チキンをめぐる挑戦

最近、しつこく頑張っていることがあるんです。それはK○C風のチキンを作り出すこと。いや、近くにあったら、喜んで買いに行きますよ。でもないんですもの。
で、ネットに出ている「KF○風のチキンレシピ」をあれこれ試しているんですけれど、まだ道半ばです。
まあ、チキンのレシピとしては、かなりいいところまで行っているんですけれど、そもそもの野望がハイレベルすぎてぜんぜん到達しないのです。
まあ、それでも「セロリソルトを使う」も「セルフレイジングフラワーを使う」も、身近にぜんぜんないのに自分で作ってクリアしているんです。また、「この香辛料はほしい」もかなりいいところまで行っているように思います。
でも、ぜんぜん到達できない、あの美味しさはなんなのでしょうね。死ぬまでにもう一度食べたいなあ。近くにできないかなあ。無理っぽいなあ……。
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【小説】夜のサーカスと重苦しい日々
「scriviamo! 2021」の第8弾です。山西 左紀さんは、今年2回目、「物書きエスの気まぐれプロット」シリーズの掌編でご参加いただきました。ありがとうございます!
左紀さんの書いてくださった「エスの夜遊び」
ご存じの方も多いかと思いますが、サキさんの「物書きエスの気まぐれプロット」にときどき登場させていただいている「マリア」というハンドルネームの友人は、当方の作品『夜のサーカス』の登場人物です。本名アントネッラというドイツ&イタリア・ハーフの中年女性で、コモ湖畔のヴィラで一風変わった暮らし方をしている人物という設定です。
サキさんが、エス関連で「scriviamo!」にご参加くださるときは、アントネッラ系でお返しするのが半ばお約束になっていますので、今回もそのパターンでお送りします。また、メカメカのお得意なサキさんがボカロの曲をモチーフに書いてくださいましたので、こちらも1つ音楽をモチーフにして書くことにしました。イタリア語の歌ですので、追記に動画と意訳ですがだいたいの意味を載せておきました。この曲、コロナに合わせて作られた曲ではありません。が、妙に符合しているので使ってみました。
……で。例によって、オチもないんですけれど、すみません!
【参考】
![]() | 「夜のサーカス」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
夜のサーカス 外伝
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夜のサーカスと重苦しい日々
——Special thanks to Yamanishi Saki-san
アントネッラは、受話器を置くと深いため息をついた。コモ湖を臨むアプリコット色のヴィラ。彼女は、その本来は屋根裏にあたるかつての物見塔を居室兼仕事場として使っている。
古めかしいダイヤル式の黒電話が彼女の仕事道具だ。数年前に、アナログの電話はこれからは通じなくなるので、デジタルの電話を導入しろと電話会社に言われたのだが、この電話機でないとどうもうまく仕事ができないので、結局パルス信号をトーン信号にする変換器を取り付けてもらい、無理に使い続けている。
アントネッラは電話相談員だ。かつては大きな電話相談協会で仕事をしていたが、どうしても彼女だけに相談したいという限られた顧客がいて、このヴィラに遷る時に独立したのだ。そう、回線費用は高い。つまり相談料は安くない。けれど、なによりも「誰にも知られない」ということに重きをおくVIPたちには費用はどうでもいいことだった。
彼女の顧客の多くは、実のところ相談をしているのではなかった。アドバイスを必要としているわけでもなかった。彼らはとにかく抱えている秘密を口に出したいだけで、アントネッラは高い相談料と引き換えにひたすら耳を傾けるのだ。
しかし、ここしばらくの相談は、滅入るものが多い。それまでは、人の悩みも秘密も千差万別だったのだが、今はそうではない。ドイツからの相談も、イタリア国内からの相談も、基本的には同じ内容だ。家から出られない。旅行に行けない。レストランにすら行けない。閉じ込められた家庭内で不協和音が響く。隠しておきたい秘密の趣味をパートナーに知られないように、もう何か月も密かなる趣味に時間を使うことができない。
受話器を置いて、アントネッラはため息をつく。少なくとも彼女は、閉じ込められた家庭でパートナーとの不協和音に苦しむことはない。家族などいないのだから。
彼女の趣味である小説書きも、ロックダウンで遮られることはない。彼女に必要なのは、狭い机の上にドンと置かれた古いブラウン管ディスプレイとキーボードを備えた、古いコンピュータのテキストエディタだけだ。イタリア有数の保養地の湖畔にあるだけあって、燦々と降り注ぐ陽光もきもちよく、彼女の状況はさほど悪くない。
だが、それでも顧客たちの不平と、先行きの不安とが、彼女を滅入らせる。そして、もともと出かけることをさほど必要としていなかったにもかかわらず、禁じられた外出が彼女にも小さな苛立ちとして降り積もっていた。
日々の感染者数や死者を確認することもやめた。医療行政としてはその数字は大切なことだろう。だが、アントネッラにとっては、数値がどうでも同じなのだ。人口十万人あたり何人が感染して亡くなるかは確率と統計という形で提示される。だが、アントネッラ本人にとっては、病にかかるか、かからないか、もしくは、外に出られるか、できないか、それぞれ二者択一の問題だ。そして、いま以上に氣の滅入る情報を得ても、人生はよくならない。
人びとのバラエティーに飛んだ生き様を、アレンジして小説のプロットにすることを、彼女はずっと楽しんでいたが、ここ数ヶ月はそれもちっとも楽しくなかった。自分がうんざりするものを、読まされる方はもっとつらいだろう。この世界の多くの人々が同じことにうんざりしているなんて、アントネッラの始まったばかりとはとてもいえない人生でも、初めてのことだった。
アントネッラは、窓を開けた。まだ春というには肌寒すぎるが、コモ湖に反射する陽光は少しずつ明るさを増している。マキネットがコポコポと音を立て、エスプレッソの深い香りがあたりを満たしてくるのを、アントネッラは大人しく待った。
いま流行のプラスチックカプセルに収まったコーヒーを放り込んでボタンを押すマシンを購入すれば、あっという間に1杯分のエスプレッソを飲めることはわかっている。そういえばあのマシンを宣伝しているハリウッドスターは、やはりコモ湖に大邸宅を持っている。はじめは鼻で嗤っていた隣人たちの多くも、粉だらけのエスプレッソメーカーが不調をきたして、何度目かの修理をすることになったあげくに、結局あのタイプのマシンを使うようになったらしい。
アントネッラは、揺るがなかった。赤と黒に光る合成樹脂のボディーを見るだけで虫唾が走るのだ。たとえ実際に口にするエスプレッソの味に毎回揺らぎがあろうとも、ふきこぼして本来する必要のない掃除をすることになっても、頑なに銀のマキネットを愛用していた。
