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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(4)彼の問題 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。これまでは、ジョルジアが一人であれこれ考えていたのですが、今回はグレッグ側にスポットが当たります。プロローグで書いたイギリス行きの理由がようやくここで明らかになります。って大した話じゃないんですけれど。

今回もあいかわらず大したことはないR18的表現が入っています。苦手な方には申し訳ないですが、ここはストーリー上どうしても書かざるを得なかったシーンですのでお許しください。その代わり、この小説でのR18シーンはこれでおしまいです。

二つに切るか、三つに切るかまたしても迷ったのですが、二つだと後半が長すぎるので、やはり三回に分けます。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(4)彼の問題 - 1 -

 それはいつもの優しい舌使いとは違い、しごいて絞るような吸い付き方だった。ジョルジアは出産経験がないのでわからないが、まるで赤ん坊が母乳を飲むために母親の乳房に吸い付いているかのようだった。

 はじめはふざけているのかと思ったが、彼はその行為に耽り、まるで他のことを完全に忘れているかのようだった。彼の体重がのしかかり、腹部から下は圧迫されていたし、吸い付く力も強すぎて、快感よりも痛みが強かった。彼女は眉をしかめて呻いたけれど、彼はまったく意に留めなかった。

「グレッグ……。ねぇ、あの……」
彼女は、躊躇いがちに声をかけた。彼がそれでも反応しなかったので、彼女は不安になった。

 彼女は、手を彼の頬に当てて、少しだけ力を込めて押し返した。彼がびくっと震えて、動きが止まった。そして、彼は吸い付いていた口の力を抜き、彼女の乳首を解放してから起き上がった。

 暗闇の中で、数秒、何も動かなかった。彼女は、少し体を浮かせて、月の光で彼の表情を読もうとした。彼は少し震えていた。
「ごめんなさい。あの、ちょっと痛かったの……」

 彼は、はっと我にかえって、慌てて彼女の顔を覗き込んだ。
「すまない。僕は、その……」

 いつもの彼だ。ジョルジアは安心した。
「どうかしたの?」

 彼は、身を動かして半身分ほど離れた。ジョルジアは、彼が傷ついて自分の中にこもってしまいそうなのを感じた。それで、手を伸ばして彼の腕をとった。
「いいの。大丈夫よ。あなたのしたいようにしていいの。慣れていないやり方だったから、びっくりしてしまっただけなの」

 彼は、彼女の近くに戻ってきて、しばらく何も言わなかったが、やがて黙って抱きついてきて、しばらくそのままでいた。彼が声を殺して泣いているのがわかり、彼女は彼の背中をさすって落ち着くのを待った。

 その夜は、お互いにそれ以上のことをする氣は削がれてしまい、彼が落ちついてからそのまま眠った。

 夜明けに目がさめてから、二人はいつものようにルーシーと一緒に朝の散歩をした。ジョルジアは、昨夜のことには何も触れなかった。とても繊細な状態にある彼を急いで刺激しないほうがいいと思ったのだ。

 ジョルジアは、ジョンに傷つけられてしばらくクリニックに入院しなくてはならなかった時の、精神状態を忘れていなかった。今となってはありえないような奇妙な動作をくりかえし、側にいてくれた兄のマッテオは、狂わんばかりに心配した。それがおかしな行動だとは、あの時の自分は認識していなかった。彼女の心は違うところを彷徨っていたのだ。

 昨夜のグレッグは、おそらくどこか別の世界にいたのだ。もしかしたら、かつて愛していた人の幻影を求めていたのかもしれないし、そうでない何かに取り憑かれていたのかもしれない。それを無理に問いただしたりしてはいけないと思った。

「ジョルジア」
赤く染まったサバンナを眺めながら、彼が話しかけた。

「なあに?」
「昨夜は、すまなかった……。その……」

「いいの。氣にしないで。いま説明しなくてもいいの。もし、話したくなったら、その時に聴くから」
ジョルジアが言うと、彼は、こちらを見つめた。潤んだ瞳と、泣き出しそうな表情に、ジョルジアの心は締め付けられた。

「実をいうと、あの時、ほとんど意識がなかったんだ。自分でも、少しショックだった。その……もしかしたら、なんというか、医者にかかったほうがいいのかもしれない」
「お医者様って、なんの?」
「わからない。精神的なものかな」

 ジョルジアは、答えに詰まった。彼の落ち込んだ姿を見るのは辛かった。
「私は、専門的なことはわからないけれど、それほど病的だとは思わないわ。無意識に何かをするのは、時々あることじゃないかしら。疲れていただけかもしれないし」

「怖がらせたんじゃないか?」
心配そうに訊く彼をジョルジアは愛しいと思った。彼女は、そっと彼の掌を握った。
「心配しないで。大丈夫よ。だから、私が寝ぼけても、追い出したりしないでね」

 彼は、ほっとしてようやく小さな笑顔を見せた。

 ルーシーは、どんどん先へと歩いていく。二人は、いつものように会話をしながら、愛犬を追った。崖の下には、目覚めたばかりのキリンの群れがゆっくりと行進していた。いつもと変わらぬ、素晴らしい朝だった。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

