【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 5 -
グレッグから二十年前の出来事を聞いたジョルジア。ようやく全てのことが腑に落ちたようです。グレッグは、嘘を言っていたわけではないと。そして、彼の青春時代が、彼女が想像していたものよりもずっと暗かったことを理解するのでした。
この「もう一人のマデリン」の章が長くなってしまったのは、この作品でこの章が要だったからなのです。しかし、それにしても全体的に地味なトーンになりましたね。ま、私の作品はいつもそうか。
さて、私自身は、グレッグがジョルジアとの旅をドタキャンしてしまったイタリアでルネッサンス絵画を満喫している予定。今回も予約投稿でお送りしています。
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霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 5 -
ジョルジアは、首を振った。
「私はティーンエイジャーじゃないもの。そういうこともあったのねって、思えるわ。もちろん、今からそういうところに通うと言われたら納得できないけれど」
「まさか! 誓ってもいい、僕は……」
「わかっているわ。私ね、婚約者としては変かもしれないけれど、あなたがアトキンスさんの客になったことは全然氣にしていないの。むしろ安心したの。そうじゃないことを心配してずっと不安だったから」
「何に?」
「あなたが愛してくれた女性はいなかったって言ったこと。その言葉は、私を傷つけないための優しい嘘だと思っていたの」
「嘘?」
「だって、あの私にとって初めての夜、あなたはとても上手にリードしてくれたもの。あれが初めてのはずはないって思ったの」
「あ……」
「どんな人だったんだろう。あなたはその人とどんな幸せな時間を過ごしたんだろうって考えていたの。見えないあなたの昔の恋人の影に怯えていたのね。きっとあなたはその人と私を比較して、がっかりしている。でも、言わないでいてくれるんだと。でも、今夜あなたが話してくれて、救われたわ」
グレッグは、彼女を引き寄せて抱きしめた。
「参ったな」
「何が?」
「君を、その、例の行為のことで不安にさせたなんて。それも下手じゃなかったからだなんて……」
「あの人は、とてもいい先生だったのね」
ジョルジアは彼に抱きついたまま言った。少し冗談めかして言えば、彼のいたたまれなさが和らぐと思ったのだ。
だが、彼はそれすらも真面目に受け取って答えた。
「彼女は、一般的な手順を手ほどきしてくれたけれど、たぶん、それ以上に大切なことを教えてくれたよ」
「それは?」
「何をどうすべきかの正解はないんだと。どこをどうしてもらうと感じるのかをすべての女性に当てはめて語ることはできないと。だから、手順や情報や過去の成功例にこだわらずに、相手の反応を感じ、しっかりと意思伝達をし、お互いにとって一番心地いい愛し方を築いていくべきなんだと。僕は、君が来てくれたあの夜からいつだって、幸福と快感で溺れてしまいそうな一方で、どうやって君を悦ばせてあげられるだろうかと考えている。そう言う意味では、おそらく、マデリンの指導が功を奏しているんだろうね」
彼の瞳には、哀しみが漂っていた。ジョルジアは、彼がマデリン・アトキンスに対して持つ想いがわかるような氣がした。ジョルジアが一度も失ったことのない温かい肉親の抱擁を、彼は探して彷徨ったのだ。どんな自分であっても、力強く肯定してくれる家族の存在があったから、彼女は苦しみや哀しみを乗り越えることができた。それを初恋の相手や、性の指南をしてくれた娼婦にまで求めて、結局誰からも否定されたことは、彼を深く傷つけただろう。
『パセリ、セージ、ローズマリー、タイム……とある人によろしく言って欲しい……』
「スカボロ・フェア」の憂いがジョルジアの胸の奥にくぐもっている。逢いたい想いと、直接は逢えない哀しみ。
ジョルジアは、彼の人生に影を落としていた女性は、一人ではなく三人なのだと理解した。《郷愁の丘》で想像していたのは、上手くいかない親子関係をこじらせた実母レベッカの影だけだった。
母親からは得られなかった優しさとぬくもりを探して惑った彼は、ジェーンと、マデリン・アトキンスにそれを求め、失望し、苦い思い出だけが降り積もっていったのだろう。勝手に想像していたような幸せな関係を築いた恋人の存在はなく、彼は今でも見つからなかった何かを探し続けているのかもしれない。
彼は、呟くように続けた。
「僕は、彼女に感謝している。僕に人生のことを教えてくれた数少ない人だ。どうやら恩を仇で返してしまったようだけれど。愚かな貧乏学生と思っただろうな」
その時、ジョルジアは、不意にマデリンの話を思い出して愕然とした。
「グレッグ。違うわ」
「え?」
「違うの。アトキンスさんは、払ってくれる金額が不満であなたを追い返したんじゃないわ」
「ジョルジア?」
「グレッグ、あなた、食べるものも食べずに、なけなしのお金で彼女のところに行ったんでしょう?」
「どうして、それを?」
「アトキンスさんが話してくれたのは、あなたのことだったのよ。来るたびにお腹が鳴っている貧しい学生。そんなにしてまで来なくてはならない状態を憂慮してくれたんだわ。このままでは、学業も手につかなくなり、きっと卒業できなくなる。未来は潰れ、光の見えない暗闇の中に留まることになってしまう。アトキンスさんは、あなたをご自分のような、どこに行くこともできない貧しさの沼に引き込みたくなかったのよ。あなたの学者としての未来を考えて、心を鬼にしてくれたんだわ」
「まさか」
ジョルジアは、早くあの写真を現像したいと思った。彼女の表情、瞳の光を見れば、彼にもわかるはずだ。あの女性の、おそらく当時の彼女にとっては、氣まぐれとかわりない程度のわずかな思いやり。それでも確かに彼女が抱いた、弱くて苦しむ青年に対する同情心は、きっとフィルムに映っているはずだ。
「きっとアトキンスさんは、私の知り合いはあなただって氣がついていたんだわ。でも、わかっていないフリをして、他のいろいろなエピソードに混ぜてその話をしてくれたんだと思うわ」
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Apple Watchとの一ヶ月

先月、発売とほぼ同時に手に入れたApple Watch Series 5。
写真、傷が見えますが、幸いこれはカバーの傷です。カバー、そろそろ変えようかな。でも、またすぐに傷つくんだろうな。
そもそもApple Watchを買う決意は、三ヶ月くらい前に固まっていました。で、Series 4を買うか迷っていたんですけれど、すぐに新製品が出そうだし待っていたのですね。
結論から言うと、正直言ってSeries 4買ってもよかったんですけれど、ほぼ同じ値段だし、電池持ちが少しでもいいならと思っています。Always on、やはり使わないよりバッテリーが減るので使っていないし。
お使いの方や、購入を検討なさっている方には、分かりきった話を書きますが、Apple WatchはiPhoneと一緒に使う時計型デバイスです。結論から言うと、私にとってはもう手放せないくらい便利です。
この一ヶ月の使用感を兼ねて、現在よく使っている機能をまとめてみました。(いずれ、個別の記事で詳しく説明しますね)
(1) アラーム
アラームが一番便利! アラームは自分が氣づかなくちゃ困るけれど、いちいち音が出るのも困ります。Apple Watchは、手首の振動だけで教えてくれるので、まず「氣付かなかった!」がないです。私は忘れっぽいので、起床だけでなく、休憩時間や昼休み、ギターやポルトガル語の練習、就寝準備の時間などもアラームに設定しています。
(2) Apple Pay
買い物の時にクレジットカード決済をするのが簡単です。カードの実物をかざすのと変わりないのですけれど、いちいちお財布を取り出さなくても、ポイントカードも支払いも腕だけで済んでしまうのが嬉しい。日本だとSuicaでしょうか。次に日本に行ったら試すつもりですけれど。