同様に、ずいぶんと昔から使っているラジオも、つまみを回してチューニングをするタイプのものだ。どちらにしろ送信側がデジタルになってしまっているのだから、受信側もボタンひとつで他局に変えられるデジタル式のラジオにする方がいいと、ここを訪れる多くの人が忠告する。だが、アントネッラは、まだそうするつもりになれなかった。
ラジオのスイッチを入れると、やはりつまみが少しずれていた。わずかに調整をしていつもの放送局を選ぶ。早口で情報を伝えるDJが語り終えぬ間に、イントロが流れてきた。これは、誰の曲だったかしらと、ぼんやりと考えていた。だが、男性の声が聞こえてきて、すぐにわかった。ティツィアーノ・フェッロ。聞き間違えようのない声だ。
とくに低音は、不思議なざらざらとしたノイズが入る。正確な音程と伸びやかなヴォーカルに纏わり付くざらつき。好きか嫌いかを超えて、決して忘れられない声は、幾億もの遺伝子の組み合わせから偶然誕生した彼だけが持つ声帯の恩寵だ。
ああ、そうか。アントネッラは、ひとり頷いた。彼女の友人であるエスに聴かせてもらった、ボーカロイドの歌のことを思い出したのだ。日本語だったので、歌詞はわからなかった。エスは意訳してくれたが、その真意までははっきり伝えられないだろう。アップテンポのビートのきいた曲で、失恋しつつもいまだに2人の未来を紡ごうと語りかけているらしいのだが、その様な感情は歌詞なしには伝わってこなかった。「これは宇宙ステーションで昼食のメニューを読み上げている内容」と言われたとしても、言葉のわからないアントネッラには「そうなのか」としか思えない。
どんな音楽を好むかは、人それぞれだ。アントネッラ本人は、あまり夢中にならなかったが、父親の故郷であるドイツでは、かつて電子音楽グループのKRAFTWERKが一世を風靡した。1960年代にシンセサイザーを用いた前衛的なロックは、現在とは比べものにならぬ大きな衝撃を音楽界に与えた。彼らの斬新さと主張を理解できないほどアントネッラは旧弊した人物でもなかった。
エスが人間の声よりも、ボーカロイドを好む理由は知らない。アントネッラの若かった頃に友人のひとりがそうだったように「シンセサイザーの音が近未来的でときめく」というような理由ではないだろう。若い世代にとってコンピューターやボーカロイドは未来ではなく、既に現実なのだから。ボイストレーニングや息継ぎなどの肉体的な制限もなければ、スタジオやギャラなどの制約もない、自由と平等さが好きなのかもしれない。それとも彼女にとって歌は楽器の一種で人間の個性は邪魔なのかもしれない。
アントネッラが聴きたい声は、機械や機械を模して感情を押し殺した発声ではなく、その反対のところにあるものだった。
彼女が関心を持ち書き続けている小説は、空想世界で繰り広げられる超人的な展開や斬新なアイデアよりも、むしろありきたりの自分の生活ベースに近いものを題材にしている。
音楽や詩も、やはり生活に近いものを好む。宇宙や深海よりも地上にあるものに関心が強い。悪魔的な破壊を叫ぶヘビーメタルや、環境問題を訴えるクラウトロックよりも、カップルの間に生じる感情を歌うイタリアンポップスに心地よさを感じるのだ。
いま耳にしているティツィアーノ・フェッロの歌は、そうしたアントネッラが馴染んでいるジャンルの音楽だった。
人類最高ではないが、機械はもちろん、他の誰かでも決して真似のできない特別な声。感情の理解できる抑揚は、時に揺らぎ歪む。それは決して高低や大小だけではなく、2度と再現できない毎回異なる波形の中で作り出すものだ。年齢によって深くなることもあれば、やがては衰えて再現できなくなる、一瞬の発露。
ボタンひとつで、まったく同じ正しい味が再現されるエスプレッソマシンに失敗はないが、何年も使い込んだマキネッタから注がれる粉のざらつくエスプレッソのような、複雑な苦みや旨味もない。それは待たされる時間や、数々の試行錯誤や失敗がスパイスとなって作り出す味だから。
それにしても、いま聞こえてきている曲の内容は、先ほどの電話相談の続きのようだ。閉じ込められた鬱屈が、本来ならば支え合うはずの2人を疲弊させている。この曲は、確か数年前に発表されたものだから、現状を意識して書かれたわけではない。人々の悩みは、結局、似たようなものだということだろうか。
世界の未来を憂えるのでもなく、社会正義を歌うのでも、手に入らない儚い愛を夢見るのでもなく、うまく処理できない重苦しい現実を見つめている。病に苦しんでいるわけでもなく、大きな破局がきているわけでもないが、世界中の多くの家庭の中で立ちこめている暗雲そのもののようだ。
彼女の見慣れていた世界は、いつ、もう少し朗らかになるのだろうか。あとどのくらい、仲間たちと笑い合ってワインを傾ける程度の楽しみすらも許されない日々が続くのだろうか。
冬の真ん中で、「明日春になってほしい」と望んでもどうにもならぬように、人々も苛立ちや重苦しさをなだめつつ、状況が変わっていくのを待つしかないのかもしれない。ボタンひとつで新しい世界に入り込むことができない代わりに、忍耐強く苦難を乗り越えた先には、なんでもない安物のワインや、あくびが出そうな電話相談ですら最高に素晴らしく思える日々が来るのかもしれない。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
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Staub買ってしまった

実は、しばらく前からもらい物の大きい鋳物鍋を使った無水調理をしていたのですけれど、とても美味しいし我が家のライフスタイルに合うことがわかったので、もう少し使いやすいサイズの鋳物鍋を購入することにしました。
その手の製品の中では、評判のいいSatubのピコ・ココットの22センチにしました。

無水調理というのは、水などを加えずに、野菜や肉自身の水分のみを使い調理します。焦げないように火加減などを調整して行うのですけれど、この製品はほとんど焦げなくてとても優秀なのです。そして、他社の鋳物鍋にはないStaubの秘密と言われているのが、この蓋のピコと呼ばれるブツブツで、ここを伝わって食物から出た水分が雨のように降り注ぐということになっているようです。
水を加えていない分、味が薄まったりすることがなく、かなり短時間でまるで圧力鍋で仕上げたかのように仕上がります。圧力鍋と違うのは、すぐに蓋を開けて確認ができること、まだやっていないのですけれどそのままオーブンにも入れられることなどがあります。
さて、Staub、とてもおすすめな鍋ですが、お値段もかなりするのです。今回私が買ったのは、グレーっぽい白なのですけれど、実はこれが一番安かったからです。黒と赤が人氣色のようですが、私はこちらの色でも問題なかった、というか、真っ黒よりこちらの方がよかったので満足しています。
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【小説】不思議の森の名付け親
「scriviamo! 2021」の第7弾です。もぐらさんは、オリジナル作品の朗読で参加してくださいました。ありがとうございます!
