ご挨拶

【創作とブログの活動】
2019年は下記のような作品を発表しました。
中編・霧の彼方から (完結)
短編集・十二ヶ月の歌 2 (完結)
企画もの・scriviamo! 2019の作品群
オリキャラのオフ会参加・豪華客船やりたい放題
なんか以前に比べると、ずいぶん少ないなあと思いますが、まあ、普通に生活をしているアマチュアとしてはこのくらい発表できればまあまあいいかと、自分を慰めています。少なくとも週一回の小説発表は死守できましたし。個人的には一度にたくさんではなく継続的な発表を心がけているので、新年も息切れしないように続けていく所存です。
さて、2020年の活動ですが、既に始まっている「scriviamo! 2020」(皆様のご参加をお待ちしています)、その後に「黄金の枷」シリーズの『Filigrana 金細工の心』の連載を始めたいと思います。ただ、その前後に本来は第二作の位置づけである『Usurpador 簒奪者』を外伝っぽく発表できないかなと、未だにあれこれ悩んでいるところです。
【実生活】
・休暇旅行
毎年恒例のポルト旅行、2019年は、サン・ジョアン前夜祭のある六月後半にポルトに行きました。また九月末から北イタリアのバイク旅行をし、十月末には勤続十五周年にともらった休暇でシエナとフィレンツェに電車で行ってきました。
2020年は、また三月末にポルトに行く予定でいます。これは既に予約済み。その他の休暇でどこに行くのかはまだ決めていません。そもそも休暇というものが取れるかどうかも今のところ定かではありません。
・デジタル関連
2019年のトピックスとして忘れてはいけないのは、Apple Watchを購入したことです。いろいろと便利になったことは多いのですけれど、ここで特筆するのはそれ以来一日も欠かさずに軽い運動をしていることです。これから年を重ねていくことを考えると運動の習慣と適度な筋肉を維持するのはとても大切だと思うので、新年も引き続き続けていきたいと思っています。
ついでにTwitterとInstagram始めました。まだ初心者なので失敗もいろいろあって、普段はInstagramから同じ投稿を同時にしているのですが、Twitterだけに写真入りで投稿したらめちゃくちゃ大きな画像が貼られて恥ずかしかったとか、ある人をフォローしようとして間違ってその人が論破していたネトウヨをフォローしてしまい、TLがメチャクチャ不快になってしまったとか、年末までいろいろとやっていました。来年こそは、Twitterでちゃんと小説の宣伝しよう。
そういえば、iPhoneの画面を割るかなしい初体験もしました。日本よりも修理にお金はかかるのだけれど、割れた画面を見続けるのに耐えられず、修理してきました。2020年は、雑な扱いを改めようと思います。(もともとの性格だから難しいかも)
・義母のこと
2019年のリアルの活動で一番大きな比重を占めていたのが、義母のケアでした。もう何年も体調の波が大きく家族に負担がかかりすぎていたのですが、九月に特別介護施設に入ることになりました。本人はすぐに引っ越して、日本だったら「なんて贅沢!」とびっくりするような部屋に住むことになり、それはよかったのですが、家族にとってはそれまで彼女が一人で住んでいた住居の片付け等でかなり負担のあった数ヶ月でした。これに懲りて、また自分の持ち物も片付けようと決意を新たにした私でした。
2019年は、実生活でもう一つ大きなことがありました。これに関してはまだ海のものとも山のものともわからない状態なので、しばらくはここでは語りません。今回の「scriviamo!」は珍しくリアルの方でもかなりやることが多い中での開催となりますが、そのことを言い訳にせずに乗り切ろうと決意していますので、今まで通りにお付き合いいただけると幸いです。
・家庭
2019年は、連れ合いとの家庭生活は平穏でよかったと思います。2018年の母との永別以来、日本の姉ともよくコンタクトをとるようになったことも特筆すべきかもしれません。生きていればいろいろなことがありますが、少なくとも暖かい我が家と美味しいご飯、それにぐっすりと眠れる寝床があることを感謝して新しい年を健康に歩いて行きたいと思います。
2019年にこのブログを訪れ小説や記事に関心を持ち励ましてくださった皆様に、心から御礼申し上げます。2020年もさらなるご指導をお願いすると共に、また皆様との楽しい交流があることを心から祈っています。引き続き「scribo ergo sum」を、どうぞよろしくお願いいたします。
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scriviamo! 2020のお報せ
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「scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。
私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。
では、参加要項です。(「プランC」以外は、例年と一緒です)
ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)
- - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
- - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
- - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
- - イラスト
- - 写真
- - エッセイ
- - Youtubeによる音楽と記事
- - 普通のテキストによる記事
このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。
記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩(短歌・俳句)」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)
参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返画像(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。
過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)
また、「プランB」または「プランC」を選ぶこともできます。
「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。
