You'll Never Walk Alone
André Rieu - You'll Never Walk Alone
日本を離れて長いので、この曲がどのくらいポピュラーなのか知らないのですけれど、個人的に好きな上に、社会的にもタイムリーな感じがするので、取りあげてみようと思いました。
「You'll Never Walk Alone」は、もともとは、ブロードウェイ・ミュージカル『回転木馬』の挿入歌です。初演は1945年ということですから、75年前ですね。なんどか映画化されたり、日本でも上演されているのでミュージカルファンの方には「何を今さら」な名作かもしれません。
で、その中のナンバーの1つであった「You'll Never Walk Alone(人生ひとりではない)」が、イギリスのロックバンドジェリー&ザ・ペースメイカーズによって歌われて大ヒットになりました。そして、リヴァプールFCの応援席で歌われるようになったことから、各国のサッカー観戦の応援歌として愛唱されるようになったそうです。
というわけで、英語の歌なんですけれど、サッカー好きの間では広まっているようです。私はサッカー観戦はしないので、この曲を知ったきっかけは、この動画で演奏しているアンドレ・リュウ・オーケストラの公演の放送を耳にしてからです。動画を見ていただくと、観客が一緒に歌いながら涙ぐんでいるのがわかると思います。耳にすると条件反射的に涙ぐんでしまう曲は、人によってそれぞれかと思いますが、おそらくこれも、それぞれの人たちがサッカー観戦をしたり、その他の人生の局面で耳にして、歌詞に想いを馳せて自分たちの身と重ね合わせた、その記憶を呼び起こすタイプの曲なのだと思います。
現在のコロナ禍で、世界の人々が同時に様々な苦難に直面し、未だに嵐は過ぎ去っていないし、いつまで続くのかわからない不安を抱えています。この歌詞はちょうどそんな状況にマッチしていて、聴くと「そうだよ。嵐の過ぎ去った後には、黄金の空が広がる。1人じゃない、ひたすら歩いて行こう」という心持ちになるわけです。
今日は、たまたまですけれど、母の命日です。その後も私の人生は続いていて、さらにうっかり命日を忘れそうになるくらい、いろいろなことが同時にあり、コロナ禍以外にも「これって人生の中では嵐に値するのかな」と思う状況の中にいるのです。しかし、まあ、連れ合いと深緑の下でワインを楽しむような余裕もあるなど、それなりに毎日を楽しみつつ、健康にやっています。
みなさまも、お体を大切に。共に頑張って未来へと歩いて参りましょう。
(あ、これ、ブログの最終回じゃないですから!)
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心の黎明をめぐるあれこれ(5)意思を持って前へ
第5曲は『Rassemblons-Nous』使われている言語はフランス語です。
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心の黎明をめぐるあれこれ
(5)意思を持って前へ related to 'Rassemblons-Nous'
さて。この第5曲は、もっとも『厨二病』的な歌詞だ。言語はフランス語。ゲームのサウンドトラックから生まれたアルバムなので、ある意味正しいのかもしれない。この随筆では、ゲームではなく私の内面的な沿革を辿っているのだが、前回書いたように私自身はその病は克服したつもりでいるので、そちら側に引き戻されてはたまらない。
一つになろう
時を同じくし
我らの千の顔が
一つのスクリーンで
一つの声として
宣言する
この歌詞を訳しながら、はじめに私が思い描いていたのは、某有名アニメをテレビで放映するときのお約束のことだ。作品の一番盛り上がるところで、SNSを通して主人公たちと同時に呪文を唱えるあれだ。
このアルバムの元となった『Civilization』というゲームをプレイしたことはないので、多くのプレイヤーが同時に何かを宣言することに意味があるのかどうかは知らない。あるとして、宣言するのにフランス語は向くのだろうかと、首を傾げた。
知らないことはさておき、フランス語と私自身の個人的な関わりについてここで触れてみよう。私がフランス語に初めて触れたのは、小学校の低学年である。あるカトリック系の私立小学校に通っていたのだが、週に1度フランス語の授業があったのだ。母親がしばらくフランス語を習っていた、大学の第二外国語でフランス語を選択した。
さらには、結婚した相手がフランス語圏で生まれ育ったお陰で、フランス語を母語だと思っている。現在、私たちはドイツ語圏に住んでいるので、フランス語が必要になることはないのだが、彼としてはフランス語で話せる相手とは、とにかくそちらで会話したがる。
と、ここまでフランス語と縁のある人生を歩んできたのに、私は一貫してフランス語が苦手である。ペラペラなのに英語では書けない連れ合いと文通するために、涙目になりながらフランス語の手紙を書いていた時期ですら、「なんだ、この言語」とむかっ腹を立てていた。リエゾンが起こったり語尾の子音がどこかに消えてたりすることで、見たままの文字と発音がまったく違うのも腹が立つ。
言語そのものも苦手だけれど、実はフランス人と会話をするのも少し苦手である。もちろんフランス人といってもいろいろな人がいて、ひと絡げにしてはいけないのはわかっている。同じフランス人でも田舎の人たちとは素敵な思い出がある。たどたどしくしか話せないアジア人が1人でいるときには、フランス語を話すスイス人の連れ合いと一緒にいるときと全く違った対応を受けることも確かだ。何よりもひどい目に遭ったのはパリで、4、5回は訪れているのだが行くたびに散々な目に遭った。だからフランスやフランス語にヨーロッパの他の国よりもいい印象を持てないのかもしれない。
フランス語は耳障りが優しく美しい言語だけれど、話している人たちがその言葉で柔かく和を以て繋がっているかといえば、決してそうではない。
ラテン系の言語を話す人たちは、ゲルマン系の人たちと比較すると社会的に集まることを好む傾向がある。カフェやレストランで村の仲間がワイワイ話したり、日曜日ごとに離れて住む家族が集まったりする傾向がある。イタリア語やスペイン語、ポルトガル語を話す人たちもたとえドイツ語圏に住んでいてもその傾向が強い。
フランス語を話す人たちも、その傾向は強いのだが、一緒にいるからといって考え方や心の向いている方があまり一致していないという印象が強いのだ。なので、にこやかに微笑みながら非常に辛辣なことを言い合っている場面に何度も遭遇した。
意地の悪い人たちと言うことはできない。自分の慣れている方法と違う付き合い方をするというだけで、ひと絡げに悪評を押しつけるのはフェアではない。それで居心地が悪くても、それは彼らが違ったタイプの人付き合いをしたがる人たちなのだと考えて尊重しなくてはならない。
