だけれど、心理学的にはあまり好ましくないわ。マッテオのいう事にも一理あるのよ。子供みたいに見えても、女心って複雑なんだから」
ヨナタンは肩をすくめてステラを探しにテントを出て行った。マッダレーナはそのヨナタンの背中をじっと見つめていたが、我に返ったマッテオが襟首にかけられた彼女の手を払って憤懣やるかたなく食って掛かったので、そちらを見た。
「なんだよっ。またあいつに曖昧な態度をされたら、ますますステラは身動きとれなくなるじゃないかっ。僕の方がずっとステラの事を……」
「それはどうかしら」
マッダレーナは、あまり勢いのない様相で答えた。いつもはきついマッダレーナらしくない態度だったので、マッテオは少しうろたえた。
「なんだよ」
「自分の方を見てほしいって、あなたをこんなに想っているって迫ることだけが愛じゃないわ。そんなのは、子供のおもちゃの争奪戦と変わらないもの。時には相手のために心を鬼にしなくちゃいけない事だってあるのよ。それに、自分の意に染まぬ決断を相手に促さなくちゃいけない事も……」
マッテオは、自分の愛情が子供っぽいと言われたのも同然だったので、腹を立ててその言葉の裏側を考えてみようともしなかったが、マッダレーナはそっと、自分の左の二の腕に触れた。ちょうど、先ほどヨナタンが、コミカルな演技でつかんでいたあたりだった。
サラサラと水音が爽やかな川縁の土手に座り込み、ニセアカシアの幹にもたれてステラはしゃくり上げていた。ヨナタンの言葉は、意地悪なんかではなかった。その通りでステラ自身がよくわかっていた事だった。
ステラは「サーカスのブランコ乗り」という職業を選んだのではなかった。ただ、ヨナタンの側に来たかっただけだった。子供っぽい憧れと思い込みに流されてきただけだった。普通と違ったのは、そのためにありえないほどの努力を重ねてきてしまった事だった。いまやステラはチルクス・ノッテから給料をもらって働くプロで、ヨナタンと一緒に出る演目以外はやりたくないなどという自由はない。ましてや彼が他の女性と同じ舞台に立っているだけでまともな演技が出来なくなるなど許される事ではなかった。
他の誰か、たとえば団長やマッテオに同じ事を指摘されたとしたら、素直に反省できただろうか。自信はなかった。マッダレーナにいわれたとしたらさらに反発したに違いない。でも、悲しかった。ヨナタンは「白い花と赤い花をくれた」。それ以来ステラにとってヨナタンは運命の人になってしまっている。馬鹿馬鹿しい子供のおとぎ話なのはわかっている。けれど、舞台の上での紅い薔薇が自分にとって大きな意味を持ってしまっている事を、どうする事も出来ない。実生活で恋人にしてもらえないのに、これまで取り上げられてしまうのは耐えられそうになかった。
誰かの走ってくる足音がして、ステラは身を固くして顔を覆った。泣いているのを見られるのは恥ずかしかった。
「ステラ……」
びくっとして振り向くと、そこにはヨナタンが立っていた。ステラはあわてて涙を拭って取り繕おうとしたが、かえってたくさん涙が出てきてしまった。
「ご、ごめんなさい。わかっているんだけれど……。でも、もう紅い薔薇がなくなっちゃうかと思うと……」
ヨナタンはため息をつくと、ステラの隣に座った。あたりは色とりどりの小さな野の花が咲き乱れていて、花の絨毯のようになっていた。
「シングルの演目が完全になくなるわけじゃない。ローテーションでデュエットが増える、マッダレーナも別の演目が増えるっていうだけの事だ。僕たちは観客を、繰り返し観に来てくれる人たちをも楽しませなくちゃいけないだろう?」
「それは、わかっているの。それに、『白い花と赤い花』のおとぎ話と現実をごっちゃにしてもいけないってことも。でも、わかっていても悲しくなってしまうの……」
ヨナタンは泣きじゃくるステラを半ば哀れむようにそして半ば愛おしそうに見ていたが、やがて言った。
「白い花と赤い花がそんなに大切なら、黄色い花にはどんな意味があるんだ?」
思ってもいなかった言葉に、ステラは顔を上げた。そして少し不安な心持ちで答えた。
「知らないわ。おとぎ話には一度も出てこなかったもの」
ヨナタンは手元の鮮やかな黄色い花を手折ると、ステラに渡して言った。
「じゃあ、自分で意味を探せ。おとぎ話ではなくて、君の人生なんだから」
ヨナタンはいつものように優しく微笑んでいた。その黄色い花は、演技でくれる紅い薔薇とは違っていた。演技中の道化師としての彼からではなくて、彼自身からステラがもらった三本目の花だった。自らの意志でステラの人生に関わってきてくれている証。ステラの心臓は早鐘のごとく高鳴った。
その晩の興行で、ステラは絶好調だった。出演者たちと、観客の何人かはステラが髪にいつもはつけていない黄色い花をさしている事に氣づいたが、それと彼女の演技の変化の関連についてはまったくわからなかった。ただ一人、その花の意味を想像する事のできたマッダレーナは、興行のあと言葉少なくライオン舎に向かうと、長いあいだ心ここにあらぬ様子で雄ライオンヴァロローゾの毛繕いをしていた。
(初出:2013年7月 書き下ろし)
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ありがたい話
ヴィオラ奏者という意味で正しくは「ヴィオリスト」とすべきところを何も考えずに「ヴィオラニスト」と書いていたのですね。本来の単語を考えれば明らかに間違いなのですが、思い込みというのは恐ろしいもので疑問すら持っていなかったのです。
ご指摘をくださった方は、「おかしい」と思われてそのままにせず、ちゃんと調べてくださった上でコメントをくださったのです。感謝でいっぱいです。
「おかしい」と思われたということは、小説を読んでくださったということです。そして、他人の書いた小説など間違っていようと知ったことではないと素通りしても当然だと思います。それを時間をかけて、調べて指摘してくださったとは……。
編集者だったら作家の間違いを指摘するのは仕事です。家族だったら「みっともないよ、はずかしいよ」と言ってくれるのが普通でしょう。でも、通りすがりのブログの他人の間違いを指摘するのは、むしろ氣のとがめる億劫なことだと思うのです。私もそうですから。でも、指摘してくださり、今後の恥の上塗りを防いでくださった。本当にありがたいことだと思います。
この場を借りて、心からお礼を申し上げたいと思います。
また、普段から親しくしている左紀さんやTOM-Fさんも、現在の日本での死語や表現上の間違いを億劫がらずに指摘してくださっています。ブログでもの書き仲間と交流する大きな利点の一つを噛み締めると同時に、いいブログの友達に恵まれて本当にありがたいことだなといつも感謝しています。
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アントネッラの眺める光景

つい先日、連れ合いのバイクの後ろに座って行ってきました。コモ湖です。12時に家を出て、ぐるっと回って帰宅したのは夜八時。八時間でまわる海外旅行でございます。
途中で越えたのはアルプスと、そして国境。そしてその向こうにはイタリア語とピッツァとそれからこの夏らしい明るい世界が待っていました。
で、私は「夜のサーカス」でアントネッラとイル・ロスポが会話している光景だの、サーカスの連中がここを訪れるときのことなどをいろいろと構想しながら時間を過ごしました。
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【小説】大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 緋色の蝶
今回は、蝶子がミュンヘンに留学して一年、教授と知り合い弟子にしてもらうまでのストーリーです。本編(第一部の一章)からみると六年前ということになります。
エッシェンドルフ教授に対する蝶子やヴィルからの視点は、本編で幾度も出てくるのですが、ハインリヒ自身がどう感じていたのか、なぜ歳がこれほど離れさらには外国人である蝶子と結婚したいとまで思うようになったのか、その辺は第二部も含めて本編では全く出てきません。
前回はハインリヒとヴィル、今回はハインリヒと蝶子に関するストーリーで、二つで一つの話だと思っています。他の外伝と較べて重い上、ヴィルや蝶子に対する印象が大きく変わる可能性もあります。もし、まだ本編をお読みになっていらっしゃらないで、こちらだけをお読みになる場合は、そのことをご承知おきください。
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 緋色の蝶
どこで見たのか、どうしても思い出せない。ハインリヒは首を傾げた。彼はそれまで一度も東洋人の弟子を取ったことがなかった。長い黒髪と切れ長の瞳を持つ日本人と似ている人間と会った事がないのには自信があった。彼はゲルマン民族優勢主義信奉者ではなかったが、かといって全人類が平等だと信じているわけでもなかった。ありていにいうと、アジア女に興味を持った事もなければ、極東から来た野蛮人がまともにフルートを吹けるはずもないとどこかで思っていた。だが、学年末の試験ではじめてその学生を目にし、その音色に耳を傾けた時に、その意識を改めた。それが四条蝶子だった。
彼女は東洋人だった。ヨーロッパの血など一滴も流れていないと断言できるほど、どこまでも東洋的だった。ハインリヒがかつて見た事のある東洋人と違っていたのは、彼女の全てのパーツが完膚なきまでに整っていたことだった。顎の線がきりっとした小さめの顔に、少しつり上がった目、高すぎずも低すぎずもせず長くも短くもない鼻、口紅の宣伝に使えるほど形のいい唇が配置されていた。ルネサンスの巨匠が半ばパラノイアぎみにこだわったごとく、ミリ単位ですら合致しているに違いない黄金比率。そして、ヨーロッパ人がどれほど望んでも手にする事ができない射干玉色の長く艶やかな髪が印象を強めていた。試験官としてその場にいたどの教官も一瞬息を飲んだ。それほど彼女の容姿は印象的だった。
服装は、あまり感心できなかった。彼女の素材の美しさを生かせない、実に平凡な、あからさまに言えば安物の中途半端な丈の赤いワンピースだった。靴も平凡きわまりなかったが、ハインリヒは少なくとも足の形も彼の好みに完全に合致している事を確認する事ができた。
その美しさが試験官たちの注意を奪っていたのは、彼女が最初の音を出すまでだった。その日の試験で、ハインリヒは何人もの学生にかなり辛辣な点を付けた。学生の質は年々下がっていると憤懣やるかたない思いで課題曲のメロディーすら間違えずに吹けない学生たちを睨みつけてきた。だから、極東の田舎者ですら入学できるのかと思っていたのだ。だが蝶子の音色は、他の学生とは一線を画していた。
後から思えば、それは大学に入学するための準備をしてきた受験生の色と、それよりもずっと先を行っている音色の違いだった。蝶子が一心不乱に課題曲を吹く様相を見て、ハインリヒは落ち着かなくなってきた。どこかで、見た。いや、聴いた。だが、思い出せないと。
それから構内で彼女をよくみかけるようになった。正確には蝶子は一年間ずっと従っていた時間割通りに、構内の同じ場所にいたのだが、ようやくハインリヒの目に留まるようになったのだ。
三日ほどして、自宅に帰ろうと構内を歩いていたハインリヒは、中庭を横切る蝶子を見かけてわざわざ踵を返し、同じ校舎へと入っていった。世界に名だたるエッシェンドルフ教授とすれ違った蝶子はもちろん頭を下げて挨拶をした。
「君は、この間の試験にいた学生だね」
普段は一年生になぞ簡単に声をかけない教授に話しかけられて、蝶子は頬を紅潮させた。
「はい。四条蝶子です。直接お話ができて光栄です」
発音は奇妙だが、丁寧なドイツ語だった。
「いい演奏だった。どこの出身だったかな」
「日本です」
「そうか。どの先生にみてもらっているのか」
「レーマー先生に、週に一度教えていただいています」
ハインリヒは少し眉をしかめた。助手か。あんな青二才に習ってどうする。
「それはもったいないな。私はマイヤー君の弟子なのかと」
蝶子は少し顔を曇らせた。
「著名な先生にみていただけるような紹介状もなくて……」
ハインリヒは改めて蝶子を見た。若く美しい。けれどその素材のすべてが台無しになっている。安物のオレンジ色のプルオーバー、緊張感のみられない立ち方、奇妙な発音のドイツ語。低俗な階級に属するのだろう。切れ長の双眸に宿る強い意志だけは、教えれば響いて返ってくる可能性を示していた。頭の中で素早くスケジュールをたどり、言った。
「今週の金曜日の三時に私の屋敷に来なさい。みてあげよう」
蝶子は耳を疑った。けれど、すぐに眼を輝かせて礼を言った。
蝶子は、時間の五分前にエッシェンドルフの館の呼び鈴を鳴らした。時間厳守がまずハインリヒを満足させた。もちろんそれは当然のことなのだが、日本人に時間が守れるかどうか定かではなかったのだ。その日の服装は、黒いプルオーバーにオレンジ色のスカーフをしていた。例によってあまり質のいいものではなく、髪が帯電していた。色の組み合わせから、彼はタテハチョウを思い出した。何万も固まって移動する個性のない蝶。多くは旅の途中に力つきて死んでしまう。それを誰も眼にとめないだろう。
