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Posted by 八少女 夕

【小説】豪華客船やりたい放題 - 1 -

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第一回目です。

すみません、まだウゾさんのところのキャラしか出てきていませんし、宿題の『旅の思い出』も出てきていません。次回以降にぼちぼち書きますので、今日は導入部のみで失礼します。


オリキャラのオフ会


【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定など




目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 1 -


 ほう。さすがは、お坊ちゃま。

 京極は、ウェルカムパーティに遅れないように身支度をした。タキシード、俺には執事コスプレにしか思えない服装をしてもちゃんと絵になる。鏡を覗いて、俺がちゃっかり来ているのを知り、露骨に嫌な顔をした。

「来るなといったのに、どうしてここにいるんだ、山内」

 山内拓也、それが俺の名前だ。見かけは全然それっぽくない。かつては普通の男だったけれど、あれこれあって、今は狐の耳と尻尾を持つ美少女の姿をしている。四角い枠の中にしかいられないのはもどかしいが、反対に四角い枠の中であればどんなところにでも自由にいけるという、非常に便利な能力を持った異形なのだ。

 京極髙志は、俺が勤めていた会社の総務課長代理だ。イケメンで、お育ちもいい上に、仕事も出来るので女たちが群がるけっこうなご身分。ずっとムカついていたけれど、俺が本来の身体を乗っ取られてこの姿になってしまって以来、自宅にかくまってくれて面倒を看てくれている。そう、こいつは性格もいいヤツなんだ、腹立たしいことに。

「世界から金持ちがワラワラ集まる豪華客船パーティ、美味いものも、綺麗どころもたっぷりと聞いたら、そりゃ行きたくなるさ。お前だけ楽しむなんてずるいぞ」

 京極は、ますます嫌な顔をしてため息をついた。
「僕は、遊びに来たわけじゃない。乗っ取られた君の身体とパスポートで、イタリアに入ったという《ニセ山内》の情報をもらうために、この船のオーナーと話をする必要があるから来たんだ。君だって、早く身体を取り戻したいだろう」

 そう言われて、俺は少し考えた。まあ、確かに身体を取り返したいって思いはあるけれど……。
「そんなに急がなくても、いいかな。ほら、先週『魔法少女♡ワルキューレ』の放映が始まったばかりだし、その他にリアルタイムで追いたいシリーズがいくつかあるんだよな。ゲームもまだシリーズ3に着手しだしたところだし、コスプレの方も……」

 俺ののんびりライフのプランを聴いてイラッときたのか、京極はそれを遮った。
「そういえば、先週も着払いで何かを頼んだだろう」

「悪い。けど、しょうがないだろう。俺は休職中で収入ないしさ。お前のクレジットカードの家族カード作ってくれたら、着払いはやめるよ」
「冗談じゃない。カードなんか作ったら、とんでもないサイトで課金するに決まっている」

 よくおわかりで。
「まあね。でも、服は仕方ないよ、必要経費だろ? お前にとっても」

 これは京極にとっても痛いところをついたようだ。服の着用が、俺の持つもう一つの迷惑な能力を封印するからだ。

 俺は、誰かと目を合わせると、そいつと身体を交換することが出来る。まあ、そういうわけで俺自身の身体を誰かに持って行かれてしまったわけだ。で、もう一度目を合わせると再び元に戻る。同じ相手とは一度しか交換できない。つまり、俺は俺自身と目を合わせて身体を取り戻さなくちゃいけないわけだけれど、そいつがどこにいるのかわからない限り、話は簡単じゃない。

 で、事情をよく知っている京極ん家の露天風呂をメインの根城にさせてもらっているのだが、一応美少女の姿をしているので、独身の京極には目の毒らしく「服を着ろ」と言われた。で、着てみたらなんと誰と目を合わせても問題は起こらないということがわかったのだ。おかげで、京極は俺が服を脱いで人前に出ないようにますます心を砕く羽目になったというわけだ。

 俺にとっても悪い話ではなかった。もともと俺は猫耳のギャルが大好きなのだ。で、鏡に映せば自分の姿にはいくらでも萌えられる。コスプレもし放題。アニメとゲームの合間にコスプレ、こんな天国がどこにあるだろうか。身体が戻ってしまったら、またドヤされながら営業に回らなくっちゃいけない。だったら今のうちに存分楽しまなくちゃ。

 払わされる京極には悪いけど、俺の軍資金はとっくに底をついてしまったから……。ま、いいだろ、お坊ちゃまには働かなくても構わないくらい財産があるんだから、月に数着の服くらい。いや、数着じゃないな、小物も入れたらギリ二桁ってとこ?

 今日、選んでみたのはさっき届いたばかりの『魔法少女♡ワルキューレ』のシリーズもの。まずは『ファイヤー戦士ブリュンヒルド」を着てみた。白い肌に赤いミニスカって、滅茶苦茶合うよね。髪型もちゃんと高めのポニーテールにして再現したけど、京極のヤツ、わかってんのかな。

 京極はため息をつくと、袖口をカフスで留めた。
「しかたないな。観て歩くのは仕方ないが、あまりあちこちで迷惑をかけるなよ。大人しくそこでアニメでも観ていてくれ」

 そう言って京極のヤツは出て行った。ふふん、この船のテレビはオンデマンドだから、かじりついていなくても再放送を観られるんだよ。もちろん『魔法少女♡ワルキューレ』の放映は外せないけどさ。

 さ。せっかくたくさんの服を用意してきたし、あちこちで見せびらかしてこなくっちゃ。どこから行こうかな。

 テレビやスマホ、ドア、窓や鏡だけじゃない。プール、ビリヤード台、調理場の流し、ワゴンの下、段ボール箱、ポスター。四角いところならこの船のどこにでもある。

 試しに一つのドアへ行ってみたら、ちょうど二人の少女が挨拶をしているところだった。一人はクリーム色のボレロ付きワンピースを着たブルネットの少女で、もう一人は全身真っ白のビスクドールのように美しい少女。ブルネットの少女が一人であれこれ話しかけながら、もう一人の少女にガラスの煌めく髪飾りをプレゼントして去って行った。白い少女は、髪飾りを陽に透かし、それから少し離れたところで立っていた全身黒づくめの男にそれを見せた。

 俺は、もう一人の少女が語っていたことをちゃんと聞き取っていた。「甲板長主催の船に纏わる伝説とお茶会」そんなものがあるなら、顔を出してみようかな。いや、茶菓子を食べるのは、枠の中にいたらダメだよな。さて、どうしよう。
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Posted by 八少女 夕

