【小説】大道芸人たち 2 (14)ミュンヘン、もうひとつの婚約 -1-
このエスメラルダというキャラクターにはモデルがあります。A.クリスティの作品で一番好きな「●●殺人事件」に出てくる脇役です。どの作品のなんというキャラかすぐにわかった方はいらっしゃるでしょうか……。
この章でまた一段落するので、「大道芸人たち 2」の連載はこの後しばらくお休みになります。といっても、今回もまた二回に分けたので来週まで続きます。
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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(14)ミュンヘン、もうひとつの婚約 -1-
「お客様が先におつきです」
エッシェンドルフの館に着くと、ミュラーが厳かに報告した。そういわれても誰だかわからなかったので、ヴィルは誰かと訊いた。
「コルタドの奥様です」
コルタドの旦那様とミュラーが呼ぶのはもちろんカルロスだ。ヴィルがエッシェンドルフを継いで以来、カルロスが商用でミュンヘンに来るときは、四人が居ようといまいとこのエッシェンドルフの館に滞在することになっていた。サンチェスだけが来るときも同様だった。だから、彼らが連絡してやって来れば、エッシェンドルフの使用人たちは、ヴィルや蝶子に一切連絡することもなく館に入れてもてなした。
しかし、コルタドの奥様といわれる人間に心当たりはない。ヴィルが首を傾げていると、当の奥様が平然として階段を下りてきた。
「ブエノス・タルデス、みなさん。一足早く着いちゃったわ」
さすがの蝶子ですら一瞬ぽかんとした顔をした。エスメラルダはすっかりリラックスしていた。格好もリラックスし過ぎで、真昼だというのにレースのガウン姿だった。
「あんた、イダルゴと再婚したのか?」
ヴィルは憮然として訊いた。
「いまのところ、まだだけれど、時間の問題だと思うの。過去と未来のコルタド夫人だもの、そう名乗っても悪くないかと思って」
「俺はまた、ギョロ目はマリア=ニエヴェスと再婚するんだと思ったよ」
稔はとことん馬鹿にした様子で言った。
エスメラルダはきっとなって言った。
「あのジプシー女の名前をここで出さないでよ。腹が立つ!」
「あの……。申し訳ございません」
ミュラーが困った様子でヴィルを見た。招かれざる客を招き入れてもてなしてしまったのだろうかという戸惑いだった。
ヴィルの交友関係をよく理解して、ふさわしい人間だけを招き入れるのはミュラーの責任だった。コルタドの旦那様に現在は奥様がいないことは、いつかアーデルベルト様の口から聞いたことがあるような氣がする。そうだとしたら完全に自分の落ち度だ、そう思ったのだ。
「いや、いいんだ。本人が言うように、そのうちに再びコルタド夫人になる可能性はゼロとは言い切れないし、俺たちもあっちで散々迷惑をかけた身だからね。イダルゴに免じて一日二日逗留させても構わないだろう」
ヴィルはミュラーの肩を叩いていった。
「だけど、俺たちの買ってきた酒は飲むなよ。そっちは別会計なんだから」
稔がせこい事を言うと、エスメラルダはつんと顔をそらし、それからヴィルに甘ったるい笑顔を見せた。相変わらず何の反応ももらえなかったが。
蝶子は、周りを見回してヤスミンの姿を探した。女心に疎いヴィルはまったく考えていないようだが、レネとエスメラルダが同じ屋根の下にいるのは、ヤスミンにとって穏やかならない事態に思われたのだ。
「レネ!」
ヤスミンが駆けてきて、恋人に抱きついた。
ミュラーはこほんと咳をして、ヤスミンに使用人の立場を思い出させようとしたが、ヤスミンは軽くそれを無視した。レネはヤスミンをぎゅっと抱きしめた後、彼女の手を取って、エスメラルダの横を通り過ぎ、二階へと去っていった。
ヴィルはマイヤーホフと話をするためにさっさとその場を立ち去ったので、残った稔と蝶子は顔を見合わせた。
「ブラン・ベック、なんか変わったよな」
「そうね。いいことだと思うけど。イダルゴ夫人には残念なことかもね。礼賛者が減っちゃったから」
そういうと蝶子はあてがはずれて居心地が悪そうにしているエスメラルダに声を掛けた。
