【小説】夜のサーカスとターコイズの壷
さてさて。今回の話はほとんどが過去に属するものです。「極彩色の庭」で出てきた二人の少年の話が、もう少し詳しく開示されています。続けて読んでくださっている方にも多少わかりにくい書き方をしているこの小説、それでもサーカスの仲間たちよりも読者の方が多く知っている状態になってきています。
来年の初夏を予定している最終回までに、ステラの恋の行方、ヨナタンの謎、そしてブルーノの悩みの三つの問題を終息させていきます。
ちなみに毎月一定数あるこのブログの検索キーワードに「シルク・ド・ソレイユ アレグリア 歌詞」というのがあります。この小説の構想をする時にイメージした曲を私が訳した記事(「Alegria」の歌詞を訳してみた)なのですが、その中の「Vai Vedrai 」の歌詞がこの過去の物語の骨格になっています。ま、歌詞読んでも謎は解けませんけれど。
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夜のサーカスとターコイズの壷
「その小さなサーカスには、背の低くて鼻の真っ赤なピエロがいました」
鳶色の髪をした少年が、はっきりと絵本を朗読した。
「白いサテンのだぼたぼのつなぎ服には鼻とそっくりの赤い水玉がたくさんついていました」
金の髪、青い目をした小さな少年は、嬉しそうにその朗読に耳を傾けていた。そして、すっかりそらで憶えている続きを、もう一人の少年と一緒に唱和した。
「ピエロは、ただ
二人の笑い声が、天井の高いホールに響いた。
それは城の中でも特に美しい部屋で、白い漆喰に複雑に浮き出た飾りはすべて金で縁取りされていたし、色とりどりの牧歌的で晴れやかな絵が壁面と天井を覆っていた。ピカピカに磨かれた大理石の床には、数カ所紅い絨毯が敷かれていて、少年二人はそこに座っていたのだ。
鳶色の瞳の少年は、青い瞳の少年の求めに応じて、絵本を朗読している。大好きな絵本。小さな手が、大好きな挿絵の上をそっとたどる。それから、本を支えているもう一人の手にいき、白いシャツで覆われた腕を通り、頬に触れる。
「ほら、ここにもいる。パリアッチオ!」
金色の髪が揺れてクスクス笑いが響く。鳶色の瞳も笑ってその小さな指を捕らえる。
「やめて、ピッチーノ。くすぐったいよ」
二人の少年は頭一つ分くらい背丈の違いがあったが、実のところ歳の差は一つだった。鳶色の髪を持つ背の高い方の少年は、使用人からは若様と呼ばれ、女主人ともう一人の少年からはパリアッチオと呼ばれていた。背の低い方の少年は金髪に青い瞳で、ピッチーノと、もしくは小さい若様と呼ばれていた。本当は二人とも学校に通っている年齢だったが、城の中から一歩もでない生活をしていた。若様の方には家庭教師が何人もついていて、今日は古典、午後からは数学、明日はイタリア語と科学という具合に学校に行く以上の厳しい教育がなされていた。
けれど、ピッチーノこと小さい若様の方は、かくれんぼをしたり、美しい庭で花を摘んだり、もしくは、奥様や若様が朗読してくれる絵本に耳を傾けて、機嫌良く日々を過ごすのみだった。小さい若様はあと何年経とうともイタリア語の先生に教わることはできないだろうと診断されていた。文字を憶えることはできない。絵本以上の複雑な言葉を理解することもできない。けれど、少年はいつも幸福に満ちていた。
ルネサンスの巨匠たちが、ピッチーノの姿を見たら、きっとインスピレーションに揺り動かされて、素晴らしい天使の絵や幼きキリストの絵を描いたことだろう。白くふっくらとした肌にほんのりとピンクがかった頬。その柔らかくて滑らかな様に誰もが触れたくなる。アクアマリンのようにキラキラと輝く瞳が向けられると、その透明さに吸い込まれてしまいそうになる。明るく弾んだ笑い声。人懐っこくて、とくにパリアッチオが、そして、奥様が大好きで、ためらうこともなくぎゅっと抱きついてくる。その屈託のない天真爛漫さが、見るものの全ての顔をほころばせた。
「パリアッチオ。秘密を守れる?」
「うん。何だい、ピッチーノ?」
「あのね、あそこの壺にね」
ピッチーノが指差す先には、とても大きなターコイズ色をした壺があった。どこかの東洋の国で大切に窯から姿を現したとても高価な磁器で、耳を寄せてそっと爪で叩くと、楽器のように澄んだ音がした。けれど、奥様も執事も、ここで遊んでもいいけれどあの壺の周りで取っ組み合いをしたりして壊してはならないと何度も言っていた。
「何をしたの?」
「パリアッチオと僕の絵をね。こっそりと入れたの。僕たちが、いつまでも一緒にいられるようにって」
パリアッチオはちょっと口を尖らせてみせたが、クスクスと笑う少年につられて、笑い出してしまった。二人は、今までずっと一緒にいたわけではなかった。二人がこの城ではじめて引き合わされてから、まだ一年少ししか経っていなかった。冬の朝、雪に反射した光がとりわけ明るくこの大広間ではじめて顔を合わせて、おずおずと自己紹介をした。二人は、すぐに仲良くなった。これまで別々の場所にいたのが信じられないほど、親密な関係を築いた。対照的な見かけの二人の少年が共にいる光景は一幅の絵のように美しい光景だった。城の女主人である奥様は二人が一緒にいるのを見るのが好きだった。
「いいよ。僕たち二人の秘密だよ。見つかったら、とても怒られると思うし」
「うん。一緒に怒られてくれる?」
「うん。あげる」
パリアッチオは知っていた。たとえ悪戯が発覚しても、だれもピッチーノを本氣で怒ったりはしない。彼のやることは、本当に無害で、天使のように愛くるしいのだ。そっと、音もしないように願いを込めた絵を壺に隠した少年を、天におわします父なる神も微笑んで見ていたに違いない。地上は楽園ではないけれど、ピッチーノのいるところだけはいつも平和で愛おしかった。
パリアッチオ自身は、天使ではなかった。城で「若様」と使用人たちに持ち上げられているけれど、王子様のような楽な日々ではなかった。
「あなたはいずれアデレールブルグを背負って立つお方ですから」
そう言われ学校で義務教育を受ける同世代の子供たちの何倍もの努力を強いられていた。苦手な英語と物理にはとりわけ厳しい先生が付けられた。花を摘んで笑うピッチーノの横で、綴り帳にドイツ語をぎっしりと埋めていかなくてはならなかった。日曜日は授業がない代わりに、神父のところで宗教問答に耳を傾けなくてはならなかった。
アデレールブルグ夫人のピアノに合わせて歌いたい。一緒に花を摘んで笑いたい。ゆっくりと絵を描いて、それをプレゼントしたい。ピッチーノと一緒に、ピッチーノのように。パリアッチオにはよくわかっている。彼にそれが許されないのは、彼の方がピッチーノよりも恵まれているからだと。もう少し高い知能があるから。
「パリアッチオ」
落ち着いた美しい声がした。鳶色の髪と金色の瞳をした美しい女性、そう、この城の女主人であるアデレールブルグ夫人が静かに広間に入ってきた。
「ママ!」
ピッチーノが走って抱きつく。彼女は愛おしげにピッチーノの頬にキスをして、それから少し遅れて近寄ってきたパリアッチオの頬にも手を伸ばした。彼女の唇が頬に触れる時に微かに薔薇の香りが移ったように感じられた。
「イタリア語の時間よ。先生が書斎でお待ちよ」
「はい」
「授業が終わったら、食堂でお茶にしましょうね」
「はい」
パリアッチオは素直に戸口に向かったが、立ち去りがたい想いでアデレールブルグ夫人とピッチーノを振り返る。「ピエロとサーカス」の絵本を開き、読んでくれるように頼むピッチーノ。彼を愛しげに見つめながら絵本を受け取る夫人。二人の笑い声は、廊下を歩いているパリアッチオの背中に届く。瞳にほんのわずかに、悲しげな光が宿る。
「ヨナタン?」
マッダレーナの声に彼ははっとした。
「このペンダントが、どうかした?」
マッダレーナはその宵、水色のロングスカートを着て大振りのトルコ石のペンダントをつけていた。夕闇の中で、ふと目についたそのターコイズが、彼を記憶に引きずり込んでいた。あの壺と同じ色だ。ヨナタンは眼を逸らした。
「すまない。じっと見たりして」
「見ていなかったわよ」
マッダレーナは、ふうっと煙を吐くと、煙草を落として、サンダルのかかとで火を消した。
「見ていたのは、ここじゃない、そうでしょう?」
ヨナタンは何も答えずに、胸のポケットから携帯灰皿を取り出し、火を消した。
「そんな泣きそうな顔をしてまで、何もかも隠さなくてもいいのに。別に名前と住所を言えってわけじゃないんだから」
「泣きそうな顔をしていたのか?」
「自分でわかんないの?」
「していたかもしれないな。言ってもしかたないことなんだ。もう、手の届かない遠くの話だ」
(初出:2013年8月 書き下ろし)
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「【恋がしたい!】と思うときはどんな時?」
ええと。生まれてから一度も思ったことないかも……。あ、いや、「いま恋してる!」はありますよ。でも、「恋がしたい!」とはねぇ。
なぜそう思わないのか、分析しちゃいました。要するに現実に恋をしていない時に、恋に憧れている暇があった事がないってのがその回答でしょうね。
私が最初のお話を作った(頭の中ですけれど)のは幼稚園に入る前でした。それ以来、ず〜っと、途切れることなくそんなことをやっているわけなのです。で、常にそんなことをしているわけでもなく、例えば受験で忙しい時には英単語を記憶していたり、仕事でテンパっている時には食事も忘れていたり、もしくはヤバい人間関係に巻き込まれてオロオロしていた時もあります。
で、その合間の空いた時間、ぽーっとしている時間があると、どうも私はお話の続きを考えてしまうのです。で、恋をしたければ頭の中でどんどんしちゃうわけですよ。
ブログで物語を作るタイプの方と交流するようになって腑に落ちたのですが、世の中には自分で創作するタイプの方(二次創作を含む)と誰かが作ったものを楽しむだけの方の二種類がいらっしゃいます。もちろん前者は他人の作ったものも楽しむのですが、後者は創作は絶対にしません。ずっと私は自分だけが異常なのかと思っていたのですが、たまたま前者との交流をしていなかっただけだという事がわかりました。
そしてですね。私も含めて創作する人は、切実に「恋がしたいわあ」などと思う以前に勝手に想像の世界で恋ができちゃうのだと思うのです。とある恋愛映画で感動したとします。創作をしないタイプの人は「私もあんな恋がしてみたい」と思うのかもしれません。でも、創作するタイプの人はすでにその映画に近いシチュエーションがもう勝手に動き出しているんじゃないかな。少なくとも私はそうです。それが原作から離れて自分だけの世界になればもうどっぷりそこに浸かってます。「あ〜あ、恋がしたいなあ」どころかすでにドロドロにまで行っちゃっているわけです。
たぶん、だから私は今まで一度たりとも「恋がしたいなあ」と思ったことがないんじゃないかな、と思うのです。
こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の加瀬です(^v^)/今日のテーマは「【恋がしたい!】と思うときはどんな時?」です。…突然ですが、恋してますか?夏はお祭りや花火大会で、カップルが歩いているのを見ると「羨ましいな…。」と思う加瀬です。みなさんが、「恋したい!」と思うときはどんな時ですか?加瀬は映画を見るのが好きなので、恋愛映画を見ると恋愛っていいなー!と感じますね。出来るならハッピーエンド...
