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Posted by 八少女 夕

【小説】午後の訪問者

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


「scriviamo! 2015」の第十二弾です。山西 左紀さんは三つ目の参加として、『サン・ヴァレンティムの贈り物』の間に挟まれている時間のお話を書いてくださいました。ありがとうございます!

山西 左紀さんの書いてくださった『初めての音 Porto Expresso3』
山西 左紀さんの関連する小説
絵夢の素敵な日常(10)Promenade
絵夢の素敵な日常(12)Porto Expresso
絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2
Promenade 2


「ローマ&ポルト&神戸陣営」も、頑張っています。左紀さんのところのヴィンデミアトリックス家、彩洋さんの所のヴォルテラ家、ともに大金持ちでその世界に多大な影響のある名士たち。で、うちのドラガォンのシステムも絡んで、謎の三つ巴になりつつある(笑)そんなすごい人たちが絡んでいるのに、やっているのは「お友だちの紹介」という平和なお話。

ミクのポリープの診察と手術は、ローマの名医のもとで行われることになっています。で、ヴィンデミアトリックス家がヴォルテラ家にお願いしているかもしれないし、全くの蛇足だとは思うのですが、ドサクサに紛れて首を突っ込んでいる人が約一名います。サキさんが「あの人は戻ってくることをどう思っていたの」と質問なさったのにも、ついでにお答えすることにしました。


【参考】
追跡 — 『絵夢の素敵な日常』二次創作
小説・黄金の枷 外伝
「Infante 323 黄金の枷」Infante 323 黄金の枷


「scriviamo! 2015」について
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午後の訪問者
——Special thanks to Yamanishi Saki san


 海風が心地よく吹いた。白っぽい土ぼこりが灰色の石畳を覆っていく。マヌエル・ロドリゲスは、陽射しを遮るように手を眉の上にかざした。まだ肌寒い季節だが、春はそこまで来ている。ゆっくりと坂を登ると、目指す家が見えてきた。ポーチにはプランターが二つ並んでいて赤や黄色、そして紫の桜草が植えられている。丁寧に掃き掃除をしたらしい玄関前には土ぼこりの欠片もない。

 この家の女主人が、この辺りの平均的住民よりも少しだけ勤勉なのは明らかだった。それは遺伝によるものなのかもしれない。住んでいる女性は、極東のとても勤勉な人びとの血を受け継いでいた。

 修道士見習いという低い地位にも関わらず、ヴァチカンでエルカーノ枢機卿の秘書をしていたマヌエルは、その役目を辞して故郷に戻ってきた。もともとはこの国を離れて自由に生きたいがために、神学にも教会にも興味もないのに神学生になった。だが、その頭の回転の速さが枢機卿の目にとまりいつのまにかヴァチカンで働くことになった。もちろん、彼がある特殊な家系の生まれであることを枢機卿は知っていた。マヌエルは、半ば諜報部のようなエキサイティングな仕事には興味を持っていたが、もともと禁欲だの貞節だのにはあまり興味がなかったので、このまま叙階を受けることにひどく抵抗があった。

 彼が故郷を離れたかったのは、家業に対しての疑問があったからだった。街に留まり、ある特定の人たちを監視報告する仕事。時にはその人たちの自由意志を束縛して苦しめることもある。それがどうしても必要なこととは思えなかった。

 けれど、彼はローマで同じ故郷出身の一人の女性に出会った。彼女は監視される立場にあったが、特殊な事情があり自由になっていた。そして、そのクリスティーナ・アルヴェスは、マヌエルの家系が関わる巨大システムの中枢部と深く関わる人物の一人だった。彼は、ローマで彼女と親交を深めるうちに、考え方が根本から変わってしまった。故郷から逃げだすのではなく、その中心部に入り込み役目を果たしたいと思うようになったのだ。《星のある子供たち》を監視するのではなく守るために。《星のある子供たち》の中でも特に一人の女性、クリスティーナを。

