収穫する日々

7月も今日で終わり。代わり映えのしない生活を送る私ですが、春から面倒を見続けている野菜づくり、まだやっています。そして、あんなに小さな種だったり、苗だったりしたのが、今やどれもかなり大きくなって、ここのところ毎週自分の作った野菜が食卓に上っています。
最初に収穫できたのは、このブロッコリーとシベリア種のトマトが1つでした。そして、ズッキーニも1つ1つ大きくなってくるので、最近はそれをメインに食べています。

最初にできるはずと思っていたハツカダイコンは、ペットボトル栽培のためか時間がかかり、ようやく収穫できるようになってきました。

そして、本当にちょっぴりですが、生まれて初めて自分で作った枝豆。これは作り方を工夫して、もう少し収穫できるといいなあ。けっこうおいしかったので。
永久に大きくならないように思えたキャベツも結球を始めていますし、トマトはまだ青いながら、かなりたくさんなっています。そして、そろそろジャガイモの第1弾が収穫できるかも。
小さな家庭菜園ですが、食卓に上る分の有機野菜作り、私でも出来るんだなと驚きました。来年以降も、少し続けてみたいです。
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【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(6)市場 -1-
初めて領地にやって来た領主として、マックスとラウラは城下町を視察しています。いろいろ新しい名前が出てきていますが、覚える必要はありません。念のため。
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(6)市場 -1-
フルーヴルーウー辺境伯領は、グランドロン王国の中でも特に広い面積を占める。だが、その領地の大半が《ケールム・アルバ》の山塊に抱かれているため、大きな町、村落などはあまりなく、領民も他の地域と比較すると少ない。最も大きいフルーヴルーウー城下町ですら、日の出から日の入りまで歩き回れば、端から端まで見ることができる広さだ。
その代わりに、他の領国と比較すると、格段に多くの城塞を持っている。1つ1つは大きめの塔というような規模なのだが、それが入り組んだ谷の峠ごとに置かれ、異国からの往来を監視していた。同時にこれらの街道はフルーヴルーウー領とグランドロン王国の大きな収入源ともなっている。異国人がこれらの城塞の麓を通る度に、通行料が徴収された。通行者たちは、他の地域よりも頻繁に通行料を払うことになるが、大きな不平は出ない。
例えば、もっと西のルーヴラン王国に属するアセスタ峠を通るルートは、整備されていない道も多く、二輪馬車すらも通行できない上、秋には徒歩ですら超えることが難しくなる。さらに、物見塔が少ないことが、土砂崩れなどで道が塞がれても連絡が行き届かず、盗賊が跋扈する原因にもなっていた。
グランドロン王国は、王城などの絢爛さではルーヴラン王国にははるかに劣るが、代々の王が軍事に力を入れただけあり、街道の整備や治水・橋の建設などでは大きく先んじている。王都ヴェルドンからの立派な街道は《シルヴァ》を横切り《ケールム・アルバ》の250あると言われる谷に広がっていく。
フルーヴルーウー城は、そうした《ケールム・アルバ》の多くの谷を集めた扇子の要のような位置にあり、センヴリ王国とグランドロン王国間を旅する者は必ず通る要所に位置している。
案内されて城下町を巡るときにも、ラウラはそれを強く感じた。市場には珍しい野菜や布などが置かれ、街には活氣がある。多くの外国人が滞在するのだろう、いくつもの言語が飛び交っていた。
「言葉が……」
辺りを見回すラウラの様子に、マックスは笑って答えた。
「面白いだろう? ルーヴラン語とセンヴリ語、それにグランドロンの言葉が混じったような話し方が聞こえて」
「この話し方は、フルーヴルーウーの方言なのですか?」
「センヴリ語のまじったようなグランドロン語はそうだね。それから、センヴリのアクセントでルーヴラン語を話しているみたいに聞こえるのが、トリネアの人たちだと思うよ」
王城では、このような話し方をする人びとには会ったことがなかった。異なる言語はこのように移り変わっていくものなのだとわかり、ラウラは夢中になって耳を傾けた。
「待ってくれ。そんなにそちらに行かない方がいい」
ラウラは、マックスに引き留められた。市場の奥で誰かが言い争いをしているようだ。
「突然2倍などと言われましても、困ります」
見ると、僧服を着た男に、露店の男が抗議をしているようだ。
「困るというなら、今すぐ店をたたんで立ち去るがいい。この場所を借りたい者は、ほかにもいるだろうから」
「それは、ワシら全員におっしゃっているんで?」
「ああ、そうだ。大司教様からのお達しを読まなかったのか。昨日、公告したであろう」
「まさか!」
「伯爵様、いかがいたしましょうか」
ヴェルドンから着いてきた護衛の兵士がマックスに囁く。
マックスは案内役である騎士ゴッドリーを見た。ゴッドリーは慎重に観察していたが静かに言った。
「あの男は、ベッケム大司教の右腕のボーナムです。教会前市場の場所代を取り仕切っています。ゴーシュ様が代官をなさっていた頃から、売り子たちとの直接の取引は大司教側が行っているのですが、2倍にしたなんて話は、私も初めて耳にしました」
到着してから、ありとあらゆる書類に目を通し、裁量してきたマックスも、そんな話は聞いていない。
「行ってみよう。奥方に氣をつけてくれ」
マックスは、ヴェルドンからついてきた護衛の騎士たちにラウラに害が及ばぬように配慮しろと言った。
「何か争いごとか」
ゴッドリーが近づいて話しかけると、ボーナムと露店の男は近づいてきた一行にようやく氣がついた。
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魚醤買った