「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。
「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)
今年の「プランC」は「何でもいいといわれると、何を書いていいかわからない」という方のための「課題方式」です。
以下の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いてください。また、イラストやマンガでの表現もOKです。
*ご自分の既出のオリキャラを一人以上登場させる
メインキャラ or 脇役かは不問
キャラクターであれば人どころか生命体でなくてもOK
*季節は「春」
*食べ物を一つ以上登場させる
*色に関する記述を一つ以上登場させる
(注・私のキャラなどが出てくる必要はありません)
期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2020年2月29日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも2月2日(日)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。
皆様のご参加を心よりお待ちしています。
【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから一週間ほどお時間をいただきます。
小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。
ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合はおよそ3,000字~10,000字で返させていただきますのでご了承ください。
当ブログには未成年の方もいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。
他の企画との同時参加も可能です。その場合は、それぞれの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。当ブログのの締め切っていない別の企画(神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の(ブログ等)企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません。ただし、過去の「scriviamo!」参加作品は不可です)
なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。
嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。
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【小説】新しい年に希望を
「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。十一月はABBAの “Happy New Year” にインスパイアされて書いた作品です。年末年始にはよく流される曲ですけれど、よく歌詞を読むと「ひたすらめでたい」曲ではないのですね。
縁起を担ぐ日本に限らず、どこでもクリスマスやお正月、それに各種のお祝い事にはネガティヴなことを言わないようにする傾向がありますけれど、暦上のどんな日であろうと「ちっともめでたくなんかない」日々を過ごしている人もいて、でも、それが文句を大声で言うほどではない、ということも。
今年最後の小説ですが、そんな中途半端な小市民たちが、暦の一区切りで氣持ちを新たにしたいと願っている姿で終わりにしたいと思いました。

新しい年に希望を
Inspired from Inspired from “Happy New Year” by ABBA
おせちの重箱は二段にした。三段にするとスカスカになってしまうから。一人で迎えるのだから、たくさん買ってもしかたない。一人に戻って以来、あれこれ切り詰めてきたので、デパートやスーパーで予約をしている立派なおせちを買う案は却下した。かといって、いくつものおせち料理を一人用に作るのも大変なので、スーパーで一口サイズのパックをあれこれ買って詰めることにした。お煮しめだけは自分で作る。スモークサーモンやローストビーフ、それに白ワインも買ってきて冷蔵庫にしまった。
普段は買わない高級レトルトカレーや、コタツに籠もる時用にミカンも用意した。一人の年越しをとことん楽しむつもりだ。
もともと本家で繰り広げられる親戚の集まりなどは苦手だったし、だから独り立ちすると同時に東京に出てきたのだ。帰らずにすむのはありがたい。普段なら「帰ってきなさいよ」と口うるさいお母さんをはじめ、今年は誰も帰ってこいとは言わない。それはそうだろう。
従姉妹の絢香はダブルおめでたで、かねてからの願い通り大がかりな華燭の宴を開いた。伯父は代議士なので地域の名士が悉く参列して祝った。今も本家では彼女と初孫を中心にいつものように格式を重んじたお正月迎えに余念がないことだろう。
去年は、私に注目が集まっていた。結婚して初めて夫だった志伸を連れて行ったお正月。かつては目立たなかった私が、東京でエリート官僚と結婚したというので、親戚のおば様方からちやほやされた。絢香は面白くなさそうにしていたが、彼女らしいやり方で注目を自分に向けることに成功した。
とにかく今年の本家では夫婦となった志伸と絢香が、去年のことなど何もなかったかのように「めでたいお正月」を祝うのだから、私の登場など誰一人として期待はしていないだろう。これで二度とあの面倒くさい盆暮れの里帰りをしなくて済むようになったと思えば、そんなに悪いことではない。
お金持ちやエリート官僚と結婚したかったわけじゃない。たまたま東京に出てきて大学で出会い、それ以来ずっと一緒にいて仲良く笑い転げた人が、いつの間にかそういう立場になっていただけ。私にとって志伸はいつも志伸だったから、私がその隣には相応しくなくなっていたことに、氣が付かなかった。
「どう謝ったらいいのかわからない」
彼は下唇を噛みしめた。彼女の方が将来に役に立つから乗り換えたわけではない、ほんの出来心のつもりだったのに、子供ができてしまったと。それが本心かどうかなんて確かめようはない。それにどちらにしてももう全て終わったのだ。志伸にとって私との未来は消えて、絢香と子供との未来ができた、それが現実なのだから。
大学の仲間にとっても、親戚にとっても、私は「めでたさに水を差す存在」になったのが腹立たしくて、私は距離を置くようになった。
チャイムが鳴った。誰だろう?
「リカ! いるぅ?」
