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Posted by 八少女 夕

【小説】Infante 323 黄金の枷(18)サン・ジョアンの前夜祭

月末の定番「Infante 323 黄金の枷」です。

マイアの休暇のお話のラストです。最終回を除くと、「ここを発表せずには死ねない」級に盛り上がっているのが今回だと思います。祭りに抜け出してくることを提案し、「来ない」と言っていた23に、諦められないマイアは、「それでも待っている」と伝えて、休暇に入りました。さて、その当日、マイアは、待ち合わせの場所で彼を待っています。

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「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Infante 323 黄金の枷(18)サン・ジョアンの前夜祭

 6月23日、約束した夜九時の数分前に、マイアは例のコーヒー店へ行った。23は来ていなかった。冬でもないのにイタリア風ホットチョコレートを頼み、表が眺められる窓際の席に座った。通りはいつもよりずっと人通りが多かった。すでに酒を飲んで騒いでいる人たちも多く、陽氣な声と、人いきれでいつもの街が全く違って見える。

 マイアは去年の祭りのことを思い出した。幼なじみのジョゼが仕切って同世代の仲間たちがカフェ・グアラニの前で待ち合わせた。同年代の友達とあまり交流のないマイアは大抵の集まりで忘れられてしまうのだが、ジョゼは必ず声を掛けてくれた。

 そのジョゼも今年は祭りに参加できない。かきいれ時なので休みが取れないからだ。だから、マイアはこの日が休暇に当たることを誰にも言わなかった。それに、もしかしたら23が来てくれるかもしれないと望みを捨てきれなかった。

 祭りに行くために約束をしている人たちが、入ってきては次々と出て行った。マイアは次第に目の前が曇ってくるのを感じた。

 23が自分の想いを知っているのだと思った。そして、遠回しに拒否しているのだと。「インファンテだなんて、そんな高望みしていないわよ」と言ったマティルダの声が甦った。

 わかっている。でも、苦しいよ。

 カップは空になった。もう帰らなくちゃ。一人でサン・ジョアンの祭りにはいられない。そんな虚しいことをする者はいない。けれど、マイアは立ち上がれなかった。もう少し、真っ暗になってしまうまで。

 酔って半分できあがった集団がまた大量に入ってきた。中で待っていた女たちが大きくブーイングして、カフェはとてつもなくうるさくなった。ものすごく混んできたので、今度こそ立ち去ろうとカップに使い終わった紙ナフキンを丸めて突っ込んだ。すると人びとの間をすり抜けてきた誰かがストンと前の席に座った。

 顔を上げると、それは23だった。
「遅れてすまなかった」
「23……来てくれたの」

「お前が待っているのに来ないわけないだろう。こんなに混んでいると知っていたら、もっと早く出たんだが」

 6月23日に外に出たのははじめてで、この日の街の混み方を予想もしなかったのだろう。マイアは嬉しくて、しばらく何も言えなかったが、氣を取り直して訊いた。
「コーヒー? それとも?」
ここのコーヒーよりも、彼が工房で淹れてくれるコーヒーの方が美味しいんだけどね……。

「お前は何を飲んだんだ?」
23は空になったカップを覗き込んだ。

「夏に飲むものじゃないけど、イタリア風ホットチョコレート」
そう言って、壁の写真を指差した。生クリームがたっぷりと載っているカップの写真に23は肩をすくめた。
「甘そうだな。でも、一度は試してみてもいいかな」

 マイアは笑って、トレーを持ってカウンターに向かい、二人分オーダーして持ってきた。それを見て23は眉をひそめた。
「二杯も飲めるのか?」
「いいの。今日は特別」

 23は肩をすくめて何も言わなかった。生クリームを混ぜ込んでから甘くてトロリとしたチョコレートを飲む彼を、マイアは感無量で見つめた。

 たった6日間逢っていなかっただけだ。彼にとっては何でもなかったに違いない。口を開けば「逢いたくてしかたなかった」と言ってしまいそうだった。絶対に言っちゃダメ。
 
 しばらく黙って二人でホットチョコレートを飲んでいる間に、多くの人びとが出て行って、カフェは再び静かと言わないまでもお互いの声が聴き取れる程度にはなった。

 23はほっと息をついて、マイアの瞳をじっとみつめて口を開いた。
「今日、アントニアがライサの様子を知らせてくれた」
「え?」

 23は頷いた。
「ライサの状態はかなり良くなっているそうだ」
「本当に? よかった」
「誓約が守れる程度に回復したら、たぶん腕輪を外されて家族の元に戻れるだろう」

 マイアはそれを信じた。直接ライサに逢ったわけではないが、23はドンナ・アントニアを信じている。23が好きになるような人なのだ。嘘をついたりするはずはないとマイアは思った。

「お前が館に戻ったら、《監視人たち》にわからないようにライサの妹に連絡する方法を考えよう」
マイアはそれを聞いて笑顔になった。
「うん」

「みんな出て行ったな」
23はあたりを見回した。マイアは壁の時計を見た。

「ここはもうじき閉店かな。露店は一晩中開いているし、今晩はずっと開いているお店もあるんだけれど」
「じゃあ、俺たちも行くか」

 往来は人でごった返していた。アリアドス通りや、もっと小さい通り、至る所にパラソルが出ていて、スイートバジルが薫っている。人びとは道の脇で売っているイワシや肉のグリルを食べ、ビールやワインをあおっている。ダンサーたちを引き連れた山車が練り歩き、人びとは楽しそうに歌って騒いでいる。

「髪、下ろしているの初めてだな」
23が言った。マイアは頬を染めて頷いた。
「お休みだから。ねえ、縛っているのと、どっちがいい?」

 23は何でもないように言った。
「どっちでも、お前はお前だ」

 それって、どっちもいいってことかな。それともどうでもいいってことかな。マイアには追求することはできなかった。

 グリルの煙があたりを白くしていく。リベイラの近くでは、焔を中に閉じこめた紙風船を氣球のように飛ばしている。23が珍しそうに狂騒の街を眺めている。普段は真面目に働くPの街の人びとが、今宵だけは何もかも忘れて騒ぐのだ。明朝、サン・ジョアンの祭日が明けるまで。

「あれは何だ?」
多くの人びと、子供はほとんどが持っている、プラスチック製のハンマーを見て23が訊いた。

「ああ、あれ? 今日は無礼講でね、知らない人でも、あれで叩いていいの。でも、ハンマーを持っていない限り叩かれないから大丈夫だよ」

 本当はもっと説明をすべきだったのだが、マイアはお腹が空いていて心ここに在らずだった。
「ねぇ、ちょっと待ってて。イワシ買ってくるね」
そういって斜め前の売店に入っていった。

 その場に立って辺りを見回していた23は、石壁にもたれかかっている一人の老婆が球形の紫の花を売っているのを見た。彼女は23を手招きしたが、例によって現金を持っていない彼は首を振った。

「金はいらないよ。今夜を過ぎたらもう用無しになる花だ。あんたの彼女の分と二つ持ってお行き」
「これはなんだ?」
「知らないのかい? ニンニクの花さ」

 23は礼を言って二本の花を受け取った。

 熱々のイワシを持ってパラソルの下に場所を確保したマイアの所に戻り、23はマイアにニンニクの花を手渡そうとした。それを見てマイアはぎょっとした。
「えっ。それは、まずい!」

 周りのプラスチックのハンマーを持った集団が目を輝かせてこちらに向かってきた。それは襲撃と言ってもよかった。マイアはニンニクの花を仕舞わせようと彼のもとに飛んできた。その二人をめがけてハンマー軍団は大笑いしながら走ってくる。23はとっさにマイアを抱きしめた。

