収穫のとき
さて、我が家の家庭菜園というと大袈裟ですが、窓辺のプランターも収穫の時を迎えています。たとえば、もうペストロ・ジェノベーゼ(バジルソース)を1度作りましたし(その後カットしなかった下半分を増やして2度目の収穫を待機中)、大家の梨の木からいくつか梨をもらってきて、サラダに使うこともできるようになりました。
そして、玉ねぎ。じつは、写真の玉ねぎは、またしても芽を出してしまったものを植えて育てたものです。かなり立派に育ち、花も咲きました。花は母の遺影に供え(使える花は何でも使うあたり……)、それから掘り出した新玉ねぎがこちらです。

立派な茎というのか、葉というのか、とにかく緑の部分もそのままコンポスト行きにするのはもったいないので、玉ねぎオイルを作ります。細かく刻んでオリーブオイルに浸し弱火で茶色くなるまでじっくりと火を通すだけ。

出来上がったオイルは、とてもいい香りがするので、そのままネギ油として料理に使います。そして、本来なら捨てるのであろう残った茶色い玉ねぎ葉も、もったいないのでハンドブレンダーでペースト上にすると飴色玉ねぎの代わりになるのです。というわけで、すべてうまく使い切ったという話。

さて、トマトの方も、今年は早く始めた甲斐があり8月中に最初の収穫がありました。写真にあるように、いくつかの別の種類を植えています。すべて日本のトマトで、種から育てたものです。甘くて味がしっかりとしていて美味しい! 今年は雨が多くて駄目になってしまった玉もいくつかあるのですが、これから次々と赤くなるトマトを楽しむ予定です。
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【小説】夜のサーカスと淡黄色のパスタ
今回の舞台は少しイレギュラーで、定番の店ではありません。北イタリアの実際に私が行ったトラットリアをモデルに書いた話です。案内人は「夜のサーカス」のステラ&ヨナタンのコンビです。

【参考】
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夜のサーカス 外伝
夜のサーカスと淡黄色のパスタ
その村は、アペニン山あいのよくある佇まいで、特徴的な建造物もないため観光客も来ない。村はずれに小さなトラットリアがぽつりと建っているのだが、夕方ともなるとかなり遠くの村やあたりで一番大きい街の住民も含めてたくさんの客で賑わっている。
ゴー&ミヨの星があるわけでもなければ、格別しゃれた料理がでてくるわけでもない。外観はどちらかというとくたびれており、テラスのテーブルや椅子は味氣ない樹脂製だ。客たちの服装も仕事着のまま出かけてきた風情、多くが知りあいらしくテーブルを跨いで挨拶が飛び交っていた。
夕方の一刻、奥から腰の曲がった女性が出てきて、戸口の小さな丸椅子に座ることがある。実は、この女性の存在こそがこのトラットリアにこれほど客を集めているのだ。彼女は、店主の母親で今年で93歳になる。そしてかつてはこの地域の多くの女性が作っていた手打ちパスタを昔ながらの製法で作ることのできる唯一の存在なのだ。
「こんばんは、ノンナ・チェチーリア。私を覚えている?」
ポニーテールに結った金髪を揺らして語る少女をじっと見つめて、彼女は首を傾げた。
「あんたのことは覚えていないけれど、マリ・モンタネッリにそっくりだね。もしかして、あの小さかった娘かい?」
少女は金色の瞳を輝かせて答えた。
「はい! 娘のステラです。前にここに来たの10年以上前でしたよね。お久しぶりです」
「そうかい。ずいぶんと大きくなったね。そんなに経ったのかねぇ。マリはどうしている? いまでもバルディにいるのかい?」
「はい。ずっとバルを続けています。今週からボッビオで興行だって言ったら、絶対にここに行けって。私、ノンナ・チェチーリアのトラットリアがこんなにボッビオに近いって知りませんでした。ママがノンナにぜひよろしくって」
老女は「そうかい」と皺の深い顔をほころばせて、少女の横に立っている青年をチラッと見た。ステラは、急いで紹介した。
「あ、彼は一緒に興業で回っている仲間で、ヨナタンです」
「そうかい。どうぞよろしく」
チェチーリアは、礼儀正しく頭を下げた青年に会釈を返した。
「ところで、ステラ。興業って、何をしているんだい?」
「サーカスです。私、ブランコに乗っています」
「ああ。チルクス・ノッテとやらが来ていたね。お前さんがブランコ乗りになったとは驚いたね。こちらのお兄さんもブランコ乗りかい?」
「いいえ。僕は、道化師兼ジャグラーです。小さなボールを投げる芸をします」
「そうかい。あんた、イタリア人じゃないね。パスタは好きかい?」
「はい。イタリア料理はとてもおいしいと思います」
「ヨナタン。ここのパスタは、他で食べるパスタよりも何倍も美味しいの。びっくりすると思う」
そうステラが告げると、チェチーリアは楽しそうに笑った。
「おやおや。買いかぶってくれてありがとう。昔はこのあたりでも、家庭ですらどこでもあたしみたいにパスタを作っていたものだが、作るよりも買ってきた方が早いと、1人また1人と作る人は減り、ついにあたし1人になってしまってね」
そう言っている横を、ウエーターや店主が次々とパスタの皿を持って厨房から出てきた。先客たちは湯氣を立てる淡黄色のパスタに早速取りかかっている。
ステラとヨナタンも案内された席に座り、小さなメニューカードを見た。手打ちパスタのプリモ・ピアットはこの日は3種類だけで、平たいタリアテッレ、両方の端が細くなっているショートパスタのトロフィエ、そして小さな貝のようなオレキエッテだ。
悩んだあげく、タリアテッレを魚介のトマトソースで、トロフィエをハーブのソースで頼み、前菜にはコッパやプロシュット、パンチェッタなどをチーズと共に盛り合わせてもらうことにした。こうした地方特産の薄切り燻製肉は、やはり食べずには帰れない。
セコンド・ピアットも同時に頼むか悩んだが、おそらくパスタでお腹がいっぱいになってしまうと思うので、まずはそれだけにした。ワインはアルダの白、それにストッパの赤があったので、瓶では頼まず、それぞれグラスで頼んだ。ステラが公式にワインを飲めるようになってからまだ1年経っていないのだ。
「みんながさっさと外出してしまったのは残念だったな。美味しいトラットリアはないかとマルコたちは昨夜馬の世話もそこそこに街の探索をしていたよ」
ヨナタンは、静かに辺りを見回した。
次から次へと車がやって来て、駐車場になっている空き地に入っていく。テーブルの違う客同士の親しい会話から、地元の常連客でいっぱいなのがわかる。それは、格別に美味しい店のサインだ。
ステラはヨナタンの言葉に大きく頷くと、グリッシーニの袋を開いて、ポキッと折りながら口に運んだ。
「そうよね。ボッビオの興業で、ダリオがお休みでまかないのない日って、今夜と千秋楽だけだものね。でも、舞台の点検をしているヨナタンを待たないみんなが悪いのよ。私がママにこのお店の場所を訊いている間にいなくなっちゃったんだもの」
でも、もしかしたら……。ステラは、ロウソクの灯にオレンジに照らされたヨナタンの端正な顔を見ながら思った。みんなは氣を利かせてくれたのかもしれない。だって、ヨナタンと2人っきりで食事をすることなんてほとんどないもの。みんなとの楽しい食事も好きだけれど、こんな風に2人でいるのって、ロマンティックだし、ドキドキする。
「おまたせ。魚介のタリアテッレと、ハーブのトロフィエだよ」
店主自らが湯氣を立てている大きなパスタの皿を2つ持ってテーブルに近づいてきた。パスタはテーブルの中央に置かれて、取り皿をトンとそれぞれの前に置く。
「お嬢ちゃん、どっちを頼むか悩んでいただろう? こうすれば両方楽しめるしな」
店主は、ステラにウインクした。