【小説】あなたを海に沈めたい

「十二ヶ月の歌」の九月分です。なぜ一ヶ月がこんなに早いんだろう……。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。九月は加藤登紀子の”難破船”にインスパイアされて書いた作品です。中森明菜が歌ってヒットしましたよね。私にとってもそのイメーシが強いのです。こちらは日本ではとても有名な曲ですので、聴いてみたい方、歌詞を知りたい方はWEBで検索してくださいね。

さて、もちろん原曲は、純粋な失恋の歌なのですけれど、私の中でこんなイメージがいつもつきまとっていました。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



あなたを海に沈めたい
Inspired from "難破船" by 加藤登紀子

 おかしな降り方の雨だった。
「今日降るなんて聞いていないよ!」「傘、もってこなかった」
人々は口々に文句を言いながら通り過ぎた。ぽつりほつりと降っていたのはほんのわずかの間だけで、すぐに熱帯雨林のスコールのような土砂降りになり、庇や地下鉄へと駆け込もうとする人々で街は急に騒がしくなった。

 唯依だけが、恨めしげに天を仰いだだけで、そのまま重い足取りで進んだ。何もかもが上手くいかなくなり、全てが裏目に出た。雨にひどく濡れるくらい、大して違いはない。むしろ、惨めなのは自分だけではないと思えて有難かった。

* * *


 マストはゆっくりと揺れていた。ほとんど無風だ。眩しい光と、たくさんの白が、勝の眼を射た。白い帆、白い船体、白いリクライニングチェア、そして、その上で背中を焼く茉莉奈の白いビキニ。彼は、船内に入り冷えたヴーヴ・クリコの瓶を冷蔵庫から取りだした。ポンと心地のいい音をさせて、コルクは青い大西洋に吸い込まれていった。

 セントジョージを目指すプライヴェート・セーリング。真の勝者だけがエンジョイできる娯楽だ。残業禁止だ、営業成績不振だと締め付けられながら、代わり映えのしない日々をあくせくと働く奴らが、生涯手にすることのできない時間をこうして楽しんでいる。彼は、ジャンペンを冷えたグラスに注ぎ、この幸福を彼にもたらした新妻に渡した。

「ああ、美味しい。ヴーヴ・クリコの味が一番好き。屋内のパーティで飲むのも悪くないけれど、こうして太陽の下で飲むのが一番よね」
茉莉奈は、にっこりと笑った。

「社の飲み会では、乾杯以外ほとんど口をつけなかったから、君はアルコールに弱いんだと思っていたよ」
「私、あの手の安っぽいビール、嫌いなの。そもそも、会社の飲み会なんて全く行きたくなかったわ」
「勤めも社長と会長に言われて、仕方なくだったのかい?」
「まあね」

 茉莉奈が社長の娘であることは、ずっと秘密にされていた。もちろん、どこかのお嬢様に違いないとは、入社してすぐから噂になったけれど。勝は、次期社長の座を狙って茉莉奈に近づいたわけではない。彼を振り向かせようと躍起になったのは彼女の方だった。華のある美人で、スタイルも抜群、しかも将来の出世が約束されているとわかっているのに袖にするほど勝も天邪鬼ではない。

 同期の佐藤が結婚したときにもらった休暇は二週間だった。ハネムーンはハワイで、芋洗いのような混雑したビーチでのスナップ写真を見せられた。勝と茉莉奈は、一ヶ月のハネムーン旅行を大いに楽しむことが出来る。大型セーリングヨットを貸し切り太陽を自分たちだけのものにするのだ。もちろん、帆を張ったり、航路を決めて安全に走行するのは二人のクルーの役目だが。

「経理課や総務課なんて、死んでもごめんよ。あんな地味な制服を着て週の大半を過ごすなんて。あんなつまらない仕事は、地味に働くほかない人がするものよ。……鈴木唯依さんとか」

 勝は眉を寄せた。
「……彼女と知り合いなのか?」

 茉莉奈は意味ありげに笑った。
「知り合いってほどじゃないわ。でも、狙った相手にアタックする前に恋人がいるかリサーチぐらい、誰だってするわよ。もしかして、知られていないと思ってた?」

 勝は、少し慌てた。
「君と二股をかけていたわけじゃない。その……フェードアウトしていた時に、君と知り合ったんだ」

 茉莉奈は、シャンパングラスを傾けて、答えた。
「知ってるわよ。彼女の担当の仕事が忙しくて、ずっと逢えなかったんでしょう? だって、そうなるように板東のおじさまにお願いしたんだもの」
「経理部長に? まさか」

「柿本英子って知ってる? 私の同期。板東のおじさまとつきあっているの。それをパパに告げ口されたら大変だと思ったんじゃないかしら、ちょっと冗談っぽくお願いしただけで、何も訊かずにあの子を仕事漬けにしてくれたわ。でも、誓ってもいいけれど、それ以上のことは何もしていないわよ。だって、一緒にいる時間さえあれば、あなたが私を選んでくれることはわかっていたもの」

 勝は取ってつけたように笑った。
「まったく君には勝てないな。言うとおりさ。僕は君の魅力に抗えなかった」

 油断していたと思った。唯依とつきあっていたことを茉莉奈に知られていたなんて。茉莉奈との二度目のデートにこぎ着け、自分の人生に新たなチャンスが巡ってきたことを確信してすぐに、唯依にメールで別れを告げた。彼女が納得せず大騒ぎになることを怖れていたが、物わかりのいいことが一番の美点だと常々思っていた通り、一度会ってできるだけ誠実に見えるように振る舞ったら、なんとかこじれずに別れることが出来た。

* * *


 熱帯雨林のように不快な湿氣を恨めしく思った。纏わり付き、この身を雁字がらめに捕らえているのは、勝への妄執なのだと思った。忘れることも出来ず、憎むことも出来ず、まだ、どうしようもなく彼を望む心を持て余していた。
 
 だが、今さら何が出来るというのだろう。加藤勝に捨てられてからもう半年以上が経っていたし、彼は会社中の祝福の中で社長令嬢と華燭の宴をあげてしまった。唯依とつきあっていたことすら、会社ではほとんど誰も知らず、興味も持っていない。彼の心も未来も彼女のものなのだ。それを納得できないでいるのは唯依たった一人なのだ。

 二人の女を天秤にかけ自分を捨てていった勝への怒りは、どこかへと押し込められていた。それ以上に、ただ、彼の元へ行き、泣きすがり、抱き留めてもらいたいという願いに支配されていた。