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細部に宿るすべてへの想い

イラスト by 羽桜さん
このイラストの著作権は羽桜さんにあります。羽桜さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
「即興曲」で瑠水が拓人のピアノを聴いているシーン。お願いしたのはこんな内容。そう、つまり丸投げ状態です。羽桜さんは「Dum Spiro Spero」の全部を通して読んでくださっているのですが、昨日のシーンを読んでいただいてもわかるように小説では絵を描くのに必要な情報の多くが欠けています。それを一つひとつ読んだ文章の中から想像して作者の私が驚くような細部に再現してくださるのです。
高校生時代の瑠水の制服、水の中に入った時の肌着もそうでしたが、今回の瑠水の服装に関しても完全に羽桜さんにおまかせでした。でも、見てくださいよ。色も、表情に現れている不安を表したかのような模様も、あまりにぴったりになるように考えられていて、唸ってしまいました。そして細かいレース、影に至るまで本当に丁寧に描き込まれているのです。
そして拓人の方も、私は「拓人の部屋にはグランドピアノが置かれていた」で済むのですが、羽桜さんはそれを描かなくてはならない。そして、情感を込めてそれを弾いている拓人を合わせなくてはいけない。絵の精彩さと人物と感情のドラマが見事に調和しています。ピアノに、鍵盤と拓人の指が映っているのですよ。わかります?
私は自分ではイラストを描けないのですが、一目見ただけでどれほどの時間をかけて、丁寧に仕事をしてくださっているかがわかります。
こんな風に挿絵を描いていただけるのが当たり前だとは思っていません。小説を読み、どんなイラストにするか構図やポーズを考え、資料をあたって、そして本当に丁寧に描き込む、大切な時間をたくさん私の小説のために割いてくださっている。本当に感謝してもしきれません。
そして、これだけでは足りずにまだお願いしているとんでもない私です。羽桜さん、本当にありがとうございます。
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【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (10)即興曲
さて、今回も 羽桜さんがとても素敵なイラストをつけてくださいました。挿絵がつくと、小説って五割増でよくなったように錯覚しませんか? 羽桜さん、お忙しいところいつも本当にありがとうございます!
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この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(10)即興曲
バルコニーに向けた全面の窓ガラスからは東京の夜景が見渡せた。黒く輝く大理石の床の上に、アイボリーの起毛カーペットが敷かれており、黒光りのするスタンウェイのグランド・ピアノがぽつりと置かれていた。港区の高層マンション。今日もレストランに行くのかと思っていたが、拓人は黙って車を走らせ、自宅に瑠水を連れてきた。
玄関には大輪のカサブランカが飾ってあり、冷蔵庫にはシャンペンとキャビアが入っていた。尋常ではない暮らしだ。掃除をしているのは使用人に違いない。拓人は素早くラザニアをオーブンに入れると、鼻歌を歌いながらサラダを用意した。それからシャンペンとキャビアを開けると、グラスを瑠水に差し出した。瑠水の心は定まらなかった。
そもそも、なぜ今度こそはっきり断らなかったのだろう。そんなつもりはないって。たぶん、私は揺れているんだろう。樋水から離れ、シンに会えなくなってから、ずっと寂しかった。この人といると、この東京でひとりぼっちなのではないと思える。おとぎ話の中にいるみたいに、華やかな世界。真の才能。モノトーンな毎日に訪れた本物ではないシンデレラ・ストーリー。私はそれを楽しみたいのかもしれない。はかないシャンペンの泡を見て思った。
「拓人様とは一度きりよ」
あの怖い女の人はそういった。そうなのだろう。この人は、ゲームを終わらせようとしているのかもしれない。もし、私が落ちれば、それで簡単にゲームオーバーになるのだろう。私には静かで代わり映えのしない日常が戻ってくる。けれど、その時には、もう私は胸を張ってシンを愛しているとは言えなくなる。全てが終わってしまう。瑠水には自分が終わらせたいのか、このままでいたいのかがわからなかった。真耶さんのように確かな世界を持っていれば、何があってもしっかりと立っていられるのだろう。けれど、私は誰にでも出来る仕事をするだけのどうでもいい女だ。結城さんにとってだけでなく、シンにとっても、龍王様にとっても。どこへ行けばいいのか、わからない。
拓人は、対面キッチンの奥から窓の夜景を眺める瑠水の横顔を見ていた。真耶の言葉を思い出した。昨日の曲合わせで真耶の家に行ったときのことだ。
「この間は驚いたわ。あなたが瑠水さんを舞台袖に連れてきたんだもの。そんなにひどい目に遭わされていたの? 親衛隊に」
「さあ。僕が行った時には、連中はもういなかったんだ。でも、瑠水はもう会場に行きたくなさそうだったから」
「珍しいわね。あなたが、そんなに女の氣持ちを慮るなんて」
「彼女は特別なんだ。もしかしたら運命の女性かもしれない」
「まあ。そうなの?」
「うん。会うだけでドキドキする。朝から晩まで、彼女のことを考えている。ピアノを弾いている時にも」
真耶は、軽く眉を上げた。
「ちょっと待って。もしかして目が合うとドキドキする? 彼女が自分のことをどう思っているのか、不安になるって感じ?」
「その通りだよ。真耶、ファム・ファタールってのは意外なところにいるもんだよな」
「拓人。申し訳ないけれど、あなたは世紀の大恋愛をしているんじゃないわよ」
「なんでさ」
「それは、ごく普通の恋よ。あなた、217人もの女性と寝ておいて、まさか今まで一度もそういう氣持ちになったことがないっていうわけ?」
「……ない」
「あきれた。いったいいくつなのよ」
「お前とひとつ違いだ。28歳」
「しょうがない人ね。それが初恋なら、簡単にプロポーズなんかしない方がいいわよ。それは麻疹みたいなものだから。その調子じゃ、このあといったい何人のファム・ファタールに会うことか」
「プロポーズなんか、簡単にはできないよ」
拓人は唇を噛んだ。真耶は拓人を覗き込んだ。
「どうしたの? いつもの自信過剰くんが」
「瑠水には誰か好きな男がいるんだ。それに打ち勝つまではそれどころじゃないよ」
「まあ。あんな大人しい人が二股かけているってこと?」
「違うよ。二股じゃない。たぶん、瑠水は誰ともつきあっていない。それに、僕もいまだに受け入れてもらっていないんだ」
「あなた、何やっているの? 馬鹿な人ね。でも、その方がいいのかもね。218人目にしてようやく叙情的演奏のためのレッスンが出来そうだから。頑張って。私、瑠水さんが好きだわ。私の大切なはとこ殿をこんなにきりきり舞いさせられる女性なんて、そうそういないものね」
本当にきりきり舞いだった。拓人は瑠水のことをもうずいぶん知っていた。地質学などという、聞いたこともない学問についても、前よりはわかっていた。島根の奥出雲で高校まで過ごしたことも、そこが何やらミステリアスな伝統を持つ村だということも。両親はその小さな村で料理屋をしている。それ以外の家族はみな東京にいる。今までの女たちには、こんなに根掘り葉掘り人生のことを聞いたりはしなかった。
もっと自分の人生や過去にも興味を持ってほしかった。未来のことについても話をしたかった。できれば、同じ道を歩む未来について。けれど、今、彼女の視線の先にあるのは、未来ではなく過去だった。瑠水からはいろいろなことを聞き出せたけれど、その男に関することだけは何も情報が得られなかった。瑠水は誰かを愛し続けているとはひと言も言わなかった。過去に誰かとつきあったというような話もまったく出てこなかった。話がそちらへ行きかけると、花がしおれるように生氣が失せ、頑に黙りこんでしまう。やっかいな島根男め。今に見ていろ。
食事が済むと、瑠水は皿を洗うと言った。食器洗浄機があるのだが、一緒に何かをするのが嬉しかったので、拓人は皿を洗い、瑠水に皿を拭いてもらった。それからグラスにポートワインをついで窓際のピアノのところに連れて行った。
「何を聴きたい?」
瑠水は、実際のところたくさんのピアノ曲を知っているわけではなかった。クラッシック音楽の知識は全て真樹から受け継いだものだ。真樹はオーケストラ曲が好きだったので、瑠水はピアノの独奏曲はリストかショパンのとても有名なものしか知らなかった。
「まだ知らない曲を……」
それは、真樹から離れるための第一歩でもあった。

イラスト by 羽桜さん
このイラストの著作権は羽桜さんにあります。羽桜さんの許可のない二次利用は固くお断りします。
拓人は、シューベルトの即興曲作品90の第三曲を弾いた。羽毛のような柔らかい髪が、間接照明に揺れた。ピアノの上に置かれたポートワインのグラスが響きに合わせて動く。水面が乱される。瑠水の心も波だっていた。現実のものとは思えないインテリア。優しく情熱的な演奏。星のように散らばる東京の明るい夜景。夜空のような大理石。何もかも終わりにしてしまおう。樋水も、シンも、それにこの美しすぎる幻も。
瑠水は、拓人のありとあらゆる演出に逆らわなかった。あと数時間で全てが終わる。そうしたら、私はまた灰色で冷たい東京のアスファルトを這う、みじめな存在に戻ろう。拓人の唇と手は、真樹の行動を追い、追い越して、それから瑠水を支配した。ラフマニノフ第二番の二楽章が瑠水の脳裡に浮かんで消えた。
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ビルヒャー・ミューズリー

そういえば、「リナ姉ちゃんの居た頃 -1-」でも紹介しましたっけね。スイスの夏のグルメ(?)ビルヒャー・ミューズリーです。
もともとは健康食、体を壊した人に特別の療養所で考案された治療食だったようですが、現在ではごく普通の夏の食事として広まっています。
見ていただくとわかるように、ヨーグルト入りシリアルです。でも、朝食だけではなくて、昼に食べたり夕食にしたりもします。肉体労働者だと「こんなデザートみたいなもんで腹が膨れるか」とお思いになるかもしれませんが、オフィスワークの方なら十分です。思った以上にお腹にたまります。シリアルの種類がコーンフレークなどと較べて重いのです。
そして、これは乳製品の食べられるベジタリアンの方なら召し上がれますよ。ローフードを目指している方もよく食べるんじゃないでしょうか。夏、暑くて火を使って調理なんかしていられないと思われる方も、一度お試しになってはいかがでしょうか。
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実りの季節

春のリンゴの花をお見せしたのは五月の今ごろでしたか。それが今ではこんな感じになってきました。
このへんの人たちはよくリンゴの木を植えています。農家が作物として植える場合も、ただの庭木として植える場合も作業にあまり差は見られません。日本だと一般の農家は大量に農薬をまいて、受粉も手でやって、花の間引きをして、実にカバーをかけてと、ものすごく手間をかけているようなのですが、こちらではそこまでの作業が皆無なのです。肥料は根元で放牧させた牛の糞、草刈りも牛が食べているのでなし。水すらやっていません(ジーザスよろしく方式?)。受粉はもちろん昆虫まかせで、間引きもしなければカバーなんて存在も知らないことでしょう。
で、出来上がるリンゴはもちろん小振りだし、蜜も入っていません。色や形も不揃いですし。だからお店で買うリンゴと、そこら辺に落ちてくるリンゴに差はないのです。自分の家にリンゴの木があればそれを食べていますね。
無農薬なので、皮をむく人もいません。ぱきっと木からもいで、もしくは落っこちていたのを拾って、ジーンズにこすって泥を落としてそのまま齧っています。私? 私もそうですよ。あ、人の庭木からもいじゃダメですよ。スイスではそれは許可がないとダメです。
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ちょっとしたお報せ
九月からちょっとブログ活動を縮小します。具体的には、記事の数を減らして、週に二回くらいの更新になると思います。小説を普通に更新して、その他の記事一本という感じです。同時に、皆様のところはこれまで通り訪問させていただくと思いますが、コメントを書く数も減ると思います。
で、集中して長編小説を書こうと思っています。まとめて一氣に書いて、「貴婦人の十字架」を終わらせる予定です。できれば「大道芸人たち」の第二部か来年のSeasonsに出す小説かも用意したいなと思っています。まだ決定していませんが構想次第で。
「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」は年内に、「夜のサーカス」は来年の半ばまでに完結する予定で、実はその後の連載の用意が整っていないのがかなりストレスになっていまして、これを何とかしたいというのがその理由です。歳が明けたらまた「scriviamo!」企画をぶち上げようとしているので、それを考えるとこのタイミングが一番かなと思うのですよ。
これはブログ閉鎖の布石ではありません。さらに、みなさんとの交流をやめたいということでもありません。交流は今まで通りにしたいのです。そういうわけで一度活動を減らして書くものだけ書かせてくださいませ。
縮小期間は、短くて九月いっぱい、場合によっては十月にもかかるかもしれません。ご理解のほど、よろしくお願いします。
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- お知らせ (21.02.2023)
- 「大道芸人たち・大江戸隠密捕物帳」の連載がはじまります (01.04.2016)
- 月刊 Stella 6・7月合併号 発刊しました。 (06.07.2015)
- 縮小モードに入りました (01.09.2013)
- 新連載のお知らせです。 (01.04.2013)
- ブログ、開始しました (02.03.2012)
ロシュティのこと

スイスの伝統的な料理に多いのがジャガイモとチーズ。チーズはまだしもジャガイモは大航海時代の前にはなかったはずだから、そんなに古い伝統食じゃないはずなのですが、これでもかというくらいジャガイモが付いてきますね。
で、ロシュティはもともとはベルン地方の伝統食なのかな。細く切ったジャガイモを焼き付けるんですが、これをね、自分で作ると本当に時間がかかるんですよ。いやあ、永久に食べられないんじゃないかというくらい。でも、ちゃんとカリカリになっていないと美味しくないんですよ。
だから、レストランで食べるのが好きな料理の一つです。
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「ご飯のおかずにならない“おかず”」
妙なテーマですが、「ご飯のおかずにならない“おかず”」とは。あれですかね。ホワイトソースの食べ物。味としてではなくて、なんとなくご飯のおかずにはならないんですが、どうでしょう。チキン・クリームグラタンとか。見かけが白に白だからかなあ。
ちなみに私は炭水化物のある時にはご飯やパンがいらない人なんですが、うちの連れ合いはどうも何にでもパンをつけたがるんですよ。グラタンにはマカロニがあるからいらないじゃないと私は思うんですけれど。
あ、同様に、ビーフストロガノフにバターライスを添えるとですね。彼はパンを切って渡してくれようとする。え。だから、これはご飯付いているから、と思うんですが、彼にとっては関係なくパンがいるみたいなんです。
こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の西内です今日のテーマは「ご飯のおかずにならない“おかず”」です。いわゆる“おかず”として出されてもご飯のお供にならないおかずってありませんか?まさに麻婆豆腐がそれだったのですが、一人暮らしを始めてから、フライパンひとつでできるものを追求した結果、毎週のように麻婆丼を作って食べるようになっていましたいまだにコロッケとシチューは、ご飯のお供になりませんが…皆さんがこ...
