【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(23)川の氾濫
身分を隠したまま、候女エレオノーラの再教育係になった一行は、トリネア侯爵家の離宮に遷ることになりました。他の人びとに見られずに、トリネア候国の内情について知ることのできる絶好の機会ですが、もちろん身バレの危険性とも隣り合わせですね。さて、今回は、その教育が始まる前に起こってしまった、とあるハプニングの回です。
そういえば、この川流れのシーン、どこが元ネタだっけとずっと考えていたのですが、ようやく思い出しました。「信じられぬ旅」(ディズニー映画『三匹荒野を行く』の原作ですね)で、シャム猫が流されたシーンでした(笑)
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(23)川の氾濫
翌朝エレオノーラは使用人たちに滞在の準備をさせるからといって、一足先に去って行った。
午後に、5人は支度を済ませて離宮に向けて出発した。昨夜に激しい雨が降ったため、修道院周りの道はひどくぬかるんでいた。
川に向かって進んでいると、見慣れた一団が野営していた。
「やあやあ、みなさん。こんな所でお目にかかるとは奇遇ですな」
もみ手で近づいてくる南シルヴァ傭兵団の副団長レンゾの姿を認め、マックスとレオポルドは急いで視線を交わした。
「てっきり城下町の高級旅籠にでも泊まっておられるかと思いきや、あの修道院にいらっしゃったんで? 物騒じゃありませんかい? 護衛が必要なら、いくらでもお力になりますぜ」
大声で騒ぐので、他の団員たちも一行に氣がついて近づいてきた。
「いらん」
憮然としてレオポルドがいうと、レンゾは「おお、こわい」と言って、一歩下がった。本当に怖がっているようには全く見えず、むしろ面白がっている。
「で、どちらに向かわれるんで? 城下町への道は、あっちですぜ」
レンゾの問いに、一行はうんざりした。
「どこであろうと、お前の知ったことではない。いいか、我々は貴族ではないことになっているんだ。まとわりつくな」
それでも付いてこようとするレンゾたちを振り切ろうと、一行は馬の歩みを早めた。
「おい。待て、そんなに急ぐな」
少し遠くで見ていた、例の女傭兵フィリパが何かを告げようとしているのがわかった。だが、ガヤガヤさわぐ近くの男たちと馬の蹄の音、それからぬかるんで歩きにくい道にもっと氣を取られた。
渡ろうとしている川はさほど大きくはない。ただし、昨夜の雨のせいか、かなりの濁流が大きな音を立てている。ずいぶんと増水しているようだ。
目指している渡り場所は、なんと『死者の板橋』であった。
グランドロンでもかなり細い小川などによく架かっているのだが、葬儀の時に死者を載せて運んだ板に、その死者の名前を刻み小川に架けることがある。人びとがその橋を通る度に、死者の魂のために祈る習わしがあり、そうすることで死者は早く煉獄から脱出することができる。つまり、ある程度の財力のある死者の親族がこのような『死者の板橋』を架けさせるのだが、このように流れの速い時にはもう少ししっかりとした橋の方が安全だ。
マックスは、一瞬どうすべきか迷った。流れが穏やかになるのを待つ方がいいのだが、そうすればうるさい傭兵団に囲まれてしまう。
「行こう。あの候女だって、さっさと渡ったんだろうから」
レオポルドが言った。
マックスは頷いた。まず渡るのは自分だ。橋に何かあっても、レオポルドの安全は確保できる。同じ馬に乗るラウラに囁いた。
「降りて渡る方がいい」
ラウラは頷き、2人は馬から降りた。橋板に申しわけ程度につけられた欄干に、ラウラは両手で、マックスは馬の手綱を握っていない片手で掴まりながら、慎重に歩いた。轟音を立てる濁流と、頼りない板橋のきしみが恐ろしかったが、なんとか渡りきった。
それを確認した後でレオポルドが渡った。フリッツは「馬は私が」と言ったが、レオポルドは「急げ」と言って断り、マックスと同じように渡った。レオポルドが渡るときに、橋板はひどくたわみ、不快な音を立てた。
渡りきった、レオポルドは振り向いてフリッツに叫んだ。
「氣をつけろ。この橋は……」
「やめろ! その橋は!」
後ろから馳けてきたフィリパが叫んでいるが、その時にはフリッツとアニーは既に橋を渡りだしていた。
フリッツと馬が向こう岸に着くのと同時に、メリッという音がして、橋が折れた。まだ渡りきっていなかったアニーは投げ出され、フリッツは手を伸ばしたが馬を抑えていたために届かなかった。
濁流はものすごい勢いでアニーを押し流し、あっという間にその姿を見えなくした。
「アニー!」
ラウラは取り乱し、すぐに川に入ろうとしたが、マックスが必死で止めた。
「だめだ、君も流される!」
動転してもがきながら泣くラウラをマックスが止めている間に、レオポルドはフリッツに命じた。
「すぐに探しに行け」
