「海のそよ風」

本編は最終回を残すだけとなりました。今日、このカテゴリーでご紹介するのは、最終回の最終シーンを書くときにイメージしていた「マイアと大西洋」のイメージソングです。そう、最終シーンは、春の大西洋なんです。

そのイメージソングとは、ボサ・ノヴァの名曲でいろいろな方が演奏している「Brisa do mar (海のそよ風)」。
私が聴いていたのは、小野リサのCDなのですが、この方の楽曲は動画での使用が少し難しいので、別の方の歌声でお送りします。
NANA CAYMMI - BRISA DO MAR
小野リサのバージョンもアップされていました。
で、なぜこれがイメージソングなのかを理解していただくために、例によって拙いながら私の調べて訳した和訳を。こんな歌詞なんです。
Brisa Do Mar (海のそよ風)
Brisa do mar
Confidente do meu coração
Me sinto capaz de uma nova ilusão
Que também passará
Como ondas na beira de um cais
Juras, promessas, canções
Mas por onde andarás
Pra ser feliz não há uma lei
Não há porém sempre é bom
Viver a vida atento ao que diz
No fundo do peito o seu coração
E saber entender
Os segredos que ele ensinou
Mensagens sutis
Como a brisa do mar
海のそよ風
私の心の友だち
新しい幻想が叶いそう
それもまた過ぎ去っていく
浜辺の波のように
誓いも、約束も、歌も
みんなどこに行ってしまうのだろう
幸せになるのに
法則などない
但し書きもない
単純にそれはいいこと
耳を傾けて生きていきましょう
あなたのハートは
胸の奥底でなんとささやいているの
そして理解することを学びましょう
彼の教えてくれる秘密を
それはとても繊細なメッセージ
海のそよ風のように
この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……
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【次回予告】「Infante 323 黄金の枷」 (25)雪の朝
「起きたのか」
振り向いた23はマイアが泣いていることに氣がついた。
「どうした」
「……」
「閉じこめられたのがつらいのか?」
マイアは激しく頭を振った。
彼は大きくため息をついてベッドに戻ってきた。それから彼女の頬に手を当てて、その瞳を覗き込んだ。瞳には初めて会った時と同じ暗い光が浮かんでいた。
23の居住区に閉じこめられて一夜を過ごしたマイア。朝起きて目にした光景は……。
「Infante 323 黄金の枷」最終回、来月末に発表予定です。お楽しみに!
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【小説】Infante 323 黄金の枷(24)宣告
いつまでも完結しないと思っていたこの小説、今回と次回の2回で完結です。つまり、今回はストーリーとして(ようやく)クライマックス。もしかしたらドン引きする展開かもしれませんが、まあ、もともと、そういう話だし……。(開き直り)
もちろんマイアは、今回こうなってもまだよくわかっていません(笑)お花畑脳は強い。ま、23も五十歩百歩ですが。
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Infante 323 黄金の枷(24)宣告
その晩は、アマリアとマイア、それから三か月の監視期間を終えて復帰したばかりのミゲルが給仕に当たっていた。いつもの晩餐だったが、前菜とスープが終わり、アマリアとマイアがメインコースを取りに行っている時にそれは起こった。二人がキッチンから戻ってきた時に、テーブルでガチャンという音がした。
二人が戸口から中を見ると、24が水の入ったグラスを手ではねつけたらしい。水を注いでいたミゲルはショックを隠せないでいた。座っていた他の三人も驚きの表情を見せた。24はミゲルを睨みつけた。
「お前には給仕されたくない。薄汚い策略家め」
マティルダの件だと、マイアは氣がついた。先を越して、自分に挨拶もなく結婚したことが許せなかったのだろう。メネゼスがそっとミゲルの袖を引き、他の三人に水を入れるように目で指示すると、24の前のグラスを黙って片付けてから別のグラスを差し出した。メネゼスは皿を持っている二人にも、お出ししろと目で合図した。アマリアがドンナ・マヌエラと23の皿を持っていて、マイアはドン・アルフォンソと24の皿だった。
「何がハネムーンだ」
まだ腹の虫のおさまりかねる様子で24が続けた。
「よせ。ミゲルに当たるな」
23が嗜めた。すると24は今度は23を攻撃しだした。
「お前がまた裏で糸を引いたんだろう」
「なんだと」
「僕の子供が出来ないように、念の入った邪魔をしやがって。自分が檻から出られるチャンスをつぶされたくないんだろう」
「いいがかりだ」
「お前がアントニアを焚き付けて、ライサをここから強引に連れ出したのを僕が知らないとでも思っているのか。僕の子供を殺した上、ライサを精神異常にしたてやがって」
ドン・アルフォンソが黙っていなかった。
「24。ライサの診断は二人の精神科医が行った。それにあれは自然流産だった。どちらも23が関われるはずがなかったことだ。言っていいことと悪いことがあるぞ」
「どうだか。そいつは昔からずっと陰険だった。みっともない姿で誰からも相手にされないからって、僕を逆恨みして邪魔ばかりする。僕と女の仲を裂く暇があったら、一人でもいいから女を口説けばいいんだ」
マイアは怒りに震えつつも、黙ってドン・アルフォンソの前に皿を置き、それから、皿を頭から叩き付けたい衝動を堪えつつ24の前にも皿を置いた。その表情を24は横から見て、にやっと笑い、再び23に絡んだ。
「女の口説き方や連れ込み方も知らないんだろう。どうやるか実践で教えてやろうか。例えば、お前のお氣にいりのこの女なんかどう?」
そういって、離れようとしていたマイアの右手首をつかんだ。彼女ははっとして身を引こうとしたが、24はいつもの調子では考えられないほどの力で引っ張り、立ち上がると反対の腕でマイアを抱きかかえるようにした。
ドンナ・マヌエラが眉をひそめた。
「メウ・クワトロ、いい加減になさい」
「なぜです、母上。僕には赤い星を持つどんな娘でも自由にする先祖伝来の権利があるはずですよ。ほら、例の宣告をすればいいんでしょう。《碧い星を》ってやつ。やってみようかな」
あざ笑うような24の挑発に唇を噛んで黙っていた23は、突然席を立ち口を開いた。その口から聞こえてきたのは、普段使うものとは似ても似つかぬ古い時代の言葉だった。
「《碧い星を四つ持つ竜の直系たる者が命ずる。紅い星一つを持つ娘、マイア・フェレイラよ、余のもとに来たりて竜の血脈を繋げ》」
沈黙が食堂を覆った。24は顔色を変え、マイアの手首をつかんだまま自分の席に座り込んだ。マイアは何が起こったのかわからず23と24、それから呆然とする人びとの顔を見た。
ドン・アルフォンソが最初に反応した。23が使ったのと同じ、古い時代の言葉だった。
「《碧い星を五つ持つ竜の直系たる余は、碧い星を四つ持つインファンテ323、そなたの命令を承認する。竜の一族の義務を遂行せよ。紅い星一つを持つ娘、マイア・フェレイラよ、インファンテ323に従え。そなたには一年の猶予が与えられた》」
それから24の方を向き普段の調子に戻って言った。
「24、その手を離せ。今後その娘に触れることは許されない」
24は忌々しそうに、つかんでいたマイアの手首を離した。それと同時に彫像のように固まっていた召使いたちもほうっと息をついて動き出した。ドンナ・マヌエラがメネゼスの方を見て頷いた。
メネゼスは、アマリアとミゲルに向かって言った。
「アマリア、マイアの荷物をまとめるのを手伝ってくれ。準備ができたらミゲル、お前が運ぶのだ。その前にジョアナの所に行き、ほかの者を給仕によこすように伝えてほしい」
23が黙って自分の居住区に帰ってしまい、食事も給仕も中断して皆が急に動き出したので、何が起こったのかわからないマイアは慌てた。
「あの……いったい、何が……。私の荷物をまとめろってどういうことですか?」
アマリアがマイアの腕をつかんで強引に食堂から連れ出した。
「何、どうなったの?」
「しっ。これからあなたは23の所にいくのよ」
「何のために?」
「子供を作るためよ」
「えええっ?」
「23がしたのは、正式の宣告よ。私も生まれてはじめて聞いたわ。とにかくあれをされたら、星を持つ女に拒否権はないの。詳しくは本人に話してもらいなさい」
マイアはミゲルに連れられて23の居住区に入った。
23は三階の寝室の外れにあるライティングデスクの前に腰掛けて両手で顔を覆っていた。彼女の荷物を寝室に運び込むと、ちらっとマイアを眺めてからミゲルは出て行った。
マイアは所在なく立ち尽くしていた。二階に降りて行ったミゲルが格子を閉じて鍵をかけた音がした。その金属質の音はこれまで感じたこともないほど大きく、外界から遮断されたことを思い知らされた。
「23……」
後悔しているんだ。マイアは23のうちひしがれた様子がつらかった。子供を作るためとアマリアに言われた時、希望を持った自分が情けなかった。そうだよね。そんなわけないって、知っていたはずなのに。23が好きなのは、ドンナ・アントニアだって……。
「ごめんね……」
ぽつりとマイアが言うと、彼はようやく顔を起こして彼女の方を見た。
「すまなかった。お前の意志を無視した」
それからマイアの荷物をちらっと見ると、ため息をついていった。
「明日にでもしまう場所を決めよう。足りないもの、必要なものは、言えば館が購入してくれる。今日は遅いからもう寝てくれ」
寝ろって言われても、一つしかないから、ここのことだよね。何度もベッドメイキングをした大きなベッドを見て、マイアは躊躇した。これからずっとここで。でも、イヤなんだろうな、私とじゃ……。
とはいえ、突っ立っているわけにもいかなかったので、マイアは黙って洗面所に行くと顔を洗って歯を磨き、寝間着に着替えてすごすごとベッドに向かい、端のできるだけ邪魔にならない所に紛れこんだ。暗い部屋の中に鉄格子の嵌まった窓から月明かりが射し込んでいた。その光はライティングデスクに肘を持たせかけてうつむいている23を照らし出していた。彼の背中はいつもよりもずっと丸く見えた。マイアは布団の中で声を殺して泣いた。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。ベッドが軋んだのでマイアは目を覚ました。大きなベッドの反対側に23がいた。月は大きく移動して、ベッドの上に光を投げかけていた。マイアが少し身を起こすと、23がこちらを向いた。
「起こしてしまったか」
「うん……。あの……そんな端じゃなくてもっと真ん中で眠れば?」
23は笑って首を振った。
「お前こそ、落ちそうなくらい端にいるじゃないか」
「だって、悪いかなと思って」
「悪いもへったくれもない、俺がお前に強制したんだろう」
「ちがうよ。24から守ってくれたんだよね。ごめんね。ドンナ・アントニアに誤解されるよね」
23は、わからないという風にマイアを見つめた。
「どうしてそこでアントニアが出てくるんだ」
「だって、私とじゃなくて、ドンナ・アントニアと一緒になりたかったでしょう?」
「お前、何を勘違いしているんだ。アントニアと俺がどうこうなるわけないだろう」
「愛し合っているんじゃないの?」
23はゲラゲラ笑った。マイアには何がおかしいのかわからなかった。
「道理でアントニアが来る度にあわてて出て行ったわけだ。誰もお前に言わなかったのか?」
「何を?」
「アントニアは俺たちの姉だよ」
「!」
それから困ったように言った。
「そんなに怯えるな。襲ったりしないから安心して寝ろ」
「怯えていないよ。それに、邪魔にならないようにするから、そんなに落ち込まないで」
23は笑って手を伸ばしマイアの頭をそっと撫で「おやすみ」と言った。それから背を向けた。月の光に浮かぶ彼の丸い背中を見ながらマイアはまた悲しくなって布団をかぶった。
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Weckのガラス器

