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Posted by 八少女 夕

ある国の民であるということ

春らしくなって、暖かくなったなと思ったら、1200メートルでは雪ですって。1200メートルって、住んでいる所の標高が700メートルなんで私たちにはそんなに高い山ではないんです。その辺ですよ。

というのはさておき。今日は、ちょっと考えてしまったことを。


さくら咲く

このブログを読んでくださる方の99%は、考える必要の全くないことなんでしょう。私もこれまではあまり考えなかったことなんですが。ここの所考えるのです。私は将来的にどこの国に属するべきなのかなあと。具体的に言うと、国籍の問題なんですよ。

私は日本生まれの日本人で、日本の文化を愛し、他の国の人間になりたいと思って国際結婚したわけではありません。たまたま嫁に貰ってくれたのがスイス人で、その男が日本に住むなんてどう考えても無理なので、私がスイスに来たというだけです。日本のパスポートは、スイスのパスポートと同様にどこでも行けるし、外国人だからといってスイスでそんなに苦労したことはないので、これまではずっと日本国籍のままでもいいかなと思っていたのです。

でも、思うんですよ。日本という国にとって、私って歓迎される国民なのかなって。日本の国民年金保険料は払い続けています。義務でもないんですけれど。でも、もう日本の税金払っていないんですよね。考えると日本で働いていた時間よりスイスで働いていた時間が長くなりました。

今は、スイスで働いて、スイスの税金と社会保険料を払っています。で、このまま老年になってじゃあ日本に帰りますって帰って、日本の国民年金貰って……生活できませんよね。どう考えても。厚生年金に当たるものを払っていたのは五年ほどなので、それでも足りません。スイスの年金はもらうことになると思うんですが。

もちろん、全然税金払ってこなかった身で、楽して生活できるような年金を日本からもらえたらどこかおかしいわけです。スイスでは、国民投票もさせてもらえない身で、とにかくいっぱい払っているんで、くれると言うものは堂々と貰いたいんです。でも、日本に帰るとなると、そういうわけにもいかなくなるんですよね。スイス人じゃないんで。

国籍って、あたり前すぎてさほど氣にしないと思いますが、「もし何かがあった時に、どの国が責任もって面倒看てくれるか」ってことでもあるんですよ。たとえば、どこかで連れ合いと一緒に拉致されてしまったとして、スイスは連れ合いの救出には頑張ってくれるでしょうが、私は外国の馬の骨、なんですよね。扱いとしては。

そこまで行かなくても、私が老女になって、貧乏で行き倒れ寸前だとします。スイス国籍を持っていたら間違いなく本籍に当たる市町村が責任を持って面倒を看てくれるんですが、外国の馬の骨は看てくれないと思うのです。かといって、日本の本籍地も面倒看てくれるとは思えないんですよね。特に今の日本を見ていると、日本国内にいる人たちに社会福祉を行き渡らせるのも大変そうで、スイスの田舎の村にいる何十年もいなかった国民の面倒を見る余裕なんてなさそうじゃないですか。

で、一度も考えたことのない「ところでスイス国籍をとるには」っていうのを、ちょっと調べてみたんです。資格はあるのはわかっていたんですよ。最低五年以上スイス人と婚姻関係にあるし、その状態は維持しています。スイス人の話す言語のうち最低一つでの意思疎通も出来ます。住まない限り絶対に習得できないスイス方言が聴き取れるんですから。でも、歴史や政治のことにとても詳しいとは言いかねます。試験があって結構撥ねられるらしいんです。スイス国籍はポピュラーでみんなが欲しがる上に、「ガイジンが多すぎ!」ということで、審査がキツくなっているらしいんですよね。