すぐに下流に身体が向いたものの、フリッツは立ち止まって言った。
「私はお側を離れるわけには……」
「自分の面倒はみる」
「しかし……」
「いいから行け!」
本人も氣が急いているが、染みついた義務感の方にも絡め取られているフリッツは、すぐに対岸の傭兵たちを見て頭を下げた。
「どうかしばしこのお方をお守りください」
対岸にたどり着いた傭兵たちは、橋の崩壊を見て蜂の巣をつついたように騒いでいたが、フリッツ・ヘルマンが頭を下げると一様にこちらを見た。
先ほど冷たくあしらわれたレンゾは白い目をしていた。
「なんだよ、これまで散々邪険にしておきながら、ずいぶんとご都合のいいことで。さっき『まとわりつくな』って言いやがったのは、どこのどちらさんでしたっけ」
フリッツの窮状に助け船を出したのはフィリパだった。
「いいのか。流されたあの娘は、あたし達が仕事を得られるように口添えしてくれたあの馬丁マウロの妹だぞ」
後からやって来た首領のブルーノは、それを聞くと大きな声で言った。
「なんだって。……そうか、そういうことなら話は別だ。俺たちは恩知らずじゃねぇ。ヘルマンの旦那、行きな。『旦那様』の護衛は俺たちに任せろ」
フリッツは、頭を下げて馬にまたがると、急いで下流に向かって馳けて行った。
ブルーノたちは、長い縄の一方の端をレオボルドのいる方の岸に投げてよこした。マックスと協力してそれを木にくくり付けさせると、『死者の板橋』が渡してあったいくつかの大岩を足場にしつつ縄で伝いながら5人ほどが、こちらに渡ってきた。
「さて。じゃあ、行き先まで護衛して行きやしょう。あ~、ちなみに俺たちは先払いでお願いしてるんですがね」
レンゾは、悪びれもせずに要求してきた。
レオポルドが指示するまでもなく、マックスは財布を開けて砂金を渡した。レンゾは愛想よく受け取った。
「へへへ。こりゃあ、どうも」
レオポルドはフィリパに向かって言った。
「すまないが、フリッツ1人では困ることがあるやもしれぬので、様子を見にいって必要なら手助けをしてもらいたい」
「わかった」
フィリパは、マックスから別の砂金を受け取ると、下流に向かって走っていった。
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コンソメ麹が大活躍

米麹を使った発酵調味料、塩麹や醤油麹が有名ですが、それ以外にもいろいろあるようです。
発酵調味料のいいところは、腸活になるだけでなく、旨味が出て美味しくなること。それにいろいろな調味料を加えなくてもコクが出て美味しくなることなど、ズボラな私にはいいことがたくさんあります。
いろいろな発酵調味料を試しましたが、「結局、あまり使わなかった」「いろいろ作りすぎて結局カビさせた」なんて失敗もしながら、つくる発酵調味料も変わってきました。
今のところ、これはあった方がいいなと思っているのは、醤油麹と今日ご紹介するコンソメ麹の2つです。
塩麹も一時は作っていましたが、使い切らないんですよね。醤油麹は、醤油、白ワイン、アガペシロップなどと混ぜてかえし(出汁の入っていない麺つゆの素)を作り、それを醤油の代わりに日々使っています。
そして、我が家の食卓は、西洋料理が多いので、しばらく玉ねぎ麹を使っていました。あれはあれでよかったのですが、コンソメ麹を作るようになってから、こちらで代用できると思うようになりました。
コンソメ麹とは、コンソメスープに使うような野菜のすりおろしで塩麹をつくったと考えていただけるとわかりやすいです。玉ねぎ、ニンジン、セロリという西洋料理に欠かせない野菜が入っているのですね。ですからこれをお湯に溶くと簡単にスープができるというのですが、私はまだその使い方はしていません。
西洋料理は、まず香味野菜を炒めるというところから始める料理が多いのですが、その代わりにこのコンソメ麹を投入します。それだけでものすごくいい香りがしてきます。たとえば、パスタソースを作るときにも、時短になるのです。ソースを作るときに使ったり、隠し味的に使うこともあります。西洋料理では、おそらく万能選手かもしれません。

作り方ですが、乾燥麹100gに対して、塩35g、玉ねぎ160g、セロリとニンジンを各80g用意します。
フードプロセッサーで野菜はすりおろし状態にしておき、塩とよく混ぜ合わせた乾燥麹に投入します。毎日1回はかき混ぜつつ常温で発酵させることだいたい1週間で完成します。
このまま使われる方が多いと思うのですが、私は出来上がったものをもう1度フードプロセッサーにかけて完全なペーストにしておきます。
あとは冷蔵庫保存なんですが、あまり長いあいだ保存するとカビることもあるので、小さい容器に入るだけを冷蔵庫に、残りは冷凍保存しています。
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【小説】雷鳴の鳥