「お茶が飲みたいなら、サロンに来なさいよ。でも、その寝間着みたいな格好は困るから着替えてよ」
エスメラルダはヴィルにではなく蝶子に居心地の悪さを救ってもらったことが多少不服そうだったが、他にどうしようもないのであいかわらずつんとしたまま部屋に戻り、意外と素直に着替えてサロンにやってきた。
ヤスミンがコーヒーや菓子類を持ってサロンに入ってきた。蝶子はコーヒーを受け取ると言った。
「もういいから、ここに座って一緒にお茶にしましょうよ、ヤスミン」
「いいえ。まだ勤務中ですから。明日は非番だから、お茶してもいいと思うけれど」
「勤務中でも、休憩はあるんだろ」
稔が言った。
ヤスミンは稔にウインクした。
「休み時間は、たしかにこれからなんだけど、レネと台所で私の作ったケーキを食べるのよ。ちょっと甘めに作ってあるの」
それで、二人は笑ってヤスミンが出て行くのを引き止めなかった。どうりでレネがサロンに来ないはずだった。
エスメラルダは不服そうな顔をしていたが、ヤスミンがいなくなった後で口を開いた。
「ああ、つまらない。男爵は石みたいだし、この日本人はにやにやしているばかりだし、レネまでトルコ人にデレデレしているんだもの」
「ヤスミンはトルコ人じゃないわよ。正確に言うと四分の一だけトルコ人だけど、あとの四分の三はドイツ人よ」
蝶子が訂正した。
「どうでもいいわよ。あなたが中国人やベトナム人だって私には関係ないのと同じよ。悪いけれど、そのお菓子、こっちにまわしてくれない? ドイツってつまんない人ばっかりだけど、お菓子はおいしいのよね」
「ここの菓子は、他のドイツのカフェのものより美味いんだよ。もっとありがたがって食えよ」
稔が銀の高杯皿を差し出した。
「あなた、ドイツで何やってるの? コンスタンツにいた坊ちゃんはどうしたのよ」
蝶子が突っ込んだ。
エスメラルダはつんとして背筋を伸ばしクッキーを口に運んだ。
「ああ、あの人、結婚してくれってうるさいから、逃げ出してきたの。フィア・ヤーレスツァイテンのスィートの滞在を途中で切り上げるのは残念だったけれどね。すぐにスペインに帰ってもよかったんだけれど、せっかく男爵様のお膝元じゃない? カルロスがいい所だっていっていたから、本当か確かめてもいいかなって思ったのよ」
「ギョロ目としょっちゅう逢っているのかよ」
「しょっちゅうって訳じゃないわ。でも、この間、バルセロナに行ったのよ。前は自宅だった館があるのに、わざわざホテルに泊まることもないじゃない?」
蝶子と稔は目を見合わせた。カルロスが門前払いもしなければ、ここの話までしたということは、二人の関係はさほど悪くないらしい。未来のコルタド夫人という自己紹介を眉唾だと思っていたが、この調子では、二人が復縁してもおかしくないと思ったのだ。
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電子機器を持ち歩く話

この旅行中に思ったことですが、以前にも増して電子機器への依存が増えました。
かつては旅行に行くときの必需品はほとんど充電コードのいらないものでした。それがいまや、アドレス帳も予定表もウォークマンもいらなくなった分、たくさんの電子機器と充電コードをスイスと日本の往復に携帯させていました。
iPhone 5Sは世間的には古いiPhoneだと思いますが、私は普段ほとんど電話をしませんし、できるだけリーズナブルな通信費のままでいたいので、本当に使うに耐えなくなるまでは使い倒すつもりでいます。今回、日本でバッテリー交換をしてもらったのですが、その作業中、たった一時間手元からなくなっただけで、いかに私の生活がこのマシンに依存しているか思い知らされました。
そして、実家にはもうWifiがないので、一ヶ月間レンタルしたモバイルルーター、仕事に必要なので持ってきたMac Book Air、Mac Mini, 外出先での充電用のモバイルバッテリー、Bluetooth接続キーボード、カメラとその充電器など、常にコードを抜いたり挿したりする日々で、空港で見せる必要のある機器も多すぎるなと。
