エッグコドラーの話

写真の器、エッグコドラーというのですけれど、一時期あまり使わなかったのが、最近再びよく使うようになりました。
もう20年以上前にイギリスで購入した陶器の器です。これにステンレスの蓋がついていて、閉めることができます。どうやって使うかというと、基本的には卵を割り入れて蓋を閉め、沸騰したお湯で8分ほど茹でます。基本的にはゆで卵なのです。
でも、実際にはただの卵だけを茹でるのではなく、ベーコンやチーズ、場合によっては野菜なども入れ、塩胡椒をしてから茹でます。写真で見えている緑はパセリですね。
1年くらい前から、隣人が経営している有機農家から毎週産みたての卵が配達されるのです。それでいろいろな卵料理を定期的に作るので、このエッグコドラーも再び使われるようになったというわけです。
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【小説】童の家渡り
今週の小説は、「scriviamo! 2023」の第3弾です。
かじぺたさんは、引き続きもう1つの記事でも参加してくださいました。ありがとうございます!
かじぺたさんの書いてくださった記事 「波乱万丈の年末年始R4→R5しょの6『かじぺたは2度まろぶ』」
参加していただいた記事は、実際に起こった事件についてなのですが……。実はかじぺたさんは、この年末、大変なお怪我をなさっていたのでした。そして、そんな状態でも、まったく休まずに年末年始を働きづめで過ごされていらっしゃるんですよ! 水槽の水替えって、どういうことですか?! 私なら、全て放棄して寝ていますよ〜。とにかく引き続きお大事に。
さて、お返しですが、前回同様、かじぺたさんお宅風の『黒い折り鶴事件の家』で作ってもよかったのですが、ちょっと趣向を変えて江戸時代の宿場町を舞台に江戸ファンタジー(なのか?)を書いてみました。かじぺたさんのお怪我が「禍転じて福となる」ことを祈りながら。ブログ上のおつきあいですのでお名前などは、もちろん存じ上げませんので登場人物の名前などはかじぺたさんご本人やご家族とはもちろん関係ありませんのであしからず。
なお、今回のストーリーも、先にかじぺたさんの記事を読まれることを推奨いたします。そうしないと意味不明かも……。
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童の家渡り
——Special thanks to Kajipeta san
小とよは、なまこ壁が続く通りをとぼとぼと歩いていた。小さな身体ながら彼女は、八福屋に八代にわたり棲みつき、大名屋敷の御用商人になるまで吉祥をもたらしてきた。
先月新しく当主となった虎左衛門は「座敷童ごときに供え物をするなぞ勿体ない」と言いだして、塩せんべいの代わりにネズミ捕り餅を置いたので、しばらく屋敷を出ることにした。
座敷童が自ら玄関を出ていくと、よろしくないことが起こるのが常だ。
小とよが、玄関を跨いで表に出た途端、季節でもないのに庭の五代松に落雷があり、そこから出火した。
虎左衛門が心を入れ替えて小とよに塩せんべいを供えるつもりになったかどうか、今となっては知りようもない。屋敷がなくなってしまったので、小とよはもう戻れないのだ。
年の瀬、あと二晩で年が明けるというのに、小とよは宿無し妖怪として通りを彷徨うことになったのだった。
ここは宿場町として栄えていて、特にこの通りは大きい屋敷が多い。一つ後ろの通りは、染め屋や織り屋など職人たちが小さな家を構えている。立派な武家屋敷からさほど遠くないところに、武家の家人や奉公人たちの家が立ち並ぶ一角もある。
小とよは、どこにいったらいいのかわからなかった。ある程度の名のある屋敷には既に別の座敷童がいるし、そうでない屋敷には恐ろしい犬や半分猫又になりかけている飼い猫などがいて、入っていく氣にさせない。
夜も更けて、小とよは宿場を行ったり来たりしながら歩いていた。人通りは絶えて久しくなっていたが、月が真上に来た頃、1人のおなごが武家屋敷の界隈から出てきた。
服装からみると、武家の内儀のようだ。1人で出歩いているところをみると大名の奥方といった大層な身分ではないのだろう。こんな時間に珍しい。小さな提灯を持っているが、月明かりも十分にある。晩酌でもしたのであろうか、鼻歌などを歌いながら楽しそうに歩いていた。
と、後ろから蹄の音がして、馬が走ってきた。内儀はそれを避けようと脇に寄ったが、馬は狂ったように走ってきたので間に合いそうもなかった。
「危ない!」
小とよは力の限り、彼女をなまこ壁の方へと押した。その力で均衡を保てなくなった内儀は倒れた。その横を馬はものすごい勢いで駆け抜けていった。
馬の上には、武家らしき男が乗っていたが、内儀の難儀に目もくれずに立ち去った。お国の一大事で一刻を争うのかもしれぬが、このような振る舞いは天が許さぬぞ。小とよは消えてゆく土ぼこりの向こうを睨んだ。
「これ、ご内儀。いかがなされました」
小とよは、内儀に話しかけたが、その声は届いていないようだった。無理はない。小とよの姿が見えて声が聞こえるのは、通常、数えで七つくらいまでなのだ。
「いたたたた。これはちょっと、ひどくひねってしまったみたいだねぇ……」
内儀は、つらそうに立ち上がると、なまこ壁に掴まりながらもと来た道を戻りはじめた。
見ると、先ほどまで掲げていた提灯が落ちている。
「あの……、これ……」
聞こえていないので振り返ることもない。小とよは提灯を手にすると内儀の後ろに続いた。彼女が怪我をしたのは、自分にも関係あることであるし、いずれにせよ他に行く宛てもない。
ついた家は、大名屋敷ではないが、小さくもない。徒士あたりの武士の家であろう。小とよの考えたとおりだった。
「お梶! いかがしたか」
中から、出てきた壮年の男が、内儀の様子に慌てた。
「ご心配かけて、申しわけございません。急な早馬を避けようとしたところ、なにかに躓いたらしく転んでしまいまして」
お梶は、痛みを堪えて話した。
「いま思い出しましたが、転んだおりに手にしていた提灯を取り落としてしまったようでございます。取りに戻りませんと……火事にでもなったら大変でございますし」
お梶がいうと、主人は小とよが戸口にそっと置いた提灯に目をやって言った。
「そこにあるそれではないのか」
「おやまあ。まことに。どうしたことかしら」
「そなた、自分で持ってきたのであろう。それも忘れるほど痛いのだな、さあ、入って。手当をせねばな」
なかなかいい感じの夫婦ではないか。小とよは考えた。主人は偉ぶることもなく内儀をいたわり、お梶の方もあの早馬のひどい仕打ちをなじることもない。相当痛そうではあるが、優しい主人に肩を貸され、無事に奥に戻った。
入っていいと言われたわけではないが、これまでも許可を得て入った家はなかったことであるし、小とよはそのままその家に上がった。
玄関の両脇に小さな犬が二頭座って、小とよを眺めているが、二頭共にこの世の者ではないらしく吠えることもなく尻尾を振って小とよを歓迎した。
「このような年の暮れに、ご面倒をおかけしてしまい、もうしわけございません」
お梶の声が聞こえてくる。小とよは、奥の方を目指して歩いた。二頭の犬も、小とよに続いて歩いてきた。
寝所に座らされたお梶は左足を主人に見せている。刻一刻と腫れがひどくなっている。見ると右の頬まで腫れている。二頭の犬はその足元に駆け寄り、一頭は頬を、一頭は女主人の腫れた足を必死でなめた。
「心配するでない。明日はお真佐が戻るではないか。家のことはあの子がやってくれるであろう」
「でも、せっかくの参勤が終わり戻ってくるのに働かせるのは氣の毒ですわ」
なるほど。娘も女中勤めでもしているのか、大名とともに江戸から戻ってくるのだな。せっかく揃っての正月だというのに、怪我とは氣の毒に。これは何としてでもこの一家に何やら福を呼び込まねば。
