【小説】天使の歌う俺たちの島で
今回の主題に選んだのは、カリブ海の小さな島トリニダード・トバゴで生まれた楽器、俗に言う『スティール・ドラム』です。もともとがドラム缶だとは思えないような、澄んだ音を出すドラム。この音を聴くと、心は実際には行ったこともないカリブの海に飛んでいくようです。
ストーリーに伝説的なカリプソニアン、ロード・プリテンダーの『Human Race』の歌詞の一部をはさみました。陽氣なリズムと歌い方の中で政治問題を皮肉たっぷりにはさむ彼らの音楽は、誰かの都合で連れてこられて、厳しい労働に耐えながらこの島に根付いた人びとの抵抗であり、かつ誇りでもあるアイデンティティーの発露です。そして、スティール・ドラム『パン』もまた、おなじ誇りが詰まっている楽器です。「天使の歌声」と称される音色の奥に、そんなあれこれが潜むことを、この作品を書くにあたっていろいろと知りました。

天使の歌う俺たちの島で
エメラルドブルーの海。浜辺に遊ぶ波頭は真っ白だ。椰子の木は穏やかにそよぐ。遠くを観光客たちを乗せたボートが矢のようにラグーンを横切っていく。ビーチや船着き場からは離れているが、喧噪と全く無縁でいられるほどの距離ではない。振り向くとマングローブの林の向こうに背の高い椰子の林と鬱蒼たる木々に覆われた島の中央部が見える。
小さな島の北東、空港や島の首都であるスカボローからもっとも離れた街。ジョージは、スペイサイドで生まれ、他の土地で暮らしたこともない。海の見える裏庭に座り、ドラム缶を楽器へと加工していく。
マングローブに止まっていたソライロフウキンチョウが、その音に驚いて飛び立った。グレーと淡い青の羽を持つ15センチほどのこの鳥はカリブ海ではありふれているが、この島に居る固有種は地元ではブルージーンと呼ばれ、より深い青の羽色をしている。
島に居て、他の仲間と交わることが少ないと、世代を経るうちに何かが固定していくのだろう。
タニア。お前は、だから、ここから出ていきたいのか。
「あたしは、ちりちり頭で、こき使われるだけの人生を歩む子供は産みたくないの。あの国で産まれるだろうあたしの子供は、エキゾチックで美しい肌を持つと尊重されて、立派な教育も受けて、銀行家や弁護士やプロジェクトマネジャーとして成功するんだわ。そして、あの海辺のホテルで優雅にバカンスを楽しむのよ」
それは、お前の肉体に夢中になった、あのヒョロヒョロ男が吹き込んだんだお伽噺だろう。コンピューターのキーボードを叩くだけで、タロイモの袋を持ち上げることもできやしない頭でっかちな男。
朝から晩まで同じ仕事が繰り返される。ジョージも、地元の仲間たちも、ラグーンでのシュノーケルや、テラスでの朝食に縁はない。あるとしてもサービスを供給する側であって、バカンスを楽しむことはない。
ジョージは、ひたすら鉄球を打ち付けていた。ただのドラム缶は、正しく計測した上で半球形にたわませて、決まったところをくぼませることで、一般的に『スティール・ドラム』、トリニダード・トバゴでは『パン』と呼ばれる楽器となる。
すり鉢状に成形されたドラム缶の底面に音盤が配置されており、この音盤を先端にゴムを巻いたバチで叩くことにより音が発生する。
かつて労働力にするためにアフリカから奴隷が連れてこられた。彼らは厳しい労働の合間に故郷を懐かしみドラムを叩いて故郷の歌を歌った。19世紀半ばに宗主国イギリスは、反乱を怖れて太鼓など楽器の演奏を禁止した。それでも、歌や音楽を諦めなかった人びとは竹の棒を叩いていた。1937年にこの竹の棒も治安上の理由から禁止されると、人びとは代わりにドラム缶を叩くようになった。1939年にウインストン・サイモンが、その簡易打楽器を修理中に、叩く場所によって音が違っていることに偶然氣づき、『パン』のもととなる楽器が生まれた。現在では『20 世紀最後にして最大のアコースティック楽器発明』といわれ、トリニダード・トバゴの誇りとなっている。
ジョージは、『パン』制作職人として生計を立てている。骨の折れる力仕事であると同時に繊細さも必要とされる職人技だ。石油運搬の廃材であるドラム缶から「天使の歌声」にたとえられるほどの透明感のある倍音を出す楽器にするのだ。カリプソ音楽とともにカリブの風を世界に広げた立役者。ここトリニダード・トバゴで『パン』は1つ1つ手作りされている。
なあ、タニア。観光客であふれるバーの勤めをはじめたのも、お前の野心のためか。だが、ヨーロッパとやらがそんなにいいところならば、どうして奴らはここに押しかけるんだ。どうしてここを地上の天国だとため息を漏らすんだ。
ドラム缶は、45分ほど鉄球で叩きつけるとゆっくりとたわみはじめる。ここからが長い。ハンマーで叩くのだ。中華鍋のように深く滑らかな球面にする必要がある。どの部分も均等に叩き続けねばならない。時には反対側から叩く。経験に裏打ちされた氣の長い仕事だ。
視界に赤いものが目に入り、彼が目を上げると、先ほどブルージーンが止まっていたマングローブの枝に、黒い翼と尾を持つ真っ赤な鳥がいた。
「アカフウキンチョウ……。またか」
ソライロフウキンチョウと違い、この赤い鳥は本来ここにいるべきではない。アメリカ合衆国からメキシコ、アンデスのある南米の北西部へと渡る放浪者だ。名前もかつて分類されていたフウキンチョウ科のものを名乗っているが、現在ではショウジョウコウ科に分類し直されたと教えてくれたのは、タニアだ。つまり、あの女が結婚しようとしている金髪男の知識なのだろう。
赤い鳥というのは、旅を好むものなのか。トリニダード島でたくさんの観光客を惹きつけるスカーレット・アイビス。海を越えるオオグンカンドリ。アカフウキンチョウに似た見た目を持つベニタイランチョウ。
俺たちは、奴隷としてカリブに連れてこられた者たちの子孫だ。広大なアフリカの各地から集められて連れてこられた人びとは、お互いの言葉もわからず、その文化も尊重されなかった。混ざってしまった今では、どこに帰るべきなのかもわからない。お互いに意思疎通をし、苦しみと悲しみの中でも愉しみと笑いを分かち合うために、音楽と踊りがあった。それが、カリプソと『パン』の魂だ。
タニア。お前が産もうとしている、あの金髪男の子供は、もしかしたら俺たちほど黒い肌の色じゃないかもしれない。でも、お前自身が白人になるわけじゃないんだぜ。
俺は、『人権教育』とやらには詳しくないから、お前が主張する誰からも蔑まれない生活とやらを否定するつもりはない。でも、ここにバカンスに来るたくさんのイギリス人、ドイツ人、フランス人、その他のたくさんのヨーロッパの奴らが、アメリカ人観光客よりも俺たちを同じ『人類』に見做していると感じたことはない。お前の行きたがる「あの国」は存在しないユートピアだと思うぞ。
Take for instance in the animal creation
There is no such thing as pigmentation
We got black and white in horse, goat, and hog
And very often you could bounce up a brown-skin dog
How the hell you eating pork from the black-skin sow?
You don't ask for white meat from the white-skin cow?
Well if the animals have equality
What the heck is the difference in you and me?
(From “Human Race” Lord Pretender)
例えば、動物について考えてみろよ。
色の違いによる差別なんてないだろう。
馬、山羊、豚にも黒と白がある。
褐色の肌の犬もよくいる。
あんたが黒皮の雌豚の肉を食べるとはどういう了見かい?
白い肌をした牛の白い肉は頼まないのか?
ふうん、もしどの動物も同じだっていうのなら
あんたと俺の一体どこが違うっていうんだ?