突然ですが、我が家の冷蔵庫は、冷蔵室に若干難があります。これはスイスの賃貸アパート面に特有の苦悩だと思うんですが、冷蔵庫って自分で買うものじゃないんですよ。もともと部屋に付いているんですね。(自分で用意するタイプの部屋もあるようですが)
で、以前の冷蔵庫は、私たちが入居する前から使っていたものなんですけれど、冷蔵室の方がはるかに冷凍室よりも容量が多かったんですが、それが壊れてしまって、新しく買ってもらえた冷蔵庫は、40%くらいが冷凍庫で、冷蔵室の容量が明らかに少なくなってしまったのです。さらにボトルを横にしてしまう棚などがついていて、それがさらに場所をとっている(笑)
で、食べ終わった食品をお皿やボウルに入れたまましまおうとすると、全部入らないということがよくあったのです。
私は週に一度しか買い物に行かないし、買い物の後に足の速いものなどはすぐに調理して常備菜に変身させることが多いです。そうすれば、食材は無駄にならないし、毎日たくさん台所に立たなくても、すぐに夕飯やお弁当が用意できますよね。
そうなると、買い物に行った直後にはどうしても冷蔵庫がいっぱいになるのですよ。
それで購入したのが、このWeckのガラス製の器です。Weckはドイツのメーカーで、もともとこのシリーズは完全密閉して長期保存するために開発されたようです。たとえば洋梨のコンポートとか、ジャムとか、その手の食品ですね。スイスのたいていの家やアパートメントには、地下貯蔵庫がついているので、そういうところで保管するんですね。
私は、これを食器兼冷蔵庫での保存用につかっているのです。プラスチックの容器をそのまま食卓に出すのは味けないですし、だいたい温めるときに我が家には電子レンジがないのでオーブンか鍋かどちらかを使います。となると冷蔵保存のときにプラスチック容器に詰めると洗いものが増えるだけです。でも、このWeckなら、食器としてもかわいいので、移し替えの手間がいらないのです。

使っているのは500mlと250mlの2種類です。蓋が平なので、冷蔵室では積み重ねられます。しかも蓋は共通ですよ。
それと、いいなと思うのはラップ不要ということです。環境保護のためプラスチック製のラップの乱用は避けたいのは当然ですが、それ以外にも切実な理由があります。スイスのラップは、日本製のもののようにすっと綺麗に切れないんですよ。ラップを扱う度に、イライラ爆発なのです。どうしても必要なとき以外はラップを使いたくないのは、そのせいなのですね。
ちなみに、Weckではなくてもう少し小さい容器に何かを入れているときには、蓋としてマメ皿を使っています。
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【動画】「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部のプロモーション & いただきもの
なぜ全部連載しないのかというと、真ん中がまだ書けていないからです。というわけで書き終わっているチャプター1だけ。
でも、せっかくなので、ここでプロモーションをしようと思い立ち、再び動画を作ってみました。まずはこちらをご覧ください。
この動画を作成するにあたっては、ユズキさんに多大なるご協力をいただきました。既に描いていただいてあるイラストを使わせていただきたいと恐る恐るお願いしたらですね。ご快諾いただけただけでなく、なんと新たに4人分描きおろしてくださったのですよ!
私とこの小説のために貴重な週末をまるまる使って描いてくださったこの4枚、当ブログの新しい宝物になりました。
こちらにご紹介するにあたって、縮小して少しトリミングさせていただきましたが、動画に使いやすいようにと大きいサイズでの透過PNG形式でくださったのです。至れり尽くせりなお心遣い、本当にありがとうございました。
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このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断使用は固くお断りします。
そして、森の中の4人のイラストもですね。わざわざこの動画のために塗り直してくださっています。ユズキさん、何から何まで、本当に感謝です!
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ


あらすじと登場人物
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【小説】リゼロッテと村の四季(3)教会学校へ
今回は新しいキャラクターがわんさか出てきます。でも、びっくりしないでください。重要なキャラはそんなにいませんので。視点は初登場のドーラです。ジオンの姉ですね。牧師夫人であるアナリース・チャルナーとその甥でもあるハンス=ユルク・スピーザーも初のお目見え。
リゼロッテの村の生活はこの辺りから少しずつ変わっていきます。
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リゼロッテと村の四季
(3)教会学校へ
ドーラ・カドゥフは、丁寧に髪を編んでから、日曜日用の晴れ着を戸棚から取り出して、注意深く袖を通した。彼女の持つ唯一のスカーフを形よく胸元で結ぶと、窓から顔を出した。そして、まだ泥だらけの服装のままの弟を見つけるとため息をついた。
「ジオン! 今すぐ用意をしないと、間に合わないわよ」
鶏の卵を抱えた少年は、彼女に目を向けるといつもと同じように「わかっているよ。すぐに」と言った。
彼らの家は、母屋の他に牛小屋と山羊小屋、そして鶏小屋がある。鶏に餌をやり卵を集めるのはかつてはドーラの仕事だったが、現在は弟のジオンが担当している。ドーラには、窯の火を絶やさないようにする役目と、泉から水を汲んでくる役目があった。それに彼女はジャガイモの皮を剥いて蒸かしたり、パンをこねるのも得意だ。もう12歳になるのだから、台所仕事の多くは母親の代わりに出来るようになっていた。
ドーラは頭の回転がよくハキハキした子どもで、どんなことでも親の手をかけずに上手にやってのける。一年中休みなく働く両親の代わりに、3歳年下の弟の面倒を看ることも忘れない。親たちは10時のミサに行けばいいのだが、ドーラとジオンは8時半からの教会学校に行かなくてはならない。
日曜日に仕事をすることは基本的に禁じられているので、牧畜農家を生業にしていない家の子どもたちはゆっくり起きだしてきてすぐに晴れ着を着て教会に向かうだけだ。一方、日曜日であっても動物の面倒を看ることと、牧草をひっくり返すことは例外的に許されているので、農家の子供たちには日曜日の朝もやることがあった。だが、子供のいる農家で教会から離れている所に住んでいるのはカドゥフ家だけなので、結局ドーラたちだけがいつも遅刻しそうになるのだった。私はいつもきちんと準備をしているのに、ジオンったらもう。
あわてて入ってきたジオンは、かろうじて汚れていない日曜日用の半ズボンとシャツを着用していたが、髪は乱れていて、頬には泥がついていた。ドーラはたらいの側に彼を連れて行き、白い布をそっと水でぬらしてから彼の顔を拭いてやり、それから靴の汚れも取ってやると、その手を引いて急ぎ足で家を出た。
カドゥフ家は、村の中心から少し離れたところにあった。小走りに牧草地を抜け、小径を途中まで歩いていると、横を馬車が通った。御しているのはロルフ・エグリだった。
「なんだ。お前たち、教会に行くところか?」
「ええ。もうどうやっても遅刻なの」
ドーラがいうと、ロルフは御者席を少し横にずれて「乗れ」という顔をした。
ジオンは首を伸ばして、馬車の中にリゼロッテが居るのをみつけると、「やあ」と言った。
「なんだ。お嬢さんを知っているのか」
ロルフが言うとジオンは大きく頷いた。
リゼロッテは、ジオンと、それから初めて逢うドーラに嬉しそうに微笑んで会釈をした。ドーラも笑って「こんにちは」と言うと、二人の子どもは御者席に飛び乗った。
リゼロッテが住んでいるのは、ジオンの家からさらに丘を登ったところにあるお屋敷だ。彼女は、これまで教会学校に来たことがなく、家庭教師のヘーファーマイアー嬢と一緒に朝早いミサに行くだけだった。家政を手伝っているカロリーネ・エグリと時々忍び込んで話をしているジオンから噂を聞くだけの村の子どもたちは、ドイツ人の令嬢がどんな子なのか興味津々だった。
長い茶色の髪の毛を形よく結んで、白いレースの襟のついた品のよい焦げ茶の天鵞絨のワンピースを身に着けた少女の優しげな笑顔は、ドーラにはとても好ましく思えた。今日はどういうわけでヘーファーマイアー嬢抜きで教会に向かっているのかわからないが、ドーラにはいい風向きに思えた。
ジオンの話では、お高くとまったところのないいい子で、村の子どもたちとも仲良くなりたがっているというのに、ヘーファーマイアー嬢が「まともなドイツ語も話せない野猿のような子どもたちと交際をするのは好ましくありません」と言っていたのだ。ドーラは、あの女のいない時に、さっさと自己紹介をしてあの子と仲良くなろうと思った。
8月のカンポ・ルドゥンツ村は、穏やかで美しい。盛夏は過ぎて、わずかに秋の訪れが感じられる。背が高くなったトウモロコシの濃い緑の葉の先は乾き枯れてきており、小麦の穂がいつの間にか黄金に輝くようになっていた。
それは、家族とともに牧草をひっくり返す作業をするときにいつも身に付けている赤い綿のスカーフが、いつの間にか色褪せていることに氣づいたことと似ていた。風は穏やかになり、日の長さも少しずつ短くなっていた。10月になれば学校が始まる。ドーラはまた一つ上の学年になることにときめいた。
ロルフは馬車を教会の前にぴったりと着けた。ジオンがまず飛び降りて、ドーラも降りている間に、後に回ってドアを開けた。その手助けを受けてリゼロッテが降りたのを確認したロルフは、帽子を持ちあげて言った。
「では、お嬢さん、ミサの時にはまたあっしも参りますんで」
「ありがとう、エグリさん」
リゼロッテの声を、ドーラは鈴のようだと思った。
馬車が言ってしまうと、リゼロッテはジオンとドーラの方を振り向いて、はにかんで笑った。ドーラはさっと手を出した。
「はじめまして。私、ドーラ・カドゥフよ」
「はじめまして。リゼロッテ・ハイトマンよ。お逢いできて嬉しいわ、ドーラ。ジオンのお姉さん、どんな女の子かいろいろと想像していたの」
「想像の女の子に、似ていた?」
「ええ、ほとんどそっくり。ジオンと似ているもの」
「あら。私は、この子みたいに、いつも泥だらけじゃないわよ」
ドーラが言うと、リゼロッテはクスッと笑った。
「ええ。そこだけ、想像と全く違ったわ」
それで、三人とも楽しく笑った。
「何をしているの、早くお入りなさい」
声に振り向くと、牧師夫人アナリース・チャルナーが牧師館の扉のところで呼んでいる。ドーラはリゼロッテに道を譲って言った。
「行かなきゃ。あ、それはそうと、プラリネのお礼を言っていなかったわね。どうもありがとう」
リゼロッテは、ニッコリと笑った。数週間前に、彼女はジオンに初めてのプレゼントとして二粒のプラリネを手渡したのだ。彼は二つとも食べてしまわないで、一つをドーラにあげたいと言った。それで、リゼロッテは彼女の存在を知ったのだ。
「どういたしまして。少し溶けてしまっていたけれど、食べられた?」
「もちろんよ。あまり嬉しくて夢見心地だったわ」
牧師館には既に村の子どもたちが揃っていた。一番前には8歳の泣き虫ルカ・ムッティを筆頭に6人の幼年組がいた。その次の列にはおしゃまなアネット・スピーザーやマルティン・ヘグナーなど10歳の子供たち、次の列にはアドリアン・ブッフリをはじめとする4人の11歳と12歳の子たちがいた。次の列はそれ以上の少し大きい子たちで最年長の14歳のマルグリット・カマティアスが奥に座っていた。一番後にアネットの兄であるハンス=ユルク・スピーザーが一人で座っていた。村の学齢に達した子どもたちは20人程度、決して教会に来ないモーザー家のマルクを除いて日曜日にはここに集まるのだった。
1年前に、ドーラとジオンの兄クルディンと、アドリアンの姉コリーナが堅信式を迎えて、大人の仲間入りをした。それから、コリーナは長いスカートで装い、クルディンは長ズボンを履くようになった。そして、子どもの集まる場所には一切顔を出すことはなくなった。学校の先生からの伝達をする役目や、教会での行事の中心になるのは当時12歳のハンス=ユルクになった。
他の同い年の子供もいたし、マルグリットは年長でもあったのだが、誰もそのことに異議を唱えるものはいなかった。
ハンス=ユルクは、ドーラとひとつしか違わないが、ずっと落ち着いている。聡明で誰に対しても分け隔てなく対峙するので、カンポ・ルドゥンツ村だけでなく、同じ学校に通うラシェンナ村の子どもたちからも信頼されてている。
チャルナー夫人に連れられて、ドーラたちと一緒にリゼロッテが入ってきたのを見て、子どもたちは騒ぎかけたが、ハンス=ユルクが「静かに」と言うと、すぐに大人しくなった。チャルナー夫人は満足げに頷いて、ドーラたちにハンス=ユルクの隣に座るように目で合図すると、リゼロッテを前に連れて行った。
「皆さんに紹介しましょうね。丘の上のハイトマンさんのお嬢さん、リゼロッテです。普段は家庭教師のヘーファーマイアーさんと早朝ミサにいらしていたのですが、彼女のお母さんが病に倒れたとの知らせで急遽ドイツにお帰りになったので、その間、皆さんと一緒にミサを受けることになりました。仲良くしてあげてくださいね」
拍手と歓声が聞こえた。
「すげえ服着てんな」
ルイジは天鵞絨を見たのは初めてで、やわらかく艶やかな襞に感嘆して大きな声を出した。リゼロッテは、そんな事を言われたのは初めてだったので、少し赤くなった。チャルナー夫人が少し睨んでから、リゼロッテをドーラの隣に連れて行った。
「わからないことがあったら、このドーラとハンス=ユルクに訊いてね。二人ともお願いね」
チャルナー夫人にいわれて二人は頷いた。リゼロッテは、ハンス=ユルクに小さく会釈した。彼も礼儀正しく頭を下げた。
チャルナー夫人は、一番前に戻っていき、「始めますよ」と言った。彼女は綺麗な正規ドイツ語を話した。単語によっては小さい子供たちも理解できるように方言による単語を交えて話したので、リゼロッテにとっては方言の単語を知るいい機会にもなった。
マルグリットは、チャルナー夫人に名指しされて新約聖書のルカの第10章、「善きサマリア人のたとえ」の箇所を朗読した。
するとその人は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った。「わたしの隣り人とは誰の事ですか」
イエスが答えて言われた。「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗たちが襲い、彼の衣をはぎ、殴りつけ、半殺しにして去って行った。
たまたまある祭司がその道を下って来た。彼を見ると,反対側を通って行ってしまった。
同じように一人のレビ人もその場所に来て、彼を見ると反対側を通って行ってしまった。
ところが、旅の途中のサマリア人が彼のところにやって来た。彼を見て氣の毒に思い、彼に近づいてその傷に油とぶどう酒を注いで包帯をしてやった。彼を自分の家畜に乗せて、宿屋に連れて行き介抱した。
次の日出発するとき、2デナリを取り出してそこの主人に渡して言った。『この人を見てやってください。費用が余計にかかったら、わたしが戻って来たときに払いますから』
さて、あなたは、この3人のうちのだれが、強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」
彼は言った。「その人にあわれみを示した者です」
するとイエスは彼に言った。「行って、同じようにしなさい」
マルグリットがどうにか朗読を終えると、チャルナー夫人は子供たちの顔を見回した。多くの子供たちは、「よくわからない」という顔をしていた。かなり滞った朗読のせいでもあったのだが、その他に知らない単語もたくさんあったからだろう。「レビ人」「サマリア人」と言われても、幼い子供たちには何の事だかわからない。
「サマリア人というのは、主の時代のユダヤでは、異端の信仰を持ち、つき合ってはならない人たちとされていたのです。レビ人というのは、ユダヤ人の中で祭司に関わる特別な部族として敬われていた人たちで、祭司はもちろんユダヤの聖職者ですから、強盗に襲われた人にとっては同国人、サマリア人は付き合いのなかった外国人だったのです」
チャルナー夫人が「外国人」と口にすると、多くの子供たちが振り返ってリゼロッテを見た。彼女は恥ずかしくなって下を向いた。
ドーラはそのリゼロッテを横目で見た。「善きサマリア人のたとえ」はもう習った事があったから知っていた。でも、以前は外国人と言われても具体的によくわからなかった。ドーラの父親、マティアスが時々「《金持ちのシュヴァブ》はいい氣なもんだ。働きもしないで美味いもんばかり食いやがって」と言っていたので、「ガイコクジン」とは、なんだか自分勝手で傲慢な人たちだと思っていたのだ。けれど、こうして横に並んでみると親切そうでいい友達になれそうな普通の女の子だ。
この子が強盗に襲われている図は、想像できないけれど、もしそうなっても私はもちろん助けて看病してあげる。ドーラは秘かに思った。私が強盗にあったら、この子は立ち止まって看病してくれるかな?
そう思って見つめていると、視線を感じたリゼロッテが振り向いた。それから、ドーラの方を見てニッコリと笑った。うん、きっと看病してくれる。ドーラは、嬉しくなった。
(初出:2016年4月 書き下ろし)
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塩麹&塩レモン
塩麹は最初は無理だと思ったんですよ。だって、こちらにはそんなものないですから。でも、調べてみたら乾燥塩麹というものがあって、それを入手したんですね。で、自分で作ってみたら簡単に出来たので常備するようになりました。
何に使うかというと、例えば翌日に来客があるというときに、用意した肉を一晩塩麹に漬けるのです。そうするといまいちなレベルのラムラックがとてもおいしくなるのですよ。
塩レモンも、ドレッシングやソースなどにも重宝しますけれど、グリル用の鶏肉を一晩マリネするようなときにも威力を発揮します。こちらの肉って、一万円近くかけるものでなければ、どれもいまいちな味だったりするので、この手の下準備はとても大切なのです。