もぐらさんの朗読してくださった作品「桜の福の神 いちょうの貧乏神」
もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。お一人、もしくはお二人で作品を朗読なさり、当ブログの作品もいくつも読んでくださっています。いつもとても長くて本当にご迷惑をおかけしています。
今年もオリジナルの「貧乏神」シリーズでご参加くださいました。日本の民話をアレンジなさった素敵な作品です。貧乏神のシリーズとはいえ、毎年、とてもハートフルなエンディングでお正月にふさわしい素敵な作品ばかりです。とくに今年は、コロナ禍の時代に考えさせられるお話になっています。
お返しですが、今年は、平安時代の「樋水龍神縁起 東国放浪記』でも、もぐらさんのお好きな『Bacchus』関連でもなく、ヨーロッパの寓話風の作品を書いてみました。今年のもぐらさんの作品のテーマである「禍福は糾える縄の如し」を意識して、ヨーロッパの中世で多くの作品のモチーフとなった『死の舞踏』の思想を織り込んであります。また人ならぬ名付け親のおかげで赤ん坊の運命が変わるというストーリーはグリムの作品「死に神の名付け親」に着想したものです。
もぐらさん、なんと1月末に大きなお怪我をなされたとのこと、1日も早いご快癒をお祈りすると同時に、これが厄払いとなり、大きな福が舞い込んでくるように祈りながらこの作品を書きました。
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不思議の森の名付け親
——Special thanks to Mogura-san
はるか昔のことです。どのくらい昔のことか、もう誰もわからないほど昔のことです。ある街で、同じ日に、3つの別々の家で子供が生まれました。両親は、我が子にそれぞれ立派な人物に名付け親になってもらおうと願いました。
ところが、その地方では、1度に2人以上の名付け親になることは禁止されていて、ひとかどの人物で名付け親になってもらえる人が見つかりません。そこで親たちは、近くの森へと出かけました。この森には、不思議な力が満ちていてこの世のものでない存在が時おり姿を現すというのです。
最初に森に着いた親子は、重い
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」
赤い外套を着た男は重々しく頷きました。
「私は、《富裕》だ。私が名付け親になるこの子は大金持ちになるだろう」
両親は、もちろん大喜びで《富裕》に名付け親になってもらいました。
次に森に着いた両親は、《富裕》が別の子供の名付け親になってしまったことを残念な思いで眺めました。そこに紫色の煌びやかな外套と仔羊を抱えた男が現れました。
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」
紫の外套を着た男は重々しく頷きました。
「私は、《宗教権威》だ。私が名付け親になるこの子は尊敬される立派な大司教になるだろう」
両親は、もちろん大喜びで《宗教権威》に名付け親になってもらいました。
最後に森にやって来たのは、一番森から遠い所に住む夫婦でした。他の家族が《富裕》や《宗教権威》とともに洗礼式の行われる教会へと急ぐのを残念な思いで眺め、他に立派な名付け親がいないかあちこちと探しました。
すると、森の奥から、茶色のみすぼらしい外套を羽織り、馬の尻尾のように長い髪を後ろにまとめた男が現れました。
「もうし、あなたはどなたですか。この子の名付け親になっていただけませんか」
茶色い外套の男は、重々しく言いました。
「わたしは、《馬の守護》だ。《富裕》や《宗教権威》のような社会的栄華は約束できないし、私が名付け親になる子は
赤ん坊の両親は、すこしだけ落胆しましたが、名付け親がいなければ洗礼はできません。男にお願いして、洗礼堂へ向かいました。
洗礼堂では、先に着いた2組の家族が待っていました。はじめの両親も、2番目の両親も、みすぼらしい《馬の守護》を見ると、侮るような顔をして笑いました。
時は経ち、3人の赤ん坊は、みな大人になりました。そして、それぞれ名付け親の預言通りに育ちました。
1人は国一番の商人となり都に屋敷を構えました。もう1人はこの街出身の者としてはじめて大司教に任命され、大司教領に住むようになりました。そして、もう1人がこの街にとどまる貧しい馬飼でした。
馬飼の両親は、たまにこの街を訪れる商人や大司教の両親と出会うと決まってこう言われました。
「本当に、あなたは不運でしたね。あの不思議の森で立派な名付け親に会えたおかげで、うちの子は立派に出世し、私たちもこんなに幸せになりましたよ」
子供の成功のおかげで、2組の両親の生活も以前とはまったく変わり、立派な屋敷に住み、裕福な暮らしをしていたのです。
馬飼の両親は、悔しいと思いましたが、それをいっても始まりません。貧しい暮らしの中、親子3人で寄り添って暮らしていました。
