今年も一年ありがとうございました。
この一年間、当ブログ「scribo ergo sum」を訪れてくださり、小説や記事を読み、コメントや拍手で励ましてくださった皆様に、心から御礼申し上げます。
せっかくですから、今年もこの一年のことを振り返ってみたいと思います。
【ブログの活動】
いちおう、ここはオリジナル小説のブログなので、一番大切な小説のことを。あまり書いていない、もしくは発表していない年だと思っていましたが、よく考えたら週に一度以上は必ず小説を更新していましたからペースとしては去年と変わらなかったようですね。
長編・森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(完結)
中編・ファインダーの向こうに(完結)
長編・Infante 323 黄金の枷
不定期連載・リゼロッテと村の四季
企画もの・scriviamo! 2015の作品群
企画もの・オリキャラのオフ会(松江編・松江旅情)
企画もの・オリキャラのオフ会(北海道編・あの湖の青さのように)
60000Hit記念掌編(三作品)
66666Hit記念掌編(四作品)
その他、外伝やエイプリルフール作品など
新たに書いた訳ではないですがアルファポリスの「歴史小説大賞」に作品を出したりもしました。応援してくださった皆様に、もう一度ここで御礼申し上げます。
小説の挑戦ではないですけれど、新しいお遊びも見つけました。プロモーション動画です(笑)
来年は、もう少しペースが落ちると思いますが、また読んでいただけると嬉しいです。
【実生活】
・ポルト旅行とアルザス旅行、それにロンドン旅行
そこら辺中に国境があるので、海外は一時間もあれば行けるのですが、そういうのではなくて何泊もする海外旅行を三回もしたのは、生涯ではじめてでした。
ポルトはほとんど「黄金の枷」シリーズのロケハンで、アルザスは私の祖先を探す一方「森の詩 Cantum Silvae」シリーズのロケハン、ロンドンは友人に会いに行ったついでに巨石&アーサー王伝説の地を旅して買い物三昧を楽しみました。どれも楽しい旅でした。
私は、80%くらい「創作と旅」のために生きているタイプなので、収穫の多い一年でした。
・ギター
ええと、まだやめていません。ええ、牛歩のままですけれど、続けていますよ。あ、自分でギターの弦の張り替えができるようになりました。自慢にもならないや。
・仕事と家庭
これはそれなりに続いています(笑)二年に一度のストレスの原因である試験に受かったのが個人的にはヒット。それから、家事では、パンを作るようになったのが今年のトピックスかな。それから、車の運転が去年より少し上手くなったかな。遠出も前よりも普通にできるようになっています。
健康面では、う〜ん。ちょっと大きいことがいくつかありましたね。五月に頭部をちょっと打って、大騒ぎがありました。飛蚊症みたいになったり、夜中にめまいがあったり。生まれてはじめてCTスキャンしたり。結果的には全くなんでもなく健康体に戻りました。夏にじんましんから少しアナフィラキシーショックのようにもなりましたが、その後は何でもなくひと安心。原因は未だに不明なんですけれど。
あ、そうだ、ちょっと増えすぎた体重のダイエットに成功したのも2015年でした。これは今もリバウンドなく、さらにその時に調べて食べ物などを意識するようになったので、体にいいものをよく食べるようになりました。目が弱くなってるのは年齢なのでしかたないかな。
なんだか、いろいろあったのかなかったのか微妙なところですが、年末の今ははもったいないほどの健康だしいいということにしましょう。平穏が一番だと勝手に満足しています。
来年もscribo ergo sumをどうぞよろしくお願いいたします。どうぞよいお年を!
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【動画】「Infante 323 黄金の枷」のプロモーション動画です
今回は、先日から止まらない動画遊びの一つです。そう、「Infante 323 黄金の枷」にも作ってしまいました。
動画へのリンク
この作品用には写真素材が1000枚近くあるんですよ。作らなきゃもったいない! そして、先日の動画の時にドサクサでlimeさんに許可をいただきました。去年のscriviamo!で描いていただいたマイアのイラストを使わせていただきました。limeさん、本当にありがとうございました。
使ってある写真は全てポルトやその周辺で撮ったものですが、一応この作品はPの街ということになっていることもあり、わざと全ての写真を加工してあります。アニメっぽく見えたら嬉しいな。
曲は、ギターラ(ポルトガルギター)の世界では神様のような存在であるCarlos Paredesによる「Asas sobre o mundo」です。「世界の上に広がる翼」という意味で、鉄格子の嵌まった窓から空を飛ぶカモメをいつも見ていた23の心情にあわせて選びました。(長さがちょうどよかったという説もあり)なお、この曲の関係で、ドイツでだけはこの動画は再生できないそうです。
さて、みなさんのイメージの中のPの街や「Infante 323 黄金の枷」の世界と較べて少し暗かったのではないかと思います。本編は基本的にマイア視点で、今回使ったキーワードやセリフも全て本文にあるものなのですが、この動画は構成や色調を23の心情にあわせて作ってみたのです。このギャップでお花畑脳のマイアと、もっと沈んだところでグルグルしている23の違いを感じ取っていただけると嬉しいです。
この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……
![]() | 「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
【次回予告】「Infante 323 黄金の枷」 (22)推定相続人
「ちょっと、氣になるケースがあるので耳に入れておいた方がいいと思って。これだ」
ペドロはアタッシュケースから書類の束を取り出して従兄弟に手渡した。メネゼスは不審な顔で紙の束の上の縁を見た。一枚だけ「レベル3」を意味するオレンジに染まっているが後は全て白かった。ドラガォンの館への報告義務があるのは黄色い縁のレベル2からだ。
「この一枚を除いて全てレベル1の報告だな。これが?」
「すべて一人の娘の報告だが、氣になる点がいくつかあってな」
メネゼスは一番上の書類を見て、名前を確認し、片眉を上げた。マイア・フェレイラ。
《監視人たち》には中枢組織があり、ドラガォンの執事メネゼスもその中心メンバーです。ペドロ・ソアレスが持ってきたのは、マイアの監視記録。《監視人たち》は、いい仕事をしているようです。
来年一月末に発表予定です。お楽しみに!
