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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

ご挨拶

さてさて、押し迫ってきました。今年も年末と年始のご挨拶は分けずに、2022年の振り返りと2023年のご挨拶をまとめて記事にさせていただきます。

雪景色

【創作とブログの活動】
2022年は下記のような作品を発表しました。

長編・『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』 (連載中)
短編集・『12か月の楽器』(完結)
企画もの・『scriviamo! 2022』の作品群
短編・『熾し葡萄酒』

残り2つとなっていた「書く書く詐欺」のうち、もっとも下調べに時間のかかる『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の連載を開始できたのが大きかったですね。これまでと違って見切り発車ではじめたので、2022年はいつも執筆に追われていました。今後も同様になるでしょうね。

2023年の活動ですが、既に始まっている「scriviamo! 2023」(皆様のご参加をお待ちしています)、上記『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、そして、月に1度の読み切りは『12か月の建築』として書いていく予定です。どれもまだ構想がきちんとできていなくて、自転車操業尽くしの1年となりそうです。

【実生活】
・休暇
昨年の8月から我が家に居着いてしまった半野良猫ゴーニィを放置できないので、どこかに行くにしても全て日帰りでした。それはそれでけっこう楽しめましたが。実は、休暇の数が年間6週間になっているんですよ。制度上の有給休暇が5週間で、普段の労働時間を少し延ばして1週間の年末休業をする会社なので。だいたい2か月に1回の割合で休暇があるというのは体力的にありがたいです。その大半が猫と遊んで終わっていますが(笑)

・仕事関連
2021年に再就職した会社では80%という働き方になりました。2021年は60%勤務だったので、1日多く働くようになり、もう完全に社会復帰したという感じです。水曜日と金曜日の午後が休みなので、体力的に楽ですし、家事や銀行の用事などにも使えていい感じです。その分収入は減っているのですけれど、実は日本語教師の仕事も続けていて、月火木の夜にそれぞれ教えています。ということで、100%で働いているようなものですね。

この働き方は、私には向いているように思います。その分執筆時間は減っちゃっているんですが。

・家庭
家庭自体は大きな変化はありませんが、中心は猫です。連れ合いもそうですし、猫自体も世界は自分中心に回っていると思って行動しているようなので、それはそれで……。

特筆すべきは、今年は初めてトマト以外の家庭菜園にも挑戦したことでしょうか。キャベツ、ブロッコリー、コールラビ、ジャガイモ、枝豆、ニンジン、ズッキーニ、ペパロニ、タカキビなど、あれこれ試してみましたが、わかったのは「難しい野菜でも、なんとか収穫して食べられた。ただし、自給自足にはほど遠い」ということと、「いつもやっていたトマト、実はめっちゃ楽だった」ということでした。来年は、もう少しいろいろと工夫してパワーアップしたいですね。

・機械周り
今年の秋に、「急にバックアップができなくなった、新しいバックアップソフトを導入した」なんて騒動がありましたが、基本的には大きな買い換えなどもありませんでした。っていうか、1年経つのが速すぎて、なにか新しいことを導入する時間なんてなかったような……。

というわけで、昨年と比較してもとくに大きな変化もない年末年始ですね。

世の中は戦争だ、エネルギー危機だ、食糧危機だといった社会不安がたくさん囁かれています。私も自分にできる範囲での備えはいろいろと試みましたが、それが役に立つかどうかはまだわかりません。結局、いつも通り「人事を尽くして天命を待つ」を繰り返すしかないんだなと思っています。

こんな世界でも、縁あってこのブログにいらしてくださった皆様に、あらためてお礼を申し上げます。新しき年もおつきあいいただけることを願っています。どうぞよろしくお願いします。
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Posted by 八少女 夕

【小説】鐘の音

今日の小説は『12か月の楽器』のラスト12月分です。このシリーズでは、楽器をテーマに小さなストーリーを散りばめています。

今回の選んだのは、楽器というのはちょっと無理があるのですが、教会の鐘です。ヨーロッパの生活にとって、腕時計やスマホが普及した現代ですらかなり大切な存在なのですけれど、今回の作品の舞台に選んだ中世(実はここはフルーヴルーウー城下町。でも、マックスが領主様ではないです)ではもっと重要な存在でした。

ここに出てくる2人は、まだ未発表の私の妄想にだけある作品のカップルなのですが、12月分のためにイメージしていた『Carol of the Bells 』の世界観にちょうどはまったので、出してしまいました。かなり自己満足な世界観が炸裂していますが、お氣になさらずに。そして、これが今年発表する最後の小説になります。


短編小説集『12か月の楽器』をまとめて読む 短編小説集『12か月の楽器』をまとめて読む



鐘の音

 鐘が鳴り響いている。その音は、屋内では考えられぬほどの力強い響きで降り注いでくる。そして、世界に語りかける。教会に集え、神を褒め称えよ、強き者も、弱き者も、すべてを救う神の御子を待ち望めと。

 水飲み泉は街道に向かう門にほど近い町外れの一角にある。レーアは六角形の1つの面に背中をもたせかけて蹲っていた。

 そこは、半年ほど前に彼女が高熱で倒れ、死にかけた場所だ。あの時と同じく、今の彼女にはどこにも居場所がなかった。

 熱はないけれど、今度は真冬だった。昼でも冷たかった風が、日が暮れてからは切るように彼女を苛みはじめた。

 昨夜を過ごしたアーケードは、風から守られていた。寒くて眠ることはできなかったが、動けなくなるほどのつらさではなかった。今朝、あそこから追い出されたときに、城壁の中でもう1度見かけたら棒で打ち据えると脅された。

 昨夜、2日前に雇い入れられたばかりの屋敷で主に夜伽を強要され、逃れるためにレーアがついた嘘は功を奏した。
「私に触れない方がいいです。私は、犬の血を浴びました」

 犬を殺すこと。それは、もっとも忌み嫌われる行為で、その血に触れた者に触れることも、同じ禁忌を犯したと見做され社会から抹殺される。

 好色でも蚤のような心臓しか持たない男は、慌ててレーアを自由にしたが、すぐに屋敷から追い出された。たった2日で、彼女は仕事と住まいの両方を失った。

 それ以前、夏から彼女がいた所は、暖かかった。《周辺民》と呼ばれる、忌み嫌われる人びとが住む一角で、貧しい人びとが住む小さく狭い家々がひしめく地域に、森に面した裏口を持つ奥深い仕事場を備えた比較的広い建物だった。

 行き倒れていたレーアをその家に連れて行き、看病をして半年も住まわせてくれたジャンは、革なめし職人だった。この仕事に就く者は《周辺民》からも敬遠される。それは、もっとも禁忌とされたある種の動物の血液に直接触れるだけでなく、強い臭いを放つ溶液や糞尿で皮を煮るその工程が迷惑がられたからだ。

 しかし、レーアは数日間は高熱で朦朧としていたので、誰に助けられたか意識していなかった。縁もゆかりもない病人の世話をし、根氣よくスープを飲ませ、回復した後も家事を引き受ける以外の見返りも求めずにそのまま住まわせてくれた人に対して、嫌悪感を持つことないまま、彼と親しくなった。

 それは、本来なら教会がしてくれるはずの庇護だった。だが、それを待っていたら彼女は助からなかっただろう。たぶん、今いるこの水飲み泉の傍らで、とっくに息絶えていたはずだ。

 ジャンが彼女を抱きおこした時も、教会の鐘は鳴り響いていた。それは日曜日で人びとが夕べの祈りを捧げるために賛美歌を歌っているのが聞こえた。

「おい。どうしたんだ」
レーアは、「水を」と頼んだ。

 泉から汲んだ水を飲ませてくれた後で、彼は訊いた。
「家は、どこだ」

 レーアは、首を振った。高熱で朦朧としていたけれど、どこにも行くあてがないことは忘れていなかった。ジャンは、彼女をそのままにはせずに、抱きかかえて自分の家に連れて行った。自分の寝床に寝かせて、1週間以上も看病してくれた。

 それからの半年間は、レーアにとって幸福そのものだった。物心ついたときから義父とその後添いに奴隷のようにこき使われてきた彼女には、《周辺民》として忌み嫌われる人びとの中で生きることなどなんともなかった。

 鐘は、こんなにも大きな音で鳴るものだっただろうか。誰も通らなくなった寂しい通りに、それは雨のように降り注いだ。

 やがて、その響きは、いつの間にかこの半年間に聞いた、彼の言葉となった。
「お前、なんて名前だ」
「水、もっと飲むか?」
「腹、空いていないか?」
「こっちに来て、暖まれ」

 煌びやかな教会の装飾や神父ら、立派な日曜日の衣装に身を包んだ紳士たちは、レーアには冷たかった。そうではなくて、忌み嫌われ、すえた臭いをさせて、教会墓地に埋めることすら拒否される、社会の隅に追いやられた存在が、彼女にとっての福音だった。

 ジャンは、ぶっきらぼうだが優しかった。彼女は、生まれて初めて家事に対しての礼を言われた。作った食事は「美味い」と賛辞をもらった。冷たい泉で洗濯をすることも、大量の繕い物をすることも、ねぎらいや感謝の言葉をもらったことで、笑顔でできるようになった。対等に話をして、笑い合うことも、彼女には新鮮だった。誰かを好きになったのも初めてだった。

 鐘は、容赦なく、彼女の聞きたくなかった言葉も思い出させた。
「行くな、マリア。……戻ってこい」

 夜中に聞いた、起きているときには、決して悟らせなかった彼の願いは、レーアの儚い希望を打ち砕いた。

 出て行きたいと望んだわけではない。けれど、彼の心の奥に住み続ける女性の影に、レーアは悟ったのだ。ここも、私の居場所ではないのだと。いずれ出て行くように言い渡される前に、ひとりで生きていく手立てを見つけなくてはならないと。