ある年、青年の飼っている馬たちが一斉に病にかかりました。青年は心を込めて看病をし、全ての馬が再び元氣になりました。続けて、青年と、それから両親までもが高熱を出しましたが、それもやがて治りました。
青年と両親の家の近くに住む、多くの人も同じような病にかかりました。彼らは、おかしな病を持ち込んだと馬飼と両親に嫌みをいいましたが、家で寝ているだけで、みなまた健康になりました。
みなが元氣になったことを喜んでいると、怖ろしい報せがやってきました。隣の国で発生した天然痘が、国境を跨いで襲ってきたのです。人々はバタバタと倒れて、多くの人が亡くなり、助かった者にも醜い痕が残りました。
街の北側から
Quod fuimus, estis; quod sumus, vos eritis
(我らはかつて汝が今あるところのものだった。
そして汝はいずれ、我らが今あるところのものになる)
商人とその両親は、《疫病》と亡者たちがやってくるのを目にすると、震え上がって名付け親である《富裕》に助けを求めました。
けれど、《富裕》は首を振りました。
「この世のたいていのことは、お金を積めば何とかなるものだ。しかし、《疫病》だけは、お金で買収はできないのだよ」
大司教とその両親も、神様に祈り、それでも《疫病》と亡者らが大司教領を避けて通ってくれないこと知ると、《宗教権威》に何とかしてもらえないかと頼みました。
けれど、《宗教権威》も首を振りました。
「この国のたいていのことは、神の威光があれば何とかなるものだ。しかし、我らは神ご自身とは違う。《疫病》の進路を変えることはできないのだよ」
馬飼は、《馬の守護》に何かを頼めるとは思わなかったのですが、自分や家族が天然痘で死んだら馬はどうなるかと心配になり、名付け親に相談しました。すると《馬の守護》はいいました。
「心配する必要はない。お前と、お前の両親は天然痘にはかからないから」
さて、竜に乗って馬飼の住む街へやってきた《疫病》は、村はずれの馬飼たちのいる一角を見ると、嫌な顔をしていいました。
「なんてこった。こいつらには手を出せないじゃないか。しかたない、よそへ行こう」
馬飼は、ひどく驚いて名付け親に訊きました。
「どういうことなのですか」
名付け親である《馬の守護》は、答えました。
「お前たちは、《馬の病》にかかっただろう。あの病にかかり回復した者は、決して天然痘にかからないのだ」
それを聞くと、馬飼と両親、そして、《馬の病》にかかった近所の人たちは大いに喜びました。そして、まだ《馬の病》が治っていない人のところに、健康な知り合いを連れてきて、次々と《馬の病》にかかるようにしました。
天然痘の猛威が収まり、人々に平和が戻ってきた頃、その国も隣の国も人口が6割ほどに減ってしまいました。たくさんの貧しい人たちが亡くなりましたが、同じように王侯貴族も聖職者も亡くなりました。
ただ、《馬の病》にかかった人たちは、みな無事でした。人々は、神と貧しい身なりの《馬の守護》に感謝して、貧しくても助け合いながら暮らしました。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
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踊ってみて筋肉痛になっちゃいました
私は日本のニュースはネットで見るのです。で、ときどき日本では既に常識になっていることを、初めて知って驚くことがあります。今回もそんな話題の1つです。

たまたま目にした話題は、「ソーラン節を小学校の運動会などで踊る」というものでした。私のソーラン節のイメージは、演歌歌手の方が歌っていたようなわりとゆったりとした曲で、盆踊りでの炭坑節のように誰でも踊れるタイプの踊りなのかと思っていましたが、「キレッキレ」という表現に引っかかって動画検索し、はじめて「南中ソーラン節」というものを目にしました。
ええっ。今どきの小中学生って、こんなすごいダンスを踊っているんだ……。
念のため、一緒に動いてみましたが、3分半全力疾走しているみたいなものじゃないですか! それにポーズの1つ1つが難易度高いですよ。私は、いい歳をしているのでお腹などが出てきてしまうので、あまりつらくない程度の筋肉トレーニングなどをしているんですけれど、チョロすぎて筋肉痛になるようなことはほとんどありません。
でも、この踊りを練習してみたら、ええ、翌日はばっちり全身筋肉痛になりました。
これ、もしかして、健康維持にいいのかもしれません。もっとも、1人の時にこっそりやる必要がありますけれど。
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【小説】もち太とすあまと郵便屋さんとノビルのお話
「scriviamo! 2021」の第6弾です。津路 志士朗さんはイラストと掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!