申請すれば貰えるんじゃないのか……。そう思った途端、少し後ろ向きになっている私。いや、スイス国籍貰ったら日本国籍はなくなっちゃうんで、いますぐどうこうってわけではないんですが、でも、定年までには考えておかないとなと思うんですよ。子供がいないので、老後にボケちゃったときのことなんかも考えておかなくちゃいけないし。でも、自動車免許じゃないんだし、一度撥ねられたら、もうだめなんじゃないの? なんて事も考えて、グルグルしていたりする私なのでした。
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Comment

says...
自分が何者なのか、に匹敵する重要なことだと思うんです。
サキごときがどうこう言える問題ではないです。
でも、どこかで決断する必要はあるのでしょう。
じっくりとお考えになって、結論を出してください。
まだまだ時間はあるみたいですから。
2015.04.18 09:23 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
「どこで最期を迎えるか」……これ、私の最近の関心事です。事の大小は違うけれど、夕さんの国籍と同じような感覚かも。帯広とか熊本とか真面目に考えてたこともありますが、最近はやっぱり京都かなぁ、あと10年ほどしたら真剣に考えなくちゃなぁ~、いや、10年もないかも、とか真面目に思っています。
そうそう、以前、夕さんと子のコメントに書かせていただいた気がしますが、この頃は人生を逆から見る(逆算する)ようになってます(よね)?
夕さんの場合は国籍だから、申請とか高い壁があるので、いっぱい大変だろうなぁと思うのですけれど、本当に「終の棲家」を考える世代なのですね。いや、多分、かな~り同世代っぽいと思っていて、とても共感しています。

つぶやきのところで、旦那さんの反応が面白い。あれ、お友だちと出かけちゃったんじゃなかったでしたっけ?
2015.04.18 12:22 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんにちは。

こっちにきてから、ちょっと宙ぶらりんなんですよね。
日本にはちゃんと属していないし、かといってスイスに完全に属しているわけではない、みたいな。
それでも困らないで今まできたんですけれど、少し考えておかないと後で困るんじゃないかなと思いはじめました。
時間、たっぷりあるってわけじゃないんですが、まだ15年以上はあるので情報を集める所からいこうかなと思っています。

コメントありがとうございました。
2015.04.18 14:47 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

いや、違わないかもしれません。要するにどこでどう最期を迎えるかって問題なのかも。
今は体力もあるし、特に何も困っていないし、突如として一人になってもなんともないんですが、人生の最後の方ってそういう問題じゃないじゃないですか。学生時代はそういうことは考えませんが、まずは祖父母の世代がいなくなるのを目にして、それから両親の世代が年老いてきて、そうそうする間に同世代が亡くなったり人生ががらりと変わる不測の事態を迎えるのを見たりして、なんというかまさに「いつ自分の順番がきてもおかしくない」という感じでしょうか。

いつもそういうことばかり考えているわけではないのですが、やはりそろそろ準備と言うか、具体的に考えておかないとな、なんて思うのですよ。

この国の定年が65歳なので、まだ15年以上はあるのですけれど、これってギリギリに考えても遅いわけで、いまから考えてそろそろアクション(情報を集める等)を起こさないとななんて思うのですよ。その一方で、日本に帰るという選択が消えたわけでないのに、外国人になったらいろいろと面倒だろうなと。日本に帰国する時はいつもたったの三週間で、その手のことを相談に行ったりする時間はないのですが、かといって、ほっておいていいことでもないかなと。

彩洋さんもいずれ移住するとして、「よし、定年。明日、お引越し!」という訳にはいかないですよね、きっと。今の感覚だと十年なんてあっという間なので、少しずつアクションを起こすときなのかもしれませんね。

それにしても、京都、ですか? 素敵な街であることは間違いありませんが、夏も冬も過酷と聞いていて、私は尻込みしてしまいます。でも、彩洋さんは既にお住まいになったことがあるから、「これなら大丈夫」っていう感覚がおありになるのかな。

私が老後はスイスに居続けるかもとうっすらと考えてしまう理由の一つが、日本の夏の過酷さであったりもするのですが(笑)

コメントありがとうございました。
2015.04.18 15:05 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
これに反応するの忘れちゃった(笑)

> つぶやきのところで、旦那さんの反応が面白い。あれ、お友だちと出かけちゃったんじゃなかったでしたっけ?

そうなんですよ。自分の誕生日は、労働している私を尻目に友達と遊びに行っちゃったので、適当にスパークリングワインと、ワインと、すれからチョコレートを買ってきてそれで終わりにしちゃったんです。で、義母の方のいっぱい厳選されたグルメグッズを見て「なんで、こんなに違うの」って。

子供か! 