レッスンの途中に、彼は再び奇妙な想いにとらわれた。よく知っている。姿ではない。だが音でもない。蝶子の音色には華やかで聴くものを惹き付ける魅力があった。フルートは中堅のそこそこの楽器を使っていた。服装ほどの安物ではないし、立ち居振る舞いのような低俗さはない。だが、教師はこの華やかさを引きだすために緻密さを犠牲にしたらしい。レーマーは一年も何を教えていたのか。
「左の小指と中指が少し弱いな。この練習曲を毎日、指慣らしに使いなさい」
それから短い時間で、彼女の現在取りかかっている曲を手直ししていった。蝶子ははじめのうちはただ素直に頷いていたが、教授が彼女の欠点を簡単に指摘し、短い時間でどんどん修正していくのを感じて眼が輝いてきた。
ずっと望んでいたことだった。エッシェンドルフ教授は裕福な名士であるだけではなく、卓越した演奏家であり、真に優秀な教師であった。彼の弟子になることは世界中のフルート学生の夢だった。たとえ、女性にとってはある種の危険が伴うことであっても。
氣がつくと軽く90分が過ぎていた。
「ここまでにしよう」
蝶子は心から礼を言った。
「それと、あの、レッスン代は、いくらお払いしたらいいのでしょうか」
ハインリヒはつまらなそうに手を振った。
「いい。単に興味があっただけだ。金を払ってもらおうとははじめから思っていない」
けれど、それは続けてみてもらえない宣言のようなものだった。彼は次はいつ来いとも、今後のプランも言わなかった。蝶子はひどく落胆した。
蝶子がフルートを仕舞う時に、けばけばしい赤い服の一部がハインリヒの眼に留まった。眉をひそめると厳かに口を開いた。
「フラウ・四条。君に言っておくことがある」
「はい」
「もっと背筋を伸ばしなさい。立ち方がよくない」
「フルートを吹く時にですか?」
「そうではない。常にだ。フルートを吹く時だけしゃんと立ち、舞台に立つ時だけ華やかな服を着てもダメなのだ。普段から二十四時間エレガントに動き、質と品のいいものを身につけてこそ、芸術にふさわしい音が出るのだ。おかしなドイツ語を話し、下層階級者のような立ち居振る舞いをし、その鞄の中にあるような下品なものを身につけていると、音楽どまりだ。芸術にはならない」
蝶子は一瞬怯み、それからふと目の奥に不思議な光を宿した。ああ、この目だ。ハインリヒは思った。どこかで見たと思ったのは。蝶子は視線を落とした。
「おっしゃる通りだと思います」
その姿がとても悲しげだったのでハインリヒは続けた。
「ところで、この後、よかったら食事をしていかないか」
蝶子は心底驚いたが、丁寧に断った。
「お申し出は本当にありがたいのですが、このあと、仕事なのです。この下品な服を着て……」
「何の仕事だ」
「ビヤホールで、給仕を」
ハインリヒは、ため息をついて首を振った。よりにもよって。
「低俗すぎる。ジョッキを運び、がなり立てる低能どもとつきあうってわけか」
「おっしゃることはよくわかります。でも、私にはどうしてもお金が必要なのです。奨学金だけではレッスン代は出ないんです」
ハインリヒは蝶子の顔をじっと見た。それから安物の服を。彼女はその視線を感じて自分の服に目を落とした。
「そう、安物です。でも、ここミュンヘンにいる間は、服のことよりも一時間でも多くレッスンを受けたいんです」
それを聞いて、思い出した。
「俺はあんたのように遊んで暮らせるような金のある家庭には生まれてこなかったんだ」
そして、ハインリヒは突如として悟った。どうしても思い出せなかった蝶子に似ている誰かとは、彼の一人息子、アーデルベルトだった。従順に彼の言っていることを守っているが、絶対に心を許さない野生動物のような目つきをしていた。アウグスブルグの貧しいアパートメントの一室で、山猿のように育ち、才能を腐らせかけていた幼い少年に対する憐憫と同じ感情がハインリヒを襲った。その瞬間、蝶子はただの少々フルートの巧いが品のない東洋の学生ではなくなっていた。
蝶子が再び礼を言って彼の屋敷を後にし、全く直っていない歩き方で門から出て行くのをサロンの窓から眺めていたハインリヒは、突然ドアに向かうと、運転手のトーマスを呼んだ。
ビアホールで、六リットル分のビールをテーブルに運び、既に出来上がった男たちに卑猥な冗談を浴びかけさせられながら、蝶子は教授の言葉のことを考えていた。胸をやけに強調させる民族衣装は本当に下品だった。その衣装は特に低俗な男たちをそのビアホールに呼び、一晩に何度も必要のないところを触られたりする腹の立つ職場だった。蝶子の美貌はすでにここでは有名になっていて、彼女目当てでやってくる男たちもいた。特にしつこい男たちもいて、今夜はそのうちの一人、ベロベロに酔っては愛人にならないかと持ちかけてくるロレックスが自慢の成金男がずっと座っていた。
蝶子はいつもは相手にもしないのだが、今日は別だった。普段から二十四時間エレガントに動き、質と品のいいものを身につけてこそ、芸術にふさわしい音が出るのだ。教授が最高級のツイードを着て、堂々とした態度で口にした言葉が蝶子を打ちのめしていた。みっともないドイツ語。下品な立ち居振る舞い。自分一人の努力では絶対に変えられないことばかりだ。
これまで、誰にも助けてもらえなかった。レッスン代を稼ぐのが精一杯で、どんなに好きでも質と品のいいものを手にする機会などなかった。フルート以外の文化や芸術や上流社会に関わる時間もなかった。それはこれからもずっと変わらないだろう。自力でそこに到達することなんて、永久にない。このロレックス男がせめて生活費とレッスン代をなんとかしてくれるなら……。
「なんだ。今日は逃げないのか。ようやく、わかったのか。ここに座って、相手をしろよ……」
完全に酔っぱらったロレックス男は生理的な嫌悪感を示す蝶子に構わず抱きついた。
「悪いようにはしないからさ。なっ」
そう言って人前だというのに、スカートの中に手を入れようとしてきた。
「ちょっと、やめてください」
「ふん。そのつもりなんだろ」
周りの男たちがひやかして口笛を吹き出した、蝶子は悔しさと情けなさで真っ赤になって抵抗をしていた。その時に、男と蝶子の顔の間に棒があらわれた。突然のことに周りの男たちが静まり返り、蝶子が棒の先をみると、ステッキを持って立っているのはハインリヒだった。誰もがあっけにとられている間に、教授は毅然とした態度で蝶子に命じた。
「来なさい」
ロレックス男は反応するには酔いすぎていたし、この場末のビアホールにはあまりにも場違いな威厳ある態度だったので、誰も何も言わなかった。蝶子の雇い主である店主ですら、扉を出る時の教授のひと睨みにすくんでしまったかのように何も言わなかった。蝶子は、店を出て、どんどん歩く教授の後を追いながら、何を言うべきか言葉を探していた。
「あの……」
まず礼を言わなくてはいけないことはわかっているのだが、なぜ教授がこんなところにいたのか、どうして助けてくれたのか、そちらに想いが行きひどく混乱していた。その間に二人は表通りに出た。黒いベントレーが停まっていた。教授の姿を見た運転手はすぐに出てきてドアを開けた。
「乗りなさい」
ハインリヒの言葉に蝶子は素直に従った。
「待ちなさい。そんなふうに頭から乗り込むな。やり直しなさい。まず座席に腰掛けて、それから足を入れるんだ」
蝶子は黙ってその通りにした。隣に堂々と教授が乗るとトーマスは扉を恭しく閉めて運転席にまわり屋敷に向かって車を走らせた。
蝶子は黙って項垂れていた。教授は容赦なく言った。
「君は、私の忠告を何も理解できないほど愚かなのか」
「もうしわけありません。危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
「あれが仕事か」
蝶子はすっかり打ちのめされ、唇を噛んでいた。
「あの仕事をする必要はもうない。レーマー君には、私から連絡をする。もう君をみる必要はないと」
「先生……。退学になるのでしょうか」
蝶子は青くなってハインリヒの方を見た。
「そうではない。君のレッスンは私がみる。レッスン代は必要ない。私はそれで生計を立てているわけではないから」
「でも、どうして……」
ハインリヒは、ずっと前を向いていたが、ゆっくりと蝶子の方に向き直った。
「君は助けを必要としている。そうだろう。フルートを極めたいともがいている。だが、自力ではどうすることもできない」
彼女の顔が驚きと安堵で弛んだ。だが、目の奥に例の反抗的な光がわずかに残っていた。アーデルベルト。お前にも、もっとはっきりと伝えるべきだった。ゆっくりと蝶子の頬に手をあて、それからゆっくりと彼の方に引き寄せて胸に彼女を抱いた。
「君を本物の芸術家にしてやろう。安心して自分を磨くことだけを考えられる環境を用意してやろう」
優しく父親のようだった。先ほどの酒臭いロレックス男の虫酸が走る抱擁とは、全く違っていた。騒がしく猥雑な飲食街を離れて、フクロウの鳴き声と風の音しかしない彼の館へと車は向かっていた。
ハインリヒは、他の女たちと違い、蝶子を簡単にベッドには連れて行かなかった。実際に二人が本当に恋愛関係と言える仲になったのは、周りの誰もが新しい愛人だと納得してしまってから半年も経ってからだった。ハインリヒは蝶子の躯を堪能できればそれでよかったわけではなかった。彼は蝶子の信頼を得たかった。
一度も媚びず、ハインリヒのぬくもりを求めてこなかったアーデルベルトは、音楽を通してだけ心の悲鳴を訴えかけていた。そのフルートの音色が、ベーゼンドルファーの鍵盤から紡ぎだす響きが、ずっとハインリヒを捕らえ続けていた。だが、ハインリヒは息子に愛を伝える術を知らなかった。厳しく威厳を持って接する以外のアプローチを考えつかなかったのだ。それでも彼は息子に愛情を伝えようと骨を折った。だがそれが通じることはなかった。アーデルベルトは彼の手を拒否し、フルートをやめ、館に来る事もなくなり、姿を見る事もなくなってしまった。
だが、彼は蝶子を捕らえる事ができた。血のつながっていない女に対しては、息子に対しては決してできない方法を使うことができた。彼女の理性を奪い、彼の虜にする方法も知っていた。彼の両腕と、身体の重みと、秘められた感じやすい部分を使って、その情熱を伝える事ができた。そして、それに対する蝶子の冷たくて熱い反応がハインリヒに新たな焔を呼び起こした。
アーデルベルトが去ってからずっと空いていた彼の心に、ようやくぴったりと嵌まるピースが見つかった。同じ音色、魂の叫びを持つ存在をハインリヒは見つけた。決して媚びず、策略をしかけようとせず、強い反抗の光を目に宿し、ただ音楽のためにここにいる女だった。その女はハインリヒの首に両腕を絡ませてくる。彼の口づけに、熱く応えてくる。私の女だ。ハインリヒは思った。ようやく見つけた、完全に私だけのものになるべき女だ。ハインリヒは蝶子を絶対に逃すまいと思った。網で捕らえ、羽を広げて、ピンで突き刺して。
(初出:2013年7月 書き下ろし)
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ただの散歩道

週末の晴れた日に、家から十数キロ歩いて、レストランのテラスに行く、それだけのことをするのです。周りには特別なものもなくて、レストランにも特別なメニューはなくて、刺激的な都会生活とはまさに正反対な牧歌的な生活。それはある人には退屈でしかないのかもしれませんが、私には最高の贅沢に思えるのですよ。
見渡すかぎり、美しくないものが何もない。青空と心地いい風と、眼に鮮やかな緑。ここで暮らせて本当によかったなと思う瞬間です。
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「朝ごはんの定番メニューは?」
朝ご飯は、シリアルですよ。朝ご飯を食べていかないと、お腹がすいて辛いので絶対に食べます。でも、時間があまりないので、すぐに食べられて後片付けが楽なもの、つまりシリアルなのですよ。
といっても、コーンフレークだけなんて軽いシリアルではお昼まで持ちませんので、「クナーベンミューズリー」と分類されるシリアルを食べています。これにですね。季節のフルーツを入れてミルクをかけるだけ。後片付けもシリアルボールをさっと洗うだけですから、たとえばハムエッグなんかを作っちゃった時の洗いものと比較していただけるとどんなに楽かがおわかりいただけますよね。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当の木村です。今日のテーマは「朝ごはんの定番メニューは?」です。みなさん、ちゃんと朝ごはん食べてますかー?今日のテーマは「朝ごはんの定番メニュー」ですご飯派・パン派とか色々あるかと思いますが、朝ごはんのメニューはだいたい決まっているという方が多いのではないでしょうか。ご飯&味噌汁!とか、パン&スープ!とか私の場合は前まで毎朝カ○リーメイトだったのですが...
