【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(4)新しい馬丁 -1-
登場するマウロは、『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』からの続投で、ラウラの侍女アニーの実兄です。基本的には、前作や他の作品を読まなくても話は通じるようには書いていますが、たくさんの人名に混乱したら、毎回リンクをつけてある「あらすじと登場人物」の記事でご確認ください。(その記事にも名前のない人物については、もう2度と出てこないレベルのどうでもいい人物です)
今回の顛末は、一度外伝で語ったことがあります。6年も前のことなので当時読んでくださった皆さんも、もうお忘れでしょうが、今作品の(いっこうに登場しない、一応の)ヒロインも先行登壇させていますので、興味のある方はそちらもどうぞ。
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【参考】
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(4)新しい馬丁 -1-
「それから、先ほど待っていた者の中には居りませんでしたが、異国から新しい馬丁を1人雇いましたことをご報告させていただきます。この決定は、ご到着をお待ちしてもよかったのですが、このご時世に身元が確かで熟練した馬丁を見つけることは非常に難しく、お越しの際にも十分な馬の世話のできる状態が整うことを優先いたしました。事後報告で申しわけございませんが、お許しいただけるでしょうか」
家令モラの申し出に、マックスは大きく頷いた。
「もちろんだ。ところで、その紹介者とは?」
馬丁1人を紹介してくるような知りあいは思い当たらない。
「トリネア侯国の聖キアーラ女子修道院長マーテル・アニェーゼでございます。紹介状には、ルーヴラン王国のルーヴ王城にて長く務めた経歴を保証し、ルーヴラン王国紋章伝令長副官エマニュエル・ギース様の推薦を得たとございました」
「なんだって?!」
マックスが大きな声を出したので、モラはぎょっとして主人の顔を見た。だが、フルーヴルーウー辺境伯の顔には、期待や喜びといった類いの表情が浮かんでいたので、ひとまず安心して戸惑いながら主人の言葉を待った。
「すまない。大きな声を出したりして。その馬丁の名前は……」
「ルーヴランのヴァレーズ出身で名をマウロと申します」
マックスは椅子から立ち上がって、大きな歩みでモラの元に近寄りニコニコと笑いかけた。
「よくその者を雇ってくれた。実は、彼とは知りあいなだけでなく、ルーヴラン王国に滞在した折りに受けた大きな恩もあるのだ。すぐにこちらに連れてきてくれないか?」
「なんと! かしこまりました」
「それから、奥方と、奥方付きの侍女アニーもここに呼んでくれ」
「かしこまりました」
モラが、馬丁を連れて入ってくると、マックスは駆け寄った。
「ああ、本当にマウロだ! ここで会えるとは!」
「ティオフィロス先生じゃありませんか!」
マウロは、腰を抜かさんばかりに驚き、思わず昔のような口調でマックスに呼びかけてしまった。
かつてのマックスは、王宮で王女の家庭教師を務めていたとはいえ、堅苦しいことが苦手なので庶民的な旅籠『カササギの尾』に滞在していた。『カササギの尾』を紹介した本人であるマウロは、共に酒を飲んだこともあるマックスが、グランドロン王国の王位継承権1位の貴人になってそこに居ることを、もちろんよく理解していなかった。
モラが、コホンと咳をしてから厳しめの口調で言った。
「こちらは、フルーヴルーウー辺境伯爵さまだ」
「へっ? あ、いや、その、申しわけございません」
「いや、いいんだ。君には脱出の時には大変世話になったし、あの後、危険な目に遭わせてしまったんじゃないかと、心配していたんだ」
「滅相もない……。よくご無事で……。あの、ラウラ様のことは、なんとお慰めしていいか……」
マックスは、無言で笑った。マウロは、偽王女であることの露見したラウラがグランドロン王に処刑され、妹のアニーもまた処分されたと思っているのだと理解したからだ。だがその誤解も、すぐに解ける。
「お呼びと伺いました」
声がして、ドアからラウラが入って来た。
「ラウラ様!」
「まあ、マウロ!」
死んだと思っていた、妹の女主人を見て、呆然とするマウロのところに、小さな黒い影が突進してきて抱きついた。
「マウロ兄さん!」
「アニー!」
お互いに2度と会うことは叶わないと思っていた兄妹は、伯爵夫妻の御前であることもすっかり忘れて泣きながら再会を喜んだ。
「信じられない。お前が無事でいたなんて。そもそも伯爵様ご夫妻が、先生とラウラ様だったというだけで、腰を抜かすほど驚いたのに」
仕事に戻ったマウロは、生き生きとした声で妹に語りかけた。もちろん、それでも、馬の毛を梳く手は止めなかった。厩舎は、到着したばかりの一行の馬でいっぱいになり、彼は、同僚の馬丁たちと共にその世話をするのに忙しかった。アニーは、ラウラに許しをもらって厩舎に来ていた。
「王様と伯爵様が、私のしたことが罪にならないように、うまく計らってくださったの。だから、兄さんには無事だって知らせたかったけれど、いろいろと差し障りがあって、ルーヴには連絡できなかったの。でも、兄さんこそ、どうしてここに? ここが伯爵様の領地だと知らなかったんでしょう?」