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【小説】Infante 323 黄金の枷(21)発作
今回の話は、主人公二人のこととはあまり関係がないように思われると思います。ないと言ったらないんですけれどね。でも、入れるとしたらこの位置しかなかったのです。
![]() | 「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
Infante 323 黄金の枷(21)発作
「23、ねえ」
マイアは、階段を降りてくる23を見かけたので走り寄り、小さな声で鉄格子越しに呼んだ。
「なんだ」
「マリアからハガキが来たの。カサブランカですって!」
23はマイアが渡したアラビアンナイトの舞台のような室内の写真の絵はがきを読んだ。
「ライサも旅を楽しんでいるようだな」
「ライサ、本当によくなって帰ることができたのね。豪華客船で世界一周かあ。高そう……」
「ドラガォンがスポンサーなら、心配することはないだろう」
「ふ~ん」
「お前も行きたいか?」
「そりゃね。でも、ライサはつらい目に遭ったから、なんでしょう? 私つらい目に遭っていないもの」
23は笑って、ハガキを返した。船旅もいいけれど、23とこうして逢っている方がいいな。マイアは思った。
工房に降りて行こうとする23に手を振って、仕事に戻るためにバックヤードへと向かった。正面玄関を横切ると、ちょうど入ってきた男が声を掛けた。
「マイア!」
マイアは振り返った。
「サントス先生!」
ホームドクターで、この館に勤める時にも世話になったサントス医師だった。
「すっかり、それらしくなったな。もう仕事には慣れたんだろう?」
「はい。その節は、紹介状をありがとうございました」
「自信を持って薦められる時に書く紹介状はなんでもないさ。君の事は子供の頃からよく知っているからね」
サントス医師は、誰かを待っているようだった。
「今日はどうなさったんですか?」
「ドン・アルフォンソがまた発作を起こされたんでね。先ほどの検査の結果、入院する必要はないんだが、しばらくは医師がつめているほうがいいというので、今日から私がしばらく泊ることになったんだ」
そう話している時に、マリオがスーツケースを持って玄関から入ってきた。
「お車は駐車場の方へと移動いたしました。鍵をお返しします」
上の方から、ジョアナも降りてきた。
「先生。お部屋の準備もできました。マリオ、そのままご案内して。マイア、ちょうどいい所にいたわね。先生のお部屋にタオルを多めにお持ちして」
「はい」
マイアは急いでバックヤードに戻った。今月は三度目だ。ドン・アルフォンソはここのところよく心臓発作を起こす。以前もそういう事があったけれど二ヶ月に一度ぐらいだった。朝食や昼食の時にわずかな階段を昇り降りするのも、以前よりもつらそうに見える。ドンナ・マヌエラがとても心配しているのが手に取るようにわかる。マイアも不安だった。
タオルを抱えて、ドン・アルフォンソの部屋の斜め前にある客間に向かった。ノックをした時に、ドン・アルフォンソの部屋の方から当の医師の声が聞こえてきた。
「少しお休みになれましたか」
しわがれた当主の声も聞こえた。
「ああ、先生、もうしわけない。わざわざ……」
とても弱々しい声だった。
「セニョール。起き上がってはいけません。脈を拝見いたしましょう」
マイアは暗い顔で、医師の泊まる部屋に入り、バスルームにタオルを置いてから退出した。
ドン・アルフォンソの部屋の掃除を担当することもなくあまり接点がなかったので、給仕の時に見かけるだけだったが、当主ははじめに思ったよりもずっと親切だと知っていた。太っていつも大儀そうな見かけとは違い、周りをよく観て心を配り、必要な時にはすぐに決断を下すことのできるドン・アルフォンソに敬意を持ちはじめていた所だった。だから、発作に襲われて苦しんでいると聞くとやはり心配になり氣の毒だと思った。
バックヤードに戻るために二階を通った。ドンナ・マヌエラが23の鉄格子の鍵を開けているのが目に入り、マイアは黙って頭を下げた。
女主人は会釈を返し、マイアが立ち去った後もしばらくその後ろ姿を眺めていたが、やがてドアを閉めると階段を降り、彼女の次男の姿を探した。
「母上?」
23は彼女の暗い顔を目にすると、ミシンを止めた。マヌエラは眉間に苦悩の深い皺をよせてしばらく目を瞑っていた。やがてその固く閉じられた瞼から、涙がこぼれだした。
「どうなさったのです」
「また発作で……」
「アルフォンソは、入院したのですか」
「いいえ。先ほど戻ってきました。サントス先生がしばらく詰めてくださるそうです。病院で検査の結果を言い渡されました。発作の波が治まれば、落ち着くでしょうといわれましたが……」
「が?」
「覚悟してほしいと……」
「そんなに悪いのですか」
「生まれた時に、二十歳まで生きられないだろうと言われました。ずっと覚悟はしていたつもりでした。でも……」
彼女は本人や使用人の前では堪えていた涙を抑えられなくなり、23にすがって震えた。彼は目を閉じ、母親の背中をさすった。
「医者のいう事が必ずしも当たらないのは、それで証明されたではないですか。希望を捨てないでください」
「メウ・トレース。許してちょうだい。こんな時ばかり……」
「母上。お氣になさらないでください。俺はもう子供じゃない。あなたがどれほど多くのことに心を悩まされているかわかっています」
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「scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。
私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去三回の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。
では、参加要項でございます。(例年とほぼ一緒です)
ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)
- - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
- - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
- - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
- - イラスト
- - 写真
- - エッセイ
- - Youtubeによる音楽と記事
- - 普通のテキストによる記事
このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。
記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)
参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返イラスト(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。
過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)
また、2016年からは「プランB」を選ぶことができるようになりました。
「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。
これまで、私だけが後だしジャンケンみたいでずるい、と思われていた方もいらっしゃるかもしれないと思い、このパターンもご用意しました。
「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。
「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)
期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2016年2月29日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも2月7日(日)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。
皆様のご参加を心よりお待ちしています。
【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから一週間ほどお時間をいただきます。
小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。
ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合は5000字以内で返させていただきますのでご了承ください。
