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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(19)荒れた村 -3-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第19回『荒れた村』3回にわけたラストをお届けします。

予想と違い妙に荒れている村ボレッタで、ウーゴという男の家に泊まることになった一行ですが、ここで村から人びとがいなくなった事情が語られます。

この物語でカンタリアと呼ぶ国のモデルはスペインです。その南のタイファ諸国とは、イベリア半島のムスリム諸国を指していると考えていただいて結構です。

この物語では、主要な舞台となった地域にはすべて架空の名前(例・グランドロン王国の王都ヴェルドン)を与えていますが、それ以外の場所に関しては、できるだけ実在した名称の別名を使うようにしています。例えば『聖地ヒエロソリュマ』とありますが、これはエルサレムのラテン語読みです。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(19)荒れた村 -3-


 食事の時に、マックスは村の様子の変化についてウーゴに訊ねた。
「4年前とずいぶん様相が違っているようですが、いったいどうしたのですか」

 彼は、ため息をついて答えた。
「レコンキスタですよ」

 サラセン人に支配されている聖地ヒエロソリュマを奪還すべく十字軍の遠征が始まったのはレオポルドの曾祖父の時代だった。当時は多くの騎士が生死をかけたものだが、やがて参加者の動機が崇高とは言いがたいものに変わった。つまり、現地での略奪が横行しただけではなく、犯罪者が刑罰から逃れるために従軍する事が一般化してしまい、一般的に罪人の集まりと認識されるまでになってしまった。

 教皇庁自体が十字軍を非難するようになったこともあり、今ではグランドロンでも、ルーヴランまたはセンヴリでも国策としての十字軍遠征は進めていない。

 しかし、同じ半島内にサラセン人たちのタイファ諸国があるカンタリア王国では、いまだに「憎きサラセン人から国土を取り戻せ」との号令のもと国土回復レコンキスタが進められていた。

「ここはセンヴリ王国に属していると思っていましたが……」
マックスは慎重に言った。

 非常に繊細な話題だった。レオポルドが自分の目で確認したいと言っていたことの1つに、どれだけカンタリア王国の影響が強いかというトリネア政治情勢があった。

 ウーゴは肩をすくめた。
「もちろん、トリネア候はセンヴリ王に忠誠を誓っていますよ。奥方様がカンタリアのご出身だからと言って、カンタリアのために領民を供出したりはしません。……そういうことではなくて、その……、つまりですね」

 歯切れが悪いウーゴを、その妻がつついた。
「別にあんたが悪いんじゃないんだし、言ってしまってもいいんじゃないの?」

「そうだな、お前の言うとおりだ。……つまりですね。15年ほど前に村の若者の1人がカンタリアに出稼ぎに行ったんですが、数年前に大層な金持ちになって帰ってきたのです」
ウーゴが語り出した。

「それは、レコンキスタでひと旗あげたということですか?」
マックスが確認した。

 カンタリア半島南部のタイファ諸国にはサラセン人たちの美しい宮殿があり、その壮麗なことはグランドロンにも噂が届いていた。隅々まで色鮮やかなタイルと幾何学紋様の装飾で飾られ、絹と宝石で着飾った美しい女たちが黄金の茶道具を運んでくるというのだ。国土回復レコンキスタは、その国土を取り返して民をキリスト教に再帰依させることよりも、金銀財宝を略奪することに重きが置かれているとも噂されていた。

「そうです。そして、彼はファゲッタに立派な屋敷を建てましてね。それを見た村の多くの男たちが、競ってカンタリアへと行ってしまったのです」
ウーゴは言った。

「だが、老人や女子供はどうしたのだ? 彼らもまたカンタリアへと向かったのか?」
レオポルドが疑問を呈した。

「いいえ。でも、働き手がいなくなり、栗を拾うだけでは生活が成り立たなくなったので、彼らの多くは子供を連れてトリネア城下町やイゾラヴェンナ、ファゲッタなどに遷りました。村に活氣がなくなったので、カンタリアに行かなかった者たちも、村から離れるものが出てきました。今では、この村に住んでいるのは10軒ほどです」