 とはいえ、マヌエルの表向きの帰国の理由は、異動だった。彼は、サン・ジョゼ・ダス・タイパス教会付きの修道士見習いとなったのだ。戻ったからにはあっさりと教会を出てもよかったのだが、異動直後からボルゲス司教の計らいではじめた仕事にやり甲斐を感じて、まだしばらくは教会に奉仕をするのも悪くないかなと思っている。それが、地域の独居老人を定期的に訪問する仕事だった。

 半月ほど前から彼はGの街の小さな教会に移り、この地域の担当になった。こうした仕事に若手が不足しているのはこの国でも一緒だ。ましてやカトリック教会で奉仕をしたがる若者はかなり稀だ。神に仕えるよりは女の子と遊ぶ方が好きな若者の方がずっと多いのだから。マヌエルはこれを乗りかかった船だと思っている。クリスティーナが、自分を恋人にしてくれそうな氣配は今のところ皆無だが、幸い彼女は他の男性にも大して興味を持っていないようだった。それで、少なくとも数年の間は、彼は、若い男性の助けを必要としているお年寄りの力になろうと思っているのだ。

 例えば、今日訪れる家では、屋根裏にたくさん積まれた本を紐で縛って古紙回収のために準備することになっていた。
「たくさんのポルトガル語と、それから、いつかは読みたかった日本語の本があるんだけれどね。もう細かい字が読めなくなってきたから、少し整理しないと」
「お孫さんがお読みになるんじゃないですか?」
「ええ、彼女に残してあげる本もたくさんあるの。でも、あまりにもたくさんあって、彼女には大事な本がどうでもいい本に紛れてしまうから」
「わかりました。明後日の午後に伺いますね」
そして、今日がその約束の午後なのだ。

 マヌエルは、呼び鈴を押した。すぐに黒い服を来た女性が出てきた。ショートにしたグレーの髪、ニコニコと笑っている。
「こんにちは、メイコ。お約束通り来ました」
「ありがとう。マヌエル。あら、今日は修道服じゃないのね」

 マヌエルは笑った。白いシャツにスラックス。私服でメイコの家にきたのははじめてだった。
「修道服だと作業がしにくいんで。本のことだけでなく、なんでもやりますから遠慮しないでくださいね」
「ありがとう」
メイコは微笑んだ。女性の一人暮らしでは、どうしてもできない作業がある。ジョゼが遊びにくる時に頼むこともあるが、それでもこうして教会が定期的に助けてくれるのはありがたい。

「今日は、ミクがいるんじゃないんですか?」
「いいえ。友達とでかけているの。靴がどうとか言っていたけれど。サン・ヴァレンティムの日だし、ゆっくりとしてくるんじゃないかしら」
「そうですか、それは素敵ですね。お邪魔しますね」

 マヌエルは綺麗に片付いていて、心地のいい家に上がった。
「じゃあ、行きますか。屋根裏はこちらでしたね」
そういうと、メイコはあわてて首を振った。
「あら。そんな事を言わないで、まずはお茶でもどうぞ。パン・デ・ローがちょうど焼けたところなの」

 道理でたまらなくいい匂いがするわけだ。居間にはボーンチャイナのコーヒーセットが用意されていて、マヌエルは、まだ何の仕事もしていないのに、もう誘惑に負けてしまった。実は、この家に来るのが楽しみだったのは、毎回出してくれるお菓子がこの上なく美味しいからだった。
「日本だと、このお菓子、カステラっていうのよ」
「何故ですか?」
城には見えないのに。

「大航海時代に、宣教師が伝えたんだけれど、何故かそう呼ばれるようになってしまったんですって。言葉がきちんと通じなくて誤解があったのかもしれないわね。そういえば、日本だと円形ではなくて四角いの」
「ああ、日本に行かれた時に召し上がったのですね」
「ええ。神戸で知り合った大切な友人とね。彼女には、それからたくさんお世話になって……今回も……」