志士朗さんの書いてくださった「もち太とすあま。」
志士朗さんは、オリジナル小説と庭とご家族との微笑ましい日々を綴られる創作系ブロガーさんです。大海彩洋さん主催の「オリキャラのオフ会」でお友達になっていただき、昨年から、「scriviamo!」にもご参加いただいています。
書いてくださった作品は、可愛らしい2匹のハスキー犬に関するイラストで、一緒に発表してくださった掌編によると、こちらは志士朗さんがメインで執筆なさっていらっしゃる「子獅子さん」シリーズの作中作のキャラクターのようです。
そして、2匹のハスキー犬で思い出すのが、「オリキャラのオフ会」で登場した動けるし話せるぬいぐるみたち。そんなあれこれを考えながら、お返しを考えてみました。
志士朗さんの作品の中に、作中作『もち太とすあま。』の第2作の執筆が待たれているということでしたので、もし、これが書かれたとしたらどんな感じかな〜、と思ったのが今回の作品です。志士朗さん、もし、「こういうんじゃないんだよ」と思われたとしたら、ただの二次創作ということで、軽く無視していただければと思います。
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もち太とすあまと郵便屋さんとノビルのお話
——Special thanks to Shishiro-san
お日様がぴかぴかとあたりを照らしました。ジメジメとした梅雨が終わったのです。春のはじめには怖々と辺りをうかがっていた木々の新しい葉っぱは、先を争うかのようにぐんぐんと伸びるようになりました。
いくつかの道路を越えていくと、大きな草原と林が広がっています。優しい小川も太陽の光を反射して笑うように流れていきます。鳥たちも、すいすいと楽しそうに空を駆けていました。
そんな心地よい午後に、2匹のハスキー犬が、ときに前を行き、ときに後ろになりながら、坂道を歩いていました。
1匹は、青い首輪をして少し大きく、もう1匹は赤い首輪をした小さい仔。2匹とも、お餅のように白くてふっくらとしており、お揃いのアクアマリンのようにきれいな水色の瞳をしていました。
「すあま! そんなに急いで行くなよ。転んだりすると、危ないだろ」
大きい方の犬は、叫びました。このハスキー犬は、もち太という名前でした。
「もち兄が、グズグズしているんだよ。そんなんじゃ、夏が行っちゃうよ。ツバメみたいにぴゅーっと飛ばなくちゃ。ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねなくちゃ」
小さいすあまは、兄の言うことなどまったく聞こうとしません。
もち太は、必死で走ってすあまに追いつくと、首の後ろをぱっと咥えました。突然、宙に浮いたすあまは、びっくりして足をバタバタ動かしました。
すると目の前を、銀色の何かがシャーっと通り過ぎました。自転車です。あと1秒遅かったら、すあまはぺっちゃんこになっていたかもしれません。もち太は、すあまをそーっと地面に下ろしてから怖い顔を作って言いました。
「危ないだろう、すあま。道に飛び出したりしたら。自転車も急には止まれないんだ」
「ひとりでも、ちゃんと止まれたよ! すあまは赤ちゃんじゃないんだ! もち兄ったら」
すあまは、ちっとも反省していません。
2匹は、それからは少し慎重にいくつかの道を渡り、草原を横切って林の入り口までやってきました。
「あ。郵便屋さんだ」
もち太は、1人で散歩をしている男性に目を留めて叫びました。
郵便屋さんは、いつももち太の家に手紙や小包を届けてくれる優しいおじさんです。ときどき美味しいおやつもくれるので、すあまもおじさんを見ると喜んで駆けていきました。
郵便屋さんは、山菜採りをしているようです。この辺りには、おいしい山菜がたくさん生えているのです。
「おお、こんなところにノビルが生えているよ。これは美味しそうだ」
野蒜は今が花盛りのようです。白い星のような花びらの先は、紫がかったピンクで彩られています。中心の額は鮮やかな若緑です。すっくと立つ茎から、暗赤色のムカゴを突き抜けるように、可憐な花がいくつも飛び出して咲き誇っていました。
郵便屋さんは、野蒜を摘み取って、持っている籠にポンポンと入れていました。
「どれどれ、1つ試してみるかな」
地下茎の皮をきれいに剥くと、真っ白い鱗茎が顔を出しました。郵便屋さんは、それを生のまま口に放り込んで、シャリシャリと食べてから、これは美味しいと微笑みました。
「すあまもたべたい」
それを見ていたすあまが、言いました。
郵便屋さんは、ギョッとして大きく首を振りました。
「ダメだよ。絶対に食べちゃダメだ」
「ずるい、美味しいものを独り占めしようとしている」
「違うよ。君たちはこれは食べられないんだ」
もち太は、あれ、でも、郵便屋さんはいま食べていたよね、そう思いましたが、すあまも同じことを思ったようです。
「食べられるもん。さっき、美味しいって言ったじゃない。すあま、草食べられる。おうちでエン麦も食べているもん。これは、きれいな花。お店で売っているすあまとおんなじ、白とピンク!」
そういうと、すあまは野蒜の花をぱくっと食べてしまいました。
「やめろ!」
「ダメだ!」
もち太と、郵便屋さんが同時に叫びましたが、間に合いませんでした。
もぐもぐと口を動かしたすあま、顔をゆがめました。
「なんだこれ、ぜんぜん美味しくないや。エン麦のほうが100倍美味しいよ」
そういうと、口の中から、残った草をぺっと吐き出しました。
「まったく食べなかっただろうね。それとも少し飲み込んでしまったのかい?」
郵便屋さんは、真剣にすあまの顔をのぞき込みました。すあまは、急に世界が回り出したように感じで怖くなりました。それに、どういうわけかだんだんお腹が痛くなってきたのです。
もち太は、すあまの具合が悪そうになってきたので心配してその顔をなめました。すあまは、先ほどまでの生意氣な態度はどこへやら、その場にうずくまってシクシク泣き出しました。でも、お腹はどんどん痛くなってくるのです。
「もち兄~っ!! お腹が痛いよう。助けてよう」
転がって苦しむすあまをみて、真っ青になったもち太は、グルグルと周囲を回りました。でも、どうしたらいいのかわかりません。もち太はお医者様ではないのです。
「ああ、食べてしまったんだな。これはよくない、何とかしなくちゃいけないな」
郵便屋さんは、しゃがみ込んですあまのお腹に手を当てようとしました。