塩レモンは皮をそのまま使うため有機農法のレモンで作ります。それも、一度熱湯に30秒漬けてワックスを落としてから粗塩で洗います。その後で櫛切りにしてあちこち隠し包丁を入れてレモン汁がしみ出しやすくしてから大量の海塩と交互に重ねます。水分がたっぷり出るまで(だいたい一週間)は常温で、その後は一ヶ月以上冷蔵庫で育てます。そうするとレモンの酸っぱさがまろやかになって使えるようになるのです。
写真の塩レモンは3日くらい経った後のものですが、もともとはレモンが3個あったものが500ml入りのガラス瓶に納まるくらいかさが減っています。

塩麹は、乾燥麹から作るときは、乾燥したヒナアラレみたいなものが入っていますので、それに規定量の塩と水を入れて、1日に1回かき混ぜて常温で10日ほど放置して作ります。私は出来上がった塩麹を一度フードプロセッサーにかけて液体状にします。そうしないと、料理によってはお米の残った分が汚らしく見えるのですよ。洗い流すときはいいですけれど、塩の代わり(レシピ上の塩の量の2倍でちょうどいい味になります)に使うときはちょっと不便なので。
それに、胡瓜の浅漬けを作るのにも役に立ちます。お漬け物は糠なんてないから諦めていましたが、塩麹でOKなんですよ。
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林檎とリラの咲く頃
亡くなられた方のご冥福と、被災された方が一日も早くもとの生活に戻れるようにお祈りします。
というわけで、今日はトラックバックテーマに答えてみることにしました。お題は「好きな植物はありますか?」です。
それはもちろんあります。多すぎて何を書けばいいか戸惑うくらいですが、この時期に格別に好きな花を二つ。どちらも樹に咲く花です。

まずはこちら、リラの花です。英語のライラックでも呼ばれますね。東京ではほとんど見たことがありませんでしたが、こちらではとてもポピュラーな庭木です。風が吹くと、香水のようないい香りがするのですよ。ただし、花束やフラワーアレンジメントではほとんど見ません。切るとすぐにしおれてしまうからではないかと思います。手折らずにそのまま楽しむべき花ですね。

