《Et in Arcadia ego》

このタイトルを見てニヤリとなさった方は、相当の通ですね。
「そして私はアルカディアにもいる」作品中で使っているラテン語ですが、今日は文字通りの意味です(^^)
ポルトに幾つもある有名なお菓子屋さん「アルカディア」でお茶をしました。

これはキンディムというお菓子。パッションフルーツ味で小さいのでお腹いっぱいの時にもいけます。
いろいろ種類があるようです。

これはカステラの原型パン・デ・ロー、いろいろなタイプがあるのですが、このお店のは中心が半生タイプ。美味しいです。
ポルトにいる間にできるだけ美味しいものを食べようと躍起になっています。その為にダイエットまでしてきたのですから(^^)
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ドウロワインの故郷

電車でドウロ谷を遡り、ピニャンに来ました。
作品の中でヒロインが乗った電車はスペインまで行く事になっていますが、実際にはスペイン行きはもう運行していません。
ポルトに5年通っていますが、いろいろなものが変わっていくのを感じます。
さて、橋を渡ってサブローザという村でお茶しています。

村の偉人だと言われて、よく見たらマゼランじゃないですか。そりゃ偉人だわ。どの日本人でも知っていますものね。ここで生まれたそうです。
そして特産のムスカテル。甘いデザートワインですね。
お昼にとても美味しい鱈を食べてデザートまで入らなかったので、その代わりです。
のんびりとしています。

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またポルトに行ってきます
本編はあと二回を残すだけとなりました。月に一回の更新なので、ずいぶんと長くかかりましたが、もうじき終わるのかと思うと感無量です。

さて、私たちは春休みを再びポルトで過ごす事にしました。5年連続。こんなに通った場所ってありません。行く度に馴染みの場所が増えて、懐かしくなる素晴らしい街です。

これからフライトです。ブリュッセルテロを受けての厳戒態勢で、セキュリティ・チェックでは靴まで脱がされました。(なぜ女性だけなんだろう)
朝一番の便なので、さほど混んでいませんでしたが、日中はすごい混雑になるのでしょうね。
今年は、はじめてイースターをポルトで過ごす事になります。せっかくだからイースターのミサに出たいなと思っているのですがどうなるかな。
それから、毎回一日はしている小旅行は、コインブラとアヴェイロにしてみました。ロケハンも兼ねて、行って参ります。
この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……
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【次回予告】「Infante 323 黄金の枷」 (24)宣告
ドンナ・マヌエラが眉をひそめた。
「メウ・クワトロ、いい加減になさい」
「なぜです、母上。僕には赤い星を持つどんな娘でも自由にする先祖伝来の権利があるはずですよ。ほら、例の宣告をすればいいんでしょう。《碧い星を》ってやつ。やってみようかな」
あざ笑うような24の挑発に唇を噛んで黙っていた23は、突然席を立ち口を開いた。その口から聞こえてきたのは、普段使うものとは似ても似つかぬ古い時代の言葉だった。
自分の先を越すようにマティルダと結婚したミゲルにつらくあたる24を諌めた事から、こんどは23が24の攻撃の矛先になります。そして、その結果23は、望まぬ行動をする事になります。
来月末に発表予定です。お楽しみに!
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【小説】Infante 323 黄金の枷(23)遺言
前回、いきなり当主アルフォンソと《監視人たち》の代表である執事メネゼスに抜け出してしまっている事がバレてしまった23。もちろんそのことは23もマイアもまだ知りません。
今回は、「追憶のフーガ - ローマにて」という番外編を発表した時に「え? これは誰と誰の事?」とみなさんに訊かれた件が明らかになります。
本編は今回を含めてあと三回で完結です。いろいろとヤキモキさせていますが、まだ続きます(笑)
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Infante 323 黄金の枷(23)遺言
マイアはいつものように三階と二階の掃除を手早く済ませて靴工房に降りてきた。彼はエスプレッソマシンの前に立っていた。
「おはよう。23」
「おはよう。新しいブレンドが届いたんだ。飲んでみるか?」
「うん。ありがとう」
その時、二階で鉄格子が解錠される音がした。二人で同時に見上げる。体重を億劫に左右に傾けるこの音は、ドン・アルフォンソの歩き方だとすぐにわかった。
「おはよう。アルフォンソ。珍しいな、どうしたんだ? 今、上がっていく」
23は階段の途中まで行った。彼の兄は、ここまで来るだけで既に息を切らしかけていた。
「いや、下に行く」
当主は手すりにつかまりながらゆっくりと降りてきた。マイアは掃除用具と掃除機をまとめて、急いで出て行こうとした。アルフォンソはそのマイアをちらりと見ると手を振った。
「マイア、わざわざ席を外す必要はない。そのまま仕事を続けていろ」
「え。あ、はい。メウ・セニョール」
マイアは心配そうに23を見たが、23も兄の意図がわからずただ肩をすくめた。マイアは少し離れたところに行って掃除を始めた。
「今日の氣分はいいのか。こんなに歩いて大丈夫か」
23は椅子に腰を下ろして息を整えているアルフォンソに、水を持っていった。当主はコップを弱々しくつかみゆっくりと水を飲んだ。それから黒いベルベットの上着の胸ポケットから白いハンカチを取り出して、その紫色の顔を拭いた。
「ありがとう。今朝はいつもよりいいんだ。お前とこうして話をできるうちに来たかった」
「話をしたいなら、食事のときでもいいし、俺がお前の部屋まで行ってもよかったのに。メネゼスがついて来れば逃げる心配もないだろう」
アルフォンソは弟の顔をじっと見つめてから言った。
「逃げる心配なんてしていない。俺は、お前に食事のときの軽い会話をしたかったわけじゃない。それに、できればメネゼスも、母上も、それから24もいない時に話したかったんだ」
なのに私はいてもいいのかな。マイアは余計困った。聴かない方がいいように思うけれど、でも氣になってしまう。
「アルフォンソ。コーヒー飲むか」
「いや、いい。水をもう一杯くれ」
23は水をくんで兄の前に置くと、その正面に椅子を置いて座った。アルフォンソはもう一度額を拭くと、椅子の背に凭せ掛けていた身を起こして、弟の顔をじっと見た。
「二つ、頼みがある。口がきけなくなってからでは遅いので、聴いてほしい」
「聴くよ」
「一つめは、クリスティーナのことだ。彼女とは先日話をした。俺がいなくなった後、どうしたいかと」
「彼女はなんと?」
「代わりの人間が見つかったら、出て行きたいと言っていた」
「そうか」
「腕輪を外し、ライサにしたように生活に困らないようにしてやってほしい。だれか別の人間を見つけて幸せに生き続ける努力をすると約束させた」
「アルフォンソ。クリスティーナと結婚しないのか」
23は言った。マイアははっとした。クリスティーナとドン・アルフォンソがそういう関係だとは夢にも思わなかった。アルフォンソは笑った。
「そんなことをしたら俺が死んだ後、彼女がお前の妻になるんだぞ。お前がアルフォンソになるのだから」
マイアの手の動きは停まった。23は意に介した様子も見せなかった。
「心配するな。名前だけの夫だ。お前に選ばれた女には俺は手を出せない。監視もたっぷりつく。わかっているだろう」
「その心配をしているわけじゃない。それに名前だけの当主夫人の座など、クリスティーナは望んでいない。お前を俺たちの犠牲にすることも考えてはいない」
アルフォンソは水を飲んだ。それからいっこうに掃除を進めていないマイアをちらりと見てから、再び23に視線を戻して笑った。
「23。お前とアントニアは変なところがそっくりだ。人のことばかり慮って、自分の幸福を簡単にゴミ箱に放り込もうとする」
23は視線を落とした。
「こんな風に生まれてきた俺には、選択の余地がない。簡単にはいかないんだ。わかっているだろう」
マイアはやっぱり席を外せばよかったと思った。聞きたくない。アルフォンソはマイアの動揺はもちろん、23の言葉にも動じた様子はなかった。
「お前がお前自身と過去のインファンテたち、もしくは《星のある子供たち》の受けた苦しみから、ドラガォンに対して肯定的な想いを抱けないことは理解できる。当然だ。俺も二人の大切な弟たちを苦しめ、救えなかった自分に満足しているわけではない。だが、遠からずお前は俺に代わってこの巨大なシステムを統べていかなくてはならなくなる。大きな権能がお前の手に握られることになる」
「アルフォンソ」
アルフォンソは、しっかりとした目つきで弟を見つめた。
「とても大切なことを言っておく。ドラガォンは複雑なシステムで、厳しく、当主であっても基本事項の変更は一切許されないが、それを動かしているのは血肉の通った人間だ。過去に於いても、そして、今でもだ」
23は冷笑した。アルフォンソはため息を一つついてから、懐を探って書類の束を取り出して23に渡した。
「これは?」
「読んでみろ。そうしたらわかる」
なんだろう。マイアは覗いてみたい欲求に駆られたが、我慢して埃とりに専念した。
「ほう……。よく調べたな」
23は冷静に紙を繰っていた。アルフォンソは愉快そうに口の端をほころばせた。
「いい仕事をしているだろう? 間違いないか」
「ほぼ、全部……、いや、サン・ジョアンの前夜祭の報告はないな」
アルフォンソは大きく笑った。
「そりゃあ、その日くらいは《監視人たち》も仕事を忘れて楽しみたいだろう」
マイアはぎょっとした。
「《監視人たち》を悪く思うな。彼らは忠実に仕事をこなしているだけだ」
「わかっている。彼らに恨みがあるわけじゃない。どうするつもりだ。マイアを罰するのはやめてくれないか。あいつは俺の望みを叶えてくれただけなんだ」
そうじゃない。やめて、23を罰しないで。何も悪いことをしていないのに。マイアははたきを握りしめて二人の方を見ていた。当主は首を振った。
「もちろん、罰したりしないさ。お前もだ。お前が見つけた出入り口は、たぶんこれまでも何人ものインファンテたちが使って、わずかな自由を楽しんだんだろうよ。そして、《監視人たち》や歴代の当主も、外にいるはずのないインファンテを見かけても、あえて星の数は確認せずに、《星のある子供たち》の一人としてごく普通に監視報告してきたんだろう。システムと掟は厳しくても、人の心はどこかに暖かさがあり、呼吸する余地を残してくれる。だから、心を閉ざすな。ドラガォンは、運命は、お前やアントニアの敵じゃない」
23は少し意外そうに兄の顔を見ていた。アルフォンソは弟の顔をしっかりと見返した。
「俺は当主であると同時にお前の兄だ。お前が新しい当主としての責任を果たしてくれることを期待すると同時に、お前の幸福を心から願っている。そして、それは両立できるだろう。運命に逆らって苦しむな。お前がこのシステムを嫌って、血脈を繋ぐのを拒否しても、システムを止めることはできない。今のドラガォンは狂っていると思うだろう。三人の若い娘が苦しんだ。一人は命を絶った。俺にはそれは止められなかった。だが、お前には止められる」
「アルフォンソ。24は俺にとっても弟なんだ」
「24を罰しろと言っているんじゃない。だが、お前が血脈を繋げば、この館に未婚の娘を雇う必要はなくなる、そうだろう?」
「……」
「システムに対する怒りにこだわるな。望む相手を娶り、愛し、子供を慈しみ、あたりまえの幸せな家族を作れ。それが、今の歪んだドラガォンとそのシステムを暖かい血の通った人びとの集まりに変えるんだ。俺が新しい当主としてお前に望む二つめはそれだ」
アルフォンソは、23の返事を待たずにゆっくりと立ち上がった。
「もう、いく。少し休まなくては。たぶん、こんな風に話せるのは、もうそんなにはないと思う。聴いてくれてありがとう」
23は唇を固く結んだまま、兄を見送っていたが、ふと氣がついて手元の書類を返そうとした。
「お前が持っていていい。どうせ、もうしばらくしたら、その手の書類を持ってメネゼスが日参するようになるぞ」
アルフォンソが笑った。
それからマイアの方を見て言った。
「この街で23をつれて歩くのは構わないが、電車は少しやりすぎだったぞ。レベル3で黒服を出動させた娘はここ一年でお前だけだ」
マイアは夏の休暇中のスペイン行きの電車のことだとすぐにわかって、頭を下げた。23は、その二人の様子を見て、もう一度書類を繰って、その報告書を見つけた。それを読んでいる彼の表情は暗かった。マイアはあんなことをしなければよかったと悲しくなった。
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空見に参加

この写真は今日の空見のものではありません。今日みた空は、後ほどアップする予定です。
私の住むグラウビュンデン州は、スイスの中でも特別に青空が綺麗な州なんです。低地(チューリヒとかルツェルンとかですよ)では、冬の間やたらと霧が多くて、空はどんよりという事が多いのですが、そういう所に住むお金持ちたちは、グラウビュンデン州に別荘を買って、この抜けるような青空を楽しみにくるのです。
この動画は、グラウビュンデン州の観光アピールなんですが(地元民しかわからないスイス方言ですみません)、アイベックスのジャンとジャッチェンが「あいつらこの下にわざわざ行くんだってさ」「し、下って、まさか霧の中に?」「そうなんだよ、俺たちも山も全然見えないのにさ」「あいつら頭おかしいんじゃないのか」と語っているんです。そこでナレーター「グラウビュンデンでは、霧はあっても温泉の中だけです。それにスキーパスもついてきますよ」とアピール。
今日の空見も、そういう風に晴れてくれるといいな。
この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。
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シーフードカレーの話
これをどうするかというと、まずはブイヤベースにする。かなりシンプルなレシピで、にんにくとニンジン、セロリ、タマネギ、トマトそれにサフランぐらいしか入っていない。しかも、全てみじん切りにしてから圧力鍋にかけるので、塊はシーフードだけみたいな真っ赤なスープになる。
これを初日に食べる。もちろん、アーリオ・オーリオソースは必須。といっても、ニンニク、オリーブオイル、マヨネーズを混ぜただけだけれど。
で、余った分は、カレーにする。一日経っているので、スープが劇的においしくなっている。
カレー粉とニンニク、ショウガをじっくりとオリーブオイルで炒めて、スープに投入。コクを出すためにダークチョコレートを入れている。それに柿で作った自家製チャツネ、自分で干したミックス茸、レーズン、カシューナッツも投入。さらにアーリオ・オーリオソースの残りも投入してしまう。それからちょっとだけココナツオイルも。
お米は、炊こうかなと思ったのだけれど、たまたまトルコ料理の茄子のピラフが残っていたので、それを温めて合わせてみた。
こちらには、カレールーがないから、カレーを作るときはスパイスを炒めるところから全て自分でやるのだけれど、それがカレールーで作るのとは全く違う、至福のカレーを作り出してくれる。にんにくやオイルが多くて、たぶん若い女性は死んでも食べなそうだけれど、こういうものをバクバク食べられるなら歳とるのも悪くないかなと思っている。
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【小説】カフェの午後 - 彼は耳を傾ける
scriviamo!の第十四弾です。山西 左紀さんは今年二つ目の参加として、ローマ&ポルト&神戸陣営シリーズ(いつの間にか競作で話が進むことになったシリーズの1つ)の続きにあたるお話を書いてくださいました。ありがとうございます!