以前ナンプラーで失敗して(臭くて1回使ったまま15年くらい放置したあげく捨てた)から買うのを控えていた魚醤ですが、やはり欲しくなって取り寄せてみました。ナンプラーで失敗したので、「臭くて使うつもりになれない」タイプのものは避けたかったので悩みに悩みましたが、日本の企業努力の偉大さに賭けてみました。そして、勝ちました(笑)(「五島の椿」さん、どうもありがとうございました)
ここしばらく、自分で作れる発酵調味料をあれこれ試していて、自作した醤油麹、味噌、梅干しペーストなどを日々の味付けに利用しています。発酵調味料の旨味は、たとえば精製塩のような単純で尖った味と違って、じっくりじんわりと3次元に広がる美味しさです。
とはいえ、自分では絶対に作れないタイプの調味料もあり、例えば醤油そのものを作る根氣と技術は私にはありません。それに常備しているアンチョビーペーストなども、鰯から腐らせずに作るのはきっと無理だと手を出さずにいます。
アンチョビーペーストは、魚醤の代用品になるとも言われています。だから、今回失敗したら、もう2度と魚醤には手を出さずにアンチョビーペーストだけで生きていこうと思っていました。
1度失敗したにもかかわらず、今回ダメ元で魚醤を買うことにしたのは、じつは作品で魚醤を扱ったからです。『樋水龍神縁起 東国放浪記』で登場させました。こういうのを書くと、日本産の魚醤の味を知りたくなりますよね。もちろん平安時代の魚醤の味は今に伝わるしょっつるなどと同じかどうかもわからないのですけれど。
今回買ったのは長崎県の「五島の椿」から販売されている「五島の醤 -米麹-(魚醤)」という商品です。「魚の旨味はそのままに、従来の魚醤の臭みを抑えた」という宣伝文句を信じて購入しました。そして、本当に「これが魚醤?」というくらい臭さがない琥珀色の液体でした。ほんのちょっと使うだけで旨味が激増するので、ぼんやりした味の料理に追加して便利に使っています。
日本でしか購入できない製品に頼るのはやめようと思っているんですけれど、少なくともこうした「たとえ地の果てからでも取り寄せたい絶品」だけは、まだ頼っちゃおうかなと思う私です。
あ、ちなみにイタリアの魚醤「コラトゥーラ・ディ・アリーチ」をいつかゲットしたいという野望もまだ諦めていませんよ。
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【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(5)ゴーシュの館
そろそろ主人公が出てくるなどと口走ってしまいましたが、まだでした。実は、ここ書き直したときに順番を入れ替えたのです。で、王様の登場が遅くなってしまいました。
前作同様、この作品ではストーリー運びだけでなく当時の暮らしがわかるような記述を多く入れることにしています。ストーリーだけ追いたい方は、今回はまるまる飛ばしても大丈夫かも。
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(5)ゴーシュの館
「奥方様。お疲れのところ、本当に申しわけございません」
モラがラウラに許しを請うのは、到着2日目にして、これが3度目だった。
「氣にしないでください。先ほどの決定に何か漏れがありましたか」
国王の到着に備えて、2週間ほどのメニューや、国王の滞在する客間や、ヘルマン大尉たちの滞在する部屋などの準備が当面の最優先検討事項になっており、それがようやく決定してホッとしていたところだった。
「いいえ。こちらは、陛下のご滞在の件ではなく恐縮なのですが……」
モラは、せめてもう1日待つべきであったかと、畏まっている。
「できるだけ早くに話をしたい用件なのでしょう? どうぞ」
「恐れいります。じつは、タペストリーの件でございます。現在、お2人のご居室にかかっているものは、先々代の頃のものでございます。夏のご滞在に関しては、さほどお困りにはならないかとは思いますが、なんと申しましても古く、先の国王陛下に頂戴したものほどの絢爛さもございません」
先代フルーヴルーウー伯爵夫人は王妹で、前国王は愛する妹に豪華な嫁入り道具を持たせたのであろう。
「その大切なタペストリーは今どこにあるのですか? 客間のものも、私たちの居室とほぼ同じものでしたよね」
「実は、ゴーシュ様の館に運ばれたのです。私の父が抗議いたしましたが、亡くなられた先代の奥様から口頭でお許しをいただいたとおっしゃり、私どもにはどうすることもできませんでした」
その話は、すぐにマックスに伝わった。
「母上は、ゴーシュが父上を亡き者にし、わが命を狙っていると知っていたので、私を老師に託されたのだ。そのゴーシュに城の宝をたやすく残したりするものか。すぐにゴーシュ邸を探索せねばならないな」
マックスとモラ、そして護衛の兵士たちが手分けして空き家となっているゴーシュ邸を調査したところ、かつてフルーヴルーウー城を飾っていた大量のタペストリーや絨毯、東方由来の大壺、飾り棚、そして高価な銀や錫の食器類で満杯の道具箱がいくつも残されていた。
「呆れるな。全てフルーヴルーウーの紋章入りじゃないか」
「伯爵様。こんなところに、このようなものがございます」
モラが恐れおののきながら指した先には、覆いのついた書見台があり、そこには宝石と金彩色で飾られた大きな聖書があった。
マックスが改めると、王家の紋章があり子爵ごときが所有できるはずのない物だった。
「これは母上が先代国王陛下より下賜されたものに相違ないだろう。なぜ城に保管していないんだ」
「申しわけございません。宝物庫にある箱の中にあると信じておりました。鍵をゴーシュ様がお持ちになったままになっておりまして」
マックスは頷いた。フルーヴルーウーの代官であったゴーシュが亡くなった後もいくつかの鍵が返却されていない件については、すでに報告を受けていた。だが、少なくとも宝物庫の鍵は人手に渡っていないので安心していたのだ。こちらに到着したら、立ち会いの上で聖書箱の鍵を替える予定であった。だが、まさか開かない聖書箱の中は空で、聖書が剥き出しでゴーシュの館の中にあったとは、マックスも予想していなかった。