しかも、こやつ、私の誕生日は「子供じゃないんだから、そんなもんで騒ぐな」とか言って、スルーする人なんですよ! 

すみません、興奮しました(笑)
2015.04.18 16:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
そうかあ~。
私などはまったく考えもしなかったことですが、夕さんの立場になって考えると、本当に大きな問題ですよね。
スイス国籍を取得するのにそんな厳しい審査がいるとは。
国の事情を考えれば、やむを得ないのかもしれませんが。
日本はきっと、婚姻でよその国に何年か住んだからと言って、冷たくあしらう国ではないと思うんですが、(税金を払っていない間は夕さんもその恩恵にあずかっていないわけだし、肩身の狭い思いを抱くことはないですよ)あとは夕さんが、どこを自分の国だと思いたいか、・・・なのかな。
それが一番難しい選択なのかもしれませんね。(あれ、最初に戻った><)
2015.04.18 17:04 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは

かつては結婚したら同時に国籍を貰えていたんです。ところが、その制度を悪用して偽装結婚する人がたくさんいたので、審査制になったのです。それ自体はもっともだろうなと思うんですが、その審査にばらつきがあるんだそうで、審査と言っても雑談で通る人もいれば、ものすごく難しいことを訊かれたり難癖つけられて拒否される人もいるらしいです。

日本は、制度的にはそんなに悪くないと思うんですけれど、「ごく普通の例」から漏れているとそれだけで手続きの類いが止まってしまうように思います。つまり日本にいて、ずっと日本で暮らし続けていた人間に関しては、大体どんな形でもカバーされているんでしょうが、冷たくあしらうつもりはなくても「前例がない」とか「珍しい事例でどうしていいかわからない」とかだと、途端にあれこれ止まるんですよ。移住する時にも(ただの国際結婚なんてよくあることのはずなのに)かなりいろいろあったので、自分がボケたりして親身になって日本語で日本と折衝することのできることができる人がいなかったらきっと大変なことになるのかなと思ったり。

どこが自分の国かというのも、う〜ん、難しい問題ですよね。
正直言って、スイスを自分の国とはまだ思えていないんですが、年々日本が自分の国じゃなくなっているようにも思うんです。追いていかれてる感覚と言うんでしょうか。でも、少なくとも「年金のお知らせ」が来たりすると、まだ日本からは捨てられていないなと感じます。「予想年金額」はお小遣い程度しかないですけれど。

コメントありがとうございました。
2015.04.18 19:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.04.19 04:16 | | # [edit]
says...
おはようございます。

不快だなんてとんでもないです。

そうなんですよ。実は、仮に連れ合いとダメになったとしても、今のところ日本に帰るという選択肢がないのです。というのは、スイスが好きだからではなくて、いまこの年齢で日本に帰っても、生存できるような仕事が見つかる可能性が低くて、貧困層に陥ってしまうことが予想されるからなのです。だから、定年まではスイスで働くしかないと思っていて、そうなるとますます老後のことが不安になるんですよね。

少し調べた所、本当に必要であれば、一度外国籍になってしまった後でも、三年以上日本に続けて住めば日本人に再び帰化することも可能だとわかりました。いますぐではありませんが少し真剣に考えてみようかなと思うようになりました。

コメントありがとうございました。
2015.04.19 08:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.04.20 08:15 | | # [edit]
says...
日本はいい国ですから帰ってきてください、と言い切れないところに、この問題の難しさがありそうですね。

私は社会人になってからほぼずっと会社勤めだったので、厚生年金もそこそこ貰えるはずですが(厚生労働省をガン見) え、制度に構造的な欠陥が? だ、ダメなのか(爆)ってことになりそうで、怖いです。「面倒は必ず見てやるから、もっと税金払え」なら、それはそれでいいんですけどねぇ……。
自作小説の印税で、できれば湘南か伊豆か牛窓あたりでのんびりと、と思い描いている我が老後ですが、さてどうなりますことやら(笑)