声を聴いてすぐにわかった。佑輝だ。すぐに玄関に向かう。ドアを開けると、彼は綺麗なポーズで立っていた。紫のコートにピンクのフェイクファーを巻いた独特な出で立ちにギョッとする。
「どうしたの?」
「どうしたのって、アタシも仕事を納めたし、侘しい独り者同士で年越そうかなって」
佑輝はウィンクした。
大学以来、ずっと仲間として楽しくつきあっていたけれど、私と志伸が結婚して以来、しばらく疎遠になったのは、なんとなく彼も志伸のことを好きだったのではないかと感じたからだ。新婚家庭にも他の仲間のように招べないでいた。だから、会うのは結婚式以来だ。
「入って、入って」
「お邪魔しまーす。あ、これ、冷蔵庫に入れてね」
佑輝は、よく冷えたシャンペンを差し出した。2020と大きく書いてある。カウントダウン用か。白ワインの瓶の位置に入れた。冷えているワインは出してコタツのテーブルに置く。
「へえ。いい部屋じゃない。ここは、もらったの?」
佑輝はマンションの中を見回した。私は、いろいろとつまみを用意しながら答えた。
「もともとは共同名義だったんだけどね。従姉妹の実家がタワーマンション買ったの。だから、ここには私が続けて住んでもいいって。まあ、慰謝料みたいなものかな」
乾杯をしてコタツに入ると、久しぶりに笑い転げながら近況を語った。そうだった。仲間で集まると、いつも腹筋が痙攣するくらい笑うことになるのだ。後から考えると何がそんなにおかしいのかわからないのだが。こんなに笑ったのは本当に久しぶりだ。
「でも、元氣そうでよかった。これでも心配していたのよ」
佑輝がニッと笑った。
私は、頬杖をついて彼を見た。
「意外だったな」
「何が?」
「ほかの仲間、みんな志伸とは連絡取っているんでしょう。あれから飲み会にも私はお声が掛からなくなったし。だから、佑輝が心配してきてくれたの、驚いた」
そういうと、佑輝はふくっと頬を膨らませた。
「アタシを見損なわないでよ」
ワインが回ってきたみたいで、力も抜けてきた。私の存在が迷惑っていうなら、親戚も大学の仲間もいらない。一人のクリスマスも、年末年始も大したことではない。そんな風に肩に妙に力を入れて、離婚騒ぎから今日まで走ってきたのかもしれない。
「佑輝は、私よりも志伸と仲良かったじゃない?」
そういうと、佑輝は笑った。
「大学時代は、確かにそうだったわ。でもね、アタシは、判官贔屓なの。それに、リカの氣持ちがよくわかるのよね。悔しくても悲しくても、つい虚勢を張っちゃって、いいわよ、好きにしなさいよって言っちゃうのよ、アンタもアタシも。志伸みたいな、デキるくせにどこか抜けていて、みんなに愛されて、結局美味しいところを持っていく男に弱いのも一緒でしょう?」
そうよね。一緒だ、確かに。
「本当はね。悔しかったし、凹んでいたのよね。でも、志伸があっちを選んだ以上、泣きわめいて大騒ぎしても、みっともなく見えるのは自分だけだし」
「アンタね。そういう時は、相手の女をビンタぐらいしても罰は当たらないわよ」
絢香にビンタか。やっておけばよかったかな。それも、結婚式の当日に手形のついた顔にしたりして。
「佑輝は、みんなと二次会行ったんでしょう? 絢香のこと、どう思った?」
佑輝は首を振った。
「そっか。志伸から耳に入るわけないわよね。みんな行くのを拒否したのよ。リカがかわいそうだって」
私は、かなり驚いて佑輝の顔を見た。彼は、空になった私のグラスに淡々とワインを注いだ。
「そうだったんだ。親戚筋からは、立派な式だった、幸せそうな二人だったって話しか入ってこなかったから、てっきり……」
「仮にもお祝い事だから、表だって非難したりする人はいないと思うけれど、祝いに来ないってことも、ある種の意見表明でしょう。大学時代の志伸は、本当にいい男だったもの、あんなことしてすぐに幸せいっぱいになれるほど、志伸の感性が鈍ったとは信じたくないわね」
佑輝の顔を見ながら、私は自分が現実を曲解していじけていたのではないかと訝った。自分だけが貧乏くじを引き、志伸は何一つ失わずに幸福を満喫しているのだと、どこかで考えていた。
「もっともみんなもね、志伸に制裁を加えようと示し合わせたわけじゃないのよ。それぞれがね、みんな集まるだろうから、せめて自分だけはリカの代わりに抗議してやりたいって考えたみたい。二次会、花嫁側の出席者ばかりで異様な感じだったって、後から幹事に恨み言いわれちゃったわ。身から出た錆でしょって突っぱねたけれどね」
私ですら、それは氣の毒かもと思った。志伸はみんなとの絆を本当に大切に思っていたから。絢香との新しい人生と引き換えに失いかけているもののことを考えたのかもしれない。
仲間との絆を彼は誇りに思っていた。おそらくそれは志伸にとって、絢香や伯父様、そして親戚たちの評価と違って、エリート官僚やお金のある後ろ盾を持つ存在であることよりも、ずっと価値のあることだったのだと。彼の二度目の結婚披露二次会は、新しい妻との幸福な門出であると同時に、そして築き上げてきた友情のごっそりと抜けた、苦さのある「人生最良の日」だったのだ。そして、それは今でも続いている。
彼が、どんな思いで、私とではない年末年始を迎えているのだろうと想像した。絢香と子供を氣遣いながら、去年は私の親戚だった人たちの複雑な腹の底を想像しながら座っていることを考えた。いい氣味だとは思わなかった。
「ありがとね」
私は、佑輝の顔を見ながら、彼のグラスを満たした。
「何に対して?」
「今夜、来てくれて。それに、私のことを氣遣ってくれて。私、仲間うちではほとんど存在感なかったし、心配してもらっているなんて、全然知らなかった」
彼は長いつけまつげを伏せた。
「アンタは確かに騒いだり、目立つタイプじゃなかったけれど、アタシはリカが仲間にいてくれて本当によかったと、当時から思っていたわよ」
「どうして?」
「アタシがカミングアウトしたときも、男装をやめて好きな服を着るようになった時も、アンタは変わらずに接してくれた。興味本位であれこれ詮索もしなかったし、恋バナにも当たり前みたいにつきあってくれた。他の仲間も、結局は受け入れてくれたけれど、リカが平然としているのを見ていなかったら、ドン引きされたままだったかもしれない」
新宿二丁目の店に勤めている佑輝は、今日も私よりもずっと綺麗にメイクして、洒落たパンツスーツを着こなしている。そんな彼も大学一年の頃は、短髪でTシャツとジーンズという、どこにでもいる青年の格好をしていた。当時から綺麗なモチーフ入りのジーンズや小物を選び、動きや語尾なども独特だったからもしかしたらと皆感じていたが、噂に過ぎなかった。三年生になる頃、何のきっかけだったか忘れたけれど、あっさりとカミングアウトしてからは、服装も話し方もどんどん変わった。
当時の私が、その佑輝の変化に戸惑わなかったといえば嘘になる。でも、大切な仲間の一人が、いいにくいことを打ち明けてくれたのに、嗤ったり無視したりするようなことはしたくなかった。そんな薄っぺらい友情じゃないという自負もあった。私は目立たず、仲間うちで一番どうでもいい存在だったから、そのことを佑輝が憶えていたのがむしろ驚きだった。