 メイコの穏やかな表情が、突然悲しげに変わったので、彼は驚いた。
「どうなさったんです、メイコ」
「実は、ミクがね……」

 それから彼女はマヌエルに孫娘の直面している苦しみについて語った。歌手としてようやく才能が認められつつある大事な時に、突然ポリープができたこと。診察のために日本に帰ったのだが、専門医からポリープの位置が悪く、手術で歌手生命に影響が出るかもしれないと宣言されてしまったと。
「でも、そのヴィンデミアトリックス家のお嬢さんが、ローマのいい先生を紹介してくださってね。明日、診察のためにイタリアへ発つことになったの」

「ローマですか?」
「ええ。ああ、そういえばあなたはずっとローマにいたのよね。ローマは、この街や日本みたいに夜中でも歩ける安全な街ではないと聞くし、それにあの子、日本語とポルトガル語は達者だけれど、イタリア語はそれほどでもないでしょう。なんだか心配で。もちろん、ヴィンデミアトリックス家のお嬢さんがきっと安全な手配をしてくださっているから、これは年寄りの杞憂なんでしょうけれど」

 マヌエルは、微笑んで言った。
「では、僕からも、ある方に頼んでみましょう。何かあった時には、きっと力になってくれます。彼はポルトガル語もできるし、それにその人の家族に日本人のお嬢さんと婚約なさっている方がいるのですよ」

 メイコの目が輝いた。マヌエルは、メイコに便箋とペンを用意してもらって、短い手紙をしたためた。

大好きなトト。
君は、あんな形でローマを去ってしまった僕のことを怒っているだろうか。僕が、君への友情よりも、僕の女神に付き添ってこの国に戻ることを選んだって。でも、君も理解してくれるだろう? 枢機卿に叙階しろってうるさく言われ続ける僕の苦悩を。生涯独身なんて、まったく僕の柄じゃない。

君に、不義理をしたままで、こんな頼み事をするのは心苦しいけれど、僕のとてもお世話になっている老婦人のために力になってくれないか。(彼女の作ってくれるお菓子を君に食べさせたいよ! それをひと口食べたら、君だって彼女の味方にならずにいられるものか)

僕の大切なメイコには孫娘がいる。ミクって言うんだ。(とっても綺麗な子で才能にあふれているんだぜ!)その子が明日、ポリープの診察でローマへ行く。どうやらあのヴィンデミアトリックス家が絡んでいるみたいだから、僕が心配する必要はないだろうが、ローマは大都会だから何があるかわからないってメイコが思うのも不思議はないだろう? 僕はただ彼女を安心させたいんだ。もし、ミクが助けを求めてきたら、力になってあげてほしいんだ。彼女は日本人でポルトガル語も堪能。でも、イタリア語はあまり話せない。声楽家だからオペラに出てくる歌詞ならわかるはずだけれど。でも、そっちには、シオリもいるし、コンスタンサ、いや、”クリスティーナ”もいるだろう? 

僕は、こちらでのんびりやっているよ。しばらくは修道士見習いとして、柄にもなく人のためになることをしようと思っている。君のことをときどき思い出す。こんな何でもない外国人のことを友達だと言ってくれた君のことを。いつかまた、どこかで君とワインを飲み交わしたいと思っている。それまで、あまり無茶なことをするなよ。

君の友、マヌエル・ロドリゲス



「さあ、これでいい」
マヌエルはメイコにFAXを借りると、イタリアのある番号を打ち込んで送信した。
「ものすごく面倒見のいい男なんですよ。たぶん、明日ミクが空港についたら、もう迎えが待っているんじゃないかな。ローマで、これ以上安全なことなんてありませんからね」

 メイコのホッとした笑顔が嬉しかった。彼女は、コーヒーをもう一杯すすめた。マヌエルは、作業に入る前に、大好きなパン・デ・ローをもう一切れ食べることにした。


(初出:2015年2月 書き下ろし)
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