 ピコンピコンという音がして、大量のハンマーが23を叩いた。けれど、それは大して痛くなかったし、人びとも攻撃というよりは楽しみながら叩いていた。そして、大人も子供も笑いながら去って行く。

 23はマイアを離した。
「すまなかった」
何か勘違いしていたようだとひどく戸惑っている。

 マイアは、心臓が壊れてしまったのではないかと思った。大きく波打ち、その鼓動は彼に聞こえてしまったに違いないと思った。彼の腕が外されても、まだ呆然として彼のシャツのひだをつかんでいた。

 我に返って慌てて手を離すと、真っ赤になって下を向いた。
「ご、ごめんね。びっくりしちゃって……」

 その間も、後ろを通りかかる人がピコン、ピコンと23を叩いていく。振り返ると彼らは親指を立てて意味有りげに笑っている。23の戸惑っている様子にマイアはすまない氣持ちになった。もっとちゃんと説明しておけばよかった。

「ニンニクの花もハンマーと一緒なの……。もともとはこれで顔を撫でていたんだって。そうすることでお互いに息災でいられるようにって祈ったんだね」
「そうか。それで、あれを持った途端、皆が襲ってきたんだ」

 23はニンニクの花をテーブルの中央、パラソルの支柱の所に挟んだ。二つ並んだ丸くて藤色の花が仲良く寄り添っているように見えた。マイアはまだドキドキしていた。
「守ってくれて、どうもありがとう」

 彼は困った顔をした。
「この程度じゃ守った内には入らない。おもちゃのハンマーの集団だ」
「それでもすごく嬉しかったよ。今まで、誰にもこんな風に守ってもらった事なかったし」

 23は手を伸ばして、風で頬にかかったマイアの髪をそっと梳いて言った。
「お前が館にいる限り、俺に可能な限り守ってやる」
「……」

 泣きそうになった。彼はマイアが館に来てから本当にいつも守ってくれた。彼がいなかったら、仕事では無防備に失敗して回って他の人に怒られただろうし、ライサのことを訊き回ってすぐに追い出されただろう。それに何があったかを知らずに24に近づいて、ライサと同じような目に遭ったかもしれない。

 23と、彼の作る靴は似ている。シンプルで飾りは何もないけれど、ぴったりと寄り添い優しい。一度履いたらもう他の靴を履く事など考えられない。

 館にいる限り、そう彼は言った。いつまでいられるのだろう。いつまで彼は一人でいてくれるのだろう。私はいつまで想いの痛みに耐えられるのだろう。何度も諦めようとしたけれど、それは不可能で、それどころか毎日もっと惹かれていく。一日一日が新しい思い出になり、この街の風景の上に積もっていく。

 真夜中が近づくとマイアは23をドン・ルイス一世橋が見える所へ連れて行った。0時になると花火が上がるのだ。かなりの穴場だと思っていたが、かなりたくさんの人が来ていた。プラスチックのハンマーがピコピコいって、人びとは陽氣に笑っていたが、最初の大きな花火が上がると、歓声とともにみな花火を楽しんだ。

 腹の底まで響くような轟音とともに花火は炸裂し、夜空を彩ってからD河へと落ちて行く。赤、青、緑、そしてマグネシウムの強烈な白。一段、二段、三段と、大きくなる花の輪が、これでもかと咲き誇る。そして、消えたはずのその場所から、黄金の煌めきが舞う。

「きれい……」
「ああ、本当に綺麗だな。見られてよかった」
「この花火、はじめて?」
「ああ、俺の窓からは見えないんだ。いつも音と空の色が変わるのだけを見ていた。お前に誘ってもらわなかったら、きっと生涯見なかったかもしれないな」

 マイアは23を見た。嬉しそうに目を細めて空を見上げるその横顔を。ただの友達だと思われていてもいい。ドンナ・アントニアにはしてあげられないことを、こうして彼の喜ぶことを、どんなことでもしてあげたいと思った。23は、マイアの方を見て笑った。

 花火が終わったが、人びとが解散する氣配はない。
「彼らは帰らないのか?」
「え。今晩は、みんな夜通しよ。あのね。夜が明けて最初の朝露が降りるまで外にいると、それからの一年間、健康で幸せでいられるんだって。夜明けと同時にD河でラベロ舟のレガッタもやるんだよ。23、朝までいられる?」

 朝までと言ったとき、彼はマイアの顔をまともに見た。マイアはしまったと思った。来てくれたことで、それに先ほど守ってくれたことで舞い上がっていたのだ。

 彼は静かに首を振った。
「サン・ジョアンの祭日は夜明けとともに礼拝があるんだ。イワシ臭くなって徹夜明けの疲れた顔をしているわけにはいかない。母やアントニアに感づかれてしまう」

 彼の口からドンナ・アントニアの名が出て熱く脈打っていたマイアの心臓の鼓動は弱まっていった。
「お前も明後日の早朝から出勤だろう。今夜更かししない方がいい、そうだろう?」
「うん。そうだね……」

 シンデレラの魔法は解けちゃった。マイアは悲しくなった。やっぱり私はほんの少し友達に近いだけの使用人なんだな。

「今夜はありがとう。家はどこなんだ?」
「え、レプーブリカ通り」

「送るよ」
「いいよ。遠くないし、一人でも帰れる」
「だめだ。こんな深夜で、酔っている人もたくさんいる」

 マイアはつま先を見つめた。23の作ってくれた、マイアをいつも柔らかく包んでいる靴が目に入った。
「23、本当に紳士だね……。そんなに優しくされると、私、誤解しちゃうよ」
「何を」
「王子様に守ってもらってる、お姫様みたいなつもりになっちゃう」
「馬鹿なことを言うな」

 馬鹿なことか……。お姫様じゃなくて召使いだものね……。
「俺は王子様なんかじゃないって、言っただろう」

 逆方向へと向かっていく楽しそうな人たちとすれ違いながら、二人は言葉少なに歩いた。公園の角を曲がり、狭い小路に押し合いへし合いするように建つ古い家々の一つの前でマイアは立ち止まった。「ここ」と濃い緑のタイルの家を示した。23は街灯に照らされた錆びたバルコニーを見上げた。ドラガォンの館に住む彼にはどんなあばら屋に見えているのだろうと思った。

「おやすみ。また明後日、いや、もう、明日か」
「おやすみなさい。今晩はありがとう」

 彼は「礼を言うのはこっちだ」と言ってから、急に顔を寄せて、マイアの頬にそっとキスをした。唇よりも彼の髭の感触が肌に残った。彼の髪からはイワシと花火の火薬の匂いがした。

 振り返りもせずに去っていく背の丸い後ろ姿を、彼女は見えなくなるまで目で追っていた。
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Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Posted by 八少女 夕

【もの書きブログテーマ】設定のこだわり

今日は小説の設定の話です。興味のない方はスルーしてくださいね。カテゴリ「構想・テーマ・キャラクター」にしようかとも思ったのですが、せっかくなので先日limeさんからいただいた「もの書きブログテーマ」バトンの続きにしちゃいます。このテーマで書いてみたいなと、思った創作系のみなさん、どうぞご自由にお持ちください。あ、新しいお題を作ってくださったら、それにも乗りますよ~。

さて、今回、語ってみようかと思うのは、「どんな設定にこだわるのか」という話です。

わたしの小説、かなりたくさん外国人が出てくるのですが、たくさん読んでくださっていらっしゃる方は国籍に偏りがあるのにお氣づきだと思います。出てくる人物の出身地を地図上に印つけていくと、ほぼわたしの住んでいるところとその周辺に集中しているのですね。

