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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(24)姫君到着

マックスが馬を走らせてグランドロンに向かっている頃、ラウラを連れた花嫁行列はグランドロンに到着しています。待っているのは、もちろんあの王様。

ラウラは敵地にアニーと二人取り残されます。一週間、ヴェールをつけたまま、なんとか見破られないようにしなくてはなりません。

既に何回かご紹介していますが、ユズキさんから、とても素敵なイラストを頂戴しています。詳しくは、こちらこちら

レオポルド by ユズキさん
このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断転用は固くお断りします。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(24)姫君到着


森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架 関連地図

 グランドロンはルーヴランよりも夏の来るのが遅かった。一昨日、城を出る前に見た大きな栃の大木には大きな白い燭台のような花が咲き誇っていたが、ここでは蕾が固かった。しかし、夏は婚姻行列とともに到着したらしく、若緑の大きな葉の間から、突き刺すほどの強い光が射し込んでいた。

 ラウラはそっと衿の下に隠された十字架に手を当てた。他の全てはマリア=フェリシア姫の衣装だったが、これだけは彼女自身のものだった。愛を交わした後、帰ろうとするラウラを呼び止めマックスが微笑みながらそっとその首に掛けてくれたのだ。

 馬車が停まり、扉が恭しく開けられると、そこに立っていたのはルーヴランの従者たちではなかった。わずかに離れた所にアニーが立っている。それだけが唯一の心の支えだった。従者の助けで馬車を降りると、しっかりと面を上げてグランドロン城の正面階段を見上げた。顔を隠すヴェールの向こうに、壮麗な城が見えた。なんと美しい城だろう。淡いクリーム色の壁、白い大理石の彫刻、たくさんある窓はルーヴランのものよりも大きかった。

 正面階段は三十段ほどあるだろうか、その上に、ラウラは懐かしい人影を見た。赤いどっしりとした上着を着た、黒髪の青年王。その横には、あの時もぴったりと横にいたヘルマン大尉が控えている。この懐かしさと安堵感はどういうことなのだろう。彼女は訝った。七日もしないうちに、私はこの人に憎まれて処刑されるというのに。

 ラウラの心に、あの月の光の下での近しい会話が蘇る。頬に触れた暖かい手のひら。

「よくお越し下された。さぞ長旅で疲れたことであろう」
よく通る声で王は言う。その顔には隠しきれない喜びがあふれている。ラウラは目を伏せた。
「いいえ。徒歩で来たものの疲れを思えば、私など……」

 それを耳にしたアニーは、心の中で思った。姫君だったら、さぞ疲れたと大騒ぎしたでしょうね。

 姫君を連れてきたルーヴランの馬車行列がそれぞれ王とその花嫁に敬礼をしてからその場を離れていった。ラウラは脇に退いて佇んでいるアニーをちらりと見た。この小さな娘と自分を守っていたルーヴランの鎧は、全て消え去っていく。

 ザッカの約束など信じていなかった。彼らは二人を犠牲にするつもりだ。どんなことがあっても、この忠実な娘だけは婚礼の前に安全な場所に逃がさなくては。そのためには、婚礼の日までなんとか持ちこたえねばならない。

「震えているのか」
レオポルドが訊いた。ラウラは頷いた。
「はい。これまでずっと側にいたものたちが、急に去るとやはり心細く感じます」

 国王は笑った。
「率直でよい。心配するな。一週間後、我々の婚儀には、再びそなたの父である国王陛下の使者と貴族たちがこの宮廷にやってくる。そして、そのうちにそなたにとって近しく側にいるものとは、余とこの宮廷のグランドロン人となるだろう」

 最後の馬車が王宮前広場から去ると、レオポルドはそっとラウラの手を取った。
「さあ、ようこそ、そなたの新しい我が家へ」
二人が王宮へと入っていくと、ヘルマン大尉をはじめ並んでいた廷臣たちも二人に続いた。

 大広間に足を踏み入れ、ラウラは思わず息を飲んだ。広く天井がとても高かった。ルーヴの王宮のような金細工や細かな装飾はあまりなかった。まっすぐに天へ伸びる大きな大理石の柱は上部で鋭利な曲線を描き天窓に集合するようになっていた。計算し尽くされた光の魔術で、広間には荘厳な空氣が漂った。それは厳しくもあり、さらに輝かしくもあった。ルーヴの城が文化と芸術の勝利であるのならば、このヴェルドンの王城は力強さと正義の讃歌と言い表すことができた。強い軍隊。質実剛健。厳格でもあり実利的でもあった。

 ラウラはとんでもないところに来てしまったと感じた。この城を最上と考える人びとを簡単に騙すことなどできるのだろうか。美しいもの、そして楽しいものを追い求め、美食と狩りと贅沢な品々に囲まれたあの将校たちの率いる軍隊が、規律と厳格さに統率され、一分の隙も見せずにこの場に立ち並ぶ男たちに戦いを挑んで勝つことは可能なのだろうか。

