ウィーンは真夏です

夜行列車でウィーンに来ました。電車で行ける距離とはいえ往復で休みを2日使うのはもったいないから。
22時半にスイスを発って朝にはもうウィーンです。
日本から来た友人と待ち合わせて、昨日はシェーンブルンなどに行ってきました。
たくさん話し過ぎて乗り過ごしたり、方向を間違えて歩き過ぎたり、若干の失敗もしましたが、滞在を楽しんでいます。
暑い夏は、久しぶり!
詳しくは帰国後の記事にしますね。

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【小説】大道芸人たち 2 (4)バルセロナ、宴 -3-
このストーリーには、「現在この異国に住んでいるからこそ書ける小さな知識を散りばめよう」という仕組みがあるんですけれど、この結婚式にも日本の結婚とは少し違う面が所々顔を見せています。「新郎新婦の友人が、二人を驚かせる」というのもその一つなんですが、これも国によって違いがあるようです。ドイツ語圏ではわりとやるみたい。必ずと言うわけではないですけれど。もちろんここに書いたのは小説ですから「やりすぎ」です。よい子は真似をしないように。
ウィーン旅行のあと、来週から、Stella用作品や、77777Hit記念掌編を少しはさむのでこの作品の続きは少しお預けです。
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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(4)バルセロナ、宴 -3-
晩餐が終わると、再び広間に移り、舞踏会が始まった。最初はもちろん新婚カップルによるダンスである。
茶色の絹に金色のオーガンジーで覆われたシンプルで優雅なドレスをまとった真耶が、拓人に付き添われて、バンド・オーケストラの前に立った。グランドピアノに座った拓人の合図で、二人は静かにタレガの『グラン・ヴァルス』を奏でだした。
その音に合わせて、人々の前に進み出た蝶子とヴィルはゆっくりとワルツを踊りだした。リラックスして踊っているようでいて、プロ顔負けのステップが続く。
稔は腕を組んでうなった。う~む。お前ら、かっこ良すぎるぞ。まずいな。このあとはブラン・ベックたちと俺たちが加わんなくちゃいけないんだけどなあ。
真耶と拓人の演奏に、オーケストラが重なりだした。稔は覚悟を決めて、マリサの手を取ってフロアに進み出た。レネとヤスミンはすでに二人の世界に入っている。まだ、人々の目が蝶子とヴィルに釘付けになっているのをいい事に、稔は思ったよりもずっとリラックスしてマリサと踊る事が出来た。
そして、カルロスとイネス、サンチェス夫妻、ピエールとシュザンヌも次々と踊りの輪に加わり、招待客がみな踊りだしたので、フロアはあっという間にいっぱいになった。次の曲からは拓人と真耶も踊る方に参加した。
オーケストラは、ワルツだけでなく、スローフォックストロット、タンゴ、クイックステップ、マンボ、チャチャチャを演奏した。レネは疲れない程度に、まんべんなく踊っていた。稔はワルツとタンゴしか踊れないので、それ以外では休んでいた。そのうちにマンボやチャチャチャの時はギターでオーケストラに参加しだした。
真耶や拓人もおもしろがってそれに加わり、ヴィオラの響くタンゴや、ピアノの率いるクイックステップなどが華やかに場を彩った。いつの間にかフルートの音まで聞こえだした。
「何やってんだよ、お前」
稔がヴィルに訊くと、ヴィルはフルートでカルロスと踊る蝶子を示した。
「なんだよ、花嫁とられたのかよ」
稔は呆れたがヴィルは氣にも留めていないようだった。
そのしばらく後では、蝶子と拓人が演奏していて、ヴィルは真耶と踊っていたし、しばらくするとヴィルはイネスと踊っていた。稔はヤスミンにダンスの稚拙さについてさんざん言われながらも一緒に一曲踊ったし、マリサはヴィルやレネやカルロスとも楽しく踊っていた。
舞踏会は二時まで続いた。ようやく客たちが帰り始め、氣がつくと外のテントの方も静かになっていた。稔はマリサを送っていくという口実を使ってとっくに消え、レネはお開きになった途端にヤスミンにとっとと部屋に連行された。
他の泊まっていく客たちも広間を去り、カルロスが最後の客を玄関へ送っていったあと、使用人たちやサンチェスやイネスをねぎらった。三時を過ぎていた。
自分もそろそろ寝室にと思って新婚カップルの姿を探すと、バルコニーの方からフルートの二重奏が聞こえてきた。ドップラーの『アンダンテとロンド』を吹く二人の姿は幸せそのものだった。それで、カルロスは何も言わずに二人をそのままにしておいた。
幸福に酔いながら、部屋についた二人は、寝室のドアを開けた途端に笑顔を凍り付かせた。
一番最初に目についたのは自転車だった。
その奥にはなぜか巨大なハモン・セラーノ、つまりまだ切り出してもいない生ハム。部屋から溢れ出してくるほどうずたかく積まれたカラフルな風船、館の外に置いてあったはずの大きな竜舌蘭の鉢が部屋のあちこちで風船の間から顔を出していた。それにハンググライダー、バケツ、トウモロコシ、切り株、セルベッサの樽、生のタコの泳ぐ水槽、闘牛の頭の剥製、その他、寝室にあってしかるべきでないありとあらゆるものが詰め込まれていた。ベッドに辿り着くどころか、入り口から五歩ですら入れそうになかった。
「『カーター・マレーシュ』の連中だ…」
ヴィルは呆然としていった。蝶子は爆笑したが、すぐに途方に暮れた。この状態では、ベッドにたどり着くためには相当の時間をかけて片付けなくてはならない。助けを呼びたくても、三時半では良い返事は期待できない。
ヴィルは黙って蝶子の手を取って、広間に戻りだした。
「あそこに大きなソファがあったものね」
蝶子はけらけら笑った。眠るのにベッドは必要なかった。立ってでも寝られるほど蝶子はくたくただった。
「すごい一日だったわね」
そういって、蝶子はヴィルの腕にしがみついたままソファに倒れ込んだ。
「そうだな」
ヴィルが答えた時には、蝶子はすでに寝息を立てていた。
ヴィルは蝶子の露出している肌を見た。このままでは風邪を引く。どこかから毛布でも調達してこなくては。そう思ってソファから立ち上がろうとした時に、蝶子が寝ぼけてドイツ語で言った。
「いっちゃダメ」
ヴィルは、自分の胸に顔を埋めて幸せそうに眠る蝶子をしばらく見つめていたが、あきらめてゆっくり上着を脱ぐと蝶子の上に掛けた。それから、漆黒の闇がわずかに紫色に変化していく東雲どきの空を朧げに感じながら、蝶子の平和な寝息に耳を傾けていた。
朝になって、昨夜のベルンの言葉を思い出したヤスミンは、あわててレネと一緒に二人の寝室を見に行き、開け放されたドアからその惨状を見た。くらくらしながら見つからない二人を探しに階下に降りていくと、広間の入り口にいた稔が人差し指を口に当てた。そっとのぞくと、ソファの上でヴィルと蝶子が寄り添いながらこれ以上ないほど幸せな様子でぐっすりと眠っていた。
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ホテルの朝食が好き