個人主義が深く浸透している人たちだ。日本人の好きな「みんな」を、彼らはさほど好まないのだ。
あなたはそう考えるかもしれないわね。でも、私はこうなの。そんな風に主張することを、彼らはためらわない。みなが忙しそうにしているので一人だけ定時には帰れない、などという日本人の発想は理解してももらえないだろう。ファッションブランドが多いけれど、日本人のように右も左も流行の服装で埋まるということもない。自分に似合うかに合わないかを決めるのも個人。
そんな氣質のフランス人でも、集まるときには集まる。たとえば、フランス革命の時、現在でいえば黄色いベスト運動をはじめとする各種のデモ、フランス人は抗議行動のためには率先して集まる。
皆がそうしているから、ではなくて、自らの主張を断固として相手に届けるために集まる。革命において絶対王政を打ち倒して、市民の力で勝ち取った民主主義を象徴する大切な政治行動なのだろう。
ということを考えて、この第五曲の歌詞を考えると、作曲者クリストファー・ティンがフランス語とこの歌詞を組み合わせたことに「なるほどな」と感じる。
我々は服従してはならない
我々は消えてはならない
彼は、意識的に英語を使わなかったのだと思うが、「団結して、抵抗しよう」と語りかけるのにフランス語が選ばれた理由は、フランス革命から脈々と繋がる市民抗議行動の伝統に敬意を表してのことなのかもしれない。
フランス人たちは、十分にこうした主張をすることに慣れているのだけれど、自らを振り返り、心の遍歴を辿ってみると、私自身にとってこの五曲の内容は弱点を突かれたように感じる。
長い時間をかけて、相手の言い分を尊重しつつ自分の意見を言うこと自体は、少しずつできるようになってきた。とはいえ、その主張を社会のためと信じて一致団結し進むようなことには、長いこと拒否感とまではいかないが、他人事に近い感覚を持っていた。
日本にいた頃は、政党に加わったり、支援者を勧誘するような行為は、する必要もないと考えていた。学生時代や日本で勤め人だった頃も、たとえば昼食時に同僚と政治問題で論じ合うようなことをした記憶がない。
選挙の前に各政党の出したマニフェストを読み、一番いいと思う候補者や政党に1票を投じる。それだけをやっていめばいいのだとどこかで考えていた。
現在すむスイスは、日本と違って直接民主制の国だ。私は外国人なので投票はできないのだが、スイス人の手元には、月に1度か2度、投票用紙が送られてくる。ありとあらゆることが国民投票にかけられているのだ。政府や政党が発議することもあるし、国民が署名を集めて発議することもある。投票が近づくと、人々はごく普通に意見を交わす。「賛成」にも「反対」にも利点と欠点があるが、どちらを選ぶ方がよりいいのかを論じ合うのだ。
たとえば、私の住む州は2026年冬季オリンピックを招致しようとしていたのだが、国民投票で否決された。経済効果よりも負担させられる費用が多く割に合わないと感じた住民が多かったということだ。
直接民主制は、スイスの長い伝統だ。投票率は常に高いわけではない。あまりにも多くの国民投票があるので、面倒になってしまう人もあるのだろう。「賛成」と「反対」が拮抗するときもあるが、圧倒的にどちらかが優勢になるときもある。政府として「国際問題になるのでこんな決定はしたくない」というテーマであっても、国民投票にかけられればその決定が尊重される。たとえば、イスラム教のミナレット(尖塔)建設禁止が決定されたときは、イスラム諸国から猛反発が起きた。
スイス国内に本部があるというのに、スイス自身が国際連合に加盟したのは2002年である。それまでも何度か国民投票にかけられていたのに、絶対的中立が損なわれる恐れがあるとことごとく否決されてきたからだ。
スイスという国は、隣国のドイツやフランスまたはオーストリアなどと違い、絶対王政や貴族制度などがなかった。つまり、支配する側とされる側という明確な線引きがなく、たとえそれがあっても理不尽だと感じれば一致団結して抗議をして覆すという伝統をもっていた。ちょうどウィリアム・テルの伝説のように。
簡単に支配されない、問題があれば易々と服従しない、その政治的態度は21世紀でも健在のようだ。その世界に日本からやって来た私は、影響されて政治に対する考え方がだいぶ変わったように思う。既に書いたように、スイスの国政には一票を投じられない身なのだが。
そういうわけで、私の政治や主義主張に関する感覚は、移住してからゆっくりと変わってきた。デモンストレーションという形では、福島の事故以後に原子力発電の停止を求めた行進に参加したくらいだが。もとより日本の政治に対する行動は、遠くて直接参加するのは難しい。
現在では、自分の意思を表示するためにウェブ署名運動やTwitterデモによく参加している。また、スイスの国民投票は外国人で権利がない代わりに、日本の選挙では毎回意思表示をしている。
更にいえば、デモンストレーションのような行動だけが政治ではない。たとえば、環境問題に対する意見を持つのならば、規制を求めるだけでなく自分でも自然環境を守るための日々の行動がともなわなくてはならない。意見を表明するだけでなく、生活態度が合致していなくては意味がない。意見を口にすることには多くの責任が伴う。おそらく、それが大人ということなのだろう。今さらだけれど。
そんなことを考えながらもう一度歌詞を読むと、もうそれは『厨二病』的なバーチャル空間にフワフワと浮かぶ言葉ではなく、やはり、私の人生の心の旅路と重なる内容だ。たとえ苦手なフランス語であっても。
ところで、歌詞に出てくる「大聖堂」「銀の塔」に私は勝手にパリのイメージを重ね合わせてしまう。つまり、ノートルダム大聖堂とエッフェル塔だ。実際にそれを意識して歌詞を書いたどうかを知る術はない。それに、日本語訳だけを見ていると「格好いい言葉をなんとなく並べたよう」に思えるかもしれないが、原文を読めばすぐにわかるように、これは韻文だ。なんとなく選んだ言葉ではなく、考え抜いて使った言葉。だから、そこに私の想像するようなぼんやりとしたパリ観光名所を散りばめる意図があったかどうかは疑問だ。
とはいえ、勝手にイメージしてしまったので、私の中では「銀の塔」はエッフェル塔だし(別に銀というわけでもなかったが)、「大聖堂」はつい先日無残に焼けてしまったノートルダム大聖堂の姿をとって脳内再生される。なんだかんだいって、私の発想は実に単純である。
(初出:2020年5月 書き下ろし)
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時代: 現代
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【小説】Usurpador 簒奪者(8)太陽と影