 洗濯の時に逢う近所の女の1人タマラが、中央広場に店を構える商人の屋敷で洗濯女としての仕事を紹介してくれた。すぐに住み込みで来てくれと言われて、少し困った。こんなにすぐに、ジャンの元から去りたかったわけではなかったから。
 
 ジャンは、タマラからその話を聞いて、ひどく怒った。それは、まったく想像もしなかった反応だった。レーアは、弁解もこれまでの感謝も口にすることを許されないまま、ジャンの家からたたき出された。

 でも、その屋敷からもたった2日で追い出され、レーアは再び宿無しになった。

 夏に、高熱に朦朧としながらこの街にたどり着いたとき、この水飲み泉に蹲っていたのは、少なくとも水を飲むことができたからだ。でも、今はもうこの泉では水を飲むことはできない。凍るから水が抜かれている。

 なぜ、いつまでもここにいるのだろう。寒さを除けることも、水を飲むこともできない。あるのは、出会いの思い出だけだ。鐘と風の音を聴きながら、彼の声を思い出して、夜を過ごすのだろう。そして、きっと朝には目覚めることもないだろう。

 それで、弔いでもまた鐘を鳴らすことを思い出した。

 この世は、幸せに生まれついた豊かな者と、そうでない者とがいるが、誰にとっても等しく訪れるのが死だ。だから、レーアはこの音を聴くことを許されているのかもしれない。天が彼女に与えてくれる、分け隔てのない恵みがこれなのかと、彼女は聞きながら考えた。

 だとしたら、彼の言葉を思い出しながら、どんな階層に生まれようとも変わりのない世界に行くのは、悪くない。

「……おい、ってば。聞こえないのか?」
こんな言葉、言われたことはなかったような。レーアは、ぼんやりと虚ろな瞳を上げた。影が星空を遮っている。

「……ジャン?」
かすれた声で訊くと、影はかがんで、彼の瞳が見えた。

「ここで何しているんだ?」
「……何も」

 彼は、しばらく黙っていたが、拗ねたような声で言った。
「せっかくタマラが、俺のところに居たことを隠しておいてくれたのに、台無しにして追い出されたんだってな」
「ええ」

 レーアは、そのまま彼の瞳を見つめていた。彼は、かまわず続けた。
「行くところがないなら、なんで帰ってこない。革なめしの所にいるより、凍え死にたいのか」

 思いもよらない言葉にレーアは、首を振った。
「違う……。だって、2度と来るなって……」

 ジャンは、ため息をついた。
「……そういえば、そんなこと言ったっけな。真に受けるな。とにかく、うちに来い。死ぬよりはいいだろ」

 彼はそう言うと、踵を返して歩き出した。レーアがついてくるとわかりきっているように。

 彼女は、立ち上がろうとして、そのまま前に倒れた。冷え切ってこわばった足は、まったく言うことをきかなかった。

 彼は、振り向くと、戻ってきて「どうした」と訊いた。レーアが立てないのがわかると、「つかまれ」と言って彼女を抱き上げた。

「ごめんなさい」
うなだれる彼女に彼は答えた。
「せっかく助けたのに、ここで死なれたら腹が立つだろ。同じところだぞ」

 鐘はまだ鳴り響いていた。風は同じように吹いていたが、それは彼女の命を終わらせるためではなく、鐘の音を遠くに届ける天の使いのみわざと変わっていた。

 レーアは、ぐったりと頭を広い胸の中に埋めた。忘れがたい、あのどこか脳内を刺激する臭いがした。

 かつてわずかに不快だった、それこそが革なめし職人をもっとも卑しい人びととして社会の片隅に追いやる独特の臭いを、レーアはこの上なく信頼できて安堵のできる徴として嗅いだ。

「前よりもずいぶん重くなったな」
息が少し切れているが、あいかわらずの皮肉が彼女を安堵させる。真剣な顔つきで怒鳴られ追い出されたときから止まらなかった悲しみが、風に散らされて消えていく。

 鐘が鳴り響く。すべての人びとの上に。世間からも、教会からも見捨てられた、凍える2人の上にもこだまする。

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。」

ルカによる福音書 2: 13-14(新共同訳)



(初出:2022年1月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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蛇足ですが、このストーリーの中で繰り返される鐘の音イメージを作り上げた動画を張っておきます。いろいろなグループが歌っているクリスマス向けの曲なんですが、この少年合唱が一番好きかも。


Libera - Carol of the Bells (New)

鐘バージョン

Cast in Bronze - Carol of the Bells
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

scriviamo! 2023のお報せ

お知らせです。今から当ブログの年間行事である参加型企画「scriviamo!」を開催します。既にご参加くださったことのある方、今まで様子を見ていた方、どなたでも大歓迎です。また、開催期間中であれば、何度でも参加できます。


scriviamo!


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scriviamo! 2021の作品はこちら
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scriviamo! 2023の作品はこちら

scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。

私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。この企画、毎年年初に行ってきて、今回で11回目です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。

では、参加要項です。(例年と一緒です)


ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)

  • - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
  • - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
  • - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
  • - イラスト
  • - 写真
  • - エッセイ
  • - Youtubeによる音楽と記事
  • - 普通のテキストによる記事


このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。

記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩(短歌・俳句)」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)

参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。

過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)

また、「プランB」または「プランC」を選ぶこともできます

「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。

「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。

「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)


「プランC」は「何でもいいといわれると、何を書いていいかわからない」という方のための「課題方式」です。

以下の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いてください。また、イラストやマンガでの表現もOKです。
*ご自分の既出のオリキャラを一人以上登場させる
 メインキャラ or 脇役かは不問
 キャラクターであれば人どころか生命体でなくてもOK
*季節は「冬」
*建築物を1つ以上登場させる
*「大切な存在」(人・動物・趣味など何でもOK)に関する記述を1つ以上登場させる

(注・私のキャラなどが出てくる必要はありません)



期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2023年2月28日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも1月31日(火)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。

皆様のご参加を心よりお待ちしています。



【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから1週間ほどお時間をいただきます。

小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。

ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合はおよそ3,000字~10,000字で返させていただきますのでご了承ください。

当ブログには未成年の方もいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。

他の企画との同時参加も可能です。その場合は、それぞれの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。当ブログのの締め切っていない別の企画(神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の(ブログ等)企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません。ただし、過去の「scriviamo!」参加作品は不可です)

なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。

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締め切り日を過ぎましたので、「scriviamo! 2023」への参加申し込みを停止させていただきます。この記事へのコメント書き込みはできませんが、すでに参加表明していらっしゃる方のご連絡は、他の記事のコメ欄をお使いくださいませ。
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Posted by 八少女 夕

【小説】熾し葡萄酒

今日の小説は、クリスマス記念に書いていたものです。使おうと思っていた機会がなくなってしまったのですけれど、せっかくなので発表してしまいます。

東京神田の路地裏にひっそり佇む小さな飲み屋『でおにゅそす』を営む涼子の若かりし頃の思い出の話。ミュンヘンのクリスマス市は、1度行ったことがあります。ミュンヘンに限らず、この時期のドイツ語圏では、スイスも含めて夜の戸外でグリューワインを飲む機会がたくさんあります。こちらも人たちにとって、冷えわたる雪景色の中でグリューワインを飲むのは、特別なノスタルジーを呼び起こす行為のようです。

そして、涼子にとっても、別の意味でグリューワインは特別な飲み物のようです。皆さん、メリークリスマス!


「いつかは寄ってね」をはじめから読むいつかは寄ってね




熾し葡萄酒

 涼子は、昼のように明るい広場を眺めた。スタンドがぎっしりと並び、白熱灯のランプで他よりも少し暖かそうに見える。星形の大きなクリスマス飾りや、煌めくクリスマスツリー用のオーナメントがところ狭しと並んでいる。しっかりと防寒した人びとがマフラーの間から吐く息は、白く濁り、白熱灯に照らされて霧のようにゆらりと立ち上って見えた。

 商社に勤めて3年、涼子はずっと憧れていたドイツのクリスマス市を観るためにミュンヘンに来た。初めてのひとり旅は少し心細かったけれど、それを口にすれば誰も彼もやめろと言うので無理してなんでもないフリをして出発した。

 去年の冬に、田中佑二にグリューワインの話を聞いてから、いつかここに来たいという願いを温めていた。佑二は、姉である紀代子のパートナーだ。まだ結婚していないけれど、一緒に住んでいる。大手町にある『Bacchus』という小さなバーを経営している青年だ。

 両親がこの縁組みに大反対だったので、紀代子は駆け落ち同然で家を出た。涼子は、時おりこっそり『Bacchus』に通って、2人と連絡を取り合っていた。姉はアルバイトで家計を支えながら、佑二の夢である『Bacchus』の経営にも協力している。だから、ひとり旅が寂しいといっても同行を頼めるような状態にはなかった。

 大手銀行に勤めている涼子の彼は、年末年始にしか休めない。でも、それではクリスマスマーケットには遅い。来年は、もしかしたら涼子自身の結婚の話が出たりして、クリスマス前に休暇を取ることはできないかもしれない。だったら、1人でもいいから行ってみよう。