そうでない場所は、例えばアンダルシア地方やポルトなど、「通う」といっていいくらい何度も行っているところの出身者が多いのです。

なぜかというと、そうでないところの人物のことは、イメージが湧かないのでたくさん描写できないからです。

小説を書かれる方はおわかりだと思いますけれど、ガンガン書いていた小説でも、二行ぐらいの描写に止まってしまう事ってよくあることなんです。「彼は△△を注文した」の△△がそのキャラクターに合っていないといけないのですが、その設定のリアリティを確認するために半日かける事もあるのです。それが主役ならいいんですけれど、脇役一人一人にそんなことまでやっていられないので、わたしは自動的にイメージできるキャラを組立てます。そのためにはよく知っているところの人間でないと難しいのです。つまり少なくとも数人はモデルとなる個人的知り合いがいる地域や国の事です。

わかりにくいと思うので、とある外国人が日本を舞台にした小説を書いていると仮定しましょう。「彼女は、ある戦国大名の血を引く由緒正しい令嬢だった」という記述の後に「彼女の苗字はチャンだった」と書いたら、たまたまこれを読んだ日本人はひっくり返ると思います。「お袋の味はシシカバブだった」とか。

欧米キャラを書いていらっしゃる日本人のアマチュア作家(たまにプロでもみかけますが)の方が、これに匹敵するような「ありえない」設定をなさるのは珍しくありません。でも、日本語で書いたら読者もほとんどは日本人ですし、引っかかる人の方が珍しいのでしょうね。基本的には、わたしは別の方が書かれる記述の事は引っかかっても素通りします。言われたらご本人だって氣になるでしょうから。

でも、わたし自身はそういうことには、とてもこだわるのです。

その一方で、たとえば登場人物の服装であるとか、乗っている車種、それに建築の詳細などには無頓着です。そういうものです。自分の意識しないところは、実生活で重要と思っていないところは、結局記述も適当になるのです。

なぜ、国民性や民俗といった設定にこだわるのかというと、わたしが書いている内容が比較文化的なものが多いからだと思います。つまりそれがわたし自身の興味対象でもあるわけです。

現実の生活で、よく知らない国の人と知り合う時、話題にはとてもナーバスになります。その国にはどんな歴史があり、現在どんな紛争を抱えているのか。主な宗教はなんで、その人本人はどんな宗教を信じているのか。何を食べる人びとで、タブーはなんなのか、それを理解し尊重しつつ会話をする事がとても大事なのです。これは既に何回か地雷を踏んだからこその身構え方です。

欧米人にとって、日韓中の違いがあいまいなように、日本人の多くもたとえば「アフリカ人」とか「スカンジナビア人」とか「東欧人」というように全く異なる国や民族のことをまとめて一緒くたにしてしまう事があります。もちろん国民性と個人の個性も全く違うのですが、その話はまた別。

実をいうと、わたしだって例えばノルウェー人とスウェーデン人の違いをはっきりと描写しろと言われたらできません。だから、ノルウェー人とスウェーデン人についてたくさん描写をしなくてはならないような話は絶対に書かないのです。それをやるとハマるのがわかっているから。

現在メインで連載している「ファインダーの向こうに」という小説で、主人公をイタリア系にしたのもそれが理由です。「ごく普通のアメリカ人」という存在の風俗習慣がわたしには浮かばないからです。かといって、小説にイタリア関係の描写がいっぱい出てくるわけではありません。それどころか「どこがイタリア系?」というくらい抑えてあります。

実をいうと、山のように設定して、それをすべて描写するのは好きではないのです。それぞれの人物には、映像にできるくらいの細かい設定があって、どの部分でどう書く時にもそれがさらっと脳内で再生できるようにして書くのですが、その設定が100あるとしたら、小説全体の中ででてくるのは10くらいです。それでも90の出てこなかった設定は無駄ではなくて、次のシーンでこの人物が何を話し、どう動くかというイメージを決めてくれます。それがいつ出てきても「こいつはこいつ」というキャラクターらしさを作るのだと思うのです。
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Posted by 八少女 夕

「私」と「彼」のルーツの交差点

今日は、前回のアルザス旅行の間に一日だけ訪れたドイツの街のお話。

Ettlingen

この旅の半分くらいの目的は、私の祖先の事をもう少し知りたいという事でした。それでドイツ人である彼女(曾々祖母)が住んでいたストラスブール(現在はフランス)で、古文書館へ行って調べたり、単純に博物館でアルザスの事を知ったりと、肌で土地の事を感じてきたのです。

でも、具体的な事はあまりよくわかりませんでした。はっきりと確認できたのは、彼女の父親の死亡届だけでした。それで彼(曾々々祖父)の出身地へも行ってみたのです。それがエットリンゲンでした。ライン河を挟んで東側はもうドイツです。そして、カールスルーエの少し手前にこの街はあります。

行ってみたら、中世の面影の強く残る素敵な街でした。それもそのはず、カールスルーエそのものよりもずっと古い街だったのです。カールスルーエはまだ建立300年ほどだそうですが、エットリンゲンは、バーデン辺境伯の領主未亡人の居城のある由緒ある城下町だったのです。

Ettlingen

そして、連れ合いは知らない事ですが、この「バーデン辺境伯」という言葉に、私は大きく反応してしまったのです。実は、去年連載が終了した「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の元のストーリーになった「森の詩 Cantum Silvae」三部作で何よりも大切だった深い森《シルヴァ》は黒い森がモデルですし、三作にわたって大きな役割を果たすフルーヴルーウー辺境伯は、バーデン辺境伯がモデルだからです。

ということは、マックスの治めていた土地のモデルの街で、私の先祖が生まれたってこと?! もう、先祖の調査なんてそっちのけで大興奮ですよ。といっても、こんなことを語れるのはここしかないんですけれど(笑)

というわけで、連れ合いが「この街、氣にいったよ。また来よう」と言ったのを、横でブキミなほどにニヤニヤと喜んでいた私でした。でも、いずれは辺境伯ゆかりの街、バーデン・バーデンとラットシュタットにも行かなきゃ!
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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(3)新企画 -1-

中編小説「ファインダーの向こうに」の三回目「新企画」の前半です。短い作品なので、もったいぶらずにどんどん出しているはずなんですが、ようやく「お相手は誰?」が出てきましたね。それに、副主役ポジションのベンジャミンも初登場。書いているのと、週一の連載で発表するのは、ちょっとスピード感覚が違いますね。

今回出てくる超ゴージャスペントハウス、実在する部屋をモデルに書きました。執筆中に、ちょうど住人募集中だったのですね。毎月、こんな家賃払って、ああいうところに住む人って、本当に存在するんだなあと、感心しながら書きました。


「ファインダーの向こうに」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




ファインダーの向こうに
(3)新企画 -1-


 ドアマンは、ジョルジアを認めると、はっとして頭を下げた。彼は、彼女を見るといつも後ろめたい顔をするのだ。彼が勤めはじめて二ヶ月目に彼女がこの高級アパートメントに来たとき、彼は「ミズ・カペッリ」が誰だか知らなかった。そして、彼女を足止めして、最上階ペントハウスに住むダンジェロ氏に大袈裟に文句を言われた。

 彼だって、アレッサンドラ・ダンジェロがダンジェロ氏の妹だということは知っていた。そして堂々とした態度で「ようこそ、ダンジェロ様」と言う事ができたのだ。だが、彼らの本名がカペッリということも、兄妹の間にもう一人カペッリ家の娘がいることも知らなかった。ニューヨークの高級アパートメントのドアマンとして、プロフェッショナルであることを自負している彼にはそれは大きな汚点になったらしい。

 ジョルジアは、会釈してペントハウス専用のエレベータへと向かった。最上階でドアが開くと、パーティは既に始まっているらしくとても騒々しかった。

 パークアベニューにある32階建ビルの最上階、570平方メートルの住居。ドアマンがいて10万ドルの家賃のペントハウスにジョルジアの兄、マッテオは住んでいる。健康食品を販売する事業で財を成し、アメリカンドリームを具現したプレイボーイにふさわしい住まいだ。5つあるベッドルームのうちの一つは、よく泊まりにくるロサンゼルス在住のアレッサンドラとその娘のアンジェリカのために空けてある。