 二人がセーリングヨットを貸し切りにしてハネムーンを過ごしていると聞いたフロリダの海を心に描いた。自分とのハネムーンだったらどんなに素晴らしいことだろう。空を駈け、彼を探して飛び回った。白い大きな帆船。三角の二つのマスト。シャンペングラスを持った勝の姿を目にしたように思った。

 突然立ちくらみがして、唯依はその場にしゃがみ込んだ。

* * *


 突然、バンっという大きな音が頭上から聞こえた。間髪入れずに「きゃっ!」と茉莉奈が叫んだ。リクライニングチェアのすぐ脇に、落ちてきた何かが大きな音を立てた。
「やだっ。何?」

 勝が近寄ると、それは白い鳥だった。わずかにオレンジがかった顔と黒い羽根の先、ピンクのくちばしでびっくりするほど大きい。カモメってこんなに大きかったんだと驚いた。マストにぶつかったのだろうか。片方の翼だけをはためかせて暴れている。茉莉奈が怯えるので、とにかく抑えようと側に寄った。鳥の方は、捕まらないように、もっと大きな音を立てた。

「どうしました」
機関室の裏側で作業をしていたクルー、ラモン・アルバが寄ってきた。

「落ちてきたんだ。マストにぶつかったんじゃないかな」
勝は肩をすくめた。

「あっ。そ、その鳥は……怪我をしているのでは?」
「ああ、片方の翼を動かせないみたいだね。折れちゃったんじゃないかな」

「嫌だわ。早くどけてよ」
茉莉奈は、眉をひそめた。東京でも感染症を引き起こす菌が多いからと鳩の側に行くのを異様に嫌がる彼女が、こんな近くで暴れる野鳥に我慢できるはずはない。

 勝は側にあったクッションを手に取ると、叩くようにしてカモメを船首の脇に追いやった。

「おい! 何をするんだ!」
水夫が怒鳴ったので、勝はむしろ驚いて振り向いた。その勢いで暴れていた哀れな鳥は柵を越えて海へと姿を消してしまった。

 駆け寄ってきたラモンと共に首を伸ばすと、ロープにかろうじて引っかかっていた鳥は次の瞬間に海へと落ちていった。勝は腹に苦い思いがしたが、あえて平静を保って言った。
「かわいそうだが、どっちにしても長くは生きられないさ」

「かわいそうで済むか! 不吉極まりないことをするな」
「なんだって?」

 この男は、やたらと迷信深くて困ると彼は腹の中で呟いた。茉莉奈が船内にバナナを持ち込もうとしたときも「不吉だ」と怒ったし、勝が口笛を吹いたときにもすぐにやめさせた。

「どうしたんですか?!」
機関室から船長デニス・ザルツマンが顔を出した。

「なんでもないよ。カモメが落っこちてきて暴れたから、どけただけさ。海に落っこちてしまったみたいだな。どっちにしても折れた翼じゃ長生きできないだろう」

 ラモン・アルバは青ざめて首を振った。
「違います、船長。あれはカモメなんかじゃない。俺はこの目で見たんだ。アルバロトロスだったんだ!」

 アルバロトロス? なんだ? どの鳥だって、この際どうでもいいだろうに。勝は首を傾げた。

 デニスは、眉をひそめた。
「落ち着くんだ、ラモン。そんなわけないだろう。北大西洋にアホウドリアルバロトロス は生息していない」

「だから、こっちも慌てているんですよ。この俺が、アホウドリがわからないとでも?」
「そうは思わないが……ミスター・カトウ。カモメっておっしゃいましたが、どんな鳥でした?」

「白くて、このくらいの大きさで、顔がオレンジっぽくって、くちばしは淡いピンクだったかな……わざと殺したわけじゃない」
勝が言うと、あきらかに船長の顔色が変わった。
「まさか。……よりにもよって、アホウドリを殺したっていうのか?」

 勝と茉莉奈には、何が何だかわからなかった。まるで死んだのがカモメなら問題ないみたいな言い方だ。まあ、この辺りに生息していない鳥が現れたのは奇妙かもしれないが、たまたま飛んできただけかもしれないのに。

 ラモン・アルバは、震えて今にも泣き出しそうだ。船長は、そんなスペイン人に「しっかりしろ」と言って船内の用事を言いつけた。

 それから小さな声で勝に言った。
「帆船時代、船乗りたちはアホウドリを海で死んだ仲間の生まれ変わりと考え、殺せば呪いがかかると信じていたんですよ。今でももちろんアホウドリを殺すのはタブーです」

 勝はため息をついた。
「時代錯誤な迷信だ。今は、二十一世紀だというのに。大体他にもあの男は、バナナがとうとか、口笛がどうとか……」

 船長は、厳しい目を向けていった。
「つまり、あなたは船に乗るときのタブーをことごとく破り続けているというわけですね。ご自分の国でもそんなことばかりなさっていらっしゃるんですか?」

 勝は、居心地悪そうに視線を落とした。茉莉奈との結婚式は、もちろん大安だったし、スタッフや会社からの参列者にも服装や忌み言葉に氣を付けるよう徹底させた。茉莉奈にとって最高のウェディングになるように心を配ったのだ。

 デニスは、苦々しそうに言った。
「ここバミューダ海域が、他の海よりも危険だという噂は事実ではありません。いわゆるバミューダ・トライアングルで忽然と消えたと喧伝されている幽霊船ストーリーの多くはねつ造です。だが、海そのものが100%安全なわけではありません。私たち船の上で働くものは、常に最善を尽くし安全に旅が終わるように心がけています。その姿勢を馬鹿にするような態度は改めていただきたい」

「ねえ、勝。鳥のことなんかよりも、私、きもち悪い。もっと静かに走るように言ってよ」
茉莉奈の不機嫌な声が聞こえた。船酔いしがちなのだ。

 心なしか先ほどよりも船が大きく揺れている。勝は手すりにつかまった。船長は厳しい顔をして機関室に向かおうとした。

「何か、おかしいのか?」
勝の問いに、彼は行き先を指さした。

 地平線の彼方に、恐ろしい勢いで黒雲が広がっているのが見えた。勝は思わず叫んだ。
「チクショウ! 嵐になりそうじゃないか」
「いい加減にしろ! 海で悪態をつくな! まだわからないのか?!」