仕事をしないのならばMacやキーボードは旅には持っていかないはずですが、そうするとメールを打ったりコメントを入れたりするのが少々やっかいだなと思います。若い人たちのようにスマホだけでタタタタっと文字をうまく打てないのですよ。また、目も見えにくくなってきているので、スマホの小さい画面で何もかもするのは少々つらいという事情もあります。悩ましいところです。
旅行中はいっそのこと、訪問もコメントなども一切しない、メールも一切控えるという風にすればいいのでしょうが、最近は待ち合わせなども一ヶ月前に済ますというようなことはほとんど不可能ですし、電話やSNSからも完全にフリーにはなれないなと思っています。
今後の方針としては、可能な限りこの「コード・スパゲッティ」からもう少しシンプルな状態に持っていきたいと思っています。実際に、本当にMac Miniが必要だったのは一ヶ月の間の数回だけでしたし。
世界一周旅行などをしてブログを書いていらっしゃる方などはどうしているんだろうなあ。私は、本来はシンプルライフに憧れているのですが、現在、周りを見回すと、全くシンプルじゃないなあと思います。
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【小説】大道芸人たち 2 (13)コンスタンツ、夏の湖
今回再登場したキャラクター、お忘れかもしれませんが、カルロスの前妻です。年齢不詳の絶世の美女。私の設定では35歳くらい。カルロスはなんだかんだといって手強い美人に弱いのです。
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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(13)コンスタンツ、夏の湖
セビリアからコンスタンツに動くとは、無駄な移動のし過ぎだとは四人とも思った。それでも車を走らせたのは、夏のアンダルシアの暑さを軽視していた事を認めざるを得なかったからだ。セビリアですごした最後の一週間は、外で稼ぐのは事実上不可能だった。電話で熱さを訴えたらカルロスは笑った。
「そこは
つまりスペインで最も暑い場所にいるのだ。
「こんなに暑い所をのろのろ移動しながらちびちび稼いだら、ガソリン代もなくなっちゃうわ」
蝶子が文句を言うとレネがワインの瓶を振りながら応じた。
「車だけじゃなくて僕たちのガソリン代も」
南フランスやイタリアに行くのも暑さを避けるには中途半端だった。それに月末には再びミュンヘンに行かなくてはならない。それならばドイツに行ってしまおうと話がついた。
スイスとの国境となっているボーデン湖に面したコンスタンツは中世の面影を残す明るい都市だ。
湖にほど近い旧市街にはコンスタンツ公会議やヤン・フスの裁判が行われた頃と変わらぬ建物が残っているが、道往く人々はタンクトップ姿でアイスクリームに舌鼓を打っていて、当時の厳しさはまったく感じられない。
四人は街をまわって、立地を確かめた後、大聖堂の前で稼ぐ事にした。夏のヨーロッパは東京などに較べればずっと過ごしやすい。けれど、その過ごしやすさに油断すると、強烈な日差しのダメージを受けてしまう。四人は適度な日陰を必要とした。もちろん観光客が足を止めてコインを置く氣になるほど立っていてくれなくてはならないので、自分たちだけが日陰になるわけにもいかない。しかし、観光客は陽光溢れるテラスなどを好むので、じめじめした裏道などには立てないのだ。
大聖堂の前には、その難しい条件をクリアする素晴らしい空間があった。こういう立地を見つけられた時には、いい仕事ができることを四人は経験で知っていた。
「あら。どこかで見たような四人組じゃない」
スペインなまりの英語が聞こえてそちらをみた稔はぎょっとした。
コブラ女登場! なんでこんなところに。
それは、カルロスの前妻エスメラルダだった。三年近く見ていなかったが、相変わらず年齢不詳で、異様なほどに美しかった。人間の女というよりは、精巧な人形みたいだ。
日本人ならまず試さないような大きな水玉のついた紺地のリボンをたっぷり使った白い麻のスーツ姿で、つば広の帽子を小粋に被り、八センチのヒールで優雅に闊歩している。以前と変わらずに若い男と連れ立っているのだが、この男というのがアルマーニのスーツに着られてしまっている、金はあっても脳みそはカケラもなさそうなボンボンだ。
