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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(25)疑い

ラウラは、結婚式までの間グランドロンの王宮で、アニーだけに身近な世話をさせています。ほぼ敵国からの政略結婚とは言え、部屋の中でもヴェールを外さず、グランドロンの召使いを寄せ付けない様子は、やっぱり少し変ですよね。綻びは少しずつ……。

そして、今回、二人ほど新しい女性キャラクターが登場します。一人は宮廷奥総取締役の女官長。そして、もう一人が高級娼館のマダム。どちらも、この小説だけでなく、これから書こうかなと思っている続編でもう少し自由に動く予定の人物です。


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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(25)疑い


森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架 関連地図

「陛~下っ」
甘ったるい声がした。ハイデルベル夫人は反射的にきつい顔になって、声のした方を振り向いた。レオポルドは多少困ったように口端をゆがめた。
「ヴェロニカか。なんだ」

「『なんだ』は、ないでしょう? 花嫁様にご紹介いただけませんの?」
香水の匂いをまき散らしてデコルテが大きく開き、豊かな胸を強調したえび茶色のドレスをまとった女はその肉感的な厚い唇をゆっくりと閉じてみせた。ハイデルベル夫人は我慢できずに前に進み出た。
「恥を知りなさい。あなたみたいな女が未来の王妃の友情を勝ち得る可能性があるなんて思わないことね。つまみ出される前に消えなさい」

 女はまったく動じた様子もなかった。マダム・ベフロアの名で知られるヴェロニカは城下にルーヴラン風のインテリアの高級娼館《青き鱗粉》を経営している。彼女の一番の顧客は国王その人であり、定期的に何人もの女たちを派遣していた。だが、レオポルドは一人の娼婦を連続して呼ぶ事がなかったので、愛人のように振る舞える女はいなかった。その代わりに、派遣元のヴェロニカがかなり頻繁に出没しては愛人のごとく自由に振る舞っていたので、ハイデルベル夫人は腹に据えかねていた。そもそも、何がマダム・ベフロアだ。ここはグランドロンなのにルーヴランのような名前を名乗っているのが氣にくわない。その方が華やかで文化的だとでも言いたいのだろうか。

「あなたの意見なんかきいていませんわ、ハイデルベル夫人。陛下、まさか、結婚するからって、私たちの楽しい遊びをおやめになるわけじゃないでしょう?」

「ううむ。どうかな」
レオポルドの歯切れは悪い。二人の女は思わず顔を見合わせた。結婚するぐらいで、国王が女遊びをやめる可能性など欠片も考えていなかったからだ。王が即座に否定しなかった事にひどく驚いた。

 ベアーテ・ハイデルベル男爵夫人は、サンドロン侯爵の四女で王太后の従姉妹にあたる。女官として早いうちから後宮に務めたが、まじめで浮ついた所がないために早くから侍従長と王妃の両方に信頼され、前国王フェルディナンド三世が若いという反対意見にも拘らず宮廷奥総取締に取り立ててから二十年近く経っていた。現在の王太后である王妃だけでなく、社交の中心でもあったフェルディナンド三世の妹、フルーウールーウー伯爵夫人マリー=ルイーゼからも信頼が厚く、それゆえ今は亡き伯爵夫人を敬愛する現国王レオポルド二世もハイデルベル夫人を父王と同じように尊重していた。

 ハイデルベル夫人は、レオポルドが馬鹿げた女遊びをする事に大賛成だったわけではないが、自分が意見をしてやめさせるべき事だとは思っていなかった。国王は節度を持って遊びと政治を分けていたし、また、結婚相手をふさわしい姫君と決めていたのをわかっていたからだ。

 レオポルドは、多くの花嫁候補に対して非常に手厳しかった。センヴリ王国のイザベラ王女や、マレーシャル公国のクロディーヌ姫は、家柄も評判も悪くなかったにも拘らずさっさと断ってしまった。