今月のテーマは、アフリカのジンバブエにある『グレート・ジンバブエ遺跡』です。私は1996年に、じっさいにこの遺跡を訪れています。
登場する人物は、いまのジンバブエがまだローデシアと呼ばれていた時代に実在した研究者たちです。

雷鳴の鳥
その鳥の小柄な身体には見合わぬ巨大な巣は、ついに屋根で覆われた。それから、シュモクドリは、人間の男性が載っても壊れないほどの強度ある巣の機能面だけでは満足せずに、2メートル以上もある目立つ巣をありとあらゆる装飾品で覆い始めた。カラフルな鳥の羽、草食動物たちから抜け落ちた角、ヘビの抜け殻、骨、イボ猪の牙、ヤマアラシの棘などが運ばれた。
それらは、
伝説上の霊鳥は、白と黒の背の高い鳥で、魅力的な男性または女性に姿を変えることもできるし、生命にとって欠かすことのできない雨と水を呼び寄せる。実際のシュモクドリ(Scopus umbretta)は、ペリカン目シュモクドリ科シュモクドリ属の茶色い鳥だ。全長56~58センチ。カラスと変わらない。その名の通り、頭の後ろの飾り羽が少し突き出ていてハンマーのようだ。オスとメスには見かけ上の違いは比較的少なく、共同で非効率の極みと思えるほどの巨大な巣を作る。
アフリカのサハラ以南、マダガスカル、アラビア半島南西部の浅い水瀬のあるあらゆる湿地帯に生息する。ペアで保持するテリトリーに留まり、渡りのように大きく移動することは少ない。繁殖しているかどうかに関わらず、年間3個から5個の巣を作り、そのうちの1つだけで雛を育てる。
雛たちの多くは1年以上は生きられないが、生き延びた成鳥は時には20年も生きる。
水辺に佇み、空の彼方を見つめるとき、人びとは呪術師たる
人を怖れず、マングローブ、水田、貯水池などにも巣を作り住むが、彼らを捕まえたり巣を壊して追い払おうとする者は少ない。
その遺構は、はるか昔にその地に建てられた脅威だった。1800年代にこの地を「未開の地」として蹂躙しにやって来た白人たちは、アフリカ大陸の南に巨大な遺跡を見いだした。1867年にドイツの狩猟家アダム・レンダーが「発見した」と言われる遺跡群は、実際にはすでに16世紀のポルトガル人たちによって記録されている。
現地のショナ語でそれは「Zimbabwe ジンバブエ」と呼ばれていた。ポルトガル人ベガドは「裁判所を意味する」と報告しているが、現在ではこの言葉の意味については2つの説が有力である。「石の家」を意味するというものと、「尊敬される家々」という言葉に由来しているというものだ。鉄器時代の現地の人びとは、記録する文字を用いなかったので、当事者たちによる正確な由来を書いた文献は見つかっていない。
この遺跡は、単なる「家々」という言葉で表現できるような規模ではない。最盛期には18000人が住んでいたと推測される、その驚くべきスケールと精密さが、逆に過去の偉大な創建者たちを本来賞賛を受けるべき名誉から遠ざけた。
キャスリーンは、彼女の上司であるガルトルード・ケイトン=トンプソンが見せてくれた手紙を読んでため息をついた。それは、彼女たちの緻密で丁寧な論証に対して単に否定的だというだけでなく、明からさまな憎悪に満ちていた。ガルトルードは、「ナンセンスな内容だわ」と投げ出した。
ローデシアをめぐる社会の目は、三重の意味で偏見に支配されていた。白色人種は黒色人種より優れているので植民地支配が正しいのだという立ち位置。オリエントやギリシャなどの過去の優れた文明文化が、彼ら白色人種たちに受け継がれているという曲解。そして、男性の仕事が女性のそれよりも常に優れているという驕り。ケイトン=トンプソン調査団が提示した報告は、そのすべてを根幹から揺るがす内容だった。
1928年に英国アカデミーにローデシア、ムティリクウェ湖近くの遺跡の期限を調査するために招待されたケイトン=トンプソンは、この分野ではまだ珍しかった女性考古学者だ。第1次世界大戦中に海運省に勤務し、パリ講和会議にも出席したことのある彼女は、その後ロンドン大学で学び始め、マルタ島、エジプトなどの発掘調査で経験を積んだ後に、このアフリカ南部の謎の遺跡調査を依頼されたのだ。
すでに19世紀にジェームズ・セオドア・ベントらによって発掘調査は行われていたが、この遺跡の起源についての全く誤った仮説を証明するためだけの杜撰な調査で、考古学者の間からも疑問が出ていたのだ。
彼らの主張は簡単にいうとこうだった。
「下等なアフリカ人に、このような偉大な建築が可能なはずはない。これは過去の偉大な中近東の遺構に違いない」
ソロモン王を訪ねたシバの女王国はここであった、もしくは、古代フェニキア人またはユダヤ人が築いた、アラビア人たちの黄金鉱山だったというような主張だ。
20世紀初頭にデイヴィッド・ランダル・マッキーヴァーの調査では、それまでの調査隊が「取るに足りぬゴミ」として放置していた、現地人が現在も使うのとほぼ同じタイプの土器や、石造建築物の構造の調査から遺跡はショナ人など現地住民の手によるものだと結論づけたが、当時の権威たちはそれを認めなかった。