「トリネアでは、村人たちが自由に住む場所を変えられるのですね」
ラウラが訊くと、ウーゴの妻は首を振った。

「いいえ。もちろん自由民もいましたが、カンタリアに向かった男たちの多くは自由民ではなかったのです。ただ、この一帯を管理なさっているのはパゾリーニ家の方なので、いわゆる『事務手数料』をたくさん払いさえすれば管轄内の好きなところに家を建てたり、家業を変えたりすることも可能なのです」

 マックスとレオポルドは、そっと目配せをした。グランドロン王都ヴェルドンの周辺はいうに及ばず、かつて代官であったゴーシュ子爵による腐敗がかなり進んでいたフルーヴルーウー辺境伯領ですら、ここまで身分制度がなし崩しになっていることはなかった。

 トリネア候国に限らず、センヴリ王国に属する国々では、こうした制度の形骸化が激しいことを、マックスはこれまでの旅の経験で、レオポルドは伝聞で訊いていたが、まさか村がひとつ荒廃するほどだとは思っていなかった。

 トリネア候国は侯爵家とその親族の他に、家令を務めるベルナルディ家や、オルダーニ家あるいはパゾリーニ家などの有力貴族の力が拮抗している。また、侯爵夫人の出身地であるカンタリア王国の影響も強い。港に強い興味があるとはいえ、グランドロン王家にとって、未来の女侯爵との縁談が賢い選択なのかどうか、十分に吟味する必要がありそうだと、2人は目で語り合っていた。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

さらばマイフォトストリーム

便利に使っていた機能がまた1つなくなります。

リンゴ by ぽてユズキさん
このイラストの著作権はぽてユズキさんにあります。

私はご存じガチガチのApple信者で1度も浮気せずに○十年Apple製品を使い続けてきているのですが、なんどか経営陣に「やめてくれ」と思ったことがあります。たとえばOSXに変わったとき(どんな昔だ)「なんでUNIXベースのWindows改悪版みたいなのにした!」と腹立ちましたし、「写真」の個別バックアップができなくなったときにもイラッとしました。

当時と同じくらい、久々に「むっ」と来ているのが、今回の「マイフォトストリーム終了のお知らせ」ですよ。ちっ。

これは、Apple製品を使い慣れている人でないと、意味がわからないと思いますので軽く説明しますね。

私はMac、iPhone、iPad mini、そしてApple Watchを1つのAppleIDで管理しながら使っています。そして、同時にiCloudという1つのAppleID共通で使えるクラウドも利用してはいるのですが、無料で使える5GBのみにしているのです。

そして、例えばiPhoneで撮った写真は、これまではApple社の提供する「マイフォトストリーム」を利用して自動でMacに送っていたのです。これは30日間、1000枚までという限定付きで、AppleのサーバにiCloudとは別枠で写真が自動で置かれて、設定したすべてのデバイスがWifiに繋がった途端に同期できるサービスでした。それが今日を以て終了してしまうのです。つまり、明日からは自動で同期したければiCloudでやれと。

でも、写真を全部同期したら、iCloudはあっという間に5GB満タンになってしまいますし、それにiPhoneも64GBでは足りなくなってしまいます。

なので、私はiCloud写真同期もしたくないし、Macに入れておきたい写真と、iPhoneに入れておきたい写真は分けたいのです。写真を撮るのは圧倒的にiPhone側なので、それをMacに取り込み、しばらくしたらiPhone側からはほとんどの写真を削除して軽めにしておきたいんですよ。そして、それを行うのに「マイフォトストリーム」はとても便利だったのです。

今後はしばらくは手動でやるしかないのですが、うまく自動化できたらいいなあと考えています。

だいたい、私は必要もないのにスペックを高いものにさせられることや、サブスクを強要されるのが何よりも嫌いなんですよ! 工夫で避けられるものは避けます。
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(19)荒れた村 -2-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第19回『荒れた村』3回にわけた2回目をお届けします。

早くトリネア城下町に着きたいがために、ファゲッタという少し大きな村では泊まらずに、森を越えたところにあるはずのボレッタを目指している一行ですが、いざついてみたら若干様子が予想と違ったようです。