(3) ワークアウトや呼吸、スタンドでの健康管理
ここしばらく健康管理に真剣に取り組もうと思うようになりました。仕事に熱中していると数時間座りっぱなしということも多くて、命を縮めているなあと思ったのがApple Watchを買おうと思ったきっかけの一つです。で、結果的に「やったか、やらなかったか」がビジュアル化されて、やらずにいられなくなります。ものぐさの人にも、負けず嫌いの人にもおすすめです。
(4) リマインダー
アラームと同じですが、地味に便利です。おすすめの使い方としてはSiriに「買い物リストに卵を追加して」という具合に頼む方法。冷蔵庫を開いてあと二個しかないと氣付いたときに、頼むわけです。で、お店では「買い物リストを見せて」というと、手元に買うべきものが見えるという寸法。本当に便利です。まあ、iPhoneでもできますが。
(5) タイマー
これもiPhoneでもできることですけれど、水仕事中や調理中などの手が離せないときにもすぐに設定できるのはApple Watchに軍配が上がります。Siriに「タイマー10分」というだけ。
(6) 音楽のリモコン操作
ものすごく自分限定の「便利」かもしれません。タンデム中に長いプレイリストの一曲を飛ばしたいときなどにiPhone取り出せなくても手元でできます。自転車停めて、ちょっと操作も可能。iPhone落とす危険性が減りました。ま、それでも落としてますけれど。
(7) メッセージやLINEなどの通知
私のiPhoneは、基本的にサイレント状態なので、メッセージやLINEなどはいつも見逃していました。iPhoneよりも少ない通知をさせることも可能なので、うるさくない程度に大事なものだけブルッとさせています。
(8)Macの画面ロックを自動で解除
これが地味にウルトラ便利。しばらく席を立ってロックされたMac。私が前に座るとパスワードを入れないで自動でロック解除してくれるのです。
(9) ギターのチューニング
これもマイナーな「便利」だな。でも、ギターの練習をする度にチューニングマシンを探す手間がいらなくなりました。少し前まではiPhoneでやっていましたが、Apple Watchは腕についているのでもっと便利。
(10) マップでの道案内
こちらもiPhoneをいちいち見ないで済んで便利なのですが、まだ道案内してもらうようなところに行ったことがなく、使用感は不明。旅の後に改めて報告します。
(11) 心拍数と心電図
これが私がアップ買おうと思った直接のきっかけです。私は両親ともに心臓発作で失っています。で、心拍数が十分間にわたって高すぎるときや、異常が発見されたときに教えてくれるというのが魅力的だったのです。それにSeries 4からは転倒検知機能も搭載されたというので、これから歳取ったら便利だなと思いました。
ちなみに日本ではまだ搭載されていないという心電図、スイスのApple Watchはばっちりついていて、既に何回か計っています。
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【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 4 -
もと娼婦マデリン・アトキンスの家に行ったことをグレッグに話したジョルジア、彼の固まった様子に「マズいことをしたかしら」とようやく思い至った様子です。そりゃ、そんなことしちゃ波風立ちますとも。まあ、相手はヘタレなグレッグだからよかったものの、もっと強氣な人なら口論になるかもしれませんね。
ようやくグレッグの口から、ジョルジアが興味を持っていた若かりし日の一連の出来事が語られます。
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霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 4 -
「あの……。プレゼントを探している時に寄った……」
「あそこに、行った?」
彼の許可も得ずに、マデリン・アトキンスを探して話を聞き出したことが大きなプライバシーの侵害だと、この時点になってようやくジョルジアは思い当たった。
「ええ。あの……たまたま、アトキンスさんに逢ったの。それで、お茶をご馳走してくださったの。いろいろな話をして、写真を撮らせていただいて……」
彼の表情は強ばり、息を呑んだ。
「彼女と話をした? 君が?」
「ええ。あの……私……」
彼は立ち上がって、後ずさった。まるで、四年前に戻ってしまったかのようなぎこちない動きだ。
「僕は、もう一つの部屋で寝た方がいいだろうか。それとも、そのソファで……」
「グレッグ」
彼女は震えを抑えられなかった。
「ごめんなさい。私のやったことを許せないかもしれないけれど、申し訳なかったと思っていることは知って欲しいの」
ジョルジアが絞り出すようにそう告げると、彼は驚いて首を振った。
「僕は、君の方が不快に思っているのだと……」
「どうして? そのつもりはなかったけれど、結果的にあなたの過去のことを嗅ぎ回ったのは、私でしょう?」
彼は、ほうっと息をついた。
「また、同じことになると思ったんだ」
「同じこと?」
彼は、戻ってくると、またベッドの横に腰掛けてうなだれた。
「ジェーンは、言った。『穢らわしい。近づかないで』って。言い訳もさせてもらえなかった」
「ジェーンっていうのは、お母さまのところで話題になっていた人?」
「そうだ。彼女はマッケンジー氏の遠縁の女性で、オックスフォードで学ぶことになったので面倒を見て欲しいと頼まれた。僕は、女性と親しく話をしたこともなかったし、しばらく一緒に時間を過ごすうちに好きになって、うまく行くことを夢見るようになったんだ」
ほとんどバースに帰っていなかったグレッグの恋愛事情があの感じの悪いマッケンジー兄妹にも知れ渡ってしまったのは、ジェーンがそもそもマッケンジー家の親戚だったからだ。彼らは、グレッグが手酷い失恋をしたと面白おかしく口にした。
その失恋の事情はどうやらマデリン・アトキンスと関係しているらしい。マデリンが「ガールフレンドと手も握れない晩熟な学生」と言っていたのがグレッグのことだとしたら、いや、文脈からおそらく間違いなくグレッグのことだと思うが、彼はジェーンとの関係を慎重に真摯に進めようとしていたに違いない。彼が自分との関係を四年もかけて紳士的に育んだように。
「マデリンのもとに行くことにしたのも、彼女の件があったからだ。僕は、生物学や動物行動学の知識はあっても、いわゆるガールフレンドがいたことがなくて、女性と付き合うのはどうしたらいいのかもわからなかった。だから、恥を忍んでリチャードに相談したんだ。そうしたら、口で説明するよりも実習をしろと言われたんだ」
「実習っていうのは、言い得て妙ね。それがアトキンスさんのところへ行くことだったのね」
彼は頷いた。
「ああ、彼は僕がどうしようか悩む間もなくすぐに話をつけてきてくれて、僕は彼の言葉にも理があると思ってマデリンの所に行ったんだ。それがとんでもない間違いだったとわかったのは、噂でそれがジェーンの耳に届いてしまったことを知った後だった」
十代の終わりの若い娘がそれをおぞましく思ったことをジョルジアも当然だと思った。彼女は、彼の瞳を見つめた。
「おせっかいな人が告げ口をしてしまったのね」
「男が娼婦のところにいくということを、女性はそう感じるものだと、あの時僕は初めて学んだ」
ジョルジアは、彼のうなだれた表情を優しく見つめた。いたずらを見つかって縮こまっている子供のような瞳だ。
「彼女も若かったのよ、きっと」
「そうなのかな。おそらく彼女なら僕を理解して受け入れてくれると、僕は勝手な期待していたんだと思う。だから、あんな形で関係が終わって、全世界にまた拒否されたと感じた。それから、やはり僕が誰かに愛されることはないんだと思うようになった。でも、それだけじゃなかったんだ」
「というのは?」
ジョルジアは、言うかどうかをためらっている彼の硬い表情を見つめた。彼は、口に出すことを怖れるように時間をかけていたが、やがて諦めたように口を開いた。
