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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと夕陽色の大団円

月末の定番「夜のサーカス」の最終回です。(この回から読むとわけがわかりません。もし、ここから読もうとしている方がいらっしゃいましたら、前回を先にお読みになることをお薦めします)

永らくみなさんをヤキモキさせてきたヨナタンの謎は全て明らかになり、ステラとの恋の顛末も行方が定まり、そしてサーカスは今まで通り興行を続けていきます。これまで応援してくださったみなさまに篤く御礼申し上げます。


月刊・Stella ステルラ 5月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物





夜のサーカスと夕陽色の大団円


夜のサーカスと夕陽色の大団円

 彼は、狭いアントネッラの居住室に所狭しと立つ人びとをゆっくりと見回し、静かに言った。
「あの船に乗っていたのは、確かに僕です。けれど、アデレールブルグ伯爵ではありません。ゲオルク・フォン・アデレールブルグ、ピッチーノは城で病死しました。僕はイェルク・ミュラーです」

 皆は驚きにざわめいた。
「ちょ、ちょっと待って……。どういうこと?」

「説明してくれるかね。君がイェルク・ミュラーとはどういうことかね? 披露パーティにいたのは君だろう?」
「はい。僕はピッチーノ、ゲオルクの代わりにアデレールブルグの表向きの城主になるように教育を受けたのです」
「なんてことだ」

「じゃあ、使用人の証言していた若様は確かにあなただけれど一つ歳下のイェルクで、小さい若様が実は年長のゲオルクだったというの?」
アントネッラが訪ねた。
「はい。彼の成長は、とても遅くて、たぶんもうあの姿以上には育たなかったのだと思います」

「それで、いったい何が起こったんだ?」
《イル・ロスポ》の問いはこの場の全員を代表したものだった。ヨナタン、いやイェルクと名乗った青年ははっきりと答えた。
「簡単です。ゲオルクが城で亡くなった後、僕が自分で湖に飛び込んだんです。だからヨナタン・ボッシュは冤罪です」 

 一同ざわめいた。
「どういうことかね」
「ツィンマーマンは、邪魔な僕をどうあっても殺すつもりだった。アデレールブルグ夫人はその兄に逆らうことができなかった。ボッシュは、死ぬしかなかった僕に生きるチャンスをくれたんです」


 十二年前の六月だった。夜闇にまぎれて連行されたイェルク少年は絶望していた。アデレールブルグ夫人にも見捨てられた。車に乗せられ右にヨナタン・ボッシュ、左にもう一人のツィンマーマンの手下が拳銃を持って座っていた。扉を閉める時にツィンマーマンは言った。
「お前が下手なことをすると、両親が死ぬ。黙って、そいつらの言う通りにするんだ。助けを求めたりして大騒ぎになったら、わかっているな」

 ボーデン湖・ナイトクルーズの船に乗り込んだのは、体をぴったりと寄せて目立たぬように拳銃を押し付けたヨナタン・ボッシュ一人だった。二人は予約してあった船室に入った。

「おい小僧。何を考えている」
「僕は結局のところ殺されるんだろう」
「実はボスにはそう命じられた。お前さんもよく知っているように、ボスは手下だろうと容赦はしない冷血漢だ。しくじればしっぽを切るためにこっちが殺られるんだ」
「僕の父さんと母さんはこのことを知っているのか」
「どうかね。どっちにしても、もうこの世にはいないだろうな」
「どうして……」

「お前さんの両親は欲を出したんだ。ボスをゆすった。ボスは身の安全のためならどんなことでもする。だからお前を助けてほしいと言う妹の必死の願いもはねつけた」
イェルク少年は、唇を噛んだ。金に目のくらんだ両親と、その両親から離れて聖母子のような親子とともに暮らしたがった自分とは、同じ穴の狢だった。

「ドロテアは、弱い女だ。自分の力で兄を止めることもできなければ、全てを捨てて警察に行く勇氣もない。だから賭けをしたのだ」
「賭け?」

「俺だよ。俺はドロテアと同じ学校に通っていた。ずっとドロテアに憧れていた。彼女がアデレールブルグ伯爵と結婚した後も、ずっと彼女を慕って、側にいたくて、それでボスの手下になった。その彼女が危険を冒して俺に頼んだんだ。どんなことでもする、だから、どうにかしてパリアッチオの命を助けてやってくれってね」
イェルクは、震えた。

「俺は、ただドロテアのために、バレたら確実にボスに殺られる危険を冒すことにしたんだ。いいか。これからのことは、俺とドロテアの両方の命がかかっているんだ、よく聞け」

 少年はボッシュが何を言いだしたのか最初は理解できなかった。ボッシュは小さな携帯酸素ボンベを渡した。

「この後、お前はもう死にたいとか大袈裟に騒ぎながら、俺の制止を振り切ってこの湖に飛び込め。ボスのプランでは、氣を失っているところを俺が人に見られないように突き落とす手はずになっているんだが、とにかくできるだけ目につくように錯乱したフリをして飛び込め。このボンベがあればたぶん岸までは何とかなるはずだ。そして人に見られないように消えろ。どこか遠くに行くんだ。いいか。生きていることを誰にも知られるな。もし、お前が誰かに生きたまま助けられれば、俺も、ドロテアも終わりだ」

 チルクス・ノッテの連中も、アントネッラとシュタインマイヤー氏も黙ってイェルク青年の話を聞いていた。

「泳ぎついたのはリンダウでした。人目につかないように隠れて電車に乗り、無賃乗車がバレないようにところどころで乗り換えて、辿りついたのがミラノの近くでした。空腹で動けなくなっているところを団長が拾ってくれたんです」

「そうだったのか。では君が人の命がかかっていると言ったのは、ドロテア・アデレールブルグ夫人とヨナタン・ボッシュのことだったのだね」
「はい」

「確かにあのツィンマーマンなら、自分に害が及びそうになったら手下や実の妹ですら手にかけるだろうな。現にボッシュの逮捕後も知らぬ存ぜぬで通している。自分の政治力を利用してボッシュ一人にミュラー一家殺害の件を押し付けるつもりだろう」

「つまり……」
アントネッラがつぶやいた。
「ツィンマーマンは叔父として当主ゲオルクの後見人となったものの、そもそも伯爵には成人になっても統治能力がないことがはっきりしていた。当主の座を狙っているアデレールブルグの分家にそれを知られる前に身代わりとしてイェルク・ミュラーを引き取り、すり替えて傀儡当主にしようとした、ってことね」

 シュタインマイヤー氏が続ける。
「そうだ。ところが、肝心のゲオルクが成人となる前に病死してしまったので、計画を変更してアデレールブルグを財団にして理事長に納まることに成功した。そうなるとそれまでのペテンの全容を知っているミュラー夫妻とイェルクが邪魔になった」

「なんて勝手な……」
マッダレーナがつぶやく。
「そう。だが、もともとは手切れ金ぐらいで済ませるつもりだったんだろうね。だが、ミュラー夫妻は、イェルクが当主になって生涯困らない金が手に入るのを期待していた。はした金では納得できずに強請ってしまったんだろう。それが命取りになった……」

「それだけではありません」
青年は静かに言った。
「ゲオルクの死後、アデレールブルグ財団を設立し初代理事長をツィンマーマンとするあの遺言状にサインしたのは、僕だったんです。それまでのすべての伯爵のサインも」

「そうか。それが明らかになったら、彼はすべてを失う。ミュラー夫妻はそれを知っていた」
シュタインマイヤー氏が深く頷いた。

 ヨナタンは項垂れていた。彼は天使のようなピッチーノとは違っていた。ミハエル・ツィンマーマンのペテンに自らの意志で加担した。下品で暴力的な両親の元を離れ、アデレールブルグ城で、優しいドロテアとゲオルクと一緒に幸せに暮らしたかった。それが曲がったことだとわかっていても、生涯若様のフリをしようとしていた。

「ツィンマーマンは、すべてをボッシュに押し付けて知らぬ存ぜぬを通し、好き勝手を続けるつもりだ。我々は、手をこまねいているわけにはいかない。あいつを逮捕して立件するためには、どうしても君の証言が必要だ。君も公文書偽造の罪には問われるかもしれないが、情状酌量されるようこの私が全力を尽くす。だから、協力してくれるね、ミュラーくん」

「はい。僕の存在がもうアデレールブルグ夫人を困らせることがなく、ボッシュを冤罪から救えるなら……」
「ありがとう。そして、アントネッラ、バッシさん、それにサーカスの皆さんも、未解決事件に対する大いなる協力にドイツ連邦とドイツ警察を代表して心から感謝する」
シュタインマイヤー氏は、ミュラー青年の肩をそっと叩いた。

 仲間たちは彼らがずっとヨナタンと呼んでいた青年を見た。名のない道化師は、悲運の王子様ではなく、運命に翻弄されてきた一人のドイツ人だった。思いもしなかった結末に誰もが言葉少なくなっていた。サーカスの一同は、そのまま《イル・ロスポ》のトラックに乗ってテントに帰ることになった。ヨナタンはしばらくアントネッラとシュタインマイヤー氏と今後のことを話していたが、やがて塔から降りてやってきた。

「ステラ、早く乗って」
マッテオの言葉に、ステラはヨナタンを氣にしながら頷く。

「ヨナタン?」
ヨナタンはじっとステラを見ていたがやがて言った。
「僕は、コモ湖沿いに歩いて帰るよ。ステラ、よかったら君も一緒に」
ステラは黙って頷いた。ああ、さよならを言われるんだなと思うと泣きたくなった。すべて自分が引き起こしたことだった。

 マッテオが不満を表明して降りようとするのをブルーノが黙って羽交い締めにし、マッダレーナはトラックの扉を閉め、《イル・ロスポ》に出発するように頼んだ。

 トラックが去ると、ヨナタンはゆっくりと歩き出した。ステラは半歩遅れてその後に続いた。二人は黙ったまましばらくコモ湖の波を眺めながら進んだ。

「ヨナタン……。いいえ、あの、イェルク……さん」
ステラはぎこちなく呼びかけた。

「ヨナタンでいいよ」
彼は振り向いて言った。ステラが意外に思ったことに、彼は前と同じ柔和な暖かい表情をしていた。関わりを拒否していた頑な佇まいがほどけて消え去っていた。

「あの、怒っていないの? 私のしたこと……」
ヨナタンは首を振った。
「怒っていない。僕の方が、頑なすぎたんだ。そんな必要はなかったのに」

「でも、行ってしまうんでしょう? もう、道化師のふりをして隠れている必要はなくなったし、パスポートも……」

 彼は小さく笑った。
「新しいパスポートの名前欄にヨナタンも入れて欲しいと頼んだんだ。ミドルネームでいいならと言われたよ。ドイツのパスポートがあればイタリアの滞在許可はいらないんだ」

 彼女の心臓は早鐘のように鳴った。小さな希望の焔が再び胸の奥から熾るのを感じた。
「じゃあ、これからもチルクス・ノッテにいてくれるの?」
彼の頷く姿を見て、ステラの笑顔が花開いた。歓びは体中から光り輝くように溢れ出た。ヨナタンはこれほど美しいと思った事はないと心の中でつぶやいた。

 ステラは夕陽に照らされている青年の横顔をじっとみつめた。彼女は今までとは全く違う彼の瞳の輝きを見つけた。ステラ自身が持つ内側から放つきらめきと同じ光だった。生き生きとして強い想いがあふれていた。彼は正面に向き直って彼女の両手を握った。

「僕はずっとただの動く屍体だった。息をして機能していても、心も魂もどこか暗い部屋に置き去ったままだった。君がその小さな手で扉を叩いてくれた。その輝きで暗闇から戻ってくる道を示してくれた。もう一度、生きて、夢を見て、愛し、愛されたいと思わせてくれた」
静かな暖かい声がステラの胸にしみ込んでいく。
「君は僕に名前までくれた。もう一度生きて存在する人間にしてくれた。お返しに僕が君にしてあげられる事はあるんだろうか」

 ステラは涙をいっぱい溜めて、愛する青年を見上げた。
「そばにいて。ずっと好きでいさせて。他には何もいらないから」

 彼は深く頷くと、愛おしげに彼女の前髪を梳いて、それからゆっくりとそこに口づけをした。願いは叶ったのだ。おとぎ話はようやく本当になったのだ。二つのシルエットはひとつになって、コモ湖の夕陽に紅く染まった。

 ステラを探して、湖畔に行こうとするマッテオをマルコとエミーリオが必死で止めていた。
「だめだって」
「いま行くのは、嫌がらせですよっ」
「なんだと。うるさい。これから僕は堂々とステラに求愛に行くんだ。これでヤツとは五分五分だからな」

 マルコは頭を振った。
「どこが、五分五分なんですかっ。もうちょっと現実ってものを把握したほうがっ」
「うるせぇっ。ステラを想う氣持ちは誰にも負けないんだっ」

 そう騒ぐマッテオの肩をぽんぽんと叩くものがあった。振り向くと、それはロマーノだった。
「よくわかるよ、マッテオ。私もたった今、12年分の愛を失った所なんだ。どうだね。愛を失ったもの同士、慰めあわないかね」

 マッテオは青くなって、首を振った。
「ふざけんなよ、この、セクハラ親父! 僕はヘテロだって何度言ったらわかるんだ!」
「まあまあ、そういうセリフは、一度試してから言いなさい」
「勘弁してくれっ」
マッテオは、すたこらと逃げ出した。マルコとエミーリオは楽しそうに笑った。

 色とりどりの電球がもの哀しく照らすテントに、風がはらはらと紙吹雪を散らす。テントの中には光が満ちている。美しく官能的なマッダレーナの鞭に合わせてヴァロローゾはたてがみを振るわせながら勇猛に火の輪をくぐる。ブルーノのたくましい躯が観客たちの目を釘付けにする。ルイージは一歩一歩確実に天上の綱を渡ってゆき、マッテオは華麗な大車輪で喝采を浴びる。ロマーノの率いる馬たちは舞台に風を呼び起こす。

 道化師が白いボールをいくつも操り、人々を爆笑の渦に巻き込む。常連の観客たちは、いつにも増して、この日のチルクス・ノッテで愉快で幸福な氣持ちになっている事に驚く。エアリアル・ティシューに躯を絡めて登場したステラは、その歓びをさらに増幅する。この一瞬を生きることの美しさを、舞台の上と観客席の垣根を越えた想いの躍動を具現する。暗闇の中に輝く、生命の営みの勝利。地上に舞い降りた楽園、それが今夜のチルクス・ノッテだった。

 それが、今夜も満員のチルクス・ノッテだった。

(初出:2014年4月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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【後書き】
そして、これで「夜のサーカス」は完結です。もともとは2012年の九月に10000Hit記念にスカイさんからいただいたリクエストにお応えして、旅行中にiPhoneで書いた小説でした。「謎めいたピエロの話」というお題からはじまった妄想がこんなに長い間続くとは夢にも思いませんでした。

サーカスにいたことがあるわけでなく、予備知識はありませんでした。イメージ優先でしたね。演目についてはずいぶん昔に大好きなシルク・ド・ソレイユを観に行った時のことを思い出して、それに毎年テレビでやっている、モナコのモンテ・カルロのサーカスの祭典でイメージを補完しました。登場人物や背景となる場所は主に私が行って感じたイタリアの雰囲氣、ステラの故郷はバルディをイメージし、アントネッラのヴィラもコモ湖やマッジョーレ湖で見た実際の建物をモデルにしました。そのつぎはぎのイメージの中で、やがて「チルクス・ノッテ」の仲間たちが私の中に生き生きと存在するようになりました。