 それに……。涼子は、なんとなく彼と一緒にここには来たくなかった。

 グリューワインの話は田中佑二に結びついている。静かな語り口、紀代子と見つめ合う優しい時間、それに騒がしい流行に踊らされない『Bacchus』店主としての姿。

 バブルに踊る世間一般とは違う『Bacchus』という小さな世界は、涼子にとって神域のようなもので、浮かれた雑誌から引用したようなことばかりを言う交際相手を踏み入れさせたいとは1度も思わなかった。それと同じように、この旅もどちらかというとひとりで来たかったのだ。

 チェックインを済ませたら、外はもう真っ暗だった。ミュンヘンの夜の訪れは東京よりも早いようだ。涼子は、空腹を感じなかった。だから、レストランにも行かず、クリスマス市を求めてホテルを出た。

 ミュンヘンにはこの時期、市内にいくつものマーケットが建つ。ホテルのロビーで教えてもらった小さめの市までは徒歩で5分もかからなかった。歩いたのは短い時間だったのに、切るような寒さが頬を刺した。涼子はマフラーを立てて首をすくめた。

 人びとが立ち止まり、白く息を吐きながら大声で話しているスタンドがある。人びとの手元を見ると、陶製のマグカップを包み込んでいる。あれがグリューワインに違いない。

 涼子はスタンドに向かい、自分の注文していい順番を待った。ワインの香りが漂っている。

 売り子が威勢よく「こんばんは」と言った。涼子はたどたどしく「こんばんは」とカタカナのドイツ語で答えて、グリューワインを注文した。

「普通のでいいのかい?」
ドイツ語ではらちがあかないと思ったのだろう、英語で質問が飛んできた。

 普通以外のがあるとは知らなかったけれど、あれこれやり取りする自信が無かったので、頷いた。

 赤いマグカップに、夜なので黒く見える濃いワインが湯氣を立てている。手袋を通して温かさが伝わってきた。ワインの香りに加えて、香辛料とわずかな甘い香りがする。ひと口、含むと柑橘類の香りが同時に喉を通っていった。

「グリューっていうのはドイツ語で、赤々と燃えるっていう意味らしいよ。たとえば、炭が真っ赤に燃えている時にもグリューって言葉を使うんだ」
出発前に『Bacchus』に行ったとき、佑二はカウンターにグリューワインを置いてそう言った。

 グリューワインは、赤ワインにシナモンや八角、グローブなどのスパイスを加えて熱したものを漉し、はちみつやオレンジを加えて作る。『Bacchus』ではガラスのティーグラスに入って出してくれるので、ワインの深く濃い紅や輪切りのオレンジが綺麗に見えた。

「でも、本当に熱々に、つまり沸騰させるような加温をしてはいけないんだ。アルコールが飛んでしまうからね」
佑二の言葉が蘇る。手の中に収まった赤い陶器の中身は、佑二が作ってくれたグリューワインよりもスパイスが強くアルコール分もきつい尖った味だった。

 でも、心地よく温められた『Bacchus』と違い、この寒さの中では微妙な味わいよりも、強いアルコール分で身体を温めることが優先されるような氣がした。

 人びとは、他では見ないほど大きな声で話し合っている。ドイツ人でも酔ってくるとこうなるのかと、不思議な思いで眺めた。そういえば、甘くて美味しくてもグリューワインをたくさん飲むのは危険だと、ホテルの従業員に言われた。

 涼子は、黙ってマグカップを手で包み、グリューワインを飲んだ。『Bacchus』で飲んだものとは違う味なのに、思い出すのはあのティーグラスの中身と、それを作ってくれた人だ。

 お酒のことに興味を持って調べるようになったのも、料理が好きになってあれこれ試すようになったのも、見知らぬ人との会話をただ楽しめるようになったのも、『Bacchus』に通ってからの変化だ。

 旅立ってから、1度もつきあっている彼のことを考えていなかった。悪い人ではないのに、何かかみ合わないことをいつも感じていた。それが何かを涼子はきちんと考えたことがなかった。告白されてつきあうことにしたけれど、彼が涼子のことを愛しているとは思えなかった。見かけや、勤め先、服装などが彼の脳内マニュアルに合致しているだけのような印象が強かった。

 そして、そのことに涼子は傷ついたことすらなかった。彼といる時はいつも「完璧なデートマニュアル」をプログラムされたロボットと行動しているような感覚に襲われた。マニュアル通りの間隔でデートの誘いが来るので一緒に出かける。会話はそつはないけれど、特に面白くもない。彼の興味対象をもっと深く知りたいと思ったことはない。

 子供じゃないし、熱烈な恋愛をして結婚しなくちゃいけないなんて思っていないけれど、でも、きっとこれは何か間違ったことをしている。涼子は、グリューワインを飲みながら思った。

 比較する相手が姉のパートナーだというのも大いに間違っている。そう……。つまり私は、佑二さんのことを好きみたい。認めないように抵抗していただけで、本当はもうずっと前から。紀代ちゃんの彼で、義兄になる人だってわかっていたのに……。

 ため息は白く凍り、温かいワインの中に溶けていく。オレンジとシナモンのエキゾチックな香りが、涼子の想いに混じって凍てつくドイツの師走に消えていった。

* * *


「涼子ママ、何を飲んでいるの?」
常連の橋本が、不思議そうにのぞき込んだ。

 神田の目立たない路地に『でおにゅそす』はひっそりと立っている。2坪程度でカウンター席しかないこの小さな店を、涼子が持ってからまもなく7年になる。和風の飲み屋で、涼子はいつも和服で店に立っているし、普段はワインもメニューにはない。

「これ? グリューワインよ。スパイスをドイツに行かれた方からいただいたので、懐かしくて作ってみたの」
涼子は、微笑んだ。

「へえ。珍しいね。アルコールはワインよりも弱いのかな?」
橋本は興味を持ったようだ。

「これは、ワインはほんの少し、代わりに葡萄ジュースを混ぜて作ったから弱いわよ。私が酔っ払うわけにいかないもの。でも、本来はワインよりも弱くはならないの。人によっては強いお酒も入れたりするので、ワインよりもアルコールは多いこともあるんですって」

「さすが涼子ママ、詳しいねぇ。僕も飲んでみたいな。メニューにはないけど注文できるのかい?」
「ええ。もちろん。ちゃんとワインだけで作りましょうか?」

 涼子は、20年以上前のミュンヘンの夜のことを思い出していた。あの時と、今はどれほど違っていることだろう。

 両親が姉である紀代子と田中佑二との結婚に反対したのは、「普通の勤め人の方がいい」という固定観念からだったが、涼子自身も自分は一部上場企業に勤め続けやがて誰かと結婚すべきだという価値観にまだ囚われていた。

 そのこだわりを、あれから1つ1つ脱ぎ捨ててきた。今は、ひとりでこの小さな店だけを頼りに暮らすようになった。慎ましくも自分らしく生きられるようになった。

 クリスマスを意識して着ているとはいえ、黒地の小紋は実はヒイラギではなくて南天だ。合わせた名古屋帯は深緑に雪片のモチーフ。こうした遊び心も、あの頃は生み出す余裕がなかった。

 会社勤めのわずかな休みに無理してガイドブックを頼りに行ったクリスマス市。形だけつきあっていたような人に、別れを告げてこれまで続く独身としての道を歩き出したのもあの年末だった。

 田中佑二を好きなことは変わらない。想いが伝わっていないこともあの頃と同じだ。

 紀代子が理由も告げずに日本から立ち去ってしまった後、残された佑二や涼子の家族の心には大きな空白が空いた。でも、その空白と時間が、涼子の愁いをも取り去ってしまった。紀代子に対する後ろめたさも氷砂糖が熱い飲み物に溶けるように消えていった。

 誰の恋人、誰の結婚相手、共通の未来といった概念は、もう涼子の中では意味をなしていなかった。ただ、じっくりと樽の中で寝かせた良質のワインのように、そして、焰がおさまり静かに紅く熾る炭火のように、ずっと静かに存在し続ける確かな想いになったのだ。

 ミュンヘンで手渡されたマグカップの代わりに、釉薬のかかった素焼きの湯飲みに、涼子はグリューワインを注いだ。

 温もりが両手にも伝わる。味は佑二の作ってくれたグリューワインに近づけただろうか。

 冬は嫌いじゃない。涼子は、カウンターにグリューワインを置き、静かに微笑んだ。

(初出:2022年12月 書き下ろし)
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Category : 小説・いつかは寄ってね
Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

夜の虹

きれいな光景を見ました。月暈(つきがさ/げつうん)と呼ばれる現象のようです。

夜の虹

先日、日本語教室の仕事を終えて22時半頃に自宅に戻ってきました。普段は真っ暗なのにやけに明るいので、見上げると満月が輝いていたのですが、周りに虹のような暈と光の輪がくっきりと見えています。あら、きれい。

たいていこういう現象は、肉眼では見られても、写真にはうまく映らないのですが、それでもiPhoneを向けてみました。でも、今回はほぼ見たままが撮れたのです。これがその時の写真です。

この微かな曇と相まって暈ができる現象は、太陽ではなんどか見たことがありますが、月の場合は光量が少ないことと満月に近いときに見えるらしいので、見られるチャンスが比較的少ないらしいです。しかも、これって『幸運の前兆』と言われているんですって。

もっと現実的な兆しとしては、「天氣が下り坂」ってことらしいですけれど、少なくともそれは正しくて、ここから雪が降って寒くなりました。

いろいろある年の待降節ですけれど、この夜の虹が私だけのではなく、世界にとっての『幸福の前兆』となってくれることを切に願います。

闇の中を歩む民は、大いなる光を見
死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。

イザヤ書 9: 2(新共同訳)


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Category : 写真と日々の出来事

Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(15)タイユ徴収 -2-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の第15回後編をお届けします。