そしてもう一つ、大好きなのが林檎です。日本にいたときは桜の開花が何よりも楽しみでした。こちらの桜が咲くのももちろん嬉しいのですが、この林檎が咲くときはもっとウキウキします。一つには、林檎の方が華やかなんです。蕾がピンクで、花が白い。それにエネルギーがみなぎっている咲き方をするのですね。さらに、この花が咲くと同時くらいにスイスでは春が終わり初夏がやってきます。日本と違って爽やかで最高に美しい季節なのです。
林檎とリラが咲く頃、それは私にとってスイスでもっとも美しい季節なのです。そして、どういうわけか、普段は5月ぐらいに咲き始めるこの林檎とリラが、もう咲き始めています。
こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の山口です。今日のテーマは「好きな植物はありますか?」です。春になると草花に目が行く気がします植物に関しては無知なのですが、見てるだけで癒やされますよねお部屋に植物を置きたいなと思うのですがなかなか難しいですみなさんは、好きな植物はありますか?たくさんの回答、お待ちしております。トラックバックテーマで使っている絵文字はFC2アイコン ( icon.fc2....
FC2 トラックバックテーマ:「好きな植物はありますか?」
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【小説】夜のサーカスと黄色い羽 - Featuring「物書きエスの気まぐれプロット」
山西左紀さんの『物書きエスの気まぐれプロット(22)午後のパレード』
サキさんの所のエスは、私の小説の登場人物アントネッラ(ハンドルネームはマリア)のブロともになってくださっていて、情弱ぎみのアントネッラのために情報検索の手伝いをしてくれたり、公開前の小説を読んで意見をくれたりする貴重な存在、という事にしていただいています。そして、今回そのエスが友人コハクとともにこっそりコモ湖に来ているのですが、アントネッラはそれを知りません。
というわけで「夜のサーカス」の主人公二人を登場させて、なんともビミョーなアンサー掌編を書いてみました。途中出てくる奇妙な存在は、サキさんの掌編にインスパイアされたものですが、サキさんの小説にでてくるパレードの正体と言いたいわけではありません。じゃあ、なんだよと言われそうですが、ええと、なんとなく。
「夜のサーカス」本編は読まなくても話は通じるはずですが、一応リンクも貼っておきますね。
![]() | 「夜のサーカス」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと黄色い羽 Featuring「物書きエスの気まぐれプロット」
コモ湖は春の光に覆われて、これでもかというくらいに輝いていた。普段はサングラスをしないヨナタンすらも、ヴィラに辿りつくまで着用していた。ステラはそのヨナタンの姿にうっとりとしていた。
「なぜ見ているんだい」
困惑したように言う口調はヨナタンそのままなのに、急に映画スターにでもなったように感じたステラは、それをそのまま口にして、彼にため息をつかれた。
「えっと、そろそろだったわよね。まだ通り過ぎたりしていないわよね……」
ステラは慌てて言った。ヨナタンの口元が笑った。これまで通ってきた所にあったのはどれも立派なヴィラばかりで、至極残念な状態であるアントネッラのヴィラを見過ごすことなど不可能だからだ。
それはかつては壮麗だったはずの大きなヴィラで、40年くらい前に塗ったと思われる外壁はアプリコット色だ。はげ落ちていない所は、という意味である。一階部分の大半は伸び放題になったひどい状態の庭(かつては庭だったと言った方がいいかもしれない)の枯れ枝に隠されてよく見えていなかった。玄関ドアはかろうじて閉めたり開けたりができる状態だったが、たとえ開けっ放しでも泥棒に入られることはなかっただろう。
門の所に大きい松かさの形をした石のオーナメントが載っていたこともあるようだが、現在そのうちの1つは地面に横たわり、雑草の中に埋もれていた。
そんな状態だったので、ようやくその前に辿りついたステラもすぐにここがアントネッラのヴィラだとわかった。ヨナタンは、錆び付いた門をギイと押して開けてやると、ステラを通した。
二人は枯れた草の間を進んだ。もしこれが夏だったら雑草の間を泳ぐようにして進まなくてはならなかったことだろう。玄関ドアの所に進むと開けて「アントネッラ、こんにちは!」と叫んだ。すぐに上の方から「入っていらっしゃい!」と返答があった。
埃にまみれて廃屋同然の一階と二階を通り過ぎ、さらに螺旋階段を昇っていくとたどりつくのが展望台として作られた小さな物見塔だ。アントネッラは茶菓子とコーヒーを用意して待っていた。
アントネッラは小さな彼女のアパートから運び込んできた全ての家財をここに押し込んでいた。木製のどっしりとしたデスクには年代物のコンピュータと今どき滅多に見ない奥行きのあるディスプレイ、ダイヤル式の電話などが置いてあった。小さな冷蔵庫や本棚、携帯コンロと湯沸かしを上に置いた小さい食器棚、それからビニール製の衣装収納などが場所を塞ぐので、ベッドは省略してハンモックを吊るし、デスクの上空で眠るのだった。
ステラはこの場所が好きだった。そこだけは足元が塞がれていないソファの前に立って、開け放たれた窓を眺めると、その向こうに青く輝くコモ湖が見える。マグノリアと花水木があちこちで咲き乱れていた。
「よく訪ねてくれたわね。何ヶ月ぶりかしら。どうしたのかと思っていたのよ」
アントネッラの頬にキスをしながら、ステラは元氣よく答えた。
「だって、南の方に行っていたのよ。私、ローマやナポリって初めてだったの。でも、やっぱり北イタリアに帰ってくるとホッとするわ」
アントネッラは嬉しそうに笑った。ステラとヨナタンは、「チルクス・ノッテ」というサーカスに所属していて、街から街へとテントで移動して暮らしている。アントネッラとは、普段はヨナタンと呼ばれているこの青年にまつわる事件を通して友達になり、それ以来、興行でコモに来る時には必ず訪問することにしているのだ。
アントネッラは、私設の電話相談員として生計を立てている。もちろんそんな仕事では、コモ湖畔のヴィラをまともに状態に保つだけの収入は望めないので、この崩れかけた祖母の形見のヴィラはまるで半世紀前から打ち捨てられているかのごとくなっていたが、彼女は全く氣にしていなかった。この窓から眺めるコモ湖の景色さえあればそれで満足だったからである。
「思ったよりも到着が遅かったから心配していたのよ。久しぶりで道に迷ったの?」
アントネッラが訊くとステラは首を振った。
「違うの。街で人助けをすることになったので、遠回りになっちゃった。コモから直接じゃなくて、一度東岸に行って、ヴァレンナから船に乗ってきたの」
「まあ、人助け?」
そうアントネッラが訊くとヨナタンが頷いた。
「二人の日本人が、変なところをウロウロしていたんです。どうやら病院に行った帰りに、レッコ行きのバスの出るポポロ広場へと向かう近道を行こうとしたらしく、表通りをそれてしまったようですね」
「日本人がレッコやヴァレンナに何の用事があるのかしら」
「どうやら一人の女性のお祖母さんがこの地方の出身だそうで、先祖の墓も探したかったみたいですよ。それで、コモの街で道を一本間違えてしまった所、迷路のようになった急な上り坂で、体の弱そうな女性の方が少しダウンしてしまったようで」
「そっちの女の子はイタリア語も話せるのよ。でも、具合が悪くてたくさんは話せなかったの」
イタリア語の話せる日本人。それを聞いて、アントネッラはある友達の事を連想した。それは日本に住んでいるエスという名前以外はほとんど知らない女性だ。アントネッラと同様、趣味で小説を書いていて知り合ったのだ。
「それで。その二人は、無事に墓地に行けたの?」
アントネッラは、カップにコーヒーを注ぎながら訊いた。ステラは、ビスコッティとアマレットのどちらから食べようか迷っていたが、結局両方一度に手にとってから答えた。
「ええ。少し休んでから、私たちが連れて行ってあげたから。そして、とても面白いものも見たのよ」
「面白いもの?」
それは、日本人女性たちと別れて船着き場へ向かうために墓地を横切り、出口付近にあった中世の納骨堂の前を通った時の事だった。その納骨堂は黒い艶やかな金属製の壁と柵で覆われているのだが、中には所狭しと頭蓋骨が並んでいるのだった。そして、黒い壁にはダンス・マカーブルよろしく、骸骨たちが楽しそうに人びとを連れて行列している絵が描かれていた。
納骨堂の柵から、蟻が行列を作って出てきていた。それは二人がこれまで見た事もないような大きな蟻で、黒と赤茶色をしていた。そして、その多くが黄色っぽい三角の何かを運んでいるのだった。ステラが屈んでよく見ると、それは小さな蝶の羽だった。
そうやってゾロゾロと練り歩く蟻の群れは、終わる事もなく次々と納骨堂から溢れ出てくるのだった。
「まるでカーニバルの行列のようだったのよ。アントネッラに見せてあげたくて、ひとつだけその蝶の羽を持ってきたの」
そういうと、ステラはポケットからハンカチーフを取り出して手のひらの上でそっと広げて見せた。
「あれ?」
そこに挟まっていたのは、黄色い蝶の羽などではなく、三角の金色の紙だった。
アントネッラは、ステラとヨナタンの両方が「そんなはずはない」という顔をしているのを見て、二人が嘘をついているのではないなと思った。ハンカチごと受け取ると、金色の紙をしげしげと眺めた。
「不思議な事もあるものね」
アントネッラは、この不思議な話を短い作品にまとめたらどうだろうかと考えた。サーカスのブランコ乗りと道化師が、カタコンブからゾロゾロと現れる骸骨のパレードに翻弄される話だ。
僧侶、裕福な商人、徴税人などの豪奢な中世風の衣装をまとった骸骨たちは、金色の三角の紙をまき散らしながら、コモ湖の方へと向かう二人を追う。
カタカタと歯を噛み合わせて嗤う白い髑髏は、面白おかしい歌を歌えとブランコ乗りに要求するが、道化師が「歌わない方がいい」と止める。ブランコ乗りを地の果てに連れて行こうとする骸骨たちを道化師は黄色いジャグラーボールを使って撃退する。だが、コモ湖の前で二人は追いつめられる。
その時、教会の厳かな鐘の音が鳴り響き、骸骨たちは全て蟻の群れに戻って二人の視界から消えていく。二人の手のひらには、黄色い蝶の羽だけが残される。
このストーリーについてどう思うか、エスの意見を聞いてみよう。アントネッラは考えた。
でも。どういうわけか、ここ数日、エスはチャットにログインしていないのよね。「サルベージ」とやらでしばらくチャットできないと予め言われていた時以外に、エスがこんなに長くログインしなかった事はなかった。アントネッラは、今夜こそエスが再ログインするといいなと、ぼんやりと考えつつ、またしても空になったステラのコーヒー茶碗に新しくコーヒーを注いだ。
(初出:2016年4月 書き下ろし)
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旅の効率
ひとり旅はずっと好きでした。高校一年生くらいだったか、祖母の当時住んでいた熱海に東海道線の鈍行で一人で出かけていったのも含めて、日常を離れて遠くに一人で行くのが好きでした。なぜ一人が好きだったかというと、会話をしなくて済み、窓の外の風景を見ながら妄想を自由に走らせる事が出来たからだと思います。そう、私はそれよりもずっと前から頭の中は勝手な創作のお話でいっぱいだったのです。
で、修学旅行や団体旅行などは苦手でした。いまでも苦手ですけれど。そういえば子供の頃デートの定番だった「かっこいい車に乗せてもらって海岸をデートドライブ」みたいなシチュエーションの事を羨ましいと思った事もありません。運転席の相手とずっと会話しなくちゃいけないというところが、逃げ腰の理由。そんなことはどうでもいいんだった。
で、ようやく本題です。こういう事を繰り返しているうちに「個人の旅が好き」→「現地で団体に混じらない旅行こそ正しい旅」みたいな変な思い込みに落ちていったようで、私は長くツアーや手配旅行を避けていたのです。1990年に3ヶ月かけてエジプトからロンドンまでユーレイルパスをつかって廻った旅などでも、自分だけが行きたいと思っていたフランスのカルナックや、イギリスの湖水地方を訪れるのに普通路線を使ってパリやロンドンから日帰りをしています。確かに安くは済んでいるんですが、現地滞在時間が30分しかとれなかったというようなものすごく非効率な滞在でした。それでも当時はものすごく満足したんですけれど。
いまでも個人の旅がメインなのは同じですが、必要に応じてオプショナルツアーや市内観光バスなどを使うようになりました。