旅に行くと、普段は食べないものを食べて、肥えてしまいます。特に食べ物のおいしい国に行くと(ポルトガルとか日本とか)大変です。でも、食の楽しみは、旅の楽しみだから、「これ食べたら太っちゃう」などどいう事は言わないことにしています。いいんです、毎日のことじゃないし! (誰に言い訳しているんだ……)
洋食でも和食でも、どっちでも行けますが、そうだなあ、お値段がリーズナブルでそれなりの味のものしか出てこない宿泊所では、やはり洋食の方が失敗が少ないなあ。海外では、そもそも和食は選べませんけれど。
ヨーロッパは朝食はみな洋食だから同じだと思われるかもしれませんが、そうじゃないんです。それぞれが基本的に「これは食べるの!」というものがベースになっているんですね。
だからスイスの朝食は乳製品とジャム類など甘いものが欠かせず、イギリスの朝食は卵料理となぞの豆料理が欠かせず、ドイツではハムやチーズが欠かせないのですね。
ちなみに、私は「その国で愛されているものを嗜む」派なので、イギリスではミルクティー、イタリアではカプチーノかラッテマッキャート、スイスではシャーレといわれるミルクコーヒー、日本では日本茶を愛飲しています。
写真は、ポルトのインファンテ・デ・サグレス・ホテルの朝食です。とても豪華で卵料理やスモークサーモンの他、何種類もの果物やハム・チーズ、ヨーグルトにシリアルなどもついているビュッフェ。私は見た目の誘惑に弱いので、あれもこれも取りたくなってしまうのですが、とにかく量を少なくしていろいろと食べています。
この時は取りませんでしたが、ポルトガルの食事には欠かせないらしいパン・デ・ロー(カステラですね)などの甘いお菓子や、マルメラータというカリンのジェリーなども並んでいました。
日本で旅館に泊まる時には、朝からばっちりお魚やお味噌汁などをいただき、でも、納豆卵海苔ご飯も捨て置けず、やはり「朝から食べ過ぎた!」になりがちです。朝早くからでもばっちり食べられる。これは健康だから出来ることで、うん、いつ出来なくなるかわからないから、しっかり食べておこうと、これまた誰に言い訳しているのかわからないことをブツブツ言いつつ、食べています。
普段の朝食は、チアシード入りのわずかにグラノーラの入ったヨーグルト、150ccくらいなんですが、これで昼までばっちりなんです。やっぱりそんなにカロリーいらないんですよね……本当は。
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「大道芸人たち」の四コマ、いただきました

この四コマ漫画の著作権はたらこさんにあります。たらこさんの許可のない二次利用は固くお断りします。
これは第一話「コルシカ〜リボルノ、結成」のワンシーンをちょっぴりギャグにしてくださっていますね。うふふ、こういう風に遊んでいただけるのは嬉しいですね。
自由に面白おかしく変えているように見えて、キャラたちの性格、服装などは設定に忠実に再現してくださっている芸の細かさ、頭が下がります(笑)
たらこさんも、最近お友だちになっていただいたブロガーさんで、明るくもかわいい女の子トオルっちを中心としたちょっぴりシュールな四コマ漫画「ひまわりシティーにようこそ!」をはじめとする素敵な作品を描いていらっしゃいます。
たらこさん、素敵なプレゼントをありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします!
【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説で、現在その第二部を連載しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ

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【小説】大道芸人たち 2 (4)バルセロナ、宴 -2-
館の中でコース料理の晩餐に招待された人たち、表のテントで振る舞われているビールやタパスで大騒ぎしている人たち、それぞれが楽しんでいます。もちろんごく普通の結婚式ではここまで大掛かりではないですけれど、一応カルロスはこの地域の大領主なので、大判振舞いをしているのですね。領民たちは大喜びで飲みまくっているというわけです。
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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(4)バルセロナ、宴 -2-
「シュメッタリング! どうしてあなたっていつもそんなにきれいなのよ」
ヤスミンは頭を振った。
「どう、このドレス? ブラン・ベックとヤスの見立てなの。あの二人のセンスって見事じゃない?」
蝶子は白いリラの花の模様があしらわれた濃い紫のシルクサテンのドレスの裾を広げて見せた。完全に肩を出したデザインは、豪華な中にも清楚だったウェディングドレスと対照的に、蝶子の妖艶な一面を強調している。そこに、アレキサンドライトのきらめくネックレス、イヤリングが星のような高雅さを添えていた。耳の近くにはたくさんの小さい白い蘭が飾られていて、漆黒の髪がより美しく見えた。
「う~ん、これじゃヴィルはイチコロね。さすがシュメッタリングだわ」
「ありがとう。ヤスミンも素敵よ。真夏の太陽みたい。レネはさぞ得意になるでしょうね。こんな素敵なパートナーと踊れるんですもの」
ヤスミンは嬉しそうに鏡を見た。蝶子の姿をはじめて見た二年前以来、脳裏を離れなかった朱色のワンピース。それをイメージして作ったドレスだ。朱色の炎の形をしたラメ入りの布が腰までたくさん重なっている。広がる白いスカートは後ろは足首まで覆っているが、前は膝の辺りから段階的にフリルで伸びていて、ヤスミンのきれいな足首と朱色のハイヒールがのぞいている。
「自分でも、悪くないと思っていたけれど、ねえ。本当にレネも喜ぶと思う?」
「もちろんよ。きっと見とれてぼーっとしていると思うから、足を踏まれないように氣をつけてね」
蝶子は笑った。
ドアの外からノックが聞こえた。
「皆さん、揃っています。そろそろお願いします」
サンチェスの声だった。
「ヤスミン。遅いから心配していたよ。ああ、なんてきれいなんだ。本当に僕と踊ってくれるの?」
ヤスミンはレネの頬にキスをして言った。
「いまからもっと驚くわよ。シュメッタリングったら、本当に最高の花嫁だわ」
「そうかなあ。僕、ずっとヤスミンばかり見ているような氣がするよ」
レネは、みながざわめき、拍手をして主役の入場を迎えている時も、ずっとヤスミンを見ていた。それでヤスミンはすっかり嬉しくなってレネの腕にもたれかかった。
稔の方は、腕を組んでしっかりと二人の入場を見ていた。うむ。ちと高かったが、その甲斐はあったな。思った通り、この色はトカゲ女にはぴったりだ。見ろよ、テデスコのヤツ。無表情は返上かよ。淡いピンクの清楚なドレスを着たマリサも夢見るように花嫁と花婿の入場を見ていた。カルロスはニコニコ笑って二人を迎え、蝶子の頬にキスをした。
「いつでもあなたの美しさを賞賛してきましたが、マリポーサ。今日のあなたには讃えるためのたとえすらも浮かびません。本当におめでとう」
「カルちゃん。私こそ、お礼の言葉が浮かばないわ。こんなすばらしい結婚式を本当にありがとう」
カルロスとヴィルはしっかりと握手を交わした。それから二人は稔とマリサ、レネとヤスミンの四人と抱き合い、キスを交わした。
「本当にありがとう。これからもよろしくね」
「おう。今日は主役を楽しめよ」
「パピヨン。あなたには笑顔が一番です。本当におめでとう」
それから真耶と拓人だった。
「真耶。あなたをここに招待できるほど親しくなれて、本当に嬉しいの。大学の時には、想像もできなかった事だもの」
「私にとっては、あなたはいつでも特別な存在だったわ、蝶子。あなたが幸せになって、どれほど嬉しいかわかる?」
拓人はヴィルに言った。
「大変だぞ、これから。なんせ蝶子だからな。頑張れ」
「わかっている」
ヴィルはおどけて言った。
二人は招待客に次々と挨拶をして、乾杯のグラスを重ねていった。会場は招待客でいっぱいだった。主役の二人はもちろん、稔やレネ、カルロスやサンチェスも忙しくて氣がつかなかったが、アウグスブルグ軍団はその場にいなかった。ヤスミンは首を傾げた。
「団長たち、どうしちゃったのかしら? もしかしてまだテントで飲んだくれているのかな?」
けれど、カルロスがワインや前菜を勧めるので、劇団の仲間の事はしばらく忘れてしまった。
「あれ。イネスさん!」
レネは大きな声を出した。イネスは緑色のラメのたくさん入ったくるぶしまであるワンピースを着て、きれいに化粧をしてワインを飲んでいたのだ。
「ふふふ。今日は私はお休みなんですよ。ドン・カルロスがダンスに誘ってくださったんです。料理の総指揮はどうするんだって訊いたら、カデラスさんやモンテスさんのところのシェフが来てくださって、私は何もしなくっていいんですって」
「そうか。イダルゴが父親代わりなら、イネスさんはパピヨンの母親代わりですよね」
レネはカルロスがイネスをダンスに誘った事を嬉しく思った。やはりイネスさんはただの使用人以上だよなあ。
「ヤスミン、ヤスミン」
戸口の側で、呼ぶ声がしたのでふとそちらを見ると、真っ赤になってふらふらしているベルンだった。
「ちょっと何してたのよ。団長やみんなはどこ? もう乾杯、終わっちゃったわよ」
「いいんだ。俺たちはテントのおっさんたちと意氣投合したから。ところで、新郎新婦の部屋を教えてくれよ」
「待ってよ。なんか企んでいるんでしょ」
「もちろん。初夜を忘れられないものにする演出の手伝いだよ。いつだってやるだろ?」
「いいけど、高価なものを壊さないようにしてよ。あなたたち、やけに酔っぱらっているみたいだから」
そういってヤスミンは二人の使っている寝室を教えた。そのすぐあとに晩餐のために食堂に移動するからとレネに呼ばれた。本当は連中が何をやるか見届けるべきだったのだが、その夜のヤスミンにはやることがたっぷりあって、劇団仲間の企みのことはすっかり忘れてしまったのだ。
『カーター・マレーシュ』のメンバーたちはおびただしい量の風船を持ってきていた。外のテントで領民の男たちの前で、つぎつぎとそれを膨らましていたら、何をするつもりだと訊かれた。
訊かれたのだと思う。領民たちはカタロニア方言でしか話さなかったし、アウグスブルグチームはバイエルン方言で応答した。しかし、彼らはプロの俳優の集団だった。言葉なんか通じなくとも、パントマイムと紙に絵を描く事で、これから何をしようとしているか、簡単にオヤジたちに理解させた。そして、オヤジたちは、そのアイデアが非常に氣にいったらしく、協力すると言ってきかなかった。
大量のセルベッサですっかり酔っぱらったバイエルン人とカタロニア人は、氣が大きくなって、当初のもくろみを大きく超えて新郎新婦を驚かせようとしていた。彼らはセルベッサを飲んでは、風船を膨らませ、かわりばんこに館に入り込み、招待客たちが粛々と晩餐を堪能している間にどんどん準備を進めた。
田舎のカタロニア人は、こういう場合のやっていい事の限界というものを知らなかったし、酔っぱらった若きバイエルン人はやっていい事といけない事の限界が曖昧になるのが世の常だった。
食堂では、晩餐がたけなわだった。普段は大きな部屋の中央に置かれた巨大なテーブルの端でこじんまりと食事をしているのだが、大きなテーブルをさらに三つ入れて、そこに八十人近くの人間がぎっしりと座っているさまは壮観だった。カタロニアの素朴な香りも取り入れながらも、洗練された料理は、モンテス氏の自慢のシェフ、ホセ・ハビエルが指揮していた。カルロスの選んだ極上のシェリー、ワインも招待客たちを感心させた。
「ヤスミン。団長たちを見なかったか?」
ヴィルが一度心配して訊いた。ヤスミンは言った。
「それが、テントでおじさんたちと意氣投合して泥酔しちゃったみたいで、こっちには来れないみたい……」
「そうか。やっぱり」
ヴィルがため息をつくと、稔やレネはクックと笑った。
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夏の午後だから