アニーの疑問はもっともだった。マウロ自身も、とても偶然だとは思えなくて首を傾げた。
「もしかしたら……。ギース様は、先生がフルーヴルーウー辺境伯だとご存じだったんだろうか……」
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休暇でした

以前は、休暇といったら1日でも長く旅行を……と、計画していたものですが、全く旅行をしなくなってしまいましたね。コロナが怖いとかではありませんよ。もう、みな普通に旅行していますし、ハグもキスも普通にする世界ですし。
単純に、猫を放置できないからです。もちろん、交互に1人ずつ出かければいいんですけれど。以前は、連れ合いがひとりでアフリカに行き、私がひとりで日本に行く、ということもありましたし、ひとりで旅ができないわけでもないんですけれど、なんとなくそんなつもりにもなれず。特に私は、マスクをしないと見ず知らずの人に睨まれるような国には行きたくないので、とうぶん一時帰国はしないでしょうね。ま、もともと1週間で日本に行くことはありませんが。
さて、日帰りで行ける範囲でということで、州をぐるっと回り、エンガディン地方からブレガリア谷を通って、帰り道に(近道なので)イタリアを通過して帰ってきました。上の写真は、我が家から一番近い国境の間際で、イタリアのモンテ・シュプリューガです。

そんなドライブの他は、基本的に家にいました。
夏日になったので、冷やし中華でも食べたいなと思ったのですけれど、都合よく中華麺も、素麺もなかったので、冷やしうどんを作ってみました。久しぶりに薄焼き卵を作り、キュウリはなかったけれど、ニンジン、ハム、椎茸、プチトマト、そして、窓辺で育てた水菜でそれっぽくなりました。
手作りの梅ペースト、紫蘇の醤油漬けなどを薬味にさっぱり食べられました。そして、日本の夏と違うのは、暑くても爽やかなので外で食べられること。
そんな風に夏を楽しみました。次の休暇は8月末に2週間あるのですけれど、これもずっと家にいるのかなあ?
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青レンジャー好み
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青レンジャー好み

by マレーナさん
このあたりで、私の好みのキャラクタータイプの話をしようと思います。
これは昔からあまり変わっていませんが、私はいわゆる「戦隊ものにおける青いタイプ」が好みです。私の小説でも、あまり「赤いの」がいい役を割り振られていることはないと思います。(あ、現在連載中の『森の詩 Cantum Silvae』シリーズは例外です。これは後で語ります)
これ、昭和時代の戦隊ものそのものをご存じない方、もしくは興味のない方にはわからないと思いますので、少し解説しますね。1975年から、『秘密戦隊ゴレンジャー』というテレビ番組が放映されました。この後に人気シリーズとなっていろいろな戦隊の番組が作られたようですが、残念ながら私は『秘密戦隊ゴレンジャー』しか見ていません。基本的に色分けされたマスクとスーツを着たレンジャーが悪の組織と戦うんですけれど、それぞれのテーマカラーがキャラクターを象徴していました。
当時の子供の多くはこの番組を観ていて「誰が好き」というのがよく話題になっていました。今で言うグループ・アイドルの「推し」「担当」というのと似た感覚ですよね。
赤レンジャーは、正義感の強い熱血タイプでセンターポジション。青レンジャーはクールで頭脳派。黄レンジャーはおっちょこちょいで場を明るくする。桃レンジャーは紅一点でお姫様ポジション。緑レンジャーは、ムードメーカー。みたいな感じだったと記憶しています。
いまネットで調べると、青レンジャーが一番人気だった、という記述もよくみかけるのですが、私の周りでは、圧倒的に赤レンジャー派と桃レンジャー派が多くて、照れ隠しでお笑い担当の黄レンジャーを持ち出す子がいましたけれど、意外と青レンジャー派は少なかったように思います。なんでだろう。
そんななかで、私はずっと青レンジャー好きでした。ガッチャマンではコンドルのジョーが好きで、ムーミンではスナフキンが好きで、特捜最前線では桜井刑事が好きで、必殺仕事人では三味線屋の勇次が好き。ここまで言えば、わかる方には私の好みのキャラタイプが、「ああ、ああいうのね」とつかめるかと思います。(わからない方には、全くわからないと思いますが、おそらくジェネレーションギャップだと思います)
そういうわけで、私の小説に出てくる「おいしいポジション」のキャラクターはたいてい「青いタイプ」なのです。つまり、どちらかというと冷静で格好つけ、頭脳派タイプです。新堂朗とか、インファンテ322とか、ヴィルとか、ヨナタンとか。
『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』には、青いタイプがいませんでした(あえていうならザッカか?)。テーマカラーは青にしたとはいえ、マックスはどう考えて緑レンジャータイプ。活躍したのは赤レンジャータイプのレオポルドでしたし。まあ、好きなキャラだけを書いているわけではないのですよ。そういえば、『ニューヨークの異邦人たち』シリーズにも「青い」タイプはいないしなあ。