ようやくタイトルになっている「簒奪者」が、本文に出てきました。カルルシュの大きなコンプレックス、彼を生涯苦しめた言葉です。才能がないのに上に立たざるを得ない者と、才能があるのに何一つすることを許されない者。たった数日の誕生の違いで道が分かれてしまったことが、本来ならばお互いを思いやって仲良く生きられた兄弟の関係を壊してしまうことになります。
マヌエラは、その目撃者であると同時に、二人が和解できなくなってしまった要因そのものになっていきます。
![]() | 「Usurpador 簒奪者」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
Usurpador 簒奪者(8)太陽と影
その間に、22との近さほどではないものの、マヌエラはカルルシュとも親しい言葉を交わすようになっていた。始めは、単に法学に関するヒントを話すぐらいだったのが、天候の話や、彼女の家族の話、それに好きな食事の話など他愛もない話題についての雑談もするようになった。
よく叱責を受けて、項垂れている彼が、短い会話の後で僅かでもリラックスして笑顔を見せることを、マヌエラは嬉しく思っていた。
その朝もドン・ペドロは、カルルシュにレポートを突き返した。
「いいか。カーネーション革命が無血に終わり素晴らしい、などという文言は、単なる感想文に過ぎない。そんなことはどうでもいいのだ。肝心なのは、40年間続いた独裁体制が終焉に至った社会的背景だ。このレポートには、植民地戦争やソビエトやキューバからの独立支援について何も触れていないではないか。書き直すように」
項垂れて部屋に戻ったカルルシュは、いくつかの歴史書や百科事典を書斎に持ち込んだ。マヌエラが、掃除にやって来た時に、彼は書斎の机の上に何冊もの分厚い本を広げて、あちこちメモをとっていた。小さな文字で書かれたメモは散乱し、彼は、本をひっくり返しながら、書いたばかりのメモを探した。
「失礼します」
邪魔にならないように、小さな声で断ると、彼は驚いて立ち上がった。その時に一枚のメモが宙に浮き、それをとろうとした彼が反対に本にぶつかり、バタバタとあらゆるものが床に落ちた。百科事典、歴史書、レポート用紙、メモ用紙、その全てがごちゃごちゃに地面に伏せた。
マヌエラは、彼を助けるために近くに寄り、まずは貴重な本が傷んでないか確認しながら閉じて机に置いた。その間に彼は散乱した紙類を集めた。
「ごめんなさい、私が来なければ……」
彼はあわてて首を振り、レポート用紙やメモを机の上に置き、マヌエラの邪魔にならないように書斎から出た。
「いや。違う。僕こそ、申し訳ない。こんなに散らかしてしまうなんて……ここをきれいにしなくちゃいけないんだよね。どうぞ、終わらせてくれ」
彼女は、つとめて平静を保ち、手早く書斎の埃取りと拭き掃除を終わらせた。机の上のレポート用紙は、教師の入れたコメントで真っ赤になっており、ちらりと見えたメモ用紙の内容は、彼にドン・ペドロの叱責内容があまり頭に入っていないことを思わせる頼りない走り書きだった。
訊かれてもいないのに、何かを言ってはいけない。マヌエラは、見なかったことにして仕事を終え、書斎から出た。
「お待たせしてごめんなさい。終わったので、どうぞ」
彼は、もの言いたげな瞳で彼女を見た。
「革命……。かつて王国があって、独裁政治になって、それから、革命があった……。なのに、ここ竜のシステムはそのままだ。ここにも革命があればいいのに。……そうでなかったら、相応しくない者を排除してくれればいいのに」
マヌエラは、言葉に詰まった。プリンシペである彼が、やがて当主になる立場の人が、いうべきではない言葉だ。けれども、それを指摘して何になるだろう。彼自身がそれを誰よりもよくわかっている。ドラガォンのシステムには革命どころか、引退も譲位もない。彼は教育からも叱責からも逃れられない。そして、やがては教育などという生易しいシミュレーションではなく、現実の荒波に耐えなければならない立場にいる。心身共に弱く、覚悟も定まらない、俯きがちな青年が。
ため息をもらすと、彼は少し離れた所へ動き、小さな声でつぶやいた。
「僕のこと、みんながなんと呼んでいるか知っているか」
「いいえ」
「
「どうして、そんな……」
少なくともマヌエラは、誰かがそんな風に呼んだのを一度も聞いたことがなかった。
「僕の本当の父親は、『ガレリア・ド・パリ通りの館』にいるInfante321だ、彼が戯れに愛し、後に憎んだ女が僕の本当の母親だ。彼女と、母上、いやドイスの母親はほとんど同時に身籠り、ドイスの出産予定日の方が一ヶ月以上早かった。それなのに、僕の方が先に生まれた。本当のプリンシぺを押しのけてずる賢くこの地位を手に入れた」
「……でも、あなたはしようと思ってしたわけじゃないでしょう」
「もちろん。でも、父上は、我が子をインファンテにしてしまった憎むべき存在の僕を、長男として引き取らなければならなかったし、この僕に責任を持って教育をしなくてはならないんだ。それだけじゃない。口にしなくても誰もが思っている。ドイスの方がずっと当主になるにふさわしいって」
「そんな……」
「君だって思うだろう? 同じ頃に、同じ血の濃さで生まれてきたのに、彼は……そう、彼はまるで太陽みたいだ。本人そのものに力があって全てを惹きつけ輝いている。その存在を誰もが待ち望み、ありがたく思う。その一方で、僕ときたら……」
「あなたは、月なの?」
カルルシュは、首を振った。とても悲しそうに。
「いいや、僕は月じゃない。あんなに輝かしくて美しい存在じゃない。僕はきっと、月か、地球か、とにかく何かの影みたいなものだ。僕がおかしな所に立つせいで彼の姿が見えなくなる。それで、誰もがわかるんだ。ドイスは素晴らしい。『メウ・セニョール』と呼ばれて傅かれるのに相応しい、上に立つべき人間だって」
嫌みや恨みなどの混じっていない、純粋な言い方だった。他人事にも聞こえて、マヌエラは戸惑った。カルルシュは、彼女の言外の判断を感じたのか、とってつけたように笑顔を見せた。
「わかっているんだ。彼じゃなくて、僕こそあれこれできなくちゃダメな立場だってことは。でも、他に言いようがないんだ。彼は素晴らしい。頭脳や才能、それに容姿だけじゃなくて、人格も。この館にやって来て彼のことを知れば、誰でも一週間もかからずにそれをわかる。僕は、そんな彼を20年も知っているんだ」
「双子のように一緒に育ったんですよね」
マヌエラは、慎重に言葉を選んだ。彼は、少し悲しそうに笑った。
「そう、空間と時間的にはね。いつも一緒だった。幼い頃は、おなじおもちゃで遊び、同じ絵本を読み、一緒に絵を描いた。あの頃から、失敗をするのはいつも僕で、でも、彼はいつも、叱られる時でさえ一緒にいてくれた。ピアノだって……」
「ピアノ?」
「ああ。最初にピアノを習ったのは僕の方だったんだ。22が、ヴァイオリンを習い始めていて、僕も何かやりたいって。彼が、あっという間にヴァイオリンを弾けるようになったので、楽器なんて簡単だと思ったんだろうな。でも、全然上手く弾けない。先生が苛々するくらいに。1人で練習していると、見かねた22が一緒につきあってくれた。そうしたら、あっという間に彼のピアノが上手になってしまったんだ」