マックスは、ゴーシュが着服したと思われる各種の家財を城に運び込むように部下たちに命じた。
運び込まれた箱を検めて、ラウラはわずかに安堵した。宮廷奥総取締副官の役職について以来、ヴェルドン王城の食器などを検分する機会が幾度もあったのだが、ルーヴ王城のものに比較して堅実なスタイルとはいえども高価な品が多かった。昨日到着して確認したこの城の食器類は、王妹殿下が女主人だったにしてはいかにも質素な品ばかりで、もしや前フルーヴルーウー伯爵夫妻は1度もここで正餐などを開いたことがなかったのであろうかと首を傾げていたのだ。
正式な訪問ではないとはいえ、まもなく国王その人が到着するというのに、この食器では差し障りがある。急ぎ馬を走らせてヴェルドンの館からまともな食器を取り寄せるべきか、それとも、むしろセンヴリ王国の商人に頼んで買いそろえる方が早いのか、頭を悩ませていたところだった。
広げさせたタペストリーのうち、一番大きいものは大食堂に、ゴーシュ夫妻が寝室に飾っていたもっとも絢爛なものはレオポルドが使う客間に掛けさせた。また、ラウラたちの居室のものも取り換えることとなったが、外した古いタペストリーをしまうというモラをラウラは引き留めた。
「あなたたちの使っている部屋や詰所でタペストリーがなかったり壊れている部屋はないのですか」
モラは、驚いた顔をした。
「私どもの使う部屋でございますか? もちろんタペストリーなどは、ございませんが……」
彼らは、通常の城の使用人たちがそうするように、絨毯代わりに草や木の枝を敷き詰めることで冬の寒さをしのいでいた。城には冬のあいだ主がいることの方が珍しく、使われない部屋だけに立派な暖炉やタペストリーと絨毯があるのだが、それを苦々しく語るものはいなかった。それが当然だと思っていたからである。
「ここの冬の厳しさは格別だと聞いています。私たちの部屋のものを新調する前に、まず冬をここで越すあなたたちの調度を整えましょう。旦那様、それでよろしいでしょうか」
ラウラの言葉に、マックスは「もちろん」と頷いた。
パスカル・モラと後ろに並ぶ召使い頭は驚きと共に、歓びで目を輝かせていた。
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「ハイジ」研究本の増補改訂版

2022年7月9日(土)から9月11日(日)まで、静岡県浜松市、浜松市美術館にて「ハイジ展-あの子の足音がきこえる-」が開催されています。テレビアニメーション『アルプスの少女ハイジ』とヨハンナ・シュピーリによる原作『ハイジの修業時代と遍歴時代』の双方からアプローチした魅力あふれる、それにめったに見ることのできない貴重な資料を集めた展覧会になっています。
日本の皆さんが私の住むスイスという国を思い浮かべるとき、おそらく90%は『ハイジ』のイメージと結びついているかと思います。そして、それがスイスという国に対する好印象を作り上げるのに大いに貢献したことは、多くの皆さんが同意してくださることと思います。
今日私が取りあげている書籍「図説 アルプスの少女ハイジ『ハイジ』でよみとく19世紀スイス」の著者の1人であるちばかおりさんが、最初にスイスとハイジに対する興味を持たれたのもおそらくアニメ『アルプスの少女ハイジ』でしょう。でも、かおりさんが他の多くの方と違うのは、それを単なる「好き」「憧れ」に終わらせず、研究や文化財の保護に至るまで能動的に進められていることです。スイスや日本で開催されたいくつものハイジに関する展覧会や書籍を通して、翻訳化された原作やアニメ『アルプスの少女ハイジ』を風化させずに、その魅力を次世代にバトンタッチさせる大きな役割を果たしていらっしゃるのです。
ちばかおりさんは、実は我が家に何度もいらっしゃっています。しかもアニメ『アルプスの少女ハイジ』のプロデューサーであった中島順三さんや作画監督をつとめられた小田部羊一さん、それに今回のハイジ展で大きな役割を果たされている研究者のみなさんとの橋渡しをしてくださり、単なる一般人の私がそのそうそうたるメンバーと我が家でバーベキューをするという僥倖に与らせてくださいました。
今回、静岡の「ハイジ展」のあわせて増補改訂版として出版されたこの本は、2013年9月に初版が出ていて、そのときにも1冊頂戴しました。というのは、私、いちおう「協力者」の1人なんですよ、この本の。
この本は、今回の「ハイジ展」とも繋がる姿勢ですが、単なる「ハイジ大好き」ではなく、スイスという国、モデルとなった地域の地理や歴史、時代背景、思想などをわかりやすくまとめて提示した、とても興味深い比較文化の研究書です。
私の住む地域は、まさにその「ハイジの舞台」に重なるのですけれど(そして、もちろんそれが私とちばかおりさんの出会いに繋がるファクターだったわけですが)、住んでいて言葉がわかるからといって、研究レベルのことをすべて理解できるわけではないのです。私は、知らなかった多くのことをこの本から学びました。
その一方で、じっくり読んでいくと、研究の一端に私の協力も小さな助けになっているのがわかります。それは、たとえるなら1枚の織物の中でほんの数カ所の刺繍部分、ルーペで探さないとわからない部位くらいの記述なのですけれど、そこに私が話したり書いたことや、かおりさんに紹介した20世紀初頭のスイスを知っていた現地の方の証言が読み取れるのです。
私の書いた文章や、スイスに住む一般人としての知識は、いつかは埋もれて消えていってしまうような小さな存在ですけれど、それがこうして、本当に興味を持つ人の手に届く形になって残ることは、とても嬉しいです。
ともあれこの本も、「ハイジ展」も、ちばかおりさんをはじめ、スタッフや研究者の皆さんの情熱が詰まっています。「ハイジ展」は、7月9日に始まったばかりですが、コロナ禍で何度も延期を余儀なくされ、開会式の報道すらも異例の事態で延期になるという苦節、そのすべてを乗り越えて開催中です。
この夏、爽やかなアルムの山の風を感じに、浜松市美術館にお出かけになってはいかがですか? ついでに、このご本もぜひ手に取ってみてくださいね!