まもなく一年

今年になってまだ数週間しか経っていないような錯覚に陥っていますが、もう間もなく五月が終わります。

献花

昨年五月の終わりの日、突然の母の訃報にショックを受けつつ日本行きの荷造りをしたのですが、あれからもう一年なのですね。

親離れができていなかった私にとって、母の死は天地がひっくり返るくらいの大きなショックでしたが、そうした心理的なものだけでなく、手続きや身辺整理という意味でもスイスに移住した頃と同じかそれよりも大きな変化を伴った一年でした。

この間、日本には母の葬儀も含めて二度行きました。そして、その間二度ベルンの日本大使館に行き、あれこれ手続きをして、姉と相談しながら母の遺品を整理し、日本に放置していた私物とともにスイスにいろいろと送りました。

そんなあれこれをこなし、さらにはずっと欠かさなかった週に一度の母との電話がなくなって、自分と日本をつなげていた小さな糸のようなものが、どんどんとほどけてなくなってきているように思います。

私は日本生まれの日本人ですから、その根本が変わるわけではないのですけれど、結婚した時になくなった住民票や印鑑証明、その後にできたマイナンバーをもらえない存在であること、それに銀行に登録している住所、さまざまな会員証に使っていた実家の住所や電話番号を変えなくてはならなくなったこと、等々の物理的実質的な結びつきがどんどんとなくなっているのですよね。

それに、日本に帰る度に、昔馴染んでいた物が次々となくなり、変わってしまい、懐かしい風景や故郷といえる存在が少なくなっています。まあ、これだけ時間が経てば、それは自然なことなのですけれど。

日本の通販でいろいろと買い物をして、届けてもらうのは姉になりましたが、買うのはどうしてもこちらでは入手できなくて困る物だけにする努力を始めました。

同じMade in Japanもしくは日本のブランドでも、ヨーロッパで入手できる物も多くなってきました。三月にイギリスに行った時には、日本で買いそびれた無印良品やユニクロの製品を買いました。日本よりも割高ではありましたが、でも、送料を考えたらそんなに悪い買い物ではなかったです。最近チューリヒにも無印良品ができたらしいので、いずれはそこでどうしても欲しいものを買うかもしれません。

日本で買い込んでいた食品も、本当に必要な物の大半は割高ですがスイスでも入手できるか、代用品を自分で作ることができることがわかってきました。

そんなわけで、今後はもしかするとこれまでよりもずっと長い間隔を開けて日本に帰ることになるのかなあと思っています。いや、もしかしたら次回は「行く」になるのかなあと感じています。

それでも自分はまだ精神的な日本人なのだと思う拠り所は、日々こうして日本語で何かを綴っている活動です。ますますコウモリ化していく自分の立ち位置に戸惑っていますが、小説にしろエッセイ的な文にしろ、こういう特異な存在であることもある種の利点だと前向きに受け止めて、書き続けていこうと思っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 3 -

「霧の彼方から」の続き、三回に分けたラストです。

ジョルジアが主人公である小説は「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」に続く三作目なのですが、少しずつ彼女の外側の鎧のような部分が外れてきたと同時に、その恋愛初心者ぶりが表面化してきています。コンプレックスのために本来ならばティーンエイジャーの頃に解決すべき問題をそのまま放置し、今ごろ直面せざるを得なくなってきているのです。この章では、イギリスへ行く前のジョルジアの問題が浮き彫りになり、次章ではグレッグの方の問題に焦点が移ります。

今回もR18的表現が入っていますが、例によって「だからどうした」程度の描写です。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 3 -

 確かにこれまで見た多くの婚約中のカップルは、街中であれ、仲間と一緒に楽しく飲んでいる時であれ、しょっちゅう見つめあったり、キスを交わしたりしていた。ジョルジアが彼の首に腕をかけてもたれかかれば、彼は嫌がりはしないだろうが、彼女はそういう姿を周りに見せたいと思うような性格ではなかった。グレッグも、かつてジョルジアに対する想いを隠していたときと変わらずに、人前でジョルジアに触れることはまずなかった。

 久しぶりの再会でも、彼の態度は控えめだった。ムティト・アンディの駅でホームに降り立ったジョルジアに飛びついてきたのは、愛犬ルーシーの方だった。ちぎれんばかりに尻尾を振った犬がようやく落ちついて離れた時には、グレッグはもう脇に置いた彼女の荷物を手に持って、穏やかに彼女に微笑みかけた。

「よく来たね。長旅で疲れただろう。車で少し休むといい」
ジョルジアは、なんて彼らしいんだろうと思った。そして、その彼の態度がとても心地よかった。彼の喜びは、瞳から読み取ることができた。そして、その情熱は、いつも誰も知らない二人だけの夜に示してくれるのだ。

 控えめな、確かめるようなキスから始まって、長くより官能的な口づけに移行する。ジョルジアの反応、彼の無言の問いかけに対する確かな答えを感じ取り、彼の行動は大胆に変わっていく。彼女は、彼の腕の中で、肌の暖かさの中で、同じように解放されて違う世界へと導かれていく。精神的な愛と本能に支配された原始的欲望が、違和感なく溶け合っていく不思議な時間を堪能する。躰の歓びは、手紙や会話を交わして築いた共感や魂の共鳴と相まって、二人の絆を更に強くした。