あーあ。また子供扱いされてしまった。私、そんなに子供っぽいかなあ。ヨナタンの隣に立つにふさわしい、大人の女性を目指しているつもりなんだけれど。
「ステラ、取り皿を」
ヨナタンが微笑んだ。ステラが取り皿を持ち上げると、彼はタリアテッレをフォークに上手に巻き付けて彼女の取り皿に置いてくれた。大好きな海老がいくつもさせに載っていく。
「そんなに、いいよ。ヨナタンの海老がなくなっちゃう」
「大丈夫。まだあるから」
白ワインはあたりが軽くフルーティーな味わいだ。のどを過ぎたあたりにほんの少し甘みを感じる。冷たくて爽やかな飲み口が、一瞬だけ甘く情熱的な香りを放つ。水やジュースを飲むときのような安定した味に慣れているステラは、ある種のワインが持つこうした蜃気楼のような揺らぎを驚きと共に堪能した。
グラスの向こうには、ロウソクの灯に照らされてヨナタンだけが見えた。すっかり暮れた夏の宵にグラスを傾けて座っている彼は、いつもよりわずかに謎めいて見えた。
かつての大きな謎に包まれた道化師、何かから逃れ隠れ、いつか目の前から消えてしまうんじゃないかと心配されたパスポートを持たない青年のことをステラは思い出した。ここにいるのは、いまは正式に彼の名前の一部となったけれど、かつては一時的にそう呼ばせていた「ヨナタン」という仮面を被ったかの異国人と同じ人だ。
ロウソクの灯と涼しい夏の宵の風は、こんな風にステラを不安にする。彼女はグラスを置くと、俯いてパスタに取りかかった。
「あ」
10年以上食べていなかったノンナ・チェチーリアの手打ちパスタの味わいが、彼女の余計な思考をいとも簡単に押しやった。滑らかな表面からは想像もつかないほどの弾力。抵抗を押し切って噛むと、閉じ込められていた水分と小麦の香りがじゅわっと解き放たれる。
「すごいな」
ヨナタンも一口食べてから驚いたように手元のパスタを眺めた。
「やっぱり、普通のパスタと全然違うって記憶は間違いじゃなかった! よかった。ヨナタンに氣に入ってもらえて」
ステラは満面の笑顔で言った。
「これまで美味しいパスタかどうかを判断したのは、ソースの味を基準にしていたんだな。でも、これは、もしかするとソースがなくても美味しいのかもしれない」
ヨナタンは、考え深く答えた。
「こういうパスタをこねたり打ったりするのはずいぶん力がいるんじゃないか?」
ヨナタンは、先ほどまでチェチーリアが座っていた小さな椅子を見やった。ステラは、頷く。
「うん。とても大変な作業だと思う」
「そうなんですよ。マンマも歳で疲れやすくなっていてね。提供できる量も減ってきているんですよ」
ワインを注いだり、空いた皿を下げたりしながら客席を回っている店主が、2人の会話を聞きつけて相づちを打った。
「じゃあ、食べられるうちに急いでまた来なくちゃ」
ステラがそう言うと、店主は笑った。
「みなそう思うらしくてね。提供量を少なくした途端、ますます繁盛するようになってしまったよ。マンマのやり方を継承させろってせっつく客も多いんだけれどねぇ……」
機械化と効率の時代に、報酬も大したことのない重労働を習いたがる者は少ない。ステラやヨナタンも、サーカス芸人の生活をしているからよくわかる。努力と報酬が釣り合わない仕事は、後継者を見つけることが難しい。マンマ・チェチーリアは、報酬や社会的地位の代わりに客たちの笑顔を支えにこれまでパスタを打ってきたのだろう。おそらく70年以上も。
その70年間に、イタリアはずいぶんと変わった。戦争は終わり、経済も成長した。スーパーマーケットに行き、わずかな金額を出せば、いくらでも大量生産のパスタが入手できるようになり、妻たちは専業主婦であることよりも外に出て働くことを選ぶようになった。子供たちはスマートフォーンやコンピュータを自在に操り、大人になったらミラノの中心で事務職に就き、わずかなリース価格で憧れの車を乗り回す未来を夢見ている。
そして、見回せば、手打ちパスタで粉まみれになることを望む人びとはほとんどいなくなり、マンマ・チェチーリアの伝える、地域の女たちの継承してきた素朴で絶妙な味わいは消え去ろうとしている。
「私、チルクス・ノッテに入っていなかったら、パスタの修行をしたかも。そして、ママのバルで美味しいパスタを作る看板娘になっていたかも」
ステラはぽつりと言った。
ヨナタンは、わずかに笑った。
「バレリーナや体操選手になる夢も持っていたんだろう?」
確かに。それに、学校では高等学校に進学して、法学を学んだらどうかと先生に奨められた。ヨナタンに逢っていなかったら、何も考えずにその道を選んでいたかもしれない。
思えば、ノンナ・チェチーリアのパスタを初めて食べて夢中になったのも、ヨナタンに出会って赤い花をもらうブランコ乗りになろうと思いついたのも、ほぼ同じ6歳ぐらいだった。1つの夢は10年のたゆまぬ努力の果てに実を結んだが、ノンナ・チェチーリアのパスタは、つい最近まで記憶の彼方にしまい込まれていた。
きっと「パスタの達人をめざすもう1人のステラ」は、全く存在しなかったのだ。ステラは「その通りね」と項垂れた。
「大丈夫。僕がきっと」
隣からの声に振り向くと、そこにはオレキエッテをフォークに突き刺して掲げている中学生くらいの少年がウィンクしていた。
「その子は、うちの遠縁の子でね。学校帰りによく厨房でマンマの手伝いをしてくれているんですよ」
店主が相好を崩した。
「僕、このパスタ以外食べたくないもん。絶対に味を受け継いでみせるよ」
少年は目を閉じて、オレキエッテを幸せそうに食べた。
ステラは、ヨナタンと顔を見合わせて笑った。大丈夫。きっとこの味は続いていく。
「この地域で興業するときは、必ず来なくちゃね」
「そうだな。僕たちの方も、店じまいされないように頑張らないと」
ヨナタンは赤ワインを飲みながら、真剣な眼差しを向けた。
ステラは、頷いた。巡業サーカスもまた、昔ほどエンターテーメントの花形ではない。テレビやゲームなど、たくさんの楽しみのある人たちに、「またチルクス・ノッテに行ってみたい」と思ってもらえるクオリティーを保つのは容易ではない。でも、だからこそ大きなやり甲斐もあるのだ。
自分の選んだ道をまっすぐ進もう。その横には、ヨナタンがいてくれるのだ。消えたり、いなくなったりしないで、一緒にこの道を行ってくれる。彼の言葉は、ステラを強くする。
そして、舞台がはねたら、またヨナタンと一緒にここを訪れよう。
「まずは、このシーズンを成功させようね。千秋楽までうまくいったら、みんなで食べに来たいな」
(初出:2021年8月 書き下ろし)
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ホットサンドメーカーでクロックマダム

クロックムッシュなるカスクルート(フランス式サンドイッチ)を知ったのはティーンエージャーの頃でした。例に漏れず「フランスってオシャレ!」と憧れましたが、もちろん自分で作ってみるような志はなく、小洒落たカフェのテラスで食べるものだと思っていました。
後に、「要するにハムチーズサンドをトーストしたものじゃん」と身も蓋もないことを考えるようになってから、自分でもときどき作るようになりました。(オリジナルのレシピではベシャメルソースなども使うようですが)
でも、以前はその加熱の手間が面倒で、よほどのことがなければ作らなかったのですよね。それが、TefalのSnack Timeというホットサンドメーカーを購入して以来、かなりの高頻度で作るようになりました。
最近は慣れてきて、かつては行っていた多くの工程を省き、食パンにマヨネーズを搾る(塗り広げもしません)→薄切りハムとチェダーチーズを挟む→加熱という究極のズボラ手順で作っています。
こうしてハードルがものすごく低くなったので、それまでは作ろうとも考えなかった、クロックマダムにも挑戦するようになりました。