「いい加減にするのはどっちだ。こっちは客だぞ。そんなことを言っているヒマがあったら、嵐になる前にセントジョージに到着してみろ」

 デニスは、勝をにらみつけ叫んだ。
「お前らみたいなとことん不吉な客だと知っていたら、載せなかったよ。まさか、この上、誰かの恨みでも買っているんじゃないだろうな。つべこべ言わずに、あの金のかかりそうな女と船室で震えていろ。どんなに立派な船だろうと、どれだけ技術があろうと、嵐が直撃したらこの程度の船はひとたまりもないんだ!」

 おかしな降り方の雨だった。ぽつりほつりと降っていたのはほんのわずかの間だけで、すぐに熱帯雨林のスコールのような土砂降りになった。波はひどく高くなり、80メートルもある船が、木の葉のように上下に揺れた。

 デニスと、船室から出てきて青ざめながら作業をはじめたラモンの様子から、近づいてくる嵐は生命の危険すらある深刻なものだと勝にもわかった。船の揺れはもう立っているのが精一杯になってきた。とにかく茉莉奈を落ち着かせなくては。不安で泣き叫ぶ新妻の腕を取り、這うような形で彼は船室を目指した。

* * *


「どうしました? 大丈夫ですか?」
遠くから声が聞こえる。唯依は、それが自分にかけられていることを認識した。瞼を開けると、数人の親切そうな人たちが囲んでいた。心配そうにのぞき込んでいる。

 唯依は、目を上げた。いつもの通勤路だ。先ほどの雨が嘘のように、雲が消え去り強い陽光が濡れた服をじりじりと温めた。

「なんでもありません。少し立ちくらみがしたんです」
彼女は立ち上がった。

 ここは東京だ。心だけでも大西洋にいる彼を追いかけていけるなんて、そんなことがあるはずはない。彼と一緒に二人でバミューダ海の底へ沈んでしまいたいだなんて、馬鹿げた願いだ。

 思い惑い、半年以上も進む道を見つけられない自分は、難破船のようだと思った。

 だれにも顧みられない、ひとりぼっちの自分でも、人生はまだ続いていく。経理課の仕事は、自分に向いている。彼と社長令嬢の幸せな話を聞くのはつらいけれど、生活のためには黙って働き続けるしかない。もしかしたら、その平凡な日常こそが、自分をどこかの岸辺に連れて行ってくれるのかもしれないと願った。

(初出:2019年9月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

2019 オリキャラのオフ会 豪華客船の旅の設定です

大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で9月〜10月に開催される「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」に参加することになりました。(くわしくはリンクへどうぞ)

オリキャラのオフ会


今回、うちから参加させていただくのは、

ニューヨークの異邦人たち」シリーズからマッテオ・ダンジェロとアンジェリカ

目が合ったそのときには」シリーズから京極髙志と山内拓也

の四人です。

マッテオたちと京極たちは別行動の予定。っていうか、山内拓也は異形なので招待状もらっていません。密航です。すみません。

四人のキャラクター設定です。
◆マッテオ・ダンジェロ(本名マッテオ・カペッリ)
40歳。身長178cm。ニューヨーク在住のイタリア系アメリカ人。主に健康食品を扱うヘルサンジェル社のCEO。明るい茶色の巻き毛で瞳は茶色い。上質のイタリアブランドのプレタポルテを着用。何でも食べる。お酒も大好き。二人の妹と姪のアンジェリカを溺愛している。一人称は「僕」二人称は「君」や「あなた」
この記事にも詳しく書いてあります。

マッテオを登場させる方は彼らしさ全開の「歯の浮くような台詞」を口にさせてください。誰に対してかなどはお任せします。

◆アンジェリカ・ダ・シウバ
10歳。身長130cm。濃い茶色い髪。背中の辺りまでの長さで自然なウェーブがかかっている。瞳は茶色。マッテオの姪。今のところロサンジェルスがメインの住まい。絶世の美女と言われる母親(元スーパーモデル)アレッサンドラ・ダンジェロにそっくりの顔立ち。父親であるブラジル出身サッカー選手レアンドロ・ダ・シウバ譲りの運動神経も持ち合わせている。年の割にしっかりしていて生意氣な口をきくが両親やマッテオおじさんは大好き。甘やかされているので洋服の好みなどはうるさい。ここを参照。一人称は「私」二人称は「あなた」

◆京極髙志
29歳。175cm。某大手企業総務課長補佐。切れ者で性格もよく、しかも超絶イケメンと呼ばれるのにふさわしい美形であるだけでなく、中央区に先祖代々伝わっているというとんでもなく広いお屋敷に住んでいる大金持ちのご令息。成り行きから、異形になってしまった営業部のお荷物社員山内拓也を自宅にかくまっている。一人称は「僕」二人称は「君」「貴女」など。

◆山内拓也
今のところ160cm前後。猫耳フェチのオタク男だったが、紆余曲折があって、狐の耳と白い尻尾を持った美少女に変身したまま戻れなくなっている。四角い枠の中にしかいられないが、四角い枠の中ならどこにでも行ける。普段は京極の家(主に露天風呂)に居候している。裸で人前に出るのを禁じられているので、自分好みのコスプレをとっかえひっかえする日々。一人称は「俺」二人称はたいてい「お前」または「おたく」

山内拓哉を登場させる方は、思いつく限り「しょーもないオタクコスプレ」を記述してください。スクール水着、アイドル衣装、アニメコスプレ、中途半端な和装、その他何でもありです。

『狐画』by limeさん
このイラストの著作権はlimeさんにあります。無断使用は固くお断りいたします。


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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(7)恩師 - 3 -

「霧の彼方から」の続き「恩師」のラストです。

前回、サザートン教授に遭い、心地よい歓迎を受けた二人。結局、ジョルジアにはちんぷんかんぷんの話で盛り上がっています。

私自身がこうした世界に疎いので、極力ぼろが出ないように最低限の記述しかしないのですけれど、あまりにも何も書かないと、まるでグレッグがニートみたいな感覚に陥ってしまう。悩ましいところです。それで、今回は少しは努力したんですよ。結局はジョルジア視点にして逃げましたけれど(笑)

オックスフォード大学の多くのカレッジにある「シニア・コモン・ルーム」(在籍する学生の入れる「ジュニア・コモン・ルーム」とはまた別の部屋)というのは、お茶を飲んだり、ディナーを取ったりすることの出来る部屋ですが、教授や名誉教授など、カレッジで教える資格のある人のみが入室許可証を持ち、一般人は入れません。ここに入る資格を持つことが、一つのステータスなのですね。招待されて入室すること自体、大変な栄誉……みたいです。ま、私には無縁の世界だな。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(7)恩師 - 3 -