 それは恋人同士であるとか、婚約中であるとか、もしくは夫婦であるといった社会的なレッテルとはかけ離れた、もしくは、そのようなものとは関係ないつながりだった。服を着て、仕事をしたり生活をしたりする人間社会とは異なる浮遊した空間での出来事だった。たとえ世界中の全ての他のカップルが、同じように遺伝子に組み込まれたプログラムに従って同じ快楽を味わっているとしても、それはジョルジアには関わりのないことだった。彼女にとっては、グレッグとの関係だけが神聖で特別だったのだ。

 その一方で、彼女を捉えている、僅かな苦い想いも、やはりこの時間にくりかえし明滅してくるのだ。

 どうにかなりそうな激しい快楽に溺れて、ほとんどの思考力が停止している中で、どこかで冷たい声をした自分が彼女に疑問を投げかけていた。彼の過去について。彼と愛し合った他の女性の存在について。

 こんな歳になるまでまったく経験がなかった自分が特殊であることはよくわかっていた。ひっかかっているのは、彼に誰か恋人がいたことではなく、彼が「いままで誰もいなかった」と彼女に言ったことだ。

 彼の愛を疑っているわけではない。彼がどれほど優しく愛してくれているか、彼女はよくわかっている。その愛は、言葉だけの空虚なものではなく、彼女に関するあらゆる彼の行動から感じ取ることが出来た。

 今回、彼の家に着いて三日目の夜だった。シャワーを浴びてからベッドに向かう前に彼女は持ってきた荷物の中を探っていた。後から入ってきた彼は、訊いた。
「どうした?」

「ハンドクリーム、入れたと思ったんだけれど。ニューヨークに置いてきたみたい」
「ハンドクリーム?」
「ええ。台所洗剤が合わないみたい。手肌がザラザラなの」

 一人ならザラザラでもまったく構わないんだけれど。ジョルジアは心の中でつぶやいた。自分に触れられる相手がどう感じるかは、グレッグと愛し合うようになって初めて氣にするようになったことだ。荒れていない唇も、繊細な指先も、柔らかい頬も、肘や踵にいたるまで全身に滑らかな肌を持つことも、それまでの彼女は必要すら感じなかったことだった。しかし、今の彼女はそれがとても氣になる。その肌に彼が触れるのだから。

 グレッグは、彼女の横に座り、その手を取った。そして、彼の温かい大きな手で包み込むと、申し訳なさそうに言った。
「本当だ。かわいそうに。あの洗剤はきっと強すぎるんだな。考えたこともなかった。それに、日用品を売っている店まで一時間も車で走らなくてはいけなくて、そこまで行ったとしてもいろいろな種類のハンドクリームがあるわけじゃないんだ」

 その暖かい手のひらに包まれて、彼女の心は蕩けた。
「ブランドもののハンドクリームをあれこれ並べる必要なんてないわ。オリーブオイルを塗り込んでもいいんだし」
そう言いながらも、もう台所までオリーブオイルをとりに行って肌のケアをする氣は失せていた。二人はそのまますぐにベッドに潜り込んだ。

 彼の行動の一つ一つが、愛されていることを実感させてくれた。不器用ながらも彼の言葉はいつも真摯で誠実だと感じさせた。飾りは少なくとも選ばれた表現は、彼が正直であることの証だった。

 それなのに、彼が過去の恋人との経緯に関してだけを「なかった」ことにするのは、どうしてなんだろう。彼女の中のもう一人の彼女が厳かに答えを告げる。「お前が劣っていることを思い知らせたりするのは可哀想だと思っているからに違いない」と。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

日本で買った便利なモノ (4)バターカーラー

さて、今日は日本で買ってきた便利グッズを紹介するコーナーです。四回目の今回はバターカーラーです。

バターカーラー

バターカーラーといわれても「何それ?」という方、多いかもしれませんね。読んで字のごとく「バターをカールさせる道具」なのです。

バターの保存は当然ながら冷蔵ですけれど、出してきてすぐだとパンに塗る時に固い。もちろん使う量を早めに冷蔵庫から出してしばらく待てば柔らかくなるのですが、結局いつもギリギリに思い出して……という繰り返しですよね。

で、バターカーラーの出番なのです。写真のように「おっしゃれ〜」な状態にしてドヤ顔で客に出すために使うこともできるのですけれど、こうやって小分けにして置いておくと早く柔らかくなるのです。

バターカーラーには幾種類かあり、ホテルなどでよく見かける貝殻型のバターを作るには、ドイツ製のギザギザナイフを円形に丸めたようなものを使います。

このバターカーラーも買ったのですけれど、結局私が普段使うのは、写真のステンレス・バターピーラーナイフ。

ロール型のバターの形は、ドイツ式の方が素敵なんですけれど、洗ったりしまったりする時に、危険、洗いにくい、引き出しの中で場所をとるというような、取り扱い上の問題があって、使わなくなってしまったのですね。

写真の製品は、洗うのも、しまうのもぱっぱとできるし、場所もとりません。ホテルの厨房のように場所もたっぷりあるならともかく、普通の家庭では、この方が便利みたいです。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。三回に分けた二回目ですけれど、ここも少し中途半端な区切りだなあ。まあ、いいか。