ここで、せっかくだからブログのお友だちのところの「青いキャラ」をあげていこうかなと思ったんですけれど……。意外に「青いキャラ」あまりいませんよね?! あれれ? あえて言うなら、TOM−Fさんのところのハノーヴァー公とかジョセフは「青いキャラ」かなあ。サキさんのところも、「赤いキャラ」の方が多いような。黒磯は私の中ではかなり「青い」かも。彩洋さんのところも、探すとけっこう難しいですね。ロレンツォは「青い」方かな? どの方も「あえて言うなら」って感じがしますけれど……。
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家庭菜園実験の話

先日から、家庭菜園をやっているというような話をポロっと書いていますよね。私は野菜作りの素人なので、今はあれこれ試している状態です。
現状を整理すると、こんな感じです。
(1) 連れ合いの工場の外にある大きめのプランターや植木鉢にて
ここでは、毎年のトマト栽培の他に、ブロッコリー、コールラビ、キャベツ、ジャガイモ、玉ねぎ、ズッキーニ、ニンジン、パプリカなどを植えています。下の写真は5月半ばのもので、この写真の1週間後にカナブンの幼虫の被害に遭い、一度全部を掘り起こして植え直したりしました。その後、数は減りましたがけっこう順調に育っていて、コールラビとブロッコリーは、少なくともそれらしくなってきました。コンパニオンプランツとして植えたハーブも、便利に使えています。

ズッキーニは開花が始まりましたし、トマトも同様でもういくつかの果実ができています。ジャガイモは育っていますけれど、こちらはいつできるのかな。ニンジンはようやく葉っぱがかなり増えてきた段階で、まだ収穫は先の話です。
(2) フラットの窓辺にて
こちらは室内栽培の実験で、ペットボトルでさまざまな野菜を育てています。

豆ニンジン、ラディッシュ、水菜、ルッコラ、それから枝豆などがありますが、やはり二十日大根の異名を持つラディッシュと、140日かかるニンジンの生育には大きな差があります。
この室内実験を始めた動機は、「冬には一切外で家庭菜園ができないスイスで、もし、野菜が入手できなくなった時にはどう乗り切るのか」でした。
結論から言うと、根菜の完全自給自足はまず無理だなということです。もちろんときどき自分で作った根菜が食べられるのは素晴らしいことだと思いますが、いま消費しているようなペースで、根菜を自ら用意するのは難しいです。このあたりは、購入したものを干し野菜にして、それを戻して食べるのが現実的ですね。
(3) スプラウトとマイクログリーン
さて、上2つの「自給自足できるかな実験」の結果を踏まえて、新たに始めたのがスプラウトとマイクログリーン栽培です。この記事のトップ写真に自家製のスプラウトが見えますでしょうか。これは、キビのスプラウトです。つぶつぶとシャキシャキがどちらも美味しいです。
スプラウトは、ジャム瓶などだけで簡単にできます。場所をとらない上に、出来上がるまでにたったの数日というスピード、さらに栄養豊富なので、大きな庭などを持たない素人には一番楽な解決策かもしれません。それに、虫が苦手なので自分で野菜を作るのは嫌だという人も問題なくできます。
マイクログリーンは、スプラウトのように土なしでは作れませんが、土の深さは1.5センチくらいでいいので、さほどハードルは高くありません。サラダ菜やルッコラ、生食ほうれん草、水菜などを植えておけば、冬でも自宅でサラダが食べられます。
というわけで、自分に合った野菜作りの方針が見えてきたように思います。
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【小説】大地の鼓動
今回の選んだのは、楽器じゃありません、すみません。あえていうならアフリカンビートです。『ニューヨークの異邦人たち』シリーズのアフリカ組の登場です。
といっても、とくに過去の作品を読む必要はありません。固有名詞がわからなくても、飛ばしてノープロブレムです。

【参考】
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![]() | 「霧の彼方から」を読む あらすじと登場人物 |
![]() | 「ニューヨークの異邦人たち」 |
大地の鼓動
ナセラは、リズミカルに肩を揺すりながら、口元だけで何かをつぶやいていた。皿を洗うときも、緩やかに床を掃くときも、彼女はビートを刻んでいた。楽しそうに歌っているわけではない。誰かに聞かせようとしているのでもない。それは、クセのようなものだ。
ジョルジアは、そのような姿の人びとを他にも見たように思う。マリンディのガソリンスタンドで口笛を吹きながらレジを操作していた青年。ムティト・アンディのスーパーマーケットでモップがけをしていた老人。自然な動きだが、アメリカやヨーロッパではではあまり見ない。
寡黙なナセラは、ずっとジョルジアと目を合わせなかった。グレッグのところに手伝いに来ていたキクユ族の少女アマンダと違い、ジョルジアを敵視している様子もなかったので、人付き合いの苦手なタイプなのかもしれないと、あえて話しかけたりしないようにしていた。