今回の記述で栗の話が出てきますが、これはモデルにしたブレガリア谷やキアヴェンナ谷の名産品なのです。ただし、実際のスイスイタリア国境地帯とは違い、このストーリー上の地理では、地中海をモデルにした《中海》は《ケールム・アルバ》の麓まで食い込んでいる設定なので、一行は既にトリネア城下町までは馬で1日くらいの辺りまで来ています。


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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(19)荒れた村 -2-


 ブナの森は深かったが、かなり広くなってきている川沿いに進んでいるために迷うことはなかった。やがて、栗の木が多くなってきた。栗の木はブナの木よりも明確に管理がされる。そのため村からの出入りも多く、道として踏み分けられている部分も広い。マックスの記憶によるとボレッタ村はもう遠くない。

「おかしいな。ずいぶんと荒れている」
栗のイガがたくさん落ちているが、中身が入ったままだ。この時期に栗の実は早すぎるので、去年のものだろう。大半は動物や虫たちに食い荒らされ、中には芽を出したものもあるがうまく根付かずに枯れている。

 栗は腹持ちがよく保存性も高い。貴族のように豊かな食材をふんだんに食べられない庶民にとって栗は大切な食材だ。もちろんグランドロン王国の領土の大半では栗は栽培できないが、センヴリ王国やルーヴラン王国の南部、そしてカンタリア王国では栗が非常に重宝されていた。その栗が、このように放置されることは考えにくい。

 村に入ると、やはり様子がおかしかった。もう日が傾きかけているのに多くの家の煙突から煙が出ていない。そうした家々の周りには雑草が生い茂り、人が住んでいないように思われた。

 5人は注意深くあたりを観察しながら、村の中心に向かった。かつては数軒の旅籠がある村だったが、広場にも煙突に煙が上がっている家は少なく、旅籠の看板を掲げている家は見つからなかった。

 しかし、これからトリネア城下町に向かうには遅くなりすぎる。これまではレオポルドの安全のために避けていたことだが、民家に泊めてもらうことを考えなくてはならなかった。

 いくつかの煙の出ている家の中でも、庭がきちんとしていて塀なども崩れていない大きめの家をあたると、3軒目に5人を泊めてもいい家が見つかった。

 レオポルドは民家に泊まったことなどはなかったが、子供の頃から出入りしていた王都郊外の村で、靴屋のトマスの家などに入ったことがあるので、今夜どのような部屋に泊まるのかの想像はできた。

 トマスの家には、家族全員で眠る大きめのベッドが1つあるのみで、それも藁の上にシーツを引いただけだった。家財といっても食卓、ベンチ、長持ちくらいしかなかった。

 長持ちには衣服、薄手の陶器、パン、塩などをしまっていた。衣服も粗末な毛、麻の生地、山羊や羊の毛皮で作ったもので、今、レオポルドたちが着ているような色鮮やかに染織した織物などは持たず、粗末ながらも晴れ着にしているわずかに上等な服やベルトなども親から子供に引き継いで大切にしていた。

 5人を家に上げてくれたウーゴ夫婦の服装は、そうしたレオポルドが個人的に知っている貧しい人びとのそれよりはわずかによく、生成りの肌着の上に色褪せて灰色がかった青い上衣を着ている。

 家は、入ってみると2軒分であった。つまりかつては別の家族が住んでいた方の家を旅籠代わりにした旅人を泊めているらしい。調度は古いが、そこそこ清潔で心地のいい部屋が2つあてがわれた。大きい部屋の方に男性3人が、小さい部屋にラウラとアニーが泊まることにして、荷を解くと母屋の食堂に集まった。

 旅籠ではないので、立派な食事は期待していなかったが、ワインやパンも出てきた。そして肉を調理する匂いもしてきたので、マックスはホッとした。遍歴教師時代には、空豆かエンドウ豆と薄い粥だけの食事でも満足しなくてはならないことが何度かあったが、その時は変装した国王の付き添いではなかった。