もしかすると、幻の風来坊男であるアウレリオ、初登場? ま、勿体ぶって出さなかったわけではなく、本当にいつもいないんだ、この人。

さて、これまで細かくは説明していないのですが、グレッグと腹違いの妹マディは十歳離れています。「郷愁の丘」本編と「最後の晩餐」という外伝で、十歳だった彼が両親の離婚に伴いイギリスに引っ越したという事情を書きました。(そんな詳細はどなたも憶えていらっしゃらないと思いますが)つまり、レイチェルの存在と妊娠が契機となって、別居中だったグレッグの両親は正式に離婚したのですね。もっとも、ジェームスはその後もマディのことを正式に認知しなかったようです。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 2 -

 買い物のためにヴォイへ出てくることを知ったマディは、ランチに招待してくれた。グレッグとマディの父親、故ジェームス・スコット博士の臨終と葬儀の時にしばらく一つ屋根の下で過ごして以来、ジョルジアはマディやその家族とすっかり仲良くなった。

 グレッグと父親は実の親子にもかかわらず、奇妙なほど他人行儀な関係しか築いてこなかったのだが、それを補うようにマディとその母親のレイチェルが、グレッグとジョルジアを新しい家族として受け入れてくれたのだ。

「やあ。ジョルジア、久しぶりだけれど、去年逢った時と変わらないね。ニューヨークからの長旅、お疲れ様。あのサバンナのど真ん中で、こいつと二人っきりだなんて、退屈していないかい」
立て続けにしゃべりながら、迎え出たマディの夫アウレリオが抱擁してきた。

「チャオ、アウレリオ。なかなか面白い冗談ね」
ジョルジアは、兄が持たせてくれた最高の出來のスーペル・トスカーナ・ワインを渡しながら苦笑した。

 グレッグとは学生時代からの付き合いであるアウレリオは、イタリア人らしい罪のないジョークをよく飛ばす。当の本人がそれを冗談とは受け止められず、軽口の返答も返ってこないことには無頓着だ。

 そうはいっても、ジョルジアも氣の利いた返しや、大げさな惚氣まじりの反論を口にすることが出来ない。

「アウレリオったら。この二人はこう見えても新婚ほやほやなんだから、くだらないことを言わないの」
キッチンから出てきたマディが、助け船を出してくれたので、彼女はほっとした。

「新婚ねえ。僕たちの蜜月はずっと濃いし、まだずっと続いているよね。愛しのマレーナ」
アウレリオは、マディを後ろからぎゅっと抱きしめて、豊かな栗色の髪に口づけをした。

「オックスフォードで始めて出会った時のことは生涯忘れないな。あの日、僕の人生は光り輝くようになったんだ」

 マディは夫の言葉に苦笑いした。
「ありがとう。アウレリオ。残念ながら、私はその日にあなたと会ったこと、全く憶えていないんだけれど」

 ジョルジアは、おもわず「え?」とつぶやいた。マディはウィンクをした。
「ママに初めてヘンリーと引き合わせてもらった日らしいんだけれど。一度も会ったことのない腹違いの兄にやっと会えるって緊張していたんだもの、他の人なんて目に入っていなかったわ」

 ジョルジアが確認するように見ると、グレッグはわずかに笑って頷いた。
「レイチェルが特別講義でオックスフォード滞在している時に、マディが訪ねてきたんだ」

「そうなの。夏休みに入ってすぐだったわ。どうしても行きたいって、ママに頼んだのよ。私だってヘンリーと知り合いたいってね。ヘンリーに会うのもドキドキだったけれど、あのベリオール・カレッジのディナーっていうのも嬉しくて、途中で逢って挨拶した人のことまで憶えていなかったの」

「ひどいな。運命の出会いよりもお皿の中のことを憶えているって訳かい?」
アウレリオは、妻のことしか見えないという風情で微笑みかけた。
「だって、観光客でも入場できるホールじゃなくて、オールド・コモンルームでのディナーだったんですもの。1200年代からの格式あるダイニング・ルームにケニアから来た十五歳の小娘が行けるなんて夢みたいでしょう」

「十五歳?」
ジョルジアが問うと、グレッグは頷いた。
「そうだったね。あれは、イギリスにいた最後の年だった。僕と母がケニアを離れて直に生まれたって話を祖父から聞いていたけれど、実際に逢ったらティーンエイジャーになっていたのでびっくりしたよ」

「僕が、あの綺麗なお嬢さんに紹介してくれって頼んだのに、渋ったことは忘れないぞ」
アウレリオが笑って言った。グレッグは苦笑いした。
「もちろん。マディの見かけは大人びていたけれど、まだ子供だと思ったし、軽く恋愛ゲームをする対象にされたら困ると思ったんだ。それに妹といっても、会ったばかりで、それほど親しいって訳じゃなかったし」

「でも、橋渡ししたの?」
ジョルジアが訊くと、マディが笑って答えた。
「ヘンリーは紹介するつもりがないのに、私と会うどこにでも勝手についてきたのよね」

「そうさ。紹介せざるを得なくしたんだよ。でも、お陰で僕たちはこうしてここにいるんだからね」
アウレリオは胸を張った。笑いながら、ジョルジアはいかにもアウレリオらしいと思った。全く躊躇せずに、自分の道を切り拓いていける。それはこの人の才能の一つだ。