ナセラは、マニャニにあるレイチェルの家の手伝いをしている。おそらくジョルジアがはじめてレイチェルの家を訪れたときにもいたのだろうが、記憶になかった。グレッグの父親であるジェームズ・スコット博士の臨終の時に、レイチェルやその娘マディの代わりに子供たちの世話や家族の食事の用意をしたのだが、その時にはじめてナセラと会話を交わした。といっても、掃除や洗濯に関する伝達をするぐらいで、個人的なことは何も話さなかった。
先週からマディとアウレリオ・ブラス夫妻が、2週間ほどイタリアに行くことになり、子供たちはレイチェルに預けられることになった。
レイチェルがケニア大学で講義をするため、ジョルジアは子守としてこの家にまた泊まりがけで手伝いに来た。前よりも長い時間ナセラと過ごすことになり、雑談もするようになった。そして、彼女がサンブル族出身であることを知った。といっても、ジョルジアはサンブル族を知らなかった。
「ここから近いところの
「いいえ。ずっと北です。ここからだと600キロくらいでしょうか」
「どうしてここに?」
ここは出稼ぎに行くような都会ではないし、使用人たちはたいてい地元の出身だ。
ナセラは、少しだけ言葉を探していたが、やがて言った。肩を揺すりながら。
「しばらくイギリスにいました。でも、帰りたくて。助けてくれた人が、マムの知りあいで、それでここに来ることになったんです」
マムというのは、女主人であるレイチェルのことだ。
「故郷に帰りたかったのではないの?」
ジョルジアは訊いた。ナセラは悲しそうに言った。
「サンブルの掟を破ったので、戻ったらどんな目に遭うかわかりませんから」
サンブル族は、マサイ族と同じマー語系牧畜民で、北部ケニアのサンブル自然保護区でウシやヤギ・ヒツジを飼養する牧畜業に加え、観光客からの現金収入を得て暮らしている。マサイ族同様に昔ながらの特殊な社会システムを維持している。サンブル族の社会は長老による支配が特徴だ。男性は、割礼までの少年、その後15年間にわたる
「イギリスでは、サンブル族社会が間違っていると言われました。ンカイなんてものはない。割礼は違法だ。女性は男性の所有物ではないって」
ナセラの言葉にジョルジアは首を傾げた。
「あなたもそうだと思ったから離れたのではないの?」
ケニアでは、割礼は既に違法だ。だが、サンブル族は男女とも割礼を強制する文化を頑なに保持している。長老が幼い少女を強引に性的虐待の対象にすることもあるにも関わらず、未割礼のままの出産があるとサンブルが呪いにかかると無理に中絶させる。それで母子とも命を失うことも少なくない。
だが、ナセラは俯きながら答えた。
「サンブルが間違っていると思ったことはありません。ンカイはあると思うし、全ての民族の正しさに合う法律が存在するはずもないと……。ただ、私がサンブルの正しさに耐えられなくて逃げ出したんです」
レイチェルは戻ってきたが、グレッグが迎えに来るのは明日なので、ジョルジアはもう一晩泊まった。子供たちが寝た後、ジョルジアはレイチェルにナセラのことを話した。
「そうなの。彼女は、まずマラルルにある保護施設に助けを求めて受け入れられたの。サンブル出身の女性が設立した施設なのよ。老人の慰み者にされそうになった少女や、割礼を嫌がる少女たちを保護しているの。そこの援助を受けて学校に通い、知り合った世界の女性の人権問題に取り組む私の友に提案されて、しばらくロンドンに行ったのよ。でも、ホームシックに耐えられなかったみたいで。それで、相談を受けた私が預かることにしたの」
「彼女も、そうした虐待を?」
レイチェルは首を振った。
「虐待ということではなかったみたい。サンブル族ってね。《ビーズの恋人》っていう、少し変わった習慣があるのよ」
「《ビーズの恋人》?」
「ええ。まず、前提知識なんだけれど、娘の結婚相手は、父親が決めるの。そして、相手は別の
ビーズを受け取った娘はそのビーズで巨大な首飾りをつくり身につける。 娘は恋人と小さな小屋を建てて夜を過ごす。
だが、それは結婚ではない。終わることが初めからわかっている。娘は父親から別のクランの見知らぬ男性と結婚することを一方的に宣告され、それが《ビーズの恋人》との関係の終了を意味する。
「それでね。ナセラは《ビーズの恋人》と離れたくなかったから、《スルメレイ》になろうとしていたらしいの」
「《スルメレイ》って?」
「普通は、結婚の直前に割礼するんだけれど、その前に自主的に割礼してしまう女性のこと。割礼と同時に既婚女性と同じ、父親の所有物ではない存在になり、独立して家を建てて住むこともできるみたいなの。でも、そうすると《ビーズの恋人》とは別れなくてはいけないんだけれど」
『離れたくないのに《スルメレイ》になろうとしたのにも理由があったんでしょうか」
「ええ。彼の子供を産むつもりだったみたい。割礼をしていない女性が子供を産むことはタブーなので、《ビーズの恋人》と子供ができてしまったら通常は中絶が強要されるんだけれど、出産前に割礼を施して《スルメレイ》になれば未婚の母にもなれるのよ。そうなると評判も落ちるので、縁談も滞るみたい。ナセラは、知らない男に嫁がされるよりは、恋人の近くで恋人の子供を育てることを望んでいたのよ」
ジョルジアは、ナセラに「サンブルが間違っている」と言った人の意図がよくわかった。欧米の女性ならそう言わないほうが稀だろう。
「でも、計画通りにいかなかったのですね?」
「ええ。父親が思ったよりも早く結婚を決めてしまったのですって」
