scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】サン・ヴァレンティムの贈り物

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


「scriviamo! 2015」の第十弾です。山西 左紀さんは二つ目の参加として、前回の『絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2』の更に続きを書いてくださいました。ありがとうございます!

山西 左紀さんの書いてくださった『Promenade 2』
山西 左紀さん関連する小説
絵夢の素敵な日常(10)Promenade
絵夢の素敵な日常(12)Porto Expresso
絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2


すてきなお嬢様、絵夢が繰り広げる一連の作品は、左紀さんの作品群の中ではほんの少し異色です。どの作品も素敵なのですが、このシリーズは他の作品群と較べて、楽しく彩られているように思うのです。明るくて凛としていて、そしてどこかユーモラスな絵夢が、周りを優しく力強く変えていくのですが、そこにはどこも押し付けがましさがなくて魅力に溢れています。このシリーズは、リクエストして掘り下げていただいたり、Artistas callejerosとコラボしていただいたり、何かと縁が深くてものすごく親しみを持っている世界なのですが、さらに私が三年前から狂っているポルトの街にもメイコとミクを住まわせていてくださって、「マンハッタンの日本人」の舞台ニューヨークに負けないコラボ場所になっていたりします。「ローマ&ポルトチーム」も、scriviamo!の定番舞台になってきたみたいで、ニマニマが止まらない私です。

さて、左紀さんの作品では、悩みがあり絵夢に力づけてもらっているミク。ポルトで彼女の帰りを心待ちにしている歳下の男の子ジョゼは、ヴァレンタインデー(Dia de São Valentim)に想いを馳せています。

で、ブログのお友だちにわりと人氣のある誰かさんの靴、サキさんはいらなかったかもしれないけれど、無理矢理押し付けちゃうことにしました。受け取ってくれると嬉しいです。


【参考】
追跡 — 『絵夢の素敵な日常』二次創作
再会
「Infante 323 黄金の枷」Infante 323 黄金の枷


「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



サン・ヴァレンティムの贈り物
——Special thanks to Yamanishi Saki san


 ボンジャルディン通りは地下鉄トリンダーデ駅からさほど遠くない。だが、ジョゼの勤め先のあるサンタ・カタリナ通りのような華やかさはなく、この街に住んでいてもどこにあるのかわかる人間は少ないだろう。間口の狭い家が身を寄せあうように建っている。一階は店になっている所が多いが、店子が見つからないまま何年間も放置されているような家も多い。

 ジョゼは家番号を確認しながら歩き、通り過ぎていたことがわかってまた戻った。ここか? 本当に? 目を凝らすと、確かにショウウィンドウと言えなくもないガラスの窓があって、そこには三足の靴が並んでいた。よく見ると赤字で「売約済み」と書いた札がついている。

 ジョゼはきしむ古いドアを押して中に入った。中には少し長めの白髪の小男が座って、靴を修理していた。灰色の荒いチェックのシャツに緑色のエプロンを掛けている。
「あ~、ビエラさんって、ここでいいんですか」
「わしがビエラだが」
老人は鼻にかかった丸いフレームの眼鏡の上側からジョゼを見定めて無愛想に答えた。

 こんな流行ってなさそうな小さな店だとは思わなかった。ジョゼは手元の黒いカードをもう一度ひっくり返した。裏の白い部分にここの住所と、靴が必要になったらここを訪ねるといい、手間に対するお礼だと書いてあった。このカードをジョゼにくれたのは、この世のものとも思えぬ美しい貴婦人だった。幼なじみのマイア・フェレイラに秘密の用事を頼まれた時のことだ。ウェイターとして働くジョゼの勤め先にやってきた黒髪の美女が、チップを渡すフリをしてマイアの手紙をこっそりと手渡して帰っていったのだが、その封筒の中にこのカードが入っていたのだ。

 あれから何ヶ月も経った。ジョゼはこのカードのことをすっかり忘れていた。思い出したきっかけは、愛用の安物の靴に穴があいてしまい新調しようとしたことだった。はじめは、デパート「エル・コルテ・イングレス」に行き、それからサー・ダ・バンデイラ通りの靴屋を何件かぶらついたが、ピンと来る靴が見つからなかった。一ついいのはあったのだがサイズが合わなかった。その時に突然このカードのことが頭に浮かんだのだ。