当ブログには未成年の方も多くいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。
他の企画との同時参加も可能です。例えば、Stella参加作品にしていただいても構いません。その場合は、Stellaの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。私の締め切っていない別の企画(50000Hit, 66666Hit - 35ワード企画、神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません)
なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。
嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。
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【小説】ファインダーの向こうに(8)ポートレート -3-
ようやく自分の本当に撮りたい写真のスタイルで撮影を始めたジョルジア。変わっていっているのは、それだけではありません。ハッピーエンドやバッドエンドというくくりの難しいラストですが、これで本当に終わりです。ご愛読いただきありがとうございました。追記に後書きを置きました。
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ファインダーの向こうに
(8)ポートレート -3-
ジョルジアは、《Sunrise Diner》やキャシーの家に通い、たくさん写真を撮った。笑っている顔、腹を立てている顔、拗ねている顔、皮肉を言う顔、美しい立ち姿、変な姿勢の時、赤ん坊を抱きしめる時、夫のボブと抱き合っている時、口論をしている姿。露出とシャッタースピード、それに焦点を変えて幾枚も撮り続けた。フィルムに美しい瞬間だけでなく、生きている彼らの人生が映し出されていく。
ロサンゼルスに行き、ショーの準備をしているアレッサンドラの姿も撮った。スポットライトを浴びていない彼女の、仕事を離れた時には見せない尖った神経、わずかによぎる不安を映し出すことに成功した。そして、喝采を浴びる彼女の華やかな笑顔、娘といるときの母親としての愛情。
どれだけ多くの事柄を、瞳のシャッターから追い出してきたのかと、ジョルジアは訝った。全てのモデルには、陰影があった。彼女が今まで好んで撮影し、評価を受けてきた「天使である子供たち」のような、明るく完璧な美は影を潜めた。必ずどこかに醜く悲しいものがある。それはジョルジアの中にだけあるのではなかった。そして、その影が被写体の光の部分をより美しくするように、それを撮っているジョルジア自身の影も、自らの光を感じるようになっていた。
彼女は、醜い化け物であると同時に、どこにでもいる女という魅力ある生き物でもあった。哀しみに支配されていながら、歓びに胸を躍らせていた。彼女は撮影を楽しんでいた。毎日の新しい発見が嬉しくてたまらなかった。誰からも顧みられぬから、仕方なしに仕事をしているのではなく、努力を認めてほしいから何かを創り出すのでもなく、だだひたすら自分自身でいることを楽しんでいた。かつて、始めて父親のカメラを手にして、その小さな箱の中に映る無限の世界に惹き付けられた、あの頃と同じ情熱を取り戻し、好きなことを仕事にできた幸運を噛み締めていた。
彼女は、自分が変わりつつあることを自覚していた。一方通行ではなく、喜びだけでもなく、被写体のプラスの感情とマイナスの感情、両方を受け止められるようになっていることを感じていた。作品への批判や否定を予想しても、人ではなく自分の感覚を優先できるようになっていた。それは、自分を信じ、尊重するということだった。
小さいアパートメントの洗面所。彼女は、鏡の前に立ち、自分の顔を見た。青ざめた肌は変わっていなかったが、瞳に光が入っていた。それに、わずかに口角が上がっていた。ファインダー越しに見つけた、マッテオの口元との相似を見つけて、彼女は嬉しくなった。
そこにいるのは、もうアレッサンドラ・ダンジェロの惨めな影ではなかった。アレッサンドラが愛して、幸せを願っている、彼女の大切な姉の姿だった。
「あなたを変えるのは、いつだってあなた自身よ」祝福の言葉が甦る。彼女は、妹のスタイリスト、ミッキーに貰ったクリームに、あの授賞式以来、洗面所に置きっぱなしになっていた小さな瓶に、そっと手を伸ばした。
「へえ。いいな」
久しぶりの打ち合わせで、彼女はずいぶんと厚くなったファイルを取り出して、作品をベンジャミンに見せた。様々な人物像が写っていた。キャシーとその家族、マッテオやアレッサンドラ、それからその撮影の時に撮ることを許してくれた、使用人のハリスやスタイリストのミッキー。姪のアンジェリカとその友達。街の清掃人、《Sunrise Diner》の客たち、公園や海岸で寛ぐ人びと。
ジョルジアが、こんなに光の扱い方が上手いことを、担当編集者である彼も、氣がついていなかった。明るい色彩の中では、その光と影のコントラストは、主役である色相に紛れて強く主張していなかった。それが、モノクロームの写真の中では主役となり、人びとの心の陰影、そしてそれを見つめるジョルジア自身の心のひだをくっきりと映し出す。
彼女自身が上手く撮れたと自負している写真になると、ベンジャミンの反応も大きかった。長く時間をかけて、満足げに眺めていた。その反応が、彼女に大きな自信を与えた。新しい写真集。これは大きな賭けだ。結果がどうなるかはわからない。でも、決して後悔しないだろうと思った。
「ねえ。ベン」
「なんだ?」
「今度時間があったら、あなたを撮らせてくれない?」
「……僕を?」
「あなたと、スーザンと、そしてジュリアンと、一緒にいる日常を撮ってみたいの」
ベンジャミンは、手の間から砂がこぼれていく感覚を味わった。傷つき怯えて、飛ぶことのできなかった、彼が守り、触れずにいつまでも世話をしたいと思っていた鳥は、ゆっくりと翼をはためかせている。
彼女のファインダーに映れないと残念に思っていたのは、昨日のことのようだった。だが、それは当然だったのだ。彼は十年間もカメラよりも手前にいたのだから。一人では立てない彼女を支えて。一番近くに。
「やっと……だな」
「何が?」
「君が僕をファインダーに入れてくれた」
ジョルジアは、少し首を傾げてから笑った。その口元にうっすらとルージュが引かれていることに、ベンジャミンははじめて氣がついた。
ジョルジアは、暗室の壁の前に立ち、手を伸ばした。触れることがためらわれて、いつも視線で追うだけだった写真。狂おしい想いが昇華されて、愛されないことの苦しみよりも、ただ愛することの歓びが胸にひろがっているのを感じた。
この写真が全てのきっかけだった。再び生きることへの。人びとと向き合うための。自分自身を愛する道のりへの。
彼女は、奇妙な形とはいえ、確かに彼女が愛している男に語りかけた。
いつか、もう一度あなたを撮ってみたい。あなたが愛する人と一緒にいる所を。その眼鏡の奥であなたの瞳が愛情に煌めく瞬間を。あなたがあなたの子供と一緒にいる幸せをかみしめている光景を。あなたの曇りのない幸福を映し出すことができたら、きっと私は生涯に一度も得たことのない愛の昂揚を手にするだろう。私自身が愛されることは永久になくても。
写真を壁からそっと外し、愛おしげに眺めてから、少しずつ集まりだしているモノクロームの人物像のファイルの一番上に置いて、ファイルを閉じ、大切に鞄の中にしまった。
それから、暗室の電灯を完全に消し、いつもの通り戸締まりをしてから、我が家に帰るために黄昏の通りをひとり歩いていった。
(初出:2015年12月書き下ろし)
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【もの書きブログテーマ】あちゃ~って思った事
で、いただいたテーマです。
今回はサラッといきます!
ブログを続けていて、『あちゃ~~(>人<;)』って思った事、です。
これはけっこう皆さん違うんじゃないでしょうか。
だそうです。小説に関してでもあるし、ブログでの発表に関してでもあるかなと思いました。ちょっと考えてみましょう。
limeさんは、あれだけ実力がおありになるのに謙遜なさって「ご自分の過去の作品を読んだとき」と書かれていらっしゃいましたが、私は実力もへったくれもなくても、ブログで発表した過去の作品や文章について「うぎゃあ」となることは少ないように思います。(未発表の大昔の黒歴史は別)
これ、「自信があるんです」という意味ではありませんよ。もちろん「あれ、これだめじゃん」とツッコミを入れる部分はあるんですが、「あちゃー」ではないんですよね。おそらく私の文章力も構成力も、ブログをはじめる前とその後の三年間ではほとんど変わっていない(つまり上達していない)からだと思います。それどころか「あれ、こんな文章だったか。うんうん、上手くはないけれど、わたし好みだわ」と忘れていたものに対して感心することすらあります。(おいっ!)