「そうか。私ね。みんな失ったと思っていたんだ。親戚は絢香を選ぶだろうし、みんなは今後も志伸とつきあいたいだろうし、私の居場所はどっちにもなくなったなって」
「ふふ。アタシの居場所ですらなくならなかったんだもの、大丈夫よ」
そうか。私の居場所はなくならなかった。それに、たぶん志伸にとっても、離婚は私との関係以外の何かの終わりじゃないんだ。
彼が、新しい友との絆を持つには、もしくはかつての仲間たちと昔のように笑い合えるようになるまでには、おそらく長い月日を必要とするだろう。
でも、きっと彼は惜しまずに時間をかけて、仲間との絆を回復するだろう。そして、今の居たたまれなさは時間と共に薄まっていき、新しい彼の人生は「これでよかったんだ」と思えるものに変わっていくのだろう。私の人生がそうであるべきように。彼と一緒にやっていけなかったのは残念だけれど。
「ねえ、佑輝。来年の抱負をきかせて」
私は、彼のグラスを満たした。
彼は少し勿体ぶって話し出した。
「そうね。アタシ、店を変わる予定なのよ。ちょっと世話になった人に頼まれてね」
「えっと、もしかしてママになるとか?」
「あはは。残念、チーママってところかしら」
「えー、それでもすごいじゃない。私も行ってもいい? それとも女は禁制?」
佑輝は、艶やかに笑った。
「そういうおかしな垣根のない店にしたいって、立ち上げメンバーと話しているの。アンタも、ほかのみんなも、それに志伸も、来たい人はみんなウェルカム。アンタこそ、それじゃ来たくない?」
私は首を振った。
「ううん。私か志伸かどっちかが遠慮しなくちゃいけないのは嫌。でも、私の方が先に常連になりたいなあ。で、やってきた志伸に、ああ、あなたも来たのねって、余裕で言いたい」
佑輝は、ゲラゲラ笑った。
「いいプランじゃない。じゃあ、オープンから通ってもらうわよ」
除夜の鐘が鳴り出した。おしゃべりに夢中になっているうちに紅白を見逃したらしい。私は、佑輝の持ってきてくれたシャンパンを冷蔵庫から取り出してきた。去年から一度も使っていなかったフルートグラスを戸棚から取り出す。これ、志伸が大切にしていたやつだ。「特別な日はこれで乾杯しないと」が口癖だった。今ごろこのグラスを置いてきてしまったことを考えているのかな。それとも伯父さんにお酌するのに忙しくて、そんなことは忘れているかしら。
佑輝は、慣れた手つきでコルクを抜くと、綺麗にグラスを満たしてくれた。人生最低だと思った年は終わった。壊れてしまった関係も、見捨てられて惨めだと思っていた自己憐憫のループも、終わったこととして思い出ボックスに閉じ込めてしまおう。
「明けましておめでとう、佑輝、今年もよろしく!」
「おめでとう、リカ。いい年になりますように」
そうだね。私も、佑輝も、仲間のみんなも、田舎のお父さんお母さんも、そして、私と年末年始を過ごしたくなかった人たちも。それぞれのよりよい未来に向けて、別々に歩いて行くのよね。みんなにとって、いい年になりますように。
(初出:2019年12月 書き下ろし)
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クリスマスの思い出

サンタクロースがプレゼントを持ってくるのを期待して寝ていた話は、私にもあるのですが、いま特に思い出すのは別のことです。小学生だった頃でしょうか。私は、一応カトリック教徒の家庭で育ったので、メインはサンタクロースではありませんでした。
クリスマスの前夜は、ミサに行きました。救い主であるナザレのイエスの誕生は深夜と新約聖書にあるので、真夜中のミサもあるのですが、子供を連れての深夜は難しいだろうということで、夜七時くらいのミサに連れていかれたのだと思います。
父母と一つ違いの姉との四人で、教会に向かいました。普段はいつも姉のお下がりを着させられていたのですが、この時のコートは姉と色違いのお揃い。新品のよそ行きコートは、私にはとても特別感がありました。父に厳しくしつけられたので、私は三歳児の頃からミサの間中、ぐずったりせずにじっとしていることができたのですが、この時はもっと大きくなっているので、一時間くらいは問題なくちゃんとしていられたと思います。
今と違って、当時は信者は頭に白いヴェールを掛けているのが普通で、小さな手を合わせて祈っていた記憶もあります。普段はあまり埋まらない教会も、クリスマスには満杯になるのはいつの時代でも同じですが、そうであってもエアコンなどのなかった当時は、冷え込んで歌うと息が白くなりました。
大きなクリスマスツリーには飾り玉や天使などが飾られていて、何もかも荘厳で清らかでした。
あの時には、世の中の不景氣も、不正も、不平等も、宗教法人をめぐるスキャンダルも、家庭内の不和も、鬱屈した社会も、ほとんど認識していませんでした。クラスの友だちと上手くいかないことや、あまり器用でない自分の事は問題でしたが、そんなことはクリスマスの荘厳なミサの前では些細なことで、あの神聖な時間と空間が誰にでも訪れているのだと信じていました。
当時、今の私よりも若かった両親はともにもうこの世にはいなくて、私を暖かく包んだお下がりでないコートも、天をつくばかりだった大きなもみの木も、すべてが存在しなくなっています。
同時に、教会の正しさと一致を信じ、純粋に救世主の誕生を祝って声の限に歌っていた清らかな少女も、どこかに消えてしまいました。
暗闇の中に大きなトウヒが、金色の電球と白い雪による反射で幻想的に浮かび上がるのを見ながら、異国の地で私はあの頃のことをよく考えます。季節はまためぐってきました。
もう戻ってこない人や物に対する郷愁はどうしようもありませんが、せめてこの地球に存在する全ての生命にとって、平和で希望に満ちた冬至(場所によっては夏至)であるように、祈っています。
こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の若槻です今日のテーマは「子供のころのクリスマスの思い出は?」です街中クリスマスムードで一色ですねイルミネーションを見ているととても癒されますところでみなさんは、子供のころのクリスマスの思い出はありますか?若槻はクリスマスの朝起きると、枕元に子供向けビデオがプレゼントとして置いてあったのですが「980円」の蛍光ピンクのシールが貼ってありました母の顔を見上げ...
FC2 トラックバックテーマ:「子供のころのクリスマスの思い出は?」
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【小説】霧の彼方から(9)新しい家族 - 4 -
追記に後書きを記載しました。
![]() | 「霧の彼方から」を読む あらすじと登場人物 |
霧の彼方から(9)新しい家族 - 4 -
「あ。このサンドイッチ、パセリが入っている」