「僕は、それからまたマデリンのところに行った。軽蔑するかもしれないけれど、たとえ仕事だとしても、彼女の肌は温かかったし、僕は性的高揚を知ったばかりだった。彼女はのろのろとした客を嗤ったり冷たくあしらったりしなかったから、僕は甘えたかったんだと思う。失恋の苦しみを薄れさせるために、彼女の優しさに逃げ込めると期待したんだ。少なくとも一度は彼女は優しくしてくれた。でも、彼女にとっても僕は迷惑な存在でしかなかったんだ」
「迷惑?」
「リチャードが取り決めてくれた金額は、一回限りの特別料金だったんだろうね。なのに、世間知らずの僕はその値段で彼女のところに通おうとしていたんだ。それっぽっちしか払えないならもう来ないでほしいとはっきり言われてしまった。でも、僕には急いで差額を払えるだけの余裕もなくて、謝って退散するしかなかったんだ」
彼は、自虐的な笑みを漏らした。
「今回、マデリンがまだ居るか知ろうとしたのは、彼女とまた関係を持ちたかったからじゃない。今更だけれど、差額を払ったほうがいいのかと思ったんだ。でも……」
「でも?」
「君に知られたらおしまいだと思った。ジェーンに拒絶された時みたいになるって」
彼は、肩を落とした。
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【小説】豪華客船やりたい放題 - 4 -
アンジェリカと四十時間だけ身体を交換した山内拓也。四角の中でなくてもどこにでも行ける自由を満喫中です。今回は、よTOM−Fさんのところのあの方と遭遇した模様。
旅の思い出は、えーと、次回かなあ。すみません。
それと、申し訳ありませんが、これから私に余裕がなくなりますので、おそらくハロウィンまでには完結できません。(この後を全然書いていませんし)さすがにクリスマスということはないですけれど、発表が遅れることをご了承ください。
【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定/この話をはじめから読む
目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 4 -
ピザ、カントリーポテト、ミニカツ丼、餃子、バッファローチキン、ハンバーグのホワイトソース煮、唐揚げ、エビチリソース。これこれ、こういうの。俺は、ビュッフェの端にある庶民的なコーナーの前でほくそ笑んだ。
妖狐に身体を乗っ取られて、京極の屋敷に世話になるようになってから、俺の食生活は激変した。ヤツの屋敷の露天風呂がメインの根城で、そこに京極家で長年家政婦として働いているサエさんというおばちゃんが飯を運んでくれる。で、美味いんだけど、上品なんだこれが。鯛のすり身団子入りのお吸い物とか、おぼろ豆腐とか、金目鯛の煮付けとかさ。ああいうのを食べているから京極はああいう醤油系お坊ちゃんに育ったんだろう。
タダ飯を食わせてもらっている以上、文句はいわないけれど、俺はジャンクフードで育ったクチ。たまにはコテコテのものが食いたいんだよ。
アメリカから来たという少女アンジェリカと四十時間だけ身体を交換した俺は、まず彼女の船室で服をとっかえひっかえして楽しんだ。美少女ライフ、楽しいな。
アンジェリカのワードローブには、高そうな服がズラリと並んでいたけれど、とりあえずスモーキーピンクのフリルいっぱいの服を選んで着た。これ絶対に何十万もする高級子供服だ。タグを見たらイタリア語だった。ブランドものだろうな。一人ファッションショーもそこそこにして、美味いもんを食うため船内を歩き回ることにした。
まずお茶会ってヤツに行ってみたら、綺麗に着飾ったガキどもが、すましてスコーンやらキュウリのサンドイッチを食っていた。しかも、アンジェリカの友達らしき美少女が、俺が彼女じゃないことを速攻で見抜きやがった。こいつはマズいと思ったので、俺はさっさと逃げ出し、こっちの大会場の方へと向かった。お嬢様の集まりそうなとこは、行っちゃダメだな。
恭しく招き入れてくれたウェイターからでっかい皿を受け取り、俺は食いたかった飯を片っ端から載せていく。やっぱりハンバーグがあったらスパゲティミートソースもつけたいよな。エビフライにはタルタルソースを載せて、おっと。欲張って載せすぎたか、ヤバいな、バベルの塔みたいになってきた。
バランスを取りながら後ずさっていたら、後ろにいた誰かとぶつかってしまった。
「きゃっ」
「わあっ」
スパゲティミートソースが、俺の着ているワンピースの前面にベッタリとついちまった。ありゃりゃ。お、もったいねーな。俺はまだ服に引っかかっているスパゲティをごっそり掴んでそのまま口に放り込んだ。
「大丈夫?」
優しい女性の声に振り向くと、青い着物姿の女が心配そうにのぞき込んでいる。お、超マブい女の子にぶつかったな、ラッキー。
俺は、できるだけ外国人の女の子の声に聞こえるように甲高く答えた。
「ノープロブレム! ちょっと汚れちゃったアルね」
ガイジンの美少女の口から、こんな台詞が出てきたのを聴いて、着物の娘はわずかに変な顔をしたが、すぐに微笑んで懐紙を取りだし、俺の服にこびりついているスパゲティやエビフライのパン粉を取り除いてくれた。
おお、カワイ子ちゃんはいい匂いがするなあ。おしとやかで親切、超美人だし、コスプレさせたら何でも似合いそう、いいじゃん、上手いこと連絡先を聞き出せないかな、俺の身体を取り戻したらカノジョになってもらったりしてさ。
「いた! こんなところに」
げ。この声は、京極? なんでもう見つかったんだ? 俺がアンジェリカの格好していること、どうしてわかったんだろう。
京極は、いつもになく厳しい顔をして仁王立ちになった。
「なんてことをしてくれたんだ! あれだけ迷惑をかけるなと言ったのに!」
ちょっと待ってくれよ、まだエビフライもハンバーグも食っていないのに、お楽しみはもう終わりかよ。
「ごめんなさい、叱らないで。汚すつもりじゃなかったの、わーん」
渾身の泣き真似でこの場を乗り切る作戦遂行中。
「泣いた振りしてもダメだ。ちょっと来い」
断固として言う京極と俺の間に、すっと着物のカノジョが割って入った。
「失礼ですけれど、少し厳しすぎませんか。汚してしまったのは、このお嬢さんが悪いわけではなくて、私とぶつかってしまったからなんです。理由も訊かずに頭ごなしに叱るのはかわいそうですわ」
うはっ。この別嬪さんは、イケメン京極じゃなくて、この俺の味方だ! 生まれて初めての勝利じゃん? ひゃっひゃっひゃ。
「いや、服を汚したことではなく、こいつが、その……」
京極は、着物姿の美女に凜と意見されて、しどろもどろになった。そうだよなあ、まさか少女を妖狐姿に変えて、代わりにうまいもん食い散らかしているのを叱ったなんて、言えっこないよなあ。
「……その、お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。ほら、山内、お礼を言って。行くぞ」
京極は、アンジェリカ姿の俺に強引に頭を下げさせると、まだ不審げに眉を寄せている別嬪さんの目を避けるように俺を強引に会場から連れ出した。
「どこ行くんだよ」
俺は、小さな声で京極に囁いた。
「とにかく、その服をなんとかしないと。ブティックに服を買いに行く」
「なんで?」
「君が身体を乗っ取っているのは、あのマッテオ・ダンジェロ氏の姪だぞ。そんなみっともない姿のままにしておけるか」
ブティックで鏡を見て、我ながらこれはないなと思った。スプラッタ映画じゃあるまいし。服にベッタリとミートソース、しかも口の周りも真っ赤だ。
京極がなんでもいいから服を選べと言ったので、俺はとにかく手と顔を綺麗にしてから、服を選んだ。アンジェリカの服みたいにメチヤクチャ高そうではないけれど、俺が普段買っていた服と比べたら十倍くらいはする服ばかり。京極がカードで払ってくれた、悪いね。
ちょうちん袖の青いワンピースにしてみた。浦安のネズミ~ランドでたまに見る「不思議の国のアリス」コスに見えるように、白いエプロンとタイツ、それに黒い靴を合わせてみた、ひっひっひ。飯食うにはちょうどいいだろう?