(ロード・プリテンダー ”人種”より 八少女 夕訳)
ジョージは、アカフウキンチョウから目を離すと、再びハンマーを振り上げ仕事を続けた。迷い鳥もその音に慌てて去って行っただろう。
午後はあっという間に過ぎていく。ドラム缶はようやく『パン』らしい形になってきた。ジョージは汗を拭いた。
「ジョージ」
顔を上げると、真っ赤なワンピースが目に飛び込んでくる。
「タニア」
子供の頃、この庭で一緒に駆け回っていた時には、こんな風に姿を見て息を呑んだり、目が離せなくなったりすることはなかった。大人になったら、もう一緒に遊ぶことも、オレンジジュースの速飲み競争をすることもなくなるなんてな。だが、そんなことを考えているのは俺だけか。ジョージは眼をそらす。
タニアは、近づいてくると「もうランチタイムよ」といって、持っていたバスケットから紙包みを取りだした。
「へえ。ダブルスか」
「揚げたてよ」
ダブルスは、トリニダード・トバゴでよく食べられているファーストフードだ。バッラと呼ばれる揚げパンにひよこ豆のカレーやピクルスを挟んだ物で、かつては朝食時にしかなかったものだが今では1日中屋台が見られるようになった。近くの海岸に屋台を出しているサム爺さんのダブルスは絶品だ。
ジョージは、小さな冷蔵庫からオレンジジュースを取りだして、2つのガラスのタンブラーに注いだ。タニアは、黙って戸棚を探りアンゴスチュラビターズの瓶を見つけると、それを両方のタンブラーに入れた。トリニダディアンの好むハーブ類の抽出液で、これを入れるとただのオレンジジュースも苦みが増してグレープフルーツのような複雑な味わいになる。この飲み方を、ティーンの頃から2人はしてきた。
ジョージは、まだ熱いダブルスにかぶりついた。複雑な香辛料の味わいが舌から喉の奥にまで広がる。それからひよこ豆の旨味とバッラの油分が朝からの労働で疲れた身体に新しいエネルギーを流し込んでくるようだ。
「美味いな」
「シャーロットヴィルに絶対的に足りないのは、なんといってもサムおじさんの屋台だわ」
そう言うと、タニアは油で汚れた指をなめてからオレンジジュースを飲んだ。ジョージは、その様相を横目で眺めながら、言うべきではないと思いつつも嫌みを口にした。
「ヨーロッパに行ったら、ますますサム爺さんの屋台からは遠ざかるだけだろう」
タニアは、ジョージの方を見ようともせず、むしろオレンジジュースのほとんどなくなったタンブラーを睨みつけたまま答えた。
「遠くなんかならないわ。当面は行かないもの」
ジョージは、おや、と思った。
「延期かよ。なんで」
「あの男、独身じゃなかったのよ。1週間遅れで妻がやって来たの。時間とエネルギーの無駄だったわ。本当に腹が立つ」
「3日前の話とはずいぶん違うじゃないか。もう婚約したみたいな言い方だったぞ」
「あんなに熱心に口説くんだもの。時間の問題だと思ったのよ。それに、カラルーを作ってあげたいって言ったら、『ぜひ、食べてみたい』って言ったのよ。結婚する意思があると思うじゃない」
カラルーは、タロイモの葉とオクラを唐辛子入りのココナツミルクでとろとろになるまで煮た料理で、トリニダディアン男性にとって「君のカラルーを食べたい」は求愛サインだ。
「カラルーにそんな意味があるなんて、ヨーロッパからの観光客にわかるかよ」
「そうかもね。でも、そんなことをいちいち口で説明するなんて、ロマンティックじゃないし、疲れるわ」
「島の男以外と結婚するってことは、そういうことだぜ。カラルーも、ダブルスも、アンゴスチュラビターズもないし、『パン』の鳴り響くカリプソも流れていない世界に住むんだろ」
タニアは、少し怯んでから挑むようにジョージを見て「そうよ」と言った。その勢いは、前ほど確信には満ちていなかった。
「カラルーなら、俺がいくらでも食うぜ」
ジョージは、庭の木を見ながらなんでもないように言った。ちょうどブルージーンが再び飛んできて停まったところだ。
タニアは、変な勢いで立ち上がり、真っ赤なスカートを翻して言った。
「モリーおばさんのカラルーに敵うわけないでしょ!」
ジョージは、肩をすくめた。
「母さんのカラルーはもう何年も食べていないよ」
タニアは、疑い深い目つきでジョージを見た。
もちろん、何年食べなくたって、母さんのカラルーの味を忘れるわけではない。でも、それとこれとは別の話だ。不味いカラルーだって、お前が不実な男に食わせるのは嫌だ。イライラする。ジョージは、ブルージーンの羽ばたきをみつめた。
「いつか、こんなちっぽけな島、出ていくんだから」
タニアは、飛び去るブルージーンの後ろ姿を見送った。
「いつまでも、そう言っているといいさ。思うのは自由だからな。でも、それはそれとして、俺にカラルーを食わせる予定も考えておけよ」
ジョージがたたみかけると、タニアは「まっぴらよ!」と叫びながら身を翻して立ち去った。顔が赤く見えるのは、ワンピースのせいだろうか。その後ろ姿は、迷い込んだアカフウキンチョウのようだ。
だけど、タニア。俺たちは、鳥のようには自由に飛んではいけない。国境だの、人種だの、金だの、その他たくさんの俺たちを阻むものが、そんなことはさせないというんだ。だから、命の危険を冒して、海の彼方のどこにあるのかわからぬ国を目指す代わりに、ここで『天使の歌』を響かせ、陽氣に歌い踊る方がいいことに氣づけよ。
熱いカーニバルがあり、魂を沸かせるカリプソのあるこの地で。年中心地よい風を運んでくる輝く海辺で。
(初出:2022年2月 書き下ろし)
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【小説】お茶漬けを食べながら
今日の小説は「scriviamo! 2022」の第6弾です。ポール・ブリッツさんは掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!
ポール・ブリッツさんの書いてくださった 『水飯』
ポール・ブリッツさんは、オリジナル小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書いていらっしゃる創作系ブロガーさんです。毎年ポールさんのくださるお題は手加減なしで難しいんですけれど、今年も例に漏れず。「今年はダメかも」などとおっしゃりながら超剛速球。
ポールさんがくださったお題は、ホラーのショートショートです。結末というか、このお話をどう読むかは、読者の手に委ねられていると思うのです。私はこの作品に直接絡む勇氣はなく、かといってホラーを書く技術もなかったので、お返しには悩みました。
そして、決めたのが、ポールさんの作品の中で、氣になった台詞と題材を組み合わせて、全く別の関係のない話を書いてしまおうということでした。ですから、この話は、ポールさんのお話の解釈などではありませんよ。
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お茶漬けを食べながら
——Special thanks to Paul Blitz-san
目的の店は、既に閉店していた。鉄板の上でジュージューと音を立てるハンバーグステーキ、結局思い出だけになっちゃったか。
由香は、早起きしたのになと唇を噛みしめた。
休職してでも時間を作って、美味しいものを食べ尽くそうと決めたのは、例の布告が出てから2日後だった。公告から実施までたったの2か月しかないのはひどいと思ったが、文句を言ったり、抗議行動したりに費やす時間は無かった。
それは本当に寝耳に水だった。国際連合環境保護計画ならびに国際連合食糧保護機構の指導で、全世界で同時に100年間、人類の食生活を制限し地球環境の保全と回復を実施することになったというのだ。
来月1日より、世界中の人類が個人的な調理と食事を禁止される。生存に必要な栄養は、支給されるパックから摂ることとなる。サンプルを見たところ、小さめのレトルトパックに入った肌色のクリームで、エネルギー、タンパク質、油脂、ビタミン類、食物繊維、必須アミノ酸、ミネラルなどが、効率よく収まっているそうだ。
従来のような食事は厳禁といっても例外はある。環境保護基金に、100万米ドル相当の環境回復準備金を納めることで、同一家計内の家族は60日分の「調理または外食産業による従来形式の食事」が許可されることになっている。つまり、年間600万米ドル払う財力のある者たちは、これまでのように好きな物を食べて飲むことが可能だ。
もちろん、その様な大金を用意することのできない一般市民からは、反発と批判が湧き起こったが、各国の政府は申し合わせたかのように民衆を黙殺し、実施日が決定した。来月より由香のような一般市民は、死ぬまで合法的にまともな食事を楽しむことは許されなくなる。
先月は毎日のように起きていたデモも、今月に入ってからはまばらになった。デモに参加するなど、環境保全に非協力的な者には、数日分の栄養パック支給を停止するという政令が出されたからだ。来月になれば、全てが過去のことになるだろう。
由香のように、休職や退職をしてまで食べ歩きに精を出す者は多数派ではないが、少なくとも人びとの関心は「今日は何を食べるか」に集中した。
それは、外食産業に携わる人びとにとっても同じで、どうせ今月いっぱいで店を閉めることになるならと、既に店をたたみ新たな生業を始める準備をしたり、引退して食べ歩きに専心したりする経営者も多かった。由香が食べたかったハンバーグの店も、そうした理由で店を閉めてしまったらしかった。
ガッカリしている時間など無い。どんなに食べたくても、1日に食べられる量は限られている。食べておきたいものは無限にあった。
スーパーマーケットはいつも混んでいる。今までは1度だって買おうとしなかった和牛や、大きな鰻の蒲焼き、皮が軽くて絶妙なサイズと評判のクロワッサン、大ぶり車エビの天ぷら、宝石のようにフルーツが収まったゼリー、贈答用でしか買ったことのないマスクメロン。今月のエンゲル係数はどの家庭でも恐ろしく高くなっているに違いない。少なくとも由香は定期預金を解約して食べ納めの軍資金にした。
中には、今のうちにいろいろな食材を買ってどこかに隠し、後々裏取引で大きく儲けようとしている輩もいると聞いた。だが、そうした取引は厳しく罰せられるので、由香は売ることはもちろん、買うことにも批判的だ。少なくとも彼女は法律に背くようなことはしないつもりだ。合法な今のうちに食べ尽くして、あとは大人しく法に従う予定。
食べたいけれど、食べられない。由香はその苦悩をよく知っている。もちろんこれからのような深刻な制限ではないが。子供の頃、由香は自然派の母親にさまざまな食品を禁止されていた。
子供の頃は、友だちのお弁当を彩る赤いソーセージ、冷凍食品の唐揚げやコロッケを羨ましく眺めていた。キャラクター玩具のついたお菓子、きれいな色をしたゼリー、真っ赤な缶の清涼飲料水。欲しがる度に母は頭を振った。
「これに入っている合成着色料は発がん性があるの」
「増粘剤や安定剤の入っているような食品は、体によくないわ」
「香料や化学調味料でごまかされた味のものを食べていると、本物の味がわからなくなるわよ」
「こんな物を飲んだら、骨が溶けます」
それでも、まだ由香が小学生の頃はよかった。母親は、普通に肉や魚を調理していたから。だが、それから数年して母親は玄米菜食主義に凝りだした。