読んでくださった読者のみなさんが、ステラの不屈の精神に、マッダレーナの大人の愛し方に、ブルーノの屈折に、アントネッラのカオスに、団長のしょうもなさに、そしてヨナタンの頑固ぶりに暖かい視線と応援を送ってくださるようになり、毎月の発表でコメントを読む楽しみを与えてくださいました。

これでこのストーリーは完結ですが、彼らの興行は終わっていません。またこのブログか、ほかのどこかで、またみなさまとお逢いできる日を、一同楽しみにしています。

最期に、このストーリーのイメージづくりの大きなよりどころとなった(そして私のブログで最もよく検索されている)シルク・ド・ソレイユの「アレグリア」をもう一度ここで紹介します。(歌詞とその訳はこちらでどうぞ)



ご愛読、本当にありがとうございました。
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Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Posted by 八少女 夕

イラスト制作用 オリジナル小説のキャラ設定 「Infante 323 黄金の枷」編

この記事は、当ブログで発表している小説に挿絵を描いてくださる奇特なイラストレーター様が、絵を描くための参考にするキャラクター設定をまとめたものです。本編を読まなくても描けるように若干のネタバレが含まれています。お氣をつけ下さい。



【長編小説】Infante 323 黄金の枷

【ストーリー】
黄金の腕輪をはめた娘マイアは召使いとして「ドラガォンの館(Palácio do dragão)」に勤めることになる。十二年前に出逢った閉じこめられていた少年は、その館の「ご主人様」の一人だった。だが彼は鉄格子の中に閉じこめられていた。

【メインキャラクター】(年齢は第一話時点のもの)
◆マイア・フェレイラ(22歳)
 本作品のヒロイン。「ドラガォンの館」の召使い。この館に勤める全ての女性と同じく黄金の腕輪をしている。濃いめの茶色い髪はウェーブしていて肩ぐらいまである。身長は160cm。目がくりっとして大きい。
 服装の一例: 
 勤務中:
  黒い膝丈のワンピースに白いエプロン。ストッキングに黒いローヒールパンプス。髪は後ろで一つに束ねている。
 休暇の時の私服:
  ピンクのTシャツの上に白いボレロ、青い綿のロングスカート。23に作ってもらった靴が好きなので、その黒いパンプスまたは焦げ茶色のバルモラルタイプの本革ウォーキングシューズを履いている。髪は自然におろしている。


◆Infante 323 [23] (26歳)
 本作品の主人公。「ドラガォンの館」に住んでいる青年。「ご主人様(meu senhor)」という呼びかけも含め、当主ドン・アルフォンソと全てにおいて同じ扱いを受けているが、常時鉄格子の向こうに閉じこめられている。靴職人でもある。身長163cm。黒髪の巻き毛を後ろで縛っている。無精髭を生やし、背中が丸い。この背中は、幼少時にかかったくる病による脊椎後湾症。背が低いのもそのため。同じ服を何着も用意させ、常に白いひだの多いシャツと黒いパンツ、黒い靴を履いている。氣候によっては黒いボレロやジャケットを着ることもある。仕事中には緑色のエプロンをかけている。

【脇役】
◆ドン・アルフォンソ(28歳)
 「ドラガォンの館」の当主。非常に太り、心臓が悪く、紫がかった顔をしていてほとんど動くことができない。身長175cm、体重は110kg前後。細い目の下に、目の幅と同じくらいの濃い紫の隈がある。金髪で灰色の瞳。

◆Infante 324 [24](24歳)
 23と同じ境遇にある青年。金髪碧眼で背が高い美青年。首までのストレートの金髪をオールバックにして綺麗に撫で付けている。178cm。口数が多く氣障で芝居がかった言動をする。非常な洒落者で館の中で一番の衣装持ち。
服装の一例:
 千鳥格子のスーツにワインカラーのベスト。イタリア製の薄紅地に白いスタンドカラーのワイシャツ。ワインカラーの蝶ネクタイ。

◆ドンナ・マヌエラ(51歳)
 「ドラガォンの館」の女主人。ドン・アルフォンソらの母親。ブルネットに近い金髪にグレーの瞳が美しい貴婦人。きっちりとシニヨンにした髪と光沢のある品のいいドレスを身に着ける。

◆ドンナ・アントニア(27歳)
 「ドラガォンの館」をよく訪ねてくる美貌の貴婦人。漆黒のまっすぐな長髪で切れ長の目、印象的な水色の瞳を持つ。体にぴったりとした品のいいオートクチュールのスーツにハイヒールを履く。髪はポニーテールやシニヨンにすることもあれば、長いまま来ることもある。

◆アマリア・コスタ(34歳)
 「ドラガォンの館」の召使い。面倒見がよく入ったばかりのマイアを氣遣う。黒髪ですこしふくよか。優しい微笑み。

◆マティルダ・メンデス(25歳)
 「ドラガォンの館」の召使い。すこしおせっかいだが、氣のいいマイアの同僚。ショートの金髪に茶色い瞳。明るく活発で人懐っこい。

◆ミゲル・コエロ(28歳)
 「ドラガォンの館」の召使い。マティルダと仲がいい。185cm。耳の半ばくらいまで伸ばしたウェーブの髪。マティルダに言わせると「ものすごくかっこいい」

◆アントニオ・メネゼス(54歳)
 「ドラガォンの館」の執事で、全使用人を管理する。厳しく「ドラガォンの館」の掟に忠実。黒髪をきちんと切りそろえて整えている。かなり無表情。

◆ジョアナ・ダ・シルヴァ(49歳)
 「ドラガォンの館」の召使いの中で最年長であり、召使いの長でもある女性。厳しいが暖かい目で若い召使いたちをまとめる。銀になりかかっている黒髪。

◆マリア・モタ(24歳)
 マイアの友人。連絡の取れなくなった姉の行方を探ってほしいとマイアに頼んだ。ブルネットが所々混じる金髪。茶色い瞳。168cm。休日でもスーツとハイヒールを着用し、髪をシニヨンにしている。

◆ライサ・モタ(25歳)
 マリアの姉。「ドラガォンの館」に少なくとも一年ほど前まで召使いとして勤めていたが現在は館にはいない。長い金髪と緑の瞳。170cm。マリアとの血縁関係はない。優しく氣が弱い。かなり目立つ美人。若いころのドンナ・マヌエラと酷似している。

この中で黄金の腕輪を左手首にしていないのは、執事であるメネゼスとマリア・モタの二人だけである。

この作品はフィクションです。実在の街(特にポルトならびにガイア)、人物や歴史などとは関係ありません。
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Posted by 八少女 夕

【断片小説】「腕輪をした子供たち」より

今日は断片小説ですが、じつは「ユズキさんのイラストにストーリーつけてみよう」企画でもあります。「フリーに使っていいよ」とおっしゃってくださった花のイラストのうち、桜は大流行したのですが、もうひとつあった三色すみれを使いたくて……。

パンジー by ユズキさん
このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない使用は固くお断りします。

ユズキさんの記事 「桜とパンジー絵フリー配布

三色すみれの話をどこで使おうかと悩んで、最終的に現在私がひたすら書いている「Infante 323 黄金の枷」の本編に入れることにしたのです。もちろんここに出てくるエピソードを使って別の読み切り掌編にしてもよかったのですが、現在私の頭の中は、こっちの小説でいっぱいで、どうやってもそちらに引き戻されてしまうのです。同じようなエピソードを使って話がかぶるのもなんだなと思いましたので。

そういうわけで、本編を発表してからお見せしてもよかったのですが、そうすると春が終わってしまう(泣)イメージを膨らませるのを助けてくださった、ユズキさんへのお礼の氣もちをこめて、まず、該当シーンだけを断片小説でご紹介してみることにしました。本文中では三色すみれは理不尽な目に遭っていますが、今回は発表していないこの章の終わりでは少しだけ救済される予定です。

もし、これを読んでこの小説にも興味を持ってくださった方がありましたら、近いうちにStella参加作品として連載をはじめますので、読んでくださると嬉しいです。

ユズキさん、素敵なイラストを貸してくださいまして、ありがとうございました!


「Infante 323 黄金の枷」





Infante 323 黄金の枷 - 「(2)腕輪をした子供たち」より

 マイアは坂道を上りきった。車や人びとが行き交い、華やかなショウウィンドウが賑わう歴史地区の裏手に、D河とその岸辺の街並に夕陽のあたる素晴らしい光景が広がっている。ここは貧民街の側でもあるが、どういうわけか街でも一二を争う素晴らしい館が建っていて、その裏庭に紛れ込むと夕景を独り占めできるのだった。

 その館が誰のものであるのか、幼いマイアはよく知らなかった。父親は「ドラガォンの館」と言っていた。門の所に大きな竜の紋章がついているからだ。竜はこの街の古い紋章でもあるので、マイアはこの館は昔の王族の誰かが住んでいるのだろうなと思っていた。テレビで観るようにまだ王様が治めている国もあるが、この国は共和制でもう王様はいない。だから大きな「ドラガォンの館」が何のためにあるのか、マイアにはよくわからなかった。

 彼女は四つん這いになって、生け垣の間の小さな穴を通って、館の裏庭に侵入した。生け垣のレンギョウは本来なら子供が入れるほど間を空けずに植えられているのだが、ここだけは二本の木が下の方で腐り、それを覆い隠すように隣の木の枝が繁っていて大人の目線からは死角になった入口になっていた。ここを見つけたのは秋だった。自分だけの秘密。見つかれば二度とあの光景を独り占めできないことはわかっていた。

 緑と黄色のトンネルを通って下草のある所に出た。手のすぐ近くに草が花ひらいていた。三色すみれだ。マイアはまた少し悲しい顔をした。

 花弁の一番上だけ、他の花びらと異なっている。父親の出稼ぎ先であるスイスで生まれ育ったジョゼが言った。
「この花ってさ。ドイツ語だと継母ちゃんっていうんだぜ」
「どうして?」
「ほら、みろよ。同じ花の中に、三つは華やかで上だけ地味な花びらだろ。この派手なのがいい服を来た継母とその実の娘たちで、地味でみんなと違っているのが継子なんだってさ」

 ジョゼはマイアのことを当てつけて言ったわけではない。彼は転校してきたばかりで、マイアの家庭の事情には疎かった。それに彼女は継母にいじめられている継子ではなかった。妹たちとは同じ母親から生まれたし、実子でないからと言って父親に差別されたりいじめられたりしたこともなかった。単純に母親が死んでから、マイアの周りには腕輪をしている人間が一人もいなくて、それがマイアを苦しめていただけだった。

 マイアは三色すみれを引き抜いてレンギョウの繁みに投げ込んだ。花に罪はないのはわかっていたが、理不尽に憤るまさにこの夕方に彼女の前に生えていたのがその花の不運だった。

 彼女は涙を拭うと、忍び足で裏手の方へと向かった。空はオレンジ色に暮れだしている。カモメたちの鳴き声も騒がしくなってきた。きっと今日はとても綺麗な夕陽が観られるに違いない。明日の船旅には行けないのだ。明日だけではない。きっとマイアはずっと船に乗せてもらえないだろう。どこまでも続く悠々たるD河を遡って、それとも、大きな汽船に乗って、いつかどこか遠くに行きたい。一人で夕闇に輝くPの街を眺めるとき、マイアはいつもそう願った。

 大きく豪華な館の側を通る時は、見つからないように慎重に通り抜けた。けれどしばらく行くと、ほとんど手入れもされていない一角があり、みっともない石造りの小屋が立っていた。きっと昔は使用人の住居だったのだろう。けれど今は廃屋になっているようだった。その石の壁に沿って進み、小屋の裏側に出ると、思った通り空は真っ赤だった。そしてD河も腕輪の黄金のようにキラキラと輝いていた。
「わあ……」
マイアは自分の特等席と決めている放置されている大理石の一つに腰掛けると、足をぶらぶらさせた。

「お前、誰だ?」
突然声がしたので、マイアは飛び上がった。
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Posted by 八少女 夕

五月甲虫の話

今日もまたこの季節らしい写真を少し。スイスに来て大好きになった花の二番目、リラです。とてもいい香りなんですよ。

リラの花咲く頃〜

さて、今日はMaikäferの話。Maikäferというのは直訳すると「五月の甲虫」です。その名前の通り、五月(四月の終わりから五月)になるとこの虫ががぶんぶん飛ぶんです。毎年なんですが、四年に一度、大発生の年があるのです。今年はその年なんですね。

Maikäfer

この虫、三年くらいは幼虫として土の中で暮らし、それから最期の年に成虫となって外界に出てきます。そしてまた子孫を作って死んでいきます。作物を食べ荒らすので庭を持っている人には毛嫌いされていますが、春がきて暖かくなってすぐに表れるので、私は「ああ、季節になったか〜」と思うんですよね。

バイクに乗られる方はご注意。これあたるとものすごく痛いです。連れ合いは以前サングラスにあたられて、ヒビ入ったと言っていました。危険! これがまた、本当にいっぱいいるんですよ。その死にっぷりもすごい。朝、道を歩くと、主に街灯の周りに、いっぱい横たわっています。氣がつかないと一歩で数匹踏んでしまうくらいなのです。
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(4)マールの金の乙女の話 -2-

三回に分けた「マールの金の乙女の話」の章の二回目です。前回はサレア河をいけ好かない渡し守によってなんとか渡り、同舟で知り合ったランスクの代官である子爵ヨアヒム・フォン・ブランデスが何やら訳ありだと思った所まででした。そう、前回を読んでいなくても、ここまで読めば十分です。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(4)マールの金の乙女の話 -2-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 下男に馬を頼み、並んで歩きながらヨアヒムは語りだした。
「わがブランデス家は、ご存知のように名門ではありません。私が若いころは、このように身分を隠してではなく、あなた様のように自由に出歩く事も可能だったのですよ。誰もそれを咎めたりはしませんでしたし、私は館での単調な生活に退屈しきっていましてね」

 マックスは黙って頷いた。ヨアヒムが異例の出世をした影には、ヴァリエラ公爵家の後ろ盾があることは知っていた。現公爵の従姉妹にあたるヒルデガルト・フォン・ブランデス=ヴァリエラと結婚した後、ヨアヒムは公爵の縁者として王家の狩りやサレア河のヨハネ水浴祭で貴婦人たちの警護を務めて名を知られるようになり、瞬く間に出世したのだった。

「野うさぎ屋に泊りましたのは、まだ身ひとつの頃でした。大した家でもないのに堅苦しい宮廷作法を強制する親に反発したかったんですな。こっそりと逃げだしてひとり当てもなく旅をしたのですよ」

 若き日のヨアヒムはわずかな荷物と馬だけを連れて、サレアを渡り、はじめて西岸へと足を踏み入れた。河を一つ越えただけなのに、言葉が変わり、人びとの生活ぶりも変わっていた。楽しく開けっぴろげな人びとと接して、彼はこの地の方が自分には心地がいいと感じた。家から持ち出した小さな財布に入った金で、驚くほど面白おかしい旅ができた。酒を覚え、女も楽しんだ。

 だが、酒場の定食の支払いに山羊一頭が買える銅貨を使ったりすれば、直に良くない者たちに目を付けられたのも当然の事だった。ヨアヒムは強い酒で酔わされた後、何者かに殴られたあげく、身ぐるみ剥がされて森の入り口に放り出された。

「死に損ないの私を助けてくれた男がいたのですよ」
森の小さな小屋には、貧しい木こり男とその娘がひっそりと住んでいた。男はヨアヒムを家に運び、寝台に寝かせた。娘がせっせと世話をして、怪我が良くなるまでずっと側にいてくれた。ヨアヒムがちゃんと立って、家の用事を手伝えるようになるまで数ヶ月がかかった。

「退屈だった事でしょう」
マックスが訊くと、ヨアヒムは頭を振った。
「その娘は朗らかで、氣だてが良く、料理がうまく、私には天使のように思われました。本当に後光が射しているかのようでした。本当に美しい、輝くような金髪でしてね。私は《黄金の乙女》、《金色のベルタ》などと呼んでいたのですよ」