こうした中で再調査を依頼されたケイトン=トンプソンが編成したのは、写真撮影で協力参加したキャスリーンを含め全員が女性の調査隊だった。これは、全く前例のないことだった。ケイトン=トンプソンは現代でも村人が使用している陶器やテラス造りの壁といった構造と比較することで、マッキーヴァー説を強く支持する調査結果を発表した。
彼女が、他の調査隊と違ったのは、『
データが語っている。これはソロモン王の時代の遺跡ではない。アラビア人たち西アジアの人びとが建設したものでもない。後の放射性炭素年代測定でも、この遺跡は12世紀から15世紀に建設されたものであることが証明されている。
遺跡は50以上の円形または楕円形の建造物の集合体で、3つに分けて分類されている。北側の自然丘陵を利用して作られた通称『
何よりも「原住民には作れない」と偏見の対象となったのは、『グレート・エンクロージャー』で、1万5千トン以上の花崗岩を用い、漆喰などは使わずに精巧に積み上げてある。長径は89m、外壁の周囲の長さは244m、高さは11mで、外壁の基部の厚さは6mに達する。東側には高さ9mを超える円錐形の塔がそびえ立ち、おそらく祭祀的空間であったと考えられている。
『ヴァレー・コンプレックス』は、首長の妻子たちの住居跡地だと考えられている。円形の壁を持つ住居が通路で結ばれた構造だ。鉄製のゴング、大量の食器や燭台、ビーズ、銅、子安貝などで作られた装飾品、犂や斧、儀礼用の青銅製槍などの他、中国製の陶磁器、西アジア製のガラス瓶まで出土しており、まだヨーロッパ人たちが大航海時代を迎える前に、彼らが遠隔地交易との豊富な金属加工で大いに栄えていた証拠となっている。
『ヒル・コンプレックス』の東エンクロージャーには石組みのテラスが敷かれ、祭祀に関連する遺物が出土した。中でも最も重要だったのは、6体の滑石製の鳥彫像だ。似たものが『ヴァレー・コンプレックス』からも出土している。ショナ族の世界観では、鳥は天の霊界と地の俗界を往き来して仲介する使者であり、呪術師はその力を借りて雨乞いなどの儀式を行うために鳥を象った彫像を作ったと考えられている。
キャスリーンは、『ヒル・コンプレックス』で作業をしていたときに、何度も襲ってきた雷雨のことを考えた。遠くに稲妻が煌めくと、次第に灰色の雲が青空を覆い隠していく。
西エンクロージャーは自然の巨石を利用し、花崗岩ブロックのと合わせて直径30メートル、高さ7メートルの巨大な建物に仕立てている。雷雨の激しさを知るキャスリーンは、急いでこの首長の政治統治の場だったと思われる建物に入っていくが、恐ろしげに首をすくめる。
15世紀から今まで絶対に落ちてこなかったのだから、絶対に安全だとわかっていても、屋根となっている自然巨岩の危うげなバランスに強迫観念を感じてしまうのだ。だが、痛いほどに打ちつけるアフリカの夕立に打たれるよりは、ひとときこの岩の下で息をひそめる方がマシだった。
すぐ近くで出土したジンバブエ・バードの黒く滑らかな立ち姿を思い浮かべた。なんという鳥を模した像なのか、キャスリーンもケイトン=トンプソンもはっきりとはわからない。ショナ族にとって重要なトーテムであるチャプング(ダルマワシ)またはフングウェ(サンショクウミワシ)だと考えられているが、どれも決め手に欠ける。
そういえば手伝いに来ていた現地人ンゴニは
大変な努力を持って作り上げられたシュモクドリの巣は、彼らだけが使うわけではない。空き家の巣はチョウゲンボウやワシミミズクなどほかの鳥たちや、ネズミやなど他の動物たちも利用する。中でもクロワシミミズクは巨大で怖れられ敬われている鳥だが、シュモクドリの巣の上に陣取り1日を過ごす姿が「猛禽が宮殿を守っている」とみなされ、「
不思議な鳥だ。雨を呼び、稲妻を司る
キャスリーン・ケニオンは1950年代にパレスチナ東部エリコの発掘調査を主導し20世紀でもっとも影響力のある考古学者と呼ばれるまでになった。後にオックスフォードのセントヒューズ大学長を務め、大英帝国勲章のデイムに除された。
一方、グレート・ジンバブエ遺跡を発掘したときの上司であったガルトルード・ケイトン=トンプソンも、1934年に女性として初めてリバーズ賞を受賞し、1944年に王立人類学研究所の副所長にも選出された。46年にはハクスリー賞を受賞した。さらには東アフリカの英国歴史考古学学校の創設メンバーとなり、評議会の委員を10年間務めた後、名誉フェローに任命された。
ローデシア時代は、偏見と政治的圧力により覆い隠された「グレート・ジンバブエ=アフリカ人建設説」は、脱植民地化独立運動の後、ジンバブエ共和国が成立すると「未だに謎に包まれている」という公式見解は取り消され、正式に認められるようになった。