では、「あちゃー」はないのかというと、あります。
自分の文章ではなく、作り出したシチュエーション、発表してからシャレじゃなくなることがあるんです。
ファンタジーや、ラノベ、もしくはミステリーなどのジャンルを書いていらっしゃる方は、あまり小説に書いたことがそのまま現実に起るということは少ないと思うんですけれど、私の書いている小説は、どちらかと言うと現実の問題や人生を扱っているので、たまにかぶるんですよ。
一番シャレになっていなかったのは、ギリギリ発表前でしたので発表せずに済みましたけれど「樋水龍神縁起」の本編でした。実は、あの作品、2011年の3月に一度ネットで発表するつもりで準備していたのです。まだブログを立ち上げる前ですから、ほとんど誰も来ていなかった旧ホームページの方ですけれど。どこがシャレになっていなかったかは、未読の方のためにぼかしておきますが、とにかく3月11日とそれに続く日本の状況の中では、あの作品の結末はアウトでした。
それで、ブログを立ち上げてからもしばらくはあの作品は表に出さなかったのですが、他の長編を読んでくださった方のコメントにお答えしているうちに、十年ブランクの後に再開した私の小説の原点として、あの作品を隠しておくのはどうしても嫌で、2012年の後半から少しずつ公開したのですね。
それに較べれば「あちゃー」感は弱いものの、他の作品でもそういう事があります。例えば親との確執を扱った作品や、周りに馴染めなくて苦しんだ子供を扱った作品などで、まさかそんな背景をお持ちとは思わなかったブログのお友だちから「私と重なる」と感想をいただいてしまってぎょっとしたり、それから、「ファインダーの向こうに」のジョルジアのコンプレックスの一つである身体的症状のことが、たまたまでしょうけれどニュースで扱われていたり。
もちろん、どの作品を書くときも、それがどんな状況になっているシーンでも、本人としては面白半分で書いている訳ではありません。表現しようとする感情を読者に納得してもらうための設定であり、さらに私が取り組んでいる執筆のテーマを理解してもらうためには、必要だからその描写が出てくる訳ですが、それでもそれを読んだ方に「ぐさっ」と刺さることは本意ではありません。
なんどか公言していますが、私の小説には(冗談・コラボ作品をのぞく)全ての作品に共通の大テーマがあります。そのテーマは決して心地よいものではありませんので、全体として暗いトーンの作品が多い訳です。そして、だからこそ、時に痛々しい状況を書かざるを得ないのです。
それは、これからも続きます。なんどか「あちゃー」と思い、「もうブログで小説公開するの考えようかな」と落ち込んでいますが、それでも同じことを繰り返すのは、私がそういう作品だけを書こうとしている以上しかたないことだなと思ってしまっているからです。
というわけで、過去のことも、今後のことも、ここで謝っておこうと思います。傷ついた方がいらしたら、本当に申しわけありません。
もっとも、ずっと強い「あちゃー」は、小説ではありません。コメントです。いくつやってしまったんだろう。これは……言い訳はやめます。本当にすみません。
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【動画】「森の詩 Cantum Silvae」続編のPVです
まずは動画をどうぞ。
この動画に使わせていただいたイラストは、リアルの友人であり、私の作品にたくさんのイラストを描いてくださっている創作の友でもあるうたかたまほろさんが描きおろしてくださいました。そう、この間のロンドンは、彼女に逢いに行ったのです。ロンドンでの一番のお土産が、実はこのイラストでした。まほろさん、本当にありがとうございます!
素晴らしいでしょう? ザッカやマリア=フェリシアまで描いてくださったんですよ。そして、ラウラは結婚後の水色バージョンで描いていただきました。伯爵夫人になって、少し薄幸さが減っています。

このイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断転用は固くお断りします。
動画を見ていただくとおわかりかと思いますが、ここにはいないキャラクターをもう一人描いていただいています。このイラストにいるキャラクターは「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」に出てきたおなじみのキャラクターだけですが、実は続編の主要キャラクターとあらすじは彼女に話していて、続編にしか出てこない三名のことも彼女は知っているのです。動画にはそのうちの一人が登場しています。
PVをご覧になると、三人の大体の立ち位置はおわかりかと思います。
さて、PVの最後に「coming soon」とか書いていますが、これはほとんど嘘です。まだ導入部しか書いていません。今、また中世の本を再び読んでいる状態で、書くのは来年以降です。おそらく再来年。「書く書く詐欺」のまま、ブログを去ったら、このままになっちゃうかも。でも、この動画を見て読みたいと思ってくださる方の声が多ければ、予定より早く書いて早めに公表しようかと思っています。
この記事を読んで「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読みたくなった方へ
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【小説】ファインダーの向こうに(8)ポートレート -2-
ジョルジアは、マッテオを撮った『クオリティ』誌の反響に驚きました。そして、ストーリーの最初に出てきたあの人にまた逢います。勇氣を出して、十年間してこなかった彼女の新しい一歩を踏み出します。
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ファインダーの向こうに
(8)ポートレート -2-
会社を出たジョルジアは、空を見上げた。太陽が高い。眩しい光に目を細めた。
これで方向転換が正しいと立証されたなんて思っていない。彼女の作品が前よりも認められたわけでもない。雑誌の中の数ページと、写真集では全く意味が違う。
今までの見開きごとにアピールした原色の色彩がすべてモノトーンに変わる時、それを買うことを人びとに決意させる力は明らかに弱まる。『太陽の子供たち』の売上を超えることは、今から不可能だとわかっている。そして、売上が低迷した時にその原因が路線の変更にあると叩かれることも。
それでも、今やらなくてはいけないのだ。今までと同じ路線で、自分に嘘をつきながら撮ったとしてもやはり売上は落ちるだろう。そうなった時に路線を変更させてほしいと頼んでも会社はいい返事をしないだろうから。
最初で最後になっても構わない。自分らしい写真集を出したい。
ジョルジアは、《Sunrise Diner》に入って行った。もうモーニングセットの時間は過ぎてしまった。神経が昂っているので、食欲もあまりない。コーヒーを飲んでドーナツでも食べよう。