 肉は乾燥して味の凝縮された栗とともに煮込まれたもので、旅籠で提供される食事に負けぬほど美味しかった。客たちの讃辞に機嫌をよくした主人ウーゴは、奥から再びワインを持ってきて機嫌良く一行をもてなした。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

ヴァルサー博物館に行ってきた

今日の話題はヴァルサー博物館を訪問した話です。

Walsermuseum Triesenbergにて

ヴァルサーといってすぐに何のことかわかる方はあまりいないかもしれませんね。ヴァルサーというのはもともと今のスイス・ヴァリス州から移住してきた人びとです。でも、現在ヴァリス州に住んでいる人たちではありません。14世紀頃から少しずつ移住し、最も多いのは私の住むグラウビュンデン州ですが、一部はフランス、イタリア、リヒテンシュタイン、オーストリアなどに移り住み、そこで暮らしています。

手工業が得意で、働き者が多いという特徴があり、かつては半ば隔離されるような形で山岳部に住んでいましたが、現在ではもちろん低地にも他の村や都市部にもいます。スイス人同士だと、苗字で「この人はヴァルサーだ」とわかるようです。

じつは、来瑞していたハイジの研究者の方たちのお供をしてマイエンフェルトに行ったのですが、その一環でリヒテンシュタインの『トリエンベルグ・ヴァルサー博物館(Walsermuseum Triesenberg)』にも行きました。「なんでハイジ研究でヴァルサー?」と思われるかもしれませんが、実はこの研究者の方と私の間で「アルムおんじはヴァルサーじゃないか」という仮説でかなり前から盛り上がっていたのですが、それが間違いないと思われる証拠があれこれ揃いだしているのです。

その辺の話は、ここでは置いておいて、私個人としては小説のネタをゲットするまたとないチャンスですよ。通訳ボランティアをしつつ、ちゃっかり19世紀終わりから20世紀初めのスイスの生活を取材してきました。あ、場所はリヒテンシュタインですけれど。ちなみにハイジの故郷マイエンフェルトとリヒテンシュタイン公国は、隣接しています。

現代のスイスは、世界でも有数のお金持ちの国になっています。もちろん(我が家のような)低所得層もいますが、それでも「貧しい」というレベルは世界の他の国を見回したら、とてもその言葉は使えないでしょう。

でも、かつてのスイスの一般庶民というのは本当に貧しかったようです。20世紀初頭のヴァルサーたちの暮らしを、丁寧に説明してもらったのですが、彼らは本当にほぼ自給自足で生きていたようです。

たとえば、現在の私たちは、服をシーズンごとに買ってきて、流行に合わなくなったら処分してしまうのですが、当時の人びとは、麻を植えたり、羊を飼って、まず糸を紡ぐところから自分でやっていました。糸を染め、機を織り、裁断して縫って、はじめて服になったのです。シーズンごとに替えるなんてとんでもないことで、穴があいても繕って大切に着ていました。

すべてがその調子で、食べるものも、農具も、家具も、家も、すべて家族単位での自給自足、または物々交換がメインで生きていたようです。もちろん、小説に出てくるような上流階級は、貨幣経済のもといろいろなものを購入していました。そういうわけで、クララがハイジを訪ねてきた時には、貧しい人びとの暮らしを垣間見てたいそう驚いたことと思います。

Walsermuseum Triesenbergにて

現在の私たちの暮らしからは考えられないような生活なので、私が小説を書くときにも描写に苦労することがあります。今回の博物館訪問は、そんな私には宝の山のようでした。

残念ながら通訳するのに忙しくて、あまりたくさんのメモはとれなかったんですけれど……。忘れないうちに書かなくちゃなあ。(何年放置しているんだろう……)
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(19)荒れた村 -1-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第19回『荒れた村』の前編をお届けします。今回は、微妙な長さだったので3回に切ることにしました。

今回の記述では、モデルにした地域の名産品を使ってみました。「子豚キノコ」とはご存じポルチーニ茸のことです。ドイツ語では「シュタインピルツェ」すなわち「石のキノコ」と呼ばれています。ミラノ風リゾットを作るときにはいつも入れます。キノコの旨味って、格別ですよね。


