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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (9)アヴィニヨン、 レネの家族 - 1 -

スペイン編といっておいて、例外的にフランスです。南フランスの典型的クリスマスはこんな感じらしいですよ。今回も長いので、今日と明日の二回に分けてアップさせてください。
あらすじと登場人物
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大道芸人たち Artistas callejeros
(9)アヴィニヨン、 レネの家族  前編


新年まで、ずっとバルセロナで稼ぐのも退屈だという話になった。どうせなら近場に移動して、クリスマスまでにここに戻って来ようかと話がまとまったのだ。問題は、どこに行くかということだった。

「行き先が多数決なのはよくわかっているんですけれど」
レネがおずおずと言い出した。

「どこか、どうしても行きたいところがあるの?ブラン・ベック」
蝶子が優しく訊いた。

「これからもっと南へ行くんだし…、アヴィニヨンにはもう戻れませんよね。」
「フランス、プロヴァンスか。ここからなら半日で戻れる。年内に行きたいのか?」
ヴィルが言った。

「橋のある所だよな?特別な思い入れがあるのか?」
稔が訊いた。レネはもじもじと、とても言いにくそうに答えた。
「僕の生まれた家があるんです…」

三人は一瞬黙ったが、一斉に笑い出した。
「わかったよ。そりゃ行きたいだろう。行こうぜ」
稔が言った。

蝶子はヴィルに言った。
「アウグスブルグには行かなくていいの?」
ヴィルは首を振った。
「俺の家族はいないんだ」

三人にはアウグスブルグにヴィルの家族がいないのか、ヴィルに全く家族がいないのかわからなかったが、ヴィルが何も付け加えなかったので、それ以上訊かなかった。少なくともレネのように帰りたがってないことは確かだった。

「じゃ、カルちゃんに頼まれたクリスマスパーティまでに戻ってくればいいじゃない。明日にでもアヴィニヨンに行きましょうよ。おうちは市内なの?」
「いいえ、十キロメートルくらい郊外です。でも、泊まるところの心配はしないでください」



バスを降りて、丘の上を目指してゆっくりと登っていると甲高い声が聞こえた。
「レネ、レネじゃない!まあ、まあ、まあ!」

足を止めて見上げると、丘の上にふくよかな女性の姿が見えた。
「母さん!」
レネが荷物を取り落として、そのまま丘の上までダッシュした。そして、母親と固く抱き合った。ヴィルがレネの荷物を拾って、ゆっくりと丘の上に向かった。三人が親子のもとに着いた時に、二人の興奮はようやく治まった。

「この人たちは…?」
母親の問いに、レネは眼鏡をとって涙を拭き、それから、嬉しそうに言った。
「僕の仲間なんだ。一緒に稼ぎながら旅をしているんだ」

三人はレネの母親を見て微笑んだ。レネにそっくりだった。ただし、ひょろ長いレネと対称的にまんまるだった。優しい笑顔で、突然連絡もなくやってきた一行を迷惑がりもしないで歓迎した。三人は自己紹介したが、レネの母親のシュザンヌは英語が話せなかった。ドイツ語も、もちろん日本語も。だが、そんなことはどうでもいいようだった。

レネの生家は、ベージュの壁が優しいイメージの、典型的なプロヴァンスの農家だった。広い庭があり、その先には眠りについた葡萄畑が広がっていた。家の中から、父親もでてきた。こちらは雰囲氣がレネにそっくりのひょろ長い手足の親父さんで、やはり暖かい人柄なのが一目で分かった。満面の笑みで突然帰ってきた息子の頭を小突き、仲間を歓迎した。父親のピエールはプロークンながら英語が話せた。

「もちろん、家に泊まっていってくださいよ。レネ、どのくらいいられるんだ?」
「クリスマスパーティまでにバルセロナに戻んなくちゃ行けないんだ。準備もあるから、そんなに長くはいられないよ。一週間くらいかな」
「そうか。じゃあ、また改めてゆっくり来るんだな。春から夏の方がいいだろうな」