アンジェリカは、パセリをつまみ出したが、置き場がなくて困ったように見回した。
グレッグは、黙ってそれを受け取り、ぱくっと食べてしまった。
「アンジェリカ、あなたったら、パセリを食べられないの?」
ジョルジアが訊くと、少女は首を傾げた。
「あれって、食べるものなの? いつもお皿の脇にどけちゃうのよ」
ジョルジアは、ため息をついた。
「嫌いじゃないなら、食べた方がいいわよ。栄養もあるし、それにパセリを作る農家の人、みんなが残して捨てるのをわかっていても、大事に育てているのよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、次から食べてみるわね」
無邪氣なアンジェリカの様子を見ながら、ジョルジアはレベッカ・マッケンジーの庭を思い出していた。
今日もまた、彼女はあの美しい庭と、完璧に手入れされた館を保つために、きびきびと動き回っているのだろう。そして、手を休めたときに、ほんのわずかの息子との邂逅を想っているのだろうか。
『パセリ、セージ、ローズマリー、タイム……』
美しいチョコレートを買い求め、息子の学業に対する激励をしたレベッカ。彼が理解し合えると願いはじめての愛情を抱いたジェーン。彼に性の手ほどきをし幾晩か温かい肌で包んだマデリン。三人の彼の心に沈む女性たちは、この霧に覆われた島のどこかにいる。彼に教えと激励を授けたウォレス、そしてその他多くの関わった人々も同じように。
彼女たちは過去の亡霊ではなく、今でもそれぞれの人生を営みながら、存在している。忙しく今日という日を過ごしていることだろう。
ジョルジアは、食事を終えたグレッグが、アンジャリカやジョルジアの出したゴミを小さく一つにまとめてゴミ箱に捨てる様子を目で追った。自然な動き、行動様式は、誰から習い受け取ったかを考える必要がないほどに、彼の一部となっている。そして、それはいずれジョルジアやアンジェリカ、その他の彼と関わる多くの人に影響を与えていくだろう。彼女は、その考え方が氣に入って、一人微笑んだ。
「ねえ、記念写真撮らない? ママやパパと外にいる時って、できるだけ撮られないようにって行動するから、空港で家族と映った写真なんて一枚も持っていないんだもの」
アンジェリカが言うと、グレッグはすぐに申し出た。
「じゃあ、僕が撮るよ」
アンジェリカは、首を振った。
「そしたら、グレッグが映らないじゃない」
彼女にとって、グレッグはもうファミリーの一員なのだ。彼もそれを感じて、はにかみながら笑った。ジョルジアも笑顔になり、近くにいる人に自分のiPhoneを渡して撮影を頼んだ。アンジェリカは、少し斜めを向いて首を傾げた。おそらくこの三人の中で一番撮られ慣れているのだろう。
写真を見て、アンジェリカは満足そうに頷いた。
「これ、ママのところに送っておいてね。それから、パパにも送って」
「すぐに送るわ。それに、結婚式のフラワーガールの写真も送らなくちゃね」
ジョルジアが言うと、アンジェリカは満面の笑顔を見せた。
「向こうでも、みんなでいっぱい写真を撮っていいでしょう?」
ジョルジアは、そんな姪を愛しそうに見て頷いた。それから、ふいに思い出したようにグレッグに言った。
「ねえ。そういえば、結婚式の写真をウォレスにも送る約束をしたじゃない?」
「ああ。まさか彼が、そんなことに興味があるとは思わなかったな」
彼は苦笑した。
「僕たちの正装を見たいわけじゃないだろうから、出席者全員のを送るべきだろうか。もしかして、ケニアのパーティの方がいいかな。レイチェルやマディも映っているだろうから」
ジョルジアは笑った。そこまであれこれ考えているとは思わなかったのだ。
「それもいいアイデアね。両方送ればいいじゃない。それで、思ったんだけれど、どうせならその写真、アトキンスさんにも送ったらどうかしら」
彼は心底驚いた顔をした。
「マデリンに? どうして?」
「私の撮ったアトキンスさんの写真を現像して送る予定だけれど、せっかくだから。あなたがケニアで幸せに生きていることを知らせたら喜ぶんじゃないかと思うの」
「そうだな。きちんとお礼の手紙も書いて、それに、できたら借りも、一緒に……」
彼が、真剣な面持ちで決心を呟くと、二人を見上げていたアンジェリカが訊いた。
「アトキンスさんって誰?」
「グレッグの昔の恩人よ」
ジョルジアは笑って答えた。
「じゃあ、ウォレスって?」
「グレッグの恩師なの」
アンジェリカは、重々しく言った。
「グレッグ、恩のある人いっぱいいるのね」
彼は、考え深く答えた。
「そうだね。たくさんの人に興味を持ってもらい、助けてもらい、生きてきたんだ。それなのに、ずっと誰からも愛されない独りぼっちの人生だと思い込んでいた」
「そんなはずないじゃない。だって、ジョルジアと結婚するんでしょ?」
アンジェリカが、首を傾げた。婚約している二人は笑ってお互いを見た。
青年だった彼の軌跡を巡る旅では、多くの発見があった。彼は心の整理をした。彼にとって、この国は寂しく悲しい思い出だけに心を抉られる異国ではなかった。袖触れ合うわずかな期間だとしても彼を育ててくれた優しい人たちが住む土地だった。そして、過去だけではなく、研究を共に進める新しい友が現在と未来においても彼を待つ国になった。
ジョルジアにとっても、やはり心をみつめる旅だった。彼に対する理解を深め、彼という鏡を通して自分のコンプレックスに向き合い、誰かの影でいることをやめたのだ。
二人は立ち止まり、考え、悩みを脱ぎ去り、そしてまた、他の人たちと同じように、人生を一歩ずつ進めていく。お互いに手を携えて、心の迷路から抜けだし、未来へと。
『答えは、お前とともにある』長老の言葉は、正しかった。いつものように。
ゲートへの案内が流れて歩き出した三人には、いつのまにか霧が晴れて窓から陽の光が注いでいた。新しい家族となる儀式に臨むため、彼らは足を速めて搭乗ゲートへと向かった。
(初出:2019年12月 書き下ろし)
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日本で買った便利なモノ (7)竹籠の弁当箱

私は、会社にお弁当を持っていきます。小さなキッチンがあって、何人かの同僚と一緒に食べています。日本の皆さんのような凝ったものを持って行く人はいません。お弁当に美しさや可愛さを求める風潮は皆無で、たいていの人が残飯やハムかチーズの挟まっただけのサンドイッチのようなものを食べています。
私自身も、日本にいた時から、可愛くて栄養をばっちり考えたちゃんとしたお弁当を作るのが苦手で、残飯の詰め合わせの茶色いお弁当をこそこそ食べていたので、堂々とそれを食べられるようになった現在に満足しています。
とはいえ、時々、このお弁当箱を使いたくて、その時だけはなんとなく見栄えのいいお弁当を考えたりします。
これは大分のとある竹専門店で買った竹籠の弁当箱で、柔らかいフォームが大好きなのです。汁物は入れられないので、サンドイッチやおにぎりなどをメインに詰めます。