ナセラには、大人しく結婚するか、逃げ出すかの選択しか与えられなかった。《ビーズの恋人》は、ナセラを心から愛していると言っていたけれど、サンブルの掟に逆らうことは何もしなかった。彼女は恋人を失い、間違っているとは思ったことのないサンブルという故郷も失った。
アフリカの女性たちは働き者だ。グレッグに連れて行ってもらって見たマサイ族の女性たちも、アメリカ育ちのジョルジアには考えられないほどの仕事を負担していた。重い水を運び、家を建て、子供と家畜の面倒をして、農作業をもする。男たちは、ビールを飲みながら座って会話をしているのに、女たちは休みなく動き続けている。
ナセラも、緩やかな動きながら休みなく働いていた。洗濯、皿洗い、床掃除の間、肩をゆすりながら口を動かしている。足下も揺れている。地面を緩やかに足踏みしている。歌い踊ることは、彼女にとって祝祭のような特別なことではなく、日常のことなのだろう。
サンブル社会を憎み否定しているのならば、逃げ出すことに成功したナセラを祝ってあげることができる。けれど、ナセラは、少なくともイギリスにいるよりもケニアに戻ることを願ったのだ。では、ここでは? 彼女は、ここにいることに幸せを見いだしているだろうか。
「ここでの暮らしは? 居心地がいいの?」
ジョルジアは、隣で皿洗いをするナセラに訊いてみた。ナセラは、鼻歌をやめてこちらを見た。不思議そうな顔をしている。
「いいです。マムはときどき厳しいですが、公正に扱ってくれますし、用意してくれた家も快適です」
「イギリスは、快適じゃなかったの?」
ナセラは、瞑想するように遠くを見つめた。沈黙が台所に降りて、手元のシャボン液が弾ける音が聞こえた。ジョルジアが、何かを言おうかと考えたとき、ナセラはその厚い唇をそっと開いた。
「大地から切り離されて戸惑いました」
「切り離されたって?」
ジョルジアには、ナセラの言わんとすることが飲み込めなかった。
「歩くところに、どこにも土がありません。アスファルトに遮られていました。公園に行けば土はありますけれど、とても遠かったです。クラクションや警笛、地下鉄の轟音など、右や左、上から下から、大きな音が唐突にきこえ、リズムが狂いました。風の音がかき消されて、川の水も滞っていました。騒音に満ちているのに、私が歌うと叱られました。歩くときや働くときは黙ってするものだと。精霊の声が聞こえなくなり、大地の鼓動も感じられなくなりました。それでしぼんで消えていきそうになったのです」
ジョルジアは、ナセラの足下を見た。今日も彼女は裸足だった。チョコレート色の足は底の部分だけが肌色をしている。その肌色の部分は、台所のひんやりとしたタイルを踏んでいる。
靴も履かずに歩く人びと。靴を買うお金もない貧しい人びとと憐れむのは私たちの勝手な思い込みだ。ジョルジアは感じた。ナセラも靴は持っている。それを脱いで大地に触れて歩いている。移動することや、美しい姿勢で歩くことに意味があると思っている西欧人の歩き方と違い、ゆっくりと大地を踏みしめながら歩く。彼らの価値観は、違うのだ。
肩を揺すりながら口を突き出し何かを歌い、緩やかに裸足で床を踏みながら動くナセラは、ツァボ国立公園に近いこの家で大地の鼓動を感じながら生きている。
ジョルジアは、ナセラ自体が楽器であり大地の鼓動の受信機なのだと思った。水に乏しい大地に根を生やしたアカシアの木は、過酷な日差しに苦情も述べずに立ちすくみ、負けることなく生き延び続ける。ナセラの刻むビートは、ひ弱な西欧の女性たちが泣き叫ぶような人生の悲哀に、楽天的な香りをつけて昇華させていく。
グレッグが、ここに帰ってきたのも、もしかして同じ理由なんだろうか? 生まれ故郷だったというだけでなく、ナセラと同じように、西欧世界における大地がアフリカのそれと全く違うことに馴染めなかったから。そして、私が故郷ではないのに、このアフリカの大地を懐かしく離れがたく感じるのも。
硬く冷たい世界には馴染めなかった者たちが立ち戻る大地には鼓動が脈打つ。子供たちの、女たちの、男たちの生活と歌と踊りを受け止め、それを打ち返してくるのだ。土ぼこりと灼熱の太陽と、呼応し合う手拍子と足踏みと歌とが、自分もまた地球という生命体の一部であることを教えてくれる。
(初出:2022年6月 書き下ろし)
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フルーヴルーウー辺境伯領の設定・いま昔

このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない使用は固くお断りします。
フルーヴルーウーなる珍奇な地名(兼 家名)は、高校生の私の考えていたストーリーを大きく改稿するにあたって残した唯一の地名です。もともとはウォータールーといった英語の変わった地名っぽく設定したような。あまりにも昔のことで忘れました。
高校生の時のこの3部作の題名は『ヴァルドメロス』(「森物語」的な意味です)といいました。現在の作品とも共通しているのはヨーロッパ中世風の架空世界でのストーリーで、シルヴァと呼ばれる広大な森(黒い森がもともとのモデルでした)を舞台にして広げられる数百年にわたる物語。当時の私にそんな立派なストーリーが書けるはずもなく、当然ながら頓挫しました(笑)
このストーリーの、最初の部分として設定されていたのが、かなり風変わりな姫君と、その恋人である色男な馬丁の恋愛譚です。断片小説として、『森の詩 Cantum Silvae I - 姫君遁走』の冒頭部だけ公開しましたね。ここに出てくる