もち太は、自分で身を守ることもできないすあまを守ろうと、郵便屋さんとの間に入り込んで唸りました。
郵便屋さんは、優しく言いました。
「ひどいことはしないよ。でも、一刻も早くノビルをこの子の体から取り出さないといけない。いい子だから信用してそこを退いておくれ」
「なんで?」
もち太は、唸るのをやめて郵便屋さんの顔を見ました。
「君たち、犬にとってネギの仲間は毒なんだよ」
「それは知っているよ。すあまは、ネギは食べていないよ」
「うん。でも、ノビルはネギの仲間なんだ」
もち太は、真っ青になりました。すあまが苦しがっているのは、毒を食べてしまったからなのです。
「大丈夫。俺がここにいたのは、この子にとってラッキーだったんだよ」
郵便屋さんは、そういうと痛がっているすあまのお腹のあたりを優しくさすりました。するとどうしたことでしょう、すあまの真っ白なお腹に銀杏ほどの小さな盛り上がりがいくつも見えてきたかと思ったら、それが小さな5ミリほどの暗赤色をした粒に変わり、ポンポンとはじけて郵便屋さんの掌におさまりました。
すあまのお腹の痛みは、すうっと消えていき、ハスキーは思わず咳き込みました。
「すあま!」
心配するもち太の声に、すあまは瞼をあけました。アクアマリンのように透き通った瞳がもち太を見て微笑みました。
「もち兄、お腹痛いの、治った!」
「やあ、これは立派なムカゴだな。無事に全部取れたようだね。じゃあ、これはもらっていくよ」
すあまは、ぴょんと横に飛び退きました。先ほどの痛みはすっかり消えていました。もち太は、元氣になったすあまを見て、尻尾がちぎれんばかりに振って喜びました。
「すあま! 郵便屋さんにお礼を言いなさい。治してくれたんだよ」
もち太は言いましたが、その時にはすあまはもう先まで駆けだしていました。飛び回れるようになったのが嬉しくて仕方ないようです。
もち太は、郵便屋さんにぺこりとお辞儀をすると、いそいですあまを追いかけました。1人で行かせておくと、また何かやらかすかもしれないからです。
郵便屋さんは、「夏を楽しみなさい」と手を振って見送ってくれました。
もち太は、すあまを追って駆けていきました。草原には、白、黄色、紫と、色とりどりの小さな花がたくさん咲いています。
自分も、すあまも、健康で走り回れることは、なんて素晴らしいのでしょう。ことしの夏も、去年のように美しくて楽しいものになりそうです。
でも、どうして。あんなに苦しんでいたすあまが、郵便屋さんがお腹にちょっと触れただけで、簡単に治っちゃったんだろう。もち太は、走りながらチラッと考えました。あれは、なにかの魔法なのかも。でも、そうだとしたら、どうしてあの人は郵便屋さんなんて、しているんだろうなあ。僕なら、魔法が使えたら世界旅行をして、美味しいものを食べ歩くけれどなあ。
もち太は、すあまよりも大きくて賢いハスキー犬でしたが、どう考えても答えを見つけることはできませんでした。でも、答えがみつからなくても不都合はなかったので、じきに忘れてしまいました。
すあまといると、もっと急いで考えなくてはいけないことがたくさんありました。いまも、見つけたばかりのヒキガエルに飛びかかろうとしているすあまを止めるために、もち太はふたたび全力疾走をしなくてはなりませんでした。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
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日本で買った便利なモノ (9)水切りボウル

このボウル、別に新しい商品ではなく、購入したのは10年前なんです。でも、いまだにずっと愛用しているので、それだけ便利なのだと思います。
藤井器物製作所という日本の会社が作った製品ですが、洗う、浸ける、水切りの機能を1つにした3Way仕様なのです。
普段、よく使うのはお米をとぐときと、パスタの水切りをするときです。
写真を見ていただくとわかると思いますが、底の部分に傾斜がついています。そして、どちら側に傾けるかで浸けるか水切りをするかが選べるのですね。パスタでいうと、ゆで時間が残りの1、2分になった時点でこのボウルに移して浸けておき、空いたお鍋に具材などを入れて炒めはじめます。そして、時間になったら水を切り、そのままお鍋に投入できるのです。
お米も、研ぐのと水を切るのがストレスなく行えます。あ、ただし、日本のお米ならまったく問題ないのですが、タイ米などの長米をとぐと、穴に詰まることがあります。穴から出て行ってしまうことはまずないので、私は問題だとは思っていませんが、念のため。
本当に便利なので、私にはなくてはならない製品なのですけれど、実は、かなり大きいです。これを購入してスイスに送ってもらうときに、当時受け取って転送してくれた母が「ヘルメットみたいなボウルが来たわよ」と呆れていたのを思い出します。
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【小説】忘れられた運び屋
「scriviamo! 2021」の第5弾です。山西 左紀さんは、「プランC」の小説でご参加くださいました。ありがとうございます!
プランCは、「課題方式」で、指定の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いていただくものです。くわしくはこちらをご確認ください。
左紀さんの書いてくださった「BLUE HOLE」
山西左紀さんは、SFを得意としていらっしゃる創作ブロガーさん。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。
今年書いてくださった作品は、「新世界から」シリーズの新作です。
サキさんによると2人のヒロインが活躍するお話ということですが、今回登場した方がたがおそらくその2人だと思います。もっとも、まだ全体像が見えていないので読み違いかもしれません。
サキさんは、作品から人物を使ってほしかったようなのですが、ご参加くださった作品は本編ですし、下手に触ると大切な設定などをおかしくしてしまう可能性もありますので、障らない方がいいと判断しました。というわけで、お返しの作品は、サキさんの作品とはまったく関係のない話です。ただし、サキさんの『BLUE HOLE』をトレースして、組み立てました。そして、いろいろな部分を対照的にしています。
