【小説】One In A Million
「scriviamo! 2015」の第七弾です。ポール・ブリッツさんは、「マンハッタンの日本人」を更に進めた作品を書いてくださいました。ありがとうございます。
ポール・ブリッツさんの書いてくださった『待つ男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説:
『歩く男』
『食べる男』
『夢を買う男』
ものすごい挑戦状をいただきました(笑)なんて暴球を投げてくるんだか。すでにポールさんの分をお読みになった方は、興味津々だと思います。
「マンハッタンの日本人」シリーズ、ポールさんのストーリーにあわせると、もしかすると今日が最終回になっちゃうんですが、そうなってもそうならなくてもいいようになっています。ポールさん、「ぬらりひょん」な返答でごめんなさい。
なお、この作品でもポールさんの書かれた内容をざっとおさらいはしてありますが、できれば先にポールさんの作品をお読みください。ポールのメール、この小説ではほんの一部を引用しただけです。とても哲学的でかつ甘い告白の全文は、ぜひあちらで。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
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「マンハッタンの日本人」シリーズ 9
One In A Million
——Special thanks to Paul Blitz-san
今度こそ。キャシーは背中に力を込めた。このタイミング! でも、しっかりと踏ん張るはずの足が少しぐらついた。あ、高さが足りない。着地はなんとかなったものの、満足はいかなかった。
もうそろそろウォールマン・リンクのスケート場シーズンはおしまい。日に日に春めいてきている。キャシーは、リハビリも兼ねてさっさとスケートを始めた。ジャンプが出来るようになっただけでも大した進歩だと思う。次のシーズンには、またダブル・サルコウが飛べるようになるといいな。
しゃっと音をさせて、キャシーはベンチの方へ向かった。
「ね。ミホ、どうだった? 二回転にはならなかったけど、マシになった?」
美穂は、その声でようやくキャシーが近くに戻ってきたことに氣がついたようだった。
「あ~あ、まったく。またあいつのことを考えていたの?」
キャシーが言うと、美穂はあわてて首を振ったが、誤摩化しても無駄だと思ったのか、そのまま無言で下を向いた。
キャシーはベンチにどかっと座ると、優しく美穂の顔を覗き込んだ。
「とんでもない騒ぎに巻き込まれちゃったよね。あの詩人が生きていたら、ミホになんてことをしてくれたんだって殴ってやりたいよ」
そういうと、美穂は顔を上げて、わずかに口角をあげた。
「キャシーだって、泣いていたじゃない」
そうよ。不覚にもあの詩には、号泣しちゃったのよ。あんないい詩を書くもんだから、だから、あんなことになっちゃったんだわ。キャシーは腕を組んで口を尖らせた。
ポールとその同居人がアップロードした、反戦詩の動画は、とんでもないセンセーションを引き起こした。亡くなった詩人が自分で読んだ分だけじゃなく、ポールに頼まれて美穂が朗読した分のせいで、彼女は一時的に有名人になってしまった。
《Star’s Diner》にはマスコミや野次馬が押し掛けた。オーナーは大いに喜んで、従業員を増やした。しかしそれだけでは済まず、たいして時間もかからぬうちに美穂のアパートメントも見つかってしまった。ただの一般人だった美穂は、そうやって追いかけられることに本当に弱ってしまった。もちろん当事者のポールもそのまま《Star’s Diner》で働けるような状況ではなく、マスコミやの大金のなる木を狙うハイエナのような連中が追いかけてこないホテルに逃げ込んだ。
それから、ポールとその同居人のイヴォは、秘かに詩の著作権を売却して、そのほとんどを反戦運動基金管理団体へと寄付し、残りの一部を持ってそれぞれニューヨークから去った。美穂は、ポールからメールをもらった。
……そしてわたしだが、あの店長のいとこがサンフランシスコで店を開こうとしているとかで、優秀な経営パートナーを欲しがっているそうだ。
きみも来ないか。
……三日後、グレイハウンドの最終バスでサンフランシスコに向かおうと思う。
そこで、きみと思い切り話し合いたいんだ。
今までのことと、これからのことを。
バス停で待っている
プリントアウトしたメールは、今でも鞄に入っている。何度も、何度も読んだので、ボロボロになっている。一緒に働いた数ヶ月のこと、理不尽さや不公平に落ち込んでいた時に明るく救い上げてくれたこと、ブラウン・ポテトをつまみ食いする時の楽しそうな様子、動画を録画する時に真剣な目で見つめていたこと、今でも鮮やかに思いだす。
前のように失敗することが嫌で、拒否されることが怖くて、好きだとついに言えなかった。でも、「一緒に行こう」と言ってくれた。返事は決まっていた。美穂はサンフランシスコに、ポールについて行くつもりだった。
でも、夜逃げの経験なんかなかったから、三日できちんと退職と引越の全てを準備することがどんなに難しいかわからなかった。それに、アパートメントの外には例によって、怪しい人やマスコミがいっぱいだった。美穂は、ポールと話をするためだけにバス停に行こうとした。でも、出るのが遅すぎたのだ。いなくなったと思っていたおかしな人たちは、まだ何人も外にいた。美穂よりもポールやイヴォを探しているのがわかっていたから、連れて行くわけにはいかなかった。彼らを巻こうとして時間がかかりすぎた。
バス停には、もう誰もいなかった。バスも一台もいなくて、人っ子一人いなかった。
メロドラマだと、こういう時には、物陰から「バスには乗らなかったんだ」と恋人が出てくるのが定石なんだけれどな……。でも、ポールは行ってしまったのだ。美穂に拒否されたと思って、一人でニューヨークから、美穂の前から去ってしまったのだ。それでも彼女はまだその時には楽天的だった。連絡をすればいいと思っていたから。
ポールのメールアカウントはあのメールを最後に削除されていた。追いかけてくる人間から痕跡を消したかったんだろう。携帯の電話番号もなくなっていた。ポールをサンフランシスコに誘った前店長の連絡先すら誰も知らなかった。連絡をする手段が何もないとわかった時、はじめて美穂は泣いた。
それから、美穂の生活は少しだけ変わった。辞めたポールの代わりに《Star's Diner》の店長代理に立候補したのはジョニーだった。彼の料理に問題があることは、周知の事実になっていたので、オーナーはそれをあっさりと認めて、《Cherry & Cherry》の料理担当だったジョンを《Star's Diner》へと異動させた。その代わりに美穂を《Cherry & Cherry》へ異動させ、客から見えないの軽食調理担当にしてくれた。キャシーはそれをとても喜んだ。美穂とキャシーは二人で工夫を重ね、《Cherry & Cherry》を少しずつ居心地のいい店にしていった。
それに、アパートメントを出ることになっていて行くあてのなかった美穂にキャシーはこう言ったのだ。
「私とルームシェアしよう! 私も足が元通りになるまで、誰かが一緒に暮らしてくれた方がいいし、ミホとなら問題なく暮らせると思うもの」
新しい職場、新しい住まい、日常が始まった。それにあの詩が、超大物シンガーによって歌われて空前のヒットとなると、美穂を患わせていたしつこい人びとは波が引くように消えて行った。彼女は再び何でもないどこにでもいる日本人となり、平和な日常が戻ってきた。
キャシーはスケート靴を脱ぎながら、ここ数ヶ月いつもかけてくれた明るい励ましを続ける。
「氣持ちはわかるけど、そんな悲しそうなミホを見ていたくないな」
美穂は黙って頷いた。キャシーの優しさが心にしみ込んでくる。涙が止まらない。
もうどうにもならないのだということはわかっている。今まで連絡がないのに、これからあるはずはないだろう。ポールの瞳と、それにメールではじめて教えてくれた彼の想いは、いつまでも美穂の心から出て行ってくれなかった。
美穂はいつだったか五番街の真ん中で泣きたくなったことを思いだした。ラジオから流れてきたNe-Yoの“One In A Million”。世界中の人に愛されたいなんて願っていない。だけど、だけどせめて一人くらいは言ってほしい。君は百万人の中でたった一人の大切な人だと。そして、美穂はそういってくれる人に出会って、彼を愛したのだ。とても短かったけれど。自分の想いすら告げなかったけれど。
……きみはいつまでも、マンハッタンの日本人でいたいのか。この、非人間的なマンハッタンの、孤独な日本人でいることに満足していたいのか。
思っていないよ。マンハッタンにこだわっているわけじゃない。でも、私はどこにも行けない。サンフランシスコ中を歩いても、あなたを見つけられるわけじゃないでしょう。もう、待っても無駄だってわかっている。忘れて生きていかなくちゃ。仕事と住むところがあるここで。たまたまマンハッタンで。
「ねえ、ミホ。あいつの代わりにはならないと思うけれど」
キャシーが、美穂の肩を優しく抱いて言葉を続けた。
「いつか美穂と私で、小さいお店をやろうよ。いつまでもあのケチオーナーに搾取されるんじゃなくってさ」
「キャシーったら。そういう夢は彼氏と語るものでしょ」
「見損なわないでよ。私、彼氏を作ってミホの側でいちゃいちゃしたりしないよ。……少なくともあいつが戻ってくるか、それともミホに新しい彼が出来るまで」
「やだ、じゃあ、私、猛スピードで新しい彼を作らないといけないじゃない」
「そうだよ。その調子」
美穂は鞄からハンカチを取り出した。鞄が膝の上にずっと置かれていたせいか、彼のメールを印刷した紙は温かくなっていた。逢いたいよ。日本語で呟いた。
鞄を閉めると、涙を拭ってウォールマン・リンクを眺めた。楽しそうな家族が一緒に滑っている。恋人に滑り方を習っている女性もいる。キャシーの褐色の肌は、綺麗に輝いている。陽射しは柔らかくて暖かい。冬は終わりに近づいて、もうじき春が来る。美穂は、明日も頑張って働こうと思った。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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圧力鍋

この間、シャトルシェフをご紹介した時に「圧力鍋は使っている」という方、けっこういらっしゃいましたよね。それと同時に、「圧力鍋は危険なのでちょっとトラウマ」というご意見もありました。
そうなんですよ、高圧がかかるので氣をつけないといけないんですよね。それで、私はこの圧力鍋にしたんです。ティファールのクリプソシリーズの圧力鍋です。スイスではその辺のお店で買える圧力鍋もあるんですけれど、ふたを閉めたり開けたりするのがちょっと難しそうで、下手すると怪我をしそうだったんで、絶対に危ないことにはならないと言うふれこみのこちらを通販で買ったのですよ。ワンタッチで開閉できるのでとても簡単なんですよ。それに危険な状態の時は、どんなにボタンを押しても開かない仕組みなんです。
さて、圧力鍋があってよかったなと思う料理は、何よりも豆料理です。豆を普通の鍋で茹でるとなるとものすごい時間がかかるのですが、圧力鍋なら加圧五分プラス放置で終了です。
それに、固いお肉など何時間も茹ででいる時間がないとき、またはジャガイモをさっさとふかしたい時、スープを作りたいときなど、とても便利です。
鳥のもも肉を圧力鍋で蒸すと、たくさんのスープと、柔らかくて骨離れのよくなった肉が用意で来ます。これをそれぞれ使っていろいろな料理が出来るのですよ。鳥はきちんと火をいれなくてはいけないのですが、こうして下準備をしておくと、後は味付けしてちょっと火を入れるだけで一品できます。
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【小説】黄色いスイートピー
「scriviamo! 2015」の第六弾です。ウゾさんは、先日書いてくださった『其のシチューを 再び味わおうか』のさらに続きを書いてくださいました。ありがとうございます!
ウゾさんの書いてくださった『其のシチューを 再び味わおうか 珈琲を追加で 』
ウゾさんの関連する小説:
『其のシチューは 殊更に甘かった 』
『其のシチューを 再び味わおうか』
ウゾさんとのお付き合いは、ブログ運営年数 − 数ヶ月。それ以前に知り合った方で、今もブログを通して交流している方はほとんどないくなってしまったので、たぶんもっとも古いブログのお友だちの一人ということになります。最初に作品を通して交流したのが『短編小説を書いてみよう会』でしたよね。思えば、あれが私のブログ交流の原点になっています。そして、ウゾさんをはじめ、あの時知り合った何人かのお友だちが、今でもこうやってかまってくださる。ありがたいことです。
さて、書いていただいた作品、つい先日発表したお返しの作品「歌うようにスピンしよう」への、この「隅の老人」視点でのアンサー小説。前回は、脇キャラであったキャシーを《Cherry & Cherry》でのメインキャラに据えてみましたが、それをとても上手に引き継いでくださいながら、やはりウゾさんらしく独特の世界観で書いてくださいました。
で、「マンハッタンの日本人」シリーズは、scriviamo!の時期しか進まないし、来年はやらないかもしれないので、今のうちにサーブにはレシーブしちゃうことにしました。またしてもキャシーを登場させています。
「マンハッタンの日本人」シリーズは、昨年以来、交流で作っていく特殊小説になっています。こうなったら何でもありですので、乱入なさりたい方はどなたでもご自由にどうぞ。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、だんだん話が大きくなってきたので新カテゴリにしてまとめ読み出来るようにしました。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
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「マンハッタンの日本人」シリーズ 8
黄色いスイートピー
——Special thanks to Uzo san
美穂が病室にやってきたのは、面会時間も終わりかけの午後六時半だった。朝から働き詰めで疲れているんだろうから、わざわざ見舞いになんか来てくれなくてもいいのに。
キャシーは、ギプスをはめられた足を見ながら、今日の夕食のチキンは意外と美味しかったなとのんきに考えている所だった。
三日ほど前のことだった。キャシーがいつものように、ウォールマン・リンクでダブル・サルコウを飛ぼうとした時に、一人の男がスピード・スケートのまねごとをして突っ込んできたのだ。なんとか衝突を避けようとして、変に体をねじったので着地に失敗して、足の骨を折ってしまった。本来ならば、入院代はどうしようかとか、このままじゃ仕事を失う、なんとかしなくてはと、不安にさいなまれているはずだったが、今回は天がキャシーに味方したのだ。
「保険?」
キャシーの辞書にはない言葉だった。雷が落ちるか、クビを宣言されるかどちらかだと思っていたキャシーの前に現れたケチオーナーは高笑いをした。
「総合事業者保険を契約し直したばかりなのだ。わはははは」
それによると、これまでの保険がぼったくりに近いものだったのを、《Star's Diner》の店長代理であるポールに指摘されて今年から契約を見なおしたらしい。見なおしたと言っても、細かい字を読むのは苦手なので、ポールに一任して新しい保険会社と契約を決めさせたそう。
各種の損害補償と従業員の疾病障害時に於ける代替労働力雇用に関する費用などがバランス良くカバーされている保険に、従業員の労働災害以外の事故の入院費用までカバーする特約がついていたらしい。もともとの保険とあまり変わらない額になったが、全従業員の時給を上げるか、これを契約するかどっちかを選べとポールに言われて、オーナーは総合的に安いこちらを選んだ。
つまり、入院費用だけでなく働けない間の生活費の補償までもらえて、キャシーがこうやってのんびりと静養していられるのは、ひとえにポールのおかげなのだが、ケチオーナーは自分の手柄だといいふらしていた。呆れて真実を教えてくれたのは美穂だ。
その美穂は、キャシーの代わりに週の半分《Cherry & Cherry》に来ている。基本ひとり体制の《Cherry & Cherry》なので、保険で雇えた代わりの新人には勤まらない。オーナーは、キャシーが復帰するまで《Star's Diner》に新人を配して、美穂一人にキャシーの代わりをしてもらうつもりだったが、ポールが断乎として反対したので、結局、美穂とダイアナが交互で《Cherry & Cherry》に入ることになった。
美穂はどうやら《Cherry & Cherry》に来る日も、二時間早く《Star's Diner》に寄ってブラウン・ポテトを用意しているらしい。キャシーは「日本人って、どうかしている」といつもの感想を述べた。それから六時まで働き、夜番のジェフが来るのを待ってから帰宅する。相当疲れているはずなのに、不機嫌な様子は全く見せなかった。
「ハロー、キャシー。具合はどう?」
美穂は、コートを脱ぐとベッドの脇にある椅子の背にかけた。そして、周りを見回して、何かを探した。
「うん。こうしている限り、なんともない。でも退屈。あと一週間もこんなことしているの、やになっちゃう。ミホ、何を探しているの?」
美穂は手元の小さい三角の紙包みを見せた。
「お花。花瓶になるものないかと思って」
それから小さいコップを見つけると、それに水を入れてから包みを開けた。黄色い鮮やかな色がキャシーの目に入った。
「スイートピー! 可愛い。どうしたの?」
美穂は思い出し笑いをした。
「ほら、時々来るあのおじいさん、あの方があなたを訪ねてきたのよ」
「ヘ? あの人?」
「ええ。この間足りなかった5セントのことを氣にしていらしたみたい。お礼にって、この可愛い花を持って。あなたの事故の事を言ったら、びっくりしてとても心配していたわ」
美穂はスイートピーの花が一輪の入ったコップをベッド脇のキャビネット上に置くと、ポケットから袋に入った小銭を出して、コップの隣に置いた。
「これは?」
「これもあのお客さんから。借りていた5セントと、それから今日はコーヒーも頼むつもりで来たけれど、あなたがいないから、チップとして置いていくって」
「へえ~。たった5セントのことなのに、律儀なおじいさんねぇ。それにミホも、わざわざ持ってきてくれてありがとう」
「どういたしまして。それから、あのお客さんもお見舞いに来たいみたいなんだけれど、ここに入院しているって教えてあげてもいい? 一応確認してから……」
「もちろん。来てくれたら嬉しいよ。でも、あと一週間で退院だからなぁ」
「明日、また立ち寄るっておっしゃっていたから、そう伝えておくわね」
美穂が帰ったあと、キャシーは枕元の黄色いスイートピーを眺めた。同じ病室にいるほかの三人の所には、恋人や友人たちが花を持ってきていた。キャシーの母親は仕事の合間にちょくちょく来てくれるが、花を持ってきたりはしない。だから、自分の所にも花が来たことが嬉しかった。
春を思わせてくれる明るく優しい花。このさりげなさが、あのおじいさんらしい選択だなと嬉しくなった。
明日、美穂が伝えたら、すぐにお見舞いにきてくれるのかな。あ、明日はお祖母ちゃんも、見舞いにくるって言っていたかも。そうしたら、あのおじいさんを紹介してあげようっと。この人も「スタンド・バイ・ミー」の曲が好きなんだよ、きっと氣が合うんじゃないかなって。
キャシーは、先ほどまでの退屈はどこへやら、明日が楽しみでしかたなくなった。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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先が見えない作品?
創作をする方には、乱暴に分けるとオリジナルを書く人と、二次創作をする人がいると思うんですよ。どちらをするにせよ、自分の言いたいことや書きたいことを書くわけで、どんな手法をとってもそれは本人の自由なんだと理解しています。
それでも、オリジナルでないと絶対に出来ないことがあって、それは自分がその世界の神様になって、物語の進行やキャラクターを自由に動かすこと。二次創作でもあるんでしょうが、それには若干の申し訳なさ、「これは二次創作ですから」と断りをいれなくてはならない不自由さがあると思うんですよね。設定もそんなには変えられないでしょうし。
で、私はそういう不自由さが苦手なので、基本はオリジナルしか書きません。ブログをはじめてからは、交流の中でキャラクターを貸していただいたり、別の小説の世界に「ウチの子」つまり自分の小説のキャラクターをお邪魔させていただいたりはしているんですが、ズボラな私なりに氣を遣って、お借りしたキャラや世界、ひいてはその作者や作品のファンに失礼にならないようにしているつもりです。
もちろん、コラボは大好きだし、ウチの子がお邪魔する形で書いていただくのも好きで、イラストを描いていただくのも嬉しくて、今までに遊んでいただけた分は、その度に小躍りして喜んでいますから、創作者の方の多くが、自分の所の作品がこういう形で親しんでいただけるのを好きなんじゃないかなあと、勝手に思っているのです。
で、また前置きが長くて恐縮ですが、ここからが本題。
私のブログで発表している作品の中では、一つを除いて、私が神様です。極論を言えばヒロインを次の章で殺しちゃってもいいし、ラブコメディの中で、突然戦争を起こしても自由。なんですが、ひとつだけそうはいかない作品があります。それが「マンハッタンの日本人」シリーズ。
もともとは「十二ヶ月の歌」の中に入っていた一つの読み切りで、書きっぱなしで忘れていた作品でしたが、昨年のscriviamo!で、三人のブログのお友だちに取り上げていただいてから、どんどん話が進んで当時は思っていなかったようなストーリーになっています。
それに、先の設定が皆無なんですよ。こちらが少し考えて進めると、他の方がそちらの設定で少し書かれる。現実の世界みたいに、その状況の変化を察知して設定が動いていくんですね。私が「この後、キャラAとキャラBがこうなって……」とイメージをしていても、三日後にはキャラAが死んじゃっている可能性だってあるわけです。これは、新鮮な経験です。毎回即興で書いているようなものです。
今のところ、参戦してくださっているのは、ポール・ブリッツさん、ウゾさん、それにTOM-Fさんの三名なんですが、こうなったらどなたでもご自由にどうぞ。まさに「scriviamo!(一緒に書こうよ)」ですしね。「アメリカやニューヨークは詳しくないから」とコメ欄でおっしゃった方もいらっしゃいましたが、それは私も同じ。どうぞ遠慮なく。何を投入しても違和感がないのがニューヨークの面白さですし、それに、きっとアメリカ在住の方は誰も読んでいないし……。
ところで、このシリーズ、何人かのキャラクターがいるんですが、「ウチの子」と言い切れるキャラ、間違いなくお借りしているだけの「ヨソの子」キャラ、それとグレーゾーンのキャラがいます。
主人公谷口美穂は、一応「ウチの子」です。キャシーも「ウチの子」ですね。それから鳥打ち帽のおじいさん(隅の老人)は「ヨソの子」でウゾさんの所のキャラ、春日綾乃はTOM-Fさんのところの作品のヒロインでもちろん「ヨソの子」。イヴォは勝手に名前つけちゃいましたが、100%ポール・ブリッツさんの所のキャラで「ヨソの子」です。
グレーゾーンがポールとダイアナの二人。どちらももともとは私の所にいたといっちゃあいたんですが、通行人Aレベルの存在でした。特にポールをちゃんとキャラクターにしてくださったのはポール・ブリッツさんです。その一方で、私もかなり自由に書いちゃっていまして、ポール・ブリッツさんの書かれる独白のポールと、うちでのポールのキャラがぶれているかも……。なんて若干悩みながら書く人物なのです。
でも、個人的には、ポールに関してはポール・ブリッツさんに自由に書いていただきたいなあと思っているのです。だって、私は女ですからね。女視線で「こうなんじゃないかな」と思って男性を書くと、「ちょっと違うんだよな」と男性が思われる場合もあるじゃないですか。でも、それを修正して貰えるチャンスなんて、普通は皆無ですよ。だって、私の作品ですから。でも、この作品だけは違うんですね。
他のキャラもそうなんです。「ヨソの子」キャラは当然のこと、美穂に関しても、キャシーに関しても、他の方のフィルターを通して見える「ウチの子」って存在に、ものすごく興味があるのです。「ヨソの子」だからと遠慮してではなく、この作品に関しては「ウチの子」のつもりで修正したり、ぶり返したり、とんでもない落とし穴を作っていただいたり、実際の人生そのもののような、想像のつかないものにしていただけるといいなあ、なんて思っているのです。
というわけで、いつもの「先の先まで想定して妄想しておく」クセを封印して、この作品だけは出来るだけまっさら状態にしています。
そして、明日も「マンハッタンの日本人」シリーズですよ。(結局、宣伝か!)
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【小説】願い
「scriviamo! 2015」の第五弾です。limeさんは、「Infante 323 黄金の枷」のヒロイン、マイアを描いてくださいました。
limeさんの書いてくださった『(イラスト)黄昏の窓辺…黄金の枷のマイア』
limeさんは、登場人物たちの心の機微を繊細かつ鮮やかに描くミステリーで人氣のブロガーさん。昨年はアルファポリスで大賞も受賞されたすごいもの書きさんです。穏やかで優しいお人柄も魅力ですが、さらになぜこんなに絵も上手い、という天も二物も三物も与えちゃうんだな〜、というお方です。
昨年の蝶子に続き、今年描いてくださったのは、初マイア! いやあ、嬉しいですね。この世界はじめてのイラストですから。で、もともとこの企画用に描いてくださったこのイラスト、トリミングして本編でも使わせていただきました。マイアが夕陽を見ているシーンだったので。limeさん、本当にありがとうございました。
そして、お返しは、このイラストのシーンを丸々使わせていただいて、外伝を書きました。イラストのマイアが夕陽を見ているというのが、私には何よりもツボでして、こうなったら隠れ設定をあれこれ出して、この話を書くしかない! と、思ってしまいました。つい先日発表した外伝「再会」の数日後という設定なので、やはり現在発表している本編の時系列では四ヶ月後くらい先の話です。マイアはまだ休暇中で館の外にいます。
なお、この作品に関しては、本編を読まないと意味の分からないことが多いかもしれません。下のリンクはカテゴリー表示ですが、一番上は「あらすじと登場人物」ならびに用語の紹介になっていますので、手っ取り早く知りたい方はそちらへどうぞ。
【参考】
![]() | Infante 323 黄金の枷 |
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願い
——Special thanks to lime san
その部屋は柔らかい光に包まれていた。ボルサ宮殿からほど遠くない、街の中心と言ってもいい立地にあるのに、居間に通されて扉が閉められると、今通ってきた喧噪が嘘のように静かになった。
「今、奥様がお見えになります。少々お待ちください」
マイアよりももっと若く見える使用人の女性が言った。
ドン・アルフォンソの主治医であるジョアキン・サントス医師の自宅にはこれまでなんどか来たことがあった。マイアが子供の頃からの家庭医で、マイアの母親の病にあたっても彼が力を尽くしてくれた。
母親が亡くなって以来、身内に《星のある子供たち》が一人もいなくなったマイアには、サントス医師は問題が起こった時に頼ることの出来る唯一の存在だった。
二度目の休暇が終わりに近づいた九月。マイアはサントス夫人から自宅に来ないかと誘いを受けた。ドラガォンの館に勤めるにあたって、マイアの推薦状を書いてくれたのは他ならぬサントス医師だったし、ドラガォンの館に出入りしているサントス夫妻の前では、沈黙の誓約に縛られて何も言えないということはなかったので、マイアは夕食の誘いを受けることにした。
マイアは心地のいいソファに緊張して座っていた。丁寧に使い込まれた、品のいい木製のテーブル、明るく夕方の光に溢れた室内。ドラガォンの館の重厚な家具は、時に重苦しさを感じることがあるが、この部屋の家具は優しく女性的だった。サントス夫人の穏やかで優しい笑顔を思いだして、マイアは微笑んだ。
部屋の奥に、黒い大理石の大きな板がかかっていた。同じようなものをどこかで見たと思った。ああ、ドラガォンの館の食堂に掲げられている系図と同じ色だ。代々の当主の名前が刻まれ、金色に彩色されたその大理石板にはマイアはあまり興味を持てなかったが、この部屋にかかっている大理石には、文字ではなくレトロな世界地図が彫られていた。この国、この街が中心となっていた。大航海時代、この国にとって世界が征服すべき驚異で満ちていた頃。マイアは、同じように船に乗って海の向こうへと行ってみたいと思っていた子供の頃を思いだした。
今のマイアにとっては、その世界地図よりもずっと心惹かれるものがあった。ソファに立てかけられたギターラ。彼の奏でる音色が、彼女の中に響いた。明後日にはまた逢える。一日でも早く休暇が終わればいいと思っていた。今、何をしているのだろう。私がこんなに逢いたがっているなんて、きっとあなたは思いもしないんだろうな。
彼女は、立ち上がってギターラのそばへ行くと、そっと弦に触れた。澄んだ音がした。震える弦は空氣を研ぎすましていく。ギターラはどこにでもあった。子供の頃からたくさんこの音を聞いてきた。けれど一度だってこれほど特別な楽器ではなかった。あなたがこれを特別にしちゃったんだね。マイアは心の中で23に話しかけた。
手首の腕輪に光が反射して、マイアは窓を見た。太陽が西に傾き、D河にゆっくりと降りて行こうとしていた。彼女は、窓辺に立った。いつも惹き付けられた夕陽。彼との出会いの記憶。きっと私は生きている限り、こんな風に夕陽を見続けるんだろうな。
静かにドアが開いて、イザベル・サントス夫人が入ってきた。彼女は窓辺ですっかり夕陽に魅せられているマイアの姿を認めて、立ちすくんだ。マイアの髪は赤銅色に輝いていた。瞳は輝き、わずかに微笑んでいた。イザベルは感慨にひたって、しばらくマイアと夕陽に染まっていくギターラを見つめていた。
マイアがそれに氣がついて、振り向き頭を下げた。
「すみません、つい見とれてしまって」
イザベルは笑った。
「いいのよ。私の方こそ、つい想いに浸ってしまって」
マイアはわからないというように首を傾げた。イザベルはメガネの奥の目を細めて微笑んだ。
「ドン・カルルシュが、今のあなたを見たら、どんなに喜んだことでしょう」
「ドン・カルルシュ……?」
マイアもその名前は知っていた。23の亡くなった父親、ドラガォンの前当主のことに違いない。だが、マイアは当然のことながら、全く面識がなかった。
「今日は、よく来てくださったわね。どうぞ座って。以前、ドンナ・マヌエラのお手紙を届けてくださったときは、すぐに帰ってしまったから、いつかはゆっくり話をしたいと思っていたのよ」
ドンナ・マヌエラの使いで久しぶりに逢った時、夫人の髪が銀色に変わっていることや、ずいぶんふくよかになったことで時間の流れを感じたが、その穏やかで優しい人柄には前と同じようにほっとさせられた。
「本日は、お招きいただきましてありがとうございます」
マイアははにかみながら言った。
「ジョアキンはいま診療所を出た所ですって。もうしばらくしたら戻るでしょう。今日はゆっくりしていってね。今、軽い飲み物を持たせるわ。ジンジャは好きかしら?」
スパイスの利いたさくらんぼリキュールのジンジャはアルコール度数が高いので、マイアがあまり強くないことを知っているイザベルは氷を入れて出してくれた。
「あの……」
イザベルは、マイアの戸惑いを感じ取ったようだった。
「ジョアキンが帰ってくる前に言った方がいいかしらね。今日はね、実はあなたのお父様に頼まれたの」
「父が……?」
「ええ。フェレイラさんは、あなたのことを心配していらっしゃるの。何か悩みがあるみたいだけれど、誓約があるから聞いてやることが出来ない、代わりに力になってくれないかって」
マイアは、うつむいた。
「父が、そんなことを。ダメですね、いくつになっても心配ばかりかけて……」
「ドラガォンの館はどう? 困っていることはない?」
マイアは顔を上げてはっきりと言った。
「とてもよくしていただいています。ご主人様たちはみな親切で、メネゼスさんや、ジョアナには、失敗をたくさん許してもらっているし、それから他の人たちにも、親切にしてもらっています」
「そう。フェレイラさんの思い過ごしかしら」
「いいえ。でも、それは個人的なことなんです。誰にもどうすることもできない……私が、見ちゃいけない夢を見ているだけなんです」
マイアがそう言うと、何か思い当たることがあるのか、イザベルは控えめに微笑んだ。
「そう。あなたが想うのを、禁じることが出来る人はどこにもいないわね。あなたの夢と願いを大切にしなさい。きっとそれがあなたの人生を実りあるものにしてくれるでしょうから」
「……はい」
イザベルは、手を伸ばしてマイアの視線の先にあるギターラを手にとり、そっと弦に触れた。明るく澄んだ音がした。マイアは、また心が23に向かうのを感じた。
「先ほど、ドン・カルルシュの話をしたでしょう」
その言葉に、マイアははっとして想いを夫人に戻した。
「セニョール323が、十四歳くらいの時だったかしら。ドン・カルルシュがここでこのギターラをご覧になってね。だれかギターラのレッスンをつけられる《監視人たち》か《星のある子供たち》を知らないかっておっしゃったの。それで、私の長くついている先生をご紹介して……。もともと才能がおありになったのでしょうね。あっという間に私を追い越して……。もう長く拝聴していないけれど、とてもお上手でしょう?」
「はい。上手い下手という枠組みをはるかに超えて、素晴らしい音楽です。聴く度に心が締め付けられるようになります」
イザベルは、マイアの想いに沈んだ様子を、優しく眺めて続けた。
「たった二つ、それしか望んでくれなかった……。ドン・カルルシュはそうおっしゃったわ」
「?」
「ずいぶん昔の話よ。まだ、セニョール323が子供の頃、ドン・カルルシュは意図せずに取り返しがつかないほど深くその心を傷つけてしまったんですって。彼が閉じこめられてすぐにそのことがわかって、心から後悔して、許しを請いにいかれたそうなの。その時のことを、氣づくのが遅かった、遅すぎたと泣きながらジョアキンに打ち明けられたの」
「23は、いえ、セニョール323は、お父上を許さなかったのですか?」
マイアが意外そうに訊くと、イザベルは首を振った。
「怒った様子も、批難する様子もお見せにならなかった。でも、それと心を開くということは違うわよね。あの方がほとんど誰とも関わろうとしなくなってしまったのは、ご自分のせいだとドン・カルルシュは生涯悔やまれていらしたわ」
「それで……?」
「ドン・カルルシュは、ご自分に可能なことなら、どんな願いでも叶える、わがままを言ってほしいとセニョール323におっしゃったそうよ。もし、彼が望むなら《監視人たち》の中枢と戦ってでも、格子から出してもいいとまで思っていらした」
「彼は、それを望まなかったんですか」
「望んでいらしたでしょうね。でも、おっしゃらなかったそうよ。館の外に出てみたいとも、学校に行ってみたいとも、その他のありとあらゆる望みがあったでしょうに、ドラガォンにとって難しいことは何一つおっしゃらなかったそうよ。たった二つの小さい望みを叶えてもらうために、我慢したのだと思うわ」
マイアは、ジンジャの中の氷が全て溶けてしまっていることに氣がついた。グラスが汗をかいている。
「彼の望みって……」
「一つは、ギターラを習いたいということ。そんな時に言うまでもない望みよね。そんな小さなことまで、自分からは言えないでいたなんてと、ドン・カルルシュはショックだったみたい。そして、もう一つが、あなたのことだったのよ」
「私のこと?」
「セニョール323は、自分が話しかけたために、あなたとあなたの家族がナウ・ヴィトーリア通りに強制的に引っ越しさせられてしまったことをずっと氣になさっていらしてね。あの子が前のように河で夕焼けを見られるように、どうかあの一家を元通りにしてほしいと、そうおっしゃったんですって」
マイアは大きく目を見開いて、イザベルの言葉を聞いていた。
「すぐに元に戻してあげたくても、フェレイラさんはもう新しい職場で働いていた。あなたたちはもう新しい学校に通っていた。フェレイラさんのもとの職場には新しい人が働いていて、その人にも家族がいて生活があった。だから、ドン・カルルシュにもすぐに彼の望みを叶えてあげることは出来なかったの。セニョール323は二度と、その願いを口になさらなかったし、あれからどうなったかとお訊きにもならなかった。だからこそ、ドン・カルルシュはなんとしてでもあなたたちを元に戻して、セニョール323の願いを叶えてさしあげたかったのでしょうね。それから、何年間も働きかけ続けたのよ」
「知りませんでした……」
「大きな書店を買い取って、その店長の職をさりげなくオファーしたり、元の店の同僚をもっといいポジションに引き抜いて場所を作ったり……。でも、フェレイラさんは、長いことチャンスをことごとく断り続けたの」
「父が?」
「ええ。フェレイラさんは、何度もドラガォンに抵抗して、大切なものを失い続けてきたから、これ以上大切なものを失いたくなかったんだと思うの」
「抵抗?」
「あなたのお母様と結婚したくて、映画みたいな逃避行を繰り返して。その度に《監視人たち》に止められて。仕事を失ったり、財産を失ったり、家族に縁を切られたりと散々な目に遭ったのよ。最終的にあなたのお母様はこれ以上フェレイラさんを苦しめたくないからと、人工授精であなたを産むことで、《監視人たち》とフェレイラさんの闘いに終止符を打ったの」
「まさか」
「そうなの。だから、あなたのお母様が亡くなられた時に、《監視人たち》の中枢部は、虐待される可能性があると、あなたを引き取ろうとしたの。そうしたらフェレイラさんは、もう一度大騒ぎを起こしたのよ。世界中を敵に回しても、絶対にマイアは渡さないって」
イザベルは、面白おかしい話のように語ったが、マイアには全てはじめて聞くことだった。
「そう言う事情があったので、どんなにうまい話が来ても、不安だったんじゃないかしら。うかつに戻ったりしたら、今度こそあなたを取り上げられるんじゃないかって。ドン・カルルシュの意向だと始めから言えばよかったのかもしれないけれど、それを言ったらドラガォン嫌いのフェレイラさんに断られるかもしれないので、中枢部はあくまで偶然を装ったの。だからいつまで経ってもフェレイラさんは不安を拭えなかったのよ。あなたが十分に大きくなるまで」
「知りませんでした。父は、何も言ってくれなかったから……」
「そう、言ったらあなたが《星のある子供たち》としての存在に苦しむと思ったんでしょうね。血は繋がっていなくても、フェレイラさんはあなたのことを娘として深く愛しているから。お母様とのなれ初めも、それに伴うドラガォンとの確執も、それから、お母様との短かったけれど幸福だった結婚生活についても口に出来ないのよ」
マイアの瞳に涙が溢れ出した。一人だけ腕輪を嵌められて、つらいことばかりだと思い続けてきた自分はなんて勝手だったのだろう。
「フェレイラさんが、ようやくセウタ通りの書店に勤められることが決まって、レプーブリカ通りにまた住むことが決まったのは、四年前だったわよね。ドン・カルルシュが亡くなる少し前のことで、もう大層お悪かったんだけれど、ジョアキンがそのことをお知らせしたら泣いて喜んでいらっしゃったんですって。セニョール323とその話をなさったかまではわからないけれど」
窓辺はすっかり暗くなっていた。河に沈む夕陽を眺めれば、悲しいことを忘れられる。それは自分しか知らない小さな楽しみのつもりだった。マイアはずっと知らなかった。23は自分の自由を犠牲にしてマイアの小さな幸せを願い、ドン・カルルシュが生涯にわたって氣にかけ、サントス医師夫妻や、多くの《監視人たち》がその願いを実現しようと骨を折り続けていた。そして、父親は血のつながっていない自分のために苦労して心を砕きつづけてきた。
いまマイアは、ドラガォンの館の夕陽のもっとも美しく見える部屋から、河と、それから鉄格子の向こうの優しい人の影を見ることができる。私は不幸でもなければ、一人ぼっちでもなかったんだ。ずっと、十二年も、いえ、生まれたときから。関わった全ての人たちの、優しさと、願いと、想いの助けを得て、大人になり、一番いたい場所にきて、いつまでも存在を感じ続けていたい人の近くで、夕陽をみていられる。
サントス医師が帰って来た。イザベルは食堂へ行くようにと誘った。マイアは、涙を拭いて頷いた。話を聴けてよかったと思った。休暇が終わる前にお父さんとワインを飲んで話をしよう、それに、明後日、館に戻ったら、23に今日の話をしてみよう。お互いの父親の子供を思う愛について、彼はなんて言うんだろう。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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栄光の残照
今回、23とマイアの会話に出てくるサン・フランシスコ教会は、市庁舎のあるアリアドスから河岸のリベイラへと向かう途中にあります。大きくて目立つことは確かですが、外から見ると灰色のゴシック建築で特に豪華な聖堂のようには見えません。
でも、中に入るとびっくり。キンキラキンなのです。それも「秀吉の金の茶室か!」と突っ込みたくなる、なんというのか「やりすぎ」の金なのです。十三世紀に建築された当初は、そうではなかったらしいのですが、十五、六世紀にここを菩提寺(って変ないい方ですが)とした貴族たちが、競って自分たちの墓を金で装飾しだしてから、それがどんどんエスカレートしていき、ついにはこうなってしまったようです。
"San Francisco Porto" by Asmodaeus - Own work. Licensed under Public Domain via Wikimedia Commons.
この教会は内部の撮影が禁止されているので、私の撮った写真はありません。
これだけの金は、ほとんどブラジルから運び込まれたものだそうです。向こうで友達になった日系ブラジル女性がそう教えてくれました。
大航海時代、植民地にしたブラジルから運び込まれた富が、当時のポルトガルを富ませました。やがて、一度はポルトガル王国そのものの一部となったブラジルは今や独立し、ポルトガルにとっての大航海時代の繁栄は、過去のものとなりました。
大航海時代は遅れを取っていたイギリスやフランスにいつの間にか追い抜かれて、言語も、国際社会での立ち位置も、どちらかというとマイナーになり、ユーロ圏でも主導的な役割を担う国ではありません。だから、ポルトに通いだすまでは私もあまり興味がなく、地理的にも言語的にも馴染みがありませんでした。
どちらかというと「ぱっとしない国」のイメージを持ったまま訪れて、最初のショックはポルトの街そのもの。美しくて、食べ物が美味しくて、人びとが柔らかくてつき合いやすいことへのいい意味での驚きでした。そして次のショックは、このサン・フランシスコ教会のような、大航海時代のとんでもない富の遺構が街のあちこち、中に入らないと目にすることの出来ない場所に隠れていることです。
この教会のすぐ横にあるボルサ宮殿にも、とても豪華なアラブ風大広間があります。
"Porto - Palau de la borsa - Sala àrab" by Josep Renalias - Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.
これらは美しく、観光資源として現在のポルトを潤してくれますが、どこかに物悲しさが漂います。平家物語の一節が口をついてくるような、そんな存在です。
この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……
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【次回予告】「Infante 323 黄金の枷」 (13)秘密
外は激しいにわか雨で稲妻が工房を青白く浮かび上がらせた。突然後ろから小さな声がした。
「マイア……」
彼女が振り向くと、そこにはずぶ濡れになった23がいて、人差し指を口に当てた。マイアはそっと彼に近づくと「どうしたの」と訊いた。
掃除のために居住区に入ったマイアは、23が見当たらないことを不思議に思います。そして、偶然知ることになった彼の秘密。某Tさんや、某Lさんや、某Kさんお待ちかね(?)の、問題の入浴シーンも、どうぞお楽しみに。
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【小説】Infante 323 黄金の枷(12)礼拝
![]() | 「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
Infante 323 黄金の枷(12)礼拝
マイアはパジャマに着替えて、窓からD河の対岸に浮かび上がるワイン倉庫街の明かりを眺めつつ、髪を梳かしていた。最後の赤い光を投げて大西洋の果てに太陽が沈んだ後、D河には人影が絶えたGの街の寂しい青い光が映る。サマータイムの設定のせいで、この時期の日暮れは九時近かった。週に二日ほど早めに仕事が上がるので、マイアは部屋の窓から陽が暮れていくのをじっくりと楽しむことが出来た。遅番はマティルダと交代なので、マイアが夕陽を見るのはいつも一人だった。心の中で彼女は、これよりもずっと下の位置、あの使われていない石造りの小屋の裏手の大きな石の上に座っていた。少年だった23が後ろから話しかけていた。
夕陽って、こんなに悲しかったのかな。マイアはひとり言をつぶやく。答えてくれる少年はもういない。夕陽の代わりに、太陽のように輝かしい彼の女神を夢みて待ちわびているのだろう。
バタバタと音がして、マティルダが戻ってきたのがわかった。マイアは振り返った。
「お疲れさま。遅かったのね」
「あ、仕事は三十分くらい前に終わったんだけれど、キッチンで遅番チームでお喋りしてたの」
マティルダはベッドの上にバフッと腰掛けると、パンプスを投げ捨てるように脱いでから大きく伸びをした。
「その話題だけれどね。今日は、本当に驚いたわ」
「何に驚いたの?」
「23よ。夕方にね、私、冷蔵庫の補充に行ったの。いつもよりトニックウォーターの減りが速いし、コーヒーも少なくなっているから、もう少したくさん注文しておきましょうかって訊いたらね」
マイアはドキッとした。例の美味しいトニックウォーターやコーヒーを減らすのに貢献しているのは間違いなく自分だ。
「そう訊いたら?」
「お前もコーヒーを飲むかって。天地がひっくり返ったかと思ったわよ」
「なんで?」
「だって、23よ。掃除や給仕の時のありがとうしか言われたことなくって、本当に取りつく島もなかったのに」
今度はマイアが驚く番だった。十二年前のことがあるから、多少は他の人より氣軽に話しかけてもらっているとは思っていたが、まさか本当にアマリアが言ったようにほぼ無言だなんて思ってもいなかったのだ。
「で、淹れてもらったんでしょう」
「ええ。もちろん。もしかしたら一生に一度かもしれないと思ったから」
「美味しかったでしょう」
「マイア、もう飲んだことあるの?」
「うん。何度も。いつも淹れてくれるよ」
「ええ~っ!」
う、この調子じゃ、ポートワインのトニックウォーター割のことは言わない方がいいわね。
「23、どうしちゃったんだろう。さっき、フィリペも首を傾げていたよ」
「何に?」
「靴の踵がすり減っているって指摘してくれて、その場で修理してくれたんだって。しかも、その間、椅子に座ってろって、コーヒーまで出してくれたって。明日はピンクの雪が降るかもと言ってたもの」
「でも、23は私がここに来たときから、親切でいい人だったよ」
「ええっ?」
そんなに驚くなんて心外だなあ。マイアはマティルダの23のイメージに戸惑っていた。
「もしかしたら、マイアの影響じゃないの?」
「私の? ううん。私、何もしていないよ」
「まあ、マイアが何かできるとは思っていないけれど。そうすると、あれかな。ドンナ・アントニアが言ったのかしら。使用人ともっと仲良くしなさいって」
それは大いにありえることだと思った。だから、私にも親切にしてくれたのかな。やだな、なんでガッカリしているんだろう、私。マイアはちらっと23の寝室の窓を眺めた。灯が漏れて鉄格子がくっきりと浮かび上がっていた。手前の窓に人影が映っていた。23だ。やっぱりGの街を見ているんだろうか。あの日に同じ夕景を眺めたように。マイアはもう夜景を見ていなかった。動かない人影を見つめていた。
日曜日の朝は、礼拝堂でミサがある。礼拝堂といっても、別の建物ではない。食堂の後ろの廊下を奥に進み、インファンテたちの居住区と反対側にもうひとつの中庭がある。そのむこうが礼拝堂だった。
祭壇の後ろは二つのアーチに囲まれた二つの薔薇窓と合計十二の縦長のステンドグラスで、朝の光が祭壇を青や赤に染めてとても美しかった。いつもやってくるボルゲス司教はサン・ジョゼ・ダス・タイパス教会に所属している。彼の左手首にも金の腕輪が見えたので、それが彼がここにやってくる理由なのだと思った。オルガニストも毎週同じだった。向かって左側の二階ギャラリーにはパイプオルガンがある。二階の右側のギャラリーに23と24が座る。
内陣にある貴賓席にはドン・アルフォンソとドンナ・マヌエラが座る。使用人たちは全て身廊に座り、マイアは一番後ろに座った。
ドンナ・アントニアがある日曜日にやって来た時には案内されてドンナ・マヌエラの横に座った。その時にはじめて、マイアは二階の23と24はどうして貴賓席に座らないのだろうと思った。そもそも二人の態度はよくないとまでは言えないまでも、あまり褒められたものではなかった。24はしょっちゅう服装を直していたし、23はオルガンやステンドグラスの方を見ているばかりで司教の話をまともに聞いていないように見えた。ドンナ・マヌエラやドンナ・アントニアが信仰ぶかい様子で祈りを捧げているのを斜めに見ていた。
月曜日に23の居住区の掃除にあたっていた。全部終わったところでマイアは仕事をしている彼に訊いた。
「司教様に怒られたことない?」
「なんだ? 薮から棒に」
「ごミサのとき、23も24も不真面目だなと思って」
「ああ、そのことか。怒られないさ」
彼はあっさりと認めた。
「真面目に受けるのが嫌だからいつも二階にいるの?」
「そうじゃないよ。インファンテはいつもあそこなんだ」
「ご主人様なのに?」
「神の国の迷える子羊じゃないから、本当はミサなんか出なくてもいいんだ。だがそんな事を言うと母が騒ぐからな」
「みんな子羊だよ。私みたいな平民だってそうなんでしょう」
「お前は教会の大事な子羊さ。俺たちは違う。だから、祈ったりしないし、天国に行こうとも考えない」
「祈れば誰でも行けるんじゃないの。神父さんはいつもそう言うよ」
「洗礼も受けていないのに?」
「え?」
「言っただろう。俺たちは存在していないんだ。教会のいうところの天国にはそんな奴らの椅子はない」
考え込んでしまったマイアを見て、23は笑った。
「そんなに深刻になるな。お前が思うほど絶望的な思想を持ってはいないし、無神論者でもない」
彼女はよくわからないという顔をした。
「俺はカトリック教会や形式をありがたがっていない。教会はドラガォンと同じように人間の作った一つのシステムだ。人間のやることだからあきらかに矛盾したこともする。例えば、この街で最も豪華な教会はなんだ?」
マイアは少し考えてから答えた。
「サン・フランシスコ教会かな」
ボルサ宮殿の隣にあるその教会は、豪華な内装で有名だ。
「その通りだ。聖フランシスコの名前を戴いているからには、もともとは清貧を尊ぶ思想のもとに建てられたはずだろう。それが、貴族が自分の先祖の墓を競って壮麗にしたがり、ブラジルから運んできた黄金をこれでもかと貼付けて、世界でも有数の金ぴかの教会にしてしまった。そうなってからこれが神の威光だといわれても、素直にそうですかとは思えないだろう」
マイアは頷いた。確かにそうかも。
「神を信じていないわけではない。だが、教会のいう事、聖書に書かれていることが全て正しいとは思えない。教会も聖書も、それにキリスト教共同体も、人間の手によって作られたものだ。そんなものに意味はないしありがたがる必要もない。この館のなかにある礼拝堂も同じだ」
「それでも、23。私は日曜日の礼拝ごとに祈るよ」
「何を」
「この平和で幸せな日常が続きますようにって」
23は笑って、頷いた。
「お前らしい祈りだな。俺の分も祈っておいてくれ」
「うん」
マイアは昼食の準備のために出て行った。23はその後ろ姿をしばらく目で追っていた。
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冬は冬らしく

