【小説】郷愁の丘(5)朝焼けの家 - 1 -
ともあれ、今回発表する部分は、本当に何度も何度も書き直しました。しかも、この作品の一番最初に着手した部分でもあります。本当はこの章のサブタイトルを「郷愁の丘」にしようかと思っていたんですが、本タイトルにしてしまったのでここは「朝焼けの家」にしました。
![]() | 「郷愁の丘」を読む あらすじと登場人物 |
郷愁の丘(5)朝焼けの家 - 1 -
ここはどこだろう。目の醒めたジョルジアは、はじめニューヨークのソーホーにある地下レストランのことを考えた。それは狭くて騒がしい赤い照明が特徴の店で、壁に飾った七十年代風のオブジェも全て赤く染まってしまい、非現実的で落ち着かなかった。
あの店にいるはずはない。ニューヨークのレストランに枕や布団があるはずはない。彼女は枕に手を触れて、ゆっくりと起き上がった。騒がしい音楽も、狭くて人いきれがして領域を侵害される感覚もなかった。
ここは、《郷愁の丘》だ。昨夜到着したグレッグの家、彼に案内された客間。昨夜電灯をつけた時には普通の部屋だったのに、どうしてここはこんなに赤いのだろう。
そして彼女はすぐに納得した。その赤い光は、東に面した大きいガラス窓から入ってきているのだ。《郷愁の丘》の敷地は七十メートルほどの崖の際にあった。客間の外は広々としたテラスとほぼ自然のままの庭が崖まで続き、その先にはサバンナが地平線まで広がっていた。そして、これまで見たことのないような鮮烈な朝焼けは、そのどこまでも続く広い大地を舞台に繰り広げられていた。
火事のように燃える朝焼け。どこかで聞いたことのある言葉。それは、そんな簡単な表現や、テレビや映画の映像では決して再現することの出来ない強烈な光景だった。
ジョルジアは、立ち上がり、ガウンを羽織るとテラスに通じるガラス窓に歩み寄った。
自分の力で歩いているのか確かではなかった。息をしているのかも自信がなかった。これまでいたのと同じ惑星ではないように感じる。世界が燃え立っている。地平から上が、暖かい赤から黄色に近いオレンジへのグラデーションで彩られていた。遮るものは何もない。あったとしても、小さく意味もなかった。視界の全てはその色だけ占められた。ジョルジアの全感覚を支配したままゆっくりと変化する色の競演。陽炎のごとく揺らめいて広がっている。
いいしれぬ感情は、光を捉える虹彩で感じているのではなかった。それはもっと深く強い激流として彼女の足元から、腹部から、螺旋を描きながら狂わんばかりの激しさで湧き出ている。立っていられることが奇跡のようだった。
彼女は、あまりの強烈な色の輝きに写真を撮ることも忘れてただ眺めていた。
「一度アフリカに来たものは、いつの日か再びアフリカに帰る」
その言葉は、これまで知識や概念として彼女の中にあったが、今、彼女の中で叫んでいるのはもっと別の強い感情だった。
「いつの日か、私はここに帰る」
彼女が再びケニアを訪れたのは、一度見た光景を忘れられなかったからではなかった。なぜここに来ようと思ったのか、彼女には説明できなかったし、意味など何もないと思っていた。そうではなかったのだ。彼女は、どうしても来なくてはならなかった。まだ一度も見たことのないこの世界を自らの目で見るために。
それはナイロビでも、モンバサでも、マリンディでもなかった。雑多で混沌とした都会や、藁葺き屋根がリゾートの雰囲氣を盛り上げる海辺の別荘では決して見ることの出来ないものだった。笑い声が絶えなく快適なレイチェル・ムーア博士の家ででもなかった。文明から遠く離れ、サバンナに孤高に建つ、この《郷愁の丘》にたどり着いた者だけが見ることを許される光景だった。
少し離れた敷地内を動く二つの影があった。愛犬と朝の散歩をするグレッグ。朝焼けをみつめる彼のシルエットを彼女は見つめていた。
この人は、ずっとここに一人で立ち続けて来たのだ。億千もの朝の、グレートリフトバレーで生まれた遠い祖先の記憶を保ちながら、たった一人で。国籍や両親の居住地、受け入れてくれる社会、そんな概念では語れない強い郷愁が、彼をここに引き寄せた。
そして、彼は私にそのかけがえのない秘密を見せてくれたのだ。想いに応えることも出来ず、約束も出来ず、ただ自分の寂しさを埋める優しさにもたれかかろうとした残酷な私に、何の見返りも求めずに。
握りしめている手のひらに、昨日作った擦り傷が痛みとも熱ともつかぬ熱い感覚で脈打っていた。彼がレイチェルの家で、この傷の手当をしてくれた時の優しい感触が甦った。彼が彼女に触れたのは、本当にその時だけだった。紳士的でとても優しい態度の内側に、隠していた心を暴露された居たたまれなさと、愛する人の心を得る事のできない絶望が押し込められている。そんな立場に彼を追いやってしまったのが、自分なのだと思うと苦しくて悲しかった。
彼とルーシーの姿がゆっくりと視界から消えてもしばらくジョルジアはその窓辺に立っていた。やがて朝焼けはごく普通の朝の空に変わり、昨日のように何でもない日常が戻ってきた。彼女は我に返ってガウンに手をかけると、部屋に隣接している浴室に行き、シャワーを浴びてから着替えた。
客間を出て廊下を歩いた。玄関の近くにある居間兼ダイニングルームを覗くと、ルーシーは、尻尾を振って寄ってきた。グレッグが氣づいて笑いかけた。
「おはよう。よく眠れたかい」
「ええ。ぐっすりと」
昨日あった事も、先ほどのジョルジアの人生を変えるほどの光景も、まるで何もなかったかのような穏やかな朝の挨拶だった。
ジョルジアが思いもしなかった、彼の想いについて知った午後、転んで怪我をしたジョルジアを連れてグレッグが戻ると、レイチェルは困惑した顔をして二人を見ていた。彼がアカシアのトゲをひとつ一つ丁寧に抜いてくれ、それから消毒をしてくれている間、ジョルジアは《郷愁の丘》にある彼の家の事を質問した。どんな建物か、屋根の形や近くにどんな動物が来るのか、井戸から水を汲んでいるのか、など。
その会話から、レイチェルもこれからジョルジアが彼の家に行こうとしている事を知り、納得して嬉しそうに送り出した。おそらく彼女はまた誤解したのだろう。彼女は知らないのだ。ジョルジアはニューヨークに住む著名ニュースキャスターに恋をしているとグレッグに告白してしまった。そして、その事実は簡単には動かせない。
それでも、彼女はここに来た。何かが起こる事よりも、このままグレッグという彼女にとって特別な人間との交流が断ち切られる事がつらかった。だから、彼が求めてきたら拒否するような事はしまいと思っていた。
けれども、昨夜は何も起こらなかった。彼は、男性の同僚や親族を家に泊めるのと変わらないように家の中を案内し、パンとチーズとワインだけの簡素な夕食を普通にした後、「今日は疲れただろう。また明日」と礼儀正しく挨拶をして寝室に向かった。
ドアの閉まった客間の中から、彼女は彼の去っていく足音を聞いた。彼は、ルーシーに話しかけていた。
「そこにいろ。そして彼女を守るんだ」
ジョルジアは、彼の事を考えながら穏やかに眠りについた。今、目の前にいるのは、その彼女が眠る前に思い浮かべたのよりはわずかに明るい笑顔を浮かべているグレッグだった。
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ブレガリアの小さな村で
今年は五月にも雪が降るなど、とんでもない寒い春だったので、どこか出かけるにしてもずっと私の運転する車ででした。(連れ合いはバイクの免許だけ、私は自動車の免許しか持っていません)
それがようやく(春を通り越して)夏の様相になったので、バイクでぐるりと周ってきました。あいかわらず予定も何も立てなかったので適当に出かけて、雪に覆われたアルブラ峠を越えてエンガディン地方へ。(同じ州です)
それからブレガリアとポスキアーボどっちに向かいたいかと訊かれたので、「ブレガリア!」と即答しました。
ポスキアーボ谷もいいのですが、こちらは電車でも行けるので冬の間に何度か行っているのです。でも、ブレガリアは車かバイクでないと行けないのです。
ブレガリアと言えば「夜想曲」という中編小説の舞台にもした所で、私のお氣に入りの地域です。
画家のセガンティーニが愛した事でも有名で、とくにソーリオにはわざわざ訪ねてくる日本人もあるようですが、ブレガリア谷全体に素朴な美しさが漂っています。

私たちが泊ったのはカスタセーニャというイタリアとの国境の村です。セガンティーニが目にしたのとおそらくあまり変わっていない状態の家並みも残っています。ブレガリア谷は良質の栗が穫れる事でも有名で、村の奥にはそれぞれの家族が所有している栗の樹の林が続いています。
現在は基本的には、夏のバカンス地になっているようですが、個人的には美しく過ごしやすいブレガリアの夏は、厳しく凍てついた冬、哀愁漂う秋、スーパーマーケットや大型量販店とは無縁の、素朴でどこか寂しい暮らしと対になってこそ意味を持つと思うのです。
ところで、日本の方がスイス旅行をするにあたって「どこが素敵か」と訊くので、例えばこのカスタセーニャなど、いくつか知っているスイスらしい村を答えると、その次に質問してくるのはたいてい「そこには何があるの」なのです。