時代は、改稿にあたり中世に変更しました。『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』と『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の時代が14〜15世紀あたりを想定していて、男姫ジュリアの時代はさらに100年は遡るので13〜14世紀ぐらいでしょうか。まだ、この時代には現実社会でも単なる農民から騎士に取り立てられた人が普通にいましたし、お城もサイズはともかく、大して豪華ではない感じでした。
日本の平均的な高校生だった私は、ヨーロッパはとても遠い国で、イギリスもフランスもドイツもそれ以外の国も、みな似たようなものだと思っていました。でも、大人になり若干の知識がつき、さらにヨーロッパの真ん中に暮らしてみると、じつはかなり違うということがわかります。
お城ひとつとっても、ノイシュヴァンシュタイン城やヴェルサイユ宮殿のような豪華な建物がどこにでもあるわけではありません。ああいうものすごい建築物というのは、技術だけでなく権力と財力が集中したところにしか建てられないということを、私はこちらに住むようになってから実感として知りました。それに対して、私が現在住んでいるスイスの山中には「お館」という程度のお城しかないんですよね。これは、かなり早くから直接民主制が根付いていた事実と無関係ではないと思います。
さて、私の創作におけるフルーヴルーウー辺境伯のモデルは、スイスあたりのアルプス以北の地域です。現在の作品の主人公(の1人)であるレオポルド2世の祖先のレオポルド1世は、小国であったグランドロンを大国にした個性の強い王様ですが、馬の骨であるハンス=レギナルドをいたく氣に入って、爵位と領地を与えました。で、周りの反発を抑えるためにあえて広いけれど辺境で何もないフルーヴルーウーを与えたのですが、のちにそここそがお宝の山であったことがわかります。そして、レオポルド2世の父王の時代には、最も大切な領地の一つに変わっているわけです。ライバルのルーヴラン王国も虎視眈々と狙っていましたしねぇ。
現実の世界でも、アルプスのあたりは、牛しか居ないのどかな田舎に見えても、地勢上とても大切な地域なのです。南北の交通要所があり、塩や貴重な金属、そして、宝石類を産出します。ショボいお城しかなくても、天然の要塞が控えているので、かつて攻め込むのは容易ではありませんでした。まあ、核爆弾の時代になったらどこを攻めても同じでしょうけれど。
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【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(3)辺境伯領 -2-
どうでもいい知識なんですけれど、みなさんご存じの通りヨーロッパの爵位には順列があり、「伯爵(Graf)」というとそこまで高くないんですよね。ただし、「辺境伯(Markgraf)」というのは他国と国境を接していることからより強い権限が与えられていたり、のちに一番上のステータスである大公国に昇格してしまったりと、ちょっと特殊で高めの爵位なのです。
このストーリーは私が高校生の時に考え出した稚拙な小説の焼き直しですが、初代フルーヴルーウーの領主は、馬丁なのに侯爵のお姫様の婿となった人なので、あまり高い爵位はちょっとおかしい、とはいえ、マックスの父親にあたる先代は王妹と結婚しているので、単なる伯爵もちょっと問題あり、ということでジョーカー的な辺境伯にしたという経緯があります。ちなみにフルーヴルーウー辺境伯領は、この世界観では本当に重要な国境地帯にあるので、辺境伯としたのは大正解でした。
ただし、いちいち「辺境伯」と書くのも煩雑なので、呼びかけなどでは「伯爵様」などを使うことにしています。
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(3)辺境伯領 -2-
フルーヴルーウー城は、ルーヴとヴェルドンの2つの王城を見慣れてきたラウラには小さく見えた。辺境伯としての広大な領地から考えると質素と言ってもいい大きさだ。城下町すべてを加えても、ヴェルドン王城の城塞の内側ほどの広さしかないように思える。城は、隣にある派手な館よりもわずかに大きい程度だ。おそらくあの派手な館は、いまや空位となったゴーシュ子爵邸であろうとラウラは推測した。
フルーヴルーウー城は、街道に続く北側だけにあまり高くない城壁がある。背後は《ケールム・アルバ》へと続く切り立った崖であり、城壁とそれを囲むあまり深くない堀を取り囲むようにして進んでから街道はぐっと狭くなる。それでも、4輪馬車や大きな荷を積んだ2輪馬車が《ケールム・アルバ》を越えようとすれば、この先のフルーヴルーウー峠を通るほかはなく、それが関所の役割を担う小さな城の主に、不釣り合いなほど多くの富をもたらしているのだった。
馬車は、城の内門を通りほんのわずか木陰の間を進むと、入り口の前に停まった。王都にあるフルーヴルーウー伯爵邸よりは質素だが、丁寧に意匠を凝らした入り口のアーチには、胸に掛かっている十字架と同じ双頭の馬の紋章が見えて、ラウラは感極まって見上げた。