「僕たち、居間かなんかで雑魚寝するから」
そういうレネに母親は厳しい顔で首を振った。
「こんなきれいなお嬢さんを雑魚寝させるなんて、なんてことをいうの?もちろん客間に泊まってもらうわよ」
「そっちの二人は、マリが使っていた部屋と元のお前の部屋がいいだろう。お前は居間か屋根裏部屋か好きな方を選べ」
「屋根裏は夏はいいけど今は寒いからな。居間にするよ」
「おい、ブラン・ベック。俺は別に個室でなくてもいいんだし、お前の元いた部屋で眠れよ」
「それもいいですね」
「なんだ、レネ。お前、ブラン・ベックなのか」
父親は大笑いした。



シュザンヌは、大はりきりで大きなパイを焼いた。蝶子はレネが突然家に帰りたくなった理由がとてもよくわかった。イネスの手料理とエンパナディーリャは、レネの胃袋を直撃して、暖かい両親のいるこの家への思慕を呼び起こしたのだ。レネの生家はワイン醸造を生業としていたので、四人の酒飲みの襲撃にもびくともしなかった。

「ブラン・ベックったら、失恋の痛手を癒すのになんでコルシカ島なんかに行ったのよ。ここの方がよっぽど効果的じゃない」
蝶子はにやにやして指摘した。

「そうだけど、ここに来ていたら、僕はArtistas callejerosに加われなかったじゃないですか」
レネが言うと稔がレネの頭を小突いた。
「よくやったよ。ブラン・ベック」

ピエールは、皆のグラスにワインを注ぎながら言った。
「旅にでるって話を聞いてから、時折届くハガキ以外、詳細がわからなかったから、心配していたんだぞ。電話ぐらいできるだろう」
「家に電話なんか、誰もしないんだよ。父さん」
レネは少しむくれた。

「いや、したけりゃすればいいじゃないか。俺が連絡しないのは、相手がいないからだよ」
稔が言った。

「ミノルさんとチョウコさんはヨーロッパにお長いんですか?」
ピエールが訊いた。

「俺は四年半です」
「私は七年」
「ああ、日本から一緒にいらしたんじゃないんですね」
「私たち、三人とも偶然同じ時期にコルシカ島にいて、そこでArtistas callejerosを結成したんです」
蝶子がにっこりと笑った。

「父さん。わるいけれど、そんなに質問しないでくれよ。僕たち、あれこれ過去のことを詮索しないって決まりがあるんだ」
レネがあわててフランス語で言った。ピエールは、肩をすくめた。
「まだ、過去のことなんて質問していないよ」

ピエールとシュザンヌには、これまで日本人の知り合いがいなかった。アヴィニヨンですれ違う観光客を見たことがあるだけだった。突然息子が二人も日本人を連れてきたのは事件と言ってもよかった。しかも、ドイツ人も一緒だ。レネと氣の合うドイツ人がこの世に存在するというのは信じられなかった。

一般的にドイツ人というのは、みな一様に強引で理詰めで意見を押し付けるので、観光地のフランス人は嫌っていた。レネは、ドイツ人の好きなことが苦手だった。つまり理路整然と意見を戦わせたり、ロボットの如く時間に正確に動いたり、集団で騒いだりするようなことができなかった。だから、子供の頃にはたった一人のドイツ人の友達もできなかった。しかし、このドイツ人とはうまくいっているようだった。ドイツ人と日本人はうまく行くだろう。第二次世界大戦も息がぴったりだったし。でも、レネとは、あり得ない組み合わせだ。一時的な仲間ではなく、ずっと一緒にいるようなことまで言っている。レネは一体、どうしたんだ?

けれど、二日ほど経つと、夫婦はレネがこの三人と一緒にいる理由がわかってきた。ブラン・ベックなどと呼ばれながらも嬉しそうにしているのも不思議ではなくなってきた。

レネは子供の頃から周りとうまくコミュニケーションできなかった。ありていに言えば、人が良すぎて簡単に利用されてしまうのだった。誰のことも好きになり、皆からコケにされる。傷つくが、それでも新たに誰かを好きになり、再び使われてしまう。親孝行で優しいが、ふがいないので叱ると、さらに傷ついて見る影もなくしおれてしまう。

この三人は、三人とも全く違う個性を持っていた。稔は公正に誠実にレネに接する。けれど上からではなく対等に、楽しく信頼を持って接する。蝶子は本当の蝶のように軽やかにレネをからかって回る。レネの人の良さや隙の多さをちくちくと刺して、それが結果として外部からレネが害を受けるのを防ぐことになっている。そして、無表情で無口なヴィルが、何故かレネを蝶子や外敵から守っているのだ。三人ともレネの知性と優しさを心から尊重しているのがわかる。