由香が忘れられないのは、母がそれまで持っていた料理本を全て捨てて、新しくいくつもの料理本を買ってきたことだ。それまでの料理本は、見ているだけでお腹がすいてくる美味しそうな写真が載っていたけれど、新しい本は地味な緑か茶色っぽい料理ばかりで、とてもおいしそうに見えなかった。実際に母親が作る料理は、その写真よりもさらに見栄えがいまいちで、味も薄いものばかりだった。
「なんか物足りないよ。たまにはお肉やお魚食べたいな」
由香がいうと、母はむきになっていった。
「動物性タンパク質は、分解されにくくて身体に負担がかかるの。このお豆腐の方が、良質のタンパク質だからこれを食べるのよ」
「でも、味が薄いよ。もう少し油で焼いてお醤油で焦がしたりとか……」
「そういう調理は身体に刺激が強すぎるのでダメです」
父親は、もともと仕事が忙しいといってあまり自宅で夕食を食べない人だったが、玄米菜食しか出なくなってからは、夕食にはほとんど帰宅しなくなった。昼食も夕食も好きなものを外で食べていたのだろう。たまに休みの日に、自宅で一緒に食卓を囲むこともあったが、それが口論のもとになることも多々あった。
「こんなものばかり食べて、力が出るわけないだろう」
「私は、あなたたちのためにやっているのよ」
おそらくそうだったのだろう。母親はいつも善意と生真面目さから、朝から晩まで家族のために心を砕いて丁寧な家事をしていた。
でも、由香は高校生になると母親に黙ってほしいものを買い食いするようになった。ちょうど父親がそうやっていたように。修学旅行で出てきた海の幸と山の幸を大いに楽しんだし、自動販売機でありとあらゆる砂糖と着色料まみれの清涼飲料水を買った。
家族のためにあれほど心を砕いた母親は、なにか必要な栄養素が足りなかったのか、数年で痩せ衰えて、身体を壊し、若くして亡くなった。
亡くなる前の数年間は、玄米菜食主義は返上し、体調のいいときは、由香と一緒に外食することもあった。由香の初任給で、一緒にしゃぶしゃぶを食べにいったのが最後の外食になった。奮発した和牛を「由香ちゃん、もっと食べなさい」と譲りつつも、美味しそうに食べていた姿が今でも脳裏に浮かぶ。
母が生きていたら、『食生活の制限』をどう思ったことだろう。彼女の繊細な心は、工場でパック詰めされた肌色のクリームを摂取するだけのディストピアに耐えられただろうか。
由香は、この際、母親のことは横に置いておこうと思った。食べ納めの日々を決意してから、由香が食べているのは、ほぼ全て母親が禁止したことのある食品ばかりだった。
大人になって、由香にもよくわかっている。精製された食品に問題があること、焼きすぎた食品に発がん性の恐れがあること、コンビニエンスストアで売っている食品に大量の食品添加物が使われていること、おもちゃやキャラクターが包装に描かれているからといって食品の味がよくなるわけではないこと。
母親のいっていたことの大半が正しく、彼女の「家族のためを思って」の信念が決して間違ってはいなかったことも理解しつつ、由香はそれを無視したひと月を過ごそうとしている。
身体に悪いことがなんだというのだろう。「そんな食べ方をしていたら身体を壊すわよ」という母親の言葉ももう意味をなさない。だってこの食べ方は、このひと月でおしまい、2度とはできないのだから。
ハンバーグステーキがダメだったので、豚骨ラーメンの店を目指したが遅かった。美味しい店は、同じように食べ納めに奔走している客たちが押しかけている。由香は、予定にはなかったが一番好きなファーストフード店に入ろうと思った。
ひと月はあっという間に過ぎ去った。この間に由香は3度の国内旅行もした。讃岐うどんを食べに高松へ行き、帰りに神戸でステーキと明石焼きを堪能した。北海道で海鮮丼と味噌ラーメンを食べた。九州では宮崎の地鶏や福岡の水炊き、そして鹿児島で黒豚とカンパチに加えて文旦も食べてきた。
望んだものを全て食べ尽くしたわけではないが、全ての食事を「後悔の無いように」という選択基準で選んだだけあり、バラエティに富んで好物ばかりの食卓だった。
残りはあと3日だが、由香は外食をやめて自炊をすることにした。2度と使うことのなくなる調理器具をこのまま錆びさせるのもどうかと思ったのだ。
今まで買ったこともない高い米を買ってきた。比内地鶏、鹿児島黒豚、それに鰻の蒲焼きも何とか入手できた。放し飼いで育てられた烏骨鶏の卵、有機農法の野菜も買ってみた。有機大豆を使った味噌、最高級品の本枯かつお節、国産丸大豆の天然醸造濃口醤油など、これまで買うことすら考えなかった高級調味料も揃えた。
最高の味を実現しようと思って大枚を叩いたものばかりだが、よく考えたら母親が口を酸っぱくして言っていた「いい食材」が揃っている。母には、夫の稼いでくる給料を食材ばかりに裂く自由もなかったし、今のように「2度と食べられないのだから」という大義名分もなかったので、こんな高級食材ばかりが揃うことはなかったけれど。
仕事をしていた頃は、丁寧に米をとぐことはあまりなかった。丁寧な暮らしなど半分バカにしていたし、調理して食べることは永遠に続く惰性の一部でしかなかった。
そういえば高校生の時、友だちと「最後の晩餐は何がいいか」って話題をしたことがあったな、米をとぎながら由香は思う。
雑誌に「アメリカの死刑囚の最後の食事は希望を通せる」という記事があり、多くの死刑囚がハンバーガーやピザ、フライドチキンなどを要望したことが書かれていた。それは、由香や友人の「最後に食べたい食事」とは違っていたので、自分なら何がいいかと話しあったのだ。
その時に、由香が選んだのは和牛のすき焼きだった。当時はちょうど母親が玄米菜食主義を貫いていた時期で、無性に美味しい肉が食べたかった。すき焼きならお肉も、しらたきも、白菜もお豆腐も入っているし、生卵やご飯も好きだし。
一方、友人が選んだのは、お茶漬けだった。
「なんでお茶漬け?」
由香が訊くと、友人は笑った。
「カレーにしようかとも思ったけれど、カレーなら刑務所で普通に出てくるかなと思って。でも、お茶漬けは出てこなさそうでしょ? 私、カレーとお茶漬けが好きなんだよ。ずっとそれだけでもいいってくらい」
由香は、米をとぐ手を止めて、冷蔵庫に向かった。先日見かけて買った紫蘇の実漬けのパックが入っている。1人暮らしをしてから初めて買ったその漬物は、母の大好物だった。
茶色い煮物ばかり作っていた時期も、玄米菜食主義に凝り固まっていた時期も、そして、身体を壊して病人食を食べるようになってからも、変わらずに母が好んでいたのはお茶漬けだった。主義を守るために意固地になっているときも、疲れたときも、うまく行かないときも、お茶漬けは常に母親の喉を通っていった。
由香自身も、仕事が忙しくて帰ってきて料理などしたくない日に、とりあえず冷やご飯に漬物や梅干しと海苔を載せてお茶漬けにすることをよくやっていた。
ふかふかのご飯が炊けて、由香はそっと茶碗によそうと、紫蘇の実漬けを載せた。新しいパリパリの海苔は湯氣に踊った。わずかに醤油をかけてから、煎茶を入れた。
サラサラと喉を通っていく白米とお茶は、由香を子供の頃の台所に連れて行った。母親の笑顔と優しい言葉が蘇る。
家族のためによい食事を作りながらうまく行かずに悩んだ母が泣きながら食べていた姿も。そうだ、あの頃の母親は、今の私と10歳も違わない年齢だったな。由香はぼんやりと思った。世界が私の手に余るように、あの時はお母さんの手にも余っていたのだろう。
悲しくてしかたない。試行錯誤を繰り返して、身体によいものを自分と家族のために食べさせようとしていた母親は、その努力の甲斐なくこの世を去った。由香もまた、精一杯の真面目さで暮らしてきたけれど、あと3日でささやかな楽しみすら永久に取りあげられる。
このひと月を狂ったように好きなものを食べることに費やしてきた。でも、不安と悲しみ、怒りはいつも胃の底に蹲っていた。
日本全国の美味で五感をしびれさすグルメの数々を暴食してもおさめることのできなかったなにかが、身体の中からあふれていく。由香は涙を流しながらお茶漬けを流し込んだ。紫蘇の実の香りとみじん切り大根の歯触りが、懐かしい。
人は、栄養素だけでは生きてはいけない。ファーストフードや、黒毛和牛、それに高級フレンチを食べなくても生きていけるかもしれないけれど、大金持ちでなければ、普通の食事がまったく許されないなんて、とことんフェアじゃない。
由香は、法を破る決意をした。買えるだけの米を隠し持とう。バレないように漬物にできるような野菜を栽培しよう。そして、月に1回はこっそりとお茶漬けを流し込んで生きていることを確認しよう。
それを決めた途端、急に晴れ晴れとした心持ちになった。腹の底から笑うと、買いためた他の食材をこの3日で食べ尽くすために、鍋の準備を始めた。
(初出:2022年2月 書き下ろし)
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にゃんにゃん、にゃんにゃんにゃんの日が来る

ええ、昔はペットの話題では人ごとモードで「かわいいですね」で済ませていた私も、すっかり下僕にされてしまいました。またしても猫の記事です。まあ、このブログを訪れる方は「ペットなんかどうでもいいんだよ、小説の更新をはよ!」って方は皆無なんで、いいですよね。
一応、猫の話題にばかりならないように、自制はしているつもりですけれど、ほら、2022年2月22日って、あと200年は来ないにゃんにゃん並びですし、この話題でもいいかなと。
私の実家は、父が大きな楽器を弾く仕事を生業としていましたので、ペットを飼うことは論外でした。なので、私は猫飼い初心者です。
今から思えば、猫を飼っていたら実家ももう少し整理した家になっていたかも。連れ合いの工場に住んでいる半野良猫のゴーニィですが、彼が寝泊まりするようになってカオスだった連れ合いの工場はかなり整頓された状態になりました。そうです。猫のいる家庭では、何を壊されても放置しておいたニンゲンが悪いのです。
連れ合いはガラケーを破壊されました。猫でなかったら半殺しにするんじゃないかと思う怒りっぷりでしょうが、彼も骨抜きにされているのであっさり諦めていました。
連れ合いのゴーニィの溺愛ぶりは驚くばかりですけれど、まあ、私も人のことは言えないです。いつもはなにもしないバレンタインデーにいそいそと『シ○バ』を買ってくる体たらくですもの。
はじめはすべてその辺にあるもので間に合わせていたのが、少しずつ彼専用の物が増えています。猫トイレ、猫食器などなど。そして、オモチャも、以前はお菓子の袋や木の枝だけだったのですけれど、今は、専用オモチャを持っています。実は、日本から送られてきたものです。私の姪が、こころゆくまで猫と遊ぶのが夢という猫好きで、ゴーニィにとオモチャを選んでくれたのです。
このオモチャのネズミは、もらったこの日は写真のように白かったんですけれど、いまやねずみ色です(笑)
去年までのにゃんにゃんの日は、完全な人ごとでしたけれど、今年はブログの記事にしてしまおうと思うくらい、猫中心の考え方になってしまっているのは笑えます。こうやって、世界中のペット飼いの人たちは、「我が家の一員」に夢中になって日々を過ごしているんだなあとわかったのは、なかなかいい体験でした。というわけで、これからも時おり猫関係の記事を載せてしまいますので、うんざりせずにおつきあいください。
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【小説】鯉の椀
今日の小説は「scriviamo! 2022」の第5弾です。もぐらさんは、オリジナル作品の朗読で参加してくださいました。ありがとうございます!