 マリア=フェリシア姫はルーヴランの世襲王女で家柄と結婚で得られる領国が別格であり、さらに絶世の美女との評判も耳にしていたが、ハイデルベル夫人はこの話がまとまるとは夢にも思っていなかった。マリア=フェリシア姫の美しさ以外の資質についての噂は、あまりにも芳しくなかったし、レオポルドの普段の言動からしてそのような姫を生涯の伴侶に選ぶとは考えにくかったからだ。

 ところがレオポルドはルーヴランから戻ってきてすぐにマリア=フェリシア姫に正式の結婚申し込みをした。濃いヴェールに阻まれて、未だに姫の顔を見たことのないハイデルベル夫人は、噂のわがままで浅薄な王女がどうやってレオポルドの心を射止めたのかどうしても納得がいかなく、到着した花嫁に非常に強い警戒心を持っていた。

 しかも、この王女は新しく彼女に仕える事となったグランドロンの侍女たちを信用していなかった。親しく打ち解ける事がないばかりか、着替えや身支度の時にルーヴランから連れてきた侍女以外のものが同室する事を禁じたのだ。ハイデルベル夫人は侍女たちからの報告を受けて、すぐに表にいってレオポルドに報告した。

「おかしいと思いませんか? 着替えの間、あの二人以外は同室できないんですよ。何か危険なものでも隠し持っていないとも言い切れませんよ。十分にご注意なされませ」

 王は笑って頷くだけだった。いったいどういうことなのだろう。他のことはともかくこの花嫁のことになると、どうも陛下の判断力は著しく低下している。ハイデルベル夫人も側に控えているフリッツ・ヘルマン大尉も思った。

「たとえ刃物を持っていようとも、あの細腕では余にかすり傷一つ追わせることは出来ない。それに……」
王はそれ以上は口にしなかった。
(あれと余の心は通いあっているのだ。国同士の仲がどうであろうとも……)

 ヴェロニカは王の居室から出て、いつものごとくプラプラしていた。怒りとも不安ともわからぬ感情に支配されていた。一つだけわかるのは、やってきた王女のことを過小評価し過ぎていたということだった。美貌だけれども浅薄でわがままな女だったのではないのか。

 王の愛人やそれに準ずる地位に就きたいと思ったことはない。王族貴族やそれに準ずる貴婦人と張り合うつもりも全くなかった。彼女は自分の力で築き上げてきた娼館《青き鱗粉》を誇りに思っていた。他の全てには決して超えられない階級の壁があるが、彼女の王国では誰もが同じだった。同じ欲望、同じ衝動、同じ鼓動。それを支配するのは、天におわす神と、人を惑わす悪魔の両方だった。人には決して逆らえない。その支配は何よりも誰よりも強いはずだった。

 ヴェロニカとにとって、レオポルドは最上の顧客であると同時に、一種の友情もしくは戦友に近い感情を共有する仲だった。ヴェロニカは、その口の堅さを王に示し信頼を勝ち得ていた。また、彼女は彼の必要とする情報を独特の方法で手に入れて、若い王の親政を補佐した。賢者ディミトリオスやヘルマン大尉が表の正式な面から補佐したのと同じように、彼女はレオポルドを裏の隠れた面から支えてきたという誇りがあった。賢者やフリッツ・ヘルマンと全く別の次元で、彼女はレオポルドの最大の理解者であると同時に、どの女にも負けない特別な地位を彼の心の中に占めていると感じていた。

 だが、ルーヴランからやってきたあの女は、突然、王の心の中に居座った。顔も見た事がなく、誰も逆らえない本能の焔でねじ伏せたわけでもなく、わずかな会話をしただけで。いったいどうやって。

 彼女はふと足を止めた。見慣れぬ娘が向こうからやってきたのだ。服装からすると侍女のようだが、服装がグランドロンのものと少し違う。袖の膨らみや腰の絞り方などがわずかに華やかに見えるのだ。ということは、あれがハイデルベル夫人の言っていた王女づきの侍女なのね。