「あら、いらっしゃい」
キャシーが笑いかけた。それから、カウンターの中から『クォリティ』誌を取り出した。
ジョルジアは、肩をすくめて何も言わなかったが、キャシーはさっと例のページを開けて言った。
「これ撮ったの、あなたでしょう、ジョルジア。すごいじゃない。本物のマッテオ・ダンジェロを撮影したなんて一言も言わないんだもの。びっくりして騒いじゃったわ。そしたら、他のお客さんが、あなたはこのあいだすごい賞を受賞したばかりだって話していたわよ。どうして教えてくれなかったの?」
「全然すごくないわ。大賞じゃないのよ。一般投票で六位だったの」
「でも、有名写真家になったから、マッテオ・ダンジェロの撮影もできたんでしょう? ああいうセレブと知り合えるなんていいわねぇ。ねぇ、あの人独身だし、もしかしたらチャンスがあるかもしれないわよ」
興奮して騒ぐキャシーに、ジョルジアは困ったように笑いかけた。
「残念ながら、マッテオのお嫁さんにはどうやってもなれないわ。いずれにしても、私には誰かと結婚するチャンスなんてないの。だから、一人で生きていけるように、仕事を頑張らないとね」
「仕事は、なんにせよ、頑張るものよ。でも、チャンスがあるなら……。もう、いいわ。時々いるのよね、目の前にある幸運の塊をポイ捨てして、苦労の素みたいなモノに走っちゃう人。私には理解できない」
ブツブツ言うキャシーに、ジョルジアは笑った。
不思議だった。前に同じ事を言われていたら、傷ついていたはずだ。自ら出会いからも、人付き合いからも遠ざかっていたはずなのに、自分には相手がいないという事がいつも彼女を苦しめていた。それでいて「誰もいないのは、努力しないからだ」と言われることにも同様に傷ついていた。
でも、今のジョルジアは、そのことでは傷つかなかった。彼女には愛する人がいた。他の何十億もの男性に愛されないことは、今の彼女にはどうでもいいことだった。そして、たった一人の彼にもまた愛する別の女性がいる。そのことは彼女を苦しめはしたが、受け入れることはできた。そして、これからもずっと一人でいることは、紛れもない現実として彼女の中に座っていた。今、彼女はそのことに悩むよりも、新しいもう一つの希望、本当の自分の作品を生み出すことに興味があった。それもまた、同じ一人の男の存在に繋がる想いだった。
「ねえ、キャシー。この写真、見て」
彼女は、鞄からファイルを取り出した。先日撮ったキャシーの娘アリシア=ミホの写真だ。
「え。すごい! こんなに素敵に撮ってくれたの? ええ~?」
「そんなにお氣に召したなら、これは持って帰って。それに、さらにお願いがあるんだけれど」
「何? この写真貰えて、とても嬉しいから、どんなことでも言って」
「こんどはあなたの写真を撮ってみたいの。アリシア=ミホと一緒の写真や、ここで働いているいつもの姿、それにご主人と一緒の時も」
「いいけれど、どうして?」
「私、ずっと大人の写真を撮っていなかったの。でも、わかったのよ。私はずっと、人びとのありのままの人生を映し出したかったの。でも、モデルになる人に撮らせてほしいって言えなかったの。その人たちの人生の重さに対峙する勇氣もなかった。でも、直面することに決めたの。撮らせてくれる?」
「いいわよ。大歓迎。面白そうだし。私、ぐずぐずしていた人が、迷いを振り切って動き出すの、好きなの。応援したくなっちゃう」
「そして、撮った写真、新しい写真集に載せてもいい?」
キャシーは、明るく笑って頷いた。
「セレブの仲間みたいに? やった。その写真集もくれるならね。サイン入りでよ」
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パンを作りはじめました
スイスに引越して十五年も経っているんですが、パンなんて自分で作れるはずはないと思ってトライしたことなかったんです。ケーキは作りますが、思った通りに膨らんだり膨らまなかったりするじゃないですか。だから、パンはもっと難しいと思っていたのです。
で、パンはパン屋で買えるし、それでいいと思っていました。でも、先月あたり、なぜか自分で作ろうと思ったんですよ。

で、まともに作れるはずがないので、ホームベーカリーを買おうと。いろいろと探して「これを買おう」という型番まで決定したところでふと氣がついたんです。置く場所がないぞと。そう、ホームベーカリー、大きいんですよ。
これ買って、三日で挫折したら邪魔なこと間違いないと思ったんです。で、まずホームベーカリー買う前に、手動で作ってみて、パンづくりを続けるか、パン屋通いに戻すか決めてからにしようと。
そもそも、私は炊飯器も持っていないんですよ。もともとお鍋で炊けるし、シャトルシェフのミニで問題なく代用できるのでこれからもいらないと思うんです。なのにいきなりホームベーカリーかって思っちゃったんですよね。
で、作ってみました。ネットでの情報をいろいろと総合して作ったら、なんとかできましたよ。
最初のは、粉が古かったのと、イーストの量を間違えてしまってまずかったんですが、あとのは結構美味しくできました。なんだ、こんなに簡単だったの? よく考えたら大昔から過程で普通に作っているんだから、そんなに難しいはずないんですけれど。というわけで、ホームベーカリー、私には不要でした。
上の写真は、三回目くらいの作品。ちゃんとパンの形になっています。味はまだ工夫が必要かなと思うんですけれど、少なくとも「膨らまない」というような怖れていた失敗はいちどもしていません。

「こねないパン」という方法でも作ってみましたが、最近やっているのはこれ。前にご紹介したことのあるハンドミキサー、ブラウン マルチクイックのパンこね機能をつかってこねます。粉と塩に、下準備したイーストを入れてまわしながら、上から水を加えていくのです。一分もしないうちにこね上がります。これをボールに入れて、ラップして一晩置き、発酵したそれを翌日整形して焼くだけ。ズボラな私にも出来ます。
こんな適当でも、そこそこのパン屋で買うぐらいの味にはなります。あ、トーストやバゲットみたいな白パンではなくて、ライ麦パン(Roggenbrot)やふすま粉パン(Ruchbrot)というような茶色いパンです。でも、酸味のある黒パンではないので食べやすいです。
写真のは白パンにちかい半白パン用粉を使ったんですけれど、これだとまだ味が納得いかなかったのです。味がない感じ? 焼いた温度に問題があったかも。それとも茶色いパンの方が、誰が作ってもまあまあになるんだろうか? わかりませんが、今のところ満足しています。コストもパン屋で買う半分以下ですしね。
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CHA-SAJI

日本には、痒いところに手の届く雑貨が異様に多いんですけれど、これもその一つ、珪藻土でできている茶さじです。珪藻土とは、藻類の一種である珪藻の殻の化石よりなる堆積物つまり堆積岩です。もともと熱に強いとして七輪の材料に使われていた材質ですが、吸放湿性が高いことから呼吸する素材として、食品の乾燥剤としても使えるのですね。