「もちろんアウレリオは特別だと思うけれど。でも、あなたたちを見ていると、婚約中ってなかなか信じられないわよ」
マディの言葉にジョルジアは笑った。
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Posted by 八少女 夕

おじさま好きのはずが……

今日は、本当にどうでもいい記事です。あらかじめ断っておきます。

昨年のオフ会で話題になったのですけれど、「どんな対象に萌える」みたいな質問に私は速攻で「おじさま!」と答えたんです。昔からの傾向なんですけれど、お目々キラキラ、お肌つやつやの美少年にはあまり興味がなく、いや、可愛いなあとは思いますけれど、恋愛対象としては「特に何も感じない」だったのです。(あ、私は誰がどんな方を恋愛対象にしていてもいっこうに問題ないのですけれど、本人としては異性以外には恋愛感情を持たないタイプです)

で、学生のころから、周りがアイドルなどにキャーキャー言っている時におじさま好みを口にしてドン引きされていました。

最近、「ああ、この人、追っかけたいぞ」(リアルじゃないですよ! あくまで心のアイドルとして)と思った芸能人は、英国のスーパーモデルのデイヴィッド・ギャンディです。服着てもこの通りダンディですが、脱いでも素晴らしい。眼福です。

David Gandy by Conor Clinch (2013) - cropped
David Gandy by Conor Clinch (2013) - cropped.jpg
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

で、あいかわらず「なんてオヤジ趣味なんだ、私」と思っていたのですけれど、実はこの方、1980年生まれです。えっと……ずっと歳下だわ。それを認識した時に、自分がものすごく痛い存在だとがっくりきました。

あ、でも、ファンは辞めませんけれど。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。プロローグのイギリスシーン(三月末)に戻るまでにはもう少しかかりますが、二月の時点に移っています。前作のラストの章で、「君が二月に来るのが待ち遠しい」とグレッグの手紙にあった、その二月ですね。

半分に切るか、三回に分けるか迷った末、やはり三回にしました。で、今回は少し短いです。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 1 -

 それからまた半年近くが経った。一ヶ月の休暇が終わるとジョルジアは、ひとまず帰らなくてはならなかった。婚約はしたが、その時点ではまだ具体的なことは何も決まっていなかった。ニューヨークに戻ってから、以前のように手紙と電子メール、それから時々は電話で交流を持ちながら、実際の手続きについて相談した。

 結婚後の二人の住まいは《郷愁の丘》になったが、ジョルジアの会社との契約や取り組んでいる撮影スケジュールを考えると、実際にケニアに住むのは年に半分ほどになりそうだった。ジョルジアはニューヨークでは少し小さめのフラットに遷り、家財を整理した。《郷愁の丘》に置くもの、ニューヨークに残すもの、それに処分するものがあった。

 新しい勤務態勢を整えるために《アルファ・フォト・プレス》での打ち合わせもこれまでよりもずっと多かった。半年はあっという間だった。

 それに、家族の問題があった。ジョルジアの新しい門出を家族はみな心から喜んだが、ケニアがメインの住居になるとわかると、特に兄のマッテオが盛大な結婚式で送り出したいときかなかった。派手なことが苦手だと難色を示すジョルジアとの押し問答の末に、ニューヨークでの結婚式と、家族や同僚、それに親しい友人たちを集めて行きつけの《Sunrise Diner》でパーティをすること、日を改めてスイスのサンモリッツでヨーロッパの親族を集めた食事会を開催することになった。

 ケニアでは結婚式はしないが、どちらにも招待することのできないケニアの同僚や知人もいるので、グレッグの家族といっていいレイチェルやマディを中心に、ケニアでもパーティをすることになった。マディの夫のアウレリオとその親友であるリチャード・アシュレイは、ニューヨークでマッテオがそうしたように、いつの間にか話をどんどん大きくしている。グレッグもジョルジアもパーティが苦手なのだが、こればっかりは仕方ないと諦めた。

 彼らには《郷愁の丘》があった。リチャードに言わせると「地の果て」、よほどの意思と必要性がなければたどり着けない不便な立地に、孤高に立つ家。目の前に広がる広大なサバンナと、音も立てずに輝きのオーケストラで一斉に語りかける満天の星空を備えた隠れ家。

 そこは文字通り、隠れ家だった。他の人間社会から、切り離されているのだ。ここにいる時は、誰一人として「ちょっと飲んでいるから出ておいでよ」と電話をかけてきたりはしない。「遠いので」と告げるだけで、パーティにも行かずに済む。誰とも上手く話せずに人々の間に一人で立ちすくむ、居たたまれない想いから解き放たれるのだ。

 《郷愁の丘》には、ジョルジアの求める全てがあった。グレッグの人となりを知り、輝かしい朝焼けに共に言葉を失い、星空の下で自分でも信じられないほど沢山のことを語り合う、その歓びの舞台になった場所だ。彼女はある時、彼との結婚によってそこが我が家となることを改めて認識し、震えが起こるほど喜びを感じた。

 ジョルジアは、二月の終わりに《郷愁の丘》へ戻ってきた。アメリカでの結婚式のために三月末にまたニューヨークへ行かなくてはならないが、仕事のスケジュールを鑑みると新生活を始めるのはこのタイミングが一番よかった。
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Posted by 八少女 夕