寒いのが苦手な私ですが、ちゃんとした夏も来ず、まともな冬も来ないここ数年の天候には辟易しています。この週末にようやくちゃんとした雪が降り、今ごろ冬らしい景色となりました。でも、今週はまた暖かくなってしまうんですって。
どこまでも続く雪景色と宇宙に続いていくような深い青空、そして肌が痛いほどの冷氣、わたしにとってちゃんとした冬とはこういう光景です。マイナス10℃からマイナス15℃あたりになると、例えば郵便受けを覗きにいくだけでもきちんとしたコートの閉じて手袋をつけていかないと後悔することになります。
以前、まだ車を持っていなかった頃、一時間に一本のバスを逃したので、徒歩で30分の街まで徒歩で買い物に行こうとした事がありました。普段はどうってことはないのですが、この日はマイナス15℃でした。で、15分歩いた所で、音を上げました。そこは私の村の中心地で(といってもレストランが三軒あるだけ)、レストランに入って熱いお茶を飲みました。本当に遭難するかと思うくらい寒かったです。
今は車も持っているので街まで歩こうなどという事はしませんが、朝の通勤は真冬でも可能な限り自転車です。マイナス15℃くらいになる朝もありますが、自転車を漕いでいると体も温まるので20分くらいはなんとかなります。もっとも一度だけマイナス23℃という時がありまして、この時は会社に辿りつく前に倒れるかと思いました。これはちょっと危険でした。
でも、去年の冬と今年の冬はまだそこまで寒くなった事がありません。いってもマイナス5℃程度。こういうのは通勤は楽なのですが、氣持ちがすっきりしません。やはり冬は冬らしく、夏は夏らしくあってほしいと思うのです。
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【小説】新しい年、何かが始まる
「scriviamo! 2015」の第四弾です。ポール・ブリッツさんは、昨年のscriviamo! で書いてくださった『歩く男』の「わたし」を再登場させて、作品を書いてくださいました。
ポール・ブリッツさんの書いてくださった『夢を買う男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説:
『歩く男』
『食べる男』
オリジナル掌編小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書かれていらっしゃる創作系ブロガーさんです。ちょっとシニカルで、あっというような目の付け所の小説を書いていらっしゃる上、よく恐ろしい(笑)挑戦状を叩き付けてくるブログのお友だちです。
で、この「マンハッタンの日本人」シリーズを最初に取り上げてくださったのがポールさんでした。私自身としては一回書いてそのまま忘れていたのですが、その後、皆さんが次々と取り上げてくださるおかげで、うちの山のようにいるキャラたちの中でも、落ちこぼれヒロイン美穂は突如として有名人になりました。
もともとはただの通行人だった名無しキャラが、どうやらヒーローに昇格しかけているのは、ええ、ポールさんの設定に合わせてのことです。あ、勘違いでしたら、いつものごとく、ガンガンとフラグ折ってやってください(>>ポールさん)。ポールさんの作品と一人称が一致していないのですが、キャラクター・ポールはアメリカ人ですので正式な一人称は「I」です。氣になる方は全セリフを脳内英訳してくださいませ(笑)あ、ポールさんが嫌がっているのに、もう一人のキャラにも勝手に名前を付けちゃったのは、決して報復ではありませんよ。ありませんったら。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、だんだん話が大きくなってきたので新カテゴリにしてまとめ読み出来るようにしました。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 7
新しい年、何かが始まる
——Special thanks to Paul Blitz-san
仕事中にかかってきたその電話番号には、憶えがあった。でも番号で表示されるという事は電話帳に登録されていない人だ。誰だろう。美穂はつい受けてしまった。声を聴いて失敗したと思った。
「やあ、ミホ。久しぶりだね」
電話帳に登録されていないのは、美穂が想いを断ち切るために自分で消したからだった。かつて彼女を弄んで逃げるように去ったマイクだった。
「こんにちは。何の用?」
「何の用って、冷たいなあ。久しぶりにニューヨークに出てきたから、思いだして連絡したんだけど」
「あなたがまだ私の電話番号を手元に持っていたなんて意外だわ」
「どうして? 君は僕とつき合っているつもりだっただろう? 今日、泊ってもいいかな? ほら、知らない仲ってわけでなし」
「冗談じゃないわ。絶対に来ないで!」
美穂はカッとして電話を切った。すぐにまたかかってきたけれど電源を切ってエプロンに突っ込んだ。
横で配膳をしていたポールが不思議そうな顔をした。美穂は、今の会話聞かれちゃったかな、と思ったが、黙って皿を二つもって、五番テーブルへと運んだ。
不思議だった。二年前はあんなに連絡が欲しいと思っていたのに、マイクの声は今の美穂にはちっとも嬉しくなかった。大体何のつもりよ。私は無料宿泊所じゃないわ。
「なあ、ミホ。今日、本当に大丈夫か?」
ポールが訊いてきた。今日って? 美穂は一瞬考えてから思いだした。ああ、そうだった、今日、ポールとその同居人が家に来るんだった。
一週間くらい前に、ポールに訊かれたのだ。
「なあ、お前のアパートメント、ネットに繋がっているか?」
「え? あ、インターネット。繋がっていはいるよ、一応」
「だったらさ、悪いけれど回線ちょっと貸してくれないかな。アップロードしたいモノがあってさ」
ポールに言われて美穂は少し困った。
「あ、あの、それはメールかなにか?」
「いや、動画」
「えっ。それは……」
「なんか困る事でも?」
「うん、今どき、なんだけれど必要な時に繋げる契約でね。普段はメールのやり取りと必要な事だけネットサーフィンするぐらいだから」
「えっ」
ポールはこりゃダメだという顔をした。美穂は慌てて言った。
「あ、でもね。ほら、先月から時給が上がったでしょ。だから、来週から常時接続の一番安いプランに切り替えてもらう事になっているの。あまり速くないけれど、それでよければ来週にでも」
そして約束したのが今夜だった。
「あ、もちろん大丈夫。ルームメイトの方とはどこで待ち合わせなの?」
「ユニオン・スクエアに来ているはずだ。早く行かないと、怒られる。寒いからな」
ポールの同居人は、ボクサーだと聞いていた。実は先々週まではもう一人の同居人がいたらしいのだが、亡くなられたのだそうだ。その日、美穂は休みだったのだが、オーナーからの電話で突然呼び出された。ポールのルームメイトが急逝して、医者だの警察だのが来て出勤できなくなったので、代わりに急遽でてきてほしいと頼まれたのだった。
今日の用事もどうやらその亡くなった方の遺言に関する事らしい。美穂はどこまで訊いていいのかわからなくて、それだけしか知らなかった。
ユニオン・スクエアで待っていたヒスパニック系の男は、案の定あまり上機嫌とは言えなかった。このスクエアは風が強い。今日のように寒い日は格別に居心地が悪いだろう。
「はじめまして。美穂です」
彼女が挨拶すると、愛想もなく「イヴォ。よろしく」と言った。ポールが取り繕うように解説した。
「こいつ、本当はハビエルっていうんだけれど、どういうわけかリングでも普段もイヴォで通っているんだ。プロのボクサー」
イヴォはリュックサックを背負っていて、それは重そうに彼の肩に食い込んでいた。ポールが訊いた。
「例のラップトップとビデオカメラ。持ってきたか」
「あたりまえだろ。そのために行くんだから。それより、腹減ったな、君のうちの近く、ピッツァ屋なんかある?」
突然訊かれたので美穂はどきっとした。
「近くにはないですけれど、もしよかったら作業なさっている間に、私、パスタでも作りましょうか?」
それを聞いて、イヴォの機嫌は即座に治ったようだった。
「そりゃ、悪いね。頼むよ。おい、ポール、ラッキーだったな」
「本当にいいのか?」
目を丸くするポールに美穂は笑って答えた。
「パスタなんて、一人分作っても三人分作っても手間は変わらないもの。どっちにしても私もお腹空いているし」
そんな事を話しているうちに、アパートメントについた。階段を上がって、三階の廊下を歩き、角を曲がった時に、美穂はぎょっとした。部屋の前にマイクが立っていたのだ。
マイクは美穂が二人も男を連れて上がってきたのでさすがに驚いたようだった。が、すぐにその表情を引っ込めると馬鹿にしたように笑った。
「道理で尻尾を振ってこなかったわけだ」
美穂は怒りに震えた。
「修道院に行くことになったって、あなたに尻尾なんか振るもんですか。警察を呼ばれたくなかったらさっさとオハイオに帰りなさいよ」
「ふふん。二人いっぺんに連れ込んでいっぱしにモテているつもりかよ。どうせまたヤリ捨てされるだけだろう」
それを聴いてポールが黙っていなかった。
「これ以上、ミホに対して失礼な事を言ったら、殴るぞ」
「おい、ポール、殴るのは俺に任せろ」
「バカ。素人をプロのお前が殴ったらヤバいだろ」
プロという言葉を聞いてギョッとしたマイクはモゴモゴと何かを言うと、慌てて三人の間をすり抜けて去っていった。
「なんだよ、口程にももないヤツめ」
イヴォが大声で言うのを聞いて、美穂は情けなくなった。私、何であんな男の事を好きだったりしたんだろう。恥ずかしい。
「おおっ。女の子の部屋だ!」
イヴォが妙な喜び方をしている。美穂は、そこそこ片付いているのを確認して少しだけホッとした。二人のコートを受け取って、デスクの所に案内した。
「あ、このLANケーブルで接続して。今、ログインするわね」
二人がすぐに作業に入って、ああだこうだとやりはじめたので、彼女はその場を離れてキッチンに向かった。
すぐに湯を沸かす。沸騰を待つ間に、玉ねぎとニンニク、それに人参をみじん切りにする。オリーブオイルでニンニクとタマネギを炒め、いい匂いがしてきてからひき肉を炒める。人参を加え、白ワインと乾燥キノコを投入して、瓶詰めトマトを入れる。沸騰したらブイヨン、塩こしょう、醤油で味を整えて弱火にする。
沸騰したお湯にパスタを入れようとしている時に、視線を感じて後ろを向くと、男二人がキッチンを覗き込んでいた。
「え。まだ15分くらいかかるよ。もう、アップロードは終わったの?」
二人は同時に首を振った。
「腹が減っている時に、そんないい匂いをさせられたら、たまらないぜ」
イヴォが言った。ポールも黙って同意した。美穂は肩をすくめてパスタを茹ではじめると、狭いテーブルを片付けて、三人分の皿とカトラリーを並べた。客なんかほとんど来ないから、器はバラバラだ。それから急いでレタスとトマトを洗うと小さいサラダを作った。二人は既に勝手にテーブルの前に陣取っていた。
パスタが茹で上がると同時に、三人は食べはじめた。
「珍しいものじゃないけれど、どうぞ」
「美味い!」
イヴォはそれ以上何も言わずにひたすら食べた。ポールも味わうように食べていたが、やがて言った。
「お前、ジョニーと担当変わった方がいいな」
美穂はぎょっとして首を振った。
「冗談でしょう。私は調理師学校に行った事なんかないもの。できないよ」
「でも、これだけでもあいつの作るのよりずっと美味いぜ」
「ありがとう。隠し味に乾燥キノコと醤油が入っているんだ。それで旨味が出るのかも。本当は明日まで待った方が美味しくなるんだけれど」
ポールは頷いた。美穂は氣になっていた事を訊いてみる事にした。
「動画をアップロードすると言っていたけれど、どんなもの?」
「うん? 死んじまった詩人の詩の朗読。今日アップロードしたのは、本人が朗読した部分なんだ。でも、まだ続きがあるんで、それを誰かが朗読するところを撮影して動画を作成しなくちゃいけないんだよな」
「そうだ、ミホに読んでもらえばいいじゃないか」
突然イヴォが顔を上げた。パスタに夢中になっているのかと思ったが話は聴いていたらしい。
「そうだな、お前、読んでくれないか?」
美穂は激しく首を振った。
「え。ダメ。私の英語の発音おかしいし、詩の朗読なんて絶対に無理。どうして自分たちで読まないの?」
「やってみたんだけれど、なんか小学生の学芸会みたいになっちまうんだ」
イヴォが言う。美穂はポールを見て言った。
「だったらダイアナに朗読してもらえば。彼女の英語は綺麗だし、あなたとつき合っているんでしょ?」
そう言った途端イヴォが「なんだって!」と叫んだ。ポールはぎょっとして大きく首を振った。
「おい、ミホ! なんて事を言うんだ。僕がこのボクサーに殺されたらどうする!」
「え?」
「ダイアナとつき合っているのは、こいつだよ! 僕は潔白だ」
美穂はあわてて謝った。
「ごめんなさい。知らなかったの。一緒に歩いている所を見たから、そうだと思っちゃったの」
イヴォは、まだポールを睨んでいる。
「本当だな」
「あたり前だ! お前の女に手を出すような無謀をするか。大体、彼女はお前にベタ惚れだろう」
「ふふん。それもそうだな」
美穂は、ため息をついた。なんか今日は散々だなあ。いろいろあって、ポールにはイヤな人だと思われちゃったかな……。
彼女は少々落ち込んだまま皿を洗った。二人はコンピュータの前であれこれ論議していたが、やがて美穂の所にやってきた。ポールが言った。
「悪いけれど、残りの分については、また日を改めてもいいかな。最初の分の反応を見てから、ちゃんと朗読者を選んで撮影した方がいいだろうって話になったんだ」
「もちろん。いつでもどうぞ」
「へへ。次回はどんなものが食えるかな」
イヴォが言うと、ポールは「こらっ」と小突いた。
二人が帰るのを玄関で見送った。イヴォは初対面時の不機嫌が嘘のように、片手を上げて朗らかに「ごちそうさま」と言った。
ポールは「ありがとう」といって、美穂をハグした。《Star's Diner》では、彼がそんな事をしたことは一度もなかったので、美穂は狼狽えた。
二人が去った後に、彼女は静かになったキッチンで、崩れるように椅子に座った。誤解しちゃダメ。アメリカ人にとってはハグなんてただの握手と変わらないんだから。ドキドキが止まらない。今日は、色々ありすぎた。疲れちゃったな。
穏やかな新年の始まりとはいかないようだ。前途多難だな。美穂はしばらくそうしてあれこれと考えていた。明日も仕事だ。早く寝なきゃ。上手く寝付けない事は、今からわかっていた。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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二つのシャトルシェフ