過去の偉大な建築物は、新しい国の精神的な支えの中心となり、国名もここから取られた。そして国旗にはジンバブエ・バードの1つが国のシンボルとしてデザインされた。それと同時に、この遺構を示す言葉は、「偉大な」という意味を込めて「グレート・ジンバブエ」と呼び区別されることになった。1986年にはユネスコ世界遺産に登録された。
ローデシア時代の偏見と悪意に満ちた発掘調査のために、多くの部分が破壊・遺棄されたグレート・ジンバブエ遺跡の発掘調査はいまだに進められ、考古学的証拠や最近の調査結果により歴史的背景などについても少しずつ解明が進められている。
古い権威と悪意のヴェールが取り除かれ、アフリカ第2の巨大遺跡グレート・ジンバブエ、1000年前のショナ族たちの栄光は陽の目を浴びた。一方、シュモクドリが巨大な巣作りに偏執的なほどの情熱を傾ける謎は、いまだに解明されていない。
(初出:2023年9月 書き下ろし)
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【もの書きブログテーマ】「文章を書く人への問い」に答える
今日は、バトンをやることにします。X(旧Twitter)で流れていたという質問らしいです。私はXですら辺境に存在しているらしく、見かけなかったのですが。TOM−Fさんのところで見て、これまで回答したことのないような質問だなと思ったので、強引にいただいてきちゃいました。
TOM−Fさんもおっしゃっていましたが、もともとは小説書きには限定していない問いみたいです。でも、私も小説に限定して回答してみました。というわけで、いきます。
文章を書く人への問い

- Q1 書く文章のジャンルは?
- ジャンルは「小説、あれこれ」ですね。とくに決まったジャンルでは書いていないと思います。
比較的共通しているのは、比較文化がどこかに含まれているような内容でしょうか。あと本人が『旅』と『食べること』が好きなので、登場頻度は高いです。
書かない(というか書けない)ジャンルはある程度はっきりしていて、以下のようなものは手を出しません。
*ミステリー
*ホラー
*戦闘シーンが最重要となるような戦争もの
*本番シーンがメインとなるようなエロまたはBL/GLなど
*RPGゲームの知識が必要になるようなファンタジー
「あれこれ」じゃないじゃん。「人氣の出そうなもの以外」かも。 - Q2 どんな雰囲気の文章が得意ですか?
- 得意かどうかは別として、書きたいのは、そこそこの上品さの感じられる文章です。対象とする読者の性別や年齢を特定していないので、誰が読んでも不快ではないように書き方を工夫しています。
それから、もっと大切にしているのが「読みやすくわかりやすい文章」です。といっても、いちおう最後まで投げ出さないでもらえるぐらいとかなりハードルは低めに設定していますが。(自分に甘い) - Q3 ストーリー重視の文章ですか、描写重視の文章ですか?
- あえていうならストーリーですかね。とくに長編では明らかにストーリー構成重視です。もちろん描写も大切だと思っています。
それと作品や、その長さによって比重を変えています。作品のなかに観光案内を入れようと決めたような小説では、そうした描写の比重が大きくなります。短い掌編で雰囲氣だけを表現したいときなどは、ほぼ描写のほうにだけ力を入れます。 - Q4 どういう文章を書く練習をしていますか?
- 訓練のためにしているわけではないですが、毎年開催している「scriviamo!」という企画やキリ番リクエストなどで、即興的に作品を書くことを定期的に行っています。自分の発想を超えたテーマや題材をだいたい1週間くらいの間に作品にするので、それが大きな訓練になったように思います。
- Q5 将来プロを目指す文章を書いていますか?
- とくにプロを目指した訓練はしていません。この8年ほどで、ほかの方に購入してもらうためではなく、自分が書きたいものを自由に書く、このブログでの発表というやり方が合っていると思うようになりました。
- Q6 普段どのくらい文章を書いていますか?
- 日本語の文章は、このブログと小説書きがメインで、小説だけでも月に2万字くらいは書いているはずです。日常生活は日本語をほとんど使わない所に住んでいるので、日常的にほかの文章を日本語で書くことは稀です。メールやSNSは別として。
- Q7 文章量をこなす書き方はできますか?
- 質問の意味が、今ひとつはっきりしないのですが「長い文章も書けるか」という意味であれば、できると思います。また、「コンスタントに書き続けられるか」という意味でも問題ないと思います。少なくともここ11年ほど続けています。
連載している長編小説と並行して、毎月5000字前後の掌編を書くというタスクもずっと続けていますので、文字数だけでいえば大丈夫です。まあ、中身はどうかと問われると、そっちはね……。 - Q8 今の文章力をどう自己分析していますか?