ムッシュとマダムの違いは、上に目玉焼きが載るかどうかなのです。でも、目玉焼きを作ると簡単に言いますが、フライパンを使い、きれいな目玉焼きをたった1つ作り、さらにフライパンを洗うまで考えると面倒じゃないですか。でも、同じ熱源で目玉焼きまで簡単に作れるなら話は別です。
以前もちらっとご紹介しましたが、Snack Timeのフレンチトースト用のプレートは空間が広いので、もともとはトースターで使うことを想定された目玉焼き用プレートを載せることができるのです。この方法であっという間に目玉焼きができることを発見しました。

目玉焼きができたらプレートを外して、すぐに用意してあったハムチーズ入りサンドイッチを加熱すると、Snack Timeだけでクロックマダムが完成するのです。
Snack Timeのプレートも目玉焼き用プレートも外して簡単に洗えます。どちらも食洗機に対応しているので後片付けが楽です。
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【小説】Filigrana 金細工の心(19)ボアヴィスタ通り -3-
今回の話にチラッと出てくる豚の屠殺、スイスでも80年くらい前には普通に行われていたようです。1年かけて大切に育てた豚をクリスマス前に屠って、女たち総出でソーセージやハムを作ったんだそうです。いまでは、肉屋でもない一般家庭でソーセージやサラミを作ることもないし、広場で豚を殺して血まみれ、なんてこともありませんよ。
さて、チコとライサ、それぞれの思惑を抱え、語り合いつつ食事をしています。
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Filigrana 金細工の心(19)ボアヴィスタ通り -3-
「クラリネットは子供の時に始めたの?」
ライサは、チコの質問に答えるだけでなく質問をしてきた。興味を持ってもらえるのは嬉しいものだな。チコは笑顔になった。
「いや、結構遅くてティーンエイジャーも後半にさしかかっていたよ。ブラスバンドに参加することになってさ」
「まあ。どこで?」
「うちの村。12月にマタンサがあってね」
「
「うん。いまはソーセージやハムを年中食べられるけれど、昔は1年間太らせた豚をクリスマスの前に屠殺する伝統があったらしいよ。で、その屠殺が祭りになっている村がけっこうあるんだ。うちの村もそうで、その日には聖母像を山車に乗せて練り歩き、ブラスバンドで景氣のいい曲を奏でるんだ。僕は屠殺要員に数えられるのがいやだったので、ブラスバンドの方に手を挙げたってわけ」
「いまでも昔ながらの屠殺をしているの?」
「うん、その日だけはね。でも、昔みたいにどの家庭でも用意した豚を屠殺して、女性陣が総出でハムソーセージを作るわけじゃないんだ。象徴的に何頭か屠殺して、あとはただのお祭りだね」
「そう。でもそのお祭りがきっかけで、生涯の職業を見つけたのね」
「そうだね。しばらくしてブラスバンドの大会に出ないかと誘われてさ」
「まあ。そこで入賞したとか?」
「いや、全然。でも、すごい演奏をたくさん聴いて夢中になったんだ。クラリネットでもあんな風に吹けるんだって驚いたよ。それで、クラシック音楽に興味をもって、親には呆れられたけれどその道に進みたいって宣言したんだ」
「まあ、そうなの。それで、大きな交響楽団に入れたってことは、大変な努力をしたってことでしょう?」
「まあね。アカデミーに入るために必死で練習したし、その後も毎日練習につぐ練習だったよ」
「楽器を弾く人たちは、どんなに上手でも、毎日長時間練習するのよね」
ライサが言った。
「そうだね。練習しないと、どんどん下手になるし、それに次に演奏する曲を形にしなくちゃいけないし。時間との闘いだよ。いまでもね」
「クラシックも、ビッグバンドも、それにジャズやボサノヴァも、全部吹けるなんてすごいわ」
「始まりがブラスバンドだったから、どれかでないとダメってことはないかな。君は、クラシックだけの方が好きかい?」
ライサは、首を振った。
「そういうわけでは……。クラシック音楽を聴くようになったのは2年くらい前からで、あまり詳しくないの」
チコは、笑った。
「まさか。『グラン・パルティータ』を知っている人が、詳しくないなんて」
「本当よ。聴かせてもらったから知っていただけで……」
「誰に?」
ライサは、はっとしたようにチコを見た。それから、下を見て黙り込んだ。
チコも、わかってきた。こういう反応をライサがするときには、絶対に答えが返ってこないことを。そして、その誰かがもしかしたらあの屋敷の窓の向こうにいるのかも知れない。
チコは、あの窓のことを考えていた。水色の外壁に並ぶ白い窓は、どれも同じように見えた。チコの生活とはかけ離れた豪邸のたくさんの窓。その中にたった1つだけ彼女の足を止めさせる特別な窓がある。その窓は、他の窓と同じように閉じられていて、彼には何の情報も与えなかった。けれど、チコにははっきりとわかる。彼女の心は、チコと一緒に座っているレストランにはなく、あの窓の向こうにあるのだと。
彼女をこの街から引き離したいと思った。あの水色の館や、ボアヴィスタ通りに簡単に近づけないように。
彼は、先日のライサのひと言を真に受けているわけではなかった。職探しの中に客船での勤務も考えてもいいなどと。でも、それがあまりにも彼自身の願いの実現に都合のいい考えだったので、その話を具体化させたいという願いに取り憑かれていた。そしていま、それは単なる嬉しい可能性ではなくて、どうしても実現すべき使命のように思われてきた。
「これからは、教えてもらうのを待っているだけじゃだめなのよね」
彼女は、顔を上げて遠くを見るような瞳で言った。寂しく寄る辺ない顔つきだ。妹のマリアも、両親も力になろうとしているだろう。それでも、彼女がこうして自分の前でつぶやいているのに、素通りすることはできなかった。たとえそうした方が、自分に都合のいい筋運びに向く可能性が増えるとしても。
チコは、鯛の皿を脇に除けると身を乗りだした。
「君は、何かを迷っているんだろう? そうなら、したいことにトライしたほうがいい。僕でよかったら、いつでも相談にのるよ」
ライサは、チコを見てしばらく黙っていたが、小さな声で言った。
「無駄だとわかっていても?」
チコは真面目に答えた。
「無駄かどうかは、試してみないとわからないだろう?」
「そうね……。どちらも……」
「どちらもって?」
「2つの正反対の方向があるの。どちらに向かえばいいのかわからないの。どちらも困難でうまく行くようには思えないの。1つは前にいた場所で、もう1つは全く新しい世界なの」
チコは、少し考えた。
「もしかして、その全く新しい世界というのは、新しい仕事のことかな?」
「そうよ。何か仕事を見つけたいって、このあいだも話したでしょう?」
「うん。あの船の話もね。その……君が本氣で話しているとは思わなかったんだけれど、それでも素敵なプランに思えたから、僕はあれから考えたんだよ」
「本当に?」
「うん。サブチーフパーサーだったニックを覚えているかい? 彼、今年から陸に降りちゃって人事を担当することになったんだよ。君があれを冗談じゃないというなら、本当に彼に話をしてみようか」
ライサは、目を瞠ってチコを見つめた。急に動き出した事態に戸惑っているようだ。
チコは彼女を安心させるように言った。
「明後日、都で彼と会うんだ。僕の処遇に関する年に1度の面接なんだけど、ついでにどんな求人があるかどうか、訊いてくるよ。来週、また3か月の航海に出るけれど、サウサンプトンに行く前に、この街にまた来るよ。その時までに、君がどうしたいのか考えておいてくれ」
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【創作 語ろう】サブキャラの話
![]() | 「「10周年企画・「創作 語ろう」をはじめから読む |