このブログをよく読んでくださっている方々にはそろそろバレているかと思いますが、私はどちらかというと家事に命をかけるタイプではありません。子供がいないので必要もありませんが、もしいたとしてもキャラ弁のために早起きするなんて死んでもイヤなタイプ。
で、連れ合いと二人暮らしの生活でも、栄養や味のバラエティは欲しいけれど、台所に長時間立っている事で幸せというわけではありません。まあ、たまにはそういうこともありますが、基本は美味しくて体にいいものを、いかに効率的に作るかという事にばかり意識がいっています。
今回ご紹介しているのはそんな私の料理の大事なパートナー、シャトルシェフです。煮込み料理の類いを作る時に、食べるまでの時間がほとんどなくて急いでいる場合は圧力鍋(後日ご紹介しますね)を使いますが、そうでもない場合にはこちらを使います。
真空保温調理器シャトルシェフは魔法瓶の原理を利用した調理器です。ステンレス製の中鍋を普通に火にかけて調理して、きちんと沸騰させたら、それを弱火にして調理する代わりに火は止めて、外鍋の中に入れて蓋をするのです。そうすると魔法瓶の中にあるように長時間90℃ぐらいの温度が保たれて、弱火で煮込んだようになるのですね。
例えば、これでシチューを作るとすると、肉と野菜を炒めてスープを入れて五分くらい沸騰させてから外鍋に入れて放置します。弱火で煮るとすると、その間台所から離れる事は出来ませんが、火は完全に止まっているのでそのまま買い物に行ったり、Macの方に戻って小説を書くという事も可能です。目を離しても大丈夫なんですね。
日本にいた時、母がこれを愛用していてその便利さを知っていたので、移住する時に購入して持ってきました。電化製品ではないので電圧の違いや関税を氣にする必要もありません。
そして、手前の小さいのは二度目の帰国の時に追加して買ってきたミニバージョン。これで私はご飯を炊くのです。そう、我が家には炊飯器がありません。毎日使うものではないし、炊飯器を置くスペースはもったいないです。中学生ぐらいからお鍋でも白米は炊けたので、なくて困ると思った事はありません。でも、我が家のコンロは電氣なので、すぐに弱火にするって事が出来ないのです。そのおかげで焦げたり吹きこぼれたりが多いんです。だからシャトルシェフで炊く方がいいのです。
我が家には電子レンジがありません。だからご飯は一合程度しか炊きません。外鍋に入れて20分、それからかき混ぜてから蒸らし時間が10分ぐらいですが、基本的にはその間におかずを作るとちょうどよく出来上がります。
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【小説】歌うようにスピンしよう
「scriviamo! 2015」の第三弾です。ウゾさんは、昨年のscriviamo! で書いてくださった『其のシチューは 殊更に甘かった 』の「隅の老人」を再登場させて、味わい深い作品を書いてくださいました。
ウゾさんの書いてくださった『其のシチューを 再び味わおうか』
ウゾさんの関連する小説: 『其のシチューは 殊更に甘かった 』
ウゾさんは、みなさまご存知「いくら考えても高校生には思えん」という深いものを書かれるブロガーさんで、やはりおつきあいが一番長い方たちのお一人です。短い作品の中に選び抜かれた言葉を散りばめた独特の作風には、たくさんのファンがいらっしゃいますよね。
この「scriviamo! 2015」は一応当ブログの三周年企画なんですが、ウゾさんのブログは一足早く三周年を迎えられました。おめでとうございます! いつまでも素敵な作品と記事で私たちを楽しませてくださいね!
さて、書いていただいた作品、この「隅の老人」が現われるのは、ニューヨークの谷口美穂も出現する世界。そう、まだ続いています。去年からの「マンハッタンの日本人」シリーズ。といっても、このご老人の出没エリアは、美穂の普段勤務している《Star's Diner》よりも北、セントラル・パークの近く。だから、今年も舞台は姉妹店《Cherry & Cherry》。去年、美穂がご老人と桜に関する問答をした店ですね。今回は、ウゾさんの作品にあったモチーフを使わせていただくために、メインキャラが別の人物になっています。
なお、ウゾさんより前に、ポール・ブリッツさんからも「マンハッタンの日本人」関連で参加作品をいただいていますが、敢えて発表順を逆にさせていただきました。あっちは、ちょっと大きく動く予定なんで。いや、ほら、昨年みたいに同日中にお返しの作品書かれちゃったりすると、こっちと設定がずれた時に修正する時間がなくて困るじゃないですか……。というウルトラ自己都合です、すみません。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、だんだん話が大きくなってきたので新カテゴリにしてまとめ読み出来るようにしました。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 6
歌うようにスピンしよう
——Special thanks to Uzo san
お祖母ちゃんは、いつも朗らかに歌っていた。
「So, darling darling
Stand by me
Oh stand by me」
ベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」。あたしのお祖父ちゃんにあたる彼がその言葉を無視していなくなっちゃったことなんか、何でもないみたいに飄々と。その歌の意味を全然考えないで、あたしは育った。
お祖母ちゃんのつき合っていた人の頭の中は、夢でいっぱいで、お祖母ちゃんのお腹が少しずつ膨らんでいる事にも氣がつかなかった。でも「夢を諦める」と言った彼に、わかってほしくて、一緒にいるって答えてほしくて、冗談みたいに歌で訴えてみたんだって。
「本当にジョークだと思われたのか、するっと躱されちゃったよ」
何でもないように笑ったのは、お祖母ちゃんの偉大なところ。あたしは彼女の事を誇りに思っている。
だから、無意識のうちに機嫌良く働く時には、この歌が口を衝いて出る。セントラル・パークにほど近いダイナー《Cherry & Cherry》で働くようになってから、もう二年だ。ここでは既に一番の古株。でも、時給は一番下っ端と同じ。それを言ったらオーナーは鼻で笑った。
「お前も給料を上げてもらいたいのか、キャシー。だったら《Star’s Diner》のポールやミホみたいに、まず売り上げをめざましく上げる努力をしてみろ」
そんなの無理。だってあたしにとって、この仕事は生活費を稼ぐためだけ、どうしても避けられない最低の時間しか割きたくないもの。あたしの全ての情熱と夢は、ウォールマン・リンクにあるんだもの。
あたしみたいな掃き溜めに生まれた者には、イェール大学に進むような育ちが良くて出来のいい子と違って、たくさんの選択肢があるわけではない。母さんはお腹の中にいたあたしに「リチャードの遺伝子を受け継いできますように」って話しかけたらしい。
お祖父ちゃんが、母さんの存在を知らなかったように、あたしの遺伝子上の父親も、それから同時に母さんがつき合っていた他の二人も、あたしの存在を知らない。そりゃ、この狭い界隈で、噂は聞くだろうから、三人ともヒヤヒヤしただろう事は確かだ。
生まれてきたあたしが、母さんやリチャードのように真っ白い肌だったら、母さんはリチャードに結婚を迫った事だろう。でも、リチャードとチャンにはラッキーだったことに、あたしは褐色の肌と縮れた髪をして生まれてきた。母さんはあたしの父親が、お金もなければ甲斐性もない上、DVとアル中の氣配がぷんぷんするベンだったらしいとわかって、お祖母ちゃんと同じ道を行く事を決めた。すなわち、ベンには何も言わないで、シングル・マザーになる事。
あたしには、華やかなことなんて何もなかった。すぐ近くにあるメトロポリタン美術館や、五番街にある金ぴかのトランプタワー、ブルーミングデールズ百貨店みたいな世界には足を踏み入れた事がない。でも、セントラル・パークは別。お金持ちも、それから子供っぽく写真ばっかり撮っている日本人も、それに月に何度か「残飯整理」スペシャルだけを食べにくるあたしの目の前の常連お爺さんも、まったく気兼ねせずに行くことができる。
そして、あたしを何よりも魅了したのが冬の間、老いも若いも楽しくアイススケートを楽しめるウォールマン・リンクだった。普段は背を丸めてとぼとぼとニューヨークの寒空を恨めしそうに見上げる人たちも、あそこでは軽やかに舞う。笑顔と自由が花ひらく。子供の頃あそこに行っては人びとを眺めながら思っていた。いつかあたしも滑るんだって。そして、世界的コーチに見出されて有名スケート選手になるんだって。
スケートリンクの入場料が惜しくて、子供の頃のあたしはリンクではないただの池が凍るとそこで一人で練習した。時には割れて危険な目にも遭った。
あたしが自分の稼ぎから入場料を捻出できるようになったのは中学を出たあとだったから、その頃には有名スケート選手になる道は閉ざされていた。今でも、誰もあたしをスカウトしてくれない。それでもあたしは一人で滑る。
ダブル・トゥーループ、ダブル・サルコウ、キャメル・スピン、レイバック・スピン。あたしに出来るのは、ここまで。それでもあたしは滑り続ける。この店でシケた客相手にウェイトレスをしているのは、本当のあたしじゃない。あの氷の上でこそ、あたしは自由にのびのびと体を動かせる。
でも、この勤務時間だって楽しくやらなきゃ。生粋のニューヨーカーだもの。あたしは機嫌良く歌いながら仕事をする。
「So, darling darling
Stand by me
Oh stand by me」
あら、お爺さんのシチュー、全然減っていないじゃない。まずいのかしら。さっき間違ってフレンチフライの残りが落下しちゃったからかな。
「お客さん、お替わりはいらない? 熱々のを足したら少しは温かくなるかもよ」
「おお、そうだな。よかったら少し入れてくれるかな」
「考え事していた?」
「そう。思いだしていたのだよ。その歌の歌詞をつぶやいていた人の事を」
「へえ。あたしのお祖母ちゃんの世代には、この歌の好きな人が多いのかもね」
「大ヒットしたからね」
ドアが開いて、待っていた人が入ってきた。4時55分。計ったみたいにピツタリ。
「ハロー、ミホ!」
ミホは毎週水曜日の夕方に《Star's Diner》からヘルプとして派遣されてくる。彼女は笑いながら手を振った。聞いたところによると、彼女は朝の六時から四時まで《Star's Diner》で働いて、その後ここで夜番のジェフが来るまで三時間働いているらしい。時給を上げてくれる時にあのケチオーナーがそんなひどい条件を付けたんだそう。でも、嫌な顔一つせずに毎週こうやって五分前にやってくる。信じられない。日本人って、どうかしている。
あたしは、さっさとエプロンを取り外すとお爺さんにウィンクした。
「じゃあね。支払いは、あの子にしてね」
お爺さんは片眉をちょっと上げると言った。
「スタンド・バイ・ミー(いかないでくれ)。もうちょっとで食べ終わるから」
あたしは天を仰いだ。支払いを待っていても、お爺さん、あなたにはチップをくれるようなお金、ないじゃない。あたしは早くウォールマン・リンクに行きたいんだけれど。
でも、そう言われてしまうと、無視して出て行けないのがあたし。しかたないから「スタンド・バイ・ミー」を歌いながら、お爺さんが食べ終わり、のろのろとヨレヨレの上着のポケットから小銭をかき集めるのを待った。あら、5セント足りないみたい。
「いいわよ、それで」
あたしは自分のポケットから5セントを出して帳尻を合わせる。だから、いつまで経っても金持ちになれないのかなあ、あたし。ミホがそのあたしに優しく笑いかけた。彼女は先月にあたしが無銭飲食野郎にあたって全額一人で負担しなくちゃいけなかった時に、黙って半額出してくれた。だから、あたしは彼女の時給が上がったと知ってもそんなに腹が立たなかった。
あたしが出て行こうとすると、ミホとお爺さんが同時に「またね」「またな」と言った。あたしは笑って親指を上げた。
あたしはこのお爺さんみたいに、いつまでも夢を見ているような、しょうもない人たちが好き。この店にくる人生の負け組たちを見るのが好き。馬鹿げた夢を見続けるあたしと同じだから。
何度失業してもしつこく仕事を探してたポールや、まずい料理しか作れないシェフのジョニーや、エリートを捕まえるんだとか言っていたくせにボクサーなんかと恋に落ちたダイアナや、わざわざ日本からやってきて下町のダイナーのケチオーナーにこき使われているミホも好き。みんな愛すべきマンハッタンの落ち零れだ。
あたしはスケートを滑るように軽やかに働く。そして、ウォールマン・リンクで歌うように朗らかにスピンする。冬のマンハッタンはあたしのパラダイス。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
"WollmanRink" by NYC JD - Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.
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長編の主役を狙うキャラたちの履歴書です
ふぉるてさんの記事: 履歴書
で、うちはキャラがやたらと多いので、「長編の主役の座を狙っているキャラ」の履歴書を集めてみました(半分、冗談ですので)。さて、どのキャラになら長編の主役の座を与えてやってもいいでしょうか。というか、この人たちがどこから来たのか、おわかりにならない方もいらっしゃいますよね。職歴の所にリンクがありますので、よろしければお読みください。(履歴書のフォーマットはふぉるてさん提供です。ありがとうございました! でも、履歴書の画像があるのは一人目だけです。力尽きました)
あ、いつも通り、やってみたい方はご自由にどうぞ

氏名 | 篠笛のお蝶(女) |
生年月日 | (文政年間)年11月18日 |
現住所 | 不定 |
連絡先 | 西班牙国バルセロナ、カルちゃんの館/隠密支配 |
職歴 | 大道芸人、隠密同心として修行 「半にゃライダー危機一髪 スイス編」 |
好きな学科・分野 | 篠笛・仕込み刀による殺陣 |
趣味・特技 | 入浴・色仕掛け |
本人希望欄 | 三食昼寝付き勤務希望 |
志望動機 | レギュラー番組に出演したい |
通勤時間・利用交通機関 | 徒歩または駕籠 |
扶養家族 | 3人(隠密同心)、配偶者(今のところ)なし |
氏名 | 結城拓人(男・33歳) |
生年月日 | (内緒)年8月14日 |
現住所 | 東京都品川区高輪 |
連絡先 | クリエイティヴ・アーツ所属 |
職歴 | 史上最年少でSコンクール優勝 T芸術大学卒業 ミュンヘン留学 フリーのピアニストとして活躍 「大道芸人たち Artistas callejeros」 「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」 |
好きな学科・分野 | ピアノ |
趣味・特技 | ナンパ |
本人希望欄 | 可愛い女の子との恋愛モノ |
志望動機 | もっと目立ちたい |
通勤時間・利用交通機関 | 自家用車 |
扶養家族 | 0人、配偶者なし(本人の知らない子供がいる可能性アリ) |
氏名 | レオポルドII・フォン・グラウリンゲン(男・29歳) |
生年月日 | 十五世紀ごろ、8月2日 |
現住所 | グランドロン王国王都ヴェルドン、王城内 |
連絡先 | 同上 |
職歴 | グランドロン国王 「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」 |
好きな学科・分野 | 政治 |
趣味・特技 | お忍びの遠出・女遊び |
本人希望欄 | 略奪愛のハーレクインロマンス |
志望動機 | これまでの出番が少なすぎる |
通勤時間・利用交通機関 | 馬車 |
扶養家族 | 0人、配偶者なし(ただし国民が一杯いる) |
氏名 | マウリッツィオ・ビアンコ(男・27歳) |
生年月日 | (内緒)年3月12日 |
現住所 | イタリア、ピアチェンツァ |
連絡先 | 不動産事務所 |
職歴 | 古城販売(ソフト詐欺) 「ピアチェンツァ、古城の幽霊」 |
好きな学科・分野 | 不動産売買 |
趣味・特技 | ダンス・貯蓄 |
本人希望欄 | ミュージカル風の映画に出たい |
志望動機 | 俺は長編のヒーローの器だ |
通勤時間・利用交通機関 | 自家用車(古ぼけた白いフィアット) |
扶養家族 | 1人(ただし幽霊)、配偶者なし |
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【小説・定型詩】蒼い騎士のラメント
「scriviamo! 2015」の第二弾です。Sha-Laさんは、以前に書かれた詩に物語を付けた作品で参加してくださいました。
Sha-Laさんの詩と小説『単発! 吟遊詩人アルス (1話完結)』
Sha-Laさんはファンタジーを中心に現代物、架空世界物などを書かれるブロガーさんです。
今回参加してくださった作品は、もともとどなたかにリクエストなさったイラストと組み合わせてあって、吟遊詩人と王妃さまに関する小さなお話でした。
お返しのご希望が「定型詩+それに合わせた物語」ということでしたので、どうしようかなとしばらく考えました。で、結局、吟遊詩人という存在だけそのまま使わせていただき、いま連載中の「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の舞台の中に組み込む事にしました。というわけで、舞台は中世ヨーロッパ風異世界です。出てくるキャラは読んでくださっている方にはおなじみの傍観主人公で、今回も例に漏れずオブザーバー。Sha-Laさんご自身はこの作品はお読みになっていらっしゃらないと思いますが、特に読む必要もないと思います。
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「scriviamo! 2015」について
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蒼い騎士のラメント
——Special thanks to Sha-La san
ああ、降り出した。マックスは白い息を吐きながら空を見上げた。重く暗い灰色の空から、白い雪の欠片がひらりはらりと降りてくる。幸い森には切れ目が見えて、間もなく聞いていた街へと辿りつくようだ。早く暖炉の火で暖まりたい。
急に羽ばたきがして、彼のすぐ側の大きな樅から鳥が飛び立った。鷹がこんな所に? マックスはその樅の奥に目を凝らした。すると、そこに大きな灰色の塔があるのがわかった。道を見失わないようにそっと歩み寄ると、その塔には苔やツタが絡み、上部は崩れ落ちて天井がなくなっており、長い間忘れ去られていたものだということがわかった。
また、その位置からは森の出口までにあまりに距離があって、高い針葉樹に阻まれてとても物見の塔の役割は果たせなかったであろうと思われた。では、何のために。彼は不審に思ってその塔の周りを一周したが、何も見つけられなかった。興味を失って街へと向かう道へと戻ろうとした時に、先ほどの鷹が再び塔に戻り、上部の四角い窓から塔の中へと入って行った。鷹にとってはちょうどいい住まいなのかもしれぬ。彼は納得してその場を去った。
雪で白くなりかけている下草を踏み分けながら、森の出口にさしかかった。既に白く埋まった野原の向こうに見えてきた街は、そこそこの大きさで旅籠も少なくとも数軒はありそうだった。行商たちの声、鍛冶屋の鉄を叩く音、雪がひどくなる前に家路を急ぐ人びと、マックスはスープの香りを頼りに旅籠を探した。
《銅の秤》という旅籠を覗くと、中は料理と酒を待つ人びとで一杯だった。それでマックスはおいしい料理を期待して中に入って行った。
「今夜、泊めてもらえないか」
そう訊くと頑固そうな親爺が早口で宿賃を口にした。
「朝食は込みだが、夕食は別だ。ここ以外で夕食を食べる客は滅多にいないが」
マックスは「夕食も頼む」と言って、少ない荷物を椅子の上に置いた。
その席の前には彼よりもほんの少しだけ年上に見える銀髪の男が座っていて、マックスの座る場所を作るために彼の荷物をどけた。すると竪琴が目につき、彼が吟遊詩人である事がわかった。それに氣がついたのはマックスだけではなかったらしく、少し酔いの入った髭の男が大声を出した。
「吟遊詩人がいるぞ! 景氣のいい歌を歌ってもらおう」
竪琴を布で覆って、詩人は答えた。
「申し訳ないが、私は悲しい唄しか歌えないんだ」
酔った男たちは「そんな吟遊詩人があるか」と一様に不満の声を上げたが、詩人が頑に歌うのを拒んだので、やがて白けて酒と猥雑な冗談へと戻っていった。
詩人は傷ついた瞳を落とし、冷たくなったスープにとりかかった。
マックスは、この詩人に興味をおぼえた。
「どうして楽しい唄は歌わないんだ? 何か事情があるのかい?」
そう訊くと詩人は、目を上げた。それからとても短くひと言で答えた。
「罰」
「罰? 誰からの? どんな罪に対しての?」
詩人は答えずにスープを食べ終えた。旅籠の主人がマックスの温かいスープと一緒に詩人に煮込み肉を持ってきた。それでマックスはスープに取りかかり、口をきこうとしない詩人の事を忘れる事にした。詩人は時おり考え込むようにしてひどく時間をかけて食べていたので、果物の甘煮は二人同時に出る事になった。
低い声で詩人は言った。
「旅人よ、悲しい唄は聴きたくないかい」
「いや、君が嫌でないならば、僕はぜひ聴いてみたい」
他の男たちは安い酒を飲みすぎて、疲れて眠りはじめている。うるさかった食堂は竪琴の音が聴こえるほどには静かになっていた。詩人は酒を飲み干すと、竪琴を取り出して弾き語り始めた。
かの
女は深夜に 白金 の髪を梳き
空眺めため息をつく籠の鳥
その塔は乙女を護る灰の檻
蒼ざめた肌を照らす暗き月
騎士の琴 甘き調べに心浮き
白き絹裂けて躯 踊りし深き森
哭き鳥が夜を切り裂き叫ぶ時
亡骸をつれなく覆う夜の雪
義なき騎士 罪は永劫赦されまい
こと切れし女主人を運ぶ黒い馬
都へと報せを運ぶは白き鷹
その女の 紅唇 は二度と開かない
消ゆるは蒼く冷たき水の砂氷華 哀しく咲くは冬の墓
続けて詩人はいくつもの哀切のラメントを歌いだした。どの唄にも蒼い甲冑を身に着けた騎士が、国王の隠し子である姫に甘い言葉を囁き、そのせいで彼女が塔から身を躍らせて亡くなってしまった悲劇を歌っていた。塔から降りるために使おうとした白い絹が裂ける絶望的な音、誠実ではない騎士に対する姫の嘆き。雪の上に沁みていった姫の赤い血潮。
「それはもしかして、あの森にある塔で起った事なのか?」
マックスは好奇心に耐えかねて、詩人の唄を遮った。
竪琴の弦が切れて、びいいいいいんと谺した。人びとは語るのをやめて押し黙り、重い静寂が部屋を覆った。だが、それも一瞬の事で、やがて他の客たちはマックスと詩人を忘れて酒と雑談に戻っていった。
マックスは、動かなくなった詩人を見つめて押し黙っていた。彼らの周りだけには、あの森の冷たく凍える灰色の塔と、雪の重さにしなった針葉樹が存在したままだった。
詩人の閉じられた目から、赫い涙が流れた。詩人を覆っていた白いケープが解け、その下からかなり昔のものと思われる蒼鈍色の騎士の甲冑が見えた。
「罰というのは……」
マックスの問いかけに答えず、蒼い騎士でもある詩人は竪琴を使わずに悲しい唄を繰り返した。歌われた白い雪が、森の灰色の塔に降り積もる。音もせず訪れる者もいない忘れ去られた墓標を静かに覆い尽くしていく。
女が待ち続けた永劫を、罰を受けた騎士が歩み続ける。この地に縛られ、誰も耳を傾けぬ悲しい唄を彼は一人歌い続ける。
その街を離れる時に、マックスは後方の塔を抱く森を見た。それは白い雪に覆われて、忌まわしい因縁すらも、幻の彼方へと消してしまっていた。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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【小説・定型詩】蒼い騎士のラメント
「scriviamo! 2015」の第二弾です。Sha-Laさんは、以前に書かれた詩に物語を付けた作品で参加してくださいました。
Sha-Laさんの詩と小説『単発! 吟遊詩人アルス (1話完結)』
Sha-Laさんはファンタジーを中心に現代物、架空世界物などを書かれるブロガーさんです。
今回参加してくださった作品は、もともとどなたかにリクエストなさったイラストと組み合わせてあって、吟遊詩人と王妃さまに関する小さなお話でした。
お返しのご希望が「定型詩+それに合わせた物語」ということでしたので、どうしようかなとしばらく考えました。で、結局、吟遊詩人という存在だけそのまま使わせていただき、いま連載中の「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の舞台の中に組み込む事にしました。というわけで、舞台は中世ヨーロッパ風異世界です。出てくるキャラは読んでくださっている方にはおなじみの傍観主人公で、今回も例に漏れずオブザーバー。Sha-Laさんご自身はこの作品はお読みになっていらっしゃらないと思いますが、特に読む必要もないと思います。
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蒼い騎士のラメント
——Special thanks to Sha-La san
ああ、降り出した。マックスは白い息を吐きながら空を見上げた。重く暗い灰色の空から、白い雪の欠片がひらりはらりと降りてくる。幸い森には切れ目が見えて、間もなく聞いていた街へと辿りつくようだ。早く暖炉の火で暖まりたい。
急に羽ばたきがして、彼のすぐ側の大きな樅から鳥が飛び立った。鷹がこんな所に? マックスはその樅の奥に目を凝らした。すると、そこに大きな灰色の塔があるのがわかった。道を見失わないようにそっと歩み寄ると、その塔には苔やツタが絡み、上部は崩れ落ちて天井がなくなっており、長い間忘れ去られていたものだということがわかった。
また、その位置からは森の出口までにあまりに距離があって、高い針葉樹に阻まれてとても物見の塔の役割は果たせなかったであろうと思われた。では、何のために。彼は不審に思ってその塔の周りを一周したが、何も見つけられなかった。興味を失って街へと向かう道へと戻ろうとした時に、先ほどの鷹が再び塔に戻り、上部の四角い窓から塔の中へと入って行った。鷹にとってはちょうどいい住まいなのかもしれぬ。彼は納得してその場を去った。
雪で白くなりかけている下草を踏み分けながら、森の出口にさしかかった。既に白く埋まった野原の向こうに見えてきた街は、そこそこの大きさで旅籠も少なくとも数軒はありそうだった。行商たちの声、鍛冶屋の鉄を叩く音、雪がひどくなる前に家路を急ぐ人びと、マックスはスープの香りを頼りに旅籠を探した。
《銅の秤》という旅籠を覗くと、中は料理と酒を待つ人びとで一杯だった。それでマックスはおいしい料理を期待して中に入って行った。
「今夜、泊めてもらえないか」
そう訊くと頑固そうな親爺が早口で宿賃を口にした。
「朝食は込みだが、夕食は別だ。ここ以外で夕食を食べる客は滅多にいないが」
マックスは「夕食も頼む」と言って、少ない荷物を椅子の上に置いた。
その席の前には彼よりもほんの少しだけ年上に見える銀髪の男が座っていて、マックスの座る場所を作るために彼の荷物をどけた。すると竪琴が目につき、彼が吟遊詩人である事がわかった。それに氣がついたのはマックスだけではなかったらしく、少し酔いの入った髭の男が大声を出した。
「吟遊詩人がいるぞ! 景氣のいい歌を歌ってもらおう」
竪琴を布で覆って、詩人は答えた。
「申し訳ないが、私は悲しい唄しか歌えないんだ」
酔った男たちは「そんな吟遊詩人があるか」と一様に不満の声を上げたが、詩人が頑に歌うのを拒んだので、やがて白けて酒と猥雑な冗談へと戻っていった。
詩人は傷ついた瞳を落とし、冷たくなったスープにとりかかった。
マックスは、この詩人に興味をおぼえた。
「どうして楽しい唄は歌わないんだ? 何か事情があるのかい?」
そう訊くと詩人は、目を上げた。それからとても短くひと言で答えた。
「罰」
「罰? 誰からの? どんな罪に対しての?」
詩人は答えずにスープを食べ終えた。旅籠の主人がマックスの温かいスープと一緒に詩人に煮込み肉を持ってきた。それでマックスはスープに取りかかり、口をきこうとしない詩人の事を忘れる事にした。詩人は時おり考え込むようにしてひどく時間をかけて食べていたので、果物の甘煮は二人同時に出る事になった。
低い声で詩人は言った。
「旅人よ、悲しい唄は聴きたくないかい」
「いや、君が嫌でないならば、僕はぜひ聴いてみたい」
他の男たちは安い酒を飲みすぎて、疲れて眠りはじめている。うるさかった食堂は竪琴の音が聴こえるほどには静かになっていた。詩人は酒を飲み干すと、竪琴を取り出して弾き語り始めた。
かの
女は深夜に 白金 の髪を梳き
空眺めため息をつく籠の鳥
その塔は乙女を護る灰の檻
蒼ざめた肌を照らす暗き月
騎士の琴 甘き調べに心浮き
白き絹裂けて躯 踊りし深き森
哭き鳥が夜を切り裂き叫ぶ時
亡骸をつれなく覆う夜の雪
義なき騎士 罪は永劫赦されまい
こと切れし女主人を運ぶ黒い馬
都へと報せを運ぶは白き鷹
その女の 紅唇 は二度と開かない
消ゆるは蒼く冷たき水の砂氷華 哀しく咲くは冬の墓
続けて詩人はいくつもの哀切のラメントを歌いだした。どの唄にも蒼い甲冑を身に着けた騎士が、国王の隠し子である姫に甘い言葉を囁き、そのせいで彼女が塔から身を躍らせて亡くなってしまった悲劇を歌っていた。塔から降りるために使おうとした白い絹が裂ける絶望的な音、誠実ではない騎士に対する姫の嘆き。雪の上に沁みていった姫の赤い血潮。
「それはもしかして、あの森にある塔で起った事なのか?」
マックスは好奇心に耐えかねて、詩人の唄を遮った。
竪琴の弦が切れて、びいいいいいんと谺した。人びとは語るのをやめて押し黙り、重い静寂が部屋を覆った。だが、それも一瞬の事で、やがて他の客たちはマックスと詩人を忘れて酒と雑談に戻っていった。
マックスは、動かなくなった詩人を見つめて押し黙っていた。彼らの周りだけには、あの森の冷たく凍える灰色の塔と、雪の重さにしなった針葉樹が存在したままだった。
詩人の閉じられた目から、赫い涙が流れた。詩人を覆っていた白いケープが解け、その下からかなり昔のものと思われる蒼鈍色の騎士の甲冑が見えた。
「罰というのは……」
マックスの問いかけに答えず、蒼い騎士でもある詩人は竪琴を使わずに悲しい唄を繰り返した。歌われた白い雪が、森の灰色の塔に降り積もる。音もせず訪れる者もいない忘れ去られた墓標を静かに覆い尽くしていく。
女が待ち続けた永劫を、罰を受けた騎士が歩み続ける。この地に縛られ、誰も耳を傾けぬ悲しい唄を彼は一人歌い続ける。
その街を離れる時に、マックスは後方の塔を抱く森を見た。それは白い雪に覆われて、忌まわしい因縁すらも、幻の彼方へと消してしまっていた。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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花とポルト