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投影してる?
で、作品を読んでいて、この作者は男性ではないか、もしくは女性ではないかとふと頭をよぎることがある。たとえば乗り物や兵器に対する描写が丁寧だったりすると男性かなと思う。単純に私のイメージとしてそういうものには男性の方が深い興味を持つんではないかと思ってしまうから。女性かなと思う方は、宝石や洋服の描写の方にリアリティがこもるイメージがある。
そして、それと同じくらい「ほぅ?」と思うのは、(その作者から見て異性と思われる)キャラ。例えばある女性が、もしくは男性が「こんなに魅力的だ」という時に書く内容が違う氣がする。それは初対面の女性もしくは男性のどこを無意識に見ているかの話でもある。ありていにいうと、男性はそんなところを見ているのかと、はっとさせられる描写だったりする。
一方で、実際には存在しない憧れの存在を、作者にとっての異性に向けているような氣もする。たとえば私は女なのでぱっとしないヒロインが、よくできた男性と恋をする話が何故か多くなる。一方、私がこの方は男性かもと思う作者の作品では、男の描写はかなり現実にいそうな親しみのあるタイプなのに、かわいくてスタイルもよく頭脳優秀なヒロインがきらっと光っていたりするのだ。
してみると、自分では「女の妄想に過ぎない」と言われるような小説は書きたくなくて、懸命に男性心理も普段から勉強しつつ書いているつもりだが、実のところは私が書くものはやはり女の視線のみで書かれているのかもしれないと思う。
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【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (7)ピアノを弾く人 -2-
さて、今日の瑠水は拓人にナンパされています。そういえば、羽桜さんは笑っていらっしゃいましたね。瑠水の拓人に対する心の中のツッコミがツボにはまったって(笑)
![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(7)ピアノを弾く人 -2-
それから二週間ほど後のことだった。残業を終えて、瑠水は一階のカフェテリアに行った。
(疲れちゃったし、今夜料理をするのはうんざり。あそこでBLTサンドイッチでも食べよう)
東京でいいことのひとつは、こういうおいしいものがたくさんあること。ちょっと高いけれど、ここのBLTとアイス・ラッテ・マッキャートはちょっとした心の贅沢だわ。
瑠水が大口を開けてBLTを食べようとしたとき、目の前に同じものを載せたトレーがポンと置かれた。瑠水が目を上げると、先日のナンパ男が笑っている。羽毛のような焦げ茶色の髪。いたずらっ子のようにきらめく瞳。愉快に口角が上がった薄い唇。深緑のタートルネックのセーターは上質なカシミヤだった。この服装ということは、またリハーサルだったのかしら。
「また遇ったね。君とは趣味も合うみたいだ、ここのBLTは絶品だよね」
「……」
「この間、待ってくれなかったのは残念だったな。リハはすぐ終わったんだ。でも、このビルに働いているなら、絶対また遇えると思っていたよ」
「あの……」
「僕は結城拓人。ま、名前は知っているよね、きっと。君は?」
知りませんとも。あなた誰よ。
「私は高橋瑠水です。先日は失礼しました。でも、何か勘違いなさっているみたいですけれど、私は本当にあなたの氣を惹きたくてあそこにいたわけじゃ……」
「わかった、わかった。で、どう? この後、一緒に軽く飲みにいかない?」
「いえ、けっこうです。明日も仕事ですし……」
拓人はまた爆笑した。いままで、翌日仕事があるという理由で誘いを断った女はいなかった。これは新たなタイプだ。面白い。なんとしてでも落とさなきゃ。
「今度の土曜日、この間のヴィオリストと一緒にあのホールでミニ・リサイタルをするんだ。よかったら聴きにおいでよ」
瑠水はこれには素直に頷いた。この人のピアノはまた聴きたい。コンサートを聴きにいくだけなら、この馴れ馴れしい態度とも無縁だし、それに、この間のきれいな女性のヴィオラも聴いてみたい。
「下の事務所でチケット買います。まだ残っているといいけれど」
「チケットを買うことはないよ。入り口に招待券出しておくから」
「でも……」
「だから、漢字、教えて」
拓人はメモ帳を差し出した。瑠水はしかたなく名前を書いた。
「へえ。みは水なんだ。きれいな名前だね」
早くいなくなってくれないかしら。そう思っている瑠水の前から、拓人は退こうとしなかった。瑠水は諦めてサンドイッチを食べ始めた。なんでこんな変な人と関わっちゃったんだろう……。
「ねえ、高橋さん、昨日結城拓人とご飯食べていなかった?」
翌日、職場で瑠水は同僚の田中誠治に話しかけられた。瑠水はびっくりして訊いた。
「田中さん、あの人知っているの?」
「もちろん知っているよ。よくテレビに出ているじゃないか。中学生の頃、史上最年少でショパンコンクールで優勝して、いまやもっとも売れているコンサートピアニストだよ。クラッシックに興味なんかない俺でも知っているくらいだから、超有名人といってもいいね。知らないでご飯食べてたの?」
それで名前は知っているだろうとか言っていたんだわ。あいにくだったわね。こっちは田舎者で。テレビも持っていないし。
「勝手に相席してきたんです。前にひと言くらい話をしたことはあったけれど」
「へえ。ピアノの腕でも有名だけど、女たらしでも有名だからね。超お堅い高橋さんも簡単に夢中になったのかとびっくりしたよ」
瑠水はおかしそうに笑った。
「この土曜日にこのビルの二階のホールでコンサートするんですって」
「ああ、知っているよ。園城真耶とだろ。二ヶ月に一度、ここでやるんだよ。両方とも熱狂的なファンがいるから、チケットはなかなかとれないらしいね」
「園城真耶さん?」
「知らないの? これまた有名なヴィオリストだよ。いろんな賞を総なめにしているから、海外でも有名なんだけど、日本では化粧品のCMに出ているのでそっちの方が有名かもな。女優顔負けの美貌なんだ。二人は親戚じゃなかったかな。有名な音楽一家だよ、確か」
へえ。そんなプラチナチケット、もらっちゃっていいのかな。じゃ、花でも持っていかないとダメかもしれないわね。
会場に行って、瑠水はその雰囲氣に圧倒された。瑠水が想像していた東京のクラッシックのファンとは、もっと落ち着いて上品な人たちだったのだが、この会場にいるのはどちらかというとアイドルの追っかけをしているようなタイプの女性がやたらと目立った。招待券を受け取る時に、受付の女性に睨まれた。花を預けて、会場に入る前に周りの女性たちに悪意あるひそひそ話をされた。妙な雰囲氣だった。
だが、コンサートの間は、それを忘れていられた。それどころか久しぶりに樋水のことや真樹のことも忘れることが出来た。園城真耶は本当に美しかった。彼女に瑠水はすっかり魅せられてしまった。ヴィオラという楽器は音も曲も、ヴァイオリンと較べて地味なのだが、彼女の容姿と落ち着いた様子はヴィオラにしっくりと合った。そして二人が息ぴったりに演奏を始めると、全てが消え去り、音楽だけが瑠水を支配した。
ブラームスのヴィオラ・ソナタ。結城拓人はピアノを弾いている時には別人だった。真耶の優しく力強い情熱的な弓使いに、時に語るように、時に制するように激しく掛け合い、絡み合った。二つの音色が、光り飛び散る夏の川の水飛沫のようにホールを駆け巡る。来てよかったと瑠水は思った。
しばらくして、瑠水が再びカフェテリアにいるとき、またしても瑠水の前にトレーが置かれた。心なしか乱暴に。今日はBLTじゃないわよ、と思って見たら、そっちも照り焼きチキンサンドだった。なぜか負けたような氣になった。相手はむすっとした顔で目の前に座った。勝手に。
「チケットに書いておいたメモを無視した」
瑠水はため息をついた。確かに招待券には拓人のメールアドレスが書いてあって、感想をそこへ送るようにとあった。でも、それって私のメールアドレスを教えるってことじゃない、そんな見え透いた手を使われても。
「再来月の分は、もう事務局で申し込みました。とっても素敵だったから、毎回行こうと思って。会員になると優先予約できるんですね。楽しみにしてます」
「花も、楽屋まで持ってきてくれなかった」
何すねてんのよ!