で、ただの乾燥剤としてではなく、入れっぱなしにできる茶さじとして作ったのがこの商品なんですって。
我が家では、この写真のようにインスタントコーヒーの中に入れています。湿けるのを防ぐと同時にコーヒーを淹れる度に濡れていない新しいスプーンをおろす必要がなくってとても便利なんです。
この大きさはちょうど小さじ一杯と同じなので、コーヒーの他、料理用の塩のポットの中にも入れています。便利ですよ。
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【小説】ファインダーの向こうに(8)ポートレート -1-
今回は、兄マッテオを撮ったモノクロームの写真の載った雑誌が発売されてからはじめて会社に向かった日の事です。
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ファインダーの向こうに
(8)ポートレート -1-
「見ろよ」
顔を見た途端に、ベンジャミン・ハドソンは箱を抱えてきてデスクの上にドサッと置いた。ジョルジアは、その中に入っている封書やハガキを見て、びくっと震えた。それから上目遣いになって、探るように彼の次の言葉を待った。
「これ、全部、『クォリティ』誌のセレブ特集に関する読者からの意見だ。約三割がマリアーノ・ゴンザレスの撮ったイザーク・ベルンシュタインの写真について。それから一割が例の日本人俳優トダ・ユキヒコ特集、一割がその他のセレブの写真について。残りは、先週発表したマッテオ・ダンジェロ特集、君の写真についてだ。全体のほぼ半分だぞ。こんなに反響が来たことってないだろう?」
彼女は、怖々と箱の中を覗き込んだ。几帳面なベンジャミンらしく、分類した通りにゴムバンドで留めてあった。手を伸ばして一通でも読むつもりにはなれなかった。いずれにしてもベンジャミンがもう全て目を通したのだ。
「それで」
「中身は知りたくないのか?」
「非難囂々? もう役員たちにお小言もらった?」
ベンジャミンは、不服の表情を浮かべ、人差し指を振った。
「そんなわけがあるか。この僕が、素晴らしいと言った写真だぞ。そりゃ、100%肯定する投書だけじゃなかったさ。そんなのは何をしても同じだ。だが、この投書の山を見せりゃ、新しい写真集の企画書は簡単に通るさ。ほら、読んでみろよ」
ジョルジアは、恐る恐る一番上に乗っている束に手を出した。
「最初に、この素敵な男性と写真の美しさに惹かれました。それから、それがあのマッテオ・ダンジェロだとわかって驚きました」
「なんて印象的な光の使い方なんでしょう。夜かと思うほど深いグレーの効果で、海に反射する太陽がとても強く感じられます。彼ってこんな風に優しく笑う人だったんですね」
「この印象的なポートレートを撮った写真家は誰だろうと思って、この雑誌を購読して始めてクレジットを探しました。なぜこんなに小さく入れるんだろうと文句をいいながら。ジョルジア・カペッリって、あの子供専用写真家? こんな写真も撮るんですね。驚きました」
「ジョルジア・カペッリらしくない、暗い色調の写真ですね。本当に彼女が撮ったものなんですか。そうだとしたらガッカリです」
「ダンジェロ様らしくなくて嫌です。カラーにする印刷代をケチったんですか」
「いつもは、この特集のセレブと、インタビューの方に意識がいくのですが、今回は写真の方がずっと印象的でした。そういえば、『クォリティ』は写真誌でしたね。あの軽薄なお調子者マッテオ・ダンジェロらしくないですが、インタビューの方ではあまり浮かび上がってこない、彼の意外な一面が見えて興味深かったです」
最初の束が終わると、ジョルジアはそれをまた丁寧にしまい、それから次の束を読んだ。ベンジャミンが言っていたことは嘘ではなかった。手厳しい批判もあったが、それ以上に思いもしなかった賞賛の言葉が並んでいた。とりわけ、「深くて印象ぶかい」「マッテオ・ダンジェロに始めて興味と好意を持った」といった意見は、想像もしていなかった。それに、ジョルジア・カペッリにも写真集『太陽の子供たち』にも全く興味がなかった読者から「この写真家は何者か」「彼女の作品は他にないのか」という問い合わせもあった。
「ダンジェロ氏自身からも電話があったよ。この特集を組んでくれてありがとうってね。でも、君だって彼とコンタクトしているんだろう?」
「ええ。怒られるのが嫌で逃げ回っていたけれど、ついに昨日つかまっちゃったの。兄さんがやけに上機嫌だったから、彼の知り合いからは好意的な感想を貰えたんだとホッとしていた所。でも、会社の方は、大変なことになっているんじゃないかと……」
「だから、全然つかまらなかったのか」
ベンジャミンは、手をピストルの形にし戯けて彼女を撃つ真似をした。
ジョルジアは、投書の束を箱の中に戻した。
「全部読まないのか?」
ベンジャミンの言葉に、彼女は首を振った。
「あなたがもう報告書をまとめたんでしょう? 来週の会議でその資料を読むわ。それに……」
「それに?」
「写真を、ずっと撮っていなかった本当の私の写真を、一枚でも多く撮りたいの。でも、その前に、やらなくちゃいけない会社の仕事もあるでしょう? 今週のスケジュールを教えてちょうだい」
ベンジャミンは、肩をすくめると、向こうのデスクに戻りプリントアウトされた撮影スケジュール表と打ち合わせ資料を持ってきた。
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ブルーストーンをめぐるロマン

ブログのお友だち大海彩洋さんほどではありませんが、私もかなり巨石の類いが好きで、世界の各地で巨石を見て歩いたりしています。といっても日本の巨石はほとんど存在すらも知らなかったりするので、巨石ファンと名乗るのはちょっと恥ずかしい程度です。
ストーンヘンジを訪れたのは、この秋で二回目です。最初の訪問は1990年の三月。びっくりするような昔です。ういういしい大学生でした。(年がバレる!)
でも、今回の方がずっとたくさんのことに感銘を受けたように思います。
はじめて「かのストーンヘンジの実物が目の前に!」というインパクトは大きかったです。それに、柵があって「入らないでください」状態になってしまった現在と違って、もっと素朴なストーンヘンジを体験できたのです。にもかかわらず一度目よりも今回の方がずっと強い感銘を受けた原因はひとつです。今回は案内してくれている人の言っていることが全部わかったということ。
大学生の時の私の英語力は思えば酷いもので、とにかく質問したその答えがイエスかノーかはわかったけれどそれ以上ではなかったように思います。あれでよく無事に帰国できたものです。(もっとも今だってボキャブラリーなどで言えば英検三級のレベルを超えていないと思うんですが)