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【小説】引き立て役ではなく
今回の選んだのは、ヴィオラです。でも、出てくるキャラはあのヴィオリストではありません。ちょっとくらい出そうかと思いましたが、蛇足なのでやめました。『大道芸人たち Artistas callejeros』や『樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero』を読まれた読者の方は、この作品の登場人物(男の2人)の苗字から「あれ?」とお氣づきになるかもしれません。関係はあります。1世代上ですけれど。
そして、この作品の会話だけに出てくるM.ブルッフの『ヴィオラと管弦楽のためのロマンス』は、下に参考として掲げた作品のメインイメージとして使った作品です。ただし、エピソード間には、全く関係はありません。

【参考】
大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 ロマンスをあなたと
引き立て役ではなく
美登里は、待ち合わせ場所に現れた蘭を見て、あらまあと思った。こんなに全力でお洒落をした彼女を見るのは久しぶりだ。従姉は、子供の頃から見慣れている美登里ですら、ときどき見惚れてしまうようなところがある。
黒いジャケットスーツはヴェルサーチ。でも、プリントが裏地にあるから、わかる人にしかわからない。鮮やかな薔薇色のカトレア柄のプリントブラウスは、シャープな襟と柄の大きさにこだわりぬいたものだ。このブラウスを見つけるのに彼女がどのくらい時間をかけたのか知っているのは、美登里くらいだろう。
女子高の頃の蘭は、学内一の人氣を誇っていた。ショートカットで背が高く、切れ長の目許は涼しげだ。バレンタインデーには、持ちきれないほどのチョコレートを受け取り、毎年食べきるために美登里が協力しなければいけなかった。
本人は、自分に与えられた役割を自覚しているのか、人前では口数が少なくクールな様相だが、じつは面白くない親父ギャグをいうクセがあり、美登里に絶句される度にわずかに傷つく可愛いところもある。
それに、実は顔には出さないが非常に緊張している時は、声がいつもにまして低くハスキーになる。例えば、今日は相当緊張しているようだ。結城くんが一緒だからだろうか、それとも園城さんの方かしら。
美登里は、一緒に歩く蘭をすれ違う人たちがチラチラと見つめたり振り返ったりするのを見ながら考えた。おかしいのは、女性の方がより熱っぽく見つめることだ。中性的と言うよりは、むしろ宝塚の男役に近い雰囲氣を纏っているからだろう。彼女に言わせれば、高校を卒業したらその手のモテかたとは無縁になるつもりだったのらしいが、この調子では生涯こんな感じなのかもしれない。
今夜は、同じピアノ科の結城勝仁と指揮科の園城邦夫に誘われてコンサートに行くのだ。ツィンマーマンが来日していてブルッフの『クラリネットとヴィオラのための二重協奏曲』を演奏するのだ。同じピアノ科の結城勝仁が、チケットが4枚あると美登里に声をかけてきたのだが、一緒に行きたいのは声楽家の堂島蘭だということは、初めから予想できた。
華やかで交友関係の広い結城勝仁と真面目で物静かな園城邦夫が一緒にコンサートに行くような仲だということは、今回初めて知った。同じ高校出身らしい。性格はずいぶん違うようだが、氣が合うのだろう。
たぶん蘭と美登里も、こんな風に「意外な組み合わせ」と思われているのかもしれない。
「結城くんが、指揮科の園城さんと行くツィンマーマン、一緒にどうかって誘ってくれたんだけれど……」
美登里がおずおずと訊くと、蘭はいつもとは違う食いつき方で「行きたい!」と即答したのだ。蘭がヴィオラがメインのコンサートにそこまで熱心なはずもないので、きっと2人のどちらかを氣になっていたのだろう。
美登里は、そつの無い、悪い言い方をするとありきたりのワンピースを着ていた。蘭が演奏会で歌うとき、伴奏を頼まれる美登里はできるだけ目立たないワンピースを着る。どこか外出するときも、自分が素敵に見える服よりも、他の人たちがどんな服装の場合でも場違いにならないよう、目立たない服を選んでしまうのは癖になっていた。
蘭と出かけるときは、なおさらだ。彼女は常に注目を集めるので、自分に似合う素晴らしい装いと完璧な立ち居振る舞いをするのだけれど、実はファッションそのものにはあまり詳しくないので、美登里が何を着ていても関心も持たないし話題にもならない。むしろ、美登里が蘭からの相談を受けて、彼女が求めるタイプの服装をどこで購入できるかをアドバイスしてあげることも多い。
今回のスーツが、蘭にとっての真剣勝負の服装だということを、美登里が氣がついたのはそのせいだ。たいていの男性は蘭に対して好意的に振る舞うから、どちらであっても難しい恋ではないだろうけれど、美登里にも全くいわなかったことを思うと、蘭にとってはよほど真剣な想いのようだ。できれば傷ついたりしないでほしい。うーん、モテモテの結城くんの方だったら、要注意かなあ。
「そのブラウス、本当にヴェルサーチのスーツにぴったりね。よく似合うよ」
美登里は話しかけつつ、横を歩く従姉の顔を見上げる。身長が高い上に、今日の蘭は、いつもよりも踵の高いヒールなのだ。
「コーデネイトはこーでねぇと……」
出た。定番のしょうもない親父ギャグ……。
「蘭。忠告するまでもないと思うけれど……」
「わかっているわよ。結城くんたちの前では、慎むから」
蘭は、より一層低い声を出した。コンサートホールの前に、既に待っていた青年2人が見えてきた。
「ああ、今夜は来てくれてありがとう」
そう言って、結城勝仁がチケットを2人に渡し、さりげなく蘭の隣に立った。成り行き上、園城邦夫が反対側、つまり美登里の隣に立った。
「こちらこそ、誘っていただけてお礼をいわなくちゃ。ツィンマーマンを生で聴くの、初めてよ。チケット取るの大変だったでしょう?」
蘭は、先ほどの親父ギャグを口にしたのと同じ人物とは思えぬほど、冷静な低い声で答えた。
「邦夫のおかげだよ。今日のコンマスと親しいんだ」
