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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】再会

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


今年最初の小説、そして「scriviamo! 2015」の第一弾です。山西 左紀さんは、ご自身のブログの15000HITの記念掌編で私の無茶なリクエスト「ミクとパスティス・デ・ナタ(エッグタルト)で書いて」に素敵な作品で答えてくださいました。

山西 左紀さんの書いてくださった『絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2』
山西 左紀さん関連する小説
絵夢の素敵な日常(10)Promenade
絵夢の素敵な日常(12)Porto Expresso


宝石のようにキラキラと輝く描写が素晴らしい作品を書かれる左紀さんは、ブログでのおつきあいが最も長いお友だちの一人で、もう何度もコラボをさせていただいています。この『Porto Expresso』も、いろいろと縁のある作品です。神戸の宝塚と私の狂っているポルトガルのポルトを舞台に、某有名ボカロイド二人と同じ名前を持つキャラたちが登場して、たまに私のキャラたちとも遊んでくださっているのです。今回は、うちの子であるジョゼを登場させて書いてくださいました。

で、お返しの掌編小説は、やっぱりポルト。左紀さんのところのお二人のキャラにはお名前だけ登場していただいています。すみません、サキさん、また更に勝手に設定作りました。そんなにサキさんの想像から離れていないといいのですが。

で、メインキャラはジョゼと、それから同じくポルトを舞台にしている「Infante 323 黄金の枷」からあの人です。途中で、謎めいた設定が出てきますが、これは「Infante 323 黄金の枷」本編のずっと先にでてくる話です。本編は現在五月の終わりで、この話は九月頃。ジョゼたちは22歳です。あ、参考までに本編のリンクもつけていますが、読まないとわからないような話ではありません。


【参考】
追跡 — 『絵夢の素敵な日常』二次創作
「Infante 323 黄金の枷」Infante 323 黄金の枷


「scriviamo! 2015」について
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再会
——Special thanks to Yamanishi Saki san


 最高の秋晴れだ。幸先がいい。あれ、また同じ事を言ってるよ。でも、今日も空が高くて大理石でできた建物の白さが眩しい。久しぶりの休みだし、また観光客に混じってポートワインの試飲にでも行くかな。それともメイコの所に顔を出そうかな。

 アヴィス通りからアリアドスに抜ける道を歩いた。ああ、ここにアイスクリーム屋があったんだよな。マイアが勤めていた。

 あれは今から4年くらい前の事だ。今と同じ道を歩いていて、ガラス窓越しにアイスクリーム屋を覗いたジョゼは対面越しにアイスクリームを売っている女性の顔に驚いて中に入っていった。
「マイアじゃないか!」

「あ。ジョゼ!」
それは幼なじみのマイア・フェレイラだった。父親の出稼ぎ先スイスで生まれたジョゼが家族でこの街に戻って最初に出来た友達の一人だった。小学校で同じクラスだったのだ。ジョゼ自身がまだこの国のやり方と人びとに慣れていなかったけれど、大人しくて人付き合いの下手なマイアの不器用さをほっておけなくて、ジョゼはマイアを友達の輪の中に引きずるようにして連れて行き、それで自分もまた同じ世代の子供たちに慣れたのだ。

 彼女はある日突然引越して、彼の前から姿を消した。それからほとんど存在すら忘れていたマイアが元氣に働いているのを見てジョゼは嬉しくなった。
「あんまり変わっていないな。今どこにいるんだ?」
「あ、またレプーブリカ通りに戻ってきたの。父と妹たちと、前いた建物の斜め前のアパートメントにいるよ」

「そうか。再来週の、サン・ジョアンの前夜祭、仲間で集まるけれど、一緒に行くか?」
「私も行ってもいいの?」
「もちろん。エジーニョやカミラも来るよ。あ、あの二人つき合っているんだ」
「え。あの二人が?」
「うん。もう二年になるかな。知ったときは僕もびっくりした。お前も彼がいたら連れて来てもいいんだぞ」

 マイアは目を伏せて首を振った。
「つき合っている人なんていないよ」
ジョゼは、なんだか少しホッとした。そういう相手がいないのは自分だけじゃないのかと思って。

 今年のはじめにそのアイスクリーム屋は潰れてしまった。彼女、失業してどうなったんだろう。それからずっと見ていない。今夏のサン・ジョアンの前夜祭も、ジョゼ自身が仕事で行けなかったのでマイアが皆と楽しんだか確認していなかった。

 あいつ、自分から打ち解けようとしないから、他のやつらにすぐに忘れられちゃうんだよな。だから「マイアは呼んだ?」と確認して、彼女の自宅に連絡するのは、この4年間いつもジョゼの役割だった。