食事の時に隣に座った農民らのヒソヒソ話を小耳にはさみ、黙っていられないレオポルドは話しかけてしまいました。

今年の『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の更新は、これでおわり、しばらくお休みです。旅の続きは来年、お楽しみに。遅くとも3月には連載を再開すると思いますが、例年の企画「scriviamo!」への参加者が少ない場合には、早々に再開するかもしれません。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(15)タイユ徴収 -2-


 農民は、こちらを見て「ああ、旅の商人か」という顔をした。

「いろいろさ。ゴーシュさまが定めた城壁修理タイユは8年前に始まった。修理なんか、もう全然していないのにさ。それに、大聖堂の鐘を修理するタイユはベッケム大司教様に払わなくちゃならねえ」
「一昨年始まった、森林管理官への御料猪の保護のためのタイユってのもわけわかんないよな」

 それは、マックスも初耳だった。
「なんですか、それは?」
「密猟から猪を守るためのタイユだそうで。でも、それがなくちゃ猪の密猟を防げないというなら、その前に森林管理官はお給料もらって何してたんだって話だよな」

 農民たちは、肩をすくめた。
「払えといわれたら、俺たちには払う以外の選択はないけれど、ただでさえ現金収入は少ないのに、どんどん勝手にタイユを新設されて、貴族の方々は何も払わなくてもいいなんて納得がいかないよな」
「旦那さんのお国では、ここまでタイユは求められないんですかい?」

 レオポルドは、肩をすくめた。もちろん国王である彼にはタイユ支払いを求めるものなど1人もいないが、いまは旅する商人デュランとしての答えなくてはならない。
「十分払うものはあるが、すくなくとも違法な徴収は、ビタ1文たりとも払う用意は無いな」

「違法な徴収ですって?」
農民たちが驚いた顔をする。宿の女将も目を丸くしている。

「そうだ。マックス、お前はどう思う?」
話を振られて、マックスは肩をすくめた。

「一昨年始まった猪保護タイユは確実に違法ですね。森林保護官がタイユを徴収する権利は4年前からないはずですから。それに壁の修理が終わっているならば、タイユ徴収要件は完了しているので、今後の支払いをする必要はないですね。教会の鐘の修理も、そもそも10の1税の中から出すべきものでしょう」

 農民たちはすっかり身を乗りだして、レオポルドたちの座る席の周りに集まってきた。
「それは、そうお偉いさんに言えば、払わなくて済むようになるものなんですかい?」

「きちんとした根拠もなくそれだけ言っても、罰せられるだけじゃないですか」
フリッツが小さな声で、騒ぎの元になったレオポルドに釘を刺した。

「この者たちに法的根拠の説明ができると思うか」
レオポルドが訊くと、マックスは首を振った。
「なにか書状でもない限り、どうしようもないでしょうね」

 レオポルドは、ちらっとマックスの横に座るラウラの顔を見た。不要な課税に苦しめられている農民たちの困窮に心を痛めた様子で、訴えるような目つきで夫と国王の顔を代わる代わる眺めている。
「しかたないな。マックス、私に代わって書状を書いてやってくれ」

 マックスは「はい」と言って、荷物から羊皮紙とペンを探して持ってきた。レオポルドと相談しつつ、タイユの起源、4年前の国王レオポルド2世による「徴収代行権の販売禁止令」に触れ、領主フルーヴルーウー辺境伯マクシミリアン3世が直接設定するタイユ以外の徴収は違法であること、引き続きタイユを求める場合は領主からの本年発行された日付入りタイユ継続命令書を提示する必要があることを書状にしたためた。

「と、まあ、こういう書状を作成して該当徴収者に提出すれば、それ以上取り立てに来ることはできなくなるでしょうね」

 農民たち、宿屋の女将らは大いに喜び、商人デュランの一行には、それまでとは明らかに異なる良質の酒が運ばれてきた。農民たちは大きな声で歌いながら、デュランたちの席を囲み、遅くまで酒を酌み交わした。

 夕食の後、一行は「主人の用事を果たすために」全員が商人デュランの客室に向かった。同じ階にまだ誰もいないことを確認してから扉を閉め、マックスは小さな声でレオポルドに文句を言った。

「まさか宿泊する度に、わが領の内政に干渉して回るおつもりじゃないでしょうね」

 レオポルドは片眉を上げた。
「そなたからでは言いだしにくそうだったから、きっかけを与えてやっただけではないか。そなたが自分で判断して話の方向を決められるようにもしてやったしな」

「違法は違法ですから、あのままにはしておけませんよ。でも、いちいちこんなことをしていたら、あの商人の一行は何ものだと疑いを持たれますよ。自重してください」

 レオポルドは「おお恐い」とでも言いたげな素振りをした。
「わかった、わかった。よほどのことでもなければ、口はださんさ。なんだ、そなたも、フリッツも。全く信用していないという目だぞ」

「いいですか。私がこの旅のお手伝いをしなければ、陛下はこの先、野垂れ死にですよ」
マックスが、多少強めに言った。

「そうか。それでは、そなたがグランドロン王として戴冠するというわけだな」
レオポルドは勝ち誇ったように言った。

「絶対にごめんです!」
マックスは身震いをした。見ているラウラとアニーは笑いを堪えるのに必死だ。フリッツも、あらぬ方向を見ている。

「だいたい、いくら陛下や廷臣の皆様、それにバギュ・グリ候が認めたといっても、まだ私を馬の骨と思っている、各国のグランドロン王位継承権を持つ方々は多いですよ。私なんかが戴冠するという噂が流れたら、カンタリアのご親戚あたりが横やりして王位を要求してくるんじゃないですか」

 マックスが言うと、レオポルドは苦々しい顔つきになった。
「あの国には、死んでも王位を渡すものか」

 フリッツは、そういうレオポルドにとどめを刺した。
「そうお思いなら、こういう酔狂はそこそこにして、さっさとお世継ぎをお作りください」

 その晩、部屋に戻り商人デュランの秘書から、本来のマックスに戻って、彼はラウラに小さな声でつぶやいた。
「やれやれ。この旅の間に、自らうちの領地の収入を全て途絶えさせるようなことにしないといいが」

 ラウラは笑った。
「全体としての徴税は減っても、きちんと理のある税は残り、そちらが元通り領主の金庫に入るようになれば、フルーヴルーウーやグランドロン王国にはむしろ得となる変更なのではないでしょうか」

 マックスは頷いた。
「そうだな。これまで徴収代行権を買い取って私腹を肥やしていた連中は怒るだろうな。ベッケム大司教も……ひどく怒るだろうな。これはなんとしてでもトリネアで教皇庁と近しくなる必要があるな」
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Posted by 八少女 夕

バックアップ狂騒曲

2週間ほど前に、急に愛機Mac Mini M1のバックアップができなくなりました。最終的に別ソフトに乗り換えて乗り切った話です。

TimeMachine

MacにはTime Machineというバックアップ機能がついていまして、1時間前のファイルを取り出せるとか、ぶっ壊れたり次のマシンに乗り換えるときに、そのバックアップから何もせずに元通りにできると、とても便利なのですけれど、それが働かなくなるといざという時に大変なことになります。

先日、OSのシステムアップデートをしたのですが、その時から突然Time Machineが機能しなくなりました。で、一度アンマウントして、First Aidという診断をかけたら、バックアップが読み取り専用になり、にっちもさっちもいかなくなりました。インターネットに転がっている、情報をあれこれ駆使して修復を試みましたが、そのままです。この時点ではバックアップ用のHDDが破損したのだと思っていました。

そのまま放置するわけには行かないので、新しいHDDを購入し、とりあえずそれで新しくバックアップをしようとしたら、それも失敗します。バックアップはしているのですが、新しいHDDに書き込まず、スナップショットというシステム内のバックアップファイルだけが増えていくのです。

この状態をネットで検索したら、同様に「システムアップデート後に、急にTime Machineが外付けストレージに書き込まなくなった」という問題を抱えている人がけっこういるとわかりました。アクセス権をターミナル経由やシェアウエアで直したという情報もありましたが、リンクが消えている上、私のM1 Macで有効な技かも不明。AppleのQ&Aでは、この問題を訴えた質問に200人以上が「私もです」と言っているのに解答もなく放置されています。

困ったなと思って、いろいろと調べた結果、有料ですが『Carbon Copy Cloner』というソフトで、Time Machineと同じ差分バックアップがとれることがわかりました。このソフトウエアを使えば、さらにバックアップをそのまま起動ボリュームとしても使えるようになり、万が一本体が死んだ場合でも、バックアップをいつものマシンの状態として起動できることになるのです。

今のままでTime Machineを使い続けていると、そのうちにスナップショット(仮のバックアップ)で本体のドライブが圧迫されていきますし、本体が死んだ場合は全てを失うことになります。かつて、そうなったときに10万円くらい使って中のデータを救い出してもらったことがあるので、外付けストレージのバックアップだけはしておきたい。ということで、40フランで解決するなら安いと判断して購入しました。

今のところ、CCCの機能には満足しています。サイトは英語ですが、ソフト自体は日本語メニューになりますし、直感的に操作もできます。バックアップに悩まされることなく、普通通りにMacを使えるようになったので、また小説執筆に時間を使えるようになりました。そう、このトラブルで2週間近く全然書けなかったのです。
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(15)タイユ徴収 -1-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の第15回前編をお届けします。