 ウォレスは親しげに笑いかけ、思い出話を始めた。

「ジョルジア、ヘンリーから聞いているかもしれないけれど、もともと私は、あまり面倒見のいい方じゃなくてね。チュートリアルでは、最低限の指導しかしないのが常だったんだ。とくに口が立って調子がいい割に、言ったことをやってこないような学生たちにうんざりしていて、チューターをやめたくて仕方なかったんだ。で、このヘンリーたちを受け持った時期には、必要以上に課題を多くして、嫌われて評判を落とそうと画策していたんだけれどね。彼だけがどんなに大量の課題を出しても全部真面目にやってくるんだ。なのに討論させると、周りの勢いに負けて黙ってしまう。それが歯がゆくてね、とにかく言いたいことだけは言えるようにと、妙に熱心に指導してしまったんだ。そういう意味で、忘れられない学生だったんだよ」

 ジョルジアは、納得した。グレッグは穏やかな性格にもかかわらず、ここぞという時にははっきりと意見を口にする。それは、オックスフォード時代にこのウォレスが熱心に指導した成果なのだ。

「こっちは、写真集ほど簡単には手に入らなかったけれどね。でも、手を尽くせばなんとかなるものさ」
そう言って、ウォレスが手にしたのは一冊の革表紙の本だった。

「あ、それは……」
グレッグが驚いた声を出す。「東アフリカにおけるサバンナシマウマの遺伝子的多様性の解析」という題名が見えた。渡されたジョルジアは、開いて著者の名前を見て納得した。共著になっているが、二番目の著者は「ヘンリー・G・スコット博士」だった。

「レイチェルと三回もEメールを交換して、ようやくこの本が出ているという情報をもらえたんだ。次にこういうのを出版したら、ちゃんと知らせてくれよ」
「すみません。興味があるとは思わなかったので。次回はお送りします」

 ウォレスは、破顔して言った。
「もちろん興味はあるさ。ここで君が書いているマサイマラのサバンナシマウマと、ツァボ周辺集団の遺伝子配列の分析だけれど、離れた地域での行動の類似と結びつけるあたり、面白いアプローチじゃないか。特に、この個体間の遺伝子配列差が少ないグレービーシマウマとの混血個体から、キーとなるアンドロゲン受容体の配列を仮定したやり方に感化されてね。同じ方法をウェールズやスコットランドの馬との比較考察に使ってみようと、関係省庁に申請を出した所なんだ。もしよかったら、改めて意見を交換できないかい?」
「はい、ぜひ」

 それからしばらくの会話は、ジョルジアにはほとんど意味がわからなかったが、ウォレスと生き生きと話すグレッグの様子が嬉しくて、微笑んで見ていた。

「いや、これはまずいな。君の婚約者を退屈させているぞ。ジョルジア、もうしわけない。喉も渇いただろう? そろそろお茶の用意ができているはずだから、シニア・コモン・ルームに行こう」

 樫のパネルに覆われ、深い臙脂の絨毯が重厚な雰囲氣を醸し出すシニア・コモン・ルームは、単なる休憩所ではなく、フェローと呼ばれる教員たちが自由にコーヒーなどを飲みながら意見を交換する大切な社交の場だ。ウォレスが二人を連れて行った時にも、中にいた何人かの教授たちが真剣に何かを語り合っていて、入ってきたウォレスとも親しく挨拶を交わした。

「ここのコーヒーは、アメリカから来た君には濃すぎるだろうか。むしろ紅茶の方がいいかい?」
ウォレスが訊いた。ジョルジアは首を振った。
「いえ、私はイタリア系の家庭だったので、コーヒーは濃い方がいいんです」

「もちろんだな! 君の苗字だけからわかって然るべきだったのに」
その日ウォレスには会議の予定があったので、面会は決して長い時間ではなかった。だが、グレッグもジョルジアも楽しく「ここに来てよかった」と心から思える時間を過ごすことができた。

 退出してから、二人はホテルの前にあるアシュモレアン美術・考古学博物館を見学した。世界最古の大学博物館には考古学資料、イスラムや日本など各国からの美術コレクション、ラファエル前派の絵画コレクション、ミケランジェロやダ・ヴィンチの線画、ターナーやピカソの油彩画、ヴァイオリンの名器メサイア・ストラディバリウス、英国の歴史に興味を持つものは見逃せないアルフレッド大王の宝石やガイ・フォークスが所持していたランタンなどが所狭しと陳列されている。

「公開はしていないけれど、貴重な動物標本なども所蔵しているんだよ。たとえば、ヨーロッパで見世物にされていた最後のドードーの剥製もあったんだ」
「どうして過去形なの?」
「傷みがひどくって、残念ながら十八世紀に頭部と爪を残して焼却されてしまったんだ」
野生も含めて永遠に失われてしまった生物への悼みの籠もった言葉だった。

 博物館の中をゆっくりと見て回り、イタリア・ルネッサンス絵画のコーナーへ行った。目を引いたのはピエロ・ディ・コジモの「森の火事」で、中心に配置された森の火災から逃げ惑う動物や人々の姿が描かれている。

「不思議な作品ね。とても写実的な動物の姿もあれば、ファンタジーのような動物もあるわ」
左の中心部にいる豚と鹿には人間の顔がついている。燃え盛る焰は、まるで本物のような印象を与える。グレッグがスケッチで見せるような写真に近い写実性ではないが、不思議なことにそれでも人の眼にはそれが火に見える。

 二人は、動物たちの特徴や、絵画から受ける印象などについてあれこれ語り合っていた。そこへ、グレッグの携帯電話が鳴った。
「失礼」

 彼が電話を受けるために部屋から出ていったので、ジョルジアはしばらく一人でその部屋の絵を眺めていた。戻ってきてから彼は言った。

「ウォレスからだった。もし明日時間があるなら、また少し研究のことについて話がしたいんだそうだ」
「今日、話をしたりなかったみたいだものね。行くんでしょう?」
「そうだね。君は、どうしたい? その、ウォレスは歓迎すると思うけれど、退屈なんじゃないかい?」

 ジョルジアは、少し考えた。
「そうね。動物行動学の話にはついていけないのははっきりしているし、どちらでもいいなら私は失礼していいかしら。せっかくだから、オックスフォードの街を観光しようと思うの」