今年は本当に惨めと言っていいほど天候に恵まれず、先週は盛夏のはずの7月半ばにアローザで雪が降るという珍事が起こる始末です。私の住んでいる所は標高700m前後なのですが、さすがにそこまで雪は降らなかったけれど、昼休みに8℃だったという(笑)
そんなショックの後だったので、きもちよく晴れ渡った日曜日、「どっかにいかなきゃ!」と、連れ合いと二人ヴェルゲンシュタインという小さな山の上の村に行ってきました。この日は、うちの近くで30℃ちかくまで氣温が上がったのですよ。
ここは、アイベックスが生息している場所で、アイベックス観察センターみたいな位置づけになっているレストラン。

アイベックスというのはドイツ語では「Steinbock」と言って、グラウビュンデン州のワッペンにも描かれているアルプス高地の代表的な野生動物。山羊の仲間です。乱獲によってスイスでは一度絶滅してしまったのですが、イタリア領地にいた個体をもらって保護した結果、現在はずいぶんと増えています。もっとも、絶滅危機にあることは間違いないので勝手に撃つことは出来ません。
そんなアイベックスの観察できるような場所ですから、もちろん山の上。
この村からはアンデールからヒンターラインへ、そしていずれはイタリアへと向かう谷が一望のもとに見渡せる素晴らしいパノラマが楽しめるのです。そして、スイスにしてはご飯がおいしいのも嬉しいレストラン。こんな夏の一日にはハイキングを楽しむ人たち、ドライブに来た人たちで賑わっていました。

レストランの裏手にひっそりと立つ教会。あたり前だけれど、野良猫のようにアイベックスが登場するわけではないので私は生きている本物を見たことはないんですが。剥製や、オブジェなどが村おこしに貢献しているのを微笑ましく眺めました。この青空! これがグラウビュンデン州がヨーロッパ中から観光客を集める秘密です。
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久しぶりのテット・ド・モワン
買い物に行ったら、とあるチーズがお買い得になっていたので買いました。
これです。

これはテット・ド・モワン(Tête de moine = 修道士の頭)という名前のチーズです。フランス語圏のベルレー(Bellelay)で最初に作られたセミハード系のナチュラルチーズで、削る専用器具、ジロル(Girolle)が必要です。
チーズをジロルにセットして、上のハンドルをまわすと、薄く削られたものが丸まって、この下の写真のようにカーネーションのような形になるんですね。