俺がそれに着替えると、京極はアンジェリカのワンピースをすぐにクリーニング店に持って行った。
「代金は今このカードで支払います。仕上がったら、マッテオ・ダンジェロ氏の船室に届けていただけますか」
京極はテキパキと俺の尻拭いを進める。すまん。悪氣はなかったんだ。
「それよりさ、さっきの着物ムスメ、超マブかったよな。お前が邪魔しなかったら、連絡先を訊けたのにな。俺が元の身体に戻ったらきっと滅茶苦茶喜んで、つきあってくださいって言われちゃったりして……」
京極は、厳しい目を向けた。
「お家元が君にそんなことを言うはずないだろう」
「お家元?」
「あの方は、花心流という華道の三代目家元だ。少しは敬意を持って話せ。だいたい先ほどは、君のせいで僕が不興を買ってしまった、参ったよ」
あれ、悪いことしちまったかな。こいつ、モテモテだからフラれ慣れていないんだろうな。
「ともかく、今度はエプロン付きだから安心だよな。ちょっくら、二回戦に行ってくる」
そう言って飛び出そうとした俺を、京極はエプロンの紐を引っ張って引き留めた。
「ダメだ。君一人だと、何をやるかわかったもんじゃない。いま一緒に行くから少し待て」
「え。でも、お前、忙しいんじゃないの?」
京極は、珍しく鬼の形相になって答えた。
「ダンジェロ氏にこの船のオーナーを紹介してもらうつもりなのに、君が大切な姪御さんの評判を下げるのを放置できると思うのか!」
えーと、オーナーに紹介してもらうって、なんでだっけ?
「別に無理してオーナーと知り合わなくてもいいんじゃないの?」
つい、そう言ってしまってから、ヤバいと思った。すっかり忘れていたけれど、俺の身体を取り戻す件だった。このままじゃ温厚な京極を逆上させそうだ。トンズラしたいのをぐっと堪えて、仕方なくお目付役つきでグルメツアーを続行することにした。
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【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -
もと娼婦マデリン・アトキンスの家に招かれたジョルジア、本来の好奇心はどこへやら、フォトグラファー・モードに入ってしまいました。人生のパートナーと「関係」のあった女性を前にして、個人的な感慨をどこかへ置き去り瞬時に客観視してしまう姿勢は、本人がそうと意識していないだけで、重度の職業病なのかもしれません。それに、後先考えずに夢中になってしまうところ、もしかしたらかなり似た者夫婦なのかもしれませんね。
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霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -
マデリンは、ジョルジアのカップに紅茶を入れた。
「あんたは、ケニアで何をしているんだい? 旅行関係?」
「私は写真家なんです。マサイ族の写真を撮る時にリチャードにアテンドしてもらいました」
「ああ、それでか」
「それでって?」
マデリンは笑った。
「あんたは、自分では氣付いていないだろうが、いろいろな物をじっと見るんだよ。あたしの顔や、服装や、この部屋の様相、それにこの紅茶もね。最初は警官なのかと思ったくらいさ。それで、何かこの部屋に撮りたい被写体があるのかい? 娼婦の部屋らしい様子はもうないと思うけれどね」
ジョルジアはチャンスだと思って頼んだ。
「私は、人生の陰影を感じるポートレートを撮りたいんです。あなたのお話を聴いていて、先ほどからずっと思っていました。沢山の人生を受け止めていらした深さや重みを感じるんです。フィルムに収めても構わないでしょうか」
「あたしをかい?」
「はい。あなたをです。もし、お嫌でなかったらですけれど」
「構わないさ。こんな婆さんを撮りたいっていうのはわからないけれど」
ジョルジアは、当初の目的も忘れてマデリンを撮った。マデリンは面白がりながら、撮られている間もいろいろな昔話を続けた。
とある著名な教授が部屋を出る時に、その学生と鉢合わせしてしまった話。三年も通ってくれた青年に恋をしてしまった話。ある客と事に及んでいる時に、スコットランドから出てきたという妻が乗り込んできたこと。いつも空腹でお腹を鳴らしながらも、貯めたわずかなお金で通おうとした貧しい青年を追い返した話。
「どうして追い返したんですか?」
「娼婦に通うなんて事は、精神的にも経済的にも余裕のない時にするべきではないんだよ。さもないと、取り返しのつかないところに堕落してしまうからね。学業がおろそかになり落伍しても、本人に別の道を見いだせる器用さがあったり、親が面倒を見てくれるような坊やならあたしも氣にしないさ。でも、その学生は学者にでもなるしか将来の可能性はなさそうだったしね」
ジョルジアは、微笑んだ。この人は、暖かい心を持った素敵な人だ。はじめから娼婦だと聞かされていたら偏見を持ったかもしれない。そうでなかったことを、嬉しく思った。グレッグに写真を見せたらなんて言うだろうと考えた。
マデリンのフラットを出ると、また雨が降っていた。ジョルジアは、折りたたみの傘を広げて路地を出た。石畳がしっとりと濡れている。雨は直に小降りになってきたが、先が霞んで昨日や先ほどとは全く違った光景に見えた。
ジョルジアは、iPhoneを取りだして時間を確認した。約束の時間まであと十五分ほどだ。
観光客たちが行き過ぎるバス乗り場を越えて、ホテルの近くまで来た時に、霧の向こうから見慣れたコートの後ろ姿が見えてきた。ゆったりとした歩きが停まり、彼は振り向いた。ジョルジアの足音に氣が付いたのだろう。
彼女はいつもと変わりない彼に笑いかけた。
「ウォレスとは、心ゆくまで話せた?」
「ああ。学生時代から思っていたけれど、彼の頭の回転は、信じられないくらい早いんだ。昨日から今日の間に、もう三つも新しいアイデアをシミュレートしていて、それがまた僕の研究を新しい次元に導いてくれたんだ。ホテルに戻ったらレイチェルにメールをして、彼女の意見も聞こうと思うんだ」
夕食までの時間、彼は真剣な面持ちでメールを打っていた。ジョルジアは、生き生きとしている彼の様子が嬉しくて、邪魔をしないようにカメラの手入れをしていた。
夕食中やその後も、彼は普通に話をしながらも、時おり思い出したように内ポケットに入れた手帳に思いついたことを書き込んだり、ウォレスに電話をしたりしていた。その様な状態では、バーやティールームにいても仕方ないので、二人はすぐに部屋に戻った。彼は、研究の話に夢中になりすぎたことを謝り、ジョルジアは笑った。
明日からニューヨークに着くまでは、姪のアンジェリカが隣の部屋にいるので、あまり甘い夜は過ごせないだろう。だから、今夜は彼に甘えてみようと、ジョルジアはシャワーを浴びるとさっさとベッドに向かって彼を待った。
彼は、そのジョルジアの意図を理解したのかしないのか、背広を箪笥にしまい部屋のあちこちを適度に片付けてから、シャワーを浴びてバスローブ姿でベッドの近くまでやってきて、ベッドの端に腰掛けた。
「そういえば、僕のことばかり話して訊きそびれてしまったけれど、君はどんな一日だった?」
そう訊かれて、ジョルジアは微笑んだ。
「そうね。まず、セント・メアリー・チャーチの塔に登ったの。地理を理解する時に、いつも一番高いところに登るの。それから、カバード・マーケットに行ったの」
グレッグは笑った。
「意外だな。君でも、いかにも観光客って周り方をするんだね」
それを聞いて、ジョルジアはおどけて言った。
「その後は、さほど観光客って感じじゃなかったわ。あのね、昨日あなたと行ったあの小路に行ったのよ」
「あの小路って?」