ところがその手の村には、「ダ・ヴィンチのモナリザがあるよ」とか「王宮で衛兵交代をしているよ」というような具体的に見るべきものはないのです。セガンティーニが眺めたのと同じ山の光景は、天候さえよければ見えるかもしれません。でも、それだけです。アルプス山脈と、その麓にあるただの素朴な村ですから。
海外旅行では「エッフェル塔を見た」「コロッセウムを見た」というような史跡観光はつきものです。とくに団体旅行だとそうなりがちなのは、ヨーロッパの人でも同じなのですが、日本人の場合は個人旅行でもそういうタイプの計画を立てる方が多いです。分刻みの計画を立てて、スタンプラリーのように効率的に何カ所も回ろうと考える事が多いのですね。
大都会、たとえば、パリやロンドンやローマなどは、そういう旅に向いています。実際に史跡がたくさんありますし、計画しないと「見ておけばよかった!」と後悔するような場所や施設がてんこ盛りです。
でも、スイスをはじめとするヨーロッパの田舎というのは、そういう旅には全く向かないのです。「何時何分のバスで到着し、村は一時間もあれば見る事ができるので、次のバスでサン・モリッツに帰ろう」という計画的観光は、正直言ってお奨めできません。できないというのではありません。できますが、そんな忙しい間にちらっと立ち寄るなら来る意味はあまりないと思います。
ここは「ハイジ」をはじめとする有名文学作品や、旅行案内には一度も出てこない、つまり多くの日本人にとって訪れるに値しない「ただの村」です。ところが、その美しさと価値は、「何があるの」と訊かれて「何もないよ」「どこにも出てこないよ」と答えるしかない素朴さの中にあるのです。そして、スケジュール、次の予定などを考えないのんびりとした時間を過ごしてこそ、来る甲斐がある所なのです。
ブレガリアには、アルプスに横たわる谷の特徴でもあるフェーン現象によって、鮮烈なコントラストをみせる青空と山塊、四季折々の自然の姿、緑と清冽な川の水音と、そして、素朴な石造りの村が点在しています。どちらかというと貧しい、生活の厳しさを感じさせる地域で生きる方言のイタリア語を話す人びとが、メルヘンではない、現実の暮らしを営んでいます。
教科書には出てこない限られた歴史、現実の国境やEUの問題や日々の生活のあれこれを、カフェに座る異国からの旅人たちや村の人びとたちと各国語いり交えて語り合いつつ、ゆったりと時間を過しています。
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【小説】麗しき人に美しき花を
子どもの頃「大人になったら、何になりたい?」と訊かれていつも答えていたのは「お花屋さん」でした。なぜ実際に花屋を目指さなかったかというと、子どもの頃の私はあかぎれとしもやけにひどく悩まされていて、水仕事というのは全く現実的な選択ではなかったからですね。
実際に大変なお仕事のようです。買う方が手にもつ花束はそんなに重くないですが、大量の花や、水の入った容器や鉢を動かすので腰を悪くしたり、朝がとても早かったり、たくさん勉強をしなくてはならなかったりと、「綺麗なお花に囲まれて幸せ」だけではないですよね。実際に携わっている方を尊敬します。今回は、そんな花屋を経営するちょっと変わった若いカップルの話です。

麗しき人に美しき花を
おお、来た。久しぶりにミウラ様が。加奈は顔がにやけないようにしつつ、上品な営業用笑顔をつくった。
「いらっしゃいませ」
その三浦という名の男性客は、美形だ。ただの美形ではなく、本当に本人の肌なのか疑うほど瑞々しく皺ひとつない張りのある肌と、親か祖父母あたりが日本人ではないに違いないと思われる彫りの深い顔立ちをしている。そして自分の美貌の世間に与える効果をよくわかっているらしく、髪型から靴の先までいつも完璧に決めて登場するのだ。かつて「王子キャラ」を前面に打ち出していた歌手兼俳優がいるが、正にあのタイプ。ああ、麗しい。これこそ眼福だわ。これだけで今日の午後は幸せに過ごせそう。
「こんにちは。今日は、ご主人はいらっしゃらないのですか」
彼がいうご主人とは、加奈の同居人であると同時に、この『フラワー・スタジオ 華』の共同経営者でもある華田麗二のことだ。
「いますよ。奥でちょっと休憩中です。呼びましょうね」
「いえ。休憩は大切ですから。じゃあ、今日は奥様にお願いしましょう」
ミウラ様はどうやったら可能なのかさっぱりわからないが、どこにも皺を作らずに微笑んでみせた。その麗しさに、加奈は麗二よりもアレンジのセンスなどで信用されていないといわれたも同然の悲しみは忘れる事にした。
「あ、でも、彼の休憩、そろそろ終わりますよ。とにかくご希望をお伺いしましょうか」
ミウラ様は微笑んだ。
「来週の日曜日にコサージュを作ってほしいんです。実は、ちょっとした祝い事のパーティを開く事になって、タキシードの胸元にコサージュを挿そうということになって。僕の分と、それから、とある女性の分の二点をこちらでお願いしようと思って」
な、なに! 女性の分? まさか、その祝い事って結婚披露宴じゃないでしょうね。だとしたらショックだわ。動揺して、受注伝票を何枚も書き間違えてしまった。
「あれ。三浦さん、こんにちは」
後から麗二が出てきた。野太い声がどこかくぐもっているのは、何かを口に咥えているからだろう。ミウラ様の前でなんて接客態度! そう思って振り返ると、案の定、麗二は口に棒キャンディーを咥えている。
名前から想像するのとは大違いの筋肉ムキムキ男で、『フラワー・スタジオ 華』の響きから想像する格調高さはみじんもない。ま、それでもミウラ様が麗二のことをお氣に入りのようだからいいんだけど。
「へえ。パーティ用コサージュね。えっと、つまり結婚披露宴ですか?」
わあ。そんなこと私の前で訊かないで! ショックに対する心の準備が。
「いいえ。違います。仕事上でのちょっとした受賞パーティなんです。ですから、べつに同僚と対にする必要はないです」
加奈は、それを耳にした途端に笑顔になり、麗二はそんな彼女の様子を見てため息をついた。
「お前な。顧客を妄想のオカズにするのはやめろよ」
上機嫌で三浦が帰って行った後、麗二は呆れた様子で言った。
「失礼ね! オカズだなんて。この私がミウラ様を穢すような事、するわけないでしょ!」
「でも、お前の同人誌のなんとかって作品のモデルなんだろ。ほんっと、あれだけはわかんないよ、男と男が絡んでいるのを想像して、何が面白いんだ」
「ちょっと! 私は腐女子でもなければ、オコゲでもないのよ! 単にミウラ様のように麗しい男性がステージ上でパフォーマンスするのを想像するのが楽しいだけで」
「でも、どうせ男しかでてこないんだろ」
「え。そりゃ、だって想像でも他の女性に盗られるのは嫌じゃない? でも、べつにハードな描写があるわけじゃないのよ」
麗二はため息をつくと、陳列用のアレンジを作るために材料を作業台の上に並べつつ言った。
「あってたまるか。だいたいさ、なんか神格化しているみたいだけれど、あの人だって俺と同じに毎朝トイレにこもるだろうし、髭だって生えてくんだぞ」
「やめて! ミウラ様がトイレになんて行くわけないでしょ! 顎だって、脛だって、つるつるにきまっているのよ」
そもそも、なんでトイレにこもるなんて話をしながら、薔薇やかすみ草をカットしてんのよ。だが、彼はそのあたりのことは、氣にもならないようだ。飴を咥えたままリラックスしながらどんどん手を動かしている。
「うへっ。すね毛をピッセットで抜く男なんてキモチ悪い」
「ピンセットで抜くわけないでしょ! 元からまったく生えてこないか、百歩譲っても、サロンで永久脱毛よ」
麗二はおもいきり馬鹿にした顔をした。まあ、麗二とは無縁の世界よね。加奈は思った。彼の手元を見ると、ミウラ様が背負っていてもおかしくないような、紅薔薇とかすみ草の完璧なアレンジメントが出来上がっている。毎度の事ながら、言動と仕事のギャップがありすぎる。
アレンジメントをショーウィンドウに置くと、麗二は先ほどの受注伝票を見ながら「う~ん」と言った。
「どうしたの?」
加奈も覗き込んだ。
「希望の花さ。こっちの三浦さん用のオーキッド系というのはいいんだけれどさ。女性の方はコサージュ向けじゃないんだよなあ。デルフィニウム、ストック、金魚草、スイトピーのような優しい花、野の花の雰囲氣かあ」
「え。でも、麗二、そういう花束はしょっちゅう作るじゃない」
「花束は問題ないけれど、コサージュだからさ。しかも主役だろ。水が下がってしおれたらクレームになるよ。よりにもよって水の下がりやすい花ばっかり」
「あ。そうだね。どうしようか」
「そうだなあ。希望を全部無視するわけにはいかないから、まあ、強い花を中心にして萎れても目立たないようにギュウギュウにして希望の花を入れるか」
筋肉ムキムキ、すね毛ボーボーのワイルドな外見とは裏腹に、麗二の生花の知識と大胆なテクニックは、まさに花屋になるために生まれてきたと言っていいほどだった。子供の頃から「お花屋さん」に憧れて、なんとなくこの道を目指した加奈は、最初のバイト先で彼に出会い衝撃を受けた。