 マックスは納得して少し笑った。ヨアヒムははにかむように笑うと話を続けた。
「私がそろそろ旅立とうとした時に、ベルタの父親が伐採中の事故で命を落としましてね。突然ひとりぼっちになってしまったベルタは泣きました。それで私は旅立ちを遅らせて、しばらく優しい娘と共にいようと思ったのですよ」

 遠からず祝言こそあげていないもの、夫婦のように過ごす事になった。ヨアヒムは木こりの見習いとして働き、ベルタは家庭を守った。数ヶ月だが楽しい日々だった。

「それが、ある日家に戻ったらベルタが消え失せていたのです」
ヨアヒムは眉に皺を寄せて、髭をしごいた。
「かわりに私を待っていたのは、ヴァリエラ公爵家に仕えているとある騎士でした。ブランデスの家とともに私を探していたが、偶然酒場で紋章のついた帽子を被った者を見つけて問いつめた所、殴ってこの森のあたりに捨てた事を白状したというのです」

「それで?」
「私はベルタはどうしたのだと訊きました。そうしたら、事情を説明した所、娘は身分違いを恥じて出て行ったというのです。もちろん、私は騎士の制止を振り切って、近くを探しました。二日二晩、ずっとベルタを探しました。けれど、見つからなかったので諦めて騎士とともにこの地を去ったのですよ」

 マックスは頷いた。ヨアヒムは続けた。
「実をいうと、私は家に帰りたかったのです。木こりの仕事は私にはきつかったし、働いて食べて寝るだけの生活も退屈に思えましたしね。ベルタがいなくなってしまった以上、そこにいる必要も感じませんでした」

 そして、縁組みの進んでいたヴァリエラ家のヒルデガルト姫と結婚した。子宝にも恵まれ、ヴァリエラ公爵の後ろ盾もあってとるに足らない家柄の子爵だったのが国王に謁見を許されるまでに出世した。

「それで? ここにいらしたのは?」
マックスが訊ねると、ヨアヒムは髭をしごいた。
「ヒルデガルトが先日急な病で命を落としましてな」

 マックスはびっくりしてお悔やみの言葉を言った。それを「いいですから」と手で制してヨアヒムは先を続けた。
「最後の晩でした。終油の秘蹟をと大司教に来ていただいているというのに、どうしても他の者を追い出して私と二人だけで話がしたいというのですよ」

 ブランデス子爵夫人ヒルデガルトは、全ての他の者が部屋から出ると夫の手を弱々しく握りながら言った。
「あなたにお詫びしなくてはならない事があります」
「なんだね。お前は常に私の良き妻であり、子供たちの立派な母親だったではないか」
「そうなる前の事です。あなたがマールの森のはずれで木こりとして暮らしていたとき、騎士に命じてあなたの愛していた女を連れ去ったのは私なのです」
「なんだって?」
「私は、どうしてもあなたを失いたくなかった。だから、あの娘を強引にあなたから引き離したのです。この罪をどうしてもあなたには打ち明けられなかった。あなたがあの女のもとに行ってしまうのではないかと怖かったのです」

「もういい。過ぎた事だ。私たちは二十年もの間、夫婦として暮らしてきたのだ。私はお前のした事を許すし、いつまでもお前の夫でいるよ」
ヨアヒムがそういうとヒルデガルトはポロポロと涙をこぼし、せめての償いに彼女が亡くなった後はベルタを迎えにいって、相応の地位に就けてやってほしいと頼んで息を引き取った。

「それで、私は妻の告白した通りに、あの修道院に押しこめられたベルタを訪ねようとしているのです」
ヨアヒムが指差したのは、さきほど対岸からはっきりと見えていた、大きな女子修道院だった。

「ティオフィロス殿。よかったら私と一緒に修道院へ行っていただけませんか。私はルーヴラン語ができると言ってもあなたほどうまくない。ましてや修道女たちは方言を話すかもしれない。通訳がいてくださると心強いのですよ。お礼に、今夜はいい宿屋に私がご招待させていただきます」

 悪くない話だったので、マックスは同意して修道院へと向かった。
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Posted by 八少女 夕

ブログの広告のこと

復活祭の四連休、ずっと家にいました。どこに行っても混んでいるし寒かったんで。ギターの練習を外でして、あとは料理をしているか、執筆していました。久しぶりに「もう書きたくない」ってくらい書いたような。さて、今日はFC2ブログの話。

ものすごくどうでもいいことですが。

ブログのお友だちの所を訪問していると、広告が出ていることがあります。FC2ブログを一ヶ月以上更新しないと出るあれです。あのジャンルって誰が選んでいるんだろうと。ブログ主は選べませんよね。どのブログでも大体同じなのが出ているし、決まっているのかもしれないんですが、「なんでこんな広告を見せられなきゃいけないんだ」って広告の方が多いような……。

例えばコミックの広告。私は聖人君子じゃないし、過激なアダルト系コミックが立派なマーケットであることだってわかっています。でも、なんで毎日あんなもんばっかり見せられているんだろうって思うんですよね。他に広告ないのかしら。未成年のブロガーさんだって多いじゃないですか。あんなの見せるのもいかがなものかと思うし。

時々、自分が購入するために調べたものに近い広告が続けて出ることもあるので、もしかして私だけああいう広告ばかり見せられているのかと思ったこともあるけれど、それにしては興味もないジャンルのものばかり。私のクリック履歴などから選んでいるにしては、例えばBLにはまったく興味ないし検索したことすらないのになあ。しばらく前には大っ嫌いなホラー映画の広告が出まくりで怖かったし。

普通に洋服やら靴やら、通販っぽい広告出してくれればいいのに。「記事を保存しました」って所に出る広告はかなり普通なだけに、余計そう思います。
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Posted by 八少女 夕

【小説】あの子がくれた春の味

月に一度発表する読み切り短編集「十二ヶ月の野菜」の四月分です。四月のテーマは「グリーンピース」です。冷凍食品ではおなじみで、お手軽料理にはよく登場するけれど、なかなか主役にはなりにくい食材ですよね。今回書いているとき、意味もなく私の頭の中には松田聖子の「赤いスイトピー」がヘビーローテーションしていました。この作品とは全く関係もないし、グリーンピースとも関係ないんですが、エンドウ豆の花がスイトピーに似ているんで、なんとなく。

短編小説集「十二ヶ月の野菜」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の野菜」をまとめて読む



あの子がくれた春の味

 かのんはお姫様キャラを前面に押し出していた。あのキャラづくりは、途中からは本人の責任だけれど、もともとはあの子の母親が作ったものだった。茶色っぽいくるくるした髪は当時からパーマ疑惑があったけれど、ずっと「天然パーマ、クォーターなので」で通したすごいおばさんだった。高校生になって、世間で黒髪ストレートが流行りだすと、かのんは平然とさらさらストレートにしてきた。そして「本当はこうだもの」とこっそりと打ち明けた。クォーターも嘘っぱちだとその時に聞いた。

 でも、いつもそうやってキャラを作っていると、本当にそうなってしまうものなのかもしれない。あの子は砂糖菓子みたいだった。ベトベトに甘くていつも大きな瞳を上目遣いに潤ませていた。

「あの子って、親友、いるのかなあ」
私がいつだったか、ふと漏らした言葉に、級友たちはびっくりした。
「え。あんたじゃないの?」

 そう、私は小学生の頃からずっと、どういうわけだかかのんにつきまとわれていたから、誰もが私とかのんを親友だと思っていた。私自身は一度も思った事がないのに。

 私はただ群れるのが苦手だっただけだ。特に小学生の頃は、グループの級友たちに上手く入っていく事ができなくて、休み時間にも一人で本を読んでいる事が多かった。本当は、本の内容がきちんと頭に入っていたわけではない。私を仲間はずれのダメな子と噂しているんじゃないかと、心を痛めていたから。

「ねえ。麻美ちゃん。かのん、消しゴム忘れちゃったの」
そう言って唐突に近づいてきた林かのんに私は仰天した。いつの間に私の下の名前を憶えたんだろう、この子。その芝居がかった振舞いに、本能で違和感を覚えていた私は、ひとりぼっちであってもこの子には近づくまいと思っていたのだ。だからペンケースから消しゴムとを取り出すと、ぐにっと二つに断ち切って、黙って彼女の可愛らしい手のひらに置いた。桜色の爪。あれはおばさんが必死で磨いていたのかもしれない。

 かのんは目を大きく見開いた。
「かのんのために、大事な消しゴムを折ってくれたの? ごめんね」
そうじゃなかったら、どうしろというのだ。私に一日消しゴムなしで過ごせと? こんなにみっともない折れた消しゴム、きっとこの子は一日で捨てちゃうんだろうなと思った。かのんにはフルーツの香りのするファンシーな消しゴムが似合う。私の使っていた実用第一の白いもの、しかもみっともなく手で折ったようなものは、あの親子の審美眼には適わないだろう。私は小学生の頃から、こういう醒めたものの見方をする子で、だからクラスでも浮いていたのだと思う。

 しかし、かのんは私の予想を裏切って、ファンシーなピンクの消しゴムの横にいつまでも私の譲った消しゴムを入れていた。そして、それから私に引っ付くようになったのだ。

 同級生は私に対する見方を変えたらしかった。クラスでひとりぼっちでおどおどとしている子だったのが、お姫さまキャラの女の子にまとわりつかれているのに半ば邪険にクールにしている女の子とみなされるようになったのだ。それは私の小学生、中学生、そして高校生活をも変えた。私はますます一人でいてもいっこうに構わないサバサバした性格に拍車がかかって、同級生にどう見られるかはどうでもよくなり、ますますかのんを邪険に扱っていたのだが、彼女はニコニコしたまま子犬のようにくっついてくるのだった。

 もともとの見かけの可憐さに加えて、あの芸術的なキャラづくりが功を奏し、かのんはよくもてた。女の子たちに好意を持たれていただけでない。少年たちがわらわらと寄ってきた。どうあっても引っ付いてくるので毎日一緒に下校していたが、月に一度くらいの頻度で、男がアプローチしてきた。どの男も私に対して「邪魔者は消えろ」光線を浴びせてくるので、私はさっさと消えたが、うるうるの瞳でまんざらでもなさそうに話をしていたくせに、翌日になるとまた私と帰りたがるのだ。

「昨日の子はどうしたのよ」
「え? もちろん、お断りしたのよ。かのん、まだ、男の子とおつきあいするのは早いと思うの。それに麻美ちゃんが、あの子なら絶対におすすめって言ってくれない人とはおつき合いできないわ」

 私が太鼓判を押せば、引っ付き虫を男に押し付けられるという誘惑に負けかけたが、嘘をつくのが下手な私が「あの子はおすすめ!」と断言できるような男はまったく寄って来なかったので、かのんに本当に彼ができたのは高校を卒業してからだった。それが遅いというつもりはない。私が男性とつき合ったのは、もっとずっと後、夫とがはじめてだったのだから。

 かのんは時々我が家にもやってきた。彼女が私を招待してくれた時には、スフレだの、ハムのテリーヌだの、とろけるチョコレートムースだの、実に女の子らしい難易度の高い料理が出てきたので、私は親に作ってくれというわけにもいかず、自分に作れるそれなりの料理を出した。ガサツな私にぴったりのカレーやら、クラブサンドイッチなどだ。

 あの日、私たちが高校を卒業して、進路が別れてしまったあの春の日、私はアッシ・パルマンティエを作った。フランス語でいうと聞えはいいが、要するにひき肉とジャガイモのグラタンみたいなものだ。マッシュポテト、タマネギと炒めたひき肉、それに茹でグリーンピースのつぶしたものを重ねてパン粉をかけてオーブンで焼く、失敗しようもない簡単な料理だ。だからこそ、これは私の数少ない自信作でもあった。

 いつものようにくりくりとした瞳を輝かせて、食べていたかのんは言った。
「美味しいけれど、麻美ちゃん。アッシ・パルマンティエのグリーンピースは冷凍よりも生のを自分で茹でた方がずっと美味しいのよ」

 私はカチンと来て、ふだんは言わないようなきつい言葉を遣ったように思う。もう、忘れてしまった。でも、忘れられない事がある。あの時、かのんの潤んだ瞳からは本当に涙がこぼれ出てきたのだ。私はしまったと思った。でも、イライラがおさまらなくて、そのまま彼女を追い返してしまった。

 進路が離れて、かのんと毎日会わない日々が始まった。それは待ち望んでいたせいせいする日々のはずだったけれど、そうはならなかった。泣きながら帰っていったかのんの後ろ姿が、長い間私の罪悪心を呼び起こし続けた。かのんと逢わないのは、機会がないからだけれど、休みの日にも彼女はそれまでのように押し掛けてきたり、電話をかけてきたりしなかった。小学校の頃から、いつもアプローチするのが彼女だったせいで、私は自分から彼女に連絡する事ができなかった。風の噂で、彼ができて幸せにしていると聞いた。それなら、それでいい。もっとあんたの価値をわかってくれる人といるほうがいいよ。私はひとり言をつぶやいた。ひとり言ですら「ごめんね」が言えなかった私は天の邪鬼だった。

 私は大学に進学し、それから就職した。がさつで、人付き合いは下手なままだったけれど、それでもいいと言ってくれる人がいて、結婚する事になった。結婚式の招待状リストを書き出している時に、ふいにかのんのことを思い出した。たぶん、このチャンスを生かさなかったら、私は生涯かのんに「ごめんね」が言えないだろう。そう思って、もう実家にはいないだろうと思ったけれど、そこしか知らなかったので、招待状に「あの時はごめんね。もしイヤじゃなかったら、来てね」と書いて送った。

 かのんからすぐに電話があった。
「おめでとう! かのん、絶対に駆けつけるから!」

 実際には、かのんは披露宴に来られなかった。臨月だと聞いていたから、もしかしたらと思っていたが、本当にその日に破水してしまったらしい。でも、お互いにおめでたい事だから喜んで、翌日新婚旅行に出かける前に病院に駆けつけて祝福しあった。

 そして、今日、かのんから小包が届いた。
「かのんが収穫したんだよ。ぜひ食べてみて!」
どういう経緯だかわからないけれど、あのお姫様キャラで、砂糖菓子以外とは無縁だったはずのかのんは、よりにもよって農家の長男と結婚したらしい。そして、あの桜色の爪の間に土が入り込むような仕事をしているらしい。

「ああ、かのんちゃんからだね。へえ。新鮮な野菜がいっぱいだ」
夫は嬉々として小包を覗き込む。私は生き生きとしたキャベツや人参の間に、たくさんの色鮮やかなエンドウの鞘があるのを見つけた。かのんめ……。

 献立を変更して、アッシ・パルマンティエを作る事にする。鞘から取り出した丸々として固いエンドウ豆を細心の注意を払って茹でた。ああ、なんて綺麗な色。いい香り。つぶした時にふわっと漂う春の歓び。

「げっ。すげえ美味い!」
オーブンから取り出してざくっとよそうのを待ちきれないようにして口に入れた夫が絶叫した。私は少々ムッとしながら、フォークを口に運んだ。グリーンピースがふわっと薫った。甘くて旨味がたっぷりだった。

 かのん、私の完敗だわ。ごめん。私と夫は、四人前用レシピのその料理を、その晩のうちに完食してしまった。

(初出:2014年4月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

幸せなひと時

久しぶりに、スイスライフの写真を。まだ突然氷点下になったりすることもありますが、スイスのもっとも美しい季節は始まっています。

通勤路

私は自転車通勤です。自宅からカタツムリのようなトロさで片道20分程度を毎日キコキコ漕いでいます。その通勤路が輝くように美しいこの季節が大好きです。新緑が目に嬉しいし、たまに牛や羊がぼーっと草を食んでいる平和な光景にも出くわします。たった二ヶ月前にはここが雪原で、野生の鹿が走っていったなんて嘘みたいです。ああ、いい季節になりました。

林檎の花

そして、林檎の花も満開になりました。桜も好きですが、やっぱり、林檎は綺麗です。この蕾のピンクと花の白さ、葉の可愛い緑、組み合わせがたまりません。大好きです。実はスイスに来てはじめて見た花でもあります。東京のその辺には林檎の花は咲かないですよね。

Spring!