山西 左紀さんの書いてくださった『絵夢の素敵な日常(初めての音) Augsburgその後』
山西 左紀さんの関連する小説
絵夢の素敵な日常(10)Promenade
絵夢の素敵な日常(12)Porto Expresso
絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2
Promenade 2
初めての音 Porto Expresso3
絵夢の素敵な日常(初めての音)Augsburg
「ローマ&ポルト&神戸陣営」は今年はほとんど進まなかったのですが、サキさんは66666Hit作品に、この作品と頑張って二つも進めてくださっています。
全くこのシリーズをご存じない方のために少し解説すると、この「ローマ&ポルト&神戸陣営」にはうちの「黄金の枷」、サキさんの「絵夢の素敵な日常」、大海彩洋さんの「真シリーズ(いきなり最終章)」のメンバーたちがヨーロッパのあちこちに出没してコラボしています。「黄金の枷」の設定は複雑怪奇ですが無理して本編を読む必要はなく、氣になる方は「あらすじと登場人物」をご覧下さい。このコラボで重要になっているのは、本編ではほとんどチョイ役のジョゼという青年です。もともとサキさんのとコラボのために作ったキャラです。他に、マヌエル・ロドリゲスというお氣楽キャラが「ローマ&ポルト&神戸陣営」ではよく出てきますが、今回は「神父見習い」というひと言以外は全く出てきません。「ローマ&ポルト&神戸陣営」の掌編は「黄金の枷・外伝」カテゴリーで読む事が出来ます。ただ、今回の作品にはジョゼ関係の必要な情報が全部入っていますので、読まなくても大丈夫です。
さて、今回サキさんが書いてくださったのは、「大道芸人たち Artistas callejeros」のサブキャラ、ヤスミンで、彼女はアウグスブルグで絵夢に逢い、さらにはミクと演出家ハンス・ガイステルの会話にちゃっかり聞き耳を立てています。というわけでこちらは、ポルト(本編ではPの街と言っていますが、この「ローマ&ポルト&神戸陣営」ではポルトと言いきってしまっています)に舞台を移し、こちらでも誰かさんが聴き耳を立てています。話しているのは、「黄金の枷」重要キャラと、やはり「大道芸人たち Artistas callejeros」のサブキャラ。以前サキさんがヤスミンを出してくださったお話で、お返しはやっぱりこの人の登場にした事があるのですが、それを踏襲しています。
サキさんは、とっとと話を進めてほしかったようですが、まだまだ引っ張ります。っていうか、この続きは今月末にロケハンに行ってからの方がいいかな~と。ちなみに本編(続編)の誰かさんに関わる情報もちょいと書いています。
【参考】
小説・黄金の枷 外伝
![]() | Infante 323 黄金の枷 |
「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
黄金の枷・外伝
カフェの午後 - 彼は耳を傾ける
——Special thanks to Yamanishi Saki san
白いぱりっとした上着をきちんとひっぱってから、ぴかぴかに磨かれたガラスケースを開けて、中からチョコレートケーキを取り出した。ジョゼはそれをタウニー・ポートワインの30年ものを飲んでいる紳士の座っている一番奥のテーブルに運んだ。
「大変お待たせいたしました」
「おお、これは美味しそうだ。どうもありがとう」
発音からスペイン人だとわかるその紳士は、丁寧に礼を言った。ジョゼは、ずいぶん目の大きい人だなと思ったが、もちろんそんな様子は見せなかった。
ジョゼは、Pの街で一番有名なカフェと言っていい「マジェスティック・カフェ」のウェイターとして働いている。1921年創業のこのカフェは、アール・ヌーボーの豪華絢爛な装飾で有名で、その美しさから世界中の観光客が押し寄せるので、母国語だけでなく外国語が出来なくては勤まらない。ジョゼは英語はもちろん、スペイン語も問題なく話せるだけでなく、子供の頃にスイスに住んでいたことがありドイツ語も自由に話せるので職場で重宝されていた。

「こちらでございます」
振り向くと、黒いスーツを着た彼の上司が女性客を案内してきた。このカフェの壁の色に近い落ち着いたすもも色ワンピースと揃いのボレロを着こなしていた。ペイズリー模様が織り込まれたそのスーツは、春らしい鮮やかさながらも決して軽すぎず、彼女の高貴な美しさによく似合っていた。ジョゼは、はっとした。彼女に見憶えがあったからだ。
彼のテーブルに座っていた、目の大きいスペイン人はさっと立ち上がり、その女性の差し出した手の甲に口づけをした。
「ドンナ・アントニア。またあなたにお逢いできてこれほどうれしいことはありません」
黒髪の麗人は、艶やかに微笑んで奥の席に座った。革のソファの落ち着いた黒に近い焦げ茶色が、彼女の背筋を伸ばした優美な佇まいを引き立てる。
「遠いところ、足をお運びいただいてありがとうございます、コルタドさん」
上司に「頼むぞ」と目配せをされて、この二人がVIPであることのわかったジョゼは、完璧なサービスをしてみせると心に誓って身震いをしてから恭しく言った。
「いらっしゃいませ。ただ今、メニューをお持ちいたします」
二人の客は、頷いてから、会話を始めた。
「二年ぶりでしょうか。いつお逢いしても月下美人の花のごとく香わしくお美しい。仕事の旅がこれほど嬉しいことは稀なことです」
「まあ、相変わらずお上手ですこと。お元氣そうで何よりです。お噂は耳にしていますわ。事業の方も、芸術振興会の方も絶好調だそうですね」
「おかげさまで。いつまでも活躍していてほしかった偉大なる星が沈むこともありますが、新しく宵の明星のごとく輝く才能もあります。それを見出し支援することが出来るのは私の何よりの歓びです。そして、同じ志お持ちになられているあなたのように素晴らしい方と会い、若き芸術家たちとの橋渡しができることも」
麗人は無言で微笑んだ。どう考えても、目の大きい紳士の方がはるかに歳上だと思われるのに全く物怖じしない態度で、ジョゼは感心しながら見とれていた。ドンナ・アントニアか。相当に金持ちのようだとは考えていたけれど、そうか、貴族かなにかなんだな。彼は心の中で呟いた。
彼女は、チョコレートケーキを嬉々として食べているコルタド氏に微笑んだが、自身はコーヒーしか頼まなかった。それもエスプレッソをブラックで。
彼女は、ずいぶん前に立て続けにこのカフェに来たことがあった。その理由は、なんとジョゼにある伝言をするためだった。彼女からチップとともにそっと手渡された封筒に、幼なじみマイア・フェレイラからの秘密の依頼が入っていたのだ。彼は、何が何だか全くわからぬままに頼まれたことをやり、そのお礼としてこれまで一度も履いたことがないほど素晴らしい靴を作ってもらった。いま履いている黒い靴だ。
「それで、お願いした件は……」
アントニアは、つややかな髪を結い上げた形のいい頭を少し傾げて訊いた。コルタド氏は、大きく頷くと鞄からCDを取り出した。
「こちらがバルセロナ管弦楽団のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番で、こちらがスイスロマンド管弦楽団によるメンデルスゾーンのバイオリン・コンチェルトです」
「まあ、もう二つもご用意くださったのですね。素晴らしいわ。ありがとうございます。録音していただくの、大変だったでしょう?」
「そうですね。世界に名だたるオーケストラと指揮者にソリストなしのカラオケを録音していただくのですからね。なんに使うのか、皆知りたがります。でも、ご安心ください。あなたのお名前を悟られるようなヘマはいたしておりません」
「心から感謝いたします。かかった費用はすぐにお支払いします。それに、あなたが理事を務めていらっしゃる芸術振興会にいつもの倍の寄付をさせていただきたいと思います」
アントニアは、真剣な面持ちで礼を言うと、CDを大切にハンドバッグにしまった。
「私が全く興味を持たなかったかと言えば嘘になります」
コルタド氏は誰もが引き込まれてしまうような、人懐っこい笑顔を見せた。アントニアはわずかに笑った。
「もし可能ならば、生のオーケストラをバックに演奏したいと願い続けている人のため。それ以上は、私が言わずとももうご存知でしょう?」
コルタド氏は、意味有りげな顔をした。
「表向きは何の情報もありませんが、私の懇意にしているセビーリャのジプシーたちはこの街に住む特別な一族のことを話してくれますので」
アントニアは、全く何も言わなかった。肯定も否定もしなかった。それから突然話題を変えた。
「それで。新たに見つけた才能のことを話してください。場合によっては、寄付をまた増やしてもいいのですから」
「そうですね。例えば、私が大変懇意にしている四人組の大道芸人たちがいます。でも、彼らのことは、私が個人的に支援しているだけですがね。ああ、そうだ。この街出身の素晴らしい才能が国際デビューしたことはご存知ですか」
「どこで?」
「ドイツです。ミュンヘンの、例の演出家ハンス・ガイステルが見いだしたようで。彼女の名前が少し特殊だったので、もしかしたらあなたのご一族なのかと思ったのですが」
「なんと言う名前ですか」
「ミク・エストレーラ」
ジョゼはぎょっとして、思わず二人をしっかりと見てしまった。幼なじみで且つ想い人であるミクの名前をここで聞くとは! ミクは、正確にはこの街の出身者ではない。日本で生まれ育った日本人だ。ティーンエイジャーだった頃、母親を失いこの街に住んでいた祖母のメイコ・エストレーラに引き取られて引越してきたのだ。ジョゼは、その頃からの友達だった。
ミクはその透明な歌声を見出されて、ソプラノ歌手としてのキャリアを歩み始めていた。ドイツのアウグスブルグで『ヴォツェック』のヒロインであるマリー役で素晴らしい成功をおさめたことは聞いていた。もちろん彼がアウグスブルグに行ったわけではないけれど、彼女の歌声が素晴らしいのは子供の頃からずっと聴いているから知っている。
大学に進み、この街を離れるまでは単純に歌うのが好きな綺麗な姉貴だった。(ミクは6歳も歳上なのだ!)大学在学中に、テクニックとか曲の解釈とか、ジョゼにはよくわからない内容に心を悩ませ、迷い、それに打ち勝って単純に美しいだけではない深みのある歌い方をするようになった。
夢を追っているミクは輝いていたし、ジョゼも心から応援していたが、彼女の夢が1つずつ叶う度にこの街に帰ってくる間隔が長くなり、さらには手の届かない空の星のような存在に変わっていってしまうように感じられて心穏やかではなくなった。
そうだ、
アントニアは、クスッと笑った。それから首を振った。
「私たちの一族でエストレーラ という苗字を持つものはおりません」
コルタド氏はアントニアが左の手首にしている金の腕輪を眺めて「そうですか」と納得していない様子で呟いた。彼女は、婉然と微笑んだ。
「
それから何かを考え込むように遠くを見てから、コルタド氏に視線を戻して優しく微笑んだ。
「才能があり功名心を持つ人は、星など持たぬ方がいいのです。世界へ飛び立ち、自由に名をなすことができるのですから。
「あなたも……?」