勝仁は、友の方を指した。
「そうなの?」
美登里が訊くと、邦夫は頷いた。
「高校の先輩なんだ」
チケットを切ってもらい入場したが、蘭は、ここでも注目を集めている。ロビーの華やかなシャンデリアの光の下で、ジャケットの上質な黒い照りと、ブラウスの薔薇色の艶やかさが際だった。
非日常的で、きれいな世界だなあ。美登里はシャンデリアを見上げた。音大に進んだとはいえ、才能あふれる一部のクラスメイトを知ったことで、美登里自身の技量は大したものではないと思い知らされている。将来コンサートピアニストとしてやっていく見通しは皆無で、このホールで演奏するようなこともきっとないだろう。もしかしたら、今のように蘭が常に伴奏者に指定していてくれることで、ここの舞台に立つ可能性がないわけではないけれど。
『クラリネットとヴィオラのための二重協奏曲』は、作曲者マックス・ブルッフの晩年1911年にクラリネット奏者として活躍していた息子マックス・フェリックス・ブルッフのために書かれた。生前はあまり評価されておらず、演奏される機会もあまりなかった曲だが、今日演奏するツィンマーマンやその他の名手たちによって取りあげられてから、しばしば演奏されるようになった。
よくあるヴァイオリンやピアノの協奏曲と違って、楽器自体がメジャーでないためか、それとも全体を通して流れる牧歌的でしっとりした音色のせいなのか、音楽大学に通う美登里ですらも初めて耳にする曲だ。
たとえば映画音楽などに多用されて、誰もが耳にしたことのあるような音楽とは違い、非常に心地のよいその音色はメロディーをいつでも口ずさめるような音楽とは違う。けれど、その旋律の美しさには心打たれる。それはとても心地よい。奇をてらった不協和音などたったの1つもなく、ヴィオラとクラリネットのどちらのよさも生かした作品だ。
重厚に始まる第1楽章、優しく夢見るような第2楽章、そして、華やかに高らかに歌い上げる第3楽章の全てをヴィオラとクラリネットが縦横に活躍し、オーケストラは魅力たっぷりにそれを支えている。
美登里は、すっかり魅了されて20分弱の曲の世界に浸った。ツィンマーマンの奏でる重厚で芯の強い音は美しいが、それはクラリネットをかすめさせることはない。ヴィオラの独奏演奏会に1度も行ったことのなかった美登里は、少し自分を恥じた。
休憩の間、何か飲もうという話になり、4人はロビーに出た。
「素晴らしかったね」
邦夫が、熱のこもった口調で言った。
「ええ。マックス・ブルッフって、こんなロマンティックな曲を書く人だったのね。……私、初めて聴いたんだけれど、もっと聴きたいわ」
美登里は、CDでも探すつもりでそう口にした。
「じゃあ、同じブルッフとヴィオラの曲で、『ヴィオラと管弦楽のためのロマンス』の演奏会が来月あるんだ。それも行く?」
邦夫がすかさず訊いたので、美登里は驚いた。これは4人でってことかしら?
彼女が、彼の真意を確かめようとしたときに「きゃっ」という鋭い声がして、2人は振り向いた。蘭が、変な姿勢で蹲っている。
「どうしたの、蘭?!」
美登里は慌てて駆け寄る。けれど、もっと蘭の近くにいた勝仁は、すぐに彼女を助け起こした。
「いたた……。ごめん、足をひねったみたい」
蘭は、痛みに顔をゆがめながら勝仁に助けられて、廊下のソファに腰掛けた。あっという間に、蘭の足首が腫れてきた。
「これはよくないな。救護室があるか訊いてこよう」
邦夫はすぐにロビーの係員を探しに側を離れた。美登里は、トイレに行ってハンカチを冷たい水で濡らして戻った。
蘭は、数歩歩くのも困難な様子だった。邦夫が戻ってきたが、救護室のようなものはないという情報をもたらしただけだった。
勝仁は、携帯電話ですぐにタクシーを呼んだ。
「このまま、医者に連れて行くよ」
蘭は「まだ後半があるのに悪いわ」と言ったが、勝仁は半ば強引に彼女を抱き上げた。焦った蘭が軽く悲鳴を上げる。
「園城、中村さんはよろしくな」
そういって、会場から出て行った。
「私も行った方がいいかも……」
当惑して美登里が言うと、邦生は肩をすくめた。
「全員の予定を変えさせたら、堂島さんが氣にするんじゃないかな」
言われてみればそうだ。美登里も行けば、邦夫も行かざるを得ないだろう。せっかくコンサートマスターに4枚も都合してもらったチケットなのに、無駄にさせたとなったらずっと1人でぐずぐす悩む蘭だということは、美登里がよくわかっていた。
「コンサートがはねたら、結城に電話して様子を訊こう」
休憩の終わりを告げるベルが鳴っている。美登里は頷いて、邦夫と共に客席に戻った。
後半のプログラムはドイツの作曲家テレマンの『ヴィオラ協奏曲 ト長調』を中心に組み立てられていた。クラシック音楽分野でもっとも多くの曲を作ったと作曲家としてギネスブックに載っているテレマンだが、ヴィオラのためのコンチェルトはひとつしか残っていない。
存命中には活躍したが、後世では時代におもね過ぎた音楽として軽んじられ、大バッハの栄光の影に沈んでしまったといわれるテレマンの作品だが、ヴィオラの落ち着いた音色がバロックの色調とよく合い、心地よい作品に仕上がっていた。とくに終曲の第4楽章はいかにもバロックという音運びなのに、かえって古さを感じさせないのはヴィオラの音色によるものなのかと思う。
コンサートが無事終わり、アンコールまでをしっかりと楽しんでから美登里と邦夫は会場を後にした。邦夫の携帯には既にメッセージが入っていて、既に病院での処置は終わり勝仁が蘭を自宅に送るから心配するなとあった。
美登里が蘭にかけるとすぐに出た。
「ごめんね、美登里、心配かけて。後半、楽しめた?」
「うん。大丈夫?」
「ええ。しばらく、安静にしていれば数日で歩けるようになるだろうって。慣れない高いヒールなんて履くんじゃなかったわ」
蘭の声は、あまり落ち込んでいるようには響かない。
「結城くんは?」
「ここまで送ってくれたけど、もう帰ったわ。彼には悪いことしちゃったなあ。お詫びに、今度ご馳走するって約束しちゃった。でも、痛いのとテンション上がって……つい……」
「何?」
「『ありがトウガラシ』が出ちゃったのよね。呆れているかも」