入り口には、城の使用人たちが出迎えのために並んでいた。先頭にいた小柄な初老の男に続き全員が最敬礼した。
「伯爵さま。お帰りなさいませ。無事のお着きをお慶び申し上げます」
使用人たちの数は、王都の伯爵邸の3割程度だろうか。だが、あちらで務める使用人たちと縁続きの者が多いと耳にしていたように、初めて会ったとは思えぬ顔が多かった。先頭の初老の男も、あちらで召使い頭を務めるエルネスト・モラが20年ほど歳をとったらこうなるに違いないという顔だった。
「私がパスカル・モラでございます。引き続き、家令を申しつかり、心から御礼申し上げます」
マックスも、初めてこの男に会うのだが、すでに書簡では何度もやりとりをしていることもあり、初対面のようには思えなかった。
その父親のファビアン・モラは、マックスの父先代フルーヴルーウー伯が毒殺された時に家令を勤めていた。伯爵夫人であったマリー=ルイーゼ王妹殿下が亡くなってからは、子爵ジロラモ・ゴーシュが代官として権勢を誇り、伯爵領で好き勝手をしていたが、この親子は反発する家臣たちをなだめながら、可能な限り先代伯爵がいた時の家政を維持してきた。パスカルの子のエルネストもまた、今では伯爵家にいなくてはならぬ存在になっている。
パスカル・モラは、茶色の上着を身につけている。初めてお目見えする伯爵に失礼にならないようにきちんとした仕立てのものだった。王都ヴェルドンでは、袖を膨らませて飾りを施しぴったりとしたシュルコを着る者の方が多いが、モラはペリソンと呼ばれるゆったりとした上着姿だった。後に、この家令が常にこのような服装でいることがわかった。飾りが少なく動きやすい服装でいるのは、彼が下の者に命令するだけでなく、常に城の中を歩き回り細々としたことに目を向けているからだった。
「伯爵様、奥方様。長旅でたいそうお疲れになりましたでしょう。どうぞゆっくりお休みくださいませ。ひと息おつきになりましてから、改めてここにおります召使いの紹介をさせていただきます」
モラが、そういうと、マックスは肩をすくめて言った。
「是非とも、ゆっくりしたいところなんだが、そうもいかなくてね。早馬で知らせを出した件だが……」
「心得ております。国王陛下がまもなくお見えになる件でございますね」
「そうだ。急なことで迷惑をかけるが、昼食後にはお前や召使い頭などと話し合いを持たねばならないだろう」
モラは頭を下げた。
「迷惑などとは、滅相もございません。では、すぐにお部屋にご案内します。そして、お部屋でお寛ぎのお時間に、まずはお部屋に足を踏み入れることの許された者のみをご紹介させていただきますが、それでよろしいでしょうか」
マックスは、ラウラと顔を見合わせた。
「お前さえ差し支えなければ、堅いことを言わずに、皆でもかまわないよ」
「かしこまりました。それでは、交代で伺わせます」
モラは、新しい主人が噂通りの氣さくな人物だと感じたのか、わずかに表情を緩めた。
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梅干しを作る その2

先日、「梅干しを作る」という記事をアップしましたが、じつは、それに2週間ほど先駆けて、同じもの(ただし塩分は20%)を試しに作っていました。それが梅酢に浸かる状態となってから無事に3週間経ったので、最後の工程までトライしました。

日本の梅で作る場合は、赤紫蘇を入れないと赤くはならないのですけれど、赤プラムで作ったので何もせずにきれいなピンクになりました。これを3日ほど干しました。といっても、外にではなくてキッチンの窓際で太陽に当てました。
3日経ってから、これを加熱して、ハンドミキサーで細かくしました。これでいわゆる練り梅の状態になってできあがりです。プラム4個で、食べきりサイズくらいの小さなジャムの空き瓶2つになりました。
試食しての感想ですが、プラムで作ったなんて信じられないくらいに、完璧に梅干しの味です。色はきれいだし、ごはんも進むし、梅昆布茶を作っても美味しい! おまけでできた梅酢もとっても美味しい! これは作って正解でした。まもなく第2弾も梅酢に浸かって3週間となるので、こちらも干して瓶詰めする予定。
第2弾は長期保存を目指して塩分を30%にしたので、こちらは常温保存をしてみます。今年、またプラムを見かけたら、もう1回買ってこようかな……。

さて。もともとの目標であった「煎り酒」です。日本酒はないので、白ワインで作りました。材料は白ワインと練り梅と昆布です。煎り酒は室町時代からある万能調味料だそうです。醤油が普及してから廃れてしまったらしいのですが、醤油と違って誰でも簡単に作れる上、マイルドなので再び注目されているとのこと。この情報をネットで見て以来、どんな味なのか試してみたかったのですね。

日本酒で作った煎り酒を知らないので、ここで判断するのはよくないと思うのですけれど、お醤油に取って代わられたのはわかるかも。とっても上品な味なんですよ。梅干しって感じはしませんし。欠点としては、お醤油ほどの日持ちはしないこと。
でも、いいなと思ったのは、私は洋風料理の隠し味にお醤油を入れるんですけれど、色がついたり、焦げ付いたりしますよね。そういうことが全くないのですけれど、単に塩胡椒で調理したよりもしっかりと旨味がついているのです。
煎り酒はもう少し研究の余地があると思います。また報告しますね。