コルタド氏は、これまでに見たことのあるどの女優にも負けぬほど美しく、どの王族にも引けを取らず品をもつ麗人を見つめた。彼女は顔色一つ変えずに「私も」と答えた。
そして、二人を凝視しているジョゼに視線を移すと、謎めいた笑みを見せた。彼は客の会話に聞き耳を立てるどころか、完全に注目して聴いてしまっていたことに思い至り、真っ赤になって頭を下げた。
「それで、あなたはそのエストレーラ嬢の後ろ盾になるおつもりなのですか」
アントニアは、コルタド氏に視線を戻した。
「いいえ。そうしたいのは山々ですが、彼女にはもう立派な後ろ盾がいるのですよ。ヴィンデミアトリックス家をご存知ですか」
「ええ。もちろん」
「かのドンナ・エム・ヴィンデミアトリックスが、彼女を応援しているのですよ。それに、どうやらイタリアのヴォルテラ家も絡んでいるようです。あなたが絡んでいないとしたら、どうやってそんな大物とばかり知り合いになれるのか、私にはさっぱりわかりませんね」
絵夢ヴィンデミアトリックス! またしても知っている名前が飛び出してきたので、ジョゼの心臓はドキドキと高鳴った。絵夢は日本の高名な財閥令嬢で、ミクと同じ日にジョゼが知り合った、長い付き合いの友達だ。
ミクがポリープで歌手生命の存続を疑われた時に、イタリアの名医を紹介してくれたのも絵夢だった。ついでに、メイコのところに来ている神父見習いの紹介でヴァチカンとつながりのあるすごい家も助けてくれたって、言っていたよな。ともかく、彼らのバックアップの甲斐あって、手術は大成功、彼女はまた歌えることになったんだ。ジョゼはわずかに微笑んだ。
僕はその事情を全部知っています。言いたくてしかたないのを必死で堪えつつ、ジョゼは綺麗に食べ終えたチョコレートケーキの皿をコルタド氏の前から下げた。
その時に、アントニアの視線が彼の靴を追っていることに氣がついた。彼は、そっと足を前に踏み出し、彼の宝物である靴を彼女に見せてからもう一度頭を下げた。この靴のことも、それから彼女がマイアの件で彼に伝言を依頼したことも、彼女は知られたくないことを知っていたので、ジョゼはあくまで何も知らない振りをした。アントニアは満足したように頷いた。
コルタド氏は二人の様子にはまったく目を留めずに、話を続けた。
「来月、またこの街に参ります。その時は、もうひとつのご依頼である『ます五重奏』の方も持ってこれるはずです」
「何とお礼を申し上げていいのかわかりませんわ」
「あなたにまたお逢いできるのですから、毎週でも来たいものです」
コルタド氏が言うと、アントニアは微笑んだ。
「私がいつまで、こうした役目を果たせるかわかりませんわ」
「なんですって。ドンナ・マヌエラからお役目を引き継がれてから、まださほど経っていないではないですか」
「ええ。でも、ようやく本来私のしている役目を果たすべき者が決まりましたの。まだこの仕事には慣れていませんので、しばらくは私が代わりを務めますが」
「それは、ご一族に大きな慶事があったということでしょうか」
「ええ。その通りです」
「なんと。心からお祝い申し上げます。ドン・アルフォンソにどうぞよろしくお伝えください」
「必ず。ご健康と、そしてあなたのご事業のますますのご発展を祈っていると、彼からの伝言を受けていますわ」
「これはもったいないお言葉です。私の方からも心からの尊敬をお伝えください」
コルタド氏は立ち上がって、アントニアに手を差し出した。その手に美しい手のひらを預けて優雅に立ち上がると、彼女は水色の瞳を輝かせながら微笑んだ。
「バルセロナへお帰りですか?」
「いえ、せっかくここまで来ましたのでひとつ商談をするためコインブラへと参ります。そのためにレンタカーを借りました。そして可能でしたら、少し足を伸ばしてアヴェイロにも行くつもりです。《ポルトガルのヴェニス》と呼ばれているそうですね」
「そうですか。よいご滞在を。またお逢いするのを楽しみにしています」
二人が去った後に、テーブルを片付けると、コルタド氏の座っていた席に、多過ぎるチップとともに料金が置いてあった。ジョゼは、ミクが帰って来たら「姉貴のことを噂していた人がいたよ」と話そうと思った。
ミクがまた歌えるようになるまで三ヶ月かかるとメイコは言っていた。その静養期間に彼女はしばらくこの街に戻ってくるとも。
彼は、つい先日格安で中古のTOYOTA AYGOを手に入れた。小さい車だが小回りがきき丈夫でよく走る。アヴェイロか。そんなに遠くないよな。
彼女が帰って来たら、ドライブに誘おう。ここしばらく話せなかったいろいろな事を話そう。そして、出来たらもう小さな弟代わりではなくて、友達でもなくて、それよりもずっと大切に思っていると、今度こそ伝えたいと思った。
街には春のそよ風が心地よく吹いていた。
(初出:2016年3月 書き下ろし)
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訳詞に思うこと
今日はミュージカルの話を書きます。といっても、私はそんなに詳しくないし、熱心なファンと言うわけでもないので、詳しい方や大ファンの方からすると「なんだこいつ」と思われるような内容かと思います。だからこそ、今まではあまりこの話題はしなかったんですけれど。
私はこれまでに四、五回ロンドンに行っています。あ、ニューヨークにも一度行きましたっけ。いずれにしても、90年代にロンドンに行った時には一回の滞在で三回くらい(ニューヨークは個人旅行ではなかったので一回のみ)ミュージカルに行きました。でも、観た演目ってけっこう少ないんです。
「Cats」「The Phantom of the Opera」「Starlight Express」「Miss Saigon」これだけです。つまり、同じ演目を繰り返し観ていたりするわけです。最初の二つですね。私は、のめり込むタチのようです。一度観て、記念にCD買ってというだけでは満足できなくて、何度も足を運んでしまうのですね。
でも、上の演目のどれひとつとして日本では観ていないんです。日本でもかなりロングランでしたからチャンスはいくらでもあったんですけれど。理由は、歌詞が日本語訳だからなんです。
私は、もともと日本語歌詞のためにつけられた歌曲は聴くのですが、訳詞の歌は基本的にあまり好きじゃないのです。なぜかと言うと、多くの場合は曲と歌詞の抑揚があまり合っていなくて氣になってしまうからなのですね。それに、ニュアンスが違っていたり、反対に意味は正しくても日本語にした途端ちょっと間抜けになる単語ってありますよね。そういうのが苦手なんですよ。のめり込めなくなってしまうので。
例外はもちろんあります。私がよくブログを訪問している歌手の別府葉子さんは、例えばシャンソンを日本語で歌っていらっしゃるのですが、この方の使う訳詞は本当に考え抜かれていて、メロディと歌詞に違和感がなく、日本語の歌として素晴らしい響きになっています。本当にどうやってこんな訳詞を、と思ったらご本人が一つひとつ丁寧に訳されていらっしゃるのですね。私はこの方の歌う日本語シャンソンの大ファンです。
というわけで、日本語訳だから聴きたくないというわけではないのですが、ことミュージカルに関して言うと、なんせ長丁場ですし、全部をそんな風に特別に訳す訳にもいきませんし、それをやると劇として情報が足りなくなったりもしますから、現在のように訳した詞で上演せざるを得ないというのはよくわかるんです。そして、それを演じる歌い手兼役者の方の実力と努力が並ならぬものであることも知っています。
でも、私はそれじゃイヤなんです。
似た話ですが、私はまだ「スターウォーズ フォースの覚醒」を観ていません。なぜって片道一時間以内に行けるところに、英語で上映する映画館がないからです。「誰がドイツ語で話すハン・ソロを聞きたいものか」と変なことにこだわってしまい、おそらく日本でDVDを買うと思います。日本語字幕付きだから。(我が家のDVDプレーヤーはNTSC方式も観られるのです)
ミュージカルの話に戻ります。
今はともかく、学生時代は、上演される英語がちゃんと理解できていたわけではありません。日本でたとえばCDを購入して、対訳を読んでようやく「あ、こういう意味だったんだ」とわかるのが普通でした。
当時とは較べ物にならないくらい外国語に耳慣れた今、はっきりわかります。これは日本語だから嫌だったわけではなく、他の言語でもやっぱり違和感があって嫌なのです。例えば、ドイツ語で「メモリー」を聴いたりすることが時々あるんですけれど「やっぱり英語がいい」と思います。その一方で、もともとドイツ語のために作られた曲が英訳されていたりすると、それも「う〜ん。原語でやってよ」と思います。フランス映画をドイツ語に訳して上演していたりするとそれまた「違う〜」と思ってしまいます。そういえば、先日「もののけ姫」をドイツ語で放映していましたが、違和感ありありでした。あたりまえですね(笑)
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100円じゃなくてもいいんだけれど
ふいに冷凍庫の整理をしたくなった。
うちの冷凍庫は異様に大きい。冷蔵庫の下半分が冷凍庫で、さらに別の専用冷凍庫まである。ほぼフルで働いていて、連れ合いが全く家事をしなくて、さらに平日に勝手に客を連れてきてしまうような人なので、私はいろいろな食材を下準備して冷凍庫に入れておき、30分くらいで食卓を整えることが出来るようにしているのだ。
といっても、これを読んだ人たちが想像するような洗練された冷凍庫内ではない。それが問題なのだけれど。
で、たまに「収納上手の冷凍庫はこれ」みたいな記事をネットで見かけると「あ。わたしもそれやろう」と一瞬だけ思う。今やりたいのは極薄いタッパーに食材を綺麗に詰めて立てて収納しているもの。現在はビニール袋なんだけれど、かなりぐちゃぐちゃ。自分で言うんだから間違いない。
そして、スーパーに行き、タッパーを探す。そういう収納にしたいのだから10とか20とかそういう単位で同じタッパーを買わないと意味がないのだけれど、売場で固まってそのまま挫折。お値段が高すぎる。
日本だったら、いや、私が住んでいた東京だったら、100円ショップに行っていろいろな収納グッズを大人買いしてくると思う。べつに100円でなくてもいい。300円くらいなら……。でも、ひとつ千円超えると、「今のままでも死なないから今度でいいや」って思ってしまう。
個人的には、ヨーロッパの「決して安くないものを大切にする」という考え方には賛同する。その方が環境にも、労働者にも優しいと思うし、無駄なものを買い込まなくていいのだけれど。
でも、こと便利な収納ということになると急に典型的な100円ショップ大好き日本人になってしまう私なのだった。
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【小説】王と白狼 Rex et Lupus albis
scriviamo!の第十三弾です。
ユズキさんは、『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』をモチーフにした絵本風作品で参加してくださいました。ありがとうございます!