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職人さんのブログをのぞいて
とある職人さんのブログは、その端正なプロフィール写真も含めてけっこう目が釘付けだったりします。いや、単なる眼の保養ですから。別に良からぬことを考えているわけではないですから(笑)
私は職人というジャンルを尊敬しているのです。職人というか技術取得者の方をです。一朝一夕では身に付かない技術を頼りに生きているその姿がすごいなあといつも思うのです。どんなお仕事をする方も尊重していますが、職人さん(技術取得者の方々)にはそれより一段上の敬意を持っているのですよ。
そういうわけで、職人系のブログをのぞく時だけは、ちょっぴり背筋を伸ばして厳かにクリックする妙な私なのでした。
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【小説】大道芸人たち 番外編 〜 Allegro molto energico
この話での真耶は22歳。大学を卒業する目前です。同じ大学には稔や蝶子も通っていて、もちろん二人ともまだ大道芸人にはなっていません。真耶も後の輝かしいキャリアに踏み出す手前です。
大好きな曲と一緒に登場させました。追記に動画をつけましたので、ご存じない方はぜひ。
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 Allegro molto energico
力強い音色が澄んだ空氣を切る。肘の動きは優雅で弧を描くようだが、どこにそのような強い響きがこもるかと驚くような音がする。Allegro molto energico。とても速くエネルギッシュに。アンリ・カサドシュの、またはJ.C.バッハのとしても知られているヴィオラ・コンチェルトの第三楽章に指定された音楽記号は、園城真耶の生き方そのものでもあった。
朝目が覚めて、最初に考えるのは昨日の夜に考えていたことの続き、すなわちいま弾いている曲の音についてだった。洗面所の鏡の前でもあの響きはもっとこう、などと思っている。歯を磨き顔を洗う頃になって、ようやく想いは現実に戻ってくる。
鏡には二十二歳の若い娘が映っている。真耶は子供の頃から「なんてきれいなお嬢さん」と驚かれれることに慣れていたので、自分が美しいことを知っていた。丁寧に髪を梳ききちんと整える。ゆっくりと基礎化粧をして眉を整える。薄く口紅をつけると、もうどこに出しても恥ずかしくない美貌のお嬢様の体裁が整う。完璧に美しくあること、それはほとんど真耶の義務だった。けれど真耶の想いのほとんどは鏡の中ではなく、今はカサドシュのコンチェルトに向かっている。
大学にもあと二ヶ月は通わなくてはならない。けれど、彼女の想いはもっと先に向かっている。昨年国内のヴィオラコンクールで優勝して以来、彼女のキャリアはどんどんと動き出していた。四月には、カサドシュのコンチェルトではじめてオーケストラと競演する。ピアニスト結城拓人とのミニコンサートも企画されている。拓人が夏からミュンヘンに留学することが決まっている今、彼女もまた近いうちにヨーロッパへの留学をしたいと準備を進めている。彼女の演奏活動は未来に向けて広がりだしたばかりだった。
真耶は薄いオレンジのブラウスと白いマーメードラインのスカートを身に着け、コーヒーを一杯飲んだだけで朝食を断りそのまま大学に出かけた。いつもどこかで音楽が聴こえているその構内の中で、たった一カ所、真耶が足が停めてしまう場所があった。真耶がよく使う西門の脇には声楽部の使う第三校舎があった。揺れるヒマラヤ杉の枝がそっと腕を伸ばすその一番端に、朝の七時半頃に行くといつも同じ声が聞こえていた。バリトンで深みのあるいい声だった。その声の持ち主のことは、長いこと何も知らなかったのだが、つい先日ひょんなことで、知り合いになったばかりだった。
その日真耶は一人で遅い昼食をとった。生協に頼んであった新譜が入ったというので、いつも一緒に食事ををする友人たちに先に行ってもらって、とにかく楽譜を受けとりに行ったのだ。受け取りに思ったよりも手間取ったが、楽譜を手にしたことが嬉しく開いてしばらく読みながら歩いていた。
「おっと、危ない」
学生食堂の入り口で、声にはっとして前を見ると、もう少しでギターを持って後ろ向きに歩いている青年とぶつかるところだった。彼がたまたま後ろを見たので事故は起らなかった。
「あら、安田くん、ごめんなさい」
真耶は謝った。
「あ、園城か。いや、こっちも変な歩き方していたからさ、すまない」
その青年、ギターを持ってはいるが、実は邦楽科の学生である安田稔も謝った。その時、稔と一緒にいたもう一人の青年がとても驚いたように稔に言った。
「園城真耶さん! 安田、お前、知り合いなのか?」
稔は、おやという顔をして、それから頷いた。
「ああ。一年の時、同じソルフェージュのクラスにいたからな。園城、紹介するよ。こいつは田代裕幸。声楽科の四年生」
真耶はにっこり笑って「はじめまして」と手を出した。裕幸は少し赤くなって、それでもしっかりと握手をして「よろしく」と言った。
「園城が、ながら歩きなんてらしくないな。なんだその楽譜?」
稔が楽譜を覗き込んだ。
「カサドシュよ。持っているのと違ってフランス語の注釈がついているの。ようやく生協に届いたっていうからもう待ちきれなくて」
「それで、こんな時間まで食事もせずにね。夢中になると時間を忘れるのは田代と一緒だな」
そう言って稔は裕幸をみて笑った。
「そうなの?」
裕幸ははにかんだように笑った。真耶は田代裕幸をよく観察した。リラックスしている稔に較べて彼は少し身構えているようだった。ライナーの入ったトレンチコートを脱ぐと茶色い厚手のセーターを着ていた。四角い黒縁眼鏡も着ているものも動きもとにかくまじめという印象が強かった。そして、その声が印象的だった。声楽科だからといって全ての人が歌うように話すわけではない。だが彼の声はごく普通の話をしている時もバリトンだった。だがそれは大仰ではなく、耳に心地よく響いた。この声、もしかして……。
がつがつとカツ丼を食べる稔の横で、まだ少し緊張しているようにカレーを食べている裕幸に、真耶は疑問をぶつけてみた。
「ねえ、もしかして、毎朝第三校舎で声を出しているのは、田代くん?」
裕幸はあわててスプーンを取り落とした。稔がさっとそのスプーンをキャッチしていなければ、それは地面まで落ちていた。真耶は笑った。
「ど、どうして、園城さんが、そのことを?」
「声に聞き覚えがあったの」
それから、朝ヒマラヤ杉の下を通る時に、真耶は窓に田代裕幸の姿を見つけると手を振りしばし彼の歌声に耳を傾けるようになっていた。
裕幸は窓を開けた。
「おはよう、園城さん」
「おはよう、田代くん。今日の音階少しへんよ。風邪でもひいたの?」
「え。わかりますか。参ったな」
「毎朝、聴いているもの」
裕幸は急いで降りてきた。その朝はアラン編みの白いセーターだった。眼鏡の奥の瞳が輝いている。息を切らして、セーターの下の胸のポケットから白い封筒を取り出した。
「あ、あの。この間、学食で、メトロポリタンの『魔笛』のチケットを取り損ねたと安田に言っていたから……。その、A席しか取れなかったけれど、もし、僕の隣で嫌でなかったら……」
真耶はその少ししわくちゃになった封筒とチケットを見て、それから裕幸を見上げた。ほんの少し黙って考えた。それからニッコリと笑いかけた。
「どうもありがとう。喜んでご一緒させていただくわ」
「それで。僕にチケットを返すってわけ?」
家に帰って、自宅のサロンで勝手にピアノを弾いていたのははとこの結城拓人だった。
「ごめん。ナンバー24ちゃんでも誘ってあげて」
「悪いが、もう24とは終わったよ。今は26。オペラには興味ないだろうな。大学在学中だったら、もう一度フルート科の四条蝶子にでもアタックしたんだけれどな」
「なんでもいいけれど、とにかく今回は、ごめん」
「ったく。僕が取ってやったのはSS席だよ」
A席でオペラをみるのはめったにないことだった。でも、裕幸はチケット代を払わせてくれなかった。裕福な音楽一家の家庭に生まれた真耶や拓人は例外で、学生が二枚のオペラチケットを払うのは簡単なことではないと知っていたので、真耶は文句を言うつもりはなかった。
『魔笛』をみている間、裕幸は舞台に釘付けになっていた。真耶は今まで何度かした音楽会でのデートでいつも相手を忘れて演奏に没頭してしまい、それが原因で上手くいかなくなったことが何度かあったので、同じように音楽に溺れている裕幸に微笑んだ。それから二人は定期的に一緒に出かけるようになった。