彼の動きが止まった。不安そうな顔つきで彼女を見ている。その顔を見て、ジョルジアは不意に自分は何をしたんだろうと思った。
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【小説】豪華客船やりたい放題 - 3 -
大海彩洋さんと、ちゃとら猫マコト幹事で開催中の「【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅」の参加作品の第三回目です。
サラッと書いて終わらせるはずだったのに、なんか思いのほか文字数が……。はじめに謝っておきますが、真面目に豪華客船の謎に挑んだりはしません。能力も興味も皆無なキャラクターで出かけてきてしまったので。さらにいうと、妖狐の問題も全く解決する予定はありませんので、ストーリーに期待はなさらないでくださいね。
さて、今回の語り手は、京極髙志の方です。
【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定/この話をはじめから読む
目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 3 -
僕は、ウェルカムパーティで何組かの知り合いと遇った。父が後援していた指揮者の令嬢で、かなり有名なヴィオリストである園城真耶。そして、彼女の又従兄弟で日本ではかなり有名なピアニストである結城拓人。この二人が乗船していたのは、嬉しい驚きだった。
「まあ、京極君じゃない! 久しぶりね。十年以上逢っていなかったんじゃないかしら」
彼女は、あいかわらず華やかだ。淡いオレンジのカクテルドレスがとてもよく似合っている。
「僕は、五年くらい前に舞台で演奏している君たちを見たけれどね。君たちもこの船に招待されたのか?」
シャンペングラスで乾杯をした。結城拓人はウィンクしながら答えた。
「いや、僕たちは君たち招待客を退屈させないために雇われたクチさ。変わらないな、京極。あいかわらず、あの会社に勤めているのかい? 先日、お父さんに遇ったけれど、そろそろ跡を継いで欲しいってぼやいていらしたぞ」
僕は肩をすくめた。ぼんくらの二代目になるのが嫌で、自分の力を試すために父の仕事とは全く関係のないところに就職した。父はさっさとやめて自分を手伝えとうるさいが、責任のある仕事を任されるのが楽しくなってきたところだ。それに、何人もの社内若手の身体を乗っ取ったあげくに、山内の身体とパスポートを使い海外に逃げ出した妖狐捜索の件がある。自分も巻き込まれた立場とはいえ、いま放り出して会社去るのは、無責任にも程があるだろう。
「父は誰にでもそんなことを言うが、そこまで真剣に思っているわけじゃないんだ。ところで、君たちはこの船のオーナーと知り合いかい? もしそうなら、紹介してもらいたいんだが」
《ニセ山内》の件を相談するにも、まずはオーナーと知り合わないと話にならない。
「いや、僕たちはヴォルテラ氏と面識はないんだ。でも、あそこにいる二人なら確実に知り合いだと思う。ほら、イタリア系アメリカ人のマッテオ・ダンジェロ氏とヤマトタケル氏だ」
拓人は、二人の外国人を指さした。
一人は海外のゴシップ誌でおなじみの顔だ。スーパーモデルである妹アレッサンドラと一緒にしょっちゅうパーティに顔を出すので有名になったアメリカの富豪で、たしか妹の芸名に合わせてダンジェロと名乗っているとか。
もう一人の金髪の男も見たことがある。雑誌だっただろうか。端整な顔立ちと優雅な立ち居振る舞いの青年だ。変わっているといえば、茶トラの子猫を肩に載せているとこだろうか。もちろんパーティで猫の籠を持ち歩くわけにはいかないし、この人混みでは足下にじゃれつかせていたらいつ誰かに踏まれるかわからないので、そうするしかなかったのかもしれない。
僕は首を傾げた。
「ということは、彼があの有名なヤマト氏なのか? でも、噂では、彼の父親は……」
園城真耶は謎めいた笑みで答えた。
「だから拓人が、確実に知り合いって言ったのよ。もっとも、紹介してくれるかはわからないけれどね。でも、マッテオは、この船のオーナーとも財界やイタリアの有力者とのパイプで繋がっているに違いないわよ。とにかく挨拶に行きましょうよ」
僕は、二人に連れられて、ひときわ目立つ二人のところへと向かった。驚いたことに、日本に永く住み音楽への造詣も深いと噂のヤマト氏だけでなく、ダンジェロ氏までが結城や園城をよく知っている様子で、親しく挨拶を交わしていた。特に園城に対しては最高に嬉しそうに笑顔を向ける。
「ああ、真耶、東洋の大輪の薔薇、あなたに再会するこの日を、僕がどれほど待ち焦がれていたか想像できますか? 今日もまた誇り高く麗しい、あなたにぴったりの装いだ。先日ようやく手に入れた薔薇アンバー・クイーンの香り高く芯の強い氣高さそのままです」
僕は、ダンジェロ氏が息もつかずに褒め称えるのを呆然と聞いていた。彼女は、この程度の褒め言葉なら毎週のように聞いているとでも言わんばかりに微笑んで受け流した。
「あいかわらずお上手ね。ところで、私たちの古くからの友達とそこで再会したの。ぜひ紹介させてくださいな。京極髙志さん、あなたもよくご存じ日本橋の京極高靖さんのご長男なの。ご近所だからタケルさんはご存じかもしれないわね」
「おお、あの京極氏の……。はじめまして、マッテオ・ダンジェロです。どうぞお見知りおきを」
「はじめまして。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
ヤマト氏もどうやら父のことをよく知っているらしい、ニコニコして握手を交わしてくれた。
「お噂はよく伺っています。お近づきになれて嬉しいです。今、マッテオと話をしていたのですが、あちらのバーにとてもいい出來のルイ・ロデレールがあるそうなんです。それで乾杯しませんか」
それで、僕たちは広間の中央から、バーの方へと移動することにした。が、園城と結城は一緒に移動する氣配がない。
「失礼、私たち、これからリハーサルがあるのでここで失礼するわ」
「リハーサル? ああ、君たちが出演する、明日の演奏会のかい?」
ダンジェロ氏が訊くと結城は首を振った。
「いや、それとは別さ。実は、普段ヨーロッパにいる友達四人組も来ているんだ。それで急遽一緒に演奏することになってね。たぶん、夜にバーで軽く演奏すると思うから、時間があったら来てくれ」
「じゃあ、また、後で逢いましょう」
そう言って二人は、去って行った。それで、僕はダンジェロ氏とヤマト氏に連れられてバーの方へ行った。
移動中に、ヤマト氏の愛猫が何か珍しいものを目にしたらしく、彼の肩から飛び降りてバーと反対の方に駈けていってしまった。ヤマト氏はこう言いながら後を急いで追った。
「失礼、マコトを掴まえて、そちらに行きます!」
結局、僕はダンジェロ氏と二人で、笑いながらバーに向かった。
がっしりとした樫の木材で作られたバーは後ろが大きな四角い鏡張りになっていた。そして、そこに目をやって僕はギョッとした。映った僕たちの他に、白い見慣れた顔が見えたのだ。思わず叫んでしまった。
「山内!」
その声に驚き、ダンジェロ氏も鏡の中の妖狐に氣付いた。しまった……。
よく見ると山内の様子がいつもと違う。立ち方がエレガントだし、それにいつも好んで選ぶ変な服と違い、上等のワンピースを着ている。サーモンピンクの光沢のある絹の上を白いレースで覆った趣味のいいカクテルドレスだ。そして、僕の横を見て嬉しそうに口を開き、鈴の鳴るような可愛らしい声で英語を口にした。
「マッテオ! 私よ」
「おや、その声は僕の愛しい天使さんだね。どういう仕掛けになっているのかな? アンジェリカ」
ダンジェロ氏が、その声に反応した。
僕は、自分でも血の氣が引いていくのをはっきりと感じた。山内のヤツ、なんてことをしてくれたんだ!