それでも、カルルシュは、努力を続ければいずれは自分にも素晴らしい演奏ができると思い、楽譜を譜面台に広げて新しい曲に挑もうとした。隣に立っていた22は、初めて見た譜面にもかかわらず、メロディを口ずさんだ。
「どうしてそんなことができるんだって訊いたんだ。五線譜の上にまばらに広がる音符は真っ黒な模様で、僕にはメロディは全然浮かばなかったから。そしたら、見ればそのまま音が浮かぶっていうんだ。僕は、右手と左手と同時にかって訊き返した。そしたらもちろんって言った。そして、持っている交響曲の譜面を見せてくれて、オーケストラの全てのパートが、譜面を見れば聴こえるって……」
マヌエラは驚いた。指揮者や作曲者が、そういうことができるのは知っていたけれど、楽器を習い始めたばかりの少年にそんなことができるとは思いもしなかったからだ。
カルルシュは、力なく笑った。
「それで、さすがの僕も才能の違いを痛感してね。音楽は諦めた……いや、音楽も……かな」
こんなに何もかも差をつけられてしまうことに、彼は怒りも嫉妬もおぼえないのだろうか。マヌエラは複雑な想いでカルルシュを見た。彼は、思い出に浸るように考えていた。
「彼に、何一つ敵わないことは、悲しくなかった。それは僕にとって当然のことだったんだ。母上が……」
「お母様?」
8年ほど前に館から去ったと聞かされたかのドンナ・ルシアのことだろう。
「いつも言っていた。ドイスはお前なんかとは違うと。記憶にある最初から、いつも。僕が何か意に染まぬことをしてしまうと、母上はとてもきつく叱った。罰だと言ってたくさんの書き取りをさせられたり、おやつを禁止されたりした。でも、つらくて泣いていると、いつも慰めてくれて、おやつを分けてくれたのはドイスだった」
ようやく彼女には、納得がいった。カルルシュにとって、22は妬むべきライバルではなくて、憧れ頼るべき唯一の存在だったのだ。
「ごめん。こんな事を言っても君を困らせるだけだよね。忘れてくれ」
マヌエラは、悲しみでいっぱいになって、カルルシュのそばに近づいた。
「ねえ。みんなじゃないわ。少なくとも私は、あなたがどれだけ努力をして、苦しんでいるか、わかっている。努力しても結果が出なくて辛い氣持ちも、わかっているわ」
それを聞いて、カルルシュは顔を上げた。マヌエラの同情の浮かんだ顔をじっと見つめて、それから視線を落とした。
「ありがとう。ドイス以外で、そんな風に言ってくれたのは君1人だ」
赤みの増した彼の頬を彼女は見つめた。彼は、しばらく戸惑っていたが、やがて言いにくそうに口を開いた。
「マヌエラ……、あの、もし、僕が……君と……」
そこまで言われて、彼女は彼が愛を告白しようとしていることを察した。彼にまで想われていることに狼狽えた。22との距離を縮めたときのような、単純な嬉しさとは全く違っていた。彼女は、視線を落とした。
断ったら、もし自分が22と生きることを決めたこと、そして間もなくそれが現実となることを告げたら、彼はもっと傷つくだろうととっさに思った。だから、言わないでほしいと願った。
常に貶められてきたカルルシュはそれを敏感に感じ取ったのであろう。ひどく傷ついた顔をして口ごもった。
「ごめん。なんでもない。忘れてくれ」
マヌエラは苦しくて泣きたくなった。心が引き裂かれるようだった。
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お茶を飲む

ここしばらく、ほぼ毎日、日本茶を飲んでいます。わざわざ書くということは、そうなんです。ずっと日本茶を飲まない生活をしていたのです。日本茶が嫌いなわけではなく、むしろ好きです。でも、連れ合いが好きではないので、ティータイムに淹れるものは日本茶以外になっていたのです。
そして、水分補給のために飲んでいたのは、ずっと白湯だったのです。
でも、思ったんですよ。このままでは、日本茶に埋もれてしまうと。
自分で買うことはほとんどないのですけれど、海外在住だと何かと日本茶をいただく機会が多いのです。それがたまってしまうのです。嫌いじゃないので「いりません」とは言いません。有難くいただくので、ますますたまってしまう。
それで、自宅にいることが増えたのを機会に、白湯ではなくて日本茶をポットに2煎ずつ淹れてみることにしました。ポットは500mlなので、1リットル分を日本茶で飲む計算です。美味しいし、どんどん飲めます。
そして、何よりも、茶筒の中身が嬉しいほどに減っていきます。なんだ、もっと早くに飲み始めればよかった。
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【小説】Usurpador 簒奪者(7)選択
この『黄金の枷』世界観でドラガォンに関する一連の掟は、かなり厳しく決まっています。前作や外伝の発表時、何度か読者から「そうはいっても、お目こぼししてくれるんじゃない?」的な質問をいただいたことがあります。基本的には、「お目こぼし」させないための役職が《監視人たち》なのですけれど、何回か出てきている「システムの例外」は矛盾ではないかと疑問に思われている方があるかもなあ、と思っていました。(第一作で出てきたライサ・モタや、外伝で語られたクリスティーナ・アルヴェスなどです)
じつは許される「例外」にも厳格な決まりがあり、今回はその内容について語られます。ちなみに、『ドラガォンの館』に出入りできるのは、誓約に縛られた《星のある子供たち》と《監視人たち》中枢システムの人だけという決まりがあるので、腕輪を外された人は、街から自由に出て行ける代わりに館には入れなくなります。
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Usurpador 簒奪者(7)選択
簡単に決められることではなかった。彼女の前の道は2つに分かれていて、大きく離れていく。けれども、道を選べるのは彼女1人だ。彼は違う道を選ぶことはできない。
もし、法学に進む道があったのならば、あるいは彼を忘れようと努めたかもしれない。だが、その道は既に絶たれている。そして、ドラガォンで主たる役目を果たせるかもしれないという曖昧な願いには、法学ほどの強い引力はなかった。
一方で、ドラガォンで中心的な役割を果たすことになるとしたら、22がどんな様子であるのかは常に耳に入ってくる。彼が絶望して苦しむことも、反対に誰か他の女性と幸せを掴むことも、マヌエラは聞きたくなかった。それは彼女の決断が引き起こす不愉快な結果だ。
いま想像できる範囲で、後悔しない選択は、1つしかない。22と同じ檻の中に自ら入り、彼を孤独と虚無から救い出すこと。
だが、マヌエラがその覚悟を22に伝える前に、『ドラガォンの館』には緊張が走った。召使いとして働いていたフェルナンド・ゴンサーガが亡くなったのだ。