作者によるキャラ語り
サブキャラの話
私の作品を複数読んでくださった方はご存じの通り、私の作品では主人公は残念なタイプが多いです。なんせ一番有名なヒロイン『大道芸人たち Artistas callejeros』の 蝶子からして「性格が悪い」という致命的タイプ。『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』の主人公マックスは、ヒロインの救出に失敗したまま活躍しませんでしたし、『Infante 323 黄金の枷』のマイアは脳内お花畑、『樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero』のヒロイン瑠水も、『郷愁の丘』の主人公グレッグも、ヘタレすぎて読者をヤキモキさせてしまいました。
こうなるのはしかたない部分もあります。私が書きたい話の内容が、「スーパー主人公が超人的な活躍をする爽快な話」ではなく、どちらかというと「そうは問屋が卸さない」系の話だから。
それでも、私だって、自分のキャラでニマニマしたいんですよ。なので、たいていサブキャラがかなり美味しい立ち位置になっています。妄想中も書いているときも楽しかったなあ。勝手にどんどん動いてくれるので、実際に執筆していた時間は少なめなんですけれどね。
というわけで、うちのサブキャラのうち読者のお好みTOP5を発表しようと思います。あ、ちゃんとした投票をしたわけではなく、コメント欄の盛況ぶり、ツッコミなどを総合的に判断して私が独断で決めた順位です。お遊びなので、いいよね。
第5位
結城拓人 『樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero』『大道芸人たち Artistas callejeros』
とても使い勝手のいいサブキャラ。再従妹の園城真耶とともに、2つの代表作品にまたがって活躍しています。拓人は才能はそこそこあるピアニスト設定ですが、それよりもそのおちゃらけた性格がウケています。
第4位
広瀬(高橋)摩利子 『樋水龍神縁起』『樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero』
ひと言でいうと極陽キャラ。ウケたサブキャラ連中の中にあまり女がいないんですが、この人はウケたかも。『樋水龍神縁起』のストーリー運びそのものには全く関係のないオブザーバーですが、私としては居なくてはならない特別なサブキャラとして設定しました。とくに女性にウケたかな。
第3位
イグナーツ・ザッカ 『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』
『氷の宰相』の異名を持つルーヴラン王国の政治家。この人がウケたのは、わりと意外だったのです。立ち位置的にはどちらかというと悪役なのですけれど(ただし、単純な悪役ではないつもり)、にもかかわらず失脚時には皆さんに心配していただきました。
第2位
マッテオ・ダンジェロ 『ファインダーの向こうに』『郷愁の丘』
一代で財をなしたイタリア系アメリカ人で、妹ラブが激しく、めちゃくちゃ濃い台詞にコメント欄が沸きました。「こんなやついねぇよ」と思われるかもしれませんが、普通にいます。イタリアマインド、恐るべし。
堂々の第1位は……
グランドロン国王レオポルドII・フォン・グラウリンゲン 『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』
コメントをくださった方の全員がヒロインに対して「主人公マックスなんかやめて、こっちにしなよ」と囁いたという前代未聞の人氣っぷりを誇った王様。そして新作の主人公の座をもぎ取りました。ま、人氣はあってもうちのキャラなので、他聞に漏れず残念な面も持っています。
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【小説】Filigrana 金細工の心(19)ボアヴィスタ通り -2-
チコという名前は、フランシスコの愛称なのですけれど、短くて覚えやすいので採用しました。フランシスコの愛称は他にもいろいろあって「シコ」はまだしも「パンチョ」もそうなんだそうです。どう変化するとそうなるんだろう。謎。私の小説、ときどき「名前が外国語で覚えられない」と言われることがあるので、じつはちょっと氣にしていたという話(笑)
さて、そのチコ、かなり劣勢ながらも一生懸命にライサに好印象を与えるべく奮闘しています。
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Filigrana 金細工の心(19)ボアヴィスタ通り -2-
「さて。また旧市街に戻って何かご馳走させてくれないかい?」
「どうしてご馳走してくれるの?」
「だって、カーサ・デ・ムジカに連れてきてくれたじゃないか」
「そんなこと……。私はただ……」
彼女の飲み込んだ言葉がわかるような氣がした。ただ、あの窓の下に行きたかったのだと。
「いいから。でも、いつかサン・カルルシュ国立劇場に案内するときは、君がご馳走してくれるだろう?」
チコは、ウインクをした。
ライサは小さく笑った。いつか……。もし私が首都に行くことがあったら。その時チコがこの国にいたら。それはとても小さな可能性のように思える。でも、そんな約束を誰かとしたことは、これまで1度もなかった。
「じゃあ、とりあえずトリンダーデ広場まで行きましょうか」
ライサは、ベンチから立ち上がり、地下鉄駅の方向へと歩き出した。と、彼女の足下に土と苔にまみれた四角い大理石板があり、それを見なかった彼女は躓いた。
「危ない!」
チコはとっさに手を差し出した。彼は彼女の腕をとり、ギリギリ転ばずに彼女は体勢を立て直した。
「なんでこんなところに……」
チコは訝りながらその奇妙な石版を振り返った。ずいぶん古いもののようで、苔の間からわずかにラテン語のようなものが刻んであるのが見えた。そちらに氣を取られていて、彼は何も考えずにライサの腕をしっかりと支えた。
ライサは、びくっと震えた。彼女の硬直した動きを感じて、チコは思い出した。彼女が、男性に触れられるのを怖れ、握手すらできなかったことを。急いでその手を離して大きく後ずさり「すまない」と謝った。
ライサは、真摯に謝りながらも、彼女の態度に傷ついている青年の横顔を見てたまらなくなった。そして、10センチも離れていてない彼のだらんと垂れた手のひらへと視線を移した。
その視線の動きの途中で、ライサは悟った。先ほどチコに触れられた時、ライサは驚いたけれど、怖くはなかった。
地獄から戻った後、ライサは男性に対する恐怖をコントロールする事が出来なかった。シンチアやルシアといった女性使用人たち、それどころか24の姉であるアントニアには触れられてもなんともないのに、ソアレスやモラエスたちが玄関や車からの乗り降りの際に当然のように差し出す手も、ライサは恐ろしくて触れられなかった。神のごとく崇拝していた22にすら、どうしても触れる事はできなかった。家に戻ってからも養父の近くに寄る事も出来なかった。
けれど、たった今チコに支えられた時、彼女は驚いたけれども恐怖は感じなかった。ちょうど妹のマリアが手を握るように優しく柔らかい暖かさがそこにあった。
「チコ」
ライサが呼びかけると、俯いていた彼は顔を上げて不思議そうに彼女を見た。その声色があまりにも劇的だったから。ライサはゆっくりと手を伸ばして、チコの手のひらに触れた。
「触れられる……」
とても小さいひとり言のような呟きを聴きながら、チコははっとした。
傷ついた自分の愚かさに心の中で毒づきながら、チコは今ライサに起こっている劇的な変化をなんとか理解しようとした。
「ライサ?」
「チコ。私、あなたに触れても大丈夫みたい……」