 グレッグは頷いた。
「そうだね。きっとその方がいい。じゃあ、夕方にでも待ち合わせしよう」
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

日本で買った便利なモノ (6)レインコート

さて、今日は日本で買った便利グッズを紹介するコーナーです。六回目の今回はレインコートです。

モンベル ランブラーレインコート

モンベルのレインコートを買っちゃいました。ランブラーレインコートっていう商品ですね。

えー、レインコートなんてもっと安いのがあるじゃん、と思った方、少し前の私とおなじです。

そもそもレインコートを買おうと思ったきっかけは、前回のポルト旅行でした。普段は雨が降ったらどこにも行かないんですけれど、例のサン・ジョアンの祭りの前日と当日の朝に雨が降っていたんですよ。で、雨だから何も見ないという選択肢はないし、かといってすごい人混みで傘はさせないし、ということで、3ユーロショップでプラスチックの雨合羽を買ったんですね。そしたら、瞬間で汗だくになってしまいました。雨は通さないけれど、熱がこもって蒸れるってこういうことなのですね。(二十年くらい日本の夏を経験していないので忘れていたあたり)

それで、帰国後まじめにレインコートのことをあれこれ調べていました。ちゃんと調べると、アウトドア装備に行き着くのですね。例えば有名なゴアテックス。なぜあの素材が素晴らしくて、更にいうとお値段もすごいことになるのか、ようやくわかりました。暴風雨でも濡れないし傘なんか目じゃないくらい雨は通さない(耐水圧)のに、身体から出る湿氣は通して外に出す(透湿性)という、魔法のような素材らしいです。この耐水圧や透湿性はちゃんと数値としてどのくらいかがわかるようになっていて、その数値が高いと機能が素晴らしくてお値段も張る、という仕組みになっているわけです。妙に安かったり、デザインのみで機能を謳っていないレインコートはこの数値が書いてありません。

で。マッターホルンに登る方とか、真冬にスイスの屋外で仕事をするなんて方は、ケチらずにゴアテックスを使った商品を買った方がいいとどこでも奨めてあるのですけれど、私はただのヘタレな旅行用なのでそこまでの機能は求めていません。

欲しいレインコートはこんな条件でした。(1)春から秋の旅行に持って行く。10℃から27℃くらいまでの外氣温で(2)邪魔なときはしまえるコンパクトさと軽さ(3)いくつもコートを持っていきたくないのでレインコートとしてだけでなく晴れているときも羽織れるデザインと蒸れない機能(4)朝晩や予想外に冷え込んだときはユニクロのウルトラダウンと重ね着で対処(耐水性が強いと防風にも強いので重ね着で防寒にもなる)

この条件で探したときに、全てを叶える商品で二万円を切っていたのが買ったモンベルのランブラーレインコートだったのですね。耐水圧20,000mm、つまり嵐でも耐えられて水たまりに座ってもお尻に水が染みてこない防水性に加えて、透湿性15,000g/平方メートル・24hrs、つまり軽い運動をして出る汗にも蒸れない透湿性です。私は登山をしに行くわけではないので、透湿性10,000g/平方メートル・24hrs以上を探していたのです。

おなじモンベルでゴアテックスを使ったトラベルレインコートは耐水圧50,000mm以上、透湿性44,000g/m²・24hrsを謳っているのですが、23,000円。私は台風の中を全力で走るわけではないし、一生ものというわけにはいかないでしょうから、15,300円のこちらでいいとしました。

旅の防寒防水セット

ものすごく軽いんですよ。3ユーロショップで買ったプラスチックと変わらないくらい。310グラムです。そして、こんなにコンパクトになるので、本当に暑くて邪魔なときは手荷物にも入ってしまうのです。これで旅行時の荷物問題が一つ解決しました。

色は、他にガーネットとアイボリーがありましたが、無難なインディゴにしました。去年一年、母のことがあって赤い服を着るつもりになれなかったのですけれど、そういう時に使えないのは困るなと思いガーネットは即却下。アイボリーは悪くなかったのですが、旅行中に汚れてそれが目立つと困るので、やはり紺かなと。この記事の写真やオンラインショッピングの写真(緑に近くインディゴには見えない)だと少しわかりにくいですが、実際はかなり落ち着いたはなだ 色に近い紺でとても氣に入りました。(バッグは普通のネイビー)

ちなみに。モンベル、日本の会社なんですけれどスイスにもお店出しているんですよ。とはいえ、あまりにも値段が違ったので、先日我が家にいらしてくださった方に日本から持ってきていただきました。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(7)恩師 - 2 -

「霧の彼方から」の続き「恩師」の二回目です。

前回、サザートン教授へのプレゼントを探して街を歩いているうちに、グレッグはどうやら思い出のある場所にたどり着いたようです。考え事をすると他のことに思いがいかなくなってしまう、若干ツメの甘い彼らしい行動がここでも見られます。

一方、ようやくタイトルの恩師登場。ケニアのレイチェルとほぼ年がおなじで仲良くしている模様。有能かつ社交的で順調に出世している教授が、グレッグによくしてくれる理由は……あ、次週更新分ですね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(7)恩師 - 2 -

 彼は、一度過ぎたところを、少し戻って奥の道を眺めた。ジョルジアも戻ってきた。
「確か、この角を……」
「何を探しているの?」

 すると彼ははっとして、ジョルジアを見た。
「あ、いや、その……知り合いがこの通りに住んでいたので、まだいるかなと思っただけなんだ」

 その通りの建物は、どれも古い時代の石造りだった。表通りのような華やかな煉瓦色ではなく、手入れが行き届いていない暗い佇まいだ。
「建物は憶えているの?」

「ああ、そうだ、その角を曲がった奥の……」
「じゃあ、行ってみましょうよ」

 細い路地だった。暗い色をした煉瓦には落書きが至る所にあり、足下にはスナックの残骸や濡れて丸まったプラスチック製の袋などが散逸している。ジョルジアは、ニューヨークのスラム街を思い出したが、そこにはスラム街のような危険な匂いはなかった。単純に貧しく手入れの行き届かない地域のようだ。

 彼は、ある家の階段の前に立った。郵便受けが八つ並んでいるのを見ていた。その表情に変化が表れ、ジョルジアは彼の知り合いがまだここにいることを知った。郵便受けには五軒分しか名前がついておらず、その中で明らかに古いものは一つだけだった。