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【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(3)辺境伯領 -1-
予定通り、領地であるフルーヴルーウーに向かうマックスとラウラ。領主夫人ですが、ラウラがフルーヴルーウーに足を踏み入れるのは初めてです。
ちなみにあくまで架空世界ですが、フルーヴルーウー辺境伯領のモデルはいま私の住んでいるこの国です。山脈《ケールム・アルバ》のモデルは、もちろんアルプスです。
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(3)辺境伯領 -1-
ラウラは、馬車の窓から白く輝く山嶺を見つめた。くっきりと驚くほどの鮮明さで迫ってくる純白の頂きは、美しいという言葉よりも厳かという方がふさわしかった。夏でも雪の消えない山があると、書物から得た知識では知っていたが、これほどに壮大なスケールだとは考えてもみなかった。
ルーヴ王城の塔にひとり登り、「いつか遠くへ行きたい」と涙ながらに願っていた頃、深く偉大なる森、《シルヴァ》の向こうに何があるのか、ラウラは知らなかった。彼女の世界はルーヴラン王国の王都のみで終わっており、まだ見ぬ世界の驚異は限られた想像力の中、平凡でありきたりの姿をしていた。
王女マリア=フェリシアの身代わりとして、グランドロン王国の都ヴェルドンへ来ることになった時、彼女は生まれて初めての長旅をしたが、今回のように窓を開けて景色を楽しむような状況にはなかったので、サレア河の流れも、可愛らしいマールの街も、ヴァリエラの大聖堂も見ることはなかった。
だから、これはラウラにとって生まれて初めての心躍る旅なのだった。目の前には、夫君であるフルーヴルーウー伯爵が、機嫌良く彼女を見つめていた。
「《ケールム・アルバ》だよ」
マックスは、やはり窓から顔を出して、美しい山脈を指差した。どれほど多くの詩に歌われたことだろう。どれほど多くの旅人たちが、決死の覚悟で越えて来たことだろう。グランドロンやルーヴランといった北の王国と、センヴリやカンタリア王国のような南の地域を分ける大きな山脈だ。あまりに高く、壮大で、神々しいために、人びとは「天国への白い階段(Scala alba ad caelum)」転じて《ケールム・アルバ》と呼んでいた。
ラウラは、今、本物の《ケールム・アルバ》を目にしているのだ。
「フルーヴルーウーは、あの山の中にあるのでしょうか」
マックスは笑った。
「いや、あの雪山の中にはない。もちろん領地はフルーヴルーウー峠まで続くのでかなり上まであるが、居城と城下町は麓の緑豊かな美しい土地にあるんだよ」
「いらしたことがあるのですね?」
ラウラの問いに、彼は頷いた。
「ただの旅人としてだけれどね。心地よい宿と美味いパンがあり、素朴だが親切な人びとが住むいい街だ。それに、変わった伝統もあるらしい」
「どんな伝統ですの?」
「辺境伯の最初の奥方である《男姫》ジュリアにちなんで、年に1度、街の女性が男装して練り歩く祭があるんだそうだ。その日は奥方は亭主にどんなわがままでも命じることが許されていて、亭主どもはそれを拒否できない。だから女房の恨みを買わないように、その祭の前のひと月は、どの亭主もめったやたらと女房に優しいということだ」
「まあ。そのお祭りはいつなんですか?」
無邪氣な妻の問いにマックスは、苦笑いしながら答えた。
「2週間後らしいよ。お願いだから、僕に不可能なことを命じたりしないでおくれよ」
「それは時と場合によりけりですわ」
ラウラはにっこりと笑った。
「ところで、金山はお城から近いのですか?」
彼女は、ふと思い出して訊いた。《ケールム・アルバ》の中腹、フルーヴルーウー辺境伯領に抱かれる島のように、グランドロン王国一、いや、世界でも有数の埋蔵量を誇る金山がある。この辺りの他の鉱山、たとえば鉄鉱石や岩塩を産出する鉱山と違い、グランドロン王国の直轄領となっている。
そして、その金山を視察するために国王レオポルド2世がフルーヴルーウー城に滞在するというのだ。城主夫人として初めて城に行くというのに、もう国王をもてなす大役をこなさなくてはならないことを思うと、ラウラは不安になった。
「そうだね。あの辺りには陛下が泊れるような立派な、しかも警備上の問題もない旅籠はないだろうから、陛下はずっとわが城におられ続けるだろうな。なに、心配しなくていい。ヴェルドンと違って面白いものもない田舎だから、すぐにお帰りになるさ」
そうならいいけれど。ラウラは天を仰いだ。
話をしている間に、馬車は石畳の敷かれた道を行くようになった。ラウラは、ほんのわずか呻くような声を出して、それから恥じるように下を向いた。マックスはわかるよと言いたげに妻を見た。これまでの自然道は、時おり車輪が石にはじかれて大きく揺れて驚かせることはあったが、石畳の道は定期的に激しく馬車を揺らし、長旅で疲れた彼女の腰をひどく打ちつけ続ける。ヴェルドンからの旅の間中、ある程度大きい街に立ち寄る度に、彼らはその打撃に耐え続けてきた。
だが、少なくとも今回の揺れは安息の前奏曲だ。一行はついにフルーヴルーウー城の城下町にたどり着いたのだ。
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