「今日こそ、絶対に連絡先をゲットする」
他の女をナンパするのに忙しいんじゃないの? 瑠水は上目遣いで拓人を見た。
「結城さん。私は、もう十分あなたと真耶さんの音楽のファンですから、それでいいじゃないですか。恋愛ゲームは他の人としてください」
「ゲームじゃなきゃいいのか。食事して、それからなんだっけ、化石学協会のこととか話そうよ」
「地質学です」
「そう、それ。どんなことをしているのか興味がある。君は僕の仕事のこと知っているじゃないか」
「結城さんって超有名人なんでしょう。次から次へとガールフレンドを取り替えるってききました。そんなにお忙しいのに、地質学のことなんか知ってどうするんですか?」
「地質学のことが知りたいんじゃない、君と君の仕事のことが知りたいんだ」
「結城さん。変わった方って、言われませんか?」
「それはお互い様だろう?」
確かに。瑠水は妙に納得してしまった。それで、どういうわけか瑠水は金曜日に拓人と食事に行くことに同意してしまったのだった。
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戻ってくるために
中にはもう書いてしまって発表するだけのものもあるのですが、記事をアップする時に読み返したり、コメントへのお返事を書いたりする時にその世界に移ります。それから今月中に仕上げるべき作品と、まだまだ先だけれど進めている作品と、それはもうめまぐるしいことになっています。
で、ご存知の方も多いかと思いますが、私のブログ記事は一週間分まとめて予約投稿なので、みなさんの眼に留まる頃には一週間くらい前に書いたものになっていることもあります。で、精神状態がその日の記事と一致していないこともあるのです。
つまりですね。おちゃらけて記事を書いているときもあれば、小説にどっぷり浸って引きずられて暗くなっている時もあるんですね。それが原因で、その日の記事はルンルンなのに、お隣のブログに行ってコメントを残すのが不可能なほど憔悴しているなんて時もあるのです。そう、実は書いているものにかなり引きずられる人なのですよ。
昔は、引きずられるのがずいぶん長かったように思います。小説を同時にいくつも書くなんてこともしていませんでしたし(他のが面白くなったら、前のを放置していました)、自分から友人に頼まないかぎりコメントをいただくこともなかったので、その返事を書くという作業で切り替えになることもありませんでした。ある小説のラストに落ち込んだまま一ヶ月なんてこともあったのです。今は、長くても三日でしょうか。皆さんのコメントや拍手が嬉しくて戻ってくることも多いですし、発表時期が近づいている小説の方に頭を強制切り換えするので戻って来れていることもあります。
そんなこんなで、今は戻ってきています。(これは公開数時間前だからほぼリアルタイム)
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クリスマスまで待てるか

実をいうと、果実酒は作ったことがないのですよ。梅酒を大きな瓶に入れて育てていらっしゃる方のお話を聞くと、へえ、すごいと思うのですが、私には無理だなと思っていました。お菓子に洋酒を混ぜるのはよくやります。だから風味が合うのもよくわかっているのですが、漬け物や自分で育てるヨーグルトと一緒で、きちんと続けないとダメにしてしまうんじゃないかと思って、手を出したことがないんです。
でも、これは見ての通り、こんなに小さい瓶ですし、育てるというよりは入れっぱなしだから、何とかなるかなと。とにかくあのすごい量(3キロ引き取ってもらえたので残り7キロでした)のサクランボ、すべてをジャムにする氣力はなかったので、ジャムは3キロでやめて、シロップ漬けと、ラム酒漬けとキルシュクーヘンにしました。
で、ラム酒漬けは、これの他にあと同じくらいなのが一瓶と、半分くらいなのが二瓶あります。けっこう入るんでびっくりしました。クリスマスの頃にはとても美味しくなっているっていうんですけれど、たぶんそれまでに誰かさんが飲んでしまいそうです。
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【小説】大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 菩提樹の咲く頃
リクエストをくださったのは私のもっとも古いブログのお友だちの一人のあずまなかいじさんで、こんなリクエストでした。
個人的には、“ヴィルパパサイド”をもっと掘り下げたスピンオフとかも読んでみたかったりw
己の大儀は、誰かにとっての悪。己にとっての悪は、誰かの大儀。
『敵役の正義』も明確にできると、物語に更に奥行きもでてきたりもします。
お気が向きましたらば、ご一考下さいませ。
ヴィルパパとは、「大道芸人たち」を読んでくださった方ならご存知のカイザー髭ことエッシェンドルフ教授です。このリクをいただいた時に、「うわ、やられた」と、思いました。第一部では、ただの悪役なのですが、第二部でArtistas callejerosが変わっていくのにあたって大きな役割を果たしていまして、いつかは掘り下げなくちゃいかんと思っていた矢先のことでございました。
今回のストーリー、本編でいうとチャプター5のはじまる三ヶ月前を基点に、教授は想いを過去に向けています。
普段は、外伝はお遊び的要素が強く独立していますが、この作品と次に発表するもう一本の外伝は、半分本編のようなもので、さらにいうと重いです。小説を読むのに順番を指定したりするのは、作者のエゴだと思いますし、本編を読んでいない方に外伝だけでも読んでいただくのもとてもありがたいことなのですが、こちらから読むと本編を読む印象が大きく変わると思います。それだけご承知おきくださいませ。
10:50 追記。
「大道芸人たち Artistas callejeros」本編のチャプター5をお読みになっていらっしゃらない方へ。ネタバレがあります。ここでネタバレされたくない方は、先に本編をどうぞ。
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 菩提樹の咲く頃
白く煌めく光が、菩提樹の花の間を通る。風が柔らかく薄い黄色の花をそよがせる。六月の陽射しは強いというよりは鋭い。ハインリヒの、もう若いとは言えない肌を刺すようだ。彼はしばし見上げて眼を細めた。彼が乗り込むのを待つ間、トーマスは開いた車のドアの前で微動だにせずに立っていた。
ハインリヒはこの樹はかつては建物の高さと変わらなかったのにと思った。そう、彼がこの館の主となってさほど時間が経っていなかった頃。彼の勝利の始まりだった、あの頃。
ハインリヒ・ラインハルト・フォン・エッシェンドルフは、広大な領地と由緒ある城館を所有し、長い伝統を誇る男爵家の長男として生まれた。颯爽とした身のこなし、先祖伝来のゲルマン的な整った風貌に加えて、優秀な頭脳にも恵まれていた。低俗な子供たちと交わる事もなくミュンヘンの城館で家庭教師によって教育を受けた。若くして母親を亡くしたが、彼を十分に甘やかす召使いたちに囲まれ足りないものはなかった。
ハインリヒは、最年少で大学教授となった。父親のエッシェンドルフ男爵は、ハインリヒがフルートを専門とする事にいい顔をしなかった。上流階級のたしなみとして若干のクラッシック音楽の趣味を持つのも悪くないと勧めたのは彼自身であったが、エッシェンドルフの子息が舞台の上で演奏するなど、到底許されない事のように思ったのだ。だが、ハインリヒは父親を説得するために教鞭を取る身となった。大学教授となれば、芸人まがいのフルート吹きとは違う。ようやく父に認められたハインリヒは満足だった。
その少し前に、ハインリヒはもう一つ、父親に反抗した。遠縁にあたるマリエンタール家のエルザとの結婚を決めたのは父だった。ハインリヒはまだ結婚したくなかった。さらに高慢で世間知らずな妻に我慢がならなかった。ハインリヒが演奏旅行でベルリンに行く時にエルザはパリへと買い物に行った。ハインリヒに三日遅れてエルザがミュンヘンに戻ってきた時に、彼女の家財はすべて実家に送られていてハインリヒはエルザに会うのを拒んだ。プライドの高い彼女が実家から冷たい手紙とともに指輪を送ってきたので、ハインリヒは離婚届を送り返した。父の男爵は経過すら知らされておらず、間に入ろうとした時にはすべて手遅れだった。
時を置かずして父の男爵がこの世を去ると、ハインリヒは男爵位を相続し、名実共にエッシェンドルフの主人となった。若く、裕福で、名声もある青年は、はじめて自分のしたいことを思うがままに出来るようになったのだ。そうだ、あの時もこうやって、この菩提樹の樹を見上げたのだったな。ハインリヒはつぶやいた。
「総合病院でございますね」
運転手のトーマスが確認した。
「そうだ。予約は二時だ。シュタウディンガー博士も向こうに行っているはずだ」
「アーデルベルト様がよくなられて本当にようございました。さぞご安心なさった事でございましょう」
「そうだな、この春まではまだ予断を許さない状態だったからな」
総合病院には、四月の半ばまでアーデルベルトが入院していた。二月にニースで一人息子はチンピラに刺され、肺に達する大けがをした。一年以上も消息不明になっていたかと思えば、大道芸人をして暮らしていたという嘆かわしいニュースとともに、フランスの警察からの連絡があった。父親として出来るかぎりの事をしてやったつもりだが、彼は反抗ばかりする。こうなってはじめて自分の事を父親がどう思っていたかを、ハインリヒはわずかに悟った。
アーデルベルトは、笑わない子供だった。
エルザとの不幸な結婚に懲りたハインリヒは、当分結婚するつもりはなく、次々と寄ってくる女たちとの情事を純粋に楽しんだ。裕福で名声と前途のある自分を絡めとろうとする女郎蜘蛛のような女たちがどんなゲームをしかけてこようとも、彼は常に心の中でせせら笑っていた。大学で教えていたマルガレーテ・シュトルツもその手の女の一人だった。美しかったが鼻っ柱が強く、プライドの高さはエルザに似通うものがあった。ハインリヒがマルガレーテと同衾している時、どこかエルザを手篭めにして辱めている感覚があった。普段はどれほど高慢な女でも、組み敷かれている時は彼の支配下にある。彼はマルガレーテを、つまりエルザを支配して罰した。そうすればするほど、我が強く、反抗心を持った女はハインリヒに心酔していった。ハインリヒは図らずも女の支配のしかたをこの女から学んだ事になる。
マルガレーテはハインリヒにのめり込み、自分が唯一無二の女だと思い込むようになった。そして、ある日得々として報告してきたのだ。
「赤ちゃんが……あなたと私の愛の結晶が、ここに宿っているの」
彼は激しい嫌悪感を持ってその報告に臨んだ。狂ったように、他の女と情事を重ね、マルガレーテの存在を無視しようとした。連絡を絶ち、子供が生まれたので逢ってほしいという願いすら退けた。「私の子供だと言う証拠はない」と告げた言葉がいけなかった。マルガレーテが裁判所を通じて正式なDNA鑑定を申請したあとで、彼は認めざるを得なかった。ヴィルフリード・シュトルツとして役所へ届けられた子供はたしかにエッシェンドルフの血をひいていた。そうなったからには、彼は名前を与えてやらなくてはならなかった。子供の名前はアーデルベルト・ヴィルフリードと届け直された。それでも、ハインリヒは当分マルガレーテと子供に逢うつもりはなかった。
その意志を数年後に曲げる事になった。息子に音楽の才能がある、このまま埋もれさせるのは惜しいと言う連絡に興味をおぼえたのだ。マルガレーテの策略だと思いつつも、万が一本当に才能があるならば、早くきちんとした教師につけなければ取り返しのつかない事になる、そう思ったのだ。マルガレーテの癖のあるフルートの音色がつけば、息子のキャリアには致命的になるだろう。また、自分ももっと早くにいい教師につけていれば回り道をせずにすんだと思っていたこともある。父親が音楽に理解がなかった事をハインリヒは不快に思っていた。
アウグスブルグの集合住宅に足を踏み入れたとき、ハインリヒは思わず眉をしかめた。灰色のコンクリートが打ちっぱなしの建物は趣がなかった。外には工場の騒音がどこからともなく満ちて、落ち着かなかった。アパートメントの暗く天井の低い部屋も時計の針の鬱屈した音を増幅した。
久しぶりに見たマルガレーテは、疲れた顔をしていた。目の下に隈があり、学生の時よりも安っぽい体に合わない服を着ていた。憐憫を感じる事はなく、ただ不愉快でたまらなかった。