蝶子は完全に臨戦態勢に入り、満面の笑顔を見せて言った。
「まあ、なんて嬉しい偶然かしら。またあなたに会えるなんて夢にも思わなかったわ」
エスメラルダは前回受けた屈辱などどこかに置き忘れたかのように傲慢に応戦した。
「すてきなヴァカンスを楽しんでいるみたいじゃない」
「おかげさまで」
稔は亀のように首をすくめた。くわばらくわばら。空氣が歪んでいるぜ。
それから、ちらっとレネの方を見た。レネは以前のときとは違って、平静に二人の女の静かな戦いをみつめていた。ってことは、本当にもう大丈夫なんだな。稔は多少意外な氣がした。
エスメラルダはいつまでも蝶子に関わっているつもりはなかった。ヴィルの方を見ると、これまでとはうってかわった華やかで好意に満ちた笑顔を向けた。
「お久しぶりね。あなたには、逢いたかったわ」
ヴィルは返事もしなければ表情も崩さなかった。エスメラルダは勝手に続けた。
「噂を聞いたのよ。大道芸人っぽくないと思っていたけれど、貴族なんですって? やっぱり、違いがでるのねぇ」
稔は笑いをこらえながら言った。
「おい、そういう噂は届くけど、そのお貴族様が結婚したのは知らないのかよ」
エスメラルダはつんとして答えた。
「知っているわよ。でも、そろそろレベルの低い女に飽きる頃じゃない?」
「あなたは、それで、カルちゃんに飽きられちゃった訳?」
蝶子が馬鹿にしたように言うと、エスメラルダは大して怒りもせずに答えた。
「なんとでも言いなさいよ。そのうちにカルロスにも、その人にも追い出されるのはあなたの方なんだから」
それから再びヴィルの方に満面の笑顔を向けると言った。
「じゃあ、また近いうちに逢いましょう。私はインゼルホテルに泊まっているの。よかったら連絡してね」
インゼルホテルの宿泊料を払っているだろうに完全に蚊帳の外に置かれた男の腕をとると、女は颯爽と立ち去った。
「すげえな、あの現金ぶり。あんな女、本当にいるんだな」
稔は心から感心して言った。ヴィルは頭を振った。
「悪い氣はしなかったんじゃないの? 好みのタイプなんでしょ?」
蝶子はヴィルにケンカを売ったがヴィルは全く取り合わなかった。稔とレネはゲラゲラと笑った。
「お前、本当に大丈夫になったんだな。言葉を信用していなかった訳じゃないけどさ、ちょっと驚いた」
稔がそういうと、レネは頷いた。
「僕も、本当にこんなに大丈夫だとは思いませんでしたよ」
なぜあの女にあんなに惹かれたのか、レネは自分でもさっぱりわからないと思った。そして、ひとつの決意を持って、目についた宝飾店に入っていった。
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関西遠征報告
ほかの方のブログの記事でご存じの方もおありかと思いますが、11月10日から15日まで関西に滞在し、いろいろな方にお目にかかりました。今日は、簡単な報告のみを。

なんといっても一番お世話になったのは大海彩洋さんで、なんと三泊四日という長い間、泊めていただきさらにずーっと接待していただきました。彩洋さんと親しい方はご存じと思いますが、普段から地獄のスケジュールをこなしておられる公私ともにお忙しい方なのですよ。それを四日拘束、無銭飲食、しかもアッシー代わりと、とんでもないことをしてきてしまいました。
巨石訪問あり、三味線見学あり、ご実家での暖かいご接待あり、神戸京都の究極のグルメ探訪あり、ディープな京都の聖地巡礼ありと、これだけで半年くらいの連載ネタができそうですが、これはいずれぼちぼち。彩洋さんありがとうございました。
そして、その間にはオフ会がありました。私のわがままをかなえていただき、幹事のTOM−Fさんが超ディープな大阪を長時間にわたり見せてくださいました。翌日休みというのは私一人。なのに終電ギリギリまで集ってくださり、本当にありがとうございました。当日ようやくわかったのですけれど、大阪は遠かったのですよね。
そして、彩洋さんとお別れした翌日、京都で墓参りと買い物の合間に、オフ会にもいらしていただいたおだまきみまきさんにお目にかかりました。今度は一銭洋食という、こちらもディープな伝統食を教えていただき、さらに「まさか、あの?」と二度くらい訊いてしまった本能寺を参拝しました。新京極の商店街の中にあるって……。