小とよは、自分にできることはないかと家の中を歩き回った。しかし、童の小とよは宵っ張りには慣れておらず、座敷であっさりと眠り込み、氣がつくと朝を迎えていた。
目が覚めたのは、勝手口からの声が聞こえたからだ。
「おとと様、おかか様。真佐が戻りました」
途端に、家の奥からバタバタとした音が聞こえた。
「お真佐、お帰り!」
目をこすりながら、小とよが座敷を出て、勝手口の方へと歩いていると足を引きずりながら急いで出てきたお梶と正面衝突してしまった。小とよの方は蹲って事なきを得たものの、既に昨夜からの痛みを堪えて無理に歩いていたお梶の方は、すぐに体勢を崩し、柱に激突して倒れてしまった。
ものすごい音を聞いて、娘のお真佐も飛んできたし、奥から主人も小走りで出てきた。
「おかか様!」
「お梶!」
お梶は二度目の激痛にしばらく声も出せずに耐えていた。二頭の犬があわてて駆け回り、二人に介抱されてお梶がまた寝所に向かうのを、小とよは震えながら見ていた。
一度ならず二度までも転んだのは、かなり自分のせいに近い。もちろん小とよがそれを望んだわけではないのだが、あまりといってはあまりだ。
しかも、よく見るとお梶が派手に転んだあたりに眼鏡が落ちている。前にいた八福屋では主の虎左衛門が舶来の貴重品として嬉々として使っていたので、小とよもこれが大切なものだとわかった。ギャマンにヒビは入っていないが、額当てが曲がってしまっている。
小とよは、その眼鏡をもってそっと寝所に行き、文机にそっと置いた。
二人に介抱されている間も、お梶の顔は打撲のために新しく腫れてきて、昨日打ったと思われる腕には大きな青あざが広がっていた。
小とよは、玄関口に行って、やるせなく往来を見回した。頼りになる鬼神でも歩いていれば、助けを求めようと思ったのだ。
年末で、忙しいのは人ばかりではない。福の神たちも今年の仕事納めと、年明けの初詣の時にきちんと座にいられるように忙しなく動き回っているのだ。
跳ねている白兎を見つけて、小とよは急いで呼んだ。
「いいところに、白兎さん、ちょっと止まってください」
来る年の干支としていつも以上に多忙の白兎は、「それどころではない」という風情で一度は通り過ぎたが、思い直したのか「しかたないな」と振り返ってやって来た。
「おや。座敷童の小とよか。あんた八福屋にいたんじゃなかったっけ?」
「それが、八福屋に邪険にされて、ちょっと出たの。そしたら、お屋敷が燃えちゃって、昨日からここに来たんです」
「へえ。八福屋はずっと羽振りがよかったけど、あんたのおかげだと知らなかったのかねぇ。……ところで、困っている様子だけど、どうしたんだい?」
小とよは、今とばかりに昨夜からのお梶の不運について訴えた。
「助けてあげたかったのに、かえっていっぱい怪我をさせてしまったみたいで、心苦しいの。ねえ、白兎さん、少彦名命さまにお取り次ぎしてくれない? 少しでも早く治していただきたいのよう」
白兎も、さすがにお梶が氣の毒だと思ったのか、頷いた。
「わかったよ。この家の者は日頃の行いもいいと聞いているからね。今日、お願いしてみるよ。あと、眼鏡が壊れたといったね。そっちは玉祖命さまの管轄だから、伝えておこう」
神様へのお願いが上手くいったので、小とよは安心して家の中に戻った。
少彦名命さまは、医薬と健康だけでなく、酒造りと温泉療法も司る。それらにたくさん触れれば、治りも早くなるだろう。小とよは、すぐに風呂場に向かい、心を込めて掃除をすると、温泉の水を運んできて風呂桶を満たした。
それから、台所に向かうとお供え用に用意してあるお正月用のお酒を極上のものに移し替えた。これで、少彦名命さまをお迎えする準備は万全。ついでに、お梶がこのお風呂に浸かって、このお酒でお正月を祝えば、きっと少彦名命さまの霊験あらたかとなるだろう。
玉祖命さまは、眼鏡の神様であるだけでなく、三種の神器である八尺瓊勾玉を作った宝玉の守り神。こちらにも、この家の者たちが見守っていただけるように、供物を用意しておこう。
見ると、お梶はきれいな物が好きなのか、さまざまな輝石や貝殻などを飾っている。ちょうどいいので、それらをピカピカに磨いてお正月に備えた。
二匹の人には見えない犬たちは、一生懸命働く小とよを不思議そうに眺めていたが、立派な神様たちをお迎えするためだと氣がついたのか、一緒になって準備を手伝ってくれた。
奥では、痛みを堪え腰掛けたまま用事を果たすお梶と、その母親の代わりに帰宅後すぐに張り切って働く娘のお真佐、そして、参勤交代から戻った主たちの御用に忙しく立ち向かう主人がそれぞれに、よりよき年迎えのために動き回っていた。
小とよは、なんとなく入ってきた家ではあるが、とても心地よい家だと思い、このままこの家に居着くことに決めた。来たる歳が、この家の皆にとって福に満ちたものとなるために、精一杯働こうと心を決めた。
(初出:2023年1月 書き下ろし)
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刺繍セット買った

ずいぶん前からですがFacebookを見るときに、刺繍のステッチで洋服の穴を補修する動画が流れてきました。それをみてずっと「これ、いいなあ」と思っていたんですね。まったく同じではないと思いますが、ちょうどこの下に貼り付けたようなステッチが披露されていました。
とくに心惹かれたのは、葉っぱの形にするステッチと雪の形にするステッチです。
我が家は、新品の服を着て穴が空いたら捨てるというようなことをしません。連れ合いは自分で服を買いに行くことは稀で、すぐに誰かからお古をもらって着るタイプ。バイク修理工なので、バッテリーウォーターとの事故で、変な穴が空くことも多く、その度に何もかも買い換えるわけにはいきません。
私は家庭科では常に3以下という情けない成績を残し、裁縫は非常に不得意です。ミシンもトライするんですがまっすぐ縫えたためしがないという体たらく。でも、修理しなくちゃいけないことは多くて、かなりみっともない縫い方で「とりあえず塞ぐ」ということはしてきました。
でも、こういうきれいなお直しには憧れがあって、しかも「これなら私にもできるかも」とちょっと思ってしまったのです。
で。いずれ別の記事にしますが、友人がクロスステッチにはまったのをきっかけに「私の母親が昔、スウェーデン刺繍をやっていて」という話題になり、なぜかあれよあれよという間に「スウェーデン刺繍初心者キット」を購入してもらうことになりました。そうなると、どうせ同じ糸と針を使うならと、このお直しステッチもやりたくなったというわけです。
しかし。めちゃくちゃ田舎の私の町には、こうした刺繍セットを適度に揃えられるような店がないのです。以前は近くにあったのですが、潰れてしまっていまや州都に行かなくては買えない。それで、通販でなにかいいものがないかなと探したら、あったんですよ。全部揃ったセットが。
120色の刺繍糸、刺繍枠が5種類、クロスステッチ用の布、ハサミ、糸通し、水彩ペン、糸巻きなどのセットです。
はっきりいってこんなには要らないんですけれど、まあ、あっても困るほどのものではないのでとりあえず形から入ることにしました。刺繍枠などは、こんなきっかけでもない限り買いませんし、実際に一つやってみましたが、さほど難しくなかったです。
というわけで、次に穴あき衣類がやってくるのが少し楽しみになりました。
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【小説】黒猫タンゴの願い
今週の小説は、「scriviamo! 2023」の第2弾です。
かじぺたさんは、別ブログの記事で参加してくださいました。ありがとうございます!