「まさか、妖狐に身体を乗っ取られてしまったのかい、お嬢さん!」
妖狐の姿をしたダンジェロ氏の連れと思われる少女は、首を振った。
「いいえ。違うの。さっきタクヤとしばらくのあいだ身体を交換する契約を結んだだけ。マッテオが社交で忙しい間、この船内のなかなか行けないところを冒険するつもりなの。明後日の十時までに戻るから心配しないで。マッテオに心配かけないように、あらかじめちゃんと説明しておこうと思って。でも、会場の真ん中には行けなくて困っていたの。この広間で四角い枠はこの鏡の他にはあまりないでしょう。この側に来てくれて本当に助かったわ」
「ダンジェロさん、この方は……」
僕が恐縮して訊くと、ダンジェロ氏は、大して困惑した様子もなく答えた。
「ああ、紹介するよ。僕の姪、アンジェリカだよ。普段は十歳の少女なんだ。アンジェリカ、こちらは京極髙志氏だ」
ってことは、山内のヤツは十歳のアメリカ人少女のなりでこの船内を歩き回っているっていうわけか……。
「ああ、タクヤが言ってたタカシっていうのはあなたね。どうぞよろしく。マッテオ、詳しくはこの人に説明してもらってね」
妖狐の中の少女は朗らかに笑った。
ダンジェロ氏は、鷹揚に笑った。
「オーケー、僕の愛しい
「サンクス、マッテオ。もちろんそうするわ。タカシも、心配しないでね」
妖狐姿のアンジェリカはウィンクした。
「ところで、アンジェリカ。そのカクテルドレスだけれど」
ダンジェロ氏が、鏡の奥へと去って行こうとする彼女を呼び止めた。彼女は振り返って「叱られるかな」という顔をした。
「私の服だと小さくて入らないから家に戻って、ママのワードローブから借りてきたの。だって、変な安っぽい服着ているのいやだったんだもの。ダメだった?」
ダンジェロ氏は、「仕方ないな」と愛情のこもった表情をして答えた。
「エレガントでとても素敵だよ。アレッサンドラに内緒にしておくが、汚さないないように頼むよ。来月ヴァルテンアドラー候国八百年式典の庭園パーティーで着る予定のはずだ。とくにそのレース、熟練職人の手編みで1ヤードあたり六千ドルする一点ものだから、引っかけたりしないようにしてくれよ、小さなおしゃれ上手さん」
僕の常識を越えた世界だ。姪に甘いにも程がある。だが、よその家庭の話はどうでもいい、僕はアンジェリカ嬢の身体を借りて、何かを企んでいる山内を探して監視しなくては。まったく、どうしてことごとく邪魔ばかりするんだろう、あの男は。誰のために僕がこの船のオーナーと話をしたがっているのか、わかっているんだろうか。
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【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -
この小説で、実はグレッグの実母レベッカよりも私が書きたかった女性マデリン・アトキンスは、実はずっと昔に書きボツにした別の小説のキャラクターでした。こういう使い回しを私はよくやりますね。実は、「郷愁の丘」を書いたときには、この役割の女性を登場させる予定がまるでなかったので、ついマデリンという名前をレイチェルの娘にあげてしまったのですが、後から失敗したな、と思っていました。今回の女性を別の名前にすればいいだけの話でしたが、マデリンという名前で私の中にいること、すでに三十年近いキャラクターで、もう他の名前が馴染みません。
さて、マデリンと若かりし日のグレッグの関係を、鈍いジョルジアもようやくわかったようです。そりゃグレッグは細かく説明しませんよね。
![]() | 「霧の彼方から」を読む あらすじと登場人物 |
霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -
彼女の部屋は少し暗かったが、きちんと片付いていて心地よかった。古い調度は、彼女の刻んできた歴史を強調しているようだった。小さいテーブル、二つの腰掛け、七十年代風テキスタイルのカーテンは、おそらく懐古主義で選んだ柄ではなく、その時代から掛け替えていないのだろうと想像できた。
その佇まいは、モノクロームで映し出せば完璧だと思われた。それはつまり、カラーで表現するにはあまりにも色褪せていて大衆に訴えかける魅力に乏しい部屋だった。だが、結局のところ誰であっても大衆の好みに合わせて生活を変える必要などないのだ。
「アメリカ人のあんたは、コーヒーを好むかもしれないが、あいにくと長いことコーヒーを飲む客を迎えていないのでね。紅茶が苦手だとしたらハーブティーくらいしかない。何がいいかい?」
「紅茶をいただきます。アメリカに紅茶の美味しさを触れ回るロンドン出身の友人がいるんですが、こちらでミルクティーを飲んでようやく納得しました。本当に美味しいですもの」
マデリンは「そうかい」と言うと、少し嬉しそうにティーセットを用意した。件の友人、骨董店《ウェリントン商会》のクライヴ・マクミランは、いつでも店の銀器や瀬戸物をピカピカに磨いているのだが、彼が見たら何か言わずにはいられない状態のポットだった。取っ手の一部は欠けているし、底の近くはひび割れていた。注ぎ口の近くにこびりついた茶渋が、彼女の決して裕福ではないだろう日常の積み重ねを暗示していた。
「アシュレイは、すぐにケニアに帰ってしまったと聞いたよ。いくつになったかね」
「四十を少し超えたくらいでしょうか」
以前、グレッグが、オックスフォード時代にリチャードやアウレリオと一緒に何年も過ごしたと話してくれた。つまり、リチャードはグレッグとあまり年が変わらないはずだ。
「なんていったかね、イタリア人の友達、ああ、ブラスだったか、あの青年といつも大騒ぎしていてね。二人とももう家庭でももって落ち着いただろうね」
「アウレリオは二人の子供の父親になりました。リチャードは、私の知る限り結婚の意思はないみたいです」
「そうかい。一人に絞るのは難しいかもしれないね」
マデリンはくすくす笑った。
この人は、本当にあの時代のリチャードとアウレリオをよく知っていたのだ。アウレリオが、マディと知り合うきっかけが欲しくて話したこともなかったグレッグに仲介を頼んだという話をアフリカで耳にしたばかりだ。それは正にいまジョルジアの立つこの街だったのだ。その時代にグレッグもこの街で暮らしていたのだ。
「あの頃は、まるで昨日のようだ。だが、もはやすっかり様変わりしてしまった。あたしは老いぼれになり、学生たちはずっと大人しくなってしまった。この一画もあたしたちの同業者はほとんどいなくなり、観光客に部屋を貸す業者ばかりになってしまった。警察は喜んだみたいだが、外国人が部屋を買っては値段をつり上げたり、もっと物騒な犯罪に使ったりと、あまり芳しくない傾向に陥っている。懐古主義に陥っている警察官もいるよ」
「警察?」
ジョルジアは戸惑った。
「心配しなさんな。あたしはご覧の通り、この歳でもう仕事はしていないからね。五年前に六十五になったので、他の人と同じように年金暮らしになったのさ」
ジョルジアは、驚いた。八十過ぎかと思っていたのに、この人はまだ七十歳だったのだ。