オフ会ではオーストラリアのけいさんと、そして、14日はおだまきさんの相棒でいらっしゃる平あげはさんとお電話でお話ししました。人付き合いがグレッグ並みに苦手な私が、こんな風にいろいろな方と親しくお話しさせていただけるのも、やはり創作でつながる仲間意識が後押ししているのかなと、嬉しくなりました。
さて、新幹線に乗る日は、亡き母と二十年前にマドリッドへお訪ねした神父様にお目にかかりました。この日は晴れ渡り、紅葉に映える宇治の平等院と金閣寺の両方を見せていただきました。

お忙しい中、お時間を作っていただきましたブロ友の皆様、そして、ご紹介いただいた素敵な方々、本当にありがとうございました。中には台風の影響で大変苦労なさっていらっしゃる方もおられましたが、皆様一様に前向きで優しく、大きな感銘を受けました。
この場を借りまして御礼申し上げます。
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蝶子は、きつい性格のため在学中はかなり孤立していたようです。稔はもちろん、今では親友となっている真耶とも、ほとんど口をきいたことがなかった状態で、一人でレッスンに明け暮れていました。
陽子から見た稔の話から、いつの間にか拓人や真耶から見た蝶子のことに飛んでいますが、あとから陽子の回想に戻ってきます。こういう書き方、セオリー破りなんだろうなあ……。すみません。
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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(12)東京、羊は安らかに -2-
蝶子はしばらく黙った。それから頷いた。
「ええ。具体的な問題があって平和に草を食むって心持ちじゃないんです」
「その問題、これからお茶でもしながら、打ち明けてみない?」
女たらしの顔に早変わりした拓人を見て、蝶子は失望したようにため息をついた。
「申し訳ありませんが、その時間はないんです。この後はバイトに行かなくちゃいけないんで」
「そうかい。明日は?」
「明日は授業の後はレッスンで、その後にバイトです。バイトのない時は練習したいし、どちらにしても結城さんの氣まぐれにおつき合いする時間はありませんわ。残念ながら」
「バイトとレッスンだけに明け暮れているって噂は本当なんだな。じゃあ、いまここで君の問題とやらを言ってみろよ。僕に出来る事があれば協力するからさ」
蝶子は拓人の意を測りかね、細い目をさらに細めた。けれど、失うものは何もないと思ったので、素直に口を開いた。
「どなたか、勉強になるからとこの曲の伴奏を引き受けてくださるようなピアノ科の方をご存知ありませんか? 来月の前期発表会の出演者に選ばれたんですが、頼んであった同級生にやめられてしまって」
「伴奏者が投げ出したのか?」
「あんまり練習してこないんで文句を言ったんですが、ちょっと強く言い過ぎてしまったみたいで……」
拓人はカラカラと笑った。蝶子がきつく言い放つ様子が目に見えるようだった。
「他の同級生は誰も空いていないんだ?」
「やめた子と仲がいいんです。もともと、私はあまりよく思われていないようで一年生ではだれも引き受けてくれる人がいません。でも、上級生に伴奏を頼むなんて、氣を悪くされるんじゃないかと思って。お礼を払えればいいんですけれど、そんな余裕はありませんし」
蝶子は悔しさに顔を赤らめながら言った。拓人は笑って言った。
「前期発表会は、僕も出演するんだ。こっちは午前の部だけど、君は一年生だから午後だろう?空いているから、僕が弾くよ」
蝶子は目を瞠って言った。
「結城さんが発表会でフルートの伴奏? 氣は確かですか? 結城さんは既にデビューしているコンサートピアニストじゃないですか!」
「でも、勉強は続けないとね。スケジュールをすり合わせよう。君も忙しいみたいだからね。リハする時間はあまりないぞ。授業の合間にもやったほうがいいだろう」
「本当にいいんですか?」