ドン・ペドロは厳しい顔で幹部と話し合い、執事ソアレスも緊張した面持ちで同僚の死に動揺する使用人たちを励ましつつも仕事に支障が出ないように指図を出した。
フェルナンドの死の衝撃は大きく、館には重い空氣が漂っていた。フェルナンドに選ばれた状態だったジョアナは、館でソアレスからそのいまわしいニュースを知らされた。いつも朗らかだった彼女は、ほとんど笑わなくなったが、氣丈にも仕事を休むようなことはしなかった。もう1人の当事者であるアントニオ・メネゼスも、いつも通り冷静に仕事をこなしている。
事件があってすぐは、マヌエラは居住区で掃除の当番にならなかった。次の機会に、彼女は彼の演奏を聴くことなく立ち去ろうとした。
「もういかなくちゃ。この後、ジョアナと洗濯室でしみ抜きをすることになっているの」
ピアノの前に座っていた22は立ち上がって側に来た。
「いつも長くここにいて、叱られたのか?」
「そうじゃないけれど……ジョアナには、あんなことがあったばかりだし、私が浮かれているのは酷じゃないかと思って」
彼女は、この事件に誰よりもショックを受けているジョアナを励まし支えたかった。
「マヌエラ。待ってくれ」
階段を上がろうとする彼女を22は呼び止めた。振り向いた彼女の近くに彼は来て、いつもよりも距離を縮めて立った。
「聴いてほしい。前回、君を急かすようなことを言ってしまったので、氣になっていたんだ。君が、親友であるジョアナの氣持ちを慮ることはよくわかる。僕とのことを考えるのは、彼女の心の整理ができてからでも全く構わない。それに、君が中枢部で働きたいというなら、思う存分力を発揮させてやりたいとも思う。なんなら、やりたいことを全てやり終えた後でも、10年や20年後になってしまっても、いいんだ。それでも僕は、いつまでも君を待ちたい」
「……ドイス」
マヌエラは、彼を見上げた。言葉が見つからず、胸が熱くなった。見つめ合い、お互いの心を読むと、彼は顔を近づけてきて彼女は瞳を閉じた。初めての口づけは、優しくて柔らかかった。甘く切なかった。
唇が離れた後、恥ずかしくて彼女は下を向いたけれど、自然に笑顔がこぼれた。
「10年だなんて……私自身が、そんなに待てそうもないわ」
彼は、不安そうだった表情を変えて瞳を輝かせた。
「そういってもらえると期待していたわけではないんだが、そうだとしたらありがたいな。それだけで生きる張りがでるよ。希望に満ちていると、奏でるだけでなく、学ぶことにも、力が漲るんだ。それどころか、雄鶏に色を塗るのすら、素晴らしくてしかたないことに思えるよ」
彼の笑顔があまりに眩しかったので、マヌエラはもう1度、そして自分からキスをした。そして、彼の手を取って見上げた。
「フェルナンドのことがあって、言いにくくなってしまったんだけれど、私ね、お許しをもらえたらいつでも、この格子のこちら側に来たいって、あなたに伝えるつもりだったの」
それから、2人は当主であるドン・ペドロに許可を得るタイミングについて具体的に話し合うようになった。
2人は、3ヶ月ほど待った。その間に、もちろんマヌエラは召使いとしての仕事をこなした。ジョアナが再び笑顔を見せるようになり、さらには自分からマヌエラに2人の仲がどうなっているのか質問をしてきたので、彼女は素直に22と自分の意向を知らせた。
ジョアナは、マヌエラに抱きついて言った。
「大変な決意だと思うけれど、きっとあなたなら後悔せずにやっていくと思うわ。私、あなたを応援する。幸せになって」
マヌエラは、涙を浮かべながら頷いた。
「あなたにそう言ってもらえるのは、本当に嬉しいわ」
「だったら、どうしてそんな大切なことを教えてくれないのよ」
ジョアナは、ほんの少し拗ねたように訊いた。
「それは……とても酷な立場に立たされたあなたに、浮かれたことを言うのが心苦しかったの」
仕方なく答えたマヌエラに、ジョアナはわずかに笑って言った。
「予想していたとおりだわ、マヌエラ。私に遠慮しているんじゃないかって、氣になっていたの。そんなことしないでね。私、アントニオにもそう言ったくらいなんだから」
「なんですって?」
ドラガォンには、誰にも動かすことのできない掟がいくつかあった。ジョアナは、その1つにより、《星のある子供たち》だけでなく、他の誰とも永久に一緒にはなれない。ジョアナが《星のある子供たち》を産み出したらすぐに一緒になるはずだつたアントニオにも、その機会はなくなった。けれど、2人が愛し合っていることは、前と変わらないのだ。
ジョアナは、下唇を噛みしめて僅かに黙ったが、しっかりと頭をもたげてマヌエラを見た。それからはっきりとした笑顔を見せて言った。
「彼に言ったの。責任を感じて1人で居続けたりしないでって。あなたの人生の邪魔はしたくない、私が側で見ていると奥さんを探せないなら、私がここを辞めてもいいって」
「まあ、ジョアナったら。それで?」
ジョアナは言葉を探していたが、しばらくするとゆっくりと語り出した。
「そもそもはね、彼にシステムの例外の話をされたの」
「例外って?」
「滅多に起こらないことだけれど、ドラガォンのシステムを維持するために、大きな犠牲を払わされた《星のある子供たち》がでると、例外として扱って救済してくれることがあるって」
「まあ。あなたにはその資格があるんじゃない? だって、あなたは何も悪いことをしていないのに、義務を果たすことができなくなったんですもの」
マヌエラは期待に満ちて訊いた。けれど、ジョアナ自身はさほど嬉しそうではなかった。
「でも、その救済方法は、一つしかないの」
「どんな?」
「腕輪を外してくれるんだって」
マヌエラは押し黙った。けれど、すぐに思い直して微笑みかけた。
「もう、ここにいられなくなるのは残念だけれど、でも、《星のある子供たち》の掟の外におかれれば、腕輪をしていない誰とでも結婚できるでしょう? アントニオとだって」
ジョアナは悲しそうに笑った。
「アントニオが、そんなことすると思う? あの人はもう《鍵を持つ者》なのよ。私の腕輪を外す決定だってできる。けれど、彼がその私と結婚したら、ドラガォンのシステムに私情で介入したことになってしまう。他の人なら、もしかしたらそういうことをするかもしれない。でも、あの人はそんなことは死んでもしない。自らが自由にした娘と結婚することなんて絶対にないわ」
マヌエラは、頷いた。ジョアナは正しい。アントニオ・メネゼスは、絶対に私情を挟んだりはしない人だ。誰よりもシステムに忠実で自分に厳しい。
「だから、私は腕輪を外さないでって頼んだの。私はむしろここで、彼の側で働きたい。そう思った。でも、それから思ったのよ。私がここでずっと物欲しそうに見ていたら、彼にとって迷惑になるのかもしれないって。むしろいなくなってほしいのかなって。だから、あなたにとって私が出ていく方がいいなら、ここから去る、って言ったの」
「それで?」
「彼は、少しでも長く一緒に働きたいって」