当時から彼は天才肌で、セオリー通りの組み合わせでまとめようとする加奈には信じられない花同士をぱっぱとまとめて、どこにもない個性的でかつ優雅な、もしくはかわいいアレンジを作った。ユリと向日葵。さまざまな蘭の競演。紫陽花を使った花束。プロテアと薔薇。ネギ科の花で作ったポップなアレンジ。
はじめは適当にやっているのかと思っていたが、つきあうようになり彼の部屋に初めて行った時に本棚に並んでいた膨大な蔵書を見て、彼がどれほど勉強家であるのかも知った。それに彼は「緑の親指」の持ち主で、どんなに難しい花でも咲かせる事が出来るし、部屋の隅で捨てられるのを待つばかりになっていた弱った鉢植えもいつの間にかピンピンにする事が出来るのだった。
その麗二でも眉をひそめるような難しいコサージュかあ。人ごとのように思った時、麗二は腕を組んで意外な事を言った。
「これは加奈の出番だわなあ」
「私の?」
加奈は驚いた。ごく普通のなんて事はない花束やアレンジはするものの、大事なお客様の特別な注文はいつも麗二任せだし、彼女もそれが当然だと思っていた。加奈自身が得意なのは、どちらかというとワイヤリングや、いろいろな新素材を使ったラッピングの工夫だった。
「うん。普通よりもたくさんの花をぎゅうぎゅうにするだろ。絶対にへたらないように22番くらいでクロスしたいけど厚ぼったくしたくないんだ。そこで加奈にワイヤリングとテーピングとリボンをやってもらいたいんだ」
麗二だって、ワイヤリングは上手だけれど、これはミリ単位で完璧なワイヤリングをしろってことね。麗二が私に頼るなんてめったにないことだし、他でもないミウラ様のためだし、頑張る! 加奈は奮い立った。
「わかった。じゃあ、一緒に完璧なコサージュ作ろうね。ところで、なんの受賞パーティなのかなあ。演劇とかかなあ。それともデザイナーとか?」
加奈が夢見がちに言うと、麗二は驚いたように答えた。
「なんだよ、お前、あの人の職業知らないのか?」
「え? 知らないよ。麗二はそんな事教えてもらったの?」
「うん」
何で今まで教えてくれないのよ。そう思いつつ、加奈は麗二にすり寄った。
「で、何? もったいぶらないで教えてよ」
「う~ん。知らない方がいいんじゃないかな。お前の妄想をぶち壊すかもしれないしさ」
「ええ~、ひどい。そんなこと言われたら氣になるよ」
「ま、いいじゃん。芸能人だと思っていりゃ。コサージュ作るのには、問題ないだろ」
加奈は地団駄を踏んだ。
「教えてよ。教えてくれないと、今度の特別号で麗二をモデルにしたキャラとカップリングするよ」
麗二はぎょっとして立ち上がった。
「おいっ。勘弁してくれ。それだけはやめろ! 自分の伴侶をオモチャにすんなよ!」
「じゃあ、教えてよ」
「なんだよ。お前のために黙っていたのにさ。ほら、この間、オヤジん家にシロアリがでたじゃん。その駆除の相談で窓口に行った時にさ……」
「ま、まさか、ミウラ様が……」
「うん。結構偉いみたいだったけれど、職場では作業着姿だったから、薔薇の花は背負っていなかったぜ」
イメージが崩壊して打ちひしがれる加奈を横目でみながら、麗二はコサージュにする花のプランを紙に書きはじめた。適当でそうとは見えないイラストだが、彼のプラン画を見慣れている加奈にはどんなコサージュになるのかがすぐにわかった。じゃあ、あそこにこうワイヤーを通して……。頭の中には二人で作る最高傑作がどんどん出来上がっていく。
うん。ミウラ様がどんな職業でもいいや。害虫駆除も大事な仕事だし。なんか受賞するってことはすごい人ってことだし。あの人とその同僚が、私と麗二の作る最高の花を身につけてくれれば、それで。
カランと音がして、入口のドアが開いた。あ、新しいお客さんだ。おお、超美人。カトレアやカサブランカを背負うのがふさわしい感じ! 今まで、私の作品にはいなかったタイプのキャラだわ。
「いらっしゃいませ」
加奈は元氣よく迎えた。
(初出:2017年5月 書き下ろし)
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お風呂
お風呂が好きです。
温泉も大好きだけれど、ヨーロッパの温泉というのは「温水プール」なので私の好きな温泉とはちょっと違います。露天でまったりする温泉が好きで、別に水着を着て泳ぎたいわけじゃないので、ヨーロッパのウェルネス休暇にはあまり興味がありません。
で、お風呂が好きなので、自宅ではほぼ毎日湯船に浸かります。日本の方は「何あたり前の事を言っているんだ」とお思いになるかと思いますが、欧米の生活から言うとこれは「異常」です。普通は軽くシャワーで、自宅に湯船がない方も多いのです。
結婚したての頃、「毎日浸かる」ということで、連れ合いと少し文化的な争いになった事があります。しばらくして彼が慣れてその争いはなくなりました。私が彼の葉巻や飲酒に何も言わなくなり、彼が私のお風呂に何も言わなくなったという感じでしょうか。
でも、一応、控えめにします。シャワーの一回分は湯船で使うお湯の半分程度と言われたので、基本的には湯船の半分程度を目安にお湯を張ります。まあ、時々それよりも多くなりますけれど。
滅多にやらないけれど、時々入浴剤を入れて温泉ごっこをしたり、リラックスするために精油を入れたりする事もあります。それと、石鹸やシャンプーなどは昔は「安いものでいいや」だったのですが、最近は自分が使って幸せになるものを厳選します。
引越すとしても、たぶんバスタブがあることは優先順位が高くなるだろうなあ。同時に、水がウルトラ貴重な国には住めないかもと思っています。
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【小説】郷愁の丘(4)アカシアの道 - 2 -
人生には、時々こういう瞬間があると思います。これまでの経験がほとんど役に立たず、とっさに何かをしなくてはならない時。このとっさの行動が、実は人生のターニングポイントだったという事は、もちろんその時にはわかりません。
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郷愁の丘(4)アカシアの道 - 2 -
苦痛に満ちた顔で、階段を降りていってしまった彼を見て、レイチェルは彼女に言った。
「ごめんなさい、私、ヘンリーに謝ってこないと」
彼女が出て行き、閉まったドアをジョルジアは眺めていた。あまりの不意打ちで、彼女の思考は止まっていた。
ジョルジアは、恋愛模様の当事者になった事はほとんどなかった。ティーンエイジャーの頃から人びとの関心は、美しく装った妹に集中し、彼女はそれを客観的に眺めるばかりだった。
男性とデートするようになったのは通常よりずっと遅く、同僚のベンジャミンに紹介されてからだ。その相手であるジョンにひどく傷つけられて去られてから、彼女は人との交流そのものもまともに出来なくなり、社会からも背を向けた。
一年ほど前から、意に反して恋に落ちてしまったが、その相手は知り合いでもなく実際に逢う事もないので、恋愛の当事者として当意即妙の反応を返す必要は全くなかった。
突然、こんな形で男性を意識する事になり、彼女はどうしていいのかわからなかった。荷物の前に座り込み、何をするでもなくそれを見つめた。
どれだけそうしていたかわからない。彼女は階段を上がってくる音を聞いた。短いノックが聞こえた。
「ジョルジア」
グレッグだ。
彼女は立ち上がり、混乱して戸惑いながらドアに向かった。どんな顔をすればいいんだろう。
「開けなくていい、ただ聴いてほしい」
ジョルジアは、ドアノブに手をかけたまま立ちすくんだ。
「レイチェルが言ったことは、どれも本当だ。それに、あのとき君に話した、好きになってしまった女性というのは、君のことだ。でも、君をマリンディに招待したのも、こんな所まで連れてくることになってしまったのも、邪なことを企んでいたわけじゃない。ただ、リチャードの事務所で君に再会したときに思ったんだ。こんな奇跡は二度と起こらない。だから一分でも長く君と時間を過ごしたいと」
彼女は、混乱していた。彼に対して一度も感じたことのなかった動悸にも戸惑っていた。それでいて、片想いをしている男に感じる強い痛みと熱情が欠けていることも冷静に感じていた。どうしていいのかわからなかった。ジョルジアは、望まぬ相手に愛の告白をされたことなどこれまでたったの一度もなかった。ましてや、その相手がこれまで一度も感じたことがないほど自分に近く感じる特別の相手なのだ。
「君がショックを受けて、僕に不信感を持つのは当然だ。距離を置かれたくなかったからだが、故意に隠していたのは事実だし、自業自得だと思う。君をちゃんとナイロビ行きの停まるヴォイかムティト・アンディまで送り届けてくれるようにレイチェルに頼んだ。せっかくの休暇に不快な思いをさせてしまって、本当にすまなかった」
ジョルジアは、何か言わなくてはならないと思った。だが、何が言えるだろう。近いと思える存在を失いたくないから「無害な」友達でいてほしいと? そんな都合のいいことを言う権利があるとでも?