 彼女の事を考えるのは、彼がマイアに異性としての関心があるからではない、それどころか2ヶ月前までは忙しさにかまけて、彼女の事を完膚なきまでに忘れていたのだ。彼女が奇妙で秘密めいた連絡をしてくるまでは。

 それは7月のことだった。彼の勤務先にある女性が何回か続けて来た。ものすごい美人だったので、すぐにウェイターたちの間で話題になった。最初は奥の席に座った。そこはマリオの担当だったので、ジョゼは側にも行かなかった。それから数日して、またやってきた彼女は反対側の中程に座った。コーヒーを頼んで、しばらく雑誌を読んでから帰っていく。また数日したら、今度はジョゼの担当の席だった。

 彼女は、帰り際にチップを手渡したが、それは小さな封筒に入っていた。そして、その封筒の中にチップの他にマイアの特徴のある筆跡の手紙が入っていたのだ。ジョゼの名札を見てわざわざ確認してから渡したらしい。もとからジョゼにマイアの手紙を届けるためだけに、来ていたのだろう。その推理を裏付けるかのように、その女性はそれからぴたりと来なくなった。

 ジョゼはマイアの指示書に従って、封筒に同封されていたもう一枚のメモを目立たない封筒に入れてマリア・モタという女性あてに発送した。それだけだった。だが、その後もマイアから連絡もなければ、説明の手紙も来なかった。

 それから、ここを通る度に、いつかあいつを捕まえて問いたださなくちゃと思っている。でも、どこにいるのか誰も知らないのだ。

 カフェ・グアラニの角を曲がった途端、そのテラスに正にマイアが一人で座っているのを見て仰天した。
「ええっ、まさか!」
「ジョゼ!」

 彼は、マイアの前に置かれたレア・チーズケーキとポートワインを見て目を丸くした。こんな高いカフェで、何を頼んでいるんだ?
「今日は、何かのお祝い?」
レアチーズケーキ

 マイアは黙って首を振った。
「ううん。ただ、休暇を楽しんでいるだけ。ジョゼも、今日はお休みなの? 時間ある?」
「ああ、休みだし、特に予定もないよ。で、久しぶりだから、ガイアでポートワインでも飲もうかと……」

 マイアはジョゼが時おり観光客のフリをして試飲をしている事を知っていたので笑った。ジョゼはどのカーブでも有名になっていて、もうそんなに簡単には飲ませてもらえないはずだ。

「ねえ、私がここでポートワインをごちそうするから、しばらくつき合ってよ」
マイアが言うとジョゼは目を丸くした。明日は雪か? 素早く座って言った。
「喜んで。氣が変わらないうちに、注文させてもらうよ」

 このカフェは、ジョゼの勤務先と同じオーナーが経営している。どちらもこの街で一二を争う有名店だ。ジョゼは普段はウェイターとして働くのみで、ここに座って注文をした事はない。ちょっと何かを食べたら、日給が吹っ飛んでしまう。
「マイア、どうしたんだよ。宝くじでも当たったのか」
「違うの。いつもこんな贅沢をしているわけじゃないの。でも、散財したい氣分なんだ。今日は一日暇で何もやる事ないし」

「アイスクリーム屋がつぶれてから、お前、音信不通になっちゃったじゃないか。休暇ってことは新しい仕事見つけたのか? 今何しているんだ?」
「あるお屋敷に住み込みで働いているの」
「え?」

 ウェイターがやってきてジョゼの顔を見て驚いた。
「ジョゼじゃないか、何しているんだ?」
「ははは、この子がおごってくれるっていうから。この、ポートワイン三種類飲み較べってヤツ、頼むわ」
ウェイターは納得して向こうへ行った。それを待ってからジョゼは、マイアの顔をじっと覗き込んだ。

「そういえば、お前さ、7月に……」
そういいかけた時、マイアが遮るように「これ、とても美味しいわ」と言った。ジョゼは、驚いて彼女を見た。マイアは目だけで「その話をするな」と訴えていた。

「ずいぶん前の事だけれど、ジョゼにしてもらった事、本当に助かったの。だから、今日は、何でも好きなものを頼んでね」
ここで話すのはまずいのだなと納得した。いったい何を警戒しているのだろう。

 マイアは、ウェイターの運んできた三つのグラスのうち、タウニーに手を伸ばしたジョゼに自分のグラスを重ねた。ま、いいか。ジョゼは肩をすくめて乾杯をした。そしてタウニーをごくっと飲み込んだ。うわっ、なんだこりゃ、すごく美味い。生きていてよかった。