城を出てはじめての旅籠にたどり着きました。この物語に出てくる各地域、は中世ヨーロッパの架空の王国として記述していますが、フルーヴルーウー辺境伯領に関しては私の住んでいる地域をモデルにして記述しています。なので、ヴェルドンを中心とする他のグランドロン王国の地名や言語がドイツ語風なのと比較して、イタリア語やロマンシュ語などのラテン語系言語の影響が強くなってきています。

今回のテーマにした「タイユ」という税については、ドイツ語での名称がわからなかったのですが、スイスではフランス語の単語をそのまま取り入れてしまうことも多く、この際、グランドロンでもルーヴラン風の単語がそのまま用いられているという設定にしてみました。


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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(15)タイユ徴収 -1-


 マックスとフリッツが選んだ旅籠は、プント・カプラという村にあった。小さな城塞の麓にあり、ヤギの彫刻を施した木の橋が村の入り口にあった。

 貴族などが泊まる豪奢な宿はかなり先のボーニュという街にある。この辺りの村々では、それぞれ旅籠が1軒はあったが、泊まるのは平民だ。プント・カプラの旅籠は適度に目立たず、その一方で3頭の馬が目立たぬように馬小屋に置ける。そこそこ清潔なうえ、飢え死にしないだけの料理も出そうだ。

「裕福な商人ならこの程度の宿に泊まるのが適当でしょう。もちろんボーニュの『白鷲亭』まで行ってもいいのですが」
マックスが訊くと、レオポルドは首を振った。
「知っている顔に出くわす可能性を減らすには、こちらの方がいいのだろう。そちらの奥方さまが嫌でなければな」

 話を振られたラウラはにっこりと笑った。
「商人の従者の妻ですもの、あまり立派な旅籠は氣後れしますわ」

 旅籠の女将は、立派な商人の一行と見ると、丁寧に挨拶をし、3つの部屋をあてがった。一番上等の部屋はもちろん「旦那様」ことデュランが、そして従者マックス夫妻と護衛フリッツ夫妻は1つ下の階の部屋に案内された。

 部屋に案内されると、フリッツはすぐに小さな声で言った。
「心配しなくても、私は陛下の部屋で護衛をする」

 アニーは、口を尖らせていった。
「そんな心配はまったくしていません」

 フリッツは、たとえ同じ部屋で眠ることになっても、こんな子供に誰が手を出すかという顔をして上の階の「旦那様」の部屋に向かった。

「ラウラさま。伯爵さま。お召し物などを出しましょう」
ラウラたちの泊まる部屋にやって来たアニーに、困った顔をしたマックスが小さな声で忠告した。
「ダメだよ、アニー。こういう場では、君がお世話をするのは、旦那様であるデュランの方だ。僕たちは、自分で服を着たり、着替えをたたんだりするんだ。いいね」

 レオポルドは、村の旅籠に泊まるのは初めてだったので、面白がっていた。フルーヴルーウー辺境伯領に着くまでも、ヘルマン家の馬車に乗り身分を偽って来たものの、当然ながら貴族の泊まるきちんとした旅籠をフリッツが選んで泊まったのだ。当然ながらその時は宿屋の女中たちが甲斐甲斐しく世話をするような扱いを受けたのだが、今回は荷物を運んでくれた以外は放置され、一番いい部屋といいながらもかなり狭いことや、用意されたリネン類も新しくないことがもの珍しく楽しそうだった。

 マックスにとっては、遍歴教師時代にかつて泊まったことのあるあらゆる宿泊施設の中でも、かなりいい部類に入る旅籠だが、国王の酔狂に合わせるだけでなく2人の女性の安全も考えると、このくらいが落としどころだと判断した。フリッツも、その点は納得していた。彼にとっては国王の安全が重要で、旅籠の入り口や部屋の作りなども確認の上、マックスの判断の正しさを確認してむしろ安堵していた。

 旅籠の1階は、居酒屋兼食堂になっており、まとめて出される定食を食べることになった。まず最初に出されるのはパンだ。もちろんフルーヴルーウー城で出てきたような香ばしいものではなく、今朝の、もしかしたら昨日焼いたものかもしれない固いものだ。他に食べるものもないので、それを食べながら、周りの客たちの話題に耳を傾ける。

「なあ。今年のタイユはどうなると思う?」
隣にいた農民たちが、薄いワインを口に運びながら、ヒソヒソと話し合っている。その話題が耳に入ると、マックスはレオポルドと無言で視線を合わせた。

「ゴーシュさまは、毎年、理由をつけては新しいタイユを創設してきたけれど、失脚なされた後、あれらがどうなったかは聞いていないんだよなあ」

 タイユというのは、一種の軍事特殊税のことである。

 農民は土地を耕し、収穫や食肉、乳製品または羊毛などの成果物で生計を立てていたが、その収入の中から支払わねばならぬ義務も多かった。土地は領主のものであったので、地代として貨幣により支払うか成果物を治めるいわゆる年貢があった。支払うべき年貢は成果物によって率が異なり、穀物や野菜は5%程度であったが、たとえば収益の大きい葡萄畑では15%もの年貢が求められた。

 また、教会は収入の1割を要求するいわゆる1/10税を課した。このほかにパンを作るための粉ひきを独占する水車小屋に対する支払い、パン焼き窯の使用料など税には数えられていないが日々の生活で支払いを避けられない支出も多かった。

 そうしたたくさんの支払い義務の他に、「地域社会の安全」などを理由に、個別の事情ごとに支払いを求められる、軍事特殊税があった。はじめにルーヴラン王国で始められた制度でタイユと呼ばれた。他の国も次々と導入したので、グランドロン王国でもタイユと呼ばれている。

 表向きは、軍費を補うための税であったので、実際に従軍する軍を抱える貴族階級と教会関係は免除され、実質的に平民を対象とした人頭税の一種になっていた。当初は、戦争や紛争の度に一時的に定められて徴収されるものであったのだが、後に徴収を代行する貴族階級が領主から「徴収代行権」を買い取り、それから好き勝手に率を定めて徴収するという単なる貴族や教会による金儲け手段に変わった面があり、レオポルドが国王の地位に就いてから改革に乗りだした。すなわち、グランドロン王国では「徴収代行権の販売」は4年ほど前から禁止されていた。

「毎年、新しいタイユを設定? 誰になんのタイユを納めることになったんだね?」
レオポルドが、その農民に話しかけたので、マックスはぎょっとした顔をした。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

【小説】モンマルトルに帰りて

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


今日の小説は、「scriviamo! 2023」の第8弾です。TOM-Fさんは、『花心一会』の外伝的な作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

TOM-Fさんの書いてくださった 『ソリチュード ~La Route semée d’étoiles~』 

TOM-Fさんは、胸キュンのツイッター小説、日本古代史からハイファンタジーまで 幅広い小説を書かれるブログのお友だちです。現在メインで連載なさっているのは、古事記と日本書紀に見える衣通姫伝説を下敷きにした古代ミステリー『挿頭の花 -衣通姫伝説外伝- 』。もともとの記紀にある人物がみなさんアレなので、もちろんものすごい展開なのですが、そのシチュエーションの中で胸キュンの純愛を織り込むという離れ業に感心しながらドキドキ読ませていただいています。そんなTOM−Fさんは、「scriviamo!」も皆勤、いつも全力で剛速球を投げてくださり、必死で打ち返しております。

さて、『花心一会』ワールドの若い(むしろ若すぎる)家元誕生の成り行きが明かされた今回のお話、ストーリーからいったら当然のことながら華道に対する知識がとても大切なポイントになっているのですよ。お返しを書き始めて困ったのがこれでした。私、全然わかっていない……。

なのにあえて火中の栗を拾いにいってしまいました。以前ヒロインの方のお家元がたった1人のために生ける『花心一会』をなさる様子を勝手に書かせていただいたことがあるのですが、今回はお母様にも無理やりです。ああ、玉砕しそうな予感。でも、レネがメインだから、逃げ切れるかな……。うう、ごめんなさい。


「scriviamo! 2023」について
「scriviamo! 2023」の作品を全部読む
「scriviamo! 2022」の作品を全部読む
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「scriviamo! 2020」の作品を全部読む
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「scriviamo! 2018」の作品を全部読む
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む

【参考】
「大道芸人たち Artistas callejeros」を読む「大道芸人たち Artistas callejeros」第一部(完結)
あらすじと登場人物

「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部
あらすじと登場人物

大道芸人たち・外伝




大道芸人たち・外伝
モンマルトルに帰りて
——Special thanks to TOM−F-san


「やっぱり迷惑なんじゃないかなあ……」
「いや、連絡したときにはそんな感じじゃなかったって」

 ここに来るまでに、3回は繰り返した問答を、レネと稔はもう1度した。稔は、つい1週間ほど前に訪れたアトリエの呼び鈴を鳴らした。

 中から現れた水無瀬愛里紗みなせありさは、涼しやかな微笑みで2人を中に招き入れた。

 今日の装いは落ち着いた紫の絞り小紋に、蒲公英の柄が微笑ましい濃い緑の名古屋帯。この色の組み合わせは早蕨襲、春を感じさせる。そうか。もう3月になったんだっけ。

「お忙しいのに、無理なお願いを聞き遂げてくださり感謝します。彼が、電話で話したレネ・ロウレンヴィルです」
「マダム・ミナセ、はじめまして。どうぞよろしく」
「どうぞよろしく。そんなに恐縮しないでくださいね」

 そこは、パリの真ん中にあるというのに、東京以上に日本を感じさせる空間だ。

 日本ブームがヨーロッパに広がってから、各地でそれらしい和室を目にしてきたが、畳が正方形だったり、障子の桟が白く塗られた合板だったりと、どこか「なんちゃって」感を否めない和室が多かった。そうした和室は、スーパーで売られる「SUSHI」と同じ香りがした。サーモンとアボカド、またはやけに鮮やかなトビコの安っぽさを眺める度に、「日本はそこまで近くはない」と感じ、かつ自分の方が日本を知っているのだとつまらない自負心を満足させるのだ。