ここ数年、ポルトなどで英語でコミュニケーションすることが増えてそういう外国では全く問題なく英語でコミュニケーションできることはわかっていたのですが、本場のイギリスに行ったらネイティヴの英語なのでまた全然聴き取れなくなると思っていました。ところがどっこい、全部わかるじゃないですか(笑)
どれだけ酷いヒアリング力だったんだ、大学生の私。
で、日帰りオプショナルツアーで、ストーンヘンジを観にいった時も、ひたすら話してくれるガイドさんの説明が全部聴き取れたんです。
少しだけほかの話題と違うとすれば、考古学や地質学の語彙って、少し特殊なんですよね。ギリシャ語源の単語などが入っていたり。だから、普通の会話よりも少しだけ難しいように思います。でも、とにかくわかったんですね。これは私自身にヨーロッパの歴史や考古学に関する知識が少し増えていたこととも関係があると思います。
そして、ここからが今日の本題です。(前置き長くてすみません)
ストーンヘンジというと注目を浴びるのは、サークルの内側に堂々とそびえるグレート・トリリトン(三石塔)でしょう。二本の石柱の上に横棒のように石がわたされているあれです。この巨石は一つ35トンにもなる立派なもので、これがストーンヘンジのメインのように見えています。
でも、古代の人々にとって本当に大切だったのは、そっちではなくて、外側のサーセン石による環状列石と内側のトリリトン馬丁型配列の間にサークルとなって配列されたもっと小さい石群だったらしいのです。写真で私が赤く印を付けたのがそれ、ブルーストーンと呼ばれる石です。

トリリトンに使われているのはサーセン石と呼ばれる砂岩の一種で、大きいものでもこのストーンヘンジの北30キロ、私が今回言ったもう一つの巨石群エイヴベリーの近くで採れるそうですが、ブルーストーンは240キロ以上西北にあるプレセリ山脈でしか採れないそうです。
トラックもクレーンもない、さらにいうと掘建て小屋に住んでいた人たちが、なぜそんな遠くからわざわざ石を運んでこなくてはならなかったのかということを考えるとき、それが「冬至と夏至を示すカレンダー」と私が聴かされていた俗説は論理的な回答のように思えません。
ストーンヘンジのかなり近くには、木でできたウッドヘンジという建築物が発掘されていますが、夏至に太陽の昇る方向を示すだけならそれでもいいわけです。240キロも先から苦労して石を運んでくる必要はありません。
最近の調査では、ストーンヘンジは一度建てられてそれっきりだった訳ではなく、一度作られたものを取り除いて改めて今のような形に組み直したことがわかっているそうです。
ブルーストーンをより効果的に配置するために、わざわざ建設し直し、サーセン石の巨石をあの印象的なスタイルに組み直したのでしょうか。周りに次々と建設された古墳群から、古代の人々にとってストーンヘンジはこの世とあの世をつなぐとても大切な聖地と考えられていたようです。

この復元モデルを見ると、サーセン石のトリリトンのサークルと馬蹄形のトリリトン配列の間に二重になったブルーストーンのサークルが綺麗に並んでいます。
スイスに戻ってから、ZDFの番組でたまたまストーンヘンジに関する最近の調査のことを特集していたのですが、当時の人びとはおそらくブルーストーンに特別な治癒力があると信じていたのではないかということでした。そして、ここに来ることでその特別な魔力の恩恵を得ることができると信じていたのではないかというのです。
2008年の発掘で見つかった大量の小石サイズのブルーストーン。もしかしたら霊験あらたかな石としてここで取引されていたのかもしれないそうです。
2002年に発掘された人骨、「エイムズベリーの射手」といわれる男性は、歯の組成を調べてみたところなんとスイスなどのアルプスで生まれた人だということがわかったそうです。この人の周りには当時は貴重品であった金属などたくさんの副葬品があったそう。なんらかの理由で、わざわざここに来て亡くなり、この特別な場所に葬られたのでしょう。
本当のことは何一つわからないですが、この場所が彼らにとって特別であったことだけはわかります。そして、考古学を通していろいろなドラマがわき上がってきます。地球にはまだまだロマンに溢れる場所がたくさんあるのですね。
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ポルトと橋
今回の更新で、世界旅行へと出かける船から小さくなっていく街を見つめるキャラクターが街のランドマークとしての橋を見つめているシーンがありました。
観光客の私にとっても、ポルトの橋は印象ぶかいのですから、住んでいる人たちにはとても大切な街の象徴だと思うのです。

ポルトとガイアを結ぶ橋といったら、なんと言おうともドン・ルイス一世橋ではないでしょうか。鉄橋でありながらその優美なシルエットは、とても有名です。二重橋で、上は歩行者とメトロが、下は歩行者と車が通るようになっています。
橋から眺めるリベイラやガイアの光景は絶景です。ポルトに行ったら何は置いてもここから写真を撮らなくては。
どちらも通りたいので、ポルトに行く度に上と下と両方渡るのですけれど、この高低差がかなりあって、毎回ふうふういいながら登ったり降りたりする羽目になります。

ドナ・マリア・ピア橋は、パッと見はドン・ルイス一世橋とよく似ていますが、別の橋で、ドン・ルイス一世橋から見て上流にかかっています。どちらの橋もエッフェル塔で有名なエッフェルの会社に属する建築家テオフィロ・セイリングが手がけました。ドン・ルイス一世橋は、二階建てですが、こちらは一重。ドン・ルイス一世の王妃の名前ですから、夫婦橋なのですね。

さて、作中に出てきたアラビダ橋は、大西洋との境、ドウロ河の河口にかかっている橋です。白いコンクリートでできた橋で、ここからリスボンへ向かう高速道路に続くんだそうです。
このストーリーは架空で、実際には世界を一周する巨大客船はポルトには停まらないはずですが、停まったとしても停泊できるのはポルトではなく、大西洋に面したマトジニョシュ(私の作品ではMの街として登場)の港でしょうから、ドン・ルイス一世橋が見えることはないと思います。だから、このアラビダ橋が見えたと書いたんですね。
青い空とドウロ河に映える白い橋も、コンクリートとは言え、とても優雅で美しいと思います。
この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……
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【次回予告】「Infante 323 黄金の枷」 (21)発作
サントス医師は、誰かを待っているようだった。
「今日はどうなさったんですか?」
「ドン・アルフォンソがまた発作を起こされたんでね。先ほどの検査の結果、入院する必要はないんだが、しばらくは医師がつめているほうがいいというので、今日から私がしばらく泊ることになったんだ」
ドラガォンの館の当主ドン・アルフォンソは、心臓に問題を抱えています。彼が発作を起こしたので、館は慌ただしくなっています。
来月末に発表予定です。お楽しみに!