だがわずかに射し込んだ陽は、部屋の隅にいた少年の髪にあたって柔らかい金の光がダンスを踊っているように錯覚させた。小さな手には不釣り合いなフルートもまた輝いていた。母親のピアノの伴奏に合わせてそのフルートから澄んだ音が響いてきたとき、ハインリヒは幼かった自分の子供時代に戻っていた。フルートの音色に惹かれていった、あの遠い日々に。
あれほど意固地になって無視しようと思っていた少年に対して奇妙な関心が芽生えた。マルガレーテの、何度言っても直らなかったおかしなビブラートを微かに感じていても立ってもいられなかった。これは一刻も早くきちんとした指導をしなくてはならない。
週に一度、トーマスの迎えで館にレッスンに来る息子は、ドイツで期待できる最高の教育環境のもとあっという間にその才能を花ひらかせていった。
アーデルベルトは決して媚びなかった。何かを欲しがる事も、父親の歓心を得るために姑息な行動をとる事もなかった。ほとんど口を利かず、表情を変える事もなかった。笑わなかった。そして泣かなかった。だが、すべての想いは、フルートの調べに、ピアノの響きに乗って天上へと昇華していった。貧しいアパートであれ、エッシェンドルフの館であれ、それはまるで変わらなかった。
多くを語らず、喜怒哀楽も示さず、何も要求しない従順な少年は、全く別の形で雄弁だった。館のサロンに置かれたベーゼンドルファーのピアノに触れる時に、いつもわずかに息を飲む。それは恋いこがれた女に何週間ぶりにようやく逢って触れる事を許された青年のようだった。一週間、あの灰色のコンクリートの集合住宅に置かれた安物のピアノでひたすら練習してきた課題を、暗唱してきた恋文を披露するかのように溢れさす。その音色の違いに彼の瞳は輝き、頬は紅潮する。
ハインリヒの目はそんなアーデルベルトに釘付けになった。子供なぞ関心を持った事もない。やっかいな未熟な存在として、避けてきたはずだった。だが、息子の小さな掌から溢れてくるメロディーは、それが大して難しいものでないにしても、ただの練習曲ではなくて、彼の目指す音楽そのものだった。ことさら厳しい顔をして技術の事をいかめしく口にするが、そうしなければ心の中に湧いてくる予想のつかない感情を制御できないように感じたからだった。
フルートを吹きながら傾げている頭に、窓から射し込む陽の光が反射している。実に美しい光景だった。はじめて見た時から感じたその美しさは、共に過ごす時間が増える度に、何とも言えぬ喜びと誇りとなってハインリヒの中に育った。アーデルベルトはもはやマルガレーテが無理にこの世に送り出したやっかいな存在ではなくなっていた。これが私の息子だ。エッシェンドルフの正当な跡継ぎだ。誰よりも優れた血筋だ。
時間が経つにつれて、アーデルベルトの背は伸び、小さかった手も次第に大きくなっていった。しなやかな肢体に、生命力が宿りだす。骨が、筋肉が、丸まるとして柔らかかった肌よりも目立ちだした。声が変わり、少年から男になっていく体の変化に戸惑い、秘め事に悩んでいるのを感じる事が出来た。それほど彼の音色は雄弁だった。
その当時、ハインリヒが定期的に逢っていたリディア・ハースという女が、アーデルベルトを厄介払いしようとした事があった。彼女はエッシェンドルフ男爵夫人になるためにありとあらゆる布石を置きながら、ハインリヒには賢明にもその目的を巧妙に隠していた。だが、週に一度現われてはフルートとピアノのレッスンを受ける少年がハインリヒの子供であるという噂を聞きつけると、行動にでたのだった。
「話があるんだ」
ある時、レッスンが終わってからアーデルベルトがハインリヒを引き止めた。
「何だね」
「来月から、少しレッスンのペースを落としてほしい」
「何故だ」
「ギムナジウムの受験の準備を始めたい」
ハインリヒは眉をしかめた。
「ギムナジウム?」
「そろそろ将来の事を考えなくてはならない」
「コンセルヴァトワールから大学へ行けばいいだろう」
「音楽を職業にする事は考えていない」
「なんだと。何故だ」
アーデルベルトは小さく肩をすくめた。
「うちにはそんな金はない。あんたの氣まぐれが終了して、自分でレッスン代を捻出することになったら、破産だ」
「氣まぐれだと?」
ハインリヒは半ばショックを受けた。息子が「うちには金がない」と言った事も予想外だった。
「俺はあんたのように遊んで暮らせるような金のある家庭には生まれてこなかったんだ。現実的な選択をするしかないだろう」
ハインリヒは耳を疑った。
「何を言っているんだ。私の持っているものは、やがてすべてお前のものになるんだ。お前は私の息子なんだぞ。忘れたのか」
アーデルベルトは肩をすくめた。
「遺伝子はそうかもしれないが、社会的には俺とあんたは他人だろう」
ハインリヒはようやく思い出した。彼は社会的には「アーデルベルト・W・シュトルツ」だった。ハインリヒには嫡子はいなかった。心の中ではとうに彼こそがエッシェンドルフを継ぐ唯一無二の存在になっていたというのに。アーデルベルトの冷たく関心の無い物言いが心に引っかかった。そんなことが、彼の心を茨のように突き刺すとは考えてもみなかった。ハインリヒははじめて氣がついた。彼は息子を愛していたのだ。
「あんたがあの女と結婚して、ちゃんとした子供をもうけたら、そいつを大学に入れればいい」
その言葉を聞いて、ハインリヒはすぐに理解した。勝手な事を息子に言ったリディア・ハースとすぐに別れると同時に、弁護士を通してアーデルベルトをエッシェンドルフの嫡子とする手続きを開始した。我が子がフォン・エッシェンドルフ姓を名乗る事になった事を、母親のマルガレーテが大喜びしたのは間違いない。ハインリヒはすぐにも息子を引き取りたがったが、母親から子供を取り上げると法的に厄介な事になるので、しばらくお待ちなさいと弁護士に諭されてあきらめた。
ハインリヒは、しばらく満ち足りた時間を過ごした。アーデルベルトは従順に音楽を続けた。名実共に自分の息子になったことが、彼を幸福にした。大学在学中にコンクールで優勝し、彼の前途は約束されたようなものだった。
同じ頃、彼は母親と住んでいたアパートメントを出て若者と共同生活をはじめた。ハインリヒが辛抱強く待っていたのはそれだった。独立した息子なら母親には法的な便宜を一切図らずに済む。マルガレーテの存在を無視したまま、アーデルベルトを跡継ぎとしてミュンヘンの屋敷に引き取れるのだ。彼は、息子に引っ越しを命じた。
だが、アーデルベルトはそれを断ったばかりか、突然フルートをやめると言い出した。用意したデビュー演奏会をキャンセルすることになった。遅い反抗期かとさほど心配もしていなかったが、本当にきっぱりとフルートをやめてしまった。それから……。
車は総合病院についた。トーマスがドアを開けると、どこからともなく菩提樹の香りが漂ってきた。車から降りて見上げると病棟の前に大きな樹がたくさんの花をそよがせていた。
ハインリヒの心と言ってもいいフルートを置き去って、出て行ってしまったアーデルベルト。愛しい女を失い、これからは息子と二人で生きていこうと思っていたのに失踪してしまった我が子。死にかけたと聞いて、心もつぶれるかと思うほど心配して迎えにいった二月の朝。それから、息子の指に光る指輪をみつけたこと。その指輪が、愛する女の指にあったのと同じデザインだと氣づいてしまった事。
そのすべてが、彼の心臓を締め付けた。それは、今、息子が途切れがちに、激痛をこらえながら吹こうとしているフルートの悲痛な音色に似ていた。だが不思議だった。どれほど反抗し、どんな形で裏切ろうとも、ハインリヒはアーデルベルトをそのまま受け入れていた。彼は息子を愛していた。自分でも信じられないほどに深く、無条件に。
愛する事は痛かった。彼の持っている、持ちすぎているともいえる全てを差し出しても決して得る事のできない想いに絡めとられる事は苦しかった。だが、なかった事にはできなかった。
彼はしっかりと前を見据えると、今後の治療方針について医師達と話し合うために病院へと入っていった。
(初出:2013年7月 書き下ろし)
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オリキャラ職業チェンジバトンというのをやってみました。
では、いきます。
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- A1 オリキャラはいっぱいいるので、やってみます。
- Q2 農家で野菜を作る『 』 (『 』にはオリキャラさんの名前が入ると考えてください)
- A2 俺様 from「タンスの上の俺様」:上から目線で害虫を威嚇するものの、完全に無視され激怒。っていうか、招き猫だし
- Q3 超人気スイーツ店のパティシエになった『 』
- A3 生馬真樹 from「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」:横文字に弱くて「フォンダン・オ・ショコラ」などの用語が言えない。
- Q4 スパイとして敵国に潜入する『 』
- A4 団長ロマーノ from「夜のサーカス」:トレードマークの赤と青の縦縞上着が悪目立ちしてすぐに敵に捕まる。
- Q5 幼稚園の先生になった『 』
- A5 摩利子 from「樋水龍神縁起」:騒ぐ悪ガキどもを一喝して彼らからの尊敬を得るが、お母様方からは根強い反感を買っている。
- Q6 漫画家のアシスタントになった『 』
- A6 ヨナタン from「夜のサーカス」:言われた通りに夜通し黙々と作業をしていたらしい。
- Q7 自動車の設計を担当する『 』
- A7 カルロス from「大道芸人たち」:設計した車のみかけはかっこいいし内装も手がこんでいる。でも納期には間に合わず。シエスタしていたので。
- Q8 郵便配達人になった『 』
- A8 雄ライオン、ヴァロローゾ from「夜のサーカス」:皆が怖がって書留のサインをくれない
- Q9 タクシーを運転する『 』
- A9 エッシェンドルフ教授 from「大道芸人たち」:運転手付きの車での移動した事しかなく、ミュンヘン駅にすら辿りつけないで即クビ。
- Q10 ネイルアーティストになった『 』
- A10 リナ from「リナ姉ちゃんのいた頃」:仕事はそっちのけで自分の爪をきれいにするのに必死。
- Q11 下着売り場の店員になった『 』
- A11 ヴィル from 「大道芸人たち」:ナチスの特殊警察のようなおそろしい顔をして立っているので誰も購入してくれない
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- A12 よければ、やってください。けっこうおもしろいですよ。
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「○○うどん!といえば?」
「○○うどん!といえば?」というテーマなんですが、これ、今の日本の皆さんには暑いんでは? 私は熱いうどんでも大丈夫な天候のところにいますけれど。
二つありますね。味として好きなのは「卵とじうどん」です。かき玉とほうれん草、海苔なんかが入っている、比較的ふつうのうどんです。味にはあまりパンチがないのですが、お出汁の美味しさが堪能できる味だと思います。個人的にはお蕎麦よりもうどん派です。あ、それと私は東京出身なので、関西の方が毛嫌いするお醤油色のつゆのほうがほっとします。あ、関西風も食べられますよ!
そして、もう一つがうどんそのものとしての「讃岐うどん」です。はじめて高松に行って、立ち食いうどん屋で食べた素うどんは衝撃的でした。東京で食べていたうどんとは、全く別物でした。お蕎麦は東京で「ろくでもないもの」と「絶品」の両方を口にした事がありまして、「こんなに違いが」とわかっていましたが、うどんに関しては「まあまあ」と「美味しい」くらいの差しかないと思っていたのですよ。ところが「讃岐うどん」を食べてゲシュタルト・チェンジ(用法間違っているか?)しました。世界が変わりましたよ。まあ、いまでも東京の「おいしいうどん」は、そういう食べ物として好きです。「讃岐うどん」は別格の、天上の食べ物のような存在です。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当の西内です今日のテーマは「○○うどん!といえば?」です。うどんというといろいろなトッピングがありますがみなさんは、○○うどん...