しばらくしてから、彼が返事を待たずに去っていく足音が聞こえた。ジョルジアはドアを開けてその落胆した後姿が階段を降りて見えなくなるのを黙って見つめた。彼は振り返らなかった。
何かを言わなくてはならない。もしくは、敵意のない態度を見せなくてはならない、例えば食事のときに、いや、リビングに行ってレイチェルに話しかけながらでも。
彼が謝らなくてはならないことなどなにひとつなかった。もし、それが罪なら、ジョルジアが、自分を知りもしない相手のことをいつも考えてしまうのも大罪だった。彼女はグレッグと一緒にいた時間を不快に思ったことは一度もなかった。何と答えていいかもわからないほど混乱させられている彼の告白ですら不快ではなかった。
ジョルジアが、それを告げようと決心して階下に降りようとした時、表からエンジン音がした。そしてルーシーの吠え声がドアの締まる音とともに消えたのも。
彼女は、我に返って階段を走り下りた。玄関にはレイチェルがいて、ジョルジアを見て頷いた。
「彼は?」
「このまま、帰るそうよ。あなたをよろしくって、頼んでいったわ」
ジョルジアは、そのまま彼女の横を通り抜けて表に出た。黒いランドクルーザーは、もう門を出て走り去っていた。ジョルジアは走って公道に出た。並木の間を赤茶けた道がずっと続いている。土ぼこりが舞い上がって、去っていく車が霞んでいく。彼女は、間に合わないと思いながらもただ走った。けれど、ぬかるみの中に隠れていた石につまづいて転んでしまった。
膝と、それから手のひらに激痛が走った。こんなのは嫌。世界は突如として以前通り素っけなく親しみのないものに変わってしまった。アフリカも厳しく痛い存在になってしまった。どうして。
こみ上げてくる苦しさを押し込もうとしたその時に、彼女は近づいてくる犬の吠え声を聞いた。顔を上げると、焦げ茶のローデシアン・リッジバックが走り寄って来ていた。
「ルーシー……」
大きい犬は、尻尾を振ってジョルジアに駆け寄ると、振り向いて主人を呼んだ。グレッグが遅れて走って来ていた。彼は、駆け寄ると屈んで「大丈夫か」と訊いた。
「痛いわ」
彼女は、手のひらを見せた。赤茶けた泥まじりの土の下から血がにじみだしている。
「この辺りはアカシアの木ばかりだから、トゲがたくさん落ちているんだ」
彼はとても優しく手のひらの泥を拭って、棘がいくつも刺さっているのを見た。
「すぐに手当をしないと。立てるか」
ジョルジアは、完全に安堵している自分に驚いていた。泥だらけの惨めな姿で、手のひらと膝は痛くても、心の方の痛みが消えていた。
「ルーシーが吠えて報せてくれなかったら、君が追って来ていたことも、こうして怪我をしたことも知らずにそのまま走り去ってしまう所だった」
「どうしてさよならも言わずに行ってしまうの? 約束したのに」
「約束?」
「約束したでしょう。私を《郷愁の丘》へ連れて行ってくれるって」
彼は驚きに満ちた目で、彼女を見つめた。
「……。君は、二度と僕と二人きりにはなりたくないんだと思っていた」
「私はムーア博士に逢いにここに来たわけじゃないわ。マリンディに行こうと思ったのも、イタリア人街を見たかったからじゃない。あなたは、他のどんな人とも違う。あなたは私にとても似ていて、きっと誰よりもわかってくれる人だと感じたからよ。あなたと友達になりたかったの。それが迷惑だと言うなら諦める。でも、こんな風に黙って去っていったりしないで」
グレッグは、ジョルジアを支えてゆっくりと立たせた。
「《郷愁の丘》までは日帰りできる距離じゃないんだ。それでも来るかい?」
彼女は頷いた。
「荷物を取ってくるわ」
グレッグは、少し間を置いてから言った。
「まず、この傷の手当をしてからだ。車をとってくるから、ルーシーとここで待っていてくれ」
彼は、かなり先に乗り捨てたランドクルーザーの方に歩いて戻っていった。ジョルジアは、ルーシーの優しい鳴き声を聞きながら、その背中を見ていた。
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- 【小説】郷愁の丘(3)動物学者 - 1 - (12.04.2017)
パンのお供(2)ハムペースト
日本では「ご飯のお供」は、どの家庭でもそれぞれにあって、むしろ「そんなもん、わざわざ意識していないよ」というものであったりもします。同様に、何がなくともとりあえずパンなので、そのパンのお供も大事です。
買ってくるパンにしろ、自分で作るパンにしろ、とにかくパンは常に自宅にあるものなのです。で、我が家でもパンとバターはとりあえず切らさないようにします。そして、そのパンをどう食べるかは、日々違うのですね。しかも、スイスは夕食が軽い事が多いので、パンプラスαがそのまま夕食のメニューになります。スープ+パンとか、パンとハムとチーズとか。
で、いつも同じだと飽きるので、いろいろと工夫をするようになると。
というわけで、今回は「ハムペースト」です。

かつて「サンドイッチ談義」という記事でご紹介しましたが、日本にいた頃から愛読していた本、パトリス・ジュリアン著「フレンチスタイルのサンドイッチ」に、「こういうムースや味付けバターがあると、カスクルート(フランス式サンドイッチ)は簡単に豊かになるよ」と、いろいろな基本ムースや味付けバターを紹介したページがあるのです。
で、それ自体さほど難しくないのですが、怠惰な私は更に簡単にアレンジしてしまうのでした。
パトリス・ジュリアン氏の「ハムのムース」はハムの他にバター、サワークリーム、プレーンヨーグルト、サラダ油なども入っていて、細かく切ったハムをすりこぎですってという工程があります。
私のは、材料はハムとマスカルポーネチーズ(リコッタでもOK)だけ。

ハムは適当にちぎってハンドブレンダーで細かくします。それとマスカルポーネチーズを混ぜて、必要なら塩こしょうで味を整えるだけです。マスカルポーネやリコッタを使う理由は、カッテージチーズなどと違って、柔らかくするために他の材料と混ぜたり、しばらく常温で置いてといった面倒が何もないからです。つまり冷蔵庫から出して速攻で作って五分後には食べられるというわけです。
これだけで十分濃厚なので、バターは塗らずにそのまま厚めにパンに塗り、窓辺に栽培している(というか毎年勝手に生えてくる)ルッコラを挟むと、それだけでOK。パンだけでなく、クラッカーに塗っても美味しいですよ。
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【小説】郷愁の丘(4)アカシアの道 - 1 -
ところで、アフリカの白人のお家は平屋でやたらと広いものが多いのです。おそらく土地はいっぱいあるからなのでしょうね。以前ヨハネスブルグ郊外で滞在したお家は、とても広くて、トイレに行く時にギリギリまで我慢するとピンチになるくらいでした。ナイロビで滞在したお家、モンバサで滞在したお家も広かったなあ。
今回も二回に分けています。「よりによって、そこで切るか」と言われても、半分くらいがここだったんだもの……。
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郷愁の丘(4)アカシアの道 - 1 -
四時間のドライブのあと、一行は赤茶けたサバンナの舗装されていない道をゆっくりと進み、たくさんのアカシアの樹が生えている一画に建つ家に入っていった。それはアフリカには多い大きな平屋建てで、二匹のドーベルマンが前庭を駆け回っていた。
彼が降りて呼び鈴を押すと、電動で門が開き、彼は車を玄関先まで進めて停めると、メグを起こしてジョルジアと自分の荷物を玄関に運んだ。玄関が開いて映画でその姿に見覚えのある動物学者レイチェル・ムーア博士が出てきた。
メグは祖母の姿を見ると、それまで必死で抱きついていたジョルジアからぱっと離れて、その腕の中に飛び込んだ。
「ナナー!」
映画で見たときより少し歳とったとはいえ、レイチェル・ムーア博士は誰かの祖母という言葉がピンと来ないほど若々しくて生氣に溢れた女性だった。少し濃いめの金髪はボブカットに揃えられ、半袖のサファリシャツと太ももまでの丈のショートパンツから見えている手足は瑞々しかった。
ああ、この人は光だ。ジョルジアは感じた。それは彼女が兄である実業家マッテオ・ダンジェロや、世界でもっとも成功したモデルの一人である妹アレッサンドラに対して感じる、抗えない強いパワーと同じエネルギーだった。
「なんてお礼を言ったらいいのかしら、ミズ・カペッリ。この子はどうしてもヘンリーのことが怖いらしいの。あの髭と生真面目さのせいだと思うんだけれど」
「レイチェル。僕は車を駐車場に入れてきます」
「あ、ヘンリー。申し訳ないんだけれど客用の駐車場に、アウレリオが買った鉢植えを八本も置いたまま行ってしまったの。適当にどけてくれる?」