マヌエラは、アントニオらしい選択だと思った。そして、ジョアナも。夫婦にはなれなくても、仕事を通してずっと一緒に居ようとしているのだろう。そんな人生もあるのかもしれない。マヌエラもまた、22と共に格子の向こうで多くの人とは違う人生を歩もうとしている。そうなった後も、自分の人生は続き、一歩一歩進んでいくことになるのだと思った。親友ジョアナと同じように。
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Canção do mar 海の歌
先日、エッセイでもご紹介したのですが、数いるポルトガルのミュージシャンの中でも特に私が入れあげているのは、ドゥルス・ポンテスです。この方は現在エンニオ・モリコーネをはじめとする世界各国の巨匠と仕事をしているのですけれど、世界的に名前を知られるようになったのはおそらくこの曲が映画『真実の行方』で印象的に使われてから。リチャード・ギア主演で日本でも公開されたのでご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
もともと、このメロディはポルトガルの伝統音楽ファドで使われていたようです。ここで説明しなくてはいけないのですが、ファドでは同じメロディに、自分が歌いたい別の歌詞をのせて歌うという伝統があるそうです。このメロディを使った『孤独』というタイトルの曲を、ファドの伝説的名歌手アマリア・ロドリゲスが歌った録音も残っています。
さて、ドゥルス・ポンテスは、このメロディに漁師と思われる男の悲しい詩をのせて歌いました。『海の歌』といってもフランスのシャンソンやハワイの音楽や、加山雄三の歌のようなポジティヴな海を歌うものもありますが、この歌は荒れ狂う厳しい海をイメージして歌われています。ポルトガルの海は、大西洋ですしね。
この"Canção do mar"は、とても有名になったので多くの歌手がカバーしていますが、この迫力はやはりドゥルス・ポンテスならではだなと思います。
さて、私の作品『Usurpador 簒奪者』の核となった筋は、この曲のイメージから生まれてきました。だから作品のバナーは荒れ狂う海のイメージなのです。こちらに歌詞と、それから私が訳したものを置いておきますね。
Dulce Pontes ドゥルス ポンテス
"Canção do mar" 『海の歌』
Frederico de Brito 作詞
Fui bailar no meu batel
Além no mar cruel
E o mar bramindo
Diz que eu fui roubar
A luz sem par
Do teu olhar tão lindo
Vem saber se o mar terá razão
Vem cá ver bailar meu coração
Se eu bailar no meu batel
Não vou ao mar cruel
E nem lhe digo aonde eu fui cantar
Sorrir, bailar, viver, sonhar…contigo
(和訳:八少女 夕)
俺はおのれの舟の上で踊ろうとした
荒れ狂う海のさらに向こう
海は吼えていた
海は言った。俺が奪ったのだと
お前のあんなに美しい
かけがえのない瞳の光を
ここへ来て、海の言葉に理があるのか確かめるがいい
ここへ来て、俺の心が踊っているのか見るがいい
もし舟の上で俺が踊るのなら
俺は荒れ狂う海には行かない
お前には言わない
どこで歌い、微笑み、踊り、生き
……お前を夢みていたか
この記事を読んで『Usurpador 簒奪者』が読みたくなった方は……
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【小説】Usurpador 簒奪者(6)希望
前作『Infante 323 黄金の枷 』や外伝で登場したときの22が、とても感じが悪かったのと、今回のストーリー(30年前)の彼ができすぎキャラなので、前作からの読者のみなさまがかなり警戒しておられるご様子。このストーリーは、どうして彼があんな感じの悪い人になってしまったのか、そんな人を主人公に据えて第3作『Filigrana 金細工の心』はどうすんだ、ということを説明するための作品といっていいでしょう。
というわけで、今回からの3回は、少し冗長ですが、書かねばならない章でした。ええ、筆が進まず結局一番最後になったこの3つです。
今回の22の考え方ですが、前作の23とかなり似ています。もっとも、はっきりと誤解のないように口にしている22とくらべて、23の方は何も言わないので話が長くなった、という説もありますね。コミュニケーションは大事。
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Usurpador 簒奪者(6)希望
4月も終わりになると一斉に芽吹いた新緑が、街を鮮やかにする。この館から決して出て行くことのできない青年が、背筋を伸ばして立ちすくむ窓辺からも、日々変わっていく世界の様子が見てとれる。
冬に窓から眺めた街は、陰鬱な憂いを見せた。赤茶けた瓦は僅かに黒ずみ、時おり格子の外側に停まるカモメも、膨らませた羽毛に顔を埋めて暖かい室内に入れない不条理にムスッとした顔つきで耐えていた。だが、太陽の馬車はひたすら空をめぐり、日の長さをどんどんと伸ばした。屋根瓦の合間から深緑が萌え立つようになると、世界は心地よく緩み、朗らかな笑顔を振りまくようになった。
そんな風に、2人でいるときの22もまた、冬とは明らかに違う朗らかな笑顔を見せるようになっていた。
視線が交わった僅かな瞬間の戸惑いが、微かな笑みに変わり、それから確信が瞳に表れた。優しいメロディと礼儀正しく親しみある言葉が、もっと情熱的な音と健康的で爽やかな語らいになった。マヌエラは、その彼に恋をしているのだと、はっきりと感じるようになっていた。それも一方的ではなく、慕う相手に想われていることを確信して有頂天になった。
そして、それに伴い、ある種の非生産的な人生を意識するようになっていた。マヌエラの母親は家庭に入ったときに、それまでしていた歯科助手の仕事を辞めたのだという。もともと辞めたかったから悔いはなかったと聞かされたが、私なら仕事を辞めなくてはならないなら、結婚なんかしたくないなと子供心に考えた。それからも、誰かのために自分の築き上げてきたものを全て引き換えにすることなど、考えることがなかった。
インファンテである22は、当主のスペアとしての人生を送る。ドン・ペドロとカルルシュがこの世からいなくならなければ、ドラガォンで主たる役割を果たすことはない。彼は木彫りの雄鶏を彩色する仕事をしているが、それだけだ。それ以外に求められるのは、いや、そもそも真に求められているのは、子孫を作ることだけだ。