かじぺたさんの書いてくださった記事 『2023年1月10日の夢』
かじぺたさんは、旅のこと、日々のご飯のこと、ご家族のことなどを、楽しいエピソードを綴るブロガーさんで、その好奇心のおう盛な上、そして何事にも全力投球で望まれる方です。いつも更新していらっしゃる2つのブログはよく訪問しているのですが、美味しそうなごはん、仲良しなご家族の様子、お友だちとの交流、すてきなDIYなどなど、すごいなあと感心しています。ご自分やご家族のお怪我やご病気の時にもまったく手抜きをなさらない姿勢にいつも爪の垢を煎じて飲みたいと思うのですが、思うだけできっと真似は出来ないでしょう。
そのかじぺたさんが去年はとてもおつらそうで悲しかったのですが、5年前に愛犬のエドさまをなくされた上、去年のこの時期にアーサーくんも虹の橋を渡ってしまわれたのですよね。
じつは、今回のお返しには、このエドさまとアーサーくんをイメージした2匹のコーギー犬をお借りして登場させています。2017年の「scriviamo!」でのお返し作品に出したうちのキャラと少しだけ縁がありそうな記事を書いてくださったので、そのままその世界観を踏襲して作りました。かじぺたさん、内容に少しでもお氣を悪くなさったら書き直しますのでおっしゃってくださいね。
なお、今回のストーリーは、先にかじぺたさんの記事を読まれることを推奨いたします。そうしないと意味不明かも……。
【参考】
今回のストーリーで触れられている『黒色同盟』と『黒い折り鶴事件』については、ここで読めます。読まなくても大丈夫なように書いてはありますが……。
『黒色同盟、ついに立ち上がる』
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黒猫タンゴの願い
——Special thanks to Kajipeta san
黒蜘蛛のブラック・ウィドー、そして黒鳥のオディールは眉間に皺を寄せてひそひそと話をしていた。といっても2人、いや2匹とも全身完膚なきまでに黒いので、寄せた皺が定着してしまうのではないかと心配する必要はない。このストーリーの本題とはまったく関係のないことだが、レディたちにとってこれ以上に重要なことはない。
額の皺の次に2匹の心配の種となっているのが、黒猫のタンゴである。3匹とも『黒色同盟』の初期からのメンバーで、種の違いを超えた絆がある。例えばオディールはそこらへんの湖に浮かぶ白鳥には挨拶を返す程度の親しさしか持たないが、ブラック・ウィドーとは徹夜で恋バナをすることもある。
『黒色同盟』というのは、体色が黒い動物たちの互助組合のようなもので主に「黒いからといって排除されたり嫌われたりする理不尽について」定例会議を行い、事例の共有と対策を話し合っている。
さて、タンゴである。タンゴは誇り高き黒猫だ。真っ黒のつややかな毛並みが自慢。もちろん前足や後足などに白足袋を履いているような中途半端な黒さではなく、中世のヨーロッパにでもいたら真っ先に魔女裁判で薪の上に置かれたような完全な黒さだ。
子供の頃に、飼い主の車の前を横切ったら、その午後に飼い主が一旦停止違反でその月に何度目かの違反切符をくらいそのまま免停になってしまったという理由で里子に出された。新しい飼い主が密かに猫虐待を趣味としていることがわかったので、人間界に見切りをつけて自立し、それ以来、野良猫としてこの街に暮らしている。
みかんと温泉などで有名な、比較的温暖な県に暮らしているので冬の野宿も何とかなった。また、漁港も近いので干し魚などをちょろまかす機会にも恵まれた。追いかけてくる人間に追いつかれないようによく走るので運動不足とも無縁。飼い猫だった頃よりもずっと健康的に暮らしていると、淡々と語っていた。
そのタンゴが、塞ぎ込んでいる。
『黒色同盟』の定例会議に出てこなかったので、心配して探しにいくと、宝物であり唯一の財産ともいえるアジの干物を抱えてメソメソと泣いていたのだ。
「なに、いったいどうしたの?」
オディールが訊くと、小さな声でタンゴは答えた。
「鯛、ブリ、牡蠣、焼き肉……」
オディールと、ブラック・ウィドーは顔を見合わせてから笑った。
「何よぅ。食い意地張って、寝ぼけているだけ?!」
「もう。起きてよ!」
するとタンゴはキッとなっていった。
「寝ぼけてなんかいないよ。寝ていないもん」
「じゃあ、どうしたっていうのよ」
オディールが訊くと、タンゴは再びメソメソしながら言った。
「暖かいお家で、焼き肉&お刺身パーティーしていたんだよう。コタツもあるんだよう。僕も中に入れてもらって、パーティーに加わりたいって思ったんだけど、夜には僕って目立たないじゃないか。だから、氣づいてもらえなかったんだ」
ブラック・ウィドーは「ふん」と鼻を鳴らした。
「大人しく、玄関の前で待っていたって、開けてくれる人間なんかいないのは百も承知でしょ。勝手に入り込むのよ」
オディールは異議を唱えた。
「あんたのサイズなら、それも可能だろうけど、タンゴが入り込んだらバレて追い出されるに決まっているじゃない。そりゃ刺身のひと切れをくすねるくらいはいけるかもしれないけど、コタツで丸くなるのは無理でしょ」
タンゴはさらにメソメソした。
「そうなんだ。あの家は動物に優しいんだけど、でも、さすがに不法侵入者にコタツを提供するわけはないよ」
「さっきから、具体的な家のことを言っているみたいだけど、どこの家なのよ」
オディールが優しく訊いた。
「あの家だよ。ほら、『黒い折り鶴事件』の家」
タンゴがしょんぼりと答えた。
「あら。あの家ねぇ」
ブラック・ウィドーも「なるほど」と頷いた。『黒い折り鶴事件』とは、以前に『黒色同盟』が抗議行動をしようと押しかけた家である。きっかけはタンゴが通りかかって、「たくさんの折り鶴から黒い鶴だけ排除しようとしている、また差別だ」と早とちりしたからなのだが、結局黒い折り鶴は「かわいい」と飾ってもらえるという厚遇を得ていることがわかり、『黒色同盟』が喜びでお祭り騒ぎになったのだ。