味はさほどクセのない食べやすい味ですし、このビジュアルが珍しくて好評なので日本からのお客様がある時はたいてい買って披露するんです。でも、量がありますし値段もお高いので普段買うことは珍しいです。安かったから久しぶりに買ってしまいました。(ここに見えているような量で、スイスでは定価が1000円から1500円くらいですね。日本で同じ物を買おうとすると3500円か4000円くらいするそうです)
なぜ「修道士の頭」というのかというと、あれですよ。ザビエルの頭みたいだからです。そう見えますか?
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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(4)バルセロナ、宴 -1-
カルロスの言葉は嘘ではなかった。稔はコルタドの大聖堂が本当に満杯になっているのをみてのけぞった。前から四列だけはカルロスがリボンを引いて座れないようにしてあったので、招待客がやっと座れるという状態だった。
領民たちはみな、日曜日用の背広やワンピースを着て、がやがやと座っていた。外には大きなテントがいくつも張られていて、結婚式の後の大宴会用の準備が忙しく行われていた。
稔とレネは一張羅を堅苦しく着て、通路を一番前に向かった。真耶と拓人がもう座っていて、ここだと手招きした。証人の二人は通路に一番近い最前列に座るのだ。真耶たちの向こう側にはピエールとシュザンヌが晴れ晴れしい笑顔で座っていた。後ろはアウグスブルグの連中で、もうほろ酔い加減なのかと思うほど大声で騒いでいて、時折スペイン人に「しっ」と怒られていた。
通路を隔てて反対側には、イネスやサンチェスをはじめとする主だったカルロスの使用人たち、それにスペインとイタリアの雇用主たちがすまして座っている。稔とレネは軽く頭を下げて挨拶した。その他の招待客は、クリスマスパーティでなじみになった、カルロスの友人たちだった。
ヤスミンとマリサの姿は見えない。二人はブライズメイドをつとめるので蝶子と一緒に入ってくるのだ。カルロスの分も含めて三人分の席が、レネたちの反対側に確保してある。
稔とレネに少し遅れて入ってきたのは、今日の花婿である。モーニングを着ていてもまったく衣装負けしていないのはいいが、フュッセンの時と違って、あまりの大騒ぎに勘弁してくれという顔をしている。もちろん、それを読み取れるのは証人の二人だけである。
稔とレネは立ち上がって、ヴィルに「がんばれ」と目でサインを送った。ヴィルは淡々と、招待客たちに礼を言ってまわった。アウグスブルグの連中は嬉しそうに固い握手をし、女性陣はその頬にキスをして祝福した。真耶もその一人だった。拓人はがっしりと握手をしてからウィンクした。
やがて、荘厳なオルガンの音がして、人々の目は一番後ろの大聖堂の入り口に集中した。ここにいる人間の九割がたの領主様であるカルロスが誇らしげに花嫁に腕を貸して入ってくる。美しい花嫁の父親役が出来る役得を大いに楽しんでいた。
すっきりとしたマーメイドラインは蝶子の完璧なスタイルを強調している。ラインはシンプルだが、表面をぎっしりと覆い、腰から後ろにも広がっている長くて美しいレースが清楚でありながらスペインらしい豪華さだ。顔を隠している長いヴェールにも同じ贅沢な手刺繍がふんだんに使われている。真耶は思わずため息をもらした。
稔とレネはヴィルの表情が変わったのをみて顔を見合わせて笑った。ほらみろ、テデスコ。教会での結婚式も悪いもんじゃないだろ。さすが、トカゲ女だ。こんな完璧な花嫁はなかなか観られるもんじゃないぜ。それからレネと稔は、マリサとヤスミンに笑顔を向けた。
一ヶ月前のフュッセンでの婚式でもう正式な夫婦として認められていたので、ヴィルはこの教会の挙式を単なる義務か罰ゲーム程度にしか考えていなかったのだが、それは自分の考え違いだったと認めざるを得なかった。カルロスから蝶子の手を渡された時に、ようやく本当に蝶子と一緒になれたのだと感じた。
それは美しい花嫁だった。ヴェールの下から見つめる瞳が、強い光を灯している。赤い唇の微笑みはついにヴィルの無表情に打ち勝った。ヴィルは稔とレネが驚くぐらいにはっきりと微笑んだ。
フュッセンで行った婚式と違うのは、カトリックの結婚式でオルガン演奏と大コーラス付きの聖歌や祈りや、司教による説教などが入っているところだったが、基本的には同じ誓いを繰り返して、二人は宗教上も認められる夫婦となった。
ヴィルは蝶子のヴェールを引き上げて優しくキスをした。大聖堂は歓声に満ち、二人が大聖堂から出てくると盛大なライスシャワー攻めにあった。そしてテントでは、さっそく領民たちが大騒ぎして飲み始めた。飲めれば何でもいいのは僕たちと同じだな、レネは密かに思った。
真耶は蝶子に抱きついて祝福をした。
「おめでとう、蝶子!あなたは今までに私の見た一番きれいな花嫁よ」
「ありがとう、真耶。あなたにだけはどうしても来てほしかったの。はい」
そういって、蝶子は白い蘭のブーケを真耶に渡してしまった。
「おい、そのブーケを狙っているヤツはまだこっちにもたくさんいるんだぞ」
稔がヤスミンやその他の女性軍を目で示した。実は、マリサも密かにブーケを狙っていた。
「だめよ。もうもらっちゃったもの。私もここで結婚したいわ」
真耶は微笑んで大聖堂を見上げた。
拓人が肩をすくめた。
「お前の結婚式がここなら、僕はまたお前と共通した四日連続の休みを見つけなくちゃいけないじゃないか」
「それって、親戚として? それとも音楽のパートナーとして? どういう立場で参列したいわけ?」
真耶は冷たく言い放った。
「もちろん花婿としてですよね」
レネが優しく突っ込んだ。拓人は大聖堂を見上げてうそぶいた。
「ここで挙式するのは、確かに悪くない。カルロスに予約しておこうかな。相手が誰かは別として」
大聖堂前でいつまでものんびりしているわけにはいかなかった。この後、コルタドの館ではパーティがある。女性陣は着替えなくてはならないし、カルロスや使用人チーム、それに稔やレネ、花婿のヴィルですらやる事がたくさんあった。領民やアウグスブルグチームのように酔っぱらっている場合ではなかった。
「あまりここで飲み過ぎるな。パーティの始まる前に泥酔されると困る」
ヴィルが言ったが、ドイツ人たちはグラスを高く掲げてセルベッサを一息で流し込んでいるだけだった。
「ヤスミン! お前もここに来て飲めよ」
ベルンが誘ったが、ヤスミンは首を振った。
「冗談! ビール臭い息でダンスを踊れっていうの? ドレスだってせっかく新調したのよ」
「だから、女ってヤツは……」
団長がまわらぬ舌で文句を言ったが、ヤスミンはもうその場を去っていた。
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ステラを描いていただきました
GTさん(GT4948872さん)が「夜のサーカス」のヒロイン、ステラを描いてくださいました。
ステラ by GTさん

【2016年7月16日 追記】
GTさんが新たにもう一枚ステラを描いてくださいました。
記事「ステラちゃんのサーカスでの衣装」

この二枚のイラストの著作権はGTさんにあります。無断転用は固くお断りします。
GTさんは、わりと最近ブログのお友だちになってくださったブロガーさんで、熱愛なさっている名作劇場に特化した主に二次創作の掌編小説を書いていらっしゃいます。オリジナルも時々お書きになります。
大変ありがたいことに、このブログに置いている小説を沢山読んでくださっていて、もったいないほどのご感想もいただいています。中でも、「夜のサーカス」のステラをお氣に召していただき、この作品では初めてイラストを描いてくださいました。GTさん、本当にありがとうございます。
「夜のサーカス Circus notte」は2012年から2014年の4月までこのブログで連載していました。
謎に満ちた道化師ヨナタンと、彼のことを大好きなブランコ乗りステラを中心にイタリアの小さなサーカスでの人間模様を描いた小説です。
ステラは、優しいのか冷たいのか、のらりくらりとかわし続けるつかみ所のない主人公ヨナタンに、これでもかとアタックする火の玉娘です。私はあまりこの手のキャラクターを書いたことはなかったのですが、連載中はお陰様で沢山の方に馴染んでいただき、応援していただきました。
まだ未読で、興味をお持ちになられた方がいらっしゃったら、下のリンクからどうぞ!