美登里は、脱力した。親父ギャグが出るくらいなら、落ち込み具合も問題ないだろう。
「蘭、大丈夫みたいです」
そう告げると、邦夫は微笑んだ。
「それはよかった。じゃあ、せっかくだから場所を変えて軽く食べながら、今夜の演奏会について話さないか?」
美登里は驚いた。私と? 蘭のナイト役を結城くんに取られてガッカリしているのだと思っていたのに。でも、美登里も、今夜の新たに知った音楽について語り合いたかった。
邦夫が連れて行ったのは、ドイツ風のダイニング・バーだった。軽く飲むためのおつまみ的なメニューもあれば、かなりしっかりと食べることもできる。飲み物もビールやワイン、それにソフトドリンクも豊富で、かといって居酒屋ほど軽く雑な感じもしなければ、騒がしくもない絶妙な店選びだ。それに、ドイツ音楽を聴いた後の余韻とも合う。
「音大に通っているのに呆れるかもしれないけれど、私、ヴィオラをこんなにちゃんと聴いたの、初めてだったの。いままで、とても失礼なイメージを抱いていたみたい」
美登里は正直に言った。
「そもそもヴィオラの演奏会自体が、全体的に少ないし、弦楽の身内や友人でもいない限り、なかなか聴くチャンスはないんじゃないかな」
邦夫は答えた。呆れている様子でもないし、美登里を慰めようと言っているわけでもないようだ。
「園城さんは、よく聴くの?」
「演奏会はよくというほどには行っていないかな。でも、CDはけっこう集めたよ。指揮法の勉強のためでもあるけれど、純粋にヴィオラやチェロの音が好きなんだ」
「ヴァイオリンよりも?」
美登里は、邦夫の顔を見つめた。彼は少し笑った。
「比較して、より好きと訊かれると、答えにくいけれど、そうだね。少し低めの音色で、普段は目立たないけれど、いったん表に出るとあれだけ存在感を増す、あの感じが好きなのかもしれないな」
低めの音。美登里は、それを聞いて少しだけ心がチクッとしたように思った。
「アルトの歌声もってこと?」
邦夫は、その言葉に心底驚いた顔をした。それから、ああ、という顔をした。
「君は、堂島さんのことを言っているのかい?」
「ええ。そういう意味なのかなって」
邦夫は笑った。
「全く意図していなかったけれど、ソプラノやテノールよりも、アルトやバリトンの歌声の方が、好きなのは間違いないな。でも、堂島さんは関係ないよ。それに、彼女に『普段目立たないけれど』は当てはまらないだろう?」
確かに。この話し方だと、蘭と親しくしたいから美登里に協力をして欲しいという意図もなさそうだ。どこかホッとしていた。蘭の本命が園城さんじゃないといいけれど。
「そうね。蘭は、大輪のカトレアだものね。あ、ごめんなさいね。私、ひがみ根性を出しちゃっていたかしら」
邦夫は不思議そうに美登里を見た。
「ひがみ根性って? 君たちは、掛け値もなしに、とても仲がいいだろう」
美登里は頷いた。
「ええ。仲がいいの。そして、私はみんなの知らないようなお茶目な面も含めて、本当に蘭のことが大好きなのよ。でも、私、まわりからいつも主役と引き立て役という風に扱われるのに慣れすぎて、何も言われる前からそうやって先回りしてしまうの。私は大輪のカトレアを引き立てる添え物のグリーンポジションだって。よく考えるととても嫌なひがみよね」
邦夫はなるほどという顔をした。
「わからないでもないよ。ちょうど僕と結城の関係みたいなものだから」
「園城さんでもそう思うことあるのね。なら、私では無理ないかな。ピアノでも、結城くんみたいに才能のある人とは違うし、子供の頃から蘭と比較されるのに慣れちゃったので、女性としての魅力を磨くのも嫌になってしまったし。だから、世界のその他大勢として慎ましく生きていこうと、地味な方に安心するようになってしまったの」
私ったら、なんてかわいげの無いことを口にしているんだろう。美登里は肩を落とした。こんな話、園城さんが聞きたいわけないじゃない。
邦夫は、ビールのグラスを置くと、しっかりと美登里を見た。
「結城の才能が抜きん出ているのは否定しないよ。あいつには、学内の全員が嫉妬してもおかしくないさ。でも、君のピアノにも、聴くものの心を打つ力があるし、それに女性としても、全く引き立て役ポジションじゃないよ」
彼女は、しばらく言葉が出なかった。何度か瞬きをしてから、ようやく言った。
「園城さん、私の、ピアノ……聴いたことあるの?」
邦夫は頷いた。
「堂島さんの最高の歌声を聴かせたいって、結城に前期発表会に連れて行かれたんだ。で、感想を訊かれて、君の伴奏がいかに好みかってことばかり答えて呆れられた。今回、僕に4人分のチケットを都合しろと厳命したのはあいつなんだ」
美登里は、胸が詰まったようになり、言葉もなく邦夫を見つめた。彼は、少し照れたように続けた。
「今日のヴィオラ、とてもよかっただろう? もし、嫌でなかったら、さっきも言ったブルッフの『ロマンス』一緒に聴きに行かないか」
美登里は、大きく頷いた。
(初出:2022年7月 書き下ろし)
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佐崎らいむさんの『凍える星』

ブログでお友だちになっていただいたlimeさんが、6月1日に出版なさいました。あちこちで大賞を受賞していらっしゃるし、きっとそのうちだろうなとは思っていたのですが、やはりプロデビューは嬉しいです。
5月の終わりに出版のことを知り、すぐに予約をと思ったのですけれど、「もしかして、オフ会で遊んでいただいたよしみで、自筆サインをお願いできたりしちゃう?」という欲望がムクムクで、ご本人に連絡しちゃいました。お忙しいときにご迷惑だったと思いますが、私の我が儘を叶えてくださいました。自筆サインだけでなく、メッセージカードも! それに、布施月子さんの表紙も素敵なのですが、著者ご本人のイラストを知っている私としては、見たいなあと思っていたところ、そのメッセージカードは大好きな水色ネコちゃんなんですよ。これまた嬉しくなってしまいました。

さて、個人的な『特別扱い、いいでしょ』自慢はほどほどにして、作品の感想です。