彼に選ばれるということは、結婚ですらない。彼は法的には存在していないのだ。彼女自身が、彼といる間、やはり存在しないも同然になる。もし子を産めば、我が子だけはドラガォンの血脈の中で意味を持つが、それは存在しない者たちの手柄とはならない。22の愛を受け入れること、それは、文字通り愛のために人生を捧げること、つまり、それ以外の全てを諦めることなのだ。
彼と合意した赤い星を持つ娘は、最低1年間を居住区で共に暮らし、彼の子供を産むことを期待される。もしその娘が、何らかの志を持ち成し遂げたいと望むならば、たとえば、この館にやって来た時のマヌエラ自身のように、中枢システムに属して知識や能力を存分に生かした役割を果たしたいと望むのならば、自らインファンテの元を去らなくてはならない。
少なくとも1人の子供を産むか、もしくは1年経っても妊娠しなければ、赤い星を持つ娘は青い星を持つ男の元を自由意志で出て行くことが許される。それが、関係を強制されることもある女たちへのシステム上の救済措置になっていた。
けれど、彼女にそれができるだろうか。ありとあらゆる才能を持ちながら、生涯を黄金の枷の中に閉じ込められて過ごす孤高の青年、彼女が惹かれてやまない男を捨て、自分だけが外へと歩み去ることが。彼の、1年以上かかってようやく見せるようになった輝くばかりの笑顔と、幸福に舞い踊る音楽の翼をまとめてゴミ箱に放り込むようなことが。
22は、事を急ごうとしなかった。彼は、自分の立場を誰よりもよくわかっていた。父親である当主の許可を得てマヌエラの手を正式に求めること、彼女のたった1人の青い星を持つ相手となることを切望していたが、彼と共にいる限り彼女もまた檻の中にいなくてはならないことを知っていた。彼女の才能と、この館に来た理由を理解しているからこそ、それを諦めさせることの残酷さを知っていた。
彼は、それまでにいた他のインファンテ、たとえばカルルシュの父親321のように、1年ごとに新しい女と寝たいと考えるような人ではなかった。彼はマヌエラと生涯を共にしたいと口にした。それが彼女のそれまでの望みを絶つからこそ、彼は慎重にマヌエラの意思が固まるのを待つつもりだと言った。それゆえ彼は、人前でマヌエラを愛している素振りを見せなかった。たとえ、館の多くの者がそれに氣付いていても。
彼は、居住区の掃除のために彼女がやってくる僅かな時間にだけ、その想いを伝えた。優しい語らいと情熱のメロディ、楽しい会話と、わずかな触れ合い。
しばらく経った別の午後、彼は、乾かすために机に並べられていた木彫りの雄鶏を、1つ1つ仕切りで区切られた段ボールの箱に収めていた。伝統的にインファンテは、目立たない手仕事を持っている。いつの頃からそうなったかを誰も知らない。おそらくは、有り余る時間を過ごすために誰かが始めたことなのだろう。彼の仕事は几帳面で、ムラがなく、それでいてよく見ると遊び心のある絶妙の色使いと模様を用いていた。
それらが詰められた箱は、夕方までに居住区の入り口近くの小さなテーブルに置かれる。あまり時を置かずして、召使いがそれをバックヤードへと持って行き、配送の準備を整える。街のいくつかの土産物屋で観光客たちがそれらを手にして購入していく。その木製の雄鶏たちが、どんな運命を辿るのか知るものはない。リビングルームの片隅で他の土産物に混じり埃を被るのかもしれない。もしくは、大して注意を払われることもなくフリーマーケットに出品されるのかもしれない。
22は、黙々と彼の小さな作品たちをしまい込んでいく。
「氣に入って、大切にとっておく人だって、きっといると思うわ」
マヌエラの言葉に彼は「中にはね」と、肩をすくめた。
「この仕事をするよりも、読書や音楽にもっと時間を割きたいの?」
その問いを耳にすると、彼は意外そうにマヌエラを見て、それから首を振った。
「いや。この仕事を週に何時間しなくてはならないといった決まりはないんだ。実際のところ、全くやらなくても何も言われないだろうな。だが、少なくともこれは、本当に僕がやるべき数少ない義務の一つなんだ。学問や、音楽はそうじゃない」
「そんな……」
「これを彩色するとき、思うんだ。これが現実だと。僕は、誰も知らない存在すら氣に留めない彩色職人、父やカルルシュとは違うと」
「そんなことないわ。あなたは、システム上は名前を持たないけれど、私たちにとって間違いなく必要なひとよ。あなたは有能なだけでなく、人柄もよくて、皆に慕われている。私たち使用人だけじゃないわ。ドン・ペドロも、そしてドン・カルルシュも、あなたのことを誰よりも頼りにしているみたい」
その言葉を聴くと、彼は黙ってマヌエラを見た。それから立ち上がり、格子の嵌まった大きい窓の前まで歩いた。しばらく背を向けて窓の外を眺めていた。彼女が、この話を始めるべきではなかったのかと思いだした頃、彼は背を向けたまま言った。
「僕が13歳になるまで、この隣の居住区には21が住んでいた。彼は、コルクで小物を作る職人だったらしいけれど、僕は彼が作品を作ったのを見たことは1度もない。いつもひどく酔っていて、誰かれ構わず罵倒していた。それを非難されると、笑いながら周りに迷惑をかけるのを楽しんでいると豪語するような人だった」
「楽しむ?」
彼は、振り向いた。彼の後ろから差し込む日差しがつよく、その表情がよく見えなかったので、マヌエラは不安になった。
「そう、よくそう言っていた。でも、僕自身が居住区に住むようになってから、彼のことを少し理解できたような氣がする。本当に楽しんでいたんじゃない、彼はひどく不幸だったのだと」
「ドイス……」
「僕は、彼のようになりたくないし、なるつもりもない。でも、僕は皆に頼られるような立派な存在でもない。父も、カルルシュも、僕に好意を寄せてくれるのは知っている。僕も期待に応えたいと思う。だが、ここに入る前に周りの世界に抱いていたのと同じ感情を持ち続けることは、とても難しいんだ。どこかで、もう1人の自分が冷たく言っている。僕の何がわかるんだ、彼らは、ここで暮らしたことなんてないんだ、何を学ぼうとその知識を用いる場のない、将来に夢や希望を抱くこともできない虚しさは、彼らにはわからないってね」
マヌエラは、彼の言葉に何かを答えようとしなかった。彼の言うとおりだ。ずっと多くのものを手にしている彼女が言えることはない。彼女がこの居住区から出ることを許されなくなるまでは。
「僕らインファンテは、その成り立ちから、どうしたって孤独に苛まされるようにできている。だが、システムを変えることができない以上、折り合いをつけて生きていくしかない。結局、どの男たちも似たような解決策を求めたみたいだ……残念ながら叔父の21に選ばれた赤い星を持つ10人以上の女性たちは、全員が彼のもとを去ることを選んだけれど、その前にいた320に選ばれた女性は彼が亡くなるまでずっと一緒に居たと聞いている。その話は、僕にとって希望の光なんだ」
彼女は、真剣に頷いた。軽々しく、自分がそうなると言ってはいけない。でも、きっと私はそうするだろう。彼女は、心の中で呟いた。彼は、笑顔に戻って言った。