 その娘はまだ半分子供のようだったが、妙な緊張が感じられた。何かを隠しているような印象だ。ヴェロニカとすれ違う時に下を向いて頭を下げた。腕の所に非常な力が入っている。手に持っているのは洗濯物のようだが見られないように抱えている。それは奇妙な行動だった。洗濯ものは専門の侍女が部屋に取りに行くはずだ。では何を洗おうとしているのだろうか。しかも、グランドロンの人間に知られないように。

 ヴェロニカは少し考えてから、女官たちの控えている部屋に向かった。普段ならできるだけ近寄りたくない、面倒な場所だが、今回は利害が一致するように思った。ハイデルベル夫人を呼んでもらおうとしたが、残念ながらもう退出したと言われた。ヴェロニカはハイデルベル夫人づきの侍女の中で一番口の堅そうなアナマリア・ペレイラを連れ出した。
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

えっと、また重箱の隅を……。
「花嫁候補対して」→「花嫁候補に対して」
「隠し持っていないいとも」→「隠し持っていないとも」
かと。

うぬう、女の闘いだ(笑)
さしずめ大奥総取締vs吉原のやり手女将ってとこですかね。このしたたかな女たちの間に入ったら、ラウラではひとたまりもなさそう。もっとも、そういうドロドロのドラマもちょっと読んでみたいかも(怖いもの見たさに)
それにしても、こういう女たちとうまく付き合っているという点で、やはりレオポルド陛下は大物だと思います。それだけに、ラウラにメロメロなのが可愛いといいますか、ほんとうにいいヤツですねぇ。
ザッカの計略、意外なところから綻びそうですね。この先の展開、面白そうですね。
あ、マックス、完全に蚊帳の外(笑)

次話も、楽しみにお待ちします。
2015.03.18 15:11 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

あうあうあうあう。すみません! 本当に毎回、毎回。
すっかり私の「先さん」にしちゃっている。ごめんなさい、ごめんなさい。
でも、本当に助かります。またどうぞよろしくお願いします。

そうそう、江戸時代に置き換えるとそんな感じで。この話、「和宮○御留」みたいな話なんで、ちょうどそんな感じで書いてみました(笑)

「大奥」かあ。今度、そういうコンセプトで遊んじゃおうかな。レオポルド上様に上﨟ヴェロニカ、みたいな。いや、そういう問題じゃないって。

ルーヴランより、グランドロンの方が書いていて楽しいのは、変なキャラがそれなりに揃っているからなんですよね。ヴェロニカ登場で、レオポルドに対する皆さんの過分な評価もこれで少し崩れるだろうし、ほっ。かといってこの程度ではマックスには何の掩護射撃にもならないけれど。

ザッカの計画ですが、普通、どう考えてもバレるでしょう。いくら中世だって。
と、書きながら思いました。

> あ、マックス、完全に蚊帳の外(笑)

そう。今のところ、あの人が居ようがいまいが、関係のない話になっちゃっています。
頑張って馬は走らせていますが。
次回、ようやくマックス到着です。
また読んでいただけると嬉しいです。

でも、来週は、ポルトなんで、一週間お休みです。その分、TOM-Fさんお待ちの沐……(以下自粛)

コメントありがとうございました。
2015.03.18 19:13 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。いつも変なタイミングのコメントになってしまいまして
申し訳ございません(><)
どうしても一言だけ……

英雄色を好むじゃないけれど、色に溺れず女達を上手く捌く、
デキる男の条件なんじゃないでしょうか。
ラウラの味方なので
「そうだよね、そりゃ王様だもの、そういうことの一つや二つや三つや四つあるよね(マックス以上? かも!!)」
と思いつつも

「ううむ。どうかな」

の一言で「か、可愛い///」と全てを許してしまったわたしを叱って下さい(笑)

何だろう、この女傑のお二人ですが、すごく好きです。
特にヴェロニカは独自の哲学を持っていてかっこいいですね。
ちょっと切なくも感じるけれど、「戦友」以上の感情を行間の隙間から感じ取ってしまたったのは気のせい?
それから「彼女の王国」って言葉に痺れました。