雪山と満開の花、黄色い絨毯みたいな野の花。コントラストがたまりません。これはランチタイムのお散歩中にパチリ。田舎暮らしはやめられませんね。眼福とはこのことだなあと思いながら歩いておりました。
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(4)マールの金の乙女の話 -1-

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の四回目です。話はマックスに戻ります。しばらくは、章ごとにマックスとラウラの話が交互に登場する事になります。この章は長いので全部で三回にわけています。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(4)マールの金の乙女の話 -1-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 夕方にマックスは《シルヴァ》の森を離れて、カルヴァに向かった。この小さな村には旅籠もなければ、馬の世話の出来るところもない。だが、グランドロン王国直轄領からルーヴランを目指すものならば必ず通ることになった。サレア河の宿場町であるマール・アム・サレアへと渡る、渡し守がいるからだった。

 マール・アム・サレアは、サレア河の西岸にある三つのグランドロン領の一つであった。東岸はほぼすべてがグランドロン領であったし、西岸のほぼすべてがルーヴラン領であった時代もあるのだが、マールは少なくともグランドロン先王の時代に奪回された。

 サレア河の西にあるルーヴラン王国の王都ルーヴに行くためには、どこかでサレアを渡らねばならない。渡し賃のことを考えれば、グランドロン人であるマックスにとってはグランドロン領で渡る方が都合がいい。他の二つの西岸の町が遥かに南に位置していることを考えると、ルーヴへと旅するグランドロン人がこぞってカルヴァで渡ろうとするのは当然のことであった。

 まだ、春がやってきてさほど経っていなかったが、晴れて温度が上がったために汗ばむほどであった。常に《シルヴァ》の鬱蒼とした木陰の中を進んできた彼は、その強い陽射しを遮るもののない赤茶けた埃っぽい村の中を、多少不愉快に思いながら馬を進めていた。午後のさほど遅くない時間だが、村の家の戸はどこも閉ざされ、よそ者に無関心であるように思われた。それは単なるひがみなのかもしれないが、とにかくそう感じた。

 一本しかない、村の道を西へと進んでいくと、やがてサレアの水音がして渡し場が近いことがわかった。マックスは、舟を見つけて渡し守のいるはずの小屋へと向かった。

 渡し守は彼と馬をじろりと見た。それからぶっきらぼうに「待ってもらうよ」とだけ口にした。

「ごきげんよう」
ムッとしたマックスは、あえて正式の挨拶の言葉を口にして、客に対する礼儀をこの不遜な渡し守に思い出させようとしたが、それはあまり役に立たなかったようだった。河の渡し舟はサレア唯一の交通手段だった。その渡し賃はマールの町とその大権を握るサレアブルグ侯爵が決めており、保護されていた。従って、大して重要人物とも思えず、裕福な商人にも見えない若造一人に対して敬意を示す必要など全く感じなかったのである。もちろん彼はこの夕暮れまでにこの若造をマールへと渡してやらねばならなかった。さもなければ、彼が自腹でこの客の一夜の宿と夕食ならびに朝食を用意せねばならぬ決まりになっていたからだ。だが、夕暮れギリギリまで待って、他に三人ほどの客が集まるまで待って悪いことがあるだろうか。まだ陽は高いのだから。

 マックスはしかたなくあたりをぶらぶらして過ごす事になった。話しかける相手も自分の馬を除いたらその渡し守しかいない。いけ好かない男だが、退屈していたので縄をなっている渡し守に世間話をしてみた。
「ときに、あの向こう側に見えている町外れの大きな建物は何かね」

 渡し守はちらっと川向こうを眺め、それから再び縄をなって答えた。
「女子修道院だよ。でかいけれど、今はがらんどうさ。」
「なぜかね」

「数年前に、あの修道院で流行病があってね。感染を怖れた街の連中が、閉じこめたんでさ。そのために多くの尼僧が医者にもかかれずに死んだ。今では生き延びた尼僧と、その後に入った女たち、全部で十五人くらいしかいないって話だ」
「痛ましい話だ」
渡し守はちらっと彼を眺めたが、同意した様子はなかった。流行病をまき散らされるのはごめんだと思っているのだろう。

 しばらく待っていると、立派な服装に身を包んだ恰幅のよい男が下男を連れてやってきた。青く重みのある外套の下には明るい緑色の上着が見えている。

「渡してもらいたい」
そして、通常の三倍の賃金を渡し、二頭の馬を顎で示した。

「よござんす。舟を出しましょう。さあ、旦那も乗りな」
渡し守は、氣前のいい男と下男、そして二頭の馬を舟に乗せると、マックスとその馬も続けて乗せた。

 舟が動き始めて渡し守に余裕ができた頃を見計らって、マックスは話しかけた。
「マールは初めてなんだ。さほど高くなく清潔でうまいものの食べられる旅籠を知らないか」

 渡し守は鼻で笑った。
「何度も訪れて自分で確かめるんだね」

 貴族と思われる裕福な男は渡し守の横柄な態度をじっと見ていた。
「野うさぎ屋という旅籠があります。もう二十年近く前に泊まりましたので代替わりしているやもしれませんが試してみるといいでしょう」

 男の言葉に下男はギョッとした顔をしたが、何も言わなかった。マックスはなぜこのように位の高そうな紳士が安宿などを知っているのだろうかといぶかった。

 一方、男の方も似たようなことを思ったらしかった。
「旅のお方、身軽な服装に似合わぬ身のこなしと、発音ですな。お生まれがお高いのでは」
「いえ、そうではありません。教師として宮廷を渡り歩く身ゆえ若干の礼儀作法を心得ているだけです。申し遅れました。私はマックス・ティオフィロスと申します」

「そのお名前に、宮廷での教師とは……もしや賢者ディミトリオス殿の……」
「はい、弟子です」
「そうですか。賢者殿がこのようにお若いお弟子をお持ちとは」
マックスは笑った。職探しのためにどこで師事したかを証明すると必ず同じことを言われる。

「では私も名乗りましょうかな。私はヨアヒム・フォン・ブランデスと申します」
すぐ近くにいる者にははっきりと聞こえるが、水音をさせて舟をこいでいる舳先の渡し守には聞こえない程度の声で男は言った。マックスは耳を疑った。
「というと、ランスクの?」
「やはりご存知でしたか。そう、代官をしております」

 ランスクは大きな所領ではないがグランドロンでも有数の塩田があり、代官のヨアヒム・フォン・ブランデスは子爵の家柄ながら国王にも謁見が許されている名士だった。その当人がさほど遠くないもののこのようにわずかな伴を連れるのみで旅をしているのはいかにも不自然に思われた。

「殿様、あなたがいったいどうして……」
マックスが声を潜める。

 ヨアヒムは笑った。
「何故、このようなところに忍びの旅をしているのかと……」
それは奇妙な笑い方だった。あざ笑うような、少し悲しいような表情だった。
「そうですな、それではこの川を渡り終えましたら、若き賢者殿に私の話を聞いていただきましょうか……」
そして、ちらりと水手を見た。

 不遜で、ずる賢い目をした渡し守は話を聞けないことに残念な顔をしたが、黙って川を渡りきった。
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Posted by 八少女 夕

ポール・モーリアが好きでした

このブログでは何回か書いている事ですが、私の小説の作り方は特殊だと時々言われます。映像やイラストなど視覚的なものよりもクラッシック音楽のように聴覚から入ってくるイメージで書く事が多いのです。自分にとってはものすごく自然なので、それを何人もの方から指摘されて「あれ、そんな特殊な事だっけ」とかえって思ったものです。

こういう創作のやり方は、たぶん小学校の頃に遡ると思います。当時は小説を書いていたのではなくて、ショウワのノートにマンガを描いていたのです。その内容は黒歴史そのもので思い出したくもないのですが、当時からなぜかオリジナルのみでした。

その発想の源になったのが、ポール・モーリア(グランドオーケストラの演奏する曲)だったのです。

私とポール・モーリアの音楽との出会いは、当時通っていたバレエ教室でした。発表会用にいろいろと曲を集めていた先生が聴かせてくれたテープに「薔薇色のメヌエット」が入っていたのですね。

当時、私は父の極端な教育方針のためテレビを観る事も流行歌(ピンク・レディーやゴダイゴなどです)を聴く事も禁止されていました。家で流れていたのはクラッシック音楽だけ。そりゃ好きなクラッシック音楽もありましたが、小学生なのにバッハのよさをわかれと言われても、ねぇ。でも、かといって流行歌が好きだったわけでもないのです。そこで聴いたポール・モーリアは、なんというのか軽くて心地よいのに、流行歌とも違う、要するにまったく別世界だったわけです。当時は現在のように「リラクゼーション」や「ワールドミュージック」というジャンルはあまり大きなマーケットではなくて私は存在すらも知らなかったのです。だから、アメリカン・ポップでもなく、歌謡曲でもなく、さらにクラッシック音楽でもないイージーリスニングの世界は、とても新鮮だったのです。

それから誰もが知っている「恋はみずいろ」や「エーゲ海の真珠」の入っているベスト盤をはじめ、ポール・モーリアの日本で発売されていたアルバムのカセットテープ(CDの前の時代です)をかなり長い事かけて集めたものです。なんせお小遣いが月に300円。お年玉も合計で5000円くらいしかもらえなかったので、大変でした。それでも高校生くらいまでは、ずっとポール・モーリアに入れあげていました。

なぜあそこまで夢中になったんだろうと、ずっと不思議に思っていたんですが、最近ようやく理由がわかりました。つまり、誰にも言わずにずっとこそこそやっていた創作の源だったからだと。歌詞のある曲だと発想は限られます。でも、ポール・モーリアはインストルメンタルだけなので、自分の感じた通りのイメージを膨らませる事ができたのです。

書いている作品に行き詰まった時に、新作のアルバムを聴いていると、まったく違うシーンが浮かんできて続きを書く事ができたのですよね。

青春時代、それから後も、誰にも言わずにずっとそうやって書き続けてきたので、それが普通になってしまったのでした。ポール・モーリアはいつの間にか卒業して、他のイージー・リスニングやリラクセーション系の音楽や映画音楽、それにクラッシック音楽などを聴く事が多くなりました。創作の元ネタになる音楽もポール・モーリアからは離れましたが、歌詞がない音楽ばかりを好み続けてきたのはたぶん同じ理由からだと思います。

つい先日、あれほど好きだったポール・モーリアがずいぶん前に亡くなっていた事を知ってちょっとショックでした。今さらですがご冥福をお祈りします。



「薔薇色のメヌエット」の動画です。

Minuetto Paul Mauriat
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Posted by 八少女 夕

靴職人の王子様

最近、いろいろと上の空です。たぶん、その感じがブログ記事や小説やブログ訪問にあらわれているかと思います。すみません。今日はその原因の話を。

Portoにて

上の写真と下の音楽。何の関係があるかと思われるでしょう。ええ、これらが私の現在の妄想のど真ん中にあるのです。ポルト旅行以来、どっかり私の中に居座っている、例の新作小説です。しかも、この奇抜な記事タイトルまで、関係しております。

下に動画で貼付けたのは言わずと知れた楽聖ベートーヴェン(現代の、ではなくて本家ですよ)のピアノ協奏曲第五番「皇帝」の第二楽章。(動画には三楽章もくっついていますが)

いやあ、名曲中の名曲です。これにふさわしい文章が書けるのかと今から不安になっていますが、とにかく私の中では、一番重要なシーンでは、主人公はこういう景色を見ていて、BGMとしてはこの曲がかかっているわけです。

あ、ここまで書いて、引いている人がいるような感じがしてきました。

仮題は決まっています。っていうか、たぶんそれが題名になりそうです。他にはいいのを思いつかないので。「Infante 323 黄金の枷」と、いいます。主人公は、はしょって言うと靴職人の王子様(いわゆる王族とは違いますが)で、ヒロインはそのメイド。あ、もっと引いた人の数が増えたような……。こう書くと自分でも引くもんなあ。でも、まあ、そういう話です。いや、この説明で普通の人が連想するような話じゃないと思うけれど。いや、そういう話かな……。


Excerpt from Piano Concerto No. 5 in E-flat Major, Op.73 ("Emperor Concerto")
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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと黒緑の訪問者 Featuring「チュプとカロルとサーカスと」

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!

月刊・Stella ステルラ 5月号参加 掌編小説 月刊・Stella ステルラ


scriviamo!の第十七弾です。(ついでにStellaにも出しちゃいます)
スカイさんは、受験でお忙しい中、北海道の自然を舞台にした透明な掌編を描いてくださいました。本当にありがとうございます。


スカイさんの書いてくださった掌編 チュプとカロルとサーカスと

スカイさんは、現在高校生で小説とイラストを発表なさっているブロガーさんです。代表作の「星恋詩」をはじめとして、透明で詩的な世界は一度読んだら忘れられません。また、篠原藍樹さんと一緒に主宰なさっている「月間・Stella」でも大変お世話になっています。

「Stella」で一年半ちかく連載し、間もなく完結する「夜のサーカス」はもともと10,000Hitを踏まれたスカイさんのリクエストから誕生しました。それまでどこにもいなかったサーカスの仲間たちは、スカイさんのおかげでうちのブログの人氣シリーズになったのです。

今回スカイさんが書いてくださったお話は、北海道を舞台にゴマフアザラシと本来ならその天敵であるはずのワタリガラスの微笑ましい友情を描いたお話ですが、「チルクス・ノッテ」が少し登場します。そこで、とても印象的なワタリガラスのライアンをお借りして、「夜のサーカス」の番外編を書いてみる事にしました。



「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物


「scriviamo! 2014」について
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと黒緑の訪問者 Featuring「チュプとカロルとサーカスと」
——Special thanks to Sky-SAN

夜のサーカスと黒緑の訪問者


 風が吹いてきて、バタバタとテントを鳴らした。バタバタ、バタバタと。エミリオが大テントの入口の布を押さえようと顔を出して、山の向こうからゆっくりとこちらに向かってくる真っ黒な雲を眼にした。
「あれ、ひと雨来るかな……」

 それ以上バタバタ言わないように、入口の布をくるくるっと巻いて、しっかりと紐で縛っている時に氣配を感じた。真横にいつの間にか一人の男性が立っていた。

 黒い三つ揃いのスーツは、不思議な光沢だった。光の加減で緑色に見えるのだ。しかも、その男は黒いエナメルの靴、黒いシルクのワイシャツ、そして黒いネクタイに、黒いシルクハットを被っていた。真っ黒い前髪が目の辺りまであって、その奥から黒い小さい瞳がじっとこちらを眺めている。

 エミリオはとっさにどこかの王族かなにかだと思った。こんなに堂々とした様子で立っている、しかもひと言も発しない相手ははじめてだった。男はエミリオの顔を注意深く観察すると、納得したように頷いてから堂々とした足取りで大テントの中に入ろうとした。

「あっ。いや、まだ入れないんですよ。開場時間は午後七時なんです」
男は何も言わずにエミリオをじっと見つめた。何も悪い事をしていなくても「ごめんなさい」と謝ってしまいたくなるような鋭い一瞥だった。だが少なくとも彼はエミリオの制止を振り切るつもりでないらしく、黙って立っていた。