ユズキさんの書いてくださった作品『【絵本風】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架:デュランの旦那を慰める会 』
ユズキさんは、小説の一次創作や、オリジナルまたは二次創作としてのイラストも描かれるブロガーさんです。代表作『ALCHERA-片翼の召喚士-』は、壮大で緻密な設定のファンタジー長編で、現在物語は佳境に入ったところ、ヒロインが大ピンチで手に汗を握る展開になっています。
そしてご自身の作品、その他の活動、そしてもちろんご自分の生活もあって大変お忙しい中、私の小説にたくさんの素晴らしいイラストを描いてくださっています。ご好意に甘えまくって、さらにキリ番リクエストなどでも遠慮なくお願いしてしまったりしているのです。
「大道芸人たち Artistas callejeros」の主人公四人を全員描いてくださり、そして、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」には
そして今回は、物語では一番活躍した割に踏んだり蹴ったり(?)だった人氣ナンバーワンキャラ、レオポルドを題材に絵本風のイラスト連作を作ってくださいました。傷に軽〜く塩を塗り込まれつつ(笑)村人に慰められるレオポルド、ニヤニヤが止まりません。背景に至るまで丹念に描きこんでくださり、嬉しくて飛び上がりました。本当にありがとうございました。
お返しをどうしようかと悩んだ末、以前に一度お借りしたことのあるフェンリルをもう一度お借りして、ユズキさんが描いてくださったシチュエーションをそのまま掌編にしてみました。フェンリルは、ユズキさんの『ALCHERA-片翼の召喚士-』にてヒロインを守る白い狼の姿をした神様です。実際の姿を現すと街にも入りきれないほど大きいので、普段は白い仔犬の姿で登場します。連載中の今は、正直言ってフェンリルもよその誰かを構っている場合ではないんですけれど、私がそのへんの空氣を全く読まず、無理やり中世ヨーロッパにご登場いただきました。
なお、下の絵は以前ユズキさんが描いてくださった「大道芸人たち」のヴィルと仔犬モードのフェンリル。あの時も本当にありがとうございました。
なお、フェンリルは、彼(?)自体が神様なのですが、レオポルドたちのいる中世ヨーロッパでは一神教であるキリスト教価値観の制約を受けていますので、まるで「神の使い」みたいな受け止め方になってしまっています。これも時代と文化の違いということでお許しいただきたいと思います。
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「scriviamo! 2016」について
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森の詩 Cantum Silvae 外伝
王と白狼 Rex et Lupus albis
- Featuring「ALCHERA-片翼の召喚士」
——Special thanks to Yuzuki san
深い森《シルヴァ》を臨む草原に、彼は無言で立っていた。その後ろ姿を見ながら、靴屋のトマスとその妻が小さな声で話していた。
「デュランの旦那は、また考え事をしていなさるんだね、あんた」
デュランというのは、彼すなわちグランドロン国王レオポルド二世が忍びで城下を訪れる時に使う名前である。トマスたちは、彼が王太子であった時代から身分の違いを超えて既知の仲であった。
「最近、多いな。まあ、無理もない。なんせ失恋したばかりらしいからな」
「し、失恋? まさか、あの方が?」
「そうさ。どうやら嫁にするつもりだった例の姫さんに、本氣だったらしい」
「でも、あの偽の姫は、デュランの旦那が首をちょん切らせておしまいになったじゃないのさ」
トマスは、わかってねえなという顔で妻を見た。
「お前、氣がついていなかったのか?」
「何をさ」
「この間、デュランの旦那が見つかったばかりのフルーヴルーウー伯爵夫妻を連れてきたじゃないか」
「え。マックスの旦那と奥方のラウラさまかい?」
「そうさ。あのラウラさまの声、聞き覚えあるだろう?」
トマスの女房はぽかんとしていたが、やがてぎょっとした顔をした。
「ま、まさか!」
「そのまさかだよ。俺もしばらくわからんかったが、デュランの旦那があの奥方さまを見ていた顔を見てぴーんときたね」
「あらあ。そりゃ傷心にもなるわね、旦那ったら。なんせあのお二人の仲のいいことったら……」
女房とトマスは、彼の後ろ姿を氣の毒げに見つめた。
「ちょっといって慰めてくるか……」
トマスは彼の方へと足を向けた。
(全部聞こえているんだが……)
背を向けたままのレオポルドは、片眉を持ち上げた。
(余は、失恋の痛手のためにここに来ているのではない……こともないか……)
彼は、苦笑した。忙しい政務の間のわずかな自由時間に、忍びでこの村へ来ることは時折あった。王太子時代に親しくなった村人たちとの交流を通して、臣下たちのフィルターを通さずに市井の状況を知るいい機会でもあったから。とはいえ、近年は高級娼館《青き鱗粉》から派遣されてくる娼婦たちと、私室で楽しい時間を持つことの方が多くなっていたのだ。
だが、今日、侍従が「どうなさいますか」と訊いてきた時に、娼婦たちを呼べと言い出しかねた。一つには、先日からフルーヴルーウー伯爵夫人ラウラが、宮廷奥総取締ハイデルベル男爵夫人の副官として出仕していて、彼が娼婦たちを呼びつけると彼女にわかってしまうからだった。それはいいとしても、彼自身が娼婦たちと楽しく騒ぐ氣分にどうしてもなれないのだった。
彼は国王としては若いが、未だに独身でいていいというほど若いわけではない。亡き父王フェルディナンド三世は十八歳で結婚した。今のレオポルドよりも十歳以上若い。それでも世継ぎが彼以外できなかったのであるから、誰も彼もが早く結婚してお世継ぎをと騒ぐのは道理であった。
彼の結婚がここまで決まらなかったのには理由があった。彼の王太子時代には、父王と現在王太后であるマリア=イザベラ王妃は、レオポルドにふさわしい后について意見が一致したことがなかった。そして、薦められた姫君たちを悉く氣にいらなかったレオポルドは、反対する両親のどちらかを利用して上手に破談にしてきたのだ
父王が流行病で急逝し、思いがけず即位することとなった後は、レオポルド本人もつべこべ言わずに結婚しなくてはならないことを自覚していた。ところが、即位後の五年間は、政務に追われて嫁探しに本腰を入れ時間はなくなった。彼は既に二度も戦争を体験していた。父王が統一したノードランドをめぐってルーヴラン王国に宣戦布告をされ敗戦、後に西ノードランドを奪回すべく再び戦いを交えたのだ。
この騒ぎと戦後処理の間は、結婚どころではないとレオポルドは一切の縁談を退けた。縁談ごときは臣下で進められると母后は諌めたが、結婚相手に一度も会わずに決める事だけはすまいと思っている若き王は決して首を縦に振らなかった。そこまで彼が后選びに頑になっている理由は、政略だけで結婚した両親をよく見ていたからであり、さらに自分の息のかかったカンタリア王国ゆかりの王女のみを薦めようとする母親のカンタリア氣質に辟易していたからである。ありていにいえば、母親みたいな女だけはごめんだと思っていたのであった。
今日も、政務もなく居室で自由にしていると、「母上様がこちらにご機嫌伺いにいらっしゃりたいとのことです」とハイデルベル夫人から連絡を受けたので、逃げだしてきたのだった。
他にすることもないので、彼は政治のことをゆっくり考えることにした。明日大臣たちとの会議があり、実質ノードランドを支配管理しているヴァリエラ公爵と今後の交易権について話さなくてはならない。公爵は先日の謀略を行ったルーヴランに対する制裁の意味を込めて関税を高くすることを望んでいる。関税引上げ派と据置き派、双方の言い分に理はある。相手に非がある今こそこちらに有利に変更すべきだという公爵のいい分はもっともだ。もちろん現在ルーヴランは大人しいが、一方であまり厳しくすると不満がたまり後々再び宣戦布告を突きつけられる可能性もある。
「さて、どうすべきか」
その時、《シルヴァ》から、白い仔犬のような姿の動物が出てきた。彼は、目を疑った。十五年前と全く変わっていない同じ姿だった。あの時もこの村に来る途中だった。
それは、トマスを知った翌日のことだった。馬で遠乗りに来ていたレオポルドは、《シルヴァ》で苦くまずい木の実を集めていたガリガリに痩せたトマスと偶然知り合った。王宮で何不自由ない暮らしをしていた彼は、旱魃と飢饉が王国を襲っていることに氣がついていなかった。だが、本来なら食べることもないようなものまで食糧にしなくてはならない村人たちの窮状にショックを受けた。
彼は、王宮から山積みになっていた菓子をごっそり持ち出すと、《シルヴァ》を再び通り、トマスの住む村を目指していた。途中まで来た時に、草むらから白い仔犬のような動物が顔を出しているのに氣がついて馬を停めた。そんなところに仔犬がいるのはおかしかったし、それに逃げもせずにじっとこちらを見ている様相も妙だった。
「なんだ。親とはぐれたのか? それともお前も餓えているのか?」
レオポルドは、話しかけた。「それ」は、じっと彼を見つめて動かなかった。おかしい。どう考えても仔犬の動きではない。じっと眺めると、犬ではないことに氣がついた。狼だ。だが、純白の狼など彼は見た事がなかった。この森の中、これほど目立つ仔狼が、熊や鷲にも教われずに一匹で悠然と歩いているなど、ありえない。
レオポルドは、馬から下りて狼に近寄った。試しに菓子のひとつを取り出した。その菓子はいい香りのする焼き菓子で、彼は袋に詰める時にも食べたい誘惑と戦わなくてはならなかった。だが、トマスたちに一つでも多くあげたい思いやっとのことで堪えたのだ。その菓子を手にして、彼は狼の鼻先に近づけた。
狼は菓子の先端を咥えてそっと折った。残りはとっておけ、そういっているようだった。動物が遠慮するのを始めてみたレオポルドは、これがただの仔狼ではないことを確信した。白い狼は、背を向けて草むらへと歩き去った。彼は馬に再びまたがり、先を進もうとした。すると、また狼がやってきて、黙って彼を見つめ、それから背を向けて草むらへと向かう。同じことがさらに二度繰り返された。
レオポルドは、狼が「ついて来い」と言っているのだと理解した。彼が草むらに分け入り、その後ろを歩くと、狼は振り返らずにけれども彼が見失わないようなスピードでゆっくりと歩いた。それは草むらにいるだけで、彼の行こうとしている道とまったく平行だった。彼は首を傾げた。
だが、次の瞬間、鋭い鳴き声がして、彼は本来歩いていたはずの道に何かがいるのを知った。それは、大きな鹿で誰かの仕掛けた罠にかかって倒れていた。そこをまるで待っていたかのように餓えて凶暴になった熊が襲いかかっているところだった。レオポルドはぞっとした。もし彼があの道を急いでいたら、彼の馬が罠にかかり、熊に襲われていたかもしれないのだ。
彼が呆然として小さい狼を見ると、わずかに笑ったような口元をしてから、それは踵を返して草むらの奥に消えていった。彼は、神に感謝して、熊に見つからないように急いで馬を走らせてその場を去った。
とても小さな経験だったが印象的で、後に白い狼は彼に好意的な存在だと直感的に思わせるきっかけとなった。それは、彼の王としての評価を変えることとなったノードランド奪回の戦いのときだった。
彼は決戦の前に、ロートバルド平原に進むか、それとも勾配の急なノーラン山塊を通ってルーヴラン軍を急襲するかの決断を迫られた。平原を進めば全面対決となるが、袋小路に追いつめられる危険はなかった。だが先にノーラン山塊から迂回することで、ルーヴランの裏をかき、ドーレ川との間に挟み撃ちにすることが出来る。
半年前の敗戦の屈辱が、彼を迷わせた。お互いの意見に反対するだけで、建設的な戦法を進言できない先王の重臣たちを戦略会議から外し、自ら陣頭指揮を執ると宣言した手前、失敗は許されないという思いもあった。できるだけ少ない損失で早い勝利を手にするためにはノーラン山塊のルートをとりたい。だが、もし相手がそれを先読みして待ち構えていたら……。
王都ヴェルドンを発つ時に、人生の師であり今やよき相談相手となった老賢者ディミトリオスが言った餞の言葉が甦る。
「王よ、決断なされませ。あなた様はこの国を率いなくてはならぬのです。年若いなどという言い訳は許されませぬ。ただ、決断なされませ。そして全てを背負うのです。それが王たるものの宿命ですぞ」
「へ、陛下!」
見張りからの連絡を受けた紋章伝令官が陣幕へと入ってきた。見ると顔が青ざめて震えている。
「何事だ」
「そ、空に……北の空に……」
伝令官が口もきけないほど動転しているので、彼は陣幕の外に出て空を見上げた。そして、目を見開いた。どんよりと暗く垂れ込めた灰色の雲の下のもっと低い位置に白い雲が垂れ込めていた。だが、その雲は大きな狼の頭のような形をしていた。全体が狼の形をしていたというわけではない。そもそも、それは大きすぎて、頭に見える部分以外は山の後に隠れていて見えなかった。その鼻に見える部分だけで、山ひとつ分ほどに大きいのだ。
「何でございましょう。あれは……ノーラン山塊の上に……何か恐ろしいことが待っている徴なのでは……」
兵たち、重臣たちも怯えて浮き足立っていた。
レオポルドは笑った。伝令官も重臣たちも、それに付き添っていたヘルマン大尉たちもあっけにとられる大笑いだった。
「ノーラン山塊へ行くぞ」
「陛下! なんと、今そちらの道を選ばれるのですか?! この徴が何だかわからず、兵士たちは浮き足立っております。もともと危険なノーラン山塊ですし……」
レオポルドは言った。
「だからだ。あの徴を見て怯えるのは我々だけだと思うのか。ルーヴランのヤツらは、我々がノーラン山塊から来るとは思わなくなるだろう。これは我々の最大のチャンスだ。兵士たちに伝えるのだ。あれは余の守護に神が使わした白狼だとな」
迷いを振り切った自信のある力強い言葉と態度は、伝令官たちや重臣たちに伝染した。彼らは、熱狂的に兵士たちに命を伝え、彼らは鬨の声をあげてノーラン山塊へと進んだ。そして二日後には、ルーヴランの軍勢を追いつめて決定的な勝利を手にした。
「デュランの旦那。また考え事でございますか」
トマスの声にはっとして振り向いた。彼はまだ《シルヴァ》をのぞむ草原に立っていた。白い仔狼はまだ森の入口に踞り、じっとこちらを眺めていた。
「旦那、あまり力をお落としにならないでくださいよ。ご自分のお氣持ちを犠牲にしてまで、あのお二人の力になったのを、神様はちゃんと見てなさる。旦那にはきっとあの奥方さまに負けない、いや、上回る素晴らしいお方が必ず待っていらっしゃるんだから。安心してくだせえ」
レオポルドは、「そうだな」と苦笑した。
「トマス、あれが見えるか?」
「なんでございましょうね。仔犬でしょうか。毛繕いをしていますね」
レオポルドは、狼が再び現れた理由を考えていた。白狼がかつて二度までも自分を救ってくれた理由についても考えた。おそらく自分の行動の何かが、あの特別な存在に親切で好意的な氣まぐれを起こさせたのだ。
あの日、レオポルドはトマスたち貧しい者たちを飢えから救いたくて道を走らせていた。彼は、彼の人民たちを苦しみから救いたかった。王になったら、もっと貧しい人民のために尽くしたいと志を抱いた。そうだ、そうに違いない。彼は考えた。
ルーヴランから金を搾り取れば、わが国の貴族たちは潤っても、かの国の人民たちは疲弊するだろう。ラウラが涙した、ルーヴの都の貧民たちのような存在がもっと増えるに違いない。あの狼はそれを思い出させるために現れたに違いない。
「トマス。余は、答えを得たぞ」
「なんでございますか。またお嫁さんを探されるご決心がついたんで?」
レオポルドはカラカラと笑った。
「その件ではない。ノードランドの関税の件だ。据え置くようにヴァリエラ公を説得するのだ」
機嫌良く帰っていくレオポルドを見送りながらトマスは首を傾げた。なんだかさっぱりわからんが、とにかく少しお元氣になられたようでよかった。ところで、あの仔犬は?