ポートワイン

 マイアは小さく笑ってグラスを傾けた。その様子を見て彼は首を傾げた。前の彼女はもっと自信がなさそうで、自分から行動を起こしたりする事がほとんどなかった。

 ピカピカに磨かれた華奢なグラス。ルビー色のポートワインはマイアの小さい唇にゆっくりと流れていく。彼女が置いたグラスには、透明なアーチが教会の窓のように流れている。グラスの足に添えられた彼女の指先は柔らかい曲線を描き、かつて彼が知っていた幼なじみの粗雑なそれとは違って見えた。

「お前、なんか、変わったな」
「えっ?」
「前は、もっとおどおどしていたし、こんなところで優雅にグラスを傾けたりしなかったじゃないか」

ジョゼが言うと、マイアは少し考えた。
「そうかもね。少なくとも、ポートワインの美味しさ、前は知らなかったかも」
「お前も試飲に行くようになったのか?」
そういうとマイアは笑って首を振った。

 それからため息をついた。それから、グラスの中の紅い酒の中に溶かし込むかのごとく小さく囁いた。
「ある人が、教えてくれたんだ……」

 ジョゼは身を乗り出した。
「なんだよ、その深いため息は」
マイアは困ったように笑った。
「なんでもないよ。詳しくは話しちゃいけないの、ごめん」

 瞳がわずかに潤んでいた。彼女は目の前にいるジョゼを見ていなかった。その場にある別のものを見ているわけでもなかった。そのマイアの憂いに満ちた表情で、大方の事は想像できた。こりゃ、恋にでも落っこちたらしい。しかも、見込みがなさそうなヤツ。
「大丈夫か? 失恋?」
「うん。これまでも一人だったし、きっとこれからもなんとかなると思う。心配しないで」

 そう言ってから、彼の方を見た。
「ジョゼも失恋した事ある?」

 彼は想像もしていなかったその切り返しに赤くなった。
「えっ。いや、その、失恋というか……まだ、告白していないというか……」

「へえ。ジョゼが、そんな奥手だったなんて意外。最近の事なの?」
「い、いや、知り合ったのはずーっと前で、それに、意識しだしたのはもう、6年も前で」
「ええっ。6年もそのままなの?」
「まあ、そうだな。その人、ここに住んでいないんだよ。たまに来るんだ。逢うといつも元氣な弟みたいに接しちゃって、つい……」

 マイアが楽しそうに笑った。
「どんな人?」

 ジョゼの顔は赤くなってきた。大した量には見えないのに、三杯のポートワインは確実に効いている。
「長い髪をさ、いつもツインテールにしている。胸はぺっちゃんこ、声が高くて、痩せて手足も長い。へんなポルトガル語を話す日本人で六つも年上。こっちはいつも怒られてばっかり」
「ふ~ん。ジョゼにそんな人がいるなんて知らなかったな。次はいつ逢えるの?」
「たぶん来週。ミクのばあちゃんが、昨日連絡をくれたんだ。しばらくこっちにいられるらしいって。今度こそ、少しは進展させたいと思っているんだけどさ」
「そうか。上手くいくといいね」

「おう。お前もあんまり落ち込むなよ。何なら、他の男でも紹介してやろうか」
ジョゼがそういうと、マイアは首を振った。
「ありがとう。でも、遠慮しておく。私、自分でも思っていなかったけど、かなりしつこいみたい。このままでいいんだ」

 ジョゼは「ふ~ん」と言った。そうだよな、振られたからって、はいそうですかと、次に行く氣にはならないよな、僕だって。オリーブをぱくついた。

「わかった。じゃあ、今日はつきあってやるから、このあと一緒にガイアへ行こうぜ」
ジョゼが言うと、マイアは目をみはった。
「ええ? そんなに飲んで、まだ試飲に行くつもりなの?」
「違うよ。メイコの所へ連れて行ってやる。ほら、その日本人のばあちゃん。行くとやたらとうまいご飯を出してくれるんだ。それにアロース・ドース()は絶品だよ」

「でも、知らない私がいきなり押し掛けたら迷惑だよ」
「たぶん、へっちゃらさ。ミクがいなくて寂しいみたいだから、押し掛けると喜ぶんだ」

「そう。じゃあ、連れて行ってもらおうかな。美味しいアロース・ドースの作り方、教えてもらいたいな」
ジョゼは笑って頷いた。
「メイコは酸いも甘いも極めた人生の達人だからな。元氣になる魔法もきっと教えてくれるさ」

(初出:2015年1月 書き下ろし)

(注)アロース・ドースはポルトガル風ミルクライス。デザートの一種です。
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