グレッグは頷いた。
「本来はどこに置くべき鉢なんですか」
「スイミングプールよ。置くスペースは作ったんだけれど、今日、雑用で来てくれているジェイコブが来なかったから移動できなかったの」
「わかりました。じゃあ、プールに運んでおきます」
「私も手伝うわ」
ジョルジアが言うと、グレッグは首を振った。
「君は、ゆっくりしててくれ。ようやく客らしい立場になれたんだし」
「そうよ。まず客間に案内するわね。その後すぐお茶を淹れるわ」
ジョルジアは少し慌てた。
「私の事はおかまいなく。ミセス・ブラスが大変な時で、それどころではないでしょう」
レイチェルは笑顔で首を振った。
「最初の連絡では私も慌てたけれど、さっき本人から電話があってね。全く問題がないんですって。少しおかしいなと思った時に誰もいなかったのでパニックに陥ってしまったらしいの。ヘンリーがすぐに病院に運んでくれて、しかもあなたたちがメグを無事にここに届けてくれるとわかったら、安心したみたい。あっちは蒸し暑いでしょう。それで調子を崩したのね。明日、退院してアウレリオと一緒にこっちに戻ってくるわ。だから、マリンディではできなかった分、あなたをおもてなししたいの。よかったらこちらにお好きなだけ逗留していってくださいな」
ムーア博士が彼女を二階に案内した。メグも嬉しそうについてきたが、客間の前でシャム猫をみかけると声を立てて駆け出し、猫と一緒にまた一階へ行ってしまった。
ムーア博士は客間の扉を開けると言った。
「ねえ、どうか私をレイチェルと呼んでちょうだい。メグの友達になってくれたんですもの、私の友達にもなってほしいわ」
「光栄です。ジョルジアといいます」
そう答えるとレイチェルはウィンクして答えた。
「知っているわ。あなたの名前も、それから、お仕事も。あなたとやっとお知り合いになれてとても嬉しいのよ。彼の幸せは私たちの重要な関心ごとなの。彼はどう思っているかわからないけれど、私もマディも、ヘンリーの家族のつもりだから」
ジョルジアは、彼女が何を言っているのかよくわからなかった。どこから訊き直すべきか考えている間に、レイチェルは本棚から抜き出した写真集を見せて笑いかけた。それはジョルジアの『太陽の子供たち』だった。まさかケニア中部の初めてあった人の家でこれを目にするとは思わなかったので、彼女はさらに驚いた。
「これはヘンリーのところにあったのよ。この前のクリスマスに彼の家に行った時にマディが見つけてクリスマスプレゼント代わりにって強引にもらってきてしまったの。以前アテンドした写真家で、アメリカの有名な賞で入賞したって、アシュレイから訊いてから欲しがっていたのに、売り切れで手に入らなかったから」
グレッグが『太陽の子供たち』を持っていた? まさか。
今回の旅で、彼女は前回のアテンドのお礼として、リチャード・アシュレイとグレッグ用にそれぞれサイン入りの写真集を持ってきた。リチャードは「欲しかったのに手に入らなかったんですよ!」と大喜びしたが、グレッグははにかみながら礼を言って受け取っただけだった。関心があったとは思いもしなかったのでもう持っているかどうかは訊かなかったのだ。
「マリンディに出かける前に、マディがね。ヘンリーが招待した女性、どこかで聞いた名前だと思ったらこれだったんだわって、持ってきたのよ。私もね、彼が子供の写真集ばかり持っている理由がわかってホッとしたの。私たちがよく話すようになってからこのかたガールフレンドがいた形跡がないし、ペドフィリアの傾向があったら由々しき問題でしょう? でも、おつき合いしている女性の作品だったから集めていたんだとわかったから、本当に安堵したのよ」
「これ以外にも、私の写真集を?」
「ええ。七、八冊くらいあったかしら」
それは、つまり、出版されている私の写真集をほとんど全て持っているってこと? 言葉がでてこなかった。
彼が子供好きでないのは、メグの扱いを見てもわかる。それに七、八冊あるという事は、その前に撮っていた風景の写真集もあるはずだ。彼が写真集を買った理由は題材にあるわけではなく、写真家に興味があるとしか考えられなかった。けれど、彼はこれだけたくさんの事を話したのに一度もその事に触れなかった。それは……。
彼との会話が甦る。
「知り合ってもいない人に恋をしたことがあるんですか?」
「いや、知り合ってはいます。でも、二度と逢う機会もない程度の知り合いだったから、あなたのケースとほとんど変わりありませんよ」
彼女は、手にした自分の写真集を見つめた。あの言葉を聞いたとき、自分と結びつけて考えることはなかった。だが、そうではないと断言する理由などどこにもないのだ。
レイチェルが誤解するのも無理はない。彼が、マリンディの別荘に誘った時に、ジョルジアは彼を既婚者だと思っていたのでそんなつもりはなく招待に応じたが、レイチェルやマディの立場で考えれば、彼が女性を連れてくると言ったら恋人だと思うだろう。
彼が階段を上がってきたのが目に入った。ジョルジアが手にしている『太陽の子供たち』を見て、彼はレイチェルが何を話していたのか悟ったようだった。
「まさか……知らなかったの?」
レイチェルは、口元に手を当てて、痛恨のミスをどう取り戻そうかと考えているようだった。だが、ジョルジア自身は驚きと混乱で、氣の利いた言葉を返すことが出来なかった。
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多民族のひしめく所

「郷愁の丘」の舞台はケニアですが、実を言うと私のケニア、タンザニア、ジンバブエ、南アフリカ共和国で経験した事とその現地に住んでいる人たちと話していて感じた事を混ぜて記述しています。だから正確にはケニアだけの話じゃないのです。
だだ、ケニアと南アフリカが同じであるわけはありません。地理も歴史も文化背景も違います。
私が「郷愁の丘」で書こうとしているのは、アフリカの現状に関する問題提起ではないですし、歴史や文化の紹介でもないのです。その一方で、あの地を舞台にしたのならば、避けて通れない記述もあります。日本で「ケニア十日間の旅」などと聞いたときにイメージするのは、おそらくライオンやゾウなどの野生動物だと思うのですが、それだけではないのですよね。
ケニアは多民族国家です。「白人」と「黒人」という分け方は乱暴すぎます。が、どこまで分ければ適当であるかと考えると悩ましいところです。
いわゆる黒人で一番人数が多いのはキクユ族。テレビでおなじみでよく知られているのはマサイ族ですが、彼らは少数派で、その他に何十もの部族があります。言葉も生活様式も文化宗教もさまざまです。
白人といっても、植民地時代からいるケニア生まれケニア育ちの白人の他に、ここ何十年の間に移住した人たちやその子供たちもいますし、仕事で来たばっかりの人たちもいるのです。それぞれが、それぞれのコミュニティに属しながら、お互いに影響し合いつつ存在しています。
その他に、外国人では、白人による植民地時代より前に広がっていたムスリムの影響があり、インド人も多く、さらに政治的な関係が深い中国人もいます。
日本にとって遠いんだなと思うのは、「白人による黒人差別」とか「人類皆兄弟」とか、そういうキーワードによる観念が一人歩きしていて現状とマッチしていないと感じる時です。もちろんそれぞれのキーワードは間違いではないのですが、そんなに単純な問題でもないのです。
例えば「白人と黒人のもらっている給料が違う」という事実があって、それを「不平等」と断じるのは簡単です。でも、給料をある一定時間の労働量に対する対価と考えると、平均的な白人一人の労働量は、平均的な黒人数人の労働量に匹敵してしまうという事実があるのです。この辺は、白人よりもさらに(それも自主的に)働いてしまう日本人には目にしない限り理解できない事なのかなと思います。
差別して虐待したりする事は、決してすべきではないのですが、その一方で全く同じに扱う事が実質不可能であるのは、実際に彼らと知り合わない限りなかなか理解できないと思います。
これは本来は肌の色の違いによるものではないのです。それでも部族や民族、社会文化や風俗の違いによる集団の差異は存在するということです。もう少しわかりやすく言うと、同じヨーロッパにいる白人でも「ゲルマン人」と「ラテン人」は個別の人の事はさておき一般的には振舞いや考え方などが違うというのはイメージしていただけるでしょう。同様に「キクユ族」と「マサイ族」も全く違います。もちろん植民地時時代からいるイギリス系ケニア人とキクユ族のケニア人も違うのです。
私の小説は、日本社会を舞台に展開する事もありますが、そうでない事が多いです。登場人物も、日本人も結構いますが、相対的には外国人の方が多いでしょう。彼らを動かす時に、もちろん日本人である私の脳内から出てきたのですから全く自由にはなっていませんが、出来る限り日本人しかしないような言動や考え方を書き込まないようにしています。