- あくまでアマチュアレベルの話ですが、「わかりやすい」は、そこそこかなあと分析しています。
現代および中世ヨーロッパ、アフリカなどを舞台にしたり、平安時代の話も書くなど、現代日本の読者には馴染みのない物事についての描写をよくしますが、そこで「意味がわからない」と思われないだけでなく「説明臭い」と鼻につかないような表現を常に探しています。その辺は、まだまだ向上したいところです。
それと、わたしの日本語はだいたい25年くらい前のものなので、古くさいかもしれません。とくに流行語の類いは致命的と思われるので、わざわざ昭和風のさらに古い言葉を交ぜてごまかしたりもしています。
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縁談相手であるレオポルドがそこにいることも知らず、《学友》経験者であるラウラに礼儀作法とグランドロンについて特訓してほしいと頼んだエレオノーラ。確かにここにいるメンバーは、適任です。
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(22)男姫からの依頼 -3-
ラウラは、ようやく理解した。確かに今から礼儀作法を教える宮廷教師を探し、一般論から教えを請うていたら、レオポルドの来訪には間に合わないだろう。ラウラならば、そうした場で何が求められるか、効率よく判断して必要そうなものだけを集中して教えることもできるだろう。とはいえ……。
「それは、私の一存では引き受けかねます」
そう言ってラウラはレオポルドの方を見た。エレオノーラは、ラウラの視線を追って、後ろに立っているレオポルドとマックスを見た。
エレオノーラは、ラウラの主人である商人の元に大股で歩み寄り、真っ正面から見据えて訊いた。
「秘書殿の奥方を2週間ほど貸してはくれぬか。私はまだたくさんの権限は持たぬ身だが、それでもそなたの商売に最大の便宜を図ることを約束しよう」
レオポルドは、若干面食らったようにがさつな姫君を眺めていたが、急に笑い出して、ふてぶてしく答えた。
「わかりました。せっかくなので、私の秘書もお使いください。実は、このマックスは宮廷教師の資格を持っております。グランドロン語や古典の話題、歴史などについては、彼が役に立つでしょう。かくいう私も商業や政情についての知識を多少なりともお伝えできるでしょう」
今度はラウラとマックスが驚く番だった。断ると思っていたからだ。ラウラは、エレオノーラに同情していたので、数日だけでも協力できないか頼むつもりでいたが、必要なかったようだ。
エレオノーラも若干面食らったようだが、ほっとしたようで嬉しそうな顔を見せた。
「それはかたじけない。心から感謝する。報酬についてだが……」
レオポルドは、それを遮った。
「報酬などは必要ございません。ただし……」
「ただし?」
「その教育期間、静かで、他の人びとが出入りしない場を用意していただきたい。それから、これだけ我々の時間と手間をかけるからには、その国王陛下との謁見とやらで『身代わりを立てずに済む』程度の成果は出していただきたいですな」
それを聞いて、後ろに立っていたラウラは息を飲んだ。これは明らかに、例の偽王女事件に関するレオポルドの嫌みだ。ついでに言えば、マリア=フェリシア姫の教育に当たっていたマックスに対する当てつけでもある。ラウラは、そっと唇を引き締めて、わずか挑戦的にレオポルドを見た。
部屋に戻ると、マックスは小さな声でレオポルドに詰め寄った。
「いいんですか……」
「ああ、むしろ都合がいいのだ。貴族用の旅籠よりはマシとはいえ、この修道院に居続けたら、いつ我々を知っている貴族たちに出くわすかわからん。それに、トリネアや城下町の様子は見て回ることはできるが、さすがに城内には入れないから、どう情報収集しようかと思っていたんだ。あの娘の特訓に関われば、あの娘や家族のことだけでなく、トリネアの情勢も政治に対する考え方も自然に聞き出せるしな」
「私どもの本当の身分がわからぬように、話を合わせておく必要があるかと存じますが」
「ああ、そうだな。マックス、遍歴教師だった時にラウラと出会ったことにすれば自然だろう。とにかく、我々が一丸となって協力するということにしよう」
「仰せの通りに。15日間もずっと近くにいて、バレても知りませんよ」
「そこは、上手くやれ」
マーテル・アニェーゼは、この計画を聞いて喜んだ。エレオノーラの数少ない理解者として陰に日向に支えてきたものの、エレオノーラが貴婦人としての振る舞いを身につけないまま女侯爵になることを強く案じていたからだ。本人が初めて学ぶことを決意したのと、ちょうどその時にふさわしい教師役と知り合えたことを神の恩寵と感謝した。
それゆえ、彼女はすぐに必要な準備をしてくれた。まず、侯爵に手紙を書いた。誰の言うこともきかない候女が唯一敬意を持って交流する存在であるマーテル・アニェーゼは、侯爵夫妻から何度も再教育に関する相談を受けていた。
手紙には、エレオノーラがはじめて自らの意思で再教育を受けたがっていること、そのやる氣を削がないのがとても重要であることを書き、時間が無いので再教育に関しては任せてほしいこと、静かな環境を確保するため、表向き候女は伝染性の季節性疾患に罹ってしばらくトリネア城には戻れないことにしてほしいと願った。