スイスの国家財政と年金制度は、どういう状態なんでしょうか?
とりあえず、貰える年金と、生きていくのに必要な費用の収支が、少しでも黒字になる国か地域を選ぶのが賢明なようですね。
今からでも言葉を覚えて、東南アジアにでも移住するか……いや、蒸し暑いのは嫌いだから、やめとこう(爆)
2015.04.20 12:14 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。
私の小説は、基本、自分の葛藤やら普段思っていることがメインなのです。そのまんまのシチュエーションだと、上手く書けないし、だいたいストーリーとして面白くないので、周りの事例をモデルにしたりしますが、中心に流れるものは大抵自分の思考です(笑)

アイデンティティーの問題は、ご指摘くださった過去記事でも書きましたけれど、外側の問題と、内側の問題が不可分に絡んでするのですよね。お役所仕事の何かでしかないもの、紙の上の事項が、それで評価される人間の内面にたいする影を落としたり、考察させるきっかけになるのです。私の場合は、さほど深刻なことではないのですけれど、それでも無縁ではないのですね。

例えば「日本国」に「もう関係ないよ」と言われ「スイス連邦」に「あんたはいらないよ」とされた場合、私の内面はどうなるのか、そういう問題も少しだけ含まれているわけです。そして、この場合は、受動的な問題だけでなくて、わたしが能動的に選択をするという面もあるのですよ。まさに自己アイデンティティーと直結するのですよ。そして、「国籍を選ぶ」という単純な行為の裏に、もっと複雑な心の問題も絡むわけなのですね。だから、時間も必要なのかなと。

Cさんの記事や考察も楽しみにしています。もちろん、リンクは大歓迎ですよ。
実は、この話アップするか悩んだのです。
「私らには関係ないのにブログになんか書くな、一人で考えろ」って問題かなと思って。
でも、国籍というのはほとんどの人にとって関係ない話でありながら、一方で、アイデンティティーの問題であり、自分の人生の終え方の問題でもあり、それに社会制度の問題でもあるので、アップしてみたのです。
反応していただけて、そして普遍的な問題としてとらえていただけて嬉しいです。

コメントありがとうございました。

2015.04.20 19:12 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

社会年金制度の怖い所は、最初に聞いていたのとどんどん「話が違う」になっていっているところなんですよね。段階的にとかいって、保険料はガンガン上がっているんですが、「定年は70歳にするかも」「そもそも払えないかも」なんていわれると「え……」と思いますよね。

昔のように年金制度なんてなかった頃には、せっせと子孫を作りそこで面倒を看てもらうという別の制度が機能していたと思うのですが、それも崩れていますし、崩れていなくても私はもう遅いってことですよね。だからいまある制度が続いてくれることを祈るしかないという。

印税生活は、確かに憧れますが……私の小説でそれを夢みるのは、宝くじを買い続けるのと同じだな。
ところでTOM-Fさん、なぜ湘南や伊豆なんですか(笑)牛窓は岡山県のリゾート地?
文豪は海辺で悠々自適か。私たちで言う所のイビサ島かマヨルカ島かしら?

スイスの国家財政や年金制度は、一時ほど安泰じゃないんですが、それでも日本ほど「本当に貰えるのか?」感はありません。それに、国民年金にあたる年金額も日本よりずっと多いようです。
ただ、日本の企業に勤めている方が定年退職をする時には退職金があると思うのですが、スイスの企業ではそれは一般的ではないようです。少なくとも、私はたぶん退職金ゼロだと思います。だから、日本の年金と同じような年金額だと暮らせません。

それに、日本で公共の特老ホームに入ると、そんなにお金はかかりませんよね。
スイスだと、場合によっては月額70万円くらい請求が来るのです。
当然、そんなに払えない人がいるので、差額は日本でいう本籍に当たる市町村が負担するのですが、その代わりに私有財産&年金は没収されてしまうというわけです。一方で、外国の馬のホネがそういう状況になったら、誰が払ってくれるのか、それはまだ私にははっきりしていないんですが……。

だから、健康で頭もはっきりしているうちは、明らかにスイスでスイスの年金で暮らす方がいいんですけれど、そうでなくなったときはどうなるのかな〜ということでしょうか。

東南アジアか……。老後には、あの環境はちょっとキツいかな……。介護コストが高すぎるので、タイに行ってという話、本当にあるんですけれど、どうなんでしょうね。悩ましいです。

コメントありがとうございました。
2015.04.20 19:31 | URL | #9yMhI49k [edit]

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