 使用人のハリスが中へと案内しようとすると、ジョルジアは断った。
「遠慮するわ」

 自分がパーティにふさわしいとは思えない。もちろん普段の服装よりはずっとましだ。今日はナラ・カミーチェの白と銀のシャツに黒いパンツスーツを着ている。シーズンごとに100枚近いお下がりをくれようとするアレッサンドラに本当に貰った10着程度の服の一つだ。たぶん、サン=ローランのものだろう。

「ジョルジア! 僕の愛しいサバイオーネ! どうしてこんなに長く逢いにきてくれなかったんだい」

 大袈裟な挨拶とともに抱きしめられて、両方の頬にキスの雨が降った。後ろにいるはじめて見る美女が剣呑な目つきで眺めているので慌てて言った。
「本当に久しぶりね、マッテオ兄さん。今日は、お招きありがとう。でも、すぐに行かなくちゃいけないの」

「なんだって、まだ来て一分も経っていないだろう」
「ええ。今晩からしばらくいなくなるから顔を見たくて来たんだけれど、時間がないの」
「どこに行くんだ? まさか、またアフリカか?」
「いいえ。ニューオーリンズよ。ところで、パーティの時に悪いんだけれど、ビジネスの話していい?」

「なんだって?」
「直にうちの会社から依頼が来ると思うんだけれど、セレブを写真とインタビューで紹介する特集があるの。で、兄さんを私が撮ってもいい?」
「お前が、僕を? どうした風の吹き回しだろう。もちろんいいよ。ずっと、何ヶ月もここで撮り続けるといい。その間、僕はお前を独占できるんだろう?」

 ジョルジアは、後ろの女性たちの冷たい視線を避けるようにして、彼の頬にキスをした。
「兄さんったら。そんなことをしたら二日目くらいには、あなたのお友だちに殺されちゃうわ」

* * *


 その日の午後、担当編集者のベンジャミン・ハドソンが仕事を持ってきた。

「『クォリティ』誌の新企画が決まったんだ。マンハッタンのセレブを特集する続き物でね。専属・フリーを問わず新進のフォトグラファーに印象的な写真を撮ってもらうことにしているんだ。編集長は、もっとも印象を変えるのが難しいセレブを君に担当してもらいたいと言っている」

「誰を」
「マッテオ・ダンジェロ」
「絶対に嫌」

「そういうと思ったよ。で、僕から編集長には、もっと大物を提案しておいた」
「誰?」
「ジョセフ・クロンカイト」

 ジョルジアは、黙ってベンジャミンの顔を見た。

「暗室の写真を見たんだ」
彼はたたみかけた。

 彼女は、まだ黙って彼を見ていたが、三分ほど経ってから「嫌よ」と言った。

「なぜ。仕事として写真を撮らせてもらう。それだけだろ。天の邪鬼にも程があるぞ」
「天の邪鬼って、なんのことよ」

「違うっていうのか。じゃあ、訊くが、マッテオ・ダンジェロの時は即答したのに、クロンカイトの時は嫌だというのになぜそんなに時間をかけたんだよ。本当は知り合いたいんだろう? チャンスじゃないか」

 ジョルジアはまたベンジャミンを見て、しばらく何も言わなかった。が、ゆっくりと視線を落とすとカメラケースに触れた。

「私がマッテオを撮っても、意外に素敵なセレブになんてなりっこないわ。いつもと同じか、よくて私の兄が写るだけよ」

「クロンカイトは君の家族じゃないだろう。君が憧れているセレブが写るなら、うちの社の方針としても願ったり……」
「嫌だって言っているでしょう!」

「何がそんなに嫌なんだよ! あっちは有名ジャーナリスト、知り合えば、今後の仕事に何かとプラスに……」

「知り合いたくない! 知り合わなければ、傷つくこともないもの」
そう言ってしまってから、彼女はしまったという顔で黙り込んだ。

 ベンジャミンは、信じられないという顔をして、ジョルジアをまじまじと見た。
「憧れじゃなくて……本氣なのか?」
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

【もの書きブログテーマ】視点・人称

limeさんのお作りになった新・お題バトンシリーズに便乗してみる事にしました。

(雑記)私設☆物書きブログテーマ・・・視点・人称

新しくお題を出してもいいんですけれど、帰宅後のリハビリも兼ねて、同じテーマで少し書いてみようかな〜、なんて。limeさん、ありがとうございます。




limeさんの書かれた記事や、他の方がよくコメントで語られる内容を読むと、「視点」や「人称」をものすごく強く意識して書かれる方が多いんだなあと思います。

こういうことを書いている時点で、おわかりになると思いますが、はい、私は視点や人称にウルトラ無頓着です。そもそもブログをはじめて、小説を一般の方に公開するまで、「視点」や「人称」にお作法があることすら知りませんでした。私は、「小説の書き方」みたいなものを学んだ事が一度もないのです。何となく一人で書き出して、それを人にも見せる事もなくずっと書き続けていた「野良」なんですね。

作法は、とても大切な事だと思います。プロだったり、文学賞を狙おうと思うなら、とにかく作法に則ったものを書けてこそスタートラインに立てるでしょうし。でも、まあ、私は「野良」でも、自分らしい小説の方にこだわっているので、たぶん、これからも視点と人称は、メチャクチャだと思います。「できていない」ではありますが「わざとやっている」でもあるんですよね。

基本的には一人称で小説を書き出したら、それは終わりまでそうします。一人称で書く小説は、ストーリーを俯瞰できない制限があるので、長編を一人称で書く事はまずないです。

銀の舟に乗って - Homage to『名月』
北斗七星に願いをこめて - Homage to『星恋詩』
第二ボタンにさくら咲く
終焉の予感
君との約束 — 北海道へ行こう

ぱっと思いつくのでは、このあたりが一人称の掌編です。共通するのは、前の事も、後の事も読者にはあまりわかる必要はなく、さらに語り手も相手の事は何もわからない、わからないことで読者が自由に想像を膨らませる事ができる、という一人称らしさを使ったストーリーの時にそうなっています。

あ、でも、実は深く考えて書いているわけではないんです。結果的にそうなっているというだけでして。

* * *


長編に至っては、本当に何も考えていないです。基本的には三人称で書く事が多いですが、「誰々視点」でというような縛りはほとんど課しません。なぜって? 制限が増えるじゃないですか。ミステリーだったら「フェア」じゃないといけないかもしれませんけれど、私が書いているのはミステリーではないですから、謎も伏線も視点も、とにかく自分の書きたいように書いてしまうのです。

Infante 323 黄金の枷」は、一応ヒロイン・マイア視点がほとんどです。でも、これは私が「改善」したからというよりは、結末があっさりわからないようにそうしているだけで、途中で別の人間の視点も出てきます。ただ、主人公23の視点だけは出てきません。そう、結末を隠す意図があるからです。だって、わかっちゃったらつまらないじゃないですか。

大道芸人たち」には誰々視点もへったくれもありません。好き勝手に視点が動いています。ある時は蝶子、ある時は稔、ある時はレネ、そしてある時はヴィル。教授視点もあったな。そういえば「神様視点」だとコメントをいただいて「なんだそりゃ?」と思ったのは、この作品でしたね。そういう概念すら知らなかったのですね。