「靴が欲しいんですが……」
と周りを見回したが、新品の靴はウィンドウに置かれている三足しかなさそうだった。その靴は、見るからに柔らかい本革で出来ているようで、オーソドックスながらも品のいいフォームだった。こういうのが欲しかったんだけれどな、売約済みじゃしょうがないよな。
「ないみたいですね。失礼しました」

 そういって出て行こうとするジョゼをビエラ老人は引き止めた。
「そのカード、見せてもらおう」

 ジョゼは、素直にカードを渡した。それは黒地に竜が二匹エンボス加工で浮き上がっており、右上に赤い星が四つついていた。裏の字は印刷で、署名もなかったが、老人は頷いた。
「ドンナ・アントニアの依頼じゃな。ここに座って、靴と靴下を脱ぎなされ」
「は?」
「あんたの足型をとるので、足を出すのだ」

「い、いや……オーダーメードの靴を作るほどの予算は……」
そういうとビエラはじろりと見て、立ち上がると、粘土の用意を始めた。
「そこにある靴はオーダーメードではないが、それでもあんたの予算にはおさまらんよ。このカードがあるということは、あんたが払う必要はない。足を出しなされ」

 タダで作ってくれんのか? そこにあるみたいなかっこいい靴を? 嘘だろう?
「あの……ちなみに、そこにあるような靴は、いくらくらいで買えるんですか」

 老人は粘土を練りながら答えた。
「それは、この店で買うから350ユーロだ。イタリアに持っていった分は同じものが1100ユーロで取引されている」
「ええっ! じゃあ、オーダーメードだともっと高いんじゃ……」
「材質や仕事の量によって違うが、600ユーロはもらっておるよ」
ジョゼは目をぱちくりさせた。なんだよ、手紙を誰かに送っただけで、なんでこんなお礼を貰えるんだ……。ビエラは、あれこれと考えているジョゼにはかまわずに、まず右足の型を取り、粘土で汚れた足をバケツの水で簡単に濯がせるとタオルをよこして拭けと手で示した。

 左足の型を取っている時に、ジョゼは突然叫んだ。
「ストップ。ストップ! やめだ、やめ! そのカード、返してくれ」

 ビエラは眉をひそめて訊き返した。
「なんだと?」

 ジョゼは足をバケツに突っ込んで、粘土を洗った。
「ごめん。このカードがあれば、僕じゃなくてもタダでそのすごい靴を作ってもらえるんだろう?」
「ああ、そうだが?」

「僕のじゃなくって、ある女の子の靴を作ってほしいんだ」
「誰の」
「今、この街にいない。もうすぐ、戻ってくるんだ。その子にプレゼントしたい」

 ミクがこの街に帰ってくる。もうすぐサン・ヴァレンティムの記念日だ。ジョゼは、ミクに特別のプレゼントをして、氣もちを伝えるつもりだった。まだ、プレゼントは見つかっていなくて、焦っていた。真っ赤な薔薇、それとも長い髪に似合う、高価なレースでできたリボンはどうか。特別じゃなくっちゃ。僕が冗談を言っているんじゃない、本氣なんだってわかってもらえるものを。指輪を贈ろうかとも思ったけれど、それではありきたりすぎる。もっと特別なものでなくちゃ。

 600ユーロもするオーダーメードの靴ならきっと喜んでくれる。舞台でも映えるに違いないし!

「彼女にプレゼントしたいのはわかったが、あんたは靴が必要だからここに来たんじゃないのか」
それを聞いて、ジョゼはちらっと窓辺の靴を見た。
「それ、ちょっとだけ履いてみてもいいかい?」
「いつも履いているサイズは?」
「42」
「その真ん中のヤツだ」

 ジョゼは、売約済みの茶色い靴を履いた。柔らかい皮にぴったりと包み込まれた。歩いてみると、雲の上に浮かんでいるようだった。締め付け感がまるでなく、しかし、ブカブカではなかった。ジョゼはすぐに決心した。
「これと同じのを注文したいな。数ヶ月、必死で働いてお金を貯めなきゃいけないけどさ」

 ビエラは靴に魅せられているジョゼと、手元の型を取ったばかりの粘土をじっと見ていたが、やがて「わかった」と言って黒いカードをジョゼに返した。ジョゼは幸せな氣持ちになってビエラの店を後にした。