出発点がそこにあるので、時おり読者の方には「?」と思われるような前提条件をあえて説明せずに書いている所があります。もしかするとその辺が、わかりにくさになっているのではと、少し不安になっています。というわけで、時おりこうやって、別記事で説明を入れようと思っています。
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【小説】バッカスからの招待状 -9- サラトガ
今回は、珍しく「ちょっと嫌われ者」の客が登場します。まあ、店主の田中にとってはどんな人でもお客様ですが。なぜか夏木が準レギュラー化しているなあ。それにバーの小説なのに、下戸のキャラばかりってどんなものでしょう。
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バッカスからの招待状 -9-
サラトガ
「今日は、いつものとは違う物を飲んでみたいな。田中さん、何でもいいからみつくろってくれないかな。お願いします」
夏木がそう言うと、田中はにっこりと笑った。
「かしこまりました。久しぶりのおまかせですね」
大手町の隠れ家のような小さなバー『Bacchus』は、アルコールを全く受け付けない体質の夏木が唯一通っている店だ。店主でもあるバーテンダーの田中がいつも上手にノン・アルコールのカクテルを作ってくれる上、肴も美味しくカウンターに座る他の客との当たり障りのない交流も居心地がいいのだ。たった一人、あの男を除いて。この店は大好きなんだけれど、あの客だけは会いたくないんだよな。
その客とはこの二月くらいから時々顔を合わせるようになった。
「いらっしゃいませ、近藤さん」
田中の声にはっとする。どうやら嫌な予感が的中したようだ。
「こんばんは、マスター。あれ、今日も先生が来ているね」
先生というのは夏木の事だ。夏木は教師でもなければ、医師でもないし、弁護士でもない。なのに、この近藤という男はいつも夏木をからかってそう呼ぶのだ。夏木が眼鏡をかけて、あまりオシャレではないコンサバなスーツを着、きまじめな様子でいるのが今っぽくないからというのが理由のようだった。
近藤のスーツは、おそらくアルマーニだろう。やけに目立つ赤と黒のネクタイを締めて、尖ってピカピカに艶の出た靴を履いた脚を大袈裟に組むのだが、夏木は心の中で「お前はジョージ・クルーニーじゃないんだから、そんなカッコをしてもマフィアのチンピラにしか見えないぞ」と呟いた。もちろん口に出して言う勇氣はない。
「今日は、あのかわいいすみれちゃんと待ち合わせじゃないのかな。頑張ってアタックしないと、愛想を尽かされちゃうんじゃないかな」
放っておいてくれ、夏木は思ったが、田中を困らせたくなかったので喧嘩腰に口をきくのは控えた。
近藤の話し方は早口で神経質だ。何がどうというのではないが、聴いているとイライラする。それに田中と他の客が話している時に、話しかけられてもいないのに割って入り、話題に関連した自分の知っている知識をこれでもかと披露する。そのせいでせっかくの話題の流れがおかしな事になってしまう事もある。どうしてもその話題をしたい訳ではなくても、話の腰を折られると面白くはない。
「マスター、僕のボトル、まだ空じゃないよね。いつものサラトガを作ってくれよ」
夏木が乗ってこないので興味を失ったように、近藤は田中に注文した。自分をからかう他に、夏木がこの男を氣にいらないもう一つの理由は、彼が田中を小僧のように扱う事だった。なんだよ、この上から目線。彼は心の中で毒づいた。
田中は、いつものように穏やかに「かしこまりました」と言って、近藤の自筆で書かれたタグのついたブランデーのボトルを手にとり、規定量の酒をシェーカーに入れた。近藤は優越感に満ちた表情で夏木を見た。ボトルキープをしている自分はあんたとは違うんだよ。もしくは、ブランデーベースの強いカクテルを飲める自分はどうだい。そんな風に言われたようで、夏木は意味もなく腹が立った。
「お待たせしました」
近藤の前に、パイナップルスライスの飾られたカクテル・グラスが置かれた。
「これこれ。やはりバーにきたからにはサラトガを頼まないとね。このカクテルはバーテンダーの腕の差が出るよ」
それから、夏木の方を見て言った。
「先生もどうです? なんなら、僕のブランデーをごちそうしますよ」
夏木がアルコールを一滴も飲めないのを知っていての嫌味だ。彼はついに抗議しようと憤怒の表情を浮かべて近藤の方に向き直った。
その不穏な空氣を察知した田中が、先に言った。
「夏木さんも、サラトガの名前のついたカクテルを既に注文なさっていらっしゃいます」
夏木はぎょっとした。いくら悔しくても、女性にも飲める軽いカクテルですら飲めない彼だ。強い事で有名なサラトガは舐める事だって出来ないだろう。
近藤も意外そうに田中の顔を見た。
「サラトガを先生が?」
田中はコリンズ・グラスに砕いた氷を満たした。カクテル・グラスでないところから、少なくともサラトガは出てこないとわかって、夏木は安堵した。田中が夏木の飲めないものを出すはずがないと思い直し、彼は黙って出てくるものを待つ事にした。
田中はライムを取り出して絞ったもの、シュガー・シロップに続き、グラスにジンジャーエールを注いだ。そして、軽くステアしてから夏木の前に出した。
「お待たせしました。サラトガ・クーラーです」
クラッシュド・アイスはなくカクテル・グラスに入っているサラトガの方が色は濃いが、似た色合いのドリンクが並んだ。全く中身は違うけれど、どちらも丁寧に作られたカクテルで、全く遜色はないと主張していた。
夏木は感謝して一口飲んだ。
「ああ。これは美味い。また新しい味を開拓できて嬉しいよ、田中さん」
嬉しそうに飲む夏木の姿を見ながら、近藤はどういうわけかその晩は静かだった。十五分ほど黙ってカクテル・グラスを傾けていたが、料金を払うと「じゃあ。また」と言って去っていった。
夏木は田中が片付けているカクテル・グラスを見て驚いた。
「あれ。ほとんど残っている」
「あの人、いつもそうだよね」
少し離れたところに座っている他の常連が口を挟んだ。
「わざわざポトル・キープまでしているわりに、全然飲まないんだから、本当はお酒は弱いんじゃないかなあ。無理してサラトガなんて頼まなくてもいいのに、何でこだわっているのかなあ」
夏木は近藤が不愉快でいつも先に帰ってしまうので、知らなかった。田中は何も言わなかったが、それが本当に近藤がカクテルを飲み終わった事がないことを証言した形になった。
「近藤さん、こんばんは。今日はお早いですね」
田中は、いつもよりもずっと早い時間にやってきた近藤にいつもの態度で歓迎した。今日の服装は、いつも通りのアルマーニのスーツではあるが、水色の大人しいネクタイだし、靴がオーソドックスなビジネスシューズだった。それだけでも印象が随分と変わる。さらによく見ると、髪を固めていた整髪料を変えたのか、艶やかにしっかりと固まっていた髪型が、わりとソフトになっている。
「うん。予定が変わって、時間が空いたんだ」
普段より大人しい様子の彼に、田中はどう対応していいのか迷った。だが、まずはいつも通りに対応する事にした。おしぼりを渡しながら訊いた。
「今日は、いかがなさいますか」
「いつものサラトガを……」
そう言いかけてから、近藤は言葉を切って、少し考えているようだった。田中はいつもとの違いを感じて結論を急がせないように待った。
近藤は、顔を上げて言った。
「この間の、先生が飲んでいた方のサラトガを飲んでみていいかな」
「サラトガ・クーラーですね。かしこまりました」
田中は、なるほど風向きが本当に変わってきたんだなと思いつつ、コリンズ・グラスを取り出した。
目の前に出てきたサラトガ・クーラーを一口飲んで、近藤はほっとひと息ついた。
「ああ。美味しいなあ。もっと前に、これを知っていたらよかったな」
「お氣に召して何よりです。本当はクーラーというのはアルコール飲料を炭酸で割ったものにつけられる名前ですが、こちらは完全なノンアルコールです。組み合わせが全く違うサラトガと同じ名前がついている由来も定説はないようです」
近藤は、しばらく黙っていたがやがて言った。
「僕はね、もうわかっていると思うけれど、本当はアルコールにとても弱い体質なんだ。でも、ずっとそうじゃないフリをしてきた。飲めるのに飲めないフリはそんなに簡単にはバレないけれど、飲めないのに強いフリをしても無駄だよね。でも、マスターは、一度も他の人の前でそれを言わないでくれたよね。ありがとう」
「アルコールに弱い事は恥でも何でもなくて、体質ですから無理すべきではないのですが、そうはいかないときもありますよね」