「あの家なら、2匹のコーギーがいたはずでしょ。彼らに手引きしてもらえないの?」
オディールが首をひねった。
「2匹とも、虹の橋の向こうに引っ越したんだ」
「ええっ、いつ?」
2匹とも知らなかったので大層驚いた。
「えーっと、5年前と去年。どっちも今ごろだったっけ……あれ?」
タンゴが顔を上げて考え込んだ。
「どうしたっていうのよ」
オディールは羽をばたつかせた。
「うん。そういえば年上の方、たしか今日が祥月命日だ。来ているかも」
虹の橋の向こうに引っ越した動物たちは、お盆、お彼岸、キリスト教圏だと11月の死者の日、それに祥月命日には休暇をもらい、こちらに遊びに来ることが多い。残念ながらヒトには見えないことが多いのだが、動物たちは普通に会うし、会話を交わすこともある。
「あの家なら、来ているんじゃない? 行ってみたら?」
2匹に後押しされて、タンゴは『黒い折り鶴事件』の家に足を運んだ。
見るとコーギーはしっかり来ていた。命日ではないがもう1匹も仲良く休暇を取って遊びに来たらしかった。久しぶりの我が家で楽しく寛ぎ、飼い主たちに甘えまくっているようだ。
ガラス戸の外からタンゴがじっと眺めると、氣づいた年上のコーギーが近づいてきた。
「どうした、黒猫の坊や。ひさしぶりだな」
「ぼ、僕、相談があって……。今日なら、ここに来ているかもって思ったから」
「ほう。言ってごらん? 見ての通り、ヒトにはあまり氣づいてもらえないから、出来ることは限られているけどね」
その言葉を聴いて、もう1匹も面白そうだと近づいてきた。
タンゴは、彼の問題を話した。年末に美味しそうなパーティーを見て、入れてもらいたいとここに座っていたこと。でも、真っ黒で氣づいてもらえなかったこと。ペットだったときに邪険にされてばかりいたので、どうやってヒトに仲良くしてもらえるか知らないことなどだ。
「そうか。君はここの家の家族になりたいのかい?」
「そこまでは望んでいないけど、格別寒い夜には、入れてもらえたらいいなとか、刺身の端っことか、まだ肉のついている骨を分けてくれたら嬉しいなとか。あと、たまには、なでなでも……」
「ああ、ああいうの、いいよねぇ」
若いコーギーはうっとりと同意した。
年上のコーギーは、ふむと頷いた。
「なるほどねぇ。僕たちがこっちに住んでいたときなら、連れて行って紹介も出来たけれど、いまだとそれは難しいな」
「そ、そうですよね」
「僕たち、ときどきやるけどね。勝手に入り込んで食べたり、寛いだり」
若いコーギーが言うと、年上コーギーが言った。
「それは無理だろ。この坊やは、まだこっちの世界の住人だ。夢の中に自由に移動なんて……あ、まてよ!」
年上コーギーは何か思いついたようだった。若いコーギーは尻尾を振って期待の瞳を向ける。タンゴもじっと年上コーギーの言葉を待った。
年上コーギーは、しばらく何かをシミュレーションしていたようだったが、やがて満足げに頷くと重々しく言った。
「彼女の夢にしよう。幸いモノトーンの猫たちの思い出がたくさんあるからね」
「というと?」
タンゴは訊いた。
「僕たちや虹の橋の向こうに住んでいる仲間が、こっちに里帰りをしてもヒトには見えないことが多いんだけれど、夢の中ではお互いに見えるし、会話をすることも可能なんだよ」
年上コーギーがそう言うと、若いコーギーが口をはさんだ。
「でも、ヒト、起きるとすぐに忘れちゃうじゃないか」
タンゴはそうなのかと少しガッカリした。それを慰めるように年上コーギーは微笑んだ。
「だから、メインのメッセージがよく伝わるように、もしくは、多少違った風に記憶されても、後の現実世界で起こったときに氣づきやすいような印象を残すことが大切なんだよ」
「へえ。どうするの、どうするの?」
若いコーギーは尻尾を振って、年上コーギーとタンゴの周りをグルグルと周った。
「彼女の昔の友達たちに協力してもらうのさ。黒っぽい猫たちに、次々と家の中に入っていってもらう。そうすると、彼女の印象の中には『黒い猫の友達を、家に上げるのも悪くない』ってメッセージが残るだろう? そして、次に君がここに来たときに、そのメッセージがぼんやりからはっきりに切り替わるんだ」
タンゴは、年上コーギーを尊敬の目で見上げた。若いコーギーは尻尾を振ったまま訊いた。
「その夢、僕たちも一緒に行く?」
「いや、その夢には入っていかない方がいいな。僕たちが行くと、メッセージが正しく伝わらないだろう? 『コーギーを家に上げるのが悪くない』は夢で伝えなくてもわかっているし、僕たちが加わったらそもそも『会いたいよ』って意味だと印象に残ってしまうからね。僕たちは、別の日にあらためて逢いに行こう」
若いコーギーは頷いた。タンゴは、親切なコーギーたちにお礼を言って、またねぐらに戻っていった。
夢でのメッセージが上手く伝わったら、いつかタンゴも魚のあらを食べさせてもらったり、コタツ布団の上で休ませてもらったりする日も来るかもしれない。
そう考えるだけで、1月だというのに春が近づいてきたかのようにポカポカとした心地になってきた。今日はあの親切なコーギーたちのために福寿草の花と、お宝のアジの干物を供えようと思った。
(初出:2023年1月 書き下ろし)
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サンドメンヒェンの話

Bundesarchiv, Bild 183-1984-1126-312 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons
『砂男』って、ご存じでしょうか。私はかつて『ホフマン物語』に興味を持った時に芋づる式にE.T.A.ホフマンの『砂男』を知ったんですけれど、背景を知らずに読んだのでグロテスクかつ不気味な内容に怯えてしまいました。繊細な男性が発狂しては元に戻り、最終的に死んでしまう話でした。(端折りすぎ?)