「え。あ、いや、だから、あと二時間経ってから、暗くなってから来てくださいよ」
しどろもどろでエミリオが言った。それでも入ってきてしまったら、僕には止められないな、そう思いながら。だが、男は納得したようで、黙って頷くと踵を返して歩いていった。あのひと足が悪いのかなあ、変な歩き方だ。エミリオは首を傾げた。

 まったく今日は変な闖入者の多い日だ。午後一番には、テントでリハーサルをしていたマッテオがエミリオにあたりちらしたのだ。
「お前! 何テントにカラスを入れてんだよっ!」
「えっ?」
そう言われて客席を見ると、こともあろうにVIP席の背もたれに、ワタリガラスが停まっていた。

「うわぁ」
背もたれに粗相でもされたら、団長とジュリアにこっぴどく怒られる。エミリオは棒を振り回しながら、その巨大な鳥をテントから追い出そうとした。一体どうやって入ってきたんだろう。だがカラスはポールの上の方へと飛んでしまって、なかなか降りて来ない。どうしたもんだろうかと考えあぐねていたが、たまたまマッダレーナがリハーサルのためにヴァロローゾを連れて入ってきたので問題は解決した。雄ライオンがエミリオも逃げだしたくなるようなものすごい咆哮を轟かせた途端、ワタリガラスは入口へと一目散に向かい、そのまま出て行ってしまったのだ。

 無事に開演準備の仕上げを終えると、共同キャラバンへと走った。わぁ、みんな食べ終わっちゃったな。すっかり遅くなってしまった。キャラバンに駆け込むと、案の定、そこにはもう今日の当番のステラしかいなかった。
「ごめん。遅くなった」
「大丈夫。まだ時間あるから。みんなは本番前に集中したいからって、もう行っちゃったけれど。でも、何か問題があったの?」
「いや。風が強かったから、全ての入口の布を丸めていたんだ。そしたら、変なヤツが来てさ」
「変なヤツ?」
「うん。全身真っ黒のスーツを着た男。まだ開演時間でもないのに中に入ろうとしてさ。ダメですって断ったら帰ってくれたんだけれど、ひと言も喋らなくてさ……」
「そう……」

 その真っ黒な男は、その日から興行に毎晩やってきた。マルコはその晩のチケット担当だったのだが、エミリオから話を聞いていたのですぐにわかった。立派な服装なのに、チケットは誰かが落として踏みにじられたようなしわくちゃ紙だった。その次の日はマッテオが本番前に見かけたと言うし、次の日にはマッダレーナも「私も見た」と報告してきた。

「毎日チケットを買っていらしてくださるとは、大事なお得意様じゃないか。喜べ」
団長が団員の不安を笑い飛ばしたので、彼らもそれもそうかとそのままにしておく事にした。

「それよりも、ステラ。ジュリアが言っていたが、三回転半ひねりが上手くできなくて、二回転半で誤摩化していると言うじゃないか。チラシにわざわざ載せたんだし、しっかりしてくれないと困るな」
「すみません」

 実際には三回転半のジャンプそのものは成功していて、ちゃんと毎晩披露していた。問題は、二回転と三回転半の連続技で、タイミングがまだはっきりとつかめていない。落ちるのが怖くて上手くできないのだ。いや、以前のシングル・ブランコのときだったら落ちても下にいるのはヨナタンで、きっとネットを拡げて受け止めてくれると信じていたので安心して飛ぶ事ができた。でも、この興行で下にいるのはマルコだ。マルコもちゃんと受け止めてくれるとは思うのだが、ヨナタンほど信用できない自分が情けなかった。

 ステラはレッスンを終えてから自分のキャラバンに戻りながら、自分の腕を目の前で泳がせてタイミングを反復してみた。
「ここで、一、二、んで、ジャンプ! 一回転、二回転……」

 その時、「カポン」という声がした。

「ん?」
ステラが見上げると、目の前の楡の木にワタリガラスが停まっていた。大きな翼を一、二度拡げたり閉じたりしてから再び「カポン」と叫ぶと、不意に黒い鳥は飛び上がった。そして、二回転半してから隣の枝に一瞬脚を掛けると、停まらずにすぐに飛び立って三回転半をしてみせた。

 ステラはぽかんと口を開けた。その間にワタリガラスはもっと上の枝に着地するとまた「カポン」と鳴いた。

「ねえ! もう一度、やって、お願い!」
そうステラが頼むと、まるで人間の言葉がわかっているかのように、黒い鳥は同じ連続ジャンプをすると、今度は停まらずに飛んでいってしまった。ステラは呆然として、もう一度練習するために大テントに向かって歩き出した。
「あのタイミングなんだわ……」

* * *


 風がバタバタいう宵だった。色とりどりのランプが、ひゅんひゅんと何度もテントに打ち付けられた。チルクス・ノッテは満員だった。この街で最期の興行なので、一度観にきた観客たちももう一度駆けつけてきた。あのセクシーなライオン使いをもう一度観たいな……。俺は、あの馬の芸を観ておきたいよ。チラシで宣伝していたブランコ乗りのデュエットも、悪くないよな。

 ステラは、舞台の袖でマッテオと一緒に立っていた。衣装の左胸の裏側にはいつものお守り、黄色い花で作った押し花も入っている。大丈夫……。ヨナタンが応援してくれると、もっと心強いんだけれどな。もう何日もヨナタンと話をしていなかった。こんなことは入団以来はじめてだった。でも、いつかは、また……。涙をこらえるようにして、左胸に手を当てた。あふれそうになった涙を抑える。いけない。今は演技に集中しないと。

 マッテオに泣いているのを見られないように、急いで後ろを向いた。すると誰かが更に奥の袖にさっと隠れた。ステラはその衣装を目の端でとらえていた。コメディア・デラルテのアルレッキーノの衣装。ヨナタンだ。団長に怒られていたから、心配して見に来てくれたのかな……。ステラは嬉しくなって、下を向いた。頑張るね。

 舞台の眩しい光。観客の割れるような拍手。熱氣。マッテオがみごとな大回転でブランコに膝の裏でつかまり、ゆっくりと揺れはじめる。ステラは、タイミングを数えはじめる、あのワタリガラスを思い出しながら。いち、に……。

 華麗な二回転半の後、マッテオの手にしっかりと掴まったステラは、そのまま再び飛び立った。一回転、二回転、三回転半! 手はしっかりともう一つのブランコをつかんでいた。できた! 今日も二回転半だと思っていたジュリアとロマーノが袖であっけにとられて立ちすくんだ。エミリオの「やった!」という声は観客の大拍手でかき消された。派手な衣装と仮面を身につけた青年も袖から眩しそうに少女を見上げていた。

 観客席には、真っ黒い衣装を身に着けた例の男がじっと座っていた。その隣には、やはり緑の光沢のある黒いドレスを身に着けた黒髪で黒いトーク帽に黒いヴェールをかけた女が座っていて、そっと体を傾けて黒服の紳士に顔を近づけた。紳士は大きく頷いてから他の観客には聞こえない小さな声で「カポン」と言った。
 
(初出:2013年4月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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この小説の不思議な設定は、すべてスカイさんの小説をもとにして書いてあります。大体の事は想像できるように書いたつもりですが、もし氣になった方はスカイさんの小説で設定をご確認ください。

本文中にはまったく出てこないのですが、今回のBGMです。

Nocturne from Cirque du Soleil's Alegria
関連記事 (Category: 小説・夜のサーカス 外伝)
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Tag : 小説 リクエスト 読み切り小説 コラボ

Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと黒緑の訪問者 Featuring「チュプとカロルとサーカスと」

scriviamo!

月刊・Stella ステルラ 5月号参加 掌編小説 月刊・Stella ステルラ


scriviamo!の第十七弾です。(ついでにStellaにも出しちゃいます)
スカイさんは、受験でお忙しい中、北海道の自然を舞台にした透明な掌編を描いてくださいました。本当にありがとうございます。


スカイさんの書いてくださった掌編 チュプとカロルとサーカスと

スカイさんは、現在高校生で小説とイラストを発表なさっているブロガーさんです。代表作の「星恋詩」をはじめとして、透明で詩的な世界は一度読んだら忘れられません。また、篠原藍樹さんと一緒に主宰なさっている「月間・Stella」でも大変お世話になっています。

「Stella」で一年半ちかく連載し、間もなく完結する「夜のサーカス」はもともと10,000Hitを踏まれたスカイさんのリクエストから誕生しました。それまでどこにもいなかったサーカスの仲間たちは、スカイさんのおかげでうちのブログの人氣シリーズになったのです。

今回スカイさんが書いてくださったお話は、北海道を舞台にゴマフアザラシと本来ならその天敵であるはずのワタリガラスの微笑ましい友情を描いたお話ですが、「チルクス・ノッテ」が少し登場します。そこで、とても印象的なワタリガラスのライアンをお借りして、「夜のサーカス」の番外編を書いてみる事にしました。



「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物


「scriviamo! 2014」について
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと黒緑の訪問者 Featuring「チュプとカロルとサーカスと」
——Special thanks to Sky-SAN

夜のサーカスと黒緑の訪問者


 風が吹いてきて、バタバタとテントを鳴らした。バタバタ、バタバタと。エミリオが大テントの入口の布を押さえようと顔を出して、山の向こうからゆっくりとこちらに向かってくる真っ黒な雲を眼にした。
「あれ、ひと雨来るかな……」

 それ以上バタバタ言わないように、入口の布をくるくるっと巻いて、しっかりと紐で縛っている時に氣配を感じた。真横にいつの間にか一人の男性が立っていた。

 黒い三つ揃いのスーツは、不思議な光沢だった。光の加減で緑色に見えるのだ。しかも、その男は黒いエナメルの靴、黒いシルクのワイシャツ、そして黒いネクタイに、黒いシルクハットを被っていた。真っ黒い前髪が目の辺りまであって、その奥から黒い小さい瞳がじっとこちらを眺めている。

 エミリオはとっさにどこかの王族かなにかだと思った。こんなに堂々とした様子で立っている、しかもひと言も発しない相手ははじめてだった。男はエミリオの顔を注意深く観察すると、納得したように頷いてから堂々とした足取りで大テントの中に入ろうとした。

「あっ。いや、まだ入れないんですよ。開場時間は午後七時なんです」
男は何も言わずにエミリオをじっと見つめた。何も悪い事をしていなくても「ごめんなさい」と謝ってしまいたくなるような鋭い一瞥だった。だが少なくとも彼はエミリオの制止を振り切るつもりでないらしく、黙って立っていた。

「え。あ、いや、だから、あと二時間経ってから、暗くなってから来てくださいよ」
しどろもどろでエミリオが言った。それでも入ってきてしまったら、僕には止められないな、そう思いながら。だが、男は納得したようで、黙って頷くと踵を返して歩いていった。あのひと足が悪いのかなあ、変な歩き方だ。エミリオは首を傾げた。

 まったく今日は変な闖入者の多い日だ。午後一番には、テントでリハーサルをしていたマッテオがエミリオにあたりちらしたのだ。
「お前! 何テントにカラスを入れてんだよっ!」
「えっ?」
そう言われて客席を見ると、こともあろうにVIP席の背もたれに、ワタリガラスが停まっていた。

「うわぁ」
背もたれに粗相でもされたら、団長とジュリアにこっぴどく怒られる。エミリオは棒を振り回しながら、その巨大な鳥をテントから追い出そうとした。一体どうやって入ってきたんだろう。だがカラスはポールの上の方へと飛んでしまって、なかなか降りて来ない。どうしたもんだろうかと考えあぐねていたが、たまたまマッダレーナがリハーサルのためにヴァロローゾを連れて入ってきたので問題は解決した。雄ライオンがエミリオも逃げだしたくなるようなものすごい咆哮を轟かせた途端、ワタリガラスは入口へと一目散に向かい、そのまま出て行ってしまったのだ。

 無事に開演準備の仕上げを終えると、共同キャラバンへと走った。わぁ、みんな食べ終わっちゃったな。すっかり遅くなってしまった。キャラバンに駆け込むと、案の定、そこにはもう今日の当番のステラしかいなかった。
「ごめん。遅くなった」
「大丈夫。まだ時間あるから。みんなは本番前に集中したいからって、もう行っちゃったけれど。でも、何か問題があったの?」
「いや。風が強かったから、全ての入口の布を丸めていたんだ。そしたら、変なヤツが来てさ」
「変なヤツ?」
「うん。全身真っ黒のスーツを着た男。まだ開演時間でもないのに中に入ろうとしてさ。ダメですって断ったら帰ってくれたんだけれど、ひと言も喋らなくてさ……」
「そう……」

 その真っ黒な男は、その日から興行に毎晩やってきた。マルコはその晩のチケット担当だったのだが、エミリオから話を聞いていたのですぐにわかった。立派な服装なのに、チケットは誰かが落として踏みにじられたようなしわくちゃ紙だった。その次の日はマッテオが本番前に見かけたと言うし、次の日にはマッダレーナも「私も見た」と報告してきた。

「毎日チケットを買っていらしてくださるとは、大事なお得意様じゃないか。喜べ」
団長が団員の不安を笑い飛ばしたので、彼らもそれもそうかとそのままにしておく事にした。

「それよりも、ステラ。ジュリアが言っていたが、三回転半ひねりが上手くできなくて、二回転半で誤摩化していると言うじゃないか。チラシにわざわざ載せたんだし、しっかりしてくれないと困るな」
「すみません」

 実際には三回転半のジャンプそのものは成功していて、ちゃんと毎晩披露していた。問題は、二回転と三回転半の連続技で、タイミングがまだはっきりとつかめていない。落ちるのが怖くて上手くできないのだ。いや、以前のシングル・ブランコのときだったら落ちても下にいるのはヨナタンで、きっとネットを拡げて受け止めてくれると信じていたので安心して飛ぶ事ができた。でも、この興行で下にいるのはマルコだ。マルコもちゃんと受け止めてくれるとは思うのだが、ヨナタンほど信用できない自分が情けなかった。

 ステラはレッスンを終えてから自分のキャラバンに戻りながら、自分の腕を目の前で泳がせてタイミングを反復してみた。
「ここで、一、二、んで、ジャンプ! 一回転、二回転……」

 その時、「カポン」という声がした。

「ん?」
ステラが見上げると、目の前の楡の木にワタリガラスが停まっていた。大きな翼を一、二度拡げたり閉じたりしてから再び「カポン」と叫ぶと、不意に黒い鳥は飛び上がった。そして、二回転半してから隣の枝に一瞬脚を掛けると、停まらずにすぐに飛び立って三回転半をしてみせた。

 ステラはぽかんと口を開けた。その間にワタリガラスはもっと上の枝に着地するとまた「カポン」と鳴いた。

「ねえ! もう一度、やって、お願い!」
そうステラが頼むと、まるで人間の言葉がわかっているかのように、黒い鳥は同じ連続ジャンプをすると、今度は停まらずに飛んでいってしまった。ステラは呆然として、もう一度練習するために大テントに向かって歩き出した。
「あのタイミングなんだわ……」

* * *


 風がバタバタいう宵だった。色とりどりのランプが、ひゅんひゅんと何度もテントに打ち付けられた。チルクス・ノッテは満員だった。この街で最期の興行なので、一度観にきた観客たちももう一度駆けつけてきた。あのセクシーなライオン使いをもう一度観たいな……。俺は、あの馬の芸を観ておきたいよ。チラシで宣伝していたブランコ乗りのデュエットも、悪くないよな。