このお弁当だったら、ブロッコリーかパセリを入れれば色合いがよかったのですけれど、計画性がなくてその時にはなかったので、アレですけれど、まあ、ここは料理ブログじゃないし、いいですよね。
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【小説】霧の彼方から(9)新しい家族 - 3 -
お読みになればわかると思いますが、この小説、ロンドン市内の描写が皆無です。書いてもよかったのですけれど、観光名所を安易に描写するとガイドブックから抜き出したみたいな文章になりますし、そうならないように書くには丁寧な描写が必要で2千字程度では難しいのです。無駄に長くするとでテーマがぼけるので、敢えて行きも帰りもロンドン滞在分をごっそりと飛ばしました。
![]() | 「霧の彼方から」を読む あらすじと登場人物 |
霧の彼方から(9)新しい家族 - 3 -
部屋の灯を落とし、窓の外の街灯が雨粒に反射してにじむのを、彼の肩に頭をもたせかけながら見つめた。彼は、彼女の肩に腕を回した。
「私があなたを必要としているって、信じられるようになった?」
ジョルジアが訊くと、彼は少し戸惑ってから小さく頷いた。
「たぶん。その……今まで、誰からも必要とされたことがなかったから、それに、追いかけてもらったこともなかったから、まだ勝手がわからないんだ。でも、これまでとは何もかも違っているのは感じている。君のいる世界に僕は居続けていいらしい。君の家族も、友達も、僕の存在を歓迎してくれている。これまで起こらなかったことが、当たり前のように起こり始めている。きっと、本当に君が僕の探し続けていた問いへの答えなんだ」
「そして、あなたが私の問いへの答えなんだわ」
「君の問い?」
グレッグは首を傾げた。ここ数週間のジョルジアの迷走に、本当に氣がついていなかったようだと、彼女はおかしくなった。
「そう、私の問題。あなたがこれまでの人生でずっと答えを探していたように、私もあちこちで躓きながら、答えを探していたように思うの。答えがあなただと思ったら、ようやく問いがなんだかわかったように思うの」
「それは? あ、その、訊いても構わないなら……」
彼といてこんなにほっとするのは、多分彼が高みから話をしないからだと思った。礼儀正しさと臆病さが同居している。その臆病さはジョルジアの持つそれと似ている。だから彼女は安心して自らの弱みを彼にさらけ出すことができる。
「もちろん。あのね。私は、これまでの人生でいつも同じことに怯えていたの。誰か他の人と比較されて、劣った存在だと思われること。主に妹や、それから兄と比較されて、それで私の方が劣っているのは事実だったから、次第に何も言われる前からそうだと決めつけて卑屈になってしまったんだわ」
「そんな……。君は、本当に素晴らしいのに」
彼の茶色の瞳は柔らかい光をともし、誠実に彼女を肯定していた。彼女は笑った。
「あなたにこんなに大事にしてもらっていることを知りながらも、他の誰か、かつて付き合っていた女性と比較されて失望されているんじゃないかと心配していたの。でも、いろいろなことが勘違いだったとわかって、それで自分のコンプレックスがはっきりしたのね。それに、たとえ劣っているとしても、努力してそれを乗り越えていこうと思えるようになったのも、あなたのおかげだわ」
彼は、ほっと息をつき、それから笑った。
「僕も、君のお陰で信じられないほど変わったんだ。それに、どれほど多くのどうしようもないと思っていた部分を君に肯定してもらったことだろう。僕が君を必要としているだけでなく、君もまた僕を必要としていてくれる。そのことが、どれほどの喜びをもたらしてくれているか。こんなに口下手ではなくて、君に効果的に伝えることができたらどんなにいいだろう」
ヒースロー空港の構内を歩きながら、アンジェリカはガラスの向こうをつまらなそうに一瞥した。霞んで何も見えなかったのだ。
出発便が遅れてゲートが表示されないので、グレッグはどこかで軽く食事でもしようかと提案した。すると、アンジェリカがキオスクで買いたいとねだった。
「あそこに、組み合わせ自由のミールセットを売っているの。でも、ママやパパと一緒だといつもファーストクラスのラウンジに行って、ああいうのを食べるのは無理なんだもの」
アンジェリカは目を輝かせて、サンドイッチと小袋入りポテトチップス、それに安物のオレンジジュースを選んだ。ジョルジアとグレッグは、彼らにとっては大して珍しくもない安価なサンドイッチやミネラルウォーターを一緒に買い物籠に放り込み顔を見合わせて苦笑した。
ベンチに座り、三角サンドイッチを頬張るアンジェリカは満足そうだった。この調子では、エコノミークラスに乗ることも新体験として喜ぶかもしれない。
防犯にかかわるホテルはともかく、飛行機まで勝手にクラス替えをされてしまうことに、ジョルジアは猛反対したのだ。
「どっちに乗っても安全性には関係ないし、アンジェリカがどうしてもいやというなら、彼女だけビジネスかファーストクラスに座らせてちょうだい」
アンジェリカは、もちろん二人と一緒のエコノミークラスを熱望し、アレッサンドラも「それならどうぞ」と譲ったのだ。
ポテトチップスをかじりながら、少女は横なぐりの雨が伝い落ちる窓を眺めた。
「サン・モリッツは、晴れている日は毎日真っ青な空だし、雪が降る時はどっさり降るのよ。ずっと寒いけれど。ねえ、グレッグ。どうしてここでは毎日雨が降ったり止んだりするの?」
彼は、一瞬ひるんだが、口を開いた。
「簡単に言うと、ブリテン島の位置のせいなんだ」
「位置?」
「うん。赤道近くのアフリカ沖で暖められた南大西洋の暖流は北上して、ヨーロッパ大陸の西岸を流れ、ブリテン島付近でUターンするんだ。そして偏西風が常に海流上の暖氣を運んでくる。この二つの要素のせいで、例えばロンドン辺りの西岸に近い場所の冬はいつも比較的暖かいのだけれど、同時に天候や氣温が不安定で変わりやすくなってしまうんだ」
「だからスイスよりもずっと北にあっても全然寒くないのね」
アンジェリカがわかったように頷く。
「それにサン・モリッツは標高1500メートルだから寒いんじゃない?」
ジョルジアは付け加えた。
「もちろんそれもあるね。とはいえ、君のお父さんのいるマンチェスターにしろ、ロンドンにしろ、あれだけの緯度にしては温暖なのは確かなんだ。それに雨ばかり降っている印象があるだろうけれど、すぐに止んでしまうので年間降水量はそれほど多くないんだ」
グレッグが付け加えると、アンジェリカは頷いた。
「グレッグの説明は、わかりやすいわね。これから、わからないことがあったらグレッグに訊くわ。パパの説明は『そういうもんなんだよ』だけでちっとも納得できないんだもの」
彼は、少し慌てて言った。
「たまたま君のお父さんの知らないことを僕が知っていただけだよ。別のこと、例えば、スポーツのことや人間工学なんかについては、僕よりも君のお父さんの方がよく知っていると思うよ」