砂男は、ホフマンの小説にも出てくるとおり「眠らない子供の目玉を奪っていくヨーロッパの妖精」なんですが、要するにドイツなどの子供たちは(昔は)「さっさと眠らないと砂男がでるよ!」と脅されてベッドに向かったようです。
そういう恐ろしいイメージの妖精なので、私がよく知っているかわいいキャラクターが同じ出自だとずっと氣がついていませんでした。
画像は『Unser Sandmännchen(わたしたちの砂男ちゃん)』という人形劇シリーズの写真です。白黒であることからわかるように1959年から続く長寿番組で、だいたい10分くらい心温まる子供たちとの交流が描かれる、教育TV的な人形アニメです。いろいろなパージョンがあるのですが、後半で「砂男ちゃん、砂男ちゃん、まだ早いよ」という歌『サンドメンヒェンの歌』が必ずバックで流れるんですね。最後にサンドメンヒェンがキラキラ光る砂をまいて、子供たちは目をこすりながら別れを告げるというお約束がついています。
この番組が始まってから、おそらく砂男はヨーロッパの子供たちにとっては怖い魔物ではなくなったようです。
私はこの東欧風の番組が大好きで、偶然これが流れると全てを止めて見入ってしまいます。癒やされますよ。ホフマンの『砂男』と同じだったと氣がついたときには、かなり衝撃を受けました。
そういえば、睡魔がなぜ砂男なのか不思議に思っていたのですが、「魔法の砂が目に入るので目をこする」という設定の模様。
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- シンデレラ (28.07.2019)
【小説】再告白計画、またはさらなるカオス
今週の小説は、「scriviamo! 2023」の第1弾です。ダメ子さんは、今年もプランBでご参加くださいました。ありがとうございます! プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。お返しを考える時間も必要でしょうから、とりあえず早急にアップさせていただきました。
ダメ子さんは、かわいらしい絵柄と様々な登場人物たち、それに短いセリフで胸のど真ん中を突くストーリーの、ネガティブな高校生ダメ子さんを中心に繰り広げられる日常を描く人氣マンガ「ダメ子の鬱」でおなじみです。
さて、「scriviamo!」では恒例化している『バレンタイン大作戦 - Featuring「ダメ子の鬱」』シリーズ、もともとはダメ子さんのところに出てくる、「チャラくんにチョコレートを渡せない後輩ちゃん」をネタに書かせていただいたものです。後輩ちゃんを勝手に名付けてしまったアーちゃんだけでなく、付き添いで勝手に出したつーちゃんまでも、いつの間にかダメ子さんの「ダメ鬱」のキャラクターに昇格させていただいています。
最近、つーちゃん&ムツリくんの方に関心が向かいがちなので、強引にアーちゃんの恋路に話題を戻そうとしましたが、なんだかもっとカオスになってしまいました。あはははは。
【参考】
私が書いた『今年こそは~バレンタイン大作戦』
ダメ子さんの描いてくださった『チョコレート』
ダメ子さんの描いてくださった『バレンタイン翌日』
私が書いた『恋のゆくえは大混戦』
ダメ子さんの「四角関係』
私が書いた『悩めるつーちゃん』
ダメ子さんの『お返し』
私が書いた『合同デート』
私が書いた『つーちゃん、プレゼントに悩む』
ダメ子さんの『お返しのお返し』
私が書いた『やっかいなことになる予感』
ダメ子さんの『疑惑』
私の作品は以下のリンクからまとめ読みできます。
『バレンタイン大作戦 - Featuring「ダメ子の鬱」』シリーズ
「scriviamo! 2023」について
「scriviamo! 2023」の作品を全部読む
「scriviamo! 2022」の作品を全部読む
「scriviamo! 2021」の作品を全部読む
「scriviamo! 2020」の作品を全部読む
「scriviamo! 2019」の作品を全部読む
「scriviamo! 2018」の作品を全部読む
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む
再告白計画、またはさらなるカオス - Featuring「ダメ子の鬱」
——Special thanks to Dameko-san
びっくりした。どこかに行ったかと思ったら、帰ってきたアーちゃんが、とんでもないことを言い出すんだもの。
「ねえ、つーちゃん。もしかして、ムツリ先輩に強引に迫られちゃったの?」
私は一瞬絶句。氣を取り直してこういうのが精一杯だった。
「何わけのわからないこといっているの? そんなわけないでしょ」
「でも、つーちゃん、ずっとため息ついているよ。何かあったのかなって」
そう言われて、ドキッとした。私、ため息なんてついていたっけ。
「そ、そうかな? それに、どこからムツリ先輩……?」
ダメだこりゃ。我ながら狼狽えすぎ。これじゃ、誤解されてもしかたないかも。アーちゃんは、ますます疑い深い顔になっている。違うってば。
そもそも「モテ先輩の彼女になるためにチャラ先輩を使って暗躍している」という噂が広まって、アーちゃんが女の先輩たちに睨まれている件をなんとかしようとして、ムツリ先輩に相談をしたかったんじゃないのよ。すっかり忘れてた。
だって、ムツリ先輩、あの大人っぽい女の人と特別な関係みたいだったし。いや、だから、私にはまったく関係のないことだけど。
私のことなんか、どうでもいいのよ。それよりもアーちゃんの件を何とかしないと。好きなのはモテ先輩じゃなくて、チャラ先輩だって、女の先輩方に認識してもらわないとこれから面倒だよ。
そう言おうとして、アーちゃんを見ると、なんか様子が違う。妙に嬉しそうだ。目が合うと、はにかんで笑った。
「さっき、チャラ先輩と普通にお話しできちゃった。名前も憶えてもらったし、嬉しいな。つーちゃんが助けてくれたから、ここまで親しくなれたんだもの。私もつーちゃんのために頑張るよ」
私は、慌てて断った。
「私の推しは日本にはいないから、頑張るのは難しいよ。氣持ちだけで十分。ありがとう」
こう言われたら、やっぱりアーちゃんのために頑張らなくちゃ。改めて作戦を練らなくちゃ。
「ねえ。アーちゃん。やっぱり、チャラ先輩の誤解をちゃんと解いた方がいいと思うんだ」
そういうと、アーちゃんはぱっと顔を赤らめて言った。
「それは、私もそう思うけど、どうしたらいいかわからないんだもの。来年のバレンタインデーまで待ってもいいかなあ」
そんな悠長なことを言っていたら、モテ先輩大好きな先輩たちに袋だたきにされちゃうよ。
「1年も待つ必要なんてないよ。なんなら明日にでもまたお菓子作ってきなよ。『作ったので、お裾分けです』とかなんとか言ってさ。そこで『なぜ』って訊かれたら、『バレンタインのチョコもチャラ先輩宛だったんです』って言えるじゃない」
アーちゃんは、きょとんとしていた。どうやら今の中途半端な仲の良さでも悪くないと思っているらしい。モテ先輩好きの皆さんからの悪評については氣づいていないみたい。とはいえ、私が強引に勧めたので、明日はクッキーを作ってくるみたい。
というわけで、私はムツリ先輩を探して、再告白のためのお膳立ての協力を仰ぐことにした。やっぱり、教室みたいな目立つところではあがり症のアーちゃんが告白できるわけはないし、目立たないところに連れ出してもらう必要がある。
またバスケ部にでもいるんだろうと、部室の方に歩いていったら無事にムツリ先輩を発見した。
『先輩。ちょうどいいところに。ちょっとアーちゃんのことでお願いが……」
「俺に? うん、なに?」
「このままじゃ、アーちゃん、モテ先輩のファンの先輩たちに睨まれてバスケ部でも立場が悪くなりそうですよね。だから、この辺で再告白させて、話をすっきりさせようかと」
「あー、なるほどね」
「で、明日、彼女がクッキーを焼いてくるってことにしたんですけれど、先輩を目立たないところに引っ張ってきてくれないかと……」