森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」は、ひとりの視点で書くのが事実上不可能な構成の小説です。なんせ前半、一話ごとに視点が主人公とヒロインの間を行ったり来たりするのです。その間二人は一度も逢った事がありません。視点の基点となるキャラクターは別の人間に動きますが、実際には、読者はその視点を通して中世ヨーロッパを覗き見るという構成にしているので、こんなにめまぐるしくてわかりにくい構成でも、それほど混乱しないんじゃないかなと思いますが、どうでしょう。

そして、私の小説で「小説お作法」に厳しい方が絶対に許さないと思うのが、三人称の地文に突然一人称が登場する書き方です。たとえば、こんなの。

 あいかわらず、メシをねだる時の笑顔だけは最高なんだから。稔は呆れて天を見上げた。レネはいつも通り悔しそうにしていたし、ヴィルもいつも通り眉一つ動かさずにいた。だが、その目の光は以前よりも強くなっていた。ゲルマン人って、本当に損な人種だな。ギョロ目の半分でも積極的に誘えば、ブラン・ベックよりはるかに脈ありそうなのに。

 稔はだまってベベベンとバチを当てた。バレンシアってのはいい街だ。太陽が溢れると人は開放的になる。財布の紐も緩むらしい。ギョロ目がおごってくれるなら、思いっきり美味いものが食えて飲みまくれるってわけだ。結構。


大道芸人たち Artistas callejeros (27)バレンシア、 太陽熱



これは、わざとやっています。リズムの方が大切だと思うからです。これを、いちいち括弧で囲んで改行したりしたくないのです。それをやると、私が書いている時にそうなっている、その時点の視点の持ち主に入り込む感覚が難しくなるんですよ。作法も大切だけれど、こだわりを優先しているというのは、このあたりのことを言っています。まあ、でも、それも程度の問題ですよね。読み手に伝わらなくなるほど、独創的な書き方はよくないと思います。そのバランス感覚をどう持てるかがこれからの課題だと思っています。
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Posted by 八少女 夕

旅で太る

「美味しい話」カテゴリー、またの名を「食いしん坊コーナー」です。遅い夏休みである休暇旅行から無事に帰って来ました。当初の予定ではコブレンツまで行こうとしていたのですが、予想以上にアルザスがよかったのと、後半の天候が不順だったので、無理せずにアルザスでゆったりしてから帰って来ました。十日間の旅でしたが、目だけではなく、舌も大満足の日々でした。その話を。

お菓子に迷う幸福

スイスとフランスの国境って、ただの道。よく見ないと、越えた事もわからないほどなのですが、越えてすぐにぶちあたったのが、お菓子屋さんですよ。

フランス語圏スイスは、私の住むドイツ語圏スイスほどではないにしろ、東京では毎日でも食べられるようなものが、滅多に食べられなかったりするのです。とくに私が住んでいるのは田舎ですから。

そんな私の目の前に、いきなりエクレアが登場したのですもの、即頼んでいました。「これを食べさせないと、一歩も動かん!」とまで宣言して、食べましたとも。サイズが日本のエクレアの倍以上あるので、大満足でした。

フォアグラも

それから、若干の後ろめたさを感じつつも、やはり食べてしまったのが、フォアグラ。かわいそうな方法で作られていると知っているので、あまり食べないようにはしているのですが、出てきちゃったから……ってただの言い訳です。そして、美味しかったです。普通のレバーのような生臭さが全くないのですよね。トリュフのよさは未だにわからない私も、うん。フォアグラは、おいしい。大事に可愛がられてから食べられる松坂牛を食べるのと、どっちが罪が少ないかと言われると、う〜ん。でも、野菜だって生命だし、卵だって、チーズだってある意味残酷な食べ物だし、食べる罪深さからの脱皮をつきつめると即身仏になるしかない。それでも、フォアグラを喜んで食べるのはあまりよくないよなあ。でも、今回は美味しく食べてしまいました。

アルザスのスーパーにて

ちなみに、さすがアルザス。ただのなんでもないスーパーに並んでいる食材が「グルメ」な感じです。今日、空っぽの冷蔵庫をなんとかするために近所のスーパーに行きましたが、やっぱり陳列物が全然違いましたね。

魚のフライと絶品オーマのポテトサラダ

ドイツでも、グルメを楽しんできました。こちらは500年近い歴史のある地下ビアホール風のレストランで食べた魚のフライ。カリッとした衣が、さすが老舗の技でした。そして、添えられた「おばあちゃんの味風ポテトサラダ」がとても美味しかったです。日本でいうポテトサラダのようなマヨネーズ味ではなくて、オイルとビネガーを使ってシンプルに仕上げてあるんだけれど、この味にするのはとても難しいのです。ドイツの味なんですよね。これはなんとか習得したい味ですね。

というわけで、帰宅してから恐る恐る体重計に載りました。案の定増えていましたが、予想したほどではなく、出発前プラス1.5キロぐらいでした。もちろんすぐに前の食事に戻りますから、すぐに戻ると思います。うん、たまにはいいですよね(笑)
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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(2)昼食 -2-

中編小説「ファインダーの向こうに」の二回目「昼食」の続きです。ここから、こじれているジョルジアの事情が開示されていきます。

ところで、ニューヨークのことをご存じない方のために少しだけ解説しますと、ジョルジアの住まいや職場は、ニューヨークの中でも少し郊外に在る「ロングアイランド」です。そして、ジョルジアは華やかなところが苦手で、今回、アレッサンドラとお昼ご飯を食べた五番街をはじめとするマンハッタンには可能な限り足を踏み入れていないという設定です。


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あらすじと登場人物




ファインダーの向こうに
(2)昼食 -2-


「どうって、いつも通りよ。仕事一直線」
「そう? どこかいつもと違うように思うんだけれど」

 ジョルジアは、女の勘の鋭さにぞっとしたが、根掘り葉掘り聞かれるのがたまらなかったので、認めるような真似はしなかった。
「わかっているでしょう、アレッサンドラ。私は、この生活に満足しているの。あなたの成功とは較べ物にはならないけれど、ようやく努力も実を結びはじめているし」

 アレッサンドラは、そんな言葉で話をそらされたりはしなかった。
「仕事が充実しているからって、恋は必要ないなんて、ナンセンスよ。ねえ、前から言いたかったんだけれど……」

「何?」
「マッテオとも話したんだけれど。もう一度、手術してみない?」

 ジョルジアは、妹の顔をじっと見つめた。もう一度というからには、表皮母斑の件に違いない。彼女の左の脇から臍にかけての広範囲に生まれながらにしてある、赤褐色の痣。

 それが醜いものだと意識したのは、アレッサンドラがはじめてビキニの水着を買った時だったと思う。興味を示したジョルジアに、母親がとても困った顔をした。それでジョルジアは、その痣が異常に醜いもので、人に見られてはいけないものなのだと、生まれてはじめて認識したのだ。

 それから、続発性腫瘤の発生の可能性は低いと言われていたにもかかわらず、両親は経済的に無理をして「かわいそうなジョルジア」の皮膚移植の治療をしてもらった。もともと広範囲すぎて難しかったのかもしれない、単に腕の悪い医者に当たってしまったのかもしれない。その手術の結果、以前よりもずっとおぞましい状態になってしまった。一度は消えたはずの母斑はもっと色濃くなって再発し、削った跡が瘢痕となり、あちこちがゴツゴツと縒れたつぎはぎの肌になっている。

 だが、それは顔ではなかった。服を着ている限り誰からも悟られないし、日常生活にも何の支障もなかった。だから、ジョルジアはあらためて治療を受けたいと思ったこともなかった。そのことが人生の躓きになるとは、十年前まで考えてみたこともなかった。

 十年前、愛し合っていると信じていた男性にそれが原因で捨てられてから、ジョルジアは人間不信に陥った。もともと苦手だった人付き合いを極端に嫌がるようになった。今でも一握りの親しい人びととしかつき合うことができない。パーティにも一切顔を出さないし、男性の誘いにも乗らない。それどころか誘われないようにノーメイクで、安っぽい服装しかしないようになった。