トマスが《シルヴァ》の方を見やると、そこにはもう何もいなかった。
(初出:2016年3月 書き下ろし)
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【小説】王と白狼 Rex et Lupus albis
scriviamo!の第十三弾です。
ユズキさんは、『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』をモチーフにした絵本風作品で参加してくださいました。ありがとうございます!
ユズキさんの書いてくださった作品『【絵本風】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架:デュランの旦那を慰める会 』
ユズキさんは、小説の一次創作や、オリジナルまたは二次創作としてのイラストも描かれるブロガーさんです。代表作『ALCHERA-片翼の召喚士-』は、壮大で緻密な設定のファンタジー長編で、現在物語は佳境に入ったところ、ヒロインが大ピンチで手に汗を握る展開になっています。
そしてご自身の作品、その他の活動、そしてもちろんご自分の生活もあって大変お忙しい中、私の小説にたくさんの素晴らしいイラストを描いてくださっています。ご好意に甘えまくって、さらにキリ番リクエストなどでも遠慮なくお願いしてしまったりしているのです。
「大道芸人たち Artistas callejeros」の主人公四人を全員描いてくださり、そして、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」には
そして今回は、物語では一番活躍した割に踏んだり蹴ったり(?)だった人氣ナンバーワンキャラ、レオポルドを題材に絵本風のイラスト連作を作ってくださいました。傷に軽〜く塩を塗り込まれつつ(笑)村人に慰められるレオポルド、ニヤニヤが止まりません。背景に至るまで丹念に描きこんでくださり、嬉しくて飛び上がりました。本当にありがとうございました。
お返しをどうしようかと悩んだ末、以前に一度お借りしたことのあるフェンリルをもう一度お借りして、ユズキさんが描いてくださったシチュエーションをそのまま掌編にしてみました。フェンリルは、ユズキさんの『ALCHERA-片翼の召喚士-』にてヒロインを守る白い狼の姿をした神様です。実際の姿を現すと街にも入りきれないほど大きいので、普段は白い仔犬の姿で登場します。連載中の今は、正直言ってフェンリルもよその誰かを構っている場合ではないんですけれど、私がそのへんの空氣を全く読まず、無理やり中世ヨーロッパにご登場いただきました。
なお、下の絵は以前ユズキさんが描いてくださった「大道芸人たち」のヴィルと仔犬モードのフェンリル。あの時も本当にありがとうございました。
なお、フェンリルは、彼(?)自体が神様なのですが、レオポルドたちのいる中世ヨーロッパでは一神教であるキリスト教価値観の制約を受けていますので、まるで「神の使い」みたいな受け止め方になってしまっています。これも時代と文化の違いということでお許しいただきたいと思います。
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- Featuring「ALCHERA-片翼の召喚士」
——Special thanks to Yuzuki san
深い森《シルヴァ》を臨む草原に、彼は無言で立っていた。その後ろ姿を見ながら、靴屋のトマスとその妻が小さな声で話していた。
「デュランの旦那は、また考え事をしていなさるんだね、あんた」
デュランというのは、彼すなわちグランドロン国王レオポルド二世が忍びで城下を訪れる時に使う名前である。トマスたちは、彼が王太子であった時代から身分の違いを超えて既知の仲であった。
「最近、多いな。まあ、無理もない。なんせ失恋したばかりらしいからな」
「し、失恋? まさか、あの方が?」
「そうさ。どうやら嫁にするつもりだった例の姫さんに、本氣だったらしい」
「でも、あの偽の姫は、デュランの旦那が首をちょん切らせておしまいになったじゃないのさ」
トマスは、わかってねえなという顔で妻を見た。
「お前、氣がついていなかったのか?」
「何をさ」
「この間、デュランの旦那が見つかったばかりのフルーヴルーウー伯爵夫妻を連れてきたじゃないか」
「え。マックスの旦那と奥方のラウラさまかい?」
「そうさ。あのラウラさまの声、聞き覚えあるだろう?」
トマスの女房はぽかんとしていたが、やがてぎょっとした顔をした。
「ま、まさか!」
「そのまさかだよ。俺もしばらくわからんかったが、デュランの旦那があの奥方さまを見ていた顔を見てぴーんときたね」
「あらあ。そりゃ傷心にもなるわね、旦那ったら。なんせあのお二人の仲のいいことったら……」
女房とトマスは、彼の後ろ姿を氣の毒げに見つめた。
「ちょっといって慰めてくるか……」
トマスは彼の方へと足を向けた。
(全部聞こえているんだが……)
背を向けたままのレオポルドは、片眉を持ち上げた。
(余は、失恋の痛手のためにここに来ているのではない……こともないか……)
彼は、苦笑した。忙しい政務の間のわずかな自由時間に、忍びでこの村へ来ることは時折あった。王太子時代に親しくなった村人たちとの交流を通して、臣下たちのフィルターを通さずに市井の状況を知るいい機会でもあったから。とはいえ、近年は高級娼館《青き鱗粉》から派遣されてくる娼婦たちと、私室で楽しい時間を持つことの方が多くなっていたのだ。
だが、今日、侍従が「どうなさいますか」と訊いてきた時に、娼婦たちを呼べと言い出しかねた。一つには、先日からフルーヴルーウー伯爵夫人ラウラが、宮廷奥総取締ハイデルベル男爵夫人の副官として出仕していて、彼が娼婦たちを呼びつけると彼女にわかってしまうからだった。それはいいとしても、彼自身が娼婦たちと楽しく騒ぐ氣分にどうしてもなれないのだった。
彼は国王としては若いが、未だに独身でいていいというほど若いわけではない。亡き父王フェルディナンド三世は十八歳で結婚した。今のレオポルドよりも十歳以上若い。それでも世継ぎが彼以外できなかったのであるから、誰も彼もが早く結婚してお世継ぎをと騒ぐのは道理であった。
彼の結婚がここまで決まらなかったのには理由があった。彼の王太子時代には、父王と現在王太后であるマリア=イザベラ王妃は、レオポルドにふさわしい后について意見が一致したことがなかった。そして、薦められた姫君たちを悉く氣にいらなかったレオポルドは、反対する両親のどちらかを利用して上手に破談にしてきたのだ
父王が流行病で急逝し、思いがけず即位することとなった後は、レオポルド本人もつべこべ言わずに結婚しなくてはならないことを自覚していた。ところが、即位後の五年間は、政務に追われて嫁探しに本腰を入れ時間はなくなった。彼は既に二度も戦争を体験していた。父王が統一したノードランドをめぐってルーヴラン王国に宣戦布告をされ敗戦、後に西ノードランドを奪回すべく再び戦いを交えたのだ。
この騒ぎと戦後処理の間は、結婚どころではないとレオポルドは一切の縁談を退けた。縁談ごときは臣下で進められると母后は諌めたが、結婚相手に一度も会わずに決める事だけはすまいと思っている若き王は決して首を縦に振らなかった。そこまで彼が后選びに頑になっている理由は、政略だけで結婚した両親をよく見ていたからであり、さらに自分の息のかかったカンタリア王国ゆかりの王女のみを薦めようとする母親のカンタリア氣質に辟易していたからである。ありていにいえば、母親みたいな女だけはごめんだと思っていたのであった。
今日も、政務もなく居室で自由にしていると、「母上様がこちらにご機嫌伺いにいらっしゃりたいとのことです」とハイデルベル夫人から連絡を受けたので、逃げだしてきたのだった。
他にすることもないので、彼は政治のことをゆっくり考えることにした。明日大臣たちとの会議があり、実質ノードランドを支配管理しているヴァリエラ公爵と今後の交易権について話さなくてはならない。公爵は先日の謀略を行ったルーヴランに対する制裁の意味を込めて関税を高くすることを望んでいる。関税引上げ派と据置き派、双方の言い分に理はある。相手に非がある今こそこちらに有利に変更すべきだという公爵のいい分はもっともだ。もちろん現在ルーヴランは大人しいが、一方であまり厳しくすると不満がたまり後々再び宣戦布告を突きつけられる可能性もある。
「さて、どうすべきか」
その時、《シルヴァ》から、白い仔犬のような姿の動物が出てきた。彼は、目を疑った。十五年前と全く変わっていない同じ姿だった。あの時もこの村に来る途中だった。
それは、トマスを知った翌日のことだった。馬で遠乗りに来ていたレオポルドは、《シルヴァ》で苦くまずい木の実を集めていたガリガリに痩せたトマスと偶然知り合った。王宮で何不自由ない暮らしをしていた彼は、旱魃と飢饉が王国を襲っていることに氣がついていなかった。だが、本来なら食べることもないようなものまで食糧にしなくてはならない村人たちの窮状にショックを受けた。
彼は、王宮から山積みになっていた菓子をごっそり持ち出すと、《シルヴァ》を再び通り、トマスの住む村を目指していた。途中まで来た時に、草むらから白い仔犬のような動物が顔を出しているのに氣がついて馬を停めた。そんなところに仔犬がいるのはおかしかったし、それに逃げもせずにじっとこちらを見ている様相も妙だった。
「なんだ。親とはぐれたのか? それともお前も餓えているのか?」
レオポルドは、話しかけた。「それ」は、じっと彼を見つめて動かなかった。おかしい。どう考えても仔犬の動きではない。じっと眺めると、犬ではないことに氣がついた。狼だ。だが、純白の狼など彼は見た事がなかった。この森の中、これほど目立つ仔狼が、熊や鷲にも教われずに一匹で悠然と歩いているなど、ありえない。
レオポルドは、馬から下りて狼に近寄った。試しに菓子のひとつを取り出した。その菓子はいい香りのする焼き菓子で、彼は袋に詰める時にも食べたい誘惑と戦わなくてはならなかった。だが、トマスたちに一つでも多くあげたい思いやっとのことで堪えたのだ。その菓子を手にして、彼は狼の鼻先に近づけた。
狼は菓子の先端を咥えてそっと折った。残りはとっておけ、そういっているようだった。動物が遠慮するのを始めてみたレオポルドは、これがただの仔狼ではないことを確信した。白い狼は、背を向けて草むらへと歩き去った。彼は馬に再びまたがり、先を進もうとした。すると、また狼がやってきて、黙って彼を見つめ、それから背を向けて草むらへと向かう。同じことがさらに二度繰り返された。
レオポルドは、狼が「ついて来い」と言っているのだと理解した。彼が草むらに分け入り、その後ろを歩くと、狼は振り返らずにけれども彼が見失わないようなスピードでゆっくりと歩いた。それは草むらにいるだけで、彼の行こうとしている道とまったく平行だった。彼は首を傾げた。
だが、次の瞬間、鋭い鳴き声がして、彼は本来歩いていたはずの道に何かがいるのを知った。それは、大きな鹿で誰かの仕掛けた罠にかかって倒れていた。そこをまるで待っていたかのように餓えて凶暴になった熊が襲いかかっているところだった。レオポルドはぞっとした。もし彼があの道を急いでいたら、彼の馬が罠にかかり、熊に襲われていたかもしれないのだ。
彼が呆然として小さい狼を見ると、わずかに笑ったような口元をしてから、それは踵を返して草むらの奥に消えていった。彼は、神に感謝して、熊に見つからないように急いで馬を走らせてその場を去った。
とても小さな経験だったが印象的で、後に白い狼は彼に好意的な存在だと直感的に思わせるきっかけとなった。それは、彼の王としての評価を変えることとなったノードランド奪回の戦いのときだった。
彼は決戦の前に、ロートバルド平原に進むか、それとも勾配の急なノーラン山塊を通ってルーヴラン軍を急襲するかの決断を迫られた。平原を進めば全面対決となるが、袋小路に追いつめられる危険はなかった。だが先にノーラン山塊から迂回することで、ルーヴランの裏をかき、ドーレ川との間に挟み撃ちにすることが出来る。
半年前の敗戦の屈辱が、彼を迷わせた。お互いの意見に反対するだけで、建設的な戦法を進言できない先王の重臣たちを戦略会議から外し、自ら陣頭指揮を執ると宣言した手前、失敗は許されないという思いもあった。できるだけ少ない損失で早い勝利を手にするためにはノーラン山塊のルートをとりたい。だが、もし相手がそれを先読みして待ち構えていたら……。