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梅雨がないから

紫陽花は日本人にとっては梅雨のイメージと切り離せない存在だと思います。どこかはかなげで傘を持った女性が泣いていたり、お寺に和服を来てしっとりと立っていたり、蛙が雨宿りしていたり。また、梅雨の間に次第に色が変わるので移り氣の象徴みたいにとらえられたりもしますよね。
その全てのイメージは、こちらスイスでは皆無なのですよ。
日本で「庭に薔薇を植えました」と言うのと同じように「(園芸品種として)オルタンシアを植えました」という扱いなのですね。そしてですね。この花、薔薇と同じように春の終わりから秋まで、ず〜っと咲きっぱなしなのです。自動的に色が変わるなんて事もありません。梅雨の時期に雨によって土壌のPH値が変わることがないからなんですね。
さらにいうと、いまの私には「紫陽花革命」のイメージが強くなっています。紫陽花を持って、片道三時間かかるベルンへ行ってデモに参加してから、もう一年経つんですよね。(しかし、なんであの記事のスポンサーが民主党になっているの?!)
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【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (7)ピアノを弾く人 -1-
瑠水はチャプター1の時には高校を卒業したばかりでしたが、それから五年の月日が経っています。チャプター2では「大道芸人たち Artistas callejeros」のサブキャラとしておなじみの二人が出てきます。実は、もともとはこの作品のために生まれたキャラでした。羽桜さんがカラーイラストのラフとして描かれたものを例によって頂戴し、「あらすじと登場人物」記事に貼付けさせていただきました。嬉しいです。
![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(7)ピアノを弾く人 -1-
エスカレーターに乗るときの最初の一歩で、瑠水はまたタイミングを逃した。東京に来てもう五年になるのに、未だに他の人たちのようにすっと乗ることが出来ない。出雲や松江にももちろんエスカレーターはあった。だが、秒刻みで皆が規則正しくエスカレーターに乗り込むなんて状況はまれだった。少なくとも瑠水の人生では一度もなかった。
人が多く、広告が溢れ、車がひっきりなしに通り、同じような建物がやたらとたくさんある。コンクリートやアスファルトだけの空間があり、計画的に植えられた樹が行儀よく並んでいる。瑠水は都会のリズムに何年も慣れなかった。姉の早百合は、すっかり東京になじんでいる。甥の学を抱き上げながら、もっと早くこっちに来たかった、そういった。瑠水は、いつも樋水のことを思った。帰りたいと思ったが、途端に悲しくなった。
樋水に帰るところがなかった。摩利子と一の東京行きの決め方は普通ではなかった。早百合は松江の短大に行ったのに、なぜ瑠水に島根大学を受けさせてくれなかったのだろう。次郎先生もやたらと東京に行く方がいいと言った。樋水に居たいといいたかったが、その度にあの晩の龍王のことを思い出した。ご神体にまで否定されたという思いが瑠水をひどく傷つけていた。
そして、真樹のことがあった。
時間が経てば経つほど、自分の愚かさがはっきりしてきた。なんて子供だったんだろう。男の人と女の人がいつも一緒にいたら、いずれそういうことになるとは思いもしなかった。あのときの私の振る舞いは誘っているも同然だったわよね。
実際に、あのキスを瑠水は嫌ではなかった。反対だった。次郎から真樹はなんともないという短い返事をもらった後も、瑠水はしつこくあの時のことを想い描いていた。やがて、瑠水は自分も真樹に恋をしていたのだとようやく思い至った。一切の連絡がなく、完全に終わってしまったことを思い知った後も、思い出を過去のものにすることができないでいた。
シン。いま、どうしているの。
三ヶ月以上経ってから、思いあまって瑠水は真樹に電話をかけた。電話番号がなくなっていた。携帯の番号を変えてしまったのだ。あのとき、瑠水が何度もかけたことを真樹は受信記録で知っているはずだ。それなのに、いや、だからこそ何も言わずに携帯番号を変えたのだろう。瑠水は真樹にまで否定されたのだと思った。もちろん、自分が悪かったからしかたないのだけれど。
樋水には帰れなかった。だれも帰ってこいとは言ってくれなかった。正月には、家族全員が東京にいるのだからと摩利子と一が東京に上京してきた。だから、この五年間、瑠水は一度も島根に足を踏み入れていなかった。
樋水と龍王の池が恋しくておかしくなりそうなときがある。真樹を想って眠れない夜もある。だが、それは常に一方通行の想いだった。
やがて就職を決めなくてはならなかった。瑠水は当然のように東京で活動をした。地質学協会の仕事が決まった。早百合はいった。
「やっぱり、そうでしょう? 今さら奥出雲に帰るのなんかまっぴらよね~」
瑠水は、唇を噛んだ。帰れるものなら、いますぐにでも飛んで帰りたい。
瑠水は東京に慣れた。地下鉄の路線図もだいたい頭に入った。エスカレーターだけはタイミングが計れないが、人ごみの中でも、流れにのって歩けるようになった。友人や同僚との適度な距離をもった付き合いや、相手を困らせない程度にどうでもいい世間話などもこなせるようになった。けれどやはり孤独だった。
早百合の家庭にもあまり足が向かなかった。瑠水が行くとなぜか早百合と彰が険悪な雰囲氣になることが多かった。彰が瑠水に親切なことを言うと早百合がきついイヤミをいい、それからケンカになるのである。それに、二人とも樋水時代のことを話す時に決まって真樹のことを悪く言うのだった。これだけは夫婦ともに共通していた。早百合も彰もクラッシック音楽には何の興味もなかったし、バイクは不良の乗るものだという認識も共通していた。『水底の皇子様とお媛様』のおとぎ話なぞ、十歳の頃から馬鹿にしていたので、瑠水が真樹に対して持っている尊敬、人間性、そして愛情はまったく理解してもらえなかった。ましてや五年経っても忘れられないでいることなど言えるはずもなかった。
瑠水は、大抵の時間を一人で過ごした。仕事の後も同僚とどこかに行くことは稀だった。勤め先は大きいビルの中に入っていたので、三階のショッピングモールに入っているCDショップによく行った。真樹に聴かせてもらったいろいろな曲を買った。ラフマニノフのピアノ協奏曲だけはまだ買えなかった。
ある日の午後ことだった。二階にあるコンサートホールの扉がわずかに開いていて、中からピアノの調べが聞こえてきた。中で誰かがリハーサルをしているのだ。その音に、瑠水は思わず足を止めた。
あの第二楽章だった。オーケストラはついていないが、忘れられないあのメロディだった。瑠水は、エスカレーターから降りて、思わずその扉に向かった。
小さなホールの舞台でグランドピアノを弾いているのはカジュアルなパンツにワイシャツをラフに着た男だった。半ば目を閉じるようにしてゆっくりと体を動かしながら、甘いメロディを弾き続ける。瑠水は怒られることを覚悟で、中に入って一番後ろの客席に座り、その音に聴き入った。
真樹の部屋が甦った。端のかけたマグカップに入った瑠水のためのミルクコーヒー。手をつけなかった。横に座った真樹のぬくもり。それから……。瑠水は思わず顔を手で覆って深いため息をついた。
第二楽章を弾き終えると、その男は不意に言った。
「真耶か。遅いぞ。普段は時間厳守だとかギャーギャー騒ぐくせに」
我に返って、瑠水は椅子から立ち上がった。その音でこちらを見た男はびっくりしたようだった。
瑠水は、頭を下げて謝った。
「すみません。すぐに出て行きます」
あわててバッグをとろうとしたが、革ひもが隣の椅子に引っ掛かって手こずった。その間に男は舞台から降りてこっちに近づいてきた。
「そんなに慌てなくても、いいよ。君、誰?」
「すみません、このビルで働いているものです。扉が開いていてラフマニノフが聞こえたものだから、つい」
「ふ~ん。いいよ、そんな言い訳しなくても。その手を使ったのは君が初めてじゃないし」
瑠水は男の馴れ馴れしい口調と、訳の分からない言い草に戸惑った。瑠水は男とドアの間に挟まり、やたらと近くに寄られて体を強ばらせた。
「でも、今までにいないタイプだな。このビルのどこで働いているの?」
瑠水は、なんでそんなことを言わなくちゃいけないんだと思いつつ、ついまじめに答えてしまった。
「地質学協会……」
男は目を丸くしてそれから爆笑した。
「そんな仕事があるんだ。それで、いつから僕に近づくきっかけを狙っていたわけ?」
「いえ、そうじゃなくて、本当にすみません。失礼します」
「待ってよ。せっかくだから、食事でも一緒にどう?」
何なのよ。このナンパな男は。さっきのピアノの音色と大違い。瑠水が真剣に困っていると舞台からよく通る声がした。
「何やっているのよ、拓人」
男は振り返っていった。
「ようやく来たか。あんまりお前が遅いから、消えようかと思ったよ。このお嬢さんとね」
「それは申し訳ないわね。渋滞に引っ掛かったのよ。ここあと30分しか借りていないんでしょ、さっさとリハしましょう」
「あと30分待っていてくれる?」
瑠水は思いっきり首を振った。
「本当にすみません。わたしこれで失礼します」
逃げるようにして、帰った。それが、結城拓人との出会いだった。
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空想世界を作っています

この話、中世ヨーロッパをモデルにした仮想世界の話です。私の中では「実際の場所で言うと、この国のこの辺」というモデルがあって、でも現実とは別。そういうわけで改めてゼロから作ってみました。使用したのはPhotoshopのみ。
そうです。設定用マップを作っているのかPhotoshopのお勉強しているのかわからないような状態になってしまいました。苦労したのは、まず、ファンタジーの国土を作る方法。これは、ネットで探し出したチュートリアルをもとに「雲模様」から作り出しました。それから、薄くなってしまってほとんど見えませんが、等高線を作る方法。「ポスタリゼーション」を使うんですね。それからスタンプとして使ってある山や森やお城のマーク。これはフリーのブラシを発見して解決しました。
実際に、マップを作ってから書いた小説を読み直すと、地理的矛盾が続出! ああ、公開前にやっておいてよかった〜。
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お披露目されたばかり

日本のリアル友人は一ヶ月以上前に「カルガモの赤ちゃんがかわいい!と騒いでいたのですが、私が毎日通るカモの池には成鳥しかいなくて、今年はもう生まれないのかと思っていたのです。
ところが先々週あたりから、急にこのようにひな鳥オンパレードになっていました。そして、その数も半端じゃないのですよ。一羽のは羽鳥から七、八羽なんて不思議じゃないと思うのですが、一羽で田舎の小学校の一学年分くらい連れているんですよね。数えたわけではないんですが、20から30羽くらいが一羽の雌ガモを追って泳いでいる。「もしかして、これは保育園か?」なんて思いながら、微笑ましく眺めていますよ。
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【小説】大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 ミントアイスの季節
実は、以前からリクをいただいているカイザー髭ことエッシェンドルフ教授の外伝も並行して進めていたのですが、そっちのほうが長くなって二つの掌編になってしまい、まだ一つ目しか終わっていないので、先にこちらをアップすることにしました。