もぐらさんの小説と朗読 『第613回 鯉のお椀』
もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。お一人、もしくはお二人で作品を朗読なさり、当ブログの作品もいくつも読んでくださっています。いつもとても長くて本当にご迷惑をおかけしています。
今年は完全オリジナル作品でご参加くださいました。日本の民話風の作品で、とても優しい結末の作品です。毎年のように貧乏神様が登場しています。今年はやめようかとも思ったとおっしゃいましたが、いらっしゃらないと寂しいなあと思うようになりましたよ!
お返しですが、去年までは平安時代の「樋水龍神縁起 東国放浪記」または『バッカスからの招待状』シリーズの話を書いてきましたが、今年は趣向を変えました。『ニューヨークの異邦人たち』シリーズから脇役たちが出てきました。もぐらさんは、ご存じないシリーズだと思いますが、単にニューヨークのアンティークショップが舞台だというだけですので、シリーズをわざわざチェックする必要はありませんよ!
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【参考】 (クレアとクライヴの出てくる話)
ニューヨークの英国人
それは、たぶん……
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ニューヨークの異邦人たち・外伝
鯉の椀
——Special thanks to Mogura-san
灰色の空を見上げ、クレアはコートの襟とストールの位置を直して、再び歩き出した。ニューヨークの冬の厳しさには慣れない。北緯40度のニューヨークは北緯51度である故郷イギリスの首都のロンドンよりもずっと南に位置しているのに、冬の平均温度が7℃も低いのだ。
今日はまだマシだ。でも、冷え切らないうちに早く職場に戻ろうと思った。郵便局との往復はいい氣分転換になるが、この季節はあまり嬉しくない。
クレア・ダルトンが働くのはロンドンに本店を置く骨董店《ウェリントン商会》のニューヨーク支店だ。支店長であるクライヴ・マクミランに非常に『英国的』であることを見込まれてこの店で働き出してから1年が経ったところだ。本当は双子の姉の消息を確認したら英国に戻るつもりでいたのだが、クライヴの示した破格の待遇と、失業保険事務所の長い列に並ぶ憂鬱さとを秤にかけて、結局は異国に住むことを決めた。
その決定は特に間違ったとは思っていない。ニューヨークは、ぞっとするくらい寒いことを除けば、すぐに逃げ出したいと思うほどにひどい都会ではない。柔軟性のそこそこあるクレアにとってはなおさらだ。
歩き出そうと足を踏み出したところ、誰かが手を振っていることを視線の端で捉えて、クレアは横を見た。キャシーだ。
ダイナー《Sunrise Diner》は、クレアとクライヴのよく訪れる店だ。実のところ好みにうるさいクライヴが行きたがるとは到底思えないタイプの店だ。けばけばしい看板に、赤い合皮のソファーと黒いテーブルを基調としたフィフティーズのインテリアは、まったく『英国的』ではない。
だが、少々クセのあるクライヴをあるがままに受け入れてくれる懐の広いスタッフと常連客の存在は、彼にとっても心地よいのだろう。クレア自身はニューヨークらしいこの店がとても好きだ。とくに若いのに店で一番の古株として働くキャシーと話をするのが好きだった。
ガラスドアを開けて店に入り、クレアはキャシーに話しかけた。
「ハロー、キャシー。どうかしたの?」
カウンターで忙しく働くキャシーは、クレアに笑いかけた。
「ハロー。あのね、クライヴに頼まれていた件、ミホからの返信が来たの。帰りに届けようかと思っていたけれど、店が忙しくなってしまってそっちの閉店に間に合わないかもと思っていたのよ」
ああ、茶碗の件ね。クレアは頷いた。クライヴが先週、キャシーの元同僚の日本人女性に、入荷した磁器のことで手紙を送ってもらったのだ。
クレアは、返信を受け取ると「また来るわね」と挨拶して店の外に出た。クライヴはこの手紙を、今か今かと待っていたのだ。
5分ほど歩いて、クレアは《ウェリントン商会》に着いた。一見、狭くてどうということのない古道具屋に見えるが、実は店はL字型になっていて、表からは見えていない場所に立派なアンティーク家具や、ヴィクトリア朝時代の陶磁器などが品良く並んでいる。地下倉庫の他、クライヴの住居のある2階にも値の張る品をしまう部屋があり、クレアは3階の心地のいい部屋を格安で借りていた。
「ああ、お帰り、クレア。ご苦労様でした」
ドアを開けると、クライヴがすかさず礼を言った。この彼女の上司は変わったところは多々あるけれど、フェアさと礼儀正しさは評価すべき美点だと、クレアは常々思っていた。
「ただいま。帰りにキャシーに頼まれて、ミホからの手紙、預かってきたわ」
「おや。それはありがたいね。せっかくだから、お茶でもしながら一緒に返信を検討しましょう」
クライヴは、奥からスポードのブルー・ウィローのティーセットを持ってきて置いた。実は、2階には、貴重なジョージ4世時代のブルー・ウィローのティーセットが完璧な形で揃っているのだが、本物志向のクライヴでもさすがにそれで日々のお茶はしない。今ここにあるのは90年代に作られた復刻版だ。
クレアがお茶の用意をしている間に、クライヴは2階に行って、木箱を持ってきた。サイドテーブルの上で慎重に蓋を開けた。紫の
「これがそのジャパニーズ・イマリなのね」
クレアはサイドテーブルに置かれた椀を眺めた。
外側は底がブルー・ウィローと同じような薄い藍の鎖文様、上部は柿右衛門によくある赤と濃い藍色そして金彩による唐草文様で彩られている。内部は非常に細かな絵付けで、底面以外は藍と萌黄と赤の複雑な唐草文様で彩られている。底面中心は赤い波紋に囲まれた白い円形で、その内部は藍で波涛に大きな魚が1匹跳ね上がっている。
唐草文様のある上部にも魚の左右にあたる位置に円形に囲まれた部分があって、それぞれに人物が描かれている。向かって右側に太りたくさんの髭を蓄え立派な服を着た人物、左側は痩せて裸足に見える人物だ。
この茶碗は裕福なコレクターの遺品から見つかったのだが、17世紀末から18世紀初頭の古伊万里だということ以外わからず、入手のいきさつ示す書類も無かった。木箱に日本語で書かれたメモが入っていただけだ。遺産相続人は、皿や壺などには全く興味が無いだけでなく場所をとるし破損に留意するのが面倒なので、早々に他の出自のわかっているたくさんの陶磁器と一緒にまとめて《ウェリントン商会》に売った。
クライヴは、この茶碗を店頭に出す前に、日本語のメモや描かれているモチーフについてはっきりさせておきたいと思った。メモとモチーフについて、まず利害関係のない日本人に情報をもらってから、古伊万里の専門家に依頼するつもりだった。サンフランシスコ在住の美穂とは面識もあり、親切で正直であることがわかっているので、うってつけだった。それで、数日前にこの椀の写真とメモのコピーを添えて美穂に手紙を書いたのだ。
クライヴは、美穂からの返信を開き、クレアに読みきかせた。
「器の年代や、どのくらいの価値がある物なのかは、私にはわかりません。器に描かれている魚は鯉です。髭があるので鯉とわかります。そして、中国や日本では、鯉は立身出世につながるめでたい魚なのです。鯉が滝を遡って龍になったという伝説があります。中国や日本では龍は神獣です」
クレアは、そういえば日本人は鯉が好きで、とても高い色鮮やかな鯉を庭の池で飼うんだったわね、と考えた。
「メモについては?」
「ああ、書いてありますよ。それについては……少し奇妙だと書いてありますね」
美穂は、メモはこの茶碗が作られた由来を書いたものだと伝えた。通常こうした由来書は作られた当時の物が和紙と墨書きで用意されているのだが、メモは普通の紙にボールペンで書いたものだったので、少なくとも20世紀以降に用意されたのだろう。
「メモに書かれた内容を要約すると、鯉の左右の人物は、昔、小さな村にやって来て、幸運をもたらしてくれた神様たちだそうです。そこでは、神様たちに感謝して鯉モチーフの椀を作りつづけていたとか。その村の出身者が、九州の有田に移住して大成し、村の神様への感謝をこめてこの茶碗を作ったそうです」
「それのどこが奇妙なの? むしろありがちな由来じゃないかしら」
「うん。ミホによると、その神様の1人は幸運をもたらす神様だけれど、もう1人は貧乏をもたらす神様だと書いてあるんだそうです。貧乏をもたらす神様を祀るのは珍しいそうです」