それを聞いて、チコは笑顔になった。
「うん、大丈夫だ。世界は終わらない。そうだろう?」
そういって、ライサの右手を取り握手をした。ライサはその手を凝視していたが、やがて口元をほころばせた。なんて美しい微笑みだろう。チコは思った。
トリンダーデ広場から、再びアリアドス広場の方へ歩いていくと、小さいけれど心地の良さそうな食堂が目に入った。
「そういえば、数日前にここで食べたんだ。結構美味しかったよ」
「じゃあ、ここにしましょう」
その店は、70年代風のインテリアで飾られた小さな店だ。観光客のノスタルジーを呼び起こすためにあえてこの手の装飾で飾り立てる新しい店と違い、色褪せた壁とすり切れた椅子の背、剥げかかったタイルが、改装をする余裕などなく数十年にわたって使われてきた店の歴史を感じさせる。
「今日の定食は何かな?」
数日前も対応した給仕にチコが訪ねると、彼は早口で答えた。
「肉ならミックスグリル、魚は鯛ですね」
2人とも鯛と白ワインのグラスを頼んだ。すぐにレタスにトマトと輪切りの玉ねぎがついたサラダとパンの籠が運ばれてきた。ライサが紙のテーブルクロスや、薄っぺらく軽いカトラリーをごく当たり前の光景として受け入れていることをチコは視線の端で確認した。
前回会ったときの食事で、それが問題なかったことを確認したはずなのに、やはり不安になってしまうのは、あの特別船室でもまったく違和感を持たせなかった彼女の佇まいにあるのかもしれない。
マリアの堂々とした振る舞いは、銀行である程度責任のある仕事を任されている間に身につけたものだと理解できるけれど、ライサの身のこなしはそうした能動的な存在感ではなく、むしろその対極にあるように思われた。
彼女は、上流社会に身を置いてこなかったのと同じように、チコに馴染みの深い庶民生活からもずっと間隔をとって接していたのではないだろうか。給仕に対しても、カーサ・ダ・ムジカで入場チケット売り場にいた女性に対しても、丁寧であるが距離をみせた。
少なくともその距離感をいま自分に対して見せないことに、チコはほっとしていた。
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10周年企画・「創作 語ろう」のお知らせ
よくここを訪れてくださる方はご存じのように、当ブログでは毎年1月と2月に「scriviamo!」というイベントを開催しています。さまざまなブログのお友達と、物書きで交流しているわけです。来年は10周年という大きい節目なので、何かをやりたいなとは思うんですけれど、これまで以上の作品を書けるとはとても思いません。
とはいえ、せっかくのきりのいい数字なので、いつもはやらないことをやりたいなと思っていたのです。
そもそも10年というスパンでブログを書いていらっしゃる方は私だけではないので、どうせなら日付には細かくこだわらずに、皆で「こんなに一緒によく続けたよねぇ」と盛り上がる方がいいなあと思ったわけです。(時間の長さは全くこだわりませんよ!)
というわけで、これから来年の今ごろまで、「創作 語ろう」と題した企画を開催します。皆さんにも参加していただけたら嬉しいです。って、単に「創作について、何か書きましょうよ」ってお誘いです。
私個人としては、以下のようなテーマであれこれ語っていこうかなと思っています。「この話、語りたい!」という方は、どうぞご自由にお持ちください。(無理に全部のテーマで参加なさる必要はありません。1つでもご参加いただけたら感謝です)特に締め切りなどは設けませんし、順番なども氣にしませんので、書きたいときに書きたいテーマをお持ちください。1つのテーマをたくさん掘り下げていただいても、全部を箇条書きでさらっと触れるだけでも、何でもOKです。この中にないテーマでも問題ないです。
上のバナーをお使いになりたい方はどうぞご自由にお持ちください。このブログや、企画について触れる必要もありませんので、どうぞお気軽に!
- 作者によるキャラ語り
- 読者が少なかった頃に発表したけど好きな作品語り
- ベストセラー/文豪の名作だけれど、ここが許せない/ここでウケていた
- 黒歴史自慢
- 創作の環境紹介
- 書く書く詐欺団 活動報告
- 創作をはじめたきっかけ もしくは 初期の思い出
- 身内(リア友や家族)に創作を公言している?
- 萌え語り、よそのキャラ語り
- 今後の挑戦
- 最愛の子は? 意外にウケて驚いたキャラは? ヘタレな子は? など、「うちの子」について熱く語る。
- 「きっと忘れられている」「知られていないと思う」作品をリンク付きで再紹介する。
- ぶっちゃけ「けっきょく○○じゃん」と思ったけれど、恐れ多くていえなかったこと、などもありますよね。もしくは、ずっと誤解していたシーンなど、語ってみましょう。マンガでもアニメでも童謡でも、何でもあり。
もちろん、ディスるのではなく、周りがドン引きするほど熱く絶賛するのも善きかな。
- 長く創作をしている人はきっと隠し持っている、公表は無理だと思う黒歴史。ろくでもないストーリー、ヤバすぎる設定、絵が下手すぎて漫画による創作断念など、面白おかしく語ってみる。意外と自分はそれが嫌いじゃなかったりもする……。
- 手書きノートで構想してから下書きしてデジタルで清書、いきなりブログの記事に直接かき込む、Macのscrivernerで一元管理してiPhoneで推敲など、いろいろな書き方があると思います。また、時と共に変わってきたやり方などについて語るのもアリ。
- 一向に発表されない作品の進捗状況など。これは、皆さん、結構お得意のはず。私はいろいろと抱えております。
改めて大風呂敷を広げて、より大きなホラに仕立てるのもまた一興。
- 最初の創作はどんな作品だったか。その作品は、今でも自分の中で一軍として活躍しているか。当初は(もしくは今でも)二次創作だった場合は、どこでその沼に嵌まったのか、などなど。
- リア友や家族と一緒に創作を始めた人もいれば、ひた隠しにしている人もいるはず。創作に対する周りの反応や心地よい距離の取り方などについて。
カミングアウトのきっかけなどもいいですね。
- 著名作品やブログのおともだちやネット小説で出会い嵌まった作品やキャラ語り。これは主に「よその子」への愛。
あと、「被った!」というのもありますね。何年も温めていたら、プロの大御所がそっくりの設定やキャラで書いてしまったので、もうオリジナルとして書けない、なんて話も。
- まだ書いた(描いた/作った)ことがないけれど、今後挑戦したいと夢想するのは。
苦手なジャンルだと思っていたけれど、意外といい感じの沼だった、なんて話でも。
これ以外でも、もちろん構いません。
私は、こんなテーマに沿って少しずつ書いていこうと思います。順番は前後するかもしれませんのであしからず。
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【小説】Filigrana 金細工の心(19)ボアヴィスタ通り -1-
最初にポルトを訪れた時、2階建ての観光バスに乗って、街をぐるっと回りました。地理を把握し、観光名所と歴史を説明してくれる音声ガイドを聞きながら、お上りさんを満喫しました。そのバスに乗らなかったら旧市街の先がどうなっているのかも理解していなかったでしょう。ボアヴィスタ通りからマトジーニョス、フォスをぐるりと回るルートをなんどか通って、私の脳内「黄金の枷」マップを完成させていきました。ま、創作の世界ではあくまでPの街ですけれど。
今回も長いので、3回に分けて発表します。
![]() | 「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
Filigrana 金細工の心(19)ボアヴィスタ通り -1-