劇中劇の設定で日本のアニメを原作にした演目の話が出てきます。深い意味はありません。ちょっとドイツだったので遊んでみたくなっただけでございます。お若いサキさんはピンと来ないかも、でも、相方の先さんならどのアニメかわかる事でしょう、って思っていましたが、リメイクされるんでまた話題になっていましたね。そうです、あのアニメです。
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 ミントアイスの季節
翼を広げた黒い双頭鷲の紋章と二つのミントグリーンをしたタマネギ型の塔を備えるアウグスブルグ市庁舎を眺めながら、ヤスミン・レーマンはカフェのテラスで銀色の椅子にどっかりと腰掛け、コーンに盛られたアイスにとりかかった。チョコチップ入りのミントアイスは、彼女の一番のお氣に入りで、この場所は夏の特別席だった。
仕事が終わり、劇団に行くまでの三十分ほどの自由時間をどのように堪能するか彼女はよく知っていた。今日は一日忙しかった。フッガーハウスにほど近い美容室の店長はヤスミンを重宝していた。彼女は男性の髪も女性の髪もどちらも上手にカットする事ができる上、勉強熱心で最新流行の髪型を器用に取り入れる事が出来た。加えて快活で人当たりがいいので予約が絶えなかった。しかし、それはつまり、仕事中にほとんど休憩する時間がないという事で、立ちっぱなしの一日の終わりには足が棒のようになっていた。
『カーター・マレーシュ』は、若者たちの間ではそろそろ名の知られてきた小劇団で、五年ほど前から関わっているヤスミンは、時間の許すかぎり半ばボランティアのような形で協力をしていた。といっても、彼女は女優ではない。メイクアップ・アーティストとして、それから広報としてバイエルン各都市の企業や裕福な個人に寄付金を依頼しに飛び回っていた。フルタイムで働いた日に劇団に行くことは珍しいが、今日は特別だ。間もなくはじまる新しい演目のメイク・テストなのだった。
「大口を開けて。百年の恋も醒めるぞ」
その声に横を見ると、ヴィルが立っていた。ヴィルフリード・シュトルツは『カーター・マレーシュ』の役者だ。そして、今日のメイク合わせで特殊メイクをしなくてはならない三人のうちの一人だった。
「あら、早いのね。せっかくだから一緒に行かない? ちょっと待っていてよ」
ヤスミンが言うと、ヴィルは頷いて前の席に座った。ウェイトレスがすかさず注文を取りにきたので、彼はコーヒーを頼んだ。
「ホット・コーヒー? こんな日に」
ヤスミンが訊くとヴィルは大して表情を変えずにコーヒーを飲んだ。
「ひどい色だな」
彼の青い瞳がヤスミンの食べているアイスを見ていた。彼女はくすくす笑った。
「これ、あなたの肌の色よね」
「俺のじゃなくて、俺のメイクの、だろう」
表情は変わらなくてもその迷惑そうな声音から、ヴィルがこの演目を馬鹿馬鹿しいと思っている事がわかる。実をいうとヤスミンもそう思っていた。
「ねえ。あなたのやる『総統』役って、ヒトラーのパロディでしょ? でもミント色の顔の宇宙人。ちょっと突拍子もない設定よね」
ヤスミンは以前からの疑問を口にした。
「団長の趣味だよ。昔の日本のアニメを原作としているんだとさ。放射能を除去するための機械をとりに行くのを異星人が邪魔するって話さ。原作では顔は青いらしい」
「でも、行く先はエジプトのアレクサンドリアなの?」
ヤスミンは混乱して首を傾げた。
ヴィルは少しだけ口元を歪めた。
「イスカンダルっていってもエジプトじゃない。日本人には馴染みがなくてよその星の名前みたいに響いたんだろう」
ふ~ん。よその星ねぇ。
どんな役をもらっても、ヴィルは黙々とそれをこなす。彼にしてみたらこの間の極悪ナチスの将校みたいな役より、少々コミカルなこの悪役の方がいいのかもしれない。それに、ミントグリーンにしちゃえば、誰だわからなくなるし。ヤスミンは考えた。
周りには隠しているが、ヴィルが本当は大金持ちの子息だという事を、ヤスミンは知っていた。つい先日、寄付を頼みにいったミュンヘンのエッシェンドルフ教授が、チラシに載ったヴィルの名前に反応したので本人に訊いたら、あれは父親だと告白したのだ。けれど、ヴィルは父親と縁を切ったとも言った。違う苗字を名乗り、ナイトクラブでピアノを弾いて生計を立てていた。
劇団からも多少の出演料はでる。でも、それで食べていける人間なんか一人もいない。団長だってそうだ。『カーター・マレーシュ』は定期公演もするし、プロ志向の強い俳優たちが集まっているけれど、世の中はそんなに甘くない。好きな事だけして暮らしていける自由があったらいいのに。ヤスミンはふと、エッシェンドルフ教授の館で見かけた女性の事を思い出した。
教授とはかなり歳が離れて見えるアジア人だった。ものすごくきれいで、上質の朱色のワンピースを身に着けていた。平日だっていうのに、優雅にも美容院に行くって言っていたっけ。
世の中はかなり不公平に出来ている。でも、ヤスミンはそのことで愚痴をこぼしたいとは思わなかった。少なくとも失業しているわけじゃないし。こうして大好物のミントアイスを市庁舎前広場で食べられるんだし。
「そろそろ行くぞ」
ヴィルがテーブルに代金を置いて立ち上がった。真っ青に晴れ渡った空が目に眩しい。二人は石畳を快活に歩いていく。
アウグスブルグは二千年以上の歴史を持つ古い都市である。シュヴァーベンの中心地であり、古くから商業都市として栄え、モーツァルトゆかりの文化都市でもある。緑豊かで美しく、自然と便利な都市生活が共存するヤスミンの自慢の故郷だった。今も残るいくつかの大きな城門に囲まれた旧市街は美しく保存されていて、張り巡らされた数多くの運河網にかかる500もの橋とともに歩く者の眼を楽しませる。
ヤスミンとヴィルはアウグストスの噴水の脇を通って市立劇場も通り過ぎ、劇団の借りている19世紀の工場跡の建物に入っていった。建物の保存状態はあまりよくなくて、他の旧市街の美しい建物と較べると若干殺風景だが、広い多少荒れた敷地のおかげで周りから騒音の苦情も来ず、何よりも賃料が安かった。そして、舞台と同様に走り回れるような広い空間がある建物なので舞台稽古にも適していた。
だが、今日は広い稽古場は必要ではなかった。団長と、ヴィル、それからベルンの三人に宇宙人メイクを施すテストと打ち合わせで集まるのだから。ベルンはまだ来ていなかったが、団長は彼が「司令室」と呼んで悦に入っている小部屋でビールを飲みながら台本を読んでいた。
「お、来たか。じゃ、さっそくはじめようか」
最初に緑色にされるのはヴィルだった。団長はヤスミンが塗っていくドウランの色合いについて意見を言っていく。
「うん、そうだな。そんなに弱いと、ただの青ざめたヤツみたいになるから、少し緑を鮮やかにするか」
「でも、肌だけが浮くと違和感あるでしょ?」
「宇宙人だからなあ」
宇宙人だってなんだって、こっちの美意識がねぇ。結局、ヤスミンが提案して、銀色のつけまつげと眉や口紅にメタリックな銀を採用する事でバランスを取った。
「こんなブキミなメイクが、似合うな、ヴィル」
感心する団長にヴィルはさも不満そうに鼻を鳴らした。ヤスミンは団長にも同じようにメイクし、その間にやってきたベルンにもやはりミントグリーンの化粧をすませた。夕闇が射し込む古い工場跡に三人ならんだ緑の顔の男たちは異様だった。ヤスミンはくすくすと笑った。
「こんな変な人たちが私たちの国を戦争に導こうとしたら、誰もついてこなかったでしょうね。ね、総統」
ヤスミンが言うとヴィルは憮然としたまま答えた。
「文句は団長に言ってくれ。せめて次はもう少しまともな演目にして欲しい」
けれど、次の演目にヴィルが出演する事はなかった。そもそも総統役のメイクを本番で披露する事もなかったのだ。父親の差し金で劇団から解雇されたヴィルはしばらくミュンヘンにいたが、その後失踪してしまったらしい。エッシェンドルフ教授に匿っているのではないかとしつこく疑われたが、団長をはじめ誰もヴィルの消息を知らなかった。
仕事を終えて、市庁舎前広場にさしかかると、ヤスミンは複雑な想いを持つ。カフェに座り、さほど暑くもないのにミントアイスを注文する。
「大口を開けて」
ヴィルが非難する声が耳に響く。でも、彼はそこにはいない。いったいどこに行っちゃったのかなあ。もし、私があのときカイザー髭教授のところに寄付金を頼みにいったりしなかったら、ヴィルはまだこのアウグスブルグにいたのかしら。
ヤスミンは、チョコレートチップをつんつんとつつきながら、彼がどこかでコーヒーを楽しんでいる事を願う。眼のまえのタマネギ型の二つの塔の屋根を見上げて、アイスクリームにかぶりつく。いつかまた逢えるといいな。出来ればこのアウグスブルグで。夏はそろそろ終わりそうだった。
(初出:2013年7月 書き下ろし)
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雷鳴の轟く煙
で、今日の話題はサクランボではなくて、連れ合いつながりで

トンガ語ではMosi-oa-Tunya(雷鳴の轟く煙)というこの瀧、ヴィクトリア大瀑布の名前で知られています。世界三大滝の一つでアフリカのジンバブエにあります。
多分、私が自力で行った外国の中で、もっともアドベンチャーだったのはこのジンバブエ旅行でしょう。そして、人生の冒険の出発点でもありました。この瀧を眺める豪華ホテル、ヴィクトリア・フォールズ・ホテルで偶然出会ったスイス人と、どういうわけか人生の道のりが交差し、本日12年めの結婚記念日を迎える事になったのですから。
旅をはじめるまでは、道を外れていく事に大きな不安がありました。せっかく入った会社をやめてこの後大丈夫だろうかとか、私は何のために生きているんだろうかとか、自分のやっている事に全く自信がありませんでした。
でも、アフリカでいろいろな人に逢い、別の世界を知り、そしてこの瀧のようなスケールの大きい自然に対峙しているうちに、正しい道が一つしかないと思い込んでいた自分の小ささを知ったのです。
その後の道は外れっぱなしです。でも、何とかなっている。私は自分の通って来たすべてを肯定しながら前を向いて歩く事が出来ています。
この瀧は大きなターニングポイントでした。私をここへ連れて行った運命に感謝の気持でいっぱいです。
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「上達させたいこと」
最初の頃と違って、どれほど長い道のりかはわかってきたのですが、それに加えて、ようやく指が開くようになってきました。そう、そういう段階です。前は「どうして、ここを押さえてこっちの弦を開放弦に出来るんだろう。絶対に触れて変な音がしちゃう」と思っていたのですが、指が十分開くようになってくると、変なところに触れずにすむんだなと。
まだ、右手は均等に動きません。左手もさっと正しいポジョンに動きません。とある練習曲がだんだんまともになってきた感じ。アルペジオやら和音やらを日々練習しています。これがポロロンと簡単に弾けるようになれば嬉しいですね。
ギターは老後に旅も出来なくなった時に楽しめるようにはじめた趣味。ゆっくりと上達していくといいなと思っています。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当藤本です今日のテーマは「上達させたいこと」です。みなさん今、上達できるとしたらなにを上達させたいですか?今努力されていることでも、もし上達できるなら○○がいいなといったものありますか?私の場合はは楽器(ギター)を弾いているのですがなかなか上達しませんので、、ギターを上達させたいです!他にもスポーツがだめだめなのでスポーツだったりとたくさんあるのですが...