ミステリーなので、詳しい内容には一切触れないようにします(これが難しい!)とある2卵双生児である少年たちのお互いに対する分かちがたい、でも、切ない想いが根底に流れています。そして、新米探偵も登場して彼の仕事を進めていきます。双子と探偵のストーリーは、交互に登場し、やがて驚きのどんでん返しが提示されます。
この構成もみごとなんですが、2つの局面を忘れさせずに引き戻してくれる書き分け術も素晴らしいです。そして、それぞれに的確で美しい表現が散りばめられています。
実は、大賞にお出しになる際の改稿前にも読ませていただいていたので、構成の素晴らしさや結末については読む前から知っていました。ですから、今回は「2度目」として読んだのです。
ブログ掲載アマチュアもの書きという肩書きが現在の私と同じ頃から、limeさんは構成とストーリー、それに表現のどれをとっても素晴らしい方でしたが、今回、ご出版にあたってさらに推敲を重ねられたそうで、その全く無駄のない、でも、凄みすら感じさせる表現の数々に圧倒されました。まさに表題作の題名のごとく、冬の満天の星空のようなキラキラする言葉たちで構成されています。かといって、わざとらしい言葉遣いは1つもないのです。
拙いながらも自分で小説を書くから、このことはよくわかります。このさりげない的確な表現が、どれほど難しいことかって。そして、これはミステリーでもあるので、読者に対してのフェアさも満たさなくてはなりません。つまり、正しい場所に適切な情報を散りばめなくてはならないのですよ。
作者limeさんは、とてもストイックかつ勉強熱心な方で、お仕事やご家庭をも全くおろそかになさらないで、執筆とこうした改稿作業を粛々と進められる姿を何年も拝見してきました。
アマチュア作家はみな同じで、生活のために仕事はしなくてはいけないし、他に楽しいこともたくさんあるし、「執筆とか推敲ばかりしていられないよ」と思うことばかりです。そして、私も含めてその言い訳を自分に許してしまいつつ「なんでもっとみんなに読んでもらえないのかなあ」と好き勝手なことを考えたりするのです。けれど、たぶん、そこで自分を甘やかさずにコツコツと歩み続けことのできる熱心な方だけが、本来の文才があることも絶対条件でしょうけれど、その熱心さと文才とのかけ算で、真の作家さんという存在になっていくのだなあと思います。
以前は、ブログにあっていつでも読めたいくつかの小説が、もう読めなくなってしまったことを残念に思っていましたが、それがこれほど美しい形で、スイスの私の手元にやって来てくれたことがとても嬉しいです。
佐崎らいむさんの次の作品も楽しみです。まずは初出版を心からお祝い申し上げます!
6月1日。書籍『凍える星』を発売させていただきます。優秀な編集者さんの元、時間をかけて隅々まで推敲し新たに生まれ変わった本作、是非とも手に取っていただきたいです。
— 佐崎らいむ (@atorikurumu) May 26, 2022
美麗な表紙絵は日本画家の布施月子さんにお願いしました!↓詳しくは #とりのこ制作室 さんのツイにて。#凍える星#佐崎らいむ https://t.co/NCZLECPofX
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【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(4)新しい馬丁 -2-
外伝であったマウロ救出劇が自ら語られます。そして、本編ではまだ出てきていない同郷の貴族エマニュエル・ギースのことが話題に上がります。
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【参考】
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(4)新しい馬丁 -2-
「ギース様ですって?」
エマニュエル・ギースは、兄弟と同じヴァレーズ出身の下級貴族の3男だ。受け継ぐべき領地や財産を持たなかったので、早くからルーヴ王城にて紋章伝令官として働いていた。生来の頭の良さと、誠実な人柄が重宝され、若いながらも紋章伝令長官アンブローズ子爵の副官の地位を得ていた。森林管理官の妻であるマウロとアニーの叔母に頼まれて、王城で2人の面倒を何かとみてくれた。
「ああ。秋にアンブローズ子爵さまのお役目でトリネアに連れてこられたんだ。枢機卿へ寄進する馬の世話のためだったけれど、実は、その折りに子爵さまは僕を亡き者にしろと命を受けていたらしいんだ」
「誰から?」
「おおかた侯爵様だろう。侯爵様は、偽王女の件や、ティオフィロス先生毒殺未遂、それにお前がグランドロンヘ行って行方不明になった件にすべて関わっておられたし、宰相ザッカ様のように糾弾されることをひどく怖れていらしたから」
「まあ。それで?」
「ギース様が、僕を上手く始末したと子爵様に思わせて逃がしてほしいと、キアーラ修道会の院長マーテル・アニェーゼに頼んでくださったんだ。その手紙に、フルーヴルーウー辺境伯に行くようにと書いてくださったのだけれど、どうしてなのか今までわからなかったんだ。でも、もしギース様が、ティオフィロス先生とラウラ様がフルーヴルーウー辺境伯ご夫妻だと知っていたならば、お2人が僕を庇護してくださるに違いないと思われただろうな」
「きっと、そうなのね。でも、ご自身にも危険が及ぶのに、平民の私たちのためにそこまでしてくださるなんて、ギース様はなんて親切なお方なのかしら」
アニーが言うと、マウロはじっと妹の顔を見た。
「……って、ことは、お前とギース様は、特に深い関係だったわけではないってことか?」
アニーは、首を傾げた。
「深い関係? まさか。兄さんもご存じのように、城内で故郷のお話くらいはしたけれど」
マウロは、頷いた。
「そうだよな。おかしいと思ったんだ。お前、そんなことがあったら、黙っていられない質だし。……でも、だったら、なぜギース様は、お前のスダリウムを肌身離さず持ってんだ?」
「私のスダリウムですって?」