侯爵からの返事はすぐに来た。『候女を離宮で【静養】させるように』と書いてあり『何卒よしなにお願いする』と書かれていた。
件の離宮は、修道院から見て谷の向かい側にある。かつては夏の避暑用に建てられたが、亡くなった候子フランチェスコが長らく静養に使っていたため、ここ2年ほどは使われていない。立地からいっても、トリネア城に出入りする貴族たちに見られる必要がない点からいっても理想的な場所だった。
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マンゴーの苗

家庭菜園を初めて以来、スーパーで買った食材を見ては「種を植えたら生えてくる?」と考えるようになりました。
以前からアボカドは何度か挑戦して玉砕しているのですが、今回は連れ合いが買って食べたマンゴーの種を見て「やってみようかな?」と思ったのです。
マンゴーの種は殻に覆われているのですが、それをこじ開けて中身を取りだし、しばらく半分くらい水に浸かる状態で置いておきました。そうしたら、出てきたんですよ、芽と根が。8月の頭のことです。
というわけで、植木にしてみました。

そして、1か月ほど経ったところが、こんな感じです。
ネットで見るマンゴーの苗は、もっと葉っぱがピンとしているんですけれど、これは特に病気でも無さそうで、本葉も次々と出てきては下を向いていますね。そういう種類なのか、何かが足りないのか、ちょっとわからないのですが、もう少し観察してみようと思います。
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今回、ようやく残念な姫からの依頼内容が明かされます。エレオノーラは、ラウラにあることの白羽の矢を立てていました。
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(22)男姫からの依頼 -2-
エルナンド・インファンテ・デ・カンタリアは、レオポルド自身とも親戚関係にある。レオポルドがまだ王位に就く前なのでかなり昔になるが、母親のところに贈られてきたカンタリア王家の肖像で見たことがあった。下唇が前方に突き出た特徴的なその顔つきで、レオポルドの母親とも似ていた。
同様に氣性が激しく残虐なことを厭わないのは母親個人の性格だと思っていたが、もしかするとカンタリア王家ではさほど珍しいことでもないのかもしれない。
同じカンタリア王家の血を継いでいるとはいえ、フリッツが指摘したとおり、エレオノーラにはそのような特徴はなかった。エルナンド王子とその騎士たちの振る舞いに我慢がならないと震えている。
「つまり、逃げ出して、嵐が過ぎるのを待つというわけですか?」
レオポルドは、挑発するように話しかけた。マックスは「あまりお楽しみになりすぎませんように」と目で制したが、レオポルドは氣にしていない。
エレオノーラは、そう言われて悔しそうな顔をしたが、それから肩を落として俯いた。
「そういうわけにはいかない。縁談はこれからもいくらでも来る。隠れて済む問題じゃない。兄様が生きていた頃なら、それで済んだけれど、今の私は未来の女侯爵だ。……そもそも縁談は、いま2つ重なっているんだ」
「2つ?」
「ああ。実は、2週間後には、グランドロンの国王も来るんだ」
エレオノーラは肩を落とした。
「なんと」
レオポルドがわざとらしい驚き方で言うと、マックスだけでなくフリッツも「いい加減にしてください」という顔で見た。
考え事に沈んでいたエレオノーラは、その3人の様相には氣がついていなかったが、意を決したように静かに座っているラウラの方に歩み寄った。
「ラウラ。あなたは、ルーヴラン人だよね」
「はい」
「その……。その左手首……」
ラウラは、はっとして左手首を見た。いまはきちんとスダリウム布で覆われて傷跡は見えていないが、一同はここに着いた日にこの布を巻き直すところをエレオノーラがじっと見つめていたのを覚えていた。
エレオノーラは、単刀直入に言った。
「もしかしてどこか貴族の《学友》だったことがあるんじゃないか?」
ラウラは、一瞬怯んだ。他にこのような傷をもつ説得力のある経歴は思いつかない。ルーヴランに平民出身の《学友》経験者はたくさんいるし、ここは肯定してしまった方がいいと思った。
「はい。ある貴族のお屋敷で勤めていたことがあります」
「やっぱり、そうか。ひどい習わしだ。」
「《学友》のことを詳しくご存じで、驚きました」
「《中海》周辺はセンヴリ王国に属していても、ルーヴランの文化をありがたがる国が多くて、実はここトリネアも同じことをしているんだ。トゥリオの左手首、見たかどうかわからないけど、やっぱりいくつかの傷があるよ。……彼は、兄様の《学友》だったんだ。幸い、兄様はとても優秀で、トゥリオが鞭打たれることは本当に稀だったけどね」
ラウラは、わずかに驚いた。《学友》の制度を取り入れる国や貴族の家庭は増えていることは知っていたが、マリア=フェリシア姫が好んだように、自分の代わりに受けさせる罰として鞭打ちを取り入れているのはごくわずかだと思っていたからだ。まさかこのトリネア候国が、そのわずかな例だったとは。
「ということは、姫様にも……」
「ああ、私にもいた。ほんの1年ほどだったけれどね。……ラウラ、そなたにたっての願いがあるんだ」