ヨーロッパの大きな都市では、二階建ての市内観光バスが走っていますよね。昔は一切使わずに、公共交通機関をつかって名所にたどり着く事を誇りにすら思っていました。でも、初めて行く街は地理は頭に入っていないし、乗り換えは不便、それにどこで降りたら何が見られるのかなどが頭にはなかなか入らず、非効率この上なかったのです。
いつだったか、マラガで連れ合いと一緒に試しにこの手の二階建て観光バスに乗ってみたら、ものすごく便利だという事がわかったのです。一周すると街の地理が頭に入りますし、外からみたいだけで別に中に入るまでもない名所は座ったまま素通りできます。たいていイヤホンをもらえて、回っている場所の解説(ほとんどの場合日本語も選べます)や街の歴史について面白い話が聴けるのも、乗ってみるまで知らなかった大きな魅力でした。事前に知らなかったけれど「へえ」と興味を持った所は、二周目以降に降りて訪れてもいいのです。
これに味をしめて、私は都市を訪れるときにはこの手の市内観光バスをほとんどと言っていいほどよく利用するようになりました。「黄金の枷」シリーズのモデルであるポルトでも、この手のバスで仕入れて興味を持って調べた事が豆知識となって作品にたくさん生かされています。
昨年10月に、週末に有休を一日くっつけて3泊4日でロンドンへ行ったときにも、たった4日では到底回れないけれど「まだ見た事がないから見たいなあ」と思っていたザ・シャードなどを「夜のロンドン市内観光ツアー」というのに参加する事で効率よく見てくる事が出来ました。これ、18ポンドでした。ロンドン中の美しくライトアップされた観光名所をただ回るだけでなく、ガイドが面白おかしく説明してくれるのですよね。公共交通機関で行くとしたら、一か所くらいしか回れず、ライトアップも見られないし、知っている以上の事はなにもわからず、足が棒になるだけだったのですが、このツアーに参加したおかげで大満足の観光が出来ました。しかも夜のツアーだったのでお買い物したい時間とかぶらなかったのも嬉しかったです。
それから、一日観光にも近年は積極的に参加しています。先日ポルトから行った「コインブラ&アヴェイロ一日観光」もよかったですが、なんといってもここ数年最大のヒットだったと思うのが、やはり去年のロンドン行きで一日使った「ストーンヘンジ、グラストンベリー、エーヴベリー一日観光」でしょう。

先日もブログのお友だちと「田舎の電車って」という話になったんですけれど、1時間に1本来るというのはまだいい方で、英国やフランスやポルトガルのちょっと田舎の観光地に行こうとすると、一日に2本とか4本しかないなんて事は普通です。しかも接続が悪い。以前、無理してロンドンからコッツウォルズまで日帰りした事がありますが、ほんとうに現地に30分くらいしかいられなくて、「私何やっているんだろう」という状態でした。
で、一日観光ツアーです。グラストンベリーに個人で行って何かを見ようとすると、電車の関係で二泊くらいしないとまともに見られないのです。そうなると英国に5泊くらいしないといけない勘定になります。さらにエーヴベリーも行きたいなんてなったらそれこそ一週間くらい必要。つまり有休が5日&殺人的に高い英国の宿泊費が7日分も必要になるのです。それをガイド付きでたった一日で3か所回れるというのです。ストーンヘンジも行けて、重い荷物を持って移動することもないし、ただ座ってガイドの説明を聞いているだけで到着できる、それで129ポンドならずっと安くつくのですね。
学生の頃は、時間だけはたっぷりあったので、ユースホステルなどのドミトリーに泊まって、食事もひたすら安くあげて、無駄なエネルギーを使いつつ自分の足で回るということに魅力を感じていましたが、今は、もう少し体力を温存しつつ、短くてもいいから少し楽をして楽しみたい、貴重な有休の無駄遣いせず、さらに「これまで頑張って働いた分のプチご褒美」と思えるような体験をしたい。さらに、歴史や民俗についての新しい知識も入手できるなら、そっちの方がずっといいと思うようになったのですね。
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コインブラ、ポルトガル最初の首都で大学の街
コインブラはポルトの南120㎞のところにあります。というわけで、ポルト旅行中のオプショナルツアーでちょいと足を伸ばしてきました。
以前も書いたことがあるのですが「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、ブラガは祈る」というように、それぞれの都市の人たちの氣質を表す言葉があります。コインブラは大学の街として有名なのです。他の都市にも大学はあるのですが、大学が街の中心になっているのはコインブラだけのようです。
街の小高い丘を登っていくと、てっぺんにコインブラ大学の校舎があります。ただの大学ではなくて、ヨーロッパ最古の大学でユネスコ世界遺産にも登録されています。そのうちの一部は、観光客に公開されていて見学する事が出来ます。

こちらは実際に使われている講堂だそうで。アズレージョが美しい教室ですね。こんな所で学ぶんだ……と感心してしまいました。

セレモニーホールも豪華です。

この見学の要であり、圧巻なのはやはりジョアニナ図書館でしょう。内部の写真撮影は禁止だったので内部の様子をご覧になりたい方はこちらで。
そして、見逃してはならないのが、学生たちの服装です。お金持ちも、貧乏人も全く同じ物を着る伝統からこの黒いローブ姿なのですが、どこかで見たようだと思いませんか? そう、ハリー・ポッターっぽい。

「ハリー・ポッター」シリーズの作者J.K.ローリングはポルトに在住していた事があり、コインブラ大学は作品のモデルになった場所や事柄がたくさんあるそうです。
この制服もその一つですが、マントは1年ごとに巻いて短くしていくんだそうで、長く居ればいるほどマントが短いそう。それに、恋人が出来ると一部を裂くなどの伝統もあるそうで、確かに一部が裂かれたマントを着ている人もいました。ガイドは別れると縫うなんて言っていました。本当かな?
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【小説】郷愁の丘(1)サバンナの朝
夢月亭清修さんの ≪企画小説≫like a Sound Novel 『陽炎レールウェイ/百景』
「楽曲(インストゥルメンタル)」と「その楽曲のタイトル」を御題にします。
曲を聴きながら読んで、その雰囲気にハマるような掌編小説を書いてみようじゃないかという塩梅です。
お題となった『陽炎レールウェイ』、インストゥルメンタルではあるのですが、ものすごい難問でした。クセのない曲なのでいくらでも書けるだろうとお思いになるかもしれませんが、実際に挑戦してみるとわかります。二度くらい投げ出そうとしました(笑)
最初は日本の話を書くつもりだったのですが、起承転結どころかきっかけすらつかめない体たらく。結局、「少なくとも題名にだけはわずかにかすっているぞ」という言い訳のみを残し、マイ・フィールドに持ってくることにしました。そして、始めから断っておきますが、オチも全くありません。
この話にでてくる女性は去年まで連載していた「ファインダーの向こうに」のヒロインです。ですから、あの作品をお読みになった方には入りやすいと思いますが、直接の関係は何もありませんので読まないと通じないというほどのことはありません。単なる読み切りとしても読めるようになっています。
しかし、なんだな~。この世界、キャラが増える一方だ。しかも、既にアメリカですらないし。
◆参考までに
「ニューヨークの異邦人たち」シリーズ
「ファインダーの向こうに」