 そんな姉のことを、アレッサンドラはこれまでもなんとか「まともに」しようと試みていた。そして、結局はあの脇腹をなんとかするのが先決だと思ったのだろう。

「今の私には、あなたを世界で最高の外科医に紹介してもらうこともできるし、どんな治療費だって払える。マッテオだって、そのつもりよ。あなただけじゃなくて、パパやママを心の重荷から解放してあげることができるし、そのためなら何だってするわ。でも、あなたがそれを願わなくちゃ、私もマッテオも、何もできないの。あなたを変えるのは、いつだってあなた自身よ」
アレッサンドラは熱心に語り、最後は口癖である彼女のポリシーで締めくくった。

 ジョルジアは首を振った。
「氣持ちは嬉しいけれど、その必要はないわ。肌は治療できるかもしれないけれど、それと私が素敵な王子様を見つけてお伽噺の国に行けるかどうかは別の話でしょう? それには、33歳という年齢はもう遅いと思うし、そもそも私があなたみたいなお姫様になれないのは、外見の問題じゃないの。それはあなたも知っているでしょう?」

 アレッサンドラは、じっと姉を見つめて答えた。
「ええ。そう思っている限り、あなたはお姫様にはなれないわ。でも、それは年齢のせいではないし、肌のせいでもないわよ。望まないことは、絶対に叶わないんだから」

 ジョルジアは、妹の忠告に素直に頷いた。他の誰かが同じ事を言ったとしたら、反論できたかもしれない。だが、アレッサンドラは別だ。世界有数のトップモデルでいられるのは、決して天から与えられた容姿のせいだけではない。彼女の生涯にわたる努力と強い意志があってのことだ。身体コンプレックスがあることを言い訳にしている彼女自身のことを引き合いに出す必要すらない。

「それはそうと」
アレッサンドラは、会計を済ませた後、店の外に出て、ジョルジアの頬ににキスをしながら言った。
「同じ街に住んでいるのに、全く逢えないって、マッテオがこぼしていたわよ。たまには妹を溺愛している兄を喜ばせてあげなさいよ」

 週に一度は電話があるのに。ジョルジアは、微笑んで「わかっている」と答えた。それから、手を振って、妹と反対の方向へと歩いていった。

 マンハッタンは、馴染まない。成功者が闊歩する摩天楼の谷間『ザ・シティ』は、ジョルジアには居心地が悪かった。子供の頃に住んでいたサフォークのノースフォークで、両親は漁業に従事していた。息子と末娘の社会的成功の恩恵に浴して、現在はガーデンシティの豪邸の立ち並ぶ地域に住んでいるが、そのためにジョルジアは両親とも疎遠になった。彼女は、海の近く、素朴な場所に住みたくて、会社にも歩いていけるロングビーチに小さな部屋を借りた。

 幸せになりたくないわけではない。今の生活は、ほとんど幸福と言えるものだと感じている。好きな仕事をしている。それが認められだしている。親切な同僚とボスがいて、リラックスできる場所に住んでいる。心配事と言えば、時おりやってくるハリケーン、それに新しい写真集が発売されてしばらく売り上げが悪くないとわかるまでの胃の痛みくらいのものだ。

 ずっと一人でも構わない。そう思っていたはずだ。今でもそう思っている。ただ、おかしな熱病にかかってしまっただけだ。ファインダーの向こうに、入り込んでしまった人影を、追い出すことができないでいる。彼は、この『ザ・シティ』の住人だ。マッテオや、アレッサンドラに近い世界、眠らない街の、華やかな日常に生きている人だ。

 叶わぬ恋など、フィルムを抜き取るように取り除いてしまえればいいのに。彼女は、またため息をついて、彼女の属している街へと戻っていった。
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Posted by 八少女 夕

ストラスブール散策



旅行に関する記事の二つめ。

ストラスブールに数日滞在しました。運河に囲まれた旧市街はさすがに見事で大いに楽しみました。

街の中心は大聖堂。近くで見ると圧巻です。



曾々祖母に関することはあまりわからなかったのですが、遠い先祖や親戚たちがこの光景を見ていたのだなと思ってしみじみ佇んでいました。

詳しくは後日。
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Posted by 八少女 夕

アルザスをドライブ



旅先からの更新です。

フランスのアルザスをタンデムで北上しました。

特徴的なカラフルな家が並ぶおとぎ話のような光景を楽しみました。

例えばコルマールはジブリ映画で有名ですが、そこに行かずとも幾らでも素敵な街並を見る事が出来ます。

天候に恵まれたので、これ以上望むべくもないドライブが出来ました。

昨日からストラスブール滞在を楽しんでいます。この件はまた別の記事で。
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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(2)昼食 -1-

中編小説「ファインダーの向こうに」の二回目です。今回の話はちょっと長いので、今週と来週の二回に分けます。さて、アレッサンドラ・ダンジェロの登場です。っていっても誰も知る訳ありませんね。一度、バトンの回答で「こういう外見になりたいキャラ」で名前を挙げた事があるのです。絶対無理っていう意味で。

このアレッサンドラの芸名のダンジェロは、カペッリ同様ごく普通のイタリア系の苗字ですが、じつは駄洒落で付けました。「capelli d'angelo カペッリ・ダンジェロ(天使の髪の毛)」というのは、直径1ミリ以下の極細パスタの事なんです。


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ファインダーの向こうに
(2)昼食 -1-


 アレッサンドラ・ダンジェロはどこにいてもすぐにわかる。人びとが頷きあいながら、「ねぇ、本物よね」と囁きあっている。オレンジのカトレアのプリントされた白いワンピースは大きく胸元が開いている。目立つとわかっているのに、休みの日でもゴージャスな服装でしか表に出ない彼女は、かなり挑発的な性格だと言っていい。よく雑誌で書かれている「世界一の美女」というキャッチフレーズは眉唾だし、本当はブルネットなので「今もっとも美しいブロンドの女神」の称号は虚偽ですらあるが、「世界でもっとも稼ぐスーパーモデル五人のうちの一人」は事実だ。豊かな金髪とほんのりよく焼けた肌、すらりとした長い手足。目立たないわけはない。

 ジョルジアが大股で入ってきて、彼女の前に座った。
「ハイ、アレッサンドラ」
「遅かったじゃない。かなり飲んじゃったわよ」
テーブルの上に、シャンパングラスが二つとワインクーラーのボトルが見えた。グラン・キュヴェ……。ハーフでも私の普段のランチの四倍はするはず。昼間っから、とんでもないものを頼むんだから。

 他の客たちは首を傾げていることだろう。アレッサンドラ・ダンジェロの連れにしては、目立たない女でいったい何者なのだろうと。ジョルジアのノーメイクで構わない出立ちは、五番街の高級店向きではない。だが、「ダイニング・ルーム」ではなくてカジュアルな「バー・ルーム」にしてもらったのでかろうじて場違いのそしりは逃れていた。

 もし、周りの観客たちが第一印象による先入観を取り除いて二人をよく見たら、実はこの二人がとてもよく似ていることに氣づくだろう。実際、アレッサンドラがメイクを落として、眉を生まれた時の形に書き直し、髪を本当の色に戻して並べたら、二人は双子のようによく似ていた。実際には双子ではなくて、ジョルジアの方が二歳年上だが、姉妹であることには違いはなかった。

 ジョルジアの方が背が八センチほど低い上、ハイヒールを履かないのでもっと低く見える。手足もアレッサンドラの方が長く、日々のトレーニングとケアで完璧な状態に保っているし、動きももちろん優雅で美しい。だが、この完璧な妹と較べさえしなければ、ジョルジアは本来、さほど悪い資質を持っているわけではない。だが、街でジョルジアとすれ違って振り向く人はほとんどいなかった。おそらく、それはジョルジア自身の望みに適っていた。