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【小説】Infante 323 黄金の枷(20)船旅
ここで話はドラガォンの館を離れて、ずっとライサ・モタを心配して探していた妹のマリアに視点が移っています。マリアは、連絡のない姉のことを調べてくれるようにマイアに頼んだ後、そのマイアとも連絡がとれなくなりやきもきしていました。
ライサ・モタのことは、この小説ではもう出てきません。彼女の物語は、この小説の続編である「Filigrana 金細工の心」に譲ります。そして、そちらはまだ執筆中です。
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Infante 323 黄金の枷(20)船旅
潮風がここちよい。サングラスを額の上に持ち上げて、マリア・モタは遠ざかるPの街を振り返った。アラビダ橋は堂々とその姿を横たえ、離れていく船に別れを惜しんでいるように見えた。豪華客船の最上階デッキ、バルコニーつきの客室は広い上、ガヤガヤとした他の乗客たちにリクライニングシートをとられてしまう心配もなかった。
マリアは、リクライニングシートに横たわっているライサを見た。身につけている華やかなサマーワンピースは、先ほど船内のブティックで入手したものだが、姉を本来の美貌にふさわしい艶やかな美女に変えていた。
「ブティックなんて、そんな贅沢は……」
尻込みをするライサの腕をマリアは強くつかんだ。
「贅沢も何も、この船にあるものは全て何もかも客室の値段に含まれているんですって。部屋の鍵カードを提示したらそう言われたの。服をもらってももらわなくても払ってくれた人には同じなんだって。だから、ねっ」
いったい、どうしてこんな高価な船旅を、しかも二人分も用意してくれたんだろう。マリアは思ったが、疑問はとりあえず横に置いておくことにした。このチャンスを逃したらこんないい思いをするチャンスは生涯めぐって来ないだろう。とにかくこの100日間は旅を楽しむのに専念することにした。
あれはほんの一週間前のことだった。マリアは、姉が突然帰って来たので驚いた。黒塗りの車が、家の玄関前に停まり、運転手が出てきて扉を開けた。ライサは小さなバックを一つ抱えていた。男が頷くと出てきて、小さく頭を下げた。
「ライサ!」
マリアは玄関から慌てて飛び出して、一年半以上も連絡の途絶えていた姉を抱きしめた。その間に車は静かに出発して角を曲がっていった。
ライサはマリアが何を訊いても答えなかった。
「誓約があって話せないの」
それはいつも通りのことだった。彼女がドラガォンの館で勤めだしてから、二ヶ月ごとに休暇で帰ってくる度にしつこいほど聞かされた言葉だった。けれど、こんなに長い間連絡もなく、また、再び勤めに戻るとも言わずに帰って来たというのにそんな話があるだろうか。
「館でマイア・フェレイラって子に逢わなかった? 姉さんを心配して、館に勤めだしたんだけれど」
ライサは、一瞬怯えたような顔をした。
「私、しばらくお館じゃなくて、ボアヴィスタ通りの別宅にいたの。だから、あなたの友達には会っていないわ」
「そこには誰が住んでいるの?」
ライサは答えなかった。ただ遠い目をした。懐かしむような、愛おしむような表情だった。意外に思った。ドラガォンの館のことを聞いたときと、反応が全く違ったからだ。
「黄金の腕輪、どうしたの?」
「外してもらったの。もうしなくていいんですって」
ライサはかつてそうであった以上に自信がなさそうに目を伏せてものを語った。マリアには理解できなかった。ライサの美しさは世界を恣にできるとは言わないが、少なくとも自分が彼女ほど美しかったら人生がもっと簡単になったと常々思っていた。それなのに、ライサときたら、それが罪であるかのようにびくびくと怯えて伏し目がちだった。
二年半ほど前に知り合ったマイアも少し似た雰囲氣を持っていた。ライサほどではないが、人付き合いが下手で、上手くいかないことがあると簡単にあきらめてしまうようだった。二人に共通していたのは、ミステリアスな黄金の腕輪をしていることだった。
「この腕輪をしている限りどうにもならないの。子供の頃からずっとそうだった」
マイアは寂しそうに語った。マリアはライサの妹として、友人の無力感をもどかしくも理解することができた。
そのマイアにマリアは姉の安否を確かめてほしいと頼んだ。けれど、マイアがドラガォンの館に勤めだして以来、彼女と話すことはできなくなった。休暇で帰って来ているなら連絡してくれると思っていたのだが、もしかしたらマイアも誓約に縛られてマリアに連絡できないでいるのかもしれない。
マリアは七月にマイアからのメッセージをもらっていた。何の特徴もない白い紙が一枚入った封筒がマリア宛に送られてきた。その表書きはマイアの字とは似ても似つかない、おそらく男性が書いたものだった。差出人名はなくて、消印はPの街からだった。中にはマイアの字で書かれたメッセージが入っていた。とても慎重な内容で、マイアが誰かに知られるのを極度に怖れているのがわかった。
「親愛なるマリア。そう遠からずあなたは待ち人を迎えることでしょう。どうか、いまはこれ以上何もしないで待っていてください。私たちがこれ以上何もしないことが、一番の近道なのです。どうか私を信じてください。M.F」
ライサがマイアに逢っていないのだったら、どうしてライサのことがマイアにわかったのだろう。それに、あの館では一体何が起こったのだろう。現在マイアはどうしているのだろう。マリアはマイアの妹に連絡を取ってみようかと思ったが、ライサと同様に誓約がどうのこうのと言われそうなので、電話はやめて、実家当てに簡単にはがきを書くことにした。
「親愛なるマイア。あなたと半年以上逢っていないわね。姉のライサも我が家に戻ってきたの。次の休暇で戻ってきたら、一緒にご飯でも食べない? これを読んだら連絡をちょうだいね。あなたのマリア」
マリアは、ハガキを書き終えると、切手をとりに自分の部屋へと行き、一分もかからずにリビングに戻ってきた。そして、デスクに置いたはずのハガキを探した。
「ない……」
窓際のソファに腰掛けて外を見ているライサに訊こうと目を移すと、彼女の手の中に切り裂かれて紙吹雪のようになったハガキが見えた。
「ライサ……?」
「ごめんなさいね、マリア。でも、私、ドラガォンの館に関わりのある人とは逢いたくないの。まったく関わりたくないの」
「何かつらいことがあったのね」
「訊かないで。思い出させたりしないで」
ライサは下を向いて涙をこぼした。それでマリアはそれ以上訊くことができなかった。
それから奇妙なことが起こった。ライサは二人分の巨大客船での世界一周旅行のチケットを受け取った。それに、パスポートだけでなく、これまで一度も作ることのできなかったはずのクレジットカードも送られてきた。それは黒い特別なカードで、銀行に勤めているマリアも存在は知っていてもいままで一度も見たことのなかったプレミアムカードだった。そもそも自分で望んで発行してもらえるものではなく、さらにいうなら年会費だけでマリアの月収の三倍を軽く超える。
「どうしたの、これ?」
「わからないわ。もしパスポートがもらえたら海外旅行をしてみたいって言ったんだけれど……」
「このチケット、二人分あるわよ。誰と行くつもり?」
「誰って……。誰と行ったらいいのかしら。マリア、あなたと行けたら一番安心なんだけれど、仕事、休めないわよね……」
マリアは丸一日考えて、旅の間に無給の休暇をもらえないかと上司に切り出した。彼はその場では非常に渋い顔をして、そうしたいのであれば、退職してもらうしかないし、引き継ぎのこともあるので一週間後に出発するのは不可能だと言った。マリアはかなり落胆して、仕事に戻った。
夕方にマリアは再び上司に呼び出された。
「君の希望を全て叶えることに決定した。そのかわり今週末までに可能な限りの引き継ぎを終了してほしい。定常業務は全て他の人間に振り分けるので心配しないように」
「いったいどうなったんですか?」
「それはこっちが訊きたいよ。頭取からの直接の指示らしい」
昨夜八時に銀行の従業員口から退出するまで、マリアはノンストップで働くことになった。食事時間も10分しかとらなかった。荷造りもまともにできなかった。実際の所、持ってきたのはパスポートとチケットと自分の財布、それに慌てて詰めた多少の着替えだけだった。カメラも双眼鏡も、それどころかサングラスすらも忘れてきたのだが、カメラを売っている売店で、「このチケットの場合は代金をお支払いいただく必要はございません」と言われたのだ。
マリアはすぐに客室に戻り、ライサを連れてブティックに向かった。ライサを変身させて、自分もサングラスやほしかった白いジャケットを手に入れた。
ライサが体験したことは何だったのだろう。それを贖うのにこれほどの贅沢を許すとは。知りたいと思う氣もちは変わらない。けれど、いま必要なのは、ライサにつらかったことを思い出させることではなく、忘れるさせるために一緒に楽しむことだろう。
マリアはドラガォンの館にいる友のことを考えた。マイアの字はしっかりとしていた。ライサのように苦しんだりしていないでほしいと願った。
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