「うん。でも、正直に言ってしまった方が、ずっと楽に生きられるんだよね。僕は、先生を妬んでいたんだろうな」
「どうしてですか?」
「最初にここで彼を見たとき、例のすみれちゃんと楽しそうに飲んでいたんだよ。僕は、ここじゃないバーで、女性にカクテルをごちそうしたりして、親しくなろうと何度も頑張ったけれど、うまくいかないんだ。最初はカッコいい名前のカクテルや、服装に感心していてくれた子たちも、僕が飲めなくて、ただの平社員で、カッコいい都心のマンションにも住んでいない事がわかると去っていく」
それからグラスを持ち上げて爽やかなドリンクを照明に透かして揺らした。
「サラトガは、大学生の時に好きだった女の子が教えてくれたカクテルなんだ。彼女はもう働いていて、職場の出来る先輩が大人はこういうのを飲むんだって言ったらしくてね。サラトガというのは勝利の象徴だって。僕は、それから十年近くもその見えない大人の男に肩を並べなくてはと思っていたみたいだ。そうじゃないのに賢くてカッコいいヤツを装っていた。この間、マスターと先生の息のあったやり取りを見ていて、自分の目指していた大人像は間違っていて薄っぺらだったんだなと感じたよ」
田中は、生ハムと黄桃のオリーブオイル和えをそっと近藤の前に出した。
「カクテルの名前の由来というのは、はっきりしているものもありますが、なぜそう呼ばれているのか説が分かれるものもあるんです。私に言えるのは、サラトガはブランデーの味のお好きな人のためのカクテルだということです。名前も、原材料も、どれが最高という事はありませんので、それぞれの方がご自身の好みに従ってお好きなものを注文なさるのが一番だと思っています」
「そうだよね。だから、もう背伸びするのはやめることにしたんだ。長い時間をかけて髪をセットするのも、窮屈な靴を履くのもやめてみたんだ。そうしたら、さっき約束していた子にイメージが違うと振られてしまったんだけれど」
田中はぎょっとした。これは相当落ち込んでいるんじゃないだろうか。だが、近藤は笑った。
「心配しないで、マスター。僕は自分でも驚いているんだけれど、ほっとしているんだ。彼女は、とてもスタイリッシュで美人で目立つ人で、成功したエリートがいかにも好みそうなタイプだけれど、ご機嫌を取るのがとても難しくて僕にはひどいストレスだったんだ。振られて楽になったよ。負け惜しみと思うかもしれないけれど、本当なんだ」
彼は、空になったグラスを持ち上げた。
「もう一杯、もらえるかな」
田中は微笑んで頷いた。それぞれ好みのドリンクが違うように、最良の生き方も人によって違う。自分に合ったものが何であるかがわかれば、過ごす時間もずっと楽しいものになる。この店で逢う度に不穏な空氣になっていた夏木と近藤も、意外にも仲がよくなっていくのかもしれないと思った。
サラトガ(Saratoga)
標準的なレシピ
ブランデー = 60ml
マラスキーノ・リキュール = 2dash
アンゴスチュラ・ビターズ = 2dash
炭酸水 = 微量
作成方法: ブランデー、マラスキー・ノリキュール、アンゴスチュラ・ビターズをシェークし、カクテル・グラスに注ぎ、極少量の炭酸水を加えて、パイナップル・スライスを飾る。
サラトガ・クーラー(Saratoga Cooler)
標準的なレシピ
ライム・ジュース = 20ml
シュガー・シロップ = 1tsp
ジンジャー・エール = 適量
作成方法: クラッシュド・アイスを入れたコリンズ・グラスに、ライム・ジュースとシュガー・シロップを注ぎ、ジンジャー・エールでグラスを満たした後、軽くステアする。
(初出:2017年5月 書き下ろし)
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今週は「十二ヶ月のアクセサリー」七月分を発表します。七月のテーマは「櫛」です。
櫛はジャパニーズなものを書きたいと思っていたので、また例の放浪者に登場してもらうことにしました。「樋水龍神縁起 東国放浪記」の続きです。江戸時代の話にすれば完璧にアクセサリーになったんですが、平安時代ですからまたしても「これ、アクセサリーじゃないじゃん」になってしまいました。ま、いいや。「十二ヶ月の野菜」の時もかなり苦しい題材を使いまくりましたから、いまさら……。
今回の話、実は義理の妹姫も出そうと練っていたんですが、意味もなく長くなるので断念しました。本当は五千字で収めたかったのですが、止むを得ず少し長めです。すみません。


樋水龍神縁起 東国放浪記
母の櫛
それは、屋敷の庭では滅多に見ない大木であった。大人が抱えるほどの幹周りがあり、奥出雲の山深き神域で育った次郎ですらも見たことがないほど背の高い柘植は、おそらく樹齢何百年にもなろうかと思われた。屋敷を建てる遥か昔からここに立っていたのであろう。根元から複数の枝が絡み合うように育ち、一部は苔むしている。
安達春昌と付き従う次郎は、丹後国を通り過ぎようとしていたところだった。一夜の宿を願ったのは村の外れの小さな家で、人好きのする若き主は弥栄丸といった。
「すると、あなた様は陰陽師でいらっしゃるんで?」
彼は昨夜、春昌に陰陽の心得があることに大きな関心を示した。
「かつては陰陽寮におりましたが、現在はお役目を辞し、この通りあてもなく旅をする身でございます」
春昌は、この旅で幾度となく繰り返した答えを口にした。弥栄丸は春昌が役目を辞した事情よりも氣にかかっていることがあったので、詳しい詮索をしなかった。
「実は、私めがお仕えしているお屋敷で、なんとも不思議なことが起きまして、困っているのでございます。先日、この辺りでは名の通った法師さまに見ていただいたのですが、どうも怪異は収まらず、殿様は、もっと神通力のあるお方に見ていただきたいと思っていらっしゃるのです。と申しましても、このような田舎ではなかなかそのような折もございませんで。ですから、都の陰陽師の方がここにおいでになったとわかったら、殿様は何をおいてでもお越しいただきたいと願うはずです」
「あなたがお仕えしていらっしゃるのは」
「はい。この郡の大領を務める渡辺様でございます。私めは従人として、お屋敷の中で姫君がお住いの西の対のお世話を申しつかっているのです。その寝殿の庭の柘植の古木に人型のようなものが浮かび上がってまいりまして、女房どもがひどく怖がっております。そして、お元氣だった姫君が病に臥すようになられたのです。もしや何者かが調伏でもしているのではと、お殿様は心配なされていらっしゃいます」
「姫君? お一人別棟にお住まいなのですか」
「はい。実は、この姫様は、北の方のお生みになった方ではなく、殿様のもとで湯女をしていた方がお生みになったのです。殿様は、北の方に隠れて長いことこの女を大切にしていたのですが、何年か前に流行り病で亡くなってしまわれました。姫君はそれから観音寺に預けられておりました。ところが、位の低い女の娘とは思えぬほど美しくお育ちになり、殿様がこの娘をこちらを狩場となさっておられる丹後守藤原様のご子息に差し上げたいとお思いになり、一年ほど前にお引取りになったのです」
「姫君のお身体に差し障りが起きたのは、それ以来なのですか」
「いいえ。床に臥すようになられたのは、ここ半年ほどです。殿様も北の方もご心配になられてお見舞いにいらしたり、心づくしのものをお届けになったり、なさっていらっしゃるのですが」
「そうですか」
春昌は頷いた。
「姫様をお助けいただければ、私めもありがたく思います。ほんにお優しい姫君でして。私のことも心安く弥栄丸と呼んで頼みにしてくださっているのです」
そして、二人は翌日の昼過ぎにこの弥栄丸に連れられて、渡辺のお屋敷へと向かったのだった。
「お殿様から、ぜひお力添えをいただきたいとのことでございます。御礼はできる限りのことをさせていただきたいと仰せでした」
「何かお手伝いができるかわかりませぬが、まずはその柘植の木を拝見させていただきましょう」
弥栄丸は春昌と次郎を屋敷へと案内した。西門から入ると件の大木はすぐに目に付いた。その根が庭の半分以上を占めていて、しかもよく見る柘植の木のように行儀良く育たず、太い幹が伏してから斜めに育っていた。大きく枝を広げておりそのためにその木の下は森の始まりのような暗さだった。西の対の寝殿に面した側面に、言われてみると確かに人型に見える文様が浮き出ていた。
「弥栄丸。都の陰陽師さまとは、そちらのお方か」
寝殿の縁側からの明るい声に振り向くと、菜種色の表地に萌黄の裏が美しい菖蒲襲を身につけた女性が御簾から出てきたところだった。
「これ。姫様! なりませぬ」
慌てて、侍女と思われる歳上の女が追いすがるが、姫君は草履を履くとさっさと春昌のところまで進んできた。さほど位の高くない大領の娘とはいえ、とんでもない行為だ。次郎はあっけにとられた。