この三人といると、どれだけレネが心地いいか両親にはよくわかった。パリで、何人もの女や男にコケにされて、クリスマスやイースターの帰郷の度に涙を流していたことを思うと、大道芸人の旅だろうが、レネが離れたがらないのも当然に思えた。

「クリスマスにいられないなら、クリスマスのごちそうを早めに出すか。一週間あれば準備できるだろう?」
ピエールはシュザンヌに言った。彼女は大きく頷いた。明日から準備に入らなくてはならない、と固い決意を見せた。レネは顔を輝かせ、三人は何が始まるのかと顔を見合わせた。

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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
一気にここまできてしまいました!
稔さんの過去の話しが、非常にさりげない小粋な演出で表現されていて、またそれらを大人の対応で
さりげなく受けとめる皆が愛しく思いました。
そういう事情があったのですね。
囲い込まれていく事への、どうしようもない違和感というか、このあたり、教授の「支配」から自由を勝ち取った蝶子さんと少し共通するものがあるなあって思いました。
前回のコメントでは、大変丁寧な解説ありがとうございました!
作者様自らの解説って、すごく貴重で、本当に有り難く、おもしろくて…感激しました。
ドイツ人の国民性にまでは思い当たらず、今回のお話でもドイツ人の気質に少し触れられていたので、なるほど、ととても感慨深く読む事が出来ました。
確かに、日本人とドイツ人は気が合いそうです。

あと、前回のお話で、ヴィルの立ち居振る舞いの上品さを稔さんが観察するシーンがありましたが、上流階級の身のこなし、というのを具体的に描写されていたのがすごく分かりやすく想像しやすかったです。
こういう、上品な立ち居振る舞いの人が、個人的に大好きなんです^^
レネはお人好しで、だんだんと彼らの個性や過去が分かってきました。

何ていうか、八少女 夕さんの「大道芸人たち」は、じんわりゆっくりきますよね、読後感が・・・
これって、出来そうで出来ない事だと思います。

ではでは、レネの家族の後編をまた引き続き読みに参ります!
執筆頑張って下さいー(*^-^)
2012.07.29 12:09 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

貴重な日曜日の時間を裂いてくださり、ありがとうございます。

この小説は「樋水龍神縁起」のように思い詰めて書いたものではなくて、自分の好きな物を詰め込んだお氣楽ロード・ノベルなのですが、せっかく書くのだからと盛り込んだのが「現地に住んでいるから見えるもの」でした。日本人にとってはさほど差のないドイツ人とフランス人の違いや、目には見えていない階級の差なんてものもその中に含まれています。

それがかえって私にしか書けない小説になるのかなとも思います。技術的な稚拙さや本人の中身の不足を補ってくれているのかなと。

こうやって、読んでくださって前向きなコメントをいただくと、もっと頑張るぞと力が湧きます。ちょっと止まっていた第二部もまた書き出せそうです。

現在アヴィニヨンという事は、あと数話で一つの大きな転換点に辿り着きますね。スペイン編はイタリア編とはちょっと違ってきます。イタリアとスペインって、同じヨーロッパの地中海の国なんですが、トーンがすごく違います。四人もスペインモードに入るんですかね。

また、どうぞよろしくお願いします。コメント、ありがとうございました。
2012.07.29 14:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ああ、そう言えば、レネだけは他の者と違ってウチに帰りたくないというわけじゃありませんよね。
いいお父さんとお母さんですよね。
それでも稔たちと旅を続けたいのはやはりよほど居心地がいいからなんでしょうね。

レネ、性格的に自分に似ていて涙が出そうです。
2014.03.17 14:49 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。この人は、四人の中で唯一帰る場所のある人です。そして、それにふさわしい人柄なんですよね。
もともとレネは両親からは独立しているので、パリのようなところで一人で自立するか、それとも仲間と一緒にいるかという選択肢なのです。だとしたら、まあ、Artistas callejerosがいいでしょうね(笑)

おお、似ていて共感なさるのですね。レネはこの小説では、散々なように見えますが、一番の愛されキャラですよね。ちゃんといい目を見ますのでご安心くださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.03.17 21:06 | URL | #9yMhI49k [edit]

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