「まあ、確かに少し変わっているわね。でも世界には、本来の姿とは違う様相で現れて、相手の外見で態度変える人間を試す民話がよくあるから……」
「ああ、クレア。君は実に聡明な人ですね。立派な聖人と、みすぼらしい存在が一緒に人びとの前に現れる話は、ヨーロッパにもよくありますからね」
「あれからどうなったの?」
キャシーが、朝食のパンケーキをカウンター越しに置いて、クレアに訊いた。
キャシーから美穂の手紙を受け取ってから、3日ほど経った。いつもは毎日のように《Sunrise Diner》で朝食をとるクレアだが、クライヴが出張だったので店から離れられず、このダイナーに座るのはあれ以来だ。
「クライヴが出張のついでに古伊万里の専門家に逢いにいったの。美穂からの返信が役に立ったみたいよ」
「どういう風に?」
「専門家は、あの茶碗が本当に18世紀初頭以前の古伊万里であるか、疑問だって見解だったんですって。中国あたりで適当に作ったコピーや、19世紀ぐらいに日本に憧れてヨーロッパで焼いた作品もいろいろとあるから」
「偽物扱い? だったら、クライヴは大損しちゃうってことよね」
「ええ。専門家が疑った理由の1つが、あの茶碗が当時の物よりも薄いのに、全く欠けない完璧な状態であること。それに、銘柄からわかった同じ作者に、同じ鯉のモチーフが見つかっていないことだったの」
「へえ。それで?」
「美穂が書いてくれた貧乏をもたらす神様の話をしたら、そこから専門家が調べてくれたの。そして、本当にその作家の故郷の村では、日本でも珍しい風習が残っているんですって。福をもたらす神様と、貧乏をもたらす神様を一緒に祀って、鯉モチーフの茶碗を作る伝統があるそうよ。その事実は業界では全く知られていないので、却って信憑性があるってことになったみたい。クライヴは、思っていた以上の価値があることが確定してとても嬉しそうよ」
キャシーは、「それはよかったわね」と言って、クレアにコーヒーのお代わりを入れた。クライヴとこの店に来るときは、つきあって彼の持ち込んだ立派なティーポットでミルクティーを飲むクレアだが、実はアメリカ式のコーヒーも好きで、1人の時は《Sunrise Diner》の定番の朝食を楽しんでいる。
「ところで、鯉の話だけれど」
キャシーは、言った。
「なあに?」
「本当に滝を遡ったりするのかなあ」
キャシーは、古代中国の伝説とやらに懐疑的だ。
「ああ、その伝説ね。専門家がいうには、本来中国の文献には、その魚が鯉だとはどこにも書いていなくって、たんに『竜門』という名前の激流のある場所を通り過ぎた魚は勢いがいいからラッキーだという記述が、あるだけなんですって。その話が遠く日本で変節したってことみたい。そもそも滝を登る魚なんていないんじゃないかしら」
クレアは薄いコーヒーを飲みながら、キャシーと笑い合った。
「いますよ」
声のする方を振り向くと、カウンターの端に座る茶色い肌をした青年が微笑んでいた。
キャシーとクレアは、同時に「本当に?」と口にして、笑った。
「ええ。私の故郷、ハワイにいるハゼの仲間、ノピリ・ロッククライミング・ゴビーっていうんですが、急な岩場の斜面をよじ登って行くんです」
「滝も登ってしまうの?」
キャシーの問いに、青年は頷いた。
「ええ。口の中と、腹部に吸盤があって、滝でも岩を噛むようにして登ってしまいます。そうすることで上流に向かい、下流で多い嵐の影響を避けることができるんです」
「まあ。すごいのね」
クレアは感心した。
「鯉のように大きい魚だと、難しいかもしれません。ノピリ・ロッククライミング・ゴビーは体長2.5センチくらいなので、滝の水量に逆らいながらもよじ登ることができるのかもしれませんね。それでも、よじ登る姿は、とても大変そうです」
そうよね。クレアは考えた。どこかで目撃された不思議は、こうして驚きを持って語り継がれるのだろう。ハワイの話が、ここニューヨークのダイナーで語られるように、中国の話は日本に伝わり、変わった神様たちの話とともに、数百年もの間、人びとの中で語られたのだろう。
そして、大切に作られただけでなく、何百年も割れないように人びとに大切に扱われた。はるばる世界を旅して、ニューヨーク《ウェリントン商会》のショーウインドーを飾ることになった運命も、この茶碗の幸運な歴史だ。
あの茶碗の未来の持ち主に、その不思議な巡り合わせを話してあげたいと、クレアは思った。
(初出:2022年2月 書き下ろし)
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セロリソルト

我が家では、圧倒的に西洋料理というか「和食ではない料理」がメインです。これは連れ合いがあまり和食に興味が無いからでもあります。日本人と結婚する西洋人には、和食も含めて日本文化を日本人よりも好きな人がけっこういるんですけれど、我が家はそのタイプではなくて「日本に行けば和食も食べるけれど、別に食べなくても死なない」スタンスなのです。和食は、はっきりいって洋食よりも手間が多いので、私はめったに作りません。まあ、連れ合いの旅行中にまとめ作りをして「和食週間」をしたりはしますけれど、私自身も「和食を食べないと死んでしまう」タイプではないので、作るのが楽な洋食の方をメインに生きています。
という前提での話ですが、セロリソルトをよく使います。
写真にあるように、セロリの葉っぱを乾燥させた物を海の塩に混ぜて、ミルで砕いて使うだけの簡単な調味料です。
セロリは西洋料理では非常に大切な基本の野菜です。鰹節と昆布が和食の出汁とりに必須なように、西洋料理のブイヨンの基本は玉ねぎ、にんじん、セロリですよね。なので、この3つは常備しています。
セロリの話に戻ります。この野菜は美味しいだけでなく、食物繊維のほか、カリウムと各種ビタミンが豊富、肌をきれいにして胃腸も整えるうえ、香りの成分には自律神経の乱れにもいいんですって。栄養素は茎よりも葉の方に豊富に含まれているんだそうです。
とはいえ、1本買ってきてもなかなか使い切れません。日本で売っているような細くて小ぶりなセロリならまだしも、こちらのセロリはかなりゴツいのです。なので、私は適当な大きさにカットして冷凍で常備します。
で、冷凍はしない葉っぱのある部分をサラダにすることもあるのですけれど、そうでないときは乾燥させてセロリソルトを作るのです。
セロリソルトを知ったのは、そもそもKFCの味を再現したくて頑張っていたときでした。結局再現には挫折して、KFCが車で20分の所にできたこともあり、その用途では使わなくなったのですけれど、その代わりにいつもの料理でセロリソルトをよく使うようになりました。ミルで砕くと、セロリの香りがうっすらと広がるのですよ。
単なる焼いた肉や野菜蒸しに塩を入れる代わりに、こちらを入れると同じ手間でほんの少しそれっぽくなります。ヨーロッパの料理全般だけでなく、私はトルコ料理や中華料理にもこちらを入れています。和食にはまだトライしていませんけれど。
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【小説】動画配信!
今日の小説は「scriviamo! 2022」の第4弾です。ユズキさんは、サウンドノベルでご参加くださいました。ありがとうございます!
ユズキさんのサウンドノベル 「scriviamo! 2022 参加作品」
ユズキさんの記事「初サウンドノベル」
ユズキさんは、小説の一次創作やオリジナルのコミックを発表、それにイラストライターとしても活躍なさっているブロガーさんです。代表作であるファンタジー長編『片翼の召喚士-ReWork-』と、その続編『片翼の召喚士-sequel-』、そして、同じくアルファポリスで公開をはじめたばかりのパロディ漫画『片翼の召喚士if』などもとても素敵です。そして大変お忙しい中、私の小説にたくさんの素晴らしいイラストも描いてくださっています。
今回作ってくださったサウンドノベルも、既にたくさんイラストを描いてくださりコラボも幾度もしていただいた当ブログの『大道芸人たち Artistas callejeros』ものです。なんと、4人がコロナ禍でロックダウンにあい、外で稼げない代わりに動画配信をはじめるというもの。タイムリーな話題で面白く乗らせていただきました。動画配信、はじめるそうです。
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大道芸人たち・外伝
動画配信!