「そうね。私、スポーツの授業で上手くいかなかったことを、次に会う時にパパに話すと、いつも理論からとても丁寧に説明してくれて、トレーニングにも付き合ってくれるの。だから、私、スポーツの成績もすごくいいのよ」
グレッグは、満面の笑顔を見せる少女を眩しそうに見つめた。ジョルジアは、姪に言った。
「そうね。あなたのことはとても誇らしいわ、アンジェリカ。それに、誰に何を質問するのがいいか、わかっているのはとても大切なことね。グレッグは、動物行動学の先生だし、学び方のメソッドもよくわかっているから、あなたの心強い味方になるわよ。私もいつも彼に新しいことを教えてもらっているもの」
グレッグは、はにかんで言った。
「僕も君からいつもたくさんのことを学んでいるよ。きっと君も僕にたくさんのことを教えてくれるだろうね、アンジェリカ」
少女は嬉しそうに頷いた。
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【キャラクター紹介】ジョルジア・カペッリ
今回は連載中の「霧の彼方から」のヒロイン、ジョルジアの紹介です。「なんで今さら?」と思われるかもしれませんが、なんとなく。なんせ、これまで何度も「これでこの話はおしまい」と言ってきた割に、ずるずると続編を発表してきたのが、おそらく今度こそ本当に、まもなく「さようなら」になりそうなので、今を逃すとこの人の紹介、もう出来ないかなと思いまして。
【基本情報】
作品群: 「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」「霧の彼方から」
名 前: ジョルジア・カペッリ(Giorgia Capelli)
居住地: ニューヨーク または ケニア中部サバンナ《郷愁の丘》と呼ばれる地域
年 齢: 初登場の「ファインダーの向こうに」では33歳
職 業: 写真家
ジョルジアは、イタリア系移民である貧しい漁師の娘として生まれました。国籍はアメリカ。
生まれつきの肉体的コンプレックスと、それに起因するトラウマを抱えて、33歳にもなっているのに人付き合いを怖れている「こじれた」キャラクターとして登場しています。ティーンの頃から夢中だったカメラでなんとか身を立てています。小さな出版社《アルファ・フォト・プレス》の専属として働き、世界の子供の笑顔をテーマにした写真集で注目を集めました。
もともとは「マンハッタンの日本人」シリーズでご迷惑をおかけしたブログのお友達TOM−Fさんとそのキャラクタージョセフにお詫びをするために書いた作品の人身御供的ヒロインとして設定しました。なので、第一作では徹底して「ぼっち」のまま登場して、退場しました。
二作目「郷愁の丘」以降では、ケニアの動物学者グレッグとの交流、そして、彼と人生をともに歩むと確信を持つまでの過程が、読者のみなさまを呆れさせるほどのゆっくりペースで描かれました。
さて、これまで読んでくださっている方には、ここまでは特に新しい情報はないのですが、一つだけ特に記載したことがなかったのは、彼女のモデルとした人物のことです。
彼女の妹で、よく見るとよく似ている(印象があまりにも違うので、よく見ないとそこまで似ていると思ってもらえない)キャラクターとして登場したアレッサンドラ・ダンジェロのモデルは、スーパーモデルのジゼル・ブンチェンだと何度か書いたことがあるのですが、ジョルジアは実はアイルランドの歌手のエンヤ(アルバム「シェパード・ムーン」の頃かな)の容姿を頭に描いて記述しました。どこがそっくりな姉妹なんだか(笑)
ただし、エンヤはいつもエレガントな服装ですが、ジョルジアは身なりにかまわず、いつもTシャツとジーンズというスタイルで登場させました。彼女の心境が変わり、自分自身を肯定できるようになるにつれ、同じスタイルにも柔らかさとおしゃれがわずかに垣間見えるようになったと記述しています。
最終的には、おしゃれなんかしてもしかたのないサバンナのど真ん中に引っ越すことになりましたので、これ以上ファションセンスが磨かれることはなさそうです。作者同様。
【参考】
![]() | 「ファインダーの向こうに」を読む あらすじと登場人物 |
![]() | 「郷愁の丘」を読む あらすじと登場人物 |
![]() | 「霧の彼方から」を読む あらすじと登場人物 |
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【小説】霧の彼方から(9)新しい家族 - 2 -
登場したパブは、オックスフォードでご飯を食べにいった「Turf Tavern」をモデルにしています。美味しかったなあ。
今回、はじめてアンジェリカの養父となるルイス=ヴィルヘルムの性格の話が登場しています。別に無理して書くことなかったのですけれど、彼女の境遇を理解するには、あった方がいいかなと。本題とはまったく関係ありませんし、フラグでも何でもありません。あしからず。
アンジェリカは「できる子」なので、後半は邪魔せずに大人しく寝てますね(笑)
![]() | 「霧の彼方から」を読む あらすじと登場人物 |
霧の彼方から(9)新しい家族 - 2 -
「この店、素敵ね」
ジョルジアは、古いパブを見回した。
ニスの黒変した木のカウンターや傷のついた椅子。ビールマシンのピカピカに磨かれた真鍮の取っ手。それは、ニューヨークで時折みる、古いパプ風にあえて古い木材やアンティークの家具をそろえて作った「それらしい」インテリアではなく、本当に何百年もの間に多くの学生たちが学び巣立っていくのを見つめていた年老いた店なのだ。
若かりしグレッグや、リチャード、それにアウレリオたちも、ここでビールを飲み、将来の夢について語り合ったのかもしれない。
「この店についての思い出を聞かせて」
微笑みながら訊く彼女に、グレッグは小さく笑った。
「大した思い出はないんだ。リチャードが、誘ってくれたのでやってきて座るんだけれど、彼はほとんど全ての客と友達で、挨拶しに別のテーブルへ行き話し込む。僕は、その間、ずっと黙って座っていたな。やることがなかったから、メニューを開いていて、暗記してしまったっけ」
「それと同じメニュー?」
アンジェリカがメニューを開いて訊いた。
「いや、新しくしたみたいだね。もっとも、書いてある内容はほとんど変わらないな。このソーセージ&マッシュは、オックスフォードのパブの定番料理だけれど、ここのは秘伝のグレービーソースを使っていて美味しいよ」
豚肉と牛肉の合い挽きで作った粗挽きソーセージが、クリーム仕立てのマッシュポテトにどっかりと載り、上からグレービーソースがかかっている。グレッグはチキンとマッシュルームのパイ包みも頼み、三人でシェアすることを勧めた。アンジェリカは、嬉しそうに両方の味を楽しんだ。
「明日は屋台のフィッシュ&チップスを食べてもいい?」