あらすじと登場人物
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Apple信者です

私が生まれて初めてコンピュータを購入したのは1991年。この時の選択肢はMS-DOS(Windowsじゃありませんよ)のマシンを買うか、Macを買うかの二択でした。私はオンナコドモなので、DOSのコマンドを打つなんてありえませんでした。今じゃあたり前ですけれど、「ウィンドウにアイコンが並んでいる」「フォルダをダブルクリックすると開く」「消去したいものはゴミ箱アイコンへドラッグする」というようなGUIインターフェースは、この当時はMacの特徴だったのです。

By Blueck (Transferred from en.wikipedia to Commons.) [Public domain], via Wikimedia Commons
このLC、新入社員であった私にもなんとか買える低価格モデルであったにもかかわらず、当時で37万円くらいしました。HDは40MB、メモリは増設して4MBだったと記憶しています。GBじゃありませんよ、MBです。HD容量がiPhoneのメモリより少なかった(笑)でも、Macintosh Quadraというような上位モデルは買えませんでした。確か100万円くらいしたんじゃなかったかな。初任給10万ちょっとの人間の買うものじゃなかったです。
さて、LCはこの写真でもわかる通り、分厚いディスプレイがあって、狭い部屋ではちょっと空間を逼迫しました。それに夏は暑かったよなあ。
コンピュータで何をしたかったかというと、今と同じです。縦書きの小説をレイアウトしてプリントアウトしたり、画像をいじって遊んでみたかった。今から考えると高すぎる趣味です。当時はワードプロセッサー(ワープロ)という機械があって、まあ、小説を印刷するだけならそれでもよかったんですが、段組みにしてイラストも入れてというような高度なレイアウトをしたければやはりMacがよかったのです。
で、二つ目のMacに買い替える頃には、ようやく世間にはE-Mailというものが発達しだしてきて、でも、そんなものをやっているというと「女性にしては変わっているね」と言われていました。
二台目からはしばらくノートブックでした。PowerBook 5300、iBook G3。画像編集はちょこちょことやりましたけれど、メインはホームページの作成とメールと、それからDTPつまり小説のレイアウトです。
ここからはスイスに持ってきているPowerBook G3、iBook Power PC G4、スイスで買ったMac Mini 2009が現在のメインマシンで、先日買ったMacBook Air 2014と続きます。
それに、iPhone3G, iPhone4S、iPhone5S。これもアンドロイドスマホを買うという選択はありません。Appleオンリー。
よく考えると、最初のLCの時代はともかく、Power BookのあたりからはWindowsにしてもやりたいことは出来たように思うんです。でも、頑固にApple製品だけを使い続けてきた理由は簡単です。私には「動かなくなっちゃった、どうしよう」と泣きつけるボーイフレンドがいなかったから。オンナコドモでも簡単に問題を修復できるコンピュータは今でもMacしかないのです。
もっとも、「Macだし、自分でインストールも修復もやるもん」なんて言っている女はかわいげがないという話でもありますけれどね。「動かなくなっちゃったの。みてくれる?」と部屋にあげて、手作りケーキかなんかを出しつつもてなせばよかったんじゃないか、という話は今さら言ってもしょうがないか。
今は職場で両方を使っています。だから時々Windowsを使う連れ合いの親戚にWindowsの問題を解決することを頼まれることもあります。まあ、その程度でしたらたいていわかりますけれど、それでも自分が買うとなるとMacの方が安心です。深刻なトラブルも全部自分でなんとかできますもの。WindowsやLinuxは無理です。
で、ある程度Macを使い続けて、Windows信奉者と舌戦を続けていると、もう陣営は替えられませんよ。愛着がありすぎてしまって。
それに。 Apple製品って、パッケージに至るまで無駄にオシャレですよね。あれに慣れると、いまさら他のメーカーの製品が買えません。
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「食べたきゃ作れ」の海外生活
日本にいたら、「ああ、和菓子が食べたい」と思ったらお氣に入りの和菓子屋へ行けばいいですよね。「もう夜遅いし」という場合や、「日本橋まで行ってられっか」という時でも、地元の和菓子屋やスーパーやコンビニにでもいけば、何かは手に入れられるはずです。
でも、こちらにはお氣にいりの和菓子屋どころか、コンビニもない。「こし餡がいい」「私は粒あん」というような選択も不可能です。手に入らないものをどうしても食べたければ、作る。
というわけで、日本では一度も作ったことのなかったものを、時おり作っています。
例えばこれ。あんこ餅。
どうしても、どうしても、和菓子が食べたくなったのは、あれです。TOM-Fさんのリクエストの掌編を書いていた時。「水牡丹」はいくらなんでもハードルが高かったので、こうなったら「餡子ならなんでもいいや」状態。

まず餡子を作らなくてはいけません。もちろん小豆から。小豆は州都のクールに行った時に見つけたので買っておきました。
豆を煮るというのは時間がかかりますが、圧力鍋があるのでまだマシです。小豆は一晩漬けておくという手間はいらないのですが、渋きりと言って、一度煮た水を捨ててえぐみをとる必要があって、これは少し面倒くさい。でも、「どうしても餡子が食べたい!」と燃えているときなので、頑張ります。

煮えた小豆に砂糖を投入して、餡子を作ります。ここで砂糖はきび砂糖を使用します。白砂糖よりまろやかで複雑な甘味になるのです。白砂糖よりも健康にもいいですしね。豆を潰していくのですが、漉すのは省略。買うときは断然「こし餡派」ですが、自分で作るので「味さえすればいいや」なんです。
そして、白玉粉に小麦粉を少し混ぜて餅を作ります。こちらはそれほど面倒もかかりません。そして、餡を包んでフライパンで焼くだけ。余った餡子は、冷凍しておきます。あと二回くらいは、餡子を作らずに食べられますからね。