「もちろん。お茶するよりもお互いの事が早くわかるしさ。僕には一石二鳥だ。そのかわり学芸会レベルの演奏をするなよ」
蝶子ははじめてにっこりと笑った。艶やかで魅力的な笑顔だった。本当に美人だよな、拓人は思った。
「あら。カンタータ二百八番。珍しいものを弾いているのね」
園城の家を訪れて真耶の父親を待っている間に拓人がピアノに向かっていると、帰ってきた真耶がサロンに入ってきた。
「前期発表会で急遽弾く事になってね」
拓人が答えると真耶は面白そうに近寄ってきた。
「もしかして四条さんの伴奏? 彼女、拓人に頼んできたの?」
「どっちかというと、僕の方が押し掛けで引き受けたんだ」
それを聞いて真耶はケラケラと笑った。
「いいことをしたわ。ちょっと氣の毒だったのよね。四条さんが怒るのも無理がないほどひどい伴奏だったのに、あの子たちって本当に感じ悪いんだもの。拓人が伴奏するって聞いたら死ぬほど悔しがるわよ」
拓人はふと顔を上げて真耶を見た。
「お前、四条蝶子と仲がいいのか?」
「仲がいいとか悪いとかいうほど親しくしていないの。でも、うちの学年でまともな音を出すのって彼女の他には数人しかいないのよ。彼女が氣にいったの?」
「ああ、美人だし。だけど、デートする時間はないんだそうだ。レッスンとバイトで手一杯なんだってさ」
「たしかお家に反対されていて、学費もレッスン代も生活費もみな自力でなんとかしなくちゃいけないらしいわ。才能があるだけじゃなくて、その逆境だからよけい頑張るのかもしれないわね。きっといい音楽家になると思うわ。私も負けないように頑張らなくちゃ」
真耶は、リハーサルのために車で上野に向かっていた。カーラジオからは、バッハのカンタータ二百八番が流れていた。もう十五年近く前になる、大学一年の秋の事を懐かしく思い出しながら微笑んだ。あの頃は、蝶子のことはほとんど知らなかった。こんなに後になって、遠く離れていながら自分にとって唯一といえるほど近い存在になるなど、どうして予想できただろう。
あの発表会の日、蝶子は拓人の伴奏でカンタータを見事に吹き、聴衆の喝采を浴びた。それにも関わらず、蝶子のたたずまいは寂しげだった。
心の休まらぬ終わりのない戦いの日々、心を預けられる友人も仲間もなく、恵まれて怠惰な同級生たちに対するいらだちを隠す事も出来ず、孤立していた。真耶はそんな蝶子に対して、氣の毒に思いつつもどうすることもできなかった。
けれど、今ではまったく違っている。ヴィル、レネ、そして安田稔。あの三人が周りで彼女の平和を形作っている。その平和に真耶は心から感謝したい氣持ちだった。
ラジオからのカンタータ二百八番を聴きながら、陽子の心は乱れていた。
あの時、私は四条蝶子を哀れに思った。あの人には友達もなく、音楽を続ける事への応援もなく、未来もないように見えた。
あの時、私の未来はバラ色に見えていた。お父さんは私が三味線に精進する事をとても喜んだ。私の側にはいつも稔がいた。つまらない女の子たちを追い回す事の虚しさに氣づけは、稔は必ず私と生きる事を選んでくれると信じていた。
けれど、十五年経ってみたら、私はここで一人で三味線を弾いている。稔が帰ってきてくれるのをひたすら待ちながら。
稔。私は、あなたが帰って来るのが苦にならないように、ありとあらゆる環境を整えているの。だから、帰ってきて。お願い、帰ってきて。
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近況報告
で、それ以外は何をしていたんだという話を少し。
今回は、かなりの時間を使って、亡き母の家を片付けたり相続関係の事務を姉と行っていたりしたのですが、その合間に日本に来る度にいつもやることもこなしていました。すなわち、お買い物とグルメ三昧と、それから日本の家族親戚や友人に会うといったことですね。
はじめの一週間は仕事もしました。ま、仕事の話はどうでもいいんです。
その後は休暇であり、帰国でもあるんですけれど、せっかく日本にいるのだからとスイスにいるとできないことや食べられないものを、と走り回ってしまうのですね。