「ふ~ん。いい音出しているじゃん。新しい彼とは上手くいっているんだな」
拓人がカサドシュを練習する真耶の横でぽりぽりとピスタチオを食べながら言った。
「わかる? あ、ちょっと、殻を散らさないで。佐和さんが掃除機をもって駆けつけてくるわよ」
「わるい」
拓人はそういうと園城家の古くからのお手伝いを困らせないように殻を拾って盆に置くと、再び真耶の方を見つつシャンパンを飲んだ。
「短調の曲だけれど、生命力に溢れた感じにしたいの」
「Allegro molto ma maestosoか。とても早く、しかし力強くね。アレグロってのはイタリア語本来の意味では朗らかにとか快活にって意味だから、たしかに短調のための言葉じゃないよな。でも、お前には合っているよ。特に、今の感じとね」
真耶はちらりと拓人を見た。たまにはいい事を言ってくれるじゃない? 人間というのは、恋をはじめた時にもっとも生命力が強くなるのではないだろうか。相手をもっと知りたいという想い、今日も明日もあの人にもっと近づいて行けるという予感。裕幸のぎこちなさが次第にほどけて、代わりに瞳の中に情熱が増えていくのを日々感じることができた。それは真耶をとても幸福にした。彼のバリトンの響きで紡がれる言葉が、真耶の内なる和音を広がらせていく。
真耶は努力を重んじる。彼女は裕福な音楽一家に生まれ、望めばたくさんのコネを利用することができる立場にいた。そして、同じようにそれを利用してきた多くの音楽家が、デビューは華々しかったものの実力が伴わずに忘れられていくのを子供の頃からたくさん目にしていた。真耶の耳は芸術とそうでないものを聴き分けることができた。そして、音楽は財力や縁故の力では絶対に手に入らないもの、誰にでも等しく日々の努力でしか手に入らないものであることを、本当に小さい子供の頃から理解していた。いつも一緒にいた拓人ととは切磋琢磨し、同じように努力を重ねることでともに音楽界での立ち位置を築いてきた。忌憚なく意見を交わし、支えあってきた。
ただ、恋に関しては、お互いに一人で戦いに臨まなくてはならなかった。もっとも、拓人も真耶も恋に関してはあまり苦しい戦いを強いられたことがなかった。こちらは音楽とは違って、生まれながらの容姿や立ち居振る舞いによってかなり優位な位置に立つことができたからだ。真耶は裕幸の心をはじめからつかんでいることを感じていた。それでも、もっと自分を知ってもらいたいと思った。
電話が鳴った。表示された番号をみて真耶の口元が弛んだ。拓人は、にやっと笑って席を外そうと扉の方に歩いていった。しかし、その通話は拓人が完全に扉を閉めるまでも続かなかった。
「田代くん、明日のこと? え……。そう、そうなの、しかたないわね。じゃあ、月曜日にまた大学で。ええ、おやすみなさい」
拓人は戻ってきて言った。
「なんだ。デートはキャンセルか」
「ええ。知り合いの子を病院に連れて行くことになったんですって」
「知り合い? 家族でもなくて」
真耶は肩をすくめた。
「時間が開いたから、もう少し譜面を読み込むわ。拓人は明日はデートなの?」
「いや、僕も暇だからつきあうよ。ミニコンサートの初合わせしとくか」
真耶と裕幸の付き合いが長くなるにつれて、その「知り合いの子」が割り込んでくることが多くなった。真耶は裕幸の生活に土足で踏み入りたくはなかったが、デートを予定すると三度に一度はその子の具合が悪くなるので、いったいどんな知り合いなのかと疑問がわいてくる。
「春菜は幼なじみなんだ。ずっと隣の家に住んでいて、家族ぐるみの付き合いをしている。彼女は今年高校を卒業するんだ。ここのところ気管支喘息の発作を起こすことが多くて、発作が起ると吸入剤を使用するんだけれど、そうなったら必ず翌日に医者のところに通院することになっているんだ。彼女の両親は車を持っていないので、今までも後治療の通院は僕が行っていたんだ」
「そう。確かに彼女ができたから誰か他の人に連れて行ってもらえとはいいにくいでしょうね」
「君にイヤな思いはさせたくない。でも、この冬まで、ほとんど発作は起きていなかったのに、どうしてこんなに頻繁に起きるようになったんだろう。近いうちに落ち着いてくれることを望むよ」
「それは、あやしいな」
拓人が言った。
またしてもデートがキャンセルになり、真耶は予約してあったレストランに拓人と来ることになった。拓人は珍しくつき合っている女がいない状態だったので、ごちそうしてもらえるときいて飛びついてきたのだ。
「何の話?」
「その春菜ちゃんだよ。幼なじみの裕幸くんがデートの予定だときくと喘息の発作がちょうど起きるとはね」
「拓人。喘息の発作ってとってもつらいのよ。好き好んでそんなもの起こすわけないでしょう」
「もちろん、意識して発作を起こしているわけじゃないだろうさ。でも、裕幸くんが彼女に会うときくとショックと不安で発作を起こしてしまうとかさ」
真耶は、牛肉のカルパッチョを優雅に切って答えた。
「たとえそうだとしても、田代くんにはどうしようもないじゃない」
「まあね。でも、その男とつき合う以上、ずっとその春菜ちゃんが亡霊のように邪魔をし続ける、そんな予感がするよ」
真耶は拓人を見つめて、ワインを飲んだ。
「あなたみたいに、短い期間で次々とりかえるのなら、それも氣にならないでしょうけれど……」
「うん。それは言えるな」
朝目を覚ますと考えているのはやはり音のことだった。シューマンの「ピアノとヴィオラのためのフェアリー・テイル」拓人とのミニコンサートで弾くために仕上げている曲だ。それから、ゆっくりと身支度しながら、朝のバリトンのことを考える。あの声に包まれたいと思う。かなり深く恋に落ちていると自分でも思う。真耶は朝食を食べずに大学へと向かう。もう、あと数日しかこの習慣は続かない。二人とも卒業するのだ。逢う時間は減るだろう。お互い演奏家としての仕事があり、今までとは違ってきちんと意志を持って連絡を取り合わないと、逢うことも難しくなる。けれど真耶はさほど心配していなかった。
「話がある」
裕幸はその朝、第三校舎の前で待っていた。二人はようやく春らしくなってきた構内を、あと数日で日常の光景ではなくなる樹々の間を歩いた。
「どうしたの」
「君とつき合いたいと思ったのは、本当に心からの願いだった。今でも君のことが好きで憧れている。でも、これ以上つき合っていくことができない」
青天の霹靂だった。真耶は息を飲み、しばらく黙っていたが、やがて落ち着いて静かに訊いた。
「私が何か直せばいいの?」
「君は悪くない。本当に君は完璧だ。そうじゃない。僕もどうしていいのか、自分でもわからない」
「理由を教えてくれる?」
「春菜が僕を失うなら死ぬって言うんだ」
真耶は、拓人の言う通りになったなと思った。
「あなたも春菜さんの方がいいと思ったの?」
「僕は君のことが好きなんだ」
「だったら、どうして一足飛びに別れるって話になってしまうの?」
「春菜には僕しかいないんだ」
「もし、私があなたを失うくらいなら私も死ぬって言ったらどうするの?」
「君はそんなことは言わない。君にはヴィオラと音楽がある。素晴らしい友人たちにも恵まれている。健康で美しくて何もかも持っている。君は春菜どころか、誰よりも強い人だ。君は恋人を失ったぐらいで立ち止まったりしないだろう」
その言葉で十分だった。弱いものが強くなることはできる。しかし、逆は無理だった。
真耶は裕幸と握手をして、涙も見せずに立ち去った。そして、それから卒業までの数日間、西門から大学に足を踏み入れることはなかった。
力強い音色が澄んだ空氣を切る。肘の動きは優雅で弧を描くようだが、どこにそのような強い響きがこもるかと驚くような音がする。カサドシュのヴィオラ・コンチェルトを真耶は一人弾く。音の一つひとつに想いを込めながら。
健康で美しく強い。それは正しい。全てに恵まれた存在であることも。真耶は確かに恋を失ったぐらいで死を選んだりはしない。たぶん、その少女も本当はそれほど弱くはないだろう。でも、彼は彼女を選んだ。それが事実だった。選ばれなかったからと言って立ち止まっているわけにはいかない。
ハ短調の悲しみの響きが、真耶の中に強く流れる。ヴィオラが真耶の代わりに泣いている。Adagio molto espressivo。ゆっくりと表情豊かに。そしてAllegro molto energico、とても速くエネルギッシュに。
全ては音楽に向かう。それが真耶の生き方だった。
(初出:2013年8月 書き下ろし)
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熊だらけの街・ベルン