カーサ・デ・ムジカを出て、チコは考えた。さて、これからどうしようか。食事をするにもこの辺りには何もなさそうだ。彼女に訊こうと振り向くと、ライサは心あらぬ様相で佇んでいた。
彼女は通りの向こうを見つめていた。たくさんの車が行き交っている大通りだ。ライサの眺めている方角は、街の中心部から離れていくが、有名な庭園や城などに歩いて行くには遠すぎる。彼女は何か特別な場所を探しているようにも見えなかったが、身を翻して街へと戻っていくのをためらっているようだった。
「少し、この通りを散歩してみるかい?」
チコが話しかけると、ライサははっとして彼の顔を見た。
「ごめんなさい。あの、こちらには、何もないんだけれど……」
「何もないからと言って、歩いちゃいけないわけじゃないんだろう?」
「そうね。じゃあ、少しだけ……」
ほっとしたように、彼女はやはり慣れた足取りでボアヴィスタ通りを左手に歩き出した。
実際に、その通りは散歩道という感じではなかった。しばらくはビルばかりで街路樹も少なかった。やがて大きいホテルなどが見えてきたが、それも特に興味は引かなかった。10分ほど歩くと個人の屋敷が増えてきた。どれも非常に大きく富裕層のものだとわかる。庭木がたくさん植えられているので散歩をするときの目を楽しませるようになった。
「すごい家がたくさんあるな」
「ええ。ここは、19世紀あたりに裕福な人たちが好んでお屋敷を構えた界隈なんですって」
ひときわ大きい門構えの屋敷があった。水色の外壁の大きな建物の周りに、大きい樹木が植えられ遮られて玄関などは見えないようになっている。見ると正面ゲートの脇に守衛室のようなものまであった。ライサは足を止めて家を見つめた。誰も見えなかったし、特に興味を引くようなものもなかったが、彼女はしばらく動かなかった。チコは、彼女はここに来たかったのだと悟った。
「知っている家?」
ライサは肯定も否定もしなかったが、懐かしさにあふれた目つきで1つの窓を見やった。
「あの窓から、ときどきピアノやヴァイオリンが聞こえてくるの」
「よく来るの?」
ライサは悲しそうに俯いた。
「行きましょう。こちらには、観光するものはないから」
もと来た道を戻り出したライサの背中を見ながら、チコはしばらく言葉を選んでいた。それを口にするのは自分と彼女のどちらにとってもいいことなのかどうか訝りながら。再びいくつものビルの前を通り過ぎ、カーサ・デ・ムジカが視界に入って来たときに彼はやはり口を開いた。
「観光には適していなくても、君にとっては大切な場所なんだろう? 僕は、そういう場所を歩くことを嬉しく思うよ」
ライサは、足を止めてチコを見た。とても驚いている様子だった。
「どうして?」
チコは、深く息をした。それから、ライサの顔をのぞき込むようにして言った。
「観光地としてのPの街に興味があるわけじゃないんだ。君の街をよく知りたいと思っただけだから。カーサ・デ・ムジカを見たかったのも、もちろん専門的興味もあるけれど、なによりも君と僕の共通の興味対象である音楽に関わる場所だからだよ。たまたまPの街に立ち寄ったなんて、口実だ。僕は、あれからずっと君に会いたかったんだ」
「チコ……。あの、私は……」
チコは、困った様子のライサに笑ったまま首を振った。
「大丈夫、心配しないでくれ。君を困らせるつもりは全くない。僕は、君に何かの答えをもらおうとしているわけじゃないんだ」
2人は、カーサ・デ・ムジカの向かいの公園に向かった。ボアヴィスタ通りを分断するこの緑園は一般に『ボアヴィスタのラウンドアバウト』と呼ばれている。中央にある45メートルの円柱がモウジーニョ・デ・アルブケルケ記念碑で、半島戦争においてこの国とそれを助けた国の象徴である獅子が、敵国の象徴の鷲を組み敷いている。オレンジ、椰子などの南国的な木立に心惹かれて、立ち寄る人も多い。
2人は、空いているベンチに並んで腰掛けた。
「マリアが言うの。外に出て、たくさんの人と知り合って、楽しいことを知るべきだって。新しいことを試したり、知らない人と知り合ってみなければ、もっと心地よい生き方とは出会えないって。それは、その通りだと思うの。そうやって生きていかなくちゃいけないってことも」
それから彼女は、木立の隙間から漏れてくるクラクションの音に顔を向けて、悲しそうに続けた。
「でも、世界はまるで、この通りのようだわ。エンジンを吹かした車がひっきりなしに走っているの。私は、通りに出られなくて眺めているばかりなの」
たくさんの木立で覆われた緑園の外にあるラウンドアバウトを一巡して、たくさんの車が走っている。普段はあまり意識していないが、Pの街はこの国で2番目に大きい都会なのだ。活氣ある交通の流れを遮断する木立を見上げながら、チコは答えた。
「急ぐ必要はないし、無理する必要もないと思うよ。マリアのいうことに一理あるのも確かだ。でも、君の心が動かないことは、何一つしなくていい。君は、君の心を最優先していいんだ。君の人生なんだから」
「私の心……」
ライサは、無意識に左手首に触れた。
彼女の心を無視して、あらゆる制約を課してきた黄金の腕輪はそこになかった。威圧される大きな館の中に、威厳を持って何をすべきか命ずる人たちももういなかった。鉄格子の向こうの美しい凶人も、安全を約束してくれた黒髪の麗人も、そして、夢の中でも現実でも求めて止まない音色を生み出す人も。
彼女は、自分のしたいことを求めては来なかった。自らの人生も歩いては来なかった。提示された何かを受け取るか、もしくは与えられた恩寵に縋っていただけだった。
自分自身を欺すことはできない。したいことは、わかっている。……メウ・セニョール。こんなにも、あなたに会いたいのです。
「君は君のままでいていいんだ。無理してほかの人のフリをしなくてもいいし、誰かを喜ばせなくてもいい。君がこうして時間をとってくれただけで、僕はとても幸せなんだよ。それ以上の贈り物は必要ないんだ」
「チコ」
「ね。すこし気が楽になっただろう?」
おどけたチコの笑顔を見てくすっと笑い、ライサは頷いた。
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久しぶりのアップグレードをした話

Apple狂というほどではないのですが、人生で買ったコンピューターはすべてAppleのMac、スマホもタブレットもスマートウォッチもちろん例外ではありません。会社ではWindowsも使っていますが、やはり自宅では今後もApple製品一択で行くと思います。その理由は、新しいマシンをすぐに使える状況にできる気軽さ、さまざまなデバイスの同期、若干壊れても女コドモが1人で何とか直せるわかりやすさなどでしょうか。
そんなこんなで、30年近くApple製品を愛用している私ですが、決して新しい物好きではありません。たとえばiPhoneは便利ですけれど、最新の機種を常に持ちたいと思ったことはありません。そこまでの高機能はいりませんし、そもそも数年で使えなくなるデバイスに10万円近く出すのはごめんです。
Macも、以前はノートブック型を買っていたのですが、HDやメモリの容量を増やしたいし、ディスプレイが大きい方がいいので一番安く使えるMac Miniを3代ほど使っています。オシャレは諦めてディスプレイやキーボードはApple製ではありません。その辺は割り切ることにしています。また、持ち運べないと困る時(日本に行くときなど)やZoom会議には中古で購入した2014年のMac Book Airで済ませています。つまり、Apple製品は好きだけれど、落とすお金は最低限という、信者としてはあまり熱心ではない態度なのです。
OSについても、一刻も早く新しい機能を試したいというよりも、現在快適に使えているものは、あまりいじりたくないという心理が働くのです。これは90年代からずっとつきあってきて、道具としてどう使うかが定まってきたからでもあるでしょうね。