王都ヴェルドンを発つ時に、人生の師であり今やよき相談相手となった老賢者ディミトリオスが言った餞の言葉が甦る。
「王よ、決断なされませ。あなた様はこの国を率いなくてはならぬのです。年若いなどという言い訳は許されませぬ。ただ、決断なされませ。そして全てを背負うのです。それが王たるものの宿命ですぞ」
「へ、陛下!」
見張りからの連絡を受けた紋章伝令官が陣幕へと入ってきた。見ると顔が青ざめて震えている。
「何事だ」
「そ、空に……北の空に……」
伝令官が口もきけないほど動転しているので、彼は陣幕の外に出て空を見上げた。そして、目を見開いた。どんよりと暗く垂れ込めた灰色の雲の下のもっと低い位置に白い雲が垂れ込めていた。だが、その雲は大きな狼の頭のような形をしていた。全体が狼の形をしていたというわけではない。そもそも、それは大きすぎて、頭に見える部分以外は山の後に隠れていて見えなかった。その鼻に見える部分だけで、山ひとつ分ほどに大きいのだ。
「何でございましょう。あれは……ノーラン山塊の上に……何か恐ろしいことが待っている徴なのでは……」
兵たち、重臣たちも怯えて浮き足立っていた。
レオポルドは笑った。伝令官も重臣たちも、それに付き添っていたヘルマン大尉たちもあっけにとられる大笑いだった。
「ノーラン山塊へ行くぞ」
「陛下! なんと、今そちらの道を選ばれるのですか?! この徴が何だかわからず、兵士たちは浮き足立っております。もともと危険なノーラン山塊ですし……」
レオポルドは言った。
「だからだ。あの徴を見て怯えるのは我々だけだと思うのか。ルーヴランのヤツらは、我々がノーラン山塊から来るとは思わなくなるだろう。これは我々の最大のチャンスだ。兵士たちに伝えるのだ。あれは余の守護に神が使わした白狼だとな」
迷いを振り切った自信のある力強い言葉と態度は、伝令官たちや重臣たちに伝染した。彼らは、熱狂的に兵士たちに命を伝え、彼らは鬨の声をあげてノーラン山塊へと進んだ。そして二日後には、ルーヴランの軍勢を追いつめて決定的な勝利を手にした。
「デュランの旦那。また考え事でございますか」
トマスの声にはっとして振り向いた。彼はまだ《シルヴァ》をのぞむ草原に立っていた。白い仔狼はまだ森の入口に踞り、じっとこちらを眺めていた。
「旦那、あまり力をお落としにならないでくださいよ。ご自分のお氣持ちを犠牲にしてまで、あのお二人の力になったのを、神様はちゃんと見てなさる。旦那にはきっとあの奥方さまに負けない、いや、上回る素晴らしいお方が必ず待っていらっしゃるんだから。安心してくだせえ」
レオポルドは、「そうだな」と苦笑した。
「トマス、あれが見えるか?」
「なんでございましょうね。仔犬でしょうか。毛繕いをしていますね」
レオポルドは、狼が再び現れた理由を考えていた。白狼がかつて二度までも自分を救ってくれた理由についても考えた。おそらく自分の行動の何かが、あの特別な存在に親切で好意的な氣まぐれを起こさせたのだ。
あの日、レオポルドはトマスたち貧しい者たちを飢えから救いたくて道を走らせていた。彼は、彼の人民たちを苦しみから救いたかった。王になったら、もっと貧しい人民のために尽くしたいと志を抱いた。そうだ、そうに違いない。彼は考えた。
ルーヴランから金を搾り取れば、わが国の貴族たちは潤っても、かの国の人民たちは疲弊するだろう。ラウラが涙した、ルーヴの都の貧民たちのような存在がもっと増えるに違いない。あの狼はそれを思い出させるために現れたに違いない。
「トマス。余は、答えを得たぞ」
「なんでございますか。またお嫁さんを探されるご決心がついたんで?」
レオポルドはカラカラと笑った。
「その件ではない。ノードランドの関税の件だ。据え置くようにヴァリエラ公を説得するのだ」
機嫌良く帰っていくレオポルドを見送りながらトマスは首を傾げた。なんだかさっぱりわからんが、とにかく少しお元氣になられたようでよかった。ところで、あの仔犬は?
トマスが《シルヴァ》の方を見やると、そこにはもう何もいなかった。
(初出:2016年3月 書き下ろし)
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「一年間で一番好きなイベントは?」
本質的には一番好きなのは「休暇」です。日本の皆さんはあまり有給休暇をとらない(とれない)ようなのですが、こちらではとってあたり前です。とるのを許されないなんてことはありえませんし、とらないような人は「自分が悪い」なのです。「休みも取れなくてさ」と社畜アピールをする人もいません。で、たいていの人は旅行に行きます。行かなくてもいいんですけれど、私の場合は家でのんびりしていると言うと会社から電話かかってきたりしますので行方をくらます方がいいみたいです(笑)
で、こちらで勤めはじめてから、休暇の度に海外旅行に行くようになりました。といっても、我が家、一番近い国境まで車で40分くらいなので、週末ごとに海外へ行くことも出来るのです。でも、休暇の時は普段は行けない海外ヘ行きます。日帰りできないようなところですね。
子供の頃から旅をするのが大好きだったので、1年に2度もこうした旅行が出来るのは本当に嬉しいです。
もっとも、このトラックバックテーマ、そういう話ではなくどんな「イベント」(誕生日、クリスマス、お正月、節分、バレンタイン、ホワイトデー、お花見 etc)が好きかという話なので、蛇足で加えておきます。好きなのは「クリスマス」(というよりも「冬至」)です。
クリスマスの雰囲氣やプレゼントが好きというわけではなく、冬至を過ぎると日が長くなってくるんです。冬の寒くてくらくて閉塞的な感じが終わり、希望に向けて新しく始まる、あの感じが大好きなのですね。
こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の栗山です。今日のテーマは「一年間で一番好きなイベントは?」です。誕生日、クリスマス、お正月、節分、バレンタイン、ホワイトデー、お花見…一年間のうちにイベントはたくさんありますが、あなたの好きなイベントは何ですか?私はお花見です。もちろん花より団子です仲の良い人達と外で飲んだり食べたりするのは楽しいですねー。今年も楽しみです昔はクリスマスとお正月が一番好き...
FC2 トラックバックテーマ:「一年間で一番好きなイベントは?」
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【小説】春、いのち芽吹くとき
今日発表するのは、読み切り短編集「四季のまつり」の第一回、春の話です。一昨年まで「十二ヶ月の○○」というシリーズで月に一回掌編を発表してました。今年それを復活するつもりだったのですが、いろいろと事情が重なって1月と2月を発表できそうになかったので、年4回シリーズにしてみました。今年のテーマは「まつり」にしました。オムニバスでそれぞれの季節の祭やイベントに絡めたストーリーを書いていく予定です。第一回目は「復活祭」です。春は眠っていた大地が目覚め、死んでいた世界が復活するとき。そのイメージにひっかけて、十九世紀の終わりのカンポ・ルドゥンツ村での小さなストーリーを書いてみました。そして、この作品で、canariaさんの主催するwebアンソロジー季刊誌「carat!(カラット)」に参加することにします。
春、いのち芽吹くとき
どこからか硬い規則的な音が響いてくる。ああ、もうキツツキが。彼女は、立ち止まって見上げたが、どこにいるのかは確認できなかった。結局、厳しい冬は来ないまま春がくるんだろうか。
数日前からフェーンが吹き荒れ、雪はすっかりなくなってしまった。家の近くの池に張っていた氷もなくなり、鴨たちが再び戻ってきていた。ベアトリスは、ぬかるんだ小径を急いで歩いていた。大地は雪解け水を全て受け入れられるほどには目覚めておらず、表面にたまった水分が不快なぬかるみを作る。彼女の古ぼけた靴には冷たい泥がしみ込みだしていた。
彼女は、丘の向こうの牧場ヘ行く途中だった。カドゥフ家は、この村では一番大きな牧畜農家だ。30頭近くの牛、それよりも多い山羊、それにたくさんの鶏を飼っていて、放牧やチーズづくりの傍ら、三圃式農業で小麦や燕麦、トウモロコシ、それにジャガイモなども作っている。
来客でバターが必要になったから行ってきてくれと母親に言いつけられたとき、彼女の顔は曇った。
「どうしたのさ。秋には、別に用事もないのにあそこに入り浸っていたじゃないか」
母親は、仔細ありげな物言いをした。
夏から晩秋にかけて、夕方にカドゥフ家の長男マティアスと小径のベンチで逢い、焼き菓子を二人で食べた。散歩が長すぎると母親に嫌味を言われても、どこからか湧いてくる笑顔を隠すことはできなかった。それが今、もしかしたらマティアスに逢ってしまうかと思うと、それだけでこの道を登っていくのが嫌になるのだ。
学校は、復活祭の前に終わる。そうしたら彼女は、サリスブリュッケのホテルに奉公に行くことになっている。
「行儀作法を身につけて、料理がうまくなれば、村の若い衆の誰かがもらってくれるだろう」
去年の夏に父親にそう言われて、ベアトリスは嬉しそうに頷いたものだ。その時は、もらってくれる若い衆を頭の中に思い浮かべていたから。でも、今のベアトリスにはそんな未来予想図は何もない。
あれはクリスマスの少し前のことだった。サリスブリュッケに住むディーノ・ファジオーリが大きいパネトーネを持ってベアトリスの家にやってきた。ディーノの母親とベアトリスの母親は、子どもの頃に隣に住んでいたので仲が良かった。
パネトーネはイタリア語圏のクリスマスに欠かせないお菓子だが、アルプス北側のドイツ語圏ではまだ珍しい。イタリア出身のファジオーリ家は、毎年クリスマスの前にはパネトーネを焼く。そして、ベアトリスの家庭へと届けてくれるのだ。
ディーノは、綺麗な包み紙で覆ったもうひとつ小さいパネトーネを持っていて、それを村一番の器量よしのミリアム・スッターにプレゼントするつもりだった。そり祭りの時に見かけて以来、彼はベアトリスに逢う度に、ミリアムはどんな物が好きか、偶然出会うにはどの辺りに行ったらいいのかなどのアドバイスを乞うのだった。
「それをさっさと持っていけばいいじゃない」
ベアトリスが言うと、ディーノは項垂れた。
「もう行ったよ。でも、受け取ってもらえなかったんだ。村の青年会に怒られるからって」
サリスブリュッケはカンポ・ルドゥンツ村の河を挟んで向かい側にあるが、18世紀まで灰色同盟と神家同盟という別の国に属していた。そのため、百年経って同じ国の同じ州になった今でも住人同士の交際や結婚を好まない風潮がある。河を超えて結婚する場合には、それぞれの青年会の賛同を必要とするのだ。
村一番の美女をよそ者に渡してなるものかと、村の若者たちはディーノがミリアムの周りをうろちょろするのを躍起になって阻止した。
「それに、それにカドゥフの奴に誤解されるのは嫌だって言うんだ。それって俺は失恋したってことだろ?」
ベアトリスはどきっとした。ミリアムが、そんな事を言うなんて。
マティアスは、二年前に学校を卒業して以来、カドゥフ家で一番の働き手となった。今は両親たちが経営している牧場は、いずれは彼が引き継ぐことになる。子どもの頃から親を手伝って働いていたから、日に焼け、がっちりとした体格で力も強い。重い干し草の包みを荷車に載せる時などには、力強い筋肉の盛り上がりがシャツに隠れていてもわかる。ベアトリスはそんな彼の姿を見るとドキドキしてしまう。
牧畜農家というのは、一年中、朝から晩までやることがあって、彼は村の同じ歳の青年たちのように夕方にレストランに集まって面白おかしい時間を過ごしたり、高等学校に進んだ学生たちのように韻を踏んだ詩を添えて花束を贈るようなことをする暇が全くなかった。
夕方のわずかな時間に、牧場の近くの坂道で絞りたての牛乳を飲みながら休憩するのが彼の余暇で、それを知っているベアトリスがクッキーやマドレーヌを焼いて持っていく。広がる牧草地を見下ろし、河を越えた向こうに見える連峰がオレンジに染まるのを見ながら、なんという事のない話をした。