私は三月にしかポルトに行った事がありません。だから、作品中に出てきた初夏のポルトは知らないのです。いつかは行きたいなと思っているのですが。
三月のポルトは、桜やマグノリアなど私の住むスイスにもおなじみの花が咲いていました。ただし、確実に一ヶ月は早く咲くようです。それに、大きなヤシやキョウチクトウが地植えされていて、オリーブや葡萄が穫れるところから、同じような植生で夏に行った事のある地域をイメージして23の庭のシーンを書きました。
閉じこめられているという設定のインファンテたちには、広い居住空間と物質的に可能な限りの贅沢が許されているという事にしてあります。それと同時にかなり広い庭(ただし壁で閉じられた空間)が与えられていてその閉塞感をやらわげる役割を担っているということにしました。
どんな庭を好むかというのも一緒の個性だと思うのですよ。日本庭園のような様式美、もしくはフランス式庭園のような幾何学的な美しさ、それからかなりワイルドで自然に近い形を好むなど。私個人としては、閉じられた空間でもやはり自然に近い方が好み。そして私は樹の花が好きなのです。ですから23の庭は、実は私の理想の庭園です。

こちらは、大西洋を背景に咲くマーガレット。キラキラと輝く海の光のもと、休暇の開放感を楽しみました。スイスにはこういう光景はなく(海はないし)、また、スイスはとても寒い時期だったのでこの光景がとても嬉しかったですね。