ヴィーノ・モスカート

今日はお酒の話ですね。

ヴィーノ・モスカート

一人でふらっとバーに立ち寄る時、何を頼むか決めている方ってどのくらいいるのでしょう。日本の方で多いのは「とりあえずビール」かしら。大抵のドイツ人やスイスでも若い方はビールを頼む傾向があるように思います。

私はビールの味があまり好きではないので、ビールを頼むことはありません。そもそも飲み会でビールかソフトドリンクしかないというような時は迷わずソフトドリンクを飲んでいました。今は、ビールを飲まなくてはならないというようなアルハラならぬビールハラ(私にとってだけですけれど)の存在しない世界に住んでいるので、もう●十年ビールを飲んでいないかも。

で、その日に一杯しか飲めない、それもちゃんとしたディナーというようなときには、食事にワインを飲むのですが、そうでない時の一杯目に選ぶ確率が高いのが、ヴィーノ・モスカートです。(ようやく本題だ)

これデザートワインの仲間なんですかね、非常に甘口の白ワインで、とても口当たりがいいのです。日本の懐石料理などで食前酒に甘い果実酒が出てくることありますよね。あの感覚で私は頼みます。もちろん量がずっと多いのですけれど。

お氣に入りのカクテルを頼むのもかっこいいなあと思いますが、私の好きなカクテルは、スイスやよく行くイタリアではあまり知られていないことが多く、注文が面倒くさい。それにあまり強いカクテルだと、私の飲むスピードではいつまで経ってもご飯を食べにいけません。

その点、このヴィーノ・モスカートは、簡単に注文できて、飲むのもあまり苦にならず、しかも、いつどこで頼んでも味に当たり外れがほとんどないのです。

写真は、クリスマス前に一人でイタリア側スイスのルガーノに行った時のものです。一人だったので食事に行くのが面倒だなあと思ったので、馴染みのバーに行きました。ここ、お酒を頼むとただでたくさんおつまみを出してくれるのです。だから、ヴィーノ・モスカートの後に、赤ワインを一杯頼み、ついてきたおつまみでもう夕ご飯だということにしてしまいました。
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Posted by 八少女 夕

【小説】君は僕にとって

「十二ヶ月の歌」の五月分です。もう五月ですものね。日本は、令和だし……。

月刊・Stella ステルラ 9月号参加 オムニバス小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。五月はJoe Cocker の”You are so beautiful”にインスパイアされて書いた作品です。

この曲も歌詞は特に書きません。というか、おそらく聴けば大体わかりますよね。

この曲は、というか、下に貼り付けたベビーフェイスによるカバーバージョンは、「ファインダーの向こうに」の頃からずっと、主人公ジョルジアを見守る兄マッテオ(および一部の男性キャラ)の想いのテーマソングでした。

今回は、現在連載中の(「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」の続編)「霧の彼方から」でもカバーしなかったジョルジアの結婚式のことを後日譚として紹介する試みです。そんな外伝ばかりいらんというお叱りもあるかと思いますが、今月はこれでお許しください。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む

【参考】
「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」

霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




君は僕にとって
Inspired from “You are so beautiful” by Joe Cocker

 つい先日までは、いつ雪が降ってもおかしくないほど寒い日もあったのに、五月に入った途端これほど暑くなるなんて。マッテオは、セントラルパークの樹木の青々とした若葉を眩しそうに見上げた。

 満開だった木蓮は、役目を終えたと判断したのか、はらはらとその花びらを散らしている。ここ数ヶ月は忙しくて、いつもは誰かとデートついでに必ず見る、日本から寄贈されたという格別華やかな桜の花も見そびれてしまったらしい。

「それでね、マッテオ。グレッグが説明してくれたんだけれど、英国で雨が降ったり止んだり忙しいのは、ブリテン島の位置と暖流のせいなんだって」
横を歩くアンジェリカが、一生懸命に覚えたての知識を披露してくれる。彼は、にっこりと笑って答えた。

「なるほど。まったく知らなかったよ。さすが彼は博士だね。それに、世界一きれいな知りたがり屋さん、教えてもらったことをちゃんと憶えて僕にも教えてくれるお前は、なんて賢いんだ。こんなにパーフェクトな姪を持って、僕は誰よりも幸せな男だな」

 アンジェリカは、少し考えてから言った。
「でも、マッテオ。この間からずいぶんと寂しそうよ。ジョルジアが、お嫁に行っちゃったのがショックなんでしょう?」

 マッテオは、かがみ込むと姪を強く抱きしめて答えた。
「それは寂しいよ。それに、今日、お前がアレッサンドラとロサンジェルスに帰ってしまうのも、泣きたくなるくらい寂しいさ。でも、ショックなんてことはないよ。どんな遠くに行ってしまっても、お前や、アレッサンドラや、ジョルジアが、それぞれに幸せであることが、僕の心からの願いなんだ」

 まだ九歳の姪が生まれるよりも前、妹のジョルジアが絶望の底にいた時のことを、マッテオは思った。子供の頃から見守り愛してきた大切な妹は、はじめて付き合った男に言葉の暴力で傷つけられ、しばらくクリニックに入院しなくてはならないほどのトラウマを負った。