検索ワードを見ても、スイス関係でここに来る人はほとんどいないんですよ。リンクしているお友達のところには結構行くみたいなんですが。まあ、いいか。そんなわけで需要はゼロかもしれないけれど、最近ネタに困ったりすることもあるので、書いてみようかな〜と。
ネタ詰まりの他に、なぜ突然そんなことをと思うかもしれませんね。
実は、スイスのことが大好きで調べている日本の方とお話をする機会があったのですよ。そして認識しちゃったのですが、どうやらその方が必死に調べるようなことを、片手間に書けるくらいのネタが私の頭の中にあるみたいなのです。そういうわけで時々スイスまたはヨーロッパ案内みたいな記事も突然出てくるかもしれません。あしからず。
で、今日はベルンの話。

スイスの首都なんですけれど、ご存知でしょうか。チューリヒやジュネーヴの方が大きいし有名なんで「え、首都違うの?」って方もいらっしゃるんじゃないかなあと。そう、ベルンなんです。
スイスのちょうど真ん中あたりにあって、そんなに大きくないのですが、とても素敵な街なのですよ。実をいうと私はチューリヒやジュネーヴは便利だと思うのですが「スイスに行くならどこを観たらいい?」と訊かれてお薦めすることはあまりないのです。まあ、大体の方はどちらかは通るので、私がお薦めしようがしまいが観光なさるんですけれどね。
で、ベルンに話は戻りますが、とても素敵な小都市なのですよ。昔ながらの建物、アーケードが残り、アーレ川を眺める素敵なテラスもあります。そして、ベルンは名前もそうなのですが熊にゆかりがあり、やたらと熊モチーフのある街です。
街の中心部にある時計台では定時になると、音楽とともに熊が出てきてまわる仕掛けがあります。熊の彫像も道の真ん中に建っていますし、本物の熊もいるのですよ。
美術館も充実しています。サイズも適当で観光があまり疲れないのもポイントですよね。
スイスらしさを満喫するには都市と田舎と両方を観る必要があるのですが、都市の代表としてぜひ立ち寄っていただきたい街なのです。
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遅れてきた子

先日、大量のマガモの雛がいるという話題をこのブログに書きましたが、マガモって成長が異様に速いんですね。もう大人と同じようなサイズになってしまいました。
で、ここ数日注目しているのが、この子。
何故か一羽だけ遅れて孵ったらしく、ひとりミニ。親も心配していつも引っ付いています。その姿がかわいい。
一ヶ月もすれば、他と見分けがつかなくなるでしょうが、今はすぐにわかります。ウルトラ可愛い。
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名前の話・アルファベット編
ヨーロッパ人の名前、言語によって違うものになるのはご存知ですよね。
ドイツ語 | フランス語 | イタリア語 | スペイン語 |
---|---|---|---|
ヨゼフ | ジョセフ | ジュゼッペ | ホセ |
パウル | ポール | パウロ | パブロ |
カール | シャルル | カルロ | カルロス |
ハインリヒ | アンリ | エンリコ | エンリケ |
ユリウス | ジュール | ジゥーリオ | フリオ |
カタカナで書くと、「なんで同じ名前?」と思うくらい違うのですが、アルファベットにすると、意外と同じだったりします。
ドイツ語 | フランス語 | イタリア語 | スペイン語 |
---|---|---|---|
Josef | Joseph | Giuseppe | José |
Paul | Paul | Paolo | Pablo |
Karl | Chaleles | Carlo | Carlos |
Heinrich | Henri | Enrico | Enrique |
Julius | Jules | Giulio | Julio |
同じ「J」でなぜ発音がヤ行だったりザ行だったりするのかも、昔は謎だったのですが、ラテン語の成り立ちを知って疑問が氷解しました。ラテン語では「i」と「j」は同じ一つの文字でそれはヤ行だったのです。だから「ユリウス・カエサル」だったんですね。それが後に「J」が分離してそれにザ行を当てる言語ができた。だから例えば英語だと「ジュリウス・シーザー」になるわけです。ちなみにラテン語では「C」はカ行だったりチの発音だったりします。ドイツ語ではカの発音に「K」を当てたのに対して他の言語では「C」を当て、一方では「C」がチの発音だったりするので「チャールズ=カルロス=カール」になっちゃったりするわけです。
日本人は「R」と「L」や「C」と「K」、「W」と「B」の違いが発音できないと、よく欧米人に嗤われるのですが、実はこの違いは外国人にも曖昧だったのか、国によって綴りが変わったり愛称が生まれたりしているのです。「ウィリアム・クリントン」の愛称がなんで「ビル」なんだと思ったことありませんか? 「ヴィルヘルム→ヴィル→ビル」なんですよ。
ドイツ語で「フランスの太陽王ルードヴィヒ14世」と言われたら、「ルイ14世」に脳内変換しなくてはなりません。「カール大帝」と「シャルル・マーニュ」が同一人物なのもそうですよね。名前はけっこう奥深いのです。
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夏休みがない
日本に帰るとなるとやっぱり二週間ではキツいのです。行き帰りだけで三日使ってしまいます。
三週間の休暇をもらうとなると、有休めいっぱいになりますので、夏休みには残っていません。だから、じっと我慢の子です。(そんな理由で、日本に帰るのは三年に一度かそれ以下でいいやと思ってしまう私でした。遠いし)
日本帰国は11月ですが、日本から帰ると今度はもう年末モードです。今年はなんだかいろいろとリズムが狂うんだろうなあ。ま、いいや。
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水のある風景
まあ、日本ほど暑くないんで、さほど涼をとりたいというわけでもないんですが。なんとなく。

海外旅行でカメラを持っていると必ず一枚か二枚は撮ってしまうのが、水辺の写真です。
思ったほどいい写真が撮れなくてがっかりすることもあるんですけれど。水に光が反射する感じ、その動きが好きみたいです。
この写真はウィーンのシェーンブルン宮殿の庭ですね。庭と言ってもものすごく広いんです。時期は七月でしたね。直射日光の強い暑い日で、庭の木陰と風で運ばれてくる噴水の水が涼しくて嬉しかったのを思い出します。
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「水分補給、何でしてますか?」
ええとですね。会社では水飲んでます。本当に水だけ。時には白湯飲んでます。
子供の時、祖母が白湯を飲んでいるのを見て「なんでそんな味のないものを」と不思議に思っていたのですが、それを自分がやることになるとは。なぜこんなことをしているのかというと、水分の補給を心置きなくするためです。
一日には二リットルの水分を摂れといわれています。まあ、多少眼をつぶって1.5リットルとして、0.5リットルくらいは食事のときの水分でなんとかなるでしょう。で、残りを少なくとも1リットル飲まなくちゃいけない。これをコーヒーなんかで摂るとですね。私は砂糖とミルクなしでは飲めないのでカロリーが。それにそんなにカフェイン摂ってどうする、ってことに。(最近の研究では、コーヒーをがぶ飲みすると胸が減るそうです。これ以上貧乳にしてどうする!)ジュースもだめですよ。毎日のことですからね。
それで仕事中は水だけ飲むことにしたのです。水ならいくら飲んでもカロリーやカフェインの心配をしなくて済むし、添加物が体内に蓄積することの心配もありません。で、ここでちゃんと水分を補給しておく。そして、帰宅してゆっくりとコーヒーなりジュースなりアルコールなりを嗜好飲料として楽しむことにしたのです。
もっとも慣れると白湯も悪くないですよ。いや、本当に。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです。今日のテーマは「水分補給、何でしてますか?」です。毎日暑い日が続きます熱中症は水分不足がコワイですね!ちゃんと水分とっていますか?1日2リットルは水を飲むのが理想と言いますが、ほうじょうは正直そんなにたくさん飲めていません。カフェインのはいってるものは利尿作用があって逆によくないとのことなので、できれば水を飲むように気をつけていますが...