 ステラは、舞台の袖でマッテオと一緒に立っていた。衣装の左胸の裏側にはいつものお守り、黄色い花で作った押し花も入っている。大丈夫……。ヨナタンが応援してくれると、もっと心強いんだけれどな。もう何日もヨナタンと話をしていなかった。こんなことは入団以来はじめてだった。でも、いつかは、また……。涙をこらえるようにして、左胸に手を当てた。あふれそうになった涙を抑える。いけない。今は演技に集中しないと。

 マッテオに泣いているのを見られないように、急いで後ろを向いた。すると誰かが更に奥の袖にさっと隠れた。ステラはその衣装を目の端でとらえていた。コメディア・デラルテのアルレッキーノの衣装。ヨナタンだ。団長に怒られていたから、心配して見に来てくれたのかな……。ステラは嬉しくなって、下を向いた。頑張るね。

 舞台の眩しい光。観客の割れるような拍手。熱氣。マッテオがみごとな大回転でブランコに膝の裏でつかまり、ゆっくりと揺れはじめる。ステラは、タイミングを数えはじめる、あのワタリガラスを思い出しながら。いち、に……。

 華麗な二回転半の後、マッテオの手にしっかりと掴まったステラは、そのまま再び飛び立った。一回転、二回転、三回転半! 手はしっかりともう一つのブランコをつかんでいた。できた! 今日も二回転半だと思っていたジュリアとロマーノが袖であっけにとられて立ちすくんだ。エミリオの「やった!」という声は観客の大拍手でかき消された。派手な衣装と仮面を身につけた青年も袖から眩しそうに少女を見上げていた。

 観客席には、真っ黒い衣装を身に着けた例の男がじっと座っていた。その隣には、やはり緑の光沢のある黒いドレスを身に着けた黒髪で黒いトーク帽に黒いヴェールをかけた女が座っていて、そっと体を傾けて黒服の紳士に顔を近づけた。紳士は大きく頷いてから他の観客には聞こえない小さな声で「カポン」と言った。
 
(初出:2013年4月 書き下ろし)

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この小説の不思議な設定は、すべてスカイさんの小説をもとにして書いてあります。大体の事は想像できるように書いたつもりですが、もし氣になった方はスカイさんの小説で設定をご確認ください。

本文中にはまったく出てこないのですが、今回のBGMです。

Nocturne from Cirque du Soleil's Alegria
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Posted by 八少女 夕

【小説】昨日の花は今日の夢

limeさんからの宿題(?)第二弾です。素敵なイラストをアップなさっていてですね、どうぞご自由にお使いくださいと。

(イラスト)妄想らくがき・サクラ幻想

limeさんの「サクラ幻想」
このイラストの著作権はlimeさんにあります。使用に関してはlimさんの許可を取ってください。

しかしですね。これは難しいんですよ。少年、学ラン、そして般若面。どうしろって言うのよ〜。と、悶絶したあげく。いや、スルーするって手もあったんですけれど。しかも、しばらく休もうと思っていたぐらいですし。それに、ユズキさんのドーナツとパンジーもまだ終わっていないのに。でも、なんとなく、作っちゃったんですよ。それも、「なんなんだ、これは」という話になってしまいました。ごめんなさい。limeさん。枯れ木も山の賑わいってことでお許しください。そして、きっと、そうへいさんからの鋭いツッコミが入るような……。こっちもあやまっておこう、ごめんなさい。やっぱり、伝統芸能は私には鬼門だなあ……。(題名、途中の引用、出てくるモチーフの一部は、謡曲「葵上」からいただいています)



昨日の花は今日の夢

 ぎしっとゴンドラが撓む。縞模様のTシャツに、赤いネッカチーフ、白い帽子をかぶった陽氣なイタリア人船頭がどこからか来た恋人とおぼしき二人のためにカンツォーネを歌おうとしている。だが、その二人は押し黙ったまま、潟の水音と緩やかな波にだけ興味を見せた。カーニヴァルの時期には酔狂な観光客が多く、彼らのように仮面をつけているカップルは珍しくない。見えている口から下と、発音から東洋人だろうと思ったが、船頭にわかるのはそれだけだった。

 女はそっと男の胸にもたれかかった。
「ずいぶん大胆なんですね、今日は」
男がその細い肩に手を回して言った。

「だって。ここでなら、この仮面をしていれば、誰にもわからないでしょう」
「何が」
「あなたは売り出し中の能楽師。顔もよく知られている。確実にスキャンダルになるから、東京で私たちが一緒に出歩く事はできない」
「それは、相手があなただからでしょう……義姉さん」

「やめて! お願い。そんな風に呼ばないで。せめて、今は……」
日本を離れ、ヴェネツィアのカーニヴァルの喧噪に混じり、仮面で顔を隠してようやく手にした逢瀬。どれほど恋いこがれても、普段は近づく事のできない愛しい男。亜夜子は男の胸に顔を埋めた。

「せめて、あなたの家族のままでいられたら、同じ屋根の下で寝食を共にする事ができたのに。恋をする事も許されず、逢う事もできない。あれから、十年も経っているのに。」

 だが、怜はその懇願にも、切ない想いにも心を動かされた様子はなく、ただ、揺蕩う波紋に仮面を向けていた。

「あれから、十年……」
雪のように桜が舞い降る宵だった。広い屋敷の敷地には、街の明かりは届かない。十三夜の月だけが満開の花を照らし出していた。怜は十七歳、まだ学生服を着ている少年だった。

六趣四生を出でやらず
人間の不定芭蕉泡沫の世の習
昨日の花は今日の夢と
驚かぬこそ愚なれ


 亜夜子の夫である峻が、蔵の中で若い愛人とともに命を落としたのは、まさにその宵であった。内側からかんぬきが掛けられた密室状態だったので、最終的には二人が心中したと結論づけられた。次世代を担う正しき血筋の能楽師が妻も暮らす自宅の蔵で亡くなったのは大きなスキャンダルであったが、今は峻の事や、いたたまれず家を出た亜夜子のことが 口の端に上ることは珍しくなった。だが、いまや当時の峻に劣らぬ実力と人氣の能楽師である怜が、かつての義姉と逢瀬を重ねている事が世間に知れたら、それは怜の芸能生命に関わる一大事となるはずだった。

唯いつとなき我が心
もの憂き野辺の早蕨の萌え出でそめし思の露


「お願い。もう耐えられないわ。どうか、何もかも捨てて私と逃げて。私はあなたさえいれば、あとはもう何もいらないの」

「失うものもないくせに……」
怜は小さくつぶやいた。

「私を愛していないの? あなたの周りにいくらでも寄ってくる、あの女の子たちと一緒なの?」
亜夜子は、船頭が日本語をまったく解していないのをいい事に詰め寄った。船頭は「こりゃ、まずいことになってきたようだ」と二人の雰囲氣から察して、黙ってゴンドラを漕いでいた。この黒い舟は、棺桶の中にいるようだと怜は思った。

夢にだにかへらぬものをわが契
昔語になりぬれば
なほも思は真澄鏡


「なぜ愛の事など語る。あなたは愛など葬ったはずでしょう、あの宵に」

 亜夜子は怜の胸から顔を離して、マスクの奥から彼の言葉の意味を推し量ろうとした。怜は再び波紋に目を向けた。煌めく光があの宵の狂ったように舞い落ちる葩に見えた。

 叫び声を聞いたように思い、母屋を出た。桜が青白く光っていた。風が微かな助けを求める声を運んできたように思った。桜が叫んでいる? 少年だった怜が、桜を見上げていると、後ろを誰かが走った。振り向くと動転して走っていく亜夜子だった。蔵の方から?

 その古い蔵は、かつて峻と怜がよく遊んだ秘密基地であった。隅々まで探検し尽くしたので、何がどこにあり、誰にも知られないように扉を使わずに出入りする方法なども二人で編み出していた。大きくなってからも、母屋ではできない後ろめたい事に使っていた。そう、例えば峻は女をあそこへ連れ込んでいた。

 蔵の扉は大きく開いていた。いつものわずかなカビの臭いに混じって、事切れた者たちの紅い血の匂いが静かに広がっていた。怜は、兄とその愛人が折り重なるようにして倒れているのに近づき、そっと命の徴を探った。もうだめだとすぐにわかった。いつかこうなるかもしれない、怜はそう思っていた。峻と亜夜子の愛憎。妻の心を踏みにじる、歪んだ兄の愛の発露は、いつか亜夜子を壊すであろうと、怜はずっと前に感じ取っていた。

 兄は、最期の力を振り絞って、桐の箱へと辿りついて事切れていた。彼が手にしていたのは白般若。「葵上」を誰もが連想するだろう。わかりやすいダイイング・メッセージだ。もっとも、これがなくても、誰でも亜夜子を疑うと思うが。

 怜は面を兄の手から離した。そして、蔵を内側から閉めてかんぬきを掛けると、彼と兄しか知らなかった秘密の出入り口から出た。葩が舞う。舞う。風に舞う。

身の憂きに人の恨のなほ添ひて
忘れもやらぬ我が思い


 亜夜子を救いたかった。純粋に、人を殺めるほどに恨み高まった、彼女の愛を救いたかった。吹雪のように舞い落ちる幽玄たる桜。彼自身が愛のための鬼になったはずだった。

 だが、それは幻想に過ぎなかった。亜夜子の身を焦がした瞋恚の焔は、たった十年であっさりと消え去り、彼女は亡き夫の弟との愛欲に溺れて、メロドラマのような逃避行を夢みる愚かな女と変貌していた。一生消えない血のシミを心に付けてまで守ろうとした怜の女への激情も、急速に冷えていった。

「仮面をつけて、ヴェネツィアのゴンドラに乗りたい」
そう亜夜子にねだられた時に、怜は戦慄した。亜夜子とは昨年ぐらいから時おり逢うようになっていたが、二人で旅をした事は一度もなかった。昨夜、ヴェネツィアのホテルで落ち合い、狂ったように抱いた怜の不安を亜夜子は完全に誤解したらしい。女は単純に愛の勝利を確信したのだろう。だが、彼が予感していたのは、愛の崩壊だった。

「あの夜、兄さんは般若面をつかんで亡くなったのですよ。あなたを守ろうとした私は愚かだった。あなたは光の君と破車に乗り、黄泉の国まで行くことでしかあの愛を成就できなかったのです。わたしはそれを邪魔し、あなたをこんな惨めな鬼に変えてしまった」

「怜……」
「今さらあなたを売るような事はしません。けれど、私はあなたには二度と逢わないでしょう。さようなら、義姉さん」

 リアルト橋につくと、怜は仮面を外して、料金をその中に入れて船頭に渡した。呆然とする亜夜子を後ろに残して、彼はヴェネツィアの雑踏の中に消えていった。
 
(初出:2014年4月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

花づくし

みなさんのブログで、面白い題材がいっぱいあって、自由に作品を書いていいとお許しをいただいて飛びつきたい所なのですが。実は、息切れしています。今年に入ってから「scriviamo! 2014」とキリ番記念で、通常の執筆とは別に合計20作品書きましたし、「十二ヶ月の野菜」「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」それに旅行中に思いついた新作と頭は分裂中。それに「大道芸人たち」が時々頭の片隅でごちゃごちゃ動いているし。でも、参加したいよう……。いつもより時間がかかるかもしれません。そんなことはさておき、ブログの方でも小説が続くので、ちょっと息抜き記事を書いてみる事にしました。

ブログでは桜が花盛りでとても綺麗ですよね。スイスでもベルンにはソメイヨシノがあるという事で、日本とほぼ同じ頃に満開になっていたようですが、私の周りにはありません。

桜

私の大家さんの桜も咲きました。葉桜で、ソメイヨシノの華やかさには欠けるのですが、ソメイヨシノにはない利点もあります。すなわちサクランボができることです。山形の宝石のように艶やかで大きくて甘いサクランボとは違いますが、なかなかの美味。ラム酒に漬けたり、シロップ漬けにしたり、タルトにしたり、夏から冬まで楽しんでいます。

下の写真はやはり同じ敷地内にある梨。洋梨がなります。もともと日本の梨の方が好きで洋梨はまったく食べなかったのですが、生で食べるのではなく、バターで炒めてクルトンと一緒にサラダに混ぜ、バルサミコ酢のドレッシングで食べるととても美味しいのです。

花としての梨は可憐で美しいですよね。
梨

ヨーロッパの樹の花の特徴は、「死体なんか埋まっているわけないだろう」という、あっけらかんとした美しさです。ええ、埋まっていませんとも。牛がその下で草を食べて、排泄ししっかりと肥やしてくれるような所に、幽玄な幽霊がぼんやりと立てるだろうか、いや立てまい、というイメージなのですよ。あ、これは私の印象ですけれどね。

「ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ」なんて風流に花を楽しむ人はほとんどいません。私の知り合いのお母さんは、流行の日本の桜を植えて数年間は花を楽しんだらしいのですが、花びらが散ってそれを掃除するのが苦痛だと言って切り倒してしまいました。そう、散った花びらとは綺麗に掃いて捨てるものらしいのです。「もののあはれ」のかけらもありません。

椿

その分、花に対するタブーもあまりないようです。これはイタリア語圏に行った時に知り合いが私のために庭木から切って贈ってくださった椿の花束。日本だと「椿は花がぽとりと落ちるから」「紫陽花は移り氣の象徴だから」といろいろと差し上げるのを考えてしまう花がありますが、こちらでは「綺麗だろう! 君にぜひ贈らせて」と満面の笑顔でくださるのです。ちょっとした幸せを感じた瞬間でした。
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Posted by 八少女 夕

【小説】バッカスからの招待状 -2- ゴールデン・ドリーム

この小説、オムニバス小説集「バッカスからの招待状」なんですが、「またもや『樋水龍神縁起』ものかよ!」と思われるかもしれませんね。実は、40,000Hit記念にTOM-Fさんからいただいたリクエストにお答えしての小説なのです。いただいたお題は「トロイメライ」、キャラのご指定は高橋瑠水でした。そういうわけで、「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読んでいらっしゃらない方はいまいち「?」かもしれません。でも、読んでいなくても話は通じると思います。


バッカスからの招待状 -2- 
ゴールデン・ドリーム


 開店直後のバーに入るのは本番前の舞台を覗くような、少しだけ優越感に浸れる瞬間だ。
「いらっしゃい」
ドアを開けた時に響いてきた変わらぬ声。懐かしさが込みあげた。

「これは、これは。高橋さんじゃないですか」
バーテンダーは声を弾ませた。高橋一は嬉しそうに頷いた。
「四半世紀ぶりだね。田中さん」
「お元氣そうで」
「田中さんも。この店が続いていて嬉しいよ」

 かつてはジャズがかかっている事が多かった店だが、今日は静かなピアノ曲がかかっていて、柔らかい間接照明がメロディに合わせて揺れているように感じた。一は磨き込まれたカウンターのマホガニーを愛おしむように撫でてから、かつて自分の席と決めていた位置に座った。
「広瀬さん、いえ、奥さまはお元氣でいらっしゃいますか」
「ああ、今晩ここに来ると言ったら、悔しがっていたよ。田中さんに是非よろしくって」
「ありがとうございます。次回はぜひご一緒に。本日は、何になさいますか」

 一は嬉しそうに下を向いて笑ってから言った。
「やっぱり、山崎だよね、ここに来たら。十二年を頼む。あと、つまみは連れが来てからで」
「お連れさまですか」
「デートなんだ」

 田中はびっくりした。高橋一はかつての客で、広瀬摩利子と結婚して島根県に移住するまでここでよく待ち合わせていた。その時の二人の様子からは、一が摩利子以外の女性とデートをするなんてありえないように思えたのだが。

「妻公認でデートできる二人のうちの一人だよ」
一はウィンクした。

 ドアが開いて、ぱたぱたと誰かが入ってきた。
「わ、遅れちゃった、お父さん、ごめんなさい!」
それを聞いて田中は納得して微笑んだ。一はさっと手を上げて合図した。

「田中さん、これ、俺の娘です。瑠水っていいます。この店にはまだヒヨッコすぎて似合わないけれど、どうぞよろしくお願いします」
父親に紹介されて、瑠水は田中に向かってぺこっと頭を下げた。
「はじめまして」