 だが、このアトリエには、稔が逆立ちしても叶わない日本文化の真髄が感じられた。

 小上がりの座敷には、きちんとした炉が切られている。窓はわざわざ円窓にしてある。

 この部屋を維持するのがいかに大変か、稔はよく知っている。日本にいれば電話一本で畳屋が来てくれるし、障子が破けてもホームセンターに行けば簡単に新しい障子紙を購入できる。梅や桃、桜や椿などもさほど苦労せずに入手できるだろう。極上の茶や主菓子も同様だ。

 だが、ヨーロッパで、これだけの完璧な日本を維持するのは、並大抵のことではない。もちろんパリは大都会なので、日本人のネットワークを使えばそれは可能だろう。でも、この人は、日本人会などで同国人と固まっているタイプには見えない。まあ、俺には関係ないけれど……。

 煎茶とともに小ぶりの大福餅が出てきた。和菓子の大好きなレネの顔が喜びに輝いたのを見て、稔は「本題を忘れるなよ」の意味を込めて肘で小さくつついた。

「それで、私に作ってほしいというのは?」
本題は、彼女の方から切り出してくれた。

「先日、ここにお伺いした日に、水無瀬さんのことを特別な人のための特別な花を生けるプロだって説明したんです。そしたら、彼が花をお願いできないかって……。ただ、俺はうまく訳せなくて英語でフラワーアレンジメントって言ってしまったので、生け花との違いも説明していただけると助かります」
そう言って稔は、レネに顔で続きを促した。

「ある女性のためにブーケかアレンジメントを作っていただけませんか」
レネが頼んだとき、愛里紗の顔にはなんとも微妙な表情が浮かんだ。おそらくそれは、この異国で先入観と無知に彼女の華道がフラワーアレンジメントと混同されたときの一瞬の抵抗なのかもしれないと、稔は思った。

 愛里紗は、けれど、レネの頼みを簡単に断るようなことはしなかった。
「大切な女性への花なのかしら?」

「はい」
稔は「ふうん」という顔をした。ヤスミンはここに来ていないとはいえ、義理堅く一途なブラン・ベックがわざわざ特別な花をねぇ。

「承るかどうかを決める前に、どんな目的なのかを訊いても差し支えないかしら?」
愛里紗は、英語で話し続けている。レネとだったらフランス語で会話した方が早いだろうに、稔が同席しているのでそうしているのだろう。

「もちろんです。僕はここにいるヤスたちと出会って大道芸人として暮らし出す前は、ここパリで暮らしていました。その時に出会った女性です」
レネはゆっくりと語り出した。

 レネにとって、パリの日々にはつらい記憶が多い。手品師の専門学校を終えて希望を持って花の都に上がってきたものの、ショーの花型になるどころかまともな稼ぎを得ることすら難しかった。

 モンマルトル界隈のナイトクラブを転々として、はじめはホールスタッフと変わらぬ扱いを受けた。ようやく前座としてマジックショーを披露できるようになるまでは数年かかり、その間にもいろいろな人に利用されたり出し抜かれたりしながら、いつかは手品だけで食べていける日を夢見て暮らしていた。

 恋もした。もともとはホールスタッフとして勤めだしたジョセフィーヌが、レネのアシスタントとして一緒にショーに出演することになってからは、彼女に夢中になった。

 ええっ。その女かよ。稔は話を聞きながらぎょっとした。そいつ、ライバルに寝取られた同棲相手だろ?

「お花を贈りたいのは、その方?」
愛里紗が、口をはさむと、レネは首を振った。

「違います。彼女に、僕は夢中だったけれど、ジョセフィーヌはこの街で僕の味方になってくれた人ではなかった。それはエマだけだったと、今になって思うんです」

「エマ?」
稔は思わず訊いた。一度も聞いたことのない名前だったから。

 レネは、頷いて彼のパリでの物語を続けた。

 ムーラン・ルージュをはさんで、レネの勤めるナイトクラブとちょうど反対ぐらいの距離に小さい煙草屋があった。そこには店の染みのような小さな老婆がいて、いつもなにかに対して文句を言っていた。

「この頃の政治家ってのはなってないね。きれいな顔をして偽善的なことを口にすればまた当選するとでも思っているのかね」
「あんたの横柄な態度になぜこのあたしが我慢しなくちゃいけないのさ。嫌なら2度とこの店に足を踏み入れなければ良いだろ」
「あんたは母国がサッカーに負けたからって、周り中に当たり散らす権利なんかないんだよ」
「禁煙がトレンドだって? ひとの商売の衰退をわざわざ告げに来るとはいいご身分だね」

 それがエマだった。

 レネは煙草の類いは何も嗜まないので、この店に入るときはチョコレートを買うときだけだった。他の店にはない故郷プロヴァンスの小さな工場で作っている銘柄がこの店にはあったのだ。

 レネにとって忘れられない思い出がある。

 それは、パリを去った夏のことだ。ナイトクラブからクビを言い渡されたレネは、とぼとぼと帰り道を歩きながら、故郷の懐かしいチョコレートで心を慰めようとエマの煙草屋に入った。

 レネは、思わず涙をこぼした。今日の午後、買い物から帰ってアパルトマンのドアを開けたら、なぜか同じナイトクラブで働くラウールが、ジョセフィーヌとベッドの上にいた。それだけでもショックなのに、出勤した途端にオーナーから彼のマジックショーは、今後ラウールとジョセフィーヌがやるのでお前はもう来なくてもいいと宣告されてしまったのだ。

 自分の要領がよくないことはわかっていた。ラウールが優れた容姿で客たちから人氣があることもわかっていた。でも、真面目に精一杯生きてきたのに、こんな風に何もかも取りあげられたのかと思うと、やるせなくて涙が止まらない。

 エマは「商売の邪魔になるから泣くな」などとはいわなかった。レネが落ち着くまで待って、話を聞いてくれた。今になって思えば、この街で、レネが自分の弱さや悲しみを吐露できたのは、これが初めてだった。

「あの雌狐なら、そのくらいのことをしても不思議じゃないと思うね。だから何度もいっただろ。あの娘には温かい血が流れていないって。あんたがこのチョコを勧めたとき、小馬鹿にしてそっちの大量生産のチョコをわざわざ買ったことがあったよね。人の思い出を踏みにじるようなヤツは、どんなに見かけがよくても中身は爬虫類と一緒だ」

 レネは、それを聞いてよけい強く泣いた。ジョセフィーヌが、彼の故郷のあらゆる物を馬鹿にしていたことを思いだした。見下されていたのは彼の生まれ故郷ではなくて、彼自身でもあったのだと思うと情けなくて逃げたしたかった。

「仕事も恋人もなくなって、僕はどうしたらいいんだろう」
また1からこの街で手品をやらせてくれる場を探すかと思うと、レネは心から途方に暮れた。

 エマは冷徹にも思える調子で言い放った。
「そもそもこの街はあんたみたいな弱くて純なヤツには向いていないんだよ。ここを離れるのが一番だ」

 レネは言葉を失った。ようやくパリに慣れてきたと思ったのに。少し間を置くと、おずおずと言った。
「でも、どこにいったら……?」

 エマは、少し温かく思える調子に変えてゆっくりと言った。
「南へお行き。あんたの故郷のプロヴァンスでも、もっと南の地中海でも、どこでもいい。ただし、ニースみたいなスノッブでおかしな人間の集まるところに行っちゃダメだ。広くて、大地に足をつけて人びとが助け合いながら生きている土地に行くんだ。最初にいったところにはいなくても、どこかには必ずいる。それを探すんだね。あんたの正直で優しい心持ちを大切にしてくれる輩がね。それを見つけたら、それがあんたのいるべき土地さ」

 稔は、思わずレネの顔を見た。レネは、稔の目を見返して、はにかみながら笑った。

「その通りになったのね」
愛里紗が問う。

「はい。僕は、コルシカでこのヤスに会いました。それから、他の生涯の友達にも」

 エマの直接的でお節介なアドバイスが、あの時レネをコルシカ島に向かわせた。悲しみに押し潰れることなく、新しい人生を探すための必要な背中のひと押しをしてくれたのは、店の染みのような小さな老婆だった。

「わかったわ。その方へ捧げるお花、ぜひ私に作らせてちょうだい」
愛里紗が微笑んだ。

「ありがとうございます、マダム」
レネが前のめりで礼を言う。

「でも、1つだけ確認したいの。西洋で作るいわゆるフラワーアレンジメントは、全方向から見られることを意識して作るものだけれど、日本の生け花というのは、たった一つの方向から見ることを想定してデザインするものなの。その方がどのように受け取るかのシチュエーションは決まっていたら教えてほしいわ」
愛里紗が訊くと、レネははっとして、1度下を見てからふたたび愛里紗の目を見据えた。

「正面は……どういえばいいのか。墓石の上に載せるので……。彼女はモンマルトル墓地に眠っているそうですから」
その言葉に、稔と愛里紗が同時に息を飲んだ。

* * *


「エマ・マリー・プレボワ ここに眠る」
小さな墓石は、必死で探さないと見過ごしてしまいそうだった。エドガー・ドガ、モーリス・ユトリロ、エミール・ゾラ、アレクサンドル・デュマといった錚々たる有名人の墓は大きく立派だが、そのモンマルトル墓地には、地域の一般人も埋葬される。