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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(19)荒れた村 -1-


 イゾラヴェンナを出て、旅の目的地であるトリネアまでの道中は狭い谷の小さい村々を通りながら進む。グランドロン王国に属する北側ほどの傾斜はなく旅は比較的楽で、ほぼ常に馬に乗って進むことが出来ていた。

「トリネア城下町にはいつ着くんだ?」
レオポルドは前を進むマックスに訊いた。

「そうですね。すぐ先のファゲッタで泊まれば明後日になりますが、きょう頑張って、もう少し先まで行けば、明日の昼にはトリネア港が遠くから眺められると思います」
マックスが考えつつ言った。

「もし奥方様らが疲れていなければ、『頑張る』のはどうだ?」
レオポルドが言うと、フリッツが言いかぶせた。
「ファゲッタの先にも、まともな旅籠がありますか」

「そうですね。最後の通ったのは4年ほど前ですが、『子豚キノコの森』と呼ばれるブナの大きな森を越えた所にボレッタという比較的大きい村がありました」
マックスが言うと、フリッツは安心したように頷いた。

「まだ先まで行っても大丈夫かい?」
マックスは、小さな声でラウラに訊いた。アニーの都合をフリッツが訊くとは思えなかったので、先まで進むかどうかはラウラにかかっている。

「もちろん私は構いません」
男性陣ほど騎乗に慣れているわけではないが、これまでの道中に較べれば今日の旅は楽だった。アニーもさほど疲れていないだろうし、騎馬に耐えられなくなったら彼女はさっさと降りて歩く方を選ぶだろう。旅の間に、アニーはフリッツに対してかなりはっきりと意思表示をするようになっていた。

 それで、一行はファゲッタでは短い休息をとっただけで出発し、ブナの森に入っていった。

「『子豚キノコ』とはなんだ?」
レオポルドが訊いた。

 マックスは、大きなブナの木の根元に生えている茶色い暈の茸を指した。
「それですよ」

「なんだ『石のキノコ』ではないか。それとも違うのか?」
レオポルドが訊いた。

「いえ。同じです。センヴリ語では『子豚キノコ』というのです」

「もうこんなに大きくなっている! やはりこちらの方が暖かいので、ずいぶん早いですね」
アニーは、子供の頃を思い出しながら驚いて言った。彼女の出身地であるヴァレーズでは、この時期に森に入っても、まだここまで大きくなっていなかった。

「お前、キノコに詳しいな」
フリッツが言ったので、アニーははっとした。貧しい民たちは、当然のように森番の目を盗んで茸を採っていたが、それは違法だった。

「た、たまたまです」
慌てるアニーに、特に氣づいたような様子もなくフリッツは続けて訊いた。

「家では、どうやって食っていたんだ?」
「え? 普通に、焼いたり、煮たり……」

 聴いていた他の3人は、思わず笑った。この答えで、日常的に茸採集していたのが確定してしまった。誘導されたのがわかったアニーはむくれ、フリッツの方は上機嫌だった。

 民衆が森で密かに狩りをしたり、木の実や茸を集めたりすることは、レオポルドやマックスにとってはすでに「しかたないこと」になっていた。

 違法な狩りや採集は野生動物に襲われる危険とも隣り合わせでそれに対する保護もない危険な行為だ。それでも、せざるを得ないのは年貢や賦役による負担が多く、貧しく生活が苦しいからだ。

 レオポルドとマックスは、ラウラに懇願されるまでもなく、そうした民の1人であったアニーを責める氣にはまったくならなかった。

 為政者としては、民が餓死し年貢や賦役が途絶えるよりは、彼らが生き延びるために目の届かないところで法を破っている方が、都合がいいのもたしかだ。
 
 森は広大で、木の実や茸は豊富にある。茸だけでなく、ナラやブナの実も豚など家畜の飼料にするだけでなく、不作の時は平民たち自身が食糧とすることもあった。
 
 そうした事情を、マックスは放浪の旅で、アニーは生活を通して知ったが、王太子として不自由なく育ったレオポルドはもちろん、王都で育ったラウラやフリッツも知らなかった。