「あ。そういうことか。明日の放課後?」
「なになに、仲良く相談? 聞こえちゃったぞ」
その声にぎょっとして振り向くと、なんと当のチャラ先輩が後ろにいた。いつの間に。忍者か。
「えっと。つまり、その……」
慌てる私に、チャラ先輩は「みなまで言うな」という顔で続けた。
「それは、俺もいい案だと思うよ。もう1度モテの野郎にはっきりと告白するってのはさ。でも、俺たち男が告白場所まで行けと言っても、あいつ、簡単には行かなそうだろ。ちょっと策を練らないとなぁ。あ、思いついたぞ!」
そう言うと、チャラ先輩は校門に向かって歩いている1人の先輩を呼び止めた。
「おーい。いいところに、なあ、ちょっと!」
その人はおかっぱ頭の小柄な女性だ。たしかムツリ先輩と同じクラスだったような。
「まずい。チャラが暴走している」
ムツリ先輩が困ったように、チャラ先輩の後を追ったので、私もついていった。チャラ先輩は帰宅しようとしているその先輩と話し始めている。
「なあ。君さ。モテの隣の席じゃん、名前、なんだっけ、えーと」
「多迷さんだろ」
ムツリ先輩が小さな声で指摘する。
「そうそう。あのさ。明日の夕礼の直前にさ、モテにメモを渡してくれないかな。あいつに告白したい子がいるんだよ。俺たちが言っても素直には来てくれないと思うけど、普段、関わりの少ない多迷さんからメモをもらったら、モテもつべこべ言わずに来てくれると思うんだ」
多迷先輩は、先ほどからなんだか慌てた様子で、ほとんどはっきりとした返答を返していない。アーちゃんとは違うタイプだけれど、コミュニケーションが上手ではなさそう。
私とムツリ先輩は、無言でうなずき合った。こうなったら、この状況を利用させてもらおう。
あとで、この多迷先輩に事情を説明して、そのメモはモテ先輩には渡さないようにしてもらおう。そして、ムツリ先輩には、告白を遠くで見守ると称してチャラ先輩をここに連れてきてもらい、ここでアーちゃんに告白させる。うん。それでいこう。
多迷先輩は、チャラ先輩に押し切られて何かモゴモゴ言っている。大丈夫、その役目、やらずに済むから。
そんなやり取りをしている時に、また別の先輩が通りかかった。わりと明るめの髪をしたこの人は、知ってる。たしか愛瀬ミエ先輩。前、モテ先輩とつきあっているって噂になっていたような……。
「ダメ子っちじゃん。楽しそうに、なにしているの? 私も混ぜて」
「お。君も協力したい? 実は、俺たちの後輩の子がさ。明日モテのやつに告白するのを多迷くんに協力してもらうことになったんだよ」
「おい、チャラ……その子さ、たしか……」
ムツリ先輩も、噂は知っていたみたいだけど、チャラ先輩は知らないのかな? あらあら、多迷先輩も焦っているし、愛瀬先輩はその多迷先輩を見て涙目になっているみたい。
ああ、ちゃちゃっと告白し直しで話がおさまるかと思いきや、また別のカオスが起き始めているかも。明日が思いやられるよ。
(初出:2023年1月 書き下ろし)
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ダメ子さんは、かわいらしい絵柄と様々な登場人物たち、それに短いセリフで胸のど真ん中を突くストーリーの、ネガティブな高校生ダメ子さんを中心に繰り広げられる日常を描く人氣マンガ「ダメ子の鬱」でおなじみです。
さて、「scriviamo!」では恒例化している『バレンタイン大作戦 - Featuring「ダメ子の鬱」』シリーズ、もともとはダメ子さんのところに出てくる、「チャラくんにチョコレートを渡せない後輩ちゃん」をネタに書かせていただいたものです。後輩ちゃんを勝手に名付けてしまったアーちゃんだけでなく、付き添いで勝手に出したつーちゃんまでも、いつの間にかダメ子さんの「ダメ鬱」のキャラクターに昇格させていただいています。
最近、つーちゃん&ムツリくんの方に関心が向かいがちなので、強引にアーちゃんの恋路に話題を戻そうとしましたが、なんだかもっとカオスになってしまいました。あはははは。
【参考】
私が書いた『今年こそは~バレンタイン大作戦』
ダメ子さんの描いてくださった『チョコレート』
ダメ子さんの描いてくださった『バレンタイン翌日』
私が書いた『恋のゆくえは大混戦』
ダメ子さんの「四角関係』
私が書いた『悩めるつーちゃん』
ダメ子さんの『お返し』
私が書いた『合同デート』
私が書いた『つーちゃん、プレゼントに悩む』
ダメ子さんの『お返しのお返し』
私が書いた『やっかいなことになる予感』
ダメ子さんの『疑惑』
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再告白計画、またはさらなるカオス - Featuring「ダメ子の鬱」
——Special thanks to Dameko-san
びっくりした。どこかに行ったかと思ったら、帰ってきたアーちゃんが、とんでもないことを言い出すんだもの。
「ねえ、つーちゃん。もしかして、ムツリ先輩に強引に迫られちゃったの?」
私は一瞬絶句。氣を取り直してこういうのが精一杯だった。
「何わけのわからないこといっているの? そんなわけないでしょ」
「でも、つーちゃん、ずっとため息ついているよ。何かあったのかなって」
そう言われて、ドキッとした。私、ため息なんてついていたっけ。
「そ、そうかな? それに、どこからムツリ先輩……?」
ダメだこりゃ。我ながら狼狽えすぎ。これじゃ、誤解されてもしかたないかも。アーちゃんは、ますます疑い深い顔になっている。違うってば。
そもそも「モテ先輩の彼女になるためにチャラ先輩を使って暗躍している」という噂が広まって、アーちゃんが女の先輩たちに睨まれている件をなんとかしようとして、ムツリ先輩に相談をしたかったんじゃないのよ。すっかり忘れてた。
だって、ムツリ先輩、あの大人っぽい女の人と特別な関係みたいだったし。いや、だから、私にはまったく関係のないことだけど。
私のことなんか、どうでもいいのよ。それよりもアーちゃんの件を何とかしないと。好きなのはモテ先輩じゃなくて、チャラ先輩だって、女の先輩方に認識してもらわないとこれから面倒だよ。
そう言おうとして、アーちゃんを見ると、なんか様子が違う。妙に嬉しそうだ。目が合うと、はにかんで笑った。
「さっき、チャラ先輩と普通にお話しできちゃった。名前も憶えてもらったし、嬉しいな。つーちゃんが助けてくれたから、ここまで親しくなれたんだもの。私もつーちゃんのために頑張るよ」
私は、慌てて断った。
「私の推しは日本にはいないから、頑張るのは難しいよ。氣持ちだけで十分。ありがとう」
こう言われたら、やっぱりアーちゃんのために頑張らなくちゃ。改めて作戦を練らなくちゃ。
「ねえ。アーちゃん。やっぱり、チャラ先輩の誤解をちゃんと解いた方がいいと思うんだ」
そういうと、アーちゃんはぱっと顔を赤らめて言った。
「それは、私もそう思うけど、どうしたらいいかわからないんだもの。来年のバレンタインデーまで待ってもいいかなあ」
そんな悠長なことを言っていたら、モテ先輩大好きな先輩たちに袋だたきにされちゃうよ。
「1年も待つ必要なんてないよ。なんなら明日にでもまたお菓子作ってきなよ。『作ったので、お裾分けです』とかなんとか言ってさ。そこで『なぜ』って訊かれたら、『バレンタインのチョコもチャラ先輩宛だったんです』って言えるじゃない」
アーちゃんは、きょとんとしていた。どうやら今の中途半端な仲の良さでも悪くないと思っているらしい。モテ先輩好きの皆さんからの悪評については氣づいていないみたい。とはいえ、私が強引に勧めたので、明日はクッキーを作ってくるみたい。
というわけで、私はムツリ先輩を探して、再告白のためのお膳立ての協力を仰ぐことにした。やっぱり、教室みたいな目立つところではあがり症のアーちゃんが告白できるわけはないし、目立たないところに連れ出してもらう必要がある。
またバスケ部にでもいるんだろうと、部室の方に歩いていったら無事にムツリ先輩を発見した。