 まだ、春といっても早いので、陽光は弱く柔らかい。周りの木々には膨らんだ芽はあるが若葉が現れるにはまだしばらくかかるだろう。

「お。来た来た」
稔が手を振ると、かなり向こうから蝶子とヴィルがこちらに向かってくる。

「ごめん。私たちが先につくぐらいだと思ったのに」
「探していた墓は、見つかったのか? ランパルだっけ?」
「ええ。せっかくここに来るんなら、お詣りしたくてね」

 フルートの名手であったジャン・ピエール・ランパルも、モンマルトル墓地に眠っている。そういえば、ブラン・ベックはハイネの墓の場所を探していたから、後でそこに行くんだろうな、と思った。

「それが、例の日本人に作ってもらった花か」
ヴィルが珍しく明らかに感銘を受けたとわかる顔つきで訊いたので、稔はそうだろうなと思った。

 レネは頷いた。手にしているのは半球型に盛られた、花かごだった。といっても花器として使われている籠は苔山で覆われほとんど見えない工夫がしてあり、まるで何もないところに偶然にも木や草花が育ったかのように見える。

 1度左に向かってから弓なりに右に向かう盆栽のような枝振りの木はミモザだ。黄色い花が力強く明るく咲いている。そして、根元に絶妙なバランスでいけられたのは、フランス人のこよなく愛する『田舎風シャンペトルブーケ』でよく使われるカヤ、ユーカリ、コバングサなどとともに、薄紫と若緑の野の花を思わせる花々が絶妙なバランスで配置されている。

 レネがその籠を墓石の上に置くと、まるで彼女の墓から草花が遅い春を待てずに萌えだしたかに見えた。

「すごいわね。ここまでフランスっぽい素材だけを使っているのに、これはフラワーアレンジメントじゃなくって華道だってわかるように作れるものなのね……」
蝶子が感心してつぶやいた。

 亡き人を悼む草花は弱い風にそよいでいる。

 レネは、眼鏡を取ると涙を拭った。エマの声が蘇ってくる。
「くよくよするんじゃないよ。あんたが悪いんじゃない。今のめぐり合わせとの相性が悪いだけさ。あんたにふさわしい居場所はきっとあるからね」

(初出:2023年3月 書き下ろし)

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Tag : 小説 読み切り小説 コラボ

Posted by 八少女 夕

1匹足りない?

今日は、会社の近くで見かけるウサギについての話です。

ウサギ

週に5日、IT会社で仕事をしていますが、出社するのは月曜から水曜までです。木金は在宅勤務だからです。さらにいうと、水曜日と金曜日は午前中のみという勤務形態なので、昼休みを会社でとるのは月曜日と火曜日だけです。

30分くらいでお弁当を食べた後、やはり30分くらいを散歩しています。で、そのルートに農家があり、もちろん牛なども飼っているのですが、加えてウサギと雌鶏がいつも通るところにいるというわけです。

で、このルートを通るようになってから、そろそろ1年半になるのですが、ずっと5匹だったウサギが、ここしばらく4匹しか見かけなくなってしまいました。

上述したように、毎日通るわけではないですし、さらにいうと、もしかすると小屋の中にいるのかもと思っていましたが、どうも本当に4匹しかいないようです。

老衰かもしれないですし、病にかかったのかもしれません。それとも、食べられてしまったのかなあ……と思ったり。

かわいそうと思う私ですが、ついこの間ウサギ肉を食べたばかりです。牛と見つめ合ったりしていますけれど、普通に牛肉も食べますしね。「かわいそう」は自己矛盾たっぷりの偽善でしかないですよね。

とはいえ、こんなつぶらな瞳で見つめられると、ちょっと心も痛みます。でも、また食べると思いますが……。
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Posted by 八少女 夕

【小説】バッカスからの招待状 -18- レモンハイボール

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


今日の小説は、「scriviamo! 2023」の第6弾です。もぐらさんは、オリジナル作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

もぐらさんが書いて朗読してくださった作品「第663回 大事な壺」

もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。当ブログの作品もいくつも読んでくださっています。いつもとても長くて本当にご迷惑をおかけしています。

今年もオリジナルの「貧乏神」シリーズでご参加くださいました。日本の民話をアレンジなさった素敵な作品群です。貧乏神のシリーズとはいえ、毎年、とてもハートフルなエンディングでお正月にふさわしい素敵な作品ばかりです。

今年の作品はケチな爺さんと、貧乏神さんのいろいろと考えさせられるお話。お返しは考えましたが、今回は強引に『Bacchus』に持ってきました。もぐらさんが最初にうちに来てくださり、朗読してくださるようになったのが、『Bacchus』でしたよね。

お酒はレモンハイボールですが、今回の話の主役は、大きな壺とサツマイモです。

それと、本当にどうでもいいことですが、今回登場する客のひとりは、この作品で既出です。ちゃっかり常連になっていた模様。


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バッカスからの招待状 -18- レモンハイボール
——Special thanks to Mogura san


 日本橋の得意先との商談が終わったのはかなり遅かった。直帰になったので、雅美は久しぶりに大手町に足を向けた。『Bacchus』には、しばらく行っていなかった。

 そのバーは、大手町のビル街にひっそりと隠れるようにある。飲食街からは離れているので夜はほとんど人通りのないとあるビルの地下。知っている人でないと見過ごしてしまいそうな小さな濃い紫色の看板に白い字で小さく『Bacchus』と書かれている。

 バーテンダーでもある店主田中の人柄を慕い、多くの常連が集う居心地のいい店で、雅美も田中だけでなく彼らにも忘れられない頻度で足を運んでいた。

 早い時間なので、まだ混んではない。田中と直接会話を楽しめるカウンター席は常連たちに人氣なので、かなり早く埋まってしまうのだが先客が1人だけだ。

「柴田さん、いらっしゃいませ」
いつものように田中が氣さくに歓迎してくれるのが嬉しい。雅美は、コートを脱いで一番奥のカウンター席に座った。

 反対側、つまりもっとも入り口に近い席には、初老の男が座っている。質は悪くないのだろうが、今ではほとんど見かけなくなった分厚い肩パッドのスーツはあまり身体に合っていない。金色の時計をしているのだが、服装に対して目立ちすぎる。

 雅美にとっては初めて見る顔だ。1度目にしたら忘れないだろう。人間の眉間って、こんなに深く皺を刻めるものなんだ……。雅美は、少し驚いた。

 その男は、口をへの字に結び、不機嫌そうにメニューを見ていた。仕事で時おりこういう表情の顧客がいる。すべてのことが氣に入らない。どんなに丁寧に対応しても必ずクレームになる。2度と来ないでくれていいのにと思うが、どこでも相手にされないのが寂しいのか、結局、散々文句を言ったのにまた連絡してくるのだ。

 少なくとも現在は、自分の顧客ではないことを、雅美は嬉しく思った。田中さんに難癖つけないといいけど。

「どれがいいのかわからないな。洋風のバーにはまず行かないからな」
男は、メニューをめくりつつ、ため息をついた。

「どんなお酒がお好みですか。ビール、ワインなどもございますが」
田中が訊くと、男は不機嫌そうな顔で、でも、とくに怒っているとは感じられない口調で答えた。
「せっかくバーに来たんだし、いつもと同じビールを飲んでもしかたないだろう。カクテルか……。なんだか、わからない名前が多いが……これは聞いたことがある……ハイボール」

 雅美は、ああ、ハイボールってここでは頼んだことなかったかも、そう思った。

「なんだ、ウイスキーの炭酸割りのことなのか。自分でもできそうだが、奇をてらったものを飲んでまずいよりも、味の予想がつくのがいいかもしれないな」

 男は、ブツブツと言葉を飲み込んでいる。雅美は、少し反省しながら見ていた。クレーマータイプだと決めつけていたが、いたって普通の客だ。

 田中は雅美にもおしぼりとメニューを持ってきた。既に彼女の心の8割がたはハイボールに向いている。
「田中さんが作るなら、ハイボールもありきたりじゃないように思うの。お願いしようかしら」

 そういうと、田中は微笑んだ。
「ウイスキーでお作りしますか。銘柄のご希望はございますか?」

「田中さんおすすめのウイスキーがいいわ。ちょっと爽やかな感じにできますか?」
「はい。では、レモンハイボールにしましょうか?」
「ええ。お願いするわ」

 そのやり取りを聞いていた初老の男性は言った。
「僕にも、そのレモンハイボールをお願いできるかな」

「かしこまりました」

「おつまみは何がいいかなあ。あ、さつまいものサラダがある! こういうの好きなのよねぇ。お願いするわ」
「かしこまりました」

 初老の男は「さつまいも……」と言った。

 あれ。眉間の皺がもっと濃くなった。あれ以上眉をしかめられるとは思わなかったわ……。雅美は、心の中でつぶやいた。

 田中も、そちらの方には、声をかけていいか迷っている様子だ。2つのグラス・タンブラーに、大きい氷を入れてから、すぐにはハイボールを作らずに、さつまいものサラダの方を用意し、雅美の前に置いた。

 それから、タンブラーの中で氷を回すように動かした。

「何をしているの?」
雅美が訊くと、田中は笑った。

「タンブラーを冷やしているのです」
「ええ? 氷を入れるのに?」

「アルコールと他のものが混ざるときには希釈熱という熱が発生して、温度が上がるんです。ハイボールの場合、これによって炭酸が抜け、氷もすぐに溶けてぼんやりとした味になってしまいます。それを避けるためにできるだけ温度が上がりにくくするわけです」
「なるほどねぇ」