最後の写真はジャスミンの一種。この写真はポルトで撮ったものではありません。イタリア語圏のスイスで撮ったものです。でも、作品中にわざわざ出したので、ご紹介。アルプス以南にはこの花が植えられている生け垣が時々あって、夏にはとても濃厚な香りを放ちます。
夏の到来を思わせる、しかも南の香りのする花。花というと、普通は華やかな姿が主役ですが、ある種の花は香りが主役。ジャスミンは見かけはとてもシンプルでこうして写真にするとどうってことはないのですが、その場にいると全く違う印象を受けます。惹き寄せられるのです。人間の私もそうなんですから、虫はイチコロだろうなと思います。
さて、このカテゴリーではポルトの観光案内を兼ねているので、ポルトの庭園を二つほど動画でご案内します。どちらも私はまだ行ったことがないんですが。次回は、行ってみようかな(まだポルトに通うつもり……)
Jardins do Palácio de Cristal, Porto
PARQUE MUNICIPAL DAS VIRTUDES, Porto
この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……
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【次回予告】「Infante 323 黄金の枷」 (12)礼拝
「言っただろう。俺たちは存在していないんだ。教会のいうところの天国にはそんな奴らの椅子はない」
考え込んでしまったマイアを見て、23は笑った。
「そんなに深刻になるな。お前が思うほど絶望的な思想を持ってはいないし、無神論者でもない」
彼女はよくわからないという顔をした。
ドラガォンの館の中に設けられた礼拝所。日曜日ごとのミサで不真面目な態度のインファンテたち。2月の更新予定です。お楽しみに。
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【小説】さようならのかわりに
「scriviamo! 2015」の第十七弾です。TOM-Fさんは、もう一度「マンハッタンの日本人」のための作品を書いてくださいました。ありがとうございます。
TOM-Fさんの書いてくださった『マイ・ディアレスト - サザンクロス・ジュエルボックス アフターストーリー』
TOM-Fさんの関連する小説:
「天文部」シリーズ
『この星空の向こうに』-Featuring『マンハッタンの日本人』
『この星空の向こうに』第2話サザンクロス・ジュエルボックス -Featuring『マンハッタンの日本人』
今年の「scriviamo!」は、全く今までと違った盛り上がり方をしました。なぜモテるのかよくわからないヒロインの取り合いという、書いている本人が首を傾げる状況でした。TOM-Fさんも、たぶん「乗りかかった舟」というのか、半ば私に脅される形で、アタックするジョセフを書いてくださいました。
自分で「ぐらっときたほうに美穂をあげます」と、書いてしまい、死ぬほど後悔しました。実生活だって、こんなに悩んだことないのに、なぜ小説でこんなに悩むことに……。ええ、三角関係を煽るような真似は、もうしません。海より深く反省しました。
今回書いたこの作品が、私の書く「マンハッタンの日本人」シリーズの最終回です。皆さんご注目の「どっちを選んだか」には異論があることも承知です。みなさんの予想とどう違ったかにも興味があります。
それはともかく、この作品を、ここまで盛り上げてくださった、ポール・ブリッツさんとTOM-Fさんのお二人、そして《Cherry & Cherry》とキャシー誕生のきっかけをくださったウゾさん、それから一緒になって騒いでくださった読者のみなさまに心から御礼申し上げます。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
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「マンハッタンの日本人」シリーズ 13
さようならのかわりに
——Special thanks to Paul Blitz-san & TOM-F-san
なんて明るいのだろう。美穂はワーナーセンターの入口で、ネオンの灯でまるで昼のように明るいマンハッタンを見回した。何年この街にいたんだろう。これが見納めなのかと思うと、不思議な心持ちがした。もう全部終わったんだよね。船便で送り出した荷物は、あっけないほど少なかった。あとは小さなスーツケースが一つだけ。アパートメントの解約は、キャシーがやってくれることになっている。
《Cherry & Cherry》をオーナーは売ることにした。夜番のジェフとロイが引き抜かれて辞め、キャシーも妊娠して、ロングビーチのボブの両親の家の近くに引越すことになったのだ。以前から《Cherry & Cherry》を売るチャンスを待っていたオーナーは今だと判断したらしい。美穂には、《Star’s Diner》に戻るように言ったが、美穂は首を振った。
ちょうど今そうなったのが、天の采配のように感じた。
一週間前の夜、キャシーは浮かれて帰ってきた。ボブが子供ができたことを喜ぶなんて、夢にも思っていなかった。結婚することになったのも、それ以上の驚きだった。
その日の午後、取材旅行に向かう前のジョセフ・クロンカイトが美穂にと言伝た薔薇の花束と手紙は、産婦人科に行く直前にアパートメントの机の上に置いて来た。美穂には「早くアパートメントに戻ってきなさいよ。驚くものが置いてあるわよ」とメールを打って。
だから、二人でお互いの幸福を祝うつもりで、笑ってドアを開けたのだ。するとキッチンで美穂が泣いていた。そんなことは、夢にも考えていなかった。美穂の手元には、手紙があった。
「なんで泣いているの?」
キャシーは、ジョセフがプロポーズするのだと思っていた。紅い薔薇の花束の意味だって、それ以外にあるんだろうか。
美穂は、ジョセフがプロポーズしたことを認めた。手紙には、取材旅行から戻ったら一緒に二人の故郷を訪ねる旅をしようと書いてあった。水曜日に用意をして待っていてほしいと。すぐに旅立てるように。それは、ポールがサンフランシスコに行くときに美穂に送ったメールの内容を彷彿とさせた。美穂が、愛の告白だと信じた旅立ちへの誘い。
「だったら、なぜ泣いているの?」
「あの時は、書いてなかった、あの時に言ってほしかった言葉が書いてあるんだもの」
――君を愛している。……これからの人生を、私とともに送ってほしい。
「よかったじゃない」
キャシーが言うと、美穂は、もっと激しく泣き出した。
「……わかってしまったんだもの。私は、ポールにそう言ってもらいたかったんだって」
キャシーは、青ざめて立ちすくんだ。
「でも、ポールは言ってくれなかった。これからも言ってくれない。たぶん最初から、一度だって好きになってくれなかったんだよね。私は、ただの同僚でしかなかった。でも、だからといって、忘れられるわけじゃない。ジョセフは、こんなにいい人なのに、どうして私は……」
「ミスター・クロンカイトとは、結婚できないの?」
美穂は首を振った。
「できない。少なくとも、今はできない。だって、応えられないもの。あの人の優しさや、愛情に。ポールのことを考えながら、どうやっていい奥さんになれるの? そんなの不可能でしょう?」
キャシーは、両掌を組んで、二つの親指を神経質に回していたが、やがて決心したように食器棚の小さな引き出しから封筒を取り出してきた。両手で顔を覆って泣いていた美穂は、机の上、自分の前に置かれた封筒に氣づき、不安げにキャシーを見上げた。
「すごく後悔した。隠したりすべきじゃなかったって。でも、もうやってしまって、これを知られたらミホは私を二度と信用してくれないと思ったから、渡せなかった。ごめんね、ミホ……」
美穂は、裏返して、ポールの名前を見つけ、信じられないようにその封筒を見つめていた。それから、丁寧に封を切って中の航空券と手紙を取り出した。
美穂は黙ってその手紙を読んでいたが、小さくため息をついて再び顔を手で覆った。
「遅すぎた?」
キャシーが訊くと、美穂は頷いた。キャシーは下唇を噛んで、椅子に座り込んだ。
「怒ってよ。殴ってもいいよ、ミホ……」
美穂は、首を振った。それから、そっとポールの手紙をキャシーに見せた。
「同じだもの……。また、書いていないもの……」
ポールの手紙には、二号店のオープンに招待したいということが書いてあった。ジョセフの手紙と違って、それはプロポーズではなくて招待状に過ぎなかった。航空券の日付は、この前の土曜日だった。美穂がジョセフのホームパーティを手伝った日だ。
「私が手紙を隠していたって、連絡してみたら?」
そう言うキャシーに美穂は首を振った。
「それが何になるの? もういいの。そろそろ前を向かなくちゃ」
《Cherry & Cherry》の売却のことを知った美穂は、潮時だと思った。オーナーに「日本に帰ります」と決心を伝えた。それからの一週間で、全てが終わってしまった。ジョセフに断りの連絡をし、航空券を手配し、荷造りをした。そして、今夜がマンハッタンの夜景を見る最後の夜になってしまった。
ゆっくりと五番街をめぐり、それからワーナーセンターの前に来た。足がいつかジョセフと待ち合わせをしたエスカレータの近くへと向かっていた。
ジョセフには、逢って断りをいれることができなかった。彼はマンハッタンにいなかったし、旅行をキャンセルしてもらうためには、どれほど失礼だとわかっていても、電話をするしかなかった。そして、それっきりになってしまっていた。
さようならを言うために時間をとってもらうことなんてできない。そうでなくても、忙しい人なのだ。ましてや、私は彼を傷つけてしまったのだから。でも……。
人波を遮るように立っていたが、やがてため息をついて端の方にどいた。それから、携帯電話を取り出してメールを打った。
――親愛なるジョセフ。私のためにしてくださった全てのことに対して心から感謝します。どこにいても、あなたの健康とさらなるご活躍を祈っています。ありがとうございました。美穂
メールが送信されてから一分も経たないうちに、電話が鳴った。ジョセフ……。
「今、どこにいる」
同じやり取りをここでしたな、そう美穂は思った。
「マンハッタンです」
「それは、想像していたよ。もう少し狭い範囲で、どこにいる?」
「ワーナーセンターの、あのエスカレータの所です」
素直に美穂は言った。「二分で行く」と言われて電話が切れた。
逢うのは心が乱れると思ったが、きちんと挨拶ができると思うと、ほっとした。あんなにひどいことをしたのに、彼は少しも変わらない。美穂はぼんやりと考えた。
エスカレータを降りてくるのだと思っていたが、彼は全く反対の方向からやってきた。
「危うく建物を出てしまう所だった。今夜は運がよかったんだな」
そう言うと、以前と全く変わらずに微笑んだ。美穂は申し訳なくて頭を下げた。
マンダリン・オリエンタル・ホテルのラウンジから、素晴らしい夜景が見えた。星屑が煌めくように、今夜のマンハッタンは潤んで見えた。何を飲みたいかと訊かれてマンハッタンを注文した。これで最後だからというのもあったが、少し強い酒を飲んで、恥ずかしさを誤摩化してしまいたかったから。
「すみません。お時間をとっていただくことになってしまって」
ジョセフは少しだけ辛そうに眉をしかめた。
「そんな風に、他人行儀にしないでくれないか。それでも、連絡してくれてありがとう」
「どうしてもお礼を言いたかったんです。もう、お逢いすることはできないと思いますし」
「どうして。君は、友人としてすらも私には逢いたくないのか?」
美穂は、首を振った。
「いいえ。でも、日本は遠いですから」
「日本に帰るのか? いつ?」
「明日」
「どうして?」
美穂は、答えるまでに長い時間をかけた。彼の目を見て話すことができなくて、オレンジ色のカクテルを見ていた。
「エンパイアステート・ビルディングに連れていってくださった時に、おっしゃいましたよね。『ニューヨークに好きな場所がたくさんできていた』って。私、長く居れば、そうなれるのかもしれないと思っていたんです。でも、今は、居ればいるほど、苦しくなる思い出ばかりが増えていくんです。どこに行っても、かつては好きだった場所が、楽しかったり幸せだった場所が、心を突き刺す悲しい場所に変わっているんです」
「彼との想い出の場所だから?」
「それもあります。でも、それだけではありません。一生懸命働いた場所も、キャシーと一緒に過ごした場所も、それに、あなたと歩いた場所も、全てです……」
彼は、バーボンを飲む手を止めた。
「今、こうしているここも、辛い場所に加わるのか?」
「わかりません。いずれにしてもこの街には、もう二度と来ないでしょうから……」
ジョセフはしばらく考えていたが、美穂の方を見て続けた。
「結局、彼には連絡しなかったのか?」
「これ以上悲しくなる必要もないと思って。それに、二度の誘いに返事もしなかった私のことを、彼は軽蔑していると思います。そんな女がずっと好きだったと言っても信じてくれないでしょう? もう、いいんです。日本で、全く違う文化と社会の中に埋もれれば、きっと忘れられると思います」
ジョセフは、何も言わずにしばらくグラスを傾けていた。美穂は、無神経なことを言って、ジョセフにも軽蔑されたんだろうなと思い、悲しくなった。こうした話をすることができるのは、この人しか居なかったのだと今さらのように氣がついた。キャシーにも、他の誰にも、それどころか、日本の家族や友人にもいなかった。これからは、世界中に一人も居なくなってしまうのだと思った。自業自得だものね。
その美穂の思考を遮るように、突然彼が言った。
「航空券をここに持っているか?」
「え? はい」
美穂は、どうするつもりなのだろうと思いながら、バウチャーをジョセフに見せた。14時45分発ロサンジェルス経由羽田行ユナイテッド航空のチケットだ。ジョセフは、携帯電話を取り出したが、周りに人がいるのを見て、「失礼」と言ってから、席を外した。彼女は、ため息をつきながら、グラスの中のチェリーをぼんやりと眺めていた。
十分ほどして、「待たせて済まなかった」と言いながらジョセフが戻ってきた。そして、バウチャーの上に、一枚のメモを載せて美穂に返した。
「予約を変更した。出発は午後ではなくて朝8時ちょうど。中継地はサンフランシスコで11時21分到着だ」
「え……」
「サンフランシスコ発羽田行きの出発時刻は19時45分。市内に行く時間はたっぷりとある」
「でも……私は、もう……」
ジョセフは、美穂の言葉を遮った。
「私のために、行ってくれ。君がこんな状態では、私は君を諦めて未来を向くことはできない。わかるかい?」
「……」
「彼に逢いに行って、君の想いを正直に告げるんだ。そして、彼が何と返事をしたか、私に報せてほしい。優しさからの嘘ではなく事実をだよ、わかるね」
美穂は、ジョセフの瞳と、真剣で表情の読みにくい端正な顔を見て黙っていたが、やがて瞳を閉じて深く頷いた。
彼は、最後にアパートメントまで美穂を送ってくれた。
「ありがとうございました。本当に申しわけありません」
「謝らないでくれ。君の幸せを願っている」
「……どうぞお元氣で。さようなら」
「さようならは言わない。約束を忘れないでくれ」
そう言うと、彼は美穂を抱きしめた。これまでのように、優しいものではなく、とてもきつく。彼の顔が美穂の額に強く押し付けられていた。美穂は、彼がどれほど長く、感情を押し殺してきたのかを感じて苦しくなった。彼の背中が、角を曲がって見えなくなると、美穂はまた悲しくなって泣いた。
サンフランシスコは、やはり大都会だった。誰もがTシャツで歩いているわけでなければ、町中がビーチなわけでもなかった。アベニューの名前に聞き覚えがない、バスや地下鉄の車体の色が違う、坂が多く、ほんの少し太陽の光が強く感じられる。
ニューヨークで機体故障による遅延があったため、招待状を頼りに美穂が彼の店を見つけられたのは午後二時を数分過ぎていた。その店は、暖かみのあるフォントで店名の書かれた木の看板を掲げたレストランで、イタリア国旗の三色を使った外壁が目立った。入口は閉じられていた。
「ランチ 11:00 - 14:00 ディナー 18:30 - 22:00」
美穂は、口に出してみた。遅すぎたんだ。ディナーまで待っていたら、搭乗時間に間に合わない。美穂は、泣きたくなった。ここまで来たのに。やっぱり、逢わない方がいいってことなのかな。美穂は、そのまま踵を返しかけたが、ジョセフとの約束を思い出した。ポールの返事を、知らせなくてはいけない。
美穂は、携帯電話を取り出した。いつだったかポールに連絡をしようとして、勇氣がなくて切ってしまった番号が送信記録に残っているはず。彼は、あの時も折り返しかけてはくれなかった。だから美穂は、こんどこそはっきりとした答えだと思ったのだ。あの時に電話をしたから、それでも彼は新しいお店の開店にあわせて招待状をくれたのだろう。それにも行かなかったし、断りの連絡すらしなかった。それ以前に、サンフランシスコに誘ってくれた時にも、バス停にも行かなかった。彼はとても怒っているに違いない。それでも、迷っている時間はなかった。
呼び出し音が鳴った。三回……五回、六回……九回、十回。出るのも嫌なのかな。それとも誰からかわからないから、出ないのかな。諦めた方が……。
「ハロー」
電話の向こうから、抑揚のない声がした。ポールの声だ、何ヶ月ぶりなんだろう。
「誰ですか?」
美穂が戸惑っていると、声は続いた。切られてしまう前に慌てて答えた。
「私、谷口美穂です」
長い沈黙のあと、声のトーンが変わった。恐る恐る、確かめるかのように。
「……ミホ?」
美穂は、急いで続けた。
「お休み時間に邪魔してごめんなさい。あなたと話をしたいからお店にきたんだけれど、夕方まで閉まっているというので……」
「どこに来たって?」
「え。あなたの、お店の前……」
途端に、頭上でガタッという音がした。見上げると、窓の緑色の鎧戸が開けられて、そこからポールが顔を出した。「今、行くから」と言われて、電話が切られた。
ものすごいドタドタとした音がして彼が降りてくるのがわかった。目の前のドアが開けられて、そこにポールがいた。彼は、最後に見た時よりも痩せて、少し歳をとったように見えた。けれど、美穂は、どれほど彼に逢いたかったのか、自分が正しく理解していなかったのだと感じた。この瞬間のためだけでも、ここにきてよかったのだと感じた。
彼は震えていたが、やがて、笑顔を見せてぽつりと言った。
「……ようこそ」
「ご案内申し上げます。スイスインターナショナルエアラインLX 2723 便ジュネーヴ行きは、ただいまよりご搭乗の手続きを開始いたします。ファーストクラスならびにビジネスクラスのお客様はどうぞご搭乗カウンターにお越し下さいませ。繰り返します……」
ゲートの近くに座っていた金髪の男性は、手元の手紙をもう一度眺めた。
親愛なるジョセフ。
あなたが、私のためにしてくださった助言と、ご助力には感謝してもしきれません。私は、あなたに取り返しのつかないほどひどいことをしました。許してほしいと、頼むこともできないほどに。でも、あなたはそれを恨むどころか、私にこれ以上ない最高の贈り物をくださいました。
あなたがわざわざ手配し直してくださった日本行きの航空券を、また無駄にすることになってしまいました。私はこれを、サンフランシスコの小さいイタリア料理店の二階で書いています。
マンハッタンは、私にとってもう悲しくて辛い場所ではなくなりました。懐かしくて逢いたい人に溢れ、優しく幸せな想い出のある大切な街になりました。全てあなたのおかげです。
あなたの人生がこれまで以上に輝かしいものとなることを心からお祈りしています。そして、ご活躍を陰ながら応援させてください。さようならのかわりに、心からの尊敬を込めて 谷口美穂
彼は手紙を丁寧にたたんで封筒に収め、胸ポケットにしまった。それから搭乗券とパスポートを右手に、左手にアタッシュケースを持ち、搭乗カウンターへと歩いていった。
(初出:2015年3月 書き下ろし)
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さて、今回はマイアに視点が戻ってきています。このストーリーのちょうど半分くらいまで来ています。(まだそんなにあるのかという話はさておき)
いつだったか、cambrouseさんと盛り上がったサンドイッチを食べるシーン、ようやく登場です。それから、外伝でちらりと出てきた四角い石の話、元ネタはここでした。(その元ネタはさらにありますが)
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Infante 323 黄金の枷(11)作業
「マイア、午後からはセニョール323の所へ行くように。靴型を整理してわかりやすくしまいたいので手伝ってほしいと仰せだ」
メネゼスに言われて、マイアは喜んだ様子が顔に出ないようにするのに苦労した。
「前からやりたかったんだ。一人だとどのくらいかかるかわからないので、始められなかった」
23は淡々と言う。そうだよね。浮かれているのは、私だけだよね。マイアは恥ずかしくなった。23が逢って幸せになるのは、逢いたくて待っているのはドンナ・アントニアだものね。唇を噛んだ。それから無理矢理笑顔を作った。少なくとも今は一緒にいられるもの。たとえ単なる仕事でも。
マイアが靴型に書かれている番号と氏名、ついているメモの内容を読み上げ、23はそれを銀の小さいノートブック型コンピュータにそれを入力していく。それが済むと、マイアは箱に靴型を納めていった。しばらく作業すると23はコーヒーを淹れてくれ、しばらく休憩した。夕方までやったが、靴型の山は三分の二くらいになっただけだった。23はメネゼスに翌日もマイアを借りていいかと訊いた。その晩マイアはあまり嬉しそうで、マティルダに「どうしたの」と訊かれてしまった。
翌日マイアはまず、食堂で朝食の給仕をした後に、23の三階と二階の掃除をフルスピードで終わらせて、工房に降りてきた。
「掃除は終わったよ。昨日の続き、もうできるよ。今日、一日かかるよね、きっと」
「そうだな。時間が惜しいので昼食を作って運んでもらうことにしたが、お前の分も頼もう。それでいいか?」
「もちろん」
二人は慣れた様子で靴型をしまっていった。靴型の山はゆっくりと丘になっていった。
昼食時間になると、マイアはキッチンに行った。クラウディオが用意してあったバスケットを渡してくれた。中には二人分のクラブハウスサンドイッチが入っていた。美味しそうな香りの漂うバスケットを抱えて工房に降りて行くと、23は中庭にテーブルを出しているところだった。花が咲き乱れて美しい。
「お庭で食べるの? ピクニックみたいね」
はしゃぐマイアを見て23は笑った。
「何を飲みたい? ポートワインの白があるが、飲めるか?」
「え。飲めるけど勤務中に酔うと怒られるかな……。あ、もし炭酸飲料があるなら、それで割ってもいい?」
「炭酸飲料か……。スプライトはないが、これでもいいか?」
それはマイアが一度も見たことのないトニックウォーターだった。Fever Treeのものだ。普通のトニックウォーターと較べてマイルドで、さらに23がレモンを浮かべてくれたので、マイアがいつも飲んでいた白ワインの炭酸割と較べてずっと繊細でおいしかった。
マイアは中庭を見回した。ブーゲンビリア、ジャスミン、アラマンダ、ヒメヒマワリ、紫陽花、一重のつる薔薇、デルフィニウム、ナスタチウム。アイビーやベンジャミン、今は季節ではないので花はないが、ライラックやニワトコ、それに椿の樹がひしめいていた。一見思うがままに繁らせているかのようだが、実はよく考えられて配置・管理されていることがわかった。暗すぎず、けれどもテーブルに座る時、そして暑い午後に散歩をする時にも、直射日光に晒されないように優しい日陰を作り出していた。
「この庭、すてきだね。専門の庭師がいるの?」
「普段はフィリペがみてくれている。あいつは代々庭師の家で生まれたんだ。年に二度、あいつの父親と家族がやってきて剪定してくれる」
「24の所と全く違う庭なんだね。自分の好きなようにさせてくれるんだ」
「あいつの所はどんな庭なんだ?」
マイアは、あ、と思った。そうか。23と24はお互いの居住区にいくことは出来ないんだ。
「あっちは、フランス風っていうのかなあ。幾何学的に剪定されていて、左右対称。お花は園芸品種っぽい高そうな薔薇がメインで、どれも色ごとに決まった所に植わっているし、しかも時々、総取っ替えされている。どれも向こうまで見渡せるくらい低い植物だけなんだよ」
「そうか。あいつらしいな。そういう庭の方が好きか?」
「わたし? ううん。ああいうのも綺麗だけれど、こっちのほうがいいな。花も樹も、のびのびとしてるもの。それに、たくさん秘密が隠れていそうで、飽きないし」
ガーデンテーブルの上に置かれたワイングラスの中で踊る氷とレモン。チキンとレタスとトマトがたっぷり入った作りたてのクラブハウスサンドイッチ。
「美味しいね」
幸せそうに食べるマイアを見て、23は笑った。
「笑わないでよ。こんなしゃれたランチ、食べる機会はほとんどないんだから」
「そんなに氣にいったなら、時々、昼飯つきの作業をしてもらうことにするよ」
マイアがあまり嬉しそうな顔をしたものだから、彼は大笑いした。
食事が終わるとマイアは23と一緒に中庭を散歩した。ジャスミンの薫りがシャワーのように降った。夏がやってくる。マイアが想像もしなかった美しい季節。世界がこれほどまでに輝くとは信じられない。いつもと同じ太陽、同じ大氣、同じ若葉なのに。わずかな風のそよぎが、柔らかい新緑への光の反射が、彼女の心を震わせる。
彼に逢う度にたくさん笑って、感受性を鈍らせていた卑屈な心の錆が落ちた。幾晩も人知れず流した泪に洗われて、彼女の魂は剥き出しになった。マイアの心は、世界のどんなわずかな刺激にも豊かに反応するようになっていた。そして、この魅惑的な世界へと誘う彼と一緒にいられるわずかな時が愛おしかった。
歩いているうちに足元で何かがカツンとなった。マイアが見ると土の中に四角い石が埋まっていた。
「あれ」
23はそっとマイアの肩に手をあてて、マイアの足がその石から離れるようにした。石の上には何かが書かれている。マイアが読もうとした時に、23が口にした。
「《Et in Arcadia ego》」
「ラテン語?」
「ああ」
「あの、あそこにもあったよね」
「どこだ?」
「ほら。私たちが出会った、あの小屋の裏手。小さい石があって、こういうラテン語が彫られていたと思うんだけれど」
「そうかもしれない。実際のところ、この街とおそらく近辺の郊外にすくなくとも321は作られたはずだから」
「321? 」
23は屈んで、碑文の上をそっと撫でた。マイアは少し不安になって一緒に屈み、23の横顔を覗き込んだ。
「どういう意味なの?」
「《そして、私はアルカディアにすらいる》」
「アルカディアって?」
「古代ギリシャの理想郷のことだ」
「じゃあ、私ってだれ?」
23はマイアの方を見て言った。
「死だよ」
マイアはぎょっとして先ほど自分が踏んだ所を手で触れた。
「いいんだ。この下にあるのは存在しなかったものだから」
マイアにははっきりとわかった。この下にはインファンテの誰かが眠っているのだ。存在しなかったことになっているので、葬儀もしてもらえなければ墓標すらも立ててもらえなかった321人のうちの誰かが。そして、今ここにいる23も死んだら同じようにされるのだと。
「……なぜ?」
「誰かが冗談半分に、この有名な句を刻んだんだろうな。そして、それが伝統になってしまったんだ。街の礎の一つに、忘れられた屋敷の片隅に、この碑文の彫られた石があり、その下には人骨が埋められていることもある。だが、それについて言及されることはない」
「冗談半分ってどういうこと?」
「このラテン語の文字を並べ替えるとどうなるかわかるか?」
「並べ替える?」
「アナグラムだよ。《I tego arcana dei》」
「意味は?」
「《私は神の秘密を埋めた》」
「神の秘密……」
「こんな文句を刻んでも、ほとんどの人間は氣にもとめない。新しい家を建てる時にはブルドーザーがひっくり返していく何でもない石だ」
23は口の端を歪めた。その表情は、いつもの23とは違って、24がよく見せる冷笑にそっくりだった。二人が兄弟であること、もしくは同じインファンテであることを思い知らされるような嘲笑。シニカルで享楽的に生きる24とは全く違う性格のはずなのに、ちょっとした横顔がこんなにも似ていることにマイアはぞっとした。けれど、23が馬鹿にしてあざ笑っているのは、使用人たちでも、この碑文を考えた人たちでもなくて、彼自身なのだと感じてマイアはとても悲しくなった。そうじゃない。あなたにそんなふうでいてほしくないよ。自分自身を好きになってもらいたいよ。
「23。もし、街でこの石の碑文を見つけたら、私、ちゃんときれいにするから。花を周りに植えるから」
「花?」
「うん。三色すみれを植えるから。下に眠っている人たちが寂しくないように」
それを聞いて23は少し表情を緩めた。それから訊いた。
「なぜ三色すみれなんだ?」
マイアは言葉に詰まった。それは、23と出会ってもう腕輪をしているたった一人のおかしな子供じゃないと勇氣づけられた時に見た花だった。あの日以来、三色すみれはマイアの一番好きな花になっていた。けれど下手な事を言うと、23に自分の想いを悟られてしまうのではないかと怖れた。それでなんでもないように言った。
「私、すみれが好きなの」
彼はほっとしたように優しく笑うと答えた。
「すみれは俺も好きだ。ところで、そろそろ作業に戻ろうか」
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【小説】願い
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「scriviamo! 2015」の第五弾です。limeさんは、「Infante 323 黄金の枷」のヒロイン、マイアを描いてくださいました。
limeさんの書いてくださった『(イラスト)黄昏の窓辺…黄金の枷のマイア』
limeさんは、登場人物たちの心の機微を繊細かつ鮮やかに描くミステリーで人氣のブロガーさん。昨年はアルファポリスで大賞も受賞されたすごいもの書きさんです。穏やかで優しいお人柄も魅力ですが、さらになぜこんなに絵も上手い、という天も二物も三物も与えちゃうんだな〜、というお方です。
昨年の蝶子に続き、今年描いてくださったのは、初マイア! いやあ、嬉しいですね。この世界はじめてのイラストですから。で、もともとこの企画用に描いてくださったこのイラスト、トリミングして本編でも使わせていただきました。マイアが夕陽を見ているシーンだったので。limeさん、本当にありがとうございました。
そして、お返しは、このイラストのシーンを丸々使わせていただいて、外伝を書きました。イラストのマイアが夕陽を見ているというのが、私には何よりもツボでして、こうなったら隠れ設定をあれこれ出して、この話を書くしかない! と、思ってしまいました。つい先日発表した外伝「再会」の数日後という設定なので、やはり現在発表している本編の時系列では四ヶ月後くらい先の話です。マイアはまだ休暇中で館の外にいます。
なお、この作品に関しては、本編を読まないと意味の分からないことが多いかもしれません。下のリンクはカテゴリー表示ですが、一番上は「あらすじと登場人物」ならびに用語の紹介になっていますので、手っ取り早く知りたい方はそちらへどうぞ。
【参考】
![]() | Infante 323 黄金の枷 |
「scriviamo! 2015」について
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願い
——Special thanks to lime san
その部屋は柔らかい光に包まれていた。ボルサ宮殿からほど遠くない、街の中心と言ってもいい立地にあるのに、居間に通されて扉が閉められると、今通ってきた喧噪が嘘のように静かになった。
「今、奥様がお見えになります。少々お待ちください」
マイアよりももっと若く見える使用人の女性が言った。
ドン・アルフォンソの主治医であるジョアキン・サントス医師の自宅にはこれまでなんどか来たことがあった。マイアが子供の頃からの家庭医で、マイアの母親の病にあたっても彼が力を尽くしてくれた。
母親が亡くなって以来、身内に《星のある子供たち》が一人もいなくなったマイアには、サントス医師は問題が起こった時に頼ることの出来る唯一の存在だった。
二度目の休暇が終わりに近づいた九月。マイアはサントス夫人から自宅に来ないかと誘いを受けた。ドラガォンの館に勤めるにあたって、マイアの推薦状を書いてくれたのは他ならぬサントス医師だったし、ドラガォンの館に出入りしているサントス夫妻の前では、沈黙の誓約に縛られて何も言えないということはなかったので、マイアは夕食の誘いを受けることにした。
マイアは心地のいいソファに緊張して座っていた。丁寧に使い込まれた、品のいい木製のテーブル、明るく夕方の光に溢れた室内。ドラガォンの館の重厚な家具は、時に重苦しさを感じることがあるが、この部屋の家具は優しく女性的だった。サントス夫人の穏やかで優しい笑顔を思いだして、マイアは微笑んだ。
部屋の奥に、黒い大理石の大きな板がかかっていた。同じようなものをどこかで見たと思った。ああ、ドラガォンの館の食堂に掲げられている系図と同じ色だ。代々の当主の名前が刻まれ、金色に彩色されたその大理石板にはマイアはあまり興味を持てなかったが、この部屋にかかっている大理石には、文字ではなくレトロな世界地図が彫られていた。この国、この街が中心となっていた。大航海時代、この国にとって世界が征服すべき驚異で満ちていた頃。マイアは、同じように船に乗って海の向こうへと行ってみたいと思っていた子供の頃を思いだした。
今のマイアにとっては、その世界地図よりもずっと心惹かれるものがあった。ソファに立てかけられたギターラ。彼の奏でる音色が、彼女の中に響いた。明後日にはまた逢える。一日でも早く休暇が終わればいいと思っていた。今、何をしているのだろう。私がこんなに逢いたがっているなんて、きっとあなたは思いもしないんだろうな。
彼女は、立ち上がってギターラのそばへ行くと、そっと弦に触れた。澄んだ音がした。震える弦は空氣を研ぎすましていく。ギターラはどこにでもあった。子供の頃からたくさんこの音を聞いてきた。けれど一度だってこれほど特別な楽器ではなかった。あなたがこれを特別にしちゃったんだね。マイアは心の中で23に話しかけた。
手首の腕輪に光が反射して、マイアは窓を見た。太陽が西に傾き、D河にゆっくりと降りて行こうとしていた。彼女は、窓辺に立った。いつも惹き付けられた夕陽。彼との出会いの記憶。きっと私は生きている限り、こんな風に夕陽を見続けるんだろうな。
静かにドアが開いて、イザベル・サントス夫人が入ってきた。彼女は窓辺ですっかり夕陽に魅せられているマイアの姿を認めて、立ちすくんだ。マイアの髪は赤銅色に輝いていた。瞳は輝き、わずかに微笑んでいた。イザベルは感慨にひたって、しばらくマイアと夕陽に染まっていくギターラを見つめていた。
マイアがそれに氣がついて、振り向き頭を下げた。
「すみません、つい見とれてしまって」
イザベルは笑った。
「いいのよ。私の方こそ、つい想いに浸ってしまって」
マイアはわからないというように首を傾げた。イザベルはメガネの奥の目を細めて微笑んだ。
「ドン・カルルシュが、今のあなたを見たら、どんなに喜んだことでしょう」
「ドン・カルルシュ……?」
マイアもその名前は知っていた。23の亡くなった父親、ドラガォンの前当主のことに違いない。だが、マイアは当然のことながら、全く面識がなかった。
「今日は、よく来てくださったわね。どうぞ座って。以前、ドンナ・マヌエラのお手紙を届けてくださったときは、すぐに帰ってしまったから、いつかはゆっくり話をしたいと思っていたのよ」
ドンナ・マヌエラの使いで久しぶりに逢った時、夫人の髪が銀色に変わっていることや、ずいぶんふくよかになったことで時間の流れを感じたが、その穏やかで優しい人柄には前と同じようにほっとさせられた。
「本日は、お招きいただきましてありがとうございます」
マイアははにかみながら言った。
「ジョアキンはいま診療所を出た所ですって。もうしばらくしたら戻るでしょう。今日はゆっくりしていってね。今、軽い飲み物を持たせるわ。ジンジャは好きかしら?」
スパイスの利いたさくらんぼリキュールのジンジャはアルコール度数が高いので、マイアがあまり強くないことを知っているイザベルは氷を入れて出してくれた。
「あの……」
イザベルは、マイアの戸惑いを感じ取ったようだった。
「ジョアキンが帰ってくる前に言った方がいいかしらね。今日はね、実はあなたのお父様に頼まれたの」
「父が……?」
「ええ。フェレイラさんは、あなたのことを心配していらっしゃるの。何か悩みがあるみたいだけれど、誓約があるから聞いてやることが出来ない、代わりに力になってくれないかって」
マイアは、うつむいた。
「父が、そんなことを。ダメですね、いくつになっても心配ばかりかけて……」
「ドラガォンの館はどう? 困っていることはない?」
マイアは顔を上げてはっきりと言った。
「とてもよくしていただいています。ご主人様たちはみな親切で、メネゼスさんや、ジョアナには、失敗をたくさん許してもらっているし、それから他の人たちにも、親切にしてもらっています」
「そう。フェレイラさんの思い過ごしかしら」
「いいえ。でも、それは個人的なことなんです。誰にもどうすることもできない……私が、見ちゃいけない夢を見ているだけなんです」
マイアがそう言うと、何か思い当たることがあるのか、イザベルは控えめに微笑んだ。
「そう。あなたが想うのを、禁じることが出来る人はどこにもいないわね。あなたの夢と願いを大切にしなさい。きっとそれがあなたの人生を実りあるものにしてくれるでしょうから」
「……はい」
イザベルは、手を伸ばしてマイアの視線の先にあるギターラを手にとり、そっと弦に触れた。明るく澄んだ音がした。マイアは、また心が23に向かうのを感じた。
「先ほど、ドン・カルルシュの話をしたでしょう」
その言葉に、マイアははっとして想いを夫人に戻した。
「セニョール323が、十四歳くらいの時だったかしら。ドン・カルルシュがここでこのギターラをご覧になってね。だれかギターラのレッスンをつけられる《監視人たち》か《星のある子供たち》を知らないかっておっしゃったの。それで、私の長くついている先生をご紹介して……。もともと才能がおありになったのでしょうね。あっという間に私を追い越して……。もう長く拝聴していないけれど、とてもお上手でしょう?」
「はい。上手い下手という枠組みをはるかに超えて、素晴らしい音楽です。聴く度に心が締め付けられるようになります」
イザベルは、マイアの想いに沈んだ様子を、優しく眺めて続けた。
「たった二つ、それしか望んでくれなかった……。ドン・カルルシュはそうおっしゃったわ」
「?」
「ずいぶん昔の話よ。まだ、セニョール323が子供の頃、ドン・カルルシュは意図せずに取り返しがつかないほど深くその心を傷つけてしまったんですって。彼が閉じこめられてすぐにそのことがわかって、心から後悔して、許しを請いにいかれたそうなの。その時のことを、氣づくのが遅かった、遅すぎたと泣きながらジョアキンに打ち明けられたの」
「23は、いえ、セニョール323は、お父上を許さなかったのですか?」
マイアが意外そうに訊くと、イザベルは首を振った。
「怒った様子も、批難する様子もお見せにならなかった。でも、それと心を開くということは違うわよね。あの方がほとんど誰とも関わろうとしなくなってしまったのは、ご自分のせいだとドン・カルルシュは生涯悔やまれていらしたわ」
「それで……?」
「ドン・カルルシュは、ご自分に可能なことなら、どんな願いでも叶える、わがままを言ってほしいとセニョール323におっしゃったそうよ。もし、彼が望むなら《監視人たち》の中枢と戦ってでも、格子から出してもいいとまで思っていらした」
「彼は、それを望まなかったんですか」
「望んでいらしたでしょうね。でも、おっしゃらなかったそうよ。館の外に出てみたいとも、学校に行ってみたいとも、その他のありとあらゆる望みがあったでしょうに、ドラガォンにとって難しいことは何一つおっしゃらなかったそうよ。たった二つの小さい望みを叶えてもらうために、我慢したのだと思うわ」
マイアは、ジンジャの中の氷が全て溶けてしまっていることに氣がついた。グラスが汗をかいている。
「彼の望みって……」
「一つは、ギターラを習いたいということ。そんな時に言うまでもない望みよね。そんな小さなことまで、自分からは言えないでいたなんてと、ドン・カルルシュはショックだったみたい。そして、もう一つが、あなたのことだったのよ」
「私のこと?」
「セニョール323は、自分が話しかけたために、あなたとあなたの家族がナウ・ヴィトーリア通りに強制的に引っ越しさせられてしまったことをずっと氣になさっていらしてね。あの子が前のように河で夕焼けを見られるように、どうかあの一家を元通りにしてほしいと、そうおっしゃったんですって」
マイアは大きく目を見開いて、イザベルの言葉を聞いていた。
「すぐに元に戻してあげたくても、フェレイラさんはもう新しい職場で働いていた。あなたたちはもう新しい学校に通っていた。フェレイラさんのもとの職場には新しい人が働いていて、その人にも家族がいて生活があった。だから、ドン・カルルシュにもすぐに彼の望みを叶えてあげることは出来なかったの。セニョール323は二度と、その願いを口になさらなかったし、あれからどうなったかとお訊きにもならなかった。だからこそ、ドン・カルルシュはなんとしてでもあなたたちを元に戻して、セニョール323の願いを叶えてさしあげたかったのでしょうね。それから、何年間も働きかけ続けたのよ」
「知りませんでした……」
「大きな書店を買い取って、その店長の職をさりげなくオファーしたり、元の店の同僚をもっといいポジションに引き抜いて場所を作ったり……。でも、フェレイラさんは、長いことチャンスをことごとく断り続けたの」
「父が?」
「ええ。フェレイラさんは、何度もドラガォンに抵抗して、大切なものを失い続けてきたから、これ以上大切なものを失いたくなかったんだと思うの」
「抵抗?」
「あなたのお母様と結婚したくて、映画みたいな逃避行を繰り返して。その度に《監視人たち》に止められて。仕事を失ったり、財産を失ったり、家族に縁を切られたりと散々な目に遭ったのよ。最終的にあなたのお母様はこれ以上フェレイラさんを苦しめたくないからと、人工授精であなたを産むことで、《監視人たち》とフェレイラさんの闘いに終止符を打ったの」
「まさか」
「そうなの。だから、あなたのお母様が亡くなられた時に、《監視人たち》の中枢部は、虐待される可能性があると、あなたを引き取ろうとしたの。そうしたらフェレイラさんは、もう一度大騒ぎを起こしたのよ。世界中を敵に回しても、絶対にマイアは渡さないって」
イザベルは、面白おかしい話のように語ったが、マイアには全てはじめて聞くことだった。
「そう言う事情があったので、どんなにうまい話が来ても、不安だったんじゃないかしら。うかつに戻ったりしたら、今度こそあなたを取り上げられるんじゃないかって。ドン・カルルシュの意向だと始めから言えばよかったのかもしれないけれど、それを言ったらドラガォン嫌いのフェレイラさんに断られるかもしれないので、中枢部はあくまで偶然を装ったの。だからいつまで経ってもフェレイラさんは不安を拭えなかったのよ。あなたが十分に大きくなるまで」
「知りませんでした。父は、何も言ってくれなかったから……」
「そう、言ったらあなたが《星のある子供たち》としての存在に苦しむと思ったんでしょうね。血は繋がっていなくても、フェレイラさんはあなたのことを娘として深く愛しているから。お母様とのなれ初めも、それに伴うドラガォンとの確執も、それから、お母様との短かったけれど幸福だった結婚生活についても口に出来ないのよ」
マイアの瞳に涙が溢れ出した。一人だけ腕輪を嵌められて、つらいことばかりだと思い続けてきた自分はなんて勝手だったのだろう。
「フェレイラさんが、ようやくセウタ通りの書店に勤められることが決まって、レプーブリカ通りにまた住むことが決まったのは、四年前だったわよね。ドン・カルルシュが亡くなる少し前のことで、もう大層お悪かったんだけれど、ジョアキンがそのことをお知らせしたら泣いて喜んでいらっしゃったんですって。セニョール323とその話をなさったかまではわからないけれど」
窓辺はすっかり暗くなっていた。河に沈む夕陽を眺めれば、悲しいことを忘れられる。それは自分しか知らない小さな楽しみのつもりだった。マイアはずっと知らなかった。23は自分の自由を犠牲にしてマイアの小さな幸せを願い、ドン・カルルシュが生涯にわたって氣にかけ、サントス医師夫妻や、多くの《監視人たち》がその願いを実現しようと骨を折り続けていた。そして、父親は血のつながっていない自分のために苦労して心を砕きつづけてきた。
いまマイアは、ドラガォンの館の夕陽のもっとも美しく見える部屋から、河と、それから鉄格子の向こうの優しい人の影を見ることができる。私は不幸でもなければ、一人ぼっちでもなかったんだ。ずっと、十二年も、いえ、生まれたときから。関わった全ての人たちの、優しさと、願いと、想いの助けを得て、大人になり、一番いたい場所にきて、いつまでも存在を感じ続けていたい人の近くで、夕陽をみていられる。
サントス医師が帰って来た。イザベルは食堂へ行くようにと誘った。マイアは、涙を拭いて頷いた。話を聴けてよかったと思った。休暇が終わる前にお父さんとワインを飲んで話をしよう、それに、明後日、館に戻ったら、23に今日の話をしてみよう。お互いの父親の子供を思う愛について、彼はなんて言うんだろう。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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「scriviamo! 2015」の第十六弾です。ポール・ブリッツさんは、「マンハッタンの日本人」を更に進めた作品を書いてくださいました。ありがとうございます。
ポール・ブリッツさんの書いてくださった『作る男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説:
『歩く男』
『食べる男』
『夢を買う男』
『待つ男』
『働く男』
「マンハッタンの日本人」シリーズ、こじれまくっていますが、そろそろ終息に向かっています。前回の「楔」の前書きで「より女心をぐらりとさせるアタックをして、私と読者の方々に『こっちだ!』と納得させた方に美穂をあげます」と宣言してしまいましたところ、ポール・ブリッツさん、TOM-Fさんお二人とも果敢に挑戦してくださることになりました。今回ポール・ブリッツさんが書いてくださったのが、ポールの求愛作戦。ついにポールが本氣をだして動いてくださいました。
今回書いたこの掌編は、ポールのアタックに対するアンサーではありません。単なるインターバルです。アンサーは、TOM-Fさんの掌編が発表されたあとに一つの短編の形をとらせていただきたいと思います。それまで少々お待ちください。なお、今回のストーリーは、キャシーの話です。この作品は、書いてくださった方のそれぞれの小説に合わせる形をとって書く特殊な執筆形態をとっていますが、そうであってもカテゴリーを通読して一つの作品となるようにしています。アンサーとしてではなく、私の小説としての「いいたいこと」を組み込むために、このパートが必要だと判断して書きました。今回に限って、R18スレスレ(っていうか、そのもの?)の記述があります。苦手な方はお氣をつけ下さい。
なお、この後は、TOM-Fさんの書かれるジョセフのアタックが発表される予定です。その後に、私が最終回を書いて、「マンハッタンの日本人」を完全に終わらせる予定です。というわけで、これ以後に、TOM-Fさん以外の方がこのストーリーに関して書かれるものは完全スルーさせていただきますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 12
Stand By Me
帰ったら、美穂の様子がおかしかった。狭いキッチンのテーブルの前に座って、電源の入っていない携帯電話を見ながらじっと考え込んでいた。キャシーは、「早かったのね」と言いながら上着をハンガーに投げかけた。その時にくずかごの中に粉々になった紙を見つけた。何があったか予想はついたが、何も言わなかった。
ジョセフ・クロンカイトのくそったれ。
キャシーは、心の中で悪態をつくと、シャワーを浴びにいった。それから、ふたたびキッチンに顔を出すと「今夜は戻らないから」と声を掛けた。美穂がはっとして、彼女の方を見た。キャシーは、その視線を避けるように玄関を出た。
美穂は、こんな時間に一人でアパートメントの外に出ることはない。それは、彼女には危険すぎる冒険だ。街角の至る所に、目つきが悪く、違法なものを売買している有色人種がたむろしている。古いレンガには、スプレーで落書きがされ、小便臭く、ゴミ箱の間をドブネズミが走るような地区だ。
ジョセフ・クロンカイトが、紳士らしく彼女をこのアパートメントに送る度に、この世界に属する自分や、ここに甘んじなくてはならない美穂が、彼のクラスとは違うと認識するだろうと感じた。それでも、あの子がここから出て行けることを願っていた。
さほど遠くない、似たようなレンガの建物に入っていく。薄い木の扉を激しくノックすると。「誰だ」という野太い声がした。
「あたしよ」
キャシーがいうと、すぐに扉が開けられた。中は煙草の煙で真っ白だった。キャシーよりもはるかに黒い肌をした、タンクトップを着た男が、にやりと笑っている。
「あたしよ、ボブ」
「わかっているよ、キャシー」
ボブは、キャシーを引き寄せると、タバコ臭い口を押し付けてきた。
「同居人と、なんかあったのか」
「ないわよ。全然ないわ。あの子は何も言わない。誰も責めない。一人で全部抱え込んでいるのよ。バカみたいに」
男は、「シャワーを浴びて来たんだな」というと、有無をいわせずキャシーの服を脱がせて、押し倒した。
彼女は、わずかな嫌悪感を押し殺して、体が熱くなるのを待った。これほど苛つく理由はわかっている。望んだことがうまく運ばないからだ。
春の終わりに、ジョセフが美穂に関して質問してきた時に、キャシーは交換条件として、ポールのことを調べさせた。ポールが美穂のことを忘れて、新しい環境に馴染み、前向きに生きている証拠がほしかった。そうすればキャシーは美穂にはっきりという事ができた。「ほら、あんな男のことはすっぱり忘れて、前を向かなきゃ」と。
ジョセフの持ってきた情報は、全く都合の悪いものだった。勝手にカリフォルニアなんか行っておきながら、しかも、あれから何ヶ月も連絡一つよこさないでおきながら、ポールには、妻どころか恋人の影すらなかった。しかも、狂ったように仕事をしているらしいが、一向に成果も出ていなかった。美穂がこれを知ったら、すぐにでもサンフランシスコに行くと言い出しかねない。そして、またしても、地を這う生活の続きだ。ニューヨークがサンフランシスコに変わるだけ。
ジョセフ・クロンカイトが連れて行く摩天楼の高級レストランや、洗練されたマナーの人びとの間で、美穂が本当に心地よいかどうかはわからない。だが、美穂は少なくとも自分とは違うクラスにいるとキャシーは感じていた。一緒に住み、共に働き、過ごす時間が長ければ長いほど、その違いを感じる。こんな所にいるべき人間ではないのだ。
彼女と働いていて、はじめて仕事が好きだと思えた。「いつか一緒に店を持とうね」そんな話もしたけれど、それが現実になるなんて思っていない。そんな風に、彼女を縛ることなんかできないと思っている。もうこの歳で、怪我もしたし、プロのスケート選手になれることもないだろう。あたしの人生には、どんでん返しがあるはずもない。だからこそ、美穂だけでも、こんな地の底から抜け出してほしいと願ったのだ。
「お前は、おかしな女だな。そんなにその同居人が好きなら、なぜ他の男とくっつけようとしたりするんだ」
ボブは笑いながら、キャシーの体を弄ぶ。彼女は、「くだらないことを言わないで」と、男の体に抱きついた。
「なぜ認めない? バイセクシュアルの女が嫌いだとは言っていないぜ」
「そういうんじゃないのよ。それだけだわ」
こんな粗野な男には、わかりっこない。それに、あんたにも、ジョセフ・クロンカイト。女に必要なのは、公正なる真実なんかじゃない。そんなものは、あんたのジャーナリズム・スクールの教則本の中にでも大事にしまっておくべきだったのよ。
あたしは夢が見たい。終わることのない夢。そして、腕が欲しい。強い腕。決して出て行くことのできない、下町の薄汚れた区画。どうやっても這い上がることのできない、食べていくのがやっとの貧しさ。このやりきれなさから、救い上げてくれるか、そうでなければ、願いを忘れさせてくれる強い腕が欲しい。
生まれた時から、羽布団の中でぬくぬくと育ったやつらにはわからなくても、あたしたちと同じ最下層から這い上がったあんたにはわかると思っていた、ミスター・クロンカイト。美穂を救い出してという、あたしのメッセージが。
ボブが、あたしを愛しているなんてお伽噺は信じていない。でも、この男は、少なくとも忘れさせる術を知っている。あたしがそれを必要とする時に、くだらない駆け引きもしない。首尾一貫して、同じ強さであたしをねじ伏せる。手に入らないものから、あたしの心を引き剥がす強い腕を持っている。だから、あたしは、いつもここに駆け込むのだ。
キャシーは、ボブが本能に支配された動物に変わっていくのを感じながら、自分も全ての思考を追い出して動物に変わってしまおうとした。
ことが終わった後も、抱きついたまま離れようとしないキャシーの頭を撫でながら、ボブは傍らの煙草の箱に手を伸ばし、一本咥えて火をつけ煙を吹き出した。狭くて暗い部屋に、通りの向こうのけばけばしいネオンの光が入ってくる。うっとうしい、湿った夜だ。
キャシーは、項垂れていた美穂の横顔の夢を見た。
朝早く、再びシャワーを浴びるために、アパートメントに戻った。美穂は、キャシーが戻ってくると、ほっとした顔をした。用意された朝食を食べてから、二人で《Cherry & Cherry》へと向かった。
美穂が、いつものようにもブラウン・ポテトを調理する間、キャシーは店内を掃除して、開店準備をした。郵便受けを覗くと、少し大きい封筒が入っていた。《Star's Diner》から転送されてきたらしい。美穂宛だ。
あたしたちのアパートメントの住所を知らない人って誰だろう。キャシーは、封筒を裏返して差出人を見た。
ポール……。
しばらくその封筒を見つめていたが、美穂には見せずに自分のバッグに入れた。
美穂が、「Stand By Me」を小さな声で歌っているのが聞こえた。
(初出:2015年3月 書き下ろし)
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お城行きの顛末
もともと例年だと年末年始はアウグスブルグの友人の所を訪問する事が多いのです。で、今年もそのつもりで友人も「来いよ」と言っていたのですが……。どうやら彼女と大げんかした模様。空氣を読んだ私と連れ合いは「よいお年を」といって、さあ、どうしようとなりました。
せっかくの11連休ですよ。どこにも行かないなんてガッカリ過ぎる。その時に頭に浮かんだのが数日前にテレビで観たホーエンツォレルン城でした。
„Burg Hohenzollern ak“ von A. Kniesel (= User:-donald-), Lauffen - Eigenes Werk. Lizenziert unter CC BY-SA 3.0 über Wikimedia Commons.
前にもリンクしましたが、これは私が撮った写真ではありません。プロイセン王家の発祥の地に建てられたお城です。11世紀にはこの地にお城があったそうなのですが、現在のお城は19世紀に再建された比較的新しいものです。形としては、もう完璧な「ヨーロッパのお城」ですよね。
このお城、ノイシュヴァンシュタイン城ほど有名じゃないんですが、やはり南ドイツのシュヴァーヴェン地方にあります。つまり、飛行機に乗らなくても行けるのです。で、私の頭の中の「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の世界と重なってしまい「行く! 行ってみせる!」と前日に予約を入れたのです。

考えていなかったのが、天候でした。というのは私の住んでいる所では、大して降っていなかったし、全く積もっていなかったから。もちろん電車の遅れなどもなく、何の心配もしないで出発したのです。
でも、国境のあるボーデン湖あたりで「げ。何でこんなに積もっているの」という風景になり、しかも到着が10分くらい遅れたのです。このお城のあるヘッヒンゲンという街に行くためには、我が家からだと7回の乗り換えがあったのですが、その度に遅延だの運休だののオンパレードとなってしまい、一時は「本当に今日中に辿りつけるの?」と不安になったくらい。でも、幸い二時間半の遅れでホテルに辿りつきました。
で、チェックインの時に「あの〜、明日お城に行きたいんだけれど、行き方を……」と質問したら「え。雪崩で道が塞がれたんで、通行止めだと思うけれど」と言われてしまったのですよ。その時はまだ雪がやんでいなくて、この地方では四日止まずに降り続けているとのこと。ええ〜、ここまで来て、お城なしで宿泊だけ? 大ショックのまま、とにかく空腹なのでご飯を食べようということになりました。

泊ったホテルはホーエンツォレルン城のお膝元にあるブリールホフという400年の歴史のあるホテルなのですが、この地域ではグルメでも有名らしく地元の人もここぞという時には集まるという事。この日はそんなに混んでいませんでしたが、翌日の大晦日は180席近いレストランが満席。私たちは頼み込んで、キャンセルが来た途端紛れ込ませてもらって夕食抜きを逃れたのです。というだけあって、とても美味しかったです。