しかし、マデリン・アトキンスはジョルジアには構わずに続けた。
「ここにいるからって警察が踏み込んで逮捕するようなことはないよ。あたしは仕事に誇りをもっていたわけじゃないが、少なくとも恥じてはいなかった。ただ食っていかなくちゃいけなかった、それだけさ」
「リチャードやアウレリオもあなたのお客だったんですか?」
ジョルジアは、警察という言葉に不安を持って訊いた。そして、グレッグも……。本当に訊きたかったことはそれだ。そして、どんな犯罪に関係しているのだろう。
「いや、ブラスは若い子が好きだったからね。でも、アシュレイは時々ね。素人でない女を抱きたい時もあるとかなんとか妙な理屈を言ってきたものさ」
マデリンの言葉を聞いて、ジョルジアはようやく理解した。
この女性は娼婦だったのだ。そして、おそらくグレッグもまた客の一人だったのだろう。ジョルジアはどこかほっとしていた。婚約者が娼婦のところに通っていたと聞いたら、普通は怒るかショックを受けるものだと思うが、警察という彼女の言葉で、グレッグが何か犯罪に巻き込まれたのではないかと想像した彼女には、娼婦に通うくらい全くの許容範囲に思われた。
「長く仕事をしていると、いろいろな客がいたものさ。アシュレイは一度ガールフレンドと手も握れない晩熟な学生を連れてきたよ。セックスのイロハを教えてやって欲しいってね」
それは、グレッグのことかもしれないとジョルジアは考えた。
「教えてあげたんですね」
「一通りのことはね。動物行動学を学んでいて、器官のことは専門用語であれこれ言っていたが、実際の男と女のことはまるっきりわかっていなかったね」
ジョルジアはクスッと笑った。
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ようやく本題に入った。こんな感じでストーリーが進みます。というわけで、うちのキャラを書こうとしているみなさま、中身が入れ替わっておりますので、ご注意ください。
【2019オリキャラオフ会】豪華客船の旅の募集要項記事(大海彩洋さんのブログ)
私のところのチームの詳細設定/この話をはじめから読む
目が合ったそのときには 3
豪華客船やりたい放題 - 2 -
俺がお茶会に紛れ込んで美味いものを食うにはどうしたらいいかを考えていると、ドアの前に来ていたブルネットの少女が「ところで」と唐突に話しかけた。げっ。いつの間に。
「あなたは一体だれ? その耳と尻尾は仮装なの?」
どっかで見たような顔の少女だった。俺は、アイドルや二次元の方が好みだったのでガイジンには詳しくないが、この顔にそっくりな女は何度も見たことがある。スーパーモデルってやつ? 名前までは知らないけれど。が、この子は大人びてはいるけれど、絶対に本人じゃないだろう、若すぎる。
俺がこの妖狐スタイルになって実にラッキーだと思うことの一つに、語学問題がある。学校に通っていたときから、勉強は苦手で英語なんて平均点以上採ったことがない俺だが、この狐耳から聞こえてくる言葉は、全部日本語と同様にわかるのだ。テレビの会話を理解していただけだから、俺が話す言葉もガイジンに通じるかどうかはわからないけれど。
「仮装じゃないさ。本当の耳と尻尾」
言ってみたら、少女は目を丸くした。
「触ってみてもいい?」
ってことは、俺の言葉も通じているって事だ。へえ、びっくり。
「触ってもいいけどさ、あんた、怖くないのか? 俺が妖怪だったらどうするんだよ」
少女は首を振った。
「全然怖くないわよ。だって、カーニバルで仮装の子供たちが着るみたいな、ペラペラの服着ているお化けなんているわけないもの。なぜセーラー服にミニスカートを合わせているの? 狐の世界での流行?」
俺はがっかりした。日本でも放映が始まったばかりの『魔法少女♡ワルキューレ』をガイジンが知っているとは思わないけれど、アニメコスプレについては、海外でももっと市民権を得ていると思ったのにな。でも、確かにこの子が着ている服、めちゃくちゃ高価そうだもんな、化繊の安物コスチュームに憧れるわけないか。
「狐の流行じゃなくて『魔法少女♡ワルキューレ』のコスチュームだよ。あんた、ジャパニーズ・アニメは観ないのか。どこの国から来たんだ? 俺は、日本人で山内拓也って言うんだけどさ」
俺が訊くと、少女はにっこりと笑って握手の手を差し出した。
「はじめまして。私、アンジェリカ・ダ・シウバ。アメリカ人よ。マッテオ伯父さんと一緒に来たの。タクヤは、日本の狐なの? 招待されて一人で来たの?」
「いや。京極髙志っていうヤツが招待状をもらったんだ。俺は面白そうだから来ただけ。俺、どこにでも行けるんだぜ。四角い枠からは出られないんだけどさ」
「ふーん。便利なんだか不便なんだかわからないわね。ところで、どうして男の人みたいな声なの?」
「俺、もともとは男だったんだもの。身体をだれかに取られちゃってさ。まあ、この身体のままでも、そんなに悪くないけどね。お茶会に行けないのが、目下の悩み」
アンジェリカは、少し思案をしていた。
「お茶会に行けなくて悩んでいるのって、みんなとお茶が飲みたいの?」
「いや、美味いものさえ食えれば、それでいいんだけどさ。でも、ビュッフェのところにいって好きなものを取りに行くとか、そういうことはできないんだ。京極の野郎は、社交で忙しくて、エビピラフとグラタンを取ってきてくれとか、言っても聞いていないと思うし」
アンジェリカは、頷いた。
「せっかくどこにでも行けるのに、簡単じゃないのね。私はエビピラフなんか食べられなくてもいいから、ちょっとだけでもどこにでも行ける能力が欲しいな。この船の地下に、いろいろと秘密があるんですって。でも、どこにも通路がないんだもの」
で、俺はひらめいた。
「まじか? だったら、しばらく身体を交換しないか?」
「交換? そんなことできるの?」
「ああ。俺がこの服を脱いで、あんたと目を合わせれば、入れ替わる」
「でも、それで元に戻れなくなったら困るもの」
「この身体になったら四角いところのどこへでも行けるんだぜ。つまり好きなときに俺の前に出てきて目を合わせれば戻れるんだ。もっとも俺、明後日の朝十時までにはどうしてもこの身体に戻って『魔法少女♡ワルキューレ』の第二回放送を観たいんだ。遅くともそれまでにしてくれよ」
アンジェリカは、少し考えていたが頷いた。
「わかったわ。そうしましょう。でも、私の格好をして、品位の下がるようなことしないでよ」
俺は、情けなくなった。京極にもいつも叱られっぱなしだけど、こんなガキにまで信用ないなんて。まあ、無理ないけど。
そういうわけで、俺とアンジェリカは、身体を交換した。アンジェリカに教えてもらった彼女の船室に戻り、お茶会に相応しい服を選ぶことにする。いま着ているクリーム色のワンピースを見るだけで、大金持ちの娘なのは丸わかり。俺、ロリコン趣味はないけど、これだけの美少女の身体でコスプレ、もといファッションショーごっこをするのは悪くない。明後日の十時までの四十時間、楽しく遊ばせてもらうぜ。ついでに好きな食い物たらふく食べるぞ!