他に、日本にいたら絶対に作らないものといったら、中華点心。先日は、春巻きを作りましたが、今週は肉まん。これはまだ発表していませんが、けいさんのリクエストを書いていてどうしても食べたくなってしまったもの。
肉まんは、前にレシピを見たときは止めたんですけれど、今回再びレシピを見たら、パンづくりをするようになって常備するようになったものが使えてハードルが低くなっていました。
皮はNETで調べてベーキングパウダーを使う簡単なもの。具の方は周富徳氏のレシピを参考にしました。我が家にあった小麦粉が全粒粉だったので、皮が茶色っぽくて出来上がった時「全然そそられないな」と思ったのですが、ひと口食べてみて「ぐわあ、中華街の味!」と騒いでしまいました。
簡単に手に入らないからこそ、こんな見かけの食べ物でも幸せになれるんだなと、ちょっとしみじみ。あ、連れ合いは初めて食べた肉まんに「おいしい」と感動していましたよ。
今回、作っていて思ったんですが、次回から瓶で皮の生地を伸ばすのは止めて、麺棒を買おう……。
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【小説】薔薇の下に
ご希望の選択はこちらでした。
*現代・日本以外
*毒草
*肉
*城
*ひどい悪天候
*「黄金の枷」関係
*コラボ・真シリーズからチェザーレ・ヴォルテラ(敬称略)
『真シリーズ』は、彩洋さんのライフワークともいっていい大河小説。何世代にもわたり膨大な数のキャラクターが活躍する壮大な物語ですが、中でも相川真に続くもっとも大切な主人公の1人が大和竹流ことジョルジョ・ヴォルテラです。今回リクエストいただいたチェザーレ・ヴォルテラはその竹流のパパ。ヴァチカンに関わるものすごい家系のご当主です。
うちでは「黄金の枷」関係、しかも毒草だなんて「午餐の後に」のような「狐と狸の化かしあい・その二を書け~」といわれたような。彩洋さん、おっしゃってますよね? どうしようかなと悩んだ結果、こんな話になりました。実は「ヴォルテラ×ドラガォン」のコラボはもう何度かやっていまして、いま私が書いているドラガォンの面々は、竹流と真の子孫と逢っていますので、チェザーレとコラボすることは無理です。で、23やアントニア、それにアントニオ・メネゼスの先祖にあたる人物を無理矢理作って登場させています。
彩洋さん、竹流パパのイメージ壊しちゃったら、ごめんなさい。モデルのお方のイメージで書いてしまいました……。
【参考】
小説・黄金の枷 外伝
![]() | Infante 323 黄金の枷 |
黄金の枷・外伝
薔薇の下に Featuring『海に落ちる雨』
レオナルド・ダ・ヴィンチ空港の到着口で、ヴァチカンのスイス衛兵伍長であるヴィーコ・トニオーラは待っていた。
「出迎え、ですか?」
彼はステファン・タウグヴァルダー大尉に訊き直した。直接の上司であるアンドレアス・ウルリッヒ軍曹ではなく大尉から命令を受けるのも異例だったし、しかもその内容が空港に到着する男を迎えに行けというものだったので驚いたのだ。
「そうだ。ディアゴ・メネゼス氏が到着する。お待たせすることのないように早めに行け」
「これは任務なのですか」
「もちろんだ。《ヴァチカンの警護ならびに名誉ある諸任務》にあたる。くれぐれも失礼のないように」
「そのメネゼス氏は何者なのですか。……その、伺っても構わないのでしたら」
「竜の一族の使者だ」
「それはどういう意味ですか?」
彼は答えなかった。
「その……空港でお迎えして、その後こちらにお連れすればいいのでしょうか」
「いや、ヴォルテラ氏の元にお連れしてくれ。その後、すぐに任務に戻るか、それとも引き続き運転をしてどちらかにお連れするのかは、ヴォルテラ氏の指示に従うように」
「ヴォルテラ氏というと、リオナルド・ヴォルテラ氏のことですよね。ローマに戻っていたんですか」
ヴォルテラ家はヴァチカンでは特別な存在だった。華麗なルネサンスの衣装を身に着け表立って教皇を守るスイス衛兵と対照的に、完全に裏から教皇を守る世には知られていない家系だ。ようやく部下を持つことになった程度の若きスイス衛兵ヴィーコは、当然ながらヴォルテラ家と共に働くような内密の任務には当たっていない。だが、当主の子息ではあるが氣さくなリオナルド・ヴォルテラとは面識があるだけでなく一緒にバルでワインを飲んだこともあった。彼は英国在住で、時折ローマに訪れるのみだ。
「まさか。寝ぼけたことを言うな。当主のチェザーレ・ヴォルテラ氏に決まっているだろう」
タウグヴァルダー大尉は、渋い顔をして言った。仰天するヴィーコに大尉は畳み掛けた。
「これはただの使い走りではない。君の将来にとって、転機となる任務だ。心して務めるように」
ヴィーコは落ち着かなかった。彼は、スーツに着替えると空港に向かった。激しい雨が降っていた。稲妻が扇のように広がり前方を明るくする。それはまるで空港に落ちているかのように見えた。こんなひどい雨の中運転するのは久しぶりだ。故郷のウーリは天候が変わりやすかったので、彼は雷雨を怖れはしなかった。
本来であったら今日はウルリッヒ軍曹とポンティフィチオ宮殿の警護に当たるはずだった。軍曹と二人組で仕事をするのが氣まずくて、この任務に抜擢され二人にならずに済んだことは有難いと思った。だが、これは偶然なのだろうか。
ヴァチカン児童福祉省で実務の中心的役割を果たしているコンラート・スワロスキ司教がローマ教区での児童性的虐待に関わっている証拠写真を偶然見つけてしまった時、軍曹は「歯と歯を噛み合わせておけ」つまり黙認しろと命令した。
「俺たちの仕事は猊下とヴァチカン市国を守ることだ。探偵の真似事ではない」
彼には納得がいかなかった。スワロスキ司教と個人的な親交を持つウルリッヒ軍曹が、彼をかばっているのだと思ったのだ。カトリック教会内における児童性的虐待は新しい問題ではなかったが、それを口にすることを嫌う体質のせいで永らく蓋をされてきた。プロテスタントの勢力が強いスイスでも問題視し告発する者がようやく現れた段階で、ヴァチカンの教皇庁内部の人間を告発したりしたらどれほど大きいスキャンダルになるかわからない。だが、このままにしておくことは、ヴィーコの良心が許さなかった。
彼は親友であるマルクス・タウグヴァルダーにこのことを相談していた。マルクスはタウグヴァルダー大尉の甥だ。マルクスから大尉に伝わったのだろうか。彼は大尉に呼び出された時に、その件だと思った。だが、ポルトガル人を出迎えてヴォルテラ氏の所に行けというからには、自分にとって悪いことが起こる前触れではないだろうと、少し安心した。とにかくこの任務をきちんと果たそう。
予定していた飛行機はこの雷雨にもかかわらず定刻に到着していた。ヴィーコは「メネゼスさま」という紙を掲げて税関を通って出てくる人びとを眺めた。
「出迎え、ご苦労様です」
低い声にぎょっとして見ると、いつの間にか目の前に黒い服を来た男が立っていた。きっちりと撫で付けたオールバックの髪、痩せているが背筋をぴんと伸ばしているので、威圧するような雰囲氣があった。丁寧な英語だが、抑揚が少なく感情をほとんど感じられなかった。
「失礼いたしました。スイス衛兵のヴィーコ・トニオーラ伍長です。ヴァチカンのヴォルテラ氏の所へご案内します。お荷物は?」
小さめのアタッシュケース1つのメネゼスに彼が訊くと、黙って首を振った。
彼はまっすぐにヴァチカン市国に向かった。雨はまだ激しく降っていて、時おり稲光が走った。ヴィーコは不安げに助手席に座った男を見たが、彼は眉一つ動かさずに前方を見ていた。
サンタンナ門からスイス衛兵詰所の脇を通って中央郵便局の近くに車を停めると、メネゼス氏を案内してその近くの目立たぬ建物に入った。扉が閉まると、激しい雷雨は全く聞こえなくなり、ヴィーコはその静けさに余計に不安になった。そこは、何でもない小屋に見えるが、地下通路でヴォルテラ氏の事務所に繋がっていた。
緩やかな上り坂の通路の突き当たりにいかめしい樫で出来た扉があり、ヴィーコがセキュリティカードを脇の機械に投入すると数秒の処理の後、自動でロックが解除され扉が開いた。さらに先に進むと、紺のスーツを着た男が扉を開き頭を下げて待っていた。
「ようこそ、メネゼスさま。主人が待っております、どうぞこちらへ」
メネゼスが応接室へと入ると、ヴィーコはその場に立って「もう戻っていい」と言われるのを待っていたが、紺の服の男は、ヴィーコにも目で応接室に入るようにと促した。戸惑いながら応接室に入ると明るい陽射しが目を射た。瞬きをして目が明るさに慣れるのを待つと、がっしりとしたマホガニーのデスクと、暗い色の革の椅子、そして同じ色の応接セットが目に入った。
窓の所にいた男がこちらに歩み寄り、メネゼス氏に丁寧に挨拶をしているのが見えた。格別背は高くないが、灰色の緩やかにウェーヴのかかった髪と青灰色の意志の強そうな瞳が印象的で、一度見たら忘れられない存在感のある男だった。チェザーレ・ヴォルテラ。彼の事務所に足を踏み入れる日が来るなんて。ヴィーコは入口の近くに直立不動で立っていた。
「トニオーラ伍長、ご苦労だった。申し訳ないが、後ほどリストランテまで運転してほしいのだ。もう少しここで待っていてほしい」
ヴィーコは、ヴォルテラ氏に名前で呼ばれて仰天しつつ、頭を下げた。
「ドン・フェリペは、お元氣でいらっしゃいますか」
「はい。猊下とあなたにくれぐれもよろしくと申しつかっています」