で、お城ですが、31日の朝は雪もやんでいて、道の雪もちゃんとどけられたらしく観光には問題なしとの事、私たちは朝一で出かけました。
シャトルバスでお城の入口まで行きましたが、そこから中庭までもけっこう歩きます。でも、私はこういうお城の光景に勝手に脳内妄想を爆発させていたので、歩くのも楽しかったです。夏はもっと歩きやすいと思うんですが、こんどは観光客だらけでここまで「お城は私のもの」というイメージは膨らまないでしょうね。

このお城、外側の撮影はOKなのですが、ガイドツアーのある部分は撮影禁止なのです。CD-Rになっている公式写真集も買ってきたのですが、WEB公開は不可という事なので、お見せできません。下のパブリックドメインになっている白黒写真、この伯爵の大広間は金と瑠璃色に彩られた荘厳な空間で、ぶら下がるシャンデリアには本物のロウソクの灯りがともされるそうです。今でもプロイセン王家が許可した特別な場合は、音楽会に使われたりするそうです。

Paul Sinner [Public domain], via Wikimedia Commons
個人的な感想ですが、以前観たノイシュヴァンシュタイン城はあまりにファンタジックで人が住む所とは思えない、どちらかと言うと舞台みたいだと感じたんですが、こちらは豪華だけれども、もう少し「本当に王侯貴族が住むかもしれない」と感じるものでした。やはり観光用で誰も住んでないみたいですが。
一番にんまりしたのは、図書室に掲げられた壁画のうちの一枚。1454年に一度取り壊された城が再建される所を描いた絵で、服装が私が今描いている「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の時代のものと同じなのです。「そうそう、こんな服!」という感じでニマニマしていました。CD-Rを買ってきたのは、これらの絵の写真が中で撮れなかったけれど、あとで資料にしたくなるかもと思ったからです。
辺境伯の部屋、国王夫妻の寝室、青いサロン、王妃の応接室と豪華で状態のとてもいい部屋を見学した後、宝物展示室でツアーは終わります。アルテ・フリッツのあだ名で有名なフリードリヒ大王の命を救った黄金の鍵タバコ入れや、盗難を免れた素晴らしい王冠(たくさんのダイヤモンドやサファイアで飾られています)などが展示されています。
ツアーはおよそ45分と言われていましたが、それほど多くなかった参加者たちが色々と質問しまくったせいか、一時間ほどでした。それから私たちはカフェに入ってスープを食べて暖まり、ショップで買い物をして満足していました。13時くらいまでゆったりしていたのですが、その頃にはもっとたくさんの人たちが来ていました。
私たちは帰りはホテルまで歩きました。お城の写真を撮りたかったので。途中でたくさんの車とすれ違いました。この日は大晦日のため15時でお城が閉まってしまうのですが、それを知らない人たちが次々と向かっている模様。あちゃ〜。
私たちは無事にホテルに辿りつき、冷えてしまったので熱いシャワーを使った後で、大晦日の晩餐へ。これも早めに行ったので、スタッフが戦争状態になる前で、おしゃべりをする余裕もあって楽しい食事になりました。
その分、夜の12時を待たずに寝てしまい、真夜中に花火の爆音で起こされる事になりました。スイスの田舎の村と違って立派な花火、ちょっとだけ窓からのぞきましたが、ちゃんと服とコートを着て写真を取りに行く元氣はなく、そのまま寝ちゃいました。

そして、元旦、往きに懲りたので早めの電車に乗りスイスに戻りましたが、天候もよくなっていて遅延も全くなく無事に戻ってくる事が出来ました。
以上、二泊三日の小旅行の報告でした。
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【小説】再会
今年最初の小説、そして「scriviamo! 2015」の第一弾です。山西 左紀さんは、ご自身のブログの15000HITの記念掌編で私の無茶なリクエスト「ミクとパスティス・デ・ナタ(エッグタルト)で書いて」に素敵な作品で答えてくださいました。
山西 左紀さんの書いてくださった『絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2』
山西 左紀さん関連する小説
絵夢の素敵な日常(10)Promenade
絵夢の素敵な日常(12)Porto Expresso
宝石のようにキラキラと輝く描写が素晴らしい作品を書かれる左紀さんは、ブログでのおつきあいが最も長いお友だちの一人で、もう何度もコラボをさせていただいています。この『Porto Expresso』も、いろいろと縁のある作品です。神戸の宝塚と私の狂っているポルトガルのポルトを舞台に、某有名ボカロイド二人と同じ名前を持つキャラたちが登場して、たまに私のキャラたちとも遊んでくださっているのです。今回は、うちの子であるジョゼを登場させて書いてくださいました。
で、お返しの掌編小説は、やっぱりポルト。左紀さんのところのお二人のキャラにはお名前だけ登場していただいています。すみません、サキさん、また更に勝手に設定作りました。そんなにサキさんの想像から離れていないといいのですが。
で、メインキャラはジョゼと、それから同じくポルトを舞台にしている「Infante 323 黄金の枷」からあの人です。途中で、謎めいた設定が出てきますが、これは「Infante 323 黄金の枷」本編のずっと先にでてくる話です。本編は現在五月の終わりで、この話は九月頃。ジョゼたちは22歳です。あ、参考までに本編のリンクもつけていますが、読まないとわからないような話ではありません。
【参考】
追跡 — 『絵夢の素敵な日常』二次創作
![]() | Infante 323 黄金の枷 |
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
再会
——Special thanks to Yamanishi Saki san
最高の秋晴れだ。幸先がいい。あれ、また同じ事を言ってるよ。でも、今日も空が高くて大理石でできた建物の白さが眩しい。久しぶりの休みだし、また観光客に混じってポートワインの試飲にでも行くかな。それともメイコの所に顔を出そうかな。
アヴィス通りからアリアドスに抜ける道を歩いた。ああ、ここにアイスクリーム屋があったんだよな。マイアが勤めていた。
あれは今から4年くらい前の事だ。今と同じ道を歩いていて、ガラス窓越しにアイスクリーム屋を覗いたジョゼは対面越しにアイスクリームを売っている女性の顔に驚いて中に入っていった。
「マイアじゃないか!」
「あ。ジョゼ!」
それは幼なじみのマイア・フェレイラだった。父親の出稼ぎ先スイスで生まれたジョゼが家族でこの街に戻って最初に出来た友達の一人だった。小学校で同じクラスだったのだ。ジョゼ自身がまだこの国のやり方と人びとに慣れていなかったけれど、大人しくて人付き合いの下手なマイアの不器用さをほっておけなくて、ジョゼはマイアを友達の輪の中に引きずるようにして連れて行き、それで自分もまた同じ世代の子供たちに慣れたのだ。
彼女はある日突然引越して、彼の前から姿を消した。それからほとんど存在すら忘れていたマイアが元氣に働いているのを見てジョゼは嬉しくなった。
「あんまり変わっていないな。今どこにいるんだ?」
「あ、またレプーブリカ通りに戻ってきたの。父と妹たちと、前いた建物の斜め前のアパートメントにいるよ」
「そうか。再来週の、サン・ジョアンの前夜祭、仲間で集まるけれど、一緒に行くか?」
「私も行ってもいいの?」
「もちろん。エジーニョやカミラも来るよ。あ、あの二人つき合っているんだ」
「え。あの二人が?」
「うん。もう二年になるかな。知ったときは僕もびっくりした。お前も彼がいたら連れて来てもいいんだぞ」
マイアは目を伏せて首を振った。
「つき合っている人なんていないよ」
ジョゼは、なんだか少しホッとした。そういう相手がいないのは自分だけじゃないのかと思って。
今年のはじめにそのアイスクリーム屋は潰れてしまった。彼女、失業してどうなったんだろう。それからずっと見ていない。今夏のサン・ジョアンの前夜祭も、ジョゼ自身が仕事で行けなかったのでマイアが皆と楽しんだか確認していなかった。
あいつ、自分から打ち解けようとしないから、他のやつらにすぐに忘れられちゃうんだよな。だから「マイアは呼んだ?」と確認して、彼女の自宅に連絡するのは、この4年間いつもジョゼの役割だった。
彼女の事を考えるのは、彼がマイアに異性としての関心があるからではない、それどころか2ヶ月前までは忙しさにかまけて、彼女の事を完膚なきまでに忘れていたのだ。彼女が奇妙で秘密めいた連絡をしてくるまでは。
それは7月のことだった。彼の勤務先にある女性が何回か続けて来た。ものすごい美人だったので、すぐにウェイターたちの間で話題になった。最初は奥の席に座った。そこはマリオの担当だったので、ジョゼは側にも行かなかった。それから数日して、またやってきた彼女は反対側の中程に座った。コーヒーを頼んで、しばらく雑誌を読んでから帰っていく。また数日したら、今度はジョゼの担当の席だった。
彼女は、帰り際にチップを手渡したが、それは小さな封筒に入っていた。そして、その封筒の中にチップの他にマイアの特徴のある筆跡の手紙が入っていたのだ。ジョゼの名札を見てわざわざ確認してから渡したらしい。もとからジョゼにマイアの手紙を届けるためだけに、来ていたのだろう。その推理を裏付けるかのように、その女性はそれからぴたりと来なくなった。
ジョゼはマイアの指示書に従って、封筒に同封されていたもう一枚のメモを目立たない封筒に入れてマリア・モタという女性あてに発送した。それだけだった。だが、その後もマイアから連絡もなければ、説明の手紙も来なかった。
それから、ここを通る度に、いつかあいつを捕まえて問いたださなくちゃと思っている。でも、どこにいるのか誰も知らないのだ。
カフェ・グアラニの角を曲がった途端、そのテラスに正にマイアが一人で座っているのを見て仰天した。
「ええっ、まさか!」
「ジョゼ!」
彼は、マイアの前に置かれたレア・チーズケーキとポートワインを見て目を丸くした。こんな高いカフェで、何を頼んでいるんだ?
「今日は、何かのお祝い?」

マイアは黙って首を振った。
「ううん。ただ、休暇を楽しんでいるだけ。ジョゼも、今日はお休みなの? 時間ある?」
「ああ、休みだし、特に予定もないよ。で、久しぶりだから、ガイアでポートワインでも飲もうかと……」
マイアはジョゼが時おり観光客のフリをして試飲をしている事を知っていたので笑った。ジョゼはどのカーブでも有名になっていて、もうそんなに簡単には飲ませてもらえないはずだ。
「ねえ、私がここでポートワインをごちそうするから、しばらくつき合ってよ」
マイアが言うとジョゼは目を丸くした。明日は雪か? 素早く座って言った。
「喜んで。氣が変わらないうちに、注文させてもらうよ」
このカフェは、ジョゼの勤務先と同じオーナーが経営している。どちらもこの街で一二を争う有名店だ。ジョゼは普段はウェイターとして働くのみで、ここに座って注文をした事はない。ちょっと何かを食べたら、日給が吹っ飛んでしまう。
「マイア、どうしたんだよ。宝くじでも当たったのか」
「違うの。いつもこんな贅沢をしているわけじゃないの。でも、散財したい氣分なんだ。今日は一日暇で何もやる事ないし」
「アイスクリーム屋がつぶれてから、お前、音信不通になっちゃったじゃないか。休暇ってことは新しい仕事見つけたのか? 今何しているんだ?」
「あるお屋敷に住み込みで働いているの」
「え?」
ウェイターがやってきてジョゼの顔を見て驚いた。
「ジョゼじゃないか、何しているんだ?」
「ははは、この子がおごってくれるっていうから。この、ポートワイン三種類飲み較べってヤツ、頼むわ」
ウェイターは納得して向こうへ行った。それを待ってからジョゼは、マイアの顔をじっと覗き込んだ。
「そういえば、お前さ、7月に……」
そういいかけた時、マイアが遮るように「これ、とても美味しいわ」と言った。ジョゼは、驚いて彼女を見た。マイアは目だけで「その話をするな」と訴えていた。
「ずいぶん前の事だけれど、ジョゼにしてもらった事、本当に助かったの。だから、今日は、何でも好きなものを頼んでね」
ここで話すのはまずいのだなと納得した。いったい何を警戒しているのだろう。
マイアは、ウェイターの運んできた三つのグラスのうち、タウニーに手を伸ばしたジョゼに自分のグラスを重ねた。ま、いいか。ジョゼは肩をすくめて乾杯をした。そしてタウニーをごくっと飲み込んだ。うわっ、なんだこりゃ、すごく美味い。生きていてよかった。

マイアは小さく笑ってグラスを傾けた。その様子を見て彼は首を傾げた。前の彼女はもっと自信がなさそうで、自分から行動を起こしたりする事がほとんどなかった。
ピカピカに磨かれた華奢なグラス。ルビー色のポートワインはマイアの小さい唇にゆっくりと流れていく。彼女が置いたグラスには、透明なアーチが教会の窓のように流れている。グラスの足に添えられた彼女の指先は柔らかい曲線を描き、かつて彼が知っていた幼なじみの粗雑なそれとは違って見えた。
「お前、なんか、変わったな」
「えっ?」
「前は、もっとおどおどしていたし、こんなところで優雅にグラスを傾けたりしなかったじゃないか」
ジョゼが言うと、マイアは少し考えた。
「そうかもね。少なくとも、ポートワインの美味しさ、前は知らなかったかも」
「お前も試飲に行くようになったのか?」
そういうとマイアは笑って首を振った。
それからため息をついた。それから、グラスの中の紅い酒の中に溶かし込むかのごとく小さく囁いた。
「ある人が、教えてくれたんだ……」
ジョゼは身を乗り出した。
「なんだよ、その深いため息は」
マイアは困ったように笑った。
「なんでもないよ。詳しくは話しちゃいけないの、ごめん」
瞳がわずかに潤んでいた。彼女は目の前にいるジョゼを見ていなかった。その場にある別のものを見ているわけでもなかった。そのマイアの憂いに満ちた表情で、大方の事は想像できた。こりゃ、恋にでも落っこちたらしい。しかも、見込みがなさそうなヤツ。
「大丈夫か? 失恋?」
「うん。これまでも一人だったし、きっとこれからもなんとかなると思う。心配しないで」
そう言ってから、彼の方を見た。
「ジョゼも失恋した事ある?」
彼は想像もしていなかったその切り返しに赤くなった。
「えっ。いや、その、失恋というか……まだ、告白していないというか……」
「へえ。ジョゼが、そんな奥手だったなんて意外。最近の事なの?」
「い、いや、知り合ったのはずーっと前で、それに、意識しだしたのはもう、6年も前で」
「ええっ。6年もそのままなの?」
「まあ、そうだな。その人、ここに住んでいないんだよ。たまに来るんだ。逢うといつも元氣な弟みたいに接しちゃって、つい……」
マイアが楽しそうに笑った。
「どんな人?」
ジョゼの顔は赤くなってきた。大した量には見えないのに、三杯のポートワインは確実に効いている。
「長い髪をさ、いつもツインテールにしている。胸はぺっちゃんこ、声が高くて、痩せて手足も長い。へんなポルトガル語を話す日本人で六つも年上。こっちはいつも怒られてばっかり」
「ふ~ん。ジョゼにそんな人がいるなんて知らなかったな。次はいつ逢えるの?」
「たぶん来週。ミクのばあちゃんが、昨日連絡をくれたんだ。しばらくこっちにいられるらしいって。今度こそ、少しは進展させたいと思っているんだけどさ」
「そうか。上手くいくといいね」
「おう。お前もあんまり落ち込むなよ。何なら、他の男でも紹介してやろうか」
ジョゼがそういうと、マイアは首を振った。
「ありがとう。でも、遠慮しておく。私、自分でも思っていなかったけど、かなりしつこいみたい。このままでいいんだ」
ジョゼは「ふ~ん」と言った。そうだよな、振られたからって、はいそうですかと、次に行く氣にはならないよな、僕だって。オリーブをぱくついた。
「わかった。じゃあ、今日はつきあってやるから、このあと一緒にガイアへ行こうぜ」
ジョゼが言うと、マイアは目をみはった。
「ええ? そんなに飲んで、まだ試飲に行くつもりなの?」
「違うよ。メイコの所へ連れて行ってやる。ほら、その日本人のばあちゃん。行くとやたらとうまいご飯を出してくれるんだ。それにアロース・ドース(注)は絶品だよ」
「でも、知らない私がいきなり押し掛けたら迷惑だよ」
「たぶん、へっちゃらさ。ミクがいなくて寂しいみたいだから、押し掛けると喜ぶんだ」
「そう。じゃあ、連れて行ってもらおうかな。美味しいアロース・ドースの作り方、教えてもらいたいな」
ジョゼは笑って頷いた。
「メイコは酸いも甘いも極めた人生の達人だからな。元氣になる魔法もきっと教えてくれるさ」
(初出:2015年1月 書き下ろし)
(注)アロース・ドースはポルトガル風ミルクライス。デザートの一種です。
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【小説】楔
「scriviamo! 2015」の第十一弾です。ポール・ブリッツさんは、「マンハッタンの日本人」を更に進めた作品を書いてくださいました。ありがとうございます。
ポール・ブリッツさんの書いてくださった『働く男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説:
『歩く男』
『食べる男』
『夢を買う男』
『待つ男』
ポール・ブリッツさんはどちらかというとフェードアウトをご希望かと思いきや、とんでもなく。予想外にこじれています。「マンハッタンの日本人」シリーズ(笑)
はまりつつある泥沼をご存知ない方のために軽く説明しますと、ニューヨークの大衆食堂で働くウルトラ地味なヒロイン谷口美穂は、どういうわけか元上司で今はサンフランシスコに行ってしまったポールと、客で有名ジャーナリストであるジョセフの二人に想いを寄せられる異例の事態になっています。ポールと美穂は相思相愛だったのですが、どちらもダメになったと思い込んでいて、連絡も途絶えています。そこに表れたジョセフからのアタックなのか違うのかよくわからないアプローチに、美穂は戸惑っているのが前回までのストーリーでした。
ポール・ブリッツさんの作品でのポールは、こちらが手の出しようもないみごとなグルグルっぷり、「これをどうしろというのよ」と悩んだ結果、私なりのウルトラCで無理に事態を動かすことにしました。ただし、ポール・ブリッツさんへの返掌編ではありますが、両方に公平にチャンスを与えることにしました。
事態打開のために、TOM-Fさんのご協力をいただきました。大切なキャラ二人を快く貸してくださったことに心から御礼申し上げます。
この後のことを、宣言させていただきます。より女心をぐらりとさせるアタックをして、私と読者の方々に「こっちだ!」と納得させた方に美穂をあげます。「女心と秋の空」っていうぐらいですから、結末はどうとでもなります。って、二人共から見事にフラれる「やっぱりね」の結末もありますけれど。
なお、この泥沼に、更に殴り込み参戦なさりたい方は、どうぞお氣兼ねなく。はい、私、やけっぱちになっております。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 11
楔
——Special thanks to Paul Blitz-san
不思議な時代だ。ただの日本人が、ジュネーヴからの電話をニューヨークで受けている。美穂は、ぼんやりと考えた。
「美穂さん、聴こえています?」
ハキハキとした明るい声。春日綾乃はいつでもポジティヴなエネルギーに溢れている。昨年《Star’s Diner》で知り合ったジャーナリストの卵が、ジョセフ・クロンカイトの教え子だったと知った時にはとても驚いた。しかも、彼女は今ジュネーヴでジョセフの依頼で事件を追っているらしい。そんな大変な時に、しかも国際電話で、大衆食堂のウェイトレスの近況などを知らなくてもいいのではないかと思うが、それを言ったら綾乃は一笑に付した。
「大丈夫です。これIP電話ですから、国内通話と変わらないんですよ。それに、先生と美穂さんのこと、あたしには大事なんですから」
美穂は返答に詰まる。
「お似合いだと思うんだけれどな。先生、変なところが抜けているから、美穂さんみたいに落ち着いてしっかりした人、ぴったりですよ」
「綾乃ちゃん。それは、クロンカイトさんに失礼だわ。あの方にとって私はどうでもいい人間の一人に決まっているでしょう」
「美穂さんったら。どうでもいい人をそんなに熱心に誘う人がいると思います? 先生がどんなに忙しいか知っているでしょう?」
綾乃のいう事はもっともだと認めざるを得なかった。ジョセフ・クロンカイトとは、すでに七、八回食事を一緒にしている。最初の二回は「お礼」だったが、次からは特に理由はなかった。週に一度か、十日に一度くらいの頻度で連絡が来る。「今日は予定があるか」だったり、「明日は時間があるか」だったりする。美穂に先約があった試しは一度もない。たぶん365日いつでもヒマだ。
一緒に食事をしていると、いつも数回は「緊急の電話」が入る。
「わかった。明日の朝までに目を通しておくから、自宅にFaxを送ってくれ」
「今夜アヤノから連絡があるまで待ってくれ。わかっている、二時までにはメールする」
「明日は三時までは予定がいっぱいで無理だ。三時半にCNNの会議室に来れるか」
そんな短いやり取りをしてから、携帯電話を内ポケットに入れ、無礼を詫びる。でも、美穂はそれほど忙しいのに自分と食事をする時間を割いてもらっていることを申し訳なく思う。
「でも、美穂さんは、先生と逢う事自体は嫌じゃないんでしょう?」
綾乃が訊き、美穂は即答した。
「もちろんよ。クロンカイトさんとお話ししていると、いつも時間を忘れるの。世界ってこんなにエキサイティングに動いているんだなって、改めて思ったわ。毎回、新しいことを教えていただくし」
「美穂さん……。クロンカイトさんって、まだそんな距離感なんですか? ジョセフって呼んであげてくださいよ」
「そんなの無理だわ。全然そんな立場じゃないもの。それにいつもご馳走になってばかりで、本当は私も払いたいんだけれど、じゃあ払ってくれと言われても払えないようなお店ばかりなのよね……。心苦しくて」
綾乃がため息をついた。
「もう、先生ったら……。とにかく、あたしは断然応援していますから。美穂さん、先生は変なところ奥手なんだから、そんな他人行儀にしないであげてくださいよ」
「でも……」
美穂は口ごもった。綾乃のいう通り、ジョセフ・クロンカイトは酔狂で自分に連絡をしてきているわけではないだろう。彼は食事をして一緒に話をするだけで、それ以上のことを特に求めてくるわけではなかった。だからこそ、美穂もまた誘いを断らなかった。美穂はジョセフに対してのはっきりとした恋心を持っていない。だが、それは一目惚れのような燃え上がる恋情はないというだけで、彼に対しての興味がないということではない。むしろ逢う度に、こんなに興味深くて素敵な人はいないという想いが強くなる。全く釣り合わないと思うし、これからも釣り合うような女性にはなれないと思いつつも、いつかはそのことに悩むことになるのだろうかとも思っている。
でも、純粋にこの状況に身を任せられない理由はわかっている。もう終わったことだと言い聞かせても、まだ心に打ち込まれた大きな楔を取り除けていないからだ。鞄の中には、まだポールから貰ったメールのプリントアウトが四つ折りになったまま入っている。開ける必要もない。暗記してしまっているから。連絡のないことが答え。何度自分に言い聞かせたことだろう。泣くことはなくなった。痛みは確実に薄れている。でもなくなっていないのだ。
ジョセフから愛を告白されたなら、美穂はその事を言わなくてはならないと思っていた。そのことで、彼との時間を失うのは残念でならない。もう二度とジョセフのような人と知り合うチャンスはないだろう。それどころか、誰かに興味を持ってもらえることもないかもしれない。終わってしまったことのために、他の大切なものも失ってしまうのだろうか。この楔を取り除けたら、問題は一つ減るんだろうか。
「美穂さん?」
黙ってしまった美穂が、まだ受話器の向こうにいるのか、綾乃は不安になったらしい。美穂ははっとして、会話に戻ってきた。
「ねえ、綾乃ちゃん。話題が突然変わって申し訳ないんだけれど、教えて。一般人が、去年サンフランシスコで開店したレストランのリストって、入手できると思う?」
「え? 本当に唐突ですね。サンフランシスコ市内だけですか? そうですね。市役所にはリストが公開されているでしょうね。今、ここからだとちょっとわからないですけれど、急ぐなら先生に訊いてみましょうか?」
「いいえ、それはいいわ。時間はたっぷりあるから自分でやってみる。ありがとう」
向こうで綾乃が首を傾げているのが目に浮かぶ。礼を言って電話を切った後、美穂はぼんやりと電話を見つめていた。このままじゃいけない。綾乃の電話は、天からのメッセージのようだと思った。クロンカイトさんに対しても失礼だし、自分のためにも。
翌朝、ジョセフから連絡があった。例によって何の予定もない美穂は、その夜に彼と待ち合わせた。いつものようにマンハッタンにある夜景の見える店ではなく、ブルックリンの西部にあるダンボ地区に連れて行かれた。コンクリートの打ちっぱなしの床や壁に、暖かめの間接照明を多用して、ギャラリーのようなたくさんのアートがかかった店には、ネクタイをしている客はほとんどいなかった。
「ハイ、ジョセフ。久しぶりだね」
スタッフや、常連とおぼしき客たちと親しげに挨拶を交わしているので、よく知っている店なのだろうと思った。テーブルマナーなど、だれも氣にしないような雰囲氣で、美穂は少しホッとしていた。
小さな丸テーブルに案内されて、珍しそうに店を見回す美穂に彼は訊いた。
「この店が氣にいった?」
「ええ。落ち着く店ですね」
「アヤノに怒られたよ」
「え?」
「申し訳なく思うような高い店にばかり連れて行ってどうする氣だって。女の子の扱いが下手すぎると口癖のように言われているんだ。すまなかった。居心地の悪い時には、はっきり言ってほしい」
「そんな……。私こそ、すみません」
美穂が続けようとするのを遮って、彼は続けた。
「それに、サンフランシスコ市役所に調べものに行く必要はない」
彼女が、言葉を見つけられずにいると、ジョセフは内ポケットから愛用の革手帳を取り出すと、中から一枚のメモを抜いてテーブルに置いた。
「アヤノは、ジャーナリストとしてあらゆる素質を持っているんだが、一つだけ不得意なことがあってね」
「それは?」
「ポーカーフェイス。君とは全く関係ないことを装って、昨年のサンフランシスコの登記簿について聞き出そうとしたんだが、残念ながら私にはすぐに君からの依頼だとわかってしまった。これをもう持っていたからね」
『ピンタおばさんの店』。店の所在地、ポールの氏名、現住所、携帯電話番号が並んでいた。美穂は、じっとその紙を見つめていた。
「どうやって……」
「アヤノには言っておいた。誰かが情報を求めている時は、言われたままに探すのではなく、なぜその情報が必要なのかを確認することが一番大切だ。それによってメソッドが変わってくるからね。このケースでは、昨年開店した何千もの店から探すのは徒労だ。この青年を捜す方がずっと早い。例の反戦詩の版権のことで行方をくらました青年だと聞いてからは簡単だった。彼を追い回していたジャーナリストの中で貸しのあるヤツらに数本電話をかけるだけで十分だった」
「でも、どうして……」
「春の終わりにキャシーに頼まれた」
「キャシーが?」
「正確に言うと、私が必要とした情報に対して彼女が求めた対価もある情報だった。それを知るために、この青年の所在が必要になった」
美穂は、手を伸ばしてメモを手にとった。
「キャシー……。どうして……」
「なぜ、君に何も言わなかったのか。私の伝えた客観的事実を、報せたくなかったからだろう。この連絡先を、彼女に渡そうとしたら、それはいらないと言った。そして、もし君がそれを必要とした時には、渡してやってほしいとも言っていた」
「彼女が知りたかったのは?」
「その青年の現在の家族構成と、その店の経営状況。もし君が聞きたいならば、今ここで正確にいう事ができるが」
美穂は、何も言わずにその連絡先を見つめていた。ウェイターが二人の前にワインを置いている間も身動きもせずに、文字を見ていた。それから、しばらくしてから頭を振った。
「キャシーが、私に報せたくないと思った内容なら、おっしゃってくださらなくて結構です」
そう言うと、鞄から四つ折りになったプリントアウトを取り出した。連絡先とそのプリントアウトを重ねると、二つに切り裂いた。
ジョセフは、その間、何も言わなかった。美穂は、下を向いた。涙を見せたりしてはいけない。そんな失礼なことをしてはいけない。楔を取り除きたいと望んだのは自分だ。破いた未練をゴミ箱に捨てようかと思ったが、個人情報だと思い直し、そのままバッグに入れてジッパーを締めた。
「ありがとうございました。お手数をおかけしました。調べていただいたお礼は、どうしたらいいんでしょうか」
ジョセフはワインを飲んで、それから首を振った。
「君に依頼されて調べたものではない」
「でも……」
「どうしても氣が済まないと言うならば、来週末、我が家で親しい人たちを招いてホームパーティをすることになっているんだ。手伝ってくれればありがたい」
美穂は、彼のあまり変わらない表情をしばらく見つめていたが、やがて「はい」と言って頭を下げた。
それから、二時間ほど、いつものようにいろいろなことを話しながら、アラカルトを食べ、ワインを飲んだ。美穂は、頷いたり質問したりしながら、今週世界で起こったことに耳を傾けていた。だがそれと同時に、体の中を冷たい風が吹き抜けていくように感じていた。
楔が抜けるということは、それで塞がっていた傷が開くということだった。彼女の心から哀しみという名の血が溢れ出していた。いつものように笑えなくなっていることを感じた。
店を出て、アパートメントまで送ってくれるジョセフと歩いている時も、いつもの石畳が別の世界のように冷たく感じられた。言葉少なく考え込んでいる美穂に、彼は言った。
「ミホ。忠告をしておく。情報というものは、人の手を通った回数が多ければ多いほど、フィルターがかかるものだ。君がキャシーを信じるのは悪いことではない。キャシーが君のことを大切に想って行動したのは間違いない。だが情報は、私の知人、私、そして、キャシーの三人のフィルターを通してもたらされている。ジャーナリストである私は、アヤノにいつもこう教えている。できるだけソースに近づき裏を取るようにと。君はジャーナリストではないが、悔いを残さないために、苦しくとも真実に近づくことを怖れない勇氣を持った方がいい」
「ミスター・クロンカイト……」
ジョセフは、ため息をついた。
「頼むから、次回はファーストネームで呼んでくれないか」
アパートメントの前についていた。美穂は頷いた。ジョゼフは、優しく美穂にハグをすると、「おやすみ」と言って、もと来た道を戻っていった。
キャシーは、まだ戻っていなかった。美穂は、部屋の灯をつけて、靴を脱ぎ、上着をハンガーにかけると、鞄を開けた。引き裂かれたメモとメールのプリントアウトが見えた。机に並べた。悔いを残さないためにか……。
美穂は、携帯電話を取り出して、ゆっくりと一つずつ番号を打ち込んだ。メールの内容が頭に浮かんだ。「サンフランシスコで店を……きみも来ないか」ジョセフの言葉も浮かんだ。「家族構成と……」
ポールのメールには、美穂を愛しているとはひと言も書いていなかった。好きだったから希望的観測で求愛と読みとってしまったけれど、あれは従業員として店で働いてくれないかという意味だったのかもしれない。呼び出し音が一回聴こえた。連絡のないことが答え。冬の間、つぶやいた言葉。今さら私からかかってきても、ポールは困るだけだろう。美穂は、電話を切って電源を落とした。それから、破れた紙を粉々にして、ゴミ箱に捨てた。
(初出:2015年2月 書き下ろし)
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【小説】再会
今年最初の小説、そして「scriviamo! 2015」の第一弾です。山西 左紀さんは、ご自身のブログの15000HITの記念掌編で私の無茶なリクエスト「ミクとパスティス・デ・ナタ(エッグタルト)で書いて」に素敵な作品で答えてくださいました。
山西 左紀さんの書いてくださった『絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2』
山西 左紀さん関連する小説
絵夢の素敵な日常(10)Promenade
絵夢の素敵な日常(12)Porto Expresso
宝石のようにキラキラと輝く描写が素晴らしい作品を書かれる左紀さんは、ブログでのおつきあいが最も長いお友だちの一人で、もう何度もコラボをさせていただいています。この『Porto Expresso』も、いろいろと縁のある作品です。神戸の宝塚と私の狂っているポルトガルのポルトを舞台に、某有名ボカロイド二人と同じ名前を持つキャラたちが登場して、たまに私のキャラたちとも遊んでくださっているのです。今回は、うちの子であるジョゼを登場させて書いてくださいました。
で、お返しの掌編小説は、やっぱりポルト。左紀さんのところのお二人のキャラにはお名前だけ登場していただいています。すみません、サキさん、また更に勝手に設定作りました。そんなにサキさんの想像から離れていないといいのですが。
で、メインキャラはジョゼと、それから同じくポルトを舞台にしている「Infante 323 黄金の枷」からあの人です。途中で、謎めいた設定が出てきますが、これは「Infante 323 黄金の枷」本編のずっと先にでてくる話です。本編は現在五月の終わりで、この話は九月頃。ジョゼたちは22歳です。あ、参考までに本編のリンクもつけていますが、読まないとわからないような話ではありません。
【参考】
追跡 — 『絵夢の素敵な日常』二次創作
![]() | Infante 323 黄金の枷 |
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
再会
——Special thanks to Yamanishi Saki san
最高の秋晴れだ。幸先がいい。あれ、また同じ事を言ってるよ。でも、今日も空が高くて大理石でできた建物の白さが眩しい。久しぶりの休みだし、また観光客に混じってポートワインの試飲にでも行くかな。それともメイコの所に顔を出そうかな。
アヴィス通りからアリアドスに抜ける道を歩いた。ああ、ここにアイスクリーム屋があったんだよな。マイアが勤めていた。
あれは今から4年くらい前の事だ。今と同じ道を歩いていて、ガラス窓越しにアイスクリーム屋を覗いたジョゼは対面越しにアイスクリームを売っている女性の顔に驚いて中に入っていった。
「マイアじゃないか!」
「あ。ジョゼ!」
それは幼なじみのマイア・フェレイラだった。父親の出稼ぎ先スイスで生まれたジョゼが家族でこの街に戻って最初に出来た友達の一人だった。小学校で同じクラスだったのだ。ジョゼ自身がまだこの国のやり方と人びとに慣れていなかったけれど、大人しくて人付き合いの下手なマイアの不器用さをほっておけなくて、ジョゼはマイアを友達の輪の中に引きずるようにして連れて行き、それで自分もまた同じ世代の子供たちに慣れたのだ。
彼女はある日突然引越して、彼の前から姿を消した。それからほとんど存在すら忘れていたマイアが元氣に働いているのを見てジョゼは嬉しくなった。
「あんまり変わっていないな。今どこにいるんだ?」
「あ、またレプーブリカ通りに戻ってきたの。父と妹たちと、前いた建物の斜め前のアパートメントにいるよ」
「そうか。再来週の、サン・ジョアンの前夜祭、仲間で集まるけれど、一緒に行くか?」
「私も行ってもいいの?」
「もちろん。エジーニョやカミラも来るよ。あ、あの二人つき合っているんだ」
「え。あの二人が?」
「うん。もう二年になるかな。知ったときは僕もびっくりした。お前も彼がいたら連れて来てもいいんだぞ」
マイアは目を伏せて首を振った。
「つき合っている人なんていないよ」
ジョゼは、なんだか少しホッとした。そういう相手がいないのは自分だけじゃないのかと思って。
今年のはじめにそのアイスクリーム屋は潰れてしまった。彼女、失業してどうなったんだろう。それからずっと見ていない。今夏のサン・ジョアンの前夜祭も、ジョゼ自身が仕事で行けなかったのでマイアが皆と楽しんだか確認していなかった。
あいつ、自分から打ち解けようとしないから、他のやつらにすぐに忘れられちゃうんだよな。だから「マイアは呼んだ?」と確認して、彼女の自宅に連絡するのは、この4年間いつもジョゼの役割だった。
彼女の事を考えるのは、彼がマイアに異性としての関心があるからではない、それどころか2ヶ月前までは忙しさにかまけて、彼女の事を完膚なきまでに忘れていたのだ。彼女が奇妙で秘密めいた連絡をしてくるまでは。
それは7月のことだった。彼の勤務先にある女性が何回か続けて来た。ものすごい美人だったので、すぐにウェイターたちの間で話題になった。最初は奥の席に座った。そこはマリオの担当だったので、ジョゼは側にも行かなかった。それから数日して、またやってきた彼女は反対側の中程に座った。コーヒーを頼んで、しばらく雑誌を読んでから帰っていく。また数日したら、今度はジョゼの担当の席だった。
彼女は、帰り際にチップを手渡したが、それは小さな封筒に入っていた。そして、その封筒の中にチップの他にマイアの特徴のある筆跡の手紙が入っていたのだ。ジョゼの名札を見てわざわざ確認してから渡したらしい。もとからジョゼにマイアの手紙を届けるためだけに、来ていたのだろう。その推理を裏付けるかのように、その女性はそれからぴたりと来なくなった。
ジョゼはマイアの指示書に従って、封筒に同封されていたもう一枚のメモを目立たない封筒に入れてマリア・モタという女性あてに発送した。それだけだった。だが、その後もマイアから連絡もなければ、説明の手紙も来なかった。
それから、ここを通る度に、いつかあいつを捕まえて問いたださなくちゃと思っている。でも、どこにいるのか誰も知らないのだ。
カフェ・グアラニの角を曲がった途端、そのテラスに正にマイアが一人で座っているのを見て仰天した。
「ええっ、まさか!」
「ジョゼ!」
彼は、マイアの前に置かれたレア・チーズケーキとポートワインを見て目を丸くした。こんな高いカフェで、何を頼んでいるんだ?
「今日は、何かのお祝い?」