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【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (9)あなたがほしい
![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(9)あなたがほしい
サティの『あなたがほしい』ね。甘い曲を弾くじゃない。やたらと上手だけど、誰にピアノ演奏を頼んだんだったかしら? 真耶は振り返り、あまりの驚きでサングリアをドレスにこぼしそうになった。弾いているのは拓人だった。ピアノの側には高橋瑠水が立っていた。
拓人は女にはマメだった。高級レストランや花束、それに夜景を独り占めできるスポットなどを使って、女をメロメロにするのはお手の物だった。だが、こんなにベタな曲を弾いて女の氣を惹いたことなど一度もなかった。どうしちゃったの、拓人?
ざわめいている。結城拓人が、いきなりピアノを弾きだしたのだ。瑠水は次第に人びとの目がピアノに集中していくのを感じて、その場から逃げ出したくなった。
こんな人目のあるパーティにどうして連れて来たの? 私一人だけつまらないワンピースを着ていて、ものすごく場違いよね。
パーティのことを聞いただけで、瑠水はおそれをなして断った。
「そんな大したパーティじゃないんだ。よく知っている人たちが集まって、音楽談義をしたり、サンドイッチをつついたりするような、簡単なものさ。夜じゃなくて昼間だし、つきあってくれよ。一人で行きたくない氣分なんだ」
「音楽関係のパーティなら、真耶さんと行けば……」
「真耶といくのは無理だ。真耶の家のパーティだからな。あいつはホステス役さ」
それなら、一人で行っても問題ないんじゃ……。渋る瑠水に拓人は畳み掛けた。
「真耶がヴィオラを弾いてくれるかもしれないぞ。聴きたくないのか」
ようやくどこか目立たないところにいてもいいと了承をとりつけて、瑠水は拓人についていくことにした。だが、来てやっぱり後悔した。どこが昼間のパーティだから簡単なのよ。みんな極楽鳥みたいに着飾っているじゃない。会う人会う人が変な顔している氣がした。しかも、拓人がまめまめしく飲み物をとってくれたり、真耶の家族に、つまりこのパーティの中心で、瑠水を紹介したりするので、瑠水はちっとも目立たないところに隠れていられなかった。
真耶と拓人は本当に華やかだった。世界が違うというのはこのことを言うのだな、と瑠水は人ごとのように思った。拓人は何をしても様になる。軽薄で女好きだけれど、でも、もてるのは当然よね。それに、一時の氣まぐれだとしても、とても優しくていい人よね。
氣障な台詞や、高級レストランに、瑠水は辟易していた。取り巻きの女性に睨まれるので、人前で親しげにしないでほしかった。大人しくコンサートの切符を買って、客席で聴くから、それだけでいさせてほしいと何度頼んだことか。その度に拓人は言った。
「僕といるの、そんなに嫌なの?」
もちろん嫌ではなかった。でも、わからなかった。同じ女性と二度とデートしないってモットーは? 私みたいなつまらない女にどうしてそんなに連絡してくるの?
「おや、結城拓人さんじゃないですか」
客の一人に拓人は呼び止められた。
「憶えていないでしょうね。僕もピアノを弾くんですよ。沢口って言います。あなたが優勝したコンクールで、三位入賞したんですけどね」
「すまない。いろんな人に会うんで」
「華々しいご活躍と、たくさんの女性のお相手で、お忙しいですからね」
そういって、男は瑠水をちらっと見た。拓人は否定もせずに肩をすくめた。
「まったく羨ましいですよ。入賞した後も、こっちは、バイトをしてやっと食いつなぐ生活なのに、そちらは次々と立派なコンサート。すべくしてした成功ってやつですかね。金と権威ある一家がバックアップしてくれれば、僕もあなたや園城さんみたいに楽な人生を歩めるんですけどね」
言いたい嫌味だけ言って、男はさっさと行ってしまった。なんて感じの悪い人かしら。瑠水は少しだけ拓人がかわいそうになった。女たらしだからよけい嫉妬されるのかしら。
「すべくしてした成功か。言われたな。僕たちは確かに恵まれている。チャンスも環境も最高なのは間違いないさ」
「そうじゃないわ。結城さんや真耶さんの音楽が素晴らしいのは、たった一小節にこだわって、氣が遠くなるほど練習しているからでしょう。誰もが結城さんや真耶さんみたいな音を出せるわけじゃないのよ」
拓人は目を瞠って瑠水を見た。瑠水は拓人をナンパな男と軽蔑したことを恥ずかしく思っていた。ピアノにかける拓人の情熱は、拓人が『鬼』と呼んだ真耶の芸術への執念と同じ種類のものだった。
シンも仕事に真剣だった。命を張って火を消し、防火にも情熱をかけていた。お父さんとお母さんは心を込めて新しいメニューを作って、樋水のみんなを幸せにしている。では私は? 真剣に仕事に取り組んでいない。ただ、生活の糧を得るためだけに職場に通っている。地質学を学ぼうと思ったのは、樋水と出雲の防災に貢献したかったからのはずなのに、ただの惰性で勤めているだけ。集まってくるデータは、日本中のフィールドワーカーが、汗を流して真剣に集めているものなのに、私はそれをベルトコンベアで運ばれてくる缶詰みたいに扱うだけだ。
だが、拓人は瑠水が何を考えているか思い至らなかった。瑠水にナンパなダメ男とみなされていると思っていたので、そんな風に見てもらえたのは意外だった。それで、珍しくはにかんだように笑うとグランドピアノを開けて言った。
「じゃあ、ほめてもらったお礼になんか弾くかな」
思いもよらない言葉に、瑠水の目は輝いた。その瞳と微笑みに拓人の心は締め付けられた。拓人は瑠水がほしいと思った。ゲームのように落としたいのではなくて、側にいて何度も今のように微笑んでほしいと思った。
瑠水は拓人の演奏に惹き付けられた。優しい曲だった。軽快で甘い。この人は、ピアノを弾いているときが一番素敵だ。変なプレイボーイではなくて、尊敬できる素晴らしい人になる。奏でる音を聴けば心が温かくなる。樋水に春が来た時みたい。
瑠水は曲名を知らなかった。後で、『あなたがほしい』という題名だときかされて、蒼白になった。ピアノの横に立っていた私に、結城さんがそうメッセージを送ったみたいじゃない。とんでもないわ。実際には、拓人は明らかにメッセージを送っていたのだった。その場にいた多くの人がそれに氣づいたが、肝心な瑠水にそれは伝わっていなかった。
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豪華な建物の話

ヨーロッパの宮殿や聖堂はこれでもかというくらい豪華に飾られています。大理石、漆喰、絵画、壁画、金箔、時には宝石なども使って。確かに貧しい人たちの労働から吸い上げた一部の権力者が命じて作らせたものです。そんなものは必要なかったと言われればそれまでです。
でも、共産党時代の東欧でつくられた灰色で装飾も何もなく、さらに悪戯書きされて朽ちる一方の建物を目にする時、建てた大工たち、働いた人たちは嬉々として働けたのかなと思ってしまうのですよ。
以前ロシアのエカテリーナ宮殿の琥珀の間で働く職人たちに焦点を当てたドキュメンタリーを見た事があるのですが、琥珀のエキスパートとして働く彼らの顔は誇りに満ちていたんですよね。
偉大なドームや見事な彫刻、美しい絵画、それに外側で風雨を受けるガーゴイルなども含めて、私は神や王家の偉大さにはまったく感銘を受けず、常にそれを作った一人一人の職人たちに想いを馳せます。鑿を一つひとつ当てながら自分の仕事に誇りを持って作っていった名もなき人たち。(有名な人もたくさんいますけれど)
写真はドレスデンの聖母教会です。爆撃で壊滅的被害を受けたこの教会は世界中の寄付で再び元の姿を取り戻しました。寄付した中には爆撃を命じた英女王の名前もありました。どんなに長い時間をかけて多くの人が魂を込めて作った建物も、爆弾一つで瞬時に消え失せてしまいます。世界の多くの素晴らしい作品、有名無名の人びとが一生懸命作った貴重な作品は、この瞬間にもたくさん破壊されていっています。
豪華な建物を建てることには、賛否両論があって当然だと思います。でも、有無を言わさずに破壊されてしまうのは、魂を込めた先人に対してとても失礼で悲しいことだと思うのです。
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ピッツァに恋して

真夏のイタリア、またはイタリア語圏スイスでピッツァを食べるのが好きです。外のテラスで、ワインと一緒に。ぱりっぱりの薄い台は、本物のピッツァ窯で焼いた証拠、ふざけたウェイターの愉快なイタリア語と一緒に楽しみます。
問題は、一人じゃ食べきれないことなんですよ。最近は、連れ合いの胃も小さくなって来たみたいで一人一つ食べるとは言いださなくなり、二人で一つ頼んで、そのかわりドルチェも頼むことが可能になってきました。願ったり。このあたりだと、ドルチェもイタリア語圏に限る、なんで。
写真はポスキアーヴォ風生ハムとルッコラのピッツァ。美味しかったですよ。
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呪縛の話
最近思うこと。人はいくつになっても何かに縛られている生きものなのかなあと。