思わせぶりに出てくる「ファナ・デ・クェスタと関係のあった人々」というのは、ときどき使っているそれらしい人々です。わざわざ読む必要はありませんが、氣になった方用に一応リンクも張っておきます。(そろそろ専用カテゴリーが必要かしら……)
それと、今回はサキさんに合わせて「プランC」の要件を満たした作品にし、加えてサキさんへのお返しなので、頑張って苦手なメカ系の記述にもトライしました。全然わからないことなので、その辺は笑ってスルーしてくださると嬉しいです。
【参考】
ヴァルキュリアの恋人たち
ヨコハマの奇妙な午後
紅い羽根を持つ青い鳥
「scriviamo! 2021」について
「scriviamo! 2021」の作品を全部読む
「scriviamo! 2020」の作品を全部読む
「scriviamo! 2019」の作品を全部読む
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「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
忘れられた運び屋
——Special thanks to Yamanishi Saki-san
帰りに『ハングリーライオン』に寄ろう。久しぶりに首都に足を踏み入れたんだし。あそこのチキンサンドは好きだ。ティーネは、目の前の男が思考を読んだら怒りそうなことを考えた。
「聞いているのかね、エルネスティーネ・クラインベック。君の名誉回復に関する大切な話なんだが」
ムワゼ司令官はもとから苦い薬草を奥歯ですりつぶしているような奇妙な顔つきをしているが、ことさら苛ついた様相でたたみかけた。
「詳しく聞く必要はないかと思いますが。私をクビにできて大喜びだった、反白人派のみなさんを敵に回してまで何を今さら」
「反対勢力を説得して君を取り立ててやったこの私の顔に泥を塗ったのは君だろう」
それは、間違いとも言えなかった。白人でしかも女のティーネが空軍のパイロットに抜擢されたとき、誰もが驚いた。独立してから30年、分離差別政策時代を知る世代は、今でも白人の起用には反対する。ティーネがその地位に就いたのは、ムワゼ司令官の推薦と説得工作があってこそだった。もちろん、彼女はそれに応える働きもした。
「別に軍規に背いたわけでもないのに」
「海外で、傷害未遂。しかも、低俗な雑誌にばっちり写真まで撮られて。庇いようもないだろう」
それも、その通り。私は、あの時、あの2人に復讐できればあとはどうでもいいと思っていた。私を捨てて、あの女に走ったイザーク・ベルンシュタイン。なのに、かすり傷さえ負わせることができなかった。それどころかあの男は、今では世界有数の大富豪だ。おそらく、この近辺の数カ国の国家資産を軽く超えるほどに。
そして、あの女は、たった3年でイザークのもとを去った。ファナ・デ・クェスタ。男を栄光に導く女神と持ち上げられて、好き勝手なことをしていたが、数年後に同棲していた女に殺されたと聞いた。私が、地位とイザークを失う復讐を企てる必要なんて全くなかったのだ。
「仕事は、どうだね」
ムワゼは、意地の悪い微笑を浮かべた。
「順調です」
「ペンギンの糞を輸送することがかね」
現在ティーネは、堆積グアノの採掘と販売をする会社に雇われている。顧客への輸送や散布を請け負うのだ。
「グアノは最高の肥料ですよ」
「19世紀のね。化学肥料に地位を譲って久しいだろう」
「いいえ。天然肥料ブームで価値が見いだされているんですよ」
もちろん、これはかつて彼女の描いていた未来図にはない生計の立て方だ。空軍初の白人女性パイロットとしてのキャリア。もしくは、大富豪の妻としての生活。かつてはその選択に揺れた。どちらも今では遠い過去の話だ。
「君を呼んだのはほかでもない。君に運んでほしいものがあるのだ。貨物輸送に見せかけてね」
「空軍機でできない闇の仕事ですか。お断りします。そんな義理もないですし」
「人聞きの悪い言い方はやめてもらおう。この仕事を引き受けてくれれば、君の書類上の退役理由を書き換える用意もあるのだぞ」
「でも、元の地位に戻してくれるわけじゃないんでしょう」
「それは無理だ。が、少なくとも今後の再就職は大いに楽になると思うが?」
「そんな程度の旨みで、危険はおかせません」
ティーネは、踵を返すと出口に向かった。
「ファナ・デ・クェスタを出し抜くためだと言っても?」
彼女の動きが止まった。
振り向くと、ムワゼはヒキガエルのような嫌な笑顔を浮かべている。ほら、食いついた、とでもいいたげだ。
「失礼します」
ティーネは、怒鳴ると走って退出した。チキンサンドを食べたらさっさと帰ろう。
チキンを扱う『ハングリーライオン』は、ティーネの好きなファーストフードチェーンだが、いま住んでいるリューデリッツにはない。彼女は、バーガーにフライドポテトとコールスロー、それにチキンウィングもオーダーした。
席に着いた途端、失敗したと思った。斜め前に、ロベルト・クレイが座ったのだ。
「やあ、ミス・クラインベック。久しぶりだね」
「あなたに会うと知っていたら、ここには入らなかったわ」
「どこに入っても同じだよ。そこに入ったからね」
ティーネは、憎々しげにジャーナリストを睨んだ。
「つけていたの」
「まあね。とある情報筋からのネタで、ムワゼを張っていたら、君がやって来たんでね」
「おあいにく様。私は何のネタも持っていないわよ。何か頼まれる前に断ってきたから」
「そう言いなさんなって。こっちは、君が来たことで確信を持ったよ。なんせ君がファナ・デ・クェスタやイザーク・ベルンシュタインに私怨を持っているのは誰でも知っていることだしね」
「あなたにも私怨を持っているわよ」
ティーネが失職した直接の原因は、この男がドイツでの事件を写真入りで大きく報じた記事だ。
クレイは、ぐっと身を寄せて囁いた。
「じゃあ、お詫びに教えるよ。ムワゼが出し抜こうとしているのは、そのイザーク・ベルンシュタインと一緒に世界の鉱山を買い占めている奴らなんだぜ」
ティーネは、鼻で笑いながらバーガーにかぶりついた。
「ねえ。訊いてもいないのに、こんな公の場でそんな話をするなんて、頭がおかしいんじゃないの?」
「まあね。しかたないな。手の内を晒すよ。俺が追っているのはムワゼじゃない」
クレイは、ふてぶてしい様相を引っ込めて、真剣な顔つきで言った。ティーネは、まともにジャーナリストの顔を見た。