 それから瑠水は父親の横、かつては摩利子がよく腰掛けていた椅子に座った。
「ここ、落ち着く素敵なお店ね。もっと前に教えてくれたら、よかったのに」
そういって、店内を見回した。一は「そうだな」と相槌を打ったあと、田中に肩をすくめて説明した。
「こいつ、つい最近まで東京にいたんだけれど、残念ながらまた島根にもどってくることになっちゃったんですよ」

 田中は微笑んで、ささみをトマテ・セッキのオリーブオイル漬けなどで和えたものをそっと二人の前に出した。
「何をお飲みになりますか」

 瑠水は、首を傾げてからカウンターにあったメニューを開いた。カクテルはあまり詳しくない。そういうものが出てくる店ではいつも連れて行ってくれた結城拓人が提案してくれたものを飲んだ。

「あ。この曲……」
瑠水はメニューから目を上げて、流れてくるピアノ曲に耳を傾けた。

「ああ、シューマンのトロイメライですね」
田中はグラスをピカピカに磨き上げながら言った。瑠水は口を一文字に結んで頷いた。結城さん、これも弾いてくれたっけ。もう過去の事になってしまった。夢のように遠い。

「あの……何か夢に関するカクテルって、ありますか?」
瑠水が訊くと、田中と一は目を見合わせて微笑んだ。
「そうですね。例えばゴールデン・ドリームはいかがでしょうか。リキュールベースで柑橘系と生クリームがデザートのようなカクテルで、お好きな女性が多いですよ」
「あ、では、それをお願いします」

 瑠水は結城拓人の事を考えていた。とても優しい人だった。拓人に出会った時、瑠水は出雲にいる真樹に報われない片想いをしていると思っていた。拓人は遊びの恋しかしないと聞いていたので大切にしてくれるなんて思いもしなかった。瑠水は拓人のピアノを聴きたかった。あの優しい音色に包まれて、真樹を想う痛みを和らげてほしかった。

 あれは、拓人のマンションに二度目に行ったときの事だ。彼は瑠水が一番喜ぶ事を知っていた。東京の夜景が拓人の背後の全面ガラスに見えた。それは潤んで泣いているようだった。彼の音はその悲しむ世界を落ち着かせるように柔らかく響いた。

「この曲は?」
瑠水が訊くと、拓人は弾き続けながらそっと言った。
「ロベルト・シューマンの『トロイメライ』、聴いた事はあるだろう?」
「ええ。優しい、心の落ち着く旋律ですね」
「ああ。ドイツ語で夢想とか白昼夢って意味だけれど、僕には他のイメージが浮かぶんだ」

「それは?」
「ドイツ語で肉屋の事をメツゲライ、乳製品屋をモルケライっていうんだ、その連想で僕にはトロイメライと言われるとなんとなく夢を売っている店ってイメージが広がってしまうんだ」
拓人はその羽毛のような髪を少し揺すらせていたずらっ子のように笑った。

 どんな店なんだろうと瑠水も思った。でも、いま思えば、拓人自身が瑠水に夢をくれたのだった。彼が教えてくれたのだ。真樹が扉を叩いてくれるのを半ばあきらめつつ待つのではなくて、強く確信を持って愛し続ける事を。瑠水の立ち止まったままだった背中を、彼とその音楽がそっと優しく押してくれたのだ。それから一度に開かれた扉。瑠水は願い続けていた真樹のいる人生を手にする事ができた。そして、大切な自然と世界のために働く一歩も踏み出す事ができた。

「それで。みなさんへのご挨拶は終わったのか」
一が訊いた。
「ええ。急だったから、異動までに逢えなかった人も多かったし。でも、ちゃんと言ってきた。お父さんも、ごめんね。無理に引っ越しの手伝いに来させちゃって」
「俺はいいよ。それより、相談もなく決めたと早百合が激怒していたぞ」
「わかってる。でも、お姉ちゃんに相談すると反対されるから……」

 瑠水は下を向いた。一が瑠水の頭を撫でた。それだけで、瑠水は父親が自分の紆余曲折を否定せずに見守り、決定を後押ししてくれている事を感じた。母親の摩利子も暖かく迎えてくれた。樋水村の人びとも、樋水川も、龍王神社も、全てがあるがままの自分を受け入れてくれている事を感じた。そして、真樹も。

 東京で何があったを真樹は訊かなかった。ただ変わらずに愛してくれた。瑠水は自分の行動が、受身な態度が、多くの人たちを傷つけた事を少しずつ理解していた。だから、その分も自分がつかんだ幸せをずっと大切にしようと思った。

「お父さん、ありがとう」
「ん? なんだいきなり」
「シンと結婚するなんていきなり言って、びっくりしたでしょう?」
「う~ん、どうだろう。俺は、お前がシン君と逢った頃から、きっとこうなるんじゃないかと思っていたからなあ」

 田中が納得した顔で、瑠水の前にカクテルグラスをそっと置いた。淡いクリーム色、細かい泡が聞こえないほどの小さな音を出していた。ひと口含むと、柔らかい甘さが舌に広がった。爽やかな香りとともに飲み込むと、わずかにガリアーノリキュールの苦さが引き締めた。泣いていた東京の夜景、瑠水を許して受け入れてくれたピアノを弾く人の嘆き。

「お父さん。心配かけた分、これから一生懸命、親孝行するね」
瑠水が言うと、一はもう一度、娘の頭を撫でた。

「俺やお母さんの事はいいんだよ。シン君を大事にして、幸せになれ。お前たちが島根で所帯を持ってくれて、俺は嬉しいよ。住むのはシン君の工場のある出雲にするのか、それともお前の勤める松江?」
「えっと、間をとって宍道あたりにしようかと思っているんだけれど。明後日お社に結婚式の相談に行くんだけどね、シンが今日電話したら武内先生が住む所の事でも話があるっておっしゃっていたんだって。もしかしたら別の所を紹介してくれるのかもしれない」

 一は「えっ」と言う顔をした。妻の摩利子なら「あのタヌキ宮司、何を企んでいるのかしら」とでも、いうところだ。

 でもなあ、シン君と結局は一緒になったし、俺たちがヤキモキした所でどうしようもないよなあ。

 瑠水は神妙な顔をしてクリーム色のカクテルを飲んでいた。優しい色をした酒は、親子のつかの間の時間を優しく包んでいる。一が東京で飲むならぜひここに行きたいと言ったわけがわかったような氣がした。拓人が弾いてくれた『トロイメライ』のように、心を落ち着かせてくれる柔らかさがある。ああ、「夢を売ってくれる店」って、こういう所なのかもしれないな。


ゴールデン・ドリーム(Golden dream)
標準的なレシピ
ガリアーノ - 20ml
コアントロー - 20ml
オレンジ・ジュース - 20ml
生クリーム - 10ml
作成方法: シェイク



(初出:2014年4月 書き下ろし)

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わざわざ動画を貼付けるほどもないくらい有名な曲ですが、一応。

"Träumerei" aus Kinderszenen von Robert Schumann - Yuli Lavrenov (Klavier)
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Tag : 小説 連載小説 リクエスト キリ番リクエスト 神話系お題

Posted by 八少女 夕

読書バトン受け取りました

ここ二週間くらい、なんだか日本が遠いです。たぶん原因はポルト旅行でしょう。それに頭が新作モードになっているんだけれど、それが日本から遠いんですよね。

なんというのか、頭の中でヨーロッパの迷宮を彷徨い、ガイジン同士の会話や行動で満ちている時に、ブログやニュースで日本の事に触れると「いいとも終了」(もう前の事だけれど)やら「消費税が上がった!」「新入生シーズン」なんて話が目に飛び込んできて、それがすごく遠いのですよ。

旅行は別として、頭が新作モードになっている時に、日常生活が遠くなって支障をきたすのって、私だけなんでしょうかね。


ポルトにて

そんなことはさておき、本日の本題です。ブログのお友だちlimeさんのなさっていた読書バトンをいただいてきました。実は、「本好き」というほど本が好きではないのです。それも含めて、このバトンってかなり脳内ただ漏れになりますね。ま、いっか。前からバレバレだろうし。ではいきます。


【読書バトン】 

1.いつ頃から本が好きになりましたか?

小学生ぐらいでしょうか。あ、幼稚園のときからかな? もちろん、年齢にふさわしいものを読んでいました。友達がいなかった上、親にテレビ禁止されていたので、一人遊びの他は本を読むしかやる事がなかったかも(笑)

2.家族に本好きな人はいますか?

日本の家族は全員。読んでるジャンルが全員見事に違ったので取り合いにはなりませんでしたね。スイスの人は本当にびっくりするくらい本を読まない人が多く、本棚のない家庭もちょくちょく見るのですが、故義父は例外的にたくさん本を読む人でした。

3.幼い頃に読んだ絵本は?

「どろんここぶた」、「ピーターラビットのおはなし」、「しろいうさぎとくろいうさぎ」、「雪わたり」(宮沢賢治)などなど。絵本ではないのですが、中原淳一がイラストを描いた「七人のお姫様」も愛読していましたね。文字が読めない頃から、読めるようになってもずっと。

4.学生時代、読書感想文を書くのは好きでしたか?

嫌いでした。今でもあまり好きではないですが、ブログのお友だちの作品にコメントを残すようになって、ここ言う風に自分の感じた事を表現すればいいのかと、いまさらわかりだしてきた感じです。学生時代の感想文は一体何を書いていたんだろう?

5.毎号チェックする雑誌はありますか?

ないですね。近くに本屋ないですし。(っていうか、村にお店ないし!)

6.ベストセラーは読む方ですか?

ヨーロッパのベストセラーは横文字なんで。それでも読みたいと思うほどの本の虫ではありません。日本のベストセラーは、自分では買いませんが送ってくださる方がいて読む事はあります。

7.本は書店で買いますか、それとも図書館で借りますか。

読みたい日本語の本はスイスの図書館にはないので買うしかないんです。

8.あなたは「たくさん本を買うけど積んどく派」? 「買った本はみんな目を通す派」?

滅多に買わないけれど、自分で厳選して買った本は、ボロボロになるまでしつこく読む派。文庫だとカバーがすり切れたり、ページが外れてしまったなんて事も。

9.本を捨てることに抵抗がありますか?

厳選して買った本は捨てませんが、それ以外の本は置き場と相談して処分する事が多いです。ただ、捨てるのはやはり抵抗がありますね。「ご自由に処分してください」と人に差し上げるのがベスト。

10.本をよんでる人は”眼力”があると耳にしたことがありますがそう思いますか?

? なにゆえ?

11.本屋さん、何時間いられますか?

日本限定の話ですが、四時間くらいですかね。体力勝負。

12.お気に入りの本屋さんがあったらおしえて♪

ポルトの世界で一番美しい本屋さんレロ書店。日本だったら新宿の紀伊国屋書店。この間探していた本が見つかったので。

13.本屋さんへの要望・リクエストがあったらどうぞ。

最近、売れる本だけをスタイリッシュに少しだけ置くって本屋が増えていて、結局探している本が見つからないんですよね。マニアックな本屋に増えてほしい

14.気になる箇所にはラインを引く派? 隅っこを折る派?

自分のものであっても本には何もできない人です。どうしても後から戻らなくては行けない時には付箋ですが、ふだんは何もしません。

15.速読派と熟読派、あなたはどちらですか?

速読派です。速読を習いにいって以来、速読の方が頭に入る事が判明。ただ、一ページ数秒という本当の速読ではなくて、見開きで15秒くらいかな? ゆっくり読んだものでも、「1Q84」を最初から最期まで半日くらいのスピードです。愛用の本は二度目から熟読しますけれど。

16.本を読む場所で、お気に入りなのは?

自宅の革のソファ。あとバスタブ。

17.無人島に1冊だけ本を持っていけるとしたら。

一冊選ぶのは難しい。アフリカに二ヶ月行く時に持っていったのはライアル・ワトソン「アースワークス」、マイクル・クライトン「北人伝説」、ヘルマン・ヘッセ「デミアン」。「大道芸人たち」のように放浪の旅に出る事になって、家財を処分する事になっても、この三冊と、この下で紹介する「カオス」を持っていくような氣がする。

18.生涯の1冊、そんな存在の本はありますか?

上の三冊の他にはジェームス・グリック「カオス」かな。あ、これは科学の本です。しかも、そのままでは読めなくて、途中で科学と数学の素人向け入門書を三冊買って読んでから、続行して読むという難しい本でした。しばらく熱狂的に周りに薦めていましたが読了してくれた友人は皆無だった曰く付きの本。バラバラになってしまった文庫とはこの本の事です。

19.あなたのおきにいりの作家は?

上に挙げた四人以外には、ガルシア=マルケス、フエンテス、アガサ・クリスティ、福永武彦、宮沢賢治、最近の日本の作家だと「家守綺譚」しか読んでいないけれど梨木香歩。ハードボイルドだけれどクィネルの「クリーシィ」シリーズはハマりました。

20.本を選ぶときのポイントやこだわりはありますか?

文体(南米系の作家や、ホフマンみたいな雰囲氣が好き)や題材やストーリー運びが好みの本、でも、最初にめぐりあわないと永久に出会えないですよね。あ、表紙のイラストに心惹かれて手に取るって言うのはあるなあ。でも、こっちに来てからはアマゾンで目的のもの(「中世の風俗を知りたい」とか)を探すので手にとってぱらぱらできる環境は羨ましい。

21.本はどこから読みますか?