マイアは黙って首を振った。
「ううん。ただ、休暇を楽しんでいるだけ。ジョゼも、今日はお休みなの? 時間ある?」
「ああ、休みだし、特に予定もないよ。で、久しぶりだから、ガイアでポートワインでも飲もうかと……」
マイアはジョゼが時おり観光客のフリをして試飲をしている事を知っていたので笑った。ジョゼはどのカーブでも有名になっていて、もうそんなに簡単には飲ませてもらえないはずだ。
「ねえ、私がここでポートワインをごちそうするから、しばらくつき合ってよ」
マイアが言うとジョゼは目を丸くした。明日は雪か? 素早く座って言った。
「喜んで。氣が変わらないうちに、注文させてもらうよ」
このカフェは、ジョゼの勤務先と同じオーナーが経営している。どちらもこの街で一二を争う有名店だ。ジョゼは普段はウェイターとして働くのみで、ここに座って注文をした事はない。ちょっと何かを食べたら、日給が吹っ飛んでしまう。
「マイア、どうしたんだよ。宝くじでも当たったのか」
「違うの。いつもこんな贅沢をしているわけじゃないの。でも、散財したい氣分なんだ。今日は一日暇で何もやる事ないし」
「アイスクリーム屋がつぶれてから、お前、音信不通になっちゃったじゃないか。休暇ってことは新しい仕事見つけたのか? 今何しているんだ?」
「あるお屋敷に住み込みで働いているの」
「え?」
ウェイターがやってきてジョゼの顔を見て驚いた。
「ジョゼじゃないか、何しているんだ?」
「ははは、この子がおごってくれるっていうから。この、ポートワイン三種類飲み較べってヤツ、頼むわ」
ウェイターは納得して向こうへ行った。それを待ってからジョゼは、マイアの顔をじっと覗き込んだ。
「そういえば、お前さ、7月に……」
そういいかけた時、マイアが遮るように「これ、とても美味しいわ」と言った。ジョゼは、驚いて彼女を見た。マイアは目だけで「その話をするな」と訴えていた。
「ずいぶん前の事だけれど、ジョゼにしてもらった事、本当に助かったの。だから、今日は、何でも好きなものを頼んでね」
ここで話すのはまずいのだなと納得した。いったい何を警戒しているのだろう。
マイアは、ウェイターの運んできた三つのグラスのうち、タウニーに手を伸ばしたジョゼに自分のグラスを重ねた。ま、いいか。ジョゼは肩をすくめて乾杯をした。そしてタウニーをごくっと飲み込んだ。うわっ、なんだこりゃ、すごく美味い。生きていてよかった。