その人が何に縛られているかは、本当に様々です。本人が意識していない場合もあるし、それを望んでいる場合もある。たとえば親や配偶者に縛り付けられている人がいます。物理的にだけでなく精神的にも支配されている。夢に支配されている人もいます。仕事に支配されるのもよくあることです。どうにかしにくいことではありますが、子供や健康状態もそうですよね。言葉の遊びみたいになりますが「誰にも何にも縛られないこと」に固執することが呪縛になっている場合すらあります。誰であっても多かれ少なかれそうなんですが、何人かの人びとの自分のしたいことをその呪縛を基準にして全て消していっている姿を見ると、場合によっては、それってそんなにしてまで死守するほど大切なことなのかなあと思ったりもします。
こんなことを書いている私自身も完全に自由ではないんです。だから高みの見物的にこういうことを書いているわけではないんです。
人間のやりたいことは果てしなく、それに対して実際にできることには限界があります。だから、人生において人はいつも岐路に立っては選択することの繰り返しです。何かを選択する時に、自分を縛り付けるものを優先してあきらめ続け、後になってから「あれがなければ私の人生は違っていた」と言うのは、残念ながら間違いです。私のある親族は、生涯自分の親を恨んだまま人生を終えました。途中で何度も自分のしたいことを選べるチャンスがあったにも拘らずです。
私はそういう風には生きたくありません。呪縛が嫌ならば自分で断ち切る、そうしなかったならば後になって「あの時あれに縛られていたからできなかった」とは言わないようにしたいといつも思っています。選んでいるのは自分なのですから。
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- 疾風怒濤 (06.08.2013)
- 生きているものを手にしたら (05.08.2013)
- 一年に一度やってくる日 (04.08.2013)
北へ、南へ、ここからはじまる

久しぶりにここを通ったので、写真を撮りました。二つの池のようなものが写っていますよね。一つは濃い青で、もう一つは緑白色。どちらも天然の水の色なのです。今は、混ざらないように壁で区切っているのでくっきり分かれていますけれど。
これはベルニナ峠にある分水域です。この濃い青の水からはじまる川はいずれはイン川に流れ込み、ドナウ河に合流して黒海へと流れていきます。そして緑白の方がアルプスの南へと流れていき、やがてはポー川になるのですよ。ヨーロッパの歴史を彩った川がどちらもここからはじまるんだと思うとワクワクします。
え。そうです。ただそれだけのお話。
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「スイカ割りやったことありますか?」
突然ですが、私は運動音痴です。まあ、みなさんの想像通りかも。そして、何が絶望的にひどいかというと、あらゆる球技に弱いのです。
ドッチボールだと、必ず速攻で当てられますが、当てることはできないので永久に外にいます。バレーボールはサーブがネットまで届かない。ゴルフもお付き合いで何回かやらされましたが「全部棄権した方がスコア良かったね」といわれる始末。テニス、卓球とくればラケットにあたりません。
そういうわけで、スイカ割りだろうと、丸い以上、上手くいくわけはないのですよ。まあ、他の人が見事に割って拍手喝采になった後のスイカは頂きましたけれど。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです。今日のテーマは「スイカ割りやったことありますか?」です。8月になりました!いよいよ夏本番夏といえばスイカスイカといえばスイカ割りですが、あなたはスイカ割り、やったことありますか?目隠しをして他の人の誘導で近寄り、スイカを叩き割るというようなものです。うまく当たると気持ちいいんですよね。ほうじょうは小さい頃の地元のお祭でやった覚えがあり...
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- 「天気予報は何でチェックする?」 (02.08.2013)
- 「あなたの初恋の相手」 (26.07.2013)
- 「朝ごはんの定番メニューは?」 (19.07.2013)
小説の長さ
「明日の故郷」を書いた時に「これは10000字に収めるにはちょっと話が大きいのでは」というようなご意見を頂いて、はじめてこういうストーリーにはどのくらいの長さが適当というようなことを意識するようになりました。とはいえ、今も「とりあえず書いて、何文字になるまで削る」というような作業はほとんどしていません。
一応自分の目安として、一つの章を3000~7000字の範囲内で収める、というのはあります。で、この範囲に収まるようなら切らずにそれで一つの短編(掌編)としてしまいます。
章が三から八あると自分の中では中編。それ以上は長編です。あ、一般の正しい区分けとは全く違いますので、万が一、調べていてここに辿りついた方は氣をつけてください。
ディテールも小説には必要なのですが、短い作品ではバッサリ切り捨てることも多いです。そのどれを切り捨てて、どれを細かく書いていくかの取捨選択も、すみません、ものすごく適当です。自分なりのルールがあるとしたら、読者が想像で補えるだろうというもの、もしその想像と自分の描いている物の差が主題に影響を及ぼさない程度のものならば切り捨てます。例えば、その登場人物の身長がどのくらいか、その日着ているものが何かなどは、書かないことの方が多いです。でも、それが内容に関係している場合は書きます。
最近増えて来たのが、そもそものメインストーリーを全く書かない、想像にお任せ小説。「ヴァルキュリアの恋人たち」「赴任前日のこと」「彼岸の月影(scriviamo!で書いたものですね)」なんかがこれにあたります。書けば陳腐になることが、書かないことで余韻になる。だったら読者の想像に任せてしまう方がいいかなと。自分で書いて唸らせることができればもっといいんでしょうけれど……。
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【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (8)218人目
話は変わりますが、11月に帰国するので旅行先を考えているのですが、また性懲りもなく島根に行っちゃおうかなあと考えるのは、やっぱりこのシリーズのせいですよね。ううむ。
![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(8)218人目
あれは、拓人が言い寄っていた子じゃないかしら? 園城真耶はエレベーターに乗り込む時に考えた。それにもう一人は、拓人の親衛隊。高層ビルのエレベーターホールには、三列になって四機ずつのエレベータがあった。真耶は八階の控え室に行くので一番奥で待っていたのだが、一番手前のエレベーターの横を通った時に、奥に数人の女性がいるうちの二人の顔が見えたのだ。あまりいい雰囲氣じゃなかったわね。
園城真耶は結城拓人を赤ん坊の頃から知っていた。真耶の母親は拓人の母親のいとこで、どちらも著名な音楽家に嫁いだので、お互いの家をよく往復していた。指揮者である父親がいい音楽家にしたいと願いを込めて、指揮棒にちなんで拓人と名付けた話を本人から直接聞いた。真耶と拓人はひとつ違いで、同じ音楽高校と大学に進んだ。真耶のデビューには既にプロのピアニストとしてデビューしていた拓人が伴奏をしてくれた。
そういえば拓人が女遊びを覚えたのも、ほぼ同じ頃だった。
「そんなことしている暇があるなら、レッスンしなさいよ」
真耶がいうと、拓人は笑って言った。
「叙情的な演奏のためのレッスンさ」
真耶は恋に夢中になったりはしなかった。真耶にとってレッスンと演奏が第一で、恋愛や楽しみは二の次だった。拓人もその点は似ていた。常に女をとっかえひっかえしていたが、「後腐れのない」ことが第一条件だった。同じ女とは一度しか寝ない。名前もつきあっているときだけしか記憶に留めない。だから真耶は最初から拓人の女の名前を覚える努力はしなかった。拓人は10人目を超えた頃から女をナンバーリングして真耶に話すようになった。ナンバー156とは別れた、157はフライトアテンダントだ、という具合に。わりと最近200人を超えた。よくもまあ、次から次へと寄ってくるわよね。
「真耶、遅かったじゃないか。また渋滞か」
控え室につくと、隣から拓人が顔を出した。真耶はちょっと考えてからやっぱり言うことにした。
「ねえ。あなたの218人目、もう終わったの?」
「つまり、君が言いたいのは最新の、ってことか?」
「私の知っている限りね。この間、リハーサルにいた毛色の違う子」
「瑠水か。まだ終わっていないけど、何か?」
るみっていうのね。名前で話すなんて珍しい。
「今、下でね。あなたの親衛隊と一緒にいたみたいだったから。もう興味がないなら、そのままでもいいだろうけれど」
真耶が言い終わる前に、拓人はもうエレベーターに向かって走り出していた。あら、珍しいわね。そんなに騎士道精神を発揮するなんて。
真耶が親衛隊と呼ぶ数人の女性は、拓人の熱心なファンだった。そのうちの何人が拓人の恋愛ゲームの餌食になったのかは真耶は知らない。でも、彼女たちの間には、ある種の協定があり、妙な絆で結ばれている。拓人から掟破りの女を引きはがす役割だ。拓人は親衛隊に感謝している。ナンバー148がしつこく押し掛けてきたときも、174が大立ち回りを演じた時にも親衛隊が結束して話をつけたらしい。だから女か親衛隊かという時には、拓人はたいてい親衛隊の好きにさせておいた。親衛隊は拓人の一夜の相手にケチを付けたりしない。最近寄ってくる女はみな拓人と二度目はないことをよくわかっているので親衛隊が口を挟んだのは久しぶりだった。でも、へんね。真耶は思った。まだ終わっていないなら、なぜ親衛隊が口を出すのかしら。