「アンジェリカはどうしたの?」
ジョルジアは訊いた。八歳になる姪とは、一年近く逢っていなかった。
「ペントハウスにいるわ。マッテオと使用人たちにちやほやされるのが嬉しくてしかたないみたい」

 ロサンゼルスに住むアレッサンドラが、ニューヨークへ来る時は、必ず兄のマッテオのペントハウスに滞在する。成功者である二人の生活レベルは近くて、同じように有名人なので、ダンジェロ兄妹のことを知らない人は少ない。だが、彼らの本当の苗字がカペッリで、その間にもう一人写真家である家族がいることは、ほとんど知られていない。

「ねえ。あんな小さな会社の専属でいるよりも、フリーになったら? 写真集だって、あれだけ売れているんだから、もっと派手なプロモーションをしてくれる大手ならすぐに有名になれるわよ。そうしたら、住む所もロングアイランドのイタリア移民街なんかじゃなくて、またマンハッタンに戻って来れるし。なんなら、あたしが……」

「そんなことしなくていいわ。会社にはとても世話になっているし」
「会社っていうより、ベンジャミン・ハドソンにでしょう? あの人も敏腕編集者のくせに野心がないのかしら。彼ごとヘッドハンティングさせるならいい?」

 ジョルジアは、首を振った。
「ベンを引き抜くのは不可能よ。両親を亡くして苦労している所を、社長が親代わりになって育ててくれたって、恩義を感じているんだもの。社長には、会社経営に興味のないお嬢さんしかいないし、いつかは彼があの会社を引き継ぐんじゃないかしら」

 そして、彼女自身も今でこそ写真集が会社の利益に大きく貢献するようになってきているが、好きなものを撮っているだけでは食べられなかった駆け出しの頃は、《アルファ・フォト・プレス》で撮影の仕事をもらったからこそ生活することができたのだ。

 ベンジャミン・ハドソンには、公私ともに助けてもらった。十年前にプライヴェートでの破局を体験してから、ジョルジアはしばらく人物撮影ができなくなってしまったのだが、その時に社内での批判に立ち向かって風景撮影や商品撮影を優先して回してくれた。

「あなたがそれでいいと言うなら、私がとやかく言うべきことじゃないとは思うけれど。でも、仕事って、少しでも効率的にこなして、人生を楽しめる時間をもっと捻出すべきじゃないかしら。私、一刻も早く引退して、リラックスした生活をすべきだと、つくづく思うわ。アンジェリカとの時間ももっと作りたいし、それに、人生のパートナーともね」

「あら。あなたは、もう男にはこりごりなんだと思っていたわ」
ジョルジアはスパークリングのミネラルウォーターを飲みながら、あまり関心がないように言った。

「そりゃね。二度も失敗したんですもの。でも、今度の相手はちょっと違うの。ほら、私、今までは自分の力で私よりも優位に立とうと思っている男性とつき合っていたでしょう? それが敗因だったのよ。だって、そういう男の人は私の方が有名でお金持ちなことに我慢できなくなってしまうんだもの。でも、ルイス=ヴィルヘルムは、生まれ育ちそのものが私よりずっと上でそれは逆転しようがないの。男女が上手くいくためには、結局そういう確固たる差が必要なのよ。それにね。スイスって騒音が少ないのよ。物理的にだけじゃなくて、余計なことを言う隣人が少ないって意味よ」

 ということは、その貴公子はスイス人なわけね。ジョルジアはポークのテンダーロインを味わいながら考えた。
「スイスにも貴族がいたの? 知らなかったわ」
「やだ、何を言っているのよ。スイスには税金対策で住んでいるだけ。ドイツの貴族だって言ったの、聴いていなかったのね。系図を辿るといつだっかの神聖ローマ皇帝にまで行き着くんですって」
「それで? あなたも貴族になろうっていうの?」
「さあ。どうかしら。悪くないアイデアだと思わない? 三回目だから、慎重に決めたいとは思っているんだけれどね」

 そこまで言ってから、アレッサンドラはジューシーなローストチキンの最後の一切れを口に運んで、それからナフキンで口元を拭いてワインを飲み干した。それから、目を大きく見開いて、姉を見据えた。

「私のことはいいけれど、あなたはどうなの、ジョルジア」
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Posted by 八少女 夕

生活を彩ってみよう

ブログのお友だちYUKAさんが主催なさっている「美活祭り」に遅ればせながら参加してみることにしました。というわけで、旅行に行ってしまいますが、その前に参加宣言しておこうと思います。

「美活祭り」というのはYUKAさんが9月1日から9月30日の間に、他のブログの皆さんとそれぞれ「美活」をする期間なんですって。

「9.1 稲荷弁当&美活祭り2015・はじめます!」

「美活って何?」と私も思いました。YUKAさんのご説明によると


祭りといっても
そんなに仰々しいことではありません。
毎日忙しく過ごしていると
ついルーチンワークになる毎日。
それは決して悪いことではないんですが
何となく過ごすと何となく1日は終わってしまう。
だからといって、
仰々しいことを起こすのはちょっと大変。

だからちょっとだけ意識して、
自分の気持ちを、身体を、生活を意識してみる、
というのがテーマです^^


合言葉は
「身体に、心に、生活に潤いを」


というわけで、難しく考えないで、意識して生活を楽しもう、と勝手に楽な解釈をしてみました。

最近、お弁当や普段の食事で心がけているのは、先日もご紹介したYUKAさんのご本で学んだ、色遣いのテクニック。


このお弁当は先週の金曜日に持っていったものなんですけれど、もちろんYUKAさんのすごいお弁当と較べるまでもなく、未だに「みっともないから、公開すんなよ」レベルです。でも、色は頑張ったんですよ。って、カールしたサラダ菜を挟んだだけですけれど。でも、それだけで、すごく素敵になったように錯覚したんです。

サンドイッチ

そして、写真ではわかりませんが、実は具が特別。骨つきチキンを茹でた残りの肉をサンドイッチにしたんですけれど、パンチが欲しくて頭をひねり、自家製のトマトペーストも挟んでみたんです。このトマトペーストが、実は、今年の私のマイブームなんですよ。

作り方は簡単なんですけれど、少し時間がかかります。(ただし、放置時間なので手間はない)有機農家で買ってきた無農薬のプチトマトを半分に切って自家製ドライトマトを作るんですけれど、これがいい感じに乾くまでに数日かかるんです。

できたドライトマトとニンニクとオリーブオイル、それに塩こしょうをフードプロセッサーにかけます。で、こんなにシンプルなのに、どうしてこんなに美味しいんだというトマトペーストができるんですよ。連れ合いの友人連中に大好評で、「こんな美味いトマトペーストはじめて食べた」と何人にも言われました。

クラッカーやバゲットに付けて、夏の戸外のランチで食べるのが定番の使い方ですけれど、サンドイッチのバターを塗った片方の面に付けて、それでチキンサンドを作るととっても美味しかったです。色も赤と、サラダ菜の緑と、チキンの白と綺麗でしたし。

確定申告のプレッシャーや、休暇前の仕事のストレス、それに様々なプライヴェートの予定で慌ただしく、それでも小説を書く時間も捻出したい。こんな生活を送っていると、どうしても家事は楽な方へ楽な方へと行ってしまいます。それはそうなんですけれど、それでも荒れないように、小さな幸せを噛み締められるように生活したいなあと、改めて思いました。

そういうわけで、自分の心に喝を入れるつもりで「美活」宣言しました。残りの期間の半分以上旅行していますが、それでもなんらかの形で「美活」継続してみようと思います。
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Posted by 八少女 夕