紺の服を着た男が、メネゼス氏とヴォルテラ氏の前にコーヒーを用意する間、二人はなんと言うことはない世間話をしていたが、男が部屋を出て扉が閉じられると、しばらくの沈黙の後、声のトーンを低くして厳しい顔で語りだした。
「それで。緊急に処理をしなくてはならないご用事とは」
ヴォルテラ氏が言うと、メネゼス氏はアタッシュケースから一枚の写真を取り出した。
「この方をご存知でしょうな」
ヴォルテラ氏はちらっと眺めてから「ベアト・ヴォルゲス司教ですな。ヴォルゲス枢機卿の甥の」と言った。
メネゼス氏は続けた。
「その通りです。私どもの街にいらして以来、実に精力的に勤めてくださいまして、ずいぶんと多くの信奉者を作られているようです」
「それは好ましいことです」
「ええ。正義感の強いまっすぐな方で、なんの見返りも求めずに人びとの幸福を願う素晴らしい神父でいらっしゃる。ところで私どもが問題としているのは、とある青年がある娘と結婚が出来ないことを悲しみ、ヴォルゲス司教に相談をしたことなのです」
「とおっしゃると、その女性は金の腕輪をしている方ということでしょうか」
「おや、あなたが女性のアクセサリーに興味があるとは存じませんでした。ええ、あなたがその素晴らしい指輪をしていらっしゃるのと同じように確かに彼女は腕輪をしているようです。それはともかく、司教は二人の問題をペレイラ大司教に訴えました。大司教は、私と同じ役割の家系出身で、当然ながらその件からは手を引くように説得したのですが、納得のいかない司教が叔父上である枢機卿とローマに掛け合うと言い出したのです」
ヴィーコは、話の内容についていけなくなった。金の腕輪? 結婚できない二人の話? メネゼス氏と同じ役割の家系? 何の話だろう。
ヴォルテラ氏とメネゼス氏は、ヴィーコに構わずに話を続けていた。
「それで、私どもにどうせよとおっしゃるのですか」
「私どもが、あなた方に何かをお願いしたり、ましてや要求できるような立場にはないことは明白です」
「では?」
「たんなる情報としてお伝えしに参ったのです」
含みのあるいい方だった。まったく別の印象を抱かさせる物言いだ。ヴィーコは、メネゼス氏を送り込んだドン・フェリペとやらがヴォルテラ氏に何かをさせようとしていることを感じた。ヴォルテラ氏は、眉一つ動かさずに言った。
「つまり、これはイヌサフラン案件だとおっしゃりたいのですか」
メネゼス氏は、即座に首を振った。
「まさか。あのように善良な方を『ゆっくりと、苦しみながら死に至らせる』なんてことは、キリスト教精神に反します」
「そうですか」
ヴォルテラ氏の反応を確かめるように、メネゼス氏はゆっくりと続けた。
「そうですとも。ところで、ローマで珍しい樹の苗を扱う業者をご存じないでしょうか。私は最近園芸に興味が出てきまして、いい苗を買いたいと思っているのですよ。例えばミフクラギなどを」
「ミフクラギですか。Cerbera manghas。インドで自生する花ですな。わずかに胃が痛み、静かに昏睡し、三時間ほどで心臓が止まる。よりキリスト教精神に則った効果が期待できると」
メネゼス氏は特に表情を変えずに言った。
「いいえ。私はあの白くて美しい花を我が家にも植えたいだけです」
ヴィーコは、ぞっとして二人の話を聴いていた。恋する二人の信徒を助けたいと願った善良な司教についてなんて話をしているんだろう。
ヴォルテラ氏は小さくため息をつくと言った。
「園芸業者のことは私は存じません。それはそうと、ヴォルゲス司教のことはいい評判を聞いていますので、早急にローマに戻っていただくのがいいと猊下に申し上げましょう。猊下でしたら枢機卿が話を大きくする前に、司教にふさわしい役目を用意してくださるでしょう。ちょうど空いたポストもあることですし」
メネゼス氏は、黙って頭を下げた。ヴォルテラ氏はほとんど表情を変えないポルトガル人を見ていたが、青ざめて立っているヴィーコの方を向いて言った。
「リストランテ・サンタンジェロに予約が取ってある。悪いが一緒に来てもらい、その後メネゼス氏をもう一度空港へと送ってもらうことになる。いいね」
「はい」
ヴィーコは頷いた。
「サンタンジェロですか。というと、あの有名なイル・パセットを歩いていくわけですか?」
とメネゼス氏が言った。彼が言っているのは、ボルゴの通路(Il Passeto di Borgo)のことだ。サンタンジェロ城とヴァチカンを結ぶ中世の避難通路で、他国からの侵略があった時に歴代の教皇が使ってきたものだ。このポルトガル人はニコリともしないのでジョークなのか本氣で訊いているのかわからない。
「せっかくローマまでいらしたのですから、ご案内したいのは山々ですが、あの通路の半分以上には屋根がないのですよ。この悪天候ではリストランテには入れないほどびしょ濡れになってしまうでしょう」
ヴォルテラ氏は穏やかに微笑みながら返し、手元の小さいベルを鳴らした。
ドアが開き、先ほどの紺のスーツの男が入ってきた。
「図書館の前にお車を回してあります。リストランテの予約は、スイス人ベルナスコーニ、3名で入れてあります」
まさか! 3名ってことは、僕も一緒にってことか? 戸惑うヴィーコに、紺の服の男は「入口であなたがベルナスコーニだと名乗ってください」と言った。
つまり、このイタリア人とポルトガル人が逢っていたことが噂にならないように注意しろという意味なのだと思った。だが、それならわざわざ何も知らないヴィーコにさせなくとも、この男か他のヴォルテラ氏の配下がやったほうが抜かりがないはずだ。なぜ? ヴィーコは訊きたかったが、余計なことをしてヴォルテラ氏を怒らせるようなことをしてはならないことだけはわかっていた。
想い悩むヴィーコをよそに、図書館へと至る地下通路を歩きながら二人は和やかに話をしていた。
「ところでメネゼスさん、猪肉はお好きですか」
「ええ。そのリストランテは猪肉を出すんですか?」
「そうです。おそらくあれだけの味わい深いの漁師風赤ワイン煮込みは、あそこでしか食べられないと思います。ぜひご案内したいと思っていました」
「それは楽しみです。食通で有名なあなたが太鼓判を押す味なら、間違いありませんから」
「猪猟はトスカーナの伝統なのですが、本日ご案内する店で出している肉は、とある限られた地域のものなのです」
「ほう。何か特別な地域なのですか?」
「ええ。イタリアでも珍しくなってしまった手つかずの森がある地域でしてね。そこでしか育たない香りの高い樫があるのですよ。その店の肉は、その幻の樫のドングリをたっぷりと食べて育った若い猪のものなのです」
「幻の樫ですか」
「ええ。この国の者でもその存在を知る者はほとんどないでしょう。この世の中は深く考えずに踏み込み、滅茶苦茶に荒らしてしまう無責任で無知な者たちで満ちています。失われてはならぬものを守るためには、その存在を公から隠し、目立たぬようにしなくてはならない。いや、あなたにこのような話は無用でしたな」
メネゼス氏は立ち止まり、しばらく間を置いてから低い声で呟いた。
「ご理解と、ご助力に心から感謝します」
「なんの。これで先日の借りを返せるのならば、お安いことです」
ヴォルテラ氏の張りのある声が地下道に響いた。
「ところで、トニオーラ伍長」
暗い地下通路の真ん中で、不意にヴォルテラ氏が立ち止まり振り返った。ヴィーコはどきっとして立ちすくんだ。
「はい」
「あなたも園芸に興味がありますか?」
唐突な問いかけだった。
「い、いえ。私は無骨者で、その方はさっぱり……」
ヴォルテラ氏は、静かに言った。
「そうですか。児童福祉省のコンラート・スワロスキ司教は、コンゴへと赴任することになりました。あなたの上司のウルリッヒ軍曹がご家庭の事情で今日付けで急遽退官なさることになったのとは、全く関係のないことですが、おそらくあなたには報せておいた方がいいかと思いましてね」
ヴィーコの背中に冷たい汗が流れた。ヴォルテラ氏はこれ以上ないほど穏やかに微笑みながら続けた。
「今日、特別な任務を引き受けてくださったお礼としてあなたに何かをお贈りしようか考えていたのですが、園芸に興味がないということでしたら、苗をお贈りしてもしかたないでしょうね」
「苗ですか。私に……?」
「もちろんミクフラギやイヌサフランではありませんよ。私が考えていたのは薔薇の苗です」
ヴィーコは、即座にヴォルテラ氏の言わんとすることがわかった。彼が必要もないのにメネゼス氏の送迎を任された理由も。
「Sub rosa(薔薇の下に=秘密に) ……」
彼は、ヴォルテラ氏の望んでいる言葉を口にした。
ヴォルテラ氏は満足そうに頷くと「ワインはタウラージの赤7年ものを用意してもらっているのですよ」とメネゼス氏との会話に戻っていった。
すっかり震え上がっているヴィーコは、どんな素晴らしい料理を相伴させてもらうとしても、全く味を感じられないだろうと思いつつ、二人について行った。
(初出:2016年7月 書き下ろし)
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エーヴベリーの話
エーヴベリー(Avebury)はヨーロッパ最大のストーンサークルを含む新石器時代のヘンジです。ヨーロッパにおけるもっとも完成された先史時代遺跡の一つです。有名なストーンヘンジの北、およそ30キロの所に位置するエーヴベリー村近郊にあります。……って、これは近郊って言うのかなあ。村が遺跡の一部を貫いている感じといえばいいんでしょうか。