とはいえ、同期しているデバイスのOSとの兼ね合いもありますし、サポートが終了したりするとセキュリティー的にも安心できなくなるので、時にはイヤイヤながらアップグレードすることになります。たいていは、発表されてからずいぶんと経ってからの作業になります。
さて、この夏に久しぶりにMacの最新バージョンのOS、Big Surにアップグレードしました。それまでは2つ前のMojaveという2018年発表のOSで頑張っていたのです。というのは、このOSが買い切りで購入したAdobe CS5.5が使えた最後のOSだったからです。(とはいえ、念のためにParallels Desktopというバーチャルマシンで使えるようにはしてあるのですけれど)
頑張っていましたが、Mojaveのサポートが今年いっぱいと聞いたので、諦めました。あまり最新とかけ離れていると、アップグレードも難しくなりますしね。ここ1年ほどかけてAdobe CSから離れられるように準備をしてきました。画像編集関係はAffinityという会社のずっと安いけれど使い勝手の悪くないアプリを購入。文書の縦書きレイアウトはegword Universalをゲットしてあります。
あまり時間がなくなる前にやろうと「えいやっ」と、アップグレードを始めましたが、案の定若干嵌まりました。ダウンロードがあまりに時間がかかったので停止してしまった私が悪いのですが、調べたらハードディスクが逼迫しておりました。移行が楽だからと乗り換えに乗り換えを重ねてきたので、よけいなモノがたくさんたまっていました。ダブった写真などもたくさんありました。きれいにしてから再びアップグレードしようとしたら、今度は中途半端にダウンロードしたアップグレード用データが残っていて進みません。何度も再起動をしたら、今度はMojaveのシステムをどこか壊したらしく、うまく立ち上がらなくなるという悪夢に襲われました。
最終的には、Mojaveをクリーンインストールし直す覚悟で、セーフブートモードで立ち上げたら無事に中途半端なBig Surのインストーラーを捨てられたので、すかさずアップグレードしてしまいました。そんなこんなで、予定よりも半日以上余分にかかりましたが、無事にアップグレードが終わりました。
いろいろと片付けたおかげなのか、以前よりサクサク動きますし、思ったほど動かなくなった過去のアプリによる「不便だなあ」もなく、快適に使えています。iOSの方でMacが古いために使えなかった機能もすべて使えるようになりましたし、今のところやってよかったことばかりですね。1か月以上経ちますが、Adobeのためにバーチャルマシンを立ち上げたことはありませんし。
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【小説】夜のサーカスと淡黄色のパスタ
今日の小説は『12か月の店』の8月分です。このシリーズでは、このブログで登場するさまざまな飲食店を舞台に小さなストーリーを散りばめています。
今回の舞台は少しイレギュラーで、定番の店ではありません。北イタリアの実際に私が行ったトラットリアをモデルに書いた話です。案内人は「夜のサーカス」のステラ&ヨナタンのコンビです。

【参考】
![]() | 「夜のサーカス」をはじめから読む あらすじと登場人物 |
夜のサーカス 外伝
夜のサーカスと淡黄色のパスタ
その村は、アペニン山あいのよくある佇まいで、特徴的な建造物もないため観光客も来ない。村はずれに小さなトラットリアがぽつりと建っているのだが、夕方ともなるとかなり遠くの村やあたりで一番大きい街の住民も含めてたくさんの客で賑わっている。
ゴー&ミヨの星があるわけでもなければ、格別しゃれた料理がでてくるわけでもない。外観はどちらかというとくたびれており、テラスのテーブルや椅子は味氣ない樹脂製だ。客たちの服装も仕事着のまま出かけてきた風情、多くが知りあいらしくテーブルを跨いで挨拶が飛び交っていた。
夕方の一刻、奥から腰の曲がった女性が出てきて、戸口の小さな丸椅子に座ることがある。実は、この女性の存在こそがこのトラットリアにこれほど客を集めているのだ。彼女は、店主の母親で今年で93歳になる。そしてかつてはこの地域の多くの女性が作っていた手打ちパスタを昔ながらの製法で作ることのできる唯一の存在なのだ。
「こんばんは、ノンナ・チェチーリア。私を覚えている?」
ポニーテールに結った金髪を揺らして語る少女をじっと見つめて、彼女は首を傾げた。
「あんたのことは覚えていないけれど、マリ・モンタネッリにそっくりだね。もしかして、あの小さかった娘かい?」
少女は金色の瞳を輝かせて答えた。
「はい! 娘のステラです。前にここに来たの10年以上前でしたよね。お久しぶりです」
「そうかい。ずいぶんと大きくなったね。そんなに経ったのかねぇ。マリはどうしている? いまでもバルディにいるのかい?」
「はい。ずっとバルを続けています。今週からボッビオで興行だって言ったら、絶対にここに行けって。私、ノンナ・チェチーリアのトラットリアがこんなにボッビオに近いって知りませんでした。ママがノンナにぜひよろしくって」
老女は「そうかい」と皺の深い顔をほころばせて、少女の横に立っている青年をチラッと見た。ステラは、急いで紹介した。
「あ、彼は一緒に興業で回っている仲間で、ヨナタンです」
「そうかい。どうぞよろしく」
チェチーリアは、礼儀正しく頭を下げた青年に会釈を返した。
「ところで、ステラ。興業って、何をしているんだい?」
「サーカスです。私、ブランコに乗っています」
「ああ。チルクス・ノッテとやらが来ていたね。お前さんがブランコ乗りになったとは驚いたね。こちらのお兄さんもブランコ乗りかい?」
「いいえ。僕は、道化師兼ジャグラーです。小さなボールを投げる芸をします」
「そうかい。あんた、イタリア人じゃないね。パスタは好きかい?」
「はい。イタリア料理はとてもおいしいと思います」
「ヨナタン。ここのパスタは、他で食べるパスタよりも何倍も美味しいの。びっくりすると思う」
そうステラが告げると、チェチーリアは楽しそうに笑った。
「おやおや。買いかぶってくれてありがとう。昔はこのあたりでも、家庭ですらどこでもあたしみたいにパスタを作っていたものだが、作るよりも買ってきた方が早いと、1人また1人と作る人は減り、ついにあたし1人になってしまってね」
そう言っている横を、ウエーターや店主が次々とパスタの皿を持って厨房から出てきた。先客たちは湯氣を立てる淡黄色のパスタに早速取りかかっている。
ステラとヨナタンも案内された席に座り、小さなメニューカードを見た。手打ちパスタのプリモ・ピアットはこの日は3種類だけで、平たいタリアテッレ、両方の端が細くなっているショートパスタのトロフィエ、そして小さな貝のようなオレキエッテだ。
悩んだあげく、タリアテッレを魚介のトマトソースで、トロフィエをハーブのソースで頼み、前菜にはコッパやプロシュット、パンチェッタなどをチーズと共に盛り合わせてもらうことにした。こうした地方特産の薄切り燻製肉は、やはり食べずには帰れない。
セコンド・ピアットも同時に頼むか悩んだが、おそらくパスタでお腹がいっぱいになってしまうと思うので、まずはそれだけにした。ワインはアルダの白、それにストッパの赤があったので、瓶では頼まず、それぞれグラスで頼んだ。ステラが公式にワインを飲めるようになってからまだ1年経っていないのだ。
「みんながさっさと外出してしまったのは残念だったな。美味しいトラットリアはないかとマルコたちは昨夜馬の世話もそこそこに街の探索をしていたよ」
ヨナタンは、静かに辺りを見回した。
次から次へと車がやって来て、駐車場になっている空き地に入っていく。テーブルの違う客同士の親しい会話から、地元の常連客でいっぱいなのがわかる。それは、格別に美味しい店のサインだ。