ラウラとはまた違うタイプの女性達に、新たなグランドロン事情が見え隠れして
増々目が離せなくなりました。
夕さんたら本当にこういう仕掛けが上手です……!!
あああああ全然一言じゃないですねすみません!
続き楽しみにしております!
2015.03.19 07:23 | URL | #- [edit]
says...
こちらの城内の人間関係も濃厚で面白いですね。
ああ~、やっぱりレオポルドは女遊びが盛んだったのですねw
誤情報ではなかったか^^
いやでも、彼の女遊びは羽目を外さない程度の、ある意味たしなみ程度なのかなあと、勝手に思ってしまいました。

そうか、そう言えばまだレオポルドはラウラの顔さえちゃんと見たことがなかったのですね。
そこの所、忘れかけていました。(バッタリどこかで出会っても、わからないのかな?)

そしてこのヴェロニカという女性。なかなかカンの鋭そうな人です。
この人がなにかの引き金になってくれそうですね。
いい方向にいくのか、悪い方向に行くのかまったく見当がつかないのですが。
続きを楽しみにしています。

あ、もうすぐまた旅行に行かれるのですね。
準備と更新、大変だと思いますが、がんばってください^^



2015.03.19 14:12 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

ええ、そんな!
コメントはいついただいてもウルトラ嬉しいのでございます!

レオポルドは「よく遊び、よく仕事する」タイプなので、ええ、遊びます。
それも、マックスみたいにお上品に、据え膳食っちゃってるんじゃなくて、一つや、二つや、三つや、四つや、どころか、時にはまとめて複数とか、ええと、ガッツリ。
で、「やっぱり、そんなことしたら嫁に嫌われちゃうかな、でも、やめられるか自信ないな」が「ううむ。どうかな」 というひと言に(笑)
ここは「可愛いヤツだな、はいはい」と思える嫁が来るのが一番ですよね。(そんなの、来ないか)

でも、ラウラ的には、マックスがそうじゃなければ、もうどうでもいいんじゃないかな〜。一度、グランドロンにいた時に、思いっきり軽蔑したし。

ヴェロニカは、まあ、その「肉体関係はないけれど、嫁より近い」立場を自負していたから、ええ、敵愾心が燃えさかっちゃっていますね。どう思っているのかな。なんて。ラウラとマックスが、あまり遊べないキャラだったので、今回は脇役にぶっ飛んだのが多いですね。ヴェロニカも、大活躍は続編か外伝ですね。キャラはいろいろと作ったけれど、本編では必要最小限しか使えなかったので、今後に期待です。

で、次回は頑張っている蚊帳の外の主人公がようやく駆けつけてきます。でも、一週間お休みでごめんなさい!
見捨てずに読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.03.19 21:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

こっちの城内は、王様がああなんで、周りもちょっとリラックスぎみですね。
ええ、尾ひれのついた噂ではなくて、本当にお盛んでした(笑)
まあ、独身で王様だし、何もないと反対に怖いし。
真剣にそこら辺の村娘と愛し合われても、側近も困るんで、みんな「はいはい」と放置です。

そう。レオポルド、まだラウラの顔は知らないんです。
絵で見たマリア=フェリシアの顔を想像している程度。あまり写実的ではない絵だから、よくわかっていないかも。ラウラを見かけても今のところわからないでしょう。でも、声や話し方はバッチリわかってしまっているので、今からすり替わるのは無理ですけれどね。

そう、ヴェロニカはフットワークがいいので、ザッカが思っているよりも早くに……。
一週間もバレないなんて、無理ですよね……。
マックスは、まだついていないし。

更新準備は、なんとかなりました。そして、今、荷造りも完了!
明日は、お掃除して、明後日は洗濯してそのまま出発です。
あ、まだ明日一日仕事が。頑張ります。

コメントと激励、ありがとうございました。
2015.03.19 21:39 | URL | #9yMhI49k [edit]

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