 彼女を傷つけた男は、彼女の生まれつきの痣を目にして、こう言ったという。
「こんな醜い化け物を愛せる男などいるものか」

 その痣は、そして、それを目立たなくしようとして失敗した手術の痕は、一般的に言えば「美しい」と形容するようなものではない。それはマッテオも知っている。

 だが、彼女にトラウマを与えたその酷い言葉の全ては完全な間違いだ。世界中のメディアや一般のファンたち、それに評論家たちも「美の女神」と認めるスーパーモデル、もう一人の妹アレッサンドラに劣らず、マッテオにとってジョルジアは、例えようもなく美しく、彼女に対する愛は尽きることがない。

 母親に紹介された生まれたばかりのジョルジアを目にした六歳のあの日から、マッテオの想いは一度たりとも変わったことがない。……なんて可愛くて、美しくて、愛しい子なんだろう。

 生まれつきの痣や、その他の要因が重なり、次第にひどく内向的になったジョルジアを、マッテオは常に心にかけ、愛情を注いだ。少なくとも家族の前では、幸せに楽しくしていた妹の日常と人生の歓びを、一人の男の心ない振る舞いが滅茶苦茶にした。

 若くして成功し経済界に絶大な影響力を持つマッテオが、私怨で誰かの事業に口出しをしたのは、人生でたった一度だけだ。彼は、妹を捨て苦しめておきながら、平然としてマッテオと同じクラブに他の女を連れて出入りしていたその男の経済基盤と社会的信用を奪い、ニューヨークにいられなくした。おそらくジョルジアはそのことを、絶望の底にいた当時はもちろん今でも知らないだろう。

 それから十年近く、ごく普通に暮らしているかのように傍目には見えても、他人と関わることを怖れ、心を半分閉ざしたままの妹を見守り続けるのはたやすくはなかった。

 退院してしばらくは精神不安定な状態が続き、一年近く彼のペントハウスで暮らさせた。話しかけても反応しなかったり、突然泣き出したり、もしくは無意識に同じところを歩き回るなど奇妙な行動をすることもあった。

 異常行動がなくなり、パニック障害の発作もなくなってから、専属で働いている《アルファ・フォト・プレス》のスタジオで静物撮影の仕事から復帰した。少しずつ笑顔も見せるようになり、本人の希望するように一人暮らしをさせても大丈夫と思えるようになった。

 そして、マッテオが懇意にしている知り合いが大家であるフラットに住むことになったものの、どうしているか心配で毎週のように訪ねていったものだ。

 二度と傷つきたくないと怖れる想いと、それでも愛されたいとにじみ出る願い。何も言わなくても手に取るようにわかるが、兄としてのあふれる愛をどれほど注いでも、彼自身にはどうしてやることもできなかった。

 そのジョルジアが見つけたのは、彼にとっては地球の果てであるケニアでの幸せだった。

 努力家で真面目とはいえ、決して成功しているとは言えない動物学者。マッテオからの援助がなければ、経済的にも食べていくのがやっとらしい。ジョルジアのこれまで築いてきたキャリアを考えてもサバンナの真ん中へ行くことはプラスになるとは思えない。

 そんな相手との結婚ではあり、マッテオにとっては大切な妹がそんな地の果てに行ってしまうことは寂しくてならないことだが、それでも、彼は心からの祝福を添えて妹を送り出した。

 誰かを躊躇せずに愛する歓び、人生の片翼が存在することへの安堵、締め付けられていた孤独の枷からの解放、その全てを言葉では語らない妹の瞳の光や振る舞いから感じることができた。それ故マッテオは、彼女の決断が正しいものだと納得し、心から祝福することができたのだ。

 長い冬だった。樹木の枝に見える蕾は固く閉ざされ、まるで死んでしまって二度と開かれないのではないかとすら疑われた。それが、どうだろう。眩しいほどの新緑、わずか数日で、いや、数時間で、刻一刻と姿を変えながら晴れ渡った紺碧の空へとその瑞々しい若葉を伸ばしていく。

「そうかなあ。私ね。お嫁に行くとどうして旦那さんの国に引っ越さなくちゃ行けないのか納得いかないって、ジョルジアに言ったの」
アンジェリカが、真面目な顔つきで言った。マッテオは、面白く思った。

「ジョルジアは、なんて答えたんだい?」
「必ずしも旦那さんに合わせる必要はないって、言ったわ。でも、ジョルジアは旦那さんに合わせたんでしょ、って言ったの」
「それで?」

「グレッグは、ジョルジアがニューヨークで暮らしたいんじゃないかって、言ってくれたんだって。だから必要なら彼も引っ越しても構わないって。でも、それは無理だって、彼女が説得したんだって」
アンジェリカは、ジョルジアそっくりの口ぶりで説明した。

「グレッグ。写真はどこでも撮れるけれど、私の知る限り、ニューヨークには野生のシマウマはいないわよ」
ジョルジアらしいユーモアと愛情のこもった台詞を聞いて、マッテオは笑った。