 マデリン・アトキンス。女性だ。ジョルジアの胸が騒いだ。同時に、彼の母親の家で聞いた名前と違う女性であることに少しほっとしていた。彼がかつて愛した女性のファーストネームはジェーンというはずだった。そして、まさか、昔の恋人の家にジョルジアを連れて行ったりするはずはないだろうと、彼女は考えた。

「探しているのは、この方のお家?」
ジョルジアが訊くと、彼は頷いた。

「突然だけれど、訪問してみる? それとも、ホテルからアポイントメントを入れる?」
そういうと、彼はギョッとしたようにジョルジアを見て、それから慌てて首を振った。

「あ、別に訪問しなくても、いいんだ。きっと僕のことなど憶えてはいないだろうから。行こう、教授は時間にうるさいから、遅れないようにしないと」

* * *


 あらかじめ伝えられていたように、二人はサザートン教授の部屋に案内された。歴史を感じる部屋はまるで図書館の書庫の一角のようだった。作り付けの棚が全て本で埋まり、重厚なデスクの上にもたくさんの書類と本が載っていた。

 サザートン教授は、一見グレッグより歳下に見える。髭をしっかりと剃り、茶色い巻き毛はきれいに撫でつけてあるが、後ろに一つだけ寝癖のように立っている部分があった。べっ甲眼鏡の奥から悪戯っ子のような瞳が笑っている。実際にはグレッグよりも十歳以上年長で、現在は動物行動学を教える教授の中では重鎮だった。

 教員と学生たちが正装で晩餐に臨む有名なホールのすぐ脇に、喫茶とバーが一緒となった『バッテリー』があり、二人はそこで教授とお茶を飲むのだと思っていたが、彼は「とんでもない」と言って、格式高いシニア・コモン・ルームへ案内してくれると言った。普段は在籍生でも入ることを許されない部屋だ。

「でも、その前に少しここでおしゃべりをしよう。君ももう立派な学者になったことだし、今度こそファーストネームで呼び合っていいよね、ヘンリー。私はウォレスだ」
彼と握手をしながら、グレッグは「はい」とはにかんだ。

「そして、こちらが君の噂の婚約者だね。レイチェルから聞いているよ。本当におめでとう、ええと、ジョルジア・カペッリさんだったね」

 名乗る前に知られていたので、ジョルジアは仰天した。
「初めまして。ジョルジア・カペッリです。サザートン教授。お目にかかれて光栄です」

「いや、ヘンリーの奥さんになるんだから、もう少しラフに付き合ってくれないかな。君だけ敬語だと、ヘンリーが元の敬語に戻っちゃうだろう?」
そう言って彼はウィンクをした。

 ジョルジアは笑って言った。
「わかりました。どうぞジョルジアと呼んでください」

 チョコレートとポートワインの瓶を渡しながら、写真集はレベッカ・マッケンジーではなくこの人に渡したら喜んでもらえたかもしれないと考えた。そう思った途端、視界の端に見慣れたグレーの本が見えて、思わず凝視した。

 教授のデスクの上に、彼女の写真集『陰影』が載っていたのだ。見間違えようがない。真ん中に兄であるマッテオ、そのすぐ下にグレッグの横顔が見えている表紙だ。
「まさか!」

「ああ、これかい? 驚くには値しないよ。私は必要な本はインターネットですぐに注文するんだ。だから、どこもかしこも、この部屋みたいになっちゃうんだけれどね。とにかく、レイチェルに訊いてすぐに、調べてこれを見つけたよ」
そう言ってウォレスは、グレッグの姿を映した作品のある最後の数ページを開いた。

「本当にいい写真だね。彼らしさが、この数枚に詰まっているし、それを見つめる君の愛情を感じるよ。これを見て、これはいいパートナーを見つけたなと確信したんだ」

 真剣な面持ちで文献に向かうグレッグの姿、ルーシーにブラッシングをしている時に反対に顔をなめられて破顔しているシーン、あえて彼よりも手前のワイングラスを持つ手にピントを合わせた一枚、そして、最終ページに置いた食べられたシマウマを前に悲しみながらその死を受け入れているサバンナでのショット。

 ジョルジアにとっては、当たり前に目の前で繰り広げられた彼の自然な日常光景だったし、グレッグも自分自身もこの写真を撮った時には後に結婚することになるとは夢にも思っていなかったのだが、言われてみればあの時と今と、彼に対する根本的な感情、言葉にならない深い絆に対する実感は、全く変わっていないのだと思う。撮るとしたらやはり同じシーンを切り取ろうとするに違いない。
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Posted by 八少女 夕

アペニンを駆けた一週間

アペニンの眺め

さて、二週間の休暇も本日でおしまい、明日からは出勤です。
(月曜日に一度呼び出されているので、ものすごく久しぶりというわけでもなく……)

ということはさておき、先週行ってきた北イタリアのことを少しだけ報告しますね。
夏の休暇は、連れ合いのバイクにタンデムで乗っかり、基本的には当日まで宿泊の予約は入れないタイプの旅をします。普通は二週間(前の土日も入れると16日くらい)でいって帰れる場所なので、イタリア、ドイツ、フランスあたりに行くことが多いです。

今回は二週目の火曜日にお客様があるので、有休をもう一日足して金曜日から出発し日曜日に帰る、10日間の旅になりました。行き先はもう何度も行っている北イタリアですね。

正確に言うと、まずアルプス山脈を越えて、マッジョーレ湖畔で国境を越えました。ストレーザに一泊、ここは週末旅行でも時々行く馴染みの街です。

それから、ノヴァラ平原を走ってアペニン山脈へ行きボッビオを目指しました。土曜日だったせいか街中にはもう空き室がなく、Booking.comで見つけたのが10キロほど山に登ったアルベルゴ(イタリアの旅籠ですね)です。ここを連れ合いがお氣に召し、まずは二泊、それから帰路にも三泊しました。

一応の目的地だったのはその先のバルディ。こちらは街中のホテルに空き室はあったのですが、バイクを外に停めておくのが嫌な連れ合いの意見をくんで、またしてもBooking.vomで探して10キロほど離れたアグリツーリズモ(農場滞在)で二泊。こちらもとても素敵な宿でした。

アンティパスト

どの土地に行ってもやることは特になく、要するに座って食べてばかり(笑)

肉体労働をするわけではないので、スイスではお腹がすかなければ無理して三食を食べないようにしている私たちなのですが、どういうわけか朝食も昼食も夕食も毎日ばっちり食べてしまうし、加えて一日に何度デザート食べているんだか。

大体、食事をする前に「軽く一杯」飲んじゃったりするのですけれど、自動的に立派なおつまみが出てきてしまうんですよ、イタリアって。(しかもタダで)