普段の私は、スケジュール表が真っ白なタイプです。月に一回か、二回、予定が入りますが、どれも予定表に書かなくても憶えられる程度の予定です。それが、この一ヶ月は、パズルのようにいろいろと組み合わせることになり、「あそこにも行かなくては」「これも問い合わせなくては」「この日は夜からなら会える」という具合に妙にたくさんの予定が詰まるのです。それに、ネットで買ったお買い物や、発送するものを引き取りに来てもらうなど、運送系の方との約束もたくさんあり、自分でも何が何だかわからない状況でした。
そんなわけで、ネットの環境はあるにもかかわらず、ずっとまともにブログの交流もできない状態が続いています。
きっと、これがほかの皆さんの生活に近いんでしょうね。普段どれだけ暇なんだ、私。
さて、年内に書かなくてはいけない、レギュラーではない作品が二つあるのですが、まだ構想すら立っていません。あ、頑張ってなんとかする予定です。ただ、それもあり、スイス帰国後も通常運転に戻るまでは二週間ほどかかるかもしれません。
ご理解いただけると嬉しいです。
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【小説】大道芸人たち 2 (12)東京、羊は安らかに -1-
今回でてきている結城拓人というのは、園城真耶のはとこで、私の小説群ではよく登場するピアニストです。学生時代の蝶子とのエピソードは、もしかして初公開かもしれません。誰かさんが偉そうとか、学生の分際で上から目線だとか、その辺の文句は受け付けません(笑)自分でもそう思いますけれど。
今回も二回に分けています。使った曲は、下に動画を貼り付けておきますね。
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大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(12)東京、羊は安らかに -1-
ゆっくりとバチをあてる。力強い音が稽古場に響く。子供の頃に通い、今は自宅になった安田家の一番大きい稽古場だ。
陽子は、子供のクラスの稽古を終えて、みなが去った後の稽古場に一人座っていた。ここで子供たちを教えるのは、稔だったはずだ。
彼女は昨日の午後の稔からの電話を思い出していた。ずっと稔に逢いたかった。せめて声だけでも聞きたかった。彼の失踪以来、それは不可能だと、呪文のごとく自分に言い聞かせてきたのだ。こんなにあっさりと会話が実現してしまうなんて考えもしなかった。
それなのに、どうしてあんなつまらない会話にしてしまったのだろう。自己嫌悪でいっぱいになった。フルート科の四条蝶子に嫉妬の炎を燃やしたなんて、馬鹿馬鹿しい。
陽子はため息をつくと、稽古場を離れ自室に戻った。窓辺に置かれたレトロなラジオに目を留めてゆっくりと手を触れた。
これはもともと稔のものだったラジオだ。稔がよく聴いていたFM局に周波数が合ったままになっている。陽子はそれを変えたくなかった。稔が帰ってきた時に、そのままであったら喜ぶだろうと思うからだ。
しばらく撫でていたが、やがてスイッチを入れた。室内楽の演奏でバロック音楽が流れる。なんてこと、よりにもよってこの曲! バッハのカンタータ第二百八番。心は大学一年の秋に戻っていた。
「ねえ。稔。これってなんて曲か知ってる?」
陽子は、大学で耳にしたメロディを口ずさんだ。
「バッハだよ。カンタータ二百八。『羊は安らかに草を食み』ってやつだ。お前がバロックに興味を持つなんて珍しいな」
稔は、三味線を手に取ると器用に弾き始めた。
「放課後に、誰かがフルートで練習していたの。どこかで聴いたメロディだなって思って」
陽子は、稔の音色を心地良さそうに聴きながら答えた。稔は手を休めずに言った。
「ああ、それはきっと四条蝶子だな。いつも一人で練習しているらしいから」
「誰それ?」
「フルート科の子だよ」
陽子はきっとなって正座し直した。
「なぜ知っているの? 稔と親しいの?」
「親しくないよ。ソルフェージュのクラスが同じだから知っているだけだ。いつも熱心に学校で練習しているんで有名なんだよ。親に反対されているから家では練習できないって噂だ」
「ふ~ん」
陽子は教室の戸口からかいま見た彼女の怜悧な美貌の事を考えた。稔のソルフェージュのクラスには美人ばかりいるのね。かの有名なヴィオラの園城真耶と同じクラスになったっていうだけだって心穏やかじゃなかったのに。