「安達春昌にございます」
春昌は深く礼をし、次郎もそれにならった。こんなはしたない姫君に国司のご子息を婿に迎えようというのは、無謀にもほどがあると次郎は心の内で思ったが、確かになかなかに美しい姫君で、しとやかに振る舞えば評判にもなろうと思った。
「あたくしは夏といいます。安達様。これは誠に禍々しいものですの? あたくしには、ちっとも恐いものには思えませんの。それにあたくしの病、いつもひどいわけではないのよ。例えば、今日はとてもいいの。あたくしなんかを呪詛しても、誰も得をしませんし、とてもそんな風には思えないのだけれど」
夏姫は人懐こい笑顔を見せた。次郎は、確かにこのように朗らかで、誰にも分け隔てなく接する姫は、皆に好かれるであろうと思った。
「今から、調べてみようと存じます」
春昌も、珍しく柔らかい表情をして姫君に答えた。
姫はにこにこと笑った。
「あたくしも見ていていいでしょう。ああ、今日はとても暑いわね。
それを聞いて次郎は真っ赤になった。生絹は袴の上に肌が透けて見える着物だけを身につける装束だ。彼がかつてお仕えしていた奥出雲樋水の媛巫女はもちろんそのようなだらしない姿をすることは決してなかったが、やんごとない女性は御簾のうちでそのような形をしていると、郎党仲間に教えてもらったことがあった。
「でも、これくらいはいいわよね」
そういうと、姫は懐から美しく彩色された櫛を取り出して長い髪をまとめ出した。そして、櫛を口に咥えるとまとめた髪をあっという間に紐で縛った。
「姫様!」
サトと呼ばれた侍女が姫君らしくない振る舞いをたしなめるが、夏姫は肩をすくめただけだった。
その様を横目で捉えた春昌は、柘植の木を見るのをやめて、寝殿の縁側に控えているサトに訊いた。
「姫君の御患いはいかなるものなのですか」
サトは、突然話しかけられて少し驚いたが、丁寧に答えた。
「
「左様でございますか。姫、大変失礼ですが、そちらを拝見してもよろしいでしょうか」
姫は、何を言われたのか一瞬分からなかったようだったが、春昌が自分の櫛を見ているのがわかると笑った。
「これですか? きれいでしょう。 このお屋敷に来て、北の対の母上様と初お目見えした時に頂戴したあたくしの宝物なのです。悪しきものから身を守る尊い香木で作った珍しい櫛なのですって。確かに観音寺で焚いていたお香と同じ香りですわ。とても高価だとわかっているのですが、毎日使ってしまうのです」
姫はその櫛を愛おしげに撫でてから春昌に渡した。彼は、その美しき櫛の背の部分の色が褪せているのを見た。
「恐れながら、あなた様はいつも先ほどのように髪をお結いになっておられるのではないですか」
「ええ、そうよ。わかっているわ。やんごとない姫君は自分で髪を結ったりしないって。でも、とても暑いのですもの。どなたもお見えにならない時には、つい昔のように装ってしまうの。たくさんの美しい装束をご用意くださった父上さまや母上さまに申し訳ないとは思っているのよ。でも、どうしてわかるの」
春昌はやさしく微笑んだ。片時もじっとしていられそうもない、この愛すべき姫君を、はしたないと思いつつも周りが甘やかしてしまう様子が手に取るようにわかった。弥栄丸は傍で笑いをこらえている。
「髪を結うのは侍女の方にお任せいただけないのですね」
「それは無理よ。そんなことをしているのがわかったら、サトが叱られてしまうもの。私がいつの間にか勝手にこんな形をしているってことにしなくちゃいけないの」
「左様でございますか」
「安達様?」
弥栄丸は、春昌が姫と禍々しきものとは全く関係のない話をいつまでもしているように思われたので、不思議に思って口を挟んだ。春昌は、微笑んで櫛を姫君に返すと、弥栄丸と姫君に庭の柘植の木を示した。
「こちらに現れていますのは、姫君の御生母様の御魂でございます。お屋敷に上がられ、これまでとは全く違うお暮らしをなさっている姫様のことを心配なされているのでしょう。私に、姫様に形見の御品を身近にお使いいただきたいと訴えかけておられます。たとえば、お母様のお形見に柘植の櫛はございませんでしたか」
姫は「あ」と言って、奥で控えている下女のサトを見た。
「この櫛をいただくまで使っていた、母上の櫛はどこにあったかしら」
「こちらの小箱にございます。ほら、このように」
サトは、道具箱から飾りの全くない柘植の櫛を取り出すと、一行のもとに持ってきた。春昌はそれを受け取ると、柘植の古木に近寄り、件の人型にあてて小さな声で呪禁を呟いてから、それを姫君に渡した。
「こちらの櫛を肌身離さずお使いくだいませ。そして、その美しき櫛は、特別の祭祀の折にサト殿に梳いていただくときだけお使いくださいませ。亡くなられたお母様の願いが叶い、その憂いが収まれば、姫様の病も治ることでしょう」
それから、春昌は柘植の古木に近寄り、人型に両手を当てて呪禁を呟いた。次郎には、主人が木に何らかの氣を送り込んでいるのがわかった。春昌がその手を離すと、明らかに人型のようなものがあった木の幹には、よく見なければわからないような瘤があるだけになっていた。
「なんと! 法師様がどうすることもできなかった、あの人型が……」
「母上様のお心は、この屋敷を動けぬこの木を離れ、新たにそちらの櫛の方に宿っておられます。どうか、私の申し上げたことをお忘れになりませぬよう」
夏姫は深く頷き、弥栄丸とサトは春昌の神通力に感銘を受けてひれ伏した。
夏姫の父である渡辺の殿様から、新しく拝領した馬は痩せていたこれまでの痩せ馬よりもしっかりと歩んだ。いただいた礼金の重みは久しくなかったほどで、次郎を憂いから解き放った。しばらくの間は宿を取るにも物乞いのような惨めな思いをせずに済む。
その領地を出てしばらく森を歩き、ひどく歪んだ古木を見て、次郎はあの古い柘植の木のことを思い出した。
「春昌様。お伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ、次郎」
「どうして柘植の櫛のことがおわかりになったのですか。あの老木に、私は何も見えなかったのでございますが」
春昌は口元をわずかに歪めた。
「次郎。あれはただの木瘤だ。幹に流れる氣の流れを変えて、乾いた樹皮を落としたのだ。あそこに母君の御魂が現れたり消えたりしたわけではない」
「なんと。では、母君の御魂が柘植の櫛を使うようにとおっしゃられたというのは……」
「あれが柘植の木だったので、思いついたまでのこと。弥栄丸殿の話では、御生母は湯女だったとのこと。あまり位の高くない女ならば高価な香木などではなく柘植の櫛を使うのが常であろう。その読みがあたったまでだ。私はあの姫があの香木の櫛以外の物を使ってくれればなんでもよかったのだ」
「なぜでございますか?」
「あの姫君が件の櫛を日々咥えているのを知ったからだ」
「え」
まったく合点がいっていない次郎を、春昌は優しく見下ろした。次郎は、他の者には見えぬものを朧げに見る能力はあったが、陰陽道はもちろん本草の知識にも欠けており、春昌がどちらの知識を用いて人々の苦しみを取り除いているのか分からないことを知っていたからだ。
「あの櫛は、
「なんですって。では、まさか北の方が、継子である姫君を亡き者にしようとしてあの櫛を贈ったということなのですか」
「それはわからぬ。北の方が、草木の知識に長けているとは思わぬ。そもそも姫君が口に櫛を咥えるとは、北の方のように位の高いお方は夢にも思わぬであろう。それを知っていた誰かの入れ知恵かもしれぬが、長く逗留せねばそれはわからぬ。余計なことを申せば、あの家に大きな諍いの種を蒔くことになる。私にわかっているのは、ひとつだ。樒の櫛を口に咥えるようなことは、すべきでない。あの姫が再び丈夫になれば、それでよいのだ。身寄りのなかった娘が、ようやく手にしたと喜んでいる家族との仲を不用意に裂く必要はあるまい」
次郎は、主人の顔を改めて見上げた。聡く天賦の才に恵まれた方だと畏怖の心は持っていたが、どちらかというと冷たい心を持つ人なのだと思っていた。彼が神にも等しくあがめ敬愛してやまなかった亡き媛巫女が、なぜこの陰陽師を愛し背の君として付き従ったか長いこと理解できないでいた。
媛巫女さまは、私めなどよりもずっと多くのことを瞬く間にご覧になったのだ。彼は心の中で呟いた。
もっと効果的に毒の櫛のことを大領に話せば、ずっと多くの謝礼を手にすることもできたのに、春昌はそれを望まなかった。それよりも、一つの家族の和を壊さずに、問題のみを解決して姿を消すことを選んだ。
彼は、この旅がどれほど辛く心細くとも、この主人に付き従っていくことを誇らしく思った。
(初出:2017年8月 書き下ろし)
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