 氷と溶けた水を1度捨ててから、あらためて氷を入れて、レモンを搾って入れ、ウイスキーを注いだ。田中は再びグラスを揺らし、ウイスキーの温度を下げた。それから、冷えたソーダ水を注ぐと、炭酸が飛ばないようにほんのわずかだけかき混ぜた。

 田中がカクテルを作る姿を見るのは楽しい。1つ1つの手順に意味があり、それが手早く魔法のごとくに実行に移されていく。そして、出来上がった見た目にも美しいドリンクが、照明の真下、自分の前に置かれるときには、いつもドキドキする。
 
 さつまいものサラダは思っていた以上に甘く、しっかりとした味が感じられた。
「美味しい。これ、特別なさつまいもですか?」

「茨城のお客様が、薦めてくださったんです。シルクスイートという甘めの品種です」

 それを聞いて、初老の男は、なんとも言えない顔をした。先ほどまでは怒っていたようだったのが、今度は泣き出しそうだ。

 ハイボールを彼の前に置いた田中は、その様子に氣づいたのか「どうなさいましたか」と訊いた。

 初老の男は、首を振ってから言った。
「いゃ、なんでもない。……シルクスイート……。これもなにかの縁なのかねぇ……。僕にも、そのサラダをくださいませんか」

 それから、田中と雅美の2人に向かっていった。
「なにか因縁めいたことなんでね、お2人に聞いてもらおうかな」

 田中と雅美は思わず顔を見合わせた。男は構わずに話し出した。
「題して『黄金の壺』ってところかな」

「壺……ですか?」
「ああ。だが、ホフマンの小説じゃないよ」
 そう言われても、雅美には何のことだかわからない。

「ホフマンにそんな題名の小説がありましたね」
田中は知っていたらしい。

「おお、知っていたのか。さすが教養があるねぇ。ともかく、そんな話じゃないけれど、まあ、黄金の詰まった壺と、それに魅入られた困った人間の成り行きというところは、まあ、違っていないかもしれないね」

 黄金の壺とさつまいもの関係はわからないけれど、面白そうなので、会話の相づちは田中に任せて、雅美は黙って頷いた。

「今から30年近く前の話なんだけどね。僕は、火事でほとんどの家財を失ってしまったんだ」
「それは大変でしたね」

「ああ。うちは、もともとカツカツだったけれど、田舎の旧家でね。蔵もあったんだよ。その奥に置いた壺に親父の代から、いや、もしかしたら、その前の代からか、当主がコソコソと貯めた金やら、貴金属やらを隠していたんだ」

「壺にですか?」
「ああ。妻には言わずにね。それで、女を買いたいときや、その他の妻には言いにくい金の使い方をするときには、そこから使っていくんだと親父に教わったものさ」

 男もへそくりするんだ。雅美は、心の中でつぶやいた。

「僕は、元来、倹約するタチでね。親父に言われたとおりに、自分もかなりの金品をその壺に隠していたんだが、自分で使ったことは1度もなかったんだよ。なんだかせっかく貯めたのに勿体ないと思ってね」

 ああ、わかった。この人、クレーマー体質なのではなくて、要するにケチなタイプだ。雅美は、納得した。

「そうですか。それならば、かなりたくさん貯まったでしょうね」
「まあね。でも、件の火事があってね」
「それで、すべて失ってしまったと?」

「そうじゃないんだ。すべて燃えてしまったとしたら、むしろよかったかもしれない。でも、火事の後、すっとんで蔵に行き、壺の安全を確かめたのを見られたのかねぇ。火事で母屋のほとんどが焼けてしまっただけでなく、その後しばらくして、その壺が忽然となくなってしまったんだ」

「壺、丸ごとですか?」
思わず雅美が言うと、彼は頷いた。
「壺と言っても、小さな物じゃない。胸のあたりまである巨大な壺だ」

「そんなに大きな壺だったんですか」
田中も驚いたようだ。

 男は頷いた。
「常滑焼っていってね。その手の大型の壺は昔から米や野菜を貯蔵するために使われてきたものなんだよ。冷蔵庫が普及してからは、ほとんど誰も使わなくなって作るところも限られているけどね。今は、無形文化財に指定される職人さん1人だけが作っているっていうなあ」

「その壺を誰かに持って行かれてしまったんですね」
田中が、氣の毒そうに言った。雅美は訊いた。
「トラックかなんかで、運び出したのかしら」

「うん……。どうだろうねぇ。あとで、あまり遠くない空き地で、たくさんの破片が見つかったので、なんとも言えないんだ。……実は、妻がなくなった後に、遺品から盗まれたはずの古い紙幣が見つかってね」

「え?」
雅美は、驚いた。田中もボトルを棚に戻す手を止めて男の顔を見た。

「それで当時の日記などを見たら、それは妻がやったことだと書いてあったんだ。ずっと金がないと、苦労を強いられてきたのに、夫がこんなに隠し持っていたことが許せないと。金がほしくてやったわけではないと書いてあった。実際に少なくとも僕がしまった現代のお札や、以前見たことのある貴金属はすべてそのままだったし、古い紙幣もまったく手をつけていなかったようだ」

 火事で家財をなくし大変だったときに、隠し持った大金をまったく使わずに、夫を責めることもなく、自分のやったことを告白することもなく、ただ、黙っていた妻の複雑な心境を考えて、雅美は手もとのハイボールのグラスを見つめた。

「妻の死後にそれらが出てきて、僕は先祖からの伝統をまた元通りにしようと、常滑焼の壺を買い求めようと思ったんだ」
「常滑って、愛知県ですよね?」
「ああ。だから電話で連絡したら……しばらく時間がかかる。岐阜県の焼き芋屋用に、たくさん注文が入っているからって言うんだ」

「焼き芋?」
「そう。それで、焼き芋屋がなぜあの壺を必要としているのか、見にいってみたんだ」

 岐阜県の大垣市では近年とあるフードプロデューサーの広めた「つぼ焼き芋」が人氣だ。石焼き芋は直火で焼くが、「つぼ焼き芋」は常滑焼の大きい壺の底に炭火を熾し、壺の首あたりに吊してある籠に芋を入れる。底から上がってきた炭火の熱が巨大な壺の中で循環し、焦げることなくじっくりと均一に熱が通る。60度から70度で1時間半から2時間かけて、さつまいものデンプンは麦芽糖に変わり、甘みが増していく。

「食べてみたんだ。そしたら、信じられないくらい甘くて、美味しかった。日によって種類を変えているらしいんだが、僕が食べたのはまさにシルクスイートでね」
「そうだったんですか。それはすごい偶然ですね」

「ああ。客がたくさん来て、みな喜んで買っていた。辺りは、かなり賑やかでね。焼き芋が地域の町おこしになっていたよ。そのフードプロデューサーはその『つぼ焼き芋』を独占もできたのに、周りの同業者にも勧めて一緒にこの焼き芋を広めたんだね。考えさせられたんだよ」
出てきたさつまいものサラダを食べながら、彼は言った。

「僕は、自分の宝物を壺に隠すことしか考えていなかった。その中身を活かすことも、妻と楽しむこともしなかった。また同じ壺を買って、見つかったお宝を再びしまっても、同じことの繰り返しだ。でも、あの焼き芋屋の芋は違う。金色に輝いて、ほくほくとして暖かい。店主が喜び、客が喜び、同業者が喜び、そして、壺焼き職人も喜ぶ。どちらが尊い宝物なのかなあとね。そう思ったら、再び大きい壺を買って、余生を倹約して暮らすよりも、誰かと一緒に使うことをしてみたいと考えて帰ってきたんだ。いま、その帰りなんだよ」

「そして、今、またここで、さつまいもと出会ったというわけですね」
雅美が言うと、彼は頷いた。

「ああ。このハイボールは、美味いな。自分で作った味とは雲泥の差だ。それに、このさつまいもによく合う」
彼は、しみじみと言った。

「恐れ入ります。さつまいもとレモンの相性はいいです。シルクスイート種が甘いので、おそらく普通のハイボールよりも、レモンハイボールの方が合うのではないかと思っています」
田中が言った。

「そうね。この組み合わせ、とても氣に入ったわ。ハイボールって、そちらの方もおっしゃったように、うちでも作れるからと頼んだことなかったけれど、こんなに違うなら、今度からちょくちょく頼むことにするわ」
雅美が言った。

 男は、言った。
「そちらの方か……。僕は竹内と言います。僕も『ちょくちょく頼む』ような客になりたいからね」

「それはありがとうございます、竹内さん。今後ともどうぞごひいきにお願いします」
田中が頭を下げた。
 
 やがて、他の客らも入ってきて、『Bacchus』はいつもの様相に戻っていった。田中は忙しく客の注文にこたえている。雅美は、カウンターをはさんだ竹内とは会話ができなくなったが、時おりグラスを持ち上げて微笑み合った。

 竹内の眉間の皺は、はじめに思ったほどは深くなくなっている。自分がそれに慣れてしまったのか、それとも彼の心にあった暗い谷がそれほどでもなくなったのか、雅美には判断できなかった。

 1つわかることがある。彼の新しい壺は常滑焼ではなくて、この『Bacchus』のように心地よく人びとの集う場所になるのだろうと。

レモンハイボール(Lemon Highball)
標準的なレシピ

ウイスキー - 45ml
炭酸水 - 105ml
1/8カットレモン - 1個

作り方
タンブラーにレモンを絞り入れ、そのまま実も入れる。氷とウイスキーを注ぎ、冷やしたソーダで満たし、軽くステアする。



(初出:2023年2月 書き下ろし)

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