エレオノーラは、ラウラの前に座った。
「私は、子供の時に学ぶことを拒否した。私が愚かな間違いをすると、代わりに私の《学友》ペネロペがひどく鞭打たれた。私はそれに耐えられなかった」
ラウラは息を飲んだ。エレオノーラはしばらく口をつぐんだが、やがて続けて言った。
「本当は、ペネロペが鞭打たれずに済むように、私が完璧に振る舞えばよかったんだ。でも、そんなことは到底できないと思った。実際に無理だったんだ。だから、私はすべてを投げ打って、絶対に教育を受けないと決めたんだ。教育係も、乳母も、もちろん父上や母上、そして兄上、その他の誰も彼もが、説得しようとしたけれど、私は揺るがなかった」
「《学友》なしで教育を受けることは許されなかったのですか?」
ラウラが訊いた。
エレオノーラは、首を振った。
「乳母や兄上がその妥協策を提案してくれたんだ。でも、カミーロ・コレッティ、ペネロペを養女にして《学友》として差し出した廷臣なんだが、彼からの抗議が激しくて、それは受け入れられないって言われたんだ。それで、私は意固地になって一切の教育を徹底的に拒否したんだ。教師が来たら部屋にこもるか逃げ出した。日々の周りの人びとの忠告はすべて耳を閉ざして聞き入れなかった」
ラウラは、複雑な思いでエレオノーラの言葉を聞いていた。この候女の頑固な振る舞いは、子供じみていて愚かだった。そんなことをしても、トリネア候国の姫君という立場は変えられるものではなく、自分の立場が悪くなるだけだ。けれど、実際に当時のエレオノーラは子供だったのだ。ほかにどうすることができただろう。幼かった彼女は、たった1人の少女を守るために必死だったのだ。その優しさにラウラは深く心打たれていた。
静かな部屋に、エレオノーラの声が響いた。
「そして、最後には父上も、母上も諦めた。侯爵になるのは優秀な兄様がいるし、私はいずれこの修道院にでも押し込めるつもりだったんだろう。私も、トリネアの汚点として隠されて生きるんだなと氣楽に考えていた。……でも、兄様が亡くなって、すべての事情が変わってしまった」
たとえ最低な姫君であろうと、トリネア候国を背負って行かざるを得なくなったのだ。
「さっき、城を出る前に父上に宣言してきた。グランドロン王の訪問の時に表に出るって。本当は、父上は私が病氣だとか適当なことを言って、この話をうやむやにするつもりでいたんだ」
ラウラは、息を飲んだ。そっと目でレオポルドを追うと、後ろから身振りで「続けさせろ」と指示している。ラウラは、慎重に言葉を選んだ。
「それは、あなた様が、このご縁談をすすめたいとのお考えに変わったという意味ですか?」
エレオノーラは、大きく笑った。
「進められるわけはないだろう。断られるに決まっている。でも、そう宣言すれば、少なくとも、それまでの間に他の縁談を進めることはできないだろう。2週間もすればあの野蛮な王子はいなくなるだろうし」
「まあ」
ラウラは返答に困った。エレオノーラ自身は、同じ国王から2度も縁談を断られるという恥辱に対して、とくに氣にもしていないようだ。
「とはいえ、いまの作法で、私がグランドロン王の前に出ることを、父上や母上も戸惑っておられる。当然だけれど……」
ラウラは、よけいに返答に困ったが、賢明にも真剣な顔で黙って続きを待つという手法をとった。
エレオノーラは、ラウラの左手首を取って、そのスダリウム布にそっと手を当てた。
「じつは、そなたに会ってその傷に氣づいたときから、決めていたんだ。どんなことをしても助けてもらおうって。報酬はいくらでも出す、聞いてくれないか」
「私に?」
ラウラは、驚いてエレオノーラの顔をまじまじと見つめた。エレオノーラの後ろで、レオポルドとマックスが、やはり驚いて顔を見合わせている。
「そうだ。15日後に、グランドロン国王がこのトリネアにやって来る。そして、城で謁見と歓迎の会が開かれる。私がそれに出席して、取り繕うことができるぐらいまでに、行儀作法とグランドロンのことを教えてくれないか?」
エレオノーラは真剣だった。
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見逃した……

ズッキーニは、日本ではわかりませんが、スイスの家庭菜園ではめちゃくちゃ簡単な野菜だと思います。植えればどんどん育って、何か月も次々実をつけてくれます。今年は種から育てて、6月半ばに苗を4つ植え、7月から収穫が始まりました。それが、ほぼ毎週コンスタントに収穫ができて、最近では食べきれなくなってきたので冷凍や乾燥などで冬用にストックもしています。
借りている畑はほぼ毎日水をやったり雑草を抜いたりするために行くのですが、先週は大雨が続いてズッキーニのあたりはスルーしていました。ズッキーニは大きな葉っぱなのですが、大雨でさらに育ってそのあたりをよく見ていなかったのです。
で、氣がついたら収穫し損ねたズッキーニが巨大化していました! あらら。成猫サイズ……。ちょっと大味になってしまいますが、食べられることは問題ないので、これはストック用にする予定です。
スイスは冬が長いので、家庭菜園のできない時期はスーパーマーケットで野菜を買うのだと想像していましたが、おそらく冬の間も買わずに済んでしまいそうです。
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