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世界遺産の話

富士山や三保の松原も登録されたユネスコ世界遺産ですが、登録されると観光客が殺到してかえって保存に問題が出るという事が続出しているようですね。
登録されるとニュースになる。映像や写真が人びとの眼に触れる。今まで存在も知らなかったのに「いいじゃない」と思う人がたくさん出来る。観光客が殺到する。そう、私も例外ではありません。世界遺産に登録されるまで白川郷の名前も知りませんでした。そして、行けるものなら行ってみたいと秘かに思っていますもの。物理的に遠くて行きませんけれど。
この写真はイタリアのチンクェ・テッレ。やはり世界遺産です。よく考えたら、同じようにカラフルで美しいイタリアの村はいくらでもあるのに、行っちゃいましたものね。
実は、ここには二回行きました。最初に春に一人で行って、「よかったよ〜」という話をしたら、夏に日本から来た友達がどうしても行きたいと。「私はもう行ったから、あなたたちだけで勝手に行ってくれないかしら」と言ってみたら「案内人がいないと辿りつけない」と泣きつかれました。大して難しいところじゃないんですけれどね。
二回行った感想ですが、店も閉まっているところの多い春先の方が、のんびりしていてよかったですね。暇だと地元の人たちも親切になるようです。
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【小説】おまえの存在
「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。七月はドイツのヘルベルト・グリューネマイヤーの“Glück”を基にした作品です。「幸福」という意味の題名です。「あなたが存在する事自体が幸福で、出会えてよかった」という内容を歌っています。恋人のことだと思いますが、この小説では対象がちょっと違います。実は来月分とリンクする作品になっています。
ちなみに“Glück”日本では全く知られていない曲だと思います。もちろん日本語の和訳もネットでは見つかりませんでしたので、頑張って訳しました。微妙に難しかったです。とてもいい曲ですので、よかったら歌のYoutube動画と一緒にどうぞ。

おまえの存在
Inspired from “Glück” by Herbert Grönemeyer
スーパーの自動ドアが開く時に、麻由が飛び込まないように手を握った。小さい、小さい掌だ。潰さないようにそっと力を込めると、ぎゅっと握り返してきた。
何もかも慣れない事ばかりだった。かつては仕事を終わらせなければならない時間など氣にした事もなかった。氣にするのは終電の時間だった。だが、保育園に七時半には絶対に行かなくてはならない、電話をしてもどうにもならない事を知って、喬司は上司に職務替えを頼まなくてはならなかった。
「君のご両親に頼むというわけにはいかないのかね」
部長が最初に行った言葉には、喬司の母親がもう他界している事や年老いた父親が東北に住んでいる事を忘れている節があった。
「奥さんのご実家は」
次の発言は、事情を全く理解してもらっていない事を露呈した。喬司の妻であり彼らの娘である美樹が昏睡状態にあるというのに病院にすら一度も現われようとしない二人に、五歳の孫娘の世話を頼めるはずはない。
喬司を失いたくないという部長の意図が、卓越した営業成績だけにあるとは思いたくなかった。喬司もここまで築き上げてきたキャリアを失うのは悔しかった。だが、彼には他の選択肢がなかった。
美樹が大量の睡眠薬を飲んだとき、喬司はまたかと思った。ヒステリーにも飽き飽きしていたし、家事はともかく育児も放棄して遊び歩く事に対する終わりのない口論にもうんざりしていた。その度に彼女は死を選ぶとわめきちらし、実際にいくつかの方法を試した。けれど、結局は同じようなループが戻ってくる。喬司も考えていなかったが、彼女自身も予想しなかったのではないだろうか。すべてが終わりになるのでもなく、以前のように簡単にもとの生活に戻るのでもなく、ただ、肉体だけ異常なく機能する状態で意識が戻ってこなくなる事など。
その状態は喬司にとって失うよりもやっかいだった。ものを食べ排泄に向かう事の出来ない妻を生存させ続けるために、喬司は多額の出費を覚悟しなければならない。つまり娘の世話を誰かに頼む金銭的余裕はなくなった。
ようやくオンライン受付業務の課長としての異動辞令が降りる事になった。来月から、本社で勤務になる一方、手取り給料は減る事になるが、少なくとも今日のように保育園の閉まるギリギリに飛び込むような事態はなくなるだろう。異動の話をしたところ、厳しかった園長の顔が少し柔和になった。ともかく今月だけ我慢すればそれでいいのだと表情が語っていた。
「パパ、おにくは、かわないの?」
麻由が小さな声で言った。喬司ははっとして、娘の方に意識を戻した。
「ああ、地下に行かなくちゃな」
「まゆ、そーせーじ、たべたいな」
ようやく希望を言えるようになってきたか。喬司は心の中でつぶやいた。育児を放棄しがちとはいえ、美樹は少なくとも麻由の面倒をみてきた。全くノータッチだった喬司とは違う。はじめは保育園の先生よりも距離を置かれていた。休みの日に遊んだ事があるとはいえ、麻由との関わりはほぼそれだけだった。朝早く家を出て、夜遅く帰宅する父親の存在など、娘はほとんど意識していなかっただろう。娘がかわいくなかったわけではない。ただ、接点を持たずにやってこれた、それだけだった。そして、それを当然の事だと思っていた。自分は働いている、娘の面倒を見るのは家庭にいる妻の役目だと。
「あなたは会社を出れば仕事が終わるけれど、私は二四時間休めないのよっ」
「それが、夜遊びのいいわけか! 幼児を一人家に残して。こっちだって深夜まで働いているんだ、文句を言うな」
美樹との口論には妥協点がなかった。
喬司には好きあって美樹と結婚したという想いがなかった。体だけが目的でつき合っていたとは思わないが、知り合って間もなく肉体関係を持ち、この女と愛情を育む事が出来るのだろうかと訝っているうちに、子供が出来たと告げられた。だまされたと感じた。「避妊薬を飲んでいるから大丈夫」という言葉を鵜呑みにして罠にはまったのだと。
それから美樹の家庭の事情や、彼女自身の子供を持つには未熟すぎる精神のことを知る事になったが、それでも喬司は子供を堕してすべてをなかった事にしようとは言えなかった。
夜泣きはうるさかったが、やがて麻由は空氣のような存在になった。喬司が関わるのは休日だけだったが、娘は静かに一人遊びをしている事が多かった。歌って踊ったりするような事もなければ、一緒に遊んでほしいとねだってくる事もなかった。美樹は勝手に自分の観たいテレビ番組にチャンネルをあわせ、麻由は母親に食事をしろ、風呂に入れと命じられた時に大人しく従うのみだった。喬司は手のかからない娘でラッキーだと思っていたが、娘の子供らしさが失われているのは母親の折檻と自分の無関心が原因だったなどとは思ってもみなかった。
妻の昏睡状態がどうにもならないとわかり、娘と二人の生活をなんとかやっていかねばならないと自覚してから、ようやく喬司は娘と向き合う事になった。何時間も一緒に過ごす事になってはじめて麻由が怯えている事に氣がついた。はじめて娘を風呂にいれ、体に無数の傷がある事も知った。何かを訊くと、答えて怒られないか顔を伺う。子供の虐待などとは無縁な家庭だと思っていた。しかし、それは彼の無関心でしかなかった。
まともに料理などした事がなかった。学生時代におぼえた目玉焼きや野菜炒めくらいはできる。米を研ぎ炊飯器にセットするのも、その頃以来ずっとやっていなかった。最近の炊飯器には、なんだかわからないボタンがやたらとあるな。全く電源の入らない状態に首を傾げていると、小さな手が、くいっとズボンをつかんだ。眼を向けると、麻由が抜けているコンセントを指差していた。
一汁三菜にはほど遠い料理は問題だった。子供の栄養の事も考えなくてはならないなと、書店に行って初心者向けの料理本を買ってきた。遠くから眺めていた麻由は、そんな喬司の姿を見て、少しずつ近くに寄ってきた。
「今日は何が食べたい?」
料理本の写真を見せて訊くと、少しびっくりしたようにこちらを見た。希望を訊いてもらった事などないのだろう。それからためらいがちに、一緒に写真を見て、牛肉のキャベツ炒めをそっと指差した。そんなに難しそうでなかったのでほっとした。それでも焦げてしまって、写真の出来とはだいぶ違ってしまった。首を傾げながらも麻由は全部食べてくれた。
スーパーで、ソーセージと焼き肉用に味付けされた肉を買った。一階では人参やピーマン、レタス、きゅうりなどを籠に入れる。栄養のバランスや旬の事などもようやく最近考えるようになった。閉店間際にお買い得になる商品がどこに置かれるかもわかってきた。
「パパ。プリンは?」
ひかえめに麻由がねだる。喬司は笑ってプリンを二つ籠に入れた。飲み屋でのビール一杯にもならない贅沢に娘は満面の笑顔を見せる。
マンションに着いた。4LDKのしゃれた部屋とはまもなくお別れだ。ここの家賃は、今の喬司には少々高すぎる。美樹の入院がいつまでになるかわからず、将来は麻由のためにパートタイムの手伝いを頼まなくてはならない事もありうる。彼は休日を使って、不要な家財を出来るかぎり処分していた。美樹が買い込んだものがたくさんあった。喬司自身が買って忘れていたものも多かった。とっくに着れなくなった麻由の衣類も。麻由はその手伝いもしてくれた。大きなゴミ袋の口を広げたり、ちりとりを持ってくれたり。そうやって共に時間を過ごす事で、ようやく麻由は笑って甘えてくれるようになってきたのだ。
一緒に風呂に入って、傷のなくなって来たやわらかい肌を丁寧に洗ってやる。細くて艶のある髪を洗ってやる。シャンプーが目に入らないように硬く目を閉じている様子に思わず微笑む。タオルで丁寧に拭いてやると、くすぐったいと言って笑う。洗い立ての、アイロンのかかっていないパジャマを着せて、走り回りたがるのをつかまえてベッドに連れて行く。
「ねえ、パパ」
「なんだい」
「ずっといっしょにいてくれる?」
何かが喉にこみ上げてきた。美樹と結婚した事を、争いの絶えない家庭にいる事を、いつも不幸だと思ってきた。自分は恵まれていないのだと。妻が昏睡状態になり、小さい娘を一人で抱える事になった事も不運だと思っていた。キャリアも、女も、他の多くの男が得ていく幸せをすべてあきらめなくてはならないのかと。
だが、母親に邪険にされ、父親に省みられない人生を送り続けてきたこの幼い少女に較べて、どこが不幸だったというのだろう。
「いるよ。これからはパパが麻由を守る。だから安心してお休み」
子供が欲しかったわけではないと、いつも心のどこかで思っていたような氣がする。そしてどこかで、本当に自分の子供なのかと思った事も。だが、小さな掌が自分の中に滑り込んできた瞬間、それまでの麻由に対する疑念がすべて消え去った。小さな愛おしくて弱い存在。ようやく家族を信頼し笑顔を見せる事が出来るようになった小さな娘を、施設なんかには入れたくない。もう二度と、あんな怯えた目をさせたくない。他の誰が敵対しても、僕だけはおまえの味方でいてやるから。それを安心して信じられるようになるまで、ずっと側にいてやるから。
静かな麻由の寝息を聴きながら、喬司はゆっくりと立ち上がって部屋の灯りを消した。窓の外に東京の夜景が浮かび上がっている。彼は持ち帰ってきた仕事を仕上げるために、台所へと向かった。
(初出:2013年7月 書き下ろし)
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