最初から。たまに後書きをこっそりチラ見するかも。

22.昔、読んでた漫画

有名どころの少女マンガはツッコミどころの多いものも含めて大体読んでいたような。でも特に好きだったのは萩尾望都、成田美名子、あしべゆうほ、高階良子、川原泉……あ、「はみだしっ子」は大好きでした。若い方たち、ついていっていないだろうなあ……(遠い目)

23.学生時代ハマった本

学生時代はあまり本を読んでいた記憶がありませんね。むしろ卒業してからの方が。ヘッセにハマったときは、本当にハマったという読み方でした。

24.つまるところ、あなたにとって本とは。

手のひらの中の別世界、かな。最近は本の中ではなくて自分の頭の中に別世界があるのでやはり本とは疎遠になっているかも。

25.バトンを回す人

ええと、お好きな方はみなさん既になさるつもりで用意なさっていらっしゃいますよね。ご自由にどうぞ。(私のじゃないけど)
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(3)《学友》の娘

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の三回目です。もう一人の主人公が登場します。マックスはグランドロン人ですが、ラウラはルーヴラン人です。自由に旅をしているマックスと対照的にラウラはずっとルーヴの王城で暮らしています。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(3)《学友》の娘


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 雪が完全に溶けると、ラウラはまた薔薇園に行くようになった。

 ルーヴランの城の中で、彼女が一人で泣くことの出来る場所はあまりなかった。外を歩くとドレスの裾が汚れ、歩くのにもどのくらい時間がかかるかわからない冬の間は、建物から出ないほうがよかった。鐘楼にこっそりと登り街の終わる彼方を観てはため息をつくのが精一杯であった。

 だが、ようやく長い冬が終わり、マリア=フェリシア姫や城の人々から姿を隠すことができるようになったのだった。

 薔薇は花ひらくどころか蕾すらも茎と見分けがつかぬ程に小さく固く、赤茶色のトゲだらけの茨が永遠と続くようにしか見えなかった。だが、この城で十二年の時を過ごしたラウラは、あと二ヶ月もすればこの同じ場所が香り立つこの世の楽園に変わることをよく知っていた。

 彼女は待っていた。忍耐強く待つことだけが幸福への唯一の道だった。マリア=フェリシア姫は悪い人ではないのだと思おうとした。ただ、ああいう立場に生まれてきて我慢することを、思いやりを持つことを学べなかっただけだと、好意的に考えようとした。彼女は頭を振った。どうでもいい、あと一年。そうしたら私は自由だ。姫は永久に黄金の檻からは出られない。私はどこにでもいける。鐘楼から見たあの地平線の向こう、深く謎めいた森《シルヴァ》の終わるところにも。

 ラウラはふと左側の裾に目を留めた。赤い染みが出来ている。はっと左の腕を見る。美しく金糸で刺繍のされたゴブラン織りの覆い布の下に巻かれた白い木綿が真っ赤に染まり、そこから血が流れ出ていた。心臓がそこに移動したかのようにどくんどくんと脈打つ痛みに慣れすぎて、血が止まっていないことに氣がつかなかったのだ。頭を振ると、再び手当をしてもらうために城の中に入っていった。


「ラウラさま! まあ、申し訳ございません。私の縛り方が弱かったんですね」
アニーが真っ青になった。ラウラは小さく首を縦に振ったが優しく言った。
「きつくしすぎると痛いと心配してくれたんでしょう? ごめんなさい。氣づくのが遅れて裾も汚してしまったわ」
「まあ。すぐにお召しかえを用意しますね。こちらへどうぞ」

「あ~あ。私も姫様付きになりたいなあ」
アニーが、ラウラの着替えを手伝って戻ってくると、リーザが汚れた包帯をさも嫌そうに洗っていた。

「なぜ?」
アニーは汚れたドレスを洗濯女たちに渡すときの手配書を書きながら訊いた。

「だって……。なぜ私がこんな洗濯をしなくちゃいけないのよ。パパがこれを知ったらなんていうかしら」
リーザは爵位こそないが、城下でも有数の商家の生まれで、何人もの召使いを使う家庭で育ったのだ。
「姫様や最高級女官のお世話をしてくれっていうからお城に上がったのに」

「その通りじゃない」
アニーはつっけんどんに答えた。

「そりゃ、ラウラ様の位は最高級だけど……」
リーザが言いよどむ。アニーは手を止めてリーザを睨みつけた。
「だけど、何よ」
「バギュ・グリ侯爵令嬢なんて名ばかりじゃない。どうして私がどこの馬の骨ともつかぬ孤児の汚い血を洗わなくちゃいけないのよ」

 《学友》になるために、バギュ・グリ侯爵の養女となってから宮廷に上がったのだが、ラウラはもともと城下町の肉屋のみなし児であった。もちろん彼女は宮廷に来たかったわけではない。もし、彼女に選択権があり、自分に用意されているのがどんな生活であるか知っていたなら、むしろ街で物乞いになることを選んだであろう。バギュ・グリ候が、ラウラと同い年の令嬢エリザベスを《学友》にしたがらずに、わざわざ誰からも望まれない孤児を養女にしたのも同じ理由からだった。

「ラウラ様の事を、二度とそんな風に言わないで! 貴族の家に生まれてこなかったのは、ラウラ様のせいじゃないわ。それに、優しくて、賢くて、振舞いも完璧で、あの方こそ本当の貴婦人だって、どうしてわからないのよ」

 アニーはこの城に勤めるようになってまだ二年ほどしか経っていないまだ半分子供の侍女だった。

 彼女にとってラウラはもう一人の王女と言ってもよかった。実際ラウラはこの城では唯一無二の特別な存在だった。彼女はただの女官ではなかった。女官と王女の間に存在する特別な存在--ラウラ・ド・バギュ・グリは《学友》だった。王女と同じことを学ぶ。外国語、文学、数学、楽器の演奏と詩作、行儀作法にダンス。女官としてももちろん機能した。手紙を書き、侍女たちへの指示を的確に出す。まだ二十歳になったばかりだが、家令ですらも一目を置くほどしっかりとしていた。

 《学友》、それは百年ほど前に始まったルーヴラン王家の特殊な役職だった。最初の《学友》は、かの男姫ジュリア・ド・バギュ・グリだったといわれている。貴族の子弟が王族と寝食を共にし、全く同じ教育を受ける。王族は単に一人で帝王学を身につけるよりも、ライヴァルが近くにいる方が効率よく学ぶことができる。もうひとつの《学友》存在の必要性は、教育につきものの罰を王族には施せない問題を解決するためだった。王族の受けるべき罰は《学友》が引き受ける。通常、目の前で自分の受けるべき罰を友が引き受けさせられるのを目にすれば、王族は後ろめたさを持ち、自己克己に励むようになる。それは何不足なく育ち傲慢になりがちなルーヴランの王族にとって何よりも必要な帝王教育であった。

 だが、来月十九歳になるマリア=フェリシア王女は、過去のルーヴランの王族とは違う感性の持ち主であった。そして、ラウラ・ド・バギュ・グリが、とるに足らない肉屋の孤児だという意識が彼女の残酷な考えを更に後押しした。王女は彼女が罰を受けるのを何とも思わなかった。むしろ、何もかも完璧にこなし、各方面からの賞賛を得る嫌みな娘に誰が王女なのかはっきりわからせたいという欲望を満たしてくれるので、彼女が罰を受けるのを好んでいるところがあった。

 先代までの《学友》はみな、楽ではないけれどさほど痛みのない罰を受けていたが、王女はそのルールを変えた。《学友》の利き手ではない腕を鞭で叩くことにさせたのだ。

 ラウラの左腕は常に鞭で打たれ、引き裂かれていた。その傷の完全に癒える前に、次の鞭が当てられた。自分自身の振舞いが原因で鞭を当てられることはなかった。城に連れてこられた当初はわずかにあったが、今では全くなかった。王女の分だけで十分つらいのに、これ以上罰されるようなことはしたくなかった。彼女は何を教えられてもすぐに覚え、どんな仕事でも完璧にこなすようになっていた。
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Posted by 八少女 夕

旅先でポルトガル史のお勉強

ギマランイス城にて

三回目のポルト旅行から無事に戻ってきました。服装の読みが甘かったらしく、風邪を引いてしまいましたが、あまり悪化もせずに終息に向かっております。出発の前はスイスもとっても暖かかったんですけれどね……。

スイスに戻ってきてから、かなり穏やかな天候で、むしろこっちの方が暖かいじゃないのと地団駄踏んでいますが、旅行中はスイスにも雪が降っていたそうで、やっぱりポルトに行ってよかったわと。

今回は世界遺産のギマランイスとブラガにも足を伸ばしました。別に狙っていたわけではないのですが、旅の途中からむくむくと頭をもたげていた新作のアイデアもガンガン仕入れ、なんだか休暇で行ったんだか取材旅行に行ったんだかわからない事になっております。

もともとギマランイスには電車でぶらっと行こうと思っていたのですよ。でも、地理勘もないし、連れ合いの足が痛かったということもあって、無駄に歩き回りたくなかったので効率よく回れるツアーを探したんですよね。そして見つけたのがポルトのホテル発着で昼食と各種入場料込みの一人65ユーロのツアー。学生の頃なら却下したでしょうが、この歳になるとやはりこの程度の金額なら楽を選びます。

で、シーズンオフということもあって参加者がいなかったんでしょうね、貸し切りツアーになってしまいました。運転手兼ガイドの方が10時間付きっきりで案内解説してくれたんですよ。歴史の面白い話てんこもりで、途中から連れ合いの脳みそはパンクしていたようですが、もともと史学科出身の私、なおかつ小説のネタになりそうな話ばかりで、もう小躍り状態でございました。どのくらい使えるかはわからないんですけれどね。これからまた資料を集めようかと思っています。

ポルトガルの歴史は世界史の時間だとほとんど飛ばされているじゃないですか、スペインとセットで大航海時代に一瞬出てきておしまい、みたいな。だから私もいろいろとわかっていなかったのですが、やはり自分の国の歴史として話してくれる方にきくと面白いんですよね。

ちなみに構想に取りかかっている新作は歴史物ではありません。現代ものだけれど、「大道芸人たち」のような普通の世界の話ではなく、「樋水龍神縁起」ほどではないにしてもありえない事が入っているお話です。
(っていうか、ついこの間、新連載始めたばかりなのにもう新作の話……)

ヒロインの名前を決めたら、なんとそれはギマランイスの近くの地名と一緒でした。それだけでニヤニヤしてしまっていた危ない私でした。
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Posted by 八少女 夕

【小説】暗闇の決断

本日発表するのは私にはちょっと珍しい魔法もの(?)でしょうか。慣れないものを書いているのでちょっと不安ですが、感じが出ていると嬉しいなと思います。


暗闇の決断

 その部屋には窓がなかった。幾重にも垂れ込めた暗い臙脂の天鵞絨カーテンが、外界のわずかな光をも遮断していた。四人はそれぞれが真剣な面持ちで目の前の分厚い革表紙の書物を繰っていた。羊皮紙のように思われる古いマーブルがかった紙の上には整然と古き時代の筆記体が浮かびあがっていた。

 テーブルの上には、銀の燭台がおかれ、長い白いロウソクがジジジと音を立てて四人を照らし出していた。

「Guiso de trigueros con morcilla, miel, hierbabuena y chipirón de anzuelo…」
四人のうちの一人、巨大な目をぎらつかせたスペイン人が苦しい運命に立ち向かっているにもかかわらず穏やかに口を開いた。四人は一瞬瞳を見合わせたが、やがて誰からともなく静かに首を振り失望が暗い部屋に広がった。スペイン人は思い詰めた様子で言った。
「君はこの状況を打破することができるのか」

 黒いマントを着た男がそれに答えて厳かに口を開いた。いにしえの古き呪文を唱える、あのゆっくりとしたリズムで。
「Esparguete bolonhesa com queijo e pão de alho…」

「やめておけ。そんなことをすると、お嬢ちゃんのピラピラしたお衣装が紅く染まるぜ」
正面に座っていたくるんとした髭の男が言った。それは奇妙なイタリア人で、赤と青の縦縞のとても目立つ上着を着て、やたらと高いシルクハットに白い手袋を付けていた。

 若い娘が顔を上げた。真珠色に輝く髪をした美しい女だった。年齢に合わない鋭い目つきで円卓を囲む三人の男をじろっと見回した。サファイアのような碧い瞳とルビーのような紅い瞳を同時に持つ印象的なその娘は、四人の中では一番年若かったが、氣魄ある態度では全く引けを取っていなかった。

「まったくファッションショーじゃあるまいし、毎回毎回可愛いお洋服でやってくることだ」
イタリア人は、娘のフリルと襞のたっぷりついたクリーム色のスカートを見やって言った。

「あなたこそ、毎回全く同じ上着で、代りばえのしない事」
ツンと答える娘。ファッションには人一倍氣を遣っている目の大きいスペイン人は、まあまあと言う顔をしてなだめようとしたが、娘とイタリア人の間に流れている不和の空氣を変える事は容易ではなかった。

「あなたのその傲慢な口を血で真っ赤に染めてあげてもいいのよ」
娘が紅い瞳を光らせ、そっと右手を空中に掲げた。
「ま、まさか、ここであの『ローエングリン』の呪法を発動するつもりか……!」
スペイン人が青くなって椅子から立ち上がった。

 イタリア人は鼻で笑った。
「やらせとけよ。どうせあれは『ニーベルングの指輪』がなけりゃ発動できないんだよ」

 娘は冷たく微笑んだ。
「どこからそんなガセネタを仕入れてきたのかしら。指輪なんて必要ないわ。Befehl: Aktivieren psychologisch Vermeidung Barrier. Starten alle Schild-Generatorenlink…」

 黒マントの男が娘の右手をそっと降ろさせた。
「やめておけ」
「あなたも、私にはできないっていうつもり?」

「そうは言っていない。だが、我々に残された時間はわずかだ。争っている場合ではないのだ。そう思わぬか」
黒マントの男は冷静に諭した。三人ははっと我に返った。

「その通りでございます」
声にぎょっとして振り返ると、幾重にも重なったカーテンの陰に一人の男が辛抱強く立っていた。きっちりとしたスーツに身を固め、首に黒い蝶ネクタイをしていた。しかし、その男には大きな瞳が一つしかついていなかった。四人ははっとして身構えた。

「そろそろラストオーダーの時間でございます」

「なんだよっ。またラストオーダーか!」
イタリア人が叫んだ。

「決まらないんですよね。ああ、どうしたらいいんでしょう」
スペイン人もオロオロした。

「何か、我々にふさわしい提案はあるかね」
黒マントの男は一つ目の男に問いかけた。

「そうですね。たとえば本日のメニューなどはいかがでしょうか。ハンバーグ、チキン入りケチャップライス、海老フライ、目玉焼き、スパゲティナポリタン、それにカラフルなゼリーが一皿に乗ったお得なセットです。男性の方は車の形の器、女性の方には花の形をした器で提供させていただいています」

「女だからって、量が少ないんじゃないでしょうね」
娘はきつく問いただした。
「そのような事はございません。量は全く同じでございます」

「うむ。悪くないな。ケチャップライスの上には?」
スペイン人が期待を込めて問うと、一つ目の男は厳かに答えた。
「みなさまのそれぞれのお国の国旗を掲げさせていただいております」

「じゃあそれだ」
縞の上着のイタリア人はパタンと革表紙のメニューを閉じてウェイターに渡した。他の三人もそれに続いた。一つ目の男は深々とお辞儀をすると、静かに個室を後にすると、騒がしい食堂ホールを抜けて四カ国語で記載されたメニューを棚に放り込むとキッチンに向かって叫んだ。

「お子様ランチを四人前! いつもの四カ国の旗を用意するように!」

 それから小さくつぶやいた。
「まったく、毎日毎日、同じものしか頼まないんだから、メニューを検討なんかしなきゃいいのに」

(初出:2014年4月 書き下ろし)

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上の作品は、去年味をしめたエイプリルフール企画でございます。はい、魔法ものではなくて、ただのレストランでのオーダーのお話でした。

まずお詫びを!
三名のブログのお友達のところの人氣キャラに無断で演技をさせてしまいました。はじめに許可を取ろうかと思ったのですが、そうすると三名様にネタがバレてしまうので……。ごめんなさい、ごめんなさい。

配役は以下の通りです

黒マントの男
ウゾさんの「ワタリガラスの男シリーズ」よりワタリガラスの男さま(強制友情出演)

真珠色の髪とオッドアイを持つ娘
TOM-Fさんの「フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス」よりエミリーさま(強制友情出演)

一つ目のウェイター
栗栖紗那さんの「まおー」よりユーニスさま(強制友情出演)

目の大きなスペイン人
大道芸人たち Artistas callejeros」よりカルロス

縞の上着のイタリア人
夜のサーカス」より団長ロマーノ



横文字の解説です。
「Guiso de trigueros con morcilla, miel, hierbabuena y chipirón de anzuelo…」はスペイン語で「ソーセージ、蜂蜜、ミント、アンズエロ風イカの入ったアスパラのシチュー」という何がなんだかわからない料理で、他の三人に即座に却下された模様です。
「Esparguete bolonhesa com queijo e pão de alho…」はポルトガル語で、「スパゲッティミートソースのチーズとガーリックブレッド添え」無難な提案でしたが、団長ロマーノの指摘通り、トマトソースがつくとエミリーちゃんの綺麗なドレスが汚れちゃいますからね。
「Befehl: Aktivieren psychologisch Vermeidung Barrier. Starten alle Schild-Generatorenlink」はTOM-Fさんの小説に実際に出てくる呪文(?)の一つです。

エイプリルフール企画、けっこう楽しくてクセになります。来年は何にしようかな。
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Tag : 小説 読み切り小説 エイプリルフール