「イザーク・ベルンシュタインとその仲間たちだ。つまり、数年前から例のファナ・デ・クェスタと関係のあった奴らがつるんで何かをやっているんだ。俺がこの国に来たのも、実は君を探しに来たんだ。ベルンシュタインと親しい仲だった君の協力がいるんだ。その代わり、君は恨みを晴らすチャンスを手にする。悪い話じゃないだろう?」
「ムワゼもあなたも、なぜ私がいまだに復讐したがっていると思うのかしら」
「だって、君は未来も地位も失っただろう? 追放後の君の足取りがつかめなくて苦労したよ。つまり、まともな仕事に就けなくなったってことだろう?」
「失礼ね。ちゃんと働いているわよ。乗っているのはセスナ172Bだけど」
「でも、この国初の空軍女性バイロットとは比べものにならない、そうじゃないか?」
「うるさい」
ティーネは、腹を立てながらチキンバーガーを食べ終えた。コーラは小さいのにしておけばよかった。一刻も早く、ここから去りたい。
ムワゼやこの男に言われるまでもない。オンボロセスナでペンギンの糞を運ぶ仕事をするためにパイロットになったわけじゃない。
岩沙漠は、時間によって違う顔つきをする。今は氣難しい老いた賢者のようだ。暗い橙色の地面は、水を吸い尽くしあざ笑う。ぽつんと転がる岩の一面に強烈な日差しが照りつけ、その反対側には影が恨みを抱くようにうずくまる。
かつての沼地を通り過ぎるときにティーネは、やるせない心持ちになる。そこには、何百年も前に枯れ果てた木がカラカラに乾燥したまま立ちすくんでいる。セスナ172Bは、ひどい騒音をまき散らしながらその上を過ぎていく。
慣れて眉をひそめることはなくなったが、今日の音はことさらひどい。目視できるからいいものの、姿勢指示器もまともに作動しない。
今朝、2つある点火マグネトーのうち1つしか点灯しないと文句を言ったときも、整備士のカボベは露骨に嫌な顔をした。戻ったら、「まともに整備をする氣がないなら、給料も払わせない」と言ってやろう。もっとも彼女の訴えを、雇い主が支持してくれるか心許なかった。
海が近くなってきた。眼下ではウェルウィッチアが緑灰色の奇妙な葉をくねらせているはずだ。1年に10センチほど、たった2枚の葉を延ばし、1000年以上も生き続けると言われる。中には2000歳にもなる個体もある。
この沙漠を飛ぶとき、ティーネにはどこでどんな生活や仕事をするかなど、どうでもいいことに思える。ウェルウィッチアにとっての成功とは、ただ生き延びること。灼熱の太陽をあざ笑うかのように、栄光を極めた文明が廃れて忘却の彼方に追いやられるのを横目で眺めながら、それは美しさも儚さも切り捨てて、葉を伸ばしていく。
空港に着陸すると、カボベはまだ来ていなかった。彼に定刻という概念がないのはもう諦めた。それに今は夏だ。遅刻が増えるのはしかたない。だが、整備くらいはまともにやってもらわなくてはならない。メッセージを書いてコックピットに貼り付けることにした。
「間に合った。今度もついていたな」
カボベのとは違うイントネーションに、顔をあげて眺めると、ロベルト・クレイが機体の脇に立っていた。風に煽られてカールしたブルネットの髪がひどく乱れている。
「どうやって、ここを……」
ティーネは、サングラスを外してまじまじとジャーナリストを眺めた。
「セスナ172Bって言っていただろう。現役で飛んでいる機を調べた。辿ったら君の現在の雇用主がわかったよ。ムワゼ氏に訊く方が早かったかもしれないが、君とのつながりは後々切り札になるかもしれないので、軍には隠しておきたくてね」
ボストンバッグとジャケットを肩にかけて立ち去ろうとするティーネを、クレイは追い並んで歩き出した。
「私に纏わり付いても時間の無駄よ」
「まあまあ。そんなにカッカするなよ」
駐車場に着いたら、今度は車がなかった。誰よ、あんなオンボロ車を盗んだヤツは!
「送りましょうか、姫君」
ニヤニヤ笑うクレイの顔に、グアノを塗りたくる想像で氣を紛らわせながら、ティーネは彼の車に乗った。別に高級車ではないが、エアーコンディショナーもカーナビも搭載されているまともな車だ。盗るんなら、こっちにすればいいのに。
大西洋沿いに道はリューデリッツへ向かう。いつもの場所に通りかかる。ペンギンたちがひしめいているのが見える。彼女は勝手に窓を開けた。クレイは、嫌な顔をしたが、そのままにさせておいた。潮風が海藻とグアノになる前の排泄物の不快な香りを運んでくる。ゴツゴツと岩だらけの黒く醜い海岸線。
「ねえ、知っている? なぜあの海岸が、あんな真っ黒の醜い岩に覆われていてまともなビーチがないのか」
「さあ。このあたりに火山でもあったかな?」
「違うわ。もともとはちゃんとしたビーチだったんですって。でも19世紀のはじめにダイヤモンドが見つかって、それを掘り出すのに砂浜が邪魔になったの。取り除いた後、ダイヤモンドは枯渇し、グアノ採掘も下火になり、この町には基幹産業がなくなってしまった。今では近隣のゴーストタウンを観光名所にして、生き延びるほかはないのよ。なんて皮肉なのかしら」
「それは、一時の怒りにとらわれて栄光から滑り落ちた君自身への皮肉かい」
「それが人に協力を頼む態度なの?」
「まあ、いいから見ろよ」
クレイは、ジャケットの内ポケットから写真を出して、ティーネに渡した。望遠で撮ったらしい男女が映っている。ラフなミリタリージャケットとジーンズ姿のたくましい男と、女優のように美しく艶やかな装いの女。
「誰、これ?」
「イザーク・ベルンシュタインの手足となって動いている2人だ。どちらもファナ・デ・クェスタと関係があった。マイケル・ハーストは米国人で傭兵上がり。そして、ファナ殺害を噂されているハンガリー人エトヴェシュ・アレクサンドラ」
「この女が? どうして、捕まりもせずにイザークとつるんでいるのよ」
「死体がないし、被害届もない。犯罪が起こった証拠がないんだ、捕まえようがないさ。だが、その女は今でも日の当たるところで贅沢に生きながら、君を捨てたベルンシュタインと何かを企んでいるんだぜ。君は、本当に何の興味もないのか」
ティーネは、下唇を噛んだ。グアノの運び屋。盗まれた車。不快な香りを送り続ける海風。動かない点火マグネトー。壊れた姿勢指示器。あざ笑う司令官の口元。ダイヤモンドが採り尽くされ忘れられた街。絶滅を待つばかりのペンギンたち。
「わかったわ。話を聞く」
答えながら、微かな記憶に残るウェルウィッチアを思い浮かべた。
(初出:2021年2月 書き下ろし)
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