* * *


 ジョゼは、ミクと一緒にビエラの店の扉を開けた。ショートカットになったミクは耳元にキラキラ輝くトパーズの並んだヘアピンをつけている。颯爽と歩く姿は前と同じだけれど、女性らしくなったように思う。そういえば、ジョゼの前ではなくて隣を歩くようになった。

 二週間前、この街に帰ってきてすぐにこの店に連れてきた時には、やはりあまりに閑散とした棚に驚いていたが、ビエラ老人とどんな靴がいいか話している間にすっかり信頼するようになり、出来上がりを楽しみにしてくれていた。

 明日、ミクはローマへと旅立つ。ポリープのために歌手としての生命を絶たれるかもしれないと打ちのめされていたが、絵夢に紹介してもらい、世界的権威である名医の診察を受けられることになったのだ。新しい希望が、彼女をさらに生き生きとさせている。その直前に来た靴の出来上がりの連絡は、彼女が幸運の女神に愛されていると告げているようだ。

「いらっしゃい。待っていたよ」
ビエラは、後ろの棚から白い箱を取り出した。蓋があくと、ミクは息を飲んだ。

 緑がかった水色でできた絹のハイヒールだった。ヒールは太めで、飾りの白いリボンが可愛らしい。
「こりゃ、かわいいな」
ジョゼも驚いた。ミク本人を知っている人が作ったみたいだ。

「履いてごらん」
ビエラは靴べらを渡した。ミクは宝石を持ち上げるように靴を取り出すと、新しいので多少当たって痛いことを予想しながらつま先を靴の中に滑らせた。

「え?」
全く痛くなかった。どこも当たらない。歩く時に普通のハイヒールだと強く感じる前足部の痛みもなかったし、外れそうになることもなかった。オーダーメードの靴って、こんなに楽なんだ! しかも低い靴を履いている時と同じように安定して、まっすぐに歩ける。

 ジョゼは嬉しそうなミクを眩しそうに見ていた。本当によく似合っている。子供っぽい所のある姉貴だと思っていた。それに、この靴は大人っぽいというよりも可愛い方だと思った。でも、こうやってハイヒールを履いて歩くと、ミクの長い足がとても綺麗に見えてセクシーでもある。喜んでくれてよかった。これなら、自分の靴のために何ヶ月もパンと水だけで暮らすのもなんでもないや。

 二人が礼を言って帰ろうとすると、ビエラが呼び止めた。
「こっちはあんたの靴だ」
そう言って、もう一つの箱を取り出してジョゼに渡した。ジョゼは黙って中身を見つめた。最初にこの店で見た、あの茶色い靴ではなくて、もう少しフォーマルに見える黒い靴だった。明らかにあの靴より高いだろう。
「これは……」

「茶色い靴がほしければ、ゆっくりと金を貯めるがいい。これはあんたが女の子のために自分の靴を諦めたことを聞いた靴職人からのプレゼントだ」
「よかったね! ジョゼ!」
ミクが抱きついてきた。彼は真っ赤になった。

 プレゼントは渡した。期は熟した。今日はサン・ヴァレンティムの日。絶対に今日こそ告白するぞ。……告白できるといいんだけれど。いや、今は診察前で、それどころじゃないだろうから、姉貴がイタリアから戻ってきてからの方がいいかな。

「姉貴。頑張れよ。その靴を履いて、また舞台に立てるようにさ」
ジョゼは、今日の所は、これだけしか言わないことにした。

(初出:2015年2月 書き下ろし)

追記


というわけで、ミクのポリープ治療(とジョゼの恋)の顛末は、「to be continued...」です。ほら、ローマに送り込んじゃったから、同じポルト陣営だけれどローマ在住の、ヒッチハイク好きの偉い人とその婚約者と偶然であって、彼らがいろいろと助けてくれるかもしれないし。(なんて無責任な!)

全然関係ないですが、設定上、ビエラ老人のお店は、もう一カ所あります。そっちは、息子が店主でもう少しちゃんとした普通の靴屋です。わりと高級な既成靴を各種揃えています。本編でアマリアが言っていた店は、息子のお店。イタリアのデザイナーなどに送って、バカ高い値段で売られる靴はこの息子の店を通して取引されています。《監視人たち》の家系のビエラ老人は、23の靴づくりの師匠ですが、現在は引退して簡単な修理だけをしながら、23の靴の欲しい特別な客だけをこの怪しい店で応対しています。たぶん彩洋さんちの詩織がつれてこられたのもこっちですね。
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