そして私たちはフルコースは食べきれないので、例えばプリモ・ピアット(パスタ類)だけとか、プリモ・ピアットとセコンド・ピアット(メイン料理)をそれぞれ一人分だけ注文して分け合ったりしてそれでも死にそうにお腹いっぱいになってしまいます。なのにイタリア人は、前菜からドルチェまでペロリと食べているんですよね。謎。

スイスでは滅多に食べられない美味しいドルチェの誘惑に負けて、けっこう食べてしまった私です。帰宅して恐る恐る体重計に載ったら、案の定1.5キロ増えていました。orz

バイクで行く道

食事に毎回二時間以上かけていた私たち。(地元の人たちも同様)

それ以外の時間は、山の中の小さな道を走っていました。一週間経って、山の上には雪が降るほど寒くなってしまったのですけれど、ちょうどその直前、夏の最後の輝きを堪能してきました。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(7)恩師 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。

母親レベッカ・マッケンジーと短く言葉を交わしたのみで、グレッグは母親との関係改善をすることもなく、バースを後にしました。大学時代の恩師から「イギリスにいるのならぜひ会いたい」との連絡を受け、ジョルジアを連れて学生時代を過ごしたオックスフォードへと向かいます。

この作品を書き出した時点で、私はオックスフォードに足を踏み入れたことがなかったので、かなり「これでいいのか」と首を傾げながら書いていました。三月に縁あって無事ロケハンにいけたので、その頃よりは「まあ、こんな感じかな」と思いながらの発表です。でも、とんでもないこと書いているかも……。

この章も三回に分けます。恩師、出てきていないじゃん orz


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(7)恩師 - 1 -

 バースから乗り換えを含めて一時間半ほど電車に揺られ、オックスフォードについたのは昼に近い時間だった。駅を出たところは、ごく普通のビルが建ち並んでいたが、橋を渡った辺りからは赤茶色と白の煉瓦で覆われた、歴史ある町並みが現れた。マグノリアが咲き乱れ、街をさらに華やかにしている。

 まずは、ホテルに向かい荷物を預けることにした。ホテルの名前を告げたところ、グレッグは困惑した表情を見せた。かなり有名な五つ星ホテルだったからだ。
「その……部屋の料金は確認したのかい?」

 ジョルジアは肩をすくめた。
「昨日、私が予約したホテルはもっとリーズナブルだったんだけれど、それじゃダメだって、アレッサンドラが、このホテルを指定してきたの」

 ニューヨーク到着を遅らせて、イギリスに滞在することを兄マッテオから聞いた妹アレッサンドラから懇願の電話がかかって来たのは、ケニアを発つ二日前だった。

 イースター休暇を利用して、マンチェスターの父親の元に滞在する娘アンジェリカを当初はアレッサンドラが迎えにくる予定だったが、夫の生家で不幸があり彼女はドイツで伝統に基づく葬儀に参列しなくてはいけなくなったのだ。レアンドロは、試合があってアメリカまで娘に付き添うことは不可能だった。そんな時に、ジョルジアが偶然イギリスに行くというのは神からの救いの手に思えたのだろう。

 予定では二日後に、バースにレアンドロが連れてくることになっていたが、もしかしたらマッケンジー家に滞在することになるかもしれないと考えていたジョルジアは、滞在先を着いてから連絡する取り決めをしていた。オックスフォードに移動することになったので、同時に予約したホテルを知らせたところ、アレッサンドラがあっという間に予約変更をして連絡してきたのだ。

「だったらアンジェリカの来る前の二日間だけ、安いホテルに泊まるって言ったんだけれど、有無を言わさずにホテルを変えられちゃったわ。前のホテルのキャンセルも終わっているって。また全額払われてしまったわ、困っちゃうわね」
「そうか、姪御さんの安全問題かな……。そのくらい自分で払うと言えないのは歯がゆいけれど、そういうことなら贅沢させてもらうか」

 金モールのついた外套を着用したドアマンに丁重に迎えられるような経験は、二人とも滅多にしたことがなかった。そのホテルは灰緑のどっしりとした石造りの外観で、中心地に位置するにもかかわらず、中に入ると静かで落ち着いていた。

 早い時間だったにもかかわらず、すぐに部屋に案内された。天蓋のついたベッドのある広い部屋で、二人は思わず顔を見合わせた。
「こちらのドアで、続いているお隣の部屋へと直接入ることができます」

 どうやらアンジェリカが泊まる予定の部屋は、二日も到着しないにもかかわらずすでに押さえられているらしかった。

 サザートン教授にはお茶の時間に招かれていた。ジョルジアは、グレッグの母親を訪問したときと同じスーツに着替えた。ホテルのレストランで食べるほどはお腹がすいていなかったので、二人は街を歩いて、書店に入り、その二階のティールームで軽食を食べた。

 それから、サザートン教授に花かチョコレートを買うために少し街を歩いた。

「ワインか何かの方がいいのかしら?」
ジョルジアが訊くと、グレッグは首を傾げた。
「ワインを飲んでいる姿は見たことがないな。もっとも、僕がカレッジのバーにも寄りつかなかったからでもあるけれど」

「カレッジにもバーがあるの?」
ジョルジアは驚いた。

 オックスフォード大学では、学生は街に散らばる38のカレッジのどれかに所属し、大学の学部とカレッジの両方で指導を受けるというシステムを取っている。

 カレッジが、それぞれの講堂や教室、図書館などの他に、礼拝堂や食堂などを持っていることはグレッグの説明でジョルジアも知っていたが、酒を出すところまで揃っているとは思ってもみなかった。

「ああ、C.S.キャロルとJ.R.R.トールキンが一緒に通っていたことで有名な『The Eagle and Child』みたいに、普通のパブを大学が経営している場合もあるんだけれど、それとは別に大学の学生食堂のような感じで校内にバーがあることもあるんだ。普通は、外のパブよりも安く酒を飲めるので、通う学生は多いよ」

 結局、二人はチョコレートとポートワインを買った。彼の母校であるベリオール・カレッジのある街の中心部に戻ろうとしている時、不意に彼が「ここは……」と言って立ち止まった。

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Posted by 八少女 夕

旅の終わり



一週間ちょっとの北イタリアの旅が、終わろうとしています。休暇はまだ一週間あるのですが、お客様があるので、今回は早く切り上げました。
今日中にはスイスに戻って片付けに入るはずです。報告はまた後ほど。
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