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【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 1 -
かなり短い話だからと、ちんたら連載してきましたが、氣が付いたら今年もあと三ヶ月じゃないですか。早く終わらせないと「scriviamo!」で中断になってしまう。というわけで、『オリキャラのオフ会』と同時に公開していきます。小説続きでうんざりの読者様、そういう大人の事情がありますのでご了承くださいませ。
とはいえ、12000字以上あるこの『もう一人のマデリン』、六回に分けます。もっとまとめて発表も出来るのですが、この十月が珍しく忙しく『十二ヶ月の歌』シリーズが用意できないのです。すみません。
![]() | 「霧の彼方から」を読む あらすじと登場人物 |
霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 1 -
ジョルジアは、カメラを持って出かけた。バースにいた時は、グレッグの様子が心配で写真を撮るような心持ちにはならなかったのだが、サザートン教授との再会で彼が笑顔に戻ったので、彼女の心も浮上したのだ。
彼女は、まずセント・メアリー・チャーチに行った。十三世紀後半に建てられたオックスフォードを代表する教会だ。六十メートルを超す塔は展望台になっている。すぐ目の前にあるオックスフォードの象徴的建物ラドクリフ・カメラをはじめとしてオックスフォードの街が一望の下だ。
彼女は、様々な方向を見て「あれがホテルね」「ベリオール・カレッジはあれかしら」「あの通りはかなり広い大通りなのね」と街の地理を確認した。
若かりし日に、グレッグがウォレスに連れられて行ったであろう図書館や、おそらくリチャードやアウレリオが大騒ぎしていたであろうパブなどを想像して、微笑ましく思った。
それから、昨日プレゼントを買うために通った一角にも目を向けた。石造りの建物、郵便受けを脳裏に描いた。マデリン。名前をつぶやく。マディと同じなのですぐに憶えてしまった。明るくて積極的な未来の義妹は、とても魅力的だ。もう一人のマデリンはどんな人だったのだろう。
後ろから控えめな咳が聞こえて、ジョルジアは他の観光客の邪魔をしていたことに氣が付いた。想いにふけるにはこの展望台は狭すぎる。彼女は塔から降りて、彼女を沈思に至らせたあの通りと反対の方向へと歩いた。
ハイストリートから、タールストリートへ抜けてしばらく歩き、カバード・マーケットに入った。屋根に覆われ天候に左右されずに買い物のできる市場だ。オレンジと白の明るい天井の下に、色とりどりの野菜や花、ソーセージなどの加工肉などを売る店が並ぶ。観光客向けの土産を売る店もあるし、金物屋もあった。額縁と芸術的な写真を扱っていると思われる店には学位を受けた学生が正装のマントを着ている写真が飾ってある。
ジョルジアは、一度も写真を撮っていないことに氣が付いた。次は何を見ようと思っているわけでもない。心は、あの暗い路地にあるのだ。
彼女は、立ち止まり、それから踵を返した。
「何か用かい」
ジョルジアは、ドキッとして振り向いた。黒と紫のくたびれた服を身につけた老女が立っていた。深く刻まれた皺と曲がった腰、そして立っているのも難儀な様子だったが、目の光は強く、頭はしっかりとしているようだと思った。
ジョルジアは、昨日グレッグと通った一角にわけなくたどり着いた。そこで何をするのか何も考えていなかったことに思い至り、郵便受けの古い表札をもう一度見てから立ち去ろうとしたところだった。声をかけられて初めて、マデリン・アトキンスという女性のことを訊いてみようかと思った。
「このフラットにお住まいの方でしょうか」
「そうだよ」
「ここに少なくとも二十年くらい前からアトキンスさんという方が、お住まいだと思うんですが……」
老女は、じっと見つめてから言った。
「あたしがそうだけれど、あたしはあんたを知らないね」
ジョルジアは驚いた。グレッグが探していた女性がこんなに高齢だとは思わなかったのだ。そうであってもおかしくないのに、どういう訳か、もっと若い女性だと思っていた。言葉の濁し方が、彼らしくなく曖昧だったからかもしれない。
「私はここにははじめて来たんです。かつて学生として住んでいた人が、あなたがまだここにいらっしゃるのか氣になっていたみたいだったので……。大変失礼しました」
マデリン・アトキンスは、記憶をたどっているようだった。
「あんたの言葉から推測すると、アメリカ人だね。二十年前のアメリカ人の学生かい……」
「あ、私は確かにアメリカ人ですが、彼はケニア出身で……」
そう言った途端、マデリンははっとした。
「アシュレイかい?」
ジョルジアは、思いがけない名前に驚いた。
「リチャードをご存知なんですか?」
「知っているとも。あれは忘れられない学生だったからねぇ。顔が広くて、面倒見が良くて、あたしにも随分たくさんの客を紹介してくれたものさ。ガールフレンドに困っていたことはなさそうなのにね」
客の紹介と、ガールフレンドになんの関係があるのか、ジョルジアにはわからなかった。が、マデリンは、ずっと親しみやすい表情になって、手招きした。
「こんなところで立ち話もなんだから、入りなさい。お茶でもどうだい」
ジョルジアは、頷いた。リチャードと親しいなら、グレッグも学生時代に彼女の店かなにかを訪れたのかもしれない。どんな商売だかわからないけれど。
それに、この女性にはどこか惹かれるところがあった。
人々の人生の陰影を撮ることをテーマにして過ごしてきたこの二年半で、彼女は人生の喜びや悲しみを重ねてきたストーリーを表情に刻んでいる人を見出す職業的勘をいつの間にか磨いた。
彼女の脳のどこかで「マデリン・アトキンスは、決定的瞬間を撮らせてくれる被写体である」と言うシグナルが、点滅していた。
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