 正規の教育は体系的で広範にわたった知識と近視眼的ではない物事の見方を可能にするが、世界は机上の理論通りには動いていない。旅の間の小さな見聞や、会話は、この世が王城で見える整った姿だけではなく、複雑で深淵な層が重なり合ってできあがっていることを教えてくれる。
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Posted by 八少女 夕

梅酢がほしくて

日本にいたらまずやらない梅干し作りの話です。

なんちゃって梅仕事

去年やってみたら、意外と簡単にできた梅干し(ペースト)、今年も仕込みをはじめました。

じつは、去年のペーストがまだ残っているので、今年はやらなくてもいいかと思ったのですが……、梅酢がほしくてやることにしました。

スイスで作る「なんちゃって梅干しペースト」は、梅がないのでウメ科の他の実で作ります。作り方は簡単で20%の塩と2%のクエン酸と一緒にするだけ。今年は赤っぽいアプリコットが500gと赤いプラム500gの合計1㎏で、去年乾燥させておいた赤紫蘇もすこし入れてみました。

ポルトガルの海塩

今年は、去年よりもいいお塩を使いました。ポルトガルの海の華。普通になめても美味しい塩ですよ。

こうして3週間梅酢に浸からせておいてから、少し干した後にハンドブレンダーでペーストにするだけと、とても簡単なのです。ペーストなのでご飯に載せるだけでなくいろいろな料理に氣軽に使えて便利ですし、私にとっては梅で作った梅干しと同じ味でとても美味しいです。

そして、残った梅酢が本当に美味しいのです。もともと赤いフルーツから出ているので、紫蘇を入れなくてもきれいなピンク。ドレッシングに使ったり、酢の物を作ってみたり、それに洋風の食事の味を調えるときにも使います。

日本にいたときは、梅干しを作ることなぞ考えもしなかったので、当然梅酢も手元にはありませんでした。スイスに移住してからの方が、日本人らしいことをしているなとひとりで笑っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(18)身体のきかない職人 -2-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第18回『身体のきかない職人』の後編お届けします。前回は、戸口に痩せた男が立っていることに一行が氣がついたところでした。その続きです。

今回の話は、阿部謹也氏の著作にあったエピソードを下敷きにしています。完全に同じではありませんが、当時は国による障害年金のような仕組みはなく、それぞれの共同体の相互扶助や教会などがそうした役目を担っていたようです。制度の悪用とまではいきませんが、グレーゾーンを上手に使って厄介払いをされてしまった男の話です。ただし、どうあるのが本当にその人のためになるのかは、なかなか結論が出しにくいことなのかもしれません。それは現代でも同じかも。


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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(18)身体のきかない職人 -2-


 そして、職人たちやマックスらに挨拶することもなく、部屋の奥にある腰掛けを目指して歩いた。それは非常にゆっくりとした動きで、杖にすがるようにして交互に足を踏み出していた。しかも杖をしっかりと握れているのは左手だけで、右手はだらんと垂れ下がり、座る際、テーブルに躓いたときにも右手でとっさに支えることができない体であった。

 話をやめて男の様子を眺めていた職人たちの1人が、声をかけた。
「お前さん、どうしたんだ? 峠越えの途中で事故にでも遭ったのか?」

 痩せた男は、こちらを見て、自分が注目されていることに氣がついた。そして、虚ろな目をして首を振った。
「いや。2年前に故郷をでたときから、ずっとこうなんだ」

 男の言葉には、強いノードランド訛りがある。グランドロン王国の最北に位置する領国で、先王の代までルーヴラン王国に属していたので、職人たちは今でもルーヴラン語の影響の強い方言で話す。

「なんだって? その手足でグランドロン王国を横断してきたってのかい?」
「そうだ」

 マックスは、おかしいなと思った。服装から考えると指物師のようだが、これでは仕事を得ることはできないだろう。親方資格を得るのに十分な修行ができないのであれば、苦労して遍歴をする意味はない。