 新居はケニア中部の《郷愁の丘》になったものの、《アルファ・フォト・プレス》との契約があるので、しばらくジョルジアは年に数ヶ月ニューヨークで過ごす。また、助成金の契約でグレッグが年に一度は必ずニューヨークに来ることになっているので、その時にはジョルジアの分の航空券も送るつもりだ。永久に会えなくなるわけではない。

 もう一人の妹、アンジェリカの母親であるアレッサンドラが、ロサンジェルスに家を買いニューヨークを離れた時も、また、三度目の結婚に伴い、年の半分以上をヨーロッパで暮らすことにした時も、寂しさはあったがその幸福な旅立ちを喜んで送りだしてきた。今度それができないはずはなかった。

「結婚パーティ素敵だったわよね。どうしてジョルジアはママみたいなウェデングドレスを着なかったの?」
アンジェリカは、マッテオの手に掌を滑り込ませて訊いた。マッテオは、微笑んで小さな掌を壊さないように優しく力を込めた。

 先月、ニューヨークのロングアイランドにある教会で行われた結婚式で、ジョルジアはアイボリーのシンプルなタイトワンピースを着た。

「派手なウェディングドレスを着るのは嫌だって言われたんだ。アレッサンドラに頼んで彼女の希望に合うようなワンピースを用意してもらったんだよ。その代わりに、彼女のリクエストにはなかった最高級の絹とレースを使ったけどね。きれいだっただろう? でも、パーティでは、どういうわけか直前に一度着たドレスに変更すると押し切られてしまったよ」

 結婚式の後に、彼女のフラットや職場に近い馴染みの大衆食堂《Sunrise Diner》で、家族の他に同僚や親しい友人たちを集めて披露パーティが行われた。その時に彼女は緑のシンプルなドレスを着た。

「ああ、その理由は知っているわ。ニューヨークに来る飛行機、私あの二人と一緒だったでしょ? あの中で、グレッグがあのドレスの話をしたの」
「ほう? どんな話?」

「あのね。グレッグは、ジョルジアがあれを着るんだと思い込んでいたんだって。どうしてあのドレスがいいのかって彼女が訊いたの。そしたら、こう答えたの。前にあのドレスを着た時に、本当は一緒にダンスをしたかったのにチャンスを逃したんだって。どうしてその時に言わなかったのかしらね。言えば、ジョルジアが断るはずはないのに。あの二人、あんなに仲がいいんだもの」

 マッテオは、なるほどと思った。それは、助成金の推薦をしてくれたレイチェル・ムーア博士がグレッグをマッテオに紹介するため連れてきたWWFのパーティだった。口添えするためにジョルジアもその緑のドレスを着てやってきたのだ。

 どういうわけだか、グレッグはパーティの序盤で退席してしまい、それを追ってジョルジアも帰ってしまった。だから、もちろんダンスをすることなどなかっただろう。あの時、レイチェルは言っていた。
「彼はジョルジアに夢中なの。残念ながら友達の枠は超えられていないみたいだけれど」

 つまり、彼はジョルジアに遠慮して肩や髪などに触れることもなかったのだろう。あの夜にあの美しい彼女の姿を見て、皆がダンスをする機会を生かして彼女をその腕に抱きたかったんだろうな。

「私なら、ドレスを着たら申し込まれなくても一人で踊っちゃうな。毎日着られるものじゃないし」
アンジェリカは、マッテオの思惑などお構いなしにおしゃまな発言をした。

 マッテオは、再び姪の目の高さにかがんで、その瞳をのぞき込んだ。
「心配しなくても、お前が大きくなったら、たくさんの男たちがダンスを申し込もうと行列を作るよ。その時には、僕にも一度くらい一緒に踊るチャンスをくれるだろう? 僕の大事な踊り子さん」

 アンジェリカは、とても嬉しそうに抱きついて答えた。
「もちろんよ。マッテオとは他の人の倍以上の曲を一緒に踊るわね」

 マッテオは、愛する姪を抱きしめた。もちろんその口約束が守られることはないだろうことは知っている。彼女が大きくなり、恋をしたら、一晩中でも好きな男と踊り続けたいと願うだろう。その時には、彼はただの「親しいマッテオ伯父さん」に変わってしまうのだと。そして、そう思わせる相手の存在を疎ましく思う権利は、彼にはないのだと。

 派手なことの嫌いなジョルジアと、同じように内氣なグレッグは、自身の結婚披露パーティだというのに、ほとんどの時間を店の片隅で過ごした。皆が楽しげ踊っている時もそうだった。だが花婿は、幾度も深い愛情を込めて花嫁を見つめていた。

 ずっとマッテオが思い続けていた言葉を、彼が心に思い浮かべていることを疑う余地はなかった。
「君は、誰よりも美しい。君は、僕にとって他の誰よりも素晴らしい」


 今日の新緑は、風に舞いながら萌え立っている。まるで歓びに震えているように。同じ色のドレスを纏った愛しい妹が、ようやく安心して身を委ねられる相手を見つけ、その腕の中で祝いのダンスを踊っていたほんのわずかの時間を思い出しながら、マッテオは姪と一緒にゆっくりと歩いて行った。

(初出:2019年5月 書き下ろし) 

新緑の森林 by マレーナさん
こちらはマレーナさんによるイラストACからのイラストで著作権はマレーナさんにあります。無断使用はお断りします。

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Babyface You Are so Beautiful

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