ステラはヨナタンの言葉に大きく頷くと、グリッシーニの袋を開いて、ポキッと折りながら口に運んだ。
「そうよね。ボッビオの興業で、ダリオがお休みでまかないのない日って、今夜と千秋楽だけだものね。でも、舞台の点検をしているヨナタンを待たないみんなが悪いのよ。私がママにこのお店の場所を訊いている間にいなくなっちゃったんだもの」
でも、もしかしたら……。ステラは、ロウソクの灯にオレンジに照らされたヨナタンの端正な顔を見ながら思った。みんなは氣を利かせてくれたのかもしれない。だって、ヨナタンと2人っきりで食事をすることなんてほとんどないもの。みんなとの楽しい食事も好きだけれど、こんな風に2人でいるのって、ロマンティックだし、ドキドキする。
「おまたせ。魚介のタリアテッレと、ハーブのトロフィエだよ」
店主自らが湯氣を立てている大きなパスタの皿を2つ持ってテーブルに近づいてきた。パスタはテーブルの中央に置かれて、取り皿をトンとそれぞれの前に置く。
「お嬢ちゃん、どっちを頼むか悩んでいただろう? こうすれば両方楽しめるしな」
店主は、ステラにウインクした。
あーあ。また子供扱いされてしまった。私、そんなに子供っぽいかなあ。ヨナタンの隣に立つにふさわしい、大人の女性を目指しているつもりなんだけれど。
「ステラ、取り皿を」
ヨナタンが微笑んだ。ステラが取り皿を持ち上げると、彼はタリアテッレをフォークに上手に巻き付けて彼女の取り皿に置いてくれた。大好きな海老がいくつもさせに載っていく。
「そんなに、いいよ。ヨナタンの海老がなくなっちゃう」
「大丈夫。まだあるから」
白ワインはあたりが軽くフルーティーな味わいだ。のどを過ぎたあたりにほんの少し甘みを感じる。冷たくて爽やかな飲み口が、一瞬だけ甘く情熱的な香りを放つ。水やジュースを飲むときのような安定した味に慣れているステラは、ある種のワインが持つこうした蜃気楼のような揺らぎを驚きと共に堪能した。
グラスの向こうには、ロウソクの灯に照らされてヨナタンだけが見えた。すっかり暮れた夏の宵にグラスを傾けて座っている彼は、いつもよりわずかに謎めいて見えた。
かつての大きな謎に包まれた道化師、何かから逃れ隠れ、いつか目の前から消えてしまうんじゃないかと心配されたパスポートを持たない青年のことをステラは思い出した。ここにいるのは、いまは正式に彼の名前の一部となったけれど、かつては一時的にそう呼ばせていた「ヨナタン」という仮面を被ったかの異国人と同じ人だ。
ロウソクの灯と涼しい夏の宵の風は、こんな風にステラを不安にする。彼女はグラスを置くと、俯いてパスタに取りかかった。
「あ」
10年以上食べていなかったノンナ・チェチーリアの手打ちパスタの味わいが、彼女の余計な思考をいとも簡単に押しやった。滑らかな表面からは想像もつかないほどの弾力。抵抗を押し切って噛むと、閉じ込められていた水分と小麦の香りがじゅわっと解き放たれる。
「すごいな」
ヨナタンも一口食べてから驚いたように手元のパスタを眺めた。
「やっぱり、普通のパスタと全然違うって記憶は間違いじゃなかった! よかった。ヨナタンに氣に入ってもらえて」
ステラは満面の笑顔で言った。
「これまで美味しいパスタかどうかを判断したのは、ソースの味を基準にしていたんだな。でも、これは、もしかするとソースがなくても美味しいのかもしれない」
ヨナタンは、考え深く答えた。
「こういうパスタをこねたり打ったりするのはずいぶん力がいるんじゃないか?」
ヨナタンは、先ほどまでチェチーリアが座っていた小さな椅子を見やった。ステラは、頷く。
「うん。とても大変な作業だと思う」
「そうなんですよ。マンマも歳で疲れやすくなっていてね。提供できる量も減ってきているんですよ」
ワインを注いだり、空いた皿を下げたりしながら客席を回っている店主が、2人の会話を聞きつけて相づちを打った。
「じゃあ、食べられるうちに急いでまた来なくちゃ」
ステラがそう言うと、店主は笑った。
「みなそう思うらしくてね。提供量を少なくした途端、ますます繁盛するようになってしまったよ。マンマのやり方を継承させろってせっつく客も多いんだけれどねぇ……」
機械化と効率の時代に、報酬も大したことのない重労働を習いたがる者は少ない。ステラやヨナタンも、サーカス芸人の生活をしているからよくわかる。努力と報酬が釣り合わない仕事は、後継者を見つけることが難しい。マンマ・チェチーリアは、報酬や社会的地位の代わりに客たちの笑顔を支えにこれまでパスタを打ってきたのだろう。おそらく70年以上も。
その70年間に、イタリアはずいぶんと変わった。戦争は終わり、経済も成長した。スーパーマーケットに行き、わずかな金額を出せば、いくらでも大量生産のパスタが入手できるようになり、妻たちは専業主婦であることよりも外に出て働くことを選ぶようになった。子供たちはスマートフォーンやコンピュータを自在に操り、大人になったらミラノの中心で事務職に就き、わずかなリース価格で憧れの車を乗り回す未来を夢見ている。
そして、見回せば、手打ちパスタで粉まみれになることを望む人びとはほとんどいなくなり、マンマ・チェチーリアの伝える、地域の女たちの継承してきた素朴で絶妙な味わいは消え去ろうとしている。
「私、チルクス・ノッテに入っていなかったら、パスタの修行をしたかも。そして、ママのバルで美味しいパスタを作る看板娘になっていたかも」
ステラはぽつりと言った。
ヨナタンは、わずかに笑った。
「バレリーナや体操選手になる夢も持っていたんだろう?」
確かに。それに、学校では高等学校に進学して、法学を学んだらどうかと先生に奨められた。ヨナタンに逢っていなかったら、何も考えずにその道を選んでいたかもしれない。
思えば、ノンナ・チェチーリアのパスタを初めて食べて夢中になったのも、ヨナタンに出会って赤い花をもらうブランコ乗りになろうと思いついたのも、ほぼ同じ6歳ぐらいだった。1つの夢は10年のたゆまぬ努力の果てに実を結んだが、ノンナ・チェチーリアのパスタは、つい最近まで記憶の彼方にしまい込まれていた。
きっと「パスタの達人をめざすもう1人のステラ」は、全く存在しなかったのだ。ステラは「その通りね」と項垂れた。
「大丈夫。僕がきっと」
隣からの声に振り向くと、そこにはオレキエッテをフォークに突き刺して掲げている中学生くらいの少年がウィンクしていた。
「その子は、うちの遠縁の子でね。学校帰りによく厨房でマンマの手伝いをしてくれているんですよ」
店主が相好を崩した。
「僕、このパスタ以外食べたくないもん。絶対に味を受け継いでみせるよ」
少年は目を閉じて、オレキエッテを幸せそうに食べた。
ステラは、ヨナタンと顔を見合わせて笑った。大丈夫。きっとこの味は続いていく。
「この地域で興業するときは、必ず来なくちゃね」
「そうだな。僕たちの方も、店じまいされないように頑張らないと」
ヨナタンは赤ワインを飲みながら、真剣な眼差しを向けた。
ステラは、頷いた。巡業サーカスもまた、昔ほどエンターテーメントの花形ではない。テレビやゲームなど、たくさんの楽しみのある人たちに、「またチルクス・ノッテに行ってみたい」と思ってもらえるクオリティーを保つのは容易ではない。でも、だからこそ大きなやり甲斐もあるのだ。
自分の選んだ道をまっすぐ進もう。その横には、ヨナタンがいてくれるのだ。消えたり、いなくなったりしないで、一緒にこの道を行ってくれる。彼の言葉は、ステラを強くする。
そして、舞台がはねたら、またヨナタンと一緒にここを訪れよう。
「まずは、このシーズンを成功させようね。千秋楽までうまくいったら、みんなで食べに来たいな」
(初出:2021年8月 書き下ろし)
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