『先輩。ちょうどいいところに。ちょっとアーちゃんのことでお願いが……」
「俺に? うん、なに?」
「このままじゃ、アーちゃん、モテ先輩のファンの先輩たちに睨まれてバスケ部でも立場が悪くなりそうですよね。だから、この辺で再告白させて、話をすっきりさせようかと」
「あー、なるほどね」
「で、明日、彼女がクッキーを焼いてくるってことにしたんですけれど、先輩を目立たないところに引っ張ってきてくれないかと……」
「あ。そういうことか。明日の放課後?」
「なになに、仲良く相談? 聞こえちゃったぞ」
その声にぎょっとして振り向くと、なんと当のチャラ先輩が後ろにいた。いつの間に。忍者か。
「えっと。つまり、その……」
慌てる私に、チャラ先輩は「みなまで言うな」という顔で続けた。
「それは、俺もいい案だと思うよ。もう1度モテの野郎にはっきりと告白するってのはさ。でも、俺たち男が告白場所まで行けと言っても、あいつ、簡単には行かなそうだろ。ちょっと策を練らないとなぁ。あ、思いついたぞ!」
そう言うと、チャラ先輩は校門に向かって歩いている1人の先輩を呼び止めた。
「おーい。いいところに、なあ、ちょっと!」
その人はおかっぱ頭の小柄な女性だ。たしかムツリ先輩と同じクラスだったような。
「まずい。チャラが暴走している」
ムツリ先輩が困ったように、チャラ先輩の後を追ったので、私もついていった。チャラ先輩は帰宅しようとしているその先輩と話し始めている。
「なあ。君さ。モテの隣の席じゃん、名前、なんだっけ、えーと」
「多迷さんだろ」
ムツリ先輩が小さな声で指摘する。
「そうそう。あのさ。明日の夕礼の直前にさ、モテにメモを渡してくれないかな。あいつに告白したい子がいるんだよ。俺たちが言っても素直には来てくれないと思うけど、普段、関わりの少ない多迷さんからメモをもらったら、モテもつべこべ言わずに来てくれると思うんだ」
多迷先輩は、先ほどからなんだか慌てた様子で、ほとんどはっきりとした返答を返していない。アーちゃんとは違うタイプだけれど、コミュニケーションが上手ではなさそう。
私とムツリ先輩は、無言でうなずき合った。こうなったら、この状況を利用させてもらおう。
あとで、この多迷先輩に事情を説明して、そのメモはモテ先輩には渡さないようにしてもらおう。そして、ムツリ先輩には、告白を遠くで見守ると称してチャラ先輩をここに連れてきてもらい、ここでアーちゃんに告白させる。うん。それでいこう。
多迷先輩は、チャラ先輩に押し切られて何かモゴモゴ言っている。大丈夫、その役目、やらずに済むから。
そんなやり取りをしている時に、また別の先輩が通りかかった。わりと明るめの髪をしたこの人は、知ってる。たしか愛瀬ミエ先輩。前、モテ先輩とつきあっているって噂になっていたような……。
「ダメ子っちじゃん。楽しそうに、なにしているの? 私も混ぜて」
「お。君も協力したい? 実は、俺たちの後輩の子がさ。明日モテのやつに告白するのを多迷くんに協力してもらうことになったんだよ」
「おい、チャラ……その子さ、たしか……」
ムツリ先輩も、噂は知っていたみたいだけど、チャラ先輩は知らないのかな? あらあら、多迷先輩も焦っているし、愛瀬先輩はその多迷先輩を見て涙目になっているみたい。
ああ、ちゃちゃっと告白し直しで話がおさまるかと思いきや、また別のカオスが起き始めているかも。明日が思いやられるよ。
(初出:2023年1月 書き下ろし)
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変わった新年の始まり

このお正月は、スイスに来てからも初めてというくらい暖かかいものでした。午後2時の車の外温計は17度を指していました。秋用のコートを洗ってしまったので、再びおろしたくなくて冬用コートで出かけたのですが、暑かったです。
例年だと、年明けの花火のせいか雲が多くなってそのまま雪が降り出すというパターンが多かったのです。2022年の夏、建国記念日は干ばつ寸前で花火が禁止され、まったく販売されなかったのですが、どういうわけか大晦日用にも花火がまったく販売されていなくて、それで今回も水不足なのかと思っていましたが、市町村が上げる花火は普通にあったのでどうなっているのか、わかりません。
そんなあれこれはあったものの、その前の年末年始と違って不安や暗さはなくて、冬至が過ぎてまた日が長くなっていく希望に満ちた冬休みの感情を抱くことができました。世界情勢的には、希望に満ちているというわけでもないんですけれどね。
土曜日は七草粥がわりの7ハーブリゾットを食べて今年の無病息災を願いましたよ! 今年は、夏の間に見つけて乾燥させておいたホトケノザとコハコベを利用したパワーアップ版です。

さあ、春になるまでもう少し頑張りましょう。
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【小説】そして、1000年後にも
トップバッターは、今年もこのブログでもっとも馴染みのあるグルーブArtistas callejerosです。テーマの建築は、ポン・デュ・ガールです。南フランス、ガルドン川に架かるローマ時代の水道橋です。
このストーリーは本編とはまったく関係がないので、本編をご存じない方でも問題なく読めます。あえて説明するならヨーロッパを大道芸をしながら旅している4人組です。

【参考】
![]() | 「大道芸人たち Artistas callejeros」第一部(完結) あらすじと登場人物 |
![]() | 「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部 あらすじと登場人物 |
大道芸人たち・外伝
そして、1000年後にも
陽光は柔らかく暖かいものの、弱々しい。ブドウの木はまだ眠っているようだし、地面の草の色もまだ生命の喜びを主張しては来ない。何よりも浮かれたバカンスを満喫する車とすれ違うことがまったくない。南仏の田舎道は、慎ましくひっそりとしている。
だが、国道100号線を走るこちらの車の内側がシンと静まりかえっているかといえば、そんなことはない。今日ハンドルを握るのはヴィルだ。助手席にはフランス語の標識に即座に反応できるという理由でレネが座ったが、そもそも迷うほどの分岐はほとんどなかった。
日本人2人組は、道を間違えてはならないという緊張もないためか、時に歌い、時に笑い、そうでなければ、ひきりなしに喋り続けていた。
「そういえば、今日のお昼に食べたあの料理、なんて名前だったかしら?」
レネの母親シュザンヌが作る料理は、素朴ながらどれも大変美味しいのだが、今日の昼食はいつもよりもさらに手がかかっていた。ひき肉を薄切り肉で包み、さらにベーコンでぐるりと取り巻いてからたこ糸で縛ってブイヨンで蒸し煮にしてあった。ワインにもよくあって、蝶子は氣に入ったらしい。
「メリー・ポピンズみたいな料理名だったよな?」
稔が適当なことを口にする。蝶子は呆れて軽く睨んだ。絶対に違うでしょう。
「ポーピエットですよ」
レネが振り返って言った。
「今日のは仔牛肉で作っていましたが、白身魚で包んだり、中身を野菜にしたり、いろいろなバリエーションがあるんですよ。煮るだけじゃなくて、焼いたり揚げたりすることもありますし」
「ああ、それそれ。美味かったよな。それに、あのチョコレートプリンも絶品だったよなあ」
普段あまり甘いものに興味を示さない稔がしみじみと言った。
バルセロナのモンテス氏の店での仕事を終えて、イタリアへと移る隙間時間に、4人はアヴィニョンのレネの両親を訪ねた。例のごとく大量のご馳走で歓待され、レネの父親のピエールとかなりのワイン瓶を空にした。それで、4人は今夜も大量に飲むであろうパスティスやその他の酒瓶、それに食糧を仕入れに行くことにした。そして、ついでに『ポン・デュ・ガール』に足を伸ばすことにしたのだ。