——Special thanks to Yuzuki-san
「さて。やるとは決めたものの、どうやるかな」
稔は、チベッカ・ビールの瓶を傾けた。チベッカはバルセロナが本拠地Damm社のセルベッサ銘柄でお手頃価格な上、爽やかで飲みやすいのでここのところ稔が愛飲している。
「まあ、とりあえず配信用のチャンネルの登録はしましたよ。『La fiesta de los artistas callejeros』事務局名義で」
レネが、ブラウザの画面を指さした。
すでに何度目になるかわからないロックダウンで、大道芸も商売あがったり状態の4人は、暇を持て余していた。本来ならば、今ごろはカデラス氏の店で恒例のディナーショーで稼いでいるはずだったのだが、バルセロナ入りした途端に理不尽なロックダウンにあってしまったのだ。
「何度同じことすりゃ、氣が済むんだよ、まったく」
「ついこの間までは二酸化炭素排出を抑えて、氣候変動を止めるためのロックダウンでしたよね」
「その前は、例の疫病だろ? もういい加減にしてくれ」
「なんだかわからないけれど、人びともうんざりでしょうね。ロックダウンと、反ロックダウンデモの繰り返しって不毛だと思うんだけれど」
サロンに入って来た蝶子がため息交じりに言った。
「半年後のフィエスタだって開催できるか赤信号だし、こっちも本当にいい迷惑だよ」
稔が事務局長をつとめている『La fiesta de los artistas callejeros』、通称フィエスタは、世界中からの大道芸人たちが一堂に会する大道芸人たちの祭典だ。だが、国境が封鎖されたり、飛行機が突然飛ばなくなったり、入国する度にやたらと高額な検査を要求されるようになったりすると、大道芸人たちも簡単には来られない。観客ともなるとなおさらだ。
ロックダウンで仕事もなくなり、当面は滞在中のカルロスの屋敷で酒飲みに明け暮れるしかない4人は、とりあえず暇な時間を利用してフィエスタが現地で開催できない場合の代替案としてネット空間上でのフィエスタ開催を模索することにした。だが、それ以前に彼ら自身が動画配信サービスを利用したことすらない状態はまずいだろうということになり、動画配信にトライすることになったのだ。
チャンネル登録はしたものの、何を配信するかという話になるとまとまらない。
「1億回再生って、ホンキの目標かよ」
「あれはヴィルの渾身のジョークでしょ?」
「あれでジョーク?!」
蝶子は、片手に持っているグラスからシェリーを飲んだ。
「いきなり儲けようとしても、そうは問屋が卸さないでしょ。まずは私たちらしい映像で、他の動画配信とは違う部分をアピールする方がいいんじゃない?」
稔は、腕組みをしながら答える。
「俺たちらしいか。大道芸パフォーマンスや演奏はもちろん入れるとして、それだけでない売りになる映像もほしいよな」
「大道芸だけで勝負しないと、またテデスコが邪道だと怒るんじゃないですか?」
レネは心配そうに言った。
「いや、俺たちの大道芸だけでなく、フィエスタの魅力を伝える目的もあるからさ。ロックダウンがこのまま続けば、この動画チャンネル上でフィエスタを開催することになるだろうし、反対にその時期にはアンロックされていたら、このチャンネルが参加者や観客に来場を促進するような内容でもあるべきだろう? だったら、俺たちの大道芸だけのアピールじゃ困るんだよ」
レネは「なるほど」と頷いた。
「じゃあ、バルセロナの魅力を混ぜますか?」
「いいわね。私たちの現状を伝えるだけじゃなくて、アンロックされた場合は開催地のアピールにもなるしね」
「だけど、基本外出禁止なのに、どうすんだよ」
稔が口を尖らせた。
「買い出しがチャンスだ」
3人が顔を向けると、戸口にヴィルが立っている。手にはやはりチベッカの瓶を持っている。
ロックダウン中は、外出許可無く住居を離れることは許されていないが、週に2度ほどめぐってくる「買い出し外出許可」の時だけは別だ。基本的には、住居と買い出しをする店との往復しか許されていないが、外に出られることは間違いない。
「買い出し先をできるだけ遠い店にして、途中の光景を動画に収める」
「なるほど。できるだけ絵になる地域を通って買い出しに行くわけだ。スマホを掲げていると目立つし、警察に難癖つけられる可能性もあるので、機材をどうにかしたいな」
「だったら、これよ。こんなに小さいのに手ぶれ補正までついたアクションカメラ」
なにやら検索をしていた蝶子が示しているWEBサイトには、親指ほどの大きさの白いカメラを胸元につけて動いているモデルが映っている。アクションカメラの商品説明のようだ。
「へえ。小さくて軽い。ハンズフリーでも、手で持っても使える。軽く走ってもぶれない補正。いろいろな場所に固定してさまざまな角度から撮影可能か。この最後の機能は、パフォーマンスを撮るときにも上手く使えそうだな」
「しかも、この充実した機能なのにさほど高くないんですね」
「どう、ヴィル?」
「いいんじゃないか? ある程度の映像を貯めて、それを編集だな」
飲みながら4人はある程度のプランをまとめた。ロックダウンで街頭にはほとんど人がいないが、プロモーション的な観光地の映像を撮るにはかえって好都合だ。そして、同時進行でメインとなるパフォーマンスをこのカルロスの屋敷の敷地内で撮影し、最終的に別に録音した彼らの演奏と組み合わせる。
「よし、じゃあ、行動開始だ。お蝶、お前はギョロ目に穴場的な映りのいい場所を訊いてこい。ガウディだけじゃ芸が無いからな。ブラン・ベックはイネスさん情報をもらってきてくれ。ヴィルは、動画編集のコツやどうやって映える映像を撮るのかを少し研究しくれ。他にも必要な機材があったらまとめておいてくれよな。俺は、ここのでかい敷地内でどこを上手にパフォーマンスの背景に使えるか、ロケーション選定する。そして、行動中にどのパフォーマンスがいいか、曲はどれが映えるか各自考えておくこと。OK?」
稔は、何度も滞在してすっかり慣れたコルタドの館の中を散策した。改めてみると豪華だよな、ここ。
エントランスホールの白い大理石の床の真ん中に置かれた大理石の丸テーブルの上には赤い大きな花瓶が置かれ、いつもトロピカル調の艶やかな花が生けられている。白い天井には黒檀の柱が並行に張り巡らされて、同じ色の階段の手すりやドアがどっしりとした印象を強めている。
パブリック・エリアは天井が高く、大広間は外壁と同じ白と灰色の石の壁に黒檀の重厚な天井。壁面の多くが大理石アーチで修飾されており、下がるシャンデリアは真鍮製だ。普段使う食堂ですら、一般的日本家屋で育った稔には広すぎるくらいだ。
プライヴェート・エリアになっている2階と3階には大小合わせて20以上の部屋がある。稔が滞在の度に自室として使わせてもらっている部屋には、天蓋付きのダブルサイズのベッド、彫刻を施した木製のライティングビューローと椅子、ソファとローテーブル、それにワードローブの他に、とても高いのだろうなと思うアラベスク文様の陶製の壺を使ったランプが置かれている。
アラブ風のタイルで装飾された中庭には、六角形の噴水を中心にオレンジや椰子の木が植えられていて、初めて見たときはアルハンブラ宮殿かよとツッコんだものだ。
玄関と門の間は、内部が見えないようにちょっとした林のようになっていて歩くとけっこうな散歩になる。また裏庭の方はさらに広くて、数カ所の東屋やちょっとした植物園となっているエリアの他に、馬小屋や豚小屋などがあって、庭は稔の散歩コースになっていた。
どこを背景にしても絵になることは間違いない。だが、自分の家ではないし、場所が特定されないように細心の注意をしなくてはならないし、よからぬことを考える人に盗む価値のあるものがあると教えるようなことも避けなくてはならない。
東屋や中庭、それに階段の踊り場でのパフォーマンスは問題ないだろう。それに大広間ではかなり背景をぼかしたり、人物やピアノに寄ったりして、高そうな家財が映らないようなアングルにするか。
それに街を歩きながらの手品や演奏なども少し試してみるか。それだけじゃなくて、他に何かないかな……。
稔はいったん邸内に戻り、自分用と、書斎でPCに向かっているヴィル用に新しいチベッカの瓶を持っていった。
「撮影中に左右にカメラを動かすパンや、ズームをやたらとすると素人っぽいブレやおかしな動きになるので、多用しないほうがいいらしい。それに、何かを撮るときは1カット10秒くらいはとっておき後から編集する方がいいようだ」
「へえ。なるほど。他には?」
「1つの素材に対して、全体像のわかる『引き』と細部のわかる『寄り』の絵を撮っておき、編集でバランスよく出す。それから、自分たちの目線だけでなく、上から、斜めから、下からなどアングルを意識して素材を撮っておく必要があるな」
「なるほどね。平時と違ってなんども撮り直しにいけない分、こうした視点で準備しておくのは大切だな」
「購入したアクションカメラ1つだけでなく、同時にスマホやズームのあるコンデジカメラで撮るようにするか」
ビール瓶を渡すと、ヴィルは礼を言って受け取って飲んだ。彼は赤いラベルの『Xibeca』の字をじっと見つめた。
「これは、どういう意味なんだ?」
「カタルーニャ語でフクロウだってさ。前回の滞在の時、バルで知り合ったカタルーニャ人に奨められた。飲みやすい上に財布にも優しい値段ってのは嬉しいよな」
「これだけ何度もスペインに来ていたのに、それまで知らなかったんだから、探したら他にもこういう掘り出し物があるかもしれないな」
ヴィルの言葉に、稔ははたと思った。
「もしかして、これもいいアイデアじゃないか?」
「何がだ?」
その時、レネが息を切らして入って来た。
「僕、いまイネスさんと話していて思ったんですけれど……」
「なんだ、ブラン・ベック」
「僕と話しながら、イネスさん、ものすごい手際の良さでタパスを作っていたんです。それを見ていたらこういうのが映ったら、みんなスペインやバルセロナに来たくなるんじゃないかなって」
稔は、笑って立ち上がった。
「ちょうど俺もいま、このビールみたいに知られていない美味いものを映すのはどうかなって思っていた所なんだよ」
蝶子が入って来た。
「ねえ。市街地しか歩けないかと思っていたけれど、シウタデヤ公園を横切るように通れば、かなり絵になる映像が撮れそうよ。それに、そのあたりボルン地区のサンタ・カタリナ市場が閉鎖されていなければ、そこを目的地ににするといいかもって。カタルーニャ音楽堂のファサードなども上手く撮れるんじゃないかって」
「よし。じゃあ、次の買い出しの日にボルン地区に行こう。そこで撮影してくるバルセロナの風景。それに、このビールやワインやシェリー酒、それにイネスさんが作っているスペインらしい料理の数々などの映像と、この館のあちこちで撮る俺たちのパフォーマンスを組み合わせようぜ」
「ヤスの好きなイベリコの生ハムもな」
「甘いものも忘れないでくださいよ」
「いいわね。フィエスタに興味を持ってもらえるだけでなく、ロックダウンの鬱屈を忘れられて、これが終わったらバルセロナに絶対に行こうって思ってもらえる映像になりそう」
旅に対する憧れと、自由への讃美を映像に込める。それは、そもそも4人がこの長い旅をはじめた理由に繋がる。計画が楽しくなって、4人は改めて盃を重ねた。今夜もまたたくさん飲むことになりそうだ。
(初出:2022年2月 書き下ろし)
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今日の小説は「scriviamo! 2022」の第4弾です。ユズキさんは、サウンドノベルでご参加くださいました。ありがとうございます!