「マンハッタンの日本人」シリーズ
郷愁の丘(1)サバンナの朝
——Inspired from “陽炎レールウェイ” by 百景
きしむ金具をどうにかなだめて、彼女は外が曇って見えるほどに汚れたガラス窓を開けた。車輪の刻む規則的な音ともに、生温い風がコンパートメントに吹き込んでくる。どこまでも続く乾いたサバンナ。ジョルジアは、カメラを構える代わりに赤茶けた大地とオリーブ色の灌木を瞳に焼き付けようとした。
「一度アフリカに来たものは、いつの日か再びアフリカに帰る」
そう彼女に伝えたのは、リチャード・アシュレイだったか、それとも、ヘンリー・スコット博士だったか。
ニューヨーク在住の写真家であるジョルジア・カペッリが初めてアフリカ大陸に足を踏み入れたのは、2年前だ。屈託のない笑顔を見せる子供たちをテーマに、世界の各国を訪ね歩き、写真集『太陽の子供たち』にまとめた。
今回は休暇であって取材ではない。とはいえ、彼女は休暇のときもカメラなしでは心が休まらないので、モノクロフィルムを入れたライカと、それにフィルムが入手できなくなった時を想定してコンパクト・デジタルカメラもバッグに忍ばせいてる。どうしても我慢できなくなったときしか撮らないようにしているつもりだが、4日目にしてフィルムをもう2本も使ってしまった。
ナイロビからモンバサへと向かう鉄道。モンバサにどうしても行きたいと思っていたわけではないが、明日、アメリカ大使館で開催されるパーティに一緒に行こうとリチャードにしつこく誘われて、逃げだしてきたのだ。
世界のどこに行っても、どこかで同国人コミュニティと関わることになる。特に彼女のように仕事がらみで異国へ行くことの多い者にとっては、そのコミュニティに知り合いのいることはとても重要だ。特に、アフリカのような所では、素人にも可能な公式手続きと、幾多の苦悩の体験した地元民による手続きでは、結果が出るまでに数ヶ月の違い出来ることもある。
リチャード・アシュレイは、もう15年もナイロビに住んでいる。もともとは透けるように白かったのであろう肌は、強いアフリカの陽射しに焼かれて、荒れてそばかすだらけになっている。赤毛に近いブロンドをいつもきちんと撫で付けている。人間は誰であってもフレンドリーに楽しく会話をすることを望んでいるという信念または信仰に則って行動するタイプだ。ジョルジアは、人付き合いが苦手なのでその過剰なコミュニケーションが煩わしく、仕事以外では可能な限り彼に会わないようにしたいと思っていた。昨日は前回のアテンドに対する礼と写真集を届けるためにアシュレイの事務所に立ち寄った。
もちろんリチャードが、前回の撮影で世界中の誰にも負けないほど熱心に撮影準備に協力してくれたことは間違いない。マサイの村で撮った3歳の少女のはち切れんばかりの笑顔は、何度か一般誌でピックアップされて、それが『太陽の子供たち』の売上を大いに押し上げ『フォトグラフ・オブ・ザ・イヤー』の6位入賞という輝かしい結果に繋がったのだ。撮影許可に袖の下を欲しがる地方役人たちや、車の手配を渋るエージェント、それに時間を過ぎてからオーバーブッキングで来られないと言い出すドライバーなど、次々と襲いかかる難問をリチャードが次々と解決し、最後は彼自身が仕事を休んで運転してくれたからこそあの写真が撮れたのだ。
だが、それと彼女がパーティドレスを着て彼のやたらと多い友人たちに紹介され回る苦痛に耐え忍ぶというのは話が別だった。彼女が、ほとんど口からでまかせのように「鉄道でモンバサヘ行く」と告げた時、リチャードは大袈裟に落胆してみせたが、懲りずに「では、次のパーティには」と言った。
「モンバサに行くのなら、ぜひマリンディの私の別荘にいらっしゃい。この週末は私と家族も行きますから」
その場にいてそう言ってくれたのは、やはり2年前の撮影で協力してくれた動物学者のヘンリー・スコット博士だ。シマウマの研究者で普段はツァボ国立公園をフィールドにしている。サバンナで育ったせいか都市には可能な限り寄り付かず、人間の知り合いよりも動物の知り合いの方がずっと多いであろうと言われていた。昨日は、マサイ・マラにいるシマウマのDNAを採取するための手続きでアシュレイの事務所を訪れていた。そして、ジョルジアとの偶然にして2年ぶりの再会をはにかみながら喜んだ。
ジョルジアは、スコット博士に丁寧に礼を言い、モンバサから電話を入れることを約束した。
「マリンディには、美味しいイタリアレストランがたくさんありますよ」
リチャードは、にっこりと笑いながら、ジョルジアがイタリア系であることを2年経っても忘れていないことをアピールしつつ口を挟んだ。
モンバサ行きの夜行列車は19時、アフリカには珍しくたった5分程度の遅れで出発した。直に夕食に呼ばれて彼女は食堂車に行った。そのメニューは、まずいというのではなかったが、博士がおいしいイタリアンレストランに連れて行ってくれるのが以前よりも楽しみになる味だった。
相席したのは、アイルランドから来た騒がしい男と刺々しい彼の妻、それに英語を話そうとしているのだがほとんど表現できていないアジアの若者だった。ジョルジアは最後まで彼がどの国から来たのか理解できなかった。
コーヒーもそこそこに席を立つと、彼女は既にベッドの用意されていた自分のコンパートメントに戻り、寝間着に着替えると窓辺に踞り月に照らされたもモノトーンのサバンナを眺めた。
朝、窓の陽射しに起こされて外を見やると、どこまでも広がる赤茶けた大地の中を軋みながら列車が通過していった。藁葺きの民家から子供たちが楽しそうに覗いている。そして大人たちは彼らの生活と生涯交わることのない観光客を乗せて朝夕に一度ずつ通る列車を億劫な様子で見やっていた。土ぼこりと強い陽射しに焼かれて、彼らの着ている古いシャツは全て色褪せている。
そしてまたサバンナが続く。乾いた大地に昇った太陽は少しずつその暴君としての本性を現しはじめる。窓を開けて入ってきた風が、今日はひどく暑くなるのだと彼女に告げた。
ここは、ニューヨークとどれほど違っていることだろう。かのビッグ・アップルには、ここにあるものがなく、ここにないものがあった。人の海、コンクリートのジャングル、数分ごとにめまぐるしく変わる信号機、車のクラクション。ベルトコンベアーに載せられた缶詰のように規則正しく生きる人びとの間で、それぞれのドラマが展開されていた。
ジョルジアは、もう1年以上も彼女の心を占めている行き場のない感情について考えた。大都会の中で、偶然が用意したわずかな邂逅を彼女はただ黙って見過ごした。おそらく二度と交わることのない人生の行方を見知らぬ人間として他の誰かと歩いていく男のことを、彼女は考えた。そうした時に起こる痛みに、彼女はとっくに慣れてしまっていた。痛くとも消すことが出来ないのならば、そのままにしておく他はない。
少なくともここに彼はいなかった。著名なニュースキャスターである彼の姿を一方的に見せつけて、彼女に忘れさせまいとするテレビジョンという残酷な箱も、この無限に広がるサバンナでは何も出来ない。ただ心の中に、彼女がフィルムに収めた真摯な横顔が、消えかけた蜃氣楼のように揺らぐだけだ。
それでも、私は生きていく。ジョルジアは、曲がりくねり疲弊した線路を軋みながらひたすら走るこの鉄道は自分の人生に似ていると感じた。この旅が終わったら、編集会議がある。撮り貯めた膨大な人物写真から新しい写真集に使うものを選定する。私はそうやって一歩ずつ自分の人生を進めていく。これまで通りに。
サバンナはまるで水の幕が降りたようになっていた。アカシアの樹々が頼りなげに歪む。熱に浮かされた大地の間を、埃にまみれた古い列車がひたすら走っていく。陽炎の向こうに、一向に姿を現さないモンバサと、まだ見ぬマリンディの街があるのだと彼女は思った。
(初出:2016年4月 書き下ろし)
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郷愁の丘 あらすじと登場人物
【あらすじ】
アフリカに旅行に来たジョルジアは、二年前に出会ったスコット博士と再会し、マリンディの別荘に誘われる。短い海岸リゾート滞在のはずが、成り行きで野生動物の生きるサバンナに向かい忘れられない体験をすることになる。
【登場人物】
◆ジョルジア・カペッリ(Giorgia Capelli)33歳
ニューヨーク在住の写真家。イタリア系移民の子。人付き合いは苦手だが、最近作風を変えて人物写真に挑戦している。
◆ヘンリー・グレゴリー(グレッグ)・スコット(Dr. Henry Gregory Scott)38歳
ケニア在住の動物学者。専門はシマウマの研究。2年前に「太陽の子供たち」の撮影でケニアに来たジョルジアと出会った。休暇でアフリカに来たジョルジアと再会し、マリンディに誘う。
◆レイチェル・ムーア(Dr. Rachell Moore)
ツァボ国立公園内のマニャニに住む動物学者で象の権威。
◆マデリン(マディ)・ブラス(Madelyn Brass-Moore) 28歳
レイチェルの娘。夫はイタリア人のアウレリオ・ブラスで五歳になる娘メグがいる。妊娠七ヶ月。
◆ジェームス・スコット(Dr. James Bryan Scott)
グレッグとマディの父親。世界的に有名な動物学者で、ライオンの権威。
◆ルーシー
グレッグの愛犬(ローデシアン・リッジバック)
◆キャシー
ジョルジアがよくいく《Sunrise Diner》のウェイトレス。親しい友人でもある。
◆マッテオ・ダンジェロ
本名 マッテオ・カペッリ。ジョルジアの兄。健康食品の販売で成功した実業家。
◆リチャード・アシュレイ
ナイロビの旅行エージェント。アウレリオ・ブラスの親友。
◆ベンジャミン(ベン)・ハドソン
《アルファ・フォト・プレス》の敏腕編集者。陰に日向にジョルジアを助ける。
◆ジョセフ・クロンカイト
CNNの解説委員でもある有名ジャーナリスト。ジャーナリズム・スクールの講師でもある。TOM-Fさんの『天文部シリーズ』のキャラクター。
【用語解説】
◆《アルファ・フォト・プレス》
ジョルジアが専属写真家として働くニューヨーク、ロングアイランドにある規模の小さい出版社。
◆《郷愁の丘》
ケニア、ツァボ国立公園の近く、グレッグの住んでいる地域の名称。
この作品はフィクションです。アメリカ合衆国、ケニア、実在の人物、団体や歴史などとは関係ありません。
【プロモーション動画】
【関連作品】
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ポルトでの復活祭

移住してからまもなく15年になるんですが、クリスマスや復活祭をスイス以外で迎える事って滅多にないのです。
今年は、生まれて初めてカトリックの街で復活祭を経験しました。そう、私の住んでいる地域はほとんどがプロテスタントなのですね。ポルトガルはカトリックの国です。
特に意識しないで予約して、ついた翌日が復活祭に当たる事を一ヶ月くらい前に知った(復活祭は毎年日付が変わるのです)ので、ぜひミサに行こうと思っていました。
街中教会だらけなので、どこでミサに預かるか、と考えたのです。第一希望は「サン・ジョゼ・ダス・タイパス教会」でした。ええ、本当に個人的なこだわりで。(作中に時折でてくるんです)
残念ながらミサをする氣配がなく閉まっていたので、では「セ」と呼ばれる大聖堂にしようかなとも思ったんです。でも、二つの理由でやめました。大きい理由はミサが11時からだった事です。連れ合いは「カトリックのミサなんてごめんだ」ということで別行動だったので、朝の九時くらいからのミサにちゃっちゃと預かり、合流したかったのですね。もう一つの理由は、実は、テロを怖れていました。大聖堂は十分標的になりそうだったので。もちろんそんな事は何もなかったんですが。
で、サン・ベント駅の真ん前にある、アズレージョの美しいコングレガドス教会で預かってきました。ここは、九時と十時と次々とミサが行われ、そのせいかさほど混んでいなくて、ゆったり座れました。