『ポン・デュ・ガール』は、ローマ時代に築かれたガルドン川に架かる水道橋だ。高さ49メートル、長さ275メートルのこの橋は、ローマ帝国の高度な土木技術が結集した名橋だ。レネの両親の家から30分少し車を走らせれば着くと聞いて、蝶子が買い出しのついでに行きたがったのだ。
世界遺産にも登録されたためか、駐車場と備えたビジターセンターがあり、そこで入場料を払う仕組みになっていた。ミュージアムの入館料も含んでいるので、橋を渡るだけにしては若干高いが、歴史的建造物の維持に必要なことは理解できる。
4人は、ミュージアムを観るかどうかは保留にして、とりあえず橋を見にいくことにした。センターを越えてしばらく歩くと行く手に橋が見えてくる。深い青空をバックに堂々と横たわるシルエットは思った以上に大きかった。
さらに近づくとその大きさはこちらを圧倒するばかりになる。黄色い石灰岩の巨石1つ1つを正確に切り出して積み上げている。これを、クレーンもない時代に作ったことに驚きを隠せない。
「こんなに高くて立派な橋を作ることになったのはどうして?」
「今のニームにあったローマの都市で水が不足して、ユゼスから水を引くことになったんです。それで、この川を渡る必要ができたんだそうです」
アヴィニョンの東にある水源地ユゼスから、ネマウスス、現在のニームまで水を引くためにはいくつもの難関があった。ユゼスとネマウススの間には高低差が12メートルしかなかったので、1キロメートルごとに平均34センチという傾斜を正確に計算し、時に地表を走らせ、時に地中を走らせつつも、幅1.2メートル、深さ1.8メートルの水路を全行程に統一させた。越えられぬ山を通すためにセルナックのトンネルが掘られた。そして、最大の難関がこの渓谷だった。ローマ人は、この難関を奇跡ともいえる建造物を使って克服したのだ。それが、ポン・デュ・ガールだった。
その3層のアーチ構造は、強度を保ちながら少ない材料で橋を高くする合理的な設計だ。それぞれのアーチは同じサイズに揃えられ、部分の石の大きさも統一されている。プレハブで建物を作るように、同じ大きさの部品を大量に作り一氣に建築する方法によって、ポン・デュ・ガールはわずか5年で完成したという。
3層構造と文字で読むと大したことがなく感じられても、実際に目にするとその大きさには圧倒される。49メートルとは、14階建てのビルに匹敵する高さなのだ。1つ6トンもの石を4万個も積み上げたのは、最上階を走る幅1メートルあまりの水路のためだが、その下を歩く人びとにも大きな助けとなり、ローマの土木技術の正確さと、当時の帝国の栄光を2000年経った今も伝えるのだ。
4人を含める観光客が自由に歩き回れるのは、19世紀にナポレオン3世が修復し加えられた最下アーチ上の拡張部分だ。ごく普通の橋であれば、ずいぶん広くて堂々としていると感じるのであろうが、古代ローマ時代の大きく太い橋脚がそびえ立つので、小さな部分のように錯覚してしまう。
水道のある上部は、予約をしたガイド付きツアーの客のみ上がれる。1日の人数制限もあり、思いついて行けるような所でもないらしい。
「子供の時に一度登りましたが、足がガクガクしました」
「ここも、高所恐怖症の人には十分怖いかもしれないわね」
眼下を流れるガルドン川は、紺碧というのがふさわしい深い青の水だ。周りの白っぽい岩石とのコントラストが美しい。
常に穏やかな流れではないガルドン川は、時には大きな濁流となって地域を脅かすこともあった。ポン・デュ・ガールが、長い歴史の中で修復・補強されながらも、現在もこのように立派に経っていることには畏怖すら感じる。それは、大きな水圧にも耐えるよう計算し尽くされた古代ローマの土木技術の賜だ。
「他の地域に大きな被害をもたらした2002年のガルドン川の増水と氾濫でも、この橋はびくともしなかったんですよ」
レネは、説明する。
「水道としての役割はとっくになくなりましたが、橋としては今でも現役ですし、それに、夏には、ここでピクニックをする人がたくさんいるんですよ。2000年前の建造物ですが、人びとの生活や楽しみからかけ離れていない存在なんです」
もちろん、1月はピクニックには寒く、河岸でたくさんの人が寛いでいるわけではなかった。
駐車場方向に戻る途中に、古いオリーブの木が目に入った。レネが3人をそちらに連れて行った。
「ずいぶん古い木ね」
蝶子がいうと、レネは片目を瞑った。
「単なる古い木じゃありません。樹齢1000年を越えているんです」
「ええっ?」
傍らに石碑がおいてある。その石碑自体が古くて半ば崩れたようになっているので、言われるまでそれが石碑だと氣がつかなかった。
Je suis né en l'an 908.
Je mesure 5 m de circonférence de tronc , 15 m de circonférence souche.
J'ai vécu, mon passé , jusqu'en 1985 dans une région aride et froide d'Espagne.
Le conseil général du Gard, passionné par mon âge et mon histoire m'a adopté avec deux de mes congénères.
J'ai été planté le 23 septembre 1988.
Je suis fier de participer au décor prestigieux et naturel du Pont du Gard.
「『私は908年に生まれました。幹周りは5m、株の周りは15mです。1985年までスペインの乾燥した寒い地方に住んでいました。私の年齢と経歴に魅了されたガールの総評議会は、私を2人の同胞とともに養子として迎え入れ、1988年9月23日にここに植樹しました。ポン・デュ・ガールの格調高い自然環境の一端を担えることを誇りに思います』」
レネが、碑文を訳した。
「908年って、日本だと平安時代かしら?」
「確かそうだろ。ほら、菅原道真が遣唐使を廃止したのが894年だったよな」
「ヤスったら、よくそんな年号覚えているわね」
「平安時代だと、『鳴くよウグイス』とそれ以外は何も覚えちゃいないけどな」
4人はオリーブの木と、向こうに見えているポン・デュ・ガールを眺めた。
「こういうのからすると、俺たちの経験してきた数十年なんてのはほんの一瞬なんだろうなあ」
稔がしみじみと言った。
「そうね。人間というのは、ずいぶんとジタバタする生き物だって思っているかもしれないわね」
蝶子は、老木の周りを歩いて風にそよぐ枝を見上げた。
「新たな技術で何かを築き上げては、戦争をして壊しまくる。豊かになったり、貧しくなったり忙しいヤツらだと思うかもな」
ヴィルはポン・デュ・ガールの方を見て言った。
「僕が子供の頃と較べても観光客や地元民の様相は変わったけれど、この樹々とポン・デュ・ガールは全く変わらない。ただひたすら存在するって、それだけですごいことだと思いますよ」
人間がそれほど長く生きられないことはわかっている。いま、自分たちが親しんでいるほとんどの物質や文化も、1000年後には姿形もなくなっていることだろう。
それでも、何かは過去から残り、未来へと受け継がれていく。この古木やポン・デュ・ガールのように。
「1000年後のやつらも、同じようなことを思うのかなあ」
稔はポツリと言った。
「残っていたら、きっと思うわよ」
蝶子がいうと、レネは心配そうに言った。
「残りますかねぇ」
「俺は、現代の人類がよけいなことをしなければ、残ると思うな」
ヴィルは言った。
4人は、彼らと同じ時間ならびにその後の時間を生きる人類が、素晴らしい過去の遺産や生命を尊重し続けるように心から願いながら、再びレネの実家に戻っていった。
(初出:2023年1月 書き下ろし)
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