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大道芸人たち・外伝
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「さて。やるとは決めたものの、どうやるかな」
稔は、チベッカ・ビールの瓶を傾けた。チベッカはバルセロナが本拠地Damm社のセルベッサ銘柄でお手頃価格な上、爽やかで飲みやすいのでここのところ稔が愛飲している。
「まあ、とりあえず配信用のチャンネルの登録はしましたよ。『La fiesta de los artistas callejeros』事務局名義で」
レネが、ブラウザの画面を指さした。
すでに何度目になるかわからないロックダウンで、大道芸も商売あがったり状態の4人は、暇を持て余していた。本来ならば、今ごろはカデラス氏の店で恒例のディナーショーで稼いでいるはずだったのだが、バルセロナ入りした途端に理不尽なロックダウンにあってしまったのだ。
「何度同じことすりゃ、氣が済むんだよ、まったく」
「ついこの間までは二酸化炭素排出を抑えて、氣候変動を止めるためのロックダウンでしたよね」
「その前は、例の疫病だろ? もういい加減にしてくれ」
「なんだかわからないけれど、人びともうんざりでしょうね。ロックダウンと、反ロックダウンデモの繰り返しって不毛だと思うんだけれど」
サロンに入って来た蝶子がため息交じりに言った。
「半年後のフィエスタだって開催できるか赤信号だし、こっちも本当にいい迷惑だよ」
稔が事務局長をつとめている『La fiesta de los artistas callejeros』、通称フィエスタは、世界中からの大道芸人たちが一堂に会する大道芸人たちの祭典だ。だが、国境が封鎖されたり、飛行機が突然飛ばなくなったり、入国する度にやたらと高額な検査を要求されるようになったりすると、大道芸人たちも簡単には来られない。観客ともなるとなおさらだ。
ロックダウンで仕事もなくなり、当面は滞在中のカルロスの屋敷で酒飲みに明け暮れるしかない4人は、とりあえず暇な時間を利用してフィエスタが現地で開催できない場合の代替案としてネット空間上でのフィエスタ開催を模索することにした。だが、それ以前に彼ら自身が動画配信サービスを利用したことすらない状態はまずいだろうということになり、動画配信にトライすることになったのだ。
チャンネル登録はしたものの、何を配信するかという話になるとまとまらない。
「1億回再生って、ホンキの目標かよ」
「あれはヴィルの渾身のジョークでしょ?」
「あれでジョーク?!」
蝶子は、片手に持っているグラスからシェリーを飲んだ。
「いきなり儲けようとしても、そうは問屋が卸さないでしょ。まずは私たちらしい映像で、他の動画配信とは違う部分をアピールする方がいいんじゃない?」
稔は、腕組みをしながら答える。
「俺たちらしいか。大道芸パフォーマンスや演奏はもちろん入れるとして、それだけでない売りになる映像もほしいよな」
「大道芸だけで勝負しないと、またテデスコが邪道だと怒るんじゃないですか?」
レネは心配そうに言った。
「いや、俺たちの大道芸だけでなく、フィエスタの魅力を伝える目的もあるからさ。ロックダウンがこのまま続けば、この動画チャンネル上でフィエスタを開催することになるだろうし、反対にその時期にはアンロックされていたら、このチャンネルが参加者や観客に来場を促進するような内容でもあるべきだろう? だったら、俺たちの大道芸だけのアピールじゃ困るんだよ」
レネは「なるほど」と頷いた。
「じゃあ、バルセロナの魅力を混ぜますか?」
「いいわね。私たちの現状を伝えるだけじゃなくて、アンロックされた場合は開催地のアピールにもなるしね」
「だけど、基本外出禁止なのに、どうすんだよ」
稔が口を尖らせた。
「買い出しがチャンスだ」
3人が顔を向けると、戸口にヴィルが立っている。手にはやはりチベッカの瓶を持っている。
ロックダウン中は、外出許可無く住居を離れることは許されていないが、週に2度ほどめぐってくる「買い出し外出許可」の時だけは別だ。基本的には、住居と買い出しをする店との往復しか許されていないが、外に出られることは間違いない。
「買い出し先をできるだけ遠い店にして、途中の光景を動画に収める」
「なるほど。できるだけ絵になる地域を通って買い出しに行くわけだ。スマホを掲げていると目立つし、警察に難癖つけられる可能性もあるので、機材をどうにかしたいな」
「だったら、これよ。こんなに小さいのに手ぶれ補正までついたアクションカメラ」
なにやら検索をしていた蝶子が示しているWEBサイトには、親指ほどの大きさの白いカメラを胸元につけて動いているモデルが映っている。アクションカメラの商品説明のようだ。
「へえ。小さくて軽い。ハンズフリーでも、手で持っても使える。軽く走ってもぶれない補正。いろいろな場所に固定してさまざまな角度から撮影可能か。この最後の機能は、パフォーマンスを撮るときにも上手く使えそうだな」
「しかも、この充実した機能なのにさほど高くないんですね」
「どう、ヴィル?」
「いいんじゃないか? ある程度の映像を貯めて、それを編集だな」
飲みながら4人はある程度のプランをまとめた。ロックダウンで街頭にはほとんど人がいないが、プロモーション的な観光地の映像を撮るにはかえって好都合だ。そして、同時進行でメインとなるパフォーマンスをこのカルロスの屋敷の敷地内で撮影し、最終的に別に録音した彼らの演奏と組み合わせる。
「よし、じゃあ、行動開始だ。お蝶、お前はギョロ目に穴場的な映りのいい場所を訊いてこい。ガウディだけじゃ芸が無いからな。ブラン・ベックはイネスさん情報をもらってきてくれ。ヴィルは、動画編集のコツやどうやって映える映像を撮るのかを少し研究しくれ。他にも必要な機材があったらまとめておいてくれよな。俺は、ここのでかい敷地内でどこを上手にパフォーマンスの背景に使えるか、ロケーション選定する。そして、行動中にどのパフォーマンスがいいか、曲はどれが映えるか各自考えておくこと。OK?」
稔は、何度も滞在してすっかり慣れたコルタドの館の中を散策した。改めてみると豪華だよな、ここ。
エントランスホールの白い大理石の床の真ん中に置かれた大理石の丸テーブルの上には赤い大きな花瓶が置かれ、いつもトロピカル調の艶やかな花が生けられている。白い天井には黒檀の柱が並行に張り巡らされて、同じ色の階段の手すりやドアがどっしりとした印象を強めている。
パブリック・エリアは天井が高く、大広間は外壁と同じ白と灰色の石の壁に黒檀の重厚な天井。壁面の多くが大理石アーチで修飾されており、下がるシャンデリアは真鍮製だ。普段使う食堂ですら、一般的日本家屋で育った稔には広すぎるくらいだ。
プライヴェート・エリアになっている2階と3階には大小合わせて20以上の部屋がある。稔が滞在の度に自室として使わせてもらっている部屋には、天蓋付きのダブルサイズのベッド、彫刻を施した木製のライティングビューローと椅子、ソファとローテーブル、それにワードローブの他に、とても高いのだろうなと思うアラベスク文様の陶製の壺を使ったランプが置かれている。
アラブ風のタイルで装飾された中庭には、六角形の噴水を中心にオレンジや椰子の木が植えられていて、初めて見たときはアルハンブラ宮殿かよとツッコんだものだ。
玄関と門の間は、内部が見えないようにちょっとした林のようになっていて歩くとけっこうな散歩になる。また裏庭の方はさらに広くて、数カ所の東屋やちょっとした植物園となっているエリアの他に、馬小屋や豚小屋などがあって、庭は稔の散歩コースになっていた。
どこを背景にしても絵になることは間違いない。だが、自分の家ではないし、場所が特定されないように細心の注意をしなくてはならないし、よからぬことを考える人に盗む価値のあるものがあると教えるようなことも避けなくてはならない。
東屋や中庭、それに階段の踊り場でのパフォーマンスは問題ないだろう。それに大広間ではかなり背景をぼかしたり、人物やピアノに寄ったりして、高そうな家財が映らないようなアングルにするか。
それに街を歩きながらの手品や演奏なども少し試してみるか。それだけじゃなくて、他に何かないかな……。
稔はいったん邸内に戻り、自分用と、書斎でPCに向かっているヴィル用に新しいチベッカの瓶を持っていった。
「撮影中に左右にカメラを動かすパンや、ズームをやたらとすると素人っぽいブレやおかしな動きになるので、多用しないほうがいいらしい。それに、何かを撮るときは1カット10秒くらいはとっておき後から編集する方がいいようだ」