ミサの最中は写真などは撮れませんし(そもそも儀式の間は撮影禁止)、去り際に一枚だけ映したのですが、こういう感じの内装です。それなりに重厚ですし、装飾も立派ですけれど、キンキラキンではなく落ち着く教会です。ミサはあたり前ですがポルトガル語で執り行われます。でも、どこで何をやるかは決まっているので、問題はありません。唱える言葉はごにょごにょと日本語で。

さて、派手なパレードでもやるのかと思っていましたが、特にそんな事はなく、ホテルで卵形のチョコレートやドラジェをくれる以外は、あまりいつものポルトと変わらないなあと思っていました。そうしたら翌日の月曜日に十字架の行列に出くわしました。
というか、お店の(言葉の通じない)おじさんが、わざわざ「行列が通るよ!」と身振り手振りで教えてくれたのです。行ってみたら、神父さんたちが十字架と聖水を持って、それぞれのお店に入り祝福をしている所でした。
写真を撮らせてもらい、お礼に頭を下げてから十字を切ったら、十字架を差し出されました。キスしろってことらしいです。もちろんしてきましたよ。
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ポルトの戦利品

昨日、無事に帰ってきました。あっという間の一週間でした。すでに四回行っていたので「あそこもみなくちゃ、ここもみていない」という焦りはゼロで、のんきに楽しんできました。初日の土曜日の全日、日曜日の一部、火曜日全日が雨だったのですが、晴れていてもまったりとお茶をする事の多い我々にはあまり問題はなく、むしろ写真を見ると、晴れている写真も多くて「けっこう天候よかったじゃない」と思っています。ショッピングも楽しんできましたよ。
以下、今回の戦利品のご紹介です。

まずは音楽関係。前回に続き、ギターラ名手カルロス・パレーデスの「essencial」とドゥルス・ポンテスのアルバム「O primeiro Canto」。後者はiTuneでも買えるし、実は一曲は購入済みなのですが、5ユーロだったので迷わずゲット。もう一枚はファドのオムニバスです。
DVDは空から眺めたポルトガル各地の映像で、いつも入り浸っているカフェ「グアラニィ」でかかっていてずっと欲しかったもの。いつ行っても品切れだったのですが、今回ようやくゲットできました。
それからギターの調湿材。滅多に都会に行かないので、見つけたときに買っておくことにしています。初日にゲット。

こちらの写真を見ると、まるでアル中だなあ。でも、全部ミニボトルです。二本のポートワインは、LBV(Late bottled vintage)のもので、いわゆるヴィンテージと同じ味なのにお値段がお買い得になるもの。自分用に買ってきました。(というか、この記事に映っている全ては自分用。差し上げる分は別です)
その他にジンジャ(チェリーのお酒)、ムスカテル、アグアルデンテ(ぶどうのシュナップス)二種、各種のリカー、ミニポートワインセットなど。それを入れて楽しむチョコレートの器も見えています。
手前にはアヴェイロの特産品オヴォシュ・モーレシュ(Ovos Moles de Aveiro)が映っています。最中に黄身餡が入っているお菓子です。黄身餡に煩悩している私には、夢のようなお菓子で、劇的に美味しいです。
茶色いお菓子は、朝食で出てきて大好きになったのだけれど、なんと言うお菓子か不明。金色のはチョコレートですけれど、ホテル「インファンテ・サグレシュ」で毎晩ベッドの上に置いておいてくれたもの。歯磨いた後は食べないのでたまっちゃいました。
アズレージョの鍋敷きとランチョンマットも、普段使い用に。

それから、ポルトとは関係ないけれど、柔らかいパシュミナをひとつ。
石鹸も外せないお土産。なかなか見つけられないけれど、Real Saboariaのものを。もっともこれは私だけのこだわりです(だって、23とお揃いにしたいんだもの→しょーもない)。素晴らしい香りの他の石鹸も、ポルト土産としてはおすすめですよ。

少しレトロなものも含めて、ポルトガルらしい絵はがきも買ってきました。飾ったりしようかなと。といっても来年もまた行くんだろうな。帰るときに、向こうの知り合いみんなと「また来年」といって別れてきましたよ。

これはおまけ。以前の記事で書いた、冷凍庫の整理用にタッパーをまとめ買いしてきました。単純に安かったという事もあるのですが、潰れがちなお菓子やCDの保護に役に立ちました。網は灰汁とり用に。洗濯アミも1つ購入。
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「大道芸人たち・大江戸隠密捕物帳」の連載がはじまります
「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部、いまだに「書く書く詐欺」をつづけていますが、まだしばらくかかりそうなので、代わりに少しふざけた小説を集中連載しようと思います。
名付けて「大道芸人たち・大江戸隠密捕物帳」です。
お読みになった方、覚えていらっしゃるかわかりませんが『半にゃライダー 危機一髪! 「ゲルマニクスの黄金」を追え』というふざけた掌編を書いたことがあります。ブログのお友だち大海彩洋さんのところで始まった子供人氣番組「半にゃライダー」の続編をスイス舞台にというリクエストで書き出したのですが、Artistas callejerosのメンバーが隠密同心に扮して暴走してしまった、アレです。
で、暴走ついでに、この番組が8回シリーズで放映されたら、というシチュエーションでそれぞれ掌編小説にしてみようかな~と。篠笛のお蝶のお色氣シーン、正装して横に並んで歩く「隠密同心 心得の条」シーン、「であえ~であえ~」の殺陣シーンもちろん毎回あります。
ってことで。三味線屋のヤス、篠笛のお蝶、手妻師 麗音、そして異人役者
稲架村 貴輝は、隠密同心として美味しい酒とツマミのあるところをめざす。江戸の平和を守るため四人は今日も悪に立ち向かう!
ちなみに第一回の一部を抜粋してみますと、こんな感じです。
「おや、これはこれは、異人役者えっしぇんどるふ君じゃないか。なぜここに」
「それはこちらの台詞だ。貴殿こそ何ゆえこのような場所で酔いつぶれているのだ」
本来ならば、役者風情が帯刀を許された旗本の子息にこのように馴れ馴れしい口をいけば切り捨てられても文句は言えないのだが、この結城拓人、以前の捕り物で実は隠密同心である稲架村に命を救われており、彼が帯刀を許されていることを知っていたので、この件については何も口にしなかった。そもそも 稲架村は、異人ゆえに大和言葉を使えるだけでもマシな方で、尊敬語と謙譲語の使い分けもままならぬのだった。
「これが酔わずにいられるか。高橋屋のお瑠水ちゃんが、今夜祝言をあげると言うんだ。これで僕の青春も終わりだ。おい、親爺、酒だ、もっと酒を持ってこい!」
「もうよせ。どうせ貴殿は明日にはまた別のおなごに言い寄るのであろう。どうせ一度限りの娘子なのだから……」
「お瑠水ちゃんは違うんだ……。僕がはじめて好きになった……」
「結城殿。どうであれ、貴殿が町娘と祝言をあげられるわけはないであろう。その醜態を晒すのをやめぬと、真耶様に申し上げるぞ」
「そっ、それだけはやめてくれ」
というわけで、この続きは、本編でお楽しみください。
せっかくですので、タイトルとゲストだけここで公開しておきますね。(ゲストキャラの敬称を略させていただいています)
第一回 「消えた琴の謎 かどわかされた真耶姫を救え」
ゲスト 結城拓人&園城真耶
第二回 「聖なる夜の物語 月夜に蠢くトカゲたち」
ゲスト canariaさん家のセイレン&ケイ
第三回 「その花の、風に散らぬ間に 華道名家のお家騒動」
ゲスト TOM-Fさん家の彩花里
第四回 「夢よ叶え、歌声よ空へ 友の死を乗り越えた歌人」
ゲスト けいさん家の祥吾
第五回 「疾風のごとく 紅き馬と駆ける姫君」
ゲスト 山西左紀さん家のコトリ
第六回 「秘めた恋 かわら版屋の女と美しき絵師」
ゲスト limeさん家の長谷川女史とリク
第七回 「そば粉があれば麺を打つ 美人三姉妹の謎」
ゲスト ダメ子さん家のダメ三姉妹
第八回 「名探偵登場 からくり人形に秘めた願い」
ゲスト ウゾさん家の探偵もどきの面々
これらの話のところどころに大海彩洋さん家から猫のマコトが登場する予定です。また、視聴率(読者ウケ)によっては放映(連載)が延長される可能性もあります。
どうぞご期待ください。
この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。
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