 広間には楽人たちがいた。レオポルドが頷くと、控えていた侍従長が合図をし、楽人たちが『森の詩』を奏でだした。王は笑ってラウラの手を取り広間の中央へ向かった。

「また少し上手くなったな」
「何がでございますか」
「言葉と、それからこの踊りだ」

 ラウラは何と答えていいのかわからなかった。あれから一ヶ月、彼女は歓びに満ちてグランドロン語を習った。マックスの生まれ育った国の言葉、彼の話してくれるヴェルドンの様相、老師ディミトリオスの難解な哲学と知識に恵まれた彼の少年時代、旅で経験した時に面白おかしく時に物悲しい逸話。マックスの優しい語りに酔いながら、ラウラはグランドロン語の夢まで見た。そして、この『森の詩』のダンスも婚礼で姫が恥をかかぬようにと十日ほど前に再び練習したのだ。マックスの手に触れて、すぐ近くで踊る幸せをかみしめたのは昨日のことのようだった。ラウラが涙を浮かべたのはヴェールに遮られてもちろんレオポルドには悟られなかった。

 彼は上機嫌でラウラに話しかけた。
「そなたが結婚に承諾してくれたと聞いて、余は子供のように喜んだのだ。わかっているのか」

 ラウラは不思議に思って見上げた。
「グランドロンの国王陛下に申し込まれた結婚を断る国はございませんでしょう?」

 彼は当然だといいたげに頷いた。
「それはその通りだ。そもそも、そなたや余のような身分では、結婚相手に求められるのは家柄や政治にどのように役に立つかだけだ。実のところ外見や氣だての良さ、それに相性も考慮されることはない。だが、そういうものだとわかっていても、余は亡き父と王太后である母のような夫婦のあり方ではなく、ずっとあるべき結婚の鑑としてある夫婦の姿を思い描いていた」

「それは……?」
「今は亡き父の王妹マリー=ルイーゼとその夫のフロリアン・フォン・フルーヴルーウー伯爵だ。お互いに深い愛と信頼で結ばれ、尊敬し高めあっていた。残念ながらその幸福は数年しか続かず、伯爵は何者かに殺害され、叔母も失意のうちにこの世を去ったが」

「フルーヴルーウー伯爵……」
ラウラはその名を聞いて戦慄した。《氷の宰相》ザッカの指揮でルーヴランが、グランドロンから何を置いてでも奪おうとしているのは、金山と鉄鉱石、そして南へ向かう峠のあるフルーヴルーウー伯爵領だった。

「あの宵に決めたのだ」
ラウラは国王の言葉にはっとした。
「そなたと言葉を交わしたあの月の宵に。善き国王と女王であるだけでなく、お互いに信頼し尊敬しあえる伴侶になれると確信が持てたのだ。今まで多くの姫君と直接逢ったが、そなたのような相手は一人もいなかった。それがルーヴランの世襲王女なのだから、これ以上の幸運は望めないと思った」
「陛下……」

 広間に集う貴族たちが次々と踊りの輪に加わった。厳格に見えた広間も、華やかな衣装で踊る人びとで明るくなった。グランドロンは、ルーヴランとセンヴリの連合軍が攻めて来ることも知らず祝祭ムードに酔っていた。
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

うっは~、レオポルド陛下、やはりすごくいい人ですね。彼の身分で、思い描いているような結婚なんてできないのでしょうけど、気持ちはわかるような気がします。
『ルーヴの城が文化と芸術の勝利であるのならば、このヴェルドンの王城は力強さと正義の讃歌と言い表すことができた』という一節に痺れました。
グランドロンやレオポルドの優れている部分を知るにつけ、いろんな意味でラウラは揺れるだろうな~。なんか「自分が悪者になれば」的なことを考えないか、ちょっと心配です。
マックス、急がないとまずいかもよ~。
2015.03.14 09:29 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

あはは。このストーリーの人氣ナンバー1っぽいでしょう?
(ナンバー2はザッカなんだけれど……頑張れ、マックス。無理かな)

> 『ルーヴの城が文化と芸術の勝利であるのならば、このヴェルドンの王城は力強さと正義の讃歌と言い表すことができた』という一節に痺れました。

おお、ありがとうございました。フランス人が初めてドイツに住むことになった、みたいな感じでしょうか。
お城も、フランスのものとドイツのものって違うんですよね。どちらも華麗なんですけれど。ここは、国民性の違いとともに、それぞれの国王や王宮に集う人たちの心構えの違いみたいなものを、建物で表せたらなあと思って書いた所でした。褒めていただけると嬉しくって木に登っちゃいます。

え? ラウラ? ええと、どうでしょうねぇ(笑)
笑っている場合じゃないか。
マックス、ええ、急げ。でも、あの人、来てもあまり役に立たな(以下自粛)