その次の火曜日に、陽子は再びあのメロディを耳にした。四条蝶子が吹いているんだ。そう思って、陽子は必要もないのに階段を上がり、フルートの聴こえる教室の方に向かった。
すると、向こうから会いたくない人間がやってくるのが見えた。先日からこっちの顔を見ると口説いて来るピアノ科の上級生、結城拓人だ。
「おや、陽子ちゃん。こんな所で会うとは奇遇だね。運命を感じるな」
陽子は冷たく拓人を一瞥した。
「私は何も感じませんが」
「相変わらず冷たいねぇ。今日の授業は終わったんだろ? どう、これから一緒にお茶でも?」
「あなたとお茶をするつもりなんか、まったくありませんから。いつもの取り巻き連中と、お茶でも何でも勝手に飲めばいいでしょう」
「そうやって無碍にされると、燃えちゃうんだよね。ま、いいよ。そのうちに君の考えを変えてみせるからさ」
陽子はすっかり腹を立てて踵を返した。
「待てよ。こっちに用があったんじゃないの?」
「いいんです。フルートが聴こえたから来てみただけ。あなたに会うなんて、本当にゲンが悪い」
振り向きもせずに陽子は足早に立ち去った。もう。なんでクラスメート達はあんなナンパ男に夢中なのかしら。ちょっとばかり顔がよくて有名だからって、ただの女たらしじゃない。
結城拓人は振られて、わずかに肩をすくめたが、陽子の言っていたフルートの音色に耳を傾け、教室の方に行った。いい音色だった。教室の窓から中を見ると、四条蝶子だった。へえ。一年生がこんな音を出すとは、大したものだな。
蝶子は、ドアが開いた音を耳にして、吹くのをやめた。
「いいから、続けて。僕の事は氣にせずに」
拓人は笑って言った。
蝶子は軽く会釈をすると、改めてカンタータをはじめから吹き出した。拓人は戸口にもたれかかったままそのメロディを聴いていた。女たちを口説く時のニヤついた顔ではなく、真剣な面持ちだった。
しばらくすると蝶子は音を止めて、困ったように拓人を見た。
「なぜ止める?」
拓人は目を閉じたまま言った。
蝶子はフルートを握りしめて答えた。
「この教室をお使いになるんじゃないかと思って。私、今日は特別許可を取っていないんです」
「その心配はない。いい音だと思ったから、好奇心で聴いているだけだよ」
「でも……」
拓人は目を開けて蝶子を見た。
「きれいな音だ。メロディやテンポは申し分ない。ただ……」
「ただ……?」
「平和に草を食みっていうよりは、狼がどこかで狙っているのを氣にしている、そんな緊張感があるな」
蝶子は眉をひそめた。
「最悪じゃないですか」
「ふん。ただの学生には違いはわからないさ。教員でもわからないヤツがいる可能性は多い」
「でも、あなたにはわかるんですね」
「それは君の心の問題だろう」
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お知らせ/例のチキンを食べた
もぐらさんが、私の小説「バッカスからの招待状 -11- ラグリマ」を朗読してくださいました。
第447回 バッカスからの招待状 ラグリマ
いつもながら、情感を込めて、キャラクターを語り分けて素敵に朗読してくださっています。ぜひいらしてみてくださいね。
さて、久しぶりの日本で食を満喫しています。

姉の作ってくれる和食やら、マイブームのチーズトーストやら語りたいことはたくさんあるのですけれど、今日はこれだけ。
某ファーストフードです。って、ケンタッキーフライドチキンですけれど。
スイスにもあるのですが、私の知っている唯一の店舗は片道六時間のジュネーヴ。スイスでは食べられないものと諦めています。
で、普段は実家から二十分くらい先の店舗まで歩いて食べに行くのですが、今回は免許更新の帰りにその最寄り駅で見つけてしまったので即入りました。食べたいものだけ単品で頼んだので、ファーストフードとしては高くつきましたけれどまた数年間食べられないと思うと、いいかと思って。
チキンはどんな調理法でも大好きですけれど、このKFCの皮の味はちょっと別物として大好物なんです。
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