彼との会話には、ロマンティックなところはまるでなくて、主に日々の仕事と生活のことだけだった。ベアトリスはカドゥフ家の牛や山羊のうち目立つ特徴があるものは言われなくてもわかるくらい詳しくなってしまっていた。そんな無骨な男のことを、自分以外の女性が、しかも常に村の青年たちに言いよられている綺麗なミリアムが好きになるなんて、考えたこともなかった。でも、もしそうなら、自分には全く勝ち目がないと思った。これだけ長く一緒にいても、彼の方からまた逢いたいとか、逢えて嬉しいという言葉をもらったこともなかったから。
その残念な情報をもたらしたディーノは、ベアトリスのがっかりした様子には全く氣づくこともなくパネトーネの包みを持て余していたが、やがて彼女にポンと押し付けた。
「持って帰るのも馬鹿みたいだから、お前にやるよ。じゃあな」
失礼ね。ついでみたいに。でも、美味しいからいいか。
帰っていくディーノに手を振っているところに、マティアスがやってきた。というよりも、いつも彼がここに来るから、この時間になるとベアトリスがこの場所で待つのが日課になっているのだ。彼は、彼女の持っているきれいな包みを見て、何か言いたそうにしたが、言わなかった。ベアトリスは、その奇妙な沈黙に堪えられなかった。
「ほら、見て。クリスマスプレゼントにパネトーネをもらったの。私にだってくれる人がいるのよ」
「そうか。よかったな」
「あなたは、ミリアムに何かプレゼントするの?」
すると、マティアスは露骨に不機嫌な顔をした。
「なんだよ、それは」
「噂を聞いたのよ。氣分いいでしょ。あのミリアムに好かれているなんて。大晦日のダンスパーティのパートナーになってもらったら。みんなが羨ましがるわ」
マティアスは、いらついた様子で言った。
「くだらないことを言うな」
そうじゃない、君にパートナーになってほしいんだ。ベアトリスが期待したその言葉をマティアスは言わなかった。そのまま踵を返して帰ってしまった。彼女は、どうしたらいいのかわからなかった。
数日経っても、いつもの散歩道に彼が来ることはなく、不安になったベアトリスは、マティアスの妹モニカに相談した。彼女はそれを聞いて頭を抱えた。
「馬鹿ね。マティアスは、そういう風に試されるのが大嫌いなのよ。あ~あ、彼を怒らせちゃったのね」
大晦日のダンスパーティには行けなかった。誰からも誘ってもらえなかったし、マティアスとミリアムが一緒にいたりしたら、つらくて死んでしまうと思ったから。年が明けてから、ミリアムはトマス・エグリと一緒に来ていたと耳にした。マティアスはパーティには来なくて、年末からしばらく留守にしていると聞いたきりだ。
他の牧場もそうだが、カドゥフ家も、夏の間に一日も休まずにせっせと働くだけでは経営が多少苦しいので、冬の間子どもたちはチャンスがあれば金持ちの殺到するリゾートで現金を稼ぐ。モニカも直にエンガディンに行ってしまったので、マティアスが出稼ぎから帰って来たかどうかもわからなかった。
一ヶ月以上、彼がいつもの散歩道に来ず、連絡もなかったので、ようやくベアトリスは自分がマティアスとの上手くいきかけていた仲をめちゃくちゃにしてしまったのだと認めた。試すだなんて、そんなつもりじゃなかった。でも、そうだったのかもしれない。時間が経ちすぎて謝るチャンスすら逃してしまった。
バターを買いに、ぬかるんだ道を歩くベアトリスの足取りは重かった。このまま、嫌われたのだと、はっきり思い知らされることもなく、痛みを忘れたいと思っていた。でも、もし今彼が家にいて顔を合わせたら……。
門を通り過ぎて、鶏小屋の脇を通り、母屋で声を掛けた。ジャガイモの皮を剥いていたマティアスの母親が笑顔で「いらっしゃい、ベアトリス」と言った。それから、奥のチーズを作る小屋を指して言った。
「バターのことは聞いているわ。さっきマティアスに言っておいたから、もう用意してあると思うわ」
彼女は、困ったなと思ったけれど、悟られたくないと思ったので「わかりました」と言って、重い足取りで作業小屋へ向かった。
扉をノックして開けると、彼は大きな鉄鍋の下に薪をくべているところだった。ベアトリスを見ると「きたか」という顔をして立ち上がった。
「こんにちは」
上目遣いで見上げる彼女に構わずに、彼は冷えた石造りの別室から包みを持ってきた。口をきくのも嫌なのかしら。包みを受け取ってポケットから出した料金を渡そうとした時に、彼は「あ。これも」と言ってまた離れた。
彼が持ってきたのは、茶色い紙に包まれたもう少し大きな包みだった。
「これは?」
「ルガーノで買ってきた。コロンバだ」
コロンバはイタリア語圏で復活祭に食べる鳩の形をした菓子だ。ベアトリスは一度だけ食べたことがあって、とても好きだった。
「私に?」
マティアスは目を逸らして口を尖らせた。
「パネトーネをもらって喜ぶなら、これも好きだろうと思ったんだ」
ベアトリスは、胸が詰まってしまった。彼は、彼女の紅潮した頬と、笑顔と、それから半ば潤んだような瞳を見て、口角をあげた。
「あんまりがっつくと復活祭がくる前に食べ終わっちまうぞ。あれ、その小さな袋じゃ両方は入らないな。待ってろ、いま何か袋を……」
彼女は、そのマティアスを引き止めた。
「ううん。このお菓子、今日は持って帰らないわ」
「なぜ?」
「今日はこのバターが溶けないうちに帰らなくちゃいけないもの。コロンバは、あの散歩道であなたと一緒に食べたいの。だから、その時に」
彼は、それを聞くと目を細めて頷いた。
「あの散歩道のベンチ、さっき行って残りの雪を取り除いておいたんだ。きっと明日には乾いているだろうから、また座れるな。夕方じゃなくて、まだ陽の高い三時頃はどうだ?」
ベアトリスは、頷いた。
「ええ。ありがとう。それに……ごめんね」
「何に対して?」
「氣に障る事を言って」
彼は、また眼を逸らした。
「俺、あの時は無性に腹が立った。お前まで、酒を飲んで深夜まで騒ぐような連中に混じりたいのかって。これまでダンスパーティに行きたいなんて思ったことはないし、毎朝早く起きなくちゃいけないから、これからも行くことはないだろう。でも……」
「でも?」
「ルガーノのホテルで浮かれて騒ぐ客たちを見ていたら、確かに楽しそうだなと思ったよ。みんなが行きたがるわけだ。お前だって、年に一度くらい楽しみたくて当然だ。俺のとやかくいうことじゃない」
ベアトリスは、そんなんじゃないのにと思いながら彼を見た。彼は、彼女の目を見た。
「俺はお前に詩を贈ったりダンスに誘ったりはできない。それどころかいつも家畜の匂いがとれない作業服を着ている。……こんな俺はお前にとって失格か」
マティアスの瞳には、わずかに臆病な光が灯っていた。私の中にあるのと同じだ、ベアトリスは思った。
「ううん。私はダンスや花やロマンティックなセリフなんていらない。背広じゃなくて作業服でも全く構わない。あなたに逢って話をするだけでとても幸せなんだもの。本当よ」
彼は、ようやくいつもの屈託のない笑いをみせた。
「シャンパンじゃなくて、牛乳でも」
「絞りたての牛乳の美味しさを知ったら、シャンパンを飲みたがる人なんかいなくなると思うわ」
彼は、コロンバの包みを高く持ち上げると、言った。
「明日、三時だ。一分でも遅れたら、俺がひとりで食っちまうからな」
バターの包みを抱えての帰り道、両脇の木に淡い翠の芽が顔を出しているのを見つけた。たくさんの鳥たちが合唱をはじめた。春の光が大地の新たな息吹を呼び起こす。世界は、復活の準備に余念がなかった。命の甦り。歓びの祭典。すぐそこまで来ている。ぬかるみも、靴に沁みる冷たい水もなんでもなかった。
ベアトリスは、幸福に満ちて坂道を下っていった。
(初出:2016年3月 書き下ろし)
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【小説】春、いのち芽吹くとき
今日発表するのは、読み切り短編集「四季のまつり」の第一回、春の話です。一昨年まで「十二ヶ月の○○」というシリーズで月に一回掌編を発表してました。今年それを復活するつもりだったのですが、いろいろと事情が重なって1月と2月を発表できそうになかったので、年4回シリーズにしてみました。今年のテーマは「まつり」にしました。オムニバスでそれぞれの季節の祭やイベントに絡めたストーリーを書いていく予定です。第一回目は「復活祭」です。春は眠っていた大地が目覚め、死んでいた世界が復活するとき。そのイメージにひっかけて、十九世紀の終わりのカンポ・ルドゥンツ村での小さなストーリーを書いてみました。そして、この作品で、canariaさんの主催するwebアンソロジー季刊誌「carat!(カラット)」に参加することにします。
春、いのち芽吹くとき
どこからか硬い規則的な音が響いてくる。ああ、もうキツツキが。彼女は、立ち止まって見上げたが、どこにいるのかは確認できなかった。結局、厳しい冬は来ないまま春がくるんだろうか。
数日前からフェーンが吹き荒れ、雪はすっかりなくなってしまった。家の近くの池に張っていた氷もなくなり、鴨たちが再び戻ってきていた。ベアトリスは、ぬかるんだ小径を急いで歩いていた。大地は雪解け水を全て受け入れられるほどには目覚めておらず、表面にたまった水分が不快なぬかるみを作る。彼女の古ぼけた靴には冷たい泥がしみ込みだしていた。
彼女は、丘の向こうの牧場ヘ行く途中だった。カドゥフ家は、この村では一番大きな牧畜農家だ。30頭近くの牛、それよりも多い山羊、それにたくさんの鶏を飼っていて、放牧やチーズづくりの傍ら、三圃式農業で小麦や燕麦、トウモロコシ、それにジャガイモなども作っている。
来客でバターが必要になったから行ってきてくれと母親に言いつけられたとき、彼女の顔は曇った。
「どうしたのさ。秋には、別に用事もないのにあそこに入り浸っていたじゃないか」
母親は、仔細ありげな物言いをした。
夏から晩秋にかけて、夕方にカドゥフ家の長男マティアスと小径のベンチで逢い、焼き菓子を二人で食べた。散歩が長すぎると母親に嫌味を言われても、どこからか湧いてくる笑顔を隠すことはできなかった。それが今、もしかしたらマティアスに逢ってしまうかと思うと、それだけでこの道を登っていくのが嫌になるのだ。
学校は、復活祭の前に終わる。そうしたら彼女は、サリスブリュッケのホテルに奉公に行くことになっている。
「行儀作法を身につけて、料理がうまくなれば、村の若い衆の誰かがもらってくれるだろう」
去年の夏に父親にそう言われて、ベアトリスは嬉しそうに頷いたものだ。その時は、もらってくれる若い衆を頭の中に思い浮かべていたから。でも、今のベアトリスにはそんな未来予想図は何もない。
あれはクリスマスの少し前のことだった。サリスブリュッケに住むディーノ・ファジオーリが大きいパネトーネを持ってベアトリスの家にやってきた。ディーノの母親とベアトリスの母親は、子どもの頃に隣に住んでいたので仲が良かった。
パネトーネはイタリア語圏のクリスマスに欠かせないお菓子だが、アルプス北側のドイツ語圏ではまだ珍しい。イタリア出身のファジオーリ家は、毎年クリスマスの前にはパネトーネを焼く。そして、ベアトリスの家庭へと届けてくれるのだ。
ディーノは、綺麗な包み紙で覆ったもうひとつ小さいパネトーネを持っていて、それを村一番の器量よしのミリアム・スッターにプレゼントするつもりだった。そり祭りの時に見かけて以来、彼はベアトリスに逢う度に、ミリアムはどんな物が好きか、偶然出会うにはどの辺りに行ったらいいのかなどのアドバイスを乞うのだった。
「それをさっさと持っていけばいいじゃない」
ベアトリスが言うと、ディーノは項垂れた。
「もう行ったよ。でも、受け取ってもらえなかったんだ。村の青年会に怒られるからって」
サリスブリュッケはカンポ・ルドゥンツ村の河を挟んで向かい側にあるが、18世紀まで灰色同盟と神家同盟という別の国に属していた。そのため、百年経って同じ国の同じ州になった今でも住人同士の交際や結婚を好まない風潮がある。河を超えて結婚する場合には、それぞれの青年会の賛同を必要とするのだ。
村一番の美女をよそ者に渡してなるものかと、村の若者たちはディーノがミリアムの周りをうろちょろするのを躍起になって阻止した。
「それに、それにカドゥフの奴に誤解されるのは嫌だって言うんだ。それって俺は失恋したってことだろ?」
ベアトリスはどきっとした。ミリアムが、そんな事を言うなんて。
マティアスは、二年前に学校を卒業して以来、カドゥフ家で一番の働き手となった。今は両親たちが経営している牧場は、いずれは彼が引き継ぐことになる。子どもの頃から親を手伝って働いていたから、日に焼け、がっちりとした体格で力も強い。重い干し草の包みを荷車に載せる時などには、力強い筋肉の盛り上がりがシャツに隠れていてもわかる。ベアトリスはそんな彼の姿を見るとドキドキしてしまう。