マイアは小さく笑ってグラスを傾けた。その様子を見て彼は首を傾げた。前の彼女はもっと自信がなさそうで、自分から行動を起こしたりする事がほとんどなかった。
ピカピカに磨かれた華奢なグラス。ルビー色のポートワインはマイアの小さい唇にゆっくりと流れていく。彼女が置いたグラスには、透明なアーチが教会の窓のように流れている。グラスの足に添えられた彼女の指先は柔らかい曲線を描き、かつて彼が知っていた幼なじみの粗雑なそれとは違って見えた。
「お前、なんか、変わったな」
「えっ?」
「前は、もっとおどおどしていたし、こんなところで優雅にグラスを傾けたりしなかったじゃないか」
ジョゼが言うと、マイアは少し考えた。
「そうかもね。少なくとも、ポートワインの美味しさ、前は知らなかったかも」
「お前も試飲に行くようになったのか?」
そういうとマイアは笑って首を振った。
それからため息をついた。それから、グラスの中の紅い酒の中に溶かし込むかのごとく小さく囁いた。
「ある人が、教えてくれたんだ……」
ジョゼは身を乗り出した。
「なんだよ、その深いため息は」
マイアは困ったように笑った。
「なんでもないよ。詳しくは話しちゃいけないの、ごめん」
瞳がわずかに潤んでいた。彼女は目の前にいるジョゼを見ていなかった。その場にある別のものを見ているわけでもなかった。そのマイアの憂いに満ちた表情で、大方の事は想像できた。こりゃ、恋にでも落っこちたらしい。しかも、見込みがなさそうなヤツ。
「大丈夫か? 失恋?」
「うん。これまでも一人だったし、きっとこれからもなんとかなると思う。心配しないで」
そう言ってから、彼の方を見た。
「ジョゼも失恋した事ある?」
彼は想像もしていなかったその切り返しに赤くなった。
「えっ。いや、その、失恋というか……まだ、告白していないというか……」
「へえ。ジョゼが、そんな奥手だったなんて意外。最近の事なの?」
「い、いや、知り合ったのはずーっと前で、それに、意識しだしたのはもう、6年も前で」
「ええっ。6年もそのままなの?」
「まあ、そうだな。その人、ここに住んでいないんだよ。たまに来るんだ。逢うといつも元氣な弟みたいに接しちゃって、つい……」
マイアが楽しそうに笑った。
「どんな人?」
ジョゼの顔は赤くなってきた。大した量には見えないのに、三杯のポートワインは確実に効いている。
「長い髪をさ、いつもツインテールにしている。胸はぺっちゃんこ、声が高くて、痩せて手足も長い。へんなポルトガル語を話す日本人で六つも年上。こっちはいつも怒られてばっかり」
「ふ~ん。ジョゼにそんな人がいるなんて知らなかったな。次はいつ逢えるの?」
「たぶん来週。ミクのばあちゃんが、昨日連絡をくれたんだ。しばらくこっちにいられるらしいって。今度こそ、少しは進展させたいと思っているんだけどさ」
「そうか。上手くいくといいね」
「おう。お前もあんまり落ち込むなよ。何なら、他の男でも紹介してやろうか」
ジョゼがそういうと、マイアは首を振った。
「ありがとう。でも、遠慮しておく。私、自分でも思っていなかったけど、かなりしつこいみたい。このままでいいんだ」
ジョゼは「ふ~ん」と言った。そうだよな、振られたからって、はいそうですかと、次に行く氣にはならないよな、僕だって。オリーブをぱくついた。
「わかった。じゃあ、今日はつきあってやるから、このあと一緒にガイアへ行こうぜ」
ジョゼが言うと、マイアは目をみはった。
「ええ? そんなに飲んで、まだ試飲に行くつもりなの?」
「違うよ。メイコの所へ連れて行ってやる。ほら、その日本人のばあちゃん。行くとやたらとうまいご飯を出してくれるんだ。それにアロース・ドース(注)は絶品だよ」
「でも、知らない私がいきなり押し掛けたら迷惑だよ」
「たぶん、へっちゃらさ。ミクがいなくて寂しいみたいだから、押し掛けると喜ぶんだ」
「そう。じゃあ、連れて行ってもらおうかな。美味しいアロース・ドースの作り方、教えてもらいたいな」
ジョゼは笑って頷いた。
「メイコは酸いも甘いも極めた人生の達人だからな。元氣になる魔法もきっと教えてくれるさ」
(初出:2015年1月 書き下ろし)
(注)アロース・ドースはポルトガル風ミルクライス。デザートの一種です。
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- scriviamo! 2015のお報せ (01.01.2015)
【小説】そよ風が吹く春の日に
「scriviamo! 2015」の第九弾です。TOM-Fさんは、「マンハッタンの日本人」を新たに大きく展開させた作品を書いてくださいました。ありがとうございます。
TOM-Fさんの書いてくださった『この星空の向こうに』第2話サザンクロス・ジュエルボックス -Featuring『マンハッタンの日本人』
TOM-Fさんの関連する小説:
「天文部」シリーズ
『この星空の向こうに』-Featuring『マンハッタンの日本人』
TOM-Fさんは、時代物から、ファンタジー入りアクション小説まで広い守備範囲を自在に書きこなす小説ブロガーさんです。どの題材を使われる時も、その道のプロなのではないかと思うほどの愛を感じる詳細な書き込みがなされているのが特徴。その詳細の上に、面白いストーリーがのっかているので、ぐいぐい引き込まれてしまいます。お付き合いも長く、それに、私にとっては一番コラボ歴の長い、どんな無茶なコラボでもこなしてくださるブログのお友だちです。
今年は、去年に続き『天文部』シリーズと『マンハッタンの日本人』を絡めて参加してくださいました。それも、ものすごい変化球で……。
もう前回で最終回かと危ぶまれていた『マンハッタンの日本人』シリーズですが、終わりませんでした(笑)しかも、なんかいいなあ、美穂。私も予想もしていなかった展開なんですけれど。今年はいったいどうしたんだろう。
今年も同時発表になっていますが、時系列の関係で、TOM-Fさんの方からお読みいただくことをお薦めします。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 10
そよ風が吹く春の日に
——Special thanks to TOM-F-san
桜かあ。春になっちゃったねぇ。キャシーはダイナー《Cherry & Cherry》のカウンターに肘をついて、ぼんやりと考えた。毎年、セントラル・パークに桜が咲く頃になると、人びとの頭の中からウィンタースポーツのことは消える。キャシーの頭の中からは消えないけれど、実際に滑ることは不可能になるので、陸の上でできるトレーニングを黙々とこなすようになる。次の冬のステップアップに向けての大切な時期ではあるけれど、滑ることそのものが好きなキャシーには残念な季節だ。
それで仕事でのやる氣も若干そがれる季節なのだが、今年は同居人がプライヴェート上の悩みを振り払おうと、やけに頑張って働くのでダラダラするのに罪悪感が伴い、キャシーにしては真面目に仕事に励んでいた。美穂は早く出勤して、モーニング・セットのためにブラウン・ポテトを作っている。後から出勤してもいいのだが、それを作りながら、もともとその仕事をするきっかけになった男のことを思いだして、彼女がまためそめそしているんじゃないかと思うと、どうも二度寝を楽しむ氣になれない。それでキャシーは美穂と一緒に出勤して、掃除やその他の開店準備をすることになった。
そうやって早くから用意していると、時間に余裕ができるのか、今まで見えていなかった粗が目につくようになる。ずっと動かしたことのない棚の中の食器の位置を変えて、出し入れがスムーズになった。そうすると配膳が楽になり、ナフキン入れやケチャップ・マスタード立ての曇りに目がいった。いつの間にか客たちの文句が減り、会話が増えたように思う。美穂が《Star’s Diner》ではじめた「オシボリ」とかいう、小さいタオルを手ふきとして出すサービスも、最初は仕事が増えるだけとしか思わなかったが、反対に客がテーブルや床を汚すことが圧倒的に減り、毎日ふきんやミニタオルを洗濯する手間はほとんど変わらないのに仕事が楽になっていくように思う。
その変化は《Cherry & Cherry》の常連たちにも好評だった。緩やかに変化を見てきた人たちはそうでもなかったが、しばらく足が遠のいていて久しぶりにやってきた客たちは一様に驚いて何があったのかと訊きたがった。美穂は通常はキッチンにいて人びとと接する機会はあまりなかったのだが、説明を面倒に思うキャシーはその度に、キッチンから美穂を引きずり出して「この子が、変えてくれたの」と説明しては済ませていた。
入口のドアが開いて、今日最初の客が入ってきた。あらぁ、久しぶりだこと。ジョセフ・クロンカイト。キャシーがフルネームを知っている数少ない客だ。と言っても、自己紹介をされて知っているわけではなく、CNNの解説委員としてテレビに出ている有名ジャーナリストだからなのだけれど。
「おはよう、ミスター・クロンカイト」
キャシーがいうと、その男は、驚いたような顔をしてから、言った。
「君か、キャシー」
「あ、今、がっかりしたでしょう」
「い、いや、していないとも。おはよう。ところで怪我をしたんだって。大丈夫か?」
「ありがとうございます。つまり、昨日の、財布を落としたお客さんってあなただったんですね、ミスター・クロンカイト。とてもおいしい食事をご馳走になったってミホが言っていたけれど」
美穂はどうやらこの男が何者なのかわかっていないらしい。それもそうだ。ひと口にジャーナリストと言われても、コミュニティ紙編集部から従軍記者までさまざまだ。ジョセフ・クロンカイトは有名人と言っても俳優ではないので、ニュースを観ない人間にまでは知られていない。それに美穂は外国人だ。前に住んでいたアパートメントにはテレビはなかったし、キャシーと暮らしはじめてからも二人でCNNのニュースを観ることなどほとんどない。知らなくても不思議はない。
「君は、いいジャーナリストになれるね。もう何もかも聞き出したのか?」
「ふふん。日本人から何もかも聞き出せるほどの腕があったら、こんな所で働いていると思います? ところで、珍しいですね。二日続けてくることなんてなかったじゃないですか。ここの所全然来なかったし」
「取材でアメリカにはいなかったんだ。来ない間に、ずいぶんとこの店が変わっていたんで驚いたよ。これならもっと足繁く通ってもいいね。モーニングセットを頼むよ。ところで、今日はミホは……」
カウンターに腰掛けたジョセフが全て言い終わる前に、キャシーは「ふ~ん」という顔をした。目の前に素早く、カトラリーと「オシボリ」を置くと、キッチンに向かいながらウィンクした。
「残念ながら、ミホはオーナーに呼び出されて《Star's Diner》へ向かっているんです。一時間は帰って来ませんよ。今日は私だけで我慢して、また明日にでも来るんですね」
ソイミルクを通常よりも多く入れたコーヒーと、ブラウン・ポテトの少なめのモーニングセットを彼の前に置いた。
「悪いが、昨日以来、ブラウン・ポテトはたっぷり入れてもらうことにしたんだ」
「なるほど。わかります」
ジョセフはことさら無表情を装っていたが、キャシーはその様子をみて心の中で笑った。ブラウン・ポテトって、こんなに効能のある食べ物だって、この歳まで知らなかったな。この人までがミホに興味を持つとはねぇ。これはひょっとすると……。
「あ!」
その声に我に返ると、ジョセフはスラックスのポケットに手をやっていた。
「どうしたんですか。まさか昨日の今日で、また財布をなくしたとか?」
「そのまさかだよ。家に忘れたのかな? なんて失態だ。すまない、後で支払いにくる」
キャシーはため息をついた。この人の硬派で完璧主義のイメージ、見事に崩れちゃったわ。しょうがないなあ。
「後でって、遅くなるんでしょう。私たち、五時までの勤務だし、それ以後だと困るんですけれど」
どうしようかと考えはじめているジョセフが何かを言い出す前にキャシーは続けた。
「ミホに《Star's Diner》からの帰りに集金に行かせます。わざわざ出向くんですから、コーヒーくらいはおごってやってくださいね」
ジョセフは言葉を見つけられずに、眼鏡を掛け直していた。キャシーは続けた。
「ただし。あの子はあなたの周りにいくらでもいるような、要領がよくて恋愛ゲームにも慣れている華やかな女性とは違いますから」
他の客たちが次々と入ってきたので、キャシーは忙しくなり、ジョセフも彼女に対して美穂をナンパしようとしているわけではないという趣旨のことを言い出しかねた。
美穂はタイムワーナーセンターの入口で守衛に話しかけるために勇氣をかき集めた。昨日はここに辿りつく前に、あの人が見つけてくれたんだけれどな。
「CNNのジョセフ・クロンカイトさんを呼んでいただきたいんですが」
守衛はせせら笑った。
「君、彼のファンか? 受付で呼べば本物のジョセフ・クロンカイトがのこのこ出てくるとでも?」
「え……」
美穂は、ジョセフが有名人らしいとようやく氣がついた。モーニングセットの代金をもらいにきたなんて言ったらますます狂信的ファンの嘘だと思われるだろう。携帯電話の番号はあるから、連絡をして下まで降りてきてもらうことはできる。でも、仕事中で忙しいのかもしれないし、これっぽっちのお金のことで、本氣でここまで押し掛けたと呆れられるのが関の山だろう。自分のポケットから払って、終わりにした方がずっと早い。
「わかりました。帰ります」
美穂は踵を返して、エスカレーターを降りた。この新しい大きなビルには、五番街の銀行に勤めていた頃に何度か来た。セントラル・パークに近い新しい話題のスポット。ニューヨークの今を生きる自分にふさわしいと来るのが楽しみでしかたなかった。仕事を失って以来、その晴れ晴れしさがつらくて避けていた。
昨日、ジョセフに連れられて、久しぶりにこの建物の中に入って、別の惑星にいるように感じた。マンハッタンにいるのはずっと同じなのに、摩天楼にはずっと足を踏み入れていなかった。アパートと、職場と、地下鉄と、スーパーマーケットと、いつもの場所を往復するだけの生活に慣れてしまっていた。
《Star's Diner》や《Cherry & Cherry》の仲間たち、常連たち、オーナー、キャシー、そして……。いなくなってしまった人の面影がよぎる。美穂の世界は、とても小さい所で完結していた。《Cherry & Cherry》から歩いて30分もかからない所にあるこの建物はその世界の外にあった。そして、もう二度と関わることのない、関係のない場所になっていた。
昨夜のジョセフの言葉が甦る。
「……そうやってこの街の底辺をさ迷いながらも、少しずつ自分の居心地のいい場所を見つけられたからね。もっとそういう場所を増やしたくて、前だけを見て、上だけを向いて、無我夢中で頑張ってきた。気がついたら、ニューヨークに好きな場所がたくさんできていたんだ」
美穂の好きな場所は減っていくばかりだ。上を見て、上を目指して頑張ったこともない。ジョセフも、ポールも、人生を大きく変えるために、必死で頑張っていた。ジョセフは戦火を逃れてこの国に逃げてきたと言っていた。地獄から歯を食いしばって這い上がってきたのだろう。穏やかで冷静な言動の底に、壮絶な時間の積み重ねがあるのだ。
美穂は、そんな苦労はしたことがない。地元でも知られていない何でもない学校を卒業し、なんとなくアメリカに憧れて留学し、そこそこ頑張って得た銀行の事務職で天下を取ったようなつもりになり、失業や失恋したぐらいで世界に否定されたと嘆いていた。《Star's Diner》や《Cherry & Cherry》、それにキャシーと暮らすアパートメントは居心地が悪いわけではないけれど、ずっとここにいるべき場所、もしくはどこにも行きたくない大切な場所とは思っていない。むしろ、いつまでも甘えて迷惑をかけているのではないかと時々不安になる。不安定。それが今の自分に一番ぴったりくる言葉なのかもしれない。
だからこそ、大きいものは何もつかめないのだろう。この街の中に好きでたまらない場所が増えていかない。居場所がいつまでも見つからない。
昨夜ジョセフは、食事をしながらたくさんの興味深い話をしてくれた。世界を見つめている視点が違う。視野が広い。時間が経つのを忘れた。風が冷たかったエンパイア・ステート・ビルディングの展望台では、上着を脱いで美穂に掛けてくれた。彼女の日常にはほど遠い夢のような時間だった。職場の客と店員という立場を超えて、もっと親しくなれたらいいと思った。友人などという大それた立場ではなくて、尊敬する人として時々話すことができたら世界が違って見えるだろうと思ったのだ。だが、その想いは、彼がこの街で成功した有名人だとわかった途端にしぼんでしまった。
ショッピングモールの入口では、音楽が流れていた。あ、またセリーヌ・ディオンだ……。『All By Myself』か。マイクに振られてしばらくは、この曲を耳にすると泣いていたっけ。「もう一人ではいたくない」と。
All by myself
Don't wanna be
All by myself
Anymore
今の美穂は、この曲を聴いて泣きたくなることはない。特別な誰かにめぐりあいたいとも思っていない。もうめぐりあって、それで手を離してしまったのか、それともそれすらも幻想だったのか、わからなくなっている。
わからない。一人ではいたくないのかな。それとも、このまま、波風が立たないでいられる一人の方がいいのかな。わからないのは、それだけじゃない。ただ生きていくだけの人生って問題があるのかな。成功を、上を目指せない私は、この国、この街には向かないのかな。
とぼとぼと歩いていると、携帯電話が鳴った。誰だっけ、このナンバー。受けた途端、わかった。
「いま、どこにいるんだ?」
ハキハキとした声は、昨日と同じ。ジョセフ・クロンカイトは少し怒っているようだった。
「あ、その……」
「もしかしてと思って、守衛に電話してみたら、帰ったと言われたんだが。電話番号がわからなくなった?」
「え、いいえ、その……」
面倒になったので自分で払って終わりにしようと思ったとは、言えない。そういう解決策は、この国では全く理解してもらえないことだけはよくわかっていた。ましてや、こういう理路整然としたタイプに言えば、確実に厄介な会話が後に続く。これはアメリカで美穂が覚えた有用な知識の一つだった。
「どこにいる?」
もう一度訊かれて、美穂は、ようやく自分が立っている位置を口にした。「そこを動かないように」と釘を刺された。人びとが忙しく行き交う明るいエントランスに美穂は立ち尽くした。
世界は、ままならない。一人でいたくないと思うと一人にされるし、迷惑がかからないようにしようと思うと連絡をしなかったと怒られる。わかるのは一つだ。美穂は世界を動かしていない。世界が彼女を動かしているのだ。
エスカレーターからジョセフが降りてくるのが見えた。周りの女性たちが彼に氣づいてチラチラと見ながらお互いに囁いているのがわかった。隙のない品のいいグレーのスーツ、セルリアンブルーと紺の中間のようなシルクのネクタイ、きつちりと撫で付けられた金髪。時に冷徹に見える縁なしの眼鏡。言われてみれば、有名人と言われても納得するオーラを漂わせている。そんな近付き難い人だが、昨夜見せてくれたような細やかな優しさもある。
「待たせたね。早めのランチをする時間はあるか」
美穂は大きく頭を横に振った。もうじき11時になる。
「できるだけ早く店に戻らないと。ランチタイムはとても忙しいんです。今、キャシー一人ですし」
「そうか。じゃあ、夕方に改めてお礼をさせてもらおう」
「そんな。いいです。昨夜も十分過ぎるほどでしたし、お忙しいのはわかっていますから……」
ジョセフは有無を言わさぬ口調で美穂の固辞をさえぎった。
「そうはいかない。君に訊きたい日本語の単語もあるしね。キャシーは君たちは五時で上がりだと言っていたな。五時十五分に迎えにいくのでいいかな」
何かがおかしい。美穂は思った。たかだかこれっぽっちの集金のことで、大袈裟だ。でも、抵抗しても無駄みたい。そういえば昨日、知り合いに日本人の女の子がいるって言っていたわよね。その女の子と恋愛でもしていて、相談したいことでもあるのかしら。
雲の上の人と二度も食事に行けるのが、その女性のおかげなら感謝しなくちゃね。美穂はほんの少しだけ浮き浮きした足取りで、キャシーの待つ《Cherry & Cherry》へと戻っていった。桜の花びらの舞うそよ風に、マンハッタンの季節も動いていくようだった。
(初出:2015年2月 書き下ろし)
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- 【小説】楔 (05.01.2015)
- 【小説】One In A Million (03.01.2015)
- 【小説】黄色いスイートピー (02.01.2015)
- 【小説】新しい年、何かが始まる (01.01.2015)
【小説】One In A Million
「scriviamo! 2015」の第七弾です。ポール・ブリッツさんは、「マンハッタンの日本人」を更に進めた作品を書いてくださいました。ありがとうございます。
ポール・ブリッツさんの書いてくださった『待つ男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説:
『歩く男』
『食べる男』
『夢を買う男』
ものすごい挑戦状をいただきました(笑)なんて暴球を投げてくるんだか。すでにポールさんの分をお読みになった方は、興味津々だと思います。
「マンハッタンの日本人」シリーズ、ポールさんのストーリーにあわせると、もしかすると今日が最終回になっちゃうんですが、そうなってもそうならなくてもいいようになっています。ポールさん、「ぬらりひょん」な返答でごめんなさい。
なお、この作品でもポールさんの書かれた内容をざっとおさらいはしてありますが、できれば先にポールさんの作品をお読みください。ポールのメール、この小説ではほんの一部を引用しただけです。とても哲学的でかつ甘い告白の全文は、ぜひあちらで。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 9
One In A Million
——Special thanks to Paul Blitz-san
今度こそ。キャシーは背中に力を込めた。このタイミング! でも、しっかりと踏ん張るはずの足が少しぐらついた。あ、高さが足りない。着地はなんとかなったものの、満足はいかなかった。
もうそろそろウォールマン・リンクのスケート場シーズンはおしまい。日に日に春めいてきている。キャシーは、リハビリも兼ねてさっさとスケートを始めた。ジャンプが出来るようになっただけでも大した進歩だと思う。次のシーズンには、またダブル・サルコウが飛べるようになるといいな。
しゃっと音をさせて、キャシーはベンチの方へ向かった。
「ね。ミホ、どうだった? 二回転にはならなかったけど、マシになった?」
美穂は、その声でようやくキャシーが近くに戻ってきたことに氣がついたようだった。
「あ~あ、まったく。またあいつのことを考えていたの?」
キャシーが言うと、美穂はあわてて首を振ったが、誤摩化しても無駄だと思ったのか、そのまま無言で下を向いた。
キャシーはベンチにどかっと座ると、優しく美穂の顔を覗き込んだ。
「とんでもない騒ぎに巻き込まれちゃったよね。あの詩人が生きていたら、ミホになんてことをしてくれたんだって殴ってやりたいよ」
そういうと、美穂は顔を上げて、わずかに口角をあげた。
「キャシーだって、泣いていたじゃない」
そうよ。不覚にもあの詩には、号泣しちゃったのよ。あんないい詩を書くもんだから、だから、あんなことになっちゃったんだわ。キャシーは腕を組んで口を尖らせた。
ポールとその同居人がアップロードした、反戦詩の動画は、とんでもないセンセーションを引き起こした。亡くなった詩人が自分で読んだ分だけじゃなく、ポールに頼まれて美穂が朗読した分のせいで、彼女は一時的に有名人になってしまった。
《Star’s Diner》にはマスコミや野次馬が押し掛けた。オーナーは大いに喜んで、従業員を増やした。しかしそれだけでは済まず、たいして時間もかからぬうちに美穂のアパートメントも見つかってしまった。ただの一般人だった美穂は、そうやって追いかけられることに本当に弱ってしまった。もちろん当事者のポールもそのまま《Star’s Diner》で働けるような状況ではなく、マスコミやの大金のなる木を狙うハイエナのような連中が追いかけてこないホテルに逃げ込んだ。
それから、ポールとその同居人のイヴォは、秘かに詩の著作権を売却して、そのほとんどを反戦運動基金管理団体へと寄付し、残りの一部を持ってそれぞれニューヨークから去った。美穂は、ポールからメールをもらった。
……そしてわたしだが、あの店長のいとこがサンフランシスコで店を開こうとしているとかで、優秀な経営パートナーを欲しがっているそうだ。
きみも来ないか。
……三日後、グレイハウンドの最終バスでサンフランシスコに向かおうと思う。
そこで、きみと思い切り話し合いたいんだ。
今までのことと、これからのことを。
バス停で待っている
プリントアウトしたメールは、今でも鞄に入っている。何度も、何度も読んだので、ボロボロになっている。一緒に働いた数ヶ月のこと、理不尽さや不公平に落ち込んでいた時に明るく救い上げてくれたこと、ブラウン・ポテトをつまみ食いする時の楽しそうな様子、動画を録画する時に真剣な目で見つめていたこと、今でも鮮やかに思いだす。
前のように失敗することが嫌で、拒否されることが怖くて、好きだとついに言えなかった。でも、「一緒に行こう」と言ってくれた。返事は決まっていた。美穂はサンフランシスコに、ポールについて行くつもりだった。
でも、夜逃げの経験なんかなかったから、三日できちんと退職と引越の全てを準備することがどんなに難しいかわからなかった。それに、アパートメントの外には例によって、怪しい人やマスコミがいっぱいだった。美穂は、ポールと話をするためだけにバス停に行こうとした。でも、出るのが遅すぎたのだ。いなくなったと思っていたおかしな人たちは、まだ何人も外にいた。美穂よりもポールやイヴォを探しているのがわかっていたから、連れて行くわけにはいかなかった。彼らを巻こうとして時間がかかりすぎた。
バス停には、もう誰もいなかった。バスも一台もいなくて、人っ子一人いなかった。
メロドラマだと、こういう時には、物陰から「バスには乗らなかったんだ」と恋人が出てくるのが定石なんだけれどな……。でも、ポールは行ってしまったのだ。美穂に拒否されたと思って、一人でニューヨークから、美穂の前から去ってしまったのだ。それでも彼女はまだその時には楽天的だった。連絡をすればいいと思っていたから。
ポールのメールアカウントはあのメールを最後に削除されていた。追いかけてくる人間から痕跡を消したかったんだろう。携帯の電話番号もなくなっていた。ポールをサンフランシスコに誘った前店長の連絡先すら誰も知らなかった。連絡をする手段が何もないとわかった時、はじめて美穂は泣いた。
それから、美穂の生活は少しだけ変わった。辞めたポールの代わりに《Star's Diner》の店長代理に立候補したのはジョニーだった。彼の料理に問題があることは、周知の事実になっていたので、オーナーはそれをあっさりと認めて、《Cherry & Cherry》の料理担当だったジョンを《Star's Diner》へと異動させた。その代わりに美穂を《Cherry & Cherry》へ異動させ、客から見えないの軽食調理担当にしてくれた。キャシーはそれをとても喜んだ。美穂とキャシーは二人で工夫を重ね、《Cherry & Cherry》を少しずつ居心地のいい店にしていった。
それに、アパートメントを出ることになっていて行くあてのなかった美穂にキャシーはこう言ったのだ。
「私とルームシェアしよう! 私も足が元通りになるまで、誰かが一緒に暮らしてくれた方がいいし、ミホとなら問題なく暮らせると思うもの」
新しい職場、新しい住まい、日常が始まった。それにあの詩が、超大物シンガーによって歌われて空前のヒットとなると、美穂を患わせていたしつこい人びとは波が引くように消えて行った。彼女は再び何でもないどこにでもいる日本人となり、平和な日常が戻ってきた。
キャシーはスケート靴を脱ぎながら、ここ数ヶ月いつもかけてくれた明るい励ましを続ける。
「氣持ちはわかるけど、そんな悲しそうなミホを見ていたくないな」
美穂は黙って頷いた。キャシーの優しさが心にしみ込んでくる。涙が止まらない。
もうどうにもならないのだということはわかっている。今まで連絡がないのに、これからあるはずはないだろう。ポールの瞳と、それにメールではじめて教えてくれた彼の想いは、いつまでも美穂の心から出て行ってくれなかった。
美穂はいつだったか五番街の真ん中で泣きたくなったことを思いだした。ラジオから流れてきたNe-Yoの“One In A Million”。世界中の人に愛されたいなんて願っていない。だけど、だけどせめて一人くらいは言ってほしい。君は百万人の中でたった一人の大切な人だと。そして、美穂はそういってくれる人に出会って、彼を愛したのだ。とても短かったけれど。自分の想いすら告げなかったけれど。
……きみはいつまでも、マンハッタンの日本人でいたいのか。この、非人間的なマンハッタンの、孤独な日本人でいることに満足していたいのか。
思っていないよ。マンハッタンにこだわっているわけじゃない。でも、私はどこにも行けない。サンフランシスコ中を歩いても、あなたを見つけられるわけじゃないでしょう。もう、待っても無駄だってわかっている。忘れて生きていかなくちゃ。仕事と住むところがあるここで。たまたまマンハッタンで。
「ねえ、ミホ。あいつの代わりにはならないと思うけれど」
キャシーが、美穂の肩を優しく抱いて言葉を続けた。
「いつか美穂と私で、小さいお店をやろうよ。いつまでもあのケチオーナーに搾取されるんじゃなくってさ」
「キャシーったら。そういう夢は彼氏と語るものでしょ」
「見損なわないでよ。私、彼氏を作ってミホの側でいちゃいちゃしたりしないよ。……少なくともあいつが戻ってくるか、それともミホに新しい彼が出来るまで」
「やだ、じゃあ、私、猛スピードで新しい彼を作らないといけないじゃない」
「そうだよ。その調子」
美穂は鞄からハンカチを取り出した。鞄が膝の上にずっと置かれていたせいか、彼のメールを印刷した紙は温かくなっていた。逢いたいよ。日本語で呟いた。
鞄を閉めると、涙を拭ってウォールマン・リンクを眺めた。楽しそうな家族が一緒に滑っている。恋人に滑り方を習っている女性もいる。キャシーの褐色の肌は、綺麗に輝いている。陽射しは柔らかくて暖かい。冬は終わりに近づいて、もうじき春が来る。美穂は、明日も頑張って働こうと思った。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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【小説】黄色いスイートピー
「scriviamo! 2015」の第六弾です。ウゾさんは、先日書いてくださった『其のシチューを 再び味わおうか』のさらに続きを書いてくださいました。ありがとうございます!
ウゾさんの書いてくださった『其のシチューを 再び味わおうか 珈琲を追加で 』
ウゾさんの関連する小説:
『其のシチューは 殊更に甘かった 』
『其のシチューを 再び味わおうか』
ウゾさんとのお付き合いは、ブログ運営年数 − 数ヶ月。それ以前に知り合った方で、今もブログを通して交流している方はほとんどないくなってしまったので、たぶんもっとも古いブログのお友だちの一人ということになります。最初に作品を通して交流したのが『短編小説を書いてみよう会』でしたよね。思えば、あれが私のブログ交流の原点になっています。そして、ウゾさんをはじめ、あの時知り合った何人かのお友だちが、今でもこうやってかまってくださる。ありがたいことです。
さて、書いていただいた作品、つい先日発表したお返しの作品「歌うようにスピンしよう」への、この「隅の老人」視点でのアンサー小説。前回は、脇キャラであったキャシーを《Cherry & Cherry》でのメインキャラに据えてみましたが、それをとても上手に引き継いでくださいながら、やはりウゾさんらしく独特の世界観で書いてくださいました。
で、「マンハッタンの日本人」シリーズは、scriviamo!の時期しか進まないし、来年はやらないかもしれないので、今のうちにサーブにはレシーブしちゃうことにしました。またしてもキャシーを登場させています。
「マンハッタンの日本人」シリーズは、昨年以来、交流で作っていく特殊小説になっています。こうなったら何でもありですので、乱入なさりたい方はどなたでもご自由にどうぞ。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、だんだん話が大きくなってきたので新カテゴリにしてまとめ読み出来るようにしました。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 8
黄色いスイートピー
——Special thanks to Uzo san
美穂が病室にやってきたのは、面会時間も終わりかけの午後六時半だった。朝から働き詰めで疲れているんだろうから、わざわざ見舞いになんか来てくれなくてもいいのに。
キャシーは、ギプスをはめられた足を見ながら、今日の夕食のチキンは意外と美味しかったなとのんきに考えている所だった。
三日ほど前のことだった。キャシーがいつものように、ウォールマン・リンクでダブル・サルコウを飛ぼうとした時に、一人の男がスピード・スケートのまねごとをして突っ込んできたのだ。なんとか衝突を避けようとして、変に体をねじったので着地に失敗して、足の骨を折ってしまった。本来ならば、入院代はどうしようかとか、このままじゃ仕事を失う、なんとかしなくてはと、不安にさいなまれているはずだったが、今回は天がキャシーに味方したのだ。
「保険?」
キャシーの辞書にはない言葉だった。雷が落ちるか、クビを宣言されるかどちらかだと思っていたキャシーの前に現れたケチオーナーは高笑いをした。
「総合事業者保険を契約し直したばかりなのだ。わはははは」
それによると、これまでの保険がぼったくりに近いものだったのを、《Star's Diner》の店長代理であるポールに指摘されて今年から契約を見なおしたらしい。見なおしたと言っても、細かい字を読むのは苦手なので、ポールに一任して新しい保険会社と契約を決めさせたそう。
各種の損害補償と従業員の疾病障害時に於ける代替労働力雇用に関する費用などがバランス良くカバーされている保険に、従業員の労働災害以外の事故の入院費用までカバーする特約がついていたらしい。もともとの保険とあまり変わらない額になったが、全従業員の時給を上げるか、これを契約するかどっちかを選べとポールに言われて、オーナーは総合的に安いこちらを選んだ。
つまり、入院費用だけでなく働けない間の生活費の補償までもらえて、キャシーがこうやってのんびりと静養していられるのは、ひとえにポールのおかげなのだが、ケチオーナーは自分の手柄だといいふらしていた。呆れて真実を教えてくれたのは美穂だ。
その美穂は、キャシーの代わりに週の半分《Cherry & Cherry》に来ている。基本ひとり体制の《Cherry & Cherry》なので、保険で雇えた代わりの新人には勤まらない。オーナーは、キャシーが復帰するまで《Star's Diner》に新人を配して、美穂一人にキャシーの代わりをしてもらうつもりだったが、ポールが断乎として反対したので、結局、美穂とダイアナが交互で《Cherry & Cherry》に入ることになった。
美穂はどうやら《Cherry & Cherry》に来る日も、二時間早く《Star's Diner》に寄ってブラウン・ポテトを用意しているらしい。キャシーは「日本人って、どうかしている」といつもの感想を述べた。それから六時まで働き、夜番のジェフが来るのを待ってから帰宅する。相当疲れているはずなのに、不機嫌な様子は全く見せなかった。
「ハロー、キャシー。具合はどう?」
美穂は、コートを脱ぐとベッドの脇にある椅子の背にかけた。そして、周りを見回して、何かを探した。
「うん。こうしている限り、なんともない。でも退屈。あと一週間もこんなことしているの、やになっちゃう。ミホ、何を探しているの?」
美穂は手元の小さい三角の紙包みを見せた。
「お花。花瓶になるものないかと思って」
それから小さいコップを見つけると、それに水を入れてから包みを開けた。黄色い鮮やかな色がキャシーの目に入った。
「スイートピー! 可愛い。どうしたの?」
美穂は思い出し笑いをした。
「ほら、時々来るあのおじいさん、あの方があなたを訪ねてきたのよ」
「ヘ? あの人?」
「ええ。この間足りなかった5セントのことを氣にしていらしたみたい。お礼にって、この可愛い花を持って。あなたの事故の事を言ったら、びっくりしてとても心配していたわ」
美穂はスイートピーの花が一輪の入ったコップをベッド脇のキャビネット上に置くと、ポケットから袋に入った小銭を出して、コップの隣に置いた。
「これは?」
「これもあのお客さんから。借りていた5セントと、それから今日はコーヒーも頼むつもりで来たけれど、あなたがいないから、チップとして置いていくって」
「へえ~。たった5セントのことなのに、律儀なおじいさんねぇ。それにミホも、わざわざ持ってきてくれてありがとう」
「どういたしまして。それから、あのお客さんもお見舞いに来たいみたいなんだけれど、ここに入院しているって教えてあげてもいい? 一応確認してから……」
「もちろん。来てくれたら嬉しいよ。でも、あと一週間で退院だからなぁ」
「明日、また立ち寄るっておっしゃっていたから、そう伝えておくわね」
美穂が帰ったあと、キャシーは枕元の黄色いスイートピーを眺めた。同じ病室にいるほかの三人の所には、恋人や友人たちが花を持ってきていた。キャシーの母親は仕事の合間にちょくちょく来てくれるが、花を持ってきたりはしない。だから、自分の所にも花が来たことが嬉しかった。
春を思わせてくれる明るく優しい花。このさりげなさが、あのおじいさんらしい選択だなと嬉しくなった。
明日、美穂が伝えたら、すぐにお見舞いにきてくれるのかな。あ、明日はお祖母ちゃんも、見舞いにくるって言っていたかも。そうしたら、あのおじいさんを紹介してあげようっと。この人も「スタンド・バイ・ミー」の曲が好きなんだよ、きっと氣が合うんじゃないかなって。
キャシーは、先ほどまでの退屈はどこへやら、明日が楽しみでしかたなくなった。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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【小説】新しい年、何かが始まる
「scriviamo! 2015」の第四弾です。ポール・ブリッツさんは、昨年のscriviamo! で書いてくださった『歩く男』の「わたし」を再登場させて、作品を書いてくださいました。
ポール・ブリッツさんの書いてくださった『夢を買う男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説:
『歩く男』
『食べる男』
オリジナル掌編小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書かれていらっしゃる創作系ブロガーさんです。ちょっとシニカルで、あっというような目の付け所の小説を書いていらっしゃる上、よく恐ろしい(笑)挑戦状を叩き付けてくるブログのお友だちです。
で、この「マンハッタンの日本人」シリーズを最初に取り上げてくださったのがポールさんでした。私自身としては一回書いてそのまま忘れていたのですが、その後、皆さんが次々と取り上げてくださるおかげで、うちの山のようにいるキャラたちの中でも、落ちこぼれヒロイン美穂は突如として有名人になりました。
もともとはただの通行人だった名無しキャラが、どうやらヒーローに昇格しかけているのは、ええ、ポールさんの設定に合わせてのことです。あ、勘違いでしたら、いつものごとく、ガンガンとフラグ折ってやってください(>>ポールさん)。ポールさんの作品と一人称が一致していないのですが、キャラクター・ポールはアメリカ人ですので正式な一人称は「I」です。氣になる方は全セリフを脳内英訳してくださいませ(笑)あ、ポールさんが嫌がっているのに、もう一人のキャラにも勝手に名前を付けちゃったのは、決して報復ではありませんよ。ありませんったら。
【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、だんだん話が大きくなってきたので新カテゴリにしてまとめ読み出来るようにしました。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ
「scriviamo! 2015」について
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「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
「マンハッタンの日本人」シリーズ 7
新しい年、何かが始まる
——Special thanks to Paul Blitz-san
仕事中にかかってきたその電話番号には、憶えがあった。でも番号で表示されるという事は電話帳に登録されていない人だ。誰だろう。美穂はつい受けてしまった。声を聴いて失敗したと思った。
「やあ、ミホ。久しぶりだね」
電話帳に登録されていないのは、美穂が想いを断ち切るために自分で消したからだった。かつて彼女を弄んで逃げるように去ったマイクだった。
「こんにちは。何の用?」
「何の用って、冷たいなあ。久しぶりにニューヨークに出てきたから、思いだして連絡したんだけど」
「あなたがまだ私の電話番号を手元に持っていたなんて意外だわ」
「どうして? 君は僕とつき合っているつもりだっただろう? 今日、泊ってもいいかな? ほら、知らない仲ってわけでなし」
「冗談じゃないわ。絶対に来ないで!」
美穂はカッとして電話を切った。すぐにまたかかってきたけれど電源を切ってエプロンに突っ込んだ。
横で配膳をしていたポールが不思議そうな顔をした。美穂は、今の会話聞かれちゃったかな、と思ったが、黙って皿を二つもって、五番テーブルへと運んだ。
不思議だった。二年前はあんなに連絡が欲しいと思っていたのに、マイクの声は今の美穂にはちっとも嬉しくなかった。大体何のつもりよ。私は無料宿泊所じゃないわ。
「なあ、ミホ。今日、本当に大丈夫か?」
ポールが訊いてきた。今日って? 美穂は一瞬考えてから思いだした。ああ、そうだった、今日、ポールとその同居人が家に来るんだった。
一週間くらい前に、ポールに訊かれたのだ。
「なあ、お前のアパートメント、ネットに繋がっているか?」
「え? あ、インターネット。繋がっていはいるよ、一応」
「だったらさ、悪いけれど回線ちょっと貸してくれないかな。アップロードしたいモノがあってさ」
ポールに言われて美穂は少し困った。
「あ、あの、それはメールかなにか?」
「いや、動画」
「えっ。それは……」
「なんか困る事でも?」
「うん、今どき、なんだけれど必要な時に繋げる契約でね。普段はメールのやり取りと必要な事だけネットサーフィンするぐらいだから」
「えっ」
ポールはこりゃダメだという顔をした。美穂は慌てて言った。
「あ、でもね。ほら、先月から時給が上がったでしょ。だから、来週から常時接続の一番安いプランに切り替えてもらう事になっているの。あまり速くないけれど、それでよければ来週にでも」
そして約束したのが今夜だった。
「あ、もちろん大丈夫。ルームメイトの方とはどこで待ち合わせなの?」
「ユニオン・スクエアに来ているはずだ。早く行かないと、怒られる。寒いからな」
ポールの同居人は、ボクサーだと聞いていた。実は先々週まではもう一人の同居人がいたらしいのだが、亡くなられたのだそうだ。その日、美穂は休みだったのだが、オーナーからの電話で突然呼び出された。ポールのルームメイトが急逝して、医者だの警察だのが来て出勤できなくなったので、代わりに急遽でてきてほしいと頼まれたのだった。
今日の用事もどうやらその亡くなった方の遺言に関する事らしい。美穂はどこまで訊いていいのかわからなくて、それだけしか知らなかった。
ユニオン・スクエアで待っていたヒスパニック系の男は、案の定あまり上機嫌とは言えなかった。このスクエアは風が強い。今日のように寒い日は格別に居心地が悪いだろう。
「はじめまして。美穂です」
彼女が挨拶すると、愛想もなく「イヴォ。よろしく」と言った。ポールが取り繕うように解説した。
「こいつ、本当はハビエルっていうんだけれど、どういうわけかリングでも普段もイヴォで通っているんだ。プロのボクサー」
イヴォはリュックサックを背負っていて、それは重そうに彼の肩に食い込んでいた。ポールが訊いた。
「例のラップトップとビデオカメラ。持ってきたか」
「あたりまえだろ。そのために行くんだから。それより、腹減ったな、君のうちの近く、ピッツァ屋なんかある?」
突然訊かれたので美穂はどきっとした。
「近くにはないですけれど、もしよかったら作業なさっている間に、私、パスタでも作りましょうか?」
それを聞いて、イヴォの機嫌は即座に治ったようだった。
「そりゃ、悪いね。頼むよ。おい、ポール、ラッキーだったな」
「本当にいいのか?」
目を丸くするポールに美穂は笑って答えた。
「パスタなんて、一人分作っても三人分作っても手間は変わらないもの。どっちにしても私もお腹空いているし」
そんな事を話しているうちに、アパートメントについた。階段を上がって、三階の廊下を歩き、角を曲がった時に、美穂はぎょっとした。部屋の前にマイクが立っていたのだ。
マイクは美穂が二人も男を連れて上がってきたのでさすがに驚いたようだった。が、すぐにその表情を引っ込めると馬鹿にしたように笑った。
「道理で尻尾を振ってこなかったわけだ」
美穂は怒りに震えた。
「修道院に行くことになったって、あなたに尻尾なんか振るもんですか。警察を呼ばれたくなかったらさっさとオハイオに帰りなさいよ」
「ふふん。二人いっぺんに連れ込んでいっぱしにモテているつもりかよ。どうせまたヤリ捨てされるだけだろう」
それを聴いてポールが黙っていなかった。
「これ以上、ミホに対して失礼な事を言ったら、殴るぞ」
「おい、ポール、殴るのは俺に任せろ」
「バカ。素人をプロのお前が殴ったらヤバいだろ」
プロという言葉を聞いてギョッとしたマイクはモゴモゴと何かを言うと、慌てて三人の間をすり抜けて去っていった。
「なんだよ、口程にももないヤツめ」
イヴォが大声で言うのを聞いて、美穂は情けなくなった。私、何であんな男の事を好きだったりしたんだろう。恥ずかしい。
「おおっ。女の子の部屋だ!」
イヴォが妙な喜び方をしている。美穂は、そこそこ片付いているのを確認して少しだけホッとした。二人のコートを受け取って、デスクの所に案内した。
「あ、このLANケーブルで接続して。今、ログインするわね」
二人がすぐに作業に入って、ああだこうだとやりはじめたので、彼女はその場を離れてキッチンに向かった。
すぐに湯を沸かす。沸騰を待つ間に、玉ねぎとニンニク、それに人参をみじん切りにする。オリーブオイルでニンニクとタマネギを炒め、いい匂いがしてきてからひき肉を炒める。人参を加え、白ワインと乾燥キノコを投入して、瓶詰めトマトを入れる。沸騰したらブイヨン、塩こしょう、醤油で味を整えて弱火にする。
沸騰したお湯にパスタを入れようとしている時に、視線を感じて後ろを向くと、男二人がキッチンを覗き込んでいた。
「え。まだ15分くらいかかるよ。もう、アップロードは終わったの?」
二人は同時に首を振った。
「腹が減っている時に、そんないい匂いをさせられたら、たまらないぜ」
イヴォが言った。ポールも黙って同意した。美穂は肩をすくめてパスタを茹ではじめると、狭いテーブルを片付けて、三人分の皿とカトラリーを並べた。客なんかほとんど来ないから、器はバラバラだ。それから急いでレタスとトマトを洗うと小さいサラダを作った。二人は既に勝手にテーブルの前に陣取っていた。
パスタが茹で上がると同時に、三人は食べはじめた。
「珍しいものじゃないけれど、どうぞ」
「美味い!」
イヴォはそれ以上何も言わずにひたすら食べた。ポールも味わうように食べていたが、やがて言った。
「お前、ジョニーと担当変わった方がいいな」
美穂はぎょっとして首を振った。
「冗談でしょう。私は調理師学校に行った事なんかないもの。できないよ」
「でも、これだけでもあいつの作るのよりずっと美味いぜ」
「ありがとう。隠し味に乾燥キノコと醤油が入っているんだ。それで旨味が出るのかも。本当は明日まで待った方が美味しくなるんだけれど」
ポールは頷いた。美穂は氣になっていた事を訊いてみる事にした。
「動画をアップロードすると言っていたけれど、どんなもの?」
「うん? 死んじまった詩人の詩の朗読。今日アップロードしたのは、本人が朗読した部分なんだ。でも、まだ続きがあるんで、それを誰かが朗読するところを撮影して動画を作成しなくちゃいけないんだよな」
「そうだ、ミホに読んでもらえばいいじゃないか」
突然イヴォが顔を上げた。パスタに夢中になっているのかと思ったが話は聴いていたらしい。
「そうだな、お前、読んでくれないか?」
美穂は激しく首を振った。
「え。ダメ。私の英語の発音おかしいし、詩の朗読なんて絶対に無理。どうして自分たちで読まないの?」
「やってみたんだけれど、なんか小学生の学芸会みたいになっちまうんだ」
イヴォが言う。美穂はポールを見て言った。
「だったらダイアナに朗読してもらえば。彼女の英語は綺麗だし、あなたとつき合っているんでしょ?」
そう言った途端イヴォが「なんだって!」と叫んだ。ポールはぎょっとして大きく首を振った。
「おい、ミホ! なんて事を言うんだ。僕がこのボクサーに殺されたらどうする!」
「え?」
「ダイアナとつき合っているのは、こいつだよ! 僕は潔白だ」
美穂はあわてて謝った。
「ごめんなさい。知らなかったの。一緒に歩いている所を見たから、そうだと思っちゃったの」
イヴォは、まだポールを睨んでいる。
「本当だな」
「あたり前だ! お前の女に手を出すような無謀をするか。大体、彼女はお前にベタ惚れだろう」
「ふふん。それもそうだな」
美穂は、ため息をついた。なんか今日は散々だなあ。いろいろあって、ポールにはイヤな人だと思われちゃったかな……。
彼女は少々落ち込んだまま皿を洗った。二人はコンピュータの前であれこれ論議していたが、やがて美穂の所にやってきた。ポールが言った。
「悪いけれど、残りの分については、また日を改めてもいいかな。最初の分の反応を見てから、ちゃんと朗読者を選んで撮影した方がいいだろうって話になったんだ」
「もちろん。いつでもどうぞ」
「へへ。次回はどんなものが食えるかな」
イヴォが言うと、ポールは「こらっ」と小突いた。
二人が帰るのを玄関で見送った。イヴォは初対面時の不機嫌が嘘のように、片手を上げて朗らかに「ごちそうさま」と言った。
ポールは「ありがとう」といって、美穂をハグした。《Star's Diner》では、彼がそんな事をしたことは一度もなかったので、美穂は狼狽えた。
二人が去った後に、彼女は静かになったキッチンで、崩れるように椅子に座った。誤解しちゃダメ。アメリカ人にとってはハグなんてただの握手と変わらないんだから。ドキドキが止まらない。今日は、色々ありすぎた。疲れちゃったな。
穏やかな新年の始まりとはいかないようだ。前途多難だな。美穂はしばらくそうしてあれこれと考えていた。明日も仕事だ。早く寝なきゃ。上手く寝付けない事は、今からわかっていた。
(初出:2015年1月 書き下ろし)
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新年あけましておめでとうございます
年始ですから、今年の抱負を語ってみましょうか。と言っても、実生活では何も代わり映えはしなさそうですが。
【リアルライフの抱負】
*持ち物の整理をする。今風に言えば捨離断とまではいかないけれど、増え過ぎたものを減らしたい
*ギターは「禁じられた遊び」はちゃんと弾けるようになりたい。(志低い!)
【ブログの抱負】
*「黄金の枷」三部作を仕上げる
*「書く書く詐欺」になっている中編「ただ生きよ」と「大道芸人たち」第二部に着手
*「scriviamo! 2015」の完走
*できたら「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の続編にも着手したい
今年の3月2日でこのブログは三周年を迎えます。それが一つの節目。それに2015年4月8日は「樋水龍神縁起の日」と勝手に決めているのでそれも勝手に節目にしています。「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」と「Infante 323 黄金の枷」ともに2015年中に完結する予定なので、その次に何をもってくるかも現在考え中。もっとも、今は「scriviamo! 2015」を乗り切るのが目標。(皆様のご参加をお待ちしています)
そういうわけで、本年も変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。
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scriviamo! 2015のお報せ
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「scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。
私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。あ、創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。2013年も、2014年も、この「scriviamo!」がきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いません、とにかくご参加くださいませ。
では、参加要項でございます。
ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)
- - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
- - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
- - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
- - イラスト
- - 写真
- - エッセイ
- - Youtubeによる音楽と記事
- - 普通のテキストによる記事
このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。
記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)
参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返イラスト(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。
過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)
期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2015年2月28日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。
皆様のご参加を心よりお待ちしています。
【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから一週間ほどお時間をいただきます。
小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。
ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合は5000字以内で返させていただきますのでご了承ください。
当ブログには未成年の方も多くいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。
同時にStella参加作品にしていただいても構いません。その場合は、Stellaの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。もちろん、私の参加していない他の企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません)
なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。
嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。
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