「へえ。なるほど。他には?」
「1つの素材に対して、全体像のわかる『引き』と細部のわかる『寄り』の絵を撮っておき、編集でバランスよく出す。それから、自分たちの目線だけでなく、上から、斜めから、下からなどアングルを意識して素材を撮っておく必要があるな」
「なるほどね。平時と違ってなんども撮り直しにいけない分、こうした視点で準備しておくのは大切だな」
「購入したアクションカメラ1つだけでなく、同時にスマホやズームのあるコンデジカメラで撮るようにするか」
ビール瓶を渡すと、ヴィルは礼を言って受け取って飲んだ。彼は赤いラベルの『Xibeca』の字をじっと見つめた。
「これは、どういう意味なんだ?」
「カタルーニャ語でフクロウだってさ。前回の滞在の時、バルで知り合ったカタルーニャ人に奨められた。飲みやすい上に財布にも優しい値段ってのは嬉しいよな」
「これだけ何度もスペインに来ていたのに、それまで知らなかったんだから、探したら他にもこういう掘り出し物があるかもしれないな」
ヴィルの言葉に、稔ははたと思った。
「もしかして、これもいいアイデアじゃないか?」
「何がだ?」
その時、レネが息を切らして入って来た。
「僕、いまイネスさんと話していて思ったんですけれど……」
「なんだ、ブラン・ベック」
「僕と話しながら、イネスさん、ものすごい手際の良さでタパスを作っていたんです。それを見ていたらこういうのが映ったら、みんなスペインやバルセロナに来たくなるんじゃないかなって」
稔は、笑って立ち上がった。
「ちょうど俺もいま、このビールみたいに知られていない美味いものを映すのはどうかなって思っていた所なんだよ」
蝶子が入って来た。
「ねえ。市街地しか歩けないかと思っていたけれど、シウタデヤ公園を横切るように通れば、かなり絵になる映像が撮れそうよ。それに、そのあたりボルン地区のサンタ・カタリナ市場が閉鎖されていなければ、そこを目的地ににするといいかもって。カタルーニャ音楽堂のファサードなども上手く撮れるんじゃないかって」
「よし。じゃあ、次の買い出しの日にボルン地区に行こう。そこで撮影してくるバルセロナの風景。それに、このビールやワインやシェリー酒、それにイネスさんが作っているスペインらしい料理の数々などの映像と、この館のあちこちで撮る俺たちのパフォーマンスを組み合わせようぜ」
「ヤスの好きなイベリコの生ハムもな」
「甘いものも忘れないでくださいよ」
「いいわね。フィエスタに興味を持ってもらえるだけでなく、ロックダウンの鬱屈を忘れられて、これが終わったらバルセロナに絶対に行こうって思ってもらえる映像になりそう」
旅に対する憧れと、自由への讃美を映像に込める。それは、そもそも4人がこの長い旅をはじめた理由に繋がる。計画が楽しくなって、4人は改めて盃を重ねた。今夜もまたたくさん飲むことになりそうだ。
(初出:2022年2月 書き下ろし)
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ブラウザ変えた

私はこれまでApple製品に初めからついてくるSafariをメインブラウザとして使用していたのですが、先月からBraveというブラウザに変えてみました。
ブラウザにはいろいろとあって、ひと昔前は悪名高いIEが幅をきかせていて、「このサイトはお使いのブラウザでは見られません。IEのXXバージョンをご利用ください」といった許しがたいメッセージにイライラすることも多かったものです。最近はそういうこともなくなりましたが、代わりに増えてきたのが勝手なトラッキングと不愉快な広告の数々です。
それでもSafariそのものはChromeほどは信用ならないと思うこともなかったのですけれど、それでも、試しにBraveを使ってみたら、非常に好ましいことが続いたので、ついにメインブラウザをこちらに切り替えました。
このブラウザの大きな売りは、オンラインの追跡から保護してくれること。オープンソースで作られているので、知らない間に情報が海外に売り渡されているなんて心配をせずに済みます。また、よけいなものの読み込みが少ない分、表示も速いとか。まあ、私はあまり重いものは見ないのでさほど違いは感じませんが。
そして、あまり期待していなかったのにとても嬉しい効果があったのですよ。
何がそんなにいいのかと思われる方に1つTipを。もし、FC2ブログをお使いで、記事を保存する度に管理画面に表示される「アレ」に不愉快な思いをされているのであれば、欺されたと思ってBraveを使ってみてください。私は長年の苦悩から解放されてとても嬉しいです。詳しく書くと、大元で設定変更されて元の木阿弥になってしまうかもしれませんので、この程度のぼやかした書き方にしておきます。
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【創作 語ろう】言わなきゃいいのに
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言わなきゃいいのに

ブログを始めて、最初の閑古鳥時代はともかく、創作をする方、しないまでも読んでくださる方が定期的に訪れてくださるようになってから、それまで感じたことのない「創作のヨロコビ」を感じるようになりました。
みなさん、親切にコメントをくださり、それも最初に怯えていたような厳しいものではなく、とても好意的なお優しいコメントをたくさんいただいたのです。ずっと1人でコソコソ書いていましたし、たまたまそれが発覚して渋々と見せたリアルの友人たちは、やはり人間関係上あまり辛辣なことは言わないだろうなと感じていたので、たとえわりといい反応だったとしても、それに舞い上がることはありませんでした。でも、ブログにいらしてくださる方は、「現実の人間関係を壊せない」という縛りはないので、興味のない方は私のブログなんかすぐに閉じておしまいのはず、でも、わざわざコメントをくださる方がいる! というのは、私にとっては飛び上がるほどに嬉しいことでした。
で、調子に乗って、木に登ってしまったわけです。まあ、今も登ったままですけれど、とにかくブログで小説を公開するのが嬉しくてたまらなくなってしまったのですね。
それはいいとして、もともと私の頭の中はカオスでして、物語がたくさん混在している状態なんです。
それを黙っていられないんですね。「こんな構想があるよ!」「この話の続きも考えているよ」とついつい公開してしまうわけです。もっともまずかったのは、2016年ごろでしたね。前々から公言していた『大道芸人たち Artistas callejeros』の第2部に加え、『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、『黄金の枷』シリーズの『Usurpador 簒奪者』と『Filigrana 金細工の心』、それに『リゼロッテと村の四季』『ニューヨークの異邦人たち』シリーズの『郷愁の丘』を書いていると公言していたのですから。
さすがにこれはまずいと、それからは口にしてしまった作品をひたすらたたむことに邁進してきました。で、現在残っているのは『大道芸人たち Artistas callejeros』の第2部と『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、『リゼロッテと村の四季』。ここまで片付けてきたんですよ! 誰か偉いといって。(いや、自分で言ったんだから当然だろうって?)
そして、今年は『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の連載を開始する予定です。
じつは、まだ口にしていない作品が1つあるんです。構想を始めたのは2015年くらいだと思いますが、ずーっと黙っていました。理由は、しばらく、これを文学賞的なものに出せないかなと思っていたこと(今はテンション下がっていて、きっと出さないと思います)が1つ。そして、もう1つが「これ以上、『書く書く詐欺』を増やすのやめよう」でした。
その作品は、私の作品に多い、普通の現代物なんですが、実は最近スピンオフというのか、同じキャラを中世バージョン(『森の詩 Cantum Silvae』ワールドのあたり)で妄想することが多く、そのうちこっちを書き出そうかなあ……などと思っているのです。
なんて、ずいぶん片付けたとはいえ『書く書く詐欺団』は、まだまだ健在です。
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