牧畜農家というのは、一年中、朝から晩までやることがあって、彼は村の同じ歳の青年たちのように夕方にレストランに集まって面白おかしい時間を過ごしたり、高等学校に進んだ学生たちのように韻を踏んだ詩を添えて花束を贈るようなことをする暇が全くなかった。
夕方のわずかな時間に、牧場の近くの坂道で絞りたての牛乳を飲みながら休憩するのが彼の余暇で、それを知っているベアトリスがクッキーやマドレーヌを焼いて持っていく。広がる牧草地を見下ろし、河を越えた向こうに見える連峰がオレンジに染まるのを見ながら、なんという事のない話をした。
彼との会話には、ロマンティックなところはまるでなくて、主に日々の仕事と生活のことだけだった。ベアトリスはカドゥフ家の牛や山羊のうち目立つ特徴があるものは言われなくてもわかるくらい詳しくなってしまっていた。そんな無骨な男のことを、自分以外の女性が、しかも常に村の青年たちに言いよられている綺麗なミリアムが好きになるなんて、考えたこともなかった。でも、もしそうなら、自分には全く勝ち目がないと思った。これだけ長く一緒にいても、彼の方からまた逢いたいとか、逢えて嬉しいという言葉をもらったこともなかったから。
その残念な情報をもたらしたディーノは、ベアトリスのがっかりした様子には全く氣づくこともなくパネトーネの包みを持て余していたが、やがて彼女にポンと押し付けた。
「持って帰るのも馬鹿みたいだから、お前にやるよ。じゃあな」
失礼ね。ついでみたいに。でも、美味しいからいいか。
帰っていくディーノに手を振っているところに、マティアスがやってきた。というよりも、いつも彼がここに来るから、この時間になるとベアトリスがこの場所で待つのが日課になっているのだ。彼は、彼女の持っているきれいな包みを見て、何か言いたそうにしたが、言わなかった。ベアトリスは、その奇妙な沈黙に堪えられなかった。
「ほら、見て。クリスマスプレゼントにパネトーネをもらったの。私にだってくれる人がいるのよ」
「そうか。よかったな」
「あなたは、ミリアムに何かプレゼントするの?」
すると、マティアスは露骨に不機嫌な顔をした。
「なんだよ、それは」
「噂を聞いたのよ。氣分いいでしょ。あのミリアムに好かれているなんて。大晦日のダンスパーティのパートナーになってもらったら。みんなが羨ましがるわ」
マティアスは、いらついた様子で言った。
「くだらないことを言うな」
そうじゃない、君にパートナーになってほしいんだ。ベアトリスが期待したその言葉をマティアスは言わなかった。そのまま踵を返して帰ってしまった。彼女は、どうしたらいいのかわからなかった。
数日経っても、いつもの散歩道に彼が来ることはなく、不安になったベアトリスは、マティアスの妹モニカに相談した。彼女はそれを聞いて頭を抱えた。
「馬鹿ね。マティアスは、そういう風に試されるのが大嫌いなのよ。あ~あ、彼を怒らせちゃったのね」
大晦日のダンスパーティには行けなかった。誰からも誘ってもらえなかったし、マティアスとミリアムが一緒にいたりしたら、つらくて死んでしまうと思ったから。年が明けてから、ミリアムはトマス・エグリと一緒に来ていたと耳にした。マティアスはパーティには来なくて、年末からしばらく留守にしていると聞いたきりだ。
他の牧場もそうだが、カドゥフ家も、夏の間に一日も休まずにせっせと働くだけでは経営が多少苦しいので、冬の間子どもたちはチャンスがあれば金持ちの殺到するリゾートで現金を稼ぐ。モニカも直にエンガディンに行ってしまったので、マティアスが出稼ぎから帰って来たかどうかもわからなかった。
一ヶ月以上、彼がいつもの散歩道に来ず、連絡もなかったので、ようやくベアトリスは自分がマティアスとの上手くいきかけていた仲をめちゃくちゃにしてしまったのだと認めた。試すだなんて、そんなつもりじゃなかった。でも、そうだったのかもしれない。時間が経ちすぎて謝るチャンスすら逃してしまった。
バターを買いに、ぬかるんだ道を歩くベアトリスの足取りは重かった。このまま、嫌われたのだと、はっきり思い知らされることもなく、痛みを忘れたいと思っていた。でも、もし今彼が家にいて顔を合わせたら……。
門を通り過ぎて、鶏小屋の脇を通り、母屋で声を掛けた。ジャガイモの皮を剥いていたマティアスの母親が笑顔で「いらっしゃい、ベアトリス」と言った。それから、奥のチーズを作る小屋を指して言った。
「バターのことは聞いているわ。さっきマティアスに言っておいたから、もう用意してあると思うわ」
彼女は、困ったなと思ったけれど、悟られたくないと思ったので「わかりました」と言って、重い足取りで作業小屋へ向かった。
扉をノックして開けると、彼は大きな鉄鍋の下に薪をくべているところだった。ベアトリスを見ると「きたか」という顔をして立ち上がった。
「こんにちは」
上目遣いで見上げる彼女に構わずに、彼は冷えた石造りの別室から包みを持ってきた。口をきくのも嫌なのかしら。包みを受け取ってポケットから出した料金を渡そうとした時に、彼は「あ。これも」と言ってまた離れた。
彼が持ってきたのは、茶色い紙に包まれたもう少し大きな包みだった。
「これは?」
「ルガーノで買ってきた。コロンバだ」
コロンバはイタリア語圏で復活祭に食べる鳩の形をした菓子だ。ベアトリスは一度だけ食べたことがあって、とても好きだった。
「私に?」
マティアスは目を逸らして口を尖らせた。
「パネトーネをもらって喜ぶなら、これも好きだろうと思ったんだ」
ベアトリスは、胸が詰まってしまった。彼は、彼女の紅潮した頬と、笑顔と、それから半ば潤んだような瞳を見て、口角をあげた。
「あんまりがっつくと復活祭がくる前に食べ終わっちまうぞ。あれ、その小さな袋じゃ両方は入らないな。待ってろ、いま何か袋を……」
彼女は、そのマティアスを引き止めた。
「ううん。このお菓子、今日は持って帰らないわ」
「なぜ?」
「今日はこのバターが溶けないうちに帰らなくちゃいけないもの。コロンバは、あの散歩道であなたと一緒に食べたいの。だから、その時に」
彼は、それを聞くと目を細めて頷いた。
「あの散歩道のベンチ、さっき行って残りの雪を取り除いておいたんだ。きっと明日には乾いているだろうから、また座れるな。夕方じゃなくて、まだ陽の高い三時頃はどうだ?」
ベアトリスは、頷いた。
「ええ。ありがとう。それに……ごめんね」
「何に対して?」
「氣に障る事を言って」
彼は、また眼を逸らした。
「俺、あの時は無性に腹が立った。お前まで、酒を飲んで深夜まで騒ぐような連中に混じりたいのかって。これまでダンスパーティに行きたいなんて思ったことはないし、毎朝早く起きなくちゃいけないから、これからも行くことはないだろう。でも……」
「でも?」
「ルガーノのホテルで浮かれて騒ぐ客たちを見ていたら、確かに楽しそうだなと思ったよ。みんなが行きたがるわけだ。お前だって、年に一度くらい楽しみたくて当然だ。俺のとやかくいうことじゃない」
ベアトリスは、そんなんじゃないのにと思いながら彼を見た。彼は、彼女の目を見た。
「俺はお前に詩を贈ったりダンスに誘ったりはできない。それどころかいつも家畜の匂いがとれない作業服を着ている。……こんな俺はお前にとって失格か」
マティアスの瞳には、わずかに臆病な光が灯っていた。私の中にあるのと同じだ、ベアトリスは思った。
「ううん。私はダンスや花やロマンティックなセリフなんていらない。背広じゃなくて作業服でも全く構わない。あなたに逢って話をするだけでとても幸せなんだもの。本当よ」
彼は、ようやくいつもの屈託のない笑いをみせた。
「シャンパンじゃなくて、牛乳でも」
「絞りたての牛乳の美味しさを知ったら、シャンパンを飲みたがる人なんかいなくなると思うわ」
彼は、コロンバの包みを高く持ち上げると、言った。
「明日、三時だ。一分でも遅れたら、俺がひとりで食っちまうからな」
バターの包みを抱えての帰り道、両脇の木に淡い翠の芽が顔を出しているのを見つけた。たくさんの鳥たちが合唱をはじめた。春の光が大地の新たな息吹を呼び起こす。世界は、復活の準備に余念がなかった。命の甦り。歓びの祭典。すぐそこまで来ている。ぬかるみも、靴に沁みる冷たい水もなんでもなかった。
ベアトリスは、幸福に満ちて坂道を下っていった。
(初出:2016年3月 書き下ろし)
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4年無事に過ぎました
訪問し、作品を読み、そして、交流してくださった全てのみなさまに、心からの御礼を申し上げます。
この1年、本当にあっという間でした。去年3年経ったと記事を書いてから366日も経ったなんて信じられません。でも、確かにあれから1年が経っていて、その間も多くの方が変わらずにおつき合いくださっていることのありがたさを噛み締めています。
私はとても飽きっぽくて、しかも忘れっぽい性質です。しかも子供の頃から「コツコツと努力する」ということがとても苦手でした。ですからブログを立ち上げた時に、どのくらい続くか危ぶんでいたのです。恐る恐る訪問した他の創作ブログでは「4周年です」という記事を書かれていらっしゃる方があって「私はこんなことは無理だな」と思ったことを今でも覚えています。
そのブログでは、たくさんの「ブロとも」「リンク先」の方々と盛んにコメント上での交流があって、当時一日にひとりふたりという単位での訪問者のみ、コメントに至ってはまったくなかった私のブログが少し情けなくて落ち込んだことも昨日のことのようです。
たぶんあのままだったら、とっくに閉鎖していたでしょう。もちろん書くことはやめていなかったと思いますが、でも、テンションは下がって、今のようなスピードと量の創作は絶対にしていなかったと思います。
だから、今日こうして満4年を迎えられ、創作とブログを続けてきてよかったと思えるのは、貴重な時間をおしてこのページを開いてくださった訪問者の皆様、「しょうがないな~」と思いつつも構ってくださった多くのブロガーさんのおかげだと心から感謝しています。
この4年間に新しい人生の転機を迎えられて、もしくは他に興味深いことが見つかって、ブログを閉じられたり更新をおやめになった方もたくさんありますが、その方たちがブログの復活の有無にかかわらず、時々近況を聞かせてくださること、もしくはその存在を感じられるような足跡を残してくださること、それらに不思議なご縁を感じて嬉しくなることがたくさんあります。
そして、開始した頃にであってから、ムッとしたことはあっても我慢してつき合い続けてくださるお友だちの皆さん、年々増えていく交流してくださるすてきな皆さんに感謝しています。
私は、実生活での人付き合いが下手です。天候の話をするような当たり障りのない会話は出来ても、想いや人生や世界観を上手く表現して濃い人間関係を築くことが苦手です。ずっと自分は人とは違って、誰かに理解してもらうことはないだろう、共感してもらうこともないだろうとぼんやりと思っていました。
それがブログを始めてからそんなことはないんだと確信できるようになりました。私自身が多くの方の想いや人生や世界観に興味を持ち、共感しているように、多くの方から同じかそれ以上のものをいただいています。
「書けさえすればそれでいい。それ以上のものはいらない」と思っていたかつての私に、読んでいただいて、共感していただける書く以上の歓びに氣づかせてくれたのがこの4年間だと思います。
お返しを二つ残すのみとなった「scriviamo!」。本当に毎年「今回で終わりかな」と思っているのですが、今年も「来年も」とおっしゃってくださる方がいらっしゃいます。体調とモチベーションが続く限り新年のお祭りだと思って続けていきたいと思っています。
今年のこれからの予定ですが、実は、昨年までと大きく違ってきちんとした青写真が出来ていません。少なくとも月に2回は絶対に小説を更新すると思いますが、以前のようにコンスタントに更新することはないと思います。その分、質のいいものが書けるように精進していきたいと思います。
また今日から、「scribo ergo sum」をどうぞよろしくお願いします。
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