「許してくれ。君を困らせるためにこんなことを言ったんじゃない。むしろ反対だ。僕は、君と幸せになりたいと願っている。その一方で、君にもずっと幸せでいて欲しいし、後悔して欲しくないんだ。だから、この格子のこちら側が何を意味するのか、隠したくなかった。結論を急がないで、よく考えてくれ」
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「ブックカバーチャレンジ」に乗ってみた
SNSなどで流行っているのだそうです。彩洋さんの記事が発表された時点では、見たことなかったんですけれど、ここ数日確かにFacebookに流れてきます。私を指定する人はいないけど。そもそもFacebookは、ほぼ放置だからな。
彩洋さんのご説明によると
ルールは「7日間、好きな本を1日1冊、投稿する。ただし、ブックカバー(表紙画像)のみ、内容説明なし。その都度、誰かをこの企画に誘う」というもののようです。7冊という縛りはないみたい。
ということなので、せっかくなので私も好きな本をお見せしようと思います。ただし、彩洋さんと同じく七日連続でお見せするほどの内容でもないので、一氣にいきます。語るなというのも抵触していますが、まあ、これでも堪えたということで……。あと、七冊には絞れなかったので「七日間」も外しました。orz
(1)から(4)までは、このブログでは既に何度もご紹介しているので、常連の方は「またかよ」と思われるかもしれませんが、ブックカバーを撮影したのはたぶん初めて(……のはず)なので、ご容赦ください。
(1)ヘルマン・ヘッセ 「デミアン」

私の人生のバイブル。ヘッセの他の著作も好きで持っているけれど、ドイツ語でも読みたいとトライしたのは、この作品だけ。翻訳版は、ボロボロですね。
(2)マイクル・クライトン 「北人伝説」

あまりにも愛読しすぎて、文庫本が壊れてしまうので絶版寸前に買った2冊目もある。マイクル・クライトンの著作も「ジュラシック・パーク」を含めていろいろ読みあさり、どれも好きだけれど、一番好きなのがこれです。アントニオ・バンデラス主演で映画化もされたけれど、うーん、原作への愛が深すぎて楽しめなかった。バンデラスのファンだけれど……。
(3)ジェイムス・グリック 「カオス」

この本も、あまりにも読みすぎて既にバラバラになっている。一生懸命読んでいた頃、見かけた人が「読んでみるわ」と読み始めたものの、誰一人読み終えてくれなかったという曰く付きの本。数学と物理学の参考書がいくつか必要ですが、めちゃくちゃ面白いので、よかったらぜひ……。(既に布教は諦めている)
隣にあるのは、やはり科学の本なので並べてみました。実物のバージェス頁岩をウィーンで見たとき、一人で小躍りしました。
(4)ライアル・ワトソン 「アフリカの白い呪術師」

この本を大学の図書館で手に取ったのがきっかけでアフリカへ行くことになりました。それが転機となって今ここにいるので、私の人生を大きく変えた本と言ってもいいでしょう。
ライアル・ワトソン繋がりでちゃっかり並べてあるのは……。「わが心のアフリカ」はフォトエッセー集に近いつくり。実は、この本は直筆サイン本で私のお宝です。そして、長期の旅に何度も持って行ったのが「アース・ワークス」。昔はスマホなどなかったので、二ヶ月のヨーロッパ貧乏旅行などには、日本語の文庫本も必須だったのですよ。
(5)エーリッヒ・ケストナー 「動物会議」

子供の頃の愛読書。児童文学だけれど、いま読んでも意味のある本だと思います。というわけで、●十年前、ドイツ語の勉強を始めて最初に買った原著。いきなり「デミアン」を原語で読むと打ちのめされますが、この辺りから頑張れば……ええ、なんとか。
(6)ガルシア・マルケス 「エレンディラ」

ガルシア・マルケスの作品は、どれも好きなのだけれど、とっつきやすいのは小品集になっている「エレンディラ」。独特の世界観がクセになります。これは読んでいただければわかるのですけれど、文体そのものがすごい世界観なのです。いや、スペイン語で読んだわけではないんですけれど、翻訳で読んでも独特。賛否両論あると思いますが、いまの言葉でいうと「沼」にハマる感じで引き込まれます。
「族長の秋」「ママ・グランデの葬儀」も共にガルシア・マルケスの作品。短編で沼にハマったならおすすめです。ただし、長編から読み始めるよりは、短編からの方がいいかも。万人向けとは思えないので。特に、ラノベしか読まない方には、ちょっと敷居が高いかも。
そういえば「百年の孤独」も昔読んだのだけれど、手元にないと言うことは、図書館で借りたんだろうなあ。
(7)宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」

ここにきてはじめて日本人の著作。いや、日本人の本が嫌いなわけではないのだけれど、どうしても愛読書の方に力が入ってしまい……。「銀河鉄道の夜」は表題作も好きだけれど、「双子の星」「よだかの星」も大好きで、時々無性に読みたくなります。「セロ弾きのゴーシュ」と「雪わたり」はどちらも子供の頃の愛読書の絵本でしたが、残っているのは「雪わたり」だけ。なので「セロ弾きのゴーシュ」はわざわざ文庫で買い直しました。
(おまけ)アガサ・クリスティ 「青列車の秘密」

七冊にはどうしても絞れなかった……。クリスティの「ブールートレイン」めちゃくちゃ好きなんですよ。昔持っていた訳とカバーの方が好みだったけれど、もうどこにもないので、改めて新訳を買ってスイスに持ち帰りました。ついでに「オリエント急行の殺人」も並べてみました。ミステリー好きは「ルール破り」と怒るけれど、私は単純に物語を楽しんでいます。これは映画化(最初の方)されたのも観ましたが、そちらも好きです。
(おまけ2)子供の頃の愛読書いろいろ

ここに並べたのは子供の頃のお気に入りの数々です。他に「ジェーン・エア」や「赤毛のアン」「くまのプーさん」もあるけれど、そんなに並べられないので省略。
「もしもしニコラ!」は、子供の頃に好きだったのに失ってしまったところ、数年前に古本屋で見つけて即買ったもの。「くまのパディントン」、「どろんここぶた」「霧のむこうのふしぎな町」とともに、どれも置いて来れずにスイスに持ち込みました。
世界名作全集「小公子」は、ずっと愛読していたのだけれど、実はこの本はバーネットの作品の翻訳ではなくて「翻案」といって、千葉省三氏がバーネットの作品を原作に子供向けにわかりやすく書き直したものでした。見たら刊行は昭和25年! これ、おそらく母親の子供の頃の愛読書だったのでしょう。「信じられぬ旅」「カモメのジョナサン」もおそらく母のお下がりです。
「ムギと王様」も児童文学なのでしょうが、ある種私が書きたい作品のお手本かもしれません。
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