 職人たちも同じ疑問を持ったらしい。
「そんな状態で、遍歴を? なんで療養しないんだ?」

 男は、悲しげに答えた。
「3年療養したんだ。でも、まったくよくなる見込みがなくって、組合はもう療養費を払いたくなかったんだろう。資格証明を作ってきて、遍歴に出させられてしまったんだ」

 意味のわからなかったラウラが、そっとマックスの顔を見た。他の3人も同じような目つきで見ていたので、彼は小さな声で説明した。
「事故や病で働けなくなった職人たちの療養にかかる費用は、居住地の同業組合が負担する決まりになっているんです。でも、遍歴中の滞在費用や路銀支給は、行く先々の同業組合持ちですからね」

「親方になるための修行をしないとわかっているのに、遍歴のための資格証明を出すのはどんなものだ」
レオポルドが小さい声で訊いた。

「それを禁じる法律がない限り、違法ではないですが……」
マックスは、今回の件は自分の領地で起きた問題ではないので、わずかに余裕がある。一方、レオポルドは困ったような顔をしていた。

 違法な税の搾取や、農業改善策のように、国政や法に関わる問題であれば目くじらを立てる必要があるが、少なくとも資格証明書が本当に故郷の組合で発行されたものならば、この男がここに数日泊まり、次の街への路銀を受け取ることは違法ではない。

 この男が故郷に留まる限り、同業組合にはその生活と療養費を負担する義務があり、それを知る他の救済機関は支払いを肩代わりすることはないだろう。彼が生活に必要な金を手にすることができるのは、組合の望んだとおり異国を遍歴することだけなのだ。 

 ラウラは、かつてルーヴの貧民街で見た、死を待つばかりの貧しい人びとのことを考えた。当時のルーヴラン宰相イグナーツ・ザッカは低い声で告げたものだ。
「仕事のないものには、手遅れになる前に仕事を与えなくてはならない。食べるものを買えなくなってからでは遅いのだ。貧しさは悲惨さを呼ぶ」

 あの足で旅をさせるなんて氣の毒だ、街にそのまま住まわせてあげた方がいい、そう言うのは簡単だ。だが、収入が途絶え、食べるものを手に入れられなくなれば、この男はあの貧民街の人びとと同じような身になるだろう。

「そちらのみなさん、そんなに憐れんだ目をなさらんでください。これでも、いつかは遍歴の旅に出て、他の国々を見てみたいと思っていた、かつての夢は叶ったんですから」
痩せた男は、ラウラたちのテーブルを見て、ぎこちなく笑った。
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Posted by 八少女 夕

Twitter連携、使えない……

FC2ブログからTwitterへのお知らせ機能を使っている人に、訊いてみたい話題です。

Twitterイメージ

最近、これまで普通に便利に使っていたサービスが立て続けに終了して「面倒くさいなあ」と思っています。その1つはAppleのマイフォトストリームの機能なんですけれど、この話はそのうちにまた。

このブログに関係することで、最近もっとも納得いかないのは「Twitterとの連携」がうまくいかなくなったことです。これはFC2が悪いのではなくてTwitter社が方針を変えたからなんですけれど、それまでIFTTTなどを使ってインスタ投稿とTwitter投稿を連動させたり、「ブログを更新しました」ツイートをチェックボックスを入れて保存するだけと、けっこう便利に使ってきた身としては、ちょっとムッとしています。どれもこれも「これまで通りに利用したければサブスクね」という流れなんですけれど、私は可能な限りサブスクをしたくない人なんですよ。ええ、抵抗します。

というわけで、あくまでタダで使い続けるべく、いろいろと調べて「Twitter API V2」に対応させるべく奮闘しました。「Developer Portal」より Twitter API の API キーとアクセストークン情報の取得ってのも、ちゃんとやりました。

でも、全然投稿されないんです。3回試してダメだったので、最後のツイートは手動でやりました。ええ、手動でもできるんですよ。「なんだ、こんなんでいいのか」とわかったので、次回からはそうすると思いますが、なんか納得がいかない。開発アカウントでの悪戦苦闘した時間を返してほしい。

これって困っているのは私1人なのかなあ。情報があると嬉しいです。
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