スダリウムは、主に貴婦人が騎士からの奉仕にお返しとして与える親愛の証の白布だ。愛人に与える愛の証と同一視されることもある。危険な任務に向かう相手に旅の無事を願って捧げることもある。羨望の的である立派な騎士ともなれば、宮廷中の貴婦人方から贈られたスダリウムで槍が真っ白に埋め尽くされることもあった。
アニーは貴婦人でもなんでもないので、騎士との愛の駆け引きなどとは無縁で、スダリウムに刺繍をして手渡す相手といったら目の前にいる兄マウロばかりだった。そもそも、アニーの刺繍はひどい出来映えなので、美丈夫の騎士たちに渡したいと思ったこともない。
「ああ、そういえば、最後にお目にかかったときに、お渡ししたかしら。ペイ・ノードに向かわれるってお話だっけれど、どなたからもスダリウムを贈られていないなんて寂しいことをおっしゃるんだもの。もちろん謙遜しておっしゃったのだとは思うけれど……」
アニーは、ようやく思い出した。
「でも、兄さんも知っているでしょう? あの刺繍のできよ。呆れてさっさとにお捨てになったのかと思っていたわ」
アニーは無邪氣に言った。
「捨てるどころか、左の胸元にずっと忍ばせておられたぞ。ペイ・ノードから戻られたら、お前がグランドロンで刺客のようにされて見捨てられたとわかり、心を痛められておいでだった」
心にもっとも近い左の胸元には、肉親や家族または愛する女などから贈られた品を忍ばせる習慣がある。槍に飾る大量のスダリウムとは意味が全く違う。
マウロは、粗雑で子供のような妹の顔を見ながらつくづくと言った。
「僕も、お前が死んだものと思っていたので、あの時はひどく感動したけれど、今になってみれば、あの方のお好みは少々変わっているなあ」
アニーはぷうと頬を膨らませた。
「兄さんったら、ひどいことを言わないで。でも、なんてロマンティックな話かしら。あのギース様が、私のスダリウムをねぇ!」
マウロは、肩をすくめた。こんな話を笑いながらできるとは、今朝までは考えもしなかった。ティオフィロス先生がグランドロン王家の血を引く貴人だったことだけでもマウロにはすぐに受け止めきれないほどの大きな驚きだった。
「申しわけねえことでございます。鍛冶屋の3男とおっしゃっていたことを鵜呑みにしちまいまして……」
先ほど、そうマウロが平謝りしたときに、マックスは首を大きく振った。
「謝らないでくれ。あの時は、僕自身も本当に平民だと思っていたんだから」
おそらくそれは本当のことなのだろう。そして、偽王女にされたラウラ様とその侍女のアニーを救い出すために必死でグランドロンに向かい、そして、グランドロンの王様と一緒に愛する女性を秘密裏に救われたのだ。
偽王女事件が発覚して、ラウラが処刑されたと聞いたとき、マウロは救出の失敗を悟り絶望した。しかし、少なくとも妹のアニーが、血塗られた婚礼衣装と共に送り返されてきたので、マックスを恨んだことはない。むしろ恋人に殉じて亡くなった男の魂のために涙を流した。そして、怒りに燃える妹のアニーを、グランドロン王暗殺を企む侯爵が再びヴェルドンへ連れて行き、失敗したと知るや放置して帰ってきたことを知り、自国の貴族や王に深い怒りを覚えていた。
妹のいなくなったルーヴランに未練はなかったし、自分をも口封じのために葬ろうとした王国への忠誠心も消え果てた。ギースとマーテル・アニェーゼに救われた命を新天地フルーヴルーウーで新たに使うことに、心の平安を得ようと自分に言い聞かせていたところだった。
それが、どうだろう。その新天地で、死んだと思っていたアニーだけでなく、ティオフィロス先生やラウラ様に再びお目にかかるとは! それに、もうじき、妹の命を救ってくれた王様もここに来るんだそうな! 僕は、玉顔を謁することなんかないだろうけれど、少なくともお馬だけは大切にお世話しよう。マウロは、熱心に厩舎の馬たちの背を梳いていった。
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キャラ弁なんて作らない

スイスでは、いや、都会は知りませんが、このあたりでは昼食には家に戻る人が多いです。子供たちも給食なんてなくて自宅で食べますし、仕事に出ている夫婦も昼休みには自宅で食卓を囲むということがけっこう多いです。
私は、午後も働く場合は自宅には帰りません。片道10分ちょっととは言え、調理して食べてまた職場に戻るのは忙しないですし、他の家庭と違って連れ合いが何か用意してくれるなんてことはありませんので、私にかかる負担が大きすぎるのです。連れ合いは戻って料理を作れなどということはないので、週に2日ですが自分で勝手に何とかしてもらっています。ピザやサンドイッチでしのいでいるようです。
私はお弁当を持って行きます。とはいえ、日本のお弁当のような豪華な見た目は誰も要求しないので、適当です。そもそも、1人で食べるので誰も見る人いませんし。残飯があるときはそれを詰めますし、そうでないときには、お米料理を用意することが多いです。そうでないと私はあまりお米を炊かなくなるのですが、そうするとどういうわけかお腹の調子がいまいちになるのです。腸が要求するのかもしれません。
写真のそぼろ弁当もよく作ります。肉そぼろの方にニンジンや椎茸などを入れておいて「野菜も入っているってことで」にしてあります。ナスの味噌煮や、残り物のフライとのり弁のようなものにすることもありますし、チャーハンにしてしまうことも多いです。要は、自分が「美味しいなあ」と思える味ならなんでもいいと思っています。
お弁当作りにものすごく時間をかけている方もいますし、それが楽しい、もしくは生きがいとすることもアリだと思います。でも、私は、誰も見ないものの見かけにはあまり時間をかけるつもりはないです。睡眠時間のほうが大事だし。
とはいえ、純粋な残飯整理だけにするのは嫌です。残飯も入れるんですが、それでも1回の食事ですから「美味しいなあ」と思えるものにしたいのですよ。なので、氣分の上がるヴルストを加えたり、大好きなほうれん草のバター炒めを入れたりしています。連れ合いの好まない「ジャパニーズ」な味にできるのも、私しか食べないお弁当のいいところです。
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