(エーヴベリー遠景 by Bob Croxford)
この遺跡は紀元前2600年頃に建造されてその後千年くらい使われたとのことです。ヘンジ、長方形古墳群、ストーンサークル、アヴェニュー、土手道で結ばれ、同心円上の堀に囲まれた集落エンクロージャーなどから成っています。サイズとしてはかのストーンヘンジ14倍もあるにも関わらず、あちらのように有名ではありません。
1990年に始めてストーンヘンジとフランスのカルナックを訪れ、その時から行きたいと思っていたのがグラストンベリーとこのエーヴベリーでした。でも、当時もマイナーではなかったでしょうがストーンヘンジほど観光客が行きたがらないので、余りやすいツアーのようなものはなかったのですよ。
今回行ってみて思ったのは、以前より観光用にバリバリ整備されたストーンヘンジとの差でした。いや、こういうのもいいんですよ。黄昏れた写真を撮っても他の観光客も映らないし、柵もなくて触り放題だったし。
お仕着せのツアーではまず行かないので「あそこにいく!」という強い意志がない限りは生涯見られない遺跡の一つだと思います。その分、今回行けたことは大感激でした。

出典:File:Avebury, Stensättningen i ursprungligt skick, Nordisk familjebok.png
もともとはこのイラストのような形をしていたらしいのですが、今では多くの石が取り除かれてしまっています。現在はナショナル・トラストによって保護されていますが、何世紀にもわたり「おお、ここにちょうどいい石材があるぞ」と近隣の人たちが家を造るのに使っていたというのですね。
この遺跡がストーンヘンジよりもかなり雑な扱いを受けているのは、おそらくその巨大さが原因なのではないかと私は思いました。

「さあ着きましたよ」といわれて見ると、確かに巨石がいっぱいあります。でも、どこがサークルなのかさっぱりわかりません。
どうなっているんだろう、と歩いていたら見事に羊の糞を踏んでしまいました(笑)羊をそこで放牧しているんですね。
よくみると大きな土手のようなものが見えて、あれがエンクロージャーかとわかります。その上までかなり歩いて登ってみると、ようやくサークルに成っている全体像が見えてくるというわけです。つまり、大きすぎて何が何だかわからないんですよ。

この巨石のほとんどはこの地域で採れるものだそうです。そして、かのストーンヘンジの大きい方の石もここから運んでいたのだそうです。
石の形はストーンヘンジのように成形してありません。もともとの形を残すようにしてあるようです。でも、サークルになるように並べたのですから、大変な労力だったことは間違いないでしょう。当時はクレーンもなかったですし。
村と公道がサークルやエンクロージャーを分断するように発展してしまっているせいで、それぞれの巨石を見るためには、それらを越えて行かなくてはなりません。なかなか不思議な感覚でした。なんせ他の巨石遺跡は、たいてい囲まれて公園のようになっているので、それを見学するときは何となくタイムスリップした感じがするか、もしくは公園を見学しているように感じるのですが、ここは現実の村の生活と遺跡が分断されていないのです。
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鴨のロゼを焼いた

先日、鴨の胸肉(冷凍品)を買ってきて、生まれて初めて「鴨の胸肉のロースト・ロゼ」に挑戦しました。中華料理店で出るものは別ですが、鴨の胸肉は白くなるまで焼いちゃダメで、中がきれいなピンク、つまりロゼになっていないといけないというのですよ。
もちろん解凍してから焼きはじめるのは当然ですが、その他にも最初はどう焼き色をつけるか、もしくはその後いかに焼きすぎを防ぐか素人にはいまいちわからず、結局NETの情報を駆使してなんとか焼き上げました。
ポイントは最初に焼き色をつけたら、あとはものすごく低温にして、ほとんど余熱で火を通すという所。それと鴨はジュースが簡単に出て行ってしまうので、前日から塩をしてというのはNGらしいです。
他のことはともかく「ロゼ」という色合いにはなりました。ちゃんと。
味は普通においしかったですが、ちょっと固かったかなあ。でも、連れ合いは大満足だったので「成功」に数えちゃおっと。
オレンジが切れていたのでオレンジジュースとポートワインでソースを作ったんですが、オレンジジュースの量が多すぎて、煮詰まるまでしばらくかかりました。でも、このソースが美味しかった。大分余ったんですがもったいなかったので冷凍しました。早く次の鴨を調理しなくては。
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