ライン河を遡る

実は、今日から遅い夏休みです。二週間の有給休暇ですね。普段だと、もう旅立っているのですが、今回は明日から。というわけで、いつもの旅行用テンプレートに変わったら「行っちまった」という事だとご承知置きくださいませ。



昨日、会社で休暇前の最後の仕事を慌ただしく片付けていたら、このロベルト・シューマンの交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(Symphonie Nr. 3 Es-Dur Op. 97 "Rheinische" )がラジオから流れてきました。おおお、なんとタイムリーな。

実は、今回はライン河を遡ってコブレンツの方まで行きたいねと話しているのです。もっとも、天候次第なので途中で引き返してくる可能性もありますけれど。

ご存知の方も多いですが、私の住む村にもライン河が流れています。正確にいうとヒンターライン(後ライン)です。ライン河はたくさんの支流を集めていきますが、源流と言われるところが二つあって、一つがビュンデナーオーバーランドのトーマ湖とされていて、こちらをフォルダーライン(前ライン)といいます。もう一つがサン・ベルナルディーノ峠の側ヒンターラインで、ここから流れてくる河が我が家の近くを通り、ライヘナウでフォルダーラインと合流した後、ボーデン湖、バーゼル経由でフランスとドイツの国境を流れて、最後はオランダまで行って北海へと注ぐわけです。

普段見ているのは、対して大きな河ではないのですが、ドイツに行く頃には「大河」というにふさわしくなっているはずです。

この河沿いに旅行をしたのは2005年でしたから、今からちょうど十年前だったのですね。去年連載していた「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」で、主人公が旅をするシーンの一部は、この旅の思い出から組立てたのです。ですから、今回の旅は、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を追想する旅でもあります。

そして、もう一つの目的が、アルザス地方に行くこと。私の曾々祖母はストラスブールの出身なのです。私のドイツ(当時はストラスブルグはドイツだったのです)の親戚は、第二次世界大戦後に、GHQからドイツとの交流が禁止されていた間にフランスから出て行ってしまい、もう連絡がつかなくなってしまっているのですが、せめて彼女に繋がる何かを探し出せないかなと願っているのです。

というわけで、中世妄想と、19世紀のアルザスと、それから、秋のライン河畔と、三つ巴で楽しんでこようと思います。
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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(1)ロングビーチの写真家

中編小説「ファインダーの向こうに」の連載開始です。3月から存在をちらつかせていたのですが、予定が大きく狂ってお目見えが9月になってしまいました。びっくり。

そう、これは例の「マンハッタンの日本人」シリーズと同じニューヨークが舞台の話です。でも、「マンハッタンの日本人」のストーリーとは、全く関係ありません。あちらを読んだ事のない方、読む必要はありません。読んだ事のある方は、別の楽しみ方ができるかも。今回、あっちでおなじみのあの人が登場します。


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ファインダーの向こうに
(1)ロングビーチの写真家


 ジョルジア・カペッリは《アルファ・フォト・プレス》に使わせてもらっている暗室で、作業をしていた。自宅に完全暗室を用意するとなると、スペースでも設備面でも限界がある。会社の専属フォトグラファーとして、ここを自由に使わせるにあたって社長がジョルジアに出した条件はたったひとつだった。ここを使う時には、できる限り会社にも顔を出すこと。

 彼女は、人付き合いが苦手で、黙っていると二ヶ月も会社に来ない。この暗室を使いはじめてからは、渋々だが三回に一度は編集室にやってきて、担当編集者であるベンジャミン・ハドソンとわずかに言葉を交わしてから帰っていく。彼女は、打ち合わせよりも、写真を撮り、納得がいくまで時間をかけて現像することを好んだ。

 以前は、彼女を特別扱いしていると批判的な編集者や他の専属写真家もいたが、決められた撮影には期待以上の成果を出す上、四ヶ月ほど前に出版した最新の写真集『太陽の子供たち』の売り上げが伸びているので、彼女は雑音に悩まされることがなくなっている。

 現像液のバットに慣れた手つきで落とした印画紙を、トングで持ち上げ表を上に向けた。バットの縁を揺らして穏やかに波だたせ、液が緩やかに循環するのを見つめる。次第に赤ん坊の笑顔が浮かび上がる。ほっとした。あの輝きを撮れていたんだ。

 ロングアイランドのナッソー郡にあるとはいえ、クイーンズとの境界のすぐ側の海岸を臨む好立地に、大衆食堂《Sunrise Diner》はある。新鮮なシーフードが美味しいので、ジョルジアが好んで行く店だ。二ヶ月ほど前に撮影旅行から戻ったら、しばらく改装のため休業していたのが新装開店していた。

 驚いたことに、以前よりも掃除が行き届き、明るくて居心地のいい店になっていた。そして、新しいスタッフがいた。
「キャシーっていいます。ここの新しいオーナーが持っていた別の店で働いていたことがあるんです。それで、ここの新装オープンから勤めることになりました」
彼女はハキハキとして氣が利いたので、ジョルジアはこの店にもっと足繁く通うことになった。最近、朝食はほとんどこの店でとっている。それから、もう一区画先にある《アルファ・フォト・プレス》に顔を出す。

 この日、《Sunrise Diner》に、いつものように朝食に行くと、キャシーが赤ん坊をあやしていた。
「あなたの赤ちゃんなの?」
「ええ。普段は仕事の間は義父母が看ていてくれるんですが、旅行に行っちゃったんです」

「女の子? 6ヶ月くらいかしら」
「ええ。よくわかりますね。アリシア=ミホっていうんです」
「ミホ?」
聞いたことのない名前だったので訊き返した。二人の肌の色から、アフリカかどこかの名前なのかと思った。

「友達の名前なんです。日本人なんですよ」

 赤ん坊は、ジョルジアを見てキャッキャと笑った。可愛くて、夢中でシャッターを切った。彼女がメインで使っているNIKONだ。

 キャシーは、我が子に対する愛情には溢れているものの、忙しい仕事の合間にあやすことがたびたびになると、時おり苛ついた様相も見せた。ジョルジアは、キャシーのいつもとは違う顔を観察した。

 そして、思いついたように、もう一つのカメラも向けた。ILFORD PAN Fのモノクロフィルムが入っている。そう、彼女の心をとらえているある写真を撮って以来、必ず携帯するようになったライカだ。

 会社には顔を出さずにすぐに暗室に向かった。カラーのフィルムよりも、モノクロームの出来が氣になった。ジョルジアが仕事で使うのはいつもカラーフィルムだった。写真集でもできるだけ明るく華やかな色で子供の笑顔の明るさを表現し続けてきた。だが、モノクロームの明暗の中に現れる世界は全く違う。光と影のコントラストが、そしてその中間の微妙な陰影が、これまで彼女が表現してこなかったものを映し出している。それは、客観的な子供の明るさではなく、それを観ているジョルジア自身の視線だ。

 顔を上げて光のささない壁を見た。普段からほとんど電灯をつけず、彼女以外が入ることもほとんどないこの部屋の一番奥に、一枚のモノクローム写真が貼ってある。秋の柔らかい光の中に佇む男性の横顔。

 ジョルジアは、意識を手元の作業に戻すと、後片付けを始めた。アリシア=ミホの写真のできばえには満足だった。ふと、何か大切な事を忘れていたように感じた。そして、11時30分を過ぎていることを知り慌てた。マンハッタンへ行かなくてはならないのだ。

 ニューヨークへ出てきているアレッサンドラとの昼食。近代美術館MoMAのエントランスの横にある「ザ・モダン」の「バー・ルーム」で12時に待ち合わせをした。完全に遅刻だ。
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Tag : 小説 連載小説