アンジェリカは、ジョルジアの反応を見た。伯母は笑って頷いた。
「パパやママに禁止されているものを、ことごとく試そうって思っているでしょう」
「そういうわけじゃないけれど、ママはそんなものは食べないし、今はなおさらよ。貴族って、屋台で買ったものを立ち食いしたりしないんですって。そんなのつまらなくない? グレッグは貴族なんかじゃないわよね」
彼は答えた。
「僕の知っている限り全部遡っても、貴族は一人もいないな。もっともサバンナには屋台はないから、立ち食いしたくても出来ないよ」
「じゃあ、明日はなんとしてでもフィッシュ&チップスを食べなくちゃね」
アンジェリカは嬉しそうだ。
「ルイス=ヴィルヘルムは、とてもいい人だけれど、ハンバーガーが食べたいとか、コークが飲みたいとか、言い出せないところがあるの」
「どうして? たしなめられるの?」
ジョルジアは、意外に思って訊いた。二年前の妹の結婚式を含めてまだ数回しか逢っていないが、ヴァルテンアドラー候家当主ルイス=ヴィルヘルムは、アレッサンドラだけにではなく、連れ子のアンジェリカにもかなり甘く接しているように見えたのだ。
アンジェリカは首を振った。
「そうじゃないの。その反対。何でも叶えようと、大騒ぎしちゃうの。通りすがりのファーストフードに寄ってくれればいいだけなのに、夕食のフルコースのメニューを変えてなんだかすごいハンバーガーを用意させようとしたりして、コックさんを困らせたみたいなの。それで、ママが慌てて、用意してあるご飯でいい、いちいち私の我が儘に耳を傾けるなって」
「まあ」
「私のはまだいい方よ。結婚してわりとすぐの頃だったけれど、ママと一緒に別の貴族のお城に招待されたんですって。それでママがお世辞でそのお城を褒めて、こういうところに住んだら素敵でしょうねって言ったら、そのお城を購入して喜ばせようと、本氣で交渉し始めかけたんだって。ママは、それに懲りて、慎重に発言するようになったって」
続き部屋の扉をそっと閉めて、ジョルジアはもうベッドに入っているグレッグに微笑みかけた。
「アンジェリカは、今夜一人で寝られるのかい? 寂しがっていないかい?」
小さい声でグレッグは訊いた。
「いいえ、大丈夫よ。あの子、両親の間を行き来して、時にこうやってどちらもいないところで寝るのに慣れているのね。あっさりと寝息を立てだしたわ。彼女のませた口調にびっくりした?」
「いや。とてもいい子だね。君とやり取りしている様子、微笑ましいよ。君の家族、とても仲がよくて信頼し合っているのがよくわかる」
彼の言葉にはほんの少し哀しみが混じっている。ジョルジアは言った。
「グレッグ。もうすぐあなたが私の家族になり、私の家族はあなたの家族になるのよ」
彼は、瞳をあげて言った。
「そうだろうか。そうだとしたら……いや、そうなんだ。ずっと望んでいた、暖かい家庭を、君とすぐに僕は持つことができる。夢ではなくて、本当に。そして、君の素晴らしい家族は、もうすぐ僕の姻戚になるんだ。とても嬉しいよ」
窓の外ではずっと風が木の枝をしならせている音がしていたが、いつの間にか雨音に変わっていた。心地のいい寝室で、その雨音を聴きながらどれほどロンドンやバースで聞いた雨音と違っていることだろうと、ジョルジアは思った。
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またラクレットの季節だよ

日本人にとってのスイスの食卓イメージは、暖炉で溶かしたチーズをパンにかけて食べているアニメ「アルプする少女ハイジ」の一シーンでしょう。夏も冬もやたらとチーズを食べるのはあたりで、それに基本的にスイスのチーズを食べています。もっというと「産地はそこら辺の山のチーズ」を食べているかもしれません。もちろんチェダーとか、ゴーダといった外国産のチーズも売っていますよ。売ってはいますが、やはり圧倒的にスイスチーズを食べる割合が多いです。
以前、関西のブログのお友達と話をしたのですけれど、あちらでは粉ものはほぼソウルフードで、全家庭ではないとはいえ、「かなりの家庭でたこ焼き器が標準装備」だとか。私は東京出身で、たこ焼きの作り方も知らなかった身の上です。どこ行ったらたこ焼き器を買えるんだろうと、妙な疑問すら持ちましたが、同じような話で「スイスではフォンデュ鍋とラクレットマシンを持っている家庭が多い」と断言できます。
というか、学生や単身出稼ぎのような「仮住まい」系の家庭を除き、この二つを持っていない家庭を私はまだ知りません。
それほどチーズフォンデュとラクレットは「しょっちゅうやるおもてなし料理」です。日本だと「とりあえず寿司出しとけ」というシチュエーションで、冬であればたいていフォンデュかラクレットになると考えていいかと思います。
私は客を招ぶときは「ここまでやった」とドヤ顔したい一心でフルコースを作りますが、それをやる人はわりと少ないのですね。それよりもおしゃべりしながら楽しむ方が好きみたい。
日本からのお客様が来ると、私もラクレットにすることがあります。なんせ日本人受けは抜群です。チーズとパンしか出てこない(スイスではそうなんです)チーズフォンデュと違って、いろいろな食材でおもてなしもできますし、そのわりに準備は簡単です。

ジャガイモは「ラクレット用」と書かれているものを買ってきます。(スイスでは用途によって「ほくほく系」「しっかり系」のジャガイモを分けて買うのですが、「ラクレット用」は別にあります。つべこべ言わずにそれを買います)これを圧力鍋でふかします。

ラクレットチーズは、スライスして売っているものを買ってきます。対面販売で、好みのものをスライスしてもらうこともできます。
ちなみにラクレットという料理は「ラクレットチーズ」だけしか使いません。つまりグリュイエールやエメンタールではラクレットにはならないのです。そこはいろいろなミックスのあるチーズフォンデュとは違いますね。
あとはトッピングの準備です。ベーコン(生食用の加熱してあるものか、そうでなければあらかじめ加熱しておきます)、コーニションとよばれるキュウリのピクルス、アーティチョークのオイル漬け、ヤングコーン、プチトマト、キノコ類、パプリカ、パイナップル、パセリやタイム、私は食べませんが、エシャロットの薄切りなど、あるものを適宜用意します。

これをラクレット用のトレーに載せて、ラクレットマシンで温めて溶かすのです。我が家のは珍しく三角形なのでチーズを載せるときに形を整える必要がありますが、普通のトレーは四角なのでただ載せるだけです。で、とろとろに溶けたらジャガイモに載せで食べるのです。これが美味しい。自分のペーストと好みのトッピング、スパイスで、食べ進めます。
我が家では連れ合いと二人ラクレットも時々やりますよ。冬の楽しみですね。(日本の方がいらっしゃると夏にもやりますが)
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