「あなた、何のつもりなの」
そういわれて、瑠水は困った。このあいだのコンサートで睨んでいた人たちだ。
「どういう手を使ったのかわからないけれど、拓人様から招待券をもらったり、何度も食事に行ったり」
「ベッドの誘いにのらなければ、付き合いを長引かせられると思っているんじゃないでしょうね」
瑠水は激しく首を振った。
「いいこと、よくわかっていないようだから、私たちのルールを教えてあげるけれど、拓人様とは一度限りよ。独占はできないの。そんなことをすると拓人様の迷惑になるの。わかった?」
一度も何も、私はピアノを聴きたいだけなのに。
「拓人様もどういうつもりなのかしら、こんなどうでもいい子に」
「フランス料理を食べ過ぎて屋台の焼きそばが恋しくなったんじゃないのかしら」
外野もがやがやいっている。失礼な。その通りかもしれないけれど。瑠水は思った。
「もう一度いうけど、あなたが拓人様の最後の恋人になるなんてことは不可能なのよ。拓人様は、真耶さんと婚約しているんだから」
え。瑠水はまた、拓人に関わったことを後悔しだしていた。やっぱり、あの高級レストランに連れていってもらったりしなければよかった。真耶さん、ごめんなさい。
恐ろしいお姉様方が行ってしまった後に、瑠水はすっかり意氣消沈してその場に立っていた。二ヶ月ぶり二度目のコンサートで、二人の演奏を楽しみにしてきたのに、会場に行く氣がなくなってしまった。関係ないじゃない。チケットは買ったんだから、聴きにいってどこが悪いの。そう思う自分と、あの人たちの睨んでいる会場には行きたくないと思う瑠水が、心の中で闘っていた。
そうやってつま先を見ていると、突然抱きしめられた。
「大丈夫か」
燕尾服を着ている拓人だった。
「ごめん。君に辛い思いをさせた」
いや、あなたがそういうことをするから、こんなことになるんじゃ……。瑠水はさっきの人たちがどこにもいないことを祈った。こんな場面を見られたら、ただではすまない。
「演奏を聴きたいだけなのに、どうして?」
瑠水は半泣きで腹立ちまぎれにいった。それを聞くと拓人は瑠水の手を取って、どんどん歩き出した。
「待ってください、結城さん。どこへ行くんですか」
「楽屋へ連れていく。君は袖で聴くといい。あいつらに会わないですむし、真耶の演奏ももっと近くで見られる」
確かに、それならあの人たちに見つからないだろうけれど、そんな特別扱いされたのがわかったら……。しかし、瑠水は二人の演奏を近くで聴ける誘惑に勝てなかった。
「でも、真耶さんは嫌なんじゃないんですか?」
「なんで真耶が嫌なんだ」
「だって、結城さんと真耶さんは婚約しているって。結城さんが女の人を連れてきたら、演奏の妨げになりませんか」
「あいつら、何を言っているんだ。僕と真耶が婚約するわけないだろう。あいつは一緒に育った妹、いや、威張っているから姉みたいなもんだ」
お似合いだと思うのに……。と瑠水は心の中でつぶやいた。
「それにあんな『音楽の鬼』と結婚したら一時も氣が休まらないよ。ベッドの中でまで、あの小節の何拍目の呼吸がどうのこうのといわれそうでさ」
確かに、そういうことを言ってもおかしくない雰囲氣はあるけれど……。
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疾風怒濤

Drangは別に「怒濤」でもなんでもなくて「衝動」で、木の葉ともまったく関係ないのですが、どうしようもないのです。ついでに頭の中にはマーラーの交響曲一番が流れてしまう。すごい連想ゲームです。
あ、落ちはありません。今日の記事はそれだけ。
この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。
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生きているものを手にしたら

最近思うのですよ。ブログで訪れている方が捨てられた動物を保護した話、それに私の住んでいるところでは「え、そんな理由?」と耳を疑うような理由でペットが殺処分されてしまう話、それから鉢植えのラベンダーが育ちすぎたという理由で捨てられていたのを連れ合いが救い出して来て植えたら根付いた話など、人間のエゴでいろいろな生命が危険に脅かされているなと。
もちろん、私が食べているハーブだって生命を絶つことで味わっているわけだから、同罪と言っちゃえばそうなんですけれどね。
それでも、一つだけ声を大にして言いたいことがあります。自分の楽しみのために生命を手にしたら、本当にその生命が終わるまで面倒を見るつもりでいるべきだろうってことです。「かわいいから」「流行っているから」という理由で動物を飼うのも悪いことではありませんが、死ぬまで面倒を見る覚悟を持つべきだということです。植物もそうで、「流行のインテリアに」といって購入して来たなら、枯れるまで心を込めて世話をすべきだってことです。
この写真は、職場で私が十年にわたり面倒を看ている植物。一年に一度花を咲かせます。「君には緑の親指があるね」と言われますが、そういうレベルではありません。サボテンの世話と同じくらい簡単なことです。ところが、水をあげ時々肥料をやるくらいの簡単な世話をやりたがらない人が多いのです。そして、この間の引っ越しの時など「面倒だから捨てちゃったら」という意見すら聞きました。
「面倒だから捨てる」くらいなら鉢植えを買う資格はないと思います。私が面倒を見続けていた植物以外、会社の植物はほとんど枯れていたので処分されてしまいました。で、これも運ぶには大きすぎるし「会社が新しいオフィス用にあらためて観葉植物を注文したから」と、置いていくか、そうでなければ自分で運べということに。これは生命なんだけれどな、しかも私たちのために酸素を作り続けてくれる大事な地球の仲間なんだけれどな。でも、私一人では運べなくて困っていたところ、私の意見に賛同してくれた連れ合いが、別の友人と協力して新しいオフィスに運んでくれました。
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一年に一度やってくる日

去年、「アメリバッグを自分へのプレゼントに買いました〜」とここに書いてから一年が経ったのですね。早っ。
思えば、去年の今ごろは、もう既にたくさんのブログのお友だちに恵まれていましたね。去年の三月にブログをはじめた頃と違って、ブログが楽しくてしかたなくなっていました。一年前に仲良くしていた方の多くは今でもとてもお世話になっていますが、中にはブログをやめてしまわれた方や疎遠になってしまわれた方もいます。でも、その後に知り合って、とても仲良くしていただいている方もいらっしゃいますし、これからも新しい出会いがあるんだろうなと前向きな希望を持っています。
去年、連れ合いがどういう風の吹き回しか私の誕生日に買ってきた、小さい紅い薔薇の鉢植え。外に植えられて今年も勝手に花を咲かせました。私は、こういう図太い生命力が好きです。さ。この調子で、図太く一年を過ごすことにしましょう。みなさん、また一年、よろしくお願いしますね。
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苦手なシーン
例えば、愛の告白シーン。書いていて恥ずかしいんですよね。かなり苦手です。これまで書いた中で、まあまあ氣にいっている告白シーンはたった一つだけ。「大道芸人たち」のあのシーンだけです。苦手だから告白もへったくれもありゃしない、というストーリーの方がずっと多いというていたらく。全体量からすると愛の告白セリフはとても少ないのですよ。
それと同じくらい苦手なのは、謎解きシーンです。二時間ドラマでいえば崖の上のシーンですね。私はミステリーはほとんど書かないのですが、それでも最後の最後に説明をしなくてはならないことがあります。例えばネタバレを防ぐためにわざと読者の目を違う方向に向けさせた場合は、それも説明しなくちゃいけません。きちんと納得できるように、でもいかにも「説明してます!」ってセリフ棒読みみたいにはしたくないんですが、なっちゃうんですよ。
そう、実はここ数日「夜のサーカス」の最終回を書いておりました。長い! なんとかならないかな、このセリフ臭さ。もうちょっと自然になるようにこねくり回そうとは思っています。
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「天気予報は何でチェックする?」
実をいうと、チェックしません。朝に空を見上げて勝手に予想するだけ。たまにiPhoneで見ますけれど、あたらないんですもの。いまいる場所の現在ですら間違っているし。
テレビも自分からは見ませんし、仕事に熱中している時にラジオで語る予報なんて耳に入ってきません。日本語と違って、ドイツ語は「聴きます」と脳みそを切り替えないと情報が入ってこないんですよ。
会社には常に雨が降った時の準備がしてありますし、降る時には降るんで、わざわざチェックする意味はないかなと思っているのですよ。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当の木村です。今日のテーマは「天気予報は何でチェックする?」です。梅雨も明けて天気のいい日が続く今日この頃ですが、たまの雨や気...
FC2トラックバックテーマ 第1702回「天気予報は何でチェックする?」
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