コメントありがとうございました。
2015.03.14 18:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
知れば知るほど、このレオポルドとグランドロンの内面的な強さと誠実さが分かってきます。
ラウラの心中、察するに余りある~。
頼みの綱はマックスしかいないんでしょうか。
ここでラウラが何か抵抗する術はあるのかな。暴露してしまえば、ルーヴランが滅んでしまうだけで、それもあり得ないし。
こういう戦略物は戦記にしても歴史ものにしても、ほとんど読んだことが無いので、ただじっと見守ることにします。
でも・・・やっぱりラウラとレオポルド陛下って、一番いい夫婦になりそうなんだけどなあ。(マックスごめん><)
2015.03.15 01:20 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんにちは。

実は、この作品の構成を再構築する時に、いろいろと悩んだのですよ。
どこを膨らませるかで。

グランドロンとルーヴラン、本当はグランドロンにもしょーもない人がいっぱいいて、ダメな部分もあって、ルーヴランにも真面目な人がいて、頑張っているけれど追いついていなくて(これはちょっとは書いたけれど)みたいなところをたくさん増やすか、それとも中世という時代をもっと前面に押し出すか。

で、結局「中世という時代」を選んで、その限界のようなものにスポットをあてる事にしたんで、その分「ルーヴラン vs グランドロン」が「アメリカ vs ソ連」みたいな若干わかりやすすぎる構図になってしまい……。

でも、ここでまた「お互いの国にも色々あってさ」をやりはじめると、話がますます分かりにくくなって、やたらと長くなり「これだけ長々と読ませて、その結末かよ!」になることは目に見えていたので、今回は割り切ることにしたのです。

この話は、まともな戦記物でも歴史物でも、もちろんファンタジーでもありません。
あくまでウルトラ単純な「王子様とお姫様の物語」の1バリエーションです(笑)
だから、周りで起こっていることは、すべてただの騒音だと思っていただけるとわかりやすいかと思います。

ただ、その騒音部分に、その当時での想像できる「現実主義」というか「合理性」を組み込もうとしています。だから、結末のあっけなさに驚くと思います。例えば、戦争って、した方が明らかに利があるという理由がない限りはする必要ないんですよね。そりゃ「戦記物」はしなくちゃ意味ないから、いろいろとその理由を設定するんでしょうけれど。

ところで、limeさんもレオポルド推しですか(笑)
この傾向は、続きをアップすればするほど(以下自粛)
マックス、旗色悪し。頼みの綱にもなれそうにもないしな……。

コメントありがとうございました。
2015.03.15 11:36 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
レオポルドは非の打ち所のない王ですね。
ラウラも理想の配偶者だと思います。ただ一点を除いては・・・。
王族の結婚というものがどういうものかちゃんと理解していて、そんな制限の中でも理想の妻を迎えることができたと思っている王(本当にお姫様と思ってるの?などと考えている天邪鬼のサキは置いておいて)、それだけに真実が露呈したときの王の気持ちは想像できますが、どのような行動をとるのでしょうか?ラウラにはどのような仕打ちが待っているのでしょうか?
あまりに順調に進む婚礼にサキはの不安は募るばかりです。
ラウラの心中もどれだけ混乱しているのか、アニーがどれだけ心配しているのか、2人がどれだけ不安なのか、想像し始めるとじっくりと読んでいられないくらいです。でもじっくりと読みましたよ。
ザッカの様々な陰謀がどのような形で反射してラウラとアニーの身に降りかかってくるのか、ドキドキしながら読んでいきたいと思います。
マックス!頼むよ。
2015.03.15 14:22 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

> レオポルドは非の打ち所のない王ですね。

いやいや。最初の方で、マリア=フェリシア姫が追求していた女遊びの件は、策略でもデマでもなく、事実ですし(笑)
探れば他にもいろいろとしょうもない点や、欠点はあるでしょう。たぶん。
よく遊び、よく学び、よく治め、たまにサボり、若いから勝手なこともして、みたいな人かな(?)
ラウラの方が初な分、物事を一面的もしくは属性のみで見ていたのが、次第に多面的に見られるようになっていくのかなという感じですかね。

ラウラは、頭の中身や振舞いは王女に代われるくらいにしつけられていますし、侯爵令嬢ならば家柄としては王妃にもなれるんでしょうけれど、どうなんでしょうね。女王の器ではないかも。小人物根性がね……。そういう立場になれば、少しずつ変わっていくと思いますが。

レオポルドは今のところ騙されていますね。最初にあわされたのが姫だったら即わかりますし、そこら辺の村娘だったら言葉遣いなどで即バレるでしょうが、ラウラの振舞いは姫よりもちゃんとしているくらいだから、それでは氣がつきません。むしろおかしいと思うのは、お世話をする方……。この次にきますけれど。

みつかったら、ええと。
どうなるかは、もう少しお待ちください。

マックスは、必死で馬を走らせていますが……。
お〜い、頑張らないと、みんなに見捨てられちゃうよ!

コメントありがとうございました。
2015.03.15 18:23 | URL | #9yMhI49k [edit]

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